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久「おさげの」雫「メガネの」穏乃「しず部長」
-
全国大会二回戦 中堅戦開始前
久「バナナよーし、牛乳よーし、その他諸々よーし……」ソワソワ
久「そろそろかしら……」ドキドキ
久「……よっしゃ、今日もちゃちゃっとやっちゃいますか!」イソイソ
まこ「まだ早いじゃろ」
久「いいのよ! 行ってくるわね!」
タッタッタッ
久「…………あれ? 何か落ちてる?」
"
"
-
久「四角いメガネ……? なんでこんな廊下の真ん中に」
久「…………」
久「かけてみようかしら。誰も見てないし……」キョロキョロ
スッ
久「へーんしんっ。なんつって」チャッ
ぐにゃっ
-
…………ちょー、部長! 起きてください、部長!!
.
-
【久 ①】
久「…………はっ!?」ガバッ
李緒「お、起きたね」
杏果「出番ですよ、部長」
久「…………え?」
閑無「早く行ってきてよ部長! 大事なとこなんだから!」
はやり「……お願いします」
久「ここ……は……?」キョロキョロ
-
李緒「ここは、って……。試合会場だけど」
久「へ?」
李緒「市大会の会場。さ、副将戦だよ」
玲奈「頑張って、部長!」
亜搖子「がんばれー」
美凛「ファイトー」
久「…………誰たち…………?」
"
"
-
久「いやいやいや。よくわかんないけど人違いよ」
閑無「はあ?」
李緒「なに言ってるの」
閑無「いまさら見間違えるわけないでしょー、そのおさげとメガネを」
玲奈「うん」
久「……いやいや」
-
久(………そういえば、いつの間にか着てる服が違う……)
久(清澄の制服じゃなくて、この子たちと同じ……中学の制服?)
久「……どーしちゃったのかしらこれは……」
はやり「…………部長? どうしたんですか?」
久「!」
はやり「はやっ?」
久「あなたは……」
-
久(私の知ってる姿よりずいぶん幼いけど……。確かにあの人の面影……と「はやっ」)
はやり「はや〜……?」
久「えーっと……。あなた、お名前は……?」
はやり「えっ?」
閑無「なんだそりゃ」
玲奈「新しい情緒不安定かな?」
杏果「はやりの名前忘れちゃったんですか?」
久「はやり……」
はやり「瑞原はやり……ですけど……」
久「瑞原はやりって…………瑞原プロ!?」
はやり「はやっ!?」
-
玲奈「なんですかプロってー?」
杏果「中学一年生ですよ?」
久「中学……生……?」
千沙「当たり前だろ」
久「いやいやいや…………って、あっ」
ガサッ
久「これ……大会のプログラム……?」
はやり「?」
久「『全国中等学校麻雀選手権大会・島根県松江市大会』……」
久「『開催日:○年△月◇日』……!?」
久「……15年……前……?」
-
慕「ただいま……です……」
閑無「ほら、慕帰ってきちゃったよ」
久「慕……? 慕って……」
慕「部長……。あとのこと、お願いします」
久「……あなたは……まさか……」
慕「?」
久「……白築……慕さん……!?」
慕「? ……はい」
久「……マジ……で……?」
-
閑無「何を今更びっくりしてんだよ! どんだけ情緒不安定なのさ!」
千沙「いいからもう早く行けよ、失格になるぞ」
久「え、あ、はい……」
李緒「ほらほら、急いで。試合始まっちゃうよ」
閑無「しっかりしてよね! 決勝進出がかかってるんだ!」
杏果「お願いします!」
久「え、ええ……」
-
対局室
久(さて……。わけわかんないまま対局室に来ちゃったけど)
久(やっぱりあれはどう見ても……。中学時代の瑞原プロ、そして……あの白築慕さん)
久(…………そして、その二人に部長と呼ばれている私)
久(何を言っているのかわからないと思うけど……。私もわからないわ)
久(…………でも!)
-
久(深く考えても仕方ないわ……。打つなら打つで、目の前の麻雀に集中……!)
久(逆境こそ楽しまなくっちゃね! それが私のやり方よ!)
久(わけわからな過ぎて、一周回って肩の力も抜けてきた感じだし!)
久(正直、今日は朝からなーんかフワフワソワソワしてたんだけど……。吹っ飛んじゃったわ!)
久(……気合入り直した!)
タンッ
久(よっし! ツモもいい感じ!)
-
キュッ
久(…………きた!)
パシュッ
ヒュルルル…
ズガン!!
久「ツモ! 4000・8000!!」
ワァァァァーーーー
閑無「なんだよあれ……」
杏果「部長、あんなキャラだっけ……?」
李緒「情緒不安定の極みね」
はやり「はや〜……」
慕「…………牌がかわいそう」
-
副将戦終了後
李緒「おつかれ」ポップコーンボリボリ
久「うん、ありがと」
李緒「凄かったじゃない! 別人みたいだったよ」ポップコーンモシャモシャ
久(……まあ、そうよね)
李緒「でもね、あの牌ピシュンってやるのはさすがにどうかな」ボリボリ
久「…………そう?」
李緒「普段が普段だからさ。ついに情緒不安定メーター振り切っちゃったかと思ったよ」モシャモシャ
久(…………ずいぶんね)
李緒「ま、勝てたからよかったけどさ」ボリボリ
久(……にしても、ポップコーン離さない子ね)
李緒「?」モシャモシャ
久(…………優希のタコスみたい)クスッ
李緒「??」ボリボリボリボリボリボリ
-
決勝戦
実況「湯町中優勝ー! 決勝戦は先鋒から中堅まで3連続トップ! 県大会進出決定ですっ!!」
ワァァァァーーーー
久(あっららー、副将の出番なしとは……)
久(中学生ながらこの実力……。そして、噂に聞こえたあの鳥さんツモ……)
久(やっぱり……本物なの……?)
…………
……
李緒「さ、部長」
久「?」
李緒「何ボケっとしてんのさ! シメの一言!」
久「…………ああ、うん」
-
久「みんな、今日はおつかれ! この調子でどんどんいくわよ!」
全員「おー!」
李緒「じゃ、解散だ!」
久「うん、気をつけて帰ってね」
全員「はーい!」
久(…………さて)
久(解散って言ったって、これからどうしたものかしら……)
-
雫父「おつかれさん」
久「えっ、あ、はい?」
雫父「さあ、帰るよ。迎えに来たから」
久「あ、あの……?」
雫父「? どうした?」
久「すみませんが、どちらさまでしたっけ……?」
雫父「おいおい、父さんの顔忘れちゃったのか?」ハハハッ
久(……ついて行くしかない、か)
-
その夜 野津家
久「結局、家まで来てしまって……。当然のように、この家の子という扱いを受ける私」
久「……とりあえず、状況を整理すると」
久「どうやら私は、野津雫っていう子と間違えられているらしい」
久「誰もそれで違和感を持ってないっていうのも……どうなんだろうと思うけど」
久「そんなに似てるとでもいうのかしら……。このおさげにメガネ」
-
久「…………そしてもっと問題なのは」
久「カレンダーの日付、家にあった新聞、放送しているテレビ番組……」
久「……どれを見ても、やっぱり15年前で間違いない」
久「……なーにが起こっちゃってるのかしらねー……」
-
【雫 ①】
雫「…………えっ?」
雫「ここ……どこ……? 私は……」
雫「確か……市大会の会場にいて……」
雫「白築さんの中堅戦が終わったとこだったはず……なんだけど……」
雫「…………」キョロキョロ
雫「どこか違う……知らないビルの廊下……?」
-
雫「……そういえばメガネしてない……。どこにしまったっけ……」
雫「えっと……服の……ポケット……」パタパタッ
雫「…………服…………!?!?!?」ハッ
雫「あ……ああ……」
雫「私……なんで……」
雫「こんな廊下の真ん中で……こんなちっちゃなジャージだけしか……」ガクガクブルブル
憧「しずー、しーずー!」
-
憧「ちょっと! 何ボーっとしちゃってんのシズ!」
雫「ひぅえっ!?」
憧「……何よそのリアクションは。もうお昼休み終わりよ?」
雫「……はい?……」
憧「まったく……。どこまで休憩しに行ってたの?」
雫「あの……あなたは……?」
憧「?」
雫「……人違いじゃ……ないでしょうか……」
-
憧「何言ってるの。あんたは、シズでしょ?」
雫「はあ……。しずくですけど…………」
憧「もう……今はボケボケ問答してる暇ないのよ!」
雫「いや……その……」
憩「しーずちゃーん。次こっちの卓で私とやでー」
憧「ほら、荒川さん呼んでる! 行くわよシズ!」
雫「……私……ですか……?」
憧「あんた以外に誰よ」
-
憧「さ、行った行った!」
雫「い、いや……。せめてその前に服を……」
憧「服って? いつも通りの恰好してるじゃない」
雫「いつも通りって……。あの、下は……」
憧「下? なにそれ?」
雫「なにそれって、ジャージの…… これ、上だけ……」
憧「へ? あんたそんなの持ってたっけ?」
雫「えっ」
憧「無いわよそんなもん。あんたいっつもこれだけでしょ?」
雫「ええーーー!?!?!?」
-
憧「…………というわけで。しずが半狂乱で怯えちゃってるんで、誰か服貸してくれない?」
宥「服を……?」
玄「ジャージを着たくないの?」
灼「めずらし……」
憧「もう半狂乱っていうか全狂乱っていうか。ちょっと見るに堪えないレベルなのよね」
玄「憧ちゃんの服じゃだめだったのかな?」
憧「なんか合わなくってさー、大きいのがほしいって言うの。だからできれば宥姉にお願いしたいんだけど」
宥「ふえぇ……」
-
雫着替え中……
雫「この服も……きついです……」
玄「おもちはきつくないはずだけど……?」
宥「……えっと……なにかそれ以前の問題っていうか……」
灼「根本的にサイズが違……」
憧「うーん、うちで一番大きい宥姉の服でもってどういうことよ? 宥姉155cmもあるのよ?」
雫(私160cm以上なんですけど……)
※
雫(中二) 164cm
穏乃(高一)139cm
久(高三) 164cm
※
-
憧「……結局、宥姉の上着にマフラー巻いてなんとかしたわ」
宥「上掛けは羽織るだけでいいから……」
雫「うう……」
灼「それじゃ行くよ。荒川さんたち待たせてる」
憧「おー!」
玄「頑張ろうね!」
雫「行くって…… どこへ……?」
憧「何言ってるのよ。特訓の続きよ」
雫「特訓って……」
-
憧「準決勝に向けての特訓よ! あんたから言い出したんでしょ!」
雫「準決勝……? 松江市大会にそんなの……」
憧「何ボケちゃってるの! インターハイよ、全国大会!」
雫「インターハイって……私まだ中学生……」
憧「はあ?」
憩「しずちゃーん、早よー」
憧「ほら、早く!」
雫「ひっぐ……意味が……全然わかんない……」グスン
-
【穏乃 ①】
穏乃「あれ……? ここどこ……?」
穏乃「…………」キョロキョロ
穏乃「全国大会の会場……? いつの間にか移動してきちゃった……?」
穏乃「……この部屋は……」
穏乃「……『長野代表 清澄高校控室』……?」
ガチャッ
-
穏乃「あ……あの……」
まこ「……どしたんじゃ、部長」
穏乃「えっ?」
優希「部長、忘れ物したのかじょ?」
まこ「ソワソワして出てった思うたらすぐ戻ってきて。せわしないのう」
穏乃「部長……って……?」
-
まこ「もうちょいと落ち着きんさい。対局前じゃっちゅーに」
優希「なんか部長らしくないじぇ?」
穏乃(昔の憧……じゃない、よく似てるけど違う)
咲「どうしたんですか、部長?」
穏乃(衣さんから聞いてた……清澄の大将……)
和「なにか忘れものでも?」
穏乃(和までいる……。どういうこと……?)
-
係員「清澄高校、中堅の選手は早く会場入りしてください」
まこ「ほれ、呼ばれとるぞ」
穏乃「えっ」
まこ「早よ行かなもう始まってしまうわ」
穏乃「行かないとって……、私がですか?」
まこ「あったり前じゃ、さっきまでワクワクしとったろ」
穏乃「いや……なんで私……」
まこ「いいから行きんさい! 失格なってしまうじゃろ!」
穏乃「は、はい……」
トタトタ
-
ぎゅむっ
穏乃「うわっ!」
ずべん!!
まこ「……なにやっとるんじゃ……」
優希「自分のスカート踏んでコケたじぇ……」
穏乃「……なんでこんな長いの……」
-
中堅戦前半戦
穏乃(……なんでここで打ってるんだろ私……。いいのかな……)キョドキョド
洋榎「……おい、それ」
穏乃「?」
洋榎「…………見えてるて、牌」
穏乃「あっ、あわわ……すみません……」アタフタ
洋榎(……一回戦とえらい違いやんけ)
胡桃(挙動不審!)
春(…………落ち着きがない)黒糖ポリポリ
…………
……
-
穏乃(全然集中できないよ…… 一旦落ち着きたいのに……)
洋榎「……ロンや。5200」
穏乃「…………はい」
洋榎「へいへーい、ガンガンいくでー!」
胡桃「うるさい!」
洋榎「……あ、はい……」
春(…………)黒糖ポリポリ
穏乃(ひえぇ……なんとか凌ぐだけで精一杯だよ……)
…………
……
-
実況「中堅戦前半終了ー! 各校が和了を重ねる中、清澄は苦戦の展開です!」
控室
穏乃「ただ……いま……です……」
まこ「どうしたんじゃ、あんたらしゅーない」
優希「ちょーし悪いのかじょ……?」
穏乃「いや……調子というかなんというか……」
ぎゅむっ
ずべん!!
穏乃「…………いったー……」
優希「またコケたじぇ……」
-
穏乃「あーもうっ!! こんな長いスカート無理だよ!!」
ガバッ
まこ「ちょっ、何しとんじゃ!!」
優希「いきなり自分のスカートまくり上げたじぇ!?」
穏乃「このストッキングもゆるゆるだし! ムズムズして動きにくい!!」ヌギヌギッ
優希「次はストッキング脱ぎ始めたじょ……。あっ、スカートも」
まこ「おいおい」
京太郎「こ、これは……」
咲「きょ、京ちゃん!! ダメだよ!!」ザクッ
京太郎「はおうっ!?」
和「躊躇せず目潰し!?」
京太郎「目がー!! 目がー!!」
-
和「部長! もう少し人の目を気にしてください!」
穏乃「こんなのいらないよー慣れないものー」
和「だからっていきなり脱ぎ出さないでくださいと言ってるんです!」
ジタバタジタバタ
まこ「……その辺にしときんさい」
穏乃「?」
まこ「咲が京太郎の目ぇ握り潰す前に」
穏乃「えっ」
咲「…………」ギチギチグリグリッ
京太郎「」グッタリ
-
優希「結局、代わりに清澄のジャージ着てったじぇ」
まこ「上だけでのう」
優希「大丈夫なんかじょ?」
まこ「……まあジャージの方もでかかったけえ、問題ないじゃろとは思うが……にしても」パサッ
優希「じょ?」
まこ「誰が履くんじゃ、こがな長スカート」
優希「そういえば……誰にも合わないじぇ」
-
優希「でも部長のやつだじぇ?」
まこ「おう、そのはずじゃが……」
優希「裾踏んづけまくってたじぇ」
まこ「どう見てもサイズ違いじゃったな」
優希「ぶかぶかの袴みたいになってたじょ」
まこ「ほうじゃのう……」
優希「…………」
まこ「……なーんかおかしいのう」
優希「……なーんかおかしいじぇ」
-
まこ「…………」
優希「…………」
まこ「…………ま、部長のやることじゃけえの」
優希「だじぇ」
まこ「深く考えても無駄じゃ」
優希「どーせ私たちにはわっかんないじょ」
まこ「おう」
和(…………部長に対する評価、相変わらずですね)
-
実況「さあ、中堅戦の後半開始です!」
穏乃「よろしくお願いします!」
胡桃「ジャージの上だけ……?」
洋榎「……おい、何のつもりや」
穏乃「動きやすくなりました! もう大丈夫です!」
春「…………」
…………
……
穏乃「ツモ! 3000・6000です!!」パタパタッ
洋榎(……やっとデクが動き出したみたいやが……、なんでジャージやねんて)
胡桃(……バカみたい)
春(…………うちの副将といい勝負)黒糖ポリポリ
-
実況「中堅戦、終了ーー!!」
穏乃(ふう……。少しは前半の分を取り返せた……)
洋榎「おつかれさんころ〜」
胡桃「……ありがとうございました」
春「…………」ペッコリン
穏乃(……とりあえず対局は終わったけど……なんなんだろう、これ?)
和「……おつかれさまでした、部長」
穏乃「和……」
-
穏乃(ずっと会いたかった和……。こんな形で会うなんて……)
和「?」
穏乃「どうして……。どうしてここにいるんだよ……」
和「…………中堅戦が終わったからですが」
穏乃「……中堅戦って……それが終わるとどうなるの?」
和「……知らないんですか」
穏乃「?」
和「副将戦が始まるんです」
-
和「さ、交代ですよ。控室戻りましょう」
穏乃「いやあの」
初美(ボゼ)「…………」トコトコ
穏乃「……あっ、後ろ」
和「?」クルッ
初美(ボゼ)「ばぁー」
和「ひっ!?」
穏乃「……お祭りの仮面……?」
初美(ボゼ)「ですよー」
和「きゃぁぁぁぁーーー!!!」
ぎゅむっ
穏乃「おぶっ」
-
穏乃(私に抱きついても和…… 和の方が身長高いんだから……)
ぎゅぎゅぎゅむっ
穏乃(む、胸に顔が挟まれて…… 息が……)
和「きゃぁー! きゃぁぁーー!!」
ギュギュギュッ
穏乃(苦……し…… のど……)
…………
……
-
死亡確認
和「…………部長?」
穏乃「…………」グッタリ
まこ「何を遊んどるんじゃ二人で……」
優希「ぱふぱふってやつだじぇ〜」
咲(…………いいなあ)
-
【久 ②】
次の日 湯町中
久(…………日が変わっても、事態が変わる気配は無し)
久(……結局、中学校にまで来ちゃったわ……)
李緒「さ、部活始めようよ部長」
久「…………そうね。じゃ、県大会に向けて頑張りましょう」
全員「おー!!」
久(さて。どうしたもんかしらね)
久(……まあでも、なるようにしかならないわ。こうなったことに意味があると考えましょう)
久(今の私にできることをやるだけよ)
-
久(さしあたって、私にできることと言えば……)チラッ
はやり「?」
久「えいっ」
おもちむにゅっ
はやり「はやっ!?」
玲奈「おおーう」
久(……でかいわね。中一でこのポテンシャル……)むにむに
はやり「ぶ、ぶちょ……やめ……」
玲奈「やりますなー」フヒヒッ
久(……さすがに、高一の和よりは小さいけど。和も中一の頃これくらいあったのかしら)むにむにむにむに
-
堪能後
久(…………冗談はさておき)
久(しかしなかなかになかなか、新鮮な風景よねーこれ)
久(朝酌のインハイメンバーなら……みんな面影がわかる。「小鍛治プロの時の」って言えば語り草だもの)
久(年上のはずの人たちが私より年下で、私を年上扱いする……。何を言ってるのかしらね本当に)
久(……中でも、この人。白築慕さん)チラッ
慕「?」
久(高卒でプロ入りが有望視されていながら、高校卒業と同時に失踪……。その後現在まで消息不明の謎の人)
久(噂によると、幼い頃に生き別れた母親を探すため……なんて言われていたけれど。真相は闇の中)
久(いい機会だし。仲良くなっちゃおっと)
-
久「白築さんっ」
慕「はい?」
久「……ちょっと、小耳にはさんだんだけど聞いていいかしら」
慕「?」
久「あなたのお母さんって?」
慕「!」
-
慕ちゃん説明中……
慕「という……わけで……」
久(……ふーん)
慕「私……。どうしてももう一度、おかーさんに会いたいんです……!」
久(本当だったんだ……その噂)
慕「?」
-
久(…………そんなに会いたいものかしらね、いなくなった親なんて)
久(…………)
久(……正直、私には持てなかった感情だわ……)
慕「…………部長?」
久「…………でも」
慕「?」
久(…………彼女も……私と同じ、か)
-
久「…………大丈夫よ」
慕「……えっ」
久「待ち続けてたら……きっと会えるわ。何だって最後にはいいツモが入ってくるものよ」
慕「そう……でしょうか……」
久「ええ。この私が言うんだからね!」ニコッ
慕「……?……」
久「…………」
慕「…………」
久「…………私もね。いなくなった親がいたんだけど」
慕「!」
-
久「……残念ながら。白築さんみたいに、また会いたいと思える関係じゃなかったけどね」
慕「…………」
久「そのおかげで、苗字も変わって進路も変わって……。ろくに麻雀すら打てなくなっちゃったりもしたわ」
慕「進路?」
久「あ、ごめんごめんこっちの話。気にしないで」
慕「…………はあ」
久「……それでも、代わりと言っちゃなんだけど」
慕「?」
久「それからずっと待ち続けたことで……別の出会えたものがあった」
慕「…………」
-
慕「……なんですか、その出会えたものって……?」
久「…………大切な仲間たち」
慕「!」
久「なにも無いところから……待ち続けて2年。結果的には、そこで最高の出会いがあったと思ってる」
慕「2年…………」
久「ま、分の悪い待ちだーなんて。いろんな人に言われちゃったけどね」
慕「…………」
久「……それでも、諦めずに待ち続けたら。どんなに悪い状況でもきっと返ってくるものがある」
慕「…………」
久「…………私はそう思うわ」
-
慕「……怖く……ないんですか?」
久「?」
慕「どんなに悪い状況でも待ち続けるなんて……。部長は、怖くないんですか?」
久「…………ないわね」キリッ
慕「……どうして……」
久「……それが私の生き方だから」
慕「?」
-
久「麻雀でもそうだけど。悪い状況、悪い待ちでいる方が……最後にいい結果になっちゃうこと多いのよね、私」
慕「……悪い……待ち……」
久「昨日の試合もそうだったでしょ? みんなにはびっくりされちゃったけど」
慕「……そういえば、昨日の打ち方……。いつもと全然違って……」
久「…………まあね、そのいつもは世を忍ぶ仮の姿ってとこかしら」キリッ
慕「…………」
久「……だから、今のこの変な状況も。自分がしっかりしていれば、そのうちいい方向が巡ってくるって思ってるわ」
慕「?」
久「いいえ、こっちの話よ」
-
久「……まあ、私がそうだったから他の人も同じとは思わないし」
慕「…………」
久「だからあなたのお母さんも……、ただ待ってたらいいわよなんて軽くは言えないけど」
慕「…………」
久「待ち続ける気持ちって、大切にしたらいいと思うわ。諦めちゃったらそこまでよね」
慕「…………」
久「…………」
慕「…………続けられるでしょうか、そういう気持ち」
久「?」
-
慕「私も……。もう2年待ちました」
久「…………」
慕「その気持ちは、ずっと変わってないつもり……。今でも、持ち続けているつもりです」
久「…………」
慕「それでも……最近は……」
久「…………」
慕「やっぱり……無理なのかなって、思う日があって……」
-
慕「5年経っても10年経っても……。ずっと見つからなかったらどうしよう、って……」
久「…………」
慕「どこかで諦めちゃうかもしれない自分が……凄く怖くて……」
久「…………そう」
慕「…………」グスン
久「……それじゃあ、白築さん。私とひとつ、約束をしない?」
-
【雫 ②】
阿知賀特訓中……
憩「ツモ! 4000オールやでー」
雫「……はい」
……
藍子「ロン! それ当たりだよ!」ミョワワワワン
雫「ひぃっ」
……
利仙「ロン。5800の一本場は6100です」フワッ
雫「うう……」
…………
……
-
絃「ツモ。2000・3900」バシッ
雫「はうぅ……」
……
もこ「…………ロン、8000」ギロッ
雫(こ……こわい)ビクビク
…………
……
憩「しずちゃん午後はいまいちやねー」
憧「どうしたのよしず……」
灼「何か急におかしくなった……?」
雫(いや……おかしいのはあなたたち……)
宥「やっぱりその服じゃあったかくない……?」
玄「どんまいだよ!」
雫(……なんでみんな気がつかないの……)
-
休憩中
雫(はぁぁ…… 全然勝てない……)
雫(全国大会に出るような高校生になんて…… 勝てるわけないわよ……)
憧「……おつかれ」
雫「あ、はい。おつかれさまです……」
憧「……私に敬語とか……ほんっと、らしくないわね。お昼何か変なもん食べた?」
雫「…………いえ、そういうわけじゃ」
憧「……まったく。あんたがそんな感じじゃ、みんな調子狂っちゃうじゃない」
雫「…………」
-
憧「しずはさ。とにかくうおおおおーーーーって突っ走ってりゃいいのよ。フォローするのは周りの……私の役目」
雫「…………そんな」
憧「……それくらいもっとやらせなさいよね……。いつもいつも私のいないところで盛り上がっちゃって」
雫「?」
憧「だ、だから! どーせ自分じゃフォローなんかできないでしょって言ってんの!」
雫「…………はあ」
憧「……昨日今日の特訓だってそう。しずが最初にラーメン食べたい言ってくれなかったら、たぶんみんな動けなかった」
雫(……ラーメン……って言われても……)
憧「みんな感謝してるんだから。らしくなくウジウジしちゃってんじゃないわよ、当の本人が」
雫(そんなの……知らないです……)
-
阿知賀「今日はありがとうございましたー!」
憩「うん! がんばってなー」
ホテルの部屋
雫(ふう……。やっと終わった……)
雫(……わけもわからずホテルまでついてきちゃったけど……どうしよう……)
雫(…………)
雫(信じられないけど……。15年後にいるんだ、私……)
雫(……しかも、高校生として……。インターハイなんて……)
雫(おまけに、誰もそれに気づいてくれない……)
雫(帰りたいよぅ…… お父さん…… お母さん……)グスン
-
ガチャッ
憧「……ただいま」
雫「あ、おかえりなさい……。憧、さん」
憧「今……。外で熊倉さんと会った……」
雫「?」
憧「……ハルエ、プロになる話を断ったって……」
雫「……?……」
-
阿知賀女子集合……
憧「…………」
玄「…………」
宥「…………」
灼「…………」
雫(……うう…… 空気が重い……)
-
憧「…………」
玄「…………」
宥「…………」
灼「…………」
雫(どうしよう……)
雫(……正直言って、事情も何も全然わかんないけど)
雫(この人たちが、今すごく大事なところにいて……)
雫(とても深刻な問題を抱えてるんだっていうことは……よくわかる……)
雫(……なんとか、しなくちゃ……)
-
雫(私に何か、できること……)
雫(…………)
雫(ん〜〜〜………… う〜〜〜…………)
雫(あ〜〜〜〜〜〜)
ぷちっ
雫「がんばりましょう!! じゅんけつ!!」ガタガタッ
4人「!?」
-
憧「……しず?」
灼「いきなり大声出して……」
宥「……どうしたの?」
雫「正直、私には全然わかんないですけど!! 千里山が強くても! 白糸台が強くても!」
雫「私たちだって!! 強いです!!」
雫「今日私が見てた皆さんは!! 凄く強かった!!」
雫「みんな凄く真剣で! 必死で! 頑張ってたじゃないですか!!」
雫「自信持ってください!!!」
全員( ゚д゚)
-
憧「…………」
玄「…………」
宥「…………」
灼「…………」
雫(……あ、あれ…………?)
全員「…………」
雫(……わ、私また一人で暴走しちゃった……?)
憧「…………」ウフフッ
雫「?」
-
憧「そうね、しず」
雫「?」
憧「いきなり叫んで何言ってんのよって言いたいとこだけど……。あんたはいつもそう」
雫「…………」
憧「今日の午後はなんか心配しちゃったけど……。調子戻ってきたじゃない」
雫「…………」
憧「私たちはずっと。あんたのそういう大騒ぎに振り回されて引っ張られて……、支えられてきたんだ」
-
憧「なーんか、安心しちゃったわ。気も楽になった」
玄「うん! さすがみんなの大将だね!」
灼「……ムードメーカー……」
宥「……あったかい」ウフフッ
雫「あ、あはは……」
-
【穏乃 ②】
咲「ツモっ。400・800です」シャラン
豊音恭子霞「「「えっ」」」
実況「大将戦、決着ですー!! 1位通過は清澄高校!!」
優希「やったじぇ、咲ちゃーん!」
和「やりましたね!」
まこ「おう!」
穏乃(…………凄い…………!)
穏乃(これが…… 生で初めて見た清澄の大将……)
穏乃(……宮永……咲……!!)
穏乃(私が…… 決勝で打つ相手だ……!)ブルブルッ
-
穏乃(凄い……凄いっ!!)ふわふわわっ
優希「部長?」
まこ「どうしたんじゃ?」
穏乃「…………ちょっと行ってきます! 宮永さん……咲のところへ!」ガタッ
ダダダッ
和(私が先に行きたかったのに……)
-
穏乃「咲!」
咲「あ……部長……」
穏乃「凄かった! 凄かったよ!!」
咲「あ……はい……」
穏乃「嶺上開花連発で! 相手の攻めだってものともしないで!!」
咲「……ありがとう……ございます……」
穏乃(…………あれ?)
-
咲「でも……。自信ないです……」
穏乃「?」
咲「やろうと心がけてたことも……結局全然できてなかったし……」
穏乃「…………いや、そんな」
咲「次やったら……たぶん勝てません……!」グスン
穏乃「!」
-
穏乃「何……言ってるの……」
咲「…………」
穏乃「そんな風に思うこと……なにもないよ……。今の、凄かったじゃん……」
咲「でも……でも……」グズグズ
穏乃(なんで……なんだよそれ……)
-
穏乃(違うよ、そんなの……)
穏乃(今私がドキドキしたのは…… そんな姿じゃないよ……)
咲「…………」
穏乃(県大会の資料映像で見た咲は……私がわくわくしてた咲は……)
穏乃(私が一度も勝てなかった、あの衣さんに勝った……)
穏乃(……私の倒すべき相手じゃないか……!)
咲「…………」グスン
穏乃(そんなんじゃ……ダメだよ……!)
-
穏乃「…………」
咲「…………」
穏乃「…………」
咲「…………」
穏乃「…………わかったよ、咲」
咲「?」
穏乃「明日……。山に行こう……!」
-
【久 ③】
慕「約束……ですか……?」
久「……そうね。きっと大切な約束だから」
慕「?」
久「5年経っても10年経っても。あなたがその気持ちを持ち続けられますように」
慕「…………」
久「今から15年後。もう一度二人で会いましょう」
慕「…………えっ」
久「……証明してあげるわ。15年先の約束でも、守れる人がいるって」
-
久「第71回全国高等学校麻雀選手権大会……。15年後の、夏のインターハイ」
慕「インターハイ……?」
久「私は必ずそこにいる。絶対に守るわ」
慕「…………?」
久「だから、あなたもそこに来て。私に会いに来て頂戴」
慕「……???……」
-
慕「えっと……どういう意味ですか……?」
久「……15年後にそうする、って約束してたらさ」
慕「…………」
久「それまでの間は、今日の気持ちを覚えていられるでしょう?」
慕「…………はあ」
久「……もし忘れかけたら、それで思い出すといいわ。私と約束したんだから、って」
慕「…………」
久「どうかしら?」
慕「…………はい」
-
久「それじゃあ、約束のしるしに……。このメガネ」スッ
慕「?」
久「……その時まで預かっててもらえないかしら、これ」
慕「メガネ……ですか……?」
久「ええ」
慕「……でも、メガネなんて大事なもの……」
久「…………いいのよ。お守り代わりってことで」
-
久「たぶんね。15年後に会ったとき……そこにいると思うのよ、持ち主も」
慕「持ち主って……? 部長ですよね?」
久「…………だからそのとき、その持ち主に。あなたが返してくれたらいいわ」
慕「??」
久「きっとあなたがそうしてくれるって……。私も、信じてるから」
慕「???」
-
慕(……全然意味がわかんないけど……)
慕(この人なりに……私のことを考えてくれてるのかな……)
慕(……それに、このメガネ……)
慕(なんだか凄く……不思議な力を感じる。本当に信じられそうな何かを……)
慕「…………わかりました」
久「じゃあ約束よ。受け取ってくれる?」
慕「……はい」
スッ
ぐにゃっ
-
【雫 ③】
次の日 Aブロック準決勝
雫(……昨日はああ言ったものの……)
雫(どうしよう……)
雫(本当に大将戦で私が打つの……? あんなレベルの選手を相手に……)
雫(千里山の先鋒さんがあんな風に倒れて救急車呼んじゃったから……もう下手な仮病もできない……)
雫(「絶対決勝行くから!」なんて……。そのとき会った人と憧さんが約束しちゃってたし……)
雫(どうしよう……どうしよう……)ガクガクブルブル
-
昼休み 阿知賀女子控室
コンコン
玄「はーい」
宥「……誰か来た?」
晴絵「……誰だよ、こんなときに……」
ガチャッ
?「大事な試合の日にすみません。少しだけよろしいでしょうか」
晴絵「んがっ…… あな……た……は……」
慕「お久しぶりですね、赤土さん」
晴絵「白築……さん……」
-
晴絵「どうして……ここに……」
慕「……本当に久しぶり。あなたともお話ししたいことはいっぱいあるんだけど……、今日はその前に」
雫「?」
慕「そちらの、大将の彼女と。ちょっとお話させてもらっていいですか?」
晴絵「は? シズ?」
雫「!」
慕「……はい、しず部長と」
晴絵「?」
灼「えっ」
-
控室前の廊下
雫「あ、あの…… 一体……」
慕「本当に……、本当に中学生の部長なんですね……!」
雫「……?」
慕「お久しぶり……と言っていいのかわからないけれど。私にとっては、15年ぶりにお目にかかります」
雫「あなたは……」
慕「あなたの後輩、白築慕(28)ですよ。雫部長」ニコッ
雫「!!」
-
―回想 数十分前―
準決勝会場ロビー
雫(29)「遂に……この日が来たわ」
雫「……夏のインターハイ、第71回大会。確かに今年」
雫「…………阿知賀女子が準決勝を戦う日」
-
雫「今でもはっきり覚えてる。あの15年前の不思議な記憶……」
雫「……果たしてあれは何だったのか。突拍子もなさ過ぎて、あれから誰にも話せなかったあの体験」
雫「時間が経つにつれ。やっぱりただの夢だったのかな……と思って、自分の中では過ぎていた話だった」
雫「……だから、今年の奈良代表が十年ぶりで阿知賀女子に決まったときは……それはもう驚いた」
雫「夢じゃ……なかったかもしれないんだって……」
-
雫「……そう、今こそ」
雫「あれがただの夢だったのかどうか……。この目で確かめるとき!」
雫「…………とはいえ」
雫「選手控室なんて関係者以外立ち入り禁止よね……。どうしよう……」ウロウロ
慕「…………あっ、雫部長!」
-
雫「……えっ、あっ……! 白築さん……!?」
慕「……はい! お久しぶりです!」
雫「本当に……来てくれたんだ……」
慕「本当に……来てくれたんですね……」
雫「えっ?」
慕「えっ?」
-
しずしの説明中……
雫「私が……、それをあなたに……?」
慕「はい。15年後の約束に、って」
雫「…………そう。そうだったんだ…………」
慕「?」
雫「……だったら、そのメガネはね」
慕「はい」
雫「それを渡すのは、私じゃなくて……」
―回想終―
-
慕「……ありがとうございました。私の部長さん」
雫「…………えっ」
慕「私の待ち続けたもの……。無事に、見つけることができました。部長のおかげです」
雫「?」
慕「あのとき、部長が背中を押してくれなかったら……。どこかで、諦めていたかもしれない」
雫「??」
慕「挫けそうになった時も、このメガネを見て……。昔を思い返して頑張ろうって思えたんです」
雫「???」
慕「……今のあなたに言ってもわからないかもしれないけれど。どうしても一言、お礼を言いたかったの」
-
慕「……だから。15年前の預かりもの、約束通りお返しいたしますね」
スッ
雫「あ……私のメガネ……?」
慕「はい。受け取ってもらえますか?」
雫「…………はい…………。よくわかんないですけど……」
-
慕「…………では、私はこれで。お時間いただきありがとうございました」ペッコリン
クルッ スタスタスタ
雫「あ……」
雫「…………」
雫「…………」
雫「……なくしたと思ってた私のメガネ……」
雫「…………ありがとう、白築さん」
チャッ
ぐにゃっ
-
【穏乃 ③】
駅放送「高尾山口〜、高尾山口〜」
咲「あの……部長……?」
穏乃「高尾山! 一回登ってみたかったんだ!」
咲「……本当に……山登りなんですか……」
穏乃「ちゃんと他の人には断ってきたから大丈夫! 行こう!」
-
少女登山中……
咲「……ハァ……フゥ……」
穏乃「〜〜♪」
咲「……部長……そんなに早く行かないで……」
穏乃「山はいいよね〜」
-
穏乃「全国大会終わったら、みんなでがっつり登山もしたいよね! この時期やっぱり立山よにゃ!」
咲(にゃ?)
穏乃「今日だって本当はもっとちゃんとした装備したかったけど! そこまで時間無いし咲も初心者だもんね!」
咲「……ちゃんとした装備?」
穏乃「そうだよ! スタッカーをエンテランスにつけてジョッパー持って! 松屋のブロークンサンダーを3ケース!」
咲「???」
穏乃「肩にはブリッコ乗せておだんご持ってプランチャー借りて! 夢が広がるね!」
咲(部長の言っている意味が全然わかんないよ……)
穏乃「山はいいよね〜」
咲「…………はあ」
-
穏乃「でも……本当なんだよ」
咲「?」
穏乃「自然に囲まれた山の中を走り回ってるとさ。嫌なことなんかあっても全部吹っ飛んじゃうんだ」
咲「…………」
穏乃「心が疲れたときでも、元気になれる。大丈夫だよって言ってくれる」
咲「…………」
穏乃「……山はいつでも、私たちを助けてくれるんだ」
咲「…………」
穏乃「…………だからきっと、ここから元に戻る方法も」
咲「えっ?」
穏乃「……ううん、なんでもない」
-
山頂
穏乃「登頂ー!」
咲「……ゼェ…ゼェ…ハァ…ハァ……」
穏乃「うーん、いい空気! ね、最高でしょ!?」
咲「…………はい…………」
穏乃「悩みなんかあっても消し飛んじゃうよね!」
咲「…………」
穏乃「…………ね?」
咲「…………」
-
穏乃「……咲は、悩んでちゃダメだよ」
咲「?」
穏乃「詳しい事情は私にはわかんないけど。咲とは、そんなの関係ないところで……いい勝負がしたい」
咲「勝負……?」
穏乃「昨日の試合見てさ。本当に、心から凄いと思ったんだよ」
穏乃「こんな相手と打てるなんて、って……。凄く心がわくわくした」
穏乃「弱気になったままの咲となんて……打ちたくないよ……」
咲「??」
-
穏乃「……とにかくさ、ここで気持ち切り替えてもらったら! ほら見て、この景色!」
咲「…………はい」
穏乃「おいしい空気! 心地よい風!」
咲「…………」
穏乃「ヤッホーやる? ヤッホーやっちゃう!?」
咲「……部長……」
穏乃「あっ、売店あるよ! ソフトクリーム食べよう! とろろそばが名物だって!」
咲(……ちょっと強引だけど……。私をどうにか励まそうとしてくれてるのかな……)
穏乃(山、たーのしー!!)
-
穏乃「……あっ、ほら見て! きれいな花!」
咲「…………あっ」
穏乃「こんなところにも咲いてるもんだねー」
咲「わぁ……!」
フワッ
-
――そのとき、私の脳裏に浮かんだ光景は。
大好きだったお姉ちゃんと一緒に見た、あの山の上の花。
私に微笑みかけてくれた、お姉ちゃんの笑顔。
嶺上開花を私に教えてくれた、あのときの言葉――
咲「あのときと……おんなじだ……!」
-
咲「……森林限界を超えた高い山の上でも」
穏乃「?」
咲「力強く咲く、一輪の花がある」
穏乃「咲?」
咲「…………そう。それが……私の麻雀!」
ゴォッ
穏乃(…………咲の背後に……大輪の花が咲くイメージが見えた……)ゾクゾクッ
-
咲「思い出した……。何か……、何かが見えた気がします……!」
穏乃「……うん! その笑顔!」
咲「はい!」
穏乃「…………よかった」
咲「……ありがとうございました、部長!」
穏乃「……まあ、高尾山に森林限界なんてないけどね」
咲「えっ」ガーン
-
穏乃「……じゃあ、お別れだよ咲」
咲「部長……?」
穏乃「……部長じゃないよ」
咲「?」
穏乃「私は咲の……、清澄の部長さんじゃない」
咲「…………えっ?」
ざわ…
-
穏乃「私はしず……、高鴨穏乃。なぜだかわからないけど、入れ替わっちゃったんだ」
咲「……?……」
ざわ… ざわ…
咲(木々がざわめいている…… 山のささやきが聞こえる……)
穏乃「山たちは知ってるはずだよ……本当の部長さんの名前。……元に戻ろうよ」
ざわ… ざわ…ざわ…
ビュゥゥゥ
咲(――そのとき、突然風が大きく吹いて。まるで山が話しかけてきたみたいに、遠くから聞こえたその名前――)
-
山 「 久 ! 」
.
-
ぐにゃっ
.
-
【久 ④】
久「…………あ、あれ? 咲!?」
咲「?」
久「ここ……は……。山の中……?」キョロキョロ
咲「どうしたんですか?」
久(白築さんにメガネを渡した瞬間……。ちょっと目がくらんだと思ったら……)
咲「??」
久「……戻って……きた……」
咲「あの、部長? 大丈夫ですか?」
久「あ、うん! 問題ないわよ!」
咲(……さっきまでと雰囲気が……)
-
久「……で、ここどこ?」
咲「……高尾山……です……」
久「…………」
咲「…………」
久「…………なんで高尾山?」
咲「……部長が……登ろうって言ったから……」
久「は?」
-
久「……じゃあ、もうひとつ聞いていい?」
咲「はい」
久「どうして私は、ジャージの上しか着てないのかしら?」
咲「……部長がそれしか着てこなかったからです……」
久「…………」
咲「…………」
久「……全然話が見えないんだけど」
咲「…………はい、私も」
久「……アホなのかな? 私は……」
咲(…………はいって言いそうになっちゃった)
-
久「それにしても……。何か下に履くもの持ってない?」
咲「あ……。じゃあこの予備のスカート……」
久「おっ、サンキュー。助かるわー」
着替え中……
咲「…………あの、私も聞いていいですか」
久「ん?」
咲「部長のお名前って……何でしたっけ……」
久「あら何? 咲も下の名前で呼びたいの? 美穂子に怒られちゃうわー」
咲「……いえそういうのじゃなくて」
久「竹井久さんっていうのよ、貴女のすてきな部長さんの名前は」
咲「…………そうですよね」
久「?」
-
久「……それじゃ、帰りましょうか」
咲「はい」
久「ほら、手つないで」
ぎゅっ
咲「あ……」
久「……離したらダメよ、絶対」
咲「…………はい」
ぎゅぎゅっ
咲(……あったかい、部長の手)
久(こんなところでこの子を迷子にするわけにいかないわ……。万に一つも離さないようにしないと……)ドキドキ
-
【雫 ④】
雫「…………、はっ!?」
慕「?」
雫「あ…… しらつき……さん……」
慕「……はい?」
雫(中学生の白築さん…… みんな……)
雫(…………帰ってきた……!)
慕「部長?」
雫「白築さん……、白築さぁん!!」
ギュッ
慕「ふえっ?」
-
雫「うっ…… う゛う゛…… 心細かったぁ……」グスン
慕「ぶ、部長?」
雫「う゛え゛え゛え゛え゛〜〜〜〜」
閑無「……慕を抱きしめて号泣し始めたぞこの人」
玲奈「情緒不安定のバリエーションがどんどん広がっていくね」
はやり「はや〜……」
-
慕「…………あの部長、このメガネ」
雫「うう〜〜、李緒〜〜」ギュッ
李緒「ひえっ!? 私にも!?」
雫「会いたかったぁ〜〜〜〜」
慕「…………あの」
閑無「今度は抱きつき魔かよ……」
杏果「…………やれやれだね」
玲奈「よーし、私もはやりに……」コソコソッ
はやり「はやっ!?」ビクッ
杏果「こらこら」
ワイワイ キャッキャッ
-
慕(…………詳しく聞きそびれちゃったけど)
慕(…………)
慕(…………わかりました部長。15年後に)
-
一か月後
雫「あれから一か月……。ついに来た、新たな戦いの舞台」
雫「島根県大会……決勝戦!!」
実況「副将戦、終了です! 優勝の行方は大将戦にもつれ込みました!!」
はやり「……いってきました」
杏果「おつかれ」
玲奈「やったね、後半大逆転!」
閑無「冷や冷やさせんなよー」
はやり「…………うん、ごめんなさい」
-
雫(最後の大将戦……。この勝敗ですべてが決まる、絶対に負けられない一戦……)
雫(……おまけに、なぜか私にとっては今年度の団体戦初試合)
閑無「頼むぜ部長! 最後!!」
李緒「期待してるよ!」
慕「がんばってください!」
雫「…………ええ」
-
雫(痺れるような緊張感、物凄いプレッシャー、皆からの期待の目……)
雫(……でも、不思議と落ち着いている私。この感じ初めてじゃないな……)
雫(あのときと……よく似てるわ……)
雫(本当にインターハイに出場させられるんじゃないかと思った、あの不思議な日の感じに……)
雫(…………でも)
雫(怖くて震えてることしかできなかったあのときとは……違う……!)
-
雫(……本当に、昨日のことのように思い出す。あのとき、パニックになってた私を慰めてくれた彼女の声――)
憧「――しずは突っ走ってりゃいいのよ。真っ直ぐ前だけ見続けて――」
雫「…………そう……そうよ!!」
-
雫(みんなの大将が! しず部長がこんなところでくじけてるわけにはいかないの!!)
雫(あれだけのおかしなことがあったんだから! もうちょっとやそっとの事じゃ動じないわよ!)
雫(あのとき出会った、あの仲間たちの気持ちに応えるためにも! 私だって頑張らなくちゃ!!)
雫「やってやるわ! やってやるわよっ!!」クワッ
千沙(…………声がでかい)
李緒(……また情緒不安定が……)
-
雫「私だって! 私だって今が一番強いっ!!」
閑無(うわぁ……)
玲奈(……出たよ)
はやり(はや〜……)
雫「うおおおおーーーー!!!!」ゴォッ
全員「…………」(ドン引き)
雫「…………あら?」
-
【穏乃 ④】
穏乃「あ…… ここは……」
穏乃「…………」キョロキョロ
穏乃「試合会場の廊下……。『奈良代表 阿知賀女子控室』……」
穏乃「戻って……きたんだ……」
ガチャッ
穏乃「ただいま……です……」
憧「あ、しず。お客さんはもういいの?」
穏乃「?」
-
穏乃「お客さん……?」
憧「あんたを呼んでた人よ。何の話してたの?」
穏乃「いや……誰もいなかったけど……」
晴絵「おいシズ! お前あの人とどういう知り合いなんだ?」
穏乃「?」
灼「しず部長ってどういうこと」
穏乃「??」
憧「…………変なしず」
-
大将戦前
穏乃「よっし! いってくるよ!」
憧「ちょっと待った!」
穏乃「?」
憧「制服着ていきなさいよ、ちゃんとした試合なんだから!」
穏乃「えぇーいいよー」
憧「いいじゃないわよ。ほら着替えて、私の貸してあげるから!」
-
穏乃「よし! 着替えた!」
憧(…………私の制服がちゃんと着れている)
穏乃「んー?」
憧(……やっぱり、昨日は何かの見間違いだったのかしら?)
穏乃「どうかした?」
憧「あんた……ここ数日で急にでっかくなったり小さくなったりしてない?」
穏乃「へ?」
憧「…………なんでもない」
-
灼「…………ただいま」
晴絵「ほら、行ってきなさい大将」
宥「がんばって……」
玄「ファイトだよ!」
憧「…………勝ってよね」
穏乃「……大丈夫だよ。約束したから!」
憧「…………そうね、さっき和と」
穏乃「ううん! 咲との約束!」
憧「はい?」
-
穏乃「いってきます!」
タッタッタッ
憧(…………やっぱりなーんかおかしいわ、昨日からのしず)
憧(…………)
憧(…………もしかしてだけど、私の服がちゃんと入るなら……)
憧(……服のサイズの方が違ってたとか? 昨日あいつにキツキツというか入りもしなかったはずのこのジャージ……)
スッ
憧(…………)
憧(…………きつくない)
-
【おさげのメガネのしず部長】
翌日 Bブロック準決勝
雫「昨日はありがとう、白築さん」
慕「……あれでよかったんですか?」
雫「…………ええ、たぶん」
慕「?」
雫「…………さて。白築さんの今日のご予定は?」
慕「明日の決勝までは、ここで観戦していくつもりです」
雫「……じゃあ、ご一緒していいかしら? いろいろ思い出話もしたいし」
慕「はい、喜んで」
-
阿知賀女子宿泊ホテル
晴絵「さて。今日は一日、玄に付き合って打つわよ」
灼「ドラゴン復活……」
玄「……うん、よろしくお願いします」
宥「がんばってくろちゃん……」
晴絵「試合の方は……。テレビつけっぱにでもしとく?」
憧「んー……。いいわ、見ないで」
穏乃「…………うん」
晴絵「そうか?」
-
憧「一昨日と同じよね。ここまで見ないで来たんだし」
穏乃「うん。信じてるから」
憧「……そうね」
晴絵「いや、対戦相手の分析とかいいのかよ」
憧「それはハルエの仕事でしょ。終わったら牌譜くらい見るわよ」
晴絵「なにィ」
穏乃「あっ、でも……」
憧「?」
穏乃「……中堅戦だけ、見ていい?」
憧「はあ?」
-
Bブロック準決勝中堅戦
パシュッ
ヒュルルル…
ズガン!!
久「ツモ! 3000・6000!!」
実況「清澄高校竹井選手、南単騎を一発ツモ! 跳満の和了ですー!」
ワァァァァーーーー
穏乃「…………うん。ちゃんといるよね」
憧(なんで中堅なんて……。まさかあの清澄の部長がしずに何か? 許すまじ……)ブツブツ
慕「……あっ、あのツモ……」
-
雫「ん?」
慕(あれは…………確かに、あのとき見た牌がかわいそうなツモ)
雫「どうかしたの?」
慕(…………それにあの打ち筋……、あのおさげ)
雫「……白築さん?」
慕(もしかして……彼女……?)
-
慕「……つかぬことを、お伺いしますけど」
雫「何?」
慕「雫部長って、今年高校三年生の娘さんいらっしゃいましたっけ?」
雫「!?」ブフォッ
慕「…………」
雫「なななな何言ってんのよ白築さん!! いるわけないでしょ!?」クワッ
慕(……あ、懐かしいこの感じ)
雫「そんなの、あなたと出会った中二の時もう居たってことよ!? 3歳児が!! 11歳の時の子が!!」
慕「…………ですよね」
-
慕「……もし、よかったらなんですが」
雫「?」
慕「今日の試合が終わったら。清澄の控室に行ってみませんか」
雫「えっ? 清澄??」
慕「…………もう一人。お礼を言わないといけない人がいた気がしたんです」
雫「???」
-
大将戦前
咲「じゃあ、いってきます!」
久「おっ、気合い入ってるわねー咲」
咲「はい! 部長と約束しましたから!」
久「ん?」
-
久「私と? 何かしたっけ?」
咲「……覚えてませんか? 昨日二人で山に登ったとき……」ウフフッ
穏乃「――決勝で待ってる!」
咲「……最後にそう言ってくれたんですよ。しず部長が」ニコッ
久「へ?」
咲「……いってきます! 約束を守りに!!」
実況「さあ、準決勝はいよいよ大将戦! 選手の入場です!!」
ワァァァーーーー
カン
-
王道な感じで面白かった。乙です
咲SSが多かった数年前が懐かしい
-
乙ー 良かった
"
"
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