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013 雨竜院金雨(サンライト)

11エピソード:2013/07/27(土) 18:22:13
「かなちゃん、雨は神様のおしっこなんだって」

 10年前、姉の畢に言われた言葉を金雨ははっきりと覚えている。4歳のころの記憶が鮮明さを失わないのは、大好きな姉のその言葉が彼女を魔人として生まれ変わらせたからだ。


「また、やっちゃった……」

 6月11日の早朝。寮の個室で目覚めてすぐ、下半身を濡らす冷たい感触に金雨はため息をついた。週に1、2度、オムツをする程では無いが、失敗してしまうのだ。
 ベッドから起き上がり濡れたパジャマと下着を脱ぐ。
 もう中3なのに……と溜め息をつきつつ外を見やれば、更に溜息をもう1つ。黄ばんだ世界が窓越しに覗ける。その原因は降り注ぐ黄色い雨――引いては、尿の雨を降らせる彼女の魔人能力「神の雫」にあった。発動条件は失禁すること、つまりは金雨のおねしょが、今この雨を降らせていることになる。

 妃芽薗学園を覆う高二力フィールド下で魔人能力は大きく制限され、発動も極めて困難になる。従姉に当たる千雨がそうだったように、傍迷惑な降雨能力を持つ彼女がこの学校を選んだのは必然だったが、フィールドは完璧ではなく、極稀に発動を許してしまうのだ。
 結果として年に1度か2度、妃芽薗には尿の雨が降り注いでいた。数年前の連続殺人や現在学園を騒がせる失踪事件とは異なり、不快感だけで実害は少ないが、「体育倉庫の百合女神像」「裏園芸部」等と共に妃芽園七不思議の1つに数えられている。


 その日の昼休み、金雨は学食にて友人と共に昼食を摂っていた。

「久しぶりに降ったよねーあのおしっこの雨。
 今日は明け方だったからまだいいけど、それでも蒸し暑い上におしっこ臭くてマジありえない。金雨も嫌っしょ」

「う、うん……困るよね」

 罪悪感と恐怖を内に秘めて金雨は友人の言葉に応答する。魔人学園である妃芽薗だが、希望崎と違い能力が殆ど封じられる環境故、相手の能力や魔人かどうかさえ知らぬまま友人・恋人にというケースは少なくない。金雨もこの友人が魔人なのか知らないし、逆もまた然りである。
 「私が犯人です」と白状したいが、したらきっと「えんがちょ」ではすまないだろう。学園の大勢が私を嫌うに違いない。入学から2年余り、保身のためにここまでそのこと
を隠してきた私が今更正体を明かしても、許されるはずがない。
 尿の雨が学園に降る度、金雨はそんな思いに胸を囚われていた。

「そう言えばさ金雨、知ってる? 踊り場の『まどか様』の噂」

「ふぇ? う、ううん! 知らないよ。って、もしかしてまた怖い話!?」

 心中を表すかのように俯いていた金雨だが、友人が振ってきた新たな話題にハッと顔をあげる。それは、妃芽薗の浅い歴史に見合わず数多くある怪奇譚のうちでも最も新しく、センセーショナルなものだった。

 曰く、中等部校舎2階の踊り場の鏡前で「まどか様、まどか様。おいでください」と3度唱えれば白フードの少女が現れ、どんな願いでも叶えてくれる――。

「へえ……」

 この友人は金雨が怖がる姿が好きで、そのためによく怪談や都市伝説の類を仕入れてくるのだが、ここまで聞いた限り金雨は特に恐怖を感じなかった。願いを叶えてくれる、というのもこの手の都市伝説にはありがちなネタに思われる。何となくこの先に何か来るのだろうな、とは予想してはいたが。

「それでね。まどか様はいつもは願いを叶えてくれるんだけどさ……。普段の見返りってことなのかな? たまーにね、願い事を聞かずに女の子を鏡の中へ……」

「中へ……?」


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