- 1 :生まれる前の世界から :2016/02/07(日) 13:12:26
- これから、死ぬ皆さんへ
すでに肉体のない(俗にいう死の世界)私がどうしてこの世で このような書き込みなどができるか不思議ではありませんか。
私も不思議ですが、なぜ私自身が不思議だということや 私の世界に(俗にいう、「あの世」)ついてお話しさせて頂きます。
これからの話や言葉は、私の世界の言い方や言葉ではなく、 わかりやすくするために、皆さんの生ある世界の人たちの言葉に 変えて記載いたしますが、誤って私の世界の言葉になってしまう こともあることをご了承頂きお読みいただければ幸いです。
さて、この世で生きている人が命を亡くしてから、あの世にいくと 何が待ち受けているか、皆さんが一番気にかかることから書きますので これを聞くだけで、その後を読む必要がなくなるかもしれません。
生を亡くすというは、肉体を無くすということです。これは皆さんも ご存知の事と思います。
要するに、生を持つ人(この世の人)は2つの心を持っているのです。
その二つとは、
肉体=溺れる心:この言葉を以下、「悪」と呼ぶことで分かりやすく なるかと思うので、「悪」としましょう。
魂=償う心:この言葉を以下、「善」と呼ぶことで分かりやすく なるかと思うので、「善」としましょう。
では、生を無くした時に人はどうなるのか、それは肉体を無くした とき=「悪」を無くした時です。
生を無くした瞬間は、生を無くした人によって時間が全く違いますが いずれにしても、あの世(例え)の入り口に入ります。
この時に人は「善」である魂だけになって、「悪」は一切存在しません。
善の塊の魂とは、悪いことを全く考えられない状態です。ようするに 悪いことを「この世」で行って「あの世」にくれば、それを究極 (これを最後まで忘れないで読んでください)に「悔やむ」のが魂です。
さて、肉体(悪)を無くした私たちは「善」のみになり、あの世の入り口に 入ります。
あの世の入り口には、裁判官(例え)がいます。
裁判官といっても、何らお叱りの言葉を言われたり、命令をされる ことはなく、本当にやさしく、お話をしてくれます。
裁判官の人数は、生を亡くした人によって違うようです。
違うようですというのは、私の時には3人でしたが、あの世である 私の世界で出会った人(魂)によっては7人という人もいるので、 人それぞれというか、魂それぞれのようです。
..........すみません。今はこれ以上の時間がありません。 また、必ずすぐにでも続きを書きますので、お許しください。
追記 死に向かう皆さんへ
肉体を無くした後の世界では、宗教など全くありません。
肉体のある世界では、いろんな宗教があり、いろんなことを話されていますが、 そのようなものは全くないのです。
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