- 1 名前:みちる 投稿日: 2013/05/13(月) 17:40:10
- ■以下、祖訳
【“自分の目で見ること”が日中間の誤解を消し去る】※敬称略
4月中旬、読売朝日といった日本の大手新聞の一面にはしきりに「中国」に関連するニュースが現れた。一方では尖閣諸島(※中文表記で魚釣島、以下、訳文では尖閣諸島と表記)の問題、もう一方ではしかし中国のH7N9についての話題であった。メディア上では日本の中国に対する関心度がすこぶる高い。
- 2 名前:みちる 投稿日: 2013/05/13(月) 17:40:41
- 一般の日本人に会うと、彼らはこのようなホットな日中政治(※原文では中日、以下、訳文では日中と表記)の話題に触れることはきわめて少なく、中国人の日常生活により興味を感じている。43歳(※中国での44歳?)の「中国通」、古賀千代樹は私に会ってこう尋ねた。『ずっとわけがわからないのです。以前の日本には貧しい移民がいるだけで、なぜ中国ではみんなお金持ちが移民しているのでしょう』日本の女性によく聞かれる質問は『中国の女性は結婚後に夫の名字にできないのですか』
- 3 名前:みちる 投稿日: 2013/05/13(月) 17:41:40
- 3年前に上海へ来て海外事業を展開している画家の田中拓馬は、小さい頃から三国志を読むのが好きで、同時に中国も非常に好きだったが、やはり強いカルチャーショックを受けた。『中国人の気質に何度も「騙され」たが、やはり中国人は好きです』と田中は語る。気質の違いから誤解を招くことを田中の全ての「騙され」が示している。『日本人は控えめで、ふつう言ったことはその通りだが、中国人こそ大げさに言うことを好みます。出会った多くの中国人画家が自分を中国一だと言うが、その後すべて実際にはそうではないと気がつきました』
田中は、中国人とビジネスをはじめてから、自分の生活が騒がしくなり始めたことに気づいた。絶えず仕事の電話がかかってくるのだ。『日本人はメールでの連絡をより好みます。しかし中国人は直接電話することを好みます』
- 4 名前:みちる 投稿日: 2013/05/13(月) 17:42:11
- 隣りの国ではあるが、様々な原因により、日中の間の理解は霧の中で花を見るような状態(※物事を見てもはっきり見えない状態)に置かれている。参議院議員である松田は次のように述べた。『国家と国家の間では理解を通じてはじめて、互いに友好になれるのではないでしょうか』
直接交流が足りないほか、メディア上の情報が一方に偏ることも日中間の深刻なわだかまりをもたらした。昨年末の魚釣島事件のピークの時期、日本の主要メディアでは中国の反日デモの映像がこぞって報道された。北京、西安などで日本製品の打ち壊しをする映像もしばしば報道された。もともと多くの中国人の友人を持ち、中国に対して非常に好感を抱いていた小川悠は私へ次のように語った。『私の中国人に対するイメージは確実に、以前ほど良くはなくなりました。しかし、尖閣諸島のような政治問題が理由ではなく、テレビで見る中国人の反日デモや日本製品の打ち壊しのような情景が、どうしても受け入れられないからです』
- 5 名前:みちる 投稿日: 2013/05/13(月) 17:42:42
- 23歳(※中国では24歳)の倉岡駿は昨年9月に中国へ留学に来た。これまで、尖閣諸島という言葉について倉岡は聞いたことが無かった(※実際は「盧溝橋事件と日付と中国でのデモ」について知らなかった)。9月18日、上海日本大使館の入口で民衆による自発的な反日行進(※取材時は記者の方から官製デモとの見解を示されたが、出稿にあたり配慮したと思われる。倉岡の見解は示していない。基本的には中国内でのデモ活動は取り締まり対象)が行われることを知り、いささかの恐怖にかかわらず好奇心によりその中に混ざって参加した。
午前11時から午後3時まで、行進隊について大使館を何度も回り、後にまた人民広場(※上海市の中心にある公園のような広場)へ行き、まるまる4時間を過ごした(※おかげで授業には遅刻)。行進は、穏やかで秩序立っており、自分が日本のメディアから把握した状況とは非常に異なる、という感覚を倉岡へ与えた。
今年の初め(※日本の暦)に日本へ帰国した際、上海での反日行進について撮影した映像を倉岡はようやく自らの友人たちへ見せた。日本の友人はなんとメディア上で報道される激しいシーン以外に、もともと他にも形式はあることに気がつき、この出来事(※反日デモ)はより多様な角度からの理解があると次から次へと意見した。中国でもたくさん友人のできた倉岡は私に対して次のように語る。『政府と市民は分けて考える必要がある』
33歳の安西直紀は日中未来を考える会の会長で、団体は現在300名ほどの日中学生が所属している。団体の多彩な交流活動を通じて日中における若者の間の理解を深めている。
- 6 名前:みちる 投稿日: 2013/05/13(月) 17:44:35
- 2010年、安西はイラクへと旅立った。当時、イラク戦争が終わったばかりで、家族や友人はしきりに彼の身の安全を心配していた。しかし、現場にたどりついた安西は気づいた、イラクは決してメディアで報道されているような戦乱だらけの不安定状態ばかりではないと。無政府状態であるにもかかわらず、イラクの一般市民は安西のようなよそ者への態度は相変わらずとても親切であった。
イラクでの経験の後、「自分の目で見ること」の重要性に安西は気がついた。そのため、彼はこの団体へ加入し、在日の中国人留学生がより多くの日本を深く知る機会を得られることを望んでいる。『311地震が起こっても、中国の留学生はやはり日本を選択したでしょう。私からすれば、彼らは半分身内です。』と、中国人留学生に対して安西は心から感謝している。
- 7 名前:みちる 投稿日: 2013/05/13(月) 17:45:06
- 去年の尖閣諸島事件は中日間の民間交流へも影響を生じた。安西の日中未来を考える会も中国方面の活動をすべて停止させられるかもしれない。『政治はいつも緊張しており、しかしそれだからこそ、このような民間交流はますます緊張すべきではないでしょう。まさにこのような状況であるから、努力しなければなりません』安西は語る。『私の心境は当時イラクにいた時と同じです。どうであれ、日中両国の若者は、まず直接会って、お互いに交流して、理解してみて下さい。』
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