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らくださんのスレッド- 1 :運ちゃん:2010/09/18(土) 00:18:54
- コラム記事を書いていただいているらくださんへのコメントをお願いします。
- 2 :アンチ学会員:2010/09/18(土) 11:38:28
- 質問や疑問まで愚痴や文句にされるんだから対話が大事ってよく言えるね(笑)
- 4 :雲:2010/09/18(土) 22:26:07
- 新しくなるのですね。まだ、戸惑っています。
- 5 :佑:2010/09/19(日) 21:28:07
- 外国人参政権をなんとしてでも通したいからF取り必死なのでしょう。
らくださんもその一人なのではないですか?違ってたらごめんなさい。
逆にらくださんに教えてほしいのですが、なぜ公明党が必死になって外国人参政権を
通したいのでしょうか。
- 6 :らくだ:2010/09/19(日) 22:41:49
- >>2
アンチ学会員さん
僕は記事の中で、そのようなことは言っていません。
現場組織には、質問や疑問を、愚痴や文句として、片付けてしまう空気が
あるかもしれません。
>>5
佑さん
F取りに必死な学会員から、「外国人参政権を通したい」との話を
聞いたことはありません。また創価学会の選挙関係の会合に
行っても、「外国人に参政権を」という主張を聞いたことはありません。
対外的にも、対内的にも、学会員は外国人参政権について、
あまり関心がないように思えます。
僕自身は、外国人参政権に関して、意見を持っていません(不勉強のため)。
>なぜ公明党が必死になって外国人参政権を
通したいのでしょうか。
僕に答える資格はありません。
- 7 :アンチ学会員:2010/09/19(日) 23:41:49
- >>6 返事ありがとさんです。
創価学会員なら対話重視が基本と教えられてんじゃないですかね? ところが現場では愚痴や文句で片付けられてしまう。 学会員自身が何も理解しないまま活動を強制させられるからじゃないでしょうか。
らくださんはどうお考えですか?
- 8 :佑:2010/09/20(月) 00:14:39
- らくださん、お返事ありがとうございます。
公明党は外国人参政権法案の提出を29回していて、民主党の15回を上回る
ダントツ1位ですよ。これは公明党の悲願ではないですか?
それに公明新聞でも民団と外国人参政権を2年以内に成立させる約束をしたと
載ってたと思うのですが・・・。
学会員がこれを知らず公明党の応援をしているのですね。
- 9 :らくだ:2010/09/20(月) 00:18:34
- >>7
おっしゃる通りです。
学会では、「対話重視」と言われていますが、これは「創価学会外部に対して、
対話をしろ」という意味に取るべきで、つまり「創価学会を広げよ」との意です。
「対話重視」という言葉は、「内部での対話重視」と解釈してはいけません。
内部での対話は、愚痴や文句と一蹴されてしまいます。
また「何も理解しないまま活動を強制させられるから」、
「現場では愚痴や文句で片付けられてしまう」との指摘には、賛成します。
組織で役職も持つ人たちは、一人でも多くの活動家をつなぎとめておくため、
活動を強制し、組織に従順に従うことを求めます。そのため、現場組織では、
質問や疑問をはさむ余地がありません。質問や疑問は、愚痴・文句とされます。
- 10 :前田 警次郎:2010/09/20(月) 00:24:31
- 横から失礼します。自分の記事もそろそろUPしようと思っていますが、らくださんが悪いとは申しませんが佑さんの仰る通り、何も知らずに「公明党100点」「信心だから」「センセイの為だから」との思いだけで支援出来る思考回路を持っているのが創価党のバリ活連です。反平和であろうが弱者の敵であろうが、外国人参政権が何を意味するのか…そんなことドーーーーデモいいのが創価党です。だってそんな事、聖教自慰新聞にも公明嘘新聞んも書いてないんだもの。
- 11 :らくだ:2010/09/20(月) 00:42:59
- >>8
大半の学会員は、公明党が外国人参政権付与に積極的なことを
知らないでしょう。
創価学会は、60年代〜70年代、主に都市下層の未組織労働者を
組織してきたと言われています。
公明党が参政権付与に動く背景について、はっきりしたことは分かりませんが、
社会的に守られることの少ない日本に永住する外国人層を、
票の有力な取り込み先と考えているのでしょうか。
- 12 :らくだ:2010/09/20(月) 00:48:10
- >>10
前田警次郎さん
おっしゃる通りです。
すべては、信心とセンセイのためという一言です。
- 13 :アンチ学会員:2010/09/20(月) 00:49:36
- >>9
お早い返信ありがとう。らくださんのおっしゃる通りだと僕も思います。
らくださんはバリ活狂信者ではありませんね(笑)
失礼しました!
- 14 :考え中:2010/09/20(月) 00:58:42
- らくださん、
ご友人や知人にも投票依頼されていることかと思いますので、
ご自分の支援している政党が一体何をしているのか知ることは大切です。
外国人参政権とはどんなものか、
これを通したら日本はどうなっていくのか、
これを機に是非学んで考えていただきたいです。
- 15 :前田 警次郎:2010/09/20(月) 01:12:48
- らくださん、失礼しました。
貴方はどちらかというとそういう組織に疑問をお持ちのお立場なんですね。
私も組織の正役職に就いていますが
バリ幹が言う「愚痴や文句」をさんざ言い放っています。
でも彼等が言うには
「前田君はちゃんと役職に就いてるから愚痴や文句じゃないよ
だからそういう意見を言う為にも、しっかり頑張ろうよ!」
と、もはや人の話を聞く耳持たない幹部連ばかりです…
上記の書き込みは特に婦人部…
彼女たちは「池田大作親衛隊」であり、強烈なファンなだけで
国の政局、経済、諸々の状況など、極論すれば「全部嘘!」
「創価以外は全部悪!」「アグネスチャン、先生と懇意=いい人」
図式は簡単で、一番操りやすいし、喜んで金も出す訳です…
おばちゃんはヨン様が好きなら韓国まで行くし、パクヨンハが
死ねば、飛行機に乗って葬儀にまで行ける。
池田先生が喜ぶとなれば、何だってやります。
それを「師弟」と呼んでいるんですね。
創価=考える事を忘れた人の集まり
政治を一番知らないのは「公明党支持者」だとつくづく思います。
- 16 :らくだ:2010/09/20(月) 01:45:24
- >>14
考え中さん
僕自身は、投票依頼に熱心ではありません。
また公明党の政策については、勉強不足でした。
- 17 :らくだ:2010/09/20(月) 01:46:47
- >>15
おっしゃる通りです。
- 18 :佑:2010/09/20(月) 09:44:20
- らくださん、お返事ありがとうございます。
外国人参政権が可決されると日本が大変なことになるので、学会員の意見を聞きたかったのです。
率直に答えて下さりありがとうございます。
>創価学会バッシングが起こるのはなぜなのか?
これは、内部外部にかかわらず、傷つけられた人が多いからだと思います。
私もまわりも学会嫌いな人が多いですが、みんな嫌なことされています。
>一会員から見た創価学会は、なぜ創価学会全体をとらえていないのか?
私もそう思います。全体からとらえることが出来た人は辞めるか未活になるか距離をおくと思います。
とらえられない人が学会に残って活動しているのではないでしょうか。
全体を見れない人は盲目的であり、聞く耳をもちません。だから会話が成立しないのです。
学会員はそういう人が多いですよね。なぜなのでしょう。
- 19 :らくだ:2010/09/20(月) 12:03:58
- >>18
佑さん
>外国人参政権が可決されると日本が大変なことになる
どのように大変なことになるのでしょうか?
佑さんがこれに答えない限り、創価学会・公明党=悪という紋切り型の
図式を当てはめているとしか思えません。
そして本当の創価学会像が見えてこない一番の理由は、
非常に多くの人が、紋切り型のイメージや憶測でしか議論をしないからです。
僕が記事で挙げた問いについては、ひとつ新たな記事ができています。
- 20 :運ちゃん:2010/09/20(月) 12:41:24
- >>19
横レスですが・・・
>>外国人参政権が可決されると日本が大変なことになる
>どのように大変なことになるのでしょうか?
●地方議会への参政権を認めた場合、これはあくまで仮定の話ですが、
例えば対馬に大量の移住を某国がした場合、そこの議会について
ジャックされてしまうという可能性も否定できません。
そうなると、場合によっては日本の国益と反する条例などを可決されると
大きな問題になるかもしれません。
対馬は国防上、重要な施設がありますが、その隣の土地を韓国の法人が
購入しているという先例もありますから・・・・
上記はあくまでネットに出ていた意見であり、詳細について確認をして
みないといけませんが、、、、
日本という国は「安全保障」という面では結構うといですからね。
横レス失礼しました。
- 21 :アンチ学会員:2010/09/20(月) 12:44:12
- 日本人の大半が反対している外国人参政権を公明党が推し進めるのは何故でしょうか? これで庶民の為の政党と自画自賛しても日本人の理解は得られませんよね。
- 22 :小夜子:2010/09/20(月) 20:46:53
- >>21
婦人部になり未活になった小夜子です。
池田さんは在日帰化人だとネットで書いてありました。韓国を兄の国と言ったり、純粋な日本人だと思えない発言が多いように感じます。日本は素晴らしい国だと思うし世界でも好感度上位ですよね。 島国根性だとか嫉妬の国だなんて腹立たしいです。
- 23 :佑:2010/09/20(月) 21:06:52
- らくださん
内政干渉できるからです。日本国籍をもたず、祖国と日本に選挙権をもてるから危険だと思います。
外国人参政権について知りたいのならネットで検索すればすぐわかりますよ。
どうぞご自分で納得いくまで調べてみてはどうでしょうか。
私は外国人参政権は日本に必要ないと思っています。
らくださんは外国人参政権を悪と思っているのですか?
私が紋切り型の図式をはめているように思うなら、それでいいではありませんか。
世の中にはいろんな人がいるのだから・・・。多くの人が憶測で議論しているとは思いません。
らくださんがそう思うのもいいと思いますよ。ですけど、それを人に求めるのは違うと思います。
- 24 :運ちゃん:2010/09/20(月) 22:01:37
- >>22
>池田さんは在日帰化人だとネットで書いてありました。
●これに関して、僕は「ネットデマ」だと思います。
でも確かに創価学会の韓国や中国に対する姿勢というのは「?」という
ものもありますけどね。
創価学会を批判するにも、デマを交えてしまっては、その批判は最終的
には無意味なものになってしまうと思います。
- 25 :佑:2010/09/20(月) 22:30:06
- らくださん
らくださんは学会員なので、学会を悪く言われると嫌なのわかります。
私とは考えが違うので、学会を悪とか悪でないとか議論する必要もないし、私が学会をどう思おうと
個人的なことであり、干渉されるものではないのです。
自分と考えの違う人がいることを受け止めて下さい。
らくださんに質問されましたが、申し訳ないですが、ちょっと攻撃的なかんじを受けました。学会員
さんに攻撃的な人が多いので、そういうの嫌なのです。対立したくありません。
それと他の方からの意見や考えを聞いてみたいので、私はこれでコメントを控えます。
らくださん、これを機にどうぞ外国人参政権について勉強してみて下さい。らくださんの疑問が解決
するかもしれません。
運ちゃんさんには、この場を設けて下さって感謝しています。ありがとうございました。
- 26 :らくだ:2010/09/20(月) 22:39:40
- >>20
運ちゃんさん
解説ありがとうございます。
公明党による外国人参政権付与の動きはよろしくない、というコメントの
進み方をしていましたので、どのようによろしくないか確認をしたく、
上記の質問をしました。
>>21
アンチ学会員さん
さきの>>6でも書きましたが、僕に答えることはできません。
(公明党にでも、聞いてください)
しかし、外国人参政権を認めると庶民の政党でなくなる、と、なぜ言われる
のでしょうか?
日本に住む外国人は庶民ではないのでしょうか。あるいは、公明党が庶民の
政党を貫くなら、他に力を入れるべき政策があるというのでしょうか。
>>22
小夜子さん
池田氏が帰化人であるかどうか、定かには分かりません。
いずれにしても、宗教指導者の人種がそれほど大きな問題でしょうか?
>>23
佑さん
外国人参政権反対について、意見を述べてくださり、納得しました。
単に公明党のすることは間違っているからと、頭ごなしに反対している
わけではないのですね。
肩透かしをするようですが、僕自身の意見は控えさせてもらいます。
僕は政治的な主張をしたいわけではなく、根拠に基づいて、創価学会と
公明党について話をしましょうと言いたいからです。
- 27 :らくだ:2010/09/20(月) 22:48:02
- 佑さん
すれ違いを残念に思いますが、気が向けば、また訪れてみてください。
ありがとうございました。
- 28 :アンチ学会員:2010/09/20(月) 22:58:31
- >>26
学会員が分からない事を公明党が押し進め、それに疑問を持たないから盲目的だと言うのです。 僕は座談会や男子部会合、公明党市議に質問をしましたが皆さん?でした。 日本在住の外国人ももちろん庶民です。しかし、日本を牛耳って野郎とする輩がいる事だけは肝に銘じて下さいよ。
- 29 :考え中:2010/09/20(月) 23:34:11
- らくださん、お返事ありがとうございます。
>僕自身は、投票依頼に熱心ではありません。
そうでしたか。
いや、よかったです。
>また公明党の政策については、勉強不足でした。
ほんとにこれについては、他の方もさんざん言われてますが、
ぜひ調べてみてくださいね。
知っておかなくてはいけないことだと思うのです。
色々分かって面白いと思いますよ。
>外国人参政権を認めると庶民の政党でなくなる
どころか、どこの国の党ですか?と言いたいですよ。
私ごとですみませんが、私自身はこの法案がもたらす恐ろしさを知って、
公明・学会を捨てさる決意ができたようなもんでした。
(原因としては他にも色々ありましたけれども、最終的にこれで背中を押されたって感じですかね。)
- 30 :らくだ:2010/09/20(月) 23:42:17
- >>28
アンチ学会員さん
おっしゃる通りです。公明党を支援することが、創価学会の信心です。
学会員よりも、学会外部の人のほうが、公明党の政策について、
詳しいかもしれません。
僕は、ネット上でのやり取りを、他によくあるような、
不毛な言葉遊びにしたくありません。
根拠のないと思える意見や、筋が通らないと思う意見に疑問・質問を
返して、真意を問います。
問い方によっては、学会擁護に見えたり、反動的な攻撃に見えたり、
うっとおしい理屈バカに見えたりするかもしれませんが、
不偏不党をモットーに、ついてきてくれる方がいる限り、
続けたいと思っています。
運ちゃんさん
上記態度を、お許しください。
- 31 :らくだ:2010/09/21(火) 00:09:24
- 考え中さん
外国人参政権について、よく調べてみます。
たしかに、外国人参政権を認める政党は、当の国の政党とは言いがたいですね。
- 32 :雲:2010/09/21(火) 00:13:31
- >>24運ちゃんさん
池田大作氏は帰化人ではない。について「デマだ」との事ですが。根拠があるのですか?有るのなら知りたいです。解ればスッキリします。他の方でも結構ですご存知の方がいらしたらどうか教えてください。
- 33 :運ちゃん:2010/09/21(火) 10:02:57
- >>32
以前にみた論拠を資料室にアップします。
ただ時間を少し下さい。
- 34 :アンチ学会員:2010/09/21(火) 15:25:47
- >>22
小夜子さんと同じく僕もネットで見て、帰化人じゃないにしても半島にルーツがあるのかなと思ってました。 運ちゃんさんの記事を待って、お互いネットデマには気をつけましょうね。
- 35 :らくだ:2010/09/23(木) 01:15:13
- 池田名誉会長の出自について
>>22 >>24 >>32 >>33 >>34
池田大作『私の履歴書』(1978年、聖教新聞社)に、以下の記述があります。
「江戸時代から、大森の海岸で海苔を採りつづけてきたという漁師の家に
生まれた」(p.20)
「母は古市場(現在の大田区)のかなり大きな農家の娘で、大正四年
(一九一五年)に父と結婚」(p.26、括弧内は原文の通り)
日経新聞に連載されたこの文章を、池田氏が執筆したのは、46歳のときである。
気力も体力もみなぎっているこの時期に、上記文章を周囲の人間に書かせたとは
考えにくい。
なお個人的な考えでは、宗教指導者の人種や国籍がそれほど重要な問題なのか、
と言いたい。(創価学会擁護の意見ではない)
池田氏の出自に関する興味・関心自体、日本人特有の偏見から来るものではないか
ということである。
- 36 :運ちゃん:2010/09/23(木) 01:38:39
- 池田名誉会長の「在日説」について、僕の知っている情報を資料室に
アップしましたのでお知らせします。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/report/ikedap/ikedap1.html
さきのらくださんのコメントにもありましたが「宗教指導者の人種や国籍がそれほど重要な問題なのか、
と言いたい」にも、僕自身としては同意します。
まずは読んでみてください。
ご意見については、別にスレッドを立てましたので、そちらの方でお願い致します。
- 37 :堅皇:2010/09/23(木) 03:45:35
- >らくださん
はじめまして
僕は創価学会が外部から嫌われる理由は
創価学会という組織しか認めないと言うところがあるからだと思っています。
他を全く認めず自分達の組織の考えを押し付け
また、自分達の組織に無理やり引き入れようとする事です。
言うなれば宗教を使った侵略戦争を仕掛けているからであると思います。
犯罪を犯すか犯さないかはその先にあることで
仮に法律を犯すことがなくてもやっている行為は侵略戦争だと思っています。
僕は創価学会から日蓮仏法を学びそれに共感し信じてきましたが
今現在は創価学会に不審を抱き創価学会から脱会し
今一度自分で日蓮仏法と言うものを学びなおしています。
そこで見えてきたものがいくつかあります。
一つ言える事は日蓮仏法には組織と言う概念はありません。
また広宣流布という概念の中には国や組織の壁と言うものは一切ありません。
組織と言う壁を作ってしまえば
誰もその中にいる一人一人を見ようとはしなくなってしまいます。
創価学会というものが組織第一であり
その組織しか認めないと言う考えであるから
外部も同じような目で見てくると言う事ではないでしょうか。
そう、創価学会から見れば周りの人は皆壁の外にいる外部なのですから。
- 38 :アンチ学会員:2010/09/23(木) 10:14:01
- >>35
人種、国籍が気になるのは個人によるでしょう。韓国では、創価学会が日本の宗教というだけで弾圧されましたね。逆に創価学会が韓国で設立していたら、日本でこんなに広まっていたでしょうか。 ここで問題にしたいのは、池田氏が何故日本を卑下し中国と韓国を持ち上げる発言が多いのかです。日本では池田氏が相手にされず称号を送らないからスネてるのでしょうか。(笑)らくださんはどう思いますか?
- 39 :運ちゃん:2010/09/23(木) 21:07:21 ID:P0BB7BRg
- らくださんの新しい記事を掲載しました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda100923.html
- 40 :らくだ:2010/09/23(木) 21:16:05 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
はじめまして。
ご指摘の通り、創価学会は他の組織を認めず、このことが嫌われる要因と
なっているように思います。
しかし、日蓮仏法にも、四箇格言(真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊)
というものが知られているように、他宗排撃という特徴はあるのではないでしょうか?
※日蓮の遺文には、四箇格言そのものの言葉はないようですが。
組織という概念に関しては、非常に難しいものがありますが、
宗教創始者とその宗教は別物と考えられます。
イエスはキリスト教を知らず、ブッダは仏教を知らず、日蓮は日蓮系教団を知らない。
宗教組織というものは、後世の人たちが作り上げたものです。
現在の創価学会では、池田名誉会長は、宗教上のカリスマであると同時に、
戸田会長亡き後に組織を立て直した中心人物でもあります。
このことが、創価学会において、組織に力点が置かれる理由ではないでしょうか。
>アンチ学会員さん
韓国で設立されていたら、と、歴史で「もしも」を言うのは、
微妙なところですね。
池田氏が本部幹部会に出席していたころの同時中継では、
日本は私・池田を認めないが、海外からは賞賛されて困る、
との発言をよく聞きました。
スネているととられても、おかしくない発言ではありますねぇ。
- 41 :堅皇:2010/09/24(金) 22:20:01 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> しかし、日蓮仏法にも、四箇格言(真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊)
> というものが知られているように、他宗排撃という特徴はあるのではないでしょうか?
ご指摘のように「立正安国論」で書かれている様に
日蓮はこれらの宗教たるものが良くないと言っています。
但し、これらはそれぞれの教えの何処がいけないのかと言う部分を
具体的に指摘しているのですね。
更に言えばそれらの教えの全ての事柄を否定しているのではなく
間違った部分を否定しているわけです。
実はこの部分を理解しないと日蓮は排他的趣向の持ち主であったと
捉えられてしまうところがあると思います。
> イエスはキリスト教を知らず、ブッダは仏教を知らず、日蓮は日蓮系教団を知らない。
まさにその通りだと思います。
日蓮が排他的であるという趣向はおそらく日蓮が亡くなった後
それを引き継いだ方々がそうさせたのだと思います。
例えば日蓮正宗や創価学会は謗法払い等と言って
他宗の仏や神棚を捨てろとか言ってきましたが
日蓮が他宗にそのような攻撃を加えた事実はありません。
そういった物質的なものを捨てるのではなく
どちらがいいと言うことを全て「法」で話し合われてきたものだと思います。
また、日蓮正宗や創価学会は他宗に触れる事が謗法だと言い
これまた排他的行動を取っているのですが
日蓮が他宗に踏み込まなかったと言う事実は全くありませんね。
日蓮教団が排他的で排撃集団である事は否定しませんが
日蓮自身は排他的ではなかった言えます。
となると後世の日蓮教団は日蓮と違う「法」を行っていると言うことになります。
僕はこの部分でも日蓮正宗にせよ創価学会にせよ
間違いを犯しているのではないかという事です。
四箇格言は単に真言、念仏、律、禅といった特定の宗教を
断じていると言うこと以上に
同じ仏法を基本としながらもこの部分が間違っているという事を
具体的に述べたものだと思います。
これらの理由を1つずつ取り上げていくと
同じく日蓮の教えを基本としながら
創価学会という組織の行っている行動は
四箇格言の全てに抵触しているものだと考えられます。
よって創価亡国、創価天魔、創価無間、創価国賊だと言えますね。
また日蓮が法華経しか認めない論者と思われているところがありますが
それも後世の日蓮教団が広めた勝手な思い込みで
日蓮ほど他教の良いと思われるところを吸収している人はいないと思います。
それは物事を善人悪人とで判断することも無く
全てはその事柄(法)によって判断されているからであり
まさに「依法不依人」とはこのことだと思います。
ところが創価学会は全ての事柄を人で判断し組織で判断しています。
これを持ってしても創価学会は全く持って日蓮の意思から掛け離れていますね。
- 42 :小夜子:2010/09/24(金) 22:44:42 ID:YV73zWfg
- >>24
池田さんは日本人だったのですか??。朝鮮人だと思って少しは理解できましたけど全くこの人なに考えてるんでしょう。
今重症なんですか?
どこにいるのか、意識があるのかないのか、どこからかメッセージだけ流れてくるけど薄気味悪いですね。
- 43 :運ちゃん:2010/09/24(金) 23:28:32 ID:P0BB7BRg
- >>42
>全くこの人なに考えてるんでしょう。
>今重症なんですか?
●重症だと思いますよ・・・・
僕が聞いている範囲では、若い時にはそれなりに頭も切れて、機微に敏感であり
人を集められるだけのものは、あったらしいですが、最近では、かなりボケが入って
いて、人前には一人で出せないとかどうとか・・・・
まあ歴史上の偉人と言われる人でも、歳を取ればそれなりボケて大変な事をやらかします
ので・・・・同じ状況だという事でしょう。
それを「永遠の指導者」とか呼んで、今でも明晰快活に指導をしていると信じているのは
現場のまじめな会員だけだと思います。
今頃どこにいあるのか・・・解りませんね〜。
- 44 :らくだ:2010/09/25(土) 01:31:41 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
仮に排他性・排撃性とまで言えないにしても、日蓮はやはり他宗を退けており、
遺文では、典拠となる文献をあげて、他宗を事細かに論駁しています。
何を宗教上の価値あるもの(聖なるもの)とし、どのような基準で選択すればよいのか。
このような教義論争は、信仰上の根本的な信念にまで踏み込むものなので、
安易にすべきではないように思います。
一点、俗な観点からは、日蓮に降りかかった様々な迫害と受難が、
日蓮をして法華経の行者と自覚せしめたように見えます。
はしょって言えば、「正しいこと(法華弘通)をしているものは、迫害される」と、
法華経には書いてあって、現実の困難が、日蓮を法華経の行者と自覚させた。
種々の法難によって、ますます法華第一主義へと傾いていったように思えます。
後世の日蓮教団こそ、日蓮系の仏教思想に排他性を持ち込んだとする見解には、
すべてを賛成できるわけではありません。
日蓮は立宗以前、比叡山に学んでおり、天台教学をベースにもっています。
日蓮没後、日興を除く五老僧は、自らを「天台沙門」と名乗り、
権力と対決する師の激烈な姿勢に恐れをなして、むしろ時の有力既成教団と
融和を図ろうとしていたように思います。
創価学会と日蓮。
宗門と分かれてしまっている現在、改めて考えてみる必要があります。
- 45 :堅皇:2010/09/25(土) 13:41:47 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> 日蓮は立宗以前、比叡山に学んでおり、天台教学をベースにもっています。
僕も以前までそう思っていました。
しかしよくよく見直してみると日蓮は仏教全般をベースに考えていることがわかります。
日蓮の御書、遺文を拝するに
法華経第一とうたっている彼が何故法華経以外の経典から
例を出しそれらを賛美しているかと言うこと
大日経に曰くだの六波羅密教とはこれなりだとか。
実はこの辺の矛盾はかねてより抱いていたことなのですが
日蓮の考え方の基本はどんな人の言うことであれ
良いものは良い、悪いものは悪いという姿勢の元話をされたのだと思います。
四箇格言に関しても
悪い部分を指摘しているのにもかかわらず
この部分を全て端折りただ真言さんが悪い念仏さんが悪いと言うように
短絡的にその経の全てが誤りであるかのように捉えてしまったのが日蓮教団だと思います。
日蓮が天台教学だけをベースで捉えていれば
妙法蓮華経の文字に南無という念仏からの概念は用いませんし
本尊と言う概念を真言から用いる事はなかったと思います。
また、日蓮が法を見ず人の素行で判断するようであれば
破戒僧であった鳩摩羅什の訳の妙法蓮華経など用いる事はなかったと言えます。
ちなみに創価学会は日顕の事を人としての素行で判断し
間違った人だから法も間違っていると言っている人がいますが
もしそうであればあなた方が使っている
南無妙法蓮華経という言葉を全て否定してしまうことになってしまうんですね。
宗門が間違っているのであればどの部分が法として間違っているかを指摘するべきであり
単に人を攻めるのはこれもまた日蓮の意に反している行動だと思います。
悪い人がいた場合、その人の悪い事を止めさせようとするのが日蓮で
悪い人がいたらその人自身を潰してしまえと言うのが創価学会。
創価学会が日蓮の意に反した行動を取っている背景には
日蓮が用いなかった言葉を日蓮正宗から学びそれを信じて行動してしまった事。
また、創価学会が独自の解釈の元経文にない言葉を
会員に広めそれを信じさせた事にあると思います。
「唯授一人」「法水写瓶」「久遠元初自受用報身如来」「人法一箇」
これらの言葉を追求するとどうしても組織的思考、排他的思考が芽生えてきます。
また、創価学会の中では常用として使われている言葉
「師弟不二」「人間革命」「宿命転換」「僧俗和合」「仏法即社会」
これらを追求していっても同じくそれを増徴させる結果となります。
これらを全て日蓮の言葉かのように学習してきましたが
本当にこれが日蓮の言葉なのかと思うようになりました。
それはそうです。
だってこれらは全て創価学会や宗門教学から学んだことで自分自身で学んだものではありませんでしたから。
- 46 :運ちゃん:2010/09/26(日) 00:20:05 ID:P0BB7BRg
- 堅皇さん
横から失礼します。
日蓮さんの御書や思想というのは、その当時の時代背景や宛てた信徒の
状況などを理解しないで読むと、結構誤解を生じる内容が多いです。
一つの例ですが、以下の御書があります。
「幼少の時より虚空蔵菩薩に願を立てて云く日本第一の智者となし給へと云云、虚空蔵菩薩眼前に高僧とならせ給いて明星の如くなる智慧の宝珠を授けさせ給いき」(善無畏三蔵抄 P888)
これなどは日蓮さんが単純に幼少の頃、虚空蔵菩薩に願掛けをした結果と
見られてしまいますが、そもそも虚空蔵菩薩は真言密教の菩薩です。
では、日蓮さんは真言密教を信じていたのか・・・とか。
でもこれは最近の研究によると、「道善房=虚空蔵菩薩」として示していたの
では無いかと言う話です。
要は日蓮さんは幼少の頃、師匠の道善房から法華経の事は耳にして、そこから
インスピレーションを得た事を、こう表現しているのではないかという事です。
そういった「暗喩」を用いた表現というのは、御書の随所にあったりします。
だからこそ、本来は創価学会として日蓮教学の再構築(とても言いましょうか
・・・)が必要だと思うのです。
また対宗門に関して言えば、僕が20年近く前に宗門とやりあった頃の、
いわゆる「波多地教学」などは、本来の日蓮仏法に肉薄するような内容でした。
そこでは「唯授一人」「法水写瓶」「久遠元初自受用報身如来」「人法一箇」
などというものは、創価学会の一般的な教学からは、少し違う解釈でしたね。
あとちなみにですが。
>日蓮が天台教学だけをベースで捉えていれば
>妙法蓮華経の文字に南無という念仏からの概念は用いませんし
>本尊と言う概念を真言から用いる事はなかったと思います。
これは多分、らくださんが言っていた「天台教学をベース」という言葉の認識
が違っているものかとも感じました。
当時の日本の中では比叡山こそが、仏教の総合大学であり、そういう意味から
言えば日蓮さんは偏狭な「天台宗」の教学という意味ではなく、自らの思想を
仏教全般から再構築したという意味になると思えます。
そういう意味では堅皇さんの理解と、らくださんの理解は根本では同じかなぁ
・・・と勝手に解釈をしていました。
- 47 :らくだ:2010/09/26(日) 00:55:41 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
いつも興味深い指摘、ありがとうございます。
>日蓮が天台教学だけをベースで捉えていれば
>妙法蓮華経の文字に南無という念仏からの概念は用いませんし
>本尊と言う概念を真言から用いる事はなかったと思います。
考えてみれば、浄土系では「南無阿弥陀仏」と、阿弥陀仏という仏へ帰依しており、
対して、日蓮は「南無妙法蓮華経」と、妙法蓮華経という経典へ帰依しています。
このことだけ見ても、堅皇さんの言う通り、日蓮が人ではなく、
法を重視していたことが分かります。
※日蓮は、法然の浄土念仏を批判するにもかかわらず、「南無〜〜」という
形式を借りるのはどうしたことか、と言う人もあるようですが。
当時は系譜の異なる仏教寺院に出向いて学ぶことはごく当たり前で、
上の運ちゃんさんのコメントにもあるように、
仏教寺院同士で、人の交流というものも盛んだったようです。
中でも比叡山は、当時の仏教界の総合大学ともいうべき位置づけをなされていて、
日蓮、法然、道元などは、ごく幼少のころに叡山に出されています。
才能を見込んだ周囲の人間が、彼らを学びに出したのでしょう。
その意味では、日蓮も例外ではなく、清澄寺と比叡山での教学をベースに、
他の寺院を訪れ、様々な場所で現物の経典(書写)を読み、広く仏教全般に通じていたことでしょう。
さて、創価学会が、日蓮の教えを正しく継いでいるかという問題です。
まず日蓮正宗に関して、一般に言われるところでは、
日蓮は、自分自身を本尊としなかったにもかかわらず、日蓮正宗では日蓮を御本仏としています。
この点だけでも、日蓮正宗は日蓮の真意をつかみ損ねている、といえるのではないでしょうか。
もともと創価学会は、日蓮正宗の在家団体であったわけで、
日蓮正宗をはみ出た日蓮理解はできなかった。
では、創価学会は、日蓮正宗と分かれて、日蓮という原点に還ったかと言えば、
そうではなく、師弟不二という新たな己義を構えはじめた。
創価学会は、教義というものに関して、結構いいかげんでしょう。
堅皇さんと同じように、僕も、創価学会は、教義ではなく、組織が第一義であると考えています。
その証拠に、教義をもって創価学会を批判しても、それは学会員さんにはピンとこない。
なぜなら学会員さんにとって、こまかい教義というものは、どうだっていいからです。
- 48 :堅皇:2010/09/26(日) 02:16:45 ID:Sa9nP3tE
- >運ちゃんさん
コメントありがとうございます。
> では、日蓮さんは真言密教を信じていたのか・・・とか。
これは僕の考えですが言葉通り日蓮が真言密教を信じていたと考えても
あながち間違いではないのではないかと思います。
真言密教に書かれている内容に対し創価学会にいた時より
僕は好意的な見方をしていますからね。
真言密教に関しては経に書かれているその内容よりも
信仰対象物に問題があるから日蓮がその後泥棒だの
亡国だのと揶揄しているわけですから。
功徳、功徳と口にする事がありますが
あらゆる宗教に功徳と呼ばれるものはあると思います。
ただその信仰対象物を他に向ける行為は
結果的に他に依存し自分自身を見失ってしまうと言う事ではないかと。
薬は飲むとその時は効果を示すが
飲み続けると依存が始まるといった感じなのですかね。
ですからなるべく薬を用いず自らの治癒力を強化する事が肝要なのではと。
日蓮の法とは信仰対象を自らに置くと言うのもで
また言い換えれば全ての人々に向けるものだと考えています。
曼荼羅とはそういった意味で己心から見る全ての人々を指すものであり
本尊とは己心そのものであると言う事ではないかと思います。
信仰対象を特定の人物、神や仏を据えた時点で依存が始まると思います。
今の創価学会が池田さんに依存している状況を見て尚更そう思うところでもあります。
> そこでは「唯授一人」「法水写瓶」「久遠元初自受用報身如来」「人法一箇」
> などというものは、創価学会の一般的な教学からは、少し違う解釈でしたね。
その辺の解釈の違いは少し興味はありますね。
ただ、とり方によって解釈の違いの出る言葉は信頼は置けないところがあります。
読み手によって解釈が違うと言うものはやはり人を惑わしてしまいますし
権力者の都合のいいように解釈されてしまいます。
禅が己心を高めると言う観点に立ちながら天魔と言われる所以は
やはり、こういった曖昧な言葉を用いているからだと思います。
ちなみに「唯授一人」と言う事は例えるならば
時の総理が後任を決める際に次の総理を指名すると言った感じですよね。
宗門での法主選びの実情はこれと同じ行為を繰り返している訳ですね。
宗門に限らず創価学会と言う組織も会長選任だけに限らず
全ての役職の選任がトップダウンで行われこの「唯授一人」を見事に継承していると思います。
後はこのスタイルがいいと思うか悪いと思うかの話になるのですが
公明党の比例に関しても地区によって候補者名を振り分けてその候補者の名前を書きなさいなんて
気持ちの悪さを覚えますね。
「百六箇抄」や「本因妙抄」の真偽を問う以前に
これらの言葉の曖昧さや不確かさが問題なのだと思っています。
>らくださん
> ※日蓮は、法然の浄土念仏を批判するにもかかわらず、「南無〜〜」という
> 形式を借りるのはどうしたことか、と言う人もあるようですが。
当然湧き上がる疑問だと思います。
あと、法華経自体が釈迦が説いた経ではないので日蓮は騙されたのだとか。
創価学会では疑問を持つことを封じる傾向が強いと思うんですね。
これらも僕は「唯授一人」「法水写瓶」「久遠元初自受用報身如来」「人法一箇」あたりが
邪魔させている原因だと考えています。
もっともそれ以上に組織にとって都合の良い言葉を次々と作り上げている状況ですけどね。
- 49 :らくだ:2010/09/26(日) 02:42:15 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
>法華経自体が釈迦が説いた経ではないので日蓮は騙されたのだとか。
富永仲基、村上専精による大乗非仏説では、文献学的に、法華経は
釈迦の直説ではないと言います。
では、釈迦の直接の言葉ではないから、大乗仏教はすべて無意味か?
僕としては、このような問いへと進むことは、宗教上の原理主義へと
進むことで、場合によっては、危険ですらあると思います。
日蓮が言った、言わない。釈迦が言った、言わない。
基本へ立ち返るという意味では、大切です。
ですが、大事なのは、「宗祖の心」よりも、人としての振る舞いです。
宗教によって、争いをしたいとは、誰も思っていないでしょう。
- 50 :堅皇:2010/09/26(日) 03:59:01 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> 僕としては、このような問いへと進むことは、宗教上の原理主義へと
> 進むことで、場合によっては、危険ですらあると思います。
どうやらこの部分が地雷のようですね。
さすれはそれ以上の踏み込みはしませんが
僕にとっては釈迦の直説であろうがなかろうが指して問題はありません。
同じく日蓮が言ったかどうかも問題ではありません。
人に依るのではなく法に依るのですから。
日蓮の言ってる事に共感しているからその法を信じているのです。
良いものは良い悪いものは悪いそれで良いのではないでしょうか。
> 大事なのは、「宗祖の心」よりも、人としての振る舞いです。
こちらも創価学会が人に依らせる為に声高に言う事ですが
人の振る舞いは自分自身に言い聞かせるものであり
他人に強要するものではないと思います。
仮に振る舞いの悪い人からでも得る法は確実にあると思います。
例えるなら鳩摩羅什などがそうです。
ただ振る舞いの悪い部分を見習わなければ良いだけだと思います。
これも法に依ると言う事ではないでしょうか。
- 51 :らくだ:2010/09/26(日) 21:12:34 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
少し言葉が足りなかったところがあるようです。
言った、言わない、にこだわりすぎるのは危険というのは、
そのことによって、よい、わるいの区別ができなくなる危険がある
という意味です。
大乗経典が釈迦の直説でなかろうと、その思想性が優れていれば、
採用すべきだし、日蓮の遺文にとらわれすぎることなく、
多少は拡大解釈しても、現在の現実の問題に柔軟に対応していくべきだ、
と言いたかったのです。
日蓮を信奉するからといって、日蓮の真筆だけにこだわる必要はない。
過去には、日蓮の思いをくんで、日蓮の考えを代弁したととれるものがあり、
一応は、これらにも触れておいて構わないと思います。
「百六箇抄」や「本因妙抄」にしても、日蓮を宣揚するものなのか、
単なる自己正当化なのか、よい、わるいという見地で、取捨選択の対象と
していけばいいと思います。
例えば「本物の日蓮」を求めるあまり、視野が狭くなることを「原理主義」と呼び、
僕が退けたものです。
>良いものは良い悪いものは悪いそれで良いのではないでしょうか。
要は、法というものに対して、僕も同じようなとらえ方をしています。
>人の振る舞いは自分自身に言い聞かせるものであり
>他人に強要するものではないと思います。
学会内で、「人の振る舞い」をいう場合、
結局は、創価学会にとって都合の良い「振る舞い」と指導しているわけです。
- 52 :堅皇:2010/09/26(日) 23:33:22 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> 大乗経典が釈迦の直説でなかろうと、その思想性が優れていれば、
> 採用すべきだし、日蓮の遺文にとらわれすぎることなく、
> 多少は拡大解釈しても、現在の現実の問題に柔軟に対応していくべきだ、
> と言いたかったのです。
全く同意見です。
「百六箇抄」や「本因妙抄」に書かれている言葉は法としてどうなのかを
問うていきたいと考えています。
当然のことながら僕はこれらは矛盾が生じる言葉だと思うのですが
学会幹部の人たちと話をするとその部分から目をそらす訳ですね。
学会が常用に使っている言葉に関しても全てそうです。
もちろんこれらの言葉が矛盾がないものであると納得させてもらえるなら
それに従うつもりなんですね。
当然僕が間違った解釈をしている可能性だってあるわけですから。
これを法論と呼ぶわけですね。
ただ、答えてくれない。
立ち入っちゃいけないと話をそらすわけです。
皆一応に池田さんの事を先生、先生と口にしているので
では、その先生はなんと言っているのでしょうかと聞けば
それは解らないと言ってきます。
何故質問に答えてくれない人を先生と呼ぶのか
僕には全く理解できません。
となればそんな先生が指導者である創価学会にいる意味は全くないと言う事になります。
池田さんに限らず同様の質問に全く答えてくれない組織にいる必要もないと言う事になります。
らくださんは何故に創価学会は嫌われるのだろうと言う疑問に立ってお話されていますが
僕はその問いに対し池田さんを始め組織の方が広めている
法自体がその様な状況に向かわせているのだと思っています。
また、その法とは日蓮が唱えた法とは似ても似つかないものであるとも思っています。
日蓮の法を広げた創価学会の功績は認めます。
但し、それと同時に日蓮の法を歪め、法を下げだ罪責も計り知れないものだと思います。
創価学会のおかげで今更日蓮と言う名前を出しても誰も見向きもしてくれない状態なのですから。
もちろんそれもこれも会員の一人一人が池田さんに依存して
組織に依存してしまった結果と言うことでもあるのですがね。
- 53 :らくだ:2010/09/27(月) 00:47:26 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
>立ち入っちゃいけないと話をそらすわけです。
幹部は、普通、面倒くさい話はしません。
自分の立場が危うくなるからです。
僕としては、答えてくれる人がいなければ、答えをつくろう、という立ち位置です。
それが、今の創価学会を批判することになるかもしれませんが。
>らくださんは何故に創価学会は嫌われるのだろうと言う疑問に立ってお話されていますが
>僕はその問いに対し池田さんを始め組織の方が広めている
>法自体がその様な状況に向かわせているのだと思っています。
好意的な見方をすれば、創価学会は、究極のおせっかいをしているわけです。
嫌われても、嫌われても、法を説き続ける。
(日蓮の言う)折伏の精神というものは、そういうものなのでしょう。
問題は、今の創価学会が、聖教新聞購読や公明党支援までお願いしていることです。
繰り返しになりますが、創価学会と日蓮。
ずばり言ってしまえば、今の創価学会に、「日蓮」はいらないように思えます。
伝統仏教に言う「日蓮正宗」「日蓮」は、結果として、戦後のどさくさの時期、
様々な教団がうまれるなかで、創価学会が自らを権威付けるために持ち出した道具のように見えます。
一人歩きできるようになると、創価学会は、宗門と別れ、「日蓮」を捨てたと言えるのではないでしょうか。
- 54 :運ちゃん:2010/09/27(月) 00:54:30 ID:P0BB7BRg
- らくださんの記事、アップしました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda100926.html
(創価学会を知ることの難しさ)
よろしくお願いします。
- 55 :堅皇:2010/09/27(月) 02:38:20 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> ずばり言ってしまえば、今の創価学会に、「日蓮」はいらないように思えます。
であれば尚更創価学会からもう「日蓮」と言う言葉を口にしてもらいたくないと言えます。
その方がスッキリしますよね。
> 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、
> さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
ここに出てくる「人間革命」「宿命転換」という言葉ですが
仏教に出てくる「煩悩即菩提」を現代風にという表現したと言う学会側からの主張であります。
「煩悩即菩提」は煩悩を菩提に転じると言う明確な意味があるが
「人間革命」や「宿命転換」はただ単に革命や転換と言った変換だけをうたっています。
つまりは「人間革命」とは組織によって都合の良い人間に革命するという解釈にも持っていけます。
洗脳され組織のロボットになった自分自身でもそれは「人間革命」と言えます。
事実、創価学会は「師弟不ニ」の名の下に池田さんの言いなり人間へと「人間革命」されています。
これを広めようとして世間に嫌われない訳がないのではないでしょうか。
また、学会では「仏法即社会」と言いますが
仏法では順序が逆の「世法即仏法」です。
社会よりも学会活動を根本に考えていますから世間の常識が通用しないと言われるのではないでしょうか
仏法とは社会の中で転じていくものです。
社会を後回しにしている学会活動で仏法を実践していると言えるのでしょうか。
学会活動を正当化させるためにあえてひっくり返して使った言葉でしょうね。
> 創価学会は、宗門と別れ、「日蓮」を捨てたと言えるのではないでしょうか。
これも「僧俗和合」というけったいな言葉に惑わされていませんか?
まずは「僧」と「俗」は対義語ではないのでこの言葉はおかしいです。
そもそも僧とは袈裟を着た坊さんのことを指すわけではなく
出家、在家問わず「僧伽」の事をさすとものと思われます。
つまり、宗門の職業僧侶も創価学会員も宗教者と言うのであれば
それは既に「僧」と呼べる存在です。
その「僧」が他の者を認めないと言う事になればそれは「破和合僧」です。
学会を切り捨てた宗門のみが「破和合僧」ではなく
世間に対し学会しか認めないという創価学会も同じく「破和合僧」と言えます。
「僧俗和合」と言う言葉もまだ宗門と仲が良かった時に
宗門を取り込むための組織固めの為に広められた言葉だと思います。
この様に創価学会は組織を守るため組織の活動を正当化するために
数々の妄語を広めていったものだと思われます。
さて、らくださんはこの組織第一主義の創価学会をどのようにしたいとお考えなのでしょう。
- 56 :らくだ:2010/09/28(火) 23:22:47 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
>洗脳され組織のロボットになった自分自身でもそれは「人間革命」と言えます。
>学会では「仏法即社会」と言いますが
>仏法では順序が逆の「世法即仏法」です。
>社会よりも学会活動を根本に考えていますから世間の常識が通用しないと言われるのではないでしょうか
>「僧俗和合」というけったいな言葉に惑わされていませんか?
「僧」 「広義には、ブッダ(仏)に従ってその教え(法)を実践する出家者(比丘、比丘尼)
および在家信者(憂婆塞、憂婆夷)……より厳密には律蔵の規定に則って有効な儀式を遂行する
条件を満たした正規の出家者である比丘・比丘尼の集まりを言う」 『岩波 仏教辞典』
「僧」には、僧伽と坊さん、どちらの意味合いもあるようです。
>世間に対し学会しか認めないという創価学会も同じく「破和合僧」と言えます。
いずれにしても、堅皇さんは、創価学会が日蓮の法を歪めたこと、
また創価学会の全体主義的な体質を問題にしておられると見えます。
僕のスレッドでやりとりをしても構いませんが、
ご自身でスレッドをたててみると、より広い意見が聞けるのではないでしょうか。
>らくださんはこの組織第一主義の創価学会をどのようにしたいとお考えなのでしょう。
何か革命的に変革しようとは考えていません。のらりくらりと居座り続けることでしょうか。
周囲からゆっくりと変わっていってくれれば、それでよいのです。
自分の居場所をつくりながら、気負いすぎず、時間をかけることが、結果として、
創価学会の変革につながればよい、と思っています。
- 57 :堅皇:2010/09/28(火) 23:54:24 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> 僕のスレッドでやりとりをしても構いませんが、
> ご自身でスレッドをたててみると、より広い意見が聞けるのではないでしょうか。
それはしかり
僕が書き込むことでこのスレッドに他の方が書きにくくなってますからね。
くだくだと理屈を並べ立てましたが創価学会が世間から嫌われる理由は
創価学会が行っている法自体が世間から嫌われる為の法を信じて実践しているからと言いたかっだけなんですね。
- 58 :らくだ:2010/09/29(水) 00:27:52 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
僕も、他に記事を書く予定でいます。
今後テーマが広がっていくとすると、この1枚のスレッドで大丈夫だろうか、
などと、まだ先のあらぬ心配をしていたりしています。
どのようにこのスレッド(とポータルサイト)をつくるべきか
試行錯誤中ですので、ご協力ください。
一応、他のスレッドにも、目を通していますので、名前を呼んでもらえれば、
続きはいつでも応じますので、よろしくお願いします。
- 59 :運ちゃん:2010/09/29(水) 23:38:07 ID:P0BB7BRg
- コラムを掲載しました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda100929.html
(公明党支援が信心でとらえられるわけ)
よろしくお願いします。
- 60 :運ちゃん:2010/10/03(日) 17:37:53 ID:P0BB7BRg
- コラムを掲載しました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda101003.html
(自己紹介がてら、信じるということについて)
よろしくお願いします。
- 61 :堅皇:2010/10/04(月) 10:03:51 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> われわれは、はじめ、具体的な人間を信じたのである。宗教やその教義を信じたのではない。
それは僕には当てはまりません。
僕も学会2世となりますが僕が実際に活動したきっかけは教義があったからです。
特に男子部時代活動していた時期は一緒に動いていた人とは終始ソリが合いませんでした。
しかしそれでも活動を続けていたのはそこに教義があったからです。
宗門と創価学会の決別の際に創価学会を選んだ理由も法主絶対主義という教義に納得がいかなかったからです。
けして池田さんの方が人間的に素晴らしいからという理由で選んだわけではありません。
ぼくが非活になった理由は組織がいつまでたってもその活動方針が"方便"を繰り返していると思ったからです。
今現在は組織が行っていた行為が"方便"ではなく単なる悪質な嘘であると判断したので
正式に脱会しそれをうったえていると言う感じですね。
らくださんはカトリック、プロテスタント、天理教、立正佼成会、生長の家、崇教真光などを回られたそうですが
その時も教義を見ず人を見てきただけであり、これはあくまでらくださん自身の問題であると思います。
もちろんそういった傾向の持ち主は他にも大勢いるのかとも思いますが。
> これは、「相手の気持ちをくみとる」という人間の想像力の問題である。
これは想像力の問題ではなく「相手の気持ちをくみとる」という行為はとても大切な事だと思います。
ただ、その基準をその行いではなく人に置いているところに問題があるのだと僕は思います。
- 62 :らくだ:2010/10/04(月) 22:14:50 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
>僕が実際に活動したきっかけは教義があったからです。
教義から入信したり、活動をはじめたりするケースは、まれではないかと思います。
また僕の感覚では、そのようなきっかけによる入信・活動は、多分に観念的思弁的であり、
それを「信仰」と呼ぶことを、躊躇してしまいます。
信仰とは、たんなる観念や理論ではないからです。
>今現在は組織が行っていた行為が"方便"ではなく単なる悪質な嘘であると判断した
具体的には、どのような行為を、「嘘である」と考えておられるのでしょうか?
>らくださんはカトリック、プロテスタント、天理教、立正佼成会、生長の家、崇教真光などを回られたそうですが
その時も教義を見ず人を見てきただけであり、これはあくまでらくださん自身の問題であると思います。
堅皇さんの指摘によれば、他宗によいところがあれば、それを受け入れるべきだったし、
少なくとも、それを受け入れる余地を残しておくべきだったのでしょう。
しかし、「教義のみ」という立場は、非常に孤独で厳格な理想主義者にだけ許された立場だと思われます。
訪れた教団のなかで、優れた教義や魅力的な人に出会いましたが、
僕の周囲にいる創価学会の人たちを捨てて、わざわざ他の宗教に移る理由にはなりませんでした。
一般に、様々な宗教が並存するわけは、こうした「人」の側面にあります。
僕は、以前のコメントで、宗祖などの宗教的権威者に左右されるのではなく、
思想性を大事にすべきであるという旨の発言をしました。(コメント >51 など参照)
これは、自立した信仰を確立する上で、大事だと言えます。
誰かの誘いで入信し、その宗教に触れるにつれて、次第に、誘ってくれた人の影響から脱し、
今度は、その教団の人間関係や宗教的権威者への影響下に入ることが考えられます。
すなわち「人」にとらわれるわけです。
僕は、この段階に進むさい、教団の人間関係や宗教的権威者という「人」ではなく、
教義という「法」(=思想)を大事にすべきだ、と言うのです。
※僕は、過去のコメントにおいても、記事においても、「最初から、教義を見ろ」とは言っておらず、
教義というものは、「人」に振りまわされず、自立していく次の段階で大事だ、と書いています。
>「相手の気持ちをくみとる」という行為はとても大切な事だと思います。
ただ、その基準をその行いではなく人に置いているところに問題があるのだと僕は思います。
そのまえにつけた「これ」という指示詞が示すところを、ミスリーディングしているように思えますが。
いずれにしても、「行い」のみしか見ない。これも、孤独で厳格な理想主義者の立場です。
「行い」のみしかないとすれば、いったいどこに人間がいるのでしょう?
- 63 :堅皇:2010/10/05(火) 02:38:21 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
僕も人を信じることはありますよ、何故ならその方が楽だと思うからです。
ともすれば責任を取らなくても良いと思えたりもしますからね。
しかし実際はその逆だと思うのですね。
人を信じると言う事はその人の分まで責任を取らなければいけないことだと思います。
ところが人を信じると言う人の大半は信じた挙句その行動は
意に反したところへ動いてしまった時に「騙された」と言って信じた相手を恨んだりしますよね。
その時、自分自身で処理するのが面倒だとか明確な回答が出せなかっただけのクセに。
だから今は自分が納得いく範囲で騙されてもいいと思えること以外は信じないようにしています。
創価学会から抜けて組織や池田さんを恨んでいる人たちも多くいるみたいなのですが
僕はある意味筋違いな話だと思っているのです。
創価学会に入って活動した理由なんてあらかた「幸せになれるよ」と言う言葉を誰かに掛けられたからですよね。
それで単純に「その人の言う事を信じる」と言った立派な他力本願で始めたわけですよね。
では、その時に何故に幸せになる事が出来るのかという事をその人に追求をしなかったのかと言う話です。
もっとも聞いても誰も答えられないと思いますが。
「儲け話があるよ、何もしないでも俺に任せればガッポガッポだ。」
そんな胡散臭い言葉を鵜呑みにして資金を投資して騙されたと言うのと全く同じ話ではないでしょうかね。
自分の迂闊な判断力を差し置いて良く他人だけを攻める事が出来るものだと言う事です。
結論的に言えば人が騙される最大の原因は物事の理論や行いを見ずに暗に人を言葉に乗っかり鵜呑みにしてしまうからだと思います。
「法に依って人に依らざれ」
これは経文にそう書かれているからでもなければ日蓮と言う人が推奨しているからではなく
自分自身もその方が良いと判断しているからこの言葉を信じているのです。
> 堅皇さんの指摘によれば、他宗によいところがあれば、それを受け入れるべきだったし、
これに関しても全く同様のことが言えます。
他宗でも良い事を行っているのであればそれに協力するし良い事を言っていればそれは取り入れる。
しかしながら人を信じるとかその人を通じてその教団を信じると言う事は一切ありません。
あくまで何を行っている団体かと言うことですね。
偉そうな事を書いてはいますがもちろん僕も全てを理解して始めたわけではありません。
ただ少なくとも入り口の教義に矛盾が感じられないからその先も信じてみようと思ったわけです。
その途中で少しでも矛盾が生じた場合信じることはやめようと思って始めました。
しかしながらこの思いも途中から惰性的なものになり気が付くまでえらい時間を費やしてしまったなと
反省する部分も多々ありますが。
> 具体的には、どのような行為を、「嘘である」と考えておられるのでしょうか?
この辺は>55あたりにいくつか書いたではないですか。
当時から組織に対する行動の疑問をいくつかぶつけてみたのですが
つまるところの回答が「方便は必要だからなー」の一点張りだったのでただ時が流れるのを待っていただけでした。
今にして思えば「依正不二」であるから待っていても環境は変わるわけがないと言うこと
加えて創価学会という組織の言う事を考えもせず信じていたと言う事であり自分の不徳の部分でしたね。
組織から抜けいろいろな人の話を耳にし経文の意味を1つずつ考える事により
組織にいた時に思っていた疑問が1つずつ解消されているというところですね。
> しかし、「教義のみ」という立場は、非常に孤独で厳格な理想主義者にだけ許された立場だと思われます。
この考え方が池田さんと言う一人の人物を神格化させている元凶だと僕は思いますけどね。
許される許されないとは一体誰が決めるのでしょうか。
- 64 :ちょっと一言:2010/10/05(火) 10:07:12 ID:a3n3wyAk
- >>63
判断能力のない未来部の子供達まで責任負わせるの? 悩みを抱えて藁にもすがる思いで入会する人も他力本願だと言っちゃうわけだ。
これじゃ被害は減らないね!
- 65 :堅皇:2010/10/05(火) 15:04:15 ID:Sa9nP3tE
- ちょっと一言さん、ご意見ありがとうございます。
現実問題で創価学会の教え自体が他力本願の教えを広めているのでそれは致し方ないかと。
親に念仏を叩き込まれたとか、親に反日思想を植えつけられたとか、親に泥棒が素晴らしいと教えられたとか
いくら叫んでみたところで最終的に責任を取らされるのはやがてその子供達になってしまいますからね。
その時に親を恨んだところで解決出来れば良いのですが。
結局はそこから抜け出すのは自分自身が他力本願の考えから逃れるしか無いと思うのです。
他人のせいに思うのは簡単なのですがそれでは何も解決しないと思うのです。
よく創価学会は学会に感謝しろと言いますが、恩返しとはただ言われるがままに従うのではなく
おかしいと思うことはおかしいと言える事が本当の意味での恩返しだと僕は考えています。
ただ、恨むとか排除すると言う事ではそれこそ争いごとを招くだけの結果となってしまうと思うのです。
- 66 :ちょっと一言:2010/10/05(火) 15:35:44 ID:evRDIpHQ
- >>65
恨みの気持ちもまた道理だね。 被害は声をあげなきゃ届かない。 被害者過失論では解決しないよ。
- 67 :堅皇:2010/10/05(火) 16:24:18 ID:Sa9nP3tE
- >>66
もちろん泣き寝入りするのがいいとは全然思ってはいませんよ。
それはある意味自殺と同じ行為だとも思えるし。
ただ攻めるのは、その人のやってきた行為でありその人自身を攻めてもなんの解決にもならない。
これはある意味殺人と同じ行為だとも思えます。
- 68 :らくだ:2010/10/06(水) 00:35:05 ID:bkGdNKfw
- >堅皇さん
>結論的に言えば人が騙される最大の原因は物事の理論や行いを見ずに暗に人を言葉に乗っかり鵜呑みにしてしまうからだと思います。
たしかに、人の弱みにつけ込むような輩もいますからね。自分の中にある価値基準だけで、すべての判断をできれば、
騙されるということもないのでしょう。
>> 具体的には、どのような行為を、「嘘である」と考えておられるのでしょうか?
>この辺は>55あたりにいくつか書いたではないですか。
失礼しました。
>> しかし、「教義のみ」という立場は、非常に孤独で厳格な理想主義者にだけ許された立場だと思われます。
>この考え方が池田さんと言う一人の人物を神格化させている元凶だと僕は思いますけどね。
>許される許されないとは一体誰が決めるのでしょうか。
創価学会についてだけ述べる意図はなかったですが、力点の所在を、自分ではない外の人間に置くというところから、
宗教的権威者への依存がうまれるのでしょう。
「教義のみ」という立場をあまりにも厳格だ、と言っているのであって、外の人間への依存を容認しているわけではありません。
外の人間への依存がはじまれば、これは、池田名誉会長の神格化につながるものです。この点は、おっしゃる通りです。
「許された立場」という言葉の、「許された」は、誰かによって許可されたという意味ではなく、
一般に見受けられる・認められるという意味です。
- 69 :堅皇:2010/10/06(水) 02:04:38 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
とは言いつつ僕もこれまで法ではなく人に依存して生きたところは多々あります。
なんせ30数年も組織にも在籍してきたわけでもあり
池田さんに対して僕自身もこれまで容認してきたわけでもあります。
その理由はやはり指導者と言う立場の人も必要としている人が多いのかなと言う観点であり
僕自身も池田さんじゃなきにせよ確固たる信頼できる人を探してきた側面もありますから。
でもやはりそれは成長していく段階で拭い去る必要があるとも思っています。
僕は今の創価学会に対して必要なことは「組織改革」ではなく「組織開放」だと思うんですね。
学会員はもうみんな立派な大人であり、いつまでも縛られている状況ではないのではないかと。
- 70 :運ちゃん:2010/10/06(水) 23:23:34 ID:P0BB7BRg
- らくださんのコラム、アップしました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda101006.html
(創価学会は仏教か?)
よろしくお願いします。
- 71 :運ちゃん:2010/10/12(火) 22:07:44 ID:P0BB7BRg
- らくださんのコラム、アップしました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda101011.html
(池田名誉会長の宗教思想)
よろしくお願いします。
- 72 :らくだ:2010/10/14(木) 00:26:08 ID:s3oWx3Io
- >堅皇さん
返信遅くなり、もうしわけありません。
その後、信仰における教義の要素と人の要素を考えていました。
僕は、先の記事で、人への信頼から教義へと進む、と書きました。
しかし、ときには、教義から進み、人への信頼をつかむことで、
一層その教義理解が強められる、という可能性も、ないわけではないかもしれません。
適切かどうか分かりませんが、「人には親切にすべし」という、行為の法則で考えてみます。
僕の議論は、こうです。
親切にしてきた結果、自分もよい気持ちになるし、相手もよい気持ちになる。
だから、「人には親切にすべし」という一般的な道徳律を受け入れるようになる。
対して、「人には親切にすべし」という道徳律を、(なにゆえか)ともかく受け入れる。
親切にしてきた結果、自分もよい気持ちになるし、相手もよい気持ちになる。
だから、「人には親切にすべし」という一般的な道徳律を、一層、確固としたものとして受け入れる。
括弧で「なにゆえか」と書いた部分は、一応、理屈として考えられた根拠が想定されます。
教義から信仰へと進む場合も、同じように理解できると思います。
理屈として考えられた根拠、そのようなものを認めてよいのか、僕にはよく分かりませんが。
>僕は今の創価学会に対して必要なことは「組織改革」ではなく「組織開放」だと思うんですね。
「信心とはこうあるべきだ」と、創価学会から押し付けられてよしとするのではなく、
自分の足で立つべきだというのであれば、それはそう思います。
- 73 :堅皇:2010/10/14(木) 01:51:49 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
「人には親切にした方が得である」と言うことをそもそも意味が理解できなかったらどうするのよって話ですよね?
確かに僕は「曼荼羅に題目を唱えれば願いが叶う」なんて話は最初から受け入れた訳ではありません。
結論的に言えばそんな事は最初の時点では全く信じてはいません。
但し親が勝手に信心を始めたので付き合わされる形となったのは確かな事実でありますが
そんな乞食的発想で更にはあんな正座なんかしなきゃいけないものを何故に好んでやるもんかと
どこかで難癖付けれるところがあればいつでもやめる気持ちでいました。
それこそキリスト教のように「人間は泥から作られました」みたいなフレーズをずっと探していたんです。
ただ、そこで学んだ十界論を始めとした教学の数々が僕にそれを許してくれなかったと言うところですね。
加えて「曼荼羅に題目を唱えれば願いが叶う」と言う事も早々に体験してしまった以上
理屈は解らないけれども続けるしかないじゃないかと言う事になってしまったと言う事です。
皆さんが信心を始めた切っ掛けがどのようなものだったのかは知りませんが僕の場合はそんな感じです。
で、今思うと一番純真に信心に取り組んでいたのは子供時代かもしれない。
当時は早く男子部に上がって活動したいと思っていたんだけど実際に組織に付いてからは不良会員でしたね。
- 74 :らくだ:2010/10/14(木) 23:48:56 ID:s3oWx3Io
- >堅皇さん
>「人には親切にした方が得である」と言うことをそもそも意味が理解できなかったらどうするのよって話ですよね?
人が先か、教義が先かという話をするために、例として挙げた命題ですので、
この道徳律の価値や真偽については、問うていません。
教義や道徳律を受け入れるさい、人と、それらと、どちらを先におくかという論点が
できるだけ明晰になるように、モデルをつくりたかったわけです。
>「曼荼羅に題目を唱えれば願いが叶う」と言う事も早々に体験してしまった
これについては、「成仏(さとり)について」スレッドに、少しコメントしてみます。
>で、今思うと一番純真に信心に取り組んでいたのは子供時代かもしれない。
>当時は早く男子部に上がって活動したいと思っていたんだけど実際に組織に付いてからは不良会員でしたね。
どういうあり方が本当の信仰者なのか、難しいですね。
- 75 :堅皇:2010/10/15(金) 01:34:00 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> 人が先か、教義が先かという話をするために、例として挙げた命題ですので、
> この道徳律の価値や真偽については、問うていません。
それは充分に理解しています。その前に律は法ではありませんからね。
摩訶止観を法ではなく律と捉えたのが律宗になるわけで
池田さんの「○○しなさい」や「○○しなければなりません」口調は法を律に変えてしまっているので
創価学会池田教は即ち池田律宗と言った所ではないでしょうか。
で、人が先か教義が先かの議論は既に不毛だと思います。
何故なら仏法は「依法不依人」であるわけですから人で判断するという事がそもそもの間違いであり
法ではなく阿弥陀仏を信じろとしたのが念仏になるわけで
法よりも池田さん信じろという創価学会池田教は即ち池田念仏と言った所ではないでしょうか。
但し、もちろん法は人によって広められるので「人法共に尊し」となります。
そこで人の話をちゃんと聞くということは大切な事ですが
だからといってそれをそのまま鵜呑みにするのは姿勢は間違いではないでしょうか。
- 76 :運ちゃん:2010/10/20(水) 12:52:24 ID:g69V.1jo
- らくださん
記事ありがとうございます。
なかなかPCの前に座れてなくて、、
今晩アップしますので、よろしくお願いします。
- 77 :らくだ:2010/10/20(水) 20:59:44 ID:s3oWx3Io
- 運ちゃんさん
記事のアップはいつでもいいので、余裕のあるときにお願いします。
- 78 :運ちゃん:2010/10/20(水) 22:54:33 ID:P0BB7BRg
- らくださんの記事をアップしました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda101018.html
「旃陀羅が子」としての日蓮
よろしくお願いします。
>>77
らくださん
遅れて大変申し訳ありません。
- 79 :らくだ:2010/10/22(金) 00:19:29 ID:s3oWx3Io
- >堅皇さん
人が先か、教義が先かという問題で、水掛け論はしたくありません。
以前、僕は道徳律と教義を同じ扱いにして、議論をしました。
>摩訶止観を法ではなく律と捉えたのが律宗になる
仏教上では、法と律は異なる概念でしょうが、
われわれが普段使う意味でのいわゆる「道徳律」といわゆる「教義」の違いを
指摘して下さらないかぎり、以前の僕の議論が破綻しているとは思えません。
議論をするということは、限られた言葉の中で、相手が何を言わんとしているかを汲み取り、
相手を理解した上で、自分の主張を展開するということだと思います。
僕にそれができているかと言えば、自信はありませんが、
不毛な水掛け論に陥らないように、いつも心がけるようにしたいです。
- 80 :らくだ:2010/10/22(金) 00:20:58 ID:s3oWx3Io
- 一言だけ。
創価学会に対して否定的な人や疑問を抱いている人が、
「ここがおかしい」「あれがおかしい」といって互いに納得しているだけでは意味がない。
同じような感性をもつ人たちが、互いに傷をなめあっているだけだから。
ネットというのは、自分と似たような意見をつのれる便利な空間なので、
そのためにかえって、何の生産性も持たない暇つぶしで終わることも多い。
求める情報を見つけて、「ああ、そうなのだ」と納得して終わり。
僕としては、創価学会の活動家が見て、「なるほど」と思わせるような主張をしていかないと意味がないと考えている。
- 81 :小五郎:2010/10/22(金) 01:17:12 ID:hl2CpOEc
- ん?結局やっぱそれかい。
若いからなのか、創価学会だからなのか・・・
理屈こねるわりに、了見が極端に狭いな。
最後の発言は特に如何なものか???極めて違和感があるのだが
世界はあなたを中心に回ってるわけでも
あなただけのためにあるわけでもないよ
- 82 :堅皇:2010/10/22(金) 03:03:25 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
仏法者同士の対話と言うものは本来は実に潔いはずなんですよ。
何故なら経文に書いてあるか書いてないかの話し合いだけですからね。
日蓮の言葉は全て経文に書かれているものを取り出している。
だから仏法と言う。
に対し創価学会は経文にない言葉でも良いと思えばそれを採用してもOK。
これは仏法とは呼べない。
仏法を信じないと言うのであればそれはそれで構わない。
ただ問題は創価学会を仏法と思って信じている人がいると言う事ですよ。
- 83 :らくだ:2010/10/22(金) 20:13:29 ID:s3oWx3Io
- >81 小五郎さん
>ん?結局やっぱそれかい。
はい、そうです。
いい気になって自説を展開するのが趣味で、人の意見には興味がありません。
というのは、冗談で、読み返してちょっと赤面していまいます。
ビールを飲んでいたためか。
いろいろな意見をもった人が見ているがいるわけで、
僕の方から、「このように読め」とか、「このような批判でないと、無効だ」などと
押し付けるのは、筋違いですね。
重箱の隅をつつくような議論にも応じます、ただし水掛け論はお断りします、ということです。
ちなみに、僕は、創価学会活動家に対しても意味のある主張をしたいと考えていますが、
創価学会を変えてやろうと意気込んでいる人ではありません。
ネット上では、創価学会のおかしさについての、まとまった前向きで建設的な論考が
あまりないように思うからこそ、創価学会活動家を想定した上で、「さあ、どこがいけないか」と、
建設的な議論をしていこう、というわけです。ネガティブキャンペーンをやるだけなら、簡単です。
こうした態度は、ネット上での言説すべてを否定するような思い上がりに見えるかもしれませんね。
若気の至りと言われれば、確かにその通りでしょう。
- 84 :らくだ:2010/10/22(金) 20:16:22 ID:s3oWx3Io
- >堅皇さん
>創価学会は経文にない言葉でも良いと思えばそれを採用してもOK。
>これは仏法とは呼べない。
僕は創価学会を仏教の枠内で理解しようと試みています。
ただし正統と異端の区別や、日本の伝統仏教の解釈の仕方などには、僕の作為があります。
経文に依るのでなければ、仏教でないとすれば、仰るように、
創価学会は仏教ではありませんね。
禅では、「教外別伝」「不立文字」といって、経典をさほど重視せず、
悟りの追体験を目指すことに力点がおかれるようです。
仏教というものを、仏典と呼ばれる一群の経文へ依拠する教団に限るとすれば
禅は、仏教ではないということになりますか?
- 85 :堅皇:2010/10/22(金) 23:46:01 ID:Sa9nP3tE
- >らくださん
> 禅では、「教外別伝」「不立文字」といって、経典をさほど重視せず、
> 悟りの追体験を目指すことに力点がおかれるようです。
故に日蓮は禅天魔と言われたわけですね。
つまりは創価も日蓮から言わしたら創価天魔と言う事です。
- 86 :らくだ:2010/10/24(日) 11:43:58 ID:s3oWx3Io
- >堅皇さん
>故に日蓮は禅天魔と言われたわけですね。
>つまりは創価も日蓮から言わしたら創価天魔と言う事です。
そうですね。
- 87 :運ちゃん:2010/11/02(火) 12:19:17 ID:WS9Bz4O6
- らくださん
今晩記事をアップします。
毎度遅れてすみません。m(_ _)m
- 88 :らくだ:2010/11/03(水) 11:26:45 ID:s3oWx3Io
- >>87
運ちゃんさん
いつでも構いません。
よろしくお願いします。
- 89 :運ちゃん:2010/11/03(水) 22:54:46 ID:uK43f7YQ
- らくださんのコラムアップしました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda101103.html
(創価学会の宗教的非寛容性を考える)
らくださん、遅れてすみません。m(_ _)m
- 90 :運ちゃん:2010/11/23(火) 13:39:19 ID:uK43f7YQ
- らくださんのコラムアップしました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda101123.html
(人材グループの意味)
いつも遅れてのアップで申し訳ありません。m(_ _)m
- 91 :運ちゃん:2010/11/23(火) 13:47:32 ID:uK43f7YQ
- 人材Gについて、今回のらくださんのコラムを読んで思い出しました。
僕の場合、男子部時代はほぼ自営業に近い状況でもあったので、
本山担当から本部運営まで、ほぼ着任する事が出来ましたが、
普通のサラリーマンではかなりしんどい任務だったと思います。
2月に1日の休み。
これだけならばまだ良いのですが、本山や本部担当のメンバーは
地元の創価班でも中心メンバーなので、多い時には月5〜6回の会館
着任(しかも日程は不定期)がありますので、僕は班員の仕事の状況が
とても心配でした。
ある時なんか前日に当時壮年部の県幹部から連絡があり、翌日17時30分に
会館に20名着任の体制を取れと無茶振りがあった時には、わざと無視して
着任体制を取らなかった事もありました。
いまから考えると、あのような「訓練」の中で社会に有用な人材を幾人輩出する
事ができたんでしょうか?
むむむむむ・・・・疑問がありますね。
- 92 :らくだ:2010/11/23(火) 23:38:52 ID:rr7vSj.E
- >>91
運ちゃんさん
昔は輸送班という名で、本山担当の役員体制があったようですね。
忙しくしていればいるほど、考える暇もないまま、妙な使命感にとりつかれて
いるのかもしれません。
実は今日の昼間は牙城会の着任日でして、壮年部へ移行した王城会の方と
ともに牙城会室に座っておりました。
僕の住む地域では、最近組織の分割?があって、
牙城会員・王城会員も所属組織によっては、市内のもう一つの会館へ
着任となります。
「平日、職場から駆けつける人のなかには、B会館には間に合わない
という人も出てくるのじゃないだろうか」
「そうだよね。なぜこんな組織変更をしたのだろう」
「幹部の人間関係?」
「確かにだれそれとだれそれは仲がよくないようだ」
みたいな雑談をしていました。
組織はああだこうだ言ってきますが、
創価学会に振り回される生き方はしたくないですね。
- 93 :グルニエ:2010/11/24(水) 01:03:52 ID:A3zy/iis
- >92
横レス失礼します。
一番大きい組織割の変更は選挙区割の変更によるものだと思います。
笑えないですよね
- 94 :運ちゃん:2010/11/24(水) 01:27:42 ID:uK43f7YQ
- らくださん
>昔は輸送班という名で、本山担当の役員体制があったようですね。
創価班の前身は輸送班でした。
で、創価班になったら「輸送担当」「本山担当」のいずれかに割り振られました。
僕の場合は輸送1年、本山担当2年。
その後は、第二次宗門問題で「糸冬了〜」です。
あと組織割はそこにいる人の人脈や状況とは無関係で進めますからね。
>>93でグルニエさんの指摘の通り、大半は選挙に関連した組織変更になります。
よくあるのは自治会単位のきり方とかね。。。。。
今の基本はやはり選挙ではありませんか?
らくださんの地域も、よく見るとそういう感じの割ではないでしょうか?
- 95 :らくだ:2010/11/25(木) 00:12:25 ID:rr7vSj.E
- グルニエさん 運ちゃんさん
一応、地元の国政地方選挙の区割りを見てみましたが、
もろにそれに合わせて区切られているわけではなさそうです。
統監上の数字から、各県や各本部ごとの人数が均一になるよう
調整でもしたのでしょうか。
どっちにしろ、創価学会が昔から変わらず続けていることは、選挙しかないですよね。
会員に下付されるご本尊もかわっただろうし、勤行だって短くなりました。
戸田会長の生命論の時代から、池田名誉会長の人間主義の時代になりました。
しかし選挙だけは続けています。不思議で仕方ないです。
- 96 :運ちゃん:2010/11/25(木) 21:26:16 ID:meXq1CUk
- >>95
らくださん
確かにそうですね、変わらないのは選挙の戦い。
何気にスルーしていましたが、3.16に戸田会長が時の総理を招待したというのも、考えてみれば新興の一宗教団体が出来る
事でも無いきがしますが、これって僕だけでしょうか?
もしかしたら戸田会長は政治の側に入る事で、学会が二度と迫害に合わない様にさたかったという意見も
何かで読んだ記憶があります。
そして名誉会長は、その一歩先、つまり権力そのものを目指したのかもしれません。
確たる証拠はありませんが、状況はそうなってますよね。
これなら連綿と続く政治闘争も合点がいきます。
どうのでしょう。
でも政治の世界は栄枯盛衰はつきものです。
今の学会の衰退も、政治に関わりすぎたツケかもしれません。
前にもブログには書きましたが、選挙は消耗戦だという事、当時の青年部県幹部の中
では常識でした。
まあ現場を知らない中央幹部がどう考えていたかはしりませんけどね。
- 97 :らくだ:2010/11/26(金) 00:38:46 ID:rr7vSj.E
- >>96
運ちゃんさん
>3.16に戸田会長が時の総理を招待したというのも、考えてみれば新興の一宗教団体が出来る
事でも無いきがします
ウィキペディアで「岸信介」の項を読むと、学生時代に北一輝にひかれていたと書いてあるので、
岸自身にあるいは日蓮や法華経について何か思うところがあったのかもしれませんね。
戸田会長、現池田名誉会長が政治にかかわる意図は、運ちゃんさんが書いているように、
たしかにそのように受け止められます。
一方で、草創期に政治進出を果たした瞬間から、創価学会には、都市部へ出てきた未組織労働者の
宗教的政治運動としての側面があったのだと思います。
- 98 :運ちゃん:2010/11/26(金) 07:52:38 ID:meXq1CUk
- >>97
らくださん
北一輝ですか、、、
結構、そのあたりから、繋がりがあるかもしれないですね。
あと未組織労働者の政治活動という側面も確かにあります。
でもそれは信仰ではないんですけどねー。
- 99 :らくだ:2010/11/28(日) 20:40:31 ID:rr7vSj.E
- >>98
運ちゃんさん
このまえ読んだ創価学会に関する本は、宗教学者によるものではなく、
社会学者によるものでした(しかも都市社会学専攻)。
教理的な理解だけでは、創価学会をつかみ得ないと、つくづく思いました。
- 100 :運ちゃん:2010/11/28(日) 22:23:05 ID:uK43f7YQ
- >>99
らくださん
確かに教理的な理解でつかむ事、これは困難ですね。
ただ淵源を探るという事についていえば、初代牧口会長の人脈や戸田会長の人脈と
いう事を知るのは大事なポイントになると思えます。
そもそも、創価学会は何を目指し、どんな活動をその為に行っていたのか。
原点を知る事は大事ですね。
- 101 :らくだ:2010/11/28(日) 23:31:46 ID:rr7vSj.E
- >>100
運ちゃんさん
はい。そう思います。
聞いた話や書物から受けた個人的な印象では、牧口会長は学者肌で、
戸田会長と池田名誉会長は人情味あふれた人物である(あった)ように
感じます。
彼らが何を目指していたのか。
またそれを組織としてまとめたとき、何が起きるのか。
三人とも、ひとりの人間として「信仰」を教えようとしたけれども、
組織をまとめる立場になると、「宗教」になってしまう。
彼らの思いと、思いと結びついた教義。そして教義によって
まとまった組織。
そのいずれも、別問題として考察する必要があるのでしょう。
- 102 :運ちゃん:2010/12/15(水) 20:47:49 ID:ZNPw7k1.
- らくださん
記事は今晩あっぷします。
毎々遅れて誠にすみません。m(_ _)m
- 103 :らくだ:2010/12/15(水) 23:10:36 ID:rr7vSj.E
- 運ちゃんさん
いつでも構いません。
よろしくお願いします。
- 104 :a:2010/12/16(木) 01:25:09 ID:AuGdnmMI
- 電家com
12月新規OPEN!!新規OPENを記念いたしまして液晶TVを 60000円から販売しています。
12月末までの限定価格!! Googleや yahooで『電家com』と検索下さい。
当店のHPが出てきます!!
- 105 :運ちゃん:2010/12/19(日) 08:29:08 ID:uK43f7YQ
- アップがかなり遅れて申し訳ありません。
以下に記事をアップしました。
http://heartland.geocities.jp/sougaku_salon/column/rakuda/rakuda101219.htm
- 106 :らくだ:2011/01/06(木) 20:54:32 ID:rr7vSj.E
- あけましておめでとうございます。
なかなか記事を書けないでいますが、いつまでも運ちゃんさんのページに
間借りしているのもどうかと思い、自分で立ち上げようかと考えています。
僕の文章を読んでくださっている方には、準備ができ次第、こちらに
報告させていただきます。
よろしくお願いします。
- 107 :運ちゃん:2011/01/07(金) 17:10:12 ID:uK43f7YQ
- らくださん
いつも対応は悪くて申し訳ありません。
らくださんの記事は拝見したいので、立ち上げができましたらご連絡ください。
- 108 :らくだ:2011/01/09(日) 00:20:43 ID:rr7vSj.E
- 運ちゃんさん、みなさま
とりあえず新たに自身のページを立ち上げました。
創価学会の宗教哲学的ノート
http://www.geocities.jp/soka_philosophy_of_religion/index.html
今後とも、よろしくお願い致します。
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