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しゅごキャラ小説(コピペ版)
1:2008/07/05(土) 11:14:27 ID:???0
マリエルさん用に作ってみました。
お願い出来ますでしょうか?

2★マリエル★:2008/07/05(土) 11:33:41 ID:???0
一応、試して置こう。
うわっ、なんか風強いじゃん。

3←糞虫:2008/09/23(火) 00:14:17 ID:lZ2iH7XE0
egg 45

 栗花落は物静かで大人しい。そういうイメージしか日奈森は持っていなかった。
 根暗とも違う。
 友達が居るのかは分からない。
 それくらい日奈森は彼女の事を知らない。もちろん全ての生徒を把握しているわけではないので当たり前と言えば当たり前の事だった。
 彼女の前の席が空いたので顔を見る機会が増えた。それまでは陰に隠れた地味キャラにしか思っていないし、思われていない、と日奈森は思った。
 今だからこそ彼女に注目しているのかもしれない。
「……とはいえ今さら挨拶するのも……」
「あむちゃんファイト」
「地味キャラみたいだけど……、あの子も『キャラ持ち』だよ」
 青いしゅごキャラ『ミキ』の言葉に『ふ〜ん』と相づちを打って数秒後、日奈森は叫んだ。
「ええ〜!」
 その後、周りの視線が自分に集まった事に気づいた彼女は口を閉ざして教室から飛び出した。

 教室を出て屋上まで無呼吸に近い状態で掛け上がった。そして、宙に浮くミキを掴む。
「ちょ、ちょっと今のマジ!?」
「マジ」
「あたし……、全然気づかなかった」
 ×たまの反応はよく伝えられていたで、個人の『キャラ持ち』判定までは気が回らなかった。
「ボクも。でも、あの子がキャラ持ちなのは確かだよ」
 しゅごキャラ独自の気配が存在し、しゅごキャラ達は感知出来るのだろう。
 日奈森達の会話を聞いていたノミナリズム達が視界に入ってきた。
 彼女達が突然、出て来たので日奈森達はびっくりして驚いた。
「あ、あんたたちも来てたんだ」
「居候ゆえ」
「あむ殿は他人のしゅごキャラに興味がおありか?」
「無いわけはないんだけど……。知りたいって気持ちはあるよ」
 素直に答えた。
「いきなりだったからびっくりしちゃったけど……。ほら、お互いキャラ持ちなら会話に都合がいいじゃん?」
 言いつつ自分で納得する。
 内心では新しい仲間が出来るかもしれない、という喜びがあった。
 同じキャラ持ち同士で新しい出会いがあるかもしれない、と素直に思った。
「あむ殿の言っているしゅごキャラは度々現れているが……」
「えっ?」
 ノミナリズムの言葉に日奈森は驚いたが、横に居たマテリアリズムも首を傾げつつ疑問に思った。
「ええ〜!? 何処で!」
「本体の姿は無いが……、しゅごキャラは度々我らの様子を窺っていた」
「……全然、気づかなかった……」
「それ以前に教えてあげれば良かったのに」
 ミキの言葉にノミナリズムは言葉を詰まらせる。
「そ、そこまでの考えが……無かったのだ」
「あ〜……、不器用キャラなのね」
「えっ? 不器用……?」
 ミキの言葉を聞いた日奈森の脳内で明るさが広がるのを感じた。
 しゅごキャラ達に視線を向けて、遠くで頑張っている四十九院の姿を思い浮かべる。
 頑固キャラだと思っていたが、そうではなく不器用なだけ。
 自分も不器用である事を認めると『何故、衝突するのか』が分かる気がする、と思った。
 根本原理はほぼ同じ。だけどぶつかる。
「ぶつかっているように思ってただけ……かもしれない」
 意見の相違に差異は殆ど無いはずだった。
 お互いの不器用さ加減で『そう見えていた』または『そう感じていた』だけなのだと日奈森は思った。そう思う事にすると気分まで晴れやかになる。
 しばし当初の目的を忘れて屋上で風を受ける。
 そんな日奈森の姿を太陽の光りに紛れて見下ろす存在が居た。

 (つづく)

4←糞虫:2008/09/24(水) 19:33:15 ID:ia0B7SRc0
キャラなり『ムセキニンソウリジニン』(ぶちころすぞ)
egg 46

 太陽に身を隠す存在にいち早く気づいたのはノミナリズムであり、マテリアリズムは気づかなかった。
 音もなくノミナリズムはマテリアリズムに寄り添い、手を繋ぐ。
「?」
「経験が浅いお主に負担はかけられない。今は一つ一つ学ぶが良い」
「……ノミナ……、!?」
 上空の気配に気づいた瞬間、マテリアリズムはノミナリズムに一瞬だけ強く引っ張られてしまった。
 一瞬だけの出来事で意識が散漫になり、気配が分散した。
「お主は今、行動すべき者ではない」
「……ノミナリズム」
 優しい笑顔のノミナリズム。その表情の真意を理解出来ないマテリアリズムは少し不安になり、その不安が後々、自分に影響を及ぼすのではないかと考えてしまった。
「なにしてるの?」
 赤いしゅごキャラ『ラン』がリズム達の行動に首を傾げていた。
「なんでもない。油断大敵という言葉を教えていただけだ」
 マテリアリズムは何も言わず、ノミナリズムの言葉を胸に刻む。

 話しが終わり、日奈森達は教室に戻る事にした。
 慌てたものの今から行動に移す、というわけにもいかず、彼女は唸りながら廊下を歩いた。
「キャラ持ちだと分かっても声をかけるなんて、いきなりだよね」
「Kに頼んだら? ややちゃんやなでしこに話してみるのもいいかもよ」
「今まで大人しくしてた子にいきなり声をかけるのは勇気が居るよね」
「どんなしゅごキャラなんでしょうね」
 緑のしゅごキャラ『スゥ』だけは嬉しそうに微笑んでいた。
 どんなしゅごキャラだろうときっかけがないと話しかけられない、と日奈森は胸の内で悩んだ。

 放課後、日奈森はロイヤルガーデンに向かい、栗花落がキャラ持ちである事を辺里達に伝えた。
「うん。でも皆には内緒にするように理事長側から言われてたんだ。もちろん、日奈森さん以外は知ってる事なんだけど……」
「それって、あたしだけ仲間外れってこと?」
 自分だけ知らなかった事に対して阻害感を感じた。
「そうじゃないよ、あむちー」
「あむちゃんには四十九院さんに専念してもらう事にしたから。余計な気遣いはさせない事でみんなの意見がまとまったのよ」
「そうだぜ。あいつと真っ向からぶつかっていけるのはジョーカーだけだ」
「秘密というよりは言いそびれてただけなんだけどね」
 辺里は苦笑していたが、日奈森は少し複雑な心境だった。
 確かにみんなの言い分は理解出来るが、なんとなく納得してはいけない問題なのではないかと思った。しかし、納得しなかったとしても自分に何が出来たのか、考えるとやっぱり答えは出なかっただろうと思うのも事実だった。だから、反論は出来なかった。
「り、理事長命令なら仕方ないか……」
「彼女は特殊らしくてね。今は刺激しないでほしい、と言われている」
「つーちゃんみたいに病気だとか?」
「病気ではないけれど、似たようなものかな」
 また複雑な事情を持つ生徒なんだな、と日奈森は思い、肩に思い『何か』が乗ったような心境になった。

 (つづく)

5←糞虫:2008/09/25(木) 04:34:04 ID:mfiygJsI0
『白き秋。少女は歌い。黒き夜』

 治るか治らないかはっきりしない人生に落ち込み、生きる喜びなどはとうに諦めた。何度も同じ風景を何年も見続ければ飽きもする。
 そう。私は飽きてしまった。なにも飽きて、生きる事も飽きてきた。
「死にたい。言葉で言えても……」
 死ぬことも飽きていた。つまらない人生すぎて、行動することも飽きていた。
 いっそ酸素をするのも飽きてしまえられたら良かったのに。空気を吸い、食事を取る自分。
「つまらなぁい。つまらなぁい」
 窓の外枠に居る天使も今の私と同じ様。
 私と違うところは自由に羽撃けること。なのに天使はつまらなそう。そんな彼女を見て私は思う。
 可愛くて可笑しい。つい笑んで、そう思ってしまった。
 私が笑うと彼女は不機嫌になる。そして、また可笑しく笑ってしまう自分がいる。
「……何を笑っているの?」
「水銀燈の様子が」
「!」
 一段と顔を顰めて彼女は外に顔を向けて拗ねてしまう。
 退屈で飽きていた人生に一つ、興味を持つ事が最近出来た。
 ずっと一人で過ごしていたと同然の生活だったから。
「またあの歌を聴かせてあげるから……、こちらへいらっしゃい」
「………」
 天使は人間に触れられる存在じゃないのでしょう。部屋の中に入っても隅の方で大人しくしてしまう。
 色んな事情があるのでしょう。
「からたちの花が咲いたよ。白い白い花が咲いたよ」
 おばあちゃんから聴かされた名前の分からない歌。
 いつのころからか口ずさむようになり、今は水銀燈の為だけに歌っている。

 からたちのとげはいたいよ。青い青い針のとげだよ。
 からたちは畑の垣根よ。いつもいつもとおる道だよ。
 からたちも秋はみのるよ。まろいまろい金のたまごだよ。
 からたちのそばで泣いたよ。みんなみんなやさしかったよ。
 からたちの花が咲いたよ。白い白い花が咲いたよ。

 名前も知らない歌。でも本当は名前があるのでしょう。ただ歌って聴かせられただけで知らないだけ。
「……歌はここでおしまい。ずっと昔からある歌みたいよ」
「……また聴かせてくれる?」
「ええ。もちろん」
 何度も繰り返し、聴かされた歌なのに飽きたり、つまらないなんて思ったことがないのはこの歌くらいだろうか。
 どうしてだろう。どうして歌っている時だけはつまらないって思った事がないんだろうか。

 (了)
==========
詩っぽく、書いてみました。初めて知るであろう『からかたちの歌』の全文です。(たぶん)詩集の中の『歌謡』の一つです。
ヒントはタイトル。(新潮文庫から引用)

6←糞虫:2008/09/25(木) 04:36:35 ID:mfiygJsI0
『なりたい自分にキーロック』
egg 1

 心の卵は大人になると消えてしまう。
 子供の内に産まれる卵。
 無理と希望の相反する願望。
「卵に『○』と『×』があるならどっちでもいいじゃん」
「よくないよ。そういうのを決めつけっていうじゃん」
 赤い髪の女の子と茶色の髪の女の子は対立した意見を述べた。
「あむっちの言う通りだよ」
「どうかな、意見ってのは一方だけが正しいってわけじゃねぇぜ」
「まあまあ、みんな。少し落ち着いて」
 場の雰囲気を納めようとする少年が居た。
 彼らは一つ所で会議をしている。
「四十九院さんも日奈森さんも落ち着いて」
「私は落ち着いているわよ」
 日奈森と呼ばれた赤い髪の少女は口を尖らせながら言った。
 対して茶髪の四十九院は無表情で金髪の少年に顔だけ向けた。
「……もう帰らないいけない……。では、また……」
「そ、そう。気を付けて帰ってね」
「………」
 四十九院は返事を帰さずに立ち去っていった。

 残ったメンバーは日奈森を除いて大きくため息をついた。
「あの人にもあの人なりの考えがあるんだよ」
「そんなこと……、唯世君に言われなくて……」
 わかってる、と続きは胸の内で答えた。
 自分と同じタイプであり、意見だけが反対になる四十九院とはここ最近、折り合いが悪くなる一方で困っていた。本当は彼女と仲良くなりたいのにうまく接する事が出来なかった。

 (つづく)
============
突発的だが、なんとなく書いてみた。改行制限があるので短くするしかなかった。
『四十九院 智秋(つるしいん ちあき)』女性。四年星組。

7←糞虫:2008/09/25(木) 04:37:38 ID:mfiygJsI0
egg 2

 なりたい自分になればいいじゃん、という日奈森の言葉に反発した自分。別に仲良くなりたい気持ちがあるわけではない。なのに突っかかってくる。
「ノミナリズムも日奈森の味方をするのかしら?」
 独り言のように口を開く。
「そうあるものならそうあるのだろう」
 彼女のすぐ側で答えるものがあった。
 それは頭に『○』と『×』が合わさった髪飾りを付けている小さな存在だった。
 それは『しゅごキャラ』と呼ばれる子供にしか見えない守護霊のような存在。
 希に大人でも見える事があるらしい。
「決めつけてるのはどっちよ」
「どちらもだろう。意見は違えど根本的な部分は同じと見た」
「……ノミナリズムは分からない」
「それははっきりした答えだ」
 そういつつノミナリズムの頭と足元に卵の殻が現れ、その殻が合わさり一個の卵に戻った。その卵は彼女のカバンの中に独りでに潜り込む。
「どこがはっきりしてるのよ」
 不満を洩らしながら彼女は自宅に向かって歩き出す。
 途中で店先から音楽が聞こえてきた。
 今、巷で人気の新星アイドル『ほしな歌唄』の歌だった。
「………」
 彼女の映像を見掛けて、四十九院は立ち止まる。
 心の卵たる『しゅごたま』に『×』が付くと黒い『×たま』になる。それは日奈森達が拘束し、浄化していく。
 現在、×たまを浄化出来るのは『ハンプティーロック』と呼ばれる『錠前』を持つ日奈森だけだった。

 (つづく)
============
『日奈森 亜夢』女性。五年星組。クールアンドスパイシーガール。
『辺里 唯世(ほとり ただせ)』男性。五年生。リーダー格で王子様と呼ばれる。
『結木 やや(ゆいき)』女性。四年生。明るい性格。
『相馬 空海(そうま くうかい)』男性。六年生。サッカー部主将。
『ノミナリズム』四十九院のしゅごキャラ。○と×の髪飾りを付けている。能力は不明。
『ほしな 歌唄(うたう)』女性。十四歳のアイドル歌手。

8←糞虫:2008/09/25(木) 04:38:30 ID:mfiygJsI0
egg 3

 しゅごキャラを持つ者は『×たま』の気配を感じる事が出来る。他のしゆごたまの気配も同様だった。
 ほしな歌唄は『しゅごキャラ』を持っている。それは随分前から知っていた。ただ、知っているだけで興味は無かった。
 持っているならそれでいい、四十九院はそう思っていた。
 少しだけ彼女の歌を聞いた後、自宅に帰った。
 自分の部屋のベッドに沈み込むように倒れ込む。
「なりたい自分にならなきゃいけないの?」
 それは誰かに当てた言葉ではなく、自問の言葉でもない独り言のような言葉。
 日奈森は確かに『なりたきゃなればいいじゃん』と言った。
 今日は自分が『あったっていいじゃん』と言った。
 ノミナリズムの言う通り、根本は同じなのかもしれない。しかし、同じ意見というのが気に入らない。自分には自分の考えがあって日奈森と同じではない、と思った。
「……ノミナリズム。私は分からない」
「いや、分かっている。君は分かっている事を否定しただけだ」
「分からないよ……」
 それは自分の心が分からない、という意味なのかは考えたくなかったので、ノミナリズムの言葉は聞きたくなかった。しかし、ノミナリズムは四十九院の心の卵。彼女の心情を察し、何も言わなかった。

 日曜日に公園を散歩していた四十九院の前に『×たま』が一つ現れた。
「……キャラチェンジは…不要か……」
 ノミナリズムは一度は出てきたが、すぐに引き下がった。
 四十九院は『×たま』を手招きした。すると×たまは大人しく彼女の側に飛んできた。
「ムリー、ムリー」
 ×たまはほぼ共通に『ムリー』と言う。なれない自分に絶望し、心の卵に『×』が付いてしまう。それは黒く変色し、×たまとなる。
 四十九院の掌の上に×たまが乗った。その卵を四十九院が撫でる。
「なれない自分があったっていいじゃん。私はそう思う」
 似た性格だからこそ、四十九院と日奈森は衝突してしまう。そして、それは×たま浄化の時も同じだった。
 今は自分一人だけ。だから、彼女は×たまと接する今の時間を大切にしたかった。

 (つづく)

9←糞虫:2008/09/25(木) 04:39:34 ID:mfiygJsI0
egg 4

 四十九院は×たまを持ちつつ散歩を続ける。特に意味など無く、歩きたいから歩くだけ。それが彼女の進む意味。
「ムリー」
「『ガーディアン』の『ジョーカー』が来たら君達は浄化される。それは君の望むところなのかな?」
 日奈森と自分は本当に根本が同じなのだろうかと少しだけ考えた。
「浄化しなければ本体は救われぬ」
 静かな声でノミナリズムは言った。
 確かに放っておくわけにはいかないのだろう。それは頭では分かっていたが、すぐには実行出来なかった。
 四十九院には彼女なりに考えたい事があったからだ。
「ノミナリズム。キャラチェン……」
「応。あるべきものはあるべきものへ」
 四十九院の黒い瞳に白い×と○が現れた。
 彼女の『なりたい自分』へのチェンジ。
「いざ相克……」
 他人は殆ど見せた事のない四十九院のキャラチェンジは『なりたい自分』と『なりたくない自分』の相反する葛藤の具現化。
 ×たまを両手で挟むように掴み、両の瞳で卵を見つめる。
「なれない、ということはなりたい事があって成り立つもの。あなたは答えを知ってて否定してるだけ。自分に×を付けるのは自由よ。それを否定したりしない」
「ムムム、ムリームリー」
 ×たまにヒビが入った。
「『×キャラ』なりたければなればいい。それがあなたのなりたいものなら……」
 四十九院の言葉が届いたのか、×たまは大人しくなった。
「後から来るジョーカーに浄化してもらいなさい。私はあなたを浄化しない。そう決めたから」
 それは決めつけではなく、判断しただけ。他人にどう思われてもいい自分の判断に過ぎない。

 四十九院がキャラチェンジを解いた頃に×たまの気配を感知した日奈森が公園に駆け付けた。
「あっ、あった!」
 ×たまの側に四十九院の姿があったのを日奈森は不思議に思った。しかし、今は自分の仕事を優先させることにした。
「遅い到着だの〜、ジョーカー殿」
 ノミナリズムの言葉に日奈森は青筋を立てつつしゅごキャラを睨んだ。
「うるさい! こっちだってプライベートがあるの!」
 日奈森の怒鳴り声を聞いていても面白くないと判断した四十九院は×たまを彼女に任せて立ち去ろうとした。すると×たまは四十九院の後を追うように移動を始めた。
「えっ、なんで?」
「なんでと言われても、こちらには答えようのないこと。×たまに直接聞いてみるがよかろう」
 ノミナリズムの古風な言い方に少しだけ腹を立てたが言い返す言葉が出て来なかったので、無視することにした。

 (つづく)

10←糞虫:2008/09/25(木) 04:41:05 ID:mfiygJsI0
egg 5

 公園には噴水があり、四十九院はその水際に座る。
 腕時計で時間を確認した彼女は持ってきていたバッグからいくつかの道具を取り出す。
 日奈森は×たまの事を忘れて彼女の行動に見入っていた。
「なにジロジロ見てるの。さっさと×たまを浄化しなさいよ」
「わ、分かってるわよ」
 とは言うものの彼女から視線を逸らしてはいけない気がした。
 ×たまは今も彼女の側に浮いている。それが何を意味しているのか知りたかった。
 四十九院は細長い管のようなものを取り出し、片方を口に銜えて、もう片方を右手で持ち左腕の肩に近い部分を強く縛った。
「な、なにしてるの?」
「見て分からない? 分からないなら声をかけないで」
 手際良く、縛った後、バッグから更にいくつかの箱を取り出した。それは日奈森も見たことのある薬のビンが入っている小さな箱。
「薬?」
 自分の知る薬は『飲み薬』だった。
「ここから先は見ない事を勧めるけれど、見るからには邪魔しないでね。あまり時間も無いし……」
「ちょっ、ちょっとまさか……。まさかでしょ?」
 次に取り出したのは見た事はあるけれど見たくないものが出てきた。
 真空パックされた『注射器』だった。それを見た途端、日奈森は青ざめる。
「私も嫌なんだけど、仕方ないのよ」
「なにが仕方ないのよ!」
「決まった時刻に薬を接種しなければならない、と医者に言われているのだ」
 ノミナリズムの言葉が日奈森の耳に届く。それがどういう意味なのかは彼女は理解出来なかった。初めて聞くことではあったが、目の前にある事が現実にあっていい筈はないと考えようとした。
「だから見ない方が良いって私はいったわよ」
 手際よく注射器に薬を入れて、刺す場所に麻酔効果のあるアルコールを塗る。その仕草で彼女が普段から行っていることだと理解はしたが心に辛い気持ちが痛みとなって襲ってきた。

 (つづく)

11←糞虫:2008/09/25(木) 04:42:00 ID:mfiygJsI0
egg 6

 淡々と作業をこなし、自然な仕草で針を皮膚に突き刺す。
「………」
 見ている日奈森は彼女の代わりに左腕に痛みを感じたような妙な感覚を感じる。
 見なければ良かった、と思いつつも見なければならないという強くあろうとする自分が居る。
 薬を入れ終えて、手際よく道具を仕舞う。
 錠剤は用意した紙の上に乗せて後は全て片付けた。
 四十九院は薬を仕舞った後でバッグから白い陶器のコップを出した。それを噴水の吹き出している部分に近付けて水を入れる。
「そ、それ綺麗な水?」
 溜まっているところよりは綺麗かもしれないけれど、公園の水が全て綺麗とはいえない気がした。
「綺麗なんじゃない? 公園には飲み水だってあるくらいだから」
 汲んだ水を錠剤と共にためらいもせず飲みはじめた。
「冷たい……。で、いつまで×たまを放っておく気?」
「×たまよりつーちゃんの方が心配だったから……」
「浄化してから心配すれば良かったのに。効率の悪い選択をするわね」
 至極もっともな意見だったので日奈森は反論出来なかった。
「あむちゃん、キャラなりしよ」
「……うん。あたしのココロ、アンロック」
 その言葉と共に日奈森の衣装が変わっていく。
 しゅごキャラの力を最大限引き出すのが『キャラなり』と呼ばれるもの。これが出来るのはしゅごキャラを持つ者でも小数と言われていた。
「キャラなり。アミュレットハート」
 日奈森はチアガールの衣装に正しく『変身』した。
「キャラなりしたものの……。卵はまだ『×キャラ』になってないなんだけど……」
「×とか○とか関係ないんじゃなかったの?」
「う、うるさい! 行ける、ラン?」
「うん」
 逃げる体勢を少し取った×たまに四十九院は優しく手を差し伸べた。それだけで黒い卵は大人しくなった。
「何処の誰だか知らないけど、ネガティブハートにロックオン! オープンハート!」
 彼女の持つ『ハンプティ・ロック』からハート型の光りが×たまを照らしていく。
 ×たまの『×』が消えて白い卵に戻った。
 浄化された卵は四十九院達に何も言わずに『本来の宿主』の元へ飛んでいった。

 (つづく)

12←糞虫:2008/09/25(木) 04:42:53 ID:mfiygJsI0
egg 7

 卵の浄化が終わり、日奈森は目の前に居る四十九院を見据えた。彼女に何か言わなければ、聞かなければいけないことがあるような気がしていた。しかし、言葉が出てこない。
「貴女にプライベートがあるように私にもプライベートがあるんだけど……」
 こちらの心を見透かしかのような言葉を四十九院は言ったので驚いた。
 確かに彼女の言う通りだったので、余計何も言えなくなった。
「家族は仕事で忙しいから私はいつも一人なの」
 日奈森が悩み出した途端に四十九院は独り言のように言った。呟きではなく、はっきりとした声だった。
「残念ながら注射は嫌いなの。好きな人が羨ましいわ」
「なっ……」
「私は散歩を続けるけど、日奈森さんは用事でもあるの?」
「用事……」
 それは今し方済んでしまったので今は暇だった。しかし、それ以前に向こうから話しかけてくるとは思わなかったので少し驚いた。
「それはもう済んだ…かな……。あははは……」
「顔が引きつってるよ、あむちゃん」
 日奈森のしゅごキャラ達がそれぞれに突っ込みを入れはじめた。

 とりあえず、と思いつつ日奈森は四十九院の隣りに座った。
「いつもさ。つーちゃんとは対立ばっかしてたけど、こうやって二人で居るのは初めてだよね」
「そうかな? みんなが居ても変わらないんじゃない?」
「どうしてあたしたちって……、衝突し合うんだろうね」
 いつも意見の相違で対立してしまう。そんな思い出しか出て来ない。それがどうしてなのかなんて日奈森は今まで考えた事が無かった。しかし、先ほどの出来事で自分の気持ちが少し変わった事を感じた。
「逆に聞いていい?」
「えっ、う、うん……」
「みんなの意見が同じならいいの?」
 そう言われて『うん』と言いそうになったが、すぐに『違う』という言葉が浮かんだ。
 今の彼女は大事な事を言っている、とすぐに感じた。
「同じだったら衝突はしないよね……」
「そうだよね……。そうなんだけど……。今、言われて素直に賛成出来ないって思った。どうしてだろう」
「対立する事って悪いこと?」
 四十九院の言葉は重く響く。。それは分かるのだが、言い返す言葉が出て来ない。それは簡単に答えられるような問題ではないと思ったからだ。

 (つづく)

13←糞虫:2008/09/25(木) 04:43:48 ID:mfiygJsI0
egg 8

 二人は数分間、黙った。
 日奈森は会話を探そうと必死に頭の中で言葉を探す。
 四十九院は公園に来ている人達の様子を眺めていた。
「あっ、そうだ。さっきの薬って何?」
「危ない薬」
「ええっ!?」
 あっさりと出た言葉に日奈森は驚いて大声を出してしまった。
「あれが無いと生きていけない危ない薬」
「そ、そう……なんだ。あははは」
 なに笑って誤魔化そうとしてるんだろ、あたしは、と胸の内で焦ってしまった。
 四十九院を伺うと表情の乏しいいつもの彼女の顔があった。
「生まれ付き身体が弱いんだ。自分で必要な物質を作れない身体ってやつ」
 難しくて日奈森には分からなかった。
「毎日、欠かさず薬を取らないと駄目なんだ。いわゆる病弱キャラ。でも、作ってるわけじゃなくて、こっちが本当の私」
「そうだったんだ……。あたし、全然知らなかった」
「教えてないもの」
 あっさりと言う四十九院に対して、緊張が高まる日奈森は今にも感情が爆発しそうだった。
「日奈森は元気キャラだから病弱キャラの事は分からないよ、きっと」
「そんなこと……ないと思う」
「あったとしても風邪くらいだよ」
 あっさりとまた四十九院は言った。
 日奈森は今ので少し彼女と意見が衝突する理由を感覚でだが、分かってきた。
「それはそうかもしれないけど……。そういう風に決めることないじゃない」
 言った後で日奈森は後悔した。本当は別の事が言いたい筈なのに全然別の言葉が出てきてしまう。
「つーちゃんは自分だけが不幸って思ってない?」
「不幸とは……思っていないわけじゃないね。うん。思っている時もあるし、思っていない時もある。その時々で変わるな」
 素直に答える四十九院。
 彼女は素直な自分を出しているだけだった。自分と違い、変にキャラ作りしている、という感じではなかった。
 素直なのが四十九院のキャラ。外キャラを作る自分と違う筈だと今、思った。
「あ〜、やめやめ。あたしは難しい事も不幸な事も嫌い。というか聞きたくないし、興味を持ちたくない」
 彼女のように素直な感想を言ってみたが、自分でも変だなと思う。無理をしていると分かるほど意味不明だと思った。

 しばらく会話をやめて、周りの風景を黙ってみている事にした。四十九院も大人しくしていたし、しゅごキャラ達も静かだった。
「……なれない自分をひがんでいるわけじゃない。日奈森のような元気キャラをねたんだりしたいわけじゃない。そうあるべきことを『そのまま受け入れたくない』だけ」
「難しくて分からない」
 というか、四十九院は自分と本当に同い年か、と疑いたくなるような印象を受けた。
「話し変わるけどさ」
 というより難しい話しはもうしたくなかった。
「×たま、随分と懐いてたけど、つーちゃんの能力の一つ?」
「さあ? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらにせよ、私は日奈森に浄化を任せたから、後は知らない」
 確かに彼女の言う通りではあったが素直に納得は出来なかった。と思った時、自分は素直じゃないキャラだろうか、と思った。
 自分の方が悪者みたいじゃん、と日奈森は口を尖らせながら不機嫌になる。

 (つづく)

14←糞虫:2008/09/25(木) 04:45:35 ID:mfiygJsI0
egg 9

 四十九院は次期『クイーンズチェア』候補の一人として選ばれていた。しかし、あっさりと本人は辞退した。
 しゅごキャラを持っているというだけで選ばれる事に不満を抱いた、ように日奈森には見えた。
 最初から彼女は『自分に対しての決めつけ』に否定的だったのかもしれない。だが、彼女自身も『他人を決めつけている』ところが無いわけではないので、本当はどちらなのだろうと中々、判断が出来なかった。
「つーちゃんって『どっちつかず』キャラなんじゃないかな」
 自然に出た日奈森の言葉に四十九院は何も言い返さなかった。
「あたしが何か決めようとすると反対意見を言うキャラ」
「………」
「そう考えたら衝突意見になるのも無理ないよね。反対意見って簡単に出るものじゃないと思うんだ」
 相手の欠点を言うのは簡単かもしれない。でも、それを見つけるのは簡単なことではないはずだと日奈森は言いたかった。
「キャラ持ちでQチェア候補っていうのは凄いと思うけど……、みんなと仲良くなるキャラにも……なれそうにないよね」
「私は……一匹狼が好きなだけだよ。のんびり公園を散策出来る時間を邪魔されたくないし……」
「ってことはあたしはお邪魔?」
「そうだね。折角の一時を……、なんだか分からない話しで潰されている」
「ちょっと! それはひどいんじゃない?」
 素直に言っているとはいえ、今の言葉は心外だと思った。
 四十九院に人差し指を突き付けると、日奈森のしゅごキャラ達が現れた。
 赤と青と緑のしゅごたま。
「あむちゃん、落ち着いて」
「今までの仲良しムードぶちこわしだよ」
「だって!」
「まあまあ、あむちゃん。ここはスゥにお任せあれ」
 緑のしゅごたまから現れたのはのんびりした口調でフリルの白いエプロンを着ていた。頭にはトランプの『クローバー』の装飾品が付いていた。
「ちっぷ。しろっぷ。ほいっぷ」
 スゥの言葉が終わると四十九院の手に温かい紅茶の入ったカップが現れた。
「ハーブティーを召し上がれ」
「薬臭い紅茶は嫌いなの」
「ちょっと! スゥが用意した紅茶にナンクセ付けないでくれる?」
「いいんですよ、あむちゃん。スゥが失敗しただけですから」
 受け答えには素直だったのに、親切にした途端にかわいげのない態度に腹が立った。
「いい加減にしてもらいまいか、日奈森殿」
 今まで姿を隠していたノミナリズムが出てきた。
「なによ」
「薬の摂取の後に妙な茶など身体に悪影響ではあるまいか?」
「ただの紅茶じゃない。お茶は身体にいいはずよ」
 ハーブティーです、と小さな声でスゥは言ったが他のしゅごキャラ以外には届かなかった。
「薬の成分が変わる恐れがあるから、基本的には薬とお茶は一緒に飲んではいけないと言われている」
 そう言われて日奈森は言葉に詰まった。
「あと、私はお茶とか紅茶は嫌いなのよね。甘くても渋くても……」
「わ、悪かったわね。知らなくて!」
 意地になって反論したものの彼女にしてみれば、命に関わる重要な事だと思った。しかし、日奈森の言葉に対し、四十九院は何も言い返さない。
 反論は言うが途中でやめてしまう彼女に日奈森は苛立ちと不安を感じてしまう。

 (つづく)

15←糞虫:2008/09/25(木) 04:47:18 ID:mfiygJsI0
egg 10

 不毛な言い争いを続ける気は無い。しかし、相手は自分の考えているより難解な思考の持ち主である事は理解した。
 しゅごキャラの名前からしてよく分からない。
 『ノミナリズム』は何かの音楽用語なのだろうかと思っていた。しかし、音楽とは関係が無い、という事だけしか教えてくれなかった。
 日奈森は四十九院のキャラチェンジやキャラなりはまだ見た事が無い。どんな能力なのかも分からない。しかし、興味はあった。
「え〜っと……、ちょっとしゅごキャラを借りるわね」
 ひったくるように日奈森はノミナリズムを掴んで人目の届かない木陰に移動した。
「世間一般では『人さらい』と言う」
「うるさい。あんた、つーちゃんのしゅごキャラのクセに生意気。とにかく、つーちゃんの事を色々と教えてくれない?」
「主の個人情報は法的に保護されてしかるべきだと思うが……」
「いいから。……あたしはね、いがみ合ったりしたくないの。本当は仲良しになりたいの。同じキャラ持ち同士なんだし……」
 意見の相違は仕方がない。しかし、そのまま不仲でいるのも面白くない。一緒に話せる友達でいたいと思っていた。
 会えば喧嘩になってしまう。それが嫌だった。
「そもそも、つーちゃんの『なりたい自分』って何? しゅごキャラが居るってことは『なりたい自分』があるってことよね?」
「そう。本来はな。だが、それは『決めつけ』でしかないのではないかと主は考えた」
「えっ?」
「『なりたい』とは断定的だ。なりたい。ならなければいけない。なる。ならなきゃ。など様々だが……。自分は自分という『決定』一つで充分ではないかと……。それ以上に何かにならなければいけないのだろうかと……。その疑問の課程で我は産まれた」
 複雑な悩みから産まれて大変ね、と日奈森は少しだけしゅごキャラに同情した。
 悩みなら自分もある。そして、それはとても自然な事ではないかと思った。理由は複雑でもしゅごキャラが産まれたのは事実。
 今はそれだけ分かればいいと思う事にした。
「もし、主と仲良くなりたければ……。邪魔をせぬことだな」
「じゃ、邪魔って……」
 なにそれ、それじゃあ意味無いじゃん、と言いたかった。
「あ、あむちゃん」
「なに? 今、大事な話しをしてるとこ」
「×たまの気配。近づいてる」
「あむちゃん、上!」
 それぞれのしゅごキャラ達の指示に従い、上空に顔を向けると何個かの×たまが飛んでいた。向かう先は噴水のある場所だった。
「浄化したばかりなのに!」
「まあ待て」
 移動しようとした日奈森の前に立ちふさがるようにノミナリズムが移動した。
「主に任せて、ここで様子を見てはどうかな?」
 そう言いながらノミナリズムは主である四十九院の元に向かった。日奈森は何かあればすぐに飛んでいける準備だけして言う通りに様子見をすることにしてみた。

 (つづく)

16←糞虫:2008/09/25(木) 06:19:20 ID:mHhsA7iA0
egg 11

 ×たまが飛んで来る様子を黙って見ている四十九院。
 ノミナリズムは彼女に提言は言わず黙っていた。
「……自分に×を付けるのが流行なのかしら?」
「世の風潮……。希望を持つ者がそれだけ少ないのだろう」
 特に感心することもなく、四十九院は×たまを手招きして呼び寄せる。
 簡単にやっているように見える行動だが、離れて見ていた日奈森は驚いていた。
 通常の×たまは捕まえるのが大変で、いつも逃げられてばかりいたからだ。それを彼女は手招きだけで簡単に呼び寄せてしまうのだから『凄い』と思った。
「さて、主殿。動けるかな?」
「どうだろ。もう少し時間が必要かな。正直、キツイ……」
 日奈森との会話中、一度もその場から離れなかった四十九院は今は立ち上がる事が出来なかった。立つ事だけなら無理にでも出来るが今はまだ動きたくなかった。
「それで……、日奈森はどうしてあんなとこに居るの?」
「我らの手並みを拝見する為に潜んでいるだけ。害は無い」
「手並みもなにも人前でキャラチェンする気ないよ。ジョーカーにはジョーカーの役割があるでしょ?」
「主の事を知りたいと思っているのだ。こちらも少し心を開いてやればいいと……」
「なにそれ。病弱キャラだからって勘違いしてんじゃない?」
 四十九院とノミナリズムのやりとりを聞いている×たま達は側で不安定な動きをしながら見守っているようだった。
 一度、日奈森の方に顔を向ける。
 彼女達は真剣な眼差しで四十九院の方を見ていた。
「……病人をいたわる気持ち……、無いようね」
「すまんな。で、立てるか?」
「さあ? きっと……『ブラックアウト』するわよ」
 そう言いながら四十九院は立ち上がった。そして、すぐに視界が暗くなり始める。
「……くぅ……」
 一歩踏み出す事なく、四十九院は地面に手折れ込んだ。近くに掴むものがないので身体を押しとどめる事が出来なかった。
「つーちゃん!」
 日奈森達が彼女の側に駆けつけると、四十九院は大きく息を吐いて、諦めに似た表情になった。
「だ、大丈夫?」
「私、貧血なの。日奈森と長話ししたせいで……」
「あ、あたしのせい!?」
「いいから起こしてよ。黙って見てるなんてひどい人ね」
 口を尖らせつつ日奈森は四十九院を起こした。彼女は呼吸を整えるといつもの無愛想な顔に戻った。
「みっともない……。今日は日曜なのよ」
「……ごめん」
 ×たま達は四十九院の側にやってきた。
 彼女はそれらをカバンの中に入れた。
「×たまを捕まえるのって大変なのに……」
「どうしてですか〜?」
 日奈森のしゅごキャラ達も驚いて、彼女に質問した。
「いいじゃない別に……」
 よくない、と言い返そうと日奈森は思ったが言い返せなかった。何を言っても今は負けると思ったからだ。それに彼女がやっている事は気になるが無理に聞き出そうとする自分が嫌になっていた。
 少しずつ彼女とつき合って一つ一つ答えを得ようと思った。

 (つづく)

17←糞虫:2008/09/25(木) 06:21:57 ID:5xPkGspM0
egg 12

 一旦、四十九院を自宅に戻し、日奈森も自宅に帰る事にした。今日はもう浄化が出来ないし、×たまを壊さないように約束もさせた。
 色々と気になる事はあったが、明日また聞けばいいと判断する事にした。

 次の日、登校してきた四十九院を見つけた日奈森はガーディアンが集まる『ロイヤルガーデン』に引っ張っていった。
「随分と強引ね。私、何か悪いことしたかしら?」
「いいから、ついて来て」
 朝のホームルームまでには時間があったので、彼女から×たまの事を聞こうと思った。
 普段はガーディアン達が揃っている場所には日奈森と四十九院の二人しか居ない。
「あの×たまはどうしたの?」
「どうしようと勝手でしょう。日奈森の物じゃないんだし」
「それはそうだけど……」
 日奈森が困っていると四十九院はカバンから×たま達を取り出した。
 こっちが頼むと文句を言うクセに逆の行動はよくする彼女が理解出来なかった。
 天の邪鬼キャラでは、と日奈森は思った。
「あの後、少し熱が出てゆっくり休んだら朝になってた」
「……そう。昨日は……ごめん。他に用事とかあったんでしょう?」
「うん。予習が出来なかった」
 いつもと変わらぬ顔で四十九院は答えた。
 外キャラを作らないから素直な事ばかり言うのかもしれない。それは少し羨ましいな、と日奈森は思った。

 ×たまはすぐに浄化し、元の持ち主のところに帰ってもらった。
「つーちゃんは本当にガーディアンに入らないの? Qチェアに無理にならなくてもいいんだけど……。あとさジョーカーって二枚あったりするじゃん」
「でも、私、人前でキャラチェンしたくないんだよね」
「あたしだって恥ずかしいよ」
「………」
「……なんで黙るのさ」
 四十九院は近くにあった椅子に座った。
「意見が合うって恥ずかしいね。対立していた方が会話も弾む」
「ええっ! なんでそうなるのよ」
 と、言い返して日奈森は気づいた。
 よく分からないけれど彼女の言っている事は『正しい』と思った。どうしてなのかは分からない。
 そもそも自分はどうして四十九院をガーディアンに誘おうとしているのか分からなかった。
 急に答えが見えなくなった頃に予鈴が鳴った。
「ガーディアンに入らない理由……。あるとすればいつ自分に何が起きるか分からないからかな……。それに病弱キャラだって言ったよね? 激しい運動は止められてるんだ」
 四十九院の素直な答え。
 彼女はたくさんのやりたい事が出来ないキャラ。そう日奈森は思った。
 そんな彼女に今の自分は何も言えない。無力な存在である事を知り、言葉が続かなくなった。
「……ごめん。あたし、わがままキャラだった。自分のことしか考えてなかった」
「自分の事でいえば私も同じ。別に悪くはないと思うよ。さ、ホームルーム始まるから行こうか」
 でも、と否定したい気持ちを日奈森は抱くが、四十九院は全く気にしていないいつもの顔。
 言い返す言葉が見つからないまま二人は教室へ向かう。

 (つづく)

18←糞虫:2008/09/25(木) 09:41:53 ID:VQhVnvnY0
egg 13

 授業を終えて、四十九院は自宅に真っ直ぐ帰り、荷物をまとめて町に向かった。
 目的地は『薬局』だった。手持ちの薬が無くなったので必要な分を買い込む。
「帰りは何処か寄るのか?」
「予定は済んだし、寄り道していこうか」
 特に目的を決めず、町を練り歩く。この一時は心の休まる時間だった。その安らぎは×たまの襲来で破られるが、今更なので気にならなくなっていた。
「やはり。このところ×たまが増えているようだ」
「ジョーカーも大変ね」
 この世の不幸を一身に背負う。そんな言葉が浮かんだが、自分は病弱キャラであっても不幸キャラではないと思う。
 ×たまもこちらの呼びかけに応じている。
「そうね。キングスチェアの座を譲ってくれたらなってやってもいいわ、なんてことでも言えばよかったかな」
「本当に譲られたら困るだろう」
「ふふ、そうね」
 手札は四枚ずつあるから、とかなんとか言いそうね、と四十九院は苦笑した。
 近くを飛んでいる×たまを次々と手招きで呼び寄せ、空いているバッグに入れていった。
 四十九院は×たまを集めつつ音楽CDの店に入り、良いものが無いか物色する。
「残り時間が少ない。早めにな」
「うん」
 前々から欲しかった『ほしな歌唄』のCDを一枚でいいから買おうと思っていた。新曲じゃなくても良かったが品切れ続きで買えなかった。
「『ほ』の部分がごっそり無くなってる……。また逃したか……」
 四十九院が残念がっているところへ、CDのケースを差し出された。
「えっ?」
「良かったらどうぞ」
 そう言われてCDを見ると探していた『ほしな歌唄』のデビュー曲のCDだった。
「あ、ありがとう」
 受け取ろうとし、相手の顔に視線を向けた。帽子をかぶっていたが声の調子から女性だと思った。自分より背が少し高く肌も綺麗で降水の匂いがした。
「その代わり、その黒い卵をいただけなかしら?」
 視線を隠すような仕草で四十九院のバッグに人差し指を向ける。
「これは浄化するので。って、貴女のところでも浄化の仕事をしてるのですか?」
 相手は少し驚いたようで、言葉に詰まったらしい。
「そ、そうよ。だから……」
「お断ります」
「なっ!?」
「私は別に浄化することに興味はないんです。無理矢理浄化させられて、無理矢理『なりたい自分』にさせられて、無理矢理いろんなことを押し付けられていく、卵達が可哀相だから……」
 卵を『可哀相』と言った自分の言葉も嫌い。
 四十九院は呼びはしたけれど、卵をどうこうするつもりはなく、彼らの自由に任せようと考えていた。
 だから、誰かに簡単に渡す気は無かった。

 (つづく)

19←糞虫:2008/09/25(木) 09:43:03 ID:VQhVnvnY0
名前忘れの為に『四十九院 智秋(つるしいん ちあき)』女性。しゅごキャラは『ノミナリズム』
egg 14

 意外な言葉で拒絶された女性は顔を上げた。
 四十九院は相手の顔を見て、驚いた。
 CDジャケットに描かれている『ほしな歌唄』に似ていたが、本物かは分からない。しかし、よく似ていると思った。
「あなた……、面白い人ね」
 そう言いながらCDを無理矢理に四十九院に渡す。
「それはあげるわ。もちろん無料」
「それはどうも。レシートも頂けるとありがたい」
 念の為にレシートは必要だった。万引きと思われたくないから。
「それ、プレゼント用だから」
「このまま出たらブザー鳴るでしょう?」
「鳴らないわよ」
 そう言われても信用は出来なかった。彼女の中では『ただより恐いものは無し』という言葉が浮かんでいた。
 信じてもらえないので、女性は四十九院の手を引っ張り店を出た。ブザーは鳴らなかった。
「ほら、これでどうお?」
「ありがとうございます。でも、人に物を渡す時はちゃんと考えて行動して下さい」
 そう言われて女性は眉根を寄せつつ反論はしなかった。
「良かったな、主殿」
「……うん」
 女性はノミナリズムに顔を向けて、おもむろに掴んだ。
「んっ?」
「こっちのしゅごキャラを頂戴。それで黒い卵は諦めてあげる」
 そう言っていた女性の背後にしゅごたまが出現した。そして、その卵は割れて中から悪魔っぽい格好のしゅごキャラが現れた。
「主殿。そうあるべきものはそうあるべきなのです」
「そうね。……っ!」
 四十九院は片目を瞑って頭を押さえた。
「もう時間切れか……。そなた、我は良いから主殿に薬を与えてやってくれ」
「なんですって? あたしに命令する気?」
「キャハハハ!」
「命令ではない。お願いだ」
 真剣な眼差しのノミナリズムを見て女性は逡巡する。
「………。……分かった」
 何を企んでいるのか知らないけれど、と思いつつ言う通りにしようと思った。
「イル。しっかり見張ってるのよ」
「オッケー」
 ノミナリズムを小悪魔イルに任せて、四十九院の側に歩み寄る。
「薬はどれなの?」
「そのバッグの中……。水筒も入ってる」
 段々と頭痛が強くなっているために立っていられなくなってきた。少し遠出しすぎたかな、と反省する。
 言われた通りの薬を用意し、四十九院に飲ませていった。その間、彼女としゅごキャラは抵抗しなかった。
「貴女……、この薬……」
 言われた通りに飲ませていたが、手に持っている薬に目を向けると市販で手に入れられるようなものではなく、医師が処方した専門的なものである事が分かった。どんな持病を抱えているのかは知りたくなかったので聞かない事にした。
「主に代わって礼を言う。ついでに家まで案内してもらえると助かる」
「くっ」
「仕方ないのだ。両親は仕事が忙しくて夕方まで居ないのだから」
 厄介な人間に目を付けてしまった思い、少し後悔した。確かに四十九院をこのまま置いていけば騒動が起きる可能性があるので、それは避けたかった。
 仕方がないと判断した女性は大きく息を吐いた。

 (つづく)

20←糞虫:2008/09/25(木) 09:43:41 ID:VQhVnvnY0
egg 15

 四十九院は大人しく女性に引かれて自宅まで進んだ。歩く度に頭に響くが我慢した。
「はっ、はっ……」
「凄い汗だけど……」
 声をかけてみたものの返事は返って来ない。今は声を出すのもつらいのかもしれないと女性は判断した。
 目的を果たすのは簡単だが、四十九院を放っておくわけにもいかない。どうすれば良いかと葛藤する。
「『人さらい』でなくて良かった」
「『しゅごキャラさらい』だけどな。キャハハハ」
 イルという小悪魔しゅごキャラは景気よく笑った。
「それにしても……、こんなに×たまを集めてどうする気?」
 女性は四十九院ではなくノミナリズムに尋ねた。今の彼女は答えられる状態ではなかったからだ。
「どうもせん。一つずつ並べて朝になったら学園に持って行くだけだ」
 なにそれ、という感想を抱いたが他に言い様が無かった。
 会話らしい話題が無いままノミナリズムの言う道を進み、四十九院の自宅と思われる家の前にたどり着いた。
「変わった苗字ね」
 どう読むのかは分からなかった。
 ノミナリズムは四十九院の服から鍵を取り出し、扉を開ける。
 ここまで連れてきて玄関に放り出すわけにはいかなかつたので、彼女の部屋まで運ぶ事にした。
 取り立てて変わった内装でもなく、ごく普通の家庭的な家だった。
 四十九院の部屋も目立った装飾品は無かったが白を基調とした落ち着いた雰囲気を感じる。
 彼女をベッドに寝かせて、荷物を机に置いた。
 勝手に入った分際ではあるけれど、嫌な雰囲気は感じなかった。
「あと何か必要な事はあるかしら?」
「いや。ここまで運んできてくれて感謝する」
 女性は四十九院の汗を軽く拭いた後、本来の目的を思い出す。
 しゅごキャラは抵抗する事なく、卵に戻った。その卵に女性は用意したしゅごたまを封印するシールを張る。
 全てが思い通りに運んでいた。それが逆に苛立ちを覚える。目的があるとはいえ、病人からしゅごたまを取り上げる事は自分にとっては許せない屈辱に似た感情を持った。

 (つづく)

21←糞虫:2008/09/25(木) 09:45:18 ID:VQhVnvnY0
egg 16

 真っ暗な部屋の中で四十九院は目覚めた。頭はまだ少し痛むが昼ごろに比べればだいぶ落ち着いていた。
 胸に手を当てる。心臓の鼓動は少しだけ早いと思った。
 ベッドが降りて電気を点ける。そして、時計を確認すると八時過ぎだった。
 今まで眠っていたという事は両親はまだ帰っていないのかもしれない。
 机の上にあるバッグを調べる。財布はあった。卵以外は無事だった。×たまも結局は取られてしまったようだ。
「ノミナリズム……。やっぱり私は分からなかった」
 四十九院は午後の分の薬を飲む為に台所へ向かった。
 自分のしゅごキャラを失った状態でも生活は変わらない。そう自分に言い聞かせた。

 翌朝、身支度を整えて『聖夜学園』に向かう。
 いつもと変わらぬ風景。
「………」
「おはよう」
 背中を押されて気づく、今日の自分は『音』が無い。
「どしたの、つーちゃん?」
「……ああ、おはよう。……なんか声が…遠く感じる」
「大丈夫?」
「……うん。………」
 意識が遠くに引っ張られる感じ。それはとても『嫌な気分』だった。
 真っ直ぐ歩いているのに意識が所々で途切れるような不思議な感覚。
 気づけば教室の前。でも、ここまでどうやってきたのか思い出せない曖昧さを感じる。歩いてきたのか走ったのか、どちらだっただろうと考えていると机に座っていた。
「つーちゃん、やっぱり変だよ。保健室に行く?」
 声は聞こえる。聞こえるからどうしたのだろう。
 私はどうしたいのか、どうするべきなのか、それが分からない。
「………」
 また風景が変わった。今度は何処だろう。
 確か『ロイヤルガーデン』という名前。そんな名前だったと思う。
「しゅごたまの気配が……」
 声が引き伸ばされて途中から聞こえなくなる。
 今、自分は何処に居るのだろう。
 何かが動いた。
 それしか分からない。
「主殿」
「!?」
 意識が急に止まった。いや、なんだろう。うまく表現出来ない。今まで何処に居たんだっけ。
「意志が奔流に飲まれていたのでお節介ながらお救いした次第てせございます」
 聞いたことのない声。でも、聞き覚えのある古風な喋り方。それは誰だっただろうか。
「あなたは誰?」
「そこにあるもの『マテリアリズム』でございます」
 リズムという聞きなれた言葉。それは確かに知っている言葉だった。知っているが、それだけだ。

 (つづく)

22←糞虫:2008/09/25(木) 09:46:04 ID:VQhVnvnY0
egg 17

 マテリアリズムは『しゅごキャラ』だと言った。そのしゅごキャラは四十九院に一つ一つ説明するように教えていく。
 赤い色を基調とする服装に『○』と『×』の装飾品がたくさん飾れていた。何処かで見た事があるけど四十九院は思い出せない。
「マテリアリズム……、それがあなたの名前……」
「はい。そして、主殿の『なりたい自分』……」
 何処かで聞いた事のある言葉。それは誰の言葉だっただろうか。
「……私は何になりたいんだろう……」
 なりたいものなどあっただろうか、と四十九院は思う。いや、なりたい自分ではなく、何にもなりたくないと願ったような気がした。変わりたくない、今のままのありのままの自分で居たいと思っていたはずだった。
「相克のノミナリズム。さすれば私は『未定のマテリアリズム』となりましょう」
「みてい……のリズム……。分からないよ」
 混濁していた意識は今は随分と晴れていた。
 ここは何処だろうと四十九院は考えた。
「つーちゃん!」
「うわっ!」
 耳元で大きな声が聞こえたのでびっくりした。耳鳴りと目が光るのが一緒に来た。
「ずっとぼうっとしてたけど……、大丈夫?」
「……ここ何処?」
「ロイヤルガーデン。あむちー、つるちーは意識飛んでんじゃない?」
「そうね。今まで全くの無反応だったし……」
 薄い赤紫の長い髪の毛の女生徒が四十九院に紅茶を勧めた。
 全員の視線が自分に向けられている事に四十九院は数秒ほど経ってから気づいた。
「しゅごたまの気配が無いと『キセキ』達が心配してたんだ。でも、急に気配が現れたり消えたりして不安定なんだけど……。困った事があったら言って下さい」
 Kチェアの輝く瞳が自分を見つめている。
「………」
「唯世スマイルが通用しねぇとは……、こりゃ重症だな」
「あっ、もしかして『薬』の時間? だったら早く飲みなよ。大事な事なんでしょ?」
 薬と言われて四十九院は腕時計を確かめる。それは日常で培ってきた条件反射に近い動きだった。
 既に予定時間は過ぎていたが問題は無いだろうと判断する。しかし、荷物を持ってきた覚えが無い、というよりは今日の記憶が曖昧すぎる事にようやく気づいた。

 (つづく)

23←糞虫:2008/09/25(木) 09:46:53 ID:VQhVnvnY0
egg 18

 荷物は何故か日奈森が持っていた。
 淡々とした作業をこなすように薬を飲む。しかし、視線は気になった。一般人は特に注視することがないのであまり気にならなかったが、ここはロイヤルガーデン。そして、今の自分は注目の的以外の何者でもない。
「ガーディアンでもない私をどうして連れてきたの?」
 薬を飲み終えた四十九院はみんなに尋ねた。
「私たち、ストーカー並にしつこいのよ」
「それ私も入ってるの?」
「ほほほ。どうかしら?」
「ガーディアンになれ、とは言わない。それに、席は既に埋まっている。君にも手伝ってほしいんだ。みんなの『心のたまご』を守る為に」
 Kチェアである『辺里唯世』は真剣な表情で訴えた。
「あたしの時と違くない?」
「席が空いてたから」
 ジャックスチェア『相馬空海』はあっさりとした言葉で日奈森に答える。
「仲間が増えると楽しいよ、きっと」
「ええ」
 エースチェア『結木やや』は現Qチェア『藤咲なでしこ』と共に四十九院に言葉をかける。
 仲間、という言葉を四十九院は頭の中で繰り返す。
 それはいったいどういう意味なのだろうと自問する。
「……なに言ってんの……」
「えっ?」
「下らない事で呼びつけないで」
 四十九院の言い方に日奈森は前の自分と同じ印象を感じた。だから、彼女の気持ちがすんなりと理解出来る。しかし、今日の彼女は少し違うとも感じられる。
「つーちゃんは一人で何でも出来るって思ってない?」
「その逆」
 かかった、と日奈森はほくそ笑む。彼女を引き留めるには『衝突』しかないと思っていたからだ。
「何でも出来るとは思っていない」
 一人、という部分を無視されたので、少しがっかりした。
「だったら……、みんなに頼ったっていいじゃん」
「頼りたくない。それ以前に頼んでない」
 さすが『天の邪鬼キャラ』と日奈森は思ったが、いつもの調子が戻ってきた彼女を見て、少し安心した。

 (つづく)

24←糞虫:2008/09/25(木) 09:47:36 ID:VQhVnvnY0
キャラなり。セラフィックチャーム!
egg 19

 言い争うのが目的ではないので早々に話題を打ち切らないと続かないと判断した日奈森は四十九院に背を向けた。
「あ〜はいはい。終わり終わり」
「………」
 話題を切り上げると四十九院は黙ってしまった。
 あっさりした性格なのね、と思いつつ大事な事を聞かなければならない事を思い出す。
「つーちゃんのしゅごキャラ……。どうしたのさ。いつもなら出てきていい頃だと思うんだけど……」
「取られたみたい。それがどうしたの?」
 どうしたのとあっさりした答えが返ってくるとは思っていなかったので驚いた。
 自分のしゅごキャラなのに愛想の無い返事で返してきたので少し腹が立った。
「どうしたのじゃな〜い! つーちゃんのしゅごキャラはって……、取られたって大変なことじゃん!」
「どうして?」
「ど、どど……」
「落ち着いて日奈森さん。四十九院さん、貴女にとってどれだけの価値があるのかは存じません。しかし、しゅごキャラを奪われたとあれば黙っているわけにはいかないんですよ。ここ最近、×たまの発生率も高く、様々な事件が起きています」
 ここまで喋っているのに四十九院は口を挟まない。少し期待してしまったせいか、息苦しさを感じる。
「×キャラによる暴走を食い止めるのもガーディアンの仕事です」
「………。でも、私、ガーディアンじゃないし」
 辺里は椅子から落ちそうになった。確かに四十九院の言う通りではあった。
 言葉で騙せるキャラではないかもしれないと思った。
「ボランティアでいいじゃん。つーちゃんのキャラに×が付いたら大変な事になるんじゃないの? 心がカラッポになったりするかもよ」
「……何がどう大変だというの? それより今日の日奈森の言葉はどうにも分からない」
「なっ!? 大変だよ〜! 自分の事なんだよ。なにその他人キャラ! つーちゃんの方が分からないよ」
 怒鳴るように言いつつも今日の四十九院の様子は確かに変だとは思っていた。彼女の身に何かが起こっているのかもしれないと日奈森は心配になってきた。

 (つづく)

25←糞虫:2008/09/25(木) 09:48:50 ID:VQhVnvnY0
るし。
キャラなり。アミュレットデビル!
egg 20

 冷静に四十九院の様子を見ていた他のガーディアン達は彼女のしゅごキャラには既に『×』が付けられているのでは、と予測していた。結木だけは『負けるな、あむちー』と応援していた。
「……取られたしゅごキャラが×キャラになっている可能性もあるわね」
「あっ!」
 藤咲の言葉に日奈森が今まで考えていなかった事態に気づいた。
「あのムリームリーという奴?」
 四十九院は冷静に尋ねた。
 顔色が少し悪い以外は外見的な雰囲気の変化は読み取れない。
「まあ、そんなようなものよ」
「なんでそんなに冷静でいられるのさ。自分の卵のことなんだよ。つーちゃんの『なりたい自分』っていうものに関係してんだよ」
 無理矢理たまごに『×』を付ける存在を日奈森は許す事が出来なかった。希望や夢を簡単に捨てる事は出来ない。
 みんなのたまごに付いた『×』は全部取ると誓った。
「つーちゃんの『なりたい自分』ってあたしには分からない。でも……」
「日奈森には分からない」
 四十九院が会話に口を挟んできた。その事に日奈森は驚く。
「私の『なりたい自分』……」
 ×キャラの暴走、というのが日奈森の頭に浮かんだ。
「教えてないもの」
「あら……」
 簡潔な答えに結木と日奈森は地面に倒れた。
「あ、あのね〜!」
「×でも○でもいいじゃん。私はそういう意見を持つ女。日奈森の価値観を押し付けられたくない。それも私。似ているようで違う。それも私。私は日奈森じゃないわ」
 落ち着いていて決意のこもった言葉を言う。それは紛れもなく四十九院自信の心の言葉。
「でも、取られた卵は取り返さないと……」
「そ、そうよ。の、ノーリズムだったっけ? そが可哀相だと思わないの?」
「ノミナリズムは分からない」
 何度も聞かされた言葉。今は重みのある言葉に聞こえた。
「ノミナリズムは私の『なりたい自分』……。本当にそうなのかな……。そう……なのかな……」
 何度も言葉を繰り返す。そして、彼女は涙を少しこぼす。
 どうして泣くのかは自分にも他人にも分からない。ただ、大切なものが無くなったり、失ったりした時は泣いていた。そんな自分を急に思い出す。
 言われなくても分かっていた。ただ、聞きたくなかっただけだった。

 (つづく)

26←糞虫:2008/09/25(木) 09:49:38 ID:VQhVnvnY0
キャラなり。プラチナロワイヤル!
egg 21

 いつまで経っても話しが前に進まないので、四十九院は無理にロイヤルガーデンから出た。日奈森が追ってきたが、今はもう話す事が無かったので無視する事にした。
「一緒に探してあげるって言ってんじゃん!」
「……ついて来るななよ、馬鹿……」
 泣いたせいか、声が思うように出せない。
 これ以上、日奈森達に関わると『時間』が足りなくなる。
「あ…う……、もっ……」
「何言ってんのか分かんない」
 四十九院の声が殆ど出なくなってきた。自分でもこれ以上、日奈森と関わると後々、面倒になると判断し、彼女を少しだけ突き飛ばす。
「…ばっ……く……。あぅ……な……」
 言葉が思うように出せなくなり、自分でも何が言いたいのか分からないものになってしまった。
「あむちゃん。彼女、声が枯れてるみたいだよ。ここは大人しく引き下がろう」
「顔色もずっと悪いし……」
「うう……。それはそうなんだけど……」
 しゅごキャラ達は四十九院の側を回るように飛んだ。
「くれぐれも一人で無理をなさらないで下さいね」
 スゥはそれだけ言って日奈森の下に戻った。
「きょ、今日のところは諦める。敗北。あたしの負け。……だから早く帰ってゆっくり休んで」
「………」
「つーちゃんに負けたくないって思うと暴走キャラになっちゃうみたい。あはは……。……最低だね、あたし……。ほらほら、良くなるものも良くならなくなるよ」
 よく舌を噛まずに今の言葉が言えた、あたし、と日奈森は自画自賛しつつ四十九院を校門前まで押して行った。

 殆ど喋れなくなった彼女に青いしゅごキャラ『ミキ』をお供に付けて辺里達の元に戻っていった。
「念の為だけどいいよね?」
 ミキの言葉に四十九院は素直に頷いた。
 その後、寄り道しないで自宅まで歩を進めたが、四十九院が全く喋らないので少し緊張してしまった。
「………」
 声が出ないから仕方がない、と分かっていても気まずいと思った。その雰囲気に耐えるだけで疲れる。
「あっ、×たまの気配が……」
 そう言いつつ、彼女に見える仕草で×たまの位置を伝えた。
「向こうから一つ……。いつもの手招きで呼べる?」
「………」
 口を動かしても言葉が全く出て来ないので、首を傾げる仕草をした。それは『分からない』という意味だとミキは判断する。
 四十九院は視界で捉えた×たまを手招きしてみた。
「来た。やっぱり来るんだね」
「………」
 肯定の意味で四十九院は頷いた。
 手元に大人しくやってきた×たまを掌の上に乗せる。

 (つづく)

27←糞虫:2008/09/25(木) 09:51:31 ID:VQhVnvnY0
最初からネタバレ全快の小説って面白いの?
キャラなり。ダークジュエル!
egg 22

 いつからだろう。×たまを簡単に呼び寄せられるようになったのは、と四十九院は掌の上のたまごを見て思った。
 意識した事は無かった。呼べば来るものだと思っていたのかもしれない。それが凄い事だと言われたのは日奈森達と出会ってから、だっただろうか。
「………」
「………」
 ×たまを黙って見つめる四十九院に対し、ミキは彼女の手の上にある×たまがとても大人しい事に驚き、感心していた。
 本来、×たまは卵の持ち主が心にトラブルを抱えると『×』が付いてしまう。そして、×キャラが産まれると持ち主が大変な事になる、というのが一般的だ。
「これだけ大人しいなら大丈夫そうだね」
 彼女の様子が気になるので早めに家に帰した方がいいと判断した。×たまのよりも四十九院が心配だった。
 ミキの言葉を受け、×たまをバッグに仕舞い、家に向かう。
 その後、いくつかの×たまが現れたが次々と回収していった。
 ミキは四十九院が『ガーディアン』に来たら凄い戦力になりそう、と素直に感心し驚いた。

 家に到着したが今日は一日、彼女の側に居てあげようかな、とミキは考えた。情報収拾も兼ねて、普段の四十九院はどんな人間なのか興味があった。それは宿主である日奈森の心の現れかもしれない。
 特に追い出されるような事は無く、四十九院の部屋に入った。
「ここが君の部屋……。なんだか、さびしい間取りだね」
 女の子らしさが無く、無機質的。必要な物以外は置かれていない。そんな印象を受けた。壁にポスターの一枚も張っていない。
 自分の宿主たる日奈森とは対象的な存在に思えた。
「あれ? これ『ほしな歌唄』のCD?」
「………」
 声が全く出ないので頷きで答えて、薬の用意を始めた。
 未開封のCD。他には何があるのだろうと思い、色々と部屋の中を物色する。
 本はいくつかあったが、一番はやはり常備薬の数の多さ。
「………」
 女の子らしい余裕が四十九院には感じられない。それはとても寂しく、心の痛くなる事なのだろう、とミキは言葉を失いつつ思った。

 薬を飲み終え、机の上のCDに視線を向けた四十九院は聞いてみようと思い、封を開けた。
 そこでノートに気がついたので、それはベッドの上に置いた。
 プレイヤーにCDを入れて再生を押す。
 音楽が鳴り始めると×たまがバッグから出て来て四十九院の頭上に浮いた。ミキは少し警戒したが、卵は暴れることなく、四十九院の側に降り立つ。

 (つづく)

28←糞虫:2008/09/25(木) 09:52:27 ID:VQhVnvnY0
グリッターパーティクル!
egg 23

 何事も無く朝を迎えたが、ミキは精神的に疲れてしまった。
 唯一の安らぎは彼女の家族との食事時くいらだろう。両親と三人暮らし。しかし、親達の帰りは遅く、その間は家の中が静かだった。
 CDをかけていないと音が全く聞こえないくらいだった。
 そんな中で生活する彼女に何か楽しめるものは無いかと考えている内に朝になってしまった。
「……お、はよう……。んっ、んっ……。まだ…うまく出ないな……」
「お、おはよう……。声出て良かったね」
「……うん。ノート……で会話…でも良かった…んだけどね」
 確かにそうなんだろうけれど、×たまの見張りとかもあったし、とミキは思いつつ卵に戻った。すぐに睡魔に負けて、ミキはそのまま眠ってしまった。
「眠ったようだな、主殿」
 今まで姿を現さなかった赤い服を着たマテリアリズムが現れた。
「今のうちにキャラチェンジし、対処するのが上策かと……」
「そうだ…ね……。んっ、風邪…かな……」
「そこにあるべきものはそういうもの」
 マテリアリズムのキャラチェンジで四十九院の身体に様々な色の『○』と『×』が浮き出てきた。
「……なりたい…自分…か……」
「………」
 マテリアリズムは何も答えない。宿主の思う通りにすればいいと判断していたからだ。
 ×たまを持ち、四十九院は言葉をかける。それはいつも通りの習慣。しかし、今回は声がうまく出せなかった。
「……なりたい自分……になるって……どういうことなんだろうね」
「………」
 四十九院のしゅごキャラは何も答えない。
 その後、ミキは学園で宿主たる日奈森に会うまで熟睡していた。
「……今日は…早退する……。日奈森と…話すと声が……戻らない」
 ミキを返して四十九院は言った。
「うう……」
「それと『×たま』……。私は届けるだけでいい……。んっ、あ〜、鼻声がひどい……」
 熱も出てきたので完全に風邪かもしれないと四十九院は思った。
 自分の席に戻り、ぼんやりと窓の外に視線を向ける。
 健康的な身体になる、は『なりたい自分』とは違うような気がする、と思いつつ雲の数を数えながら次の授業の用意を始めた。

 (つづく)

29←糞虫:2008/09/25(木) 09:53:15 ID:VQhVnvnY0
egg 24

 風邪が治まり、声が出るようになったのは三日ほど経ってからだった。その間、×たまは毎日、現れるので暇ではなかった。
 帰りに時間が空いたので町に出掛ける事にした四十九院はお菓子を買いに行った。
 ガーディアンの誘いもなく、自由な時間が出来たので久しぶりにのんびりする事が出来ると思った。
「主殿。なにやら尾行されてはいまいか?」
「好きにやらせておけばいい。それより今は目の前に集中」
 買い物に来る前から日奈森と結木の尾行は分かっていた。ただの様子見だろうと思い、好きにやらせる事にした。
「アタシの分も買っておくれ」
「?」
 四十九院の側に悪魔の格好のしゅごキャラが近づいてきた。
 何処かで見た覚えはあったが記憶が曖昧で名前が思い出せない。
 離れた場所に居た日奈森は四十九院の側に居るしゅごキャラを見て驚いた。
「あれ『イル』じゃない? なんでこんなところに」
「近くに『ほしな歌唄』が居るんじゃないかな。何処だろう」
 本来のターゲットの事を忘れ、結木は『ほしな歌唄』を探し始めた。
 小悪魔イルは四十九院の肩に乗り、一緒にお菓子の選別を始めた。
「買い物は好き?」
「好きと言われれば、そうかも。他に楽しみがあるわけでもないし……」
「ふ〜ん」
 という二人のやりとりを見ていた日奈森のしゅごキャラ達も出てきて感心したいた。
「いい雰囲気みたいだね」
「仲良しさんみたいですぅ」
「イルと友達なのかな?」
「いい雰囲気ってあんたたち……」
 とは言っても出ていって邪魔する訳にもいかない。というより邪魔しなければならない理由は無い。
 イルが何を企んでいようが、その時はその時だと日奈森は思った。

 無事に買い物を済ませた四十九院は公園に向かった。日奈森達も移動を開始するが、結局『ほしな歌唄』は見つからなかった。
 四十九院は歩きながら目につく×たまを呼び寄せる。それが自然な行為なのでイルも驚いた。
「すげぇな、お前」
「そうなの?」
「うん」
 短い会話を交わしつつ公園に到着し、ベンチに腰を下ろす。
 早速イルは買ってもらったお菓子を取って行った。
「歌唄が近くに居るから連れてきてやるよ」
「ほしな歌……」
 最後まで言えないままイルはお菓子を持ってどっかに行ってしまった。
 ほしな歌唄が近くに居る、と聞いて少し嬉しさを感じた。まだファンというわけではなかったが有名人なので緊張してきた。
 自分はまだ小学四年生の女の子。緊張くらいする、と四十九院は自分の胸の内で言った。

 (つづく)

30←糞虫:2008/09/25(木) 09:53:59 ID:VQhVnvnY0
egg 25

 ほしな歌唄のCDは何度か聞いて『綺麗な声』だと思い、次の新作が出たら買おうかなと思っていた。
 歌詞に興味があるわけではなく、ただ純粋に『音』を楽しんだ。
「主殿。今の内に『薬』を飲みなされ」
「そうだね。でもお菓子の後にするよ」
 『時間』はまだ充分残っていたから大丈夫だろうと思った。いざという時は日奈森達を呼んでもらうことにする。
 今日は天気が良く日差しが気持ち良かった。
「お待たせ〜」
 イルの元気な声が聞こえてきた。
 顔を声が聞こえた方に向けるとイルと見知らぬ人物の姿が見えた。いや、その人物は帽子とサングラスをかけていたが見覚えがあった。
「おしのびだからな。大きな声出すと騒ぎになる」
「!」
 イルと共にやってきた人物は四十九院を見て驚いたようだった。
「……イル。どういうこと?」
「お菓子のお礼ってやつ」
「全く……」
 イルと共に居る人物は帽子を取った。長い金髪が背中に滑り落ちる。
「……あなたが『ほしな歌唄』?」
「そうよ。だから何?」
 腕を組んで四十九院を見据える。威圧的な眼差しを受けても四十九院は動じない。それどころか、少しほしな歌唄がかっこいいと思っていた。
 歌唄は彼女のバッグに入っている×たまを見つけた。
「また×たまが……。貴女……『イースター』向きね」
「?」
 四十九院は『イースター』についてはよく分からなかった。よく見る会社名だという事以外は知らない。
 世界的企業イースター社は様々なグループ会社を持ち、食品に銀行などの分野がある。
 ほしな歌唄は四十九院の隣りに座る。
「イルが世話になったようね」
「お菓子をあげたくらいです」
 よく知らないけれど『有名人』だから、という印象を受けてしまい緊張していた。
「……その後の加減はどうかしら? 相当重そうな病気みたいだけど……」
「相変わらずです」
「……そう。で、向こうにいるお友達は何をしているのかしら?」
 視線は向けず親指だけで日奈森達が潜む場所を差した。
「探偵ごっこでしょう」
 友達だと思っていたが四十九院は日奈森達に興味が無さそうだった。少しだけ意外に思った。
「あたしとあむは敵同士なの。だから、貴女もあたしの敵……」
「………」
「と言いたいところだけど……、病人をイジメる趣味は無いわ。それで、本当に大丈夫なの? いざって時は救急車くらい呼んであげるから」
 四十九院の持つ薬について調べたのか、ほしな歌唄は真剣に彼女の身体を心配していた。イルも黙って頷いている。
「歌唄、×たまの気配っ!」
 イルの言葉で上空に顔を向けた。
 三つの×たまがそれぞれ飛んでいた。
「こいつすげぇんだぜ。×たま回収のプロ」
「そういえば……。じゃあ、あれを回収してみて。やってくれたら、ノミナリズムを返してあげる」
 今の言葉が聞こえたのか、日奈森が飛び出してきた。そして、人差し指をほしな歌唄に突き付ける。

 (つづく)

31←糞虫:2008/09/25(木) 09:57:27 ID:Y7k0F39U0
『学園アリス掲示板』にて番外第二部が完結しました。
egg 26

 いつか出てくるだろうなとそれぞれが思っていたので日奈森が飛び出して来た時、驚かなかった。
「歌唄っ! あんたつーちゃんのしゅごキャラを奪ったの!?」
「取り引きで頂いただけよ。それに無理矢理奪ったような言い方はやめてくれない?」
 言ってる事は正しいが、誇張気味に彼女は言った。
 日奈森とほしな歌唄は顔見知りのようだ、と四十九院は少しだけ驚いていた。二人の関係については何も聞いていないので知らなかった。
「それより、あむ。あたしのことより×たまをどうにかする方が先じゃなくて?」
「い、言われなくても分かってる! ランッ! あたしのココロ、アンロック!」
「オッケー」
 日奈森はランとのキャラなり『アミュレットハート』に変身する。
 四十九院は毎回、衣装は何処から出てくるのか不思議に思っていた。
「待て〜!」
「で、あなたは×たまを呼び寄せられるんでしょ? やってみせて」
 ほしな歌唄の言う通りに四十九院は×たまを手招きした。日奈森に追われていない二つの×たまが彼女の下に飛んできた。
「まるで……、猫招きね」
 本当に×たまが簡単に呼応するところを見てほしな歌唄は驚いた。
「なっ、言った通りだっただろ」
「え、ええ……」
 それで簡単にたくさんの×たまが集まっていたのか、と改めて四十九院に興味を持った。
「まあいいわ。約束は守りましょう。ノミナリズム。戻りなさい」
 ほしな歌唄の服の中に隠れていたノミナリズムが姿を現した。
 顔に大きな『×』がついた状態だった。
「×キャラになってしまったけれどね」
 手元に戻ってきたノミナリズムは元の主人の顔を真っ直ぐに見つめる。
 今、彼女がどういう気持ちなのか、ほしな歌唄には興味が無かった。しかし、イルは少しだけ可哀相と思った。
「ノミナリズムは……、分からない」
「そうあるべきものはそうあるべもの」
 顔の×は簡単に壊れて無くなった。
「なっ!?」
 目の前で何が起きたのかほしな歌唄は理解出来ない。
「ちょっ! 何がどうしたのよ!」
 ×たまを追っていた日奈森もほしな歌唄達の様子が気になった。空中で身体を一回転させつつ、地面に降り立つ。
「歌唄〜! こいつやっぱヤバイって!」
「ふん。心外だな。ならば、その身で味わうがよかろう。本当の『ヤバイ』というものを……」
 ノミナリズムはイルを突き飛ばし、ほしな歌唄の胸に手を当て、そのまま数メートル引きずるように押し続けた。途中で靴がぬげて、靴下が破れた。
 呼吸器系に衝撃が加わったので声が出せなかった。

 (つづく)

32←糞虫:2008/09/25(木) 09:59:06 ID:Y7k0F39U0
少し誤植。
『そうあるべきものはそうあるべきもの』
egg 27

 しゅごキャラに押され、抵抗することも出来ない。
 衝撃のせいか、身体の自由が効かなかった。
「歌唄っ!」
 イルの叫びで日奈森も気づいた。ほしな歌唄が小さなしゅごキャラに押し続けられている。
「ちょ、なにやってんの!」
 ×たまから離れて、日奈森はほしな歌唄の側に駆け寄る。
 近づこうとした時、衝撃波が襲ってきて近付けない。
「つーちゃん! やめて、もういいから!」
「……あなたのココロ……、キーロック……」
 静かに四十九院は呟いた。その時、ノミナリズムの身体が輝いた。
「うそっ、キャラなり!?」
 アンロックと違う言葉は初めて聞いたので、どうなるのか想像出来なかった。
 ノミナリズムは四十九院ではなく、ほしな歌唄とキャラなりした。
 全身が黒で統一され、小さな宝石の粒のような装飾が星々のように煌いていた。胸に大きな『×』が納まり、更に外周部は『○』で囲まれいた。
 キャラなり『ダークダストイリュージョン』の姿が現れた。
「………」
 ほしな歌唄の瞳は闇に閉ざされ、黒く塗りつぶされていた。
「歌唄っ!」
 イルが近寄るが反応を示さない。
 四十九院は腕をほしな歌唄に向ける。彼女も同じ動きで答える。
「つーちゃん、なにをする気?」
「ノミナリズム。あなたはどちら?」
「どちらでもあってどちらでもよいもの。見るがよい、全ての想いを……」
 ノミナリズムは静かに言葉を紡ぐ。
 ほしな歌唄の耳に、心に様々な『声』が聞こえてくる。
「一瞬だが……、そなたの心に届けよう」
「!」
 大きく見開かれた瞳。そして、後ろに倒れこむようにほしな歌唄の身体は傾いた。その瞬間に多くの『声』が乱打する。
 一瞬の間の後、ほしな歌唄は地面に倒れ、キャラなりは解けてしまった。
「う、歌唄〜!」
 瞼が開いたままほとな歌唄は失神していた。日奈森とイルは彼女の側に駆け寄る。
 何が起きたのか、理解出来る者は離れた場所で控えていた結木も含め、誰も居ない。それは四十九院にも分からない事だった。
「時間切れだ、主殿……」
 そう言ってノミナリズムは卵に戻り、消えていった。
 四十九院はただ倒れているほしな歌唄を見つめる。彼女は何を見て、何を感じたのかは予測しか出来なかった。

 ほしに歌唄を日陰に移し、日奈森は四十九院の元にやってきた。
「色々と聞きたい事があるけど、今はいい! 今はいいけど、わけ分かんない!」
「……わけが分かれば苦労はしない」
「ええ、そうよ! どうしてこうつーちゃんは難しいの!」
 キャラなりを解いた後も日奈森の感情は治まらないようだった。

 (つづく)

33←糞虫:2008/09/25(木) 10:00:00 ID:Y7k0F39U0
Qさんは真面目なので嫌いです。し(略)こいつ荒(略)
egg 28

 彼女がいつも口癖のように言っていた『ノミナリズムは分からない』という言葉は今なら分かる気がする、と日奈森は思った。
「マジでわけ分かんないよ! なんなのあいつ!」
 声を荒げて日奈森は四十九院に詰めよる。しかし、彼女は用意していた薬を飲んでる最中だった。
「歌唄のキャラなりも分かんないし……」
 結木はほしな歌唄の側でハンカチで風を送っていた。
「それに、なにその『キーロック』って。ダンプティー・キーって持ってたっけ?」
「持ってない」
 試しに日奈森は自身が預かる『ハンプティー・ロック』を四十九院に近付けてみたが無反応だった。というよりはどういう反応するのかは知らない。
 『ハンプティー・ロック』はジョーカーに与えられる代物で四つ葉のクローバーの形の宝石が装飾されている。中心には『鍵穴』が空いている。対になる『ダンプティー・キー』は現在行方不明だった。
「お前っ! 歌唄になにしやがった!」
 イルが泣きそうな顔で四十九院の頭を叩き始めた。
「痛い。痛い……」
「つーちゃん。歌唄とはさ、敵同士だけど、こんなのは認められないよ。悪いのは確かに歌唄かもしれないけどさ……」
「バーカ、バーカ」
「ちょっとイルっ! 叩き過ぎ。あと、邪魔」
 日奈森のしゅごキャラが出てきてイルを引き離す。
「イル、みんなで歌唄ちゃんの様子を見てましょ」
「バーカ!」
 泣きながらイルは叫び、しゅごキャラ達と共に結木の下に向かった。日奈森はイルが少し気の毒に思えた。

 薬を飲み終えた後、最後の一個の×たまを手招きして呼び寄せる。その後、四十九院は黙ってしまった。
「顔色があんま良くないから今日は聞かないけど、ちゃんと言いたい事があれば聞くんだからね、あたしでも」
「言いたい事も……、聞きたい事もない」
 今の言葉で日奈森は少しだけ腹が立った。
「そうやって自己完結しても周りに迷惑かけたんだから説明する義務くらいあるでしょ、って言いたいの」
 四十九院は『意地っ張りキャラだったかな』と首を傾げつつ思った。先ほどから自分でも変だなと感じる。
 いつもの四十九院より口数が少ない。
 薬の時間だから調子や元気が無いのかもしれないけれど、今日は彼女の全てが分からない。普段からよく分からなかったが、今日は一段と酷かった。
「私は迷惑なんか……。私が……悪いっていうのなら、どう悪いの?」
「ど、どうって……。う〜んと、ちゃんと説明しないところかな?」
「分からない事は説明出来ない。……決めることも……、決める……。私は何を判断したというの……」
 わけの分からない問答を続けても意味は無いと分かっているが、日奈森は苛立っていた。それは彼女と同じく理由は分からない。
 二人は『答えのない迷宮にさ迷ってしまったようだ』と同じように感じた。

 (つづく)

34←糞虫:2008/09/25(木) 10:00:51 ID:Y7k0F39U0
キャラなり。『リンケージ』(嘘)
egg 29

 ほしな歌唄は唐突起きた。自分に何が起きたのか理解出来ないまま夢見心地の顔で辺りを見渡す。
 たくさんの声を受けて、その後の記憶が無い。
「歌唄〜!」
「……イル。ってあんた達まで……」
 イルの他に居たしゅごキャラ達の姿を見て彼女は少し驚いた。
 気持ちが落ち着いてきた頃に自分の服、特に靴下が壊滅的な状態になっている事に気づき、顔が赤くなってきた。

 意識がはっきりした頃に四十九院に顔を向けた。近づいて頬でも叩こうと思ったが、行動には移せなかった。それはほしな歌唄のプライドのせいかもしれない。
 得体の知れないしゅごキャラ『ノミナリズム』はもう居ない。それだけで充分だと判断する事にした。
「本当に大丈夫?」
 敵であるはずの日奈森もほしな歌唄を心配していた。
「う、うるさいっ! 今日は、もう帰る。イルッ!」
「バーカ。次は負けないんだから!」
「……あの服……」
 日奈森の言葉にほしな歌唄は眉根を寄せて睨み返してきた。
「汚れてもいい服だから気にしないで。迷惑」
 そう言ってぬげた靴を持って早々に立ち去っていった。
 後で仕返しされそう、と日奈森は背筋に悪寒を感じつつも彼女の姿が見えなくなるまで見送った。
 彼女達がほしな歌唄の相手をしている頃、四十九院の側に少年が一人、近づいていた。

 小学生に上がりたてくらいの容貌の少年は四十九院の目の前で彼女の顔をじっくり観察した。
「おねえちゃん?」
 そう声をかけられた四十九院は黙って頷いた。
 彼は自分の良く知る人間であり、とても大切な存在だった。
「……また背が高くなったか、相楽君」
「よくわんない……」
 荷物をバッグに仕舞い、四十九院は相楽の頭を撫でた。
 どうしてここに相楽が居るのかは分からないが、また出会えた事に彼女は嬉しさを感じていた。
 辺りを見渡すと顔見知りの大人が居た。四十九院はすぐに彼の両親である事に気づいた。何度も会っていたので顔は覚えていた。
「今日はどうしたの?」
「おねえちゃんちに行くってパパたちが言ったから」
「……そう。でも、うちの両親は夜遅くまで仕事だから今は居ないんだよ」
 優しく丁寧に男の子に話しかけた。
 ほしな歌唄を見送った日奈森達は四十九院の側に居る男の子の側に駆け寄る。
「知り合い?」
 先ほどまでの言い争いは一時中止にする事にして、頭を切り替える。
「おねえちゃんの知ってるひと?」
「まあ……そうだね」
「なにその曖昧な返事はっ」
 口を尖らせて日奈森は言い返した。しかし、少年の手前、大きな声で怒鳴る事は出来ない。恐がらせてはいけない事を意識しつつ苦笑する。
「あたし、このお姉ちゃんの知り合いの日奈森亜夢」
「結木やや。よろしくね」
「相楽十々夜。六才。聖夜学園小一年です」
 覚えた漢字を一生懸命に思い出し、彼は自己紹介した。
 しゅごキャラ達も挨拶すると彼は同じ言葉をもう一度言った。
「どうやら、この子達のこと見えてるみたいだね」
 しゅごキャラは殆どの人間には見えない存在だった。見えるのは極小数の存在。
 彼はしゅごキャラの姿を気に入ったのか、喜んでいた。

 (つづく)
===========
『相楽 十々夜(さがら ととや)』男。六歳。

35←糞虫:2008/09/25(木) 10:02:26 ID:Y7k0F39U0
キャラなり。『ボーキャクソウリダイジン』(日本ヤベェぞ)
egg 30

 四十九院はバッグから携帯電話を取り出した。それは一般の物より大きめで日奈森達も見た事が無い物だった。というよりは彼女が携帯電話を持っているところや使っている所は見た事が無かった。
「………」
 少し時間をかけて四十九院は何かを入力していた。
 それを遠くに居た彼の両親の元に届ける。そして、携帯だけ預けて戻ってきた。
「つーちゃんも携帯持ってたんだ」
「あれは特別。滅多に使わない物」
 簡単で淡々とした説明に少し腹が立ったが、そういうキャラだと思うことにした。
 もう少し詳しく説明してほしかったな、と残念に思った。
「おねえちゃんちに行っていい?」
「つまらないぞ。日奈森も来る気か?」
「あ、あたしは別にそこまで……」
「あむちゃん、あむちゃん」
「なによ」
 ミキが日奈森の肩を叩く。
「もう帰ろう。彼女の顔色、凄い悪いし……」
「……それに汗もすごい。……無理してるんじゃない?」
 ランもミキと同意見だった。
 男の子と前では平静を装っているが、本人は相当無理しているのかもしれないと思った。
 それがどうしてなのか、日奈森は分からない。
 他人だから分からないのは仕方がない。自分達が干渉出来る範囲が限られていることも分かっている。でも、やはり、と思う。
 友達として見て欲しい、という気持ちがあったから。仲良くしたい、理解したい、そう思っても上手く自分を出す事が出来ない。
「……どっちが意地っ張りキャラなんだか……」
 独り言を呟き、気持ちを切り替える。
「あたし達は帰るから、また明日学園で……」
「日奈森……」
「んっ!?」
 四十九院に呼ばれて振り向く。彼女に呼ばれたのは滅多に無いので内心、驚いていた。
「この卵達を持って行って」
 今まで忘れていた×たまの存在に気づき、急いで受け取る。そして、そのまま逃げるように結木を引きずりながら立ち去った。
 自分達の本来の役割を忘れていた事を四十九院には気づかれたくなかった。理由は分からないけれど、今は恥ずかしくて顔が赤くなっていた。

 (つづく)

36←糞虫:2008/09/25(木) 10:04:01 ID:Y7k0F39U0
キャラなり。『ネンキンダッシュ』(社保庁フィーバー)
egg 31

 日奈森の姿が消えた頃に『ノミナリズム』が出て来た。
「わ〜、おねいちゃんもようせいさん、持ってたんだ〜」
「さっきまで家出してたが……、そんな事より……ふ〜」
 口元を押さえて四十九院は咳き込んだ。
 まだ自分には『時間』があるはずだ、と言い聞かせて少年を不安にさせないように無理に笑顔を作る。
 この子には無理でも心配をかけるわけにはいかない。
「少年よ」
「相楽十々夜」
「さがら殿。主殿はその……調子が悪いのだ」
「病気なの?」
 ノミナリズムは四十九院の顔色を伺いながら差し障りのない言葉を言った。
 呼吸するだけで喉が痛い。ほしな歌唄のキャラなりは少なからず自分に負担をかけていたらしい、と思った。
「相楽君。お姉ちゃんは具合が悪い。ごめん、君に心配かけないようにしてきたが……」
 下腹部に鋭い痛みを感じる。その瞬間、背筋に悪寒が入った。
 『物凄くヤバイ』と激しく身体が自分に訴えかけてくる。まだ自分は大丈夫だと思っていた。しかし、それが甘い考えてある事を示すように痛みがどんどん強くなる。
「おねいちゃん……。しっかり……」
「パパと……ママを呼んできて……」
「うん! まってて。すぐによんでくるからるからるから……」
 少年の最後の言葉が何度も頭の中でこだまする。
 痛みを極限まで耐えると幻覚や幻聴が聞こえてくる。身体の震えや悪寒はもうどうにもならない所にまで来ていた。

 身体に変調を感じたのはごく最近だった。その度に検査を受け、家族の怒号を聞く日が続いた。
 自分は悪い事はしていない。けれどもそれは別の形で自分を苦しめる結果を生んでしまった。
 自分で注射を打つなんて好きな筈がない。けれど、それを他人のせいにする気も起きない。それは自分の責任なのだろうか。それてーとも他に責任があるのだろうか。
 相楽の顔を見ると『強く』あろうとする自分を見せようと無理をする。それがいつしか自分の『外キャラ』になってしまった。
 無理して演じているわけではなく、そうならざるをえない、ともいえる。もうそれしか『自分』というものを表現出来ない。というよりは『余裕』が無い。
 他の皆のように『夢』を持つ余裕か無い。自分には『今』以上に大切と思えるものがない。
 そんな時に『ノミナリズム』の『こころのたまご』が産まれた。
 元々一人っ子だったから話し相手が出来てうれしいと思ったが、すぐその『余裕』も無くなった。それはもう何度目なのかは分からなくなった。
「主の『余裕』を我は守り尊重しよう。それは、そうあるべものなのだろう」
 それからノミナリズムは決して自分の邪魔はせず、また不必要に姿を見せなくなった。こちらの応答には即座に答えてくれる。
 そういう『関係』は寂しいと思いはしたが、居てくれるだけで今までより『心の余裕』が少し出来たと思った。
 キャラチェンジやキャラなりは一応は教えてもらったが興味はなかった。まだそこまでの『余裕』は無い。
「主には『時間』が限られている。その間だけ全力を尽くそう。そうあるべものとしての責務だ」
 ノミナリズムは分からない。
 私にはノミナリズムを知ろうとする『余裕』が無いから。だから、ありのままに付き合っていくしか無かった。
 それは寂しくもあり悲しくもあったが、そう感じる『余裕』もまた私には無かった。

 (つづく)

37←糞虫:2008/09/25(木) 10:05:29 ID:Y7k0F39U0
キャラなり。『ヒラキナオリヤクニク』(頭だけ下げてりゃいいんだろう)
egg 32

 夢を持つ『余裕』もなく、現実に飛び込んだ。それはまさしく『そうあるべきもの』としての自然な行動だったのだろう。
 助かる命は助けてあげなきゃいけない。
 正義感を振りかざし、自己満足したかったわけじゃない。
 困っている人を助けたかった。ただそれだけの事だった。
「………」
 四十九院は静かに瞼を開ける。久しぶりに自身の内面と対話したような気分だった。これだけの時間的『余裕』を使ったのはいつ以来だっただろうかと思った。
「目が覚めたか、主殿」
「まだ起きてはいけない」
 ノミナリズムとマテリアリズムが視線の先に浮いていた。まだ自分は『ここ』に居るらしい、ということを曖昧に思う。
「下腹部の炎症は処置された」
「定期的な検査はやはり必要かと」
「……まだ生きてるんだ……、私……」
 やっと出た言葉は嬉しさか諦めか、それはどちらでなく、またどちらでもよい、茫漠たる気持ちの内に出た言葉。
 自分でも嬉しいかどうかは判断がつかなかった。
 ただ『生きてる』ということだけは充分過ぎるほど理解出来た。

 物々しい装備と引き替えに四十九院は再登校が認められた。
 相楽とは結局、話しをするが出来なかったが、いずれまた会える機会もあるだろう。
「また会いたいな。それはまぎれもない『自分の気持ち』なんだろうね」
「うむ」
「ただ、そういう気持ちを『想う』機会が無かっただけ。主殿はまだ小さな女の子」
 小さく頷いて、四十九院は学園に向かう。

 当たり前のように聖夜学園の前にたどり着いた。
 しばらく休むと空気も新鮮に感じる。それは初めて入園することになった時以来だった。
 違う事があるとすれば自分の荷物の重さだろう。
「……この調子なら進級も早そうだ」
 皮肉を言いながら教室へ向かう。

 四年生の教室のドアをあけると見知った顔がたくさんある。それだけでいつもの雰囲気を感じた。
 自分の席に座り、軽く息を吐く。それだけで空いた時間が今、埋まったような感覚を感じた。
「つーちゃん、おはよう」
 聞きなれた日奈森の声が聞こえた。
 そういえば彼女に挨拶されたのは初めてのような気がする。
「……うん。おはよう」
「うわっ、それなに?」
「これは点滴。二時間ごとに交換するタイプ」
 素直に教えてみたら日奈森は興味津々で点滴に触ってくる。
「よくテレビとかで見たことあるけど、一気に流し込めば早いじゃんって思うんだよね」
「そんなことをやったら死ぬ。……たぶん」
 私も一度は思った。
 これは脈拍と同じ感覚で薬を注入すると教えられた。よく分からなかったけれど。
「あ、あはは……。ごめん……」
「……病弱キャラに拍車がかかったな……」
 病弱である事を周りに気にしてほしくなかったが、もうそれは無駄だろうと諦めに似た気持ちを感じた。
「大丈夫だよ。元からみんなつーちゃん『ひ弱キャラ』で通ってたみたいだから」
 それは知らなかった。と四十九院は意外に思い、軽く周りを見渡す。何人かの生徒が自分の様子を窺っていた。
「それよりもさ、なんでも一人で抱え込むの無し。あたし達を頼っていいんだよ。ガーディアンじゃなくて『友達』として協力しない?」
 四十九院は『天の邪鬼キャラ』だから誘っても無理だろうかと日奈森は少しだけ思った。しかし、言いたい事だけは言おうと思っていた。
「……それもまた『そうあるべきもの』なんだろう……」
 誘ってくれるのは純粋に嬉しいが、やはり自分はガーディアンにはなれない。
「しかし……」
「分かってる。つーちゃんは『×たま』を集めるだけでいいよ。出来る事だけでいいから。それに×たまと優しく向き合ってくれるし……。あれが未だに分からないんだよね。コツとかあるの?」
 今日は四十九院と衝突せずに話しが出来ている事を日奈森は嬉しく思った。自分が素直になったのか、四十九院の方が素直になったのか、それは分からない。

 (つづく)

38←糞虫:2008/09/25(木) 10:07:17 ID:Y7k0F39U0
キャラなり。『ナンダカヨクワカラナイモノ』(正体不明)
egg 33

 いつ頃から『×たま』を呼び寄せられるようになったのか、本人も分からない。ごく自然に『呼んだら来てくれた』程度の事だった。
 そもそも『×たま』がどんなものかはガーディアンの連中から教えてもらうまで知らなかった。ノミナリズムも教えてはくれなかった。というか知らないのかもしれない。

 肩に設置した点滴を気にする生活は数週間続けなければならない。二時間毎に交換する作業が辛かった。
 帰りになると荷物が軽くなるので、気分的には少しでも負担が減ってくれた方が安心する。
 昼休み、弁当を持って学園の屋上に向かった。
「先客が多いな」
 一人で過ごしたいと考える生徒が複数居た。
 開いている場所に移動して弁当を置く。
 人が居る方が何かあった時、対処し易いだろうと考えて食事を始める。
 風が吹いて茶髪が揺れる。
「隣りいいですかぁ」
 声をかけてきたのは日奈森のしゅごキャラ『スゥ』だった。持ち主の姿なく、しゅごキャラだけ来たようだ。
 スゥの他にもガーディアンのしゅごキャラ達の姿もあった。
「いいよ。でも、君達の分は無いからね」
「ありがとうございます」
 しゅごキャラ達はそれぞれ座り、くつろぎ始める。
 四十九院は弁当を広げた。
「あ、あまり美味しそうには見えませんねぇ」
 質素すぎるほど簡単な料理が広がる。
「今はこれしか食べられない」
「どうしてですかぁ」
「こら! そんな事を聞くものではないわ!」
 王子様風の格好をしたしゅごキャラが怒鳴った。
「……まるで離乳食みたい……」
「家が貧乏でも恥じる事はないぞ」
「ペペが味見するでちゅ」
「だ〜め。必要な分量しか持ってきてないんだから。それに味は殆ど無いから美味しくないよ」
 スプーンで一口、含む。
 味の無い弁当。それでも栄養だけは補給しなければならない。
 静かに食べる姿を見て、しゅごキャラ達は黙ってしまった。一人で食事をするのは痛々しい姿を見せたくない為なのかもしれないとラン達は思った。
「あの、お菓子とかは食べちゃ駄目なの?」
「まだ退院して間も無いから、離乳食っぽいものしか受け付けない」
「今まで普通の食事だったのに……」
「心配してくれてありがとう」
 四十九院は滅多に見せない笑顔をしゅごキャラ達に見せた。
 一人を好むのは心配されたくなかったからだが、今は外キャラを気にしている『余裕』が無いからか素直に感謝した。
「それより、そなたのしゅごキャラはどうした?」
「居ると思うけど、普段は出て来ない」
「王たるボクに挨拶も無しとはいい度胸だ!」
 しゅごキャラ達を見ていると賑やかで楽しそうだ、と思った。
 本当はそういう雰囲気は嫌いじゃなかった。ただ、自分から皆と距離を置いていただけ。
 その笑顔を守りたいだけだった。

 (つづく)

39←糞虫:2008/09/25(木) 10:11:46 ID:ync9WPxw0
キャラなり。『アソウタロウ』(ローゼン大臣)
egg 34

 昼ご飯を食べ終えて、しゅごキャラ達と共に教室へ向かう。
「そなたのしゅごキャラは眠っているのか?」
「起きてると思うけど……」
 そう言った後で『赤い卵』が四十九院の胸が飛び出してきた。
 真っ赤な卵には白い『×』が付いていた。
「ば、×たまっ!」
「そんな……、今まで気配を感じなかったのに」
 姿が出た時に気配も一緒に生まれた。
 それぞれのしゅごキャラが戦闘体勢を取る。
 卵にヒビが入り、上下に別れた。中からはノミナリズムに姿形が似ているマテリアリズムが姿を見せた。
「呼ばれたようなので、出てきたが……。どうかしたか、皆の者?」
 卵の殻が消えるのと同時に×たまの気配も消えた。
「ど、どうなってんの?」
「まさか貴様っ!」
 王子風のしゅごキャラがマテリアリズムに人差し指を向ける。
「始めから×キャラなのか」
「そう決めつけられても答えようがないな。とにかく、主の話し相手になってくれた事には礼を言う」
「込み入った話しになるなら、お前は残っていいんだぞ」
 四十九院の言葉にマテリアリズムは首を横に振る。そして、消えた卵の殻がまた現れて一個の卵に戻る。しかし、×は無くなっていて代わりに『○』が付いていた。
 気配もまた変わっている。
 しゅごキャラ達は混乱していた。気配が変わるしゅごキャラは見た事が無かったからだ。
「おい、待て」
「待って〜」
 彼らを無視して赤い卵は家主の体内に戻ってしまった。
「そちらの事情は分からないけれど、また出てくるだろう。では、またな」
 しゅごキャラを残して四十九院は教室に戻った。
 残ったしゅごキャラ達は予鈴が鳴るまで呆然としていた。

 放課後になり、四十九院は自宅へ向かう。今日はガーディアンの誘いが無かったので早めに身体を休めようと思った。もとより皆に構っている場合ではなかった。
 退院したとはいえ、鈍痛が続いている。彼女達よりも早く治す方を優先しなければならない。
「主殿。あの『イル』とかいうしゅごキャラの気配を感じる」
「ほしな歌唄の様子も気がかり。話しが長くなれば我らが出ましょう」
 二人の言う通りだった。余裕が無かったとはいえケガをさせてしまったのは事実だろう。一言でも謝罪しておかなければ気まずくなるばかりだろうと判断する。
 ノミナリズムの指示に従い、イルの居る場所に向かう。
 イルは公園に居た。それも人目のつかない木の上で眠っているようだった。
「あの木だ」
 イルを発見した後、木の根元付近に人影があるのを確認した。
 草むらに居ても見つかり難い格好をした『ほしな歌唄』だった。
 彼女は木の葉が生い茂る隙間から空を見ていた。
 四十九院が近づくとイルが物音で目覚め、彼女の姿に気づく。
「う、歌唄。奴が来た」
「!?」
 イルの言葉に一瞬だけほしな歌唄は反応する。しかし、その場から動かなかった。
「そ、そう……」
 顔を動かし、四十九院を探す。草むらの中から彼女の姿を見つけて、手招きした。
 四十九院は彼女の呼びかけに応じ、草むらの中に入って行く。
「……また会う事になるとはね……」
 ほとな歌唄はひどく疲れたような顔をしていた。顔色が悪く、汗がにじみ出ていた。
 四十九院は草むらに座ったまま大人しい彼女の側に座った。

 (つづく)

40←糞虫:2008/09/25(木) 10:16:42 ID:UoEFZcgQ0
キャラなり。『サワジリナニカ』(別に……)
egg 35

 ほしな歌唄の髪型は前に会った時と同じく髪止めをせずにまっすぐ背中に垂らした状態だった。
 映像などで見る彼女の基本的な髪型はツインテールだった。
「あの……」
「……何?」
 四十九院の言葉に対し、ほしな歌唄は身体を一瞬震わせて返事を返した。それは彼女が四十九院、または彼女のしゅごキャラに恐れを感じているからかもしれない。
「私のしゅごキャラでケガをさせてしまって……、ごめんなさい」
「………」
「お前のせいで!」
 イルは叫びながら四十九院に蹴りを放ってきた。
「やめなさい、イル。みっともないわよ」
 毅然とした口調でほしな歌唄は言った。
「でもよ〜」
「もう済んだ事よ。……もういいじゃない」
 イルは大人しくほしな歌唄の膝に乗った。そして、四十九院を睨みつける。
「ケガは大したこともなく、喉も正常。だから、もう気にしないで」
「すみません」
 深々と四十九院は頭を下げた。
「……素直な性格なのね。それに決して笑わない」
「………」
 四十九院の顔をまっすぐに見据える。彼女の瞳には強い意志が宿っているように感じた。
 謝罪に来るくらいだから嘘の嫌いな子なのだろうと思った。
「主殿。長居は無用ですよ」
 ノミナリズムが出てきて『残り時間』を告げる。
 ほしな歌唄は彼女のしゅごキャラを見て、一歩引き下がろうとした。しかし、足が震えて動かない。
「安心めされよ。危害を加えるつもりは無い」
「あんた一体、何なのよ!」
 四十九院とは対象的に敵意剥き出しでノミナリズムに怒鳴った。
「この子はノミナリズム。見た通りの正体不明のしゅごキャラ」
 淡々とした口調で四十九院はしゅごキャラの説明をする。
「正体不明とは心外ですな、主殿」
「ノミナリズムは分からない。だから正体不明で充分よ」
 イルはノミナリズムに蹴りを放とうとしたがすぐに主であるほしな歌唄に掴まれて阻まれた。目の前のしゅごキャラに手を出すのが恐かったからだ。
「ふむ。そのたは『恐怖心』に支配されているようだ。主殿、少しよろしいか?」
「そうあるべきものならばそうあるのだろうね。歌唄さん、少しの間だけ我慢して下さい」
「なにを……する気?」
 消え入りそうな小さな声で四十九院に言った。
「貴女の『恐怖心』を頂きます」
 ノミナリズムは卵に戻る。そして、殻の表面に『×』と『○』の模様がたくさん浮かび上がる。
「私のココ……? ………」
 四十九院は言葉を途中で止めた。
 温かいものを顔に感じた。手で拭い、正体を確認すると悪寒を感じた。
 血が手に付いていた。鼻血が出た。しかも、まだまだ垂れてくる。
「………」
 信じられなかった。信じたくなかった。
 まだ時間は充分に残っている筈だと思っていた。薬も事前に飲んでいたのに、と信じられないと思った。
「イル。血を拭いてあげて」
「え〜! ヤダよ」
「いいからお願い」
 ほしな歌唄はポケットからハンカチを取り出し、それをイルに渡した。
 文句を言いつつイルは公園にある噴水でハンカチを濡らし、四十九院の鼻血を拭いた。ほしな歌唄はチリ紙を用意し、彼女の鼻に詰める。しかし、出血量が多く、すぐに漏れ出てしまう。
 それでも必死に彼女を救おうと努力した。

 (つづく)

41←糞虫:2008/09/25(木) 10:19:24 ID:7QEGlifw0
この『しゅごキャラ掲示板』はチャットルームじゃねぇぞ、バーカ! ってジェイソンが叫んでました。
egg 36

 四十九院の鼻血は止まらない。手持ちのチリ紙は既に使い切り、ハンカチはもう血だらけになって使い物にならない状態になっていた。
「そのままじゃ駄目だわ」
「歌唄ぅ……。こいつなんか放っておこうよ」
「少し黙ってて。考えがまとまらない」
「うう……」
「汝もあわれよの。とはいえ主殿は貧血気味ゆえ……。一時間が限度というところだな」
 卵に戻っていた筈のノミナリズムが姿を見せていた。
 冷静な分析をする四十九院のしゅごキャラの言葉を聞いて、持ち主を心配する気はあるのかしら、とほしな歌唄は思った。
 このしゅごキャラは他人事のように振る舞っているように見えてしまう。何を考えているのか分からないし、知りたくはなかったが気になってしまう。
「……主殿の一大事にしゅごキャラはかくも無力だ」
 ノミナリズムはほしな歌唄へ顔を向ける。
「主殿を救ってくれると助かる」
 その言葉は前回の恐怖の再現の引き金となり、身体が震え始めた。
 無表情なノミナリズムが恐いと思った。
「……ほどよく恐怖するのは丁度良い。イルとやら、またそなたの主殿をお借りしたい」
「なっ!? 駄目だ、バカヤロウ!」
「案ずるな。ついでに『恐怖』も貰い受ける。これは『取り引き』ではなく、我のお願いだ」
 イルに向かってノミナリズムは頭を下げた。
 確かにノミナリズムの言う通り、緊急事態だった。鼻血がまだ止まらないのは太い血管が破れた為だろうと思った。早く適切な処置が四十九院には必要だった。
 身体が動かない今、携帯で人を呼んでも彼女を移動させることは出来ない。
 様々な考えと葛藤が渦巻く。目眩を覚えるくらい考えたあと、ほしな歌唄は決断する。
「……いいわ。ここで自分に負けるなんてあたし自身が許せないから。キャラなりでもなんでもやってみせるわ」
「う、歌唄ぅ……」
 強い決意にイルは何も言えなくなり、引き下がる事にした。しかし、いつでも自分の出番が来てもいいように体勢だけは整える。
「あたしのココロ、アンロック!」
「………」
 ほしな歌唄は言葉を紡いだが、何も起こらなかった。
「なっ!? なんでっ!?」
「事象は常に一方から存在するわけではない」
 ノミナリズムはほしな歌唄の胸に手を当てた。しかし、衝撃は今回無かった。
 鼻血まみれの顔のまま四十九院はほしな歌唄に向かって腕を伸ばす。
「あなたの……コ…コロ……、キーロック……」
 その言葉の後、ほしな歌唄の胸に衝撃がわずかだが加わり、息の詰まりを覚えた。しかし、それは一瞬だけだった。
 前回同様に服装が漆黒の闇に染まっていく。ただ違うのは意識を保っているという点だけだった。
 そして、キャラなりが顕現する。
「キャラなり。ダークダストイリュージョン……。……で、この後は?」
 問題なくキャラなり出来たものの不安はまだ解消されていない。
 溢れるような力を感じなかったからだ。

 (つづく)

42←糞虫:2008/09/25(木) 10:23:33 ID:TQjn8FNA0
キャラなり。『ザンテイゼイリツ』(っていうものは無くなればいいのに)
egg 37

 力を感じない、という点は不可思議だった。今までのキャラなりは『しゅごキャラ』の力を最大限に発揮するはずだと思っていた。それが全く無いのが不可解だった。
 前回のキャラなりで感じた圧倒的な恐怖や圧力は今は無い。
「……あたしは何も分からない。だからあなたに任せるわ」
「それがそなたの選ぶ答え……。ありがとう」
 そう答えたノミナリズムの言葉の後で様々な力が急に涌いてきた。それは恐怖心をかき消すほどの本流のように身体中を巡る。
「な、なに……これ……」
 身体の中に『洗濯機』があるような感じだった。
「い、いけるわ。そんな力があるなんて……!」
「それはそなたが本来持つ力。我の力ではない」
 ほしな歌唄は意識が朦朧としている四十九院の顔に手を置いた。なにを成すべきかは『もう頭の中に浮かんで』いた。
「ペインアスピレーション!」
 その言葉が発せられた時、チリ紙やハンカチについていた血がほしな歌唄の漆黒の手袋に吸い込まれて行った。そして、四十九院の鼻血も一緒に吸収されていく。
「………。このままだと血を全部持っていくんじゃないの?」
 その事にすぐ気づいたほしな歌唄は少し戸惑った。
「心配無用。痛みの元さえ解決出来れば止血が早まる」
「そ、そう」
 側で見ていたイルは腕を組んで見守っていた。今は黙って見ていることしか出来ない事を理解していたからだ。
「リペア……シリンジャー……」
 意識の無い状態の四十九院の顔を撫でるように呟いた。
 自然と出てきた言葉だが、今は彼女の安否を優先させた。

 キャラなりが解けたが疲れは感じない。逆に気分が晴れていた事に驚いた。
 四十九院は既に眠ってしまっていた。
 散らばったチリ紙は綺麗になっていたが、一応広い集めて、ポケットに仕舞う。ハンカチも新品同様に戻っていた。
「……また家まで運んであげるしかないわね」
「いいのか、歌唄?」
「ええ。身体の調子が戻った今、争う理由は無いわ」
 出血が止まったことを確認し、念の為にチリ紙を鼻に詰めておいて彼女を背負う。
 荷物を確認した後、二人は茂みから出て四十九院の家に向かう。今は誰に見られても恥ずかしい気持ちは出て来なかった。

 二人が去った後、小さなしゅごキャラが公園に舞い降りた。
 歯車や機械的な物がついた黒い布を身に巻き付けていて、オレンジ色の長い髪に青い瞳。
「また出番を逃したか……。それもまた軌道の道筋……」
 それだけ言ってどこかへ飛んで行ってしまった。
 ほしな歌唄達が去った後、×たまが飛んできて日奈森達がそれぞれ回収任務に奔走する。

 (つづく)

43←糞虫:2008/09/25(木) 10:25:03 ID:TQjn8FNA0
キャラなり。『ウンコ』(そこにあるもの)
egg 38

 新しい薬になかなか慣れず、苦労する日々が続いた。結局、意識を失った後、ほしな歌唄の姿は当たり前だが無くなっていた。また彼女に家まで運んでもらってお礼の一つも言いたいところだった。
 それから彼女はアイドル歌手として忙しい日々を送っていた。だから今は会う事は難しく、自分は身体の調子を整える事に集中しようと思った。

 時が過ぎるのは早いものだと四十九院は思った。気がつけば新学期。日奈森達と同じクラスの五年生。
 ガーディアンからの誘いは無くなったが、彼女達は彼女達で忙しい日々を送っていたみたいだ。
「今日は新しい転入生が来るんだって」
 ガーディアンの誘いは無いが彼女達との会話は今でも続いていた。
「……そう」
「つーちゃん、口数が少なくなったけど、無理はしちゃ駄目だよ」
「……うん」
 会話が好きなわけではなかったが、自分でも口数の少なさは自覚していた。というより日に日に身体の調子が悪く、お腹に響くからだった。
 予鈴が鳴り、担任の先生がやってきた。
 眼鏡を掛けた茶髪の男性でのんびりした口調の先生だった。
 寝癖の酷い髪を整える気はなさそうで、毎日、同じような髪型をしていた。
「は〜い。みんな静かにしてね〜。今日はまず転入生を紹介するよ〜」
 のんびりした言葉の後で、ドアの向こうに居る人物を手招きした。
 静かに教室に入ってきたのは聖夜学園の制服を身につけた女性だった。背は平均的な高さで黒髪に黒い瞳と特徴らしいところの無い普通の女の子だった。
「自己紹介して下さい」
「栗花落司穂です。皆さんよろしく」
 丁寧に挨拶した。
「じゃあ四十九院の後ろの席が空いてるから、そこに座って」
「はい」
 目立った行動も無く、彼女は四十九院の近くの空いている席に座った。
 簡単な紹介の後、授業が始まる。
 『普通』過ぎて誰も反応出来ない。日奈森は何度か栗花落を見てみたが、特に変わった印象は受けなかったので授業に意識を向ける。

 最初の授業が終わって、何人かの男子が栗花落に詰めより、彼女は答えられるだけ答えていった。
 転入生だから最初は大変だろうけど、すぐに皆は離れるだろうと日奈森は思っていた。実際、お昼頃には彼女に関心を持つ生徒は女子も含め、殆ど居なくなった。
「つーちゃん、お昼一緒に食べない?」
「……ごめん。今日は一切食べちゃ駄目な日だから……」
「えっ? お弁当忘れたの?」
「……違う。……あまり喋らせないで」
 朝より声が低く、辛そうにしていたので彼女の言う通りにしようと思った。何か理由があって食べないのだろうけど、心配だった。
「……栄養剤……、これだけ飲む……。それでいいなら……」
「色々と大変なんだね」
 最初は衝突ばかりしていた彼女が今はだいぶ大人しくなってしまい、不安に思う。
 四十九院はただの意地っ張りキャラではなく、自分の時間を本当に大切にする子だと日奈森は理解し、彼女の力になれないかと思うようになった。

 (つづく)
===========
第二部っぽい始まりになりました。
『栗花落 司穂(つゆり しほ)』女性。五年生。肩に垂れる程度の黒髪に黒い瞳。

44←糞虫:2008/09/25(木) 10:26:47 ID:TQjn8FNA0
キャラなり。『コカンカミツキムシ』(ぎゃ〜!)
egg 39

 点滴をほぼ毎日付けている四十九院に日奈森は自分には何が出来るのだろうと考えていた。
 要望があれば答えてあげたい。それは友達としての感情なのか、ただ彼女に嫌われたくないだけなのだろうか、上辺だけの気持ちが入ってはいないだろうか、と様々な事を考えるようになった。
 隣りで何本かの栄養ドリンクを飲んでいる彼女にかける言葉は今は無かった。
 昼休みが終わり、教室に向かう途中で四十九院は目眩を起こし、廊下に倒れ込んだ。点滴が外れなかったので日奈森は少しだけ安心した。
「保健室で休んだ方がいいよ」
「……もう早退する……。お昼までっていう……約束だったから……」
「そうなんだ。とにかく、保健室で休んだ方がいいよ。先生にはあたしが説明しておくから」
「……ありがとう」
 素直な返事に少し照れつつ、四十九院を保健室に連れていき、寝かせた。
 病弱キャラと言っていたが、そんな言葉でちゃかせるような状態ではなかった。確実に四十九院は弱っている。
 自分には何も出来ない。しゅごキャラの力でも救えない。それが腹立たしく、悔しかった。

 午後の授業を欠席する事になった四十九院は両親と共に帰って行った。
 日奈森の見送りは無かったが、それはそれで気が楽だった。
「熱が凄いわよ。今日は休ませた方がいいって言ったじゃない」
 車に乗ってすぐ彼女の両親は言い争いになった。
 運転しつつ父親も反論する。その声を黙って四十九院は聞き続けた。
 争う原因の元凶である自分は何もしない方がいい、そうするのが今の状況下では最善だと判断した。
「主殿……。ご部運を」
「………」
 しゅごキャラ達の言葉を聞き、四十九院は黙って頷いた。
 今日が最後と思いつつ、自分は今まで生きて来られた。それが今の中での大きな幸せだった。

 総合病院にたどりつき、待合室のいす座り、壁に寄り掛かる。
 側に居る母親の体温が異常に暖かく感じるのは自分の体温が低いからだろうと思った。
「おねえちゃん」
 聞き覚えのある声が聞こえた。しかし、振り向く元気が出ない。
「主殿は疲れている。しかし、声は届いているから安心せよ」
 しゅごキャラが代わりに対応を始めた。
「おねえちゃん。……手…冷たいね。あたためてあげる」
 少年の声は『相楽』のものであると頭では分かっているが行動に現せなかった。
「……相楽君は……何になりたい……?」
 言葉だけ彼に伝えた。それは聞き取り難いほど小さな声だった。
「相楽殿は『何になりたい?』と言っている」
 しゅごキャラが彼に聞こえる声で言った。
「う〜んと……。わかんない……。あっ、すごい人とかえらい人とかになりたいな」
「主殿は喜んでいるようだ。実現するといいな、とおっしゃっている」
「でも、おねえちゃんのおかげだから……。おねえちゃんを助ける人になりたい。大きくなったらぜったい、ぜったい助ける人」
「……お…ねえちゃ…の……め……、なって…くれ」
 完全に彼には聞き取れない声になり、しゅごキャラ達は代弁しなかった。彼には『何も言っていない』と思ってほしかったのかもしれない。
 その後、担当医が出て来て、四十九院を連れて行った。その後、彼女の意識が途絶えでしゅごキャラ達の姿も消えてしまった。
「いっしょにあそぼう……、おねえちゃん」
 深刻な状況であることは少年にも伝わったのだろう。大きな声を出さずに四十九院が向かった部屋に声をかける。
 少し涙が出てきたが、相楽は四十九院の無事を祈った。

 (つづく)
============
荒らしなんかどうでもいいから、読んでおくれな。

45←糞虫:2008/09/25(木) 10:31:25 ID:5xPkGspM0
キャラなり。『フハイシュウサラダ』(美味しいサラダの筈なのに腐敗臭)
egg 40

 四十九院が欠席してから教室の空気は少しだけ冷えていた。いつも居るのが当たり前だった席の一つが空いているからだ。
 新しい転入生は気にしていないようだが、日奈森を始め何人かの生徒は心に寂しさを感じていた。
「それでどうしてあんた達が居るのよ」
「仕方あるまい。主殿のご命令なのだから」
 ノミナリズム達が日奈森の机の上でくつろいでいた。
 他のしゅごキャラも彼女達の肩を揉んであげたりしていた。
「ほんと、わけわかんないね、あんたたち」
 そう言いながらも元気なしゅごキャラの様子を見て日奈森は微笑んだ。
「他につても無いので日奈森殿のご自宅に居候させてはもらえまいか?」
「いいんじゃない? にぎやかだし」
「勝手に決めないでよ」
 ランは多い方が楽しいだろうなと思って発言した。スゥも同じ意見だった。
 他のガーディアンとも相談した方がいいのかな、と思った。
「心許せる相手の方が我々としても助かるのだがな……」
「それってどういう意味?」
 つまり、つーちゃんはあたしを信頼していた、という意味になるのだろうかと日奈森は思った。
 ありえない、という言葉が浮かんだが日頃から一緒だった事を思い出すと否定しきれない。
 集めた×たまは日奈森にしか渡していない。それは『浄化』出来るのが自分だけだから、と思っていた。そうではないのかもしれない、と今は思う。
 授業の開始を告げる予鈴が鳴った途端にノミナリズム達は『卵』に戻った。
「時間にうるさそう……」
 ランはそう評しながら自分達も『卵』に戻る。

 それから数日後の休日、自宅でテレビを見ていた日奈森は番組を替えてニュースを映した。今日と明日の天気を確認する為だった。
「最近医療ミスが増加し、社会問題となり両者は困惑しております」
「………」
 友人が病院に入院している事を思い出したので、一応番組を見てみようと思った。
「医師の不手際で肝炎ウイルスによる被害者は日に日に増加している問題について専門家は……」
「医療器具の置き忘れが記憶に新しいのに、また問題発覚とは……。しかも長年隠蔽されていた問題ですから被害はまだまだ拡大しますよ」
「発覚逃れの影響で病状が悪化し、手の施しようもない患者も居ると聞いてます」
「裁判も長期化し、早く手を打たなければいけないというのに今の医療はどうなっているんでしょうか?」
「病院側はコメントどころか取材拒否で解答は得られませんでした。そうしている間にも患者への不安は募るばかりです」
 出て来る単語は難解だったが、他人事には思えなかった。
 心の何処かで否定したい気持ちがあり、認めたくない。
「お医者さんって人を助けるのが仕事じゃないの?」
 声に出して不安を現す。
「残念だが、大きなところほど『保守的』になるものでな」
 ノミナリズムが現れて勝手にテレビを消してしまった。
「主殿もまた被害者の一人だ」
「本人は決して口外せぬ問題だがな」
 マテリアリズムも現れた。
 二人が一緒に喋る事は滅多にないので、真剣さが伝わってくる。
「お医者さんは何もしてくれないの?」
「『因果関係』という『証拠』が無い限り……、争いは続く。信用問題にかかわってくるからな。それに認める、ということは多くの病院の経営が破綻するということにもなる」
「治療にあたる医師は懸命に働いているだろう。それもまた事実……」
 難しい問題が身近に存在していて自分は何も気づかなかった。四十九院は誰にも相談出来ない問題を抱えていたのだろうか、と思い、胸が痛くなる。
 意地っ張りキャラ。天の邪鬼キャラと言っていた自分が情けなくなった。

 (つづく)

46←糞虫:2008/09/25(木) 10:33:45 ID:5xPkGspM0
キャラなり。『サーバーブレイカー』(要はただの荒らしじゃん)
egg 41

 ノミナリズムとマテリアリズムは宙に浮きつつ腕を組む。
 近くに×たまの気配を感じたが四十九院が不在の今は何も出来ない。
「相楽殿を覚えておいでか?」
「うん。つーちゃんの知り合いの男の子でしょ?」
「話しは単純なのだがな……。あの子を救う為に主殿は自分の身体を使った。手術も成功し、相楽殿は元気になった」
「へ〜」
「問題はその後だ。くだんの事件の影響で本来、無事である筈の臓器に異常が発生した」
 日奈森は自分でも分かるほど髪の毛が総毛立つ気持ちを感じた。
 ノミナリズムが簡単に説明したせいで、危機感が薄かったからかもしれない。何をどうしたのか細かい説明があったらもう少し違う感じ方だったのかもしれない。
「移植の一年後に問題が露呈したのだから手遅れに近い。いや、まだ幼いからこそ間に合うと思われていたのかもしれん」
「い、いっしょくって、あの自分の身体を他人に移すってやつでしょ?」
「そうだ。偶然、困っている人が近くに居て偶然適合するのが主殿だけだった。それだけの話しだ」
 偉いじゃん、と思ったけれど素直に喜べない。それは何故だろうと自問する。
「人助けは当たり前と考えていた。その結果が裏目に出ただけ。結果的には人助け出来たのだから、それで充分の筈だった」
 うん、と頷く自分が居て、それは違うと言いたいけれど言えない自分が居た。
 四十九院はとても大事な選択を選んだのではないかと日奈森は思う。
「病巣を取り除けば主殿の臓器は一つ丸々無くなり、しかも病気は他の臓器に移って今も苦しめている、という状態だ」
「足りないものは補わなければならない」
 四十九院が毎日のように薬や注射、点滴を付けていた理由が分かった。それでも他人に説明せず自分の中で消化していた。その気持ちは計り知れない。
「日奈森殿に説明する許可はもらっている。後はどう思ってくれても構わない」
「……ヤダよ……。そんなこと言われても……。あたしには……」
「誰も背負ってくれとは言っていない。ただ『聞いてあげほしい』だけだ」
「日奈森殿と会って主殿の気持ちも変わってきたのだ」
 二人は日奈森の肩に乗った。
 今まで黙っていた日奈森のしゅごキャラ達が出てテーブルの上に乗る。既にスゥは泣いていた。
「でも、ボクは君達の事が知りたいよ」
 青いしゅごキャラのミキはノミナリズム達に向かって言った。
「あの子の『なりたい自分』っていったい……。そもそもキャラチェンジすら見た事ないんだよね」
 日奈森は泣く自分を隠すように涙が出ていないか確認して、改めてミキ達に目を向ける。
「歌唄にキャラなりさせてたのは知ってるけど……」
「『善悪、両方の気持ちを知る人間になりたい』」
「えっ?」
 ノミナリズムに対し、マテリアリズムは何も言わなかった。
「『平等』ってこと?」
「いや、平均化するわけではない」
 言い方が難しいよ、と思いつつ耳を傾ける。
 四十九院の考えていることは分からない。衝突ばかりする。それは理解していた。だが『本当の彼女の気持ち』は全然理解していない事も事実だった。
「キャラチェンジしないのはガーディアンに迷惑をかけると思っているのかもしれない。前にキセキと衝突したように……」
「前……」
「あれじゃない? キセキに『×キャラだ』って言われた時のことじゃないかな」
「気にしていないようで、細かい事は気にする主殿だからな……」
 普段、無表情だから分からなかった、と日奈森は驚いていた。本当はいろんな事に神経を使う繊細なキャラなんだ、と改めて感じた。
 ×たま達が彼女に素直に従うのも意味があるのかもしれないと思った。

 (つづく)

47←糞虫:2008/09/25(木) 10:36:44 ID:zz56SnCY0
キャラなり。『チョウジクウクソババア』(超時空のクソババアはなんかすげぇ)
egg 42

 ノミナリズムは話題を変えようと判断し、先ほど×たまの気配を感じた事を告げた。
「それを早く言ってくれなきゃ!」
 予想通り、そうノミナリズムは思ったが彼女のしゅごキャラ達は真剣な表情を見せていた。
 同じしゅごキャラには騙せない事を知り、黙って頭を下げる。それはこれから一緒に歩む仲間としての礼儀として示した態度だった。
 外へ出て×たまの居場所を教えてもらい、彼女は走り出す。
「……ふむ。いかんな」
「ああ、空気が悪い……」
 ノミナリズムとマテリアリズムの二人の会話は日奈森には理解出来なかった。
「日奈森殿……」
「あむでいいよ」
「あむ殿、キャラチェンジした方がいい。キャラなりでもいいが……、とにかく急いで下され」
「えっ?」
 なんで、と続けようとしたがノミナリズム達が真面目な顔をしていたので、言葉を飲み込む。
「いくよ、ラン。あたしのココロ、アンロック!」
 走りながら日奈森は首に下げた『ハンプティー・ロック』の加護を受け、キャラなりに望む。
 日奈森のキャラなり『アミュレットハート』が顕現する。
「ハートロッ……」
 そう言いかけた日奈森の背中にノミナリズムは勢いをつけて体当たりした。
「あむちゃん!」
「うわ〜! ちょっ、なにすんの!」
 意外と強い力に驚いた。
「急げと言っている」
「わ、分かったわよ」
 アミュレットハートになって速さが上がっているのにまだ遅いのだろうか、と疑問に思ったが、言う通りにする。
 今の激突で少しだけ遅くなった筈だが、それは何も言われなかった。その事に少し腹が立った。
「あと……少し」
「ふむ。では、あむ殿。失礼します」
「えっ? 勝手に話しをすすめるのさ!」
 彼女達は何を急いでいるのだろうと思った瞬間、背筋に電気が走った。そこから先の記憶が無く、次に意識を取り戻すと壁に寄り掛かる形で座っていた。
「……え…なんであたし……。痛たた……、背中すごい…痛いんですけど……」
「あむちゃん、大丈夫?」
「キャラなりが……」
「凄い活躍だったんだよ。覚えてないの?」
 ランの言葉が理解出来ない。自分は何をしていたのだろうと頭を振る。状況が飲み込めない。
「そ、そういえば×たまは?」
「もう浄化したよ」
 異常に身体が重く感じる。
「いきなりやってきて、いきなり気絶とは随分ご挨拶ね」
 知らない声が聞こえて来た。
「だ、誰?」
 声の聞こえる方に顔を向けるとピエロの格好をした髪の長い女の子が居た。
「いこ、りま」
「ん」
 話し合う気配を感じさせず、ピエロの格好をした女の子は去って行った。
 全身が重く彼女を追いかける力が出なかった日奈森は訳のわからない事の連続で疲れ果てていた。
「リズム達は?」
「卵に戻っちゃった」
「なんだか、今の子に卵を任せたくなかったみたいな勢いだったよ」
「問答無用って感じでオープンハートやっちゃったし」
 わけわんない、そう胸の内で呟いて、震える膝を叩き立ち上がる。
 両手を空に向けて伸びをする。
「ん〜、卵の浄化が済んだなら帰ろっか」
「うん」
 そう言っても内心ではリズム達の言葉が思い出され、気になってしまう。二人が急いだのはピエロに卵を奪われると思ったからなんだろうか。それでも『まだ相手の事なんか見えていないのに』と思った。
 二人のリズムは自分の知らない能力を持っている。今はそれだけしか分からなかった。

 (つづく)

48←糞虫:2008/09/25(木) 10:38:49 ID:zz56SnCY0
キャラなり。『ニート』(冒険王ニート)
egg 43

 家に帰り、風呂に入り、自分の部屋のベッドに沈み込む。
 大した運動はしていない筈なのに物凄く疲れていた。
「う〜、結局は何だったのかしら」
「リズム達は出て来ないし」
「あむちゃん、だいじょうぶですか?」
「……平気、なわけないか……。途中から記憶が無いってどういうことなのよ」
 ラン達の説明を聞く限りでは『凄い』とか分からないし、ミキの描くイラストでは今一つはっきりしない。物凄いスピードだったせいでよく見えなかったらしい。
「仲間なら少しは教えなさいよ」
 息を吐きつつ、晩ご飯までの間眠ろうと思った。

 晩ご飯を食べ終わった後、日奈森は自分の部屋に戻り、リズム達の卵を机に乗せた。
「出て来なさいよ」
 その言葉が届いたのか、素直にリズム達が出て来た。特に疲れた顔はせず、いつもの仏頂面のままだった。
 リズム達が口を開く前に日奈森は彼女達を掴んだ。
「んっ?」
「む」
「あんたたちぃ……。居候の分際なんだからちゃんと説明しなさいよ」
 少し強めに握り締めつつ迫力を込めて言った。しかし、リズム達は落ち着いて状況を分析していた。
「説明するまでも無かろう。我らの目的は×たまの浄化」
「そ、そうよ」
「×たまの破壊を防ぐ為に我らは迅速に任務をこなした。それがあむ殿にとって気に入らない事だろうか?」
 正論を言われて言葉が詰まった。確かに彼女達の言っている事は正しい。しかし、すぐに納得する事は出来ない。
 言い返す言葉を探してみたが、見つからない。
「で、でも、あむちゃんにちゃんと説明しないと駄目だよ」
「あたしはつーちゃんじゃないけど、君達を預かっている身分としてはそれなりに教えてほしいわけ。それとも秘密にしろって言われてるの?」
 四十九院なら言いそうかも、と思った。
「それとも、あたしはまだ信頼されていないわけ?」
「………」
「……いや、こちらに非がある事は認める」
「我らは『そうあるべきもの』だから疑問を抱かれた事は無かった」
 この言葉に少し驚いたが、四十九院でも疑問に思うだろうと思った。
「こうして色々な質問を受けるのに慣れておらん」
「どうやら、あむ殿は主殿より頭の回転が……」
「バカで悪かったわね!」
 と叫びつつリズム達を強く握り締めた。しかし、途中から力が加わらなくなり、全然動かなくなった。まるで鉄の棒を握っているような硬い感じだった。
「主殿と離れていると調子が出んな」
「いや、全くその通り」
「あはは。マイペースなキャラだね……」
「あんたたち……、つーちゃんのこと心配してんだよね。とってもとっても……不安なんだよね。ごめんね、あたしのことばっかりでさ」
 二人を離して、日奈森はベッドに載った。
 ここで言い争う事に意味は無い。それに気づいて二人を離した。
「記憶は置いといて……。つちゃんのこといっぱい知りたいな。実はあんま知らないんだよね、彼女のこと」
 他のしゅごキャラ達は日奈森の側に向かい、話しを聞く体勢になった。
「あむ殿と大して変わらない女の子だ。ただ、それだけ……」
「そう……。主殿は……あむ殿とは違う境遇を歩んでしまっただけ」
「そう…かな……。随分違うと思うんだけど……」
 彼女達の為に素直に話しに耳を傾ける事にした。今はキャラを作る自分が情けなく感じてしまう。そうすることで自分からリズム達を理解しようと思った。

 (つづく)

49←糞虫:2008/09/25(木) 10:48:43 ID:Jbmp/eY20
キャラなり。『プリキュア』(スカイローズトランスレイト)
egg 44

 四十九院の下の名前は『智秋』という、と今更のようにノミナリズムは言った。
 普段から『つーちゃん』と言っていたので下の名前を日奈森は忘れていた。
「名前で呼ぶほどの仲かなと……。でもさ、苗字が難しいんだもん。つるつるいんだっけ?」
「つるしいん」
「そうなんだ……。なんて読むのか分からなかったよ」
 改めて漢字で書かれても読めないかも、と日奈森は思う。世の中には珍しい苗字があるのは『栗花落』の時と同じく不思議に思っていた。ただ、単純な名前だけとありふれてしまい、区別出来ないかもしれないと思った。
「主殿は正義感に溢れていて、困っている人を助けようとする人だった」
「そうなんだ」
「まだ五年生だから、これからどう変わっていくのかは主次第だが……。強い決意を持つ人間ではあるな」
 衝突していた時の事を思い出す。確かに彼女は頑固なほど自分の意見を強く持つ人間だった。
 意見の相違でも中々に譲ってくれない負けず嫌いキャラ。
 その点では確かに自分と同じなのかもしれないと思う。
「言葉で説明するよりは、その身で確かめるのが早かろう」
「今日はもう遅い。あむ殿も疲れているであろう」
「はは……。確かにね。色々とあったような気がするんだけど……」
 途中の記憶が無いというのは気持ち悪い事だった。
 キャラなりした後の自分はどうだったのだろう、と思いつつ今日はもう休む事にした。
 リズム達も早く話題を打ち切ろうとしていたみたいだし、と思う事にして寝間着に着替えた。

 深夜、日奈森達が眠っている頃にリズム達は卵から出て、窓の側に歩み寄る。
「主殿の『なりたい自分』……」
「そんなものがあるのだろうか」
「あるからこそ我らが生まれた」
「愚問だったな、忘れてくれ」
「ふっ。……あむ殿達には感謝しても足りない」
「そうだな。だからこそ守ってやらねば」
「主殿の『なりたくない自分』を覆す為に……」
「貴女のココロ、キーロック……。全ては主殿の為に」
「この身を捧げよう……」
 二人は手を合わせ夜空に誓う。遠い地で眠る四十九院の為に。持てる力の全てを掛けようと思った。
 翌朝、リズム達は卵の戻ったまま机の上に転がっていた。
「あ〜、この子達用の入れ物が必要だよね」
「そうだね。これから一緒に行動する仲間だもん」
 卵は置いておくと妹がいたずらするかもしれないので持って行く事にした。
 五つの卵になり荷物が増えてしまったが、無下には出来ない。
 学園に投稿すると四十九院の席は空いたままだった。まだどういう状況なのかは学園にも連絡されていないらしい。
 今度、お見舞いに行こうかなと思いつつ自分の席に座る。
「おっはよう、あむちゃん」
「おはよう」
「……つるしんさん、長引くって聞いてたけど相当ヤバイんじゃない?」
 離れた場所に居る女子の声が聞こえてきた。
「近々裁判の判決が出るらしいけど、ちーちゃんの人生は戻って来ないじゃない。なんだか可哀相……」
 変な陰口ではなかったので一安心した。その時、新入生の栗花落が大人しい事に気付いた。そういえば、と日奈森は思う。
 彼女は目立たない存在でまだ話した事が無かった。
 他の生徒も彼女に声をかけていない。授業の時、先生が当てる時以外は喋る姿は見ていない。それぐらい存在感の無い生徒だった。

 (つづく)

50:2008/09/25(木) 19:01:33 ID:???0
egg 47

 栗花落とどう接すればいいか、今はまだ答えが出ない。
 辺里達も機会があれば声をかけたいと思っていた。
「彼女については保留ということで……」
「せっかく仲間が増えると思ったのに〜」
「それぞれに事情を抱えているのだから、仕方ないんじゃない?」
 みんなの話しを聞いている内に日奈森は疑問を感じた。
 もし、彼女がキャラ持ちでなければこんなに気になったりしただろうか、と。
 平凡なまま忘れられていく。
 それはそれで寂しい事だけれど、自分は彼女に関心を持っていなかったのは事実だった。
 四十九院とは違い、言い争う事すらしなかった相手。
 キャラ持ちだと分かった途端に関心を持つのは卑しい気がした。そして、そんな自分が嫌いになった。
「いかんいかん」
 両方の頬を叩きつつ日奈森は自分自身に活を入れる。
 キャラ持ちだろうと同じクラスメート。今からでも間に合うはず、と言い聞かせた。
「あたし、彼女と話してみるよ。同じキャラ持ち同士だから、とかじゃなくて、一人の人間として」
「偉い!」
 Jチェアの相馬が親指を立てて叫んだ。
「それでこそクールアンドスパイシーだぜ」
「……それは関係無いよ」
「でも、慎重にね、日奈森さん。君が思っている以上に複雑な事情を持っていると思う」
 それは四十九院の時も同じだった、と日奈森は思い、彼の言葉に黙って頷いた。

 翌日から栗花落に軽い挨拶をすることにしてみた。
 彼女は返事は返すが、それ以上の会話はしてこない。
 授業中に出た分からない問題を質問する方法を試みた。
「いい国作ろう室町幕府、だったよね?」
「………」
 答えようとした筈の彼女は口を閉ざして黙ってしまった。その後、何度か質問したが、やはり答えてくれない。
 簡単な挨拶以外、彼女は何も言わない。
 昼休みになり、一緒にご飯を食べようと誘った時、言葉は無かったが頷いてくれたので、少しだけ嬉しかった。
 四十九院の机を借りて、栗花落と一緒に弁当を開く。
「最近さ、食品偽装とかで……」
 そう言った時、栗花落は握り拳を机に叩き付けた。
 突然の音響に生徒達の視線が日奈森達に向けられる。
「ちょ、ちょっといきなりどうしたのさ。あたし、変なこと言った?」
「………」
 栗花落は唇を噛み、必死に何かに耐えるような表情を机に向ける。
「つゆちゃん、だっけ。ねえ、なんとか言ってよ」
 名前をど忘れてした為に性格には言えなかった。
「いかんな、あむ殿。彼女は興奮している」
 ノミナリズムが現れて、栗花落の額に手を当てた。
「……ど、どうすればいいの」
「!?」
 そう日奈森が質問した後で栗花落はノミナリズムを掴み、机に思い切り叩きつけた。
「あんたなんか! あんたのせいで!」
 叫びつつ一度や二度では済まないくらい何度も机を叩き始めた。次第に彼女の手の皮膚が裂けたのか、血が机に着く。
 完全に周りの声が聞こえていないくらいの興奮状態になり、男子と女子が協力して栗花落を抑え付けた。
 目の前の出来事が理解出来ず、ただ黙って見ているしかなかった日奈森は立ち尽くした。
 弁当は既に机から落ちて散らばってしまった。
「な、なにか縛るもの!」
「そんなのないわよ!」
 数人に抑えつけられても彼女は大人しくならなかった。
「日奈森さん。彼女の悪口でも言ったんじゃないの?」
「言うわけないでしょ!」
 分けが分からなく日奈森自身も苛立ち始めていたが、はっきりと相手に答えた。
 相手を傷つける言葉なんか言うはずない、そんな気持ちは持っていないとはっきり言える、はずだった。しかし、現実には栗花落は興奮状態になった。それは事実であり、現実だった。

 (つづく)

51:2008/09/25(木) 19:37:29 ID:???0
egg 48

 数人掛かりで彼女を保健室に連れていった。
 残った彼女の机の上は血と飛び散ったご飯が散乱していた。
「あっ、リズムが……」
 ノミナリズムの姿が見当たらない。彼女が握ったまま連れていかれたのかもしれないと思った。
 すぐに追うとすると背中を引っ張る存在が居た。
 赤いマテリアリズムだった。
「行かないで……」
 普段はノミナリズムと同じような強気な発言と威厳を持っていたマテリアリズムが泣いていた。そして、声は今にも消え入りそうなほど小さかった。
「マリ……。行かないと……」
 名前が長いので、ノミナリズム『ノリ』とマテリアリズムは『マリ』と呼ぶ事にしていた。
「ここに居て……。今は駄目……」
「いや、行かないと駄目でしょ」
 あたし、ガーディアンだし、しっかり最後まで責任を持たないといけないし、と思いつつもマテリアリズムの涙目に行動が鈍ってしまう。
「なに一人で喋っているのかしら、日奈森さん」
 五人の女性徒が日奈森に向かって声をかけてきた。いつも何かにつけて突っかかっている人間だったが名前は覚えていなかった。
 思い出そうとしても思い出せない。
「日奈森さん!」
「はいっ!」
 考え事をしていたのでびっくりして返事を返した。
「クールだがスパイシーだか知らないけれど、自惚れていたんじゃありませんの?」
「う、うぬぼれなんか!」
 すぐに反論しようとしたが、確かに自惚れていたかもしれない、と思ってしまい、言葉が続かなかった。
「どういう原因かは存じませんが……、起きてしまった事は現実です。どう責任を取るのかしら? ガーディアンのジョーカーですのに……」
「くっ……」
 言いたい放題言われたが、今の自分には何も返せない。
「沙綾様、見事な悪女っぷりです」
「お〜ほっほっほ」
 人に説教しておいてあんたも調子に乗ってんじゃない、と胸の内で叫んだ。
 確かに現実に起きてしまった事を悔やんでいる暇は無い。しかし、何をどうすればいいのか分からない。後ろではマテリアリズムが泣いている。
「クールじゃなくてただの不良じゃない」
「幻滅〜」
 心無い陰口が大きく聞こえてくる。
 言い様のない怒りに両手に力が入る。それと同時に現状を打開出来ない自分に腹が立つ。
 正直に言えば悔しい。こんなに悔しい気持ちなのに何一つ言い返せない自分が許せない。
「あむちゃん……」
「まずはお掃除しましょ」
「そうだよ。出来るところから始めよう」
 三体のしゅごキャラが宿主を慰める。しかし、今はその言葉すら日奈森には痛かった。

 (つづく)
============
『山吹 沙綾(やまぶき さあや)』女性。五年生。いつも取り巻きの女生徒四人と行動している。

52うんこ:2008/09/27(土) 14:30:38 ID:Sm/xYgiU0
egg 49

 生徒達の冷たい視線を受けつつ日奈森は後片付けを始めた。少しでも何かしていなければ逃げ出したくなる。
 栗花落とノミナリズムは心配だったが、今すぐ自分に何か出来る事はあるのか、と思ったが何も出て来ない。
 こういう時、四十九院ならどうするのだろう、と遠くで頑張っているはずの彼女に思いを向けた。
「……マリ、落ち着いた?」
「………」
 卵に戻ったマテリアリズは何も答えなかった。既に何度も声をかけていたが閉じ篭ったまま殻に×を付けて出てこない。
 なにがどうなっているのか一番知りたいのは自分。しかし、それを口にしたところで何も解決はしない。

 やるせない気持ちのまま一日の授業が終わり、日奈森はロイヤルガーデンに向かった。
 現場にはKチェアの辺里唯世だけが居た。彼はのんびりと紅茶を飲んでいた。
「唯世君だけ?」
「うん。今日は大変だったみたいだね」
「あはは……。……うん。結局、面会も許してもらえなかった」
 いつも座っている椅子に日奈森は座って突っ伏した。
「あたし軽率だったのかな……」
「そんなことは……ないと思うけど……」
「何が原因なのかさっぱり分からない」
「分からなくて当然だ。庶民には教えておらんのだから」
 辺里のしゅごキャラ『キセキ』が胸を張りつつ姿を現した。
 豪華な衣装に身を包み、王の威厳を振りまいている。
「あのね、日奈森さん。彼女は特殊な人間なんだ。ほんの些細なきっかけで壊れてしまう繊細な存在なんだよ」
「?」
「だからね、今回の出来事は『理事長も調子の上』だからジョーカーに責任を押し付けるようなことは無い。とはいえ『災難』と言ってしまえば身も蓋もないけれど……」
 苦笑しながら紅茶を含む。
「でも、どうしようもないことをどうにかしなきゃいけない。でなければ前に進めないままになってしまう」
「……よく分からないんだけど……」
 難解な言葉は聞き慣れているけれどKチェアから聞かされるとは思っていなかったので意外だと思った。
「だから貴様は庶民のままなのだ。王たる器無き者は黙って王に従っていればよい」
「あたしは王様になる気はありませんよ〜だ」
 舌を出しつつ言い返してみたものの、キセキの言葉は少しだけ理解出来た。
 何も分からないまま黙っていろ、ということなのだろうと日奈森は思う。それは場の雰囲気に流されて『余計なことをするな』という意味にも聞こえる。しかし、それに反論する元気は今日は無かった。

 たいした会話も出来ずに日奈森は辺里に挨拶して自宅に帰る事にした。
 帰りの道中で日奈森の目から涙がこぼれる。学園から出た途端だった。理由はもう考えるまでもない。
「あむちゃん……」
 三体のしゅごキャラが心配して出てきた。
「だ、大丈夫だから……。いや、ほんとなんでもないから」
 と、言いながらも涙は止まらない。
 もはや原因も理由もなく泣きたいから泣く。
「……あむ殿は誰のために無くの?」
 今まで殻にこもっていたマテリアリズが卵状態のまま質問してきた。
「わかん……ない」
「我も……私も……分からない。ここ居るのに分からない」
 普段の口調をやめてマテリアリズム本来の言葉で日奈森に答えた。そして、卵が割れて出てきたマテリアリズは自らの服を脱ぐ。
 その身はノミナリズムに似た星々の煌きのように赤く輝いていた。しかし、今は煌きなく黒ずんだ血のような赤。
「私はここに居る……」
 マテリアリズムは日奈森の肩に乗る。
「キャラなり……」
「今は何にもなりたくない」
 涙を拭いつつ自宅に向かって歩き出す。三体のしゅごキャラも卵に戻り、バッグに収まる。
 今日は悔しさだけが満たされていて何も考えたくなかった。そんな状態だからこそマテリアリズは日奈森の側に居たいと思った。
「あむ殿のココロ、キーロック……。私も共に泣きましょう」
 卵に戻ったマテリアリズムは日奈森の意志と関係なく、彼女の胸にとけ込んだ。そして、日奈森の意識は真っ白な世界に塗り潰される。

 (つづく)

53無料レンタルサーバー:2008/09/28(日) 23:42:29 ID:uVhsOfZA0
egg 50

 服が弾けた、という形容が相応しい風が日奈森の内から発生した。
 風圧に驚いた三体のしゅごキャラ達が急いでバッグから出てきた。
「あなた達は……先に家に帰ってて」
「いったい……」
「あむちゃん、キャラなり?」
「お願い、先に帰って。お願い。お願い。お願い」
 風には音がなく、日奈森の声は遮断されることなくしゅごキャラ達に届けられた。
 ただならぬ様子だとミキとスゥは思ったが、心配は心配だった。
「あむちゃん。必要な事があったら私たちを呼んでね」
 ランは聞きたい事を諦め、宿主の意志を尊重する事にした。
「じ、じゃあ、ボク達は家に帰っているから……」
「………」
 段々と日奈森から表情が無くなり、返事も返さなくなった。
 ラン達はこれ以上の質問は無駄だろうと判断し、それぞれ日奈森の家に向かって飛んで行った。

 三体のしゅごキャラ達の気配が消えた事を感じ取った日奈森は『キャラなり』を終えようとしていた。
 真っ赤な服は肌に張り付くように変化し、頬に赤い×と○が張り付き、同じく赤い×と○で構成された小さな外套が背中に装着されて、瞳の色も真紅に染まった。
 マテリアリズムとのキャラなり。
 『アミュレットデイブレイク』
「……行かなきゃ……」
 キャラなりが始まった瞬間から意識は既にマテリアリズムに乗っ取られていた。
 両方の瞳から血のような赤い滴を垂らしつつ、彼女は空を翔けた。足場の無いはずの宙をかけあがるように。
 ランとのキャラなり『アミュレットハート』以上の速さで民家の屋根から屋根を数百メートル規模の距離を跳躍していく。
 目的地は決めていない。ただ飛ぶだけ。ただ、ひたすらに遠くへ、遠くへと、飛ぶ。血の涙が屋根や壁に飛び散る。
 マテリアリズムは泣くことをやめようとは思わなかった。今はやめたくなかった。
 宿主を介しているとはいえ、自分は弱くて未熟な存在でしかない。そして、それは本来の宿主の『弱さ』であることも理解していた。
 それはマテリアリズムの本能。ただひたすらに彼女を動かす理由だった。

 色々な町を巡り、マテリアリズムは元の町に一巡した。しかし彼女は一回りした事には気づかず飛び続ける。そして、人通りの多い町の高いビルの上に降り立った。
 思う存分に泣き続けたお蔭で気持ちが晴れてきた。
「……随分と遠くまで……」
 胸に手を当てると心臓の鼓動が既に限界にまで高まっていた。しかし、マテリアリズムはそれがよく分からなかった。
 口からも血が垂れている事に気づかない程、宿主である日奈森の身体は限界に達していた。
 足腰が震えている事に気づいた時マテリアリズムは日奈森の危機を感じ取った。
「内臓が……限界か……」
 冷静に身体を見下ろす。そこにマテリアリズム本来の表情は無かった。
 最後の飛翔で地表に降り立った。
 人々の声がたくさん聞こえてきた。足音もはっきりと聞き取れる。
 自分には行きたいところがある、と思ったが、それが何処なのか思い出せない。飛ぶ事と泣く事に意識を集中し過ぎた為かもしれない。それでも『行かなければならない』という思いだけは残っている。
 四十九院の家ではない事ははっきりしているのだが、それ以外は出て来ない。
 少し考えてみたが答えが出ないので、日奈森家に戻る事にした。しかし、足がなかなか前に進まない。
「?」
 頭と行動が別々になっている事に気づいたマテリアリズムは芒洋とした思考で今、生命活動が危機に直面していることを感じた。自分ではなく、宿主の日奈森亜夢が危険だった。
 危険な状態であるにも関わらず、マテリアリズムの頭では危機感を持っていない。長く泣きながら飛び続けたせいか、意識が曖昧になってきた。それは宿主が貧血を起こしているのかもしれないが、彼女には原因を考える余裕が無くなっていた。

 (つづく)

542ちゃんねる風:2008/09/29(月) 01:35:36 ID:8HdBDlBg0
egg 51

 ふらふらしながら懸命に歩を進めるマテリアリズム。
 涙は止まり、歩くだけ。
 日奈森の体力は既に限界を超えている。しかし、キャラなりは解けない。
「……行かなきゃ……。でも、何処に……」
 本能が進め、と命じていても『目的』が見えない。
 見えないけれど、進まなければ日奈森が危ない。でも、どう危ないのだろう、という矛盾した問答を続ける。
 既に極度の貧血で足が動かずに視野も不鮮明になりつつあって前が見にくくなっていた。
「……もう進めない……。進めなくなった…よう……」
 限界に達した日奈森は前のめりになって倒れ込んだ。
 人々の足音が肌に感じる。
 今、キャラなりを解いたところで現状は変わらない。一気に意識を失うだけだろう、とマテリアリズムは思い、瞼を閉じる。既に宿主の意識は無い。
 泣けるだけ泣き、飛べるだけ飛翔した。だから、マテリアリズは決断する。
 もっと強くなりたい、と願った。
 身体中の○は全て×に変化し、数を増して日奈森を包み込む。
 人の足音は既に感知している。あとは立つだけだと、マテリアリズムは身体で感じた。
 風圧を利用して身体を強引に立たせる。そして、マテリアリズムは前方を見据える。
「……や……。い……き……」
 やっぱり、いえ、きっと確信があったんだと思います。私が探していたのは貴方。と声にならない声で呟く。
 視界は既に光りしか映さない。そして、その光りは高度を増していきマテリアリズムの意識ごと飲み込んだ。
 お兄ちゃん。最後の意識でマテリアリズムはそう呟いた。

 暖かな中で眠り続ける。夢を夢と認識して随分経ったが目覚める気配は無い。
 長く夢の中を旅し続けているけれど、×たまが道を邪魔するのでゆっくりとしか進まない。白い卵もあるけれど、ムリームリーという声が多いな、と思う。
「……み〜んな、まとめてオープン…ハー……ト……」
 手足が動かないからセリフで我慢。
「何の夢を見ているんでしょうか?」
「いいから、お前達は向こうに行っていなさい」
「……あれ? 知らない声が聞こえる」
 夢の中の声なのか現実の声なのかはっきりしない。自分はどちらで声を出したのだろう。
 おでこに冷たい物。タオル。と思考がとぎれとぎれで浮かんでいく。
 大きな音。壁を叩く音、かな。とても大きい。
 思考を繋げようとすると頭が痛む。聞き流すようにリラックスしていないと実は痛みに耐えられなくて死にそうなんだよね、と日奈森は自分を分析しつつ時間を潰していた。
 大きな音はすぐに治まる。そして、自分は目覚めることなく夢の中に逆戻り。いや、どちらが夢なのか分かっていないだけかもしれない。

 何日も何週間も眠り続けているような気がしていた。
 身体が目覚めを要求しない。それほど自分の身体が弱っているのだろうと漠然とだが、思った。
 意識が戻るのは数分だけ、すぐに途切れてまた戻る、の繰り返し。
「………」
 お腹は鳴りっ放しなのに食べたい、という欲求が涌かない。トイレにだって行っていない。なのに行きたい気持ちにはまだなっていない。
 このままではいけない、と思っても身体は反応してくれない。
 麻痺はしていないけれど、動きたいって気持ちにならない。
 それはまるで『マテリアリズムのキャラなりがまだ解けず、彼女が目覚めを拒否しているのではないか』と思ってしまうほどだった。
「……マリ…マリ……。寝てるの?」
「………」
「起きたいんだけど……。お腹鳴ってるの聞こえないかな」
 声を出すたびに全身から力が抜けていくようだった。
「……キャラなり……」
 マテリアリズムの声が聞こえた。やはり近くに居たんだ、と思った後に意識を飛ばされてしまった。
 眠っていた日奈森の意識は内にこもり、マテリアリズムが起き上がった。
「……お兄ちゃん……」
「いいのかい、起きて?」
「うん」
 彼女の目覚めを笑顔で迎えたのは真っ白な髪の毛の男性だった。
 歳は既に成人を越えているので、一見すると老人に見えそうになるが肌に艶があった。少し赤目がちの瞳が優しくマテリアリズムを捉えていた。

 (つづく)
===============
満を持じてQさんキャラクターが遂に登場か?
日奈森「あたしにお兄ちゃんなんか居ないよ。てか、誰?」

55メタミドホス:2008/09/29(月) 23:10:03 ID:XixEgRVw0
egg 52

 マテリアリズムに意識を乗っ取られた日奈森の目の前に湯気の登る飲み物が置かれた。
「コンソメスープ。少し置いてあったから飲み易くなっていると思うよ」
「……コンソメ……」
 自分は飲みたくない。でも、日奈森には必要。と機械的な思考の後、彼女は出された飲み物を数秒で飲み干す。
「そんなに急いで飲むとお腹を壊すよ」
「……うん」
 身体の中の感覚は良く分からない。
 マテリアリズムの意識がまた曖昧である為に判断力が鈍っていた。
「お兄ちゃんに会いたかった……けど、どうして会いたいのか……思い出せない……。どうしてなのかな……」
「さあ、どうしてだろうね」
「何処かで……」
 お兄ちゃんに会った事がある。ううん、会ったのは『私』ではなく『宿主』なのかもしれない。と、胸の内で言葉を続けた。
 意識が少しずつ鮮明になっていくのが分かる。日奈森がスープを飲んだ為に『本体』の活動が少し活発になりつつあるのだろう。
 本来の『宿主』である四十九院は彼を知っている。
 鮮明になっていく視界には白い髪が印象的に映っている。
「……武神の……お兄ちゃん……?」
「?」
「やっぱり……じゃなかった……。会いたかった……、でも、それは私じゃない」
 彼に会いたいと願うのは宿主の四十九院だった。日奈森ではなく、マテリアリズムの自分でもない。
 目的だけしか無かった為に言葉が続かない。
「あの……」
「んっ?」
「この身体……。私なんだけれど私じゃない人が食べ物を欲しがってるの。ううん、食べ物だけゃなくていろんなもの」
「空きっ腹にたくさん詰め込むのは身体に悪いからね。欲しいものは用意させよう」
「ありがとう」
 マテリアリズムはお礼を述べて布団に戻る。
 キャラなりを説いた途端に盛大な空腹音が響いた。それに負けない寝息も聞こえてきたので、男性は日奈森を残して部屋を出た。

 数時間後に男性が部屋に戻ってくると日奈森は隅の方に移動していた。
「目が覚めたんだね。お粥を持ってきたよ」
「あ、あんた……誰?」
 止まらない空腹音で恥ずかしさの為に顔を赤くした日奈森は精一杯の声で尋ねた。
「ここ何処……、っていうか……あた…し…死にそう……」
「兄様……、着替えを持ってきました」
 ドア越しに女性の声が聞こえてきた。彼はすぐにドアを開ける。
 部屋に入ってきたのは黒く長い髪の女性だった。普段着だったので年齢までは分からなかった。
「何かありましたか、兄様?」
「いいから、彼女に着替えを渡して」
「はい」
 日奈森の目の前に女性は正座した。
「寝汗で汚れたと思いますから、着替えを持ってきました」
 着替えと改めて言われた時、日奈森は自分の服装を確認した。
 制服ではなく、知らない普段着に変わっていた。裸足で下着はかろうじて身につけていたが、自分のものではなかった。
「着替えは私達が行いましたから、心配いりませんよ」
 ゆっくりと優しく諭すように女性は言った。その後でドアを覗く存在に日奈森は気づいた。
 部屋の外に女性が二人居た。
「いい? 入って?」
「入っていいか、って」
「いいですよ」
 女性は部屋の外に居る人間を手招きした。
 姿を見せたのは目の前の女性よりも年齢が低そうな印象を受けた。学生かもしれないが、中学か高校のどちらかなのは判断出来なかった。
「綺麗なピンク。それ染めてるの?」
「じ、自毛だけど……」
 喋ったらお腹が鳴ったので、布団に深く潜った。
「赤や青や紫は見たことあったけど、ピンクは新鮮だな〜」
「お客様に失礼ですよ」
「……ごめんなさい」
 布団から少しだけ顔を出した日奈森は周りの状況が理解出来なかった。そして、未だに部屋を覗いている女性に顔を向けた。
 とても悲しそうな表情に見えて、胸の奥が痛むのを感じた。
 部屋の外に居る彼女だけ場の雰囲気に馴染めない、仲間外れのような阻害感を日奈森は感じ取った。

 (つづく)

56日教組:2008/09/30(火) 19:17:10 ID:Sq/JXRVA0
egg 53

 日奈森は出された温かいお粥を食べつつ、女性陣にお菓子をもらった。
「はい、お兄ちゃんは一旦、出てね」
「後は頼んだよ」
「うん」
「はい」
 二人は揃って返事を返した。
 男性は部屋の外で待っていたもう一人の女性と共に立ち去った。

 お腹に適度に物を入れたせいか、次第に現状を把握することが出来た。
 ここは知らない家の中。知らない人がたくさん居た。
 学園を出た当たりから既に記憶は曖昧でどうしてここに居るのかは当然、分からない。
「どう、落ち着いた?」
「おかげさまで……」
 苦笑しつつ軽く頭を下げて礼を述べた。
「ほんとにびっくりしたんだよ。お兄ちゃんが血まみれで帰ってきたんだから。また壮絶な闘いがあったのかと……」
「そうぜつなたたかいって……」
 口に出して感想を言った直後に大人しそうな女性が今の言葉を言った女性の頭を叩いた。
「あうぅ……」
「お客様を恐がらせてどうするんですか」
「う〜」
 真面目で規則にうるさそうな人だな、と日奈森は思った。
「状況が状況でしたので、我が家に連れて帰る事になったんですが……」
 血まみれは否定しないのね、と日奈森は苦笑して思った。
「服は龍美も言った通り、とても着ていられる状態ではありませんでした。大事な物は一通りカゴに入れておきました。後で確認して下さい」
「はい。……なんかすっごいお世話かけちゃったみたいで……」
「うん。ここ、お兄ちゃんの部屋だもん。ほら、機材がたくさんあるでしょ?」
 龍美という女性の指し示す場所に顔を向ける。
 色々な機械が置いてあった。意識が鮮明になるにつれて、この部屋の様子が一般家庭と違う事が分かってきた。
「な、なんの機械なの?」
「家庭で出来る定期検診一式。ほら、点滴もあるし、薬は机に山になってるでしょ?」
 そう言われて机に顔を向けると山にはなっていないが薬瓶のような物がたくさん並んでいた。
「君が早く元気にならないとお兄ちゃんも困るの」
「そういう言い方はおやめなさい」
「う〜」
「……ごめんなさい。謝ることしか出来ないけど、あたし……邪魔するつもりは……」
「気にしないで下さい。そんな状態で外に放り出したりしませんから。さあ、どんどん食べて元気になって下さい」
 優しい笑顔を日奈森に向けている女性に感謝しつつも本当は迷惑に思っているのではないかと疑心暗鬼が生じる。

 室内服に着替えた日奈森は立ち上がってみた。驚くほど体力を失っていたのか、脚が震えだし、立っていられない。
「無理はいけませんよ」
「あたし、どれくらい眠っていたんですか?」
「二日間丸々寝込んでたね。その間、お兄ちゃんは客間で寝てたけど……。すごい眠りっぷりだったよ」
 二日と聞いて、顔が青ざめていく。
 最初にすぐ家族の心配する顔が浮かんだ。学園の帰りだった為にカバンをどうしたのか心配になった。キャラなりしている間の出来事が全く分からないので、段々と心配事が増えていく。

 (つづく)
===========
米国。平均株価がまた大暴落。

57創価学会:2008/10/01(水) 02:44:36 ID:lepuEBLw0
egg 54

 一旦、日奈森はトイレを借りて、便座に座った。
 一人で居る空間を確保し、頭の中を整理する。
「……マリ、あんた、ここが誰の家か知ってるのね?」
「………」
 胸に問いかけたがマテリアリズムは答えない。起きているのか、寝ているのか分からないが、今は答えたくない、ということだろうと判断した。
「パパ達……心配してるだろうな……」
 家出したわけではないけれど、結果として二日も家に帰らなければ心配していて当たり前だった。妹も今ごろ泣いているかもしれない、と泣き顔が脳裏に浮かぶ。

 トイレから出て、真っ直ぐ洗面所を目指した。一通り家の中の事は教えてもらったので迷う事は無かった。
 洗面所で顔を洗い、頬を叩く。
「帰ろうにも服が……」
 二日間も寝ていたので髪の毛の手入れもしていない。
 色々とやらなければならないことがあったが、今は家を出る事を考える事にした。
 マテリアリズムの真意は今のところ分からない。それだけははっきりしていた。
「マリ。いい加減にしなよ。いくらつーちゃんのしゅごキャラでも怒るからね」
「………」
 迫力を込めてみたが、今のマテリアリズムには効果が薄い。しかし、今度は胸から×のついた赤い卵が出て来た。
「マリ……」
「………」
 真っ赤な卵は上下に別れ、中に居るマテリアリズムは姿を見せる。
 今までのマテリアリズムとは様子が変わっていた。○が一つもない装飾。目つきが鋭く、敵意を感じるほどだった。
「……キャラなり……」
「えっ!? いきなり!?」
 問答無用で日奈森はその場で『アミュレットデイブレイク』にキャラなりした。しかし、今度は意識を保つ事が出来た。
「ちょ、ちょっとどういうつもり!? ちゃんと理由を……」
「近くに×たま。貴女はジョーカー。他に議論する必要はない」
 一方的なマテリアリズムの言葉には優しさが感じられない。それどころか一歩、動いた瞬間に全身を不快感が包み込む。
「おぅ……。なにこれ……気持ち悪い……」
 すぐさまトイレに逆戻りし、さっきまで食べていたものをほぼ全て吐き出す事になった。
「マ……リ……あんた……う……」
 苦しさで涙が出たが、不快感は治まらない。他人のしゅごキャラとのキャラなりは初めての経験だったが、こんな不快感は感じた事がなかった。

 吐き気が治まった後、もう一度、顔を洗ったが顔色の悪さがはっきりと鏡に映し出されていた。
 吐き気が治まると×たまの気配が脳裏に鮮明に映し出された。数は五つ。今までここまではっきりした気配は感じた事がなかった。そして、遠くに居るはずの×たま達の声が聞こえる。
「なにこれ。これがマリの力なの?」
「ターゲット。ロックオン。貴女はジョーカー。やるべき仕事を全うして」
 冷徹な言葉。そこに温もりは感じない。そんな状態で仕事など日奈森には出来ない。
 冷たい心で×たまと接したくない。それは日奈森の強い意志でもあった。
「ふざけないで、マリ。あたしはそこまで冷たい人間になりたくない」
「何故?」
「何故もなにも……。どうしちゃったのさ。前までのマリはそんな冷たいキャラじゃなかったじゃん。そんな状態のマリとキャラなりなんかしたってあたしは動かないもんね」
 とはいえ×たまを放置しているわけにはいかないことは十二分に理解していた。しかし、今はマテリアリズムと向き合わなければならない。このままでいいはずはない、と自分の決意が訴えていた。

 (つづく)

58文学少女 ◆U.9gs3vBIc:2008/10/01(水) 21:31:15 ID:Y3TgHjhs0
はい。こんにちは。
学会員だったりする今宵。
ああ、アイコンが、ああ。
しゅごキラよんだことないのですよ=。
面白いですか?
気分がすさんでいます★★

59管理人:2008/10/01(水) 21:52:21 ID:3FNDVqlo0
アニメの方が面白いかもね。綺麗だし。
ストーリーは原作の方が進んでるけど、テーマがいいのだよ。
何も考えずに読むと、たいしたことないかもしれない。
人の好きずきだから仕方ないけど。

掲示板タイトルはコロコロ変わるかもしれないので、気にしてはいけません。
管理人たる私は自分で話題を振るのが苦手なとこあるので、ごめんなさい。

60-PIT:2008/10/03(金) 03:24:14 ID:???0
egg 55

 ×たまを放置する事は出来ない。それは理解している。しかし、マテリアリズムをこのままにしているわけにもいかないのも、また事実だった。
 両手に力を込めて今は耐える。ここで彼女に振り回されるわけにはいかない、と日奈森は強く思った。
「ば、×たまを……理由にして逃げないで……」
 決意したものの空腹と怒りで目眩を起こしてしまい、床に座り込んだ。立っている事が辛くて脚から力が抜けてしまった。
 急激な喉の乾き。
 それほど他人のしゅごキャラとのキャラなりは体力を奪うものなのかもしれない。
「駄目……。絶対……行かない……。あたしには…あたしのやり方がある…んだから……」
「……埒が明かない……。ターゲット……」
「こら〜、いい加減にしろ!」
 空元気を無理に引っ張りだし、日奈森は懸命に叫んだ。
「あたしは行かない。×たまを事務的に処理するなんてひどいじゃん! 心の卵はね、子供達の『夢』が詰まってんの。それを無視していいはずないじゃん!」
「……刻一刻と自分を闇に染める者を救うのもジョーカーの役目。それが事務的になるのは仕方のないこと」
 体温を全く感じない冷たい言葉をマテリアリズムは言った。
 今の彼女は血の通わない『氷』そのものに近かった。冷たく、冷酷で他人を省みないのではない。そんな恐さを感じた。
「あむ殿が無理ならば……」
「行かないってば。今、大事なのは目の前のこと!」
「?」
「ノリの事でショックを受けているからって現実から逃げたら駄目だよ、マリ……」
「………」
「図星……なんでしょ? 正直になっていいんだよ。泣いたって誰もマリを笑ったりしない。無理を装って強くなったって、それは本当の強さじゃないよ」
「……無理なんか……」
「無理してる。絶対、無理してる。ウソついたってあたしには分かるんだから」
 本当は何も分からないけれど、と胸の内で呟いた。
 マテリアリズムの無言の質に変化が起きた。恐さが無くなり、代わりに宿主にも感じ取れる程の子供っぽい怒り。
 マテリアリズムは日奈森に反発されて怒っている。単純な怒りが日奈森の身体に伝わってきた。
「自分に×をつけて強がってるだけ。それじゃあノリに笑われるよ」
「ノミナリズムは笑わない」
 はっきりと血の通った言葉がマテリアリズムから出た。
「沈着冷静。仕事は完璧。洞察力もある。ふざけて笑うわけがない」
「さあ、どうかな。マリが気づいていないだけかもよ」
 今のマテリアリズムは四十九院より分かり易いかもしれない、と日奈森は思う。まだ彼女は本来の宿主よりも子供じみていて、反論されることに慣れていない。
 怒りに火が点いたのか、キャラなりが解けた。その瞬間、日奈森の意識は一瞬、空白になる。体力を多く使った為に気絶寸前に近い状態になっていた。
 その後の事は分からなくなった。マテリアリズムが言葉を続けているらしい事が分かった時、日奈森は睡魔に身を委ねていた。

 眠りの中で日奈森は暗い世界で一人、立ち尽くしていた。そして、すぐにここが夢だという事を意識した。
「……ふむ。マテリアリズムが随分と世話になってしまった」
 聞き覚えのある声が聞こえた。古風だが、威厳のある女性の声。
「ノリ…なの?」
 声は聞こえたが姿が見えない。周りを見回しても暗い世界しか見えなかった。
「あむ殿の側にいるお蔭で暴走の兆候は無いようだ。礼を言う」
「大したことはしてないよ」
「そうあろうとするマテリアリズムはまだ経験が浅い。……急に一人になって寂しかったのだろう」
「そうかもね。無理に強がっちゃってさ。意外と可愛いじゃん」
「……うむ。それが当然の理なのだろう」
 相変わらず難しい言葉を使うわね、と思いつつ少し嬉しさを感じた。
 夢の中であってもノミナリズムはノミナリズムだったから。
 その後、ノミナリズムの言葉は聞こえなくなり意識が薄れていった。

 (つづく)

61ALICE-Q:2008/10/03(金) 18:14:32 ID:???0
egg 56

 マテリアリズムに勝ったのか負けたのか、そう思うようになったのは意識が回復してきたからだろう。
 勝敗は関係ない。ただ、彼女を止めたかった。その一点のみに集中した。
「……う…ん……」
 他人のしゅごキャラとのキャラなりが続いたせいか、全身がだるい。元々、キャラなり自体がかなりの体力を奪うものであった。
 うっすらと瞼を開く。睡魔はもう去って行った。
「あ…れ……。……頭…痛い……」
「目が覚めたかい?」
 聞き覚えのある男性の声がすぐ側で聞こえた。
 額に乗せられる手は男性のものだろう、とぼんやりと日奈森は思った。
 大きくて冷たくはないが、冷えてて気持ちのいい温度。
「晩ご飯を作らせている。食べたかったら持ってこようか? それとも自分で居間に行くかい?」
「……晩? えっ……、夜中…なの?」
「うん。まだ少し外は明るいけどね。晩ご飯前に軽くお腹に入れた方がいいと思うけど、お菓子は食べる?」
「え、うん。……お腹は鳴りっ放し……、あははは」
 苦笑しか出来ない。確かにお腹は今もはっきりと聞き取れるほど鳴っていた。胃の中に何も入っていないから大きく鳴るのかもしれないと思った。
「ところで……、失礼していい?」
「どうぞ」
「あんた、いや、あの……。貴方は『人さらい』ですか?」
 はっきりと言いたいところだが、空腹の為にいまいち迫力に掛けた声しか出なかった。
「結果としてはそうなるね。人さらいらしく、身の代金でも要求してみようか?」
 微笑を湛えながら男性は言った。
 彼が本気なのかふざけているのかは頭が働かない今、判断することは難しかった。

 慌てても仕方がないので、日奈森は状況を把握する為にまず、お腹に物を入れようと思った。
「空腹に薬は危ないからね。コーンポタージュはどうかな?」
「いただきます。この際、贅沢は言いません」
 男性は微笑みで答える。
 印象としては悪い人間には見えない。優しそうな人。言動も穏やか。身体の事を心配してくれる。
 ただ、どうして見ず知らずの自分に優しくしてくれるのだろう、という一点がやはり気になってしまう。人さらいかどうかは後で調べるとして今は体力を付けなければならも始まらない。
「えっと、貴方は…その……何処かで会ったっけ?」
 真っ白な髪の毛で優しそうな人間はそうそう忘れるような印象ではない。
「初対面……といえば、そうだったね。初めまして」
 挨拶を今ごろになって思い出したかのように男性は少し苦笑気味に言った。
「は、初めまして……」
 挨拶を終えて居間に向かうと知らない女性が三人居た。いや、知ってはいるが、見掛けたり話した事はほぼ無い人間達だった。そして、もう一人、奥の方に男性が居た。
 彼は高校生くらいの黒髪で活発そうな印象を受ける。知り合いの『相馬空海』に少し印象が似ているな、と思った。
「兄ちゃん。あんまり女の子と二人っきりで居ると捕まるぜ」
「なにかマズイ事でもあるのか?」
 なんでもない事のように白髪の男性は答えた。
「女の多い家でお兄ちゃんが気にするわけないでしょ。下らない事言ってないで、お客さんに座布団くらい出しなさいよ、男のクセに」
「すまない」
「ごめんなさい」
 白髪の男性と奥の男性がほぼ同時に頭を下げて謝った。
「ああ、お兄ちゃんはいいの。こいつに言ったんだから」
「俺も『お兄ちゃん』なんだけどな……」
 そう言うと『お兄ちゃん』と言っていた女性が黒髪の彼を睨み付けた。
 二人は仲が良くないのかもしれない、と漠然と日奈森は思って苦笑した。
 苦笑したらお腹が鳴った。音が大きいので恥ずかしさで顔が赤くなるが頭の中ではどうしようもないこと、と無理に自分に言い聞かせていた。

 (つづく)

62:2008/10/03(金) 22:17:57 ID:???0
第二部(?)のアップがたのしみです!
一回しか読んでいないので、あんまり覚えてないのですよ〜;
そうるくんから、今までアップされてるやつ。無事にワードにうつせました〜。
テストベンキョウの合間にそうる君や血春ちゃんを読むわたしって一体...

わたしのIDにKYが入ってて、さっき爆笑しました(笑)。

Qさんはとっても不思議さんです。
わたしも言われますけれど(笑)「いままで生きてきた中で、●●みたいな顔を見たのは初めてだ」って言われちゃいました。
はたしてイイ意味なのか悪いイミなのか...

近くに居るわけがないと断定されてしまった!
テスト勉強のさだか(?)の学生の戯言なんで、最近の書き込みは気にしないでください(笑)
本当に・・昨日寝たので今日は大丈夫ですが、
・・昨日は。。。(笑)
なんかスゴかったです。ここの書き込みを見ても変です。
書いた記憶もない(笑)いや、あるのですが。
なんで昨日に限って、あの人をQさんと思ってしまったのか疑問です。
というわけで、お騒がせして(?)申し訳ありません(笑

きゅーせんせー、質問でーす。
毒電波で攻撃するのはやめてくださいって書いてありますが、「どくでんぱ」って何ですかー

るーるー(笑)聞いたことないですねぇ。
世界はひーろい。♪

あ、友達のお姉さんが「アルトネリコ」持っていました(わおー
なんでもその人は、無表情でクリアしたそう。
泣けるんじゃなかったっけ・・
鳥の歌・・・(最後の二文は、もう・・あぁ・・

なかよし!
こげどんぼさんの「かみちゃまかりんと」(??)が載ってる雑誌ですよね。
こげどんぼ先生(なんか急に先生)の「ぴたテン」が、萌えアニメとのデ アイだったと思います(笑)

学アリ。そうるくんと血春ちゃんは、まぁ・・期待したら負けですね・・・(泣)
でも「纐纈血春編」ってナイですよねっ。
無天ちゃんの第二のアリスも、もっと知りたかったりします。

あとは・・ヘルメット先生?(核心やん)

あ、最近他の漫画(小説)とのコラボにハマっています。
今宵って・・本当に話しに脈絡がないですよねぇ(笑)
花とゆめは進んでますが、わたしも毎号買っているわけでないので・・(泣)
気になるトコロでつづいたのは確かなんですけどね。


むこーの掲示板が、なんだかスゴいですね。
管理人さん、事務局さん、頑張れ〜。今宵もお力添えになれるかは分かりませんけど〜。
と、心の中で言っています。
でもわたしは、こっちの掲示板の方が好きです(笑)
ていうか二人きりですよね。

小学生だらけのスレは直る見込みなしですね。
アク禁・・多分大丈夫だと思いますけど、注意してみようかな〜。
やっぱりやめます。その注意に注意されて、結局無駄レスですね。(経験アリ)
挙句の果てに「文学少女って人にムカついちゃってさ。別名で注意したよ。」
「●●ナイスっ。ありがと」

自分ルールは守れても、掲示板自体のルールは読んですらいないようです。
もうメンどくさくなったのでむこーの掲示板には、決めたスレしか行ってませんねぇ。
Qさんの小説が載ってるスレは見てみたいです。時間があったら。
「今宵の」と「形而上」と「真面目に書ける人」。これくらいしか顔だしてませんね。
凛のスレはもう、話についていけません。完全に二人の世界に入っていると思います。(悪いけど)
メールすればいいのに。。

来るたびにバックの背景が変わってる気がします(笑)もう年かも。
重音テトが初耳だったんで、挑戦。(←変換で『あの国』が出ました。
悪ノ娘、召使、リグレット、ぜんまい仕掛け・・好きです。
でも「重音テト」って(笑)

63ALICE-Q:2008/10/04(土) 17:11:55 ID:???0
egg 57

 用意された座布団に座り、温かいコーンポタージュを頂いた。
 空きっ腹に入るので普段より美味しく感じられる。
「美味しい……」
 ゆっくり飲んでいる姿を三人目の女性は少し睨むような視線で見つめていた。
 他の二人と違い、ドア付近で様子を窺っていたのも彼女である事は理解した。
 印象が全然違う。
「三人は姉妹なんですか?」
 唐突な質問に年長らしい女性は微笑みながら頷いた。
「私と兄様。歳は離れていますが、この子達三人は三つ子。我が家は五人兄妹になるのですが、初めての人は気づきませんね」
 五人の兄弟姉妹は初めて会うので素直に驚いた。
 自分には妹が一人しか居ないので大家族の感覚は分からない。
「ピンクちゃんは他人の家庭事情に興味あんの?」
 奥の男性の言葉に日奈森は少しこめかみに青筋を立てた。
「べ、別にそんなんじゃないわよ」
「ふ〜ん」
 いつもならクールとかかっこいい、とか言われてしまうのに彼らの返事は素っ気なかった。それはそれで腹立たしく思ったが言い返す言葉が見つからなかったので黙った。
「冷やかすな」
 白髪の男性の言葉を受けて、奥の男性は黙ってしまった。
「この子はまた泊めるの?」
「そうした方がいいと思う」
「いや、あたし一人で帰れますから」
「私は君のを心配しているんだ」
 白髪の男性は優しい雰囲気を一転させて真面目な顔で日奈森に言った。反論は許さない、という威圧感もこもっていたので言い返せなくなった。
「じ、じゃあ…その……、えと……」
 言葉が見つからないまま悩んでいると胸の内で『キャラチェンジ』という言葉が浮かんだ。
「……えっ?」
 という言葉の後で日奈森の身体はマテリアリズムに奪われた。しかし、意識は保ったままだった。
「………」
 日奈森の目付きに変化が起きた事を察知したのは白髪の男性とずっと見つめていた女性だけだった。
「んっ? どうかしたのピンクちゃん」
「も、もう一日泊まってもいいですか?」
 日奈森の意志に関係なく彼女の口から、マテリアリズムの言葉が出てきた。
「好きなだけ……、と言いたいところだが、そうもいかないだろう。とにかく、体調の様子の次第だ。今のままでは危なくて駄目だ」
「すみません……」
「随分と素直になったなピンクちゃん。どったの?」
 違〜う。これはあたしじゃな〜い、という日奈森の言葉は胸の中でしか響かなかったので彼らには届かない。

 新しく作られた料理をマテリアリズムに乗っ取られた日奈森は残さず平らげた。しかし、本体の意識である日奈森には実感が無く、早く元に戻してほしいと訴えかけていた。
「……色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 男性の返答を待たずにキャラチェンジは解かれ、日奈森の意識は戻された。
「うわっ、いきなり……。マリのやつ……」
 独り言を言う日奈森の様子に白髪の男性以外が首を傾げた。
「料理は…まだあったな?」
「は、はい。持ってきましょうか?」
「頼む」
 日奈森は頭の中を整理することが出来ないまま悩んだ。
 訳が分からない。ただひたすらの疑問だけが残った。

 (つづく)

64しゅごキャラ!掲示板:2008/10/06(月) 18:22:44 ID:QhWP6qhE0
egg 58

 新しく作られた料理がまた日奈森の前に並べられた。内容は先ほど同じ。
「いま、あの……」
「いいから、食べなさい」
 反論を許さない男性の言葉には凄味があった。
 穏やかなのに何も言えなくなる。そんな感覚は初めての経験ではないかと日奈森は思い、箸を取った。
「お風呂と着替えの用意は?」
「出来ています。それで兄様……」
「んっ?」
「……いいえ、すみません。何でもありません」
 途中まで出掛かった質問は何故か、霧散してしまい何も言葉に出来なかった。
 兄は自分が思っている以上に現状を把握しているのだろう、という気持ちが疑問を消したのかもしれないと年長の女性は思って、苦笑した。

 半分ほどで食事が進まなくなった日奈森を年長の女性が風呂場に彼女を連れて行った。
 日奈森が居なくなった後で奥の男性がテレビを点けた。しかし、今まで大人しくしていた姉妹の片方が表情を険しくしてテレビを消してしまった。
「いいから、テレビは『点いたまま』にしておきなさい」
「……はい」
 震える手で彼女は再度、テレビを点けた。
 風呂場に行っていた年長の女性が客間に戻ってきた。
「もうよろしいですよ」
「うん。もういいですよ、出て来ても」
 白髪の男性の言葉で姿を現したのは大人の女性だった。
「……とにかく、明日まで様子を見させてもらいます」
「その方がいいですね」
 大人の女性は何も聞かないまま奥の部屋に姿を隠した。
「な〜に、お兄ちゃん。カノジョに欲しいの?」
「バ〜カ」
「……さて、どうしたものかな……」
 白髪の男性は天井に顔をむけて、少しだけため息をついた。その彼の手に年長の女性は自分の手を重ねる。
「兄様の思うようにして下さい。みんなもいいですね?」
 三人の弟達は無言で手だけ上げた。
 白髪の男性は腰に縛り付けていた黒い棒をテーブルの上に置く。
「……武神のお兄ちゃんか……」
 彼を『武神』と呼ぶ人間はごく限られた存在しかいない。しかし、今は詮索をやめて、風呂場に居る日奈森が早く元気になることだけ祈る事にした。

 就寝まで彼らは日奈森に話しかけることなく、彼女から質問された時は出来るだけ答えていった。
「あたし……、亜夢っていいます」
「いいのかい? こっちは全くの他人だよ」
「お、お礼のつもり…だから……。その、他に言葉が出て来ないの」
 顔を背けつつ少しだけ頬を赤くして恥じらう日奈森。
 テーブルの上にあった黒い棒が気になったが、今は挨拶を優先させた。
 既に寝巻姿だったが、厄介になっている身分なので文句を言わないようにした。念の為に寝巻はバスタオルで包んでいた。
「助けてくれたのに、あたし、うまく言えなくて……、その……」
「例えば学校に不満があった」
「?」
「例えば両親と喧嘩した」
「ち、ちがっ……。色々はあったけど、そんなことない……」
 例えの言葉しか言わなかったのに日奈森は否定する言葉を必死な表情で言っている。
 白髪の男性は自分が予想していた『簡単な理由』ではない事を確信した。しかし、では何故、という新たな疑問が浮かぶ。
 あんな血まみれになる程のことだから、という思いが脳裏から離れない。
 日奈森は素直で優しい子である事はもう『充分』男性は理解していた。
「そ、そう。急に身体が勝手に、こうビューって、その……あちこち飛び回って……。でも、自分の意志じゃなくて……。それでそれで……。もうどうにもならなくなって……」
 必死に説明しようとする日奈森の目に段々と涙が浮かぶ。ちゃんと説明したいのに言葉が自分の意志とは関係なく、出て来ない。それが悲しくて辛くて、悔しかった。

 (つづく)

65ググれ、カス!:2008/10/07(火) 10:42:20 ID:5e/aX1G.0
egg 59

 泣いてしまった日奈森の頭を年長の女性が優しく撫でる。
「誰もあなたを責めてはいませんよ」
「違うの! あたしはちゃんと説明したいの!」
「どうしてだい?」
 白髪の男性は微笑みを絶やさずに尋ねた。
「だってその、迷惑かけたじゃん。なのに、説明出来ないっておかしいでしょ。あたし、どう言ったらいいか、全然浮かんで来ないの」
「兄ちゃんは別にピン……あむちゃんに不満があるわけじゃないよ。君の話しを真剣に聞こうとしている。だから、めちゃくちゃでもいいから、言ってごらんよ」
 奥の男性の言葉に一緒にテレビを見ていた活発そうな女性も頷いた。しかし、もう一人の女性は辺りに視線を走らせて落ち着かない様子だった。
「学校とか友達とかは関係ない。あたしはとにかく飛び回ってたの。でも、それは自分の意志じゃなくて……その……」
「信じてもらえない事があって今に至る、というわけだね?」
「うんうん」
 と、頷いた日奈森はすぐ気がついて驚いた。男性の言葉は確かに的を得ていた。
 それはそうなんだけれど、と思いつつも彼の言葉は確かに自分の言いたい事の一つでもあった。
「バカだと思われるかもしれないけれどさ……、これがマジなの。だから……言っても信じてもらえないし、あたし自身こんな説明で納得してもらおうなんて思ってない」
「君が何も言わない限り何も信じることなんて出来ない」
 真面目な男性の言葉。
 それは素直に胸に響く。
 自分が何もかも黙ったままでは確かに進展はなく、お互いに気まずいままだっただろうと日奈森は思った。
「何日も学校休んで、パパとママとあみに心配かけて……。ううん、もっと多くのみんなにも迷惑かけて……。なのに何も説明出来ない……」
「兄様……、湯冷めされてはいけないので、そろそろ……」
「そうだね。続きは明日にしよう」
「待って!」
「?」
「が、学校で……。学園でトラブルがあったの」
 今、説明したい。日奈森は強い決意で男性を見据える。
 明日じやなく今じゃないとまた言いそびれてしまうと思った。
「それがまたよく分からなくて……。ケンカじゃないよ。あたしだってわけ分かんない。友達になろうとしただけだった。なのに急に怒り出して……。理由が分からなくなって……。それで、飛び回る事になって、またわけが分からなくなってしまったの」
 今の言葉も充分にわけが分からないよね、と胸の内でため息をつく。
「ほんとわけ分かんねえな」
「そうね〜。友達が怒ったってのがね〜」
 奥の兄妹が会話をはている間に白髪の男性はテーブルの黒い棒を手に取った。
 軽く操作した時『バチン』という大きな音が響いた。そして、一瞬だけ部屋は静かになり、テレビの音だけが流れる。
 某は先端部分が二つに折れて『T』の字になった。
「友達が急に怒って、君が飛び回る……。その間に大きな変化があったのかな?」
 そう言われた日奈森は情景を思い出してみた。
 ノミナリズムが居なくなった後、マテリアリズムが泣き出し、理由の分からないまま下校する自分。
 確かに男性の言う通り、マテリアリズムに変化があったからこそ、ここに居る理由にはなる。だが、それをどうやって説明すればいいのか悩む。
「変化と言われれば……。でも、その後、ケンカとか無かったし……。どうして彼女が怒ったのか、あたし、真剣に考えようとした」
 テーブルに手を叩きつけつつ日奈森は自分の言葉を言った。
「だっ! うげっ……ええっ!? な、なにこれ……」
 いきなり口から少し固まった血が出た。大きな塊だった為に少し吐き気を感じた。
「な、なにこれ……」
 テーブルに落ちた塊が気持ち悪く見える。それだけで意識が不安定になってきた。
「マリ……、また、あんたなの……」
 日奈森の言葉にマテリアリズムは答えない。
 意識が少しずつ遠のいていく感覚。景色が歪む。
「なにこれ……」
「今日はここまでだ。ゆっくり休みなさい」
 男性の言葉を聞いた後で意識がとぎれ日奈森は床に倒れそうになった。すぐに女性が彼女を抱き止める。
 既に寝息を立てる日奈森に声をかける者は誰もいなかった。

 (つづく)

66うんこはおやつに入りません:2008/10/07(火) 16:31:09 ID:JfVH6pzw0
egg 60

 年長の女性は日奈森の口元を拭ったあと、部屋に寝かせる為に彼女を運んだ。
 残った男性は弟達を部屋に戻るように言いつけたあと、テーブルの上にある『血溜まり』に顔を向ける。
「……自浄作用はちゃんと働いてくれたようだ」
 手に持つ棒から青白い火が吹き出すように現れる。
 血溜まりを素手で持ち、炎に落とした。物体は一瞬で爆発するように消えていった。
 炎が消えたあと『T』字だったものは真っ直ぐの棒に戻った。
「……あ、あの〜」
 部屋の奥から大人の女性が声をかけてきた。
「心配する必要は……ないようですよ。ちゃんと彼女は帰ります。信じてあげましょう」
「そ、そうですね……」
 そう返事をしつつも『あの棒はなんなのかしら?』という疑問で首を傾げていた。

 翌朝、目覚めた日奈森は大きく伸びをした。
「ふあ〜あ……、あれ、今何時……?」
 いつもなら答えてくれるはずの存在からの声は無かった。
「……う〜…あ〜……そっか……、あの子達は居ないんだ……」
 身支度を整えようにも他人の家。あるわけがない、と思っていたら枕元に綺麗に畳まれた制服と下着類が置かれていた。
「あ〜、用意してくれたんだ……」
 まだ覚めきっていない頭で身支度を整える。
 他人の家での目覚めは不思議な気分だった。部屋の中の空気が全く違うのが分かる。
 自分の部屋では気づかないのに、他人の部屋は不思議な雰囲気を感じる。
「……で、マリ。あんた起きてる?」
 声をかけて数分待ったが、返答は無かった。
「顔を洗ってきますか……」
 着替え終わった後、寝巻などを畳み、洗面所に運んだ。
 洗面所には先客が居た。
「あっ、ごめんなさい」
「あ〜、見つかっちゃったか……」
「えっ!?」
 聞いた事の無い声は男性的だった。すぐに相手の顔を見ると少し驚いた。
 昨日まで一度も姿を見せなかった『大人』の男性が居た。髭があり、髪の毛は短く、力の強そうな人。この人が家主だろうと日奈森は思った。
「あ、あの、その……」
「何も言わなくていいぜ。それより、服は洗濯機んとこに置いてくれ」
「はい」
「ちょっと待ってな。すぐどくからさ」
 気軽な話し方をするので、白髪の男性の性格とは違って見えた。
 大雑把に顔を洗って、すぐ日奈森に洗面台を譲ってきた。
「はい。どうぞ。あとは会社で済ませてくるから。朝ご飯食べてきな」
 そう言いつつ洗面所を出る男性の姿は下着一枚であったことに気づき、日奈森は顔を赤くして顔を隠す仕草をした。
 随分と大雑把で大様な人だな、と思った。

 髪の手入れなどを済ませた日奈森は居間に訪れた。既に入る前からご飯の香りが漂っていた。テレビの音も聞こえる。
 ここまで歩いてきて体調に異常がないことに気づき、急いで手足を伸ばしてみたが、痛みは無かった。胸も喉も違和感を感じない。

 (つづく)

67お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!:2008/10/08(水) 17:20:57 ID:obhnsWRc0
egg 61

 居間に入ると大きなテーブルに朝食が置かれていた。それぞれの席に座るのは昨日の面々だった。
 自分の家では椅子に座り、脚の長いテーブルのある洋式的なものだったが、この家では和洋両方のテーブルが置いてあった。
 日奈森は慣れ親しんだ洋式のテーブルに向かい、椅子に座る。
「おはようさん、ぐっすり眠れた?」
「お陰様で……」
 普通の挨拶をした時、テーブルを叩く音が聞こえて日奈森はビックリした。
「あ、あの子……。あのあの……」
 拳を強く握り締めた妹さんが恐い表情で何か言いかけていた。
「なんでもありませんよ。心配しないで」
「よくないっ!」
 怒鳴るように叫び、彼女はまたテーブルを叩く。
 日奈森の胸に響くテーブルを叩く音。それは騒音以上に『痛み』として届く悲鳴のような感覚だった。

 彼女が何に怒っているのか日奈森は分からない。他人だから、という理由が浮かんだが、そういう理由でもない気がした。
 彼女は日奈森を睨みながら怒っている。
「ど、どうして……。あの……あたしの座っている席……」
「そこは皆の席だからいいんだよ」
 テレビを見ていた白髪の男性が答えてくれた。
「いいって……言われてもさ……。わけ分かんないよ。あたしは理由が知りたいんです」
 そう言った後で興奮する女性に服を掴まれて、床に引き落とされた。突然だったとはいえ、物凄い力を感じた。
「あ、あなた、あ〜もう!」
 日奈森の腕を強引に曲げようとしてきた。
「痛たたっ!」
「さっきから! さっきから!」
 理由の分からない暴力。日奈森はどうすればいいのか考えようとしたが痛みで思考が定まらない。
 抵抗しようとすればするほど締まってくる。諦めた瞬間に折られる気がした。
「……その子はお客さんだと言っただろう。いい加減にしなさい」
 迫力のある言葉ではない。優しく諭すような言葉。
 白髪の男性が静かに言った時、日奈森に加えられていた暴力は止まった。
「でで、でも……。だって」
「兄様は怒っています。ちゃんとその方に謝りなさい」
 兄と姉に言われて、妹は抵抗をやめて床にへたり込んだ。
 今にも泣きそうな顔を日奈森に向ける。
「………」
「いたた……、すごい力だね……」
 場の雰囲気が気まずいので日奈森は苦笑気味に言った。しかし、妹の顔に変化はない。
 身体を小刻みに震わせて涙を流している。そんな彼女の心境は日奈森には分からない。そして、自分に責任があるのかどうか、判断も出来ない。
 何も分からないけれど、理解したかった。彼女は何に怒っていたのか。
「あ、あたしは大丈夫、だよ。あ、あなたはどうなのさ、叱られちゃったけど……」
「……お兄ちゃんに……怒られちゃった〜!」
 見た目では高校生くらいに見える女性は子供っぽく大声を出して泣き出した。
 本気で泣いているので、日奈森も慰めるすべが見つからない。
「あむちゃん、放っておいていいから。泣き止んだら大人しくなるよ」
 朝ご飯に集中していた男性が言い、もう一人の女性が頷く。
 同じ兄弟でも性格はそれぞれ違うようだと思った。

 (つづく)
============
『しゅごキャラ』の小説ってのは忘れてません。
展開上、書くことが多いので、こんな状態になってるだけです。

68ウマウマ出来るトランス:2008/10/09(木) 18:34:14 ID:BwDjHlPQ0
egg 62

 いつまでも泣かしているわけにいかないと思った日奈森は泣いている彼女に手持ちのハンカチ出して渡した。
 朝の身支度で綺麗に洗われいる事は確認済みだった。
「涙を拭いて……。ねっ?」
「うっ、うっ……」
「あなたとあたしは友達。怒ってないし……。ちょっと痛かったけど……」
 こちらの言い分が通ったのか、彼女は泣きつつもハンカチを受け取った。
「わけを教えてくれたらあたしだって直す努力はするよ」
 二人の会話を聞きつつ、白髪の男性達は口を出さなかった。
「……わ、私は……」
「ん……。いいよ、続けて」
 優しい口調の日奈森の言葉を聞き、白髪の男性は秘かに安心していた。そして、彼の表情が穏やかものである事に気づいた年長の女性も事態を察して口出しを控える。
「あ、あにたが……、あなたが……ずっと『独り言』ばかり言ってるし……。テレビが勝手につくし……、もう……もう……」
「えっ?」
 独り言の部分で日奈森は首を傾げる。それは『しゅごキャラ』との会話の事だろうか、と思った。
 しゅごキャラは普通の人には姿や声は伝わらない。それだと納得出来る。しかし、テレビはしゅごキャラが付けていない事は分かっている。
「今だって……。誰も居ないところを向いて……」
「!?」
 この人、何を言っているんだろう、と日奈森は更に疑問に思った。
「誰も居ない? 居るじゃない、みんな……」
 今も部屋には五人兄妹と自分が居る。それにしゅごキャラであるマテリアリズムの姿は無い。
「……あ〜、家庭の事情って奴だよ、あむちゃん」
「?」
 黒髪の男性の言葉が理解出来ずに日奈森は何度も首を傾げた。
 頭の中を整理すると早い話しが、彼女は黒髪の男性が見えない、という事になってしまう。
「あんた……、幽霊?」
 しゅごキャラにしては一般の人間と同じ大きさだから、それはないだろうと思っていた。
「誰も死んでないよ」
「言葉通りに受け取れば、私とこいつは幽霊みたいなものだけどね」
「二人共、部屋に行きなさい」
 会話に乱入した白髪の男性の言葉に弟達は文句を言わずにあっさりと部屋を出た。

 日奈森と三人が残った部屋には少しの間、テレビの音が流れる。
 気まずい雰囲気である事を身体で感じている日奈森。いつもの日常なら三体のしゅごキャラ達が楽しく話しかけてくるはずなのに今は誰も言葉を発しない。
 とても静かな空間になっていた。
「他人の詮索は後にしてご飯を食べたら、そのまま学校に行きなさい」
「あっ……、そうだった……。学校……」
「そのまま行ったら家に戻りなさい。待っている家族が居るんだろう?」
「……うん。いろいろ……迷惑かけてごめんなさい。ちゃんとしたお礼はいつかします」
 日奈森の言葉に兄姉は微笑みだけを向けた。
「ほら、だいぶ時間過ぎたから遅刻するよ」
「はっ、そうだったっ! えっとその、あの……、また来ます」
 気になる事はたくさんあったけれど、今は自分のやるべき事をちゃんとやろうと思った。
 忘れ物がないか、年長の女性と共に確認して日奈森は彼らの家を出た。

 残った彼らは泣いていた女性を部屋に戻し、茶の間に戻る。
「さてと、私は出掛けるよ」
「はい。支度は整っています。それで兄様……、奥座敷の方が……」
「うん。ちゃんと挨拶してくるよ」
 二人は互いに微笑みだけ見せて、それぞれ別行動を始めた。
 奥座敷に向かった男性は中で待っていた人物の側に座った。
「……あれで良かったんですか?」
「詳しく説明して引き留めるのも不粋ですからね。娘さんは厚い壁にぶつかってただけです。いずれ自分で答えを見つけ出すでしょう」
 白髪の男性の言葉を心配そうに耳を傾けていた人物は日奈森の母親だった。

 (つづく)

69マリア様がみてる:2008/10/10(金) 16:18:34 ID:S0eimCmk0
egg 63

 話しを簡単に切り上げた後、男性は日奈森の母親を外まで見送り出掛ける準備を始めた。
 時間はまだあるので弟達の顔を見た後で外に出た。
 男性の上空では浄化されていない×たま達が彼の後を追うように移動する。

 目的地は病院。まっすぐ歩けば一時間ほどでたどり着ける位置にある大きな建物。
 道中、土産として飲み物と菓子を購入した。その間、×たまは何もせず黙って彼を追う。その×たまを遥か上空が見下ろす存在が居た。
 小さな歯車で装飾された服を来たしゅごキャラだった。
「……いかに×たまとて彼に手を出す勇気はないか……」
「………」
「!?」
 言葉を切った瞬間に目の前に真っ赤な卵が出現し、しゅごキヤラは驚いた。
 一瞬の移動。気配すら感じ取れなかった。
「………」
 卵は割れずに少しの間、しゅごキャラの周りを回った後に消えていった。
「……今のは……、マテリアリズムというやつか……」
 気配を消して探っている場合ではない、としゅごキャラは思いつつその場から姿を消した。

 目的地の病院にたどり着いた男性は指定された病室に向かった。
 男性は数年前に入院していた記憶を頼りに移動する。迷う事は無く、すぐに目的の病室の前にたどりついた。
 個室専用だったので患者の名前が一つしか無い。
 『四十九院智秋』
 見覚えのある苗字に男性は少しだけ苦笑する。
 中に入ると、窓側にベッドが寄せてあり色々な機材が置かれていた。
 靴の音が聞こえたのか、ベッドの中に居た存在は少しだけ動いた。
「……やあ。お見舞いに来たよ、智秋ちゃん」
「……武神の……お兄…ちゃん?」
 小さな声でベッドの中で寝ている少女、四十九院は言った。
「どうして、……来たの……?」
「風の便りで来たんだよ。もちろん面会の許可は取ってるからね〜」
「……でも、なんとなく分かってた……。たぶんね、お兄ちゃん。近くに卵があるんだよ……。赤くて……」
 喋りだそうとした時、凄い睡魔が襲ってきて瞼を開けている事が難しくなった。室内の温度が暖かいせいかも、と四十九院は思った。
「しゅごキャラ?」
「……うん。新しいしゅごキャラ。……ごめんなさい……すごい眠い……おかしいな……、一時間起きに眠くなる……。でもね、すぐ目が覚めるんだよ……」
 必死に話そうとすると彼女の頬はやせており、顔色も悪かったが男性は病状については尋ねなかった。
「……なんとなくだけど……ね……。日奈森がお兄ちゃんの家に行ったんだと思う……。その後がうまく感じ取れない……」
「友達かい?」
「……意見がぶつかる……しゅごキャラ仲間……。でも、元は……」
 その後の言葉は続かずに眠りについた。
 眠る彼女の額を優しく撫でる。
「体力を随分と消耗している。思い切り眠らないと駄目だ」
 男性は彼女の脈を取ろうとした。そして、そこで事態を理解する。
「………」
 軽く唇を噛む。穏和な表情は消えて厳しさが浮かんだ。しかし、それは数秒の出来事。すぐに優しい笑顔に戻る。
「……よく…頑張ったね、智秋ちゃん」
 そう呟いた時、彼女の瞼は開いた。
「?」
「隠すつもりはないし……、きっと私は進み続けるだろう。貴方の後ろを追いかけるように……。神崎のお兄ちゃん」
 口調は少し違っていたが、それもまた自分の知る四十九院の一面であることは分かっていた。
「神崎の……で切らないでくれと言っただろう、ノミナリズム」
「ごめんなさい。久しく呼んでいなかったので忘れていた。申し訳ない、龍緋お兄ちゃん」
 四十九院の身体を借りるノミナリズムの頬に神崎は自分の妹と同じように優しく触れた。
「色々と積もる話しもあるだろうけど、お菓子を持ってきた。じっくり体力を付けるのが当面の君達の仕事だ」
「はい」
 微笑みを向けつつ四十九院のノミナリズムは答える。そして、それは本体である彼女も同意見だった。
 その後、彼は昔の病人仲間時代の話しをしながら彼女の身の回りを整理していった。

 (つづく)
===========
『神崎 龍緋(かんざき りゅうひ)』男性。神崎家の長男。真っ白な髪。
通称『武神(ぶしん)』と呼ばれるが詳細は不明。

神崎君、やっと出たのにここでもう役目が終わったような気がします。いよいよ、日奈森のメインストーリーが再開、予定かな。

70アルトネリコ:2008/10/11(土) 10:10:35 ID:wmXeDr220
Qの2割はアルトネリコで出来ています。
egg 64

 神崎達が病院に居る間、×たま達は四十九院の病室の窓の外に集まってきていた。既に十個。
 ×たまの気配を感じ取っていたノミナリズムは今の時点で出来る事が無かったので、黙って機会を窺うことにした。
 同じ頃、朝の朝礼を済ませて少しだけ時間が空いた聖夜学園初等部五年の教室では周りの視線を受けて身動きの取れない日奈森が苦悩していた。
「うう……」
 みんなの視線が痛い、と思いつつ近くにいる栗花落に視線を向ける。
 彼女は日奈森と同じ期間、学園を休んでいて今日復帰してきた。両手には厚く包帯が巻かれていたが、表情は普段と変わらない落ち着いた顔だった。日奈森に一度だけ視線を向けてきたが特に変化らしいものは無い。

 気まずい状態のまま昼休みまで過ぎたが休学していた事について担任の教師は何も言わなかった。
 少し休んでいただけで雰囲気だけは変わっている、と日奈森は思った。
 状況を打破する為に日奈森は両手に力を込めて意を決する。
「……あのさ、つ、つ……」
 『つ』から始まる苗字だというのは覚えていたが後が思い出せなかった。
「と、とにかく、ちょっと話したい事があるんだけど、いいかな」
「………」
 日奈森の言葉に栗花落は顔だけ彼女に向けたが何も反応を示さなかった。
「ここじゃあ、ちょっと……。ねえ、お願いだから一緒に来て」
 両手を合わせて頭を何度も下げつつ頼み込んだ。
 今を逃せばまた厄介な事態になる、そんな気配を感じた。
「……はい」
「やった」
 返事をしたものの無表情の栗花落だったが、今は一つの反応を返してもらっただけで嬉しかった。
 両手が使えない状態のようなので扉は全て日奈森が開けた。
 二人は静かな場所を求めてロイヤルガーデンにほど近い開けた場所に向かった。

 追っ手が居ない事を確認し、日奈森は軽く息を吐いて意識を集中させる。
「あのね、この間は……その……、ごめんね。ほんとに本当に……ごめん」
 真っ先に頭を下げる日奈森。しかし、栗花落は何も言わずに彼女見つめる。
「あたしさ、あなたの事……何も知らないからさ。どんな事であなたが傷ついたのか知らないし、分からない。でも、知りたいし、知らなきゃ、また同じ事の繰り返しじゃん、って思ったんだ」
「………」
「もし、もしあなたが言いたくないっていうんなら、あたしもしつこく聞くのは好きじゃないから諦める……。その手だってきっとあたしのせいだと思う」
「………」
「あたし達はまだお互いのこと、なにも知らないんだよね。あはは。ほら、あたし、まだあなたの名前覚えてないんだよ。あはは……、情けなくて笑っちゃうよ……。ほんとかっこ悪いよね……、あたし……」
「……つゆりしほ……。それが私の名前……。でも……滅多に覚えててくれる人は居ない……」
 ゆっくりと栗花落は言った。表情の無い顔。今は日奈森から周りの樹木に顔を向けている。
「……つゆり……。そうそう、つゆり」
 もう忘れたくない、という思いで何度も繰り返し、呟く。
「手……、痛かったよね?」
「……複雑骨折……」
「えっ!?」
「……してると思ってビックリしちゃった」
 驚いているような顔をせずに栗花落は続ける。
「でも、骨折。全治一ヶ月とも一週間とも言われた……。動かすとまだ痛い……。でも、どうしてそうなったのか……、覚えていない……」
 机に何度も拳を打ちつけていた場面を日奈森は思い出す。あの状況を彼女は『覚えていない』と言った事に疑問を感じた。
 インパクトのある状況を簡単に忘れられるだろうか、と思う。
「……日奈森さん」
「は、はい!?」
 いきなり名前を言われたのでビックリした。
 表情が無いので何を考えているのかは読めない。しかし、彼女は今、日奈森と言った。名前を覚えてくれている事に少しだけ情けなさを感じる。自分は栗花落の名前を覚えていなかったのに、と思う。

 (つづく)

71舞-乙HiME:2008/10/11(土) 19:42:19 ID:iCNvXNLA0
egg 65

 真っ直ぐに見つめる栗花落。その表情の無い顔にはどんな意志が宿っているのか日奈森は分からない。
「……私の事を知りたいっていうけど、やめた方がいいわ」
「ど、どうして?」
「やめた方がいいわって言ったわよ」
 同じ言葉を重ねて言う栗花落。
 それは念を押すためのものなのか日奈森は判断出来なかった。
「いや、やめるやめないの話しじゃないと思う。あたしは知りたい。じゃないとまた同じ結果になるかもしれないから」
 相手に負けないように答えた。しかし、栗花落の表情はずっと変化しない。
 何を言われても動じない。それは何を意味しているのだろうか、と少しだけ思う。
「……日奈森さんは『あれ』が見える?」
 栗花落は突然に空を指し示した。
 日奈森が彼女の指さす方に顔を向けるとたくさんの『×たま』が浮いていた。
 今、手元に自分のしゅごキャラが居ないので気配を知る事が出来なかった。
「……×たま……」
「……そう。日奈森さんも『視える』のね、あれが……」
「うん。あたしさ、ジョーカーやってんだ。それで×たまの浄化をしているの」
 『浄化』と聞いて栗花落は初めて反応を示した。
「あれを……じょうか?」
 確かめるように尋ねてきた。
「うん。つゆりちゃんをロイヤルガーデンに誘おうか話したんだけど、保留ってことになってたんだ」
 上空の×たま達は特に行動を起こすことなく停滞していた。
「……そう。……日奈森さんは視えてたんだ……。ずっと、ずっと前から……」
 俯き加減になって唸るような低い声を栗花落は出した。
 彼女の威圧感のある気配が日奈森を包む。
 自分の髪の毛が逆立つような『殺気』を感じて、一歩だけ下がった。
「つ、つゆりちゃん。どうしたの? なんか……その……」
 恐いよ、と言う暇もなく栗花落の両腕が襲いかかってきて、日奈森の両肩に落ちようとしていた。
「!?」
 激突する瞬間に二人の間に割って入ったものが居た。
 ×のついた赤い卵。それは栗花落の眼前に現れて彼女の胸に激突する。
 その反動で卵は割れたが、それはしゅごキャラの意志であったようで、赤いマテリアリズムが姿を現す。それと同時に栗花落は地面に倒れ込んだ。
「ま、マリっ!?」
「キャラなり」
「ま、待って!? 今は待って、マリ。彼女とちゃんと話すのが先っ!」
 怒鳴るように日奈森が訴えるとマテリアリズムは動きを止めた。今回は日奈森の言葉を聞き入れたようだった。
「………」
「ありが……」
 とう、と続く前に上空にあった×たま達が地表に降りてきた。

 (つづく)

72主食は事故米(腹痛と下痢は毎日のように):2008/10/14(火) 13:09:52 ID:6iJrjd9o0
egg 66

 地表に降りてきた×たま達は『いつもと違う』ように日奈森は感じた。大人しいし、攻撃の意志も『ムリームリー』という声も聞こえない。
「?」
 倒れ込んだ栗花落は突然の攻撃で我に返ったようで、殺気が消えて日奈森と同じく×たまに顔を向けている。
「な、なんなの?」
「このもの達は既に掌握済み。あむ殿の浄化を待つのみ」
 事務的かつ機械的にマテリアリズムは答えた。
 いつもの×たまにもう一つの『×』が付けられている事に日奈森は気づいた。
「×たまに×を付けたの?」
「マーキングと言ってほしい」
 そんな事も出来るんだ、と口に出さずに胸の内で言った。
 いざキャラなりしようと思った時、自分にはマテリアリズムしか居ない事に気づく。
 今のマテリアリズムで果たして『浄化』が出来るのか分からなかった。それに気がかりな事は栗花落がまた変貌するのではないか、と思ってしまったことだった。
「ラン達で浄化する。今、決めたから」
「分かった」
 無表情のマテリアリズムはあっさりと即答してきた。何か言い訳らしい事でも言うのかと思っていたので調子が狂う。
「日奈森さん……」
 今のごたごたで忘れかけていた栗花落の声が聞こえたので全身に緊張が走る。
「は、はいっ!」
「日奈森さんは視えるのね」
「この子達のこと?」
 確かめるように栗花落は小さな声で再度、尋ねてきた。
「……うん。でも、見えない人も居るんだって」
「……そう」
「キャラ持ちはだいたい見えるんだよ。ガーディアンの皆もキャラ持ちだし……」
「……そう」
 小さな声で栗花落は返事を返してきた。
 彼女が今、どんな気持ちでいるのか知りたいし、知らなければいけない気がした。
 折角、二人で話せる時間帯なのだから、と思った時にタイミングよく既に予鈴が鳴ってしまった。
「ああっ!?」
「……私はここに残る……」
 栗花落はそう言ってロイヤルガーデンの中に入って行った。
 日奈森は追いかけようか迷ったが次の授業も大事なので、どうしようかと迷った。
「どどど、どうしよう! ああもう、あたしってこういう時に役に立たないっ……」
 色々と考えている内に時間が過ぎてしまう。もう既に次の授業には完全に遅刻決定なので、戻るしかなかった。
 栗花落の事は後でガーディアンに相談するしかないと判断する事にした。

 午後の授業に参加しない栗花落の事を教師に告げて残りの授業を受ける日奈森。
 生徒達が色々な噂をしているであろう事は背中や視線で感じていたが、今はどうすることも出来ないので耐えた。耐えるしか出来なかった。
 話しかけられる前に急いでロイヤルガーデンに向かった。面倒な声を聞きたくない、という気持ちもあった。
 現場に付くとガーディアンのしゅごキャラ達の姿があった。そして、×たまも大人しくしていた。
「ねえねえ、あむちー。×たま一杯いるんだけど、どして?」
「それも重要だけど……、その前に……」
 クイーンズチェアの藤咲が奥で紅茶を飲んでいる栗花落を指し示す。利き手が使えないのでジャックスチェアの相馬に飲ませてもらっていた。
「……うん。つ、つゆりちゃん。午後の授業の事は先生に伝えてあげたから」
「………」
 彼女は顔を日奈森に向けるだけで何も返答しない。
「あのさ、あたしはつゆりちゃんを知りたい。そうじゃなきゃ、またぶつかるじゃん」
 過去にも似たような事があったような、と曖昧な気持ちが浮かんだ。
「さっきといい、前といい……。はっきりしないままは嫌」
「……かの天文学者は言ったわ」
 日奈森の言葉を無視して栗花落は言った。
「この地球を中心に世界は回っていると……。そして、それを支持し真実だと思われてきた」
「?」
「……あむちゃん『天動説』ってやつよ」
 小声で藤咲が教えてくれた。
「そ、それが何?」
「そんなのは真実じゃないことは後の研究で明らかになる」
「………」
「信じて疑わなかった説は『嘘』として扱われる。でも、地球が太陽を中心に回っていると唱えた人は最初『嘘付き』呼ばわりされて自己の説を無理に否定せざるをえなかった。そうしなければ弾圧を受けた時代があった」
 それがどうしたの、と言おうと思った日奈森は気づいた。栗花落は真剣な表情で話している。だから、今の話しが大事なものであると感じた。

 (つづく)

73携帯うんこ:2008/10/14(火) 15:44:40 ID:EqcsdSQw0
egg 67

 天動説を話し終えた栗花落は対局にある『地動説』は話さず黙ってしまった。
「お、終わり?」
「私という天動説は貴方たちガーディアンという存在によって打ち破られた」
「それが……えっと、ごめん……。話しが全っ然見えないんだけど……」
「要約すれば至極単純な話しなんだよ、日奈森さん」
 微笑みつつキングスチェアの辺里は言った。
「自分にしか『しゅごキャラ』は見えない……、そう思っていたってことさ」
 彼の言葉に素直に頷いたのは栗花落だった。
 真剣な表情は穏やかな笑顔になりつつあったが、すぐに悲しそうな顔へ変化する。
「……でも、やはりって思ってしまう……。キャラ持ちしか視えないのであれば意味が無い……」
「そんなことない!」
 日奈森は叫ぶように言った。
「あたしだって最初はそうだった。でも、みんなのお蔭でしゅごキャラ達の存在を信じているし認めている。それでいいじゃん」
「それだけでは駄目」
「どうして」
 言い返しつつ日奈森は過去の出来事が瞬間的に思い出される。前にも同じ事があった。そういう懐かしさが甦る。
「キャラ持ちだけって事はないよ。見える人は見えるんだから。それにさ、この子達を信じてあげられるのは見える人だけなんだよ」
 最初こそは勢いで言ったが、次第に口調を和らげて栗花落の為に言った。
 何が原因か分からないけれど自分の想いは伝えたい、日奈森はそう思った。
「何かを信じるって事は大変だろうけど、進まなければ何も始まらないし、何も変わらない……」
「……もし天動説が真実のままだったら貴方たちは同じ事が言えただろうか……」
 栗花落はまた表情を変えた。
 横で見守っていた結木達は表情の変化が激しい彼女の事が段々と分からなくなってきた。

 無表情に戻った栗花落の顔に歯車のような模様が浮き出た。
 ガーディアンのそれぞれが『キャラチェンジ』だと思い、警戒を強める。
 マテリアリズムもただならぬ気配を感じ取ったのか、姿を見せた。しかし、彼女は全く別の気配によって冷静さを奪われる。
 誰もが栗花落に目を向けている中、マテリアリズムは遥か遠方からの気配、というよりは波動のようなものを感じた。それは自分のよく知るものであった。
「……そんな……。何故……」
「?」
 マテリアリズムが驚いている事に気づいた日奈森は彼女が見ている方向に顔を向けた。しかし、空や建物しか見えない。
「……ターゲットインサイト? ……あむ殿!」
「きゃっ!」
 波動の正体を感知したマテリアリズムは迫りくる軌道の通り道に居た日奈森に体当たりして吹き飛ばした。
「痛たた……、ちょっ……」
 と、なにするのよ、という言葉は遠方から飛んで来た物体によって掻き消された。
 それはまっすぐに栗花落の顔面に命中する。
 彼女は突然の衝撃で身体が硬直したために吹き飛ばずに立ち尽くす形となった。しかし、顔には大きく『×』の印が赤く浮き上がってきた。そして、鼻血が少し垂れ出した。
 完全に白目になっていて気絶しているようだ。
「栗花落さん!?」
 辺里が駆け寄り、倒れかけた栗花落を抱き止める。
「なに今の……」
「今の×たまの攻撃ってわけじゃあないだろうな」
 近くに居る×たま達は相馬の言葉に身体全体で否定するような動きを示した。
 藤咲と結木も突然の事態に戸惑っていた。
「……あれは『ターゲットインサイト』だ」
 静かな口調でマテリアリズムは言った。
「マリ……。もしかして、今の……」
「主殿がノミナリズムとキャラなりしたのだろう……。彼女の気配を感じたから……」
 そう言いつつもマテリアリズムは緊張を解かない。両手に力を込めて何かに耐えていた。
 彼女は自分は役に立てない弱い存在なのか、という聞き取れないほどの小声で言っていたが、日奈森の耳にはマテリアリズムの言葉が聞こえていた。

 (つづく)

74オーバーQ:2008/10/17(金) 17:23:51 ID:aQucNM4M0
egg 68

 気絶していた栗花落は一時間ほどで気がついた。顔には赤い『×』の印が浮かんでいた。
 目元が痛むのか、うまく瞼が開かない様子だった。
「だ、大丈夫?」
「顔が痛い……」
 返事を返しつつ手渡された濡れタオルを顔に当てる。
 自分は何に攻撃されたのか思い出そうとしたが記憶が飛んでしまった為にうまく思い出せない。
 興奮していたことだけは覚えている。
「……また私……」
 タオルを顔に当てたまま栗花落は俯く。
 今こそ何か言わなければいけないと思っていた日奈森は何も言葉が浮かばない。なにをどうすればいいのか、分からない。
「えっと……、あのさ〜……」
「……うっ、う……うう……」
 栗花落に声をかけようとしたが彼女は突然に泣き出した。
 大粒の涙がとめどもなく溢れ出る。

 しばらく彼女の気持ちが落ち着くまで声をかける事を控えて、日奈森はその間に解決しなければならない問題を考える事にした。
「……あたしが悪かったのかな……。どうすればいいか、悩んできた筈なんだけれど……」
「日奈森さんは間違ってないと思う。でも、彼女も間違っていない」
 辺里の言葉に日奈森は首を傾げつつ、小さな声で『ありがと』と言った。
「他人の気持ちは難しい問題よ、あむちゃん。分かっている『つもり』でも実際は何も分かっていなかったりする場合もあるの」
「……うん」
「あむちーは間違ってない。自分の真っ直ぐな気持ちをぶつけただけだよ」
「……うん。でも、正しいとか間違ってるとかって話しじゃないと思う。きっと……」
 泣き続ける栗花落に顔を向ける。
 もっと別の要素が彼女にはあるのかもしれない。四十九院がそうだったうに、と日奈森は思う。その『別の要素』や『そうだった』に当たる部分が明確な形として浮かばないので更に悩んだ。
 栗花落はいったい何に怒っていたんだろう。
 今朝の神崎家の騒動を思い返す。あの時と似ているようで分からない原因。それは何なのか。
「……マリはどう思う?」
 日奈森の呼びかけに応じて姿を現すマテリアリズムは何も言わずに考え込む姿勢を取った。
「……日奈森さん。さっきの『天動説』の話しは覚えてるよね?」
「えっ? あ〜、うん」
 よく分からなかったけれど、と思いつつ頷いた。
「力ある組織が支持すると『別の可能性』が出た時、認めさせるのが困難になるんだ。この『天動説』は後の『地動説』が立証されるまでに……、およそ千四百年間強い影響力を持っていた」
「せ、千四百年っ!?」
「うん。つまり、その間『地動説』は誰にも認められなかった、ってことになる。後の天文科学者の中でも『地動説』を唱えて弾圧されたケースは少なくないと思う。それだけ『本当』という言葉は思いんだよ」
 すごい、と思う反面、それと栗花落がどう繋がるのか理解出来なかった。
 彼女が千四百年の間、何かと闘っていたわけではない事は分かる。
「難しい話しをしたら分かるものも分からなくなるわよ」
「それもそうだね、あはは」
 藤咲の言葉に辺里は苦笑して答える。
「ようはさ、あいつは『今まで誰にも信じてもらってこなかった』って事だよ」
「えっ?」
 相馬の簡単な言葉も日奈森は首を傾げる。
 抽象的すぎて頭に形が浮かばない。
「それって……」
「しゅごキャラ」
 簡単な言葉で更に日奈森は困惑する。ますます分からなくなる。
 必死に単語を繋ぎ合わせてみたものの実感が伴わない。
 栗花落は『しゅごキャラ』を誰にも信じてもらえなかった、という事になるのだろうけれど、それがいったいどういう事なのか日奈森はまだ分からなかった。
 分からない、というよりは色々な事がありすぎて気づけない状態に日奈森はあって結論に達する事が出来ないようだった。

 (つづく)

75ニュース速報:2008/10/18(土) 14:46:13 ID:QRModzYI0
egg 69

 混乱する頭で単語を繋いでも実感として受け止められない。それは何故なのか。
 栗花落の表情と同じく次々と何かが変わっていく、ような感覚かもしれない。
「前の学校ではそれが原因で転校したそうだよ。それ以来、彼女は極度に神経質になってて……。自分でも感情をコントロールする事が出来なくなってしまったんだそうだよ」
 栗花落に聞こえない程度の音量で辺里は日奈森に説明した。
「しゅごキャラを信じてもらえなかったからキレたってこと?」
「簡単に言えばそうなるかな……。でも、それだけじゃないかもしれない」
 泣き止んできた栗花落に日奈森は顔を向けた。
 前の学校でどんな事があっのか知らなければいけない気がした。そうしなければ何も解決しない、今のままでいいはずがないと感じる。
「つゆちゃん、ここに居るみんなは貴女を信じるよ。しゅごキャラも見えるし、貴女は嘘は言っていない」
「……嘘つき……」
「………」
 栗花落の低く呟く声が突然、痛みのように身体に突き刺さった。その言葉のせいか、日奈森は言葉が出て来なくなった。
「ずっとずっと……ずっと……、私は……『嘘つき』って言われ続けた……。何日も何日も……。ちゃんとここに居るのにっ! 視えるのにっ!」
 突然、声を上げて叫ぶように栗花落は言った。
 それは言葉の痛み。彼女自身の痛み。
「視えない人だって居る……。それは私だって思った……。視える人も居れば……視えない人も居る……。それくらい……、言われなくても……」
 返事を返したい気持ちがあるのに言葉が出ない。そんな重苦しい気持ちを日奈森は体感し、黙って聞いているしか出来ない自分に何が出来るのだろうかと必死に考えた。
「嘘つき嘘つき嘘つき……。もう何も言わなくても私は嘘つき。正解しても嘘つき。笑っても、泣いても、黙ってても、私は嘘つき。病気で苦しんでも嘘つき。……きっと死んでも嘘つき……」
 辺里達でさえ黙ってしまうほどの彼女の痛み。それにたいして何も言えないガーディアン。
 彼らは自分達が思っている以上に栗花落が深刻な事情を抱えている存在だと知った。

 日奈森は言い返す言葉を探していると、ある事に気がついた。
 これほどまでに『ネガティブ』な想いを持つ存在であるならば彼女の『しゅごキャラ』が『×キャラ』であるはずだった。しかし、未だに彼女のしゅごキャラの姿が見えない。
「……つゆちゃんのしゅごキャラは何処?」
 可能性を見つけた日奈森はやっと声を出す事が出来た。
「知らない……。嘘つきの私に……、………」
 少し涙を流しつつ栗花落は日奈森に顔を向けて黙った。何かに気づいたような意外そうな表情に変化している。
「マリ。彼女のしゅごキャラは何処?」
「………」
 日奈森の呼びかけにマテリアリズムは答えない。まだ思惟に耽っているようだった。
「キャラなり、してあげる。マリ!」
「……これも経験か……、ノミナリズム」
 瞼を広げて遠方を見据えるマテリアリズムは決意のこもった言葉の後で日奈森とのキャラなりを実行する。
 日奈森の学生服は真っ赤な真紅の服装に変化した。
 ×と○で構成された外套が背中に現れる。
 アミュレットデイブレイクが顕現する。
「あむちー、かっこいい」
「……しかし、嫌な気配だ」
「×たまの気配に似ている」
 ガーディアンのしゅごキャラ達だけは険しい顔をしていた。
「今は×とか○とか言ってる場合じゃないよ。マリ、気配は感じる?」
「……それより、しゅごキャラを見つけてどうするつもりなのだ?」
「×キャラなら浄化する」
「ならば無意味だ」
 飛ぶ姿勢にあった日奈森は意外な返答で体勢を崩す。
「えっ!? どういうこと?」
「……あれは×キャラではない……。だから浄化は出来ない、と思う」
 最後は自信なさげにマテリアリズムは言った。
 周りのガーディアン達も意外な言葉だったらしく、それぞれ調子を狂わされていた。

 (つづく)

76グランゾン:2008/10/18(土) 23:29:45 ID:KCG/11qA0
egg 70

 ×キャラでも無くネガティブな発想。ますますわけが分からない。
 とにかく日奈森は謎のしゅごキャラの正体を確かめるのが先、と判断することにした。
「とにかく、気配は何処?」
「遥か上空。太陽で身を隠している」
 上空の太陽に顔を向けると午後の日差しではあったが目に痛い光りではなく、夕日に変わりつつあった。その中に黒い点として見えることものがあった。それこそがしゅごキャラであると判断し、跳躍する。

 飛ぶ瞬間に外套が顔に巻き付き、目元を守る『○』が偏光レンズのように変化した。
 ランとのキャラなり以上の速度で上昇していく日奈森。既に耳も守られている為に耳鳴りも起きなかったが相当な風圧だけは感じる。
 ものの数分も経たずに現場に到着る事が出来た。
 高度は優に一千メートルはあるだろうか、眼下に広がる町が一望出来た。
「……このまま落ちたらヤバイよね……」
「よくここまで来られたものだ」
 日奈森の目の前に居るのは歯車や機械的な装飾が施されている黒い布を身にまとうしゅごキャラだった。
 オレンジ色の長い髪の毛に透き通るような青い瞳。
「君がつゆちゃんのしゅごキャラ……」
 マテリアリズムの言う通り、目の前のしゅごキャラに『×』は見当たらない。
「我が主殿は私を認めていない……。だから、私は彼女のしゅごキャラであってはならない存在だ」
「えっ!?」
「私の存在自体が『嘘』なのだ。このまま私は『居ないもの』と思って下がってはくれないか?」
 謎のしゅごキャラの言っている事が日奈森には分からない。いや、このしゅごキャラもネガティブな発想を持つ存在かもしれないと思った。
 ×は付いていないけれど×キャラのようなしゅごキャラ。
「このままでいいはずはないよ。だから、あたしはここに来たの。君のネガティブを浄化してあげるから大人しくしてて」
「……ふむ。嘘に真実は似合わない……」
 しゅごキャラの言葉を無視して日奈森は人差し指と親指を合わせてハートを形作る。
「ネガティブハートに……ロックオン! オープンハート……」
 勢いに乗せた筈の攻撃は急激な消耗で声に力が入らなくなった。
 上空一千メートルの空気の薄さも加わっているのかもしれない。
「……なに、苦しい……」
「酸欠……。一種の高山病のようなものだ。急激な高低差で血流が狂い始めたのだろう」
 冷静に言葉を紡ぐ謎のしゅごキャラ。
 確かに目眩に似た具合悪さも出てきている。
「……それでも……引き下がるわけにはいかない!」
 もう一度、手を相手に向けた途端に視界が真っ黒になった。
「限界かな、あむ殿」
 聞き慣れた声が耳元で聞こえた。それはマテリアリズムではないもう一人のしゅごキャラ。
 ノミナリズム。
「マテリアリズムよ、しばし下がっておれ」
「……はい」
 キヤラなりが解けた瞬間に喪失感がおとずれて下に引っ張られていく。しかし、それはすぐに治まった。
「あむ殿のココロ、キーロック」
 ノミナリズムの声だけが聞こえる。
 真っ黒だった視界は晴れて、はっきりした意識が戻ってきた。
 姿形こそマテリアリズムと同じものだったが白色の衣装が夕日に輝いていた。
 ノミナリズムとのキャラなり。
 アミュレットダーク。
「あ、あれ、苦しくない……。どど、どうなってんの!?」
「マテリアリズムが短距離型なら我は長距離型……。そんなところだ、あむ殿」
 胸の内からはっきりとしたノミナリズムの声が聞こえてくる。
「それよりもあんた無事だったのね」
「何がだ?」
「ううん。なんでもない。後でじっくり聞くからさ。今は目の前の事に集中」
「応」
 もう一度、指を合わせてハート型を作る。相手のしゅごキヤラは未だに逃げてはいなかった。
「主殿からの言葉を重ねよう」
「よく分かんないけど……。いくよ! ネガティブハートにロックオン! オープンハー……あれ?」
 最後の最後で『キーロック』の言葉と矛盾しているような気がする、という考えが浮かんだ。
 開いているのか、閉じているのかどっちだろう、と日奈森は首を傾げる。
「と、とにかくやってみるしかない。オープンハート!」
 と、叫んだものの案の定。何も出て来なかった。

 (つづく)

77瑠珈・トゥルーリーワース:2008/10/19(日) 19:41:26 ID:iCNvXNLA0
egg 71

 いつもの攻撃が出て来ない。確か前は『問答無用でオープンハート』が出来たとか出来なかったとか聞いたような気がする、と日奈森は混乱しそうな頭で思った。
 他人とのキャラなりは体力を著しく奪う。まして自分のしゅごキャラが居ない状態で何度もマテリアリズムとのキャラなりやキャラチェンジをしてきた自分に残された体力はあまり残っていないはずだと思う。
「オープンハートが使えない……」
「それだけあむ殿が『弱い』のだ。精神的にも肉体的にも……」
「言ってくれんじゃん」
 と強気で言ってみたものの確かに今の自分は強いとは言えない。わけの分からない事が続きすぎて自信が揺らいでいる。

 自分の胸に手を当てて呼吸を整える。高度一千メートルとはいえノミナリズムとのキャラなりのお蔭で苦しくはなかった。
 白い衣のアミュレットダーク。
「力を貸してノリ……。あたしだけじゃ無理」
「応。そうあるべきもの……我は往こう」
 素直な言葉にノミナリズムが答える。
 外套の×と○が輝き出した。
「ネガティブハートにロックオン!」
 いつもと同じく指でハートに形作る。今度は自分ではなくノミナリズムを信じた。
「ペルソナタイプ……、ブレイク。過激に往くぞ」
 日奈森の瞳に×と○が浮き出た。
 ただならぬ気配を感じた謎のしゅごキャラは初めて動きを見せた。
「ターゲットインサイト。クローズブレイカー!」
 ×と○で形作られたハート型の光線のようなものが手から発射された。それは物凄い速度でしゅごキャラを捉える。
「な、なんだ!?」
 相手が驚いている間、日奈森は横に控えているマテリアリズムに顔を向けた。
「………」
 彼女の意識は今はノミナリズムに支配されている。だからこそ、その表情は自分に今の技をよく見ておけ、という意味合いに受け取れた。
 ノミナリズムはマテリアリズムに多くを見せようとしている。
 意識はすぐ日奈森に戻される。
「……ノリ……」
 ハートの光線を受けて歯車の装飾が施された布が吹き飛ばされる。
 謎のしゅごキャラは今の攻撃で白目を向いて気絶してしまった。
「あっ、危ない……」
 すぐにしゅごキャラを受け止める。
 派手な攻撃の割りに外傷らしい怪我は見当たらなかった。そして、相手の無事を確認出来た事で日奈森は安心する事が出来た。
「ノリ、マリ……。みんなのところに戻ろう」
「……うん」
「我は主殿の元へ戻る。またいずれ……」
「駄目っ! 今、帰られたらあたし、ヤバイじゃん。マリだって疲れてるだろうし……。とにかく地上まででも一緒に居てくれないとあたしが困るの」
 今のマテリアリズムでは地上に落下しそうだと感じた。既にキャラなりしている体力も限界に近いはずだと日奈森は思った。
「……今の攻撃でもかなり疲れたんだよ、あたし」
「分かった。それ以上の愚痴は勘弁してくだされ」
 ノミナリズムが折れてくれたお蔭で少しだけ安心することか出来た。

 地上に降りてキャラなりが解けた途端に立っていられなくなり、そのまま地面にへたり込む。
 ノミナリズムはすぐに姿を消してしまった。
 聞きたい事がたくさんあったけれど、今は栗花落を優先することにして意識を目の前に向ける。
「……つゆちゃんのしゅごキャラ……、ちゃんと…ここに……、…居たよ……」
 体力の低下と急激な高低差などで日奈森の身体は限界に達していた。
 気絶しているしゅごキャラを差し出すところで耳鳴りが起き、軽い吐血の後で意識が一気にブラックアウトして地面に倒れた。

 (つづく)

78オリカ・ネストミール:2008/10/20(月) 00:15:37 ID:CQJ/Z5RE0
egg 72

 日奈森は倒れてから数日間は目覚めなかった。
 体力の低下と極度の緊張。気圧の変化などの複合的な要因が重なったとはいえ小さな少女の身体には多大な負担だった。
 心音のみが彼女の生存を認めている。

 目が覚めた時、自分の居る場所に気づくまで数分かかった。
 病院の中。病院の独特な匂い。白い部屋。
「……あたし……なんでここに居るんだろう」
「お目覚めかな、お姫様」
 聞き覚えのある声が聞こえた。しかし、相手の名前が出て来ない。
 少し考えたが知らない筈だった。彼の名前はまだ聞いていないのだから。
 それゆえに今、呼べる名前はただ一つ。
「ぶしんのお兄さん……?」
「……うん」
「なんであなたが……」
「時間の空いている人間が私くらいしか居ないから、かな? もちろんちゃんと親御さんの許可は得ているよ」
 目が覚めたとはいえ、起き上がろうと頭で思っても身体が反応してくれない。
「そのまま寝ているといい」
「……色々……あったんだ……」
「うん?」
「……原因が分からないままじゃ駄目だって……。でも、誰にだって言いたくない事はある。それは分かっているつもりだった……」
 日奈森は天井に顔を向けたままゆっくりと話し始めた。
「誰にも言えない秘密。でも、誰に言っても信じてもらえないこともある。……そういう人に会った時、私に出来る事って結局は何だったのかなって……」
「出来る事しか出来ない」
「……うん。でも……、そんな事で割り切っても駄目……」
 一つ一つ確かめるように日奈森は続けた。
「誰かが信じてあげないかぎり……、いつまでも変わらない……」
「その『誰か』は君だったのかな?」
「そうなのかな……。全然、自信無い……」
「君はちゃんと『原因』を知ろうとした。それだけでも一歩進んだと思うよ。まず、進む手立てを見つけなければ……」
「……うん」
 男性は日奈森の髪を優しく撫でた。
「誰かに教えてもらうのは楽だろう。しかし、時には自分一人で探さなければならないものもある」
「………」
「『分からない』という言葉に逃げてはいけない」
「………」
 眠気に負けたのか、日奈森は寝息を立てはじめた。
 男性は日奈森の体勢を整えてから病室から出た。
「日奈森さんは?」
 男性を待っていたのは顔にまだうっすらと×の後がついていた栗花落だった。
「眠ったよ。色々と大変だったみたいだね」
「……はい」
「君達も一旦、帰りなさい」
 彼女の後ろはガーディアンの面々が控えていた。
「あむちーはちゃんと頑張りました」
「うん」
「帰りましょう。私達が騒いだって仕方ないじゃない」
 それぞれが岐路につく頃、栗花落だけが残った。
 自分の為に頑張った日奈森に一目会いたいと思っていた。
「人はね……。嘘は信じるんだよ」
「!?」
 白髪の男性の言葉が胸に刺さる。
 たった一言なのに全てを見透かされたような感覚になった。
 この男性は自分の事を知っている、というよりは理解している気がした。
「……はい。……はい……ううっ……」
 返事を返すのが精一杯で涙も勝手に出てきてしまった。
 たった一言が全てを現している。自分の気持ちを目の前の男性は現してくれた。ただ、それだけなのに嬉しかった。
「君の『友達』が早く退院することを祈ろう」
「…は…い……」
 栗花落は嘘偽りのない『本当の自分』の言葉で返事を返した。

 それから更に二日程で日奈森は退院する事が出来たが髪の毛の手入れをしていなかったので整えるのに時間がかかった。
 自宅に残してきたしゅごキャラ達も久しぶりの主の顔を見て、それぞれが泣いてしまった。しかし、両親が何日も家をあけていた娘に対して何も言わなかった事が疑問に残った。
「あむちゃんが無事に帰ってきてくれただけでパパもママも何も言わない事にしただけよ」
「それはそれでありがたいけど……」
 後が恐いな、と日奈森は胸の内で思った。
 説明するのが難しい問題だったので、素直に言葉に甘えようかなと思った。しかし、妹を心配させたので、ここはきちんと言わなければならないと決心し、言える範囲の事情は話した。

 (つづく)

79シュレリア:2008/10/20(月) 23:00:34 ID:Zl2BWuV.0
egg 73

 それから更に数日が過ぎて栗花落は前以上に感情豊かな表情を見せるようになった。
 一番の変化と言えば積極的に人と話すようになったことだろう。
 今まで相手の言葉に相づちを打つだけで差し障りのない会話しかしなかった彼女は自分から話題を切り出そうと努力しはじめた。まだ始まったばかりなので相手を怒らせる事もあったが、日奈森達が微力ながら手助けする事でトラブルはある程度、回避出来るようになってきた。
「ここはしーほが悪い。そこまで行くと押し付けになるよ」
「どうして?」
「少し感情的っていうかさ、刺があるんだよね。ほんのささいな刺だけど……。アンパンとクリームパンは好きずきだと思う。食パン派も居るいら……」
「自分の好きなものを熱心に語るのもほどほどがいいと?」
「譲れない時は……」
「譲れない時は?」
「ガンガン行っちゃえ〜! 中途半端も良くない事がある。なんていうのかな、信念って奴? それは無くさない方がいい」
「コミュニケーションって難しいわね」
「そうだね。あたしもそう思うよ」
 本音で語り合うのは気持ちの良いものだと日奈森は感じていた。それは栗花落も同じなのかもしれない。

 午後の授業が終わり、日奈森は栗花落をロイヤルガーデンに連れて行く事にした。
 いつも居たマテリアリズムは本当の主の元に帰ってしまったので、今は自分のしゅごキャラ達が周りを飛んでいた。そして、その中に栗花落のしゅごキャラの姿もあった。
 ロイヤルガーデンでは辺里達が打ち合わせをしている最中だった。
「×たまを最近、見つけにくくなったのはやっぱり……」
「『彼女』が陰で行動しているのでしょう。でも、浄化せずに貯めてて大丈夫なのかしら?」
「あれってさ、並べてるだけなんでしょ?」
「そうらしいね。それにしても謎だよね。何故、×たま達が大人しく『彼女』に従うのか……」
 紅茶を飲みつつ書類に目を通す面々。
 日奈森の姿が見えた時、辺里は話しを中断して椅子を勧める。
「お邪魔します」
 栗花落は丁寧に頭を下げた。
「すっかり明るくなったな。身体の方は大丈夫か?」
「はい。顔のアザも無くなりましたし……。手も包帯が取れました。骨はまだ感治していないので乱暴には扱えません」
「そうか。なんにしても良かった」
 腕を組ながら相馬は景気よく笑った。
「ねえねえ、みんな揃った事だし」
「新しい仲間の紹介を」
「してもらいましょう〜」
 ラン、ミキ、スゥが言葉を繋げるように言った。
 他のしゅごキャラ達もテーブルの上に集まり、新しいしゅごキャラに顔を向ける。
「司穂。もう私はここに居ていいのだな?」
 改めてしゅごキヤラは主に尋ねた。彼女は数秒だけ黙った後、頷いた。それは新たな決意を込める空白の時間。
「私は『コルク』という。以後、お見知りおきを……」
「こるくちゃんっていうんだ」
「もう『ちゃん』付けか……」
「あははは。……君は『嘘』なんかじゃないよ。ちゃんとここに居るよ」
 日奈森の差し出す手をしゅごキャラのコルクは小さなで重ねる。
「その言葉、胸に染みいる」
 コルクは栗花落の肩に移動してガーディアンの面々を見回した。
「そういえばっ!」
 日奈森は自分の手に拳を打ちつつ、ある疑問を思い出した。
「ネガティブな想いを持っていたはずなのに君は×キャラじゃなかったよね?」
「そういえば……。あれってまだ解決してなかったの?」
 藤咲も栗花落に詰めよる形になった。
「彼女は元々からネカティブじゃなかったんだよ」
 辺里が最後の紅茶を飲み干してから言った。
「不安定な精神の持ち主だったけど、芯は強い女性だったんじゃないかな。彼女から×たまや×キャラの気配をキセキ達から聞いた事がないから」
 そう言われると納得してしまう日奈森。確かにキセキ達は何も言わなかった。言っていたのはノミナリズムとマテリアリズムの時だけだった。
 遥か上空に存在していたから感知出来なかったのでは、という疑問も出て来て少し混乱してきた。

 (つづく)
===========
『コルク』女性型。歯車と機械的な装飾の黒い布を身体に巻いている。オレンジ色の長い髪の毛に青い瞳。肌は白っぽい。

80ミュール・テイワズ・アルトネリコ:2008/10/21(火) 17:53:50 ID:7T4CX.wQ0
egg 74

 新しいしゅごキャラ『コルク』はラン達の周りを一周して元の位置に戻った。その彼女の後を追うように相馬のしゅごキャラ『ダイチ』も一周した。
「私は……、嘘が嫌いなの……。大人の嘘も……」
 栗花落は両手に力を込めながら言った。
 さきほどまでの和やかな雰囲気が無くなり、ガーディアン達に緊張が走る。それほどまでに彼女の言葉には迫力があった。
「……司穂。もういいんだ」
 コルクが宥めるように言うと栗花落は今の自分の状況に気づき、手の力を抜く。
「……ごめんなさい」
「い、いやその……。こっちも色々と悪いわけだし……」
「でもさ〜。そんなに嘘っていけないことなのかな?」
 結木の発言に対し、相馬や日奈森は『あんた空気くらい読め』という言葉が浮かんだ。
「ややちゃん。彼女は『いけないこと』になるくらいの事情を抱えていたのよ」
「どれくらい?」
「学校をやめるくらい……」
 藤咲の言葉の重みがやっと伝わったのか、結木は大人しくなった。それと同時に栗花落も大人しくなってしまった。
「自分の信念を嫌いな『嘘』で隠すほどだから……。精神的な負担は計り知れないわ。我慢していたのか……」
「我慢……。私は何も我慢なんか……」
 治っていないはずの手をテーブルに叩きつける。それでも栗花落の表情は変わらない。
 日奈森は戦慄する。また表情が次々と変化する『いつもの』彼女に戻ってしまったような気がした。
「やっぱり……」
 と、新しい紅茶をいれつつ辺里は落ち着いた雰囲気のまま言葉を続ける。
「彼女は強い決意を持っている。それはネガティブな想いなんかじゃない」
「わけわんな〜い」
「そうか? 俺はなんとなく分かるぜ」
 滅多に口を挟まない相馬は結木の頭を撫でながら言った。
「つまり、分かりやすく言えば……。こいつはずっと嫌いな『嘘』と闘っているってことだ」
「………」
 相馬の言葉を聞いて栗花落は痛む手を支えつつ黙った。
「前の学校は親の都合なんだろうね」
「……イジメが無くならないから……。でも…逃げたことに変わりはないわ」
 栗花落は少し涙を落とす。彼女にとっては思い出したくない想い出なのかもしれない。
「それに私を信じてくれる人が今は居るから……」
「……司穂。それは『強がり』というものだ」
「……うん」
 コルクの言葉に栗花落は素直に頷いた。
 強くなりたいわけじゃない。胸の内で彼女はそう思っていた。

 話しを一旦止めて、彼女の涙を拭った後に飲み物とお菓子を勧めた。
 場の雰囲気が少し暗くなった頃に物陰から黒い猫が現れる。しかし、それは猫ではなく『猫のようなしゅごキャラ』だった。
「あっ、ヨルだ」
「おいらにも〜、お菓子を〜。あと煮干もあればもっといいにゃ〜」
 そう言いながらテーブルの上に『ヨル』というしゅごキャラが乗った。
 手足が猫のようになっていて、猫耳が付いていた。
「あ〜ら、ドロボウ猫さん。今日はどのようなご用なのかしら?」
 瞳を輝かせた藤咲が尋ねた。
「別に……。オレさまは自由にゃ」
 キャラチェンジした藤咲はしゅごキャラの力を借りて出した『薙刀』をヨルの頬に当てた。
「ひっ!」
「今日は……、どのような…ご用……か〜し〜ら?」
 同じ問を迫力を込めて言った。
「わ、分かったにゃ! だから、武器をしまえにゃ!」
「あなたの答え方次第ね〜」
「……エ、エンブリオ探しにゃ……。イクトが学校で居ない間、暇だからオレさまが探してやってるんだにゃ」
 素直に答えたので藤咲は武器を消した。
 予想通りの答えだったのか、結木と日奈森以外は驚かなかった。栗花落は話しを理解していない為に首を傾げていた。

 (つづく)
=============
『ヨル』男性型。黒い髪に手足と耳が猫。

81フレリア・アンスル・ソルマルタ:2008/12/25(木) 21:47:30 ID:lepuEBLw0
egg 75

 エンブリオという単語に反応しつつも誰もヨルに声をかけない。それぞれがそれぞれ思案し始めたからかもしれない。
 しゅごキャラ達はヨルを取り囲むように移動していた。
「エンブリオ……。けっきょくまだ見つかってないの?」
「そう簡単に見つからないにゃ」
「エンブリオって……何?」
 しゅごキャラ達に栗花落は尋ねた。
「なんでも願いが叶うらしい卵のことだよ」
 ランが元気よく答えた。
「ふ〜ん」
「あたし達ガーディアンも探してるんだけど、これがなかなか見つからないのよ」
 苦笑する日奈森の肩にヨルは乗った。
 いまいち実感が涌かないのか、栗花落は首を傾げたまま黙ってしまった。
 コルクも黙り、気まずい雰囲気が場に広がった。

 下校時間になり、学園の生徒達が帰宅していく。
 話しが進まなくなったのでヨルを帰し、それぞれも帰宅の準備を初めていた。
 ×たま浄化の上で四十九院達との問題があり、エンブリオの探索は全く出来なかったが、そろそろ始めなければならないとガーディアンのメンバーは思った。
 勉強を続けながら×たまの気配を察知出来たら浄化する毎日がしばらく続いた。
 栗花落もだいぶクラスに馴染んできて大人しい女の子になっていた。時々、声を荒げる場面はあったが酷くなるような事は無かった。
 そんな毎日を続けていた時、教室の戸を足で開ける生徒が現れた。最初はうまく開かなかったようでガタガタと大きな音が教室に入ってくる。
「ちょっ、ちょっといったい……」
 我慢出来なくなった日奈森が教室の戸を開けると、見知った顔があった。
 すぐに声が出なかったが相手は苦笑気味に笑いかけてきた。
「やあ、日奈森……」
 両腕を胸の前で拘束されような格好の四十九院だった。
「つ、つーちゃん?」
「少しだけ登校の許可が出たから……」
 両手が塞がった状態だから足で戸を開けるような事をしたのだと日奈森は理解した。
 彼女を中に招き入れて椅子を出す。とにかく今は手が塞がっていて彼女は全てを足でやるかもしれないと思ったからだ。
「しばらくぶりだね、つーちゃん」
「そうだね……。………」
 大人しくなった彼女に色々と尋ねたい気持ちはあったが、言葉が出て来ない。今は彼女に物を尋ねるような雰囲気ではなかったからだ。
 見た目にもはっきりと分かるほど、四十九院は弱っているように日奈森には見えたからだった。
 授業が始まっても彼女は教科書を出すことなく見学を続ける。教師達は既に知っているようで、何も指摘しなかった。
 三時間目が終わる頃に四十九院は教室を出て、保健室に向かった。そして、そのまま昼休みまで戻って来なかった。
 荷物は教室に置いてあったが結局は放課後になってからやっと四十九院は戻ってきた。
 その間、栗花落は四十九院には興味を持たなかったのか、一切の話題を日奈森に振ることなく勉強に集中していた。

 (つづく)

82:2008/12/25(木) 23:29:15 ID:???0
egg 76

 放課後に日奈森はロイヤルガーデンに向かった。
 ×たま狩り以外での仕事として花壇の整理なとがあるからだ。
 四十九院も両手が塞がっていても日奈森の後を追うように庭園に向かっていた。
 既に集まっていたガーディアンのメンバーに挨拶を交わし、それぞれ仕事を開始していく。
 当たり前のように場が流れていく。しかし、結木以外は四十九院に声をかけようとはしなかった。
「なにみんな。つーちゃんだよ。シカト?」
「そうじゃないわよ、あむちゃん」
 苦笑しつつ藤咲が答える。
「日奈森……」
「つーちゃん。みんなつーちゃんが来たのに……」
「みんなは『知って』いるんだと思う」
「なにを?」
「なんだろうね。それより、色々と大変だったみたいだね……。マテリアリズムが随分と迷惑をかけたようで……」
 優しく微笑む四十九院。
 以前の覇気が感じられなかったけれど、優しい雰囲気は感じ取れた。
「ま、まあ色々あったけど……。そ、そうだ。ノリ、居るんでしょ? ちゃんと説明しなさいよ」
 日奈森の言葉を受けてノミナリズムとマテリアリズムが現れた。マテリアリズムは×が無くなって、いつもの彼女に戻っていた。
「私のしゅごキャラは『頑丈』なんだ。……と、本人が言ってた」
「主殿の心の奥の『芯』は強い。故に我らを傷つけることは難しい。ということだ」
「ず、随分とあっさりした答えだね」
 確かに頑丈さについては以前から疑問に思っていた。
 強大な能力を有しているのは感じていたけれど、なかなか聞く機会が無かった。
「それより日奈森……。私の拘束を解いてくれないか?」
 この言葉に反応したのは辺里だけだった。
 すぐに声をかけようとしたがノミナリズムが彼の目の前に移動し、唇に人差し指を当てる仕草をした。
「べ、別にいいけど……。骨折だったら……」
 病気で入院していたと思っていた日奈森は彼女の拘束を解きつつ疑問に思った。大ケガをした話しは聞いた事が無かったからだ。
「?」
 皮紐を解いていて疑問に思った。なにかが『おかしい』と。
 彼女の両手の長さ。包帯に包まれているとはいえ、いやに短く感じる。
 それは何故なのか。
 そう思う度に日奈森の髪の毛が少しずつ逆立っていく。
 離れて見ている藤咲達も日奈森の変化に気づく。そして、すぐに結木を下がらせた方がいいと『身体』が警告を発する。
 相馬に合図を送り、ガーディアン達はそれぞれ現場を後にする。
 藤咲と辺里だけは現場に残る事にした。
「た、唯世君……。彼女はまさか……」
「……彼女の好きにさせるようにと……」
 疲れきったような声で辺里が呟くと藤咲は全てを理解したような顔をした。それは完全に事態を把握したわけではないけれど、気分的にそう思っただけだった。
 それでもある程度は理解しているはずだと自分の中で呟く。
 四十九院は重大な決意を込めて日奈森に自分の秘密を見せようとしている。それは自分達が口を挟めるような状況ではないことは場の雰囲気からも感じ取れた。

 (つづく)

83:2008/12/26(金) 12:21:56 ID:???0
egg 77

 学園に来る前に四十九院は様々な経験を重ねた。
 自分で選んだ選択枝。それを是とするのか非とするのか心に問う。
 仕様がない、と簡単に言えたら楽だっただろう。しかし、それは結局のところ出来なかった。
 誰かを助けたい。軽い気持ちだったとはいえ、今は重すぎる選択をしてしまった。
 だから、たくさん泣いた。そして、一つの決意を固める。

 両手の拘束が解かれると包帯に包まれた両手が現れる。
「………」
 日奈森は声が出せない。
 目の前の現実の大きさが計り知れない。
「色々あったわけだが……。日奈森……」
「………」
「一つの結果を確認したい。キャラなりしてくれないか?」
 四十九院は普段と変わらぬ声で尋ねる。しかし、一語一語の言葉は日奈森に重くのしかかる。
「お前が悩んで解決するような問題じゃないだろう。ちゃんと私の声が聞こえているのか?」
「……うん」
 今にも泣きそうな顔で日奈森は返事を返した。
 四十九院になにがあったとしても今の自分に何が出来るのか、考えてみたが答えは出てこない。出て来るわけがない、と思っても何かしなければ、という思いばかり浮かんでくる。
「私のココロ、キーロック。ペルソナタイプ……アヴァロン」
 淡々とした言葉を四十九院は紡いでいく。
 ノミナリズムとのキャラなり。
 『アビステラー』
 黒い服装を無数の×で構成された白い上着で隠される。両手も隠れるほど長い袖。その白い上着からいくつかの×が離れて宙に漂う。
「真っ向勝負……。日奈森が負けたら『ハンプティ・ロック』を貰う」
「つーちゃん……」
「……私の身体を心配する必要は無い……」
「?」
「……ここに来る前にたくさんお兄ちゃんと話してきたから……」
 彼女の言う『お兄ちゃん』という言葉で白髪の男性が思い浮かんだ。
「あの人……。つーちゃんにとって大事な人なんだね」
 そう言いながら日奈森はランとキャラなりする。
 『アミュレットハート』となったが決意を固めたわけではなく、自分も何かの答えを出そうと思ったからだ。
「あこがれ……みたいなものだ。……汝の恐怖を食らう……」
 笑顔から一転して真剣な顔になり、不思議な言葉を紡ぐ。
 宙に浮いている×が日奈森に襲いかかった。
「ハートロッド!」
 ハート型の宝石が両端についた棒が現れた。
 一つ一つが堅くてロッドを通じて手に振動が伝わる。
 堅い。それが日奈森の感想だった。
「今の日奈森ならきっと……聞こえる……」
「!?」
 一つ一つの×から声が振動と共に伝わってくるのに気づいた。
 それぞれが悩みや苦しみを訴えている。しかし、その数は払えば払うほどに増えていく。既に×は百個以上が日奈森に向かっていた。
 ×たまとは違い、向かってくるだけの単調な攻撃。しかし、それが次から次と四十九院の白い上着から涌き出てくる。
「ごめんなさい、日奈森さん。僕らは手を貸す事は出来ない」
 椅子に座ったまま辺里は言った。僕ら、と言った辺里の言葉に側に居た藤咲は『自分も手を貸してはいけない状況』である事を悟る。しかし、ピンチの時は自分の判断をするつもりだった。
「えっ、ちょ……。厳しいよっ!」
「頼れる存在が居る……。でも、一人で戦わなければならない時がある。出来ないと諦める」
「諦めたら……、それで終わりじゃん」
「また次、頑張ればいい。そう出来る人と出来ない人が居る。……結果を恐がっている人は多い。そのまま何も出来なくなる人も居る」
 日奈森は四十九院の言葉に納得しつつ×を一つ一つ打ち落としていく。
 自分も彼女も考え方は似ている。だからこそ突破口がまだ見えて来ない。本来、二人は争っても勝敗が決まらないほど拮抗していた。
 衝突する事はあっても何処かで考えを共有出来る部分があるから今まで付き合えた。しかし、それが今は出来ない。
 日奈森は四十九院に勝てない。それは本人自身が何処かで認めてしまっていたことでもあった。

 (つづく)

84しゅごキャラ:2009/01/01(木) 18:27:26 ID:ekTETMd20
egg 78

 真っ向勝負に相応しい一対一の闘い。
 日奈森の眼前に立つ四十九院。彼女は強い意志を持って闘いに望む。しかし、対する日奈森は×を落とす度に不安を募らせていた。
 闘いたくないのに闘っている自分。こんなことを続けいていては駄目だと分かっているけれど、突破口が見えない。
「あむちゃん、どうしたの!?」
 ランの声が聞こえてきたが日奈森に答えている余裕は無かった。
 ×は硬く、手がしびれてきた。
 既に身体にぶつかっているものもある。
「×だろうと○だろうと……、決めるのは自分。そして、後悔するのも自分」
「……くっ」
 離れて見ている辺里は日奈森を信じ続ける。
 彼女なら大丈夫。そう思い続けた。
「そ、そうやって一人で背負うつもり?」
 ×の攻撃を受けつつ、日奈森は反論を試みる。それが無駄であってもやらないよりはまし、と自分に言い聞かせる。
「………」
「結局は背負ってるんだよ。つーちゃん、本当は……」
 ×の攻撃が少しだけ止んだ。
「本当は優しい心の持ち主なんだから……」
 ハートロッドを消し、両手の指をハート型にする。
 まだ突破口は見つからないけれど、彼女は『オープンハート』を望んでいる、と日奈森は直感に似た感覚で感じた。
 手がまだしびれているので長くは持たないと思いつつも目線は四十九院から逸らさない。
「アハトアハト」
 周りに浮いていた×が四十九院の目の前に集まり、一つの形になっていく。

 ×が集まって出来たものは大砲の砲身。
 およそ十センチ近い穴が日奈森に向いていた。
「……すっごい嫌な気配がするんですけどぉ……」
「日奈森はどちらを選ぶ?」
 ○と×が瞳に浮かんだ四十九院は尋ねた。
「逃げるか立ち向かうかってこと?」
 質問に質問で返したせいか、四十九院は返事をしなかった。
「逃げるのは簡単かもしれない……。でも、逃げたらあたしはつーちゃんに負ける。負けたら……、くやしいじゃん」
 胸の内で言葉を紡ぐ。
 『あたしのココロ、アンロック』
「ネガティブハートにロックオン……」
 日奈森の言葉に対応するように四十九院も身体に力を込める。
「エンブリオタイプ……」
「えっ?」
 離れた場所に居た辺里達は四十九院の言葉に反応して席を立つ。
「オープンハート!」
「パンドラ!」
 ハート型の光線と砲身から弾丸が打ち出されるのが同時だった。
 打ち出された弾丸がハート型の光線を打ち破っていく。
 真っ直ぐ飛ぶ弾丸には周りを守護する×が無数に生み出されていた。それぞれの×が相殺されていく。
 お互いが衝撃波で吹き飛ばされそうになる。
「ぐっ……。数が……多すぎる」
「あむちゃん、頑張って!」
「×が壊れていきますぅ!」
 日奈森のしゅごキャラ達が応援の言葉を投げかける。
 対する四十九院は腕を×の字にし、衝撃波に耐えていた。
 通常より短い腕。それが視界に入った日奈森は胸に痛みを感じた。それと同時にオープンハートの威力が落ちはじめる。
「あむちゃん、しっかり!」
「彼女はあむちゃんとしっかり向き合っているんだよ! ここで負けたらキャラがすたるよ!」
 ミキの言葉が心に伝わる。
 日奈森は唇を噛みつつ意識を目の前に集中させていく。

 (つづく)

85しゅごキャラちゃん!:2009/01/02(金) 18:16:49 ID:Ggz.7q9A0
egg 79

 衝撃に耐える四十九院は学園に来る前の時間を思い出していた。
 闘いに集中しなければならない筈なのに何故だか思い出してしまった。
 色々な検査を受けて一休みしていた時、心の支えになってくれた人が訪れた。
「お兄ちゃん……」
 今、一番会いたくて『一番会いたくない』時に『彼』は来てしまった。
 少し長い白髪が揺れる。
「今日はいいものを持ってきた」
「どうして?」
 彼の言葉を打ち消すように四十九院は尋ねる。
「母さんに言われたの? 今は誰にも会いたくないって……」
 突き放すように彼に向かって言った。
「閉じこもっているだけの人間だからこそ……」
「?」
 彼は彼女の言葉を無視せず、受け止める優しさを込めて言葉を紡ぐ。
「ちゃんと人の顔を見ないと駄目だ」
 優しい言葉の中に少しの迫力がこもった言葉。それを否定することは四十九院には出来なかった。
 彼は持ってきたカバンを四十九院の使うベッドに乗せた。
「まだ君は幼い。無理をして背伸びするのは勝手だが……、全てを投げ出すには早い」
 そう言いながらも素早い動きで彼女の両腕を掴む。
「!?」
 優しい外見からは想像出来ないほどの力が加わる。
 掴まれたまま振りほどけない。
「ううっ、う……」
 彼には見えない彼女のしゅごキャラ『マテリアリズム』は主を守ろうとしていたが、全く歯が立たない。
「これが現実だ……。そう自分に言い聞かせた所で君に何が出来る?」
「!?」
 『何が出来る?』と言われた時、四十九院は『自分の今の心境を見透かされている』と感じた。
 人生経験が自分より長いから当たり前、と思いはするが心に響く。
「君は頑張った。頑張り続けなくていい。休む時は休まないと駄目だ」
「でも……」
 言いたくなかった言葉だったが、口に出てしまった。
「……でも……」
 その後が続かない。
 自分は何を否定しようとしているのか分からない。彼の言葉を肯定したくないのだろうか、と自問する。
 でも、でも、と何度も呟く。
 暗い気持ちになった時、ある人物の顔が浮かんだ。
 ×は全部取る、と豪語していた『日奈森亜夢』だった。

 四十九院は悟る。
 彼女に負けたくない。今だからこそ、そう思うのかもしれないと答えを出した時、身体から無駄な力が抜けていった。
「まだ負けたくないんです」
 そう答えた時、彼は彼女の腕を離す。
「これは……自分との勝負……。負けたら……」
「あむちゃんに笑われる」
 意外な名前が彼の口から出て驚いた。
「今のが図星なら負けていられないね」
「……はい」
 苦笑しながら四十九院は答えた。
 彼は色々と事情を把握していると思い、この人にはしばらく勝てないなと『彼』に対しては敗北を素直に認めた。
 持ってきたカバンの中身はおおよその見当がついていたので、日奈森との勝負が終わったら受け取ります、とはっきり答えた。

 彼は自分がどういう状況だったのかを知った上で面会に来てくれたのだろうと思い、深く頭を下げた。
 日奈森の前に向き合わなければならない相手。
 その相手の名は『四十九院智秋』という自分にとって強敵と呼べる小さな女の子だった。

 (つづく)

86初音ミク:2009/01/04(日) 00:56:12 ID:FcXUHdhA0
egg 80

 打ち出された弾丸の半分以上が浄化された時、四十九院の意識は現実に戻ってきた。
 本来は拮抗せずに物凄い速さで相手に向かう攻撃の筈だった。それが今はゆっくりと前に進んでいるだけだった。
 真っ向から激突するような事は想定されていない攻撃。それをあえて四十九院はおこなっていた。
「くっ、くっ……。止まらない……。なんなんのアレ……」
「わからない……。でも、×たま以上の気配は感じる」
「フレー、フレー、あむちゃん!」
 相手のしゅごキャラの声が四十九院の耳に届いてきた。
 衝撃波に耐えつつも四十九院が見つめる先には日奈森が居た。
 弾丸がどうなろうと実際のところはどうでもよかった。
 この『弾丸』がどうなろうとも、と胸の内で呟く。
「………」
 四十九院自身も自分の中で決めなければならない問題があった。
 それは『このまま日奈森に勝っていいのか、よくないのか』だった。それが何を意味しているのかは本人には分からない。
 その選択で決まるのは未来であることは確信を持って思えた。

 弾丸の勢いに日奈森は押され気味だった。体力も尽きかけていた。
「……つーちゃんって……、こんなに強い人だったんだ……」
 今まで知らなかった彼女の心の強さ。
「それに……。多くの『声』を乗せた物……」
 ×たま達の持ち主の声がたくさん詰まったような弾丸。
 オープンハートで崩れていく度に暖かな光りを蒔き散らす。
 四十九院が日奈森の為に形にして打ち出した、強い想いの結晶。それに応えないわけにはいかない。
 そう心に誓った時、彼女の持つ『ハンプティ・ロック』が強く輝き出した。それと同時に弱くなっていたオープンハートの威力が上がる。
 一気に畳み掛けるオープンハートによって弾丸は物凄い速さで砕けていった。
「……あ……」
 日奈森は小さな声を発し、気づいた時はもう遅かった。
 全ての音が消えて映像だけ流れる感覚になり、時間がゆっくりと流れ出す。
 小さくなる弾丸の中から『ノミナリズム』が腕を組んだ状態で現れた。既に身体の半分以上が砕けている。
 それが何を意味しているのか日奈森には理解出来ない。
 小さくなる身体に意を介せず、ノミナリズムはただ微笑していた。

 オープンハートが全てを白い光りに変えて、闘いは静かに終わった。
 キャラなりが解けた四十九院は既に気絶したまま椅子に座らされていて、マテリアリズムが泣いていた。
 日奈森は勝負に勝った。しかし、後味の悪さを感じていて納得出来ない状態になっていた。
「……ノリ……。どうして……」
「彼女が望んだ事だから彼女に聞かないと……」
 しゅごキャラが消えた人間がどうなるか、そんな事は考えたくなかった日奈森にとって四十九院が目覚めた時、どういう表情でいればいいのか、教えてほしかった。
 ただ、ひたすら四十九院の意識が回復するまで待っていることしか出来なかった。
 弾丸がノミナリズムであるよりも、この闘いにどんな意味があるのか、日奈森は自分なりに考えようとした。答えは出ない、そう思っても今は考え続ける方がいいと思った。

 (つづく)

87巡音 ルカ:2009/01/06(火) 19:16:05 ID:tKA63K7Q0
egg 81

 三十分ほど経った時、四十九院は瞼をゆっくりと開けた。
 多少の頭痛や身体の鈍痛は感じるけれど、起きられないほどではなかった。
「………」
 暮れゆく空が見えた。
 長い夢から覚めたような心境。特に他に思い当たる事もなく、四十九院は身体を起こす。
 主の目覚めと共に彼女の膝に乗るのはマテリアリズム。目元が少し赤かった。
「……勝負は……」
「終わったよ」
 優しい声で答えたのは辺里だった。
 周りの状況に意識が向き始める頃には誰が側に居るのか分かってきた。
 みんな一様に静かに立ち尽くしていた。
「……残念ながら君は……」
「つーちゃん!」
 辺里の言葉を遮るように日奈森は叫んだ。
「勝負はつーちゃんの勝ち! はい、ハンプティ・ロック。これが欲しかったんでしょ!」
 一方的に怒鳴り、彼女の目の前に『ハンプティ・ロック』を置いた。
 日奈森は今の四十九院から聞きたい事はたくさんあったけれど、今だけは何も聞きたくなかった。
 勝ち負けよりもつらい気持ちが膨れあがっていたからだ。
「………」
 目の前に無造作に置かれたハンプティ・ロック。しかし、それを手に取る『手』は持っていない。
 両腕の包帯に視線を向けた四十九院はただただ深く息を吐き、空を眺める。
 それが四十九院の日奈森に対する『返事』だった。

 二人が会話を始めないので、藤咲達は遅い昼食を二人の為に用意した。
 日奈森と四十九院は顔を合わせなかったが、それぞれ険悪な雰囲気は発していない。むしろ、日奈森の方は今にも泣きそうな感じだった。
「薬を飲まないのであれば、このレモンティーはいかが? 砂糖多め」
「ありがとう」
 素直に返事を返した四十九院に藤咲は少し意外に思った。
 どんなに誘っても『決して飲み物を飲んだ事が無かった』からだ。
 カップを持てない事を考慮して、彼女の為に飲み物を口元に運んであげた。
「……おいしい」
「ふふっ」
 会話は無いけれど、今は飲んでくれただけで嬉しかった。
 四十九院は日奈森に顔を向ける。
「……勝負はついた。ありがとう」
「べ、別に……、ってお礼を言うとこじゃないでしょう」
 日奈森は振り返らずに返事を返した。
「一つの『答え』を手に入れる事が出来た。結果はどうあれ、私は自分の夢を『諦めた』わ」
「………」
 四十九院の方にマテリアリズムが乗る。
「ノミナリズムり意志は……、この子が引き継ぐ……。そして、自分との勝負に勝てた……」
「よ、良かったじゃん!」
 背中を震わせる日奈森。
 四十九院の言葉の一つ一つが痛く、泣き出しそうな自分の顔は彼女に見せたくなかった。
 平気な顔で何を言うかと思えば、と思いながらも彼女は彼女なりの決断をした事だけは認めるしかない。それがノミナリズムを失う事になっても、と色々と考えて気を紛らわそうとした。

 会話が止まり、ガーディアンの中に気まずい雰囲気が流れていた。しかし、四十九院は別段、気にせず飲み物を楽しんでいた。
 彼女達の無音を破るように一人の人物が現れる。
「やあ、みんな……って人数が足りないね」
 辺里に外見が似ている大人の人物だった。
「理事長!」
「えっ!? あっ、と……」
 日奈森は急いで根元をハンカチで拭く。
 それぞれが現れた人物に驚き、姿勢を正す。
「いいよ、みんな楽にしてて」
 四十九院は理事長が手に持つ物に興味を持った。何処かで見たようなカバンだった。
 ガーディアンはそれぞれ理事長に向き直る。日奈森だけは四十九院に目を合わせないような体勢を取っていた。

 (つづく)

88亞北 ネル:2009/01/10(土) 16:06:52 ID:8AO7nroM0
egg 82

 理事長はテーブルにカバンを置いた。
「君に渡してほしいと頼まれたんだ」
 四十九院に向かって理事長は言った。
「お兄ちゃんが来たんですか?」
「? いや、女性……だったよ。すぐに居なくなってしまったけれどね」
 苦笑気味に答える。
 四十九院は『お兄ちゃん』が持ってきたとばかり思っていた。
 自分の中で『女性』が誰なのか考えてみたが母親以外の顔が浮かばない。
「その中にはなにが……」
「おそらくは……、彼女の『義手』だろうね」
「?」
 日奈森は首を傾げる。聞いた事のない単語だったためにすぐには言葉を理解出来なかった。
「君用に肩からかけられる物も用意されているよ」
「どんな人でしたか?」
 そう言った後で『お兄ちゃん』の妹達の顔が浮かんだ。
「どんなっていうと……、ピンク色の布で顔を隠したような不思議な人だった」
「?」
 再度、四十九院は首を傾げる。
 自分の中では思い当たるような人物が出て来ない。
「名前は聞かなかったんですか?」
「すぐ居なくなってしまってね。恥ずかしがり屋さんなのかも」
 理事長は微笑みながら答えた。
「いろんな事があったと思うけど、自分の決めた道筋を進むといい」
 理事長は四十九院達にそれだけ言うと立ち去って行った。

 カバンを見つめる四十九院。
 結果を得た以上、いつまでも留まるわけにはいかないと判断した四十九院は使えない腕を動かし、カバンを肩に下げた。
「じゃあ、明日は……無理か……。欠席が何回かあるけれど、またね」
 先ほどまでの決闘ムードが一転してしまった。
 事務的ではあったが、四十九院は何事もなかったかのように挨拶してきた。
「またねって……。つーちゃん!」
「なんだ、日奈森? そんなに大声を出さなくても……」
「どうして…いやあの……。そんなに……普通でいられるの」
 聞きにくいことがたくさんあって言葉がうまく出て来ない。
「物事の切り替えをしているだけよ。私にはやらなければならないことがたくさんあるから」
 いつもと変わらぬ口調。
「彼女……、こんなにあっさりとした性格だったかしら?」
「私は言ったよ。ここに来るまで『たくさんお兄ちゃんと話した』って……。もう忘れた?」
「いや、覚えてるけどさ……」
 その『代わり身の早さに驚いているの』と大声で言いたくなった。
 最初から変わっていないのかもしれないけれど、という意見が浮かび、すぐに言葉は出て来ない。
「×キャラに慣れているせいで、影響があまり無いのかもしれぬ」
 王子様のかっこうをしたしゅごキャラが言った。
「マリの方はだいぶ変わったように見えるけど……」
「女の子っぽくなった気がする」
「ペペにはわからないでち」
「ペペ居たんだ。ややは?」
「自宅でち」
 しゅごキャラ達が話し合っている間、辺里達も辛苦臭い雰囲気はやめようと思っていた。
 彼女は既に『次』の事に視野を向けているようだと感じたからだ。
「あたしは全っ然っ、納得出来ないんですけど〜!」
 周りの雰囲気に耐え切れず、日奈森は叫んだ。その彼女の姿を見て、四十九院は微笑みを向ける。

 夕暮れ時、世界的企業と言われる『イースター』社の中で一人の男性が新たな『辞令』を受け取っていた。
「あら、神崎さん。わたしの部署に移動になったんですってね」
「急な話しのようで……。お世話になります」
 奥に控えていた少女が彼らの前に進み出て、軽く頭を下げた。
 真剣な眼差しを秘めた『ほしな歌唄』だった。

 今度こそ第一部(了)

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