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Be born in me (個人)
1:2012/10/29(月) 11:51:35
ドルチェットは、アカデミーでも知らぬ者がないほどの有名人だった。
波打つ長い髪とグラマラスな長身を民族衣装のようなヴェールと腰布で覆い、そのヴェールから覗く鋭く知的な瞳はあまねく男性を魅了した。
そして彼女はまた、優秀な魔術師だった。
研究分野は不老不死について。
そんな彼女と俺が出会ったのは、本当に偶然だった。やがて俺たちは、永遠の愛を誓い合った。
ドルチェットは聡明で美しく、彼女との日々は本当に幸せだった。
ところが、俺はそんな日々のなかであることに気付いてしまった。
年々歳老いていく俺と違い、ドルチェットはいつまでも若々しく美しかった。
そう、彼女の研究は成功していた。
ドルチェットは自らの身体でその薬を試し、不老不死の身体を手に入れていた。やがて月日は流れ、俺は自分の命がそう長くないことを悟った。
変わらず美しいドルチェットを、独りにしてしまうということが、堪らなく心苦しい。
すると彼女は、俺の話を聞いて一つの提案をした。
記憶を留める秘薬を使って俺の意識を残し、俺を転生させたらどうかと。
そして、彼女は出会った時と変わらない笑顔でこう言った。
「ダルバ、私があなたを産みましょう」

2:2012/10/29(月) 11:55:18
*****

俺たちのアトリエにある地下室の石床に、俺は横たわっていた。
齢96歳の身体には、石床の硬さと冷たさが堪える。
先程飲んだ秘薬のせいで、頭がぼぅっとする。
石床いっぱいに、古代語の魔方陣を描いたドルチェットは、やがて俺の傍らに両膝をついた。
「すまないな、ドリー。
お前にばかり負担をかけて…」
俺は擦れた声で言って、ドルチェットに節くれた手を伸ばした。
すると彼女は、柔らかな両手で俺の手を包み、優しく言った。
「何を言うのダルバ。私なら大丈夫よ。必ずあなたを産んであげるわ」
そして子守唄でも歌うように耳元で囁いて、彼女は俺のまぶたに優しい口付けを落とした。
「また後で会いましょ…」その甘い響きと、まぶたに触れた優しい感触を最後に、俺は深い眠りに落ちた。

*****

ドルチェットは、ダルバが眠ったことを確認して腰を上げた。
愛用の杖を持って、魔方陣の中心に立つ。
そして彼女は、澄んだ声で古代語の呪文を唱え始めた。
石造りの地下室に彼女の声が反響し、やがて床の魔方陣が淡い光を放ち始める。光は徐々にその輝きを増し、ドルチェットの長い髪が魔力をはらんでふわりと宙に浮く。
次の瞬間、彼女はぱっと顔をあげて杖の先で足元の魔方陣を突いた。
魔方陣からの光が爆発し、横たえられたダルバの身体が霧のように消え失せた。

3:2012/10/29(月) 11:59:00
独りきりの地下室で、ドルチェットは呆然と立ち尽くした。
どうなったのだろう。
魔法は、失敗してしまったのだろうか…
力なく肩を落とした彼女はしかし、自分の腹部に感じた違和感にどきりと肩を震わせた。
下腹部が動いたような気がして、そっと手をあてる。すると、腹部がじわじわと膨らみだしたのだ。
ドルチェットは両手を腹にあてて、満面の笑顔で微笑んだ。
「あぁ、ダルバ…。良かった、術は成功したのね!」彼女の腹部は、まるで風船が膨らむようにみるみる大きくなり、ほどなくして臨月を迎えた妊婦のようになった。
魔方陣から放たれる淡い光を浴びて、その姿は妖艶な美しさを醸していた。
細身のシルエットとは不釣り合いなほど大きく突き出した腹を撫でながら、ドルチェットはいとおしげに微笑んだ。

*****

俺は、どこだかわからない場所にいた。
身体が縮こまって、動かせない。
ただ、何か温かい場所に“浮いている”ようだった。うっすらと目を開けてみても、何も見えない。
少し明るくて、赤っぽい色が感じられるだけだ。
しかし先程から、耳だけは敏感に何か大きく響く音を感じとっていた。
定期的に身体に響く音。
これは一体、何の音だ?
俺は、どうなったんだ。
不意に、自分のいる空間が動いた気がした。
そして、自分を浮かせているモノが少し動いたような気がした。

*****

「つぅッ…!!」
突然、激しく痛んだ腹部にドルチェットは顔をしかめた。
びくびくと、下腹部が痙攣するように震える。
「ぅう、…はぁはぁっ、
くぅっ…――!!」
思わず声を上げ、彼女は持っていた杖に縋りついた。すると、足の間から不意に大量の水が溢れだした。
艶めかしい音をたてて、彼女の太ももや腰布を濡らし、生温かい水が石床に広がっていく。
その光景に、彼女はぎょっとした。
「そんなっ!もう、破水してしまったの…?!」

4:2012/10/29(月) 12:02:40
*****

俺の感じたことは、間違っていなかった。
先程まで何も感じなかった空間に、わずかな動きができた。
周囲の壁が、徐々に狭まってきている。
俺は焦った。
このままでは、窒息してしまう。
少しでも広い空間を求めて、俺は壁に押されるまま、頭上へと移動を開始した。

*****

魔法による妊娠は、通常のものとは勝手が違うらしかった。
なんの準備もなく、いきなり陣痛が来て破水してしまったドルチェットは、どうすることもできないでいた。
なんとか濡れた腰布を外し、杖にしがみついて痛みに耐える。
「はぁはぁ、…これが、転生の理を壊す代償、くぅっ!」
美しい顔を苦痛に歪めて、彼女は虚ろに呟いた。
「それでも、私は、くぅうーー!!」
杖につかまって腹を抱え、彼女は独り悲鳴を上げた。

*****

頭上の空間も、すぐに壁に突き当たった。
それでも周囲の壁は、容赦なく狭まってくる。
俺は、もうだめだと覚悟を決めて目を閉じた。
すると、敏感だった聴覚に何かが聞こえた。
『――…も――しは―――ぅ―…』
その声に、俺ははっとした。
かすかな声だったが、聞き間違えるはずがない。
あれは紛れもなく、ドルチェットの声だ。
そして俺は、自分のおかれている状況を理解した。
術は成功し俺は今、生まれ変わってドルチェットの“なか”にいる。
そして、彼女は今、俺を出産しているのだろう。
だとしたら…。
俺は周囲の壁に押されて、頭上の壁を押し始めた。

*****

「は、ああぁーーー…。ふぅふぅ、ぅんんッ痛ぁっ!!」
ドルチェットは、悲鳴を上げて床に膝をついた。

5:2012/10/29(月) 16:03:11
先程から、腹部が急激に動く。
まるで、胎児が内側から出たがっているようだ。
しかし、まだ子宮口が開いていないのだろう。
陣痛がくるたびに、彼女の全身を鋭い激痛が突き抜ける。
「はぁはぁ、ぁ……、ダルバ、もう少、…しッぅううーーー!!
…待って、ね……」
ドルチェットは異様なほど硬く張り詰めた腹部を抱えて、そう呟いた。

*****

俺は目を閉じて、頭の上と耳に意識を集中していた。なんとか早く、彼女の外に出なければと、必死に頭で壁を押した。
しかしそうすると、俺にもはっきり聞こえるほど、彼女は大きな悲鳴を上げた。俺は、彼女のペースに合わせるしかないと悟った。
縮んでくる周囲の壁の圧迫感にひたすら耐える。
そしてようやく、俺の頭の先が壁を押し広げて外へ出た。
しかし、外は更に狭い空間だったらしく、俺は自分の頭で、空間をこじ開けて進まなければならなかった。

*****

先程から、痛みの種類が変わった気がした。
声を上げるほど痛いことに変わりはない。
ただ、さっきまでは全身が引き裂かれるような痛みだったが、今はそれに加えて息みたい。
「ふんんーーーー!はぁはぁ、ぅうんんんーー!!」ドルチェットは魔方陣の上で膝をつき、本能のままに両足を大きく広げた。
「ぅうんんーーーーっ、はぁはぁはぁ…っんんんーーーー!!」
両手を床について、必死に息む。
硬く張り詰めて圧迫感のある下腹部や、ぱっくりと口を開けた会陰が、光を受けて艶めかしく浮かび上がった。
「ふ、んんんんんーーっはぁはぁ…ぅうんんんんーーーー!!」
身体中から玉のような汗を流し、石床のただ一点だけを見つめて、ドルチェットはひたすらに息み続けた。

6:2012/10/29(月) 16:06:49
俺が狭い空間を進むたびに、ドルチェットの唸る声が聞こえた。
それほどまでに苦しんでいると思うと、俺は胸が張り裂ける思いだった。
しかし彼女の息みがなければ、俺がこの狭い空間をこじ開けて進むことはできなかった。
しかも、あまりにも狭すぎて息苦しささえ感じる。
俺はぼんやりしてきた頭で、この状況があとどのくらい続くのか考えていた。

*****

「ぁぁあああーーーーっ、ぅうっ、んぐぅぅうーー!!」
先程から、ドルチェットは会陰に大きな異物感を感じていた。
股間の、すぐそこに何かが出かかって挟まっている。手を伸ばすと、大きく開いた会陰から硬いものが指先に触れた。
「あぁ、ダルバ…」
ドルチェットは、口を開けて荒く呼吸しながら、はらはらと涙を流した。
そしてもう一度、深く呼吸を整えると、彼女は膝立ちの状態で股を大きく広げ、杖にしがみついて上体を起こした。
それから、渾身の力を込めて息み始める。

*****

『ぅうんんんんんーーーーんあッあッあッぁあッ!』
ドルチェットの、喘ぐような切ない悲鳴が聞こえる。そして、俺の身体がぐんと動いた。
大きく動いて、頭の先が冷たい空気に触れるのを感じた。
同時に、ドルチェットの悲鳴が大きく、よりはっきりと耳に届いて来る。
『あッあッ、んんんんぅうーーーーんはぁあッッ!!』
ずぼっ、という衝撃とともに、俺の顔から圧迫感が無くなった。
外に出た、とすぐにわかった。
薄く目を開けると、黒い視界にわずかな明かりを感じた。
そして顔のすぐ近くに、艶めかしく柔らかな、ドルチェットの尻の二つの膨らみがあった。

7:2012/10/29(月) 16:09:47
頭が抜けた瞬間、彼女は悲鳴を上げて股をいっぱいまで開き、身体を大きく仰け反らせた。
ぼろんという衝撃と共に、大きな塊が飛び出し羊水が派手に飛沫散る。
「はぁはぁはぁ…」
杖を捨てて、彼女は本能的に股間に手を伸ばすと、胎児の頭に両手を添えた。
「も、もう少し、だから…頑張って、ダルバ…。次で、出すから…ッ!!」
俺の頭をそっとつかんで、ドルチェットがうわごとのように呟く。
俺は何も出来ないまま、彼女の呼吸に身を委ねた。
「はぁ、ぁ、ッんんんんんーーーーんあぁんッ!!」しかし、息み始めてすぐに、ドルチェットは悲鳴を上げて両手を床についた。
俺にはすぐわかった。
俺の両肩が、狭い会陰に完全に引っ掛かっている。
俺は動かない身体を、できるだけ小さくしようと努力した。
ドルチェットがもう一度、身体を起こして児頭に両手を添える。
そして今度は、下に向かって自分で引っ張りながら息み始めた。
「ふんんんーーんぁあッ痛いッ痛ぁあいッぁ、ぁううううーーーーー!!」
彼女は激痛のあまり小刻みに震えながら、自分の股間から胎児を引き抜こうと夢中で息んだ。
俺はその雄叫びのような悲鳴を聞きながら、ひたすらに小さくなろうと努力した。

8:2012/10/29(月) 16:12:26
そして何度目かの息みでついに、俺の右肩がようやく外へ動き出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!!」
衰弱しきったドルチェットが、大きく息を吸う。
「ふぅううーーーーーーんんんんんんーーーーーーんぁああッッ!!!」
彼女の長い息みに押され、両手に引っ張られて、俺の右肩がずるんと外に出た。顔を羊水が伝い流れる。
そのまま身体をひねりながら、俺はずるりと左肩を外へ出した。
「あッあッあッあッあああああああーーーーーーッッ!!!」
胎児が動いた瞬間、ドルチェットはこれでもかと足を広げて股間を突き出した。そしてゆっくりと吐き出されてくる大きな異物感に、全神経を集中する。
彼女の感じたような悲鳴が、地下室に反響した。
やがて、栓が抜けたような大量の水音とともに、羊水が溢れだし、彼女の手の中に胎児が産み落とされた。「はぁ、はぁ、はぁ…。産まれた、はぁ…」
ドルチェットは羊水の溜まった床にぺたんと座り込んで、その胸に胎児を抱き上げた。
俺は、大声で泣いていた。身体の圧迫感からようやく解放されて、必死に息をした。
そして、彼女が命懸けで自分を産んでくれたこと。
そんな危険を犯させてしまったこと。
すべてがない交ぜになって、俺は泣きじゃくった。
彼女のなかの熱は、もう感じられなかった。
そんな俺に、ドルチェットは優しい笑顔で微笑んだ。「やっと、また会えたわね、ダルバ…」

9:2012/10/29(月) 16:14:05
*完結*

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