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Fate/Fanzine Circle-聖杯戦争封神陣- 第二章

1 : ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 21:01:02 SvL25HAA0
◆p.rCH11eKY氏と長期間連絡が取れないため、代理でスレを立てさせていただきました。

【ルール】
 ・全二十一騎のサーヴァントによる殺し合いを行い、最後の一騎を選定します。
 ・非リレー企画にするつもりはないので、書きたいと思った方はトリップを付けて予約するか、ゲリラ投下で作品を投下してください。とても喜びます。とても。
 ・予約期限は一週間、任意で延長が更に一週間可能です。(前スレ>>679より)
 ・予約解禁はこのルールを投下し終えると同時とします。

 ・マスターを失ったサーヴァントは、一定時間の経過後に消滅します。
 ・また、サーヴァントを失ったマスターも消滅します。こちらは約半日くらいの猶予があります。
 ・マスターが令呪を全て失っても、サーヴァントは消滅しません。

 
【状態表】
サーヴァントの場合
【クラス(真名)@出典】
[状態]
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1:
2:
[備考]

マスターの場合
【名前@出典】
[令呪]
[状態]
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1:
2:
[備考]


【時間表記】 ※開始時刻は午前とします
未明(0〜4)
早朝(4〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜16)
夕方(16〜20)
夜(20〜24)

wiki:ttp://www8.atwiki.jp/kamakurad/pages/1.html
※地図の正式版をアップしてあります。


2 : ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 21:08:41 SvL25HAA0
今回スレ立てを行いましたが、あくまで私は代理であって企画主ではありません。
本企画の企画主である◆p.rCH11eKY氏の帰還を心よりお待ちしております


3 : ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 21:10:16 SvL25HAA0
キーア&セイバー(アーサー・ペンドラゴン)、古手梨花&キャスター(壇狩摩)、衛宮士郎&アサシン(アカメ)、キャスター(ベルンカステル)を予約します


4 : ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:27:27 SvL25HAA0
投下します


5 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:28:20 SvL25HAA0





 そして彼らは此処に降り立つ。

 重き木霊は哀絶を奏で。

 灰燼と骸は嘆きを湛え。

 此処は退廃の夢に沈んだ異形都市。

 血肉の雨が、降り注ぐ街。





   ▼  ▼  ▼





 その閑散とした通りにぽつんと建てられた大きめの邸宅は、昼光がさんざめく穏やかな午後の時間帯にあって、しかし何かを拒むかのように硬くその門戸を閉ざしているのだった。
 白く清涼感を思わせるその邸宅は、個人の家屋ではなく児童福祉の法に従って運営されている孤児院だ。常ならば庭先や大きく開かれた窓の向こうからは就学していない子供たちの遊ぶ無邪気な声が、爛漫な雰囲気と共に辺りに広がっているはずである。だからこそ今この瞬間において、この孤児院が重い沈黙と閉塞感に包まれているという現状は、非常に奇異に見えた。
 種を明かしてしまうなら、その理由は至極単純である。ここ一週間ほど鎌倉の街を騒がす不確かな噂どころではない、現実として行われた大規模な破壊行為が、孤児院のすぐ近くで巻き起こったのだ。

 院長を務めるおばあちゃん先生と懇意にしていた名家のお嬢様が、この孤児院を訪れてから幾ばくか。もうすぐ朝が終わろうかとしていた時間帯に、その音はやってきた。
 何かを爆発させ、大きなものが崩れ落ちるような音。工事の時に聞こえるようなものとはそれこそ次元が違う轟音が、一度ならず数えるのも億劫になるほどたくさん鳴り響いた。そして音が鳴る度に、建物自体が揺れ軋み埃が落ちてくるほどの激震が、孤児院を襲ったのだ。
 この時点で、院に残っていた子供たちの多くは恐慌状態に陥り、年長の者に縋りついて離れなくなっていた。そも、この昼間の時間帯において院に残っている子供は、その多くが就学していない幼児であるか、あるいは心に傷を負った不登校児である。こうした非常時に平静に対応できるはずもない。宿直の職員は、必死で彼らをあやしていた。
 その様子をキーアは、周りが感じている不安と同じように優れない表情で見つめていた。

【本戦が始まって半日。この段階で既に、か】
【うん……】

 霊体化し傍に侍るセイバーの声ならぬ声に、キーアは力なく答えた。
 キーアの様子が優れないのは近場で発生した破壊事故だけでなく、聖杯戦争が本格的に始まってしまったこと、そしてその戦火が自分たちの想定以上に急速に広がっている事実を、否応なく実感してしまったことに起因していた。

 原因不明の轟音に際し、職員の一人が情報を得ようと点けたテレビからは、緊急速報が流れていた。
 その内容は、材木座海岸付近の港町の一角が、大規模な竜巻にでも巻き込まれたかのように破壊され、多くの住民が死亡したというものだ。
 現在では消防隊による救出活動と並行して、警察が緊急捜査と現場検証にあたっているという。通行も遮断され、その一角は半ば陸の孤島と化していると、テレビ画面に映し出された無機質な白文字は語っていた。
 すわ災害か事故か、どちらにせよそれに遭遇したのは自分たちだけなのではと考えていた孤児院の住人は、そこで自分たちの所以外にも被害が出た地域があったことに驚愕した。しかも災難はそれだけに終わらず、通常の番組編成を休止して緊急特別番組を敢行したテレビによって、更なる事実が告げられた。
 この鎌倉において、今日半日で発生した重大事件は『四つ』あった。うち二つは言うまでもなく、前述した港町の突風事故と孤児院近くの破壊事故である。しかし更にあと二つ、異常極まる破壊行為が鎌倉では起こっていたのだ。
 一つ、鎌倉市街中央部、鎌倉駅東口方面にて大規模な火災と爆発事故が発生。現場は非常に危険で現在も人が立ち入れず、目撃者によれば「巨大な火柱が上がった」という。
 一つ、数日前から相良湾沖に駐留する正体不明の戦艦が、ついにその沈黙を破って砲撃を開始。稲村ケ崎の住宅街及び電鉄線が車両ごと破壊されたこと。


6 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:29:03 SvL25HAA0

 これらの事故が一体何を意味するのか、およそ市井の住民では理解できるはずもないだろう。
 しかし他ならぬ聖杯戦争の参加者であり、伝説に生きた騎士のサーヴァントを従えるキーアには、それが何によって齎されたのか理解できてしまっているのだ。
 すなわちサーヴァント。聖杯が招く奇跡の恩寵を求め、この鎌倉を跳梁する幻想の産物たち。人の手の及ばぬ彼らによるものであると、キーアには分かっている。

 だが、それ以上に。
 キーアがここまで心を不安に染め、その表情を優れないものにしている理由の最たるものは、そんな聖杯戦争によって引き起こされた災害そのものではなく。
 テレビに映る災害現場に集う一般市民たちの表情が、隠し切れない喜悦と興奮に染まっているのだという歪さでもなく。
 つい先刻、この孤児院において親交を深めた"とある少女"に起因するものであると、彼女を見下ろすセイバーは知っていた。

【通常七騎で行われる聖杯戦争の定石を覆し、数十にも及ぶ英霊を競わせる此度の戦……半ば予想はしていたけど、どうやら此方の想定以上に戦火の広がりは早いらしい】
【セイバー、私達もやっぱり……】
【巻き込まれる、それは避けられないだろうね。現にこうして、すぐ近くにマスターが存在した】

 セイバーの言葉が指し示すのは、言うまでもなく古手梨花のことだ。キーアに曰く、ドウメイやサーヴァントという単語を使い、見知らぬ男が急に現れたという。たったそれだけではあるが、彼女が聖杯戦争の関係者であることを証明するには十分すぎるほどの状況証拠が存在した。
 先刻の砲兵との邂逅において、セイバーもまたその気配を現出させている。故に、ほぼ確実にこちらの存在は捕捉されていることだろう。悠長にしていられる時間は、極めて少ない。

【きみの命は僕が守る。かつて誓ったその言葉に嘘はない。けれどキーア、きみには選ぶ義務がある】
【義務?】
【そう。戦うか、戦わないか】

 サーヴァントとは守護し戦うものだ。守護し戦うだけのものだ。だから、その力をどう振るうかを決めるのは、全てマスター次第。
 キーアは自身に願いはなく、ただ生きて帰りたいと言った。誠実で優しく、そんな彼女だからこそ、セイバーは心よりの忠誠をキーアに誓ってはいるけれど。
 彼女が一体どうしたいのか。それを決めるのは自分ではなく、彼女自身であるべきだ。

【僕が成せる範囲で、きみには全てが許されている。戦うことも逃げることも、あるいは歩み寄ることも。いずれにせよ、今ここで決めなければならない】

 何故なら戦況とは刻一刻と変化していくものだから。聖杯戦争は容易にその参加者の命を食らい、奇跡へ至るための残骸としていく儀式だ。答えを出せないままでは、キーアに命はない。

【けど安心して。きみがどんな選択をしようとも、僕はそれに尽力しよう。決してきみを裏切ることも、危険に晒すこともない】
【……うん、ありがとう、セイバー】

 言って、キーアは顔を上げて。
 毅然とした表情で告げた。


7 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:29:33 SvL25HAA0

【話してみるわ、リカと。彼女が何を望んでいるのかは分からないけど、でも何も知らないままじゃ駄目だもの】
【……了解した。ならばその間、きみのことを守るのは僕の役目だ】

 頭に響くセイバーの声。そこには何の不純物も含まれておらず、清廉なまでの誠実さだけが伝わってきた。
 それをキーアは、とても頼りに感じると同時に、何か尊いものを思った。それは例えば御伽噺の王子さまのような。正義に輝く、聖なるものであるとか。

 ―――ありがとう、セイバー。

 心の中で感謝を告げる。面と向かっては、もう何度も言ってきたから。きっと彼は「当たり前のことだよ」と言って、困った顔をしてしまう。だから心の中でだけ。
 キーアは椅子から立ち上がり、梨花の姿を探す。孤児院はそう広くもないから、きっとすぐ見つかるはず。


「……?」


 と、そこでキーアは、自分のことを見つめる視線に気付いて。
 ふと振り返る。そこには、怯えと共に何かを遠慮するかのような表情の小さな子供たちが三人、身を寄せ合ってこちらを見ていた。

「どうしたのみんな。何か私に」

 用があるの、と。そう続けようとして。

「……キーアおねえちゃん」

 ひしり、と。
 抱きつかれてしまった。腰のあたりを三人に。見れば目元には涙を湛えて、今にも泣きだしてしまいそうなほどに。
 えっ、と困惑してしまう。次いで、ああと納得することもあった。

「こわいよ、おねえちゃん……」
「みんなどうしちゃったの、せいせいは……」
「もうやだよ、こわいよぉ……」

 心細いのだ、この子たちは。こうも立て続けに災害に見舞われて、大人たちも皆血相を変えて。
 子供は大人が思うよりもずっと、周りの人を観察している。頼れる大人が慌ててしまえば、その気配は容易に子供たちにも伝播してしまう。
 何が起こってるのか分からないけど、大人がみんな惑っている。
 だから自分も惑うのに、その理由が分からないから尚更こらえようのない恐怖が沸き起こる。
 そんな、子供たちが抱える不安というものを、キーアも感じることができたから。


「―――大丈夫」


 ふわり、と。
 風に舞う清涼な外布のように、柔らかな動作で。
 院の外で今なお囀る小鳥よりも、愛らしい声で。
 キーアは縋る三人の子を優しく、優しく抱きしめた。

「きっと大丈夫よ。おばあちゃん先生もお姉さん先生たちも用務員のおじちゃんだって、みんなみんな頑張ってるんだもの。
 先生たちが私たちに嘘ついたこと、駄目だなんて言ったこと、今まで一度だってあった?」

 ううん、と微かに首を振る感触。それを見て、キーアは大きく破顔した。

「でしょう? だから信じて待ちましょう。大丈夫、先生だけじゃなくて、私だってついてるんだから」

 だから安心して、と。告げるキーアの表情は、笑み。
 光そのものである輝きを背に、彼女は笑っていた。
 姿なく見守るセイバーは、そこに暖かいものを思った。木陰に差し込む陽だまりのような、そんな暖かさを。
 やはりこの子には物憂げな顔よりも、こうした笑顔こそが似合う。

 きっと、孤児院の皆はキーアの優しさにこそ惹かれたのだろう。今はもう落ち着きを取り戻した三人の子供たちを見て、思う。
 彼女は決して居てはならない人間ではなかった。例え招かれざる異邦の異物であろうとも、それだけは胸を張って言えた。
 そしてその想いは、これからも曲がることはないだろう。そう、決して。
 少女の輝きに誓い、セイバーは一人、そう述懐した。





   ▼  ▼  ▼


8 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:30:09 SvL25HAA0





(やっぱり、慣れるようなもんじゃないわね)

 吹き抜けになった二階から、階下のキーアたちを見下ろして、梨花はそうひとりごちた。
 やはりというべきか、キーアを見る度に感じる苛立ちにも似た悪感情は、収まりも慣れることもなく梨花の心中に暗い影を落とすばかりである。
 その感情が何であるのかを、梨花は知っていた。それは自分が手放し、二度と手に入らないものを持っている彼女への抑えきれない羨望と、それに付随したどうしようもない嫉妬の念なのだ。
 彼女を見てると、どうも昔のことを思い出す。自業自得とは重々承知してはいるが、しかしそれが腹立たしくて仕方がないのだ。

【よいよたいぎぃ奴ぁのう。百も昔に失ったもんのことなんぞ、今に思っても仕方ないに決まっとろうが】
【うっさいわね馬鹿。そもそもあんた、さっき勝手に動いたのだってまだ詳しいこと聞いてないんだけど。一体何考えてんのよ】
【そがァなことは決まっちょるよ。俺ぁ何も考えちゃおらん、それがこの俺壇狩摩じゃからのォ。うははははははは!】

 頭の中に響く無駄にでかい笑い声に、梨花は思わず顔を顰めそうになった。やはりこの男、自分とはまるで相性が悪い。本当ならば人生の内で1分と関わり合いになりたくない人種だ。
 何せこの男、本当に何も考えてない。やることなすこと行き当たりばったり、どころか常識的に考えて自殺行為に等しいようなことまで平然とやってのけるのだから、見てるこちらとしては心臓に悪いという他ない。
 先ほどだってそうだ。生前の知り合いだかなんだか知らないが、敵マスターの前にいきなり実体化など、仮にもサーヴァントのすることではないだろう。結果的にそのマスターとは同盟関係を結ぶことができたとはいえ、憤懣やるかたなしな思考になるのも仕方ない。
 つくづく、サーヴァント失格な男である。

【まあ、それがあんたの勝ち筋だって言うんなら、私はそれに乗るしかないのは分かってるわ。不本意だけどね。それで、ここからどう動くの】
【さぁてのう。俺ァ反射神経の男じゃけぇ、どう動くかなんぞそん時になってみにゃあ分からんでよ。でもまあ】

 そこで一度、狩摩は言葉を切って。

【探らせとった鬼面共が、さーばんと言うんを見つけてきおったわ。全く幸先がいい話でよ】
【それを早く言いなさい!】

 思わず食ってかかってしまった。しかしそれも仕方ないことだろう。
 何故なら敵サーヴァントの情報は聖杯戦争を勝ち抜くにあたって最重要と言っていい代物だ。敵の容姿、真名、扱う武器に能力の内容。何か一つでも分かれば何かしらの対策を打ち出せる。
 ましてこちらは礼装や陣地の作成など、事前の準備が物を言うキャスターなのだから、そうした情報は何よりも大事にしなければならない。

【そいでじゃが、件のさーばんとゆゥ奴はの……】
【そのサーヴァントは……?】

 そういうわけだから、梨花の顔も自然と真剣なものになる。自分の進退を左右するかもしれない話なのだ、当たり前である。
 そんな梨花に、狩摩は意地汚い笑みを浮かべて。


9 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:30:38 SvL25HAA0

【なんと、お前にそっくりじゃったそうでよ! うはははははは! お前みとうな陰気臭い餓鬼がもう一人たァぶち笑い種じゃのぉ! じめ臭うてかなわんわ!】

 ……一瞬でもこいつに期待した自分が馬鹿だったようだ。

【……で、スキルや宝具は確認できたの?】
【ん? あぁそうじゃの。なんぞやたら"運"がいいゆゥとったわ。まあ俺ほどのもんじゃないんじゃろうがのォ。きひ、ひひひ】

 爬虫類めいた双眸を細め、何がおかしいのか狩摩はひとしきり嗤う。
 不気味、不審、ここに極まれりといった風情だが、梨花としてはもう慣れたものだった。こんなものに慣れたくなどなかったが、人間というものは存外に適応力が高いものである。要らない知識と実体験が一つ増えた瞬間であった。

 ともかく、梨花は得られた情報を整理しておくことにした。正直情報量自体は少ないが、0であるよりは遥かにマシだ。
 まず第一に、そのサーヴァントの外見は少女であったということ(自分に似ているというのは流石に戯言だろうが)。
 そして、運がいいということ。キャスターに追加で聞いてみたところ、どうやらそのサーヴァントは「偶然性、それも自身に都合のいいことを意識的に発生させられる」力を持つらしい。他にも欠片のような空間障壁を展開する、空間転移を敢行するなど、その能力には列挙するだけでも頭が痛くなるほどに荒唐無稽で、だからこそそれが真実ならば相当な脅威であった。
 およそ戦闘には向かない容姿、不可思議な術式を容易く行使する特異性。それらを考慮すると……

【そのサーヴァント、多分キャスターよね】
【さァて、お前がそう思うんならそうなるじゃろ。お前ん中ではな。それが全てよ】
【馬鹿にしてるの?】
【いやいや、それが中々馬鹿にできたもんでもないけぇ。まァお前にゃ分からんことじゃろうがの】
【やっぱり馬鹿にしてるわね、あんた】

 狩摩のたわ言は聞き流すとして、そのサーヴァントがキャスターであることは、まず間違いないだろう。
 聖杯戦争は通常、同クラスのサーヴァントは重複しないという話であったが、どうやらここではそんな常識も通用しないらしい。魔術闘争なんて非常識の産物に、常識という言葉を適用させていいものか、それは分からないが。

【それで、言っておいた"陣地"ってやつはできてるんでしょうね】
【おう、できとるよ。急造のもんじゃが、まァ問題はなかろうよ。じゃけェそう心配すんなや、重ねた歳がそんならの顔に浮かびおるわ】

 キャスターのクラススキルに、陣地作成というものがある。それは文字通り自陣営に有利となる陣地を作成する技能であり、地力で他のクラスに劣るキャスターに残された数少ない光明である。
 梨花は前日から、狩摩にそれの作成を命じていた。そして意外なことに、この奔放に過ぎるキャスターは梨花の命令に唯々諾々と従い陣地の作成に努めたのだ。
 そうして果たして、その陣地とやらは完成したのだという。
 当初、梨花はその言葉を信じられなかった。というのも、所謂目に見える形でこの孤児院に変化点は存在しなかったからだ。
 梨花としては、陣地というものなのだから、少なくともマスターたる自分には分かる程度には施設に変化があると思っていたのだ。しかし陣地と定めたこの孤児院において、昨日までと今日で一切の変わりはなかった。
 だからこの質問をした時点では、梨花は狩摩が作成作業をサボったとばかり考えていたのだ。梨花の言葉がどこか棘を持っていたのには、こういった理由がある。
 しかし、その予想はどうやらいい意味で裏切られたらしい。狩摩が嘘を言っていなければ、の話であるが。


10 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:31:08 SvL25HAA0

【しかしまァ、お前もよいよたいぎぃ先行きじゃからのぅ。焦る気持ちゆゥんも分かるわ。俺とは無縁の感情じゃがの。
 現にお前にとっちゃ頭の痛い話じゃろうよ。まァ、これだけは"間"ぁ悪ぅかった思うて諦めェや】
【は? いきなり何言って……】
【"来る"でよ】

 その一言に、梨花は背筋が凍るという感覚を体感した。氷を入れられた、どころの話ではない。椎骨そのものを鷲掴みにされ、髄液の代わりに冬の真水を注入されたにも等しい悪寒が、背筋を走ったのだ。
 狩摩の言葉に恐れを覚えたのではない。それは、彼が"来る"と評したものが、突如としてその気配を露わにしたものが、梨花にも確かに感じ取れたからだ。
 孤児院の外、ここからおよそ百mほどか。そこに、何か"取り返しのつかない"ものがいるということが、理屈ではなく直感として分かった。

 ドッペルゲンガー、という単語がある。
 自己像幻視とも呼ばれるそれは、有体に言えば自分自身の姿を自分で見るという幻覚症状の一種だ。大抵の場合は精神、あるいは脳の障害に起因する錯覚でしかないが、そういた医学的に説明が付く事例もあれば、逆に医学的には説明不能な事例も存在する。
 ある日突然訪れる「もう一人の自分」。二重写し、影、重なって歩く者。それらは時代も国も超越して、数多くの事例と「死の前兆」というモチーフが付随して語られる。
 それを、何故か突然、梨花は想起した。理由は分からない。けれど、梨花は確かに感じたのだ。

 ドッペルゲンガー、もう一人の自分。
 そうした最も自分に近い、しかし最も遠い存在。そうとしか形容のしようがない何かが、そこにいるのだと―――!

【きひ、きひひひひひ。来る、来るでよ。ぶち恐ろしかものがやってきおったわ】

 狩摩は嗤う。口調とは裏腹の、何もかもを愉快がった嘲笑の笑みを絶やすことなく。

【"魔女"が、来おった】

 睥睨して見つめる視線が、孤児院の壁を貫いて彼方を見据えたのだった。





   ▼  ▼  ▼





 かつて神稚児と呼ばれた童がいた。
 七つまでは神のうち。数えで七歳を迎えるまでの稚児は人ではなく神や霊に近い存在である。そんな伝承がこの国にはあった。
 乳幼児の死亡率が極めて高かった時代、子供は人と神の境界に立つ両儀的存在と見なされた。そして真実、それに相応しい生き残りがその地には存在した。
 人の願いを無差別に叶える万能の現人神。人の数だけ存在する願いを、願いの数だけ現実とする"都合のいい神さま(デウス・エクス・マキナ)"。
 その娘は人の姿をして、しかし決して人ではなく。世界の全てさえ左右できるほどの力を宿し。
 しかし彼女自身が願うのは、本当にささやかなもの。


 かつて正義の味方を目指した少年がいた。
 大災害にて家族を失い、自身もまた冷たい死を待つだけの身であった彼は、そんな自分を救った男に光を見た。
 当初はただの憧れだった。何も知らない子供のように、綺麗なものを見つめる少年のように。
 そして想いは順当に受け継がれ、少年はその身に呪いを受けた。男の犯した過ちを、けれど間違いになどさせないという少年の誓い。
 しかし彼はその果てに、正義ではなく人を選んだ。一を犠牲に全を救う正義ではなく、唯一の幸せのために世界の全てを切り捨てた。
 神の子が願ったささやかな願い。人になりたいというその言葉を、彼は笑顔と共に受け入れた。


 かくして正義に憧れた少年は、その味方となる権利を手放し。
 今や悪の敵たる資格すら失って。
 妹を救いたいと願うだけの少年は、世界の敵と成り果てたのだ。


11 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:31:37 SvL25HAA0











 先の戦いより数時間、士郎の肉体に蓄積された疲労は既に癒えていた。
 拠点よりほど近い市街地にて発生した戦闘……より厳密に言うなら、自分から仕掛けたものであったが、それでも彼らは勝利を手にして戦場を後にした。三騎士たるランサーのサーヴァント、及び準サーヴァント級の規格外マスターを、非才の少年と暗殺者の少女という弱者の牙が打ち砕いたのだ。
 幸いにして、彼らはその戦闘において負傷の類を負うことはなかった。故に彼らは戦闘可能な程度にまで回復すると、すぐさま次の行動に出た。兵は拙速を尊ぶという言葉の通り、生半な作戦を練るよりも、自分たちにはやるべきことがあるのだからと。
 衛宮士郎が望むのは聖杯の獲得にして、世界の救済。より厳密に言うならば、「世界の救済のために犠牲にされようとしている妹に代わる奇跡」である。
 そのためならば、彼は何をも犠牲にしようと構わなかった。聖杯戦争に関わるマスターは元より、それに巻き込まれる無辜の住人であろうとも、彼は一顧だにすることなくひた走ろうとしていた。
 そして。

【アサシン、気配の出所は確かにそこで間違いないんだな】
【そうだ。気配は二つ、微かだが建物内に確認できる】
【二つ、か……厄介だな】

 現在、士郎とアサシンは目下の標的を発見し、その威力偵察を行っていた。
 目標は閑静な土地の通り面した白色の建築物。傍にある看板から、そこが孤児院であることが士郎には分かった。
 なるほど、と納得するものがあった。異世界より召喚され、身分の保障すら与えられない今回の聖杯戦争において、マスターが取れる選択は限られている。
 身分や戸籍を偽装するか、あるいはそうした相手から偽装身分を奪い取るか。そうした力も持たない場合は、素直に路上生活者として活動するか。
 そうした観点から見れば、個人経営の孤児院はある意味うってつけではあった。若年層のマスターに限られるが、孤児として施設に紛れ込むことができれば戸籍や素性の問題に突っ込まれる機会も多くはなるまい。
 しかしそんな与太な思考とは全く別のところに、士郎が危惧する問題があった。すなわち存在するサーヴァントの気配の数である。
 アサシンに曰く、その孤児院にあるサーヴァントの気配は二つなのだという。これは非常にまずいと言えた。何故ならこちらは敵の足を引っ張り隙を突くことしかできない弱兵、正面からぶち当たったのでは万に一つの勝機もあるまい。
 二つの陣営が一つ所に在る理由……同盟か、敵対か、それを知ることは士郎にはできないが、前者であった場合には根本的に作戦を練り直さなければならないだろう。
 無論、後者であった場合には決裂の隙を突くだけの話だが。

【アサシン、お前は引き続き偵察を続けてくれ。動きがあったら教えてほしい】
【了解した、士郎】

 念話でアサシンに命じて、士郎は一人双眸を細めた。強化された視界の先に映る孤児院の姿は、彼に一つのことを思い起こさせた。

(美遊……)

 彼には救いたい者がいた。その者は神としてこの世に生を受け、神としての力を望まれ、人であることを許されなかった。
 世界を救うために犠牲となるただ一人。その者は殺されるために生まれたのだと言われた。
 士郎は、それを許すことができなかった。全を救うために一を犠牲にするという理論、彼が憧れた正義の男と同じ理屈を、しかし彼は受け入れることができなかったのだ。
 その者の名を、朔月美遊。神稚児信仰の体現たる朔月家唯一の生き残りにして、今や一人の人間となった少女。
 衛宮士郎に残された、世界にたった一人の大切な妹だった。

(待っていてくれ、俺は必ずお前を救い出す)

 美遊もまた、孤児と言っていい身の上だった。だからだろうか、孤児院を見ているとそのことを思い出してしまう。
 あそこに住まう子供たちも、恐らくは美遊と同じ年頃なんだろうか―――
 ふと湧き上がった思考を、士郎は冷酷に消し潰した。彼女を救うために悪となった自分には、もう許されないものだったから。

(だからこそ、立ち塞がる敵は総て討ち倒す。そこにどんな正義があろうとも……)

 例えどれほどの正義があり、どれほど正当な大義名分が掲げられようと。
 最低の悪たる自分には通じはすまい。一のために全を殺す自分には。

 いずれ訪れるかもしれない機会のために、士郎はただ待ち続ける。
 救うべき大切な者の影だけを、その瞳に映して。
 正義の味方に焦がれた少年の面影は、最早どこにも残されてはいなかった。


12 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:32:11 SvL25HAA0











 正義の味方の男は言った。自身の生は、見えない月を追いかけるが如き暗闇の旅路であったと。
 世界の敵の少年は言った。例え月が見えずとも、それでも人は星を仰ぎ見るのだと。
 暗闇の中であろうとも、人は星に願いを託す。正しく在ろうと足掻いた男の生涯は、決して間違いなどではなかったのだと。

 けれど、けれど―――

 人が月を見ることができずとも。
 月は人を見下ろしている。
 正義も悪も嘲笑い、慈愛と侮蔑の視線で睥睨している。
 今この瞬間も。
 月は、人々を見下ろしている。
 昼光に遮られ、暗闇が視界を閉ざし、星の輝きさえ届かぬ深淵の玉座から。



 ―――《月の王》が見下ろしている。





   ▼  ▼  ▼





「あら、一足遅かったみたいね」

 破壊の限りを尽くされた市街地を見下ろして、少女のように可憐な、しかし暖かさの一切を感じさせない嘲笑の声が響いた。
 声の持ち主は人ではなかった。黒き肢体をしなやかに躍動させ、黄金の瞳で全てを見通しながら、獣の口元を愉悦に歪ませている。
 書割のように背景から浮き出た黒猫が、人の言語を解していた。

「混沌の坩堝と化した都市……そこで行われる人間たちの狂騒。醜いわね、とても醜い。けれど、いいえだからこそ、観覧の種としては見るものがある」

 黒猫―――奇跡の魔女がこの戦場に望むのは娯楽である。
 彼女自身は知的遊戯を尊び、推理を愛し、他者の知性を嘲笑う魔女ではあるけれど。
 だからこそ、その脳髄を満たす娯楽に関しては貪欲だった。愚かな人間と英雄などと持て囃されている愚者が手を組み殺し合うなどと、なんと暇の潰しがいのある趣向であろうか。
 故に彼女は傍観者の地位に座りながら、そのゲーム盤を睥睨するのだ。将棋かチェスを観覧する淑女のように。

 そして彼女は―――新たな娯楽の種を見つけた。
 この地よりほど近い場所にある、幼子を収容する白箱を視界に収めて。
 そこに集う超常の者の気配を悟って。
 奇跡の魔女は、残酷に冷酷に、弦月の形に笑みを歪ませた。

「ふふふ……楽しみだわ。どこのカケラか知らないけど、まさか"あの子"に会えるなんてね」

 その声は。
 その愉悦は。
 遥か昔に置き去った"何か"を想うようで。

「待っていなさい、■■■■」

 そこ名を聞き取れた者は。
 少なくとも、この場には誰も存在しなかった。


13 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:32:43 SvL25HAA0

【B-1/孤児院/一日目・午後】

【古手梨花@ひぐらしのなく頃に】
[令呪]三画
[状態]健康、苛立ち
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、百年の旅を終わらせる
0:魔女……?
1:キャスター……もうこいつについて深く考えるのは止めにするわ。
2:百合香への不信感。果たして本当に同盟を受けて良かったのか。
3:キーアに対する羨望と嫉妬。
[備考]
※アーチャー陣営(百合香&エレオノーレ)と同盟を結びました
※傾城反魂香に嵌っています。気に入らないとは思っていますが、彼女を攻撃、害する行動に出られません。

【キャスター(壇狩摩)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態]健康
[装備]煙管
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ。聖杯自体には興味はない。
[備考]
※アーチャー陣営(百合香&エレオノーレ)と同盟を結びました
※彼は百合香へもともと惚れ込んでいる為、傾城反魂香の影響を受けていません。
※孤児院を中心に"陣地"を布いています。


【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、混乱
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:梨花と一度、話してみたい。
[備考]
古手梨花をマスターと認識

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]健康
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:古手梨花とそのサーヴァントへの警戒を強める


【B-1/高所の物陰/一日目・午後】

【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] 魔力消費(小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
1:孤児院への奇襲を仕掛けたい。しかしサーヴァントの気配が二つあることを憂慮。
[備考]
アサシン(アカメ)とは数㎞単位で別行動をしていますが、念話・視覚共に彼女を捕捉しています。


【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 健康
[装備] 『一斬必殺・村雨』
[道具] 『桐一文字(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
1:士郎の指示に従い、孤児院の様子を探る。


【キャスター(ベルンカステル)@うみねこのなく頃に】
[状態] 健康、黒猫
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ
1:面白そうなので観覧する。
[備考]
※『杜に集いし黒猫の従者』に綾名を護衛させています。
※黒猫に変身した状態ではサーヴァントの気配を発しません。


14 : 名無しさん :2016/10/24(月) 22:33:05 SvL25HAA0
投下を終了します


15 : ◆H46spHGV6E :2016/10/26(水) 14:38:21 juXcK7KM0
スレ立て、そして投下乙です

浅野學峯&玖渚友、結城友奈で予約します
また、念のため同時に延長も申請します


16 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:26:17 dnHq7CdU0
古手梨花、壇狩摩、逆凪綾名、ベルンカステル、キーア、プロトセイバー、衛宮士郎、アカメを予約します。
そして前編を投下します


17 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:28:08 dnHq7CdU0











 ―――それでいい。神とサイコロは無口でいい。

               Frederica Bernkastel










   ▼  ▼  ▼





【点在、非在、偏在を確認】

【監視継続】

【時間流への介入を開始】

【……】

【時間軸・432680秒前】

【アクセスしますか?】

【……】





 ………。

 ……。

 …。





【5日前】

【地上、あるいは―――】





 ………。

 ……。

 …。


18 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:29:10 dnHq7CdU0





 その日は休日ということもあって、孤児院の皆は源氏山公園へちょっとしたピクニックを企画していた。
 その頃はまだ、鎌倉に蔓延る異常現象とか大規模事故とか、そういうのも控えめだったため、対処にあたる公共機関の人員はともかく、一般市民の危機意識はまだ低かったのだ。
 街中は当たり前のように人で溢れ、道を行き交う人々は平穏な日常を送っているよう。不安や危機感というものは、およそ表面的な表情からは推し量ることができなかった。
 それはともかくとして。

 わらわら、わらわら。
 よくもまあこれほど集まったと言いたくなるほどに、数人の大人に引き連れられた小さな子供たちは、その小さく大きな目をいっぱいに広げながら思い思いにそこらじゅうに散らばっていた。
 おおざっぱに数えて20人ほどか。ある者は何が楽しいのか無駄に全力で走り回り、ある者はそこらへんの木に駆け寄ってしきりにジャンプしたり、ある者は備え付けのベンチに飛び乗ってはしゃいでいる。
 周りの人に迷惑がかからないように、という引率の言葉が虚しく響いた。遊び盛りの子供たちには馬耳東風か、目の前の遊びや好奇心のほうがよっぽど重要なのだろう。とは言っても、流石に誰かが来た時はある程度自重はするようで、素直に道を譲ったりぶつからないように配慮したり、それくらいの良識は見せるのであった。

(子供ね……)

 そんな稚気の溢れる中にあって、古手梨花は当然というべきか、大きなため息を吐きたくなる気持ちを抑え、内心で小さく愚痴を吐き捨てているのだった。
 梨花は一際幼い子供の容姿こそしているものの、その実態は幾多の時間をループし続ける時間遡行者にも等しい存在である。繰り返した時間はおよそ100年にも及ぶか。流石に同年齢の老女よりは情緒も感性も若いつもりではいるものの、外見通りの子供では決してない。
 そうした梨花の視点から見れば、子供の無邪気で傍若無人な振る舞いは、時に眩しく映る反面、その大半は鬱陶しいものとして映るのだ。
 辺りから聞こえてくる「すげー」とか、「初めて見たー」とか、あとは言葉にもなってないはしゃぎ声とか。なんとも明るく和気藹々とした雰囲気は、常であるなら楽しめでもしたろうが、聖杯戦争などというものに絶賛参加中の身では苛々の素でしかなかった。
 中でも特に。

「わあ……」

 自分の隣で、目を輝かせている少女(キーア)であるとか。
 そんな彼女を横目に、梨花は重たい息を吐きたくなる衝動を、何とかして抑えた。

 このキーアという少女は、何かと同じ境遇である自分に構ってくるのだった。
 眠る部屋は同じだし、食事の度に隣に座ろうとしてくるし、お喋りであるとか、日常の家事雑事であるとか、そういうのも一緒にしようと誘ってくる。それがどうにも、梨花にとっては言いようもない感覚に襲われるのだった。
 別にキーアのことが嫌いであるとか、そういうことではない。
 むしろ好ましい人物であることは分かっているし、仮に元の雛見沢分校に彼女がいたならばと、そう思うこともあるくらいだ。
 ただ、この邪知渦巻く鎌倉の街で見る分には、なんとなく苦手だという、ただそれだけである。


19 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:30:22 dnHq7CdU0

「ねえ見て、梨花! 凄いわ、こんなにたくさんの緑があるなんて!」
「みぃ、キーアは何をそんなに驚いているのですか? 葉っぱがそんなに珍しいのですか?」
「ええ。あたしがいたところには、こんなに綺麗な自然はほとんど残ってなかったの。だから、ここはとっても楽しいわ」

 言ってキーアは両手を広げて、胸いっぱいに空気を味わうように、草木の萌える芝生を踏みしめた。
 くるくると回る姿は妖精のようで、まるで風に舞う花びらを梨花に思わせた。その顔には満面の笑み。彼女が一歩を踏み出したというそれだけで、周りの空気が入れ替わったと錯覚するほどに、その雰囲気が一変した。

「この街はとっても素敵よ。青い空があって、緑の草原があって、そして住んでる人たちはみんな笑顔なんだもの。
 ねえ、梨花」
「なんですか、キーア」
「あたし、この街に来て良かったわ。素敵なものが見れたし、みんなにも出会えた。それに……」

 言って、キーアは更に破顔して。

「梨花にも会えたんだもの。あたし、梨花に会えて本当に良かったわ!」

 はにかむような、弾むような。
 そんな笑顔を、前にして。

 ―――だから、あんたは苦手なのよ。

 笑顔の裏で、梨花は一人、そう思うのだった。





   ▼  ▼  ▼





【現時刻】

【地上、あるいは―――】





   ▼  ▼  ▼


20 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:31:08 dnHq7CdU0





 気絶から目を覚ますと同時に、逆凪綾名は魔法少女スイム・スイムへとその姿を変え、即座に魔女の追跡へと当たった。理由は簡単、そうしなければまともに作戦行動がとれないからである。

 スイム・スイムは予選から今に至るまで、敵主従を討伐するまでのほとんどの工程を自分の手で完遂していた。自身の魔法を使い、地面や建築物に潜航しての不意打ちによるマスター暗殺。そんな、たった一つの手段を極めることで、スイム・スイムはここまで勝ち上がってきた。
 すなわち、彼女は戦闘においてサーヴァントの手を借りることなく勝ち上がってきたマスターという、極めて特異かつ常識外れの存在なのだ。だがそれは、サーヴァントの力が不要であるとか、そういうことでは決してない。
 例えば、スイム・スイムはマスターやサーヴァントを見分けることができない。
 彼女は魔法少女であるが、魔術師ではない。多種多様な魔術的叡智と諸般の技術を身に着けた魔術師ではなく、魔法少女育成計画というソーシャルゲームを通じてたった一種類の魔法を手に入れただけの、未だ年若い少女でしかないのだ。
 故に、彼女は魔力探知というものを行えない。サーヴァントの存在を感知するには、同じくサーヴァントであるキャスターの力を借りる必要があった。
 今まではそれでもやりようがあった。鶴岡八幡宮に潜伏し、そこで戦闘を行う不用意なマスターたちを襲撃するという工程を踏んだのは一度や二度ではない。僅かに残された魔術的な痕跡を辿ったのだって何度もある。しかし本戦に前後する頃から、そういった不用心なマスターというのは、とんと見かけなくなったのだ。
 この時点で、スイム・スイムは自身の限界を悟った。だからこそ、これからの戦いを優位に運ぶためにはキャスターの力が必須になると考えたのである。
 別に頼るわけではない。あくまでその力の一端を利用するだけだ。あの魔女は心身を委ねていいような存在では決してない。
 だから利用する。使えるものは何でも使えというルーラの教えに従って。

「……」

 人の目に留まらぬように、スイム・スイムは地を駆ける。時に壁や地面に潜航してやり過ごし、その姿を余人に見られぬよう憂慮して。
 キャスターの居場所はおおまかに分かっていた。それはパスを繋いでいるが故のこともあるが、それ以上にキャスターの使い魔である『杜に集いし黒猫の従者』の存在が大きかった。
 黒猫からもたらされる情報によれば、現在キャスターは鎌倉西部の笛田の街にいるとのことだ。スイム・スイムが気を失っていた場所からそう離れてはいない。魔法少女の身体能力を以てすれば、十分とかからず移動できる距離である。

 駆けて、駆けて、過ぎゆく街並みを横目に流して。
 そして、その視線の先にキャスターの姿を捉えた。

「……いた」

 一歩を踏み込み跳躍、重力の枷から放たれた体は優に10mの距離を無視して、行く手を遮る障害物の一切を透過しながらキャスターの真横へと着地した。
 久しぶりにまともに見るキャスターの表情は、相も変らぬ下卑たもので満ち溢れている。睥睨するようにこちらを見遣るキャスターに、スイム・スイムは無表情で相対した。

「あら、貴女も来たの。私には頼らないのではなかったかしら?」
「利用できるものは全部利用する。そうルーラが言ってたから」

 キャスターを仰ぎ見ることもなく、スイム・スイムはその先を見た。キャスターが見つめるその先、すなわち標的がいるところ。
 キャスターは、機嫌を悪くするでもなく、ただくすくすと嗤うだけだ。


21 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:31:32 dnHq7CdU0

「あそこに、いる」
「ええそうよ。愚かで愛しい私の駒(マスター)。貴女はどうするの、この盤面を俯瞰して」
「つぶす」

 返答はまるで淀みがない。戦意に猛るわけでも、まして臆するでもなく、あくまで自然体のままにスイム・スイムはそう言い切った。
 何故? ルーラならそうするだろうから。
 彼女にとって全てはルーラに帰結する。ルーラが為そうとすることに、自分もまた追随する。彼女にとっては万事がその理屈で説明可能であり、故に恐怖や躊躇が付随することはない。

「けれど、そうすると貴女はどう行動するのかしら。あそこにいるのは単騎ではなく二騎のサーヴァント。今までのような不意打ちでは対処しきれないわよ?」

 キャスターの言葉に、スイム・スイムは踏み出しかけていた足を止め、言葉なく熟考した。確かに、これでは分が悪い。
 キャスターの言う通り二つ以上の陣営が一堂に会しているとするならば、今までのような陰に潜んでの暗殺だけでは心細かった。一方を殺している間にもう一方に捕捉されるのは目に見えているからだ。
 攻め込む場合の有効手は敵の分断、あるいは同士討ちの誘発か。N市の戦いにおいて所持していた「透明外套」があったならばもう少し作戦に幅が出来たのだが、ないものを思っても詮無きことでしかないだろう。
 人手が足りない。仕込みの時間も足りない。敵の数も戦力もこちらを上回り、しかし先手を取れるというアドバンテージだけがこちらにはある。
 だとするならば、今ここでスイム・スイムが取るべき行動は……

「一時撤退」

 くるりと背を向け、つかつかと歩き去る。
 キャスターはつまらなさそうにこちらを振り向くのだった。

 スイム・スイムに恐怖はない。しかし、同時に彼女は馬鹿ではない。
 サーヴァントが二騎存在する。正面からでは勝ち目のないバケモノが複数いる。そのことで彼女は恐怖を感じないが、しかし真実勝ち目のない戦いに身を投じるような自殺行為を、彼女は是としない。
 現状、彼女に打てる手は限られていた。かつてのように味方―――ピーキー・エンジェルズやたまのような配下―――はおらず、この街において最大戦力と成り得るサーヴァントはこちらの言うことを聞きやしない。透明外套も元気の出る薬もなく、事実上スイム・スイムは独力で戦うしかなかった。
 そして、この状況で彼女一人で勝てるかと問われれば、それは否である。
 だからこその戦略的撤退だ。未だこちらの存在が気取られていないという前提条件があるならば、不意打ち以外にも見過ごして撤退するという手もある。

 ―――ここで、スイム・スイムが気付いていないことが二つ存在した。

 一つ、彼女らの存在は既に気取られていたということ。魔力探知やサーヴァントの気配探知ではない。それは、ある種の共鳴とも言うべきものによって、キャスター・ベルンカステルがいることを気取られていた。そしてそれは、他ならぬベルンカステル自身も知っていたことだ。
 故に、このことに関してスイム・スイムに落ち度はないと言うべきだろう。何せ彼女のサーヴァントは一等劣悪な精神性の持ち主であり、主たるスイム・スイムに利するかどうかすらその時の気分次第。現に今もその事実を告げてはいなかった。

 そして二つ目に―――


「……!?」

 瞬間、スイム・スイムは自身の身に「何か」が起きたことを直感的に悟った。
 目に見えない力の奔流が流れ込むかのような、感覚的な異常事態。無意識に透過の魔法を行使して、しかしそれは物理的な作用ではないために一切の抵抗を許されなかった。
 そして、彼女は……





   ▼  ▼  ▼


22 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:32:04 dnHq7CdU0





 木陰にて息を潜め、標的を見定める瞳が一対。
 アサシン・アカメは目下の敵地である孤児院周辺の木々に身を隠しながら、その内情を探っていた。白く清潔な印象を与える建物、中には人の気配が大勢。
 雑多なそれらの中にあって、一際目立つものがあった。それは魔力量の多寡という、サーヴァントにとっては当たり前に感じられる気配として、アカメの肌を突き刺すようにその位置を知らせていた。

【いたぞ、士郎。敵は確かに孤児院内部に存在する。大まかな位置も特定した】
【そうか……姿を目視できるか?】
【いや、今のところは魔力反応による位置検出だけだ。構造的にもそうなのだが、やはり霊体化されていては物理的な視認は難しい】

 そうか、とだけ告げて士郎は口ごもる。視認さえ叶うならば、視界をリンクさせることによりその命中精度を確かなものにできたのだが、高望みはすまい。
 それよりも、問題は院内の敵が二騎存在するということだ。一騎だけなら既に行動に移していた。しかし複数ではそうはいかない。
 士郎は数キロ離れたこの場所からでも即時命中させることのできる大火力の攻撃を保持している。それはサーヴァントの殺傷すら容易に可能とするものだが、しかしそれだけで二騎のうちいずれか、ないしどちらをも討ち果たせるというのはあまりにも希望的に過ぎた推測である。
 仮に二騎のサーヴァントが共に生き残って、結託した上で襲い掛かってきたならば、アカメ単騎での対処は難しいものになるだろう。アカメは優れた剣士ではあるが、その本分はあくまで暗殺者。彼女が一対一で負けるとは思えないが、複数人がかりではそれも怪しい。まして、彼女の力は敵の足止めには向かず、故に士郎の元へサーヴァントが接敵することがあれば、最早対処のしようがない。
 いざとなれば虎の子の令呪を使うという手もあるが、それとて先の対ランサー戦で使ってしまっている以上、聖杯戦争を勝ち抜くことを考えればできれば取りたくない手段ではあった。アカメが裏切らないという楽観を信じるとしても、使えるのはあと二画。切り札を使う場面はよく吟味しなければならない。
 なので今自分たちにできることと言えば、相手に動きがあるまで現状維持くらいのものであり、アカメに監視の命令を出して撤退しようかとも思案し始めた。

 その時。

【士郎、これは……!】

 念話から聞こえるアサシンの驚愕の声。その根源たる異常は、士郎の目にも映った。
 孤児院一帯に、突如として謎の方陣が浮かび上がったのだ。光を放つそれは幾何学模様をして、曼荼羅のようにも、あるいは図面のようにも士郎には見えた。
 これは、見間違うわけもなく……

「キャスターの、陣地か……!」

 知らず漏らされる呟きに。
 士郎の見据える瞳は、その鋭さを増すのだった。





   ▼  ▼  ▼


23 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:32:48 dnHq7CdU0





「魔女……?」

 思わず、口をついて出てしまった。

 しまった、と思った時には遅かった。周りにいた小さな男の子が、「どうしたのー?」などと聞いてくる。
 なんでもないですよ、とだけ返し、なおも聞き縋ってくるその子を半ば無理やりに置いて逃げて、梨花は内心忸怩たる気持ちでずかずかと廊下を早足で進むのだった。

【……意味が分からないわ。あんた一体何言ってんのよ】
【ほゥ、一から十まで分からんお前じゃないと思うんじゃがのう。それとも目ェ逸らしちょるんか。まあどっちじゃろうて俺ァどうでもええんじゃが、そのままじゃあそんならの死ぬるは必定よ】
【だから訳のわからないことを……ッ!?】

 自分でも形容できない感情がぐるぐると胸の中で渦を巻き、それをどう処理していいのか分からず、結果として踏み鳴らす足音だけが無意味に大きく院内に響いた。

 分からない。何が起きて、何が来たのか。
 魔女が来たとキャスターは言った。そして自分は"何か"が来たと直感的に悟った。
 その何かが具体的にどんなものを示すのか、それが分からない。自分でも分からないものを、しかし何故か感覚のレベルで梨花は恐れ、存在を感じ取っていた。
 人は自分の知らないものを本能的に恐れる。感覚的に訪れた恐怖と、それに対する無知から生じる二次的な恐怖が、二重の檻となって梨花の思考を占有していた。

 だからだろうか。
 足早に進む梨花は、普段なら気付けたであろうこと、しかしこの時気付くことができなかった。
 勢いのままに曲がり角に差し掛かろうとして、瞬間、梨花はばったりと"そいつ"と会ってしまった。

「……ッ!?」
「あっ……」

 小さな驚愕の声。
 目の前には、焦ったような驚いたような顔をしている、異国の雰囲気纏う少女の姿。

 ―――こんな時に……!

 内心吐き捨て、梨花は作り慣れた「無垢な少女」の仮面をかぶり、言う。

「みぃ、そんなに急いでどうしたのですかキーア。転んでしまったらイタイイタイですよ?」
「あ、梨花……えっと、あのね……?」

 ちぐはぐで要領を得ないキーアの返答。常の彼女らしからぬ物言いだったが、焦燥する今の梨花にはそんなことにかかずらっている余裕はなかった。

「それでは一旦バイバイなのです。キーアもそんなに慌てずに……」
「待って、梨花!」


24 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:33:17 dnHq7CdU0

 その横をすり抜けようとして、しかし次の瞬間に、梨花はその手を掴まれていた。
 振りかえれば、そこには何かを決意したかのように、口元を引き締めるキーアの顔。

「キーア、何を……」
「話したいの、梨花。貴女のことを」

 ……何を言っている?
 分からない。話す? 私のことを?

 こいつ今の状況が分かってないのか、と一瞬だけ考えて、しかしそんなもの自分以外に分かるわけがないと、梨花は思い至った。

「悪いのですけど今ボクは急いでいるのです。ごめんなさいなのですよ」
「ねえ、梨花」
「キーア、あんまりしつこいと」
「貴女、マスターなんでしょう?」

 その瞬間、比喩でもなく梨花は凍りついた。
 氷水に浸された腕で、心臓を鷲掴みにされたようだった。

 今、こいつは、何を言った?

「今朝見たの。貴女がサーヴァントを出して、ここに来た綺麗な女の人と話しているのを。聖杯戦争とか、同盟とか、言ってるのを聞いたわ」

 唐突な告白に困惑していた思考が、徐々に落ち着きを取り戻す。そして、梨花は目の前の少女が何であるのかを完璧に理解した。
 キーア。素性不明の孤児。こいつもまた、聖杯戦争に参加するマスターなのだと。

「キーア、あんたまさか……」
「戦うつもりはないの。あたしはただ、梨花と話したいだけ」

 キーアの声が遠くに聞こえる。自分でもよく分からない胸のざわめきが、不意に大きくなるのを感じた。

「あたし、梨花がマスターだなんて知らなかった。一緒に暮らしてたのに、全然気付けなかった」

 澱みのない瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。ただの視線なのに、痛いほどの力を感じた。

「あたしもね、マスターなの。でもあたしの願いはもう叶ってしまって……だから、あたしは梨花が何を願ってここにいるのか、分からないし想像もつかない」

 それは何も知らない者の声。何も知らない者の瞳。
 痛すぎるほどに真っ直ぐで、無知が故に輝く子供の理屈。
 だから、梨花は。


25 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:33:44 dnHq7CdU0

「ねえ、梨花。貴女はどうして、この街にやって来たの?」

 純粋すぎるほど純粋な、その言葉に。

「……黙れ」

 端的な否定の言葉を突きつけたのだった。

「黙りなさい、キーア。あんたがそれを聞いて何になるって言うの。願いが叶った? ああ良かったわね。なら私からも聞かせてもらうけど、何であんたはまだこうしてマスターとしてここにいるのかしら。
 私に向けるのは同情? それとも優越? どっちにしても、あんた邪魔よ。さっさと令呪を捨ててお家に帰りなさい」

 知らず、無垢な少女の演技はその皮を剥がれていた。
 事ここに至ってする意味も理由もなくなったと、それもあった。けれどそれ以上に、最早そうするだけの余裕がなくなっていたという意味の分からない状況が、梨花を襲っていたのだ。

「……ごめんなさい。貴女を馬鹿にするつもりなんてないの。ただ聞きたいだけ。梨花の事情を聞いても、もしかしたら何もできないかもしれない」
「かもしれない、じゃなくて無理に決まってるでしょうが。いい加減にしないと……」
「でもね」

 けれど。
 傍目には豹変したようにしか見えない梨花に対しても。
 キーアの態度は、まるで変わることもなく。

「それでも、聞きたいの。あたしにできることも、やれることもないかもしれない。けど、それを理由に何もしないなんて、あたしにはできない」

 その瞳に宿る光も、微塵も変わることなく。
 あまりにも眩しく、梨花の目には映って。

「だって、梨花。貴女はこの街にやってきてから初めてできた、あたしの―――」





「はい終わり。そろそろ話ィ先に進めようでよ」





 二人の少女が、不意を突かれたようにばっと振り向いた。
 二人しかいなかったその空間に、突如として場違いな男の声が響き渡った。
 見つめる少女たちの視線の先には、薄ら笑いを浮かべた痩身の男が、まるで幽霊のように不確かな気配で佇んでいるのだった。


26 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:34:13 dnHq7CdU0

「お前の負けじゃて梨花。よいよ下手こいたのぅ、聖杯戦争のマスターに見られたっちゅう時点で誤魔化しに意味なぞありゃせんわ。素直に腹の内晒しゃええじゃろ」
「全部あんたのせいでしょうが……! それになに、いきなり出てきて。ここで戦いでもおっぱじめようっての?」
「ああ、そんなん無理に決まっちょろうが。ほれ見てみぃ、敵手は高名な騎士様よ、俺なんぞ百おってもまるで勝負にならんわい」

 言われてそちらを振り返れば、キーアの傍にはいつの間にか鎧を纏うサーヴァントの姿。キーアを後ろに下げて庇うように立ちふさがる。
 梨花の視界に、マスター権限としてサーヴァント情報が雪崩れ込んでくる。クラスはセイバー、三騎士において最優のサーヴァント。キャスターたる狩摩とは最悪の相性を持つ相手である。

「今この場で事を構える気がない、という点については同意だ。ここはあまりにも無関係な人間が多すぎる」
「とまぁ、こういうことじゃけぇ安心せえや梨花。じゃがまァ、これでお前に逃げ場は無くなったっちゅうことになるがの」

 くつくつと嗤う狩摩。それを前に騎士に庇われる形で立つキーアは意を決したように尋ねた。

「貴方が、梨花のサーヴァント……?」
「おうよ。しかしまァこんならがマスターとはの、お前もよいよ間ァ悪い女じゃけぇのう梨花」

 梨花を睥睨して尚も嗤い続ける。そこには恐怖も、まして喜悦すらも含まれてはいない。

「間ァ悪いにも程があるわ。外にいる"魔女"と、今ここにいるこんならでお前は完全に"詰み"じゃ。困ったのォ、困ったのォ、そういうわけで」

 ―――言葉と同時に、魔力が地鳴りと共に溢れ出る。

 キーアもセイバーも、そして梨花までも、そこで何が起きたか理解できなかった。まるで孤児院それ自体が揺れるように、足元から魔力が湧き出て地を震わせた。
 振動にキーアがふらつき、思わず壁に手をついてしまう。
 それを手で庇うように前へと出るセイバーは、しかし狩摩の気配に敵意や害意が一切含まれていないということを感じ取ると、その顔を訝しげに歪めた。

「ごちゃごちゃと意味分からんけぇ、ここらで一旦"振り出し"としようや」

 振り上げる腕に併せるように、孤児院を中心とした土地に「方陣」が浮かび上がった。
 それは地上と空中で平行になるように、二つの平面が光と共に同時に現出する。
 キーアはそれを、図面だと思った。縦と横に綺麗に区切られた光の線が、マス目上に交差している。
 そして、孤児院に響き渡る大喝破が、"それ"の到来を大々的に宣言したのだった。

「破段・顕象―――」

 天を仰ぐ盲打ちの祝詞が、陣を描く魔力へと伝わり―――

「中台八葉種子法曼荼羅ァ!」

 ―――その瞬間、付近に存在した人間はその全員が感覚に異常を覚えた。
 まず第一に、視界がブレた。今まで自分が見ていた景色が、一瞬にして全く違うものにすり替わった。のみならず、肉体の感覚までもが別位相へと置き換わり、その多くが混乱に思考を占有された。

「ッ!?」

 キーア、セイバー、孤児院の住民たち。あるいは潜伏していたアサシンや、遠方より機を伺っていた士郎に至るまで。
 そして言うまでもなく、スイム・スイムとその侍従も例外ではない。


27 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:35:22 dnHq7CdU0





「―――へぇ」

 酷薄な笑みと共に、奇跡の魔女が言葉を発した。
 先程まで孤児院を見下ろしていた視界は、一瞬にして全く別の場所へと転移していた。
 目の前にいるのは、同じく薄い笑みを浮かべる若い男の姿。





「ちィ、一体なんなの―――!?」

 狩摩の奇行に思わず毒づいた梨花は、しかし己に向けられる殺意に目を剥いた。
 既に周囲には自分とそいつ以外の誰もおらず、必然梨花は一対一で、その殺意溢れる敵手と相対する羽目になっていたのだ。
 薄い桃色の頭髪、白い独特の服装、眠るかのような光を灯さぬ視線。

「……」

 言葉はなく、殺意はなく。
 無機的なまでの昆虫のような視線で、こちらを見る奇異な服装の少女。
 その手には水で出来ているかのような長物を持ち、物騒な巨大刃物がその細腕でくるくると振り回される光景は戯画めいて。

 ―――地を蹴る硬質の音が、梨花の耳に届き。
 ―――次の瞬間には、目の前にまで命を刈り取る刃が迫っていた。





「くッ!」

 突然の異常に身構えたアカメは、周囲の景色が住宅街の一角ではなく、どこかただ広い中庭になっていることに気付いた。

「アサシン! これは一体……」
「構えろ士郎! 悠長に説明していられる場合ではない、敵だ!」

 そして傍らにはいつの間にか、遠方より支援に当たっていたはずの主の姿。しかし現状、アカメはそれに気遣っていられる状況にはなかった。
 何故ならばその視界の先、彼女が今もなお敵意と戦意を向けている先にあるのは、疑いようもない―――

「……向けられる殺気には気付いていた。この特異な状況といい、生憎私には君達に構っていられる余裕などないが」

 清廉な声が届く。静謐の剣気に空間は張りつめ、周囲の喧騒もピタリとそのざわめきを無とした。
 すらり、と抜き放たれる一筋の銀光。纏うは西洋の白銀鎧。

 自身に向けられる二つの殺意に真っ向から相対し、騎士の視線が戦意に猛る二人を貫いた。

「我がマスターを狙うというならば容赦はしない。来るか、アサシンとそのマスターよ」

 ―――セイバーのサーヴァント。

 決して起こり得るはずのない慮外の邂逅が、ここに果たされたのだった。





   ▼  ▼  ▼


28 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:36:02 dnHq7CdU0





「くっくっく、ひははははははは!」

 孤児院上空に突如として出現した奇怪な陣。光条で編まれたかのような幾何学的な曼荼羅の上に立ちながら、神祇の首領は手で顔を覆い嗤っていた。
 敵手たちに対する嘲笑か、それとも見知らぬ異邦人たちへの親愛か。何にも囚われない彼独自の価値観で、この盤面を俯瞰しているように。

「おうおう、現物をよォ見てみりゃあ、これはそっくりそのままじゃのう! 百年どころか千年経ってこのザマか、なんとも皮肉な話ィじゃけぇ」

 対するベルンカステルを目の前に、狩摩は純粋に面白がるように笑っていた。それを向ける相手はおらず、我知らず闊達に。

 ―――ここにいるのはたった二人。壇狩摩と、ベルンカステル。

 向かい合う奇跡の魔女は、双眸を細め同じく笑うかのように語りかけた。

「はじめまして、かしら。それなりに面白い趣向ではあったわよ、どこかの誰かさん」

 くすくすと嗤う魔女。口元を弦月に歪める彼女は、目の前の男がしでかしたことを、一切に至るまで把握していた。

 男―――狩摩が行ったのは、場と人物を対象とした強制的な転移だ。
 陣形崩し、配置の入れ替え。それは盤上に布かれた駒を全く違う場所へと揃え直すかのように、あらゆる状況を困惑させる軍勢崩しの咒法。
 ここで重要となるのは、人物の転移場所は事前に決まるものではなく、全くのランダムということに尽きるだろう。その点においては、術者である狩摩自身でさえもどうしようもない。全ては運次第、天に采配を任せるしかない。
 しかし―――

「けど、アテが外れたようね。この私に不確定要素を与えると"こう"なるわ」

 奇跡の魔女―――ベルンカステルにそんな道理は通用しない。
 彼女が手繰るは奇跡の魔法。起こり得る事象の確率が0でない限り、必ず成就させる大権能である。
 孤児院を中心に布かれた不可視の陣地を魔術的に視認した瞬間、ベルンカステルは全てを理解した。そして、次に起こり得ることを想定し、この奇跡に最も近しい力を行使したのだ。

 すなわち―――転移した場所が、その術者の目の前であるように。
 彼女の前ではあらゆる偶然は必然となる。ベルンカステルが壇狩摩の元へやって来たのは、偶然などでは決してない。

「ここに設置された陣地を見たわ。マス目上に区切られた正方形の図面、何ら魔術的な効能を発揮しない一見役立たずの方陣。
 思わず笑ってしまったわ。まさかこの聖杯戦争で、私にゲームで勝負を仕掛けようなんて思いあがる人間がいたなんて」

 ベルンカステルが嘲笑する。狩摩も変わらず嗤うだけだ。

 この孤児院にて狩摩が敷いた陣地は、まさしく将棋盤かチェス盤の如き様相を呈していた。
 縦横15マス、均等に区切られた正方形。対局に使うゲーム盤を、そのまま巨大化させたような陣。
 およそ工房としても神殿としても使い道のない、娯楽のみに特化した盤上。それを見たからこそ、ベルンカステルはこの陣の持ち主に興味が湧いたのだ。


29 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:36:45 dnHq7CdU0

「どうしようもない恐れ知らず。勇敢ではあるけど、それ以上に愚かしいわね。だからこそ遊びがいがある、と言えなくもないけど」

 奇跡の魔女は知的遊戯を尊ぶ。血みどろで残酷な、あらゆる人間の知性を嘲笑うゲーム盤をこそ好むのだ。
 だからこそ、彼女は狩摩と相対したのだ。武力で競う野蛮な戦場においてなおも知的遊戯を開催するその精神を、"型に囚われない"稀有なものであると認めた上で。

「……なんともまあ、けったいな"夢"じゃのう」

 けれど。
 そんな魔女と向き合う狩摩は、先の哄笑などすっかり鳴りを潜めて。嗤うような哀れむような、そんな声で呟いていた。

「分離した可能性の結晶か、当人が無意識に望んだ姿か、あるいは物語として望まれたか……流石にこりゃあ歪みに過ぎるけぇ。
 仲間だ絆だ平穏だと足掻くあの娘の現身がこれたァ、なんとも救われん話じゃわい」

 既に、狩摩の眼はここを見てはいなかった。その視線は、どこか違う場所に。
 それはベルンカステルではなく、その向こう側を見通すかのように。

「じゃがまあ、これが梨花の"剥された成れの果て"ゆゥんなら、あんならの自業自得っちゅう話になるんかのう。こうして目の前に出てくるんも納得よ。
 まったく、どれだけ適当やろうが大筋のところは外さんように回るゆうんが、流石は流石の万仙陣。どっちにしろ俺らの役どころはワヤになるんが決まりじゃけぇ。
 これが第四の怖いところよ。たとえ甘粕や大将じゃろうと、正攻法じゃ潰せんわい」

 くつくつと嗤う狩摩に、ベルンカステルは嘲笑の貌を向けるだけだ。
 この男の言葉の意図が何であるのか、そもそも何を言っているのか。理解できない。が、そもそも人間とはそういうものだろう。
 人の思考は外から見ることはできない。この奇跡の魔女はそれでも僅かな接触のみでその者の辿ってきた人生に至るまでを推察できるが、それはあくまで人間観察に類した技術であって、完璧な読心の異能を持つわけではない。
 ゲーム盤という型に当てはめるならともかく、そうでもない人間の思考を1ミリのズレもなくトレースするなどまず不可能。
 だからこそ、ベルンカステルはこの相手が言う言葉を、単なるブラフであるか、あるいは正真の戯言であると解釈した。
 当たり前である。目の前の相手は盲打ちにも等しい権謀師、まともに取り合っては掬われるのは自分である。

「あらあら。始める前から騙し合いかしら。私としてはそれを受けてもいいのだけれど?」
「あぁ? ……なんぞ言っちょるんじゃ。誰もお前になんぞ話しとらんわい」

 相も変らぬ態度に不貞腐れたような口調。普通なら激昂するのが筋である場面においてなお、ベルンカステルは薄い笑みを崩すことはなかった。
 むしろ可愛がっている風にすら、余人がいればそう見えたであろう。ああ愚かな人間が必死になって、と。大上段からペットの小動物を可愛がるかのような超越者の笑み。
 壇狩摩とベルンカステル。両者は近くで向かい合ったまま、けれどその思惑を一切交差させることなく立ち会っているのだ。


30 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:37:50 dnHq7CdU0

「ああ、ええ。もうええ。ならちゃっちゃと話ィ進めようでよ。俺の跡継のボケがおらんのが癪じゃが、それが"ここ"の俺の仕事じゃけえのう」

 言葉と共に―――内包する魔力が荒れ狂い、暴風となって周囲に叩きつけられた。
 空間が変質していく。流れる空気が異界のものとすり替わっていく。
 異質な気配に粟立つ皮膚の感触に、ベルンカステルは知らず鬼気めいた笑みを深めた。

『三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝』

 天を指差し、地を抑える。上下に広げた両腕を回し、鳴動する空間そのものに狩摩は勅令を下した。
 それと共に次々と奔っていく光の線。孤児院上空に布かれた陣と比するまでもなく多く、そして込められた魔力が膨大なそれらが、幾何学的な空間を形作っていく。

『―――急段・顕象―――』

 創造されていく狩摩の世界。上空に瞬く軌跡はまるで何かの形状を描いているかのようであり、それは例えるならば将棋の盤面のようにも見えた。
 その全てが言外に物語る。
 これは遊戯。しかして命を懸けた座興なのだと。

『軍法持用・金烏玉兎釈迦ノ掌ァ!』

 盤面不敗の宣戦布告が、空間を断割する号砲となって轟き渡り。
 今ここに、キャスター・壇狩摩が誇る異界創造法が具現したのだった。





   ▼  ▼  ▼





 急段と呼ばれる術法が存在する。

 かつて壇狩摩がその身を置いた世界―――《夢界》においては、夢の名が指す通り、あらゆる事象は物理ではなく術者の精神によって発生するものであった。
 例えば炎や氷といったものを造り出す、破壊的なエネルギーを撃ち出す、自らの肉体強度を底上げする―――それら超常的な現象は邯鄲法と呼ばれ、術者が何を想うかによってその効果を千差万別とした。
 その夢界における戦いでは、当然ながら現実での強さではなく、術者同士の精神的な強さこそが勝敗を分けた。邯鄲法の強さとは術者の精神強度、すなわちどれだけその夢を想っているかによって決定されるため、格の違いがそのまま勝敗を分ける結果となるのだ。
 夢のぶつかり合いとしては至極当然であり、現実にも適用される真理に近いものでもあるだろうが……しかし何事もそうであるように、陥穽も存在するのだ。
 すなわち、それこそが急段。「特定の手順を踏むことにより、他者に協力を強制すること」。
 その手順とは、無論のこと自由勝手にいくらでも決められるというわけではない。せいぜい一人に一つか二つ。しかも術者の人生を象徴するような、強い拘りや哲学を体現したものでなくてはならない。
 故に戦闘という、極限の否定と奪い合いをしている中で成立させるのは至難だが、決めた時の見返りは凄まじい。

 ―――例えば、右腕がない戦士がいたとする。
 彼は自己から欠落した"右"という概念に狂的な執着を持っており、戦いになれば敵の右側しか狙わない。そうした枷を自らに掛けている。
 無論、それはそのまま考えれば当たり前に欠点でしかない。戦いの自由度を自ら制限しているのだから、愚かしい真似に違いない。
 だが、そうした者を前にして、敵は一体何を考え、どう対処するのか。
 恐らくこう考えるのではないだろうか。「こいつは右だけを狙っている、つまり左は狙わない」。
 その時、両者の間で合意が為されるのだ。
 "左は不要"、と。

 瞬間、敵は自らの左半身を根こそぎ喪失するか、よくて機能不全に陥るだろう。これは隻腕の戦士が単独の力で成したことではない。
 誰よりも敵自らが、左は要らないと思ったからこそ発動するいわば共同技なのだ。
 故に抗うことはまず不可能。己自身でやったことであり、更にそこには敵の力も上乗せされている。一人で跳ね返すなどできないのが道理だ。

 協力の強制―――それこそが急段の正体であり、想いがそのまま形となる夢界に特有の現象と言えるだろう。

 無論のこと、今現在狩摩がいるのは夢界ではなく現実である。しかし、サーヴァントという幻想の殻に宿り、宝具というノーブルファンタズムとして具現された現在において、彼は魔力の許す限り急段を現実に行使することが可能となっている。
 ならば、彼の保有する急段とは一体何であるのか。

 その内容は「自分と敵をゲーム盤に当てはめて勝敗を決する異界の創造」。
 協力条件は「行われる戦いがゲームである事実に同意すること」。


31 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:38:44 dnHq7CdU0




「なぁッ!?」

 この瞬間、梨花は本日何度目になるか分からない驚愕に包まれた。
 突如として目の前に現れた、大槍を持つ少女が、その刃を振り下ろしたと思った瞬間、再びその視界が暗転し、周囲は別の世界へと変異を遂げたのだから。

 今、梨花は漆黒の闇に覆われた異空間にいた。
 辺りは一面の黒で、しかし遥か彼方に瞬く星々が明かりとなって、世界の全てを照らしていた。そして足元には光の線が走っており、まるで将棋盤のようにマス目上に区切られていた。
 図鑑で見た宇宙みたいだ―――梨花は内心で、そんな感想を抱いた。
 宇宙空間に浮かぶ将棋盤。その上に、梨花は立っていた。

 目の前には、件の大鎌の少女もいた。しかしその距離はいつの間にか離され、およそ10mほどの距離を置いて二人は向かい合っていた。
 そして、これが一番重要だが……動けない。体を動かそうとしても、何故だかそれは叶わず、梨花はうめき声を上げながら身をよじるしかなかった。それは大鎌の少女も同じようで、感情の見えないその顔を、鬱陶しそうな色に染めていたのだった。

『ルールを説明しちゃる』

 梨花の頭上から、反響する声が辺り一帯に響き渡った。それは聞き間違いようもない、あのキャスター・壇狩摩のものだった。

「ちょっとキャスター! あんた一体何をして……」
『まあ内容は簡単じゃ。今から俺とお前が順番に駒を指し合う。で、負けたほうが死ぬ。それだけよ』

 梨花の抗議などまるで聞こえてないとでも言うように、狩摩の声は淡々と何かを説明していた。
 というよりも、これは梨花に対して話しているのではなく……

『なるほどね。それで、下に見える愉快な盤面は?』

 次いで聞こえてきたその声は、梨花にとってはあまりにも聞き覚えがあり、しかし決して聞くことなどなかったもので。
 狩摩が相手をしているのは、自らの想像もつかないような奴なのだと、理屈ではなく直感で梨花は確信したのだった。





   ▼  ▼  ▼


32 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:39:12 dnHq7CdU0





「ああ、そりゃあ盤上よ」

 詰まらなさ気に話す狩摩と、それを笑って受けるベルンカステルの間には、一つの将棋盤が鎮座していた。
 それは通常の将棋盤よりも巨大な、大将棋と呼ばれる代物であった。
 世間一般に知られる将棋と言えば、9×9のマス目に20の駒を駆使するものである。しかし、この大将棋は15×15の盤面に、130という桁違いの数の駒を配置して競うものなのだ。
 現代にはまるで伝わらず、一時は実在さえ疑問視された、まさしく幻の将棋である。

 現在、狩摩とベルンカステルは小さな部屋のような空間にいた。四方を壁に囲まれ、中央には大将棋の盤上。そして床面には、何処か別の場所の光景が一面に広がっているのだ。
 そこには二人の少女がいた。一人は桃色の頭髪をした、大槍を持った少女。そしてもう一人は、ベルンカステルの生き写しにも見える、瓜二つな青髪の少女。

 足元に映る光景を、狩摩は「盤面の世界」と呼称していた。

「なるほどね……つまりこのゲームには、駒となった人間が戦う盤面の世界と、ゲームマスターたる私達がそれを見下ろしながら戦う指し手の世界の二つがあるということ。
 懐かしいわね、まるでベアトリーチェのゲーム盤みたい」

 ベルンカステルの言葉に、狩摩は静かに頷いた。

 彼らの言葉通り、この対局において世界は二つに分けられる。すなわちベルンカステルたちのいる「将棋を指す世界」と、梨花たちのいる「駒となって戦う世界」だ。
 梨花とスイム・スイムが一切身動きが取れなかったのはこれに由来する。何故ならまだ対局が始まっていないのだから、駒が勝手に動いていい道理などない。

「ここに巻き込まれた人間は全員駒に当てはまる。俺とお前は当然王将よ。そして」
「実際にその駒を取られたら死ぬ。分かりやすくいいじゃない」
「ひひひ、その通りじゃけぇ」

 駒を取られたら死ぬ。それが、この対局における絶対のルールであった。
 これはただのゲームではない。曲がりなりにも聖杯戦争という、命の取り合いを是とした催しにおけるものである以上、そこには生殺与奪の余地が介在する。
 それは当然狩摩もベルンカステルも承知の上であり、だからこそ彼らはそれに「合意」したのだ。
 合意した、故に「そう」なる。それこそが強制協力であり、狩摩の急段の能力でもある。
 故に当然、これは命の取り合いではあるが、同時に公正なゲームでもあるのだ。今この場において、狩摩もベルンカステルも直接的に相手を害することは不可能となっている。例え如何な攻性宝具を繰り出そうが何ら意味を為さない。いや、そもそもそうした手段を取ること自体が不可能なのだ。
 指し手としての決着がつき、その勝敗によってのみ生死が決まる。それ以外の結末は許されない。

 翻って考えると、このゲームは相当な難物と言っていいだろう。
 何せ賭けられているのは指し手である彼らの命のみならず、そのマスターの命もなのだ。マスターがいなければサーヴァントは存在できないという不文律がある以上、王将だけでなく彼らマスターに当てはめられた駒をも守りながら戦うしか道はない。
 その条件がイーブンである以上、ゲームが公正なものであることに変わりはないが……その敗北条件が厳しく、変則的なものになることは疑いようもなかった。

「ルールは理解したわ。それなりに暇が潰せそうで何よりよ。ああ、でも」

 静かにルールを聞いていたベルンカステルは、しかしそこで酷薄な笑みを深めて。

「趣向の凝らしが足りないわ。私を楽しませるなら、もっと喜劇として相応しく演出しなさいな」

 言って魔女は、いつの間にかその手に握られていた金属質に光を反射する8つの駒を、大将棋盤へと落とした。

 ―――梨花とスイム・スイムが立つ盤面の世界に、新たな影が立ち上がった。





   ▼  ▼  ▼


33 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:39:42 dnHq7CdU0





「みんな……!」

 意識のブラックアウトから目覚めたキーアは、そう叫ぶと同時、自分の周囲が様変わりし、そして誰も傍にいないという事実に気付いた。

 一瞬前まで、自分は孤児院にいたはずだった。しかし今のキーアの周囲に広がる光景は、鬱蒼とした木々に囲まれ、鳥の声が聞こえてくるという、自然に満ちた見覚えのないものだった。
 一体何がどうなっているのか。自分の身に何が起きたのか。キーアにはまるで分からず、また推測のしようもなかった。
 ただ思い当たるとするならば、梨花の傍に突如として現れたキャスターの男の仕業であるのだが、それすら具体的に何をされたかなど、キーアに知り得るはずもなかった。
 けれど。

「早く、行かなきゃ……!」

 けれど、分かることが一つだけある。それはあの孤児院に"敵"が来たということ。
 確証はない。そして、仮にそうであったとしても、自分にできることなど、恐らくは何もない。
 しかし、ここで何もせずに座り込んで全てが上手く行くようただ祈るだけという選択は、自分には許されない。

「梨花、セイバー、みんな……」

 行かなくてはならないだろう。例えそこで戦いが始まるのだとしても。

 キーアは戦いを知らない。殺し合ったことはおろか、拳を握って誰かを叩いたことすらない。けれど、そんな自分であったとしても、覚悟を決めなければならない時があるのだと知っていたから。
 セイバーは言った。自分は決めなければならないのだと。
 戦うか戦わないか、逃げるか逃げないか。キーアには、彼が成せる範囲で全てが許されているのだとセイバーは言った。
 だから、キーアは決めたのだ。
 立ち向かわずして逃げるなど、そんなことは許せない。例え数日の付き合いしかなくとも、キーアにとって梨花は親しい隣人であるし、同時にまだ腹を割って話していない人間でもあるのだから。

 キーアは駆ける。舗装もされていない山道を、それでも尚と決意を抱いて。
 遠くに見える孤児院の姿を目に映しながら。










 青の外套が宙を舞う。巻き起こる旋風と、淡く光を反射する白銀の鎧。
 迫る剣閃が怒涛の如く。王者でありながら同時に騎士でもあるかのような威圧感も露わに、セイバー―――アーサー・ペンドラゴンは不可視の剣を振り抜いた。

「ぐぅ……!」

 刀剣の煌めきと火花の花弁、そして甲高い金属音が響き渡り、そこにアカメがあげる苦悶の声が木霊した。
 細身の日本刀が辛うじてセイバーの剣を受け流す。その衝撃はただの一振りで地を割り、アカメの足元に深い亀裂を刻み込んだ。
 同時、吹き荒れる剣気の嵐。翳す刃が超質量となってアカメへ迫り、一合毎に極大の破壊が叩き込まれる。


34 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:40:10 dnHq7CdU0

「成る程」

 放り出された中空にて荒々しく身を翻し、着地するアカメを見て、セイバーは内心の驚嘆を言葉に乗せた。
 白銀色と蒼色に輝く甲冑を身に纏って、その切っ先を後方へと下げながら。

「その剣気は中々のものだ、アサシン。暗殺者などという呼び名が似つかわしくないほどに」
「……」

 他意なく驚嘆を言葉にするセイバーに、アカメは答えない。否、答える余裕がないのだ。
 代わりと言わんばかりにその刀を構え直す。一瞬の膠着の後、両者は再び地を蹴り刃を交えた。

「っ!」

 踏み込みと同時に放つ斬撃、その一刀ごとにアカメは命を宿し刃の生えた烈風となり、蒼銀の騎士と切り結ぶ。
 全身の発条を使い、両足で踏み抜く大地を背に跳躍。飛燕が如く一迅の颶風と化して回転する斬撃を放った。
 高速を超えて超速へ、超速を超えて神速へ、神速を超えて―――残像へ。
 ―――夜に疾駆する、一羽の鴉の如く。
 サーヴァントとして獲得し得る最高峰の敏捷性をこれ以上なく発揮し、アカメは間断なき連撃を敵手に叩き込み続ける。その速度は最早余人の目に映るようなレベルではなく、斬撃というよりはたった一人に向けて凝縮された刃の嵐と形容したほうが適当である。
 その手に持つのは一斬必殺・村雨。ただの一掠りであろうとも、傷をつければ即座に対象を死に至らしめる呪毒の妖刀である。膂力で劣るアカメはしかし決して相手を両断できるほどの力を込める必要性はなく、ただ一度でも相手に傷をつけることができればその時点で勝ちなのだ。
 故に、この速度から繰り出される連撃ほど恐ろしいものはないだろう。一手しくじれば即座に命が消し飛ぶ死の領空域。免れ得る者など存在できるはずもない。
 しかし。

「―――」

 対峙する蒼銀の騎士、未だ健在。その身に傷の一つもなく、その輝きに一片の曇りもなく。彼の騎士は全ての剣閃を受け止め弾き、あるいは捌き。死の運命から逃れ続けているのだ。
 無論のこと、セイバーは村雨に宿る呪毒の存在など知る由もない。つまり彼の取り得る選択肢には、当然肉を斬らせて骨を断つというものも含まれている。にも関わらず今に至るまでそれを為していないということは、それだけ両者の力量に差があることの証左でもあった。

 現状、アカメが眼前の騎士に勝っていると断言できる要素は三つ存在する。一つは言うまでもなく保有する刀の必殺性、二つ目がサーヴァントとして最高の数値を叩きだす敏捷性である。
 本来であるならば、この二つが揃った時点で彼女に打ち倒せない存在など皆無に等しいはずであった。先手を取るということの重要性は最早論ずるまでもなく、如何なサーヴァントであろうとも速度で圧し傷つければ死に至る毒を流しこめばそれで終わる。敏捷性と必殺性、この二つを共に極めたからこそ、アカメは稀代の暗殺者としてその名を人理に刻み込まれたのだ。
 故にこの場においても、その不文律は形となるはずであった。しかし恐るべきは対峙する騎士の技量か、アカメの刃はその命に到達することなく空を斬るばかりである。

 ならば、三つ目の強みとはなんであるのか。
 それは……


35 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:40:40 dnHq7CdU0

「赤原を往け……!」

 後方より上がる声、それが両者の耳に届くより先に、音速を超過した赤原の一矢がセイバーに食らいついた。
 アカメに許された三つ目の強さ、それは他ならぬ彼女のマスター、衛宮士郎の存在であった。
 彼は一般的な魔術師と比較して、非常に特異かつ強力な特性を有している。剣製の力は宝具の投影すらを可能とし、その一撃はサーヴァントを殺傷して余りある威力を誇る。
 セイバーに放たれた一撃は、赤原猟犬『フルンディング』。例え弾かれ外されようと、射手が健在かつ狙い続ける限り標的を襲い続ける、赤光を纏った必中必殺の魔弾だ。
 一度放たれた矢の軌道は変更できないという絶対則すらねじ伏せ、ただひたすらに敵手を狙い追い続けるという、弓矢に天賦の才を持つ士郎の十八番である。

 セイバーが持つ不可視の剣により難なく逸らされた黒矢は、しかし地に落ちることなくその軌道を変じると瞬時に反転、再び蒼銀の騎士を貫かんと迫る。
 同時、地を踏み込むアカメの体は5mの相対距離をコンマ秒以下で駆け抜け、滑るようにセイバーの正面へとその刃を翻した。
 流れるような変則軌道が、切っ先を騎士の背中へと照準する。
 踏み込んだ足が地を削り、加速度が全身の筋肉を水のように伝う。

 閃く銀光は三つ。
 金属音を示す高く澄んだ空気振動が二つ。

 彼と彼女が絶対の自信を持って放った同時攻撃は悉く不可視の騎士剣に弾かれ、騎士の体は既にアカメと鍔迫り合いの姿勢にある。
 まるでこちらの動きが分かっていたかのような反応。触れれば即死の村雨の刀身を受け止めたまま、静かに口を開く。

「成る程、それが君達の力か」

 陽炎が如き不可視剣の輪郭が僅かに揺らめき、次の瞬間村雨にかかっていた圧力が消滅する。
 危険を感じ、後方へ跳躍しようとした瞬間には既に遅く、アカメの腹部に大質量が衝突したが如く衝撃が走った。
 それが騎士剣の柄による殴打であるのを認識するより早く、勢いのままに振り上げる不可視剣がこれまでの剣戟に倍する破砕音を立て、三度迫り来た赤原猟犬を中空にて完全破壊する光景が目に飛び込んだ。
 衝撃に間合いを引き離され、痛みとダメージに蹲るアカメの頬に、汗が一滴伝う。
 こちらは士郎共々完全に殺す気で挑んでいるというのに、あちらは単騎で、しかも加減すらしているかのような余裕を以て相対している。
 劣勢、などというものではない。
 力に差がありすぎて勝負になっていない。
 戦闘開始よりわずか1分足らず。たったそれだけの時間で、既にアカメは彼我の戦力差というものをこれ以上なく理解できていた。
 "まともに打ち合っては勝ち目がない"。それが、この短時間でアカメが打ち出した結論であった。

 そもそもが暗殺を生業とするアサシンが、不慮の事態とはいえ敵前に投げ出された時点で勝負はついていたのだろう。
 アサシンとしては破格の戦闘技量を持つアカメと、マスターとしてはやはり破格の力を持つ士郎。共闘して事に当たれば並大抵の敵を蹴散らすことなど容易な二人ではあったが、しかし眼前の騎士は桁が違った。
 先刻の槍兵といい、流石は本戦に勝ち進んだ三騎士というべきか。その実力は予選で戦ってきたサーヴァントとは一線を画している。


36 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:41:25 dnHq7CdU0

 勝ち目はない。が、しかし。
 付け入る隙がない、というわけでもない。

「しッ!」

 弧を描いて襲いくる光を視界に捉えた瞬間、反射的にセイバーは動いた。指先で剣を手繰ると同時に柄を回転、村雨の斬光を弾くと共に身を屈めて後方より飛来する魔力矢を躱す。地を這うように側方へ飛び退き、立ち上がり様に剣を引く。その眼前に更なる銀光が翻り、セイバーは不可視の刀身でそれを受け止めた。
 風の鞘に包まれた聖剣の刃が、軋んだ金属音を立てて震える。
 目の前には刃を押し込もうとするアカメの姿。
 その右手に光る片刃の剣が、緩やかな軌跡を描いて跳ね返る。
 アカメは全く姿勢を崩すことなく、弾かれた剣の勢いを利用して身を翻す。戦闘用に加速されたセイバーの視界の中、アカメの動きは流水のように滑らかで淀みがない。アサシンなどというクラスに見合わぬという彼の言通り、その動きは堂に入ったもので、およそ未熟さなどというものを感じさせないものだった。
 剣を翳した中途半端な姿勢のまま、半歩退いて体勢を立て直す。アカメは刀を逆袈裟に構え、一直線にこちらの懐へ飛び込んでくる。白銀色の刀が唸りを上げ、セイバーは更に半歩退くことでその攻撃をやり過ごす。
 同時、磨き抜かれた"直感"が攻撃接近を彼に知らせる。アカメの攻撃を逆手に抜き放った不可視の刀身で受け流しつつ身を翻し、背後から襲いくる一閃を回転斬りで叩き落した。

(相も変らず挟み撃ち……些か面倒だな)

 ままならぬ戦況に、セイバーは内心で一人舌を打つ。敵手の二人は揃って防衛に特化した技巧の持ち主故に、どうにも戦いづらさが残るのだ。
 現状、セイバーは宝具の開帳は愚か、彼の近接戦の本領とも言える魔力放出のスキルすら録に使わずに戦いを継続していた。それは周囲の地形や建築物に配慮してというものでもあり、同時に彼と共に転移現象に巻き込まれてしまったキーアの身を案じてのものでもあった。
 同時に、戦闘を放棄し急速離脱してキーアを探す、という選択肢はほぼ無いも同然であった。何故なら眼前の二人は放置するにはあまりにも危険すぎるから。気配遮断を持つアサシン、遠方狙撃能力を持つ容赦や躊躇と無縁のマスター、そして二人は共にキーアを「狙っていた」。対してキャスターともう一騎のサーヴァントは共に閉鎖空間へと閉じこもるのをセイバーはその魔力探知で確認している。キーアの捜索を一時中断してキャスターらの毒牙にかかる危険性よりも、ここでアサシンを放置することの危険性のほうが数段高いのは否めない。
 つまりセイバーは早急にアサシンたちを倒す必要があるのだが、しかし大規模な破壊をもたらしては、どこにいるとも知れないキーアの身にも危険が及ぶ可能性がある。その危険性がゼロにならない限り、セイバーは一切の力を封じたまま戦わざるを得ないのだ。令呪の使用による転移を行使でもしてくれたならそれが最良なのだが、念話圏外に出てしまった以上はこちらから働きかけることもできない。状況的な窮地に、セイバーはあの一瞬で落とされてしまっているのだ。
 アカメたちが付け入るべき隙とはこのことだ。セイバーは本気どころかその実力の1割も発揮できない状況にある。ならばその隙を付かない道理など存在しない。

 視界の端に映る少年が、その両手に中華風の双剣を具現させると同時に投げうち、双剣は空を裂く一対の死鎌として飛来する。更に士郎は無手となった両手に更なる双剣を投影し投擲、自身は三度投影した双剣を手に踊りかかった。
 アカメが持つ村雨と、士郎が放つ干将莫耶。異なる色合いの7つの白銀が弧を描き、左右上下から全く異なる軌道を描いて襲い掛かる。
 下方から切り上げるように襲いくる村雨を逆手に構えたままの不可視剣で受け止めつつ、喉元目掛けて左右から迫る一対目の干将莫耶に剣の柄を合わせる。甲高い金属音が響くと同時に、弾かれ後方へと流れた双剣が前方より来る二対目に引き寄せられるように軌道変更。一瞬だけ引き戻された村雨の切っ先が再度空を貫いて走り、それに呼応するように三対目の双剣を自ら振りかぶった士郎の斬撃が、刀身を滑って絡みつく蛇のように懐へ潜り込む。
 連撃により作り出された一瞬の隙を突く、防御も回避も不可能な同時七撃の剣閃。如何な格上の相手だろうと必勝の型である。
 が。


37 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:41:46 dnHq7CdU0



「……見事」



 生まれる金属音は皆無。驚愕の吐息は二人のもの。
 そして剣戟の場には似つかわぬ、吹き荒れる嵐のような風の音。
 セイバーが構える不可視の剣、それを覆う風の檻がほんの一瞬だけ解き放たれるように渦を巻き、指向的な暴風となって二人の斬撃を弾き飛ばしたのだ。

「ただの剣士ならば、君達の連携を凌ぐことはできないだろう。しかし」

 蒼銀の騎士が構えを変える。
 今までとは違う。武器の間合いの駆け引きなど行わない。常の戦場を意識した剣技ではなく、それは巨獣へと挑むかのような。

 相対する二人は硬直から解け、その頭上に次々と刀剣を投影していく。その数実に十七、それは女アサシンが持つ日本刀と寸分違わぬ刃を晒して。

「凍結、解除(フリーズアウト)……!」

 地を踏み込む騎士と、その敵手たる二人の視線が、一瞬交錯し。

 ―――掻き消える影と共に、轟音が鳴り響いた。





   ▼  ▼  ▼


38 : 名無しさん :2016/11/02(水) 17:42:07 dnHq7CdU0
前編の投下を終了します


39 : ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:30:10 P.5s7Rb60
投下乙です
ゲームが得意な二人のキャスター、梨花との因縁からしてもこの対戦カードは成るべくして成ったのかもしれませんね
そしてプロトセイバーと正面衝突というわかりやすい無理ゲーを強いられた士郎とアカメは生き残れるのか
原作でセイバーをインストールしたザカリーを倒した士郎ならプロトセイバーの真名を知っているはずですがそれが勝利の鍵になり得るのか、目が離せません
私も完成したので投下します


40 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:31:12 P.5s7Rb60

闇のように暗い路地裏に桃髪の少女が座り込んでいた。
少女は誰が見ても重篤と判断するほど傷つき、血に塗れ、左腕に至ってはへし折れ靭帯も損傷している有り様だった。
昨今浅野新市長の下行われている浮浪者狩りに駆り出されている市職員が彼女を見れば、連行より先に救急車を呼ぶことを優先するであろう。

されど、侮るなかれ。この少女こそは此度の聖杯戦争にて拳を以って敵を穿つ型破りの槍兵として現界を果たしたサーヴァント。
英霊であり勇者であるランサーがこの程度の傷で死に絶えることなどあるはずもない。
とはいえ、傷は傷。如何に負傷の度合いに応じて力を引き上げる特殊な技能があるといえどダメージをそのままにして行動するのは上手くない。
不死や蘇生といった類の異能を持たない身である以上、傷を度外視して行動し続ければいずれ耐久力の限度を超えて討ち滅ぼされるのは必定である。

そのためランサーは次の行動に移る前に傷の自然治癒を待つことにした。
霊体であるサーヴァントは大抵の場合魔力でダメージを回復する機能を持っている。
同時に現状を、引いては聖杯戦争という悪辣極まる催しを打ち破るためにどうするべきかを思案していた。

「せめて誰かと協力できたらいいんだけど……」

はっきりと言って、現状は完全なる詰みであることは認めるしかない。
それはマスターが人質となっている今も、そうではなかった先ほどまででも何ら変わりない苦境であった。

聖杯戦争は根幹として、マスターとサーヴァントの共闘を前提として成り立っている。
サーヴァントの役割については今更改めてここに記すまでもない。
サーヴァントより力も存在の格も遥かに劣るマスターにも、サーヴァントの現界を支える以外に適切に令呪を切り、与えられた透視能力で他のサーヴァントの性能を把握するという明確な役割が存在する。
敵対するサーヴァントの能力を知り、対策を講じることが聖杯戦争を勝ち残るための必須事項の一つであることは疑いようもない。
どれほど強大であれ、サーヴァント単体では相対した敵の実力を明確な数値として知ることは叶わないのだ。

ではここに、知性も理性もない白痴同然のマスターがいるとなればどうなるだろうか?
答えは一つだけ。孤立無援と化したサーヴァントが残るだけである。
聖杯への願いを抱くまっとうなサーヴァントであればそんなマスターなど早々に切り捨てて鞍替えを試みるに違いない。
しかし聖杯への願いを持たず、マスターを見捨てることもできないランサーは現界を果たしたその時から孤独な戦に身を投じる以外の選択肢がなかった。
本来マスターを通して手に入るはずの他のサーヴァントの情報は一切入手できず、マスターの透視能力に代わるスキルも持ち合わせず、お世辞にも策謀に秀でているわけでもない。
そんなサーヴァントが容易く詰みの状況に追い込まれることは必定と呼ぶ以外にあるまい。

だからこそランサーは考えてしまう。
志を同じくするマスターやサーヴァントと共に戦うことが出来ればどんなに良いだろうかと。
サーヴァントであろうと聖杯戦争に乗らず、マスターや民衆を守る者なら敵対する理由はないはずだ。
かつてのバーテックスとの過酷な戦いも勇者部の仲間がいたから乗り越えられた。
一人では出来ることはあまりに限られる。

無論、都合よくそんな相手が現れてくれるはずもない。
よしんば見つけられたとしても、手を取り合うことが出来たとしてもあの冷酷非道なライダーに知れれば即座にマスターは殺処分されてしまう。
街の監視に使われているライダー配下の極道の者たちに一切気取られることなく協力者を見つけ出すなどとてもではないが出来るとは思えない。

「…そろそろ、動き出さなくちゃ、ね」

霊基の内部はまだダメージが残っているが、行動に直接支障をきたす左腕はあらかた治癒できたし外装も取り繕えた。
もう少し回復に専念すべきかもしれないが、あまり時間を浪費してはどんどん聖杯戦争は進行してしまう。
取り返しのつかない事態になる前に、戦いを止めなければならない。
せめて鉄火場ではないまともな形で参加者と接触できそうな場所、ないし施設はどこかにないだろうか?


41 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:31:56 P.5s7Rb60

「そうだ、孤児院とか……!」

今まで思いつかなかった可能性が天啓の如く閃いた。
それは乱や如月といった若年のマスターとの出会いを経たからこそ生まれた発想だった。
考えてみれば自分のマスターもかなり若い。ゾンビ化しているのでわかりづらいが恐らく成人はしていないはず。
もしもう少し若い、幼いという形容ができるマスターが存在するとすれば彼らはどうやってこの街で生活するだろう?
一番手っ取り早いのは専門の福祉施設の世話になることだ。
そしてこの鎌倉には誂え向きに孤児院がある。予選期間中鎌倉の地理を把握するために偵察して回っていた時に見かけたことを覚えている。

巻き込まれた子供のマスターと、そういったマスターを保護する精神性のサーヴァントが孤児院にいる可能性は決して低くない。
無駄足に終わる可能性もあるが試さないよりは断然良いに決まっているのだ。
それに孤児院であればやくざ者が立ち入るのは難しいはず。つまりライダーの目を欺けるかもしれない。
絶望的としか言いようがない状況にあってもまだ希望はあるものだ。



「後は話を聞いてもらえるか、だね」

とはいえ、孤児院に目的の主従が本当にいたとして協力を取り付けるのが簡単でないことは理解できる。
本来ならこういった外部との交渉はマスターを中心として行うべきものだからだ。
マスターの顔が見えない、サーヴァント単体で交渉に赴いたとして果たして信用してもらえるものなのか。

それでも、諦めることはしない。信用されないなら話を聞いてもらえるまで粘り続けるだけだ。
どのみちこれ以上にランサーを取り巻く状況が悪化することがあるとも思えない。
自暴自棄になるわけではないが、試せる手は何でも試していくしかない。
暗闇に差した一筋の光明がどれほど遠かろうと勇者の足を止めるには足りない。
路地裏を出て、未だ陽の光が眩しい市街へと躍り出て足早に孤児院へと向かった。



実際のところは事態はまだいくらでも悪化する余地があった。だが勇者はその陥穽に気づかない。
確かに身寄りのない子供が集う孤児院ならマスターを発見できる可能性は十分あるだろう。
幼い子供を保護する、志を同じくするサーヴァントと出会える可能性もあるだろう。
―――だが勇者よ、考えてみるがいい。弱者を護らねばならないサーヴァントがどれほど警戒心が強いのか、生き馬の目を抜く聖杯戦争で複数のサーヴァントが一箇所に集うことがどれほど目立つことなのかを。
そして何よりもこれから目指す施設にどういった存在が集められているのかを。

ランサーはライダー、ドフラミンゴの監視網から逃れて他の陣営と交渉を図るために孤児院を目指している。
だが街に監視の網を張っているのがドフラミンゴだけであるはずがない。
アサシンやキャスターといったクラスの特性からして諜報に長けた面子の存在を失念していた。
つまり、もし孤児院で目的の参加者と出会い、交渉に成功し、かつドフラミンゴの目を逃れてもやはり悪目立ちする可能性は高いのである。

無論、それだけなら鎌倉のどこであろうと常に大なり小なり付きまとうリスクではある。
ではどこに問題があるかといえば、それは孤児院という場所そのものだ。
繰り返すが孤児院には身寄りも社会的基盤もない子供たちが集められている施設である。
そして気配遮断能力を持たないサーヴァントたちが特定の一箇所に集えばそれだけ他の者の耳目を集め、目立つ。
腕に覚えのある者、場を掻き回そうとする者、あるいは漁夫の利を得ようと考える者たちによって、激戦が起こり得る。

そうなった場合真っ先に犠牲となるのはランサーでも、その他のマスターやサーヴァントでもない―――何も知らない施設の子供たちと職員だ。
勇者として最も危惧すべき可能性に結城友奈はまだ気づかない。



【B-3/路地裏の行き当たり/一日目 午後】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:孤児院に向かい協力者を募ることを試みる
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
[備考]


※B-3/路地裏の行き当たりに如月の惨殺死体が安置されています。ゾンビ化の危険性は今のところありません。


42 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:32:32 P.5s7Rb60




     ▼  ▲




鎌倉市役所は未だかつてない喧騒に包まれていた。
その原因は何かと言えば、午前中から立て続けに発生している大規模な事件あるいは事故に他ならない。
湘南モノレール付近で発生した断続的な爆発事故から始まり、材木座海岸付近の港町の一角で起きた原因不明の事故。
どちらも夥しい数の死傷者を生み出していることが確認されており、調査が進めばさらにその数が増えていくであろうことは誰の目にも明白だった。
さらに悪いことに材木座海岸付近で起きた事故によって被害に遭った港町は通行が遮断され生き残った住民は孤立状態にある。

これだけでも十二分に災厄と呼べるが、正午を過ぎてからも凶報が止むことはなかった。
数日前から相良湾沖に駐留していた正体不明の戦艦による砲撃が稲村ケ崎の住宅街と付近の電鉄線を蹂躙し多くの被害が出た。
そのすぐ後には鎌倉駅東口方面にて大規模な火災と爆発事故が発生したとの報道も為された。
現在市役所はこれら事件・事故の情報や家族や友人・知人の安否を確認しようとする者、あるいは単純に避難してきた者たちでごった返していた。
職員たちは総出で市民への対応に当っており、通常の業務どころではなくなっていた。

「ですから、現在消防や警察と連携して対応に当たっておりまして……」
「ふざけるな!日頃どんな仕事してたらこんな事故ばかり起こるんだ!?
うちの息子が鎌倉駅で働いてるんだぞ!!安否はわからないのか!?」
「申し訳ございませんがそれは鉄道会社に方へ問い合わせていただかないことには……」

混沌の坩堝と化した市役所のエントランスを遠目に眺めながら市長・浅野學峯は自身の執務室へ足を運んだ。
非常事態ということもあり、普段のスーツ姿ではなく防災服を着用している。

「想定を越えているな……」

誰にも聴こえないような声で呟いた。
浅野は市長として鎌倉で続々と発生している事件や事故、あるいは災害について多くを知る立場にある。
同時に聖杯戦争のマスターでもある彼はそれらが聖杯戦争にまつわる事、より厳密に言えばサーヴァントによる破壊行為であることにも当然気づいていた。
聖杯戦争の本戦が開始したとなれば、これまで潜んでいた多くのマスターが活発に動き出すだろうことは予測できていた。

しかし本戦開始からまだ一日すら経っていないというのにこれほど大規模な破壊行為が行われるとはさしもの浅野といえど想像できなかった。
今ですら警察や消防が全力で対応しているもののまるで人手が足りていない状況だ。
このままサーヴァントによる破壊活動が続けば遠からず都市機能に甚大な支障をきたす可能性もある。

言うまでもなく、市長としての権力を用いて聖杯戦争を制する構えの浅野にとっては歓迎できない状況だ。
このまま大規模破壊が続けば浮浪者狩りに支障が出るばかりか治安そのものが悪化しかねない。
市長としての権限も秩序が大きく乱れては十全に発揮することは難しい。

「早急にマスターの所在を割り出し対処する必要がある……」

端末を起動しつつ、対処策を巡らせる。
魔術師ではない浅野は英霊の力や規模について決して詳しいわけではない。
それでも自身のサーヴァントであるバーサーカーが派遣した宝具たる疑似サーヴァントが戦闘を行った際に生じた破壊については公的書類を通じて知悉している。
疑似サーヴァント、式岸軋騎がこれまでに派遣された先は主にマスターが潜伏していた空き家や何らかの手段で元の住民に取って代わって住み着いた家屋だ。
そのいずれにおいても計上された被害規模は小さく、最大でも標的が滞在していた家屋一軒が倒壊した程度に収まっていた。

これを基準とするならば、今日の午前から鎌倉で頻発しているサーヴァントの仕業であろう数々の破壊は明らかに常軌を逸している。
英霊が持つ宝具には対軍宝具や対城宝具などといった広範囲を攻撃する類もあるという。
ならば頻発する大規模破壊もまた今日までを生き残ったサーヴァントがふんだんに宝具を使用した結果だろう。


43 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:33:59 P.5s7Rb60



(いや、それだけでは有り得ない)

―――などと安直に決めつけるほど浅野は愚かな男ではない。
いくら本戦が始まったからといって、いきなり多くの主従が情報の秘匿を投げ捨てて宝具を連発するはずがない。
勿論中には宝具によって生じた破壊もあるだろう。正体不明の戦艦などはその最たる例と言える。
しかし一方で通常攻撃やスキルのみによって鎌倉に甚大な被害を齎した、規格外の規模のサーヴァントが間違いなく存在するはずだ。
切り札ではなく捨て札によって巨大な破壊を為す―――想像するだに恐ろしい敵だ。

「こちらは既に切り札を切ってしまっているというのに……」

既に一画が欠けた自身の令呪を見やる。
正午より少し前のこと、突然携帯端末にバーサーカーからメールで連絡が入った。
曰く「廃校にぐっちゃんを向かわせたから魔力供給よろしく」。これまでもたまにあることではあった。
そういう場合は市役所に持ち込んだ栄養ドリンクを人知れず複数本飲んでいたものだが、今回の消耗はまるでレベルが違った。
恐らくは致命傷レベルのダメージを何度となく受けたのだろう。バーサーカーから要求された魔力量は職務中に気絶しかねないほどであった。
極力精神力を総動員して冷静さを保ちながらトイレの個室に駆け込み令呪で魔力供給を行うことで事なきを得たのだった。
幸いにして今のところは浅野に負担はかかっていない。令呪の効力がそれほど強力だったのだろう。

とはいえ状況は予断や楽観を許さないことは火を見るより明らか。
これからも同じような魔力消費を要求され続ければいずれ必ず自滅という名の敗北を喫する。
予選期間の頃以上に巧みに潜伏しているであろうマスターを炙り出すと同時に、負担を減らすために同盟も視野に入れたいところだ。
現状の最有力候補は辰宮百合香か。競争相手には違いないが彼女なら交渉の余地がある。
なおかつ公人の身分である浅野が問題なく会合できるマスターは現時点で彼女だけだ。
交渉の場を準備するべきか―――そう思いながら端末のメールソフトを起動、新着メールを確認した。



『魔力供給ご苦労様。令呪のおかげで余裕あるから孤児院にぐっちゃんを向かわせたよ』
「――――――」

バーサーカーから送られてきていた電子メールには完結な文章とともに二つの画像が添付されていた。
街に増設させた監視カメラの映像から切り取ったものに違いない。
一つ目の画像には孤児院から出た直後だと思しき辰宮百合香の姿があった。
浅野は直感的に百合香が聖杯戦争に関わる何事かを孤児院で行ったのだと断じた。
聖杯戦争が本格化した今、彼女が無意味な行動をするはずがない。

二つ目の画像には特異な衣装を着た桃色の髪の少女が移っていた。
もしやと思い意識を集中すると少女のステータスが読み取れた。実体化したままでいるとはよほど慌てていたのか。
このサーヴァントの周囲の建物、地形とわざわざこの画像を添付した意味を推理するとバーサーカーは「このサーヴァントのマスターが孤児院にいる」と言いたいのかもしれない。
いずれにせよ孤児院にマスターが存在する可能性を示すに足る状況証拠ではある。

「…………」

いや、そもそもが孤児院などという施設は最初から潰しておくべきだったのだ。
聖杯戦争に勝利することを前提にするならばああいった施設ほど浅野にとって手を出しにくいものはないのだから。

聖杯によって選ばれたマスターにこれと定められた基準はなく、無差別に選定されている。
性別、年齢、出身、思想、魔力資質その他の技能。全てが無作為であると推察していた。
であれば、未成年のマスターはもちろんのこと、それより幼い、小学生や未就学児がマスターとなる場合は当然にして想定し得る。
常識的に考えれば体力・知識などにおいてハンデを抱える子供のマスターは脅威にならない、と断じられよう。
しかし浅野はむしろ逆、幼いマスターにこそ注意と警戒を払うべきではないかと考える。



聖杯戦争では選ばれたマスターは何の身分も持たない、戸籍すらない浮浪者として鎌倉に放り出される。
このため多くのマスターは鎌倉の何処かに潜伏するか、戸籍や住居を偽造することを強いられる。浅野自身もバーサーカーの力を借りて身分を作り上げた。
聖杯戦争に端を発する治安の悪化と浮浪者の存在を公的に結びつけることで各マスターの基盤を脅かし炙り出すことが浅野の戦略だ。


44 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:34:46 P.5s7Rb60

だがこの戦略では決してカバーできない死角こそが幼い子供、もしくはそのように偽装したマスターなのである。
一度孤児院に保護されてしまえば、行政の方から戸籍の確認ができないからといって特定の子供を一日二日でいきなり放逐することは難しい。
出来たとしても治安が悪化している現状でそれをやってしまえば市長としての浅野の醜聞にもなり得る。

何より浅野が警戒するのはマスターが子供であった場合のサーヴァントの動きだ。
前述したように基本的に大人より子供の方が力も知恵も行動力も劣る。
そうであるが故に一時代を生き抜き名を残した英雄たるサーヴァントに依存する面はさぞ大きいことだろう。
見方を変えればサーヴァントがマスターの指示や方針に左右されることなく、存分に培った経験や技能を活かすことができる。これは無視すべきでない脅威だ。
またサーヴァントがキャスターや、陣地作成に等しい能力を持っている場合ただでさえ表立って攻め難い孤児院がまさしく鉄壁の要塞と化してしまう。

なればこそ、これを懸念するならばそれこそ予選期間のうちにバーサーカーに進言するなりして孤児院を力で叩き潰すべきだった。
浅野の直接のサーヴァントでもない式岸軋騎を派遣しておけば「怪人釘バット男が孤児院を破壊し子供たちを虐殺する痛ましい事件が起きた」ということにできた。
それこそマスターが存在するか否かなど関係ない。初手の段階で済ませておくべきだったのだ。
ただ純粋に、勝利のみを希求するのであれば。



「………これも私の弱さか」

浅野學峯は聖杯戦争のマスターであり鎌倉市の市長である。だがそうである前に一人の教育者でもある。
子供を教え導き、社会の荒波に呑み込まれることのない強い人間を育て上げることこそが自らの生き甲斐であり使命と自認している。
故にこそ、だろうか。マスターが在籍していても何らおかしくない孤児院から無意識のうちに目を逸らしていたのは。

聖杯戦争の舞台であるこの鎌倉が浅野が元いた世界とは異なるものであることは既に理解している。
バーサーカーのハッキング工作の一環で身分を偽造した際、自分の戸籍があらゆるデータベースを検索しても存在していなかったからこそ確信に至った。
されど、この世界は虚構ではない。この世界に住む人々には紛れもない血が通っている、確かにこの現実に在る人間なのだ。
故に浅野は元いた市民を直接的に殺傷する方針は可能な限り避けて通ってきた。
教育者としての在り方が彼らを無用に傷つけることを許さなかった。

けれど聖杯戦争を征するなら、それこそ無用の感傷と切り捨てるべきものなのだろう。
どれほどのアドバンテージを持とうが、弱さを抱えたまま熾烈な生存競争を生き残れるはずがない。理解していたつもりだ。
なのに何故今までこんな甘さに気づかなかったのか。勝利への執念が自分には足りていないのだろうか。

……そうかもしれない。浅野は心中でため息をついた。
自らの教育の正しさを遍く人々に理解させる。それは本来、聖杯戦争でなければ証明できないようなことではなかった。言うなれば達成すべき目標だ。
聖杯を手に入れて叶えるか?有り得ない、論外だ。願望器に頼った時点で自分では不可能だと認めたも同然、即ち敗北だ。
あるいはマッハ20の速さで動くあのタコを殺すことでも願うか?それも違う。あの生物は教師として教育という舞台で殺さなければ意味がない。
――――――ならば自らの教育方針の誤りで死なせてしまったあの生徒の蘇生を願うべきだろうか?

彼への贖罪をするならばそれこそが叶えるべき願いなのかもしれないが、何かが違うようにも思う。
確かに自分が間違った教育をしなければ彼は死ななかったかもしれない。遺族の無念と悲しみを想えば生き返らせるなり、過去の改竄なりするべきだ。
しかし、だからといって彼が死んだという事実をなかったことにして良いのか?過去の過ちをなかったことにして良いのか?


45 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:35:27 P.5s7Rb60

「全く、私もよくよく愚かな男だな。今の今までこんな根本的な事にさえ気づかなかったとは」

たった今理解した。この浅野學峯には何を犠牲にしてでも聖杯に懸けるべき願いがない。
無論そうであるからといって聖杯戦争に敗北するつもりなど微塵もないが、聖杯に対して傾ける熱量の差はいつか他のマスターに敗れる要素になるかもしれない。
実際孤児院への攻撃を無意識に忌避していたのも、明確な願いのなさの顕れだろう。
何でもいい。勝利するためにこそ、何か聖杯でなければ叶わない願いを見出す必要があるのかもしれない。


【C-2/鎌倉市役所/一日目 午後】

【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]二画
[状態]魔力消費(大)、疲労(中)
[装備]防災服
[道具]
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。しかし聖杯に何を願うべきなのか―――?
1:ひとまずバーサーカー(玖渚友)の孤児院攻撃は黙認する。
2:同盟者を探す。現時点では辰宮百合香が最有力候補。
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:バーサーカー(玖渚友)への殺意。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。



【C-3/高級マンション最上階/一日目 午後】

【バーサーカー(玖渚友)@戯言シリーズ】
[状態]健康 、魔力充実
[装備]
[道具]
[所持金]浅野に依存
[思考・状況]
基本行動方針:鎌倉と聖杯戦争の全てを破壊する
1:ぐっちゃん(式岸軋騎)、孤児院にいる奴らを全部壊せ
[備考]
バーサーカー(式岸軋騎)にB-1にある孤児院への攻撃を命じました。
孤児院に到着次第、最も近い位置にいるサーヴァントへ攻撃を開始します。


46 : 名無しさん :2016/11/03(木) 16:36:00 P.5s7Rb60
投下を終了します


47 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:44:35 W2vfiGF20
投下乙です。
自分が詰んでることを悟って協力相手を探そうとする友奈、しかしゾンビをマスターに持ち街に災禍を振りまきまくっている元凶たる自分たちがどう見られるのか、それを隠したまま相手をだますのか、そして何より自分が孤児院に赴くことで更なる戦火が起こることはどうするのか。そうしたことを客観的に見れない限り、彼女の先は長くなさそうですが、自覚できるのは果たして何時になるのか。未だ折れない勇者の強さと、抱え込んだ矛盾の対比が上手い
そして浅野市長。彼が持つ強い信念と、しかしそれを聖杯に託す気はないというプライドと理想の高さ。市長としての働きを交えた話の中にあってとても楽しく読めました。確かに、彼はこういうキャラだった

自分も話が完成しましたので、投下させていただきます


48 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:45:39 W2vfiGF20





【点在、非在、偏在を確認】

【監視継続】

【時間流への介入を開始】

【……】

【時間軸・■■■■■】

【アクセスしますか?】

【……】





 ………。

 ……。

 …。





【少女の旅の終着点】

【雛見沢村 入江診療所】





 ………。

 ……。

 …。


49 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:46:23 W2vfiGF20





 その少女は、二つの世界を同時に観測していた。

 一つは希望の世界。
 あらゆる悲劇が人々に降り注いで、しかし仲間との絆を信じた者たちによってあらゆる不幸が打破された、約束された勝利の世界。

 一つは幸福の世界。
 あらゆる悲劇は最初から存在しなかった。身内の不幸、犯した罪、課せられた咎。そんなものは何もなくて、だからこそ紡いだ友誼すら存在しない世界。

 そのどちらも、惨劇の影など見当たらなくて。
 そのどちらも、少女が望んだ世界だった。

 しかし、少女はどちらかを選ばなくてはならなかった。
 選ばなかった世界は消えてしまう。二度と観測されず、カケラの海に沈んでしまう。
 少女は苦悶した。百年の旅を終えて、掴んだはずの未来は二つに枝分かれして。
 悩んで、悩んで、悩み抜いて。

 その果てに、少女は「希望の世界」を選び取った。

「私はこの世界を選んだ」
「沙都子がいつも一緒にいて、部活メンバーがみんないて、私に優しくしてくれる世界」
「……みんなの罪や、不幸の上に成り立つ世界」

 選んだあとも、少女の苦悩は続いた。自分の選択は、ただのエゴでしかないのではと。
 「幸福の世界」は、文字通り皆が幸福だった。惨劇もなく、悲劇もなく、罪も不幸も何もなく、皆が心からの笑顔を浮かべていられる世界。
 ……代わりに、皆が少女との友誼を持たない世界。

 けれど。

「ありがとう」
「梨花ちゃんは、私たちのことをせめて夢の中だけでも幸せにしてくれたんだね」

 少女の話を聞いた、橙髪の少女は。
 彼女を責めるでもなく、笑顔でそう言ったのだ。

「もしも私にも選ばせてもらえるとしたら、やっぱり私は梨花ちゃんと同じで、こっちの世界を選んだと思うの」
「確かに私にとって、お母さんの離婚はとても悲しいものだった。それで変わっちゃったことも色々あった」
「けど、そのおかげで学びとれたこともある。だから、きっとそっちの世界の礼奈は未熟なままだったと思うんだ」

 橙髪の少女は、滔々と語る。
 二つの世界をどっちがいいか比べる時点で、それは人の身には過ぎたことなのだと。
 世界を比べ悩むことは神さまの仕事であって、自分たち人間の仕事ではない。だから人間にできることは、与えられた一つの世界で懸命に幸せを見つけることなのだと。

 それを聞いた、百年を生きた少女は。
 ただ一人、心の内でこう思ったのだ。

「私は、百年の時を生きた」
「私は、数多の世界を生きた」
「だからこそ億の選択に打ち勝ち、必ず幸せを掴める特別な存在なのだと信じてきた」

「けど」

「人は生きる世界に懸命であるべきで、そうでなければ幸せを掴めないのだとしたら」
「百の時と数多の世界を渡り歩いた"魔女"の私は」
「幸せを掴むという事については、誰よりも劣っていたのかもしれない」

 そこで、老獪な笑みを湛える魔女の貌が。
 ふっと力が抜けたように、外見通りの"少女"の顔に戻って。

「私は、魔女をやめるわ」
「何度も時を繰り返して、百年を生きた私はもう終わり」
「ベルンカステルの魔女なんて必要ない。これからは、一人の"古手梨花"として、この世界を懸命に生きる」

 ―――そうして少女は呪いより解き放たれて。
 ―――真の意味で、光り輝く「希望の世界」へと足を踏み入れた。

 それはありえたかもしれない未来の話。聖杯の恩寵を望み、百年の旅の途中で異邦の鎌倉へと迷い込んだ小さな魔女が、たどり着くかもしれなかった旅の終わり。
 旅の果てに魔女は少女へと姿を変えて、今度こそ掴み取った幸せを享受するだろう。



『ふ、ふふ、ふふふふ』
『あっははははははははははははははははははは!!』



 ―――切り捨てられた"魔女"の半身が。
 ―――永い永い時の果てに、新たな惨劇を生むことも知らずに。





   ▼  ▼  ▼


50 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:47:08 W2vfiGF20





【現時刻】

【地上、あるいは―――】





   ▼  ▼  ▼





 ―――信じられないものを、見た。

 "それ"が現れた瞬間、梨花はおろかスイムスイムまでもが驚愕に目を見開き、硬直した。声も出ないとはこのことだった。呼吸が乱れ、足が震える。何かを言おうと喉が動いて、けれど意味のある言葉として形にはならない。
 聞き覚えのあるような、ないような。そんな少女の声が頭上より聞こえてきたかと思った瞬間、梨花の眼前に"それ"は現れた。突如として眩い光が柱となって立ったかと思いきや、一瞬の後にそれは人の形を取ったのだ。
 数は、都合四つ。
 それは、この百年の中であまりにも見慣れてしまったもので。
 しかし、だからこそ彼女が追い求め、そしてこの場所には決してあり得るはずのない人影だった。

 それは―――

「圭、一……」

 それは、あの雛見沢村で共に過ごした。

「魅音……」

 あの光り輝く日常を駆け抜けた。

「レナ……」

 誰一人として欠けることなく、あの惨劇を抜け出したいと願った。

「沙都子……!」

 かけがえのない、仲間たちの姿だったから。

「あんた、よくも……よくもオオオォォオオォォッ!!!」

 梨花は、沸々と湧き上がる衝動のままに、この見も知らぬ、姿さえ見えぬ何者かに対して激発した。
 目の前に起きた現象の理屈は分からない。だが、一つだけ分かることがある。
 頭上より聞こえる声の持ち主は、よりにもよって何より大事な部活メンバー達を弄んでいるのだと。

『あは、あははははははははははははは!!』

 空、哄笑するは魔女の声。
 大上段から人の運命を弄ぶ女の嗤い声が、梨花を見下して止まらない。


51 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:47:58 W2vfiGF20

『愚かしいわね古手梨花。いつまでそんなガラクラに縋っているのかしら。
 もうとっくのとうに手放して、何度も何度も彼らを見殺しにしてきた貴女に、激昂する権利などないのではなくて?』

 嘲笑の声は止むことがなく、嚇怒の念に憤激する梨花の声など掻き消して響き渡る。
 一見すれば諭しているかのように聞こえなくもない声ではあるが、騙されてはいけない。この魔女は自分以外の知性など認めないし、存在を慮ることなどありえない。
 権利が云々と言っているのも、そのほうがより深く梨花の精神を抉れるからという、ただそれだけの理由でしかない。退屈に飽いた奇跡の魔女は、故にこそどこまでも残酷であれるのだ。

 だが、そんなことなど梨花は知らない。
 あるのは一つ。自身の大切な思い出を穢した魔女への怒りのみ。
 そうして嚇怒の念が赴くままに、その叫びで喉を突き破らんとして―――

「まあ落ち着けって、梨花ちゃん」

 そんな、我知らず激昂する梨花を制する手が一つ。
 それは梨花の横合いから伸ばされていて、告げる声は酷く懐かしく、暖かなもの。
 思わず振り向いてしまう梨花の目に飛び込んできたのは、人形のように立ち尽くす駒などではなく、自らの意思で動き、そこに立つ一人の少年の姿。

 ―――前原圭一の姿だった。

「正直、俺だってこの状況はよく分からねえ……そして、あいつに怒ってる気持ちは俺達だって同じだ」
「でもね」

 続く声があった。少年ではなく、その背後から。

「今ここでいくら喚いても、それはあいつを喜ばせるだけ。そんなものに意味はないし、ただ疲れちゃうだけだよ」
「けど、あたしらにはそんなムカつく奴の鼻っ面を明かせる手段があるわけさ」

 竜宮礼奈と園崎魅音、二人の少女がそこにはいて。
 圭一と並ぶように立っていた。

「このゲームに勝てばいい」

 すとん、と。その言葉は梨花の胸に綺麗に落ち込んだ。
 そうだ、その通りだ。考えてみれば簡単なことじゃないか。ゲームに勝てば官軍、それは自分たち部活メンバーに共通した―――

「全く、いつも冷静な梨花らしくないですわね」
「沙都子……」

 そして最後の一人、みんなの中で一際小さな体躯の、金髪の少女が呆れたような表情で現れた。
 それは仕方ないですわとでも言いたげに、けれど惜しみない親愛の情を以て、梨花へと静かに語りかける。

「わたくし達がなんでこんな場所にいるのか、それはわたくし存じ上げませんわ。けど目の前にゲームがあって、戦うべき敵がいる」
「そんなの、やることは一つに決まってるよね!」

 屈託なく笑い合う部活メンバーたちを前に、梨花もまた、つられるようにして笑みを浮かべた。
 それは今までのような魔女の嗤いではなく、焦燥に狂った引き攣った笑みでもない。
 仲のいい友人たちと遊ぶかのような、それは純粋な子供の笑顔。

 恐らくこのみんなは本物の彼らではない。
 分かっている。それは十分すぎるほどに分かっている。
 けれど、それでも……!


52 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:48:24 W2vfiGF20

「みぃ。みんな相変わらずで何よりなのです」
「あははー、梨花ちゃんにそれ言われると参っちゃうねぇ」
「でも、やっとらしくなってきたよ」
「ああ、そうだな。やっぱり梨花ちゃんはこうして明るく笑ってるのが一番だ」

 そこで圭一は言葉を置き、大きく息を吸い込んで。

「聞けぇ! みんなァ!」

 大きな、大きな声で叫んだ。

「ここが何処とかあいつらが何者とか、そんなことは関係ない! ゲームが相手なら百戦錬磨、最終的には勝てばいいのさぁー!!
 会則第一条! 遊びなんだからなんていういい加減なプレイは許さない!!
 会則第二条! 勝つためにはあらゆる努力をすることが義務付けられている!!
 このゲームに敢然と立ち向かう事が俺達部員の使命なのだぁー!!!」
「いいぞ圭ちゃん、よく言った!」

 喝采と気合が声となる。彼らは手と手を取り合って一つの大敵へと挑みかかる。
 一寸先の見えない未知の状況にあって、それでも恐れることなく前へと進むのだ。

 ああ、全く。
 何処の世界に行こうとも―――

「この仲間たちがいれば、世界のどこに行っても退屈しない」

 さあ行くぞ、退屈に飽いた悪辣の魔女よ。
 私達部活メンバー全員を敵に回したこと、後悔しながら敗北するがいい。





   ▼  ▼  ▼





「あ……」

 その瞬間、スイムスイムこと逆凪綾名は、そんな知性の欠片もない呆けた声を上げることしかできなかった。
 眼前に、あり得るはずのない光景が飛び込んできた。四つの人影が、そこにはあった。

 幼稚園児ほどの体躯をした、そっくりな外見の双子の天使。
 犬を模した意匠の服を着込んだ、小柄な少女。
 そして、そして。
 綾名にとって唯一無二の、最早永遠に失われたはずの、その者は―――


53 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:48:41 W2vfiGF20

「ルーラ……」

 スイムスイムにとって、ルーラは憧れの存在だった。
 君は今日から魔法少女ですと決めつけられ、困惑していたスイムスイムに魔法少女としての生き方を説いてくれた。その姿は、夢に思い描いていたお姫様そのものだった。スイム・スイムはルーラの教えを忠実に実行した。

【リーダーは憧れの対象でなくてはならない。皆がリーダーのようになろうとすることで組織が活性化されるのだ】

 スイムスイムはルーラに憧れた。ルーラこそがお姫様で、お姫様こそが正義だった。ルーラは強く、賢く、可愛らしく、リーダーシップに溢れていた。
 スイムスイムはルーラを目指そうとしたが、ルーラのようになるためには誰よりルーラが邪魔だった。ルーラが二人いてはルーラはルーラ足りえない。ルーラは頂点に立つからこそルーラなのだから。
 だから、スイムスイムはルーラを殺した。直接手にかけたわけではないが、彼女が巡らせた策略によってルーラはその命を終えた。
 ルーラに憧れ、ルーラを尊敬し、しかしそれを形にするいはルーラを殺すしかなかった。

 ルーラは死んだはずだった。
 自分が殺したということも知っているはずだ。
 その事実に、思わず涙が出そうになった。
 なのに……

「……何を呆けてるの、スイムスイム」

 語りかけるルーラの口調は、記憶にあるかつてと寸分違わぬもので。
 何の確執も、悔恨も、怒りも憎悪も感じられないものだったから。

「アンタ一人だけどこかに行ったかと思えば、こんなところで油を売ってるなんてね。このルーラの配下にあるまじき行為よ、猛省しなさい」

 ……ああ。
 この人は、ルーラだ。

 その事実を今度こそ呑みこむことができて、スイムスイムは我知らず一筋の涙を流した。
 排除したはずの一番の邪魔者が蘇ってしまったことを厭んだ故か、それとも憧れだったルーラにもう一度会えたということが嬉しかったのか。理由は自分でも分からないけれど。
 無表情のままのスイムスイムの頬を、暖かな雫が"つぅ"と伝った。

「何よ。いきなり泣くな、鬱陶しい」
「……ごめんなさい、ルーラ」

 ぐしぐしと涙を拭う。その行いに、ルーラは「ふん」と満足したようにふんぞり返った。その向こうから、双子の天使と犬の少女がいそいそと近づいてくるのを、スイム・スイムの視界が捉えた。

「ねーねーこれなんなの。また新しいミッションか何か?」
「真昼間から呼び出されるって魔法少女にあるまじくない? マジダーティ、ありえねー」
「あう……知らないところ、怖い……」

 双子の天使―――ユナエルとミナエルはいつものように悪たれ口を聞いて、犬の少女―――たまは生来の臆病さをここでも発揮している。
 彼女らもまた、本当ならば二度と会えないはずの者たちであった。しかし何故か、こうして再びスイム・スイムの前に現れている。
 何故かは知らない。具体的な原理など想像のしようもない。けれどこれが、己が従える奇跡の魔女によるものだということは分かった。

「それで、スイムスイム。これが一体どういう状況なのか、アンタ説明できる?」
「うん」

 迷いなく頷いた。スイムスイムにとって、ルーラとは何時如何なるときでも憧れの対象で在り続けるから。

「あいつらを、倒す」

 単純明快に、明朗快活に。
 果たすべき目標を、ルーラに告げた。

「なるほど。大凡の絡繰りは見えてきたわ。あいつらをぶちのめせばこのゲームは私達の勝ちになるってことね」
「そう」

 見つめるは正面、集い何かを叫ぶ少年少女。
 ルーラは言っていた。勝利こそが自分たちの義務であると。
 故に負けられない。ルーラの名を背負い、その教えを守る自分には。
 他ならぬ、最も尊いルーラには。
 敗北など許されない―――!

「行こう」

 さあ行こう、ただ一つの想いを胸に抱いて。
 この世においてルーラこそが絶対であると知りながら敗北するがいい、名も知らぬマスターよ。





   ▼  ▼  ▼


54 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:49:16 W2vfiGF20





「ほぉ、こりゃたまげた。やりおるのう」

 言葉とは裏腹の、何も動じていないような口ぶりで狩摩は感嘆の声を上げた。
 その体は動かない。棋士を気取っているかの如く対局の椅子から一貫して不動のままだ。
 彼はただ嗤うだけだ。そしてそれは、向かい合うベルンカステルも同様に。

「お褒めに預かり恐悦至極、かしら。だってこれだけじゃ"駒"が足りないんですもの。駒は一つでも多く、暇つぶしの時間は少しでも長く、起こる惨劇は数多く。そっちのほうが面白いでしょう?」

 酷薄なるベルンカステルの見下ろす盤面。そこには、木造のそれに似つかわしくない白銀の輝きを放つ16の駒が新たに配置されていた。
 キング、クイーン、ルック、ビショップ、ナイト、ポーン……それらは将棋どころか大将棋の駒ですらない、チェスに使われるものだ。
 異種ゲームの配合、ベルンカステルが行ったのはそれだった。本来ならば下らな過ぎてゲームとして成立しないものも、しかしこの場においては真理として機能する。
 如何な行動を取ろうが、如何な抵抗を見せようが、狩摩が展開した軍法持用はその度に"そうしたルール"の創界として変化する。ベルンカステルがやったように後付で駒を追加しようと、互いに同じだけの種類と数の駒を持ち、王将を取れば勝利するという条件がイーブンである以上はそのようになるのみだ。
 すなわち何も問題はない。チェスの駒は大将棋盤の上であろうとも常と同じように歩を進め、敵の駒を取ることだろう。

 では、だとすると盤面の世界に生じた最たる異常―――新たな8つの人型とは一体何であるのか。
 それこそ今更説明するまでもない。ベルンカステルは駒を追加した、つまりは単純に"そういうこと"である。
 かつて孤島にて行われた盤上の残酷劇において、ベルンカステルは今のように自ら駒を配置することがあった。「古戸ヱリカ」と呼称されるそれは固有のパーソナリティを持ち、故に彼らも同質の存在であることに疑いはない。
 "道具"を創ることなど、キャスターたるベルンカステルにとっては造作もないことである。

「どれ、盤面のあんならも待ちぼうけちょるけぇの、そろそろ始めようや」

 言って狩摩は、手番を指し示し。

「対局始めじゃ。先手はお前らに譲っちゃる。少しゃあ俺を楽しませてくれぇよ」

 開戦の号砲が、駒を進める渇いた音として鳴り響いたのだった。





   ▼  ▼  ▼





「ま、命令じゃ仕方ないね」
「ちゃちゃっと終わらせますか」

 そう言って先陣を切ったのは、双子の天使たるピーキーエンジェルズの二人であった。子供のような体躯に純白の羽根を持つ彼女らは、その外見を裏切らず敏捷性に長けるという特徴を持つ。小回り、飛翔能力、敏捷性の高さに連携の上手さ、ルーラ組において先発として出撃するのに彼女たちほどの適役は存在しない。
 左右対称にそっくりな二人の躍動は、一言"速い"。縦横無尽に空間を翔ける姿は燕かはたまた隼か、そうした猛禽の鋭さを想起させるほどであった。
 空気を切り裂いて飛ぶ天使は、地上すれすれの低空飛行から垂直方向へ一気に上昇、そのまま天から落ちるように飛び蹴りを見舞った。
 速く、鋭く、そして重い。それは寸分違わず最前線の敵―――前原圭一へと叩き込まれて。


55 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:49:50 W2vfiGF20

「甘えッ!」

 いつの間にか圭一の手に握られていた金属バットに、二人の蹴りは諸共に受け止められていた。反響する打撃音、硬直する双子は一様に驚きでその表情を彩り、対する圭一は不敵な笑みだ。

「ちょ、マジすか!?」
「ウチら魔法少女なんですけど!?」

 焦燥に染まる声を無視し、圭一は横に構えたバットを力のままに振り上げた。「うわわわわ」という気の抜けた悲鳴を上げる双子が放り投げられ、ぽてんという擬音と共に地面に墜落する。
 金属バットの先端を、真っ直ぐ相手に突きつける。そして圭一は、毅然とした表情で高らかに声を上げて。

「はっ、軽いぜ。魔法少女だか何だか知らねえが、軽すぎて重石にもなりやしねえ」

 右手のバットを両手で構え直し、腰を落として強く地を踏みしめる。

「行くぜお前ら。梨花ちゃんの、仲間の敵は俺達の敵だ。いくら可愛かろうと容赦はしねえ!」

 そう宣言するやいなや、圭一はスタンディングスタートの姿勢から一気に全速力で飛び出すのだった。



 ―――常人でしかない圭一が、人智を超越した魔法少女と互角に打ち合えるのには理由がある。

 まず第一に、これが盤と駒による公正平等なゲームであることが挙げられる。あらゆる駒は該当マスに到達さえすれば全ての敵駒を撃破可能であると同時に、自身もまた全ての敵駒に撃破され得る存在であるという絶対則がある以上、駒として当てはめられた部活メンバーとルーラ組にもそれが適用される。いわば最低勝利確率と最低敗北確率の保障である。
 そして駒に当てはめられるという性質上、その駒が持つ特徴とも言うべき強さが付属されるのだ。結果として、圭一たち部活メンバーは「将」棋の駒として相応しい実力を限界まで引き出されている。そしてそれは、逆に駒の範疇まで力を抑制されることもあるということの裏返しでもある。駒の格に相応しい力しか引き出されず、それは実質的な制限としてルーラ組には機能していた。

 第二に、反魔法力の存在が挙げられる。
 それは魔法を信じようとしない力であり、毒素とも形容される「ニンゲンが持つ独自の力」である。いわば認識の力であり、魔法を信じない人間の前では魔女やそれに類する者たちの力は大幅に抑制されてしまうのだ。
 無論、これはルーラたち魔法少女が住まう世界にも、ましてサーヴァントという超常の存在が跋扈するこの鎌倉にも存在しない荒唐無稽な代物である。これはベルンカステルたち「魔女」が住まう世界における法則であり、それはこの世界においては一切機能しないはずであった。
 しかし此処において、その法則は形となって現れた。何故なら此処はゲームを行うキャスター同士の創界、狩摩とベルンカステルが共同して制作した異界であるが故に。
 半分とはいえ、ベルンカステルの力と認識が流れ込んでいる以上、そこに付随する法則もまたここでは現実となる。狩摩の力もあるために魔法や超人的な身体能力の全てが喪失するわけではないが、魔法少女の持つ力もその大半が封じられていると考えて相違ない。

 駒としての力の平均化、反魔法力による力の抑制。その二つが混ざり合ったが故の、これは偶然の拮抗状態であった。

 ―――否、偶然などではない。
 天運を持つ壇狩摩、奇跡を司る魔女ベルンカステル。この両者がいる場において、全ての偶然は必然へと姿を変える。
 故に、これは―――





「ぶおっふぁあーッ!?!?」

 ところで、駒として当てはめられたが故の制限は、当然ながら部活メンバーにも平等に適用される。
 例えば、今まさに「突如として足をとられ、つんのめるようにすっ転んだ」前原圭一などはまさにそれのせいで行動を制限されていた。
 彼に当てはめられた駒は「歩兵」。知っての通り、一手につきたった一マスしか移動できない最弱にして最多、そして最遅の駒である。
 ならば歩兵の駒に課せられた制限とは何であるのか。それは「急速な移動ができない」というものに他ならない。


56 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:50:25 W2vfiGF20

「ぶっはー! ダッセェでやんの!」
「あんまりチョーシこかないでよね」

 前のめりに倒れるという隙を見逃すはずもなく、双子の天使はすぐさま立ち上がると猛然とした勢いで圭一へと迫る。彼女らが当てはめられた駒は「ビショップ」であり、斜め方向であるならば無制限な移動が可能であるというアドバンテージを持つ。
 その弊害として真っ直ぐな移動が困難になるという制限を受けているものの、ジグザグという変則軌道は敵に対するフェイントとして機能する以上は俊敏性に富む双子にとって大した障害ではない。
 上空より襲いくる襲撃が、今度こそ圭一の頭蓋へと吸い込まれ。

「おじさんたちを忘れてもらっちゃあ」
「困るよね、よね」

 その足を止める者が、更に二人。
 痩身に似合わぬ武骨な鉈を振り上げるレナと、あろうことか素手で戦いに臨む魅音であった。

「たぁッ!」
「そりゃあ!」

 二人は一瞬の躊躇もなく踏み込むと、鉈の一閃と掴みあげを同時に敢行。レナの攻撃は上背に避けたユナエルの前髪を幾本か切り裂くだけに終わったが、魅音の指はミナエルの細腕を掴むことに成功していた。

「どぉっ、せい!」
「お姉ちゃん!?」

 そして加えられる片手投げ。その背を強かに打ち付けられたミナエルは「かはっ」という呼吸音のみをあげ、ユナエルの喉からは悲壮な絶叫が迸った。

「今よ、圭ちゃん!」
「おうよ、任せとけ!」
「さ、させません!」

 横合いから飛び込んできた「たま」が、今まさに復活せんとしていた圭一に飛びかかる。横殴りに振り抜いたバットが爪とぶつかり反響し、黒板を引っ掻くが如き不快な音が響き渡った。

「よっしゃあ! やったれたま、ぶっ殺せー!」
「え、そ、そこまではちょっと……」
「何ィ、たまだと!? 貴様ァ、纏う衣装と名前がアベコベとはいい度胸だ! それでも魔法少女か恥を知れィ!」
「ひっ! ご、ごめんなさい!」
「だがその愛くるしい反応も併せるとむしろギャップ萌えとして成り立つな。よし、許す!」
「へぇ!? あ、ありがとうございます?」

 正眼に構えたバットと爪持つ手での鍔迫り合いという、一見奇妙な拮抗状態を維持する少年少女が噛み合わない会話をしている最中にも、戦況は刻一刻と変化を見せる。
 戦線へと復帰した双子天使が、左右対称の幾何学模様を描きながら自由に中空を飛び交う。散発的に降りてきては繰り返される攻撃に、レナと魅音は苦戦を強いられていた。


57 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:51:18 W2vfiGF20

「ったくもう、きちんと降りてきて正々堂々戦いなさいよね!」
「そんなことしてやる義理なんてないしー。飛べないほうが悪いんですよー」
「ほんとそれだよねー。正論かっくいー、お姉ちゃんマジクール」
「ああもう! しつこい!」

 降下のタイミングを狙っての一撃は、風に舞う木の葉のような身軽な動きでひょいと躱される。斬りつければそれでいいレナの鉈はともかくとして、まず掴んで投げるという複数の工程を必要とする魅音は尚更の苦戦を課せられているのが現状であった。加えて敵の天使は、その愛らしい見た目とは裏腹の悪態を吐いてくるのだから、蓄積されるストレスはそれこそ冗談では済まないだろう。
 双子天使の強襲を踏み込んでは躱し、屈んでは躱し、隙を見つけては一撃を加えようと苦心する。しかし嘲笑うかのように飛び交う天使にはまるで有効打を与えられない。
 しかし。
 突如として急襲するものがあった。それは、宙駆ける双子天使の更に上空から。

 ドでかい金ダライが、盛大な音を鳴らしながら天使の脳天に直撃した。

「あだっ!?」
「おぶっ!?」

 ごち〜んという間の抜けた音と、それに見合わぬえげつないダメージが天使たちを襲う。目から星を散らして落下するユナエルとミナエル、下で待ち受けるは各々の武器を構えたレナと魅音。

「じゃあ、行くよレナ!」
「せーのっ!」

 一閃一打、渾身の一撃が叩き込まれる。ホームランバットのように振り回された鉈が胴体部へと直撃し、まっさかさまに落ちる天使をそのまま体重をかけて地面へと叩きつける投げ技が炸裂する。
 不思議なことに、二人の天使からは血飛沫も骨の折れる音も聞こえず……しかしその体からは金属が割れるかのような硬質の音が響き、その身を粒子へと変換していた。

「うぅ……やられちゃった」
「マジヘビー、あとは頑張ってねー……」

 最後まで真剣味の感じられない声と共に消えていくユナエルとミナエル。その向こうから、腰に手を当て大仰に笑い声をあげる少女の影が見えた。

「おーっほほほほ! トラップは最後の最後でほんのひとつささやかに。戦場における鉄則ですわ!」

 その影―――沙都子は高らかに笑いながら、その指をくるくると回し戦場を見下ろす。
 先の攻撃、金ダライの落下などという荒唐無稽な現象が発生したのは、他ならぬ彼女の仕業である。
 沙都子に宛がわれた駒の役は桂馬。それは一見突飛な場所へと跳躍するトリッキーな駒であり、同時に初心者の目から見ればそれこそ理不尽めいた軌道で襲いくる。
 桂馬の駒による能力付与。それは多次元的な移動、及び攻撃の成就である。

「とぅりゃっ! 前原圭一、パワーアーップ!!」
「ひぅっ……!?」

 そして残る最後の戦闘―――圭一とたまの一騎討ちにも終幕が見えてきた。
 互角に打ち合い、鍔迫り合いを行い、一進一退の攻防を見せていた彼らは、実際その通りではあったのだが、しかし少なくとも圭一の側には一発逆転の考えが存在した。
 すなわちそれこそが、敵陣への移動であり、今まさに圭一がたまを押し込むような形で成し得たことである。
 歩兵であるところの彼が敵陣への侵入を果たすこと。それが将棋というゲームにおいてどのような結果をもたらすのか。

 「成金」。一歩前進するしかなかった最弱の駒である「歩」が、一瞬にして「金将」としての性能を獲得する、文字通りの成り上がりである。
 この盤面において成金がもたらすのは、何も移動性能の向上のみではない。駒の格自体が上がることにより、加えられる身体能力もまた増強されるのだ。
 そして、この覚醒劇を果たせたのは何も圭一一人の成果ではない。


58 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:51:41 W2vfiGF20

「みぃ。これで怖いものはないないなのですよ」
「おう! 助かったぜ梨花ちゃん!」

 圭一に隠れるように、その影に佇む小さな少女が一人。控えめにVサインをしてにっこり笑う。応えるように圭一はサムズアップを返した。
 人目につかないよう立ち回り、こっそりと圭一を支援しその進行方向を誘導していたのは、他ならぬ梨花だ。
 男の圭一のように肉体的に屈強なわけでなく。
 レナのように強力な武器を持つでもなく。
 魅音のように体術を修めているわけでもなく。
 沙都子のように絡め手を使えるわけでもなく。
 そんな梨花に許された特技とは、すなわち百年で得た立ち回りであるのだから。

「クールになれ、なんて。今更自分を自制したりなんかしないさ。
 悪いな子犬ちゃん。俺はもう、この瞬間に全てを燃やし尽くすって決めちまったんだ!」

 滾る熱意が波濤となって、握るバットに込められる。それは真っ直ぐ一直線に、たまの脳天を打ち据えた。
 正真正銘の全力全開。しかしそれは、肉と骨を打つ特有の音など一切発さず、澄んだ清涼な金属音のみを空間に響かせた。

 小さく「ごめんなさい」と呟かれる声を最後に、たまはその肉体を粒子へと変えた。バットを振り抜いた姿勢から立ち上がった圭一は、射抜くような目つきで前を向く。
 その先には、残る二人の敵が存在した。

「さぁて」
「残ったのは、貴方たちだけだね」

 圭一を中心に、部活メンバーが並び立つように集まる。そこに陰りは一切なく、宿すのは純粋な闘志のみ。
 それを真っ向睨み返すのは、ルーラと、スイムスイム。

「ったく、どいつもこいつも使えないわね」
「ルーラ……」

 ルーラ……クイーンの役を宛がわれた彼女は、対局が始まってから一歩も動くことはなかった。
 クイーンは悪戯に動くべからず。それはチェスにおける最も基本的な定石の一つであり、彼女の指し手であるベルンカステルもそう打った結果である。
 しかしそれでも狼狽えない。ルーラは決して怯え、取り乱すことはない。少なくとも、こうして一人でも配下が残っている限りは。
 何故ならリーダーとはそういうものだから。かつてスイム・スイムに教えた魔法少女としての在り方の一つに、そういうものがあったから。
 "だから、このルーラは決して取り乱すことがない"。
 ベルンカステルの駒として生まれ、観測者であるスイム・スイムの認識が入り混じったこのルーラは。

「私がいく」

 そして、だからこそ。
 そんなルーラを前に、彼女が動かない理由もまた存在しなかった。

「ルーラに教えられた通り、かんぺきにこなしてみせる」

 長柄の槍を振り回す。手首を軸にくるくると回る。
 そうしてスイムスイムは、"ルーラ"を手に戦場を睥睨し、その表情を高揚で彩ることなく、突撃を開始したのだった。





   ▼  ▼  ▼


59 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:52:12 W2vfiGF20





「ひひ、なんとも気張る餓鬼どもよ、泣かせる話じゃけぇ」

 戦場を見下ろす指し手の世界において、狩摩は変わらぬ胡乱気な姿勢のまま、くつくつとその喉を鳴らした。
 大将棋における盤面は、現状狩摩が大幅な優勢を誇っていた。梨花たちに宛がわれた駒の活躍ばかりではない。敵陣地には多くの飛車角が攻め入り、麒麟・獅子・奔王といった見慣れぬ駒たちがベルンカステルの牙城を打ち崩している。
 どれがどう動くのかも分からぬ複雑怪奇な盤面をしていながら、しかし素人目に見ても攻め込んでいるのは狩摩の側であると容易に察することができた。ならば彼の余裕とはそれに起因するものか。いいや違う、何故なら対局相手であるベルンカステルは、ここまで不利に追い込まれながらも一切の不安を顔に出していないのだから。

「あら、貴方その手のお涙頂戴は好まないものとばかり思っていたけど?」
「誰が好くかいあんなもん。じゃが見てみぃや、あんならは百年の陰に終止符打とうっちゅうて戦っちょる。俺ァどうでもいいんじゃがの、朔の毒を呑もうと気張っちょる大将の苦労も少しは晴れるっちゅうもんよ」

 狩摩の言葉はベルンカステルには理解できない。恐らくは彼にのみ通じる事情か何かの話か。正直なところ、そんなものにカケラも興味がないベルンカステルは馬耳東風と聞き流すのみだ。

「まあいいわ。何にしても貴方、相当面白いニンゲンだもの。何年ぶりかしら、こんな愉快な玩具は」

 呟かれるベルンカステルの言葉は本心だ。彼女は本心から、狩摩のことを面白いと思っている。
 この対局において、狩摩が指した手はその全てが出鱈目なものだった。それはイカサマであるとか、または稀代の天才が生み出した全く新しい戦術であるとか、そういうことではない。文字通り全てが出鱈目で適当な、子供が盤に駒をぶちまけたかのような手しか彼は打たなかったのだ。
 理論と効率を知り尽くした魔女から見れば、それは単なる無駄の塊でしかない。飛車を前に出すために直進上の歩を開ける、などという初歩中の初歩すら行使しない有り様には、当初は大きなため息すら漏らすほどであった。
 しかし、蓋を開けてみればどうか。
 すぐさま狩摩が負けるだろうと思われた対局は、すぐさま梨花が討ち取られるだろうと思われた盤面の世界は、現在どうなっているか。
 一目瞭然―――何故か、全てが狩摩の有利となって現れていた。

「どんな手を打とうとも、何故かそれがピタリと最適解に収まる天運。なるほどね、それがあなたの有する特異性……いえ、"魔法"とも形容すべきもの、ということかしら」

 このゲームにおけるルールの一つに、次のようなものがある。「指し手が示した駒の動き通りに盤面の者が動くことで、その者の能力に大幅な補正がかかる」というものである。
 無論、これは能動的に活かすのが難しい法則だ。何故なら一手ごとに交代しながら指し合う指し手の世界とは異なり、盤面の世界においては全ての戦闘はリアルタイムで行われる。いちいち意思の疎通を執り行って動いていたのでは結局全ては後手に回らざるを得ない。
 事実、狩摩は今まで部活メンバーと意思の疎通など取っていないし、事前の打ち合わせもしていない。ばかりか彼の指す手は定石外の突飛で考えなしなものばかりで、部活メンバー側が狩摩の行動を予測して動くなどということも不可能である。
 しかし、狩摩が指した手は、その全てが部活メンバーたちの行動と一致していた。
 圭一が進もうと足掻けば、的確に歩兵を前へと進める。
 レナと魅音が同時に踏み込もうとすれば、彼女らに該当する駒を両面的に動かす。
 沙都子が奇襲を仕掛けた時は、桂馬を手繰ってユナエルの駒を取り。
 その盤面を縫うように、梨花の駒を縦横無尽に動かした。
 梨花たち部活メンバーが、仮にも魔法少女という超常を相手に圧倒できたのはこうした理由がある。盲打ちによる天運の支援、それがなくては彼らとてここまで容易に事態を運ぶことはできなかっただろう。
 重ねて言うが、これらは意図して行われたわけでは決してない。狩摩は何も考えることなく、ただ感覚の赴くままに適当な一手を指し続けただけだ。しかしそれら適当な手が、ぴたりと彼に都合のいいように作用したという、これは常軌を逸した幸運の発露である。

 彼の一手は盤面不敗。釈迦の掌を出られぬ猿のように、壇狩摩の裏を取れる者など誰もいない。


60 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:52:34 W2vfiGF20

「けどご生憎様。最初にも言った通り、私に"そんなもの"は通じないわ」

 けれど。
 ベルンカステルが無造作に指した、次なる一手。何の変哲もない、今までと全く同じはずのそれが行われた瞬間。

「運勢、確率、神のサイコロ……つまるところ奇跡。それらは余すことなく私の領分よ。ニンゲン如きに立ち入られる謂れなどカケラ一つたりとて存在しない」

 ―――流れが、変わった。





   ▼  ▼  ▼





 爆音と粉塵が止んだ時、そこには最早動く者は存在しなかった。
 佇む人影は一つ。先程までそこにいた、他の二つの影は跡形もなく消え去っていた。

「……逃げたか」

 誰ともなく、その影、セイバーは呟く。気配探知網には急速に離れていくサーヴァントの反応がある。気配遮断を展開する余力もないのか、しかしそれはある程度のところでふっつりと途切れ、何も感じなくなった。
 遠方よりの攻撃に備え、迎撃態勢を解除せずに立ち尽くす。数分の後、何の気配もないことを確認すると、セイバーは剣持つ手を下げ、ふぅと息をついた。
 不可視の剣を振り払い、その刀身を消し去る。それだけで、辺りに残っていた砂塵は切り裂かれ、吹き散らされて無くなった。

 最後の交錯、17の剣が降り注ぐその中で、彼らは突如爆発する剣の間隙を縫い、その身を逃避させることに成功させた。
 セイバーは、そのミサイルや爆薬めいた剣の激発に覚えがあった。それは壊れた幻想と呼称される、宝具に秘められた魔力の暴発である。
 宝具として昇華された物品には当然として莫大量の魔力が込められており、通常は固体として固められているそれを爆発させるのだから、その破壊力は驚異的なものとなる。
 それは下手な攻性宝具による真名解放すらも上回るほどの威力を有する場合もあり、有効な攻撃手段であることに違いはない。
 しかし、この壊れた幻想はおよそ使われることの少ない技法でもあった。
 まず第一に、宝具というのは英霊にとっては生前共に在り続けた半身であり、それを壊すというのはその身を裂くほどの精神的苦痛を味わうため、まずそこで多くのサーヴァントは躊躇う。
 第二に、宝具を破壊するという都合上、即座に修復などできるわけもなく、その後の戦闘は切り札を欠いた状態で行わなければならない。
 上記の理由により、およそ真っ当な英霊であるならばまず使わない手段なのだ。しかしそれを、彼らは全く躊躇せず実行に移した。その行為は少なからずセイバーの目を瞠目させ、そしてその一瞬にも満たない隙を、彼らが見逃すはずもなかった。
 士郎とアカメ、彼らが共に有する技能は心眼・(真)。絶命の窮地において一筋の活路を見出す弱者生存の業である。彼らがこの結末を勝ち取ったのも、あるいは必然と言えるのかもしれなかった。
 退くというならば深追いする理由もない。それでも、一時撤退から更に攻撃を仕掛けてくるというならば、今度こそ一切の加減なく敵戦力を殲滅するつもりであったが、どうやらそういったこともないらしい。

 セイバーは視線を孤児院そのものへと向ける。そこには巨大な光の方陣が、天を覆うように孤児院上空に展開されているのだった。
 あそこに古手梨花が使役するキャスターと、更にもう一体別のサーヴァントが存在する。
 彼らが何を目的に、何をしているのか。その詳細は杳として知れない。しかし、アサシンたちが退避した現在において、その危険度は最も高いと言える。しかし。


61 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:53:06 W2vfiGF20

(目下、果たすべきはマスターの捜索と保護か)

 目的は変わらず同じ。キーアの安全を確保することである。
 全てはそれを終えてから。あのキャスターへの対処も、古手梨花の処遇も、そしてこれからのことも。
 故に彼は踵を返し、その場を後にしようとした。未だ静寂を保つ閉鎖空間、それよりも先にマスターを保護しようと考えて。
 けれど。

「これは……!」

 異変に気が付いたセイバーの視線の先、孤児院上空の方陣結界が、その姿を急激に崩壊させていくのを見て。
 無意識的に驚愕の念を口に漏らし、セイバーはその歩を俊敏なものへと変えたのだった。





   ▼  ▼  ▼





「うそ……」

 呟きが空しく宙へと消える。現実感の欠いた頭の中で思考が空回りする。
 信じがたい光景が、梨花の目の前に広がっていた。

「うぁ……」
「ぐ、づぅ」
「そんな、嘘でしょ……」

 呻く声が、そこらじゅうから聞こえてくる。それらは全て違わず、部活メンバーたちが上げる声だった。
 終始優勢に立ち回っていたはずの、仲間たちの声だ。それが今や、満身創痍という形容すら生温いほどに、全身に夥しい損傷を負って。
 倒れる者もいた。片膝をついて、尚も戦意を失わない者もいた。けれど、最早その身に抵抗の余地など残されておらず。

「―――」

 舞い降りるかのように軽やかに着地するスイムスイムが、いっそ優雅なほど鮮やかに"ルーラ"を振るう。
 その体には、一つの傷も一滴の返り血もついてはいなかった。


62 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:53:34 W2vfiGF20

 スイムスイムただ一人に、部活メンバーたちは蹂躙されていた。
 梨花は、たった今しがたまで展開されていた悪夢めいた光景を、今さらになってようやく言語化して理解できた。
 分かってしまえば簡単なことだった。こちらの繰り出した攻撃が、あのスクール水着の魔法少女には全く当たらないのだ。
 それは相手のスピードが速いであるとか、回避の技量が卓越しているということではない。文字通り、当たっているにも関わらず物理的な接触ができないということである。
 金となり各種能力が飛躍的に上昇した圭一の振るうバットも、レナが手繰る鉈の一撃も、全てが水を叩くかのように一切の抵抗なくすり抜けた。
 魅音の指はスイムスイムを掴むことすらできず、沙都子のトラップとて結果は同じこと。あとに起こるのは、それこそ一方的な戦いとも呼べない蹂躙のみである。
 防戦一方であった。部活メンバーの奮闘は何ら効することはなく、未だ存命しているだけでも褒め称えるべきなのかもしれない。

 そして、そんなスイムスイムの戦闘を、遥か後方から見据える者が一人。

「よくやったわスイムスイム。あの薄らボケた役立たず共とはまるで違う。それでこそ私の部下、それでこそ魔法少女よ」

 得意げに大上段から語りかけるルーラに、スイムスイムは仕草だけで首肯した。表情の伺えぬ顔ではあったが、そこには喜悦のようなものが浮かんでいるのかもしれない。

 曲がりなりにも三人の魔法少女を相手に互角以上の戦いを繰り広げられた部活メンバーが、こうも容易く一方的な殲滅を受けた理由は、何もスイムスイムの魔法「どんなものにも水みたいに潜れるよ」の相性的なものばかりではない。そこには、三人の魔法少女たちとスイム・スイムとで明確に分けられる差異が存在したのだ。
 部活メンバーの善戦理由の一つに、反魔法力の存在が挙げられる。それは人の認識による幻想否定であり、他ならぬ部活メンバーたちの認識により、魔法少女の力が抑制されたというものだ。
 しかし覚えているだろうか。それはあくまで、ベルンカステルの力とその駒によるところが大きいのだということを。
 部活メンバーとスイムスイム以外の魔法少女は、ベルンカステルの駒ゆえに、彼女の世界が有していた反魔法力という法則が適用された。しかし、当然だがスイムスイムはベルンカステルの主であって、彼女の駒などでは決してない。
 だからこそ、スイムスイムにかかる反魔法力の作用は極めて軽微で済んだのだ。この盤面自体がベルンカステルの力によって生み出された以上は完全に免れることこそできないが、その影響を弱めることはできる。
 ならば、スイムスイムに負ける道理など存在するわけもなく。

「あッはっはははは!!」

 盤面を俯瞰する高みにおいて、この惨状を作り上げたベルンカステルが哄笑する。
 嗤っていた。彼女は、今までの少なくとも表面上は気品を気取っていた微笑みではなく。野卑に、下卑に、大声を上げて。


63 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:54:10 W2vfiGF20

「ニンゲンと魔女が仲良く対戦ごっこッ!? なんて下らないゲロカスッ!
 バカバカしいわ、笑えるわ! そんなものをこの私が、本気で真面目にやると思っていたのかしらぁ!?」

 豹変、とも言えるほどに。彼女の表情は別人さながらの歪みを見せていた。
 嘲笑、優越、憐憫、愉悦……そうした自己肯定と他者否定がないまぜになり、歪みきった渦と化したものが、今のベルンカステルの表情だ。
 ベルンカステルは知的強姦者である。それは言葉が示す通り、純粋な推理や知恵比べで勝敗を競うなどの健全な代物ではない。心理、論説、あるいは精神面において相手より優位に立ち、自らより下の者を玩弄することで快感を得るという無粋の極みのような精神性を示す。
 だから今、彼女はその本性を露わにして嗤っているのだ。狩摩が仕掛けたゲームの全てを、真っ向から打ち破らんとしている今。

 ベルンカステルと狩摩が囲う将棋盤、そこで行われている打ち合いの戦況は、何故かベルンカステルの圧倒的優位へとその盤面を変貌させていた。
 つい先ほどまでは狩摩の優勢で進んでいたはず。適当な手しか打たないはずが、しかし何故かピタリと嵌る盲打ちの手腕……狩摩が誇る極大の天運が味方した盤面は、しかし今やベルンカステルの掌の上と化している。
 ベルンカステルが持つ将棋やチェスの腕前によるものではない。実のところ、両者のゲーム的な力量にはさほど隔絶した差というものはなく、運の要素を除けばほぼ互角と言っても良いほどであった。
 ならば勝負を左右するのは時の運に他ならず……その分野において狩摩に敵うものなど想像すらつきようがないというのに、彼女は一体何をしたというのか。

 イカサマではない。まして武力的な力を行使したわけでもない。
 簡単な話である。ベルンカステルが司る魔法は、奇跡。極小確率を確実に引き出す願望成就の力なれば―――
 自らの思うように、盤面を操ってみせるのも容易である。

「奇跡の魔法……なんとも眉唾じみた話じゃが、しかし本当におったんじゃのう、魔女っちゅう輩は」
「あらあら、余裕ね。その作られたポーカーフェイスは、果たして何時まで保つかしら?」

 未だ表情を変えることなく駒を指し続ける狩摩に、しかしベルンカステルは何も動揺することはない。
 何故なら、両者の持つ力というのは圧倒的に相性が悪いからだ。
 狩摩が持つのは生まれつきの豪運。それ自体に理屈はなく、ただ何となく運がいいという、あやふやで不確かな代物だ。
 対するベルンカステルの魔法は奇跡。確率操作により、僅かでも可能性があるなら100%にまで押し上げるという規格外の大権能。それを形としたものである。

 形さえない不確かな存在が、形ある確固たる力に敵う道理などない。
 同じ土俵で争う限り、狩摩がベルンカステルに勝てることなど那由多の彼方まで存在しないのだ。


64 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:54:42 W2vfiGF20

「つまるところ、この私に勝負を挑んだその時点で、貴方の負けは確定していたということ」

 純粋な勝負事に異能を持ち込むこと。それについての恥や躊躇は、ベルンカステルには存在しない。
 掛け金を取り立てるのはいつだってルールじゃない。ルールを遵守させる武力的背景こそがそれを成り立たせるのだ。
 ならば、偉大な魔女たる彼女を縛れる者など何処にもおらず。
 故に、この空間においても異能行使に対するペナルティは一切発生していない。

 ベルンカステルは一手を指す。それと連動するように、盤面のスイム・スイムも行動を開始した。
 狩摩が一手を指す。ベルンカステルの進撃を止めるように配置された駒は、しかし盤面にて同じくスイム・スイムを阻もうと立ちふさがりあえなく斬り倒された竜宮レナの姿が、その未来を暗示しているようにも見えた。

「貴方がすべきだったのは、私の姿を見た瞬間に尻尾巻いて逃げることだった。惨め、惨めね。でも今の貴方はそんなIFよりもっと惨めだわ」

 梨花が何かを叫ぶ。それは仲間の喪失を厭う叫びか。しかしスイムスイムは止まらない。遮る駒の全てを取り去るように、彼女は部活メンバーの悉くをその大槍で刈り取っていく。
 末期の言葉を言うことすら許されず、次々と消えていく少年少女の姿。彼らは皆一様に梨花を庇い、それは梨花にも分かったから、尚更悲痛な叫びを上げる。
 その悲嘆を耳にして、ベルンカステルは愉悦に顔を歪めるだけだ。
 なんて楽しい、なんて安らげる。ああ、ニンゲンの絶望と悲しみこそが我が悦びであるとでも言うかのように。

「逃走こそが最適解。けど貴方はそうしなかった。自信があったのかしら、この私に勝てるなんていう。身の程を弁えない愚かな男、だからこうして全てを奪われる。
 馬鹿なゲームマスター、馬鹿なミス、馬鹿な駒。馬鹿な驕りに、馬鹿な敗北。馬鹿ばっか、くすくすくす!」

 ベルンカステルもスイムスイムも、梨花を直接狙うということはしない。何故なら彼女らが求めているのは共に完璧な勝利だから。ベルンカステルは己の信条ゆえに、スイム・スイムはルーラの教え故に、それを目指す。
 完璧な勝利、すなわち王将たる壇狩摩の討滅である。
 ベルンカステルの指が次々と一手を指していく。狩摩の手はそれを阻むことができず、彼の駒は次々とその数を減らしていく。

「やめて……もう、これ以上は―――!」

 叫び、梨花は何も持たぬ徒手のまま、果敢にもスイムスイムへと殴りかかった。その手は何を殴ることもできず、水のようにスイム・スイムの体をすり抜けた。
 スイムスイムは梨花を一顧だにすることなく、振り返ることもなく、先へと進む。自分が障害にもなっていないのだと痛感させられた梨花は、その場に力なくへたり込んだ。

「ああ、そうそう。言い忘れていたけど、私は絶対に勝てるゲームが好きよ。だってそうでしょ?
 勝てないかもしれないゲームなんて面倒臭いじゃない」

 ベルンカステルの猛攻は止まらない。スイムスイムの猛進は止まらない。

 梨花は叫んだ。届かない手を伸ばして、ふざけるなと悔しさに顔を歪ませながら。
 ベルンカステルは笑った。愚かなニンゲンよ、せいぜい惨めに泣きわめけと。


 そして最後の一手、ベルンカステルが持つ「ナイト」の駒が、狩摩の王将を上から粉々に踏み砕き。

 盤面の最奥へと至ったスイムスイムが、その空間へと鋭い一閃を放ち。

 梨花が、敗北の悔恨を叫んで。


「それじゃさようなら、下らないゲロカス」


 心底より見下した顔で、ベルンカステルは自身の勝利と共に、ゲームの終了を宣言するのだった。


65 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:55:10 W2vfiGF20





























「おう、お前がな」





























「が、アァ……!?」

 不可思議なことが起こった。それは、ベルンカステルの胸元から。

 "刃"が生えていた。内側から突き破るように、その霊核を貫くように。

 跳ね上がる体。迸る血飛沫。鮮血が盤上にぶち撒けられ、魔女の体躯は力を失って倒れ込んだ。

「……お前も、所詮はその程度じゃったか」

 心底より見下げ果てたと言わんばかりの狩摩の声が、ベルンカステルにかけられる。いや、そもそも彼は最初から、彼女のことなど見ても聞いてもいなかったのだろう。

「なに、が……?」

 ベルンカステルの思考は、困惑と疑念と混乱に満ちていた。一体何が、自分の身に起こったのか。
 いや、それは分かる。自分は攻撃されたのだ。背後から……いや体内から、突如として。刃が生えて。
 だが、それこそが分からない。だってそうだろう? このゲームは、"相手への直接的な攻撃は禁じられていたはず"なのに。
 狩摩の豪運や、ベルンカステルの確率操作とは話が違う。あれらはあくまでゲーム進行それ自体には支障をきたさないために許された例外的なもので、こんな風に対戦相手を殺害するなどということが。
 知的遊戯そのものを愚弄するような真似が、許されるはず……


66 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:55:40 W2vfiGF20

「……あ」

 そこで、ようやくベルンカステルは気付いた。
 なんてことはない。自分が言ったことではないか。

 賭け金を取り立てるのはルールではない、それを可能とする武力的背景なのだと。
 それがない限り、ルールの遵守など戯言でしかないのだと。そう言って、自分は奇跡の魔法の行使という禁じ手スレスレの行為をした。
 なら、だったら。
 負けた側が敗北を認めず賭け金の支払いを拒否するのも、道理なのではないのかと。

「ようやく気付いたか、ボケが」

 何の感情も含まず、ただ目を細めて彼は睥睨し。

「要はこういうことよ。お前、いつからこの遊戯で全てが決まると思っとった?」

 哀れむような瞳を、魔女へと向けた。

「将棋で勝っても、殴られて泣かされちょったら負けじゃろう」

 ひひ、と嘲笑う。

「球技で負けようが、そこで相手の連中を皆殺しにしてしまえば俺の勝ちじゃろう」

 嗤う。それは止まることがない。

 ―――軍法持用・金烏玉兎釈迦ノ掌には、隠された最後の力が存在する。

 この世界において勝敗が決した場合、敗者の側に世界を構築していた全ての力が流れ込む。その点については公平であり、負けた側がその負けを認めた場合、敗者は力の全てを注がれて死に至る。
 しかし敗者がその敗北を認めなかった場合にはどうなるか?
 普通ならばどうにもならない。負けは負けであり、そこに異論をはさむ余地はない。しかしこの世界において、敗者が敗北を認めなければ、その力の全ては勝者の側へと流れ込むのだ。

 「勝敗が決定した瞬間、敗者が負けを認めていなかった場合、勝者を殺すことが出来る」。それこそが狩摩の急段の正体であり、このゲームの本質であった。
 反則どころかゲームの根幹そのものを揺るがす蛮行である。当然、単独の力ではこのような法則を作り上げることなどできない。
 だが強制協力にはめ込んでしまえば、その問題点も解消される。"壇狩摩は型に嵌らない"という共通認識において互いが合意するという強制協力が為されたならば。
 ベルンカステルは当初、こう思考した。「聖杯戦争という武力が幅を利かせる戦場においてそれでもゲームで勝負を仕掛けるなど、この男は型に嵌らぬニンゲンだ」と。
 その時点で強制協力は為されていたのだ。対局を始めるよりも前に、狩摩と顔を合わせるよりも前に、ベルンカステルは既に罠へと落ちていた。狩摩は型に嵌らないと合意が成立している以上、それはゲームの世界においても適用される。

 ―――壇狩摩がゲームに負けた程度で賭け金を支払うなどという、型に嵌った行動を取るはずがないのだと。


67 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:56:22 W2vfiGF20

「分かっちょるよ。お前が頭良いっちゅうことは」

 ベルンカステルは数多のゲーム盤を玩弄し続けた魔女である。知的遊戯においては他の追随を許さない。
 それを、狩摩は分かっていた。

「分かっちょるよ。お前が奇跡を手繰れるっちゅうことは」

 ベルンカステルは奇跡の魔女である。求めたものは必ず形となり、如何な難行であろうと必ず現実とする。
 故に今もそうなった。壇狩摩との対局に勝利するという奇跡を、彼女は確かに現実とした。

「で、それがどうしたんなら。俺ぁそんなもんで勝負する気なんぞハナからカケラもありゃせんでよ」

 ―――それで?
 ベルンカステルは確かに狩摩との指し合いに勝利した。だが、それがどうしたという。指し合いに勝利したのは、単にそれだけのことでしかないだろう。

 他ならぬベルンカステルが言ったことである。ゲームにルールがあるとして、しかしそれを守らせる武力がなければ意味がない。
 故に彼女はルールを無視し、狩摩は"そもそもゲームをするつもりがなかった"。

「お前の敗因は囚われたことよ。遊びに勝てば相手が素直に命まで差し出すなんぞと考えた、その時点で視野が狭い証でよ」

 ベルンカステルは知的強姦者である。知を何よりも重視するその有り様は、つまり知に固執し知に囚われていることと同義でもある。
 故にこそ、彼女は囚われたまま順当にこの結末へと至り、その身を無様に晒して。

「―――殺すッ!!」

 そして同時に、彼女は自らの智慧の否定を何よりも嫌悪しているがために。
 血泡を吹き、眼球からは血涙を迸らせ、放つ語気は荒々しく。
 ベルンカステルという名の魔女は、剥き出しの憎悪と殺意を、恐らくは今生において初めて露わにした。

「愚弄したな……ッ! この私を、物語をッ!
 私はこんな結末を綴るために現界したんじゃない! あんたのせいでッ、全部台無しよッ!」

 怨嗟の声は止まらない。知的活動という存在理由の全てを否定された彼女にとって、眼前の男は何にも勝る仇敵と化していた。
 空間が、次々と罅割れていく。勝敗が決し、世界を構築していた力がベルンカステルへと流れ込んでいるのだ。空間が一つ罅割れる度、ベルンカステルの体が大きく跳ねる。
 世界が崩れる。世界が終わる。それを前に、魔女は滂沱の血涙を撒き散らし、尚も途切れぬ憎悪を漏らす。

「宣言するわ―――あんたたちはすぐに死ぬ! 何が来ようと、どんな加護があろうと、私はあんたらを絶対に殺す!
 呪いよ、これは魔女の呪い! 穢れた奇跡を勝ち取ったあんたらへの、相応しい末路を用意してあげるわ!」

 中空に奔る軋みがついに限界を迎え、ガラスが砕け散るように世界が割れた。薄暗い指し手の小部屋に、眩い光が雪崩れ込む。
 輝かんばかりの白光を全身に浴びながら、影絵のように黒く染まる魔女はのけ反るように立ち上がり。

「ニンゲンは過去を向きながら後ろ向きに未来を歩む哀れな生き物、だから簡単な落とし穴に気付けず無残に無様に転落する! 百年を歩んですら何も学ばないあの小娘のように!
 見ててあげるわ……あんたらが絶望に喘ぎ、惨めにのた打ち回るザマをねぇッ!」

 最期までその呪詛を止ませることはなく。
 光の中に、その姿を塵と霧散させたのだった。


68 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:56:48 W2vfiGF20





   ▼  ▼  ▼





 崩れゆく世界を見つめ、全ての力を使い果たし、魔法少女の姿さえ解除されたスイムスイムならぬ逆凪綾名は、がっくりと膝をついた。
 世界は末端からその姿を失くしつつあり、最早座っていられる場所さえ限られている。膝からぺたりと座り込み、呆然と上を見上げた。
 体に振動を感じ、視界に映る景色が激しくぶれる。とうとう世界の崩壊は終わりに差し掛かったらしく、その消失は綾名の体の末端にまで及んでいた。断続的な衝撃に襲われ、その度に体が崩れていく。

 これが彼女の末路だった。王将の敗残は、すなわち配下たる駒も連動して死に絶える。
 それがこの世界のルールだった。魔女は守ろうともせず、盲打ちは最初から認識してもいなかった、世界のルール。
 そんなつまらないものに巻き込まれて、今から綾名は死ぬ。

 痛みは感じない。
 ただ、自分が消えていくことだけが分かる。
 恐怖は感じない。
 ただ、ルーラの教えを守ることが出来なかったと考えると、胸が締め付けられるようだった。

「ルーラ……」

 傍らにあるそれを、綾名は撫でる。それは、先ほどまでルーラと呼ばれていたもの。今は単なる無機質な駒。掌に収まるくらいの、白銀に輝くクイーンの駒。
 ルーラや、ルーラの教えと共に在れるなら、自分は何も怖くない。
 けれどルーラは単なる駒で、ルーラの教えを自分は守ることができなくて。

「ごめんなさい……」

 逆凪綾名は最早言葉なく、空を見上げる。何も見えない、崩れ落ちる闇と溢れ出る光とだけが満ちる、何もない空虚な空を。
 何も残されていない空を、綾名は最後まで見上げ続けた。

 見えない目で、見上げ続けた。





   ▼  ▼  ▼


69 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:57:10 W2vfiGF20





「……ふぅ」

 街路の目立たぬ場所にて、疲労と焦燥の色を濃くする少年、衛宮士郎は深い息を吐くと共に言った。
 自分たちがほぼ無傷であの場を切り抜けられたのは、最早"奇跡"と形容してもいいだろう。それほどまでに、あの状況は窮地であったし、あのセイバーは強敵だった。

「なんとか逃げ切れた、か」

 敵味方を無差別に転移させる現象、恐らくはあの孤児院に陣を敷いたキャスターの仕業か。そこに一体どんな意図があったのかは分からないが、しかしそのおかげで自分たちは一気に窮地に陥った。
 万全を期し、細心の注意を払い、気配遮断の通じぬ場合をも想定し、それでもサーヴァントの起こす現象は容易くこちらの想像を上回る。
 それはキャスターによる転移もそうだが、相対したセイバーの強さもそうであった。
 アカメは並みのセイバークラスなら上回りかねないほどの剣腕を持つ。事実、予選期間において彼らが倒してきた中にはセイバーを従えるマスターも存在した。村雨という一撃必殺の刃を持たずとも、彼女はそれだけの強さを持つ破格の英霊なのだ。
 それでも、あのセイバーにはまるで敵わなかった。宝具やスキルがどうのという問題ではない。恐らくあの騎士は、セイバーというカテゴリーでも最上位にランクするサーヴァントだろう。複数本の宝具の投影、そして連鎖する壊れた幻想。鶴翼の三連撃を以てしても討滅どころか傷一つ与えられなかった相手をそれで倒せるとは思えないが、それでも逃走の一助にはなったらしい。
 厄介な、と率直に思う。敵が弱いことを期待して戦ったことなど誓って一度もないが、しかしこれほどの敵が同じ聖杯戦争内に存在するとあれば、聖杯獲得までの道行が険しくなることは否めない。

 そしてだが、あくまで推測の域を出るわけではないが、士郎にはあのセイバーの真名に心当たりがあった。
 それはかつて彼が経験した聖杯戦争での出来事。7騎の英霊の力を取り込み戦う戟剣の戦場において、彼が最後に刃を交えた敵のこと。

『ジュリ…アン…を……頼む……』

 想起される、その言葉。
 そのことについて更に思考の海へと埋没しそうになって。

「士郎、呆けている時間はないぞ」

 アサシンの言葉に、我知らず考え込んでいた士郎は即座に目を晴らしたのだった。
 こういう時にひとり思考に埋没してしまうのは、よくない癖だった。今まで一人で戦ってきたから、それが染みついてしまった。
 けれど今はそうではない。サーヴァントという頼りになる存在が、こうして共に戦ってくれるのだから。

「……ああ、そうだな」

 答えを一つ、それで二人は路地の向こうへと踵を返した。
 半日に満たぬ短い間での二連戦、そしてそのどちらもがこちらを上回る強敵だったこと。幸いにして致命的な損害こそ出ていないものの、蓄積された疲労と消耗は無視できるものではない。
 一度拠点に戻ってしっかりとした休息を取るのがベストだろう。そのためにも、まずはこの場所より一刻も早く離れなければ。

【B-1/路地裏/一日目・午後】


【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] 魔力消費(大)、疲労(中)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
1:撤退し、休息する。
[備考]
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)を把握しました。真名について心当たりがあります。


【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 疲労(中)、腹部にダメージ
[装備] 『一斬必殺・村雨』
[道具] 『桐一文字(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
1:士郎の指示に従う。


70 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:57:31 W2vfiGF20










   ▼  ▼  ▼





 終わってみれば、何かもが味気ないものだった。

 盤面より帰還すると、そこはもぬけの殻となった孤児院の中だった。人の気配は何処にもなく、伽藍とした空気だけが張りつめて、暖かな季節であるというのに何処か冷たい印象を受けた。
 何もなかった。それはまるで、さっきまでの自分のようだ。何もかもを失い、何もかもを奪われて、そうした無機的な無感だけが支配する空白の思考。

「……結局のところ」

 ふと声が漏れる。渇いた唇に息がかかって、かさりという感触が肌を撫でた。

「最初から最後まで、あんたの掌の上だったってことね」
「きひひ、当たり前のことを何呆けて言っちょるんじゃ。例え仏や天魔とて、俺の裏を取るなんぞできんわい」

 何とも間抜けな話だった、ということになるだろう。何せ自分は柄にもなく熱くなり、仲間の残影に追い縋り、その喪失を厭い、けれど全ては最初から仕組まれた茶番だったのだから。
 そのことについて文句の一つも言ってやりたいところではあったが、彼らを駒として現出せしめたのはあの正体不明のキャスターだった以上、それを狩摩に言ったところで何にもなりはしないだろう。
 それに何より、なんだか疲れてしまった。肉体面もそうだが、それ以上に精神が。
 正直なところ、もう何をしたいとも思えない。ベッドか布団があるならすぐさま寝転がりたい気分でさえあった。

 けれど。

「……ああ、来たのね」

 その足音に、梨花はゆっくりと振り返る。
 気だるげな視線をやると、そこには一人の少女の姿。

 キーアが、そこには立っていた。

「……梨花」

 キーアの格好は、それはもう酷い有り様であった。
 恐らくは山道でも駆けてきたのだろう。服のところどころは引っ掻き破れ、泥がはねて汚れが目立つ。休まず走り続けたのであろう、息は荒く乱れて脂汗が滲んでいる。
 いつもの彼女ならば考えられない、泥臭い姿だった。
 そうなってまで、急ぐ必要が彼女にはあったのだ。

「梨花、あのね」
「来ないで」

 語りかける声を、梨花は一言で切り捨てた。
 冷徹に、冷酷に。できるだけ厳しく聞こえるよう、心がけて。

「あんたと話すことなんてないって、さっき私言ったわよね? それは今も変わらないわ」
「……うん、分かってる。梨花があたしのことを、嫌っていることも」
「それさえ分かればもういいでしょ。いいからさっさと―――」
「でもね、梨花」

 そこで一旦、キーアは言葉を切って。

「ならなんで、梨花はあたしを殺さないの?」
「……は?」

 言葉を失った。
 その時の梨花の心境を表すなら、その一言が最も妥当だろう。
 だって、意味が分からないだろう。こいつは一体何を言っている?


71 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:57:57 W2vfiGF20

「あたしは今、セイバーを連れていないわ。梨花がその気なら、あたしはもう殺されてるはずよね」
「……なに、あんた自殺願望でもあったの? だったら生憎だけど」
「いいえ。あたしは死にたくないし、その気もないわ。ただね、梨花」

 俯くように伏せられていたキーアの顔が持ち上がって。
 真っ直ぐに、梨花の目を見た。

「あたしは貴女と、ちゃんと話したいの。きちんと、今度こそ二人で。
 話せば必ず分かるはずとか、そういうんじゃないの。でも、貴女に歩み寄る努力もしないなんて、あたしにはできない」

 こちらを向く視線はまっすぐで、毅然として。
 意思の強さを滲ませていた。良いところのお嬢様だなんて、思えないくらいに。

「だって、梨花。貴女はこの街に来て初めてできた、あたしの友達だから」

 ああ、それは。
 それは、かつて梨花も見たことのあるもので。
 それはそう、あの雛見沢で。惨劇が起こり、けれどそれに屈することなく立ち向かった、あの。
 あの―――

「キーア、あんたは……」

 無意識に呟かれる声。意識、多分していない。
 懐かしいものを見たような、そんな気がした。いいや、いいや、懐かしくなどない。それは、つい先ほど、確かにこの目と耳で感じたもので。
 つまり、それは―――

 けれど。

「話しちょるところ悪いんじゃがの」

 それは、空気を読まない男の声が、二人の間に割り込んだことで。

「もう時間じゃ。諦めい」

 唐突に、終わりが来てしまって。


「……ごふっ」


 まるで先ほどの魔女の焼き増しのように。
 少女の胸元から刃が生えた。

 おぞましい吐血の音が、辺りに響き渡った。





   ▼  ▼  ▼


72 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:58:25 W2vfiGF20





「……え?」

 そこ事実に、キーアは数瞬呆然としたままだった。
 理解できなかった。発生したその事実が。

 だって、直前までは本当に何もなくて。
 普通に話していただけで。
 そんな気配も何も、存在などしていなかったというのに。

 ―――梨花の胸に、大きな刀が突き刺さっていた。

 まるで背後から刺されたように、梨花の胸から切っ先が生えていた。
 視界の一面が、鮮血の赤に染まった。

 キーアは知らない事実であったが、それは投影魔術により生み出された一斬必殺・村雨という銘の宝具であった。
 先刻まで近場で行われていた戦場、そこで大量に投影された村雨のうちの一本。矢のように飛ばされ、勢いよく弾かれ、それが故に村雨は今この時間この場所に飛来する可能性が、天文学的極小確率で存在した。
 無論、そんなものが現実になる道理などない。村雨を投影した衛宮士郎も、宝具の持ち主であるアカメも既に退避し、ここには村雨の残滓すら残ってはいない。けれど、ほんのわずかであっても可能性があるなら、それを形とできる者が一人だけいた。
 ―――この現象こそが、奇跡の魔女が遺した呪いであった。

「梨花!」

 崩れるように倒れ掛かる梨花を、駆け寄るキーアが支えた。
 手に掛かる血液が暖かく、それが言いようのない生々しさを感じさせた。
 
 赤い、赤い。迸る血は止め処なく、梨花を抱きすくめるキーアすらも真っ赤に染め上げていく。
 キーアは気付かない。梨花に穿たれた胸の穴、そこから黒い楔のような紋様が走っていくことに。村雨の呪毒が巡っていることに、気付かない。
 梨花が手遅れであることに、気付かない。
 だから叫ぶ、駄目、死なないで、しっかりして。けれどその声は何処にも届かず、聞き入れられず。

 ―――そんな彼女たちの頭の上から。
 ―――突如として現れて、雨のように降り注ぐ剣の群れ。

 その気配に、キーアは気付いて。空を裂く音をその耳で聞いて。

「あっ……」

 頭上に見える剣の群れ。
 危ない、と頭では分かっているのに、突然の事態に体が言うことを聞いてくれない。
 キーアは為す術なく、呆然と頭上を見上げ。

 正面から、誰かに突き飛ばされた。


 そして、キーアは見た。
 無数の剣に貫かれる、梨花の姿を。


「り、か……?」

 何が起こったのか、分からなかった。
 どうして、と思った。
 梨花は、自分のことを拒絶していたはずなのに。
 話すことも、目を合わせることも、嫌悪の表情で拒んでいたはずなのに。
 それなのに、どうして……

「キー……ア……」

 今にも消えそうな、梨花の声。
 貫く無数の剣が光る粒子となって消え去り、体中に穿たれた傷跡から止め処なく血が滴り、膝が崩れる。
 無我夢中で手を伸ばし、その体を抱きとめた。

「―――梨花っ!」

 今は何が起きるか分からないとか。
 次の攻撃が襲ってくるかもしれないとか。
 そんなことは、どうでもよかった。

「梨花、しっかりして……梨花!」


73 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:58:44 W2vfiGF20



「梨花!」

 呼びかけられる声に、梨花は薄っすらと目を開ける。
 視界が霞む。目の前が茫洋として、何がなんだか分からない。
 耳元で叫ぶ喧しい声も、最早遠い。血が足りてないのか思考すら覚束ない。

 自分が何故そうしたのか、分からなかった。
 どうして、と思った。
 自分は、キーアのことを疎んでいたはずなのに。
 話すことも、目を合わせることも、黒いものが浮かんでくるからできるだけしないようにしていた。
 それなのに、どうして……

(……ああ、そっかぁ)

 霞む意識の中で、しかし梨花は、ようやく"それ"の正体に行き着いた。
 今まで自分がキーアに対して抱いていた感情の根源。嫉妬とも羨望ともつかないこの感情が、一体何であるのか。

(私は、ただ……)

 それは、一言では形容し難い心の表れ。
 嫉妬とも羨望とも似た、しかし実際はまるで違う。それは最早手の届かない場所へと行ってしまった人へ、それでも手を伸ばすかのような。
 遠い故郷に想いを馳せるような。そんな郷愁の念。
 なんてことはない。梨花はただ、キーアを通してその向こうにみんなのことを見ていただけなのだ。
 部活メンバー。誰よりも大切な仲間たち。キーアからは、彼らのような明るさと暖かさを、どうしても感じ取れてしまうから。
 久しぶりに"彼ら"と会って、だから分かった。
 だから、梨花はキーアに対して、好意とも嫌悪ともつかない感情を抱いてしまって。
 最後にこんな行動を取ってしまったのだ。

(まったく……なんて無様)

 そのことに思い至った瞬間、梨花は内心のみであったが、僅かに苦笑めいた響きを漏らした。
 百年の時を生き永らえて、それでもこんな簡単なことに気付けないなんて。やはり自分は特別でもなんでもない……一人では何もできない、仲間がいるから歩いていける、そんなどこにでもいるただの人間なんだなぁと。
 そう思うことが、できたから。

(キーア……)

 見えない視界で、彼女を見つめた。
 馬鹿みたいに泣き叫んで、レディがそんなんじゃみっともないでしょうと、ふとそんな場違いなことを思ってしまう。
 しっかり者かと思えばどこか抜けているようで、苦手なのに何故か目が離せなかった少女。
 百年をかけて誰も救えなかった自分が、それでも最後に助けられた少女。

 一度分かってしまえば、あとは簡単だった。

(だからあんたは……)

 力を振り絞り、梨花は口元を動かす。
 声は最早出ないけれど、それでも彼女に伝わるように。
 それは……

「―――――」

 五回、梨花の唇は動き。

(にがて、なのよ)

 何かをやり遂げたかのような微笑みを浮かべ。
 血塗れた瞼が、閉じられた。


74 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:59:08 W2vfiGF20



「梨花……?」

 抱きとめる少女の唇が、音にならない五文字の言葉を紡いだのを、キーアは聞いた。
 それが最後だった。
 呼びかけに、答えは返ってこない。
 もう二度と、返ってこない。
 二度と笑ってくれることもない。
 怒ることも、泣くことも、嫌悪の表情でこちらを見ることもない。
 それが死ぬということ。
 そんな当たり前のことが、ようやく分かった。

 ―――涙が止まらなくなった。





   ▼  ▼  ▼





 キーアが泣いている。
 声を張り上げ、息を詰まらせ、子供のようにキーアが泣きじゃくっている。
 それを、セイバーは何を言うこともなく見下ろしていた。

 キーアは泣きじゃくる。声を殺すことも、感情を抑えることもなく。
 この子の、こんな声を聴くのは、初めてのことだった。

「……」

 声をかけることはしない。キーアには、涙を流す権利がある。
 涙は不安の排出路だ。悲しみも、切なさも、涙は全てを押し流す。泣くという行為は、生者が死者を想い、そして立ち上がるための儀式でもある。
 それを邪魔することは、セイバーには許されない。

(戦闘が行われた、というわけでもないらしい)

 異空間の崩壊を目の当りにし、そこに走る影を見たがために駆けつけた、陽射しに影を落とす孤児院の中。荒れた様子はまるで見えず、そこにはただ血を流し倒れる少女と、それに縋るキーアだけがあった。
 この状況に、キーアの責任はないだろう。
 恐らく彼女は何もできなかったはずだ。倒れる梨花の傷を見れば、それが無数の剣による刺突痕であることが分かる。尋常なるものではない。先ほどの剣製のマスターのような異能によって貫かれたか。それは、例えその現場にセイバーが立ち会っていたとしても防げるものではなかったと、他ならぬ"直感"がそう告げていた。

 まるでそうなるように、運命を捻じ曲げたかのように。
 その結末になるように、神の賽子が振られたかのように。
 古手梨花が相対した敵とは、恐らくそういった手合いの者だったのだろう。ならばその時点で、どうなろうと梨花は"そう"なる運命にあったのだ。

 セイバーは運命論が好きではない。しかし聖杯戦争には人の想像も及ばぬような魑魅魍魎が数多犇めいている。
 ならばこれは、そんな魔道の結果であるのだと一人納得し。


75 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:59:34 W2vfiGF20

「おら、そこの優男。こっち向かんかい」

 己にかけられる声に、セイバーは振り返るのだった。

 そこには一人の男が座り込んでいた。面倒そうな声音はそのままで、自分の状況を知ってか知らずかぼやく。
 彼の不敵さ、その笑みだけは何時如何なる時も変わらない。己の勝利を自然体で受け止めているため、精神的に追い込まれるという事態とは生涯無縁な男なのだ。
 例え、その胸の中心を日本刀で貫かれるという、今のような状況に陥っていたとしても。

「私に、何か用でも?」
「おうよ。お前に一つ、助言でもと思うてなぁ」

 呵呵と笑うその姿は、一周回ってどこか清々しささえ感じさせるものだった。胸を貫く刃は間違いなく霊核を貫通し、全身に呪毒が拡散している。その身に受ける苦痛は尋常ならざるものであることに疑いはない。しかし、それでも狩摩は苦痛など露とも感じていないかのように笑った。

「意図が読めないな。最早死にゆくだけの貴方が、敵とも知れぬ私に助言だと?」
「お前が敵かどうかなんぞ俺ァ知らんわい。いや、敵じゃろうが何じゃろうがどうでもええわ。大事なのは、俺がお前を選んだっちゅうことよ。
 お前が誰かなんぞ知らんが、俺が選んだんならお前は"当たり"じゃ。何せ俺がやることじゃけぇの、最後は上手く嵌るじゃろ」

 狩摩が言いたいことは、つまるところこうだった。俺がお前に助言を残せば、それが巡り巡って俺の勝利に繋がるのだと。
 その言葉に根拠などあるまい。しかし、彼は自身の勝利を疑ってなどいない。そこは今も不変のまま、これまでもこれからも、彼に真なる意味で敗北を味わわせる者などいないのだろう。

「ちゅうわけで、今から言うことをよぉく聞けや」

 そうして、狩摩は二言三言、セイバーに何かを告げた。彼はそれが何を意味するのか理解できていないようだったが、狩摩はそんなことどうでもいいのか呵呵と笑うのみであった。

「おら、聞いたんならさっさと前向けい。やらにゃあならんことは知っちょろうがい。
 さっさと片ァつけるんじゃ。出来るよのう?」
「貴方が何を言っているかは知らないが」

 セイバーは揺るがぬ毅然の瞳で、狩摩を真っ向見つめ返し。

「僕がすべきことなど百も承知だ。そして、できるとも。貴方に言われるまでもない」
「く、かかっ」

 胸に刃を突き刺したまま、セイバーを見上げ狩摩は笑った。徐々にその姿が薄れていく。

「真面目じゃのう、まるで大将みとォじゃ。全くアレじゃのう、たまに自分が怖ォなるでよ。
 こうまで嵌るたァ、よいよ俺も天才ゆうかなんちゅうか……」

 消えていく。それを前に、セイバーは何も言わず見守るだけだ。

「精々気張れや。万仙はえげつないで。俺もあんならも、そしてあの魔女も、結局は桃煙に揺蕩う霞よ。俺の仕事はここで終わりじゃけぇ、あとは知らんしなるようになるがや。
 じゃがまぁ、結局は」

 狩摩の笑みが、とうとう極限まで深まり。

「最後に笑うんは俺に決まっとろうがのう! この壇狩摩の裏ァ取れる奴なんぞ何処にもおらんわい! うは、うははははははははははははははは!!」

 ―――消滅する最期の最後まで、彼は自身の勝利を疑わず。
 全ては自身の掌の中に収束すると確信したまま、セイバーへと託した何某かが実を結ぶと信じたまま。あるいはそれ以外の何かすらも自身に味方すると盲信したまま。

 盲打ちのキャスター、壇狩摩はその姿を幻のように消し去ったのだった。


76 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:59:48 W2vfiGF20




【逆凪綾名@魔法少女育成計画 死亡】
【キャスター(ベルンカステル)@うみねこのなく頃に 消滅】

【古手梨花@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【キャスター(壇狩摩)@相州戦神館學園八命陣 消滅】


『B-1/孤児院/一日目・午後』

【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、呆然
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:……
[備考]

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:古手梨花とそのサーヴァントへの警戒を強める
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。


77 : 名無しさん :2016/11/05(土) 18:00:08 W2vfiGF20
投下を終了します


78 : 名無しさん :2016/11/05(土) 19:23:31 7KsYlpTA0
投下おつー
おお、すげえ、ベルンと狩摩の合わせ技だとこうなるのか
将棋前のベルン見た狩摩の独り言といい思わぬ形でめっちゃ噛み合ってたなこいつら
だからこその分かりきった勝負
スーパーまほいくひぐらし大戦の決まりきった結末
からの質ワルすぎるベルンの置き土産。負けはしたけどやっぱこええわ、奇跡
梨花にはお疲れ様を。かつて取りこぼした自分と、いつか捨てることになった自分。
その2つが巡り巡ってそれでも最後につかめたものがあったか


79 : 名無しさん :2016/11/07(月) 18:37:37 /yjn74iE0
投下乙です!
異能バトルとしてだけでも十二分なクオリティーでしたが、何より、この二騎でしか演じることが出来なかったであろう「ゲーム」が、盤外の展開も含めて最高でした!


80 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:30:20 RIO4OYbo0
感想ありがとうございます。励みになります
すばる&アーチャー(東郷美森)を予約します


81 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:32:13 RIO4OYbo0
投下します


82 : 世界で一番近い君 ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:33:35 RIO4OYbo0

 すばるがそこを訪れた時には、全てが崩れ去った後だった。

 廃校での戦闘から離脱し、襲撃したバーサーカーの追撃を振り切るためにビルの谷間を駆けること暫し。すばるがそれを見つけたのは、全くの偶然と言って良かった。
 そこは、一言で言えば巨大な建築物だった。厳密には、その跡と言うべきか。見るも無残に砕け散った、そこは"植物園"の廃墟であった。それを発見したすばるは、自分を抱えるアーチャーに無理を言ってそこへ降ろしてもらった。何故か、そうしなければならないという焦燥じみた感情が、胸の中に渦巻いたのだ。
 そして。

「そんな……」

 呆然とした呟きが、知らずすばるの口から漏れた。
 すばるが目の前にした廃墟は、しかしそれを通り越し最早残骸と形容できてしまうほどに、その威容を朽ちたものとしていたのだった。
 元はドーム状だったのだろう、ガラス張りの天井は粉々に砕け、今は割れた卵の殻めいた有り様だ。コンクリの壁面には至るところに罅が入り、辛うじてその外観を保っている均衡は今にも崩れ落ちてしまいそうな雰囲気を醸し出している。
 一歩、入口へ足を踏み入れる。すると、じゃり、という硬く擦れた感触が靴の向こうに感じられた。見下ろしてみれば、そこには破片となったガラスが、陽光を反射してキラキラと煌めいていた。ドームを構築していたガラスが、ここに落下して割れたのだ。
 その光景に何故かぶるりと悪寒を覚え、しかし次の瞬間には意を決したように、すばるは植物園の中へと入っていく。
 明かりがなく暗い通路、今にも崩れそうな内観。
 それらを通り過ぎ、温室へと繋がるドアへと手をかけ。
 扉を、開く。

「……」

 言葉にならない感慨が、すばるの胸中へ生まれた。
 そこは初めて足を踏み入れる場所でありながら、しかし恐ろしいほどに見覚えのある空間だった。

「ここ、みなとくんの……」

 すばるの声は驚愕と、哀絶と、それらがないまぜになって自分でもよく分からない感情に満ちていた。
 そこは、"あの"温室と酷く似通った場所だった。すばるが、みなとという少年と初めて出会った、あの不思議な扉の先にある綺麗な温室。
 石畳で舗装された通路、その脇には硬く冷たい園芸用の庭。そして目の前には、石造りの大きな噴水。

 ここに来なくてはという根拠のないすばるの直感は正しかった。知るものなど何一つとしてなかった異界の鎌倉で、しかし元の世界の面影を残す場所こそが、ここだった。
 けれど、今のすばるに、郷愁の念に浸れるような余裕などなかった。

 それは、確かに思い出の中にある、彼との触れ合いの場所だったけれど。
 今は全てが朽ち果て、暖かみも輝きもない残骸だけが残されているだけなのだから。
 瑞々しい緑も、綺麗に縁どられたガラスも、溢れ出る水の透明さも、そこにはなかった。
 あるのは瓦礫と、剥き出しの地面と、あとは一面の青空くらいのもの。


83 : 世界で一番近い君 ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:34:16 RIO4OYbo0

【すばるちゃん、ここは?】
【アーチャーさん……えっと、その】

 訝しげにこちらを見遣り念話するアーチャーに、すばるは消沈した面持ちでたどたどしく説明した。
 この植物園が、かつてみなとと共に過ごした温室と酷く似通った場所であること。そして何故か、ここに来なければならないという強迫観念にも近い直感が働いたことを。

【そう。すばるちゃんの気持ちはよく分かったわ】

 果たして、それをアーチャーは真摯に聞いてくれた。突拍子もないすばるの話を、黙って、時折相槌を打ちながら。
 すばるの願い、そしてみなとという少年のことを、アーチャーは既に聞き及んでいた。その少年がすばるにとって、どれほど大事な存在であるかも。
 だからアーチャーは、そんなすばるの気持ちが痛いほどによく分かった。共感した、と言い換えてもいい。何故ならアーチャーもまた、方向性こそ違えどそうした感情の元に聖杯戦争へと臨んでいるのだから。

 だからこそ、分かる。
 思い出の場所があったという、そこから生じる気持ちも。
 思い出の場所が穢されてしまったという、その切なさも。

【でも、こんなふうに考えもなしに動いちゃダメよ。どこで誰が見てるかも分からないんだから】
【あう、そうでした……】

 けど、それとこれとは話が別だ。聖杯戦争中の迂闊な行動は些細なことも死に繋がりかねない。サーヴァントの立場としては、こうした行動はあまり感心できるものではなかった。
 無論、できる限りすばるの願いは叶えてあげたいと、そう思ってはいるけれど。

【でも……】
【どうしたの、すばるちゃん。何か気になることでもあった?】
【あ、うん。えっと、どうしてここがみなとくんの温室そっくりなのかなーって、そう考えちゃって】

 言われてみればそうである。
 ただの偶然、と片づけてしまうのは簡単だ。そもそも植物園の温室などは育成の都合上、構造は似たり寄ったりが多くなる。あとは内観さえ酷似していれば建物の立派なドッペルゲンガーだ。
 けれどそんな在り来たりな言葉では言い表せない何かもまた、ここから感じ取れるというのも事実ではあった。


84 : 世界で一番近い君 ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:35:14 RIO4OYbo0

【そうね。でも、考えるのは後。少なくとも、ここは長居していいような場所ではないわ】
【そう、ですね。なんか崩れてきそうで怖いし】

 てへへ、とすばるが笑う。その笑顔が空元気であるということは、特に観察眼に優れるわけでもないアーチャーでも容易に察することができた。

【ええ、それもあるけど……でもそれ以上に、ここには強い魔力の残滓があるの。多分、サーヴァント同士の戦闘がついさっきまで行われていた証ね】
【アーチャーさん、それって】
【危険だわ。とても、ね】

 サーヴァント同士の戦闘。そう言われ改めて見遣れば、崩れた瓦礫や割れた地面が先ほどまでとは違った意味合いを持つように見えてくる。
 穿たれたように罅の入った地面は、殴られたかのように。
 一直線に抉られた地面は、斬られたかのように。
 今は静寂だけが満ちているのに、すばるはそこに激しい戦いの情景を想起してしまう。

【あ、アーチャーさん、帰りましょうか……】
【そんなに怖がらなくても大丈夫よ。近くにサーヴァントの気配もないのだし】
【そ、それとこれとは話が別ですよ!】

 背筋に悪寒が走り、ぶるりと体を震わせる。あの廃校に突撃してきたバーサーカーのような者が戦ったと考えると、恐ろしい想像が止まらないのだ。近くに誰もいないとアーチャーに告げられても、これは半ば本能的な恐怖なためどうにもならない。暗くて誰もいないところを思わず怖がってしまうのと一緒だ。
 だから、アーチャーに言われるがままに、すばるは踵を返そうとして。

 その瞬間。

「―――え?」

 目に入るものがあった。それは、すぐ目の前を横切るように。
 ひらひらと飛んでいた。それは、青と黒の羽を羽ばたかせて。

 一羽の蝶が飛んでいた。
 見間違えるはずもない。あの温室でみなとと共に見た、あの蝶だった。

「うそ……」

 忘我の呟きが溢れた。知らずすばるはその蝶を追いかけ、温室の脇へと足を踏み入れた。
 アーチャーの声が後ろから聞こえる。しかし、今は応えてなどいられない。この植物園に立ち入った時にも感じていたある種の予感が、今再びすばるを突き動かしていた。
 そして、見た。


85 : 世界で一番近い君 ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:35:50 RIO4OYbo0

「あ……」

 言葉と共に膝を崩し、座り込む。すばるの声は、何か信じられないものを見たかのように震えていた。
 恐る恐る手を伸ばす。その手の、視線の先にあったのは、花。
 薄紫色をした、六角形の花弁を揺らす、一輪の小さな花。

 ―――すばるとみなとが一緒に育てた、あの花だった。

「みなとくん……」

 その花を前に、すばるは何を想えばいいのか、分からなかった。
 目の前で消えてしまったみなと、それにつられるように姿を消した花々。可能性の結晶。自分は最早、二度とこの花を目にすることはないと思っていた。
 それがここにこうして在って、ならば自分は何を想えばいいのか。

 みなとが、この鎌倉にいるかもしれない。
 自分の敵として、立ちはだかるかもしれない。
 そう思うと、どうしようもなく悲しく、遣る瀬無い気持ちになるけれど。

「また、会えるよね……?」

 彼を想うこの気持ちは、彼と共に在れる嬉しさは、決して嘘ではないのだと。
 すばるはただ、花を包むように首を垂れて、目端に涙を滲ませた。

 ―――すばるの首に下げられた星が、鈴の音を転がすように、小さく音を鳴らした。



【D-2/廃植物園跡地/一日目・午後】

【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯狙い。ただし、すばるだけは元の世界へ送り届ける。
1:アイ、セイバー(藤井蓮)を戦力として組み込みたい。いざとなったら切り捨てる算段をつける。
2:すばるへの僅かな罪悪感。
3:不死のバーサーカー(式岸軋騎)を警戒。
4:ゆきは……
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。



【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 健康、無力感
[装備] 手提げ鞄
[道具] 特筆すべきものはなし
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る
0:みなとくん……
1:自分と同じ志を持つ人たちがいたことに安堵。しかしゆきは……
2:アイとゆきが心配。できればもう一度会いたいけど……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
みなとがこの鎌倉にいるかもしれないという、予感めいたものを感じています。


86 : 名無しさん :2016/11/09(水) 19:36:12 RIO4OYbo0
投下を終了します


87 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:23:27 NE2bPdmI0
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)、イリヤ&アーチャー(プロトギル)を予約します


88 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:24:42 NE2bPdmI0
投下します


89 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:25:35 NE2bPdmI0


 鎌倉は逗子市、衣張山中腹。

 杉木立に囲まれた緑の木々の中に、その男はいた。
 四つ角の石碑、上杉朝宗及氏憲邸址碑よりほど近く。経年の劣化が著しい木橋の前に、突如として、その男は姿を現す。
 もしも見る者がいれば―――鎌倉中に災厄が跋扈する中、わざわざこのような場所に足を運ぶ者などまずいないが―――何もない場所に男が出現したのだ、と受け取るだろう。例えば、瞬間的に空間を渡ったのだ、とか。
 違う、空間転移ではない。それは魔法の域にある業だ。
 男は霊体化を解いたに過ぎない。
 暫く前からこの辺りを歩いてはいたのだ。ただ、目に見える形ではなかったというだけで。

「相も変わらず」

 言葉が発せられた。
 それは、王たるが如き覇気に満ち溢れ、しかし隠す気もないほどの呆れを伴って。

「醜いものだ。これほどの僻地に足を運ばねば、緑の一つも見れんとはな。五欲だけでは飽きたらず、朧の繁栄を際限なく肥大させるか」
「……貴方は、そんなことを言いたくてこんな場所まで来たの?」

 異なる声があった。それは、王の右隣から。
 白無垢のような少女だった。白銀をした、王の黄金と対を成すような、儚げな少女。

「無論、否だ。人の欲など見飽きたのも事実ではあり、我は無駄好きでもあるが。
 しかし意味なく足を動かしたりなどせん。当然、ここへ赴いたことにも理由はある」
「それは、何?」
「"敵"だ」

 その一言を聞いた瞬間、少女の閉じられた目すら見開かれんと見紛うばかりに、彼女は警戒を露わにした。
 彼女の魔力探知網には、未だ何の反応もかかってはいない。周囲を飛び交う使い魔8体、何の敵影も観測できてはいない。
 およそサーヴァントの気配探知能力に匹敵する索敵能力。その悉くが捉えきれぬ"敵"の姿。
 それを、この男はかくも容易く予見したというのか。

「なに、案ずることはない。
 仮にも貴様は我がマスター。ならば此処に勝利は確約されるが故に、泰然と構えていればよい」

 少女―――イリヤの心境を知ってか知らずか、あるいは知った上で尚もその傲慢を崩さないのか。男はただ悠然と、何処かの地平を睥睨する。
 そしてその言葉に合わせるように、一帯の空気が"がらり"と入れ替わった。
 平静を保っていたはずの木々が、木の葉が、風の音が。その身を震わせるかのようにざわめき、いっそ滑稽なほどに揺らめきだす。自然が織りなす多様な音が、視界を失って鋭敏化したイリヤの聴覚が悲鳴を上げるほどに肥大化した。。
 まるで嵐が来るかのようだ―――声には出さず、しかし心の中で、イリヤはそんなことを思った。


90 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:26:11 NE2bPdmI0

 そして、呆れるほど唐突に、"それ"は来た。


 ―――圧倒的な"圧"そのものが、二人の頭上より墜落した。


 そうとしか形容ができなかった。強いて他に表すならば、それは鋼鉄の豪雨とでも言えばいいか。しかしそれだけに留まらず、内包した魔力と凶念の桁が純粋に違うがために、それは呪いじみた悪瘡が波濤となって降り注ぐにも等しかった。
 その瞬間、イリヤは驚嘆どころか、まず最初に得体の知れない恐怖の感情を抱いた。そしてそれは、決して間違った印象ではないのだということを、訪れた"敵"を目にした瞬間に彼女は確信する。

「やあ、こんにちはお嬢さん」

 それは、一見すれば幼い少年だった。
 イリヤと大して変わらぬ程度の外見だった。そして、見ようによっては少女とも受け取れる、中性的な容姿の少年だった。
 彼は白かった。肌も髪も、全てが白銀の輝きを纏っていた。しかしイリヤは、これを指して「雪のような」と形容したくはないと強く思った。
 これは死だ。全ての血が抜けきって、肌が本来持つ死色の白が浮かび上がったというそれこそが、この少年の持つ白の気配だ。彼の世界に生きている者など誰一人としていない、これは死の気配そのものだ。
 少年は、死の権化だった。

「何処の英雄豪傑が相手かと思えば……なんともはや、魔性退治とはな。英雄たる我の相手に不足も誤りもないが、しかしこれでは興が削げよう」

 言ってギルガメッシュは、指の一本も動かさぬまま目を細め少年を見遣った。
 そう、彼は指の一本も動かしてなどいなかった。少年が放った弾丸の雨すべて、彼は動かず切り払って見せたのだ。それを為したのが何であるのかは、彼の背後に煌めいた黄金の光以外からは推測のしようもない。
 例え挨拶代りの児戯程度であろうとも、少年が放つは等しく魔弾である。ならばそれを事もなげに斬り伏せる彼は一体何であるというのか。サーヴァントという超常のカテゴリにあって、しかし両者は未だ底知れない強者であることに疑いはなかった。

「おや、随分と手厳しいなぁ。これでも英雄の一角だって自負してるんだけど」
「笑えぬ冗談などやめておけ。貴様は違わず人獣、最早人ではあるまい。狂犬、凶獣、そこいらが妥当であろうよ」
「そうかい。じゃあそんな僕に相対する君は一体何なのかな?」

 見下して嗤う少年は、ただ侮蔑と殺意に満ちた瞳を投げかけて。

「我がクラスはバーサーカー。墓の王に侍りし獣の軍勢である。さあ名乗れ、数多の英霊の墓に立つお前!
 まことその身が強者ならば、彼らの殉教者として微塵に砕け散るがいい!」

 その眼光に真っ向受けて立つ英雄王は、ただ王の風格だけを伴って。

「貴様如き狂犬に我が名を拝する資格などない。しかして此処に王名を示すとするならば」

 瞬間、彼の総身が光り輝き。
 黄金の頭髪は逆立ち、古代の王宮に献上された宝物が如き精美な刻印の為された鎧が男の身を包み。
 不遜はなく。
 尊大もなく。
 ただ在るがままにそこに在る、彼こそは―――

「我こそは人界に在りて万象を統べる王の中の王。災い為す狂獣を斃すのが、我が役目であると知るがいい」

 この都市へと現界した正真正銘の王。英雄王ギルガメッシュに他ならなかった。





   ▼  ▼  ▼


91 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:27:14 NE2bPdmI0





「ド・マリニーの時計よ、秒針を逆しまに廻せ! 現在時刻を記録するがいい!」

 覇風に満ちた喝破が叫ばれた瞬間、杉木立に囲まれた山景の空間は、音よりも早い速度で『書き換えられた』。
 新緑に映える木々と木の葉、肥沃な土と苔生した石群、吹き付ける風にせせらぐ水の音。それら自然の光景が一瞬にして消えてなくなり、代わりに姿を現したのは異様な世界であった。
 ―――紫影の空が天を覆う。
 ―――巨大な歯車が地を覆う。
 それはあまりにも荒唐無稽で、しかし機械的な精密さに満ちた世界だった。あらゆる矛盾を内包し、無窮の広がりを見せる、果てなき無限の空間だった。

「我が宝物の黄金に懸けて、現象数式領域の展開を宣言する。叶えるべき願いなど、最早我には存在しないがな」

 遥か高みより睥睨する声は、尽きることのない情熱と自負に溢れている。
 それを真っ向受けて立つシュライバーは、彼にしては珍しい純粋な感嘆と驚嘆を以て応えた。

「覇道創造、固有結界……いや、これは純然たる異界か。中々どうして器用なもんじゃないか」
「然り。貴様を討滅するに最も相応しい狩場というわけだ。もしや臆したか?」
「冗談―――」

 溢れる悦と殺意を口調に乗せて、蝕の凶星は六十年ぶりの戦争を予感した。
 そう、戦争。今までのような木偶を撃ち殺すだけの蹂躙ではない。正真正銘の戦争が始まるのだとその野性的直感が告げる。

 ああ、この匂い、この敵意、この重圧、この疾風。
 血と鋼鉄と肉と骨と、硝煙の帳に燃えて砕けろ光輝の戦場。
 遍く総て悉く、我が愛で歓びの内に滅ぶがいい―――!

「狂い哭け、黄金を騙る偽なる支配者。
 ここに神は存在しない」
「はッ。斯様なもの、初めから認めてなどおらんわ」

 同時、あらゆる音を無にする轟爆が、両者の間で灼光した。


92 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:29:19 NE2bPdmI0

「はっはァ―――!」

 先手を取って駆けるのは、当然というべきか挑戦を申し込んだ側であるシュライバーだった。
 手に持つは血錆に染まり一切の光沢を放つことのない二挺拳銃。ルガーP08とモーゼルC96。一つは英雄王へ、一つはその傍に侍る白銀の少女へ。交差するような構えを取り、硝煙すらも掻き消えるほどに銃口が火を噴いた。
 連続する銃弾は千発以上。それは弾幕という面攻撃ですら形容としては生温く、鋼鉄の壁が落ちてくるが如き圧倒的質量が、一直線に二人を襲う!
 その速度、その密度。最早躱せるものではない。ならば未だ直立して不動なる英雄王は、如何にしてこれを凌ぐというのか。

「さて、気を抜くなよイリヤスフィール。なに、貴様はただ我を見上げていればそれでいい。
 決闘の余波程度で狼狽えるようでは、我が臣下には値せぬと知れ」

 ―――着弾、轟音。
 二人の存在する場所を中心に半径五十mの範囲が巨人の槌でも受けたかのように大きく陥没し、大量の粉塵が周囲に充満した。
 空間に染み渡る大気の振動が、そこに込められた威力と速度が如何程のものであったのかを物語っているかのようであった。この破壊を為したのが、少年の手に収まる程度の拳銃二つであるなどと、一体誰が信じられるだろうか。
 華奢な見た目からは想像も説明もつかない、これは魔なる者の武装であった。人智を超越したサーヴァント、あるいは聖遺物の使徒であろうと纏めて鏖にできるこの拳銃は、しかしシュライバーが形成する聖遺物ですらないという事実が、彼の持つ常軌を逸した戦闘力を端的に示していた。
 しかし、しかし。

「へえ……」

 凶獣が瞠目する。何故ならばその視線の先、彼が狙い撃ったはずの英雄王は、傷の一つもなく、後退の一歩もなく、不動のままに存在していたのだから。
 彼らを覆うように囲むのは、都合四枚の白銀の盾。それが前後左右に突き立ち、銃弾の全てを弾いたのだ。

「な、なにが……」
「ふむ、弾丸自体は神秘の薄い量産品でしかないか。しかしこの威力には驚いたぞ、ガラクタであろうが質量の桁が違えば侮れんか」

 驚き惑うイリヤを余所に、英雄王はその指にシュライバーの銃弾を摘み取って値踏みしていた。その余裕、その慢心は全く以て崩れてはいない。
 その光景を一瞥し、シュライバーは再度その銃口を英雄王へ照準し、引き金を引いた。銃声はただ一度、放たれた一発の銃弾は白銀盾の間を縫うように、その射線を形成し―――

「無駄だ」

 着弾の音が響き渡る。しかしそれは、人の頭蓋を破壊する粘質の水音ではなく、澄んだ鈴生りの音であった。
 放たれた銃弾は英雄王を貫くことなく、その寸前にて、不可視の障壁に阻まれるように空間へと固定されていた。銃弾と不可視の何かは押し合うように鬩ぎ合い、空間には水面に小石を投げ入れたかのような波紋が、断続的に広がっていた。


93 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:29:39 NE2bPdmI0

「はっはァ―――!」

 先手を取って駆けるのは、当然というべきか挑戦を申し込んだ側であるシュライバーだった。
 手に持つは血錆に染まり一切の光沢を放つことのない二挺拳銃。ルガーP08とモーゼルC96。一つは英雄王へ、一つはその傍に侍る白銀の少女へ。交差するような構えを取り、硝煙すらも掻き消えるほどに銃口が火を噴いた。
 連続する銃弾は千発以上。それは弾幕という面攻撃ですら形容としては生温く、鋼鉄の壁が落ちてくるが如き圧倒的質量が、一直線に二人を襲う!
 その速度、その密度。最早躱せるものではない。ならば未だ直立して不動なる英雄王は、如何にしてこれを凌ぐというのか。

「さて、気を抜くなよイリヤスフィール。なに、貴様はただ我を見上げていればそれでいい。
 決闘の余波程度で狼狽えるようでは、我が臣下には値せぬと知れ」

 ―――着弾、轟音。
 二人の存在する場所を中心に半径五十mの範囲が巨人の槌でも受けたかのように大きく陥没し、大量の粉塵が周囲に充満した。
 空間に染み渡る大気の振動が、そこに込められた威力と速度が如何程のものであったのかを物語っているかのようであった。この破壊を為したのが、少年の手に収まる程度の拳銃二つであるなどと、一体誰が信じられるだろうか。
 華奢な見た目からは想像も説明もつかない、これは魔なる者の武装であった。人智を超越したサーヴァント、あるいは聖遺物の使徒であろうと纏めて鏖にできるこの拳銃は、しかしシュライバーが形成する聖遺物ですらないという事実が、彼の持つ常軌を逸した戦闘力を端的に示していた。
 しかし、しかし。

「へえ……」

 凶獣が瞠目する。何故ならばその視線の先、彼が狙い撃ったはずの英雄王は、傷の一つもなく、後退の一歩もなく、不動のままに存在していたのだから。
 彼らを覆うように囲むのは、都合四枚の白銀の盾。それが前後左右に突き立ち、銃弾の全てを弾いたのだ。

「な、なにが……」
「ふむ、弾丸自体は神秘の薄い量産品でしかないか。しかしこの威力には驚いたぞ、ガラクタであろうが質量の桁が違えば侮れんか」

 驚き惑うイリヤを余所に、英雄王はその指にシュライバーの銃弾を摘み取って値踏みしていた。その余裕、その慢心は全く以て崩れてはいない。
 その光景を一瞥し、シュライバーは再度その銃口を英雄王へ照準し、引き金を引いた。銃声はただ一度、放たれた一発の銃弾は白銀盾の間を縫うように、その射線を形成し―――

「無駄だ」

 着弾の音が響き渡る。しかしそれは、人の頭蓋を破壊する粘質の水音ではなく、澄んだ鈴生りの音であった。
 放たれた銃弾は英雄王を貫くことなく、その寸前にて、不可視の障壁に阻まれるように空間へと固定されていた。銃弾と不可視の何かは押し合うように鬩ぎ合い、空間には水面に小石を投げ入れたかのような波紋が、断続的に広がっていた。


94 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:30:45 NE2bPdmI0

「白銀盾アガートラム。世界の果てより取り出せし絶対防御の幻想だ。如何な質量、如何な物量であろうと神秘の薄いその弾丸では貫けまい」
「ははっ」

 それだけで、シュライバーには四枚の盾がどういうものなのか理解できた。つまりあれは、防御という概念の具現化なのだ。盾で防ぐという物理的な防御だけでなく、概念的な防御結界。故に盾の隙間を狙おうが一切の意味を為さない。

「なるほどなぁ。聖餐杯を除けば、こっちには防御に特化した奴はいなかったから、結構意外だったよ。
 それで、君の力はそれで終わりかい?」
「ほざけよ下郎。貴様が王の真価を問うなど厚顔無恥も甚だしい」

 王の振るう右手に合わせ、背後の空間に亀裂が奔った。それは大口を開けるように押し開かれ、輝かんばかりの黄金光を放出する。
 そればかりではない。発生した空間断層四十八列、一面を覆い尽くす光の波濤となった異相空間群の全てから、夥しい数の武器が顔を出したのだ。
 煌びやかに光を放つ宝剣、宝槍、宝斧、短剣、鏃、槌に戦輪、大鎌戦錐方天画戟……数えるのも億劫になるほど無数のそれらは、一つの例外もなく全てが宝具であり、そのカテゴリでも最上級にランクする伝説級の業物であると、放出される圧倒的な存在圧が告げていた。
 これこそは"神の門"。人々の生み出した宝の原典にしてその叡智の結晶。人の可能性を集約した宝物の扉なれば。

「王律鍵バヴ=イルを使用する。我が宝物を死して拝せよ、不敬!」

 ―――瞬間、天が堕ちてきたと見紛うばかりの衝撃が世界を埋め尽くした。

 ギルガメッシュが行ったことを一言で説明するならば、大量の宝具をそのまま射出したという、ただそれだけのことである。
 しかしそこに込められた威力と速度、そして何よりも"数"こそがあまりにも違い過ぎたために、単純であるはずの攻撃動作は神域の殲滅現象として具現しているのだ。

 その一瞬だけで、何万という数の刀剣が地面へと突き立った。大剣が、直刀が、双剣が、長剣が、大槍が、破砕斧が、破城鎚が。シュライバーの存在し得るあらゆる空間座標を舐めつくし、大地に乱立する刃の樹海へと世界を変貌させた。
 そして英雄王の攻撃はこれで終わらない。射出される宝具はその数と速度を目減りなどせず、秒間毎に数百・数千の光条が空間を断割し、その全てがシュライバーというたった一人の標的目掛けて殺到する。

 圧倒的。そう形容するしかないだろう。その質量、その密度。仮にも英霊に使うには不適ではあるが、怪物と言う他はないかもしれない。
 並みの英霊どころか、千の英雄万の軍勢が相手だろうが一網に破滅させる破壊の具現。これを前にして生きていられるサーヴァントなど存在できまい。
 そう、そのはずであるのだが。


95 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:32:30 NE2bPdmI0

「ふふ、ふふははははははは――――!」

 生きていた。それも発する声に低落の色はなく、その身に一つの傷も刻まぬまま、ウォルフガング・シュライバーは刀山剣樹と化した世界を縦横無尽に駆け回っていた。
 彼は暴嵐のシュライバー。
 誰よりも速く、誰であろうと捉えられない。
 大気が爆発するような轟音を弾けさせ、地面が、刀剣が砕け散る。まるで見えない巨人が暴れ回っているかのようだ。
 しかし、その正体は重力すら振り切る超加速の切り返し。見る間に瓦礫の山と化していく世界の中で、宇宙速度にも達するだろう“人間”が走り回っているだけにすぎない。

「なるほど、速いな」

 その速度を、英雄王は心より認めた。己が見聞きした中でも、あれは速度という分野においては最上級だ。
 そんな彼の正面に、空間的な波紋が大量に発生する。間断なく響き渡る鈴生りの音、そしてばら撒かれる無数の銃弾。その全てがシュライバーの放つ魔銃の連撃であることは疑うべくもない。

「あ、ぐぅ……何よ、この音……」
「耐えろよイリヤスフィール。確かにこれは魔性を含む音撃ではあるが、致死のものではない。なに、終わらせるまでそう時間は取らせんよ」

 苦悶の表情を浮かべ、耳を抑え蹲るのはイリヤだ。卓抜した魔術師であるところの彼女が苦しむなど、一体何が起きているというのか。
 それは"音"だ。アガートラムの防御と鍔ぜり合う銃弾が奏でる反響音だ。攻撃の意図どころか、そもそも攻撃の体を為していない、戦闘に際する副次効果。そんなものに彼女は苦しんでいる。
 何故ならば、シュライバーの放つ魔弾とはそういうものであるから。それは、何かしらの特異な効果が付随しているとか、そういうことではない。偏に込められた魔力の多寡、質量があまりに違い過ぎて「銃弾が大気を切り裂く音にすら激発めいた魔力の衝撃」が付加されているのだ。
 一挙手一投足、彼の行動は全てが魔業。例え指一本を動かす程度の圧でさえ、余人には致死の猛毒として機能するだろう。
 イリヤは既に防音と対衝撃の防護魔術を自身に架している。にも関わらずこの影響力だというのだから恐ろしい。

「そういうことだ。我としてはあまり時間をかけてはおれんのでな。早々に終わらせてもらうぞ、狂犬」

 瞬間、展開される『王の財宝』がその性質を異なるものにした。
 今までのそれは、ギルガメッシュの背後より展開され、ガトリング砲が如くその財を射出するというだけであった。
 しかし今は違う。財の射出口である空間孔が、まるでシュライバーを囲むかのように球体状に展開されたのだ。
 そして何より"速さ"が違った。放たれる宝具の釣瓶打ちは、今までのそれとは比べものにならないほど速く、シュライバーの元へと殺到したのだ。


96 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:33:10 NE2bPdmI0

 局所的な時間流の操作。宝具内の物理法則を改変することによる時間加速により、その速度は一時的にではあるが駆けるシュライバーに迫るほどの超速を獲得したのだ。
 時間の操作など、無論のことギルガメッシュにできるはずもない。しかし彼にはできずとも、その倉に納められた「人類の叡智」がそれを可能とする。どれほどの未来にあるのかは分からぬ超技術だが、遠き未来において人間は時間軸という神の領域にまで手をかけることに成功するのだ。
 自身を迎え撃った加速宝具群を、シュライバーは息を呑んで見つめた。自らの速度に迫り、かつ凌駕する存在などこいつは見たこともないだろう。故の停滞だ。
 裂帛の存在圧を滾らせ迫る宝剣の切っ先。なまじ脅威のスピードで突進していたシュライバーに、これを躱す術などない。急停止など不可能であろうし、後退するなど以ての外だ。
 左右どちらに避けようとも、続く宝具がそれを見逃さない。
 確信する勝利の手応え。その一瞬、かの英雄王ですらそう認識した。
 しかし。

「―――」

 血走ったシュライバーの隻眼が、真っ直ぐにギルガメッシュを突き刺す。そこに渦巻くのは判別不能な狂気の混沌。
 縦に細長い獣めいた瞳孔が微かに揺らめき、口許が吊り上る。
 笑み。嘲笑。その時、シュライバーは紛れもなく嗤っていた。

Yetzirar
「形成―――」

 極限まで遅まった世界の中で、紡ぎだされた呪いの銘は―――

    Lyngvi Vanargand
「―――暴風纏う破壊獣」

 王の財宝が着弾する。大反響の爆発と共に、土砂の粉塵が上空百mに至るまで高く舞い上がる。それだけの威力、それだけの破壊をもたらす一撃を完璧なタイミングで叩き込み、故に英雄王の勝利は揺るがぬものと思われた。
 けれど。

「小癪な……」

 結論から言ってしまえば、王の財宝による加速連撃は一切掠りもせず地を穿つのみであった。シュライバーはあの瞬間、一切の減速をしないまま真後ろへと飛び退ったのだ。
 いや、真後ろに【加速】したのだ。前方に全速力で移動していた状態から、ミリ単位の制動と急停止・反転により真後ろへと加速した。慣性の法則、物理常識を無視した逆走。時の流れを捻じ曲げて、シュライバーへ追い縋った数多の宝剣すら追えない速度でベクトルを反転させた。
 その、異常と言うのも生易しい出鱈目ぶりは……


97 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:33:45 NE2bPdmI0

「ふ、ふふふふふふ」

 立ち込める粉塵、その向こうより健在なままの凶獣が姿を現した。
 駆ける彼の総体は、しかし先までの生身とは違い、彼の全身よりも尚巨大な軍用バイクへと跨り、中空を飛来していた。
 これこそは彼の聖遺物、暴風纏う破壊獣(リングヴィ・ヴァナルガンド)の形成である。魔獣の咆哮めいたエグゾーストが剣戟の音を切り裂き、我ここに在りと自らの存在を如実に知らしめている。

 対峙するギルガメッシュは、その機体のフォルムが何であるのかを知っていた。
 ZundappKS750……殺戮の戦場を電撃の速度で駆けた軍用二輪。
 現存する数多のモンスターマシンに比べればむしろ小型とさえ言える設計だが、その禍々しいフォルムと重苦しい排気音は魔性のものとしか思えない。
 これが駆けるのは公道でも競技場でもなく、競争などという遊びを目的に創られた玩具とは明らかに一線を画している。
 言うなれば、戦車や戦闘機と同じモノだ。戦争のために生み出され、その存在証明として血肉を貪る鋼の魔獣―――

「臭うな。それが貴様の宝具か、凶獣」

 その顕現と笑い声に、知らず英雄王は顔を顰め、曇りなき侮蔑の言葉を吐き捨てた。
 この世のあらゆる悪意の精髄を抽出し、その選りすぐりを大釜で煮詰めたかのような哄笑。そして鼻孔を抉り抜く、吐き気どころか骨の髄まで腐り落ちそうな血の匂い。
 最早誰にも想像できない域でおぞましく血を啜ったであろう殺戮兵器が、あの凶獣の跨るモノなのだと、英雄王はその慧眼を以て一瞬の交錯で理解せしめた。

「出させたね、これを」

 シュライバーが放つ狂性の念がその密度を増す。今までの彼が発揮していた力が常軌を逸した走力であるならば、この疾走兵器がもたらす効果もまた一目瞭然であった。
 そして今、それを形成したことにより、狂った嵐はその狂気と速度を爆発的に増大させて。

「それじゃあ再開しようか。戦争をさァ!」

 吼えるヴァナルガンドの轟音が鳴り響き、一瞬前まで彼がいた場所が抉り取られ消滅していた。シュライバーの肉体は流星と化し、その姿を消失させる。
 速い、あまりにも。疾風より、迅雷より、かつてのシュライバー自身より―――三千世界の遍く総て、これほどまでに速さというものを突き詰めたモノなど存在しないだろう。
 先ほどシュライバーが放った銃弾程度、鼻歌混じりに軽く追い越す神速に、天を覆い尽くす王の財宝群ですら触れることはおろかその影を視認することすらできていない。比較対象となる先の銃弾ですら、音の数百倍という常軌を逸した速度を叩きだしていた事実を鑑みれば、この事態がどれほど異常なのかは追って知るべしというものだろう。
 爆撃めいた轟音と共に、地面がシュライバーの進行方向に併せて捲れ上がる。突き立った宝剣の数々、吹き散らされる木の葉の如く無残に砕かればら撒かれる。音の壁を超えたソニックムーブのみで巨大な爪痕を穿ち、そうした亀裂は一瞬毎にその数を増していく。
 三次元的な移動、そしてそれに付随する爆発的な衝撃波。大気どころか空間さえも砕きながら、その破壊すらも後追いにしかならない速度でシュライバーは剣の樹海と化した現象数式領域を跳ねまわっている。

 シュライバーの魔的な移動に伴って、それ自体が音速を遥か超越した突風が、ギルガメッシュたちの元へ殺到した。
 玉鋼で拵えた頑健なる古代の巨城ですら一秒とて耐えられないと思えるほどの勢いを誇る大嵐は、刀山剣樹の大森林を根こそぎ砕き崩壊せしめる。それは最早風というよりは真空の刃であり、刃が集合した「切っ先の壁」とも言うべき剣呑なるものであった。
 人間はおろかサーヴァントですら、その直撃に晒されれば紙屑のように宙を舞い、五体は瞬きをする間もなく挽肉と化すだろう。
 そんな烈風の最中にあって、しかしギルガメッシュは重ねて不動。一切の後退をすることなく、一切の躊躇をすることもなく、腕を組み仁王立ちのまま戦場を俯瞰しているのだ。
 驚嘆なりしはその周囲を囲む白銀の大盾の権能か。中心に立つギルガメッシュはその頭髪を揺らがせることも、眉根を動かすこともない。その様は、まるで彼だけがこの世の物理法則の外側に存在しているのではないかと思わせるほどに、戦場に似つかわぬ静謐さを保ち続けている。

 俯瞰する表情は静謐。しかし彼は無感に非ず。滾る情念、戦場に懸ける想いの多寡は、むしろ殺意に狂う凶獣すら上回るほどに膨大なのだ。


98 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:34:18 NE2bPdmI0

「抜かせよ狂犬。ならば味わうか、我が宝物庫の真髄を」

 言葉と同時、黄金放つ異相空間より、緑色に光り輝く「糸」が射出された。
 総数およそ五千八百。無尽蔵に伸び続け、放射状に広がり続けるそれはシュライバーが駆ける半径数百mを覆い隠すように殺到する。
 これこそは、かつて天神の手により滅びへ差し掛かった世界において、人類文明圏を守護せし力の「開花」。その発露にして、人を滅ぼす化身を打ち倒せし勇者の力である。
 ならば今この場において、殺戮に酔いしれる人獣を狩るに相応しきはこれを置いて他にない―――!

「さあ、いざ花開き舞うがいい翠緑の勇者よ! あれを見逃せん気概は貴様とて同じであろう!」

 ギルガメッシュの持つ宝具『王律鍵バヴ=イル』と『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』とは、生前の彼が蒐集した宝物を収めた倉とその鍵であるが、しかしより厳密に言うならば収められているのは財宝ではなく「人類の智慧の原典」に他ならない。
 例え彼の死後に作られたものであろうとも、この世の全てを背負いし真実の王たる彼の所有物に変わりはなく、故にその宝物庫はその貯蔵を増し続けるのだ。
 時間軸など関係なく。世界の違いすら関係なく。
 この世の全ては彼のモノであるがために。
 人の生み出す可能性の結晶。その真髄。その全ては彼の手中にこそ握られる―――!

「それがどうした劣等ォ! たかが綾取りで僕をどうにかしようってんなら百年早い!」

 だが、それでも。
 鋼糸結界の繭の中から螺旋状に飛び出し、まさしく鋼鉄の竜巻と化してシュライバーは疾駆する。
 捕えられない―――十重二十重に殺到する糸の奔流、絡め取らんとする幾千条の瀑布はその全てがすり抜けられ、あるいは轢殺する破壊獣の威力によって引き千切られ、まるでその役目を果たせていない。
 いや、違う。よく見ればシュライバーの総体は糸に「触れてすら」いない。今や魔性の速度領域に到達したシュライバーは、身に纏う爆風と衝撃波だけで群がる糸の奔流を切り刻んでいるのだ。
 その速度、最早サーヴァントに出せる限界をとうの昔に超越している。攻撃を当てることは愚か、目で捉えることすら不可能なのが現状だ。
 しかし、相手に対し有効打を与えられないというのはシュライバーの側も同じである。
 彼の有する攻撃手段とは、二挺拳銃による射撃、移動に際する爆発的な衝撃波、そして形成した聖遺物による轢撃である。しかし現状、その全てはギルガメッシュの展開する白銀盾によって無効化され、その衝撃の1%すらも彼らに届けられていない。
 それはギルガメッシュの傍に侍るイリヤが、轟音に耳を塞ぎながらも未だ健在であるという事実が何よりも物語っているだろう。単純な破壊力という一点において、シュライバーは黄金の近衛たる三騎士の中で最も脆弱な立場に位置する。
 故にこれは千日手。どちらも相手を傷つけられず、悪戯に損耗を繰り返すだけの泥臭い消耗戦。

 そうであるかのように、思われたが。


99 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:34:59 NE2bPdmI0

「否―――」

 それでも、黄金なりし英雄王は微塵も臆することはなく。
 この状況の全ては掌の上にあるのだと言って憚らない。

 まず結論から言ってしまえば、彼が展開した糸の多重包囲網はシュライバーを捕えるためのものではなく、進行方向の誘導のために放ったものだった。
 何故ならシュライバーはこちらの攻撃全てを「躱す」から。直撃しても大した痛手にならないような小技であろうと、身に纏う暴風で容易く無効化できるような代物であろうとも、彼は敵に与えられた攻撃の全てを躱している。いいや、躱すことしか選択肢に存在しないのだ。
 戦略を考えるならば、躱すよりも敢えて受けたほうが有利になるような場面においても、彼は攻撃を躱し続けた。まるで飛散する汚物を避けて通らねば気が済まない潔癖症患者であるかのように。一種病的なまでに。
 考えてみれば最初からおかしな話であったのだ。シュライバーの最たる強みとはその速度であり、速度とはすなわち破壊力。軽量だろうとなんだろうと、桁外れの速さに乗せれば関係ない。シュライバーの肉弾は、それこそ外見や印象以上に剣呑であって然るべきもののはずだ。
 にも関わらず、シュライバーの主武装は拳銃だった。肉弾よりも明らかに威力が低く、そもそも弾丸より早い奴が銃器で武装して何になるという。
 ここまで戦った上で出せる答えは一つ。こいつは他者との接触を忌避している。
 攻撃の全てが躱されると最初から分かっているなら、いくらでもやりようはあるのだ。

 ギルガメッシュは異相空間を操作し、展開する多重鋼糸を旋回。ランスが如き円角錐へと変化させシュライバーを取り込んだ。否、シュライバーだけでなく自分ごと、その円角錐状の糸繭に覆いこんだのだ。
 それはまるで、ギルガメッシュへと続く直通の道のようで。
 シュライバーがそれを悟るよりも早く、英雄王はトリガーとなる言の葉を紡ぎ出した。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

 ―――瞬間、世界から一切の音が消失した。

 爆轟する炎幕が眩いばかりの白光を振りまいて、シュライバーの背後から連鎖的に襲いくる熱量と爆風が追い立てるように彼の体を突き動かした。
 爆発そのものを砕かれて脱出されることはない。何故なら彼は「全ての攻撃を躱さざるを得ない」から、その不文律に従うならば、前に進むしかない。
 前へ、ギルガメッシュのいる場所へ。

 そして、待ち受ける彼は不敵に笑みを浮かべ。
 その眼前に、一際巨大な黄金光放つ異相空間を展開していた。


100 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:35:39 NE2bPdmI0

「さあ、来い。狂気に揺れしウェー・イラの生まれ損ないよ。
 貴様には我が財において最奥の一つを見せてやろう」

 言葉と共に、溢れる光がその光度を爆発的に増大させ。
 空間の軋みが、割れんばかりの振動さえをも伴って。

「此処に下るは実行者の裁定である!
 汝は死滅の使徒、ならば癒者を絶ちて終焉への道を為さん!
 されば我は深淵なりし権能を代行しよう、憤怒王の名の下に!」

 ―――そしてこの場に、神体から流れ出る意志が一つの"超越"を具現した。

 空間を引き裂き現れたのは、黒色の巨大な腕だった。鋼鉄の、重く強固な右腕。それが現象数式領域と宝物庫とを繋ぐ空間断層から姿を現した。
 それは今までの宝具と同じプロセスであったが、しかし顕現する位相がズレていた。それが証拠に鉄の腕が奏でる金属音は深く奈落のように、何処までも何処までも落ちていく殺意と深淵の歌だった。
 今まで彼が扱ってきた宝具は、そのどれもが一級品。遍く万象において最も優れたる幻想に疑いはない。しかし、この腕に限って言えば次元が違った。
 指先を現したというそれだけで、前方の空間が文字通り砕け散った。目に見える光景すらも罅割れ、世界そのものが軋みをあげている。
 あまりの規格外に、ギルガメッシュ本人でさえ完全な形でこれを呼ぶことは叶わない。真名の解放はおろか、それが持つ本領の万分の一すらも発揮できず、本来両腕揃ってこその"腕"は右腕のみの顕現に留まるけれど。
 それでもなお、腕の持つ力は凡庸なる万の宝具を束ねたものよりも遥かに強大で。

「故にこそ、我は貴様に勅命を下す」

 その腕を、仮に人の言語で名付けるとするならば。

「王の巨腕よ、打ち砕け―――!」

 ―――《万象打ち砕く王の腕》

 ―――鋼鉄を纏う王の右手。
 ―――それは、時空間すらも打ち砕く。
 ―――御伽噺の鉄の王の腕。


101 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:36:58 NE2bPdmI0

 シュライバーに向かって一直線に突き進む。黒きイリジア鋼を纏う巨神の右腕。
 それこそは遥かカダスの地にて眠りについた旧き支配者、その神体。人が作り上げし憑代の鋼鉄にして、大いなりし《星砕きし水の塊》が持つ影の右腕。
 世界に在らざるもの。
 現実ならぬ幻想。
 存在することを許されぬ異形であった。

 腕を構成するのは、イリジアに名高き超鋼のみではない。
 影。そう、影だ。現実には存在し得ぬ超常の存在であればこそ。
 影は立体の存在ならざる平面として―――
 空間と時間の制約すらも、一切無視して。
 襲い掛かる。襲い来る!
 万象を打ち砕く。時間と空間さえ砕いて―――!

 例えシュライバーが回避行動を取ろうとも、そんなものでは躱せまい。
 超高速移動―――無意味。
 空間転移―――無意味。
 すべて、すべて。
 意味はない。回避も防御も。
 無意味―――

 時間と空間を超越して、絶対必中の咒さえも伴って。
 夜よりも尚昏い影が、白銀の騎士を砕くべく迫る。迫る。迫る―――!
 迫り、ただ一撃の下に。砕きつくす概念、事象―――!

 人が持つ可能性の前に、いざや斃れろ超越者(まけいぬ)よ!





 Fahr' hin,Waihalls lenchtende Welt
『さらばヴァルハラ、光輝に満ちた世界』





 けれど。
 その祝詞が唱えられた瞬間、激震する世界は再度の変貌を遂げはじめた。


102 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:37:54 NE2bPdmI0





   Zarfall' in Staub deine stolze Burg
『聳え立つその城も、微塵となって砕け散るがいい』





 速度という概念すら超越し迫る巨腕が、しかし何故かその間合いを詰めることができていない。
 両者の相対距離は高々二十m。王の腕ならば、それこそ正真正銘の0秒で踏破可能な距離であるはずなのに。





Leb' wohl, prangende Gotterpracht
『さらば、栄華を誇る神々の栄光』





 遅々と紡がれるシュライバーの詠唱、常人ですら容易に聞き取れるほどに遅いはずのそれよりも、超速のはずの巨腕が遅いなどと一体どういうことなのか。
 まるで、"こちらがどれだけ加速しようとその上を行かれる"かのような……





  End' in Wonne, du ewig Geschlecht
『神々の一族も、歓びのうちに滅ぶがいい!』





 進行上の空間を硝子のように砕き割りながら。
 世界そのものを崩壊させて迫る鉄の王の腕を前に。





 Briah
『創造―――』 





 ヴァナルガンドが更なる変形を遂げる。
 エンジンが、ハンドルが、シュライバーに絡みついて融合し。
 砕け散る豪風の中、破滅の御名が告げられる。狂乱の白騎士ウォルフガング・シュライバー、その奥義がここに。





Niflheimr Fenriswolf
『死世界・凶獣変生』





 遍く総て悉く、我が牙で轢殺の轍となるがいい―――!
 創造位階―――何よりも早く誰にも触れられないという、等身大の"世界"が誕生したのだった。


103 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:38:42 NE2bPdmI0





「はッ―――!」

 その瞬間、此度の戦において幾度となく起こり続けてきた不条理が、再び形を成して現実となった。
 何者であろうとも避けられぬはずの鉄の王の腕。シュライバーより明らかに先んじていたそれを、何故かシュライバーが先を取って追い越していた。
 "後が先を追い抜いた"。その不条理を前に、ギルガメッシュの思考が、時間軸に変調をきたしたかのような不可思議な感覚に囚われた。

 見上げた遥か上空に、虚神の腕が打ち砕いた空間が大小様々な破片となって舞い上がる。紫天は硝子のように大きく罅割れ、崩れた空の先にあるのは、宇宙空間のように先の見えぬ暗黒を湛えた外世界。
 舞い散る欠片は花々の散華を連想させて、只中にて君臨するは白騎士の矮小な体躯一つ。

 それを前に、英雄王はただ不遜な哄笑をあげて。

「なるほど得心したぞ。貴様が忌むは接触、そしてその渇望を根源とした独自法則の異界を創り上げたか!」

 ―――創造と呼ばれる位階が存在する。

 これは聖遺物を扱う魔術体系「エイヴィヒカイト」における第三位階にして、根源に到達する前段階である「己が世界の創造」を可能とする術式だ。
 この位階に達した術者は、既存の常識を己が理想で粉砕することができるようになる。その結果、心の底から願う渇望をルールとする“異界”が創造される。
 無論、理想であればいくらでも構成可能であるとか、そのような利便性に富んだ代物ではない。必要となる願いは常識を度外視した「狂信」の域にあることが求められるため、一人の術者が使えるのはせいぜい一つきり。渇望の深度の変化による能力の上昇を鑑みても、類似した力があと一つ、というのが限度である。
 術者の心象に依存した固有世界の展開、という意味では固有結界にも近しい大禁呪とも形容可能か。創造にはそうした「己が世界で既存の世界を上書きする」覇道創造と、「己の中に理想世界を展開する」求道創造の二種類が存在する。
 シュライバーが保有する創造は、後者。
 「誰にも触られたくない」という狂信的な渇望が生み出したそれは、文字通り「誰にも触られない」世界へと彼自身を変貌させるのだ。

「ふ―――はははははははははッ!!}

 誰にも触られないこと。最速であること。シュライバーが思うその定義とは、単純加速による光速超えなどでは断じてない。
 触れられないようにするにはただ一つ。相手より早くなればいい。
 ただそれのみを求めた。それのみを願った。過不足なく単純に、自らを犯そうとしてくる者にさえ捕まらなければそれでいい。
 だから、ここにその渇望を形としよう。
 あらゆる鎖と枷を断ち切って、天地を食らう狼となろう。
 そう、それすなわち―――「この世の誰よりも早く、誰からも触れられない存在」となることで!

 瞬間、比喩ではなく食らいつく獣と化したシュライバーは誰にも認識できない速度で以てギルガメッシュへと追い縋り、囲う四枚の白銀盾へと殺到した。

 ―――轟音が、鳴り響く。


104 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:40:03 NE2bPdmI0

「ぐ、お……!」

 この戦闘が開始されて以来、恐らくは初めて英雄王の口から苦悶の声が漏れた。そしてそれと呼応するかのように、シュライバーの騎乗するヴァナルガンドが激突した白銀盾に、ほんの少しではあるが亀裂めいた傷が刻まれたのだ。今までどのような攻撃ですら小揺るぎもしなかった盾が、ただの一撃で砕けた。
 そして次の一瞬が経過した時には、既に百を超える亀裂が刻み込まれた。それと同じだけの攻撃が、その一瞬で叩き込まれたのだ。あまりにも速すぎて損傷の認識すら追いつかない。絶対防御の幻想たるアガートラムが、凶獣の牙に耐えきれず悲痛な叫びをあげる。

「……大したものだな。その特異性、その強制力。我が手繰る不完全な偽神の腕では太刀打ちできんのも道理よ」

 絶対必中の咒式がかけられた鉄の王の腕と、絶対回避の強制力を持つシュライバーの創造。矛盾の故事成語めいたこの二つの激突が起こればどうなるか、答えは一目瞭然であった。
 "単純に、質量の桁が多いほうが勝つ"。いわばレベル、両者の持つ力量差こそが矛盾構造を打ち砕くのだ。
 ギルガメッシュは数多の宝具を持つが、彼はあくまで所有者であり使い手ではない。真名の解放は行えず、平時における性能も本来の使い手に握られた場合とは比較にならない。
 まして聖杯戦争においては限定的な顕現ですらキャパシティオーバーとなる神体の腕である。先の一撃は、本来発揮されるべき実力の万分の一にすら届いてはいないだろう。
 ならばこの場において、どちらの強制力がより強いかなどは論ずるまでもなく。
 極めて順当に、腕の一撃をシュライバーが回避せしめたという結果に終わったのだ。

「だが、同時に底も見えたか。"平凡"すぎて欠伸が出るぞ、駄犬」

 だが、それと同時に。
 創造とは術者の渇望を曝け出すものであるが故に、自ずと見えてくるものもあった。

「愛されるがために生き足掻き、しかして真実より目を背けたか。醜悪だな、だが珍しい話でもない。
 逃避者が英雄面をするとは、嗤わせる」
「……何を訳の分からないことを言ってるんだい?」

 中空にて視線を交差させたシュライバーは、淡々と告げるギルガメッシュに、心底から理解できないという侮蔑の言葉を吐き捨てた。

「逃げた? この僕が? 馬鹿を言っちゃいけないなぁ。逃げたんじゃない、誰もついてこれなかっただけだ。だから僕の後ろには、轢殺された轍しかない」
「痴れ者が。そのザマを指して逃避者であると、そのようなことすら分からぬか。ならば」

 暴風が如き連撃に晒され、今にも砕けそうな白銀盾アガートラム。その最中にあって、ギルガメッシュは今再び、王律鍵バヴ=イルを振るう。
 その両眼に宿るは尽きぬ恒星にも似た激情だ。それは憤怒にも似て、しかし我を忘れる短慮とは程遠く、それをあえて形容するならば。

「死の淵より口にて嘆け!
 己の存在というその矛盾を噛みしめろ!
 そして思い知るがいい―――貴様の生誕そのものが、凡庸の二字に堕するということを!」

 ―――それは、王者のみが持つことを許された、覇気と称せるのだろう。


105 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:41:06 NE2bPdmI0

 言葉が放たれ、悲痛な軋みをあげるアガートラムが遂にその総身を真っ二つに断裂されたと同時、ギルガメッシュが繰り出したのは"声"だった。
 言うまでもなく、ギルガメッシュ自身のものでも、イリヤのものでもない。それは戦場に響き渡るにはあまりにも無垢で、しかし何よりもおぞましい"破壊"に満ちた声だった。

 ―――《赫炎穿つ命の声》

 ギルガメッシュを中心に彼ら主従を除く全方位、半径500mに"それ"は隙なく展開された。
 それは音にして振動であった。大気の震えであると同時に、形容すらできない遥か高次に位置する粒子の波だった。
 それは、"咆哮"だった。

 周囲の空間が軋んでいく。
 周囲の物体が崩壊していく。
 無垢なる声が響いた空間、その全てが崩れていく。地面は一様に細かな粒子となって散り行き、回収しきれず突き立ったままの無数の宝剣すらも例外ではない。
 閉ざすのではない。破壊しているのだ。
 《赫炎穿つ命の声》。それは万能なる者が数億の日々の果てに生み出した機械仕掛けの偽神、その内部に搭載された機能の一つ。あらゆる分子間結合を崩壊させる超振動。
 すなわち、人類がいずれ辿りつく機関文明の果てであった。

 その声が轟いた瞬間、シュライバーの肉体は一瞬にして命の声の効果範囲外にまで退避していた。コマ割りの最初と最後だけを繋ぎ合わせたかのようなタイムラグのない転移であったが、しかしこれは転移ではない。展開される命の声すら超越した速度による、純然たる移動の結果だ。
 唸りをあげる二挺の拳銃が、振動結界の周囲を旋回しながら幾千幾万と降り注ぐ。しかしその全ては結界の端に触れただけでその姿を消失させ、ギルガメッシュたちに届かせることは不可能であった。
 魔術的な必中が効かぬなら、物理的な必中を食らわせるまで。
 ギルガメッシュが取ったのは、そんな子供でも分かる単純明快な論法である。少なくともシュライバーがギルガメッシュに攻撃するには、この命の声が展開された空間を渡る他はなく、故に千日手を嫌うならば当たりに行くしか道のない、攻防一体の攻撃であった。
 そんな荒唐無稽な術式を可能とするギルガメッシュも凄まじいが、尋常なる勝負をこそ望む彼にそこまでさせるシュライバーもまた凄まじい。神代の絶滅戦争すら幻視しかねない規模と密度を誇るこの戦いは、まさしく現代に蘇った人類神話と呼称しても過言ではなかった。

 ならばこの均衡はどちらへと傾くのか。
 あらゆる攻撃が届かず、故に誰にも冒されないシュライバーであるのか。
 あらゆる智慧の結晶を持ち、故に求道の凶世界にすら手を届かせんとするギルガメッシュであるのか。
 ここに展開されるは互いに互いを害せない千日手。どちらかの魔力が尽きるまで消耗を繰り返す泥仕合であるのか、それともどちらかが起死回生の一手を打ち出すのか。
 その勝負の行方は、しかし。


106 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:41:47 NE2bPdmI0


「―――ぁ……」


 そんな、誰にも聞き届けられないほどにか細い少女の声が、決定づけた。

 今まで必死に防護の魔術をかけ、辛うじて立ち続けていたイリヤが、ついにその身を崩れさせて。

「ふむ、ここが限界か」

 それでも、聞き届けた者が一人。
 膝から崩れ落ちるイリヤの体を、ギルガメッシュは片腕で受け止めた。

 イリヤの顔は、蒼白だった。
 完全に血の気が引いて、ただでさえ白かった肌は今や死人のよう。浮かんだ汗で前髪が額に張り付き、言葉もなく荒い息を吐き続ける。
 魔力の欠乏というわけではなかった。それは単純に、肉体的なダメージだった。
 吹き散らされる魔力嵐、魔性を含む音撃、そしてアガートラムですら砕け散るほどの衝撃波。それらに立て続けに晒された結果が、この有り様であった。

「儚き造花も考え物よな。しかし、それでも尚狼狽えぬ胆力は良し。それでこそ我がマスターよ」

 腕の中に眠るイリヤを見下ろすギルガメッシュの視線は、衰えぬ絶大の覇風に満ちて、己が主を慮る奉仕の心など微塵も存在しないままであったが。
 同時に、平時の彼を見る者には信じられないほどに穏やかなものでもあった。

「悪名高き狼よ。人界に仇為す不遜の獣よ。その根源こそ凡庸なれど、貴様が強者であるのも事実。ゆえ、今暫し戯れるのも一興ではあるが」

 ギルガメッシュは中空より一振りの剣を取り出した。それはまるで鍵のような形をして、しかし宝物庫の扉を開ける王律鍵ではなく。
 なぞるように唐竹割りに斬りつける。ただそれだけで、空間に一筋の線が走り、等身大の空間孔と化した。その先に見えるのは、元の穏やかな杉木立の風景。
 異界を切断し扉を創る、それは世界開錠のための鍵剣であった。

「しかし最早、貴様に付き合う義理も果てた。些か過分ではあるが、手向けとして貴様には"世界"をくれてやる」

 その腕にはイリヤの痩身を掻き抱き、ギルガメッシュは身を投げるように軽く後ろへと跳躍。空間に開いた孔より"外"へと脱出して。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

 "異界"を造り出せし宝具そのものを対象として、そこに込められた幻想全ての破壊を命令し。

 ―――世界が弾けた。





   ▼  ▼  ▼


107 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:42:19 NE2bPdmI0





「下らん閉幕だ。まさか我の財を二つもくれてやることになろうとはな」

 涼やかに風が吹く衣張山の山景を背後に、英雄王は心底興が醒めたと言わんばかりの口調で言い放った。
 その手にはイリヤの体が抱えられ、服装は元の現代風の仕立てに戻っている。つい先ほどまで命を賭けた大戦争をしていたなどと露とも漏らさず、至って平時の態度のまま彼は鎌倉へと続く道を降りていた。

 壊れた幻想、ブロークン・ファンタズムは通常の英霊にとっては敗北以上の屈辱と成り得る。それは数えきれない財を持つギルガメッシュと言えども例外ではなく、破棄したのが取るに足らない木っ端の武装であろうともその内心は憤懣やるかたなしといった風情だ。
 より厳密に言えば、彼が抱く不満とは、半身となる宝具を失ったことへの悔恨や屈辱というよりは、たかが半獣に手を焼いたという事実に対して向けられたものであったが。

「我が最強たる事実に変わりはない。ないが、しかし……盲点ではあったな。サーヴァントというのは要らぬ制約に塗れている。なんとも窮屈なものよな」

 言って見下ろすのはイリヤの顔だ。今は容態も落ち着いてきているのか、先ほどよりは穏やかな表情をして意識を失っている。
 イリヤはマスターとしては破格に過ぎる存在であるが、しかしその身はあまりにも脆弱だった。それはギルガメッシュとて理解していたつもりではあったが、無意識のうちにかつて己が治めたウルクの民を判断基準としていた節があったらしく、シュライバーとの激闘に際して無自覚のうちに酷使を強いてしまった。
 そのことに対し罪悪感を感じることはないが、しかし他ならぬ己自身が見積もりを見誤った結果であるからして、責任の所在が己にあることを彼は誤魔化すつもりはなかった。
 故に、彼は退いたのだ。これが単にイリヤの怠慢や力不足の結果ならば、例え彼女が死そうとも構いはしなかったが、自らの不足によるものならば話は別である。
 彼は冷酷ではあれど残忍ではない。そして市井の道理も十分弁えている。

「面倒なものだが、仕方あるまい。万能に過ぎる我が身を思えば、鎖に繋がれる経験も一興ではあろうよ。そして」

 言って、彼は彼方を見遣る。それはかの地に遺したシュライバーでも、あるいは大規模な破壊が為された市街地でもなく。
 遥か洋上、相模湾沖に浮かぶ黒き鋼鉄の戦艦。

「遂に動き出したか、始まりにして最強の■■よ。開戦の号砲を上げ、貴様は坐して待つのみか。ならば―――」

 英雄王は睥睨して哂う。何故ならば、それは彼を含めたすべての英霊に対する挑戦状であったから。
 彼は王である。王であるが故に、戦う機会も命を賭ける場面も数えきれないほどに経験してきた。しかしそれは、王として"挑まれる"側であるのがほとんどであった。
 挑むことなど、本当に久方ぶりのことだったのだ。故に戦意が駆り立てられる。戦士としての矜持が臨界に達し今にも弾けそうだ。

「待っているがいい、王なき城にて君臨する支配者よ。貴様の挑戦、この我が受けて立とう」

 纏う王者の覇風は揺るぐことも減ずることもなく。英雄王ギルガメッシュは新しい戦場を俯瞰して立ち去るのだった。


108 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:42:42 NE2bPdmI0



【C-4/衣張山麓/一日目・午後】

【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[令呪]二画、魔力消費(中)、疲労(大)、意識朦朧
[状態]健康、盲目
[装備]
[道具]
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし、失った未来(さき)を取り戻す。
1:ある程度はアーチャーの好きにやらせる。
[備考]
両目に刻まれた傷により視力を失っています。肉体ではなく心的な問題が根強いため、治癒魔術の類を用いても現状での治療は難しいです。

【ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]健康
[装備]
[道具]現代風の装い
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。
0:?????
1:自らが戦うに値する英霊を探す。
2:時が来たならば戦艦の主へと決闘を挑む。
3:人ならぬ獣に興味はないが、再び見えることがあれば王の責務として討伐する。
[備考]
叢、乱藤四郎がマスターであると認識しました。
如月の姿を捕捉しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を確認しました。





   ▼  ▼  ▼





「あーあ、つまんないなぁ」

 衣張山の山頂、その場所でも一際高い樹の頂点に座り込み。
 ウォルフガング・シュライバーは見た目通りの子供であるかのように、幼稚な仕草で抱える不満を表しているのだった。
 ぶらぶらと足を揺らし、不貞腐れて顎に手を着く姿には、驚くべきことに一切の傷はおろか爆炎の痕跡すら付着していなかった。異界という決して逃げられぬ世界そのものの自壊を受け、されど一筋の疵をも受けぬ様は一体何であるというのか。

 確かにかの現象数式領域が完全な形でシュライバーを捕えていたならば、彼の命は無かっただろう。しかし現実にはそうではなかった。現象数式領域の遥か上空、天頂には空間的な裂け目が形成されており、故に彼は回避せしめるだけの余地を手に入れたのだ。

「いいとこまで行ってたのに、いきなり逃げるだなんて酷いじゃないか。全く、こっちは欲求不満だっていうのにさ」

 その顔は稚気に満ちて、およそ英霊にも殺人者にも見えないけれど。その内に渦巻くのは混沌の様相を呈した狂気に他ならない。
 何故なら彼はバーサーカー。一切の狂化もなしに、しかし狂戦士として呼ばれるほどの精神異常者であるために。

 風が吹いた―――その一瞬で、彼は瞬く暇もなくその場から消失した。
 文字通り、掻き消えるように。一切の残像も痕跡もなく、彼の存在は消え去ったのだ。
 彼が何処に赴くのか、彼が誰をその牙にかけようとするのか。
 それは他ならぬ彼自身であっても窺い知れぬ事象であった。


【C-4/衣張山/一日目・午後】

【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]魔力消費(中)
[装備]ルガーP08@Dies irae、モーゼルC96@Dies irae
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。
1:サーヴァントを捜す。遭遇次第殺し合おうじゃないか。
2:ザミエル、マキナと相見える時が来たならば、存分に殺し合う。
[備考]
みなと、ライダー(マキナ)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
イリヤ、ギルガメッシュの主従を把握。


109 : 名無しさん :2016/11/21(月) 21:43:05 NE2bPdmI0
投下を終了します


110 : ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:42:45 4i0ukVWM0
浅野學峯、ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)、アイ・アスティン&セイバー(藤井蓮)、ランサー(結城友奈)を予約します


111 : ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:47:18 4i0ukVWM0
投下します


112 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:48:43 4i0ukVWM0



 晴天に上がった太陽が徐々に沈み始めていた。
 質素な外観ながらも快適な座り心地の高級椅子に軽く腰掛け、険しい顔に色濃い疲労を浮かび上がらせる男は窓越しにそれを確認する。次いで壁にかけられた時計を見やれば、時刻は午後三時丁度。もうじき昼が終わり、夕刻へと差し掛かろうという時間だ。
 人通りの多い時間帯である。いつもならば、通りを行き交う人々の穏やかな賑わいの音が聞こえてくることだろう。しかしこの日に限っては、その喧騒は些か趣を異としていた。
 浅野はおもむろに窓へ歩み寄り、ブラインドを指で開け階下を見下ろす。そこには、列を連ねる多くの人々が渦巻きのように、この鎌倉市庁舎を取り巻いていた。そこでは常ではあり得ないと思えるような怒号であるとか、あるいは焦燥や憤懣といった表情を湛えた人々による様々な声がざわめきとなってここら一帯を埋め尽くしているのだった。未だ途切れぬ人の流れは、けれど数刻前よりは大分落ち着いてきているのだ。災害から逃げてきた者は最寄りの避難所へと誘導し、事件の詳細を確かめに来た者については市役所側で現時点での発表を行ったことで数が緩和された。現在ここに残っているのは、未だ確認が取れていない親族知人の安否を確かめようと待っている者か、意訳すれば詳細不明という結論となる公的発表に納得できない者、そうした者らに埋もれて非難誘導が終わっていない非難民がほとんどである。
 そんな群衆を見下ろし、浅野は微かに顔を顰めた。喧騒とは言いかえれば街の活気であるが、これは明らかにそうしたものとは違っている。いわば不健全な喧騒だ。今更義憤を抱く感性など残していないつもりではあるが、単純に不快である。喧騒が、ではなく、それをもたらす鎌倉の現状が、であるが。
 鎌倉の街には、人智を超えた災害によって言い知れない混沌がもたらされていた。頻発する怪事件と厄災は、鎌倉市行政の最高権限を持つ彼のデスクに大量の紙束をうず高く積みあげるに至っていた。
 材木座海岸や鎌倉駅東口方面市街地での大量破壊事故、相模湾沖の正体不明の戦艦による攻撃行為、残忍極まる殺人事件の横行、市民はおろか職員にすら目撃例が報告される異形の屍食鬼の噂、にわかに活性化する指定暴力団の一群。そしてそんな大量の事件と噂の中にあって暗躍する、明らかに人ではない者たちによる闘争の跡。
 最早隠蔽はおろか、事態の収拾さえ可能かすら怪しいほどの危機的状況だった。

「だが、解せないな」

 しかしだからこそ、彼には拭いきれない疑惑が存在した。

 まず大前提として、浅野がいるこの鎌倉はれっきとした現実世界である。
 これは異世界が如何ということではない。文字通り、仮想現実や電脳世界の類ではないということだ。
 浅野がこの鎌倉に招かれた当初、彼の前に現れた『言峰綺礼』を名乗る男は、自らを聖杯戦争の監督役であると称した。問題なのは、彼がこの聖杯戦争に際して構築された仮想の人格であったということだ。この時点で、浅野は聖杯戦争とその成り立ちについていくつかの疑念を抱くに至った。
 御伽噺でしか聞き及ばない「魔術」であるならば、そうした存在を創り上げることもできる「かもしれない」。所詮浅野は外様の一般人、魔術のことなど何も知らず、だからそうした非常識な事柄も「魔術ならば」と受け入れるしかない。しかし、浅野はそうした楽観や思い込みというものを抱かなかった。むしろ、言峰綺礼という存在を通して疑いをこそ持ったのだ。
 故に浅野は、まず最初にこの鎌倉が仮想現実の類ではないかという当たりをつけた。仮想的な人格、すなわちAI。そこから連想されるものとしては、至って順当なものだろう。本物と見分けのつかない高度な仮想現実世界という発想は魔術と同程度には荒唐無稽な代物であったが、しかし浅野は月を破壊したという超生物とそれを取り巻く一連の騒動を通じて、政府機関の技術力の高さを知っている。幸いなことに浅野に宛がわれたサーヴァントは電子戦を本領とする死線のバーサーカー、この手の調査にはうってつけの従僕であった。
 結論から言えば、その疑念は全くの杞憂でしかなかった。聖杯戦争の舞台となる鎌倉市は立派な現実世界であり、少なくとも電脳に類するものではないということが分かった。
 そして、だからこそ次の疑念が浮かぶ。ここが現実世界であるならば、やはり不可解な点がいくつも存在するのだ。


113 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:49:44 4i0ukVWM0
 バーサーカーの戸籍改竄により市長職へと就き、鎌倉市内の情勢を把握できる立場にある浅野は、今日一日で発生した事態を受けて災害派遣を名目に自衛隊の投入を"上"が決定するだろうと予測していた。
 それだけの規模の破壊が、今日一日だけで鎌倉市内に発生したのだ。極めて局所的な、一市町村という狭い範囲でしかないが、そうした広さを度外視すれば受けた被害は未だ記憶に新しい大震災のそれにも匹敵するだろう。端的に言って、都市機能の存続も危ぶまれる事態であるし、そもそも「正体不明の戦艦」などというものが大々的に鎮座しているのだから、自衛隊が出張るのは当たり前だ。場合によっては在日米軍に協力を仰ぐ可能性とてあるだろう。
 しかし上からも外からも、鎌倉への干渉は皆無であった。浅野から働きかけても、上からの返事は曖昧なものでしかなかった。ばかりか、このような状況であるにも関わらず市民の市外への流出の動きすらないに等しい。
 この聖杯戦争を国が主導しているのだ、という推測は即座に切り捨てた。何故なら自分たちのような異邦人を使う意味がないからだ。国が主導するならば、それこそ国が選んだ人員だけで行えばそれでいい。
 それもこれも魔術によって都合よく収まっているのだ、という結論も切り捨てた。魔術という「よく分からない凄いもの」ならば何とでもなる、などというのは思考停止でしかない。結果が存在する以上、それに伴う手段と動機が必ずあるはずなのだ。

 このことから、浅野が確信した事実は一つ。

「やはりと言うべきか。この聖杯戦争には裏がある」

 そして恐らく、いやほぼ間違いなく、それは言峰綺礼を生み出した者と繋がっている。
 言峰綺礼は自身を監督役と言った。そして自身を造られた存在であるとも。それはつまり、言峰綺礼を含めた「聖杯戦争」の舞台そのものを創り上げた者が他にいるということの証左である。
 その存在―――仮称「黒幕」の目的が何であるのか、未だ推測の域を出ない。完成した願望器の掠めとりというのがまず思い浮かぶが、それとて確信に至るほどではない。
 黒幕が何を思い、何をしようとしているのか。鎌倉などという聖杯伝説とは関わりのない一地方都市を舞台に、わざわざ異世界から参加者をかき集め、それだけのことをするほどの価値が果たしてここに存在するのか。

「どちらにせよ、私には関係のないことだ」

 そうした思索の一切を―――しかし浅野は「下らない」と投げ捨てた。
 何故なら浅野學峯とは勝利し続けなければならないのだから。
 例え黒幕の思惑が何であろうと、その正体が誰であろうと関係なく、彼はその全てに勝たねばならない。彼にとって勝利とは、生きることそのものであるために。
 それら思索はあくまで勝利への道筋を作るために必要だから行っただけで、思惑や正体如何によって何かを思うということはないのだ。
 だから"関係ない"。どのような存在がどのような論理で待ち構えていようと、自分はそれに勝つだけである。
 故に。

「ところで、いつまでそこに座っているつもりかな。さあ、こちらに入ってくるといい。あまり物はないが歓迎しよう」
「いや、俺はここでいい」

 背中越しにかけた言葉は微塵の揺れもなく、自負と自信と余裕に満ちたものであった。
 デスクに手をかけ静かに目を伏せる浅野の後ろ、陽射しの差し込む窓際には、豪奢な飾り付けをした偉丈夫が、不敵な笑みと共に鎮座しているのだった。





   ▼  ▼  ▼


114 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:50:28 4i0ukVWM0





「聖杯って、なんなんでしょうか」
「はあ?」

 唐突な疑問符だった。
 現在、アイとセイバーの二人は鎌倉の市街地を離れ北上していた。奇妙な熱気に包まれているような気配こそ漂えど、通りを歩く人の姿自体は極めて少ないという、妙に静かな道のりを往く中、アイの疑問が言葉となったのだ。

「いえ、ふと気になったんですよ。私はここに来てから聖杯戦争の知識を無理やり叩き込まれたわけですが、聖杯については願いが叶うくらいのふわふわした知識しかなかったわけで」

 よっ、と一声。ようやく痛みの引いてきた足で歩きながらアイは言う。

「聖杯が実際どういうものなのか、なんで願いが叶うのかっていうのが分からなかったんです。私は当然聖杯なんて使うつもりありませんけど、そういうのも一応知っておかなきゃと思いまして」
「そういうことか」

 セイバーは一応納得したように、一つ頷き。

「簡単に言っちまうと、大量の魔力だな」
「……え、それだけですか?」
「より厳密に言えば何にでもなれる大量の魔力だ」
「えぇー……」

 訝しげ、というよりは困惑の表情でアイは声をあげた。セイバーも自分の回答があんまりにもあんまりなのを自覚しているのか、やや面倒そうにしながらも話を続ける。

「順を追って話していくとだ。人が何かをするには、時間とか手間とか金とかが必要だってのは分かるよな」
「ええ、まあ。それくらいは」
「聖杯の魔力はそういう、願望成就に必要なもの……つまりリソースを肩代わりするわけだ。
 時間が必要なら時間の代わりに、何か素材が必要ならその素材の代わりに。とにかく足らないものを魔力で埋めて無理やり願いを叶える。まあそういうもんだな」

 うーん、とアイが唸る。


115 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:51:13 4i0ukVWM0

「……なんだか、思ってたのとはちょっと違いますね。私は例えば、世界中のみんなが幸せになれますようにって願ったらポンってみんな幸せになれるみたいな、そういうものを想像してました」

 言うなれば、一切の理屈も過程もすっ飛ばして、結果だけがもたらされるような。アイが思っていた聖杯とはそういうものだったのだが、どうやら違うらしい。

「でもお話を聞いてると、なんだかお粗末なものに思えてきました。それってつまり、お金や時間や手間暇をかければ聖杯じゃなくても叶えられることしか、聖杯は実現できないってことじゃないですか」

 アイが驚きだったのはそこだった。万能の願望器、などと聞こえだけはいいくせに実際はどうだ。人の及ぶところまでしか手が届かないというのなら、そんなの全然万能でもなんでもない。
 かつてアイの世界を見捨てた、あの神さまのような力ではなかったのだ。

「そりゃ、魔術ってそういうもんだからな。魔術は基本等価交換、他でも出来ることを魔力で起こしてるだけであって、不可能を可能にしてるわけじゃない。
 聖杯はそんな魔術を、規模だけ大きくしたってだけだ」

 セイバーの言い方は乱暴ではあったが、本質的には決して的を外してはいなかった。
 端的に言ってしまえば、聖杯は人類に達成不可能なことはできないのである。万能と呼べるだけの汎用性こそあれど、決して全能ではない。

 セイバーの説明を頭の中で咀嚼し理解してか、アイは納得したような面持ちでうんうんと頷いていた。

「なるほど、分かりました。ありがとうございますセイバーさん」
「ああ。
 ……ところで、この手はなんだ?」

 前を歩くセイバーは、訝しげな言葉をアイに投げかけた。若干面倒臭そうに振り向いた彼の前に、元気いっぱいなアイの手が、握手を待ちわびているかのように伸ばされているのだった。

「なにって、握手ですよ握手!」
「だから、なんで?」
「改めてこれから頑張りましょうってことです!」
「いや、意味分かんねえんだけど」

 疑問が氷解したようにすっきりとした笑みを浮かべるアイとは対照的に、セイバーは文字通り意味が分からないといった具合に困惑のまなざしを向けている。それに対しアイは、やはり元気よく、胸につっかえていたものが晴れたような笑みで言った。

「実は私、今までちょっとだけ悩んでたんです。何でも願いが叶う聖杯なんてとびっきりのチャンスがあるのに、みすみすそれを見逃していいのかって。
 もしも、仮に、万が一に、私が世界を救えなかったとして。でも聖杯を使えば世界が救えるとしたらって。ほんのちょっぴり、心のどこかで思ってたんです」
「……」

 滔々と話されるのはアイのささやかな、けれど決して無視できない苦悩であった。セイバーはそれを、黙って聞いていた。

「でもセイバーさんの言葉で、やっと分かったんです。仮に世界の救済が人では不可能だとしたら、それを叶えられない聖杯は必要ありません。そして……
 人が世界を救えるんだとしたら、やっぱり聖杯なんて必要ないんですよ」

 満面の笑顔だった。アイは、一片の曇りも迷いもなくそれを口に出していた。

「私は多分、この聖杯戦争で自分の目指す場所が何であるのかを、ようやく理解できたんです。うじうじ悩んでた今までの私とはさよならです。
 そういうわけで、私達聖杯要らない同盟の新たな一歩を祝してもう一回を握手をですね!」
「……お前な」
「? なんですか、セイバーさん」
「……いや、なんでもない」

 絞り出すように呟いて、蓮はアイの手を掴むことなく前に向き直って歩き出した。
 ちょっとセイバーさん! という憮然とした声に振り向くことなく、その目元を影にしたまま、セイバーは無意識に歩を早める。彼の心は、アイに対する言いようのない感情で埋め尽くされていた。


 アイの聖杯否定の言葉は、言いかえればこういうことだ。例え可能性が限りなく0に近かろうと、否、完全に0であろうと、自分はその道を外れるつもりはないということ。
 例え報われることがないとしても。例え果てに待つのが絶望だけだとしても。
 自らの生き方を違えるつもりはないのだという狂気でしかない"夢"を、普通の人間なら投げ出すのが当然でしかない受難の人生を。
 年相応の少女のような満面の笑顔で、アイは受け入れているのだ。

 ……アイが、諦観の欠落した無機的な笑みを浮かべているということが、蓮にはどうしても我慢がならなかった。

 ………。

 ……。

 …。

 ――――――――――――。


116 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:52:20 4i0ukVWM0








「ところで」
「なんだ」
「あの人たちはいつまで付いてくるんでしょうか」

 アイの言葉とほぼ同時に、ぞろぞろと現れたのは数人の男たちだった。皆一様に黒服を纏い、人相を誤魔化すサングラスをかけ、不自然に懐を盛り上げた、明らかに堅気ではない雰囲気の男たちであった。
 見計らったかのようなタイミングだった。周りは人の気配がない薄暗い裏路地で、道幅の狭い通路は逃げ道の確保すら難しい。アイと蓮がここに入るのを狙っていたのは確実であった。

「こいつらが……?」
「例の……」
「若が言っていた……」

「? いったいなんなんでしょう」
「……面倒だな」

 男達は確認するかのように、小声で何かを話している。それを前に、アイは事情のよく分かっていない顔で首を傾げた。セイバーは呆れたような疲れたような様子で嘆息するばかりである。
 風の噂には聞いたことがあった。それはこの鎌倉でにわかに勢力を増しつつあるヤクザ者の噂だった。縄張り争いや他の組との抗争ではなく、何故か一般市民を無差別に殺しているのだというそれは、疑いようもなく聖杯戦争に参加するマスターの炙りだしである。

 やがて男達は話が纏まったようで、代表の一人が一歩前に出て、言った。

「若のご命令だ。嬢ちゃん」

 彼の右手は懐へと入れられて。

「ここで死ね」

 抜き放たれた黒い光沢を持つ拳銃が、轟音と共に火を噴いたのだった。





   ▼  ▼  ▼





「単刀直入に言おうか。俺と手を組もうぜ『新市長』さんよ」

 窓際の縁に腰を下ろし、不遜に足を投げ出した姿勢のまま、余裕の笑みを絶やすことなくその男―――ドンキホーテ・ドフラミンゴは大上段から浅野に提案した。それを見つめる浅野の表情は小揺るぎもしない。
 浅野としては、元より自身がマスターであることの隠匿などできないと踏んでいた。聖杯戦争開始に合わせたかのような市長交代、そして就任早々から浮浪者排除の強硬政策。例え半信半疑であろうとも、市庁舎に忍ばせたバーサーカーの魔力を感知すれば大抵のサーヴァントは浅野がマスターであることを看破できるだろう。
 だから目の前の男―――視界にはライダーと表記されている―――が来たこと自体は驚くに値しなかった。むしろ浅野としては、予選期間中に他のサーヴァントと遭遇しなかったことのほうが驚きであったくらいだ。
 そして他の陣営が自分に接触して来るとすれば、襲撃ではなく同盟等の提案になる確率が高いであろうことも織り込み済みだ。身分の保証されないこの鎌倉においてそれでも市長という公的立場を得たことを鑑みれば、無為に争うよりもその恩恵にあずかったほうがいいと判断するのは極一般的である。無論、そうならない可能性を考慮して浅野なりの対策もしているが、どうやらライダーはある程度は常識があるらしい。
 故に問題は、ここからどう出るかということだが。


117 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:53:11 4i0ukVWM0

「おォっと、勘違いされちゃ困るが、俺は別にお前らの立場にただ乗りしようってわけじゃねェ。それなりに旨みのある話を持ってきたつもりだぜ?」
「随分と自信があるようだね。"元村組の若旦那"」
「ほォ……」

 引っ掛かった。
 趣を変えたドフラミンゴの声と態度に、浅野は知らず一心地をついた。この局面で最悪の展開は、ドフラミンゴが浅野への興味を無くすことである。
 この場で攻撃されるならまだいい。後ろ手に隠した令呪を切ることになるが、死線の寝室での屈服だろうが破壊担当のバーサーカーによる戦闘だろうが取れる手段はいくらでもある。しかし、こちらを敵ないし排除すべき障害と認識された上で逃げ帰られてはどうなるか。そしてそれを防げなかった場合どうなるか。こちらと同等の組織力を敵に回すのは、通常の主従を敵に回すのとは比較にならない困難となって浅野の前に立ちふさがるだろう。
 まずはそれを避ける必要があった。そして、交渉事において主導権の有無は重要である。少なくとも、相手の気勢に呑まれればその時点で終わりだ。

「流石は流石の新市長サマってところか。結構な情報通じゃあねェか」
「何処の英霊かは存じないが、あまりこの国の警察組織を侮らないほうがいい。君の"部下"は幾人かこちらで身柄を預かっている」

 元村組の組長が殺害され、しかし組員の活動が活発となった事実は、当然ながら鎌倉の警察組織は既に認知している。多くの人員を動かすだけでも相当な波紋が広がるが、彼らが行っているのは市民や"浮浪者"の無差別な殺害である。いくら隠蔽工作を施したところで、市井はともかく警察の目をごまかすことは不可能に近い。
 そして浅野は市長に就任した時点で警察上層部に「働きかけて」いる。警察内部で判明した情報は、ほぼ全てが浅野の元まで直通で送られるという寸法だ。故に浅野は、元村組を襲撃したのが出自不明の怪人物であることも承知している。
 予選期間内において彼らが複数の隠れ潜む主従を発見し殲滅できたのには、バーサーカーによる監視網以外にもこうした理由が存在した。

「フッフッフ、そう殺気立つなよ。俺としちゃァあんな木っ端がどうなろうが知ったことじゃねェし、別にそいつらのことで物申したいわけでもねェ。
 さっきも言ったろ、俺は話し合いに来たんだってな」
「手を組む、つまりは同盟締結の交渉というわけか。君らの動向を見るに、まさか戦争否定派ということはないだろうが」
「フフ、あんまり急くんじゃねェよ。お互い初対面なんだしよ、まずは自己紹介と洒落込もうぜ。
 俺はライダー。お前も知っての通り、あのシケた組の頭をやってる。狙いは勿論聖杯だ」

 なるほど、と浅野は一人得心する。そして一切の素振りを見せないまま、表向きは穏やかに話を進めた。

「次は私の番か。とはいえ君がこうして此処にいる以上、わざわざ名乗る必要があるとも思えないが、礼儀として言っておこう。
 私の名は浅野學峯、未熟な身ではあるがこの鎌倉市の市長を任されている。最終的な狙いは君と同じ、聖杯だ」

 白々しいやり取りだ。自己紹介などせずとも、両者は既に互いのことを調べ尽くしている。

「共に聖杯を狙うというなら、いつまでも手を取り合うという選択肢は存在しない。そして私も君も、このように積極的な姿勢を示している以上、そんなことは最初から予想できていたこともである。
 その上で同盟を結びたいということなら、具体的に『この陣営を倒すまで協力したい』という目的はあるのかな? 尤も、そうなると真っ先に挙がる陣営はいくつかあるが」
「あァ、そこんとこは別にいい。悪目立ちするような馬鹿が単騎だったら考えたが、いくらなんでも多すぎだからな。派手に暴れて勝手に潰し合ってくれるだろうよ」


118 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:53:53 4i0ukVWM0

 いっそ討伐令でも出されたら楽なんだがな、というライダーの言葉に、浅野は半分同意すると同時に、果たして討伐令など出されることがあるのだろうかと思考する。
 本戦の開始以降、つまり今日の午前零時以降であるが、監督役であるはずの言峰綺礼は一切その姿を露わにしていない。予選期間であったならば教会を拠点に様々な案内をしていたはずだが、様子見に送った市役所員からは彼が姿を消しているという情報が入ったのだ。
 高見の見物に移行したと考えるには不自然であった。監督役を名乗るのであれば参加者との接触手段は用意しておかねばならないはずだし、そもそもこの舞台の仕掛け人は高見の見物がしたいからこそ疑似人格などという代物を監督役に宛がったはずなのだ。それを、本戦といういわば本番が始まったというのに引き下げるというのはおかしな話である。
 故に浅野は、監督役及びその裏に存在する何者かは、直接的に聖杯戦争に関わることはまずないだろうと推測していた。討伐令の発布さえないと断言はできないが、干渉は極力抑えられるだろうとは確信できる。

「で、だ。監督役直々の討伐令がない以上、こいつを殺すまで肩を並べて仲良くやろうやってのは"無い"わけだ。もしもそいつらと戦うことがあれば、そんな状況に陥ったテメエの不明を呪えってな。
 俺がお前に提案するのはな、情報の共有だ」
「単なる情報交換、というわけではないのだろうね。共有による対策の迅速化が目的というところか」
「よォく分かってるじゃねェか、新市長さんよ」

 情報というものは、時と場合によっては如何なる資産如何なる戦力よりも有用になることもあれば、そこらの塵屑よりも無価値なものに堕することもある。
 その明暗を分ける要素とは、すなわち速さだ。
 情報とは、それが適用される事態が本格化する前に手に入れるからこそ有用なのだ。それを過ぎてしまえば後手の状態となり、当該情報は当然の如く無価値となる。故に、情報の取得は早ければ早いほどいい。
 双方向による情報の伝達は取得を早め、結果として事態への対処を早めることに繋がる。片側にだけ情報が偏る心配も、互いの立場と権力を鑑みれば杞憂でしかない。直接肩を並べ戦うことはしないが、これも同盟の在るべき形の一つと言えるだろう。

「理屈は理解した。しかし肝心要の"信用"に足るものがないな。
 ……そういえば、君は最初に"旨みのある話"があると言っていたが?」
「目敏いな。その通りだよ新市長、ひとまずの手土産としてお前にくれてやる用意がある」

 言ってライダーは、丁寧に整えられた数枚の書類を手に取ると、上に向かって勢いよく放り投げた。木の葉のように中空を乱舞するそれを、浅野は蛇のように腕を動かし掴み取る。
 そこに書かれていた文面は、その時点で粗方目にし記憶できていた。浅野はにやりと口の端を歪める。

「サーヴァントの情報か。しかもこれは……」
「俺も驚いたぜ。近頃街を騒がす屍食鬼、そいつの本元がマスターだったんだからな」

 桃色の頭髪が目立つ少女の写真の横に添えられた、戯画的に歪み腐敗したゾンビのような異形の写真を見ながら、ライダーは心底愉快気に話す。
 屍食鬼の噂は、当然ながら浅野も承知していた。理性なく人を食らい、際限なく増殖していくパニックホラーの産物が如き悪夢。キャスターかそれに準じるサーヴァントによる仕業と考えていたが、まさかそれがマスターの一人によって持ち込まれたものだとは驚きである。無論、ライダーの言葉が真実であればの話だが。


119 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:54:25 4i0ukVWM0

「そいつらは俺達元村組と敵対状態にある連中だ。午前中に襲撃にあってな、それはもう舐めた真似をしてくれたもんさ……
 結果はこうして痛み分け。戦線を離脱した奴は西に向かって一直線だ」

 痛み分けと言うには、語るライダーの表情は不自然なまでに喜悦に満ちている。しかしそれを敢えて指摘する浅野ではなかった。
 額面通りにこれを信用しろと? と目だけで問いかける浅野に、ライダーは薄く笑って返す。

「ま、こいつをどう取るかはお前次第だ。だが、俺がお前から一方的に搾取するだけじゃねェってことは分かったはずだぜ?
 今すぐに答えを出せとは言わねえさ。組む気があるなら俺んところに話を通せばそれでいい」

 ライダーの本拠地である元村組の所在は明らかである。そして、浅野がいるこの市庁舎もまた。
 それを知っているためか、互いの連絡先などどちらも口に出すことなく、ライダーは窓枠に大仰に足をかけ。

「じゃァな、新市長さんよ。いい返事を期待してるぜ」

 言い終わると同時に踏み出し中空へ跳躍、驚くべきことに凄まじい速度で空を飛翔した。
 あっと言う間に、ライダーの姿は空の向こうへと消えていった。去り際の高笑いの残滓だけが、市長室に残されたライダーの痕跡の全てであった。





   ▼  ▼  ▼





「俗物だな」

 ライダーが去って暫し。一人椅子に腰かけながら、険しい表情を崩すことなく、浅野は呟いた。
 言葉を交わさずとも、一目見たその段階でありありと分かるほどに、あの男は我欲というものに満ち溢れていた。浅野は今までの人生で、あの手の輩をそれこそ腐るほど目にしてきた。

「だが、侮りは敗北に、死に繋がるか。あれを放置すればいずれ私に帰ってくる」

 あのライダーは俗物である。だが。
 取るに足らない小物、というわけではなかった。


120 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:55:01 4i0ukVWM0

 あのライダーは元村組の頭をしていると言っていた。事実、報告される元村組の現状や、拿捕した組員たちの証言からもそれが真実であると分かる。
 つまるところ、あのライダー陣営は主従間の力関係が逆転しているのだ。交渉の場にマスターが赴かなかったのは、それが億劫なわけでも隠れ潜んでいるわけでもなく、行動の主体がライダーに依存しているからだろう。
 そして客観的にここ一週間ほどの元村組の動向を追えば、あのライダーが持つ指揮能力には優れたものがあると言わざるを得なかった。ここまで大々的な活動をしておいて矢面に立たされることのなかった手腕は、他の騒乱の影に隠れていたということを差し引いても評価の対象としては十分だった。生前もそうした役職についていたのだろうことが察せられる。
 何より、あの男は「完成」していた。
 それはライダーが完璧であるということではない。単にライダーは人生を全うしたことによってか「これ以上成長の余地がない」ところまで行き着いていたのだ。
 実のところ、浅野が最も苦々しく思っていたのはその点だった。浅野は会話さえできれば3秒で他者を支配・煽動できるほどの教唆能力を持つ。それは彼が半生を過ごす中で身に付けた「教育能力」の賜物であり、教師としての彼が持つ最大の強さでもある。
 しかしそれは、ライダーを名乗るあの男には通じないと、浅野は認めざるを得なかった。教育とは何かを与え、引き上げることによって「成長」を促すものだが、あの男はこれ以上成長することがない。いわばライダーはライダーとしての到達点に達しているため、教育の施しようがないのだ。
 人外の教育能力を持った、浅野學峯が抱える最大の弱点がそれである。完成した者には通じない、それは「完膚無きまでに破壊し尽くされている」がために教育できなかったバーサーカーとはまた違った、彼の陥穽の形であった。

 それらを踏まえて、ライダーとの同盟の提案を受けるかどうかであるが。

「受けるべき、なのだろうな」

 出した結論はそれだった。無論、そこに信頼などありはしない。単に都合がいいからである。
 繰り返すが、身分の保証もされないこの聖杯戦争において、確固とした基盤を持つマスターはそれだけで有用である。それが浅野の市長職と同じくある種の権力を持つものならば尚更だ。
 端的に言えば利害の一致、ならびに利用価値があるという一点に尽きた。それは感情に由来するあらゆる信頼関係よりもずっと信を置ける関係であり、同時にいつでも切り捨てることができるという後腐れのない関係でもあった。
 いざという時は自分が切り捨てられることも覚悟しなければならないが、そんなことは今さらであろう。
 ライダーには機を見て承諾の連絡をしておくべきだろう。無論そのまま受けるのではなく、他陣営との兼ね合いになるだろうが。
 ライダーに関する思考はそこで打ち切って、浅野はおもむろに手元の書類をひらひらと掲げた。

「しかしランサーか……随分と下手を打ったサーヴァントもいたものだな」

 冷たい視線の先には、ライダーとの邂逅よりも前にバーサーカーの監視網で捕捉したランサーの写真があった。
 ライダーが持ち込んだサーヴァントの情報は、既に浅野が掴んでいるものと同一だった。その時点で、ライダーが虚偽を述べている可能性は低くなったと認識している。
 そして、このランサーが霊体化を忘れるほど切羽詰まった状況にある理由も自ずと察することができた。このようなマスターを持っては、如何な英霊であろうともまともに身動きなど取れはしまい。
 だからこそ、浅野やライダーといった複数の陣営に悟られてしまったのか。哀れなものだが、同情はすまい。その立ち回りの愚かさからして、このランサーは言うまでもなく弱者でしかないからだ。


121 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:55:22 4i0ukVWM0

「……」

 言葉無く息を漏らし、浅野は頭を切り替えると、目の前に山積みとなった己が職務に目をやり、手を伸ばす。
 自分にはやるべきことが多くあった。市長としての雑事など及びもしない。聖杯戦争におけるマスターとしての役割もそうだが、こうしてライダーが襲来してきたように他陣営との交渉も一手に引き受けているのだから、些末なことに目を向けていられる余裕などない。
 故に、この哀れなランサーにも、切り捨てるべき弱者以上の印象は持たなかった。
 そのはずで、あったが。

 ふと、心の隅のほんの少し程度ではあるが、浅野はランサーに対してある種の思いを抱いた。それは疑問のようでもあり、期待のようでもあり、自分でも説明の付けづらいものであったが。
 確かなことは、浅野にはランサーに聞きたいことがあったということ。

 ランサーは斯様なマスターを得て、その願いを聞き届けることすらできないような状況に置かれて、尚も奮闘し戦場を駆けている。
 なんともいじましく、そして健気な姿である。それほどまでに叶えたい願いを持っているのか、それとも自分を召喚したマスターへの義理でもあるのか。
 分からないが、だからこそ浅野はランサーに聞いてみたかった。彼女の抱える願いを、その重さを。聞き届け、思考し、自らの糧としたかった。

 それが、願いを持たない自分の「弱さ」から来るものであるということは、浅野自身自覚しているからこそ歯痒いものがあった。



【C-2/鎌倉市役所/一日目 午後】

【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]二画
[状態]魔力消費(大)、疲労(中)
[装備]防災服
[道具]
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。しかし聖杯に何を願うべきなのか―――?
1:ひとまずバーサーカー(玖渚友)の孤児院攻撃は黙認する。
2:ライダー陣営を利用する。次点の接触対象は辰宮百合香だが……
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:バーサーカー(玖渚友)への殺意。
5:ランサー(結城友奈)への疑問。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)と接触。表向き彼らと同盟を結びましたが状況次第では即座に切るつもりです。
ランサー(結城友奈)及び佐倉慈の詳細な情報を取得。ただし真名は含まない。





   ▼  ▼  ▼


122 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:56:01 4i0ukVWM0





 閑静な路地裏に乾いた発砲音が木霊した。
 黒服の一人が抜き放った拳銃は狙い違わず、標的の少女に照準されていた。その手際、その腕前は一介の鉄砲玉としては上々のもので、だからこそその場にいた黒服たちの全員が、次の瞬間には少女の眉間に穴が空き血飛沫が舞うのだと疑わなかった。
 しかし。

「わ、わわわ。なんですこれ、ビックリしました」
「……なんだと?」

 銃を構えた黒服も、その後ろで立ち並んでいた黒服たちも、一斉にたじろいだ。全員に動揺が走り、顔を驚愕や疑念の色に染める。
 少女は健在だった。ほんの少しびっくりしたように声をあげて、けれどそれだけだ。眉間にも、体のどこにも、銃痕らしきものは見えない。少女は少し興奮した様子で隣の男に向き直っている。何やらあわあわと話しかけているようで、対する男も何かを言っているようだった。が、黒服たちにそんなことを鑑みる余裕などない。

 ―――外した……いや不発か?

 即座に我を取り返し、黒服は無意識に下げていた銃を再び構え、今度こそ仕損じることのないように照準を定め、引き金を引いた。

 響いた発砲音は一つ。
 鈍い金属音も、また一つ。

 少女は……アイは黒服たちのほうを見ようともせずに、右手に持ったショベルを軽くスイングした。
 金属同士がかち合う特有の鈍い音が反響した。弾丸が肉厚のショベルに弾き飛ばされたのだと、嫌でも分かった。
 それを2回。
 そのようにして、アイは凶弾から自分を守っていた。

「お前ら!」

 呆然の域にあった背後の黒服たちはその一言で「はっ」と我に返った。一斉に懐から拳銃を取り出し、一つの例外もなく実弾が込められたそれをアイに向ける。
 本物の殺意の群れが、アイを襲う。
 発砲、発砲、発砲。
 全ての拳銃が火を噴いていた。この少女のようなナニカが何者であろうと、これだけの集中砲火を浴びせれば関係ない。

 折り重なる無数の発砲音を掻き消すように、無数の金属音が響き渡った。
 全ての弾丸は墓守のショベルに阻まれた。銀色の刃が振るわれる度に、空中に円形の火花が散り、あとにはひしゃげた王冠のようにめくれ上がった鉛玉と、潰れた果実のようにくだけた鉄鋼弾がバラバラと落ちるのみであった。

「ば、化け物……」
「む、失礼ですね」

 アイはショベルを下段に構えて残心。

「化け物じゃないです。私です」


123 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:56:51 4i0ukVWM0

 言うが早いか、アイは構えるように身を屈め、思い切り地を蹴って前に踏み出した。
 一瞬で黒服たちの目の前まで接近したアイが、平面に構えたショベルを力いっぱいに振り上げる。風圧に押しあげられるように、最前列で最初にアイを撃った黒服が壁に叩きつけられ、力なくずるりと崩れ落ちた。
 速い、あまりにも。それなりに鉄火場を潜り抜けてきたはずの黒服たちが反応すらできていない。
 そのまま子供のチャンバラのように、アイが次々とショベルを振るう。その度に一人、また一人と黒服たちが吹き飛ばされ、壁や地面に叩きつけられる。全員が気を失うまで5秒とかからなかった。

「お母様から受け継いだこのショベル! 悪党の弾ごとき何ともないのです!」

 ふぅ、と一声。アイはまるで「いい汗かいた」とでも言わんばかりに額を拭い、深い息を一つ吐いた。



 そんなアイを、遠目から見下ろす影が一つ。

「……こりゃ驚いた」

 アイが黒服たちと一悶着した現場からおよそ100m、三階建のビルディング屋上の縁に座り、彼は不遜に睥睨していた。
 派手な男だった。特徴的なサングラスに、鳥の羽根を模った飾り付けを施した、大柄なその男は、名をドンキホーテ・ドフラミンゴといった。

「二人組の時はどっちか一人になるまで待てってよォく言いつけといたんだがなァ。だが、仮にサーヴァントなしでも同じことか」

 黒服たちはドフラミンゴが支配する元村組の組員であった。ドフラミンゴ直々に聖杯戦争の知識を与えられ、マスター暗殺の任を受けている。鎌倉市内には、彼らと同じ任務を賜った黒服たちが、それこそ無数に放たれ、マスターと思しき者たちを無差別に襲っているのだ。
 ドフラミンゴが件の現場を発見したのは、全くの偶然であった。彼は末端の構成員になど欠片の興味も抱いておらず、故に"他のもっと重要なもの"を監視していた最中だったのだが、その途中で目に入ったのがアイたちの姿だったのだ。
 駒どもがこの幼いマスターを殺せたならばそれでよし。そうならなかったならば……まあ、その時はその時だ。そう考えてはいたのだが。

「まさかうちの乱と同程度に動けるマスターが他にもいたとは、少しばかり意外だったな」

 感心するかのような口調。ドフラミンゴのマスターである乱藤四郎はマスターとしては破格とも言うべき身体能力を持っていたが、あの少女もスペックだけを見るならそれに追随する域にあった。
 これではヤクザ崩れの屑共などいくらいようと物の役には立つまい。乱と殺し合わせても、刀剣男士たる彼ですら敗北する可能性があった。少なくともドフラミンゴはそう考える。
 ならば、出てくる答えはただ一つ。

「面倒だが、俺が出張るしかねェか」

 それしかあるまい。幸いなことに奴らを一方的に捕捉している今、アドバンテージはこちらにある。そしてドフラミンゴには、遠方の敵を狙撃する術も存在する。
 人差し指を伸ばした腕を、アイに向かって指し示し。


124 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:57:28 4i0ukVWM0

「……いや、ちょっと待て」

 そこで"ようやく"気が付いた。
 倒れ伏す黒服たち、その脇で一仕事終えたかのようにいい表情をしているガキ。それはいい。
 だが、その隣にいたはずの男の姿がどこにもない。
 何時の間に消えた。ドフラミンゴは、一切目を離していないというのに―――!
 余裕そのものだった態度を崩し即座に立ち上がる。

「どこ行きやがった、あの野郎―――」
「ここだよ」

 背後から上がった声を、ドフラミンゴが聞くことはなかった。
 その時既に、ドフラミンゴの額には刃が生えていた。後頭部から突き立った剣先が額まで貫通していたのだ。
 次の瞬間、刃から立ち上る魔力が旋回する戦椎となって放出され、その波濤がドフラミンゴの上半身を消し飛ばした。力と重心を失った下半身が、呆気なく眼下の地面へと墜落していく。

「厄介だな。これ確実にあの連中と繋がってる奴じゃねえか。また面倒なのに目ぇ付けられたっていうか……」

 突き出した剣を魔力の粒子として消し去り、蓮は一人嘆息した。サーヴァントを打倒したにしては、彼の態度はあまりにも達成感に欠けていた。
 それも当然の話である。何故なら今殺害したサーヴァントは『本当の意味で脱落していない』。屋上から地面に落ちた下半身が、粒子となって消滅するのではなく「糸が解ける」ように消えたのがいい証拠だ。
 分身であるのか、特殊な蘇生方法でもあるのか。サーヴァントとしては弱すぎた事実から恐らく前者か。ともかく、あのサーヴァントはまだ生きている。しかも厄介なことに、黒服たちの襲撃のタイミングやそれを俯瞰していたことを鑑みて、両者は確実に繋がっているはずだ。ヤクザによる無差別通り魔事件は小耳に挟んでいる。それらが無関係であると考えるほど、蓮は楽観的な思考の持ち主ではない。
 相手を捕捉したという点においては、蓮の側も同じではあるが。それでも厄介なことに変わりはなかった。

「あ、セイバーさん。そちらも終わったんですか?」
「ああ……少し面倒なことになったけどな」

 アイのもとに戻り、ショベルを下にちょんとさげて待っていたアイに応える。見たところ怪我の類はないらしい。彼女の身体能力を認めていないわけじゃなかったが、だからといって心配しないということもないのだ。
 斃れた黒服たちを見渡して、アイは不思議そうに尋ねる。

「この人たちは一体なんだったのでしょう」
「噂になってた無差別殺人のヤクザ連中だろ。さっきそこでこいつらの元締めっぽいサーヴァントに会った」
「つまり悪人ということですね」
「そういうこと」

 ちょいちょいとショベルで黒服をつつくアイを見ながら、蓮が答える。これまでとは全く違う意味で頭の痛くなるような話だった。

「それで、これからどうするかって話になるんだが」
「なるんですが?」
「サーヴァントがこっち来てる。新手だな」

 蓮が顎だけで指示した方向を、アイが見る。
 そこには何時の間に現れたのか、桃色の髪をした少女が一人立っていた。





   ▼  ▼  ▼


125 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:58:09 4i0ukVWM0





「ちィ、"接続"が切れたか」

 薄暗い王座に座りながら、ドフラミンゴが苛立たしげに舌打ちをした。

 街に放った影騎糸(ブラックナイト)の一人から鎌倉市長「浅野學峯」の情報と交渉結果を受け取ったドフラミンゴだったが、しかしそれら影騎糸のうちの一体が突如として消失し、共有していた視界がノイズめいた空白に切り替わったのだ。
 それはある"もの"の監視のために放っておいたものだった。途中他のサーヴァントを捕捉し、それにかまけたのが敗因だったか。それは、恐らくは敵性サーヴァントの攻撃によって討伐されたのだ。その攻撃を、こちらが感知することはできなかったが。

 視界の消失を確認したドフラミンゴは、即座に新たな影騎糸を生成し、街へと放った。固執するほどではなかったが、リソースが余っている現状敢えて放っておくという選択肢もなかったのだ。それに、自分が目を放しているうちに"アレ"が何をするかも分からないのだから。
 消失した影騎糸が見張っていたもの。それは、野に放したランサー、すなわち結城友奈であった。

 結論から言って、ドフラミンゴは既にランサーから利用価値を見いだせずにいた。
 確かに、ランサーは一陣営を討ち取ることに成功した。彼女が対峙したサーヴァントの情報も得られた。が、その一戦だけでランサーは満身創痍、これ以上戦いを続けても碌な戦果を挙げられるとは思えない。
 元より、ドフラミンゴが友奈陣営に期待していたのは屍食鬼という「無尽蔵に増殖可能な死兵」の大本であり、結城友奈のマスターである"それ"を確保できた以上は友奈は半ば用済みなのだ。
 戦力として期待できず、反旗を翻す可能性もある扱いづらい正義の味方。それを生かしておく理由はどこにもない。
 だからこそ、彼女からは目を離しておきたくはなかったのだが。

「まァ、そっちはどうとでもなるが、問題はこっちのほうだ」

 それよりも、勘案すべきは新市長のほうであった。何故なら浅野學峯という男、あれはどうにも侮れない。

 市庁舎に潜り込ませた影騎糸には、市長室を一通り見てまわらせたが、浅野學峯という男は情報の痕跡というものを一切感じさせなかった。内装は全く弄られておらず、知らず拝借したPCにも鍵がついているフォルダはなし。
 無能なわけではない。むしろ逆だ。恐らくあの男は、得た情報を全て自分の頭の中に叩き込んでいる。自分が死ねばそこで終わりの聖杯戦争において、極めて合理的な思考である。
 だからこそ気に入った。あの男は、自分と組むだけの価値がある。

 そしてドフラミンゴの計画は、おおむね順調に進んでいた。

 複数のサーヴァントの情報を得るという目的は達成された。
 ランサーを使い他陣営を脱落させるという目的は達成された。
 新市長という公的権力を持ち合わせる陣営とのパイプ繋ぎは達成された。
 用済みのランサーをさも有用な情報と見せかけて新市長との交渉に使うという目的は達成された。
 更なる他陣営への当て馬とするために、反旗を翻しかねないランサーの戦力を削るという目的は達成された。
 屍食鬼を使い、いざという時の死兵を増やすという目的は今もなお順調に稼働中だ。

 ただ一点のみ。ほんのわずかな時間であるが、ランサーに対する監視網が外れたことが想定外の出来事だった。
 ドフラミンゴ自身、重要とは全く思っていないその一点だけが、彼の犯した過ちであった。



【B-4/元村組本部/一日目 午後】

【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]総資産はかなりのもの
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
0:新市長……乗るか、乗らないか。
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。が、ランサーはもう用済みだ。
2:『新市長』に興味がある
[備考]
浅野學峯とコネクションを持ちました。
元村組地下で屍食鬼を使った実験をしています。
鎌倉市内に複数の影騎糸を放っています。
ランサー(結城友奈)にも影騎糸を一体つけていました。しかしその影騎糸は現在消滅したため、急遽新たな個体をランサーの元に派遣しています。
上記より如月&ランサー(アークナイト)、及びアサシン(スカルマン)の情報を取得しています。

※影騎糸(ブラックナイト)について
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)の宝具『傀儡悪魔の苦瓜(イトイトの実)』によって生み出された分身です。
ドフラミンゴと同一の外見・人格を有しサーヴァントとして認識されますが、個々の持つ能力はオリジナルと比べて劣化しています。
本体とパスが繋がっているため、本体分身間ではほぼ無制限に念話が可能。生成にかかる魔力消費もそれほど多くないため量産も可能。


126 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:59:27 4i0ukVWM0










   ▼  ▼  ▼





 両者は対峙したまま、無言で時を過ごしていた。
 桃色の少女だった。アイと蓮の目の前に立っていたのは、アイよりも少し年上といったころあいの、未だ幼い少女の姿をした、奇妙な装いのサーヴァントだった。
 クラスはランサー。彼女が持つ力量の断片が、アイの視界に滔々と映し出される。アイはごくりと唾を飲んで目の前の現実を見つめていた。
 そしてそれは、目の前のサーヴァントも同じだった。蓮だけが、静かに剣を具象化して隙なく事態を見守っていた。

 そうして誰もが無言のまま、一秒、二秒と時が過ぎ。

「あ、あのっ!」

 と。
 サーヴァントの少女が、意を決したといった面持ちで話を切り出した。
 それを見て、アイは彼女なりの決心がついた。というのも、この少女の様子があまりにも不安と焦燥に満ちていたから、そんな人物を前にした自分が何をすべきかなど、考えるまでもなかったのだ。

 故に、自分の行動など一つしかなく。

「……おい、待て」

 一歩進もうとする肩を、蓮が強く押し留めていた。

「ガキの姿だからって甘く見るな。相手はサーヴァントだ」
「そんなの関係ないですよ。私は相手が赤ん坊だろうとお化けだろうと、態度を変えたりしませんもの」
「だから待てって、せめて俺が前に出る」
「いえいえ、私が行きますよ」
「は?」
「え?」

「あの、良ければ私の話を聞いてくれませんか……!」
「待て」

 踏み出そうとした少女を、しかし蓮は剣を突きつけ制止する。アイと不毛なやり取りをしていたとは思えないほどに、その佇まいに一切の隙がなかった。

「俺がいいと言うまでそこから一歩も踏み込むな。魔力も昂ぶらせるな。
 改めて聞くぞ。お前は誰だ? 何が目的だ? そしてその返り血はなんだ?」

 何か下手な真似をすれば即座に攻撃するという意思を叩きつけ、蓮が詰問する。彼がここまであからさまに少女を警戒するのには理由があった。それは彼が言った通り、少女は夥しい量の返り血を浴びていたのだ。
 こうして距離を開けていてもなお、濃厚に香ってくるほどの血臭。かつては清廉であっただろう意匠の服は見る影もなく穢れ、疲労の色を湛えた顔に染みついた赤色の飛沫が悲壮な気配を漂わせている。
 明らかに尋常じゃない様子だった。サーヴァントであることや状況の一切を度外視しても、怪しさが服を着て歩いているような少女を近づけさせないのは当然の話である。

 しかし。


127 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 22:00:14 4i0ukVWM0

「待ってくださいセイバーさん。そんな聞き方ってないですよ。もうそんなカンジじゃないんですから」

 と、そんなボケた言葉が蓮の背後からあがった。言うまでもなく、アイだ。

「うっせぇ、何が"カンジ"だ。これは俺たちの安全のためにも聞いとかなきゃいけないことなんだよ。どう考えても怪しいだろこいつ」
「そりゃ私だって色々と気になることはありますけど。でもこの人は絶対大丈夫ですよ。捨てられた子犬みたいな雰囲気丸出しで困ってる人に悪い人なんていません」
「それを確かめるために俺が聞いてるんだろうが。いいから黙ってろよお前、ほんと頼むから」

 剣を突きつけ視線は少女を見据えたまま、二人は平行線のまま変わらない意見を戦わせた。なまじ二人共互いのスタンスを理解しているから埒が明かなかった。

「そんなこと言ってセイバーさんのやることって結局は全部自分が背負い込んで駄目になっちゃう系じゃないですか! その変なところで生真面目な性格いい加減にしてくださいよ!」
「おま、そんなこと言ったらお前なんざ勘とフィーリングだけで生きてるファンタジスタじゃねーか! 少しは先の予想とかしろ!」
「あーあーあー、言っちゃいますかそれ! 言っちゃうんですか! だったら私も言わせてもらいますけど―――」

 台無しである。アイは変わらず「ふんす」と息巻いて、蓮はもう勘弁してくれ頼むからと言わんばかりに叫んでいる。それでも少女に対する隙を見せないあたり流石であったが。

「えっと……」

 そんな二人を前に、少女はなんだか脱力して、元より戦うつもりなど微塵もなかった態度を更に軟化させた。
 気配でそれが分かったのか、蓮はおもむろに舌戦をやめて少女へと意識を集中させる。少しの異変も見逃さないという意思の現れであった。

「私は見ての通りサーヴァント、クラスはランサーです。真名は……ごめんなさい、今は言えません。
 私に戦闘の意思はありません。私はただ、お二人に話を聞いてほしくてここに来ました」

 少女の言葉は真実である。彼女は孤児院へと向かおうとしていたが、その道中において彼女を監視していたと思しきライダーの分身を、眼前のサーヴァントが消滅させた場面を目撃したのだ。
 自分に監視がついていることは分かっていた。だからこそ、ライダーの意にそぐわない行動を取ることはできなかった。
 しかし、今ならば。次の分身が放たれ追いつかれるまでの短い時間であるが、その間隙たる今ならば。

「お二人とも関係のある話だと思います。あのライダー……サングラスをかけた男のサーヴァントについて」

 ライダーへの反旗を翻す、絶好の機会であったから。

「お願いします……」

 友奈は、一縷の望みを懸けて。

「私のマスターを、助けてください……!」

 ただそれのみを願って、彼女は懇願したのだった。


128 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 22:01:29 4i0ukVWM0

【B-2/路地裏/一日目 午後】

【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
0:眼前のサーヴァントに対処
1:世界を救うとはどういうことなのか、もう一度よく考えてみる。
2:すばるたちと合流したい。然る後にゆきの捜索を開始する。
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばる、アーチャー(東郷美森)とは仲良くしたい。
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
0:眼前のサーヴァントに対処
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
4:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
5:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
6:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処……だが、こいつは何か知っている?
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。


【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:目の前の主従に話を聞いてもらいたい。
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]


129 : 名無しさん :2016/12/19(月) 22:01:48 4i0ukVWM0
投下を終了します


130 : 名無しさん :2016/12/20(火) 19:36:37 r6ZS8xiY0
投下乙です。

セイバーの渇望的に上手くいってもめぐねえは脱落だろうな


131 : 名無しさん :2016/12/20(火) 19:54:01 KbOeoFJM0
投下乙
めぐねぇは肉体的には生きてると言えなくもない


132 : ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:01:15 CPZuPtEg0
閑話的なものを投下します


133 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:02:42 CPZuPtEg0




 ―――"彼"にとって最古の記憶は、桃色に染まる煙に包まれた光景だった。




 そこは一言で形容すれば、矛盾に満ちた空間だった。
 希望に溢れていながら絶望的。至福の極楽でありながら地獄的。渾沌として混じり合うものは存在せず、さりとて争いが起こっているのかといえばそんなことは全くない。
 誰もが愉快に、しかし救いようもなく堕落している。さながら沸騰する渾沌が如く、冒涜的な太鼓とフルートの演奏に狂乱する蠱毒の壺めいた惨状。
 この世のものでありながら、しかし現世とは決定的にかけ離れた白痴の異界。誰も彼もが至福の境地に到達する、それは万人の思い描く幸福の夢であった。

 香を吸えば愉快痛快、苦痛は剥がれて揮発する。
 この楽園は絶対だ。何故なら誰もが閉じている。

 因果? 知らんよどうでもいい。
 理屈? よせよせ興が削げる。
 人格? 関係ないだろうそんなもの。
 善悪? それを決めるのはお前だけだ。

 他我の交わらない心の中で好きに世界を描けばいい。あらゆる者が酔いに酔い痴れ謡いながら、冒涜的な音色の満ちる霞の中で踊っていた。
 それは万人へ分け隔てなく開かれた完全無欠の桃源郷。無償かつ永遠に酒池肉林が広がり続ける"楽"に満ちた仙境は、遍く人々を夢の底へと沈め続ける。

 いつから自分はそこにいたのか。自分はどうやって生れ落ちたのか。そんなことは彼自身にも分からない。
 光差す世界から捨てられた? それともここで泥のように産み落とされた? あるいは自ら足を踏み入れた? そもそもそんなものに意味などあるのか?
 正確な部分など誰にも分からない。知る者など誰もいない。何より疑問に思う者が存在しない。一応母を名乗る女らしきものはいたが、果たしてそれに血縁関係などあるものか。そもそも"彼"に親などいるのか。
 どうでもいいことだった。何せここは天上楽土、桃の煙に揺蕩うだけで世界は幸福なのだから疑問に思う必要はない。正常な宇宙から切り離されたこの場で育ち、彼にとって世界の全てはただひたすら幸福に満ちたまま宴のように進行していく。
 母はいつも幸せそうに笑っている人間だった。夢に包まれ夢に生き、その実何も見ていない白痴の信奉者であった。彼女は"彼"の母親であったが、果たして彼を本当に息子と認識していたのかどうか。しかしそれでも構わなかった。
 何故なら人間とはそういうものなのだから。
 渾沌に生れ落ちた盲目の播神にとって、人間とは"そういうもの"でしかなかった。自己の世界に埋没し完結している、パントマイムの世界。都合のいい独り芝居だけがそこかしこで演じられている。彼にとって世界とはそうであったし、人間もまたそうしたものだった。
 そうだとも。ここは万事、永遠の幸福が約束された桃源郷。困ることなど何もなく、ならば好きにやるがいい。

 母は稀に彼を間違え、打ち捨てられた人形なり死体なりを優しい笑みで愛玩している。いいことだ。
 向かいの男はいつも女へ愛を語り、蛆と蛭の湧いた腐肉へ猛然と股ぐらを突っ込みながら絶頂している。仲睦まじくて素晴らしい。
 隣の老婆は毎日欠かさず、神仙の桃と名付けた馬糞を飽きもせず独り占めしながら貪り食らっている。満足するまで食べるがいいさ。
 不老長寿の小便売りは大繁盛で、通りに座る大将軍は蠅を相手に明日の軍議を説いている。酸で水浴びする女は永遠の美の探求に忙しく、子供は姉の内臓調理に炎で父を洗いながら犬の頭蓋を鍋にしつつ、至高の演奏を披露するは僵屍の群れを前にして、導師が平和を守っているため老人は両目を蠱毒に捧げたのだ。なんて感動的なのだろう。

 あなたの、君の、お前の、きっとたぶん、活躍と勇気と幸運で世界は救われたのだ。
 素晴らしい。今日も世は泰平である。
 何もおかしなことはない。世界は幸せと笑顔で満ちていた。



 生まれながらにしてあまりにも巨大な精神と世界観を有していた"彼"は、故にこそ人とはまるで視点の違った遥か高次より世界を俯瞰していた。
 これこそ"彼"の原風景。此度の聖杯戦争において月の裏側にて眠り、万象を彼の見る夢とした播神を形作った世界の在り方である。





   ▼  ▼  ▼


134 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:03:41 CPZuPtEg0





 煙が流れている。

          ドロドロ。

 命が流れている。

          ドロドロ。


 何が?
 命が?
 それとも、他の、何か?




 ………。

 ……。

 …。

 ――――――――――――。



『すべて』

『そう、すべて』

『あらゆるものは意味を持たない』



 ………。

 ……。

 …。

 ――――――――――――。





   ▼  ▼  ▼


135 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:04:17 CPZuPtEg0





 これは夢と現に交わる、儚い幻の物語。そうした渦中にある彼らにとって、どんな出会いも重ねた時間も、泡沫のように消えていくだけ。

 利己的な復讐を望んだ悪鬼が、しかし無様に敗残して死んでしまったりであるとか。
 誰かの救済を願った人形が、何をも果たせず消えてしまったりであるとか。
 友誼のために戦った少女が、守ろうとした者にさえ忘れられてしまったりであるとか。
 日常への帰還だけを一心に願った弱者が、それとは対極にある無残な末路を迎えてしまったりであるとか。
 愚かな教えに盲目的に付き従う一際愚かな娘が、しかしその教えさえも奪われて一人惨めに潰されたりであるとか。
 百年の時を超えてなお諦めることのなかった魔女が、結局何をも掴めなかったりであるとか。

 彼女たちは意味なく生きて、意味なく死んでいく。たった一つの願いを懸けて、願い敗れた者たちが死んでいく。

 古都鎌倉、聖杯の恩寵を巡る戦争の舞台。これは、そんな盤面を俯瞰する世界の果て。舞台の遥か上に聳える"塔"の話である。





「……」

 昇る。昇る。昇る。黄金螺旋階段を昇る男が一人。
 それは少年。それは愚者。それは神殺し。世界救済の夢を求めた男が喝采なき時計の音を吟じている。
 彼は黄金螺旋階段を昇る。一歩、一歩と踏みしめて。今も、今も。
 頂上を目指して。いと高き場所に在るものを、目指して。

 ―――いいや。いいや。

 そうではない。彼は何をも求めない。
 果て無きものなど、尊くあるものなど。
 彼は求めない。求められない。彼が待ち望んでいるのは、一つだけ。

「……死んだか、壇狩摩」

 ぼそり、と。
 呟かれる声があった。それは心底より驚愕したようにも聞こえて、しかし予定調和であるかのような平坦さも感じられる声だった。

「あいつには期待してたんだけどな。いや、それも含めてあいつの掌の上か?
 どっちにしろ迷惑な奴だよ。あいつのせいで何もかもが狂っていく」

 もしくは、あいつの"おかげ"か。
 独りごちる少年は足を止めることがない。薄暗い紫の闇に覆われる螺旋階段を、彼は一人で昇り続ける。
 一体いつからそうしているのか。一体何が彼をそうさせるのか。
 彼はただ昇るだけだ。今も、かつても、これからも。
 そして頂上に在るものは嗤うのだ。今も。今も。


 くすくす。くすくす。くすくす。


 それは女の嗤う声。幻のように不確かな虚像を伴って、螺旋階段を昇る彼の体に纏わりつく。
 女たちは嗤う。人に非ざる機械の体をしならせて。清らかに、邪悪に、無垢に、微笑む。
 
『くすくすくす。おかしなおかしな拳銃喰らい(ブザービーター)』

『くすくすくす。人間のメモリーなんてくだらないのに』

『くすくすくす。声こそがすべて。言葉は偽らないのに』

 くすくす。くすくす。くすくす。
 嗤う声がする。月の王に寄り添う、囀る笑み。
 諦めろと耳元で囁く女たちに、彼は。


136 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:05:27 CPZuPtEg0

「黙れ」

 たった一言。それだけで、女の声と姿は霧散した。

「黙れ、道化にすら劣る機械人形共め。月並みに神を恨んで、すなわち全てを諦めろと?
 ふざけるな。俺は俺の世界を救う。ただそれだけを選んだんだ」

 少年は階段を昇り続ける。ずっと、ずっと。
 遥か高みを睨みつけて。ただ一人のことのみを、待ち望んで。

「俺は往くだけだ。散々に歪みきった、堕ち行くだけの、この道を」

 あとはもう言葉はなかった。元より止まることを彼は許さず、故に歩みは続けられる。

「だから……待ってるぞ、■■」

 ……■■。
 黙ってお前の背中を押したのは俺だ。だから、俺も黙って昇り続けよう。
 その果てに、例え桃煙に揺蕩う幻に過ぎずとも。願わくばお前の姿があることを。
 黄金螺旋階段の最奥で待ち続けよう。ずっと、ずっと。




【世界塔内部・黄金螺旋階段/?????】

【『世界救済者』@?????】
[令呪]???
[状態]???
[装備]???
[道具]???
[所持金]???
[思考・状況]
基本行動方針:???
[備考]





   ―――アラヤに新しい情報が登録されました。




【クラス】
マシーナリー

【真名】
機械姉妹(マシンメイデン)@紫影のソナーニル-What a beautiful memories-

【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力EX 幸運E 宝具E

【属性】
秩序・悪

【クラススキル】
機鋼の体:A
マシーナリーは生物ではなく完全な機械仕掛けの存在である。
生物に対して働き掛ける干渉を無効化する。

無我:A
自我・精神といったものが極めて希薄であるため、あらゆる精神干渉を高確率で無効化する。

【保有スキル】
幻惑:D
変幻能力。"メモリー"を再生し人間への嘲笑とする■■■■■■の■■。

三位一体:A
マシーナリーの在り方。彼女たちは斯く在れと作られた被造物であるため三体で一体のサーヴァントとなる。


137 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:06:36 CPZuPtEg0

【宝具】
『妄想録音(フォノグラフ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
人間を"孤独の動物"だとして嘲笑する音の女。
4つの腕を有し、顔面と肩には発声器が取り付けられている。

『妄想幻燈(キネトロープ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
人間を"忘却の奴隷"だとして嘲笑する幻の女。
フィルムと回転板を身に纏った華やかなようでどこか不気味な印象を受ける姿をしている。

『妄想白熱(バルブガール)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
人間を"恐がり"だとして嘲笑する明かりの女。
顔面が白熱電球であり、感情に応じて発光する。


【人物背景】
チクタクマンの従者。遍く人を嘲笑する作り物の女達。

【サーヴァントとしての願い】
?????





   ▼  ▼  ▼





 "彼"は未だ目覚めぬ微睡みの淵に在りながら、己が視界の真下に広がる世界を溢れんばかりの愛情と慈しみで以て見つめている。
 桃煙に包まれた地上世界、聖杯という奇跡を巡る熾烈な攻防劇、世界の果てに聳える塔とそれらを取り巻く人々の全て。あらゆる全てを見下ろしながら、彼は切に願っているのだ。


138 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:07:14 CPZuPtEg0

 なんと哀れな。救ってやろう。報われてくれ愛しい君よ、俺はお前たちの幸せだけを、いつも変わらず願っている。
 ああ、だから、いったいどうした楽しめよ。お前の世界はお前のもので、お前の形に閉じているのだからお前の真実はお前が好きに描けばいいのだ何を必死に争っているのかなぁ。
 俺はお前たちのことがとても好きだしお前たちも聖杯(おれ)を好きなのだからきっと楽しめるに決まっているのだよそうだ素晴らしいではないか善哉善哉。
 飲めよ吸えよ気楽に酔えよ。さすればそこは羽化登仙。お前だけの仙境はいつもお前も待っているのだ。至福は約束されている。
 丹が欲しいか? 視肉はどうだ? 霊芝はいくらでも揃っているし、艶が好きなら虹の仙女でも呼んでやろう。
 紅衣、青衣、素衣、紫衣、黄衣、緑衣、なんでもよりどりみどりなのだよ、遠慮をするな派手にいこうか。
 一つ蟠桃会と洒落込んでみるのも悪くはあるまい。俺は西王母とも最近懇意になってなぁ。これがどうして、なかなか気前のよろしい瑶池の金母であることよ。めでたい、めでたい。
 聖杯、聖餐、ダグザの大釜。奇跡が欲しいならいくらでもやろう。世界を救う? 妹に幸せを? 母の悲願を? 世の全てを? 輝ける日常を? 一心不乱の闘争を? 未来を希望を尊厳を? いいぞいいぞ、好きなように願えばいい。聖杯(おれ)は全てを叶えてやれる。
 だからなあ、笑ってくれお前たち。世界はこんなにも輝いているのだから。わざわざ他人と関わって悪戯に傷つき惑う必要など何処にもないのだ。他我と交わり争い血を流し、願うものを得られず死んでいくなどと、そんな悲しいことを言わないでおくれ。
 人とは見たいものだけを見て信じたいように信じる生き物なのだから、自分の中の真実だけを見ていればそれでいい。
 ここは太極より両儀に分かれ四象に広がる万仙の陣。故に不可能など何もないのだ。

 遥か高みの渾沌にて。
 今も、君臨する者は語る。救われてくれと。
 今も、君臨する者は囁く。俺を使うがいいと。
 慈愛の王は、ただ募り行く悲しみを惜しんでいる。



『故にこそ、この舞台はすべてが偽りなのだ』



 そこは、世界の果ての塔。その最頂。黄金螺旋階段を昇りきった更に奥。
 睥睨する万仙の王の視線を受けて、今も嗤う男が一人。紫影の玉座に座って嘲笑だけを浮かべ続ける。
 それは裁定者。それは《王》。沸騰する渾沌に微睡む仙王とはまた違う、時に這い寄る月の王。
 箱庭世界の支配者にして、観客にして、自らもまた演者。
 ―――ルーラーと呼ばれる者。

『果てなきものなど。
 尊くあるものなど。
 すべて、すべて。
 あらゆるものは意味を持たない』

 静かに告げて、玉座の主は告げる。
 この聖杯戦争に集う演者の全て。それらを睥睨して、嘲笑して。

 聖杯戦争―――"勝ち残った一人"があらゆる願いを叶えられる奇跡の争奪劇。
 この世界を"そんなもの"だと勘違いしている全ての演者を、嘲笑って。

『例えば―――』

 人とは見たいものだけを見て、信じたいように信じる哀れな生き物。だが。
 朔とは暗夜。目に見えるものなど何もない。見たいものなど見えるはずもない。
 そう、真実など見えるはずはないというのに。

『夢から醒めてしまえば何の意味も、ない』

 いったい何を鵜呑みにしている。
 愛いぞお前ら、永遠に踊れ。そしてそれこそが、この聖杯戦争の真実である。


139 : 名無しさん :2016/12/22(木) 20:07:44 CPZuPtEg0
投下を終了します


140 : 名無しさん :2016/12/25(日) 22:16:50 b8oLAd/w0
投下乙です
このタイミングで出てきたのがチクタクマンの手駒であることを考えると今まで玉座で嘲笑ってるだけだったルーラーも直接舞台に介入し始めるのかな?


141 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:51:49 y7X0rqJw0
辰宮百合香、アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)を予約します


142 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:52:19 y7X0rqJw0
投下します


143 : 存在する必要のない存在 ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:53:56 y7X0rqJw0

「随分と大仰な真似をなされたようで」

 十代の若々しい少女のような、と形容するには年齢に不釣り合いなほど洗練された気品と優美さがそうは思わせず。かといって三十路を越えて酸いも甘いも噛み分けた人生の重みを感じさせるにはあまりにも幼く。そんなアンバランスさを秘めた雰囲気を纏った彼女は、まさしく深窓の令嬢とも言うべき美貌に呆れの感情を隠すことなく、不平の声を私室に響かせた。
 良く通る声だった。生来の美しさもあったが、どのようにすれば人は己の言葉を耳に入れるのかという人心掌握の術を知り尽くした上で放たれる、これはそういった高い教養に基づいた声だ。上流階級ともなればそうした裏芸の一つも身に付けておくのが嗜みであるのか、驚くほどに"様"になった所作は一流の女優にも劣るまい。本人がその気になれば、大舞台の上であろうと十分に通用するだろう。
 しかし現実にはそうではない。彼女はあくまで名家の淑女。花よ蝶よと愛でられるだけの世間知らずのお嬢様に過ぎない。少なくとも、この家に住まう「無関係な」人間は皆そう認識している。

「それがどうした。今更貴様が気にするようなことでもないだろう」

 少女の声に対してそう答えたのは、妙齢の女性だった。
 盛りの時期である二十代はとうに過ぎた年齢であることが、その立ち振る舞いから伺える。彼女の所作は例えて鋼。それも硝煙の臭いが染みついた武骨な戦争の産物とも言うべき剣呑さである。身に纏ったドイツ第三帝国の軍服がそれを如実に表していた。
 かつては美麗であったことを窺わせる顔面は、しかしその半分が見るも無残に焼け爛れ、さながら地獄の悪鬼めいた相貌に歪めている。そこに浮かべられている表情は、少女に対する掛け値なしの侮蔑であった。

「どだい戦争とはそういうものだ。家々は焼かれ、人命は藁のようにくべられる。そこには貴賤も善悪もなく、ただ当たり前の現実として存在する」

 二人が語っているのは、先刻発生した鎌倉市街における爆発事故についてのことだ。午後12時20分に突如として発生した鎌倉駅東口方面市街地の大破壊は、周囲一帯を覆うほどに巨大な爪痕を穿つに至り、消化活動はおろか現場に立ち入ることすら困難な有り様で、未曽有の人災として報道されていた。
 邸宅に引き籠り続けていた少女―――辰宮百合香であってもほぼリアルタイムで耳に入ってきた程度には、この破壊は大々的なものであった。生じた犠牲者に至っては未だ正確な数字が出ていないのが現状である。
 なんとも痛ましい、と普通なら思うかもしれない。しかし百合香が危惧しているのはそういった良識とは多少外れたところにあった。

「ええ、それは承知しています。わたくしとて何の犠牲もなく勝ち抜けるなどとは思っていませんから。
 しかしこれは些かやり過ぎでしょう。物的人的な損失が、ではありません。貴女という存在の誇示についてです」

 聖杯戦争に際して、暗黙の了解というものがいくつか存在する。そのうちの一つにして最たるものが、聖杯戦争とは秘密裡に行われなくてはならないというものだ。
 魔術の世界において神秘とは秘匿されるべきものであり、当然それは聖杯戦争においても平等に適用される。故にサーヴァント同士の本格的な戦闘は、本来それがもたらす大規模な破壊とは対照的に夜間あるいは人目につかない場所でひっそりと行われるのが定例なのだ。
 それをアーチャーは知らぬと言わんばかりに打ち破った。彼女の能力が広域破壊に適しているのは事実だが、彼女はそもそもそういった常道を守る気すらないのだろう。

「監督役、そして召喚されているはずのルーラーは現在は沈黙を保っています。ですが何時それが破られるのかは定かではありません。あるいは討伐対象としてやり玉に挙げられる可能性も否定は……」
「重ねて言おうか、売女」

 淡々と続けられる百合香の言に、アーチャーは侮蔑と嘲笑も露わに口許を歪め、返す。


144 : 存在する必要のない存在 ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:54:34 y7X0rqJw0

「それがどうした。騒ぎたいだけの輩など、勝手に騒がせておけばいいだろう」

 その返答はあまりに単純で、だからこそ正気の口で言っているとは思えない内容であった。

 ルーラーとは聖杯戦争の裁定者にして絶対者である。何故なら彼らは独自の特権として各サーヴァントに対し、それぞれ二画の令呪を有している。極端な話、ルーラーが自害を命じれば大多数のサーヴァントはそれで終わってしまうのだ。
 無論、令呪には令呪で対抗可能であるし、高い対魔力を持っているなら単独でも抵抗は可能となる。だが、ルーラーに敵対するのは無意味かつ踏破困難な厄災を呼び込むのと同義であることに疑いはない。
 加えて悪戯に目立つことは敵対者を一挙に呼び込むことに等しい。討伐令がその最たる例だが、そうでなくとも当面の仮想敵として想定されてしまうことは否めまい。一対一が基本のサーヴァント戦において、複数の敵を同時に相手取る危険性は飛躍的に増しただろう。
 アーチャーとてそれが分からないほど愚かではない。彼女は卓抜した戦略家であり、故にそれらも余さず承知している。
 承知した上で、知ったことではないと切り捨てたのだ。

 アーチャーは端的に言えば自尊と自負が肥大化した、傲慢が服を着て歩いているような女だった。無論のこと自負とは自己の研鑚に必須の要素であるし、その自尊に見合う程の実力も有している。しかしそれらを加味してもなおマイナスに傾いてしまうほどに、アーチャーの精神性は悪辣と称していいものだった。

 人命と都市に対する被害など考慮するつもりもなく、一般的に尊いとされるものをいくら踏みつけようと欠片も良心が傷まない。彼女が力を振るう度に発生する度外れた破壊は無論数多の者に見られており、大混乱どころではない騒ぎを起こしていたがそれでいったいどうしたという。
 秘匿? 隠蔽? 笑止千万。これは覇者の進軍である。一般社会の裏で匹夫の如く隠れ潜む必要など何処にもない。

「故に貴様はもう喋るな。盟約によりこうして顔を突き合わせてはいるが、私に貴様と慣れ合う義理はないのでな。今まで通り、その薄汚い口を閉じたまま坐しているがいい」

 それ以外の価値など、貴様にはなかろう。
 
 それだけを言い残して、アーチャーは霊体化しその場を去って行った。サーヴァントとしての定例報告、それのみを義務的に果たし、再び戦場を求めて彷徨うのだろう。
 百合香は数瞬前までアーチャーのいた空間から目を逸らし―――完全に興味を失くしたように、小さくため息をついた。

「あの方にも困ったものです。これではいざという時、狩摩殿を殺してしまいかねませんね」

 言葉とは裏腹に、百合香の眼には空虚なものしか映っていない。万事が万事、まるで他人事とでも言うかのような態度であった。
 実のところ、先ほどは人命や被害、秘匿がどうのとは言っていたが、百合香はそんなことに一切興味がなかった。どれほどの人間が死のうが、どれほどの建物が倒壊しようが、ルーラーに討伐令を出されようが特に気にも留めなかっただろう。
 百合香とはそういう女だ。現状は生存優先の方針で立ち回ってはいるが、それも単なる惰性に過ぎない。義務があればそれに従うが、この地はどうやら百合香が元いた場所ではなく、そうした柵も大半が消えていた。責任感や我執というものが欠如した有り様は、仮にここがサーヴァントに攻め込まれ首元に刃を突きつけられたとしても、ああそうかと思うだけに終わるだろう。邸宅全域に広がる百合の香りに抵抗し彼女に刃を向けられるサーヴァントがどれほどいるか、という問題は別として。
 故に当然、アーチャーから向けられる殺意と嫌悪も、そもそもアーチャーという存在そのものも百合香は一顧だにしていなかった。彼女は自分の言うことを聞きはしない。今もどこかへ誰かを殺しに行ったのだろう。それで? 知らんよ勝手にすればいい、その勝敗にすら興味はないのだ。

 ―――どうせ自分が何かをしなくとも、壇狩摩がいる限り事態は勝手に転がり落ちていく。

 百合香にはそうした確信があった。壇狩摩が召喚されたというそれだけで、この聖杯戦争は根幹からその存在を怪しいものとしていた。百合香が彼と同盟関係を結んだのは、生前における知己であるという以上に、彼だけが持つ特異性を誰よりも理解していたからに他ならない。
 余談だが、百合香は狩摩との同盟締結の件をアーチャーに伝えてはいなかった。伝える気も、必要性もないからだ。狩摩がアーチャーの襲撃に遭って殺されるという可能性は考慮に値しない。何故なら狩摩はそんなたちの悪い偶然には遭わないし、仮にそうなったとしても、それは狩摩にとっての最善解が「それ」だったというだけの話だろうから。


145 : 存在する必要のない存在 ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:55:12 y7X0rqJw0

「……あら?」

 不意に、私室のドアがノックされる音が響いた。声をかけると、老齢の執事が静かにドアを開ける。

「失礼いたします、お嬢様」
「構いません。何かありましたか?」

 透き通るような声で、内心は気だるげに、百合香は焦燥の色を隠し切れていない執事に向かって尋ねた。
 はて、仮にも熟達の心得を持つ彼がこうも狼狽するとは、一体何があったのか。

「たった今、かねてより懇意にしておられました児童ホームより連絡がございました」

 そして続けられるように告げられた内容は、百合香をして驚愕に値するものだった。というよりは、つい先ほどの思考がそのまま現実となって現れたのだ。

 ―――狩摩殿が、逝った……?

 戸惑いも露わに古手梨花の怪死を告げる老爺を前に、百合香はただ訪れた事態に対し、その意識を思考の海に埋没させるのであった。





   ▼  ▼  ▼





 ところで、辰宮百合香という女は酷く歪んだ、筆舌に尽くしがたい醜悪さを誇る人間である。

 名家に生まれ、美貌を持ち、ありとあらゆる人間に頭を垂れられてきた彼女だが、あまりにも恵まれすぎた環境に置かれたせいであらゆる物に価値を見いだせない価値不信に陥っている。
 どのような好意、どのような愛情ですら自分ではなく家柄に向けられたものであると、真贋を見極める程の見る目も無い癖にそう信じ込んでしまっている。
 ここまでなら単なる世間知らずの馬鹿娘でしかないが、更に性質の悪いことに彼女は自分をそんな境遇から連れ出してくれる「王子様」を求めている。
 他人からの好意を信じられないくせに、誰かありのままの自分を見てと訴えている。
 まず嫌われなければその相手を信じられないくせに、自分を嫌うその人に救ってほしいと訴えている。
 自分からは何もしないくせに、何故何もしてくれないのかと不満に思っている。
 あまりにも愚かしすぎるその有り様は、なるほど確かに、かのアーチャーをして売女と呼ぶにすら値しない汚物と評されるだけのことはあった。

 そう、辰宮百合香は愚かしく、醜い。それは事実である。しかし、ここで疑問が一つ。
 百合香が相手を信じるためには前提としてまず嫌われることが必須となるが、ならば何故彼女はアーチャーを軽んじているのか。
 アーチャーは百合香を忌み嫌っている。そのザマを醜悪と切って捨て、嫌悪と侮蔑も露わに見下している。
 反魂香にすらかからない忠節の魂を以て百合香に厭忌の念を抱くアーチャーは、確かにその条件を満たしているというのに。百合香はアーチャーのことを、有象無象と同じ雑草程度にしか認識していないのだ。
 条件を満たしているというだけで、そこから好くか嫌うかは別問題―――そうではあるだろう。
 サーヴァントなど何処まで行こうとただの贋作、物に傾慕する趣味は百合香にはない―――確かにそれも頷ける。
 しかし、しかし。ここに一つ、百合香自身も知る由のない事実が一つ存在した。

 彼女が元いた世界において、傾城反魂香にかからない人間は二人いた。そのどちらもが、彼女に惚れ、そして彼女を拒絶する男であった。
 二人の男と辰宮百合香。三人を取り巻く愛憎劇は渾沌と熾烈を極め、その果てに一人の男が命を散らした。それは醜悪なるも美しい、報われない悲恋の幕切れであった。
 無論、そんなことを今ここにいる百合香は知りもしない。その出来事が起こるのは時系列で言えば未来の話で、これから百合香が辿るかもしれない可能性の一つに過ぎない。
 その可能性を知る者はいない。とうの本人である百合香すらも。

 けれど。

 知る者がいた。望む者がいた。"斯く在れかし"と百合香の愛憎を規定し、"そうあってほしい"と切に望む者がいた。
 故に百合香は"そう"なった。彼女が真に愛情を向けるのは未来に訪れし二人の男のみであるのだと。
 これは単に、それだけの話。ささやかで取るに足りない、けれど聖杯戦争という舞台を解き明かす上で重要なファクターと成り得るかもしれない、それだけの話。

 ―――桃色に染まる月の中枢にて、盲目白痴の渾沌が地上を見下ろし哂っている。
 ―――王を取り囲む無数の奉仕者たちが、喝采の声と共に哂っている。


146 : 存在する必要のない存在 ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:55:49 y7X0rqJw0

【C-2/辰宮邸/一日目 夕方】

【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]高級料亭で食事をして、なお結構余るくらいの大金
[思考・状況]
基本行動方針:生存優先。
1:古手梨花、壇狩摩との同盟はとりあえず遵守するつもり、だったが……
[備考]
※キャスター陣営(梨花&狩摩)と同盟を結びました
アーチャー(エレオノーレ)が起こした破壊について聞きました。
孤児院で発生した事件について耳にしました



【アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]軍式サーベル
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を楽しむ
1:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とアーチャー(ストラウス)は次に会った時、殺す
2:サーヴァントを失ったマスターを百合香の元まで連れて行く。が、あまり乗り気ではない。
[備考]
ライダー(アストルフォ)、ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と交戦しました。
No.101 S・H・Ark Knight、ローズレッド・ストラウスの真名を把握しました。


147 : 名無しさん :2017/01/17(火) 03:56:12 y7X0rqJw0
投下を終了します


148 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 02:49:27 LTsCqKfg0
アイ・アスティン、藤井蓮、結城友奈、すばる、東郷美森、笹目ヤヤ、アストルフォ、アティ・クストス、ローズレッド・ストラウス、みなと、マキナを予約します


149 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:35:09 LTsCqKfg0
投下します


150 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:35:59 LTsCqKfg0





 この街は病んでいる。
 人も舞台も、鎌倉というものを構成する全てが条理というものを逸脱し、渾沌とも言うべき惨状へと街を変貌させている。
 願い求めあり得ざる奇跡へと手を伸ばす23のマスターたち。
 超常の力を用いてこの鎌倉に跋扈する23のサーヴァントたち。
 それら異物の悉く。人々の心と暮らしに癒しがたい爪痕を穿ち、消えぬ恐怖を与えているということに疑いはない。

 けれど。
 渾沌の最たるものは異邦のマスターでも超常のサーヴァントでもなく、この都市に住まう全ての人々に他ならない。
 鎌倉に暮らす人々は聖杯戦争に付随する異常事態に恐怖しながら、しかし同時に心の底ではそうした非日常が自分のところにも来ないだろうかと待ちわびているのだ。
 街に屍食鬼が出没した―――いいぞいいぞ、祭りのようで心が躍る。
 爆発事故が発生した―――花火のようで綺麗じゃないか。次はもっと盛大にやるがいい。
 沖合に正体不明の戦艦が―――なんとも現代伝奇のようで愉快痛快。お次は戦艦らしく砲でも撃ってくれるのだろうか、胸が高鳴る。
 巻き添えとなった多くの者らが傷つき死んでいる現状にも、彼らは全く頓着しない。このような凶事に犠牲は付き物だろうと悦に入り、狂騒の供物に自分が選ばれない限りは眼前の楽しみだけを追い求める。いや、例え自分の番が来ようとも彼らは狂喜と共に受け入れるだろう。何故ならそれはとても面白いから。
 自らの身の破滅すら厭うことなく人々は熱に浮かれ続ける。もっと派手に、もっと面白く、もっと刺激的な"何か"が起こらないものかと内心で望みながら、朦朧と痴れた頭で各々の理想図を描き続けるのだ。

 呆れるほどに単純で、救えないほどに無知蒙昧。しかし人ならば誰しも抱く当たり前の感情と、誰しも行う当たり前の行為とを、この鎌倉に照らし合わせて例えるとするならば。

 ―――この街の住人は、皆"夢"を見ているのだ。





   ▼  ▼  ▼


151 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:36:39 LTsCqKfg0





「アイちゃんとゆきちゃん、どこに行っちゃったんだろう……」

 鎌倉の空が抜けるような青から黄昏色に変わりつつある頃。とぼとぼと俯くように歩く少女の姿があった。
 暮れつつある陽射しが空を夕焼け色に染め、それを背にして影法師が道路に長く映って揺れる。
 少女の名はすばる。つい数時間前までは多くの仲間に囲まれて、けれど今はたった一人残された、聖杯戦争のマスターである。

 廃植物園を出て数時間。こうしてはいられないと付近をくまなく捜索したすばるたちは、しかしアイやゆきの姿はおろか、他のマスターやサーヴァントを発見することも叶わなかった。アーチャーの持つ探知能力、並びに長距離視野を以てもその影を見つけることはできなかった。
 今にして思えば、単純にすばるたちの近くに聖杯戦争関係者は誰もいなかったという、ただそれだけの話だ。しかしあの時のすばるはアイとゆきの二人を見つけなければという気持ちだけが先走って、多少冷静さを欠いていたようにも思えた。
 それには理由があった。廃植物園で見つけた、みなとと一緒に育てたはずの小さな花。それを目にした瞬間に、今までは実感として乏しかった死や危険といった類に関する諸々が、急に現実味を帯びてすばるを襲ったのだ。
 聖杯戦争などという御伽噺めいた代物ではなく、元の日常で目にしていたものを見てしまったせいか。一度目が覚めてしまえば、あとに残るのは周囲に散らばった廃植物園の残骸。凄惨な破壊の痕はすばるの心中に焦燥と不安をもたらして、尚更アイやゆきといった知り合うことのできた少女たちの影を探させたのだった。

【これだけ探して気配の片鱗も感じ取れないとなると、多分相当離れた場所まで遠ざかったんでしょうね】

 頭の中に聞こえる声。霊体化して傍に侍るアーチャーからの念話だ。
 アーチャーの言葉は恐らく正しいのだろう。すばるたちが離ればなれになってもおかしくないほどに、廃校舎での戦闘は苛烈なものだった。だからこそ、あの二人には生きていてほしいと、心からそう願う。
 アイとゆきの二人は、この聖杯戦争で巡り合った「聖杯戦争に積極的でない」数少ないマスターだ。誰もが願いのために戦うのだとばかり思っていたこの鎌倉において、初めて出会うことのできた協力者と成り得る少女たち。その存在は、すばるが自分で思っている以上に、不安に押しつぶされそうだったすばるの心を救っていた。
 縋るべき家も知己もなく、未だ幼い身の上で「殺し合いの世界を生き残らねばならない」というあまりにも重いプレッシャーを背負っている彼女は、自分でも知らないうちに多くの心労を重ねてきたのだ。

 だからすばるは、アーチャーに対し珍しくも、ほんの少しだけ我儘を言って捜索を続けて。
 ……気が付いたら、何の収穫もないままこんな時間まで外を出歩くことになってしまっていた。

【でも、あのアサシンの様子と、セイバーの力量を考えれば、最悪の事態にはなってないと思うわ】
「うん……でも、もしもわたしがいない間に酷いことになったらって思うと、なんだかいてもたってもいられなくなって……
 それにわたし、何もできてない……」
【すばるちゃんは十分頑張ったわ。何もしてないなんて、そんなふうに自分を責める必要はないの。だから】

 慮るように、あるいは忠言を聞かせるように、アーチャーが言う。

【一旦あの家へ帰りましょう? あの人も、きっとすばるちゃんのことを待ってるわ】

 まるで年下の妹か後輩を気遣うかのような言葉に、すばるは俯いたまま「うん……」とだけ頷いた。その呟きに、隠し切れない不安と心配が込められていることは、一目瞭然だった。


152 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:37:22 LTsCqKfg0

 あの家とは、すばるがこの鎌倉に招かれてから居候をしていた、とある女性が営む商店のことだ。夫を失くし一人で店を切り盛りしているという中年女性は、素性の知れないすばるに暖かく手を差し伸べてくれた恩人だ。すばるはそんなおばさんに言葉では表しきれないくらいの恩情を感じていたし、聖杯戦争や居候の件を度外視しても、人情味に溢れ肝っ玉の大きいおばさんのことをすばるは好いていた。
 けれどそんなおばさんの話題を出されても、今のすばるは暗い雰囲気を崩そうとしない。何故なら、彼女の店がある一角で大規模な爆発事故があったと、ニュースで大々的に報道されていたからである。
 すばるがその事実を知ったのはつい先ほどのことだった。アイとゆきの捜索に疲れ果て、アーチャーの言に今度こそ従って帰路につこうとした瞬間。通りの騒がしさに気付いたすばるの耳に飛び込んできたのが、その「鎌倉駅東口方面で起こった大火災」のニュースであった。
 それを聞いた途端、すばるは道行く人に猛然と縋りつき、事態の詳細を教えてほしいと嘆願した。仕事中だったのだろう背広の中年男性は少しだけ訝しげな表情をしたものの、事の次第からすばるを火災被害者の関係者だと勝手に勘違いしたのか快くかつ心配げにニュースのことを教えてくれた。
 幸いなことにおばさんの商店は被害区画とは微妙にズレた箇所にあり(地図との照らし合わせは、商店の具体的な位置が分からなかったすばるの代わりにアーチャーが行った)、すばるはひとまず胸をなでおろすという一幕があった。
 それでも心配だからアーチャーの手で跳んで帰ろうと主張するすばるに、しかしそれではあまりにも目立ちすぎるというアーチャーの尤もな意見に封殺され、すばるは今こうして自らの足で帰宅の道を歩いているのだった。

【そんなに落ち込まないで。夜に出歩くのは危険だから、すばるちゃんには一旦帰ってもらうけど、あの子たちは私がちゃんと探しておくから。
 こう見えてもアーチャーのクラスだから、視力結構いいのよ?】
「……ありがとう、アーチャーさん」
【ふふ、お礼なんて必要ないわ。私だって、あの子たちが心配なのは同じだもの】

 こちらを心配させまいというアーチャーの明るい声が、今のすばるにとってはとてもありがたかった。自分と同じように少女らのことを思ってくれるアーチャーに、改めて自分は得難いサーヴァントと出会ったのだと、すばるは感謝の念を静かに抱く。
 そうしているうちに、細まった道の先に見覚えのある商店街が映し出されて、すばるはそのうちの一軒に近づき。

「すばるちゃん、どこ行ってたの!?」
「おばさん……」

 驚いたような、けれどどこか安堵の含まれた声をあげながら、一人の中年女性がすばるの傍まで駆け寄ってきた。すばるが居候させてもらっている商店主だ。
 今までずっと外にいたのだろう、おばさんからは疲労と焦燥の気配が色濃く感じられる。ずっとすばるのことを心配していてくれたのだろうか、そう思うとすばるは、心の中に棘が刺さるような小さな痛みを覚えた。

「心配かけちゃって、ごめんなさい……」
「……もういいのよ。こうして元気に帰ってきてくれたんだから。あたしはてっきり、どこかで事件に巻き込まれたんじゃないかと心配で心配で」

 すばるの無事を確かめるように肩を掴んでしゃがみこむおばさんは、けれど心底安心したような笑みを浮かべ、そう言ってくれた。

 裏表のない純粋な善意が、しかし今のすばるには少しだけ重かった。





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153 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:38:03 LTsCqKfg0





 助けてほしい。
 それが、ランサーの少女の第一声だった。
 アイとセイバーが一瞬のうちに目配せする。
 セイバーが黙って一歩下がり、アイがランサーに向かってにっこりとほほ笑んでみせた。

「……分かりました。ではお話を聞かせてください。助けると言いましても、あなたのことを色々説明してもらわないと助けようがありませんから」

 ランサーの目が一瞬喜色に染まったことをセイバーは見逃さなかった。剣を握る指に力が入ったが、アイに目で制された。ここは自分にまかせろ、と言うつもりらしい。

「それでは、えっと……ランサーさん、でいいですか?」
「えっ、うん。大丈夫だよ」
「ではランサーさん、ということで。私の名前はアイ・アスティンと言います。どうぞよろしくお願いしますね」
「! う、うん! こっちこそよろしくね、アイちゃ……」
「自己紹介はいいから話進めろ、あんま時間ないんだろお前」

 ランサーは思いがけず嬉しそうにしていた顔を強張らせ、それは、と言いかける。アイが非難するような目をセイバーに向けるが、とうのセイバーは素知らぬ顔だ。

「気を取り直しまして。それではランサーさん、まずあなたのマスターがどんな状況にあるのかということを教えてくださいませんか?」
「……うん、そうだね。私のマスターは……」

 アイに促されるように、ランサーはぽつりぽつりと、彼女自身の事情を話すのだった。



 ランサーの話によれば、彼女のマスターは最初から"普通ではない"状態にあったという。
 普通でない、というのは怪我や障害を負っていたとか、あるいは魔術師ではない例外的な能力を持っていたというわけではない。そのマスターが持つ異常性とは、精神にあった。
 端的に気が触れていたのだ。まともに会話ができず、協調どころか方針の確認さえ定かではない。ランサーはサーヴァントとして召喚された以上は召喚主の意向に従うつもりであったが、これでは従う云々以前の話である。
 そうして手をこまねいていたところに、あのライダー……ド派手な衣装の大男が現れた。手を組もうと持ちかける彼に、しかしランサーは仄黒い悪逆の気配を感じたのだという。当然として交渉は決裂、両者は戦闘に突入した。
 結果的に、ランサーは敗北した。決め手はマスターの有無。気が触れ指示どころか身の安全すら確保できない足手纏いを抱えたままの戦闘は、ランサーの力を半減させた。そうしてマスターは囚われの身となり、自分はライダーの命令により意にそぐわぬ戦いを強制されているのだと、ランサーは話を締めくくった。

「ライダーは精神操作のスキルを持ってて……私のマスターもそれに操られちゃってるんだ」

 俯き暗い影を落とすランサーの話に、アイはふむと頷いた。「これは見過ごせませんね……」と小声で呟くのがセイバーの耳に入った。

「それでは、そのライダーという人がどこにいるかは知ってるんですか?」
「うん。鎌倉宮の近くにある、元村組っていうお屋敷だよ」
「……聞いたことがありませんね」
「マスター狩りやってるヤクザ連中の本拠地だろ」
「そう、だね。ライダーはヤクザさんたちを取り込んで色々やってるみたい」

 その"色々"の部分を、ランサーはあえて口にはしなかった。アイのほうも、後ろでのびている黒服たちから何となく察した。

「ということは、ランサーさんはそのマスターを取り返したいというわけですね」
「うん。私はマスターに、まだ何もしてあげられてないから……せめてあの人を助けたいって、そう思うんだ」
「で、お前は俺達に一緒になってヤクザの屋敷に突っ込んでくれ、って言いたいのか?」

 再度口をはさむセイバーに、ランサーが再び怯んだように反応した。アイが反論する。


154 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:38:27 LTsCqKfg0

「セイバーさん、あなたはもうちょっと労わりの気持ちというやつをですね」
「うだうだ言ってても仕方ねえだろ。こいつのマスター助けるってことは、つまりライダー相手に全面戦争仕掛けるってことだろうが」
「……そうだね。言い訳はしないよ。でも、あなたたちにとっても悪い話じゃないと思う。ライダーの端末に見つかったあなたたちには」

 ランサーの言葉は、なるほど確かにその通りであった。そこはセイバーも認めざるを得ない。
 アイとセイバーはライダーと思しきサーヴァントの分身に捕捉された。厳密にはアイだけだが、そこにさしたる違いはないだろう。そして暴力団を事務所ごと乗っ取り無辜の住民諸共無差別にマスターを殺してまわっていることを鑑みれば、ライダー陣営が手段を問わない強硬派であることは一目瞭然だ。
 つまるところ、この聖杯戦争を生き残るにあたって、アイたちはライダー陣営と無関係でいられることができなくなったわけだ。こちらから仕掛けるかあちらから仕掛けてくるか、どちらにせよ戦いは不可避だろう。まず和解の道はないものと考えたほうがいい。そうすると必然、対ライダーを同じくするランサーとの協調はセイバーたちにとっても悪い話ではなかった。

「……私はこれから、孤児院に行こうと思ってるんだ。あそこなら多分、まだ生き残ってるマスターがいるかもしれないから」

 ふと振り返り、どこか遠くを見るように、ランサーは言った。その佇まいは今までの不安と無力に苛まれる少女のそれから、戦士を彷彿とさせる凛々しいものへと変わっていた。

「戦いたくないって気持ちだったら、私はそれを尊重したいと思う。私を聖杯戦争の敵として倒すって言うんなら……悲しいけど、それも仕方ないって思う。
 けど私と一緒にライダーと戦ってくれる人がいるなら、私はその可能性に賭けてみたい。私はサーヴァント(勇者)だから、私を呼んでくれたマスターのことは絶対助けたい」

 ランサーが語るのは、揺るぎない善性の意思であった。自らを頼りとして召喚したマスターへ奉ずるため、彼女は絶望的な戦いに挑むのだとその目が雄弁に語っていた。

「今夜18時、鶴岡八幡宮で待ってます。もしも私と一緒に戦ってくれるなら……その時は」
「助けますよ」

 答える声があった。それは何の迷いもなく、決然たる思いと共に放たれた言葉だった。
 微かに驚くランサーの目の前。その小さな体に大きな決意を秘めた、アイ・アスティンという少女が放った言葉だった。

「私はあなたを助けます。何があっても、どんなことが起きようと。誰かを助けたいと思うあなたは決して間違ってなんかいません。だから」

 そこでアイは、何かを思うように目を伏せ、意を決したように続けた。

「私はあなたを見捨てません。どうか安心してください。あなたには、私がいます」

 アイは笑った。それは何の不純物も含まれない、純然たる善意の笑みだった。
 それを受けて友奈もまた、恐らくはこの時になって初めて、心からの笑みを浮かべた。

「……うん、ありがとう。アイちゃん」

 ランサーは静かに膝をつき、アイの手を取った。そこには、救われたかのような安堵の想いが感じられた。

「待ってます。18時、鶴岡八幡宮で。ランサーさんも、どうかお気をつけて」
「うん! アイちゃんも、またその時に!」

 そう言ってランサーは立ち上がり、勢いよく地を蹴って飛び出していった。向かう先は西、そこに彼女の次の目的地があるのだろう。
 遠くなるランサーの背に向けて、アイが小さく手を振るのであった。


155 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:39:11 LTsCqKfg0





 ランサーの姿が遠ざかっていく。アイはそれを確認すると、強張った顔をセイバーのほうに向けた。

「嘘、ついてましたね」
「ああ、そうだ」

 無表情のままで、セイバーが頷き返す。

「どの辺りで気付いた?」
「まず初めに怪しいと思ったのは―――」

 ランサーがアイたちの目の前に姿を現した直後からだった。
 彼女はその総身を返り血で汚していた。彼女の説明に曰く、それはライダーによって強いられた戦いによるものだと言うが、だとすればそれはおかしい。
 サーヴァントとは霊体である。魔力で肉体を形作ってはいるが、あくまで受肉を果たしていない仮初の亡霊。人と同じように動き、血肉らしきものを持ってはいるがその本質は魔力の塊である。
 つまり、"あの返り血はサーヴァントのものではありえない"。サーヴァントは血を流しはするが、肉体から離れた血液は指向性を持たない魔力の粒子となって大気中に解けて消える。あそこまで大量、かつ長時間にわたって痕跡を残すことはありえないのだ。
 ならば考えられるのはマスター、あるいは一般人の血ということになるが、それだと彼女の話と矛盾する。望まぬ戦いを強いられた場合、普通はどのように行動するだろうか。逃走、もしくは小競り合いに留めるのが妥当な落としどころだろう。にも関わらず、ランサーは「前線に出てくるはずもなく狙うとしたら相当の修羅場となるだろうマスターの返り血を大量に浴びて」いたのだ。

「それから……」

 彼女の説明の中にもおかしな点はいくつかあった。気が触れたマスターに手をこまねいているところを他のサーヴァントに捕捉されたと言っていたが、それが本当だとすればおかしい。
 マスターとはサーヴァントにとって最大の弱点と成り得る要素だ。それが自律的な判断ができないほどに精神をやられているのだとすれば、まず最初にやるべきは「危険に遭わないようその行動を制限する」ことだろう。
 人道や意思の尊重が云々という次元の話ではない。自分でそうした判断ができない以上、そのマスターの安全確保はサーヴァントの急務だ。勝手に出歩かないよう、そして勝手に行動できないよう一つ所に軟禁する、というのがまず最初に出てくる方策だが、ランサーの話にはそうした行動の気配は全く感じられなかった。
 まずそうした対処を経て、サーヴァントが独自に行動を開始する。それならばサーヴァント同士の気配感知にマスターの所在が巻き込まれることもなく、ランサーのような状況に陥る可能性は極めて低くなる。そこについての説明をランサーは一切しなかった。忘れていた、というよりは意図的に言及を避けているようなそぶりが随所に感じられた。
 令呪で強制されたという可能性は考えづらい。そもそも白痴のマスターとやらにそこまでの判断能力があるのかという時点で疑問だが、曖昧になるしかなくランサー本人も望まぬ命令内容を、更にランサーたる彼女が持つ対魔力を貫通して強制させるなど不可能だからだ。

「お前の推測は正しい。俺の目から見ても、あいつからは令呪に相当する魔力の残滓は感じられなかった」

 会話をアイに任せ後ろから俯瞰していたセイバーは、アイ以上にランサーの挙動に注意を払っていた。いっそ笑ってしまうくらいに、あれは後ろめたいことを隠す人間の素振りであった。
 英雄などとは思えない、まるでごく普通の中学生の少女のようであったと、セイバーは言う。

「あいつはほぼ確実に嘘を吐いている。助けを求めた俺達にも言えないということは、それはつまり俺達にとって都合の悪いことだとあいつが判断したんだろう」

 セイバーは最早ランサーに対する敵意を隠そうともせず、言葉を続けた。


156 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:39:55 LTsCqKfg0

「それらを踏まえて、お前はどうする」
「助けます」

 即答だった。一瞬の間も、考えるそぶりすらなかった。

「この前セイバーさんは言いましたよね。誰かを助けようとした私に、誰も私の助けなんて必要としてないって」

 事実だった。セイバーは確かに、他のサーヴァントの攻撃によって被害に遭った一般人を助けに行こうとしたアイに、そういった意味合いの言葉を言った。

「今は違います。ランサーさんは明確に、私に助けを求めてきました」

 故にアイは止まらない。膨れ上がる救済の意思、肥大化する利他精神。誰もアイを止められない。

「私に助けを求める人を、私は見捨てません。今回ばかりはセイバーさんにだって何も言わせませんよ」

 屹然とアイはセイバーを見据える。それはまるで戦いに赴くかのような、いっそ悲壮なまでの鋼の意思を見せるものであったが。

「……まあ、いいんじゃねえの?」
「って、あれ? いいんですか? てっきりまた止められるのかと」
「分かってるならやるなっての。……まあ今回ばかりは話が別だからな」
「そういうものですか」
「そういうもんだ」

 ふむ、と分かったような声をあげるアイを後目に、セイバーは淡々と思考を巡らせていた。
 実際のところ、今回に限ってはアイを無理に説得する必要はないのだ。ライダーという厄介な相手に目を付けられた以上、戦うにしろ交渉するにしろ、遅かれ早かれそいつと何かしらの決着をつける必要があった。ならば自陣営単独で事を為すよりも、他陣営の助けを借りられるこの状況は渡りに船である。何も本格的にライダー陣営と敵対するわけじゃなく、セイバーとしてはランサーを敵情視察の斥候として利用したいと考えているのだが。
 この場合最悪の展開は、自分たちを襲ってきたサーヴァントとランサーの言う元村組を支配したサーヴァントが全くの別物であるということだが、元村組構成員とライダーの襲撃タイミングを考えればその可能性は極めて薄いと言える。
 故に現状の最適解は、このまま騙されたふりをしてランサーを突っ込ませるというもの。あちらから持ちかけてきた以上、ランサーにはライダーを倒す必要性があり、ならば当面逃げられることも裏切られることもない。

(それに何より、な)

 "アーチャーの捜索を中断できる"、というのがセイバーにとっては僥倖であった。
 すばるというマスターと、そのサーヴァントであるアーチャー。かの陣営にアイはえらく執心しているが、セイバーは全く信を置いていなかった。そもそもの挙動があまりにも不自然であるのもそうだが、あれはあまりにも腹芸が下手すぎる。聖餐杯という智謀の凝縮体のような男を見てきたセイバーにとって、あのアーチャーは滑稽なほどに単なる思いつめた少女でしかなかった。とはいえ今までは根拠のない疑りでしかなかったが、つい先ほどランサーの有り様を見て確信に至った。アイは気付いていないのだろうか、欺瞞を抱く者に特有の気配というやつを、ランサーとアーチャーが共に纏っていたのだということを。
 アーチャーとランサー、共にこちらを騙すつもりでいることに変わりはないが、目的が明確な分ランサーのほうがまだマシである。廃校舎での邂逅において、セイバーがわざと互いの所在地の確認を取らなかった、その甲斐もあるというものだろう。

 「とりあえず、ランサーにはこのこと言うなよ」とアイに釘をさしつつ、最悪の場合アイだけでも無事に逃がす方策をセイバーは考え始めたのだった。





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157 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:40:29 LTsCqKfg0





 部屋に入り扉を閉めた瞬間、荷物も靴も乱雑に脱ぎ散らし、ベッドメイクの行き届いた白いシーツの上に倒れ込む少女が一人。
 仰向けの大の字になって、「んー……!」と軽く背伸び。気の抜けた声が狭い一室に反響する。
 ぱたり、と伸ばしていた腕をベッドに放りだし、ぽつりと一言。

「あぁー……もうダメ、疲れた。一歩も動きたくない」

 若い身空に似つかわしくない疲れ切った声をあげる。彼女の名は笹目ヤヤといった。

「……もう、なにがなんなのよ」

 ぼそり、と呟かれる。それは弱音でもあったし、不安の吐露であった。

 一足早く拠点のホテルに戻ってきて、ヤヤの目と耳に真っ先に飛び込んできたのは鎌倉中を騒がす大事故の報道であった。ホテルへ立ち寄るまでの道中も何やら騒がしく物騒な雰囲気が漂っていて、何となく嫌な予感がしていたのだが、それは見事に的中したと言えるだろう。
 事故のニュースはいくつもあったが、中でも特に酷いものが、鎌倉市街地を丸ごと炎上させたという爆発事故だった。テレビの画面に映る街の様子は凄惨の一言で、未だに多くの人が現場で右往左往しているのだとか。
 言うまでもなく、ヤヤが巻き込まれたあの戦闘の痕である。そのニュースを見た瞬間、ヤヤは今さらになって恐怖の記憶がよみがえり、その体を酷く震わせたのだった。
 鎌倉に起きた異常事件という意味では、今までも様々な事件事故があった。続発する殺人事件、発見される惨殺死体、活性化する暴力団、市が推進する浮浪者の掃討……それらは確かに痛ましく恐怖の対象であったが、ヤヤにとってはどこか遠い世界の話のように思えてならなかったのだ。
 そうした修羅場に今まで巻き込まれなかったから、というのはある。
 使役するサーヴァントが善良を通り越して能天気だったから、というのもある。
 だが何より、ヤヤ自身の危機感というものが決定的に足りていなかったのだろう。聖杯戦争に巻き込まれた、それはどうやら危険らしい―――それは知識としては分かってはいたが、そこに伴うはずの実感が欠けていた。だからこそ「自分だけは大丈夫」という、万人に共通する根拠のない思いが蓄積されていったのだ。
 実際、この世界に来て最初の接敵以来、予選期間内においてヤヤたちはひたすら平和な時間を貪ってきたのは事実であったのだが、それも今日あの時を以て終わりを告げた。
 今思い出しても寒気がする。視界の全てが赤く染まった瞬間、ヤヤの胸中を満たしていたのは死への実感と、それに対する恐怖だった。事ここに至ってようやく、ヤヤは自分の置かれた状況が一瞬の安穏も許されない極限の殺し合いであることを思い知ったのだった。
 ……結局、いくつもの幸運が折り重なって今こうして落ち着いていられるのだけど。

「こうしていられるのも、今日が最後……なのかな」

 それが何だか怖かった。静かで安穏としたこの時間が、処刑台に登る前の猶予時間のように思えてならない。
 自分で思っている以上に、精神的な疲れが出ているのかもしれなかった。その証拠にか、こんなに早い時間帯だというのに眠くて仕方がない。
 一旦自覚してしまうと、あとはずるずると睡魔に引き寄せられてしまう。瞼が重く感じられて、自然と閉じてしまう。

(あとで、あの人とも話しておかないと……)

 眠りに落ちる寸前。アーチャーが連れてきた「あの人」のことを脳裏に描きながら、ヤヤは静かに寝息を立てるのであった。


158 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:41:33 LTsCqKfg0





「幸いにも十数分だけ情報監視網に綻びが出てね。何とか"これ"だけは間に合わせることができた」

 ヤヤと同じホテルの別の部屋でのこと。突如として間借りしていたアパートからここまで連れてこられたアティは、その下手人であるアーチャーからそんなことを言われていた。
 曰く、この街における個人情報をアーチャーは偽装したのだという。今までは他の陣営(話によると電子網?というのを支配できるサーヴァントらしい)の妨害からできなかったが、正午前後に一度だけ"乱れ"があったのだという。
 そういうことで、アティは急遽、いつ見つかるかも分からない盗み借りしていたアパートから、安全なこちらへと移動してきたのだ。いつでも引き払えるようにと、日頃からゴミを出さないよう綺麗に使っていた甲斐もあってすぐに痕跡なく出立することができた。今まで苦労をかけた、と言うアーチャーには曖昧な返事しかできなかったが、よく考えなくても世話になりっぱなしなのは自分のほうであるから、遠くないうちに改めてお礼の言葉を言っておこうと思う。

 というのが少し前の出来事。アティは俯きがちな顔をあげ、アーチャーと向かい合い、言う。

「この街のニュース、少し見たよ。タブロイドとはちょっと違ってたけど……
 色んなところ、大変なことになってるみたいね」
「ああ。予選期間とは比べものにならないほど、衝突の規模は増しているようだ」

 アパートに滞在していた頃のアティは、慣れないものであったがテレビからある程度この街の現状というものを見聞きしていた。所詮一般人の視点から編集された映像故に詳しいことは分からず仕舞いであったが、それでもこの街に起きたことがどれほどの脅威を持つかは、おのずと察することができた。そして、それがいつ自分に降りかかってくるのか分かったものではない、ということも。
 正午を過ぎたあたりだったか。憂鬱な午後を迎えたアティが、突如として起こった轟音と地鳴りを感じ取ったのは。後ほど分かったことだがそれは東鎌倉で生じた原因不明の爆発事故であり、なんと恐ろしいことにアティのいた場所からそう離れていない地点で発生したものであったのだ。
 茫洋とした頭でそれを聞いたアティは、恐怖を感じるよりも先に、ああもう猶予はないのだな、という事実を改めて実感したのだった。

「ごめんね、アーチャー。答えを出すって言ったのに、あたしまだ何も分かってないみたい。
 街が大変なことになって、アーチャーも他の人たちも必死になって、あたしは何もできてないのに……」

 結局、アティは自ら何もできないまま、流されるままにこうして時を過ごしていた。
 自分に宛がわれたサーヴァントがアーチャーでなければ、多分だがとっくに自分は死んでいたんだろうと思う。アーチャーの万能さに助けられてばかりというのもあるが、そもそも普通のサーヴァントなら自分のようなマスターのことなど迷いなく見捨てているはずなのだ。
 マスターとして何ができるわけでもない、迷ってばかりの役立たず。自分でも、こんな人間が好感に値するとは思っていない。自虐の念を堪えきれず、思わず声と態度にもそれを出してしまう。

「落ち着くといい、マスター。自虐など百害あって一利もない」

 我知らず漏らした心中を、それこそ毒気もない諌めの言葉で返されて、アティは思わず放心したように彼を見つめてしまう。
 アーチャーは変わらず穏やかな表情のままだった。そこでアティは知らず気持ちを逸らせていたことに気付き、僅かに羞恥を覚えた。

「前にも言ったが、迷いは人として当たり前の感情だ。恥じる必要などないとも。
 少なくとも、一つの答えのみを正しいと盲信するよりはよほどいい」

 薄い笑みは慙愧の念か。彼は何を糾弾することもなく、ただ事実としてそう言った。

「遠くの景色を見るのもいいが、そればかりでは足元の石に躓くこともあるだろう。
 時には手元に視点を置くのも肝要だ。特にそれが、先の見えぬ難題に直面しているのなら尚更な」

 言い切るとアーチャーは踵を返し、アティに背を向けた。黒衣が彼の肩に現れ、ばさりと布擦れの音が響く。

「私はこれから付近の警戒に当たる。マスターはこれからの動乱に備え、体を休めておくといい」
「うん……気を付けてね、アーチャー」

 夕焼けの陽射しに黒く浮かぶアーチャーの姿が、一瞬で消え失せた、霊体化したのだと理解できる。それを確認して、アティは気が抜けたように一息をついて。


159 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:42:16 LTsCqKfg0

「やっほ。ちょっと今いいかな?」
「ひっ!?」

 背後から突如としてかけられた声に、思わず体がびくついた。恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには人のいい笑みを浮かべた少女の姿。

「えっと、あなたは確か……」
「ライダーだよ。ボクとボクのマスターがお世話になったからね、挨拶でもしておこうかなって」

 言われてアティは納得する。確かに、アーチャーからそう説明を受けていた。同盟関係を結んだ陣営があるのだと。
 けれど、眼前の彼女はどう見ても線の細い少女でしかなかった。ともすればアティよりもずっと華奢で年下にも見える。気さくな雰囲気は親しみやすく、戦士というよりは冒険家のようだと、アティは思った。

「あっ、今こいつ弱そうだなーとか思ったりしたでしょ。ふーん、そっかー、そういうこと思っちゃうんだー」
「え……あたしそんなつもりじゃ……」
「うそうそ冗談! ああごめんね、そんな顔させるつもりじゃなかったんだ。沈んでたみたいだからちょっと元気づけようって思ったんだけど……」

 目の前のライダーが英雄然としていない、という内心の評は別に悪い意味でのことではなかった。親しみやすい空気を創る彼女は、多くの笑顔を人々に伝えていったのだろうと、そう思える。それは今まさに慌ててこちらを慮ってくる様子からも察せられた。

「ともかく。これから一緒に頑張るってんだから、ここは一つ親交を深めようと思ってさ」

 閑話休題。
 改めて向かい合い、ライダーがそんなことを言ってきた。そこには何の他意も含まれず、純粋に話をしに来ただけのようである。

「それはいいけど、あなた自分のマスターは?」
「疲れがピークに来て就寝中。今日は色々あったからね、ゆっくり休ませてあげたかったんだ」

 あははと笑うライダーからは、"色々"がどのようなものだったか察することはできない。しかし、アーチャーから事の次第を聞いているアティには、彼女たちが聞くだに恐ろしい苦難に遭ってきたのかを知っていた。
 その上でこうして笑えるということがどれほど妙々たることであるか、同じく苦難に遭いながらただの一度も笑えてないアティにはよく分かった。そして同時に、弱そうだなどと一瞬でも考えてしまった自分の思考が、実はとんでもない間違いであるということにも思い至る。

(そう、だね)

 思う。今、自分がすべきことを。
 アーチャーは言った。遠くを見るのもいいが、目先のことも大事だと。それを疎かにしてはいけないと。
 ならば、今しなくちゃいけないのは。

「ライダー」
「うん?」
「いつまでになるかは分からないけど、仲良くしましょう。これから、よろしく」

 手を取ることになった同盟者との親交、そして意思の疎通であろう。人は一人じゃ生きられないのだから、誰かの手を掴めるのならそうしなければならない。
 言葉を受けたライダーは、ぱぁと表情を輝かせて、うんうんと頷いてくれた。

「こっちこそよろしく! えっと」
「アティ・クストス。アティって呼んで」
「うん! よろしくね、アティ!」

 そこからは、喜色満面のライダーに押され気味ではあったが、二人共朗らかに談笑を続けることになった。アティにとっては、久方ぶりの楽しい時間であった。

 余談だが、彼らのいる部屋には悪意に反応して自動攻撃する魔力結界が巧妙に隠蔽されつつ展開されていたのだが、結局この結界が役目を果たすような事態になることはなかった。





   ▼  ▼  ▼


160 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:42:57 LTsCqKfg0





 夕暮れの陽が一面の海原を赤く染め上げていた。
 広がる海には風もなく、静かに波揺れ凪いでいた。一見すれば平和な光景、あるいは牧歌的とも称せたかもしれない。

 ―――水平線の彼方に浮かぶ、黒い戦艦の度外れた威容さえ存在しなければ。

「……」

 渾沌の只中にある鎌倉の動乱など、露とも知らぬと言わんばかりにその存在を誇示し続ける戦艦を眺めながら、みなとは言葉無く思考の海に埋没する。
 あれが聖杯戦争の関係者であることは、最早誰に言われるでもなく明白である。ただそこに在り続けるだけならともかく、あの戦艦は遂に砲撃まで開始したのだ。その動きはただ一度のことであったが、市井に大きな混乱をもたらしたことは言うまでもない。
 ここまで徒に目立ってしまえば、多くの陣営がその動向に注目するだろう。聖杯戦争の定石から外れているなどということは今さら語ることでもなく、端的に言って馬鹿としか形容のしようがない。
 しかし同時に、そんな彼らに対して先んじて敵対し戦闘を仕掛けるのもまた、馬鹿としか言えない。
 突出する者は叩かれる。そんな定石を度外視しても、かの戦艦の主が持つ自信と力の程は如何程か。無策に突っ込むほど愚かしい真似はないだろう。
 加えて位置的な問題も存在した。彼らがいるのは海の向こう、沖合およそ3㎞の海上である。水上歩行の加護を持つか、それとも空を飛べるかでもしない限りは辿りつくことさえ至難の業とくれば、表立って立ち向かう陣営はそれこそ数を少なくするに違いない。そして事実、こうまで目立つ真似をしておきながら、未だ黒の戦艦に戦火が上がる様子はなかった。
 かくいうみなとのサーヴァントであるライダーも、そうした問題を抱えていた。彼は無双の手練れであるが、地に足つけていなければ成り立たない戦士でしかない。みなと自身は飛行の術を持ってはいるが、サーヴァントを相手にすればたちどころに打ち落とされるのが関の山であろう。
 故に現状、みなとには戦艦のサーヴァントに手を出す理由も手段も無かった。聖杯の獲得を目指す以上はいずれ激突しなければならない相手であるから、その時に備える必要はあったが。

「これは、同盟者を募る必要も出てくるかな」

 そう嘯きながら、海岸線にほど近い道を脇にずれるようにして歩く。通りの曲がり角へ差し掛かり、ふと視界の端に浮かび上がるものがあった。
 みなとが従えるサーヴァント、ライダーが不意に霊体化を解き、その姿を現したのだ。

「どうしたんだライダー、サーヴァントの気配でもあったのか」

 問いには答えず、ライダーは先導するように歩き出す。怪訝に思いながらもみなとはそれに随伴し、数分の後に人気のないひっそりとした路地裏に辿りついた。
 誰もいない。どこにも、誰の気配もなかった。みなとは緊張に固まった体をほぐし、一つ息を吐く。

「ライダー、一体何の用があったんだ。ここには何も……」
「"来るぞ"」

 言葉と同時、

「ッ!?」

 みなとは背後に何者かの気配が出現したのを肌で感じ取る。瞬間、弾かれたように後ろへ下がり、知らずその手に握った杖を相手に向けた。思考よりも先に魔力が一気に凝縮し、その破壊が放たれようと―――


161 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:43:30 LTsCqKfg0

「跳ねるな」

 ―――する寸前、その影から発せられた一言により、反射的に動いてしまっていたみなとの体がピタリと動きを止めた。
 黒い男だった。夜闇を切り取り人の形に押し固めたような外套は黒よりもなお黒く、蒼白の頭髪は白磁の肌を以てなお映える輝きを湛えていた。
 貴人に特有の怜悧な表徴の顕れと、それに相反するような覇気とが混ざり合った気配は、ただそこにいるというだけで常人には耐えきれない威圧となって具現する。ライダーという極限域の武威を知らなければ、あるいはこの男に敵意を向けられたというただそれだけで、みなとはあらゆる抵抗の意思を喪失していたかもしれない。
 しかしそれは仮定の話だ。その男は小波すら立たぬと形容できる落ち着いた所作で、何の敵意も害意もなく、みなとへと語りかけた。

「ここは市街地にほど近い。小競り合いならまだしも、本格的な戦いともなれば多くの被害が出る。お前はそれを容認するか?」

 問われ、混乱に沸騰しかけていた思考が徐々に冷静さを取り戻していく。
 確かに眼前のサーヴァントが言う通り、みなとは市井への犠牲は極力抑えたいと考えていた。義憤というわけではないが、衆目の目に晒されては単純に厄介だからだ。神秘の秘匿云々はどうでもいいとしても、聖杯を巡る戦いは当人たちの手でのみ行えばいいという一点において、みなとは通常の魔術師と考えを同じものとしていた。
 向けかけていた黄金の杖を下ろす。それを見て、黒衣のサーヴァントは静かに目を伏せ答えた。

「賢明で助かる。私としても事を構えるつもりはないのでね」
「……なら、一体何のために僕たちの前に姿を現した。まさか偶然の産物だとでも?」
「あり得ない、と言い切ることができるのか?」

 数瞬の無言。押し黙るみなとに、男は薄く笑みを浮かべ、冗談だと小さく告げた。

「本当なら、お前達を無視しても良かった」

 スッと足を踏み出し、男はゆっくりとみなとの方へと歩み寄る。

「私にはやるべきことがある。だから隠れ潜みやり過ごす、という選択もあった。しかしそちらの側からやって来たというなら話は別になるだろう」
「……笑わせる。これ見よがしに己が存在を誇示したのは貴様のほうだろう」

 男に対して初めて紡がれたライダーの言葉が、それだった。
 みなとの傍に立ちつくし、不動のまま時を過ごしたライダー。しかしその目は何の怯みも持ち合わせず、男の前に立ちはだかる。
 突如としてライダーがここに来たのにはそうした理由があった。脈絡なく空白地点に発生したサーヴァントの気配。アサシンがヘマをしたのかと思いきてみれば、そこにいたのがこの男だ。
 しかも彼はアサシンに非ず。影に潜み闇討つだけが能の暗殺者などでは断じてない。これは、自分や他の大隊長にすら比肩する強者であると、磨き抜かれたライダーの直感が指し示していた。

「重ねて言おう、"賢明で助かる"と。察しが良いと話が早い」

 果たしてどの口がそれを言うのか。しかし男は、そんなみなとの非難するような視線を意に介することなく続けた。


162 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:43:56 LTsCqKfg0

「一つ尋ねたいことがある。この聖杯戦争の根幹に関わることだ」

 そして男が言った言葉は、みなとにはまるで理解できない事柄であって。

「お前を、いや"お前達"を差し向けた存在。それは黄金の獣と呼ばれるものか」

 しかしライダーにとって、それは虚を突かれるに等しい一言であるのだということが、背中越しでもみなとには理解できた。
 この男は、何某かの理由によってライダーの真名に纏わる物事を看破したのだ。

「それを聞いて、貴様に何の益がある」
「その返答は何よりも雄弁にお前という存在を語っているぞ、Dreizehnの天秤よ。破壊のみを為し、故に何物にも触れることのない永遠のアハシュエロス。人類悪を体現するかの如き男が、今さら聖杯に何の用だと言う」
「知らんし、そして知ったことでもない。俺の望みはただ一つ」

 一切の無駄がない動きで、ライダーはその両腕を眼前に構えた。漆黒に染まった拳は、ただ鋼鉄の重量のみを湛えている。
 それこそは機神・鋼化英雄。ライダーがその身に宿す、いいやその身そのものである特殊発現の聖遺物。鈍く剣呑な、それ故に業物と呼ぶことすら烏滸がましい、戦いのためだけに在る武装である。

「唯一無二の終焉を寄越せ。だがそれを為すのは貴様ではない」
「我が身では不足と言うか。随分と高望みをするものだ、ならばかの愛すべからざる光に挑めば良かったものを」
「抜かせ」

 そう声を発した瞬間、両者は同時に地を蹴り抜き突進を開始した。
 黒のライダー、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。そして黒のアーチャー、ローズレッド・ストラウス。二人の孤高なる戦士の激突は、かくの如くに始まりを告げたのだった。





   ▼  ▼  ▼





 ―――黒剣が空を断つ。

 ―――絶拳が虚を穿つ。

 斬撃、砕撃、刺突、裂蹴。周囲の大気を激震させながら展開される血風の剣刃乱舞。地を踏み抜いて放たれる剛腕は爆音と共に空間を貫き、舞踏さながらに舞う剣閃は視界を一刀両断する。
 体捌きに技の妙、どころか呼吸視線に至るまで。それら一挙一刀足の全てが余さず絶技。傍から見ているだけのみなとでさえ、その速すぎる挙動が見えず認識できずとも、そこに込められた凄まじいまでの技量と経験を絶大の覇気として感じ取ることができた。
 しかし、そんな彼らの剣戟には一つの異常点が見受けられた。

 神速で振り下ろされた拳が一直線にストラウスの肩を狙う―――当たらない。
 返しとばかりに放たれた胴を狙った横薙ぎ一閃―――当たらない。
 武闘の粋を極めた一撃、その応酬。されど奇妙なことに、そうした武闘において必須となる防御や鍔迫り合いといった行為が一切存在していないのだ。
 幾度拳と剣を振るおうとも、当たらない、当たらない、当たらない、当たらない―――
 息が触れ合うほど近いのに、空振りし続ける刃と拳。死を搭載した二つの絶技が、重なることなく乱れ狂う。
 まるで、予め決められていた殺陣のように。二人の放つ攻撃は一度たりとも被弾という結果を起こすことがなかった。
 ただの一度も防御を選択することなく、彼らは空間を破壊しながら更に更にと加速を続けていた。


163 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:44:32 LTsCqKfg0

 このような拮抗状態に陥ったのは、互いの能力が絶妙に噛み合わなかった結果である。どちらも等しく近接戦闘を得意としていながら、しかし両者の誇る力が攻撃への接触を頑なに封じていた。
 分子間結合を崩壊させ、接触したなら破壊の内部伝播を行う振動魔力を帯びた、ストラウスの黒剣。
 遍く防御を穿ち貫く特性を秘め、その衝撃を過不足なく敵手の体内に叩き込むマキナの機神・鋼化英雄。
 そう。ストラウスとマキナ、彼ら二人の攻撃は一撃必殺の特性をどちらも多分に帯びているのだ。
 過程や性質は全く違えど、食らってしまえばどちらも同じ。容赦なく一方的に、掠っただけでも即死する。

 特にストラウスは、振るう剣が纏う魔力の変化からも、それが分かりやすいだろう。
 黒い瘴気にも似た莫大量の侵食魔力。その刃に触れたが最後、傷口から浸透した漆黒の煌めきはあらゆる物体を崩壊させながら対象を蝕み抹殺する。太陽が沈み夜種としての本領を発揮しつつある今だからこそ揮える、それは吸血種としての力の神髄である。
 対魔力に防護の加護、体質耐性無効の概念―――そんなもので防げはしない。故に受けるなど言語道断、よってマキナはこれを躱す他になかった。刀身には決して触れず、身を襲う刃の嵐を見切りながら戦い続ける。それは人の身には永すぎたグラズヘイムの殺戮劇ですら数えるほどしか経験しない代物である。
 本来、魔拳の形成―――万物貫通の聖遺物は他のサーヴァントが発現した魔力さえ関係なく破壊することができる。
 風であろうが雷であろうが、振動であれ光であれ存在するなら鏖殺し。鋼の求道に曇りはなく、故に敵手が何を繰り出そうが諸共に穿ち貫くのみであるが。
 しかし、眼前の敵手たるこのストラウスにだけは話が別だ。
 常軌を逸する戦闘技巧、変幻自在という言葉すら生温い極大規模の魔力操作。そしてこれほどの戦力さえも"小手先"と言わんばかりに掌握する類稀なる戦術眼を持つこの敵手に対し、何の策もなく正面突破を試みるなど愚の骨頂。まず間違いなく致命的なカウンターを食らうと、磨き抜かれた彼の直感が告げていた。
 このマキナをしてここまで言わせるほどの凄味が、この若き夜の王には存在した。駆け抜けてきた戦場の数、潜り抜けてきた修羅場の数さえ、地獄の戦鬼たるエインフェリアを超えて余りあるとすら錯覚するほどだ。一体どれほどの研鑚をこの青年は積み重ねてきたのか。振るわれる剣腕はザミエルはおろか、彼の知る最高域の達人であるベアトリス・キルヒアイゼンですら及ばないことは確実であろう。
 仮にこの黒き魔力群を掌握ないし破砕した上で敵手を殺害するというならば、光速に至る反応速度とナノ単位の精密動作が最低限の条件として厳しく要求されるだろう。

 ならば劣勢なのは拳振るう黒騎士であるかというと、それは否。
 ストラウスもまた、相手と全く同様に機神・鋼化英雄には触れられない理由がある。
 そう、マキナの拳もまた恐るべき一撃必殺―――終焉の渇望が付与された悪夢のような絶拳なのだ。
 刀身で防御でもすれば、それこそ一巻の終わりというもの。翳す刃など関係なく、マキナの拳は一切の減衰なく、ストラウスの剣や腕諸共こちらの心臓を貫くだろう。何故ならマキナの渇望とは「終焉」なのだから、創造を発動せずとも世界を捻じ曲げる領域にある渇望は拳に付与され、遍く万象を破壊して余りある。
 故に、彼の魔拳は防御不可能。躱す以外に処置はなし。

 ―――だからこそ、二人は絶妙に噛み合わない。
 何百と放たれながら、掠りもせずすれ違う刃と拳。
 このうちの一発でもぶつかり合えば、侵食魔力はすかさずマキナを滅し、同時に放たれる終焉の拳がストラウスを必ず殺す。勝敗と言う概念は消え、共倒れに終わるだけ。両者は類稀なる戦術眼よりその未来を看破し、同時に両者共そんな結果を望むなどありえない。
 よってどちらも選択肢から衝突、ないし防御を捨てる。
 舞踏のような武闘を興じ、変則的で自由自在な身も凍る死線を描いて戦闘行為を続行していた。

「シッ!」

 踏み込みざまに繰り出されたマキナの右腕が、屈んだストラウスの頭上数センチの空間を穿つ。同時、眼前に掲げられたストラウスの黒剣はマキナの顔面すぐ脇を掠め、その体勢を崩させる。
 結果はこれまで通りの空振り同士。互いの攻撃は絶妙にずらされた体躯の残像のみを捉え、その本体には一切の手傷を与えない。
 大きく上体を仰け反らせたストラウスが、重心移動を利用して返す刃を放つ。
 体勢を崩したマキナが、知ったことかと強引に右脚を踏み出し拳を放つ。
 そしてそれらはまたしても、対称的とも言うべき構図で互いに触れることなくすれ違う。


164 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:45:01 LTsCqKfg0

「前言を撤回しよう、Dreizehnの天秤」

 刹那、放たれる言葉が一つ。それは眼前のストラウスから。
 回転する剣舞が螺旋のようにマキナの首を狙い、しかし首級を捉えることなく後方へと流れ行く。返しとばかりに放たれた裏拳は、しかしそれより先に移動を終了させていたストラウスに触れることなく、先の展開をなぞる様に空を切る。

「お前はそれなりに話の通じる手合いだと考えていた。賢明、と言ったのは何も世辞や皮肉の類ではない。お前は黒円卓の中にあって、数少ない本物の武人だろう。
 しかしこのザマはなんだ。お前のマスターは条理というものを弁えていたが、お前はその者の許しを得ることもなく剣を交える猪武者か」

 告げるストラウスの言葉は事実である。マキナのマスターであるみなとは、ただ放心したかのように立ちつくし、この場を見守るだけとなっていた。
 マキナの放つ鬼気に中てられたのだ。戦場を知らぬ子供であれば無理もない。心を蝕む死の気配は余人には毒にしかならないだろう。あの様子では、この戦闘中において令呪を使ったサポートすらできまい。
 すなわち、マキナはそれだけ形振り構わずストラウスに攻勢を仕掛けているのだ。赤騎士や白騎士ならいざ知らず、ストラウスの知識にある黒騎士とは思えない愚行である。
 旋回する巨腕が弧を描き、斜め上からストラウスを狙い打つ。足は動かさず体勢移動のみでそれを回避し、続けざまに放たれる震脚の一撃を後方へ下がることでやり過ごす。

「それこそ愚問。俺に残された唯一の手段が殺戮のみであるというならば、ただそれに従うだけだ」
「武人としての矜持すら残されていないとでも? 聖杯に縋るなどと、黄金錬成の真実を知る者ならば疑ってかかるのが当然だろう。いや、それとも」

 そこで、両者の間に空白ができた。
 それは幾重にも重ねられた剣戟の中で、互いの呼吸が合致したことにより生まれた、ほんの一瞬の停滞だった。互いに腕を引き戻し、故にどちらの攻撃もなく。動きが静止し、あらゆる音が消え失せて、顔を突き合わせる二人だけが世界に取り残された。これはそんな、偶然の空白地帯。
 音もなく、動きもなく。時間が止まったようにさえ思えるその一瞬に、ストラウスの言葉だけが、透き通るように響き渡った。



「お前が奪われたのは、これで二度目ということか」



 無言。
 静寂。

 ………。
 ……。
 …。

「く、くく」

 巻き起こる微かな笑い声に、みなとは「はた」と気付いた。
 声の出所はどこなのか。一瞬、彼には分からなかった。アーチャーか、ともすれば自分のものかもしれないと考え、しかしそれが間違いであると気付いた瞬間、彼は信じがたいものを聞いたかのように、その表情を驚愕に染めた。
 哂っていたのは、ライダーだった。自嘲の笑みだ。
 ライダーの哂いなど、今までただの一度も聞いたことがなかった。


165 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:45:30 LTsCqKfg0

「そうだ。俺は二度と目覚めたくなどなかった」

 重く、重く、漆黒と鋼鉄の声で黒騎士は答える。

「求めた終わりをあの男に奪われ、その果てに得たはずの納得さえ聖杯に奪われた。ならば俺に残されたものとはなんだ? 魔力によって縁どられただけの偽物(おれ)など、こうするより他にないだろう」

 それは言葉か。黒騎士が幾度となく自問し、迷いすら投げ捨てた彼にとっての真理か。

「問答は終わりだ。俺も貴様も、此処にいるべきではない亡霊に過ぎん」
「ああ、その言には同意しよう。我らも、そしてこの世界も。生まれてはならなかった桃園の残滓でしかないのだから」

 最早二人に言葉はなかった。向かい合う両者は、全身に戦意のみを満ち溢れさせ、渾身の力を込めながら攻撃が解き放たれる瞬間を今か今かと待ちわびていた。
 次に動く時は、すなわち決着の時。繰り出される一撃は致命のものに相違なく、如何に相手の必殺を潜り抜け己の必殺を当てるのかということを、二人は現実には1ミリも動かないまま、しかし脳内においては千回も万回も予測演算を繰り返していた。

 じり、と空気が焼け付く。張りつめるような緊張感が場を満たした。
 息をするのも忘れ、みなとはただ事の推移を見守るのみ。そして翳る陽射しがその傾きを深くした瞬間。

Briah
「創造―――」

 THE RECORD
「月の恩寵は―――」

 二人は同時に、己が必殺の銘を口にして―――




「―――ッ!」




 ―――その体が突如として反転し、腕を振り抜いた空間に盛大な火花が散った。
 甲高い反響音が、鳴り響いた。

「な、何が……!?」

 驚愕の声はみなとのものだ。いや、彼には全てが見えていた。「遠方より飛来した三発の弾丸が、中空にて打ち落とされた」のだ。
 サーヴァントどころかみなとをも狙った弾丸は、丁寧なことにライダーとアーチャーが激突する瞬間、すなわち両者が外部に対して最大の隙を晒す瞬間を狙ったものだった。そしてそれを、二人は同時に、みなとを狙った分まで纏めて叩き落したのだ。

「無粋な真似をしてくれる」
「とはいえ、それが聖杯戦争の定石だろう。所詮これは醜い殺し合い、正当な決闘ではないのだからな」

 言うが早いか、アーチャーは肩口まで持ち上げた右手の上に黒い魔力弾を生成。添えるように軽く押し出すと、それはアーチャーの緩やかな所作とは裏腹の驚異的な初速と共に撃ち出され、遥か遠方まで一直線に駆け抜けていった。
 その方向は、正体不明の弾丸が飛来したのと同じ方角であった。


166 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:46:03 LTsCqKfg0

「さて、私はもう行くが、お前たちはどうする」
「え……」

 急に問われ、自分に振られるとは思ってなかったみなとは一瞬言葉に詰まってしまう。それを前にアーチャーは構うでもなく続けた。

「横やりが入った以上、この場で戦闘を続行するのは愚の骨頂だろう。そして、私には"奴"を追う理由はない。最初にも言ったが、私に交戦の意思はないのだからな」
「……」

 出会いの記憶を辿ってみれば、確かにアーチャーはそんなことを言っていた。仕掛けたのはあくまでライダー、つまり自分たちなのだから。こちらに続行の意思がないとなれば、彼がここに留まる理由も遠方より飛来した銃弾の主を追う理由もないだろう。
 みなとは少しだけ考え、そして決然とした意思と共に答えた。

「追おう。このまま逃げたとしても、そちらはともかく僕たちは狙い撃たれるがままだ。それだけは絶対に避けなくちゃいけない」

 ライダーには遠隔的な攻撃手段も、防御の術も存在しない。故に彼らが背を見せたとて、撃たれ続ける弾丸を防ぐ手段をみなとたちは持ち合わせない。一方的な攻撃に晒されるということがどれほど致命的かなど、今さら論ずるまでもなかろう。
 故に取るべきは攻勢の一択。逃げられるよりも先に間合いを詰め、一撃で以て首を取るのが最適解だ。

「行こう、ライダー。僕らの戦いはここで終わるものじゃない。今は彼よりあちらを優先すべきだろう」

 マキナは何を言うでもなく、先ほどまでの過熱ぶりが嘘であるかのように、ただ静謐の面持ちでみなとに追随した。その視線は既にストラウスから離れている。
 不動のまま立ち尽くすストラウスの横を、歩むマキナがすれ違った。二人が交錯するその瞬間、マキナは小さくストラウスに呟く。

「……この舞台にラインハルトは関係ない。俺達は、ただ俺達のままこの都市に呼び出されたのだ」

 それだけを残して、マキナとみなとは勢いよく飛び出し、その場を後にした。ストラウスの他には無音の静寂のみが、そこに残された全てであった。


「……」


 周囲には誰もいない。それを、五感のみならず魔力的な感覚においても確認したところで、ストラウスはほっと一息をついた。
 当初彼が想定していた目的は全て達成された。情報を得るというのもそうだが、危険を遠ざけるという意味においても。
 実のところ、ストラウスがみなとたちに語った交戦の意思の有無については、言葉と真意を異としていた。より厳密に言うなら、"一芝居うつための交戦の意思"は存在したのだ。
 ストラウスは最初から、遠方よりこちらの様子を伺う気配に気づいていた。故に、その真意と行動、及び素性を探るためにマキナを相手に軽く刃を交わしたのだ。結果としてはご覧の通り、こちらの隙を伺い射殺しようとする強硬派であることと、ストラウスが求める人材ではないという事実が判明したわけだが。
 そしてそれは、マキナとて最初から承知していただろう。何故なら、為された破壊の規模があまりにも小さすぎるからだ。地面に穿たれた踏み込みによる破壊以外、ここには何の破損も見受けられない。
 当初語った通り、ストラウスとマキナが本気で激突した場合、被害はこんなものでは済まないはずなのだ。本気で彼を獲ろうとすれば、最低でも区画の一つは更地となるだろう。場合によっては街一つが地図上から消滅するかもしれない。
 故に、先ほどの戦闘はストラウスだけでなくマキナの側もまた、様子見に徹する程度の力しか出していなかったのだ。そしてこちらと同じく、狙撃主のいる方角に意識を割きながら戦っていたことは、その様子から容易に察することができた。
 マスターの滞在するホテルからマキナと狙撃主という二つの危険要素を遠ざける。そして必要な情報を取得する。この二つの達成を、ストラウスは成功させることができた。
 しかし、彼の表情は成功者のそれとしてはあまりに晴れず、浮かばないものであった。


167 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:46:30 LTsCqKfg0

「そうか……少なくとも、最悪の一つは当たらずに済んだということになる」

 ストラウスがマキナの真名を看破できたのは、何も彼が不手際を仕出かしたわけではない。単純に、先刻戦った赤騎士との類似性から推察したという、ただそれだけの話だ。
 聖槍十三騎士団黒円卓。元はヒムラーの遊戯でしかなかったはずのオカルト集団が、本物の魔人と化したことを知る者は少ない。そしてその内情は、血と戦争に狂ったウォーモンガーには留まらないものがあった。
 黒円卓第一位、破壊の君、愛すべからざる光、黄金の獣。かの如き存在がこの地に絡んでいないという事実は、例えそれが仮定であったとしても喜ばしいことになるだろう。
 ただし、それが真実だとすれば―――死せる英雄(エインフェリア)でさえも傀儡となる絡繰りがこの地上に顕現していることの証左となるのだから、彼の表情が晴れることには繋がらない。
 例えグラズヘイムがなかろうと、この世界が地獄であることに変わりはないのだから。

「つまるところ、黒円卓は無視して構わないということだ」

 黒騎士の言が真実と仮定すればそういうことになる。彼らはどこまで行っても外様の異人、この舞台に関係する根幹とは成り得ぬ端役でしかない。
 この時点で、ストラウスが求めるべき人物像というのは大凡形となっていた。そして、自らが何者であり、何をすべきかということも。
 それすなわち、この地に遺された外史に記されしあり得ざる英雄。
 曰く、人生の無常と真理を悟りし者の名を冠した三人の稀人たち。
 曰く、人理においてその守護の最たるクラスで呼び出される、人類の代表者にして現世と無意識を繋ぐ架け橋となる者たち。
 そして、その一人は―――

「……私としても、第一ではなく第二か第三に託したいところではあるのだがな」

 事ここに至っても現れぬということは、つまりそういうことなのだろう、と。諦観するように、あるいは自嘲するように呟いて。

「私も、マスターと同様に答えを出さなければならないか」

 それでも、立ち止まるわけにはいかない。自分が召喚されたその時から―――いいや、この世界が閉ざされたその瞬間から。
 すべて、すべて。最初から分かりきっていたことなのだから。





   ▼  ▼  ▼


168 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:47:04 LTsCqKfg0





「な……」

 信じ難いことが起きた。生じたその感情を一切隠すことなく、アーチャー・東郷美森は驚愕に顔を歪ませた。
 現在彼女がいる地点より2㎞先、かねてより目をつけていた主従が他サーヴァントとの戦闘に入ったことを確認した彼女は、彼らが最大の隙を晒す瞬間を今か今かと待ち伏せ、そして満を持して精密狙撃を放った。それが、つい数瞬前の話である。
 結果的にそれは外れた。というよりは外されたと言ったほうが的確か。それは躱されたわけでも、障壁の類で防がれたのでもない。あろうことか、中空にて叩き落されたのである。それはつまり、美森渾身の狙撃弾が完全に捕捉されていたということに他ならない。ともかく、彼女の放った弾丸は標的を貫くことなく一人の脱落者も出すことはなかった。
 予想外の、そして最悪の事態であった。美森は敵情を把握するため、そしてあわよくば更なる追撃を放つために手元のスコープを覗きこむ右目を更に細めて。

「―――あぐっ!?」

 その瞬間に発生した出来事は、焦燥に支配された美森の思考を更なる混乱の坩堝に叩き落した。
 "突如として、彼女が構えていたライフル銃が暴発した"。敵の一人、黒衣を纏った蒼髪の男に照準を定めようとした刹那、高速の何かが飛来し美森のライフル銃に着弾したのだ。爆発・分解したライフル銃の破片が弾かれるように後方へと四散し、衝撃にもんどりうって思わず尻餅をついてしまう。
 この時の彼女は知る由もないが、それは黒衣の男―――ストラウスが放った魔力弾であった。構えられた銃口へと正確に着弾させ、かつライフル銃を完全に破損させつつ美森に痛打の一つも与えない精密性は常軌を逸しているとしか形容の仕様がなく、曲がりなりにも銃士であるためにそれを直感的に理解した美森は感嘆よりも先に恐怖を感じ入ってしまう。
 更に最悪は続くものであり……破壊されたスコープを覗いた瞳が映した最後の光景には、こちらに向かって一直線に進撃してくる軍服のライダーの姿があったのだ。

(一時撤退……ううん、そう簡単に逃がしてくれるわけない。でも、まともに立ち向かってどうにかなる手合いじゃない……!)

 故に取るべきは撤退戦。即座に中空より二挺の小銃を具現化し、180度反転して脱兎のごとくに駆け出す。そのまま振り返ることなく後ろ手に引き金を引く。撃鉄の音とマズルフラッシュの閃光が連続して耳と目に届くも、こちらへ向かってくるサーヴァントの気配はその存在感を一切減衰させることはない。外れたか、それとも叩き落されたか。そこに大きな違いはなく、つまり美森の攻撃は功を奏していないということだ。
 鋼の大塊が迫りくるような圧迫感が背中越しにひしひしと感じられる。鳴り響く軍靴の音が、積もる焦燥の念を強くさせる。

「あんなのとやり合うなんてまっぴら御免……けど!」

 絶体絶命の窮地。しかし、それでも彼女は諦めるわけにはいかない。ここで死ぬつもりはないし―――何より、為すべき願いというものが彼女にはあったから。

「勇者部五箇条一つ、なるべく諦めない……!
 そうよね、友奈ちゃん……!」

 そう言って、美森は笑った。強がるように、何かを諦めないように。
 終わらない悲劇からみんなを救うのだという、世界諸共大切な人を殺害する安楽死の願いを抱いて。
 とっくの昔に全てを諦めた少女が、今さらになって勇者の在り方を夢見ていた。


169 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:47:25 LTsCqKfg0

【B-2/路地裏/一日目 夕方】

【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
0:ランサーさん、嘘ついてますよね。

  けど助けます。
1:世界を救うとはどういうことなのか、もう一度よく考えてみる。
2:すばるたちと合流したい。然る後にゆきの捜索を開始する。
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばる、アーチャー(東郷美森)とは仲良くしたい。
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。
ランサー(結城友奈)と18時に鶴岡八幡宮で落ち合う約束をしました。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
4:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
5:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
6:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。


【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。



【C-2/個人商店/一日目 夕方】

【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 健康、無力感
[装備] 手提げ鞄
[道具] 特筆すべきものはなし
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る
0:少し休みたい
1:自分と同じ志を持つ人たちがいたことに安堵。しかしゆきは……
2:アイとゆきが心配。できればもう一度会いたいけど……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
みなとがこの鎌倉にいるかもしれないという漠然としたものを感じています。


170 : 名無しさん :2017/01/24(火) 20:47:52 LTsCqKfg0

【D-3/ホテル/一日目 夕方】

【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(中)
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。


【笹目ヤヤ@ハナヤマタ】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(中)、睡眠中。
[装備]
[道具]
[所持金]大分あるが、考えなしに散在できるほどではない。
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の場所に帰る。
0:……
1:聖杯獲得以外に帰る手段を模索してみたい。例えば魔術師ならなんかいいアイディアがあるかも
2:できる限り人は殺したくないからサーヴァント狙いで……でもそれって人殺しとどう違うんだろう。
3:戦艦が妙に怖いから近寄りたくない。
4:アーチャー(エレオノーレ)に恐怖。
5:あの娘は……
[備考]
鎌倉市街に来訪したアマチュアバンドのドラム担当という身分をそっくり奪い取っています。
D-3のホテルに宿泊しています。
ライダーの性別を誤認しています。
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名は知りません
如月をマスターだと認識しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。


【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯に託す願いはある。しかしそれをどうしたいかは分からない。
0:えっと、よろしく……?
1:自分にできることをしたい。
2:落ち着いたらライダーのマスターとも話をしておきたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。


171 : 名無しさん :2017/01/24(火) 20:48:20 LTsCqKfg0

【D-2/海岸線付近/一日目 夕方】

【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 陽光下での活動により力が2割減衰、魔力消費(小)
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:現状を打破する方策を探る。
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月とランサー(No.101 S・H・Ark Knight)の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。真名を把握しました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
アーチャー(エレオノーレ)とライダー(マキナ)の真名を把握しました。
アーチャー(東郷美森)を確認しました。



【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯狙い。ただし、すばるだけは元の世界へ送り届ける。
0:逃げる。
1:アイ、セイバー(藤井蓮)を戦力として組み込みたい。いざとなったら切り捨てる算段をつける。
2:すばるへの僅かな罪悪感。
3:不死のバーサーカー(式岸軋騎)を警戒。
4:ゆきは……
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
ライダー(マキナ)及びアーチャー(ストラウス)に襲撃をかけました。両陣営と敵対しています。



【みなと@放課後のプレアデス】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)
[装備]金色の杖
[道具]
[所持金]不明(詳細は後続の書き手に任せます)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の奇跡を用い、自らの存在を世界から消し去る。
0:追撃する。
1:聖杯を得るために戦う。
2:次に異形のバーサーカーと出会うことがあれば、ライダーの宝具で以て撃滅する。
[備考]
直樹美紀、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)の主従を把握しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)の真名を把握しました。
アーチャー(ローズレット・ストラウス)を把握しました。


【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae】
[状態]健康
[装備]機神・鋼化英雄
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得を目指す。
1:終焉のために拳を振るう。
[備考]
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。


172 : 名無しさん :2017/01/24(火) 20:48:46 LTsCqKfg0
投下を終了します


173 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/25(水) 18:38:35 9izmMSps0
投下お疲れ様です
マキナとストラウス、超絶級の益荒男同士の戦い、実にお見事でした
一方で東郷さんはまさに絶望的としか言いようのない戦いですね。
一度追い付かれてしまえば精霊の自動防御が事実上意味をなさない終焉の拳が相手ですので、うまく逃げ切れなければ非常に辛そうです

こちらの企画で書かせていただくのは初めてですが、キーア&プロトセイバーをよろしければ予約させて下さい


174 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 00:07:51 creYQAv60
失礼、予約にランサー(結城友奈)、バーサーカー(式岸軋騎)を追加します


175 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:12:52 creYQAv60
完成したので投下します


176 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:14:20 creYQAv60
 日は既に傾き始め、混沌の鎌倉市にもじき、夜が訪れようとしていた。
 事情を知らぬ大人達は皆一様に困惑と疲弊を顔に浮かべ、一刻も早く今日という日が終わってくれることをただ祈るしかない。一体今日だけでどれだけの騒動が起き、どれだけの狂騒があっただろうか。しかもそれらは夜闇に紛れ、密やかに行われた訳ではないのだ。
 白昼堂々、誰に憚ることもなく連続した事件。あるいは、事故。日が照らしている時間帯だけでこれなのだから、日が落ち、街を闇が覆ってからどうなるかなど考えたくもない。
 不思議と彼らは誰一人、"夜になったら少しは騒ぎも収まるだろうか"とは考えなかった。これは誇張でも何でもない。本当に誰一人として、平穏へ回帰する為の希望的観測をしていなかった。
 異常事態は続く。日が落ちても、夜が再び明けても、鎌倉の街から熱が消えることはない。
 誰もがそう信じている。声には出さないし、仮に出す者があったなら顔を顰めて不謹慎だとか非常識だとか、尤もらしい言葉で制止を図る者もあったろう。そんな一見マトモそうな人物でも、根っこの所は同じだ。結局はこの混沌が穏便に終結するなどとは欠片も思っちゃいない。そう祈っているだけで、誰も希望を信じていない。
 
 霊体化した状態で孤児院の内部を慌ただしく行き来する大人達をちらりと一瞥したセイバーのサーヴァント……アーサー・ペンドラゴンは、既にこの街の住人達が隠し持つそんな"異常"を認識していた。
 とはいえ彼は特別他人の感情の機微に聡い、という訳でもない。人々の様子を見るだけでその内面を完全に理解出来る、もし彼にそんな才があったなら、きっと彼のブリテンはあんな結末は辿らなかったろう。
 では何故、今セイバーはそれをこうして認識することが出来ているのか。それはひとえに、死に行く謀術師との邂逅に裏打ちされた鑑識眼であった。
 あのキャスターと言葉を交わした時間は決して長くないが、そんな短時間でも彼の人となりをある程度理解することは可能だった。結論から言えば、相手にしていて心地よい人物では断じてなかった。セイバーも俗に曲者と呼ばれるような難儀な性分を持った人間とは何度も相対してきたが、あれはその中でも一際異質と言っていい。
 例えるなら、蛇――体を不規則に撓らせ、その身体を敵手に正しく捉えさせない薄霧めいた男。
 只者ではないことは、あの短時間でも十分理解出来た。だが彼はもうこの街には居ない。胸を日本刀の刀身で貫かれ、呪毒をそこから流し込まれ、完膚なきまでに"殺された"。
 故に彼がまたセイバーの前に現れることは、恐らくないだろう。……消滅する瞬間をこの目で見届けた相手だというのにどうしても"恐らく"という予防線を張ってしまう辺りに、セイバーが壇狩摩という術師(キャスター)にどういう印象を抱いたのかがよく表れている。

 キャスターがセイバーに遺した言葉。もとい、吹き込んでいった言葉。
 それを踏まえた上で改めてこの街に暮らす人々を眺めてみて、セイバーは長らく感じていた疑問が氷解する感覚を覚えた。キーアに召喚されてから予選期間を経て今に至るまでの間、ずっと微かな違和感はあったのだ。視界の端を延々小虫が飛び回っているような、そんな嫌悪感も今思えばずっとあった。
 その正体が、恐らくこれだ。聖杯戦争の原則を平然と冒し、民間に姿を露見させるのはおろか、厳しく弾圧されて然るべきである過度な魂喰い行為さえ平然と横行する現状――ではなく、それを感じ取っていながら、普段通りの日常を続けようとするこの街の住人達。
 危機意識が欠けているのではない。彼らはちゃんと、当たり前にそういうものを持っている。では何が足りないのか。
 違う。何かが足りない、のではない。有り余っている、のだ。それは人として当然の感情。未知なるものに焦がれ、非日常をこそ渇望する、俗に好奇心や探究心と呼ばれるもの。
 
 例えば、自分の親しい人が死んだとする。
 家族なり、友人なり。かけがえのない人物が"非日常"に巻き込まれ落命したとする。
 普通ならば悲しみ嘆き、それで頭が一杯になる筈。もしくは大切な人を奪ったその事象に怒りを燃やすなり、飛び火を恐れて街を離れるなりする。人として至極当然の行動だ。
 にも関わらずこの街の住人は、そんな悲しみや怒り、恐怖の中に等しく"期待"を飼っている。
 次は何を魅せてくれるのだと胸を高鳴らせて前傾する舞台の観客のように、誰もがどこか夢心地なのだ。当事者意識がないだとか抜けているだとか、そういう次元では最早ない。まさしく今の鎌倉は熱に浮かされているのだと、セイバーはこの時確かにそう理解した。
 事は望まれる通りに過熱し、蝋燭が溶け落ちるように都市の寿命は目減りしていく。
 悪夢だ。悪夢の担い手たるサーヴァントやマスターばかりが事の危険を正しく理解し、夢を観ている市民達は白痴のように次の展開を切望している辺りが終わっている。


177 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:15:03 creYQAv60

"……病んでいるな"

 病んでいる。狂っている。――痴れている。
 
 形容する言葉は数ほどあるし、そのどれもが的を射ているから本当に始末に負えない。
 だがこれすらほんの序の口。この聖杯戦争を取り巻く悪夢はもっと膨大で、吐き気がするほど質が悪い。
 キャスターは彼に事の全てを語った訳ではない。キャスターはあくまで吹き込んだだけ。セイバー自身、当初は彼の言う意味をまるで理解することが出来なかった。それについて考え、彼の言動の一つ一つを思い返し、セイバーなりに推察することで、どうにか住人の異常性を認識するまでは漕ぎ着けた。
 セイバーは聖杯戦争の真実はおろか、その奥に眠るモノの存在、悍ましき陣の絡繰りを見出してすらいない。
 彼は真相に一歩近付いただけ。されども、その背中を押したのはあの盲打ち。万象全てが自分の方にしか転がらない、存在そのものが規格外とでも呼ぶべき男。故にその一歩は小さくとも、偉大だった。セイバーが思っているよりもずっと偉大で、後に必ず大きな意味を持つことが確定している第一歩。

 セイバーは思考する。回想する。彼が言う所の、自分がやらねばならないことを。

"僕がすべきことなど百も承知だ。そして、できるとも。貴方に言われるまでもない"

 その答えに変わりはない。そう、誰に言われるまでもない。
 推察と発見の末に再考しても弾き出された答えは同じだった、その事実だけを機械的に自分の脳奥に押し込みながら、セイバーは思考をすっぱりと切り替える。
 アサシンとそのマスターとの戦いから、既に二時間近い時間が経過していた。自分もキーアも肉体的なダメージは殆ど皆無だが、精神的な方のダメージとなれば話は別だ。キーアは目の前で友人――少なくともキーア自身はそう思っていた――の少女を貫かれ、自分の腕の中で亡くしている。
 彼女は強い子だ。死の重さに潰れてしまうことは、恐らくないだろう。
 それでも、全く平気ということは絶対にない筈。現にセイバーはあの時、声を張り上げ、息を詰まらせ、年相応の子供のように泣きじゃくる彼女の姿を見ている。

 慰めることは幾らでも出来る。だが人が死を割り切るためには、まず自分自身で心に整理を付けることが肝要だ。
 心の傷が大きくて、どうしても立ち上がれない――大人が手を差し伸べるのはその時でいい。

 それに今、キーアには孤児院の先生が付いている。
 傷付いた子供の扱いはきっと、彼女達の方が自分よりよっぽど上手だろう。
 だからセイバーは今は黙して、先の戦闘で微量なれども費やした魔力の補填に徹していた。
 ……そこかしこから聞こえる不安げな子供達の泣き声を耳にしながら、目を閉じ、背を壁に委ねて。

 ……この地に新たな嵐が近付いているのを彼が感知したのは、それから数分あってのことである。


178 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:15:55 creYQAv60
  ◇  ◇


 ――急がなければならない。

 未だ癒えきっていない疲労と各所のダメージで軋む身体を強引に動かしながら、ランサーのサーヴァント・結城友奈は孤児院への道を急いでいた。その目的は他マスターへの協力の要請。本来それは彼女のマスターが行うべき行動だが、ランサーを召喚した人物にそれが可能なほどの理性は残っていない。 
 だからこそこうして、お世辞にも万全とはいえない状態のランサーが走っている。霊体化すらせずに、脳を支配する焦燥感に浮かされながら。
 八方塞の袋小路といっても何ら過言ではない現状を打破し、マスターを取り戻して未来を切り開く為に、彼女は孤児院を目指す。今のランサーには助けが必要だった。サーヴァントのスペックがどうだとか贅沢を言うつもりは毛頭ないし、そんなことを言ってられる状況でもない。
 全てが最悪の方に転がり切る前に、滑落を食い止める為の杭を打ち込む必要がある。ランサーも当然聖杯戦争のルールやセオリーについて、ある程度の知識は有している。だが、この聖杯戦争においてそれは糞ほどの役にも立たない。何から何まで常識外れが過ぎる、そもそもからして常識の物差しが溶けて歪んで捩れて廻っておまけに円の終着点まで噛み合っていないと来ているのだ。

「はっ、はっ、はっ、はっ――」

 サーヴァントなのだから、走った程度で息は切れない。疲れもしない。だと言うのに、ランサーは長距離走に臨むランナーのようにその息を弾ませていた。それほどまでに今の彼女は焦っている。唯でさえ気配の隠匿に優れるアサシンのサーヴァントにでも見つかったなら、まず確実に初撃は貰ってしまうだろう程に。
 そう考えれば、これも不幸中の幸いというべきなのかもしれない。
 勇者の少女はその行く手をこれまた意図せず阻まれることになるのだが、最悪のカードは引かなかった。

「ッ!!」

 瞬時に、霊体化を解いた何者か――サーヴァントの気配を感知して振り向くランサー。
 その視界では既に、剣呑に過ぎる形状の得物を振り上げた男が一人、ランサーを睨め付けて殺意で呼気を荒げていた。

"――バーサーカー!"

 クラスの看破には一秒も要さない。何故なら誰の目から見ても、その男は狂っていたからだ。これで狂戦士以外のクラスがあてがわれているというのなら、そもそも狂戦士のクラスなど必要ない。そう断言できてしまうほどに、今ランサーが対峙せねばならない敵手は狂奔していた。既に振り被られた鈍器を、一瞬だけ両手を交差させることで防御しようと考えて、すぐにそれを撤回し足を後方へと動かす。
 
「■■■■■■■――――!!!」

 単語としての意味を持たない絶叫じみた咆哮と共に、空振った歪な鈍器がアスファルトの地面に着弾する。小規模なクレーターすら生み出す馬鹿げた威力は、直撃すればサーヴァントだろうと重傷、最悪即死さえあり得るだろうことをランサーに理解させる。
 ランサーは唇を噛んだ。それと同時に、霊体化すらせずに聖杯戦争の舞台を駆けていた己の愚かさに辟易する。こうなることくらい、本来予期して然るべきなのだ。理性のない、それ故に原則として直情的な戦闘以外を封じられているバーサーカーが相手だったからまだ良かったものの、これが他のクラスのサーヴァントだったらと考えると背筋に走る悪寒を禁じ得ない。そして無論、このバーサーカーとて御し易い敵ではない。
 自分の目的を最優先するのなら、此処は撤退が最善策だ。しかし頭ではそう分かっていても、結城友奈という英霊はその選択肢を選べない。何故なら彼女は勇者であるから。自分が戦いを避けたなら、この魔物めいた男は鎌倉の街を跋扈し続ける。そうなればまた不要な犠牲が積み重なるのは避けられない。
 そう思えばこそ、勇者たるランサーは拳を握る。このバーサーカーを一刻も早く退ける為に、多少の負傷と損耗は覚悟の上で、戦いに臨む決意を固める。


179 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:16:54 creYQAv60
「■■■■■■■――――!!!」

 今度は横薙ぎに振るわれた釘バット――『愚神礼賛(シームレスバイアス)』を、ランサーはまたしても回避。とはいえ彼女が逃げ腰なのではなく、この武器が剣呑過ぎる。宝具でこそないのが救いだが、バーサーカーの膂力でこんな殺傷のことだけを考えたようなナリの得物を振るわれては、最早そこに細かい差異は存在しない。
 不用意に受ければ腕の方が圧潰する。それを最初の時点で理解したランサーは、この戦いにおける戦略を即決した。
 即ち、ヒット・アンド・アウェイ。攻撃を喰らわないことを重視しつつ隙を見て拳を打ち込む戦法。時間が掛かってしまうのが難点といえば難点だが、その分安全性にかけては最上に近い。このバーサーカーをきちんと相手取った上で、尚且つこれ以上状況を悪化させずに退ける。ほぼ無理難題に近い命題を解決する上で一番都合の良いやり方こそが、今回ランサーが選び取ったものだった。
 風圧だけで髪の毛を何本も持っていかれるような殺人スイングの真下に、勇者の胆力で以って一ミリメートルたりとも臆すことなく飛び込んでいく。殆ど一瞬と言っていい時間でバーサーカーの懐への侵入を果たし、後は簡単だ。岩のように硬く握りしめられた右拳を、敵の土手っ腹に遠慮なく叩き込む。
 攻撃は命中したが、ランサーの表情は芳しくない。宝具を使用していない状態とはいえ、勇者の鉄拳は相応の威力を持つ。にも関わらずバーサーカーは、彼女のそれを受けて吹き飛びはしなかった。仰け反りはしたものの、脅威的な脚力でもってアスファルトを抉りながらその場で持ち堪えたのだ。

 バーサーカー・式岸軋騎の耐久は最高ランクでこそないもののそれに次ぐBランクだ。よもやこれでステータスが低いと言える者は存在すまい。彼はかつて『仲間(チーム)』と呼ばれる組織にて外部破壊を担当すると同時に、それとはまた別な、もっと物理的な意味で剣呑な集団にも属していた過去を持つ。
 それこそ、式岸軋騎の裏の顔。血統ではなく流血にて繋がった醜悪なる魔群、『零崎一賊』が一鬼――零崎軋識。
 暴力を生業とする世界ですら大半の存在に嫌悪され、畏怖されていた殺人鬼集団の一人である彼は、『仲間』において最大の戦闘力を有していた。故に此度、彼らを率いる死線に宝具として召喚された『仲間』メンバーの中で唯一彼のみが狂化して尚"戦闘要員"として機能している。
 狂化の補正を最大限に受けた軋騎もとい軋識のステータスは、今や下手な英雄共よりよっぽど高い域にある。
 現にランサーのステータスは彼よりも僅かに下だ。部分的に見れば勝っている箇所も確かにあるものの、肝心な筋力で打ち負けてしまっているのが何よりの痛手だろう。僅かな指向性のみを残して狂獣が如く荒れ狂うバーサーカーは時に、まっとうな理性を持ったサーヴァントよりよっぽど厄介な存在となる。

 下方から跳ね上げられた膝を体をくの字に折り曲げながら敢えて軽く被弾し、ダメージを最小限に留めながらランサーは後方へと退く。それを追うように鈍器を振り上げながら迫るバーサーカーに、再び地面を蹴ってランサーは向かっていくが、その時彼女はある微小な違和感を覚えた。
 このバーサーカーは自分と同じで、どこか、何かを急いているように見える。狂化しているのだから攻撃の質が落ちているのは当然のことだが、それにしても幾らかばかりの不自然さが否めない。得物を振り上げる動き、そしてそれを振り下ろす動き。それら全ての動作から、早急に自分を退けてしまいたいという意志のようなものが透けて見える。
 一度は考え過ぎかと切り捨てそうになったランサーだが、いいや違うと、彼女はバーサーカーの真意を看破した。


180 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:17:32 creYQAv60

"もしかして、このバーサーカー……!"

 この道を暫く進めば、孤児院に到着する。そもそもそこを目指して走っていたのだからそうなるのは当たり前だが、重要なのは眼前のバーサーカーの"都合"だ。彼はただ闇雲な索敵と襲撃を命ぜられて街を彷徨いているのか。バーサーカーなのだからその可能性は勿論十分にあるが、そうではないとランサーは確信さえしていた。そうせねばならない理由があった。
 もしも彼もまた、マスターの意向なり何なりで孤児院を目指していたのだとしたら? バーサーカーの習性上実体を晒しているランサーに襲い掛かったものの、本懐は見敵必殺のそれではないのだとしたら? ――なおさら、バーサーカーを先に進ませる訳にはいかない。交渉や同盟相手との合流が目的であるのなら、理性のないバーサーカーを単独で向かわせることには何の意味もない筈だ。
 だとすれば答えは一つ。それは最悪のパターンだが、だからこそ想定する価値がある。
 このバーサーカーは殺戮を目的にして放たれた――それも孤児院の襲撃と、そこにある全ての破壊を。

 そんなランサーの予想は、殆ど完全に的中している。
 バーサーカーは孤児院を目掛けて放たれ、その道中で実体化したまま街を駆けているランサーを見含めた。
 彼は狂っても尚、死線の従者だ。死線に仇なす外敵(サーヴァント)を打ち殺すのは当然のことである。故に彼はランサーを襲撃したが、さりとて最大の目的は孤児院の襲撃だ。絶対である死線の命を正しく遂行すべく、眼前の敵を一刻も早く討伐し、死線の望みを果たさねばならない。その半ば本能的な優先順位こそが、バーサーカーに狂人らしからぬ焦りの動作を引き起こさせていた。
 
「悪いけど――行かせないよッ!!」

 一発一発は脅威だが、技巧の伴わない攻撃ならば見切って対処することは然程難しくない。生前のランサーが戦っていたバーテックス共に比べれば攻撃の範囲も小さく、言ってしまえばまだ"戦いやすい"といえる相手。それでもランサーは一切油断しない。油断、慢心。そんなものを抱いた上で何かを成せる程聖杯戦争は甘くないし、今の自分が置かれている状況は優しくない。そのことを彼女は誰より知っていた。
 巻き上げられるアスファルトやコンクリートの粉塵を片手で払い除けながら、余波で空気の渦を巻き起こす程の剛拳をバーサーカーへと放つ。それをバーサーカーは、鉄塊を真横に構えることで防御。突き刺さった釘にランサーは拳を抉られたが、これまでに負ってきたダメージと比べれば微々たるものだ。特筆するにも値しない。
 脇腹目掛けての回し蹴りでバーサーカーを吹き飛ばせば、ほんの軽い動作からのドロップキックで胸板を打つ。もんどり打って転がる殺人鬼の姿は、ランサーに"攻撃が通っている"ことを実感させてくれる。莫大な代償を伴う宝具の解放を行わずともこれだけ戦える、これは素直に有り難かった。
 転倒から復帰し、またも襲い掛かってくるバーサーカー。ランサーは今度は回避に専念する。バーサーカーの攻撃は破滅の風車、釘バットを振り回しているという絵面は多少コミカルだが、トップサーヴァントの攻撃に匹敵する脅威だ。欲を掻いて被弾することのないよう、ランサーは徹底的に回避する。周囲の塀や電信柱さえ足場として利用しながら、攻める隙が生まれるのをじっと待つ。


181 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:18:25 creYQAv60

「■■■■■■――――!!」
「っ、と……!」

 ランサーが仮初の足場としていたコンクリート製の電信柱を鉛筆か何かのようにへし折り、空中に投げ出された彼女を叩き潰さんと愚神礼賛を突き上げるバーサーカー。それに対しランサーは、宙返りからの踵落としで対処する。されどこの判断は、あまり良いものではなかった。ランサーの右足に走る鈍い激痛、軋み。それがどうやら自分は今、いつもの癖でつい無茶をしたらしいと伝えてくる。
 バーサーカーの筋力はA+、実質最高ランクと言っていいランクだ。単純に見てランサーの二ランク上。宝具を使えば幾らか詰められるだろうが、それでもあの水準にまで辿り着けるかは疑わしいものがある。思考能力を犠牲に強靭なステータスを獲得するという狂戦士のサーヴァント、その在り方を良くも悪くも体現した相手だとランサーは思った。正気を失っているから付け入る隙は多い、しかしその分ちょっとのミスが即・命取りになる。
 とはいえ、敵わない相手じゃない。仮に此処でランサーを襲撃したのがアンガ・ファンダージ……今から数時間前に軋騎が交戦した彼とはまた別のバーサーカーであったなら、まず間違いなくランサーは苦戦を強いられていただろう。広域攻撃に手数の多さ、どれを取っても近接戦以外に能のないランサーでは辛い相手だ。
 その点リーチが短く、これと言って変わった攻撃手段も持たないこのバーサーカーは相手にし易かった。
 愚神礼賛の突き上げでより上空へと跳ね上げられたランサーは、跳躍で追ってくる彼の武器を真横から蹴りつけて一気にリーチから脱出。それと同時に手元を僅かに狂わせ、追撃までの間に微弱なラグを作り出す。その隙に素早く地上へ着地、それを追うように降りてきたバーサーカーへと即座に突進。痛烈な右フックを彼の側頭部へと叩き込み、仰け反ったのをいいことに今度は左のフックで反対側を痛打。バーサーカーが斬り上げの要領で振るった鈍器を軽いバックステップで避ければ、お返しとばかりに至近距離からの蹴りを打ち込んでやる。

「勇者――」

 式岸軋騎/零崎軋識の愚神礼賛は確かに強烈な武器だ。
 頭部に直撃したなら大概の相手は致命傷、腕や足を掠めただけでも十分戦いの行く末を左右するだけの痛打となり得る。だが先も述べたように、この禍々しい凶器は宝具ではない。真名解放で戦況を覆すことは出来ないし、長物の宿命である一振り一振りに付随する隙もバーサーカーの頭抜けた筋力値で補っているとはいえ、完全に克服出来ている訳ではない。現にランサーは先程からそれを利用し、攻撃を確実に命中させている。
 中距離のリーチを保ったまま攻撃し続けられるならいざ知らず、このように至近まで接近を果たされた上で相手にペースを握られてしまえば、バーサーカーにとっては辛い戦いとなる。理性を失くしているとはいえ、彼も本能的に自身の不利を悟り、後退からの仕切り直しを試みようとするが――勇者の少女はそうはさせぬと、鬼気迫る形相で拳を既に引いていた。

「――パァァァァァンチッ!!!」

 炸裂する、一際重く鋭い拳。一気呵成に孤児院を目指す狂戦士を討ち取らんと振るわれるそれは、勇者というよりも狩人か何かを思わせる苛烈な一撃だった。
 顔面を真正面から打ち据える、勇者の鉄拳はバーサーカーに完全と言っていい形で直撃した。ランサー自身、この戦いで一番の手応えを感じていた。しかしながら、その表情に会心の色はない。ランサーは今、バーサーカーを倒し切るくらいの心持ちと気合で攻撃を放ったのだ。にも関わらず、バーサーカーは吹き飛んですらいなかった。体全体を大きく後ろに仰け反らせながらも、自分の顔面へ炸裂したランサーの拳を掴むことで強引にそれを防いだのである。こうなると、窮地に追いやられるのは一転ランサーの方。


182 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:19:13 creYQAv60
 腕を破壊する程の膂力で、勇者の右腕が握り締められる。鈍痛に顔を顰めるが、その程度のことに気を取られている暇はない。この状況を打破するためにランサーは自由の利く左を強く握り、先の拳にも劣らぬ程の力を込めて右腕を戒めるバーサーカーの左腕へと振り下ろした。
 二度、三度、四度と振り下ろし、彼の腕から骨の罅割れる音が聞こえたのと同時に、ランサーの脇腹を凄まじい衝撃が襲う。肺の空気を逆流させながら、口から赤い液体を吐き出して、彼女は数メートル離れた石塀まで吹き飛ばされた。何が起こったのかなど、言うまでもない。バーサーカーの得物、愚神礼賛の一撃を喰らった。その証拠に彼女の脇腹からは、単に打擲されただけではあり得ない量の出血が見受けられる。
 衣服の上からでは今ひとつ分からないが、恐らく傷口は相応に悲惨なことになっているだろう。幸いなのは当たったのが脇腹という、致命傷には繋がり難い場所だったことか。痛みはあるし衝撃で肋骨も恐らく数本は逝っている――だがこれならまだ、戦闘の続行に支障はない。ランサーが持つ最高レベルの戦闘続行スキルを活用するまでもなく、戦いを継続できる程度の傷だ。

「……こんな、ところで……!」

 が、それを良かったとはまるで思えない。
 自分は追い詰められている。バーサーカーに、ではない。この聖杯戦争においてずっと、自分は断崖を背にして戦い続けている。アイ・アスティンのような善良なマスターと出会えたのは幸運だったが、それでも状況が好転したとは到底言い難いのが現状なのだ。
 そんな状況で更に傷を負ってしまった。重傷でこそないが軽傷とは言えない、"そこそこ"の痛手だ。
 ランサーは油断はしていなかった。だが、焦っていた。こんなところで時間を食っている暇はないと目の前の敵をある意味で軽んじ、勝負を決めるのを急いた。
 彼女にいつも通りの思考力が残っていたなら、あの場面で全力を打ち込むまではいいとして、その後速やかに敵のリーチから逃れて有利な状況を可能な限り維持しに掛かっていただろう。少なくとも自分で決めたヒット・アンド・アウェイの戦法を自ら崩し、その挙句に被弾するような愚は冒さなかった筈だ。

「■■■■■■■■■――――!!!」

 そんなランサーの胸中など知ったこととばかりに、破壊を命ぜられた釘バットの狂戦士は咆哮する。
 死線は彼に乱れることを望んだ。だからバーサーカーは狂気に包まれながら爆進する。全ては死線の命を果たす為。彼もまた、勇者・結城友奈などという存在は路傍の石程度にしか見ていない。
 向かってくるその姿を視認し、ランサーもまた拳を構える。過ぎたことをいつまでも悔やんでいたって仕方がない。今はとにかく、この敵を倒すことに専念する。勇者の矜持は災厄じみた狂戦士を前にしての撤退を許さない。故に当然不退転、勇者として悪しき魔物を粉砕するまでだ。
 バーサーカーが得物を振り上げ、ランサーが拳を握る力を更に強めた。
 

「――そこまでだ」


 ……ランサーのみならず、理性を欠いている筈のバーサーカーまでもが別な方向を凝視したのは、いざ第二ラウンドの開幕かと思われたまさにその瞬間のことだった。
 感じたのは新たなサーヴァントの気配。それも、目の前のランサー/バーサーカーよりも格段に大きい。
 気配の主は、その双眸に翡翠の光を湛えた――甲冑姿の偉丈夫。黄昏の微風に靡く金髪は上質なビロードを思わせるくらいに美しく、顔立ちはまさしく絶世の美男子という形容が最も相応しいだろう整美なものだ。だが何より特筆すべきなのは、その総身から絶え間なく滲み出る"強者の気配"である。ランサーは生前からこの鎌倉に至るまで、俗に言う強い存在というものを山ほど目にしてきた。


183 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:19:56 creYQAv60

 愛すべき勇者達。
 恐るべきバーテックス。
 許し難き天夜叉のライダー。
 髑髏面のアサシン、アイの連れていたセイバー、今まで戦っていた釘バットのバーサーカー。
 いずれも闘うとなれば尋常ではない相手で、現にランサーはこれまで何度か敗北を喫してもいる。
 それでも、断言できる。今挙げた者達の全てを、この騎士は凌駕している。搦め手や状況の如何によっては事態も変わるだろうが、直接戦闘ならば間違いなく最強――もとい最優だろう。一目見ただけでそう確信させる存在感と凄味が、この美男子には余す所なく備わっていた。

「これ以上の戦いは容認しない。もし続けるのであれば、この私が相手になろう。ランサー、並びにバーサーカー」

 潔く矛を収めるのであれば、この場で討つことはしない。このセイバーはそう言っている。その物言いは裏を返せば、自分にはおまえ達を同時に相手取り、それでも上回れるだけの力があると暗に語っているのに等しい。また、ランサーは彼について、「もしかして」と思う所もあった。
 わざわざ戦いを止めに出てきたということは、即ちこの場で暴れられると困る理由があるということになる。ではこの近くには何がある? ……改めて論ずるまでもなく、孤児院だ。ランサーとバーサーカー、その双方が目指していた施設。それを踏まえて考えれば、このセイバーはランサーが接触してみたいと思っていた"孤児院のマスター"に使役されている可能性が高い。
 ランサーはそこに思い至れば、握った拳を解いて即座にその場から飛び退く。言わずもがな、勧告に従うという意味合いの行動だ。それをセイバーは一瞥すると、すぐに視線を外す。ランサーの意図は、どうやら無事彼に伝わったようだ。
 そして、バーサーカー――死線により遣わされた破壊狂いの殺人鬼は、ランサーとは違って殺意でセイバーへ応じた。

「■■■■■■■■■――――!!!」

 愚神礼賛を振るい、常人なら浴びただけで気絶するような強烈な風圧を巻き上げながらセイバーへ迫るバーサーカー。その埒外の膂力を目にしても、セイバーの顔色は全く動かない。見えざる刀身、風の鞘を纏った不可視の剣を振るうことで、禍々しい鈍器の炸裂を軽々受け止める。
 セイバーの筋力はBランクだ。ランサーには勝っているが、目の前のバーサーカーには一ランク以上も劣っている。では何故、彼はこうも軽々とバーサーカーの攻撃を止めることが出来るのか? その答えは単純に、彼の技巧が桁外れの域にある為だ。
 剣士の強さとは、力の強弱では決まらない。無論それも重要な要素の一つではあるが、力の有無は経験と修練で培った技の巧さで幾らでも埋めることが出来る。相手の力を剣を用いて受け流し、軽減して受ける。或いは振るい方、当て方を工夫することで斬撃に威力を上乗せし、スペックの差を無為なものへと変えてしまう。セイバーが今の一瞬で用いたのは、紛れもなく前者の技であった。

「これ以上は容認しない、そう言った筈だ」

 刃を引き、鍔迫り合いの状態を自ら解除。バーサーカーは当然更に攻め入ろうとするが、それを許すセイバーではない。彼が愚神礼賛を振るうよりも速く不可視の剣を振るうことで、強引にバーサーカーを守勢に回らせる。そうなれば、後は消化試合に等しかった。片や伝説の騎士王、片や理性を失くした殺人鬼。双方の踏んできた場数には天地の差があり、それだけにバーサーカーが直接勝負でセイバーに勝てる道理はない。
 彼の身に刻まれる裂傷は増えていき、ランサーとの戦いで負った消耗も手伝い、見る見るその烈しさは衰えていく。


184 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:20:48 creYQAv60

「■■■■■■■■■■■■■――――!!!」

 吼える、バーサーカー。意味を持たないその咆哮に少なくない怒りの感情が滲んでいるのは、気のせいではないだろう。
 彼は剛力に任せた力押しで防戦一方の状況を打破し、強引に攻めへ打って出る。いざ愚神礼賛を振るい、死線の命を阻む忌まわしき偉丈夫を粉砕せんとしたバーサーカーは――自らの腕が片方、いつの間にか欠けていることに思い当たった。切り飛ばしたのが誰かなど、言うまでもない。バーサーカーが攻勢に移ろうとしたその瞬間にセイバーは剣を動かし、疾風の如き捷さで狂戦士の左腕を切断したのである。
 両手で振るうのと片手で振るうのとでは、長物の威力はまるで変わってくる。見えざる剣にて受け止められた愚神礼賛が持つ力の程は、腕が左右揃っていた時に比べて明らかに見劣りしていた。万全ですら攻め落とせなかった無双の騎士王を、文字通りの片手落ち状態でどうこう出来る道理はない。
 セイバーは一瞬だけ刃を引き、すぐに戻すことで愚神礼賛に自らの剣を衝突させ、かの武器を左方へと僅かに弾いた。それを戻す暇すら与えずに突きを放ち、バーサーカーの首筋を切り裂く。
 そこから剣を下へと振り下ろし、残された右腕も切断。宙に舞う愚神礼賛を、バーサーカーはいよいよ拾う手段がない。両手を失い、得物も失った彼は足まで用いてセイバーを打ち倒さんとするが、蹴撃が放たれるよりも、セイバーの剣が振り抜かれる方が倍は速かった。

「■■――――」

 ――バーサーカーの首が、今度は完全に切り飛ばされて転げ落ちる。

 それと同時、首と両腕を欠いたバーサーカーの肉体は金色の粒子と化して消滅する。セイバーは何ら感慨を抱く様子もなく消滅するバーサーカーを見送り、その眼光を今度はランサーの方へと移した。一瞬怯みそうになるランサーだったが、怖気付いてはいられない。それだけの理由が彼女にはある。

「……あのっ! もしかしてあなたのマスターは、孤児院に――」
「答える理由はない」
「違うんです! 私は……あなたのマスターと、話がしたいんです!!」

 最初は取り付く島のない、城壁めいた雰囲気を漂わせていたセイバーだが、ランサーの続く台詞を聞けば微かに表情が変わる。彼にとってそれは、いささか予想外の展開だったらしい。そう、ランサーは彼のマスターをどうこうしたい訳でもなければ、その周辺に危害を加えたい訳でもない。ただ、話を聞いてほしいだけなのだ。話した結果が決裂でも、ランサーは彼らを欠片とて恨みはしない。
 
「………」

 セイバーも、初めてその姿を見た時からランサーに悪意のようなものがないことは勘付いていた。
 彼女に邪悪な気配は真実皆無。この様子を見るに、当初は正面から孤児院を訪れて、交渉に当たる算段だったのだろう。……聖杯戦争に何の関連もない子供達が大勢居る場所に踏み入って交渉とは、余程周りが見えていないらしい。結果的にこうして孤児院に辿り着く前に彼女と接触することが出来たのは、そういう意味では幸運というべきか。


185 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:21:26 creYQAv60

「分かった。但し、話は僕が聞く」

 彼女が言うところの"話"の内容にもよるが、一先ずは一定の信用を置くに値する相手と、セイバーはランサーを認識した。だが、いきなり己のマスター……キーアに会わせはしない。万一の危険を考慮する以上に、彼女の精神状態の問題だ。古手梨花という友人を目の前で失ってしまった今のキーアに、血腥い聖杯戦争に纏わる話題を近付けるのはセイバーとしては避けたい所だった。
 このランサーを更に見極めるという意味でも。まずは自分が話を聞き、後のことはそれから考える。これ以上の譲歩はしない。
 しかしランサーにしてみれば、それでも十分にありがたい返事だった。無論マスターも一緒に聞いてくれるのが最上だが、彼らには彼らの事情や考えがあるのだろうし、我儘は言えない。

「ありがとうございます! 実は、私は――」

 そしてランサーは、傷付いた勇者は、荘厳なる騎士王へと話し始めた。
 この接触が凶運のランサーの未来をどう左右するかは、全て騎士王――アーサー・ペンドラゴンの判断に掛かっている。
 いずれにせよ。これがランサーにとって一つの正念場であることは、疑う余地もない。


【バーサーカー(式岸軋騎)  一時消滅】


【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)、脇腹に外傷(出血は有るが重大ではない)、肋骨数本骨折
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:目の前の彼に、話を聞いてもらう
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
0:ランサーの話を聞く
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:キャスター(壇狩摩)が遺した言葉とは……
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。


186 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:22:09 creYQAv60
  ◇  ◇


 あれから――どれくらいの時間が経ったろう。
 院の中は慌ただしさに包まれていたが、キーアが実際にそれを目にすることはなかった。彼女は駆け付けた孤児院の先生によって梨花の屍から引き離され、別室に連れて行かれて、ずっと声を掛けて貰っていたからだ。すぐ戻るからと言って先生はついさっき部屋を出て、今部屋に居るのはキーア一人である。
 古手梨花という少女とキーアが仲良しだったかというと、きっとそんなことはない。
 少なくともキーアは友達だと思っていたが、梨花はそうは思っていなかった。むしろキーアに苦手意識すら感じていたし、マスターであるということを言い当てられた時には彼女の本性とでも呼ぶべき一面を垣間見ることになった。それでも、キーアは彼女の死を悲しく思う。痛ましく思う。だって古手梨花は、キーアの敵として死んでいったわけではないのだから。

 自分を拒絶し、嫌悪していた彼女。なのに彼女は最後、自分を突き飛ばした。迫り来る剣の群れ、死の運命から自分を逃して、その結果梨花は無数の剣に体中を穿たれて――死んだ。梨花はあんなに自分を嫌っていたのに、最後の最後で、そんな自分を助けて死んでいったのだ。
 死は、重い。鉄塊のように重く、溶けた鉛のように熱く人の心に伸し掛かって離れない。
 ……それでも。キーアは、強い少女だ。きっと彼女は遠からず、梨花との死別を乗り越えるだろう。毅き騎士を傍らに侍らせて、聖杯戦争を生き抜いていくだろう。
 だがその果てに待つものを、彼女はまだ知らない。予想すらしていない。鎌倉という街が罹った熱病、夢を見るということの意味。月の彼方にて嘲笑う善性という名の人類悪。今も尚絶えることなく廻り続けている『陣』の正体。それら全てを知る時は、果たしてこの強い少女に訪れるのか。それともキーアは無力な少女として全てを知ることのないまま、熱病の中に沈み果ててしまうのか。
 
 あと数時間で夜が来る。
 日が沈んで、鎌倉は夜に覆われる。
 日常は暗い夜天で隠されて、非日常はいよいよ喜々としてその姿を現すだろう。
 聖杯戦争は続く。永遠に。全ての願いが果て、夢見る想いが満たされるまで――終わることは、ない。止まることは、ない。


【B-1/孤児院/一日目 夕方】

【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、悲しみ
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:……
[備考]


187 : 名無しさん :2017/01/26(木) 17:22:47 creYQAv60
投下終了です


188 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:00:49 RGTwdibU0
投下乙です。
圧倒的スペック差を前にしてもまるで怯むことなく、そして果敢に立ち向かい実際に善戦してのける友奈の意地と根性。バーサーカーの名に相応しい暴れっぷりを見せる軋識。そしてその二人すら歯牙にかけないプロトセイバーの凄まじい強さ。それらを如何なく描写した戦闘内容お見事です。
マスターを慮りつつもバーサーカーを軽くあしらうプロトセイバーはまさに騎士の面目躍如、登場した瞬間に空気が一変するのを読んでて感じました。そしてそのセイバーに交渉を申し込む友奈は、これで状況が好転するのかどうか。死者を悼むキーアの心情描写の裏に潜む、不穏な影の描写もまた素晴らしい。
とても読み応えのある話でした。改めて、投下お疲れ様です。

感想だけというのも寂しいので、自分も一つ話を投下します。


189 : 伽藍の姫はかく語る ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:01:27 RGTwdibU0



 ―――それは深淵の底にいた。

 いつからそうなのかは分からない。
 ただ、時の流れが不明になるほど永い間、何の疑問もなくずっとずっとそこにいたのだ。
 それを好み、安息と感じ、故に祝福と信じて疑わない。事実そのモノらにとってはそうなのだから、これは紛れもない幸せの形である。

 愛よあれ。光あれ。まつろわぬ闇の底に福音を。
 そう一点の曇りもなく理性なき頭脳で思考しながら、死と再生の円環を永遠に循環する哀れな女たち。
 それはまるで、深海の魚が蠢くように。
 健気な虫けらが這うように。
 敗残の輩が足掻くように。
 ずっと、ずっと。悶え狂うほどに狂騒の笑みを湛えながら、その瞳の奥で救いの手を求め焦がれているのだ。

 その名を―――





   ▼  ▼  ▼


190 : 伽藍の姫はかく語る ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:02:11 RGTwdibU0





 その場を包んでいたのは、暗がりの異様な静けさだった。
 誰もいない。動くものは何もない。仮に人がこの場所に立ったなら、きいーん、と耳鳴りがしたことだろう。音の受信機である耳は、音なしには正常な状態を保てないのだ。

 ここは、あまりにも静かだった。
 煉瓦とコンクリートの建造物、うち捨てられた何かの残骸。夜に染まり行く風景は夕闇に照らされ、廃墟のような静謐さで広がっている。

 その中心に、"それ"はあった。

 一見すると、それは人形のようにも見えた。力なく放り出された華奢な手足はてんでバラバラの方向を向いて、曝け出された肌は青ざめているのを通り越して陶器のような白一色。重さを感じさせない伽藍堂の気配はマネキンにも似ていた。
 周りは、一転して赤い。どこまでも赤く、赤く。ペンキをぶちまけたかのように一面の赤が広がっていた。膨れ上がった肉色の何かは地面に敷き詰められて、柔らかな寝台のように人形の体を包み込んでいた。
 人形の顔に湛えられているのは、じっと虚空を見つめている、ガラス玉のように虚ろな目。
 それは、少女の死体だった。

 血液の海に沈み、臓物のベッドに横たわる白一色の少女は、まるで世界という画布に空けられた人型の空白のようでもあった。





「――――――――――――――ァ」





 もぞり。
 と、蠢く音があった。微かに、ともすれば風の音に紛れて消えてしまいそうな、それはか細いものだったけど。
 少女の右手が、ピクリと動く。
 生前には白魚のようなと例えられたであろう、儚げでしなやかな繊手。そこに、映えるような赤い紋様が強い光と共に浮かび上がった。
 血ではない。辺りに広がる凝固し黒ずみかけた赤ではない。それは閃光。深海から浮かび上がるかのような、薄くぼやけた赤い光。
 令呪の輝きだった。


191 : 伽藍の姫はかく語る ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:02:51 RGTwdibU0





「―――――――――――――アァ」





 次の瞬間、跳ね起きるように少女の体が持ち上がった。壊れた関節が引っ張られるように、力の抜けきった体がそれでも立ち上がった。
 あらゆるものが静止したはずの空間に、突如として動きあるものが生まれた。

「――――――――……」

 予兆と呼べるものは何もない。眩い光が乱舞することも、大地を割るような轟音が鳴り響くこともなく、電灯のスイッチが切られるように、それは動いたのだ。
 ぞんざいに投げ捨てられた操り人形が、子供の手によって無理やりに動かされているような歪さと共に。

 それは、白い少女だった。
 しかし、とても少女とは呼べない有り様だった。
 ただ一言、白い。肌はおろか、髪も衣服も何もかも。しかしこれは新雪の白さではない。火葬の果てに墓へ収められた人骨が持つ、不浄と腐敗の白さだ。
 様相は尚酷い。特に異常が目立つのはその頭部だ。頭頂からは異形の如き角が三本も生え、それを支えているはずの頚骨は無残に折れ曲がり、顔面は逆さまとなって胸の前でぷらぷらと垂れさがりながら揺れていた。右半分が罅割れた顔面からは判別のできないうめき声が延々と垂れ流されている。折れた関節を無理やりに曲げるかのようなぎこちない動作で手足を彷徨わせる様と相まって、まるで何かを探し求めているかのような印象を見る者に与えるかもしれない。
 蠢く少女は異形に満ちて、それでも作り物めいた気配を変えることはない。何故ならこれには中身がないから。腹部に相当する部分は大きく裂け、中身と呼べるものは全て引きずり出されている。一見して軽そうだと思えてしまうのも仕方なかろう。彼女は全てが伽藍堂だった。

「――――――■■……」

 呟かれる人外の言語。それが何を意味しているのか、そもそもそれに意味などあるのか、誰も分からない。

 彼女を殺した下手人、結城友奈がこれを見たならば、きっと「嘘だ」と漏らすだろう。何故なら彼女は、如月を「こうしない」ために殺したのだから。

 街を騒がす屍食鬼。その正体とは特殊なウィルスに感染した人間の成れ果てであり、神経系を狂わされることによって反射的に動作する死体でしかない。
 故に彼らはその本体、脳や脊髄といった中枢神経系を破壊されれば活動を停止させる。友奈が如月の頸椎を折ったのにはこうした理由がある。首を折られた死体は死後に屍食鬼となることはない。
 だが、現実にはこうなった。ならば彼女は屍食鬼ではなく、しかし違う何かとしてここに存在しているのだ。
 それは一体、何であるのか。


192 : 伽藍の姫はかく語る ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:03:25 RGTwdibU0

「――――■■、ァ……」

 ―――それは、まつろわぬ異界のモノ。

 その者の正体については諸説ある。かつての敵対国が所有していた「それら」の成れ果て、あるいは深淵に沈んだ魂の具現化。様々な説が飛び交い、正しい答えは誰も出すことができていない。
 しかし、「彼女ら」に共通することが一つだけ存在する。

 曰く、深海より浮上するもの。
 曰く、遍く人類の敵対者。
 曰く、人類海域の守護者たちと対を成す何者か。

 深く深淵の底より現れ、生ある全てのモノを憎悪し敵対する侵略者。人に限りなく近く、しかし決して相容れない世界の異物。





「―――睦月、チャン」





 その名を―――地上では"深海棲艦"と呼んだ。




【B-3/路地裏の行き当たり/一日目 夕方】

【■■@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[令呪]?????
[状態]?????
[装備]?????
[道具]?????
[所持金]?????
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
深海棲艦と便宜上仮称されますが、それ以外にもゾンビウィルスとか他の諸々も混じったハイブリットな存在になってます。そのうち突然変異とかもするかもしれません。


193 : 名無しさん :2017/01/26(木) 22:03:49 RGTwdibU0
投下を終了します


194 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/30(月) 19:33:43 Ceg4yyKA0
投下乙です
無念の死を遂げてしまった如月ですが、どうやらまだ終われそうにはないようですね
深海棲艦に変生した彼女が今後どのように物語に関与していくのか興味が尽きません
また死骸が生き返るという不条理現象がとてもおぞましく生々しく描かれており、氏の筆力に感嘆の一言です。

丈槍由紀、真アサシン、キャスター(幸福)を予約させていただきます


195 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:17:51 ZEupJCPI0
大分ギリギリですが、投下します


196 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:20:14 ZEupJCPI0

 ――己の不覚と怠慢への苛立ちは未だ尽きねど、修行僧めいた自罰に浸っている暇は無い。

 かつて"呪腕"と呼ばれたこの暗殺者は、極めて優秀な男だった。かの暗殺教団の教主を襲名し、英霊の座に登録されたと言う時点で凡愚である筈はないのだが、それを差し引いても彼ほど秀でた暗殺者はそう居ない。
 三騎士と真っ向から張り合いでもすれば流石に遅れを取るが、暗殺者としての戦い方に終始していれば、彼らの心臓を奪い去る事など容易い。現にアサシンは三騎士の一角であるレミリア・スカーレットをその手で屠り、特異な状況だったとはいえバーサーカーのサーヴァント、アンガ・ファンダージさえも仕留めている。これ程までに暗殺者の本分を全うしている彼を無能呼ばわり出来る者は、まさか存在しないだろう。
 人格が破綻している訳でもない。それどころか病んだ童女に召喚された不運に愚痴の一つも零さず、切り捨てる算段を練るでもなく、彼女のサーヴァントとして黙々と仕え続けている。
 有能な人格者。サーヴァントとしては凡そ最高レベルの条件を満たしている彼だったが――或いは、だからこそ、だったのかもしれない。彼は余りにも優秀過ぎた。丈槍由紀という少女の抱える問題について理解を示し、そんな彼女を聖杯戦争の喧騒から護る事にも徹底していた。彼女が愛する"がっこう"……もとい、鎌倉市内の廃校に住まわせて、其処から出ないように厳命する。成程確かに、精神病者の扱い方としては至極模範的と言えるだろう。
 然しそれは、悪く言えば過保護だった。アサシンは彼女を護ることには全力を注いでいたが、彼女という人間の中身にはこれまで目を向けてこなかった。故に彼はあの瞬間、自らの手で歯車を狂わせてしまった。滞りなく回っていた歪な歯車に、砂を吹き掛けるが如く。

"幸い――追っ手は無いか"

 腕の中で意識を手放した少女の様子を時折確認しつつ、アサシンは風と化して山中を駆ける。
 この余裕のない状況で追走劇を演じねばならない、そんな最悪の展開だけはどうやら回避出来たらしい。その事に少なからず安堵しつつ、思案するのは"これから"のことだ。過去の失態は後の立ち回りで幾らでも挽回出来る。悔恨に囚われて未来までも失ってしまっては、それこそ無能の誹りを免れまい。
 現状何より厄介なのは、事実上の拠点だった廃校を追われてしまった事だ。彼処は由紀を隠しつつ、彼女の精神状態を平常に維持出来る大変都合の良い場所だったが、一度でも他者に露見してしまった以上はもう使えない。とはいえ子連れ狼宜しく由紀を抱えたまま戦うなどは論外だ。早急に何処か別な場所を探す必要がある――最悪孤児院辺りに保護させるよう仕向けるのも手か。マスターの潜んでいる可能性は相応に高いものの、敵の懐に自然な形で潜り込めると考えれば、多少冒険ではあるが悪くない選択か。
 ……等と考えているアサシンは、意識を失う前に由紀が何を思っていたのかなど、当然知る由もない。それどころかあの時自分が彼女の前で貫いたのが"誰"なのかすら、既に脳裏から消し去ってしまっている。仕事人(アサシン)たる彼にしてみれば無理もない話だが、それは従者(サーヴァント)としては最悪と言っていい醜態だった。
 
 彼と彼女は、等しくお互いを視ていない。
 由紀も、アサシンも。互いに相手を尊重しているのに、二つの心は向かい合うどころか背中合わせ。由紀は言わずもがな現実を見ておらず、アサシンはそんな彼女の真実を見ていない。

 病み、夢に酔っている憐れな娘。壊れているのは最早疑いようもないが、されど己は御身に勝利を持ち帰ろう。ハサン・サッバーハの名に於いて、輝ける黄金の杯を必ずや勝ち取ってみせよう。だからユキ殿はただ夢を見続けていればよい、何も知らぬまま、望むがままに酔っていればいい――この通り。彼は由紀を尊重はしているが、逆に言えばそれだけなのだ。

 言葉を交わしてその内情を知ろうとはしない。成長を促すでもなく、現実からの逃避は詮無きことと目を瞑り、壊れているの一言で由紀を定義し其処で自己完結してしまっている。
 故に壊れた少女は彼にお膳立てされ、幻想の学校生活を白痴のように謳歌し続けた。アサシンは虚空に話しかけ、ありもしない出来事を楽しそうに報告する彼女を憐れみながら、やっぱり最後はそれでも勝利し聖杯を持ち帰ると、尤もらしい方に落ち着けて終わってしまう。
 目を閉じ、耳を塞ぎ、関わらない。
 己の世界を己の形に閉じたまま、痴れた音色を奏で続けた彼女は宛らラプンツェル。彼女と彼の主従関係は良好に交わっているようで、これまで只の一度も真っ当に交差していなかった。ああ、ならばこうなるのはきっと必然だったのだろう。性命双修を怠った弱者は絶望の中に墜落し、夢を見せ続けた仮面の暗殺者はその事に気付いてすらいない。


197 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:20:59 ZEupJCPI0



 丈槍由紀は憐れだ。
 平穏な日常を彼女には全く非のない不条理で打ち砕かれ、大切な人を不本意に失い、心が壊れてしまった娘。何もかも奪われ続けた結果として、彼女は現実を許容出来なくなった。それは確かに逃避であることには違いないが、誰がその弱さを責められようか。そんなことは、きっと誰にも出来はしない。

 ハサン・サッバーハもまた憐れだ。
 聖杯の寄る辺に従い現界し、宛てがわれた主は幻想の日々に微睡み続ける壊れた少女。それでも彼女を見捨てる事なく献身的に護り続け、その上で戦果すら挙げてきた彼は紛うことなき立派なサーヴァントだ。然し優秀過ぎるが故に、彼は誤った。壊れたモノは壊れたままそっとしておけばいい、その至極当然の考えこそが彼の首を静かに絞めていく。
 



 ――嗚呼、なんて可哀想なのかしら。


 こんなのは駄目、すれ違いの悲劇なんて可哀想過ぎて見ていられない。
 そんなに辛い思いばかりしているのに、これからまた泣かなくちゃいけないなんて仕打ちが過ぎるわ。だからねえお願い幸せになって。あなた達は幸せになるべきなのだから、わたしはあなた達のお願いごとに応えてあげる。ううん、応えさせて? だって私はみんなに幸せになって欲しいんだもの。
 あなたが誰でわたしは何で、これまで何があって何がなかった、そんなの全てどうでもいいことじゃない。幸せであることに嘘も真も存在しない。あなたが願ったのなら、それがあなたにとっての本当の幸福なのだから、細かいことを考える必要なんて何処にもないのよ。
 夢見ることは悪いこと? 逃げることは情けない? そうね、あなたがそう思うならあなたの中ではそうなのでしょう。それが全てで、だからこそあなたが願えばそれはちゃんとした道理に早変わり。幸せになりたい、その思いに善悪なんてありはしないのだもの。
 さあ、幸せになりましょう? わたしを見て、わたしを願って、そしてあなたは望み通りの幸せの夢に微睡むの。


198 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:22:01 ZEupJCPI0
「何――」

 疾駆する足を止め、獣の鳴き声を聞いた木こりか何かのようにアサシンは周囲を見渡す。
 その様子には明らかな驚きが見て取れ、彼ほどのサーヴァントをしても予想外の事態が勃発したらしい事が容易く読み取れた。ただサーヴァントに襲撃された程度では、驚かない。今回の聖杯戦争が魔境である事は既に感じ取っているし、その時は厄介だと思いながらも粛々と対処する腹づもりでいた。
 だが今、アサシンの耳粱に触れた声には敵意と呼べる物が全く介在していなかったのだ。例えるならそれは、眠れないと駄々を捏ねる幼子に優しく物語を囁く母親のよう。にも関わらず、アサシンの本能は喧しい程に警鐘を打ち鳴らしていた。危険だ、即座に逃れよ。"お前の側に怪物が居る"。
 それに従い疾くこの場を離れんとしたアサシン――然しその前方に、いつの間にか甘い囁きの怪物は現れていた。

「……ッ」

 可憐な顔貌に優しい笑みを貼り付けて、くすくすと零す笑い声は妖精の囁きのよう。
 だと言うのに、背筋に走るこの悪寒は一体何だ? 眼前に立つのは見るからに非力な、歴代のどのハサン・サッバーハでも一撃の下に抹殺を成し遂げられるだろうか弱い少女のサーヴァント。だがアサシンは一切の誇張抜きに、そんな彼女に対しこの聖杯戦争に召喚されて以来最大級の戦慄を覚えていた。
 それは恐怖ともまた違う。断崖の真上から遥かな深淵を見下ろした時のようであり、毒々しい色合いの醜い毛虫を見つけた時のようでもある。本能的な忌避感と嫌悪感。その両方を全身のあらゆる部位から常に放っている目の前の少女を、アサシンは異形の存在にしか思えなかった。

「貴様は……」

 一瞬にして渇いた口を開き、絞り出すように発声する。
 
「……貴様は、何者だ?」

 短刀に手を掛け、次の瞬間にでもその霊核を破壊する準備を完了した上で、アサシンは少女へ問いを投げる。
 お前は何なのだ、と。この理解不能な何かを理解する為に、意思の疎通を図る。
 それに対し、少女も静かに口を開いた。精微な顔で微笑みながら、憐れな暗殺者の問いに答える。
 それが"答え"になっているかどうかなど、彼女にとっては些細な事だ。

「私は、みんなに幸せになって欲しいだけよ」

 善性に満ちた台詞である筈なのに、これほど心胆を寒からしめて来るのはどういう訳なのか。
 答えになっていない答えを聞くなり、アサシンはこれ以上の会話は無用と判断し短刀を抜き、投擲の構えへと移った。話すことは愚か、一秒とてこの存在を視界に含めていたくない。暗殺者にあるまじき直情的な嫌悪を原動力として、瞬時に敵対行動へ移るアサシン。
 それを見た少女のサーヴァントは悲しむでも怒るでもなく、やはり静かに笑ってみせた。短刀がアサシンの手を離れ、少女の眉間に吸い込まれていく。刃の鋒が彼女の脳天を抉る、その瞬間。美しい桜色の唇が静かに動いて、何事かを呟いた。春の花園で歌うように、冬の雪原で唱えるように。どこか童話じみた幻想的な所作で彼女が発声したその内容を、アサシンは正確に聞き取ることは出来なかった。されど、丸っきり聞こえなかった訳ではない。ある一単語だけは、確かに聞き取ることが出来ていた。


 『幸福』と。
 その次の瞬間――呪腕のハサン・サッバーハは、『幸福』に満たされた。


199 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:23:01 ZEupJCPI0
  ◇  ◇


「――ぬ」

 総身を包む暖かさが、どうやら自分はうたた寝をしてしまっていたらしい事を伝えてくる。
 久しく味わっていなかった心地よい倦怠感に包まれながら、凭れていた柱から体を持ち上げ、沈みかけの太陽に目をやった。
 一体どれほどの時間、自分は眠っていたのだろうか。最近疲れが溜まっていたせいか、眠りに落ちる前の状況が詳しく思い出せない。記憶が混濁していると言っては大袈裟だが、どうやら随分と熟睡していたようだ。何ならこれから更にもう一眠りする事も出来そうな程である。

「ふふ……そういう訳にも行くまいよ」

 軋む体を強引に動かして立ち上がり、もう一度彼方の夕陽に視線を向ける。
 意識が段々とはっきりして来て、自分のこれまでの記憶も朧気ながら浮かび上がって来る。
 これまでのこと。そしてこれからすべきことを、"嘗て呪腕と呼ばれる暗殺者だった"男は思い出していく。
 沢山の犠牲が有った。沢山の無念が有り、涙が有り、そして笑顔が有った。遠くの方から聞こえる誰かの不安などまるで感じさせないのどかな声が、自分達が勝利したのだという事実を如実に物語っている。長い、長い戦いだった。辛く苦しい旅路の末に、漸く勝ち取った勝利。それすら忘れていた自分の呆けっぷりに思わず辟易する。
 
 白亜の理想都市。その最奥に座す獅子の王と、それに仕える騎士達。
 聖抜と称して民を殺し、非道を尽くした彼らとの長き戦いが、つい数日前に漸く終わったのだ。
 勝利の証である右腕の空白を残された左腕で撫でれば、こうして追憶に浸っている暇は無いぞとはっとなる。
 まだ、戦いが終わっただけだ。これからは荒らされ、踏み躙られた世界を立て直す使命が残っている。
 暗殺者ハサン・サッバーハとしてではなく、この時代を生きる一人の力なき"人間"として。
 
 決して楽な道でないことなど承知の上だ。これからも、自分の前には様々な難題や壁が立ち塞がるだろう。
 出来ないからと投げ出す事は許されないし、そんな醜態を晒すつもりはない。それはきっと過酷な道であり、数多の苦悩と数多の疲弊が付き纏うのが誰の目から見ても明らかな難行だ。――それでも。称号を失い人に回帰したこの男にとって、この黄昏に包まれた世界は紛れもない最高の『幸福』だった。
 足を動かし黄昏を進んでいけば、見慣れた顔が温かく迎えてくれる。
 よく眠っていたなとからかう者もあれば、疲労を労ってくれる者もあった。
 そして、遠くの方から自分を呼ぶ幼い声がして。その方向に目を向ければ、ひとりの子供が自分に笑顔で手を振っている。そんな彼を困ったように見つめながら、優しい瞳で自分に微笑んでいるあの女は――

「……ああ」

 噛み締める。
 この『幸福(イマ)』を、二度と無くさない為に。
 
「――今、行くとも」

 そして、全てを得た男は願うのだ。
 顔のない暗殺者など、此処にはいない。
 居るのは一人の幸せな男。優しい世界に囲まれて、久しく忘れていた感情に口許を緩める誰か。
 
 この幸福よ、どうか永遠なれと。

 二度と無くしたくない景色を目に、いざ一歩を踏み出さんとして――


200 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:23:33 ZEupJCPI0



 ――――ごぅん、ごぅん、ごぅん、ごぅん。夜の訪れを告げる鐘の音色が、至高の世界に重く響いた。


「…………こ、れは」

 足が止まる。
 体が止まる。
 視線が止まる。
 呼吸が止まる。
 視界の先の子供と愛しい女も、止まっている。
 周りの声はいつからか聞こえなくなっていて、世界には風一つ無い。

 鐘の音。
 それを自分は知っている。
 ああ――どうして今まで忘れていたのだ?
 それこそは終わりの音色。己が乗り越えたと勝手に錯覚していた死の象徴。

 無論、この『幸福』の中に死などという不幸せなものが存在する訳は無い。あくまで景色の一つとして、世界を構成する雑多な歯車の一つとして鳴り響いただけの音響。"幸せを司る怪物"は人に幸福な夢を見せ、溺れさせるが、彼女自身があれこれ考えて夢を編んでいる訳ではない。彼女に囚われた者が望んでいる景色、光景。彼女はその人物にとっての『幸福』を具現させ、幸せな微睡みの完成を後押ししているだけに過ぎない。
 要するに鐘というパーツは、夢見る彼の脳内に存在していた景色の一つだった。
 彼のみではない。歴代のどのハサン・サッバーハが彼女に囚われたとしても、必ずや同じ事になったろう。
 ハサン・サッバーハ――暗殺教団を統べる当代の"山の翁"がその資格を失った時、その存在は現れる。晩鐘の音色を響かせて、彼らの任を解く為に。故にこそ、鐘の音色は彼らの酔いを覚ます。恐るべき"初代"の存在しない世界ですらも、かの冠位暗殺者の存在は教主達を戒め続けるのだ。

 そうだ、これは夢だ。呪腕のハサン・サッバーハという男が望む幸福を、一体の怪物が具現させた偽りの世界。


201 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:24:23 ZEupJCPI0
「――おのれ、がァ……!!」

 まんまと酔わされていた自分への怒りと屈辱、あまりの冒涜に意識を怒りが満たしていく。
 作られた景色を切り裂いた次の瞬間、彼は元通りの鎌倉市――山林の中へと巻き戻り、悪辣なる怪物は変わらぬ表情で笑いかけていた。どうしたの、幸せになりたいのでしょうと。囁く精微な顔貌を、最早アサシンは悍ましい怪物のそれとしか認識出来ない。眉間に確かに炸裂させた筈の投擲が全く効果を成していない事実は不可解だが、それについて考える時間すら惜しいと、アサシンは宝具の開帳を決心する。
 ――間違いない。このサーヴァントは、"最悪"だ。現実から逸脱した『幸福』を望む気持ちが少しでもあれば、容赦なく甘い夢の只中に落とし込んでくる見目麗しい食虫植物。他の主従がどんな末路を辿ろうが知ったことではないが、これまでに彼女の毒牙に掛かって物言わぬ白痴と化した者がどれだけ居るのか考えたくもない。そして何より、自分もあと少しでその一員となりかけていたという事実が忌まわしくて仕方がなかった。

「瞬きの内に殺してみせよう。貴様は我が逆鱗に触れた」

 ひらりと身を躱せば、少女のサーヴァントの姿が数メートルは後方へと移動する。
 されど、敏捷に優れたアサシンにとってその程度の距離など所詮誤差でしかない。文字通り瞬きの内に確保された距離を詰め、夢見る冒涜者を必殺のリーチへと収めた。
 ――『呪腕』の宝具はその肩書の通り、呪われし魔腕である。彼の右腕は精霊シャイタンの腕で有り、人間を呪殺する事に何より長ける。それはサーヴァントに対しても同じだ。中東に生きた山の老翁、暗殺教団全十八代が一。その魔腕が今、幸福という名の怪物の胸へと触れた。
 
 瞬間、彼の手元に現れたのは――あろうことか怪物の"心臓"だ。無論、今の一瞬の内に抉り出した訳ではない。それどころか、彼女の心臓は今もその平坦な胸の奥で鼓動を刻んでいる。
 今アサシンが握っているのは、エーテル塊によって作り出された少女の心臓の二重存在。もっと通じの良い言葉に直すなら、コピーと呼ぶべきそれに他ならない。だが偽物は偽物でも、シャイタンの右腕が生み出した二重存在は単なるガラクタに非ず。事実この時点で、『幸福』の少女の命運は完全に尽きていた。
 日本風に言うならば、これは即席の藁人形なのだ。宝具『妄想心音(ザバーニーヤ)』は、暗殺対象の心臓の鏡面存在を創造する奥義。鏡写しである故に、呪いの魔腕によって創造されたそれは暗殺対象の心臓と連動している。
 呪術の世界では、これを類感呪術と言う。類似したもの同士は互いに影響しあうという発想に則った呪術形態。一口に呪術と言っても種類は多岐に渡るが、特に此処日本で最もポピュラーな呪術と言えば、間違いなくこれだろう。

 本物と連動した偽物の心臓。
 それが今、アサシンの手の中にある。
 ではそれは、一体何を意味するのか? その答えは、問うまでもなく明らかとなった。


「苦悶を溢せ――『妄想心音』」

 紙風船を握り潰すように、少女の偽心臓が粉砕される。
 それと全く同時に、確かに其処に存在していた筈の少女の姿が薄れ、虚空へ溶け始めた。
 これぞ、呪腕のハサン・サッバーハが誇る呪殺奥義。作り出した偽物の心臓を粉砕する事で、連動して本物の心臓をも遠隔破壊する必殺宝具である。

 心臓を砕かれ、薄れ行く少女の体。
 然し、宝具を炸裂させたアサシンの口元に会心の笑みは浮いていない。寧ろその逆、苦々しいものが貼り付いている。その理由は単純明快、彼は偽の心臓を粉砕した瞬間に理解したのだ。"これでは此奴は殺せない"と。何故なら砕いた心臓には、凡そ手応えと言うものの一切が欠けていた。それこそ紙風船のように、中身が空洞であるとしか思えなかった。
 そして、その通り。幸福の少女はアサシンの宝具から、微風に吹かれた程のダメージも受けていない。
 何故ならそもそも彼女は此処に居て、同時に此処には居ない存在。幻に限りなく近い虚像。霧で出来た心臓を幾ら潰されようが、怪物の本体には何の悪影響もない。その事実は、アサシンでは彼女を殺せないと言う事を意味していた。少なくとも、この場では。アサシンの宝具が『妄想心音』のみであり、幻像の存在を殺められるような便利なスキルも所持していない以上、忌まわしいが、完全に打つ手は潰えたと言う他ない。


202 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:25:14 ZEupJCPI0

 だが。サーヴァントである以上、聖杯戦争の舞台からその存在を弾く手段は必ず有る筈だとアサシンは冷静に推察する。
 例えば、彼女をこの地に呼び出したマスターの抹殺による自動消滅。これが最も現実的な手段だが、同時に最も非現実的な手段でもあった。少なくとも眼前の怪物に、マスターだから夢に落とさないなんて分別が有るとはアサシンにはとても思えない。あくまで予想でしかないが、元凶となったマスターは召喚した瞬間に令呪を使う間もなく夢へ落とされ、幸福の内に衰弱死でもしたのではないかと彼は踏んでいた。
 その予想が当たっていれば、この怪物は驚異的な単独行動スキルで現界を維持していると言う事になる。
 どんな攻撃をしても滅ぼせない不滅のサーヴァント。そんなものが仮に存在したとして、マスター無しでいつまでも生き残っていられるとは思えない。無差別に夢を撒き散らしてきたのだろう彼女に魔力の消耗が全く見られない以上、魔力が尽きるまでの猶予付きで鎌倉に残留していると言う事も無い筈。となれば、残された答え/取るべき手段は一つしかない。

"此奴は触覚――何処かに、これを動かしている『根』があるのだな"

 根とは言うが、実質的には心臓と同じだ。それを破壊する事で、恐らくこの怪物も殺す事が出来る。
 言葉にするだけなら簡単だが、それが用意ではないだろうことも、アサシンは理解していた。鎌倉の広い街の中から、奴の本体が眠る場所を探り当てる。よしんば其処まで完遂出来たとして、果たして己のみの力で討伐を成せるかどうか。暗殺者のサーヴァントであり、おまけにマスターが病んでいる現状、同盟を組む事も出来れば避けたいのが本音だ。
 兎にも角にも、この場で此奴とこれ以上対峙している事に意味はない。アサシンは悪罵の声を叩き付けるでもなく、消滅寸前の少女の脇を通り過ぎて離脱を図る。――が。その時、消えかけの少女が微笑んだ。そして、決して無視できない言葉を口にした。幼児に向けるような優しい声色で、どんな魔物よりも悍ましい言葉(ノロイ)を。

「そっちの子は、幸せになってくれたみたいね」

 ハッとなってアサシンは、左に抱くマスターの顔を見る。
 安らかで、満たされたような顔をしていた。それはとても微笑ましく、事情を知らぬ者が見たなら思わず頭でも撫でたくなるような幸せそうな寝顔。"余程良い夢を見ているのだろう、起こすのは酷だなあ"等と、戯言の一つも零してしまうような。『幸福』に満ちた顔で、丈槍由紀は怪物の術中に落ちていた。

「貴様――ッ!!」

 叫べど、もう其処に怪物の姿はない。なのにアサシンは、自分の鼓膜に少女の笑い声がまだこびり付いているような錯覚を覚える。それに形容し難い忌まわしさを覚えながら、それどころではないと眠りこける由紀の体を揺さぶりにかかった。

「ユキ殿――起きられよ、ユキ殿!!」

 返事は、ない。閉ざされた瞼が上がることもなければ、んんぅと眠りを阻害された事への苛立ちを見せる様子さえない。
 丈槍由紀はハサン・サッバーハの腕の中で、深い、深い眠りに落ちていた。彼に何か、由紀に強く現実を意識させる手段が有ったならば、大した事態ではなかったろう。所詮夢は夢。ちょっと普通より深いだけの眠りなのだから、意識の深くまで届く声があれば怪物の宝具は払拭できる。然し――ハサン・サッバーハという英霊にはその手段がない。丈槍由紀を現実まで引き戻せる、彼女を起こす為の声がない。
 由紀に、自ら幸福の世界をかなぐり捨てる気概があれば話は別だろうが、それは余りにも望みの薄い話だった。
 現実に打ち拉がれ、目の前の世界から目を背けるしかなかった娘。聖杯戦争の中でも一人夢を見続けていた彼女が、自分の意志で辛い現実を受け入れる等とてもではないが不可能だ。しかも、問題は過去に負った心の傷だけじゃない。
 緩やかでも、少しずつでも治癒は進んでいた傷。其処に駄目押しとばかりに釘を捩じ込んだのは、他ならぬハサン・サッバーハその人なのだ。そのことに気付きもせず、幸福に墜ちたマスターを引き戻さんと四苦八苦する姿は、事情を知る者が見たなら滑稽な道化にすら写るだろう。

 最早事態は急を要する。
 一刻も早く、あの怪物の『根』を探し出し、撃破して宝具を解除させねば――由紀を待っているのは緩やかな衰弱死だ。願いを求めるサーヴァントとして、それと同時に丈槍由紀という娘に仕える者として。その結末だけは、何としてでも回避せねばならないとアサシンは思う。故にこの時、彼の行動目標は決定された。
 『幸福』のサーヴァントの可及的速やかな抹殺。如何なる手段、如何なる策を用いてでも、それを成し遂げねば未来はない。度重なる失態に身を焦がしながら、それでも由紀の為にとアサシンは鎌倉の大地を駆ける。

 未だ、何も知らぬまま。致命的なまでに事の核心を見つめないまま、暗殺者は颶風となる――


203 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:26:01 ZEupJCPI0

【B-2/浄智寺付近の山林/一日目 午後】

【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[令呪] 三画
[状態] 昏睡
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: わたしたちは、ここに――
0:…………。
1:■■るち■んにア■■■ーさ■■■。■いお■達にな■そう!
2:アイ■■ん■セイ■■さ■もい■■■ゃい! ■■はお■さ■■多■ね■
3:■■■■■■■■■■■■■■■■■
4:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[備考]
※サーヴァント同士の戦闘、及びそれに付随する戦闘音等を正しく理解していない可能性が高いです。
※『幸福という名の怪物』に囚われました。放置しておけば数日以内に衰弱死します。


【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night】
[状態] 健康、魔力消費(中)、焦燥
[装備]
[道具] ダーク
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:由紀を守りつつ優勝を狙う
0:『幸福』のサーヴァントの早急な討伐。並行して由紀を目覚めさせる手段の模索
1:由紀の安全を確保する
2:アサシン(アカメ)に対して羨望と嫉妬
3:セイバー(藤井蓮)とアーチャー(東郷美森)はいずれ殺す
※B-1で起こった麦野たちによる大規模破壊と戦闘の一部始終を目撃しました。
※セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)の戦闘場面を目撃しました。アーチャー(東郷美森)は視認できませんでしたが、戦闘に参加していたことは察しています。
※キャスター(『幸福』)には本体と呼ぶべき存在が居るだろうと推察しました。


【???/?????/一日目 午後】

【キャスター(『幸福』)@地獄堂霊界通信】
[状態]健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:幸福を、全ての人が救われる幸せな夢を。
1:みんな、みんな、幸せでありますように。
[備考]
幸福』は生命体の多い場所を好む習性があります。基本的に森や山の中をぶらぶらしてますが、そのうち気が変わって街に降りるかもしれません。この後どうするかは後続の書き手に任せます。
軽度の接触だと表層的な願望が色濃く反映され、深く接触するほど深層意識が色濃く反映される傾向にありますが、そこらへんのさじ加減は適当でいいと思います。
スキル:夢の存在により割と神出鬼没です。時には突拍子もない場所に出現するかもしれません。
エリア移動をしました。何処に移動したかは次の話に準拠します。


204 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:26:25 ZEupJCPI0
  ◇  ◇


「……輩。先輩、ゆき先輩っ」

 体を揺さぶられて、目を覚ます。
 寝起きで潤む瞳を擦ると視界が晴れてきて、其処には呆れたような顔で由紀を見ている後輩の顔があった。
 
「んぅ……あれ、みーくん……」

 直樹美紀。学園生活部の可愛い後輩。
 部長の悠里とはまた別なベクトルで真面目な彼女を見て――由紀は、その大きな瞳から一筋の涙を零した。
 瞳の潤みが水滴になって零れたとか、そういう訳ではない。

「あ、あれ? なんでだろ……わかんないけど、涙、止まらない……」
「ちょっ……ゆき先輩? 本当にどうしたんですか……具合でも悪いんです?」

 不安げに顔を覗き込んでくる彼女に心配をかけないために制服の袖で涙を拭いて、空元気で笑ってみせる。
 
「ちょっとね……変な夢を見たの。すごく怖くて、嫌な夢。みーくんがいなくなっちゃう夢」

 まるで現実でついさっきあったことのように、その光景は思い出せる。
 胸から銀の刃を生やして、茫然とした顔をしている美紀。
 そして、それを見ている自分。ひどい――ひどいユメだった。二度と見たくないと心からそう思う。

「……ふっ」
「あっ、笑うことないじゃんっ。本当に悲しかったんだからね!」
「いや、……なんだかゆき先輩らしいなあと思って」

 美紀は笑いながら、「大丈夫ですよ。所詮夢は夢なんですから」と由紀を励ます。
 その言葉に、ほんの一瞬だけ何か引っ掛かるものを感じたが、「そうだよね」とすぐに由紀も笑う。
 それから由紀は、おもむろに美紀の手を握った。
 あたたかい、柔らかい手触り。その感覚にようやっと、心の底から安堵する。

「……よかったあ」

 また浮かんできた涙を拭って。

「みーくん、ちゃんとここにいるんだね」

 美紀は一瞬きょとんとしたが、ぽかんとした表情はすぐ「仕方ない人ですね」とでも言いたげな苦笑に変わった。

「はい。私は、ちゃんとここにいますよ」


 斯くして少女は救われた。因果、理屈、善悪、そんなものは揃って全部どうでもいい。
 幸福には嘘も真も存在しない。誰かの願った福音は、その人物の中では紛うことなく真実の救いなのだから。
 桃色の霧で周囲を包まれた学び舎で、少女達は自分達の存在を確かめ合う。
 たとえ嘘でも、偽りでも。逃避した末の幻想だとしても――彼女たちは、そこにいる。


205 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:26:52 ZEupJCPI0
投下を終了します


206 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/07(火) 16:24:26 2d2Cb6Xk0
投下乙です。
非常に高い文章力で描かれるゆきとハサンの噛み合わない擦れ違い、そしてまさかの六章ネタ! ハサンにとっての幸福の景色がかの光景であること、そしてその夢を覚まさせるのが晩鐘の音であること、そのどちらもが十分すぎる説得力となって伝わり、「おお!」と唸らされました。
そして二重の意味で夢に沈むゆき。美紀の「ちゃんとここにいます」という台詞が何とも皮肉めいて、綺麗な情景とは裏腹の不気味さを醸し出してますね。

予約ではありませんが、FGOでの設定追加等を鑑みてキャスター・幸福のステータス表を一部書き直させていただきました。
あくまで若干の言い回しの変更なので、これまでの話との矛盾や性能の変化はないはずです。


207 : ◆H46spHGV6E :2017/02/09(木) 20:53:13 aRui5Bc20
投下乙です
ハサン先生、これまで悪環境の中で獅子奮迅の働きをしてたけど確かに彼はゆきを知ろうともしてませんでしたね
初代様にも言われた「お前は諦めが早い」がこんな形で活きてくるとは

私もみなと&ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン、東郷美森、衛宮士郎&アカメで予約します
同時に延長も申請しておきます


208 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/15(水) 14:03:04 h1MbtbGU0
エミリー・レッドハンズ、ウォルフガング・シュライバーを予約します。


209 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:50:28 bOULc1sw0
投下します


210 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:51:35 bOULc1sw0


―――アサシンがその激突を目撃したのは偶然であり、同時に必然だったと言えよう。



孤児院であまりにも不本意な形で生じた最優のクラスたるセイバーとの正面対決から辛くも逃れた後、アサシン主従は二手に分かれて行動していた。
マスターの士郎は群衆に紛れて拠点に帰り、アサシンは鎌倉の最南端である海洋に鎮座する戦艦の偵察に向かっていた。

何時から其処に在るかは定かではないが鎌倉全域を射程に収めていると思しき彼の船に対し無警戒でいるのは愚の骨頂。
それ故こうして物陰から鎌倉を睥睨するかの如き戦艦を見て、改めてその威容を感じ取っていた。



(―――想像以上の圧だ)

肉眼で直に視認する彼の船の威容はやはり並の宝具のそれとは違う。
あるいは搭乗するサーヴァントの圧力が滲み出ているのか、ともかく相手が色々な意味で凡百のサーヴァントとは違うことは見て取れた。
なるほど確かに堂々と海上に布陣するという馬鹿げた行為に出るだけのことはある。それにあの行為にも利がないでもない。

来るなら来い、という意思表示とも取れる示威行為はそれだけで半端な実力しか持たぬ者どもを寄せ付けぬ威圧感を放つ。
また海上という地理が水上を移動する術を持たない大半のサーヴァントが近づくことを許さず、接近できたとしてもあそこからでは丸見えというもの。
かくいうアサシンもあの戦艦へ上手く近づく手立ては今のところ何も見出せない。

となればロングレンジからの射撃戦を挑むのが定石となるが、そこで問題となるのがあの戦艦がどれだけの性能を有しているか、という点だ。
鎌倉市に砲撃を行うという参加者への挑発めいた行動までしておきながら、まさか相手の射砲撃に対する備えがないとは思えない。
マスターの士郎は弓の英霊に勝るとも劣らぬ技量を持ち、サーヴァントすら爆殺し得る武装もあるがそれ一つで戦艦に抗するのは無理がある。
第一、先んじてあの船に挑んだところで後ろから他の者に撃たれるのがオチだ。

(士郎、例の戦艦を確認した。やはり海上に布陣するだけあって一筋縄ではいきそうにない。
正直に言って私達であれをどうにかするのは不可能だと言わざるを得ない)
(やっぱりそうなるか。だとしたら出来るやつに倒してもらうしか手がないな)
(確かにその通りだが、アテはあるのか?)

士郎と念話を繋ぎ、対策を話し合うも答えは手詰まりの一言。
とはいえ戦艦を操るサーヴァントを退場させる術が存在しないかと言われれば否だ。
聖杯戦争には相性がつきもの。自分たちでは倒せない敵がいるのなら他の者にやらせればいいだけの話。
そして衛宮士郎には戦艦を打倒できる存在に心当たりがあった。



(アサシン。さっきのセイバーが使っていた剣は―――エクスカリバーだ)


211 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:52:13 bOULc1sw0


士郎の断言にアサシンは困惑を禁じ得ない。
何しろ先のセイバーの宝具は大気を圧縮させた風の鞘に封じられており、その全貌を目にすることはできなかった。
実を言えば先の戦闘でアサシンがあれほど圧倒的にセイバーに遅れを取った原因の一つにはこの風の鞘があった。
無論両者に多大な実力差があったことは紛れもない事実ではあるが、相手の武器の間合いを測れないという不利は決して小さくない。
たらればの話をしてどうなるものでもないが、もしセイバーの得物のリーチがわかっていればアサシンも多少はマシな戦いが出来ただろう。
閑話休題。

(どうしてわかる?)
(前に俺の世界で起きた聖杯戦争の話はしたよな?
その聖杯戦争で戦った六人六騎のマスターとクラスカードの中にあのセイバーとよく似た鎧を纏い、風の鞘で覆った聖剣を使う者がいた。
鎧の意匠が似ているだけならまだしも風で刀身を隠すなんて芸当を違う英雄が使っているとは思えない。
さっき戦いながら把握してたんだが、刀身の長さも綺麗に一致したから間違いない)
(そうか。あれが彼の騎士王で間違いないなら確かにあの戦艦をいつまでも放置することは有り得ない)

星の聖剣エクスカリバーの担い手、円卓を束ねし常勝の英雄王アーサー・ペンドラゴン。
それほどの大英雄ならばアサシンたる己が勝てないのも当然だろう、と改めてアサシンは納得する。
同時に十二の会戦に勝利しブリテンを守護した正当なりし英雄が市井を脅かす黒の戦艦を危険視しない理由もまたあるまい。

英雄性を抜きにして考えてもセイバーは最終的に戦艦を操るサーヴァントに挑むしかない。
セイバーのマスターは孤児院に引き取られている子供であろうことはほぼ確実であり、つまり迂闊に拠点を移せないということだ。
何時孤児院目がけて砲撃が来るかわからない以上、セイバーは絶対にあの戦艦を無視し続けることができない。
そしてセイバーが無事に黒の戦艦と対峙を果たせば、エクスカリバーを以って見事に討ち果たすだろう。
宝具には相性というものがあり、鈍重で巨大な的である戦艦はエクスカリバーとは相性が悪いからだ。
自分たちはその舞台をお膳立てしてやることに終始すればいい。

そうしておいて、宝具を使用し疲弊したセイバー、あるいはそのマスターを討ち取るのがスマートだ。
あらかじめ相手の真名がわかっているのだから士郎ならば弱点を衝ける剣を用意しておける。
セイバーの方はこちらがセイバーの真名を知っているという事実を知り得ないというのも良い。一方的に対策を立てられるというものだ。



(待て、士郎。接近してくるサーヴァントがいる。…相当な規模の英霊だ。
私は引き続き隠れて偵察を続けるが万一発見されたら撤収してそちらに合流する)
(わかった。十分気を付けてくれ)


212 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:52:53 bOULc1sw0

アサシンのサーヴァントとしての知覚がこの場にやって来るサーヴァントの気配を捉えた。
とはいえそれだけで発見されたと考えるのは早計に過ぎる。
アサシンには最高峰の気配遮断スキルがあり、相当高ランクの気配察知スキルでも持たない限り発見できるものではない。
相当の実力者であるセイバーでさえ直感か何かの能力で微かな殺気に気づくのがやっとで対面するまでアサシンの正体には気づいていなかった。
迂闊に動かずまずは様子見に徹するのが得策だ。



やって来たのは長い赤髪の、女性と見違えかねない端正な顔立ちの少年だった。
彼自身はサーヴァントではない…ないが、霊体化して侍るサーヴァントの気配は存分に感じ取れた。
実体を現してすらいないというのにピリピリとした威圧感が肌に伝わってくる。

やはりと言うべきか、彼らは隠れ潜むアサシンには全く気づいていない。
というよりあの戦艦の威容を彼らも確かめに来たと言うべきか。あれのおかげでアサシンの存在が更にカモフラージュされている。
少年は何か思案しながら海岸線にほど近い道を脇にずれるようにして歩いていく。通りの曲がり角へ差し掛かった辺りで彼のサーヴァントが不意に姿を見せた。

――――――あれは、不味い。
鋼、一目見てそう形容できる長身痩躯のサーヴァントは並の英霊とは一味どころか一桁は違っていそうな超常存在だった。
軽く見積もっても先のセイバーと同等かそれ以上、それ以前に戦ったランサーなどでは最早比較対象にすらならない。
あのセイバーの他にもまだこれだけの規模を持つサーヴァントがいようとは。

「どうしたんだライダー、サーヴァントの気配でもあったのか」

少年の疑問には答えず鋼の男は少年を先導するように歩き出し、やがて人通りのない路地裏へと入っていった。
事ここに至り、これから何が起ころうとしているのか察せぬほどアサシンは愚鈍ではない。
更なる超級のサーヴァントの気配を明瞭に感じ取っていた。これは後をつけない理由がない。
むしろ鋼の男を誘っているのかと勘繰るほど不自然な気配の現出だ。おかげでアサシン自身の存在が露見する可能性が更に下がったのは有難くはあるが。



赤髪の少年の背後から急に影が現れた。いや、実際に影と見紛う漆黒を形にしたかの如きサーヴァントであった。
この黒衣の男もまたセイバーや鋼の男に匹敵する手練れだ。この調子では彼らに並ぶサーヴァントが他にもいるかもしれない。頭が痛い話だ。

「ここは市街地にほど近い。小競り合いならまだしも、本格的な戦いともなれば多くの被害が出る。お前はそれを容認するか?」

黒衣の男がマスターである少年へと問いかける。
確かにあの二人ほどの戦士が戦闘行為など行えば被害は人気のないこの一帯だけでは済むまい。
それを察したか少年は黒衣の男に向けていた黄金の杖らしきものを下ろした。無論警戒態勢までは解いていないが。

「賢明で助かる。私としても事を構えるつもりはないのでね」
「……なら、一体何のために僕たちの前に姿を現した。まさか偶然の産物だとでも?」
「あり得ない、と言い切ることができるのか?」

ひどい冗談だ、とアサシンは内心でひとりごちる。
誘っていたのは明らかにお前の方だろう、と状況が許すなら非難してやりたいところだ。
まあすぐに黒衣の男が「冗談だ」と訂正したのだが。

その後行われた会話の内容をアサシンはしっかりと聞き取っていた。中には聞き捨てならない単語もあった。
黄金の獣にDreizehnの天秤。これだけの手掛かりがあればアサシンにも鋼の男の正体は看破できる。
聖槍十三騎士団の大隊長が一人、鋼鉄の腕(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)。あらゆる全てに終焉を齎す破滅の拳を宿す者。
それならばまっとうなサーヴァントとはまるで次元の違う存在感にも合点がいく。
それに黒衣の男は「お前達」と言った。つまり他の聖槍十三騎士団がこの鎌倉に存在するとでもいうのか。


213 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:53:54 bOULc1sw0

「唯一無二の終焉を寄越せ。だがそれを為すのは貴様ではない」
「我が身では不足と言うか。随分と高望みをするものだ、ならばかの愛すべからざる光に挑めば良かったものを」
「抜かせ」

幾ばくかの応酬を経て、ヒトガタの災厄二つが共に地を蹴り激突を果たした。
黒剣が空を断ち、絶拳が虚を穿つかの如き戦はこの世の物理法則を徹底的に蹂躙する凄烈さだった。
サーヴァントたるアサシンには両者の動き、一挙手一投足が確かに見えている。見えているが故に悟ってしまう。

―――あれは駄目だ。同じサーヴァントでも自分などとは天と地の差がある。
元より暗殺者とは戦う舞台が違う者ではあるが、まっとうに戦えば戦闘行為すら成立せずにこちらが灰燼に帰すのみだろう。

状況が許すのなら感嘆の息を漏らしてしまうかもしれないほどに濃密な経験と技量を感じさせる両者の戦いはしかし、ただの一発も互いの肉体に命中することはない。
それは当然、どちらもが防御不可能にして必殺の技を絶えず繰り出しているからだ。
このような局面での両者共倒れなど有り得ぬ話。故に二人は舞踏を舞うが如くして決して嚙み合わぬ応酬を繰り返す。
その馬鹿げた妄想じみた様子の攻防はしかし現実に行われているものであり、彼の帝国最強の女傑ですらこの二人の前では初めて剣を執った小娘同然に成り下がるであろう。



戦いの中、鋼と黒衣は問答を交わす。それは何の間違いかサーヴァントとして迷い出た鋼の男、マキナの本質を突くものであった。
それはアサシンには関わりのない話だったが、絶え間なく行われていた応酬の一瞬の空白から行われた問答の後、両者はこれまでの攻防が児戯に思える必殺の空気を纏った。

「――――――」

これは絶好の機会だ―――そう早計に断じるほどにアサシンは愚かではない。
必殺、つまりは宝具に相当する攻撃に出ようという態勢にあって尚この二人に隙と呼べるものは存在しなかったからだ。
いや、彼らと同等の使い手であればそれを隙と呼び一太刀を入れることが敵うのであろうが、少なくともアサシンに出来る芸当ではない。
仮令気配遮断という優位性を活かし、こうして近くで一方的に観戦しているとしてもだ。
だがサーヴァントといえど誰しもがアサシンと同じ見解に至るわけでもなかったらしい。

遠方より飛来した三つの弾丸が鋼と黒衣の両者によって打ち落とされた。ご丁寧にマスターの赤髪の少年を狙った分もだ。
アーチャーのサーヴァントの仕業だがしかし何と未熟な。相手が狙撃しようとしている自身を捕捉しているかどうかすら判断できないとは。
言うまでもなくアーチャーの気配は二人の男には勿論、アサシンも察するところだった。
抜き身すぎる殺気はそもそも人を狙い撃つという行為そのものに慣れていないのかと疑うほどのお粗末さだ。マインなら決して有り得ぬ不始末だ。

どうやら鋼のサーヴァント、マキナはアーチャーを追撃し、黒衣のサーヴァントは戦意がないのか戦闘を止めた。
良くない状況だ。強豪同士潰し合ってほしいところだったがそう上手くはいかないらしい。
加えてマキナの存在は士郎とアサシンが先ほど練った計画の大きな障害になる。

マキナの宝具は誕生から僅かでも時が経過していれば問答無用に触れた全てを終焉に導く概念を帯びた絶拳。村雨の上位互換と呼ぶのも担い手ながら憚られるほどの超絶宝具だ。
セイバーの宝具であるエクスカリバーとは最悪の相性だ。戦えば容易くセイバーが粉砕されて終わる。
それに恐らくだがマスターのバックアップという観点でもマキナの方が優れている。あれほどの魔力を持つマスターなどそうそう転がってはいまい。


214 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:54:32 bOULc1sw0

さりとてマキナが戦艦を駆るサーヴァントの打倒に役立つかと言えばノーと言わざるを得ない。
これまた宝具の相性というもので、地に足つけていなければ成り立たないタイプの戦士であるマキナでは海上3㎞先の戦艦には立ち向かえないのだ。
まともに戦えば自分たちは愚かセイバーでも勝てないが、放置してもただ戦うだけで鎌倉中に被害を撒き散らし、やがてはアサシンが隠れ潜む場所すら消滅せしめるだろう。



―――だが勝てずとも手立てはある。奴が他のサーヴァントに対し攻勢に出ている今ならば。
しかし仕掛けられるのか。出来たとして、それをやっていい状況なのかどうか。



(士郎、実は)
(いい。状況はお前の視界を借りて大体把握してる。
あの軍服のサーヴァントとマスターはここで落とそう)

士郎に念話を入れたところ、間髪入れず返事が返ってきた。
いつの間にか視界共有を行い事のあらましは把握していたようだ。
だが、マキナと赤髪の少年主従への奇襲はアサシン自身考えたことといえどやはりリスクが大きすぎはしないか。
単純な成功率もそうだが、自分たちは既に連戦を経ている。魔力消費が非常に少ないアサシンはともかく士郎は肉体的な疲労の問題もあるはずだ。

しかし同時に鍛え上げられた心眼が好機はここにしかないと告げていた。
マスターを連れての追撃戦となれば、どれほど気を張っていたとしても完全に普段通りの警護をすることなど不可能だ。
間合いが拳の届く範囲にしかない、攻勢特化型サーヴァントのマキナであればその傾向は尚更強まる。
無論生半な強襲では膨大な戦闘経験とアカメすら上回るであろう心眼に看破され、目論見ごと破砕される結果に終わるだろう。今マキナに追撃されているアーチャーが良い例だ。

何より今もってアカメの存在がマキナ及び黒衣のサーヴァントに全く捕捉されていないという事実が最大の好機の訪れを知らせている。
勿論上級のサーヴァント相手であってもそこにいることを悟らせないのが気配遮断スキルの効能にして存在意義だ。が、今回相手取ろうとしているのは上級ではなく超級のサーヴァント。
流石に詳細な位置までを感じ取ることは専用の技能でも備えていない限り有り得ないとしても、先のセイバーのように向けられる視線や殺気に気づく程度のことなら有り得なくはなかったはずだ。
その様子すら全く見受けられない、というのはアサシンが様々な幸運に恵まれた、あるいはマキナが不運に見舞われたからだ。

黒の戦艦の存在、黒衣のサーヴァントの挑発的な誘いに隠す気も感じられないアーチャーの殺気。これらの複合的要因がマキナにアサシンの気配を感知させなかったのだ。
それだけなら一方的に情報収集ができた、というだけで済む話だが今のマキナはマスターを連れた上で他のサーヴァントを追撃している。
本選の進行速度を考えても、一定の勝算を以ってあの主従に挑める機会は今後もう訪れない可能性が極めて高い。
そしてその「一定の勝算」とはアサシン単独ではなく士郎との連携があって初めて存在し得る。


215 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:55:13 bOULc1sw0



(…わかった。しかしお前の狙撃がないと作戦は成り立たない。
家に帰るところだったんだろう?ポジションは取れるのか?)
(実はお前の視界を借りたあたりから移動してたんだ。
急げば良い位置で狙撃できると思う。むしろお前の方が危険な役割だろ?絶対に無理はするなよ)
(いや、お前が言うな。…まあそれはともかく、実行するにもまだ問題はある。
見たと思うが黒衣のサーヴァントも今の私達ではどうしようもない強敵だ。好戦的ではないようだからこちらから刺激しない限り反撃される可能性は低いがそれが楽観でない保証もない。
奴の大まかな位置は常に知らせるから絶対に奴の射線に入らないようにしろ。数㎞単位で届く遠距離攻撃を持っているぞ)




     ▼  ▲




しくじった。アーチャー、東郷美森は絶望的な逃走劇を演じながら先の失態を悔いていた。
敵を発見し、尾行したまでは良かった。しかし狙撃のタイミングを完全に誤った。
戦っていた二人のサーヴァントの宝具が完全に発動しきるまでは撃つべきではなかった。

あるいは恐れていたのかもしれない。
あの二人が有する宝具が激突した時、如何なる現象が起きるのか。少なくともアーチャーの認識や理解を遥かに超える事象が起ころうとしていたことは間違いないように思う。
その未知こそを恐れてあのような暴挙にして愚行に踏み切ってしまったのかもしれない、と自己分析した。

「やってしまったことはもう取り返せない。だから…!」

マズルフラッシュ。二挺の銃で後方へ銃弾を発射した。
迫りつつある追跡者には効果があるとは思えないが少しでも足を止めなければならない。捕まれば待っているのは一撃の下に訪れる死だ。



このまま行けば程なくアーチャーを捉えられる。ライダーからつかず離れずといった距離で滑空するみなとは遠からず訪れるであろう決着を予感していた。
あまりライダーの近くにいては彼の戦いを邪魔してしまうし何より余波でみなと自身が重篤なダメージを負いかねない。さりとて遠すぎてもライダーの守護が間に合わない。
ライダーもまたみなとを護衛するために彼のスピードに合わせて追撃の速度を緩めている。いや、みなとも全速力なら容易く単独でアーチャーに追いつけるのだが相手はサーヴァント。
まっすぐ全速力で突っ込めば何があるかわからない以上、程ほどにスピードを落とし慎重に追う必要がある。
幸いにして敵のアーチャーはかなりの鈍足のようで多少速さを落としたところで追撃には然したる支障はない。

「気を抜くな。我らはアーチャーを追っていると同時に最大の隙を晒している」
「わかってるよ。さっきの奴にしても手を出さないという言葉が嘘じゃない保証もないからね」
「違う。狙撃の気配だ」

ライダーの言葉に思わずギョッとして周囲を見渡す。だがそれだけで相手が見えるはずもない。
彼はこう言っているのだ。「どこかで第三者が狙撃の機会を狙っている」のだと。
しかしそれだけ理解していれば問題はない。仮令如何なる相手が自分を狙っていようとライダーが遅れを取るとは思えない。
宝具の発動の隙を突かれた先ほどでさえ予め読んでいたとしか思えない超反応で迎撃してのけた。きっと彼の中では既に迎撃態勢が敷かれているに違いない。
後はみなと自身の心構えの問題だ。ライダーのマスターとしてあまり無様を晒すわけにはいかない。



「来るぞ」



そう言って、ついにアーチャーを踏み込めば拳が届く距離にまで追い詰めたライダーがアーチャーへ躍りかかる。
この意味を理解できぬほどみなとは愚かではない。つまるところあれは狙撃手の位置を明確にするための誘いだ。
一見してライダーに隙が生まれたように見えても彼にとっては隙足り得ぬものでしかないのだ。
理解すると同時に気を引き締めたみなとの耳に風切り音が聞こえた。


216 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:56:23 bOULc1sw0



―――何のつもりだ?



ライダー、マキナは4㎞先から迫る凶弾を明瞭に認識していた。いや、それは弾丸というよりは柄の部分だけを矢に適した形に改造したような刀剣の宝具だった。
しかしそれは超音速で飛来しながらライダー、みなと、アーチャーのいずれにも直撃しないコースを辿り、一瞬後にはライダーの手前に落ちる運命にある。
はっきり言って敢えて迎撃する必要も感じない。狙撃手の腕が悪いのか。いや有り得ない。
これほどの距離から矢を放ち、宝具を撃つ者がサーヴァントでない筈もない。この距離ではサーヴァントの反応は感知できないが相手の正体は火を見るより明らかだ。

ならば何が狙いなのか。次弾が撃たれる気配は感じられない。
とすれば有り得るのは「迎撃するまでもない」と思わせること。即ち何らかの効果を付属させた剣弾である、という可能性だ。着弾することで発動する概念でもあるのだろう。
良いだろう、敢えてその思惑に乗ってやる。如何なる概念が炸裂しようとこの終焉の拳を以ってして消滅させるまで。
そのまま少女のアーチャーも粉砕し、返す刀で貴様に終焉を手向けてやろう。

しかし着弾と同時、ライダーはほんの一瞬だが心から驚愕した。



―――壊れた幻想だと?



爆ぜる剣。炸裂する高い威力、神秘を纏った爆光それ自体はライダーへ致命傷を与えるものでもなければ思考を奪うにも至らない。
ライダーの絶拳を一度振るえばただの煙のように散る程度のコケ脅しにもならぬ代物ではある。
ライダーが注目した、いやさせられたのは着弾する際に起きた事象だ。

壊れた幻想。ブロークンファンタズム。
英霊それぞれが持つ宝具を担い手の意思で破裂させることにより宝具に込められた魔力と神秘を解放、強力な攻撃手段と為す技能である。
宝具によっては本来のランク、威力を超えた力を叩きつけることもできる。ある意味では真名解放にも勝る強力な技と言えよう。

だが聖杯戦争において壊れた幻想が使われることはまず起こり得ない。
何故ならば宝具とは英霊の半身にして誇りそのもの。これは英雄であれ反英雄であれ変わることはない。
仮令決して敵わぬ強者を前にしようとも、自棄にでもならない限り自らの半身を自らの手で散らす英霊などまず存在し得ないからだ。
それでも何を犠牲にしても勝たねばならぬ局面であれば使われることは有り得るだろう。だがそれは断じて今ではない。
未だ数多くの英霊が鎬を削る中で、希少な切り札たる宝具をこんな形で使い潰すなどあまりにも不可解。ライダーが驚愕したのはこの点だ。
早い話があまりに頓珍漢な愚行だったためについ驚いてしまったのだ。



―――その“つい驚いた”という隙こそが敵の狙いであったことに気づくのは、彼をしても一秒の時間が必要だった。



追撃しているアーチャーとは異なる敵が放った狙撃によって生じた爆発はみなとからも視認できた。
心構えをしていたとはいえBランク宝具の炸裂にも等しい威力と規模の爆発はやはり慣れるものではなく、そちらに意識が集中したことを咎められる者はいないだろう。



「―――葬る」



―――その隙を、神速で現れた暗殺者に突かれたとしても。



声を出す暇さえ与えられなかった。
みなととライダーがアーチャー、東郷美森を追跡しはじめた直後から気配を消して尾行していたアサシン、アカメが桐一文字を手に跳躍。すれ違いざまにみなとの肉体を十五のパーツに分解した。
ライダーから離れすぎぬよう近場のビルや建造物と同程度の高度を保って滑空していたことが災いし、ビルの影から飛びかかったアサシンに反応はおろか存在を認識することすらできず聖杯戦争からの退場を余儀なくされた。


217 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:57:09 bOULc1sw0

気配遮断スキルは一部の例外を除きサーヴァントが攻撃態勢に入った時点で大幅にランクが落ち、発見されるため完全な奇襲は極めて難しい。
―――ただしそれはあくまで同じ超常存在たるサーヴァントが相手の場合の話。大半のマスターは仮令アサシンが攻撃に移ろうがその気配を感知し対処することなど出来ない。
準サーヴァント級の実力者だった麦野沈利でさえアカメを十分に警戒していたにも関わらず彼女の奇襲攻撃を完全には回避できなかったことからもそれは明らかだ。
ましてや美森の存在や第三者から放たれた狙撃によって生じた爆発に意識を持っていかれていたみなとがアサシンの攻撃を認識・対処するなど夢のまた夢と言うしかない。

この結果だけを見てみなととライダーを嘲るのは莫迦のすることだ。彼らはこれまでの行動に大きな落ち度と呼べるものは何一つとしてなかった。
この鎌倉に召喚された他の黒円卓のサーヴァント二人のマスターとの関係性を見れば自明だろう。
みなととライダーは主従として一定の協力関係を築くことに成功し、互いが互いを嫌い合うようなこともなかった。
戦略・戦術にしてもライダーの強みを生かしつつ過ぎた無茶や突出はしない、と堅実そのもの。どこにも彼らが責められる謂れはない。
だが残酷な言い方をすれば、単に実力があって確実な方針を取っていればそれで優勝できるほど聖杯戦争は甘くはない。
運も実力のうち、などという諺があるがまさにそれこそが真理であり勝利の女神にそっぽを向かれれば最強の陣営であろうと呆気なく脱落することもあるのだ。
みなと、ライダーは実力も見識も十二分にあったが……運の悪さだけは如何ともし難かった。

そして聖杯戦争の参加者であるからといって誰しもが劇的な死を遂げられるわけではない。
何かを言い残すことも、何かを思考することすらも覚束ないまま人が死ぬ事例など枚挙に暇がない。
みなともまたそういった事例の一つになったというだけの話。


「みなと……!!」



突然の狙撃から生じた爆風から傷を負いながらも逃れたアーチャーは見た。
己のマスターの名を叫ぶライダーを。つい先ほどまでライダーに追随しながら自分を追っていた、赤髪の少年だったもの、空中から力なく落ちていく彼を構成していた肉片を。
そして近場の建造物に着地した、黒い長髪に紅い相貌が印象的な少女のサーヴァントを。

「アーチャーとアサシンの共同戦線―――!」

目で見たままに、アーチャーはそう断じた。
恐らくはライダーに追われている自分を囮(デコイ)にしてライダーのマスターを確実に抹殺するために仕掛けられたサーヴァント同士の共闘。
相当綿密に打ち合わせがなされたと思える絶妙な連携だった。

マスターを失ったライダーが無言のままアサシンへと急接近。絶拳を以って粉砕せんとする。
マキナが培った戦闘経験は膨大の一言であり、極限の武錬を有する。彼より圧倒的に速いという程度では到底終焉を齎す拳から逃れるなど不可能。


218 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:58:05 bOULc1sw0



―――が、それはあくまでライダーが“万全であれば”の話。
これまでアンガ・ファンダージを圧倒し、ローズレッド・ストラウスとも渡り合った終焉の拳はしかし暗殺者に過ぎないアカメに掠りもせずいとも容易く躱された。

アカメもまた幼い頃から数多くの死地を潜り抜けたベテランの暗殺者であり、敵の攻撃への高い対応力と戦術眼を併せ持っている。
まして小手調べ程度とはいえ先んじてライダーの戦い方を目の当たりにし、動きを把握している。
真っすぐ殴りに来るとわかっている攻撃など回避に専念してさえいれば躱すことなどさほど難しくはない。
マスターを失ったライダーの力が既に数分の一にまで減じているのであればなおさらだ。



――――――I am the born of my sword



回避したアサシンへ畳みかけようとしたライダーへ、真名解放された螺旋の剣が飛来する。
周囲の空間を削り取るほどの威力を有する宝剣はマキナといえど明確な対処行動を取らざるを得ない。
魔力を込めた拳が標的を穿ちズタズタに寸断するはずの螺旋剣と衝突。これを逆に粉砕した。

「―――」

だが普段のライダーならばどうということのない攻撃が、彼の鋼鉄の身体に傷をつけていた。本来の終焉の拳ならば決して有り得ぬ結果だ。
どれほど強力なサーヴァントのスキルや宝具も、それらを維持・駆動せしめるのはマスターからの魔力提供に他ならない。
例え最強の宝具であろうと魔力が枯渇していればその威力・効能は激減するのがサーヴァントの宿命。
マスターを失った今のライダーの宝具は今や終焉の拳、幕引きの一撃などとは到底呼べぬ代物になり下がっていた。

マスターという現界の依り代を失ったサーヴァントは単独行動などのスキルを持たない限り数時間と世界に留まることができず、魔力切れで消滅する。
特にライダーの場合、高ランクのステータスと常時発動している宝具『機神・鋼化英雄』が逆に仇となり通常のサーヴァントを上回る早さで魔力が漏れ出てしまう。

同じ黒円卓に属する大隊長、ザミエルやシュライバーは単独行動や魔力消費を肩代わりする魂喰の魔徒のスキルを有している。
このため彼らなら今のマキナと同じ状況に陥っても、魂喰の魔徒のスキルを完全に使い潰せば戦闘能力の低下率は半分から三分の一にまで抑えることを可能とする。
だがマキナだけは駄目だ。単独行動も燃費を向上させるスキルも持ち得ない彼はマスター不在による弱体化の影響をダイレクトに受けてしまう。
マキナというサーヴァントを支える聖遺物そのものの鋼の肉体も、全てに幕を引く終焉の拳も到底その本領を発揮することはできなくなる。



カラドボルグを迎撃した隙を突き、アサシンがライダーの背面に回り込み斬りかかる。
カウンターに振るった拳もアサシンを捉えることはなく、逆に桐一文字の斬撃がライダーの身体を削った。

「まっとうに戦えば私では到底お前に勝ち目などないだろう。だが」

アサシンの姿が掻き消える。嵐の中の風の刃の如くして縦横無尽にライダーを襲う。
極限域の武勇、経験値を誇るはずのライダーの反撃がまるで当たらない。あるいは桐一文字によって受け流される。
形成位階にあってもあらゆる守りを貫通するはずの拳も今や少々防御判定に対して有利を取れる程度の効力にまで落ちていた。


219 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:00:07 bOULc1sw0

「今のお前の霊基(からだ)に対してなら私の刃でも通る。そして今のお前の拳なら受け流すこともできる」

何故このような理不尽な事象が生じるのか。煎じ詰めれば答えは簡単、それほどライダーが弱くなっているからだ。
マスター不在の状態で真名解放された宝具を相殺するのはライダーをしても無茶が過ぎた。更なる魔力消費によってライダーの能力値は既に本来の二十分の一以下にまで減じている。
はっきりと言って最早極限域の技などでどうにかなるようなステータスの差ではない。限度を超えた身体能力の差の前では技量や相性の差など意味を為さない。
未だに戦闘行為と呼べるものが成立しているのはライダーの有する戦闘続行を兼ねたスキルあればこそだ。

それでもアサシン側に一瞬の隙があれば拳を差し込み一気に逆転することも不可能ではなかった。
しかしアサシンは圧倒的どころではないレベルにまで開いた彼我のスピードと刀と拳というリーチの差を活かしてライダーが決定打を放てる間合いまで決して近づこうとしなかった。
無論こうなればアサシンも一息に勝負を決めることはできないがそれは問題足り得ない。
時間が経てば経つほどライダーから魔力が失われていく以上急いで決着を着ける理由はない。極論ライダーが魔力枯渇で消滅するまで粘ればいい話だ。

「この状況で、お前は私に勝てないぞ」

ライダーが唯一突ける隙と呼ぶべき油断・慢心の類はアサシンには無縁の感情だ。
それもそうだろう。本来ならアサシン如きではライダー相手には戦闘行為など成立しようがないほどの実力差がある。
どれほど衰えようと完全に死に切るまで一切隙を見せる余裕などあろうはずもない。



「まだだ」
「いや、もう終わりだ」



四十秒。最後にアサシンのマスターである士郎から援護射撃が放たれてから経過した時間だ。
この瞬間、完全にアサシン陣営の勝利が確定した。



―――赤原猟犬(フルンディング)



4㎞先からマッハ4の速さで流星の如き一撃が飛来した。
北欧の英雄、ベオウルフが使ったとされる宝剣・赤原猟犬。射手が健在である限り何度でも標的を狙うこの宝具は魔力を込めるほど威力を増す。
四十秒をかけ、最大限度まで魔力を込められた赤原猟犬は最早セイバー、アーサー・ペンドラゴンが魔力放出を全開で使用したとしても射手を倒す以外の手段では対処不可能。
先の戦闘ではセイバーの眼前に突然投げ出されたこともあってフルチャージが叶わなかった宝具の本領がここに来て発揮された。

これで詰みだ。退避しながらアサシンはそう確信していた。
十全のライダーなら終焉の拳で以って問題なく迎撃できるだろうが消滅寸前の有り様ではそれも無理な話だ。
士郎が魔力のチャージを済ませるまでの四十秒を稼いだ時点でアサシンの仕事は完了していたのだった。

当然だが連戦を経た今の士郎にこれほど宝具を連発するほどの魔力は残っていない。
だが自身の魔力で足りないなら余所から補うのが魔術師というもの。士郎は本来魔力を提供される側であるはずのアサシンから逆に魔力を融通してもらったのだ。
マスターとサーヴァントを繋ぐパスは別段一方通行というわけではない。とはいえ常道ならサーヴァントが力で遥かに劣るマスターに魔力を渡す意味などない。
だが何事にも例外はある。行動に伴う魔力消費が非常に少ないアサシンと彼女より火力、防御力に秀でるが魔力を使う機会の多い士郎の場合は多少アサシンが士郎に魔力を渡したぐらいでは戦闘に支障をきたすことはない。


220 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:00:58 bOULc1sw0



「侮るな」



絶対的な窮地。明らかな詰みの局面にも黒騎士の眼は死なない。
何処に力が残っていたのか。残された魔力を掻き集め一時的に本来の力を取り戻した終焉の拳が極大のインパクトとともに打ち落とせぬはずの赤原猟犬を微塵に砕き散らした。
機神英雄、未だ死なず。誰もその威容を否定できない騎士の姿がそこにはあった。

されどその代償はあまりに大きい。限界を超えた一撃はエーテルで構成された仮初の肉体に罅を入れ、霊核の消耗を招いた。
その隙を付かない愚か者がこの鎌倉に未だに残っているわけもない。



「聖槍十三騎士団黒円卓第七位・大隊長ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン――――――」

内心の驚嘆を面に出すことはなく、黒の暗殺者が迫る。
今度こそ全ての機能を使い果たしたマキナに対処の術は―――無い。

「――――――葬る」



神速の斬撃、五つ。消耗し極度に脆くなったライダーの霊基を一息に寸断し、その中に霊核も含まれた。
まして致命の一撃を与えた宝具はあらゆる治癒を封じる桐一文字。仮令蘇生の術を持つ英霊だろうと最早脱落を免れない。
ライダーもその例外とはなり得ず、霊基が光の粒子となって消え始めた。

「…見事だ、アサシンとそのマスターよ」
「やはり気づいていたか」

ライダーの心眼はアサシンと衛宮士郎の目論見を寸分違わず見抜いていた。
彼らはあわよくばこの奇襲作戦を「アーチャーとアサシンの連合による攻撃」に見せかける算段でいた。
弓兵の英霊にも劣らぬ射の腕を持つ衛宮士郎とアサシンの組み合わせなればこそ成立し得る策だった。
敢えて彼らの策に穴があったとすれば、連携があまりに完璧すぎたことだろう。英霊同士の力量が合わさったからこそ、などという言葉では片付かない一糸乱れぬ連携技はライダーの眼には露骨な違和感としか映らなかった。
無論、0.1秒でもタイミングがずれていればみなとは殺せず駆けつけたライダーにアサシンが瞬殺されて終わっていたのだが。

「こうなることは必然だったのだろう。俺にはサーヴァントに在るべき願いが、サーヴァントをサーヴァントたらしめる骨子がなかった。
かつて得られた終わりを聖杯に奪われ、カタチを真似た英霊などという存在として現界し、挙句仮初めの主一人守れぬときた。
ああ、今なら断言できる。この聖杯戦争に召喚されたサーヴァントで俺ほどに不出来な愚図はいまい」
「そんなことは―――」

そんなことはない、と言おうとしたアサシンが口を噤む。
何を言おうと結果は既に出た。自分たちがライダーとそのマスターを殺し未来を奪った。
その相手に対しての慰めの言葉は侮辱にしかなり得ない。

「…貴様は暗殺者(アサシン)にしてはまっとうだな。だがそのような甘さではザミエルやシュライバーには到底勝てんぞ」
「!やはり、お前以外にも黒円卓は存在していたか」
「ああ、だがサーヴァントとしてなら奴らは俺よりも遥かに手強い。
ザミエルには直接会っていないが、大方聖杯をラインハルトに捧げるために妥協なく動いているのだろう。あれはそういう女だ」

ライダーが何を以って残る黒円卓の二人を自身より上、と定義しているか理解できないアサシンではない。
要は願いの強さ、あるいは執念とも言い換えられる。単純な力だけなら相性上三人は三竦みの関係になるがそこに聖杯戦争という要素が絡めば話が変わる。
ライダーは聖杯戦争に興味も希望も願いも抱けなかったのだ。アサシンのように、マスターの人生を助けるといった願いでさえも。
あったのは唯一無二の終焉を齎すという、ほとんど八つ当たりに近い感傷だけだった。それ故の必然の末路。


221 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:01:36 bOULc1sw0

それ以上何を言うこともなくライダーは静かに消滅を受け入れた。
サーヴァントとして迎えた終焉に彼が何を思ったのか、所詮他人であるアサシンにはわからない。
残れなかった者、死者は何も語らない。



(終わったな、アサシン)
(ああ、マスター一人に“サーヴァント二騎”。十分過ぎる戦果だ。
しかし今のライダーと同格がまだ何人も残っている。問題は山積みだ)

幸運に幸運が重なって、策を尽くしてやっと最強格の英霊を一騎だ。至弱が至強を討つとはそういうことだとはいえ、理不尽さを感じずにはいられない。
これではセイバーを生き残らせて黒い戦艦を倒させるという目論見さえ達成できるか怪しい。
今回こそは比較的スマートに事を運べたが未だ生き残っているという二人の黒円卓大隊長や彼らと同等の力を誇る黒衣のサーヴァントに果たしてどう対抗したものか。
運良く自分たちと同等の戦力の陣営と共闘できたとしても、彼らは数をすら粉砕する恐るべきトップサーヴァントたちだ。
光明は未だに見えてこない。が、もとよりそんなものだろう。
力に劣る者が強者を食うには常に頭を動かし続ける他ないのだから。


【みなと@放課後のプレアデス 死亡】
【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae 消滅】



【C-3/森林/1日目 夕方】

【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] 魔力消費(大)、疲労(中)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
1:速やかにこの場を離れ、休息する。
2:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)を利用して戦艦を操るサーヴァント(甘粕正彦)を倒させる。
3:残りの黒円卓(シュライバー、ザミエル)と黒衣のサーヴァント(ストラウス)を強く警戒。対策を練る
[備考]
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を看破しました。またエクスカリバーの性質及び刃渡りの長さを把握しています。
黒円卓(マキナ、ザミエル、シュライバー)、アーチャー(ストラウス)を把握しました。



【D-3/街中/1日目 夕方】

【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)、気配遮断
[装備] 『桐一文字』
[道具] 『一斬必殺・村雨(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
1:士郎の指示に従う。
2:厄介な敵が多すぎる……
3:残りの黒円卓(シュライバー、ザミエル)と黒衣のサーヴァント(ストラウス)を強く警戒。対策を練る
【備考】
士郎を通してセイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を把握しました。
黒円卓(マキナ、ザミエル、シュライバー)、アーチャー(ストラウス)を把握しました。


222 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:02:17 bOULc1sw0




     ▼  ▲



人々が行き交う通りを奇抜なファッションの少女が歩いていた。
踏みしめる足取りは一歩一歩が重く、ふらふらといつ倒れるとも知れぬ有り様はまるで病人のよう。
街を歩く市井の人々はそんな少女を奇異の目で見ながらも、しかし近場で起こった爆発の方へ興味を示していたため助けることはなかった。

「……はっ……、ぁ…………」

誰が知ろう。蒼白な面持ちで歩く少女が今まさに死に向かっているなどと。
少女が鎌倉に甚大な災害を齎している超常存在、サーヴァントの一柱などと。

「す、ば…るちゃん………」

アーチャーのサーヴァント、東郷美森。
彼女は既に霊核を破壊されており、最早消滅を待つのみという状態に陥っていた。



衛宮士郎、アカメの二人が最初の奇襲の一射の後何故アーチャーに一切の対処を行わなかったのか。
そんなものは決まっている。必要がなかったからだ。

衛宮士郎が最初にライダー、アーチャーへ向けて放った投影宝具の正体は柄部分を改造した一斬必殺・村雨だ。
村雨は真名の解放がなくとも傷をつけた相手に心臓破壊の呪毒を流し込む。その概念そのものを壊れた幻想によって爆散・解放したのだ。
ライダーとアーチャーを襲ったのはすなわち一斬必殺という概念そのもの。飛び散った破片か猛毒を帯びた爆風のいずれかで傷を負った時点で心臓ある存在なら致命傷が確定する。
先のセイバーとの戦闘でも近い手段を使ったがその際はセイバーを負傷させることはできなかった。
ライダーに至っては肉体が機械であるため呪毒が効かない。―――が、アーチャーはそうはいかない。
呪毒を寄せ付けない体質も、爆風から無傷で脱出する対処能力も健脚も持ち得ない彼女はただの一撃で脱落する羽目になった。
程なく仮初めの肉体は露と消えるだろう。



「せめ…て…もう一度……」



それを理解しながら何がアーチャーを突き動かすのか。
アーチャーのマスターであるすばる。不幸にもこんな魔窟に呼び寄せられてしまった少女。
このまま自分が消えれば何も知らない彼女が一人で取り残されてしまう。それだけは受け入れられない。

この鎌倉に蔓延る凶悪なサーヴァントたち。そしてアーチャーとライダーのマスター、みなとと呼ばれた少年を殺害した“アサシンとアーチャーの連合”についての情報を残さなければ。
…アーチャーにはみなとという少年がすばるの語ったそれと同一人物なのかどうかはわからない。
けれど消えるまでの間にもう一度すばるに会って伝える義務が自分にはある。
勝手に殺し合いに乗った挙句、すばるを残して死ぬことが決まってしまった自分には、必ず。


【D-3/街中/1日目 夕方】

【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] 魔力消費(小)、ダメージ(極大・致命傷)、心臓破壊
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: …………
0:せめてもう一度すばるちゃんに会う
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
ライダー(マキナ)及びアーチャー(ストラウス)に襲撃をかけました。両陣営と敵対しています。
みなとの名前を把握しました。すばるの語ったみなとと同一人物かもしれないと考えています。
アサシン(アカメ)について「アーチャーのサーヴァントと同盟を組んでいる」と誤認しています。


223 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:03:04 bOULc1sw0
以上で投下を終了します
タイトルは「機神英雄を斬る」でお願いします


224 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/16(木) 16:53:06 I29WAhmE0
いや、幾ら何でもこれはどうかと思うのですが……
因縁やフラグのあるキャラを殺してはいけないというわけではもちろんありませんが、氏はこれまでに執筆された作品の中でも同主従により別主従を殺害していますよね
今回の話を含めても合計三作、その内二作で主従を脱落させた挙句サーヴァント一体には致命傷、それも全て士郎&アサシンの主従による戦果というのははっきり言って贔屓と見られても不思議ではないと思います
自分はこれまでに二作しか執筆しておらず現在の予約を含めても三作の新参書き手ですが、正直受け入れがたいものを感じるのは否めません


225 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/16(木) 20:50:43 1PpgkKQg0
投下お疲れ様です。
前話の内容を踏まえてのアカメたちの動向観察と考察、そして遂には格上殺しを成し遂げるに至るまでの描写とバトル内容は見事の一言です。
マキナが敗れることになった要因や、二重の隙についても説得力があり、総じて完成度の高いSSであると思いました。

しかし私個人の意見を申し上げますと、今回投下していただいたSSは脱落者の掘り下げの薄さ、原作から存在したフラグの未消化ぶりが目立つのではないか、と認識しております。
脱落者を出すことは聖杯企画としてはむしろありがたいことですし、同一キャラによるキルスコアも私としましては一向に構わないのですが、その一点だけがとても残念です。
結論を申し上げますと、私も◆srQ6oTQXS2 氏同様、今回のお話には受け入れがたいものを感じてしまいます。
事実上の破棄要請となりますが、何卒ご了承の程をよろしくお願いいたします。


226 : 名無しさん :2017/02/16(木) 21:37:44 YWeZttyU0
ぼくはそのままでいいとおもう


227 : 名無しさん :2017/02/16(木) 21:57:43 r66YlugwO
壊れた幻想したら、その宝具が持つ性質も無くなるんじゃないの?


228 : 名無しさん :2017/02/17(金) 07:34:25 Rijqb9fg0
いやいやいや、ちょっと待って作品見た後にこの書き手両氏の反応で呆然としてるんですが
要するに「具体的な矛盾点は見当たらないが気になるところがあって受け入れがたいから破棄して下さい」という話なんです?
いくら何でもそれは不条理すぎるでしょう……

◆srQ6oTQXS2氏、そもそも事実誤認と思われる部分があります
氏が言っている同一主従による別主従殺害とは恐らく「暗殺の牙」を指していると思われますが、この話で士郎組が明確に殺害したのはマスターの麦野だけで、レミリアはハサンの手による殺害です
付け加えるとこの話で士郎組は戦闘の一部始終をハサンに目撃されるというディスアドバンテージも背負っています
今話の感想にしても詳細な内容を吟味せず結果のみを見て批判されている節が見受けられます
本当に今話及びこれまでの投下作を読み込んだのですか?

◆GO82qGZUNE氏は以前「獣たちの哭く頃に」を手掛けられましたよね?
この話はアンジェリカと針目が脱落していますが二人とも詳細な掘り下げや描写があったとは言い難く、投下直後にこのスレにも物言いがあった通り徹底してマキナと同作品キャラであるシュライバーが厚遇される作品でした
こうした過去の作品と繋げて見ると受け入れがたいものを感じますね、具体的に言うとダブルスタンダードと感じられます

名無しの身で長文失礼しました


229 : 名無しさん :2017/02/17(金) 08:27:31 RilgCiuU0
>今話の感想にしても詳細な内容を吟味せず結果のみを見て批判されている節が見受けられます
>本当に今話及びこれまでの投下作を読み込んだのですか?

>この話はアンジェリカと針目が脱落していますが二人とも詳細な掘り下げや描写があったとは言い難く、投下直後にこのスレにも物言いがあった通り徹底してマキナと同作品キャラであるシュライバーが厚遇される作品でした
名無しが1レスで内容矛盾した挙句この長文
すごいなー
あこがれちゃうなー


230 : 名無しさん :2017/02/17(金) 08:40:41 2sbY.Eok0
名無しの意見を無視しろなんて言わないよ
でも必ずしも反応する必要はない。今回のはでかでかと書かれた以上、修正するかは別として反応は必要かなあ


231 : 名無しさん :2017/02/17(金) 08:44:23 2sbY.Eok0
>>229
ごめんね、擁護するわけじゃないけどダブルスタンダートって言ってるからそこを見落として貶めるのはちょっとかわいそう


232 : 名無しさん :2017/02/17(金) 12:33:45 ZncsRNWg0
>>228


233 : 名無しさん :2017/02/17(金) 13:49:30 rWWmgrVM0
破棄させたいなら「展開が気に入らない」以外にもう少し明確な理由が必要だと思います

私は別に必ずしも落ちるキャラには深い掘り下げが不可欠とも思いませんし、フラグを回収してから落ちるのも絶対条件とは思いません
同じキャラがスコアを上げることも破棄させるほどの問題とは考えられないです


234 : 名無しさん :2017/02/17(金) 17:41:37 9eEK3hUQ0
この企画で重要な役割を担っている◆srQ6oTQXS2氏と◆GO82qGZUNE氏が意を決して問題があるとおっしゃっている以上、企画にとって重大な悪影響があると書き手レベルで判断しているわけです。企画のためにも破棄もしかたないか、あるいは大幅な修正が必要ということでしょう。


235 : 名無しさん :2017/02/17(金) 17:59:58 aox7zgKs0
すぐ破棄とか言うのはだめ。気持ちはわかるけどだめだよ。
せっかく時間を割いて書いてくれた人に対して最低限の配慮はしてあげなよ。
こんなんじゃ書き込み難いし書き込んでも破棄する流れじゃん


236 : 名無しさん :2017/02/17(金) 18:34:11 aox7zgKs0
というか投下したのは木曜でしょ?じゃあ当事者以外は黙って日曜ぐらい待とうよ。
まだスレ見てない可能性すらあるのにちょっと気が早いような気もする。
名無しの意見で申し訳ない。


237 : ◆H46spHGV6E :2017/02/18(土) 14:12:23 CbIiIOno0
多くの感想、ご指摘ありがとうございます
◆GO82qGZUNE 氏、 ◆srQ6oTQXS2氏も感想を書いていただきありがとうございます

◆GO82qGZUNE氏
ご指摘の通り拙作には描写不足な点があることは事実かと思われます。同時にこれは偏に私の書き手としての力不足であることは否定しようもありません。ご指摘は真摯に受け止め、今後書き手として一層の精進に励んでいきたいと考えております
しかしながらそれと拙作を破棄するか、は別の話です。加えて氏のご意見では「受け入れがたいから破棄にしてほしい」というように受け取れます
確かに氏の勧めに従い私がここで拙作を破棄すれば話はこの場では丸く収まるでしょう。ですが、それは当企画において「破棄せざるを得ない致命的な破綻、矛盾点の指摘がなかったにも関わらず作品が破棄される、することができる事例が出来た」という前例を生むことをも意味しています

例えば今後◆GO82qGZUNE氏や ◆srQ6oTQXS2氏、あるいは当企画を見て参加を決意した新規の書き手さんが素晴らしい作品を投下されたとしましょう
そうした作品をトリップ付きの書き手さんのいずれかが具体的な、破棄するに足る矛盾点の指摘なしに破棄に持ち込むことができる、などという事態が起こってしまう可能性は否めませんし、その可能性は企画が続く限りずっと付きまといます。前例を作るとはそういうことです
そのような事態に陥るのはとても悲しいことですし、私自身も嫌です。また軽薄な物言いに聞こえるかもしれませんが「こうなる原因を作ったのだから責任を取れ」などと言われたとしても一書き手に過ぎない私にはとても無理です
無論当企画は◆p.rCH11eKY氏の俺ロワ企画であり、氏の一声、判断があればこのような心配は無用でしょう。しかしながら◆p.rCH11eKY氏は長らく連絡のつかない状況にあり、この状況が続くようであれば当企画も完結した「二次キャラ聖杯戦争」様と同様書き手同士の合議制に落ち着く可能性は決して低くないと思われます
こうした見通しの中で今後書き手間の巨大な火種になりかねない前例を作ることはどうしても避けたいのです
よって大変心苦しく、申し訳ありませんが少なくとも現時点において氏の要請に従って拙作を破棄するという判断はできかねます

ですが◆srQ6oTQXS2氏のご意見にもある通り企画を早く進行させようとしたあまり展開が性急になり、士郎組にキルカウントが集中してしまったことは否めません
そこで提案があるのですが、予約分のキャラのうちみなとを除く士郎、アカメ、マキナ、美森の生死含む状態・展開が大幅に変化する修正作を執筆させていただいても構わないでしょうか?
実は今回執筆するにあたって実際に投下した分とは展開の異なるアイデアを暖めていたのですが、そちらの方へ展開を寄せたいと考えております
しかしながら問題点がありまして、修正を行うと仮定して私の予約分の延長分を含めた当初の締切日が今月23日なのですが、リアルの都合もあって23日までに修正が間に合うかが微妙なところなのです
もし23日を超過するとなるとその分長くキャラを拘束することになるわけで、私含め現在このスレに書き手が最低でも三人はいるこの状況において長期間に渡るキャラの拘束は必ずしも好ましいとは言えません
つきましては修正を行うにあたって◆srQ6oTQXS2氏、◆GO82qGZUNE氏の両氏に長期の修正作業になることを了承していただけるとありがたいのですが、如何でしょうか?
ご返答をお待ちしております


238 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/18(土) 15:00:07 lk5b8kBE0

◆H46spHGV6E氏の御返答に感謝致します。
それと同時に、最初の指摘の際に此方の方に受け入れ難いと言う思いが強く存在し、些か公共の場には不適な不躾な物言いになってしまった事を謝罪致します
私個人としては、キルスコアの集中もそうですが、何より◆GO82qGZUNE氏と同様に脱落者、主にみなとと東郷さんの描写が士郎・アカメ主従に比べ極めて少なく、正直な話、(事実的なものも含めて)これで退場と言う事にどうにも納得できなかったのが受け入れ難く感じていた最大の要因でした。
よって氏が今回の作品を修正していただけると言うのであれば、私は素直に受け入れようと思います。
◆GO82qGZUNE氏の意見を伺わない事には何とも言えませんが、予約期限の問題などについても私は構いません。

また今回の一件で痛感した事なのですが、やはり俺ロワと言う土俵である以上、明確な企画主様が実質存在しない、と言う現状は少々問題があるかと私は思います。
元祖二次キャラ聖杯戦争様では◆H46spHGV6E氏の仰る通り合議制に移行しましたが、やはりある程度企画を纏め、音頭を取る人物が居るに越したことはないかと。
其処で今後、企画主様の代行を差し支えなければ、企画初期から今に至るまで恒常的な投下やスレ建てなどで当企画を支えて下さっている◆GO82qGZUNE氏にお願いしたいと思うのですが、ご両名は如何お考えでしょうか。

念の為補足しておきますが、この意見は今回のように議論が持ち上がった作品を問答無用で破棄にする為などではなく、このまま企画が進行して終盤に差し掛かったりした際や議論時にある程度の意見の指標となっていただければ、企画進行が円滑になるのではないかと思っての提案であって、誓って他意はありません。
また作品がきっかけで議論に発展した際には、その時はその時でまた話し合って解決すればいいかと思っております。
今後のスレ建ての際などに連携が取れずもたついてしまったりするのもやや面倒ですしね。◆GO82qGZUNE氏には負担をおかけしてしまうことになりますし、何でしたら私は自分も含めて書き手の誰が請け負っても良いと思いますが、現在当企画に寄与している書き手諸氏の中では氏が最も適任かと私は思っています。

無論、私の一存で決定できることではありませんので、お二方の御返答を戴きたく思います。話が完全に反れてしまいましたが、どうぞ宜しくお願いいたします


239 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/18(土) 17:09:56 8TtJSGf60
◆H46spHGV6E氏のご返答に感謝いたします。
また、こちらの言い分があまりに性急、かつ公共の場での発言としては不適切なものになってしまったことについて謝罪いたします。誠に申し訳ありませんでした。
今回の物言いにつきましては、 ◆srQ6oTQXS2氏も仰られています通り脱落者に関する描写が乏しすぎること、そして原作から存在する極めて強い因縁が全く消化されず終わってしまうことについて納得できないという思いがありました。
ですので◆H46spHGV6E氏が作品の修正を行うというのであれば、私としましても異論はございません。
その上で指摘なのですが、件のSSに登場するアーチャー「ローズレッド・ストラウス」にはAランク宝具による常時発動の気配感知能力があります。アカメの気配遮断のランクには達していないものの、スキルと宝具の違い、ランクが極めて近似値であること、そして会話を逐一聞くことができるほどの近距離にあるということを含めて、全くの無反応で終わるというのは疑問が残ります。修正作業の際に留意していただけると幸いです。

企画主代行の件につきましては、私のほうからは異論はございません。◆H46spHGV6E氏のご返答次第ではありますが、了承をいただけるのであれば、何かと未熟な身ではありますが精一杯務めさせていただく所存です。

また今回の件とは全く関係のないことではありますが、◆srQ6oTQXS2氏に一つお願いがございます。
氏の執筆された「落魂の陣」に登場するキャスター幸福の台詞のカギ括弧を「」から『』に修正していただけないでしょうか?
こちらとしてはできるだけ原作での表記に忠実にしていきたいという思いがございますので、お手数ではありますが、よろしくお願いいたします。


240 : <削除> :<削除>
<削除>


241 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/20(月) 16:55:54 yusY4x1s0
>>239
了解です。折を見て修正させて戴きます


242 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:11:27 QN7pEBKw0
報告が遅れましたが、昨日の内に修正を完了しました。
また、予約分を投下させていただきます。


243 : 微笑みの爆弾 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:13:23 QN7pEBKw0
 エミリー・レッドハンズが己のサーヴァント・バーサーカーの凶行に嘆息して、既に半日以上の時間が経過していた。にも関わらず、エミリーが外に出ようと言う気配はこの期に及んでも全く無い。拵えた質素な拠点、蝋燭の灯りだけが照らす薄暗い世界の中で小型テレビに映したニュース番組に目を向け続けている。
 では、彼女は自身のサーヴァントに全てを委ねて静観し、その癖彼の奔放な殺戮に頭を悩ましてみせる無能の典型例のようなマスターであるのか。それは、断じて否だった。
 エミリーは優れた暗殺者だ。鮮血解体の殺害遺品を持つ権利者にして、武者小路祝と言う少女を狙って極東に渡った暴力装置。幼い身体に歳不相応な知識と経験を詰め込んだ彼女は、朝の時点で当分の間は下手に動かない方が良いだろう事を確信し、メディアが提供する揺れ幅が大きい物ではあるが、情報を集める事に全力を注ぐ事にしたのだった。
 彼女には、確信があった。この聖杯戦争は、当初自分が予想していたものと明らかに違う。セオリーも糞も無い、宛ら子供が出鱈目に暴れ回る砂場か何かのようだ。
 当初は、そんな真似をするのは自分の所のバーサーカーだけだろうと思っていた。だが蓋を開けてみれば、どうだ。洋上に堂々と鋼鉄の艦城を出現させてみたり、破壊兵器もかくやの大火力で民間に災害規模の被害を齎してみたり。これで戦争は佳境でも何でも無く、序盤も序盤だと言うのだから気が遠くなる。
 
"これは――下手に動き回らない方が良いかな……"

 人間としてはいざ知らず、聖杯戦争のマスターとしては至極まっとうな思考回路の持ち主であるエミリーがそう考えてしまった事は誰にも責められないだろう。不用意に出歩けばアサシンに狙われるなんて大人しい話では最早無く、出先で"偶然"サーヴァントの戦闘に巻き込まれ、不運な犠牲者の一人として舞台から退場してしまう可能性さえ十二分に有るのが今の鎌倉の現状だった。少なくとも、今は黙して待つのが丸い。エミリーはそう結論付け、テレビの画面だけを注視した。
 とはいえ、彼女もずっと今のまま怠惰に時間を費やすつもりはなかった。それで勝利出来ると言うのなら構わないが、現実問題、聖杯戦争はそう容易い物ではない。
 バーサーカーがあれほど狂った男なのだから、彼の尻拭いをしつつ必要な時に手綱を引く役目が必要になるのは明白だ。言葉が通じる相手とはそもそも思っていないが、エミリーには対サーヴァント用の虎の子、令呪がある。対魔力スキルを持たないバーサーカーであれば、多くとも二画を費やせばまず確実に制止できよう。
 また――殺し殺されの世界に慣れている自分でさえこうなのだ。この有様に動揺している人間はきっと多いだろうし、前後不覚で街を彷徨っているような阿呆も少なからず居る筈。エミリーは、それを狩る。正々堂々、騎士道精神等という耳触りの良い言葉で手札を絞って戦う事は無意味が過ぎる。手段は選ばず、確実なる勝利を。それこそが、エミリー・レッドハンズという殺戮者にとっての聖杯戦争に他ならなかった。
 
 動き出すとなれば、夜。
 この様子を見るに被害は日が落ちても引かないだろうし、人の心がざわめく夜間帯であるに越したことはない。
 直に来る暗躍の時。この世界に来てからは久しく味わっていなかった殺しの感覚。記憶の中からそれを掘り返しながら、エミリーは自身の得物である刃を静かに見下ろす。

「やあ、エミリー。姿を見ないと思ったら、まぁだこんな陰気な所で蹲っていたのかい」

 そんな時――唐突に響く、軽薄な声。少年のようでもあり少女のようでもあるそれは、然し底知れぬ魔獣の唸り声にも似た、背筋を寒からしめる独特の波長に満ちていた。
 振り返れば、其処にはやはりケラケラと笑みを浮かべて佇む、バーサーカーのサーヴァントの姿がある。
 深雪を思わせる白髪。右眼を覆う眼帯。ナチスドイツの軍服、第三帝国の戦徒の証である鉤十字(ハーケンクロイツ)の文様。精神を病んでいるとしか思えない奇矯な装いの彼からは、僅かながらに血の臭気が漂ってくる。
 彼は一体、どれほど殺してきたのだろう。朝に殺戮した民間人だけでは、恐らく無いだろう。ひょっとすると自分これまで手に掛けてきた人数を、この狂戦士は今日のたった何時間かで飛び越えてしまったのではないかと、そんな事をすらエミリーは大真面目に想像してしまう。


244 : 微笑みの爆弾 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:14:55 QN7pEBKw0
「……バーサーカー」
「やだなあ、それは止めろって言ったろ? シュライバーで良いよ。僕は騎士団の中でもちょっとばかし特殊でね。所謂魔名とか、そういう特別な名前で呼ばれる機会がほぼほぼ無かったのさ。それに、サーヴァントの枠組みなんかを意味する記号で呼ばれるってのはあんまり気分の良い物じゃない」

 バーサーカー……シュライバーは笑顔を浮かべているが、これは"笑い"ではなく"嗤い"の類だ。
 いつこのフランクさが一線を超え、エミリーを物言わぬ肉塊に変えてしまうか分からない。聖杯戦争のサーヴァントがそんな真似をするかと言う話だが、彼に限っては、その時になれば間違いなくそうする。何ら躊躇いもなく、可笑しそうに笑いながら少女の喉笛を刳り千切るだろう。
 何故なら彼は狂っている――狂化だの何だの、そういう枠に当て嵌める事からして間違っている、救いようのない忌まわしき狂犬であるのだから。

「折角近くまで来たから、少しはサーヴァントらしく健気に報告でもしてみようと思ってね」
「……何か目立った事はあった?」
「まあ、幾つかはあったさ。サーヴァントも殺したしねえ」
「えっ?」

 さらっと語られた功績に、エミリーは目を丸くした。
 聖杯戦争は、そう単純なものではない。闇雲に殺し回ったからと言って、それで敵サーヴァントを首尾よく蹴落とせるかと言うと運や諸々の事情が絡み合ってくる。それを承知しているエミリーは、だから戦果には然程期待していなかった。いなかったのだが、その予想は良い意味で裏切られた事になる。
 
「す――すごい。ありがとう、シュライバー」
「礼には及ばないさ、これが僕の仕事だからね。それに、対して手応えのある奴じゃなかったし。
 ……ああ、そうだ。ついさっき戦闘したアーチャーのサーヴァントなんかは、その点結構なもんだったよ? あれはザミエルでもなかなか厳しいだろうね。マキナなら有利に戦えるだろうけど、いずれにせよもうちょっとゆっくり殺し合ってみたかった――」

 エミリーは改めて思う。この狂犬は確かにどうしようもなく狂っており、終わっている存在だ。
 だがその分、戦力としては最高峰の物があった。殺戮、殺戮。定石通りの聖杯戦争であれば、彼などは真っ先に目を付けられて運営から袋叩きに遭っていたのだろうが、完全にレールを外れた今回のような状況では最上に近い。凡そ一対一の正面戦闘において、シュライバーを倒せる英霊はかなり限られるだろう。
 尤も、それはこれからの戦いは楽勝だと言う話にはなり得ない。戦果自体は素晴らしいものだが、今の話に拠れば、彼を正面戦闘で打倒し得る猛者もこの聖杯戦争には招かれているらしかった。となると、此処から戦争がどう転んでいくかにはある程度の予想が付く。

「―――淘汰」

 所謂上級サーヴァントの猛威を前に、戦力で劣る者達は次々と弾かれるだろう。
 それが極まれば、最後に待つのはラグナロクの神話じみた潰し合いの地獄絵図だ。
 ただエミリーとしては、なるだけそれは避けたい事態だった。そんな事になれば、最早後は戦力の比べ合い。小細工や知略が通じる領域は完全に超越されてしまう。それは恐ろしい事だ。何しろ勝てる勝てないの図式が不確定要素無しに明確化されるのだから、擬似的な勝者の確定が起こるに等しい。
 妙な暗雲が立ち込め始めた事に僅かな憂いを懐きつつ、エミリーは質問を投げる為に口を開く。


245 : 微笑みの爆弾 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:15:55 QN7pEBKw0

「ところで……ザミエル、とかマキナ……って言うのは?」
「同胞さ」

 同胞――これほど恐ろしい単語は、今のエミリーにはなかった。
 何せ彼女はつい今、ウォルフガング・シュライバーの強さを実感したばかりなのだ。その彼と同格に戦えるレベルのサーヴァントが、先程彼が語ったアーチャーに加えて二騎。

「尤も、僕は誰と戦っても負けないけどね」

 そんなエミリーの不安を見透かしたように、シュライバーはカラカラと笑う。
 弱気になるエミリーを励ます為の計らいとかでは、断じて無い。彼は単に頑然たる事実として、自分は負けないと豪語しているのだ。無謀な自信ではなく、確固たる経験と実力に裏打ちされた確信。轢殺の白騎士は誰より強く己を無敵と奉じるが故に、決して恐れない。
 その自信に僅かに勇気付けられたエミリーは口許を緩める。其処でシュライバーは、「そういえば」と手を叩いた。

「ところでエミリー。君は何だって、こんな冬空の下の野良猫みたいな真似をしているんだい?」
「……?」
「だーかーら、どうして己の手足で戦場に赴かないのかと聞いてるんだよ。その鉄屑、玩具って訳じゃないだろう?」

 ああ、そういうことかとエミリーは漸く彼の言いたいことを理解した。
 その理由は、前述した通りである。戦略的静観。時を待ちつつ、現状の理解に全力を注いでいた。そう伝えるエミリーだったが、然し聞いたシュライバーの顔に浮かんだのは、彼女が予想だにしなかった表情だった。三日月を描く口許。悪意に染まった瞳。そして、鼻から漏れた小さな声。
 ――嘲笑。この白騎士は、"つまらない"とでも言いたげに、己のマスターを嘲笑したのである。

「ハ――君はそういう思考をするのかい、エミリー」
「……なにが、可笑しいの?」
「可笑しいさ。真に願いを求め、未来を求道する者がよりにもよって時を待つだなんて、惰弱も甚だしい」

 シュライバーはくつくつと嘲りながら、エミリーの瞳を見据える。昆虫の複眼めいた不気味さを宿すその双眸で見つめられたエミリーは、瞳を反らす事も出来ない。針で生きたまま標本箱に縫い止められた蝶のように、今の彼女は無力だった。重ねてきた屍(スコア)の違いの前に、鮮血解体のオープナーはただ硬直するより術を持たない。

「良いとも。君は其処で蹲って怯えていれば良い。僕はこれまで通り、轢殺の勝利(わだち)を刻み続けよう」
「……っ」
「そして手にした願望器に、鼻水垂らした不細工面でも晒して願いなよ。どうやら君も敗北主義者らしいし、得意だろうそういうの? 精々愉快な顔芸で叫び散らせばいい。
 聖杯はきっと優しいさ。君のVaterも、完璧な形で蘇らせてくれるだろう。そうして蘇った愛しのVaterとの再会をベッドで祝しな、可愛い可愛い僕のエミリー。ああ、生みの親の男根をしゃぶった経験はあるかな? 股ぐらを弄られた経験は? それとも君のVaterは後ろの方が――」
「――シュライバー!!」

 エミリー・レッドハンズは、これまで自分のサーヴァントを"そういうもの"と認識していた。狂っているのだから、いちいちまともに取り合う方が馬鹿馬鹿しい。故に多少の暴言や過ぎた戯れは受け流していたのだが、親愛なる父の名誉を冒涜する物言いだけは我慢ならなかった。
 怒気を露わにし、口角泡を飛ばしながら叫ぶエミリー。それに対する返答は、右眼へ向けられる銃口だった。


246 : 微笑みの爆弾 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:16:55 QN7pEBKw0

「勘違いするなよエミリー。僕にとっては、"誰でも良いんだ"」

 ぐぐ、と銃口が前にせり出して。
 エミリーの眼球に、触れる。
 嫌悪感と激痛に、ぃっ、と声にならない呻き声が漏れた。

「君である、」

 そのまま、ぐり、と目の赤い部分に押し付ける。

「必要は、」

 鍵のように、回す。
 エミリーの口許から、涎が一筋垂れ落ちた。
 人体において決して鍛えられない部位である眼を痛め付けられる苦痛に、身体が自然と涙を流させる。

「無いんだよォッ」

 ようやく銃口が離れると同時に、エミリーは思わずその場に膝を突く。
 息は荒くなり、涙と涎が顔を伝い落ちていて、今の彼女は何処から見ても、歴戦の殺人者とは思えなかった。

「ま、そういう訳だから、僕は君にはあまり期待しないよ。かと言って死なれると僕も困るから、まあ適度に生き汚く足掻いててくれると助かるな」

 踵を返すシュライバーの背中に、エミリーは左手を伸ばす。それが伸び切る前に、白騎士の姿は虚空に解けて消えた。
 残されたのは、少女一人だ。彼女の考えは至極まっとうなものであり、本来このように糾弾されるべきものではない。
 では何故、此処に来て主従は一悶着を起こすに至ったのか。理由は、一つである。ウォルフガング・シュライバーは闇夜に潜んで獲物を狩る暗殺者ではなく、堂々と行進し、誉れの中で敵を轢き殺す殺戮の覇者であるからだ。
 秘匿し、隠れ、忍ぶ事に微塵の意義も感じられない彼ら。素性を晒す事を厭わず進軍する覇軍の爪牙と、現代に生まれ、已む無く殺人者となった少女とでは、そもそも話が成立する訳がない。常識観からして絶望的なまでに食い違っているのだから、こうなるのは当然の事。然しエミリーには、そう自分を擁護する余裕は無かった。

「……違う」

 違う。あの人は、彼が言うような汚らわしい人間じゃない。
 一番穢されたくない部分を土足で踏み荒らされた挙句、それに吼える事も満足に出来なかった自分が情けなくて仕方ない。無力感と、シュライバーの言葉により生まれた今後への焦燥感。手を汚した身とはいえ幼いエミリー・レッドハンズの思考を停滞させてしまうのに、それらは余りにも十分すぎた。
 
 テレビの灯りと蝋燭だけが照らす、薄暗く黴臭い拠点の中で。鮮血解体の少女は一人、打ち拉がれていた。


【D-4/エミリーの拠点/一日目・夕方】

【エミリー・レッドハンズ@断裁分離のクライムエッジ】
[令呪]三画
[状態]健康、無力感、右目に痛み
[装備]なし
[道具]ワンセグテレビ
[所持金]そこそこ。当面の暮らしには困らない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。手段は選ばず、敵を排除する
0:私は……
[備考]
※テレビで報道の内容とオカルト番組をチェックしています。


【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)
[装備]ルガーP08@Dies irae、モーゼルC96@Dies irae
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。
1:サーヴァントを捜す。遭遇次第殺し合おうじゃないか。
2:ザミエル、マキナと相見える時が来たならば、存分に殺し合う。
3:エミリーには然程興味はない。
[備考]
みなと、ライダー(マキナ)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
イリヤ、ギルガメッシュの主従を把握。


247 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:17:12 QN7pEBKw0
投下を終了します


248 : ◆H46spHGV6E :2017/02/22(水) 14:18:12 19OdP6wE0
◆GO82qGZUNE 氏、 ◆srQ6oTQXS2氏ともにご返答ありがとうございます。
そしてこちらからの返信が遅れてしまい申し訳ありません。現在修正作業中ですが、やはり23日を超過してしまう見通しです。
出来る限り修正を急ぎ、目途が立ったら改めて経過を報告させていただきたいと思います


◆GO82qGZUNE 氏
修正内容の件、了解しました。予約に入っていないストラウスの動向を直接追加することはできませんが、アカメと士郎から見て「実は自分たちの存在に気づいた上で見逃していただけかもしれない」という趣旨の会話と描写を盛り込みたいと思います
また氏の企画主代行の件についても異論はございません。ですが、それはあくまで◆GO82qGZUNE 氏のこれまでの企画に対する誰にも勝る多大な貢献を鑑みての支持です。
失礼かつ不躾な意見であることを承知の上で誤解を恐れず申し上げますと、今後の氏の企画主代行並びにリレー書き手としての動向如何によっては支持を取り下げさせていただく場合もございます。悪しからずご了承願います。


◆srQ6oTQXS2氏
修正、並びに投下お疲れ様です
エミリーの思考は至極まっとうだったんですが、まっとうであるほど噛み合わないのがシュライバー
従者に全力で蔑ろにされている現状ですが、ここから彼女がどう動くのか続きが気になります


249 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/22(水) 23:21:52 fxvUPb7s0
投下お疲れ様です。並びに修正願いへの対応ありがとうございます。
マスターとしては何も判断を間違ってない準備万端のエミリーに対し、気狂いそのものの論法を有無を言わさぬ態度で押し付けるシュライバーという構図が、彼らの性格の再現度の高さを感じさせるものであると同時に「バーサーカーを召喚したマスター」の縮図にもなっていて非常に面白い内容でした。
狂化Eという狂化がそもそも働いていない状態であるにも関わらず全く会話が成立していない現状、まさしくバーサーカーとしか言えないシュライバーとのやりとりは圧巻でした。そして地味にエミリーが一つ場所に引き籠るだけでなく外に出る理由も構築されており、今後の展開を広げるお話であったと思います。
改めて、投下お疲れ様でした。

アティ・クストス、ライダー(アストルフォ)で予約します


250 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 19:58:10 LaG4Vl8E0
投下します


251 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 19:58:43 LaG4Vl8E0



 殺人鬼、という言葉がある。

 陳腐でありきたりな表現だ。手垢で黒ずんでいると言っていい。
 だがそれは、そう感じてしまうほどに、その手の者らが存在したという事実を示す。
 現実であれ、空想であれ。

 人を殺す鬼。
 人でありながら、しかし人ではなく鬼と呼称される人非人。
 社会規範から外れ弾劾されるべき立場にある彼らは、それ故に普遍的であり恐らく永劫、人の世から消えることはないだろう。
 何故なら人類の歴史は死で満ち溢れているから。
 同属で殺し合うのは人の専売特許でこそないものの、動機や手法、意味その他の多様性に関してなら、人間ほど複雑な殺意を持つ種は他に見当たらない。

 ある者は純粋な娯楽として。
 ある者は哲学の体現として。
 己から欠けてしまった何かを求めたが故の行いであったり、怒りや悲しみによる突発的な行いであったり。
 あるいは何も考えていなかったり。
 人が人を殺す理由など、それこそ千差万別。それはただ厳然たる事実としてそこにあり、美醜や真贋、優劣を問うものではない。

 だが、あえて彼らを区別する基準を一つ、設けるとするならば。

 それは、根源的に人を愛しているのかいないのか、というものだろう。





「私が思うに、人が人を殺すことの多くは他者を殺そうという意思に因るものではなく、人が意思を放棄したことによるものなのだろう」





 声があった。それは無機的なまでに寒々しい、機械のような女の声。

「人を殺すというのは、実のところ恐ろしく容易いことだ。現に今でも世界のどこかで人は死に、その多くの死因に他者が関わっていることは間違いない。
 だが多くの人間は通常他者を殺しはせず、しかし殺意に近い感情は、人は日常的に抱くことがあるという」

 厚く、昏く、幾重もの暗闇に塗り潰されたような無謬の空間。
 その只中にあって、女の姿は灯火のようにくっきりと浮かび上がっていた。
 何もかもが不確かなうたかたでただ一つ確たる輪郭を持つ女の声と姿は、この夢を見ている全ての者らに等しく届けられた。


252 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 19:59:13 LaG4Vl8E0

「だから私はこう考える。人は殺意を抱くことによって殺人を行うのではなく、殺人を犯さないという意思を常に働かせているのではないのかと。
 つまるところ殺人者とは、殺意という意思を以て成し遂げる偉大な実行者などではなく、ただ人間としてあるべき意思と理性を保つことができなかった落伍者なのだと」

 鬣のように長く、靡く金髪。非人間的なまでに怜悧な微笑。
 悲観的なことを口にしながら、声音はどこか楽しげだ。
 しかしそこから伝わる印象は、決して周りを和ませる類のものではない。

「暴論ではあるが、あながち的外れということもないだろうさ。何故なら私は、人の心というものが未だに理解できていない。少なくとも、その何たるかを見いだせていない。
 ならば、そんな私が人殺しであるのも頷けるというものだろう。心がないということは意思がないということなのだから、そんな私が意思の敗北者であることに疑いはない」

 磨かれた刃で首筋をなぞるような。
 銃口の黒い空洞を覗きこんでしまうような。
 破滅を予感させる昂揚に精神が掻き立てられる。
 これに触れて、触れられたら死ぬ―――だから尚更魅せられる。

 言うなれば、死への憧憬。
 人ならば誰しもがいつかは抱く普遍的な感慨。そういったものを呼び起こさせる女であった。

「お前は私を機械のような女と言ったが、否定はしない。
 ああそうだとも、機械だからな。作りの乱れているものを見るのが甚だ我慢ならんのだ。
 私を動かしているのは、つまりはそういう衝動」

 自らの在り方について語る声音は、重ねて機械的。
 声の端々から感情のような響きをくみ取ることはできるが、それが本心から湧き出たものではなく、単なる思考のトレースであることは彼女自身の言から明らかなことであった。
 道理は分かる。理屈も分かる。自身が所謂悪性であるということも、恐らく彼女は理解している。
 しかしそれだけだ。感情という方程式を解いたにすぎず、そこに込められたエネルギーの本質を理解も実感もできていない。
 女が語るのは、つまりそういうことだった。
 ならば、そんな彼女が掲げる真とは、一体何であるのか。

「とかくこの世は不平等だ。不条理、不整合に満ち溢れている。よって、平等を体現するなら殺すしかないだろう。
 私も、お前も、彼も、彼女も―――いつか必ず死ぬ。その一点のみ、貴賤も上下もない摂理だと思うから」

 死こそが救い。死こそが唯一普遍のもの。神が与えたもうた愛である。
 故に殺すことが世界に対する己の処し方。彼女はそう言い切っていた。

 これはとある女の話。
 世界との繋がりを知らず、人との繋がりを知らず。
 故にそれを探し求めている。消え果てていくその時まで、ずっと止まらないと誓った女の話。


253 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:00:17 LaG4Vl8E0





「俺は俺の感情のままに人を殺す。胸の内に残った怒り、すなわち俺自身の意思によってだ」





 声があった。それは諧謔的なまでに猛々しい、怒りに狂った男の声。

「俺は……いや、俺達は間に合わなかった。41人の子を見殺しにして、俺達だけが死にながらに生きてきた。
 挙句の果てに、10年の時を与えられても、何を思い出すこともなかった。
 なあ、随分と冷たいもんだよ。だから俺達はあそこで終わる。そのはずだった」

 女の姿と切り替わるように、今度は男の姿が空間に浮かび上がっていた。
 痩身の灰色がかった男だ。退廃と厭世に塗れた雰囲気が全身を包み、潤いなく佇む様はまるで朽木のようである。
 彼は眉間に深い縦皺を刻み、吐き捨てるように呟く。

「殺人が意思の敗北だというなら、ああその通りだろうさ。あの日、あの時、俺は一つを諦めた。だから、俺はこうして巡回殺人を続けてきたわけだからな」

 万色の煙を揺蕩わせながら、男は怜悧な視線を更に細める。刃のような、という形容があるが、男のそれは更に剣呑だ。
 言うなれば、その視線は鎌だ。無慈悲に命を刈り取る死の鎌。今に至るまでどれほどの死体を山と築き、どれだけの殺戮を重ねてきたのか。血風漂う所作はまさに暗殺者のそれであった。
 ならば彼は悪しき者か? いいや違う。
 彼の怒りとはそういうものではない。善悪の軸になどそもそも最初から存在せず、ただ厳然たる事実としてそこにあるのみ。

「だが」

 故に、彼の表情には善意も悪意も存在しない。彼の行ってきたものは、つまりはそういうことなのだ。

「人は皆、殺さない意思を持つことで人を殺さない、なんてことを言ってる奴がいたが。それは正直、人を買いかぶり過ぎだぜ。
 人殺しなんざ最初からできないから、正しい人間なんだ。そうでない人間は、もう人間とは呼べない。呼ぶべきじゃない」

 ならば。
 滔々と人の在り方を問うておきながら、しかし自らの歪みを知っている彼は、一体どのような人間であるというのか。

「人を殺すことの意味を知りながら、死を肯定した人間は、もう人間じゃない」

 彼は、ただ彼のまま、己自身すらも嘲笑い、言った。

「俺は人間じゃない」



 ………。

 ……。

 …。





   ▼  ▼  ▼


254 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:01:15 LaG4Vl8E0





「なるほどなるほど。つまり君は、その"カダス"ってところから来たってわけだね」

 目の前にはライダーのにこやかな顔。
 それに向かい、アティは少しほぐれた気持ちでもって頷き返していた。



 ライダーとの対話は、いつの間にか互いの身の上をネタにした雑談に変わっていた。
 最初はまだ、これからの聖杯戦争をどうするかとか、最終的な身の振り方であるとか、そういうことを話していたように思う。しかしライダーの「考えても分からない嫌なことを話すのはやめやめ!」という言葉と共に、その話題は終わりを迎えたのであった。

「これからの話って言っても、短期的な作戦なり行動方針なりはアーチャーがいなけりゃ話にならないしね。
 最終的な着地点だって、ボクらも君らも同じく"生きて帰りたい"に集約されるのは分かりきってるわけだ。だから、この話はここでおしまい」

 正確にはボクのマスターと君だけど、と付け足して、本当にこの話はそこでお終いとなった。アティとしても、ライダーの言葉には頷けるものがあったし、分かりきったことをそれでも延々と話し続ける趣味もない。
 そういうことで、そこからは意味があるのかないのか分からないような歓談に興じることとなった。若干人見知りの気があるアティだったが、ライダーの話は純粋に面白く、またライダー自身の人柄もあってか、すぐに緊張も解けて朗らかな雰囲気となった。

 ライダーの冒険譚は、躍動と痛快に溢れていた。
 ヒポグリフという翼持つ馬の幻想生物に乗っての気ままな旅を楽しみ、諸国を外遊して様々な場所を訪れた。ある時には呪いをかけられた国に赴き、夜毎襲ってくるハルピュイアの大群を退治したり。ある時は魔法の本で姿を変え、とあるお城に忍び込んで敵兵たちを散々におちょくった挙句に城を丸ごと瓦礫の山にしてみたり。ある時にはなんと樹に変えられ、仕方ないので誰か解いてくれる人が通りがかるまで気長に待ち続けてみたり……
 御伽噺の絵本のようだと、アティは思った。そんな空想の中にしかないような冒険をした人間が、しかし目の前にいるのだと考えると、何故だか自然と心が躍った。まるで昨日のことのように大仰かつ楽しげに語るライダーと一緒になって、アティもまた微笑みながら相槌を打っていた。

「ライダー、凄いのね。色んなところに行って、色んな人と会って……なんだか羨ましいな」
「ふふーん、そうでしょそうでしょ! 特にあの時は凄かったんだー、ボクの友達にオルランドって奴がいてさ……」

 とまあ、そんなことを続けていたら、いつの間にか小一時間ほど経っていた。まさしくあっと言う間のことだった。

「ありゃ、ちょっと話し過ぎちゃったかな?」
「ううん、大丈夫だと思う。それに、ライダーのお話すごく面白かったし」
「へへ、ありがと。でも君のいたところの話も、ボク結構好きだなー。
 暗い空と海に覆われた排煙の世界かぁ、本当は明るいところが一番好きだけど、でもそういうところもロマンに溢れてていいよね」

 そこで、ライダーのにこやかな顔に、ほんの少しの怪訝な色が混じった。


255 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:01:59 LaG4Vl8E0

「けど、君が住んでた国は初めて聞いたなぁ。王侯連合に北央帝国、それに理想都市インガノックか……なんていうか、知らない場所だ」

 不思議そうに呟くライダー。けれど、それも仕方ないとアティは思う。
 カダス文明圏と西享(ライダーたちは地球と呼んでいた)の交流が始まったのは、歴史的に見れば随分と最近の話なのだ。

 北央大陸北西に位置する《ロマール海》。それまで世界の果てだと思われていた黒い荒海だったが、ある時からその認識は一変する。
 北央歴2125年、連合歴452年、ロマール海の向こう側からやってきたというザ・ファーストの到来により、黒海の向こうに大規模な都市国家が存在することが明らかになったのだ。それが帝国の公式発表に曰く「西享」であり、ロマール海に面する都市国家が大英帝国という……らしい。
 それが今から80年ほど前の話。アティからすれば大昔だが、数百年前の英雄であるライダーにとっては自分が死んだずっと後の話だ。知らなくて当然である。

「うーん、そういうんじゃなくてね……おっかしいなぁ、聖杯から貰った知識にそんなのなかったはずなんだけど……」

 アティの説明を聞いて、ライダーは尚も不可思議そうに首を傾げていた。
 しかし次の瞬間には「ま、いっか」と表情を一変。とことこと歩き出すと、鏡台付きのデスクに腰かけ、笑いかけた。

「とにかくさ、これからよろしくってことだよ。ボクは君のことも結構好きだし、できれば傷ついてほしくないなーとも思うから」
「それ、矛盾してない? 聖杯が欲しいって聞いてたけど」
「いやまあ、ボクのマスターを帰す手段が今んとこそれしかないから、嘘じゃないんだけど……別にボクはどうしても聖杯が欲しいってわけじゃないんだよね。
 だからいざとなったら、ボクの分の願いは君が使えばいいよ。勿論、ボクのマスターが最優先だけどね。うん、これで万事解決だ!」

 あははーと笑うライダーに、嘘や格好つけの気配は感じられなかった。それが本心から言っているのか、それとも何か考えがあってのことなのか、アティには分からない。けれど、無自覚に降り積もっていた心の負担が、どこかしら軽くなるのを、彼女は感じた。

「……それはともかくとして、行儀悪いよ、ライダー」
「えっ、ああごめんごめん。今降りるから……」

 と。
 "そこまで気が回らなかった"とでも言わんばかりのあっけらかんとした声と共に、ライダーが腰かけていたデスクから身を乗り出した拍子に、その右手が隣に積まれていた本の山にぶつかった。
 勢いよく飛び降りようとしていたからか予想以上に力が入っていたらしく、ぶつかった本の山はバラバラと散らばり、床に散乱した。

 大参事を前に、アティとライダーは二人して沈黙した。

「……えっと」
「あ、あははー……なんていうか、ごめんね?」

 困るような、咎めるようなアティの視線に、ライダーは彼にしては珍しくしどろもどろで返した。

「ていうかこれ、アーチャーの本?」
「うん、多分そうだと思う。確か、どこかから持ってきたって」
「あー、そういやあの場所で色々漁ってたっけ。学校、だっけか。あいつも物好きだなぁ」

 とか言いながら、アティとライダーは二人していそいそと本を拾い始める。そしておもむろに、ライダーがそのうちの一冊を手に取ると、パラパラと中を読み始めた。


256 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:02:50 LaG4Vl8E0

「ふーん、へー、ほー?」
「何か分かるの?」
「全然。でもアーチャーにだけ押し付けるわけにもいかないしね。それに本も嫌いじゃないし」

 意外だった。この奔放な騎士は学問や読書といった類のものは嫌ってそうだと、勝手に思っていたから。
 それを前にライダーは少しむっとした。

「心外だなぁ。そりゃボクは頭良くないしそういうの苦手だけど、でもこの世のものは大体好きだからね。本だってそうさ。
 本は書いた人の知識なり、葛藤なり、努力なり、歓びなり……そういうものを詰め込んだものだからね。ただ何となく書かれたものだって、それ自体の苦労ってものがある。
 誰かの思いが詰まったものを、どうしてボクが嫌うのさ」

 とか言いつつ、ライダーはページをめくる指を早めた。パラ、パラと紙擦れの音が小さく響く。それに合わせるかのように、ライダーは時折「うわ」とか「えー……」とかリアクションを交えていた。

「ねえ、ライダー。それ、あたしが見てもいいかな?」

 少し経ってから、アティはそんなことをライダーに言った。他に散らばった本は全部元の場所に片づけて、あとの残りはライダーが読んでる一冊だけだった。

「ほら、あなた言ったじゃない。アーチャーにだけ任せてちゃ良くないって。
 だから、何も分からないかもしれないけど、あたしも目を通しておこうかなって」
「うーん、別にいいけど……」

 そこで、何故だかライダーは渋るような反応を見せた。
 「見せたくないってわけじゃないんだよ?」と少し慌てるように付け加えて。

「ただ、これ結構えぐい内容だから気を付けてね。歴史書みたいだけど、正直あんまり良いもんじゃないよこれ」

 と、件の本を受け取る際に言われた。
 怪訝に思いつつも、アティはページをめくることにした。





   ライダーの言う通り、それは歴史書の類であるようだった。
   書かれているのは今から80年ほど前の出来事。動乱渦巻く大陸を舞台に起こった、人類史上稀にみる大災厄―――いや、大人災。
   俗に満州事変と呼ばれるこの動乱において、しかし裏で人知れず巻き起こったという、類を見ない規模の大虐殺の記録。
   渦中の人物として挙げられていたのは二名。一人はこの国の偉大な英雄。もう一人は、稀代の殺人者と呼ばれた女性。
   人類史を闇の歴史であると声高に叫ぶその殺人鬼は、件の動乱において300万にも及ぶ人々を皆殺しにしたのだという。
   この本はその殺人者を止めようと奔走した英雄の記録であり、中には確かに、気分を悪くするような記述や篆刻写真も載せられていた。
   そして、その英雄と殺人鬼の名前は……
   名前、は―――……


257 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:03:27 LaG4Vl8E0





「―――あ、ぐぅ!?」

 殺人鬼という単語を認識した瞬間、アティは突如として頭に奔った激痛に、思わず蹲った。
 放り出された本が、部屋の床を滑っていく。「どうしたの!?」と叫ぶライダーの声がやけに遠い。

 ずきずきと頭が痛む。白熱する意識が断線しかかり、無意識に表情が歪む。
 その中で、脳裏に"何か"の声と知識が、断続的に走っていった。

 ―――殺人鬼……

 ―――死の肯定……

 ―――巡回殺人の……

 ―――異形と化した……

 ―――黒い猫……

 ―――現象数式……

 浮かんでは消えていく、知らないはずの記憶。ライダーに肩を揺さぶられ、あげられる声にすら反応できないまま、アティは正体不明の単語の羅列を強制的に聞かされ続け―――





   『アティ』

   『僕は、きみを』





 ―――……ノイズのかかった、声が聞こえた。
 そんな気が、した。

 聞き覚えのない声だった。多分、若い男の人の声。線の細い、優しそうな声だった。

「……誰、これ」

 ぽつりと呟かれる。それにライダーは安堵したような溜息をついていたが、今のアティにはそれに構っていられる余裕はなかった。

 頭に浮かんだものが、いくつかあった。歴史書に書かれた殺人鬼についての記述を読んだ瞬間に訪れた、知らないはずの巡回殺人鬼の記憶。知らない都市の歪んだ記憶。知らない女性の、黒猫のような姿の記憶。
 そして、かの殺人鬼を止めた英雄についての記述。それを読んだ瞬間に訪れた、この記憶は。

「お医者、さん……?」

 最後に浮かんだ、白い外套を着た誰かの後ろ姿。
 それが誰なのか、今のアティには見当などつくはずもなかった。



【D-3/ホテル/一日目 夕方】

【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 健康、正体不明の記憶(進度:極小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯に託す願いはある。しかしそれをどうしたいかは分からない。
0:これは……
1:自分にできることをしたい。
2:落ち着いたらライダーのマスターとも話をしておきたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。それに伴い思い出せない記憶が脳裏に浮かびつつあります。が、そのままでは完全に思い出すのは困難を極めるでしょう。


【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(中)
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。


258 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:03:57 LaG4Vl8E0














   ▼  ▼  ▼





 かつて一人の女がいた。
 彼女は不整合に溢れる世を憂いた。憂いたが故、世界で唯一平等なるものを以て人を救わんとした。



 かつて一人の男がいた。
 彼は己が傍らにある美しきものを愛した。愛したが故、それが朽ちていくことに耐えられなかった。



 死神と呼ばれた女がいた。
 死の肯定者と呼ばれた男がいた。



 共に同じもの―――人を愛した殺人鬼であった。


259 : 名無しさん :2017/02/23(木) 20:04:15 LaG4Vl8E0
投下を終了します


260 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:11:13 B3QWlI4g0
甘粕正彦を予約します


261 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:13:06 B3QWlI4g0
投下します


262 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:13:43 B3QWlI4g0


 夕暮れを告げる放送が、稲村ケ崎の街に響いた。
 夜の色に染まりつつある落陽の赤い光に照らされる海岸線を、割れんばかりの喧騒が包んでいた。
 人々は飽きることなく通りのそこかしこに溢れだし、それを防災服を着込んだ警察官らが必死になって制している。事態の中心地に取り残された人間を諦められないのか、置いてきたものに未練でもあるのか、あるいは単なる見物か。押し寄せる人々は皆一様に必死の形相で、事態発生より数時間が経った現在でも悲鳴と怒号が鳴りやまず、重なる声は巨大な音となって稲村ケ崎の街に響いた。
 彼らの興味と執心の対象はただ一点。正午に発生した軍艦の砲撃行為により破壊されてしまった、稲村ケ崎と七里ヶ浜の街だ。
 いや、厳密に言うならば―――それを為した当人である、正体不明の軍艦こそか。

 数日前より相模湾に突如として漆黒の軍艦が姿を現して以来、その話題は市民の間でひっそりと語られ続けている。
 「この軍艦の正体とは一体何であるのか」「その目的とは」「何か嫌な予感がする」―――人々が言外に感じていた鎌倉市の変貌、その中に渦巻く言い知れぬ異常と災害の気配。それについての漠然とした不安と疑問は、正体不明の軍艦という具体的な形を得たことで市民の間に急速に浸透していったのだ。
 そこに持ってきて、今回の砲撃行為。
 市民が感じていた危機意識、その不安を見事に的中させてしまったこの事態はかえって市民の興味を掻き立て、二射目もなくほとぼりも冷めつつある現在では近隣住民の誰もが家を飛び出して最寄りの海岸線に集まり、自分なりの憶測を語り合い遠目に事態の変遷を見守るという状況が発生していた。
 ここ数日、及び今日の午前中において行政機関と警察組織は、鎌倉全域に均等に警備網を配置させていた。各所で起こる大量殺人事件や大規模事故を恐れてのことは勿論、今や暴動を起こさんばかりに熱狂する市民に対処するため、これら機関は全ての予備人員を投入せざるを得なかった。そしてその一部には、事件事故の容疑者あるいはテロリストの可能性があるとして「戸籍を持たない浮浪者」を検挙・鎮圧する役目を負った者らもいるということは、最早言うまでもないだろう。
 つまるところ、件の場所を包むのは狂乱の渦であり。
 本来脇目も振らず逃げ去るのが当然の災害現場に集る有象無象の群れであった。





   ▼  ▼  ▼


263 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:14:18 B3QWlI4g0





 海原の空高く、一つの影が飛んでいく。
 跳んでいるのではない。文字通り飛翔しているのだ。その影は人の形をしていながら、しかし鳥であるかのように空を翔けていく。
 地上からはその姿を捉えられまい。その影はあまりに高く、そして速い。サーヴァントであっても視力に優れるアーチャー以外では見えるかどうか。

 不敵な微笑と共に空を裂いて飛ぶ、ドンキホーテ・ドフラミンゴの姿がそこにはあった。



 彼が今ここにいる理由は単純だ。相模湾海上に陣取る黒塗りの戦艦、明らかにサーヴァントの手のものと思しき正体不明の物体に対する秘密裡の偵察である。
 本来あれに接近するのは至難の業だ。海上を移動する手段を持ち得る者からして限られてくるし、仮にその手段があったとして下手に動けば相手に感づかれて迎撃される。遮蔽物が何もない海上において、身を隠しながらの接近など不可能に近い。
 それを為せるとするならば、例えばこのドフラミンゴのように、姿が見えぬほどの高高度を飛翔するのが第一候補に挙がるだろう。
 雲の隙間を縫うように飛ぶ彼は、言葉通り雲に糸を引っ掛けることによって空中移動を可能にしている。それは逆に言えば雲が無ければ宙を移動することができないということだが、まばらに雲のかかる今においては関係のない話だ。
 恐るべきは彼の有する糸の異能、その汎用性の高さと言うべきだろうか。今こうして空を翔けるドフラミンゴが、実は彼の糸によって編み出された精巧な分身であると信じられる者がそう多くあるまい。彼の座する屋敷においては人に寄生し操る糸を以て意思なき屍の鬼たちを従属させていることも、戦闘に際しては自らの肉体のみならず周囲の無機物からすらも無数の攻性糸群を呼び出すことも、彼にとっては容易いことである。
 故に、最初の砲撃が開始されて数時間経った現在において、最も早くその元凶たる戦艦に手をかけたのが彼であるのは、ある意味必然であったのかもしれない。

「よ、ッとォ」

 戦艦のちょうど真上で静止する。軽い掛け声と共に、指先から飛び出た視認も難しいほどに細い糸が、眼下に浮かぶ漆黒の戦艦に向かって真っすぐに伸びていく。それは戦艦の外壁に突き立つと、たわむことなくピンと強く張った。
 それは震える大気に反応して声と音を伝える、糸電話の原理を用いた盗聴であった。

「どれ、出てくるのは自信過剰な猪武者か、はたまた考えなしのボンクラか……」

 言いつつ、ドフラミンゴは糸を伸ばした指を耳元に寄せる。
 この場所からは眼下の詳細を目視することは叶わないが、こうして音を拾うことによって内部の様子を探るというのが、彼の狙いであった。
 果たしてこの戦艦の主はどのような考えを持っているのか。何を思ってここまで大それた真似を仕出かしたのか。
 その真実次第で同盟を持ちかけるか戦力をけし掛けるかが決まるのだと、ドフラミンゴは言葉なく思考して。



「―――素晴らしい!」



 唐突に鼓膜を震わせた、およそ知性の欠片も感じられない大声に、彼ですら思わず面食らってしまったのであった。





   ▼  ▼  ▼


264 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:14:52 B3QWlI4g0





「―――素晴らしい!」



 陽に暖められた潮の空気が、緩やかに頬を撫でた。
 人々の集う海岸線から離れた水平線、渦中の黒船の艦首にて。
 茜色の空を見上げ、腕を組み仁王立ちする男は一つ頷いた。

「今この街は絶命の危機に晒されている。遍く幻想たちの跳梁跋扈、天下に名高き豪傑共の英雄譚。それらが混沌となって相交わり、かつてないほどの災厄が降り注いでいる。
 だが同時にそれを否と、あるいは是なりと憤激し立ち上がる者もいよう。故に、ここまで戦火が広がったのだ」

 男の言通り、この鎌倉市は地獄絵図にも等しい魔窟と化していた。被害の規模、築かれた惨劇の多様さ、そこに含まれる悪意の多寡……そんなものは最早、語るまでもなく荒れ果てた惨状となって具現している。
 それを成したのは間違いなく聖杯によって呼び出されたサーヴァントたちだ。己が譲れぬ願いのため、街と無辜の住民を犠牲にしてでも悲願を成就せんと手を伸ばす者たちによる行いだ。
 市街地中央部での巨大な火柱、材木座海岸での突風騒ぎ、笛田での大規模破壊、その全てを彼は視界に収め睥睨していた。
 そして曲がりなりにもそれら戦闘が勃発し破壊が為されているということは、転じてそうした蛮行へと立ち向かう者らも等しく存在するということであり。

「都市を覆う未曾有の大災害、そしてそれに立ち向かう者たちの雄々しき決意と覚悟。ああ素晴らしいぞ、寿ごう。皆等しくこの魔都を戦い抜くに値する勇者に相違ない。
 願いの善悪を俺は問わん。貫きたい想いがあり、それに見合う意思さえ示せるならば、俺は善哉と認めよう」

 集った輝きを睥睨し、男―――甘粕は震えていた。それは彼の見つめる先、すなわち鎌倉を舞台とした聖杯戦争が、真実彼の求める形で進行していたからだ。
 互いに譲れぬ己が真を見出し、それを貫かんがためにぶつかり合い、自らの命を賭して相手への敬意と共に輝きを高め合う―――それは甘粕が理想とする世界の在り方であり、彼が終生求め続ける楽園の原風景でもあった。
 我も人、彼も人、故に対等。甘粕の求める世界とは人類全てが全霊の境地に至れる研鑚の世だ。そしてそれには、文字通り全霊を賭さねば生き残れない過酷な試練が必要であると、甘粕は考えている。それ故の歓喜である。

 甘粕は笑う。笑う。満面の笑みを以て遍く聖杯戦争の全てを祝福している。
 そこに自分が加われなかったのは残念だが、讃えるべき事象に変わりはないと喝采している。

 その時だった。


「だが」


 ぞわり、と。異質な空気が場に満ちる。

 甘粕は哄笑をそのままに、おもむろに手を伸ばす。
 同時、周囲を空間が歪曲したかのような揺らぎが覆った。


265 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:15:23 B3QWlI4g0


「何者かは知らんが、興味があるなら正々堂々と正面から来いよ。覗き見に終わるなどと、英雄の名が泣くではないか」


 その瞬間、甘粕の掲げた腕が、姿形はそのままであるというのに"何故か巨大化したように"見えた。
 虚像かそれとも幻覚か、真実定かならぬままに甘粕は腕を振りおろす。

 何かが叩きつけられる音が、甲板に響いた。

 膝をついて起き上がり、突然の事態に呻くそれは、大柄な男の姿をしていた。

「ほう、これはこれは。奇しくも俺と同じクラスで現界したサーヴァントとは、験を担ぐ気は毛頭ないが結構結構。
 ともあれよく来た、歓迎しよう。何処とも知れぬ時代より現れた英雄よ」
「……てめェ」

 呻く声の主はドフラミンゴその人であった。
 サーヴァントの索敵圏外であるはずの超高高度、そこから糸の振動を用いて盗聴していたはずの彼は、突如として"巨大な手に掴まれる"ような感触と共に、急速に眼下の甲板へと引き寄せられたのだ。

 ドフラミンゴの声には隠し切れない嚇怒の感情が含まれていた。
 サングラスに遮られた視線は、しかし物理的な重圧を感じるほどに鋭い眼光をしているのだと、光景ではなく感覚として伝わるものがあった。

「随分と不躾な真似してくれるじゃねェか。こっちは穏便に話を進めてやろうって気だったが、どうやらそっちにゃその気はねェらしいな」

 敵意も露わに殺気を振りまくドフラミンゴとは対照的に、軍服の男は泰然とした姿勢を崩さない。
 敵意はない。甘粕は常態のまま、むしろ友好的とさえ見えるそぶりでドフラミンゴに接している。

「不躾だったのは謝ろう。いやなに、性分でな。面白そうなものには生来目がないのだよ。
 何しろこれは聖杯戦争、世に名高き英雄豪傑が集うとあっては黙っておれん。開戦の号砲を鳴らしたはいいが客人に恵まれなくてな。
 退屈していたところに視線を感じては、思わず手を伸ばしたくなるというものだろう?」

 だが、それでも自然と滲み出る威圧感が、あろうことか殺意振り撒くドフラミンゴと対等に拮抗さえしているのだ。
 その事実は、彼という存在がどれほどに逸脱し、また危険な属性を秘めているかの証左であろう。

 だがドフラミンゴの心胆を最も硬直させたのは、そんな彼の纏う気配や威圧感などではなく、次瞬に出されたいっそ場違いに思えるような台詞であった。


266 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:15:58 B3QWlI4g0

「さて、不躾ついでだが俺は一体何を話せばいいと思う?」
「あァ?」

 ……こいつ、今なんと言った?
 いきなり拉致同然に目の前へ連れてきて、すわ戦闘かと思えば何も考えていないと?

 ブラフの可能性が頭をよぎるが、当の加害者は心底困ったようにどうしたものかと顎を撫でている。
 ふざけてるとか舐めてるとか、そういう次元じゃない。

「よォく分かった……てめェ単なる馬鹿だな?」
「そう怒るな。先にも言ったが性分なのだ」

 重ねて一切の敵意なく語りかける甘粕に対し、しかしドフラミンゴの忍耐は限界に達しつつあった。
 生来持ち合わせる高すぎるプライドがそうさせる、というのもある。生まれることそれ自体が偉業とまで揶揄される天竜人だった彼は、地に落とされて以降も変わらぬ溺愛を受けたことにより肥大化する自意識を止めることができなかった。
 不意を突かれ地に這いつくばされた、というのもある。彼が最も嫌うのは他者に見下されること。それは精神的な意味でもそうだが、物理的な意味でもまた同様であるから。

 だがそれ以上に、ドフラミンゴの逆鱗を逆撫でし続けるものがあった。

「ここには同盟の算段でも立てようかと思って来てみたんだが、どうやら外れのようだな。
 思い上がった屑や弱者はいくらでも利用のしがいがあるが、馬鹿はそうも行かねェ。
 なんせ馬鹿だからな、どう動くかなんざ予想もできねェ」

 それはすなわち、理解不能の馬鹿を相手に話さなければならないという苦行。
 "何故自分がこんな徒労をかけなくてはならないのだ"という不満の爆発である。
 自信過剰な猪武者なら矛先を操ってやればいい。考えなしのボンクラなら甘い言葉で自陣営に利する考えを吹き込んでやればいい。
 だが馬鹿はそうはいかない。彼らは一切の常識を持ち合わせないがために、どんな行動をするのか全く予測がつかないのだ。生前におけるドレスローザでの屈辱、麦わら一味のような採算度外視で殴りかかってくるような大馬鹿共。ドフラミンゴは、死して尚あのような手合いにかかずらう気は毛頭なかった。


267 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:16:25 B3QWlI4g0

「そうか、お前は俺に交渉事を仕掛けにきたのか」
「その気も失せたがなァ!」

 なおも訳知り顔で勝手に頷いているこいつになど構ってやるものか。
 同盟交渉など以ての外、一切関わらず野垂れ死ぬことを期待するか、あるいは自ら引導を下してやるかの二つに一つだ。
 ドフラミンゴが選んだのは後者であった。ここにいるのはドフラミンゴ本体ではなく影騎糸による劣化した分身だが、だからこそ躊躇する理由も無かった。大きく後方に跳躍することにより体勢を整え、十指を伸ばし弾糸の発射準備を整える。
 男が備えるは腰の刀。両足を付けて立つは騎乗宝具と思しき戦艦。帯刀相手に近接戦を仕掛けるには情報不足で、しかし遠距離に間合いを開けては戦艦の砲に狙い撃たれるが道理。幸いにしてドフラミンゴがいるのは戦艦の只中であるのだから、この利を捨てるは愚の骨頂。
 故に取るべきは戦艦の甲板から逸脱しない程度に間合いを開けての中距離戦。飛び道具の釣瓶打ちで削るのが最も確実な方法だ。

 爆縮する魔力が両の指より放たれる十の弾丸となる。
 頭上に集合した魔力が雨雲のように糸を降り注がせる。
 弾糸、そして降無頼糸。合計して36にも及ぶ糸の奔流が、怒涛の勢いを以て一直線に男へと殺到した。

 けれど。


「駄目だな」


 その全てが、雨露を振り払うような仕草一つで纏めて霧散した。
 男が行ったのは、ただ腕を横に払うという、それだけのことだった。それが一体何を意味し、そして何故攻撃が無力化されたのか、ドフラミンゴは全く理解できない。

 解法という術技がある。
 邯鄲法が五常・顕象の最たる術法、五つの基本術式の一つである解法は、文字通り他の存在を「解す」術だ。
 それは主に力や感覚、場の状況等を解析・看破することに長ける「透」と、他の存在を直接解体・崩壊させることに長ける「崩」に分かれる。邯鄲法の基本五種の中では最も剣呑であり、最も汎用性に富む術式と言えるだろう。

 甘粕が先の交錯において用いたのは解法の崩だ。自らに触れた、あるいは触れる直前にある物体を根底から崩壊させる防御無視の一閃。先の一瞬において、崩が施された甘粕の肉体は触れる全てを解体する常軌を逸した存在と化していた。
 それが証拠に、薙ぎ払われる甘粕の腕に付随する形で、黒色の結晶がばらばらと散らばり落ちていた。腕に触れ、原子単位まで分解された糸群が、空中で再結晶することにより歪な黒い塊となって散らばったのだ。そしてそれは甲板に墜落するより先に、指向性を持たない魔力の残滓として解け、再度霧散した。

 腕を揮う。それを除いて、甘粕は重ねて不動。足の一本を動かすこともない。
 そしてドフラミンゴに向けるのは、隠そうともしない失望の視線であった。


268 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:16:48 B3QWlI4g0

「話にならんぞ騎兵の英霊よ。交渉事とは媚びへつらうだけの場ではなく弁舌を用いた戦争行為、すなわち己の命を対価とした尋常なる決闘に他ならん。
 にも関わらず交渉の席に座らせるのが当人ではなく木偶人形とは、命を懸けるどころか対等に向かい合う気概すら感じられんではないか。
 我も人、彼も人。故に平等、基本であろうが。その真すら示せんようでは、お前に勇者を名乗る資格などない」

 尚も繰り出される理解不能のたわ言に、もう付き合ってられないとばかりに再度の攻撃を果たそうとしたところで、ドフラミンゴは気付く。
 体が動かない。手も足も、指の一本すら自由にならないのだと。
 いや、それだけではない。そもそも跳躍したはずの自分は、"何故未だに着地を果たしていないのか"。

 ドフラミンゴの肉体は、何某かの不可視の力によって中空へと縫い付けられていた。

「そして」

 甘粕の視線が射抜く。それを前に、しかしドフラミンゴは微かな違和感を覚えた。
 甘粕はドフラミンゴを見ている。見ているが、しかし同時に見ていない。そのような矛盾を何故か感じた。
 それは何故か。どういうことなのか。
 大して時間もかからずに理解した。

「情けない、情けないぞお前たち。一時の好奇に踊らされ、覚悟もなしに見物するのみで一体何を為せるという?
 気に食わんなぁ、喝を入れてやるとしよう。この一撃でお前たちが輝きを取り戻し、都市を覆う災厄を乗り越えてくれると信じている」

 甘粕は、笑っていた。
 その目が射抜くのはドフラミンゴにしてドフラミンゴに非ず。彼は、その背の向こうにある街並みを睥睨していたのだ。
 すなわち―――海岸に集う、無辜の住民たちを。

 甘粕の後方、戦艦の中枢に備え付けられた主砲が、軋む鋼鉄の音と共に変形を成し遂げた。
 軋みをあげて旋回する。照準は空中に縫い付けられたドフラミンゴに向かって。そしてその向こうにいる多くの住民たちに向かって。
 子供が無理やり玩具を扱っているが如く、毒蛇のように砲身をしならせて、普通ならば物理的な機能など失っているに違いないほどの変形を果たしながら。
 それでも、その主砲は壊れながらも問題なく作動していた。

 常軌を逸した光景だった。これが全て邯鄲法による不条理の実現、すなわち物質創造法である創法の「形」が為せる業だということを、ドフラミンゴは知る由もない。


269 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:17:10 B3QWlI4g0

「安寧という名の檻に囚われ意思を腐らせる人間たちよ!
 俺はお前たちが堕落していく姿など見たくはない。命が放つ勇気の輝きを、未来永劫に渡り愛していたいのだ。守り抜きたいと切に願う。
 故に立ち上がれ! お前たちの勇気と覚悟で、天上の光へ至る階段を築いてくれ。俺はその果てで待ち受けよう、祝福を歌い上げるために!」

 まさか、と思う暇さえなかった。
 もはや戯画的なほどに曲がりくねった戦艦の主砲が、炎の咆哮を迸らせた。
 放たれた砲弾は今や魔弾と化し、射線上にあったドフラミンゴの総身を苦も無く呑みこむと、数刻前の展開を再びなぞるかのように七里ヶ浜へと着弾した。
 響き渡る轟音と、地を震わせる振動が、波となって戦艦伊吹の元まで轟いた。

 業火が地上を舐めつくすように広がっていた。
 様子を見に訪れていた多くの市民も。
 それを抑えようとしていた警察官や行政職員も。
 人々を救わんがため消火活動にあたっていた消防士も。
 皆残らず、一切の区別なしに、塵となって消えていた。



「ふふ、ははは、ふはははははははははははははははは―――ッ!!」



 哄笑が響き渡る。
 轟く怒号が喝采となって魔王の降臨を祝福している。

 希望となるべき要素など、ここには一つとして存在してはいなかった。





【E-2/相良湾沖/1日目・夕方】

【ライダー(甘粕正彦)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態] 健康、高揚
[装備] 軍刀
[道具] 『戦艦伊吹』
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:魔王として君臨する
1:さあ、来い。俺は何時誰の挑戦であろうと受けて立とう。

※D-1エリアが再び砲火に晒され崩壊しました。集まっていた一般市民に多くの被害が出ています。
※ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)が影騎糸によりライダー(甘粕正彦)に関する情報を取得しました。


270 : 名無しさん :2017/02/27(月) 03:18:27 B3QWlI4g0
投下を終了します


271 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:32:28 9tg.Nwf20
お待たせいたしました
これより拙作「機神英雄を斬る」の修正版を投下します
修正部分が多いため最初から投下させていただきます


272 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:33:25 9tg.Nwf20


―――アサシンがその激突を目撃したのは偶然であり、同時に必然だったと言えよう。



孤児院であまりにも不本意な形で生じた最優のクラスたるセイバーとの正面対決から辛くも逃れた後、アサシン主従は二手に分かれて行動していた。
マスターの士郎は群衆に紛れて拠点に帰り、アサシンは鎌倉の最南端である海洋に鎮座する戦艦の偵察に向かっていた。

何時から其処に在るかは定かではないが鎌倉全域を射程に収めていると思しき彼の船に対し無警戒でいるのは愚の骨頂。
それ故こうして物陰から鎌倉を睥睨するかの如き戦艦を見て、改めてその威容を感じ取っていた。



(―――想像以上の圧だ)

肉眼で直に視認する彼の船の威容はやはり並の宝具のそれとは違う。
あるいは搭乗するサーヴァントの圧力が滲み出ているのか、ともかく相手が色々な意味で凡百のサーヴァントとは違うことは見て取れた。
なるほど確かに堂々と海上に布陣するという馬鹿げた行為に出るだけのことはある。それにあの行為にも利がないでもない。

来るなら来い、という意思表示とも取れる示威行為はそれだけで半端な実力しか持たぬ者どもを寄せ付けぬ威圧感を放つ。
また海上という地理が水上を移動する術を持たない大半のサーヴァントが近づくことを許さず、接近できたとしてもあそこからでは丸見えというもの。
かくいうアサシンもあの戦艦へ上手く近づく手立ては今のところ何も見出せない。

となればロングレンジからの射撃戦を挑むのが定石となるが、そこで問題となるのがあの戦艦がどれだけの性能を有しているか、という点だ。
鎌倉市に砲撃を行うという参加者への挑発めいた行動までしておきながら、まさか相手の射砲撃に対する備えがないとは思えない。
マスターの士郎は弓の英霊に勝るとも劣らぬ技量を持ち、サーヴァントすら爆殺し得る武装もあるがそれ一つで戦艦に抗するのは無理がある。
第一、先んじてあの船に挑んだところで後ろから他の者に撃たれるのがオチだ。

(士郎、例の戦艦を確認した。やはり海上に布陣するだけあって一筋縄ではいきそうにない。
正直に言って私達であれをどうにかするのは不可能だと言わざるを得ない)
(やっぱりそうなるか。だとしたら出来るやつに倒してもらうしか手がないな)
(確かにその通りだが、アテはあるのか?)

士郎と念話を繋ぎ、対策を話し合うも答えは手詰まりの一言。
とはいえ戦艦を操るサーヴァントを退場させる術が存在しないかと言われれば否だ。
聖杯戦争には相性がつきもの。自分たちでは倒せない敵がいるのなら他の者にやらせればいいだけの話。
そして衛宮士郎には戦艦を打倒できる存在に心当たりがあった。



(アサシン。さっきのセイバーが使っていた剣は―――エクスカリバーだ)


士郎の断言にアサシンは困惑を禁じ得ない。
何しろ先のセイバーの宝具は大気を圧縮させた風の鞘に封じられており、その全貌を目にすることはできなかった。
実を言えば先の戦闘でアサシンがあれほど圧倒的にセイバーに遅れを取った原因の一つにはこの風の鞘があった。
無論両者に多大な実力差があったことは紛れもない事実ではあるが、相手の武器の間合いを測れないという不利は決して小さくない。
たらればの話をしてどうなるものでもないが、もしセイバーの得物のリーチがわかっていればアサシンも多少はマシな戦いが出来ただろう。
閑話休題。


273 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:34:05 9tg.Nwf20

(どうしてわかる?)
(前に俺の世界で起きた聖杯戦争の話はしたよな?
その聖杯戦争で戦った六人六騎のマスターとクラスカードの中にあのセイバーとよく似た鎧を纏い、風の鞘で覆った聖剣を使う者がいた。
鎧の意匠が似ているだけならまだしも風で刀身を隠すなんて芸当を違う英雄が使っているとは思えない。
さっき戦いながら把握してたんだが、刀身の長さも綺麗に一致したから間違いない)
(そうか。あれが彼の騎士王で間違いないなら確かにあの戦艦をいつまでも放置することは有り得ない)

星の聖剣エクスカリバーの担い手、円卓を束ねし常勝の英雄王アーサー・ペンドラゴン。
それほどの大英雄ならばアサシンたる己が勝てないのも当然だろう、と改めてアサシンは納得する。
同時に十二の会戦に勝利しブリテンを守護した正当なりし英雄が市井を脅かす黒の戦艦を危険視しない理由もまたあるまい。

英雄性を抜きにして考えてもセイバーは最終的に戦艦を操るサーヴァントに挑むしかない。
セイバーのマスターは孤児院に引き取られている子供であろうことはほぼ確実であり、つまり迂闊に拠点を移せないということだ。
何時孤児院目がけて砲撃が来るかわからない以上、セイバーは絶対にあの戦艦を無視し続けることができない。
そしてセイバーが無事に黒の戦艦と対峙を果たせば、エクスカリバーを以って見事に討ち果たすだろう。
宝具には相性というものがあり、鈍重で巨大な的である戦艦はエクスカリバーとは相性が悪いからだ。
自分たちはその舞台をお膳立てしてやることに終始すればいい。

そうしておいて、宝具を使用し疲弊したセイバー、あるいはそのマスターを討ち取るのがスマートだ。
あらかじめ相手の真名がわかっているのだから士郎ならば弱点を衝ける剣を用意しておける。
セイバーの方はこちらがセイバーの真名を知っているという事実を知り得ないというのも良い。一方的に対策を立てられるというものだ。



(待て、士郎。接近してくるサーヴァントがいる。…相当な規模の英霊だ。
私は引き続き隠れて偵察を続けるが万一発見されたら撤収してそちらに合流する)
(わかった。十分気を付けてくれ)

アサシンのサーヴァントとしての知覚がこの場にやって来るサーヴァントの気配を捉えた。
とはいえそれだけで発見されたと考えるのは早計に過ぎる。
アサシンには最高峰の気配遮断スキルがあり、相当高ランクの気配察知スキルでも持たない限り発見できるものではない。
相当の実力者であるセイバーでさえ直感か何かの能力で微かな殺気に気づくのがやっとで対面するまでアサシンの正体には気づいていなかった。
迂闊に動かずまずは様子見に徹するのが得策だ。



やって来たのは長い赤髪の、女性と見違えかねない端正な顔立ちの少年だった。
彼自身はサーヴァントではない…ないが、霊体化して侍るサーヴァントの気配は存分に感じ取れた。
実体を現してすらいないというのにピリピリとした威圧感が肌に伝わってくる。

やはりと言うべきか、彼らは隠れ潜むアサシンには全く気づいていない。
というよりあの戦艦の威容を彼らも確かめに来たと言うべきか。あれのおかげでアサシンの存在が更にカモフラージュされている。
少年は何か思案しながら海岸線にほど近い道を脇にずれるようにして歩いていく。通りの曲がり角へ差し掛かった辺りで彼のサーヴァントが不意に姿を見せた。

――――――あれは、不味い。
鋼、一目見てそう形容できる長身痩躯のサーヴァントは並の英霊とは一味どころか一桁は違っていそうな超常存在だった。
軽く見積もっても先のセイバーと同等かそれ以上、それ以前に戦ったランサーなどでは最早比較対象にすらならない。


274 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:35:01 9tg.Nwf20
あのセイバーの他にもまだこれだけの規模を持つサーヴァントがいようとは。

「どうしたんだライダー、サーヴァントの気配でもあったのか」

少年の疑問には答えず鋼の男は少年を先導するように歩き出し、やがて人通りのない路地裏へと入っていった。
事ここに至り、これから何が起ころうとしているのか察せぬほどアサシンは愚鈍ではない。
更なる超級のサーヴァントの気配を明瞭に感じ取っていた。これは後をつけない理由がない。
むしろ鋼の男を誘っているのかと勘繰るほど不自然な気配の現出だ。おかげでアサシン自身の存在が露見する可能性が更に下がったのは有難くはあるが。



赤髪の少年の背後から急に影が現れた。いや、実際に影と見紛う漆黒を形にしたかの如きサーヴァントであった。
この黒衣の男もまたセイバーや鋼の男に匹敵する手練れだ。この調子では彼らに並ぶサーヴァントが他にもいるかもしれない。頭が痛い話だ。

「ここは市街地にほど近い。小競り合いならまだしも、本格的な戦いともなれば多くの被害が出る。お前はそれを容認するか?」

黒衣の男がマスターである少年へと問いかける。
確かにあの二人ほどの戦士が戦闘行為など行えば被害は人気のないこの一帯だけでは済むまい。
それを察したか少年は黒衣の男に向けていた黄金の杖らしきものを下ろした。無論警戒態勢までは解いていないが。

「賢明で助かる。私としても事を構えるつもりはないのでね」
「……なら、一体何のために僕たちの前に姿を現した。まさか偶然の産物だとでも?」
「あり得ない、と言い切ることができるのか?」

ひどい冗談だ、とアサシンは内心でひとりごちる。
誘っていたのは明らかにお前の方だろう、と状況が許すなら非難してやりたいところだ。
まあすぐに黒衣の男が「冗談だ」と訂正したのだが。

その後行われた会話の内容をアサシンはしっかりと聞き取っていた。中には聞き捨てならない単語もあった。
黄金の獣にDreizehnの天秤。これだけの手掛かりがあればアサシンにも鋼の男の正体は看破できる。
聖槍十三騎士団の大隊長が一人、鋼鉄の腕(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)。あらゆる全てに終焉を齎す破滅の拳を宿す者。
それならばまっとうなサーヴァントとはまるで次元の違う存在感にも合点がいく。
それに黒衣の男は「お前達」と言った。つまり他の聖槍十三騎士団がこの鎌倉に存在するとでもいうのか。

「唯一無二の終焉を寄越せ。だがそれを為すのは貴様ではない」
「我が身では不足と言うか。随分と高望みをするものだ、ならばかの愛すべからざる光に挑めば良かったものを」
「抜かせ」

幾ばくかの応酬を経て、ヒトガタの災厄二つが共に地を蹴り激突を果たした。
黒剣が空を断ち、絶拳が虚を穿つかの如き戦はこの世の物理法則を徹底的に蹂躙する凄烈さだった。
サーヴァントたるアサシンには両者の動き、一挙手一投足が確かに見えている。見えているが故に悟ってしまう。

―――あれは駄目だ。同じサーヴァントでも自分などとは天と地の差がある。
元より暗殺者とは戦う舞台が違う者ではあるが、まっとうに戦えば戦闘行為すら成立せずにこちらが灰燼に帰すのみだろう。


275 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:36:06 9tg.Nwf20

状況が許すのなら感嘆の息を漏らしてしまうかもしれないほどに濃密な経験と技量を感じさせる両者の戦いはしかし、ただの一発も互いの肉体に命中することはない。
それは当然、どちらもが防御不可能にして必殺の技を絶えず繰り出しているからだ。
このような局面での両者共倒れなど有り得ぬ話。故に二人は舞踏を舞うが如くして決して嚙み合わぬ応酬を繰り返す。
その馬鹿げた妄想じみた様子の攻防はしかし現実に行われているものであり、彼の帝国最強の女傑ですらこの二人の前では初めて剣を執った小娘同然に成り下がるであろう。



戦いの中、鋼と黒衣は問答を交わす。それは何の間違いかサーヴァントとして迷い出た鋼の男、マキナの本質を突くものであった。
それはアサシンには関わりのない話だったが、絶え間なく行われていた応酬の一瞬の空白から行われた問答の後、両者はこれまでの攻防が児戯に思える必殺の空気を纏った。

「――――――」

これは絶好の機会だ―――そう早計に断じるほどにアサシンは愚かではない。
必殺、つまりは宝具に相当する攻撃に出ようという態勢にあって尚この二人に隙と呼べるものは存在しなかったからだ。
いや、彼らと同等の使い手であればそれを隙と呼び一太刀を入れることが敵うのであろうが、少なくともアサシンに出来る芸当ではない。
仮令気配遮断という優位性を活かし、こうして近くで一方的に観戦しているとしてもだ。

(―――いや、果たして本当にそうだろうか?)

気になる。あのマキナと対峙するサーヴァント。本当にこちらに気づいていないのか?
正体のわかったマキナと違いあちらは完全に未知数であり、本当に気づかれていないと言えるものだろうか?
ともかく気づいてないにせよ見逃されているにせよギリギリまで彼らを観察し情報を手に入れるべきだ。危険があるにせよそうしなければ弱小の陣営は生き残れない。
だがサーヴァントといえど誰しもがアサシンと同じ見解に至るわけでもなかったらしい。

遠方より飛来した三つの弾丸が鋼と黒衣の両者によって打ち落とされた。ご丁寧にマスターの赤髪の少年を狙った分もだ。
アーチャーのサーヴァントの仕業だがしかし何と未熟な。相手が狙撃しようとしている自身を捕捉しているかどうかすら判断できないとは。
言うまでもなくアーチャーの気配は二人の男には勿論、アサシンも察するところだった。
抜き身すぎる殺気はそもそも人を狙い撃つという行為そのものに慣れていないのかと疑うほどのお粗末さだ。マインなら決して有り得ぬ不始末だ。

どうやら鋼のサーヴァント、マキナはアーチャーを追撃し、黒衣のサーヴァントは戦意がないのか戦闘を止めた。
良くない状況だ。強豪同士潰し合ってほしいところだったがそう上手くはいかないらしい。
加えてマキナの存在は士郎とアサシンが先ほど練った計画の大きな障害になる。

マキナの宝具は誕生から僅かでも時が経過していれば問答無用に触れた全てを終焉に導く概念を帯びた絶拳。村雨の上位互換と呼ぶのも担い手ながら憚られるほどの超絶宝具だ。
セイバーの宝具であるエクスカリバーとは最悪の相性だ。戦えば容易くセイバーが粉砕されて終わる。
それに恐らくだがマスターのバックアップという観点でもマキナの方が優れている。あれほどの魔力を持つマスターなどそうそう転がってはいまい。


276 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:37:09 9tg.Nwf20

さりとてマキナが戦艦を駆るサーヴァントの打倒に役立つかと言えばノーと言わざるを得ない。
これまた宝具の相性というもので、地に足つけていなければ成り立たないタイプの戦士であるマキナでは海上3㎞先の戦艦には立ち向かえないのだ。
まともに戦えば自分たちは愚かセイバーでも勝てないが、放置してもただ戦うだけで鎌倉中に被害を撒き散らし、やがてはアサシンが隠れ潜む場所すら消滅せしめるだろう。



―――だが勝てずとも手立てはある。奴が他のサーヴァントに対し攻勢に出ている今ならば。
しかし仕掛けられるのか。出来たとして、それをやっていい状況なのかどうか。



(士郎、実は)
(いい。状況はお前の視界を借りて大体把握してる。
あの軍服のサーヴァントとマスターはここで落とそう)

士郎に念話を入れたところ、間髪入れず返事が返ってきた。
いつの間にか視界共有を行い事のあらましは把握していたようだ。
だが、マキナと赤髪の少年主従への奇襲はアサシン自身考えたことといえどやはりリスクが大きすぎはしないか。
単純な成功率もそうだが、自分たちは既に連戦を経ている。魔力消費が非常に少ないアサシンはともかく士郎は肉体的な疲労の問題もあるはずだ。

しかし同時に鍛え上げられた心眼が好機はここにしかないと告げていた。
マスターを連れての追撃戦となれば、どれほど気を張っていたとしても完全に普段通りの警護をすることなど不可能だ。
間合いが拳の届く範囲にしかない、攻勢特化型サーヴァントのマキナであればその傾向は尚更強まる。
無論生半な強襲では膨大な戦闘経験とアカメすら上回るであろう心眼に看破され、目論見ごと破砕される結果に終わるだろう。今マキナに追撃されているアーチャーが良い例だ。

何より今もってアカメの存在が少なくともマキナはに全く捕捉されていないという事実が最大の好機の訪れを知らせている。
勿論上級のサーヴァント相手であってもそこにいることを悟らせないのが気配遮断スキルの効能にして存在意義だ。が、今回相手取ろうとしているのは上級ではなく超級のサーヴァント。
流石に詳細な位置までを感じ取ることは専用の技能でも備えていない限り有り得ないとしても、先のセイバーのように向けられる視線や殺気に気づく程度のことなら有り得なくはなかったはずだ。
その様子すら全く見受けられない、というのはアサシンが様々な幸運に恵まれた、あるいはマキナが不運に見舞われたからだ。

黒の戦艦の存在、黒衣のサーヴァントの挑発的な誘いに隠す気も感じられないアーチャーの殺気。これらの複合的要因がマキナにアサシンの気配を感知させなかったのだ。
それだけなら一方的に情報収集ができた、というだけで済む話だが今のマキナはマスターを連れた上で他のサーヴァントを追撃している。
本選の進行速度を考えても、一定の勝算を以ってあの主従に挑める機会は今後もう訪れない可能性が極めて高い。
そしてその「一定の勝算」とはアサシン単独ではなく士郎との連携があって初めて存在し得る。
マキナとそのマスターを尾行しながら念話を続ける。



(…わかった。しかしお前の狙撃がないと作戦は成り立たない。
家に帰るところだったんだろう?ポジションは取れるのか?)
(実はお前の視界を借りたあたりから移動してたんだ。
急げば良い位置で狙撃できると思う。むしろお前の方が危険な役割だろ?絶対に無理はするなよ)
(いや、お前が言うな。…まあそれはともかく、実行するにもまだ問題はある。
見たと思うが黒衣のサーヴァントも今の私達ではどうしようもない強敵だ。好戦的ではないようだからこちらから刺激しない限り反撃される可能性は低いがそれが楽観でない保証もない。
何より……もしかすると奴は私の存在に気づいていて泳がせた可能性がある)


277 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:38:00 9tg.Nwf20

アサシンは思い出す。あの黒衣のサーヴァントは「交戦の意思はない」と繰り返し口にしていた。
あれはもしかするとマキナの陣営だけでなく隠れて見ていたアサシンに対してのアピールでもあったのではないか?
「隠れているのはわかっているが、そちらが手を出さない限りは見逃してやる」と言っているようにも思えた。
考えすぎと言われればそうかもしれないが、何しろマキナに匹敵するようなサーヴァントである以上アサシンの気配遮断を破る異能があったとしても不思議ではない。
そういった思惑もあってアサシンもマキナの陣営と同じく素早く黒衣のサーヴァントから離れるべく移動していた。

(…そう考えると辻褄が合うんだ。こういったバトルロイヤルでは無闇に敵を増やすのは上手くない。
私達があいつとマキナを同時に相手取ることができないと見抜いていたとしたら。その上で自分の戦意のなさをアピールして矛先をマキナに向けさせる狙いがあったとしたら、私たちはまんまと誘導されていることになる)
(…でも、結局マキナとそのマスターを落とす機会はどのみちここしかない)
(そうだ。あちらの思惑がどうあれここで連中を落とせないと厳しいのは間違いない。
大まかな位置を伝えるから絶対に刺激せず、あちらの射線に立たないようにしろ。数㎞単位で届く攻撃手段を持っている)




     ▼  ▲




しくじった。アーチャー、東郷美森は絶望的な逃走劇を演じながら先の失態を悔いていた。
敵を発見し、尾行したまでは良かった。しかし狙撃のタイミングを完全に誤った。
戦っていた二人のサーヴァントの宝具が完全に発動しきるまでは撃つべきではなかった。

あるいは恐れていたのかもしれない。
あの二人が有する宝具が激突した時、如何なる現象が起きるのか。少なくともアーチャーの認識や理解を遥かに超える事象が起ころうとしていたことは間違いないように思う。
その未知こそを恐れてあのような暴挙にして愚行に踏み切ってしまったのかもしれない、と自己分析した。

「やってしまったことはもう取り返せない。だから…!」

マズルフラッシュ。二挺の銃で後方へ銃弾を発射した。
迫りつつある追跡者には効果があるとは思えないが少しでも足を止めなければならない。捕まれば待っているのは一撃の下に訪れる死だ。



このまま行けば程なくアーチャーを捉えられる。ライダーからつかず離れずといった距離で滑空するみなとは遠からず訪れるであろう決着を予感していた。
あまりライダーの近くにいては彼の戦いを邪魔してしまうし何より余波でみなと自身が重篤なダメージを負いかねない。さりとて遠すぎてもライダーの守護が間に合わない。
ライダーもまたみなとを護衛するために彼のスピードに合わせて追撃の速度を緩めている。いや、みなとも全速力なら容易く単独でアーチャーに追いつけるのだが相手はサーヴァント。
まっすぐ全速力で突っ込めば何があるかわからない以上、程ほどにスピードを落とし慎重に追う必要がある。
幸いにして敵のアーチャーはかなりの鈍足のようで多少速さを落としたところで追撃には然したる支障はない。

「気を抜くな。我らはアーチャーを追っていると同時に最大の隙を晒している」
「わかってるよ。さっきの奴にしても手を出さないという言葉が嘘じゃない保証もないからね」
「違う。狙撃の気配だ」

ライダーの言葉に思わずギョッとして周囲を見渡す。だがそれだけで相手が見えるはずもない。
彼はこう言っているのだ。「どこかで第三者が狙撃の機会を狙っている」のだと。
しかしそれだけ理解していれば問題はない。仮令如何なる相手が自分を狙っていようとライダーが遅れを取るとは思えない。
宝具の発動の隙を突かれた先ほどでさえ予め読んでいたとしか思えない超反応で迎撃してのけた。きっと彼の中では既に迎撃態勢が敷かれているに違いない。
後はみなと自身の心構えの問題だ。ライダーのマスターとしてあまり無様を晒すわけにはいかない。


278 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:38:53 9tg.Nwf20



「来るぞ」



そう言って、ついにアーチャーを踏み込めば拳が届く距離にまで追い詰めたライダーがアーチャーへ躍りかかる。
この意味を理解できぬほどみなとは愚かではない。つまるところあれは狙撃手の位置を明確にするための誘いだ。
一見してライダーに隙が生まれたように見えても彼にとっては隙足り得ぬものでしかないのだ。
理解すると同時に気を引き締めたみなとの耳に風切り音が聞こえた。



―――何のつもりだ?



ライダー、マキナは4㎞先から迫る凶弾を明瞭に認識していた。いや、それは弾丸というよりは螺旋のように捻じれた剣だった。
しかしそれは超音速で飛来しながらライダー、みなと、アーチャーのいずれにも直撃しないコースを辿り、一瞬後にはライダーの手前に落ちる運命にある。
はっきり言って敢えて迎撃する必要も感じない。狙撃手の腕が悪いのか。いや有り得ない。
これほどの距離から矢を放ち、宝具を撃つ者がサーヴァントでない筈もない。この距離ではサーヴァントの反応は感知できないが相手の正体は火を見るより明らかだ。

ならば何が狙いなのか。次弾が撃たれる気配は感じられない。
とすれば有り得るのは「迎撃するまでもない」と思わせること。即ち何らかの効果を付属させた剣弾である、という可能性だ。着弾することで発動する概念でもあるのだろう。
良いだろう、敢えてその思惑に乗ってやる。如何なる概念が炸裂しようとこの終焉の拳を以ってして消滅させるまで。
そのまま少女のアーチャーも粉砕し、返す刀で貴様に終焉を手向けてやろう。

しかし着弾と同時、ライダーはほんの一瞬だが心から驚愕した。



―――壊れた幻想だと?



爆ぜる剣。炸裂するAランクの威力と神秘を有する爆光それ自体はライダーへ致命傷を与えるものでもなければ思考を奪うにも至らない。
ライダーの絶拳を一度振るえばただの煙のように散る程度のコケ脅しにもならぬ代物ではある。
ライダーが注目した、いやさせられたのは着弾する際に起きた事象だ。

壊れた幻想。ブロークンファンタズム。
英霊それぞれが持つ宝具を担い手の意思で破裂させることにより宝具に込められた魔力と神秘を解放、強力な攻撃手段と為す技能である。
宝具によっては本来のランク、威力を超えた力を叩きつけることもできる。ある意味では真名解放にも勝る強力な技と言えよう。

だが聖杯戦争において壊れた幻想が使われることはまず起こり得ない。
何故ならば宝具とは英霊の半身にして誇りそのもの。これは英雄であれ反英雄であれ変わることはない。
仮令決して敵わぬ強者を前にしようとも、自棄にでもならない限り自らの半身を自らの手で散らす英霊などまず存在し得ないからだ。
それでも何を犠牲にしても勝たねばならぬ局面であれば使われることは有り得るだろう。だがそれは断じて今ではない。
未だ数多くの英霊が鎬を削る中で、希少な切り札たる宝具をこんな形で使い潰すなどあまりにも不可解。ライダーが驚愕したのはこの点だ。
早い話があまりに頓珍漢な愚行だったためについ驚いてしまったのだ。



―――その“つい驚いた”という隙こそが敵の狙いであったことに気づくのは、彼をしても一秒の時間が必要だった。


279 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:39:32 9tg.Nwf20



追撃しているアーチャーとは異なる敵が放った狙撃によって生じた爆発はみなとからも視認できた。
心構えをしていたとはいえAランク宝具の炸裂にも等しい威力と規模の爆発はやはり慣れるものではなく、そちらに意識が集中したことを咎められる者はいないだろう。



「―――葬る」



―――その隙を、神速で現れた暗殺者に突かれたとしても。



声を出す暇さえ与えられなかった。
みなととライダーがアーチャー、東郷美森を追跡しはじめた直後から気配を消して尾行していたアサシン、アカメが桐一文字を手に跳躍。すれ違いざまにみなとの肉体を十五のパーツに分解した。
ライダーから離れすぎぬよう近場のビルや建造物と同程度の高度を保って滑空していたことが災いし、ビルの影から飛びかかったアサシンに反応はおろか存在を認識することすらできず聖杯戦争からの退場を余儀なくされた。

気配遮断スキルは一部の例外を除きサーヴァントが攻撃態勢に入った時点で大幅にランクが落ち、発見されるため完全な奇襲は極めて難しい。
―――ただしそれはあくまで同じ超常存在たるサーヴァントが相手の場合の話。大半のマスターは仮令アサシンが攻撃に移ろうがその気配を感知し対処することなど出来ない。
準サーヴァント級の実力者だった麦野沈利でさえアカメを十分に警戒していたにも関わらず彼女の奇襲攻撃を完全には回避できなかったことからもそれは明らかだ。
ましてや美森の存在や第三者から放たれた狙撃によって生じた爆発に意識を持っていかれていたみなとがアサシンの攻撃を認識・対処するなど夢のまた夢と言うしかない。

この結果だけを見てみなととライダーを嘲るのは莫迦のすることだ。彼らはこれまでの行動に大きな落ち度と呼べるものは何一つとしてなかった。
この鎌倉に召喚された他の黒円卓のサーヴァント二人のマスターとの関係性を見れば自明だろう。
みなととライダーは主従として一定の協力関係を築くことに成功し、互いが互いを嫌い合うようなこともなかった。
戦略・戦術にしてもライダーの強みを生かしつつ過ぎた無茶や突出はしない、と堅実そのもの。どこにも彼らが責められる謂れはない。
だが残酷な言い方をすれば、単に実力があって確実な方針を取っていればそれで優勝できるほど聖杯戦争は甘くはない。
運も実力のうち、などという諺があるがまさにそれこそが真理であり勝利の女神にそっぽを向かれれば最強の陣営であろうと呆気なく脱落することもあるのだ。
みなと、ライダーは実力も見識も十二分にあったが……運の悪さだけは如何ともし難かった。

そして聖杯戦争の参加者であるからといって誰しもが劇的な死を遂げられるわけではない。
何かを言い残すことも、何かを思考することすらも覚束ないまま人が死ぬ事例など枚挙に暇がない。
みなともまたそういった事例の一つになったというだけの話。


「みなと……!!」



突然の狙撃から生じた爆風から傷を負いながらも逃れたアーチャーは見た。
己のマスターの名を叫ぶライダーを。つい先ほどまでライダーに追随しながら自分を追っていた、赤髪の少年だったもの、空中から力なく落ちていく彼を構成していた肉片を。
そして近場の建造物に着地した、黒い長髪に紅い相貌が印象的な少女のサーヴァントを。

「アーチャーとアサシンの共同戦線―――!」

目で見たままに、アーチャーはそう断じた。
恐らくはライダーに追われている自分を囮(デコイ)にしてライダーのマスターを確実に抹殺するために仕掛けられたサーヴァント同士の共闘。
相当綿密に打ち合わせがなされたと思える絶妙な連携だった。



「違う」
「え…?」



果たしてアーチャーに対しての言葉だったのか。たった三文字だけを言い残してライダーは狙撃手のいる方向へと一直線に駆けだした。


280 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:40:28 9tg.Nwf20

(私を無視する!?)

予想外の展開にアサシンは顔にこそ出さないものの内心で焦りを感じていた。
当初の予定ではまず士郎の偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)を使った壊れた幻想による爆撃を行い相手方の注意を惹き、アサシンがライダーのマスターを奇襲で仕留める。
その後気配遮断を解除した状態にあるアサシンでライダーを引きつけつつ、弱体化したライダーを撒いて撤退する腹積もりであり、実際その目論見は半ば成功していた。

しかし作戦の最終段階になってライダーは目の前のアサシンではなく4㎞離れた士郎への攻撃を優先した。
アーチャーとアサシンによる同時攻撃と勘違いしてくれれば良かったが、流石にライダーの戦術眼を欺ききれなかったということか。
いくら士郎との距離が離れているとはいえマキナほどのサーヴァントから単独で逃げ果せるのは厳しいものがあるだろう。

ライダーをアサシンが神速で追撃する。
元より敏捷性ではアサシンの方が上回り、さらに今のライダーはマスターの死亡に伴い絶え間なく魔力が漏れ出て弱体を余儀なくされている。
倒しに行きさえしなければ自分程度でも士郎が退避する程度の時間は稼げる。マキナほどの使い手にこちらから仕掛けに行くのは危険が大きいがやるしかない。



「退け」
「うっ……!!」



ライダーの両拳から繰り出された指向性を持った嵐の如き連撃。それらはアサシンに直撃こそしなかったが数分の一まで力が落ちて尚接近を許さず風圧だけで押し返すほどの圧力があった。
ライダーがアサシンへ攻勢を仕掛け捉えきるのは最早困難だが、迎撃し追い散らすだけならまだ十分に可能なのだ。
もう用は済んだ。そう言わんばかりにライダーはアサシンを無視してビルや家屋を跳躍していく。

「させるか…、っ!?」

追い縋ろうとするアサシンが殺気を感じ素早くその場を飛び退くとサーヴァントを仕留めるには十分な数の銃弾がアサシンが今しがたまでいた場所に突き刺さった。
何故、誰が撃ったかなど考えるまでもなかった。二挺の銃を携えたアーチャーがアサシンを妨害したのだ。

「邪魔を―――」
「あなたのマスターのところには、行かせない」

アサシンが何か表情を変化させたわけではなかった。しかし纏う空気が変わったように思えた。アーチャーにとってはそれだけで十分だった。

(あんなことが出来るマスターをすばるちゃんに近づけるわけにいかない…!)

ライダーの一言がなければ危うく彼女たちの策に騙されるところだった。
満開をしていない状態だったとはいえ、曲がりなりにも弓兵(アーチャー)である美森を上回る距離から宝具級の爆撃にも等しい攻撃を仕掛けてみせる。そんな存在がサーヴァントではないなどとよくあの騎兵は見抜けたものだ。
無論満開さえ発動していれば容易く封殺できるだろうが、逆に言えば満開なしでは最悪返り討ちにされかねないほどの実力を持つマスターだということだ。

さらにマスターである以上当然サーヴァントを従えている。言うまでもなくアサシンだ。
アーチャー級の射撃能力を備えたマスターに奇襲・暗殺に秀でるアサシンの組み合わせなど悪夢としか言いようがない。
何処からでもAランク宝具級の狙撃を放ってからアサシンで追い討ちをかけられる主従に果たして何組が対処できるのか。
だからこそ、何としてもここで落とさねばならない。すばるの為にも。


281 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:41:31 9tg.Nwf20

先ほどのライダーの叫びが脳裏を掠める。
みなと。あの鋼の如き威容のサーヴァントは確かに自らのマスターをそう呼んだ。
ライダーに追われていた時は考える余裕すらなかったが、今にして思えば外見的特徴もすばるに聞いた話と一致していたように思う。
そのすばるの友達が、殺された。そしてアーチャーも彼を殺そうとした。

「っ……!」

誰を呪えばいいのか。知らず彼を殺そうとしていた自分自身か、実際に殺したアサシンか、あるいはすばるとみなとを共に聖杯戦争などに放り込んだ世界そのものか。
わからない。けれどここで死ぬわけにはいかない。そしてアサシンだけでもここで倒すことがすばるとみなとに対するせめてもの償いだ。
時間さえ稼げば必ずライダーがアサシンのマスターを仕留めるはずだ。それまで待てば間もなく発動可能になる満開をせずともアサシンを倒せるはずだ。
しかしそれは相手も理解しているはず。何よりあのアサシンは自分と違って対人戦闘に恐ろしく長じている節がある。
万が一ライダーが手間取った場合、満開をしたとしても簡単に落とされてはくれないだろう。



どうするべきか。アサシンはアーチャーが放つ銃弾を建造物を駆使して躱しながら対処を考える。
今現在士郎からの念話はなく、令呪でアサシンを呼び戻す気配もない。
通常ならば有り得ざる愚行だが相手が相手だ。令呪の使用に伴う魔力の発露で自らの居場所を知らせるより魔術回路を閉じて群衆に紛れ逃げに徹する方が僅かであれマキナを撒ける確率が高いと踏んだのだろう。

加えてアーチャーの存在もある。遮蔽物の多い地形であることも手伝ってアサシンなら十分アーチャーを撒けるがそれをするとアーチャーがフリーになる。
アーチャーを無視して士郎に合流すると今度はこちら側がアーチャーの狙撃に晒される羽目になりかねない。
人間や自分のような並レベルの耐久力しか持たないサーヴァントを仕留めるのに士郎が使うような大威力の宝具など必要ない。急所に矢なり弾なりが当たれば人は呆気なく死ぬものだ。
その意味でこのアーチャーは他のクラスのサーヴァント以上の脅威と言えよう。―――ましてまだ切り札を秘蔵しているのならば尚更だ。
桐一文字を村雨に持ち替え、敢えて姿を晒してアーチャーと向かい合う。



「違う刀……?」
「そうだ。こちらが私の真の宝具だ。お前もまだ隠している宝具を出すといい。
それとも、使えるだけの条件がまだ整っていないのか?私にはお前が何らかの機会を待っているようにしか見えないが」
「!」



何ともわかりやすい。アーチャーの顔に「図星です」と書いてあるかのように感情が読み取れる。
ウェイブや出会ったばかりの頃のタツミに匹敵するほどの正直さだ。
しかしこれではっきりした。アーチャーの宝具は何らかの条件を満たさなければ使用できないタイプなのだ。
帝具にもそういった条件を満たさなければ使えない奥の手を秘めたものは少なくない。村雨もそのうちの一つだ。

アカメに言わせれば、戦いとは相手と面と向かって斬り合うところからなど始まっていない。
挑発、ブラフもまた立派な戦いの、敵を殺し自らが生き抜くのに必要な術であり戦術だ。
特にああいった対人に不慣れな、恐らくは怪物殺しで名を上げて英霊に至ったであろう手合いにはこうした言葉による攪乱が覿面に作用する。


282 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:42:23 9tg.Nwf20
今が一刻も早くマスターの下へ向かわねばならない危急の時であるかに関係なく、相手に本来の実力を発揮させない術があるなら迷わず使うべきだ。

(―――勝負は紙一重になる)

相手の宝具の性能は未知数。そして戦場では未知という事柄が即、死に直結する。だからこそ極限まで頭脳を行使し最善の一手を掴み取らねばならない。
敵はアーチャー。ならば持ち込んでいるとすれば射撃に関わる宝具である可能性が高い。真名解放で強力な射砲撃を撃ち込むタイプか、あるいは村雨の奥の手のような自身の性能強化か。
いずれにせよあちらの奥の手は直撃すればアサシンを一撃で蒸発させるに足る代物であることは間違いない。
本来なら慎重に、時間をかけてその本質を見極めるべきなのだが今はそれをしている時間がない。

「アーチャーのサーヴァント―――」

敢えて殺気を顕わにして構えを見せる。
アーチャーが息を吞む音が聞こえた。それで良い、そうでなくては困る。
つけ入る隙は二つ。彼我の対人戦闘経験の差ともう一つは相手にとってもこちらの宝具は未知数であるという事実。
サーヴァントとしてのスペックでは恐らくアーチャーの方が上だろう。しかし基本パラメーターが高ければサーヴァント戦に勝てるとは限らない。というかもしそうなら聖杯戦争はバーサーカーの奪い合いだ。
故にアサシンが取る戦術は相手のペースを乱した上での速攻。宝具という本領を発揮させる前に仕留めるのがベストだ。

「―――葬る」

生か、死か。
この戦いは長くはかからない。双方がそう予感していた。





     ▼  ▲




逃げるか、迎え撃つか。
選択にかけた時間はそう多くはなかった。

作戦は半ばほどまでは上手くいっていた。
まず狙撃を行うにあたって不足していた魔力はアサシンから融通してもらうことで補填した。マスターとサーヴァントを繋ぐ回路(パス)は決して一方通行ではない。
そして自分の狙撃でライダーとアーチャーの足を止めた隙にアサシンがライダーのマスターを殺し、適度にライダーの注意を惹きつつ最終的に離脱するのが作戦だった。

だがライダーの洞察力を見誤ったか、最後の仕上げの段になって策を見破られた。
おまけにアーチャーもライダーに味方するかのようにアサシンを足止めしはじめた。アーチャーにもこちらの陣容を見抜かれたと見ていい。
こうなると令呪でアサシンを呼び戻すわけにもいかなくなる。アーチャーを自由にすればライダーに対処している隙に狙い撃たれてしまう。
アサシンにはどうしてもアーチャーを止めていてもらわなければならない。
せめてもの足掻きに魔術回路を閉じて魔力を探知されないようにしつつ人通りの多い大通りを走っているが―――



「…まあ、諦めるわけないよな」



肌を突き刺すような重厚な威圧感は魔術回路を起動させずとも存分に感じられる。
如何なる代償を払ってでも必ず殺すという気迫の全てが衛宮士郎一人に注がれていることも。
そもそもアサシンを無視してこちらに来ている時点で覚悟の程が伺い知れるというものだ。
新たなマスターとの再契約の可能性を捨ててまで殺しにかかってくる。そんな退路を封じた敵に常道など通じるはずもなし。

交差点に差し掛かったところで止まり、魔術回路を起動した。周りではライダーの殺気に充てられた人々がパニックに陥り我先にと逃げ出している。どうでもいい。
視界共有を行った際に得たライダーの戦闘情報から奴を迎え撃つに最適な剣を選び保存する。パニックを収めるべき警察官ですら恐慌状態になっている。…どうでもいい。



「――――投影、装填(トリガー、オフ) 」

その剣を手に取った時、周囲一帯に伝わるほどの衝撃とともに鬼神の如き英雄が降り立った。
あちこちで車が衝突し、悲鳴と怒号が音楽のように鳴り響いている。……何もかもどうでもいい。
見ているのは滅ぼすべき敵のみだ。


283 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:43:13 9tg.Nwf20

機神英雄、ライダー・マキナが踏み込んだ。
その姿はかつてアンガ・ファンダージを迎え撃った時のような悠然とした歩みではない。全てを賭けて相手を討つ、高速の踏み込みだ。
可能な限り敏捷性の劣化を抑えて無理な高速移動を行った結果、残っていた魔力の過半を消費した。常時発動している宝具がこの状況では災いし、マキナの現界可能な時間をさらに削る。
同じ黒円卓の大隊長でもシュライバーやザミエルなら魂喰の魔徒のスキルを完全に使い潰すことでマスター不在時の魔力を補い戦闘力の劣化も三分の一から半分程度にまで抑えてみせるだろう。
だがマキナだけは駄目だ。単独行動もそれに替わるスキルも持たないマキナにはマスター殺しという戦略が致命的に作用する。
現にサーヴァントとしての性能は既に十分の一を切った。―――だが、そうであっても衛宮士郎を三度殺して余りある。



「 全工程投影完了――――是、射殺す百頭(セット、ナインライブズブレイドワークス)」



ならば勝てるものを用意すればいい。
瞬時に振るわれた絶拳を迎え撃つのはオリンポスの大英雄が使ったとされる斧剣。彼の英雄が編み出した奥義の一つ。
如何なる不死身の敵をも殺し尽くすことを目的に生み出された超高速の連続斬撃。
九つの剣閃が直撃すれば、今のライダーでは即死を免れない。

では、ライダーはこの奥義を前に命を散らす程度の存在なのか?
否。そうであるはずがない。



九の斬撃に重なるように繰り出された連撃。
本来のそれよりも劣化を免れぬとはいえ彼の大英雄の筋力すらも投影して放った対人奥義は完膚なきまでに防ぎ切られた。
ばかりか、投影した斧剣すらも破砕しガラ空きになった衛宮士郎のボディ目がけて更なる追い討ちをかける。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)」

士郎の左手から光が漏れる。
ライダーほどの大英霊を相手にたった一つの策で挑むなど有り得ぬ愚行。故に備えは常に脳裏に在る。

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス )!!」

不完全ながらに展開された衛宮士郎が持ち得る最強の護り。ライダーの追撃に合わせるように拳と衝突する。
生半な攻撃など跳ね返すはずの盾はしかし、一瞬にして砕かれさらに絶拳が士郎の身体を捉え高々と宙へ飛ばした。

まさしく詰みの状況。空を駆ける術を持たない身ではどんな英雄であっても空中での自由な動きはできるものではない。
地上へ落ちたが最後万全の姿勢から放たれるライダーの攻撃の前に儚く命を散らすだろう。
―――何の備えもなければ、の話だが。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)。
―――赤原猟犬(フルンディング)!!」

元より盾などでマキナの終焉の拳を防げるなどとは期待していない。肉体へのダメージを抑えるクッションの役割を果たせば十分以上だった。
故に打ち上げられた後の対処策も準備済み。黒塗りの洋弓と如何なる敵にも追尾し追い縋る概念を持つ魔剣を投影し空中から即座に発射した。
四十秒をかけて魔力を込めればセイバーですら射手を斃す以外の手段では対処できないポテンシャルを秘める剣。だが不完全な態勢で放った一撃では到底ライダーを射抜くには足りない。
残り少ない魔力を振り絞り繰り出した左拳で概念ごと粉砕。同時に士郎が着地、ライダーは躊躇なく接近する。


284 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:44:49 9tg.Nwf20



「凍結、解除(フリーズ、アウト)……!」

ライダーがフルンディングを迎撃するために費やした一瞬の時間こそ衛宮士郎が最も欲したものだった。その時間で投影準備を済ませていた白と黒の双剣を顕現させる。
ライダーの拳に合わせて双剣で防ぎ、そして一撃の下に砕かれた。だが砕かれる度に新たな双剣がその手に握られ、辛うじてライダーの攻勢を防ぎ続ける。
砕かれる毎に新たに投影し直すのではライダーの攻撃速度に対応しきれない。故にこの段階に至るまでに数十もの数の投影を準備し防ぎながらそれらを解凍、同時に脳裏に新たな投影を貯蔵し直す。
明らかに破綻した戦い方だ。こんな方法では遠からず自滅するのは明白。そもそも防げてはいてもライダーの拳は双剣越しに衛宮士郎の肉体へ着実にダメージを蓄積させる威力を持つ。
だがライダーも今となってはもはや不滅最強の存在ではない。故にこの攻防も長くは続かなかった。

「……!」

二十七。それだけの双剣を砕き次の一撃を繰り出した時異変が起きた。
何者も粉砕するはずの終焉の拳が突如干将を砕ききれず、亀裂を入れるに留まった。
その変化を見逃さなかった士郎がここぞとばかりに後退しライダーとの距離を稼いだ。



弱体化もここまで極まったか、とライダーは僅かに嘆息した。
如何なるサーヴァントの如何なるスキルや宝具も、駆動し維持するためにはマスターからの魔力提供が必要不可欠。それを欠けば本来不変のはずの宝具の威力も激減する。
衛宮士郎との会敵を果たした時点でライダーの拳は終焉の拳などとは到底呼べない代物にまで成り下がっていた。
そうでなければ如何に英霊の力を引き出しているとはいえ人間の魔術師をこうまで攻めあぐね、あまつさえアイアスを砕くのに一瞬もの時間を浪費するなどという無様を晒すはずもない。

ライダーの両拳には亀裂が入っていた。それだけではなく霊基そのものが大幅に損耗し彼を構成するエーテルの肉体が悲鳴を上げている。
常のライダーならばともかく、マスター不在の現状では彼といえどもオリンポスの大英雄の技や北欧の魔剣を代償なく打ち払うことはできなかった。
端的に言って弱った霊基に負荷をかけすぎたのだ。このダメージもどちらかといえば自傷・自爆の類に近い。
だが十分だ。この霊基(からだ)でもまだ眼前のマスターを屠るには十分な力が残っている。



「アサシンのマスター。認めよう、この戦いは俺の敗北だ。
我がマスターを殺したのは貴様達の武勲であり俺の失着だ。…だが仮初めであれ主は主。貴様を終焉に落とすまではこの舞台を降りる気はない。
敗北は認めるが、勝利までは譲らん。―――ここで俺と共に消えろ。それが貴様に相応しい終着だ」

ライダーは既に死に体だ。霊基は罅割れ能力値は二十分の一以下にまで至り宝具もほとんど機能していない。何よりあと数分現界を保つことすら困難な有り様だ。
ならば士郎は万全の態勢でライダーの猛攻から逃げ切れるかと言えば、それもまた未知数。アサシンから融通してもらった魔力の大半を消費し攻撃を受け止め続けた代償に身体には大きなダメージが蓄積している。
どちらも等しく満身創痍。

「いいぜ、それならとことんまで殴り合ってやる。どちらかが倒れるまで……!」

破損し使い物にならなくなった干将を破却し新たに同じ剣を作り直す。
ここまで来れば後は聖杯戦争の常道などどこにもない意地の張り合いだ。根負けした方が先に倒れるだけのシンプルな勝負。
遠くで何かが落ちたような轟音が聞こえた。その音を合図に両者は再び踏み込んだ。


285 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:45:30 9tg.Nwf20


【みなと@放課後のプレアデス 死亡】


【D-3/街中/一日目 夕方】

【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] ダメージ(中)、軽度の火傷、魔力消費(小)、満開ゲージ八割、若干の動揺と焦り
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯狙い。ただし、すばるだけは元の世界へ送り届ける。
0:アサシンに対処。
1:アイ、セイバー(藤井蓮)を戦力として組み込みたい。いざとなったら切り捨てる算段をつける。
2:すばるへの強い罪悪感。
3:不死のバーサーカー(式岸軋騎)を警戒。
4:ゆきは……
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
ライダー(マキナ)及びアーチャー(ストラウス)に襲撃をかけました。両陣営と敵対しています。
アサシン(アカメ)と交戦中ですが、マスター(衛宮士郎)の姿は視認していません。
みなとがライダー(マキナ)のマスターだと確信しています。

【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)
[装備] 『一斬必殺・村雨』
[道具] 『桐一文字(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
0:アーチャー(東郷美森)を速やかに排除する。
1:士郎の指示に従う。
2:黒衣のサーヴァント(ストラウス)を強く警戒。対策を練る
【備考】
士郎を通してセイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を把握しました。


【C-3/交差点/一日目 夕方】

【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] ダメージ(大)、魔力消費(大)、疲労(大)
[装備] 干将・莫邪
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
0:ライダー(マキナ)と決着を着ける。
1:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)を利用して戦艦を操るサーヴァント(甘粕正彦)を倒させる。
【備考】
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を看破しました。またエクスカリバーの性質及び刃渡りの長さを把握しています。
アーチャー(ストラウス)を把握しました。

【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae】
[状態]霊基消耗(大)、両拳損傷(小)、魔力消費(極大・戦闘に甚大な支障)、人世界・終焉変生発動不可能
[装備]機神・鋼化英雄 (機能八割以上減衰)
[道具]
[所持金]最早意味なし
[思考・状況]
基本行動方針:――――――
0:アサシン(アカメ)のマスター(衛宮士郎)を屠る。それまでは消えない。
[備考]
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
マスター不在です。現在ステータスは二十分の一以下に低下、何の措置も取らなければ数分以内に魔力切れで消滅します。


286 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:46:12 9tg.Nwf20



以上で修正作の投下を終了します。
主な変更点は以下の通りです

・士郎が最初の狙撃に使う宝具を村雨(投影)から偽・螺旋剣に変更
・美森が健在、マキナが消滅間近ながら存命、士郎の負担増
・戦闘続行中
・アカメの視点からストラウスがアカメの存在に気づいていた可能性を示唆

戦闘の決着については他の書き手諸氏のリレーに委ねたいと思います。
この度は修正作業に多大な時間を費やし長期間に渡りキャラを拘束してしまったことをお詫びいたします。


287 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/02(木) 17:30:50 CZVzGYwA0
投下お疲れ様です。
まず初めに、長期に渡る修正作業を課してしまったことをお詫びします。そして改めて修正ありがとうございます。内容と修正点に関しましては、私としてはこれで問題ないと考えます。

衛宮士郎&アカメ、マキナ、すばる&東郷美森、アイ・アスティン&藤井蓮、イリヤ&ギルを予約します。


288 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/02(木) 18:02:05 c3Ju2i4U0
投下、及び大規模に渡る修正お疲れ様です。

自分も
アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)
佐倉慈
乱藤四郎&ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)
浅野學峯&バーサーカー(玖渚友) 予約します。


289 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/02(木) 18:14:46 c3Ju2i4U0
自己リレーになりますが、バーサーカー(式岸軋騎)も追加しておきます


290 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/07(火) 01:03:09 IIHHc6160
延長します


291 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/07(火) 23:57:30 6BZf5Mnc0
延長します


292 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:07:09 i6y6kayU0
予約分を投下します


293 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:08:21 i6y6kayU0

 



 日が落ちた鎌倉にて、灼熱の太陽を思わせる業火の波濤が轟いた。それは鉄骨を飴細工のように溶かし、瓦礫や人命を炭一つ残さず消滅させる焦熱地獄の大熱波。秘匿の意思など、真実絶無。常世の者よ刮目せよ、我らの進軍に震えるがいい。震え、慄き、逃げ惑い、我が炎を余す所なく脳裏に刻み付けよ。
 それはまさしく覇者の進軍だった。地獄と現世が繋がったような光景が悲劇の連鎖に晒される鎌倉市に顕現するに至った、とあるサーヴァントが吹っ掛けた"戦争"。その顛末を語る前に、我々は一つ知っておかなければならない。蒼の深淵を覗き込み、深奥にて微睡む死線の主を知らなければならない。
 
 そも。バーサーカー……玖渚友というサーヴァントは、決して強者などではない。
 嘗て日本中を震撼させた究極絶無のサイバーテロリスト集団、『仲間(チーム)』を統べる女帝。蒼色サヴァンとも呼ばれる彼女の頭脳は埒外の領域に達している。その凄まじさたるや、ある碩学が生涯を賭して積み上げた大研究を、その気になれば三時間そこそこの時間で完遂出来てしまう程だ。
 だが仮に彼女がバーサーカーではなく、その魔術師めいた手腕を評価されキャスターのクラスで召喚されていたとしても、マスターの為にその頭脳を全霊で使う事はまず無かったろう。彼女の全ては、ある一人の青年に向けられているからだ。もしも彼が消えたなら自分は世界を壊すと豪語し、現にこうして破壊の権化として召喚されてしまう程に、玖渚友は戯言遣いの青年を愛している。彼以外の人間が玖渚を召喚した所で、引き出せるスペックは全力の三割が精々だろう。
 要するに、玖渚友は戯言遣いにしか扱えないサーヴァントなのだ。理性を保ち、持ち前の頭脳が完全に機能するキャスタークラスでさえそうなのだから、怒れる破壊者として召喚された彼女を従えられるマスターなどそもそも居る訳がない。
 その気になれば総理大臣の座すら簡単に取れると称された天才中の天才・浅野學峯ですら、彼女の手綱を引くどころか、そもそもまともに運用する事さえ出来ていないのが現状なのだから、他の人間ならばまず間違いなく予選の段階で死んでいる。不運にもこのサーヴァントを召喚してしまった浅野は、持ち前の人心掌握術で市長の立場を勝ち取り、戦力面の欠落を他の面から補うことで今日まで勝ち残ってみせたが、そんな事が出来る人間など日本中見渡しても数える程しか居まい。
 そして何より大きいのが、この鎌倉の聖杯戦争に於いて、サイバー技術の関与する隙が余りにも少なすぎる事だ。もしもこれが電脳世界を舞台とした聖杯戦争だったなら、玖渚友は間違いなく最強クラスのサーヴァントとして鎌倉を地獄に突き落とした筈である。
 騎士王、大隊長、英雄王、赤薔薇王、第一盧生、奇跡の魔女、幸福の怪物――そういった恐るべき強豪達とも真っ向から鎬を削り、場合によっては討ち果たす事もあったかもしれない。それ程までに、サイバーテロリストの長であった彼女と電脳世界との親和性は高いのだ。反面、玖渚は現実世界との親和性が最悪レベルに低い。
 生前から今に至るまで、身体スペックは障子紙も同然の超低数値。従える仲間達も、一人を除いては狂化してしまった時点で糞の役にも立たない気狂いにまで落ちさらばえる。情報操作等の腕は未だ健在だし、現に彼女はとっくのとうに鎌倉市のインフラを掌握しているのだったが、生憎と此度の聖杯戦争は普通ではない。

 平然と街中で宝具を抜き、民間人を虐殺し、英霊としての姿を晒す。
 謂わば、神秘秘匿の原則が抜け落ちている。それこそ今の鎌倉市は、中東の紛争地帯と比べても何ら遜色ない、それどころか危険度で数倍は上回る、神秘と死がそこら中に跋扈した魔境と化していた。そんな街の中で、情報を操り、掌握する事に一体どれほどの意味があるだろう。
 それで押さえ付けられるのは一定以下のサーヴァントと、良識に縛られたマスターのみだ。民衆に囲まれ、悪評を叩き付けられた所で、邪魔だ死ねと蹴散らす輩がごまんと居るこの鎌倉では――情報の持つ意味は余りに心許ない。断言しよう、玖渚友は詰んでいる。死線の蒼が勝利する結末は何処にも存在しない。
 尤も、聡明な彼女の事だ。こんな誰にでも考察出来るような事を、他ならぬ死線の蒼ともあろう人が見落とす筈はない。不都合な現実から目を逸らして逃避するだけの人間味がもしも彼女にあったなら、そもそも英霊・玖渚友は誕生していない。玖渚友はとっくのとうに自分の破滅を認識し、それが秒読み段階である事も含めて承知の上だった。

 ――そして黄昏の終わりに玖渚は、自身が住まう城へ迫る赤き焔の死神を視認した。


294 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:09:16 i6y6kayU0
  ◆  ◆


 赤騎士、出陣――霊体ではなく実体を露わにし、軍靴の音色を響かせながら、アーチャー……エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグは死線の寝室を目指していた。仮初の主・辰宮百合香への報告を終え、再び闘争を求めて歩き出したその矢先に、奇妙な魔力の波長を感知した為である。
 それを例えるならば、"誕生"。つい先程までは確実に存在しなかった魔力反応が、突如ある地点に再出現した。グラズヘイム、ヴェヴェルスブルグ城の住人として凡百の英霊を遥かに越える闘争を踏んできた者だからこそ解る、怒りに満ちた剥き出しの殺気。空気を伝って此処まで届く程なのだから、間違いなくクラスはバーサーカー、もしくはアヴェンジャー。復讐者の英霊にも興味は有るが、現実的な線としてはやはりバーサーカーか。
 それも、中途半端な狂化ではない。恐らくは理性も人格も失って、本能と僅かな意思の残滓のみを寄る辺にする手合い。Aランク相当の深い狂化を受けている事を、エレオノーレは伝わってくる殺気の質から看破した。――面白い。理性を欠いているのは残念だが、破壊を求めるならば買ってやろう。
 笑みを浮かべ、気配が生じた方……駅前方面へとエレオノーレは歩を進め始めた。それが、数分前の事だ。この時には既に、彼女が感知したバーサーカーを消滅状態から修復した親玉の青色サヴァンは、自身の寝室へと迫る赤騎士の存在を視認している。斯くして、死神は死線の城下町へと踏み入った。それと同時に、彼女に闘争を齎す狂気が再度爆裂する。


「■■■■■■■■――――!!」

 耳を劈く咆哮。
 遠方にて感じた通りの殺気を全方位に放ちながら、無数の釘が打ち込まれた鉄塊を振るうはバーサーカー。民家の屋根上から得物を振り上げて襲い来る彼を、エレオノーレは己の剣で以って迎撃する。剣と鉄が猛烈な勢いで激突し、爆発と見紛う程眩い火花が散った。
 剣で撲打を受け止めたエレオノーレの足元が、大きく陥没する。赤騎士のステータスは決して低い物ではないが、バーサーカーは筋力面においては完全に彼女の上を行っていた。流石に、最高ランクの狂化が施されているだけは有る。もしも直撃しよう物ならば、さしものエレオノーレでも大ダメージは免れないだろう。
 続けて真横から薙ぐ鉄を、今度は剣閃で受け流す。返しに曲芸のように華麗な閃を放ち、バーサーカーの身体に手傷を刻み付けていく。今彼女が切り裂いたのは、バーサーカーの鼻だ。剣士の戦略に、敵の末端部位を次々と切り落とし、動揺と狼狽を誘うと言う物がある。別段それを狙った訳ではないが、そういう戦法が確立される程、部位の欠落が人間の心理に齎すダメージは大きいのだ。事実まともな理性の残ったサーヴァントであれば、鼻を失った時点でそのペースを大きく乱されていてもおかしくはない。
 然し、そこは理性なきバーサーカー。身体の末端が飛ばされたからどうした、知った事かと暴威を撒き続ける。
 
 社会の裏側に存在するあらゆる世界に於いて平等に忌まれ、恐れられる殺人鬼集団――零崎一賊。
 バーサーカーこと式岸軋騎は『仲間』の一員でありながら、零崎に名を連ねる殺人鬼、零崎軋識でもあったと言う話は既に語られた通りだ。愚神礼賛と名付けた凶器を振り回し、一賊の敵を悉く鏖殺してきた彼だが、然し彼単体で英霊として召喚できるかと言えば、否である。
 仮に召喚出来たとして、狂化の効力を最大限に受けることが出来たとしても、今ほどの高ステータスを得られはすまい。神秘の薄れた現代、人間由来の反英霊として、今の軋識が持つスペック、特に筋力のランクは明らかに異常な域に達していた。それこそ、場合によっては神話の英雄や怪物にも匹敵しかねないレベルまで。
 その事に気付けないエレオノーレではない。自分と同じ、ともすればそれよりも年代の新しいサーヴァント。宝具を使うでもなく愚直に殴り掛かるのみの彼が何故、此処までの暴威を振るうに至っているのか。砲弾の爆裂めいた衝撃に持ち前の剣技で対抗しながら、エレオノーレは口を開いた。
 
「……成程。妙だとは思っていたが、貴様――使い魔の類か」

 つまり、この男はそもそもサーヴァントなどではないのだ。
 エレオノーレは使い魔と口にしたが、無論、魔術師の飛ばす偵察用の蝙蝠やら鼠やらとは訳が違う。在り方としては極めて近いが、この偽バーサーカーに任されている役割は恐らく破壊と駆逐だ。現代の人間に分かり易い表現をするのなら、戦地の空を飛び回って死と焦熱を振り撒く無人爆撃機が一番近いだろうか。


295 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:10:03 i6y6kayU0


「差し詰めキャスター辺りの宝具かな。貴様を何度殺そうが、魔力源のマスターが生き永らえている限りは其処から燃料を吸い上げて無限に復活する、そんな所だろう」
「■■■■■■■■――――!!」

 所詮は鈍器と刀剣で打ち合っているだけ。絵面としては地味ですらある一騎と一体の戦闘の余波だけでコンクリートは砕け、電信柱には亀裂が刻まれていく。最高位の剛力と最高位の柔技が真正面からかち合えばどうなるかを端的に示した光景だった。
 普通の戦いならば此処らでどちらかが宝具を開帳してもいい頃合だ。にも関わらず、どちらもそうする気配がない。その理由は、少なくともバーサーカーに関しては明快だった。
 彼はあるサーヴァントの宝具により、電脳の海を依代に顕現した疑似サーヴァントである。そういう出自である故に、バーサーカーは宝具を持たない。彼の殺し道具である釘バットも、宝具と呼ぶには余りに神秘が欠乏していた。
 対するエレオノーレが己の宝具を抜かない理由も、其処にある。尊き幻想(ノウブル・ファンタズム)を持つでもなく、誇りも信念も狂気の汚濁に塗り潰された傀儡人形。幾ら力が強かれど、そんな相手に自らの炎を開帳する等、赤騎士の矜持が許さない。
 
「何にせよ、つまらん主を持ったらしいな。同情するよ、木偶人形」
「■■■……■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■ァァァァァ――――ッ!!!!」

 エレオノーレが口にした主への侮辱の言葉。それを耳にした瞬間、バーサーカーの咆哮が単なる暴性だけではなく、明らかな赫怒の念を含んだものへと変化した。只でさえ頭抜けた域にある剛力が、より一層激しく迸る。エレオノーレとしても、彼がこれほどまでに過剰な反応を見せてくるのは予想外だった。狂化した事で精神面が単純化しているのも激憤の原因なのだろうが、それを差し引いても理性なき破壊者らしからぬ挙動であった。
 彼は今、主への侮辱を受けて激昂したのだ。黙れ、お前如きがあの方を語るなと。最高位の狂化を付与され、理性も分別も一片残さず押し流された思考回路で、それでも忠誠のままに吼えたのだ。其処には自分がこのように災害めいた走狗として扱われている事への不満など、微塵も見て取れない。こんな有様に成り果てて、自分と言う物を殆ど削ぎ落とされていながら、この男は今も変わらず主君への忠と愛を抱き続けていた。
 その事に僅かに驚いた様子を見せるエレオノーレだったが、その剣技には未だ微塵の隙も無い。攻撃の回転率をリミッターの外れた筋力に任せて引き上げていくバーサーカーに、相変わらず鋭く迅い刺突と斬撃で以って拮抗していた。――口に咥えた煙草の火が、バーサーカーのスイングが起こした風で掻き消される。

「分からんでもないがね、そういう感情は」

 呟く赤騎士の脳裏に浮かぶのは、彼女が唯一絶対の至高と奉ずる光の魔君の面影だった。
 仮に己が存在を砕かれ、零落させられ、何もかもを踏み砕かれ、貶められても。底無しの憎悪と狂気だけが残った残骸に成り果てようとも、自分は黄金への忠義を決して失わないだろう。どんな姿形だろうと、確たる魂がこの宇宙に残っている限り、自分は金色の彼に全てを捧げ続けるだろう。有り得ない事だが万が一、いや億が一、兆が一彼の覇道が踏み躙られる事があったなら、地を這い泥を啜ってでも生き延び、報復に向け刃を研ぎ続けるだろう。
 これはつまり、そういうことだ。真に誰かへ忠する者の胸に宿る思念は、狂気の中に在っても薄れない。
 
「良いだろう、来るがいい狂戦士。貴様の忠誠に、私が今終わりをくれてやる」

 返事は咆哮だった。人間の鼓膜を一瞬で破る程の大音量を口腔から撒き散らしながら、破滅の風車を回し続ける。


296 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:10:42 i6y6kayU0
 それにエレオノーレは捌く、避ける、いなす、受け止める――永遠の戦徒として積み上げてきた極限の研鑽、其処で手にした人外の戦技を駆使して対応していく。彼女は、騎士だ。相手が当初の想像以上に価値ある魂の持ち主だったとしても、一度剣のみで討つと決めた以上はそれを貫くのみ。
 彼女の振るった剣が狂気の猛打を掻い潜り、バーサーカーの胸を浅く切り裂いた。それを皮切りに、これまで保たれていた戦況の拮抗が一気に崩壊の様相を見せる。さしずめこれは、狂気の力、言ってしまえば不正に得た力と、常識を逸脱しているとはいえその身一つで勝ち取った力の差か。
 胸を、腹を、腕を、足を、首を。剣の切っ先が切り裂いて、血飛沫が霧のように虚空へ舞い上がる。
 バーサーカーは痛みを感じない。故に怯む事もない。どれだけ自分の身体が傷付こうが、死線を害さんとする破壊すべき存在が其処に在る限り戦闘を継続する。その内両眼が潰れ、耳が削げ、喉仏が両断されて咆哮すら碌にあげられなくなりながらも。彼は、赤騎士に向かい続けていた。
 
「■■……■、■■…………ッ!!」

 全身を血で染め上げられながら、力任せに真上から一撃を見舞うバーサーカー。それを受け止めたエレオノーレの足元が、また伝わってくる衝撃に耐え兼ねて崩壊する。
 好機だ。あと一撃あれば、押し切れる。そう思ってバーサーカーは、横薙ぎに攻撃を切り換えるが――

「幕だ」

 其処で、バーサーカーが腕を振るうよりも速く突き出されたエレオノーレの剣が、彼の霊核を過つことなく一息に貫いていた。これまで只の一度として攻撃を繰り出す手を止めず、望まれるままの破壊者であり続けたバーサーカーの動きが、止まる。世界が停止したような光景だった。やがてエレオノーレは彼の胸より剣を抜き、付着した血糊を振り払って数歩後退する。戦いは決したと、その動作が無情に告げていた。
 戦闘続行スキルを持っていればいざ知らず、サーヴァントでないが為にそういった後ろ盾を一切持たない彼では、此処から巻き返す事はまず不可能だ。にも関わらず、理性が消滅しているからか、バーサーカーは尚も愚神礼賛を振るわんと血の滴る豪腕に力を込める。エレオノーレは知らない事だが、バーサーカーは今から一時間程前、彼女をすら遥かに凌駕する腕を持つ超級の剣士に敗北を喫していた。
 霊核を破壊されて消滅し、魔力を基に復元されたバーサーカー。正気を失っていながら、同時に忠誠心を己の深奥に残している彼。燃料さえあれば自在に復活する事の出来る身だと言うのに目の前の戦いに固執しているその姿は、これ以上愛する主から失望されたくないと奮起しているようでさえある。
 尤も、彼の真意は狂気に塗り潰されている。エレオノーレにも、或いはそれを手繰る主にすら、何が正しいかは解らない。然し只一つだけ、確かに解る事があった。

 それは――彼の主は、この狂戦士の想いを汲み取らない、と言う事だ。


297 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:11:07 i6y6kayU0
  ◆  ◆




「■、■■、■■■■、■■■■■■――――」


「■、あ■、あ■あ■、■ぁあああ■――――」


「あ、ああ、ああああ。■ぁああああ――――っ」


「あー、あーーー。あーーーーっ」


「……よし。やっとまともに喋れるようになったね」


「それじゃあ――真っ赤な真っ赤な死神ちゃんを、"私"のところまでご招待しようかな」


  

  ◆  ◆


298 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:11:54 i6y6kayU0


『――ぐっちゃん、聞こえる? それとも、もう無様に消滅しちゃったかな?』

 突如として狂戦士達の戦場に響いたのは、幼さを多分に残した少女の声だった。
 念話だの何だの、摩訶不思議な手段で声を届かせている訳ではない。もうめっきり使われていない、電信柱の上部分に括り付けられた町内放送用のスピーカーから、その声は響いていた。声の主である死線の娘は電脳分野の覇者である。ちょっとした道具さえあれば、通信機能のジャックなんか三十秒も掛からない。

「■■……■■■■■ッ!?」
『あは、何言ってんのか全然分かんないや。でもま、ぐっちゃんが何を言いたいのかは大して重要じゃないんだよね』

 其処に、文字通り身を粉にして戦った部下への労りなんてものは欠片も存在しない。
 それどころか真実、声の主――バーサーカーの主たる少女は、彼の奮闘等何とも思っていなかった。感じ入る物が無いと言えば、まだ優しい。感じる物がそもそも無いと言うのが、現実だ。少女にとって重要なのは壊せるか壊せないか、ちゃんと自分の思う結果を作ってくれるかどうか。徹頭徹尾それだけである。
 
『"もういい"よ。ぐっちゃんはもう、なーんにもしなくていいから』
「■■――」
『あれ、聞こえなかった?』

 そしてバーサーカーは、彼女の期待に応えられなかった。そもそも最初から期待されていたかどうかからして怪しいが、兎に角彼は、彼女が求めただけの成果を収める事が出来なかった。だからこの時、彼は主に見捨てられたのだ。これ以上余計な雑音を奏でる必要はないと、そう告げる。

『"もういい"んだよ。私は、そう言った』
「――――」

 その言葉が最後の止めになったかのように、バーサーカーはその場で崩折れ、地に膝を突いた態勢のまま金色の粒子となって虚空へ解けていった。それを見送り、赤騎士はスピーカーへと目線を向ける。其処に宿る感情は、嫌悪だ。バーサーカーに共感していた訳では無いし、彼女が従僕に掛けた言葉に義憤を燃やした訳でもない。
 もっと簡単で、それ故に一番どうしようもない理由。――即ち、根本的な問題だ。
 声を聞いただけで湧き上がってくる苛立ち、吐き気にも等しい嫌悪。同性としてどころか、そもそも同じ生命体としてこの女とは相容れない事をエレオノーレは確信する。誰彼構わず魅了の香を撒き散らし、悲劇の主役を気取る自分のマスターにも彼女は並々ならぬ悪感情を抱いているのだったが、それとはまた別なベクトルで、エレオノーレにとってバーサーカーの主であろう女は度し難い存在に感じられた。
 もしも今、バーサーカーの主たるこの人物が己の目の前に居たのなら、一秒の迷いもなく灼熱の業火でその存在を滅却していた事だろう。そんな感情を両の瞳へ浮かべながら、赤騎士は続きの言葉を待つ。このタイミングでわざわざ念話も用いず介入してきたと言う事は、つまり念話では会話できない相手に用があったからに他ならない。何を言われようがこれから行う事は変わらないが、エレオノーレは黙して続く言葉を待つ。

『さ、煩いぐっちゃんには退場して貰った所で――初めましてかな、聖槍十三騎士団黒円卓第九位、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグちゃん?』
「ほう。貴様のような女も、黒円卓の名は知っているのか」
『ナチ公御用達の鈎十字を付けた火傷顔(フライフェイス)の女サーヴァントなんて、黒円卓の魔操歩兵以外には居ないでしょ。少し調べれば簡単に分かったよ』
「そうかよ、塵。ならばこの後貴様が辿る末路も、当然承知しているのだろうな?」
『勿論』

 歴戦の兵士が縮み上がり、歯を震わせて後退りするような桁違いの殺気を通信越しにぶつけられても、少女に何ら臆した様子は無い。ごく平然とした口振りで、彼女はエレオノーレの詰問に応じた。――己の下にこれからこの赤騎士が侵攻してくる未来を承知していながら、恐れも焦りもしていない。胆が据わっていると言う表現だけでは到底形容し切れない、超然とした物がその応答にはあった。


299 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:12:40 i6y6kayU0


 エレオノーレもそれに驚くでもなく、気に入らんとばかりに鼻を一つ鳴らすだけだ。
 そう、存在を確認した以上、赤騎士は少女のサーヴァントを絶対に逃さない。街を戦火に染めながら、人命を薪木代わりに燃やしながら、魂を吸い上げながら、狩猟の魔王めいた威容で紫煙を燻らせて、蒼の女王を極刑に処すべく地の果てまででも追い立てるだろう。
 無論其処に、炎を抜かないだとと言う縛りは存在しない。正真正銘、万全の赤騎士が蒼の世界を塗り潰す。

『見えるかな? 其処からそう遠くない場所に、多分この街で一番大きなマンションがあるんだ』
「……」
『その最上階に、私は居る。殺したければ、おいで』

 だと言うのに――彼女は何と、自分の死神と成り得る魔弾の射手に、わざわざ己の居城を教えてのけた。
 これにはさしものエレオノーレも眉を顰める。何故なら、発言の意図が解らない。
 自分を罠に嵌めて葬り去ろうとしているのなら滑稽極まるが、どうもそう言う訳でも無いように聞こえる。

「解せんな。貴様、何を考えている?」
『別に? 何も考えてないよ、私は。と言うより考える事からして、もう無意味って所があるからね』

 要領を得ない、意味深長な返しだった。
 エレオノーレは相変わらず険しい表情をしたまま、彼方の方を見据える。見れば其処には確かに、少女が言う通りの高層マンションが聳え立っていた。あの最上階に、この不気味なサーヴァントは居を構えていると言う。普通に考えて、これは警戒して然るべき場面だ。つい数十秒前まで敵対していた相手をいきなり自陣に招き入れるなど、あからさまに不審が過ぎる。どんな馬鹿でも、何か裏が有ると一発で気付くだろう。
 赤騎士もそれは同じだ。然し、彼女は斃すべき敵が居ると解った時点で進軍と蹂躙を決めている。罠や奸計が待ち受けているのであれば、それ諸共に焼き払うまで。純粋に高過ぎる実力と能力を兼ね備えたサーヴァントだからこそ可能な思考を基に、彼女は"美味すぎる話"に真正面から乗り込んでいく。

「――今、至高の焔(ローゲ)を届けよう。首を洗って待っていろ」
『りょーかい。待ってるよ、死神ちゃん』

 そうして――バーサーカー・玖渚友は自らを敵駒の真ん前へと置き、詰みの運命を引き寄せた。


300 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:13:23 i6y6kayU0
  ◆  ◆


「が――」
 
 ――無人の市長室にて、鎌倉市現市長を努めるその男が苦悶に胸を抑えた事を知る者は居ない。
 
 自他共に認める全分野の天才である浅野學峯は当然、自身の体力を管理する手段など当たり前の基礎知識として心得ている。強さを希求する上で武術の研鑽にも手を出した彼は其処で、如何に効率よく身体を動かすかを学んだ。浅野もそろそろ若いとは言えない年齢だが、それでもちょっとやそっとの運動では息が荒れる事さえない。年甲斐もなく長距離走なんかしたとしても、陸上選手顔負けのスコアを叩き出せる自信が彼にはあった。
 その彼が、脂汗を顔中に浮かべてみっともなく膝を突いていた。目はこれでもかと見開かれ、呼気は病的な物を連想してしまう程荒く、吐き気も催しているのか時折身体が不規則に引き攣っている。何らかの発作が出たとしか思えない彼の有様は、然し日頃の不摂生に由来する物ではない。
 
“駄目だ……幾ら何でも、消耗が大き過ぎる……ッ”

 彼のサーヴァントである、バーサーカー。その宝具により呼び出される、戦う手段を持たない死線の代わりに暴れ狂う殺戮者。それが討伐されて実体を失った事により、再出現を可能とするだけの魔力の吸い上げが行われたのだ。一級サーヴァントにも匹敵するスペックを持つ殺人鬼の完全復元に要する魔力は、魔術師ではない浅野にとっては殺人的と言っていい分量だった。
 午前中に要求された魔力供給の際にも凄まじい消耗を強いられたが、今回のそれは度を越している。と言うのも、浅野はつい一時間程前にも同じだけの魔力吸引を行われていた。その時点で、浅野は既に満身創痍。それに輪を掛けて枯渇しかけの魔力プールを一気に吸い上げられたのだから、最早彼の身体は困憊という次元にすらない。二画目の令呪を使う羽目になったが、勿体振ってはとてもいられなかった。
 意識を保っていられる時点で、奇跡。浅野の強靭な精神力と肉体だから、どうにか身動き一つ出来ない程度で済んでいる。怒りの一つも覚えて然るべき消費の連続であったが、浅野は自分の身を案ずるよりも先に、自分とそのサーヴァントを包んでいる状況に強い危機感を抱いた。
 ――二度だ。これだけの短時間で、あの釘バットが二度滅ぼされた。

“耐えられて、あと一度……それ以上は私の心臓が先に潰れてしまう――バーサーカーめ……!!”

 浅野學峯と言う男が、これほど純粋に他者への苛立ちを示す事は珍しい。
 そもそも彼を苛立たせる事からして常人ではまず困難と言う事があるのだが、その点バーサーカー……玖渚友はやはり異常だった。浅野程の男をして恐怖し、平伏するしかなかった狂える天才。こと"敗北"に対して極めて強い拒否反応を発する浅野にしてみれば、彼女の存在は聖杯戦争を勝ち抜く為の希望であり、同時に一秒たりともこの世に存在している事を容認出来ない怨敵に違いなかった。
 浅野にとって玖渚友は、"頼れる味方"ではなかった。常に自分に殺意を抱かせ、意識するだけであってはならない劣等感に苛まれる劇物のような女。挙句この通り、浅野を一番消耗させているのは他ならぬ彼女の従僕だ。味方なのか敵なのかさっぱり解らないと、皮肉の一つも溢したくなる。


301 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:14:21 i6y6kayU0

 ――彼は、知らない。何も知らない。今、自分のサーヴァントが何をしようとしているのか。狂化の縛鎖をその天才的な頭脳で"理解"する事で外し、無限の破壊衝動を抱きながら正気を取り戻した死線の蒼が、己の寝室である高級マンションの最上階に何を招いたのか。
 何も知らされぬまま、浅野學峯は失墜の時を迎えようとしていた。彼にとって玖渚友と言う天才は恐るべき存在であり、許し難い目障りな存在であり、無視出来ない恐怖の象徴だった。この世界で暗躍を重ねている間、浅野の頭の片隅にはいつも人知を超えた青色サヴァンの影があった。
 彼の殺意を玖渚友は察知していたのかもしれないし、全く気付いていなかったのかもしれない。
 されど、きっとそれはどちらでも同じだ。結末は何も、変わらない。
 玖渚友と言う天才にとって、浅野學峯と言うマスターは終始全てを衝動のままに破壊する上で必要な生命維持装置兼燃料源程度の認識でしかなかった。『仲間』のように好き勝手に動かす駒ではなく、自身に敵意を抱く油断ならない男でもなく。玖渚友にとっての浅野學峯は、結局、只の路傍に転がる石ころだったのだ。

 その事実を浅野が知らずに済んだ事は、彼の不運ずくめな聖杯戦争の中で、数少ない幸運であったと言えよう。
 空手の師範代に敗北し、打ちのめされた程度の挫折で、後一度でも負ければ自分は発狂死すると言う程己を追い込んだ男が、己の羨み、恐れた天才が最初から最後まで自分の事を"何とも思っていなかった"と知ってしまったなら、その精神は間違いなく無事では済まない。彼は、壊れていたかもしれない。
 だが、幸いそうはならなかった。浅野學峯は致命的な敗北と取り返しの付かない挫折に跪く事なく、死線と離別する。
 
 ――彼を責める事は誰にも出来ないだろう。彼は天才だが、玖渚友はそういう枠で図れる存在ですらなかった。それだけの事で、それまでの事なのだ。


  ◆  ◆


 進撃は蹂躙と共に行われる。
 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグとすれ違った人間が、一人残らずその魂を貪られた。何故なら彼女は魂喰の魔徒。サーヴァントとして呼び出される以前から既に"魂を喰う"と言う概念に精通していた生粋の捕食者だ。加え、それを包み隠すと言う心配りが存在しないのだから民間人としては堪った物ではない。彼女がサーヴァントとして召喚されておきながら、未だ街が街の機能を保っているのは違う事なく奇跡の一つであった。
 進む、進む。紫煙の香りを燻らせながら、赤騎士は蒼の寝室へと近付いていく。異変を感知した警備員が数人、彼女を取り押さえようと現れたが、次の瞬間には生命機能と魂を失って目を見開いたまま屍と化していた。結局、焔の魔人が最上階に辿り着く迄に犠牲となった人間の数は三十以上。誰かを殺めたと言う自覚さえあるか怪しい気軽さで、それだけの命が聖杯戦争の露と消えたのだ。
 そうして――

「…………」

 赤騎士の軍靴の音色が、死線の寝室の、その前で停止した。
 ノックをする礼儀をこれから撃滅する敵に対して払う理由はない。中から入室の合図が聞こえる前に、エレオノーレは扉を睥睨すると同時に超高熱で溶解させ、何に憚る事もなく"其処"へ土足で踏み込んでいく。彼女の姿はまさしく異境の侵略者。一つの王政を終わらせる悍ましき死神に違いなかった。
 然し、こうして実際に現れた赤騎士を前にしても、少女の顔に恐怖の色が浮かぶ事はなかった。
 かと言って、笑顔を浮かべる事もない。最愛の男が目の前から消えた事への怒りと破壊衝動と、それとはまた別な事に対する激情を蒼の瞳の奥に渦巻かせながら、少女――玖渚友が、エレオノーレの方を見た。その瞬間、比喩ではなく空気が質量を持ったように重くなるのをエレオノーレは感じる。半面を火傷に覆われた鬼女の貌が、不快そうに歪んだ。

「"らしい"じゃないか、バーサーカー。女帝気取りの貴様に、実に相応しい寝室だ」

 エレオノーレは此処に踏み入るまで、釘バットのバーサーカーを操っていたサーヴァントはキャスターであると思っていた。だが、一目見た瞬間にそれは誤りだったのだと確信する。歴戦の戦徒である彼女から見ても、この死線を統括する青色のサーヴァントは"異常"な存在だった。白兵戦が出来るとは思えないし、魔力の波長も大して感じない。にも関わらず、その矮躯から絶えず発せられている殺気は魂を喰らう魔人達のそれにすら匹敵している。


302 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:14:56 i6y6kayU0

 こんな女が、正気である筈がない。このような女が喚ばれるとすれば、あらゆる狂気を許容するバーサーカークラス以外には有り得ない。
 玖渚友と言う女は、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグに言わせれば"虫酸が走る下種"だ。その第一印象は、こうして実際に顔を合わせた今でも何も変わっていない。然し彼女程の豪傑ですら、内心では玖渚の脅威としての評価を密かに改めていた。もしもこれの実力が最大限に発揮される舞台で聖杯戦争が行われていたなら、自分ですら対処に難儀したかもしれない。他でもない黒円卓の大隊長が、何の世辞でもなくそう直感した。エレオノーレは死線が巻き起こした災禍を知らないが、それでも彼女の秘めたる"此処では活きない力"を察知する事は出来た。

「察しが良いね、赤騎士ちゃん。正解だよ」
「それで? 己の破滅を自ら招き入れた自覚は有るのかよ狂女。
 よもやこの期に及んで、盟を結ぼうなどと戯言を言うつもりではないだろうな」
「何を言った所で殺すんでしょ? そんなこと、知ってるよ」

 心臓が停止するような桁違いの殺意を浴びせ掛けられても、玖渚はやはり平然としている。
 恐怖に慄くどころか、怯みすらしないのだ。下手な英傑、英雄の何倍も強固な胆力の持ち主である事は疑いようもなかった。狂気の有無など、一切関係ない。青色サヴァンにその異常性有る限り、何人たりとも彼女に"人間らしい顔"をさせる事は叶わない。例外は無いと言えば嘘になるが、少なくともエレオノーレにはそれは不可能だ。

「でも――その様子だと、赤騎士ちゃんは何も知らないんだね」

 エレオノーレの眉間に皺が寄る。どういう意味だと、彼女は尋ねた。

「私はね、気付いたんだよ。気付けた、って言うべきかもしれないけどね。
 なんてったって私には時間が有り余ってたから。主戦場の制圧とそれを使った破壊は召喚されて二日も掛からずに終わっちゃったから、後はぐっちゃんが現実の部分をありったけ、全部全部壊してくれるのを待つだけ」

 凡そ情報分野を支配する英霊の中で、玖渚友は間違いなく最強格だ。
 そんな彼女にしてみれば、県一つならまだしも、街一つ程度の情報網及びサイバー部門を掌握するくらいなら一日と少しも時間があれば簡単に終わってしまう程度の些事であった。現に彼女の情報面に作用する破壊はこの地獄絵図の中でも一向に敷かれない警備・救助・避難体制と言う形で現出しており、間接的に犠牲者の数を大きく増加させている。
 それを早々に終えた玖渚は、バーサーカー・式岸軋騎の暴れる様を観測し、時にカメラや通信を乗っ取って彼の暴虐をサポートしながら、狂気で自閉した脳髄を機械めいた高速さで回転させ始めた。彼女の頭脳は何も、情報分野限定ではない。そちらが強すぎるだけで、玖渚友は他のあらゆる分野にも超級の頭脳を以って当たる事が出来る。
 何せ玖渚はAランクの狂化を付与されていながら、"天才であるから"と言うそれだけの理由で、狂っていながら見掛け上は意思疎通が成り立っている――そんな高位狂化バーサーカーの原則に反する様な在り方を実現していた。狂化した状態ですら天才であり続けられる彼女にとって、狂気の檻を破る事は決して不可能ではなかった。


 ――頭の内側に食い込んでいた狂化の茨を外すまでに、凡そ半日。
 それでも破壊の逸話からの顕現と言う経緯からか"暴君"の気性までもを収める事は出来なかったものの、燃え盛るような破壊衝動を抱きながらその頭脳を回すくらいは彼女にとっては朝飯前だ。まして、事前に狂化付与と言う厄介な枷の解除に成功しているのならば尚更の事。
 破壊と言う本能に従いながら、玖渚はその片手間で考えた。聖杯戦争とは何か。鎌倉の聖杯戦争に、何があるのか。


 結論は数時間で出た。そして、玖渚は思った。――やってられっか、と。


303 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:15:31 i6y6kayU0


「茶番だよ、全部。付き合ってられない――どだい、がっちゃんの方も直に限界っぽいしね。
 壊して壊して壊して壊し尽くす事を望まれて顕象した私は、遠くない内に用済みになるだろうから」
「貴様は……何を言っているのだ?」

 エレオノーレには、玖渚の言葉の意味が皆目理解出来ない。
 狂人の妄言のように聞こえるそれは、然し妄想では有り得ない確たる根拠に基づいているように聞こえた。
 黄金を奉じ、獣の修羅道に身魂を捧げた赤騎士に恐怖と言う感情は最早存在しない。彼女は、死線の蒼を恐れない。
 だが、エレオノーレはこの時、眼前の無力なサーヴァントの瞳に深淵の海を見た。底のない蒼色の世界。身を投げよう物なら最果てまで沈み続けるしかない、異界の入り口めいた深みと悍ましさを確かに見た。これぞ、どんな天才ですら屈服させてきた、死線の蒼と言う怪物の恐ろしさである。


「壊すのは、別に何とも感じない。どうでもいいから。
 狂うのは、別に何とも感じない。どうにでもなるから。
 叶わないのは、別に何とも感じない。興味がないから。

 でも、いーちゃんへの気持ちを利用されるのは――流石の"僕様ちゃん"も、腹が立つ」


 全てを知った玖渚友は――結論から言うと、激怒した。
 聖杯戦争の真実に。その余りに冒涜的な真相に。激怒して、投げ出した。
 そして自ら、嘲る者達の期待を外すように自殺の手筈を整えた。
 おまえ達の望んだ"私"は、怒りのままに期待された役割をこなすだろう。
 されど、"僕様ちゃん"はそうは行かない。暴君とはまた違う怒りで、身の程知らずな愚衆共へ報復するように、死ぬ。
 それが玖渚友と言う天才が辿り着いた、一つの結論であり、最適解だった。

 天下無双のサイバーテロリストが、聖杯戦争で猛威を奮う姿を見たい。
 釘バットの怪人を従え、声だけはでかい英雄共を薙ぎ払う様を見たい。
 其処に生ずる理屈や、彼女の人格を度外視して、痴れた妄想を奏でる■■共。
 
「――ざまあみろ、ってね」

 玖渚は笑う。
 エレオノーレには、解らない。
 その真ん前まで近寄れば、胸倉を掴み上げて童女のような矮躯を宙に浮かせた。

 重ねて言うが、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグには、玖渚友の言っている内容は皆目理解出来ない。
 かと言って、これで何も察せない程エレオノーレは莫迦ではない。この蒼きサーヴァントが聖杯戦争の核心……本来知ってはならない何かを突き止めたらしい事には、彼女も気付いている。であれば、問い質さない理由はない。彼女は聖杯戦争の真実を突き止める事には毛程の興味もなかったが、無知を晒し続ける程恥知らずでもなかった。
 吐かせる必要がある、全てを。蒼色の脳細胞が導き出した、真実を。


304 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:16:03 i6y6kayU0


「自慰に酔うのは大概にして貰おうか。もう一度聞くぞ、貴様は何を言っている」


 ――玖渚は答えない。


「いや……質問を変えようか」


 ――玖渚は怯えない。


「貴様は、何を知っている」


 ――玖渚は笑った。


「■■■■■■」


 そして、言った。
 時が止まったような静寂が、死線の寝室を満たす。
 エレオノーレの口に咥えられ、今も尚紫煙を燻らせている煙草が、静かに床へと落ちる。
 あの恐るべき赤騎士が、明らかな驚愕を覚えている。それこそ驚愕に値する事実が、其処にはあった。

「それが――真実、だと?」

 微笑むだけの玖渚を、乱暴に離してエレオノーレは沈黙する。
 それを見上げる死線の蒼は、笑みを浮かべていた。勝利を確信したような、不敵な笑みを。

「――く。クク、ハハ、フハハハハハハハハ……!!」

 数秒の後に、響いた笑い声はエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグのもの。
 
「……そうか、それが真実か」

 次の瞬間、彼女の貌は、玖渚の物とは全く逆の怒りに歪んでいた。
 エレオノーレにとって玖渚は気に食わない、存在している事自体が許せない質の女である事はこれまで散々述べてきた。彼女が一度これほどの酷評を下した人間の評価を改める事は、まずない。だからこの瞬間に至ってもエレオノーレは玖渚を忌み嫌っていたし、これから彼女を消し飛ばすのに一ミクロンの躊躇いも存在していない。
 然しそれとは別に、共感はあった。これならば確かに、貴様が激昂するのも理解出来る。
 これで何も感じないようならば其奴はそもそも英霊等ではなく、只の下賤な塵芥に過ぎまい。


「感謝するよ。貴様に対する好感は真実微塵も存在しないが、その聡明さは確かに類稀なる物だ。
 故に褒美だ、約定通り至高の焔で浄滅させてやる。――貴様は此処で去ね、死線を司る蒼き狂女よ」


305 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:16:37 i6y6kayU0



 瞬間――エレオノーレの背後に、巨大な魔方陣が出現した。
 それは灼熱の赫色を湛え、焦熱世界(ムスペルヘイム)を満たす業炎が如く爛々と煌めき、その奥よりこの世ならざる聖遺物を常世に現出させる。 

Yetzirah
「形成――」

 これぞ、死線の蒼を焼き尽くす至高の赤。
 赤騎士が誇る炎、それを自在に吐き出す列車砲。
 WW2の遺物として現在に語り継がれているそれは、黒円卓の手により魔人の銃身に姿を変えていた。


 Der Freischütz Samiel
「極大火砲・狩猟の魔王」


 刹那。
 全てを塗り潰す獄炎が、瞬く間に蒼の世界を焼き尽くしていく。

 ――その中にありながら、最期の一瞬まで、玖渚友は恐怖しない。
 自らがこれより何処へ行き着くかも定かではないと言うのに、其処に微塵の不安も感じていない。
 己の行き着く先は一つしかないと、敬虔な修道女のような純粋さで信じているから、玖渚は滅びに対して無敵だった。

「にしても、つまんなかったなあ」

 暴君ではなく。
 死線の蒼として。
 全てを知ったが故、狂気を地力で解いたが故の何処か抜けた様子で。
 青色サーヴァントは滅びの焔を迎え入れる。
 
「やっぱり"私"じゃダメだね。次があるならちゃんとした"僕様ちゃん"で、出来れば電脳世界が舞台だと嬉しいかも」

 マシンは熱に耐え切れず溶解した。
 バーサーカーの召喚は間に合わない。
 生き延びる手段は絶無。
 生き延びる気も、ない。

「ふふ。まあ、僕様ちゃんのマスターが務まる人なんて全多元宇宙を見渡しても一人だけなんだけど」

 自分が終わるその時まで。
 "物語"より解き放たれるその時まで。
 ついぞ、己を恐れ、それ故に殺意を迸らせた一人の傑物の存在など考えもせず。
 にへら、と、暴君では有り得ない呑気な笑顔を浮かべて。


「――ね、いーちゃん?」


 "死線の蒼"――玖渚友は滅却された。


【バーサーカー(玖渚友)@戯言シリーズ  消滅】


.


306 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:17:19 i6y6kayU0


  ◆  ◆


 鎌倉随一とも称された高級マンションが、燃え落ちる。
 最上階から火の手が上がったと思われた次の瞬間には、マンションそのものが巨大な火柱となった。
 中の人間は全員死亡。幸福だったのは、それが熱を感じる暇もない、一瞬の蒸発だった事だろうか。
 恐怖と動揺、そして一抹の高揚を浮かべた野次馬達も、通報を受けて駆け付けた消防隊も、誰一人知らない。
 燃え盛る火柱の中より堂々と姿を現し、そのまま不可視の霊体と化して去っていった軍服の女が居た事を。
 今はもう燃え尽きるのを待つばかりの高層建築物の最上階にて、一人の恐るべき天才が滅んだ事を。

 滅びの焔を最も間近で浴びながら、満足気な笑みを浮かべて死んだ"恋する乙女"が居た事を――誰も知らない。



【C-3/高級マンション最上階/一日目 夕方(夜に近い)】

【アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]軍式サーベル
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を楽しむ
0:――それが真実か。
1:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とアーチャー(ストラウス)は次に会った時、殺す
2:サーヴァントを失ったマスターを百合香の元まで連れて行く。が、あまり乗り気ではない。
[備考]
ライダー(アストルフォ)、ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と交戦しました。
No.101 S・H・Ark Knight、ローズレッド・ストラウスの真名を把握しました。
バーサーカー(玖渚友)から『聖杯戦争の真実』について聞きました。真偽の程は後の話に準拠します。


※C-3・高級マンションは全焼しました。恐らくあと十分前後で倒壊します。


307 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:17:54 i6y6kayU0
  ◆  ◆


「――――」

 未だ爆発的な魔力消耗の余波に苦悶する市長・浅野學峯の表情が、固まった。
 これまで浮かべていた苦しみと殺意の入り混じった鬼気迫るそれですら、最早無い。能面のような無表情と形容するのが、恐らく最も相応しいだろう。他人が見たならその身を案ずる以前に、恐怖で思わず後退りしてしまうだろう程の空虚な顔で、浅野は視線を自らの右手へと移す。
 其処にあるべき、朱色の刻印は最早一画たりとも残されていなかった。それが何を意味するのか、理解出来ないマスターなど居るまい。令呪を全損する程使った覚えはない。これまで浅野が消費したのは二画だけだ。では今、自分が苦しんでいる隙を突かれて何者かに奪取されてしまったのか。――其処まで考えた所で、浅野はもう指一本動かすのも苦痛な困憊の身体を驚く程スムーズに動かし、ソファの背凭れに身を委ねた。

 現実逃避は止めろ。お前/私ともあろう者が、この現実を理解出来ぬ筈がない。それに、只令呪が消えただけではない。これまでずっとこの身を苛んできた契約のパスが完全に消え失せている事に、気付いていない訳でもないだろうに。
 浅野は机の上に置いてある、最後の一本の栄養ドリンクを手に取り、震える右手で蓋を開け、一口喉へ流し込んだ。
 明らかに体に悪い、栄養剤特有の甘さと薬臭さが口の中に充満し、喉へ流れていく。常温で放置し続けた為か既に微温くなってしまっており、喉越しは最悪に近い。それでも、浅野は構わなかった。気を抜けば意識が飛んでしまいそうなこの状況を繋ぎ止められるのなら、彼は濃硫酸さえ喜んで飲み干したろう。

「……そうか」

 天井を見上げ、表情のない顔のまま、彼は口にする。
 その真実を。目を逸らしてはならない、自分を取り巻く現実を。
 浅野學峯と言う"勝者"にとって、あってはならないその事態を。

「逝ったのか、死線の蒼」

 ――己の召喚したバーサーカーのサーヴァント、玖渚友はどうやら死んだらしい。

 一体何処の誰があの天才を葬ったのか、其処に至るまでに何があったのか、浅野は何一つ知らないままだ。念話による連絡は一度もなく、そもそも孤児院襲撃を決行させた旨を連絡してきて以降は一切音沙汰がなかった。最後まで浅野は蚊帳の外に置かれたまま、かの青色サーヴァントと離別した訳である。
 ……サーヴァントを失ったマスターは、一定の時間の後に消滅する。元の世界に帰して貰えるなんて甘い話はない。本当に、この世界から消えてなくなってしまう。
 戦争に負けた上に、何も成せぬまま塵になる。それは本来浅野にとって発狂してもおかしくない無様であると言うのに、不思議と市長の心は静かだった。バーサーカーの不始末に憤るでもなく、今後を憂いて焦り散らすでもなく。あの恐ろしい蒼の存在を二度と見ずに済むと思うと、心に安堵の念が浮かんでくる。


308 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:18:38 i6y6kayU0


“……情けないな。私は”

 浅野學峯と言う男が、天才に付いて行けない程凡庸だった訳ではない。
 彼は間違いなく天才だ。こと人心に対する理解の深さと話術を用いた交渉ならば、浅野は死線の蒼を凌駕する物を持っていた。……或いは、それがいけなかったのか。
 死線の蒼と呼ばれるサヴァン症候群の少女と出会った才人は、誰もが己の敗北を悟る。心を折られる。なまじ優れているからこそ、彼らは自分では決して並び立てない"怪物"と出会した時のダメージが常人に比べて何倍も大きいのだ。それこそ人生が変わってしまう程、強いショックを受けてしまう。
 浅野もそうだった。一目見た瞬間に勝てないと悟り、挫折し、恐怖した。
 この存在を従える――"教育する"事は絶対に出来ないと解ってしまったから、彼は少女を憎むしか出来なかった。
 決定的に"折れ目"が付いてしまった事を自覚しながら、浅野は鉛を詰め込まれたように重い体を無理矢理引き摺って、市長室に備え付けられている電話の下まで歩いて行く。立ったままでは無様な乱れた息遣いが混ざるので、座椅子をわざわざ引っ張ってきて、それに腰掛けた上で彼は予め記憶していた"その番号"をダイヤルした。

「もしもし。此方鎌倉市役所――"市長"の浅野學峯ですが」

 浅野が一体誰に電話を掛けているのか、それをもし他の誰かが知ったなら、とんでもないスキャンダルになるだろう。
 何故なら現職の市長である彼が連絡を取ろうとしているのは、現在進行系で不穏な動きを数多く見せている極道組織、元村組の本部なのだ。マスコミに漏れでもすれば、あの敏腕市長に暴力団との繋がりがあったとはと、大喜びで記事を仕上げてセンセーショナルな見出しを躍らせるに違いない。
 だが浅野は、別に薬や金のやり取りがしたい訳ではない。要件は賭博でも工作でも、個人的な癒着でもない。
 これから行うのは彼にとってれっきとした"仕事"だ。失敗の許されない、鎌倉に来て以来最大の大一番と言ってもいい。
 電話の向こうで、事を察したらしい息を呑む音が聞こえてくる。少し待つように言って、通話の相手は然るべき誰かに代わるべく慌ただしく駆けていった。
 程なくして、通話に"その男"が出る。耳障りな笑い声は、然し今の浅野にとって最大の"希望"だった。

『フッフッフ! お早い連絡だなァ市長殿! だがやはりお前は頭が良い。おれと組む利点をちゃんと理解――』
「ああ、その件なのだがね」

 浅野は、微笑しながら言った。

「バーサーカーは死んだ。私は今この時を以って、サーヴァントを失い消滅を待つだけの身に堕ちた訳だ」


309 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:19:13 i6y6kayU0


『――――』

 浅野には、通話相手――元村組の若頭こと、ライダーのサーヴァントがどんな顔をしているのか手に取るように解った。
 眉間に皺を寄せ、何を言ってやがるんだコイツは、とでも言いたげな渋い顔をしているのだろう、この男は。
 そして事実、その通りだった。ライダー……ドンキホーテ・ドフラミンゴには、この状況で浅野學峯がわざわざ律儀に連絡を入れてきた理由が解らない。

『……お前、何を考えてる?』
「単刀直入に言えば、取引がしたい」
『おいおい、バカも休み休み言えよ市長。サーヴァントを失ったお前が一体何を取引しようってんだ?
 何をしたところでお前はあと半日も保たずに塵と消えるんだ。それともおれに、新しいサーヴァントでも見繕ってくれと頼むつもりかァ?』
「まさか。君は俗な男だが、然し頭の切れる策士だ。
 私がどんな利点を持っていた所で、最終的に戦わなければならない敵を一つ増やすような愚は冒すまい。よしんば君がそれに乗ってきたとして、散々しゃぶり尽くされた挙句契約を笑いながら反故にされるのがオチだろうしね。私としても、そんな事態は避けたいところだ」

 ライダーは、浅野に"まるで別人のようだ"と言う感想を抱いた。
 先程同盟締結の為に彼の下を訪れた際の印象は、"頭は切れるが、押し切れる相手だ"と言うものだった。
 いざとなれば武力で押し潰し、交渉を呑むしかない状況を作ってやればいい。そんな風に思っていたから、ライダーは急ぎはしなかった。だが今の浅野學峯には、妙な気迫と凄味がある。海賊として名を馳せたライダーは当然、こうした輩にも覚えがあった。純粋な力こそ無いが、粘り強く巧妙に交渉を挑んでくる手合い。
 サーヴァントを失ったと言うのに、何故サーヴァントが健在だった頃よりも勢いを増しているのか。その理由は、ついぞライダーには解らなかったが。

「それに、君の敵を増やさずに私が聖杯戦争に復帰する手段も、実のところ無い訳ではないんだ」
『……何?』
「話は変わるが、ライダー。君は随分と、出しゃばりなサーヴァントなんだね」

 その意味が理解出来ないライダーではない。
 彼の沈黙に、浅野は笑みを禁じ得なかった。
 聖杯戦争はリソースの限られた陣営戦だ。最後まで自分のサーヴァントと共に戦い抜くと言うのも勿論悪くはないが、それではどうしても不自由な場面が生じてくる。情報面であったり、魔力面であったり、或いは純粋な戦力面であったり。戦争が進む中で表面化してくる問題と言うのは存外多く存在する。
 だから、先のライダーのように同盟締結の交渉を持ち掛けるのは何も珍しい話ではない。
 この場合問題は、"本来従僕である筈のライダーが、マスターが行うべき交渉の仕事を自ら行っている"事だ。

「非礼を承知で問おう。ライダーよ、君の主は有能かな?」
『てめェ――』
「不具なのか、それとも幼く青いのか。其処までは予想しかねるが、私はこう思っている。
 君のマスターは……言ってしまえば"使えない"。魔力の量や戦闘能力など優れた面も勿論有るのだろうが、少なくとも陰謀を巡らせて暗闘を繰り広げる、なんて事が出来る程頭の切れる人物ではない。その為君はこうしてわざわざ、本来マスターがするべき仕事を代行している」

 今の浅野は、完全に"普段通り"の浅野學峯だった。
 純粋な頭脳、洞察力、考察力、交渉術、人心理解。
 培ってきたあらゆる対人会話の能力を総動員して、ライダー陣営の"事情"を読み取る。言い当てる。
 そして出すのだ、ワイルドカードとなるその一言を。交渉は何事も詰めが肝心。詰めのインパクト次第では、本来成功する取引すらも容易く失敗に終わる。
 その点浅野には自信があった。戦闘や魔力量の問題ならばいざ知らず、頭を回して解決出来る問題なら――"正解"するのは、赤子の手を捻るよりもずっと簡単だ。

「――ライダー、君のマスターと私では、どちらの方が君をより勝利に近付けられると思う?」


310 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:20:05 i6y6kayU0



 一瞬の静寂。
 その後で響いたのは、可笑しくて堪らないと言った調子の、天夜叉の笑い声だった。

『フッフッフッフッ! そうかそうか、おめェそういう魂胆か!!
 ――おれにマスターを取り替えねェかと! そう言ってる訳かァ!!』
「我ながら、悪い話ではないと思っているよ。サーヴァントこそ居ないものの、未だ市長の立場と情報網は有効だ。それに加え、私自身非凡な物を持っている」

 浅野は自分を卑下しない。売り込むべき場面で謙遜するのは阿呆のする事だと、教育者としてそう心得ている。そうでなくても彼は、自分が才人である事をよく理解していた。だからこそ、誰よりもこの話の旨味が解るのだ。ライダーのマスターがどんな人物であれ、即断即決では話を切り捨てられない事も。
 
「只、所詮カタログスペックだけでは信用出来ない部分も有るだろう。返事は何も、今でなくても構わない。私がこの街から消滅するまで、まだ半日近い時間が残されている――それまでの間の私の働きを見て、君がどうするか判断してくれ。……尤も、私が君の立場だったなら、答えは最初から決まっている所だがね」

 浅野にしても、これは賭けだった。何しろ自分の口で言ったように、今の浅野にはサーヴァントが存在しない。新たなサーヴァントを見付けようにも、この満身創痍の有様で街を彷徨こう物ならそれこそ巻き添えで死にかねない。まさしく浅野にとって元村組のライダーは、勝利する為の最後の希望に他ならなかった。
 もしもこの話を蹴られてしまったなら、浅野の敗死はほぼほぼ確定。饒舌に語る彼であったが、まさしく彼は今、運命の分かれ道に立たされているのだ。にも関わらず不思議と心臓の鼓動は平静だった。恐れる事なく、余裕有る心境でライダーの返事を待つ事が出来ている。果たしてこれは、死線の蒼と言う異物が視界から消えた為か。それとも後が無くなった事で、精神が異常な領域に踏み入ったのか。両方だろうなと、浅野は思っていた。

『フ……良いぜ。面白ェ、乗ってやるよ』

 待ち望んでいたその返事にも、過剰に喜びはしない。
 何せ、此処からが本番なのだ。これから自分は――それ自体、認め難い屈辱だが――彼に己の有用性を最大限行動で以って誇示しなければならない。

「ありがとう。では精一杯、君の眼鏡に適うよう奮闘させて貰うよ」
『フッフッ! 期待しといてやるぜ、市長。精々切り捨てられないよう、死ぬ気で頑張る事だ……!!』

 ブツン。耳障りな音と共に、通話が切断された。受話器を置いて浅野は座椅子に戻り、静かに目を瞑る。
 鎌倉の街は今、大変な混迷に包まれている。市役所に鳴り響く苦情と誹謗の電話は殆ど絶えると言う事がなく、浅野自身、まだ片付けなければならない仕事が山積みだった。そんな状況だと言うのに何故、彼は呑気に瞑想めいた事をしているのか。その理由は、次の瞬間に明らかとなった。

 浅野のこめかみや額に、今にもはち切れそうな程の太い血管が次々浮き出てくる。普段のクールで淡々とした彼からは想像も出来ない修羅めいた形相で、浅野はこれまでの自分の有様を述懐する。理性を失くしたバーサーカーに恐怖し、隷属。魔力を吸い上げられて何度となく気絶しかけ、解決出来ていない課題も山のよう。挙句バーサーカーは自分の知らない所で一足先に退場し、これから自分はあの俗なライダーに媚を売る真似をしなければならない。

「有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない」

 自分は誰だ? ――浅野學峯だ。浅野學峯ともあろう者が、これほどの敗北と失敗を重ねて何故のうのうと生きている?
 負け癖が付いてしまったのでも言うのなら、それこそ死んだ方が何百倍もマシだ。自分は勝者として、勝ち続けねばならない。踏み越えられる屈辱に甘んじ、敗北と挫折を仕方のない事と受け入れているようでは未来は見えている。そんな惰弱には生きている価値もない。
 自罰する、自罰する。もう何年も忘れていた敗北への嫌悪と怒りが、最凶の教育者を進化させる。
 只でさえ満身創痍の身体に鞭を打って精神を発狂寸前まで追い込んでいるのだから、身体に掛かる負担は尋常ならざる物となっているが、そんな事は瑣末だ。仮眠や休息を取っている暇はない。周回遅れに追い込まれた長距離ランナーが、解けた靴紐を結び直すか? 浅野は否だと考える。本当に勝ちたいと願っているなら靴など必要ない。それを脱ぎ去ってでもゴールに向かい、願った勝利をもぎ取るべきだ。
 変えなければならない、この現状を。その為に、進まねばならない。これまでの自分よりも、一本進んだ自分に。


311 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:20:59 i6y6kayU0



「市長、市長! 少々宜しいでしょうか――!」

 そんな時、ノックの音色が市長室に木霊した。
 一瞬で思考をクールダウンさせ、いつも通りの顔を作ってから入室を促す。
 扉を開けた市職員は、浅野の浮かべる柔和な笑みを見て、一瞬目を見開いた。浅野が笑みを浮かべている事に対して驚いたのではない。誰の目から見ても明らかな程の疲弊を湛えた顔に驚いたのだ。何日も続けて徹夜しているかのような、浅野はそんな疲れきった顔をしていた。
 なのに、どうしてだろうか? 今すぐ医務室に運び込むべきに見える浅野市長から、普段の何倍もの存在感と気迫を感じるのは。自分の気のせいだろうか――思わず棒立ちでそんな事を考えてしまう職員の青年に対して、浅野は口を開いた。

「で、要件は何かな?」
「あ……はい。実は先程、七里ヶ浜に再び沖上からと思われる砲撃が――」
「"ああ、そんな事か"」

 え、と口が動く。
 今、この人は何と言った?
 自分の聞き間違いでなければ、市長は本来頭を抱えて然るべき事態に対し、"そんな事か"と――

「時に、君。その目は良くないな……もっと堂々とすべきだ」

 いつの間にか。
 浅野市長の手が、彼の肩に置かれていた。
 疲弊を湛えた顔が目の前にある。そして耳元に口が近付けられ――


「君は優秀だ。こんな異常事態程度、すぐに解決出来てしまう。
 支配する。支配する。力のある君は、全てを支配する。踏み潰し、制圧する。
 事務作業でも同じ事だよ。強くなければ生き残れない。君は強い。強くなる。強くなって支配する」


 市長室をかの職員が出た時、既に彼は虚ろな目で、ブツブツと何かを呟きながら、仕事だけは驚く程の能率でこなす不気味な有様へと変えられていた。それに驚く間もなく、市長室から姿を現した足取りの覚束ない浅野學峯が、その風体とは余りにも不似合いな優しい笑みを浮かべて職員達の中心に立ち、言う。
 これからホールにて、士気高揚の為の短時間ミーティングを行う、と。
 異論は認めない。黙して従え。無論そんな事を浅野は言わなかったが、誰もが彼の穏やかな声色から、そうした強い強制力を感じ取った。コールの鳴り止まない市役所内に、民間からの電話を無視してまで全ての職員がホールに向けて歩いて行くと言う、奇怪極まる光景が繰り広げられていた。
 全職員が集まった所で、浅野はマイクを取り、パイプ椅子に座ったまま話し始める。――いや、施し始める。

「さあ、戦いはこれからだ」

 洗脳を。人の心を支配し、人格を失う代わりにあらゆる能率を向上させる魔法の話術を。
 浅野學峯はサーヴァントを失い、敗北者になった。高慢なる大海賊に媚を売り、自分の有用性を認めさせねばならないと言う、惨めな労働者の立場になった。浅野の心は既に度重なる屈辱で崩壊寸前。仮にこの計画に失敗したならば、彼は身体が消滅する迄もなく発狂死するだろう。
 ――故に勝負は此処から。全てを失った男は、然し未だ支配する力を持っている。


 彼の覚醒を以って、鎌倉市役所は一つの巨大な人形館と化した。



【C-2/鎌倉市役所/一日目 夕方(夜に近い)】

【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]無し
[状態]魔力消費(極大)、疲労(極大)、執念、サーヴァント喪失
[装備]防災服
[道具]
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。しかし聖杯に何を願うべきなのか―――?
0:私は勝利する。
1:ライダーのマスター権を手に入れる。
2:辰宮百合香への接触は一時保留。
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:ランサー(結城友奈)への疑問。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)と接触。表向き彼らと同盟を結びましたが状況次第では即座に切るつもりです。
ランサー(結城友奈)及び佐倉慈の詳細な情報を取得。ただし真名は含まない。
サーヴァントを喪失しました。このままでは一定時間の後、消滅します。


312 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:21:41 i6y6kayU0
  ◆  ◆


 ドンキホーテ・ドフラミンゴと言う人物は、浅野學峯を高く評価していた。
 混乱の鎌倉市を統括する身分でありながら、一切のボロを出す事なく事を進めるその頭脳。他者から読み取れる場所に情報を残さず、全てを己の脳裏に叩き込む事で情報漏洩の可能性を絶無にすると言う合理的思考。其処を買って、ドフラミンゴは彼と、正確には彼らの主従と手を組みたいと考えていたのだ。
 然しさしもの彼も、浅野のサーヴァントが討たれたと聞いた時には驚いた。ドフラミンゴは彼のサーヴァントが一体どんな人物だったのかすら知らないが、どうやらあの優秀な男をして扱い切れない程、ピーキーな性質の英霊だったらしい。
 尤も、真に驚くべきは其処からだ。何と浅野は、サーヴァントを失った身でありながら自身に取引を持ち掛けてきたのだ。此方の事情を僅かな情報から完璧に見抜き、其処に付け込んでマスターの座を奪い取ろうと画策し、浅野は実行に移した。崖っぷちに立たされて後がない状況であるとはいえ、凄まじい胆力と言う他ない。

「さァて、どうなるかねェ」

 浅野學峯がどうなろうと、ドフラミンゴにとっては構わない。彼が成り代わりに成功するにしろ失敗するにしろ、ドフラミンゴにしてみれば得しかないのだ。
 浅野はこれから自らを売り込む為、市長の権限と持ち前の頭脳を最大限発揮して此方の陣営を援護してくれる。その時点で既に、非常に強力な手札だ。後は現在の自分のマスター……乱藤四郎と浅野學峯を比べてみて、今後の戦いが容易になると踏んだ方を正式にマスターとして認めればいい。
 と言うのも、浅野學峯と言う男は優秀だが、それ故に侮れない相手だからだ。いざマスターの権利を握るや否や、令呪を用いて自身を駒の一つに変えてしまう可能性もある。非常に高い王としての矜持を持つドフラミンゴにとって、それは許し難い事態であった。だから、直ぐに返事はしない。ギリギリまで判断を渋り、どちらが今後の為になるかを見極めた上で、乱か浅野のどちらかを切り捨てる。そういう腹積もりだった。

“まァ……それでもどっちを取るかは見えてるけどなァ。フッフッフッフッ……!!”

 天夜叉は嗤う。刀剣男士の迷いも天才市長の執念も、全て平等に見下した上で、掌で躍らせてほくそ笑む。
 浅野は自身の部下を全て忠実な人形に変えてしまったが、ドフラミンゴに言わせれば、浅野もまた人形の一体だ。
 ドフラミンゴの前には無数の可能性があった。大海賊は今、自由に未来を選ぶ権利を持っている。


【B-4/元村組本部/一日目 夕方(夜に近い)】

【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]総資産はかなりのもの
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
0:新市長の提案に乗る。いざとなれば乱を切り捨てるのも吝かではない
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。が、ランサーはもう用済みだ。
2:軍艦のアーチャーに強い危惧。
[備考]
浅野學峯とコネクションを持ちました。
元村組地下で屍食鬼を使った実験をしています。
鎌倉市内に複数の影騎糸を放っています。
ランサー(結城友奈)にも影騎糸を一体つけていました。しかしその影騎糸は現在消滅したため、急遽新たな個体をランサーの元に派遣しています。
上記より如月&ランサー(アークナイト)、及びアサシン(スカルマン)の情報を取得しています。

※影騎糸(ブラックナイト)について
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)の宝具『傀儡悪魔の苦瓜(イトイトの実)』によって生み出された分身です。
ドフラミンゴと同一の外見・人格を有しサーヴァントとして認識されますが、個々の持つ能力はオリジナルと比べて劣化しています。
本体とパスが繋がっているため、本体分身間ではほぼ無制限に念話が可能。生成にかかる魔力消費もそれほど多くないため量産も可能。


313 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:22:05 i6y6kayU0
  ◆  ◆


 そんな陰謀が繰り広げられている事など露知らず、乱藤四郎は聖杯戦争の趨勢を見守っていた。
 嘗ては刀剣男士として歴史修正主義者と果敢に戦いを繰り広げていた彼も、サーヴァントの破壊が入り乱れるこの鎌倉では勝利を祈る事しか出来ぬ無力な存在でしかない。自らの現身である短刀で敵を切り伏せるでもなく、主として己のサーヴァントに策を授けるでもなく。
 見た目通り、無力な少女のように――それを見ているだけ。天夜叉の暗躍が実を結び、全ての主従が倒れ、自分が聖杯の前に立つ瞬間を願い、待っているだけ。このままでは行けないと、頭では解っている。然し解っていても、乱に何かを変えられる力はない。前線に出て戦おう物ならドフラミンゴに嘲笑された挙句、刀剣としての矜持を侮辱され、後ろに引っ込んでいろと言われるのが関の山だ。

“……どうすればいいんだろう”

 また、遠くの方で音がした。大きな音。何かが壊れたか、爆発したような音。
 聖杯戦争は止まらない。自分は、その流れから一人取り残されている。
 
“ボクは――”

 乱は、まだ知らない。
 こうして悩み、考えている間にも、彼の命運は悪魔のような男によって天秤に掛けられている事を。
 彼が抱き、夢見た理想の未来が、無力と言う怠惰の対価として失われようとしている事を。
 彼は果たして、全てが終わる前にそれに気付くのか。狂える天才に、勝てるのか。
 それとも――天夜叉と言う名の巨大な"鳥カゴ"から、飛び立つ事が出来るのか。


【乱藤四郎@刀剣乱舞】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]短刀『乱藤四郎』@刀剣乱舞
[道具]なし
[所持金]割と多め
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、いち兄を蘇らせる
0:……どうしよう
1:魂喰いを進んで命じるつもりはないが、襲ってくる相手と聖杯戦争の関係者には容赦しない。
2:ランサーを利用して聖杯戦争を有利に進める……けれど、彼女の姿に思うところもある。
[備考]


  ◆  ◆


 そして――

 何も知らず、白痴のように幽閉された"かのじょ"は、夢見るように停止していた。
 奇しくも、幸福の夢に堕ちた嘗ての教え子と同じように。
 どこまでも救われないまま、屍食鬼・佐倉慈は其処に居る。


【佐倉慈@がっこうぐらし!】
[令呪]三画
[状態]理性喪失、魔力消費(小)、寄生糸による行動権の剥奪
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
※慈に咬まれた人間は、マスター、NPCの区別なく彼女と同じ状態になります。
※彼女に咬まれて変容した者に咬まれた場合も同様です。
※現在はB-4/元村組本部の地下室に幽閉されています。周囲には常時数名の見張りがついており、少なくとも自力での脱出はほぼ不可能です。


314 : 名無しさん :2017/03/08(水) 18:22:31 i6y6kayU0
投下を終了します


315 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:04:46 OZZemC9E0
投下乙です。
玖渚が辿りついた真実、彼女と相対するザミエルの描写が熱い。玖渚を屑と断じ、軋識の忠義に思うところを見出し、そして真実を前に激高するザミエルがとてもらしく、圧倒的な力の描写も相まって強者の風格というものをひしひしと感じられました。
そして玖渚と理事長という、特徴的な文体・雰囲気のある原作キャラの再現度が素晴らしく高く、特にその部分が唸らされました。誰よりも弱いはずが誰よりも常軌を逸した精神性のみを以て強者を圧する異常者である玖渚も、ひたすらに勝利を渇望し高すぎるプライドを持つ理事長も、行動といい台詞といい文体から発せられる雰囲気といい原作さながらといった具合で感服する他ありません。
改めて投下お疲れ様でした。

私も予約分が完成しましたので投下させていただきます。


316 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:06:00 OZZemC9E0




【点在、非在、偏在を確認】

【監視継続】

【時間流への介入を開始】

【……】

【時間軸・221184000秒前】

【アクセスしますか?】

【……】





 ………。

 ……。

 …。





   【7年前】


   【星宙の詩編 1/4】





 ………。

 ……。

 …。










「ねえ君、星を見なかったかい?」

 満点の星々が輝く、とある夜のこと。
 病室の片隅で生まれた不思議な邂逅は、そんな一言から始まったのだった。





 ――――――――――――。


317 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:06:44 OZZemC9E0





 「みなと」という少年を一言で表現するならば、病弱児というのが妥当であろう。
 彼は生来病弱な身の上だった。物心ついた頃から病院暮らし、出歩けたことなどほとんどなく、白くて冷たい無機的な病室だけが自分の知り得る宇宙(せかい)の全てであった。

 そのことについての不安や恐れは、あまりなかったように思う。
 あの頃は幼く、死というものをよく分かっていなかったというのもそうだが、単純にいつか治って退院できるのだと希望を抱いていたのだ。
 ただ、自分で見渡せる世界の風景が人よりもずっと狭かったから、もっと広い世界を見てみたいなと、ずっと夢見ていた。

 例えば宇宙、例えば星々。
 そうしたものを見て、触れて、広い世界を実感することができたならば、それはとても素敵なことだと思った。


「君、僕が見えるのかい?」


 "彼"との出会いは、酷く唐突なものだったように思う。
 いつもと同じ一日が終わろうとしていた夜、開け放たれた窓から堂々と病室に分け入ってきた彼は、何かを探しているようだった。
 だからみなとは何をしているのかを尋ね、彼はまず驚いた。

 綺麗な男の子だった。
 見たことのない格好をした、けれど不思議と似合ってる、そんな子。
 朗らかに語りかけてくる彼は利発そうで、みなととしては何だか圧倒されるばかりであった。

「ねえ君、星を見なかったかい?」

 "彼"の問いかけに、みなとは心当たりがあった。
 何日か前に見た、とても多くの流星雨。
 夜空に輝く宇宙からの星屑を、みなとは大きな感慨と共に夜通し見続けていたのだ。


318 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:07:15 OZZemC9E0

「そう、それが僕らの宇宙船ってわけだ」

 彼は語る。みなとが見た流星雨は壊れた宇宙船やエンジンの欠片で、彼は故障した宇宙船を直すため、一人地上に降りてきた宇宙人なのだと。
 みなとに、彼は指先に収まるくらいの小さな宝石のようなものを見せてくれた。
 彼は"それ"を集めるため、みなとの病室にお邪魔したのだそうだ。

「このキラキラはいわば可能性の結晶。僕たちの宇宙船のエネルギー源でもある。あの流星雨となって地球に降り注ぎ、人々の心に宿ったんだ」

 彼の話は難しく、それ以上に神秘的で魅力的だった。いつしかみなとは、彼の語る言葉に夢中になっていた。

 だから、これ以上長居はできないと言う彼に、みなとは縋った。
 僕にも手伝わせて、と言ったのだ。

 その本心が、親切心こそ嘘偽りないものでこそあれ、大半が未知の世界に対する期待であったことは言うまでもない。

「それは助かるけど……君、寝てなくていいの?」

 だから、"彼"の訝しげな疑問の声も、その時は全く聞く余裕がなくて。
 みなとはただ必死に、差し出された腕を掴み取ったのだった。



 彼は僕を、暗い病室から連れ出してくれた。僕にとって彼は、初めての友達だった。
 彼は名をエルナトと言った。そう名乗られたのではなく、僕が名付けたのだ。
 おうし座の二番星、僕の一番好きな星。
 そう言ったら、じゃあ君は一番星のアルデバランかい?と言ってきて、二人して笑い合った。


319 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:07:36 OZZemC9E0

 エルナトは僕に"魔法"をくれた。僕たちはそれを使い、夜毎キラキラを集め歩いた。
 ある時は公園の片隅に、ある時は病院の通路に。
 捨てられた植木鉢をひっくり返してミミズと一緒に見つかったり、眠っている猫の隣に落ちていたこともあった。
 キラキラは色んなところにあって、空を翔けて町中を巡り歩くという体験は、僕にとってかけがえのない思い出となった。
 不思議なことに、僕たちの姿は誰にも見つかることはなかった。それは心のどこかで小さな疑問になったが、敢えて尋ねることはなかった。

「僕たちの宇宙船は物質でもありエネルギーでもあり、あるいはそのどちらでもない。重ね合せのような存在なんだ」
「重ね合せ?」
「そう、色んな可能性が幾重にも重なり合っているんだ。そういう意味では人間も僕らの宇宙船と似ていると言えるかもしれないね。
 特に幼い子供は"何者でもない"からこそ、"何者かになれる"というたくさんの可能性の間で揺れ動いてる」

 エルナトは語る。そんなたくさんの可能性を持つ人間の心で育まれ、やがてその人が「何者か」になると、失われた可能性と共に心からはじき出されたものが、このキラキラなのだと。
 彼の話はやっぱり難しくて、その時の僕は半分も理解しきれていなかったと思う。
 けれど、彼の語る言葉で一つだけ、どうしても気になることがあった。

「はじき出されたら、どうなるの?」

 問われ、一瞬だけエルナトは顔を伏せる。
 その横顔はどこか、寂しそうにも見えた。

「何者になることもなく、消えてしまうね」

 ……可能性の結晶。選ばれることなく消えゆく運命にある者たち。
 僕にはなんだか、愛おしく感じた。



 それは過去。彼の記憶、少年の記憶。
 今は擦り切れ薄れてしまった、けれど確かにそこに在った、輝かしい思い出の日々。
 彼の生涯において最も尊く、それ故に聖杯の恩寵を望むまでに絶望してしまうことになる、その幕開けでもあったのだ。





   ▼  ▼  ▼


320 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:08:08 OZZemC9E0





 ―――魔力充填。

 手に持つ二挺の拳銃と肩口に現出させた更なる二挺の長銃に弾丸となる魔力の充填を完了させると同時に、黒髪の少女が一直線に突っ込んできた。躊躇というものが微塵も感じられない、迷いのない動き。両手で構えた細身の刀は古風な日本刀のようにも見えた。
 一撃目は右から。鈍い銀色の刀身が、弧を描いて美森の喉に迫る。

「させない……!」

 クイックドロウの要領で放った速射弾が目の前で弾け、炸裂する衝撃とマズルフラッシュが無理やりに剣の軌道を捻じ曲げる。襲い来る刃は数センチしか逸らせなかったが、美森にとってはそれで十分。生まれた隙を逃さず後方へ跳躍すると同時に、滞空させていた長銃の片方を選択して魔力を解放。解き放たれた青色の魔力弾がアサシンの体を貫くかと見えた瞬間、彼女の姿は陽炎のように美森の視界から掻き消えた。
 それは特異なスキルや宝具、あるいはそれらに類する異能の行使の結果ではない。
 単純な敏捷差の顕れである。
 アサシンのサーヴァントたるアカメは、極めて高い敏捷性を誇る。体術に身のこなし、一瞬が全てを決める暗殺稼業においてアカメは速度を極めるに至った。
 対して美森は敏捷性という一点においては劣悪を極めるサーヴァントである。彼女の場合、最低値を示すEの敏捷性は生身の肉体における下半身不随を表すものであるからして、実際の移動性能及び動体視力は実数値よりもいくらかマシであるとはいえ、アカメの速さとは雲泥の差であることに変わりはない。先の攻防における姿の消失とは、すなわちこの差が生んだ結果であるのだ。

(けど……!)

 それは誰よりも美森自身が自覚している。しかし、だからといって彼女に勝機がないと言えばそれは否だ。
 アカメの攻撃手段とは構えた刀による刺突・斬撃である。それは言いかえるなら、攻撃に至るには敵に接近し、そして腕を振るうというプロセスを経ねばならないということだ。投擲という手段もあるが、こちらもむしろ斬撃よりも隙が増える以上は同じことが言える。
 すなわち、接地における一瞬のタイムラグ。それがアカメの弱点。
 圧倒的に不利な対剣士戦闘における、美森に残された唯一の勝機である。

 更に二つの銃を具現化すると同時に、残る一つを加えた三挺の長銃をそれぞれ壁、地面、上空へと配置。虚ろな夕闇に光を穿つ。三本の光条は互いに交わらぬ軌跡を描き、踏み込みのために静止したアカメへと同時に襲い掛かる。

 少女の剣が、舞う。

 二本の光条がただ一度の斬撃によって掻き消され、残る一本が最小限の動きで回避される。
 微かな驚きが、美森の表情を覆った。
 アカメの攻撃から逃れるために、御幣めいた外布を操作して左側方へと飛び退る。アカメの剣が闇に閃き、その動きを塞ぐ。防御に重ねた拳銃は呆気なく切り裂かれ、上方からアカメを狙った光弾は後ろ手に構えたもう一振りの剣によって阻まれる。回避の代償として切り裂かれ機能を失った拳銃を放り捨て、美森は内心忸怩たる思いで更に後方へと逃れた。
 こうも密着されては美森が得意とする射撃は有効な攻撃手段に成り得ない。自分自身を巻き込まないように光弾の軌道を設定すれば、攻撃パターンはおのずと制限されてしまう。巻き込まれてもいいように威力を絞る選択は対サーヴァント戦においては本末転倒だろう。
 外布を必死に操作して、かろうじてアカメの斬撃を躱す。アカメは再び攪乱のためトップスピードへと移行し美森の視界から消えようとする。させじと解き放った四条の光芒は悉く目標を外し、青い魔力の光条が織りなす僅かな隙間からアカメの体が滑り込んでくる。


321 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:08:40 OZZemC9E0

 防戦一方だ。美森はそう述懐する。
 単純な性能差がどうこうという次元の話ではない。戦闘予測という一点において自分は明らかに相手から上回られている。敏捷性による知覚能力の格差は元より、恐らくは対人戦における経験値が自分とは圧倒的に違うのだ。

 東郷美森は怪物退治で名を馳せた英霊である。
 人類領域を襲う未曾有の大災害、人の手では決して及ばない威容を誇る未知の知性体「バーテックス」。神話に登場する怪物にも比肩し得る巨獣を相手に戦い抜き、最終的にバーテックスの一時根絶まで成し遂げた美森は、怪物殺しの面においては近代最高峰の英霊であると言えるだろう。
 だが、裏を返せばそれだけでしかないのも事実であった。端的に言って美森は対人戦闘の経験が皆無なのである。人を相手にした戦いも、戦争行為というものも一切経験していない。故に明確な思惑を持ち一種の騙し合いとも言える一対一の戦闘において、美森は素人とさえ呼べてしまうような若輩であった。
 故にこの戦況は、個人が持つ能力や技能以前の、性質としての相性が現れた結果と言えた。仮にアカメの相手が"怪物"であったならば、圧倒的な膂力と芳醇な生命力という獣の強さの前に苦戦を強いられたはずだ。逆に美森の相手がそれだったならば、恐らく彼女はここまで苦戦することはなく、場合によっては容易に勝ちを拾えた可能性だってある。
 しかし現実はそうではなく、この戦いは怪物殺しの英雄と英雄殺しの暗殺者という構図だ。英雄は怪物には勝てても、英雄を殺す暗殺者には無力となる。本来アサシンが圧倒的に不利となる正面切った対三騎士戦闘においてここまで一方的な戦況となっているのにはそうした理由が存在した。

 だが、それでも。
 それでも、全てを誤ってしまった自分には、負けることなど許されないから。

「これ、でも……!」

 滑るように地を駆け、10mの距離を一瞬で0にする。空気抵抗が体の表面を流れ、微かな風を肌に感じる。
 後ろへと踏み込みざま、再度現出させた拳銃でアサシンの眉間を狙う。
 飛び出した弾丸はアサシンの眼前に掲げられた刃に逸らされ、美森の意図とはかけ離れた軌跡を描いて虚しく宙を貫く。

 ―――まだ!

 崩れた体勢に逆らうことなく体を流し、踏み込んだ右側面の外布を軸にして背中から回転。広範囲に向かってばら撒かれた弾丸がアサシンの回避軌道を塞ぐように展開され、やはり最小限の動きにより目標の一センチ手前を通過する。
 続く三撃目を繰り出そうとした瞬間、目の前のアサシンの姿が唐突に掻き消えた。
 右か、左か―――いや違う。あの姿勢では側方にばら撒かれた銃弾を弾きながらの移動は叶わないはずだ。
 ならば下か―――いや違う。如何な速度を以てしたとしても、それでは美森の視界から消えることはできない。

 つまり、残された可能性は一つだけ。

「上―――!?」

 驚愕と共に仰ぎ見た頭上に、高く剣を振りかぶるアサシンの姿。
 反射的に拳銃弾を撃ち放つも、そのような攻撃が通じるはずもなく左手に翳された一刀のもとに弾かれる。
 そして振りかぶるは、本命の右―――!

 絶体絶命の窮地であった。
 行動を射撃に費やしてしまった今の美森には、防御も回避も不可能。
 そして振るわれる剣閃は、一筋の疵のみで相手を死に至らしめる呪毒の妖刀。

 走馬灯のようにゆっくりと流れる視界の中、白刃の煌めきが美森へと迫る。
 美森は為す術もなく、呆然とそれを眺め―――





 ―――美森の痩身を覆う花の紋様に、光が満ちた。





   ▼  ▼  ▼


322 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:09:11 OZZemC9E0





   【7年前】


   【星宙の詩編 2/4】




 ………。

 ……。

 …。



 ――――――――――――。



 それは、エルナトとのキラキラ集めを続けていた、ある日のことだった。
 僕の小さな宇宙に、"君"が現れたのは。

「わぁ、きれい」
「え……?」

 病室の扉を開け放って、そんな声が自分の耳に届いた。
 その子は僕と同じくらいの年ごろの、可愛らしい女の子だった。
 僕と付添の看護師以外に開ける人などいなかったはずの扉を開けて、その子は僕の持つキラキラを、同じくらいキラキラとした目で見つめていた。

「ねえ、それなあに?」

 無邪気に、楽しげに、悪意の欠片も見当たらない真っ新な笑顔で僕に訪ねてくる女の子。
 それに、僕は思わず戸惑ってしまった。
 だって、僕の短い人生で同い年の子と話したことなんて初めてだったから。

 その子は母親のお見舞いで病院に来ていて、迷ってしまったらしい。
 僕のベッドの片隅に座り、俯いて足を揺らしながら、彼女は話してくれた。

「夕べ、流れ星におねがいしたの。おかあさんが早く良くなりますようにって。
 きれいな流れ星だったのに、おとうさんはそんなのなかったって言うんだよ」

 彼女の言葉に、僕は「はっ」と息を呑んだ。
 思い当たることがあったからだ。昨日の夜、魔法で誰にも見られないはずの僕は、けど確かに誰かに見られているような、そんな気がしていたのだ。
 誰なんだろう、どんな人なんだろうと、あれからずっと僕はそう考えていて、だから。


323 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:09:38 OZZemC9E0

「あれ、君だったんだ」

 いつの間にか、僕は自然と笑みをこぼしていた。
 女の子は「え?」と不思議そうにしてて、けど僕はそんなのお構いなしなくらいに嬉しかった。

「その流れ星って僕のことだよ。見てて」

 言葉と共に、手元のキラキラを共鳴させる。
 ふわり、と光が灯ったかと思えば、それは病室を塗り替えるように広がり、ベッドに座る僕たちを壁も床も天井もない場所へと導いた。
 あたりは小さな病室ではなく、星々が瞬く宇宙に姿を変えていた。

「え、わ、わあ〜〜〜〜!?」

 あわあわと顔中で「びっくり」を表現する女の子の手を、僕はそっと握った。

「大丈夫だよ、僕は魔法使いなんだ」
「まほう、つかい……?」

 なおも呆然とする女の子の手を取り、僕はベッドから足を踏み出した。
 ふわりと浮きあがる。そのまま僕らは、舞うように、自由に、星々の間を飛び回った。

「僕は、君の星も好きだな」

 女の子が作ったという、折り紙の星。
 本物の星空ではくすんでしまうと嘆いたそれを、けれど僕は何より綺麗だと思った。

「ほんとう?」
「本当さ。だから、僕の星と交換しよう」

 そうして手渡したキラキラに、女の子は心の底から浮かべたであろう満面の笑みを湛えていた。
 僕もまた、心から笑みを浮かべた。



 その子との出会いは、僕に希望をくれた。
 人の心から零れ落ちたキラキラ。夜毎それを集めて飛ぶ僕を、流れ星だと思ってその子は願いをかけてくれた。
 勘違いだったとしても、彼女は僕に願ってくれたのだ。

 今の僕なら、それに応えられるんじゃないか。
 誰かの役に立ったり、誰かを守ることもできるんじゃないかって。

 生まれて初めて、そう思えたんだ。





   ▼  ▼  ▼


324 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:10:03 OZZemC9E0





 微かな風の流れに揺られて、街路樹の梢が葉音を立てた。

 商店の二階、自分に宛がわれた部屋の窓辺に肘をつきながら、すばるは軽く息を吐いた。
 夜間照明が点きつつある鎌倉の街を窓の向こうに見下ろし、揺れる前髪を言葉なくつまんでみる。

「……」

 独り言をする気すら、今はしなかった。
 静寂満ちる暗い部屋の中で、拭いきれない無力感がすばるを苛む。

 おばさんの心配する声を遮ってこの部屋に戻ってから、そろそろ一時間が経とうとしていた。
 アーチャーからの連絡は、まだない。と言っても、ドライブシャフトを用いて変身していない状態の自分は単なる一般人でしかないから、おのずと念話の範囲も狭まってくるので当然の話ではあるが。
 だからと言ってずっと変身しているというわけにもいかなかった。おばさんへの言い訳も必要になってくるし、そもそも変身している間は認識阻害の効果が付いてしまうから、こういう時はあまり変身していたくないというのが、すばるの正直な気持ちであった。

 それはつまりどういうことか?
 結局のところ、今日一日を通して、すばるは何もできていないということだ。
 サーヴァント同士の戦いに素人が出る幕などないという、そんな次元の話じゃない。
 自分は今まで、ただ状況に流されるだけで何も行えてないし、決断もできていないのだ。

 鈍臭くて何もできない自分。
 変わりたい、変わりたいと思って、カケラ集めを通して少しは前に進めたかな、と思っていたのに。

 人は一朝一夕では変われない。
 変われるようなら苦労しない。

 魔法なんてものを手に入れて、魔法使いになったとしても。
 すばるは未だ、何者でもなかった。


325 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:10:33 OZZemC9E0

「だったら、わたしがやりたいことは……」

 決まっている。みなとにもう一度会うことだ。
 目の前で消えてしまって、呪いを抱いているのだと言い残して、世界のどこにもいなくなってしまった彼。

 ―――いやだ、絶対にいや。みなとくんがいなくなるなんて、そんなこと。

 不意に連想してしまった最悪の想像に、すばるはぶんぶんと頭を振る。
 ネガティブで、すぐ嫌なことを考えてしまう。
 これもまた、変わりたい自分の悪癖の一つであった。



「……あれ?」



 ふと。
 見えるものがあった。それは、視線の先のほうに。
 街と空の中間、地平線まで行かないくらいのところ。そこに、キラキラと輝くものが見えたのだ。

「なんだろ……」

 目を凝らしてじっと見てみる。それは、青い線のようにも見えた。
 青い光の線。いつか見た流星みたいなそれは、中空を一直線に進んでは途中で消えて、また生まれてすぐ消えての繰り返し。様々な方向から伸びては無軌道に瞬いていた。

 すばるは、その光に心当たりがあった。
 流星ではない。あの光を見たのは、流星のようにこの鎌倉に来る前ではなく、来た後。
 アーチャーのサーヴァントと契約し、この聖杯戦争に挑むことになってから見たもので。
 それは、つまり。

「アーチャーさんの、銃?」

 その答えに思い当たった瞬間のことだった。



「―――え?」



 今までは遠くに小さく見えるだけだったその光が、突如として視界のいっぱいに広がった。
 それを前に、すばるは全く反応ができなくて、呆けたような声を上げるのが精いっぱいだった。


 次の瞬間、凄まじい衝撃と轟音が響き渡り、すばるのいた場所が抉られるように、この世から消失したのだった。


 ……すばるは知らない。
 その破壊が、他ならぬアーチャーの放った魔力弾の直撃であることを。
 マキナに弾かれた一発が、それでもなお減衰することなく突き進み、こうして偶然にもすばるの住まう部屋に殺到したのだということを。

 もうもうと煙が立ち込め、崩れた瓦礫が散乱するばかりとなった部屋から消えたすばるには。
 知る由も、なかった。





   ▼  ▼  ▼


326 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:11:00 OZZemC9E0





   【7年前】


   【星宙の詩編 3/4】





 ………。

 ……。

 …。



 ――――――――――――。



 ある夜のことだった。
 いつものようにエルナトと一緒にキラキラを集めていた僕たちの前に、とても大きな輝きが姿を現した。

 それはまるで流れ星のように、光の尾を引いて夜空を翔けていた。
 「あれなあに?」と興奮気味に聞く僕に、エルナトはいつも以上に真剣な声音で答えた。

「あれがエンジンの欠片だ」
「あれが?」

 思わずそう聞き返してしまう。
 話には聞いていた。エンジンの欠片とは、文字通りエルナトたちの乗る宇宙船のエンジン、その一部なのだと。
 あくまで燃料の一つでしかないキラキラと違い、宿す力も可能性も段違いの存在。それが、エンジンの欠片。

「あれには僕たちの運命だって変えられる力があるんだ。
 今の僕たちじゃ、とても手が届かないけどね」

 少しだけ残念そうに語るエルナト。しかし、その時の僕はそんなことを気遣う余裕さえなかった。

「あれがあれば、あの子の願いも叶えてあげられるんだ……」

 あの子? というエルナトの声を無視して、僕は一直線にエンジンの欠片へと向かって飛び立った。慌てたような声が後ろから届くが、それさえかつての僕にとっては雑音でしかなかった。

「どうする気だ、みなと!」
「捕まえるんだ! 今の僕ならできる!」
「よせ! あの力を個人の願いのために使うつもりか!」


327 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:11:20 OZZemC9E0

 必死に諌めるエルナトの心が、今は胸に痛い。けど、ここで諦めるわけにはいかなかった。

 あの子は僕と言う流れ星に願いを託してくれた。こんなにちっぽけ、取るに足らない僕なんかに。
 だったら僕が、本当の流れ星を捕まえて願いを果たすべきなんだ。
 それが、僕に希望をくれたあの子に報いるたった一つの方法なのだから。

 そうだ、僕は―――


「だって、僕は……!」


 あの子の願いを叶える―――


「魔法使いなんだから!」


 星空に浮かぶ大きな輝きに、ただ一心に。

 右手を、伸ばす。



 ―――――――――――――――。



「―――えっ?」

 ぱきん、と。
 何か致命的なものが砕けるような、そんな音が聞こえた。

 突如として重力の檻に囚われた僕の体は、真っ逆さまに墜落していった。
 まるで、魔法が解けたように。
 まるで、夢から醒めたように。

 不遜にも太陽に挑み、日の熱で溶け落ちた蝋の翼と同じくして。
 僕を僕足らしめていた不思議な力は、呆気なく消えてなくなったのだ。





   ▼  ▼  ▼


328 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:11:57 OZZemC9E0





 轟音と共に、大量の粉塵が舞い上がった。
 大気を激震させる振動は鼓膜を貫き、平常な聴覚を麻痺させる。流れる視界の端ではいくつもの自動車が弾き飛ばされ、さながらジオラマの小道具めいて吹き散らかされている。

 誰が信じようか。今ここにある、地盤沈下でもしたかのように巨大な穴が穿たれ、剥き出しの地下構造を露わにした災害現場もかくやという瓦礫の山が、つい先ほどまで多くの人々が行き交う交差点であったということを。
 夕焼けに染まる陽が傾き夜になろうかといった頃合い、帰宅途中の通行人や自動車が多いその時間帯に、"それ"は訪れた。

 最初は空高くに浮かんだ小さな黒い点だった。その時点で気付けた一般市民は、恐らく一人もいなかっただろう。それが、突如として交差点の真ん中に墜落した。衝撃で人も車も諸共に吹き飛び、周囲数十mに渡って蜘蛛の巣状に巨大な亀裂が刻まれたのだ。

 建築物のガラスが一斉に砕け散り、衝撃に大気が押し出されることにより生まれる一瞬の静寂。その只中にあって尚鮮烈な黒の凶眼。
 それを前に、衛宮士郎は動揺も鷹揚もなく、剣のみを手に。鉄心の表情で以て相対するのだった。




「くっ―――!」

 喉元めがけて突きこまれた武骨な拳を寸前で躱し、大きく後退して転げるように着地する。罅割れ剥き出しとなったコンクリの地面が崩れ、ガラガラと硬質の音が鳴る。一転して立ち上がり、身構えたその鼻先に尚も繰り出される男の拳。霊基を損傷し極限まで劣化した状態でさえその動きは人外の領域に達し、5mの距離を完全に無視してその姿は既に士郎の目の前にある。

 ―――投影、完了(トレース・オフ)

 立ちあがり様に薙いだ干将莫耶の一閃がマキナの拳と正面からぶつかり合う。終焉の渇望すら薄れているにも関わらず、夫婦の宝剣は硝子のようにその刀身を砕けさせ、中空にて無数の破片が散らばった。
 だがそれでいい。元よりこの一撃で敵手を獲れるだなどと思いあがってはいない。
 剣閃を物ともせずに繰り出される突きの一撃を身を捻って躱し、その瞬間にはマキナの右脚が唸りをあげる。
 無意識に干将莫耶の投影を完了して防御として軌道上に配置。刀身が粉砕する音が響くよりも早く、士郎の体は勢いを利用して更に後方へと飛び退った。

「投影、開始(トレース・オン)―――!」

 中空にて身を捻り体勢を確保。黒塗りの洋弓と細身の魔剣を手に宿し、弦に番えて一息に射出する。
 赤原猟犬、真名をフルンディング。本来ならば相応の時間をかけて魔力を練り上げるところだが、今回最も必要とするのは速度だ。故に力を込めることなく速射の形で放ち、狙い撃つ。
 放たれた魔弾は弓矢とは思えぬ変則軌道を描いてマキナへと迫る。射手が標的を視界に収め続ける限り如何なる回避も無意味と化す必中の矢、これを無力化したいならば矢そのものを迎撃・破砕する他なく、故にマキナはそのための攻撃体勢を取ることを強いられるが。

「―――!」

 しかし士郎の予想に反し、マキナが拳を動かすことはない。膝から先の動きだけで放たれた蹴りはこれまでとは明らかに異なる複雑な軌道を描き、士郎の認識をすり抜けて懐へ潜り込む。
 鈍い衝撃が、右のわき腹を貫く。
 最早手番変えの迎撃は無意味と判断したのか、あるいは肉を斬らせて骨を断つ気概であるのか、マキナは肩口に食らい付くフルンディングを省みることなく、拳をフェイントとした蹴りを士郎の脇腹へと突き刺したのだ。
 内臓が破裂しそうなほどの衝撃に痛覚神経が悲鳴をあげる。咄嗟に弓を犠牲に衝撃を緩和しなければどうなっていたことか、無残に砕かれ細かな破片となった洋弓の末路を見れば一目瞭然であった。


329 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:12:24 OZZemC9E0

「―――工程完了(ロールアウト)。全投影待機(バレットクリア)」

 蹴り込まれた衝撃に身を任せて距離を稼ぎ、痛みを無視して投影を開始。
 生み出すのは今までと変わらず干将莫耶。しかし馬鹿の一つ覚えでは断じてない。それが証拠に、現出するのは一対二振りに留まらず、士郎の周囲にいくつもの光が生まれ、次々と剣の形を成していく。
 魔力にて仮想の刀身を練り上げ、それを手にするのみならず滞空する弾丸として撃ち出す魔業。およそ投影魔術では説明がつかない、けれども衛宮士郎が誇る唯一にして最大の技が剣製となって解き放たれる。

「停止解凍(フリーズアウト)。全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)……!」

 瞬間、滞空していた27の双剣が一斉に射出された。
 白銀と漆黒の刀身が風切り音を鳴らし、銃弾さえ上回る速度を与えられた中華剣は猛烈な回転と共に光となって撃ち出される。
 針のような切っ先で空を穿ち、薄紙のような刃先で空を斬る。漂う粉塵を螺旋に散らして刃が駆け抜ける。
 その後を追うように、士郎は両手に投影した干将莫耶を構え疾走した。
 視界の先で黒騎士が動く。軍帽に隠されたその顔に鬼相が走り、両の拳が胸の前で構えを取る。黒い軍服に包まれた体躯が瞬時にして幻のように霞み、襲い来る無数の刃を拳打によって打ち落とす。
 無傷ではない。その体、捉えきれなかった刃が節々を切り裂き紫電が散る。だがそれだけだ。頭部に頸椎に胴体部、致命傷になる軌道上の刃のみを的確に叩き落した黒騎士の気配は全くの不動。先の剣雨ですらも揺るがすことはできない。

 故に予想通り。この結果は士郎とて攻撃前から織り込み済みだ。
 そも、これだけで倒せるならば最初からこんな状況には陥っていない。
 裂帛の気合が咆哮となって、黒騎士の口から迸る。地を蹴る踏込が震動となって士郎とその周囲を揺らす。
 5mの相対距離を無視した黒騎士の体は、既に士郎の目の前。
 唸りをあげて突きだされる右の拳が、士郎の顔面を襲う。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)」

 瞬間、静謐の呟きと共に、空間を無数の刃が断割した。
 弾かれ、砕かれ、あるいは逸らされ。虚しく地面へと突き立った干将莫耶。その全てが一気に肥大化した。
 それは巨大で分厚く、さながら鳥の羽根のようにも見えた。そしてそれらは全てがマキナを目指して伸び上がり、刀山剣樹が如くにその体を切り裂いた。


330 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:12:55 OZZemC9E0

 ―――干将莫耶・オーバーエッジ。

 壊れた幻想とはまた違った魔力暴走、それを為すことで本来在るべき形から逸脱した肥大化を成し遂げる荒業である。
 基本骨子を解明し、基本材質を解明し、しかしそれで終わらぬ強化を果たして敵手を穿つ。
 かつて確かに存在した幻想を写し取り、その劣化コピーとして構築された贋作の幻想が、轟爆と共に走り抜けようとしていた黒騎士の体を切り刻む。
 この時になって初めて、目の前の威容から苦悶の声が溢れた。
 衝撃に飛び散った鮮血が、視界の端に緩やかな線を描く。

「弾けろ……!」

 士郎はその隙を逃すことなく身を翻し、諸手の剣を振りかざす。肥大化した刃は今や長剣はおろか大剣とさえ形容できるほどの大きさとなり、翳す刃が閃光となってマキナへと襲い掛かる。
 獲った、と確信した。これ以上ないタイミング、これ以上ない技巧、士郎が注ぎ込める文字通りの全力が、そこには込められていた。
 しかし、それでも。

「舐めるな……!」

 ―――まだだ。
 ―――まだ終われない。

 あろうことかマキナは、単なる執念の結果として更なる駆動を成し遂げた。
 事ここに至って尚、マキナの戦闘意欲に減退は見られない。消滅必至の肉体に無視など到底できないはずのダメージの蓄積、そして何より秒単位で急速に崩壊していく霊基に彼の戦闘スペックは劣化という言葉すら追いつかないほどの矮小化を強いられている。
 にも関わらず、マキナは振るわれたオーバーエッジの一閃を両の拳で叩き伏せた。両翼から迫る大剣の巨壁が如く一撃を、交差させた鋼拳で以て迎え撃つ。
 辺りに木霊する、これまでに倍する反響音。衝撃が波濤となって地面を駆け抜け、堆積した粉塵が勢いよく宙へと舞い上げられた。


331 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:13:18 OZZemC9E0

 粉塵に視界が曇る。衝突の余波で髪と衣服が喧しいほどにはためく。
 その中で、硬質のものが罅割れる音が、嫌に大きく耳に届いた。

 マキナの肉体は既に限界を超過していた。
 本来マキナは……いいや、サーヴァントとはマスターなくして存在することは叶わない。単独行動かそれに類するスキルを持ち合わせない限り、数分と保たずに消滅する。
 しかも、それはあくまで魔力の維持に努めた場合の話だ。そこから更に傷を負い、ましてや戦闘行為まで重ねては加速度的に余命は削られていく。マキナのように全力で敵手を追い、幾度となく拳を振るうなど以ての外だ。敗残どころか、そもそも今こうして現界を果たし続けていられること自体が奇跡に等しい。

 故に、これは当然の結果と言えた。
 オーバーエッジを迎え撃った両の拳が、今度こそ砕け散った。
 両拳を覆う罅は凄惨を極め、最早腕の形状を保つだけで精一杯。戦闘はおろかそもそも腕としての機能を果たすことさえ、恐らくは永遠にあり得ない。
 それを前に、士郎はただ純然たる事実として、誇ることもなく告げるのだった。

「俺の、勝ちだ」
「いいや―――」

 だが、それでもマキナの戦意は衰えるということを知らず。

「まだだ」


 ――――――――――――――。


 その言葉が呟かれた瞬間。
 士郎とマキナを照らすように、眩いばかりの極光が覆ったのだった。





   ▼  ▼  ▼





   【7年前】


   【星宙の詩編 4/4】





 ………。

 ……。

 …。



 ――――――――――――。


332 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:13:44 OZZemC9E0



 暗い病室に、心電図の無機質な音だけが響いていた。
 目の前には、呼吸器を取り付けられ瞼を閉じる少年の姿。

「これ、僕だ……」

 呆然と呟かれる声を証明するように、みなとは鏡写しのようにそっくりな少年の体を見下ろしていた。
 もう一人の自分、いいや自分そのものを前に立ち尽くすみなとに、エルナトが居た堪れず声をかけた。

「そうか、君は気付いていなかったのか……」
「どういうこと……?」

 エルナトの声が、酷く遠かった。
 何もかもが信じられず、空白となった意識は涙を流すことさえできなかった。

「一体いつから、僕は……」
「初めて僕らが出会った時から、ずっとさ」

 エルナトのほうを振り返る。
 彼は悲しそうな、遣り切れないような表情をして、そのことが「彼の言葉は真実である」のだと如実に語っていた。


「じゃあ、看護師さんは……」


 今まで僕に関わってきた人たちも。


「家で待ってる父さんや母さんや……」


 僕のことを待っていてくれているのだと信じていた人たちも。


「あの、女の子は……」


 僕に希望をくれたあの子も。

 全部、全部、現実じゃない幻でしかなかったというなら。


「で、でも、また君と一緒にキラキラを集めればいいよね……?
 そうすれば―――」
「もう、駄目なんだ。君にかかっていた魔法は、解けてしまった」

 見たくない現実から目を逸らすみなとの言葉を、半ばでエルナトは切って捨てた。
 その言葉には憐憫と悔恨と無力感と、何より絶対的な事実が込められていた。

「そんな……」

 みなとを支えていた最後の一線。
 その糸が今、切れた。


 力なく崩れ落ちる。立ち上がる意思も、希望も、残されていなかった。
 エルナトはそんなみなとを、ただ黙って見つめていた。

 絶望が、彼らを覆っていた。


333 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:14:26 OZZemC9E0

























「あの力を使えば、運命だって変えられるんだよね……?」

 光が溢れた。


334 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:14:50 OZZemC9E0
























「―――この世界に可能性がないなら、過去からもう一度可能性を選び直せばいいんだ!」

 "可能性の結晶"から溢れる光の中で、みなとは再び立ち上がっていた。
 その体を覆うは魔法の衣服。手に握るのは魔法の杖。
 "エンジンの欠片"と同期することによりただ一時取り戻した力によって、みなとは星の満ちる空へと踊り出した。

「駄目だ! エンジンは未来へ向かうためのものだ!
 今の自分を否定すれば、魔法は呪いへ変わってしまう!」
「だって、否定するしかないじゃないか! 僕のことを想ってくれる人なんて誰もいない!
 あの子も、何もかも幻だったんだ……! 僕が初めて抱いた希望は、全て……!」

 現実には存在しない偽物だった。

 笑いかけてくれた優しさも。
 傍にいてくれた暖かさも。
 生まれて初めて誰かの役に立ちたいと思えた、あの日の誇らしさも。
 全部、勝手に抱いた妄想でしかなかったのだ。

 血を吐くように絞り出した声は最早絶叫で、そこには抑えきれない涙があった。

「よせ、自分自身を呪うな!」
「うるさい! どうせ君も幻なんだろ!?」

 僕の手を掴んだエルナトを、しかし渾身の力ではねのける。
 遥か後ろに吹き飛ばされた彼を、もう振り返って仰ぎ見ることさえしない。

「僕は必ず運命を変えてやる……こんな現実は認めない!」

 ―――右手を伸ばす。
 希望へ。
 輝きへ。
 あの日の思い出へ向けて。

 エンジンの欠片という、運命を掴むために。



 ……。

 ……。

 ……。

 ―――――――――――――――――。


335 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:15:28 OZZemC9E0



 僕はたった一人の親友を突き放してエンジンの欠片を目指した。
 すぐ届きそうに見えた輝きも、手を伸ばしてみれば遥か遠くにあった。

 自分自身を呪った僕の強い感情は昏い星となって、意識は次第にぼやけ、闇に呑まれるように途絶えた。
 そしてもう一方の僕は、病室にいくつか残された可能性の結晶と共に眠りについた。



 ―――それからどれほどの時が経ったのか。

 ―――再び扉が開いた。



 扉を開けてくれた彼女だけは、幻ではなかった。
 すばるは僕にとって、ただ一つの希望だった。
 その彼女も、今や僕のことを覚えてはいない。
 僕は今も、自分自身のことを呪い続けている。

 僕が消えれば全ては本当の幻となる。
 扉が開くことは、もう、ない。




   ▼  ▼  ▼





 瞬間、虹色の光がアカメの見る全てを埋め尽くした。

 莫大量の魔力が一点へと集中する。
 万色に揺らぐ光の奔流が等身大の人型へと凝縮し、次瞬には臨界に達するが如く弾け飛んだ。

 それは、まるで蕾が開花するかのように。
 それは、まるで蝋の翼が溶け落ちるように。

 荒れ狂う魔力嵐に顔を覆うアカメの視線の先には、空の彼方に静謐と浮かぶ、一輪の花。
 吹き荒ぶ無数の花弁に包まれて、紫色の大花が咲き誇る。

「絶対に、逃がさない」

 只中に浮かぶ影は人の形をして、しかしそれは人ではあり得ない形をしていた。
 言ってしまえばそれは"座"だ。多くの祝詞幣をあしらった意匠へと変化した美森を囲うように、多くの砲身を備えた巨大な座が出現していた。それは極限域まで凝縮された機動要塞めいて、実際にその印象を裏切ることのない暴力的なまでの破壊を身に秘めている。

 紡がれる声の響きは静穏で、しかしそこに込められた感情は嚇怒の一色。しかしそれも当然であろう。
 何故ならこいつは美森の大切な人を傷つける。すばるを、そして彼女が想う少年を。傷つけ、そして殺すのだ。
 聖杯戦争という、願いのために他者を踏み躙るという極限の背理が支配する戦場において、今さら命の価値がどうこうと講釈するつもりはない。
 けれどそれとは話が別だ。このアサシンを放置するわけにはいかない。そして、許すつもりも毛頭ない。
 最早何が間違って、誰が悪かったのかは分からない。すばるとみなとを殺し合わせる運命へと放り込んだ聖杯なのか、知らずその運命に加担した自分なのか、それとも直接手を下したアサシンなのか。
 分からない。けれど、いいやだからこそ、せめて残された命を守り抜こうと決意する。
 すばるの命を狙うこのアサシンを消し去ることで。
 東郷美森は、今こそ勇者としての責務を果たすのだ。

 美森が纏うは勇者に与えられし力の「開花」。対価と引き換えに強大な力を獲得する、文字通りの切り札なれば。


336 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:16:31 OZZemC9E0

「我、敵兵に総攻撃を実施す!」

 宣誓の言葉と共に、美森の肉体を覆うように現出した巨大な砲台が一斉に火を噴いた。
 赤から黒に染まりつつある空を無数の紫電が撃ち貫く。左方右方合計十八門、広範囲に展開された砲身が魔力を解き放ち、撃たれた蒼白の光条は容易く地面を穿ち、高熱によりコンクリートを硝子質へと変貌させながら縦横無尽に眼下の景色を蹂躙した。
 空を裂く甲高い振動と、大気を焼く特有の臭いが木霊する。それすらも断続的に放たれる無数の光条により掻き消され、周囲にはただ圧倒的なまでの光だけが満ち満ちた。
 その光はこれまで美森が放ってきた全ての光弾を纏めて凌駕しても尚余りあるほどの密度と威力を誇っていた。一撃一撃が人の身長ほどなら苦も無く呑みこめるほどに巨大、放たれる速度はこれまでに倍するほどで、それは射撃の域を逸脱し今や地上を舐めつくす災禍の炎と化している。

 美森が対峙するアサシンは対人戦闘においてこちらを圧倒するものを保有する。それは、今までの交戦から嫌というほど理解できた。
 間合いを取っての遠距離戦、本来ならば美森に圧倒的有利に運ぶはずのそれですら、瞬く間に距離を詰められこのザマだ。まともに打ち合っては押し負けるのは道理であり、射撃という点の攻撃では変幻自在に戦場を駆ける暗殺者の影を捉えることすらできはしまい。
 ならばどうするか―――簡単な話である。点で駄目なら面で攻撃すればいい。
 逃げる隙間もないほどの絨毯爆撃、美森が採った選択とはそれであった。英雄殺しの暗殺者に対抗するには英雄として磨き上げた技巧ではなく、単純かつ圧倒的な怪物の強さをぶつけてやればいい。
 かのアサシンは極めて高い敏捷性を持つが、それはあくまで身のこなしや反応速度といった、人としての速さだ。ライダーの騎乗宝具のように長距離の移動速度に優れているというわけではなく、故に広範囲の爆撃から逃れる術はなし。

 無心に、ただひたすらに、美森は視界の全てに熱量を投下し続ける。
 車道と歩道が諸共に砕け、飛び散る瓦礫すら蒸発する。光条の一つがビルを掠め、凄まじい轟音と共に硝子の破片が宙を舞う。
 避難する一般市民は既にいない。とうの昔に、美森たちの戦闘とその余波による損害を前に逃げ出しているからだ。
 それでも、巻き込まれる者は決して皆無ではないだろう。
 美森はそれを自覚している。その上で、尚もこの選択肢を選び取った。
 言い訳などしない。それが、世界を滅ぼすために聖杯を求める自分に課せられた責務であるから。
 顔も知らないみんなではなく、大切な誰かのために戦うと決めた、自分が往くべき道であるから。

「そして……!」


337 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:16:57 OZZemC9E0

 そして、美森がこうも強硬な戦術を取ったのは、何もアサシン単騎を討ち取るためだけではない。
 きっ、と見据える視線の彼方。そこに映るのはアサシンではなく、先刻戦場を離脱した二人の男の姿があった。
 そう、美森はアサシンと交戦しながらも、徐々に彼らとの相対距離を縮められるよう立ち回っていたのだ。無論その過程でアサシンを仕留めることができたならばそれが最良、しかし最初の一合で既に自身の限界を推し量った美森は、更に次善の策を練らざるを得なかった。
 すなわちマスターの暗殺。あの場はライダーに任せたが、しかし数分と保たず消えてしまうであろう彼に全てを任せるのは博打が過ぎた。霊基の損耗による弱体化も否めず、万が一の場合においては強力な魔術を操るマスターにさえ敗れてしまう可能性だってある。故に静観する選択肢などなく、アサシンのマスターをも殺さねば美森は真に安心を得ることはできなかった。
 誘導は予想よりも楽に済んだ。単純な戦闘内容において圧倒されていたのは美森の側だが、手数と殺傷性においてイニシアチブを取っていたのもまた美森だ。マスターとの合流を優先しようとしていた節のあるアサシンは気付かなかっただろう、まして戦闘において自分が優位に立っていたなら尚更だ。徐々に自分のマスターのもとへと移動しているという事実が、自らの優位によるものではなく美森によって誘導されていたなどと、どうして考えられようか。
 対人戦闘に優れているのがアサシンならば、対怪物戦に優れているのが美森である。生前には嫌というほどバーテックスの侵攻ルートを誘導・修正していたために、この手の立ち回りは容易であった。

 矢の如く鋭い視線で彼らを射抜く。
 美森は的確に砲台を操作すると、一切の躊躇なく、二人の存在する地点を薙ぎ払った。
 眩い光芒が破壊となって街並みを抉り抜く。美森の目は、赤髪の青年が確かに自身の放つ光に呑まれ消える場面をおさめていた。如何に強力な魔術を操るとはいえ、本体は脆弱な常人である以上、サーヴァントの攻撃を食らって無事で済む道理はなし。
 黒のライダーを巻き込んでしまったのは不本意だが……しかし、放っておいても数分ともたず消えてしまう定めにある以上、躊躇などしてはいられない。彼もあくまでサーヴァントである以上、優先順位は今を生きる人間よりも遥かに下となるのが現実だ。

「これで終わり……これで、すばるちゃんは」

 安全、と。
 そう言おうとした瞬間であった。

 ―――骨肉の切り裂かれる音が、耳元のすぐ近くで響いた。

「……えっ?」

 目の前を鮮血が流れる。
 視界の端に、千切れ飛んでいく何かが映る。
 そして一瞬の停滞の後に、突如として襲い来る激痛。

 ―――左腕が、二の腕のあたりから切断されていた。
 視界の端を飛んで行ったのは、切り落とされた美森自身の左腕だった。


338 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:17:35 OZZemC9E0

「―――ぁ」

 脳を焼き切る痛覚神経の絶叫に、処理限界を越えたのか声さえ出ない。
 光が弾けるように、美森を覆っていた満開の外装が消失した。飛行能力を失ったことで、美森の体が崩れるように傾ぐ。
 力なく真っ逆さまに墜落する。その刹那、美森は"それ"を目撃した。

「―――」

 それは、落ち行く自分を迎え撃つかのように、刀を構えたアサシンの姿。その更に向こう側、赤色の花弁のような盾を張った青年が撤退していく姿。
 仕留めたと思ったはずの、しかし健在であった敵の姿であった。

 ―――そんな、どうして……

 墜落する美森の思考は、一瞬にして困惑の海に投げ入れられた。かの絨毯爆撃をアサシンが躱せる道理などなく、ならば何故彼女が生きているのか分からない。

 絡繰りを言えば、それは至極単純な話であった。
 アサシンは美森よりも圧倒的に速い。それは身体の動作速度ではなく、相手の意を読み最短距離を進むという見切りがあまりにも速すぎるのだ。
 確かにアサシンの動作速度では、畳み掛けるように投下された美森の掃射を躱しきることはできないだろう。しかし、"それを放つ"という美森の意識を先読みし、予め爆撃圏内から退避することにより、アサシンは無傷のまま絶命の鉄火場を乗り切ったのだ。

 だがここで疑問が一つ浮かぶ。「攻撃する前から躱される」という可能性を、何故美森は考慮できなかったのか。
 それは。

「教えてやろう、アーチャー。お前は確かに強者ではあった。その類稀なる力の解放も認めよう。
 だがお前は、強くなると同時に弱さも手に入れたんだ」

 それも当然。何故ならあの時の美森は、満開によって向上した出力により荒ぶっているがため、繊細さを著しく欠いた状態にあったのだから。
 それは普段なら気にも留めない僅かな意識の齟齬なのだろう。即座に修正可能な隙は、しかしあの瞬間美森自身の変貌により大きな意味を持ってしまう。
 ほんの一秒にも満たない刹那、「光の奔流に呑まれたがために視界で相手を追えない事実」を見過ごしてしまった意識の変化が、彼女の技の全てを台無しにした。
 皮肉にもそれは、技を以て敵を射殺す常の美森なら、笑ってしまうくらい稚拙なミスだった。


339 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:18:00 OZZemC9E0

 この世は遍く表裏一体。何かを得れば何かを捨てなければならないのが道理である。
 剛性を増せば、その分柔軟性が失われる。
 攻撃性を加速させれば、それだけ冷静さは失われる。
 完全な存在など、それこそ天頂に在る神さまくらいなものだが、きっとそれにしたって本当は完全とは程遠いのだ。
 利点あり、欠点あり。だからこそ美森は、過剰な火力と網膜を焼く光量と引き換えに注意力を失った。

「お前はやはり、以前のほうが強かった」

 アサシンは静かに一刀を構える。その銘は一斬必殺・村雨。先ほど投擲し、美森の左腕を切断するに至った桐一文字と並ぶアカメの必殺宝具だ。
 先の一撃、何故アカメが村雨を投擲しなかったのか。その理由も単純至極、"怖かったから"である。
 村雨の呪毒は傷つける全てに等しく感染する。それは持ち主たるアカメも例外ではなく、故に取扱いには細心の注意を払う必要があった。
 まして自分の手の届く範囲から手放すなどと、そんなことは許容できるはずもない。仮に弾かれ、よしんば奪われでもすればどうなるか。想像もできないほどアカメは愚鈍でも楽観的でもなかった。

(わた、しは……)

 鈍くなる肉体と反比例して加速する視界の中、主観的には酷くゆっくりと落ちていく美森。その胸中は、哀絶と遣る瀬無さに満ちていた。
 ああ、自分は負けたのか。脳内にリフレインする敗残の二文字。後悔は先に立たず、自分が為せたことは何もない。

 弓兵の利を生かせず、逆に暗殺者に敗れたこと。
 負け戦に差し込む一筋の光明であったライダーすら、自分の手で排除してしまったこと。
 恐らくは自分の死後に、アサシンたちはすばるをも殺そうとするだろうこと。
 そもそも、自分が消えてしまってはすばるにも未来はないということ。

 それらの過ちが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 後悔と謝罪の念だけが次々と溢れてくる。

(ごめんなさい……すばるちゃん……)

 そして、遅すぎる謝罪の言葉を脳裏に浮かべて。ついに美森はきつく瞼を閉じ。



「―――アーチャーさんッ!」



 自分の名を呼ぶ誰かに、全身を抱きとめられる感覚。
 真下に向かっていた体が、突如として真横へと軌道変更を果たす。
 何が起こったのか。首を竦ませ、しかし恐る恐ると目を開き、そこに映ったのは―――

「良かった……間に合ったよぉ……」

 心底安心したと言うように、まなじりに薄く涙を浮かべたすばるの姿であった。





   ▼  ▼  ▼


340 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:18:29 OZZemC9E0





 全てが静寂に満ちていた。
 風も、音も、光でさえ凪いでいた。静まり返った無謬の空間に、マキナは立ち尽くしていた。

 凄まじいまでの光芒が自身を襲ったことを知っている。それが先ほど別れたアーチャーによるものであることも、今まで自身が戦っていた剣製のマスターが赤色の盾を張ることで逃げおおせたことも知っている。
 自身を襲った暴威の程はあまりにも強大で、感覚器の処理が追いつかず一転した静けさを湛えていた。
 防御は不可能。回避は不可能。迎撃など尚更不可能。
 本来であるならば可能だったろう。しかし今は駄目だ。マスターを失い、その力の大半を失った今のマキナでは。
 故に彼は、一身にその光を浴びた。今はもう、指先や足先といった末端から体が魔力の粒子となって解け消えかけている。

 だが、マキナがこうも立ち尽くしているのには、理由があった。
 最早抵抗が不可能であると、諦めたからではない。
 アーチャーやアサシン、剣製のマスターの手管に感じ入ったからでもない。

 気配を感じたのだ。それは、あまりにも懐かしく、狂おしいほどに求め焦がれたもので。

 ああ、それは―――


「よう、久しぶりだな」
「ああ、どれほどになるか」


 苦笑したように応えるマキナに、その影は苦々しさだけを湛えた口調で。

「何故、などと今更問うような真似はすまい。俺はこうして蘇り、お前もまたサーヴァントとして現界した。その現実が今の全てだ」
「ああ、腹立たしいことにな。ここに来るまでに何となくだが、お前がいるんじゃないかっていう予感はしていた。そして、お前がそう言ってくることも」
「奇遇だな。つくづく俺たちは、絶対者の掌の上で転がされるのが似合っているらしい」

 剣を抜く。その影は、ただ透徹に見据える瞳を以て。

「お前を殺してやることが、俺のやり残した役目の片割れだ。だから、お前はここで死ね」
「言葉を返すぞ、戦友」

 構えを取る。砕けた拳を握りしめ、なおも尽きぬ戦意のみを携えて。
 聖槍十三騎士団黒円卓第七位、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンは立ち上がる。

「決着をつけよう。俺達の戦場は、ここでようやく終わる」

 セイバーのサーヴァント―――藤井蓮を目の前にして。

 次瞬、両者の姿が霞のように消え失せたのは、全く同時のことであった。





   ▼  ▼  ▼


341 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:19:03 OZZemC9E0





 多くの人の怒号が響く、さながら地獄絵図めいた街の片隅。
 数えきれない人の死と数えきれないほどの喧騒に包まれて、ひっそりと散乱した死体があった。
 打ち捨てられた人形のように、力なく放り出された手足。15のパーツに断割され、五体満足であった頃の面影など微塵も感じられない惨殺死体。
 常ならば一目見ただけで恐慌の声が挙げられよう有り様だが、我先にと逃げ出す人々の前では路傍の石と無視される、他にも散らばった多くの死体に紛れて存在感を亡くしたそれ。

 かつて"みなと"と呼ばれた少年。その残骸。
 切り離されたその手には、折り紙で作られた小さな星が握られていた。


342 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:19:45 OZZemC9E0
前編の投下を終わります。タイトルは「あの日見た星の下で -what a shining stars-」です

中編を投下します


343 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:20:39 OZZemC9E0


 ある男の話をしよう。
 限りある世を尊び、故にこそ唯一無二の死をこそ重んじた、誰よりも真摯に人間の一生を全うしようとした男の話である。

 気付いた時には、男は毒壺の城にいた。
 見渡す限り同じ光景の続く、砂塵と石榑だけが覆い尽くす不毛の大地であった。囲むようにそり立つ巨壁は中にいる者を決して逃がさないという絶対的な隔意のみが感じられた。
 コロッセオ、奴隷たちの剣闘場。男がいたのは最後の一人になるまで殺し合いを強要される奴隷たちの墓場。誉れの欠片も存在しない、薄汚れたヴァルハラだった。

 集められた人間は、幾千幾万にも及んだ。
 その全ては戦場で死したはずの者らであった。各々が譲れぬ思いと共に銃弾飛び交う戦場を駆けぬけ、その果てに命を散らしたはずの死者であった。

 壁の上に立つ影は言った。此処にいる者らで殺し合えと。
 理由は分からない。従う理由もない。しかしそれでも、彼らは何故か互いに傷つけ殺し合うことを強制された。

 真実戦場で終われたのだと確信できればまだ幸せだっただろう。
 だがここは名誉も意味も存在しない愁嘆場。戦士の最期を飾るにしては、あまりにも侮辱した共食いの箱庭でしかなかった。
 故に彼らはこう思う―――もう嫌だ。やめてくれ。早くこんなことは終わらせてくれ。
 千人が、万人が、全く同じ思いを抱いて殺し合う。
 国の栄華も家族の無事も、友や女の幸せも、依るべき大義も何もない。
 納得のできぬ死に場所に、ヴァルハラなど降りてはこない。
 そしてそれは、男もまた同じであった。

 自分の名前が分からない。自分が死んだ瞬間を思い出せない。
 ただ胸を焼くのは、奪われたという正体不明の屈辱。残されたのは、生き恥とも言えぬ汚らわしい死者の生。
 駆け抜けた戦場。辿りついたと夢想した安息。
 この手に掴んだと信じた栄光は、次の戦場に挑むための基点に過ぎなかったという愚かしさ。


344 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:21:04 OZZemC9E0

 要らない。こんなものは要らない。
 血の赤も、骨の白も、焼け爛れる肉の黒も腹から噴き出る臓腑の灰も。
 銃剣の煌めき弾丸のメタル。軋む戦車の振動に塹壕の饐えた臭い。
 避けられぬならもう一度、また全霊を以て殺戮する他はなく。

「俺は、お前を殺さなければ終われないのだ」

 修羅道の蠱毒にて、彼は無限にその呪詛を吐き捨てた。
 
 そして渇望は利用される。"終わらせてくれ"と願い殺し合った者らの、未練と怨嗟と嘆きに満ちた血が、魂が、何千何万も集まり錬成される。"核"は更に分けられて、依代となるモノに収められる。
 一人は、とある鋼鉄に。
 一人は、■■の血が満ちたフラスコの中に。

 かくして男は産み落とされた。狂おしく悲嘆する呪いの喚起。蠱毒、狗神に相通ずる外法を以て反魂と成し、黒円卓に残された最後の空席は埋められた。
 第七位、十三騎士団(Dreizehn)の天秤。物語を左右し、何となれば終わらせることさえできる者。
 "終焉"の渇望を持つ男。

 彼は今も戦い続けている。
 死者の生という耐えがたいイマを絶つために。
 ただ一度だけ取り逃がしてしまった死を取り戻すために。
 未だ終わらぬ蠱毒の儀式を終わらせるため、男は己が片割れとの決着を求め戦い続けている。

 その男の名を―――





   ▼  ▼  ▼


345 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:21:44 OZZemC9E0





 それは、今よりほんの少しだけ前のこと。
 黒の騎兵と剣の英霊が出会うより、数分ほど前のこと。

「……あれ?」

 来たるべき衝撃に備え、思わず目を瞑ってしまったすばるは、しかしいつまで経ってもやってこない痛みに恐る恐る瞼を開けた。

「……」
「あ、気付いたんですねすばるさん。大丈夫でしたか?」

 そこにいたのは、憮然とした表情の青年と、こちらを伺うように覗き込んでくる少女の顔。
 今までずっと探し続けていた、アイとそのセイバーが、そこにはいた。
 一瞬何がなんだか分からなくて、でもこみ上げる感情のままに、すばるは素っ頓狂な声をあげる。

「あ、アイちゃん!? え、なんで、どうしてここに!?」
「それはこちらの台詞です。ド派手におっぱじめたサーヴァントを追って来てみれば、いきなりこんなことになるんですから。私だってびっくりです」

 ふぅ、と一息ついてるアイを目の前に、そこですばるはようやく、自分が元いた商店の一室ではなく、民家の屋根の上にいることに気付いた。
 ついでに言えば、すばるはアイの手で抱きかかえられていた。
 正直びっくりである。

「単刀直入に聞きます。すばるさんは、何が起きてるか理解できていますか?」
「え、えっと……わたしも何がなんだか……」

 屋根上に仁王立ちするアイ。とりあえず恥ずかしいから降ろしてもらって、消え入るように「ありがとう」と返す。
 正直に言って、すばるは現状を全く理解できていない。部屋で黄昏ていたら突然光が飛び込んできて、次の瞬間にはアイに抱きかかえられていて、展開が次から次へと転がるせいで思考の処理が追いつかない。
 と、そこまで考えて。

「……そうだ、アーチャーさん! アーチャーさんがあそこで戦ってて、でもおばさんが……!」
「あの商店のことなら心配ないぞ。見てみろ、その"おばさん"ってのも無事っぽいしな」
「でもお店の二階は滅茶苦茶ですね」
「命があるだけマシって思ってもらうしかないな」


346 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:22:12 OZZemC9E0

 混乱しかける頭に、すっとセイバーたちの言葉が入り込む。指差すところを見遣れば、そこには往来に飛び出て右往左往するおばさんの姿。その後ろには、二階の窓からもうもうと煙をあげる商店があった。
 アイがいなければ、今頃自分はあそこで……
 そう考えると、途端に背筋が凍るような気持ちになった。ぶるり、と肩を震わせる。それを見て、アイが安心させるかのように、にこりと笑いかけた。

「安心してください、すばるさん。
 私たちが、助けに、来ました」
「……」

 胸を張るアイの後ろで、セイバーはなおも無表情のままだった。
 アイたちがすばるのものへ来たのは、実のところ単なる偶然だった。戦闘が引き起こされているということを知ったアイが、半ばセイバーを引きずる形で現場に向かおうとしていたところ、たまたますばるが目に入ったというただそれだけ。
 セイバーも、何やら件の場所には思うところがあるようで、いつものような反対はしなかった。

「それでですね。私たちはこれからあそこへ向かうわけですが」
「わ、わたしも行く! アーチャーさんを放ってなんかおけないよ!」

 食い気味に懇願するすばるに、アイはやはり困り顔のままだった。





 そうして、すばるはここにいた。
 アイたちから先行する形で、アーチャーを助けるというその一心で、文字通りに飛んできたのだ。

「アーチャーさん、しっかりして!」

 そして今、すばるの思考は焦燥の一色に染まっていた。
 間に合ったと思った。墜落するアーチャーを、それでもすばるは助け出すことができた。それは事実だ。しかし、話はそれで終わらない。

「血が……どうしよう、なんで治らないの……!?」

 地上に降り、脱力するアーチャーを寝かせたすばるは、アーチャーの切断された左腕から止め処なく溢れ出る血液を前に、平静を取り戻せないでいた。
 治癒促進のために魔力を注いでもどうにもならない。普通なら目に見える形で再生が始まるはずの切断面が、けれど全く回復の兆しを見せない。なけなしの思いつきで傷口を押さえつけても、勿論状況は好転しない。
 それも当然の話であった。何故ならこの傷をつけたのはアサシン・アカメが持つ宝具「桐一文字」。受けた傷の快癒を許さぬ再生阻害の刃であるために。
 すばるはその事実を知ることはない。だから致命の現場と理解不能の事態を前に、焦燥だけを募らせて無駄に魔力を消耗する。

「アーチャーさん、駄目……! 死んじゃやだぁ……!」

 どうして治らないのか分からなくて、何が悪いのかも分からなくて。
 すばるはただ、失われゆく現実を拒絶するように嗚咽した。
 それを前に、アーチャーは何ができるわけでもなく、ただ唇開いて。

「―――」

 何かを言おうと、した。





   ▼  ▼  ▼


347 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:22:30 OZZemC9E0





 そこはほんの十数分前まで、人々が多く行き交う和やか雰囲気の交差点であったと、果たして誰が思うだろうか。
 夕暮れ時は家路へと着く時間。ある者は学校から、ある者は仕事から、またある者は買い物から、暖かな食卓の風景へと帰ることができるのだと本気で信じていた。多くの者が日常を過ごし、そして幸せな家庭へと帰る、それは幸せの交錯する場所であった。

 今はどうか。
 砕かれ隆起したコンクリートが、最早土塊と同じく無残に無数に転がっている。路面だけではない、砕かれているのは周辺のビルや建物類も同じであった。多くは爆撃でも受けたかのように黒ずんでバラバラとなり、酷いものでは溶解を繰り返して硝子質に変貌したものまで存在する。
 車道、歩道、隣接する建物群に標識や信号といった諸々の設置物に至るまで、全てに等しく破壊がもたらされていた。不幸中の幸いと言えるのは、それでも逃げ遅れた無辜の市民がほとんどおらず、死体となって転がっている者も少なくともこの周辺では見受けられないということくらいか。

 その爆心地もかくやという空間において、二人の男が戦っていた。
 見る者はただ一人。そこには賞賛も感嘆も存在しない。何故なら聴衆たる少女は戦いを嫌うから。暴力を以て他者を否定するという極限の背理を、この世において最も嫌悪しているから。
 だから、例えどれほど膂力や術理が凄まじかろうと、彼女は決してそれを褒めない。
 けれど、例えどれほど嫌おうとも、戦う彼らがその行いでしか語り合えないという事実は、何故か言われるまでもなく理解できてしまった。

 故に少女は、アイ・アスティンはただ見守る。藤井蓮と黒騎士の戦いを、じっと耐えて見つめているのだ。

「セイバー、さん……」

 彼はここに赴く直前、すばると再会するよりも前、アイにこう言っていた。"これから出会う奴は、ともすれば戦いを避けられない相手かもしれない"と。
 彼は直感で悟っていたのだろうか。ここでアーチャーと戦っていたのが、生前より因縁深い宿敵であることを。
 アイはセイバーの過去をほとんど知らない。知っているのは、精々が死者の生を厭うことと、誰かを愛していたことくらい。
 だからアイには、彼らにどのような因縁があり、変遷があり、願いがあるのかを知らない。
 だから待つしかない、というのは分かっていた。無知な自分が手を出していい領域ではなく、実際にそうしているのも確かだ。

 だが、それでも。
 それでも、何もできない無力な自分を見せつけられるのは、あまりにもつらく、悲しいのだと。
 もう何度目になるかも分からない自虐と共に、アイは心の内にそう思ったのだ。


348 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:23:09 OZZemC9E0





「おおおおおォォォォォオオオオオオオオオッ!!」

 それは大気を―――いや、大地を揺るがすほどの鬨の声。音ではなく気の轟哮が、周囲の空間へ黒騎士を中心に弾けたのである。
 単純な"意"の発露。すなわち殺意や戦意といったものを瞬時に爆散させて"威"に変える技術自体は珍しくない。彼のそれは桁外れに強大かつ高密度なものだったが、それさえ歴戦のサーヴァントであるなら狼狽える道理はない。
 故に、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン―――鋼の黒騎士を恐るべしと蓮が思った原因は別にある。
 それは落差。静と動の振り幅であった。
 つい最前まで巌のように静謐であったという絶。そしてこの発。
 彼の内に渦巻く数万の戦士たちの魂群が、咳ひとつ立てずに付き従っていたということ。
 想像を絶する統率力によって支配された軍勢が、今、抑圧の軛から放たれたのだ。

 マキナは今、猛っている。予選期間において名もなきサーヴァントを屠った時よりも、アンガ・ファンダージを一撃のもとに下した時よりも、アサシンと錬鉄のマスターを相手にした時よりも。
 そして、己がマスターの弔い合戦に赴いた時よりも。それら全てを合わせても尚、比較にならぬほどに、今のマキナは史上類を見ないほどに激情を滾らせているのだ。
 それもそのはず、何故なら藤井蓮とはマキナにとって何よりも求め、焦れ、そしてこの手で打倒したいと強く願った男であるために。己を縛る呪われた生、狂った儀式を破壊するための聖戦。その相手はこの男しかいない。この男でしかありえない。
 錬鉄のマスターに抱いた激憤さえ、蓮を一目見た瞬間には忘我の彼方へと追いやられていた。全ては今、この時のために。男同士の戦場に、不純物など必要ないし入り込む余地もないのだ。

 ならばこそ、ここで疑問が一つ。何故マキナは、消滅寸前の状態だったにも関わらず戦闘を続行できているのか。
 その理由は三つある。まず第一に、黄金の獣が近衛たる大隊長が共通して保有するスキル「魂喰の魔徒」の存在が挙げられる。
 このスキルは、彼ら三人の大隊長が生前に行った「とある逸話」とその結果から生じるスキルだ。曰く、第一の黄金錬成。曰く、首都ベルリンの陥落。そこで行われた事実とは、すなわち三人の手による赤軍・ナチスドイツ軍双方の殲滅である。
 無論ただの大虐殺ではない。エイヴィヒカイトの持ち主とは、殺した相手の魂を吸収し、その分だけ物的・霊的に強化される。マキナ、ザミエル、シュライバーの三人はその虐殺で蓄えた魂を以て、エインフェリアに相応しいだけの格を手に入れたのだ。
 すなわち魂喰の魔徒とは、彼ら三人がその状態に関わらずデフォルトで備えているべき、当たり前のスキルなのだ。その存在を前提にしている以上、外的要因によって消失することなどありえない。
 だが実際はどうか。マキナはこのスキルを失った状態で現界している。それは単に、彼の精神性に由来することである。
 マキナは黒円卓において数少ない、真っ当な武人である。無為な殺戮を好まず、逃げる相手は追わず、そうした矜持を抱いている。ならば、そんな彼が黄金の束縛から解放され、サーヴァントとして現界するにあたってどうするか。


349 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:23:49 OZZemC9E0
 決まっている。己の為した不名誉な行いなど、唾と共に打ち捨てたのだ。戦場を誉れとし、男の本懐としてはいても、血に愉悦する獣性など彼は持ち合わせないから。
 彼が当該スキルを持たなかったのはそういうこと。それは逆説的に考えて、今までのマキナは大隊長に相応しい性能を発揮できずにいたということでもあるが、この話には関係ないので省除する。
 これまでの戦いにおいて魂喰の魔徒を持たなかったマキナは、しかし今の戦闘に限っては、何故かそのスキルを全開に至るまで発揮しているという事実があった。
 何故なのか。それは、二つ目の理由に大きく関係している。

 マキナが戦える第二の理由。それは、彼が戦う相手である藤井蓮の存在だ。
 彼らは同じ魂から分けられた。数千数万の怨嗟渦巻く蠱毒の壺から、一つの核を為しそれを分断された兄弟だ。彼らの個我は明確に個人となってはいるが、ルーツを辿れば同一人物と言ってもいい。
 ならば二人が出会えばどうなるか。"斯く在れかし"と望まれた魂が、彼ら二人の憤激さえ糧にして更なる駆動を果たすのみ。
 すなわち、魂の共鳴現象。マキナは蓮と相対する時のみに限り、全ての力を極限以上に発揮することが可能となる。どころか、彼らのどちらかが覚醒あるいは力の向上を果たせば更にもう片方もつられて覚醒を果たすため、相乗効果となって天井知らずに出力は上昇していく。
 そして全力を出すという都合上、マキナは自ら捨て去ったはずの魂喰の魔徒までをも自動的に取得してしまう。魔力消費の軽減化、霊基消耗の無視。それはこの状況において、何よりも明確なメリットとして具現する。

 そして第三は言うまでもない。すなわち気合と根性、心の力に他ならない。
 現実? 常識? 言い訳など不要、そんなものはねじ伏せよ。ただ聖戦を望む心のままに、規定外の多大な過負荷で肉体を崩壊寸前まで追い込みながら、しかしマキナは何ら躊躇もしていない。
 馬鹿げた話にも程があるが、しかしこれが現実なのだ。そもエイヴィヒカイトとは心の力によって世界を塗り替える術法。術式以前に使用者の常軌を逸した精神が前提であり、それは単独であっても物理法則を捻じ曲げる域に達している。
 ならば、その使徒が揮う心の力が超常の力を発揮するなど言うに及ばず、更にマキナは来る戦友との聖戦に際し狂おしいまでに精神を猛らせている。

 物理的な相性。霊的な相性。精神的な相性。この三つが揃って初めて、マキナは常識外の復活劇を為すことができたのだ。
 いや、復活どころの話ではない。現状の彼の実力は、この聖杯戦争に際して過去最大級の力を発揮していた。
 余命を削るに等しい行い。故に稼働時間は極めて短いだろう。火に飛び入る蛾のように、尽きかけた蝋燭が放つ最後の光のように、マキナは最終最大の力を振り絞るのだ。


350 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:24:40 OZZemC9E0

「さあ、唯一無二の終焉をくれ……!」

 刹那、全てに先んじてマキナの剛腕が蓮の眼前に迫っていた。
 同時に行動を起こしたはずが先制攻撃の態を為す。それは決して不意をついたわけではなく、宝具の真名を開帳したが故のことでもない。
 両者の速度差は、ただ単純な能力そのものの違いであった。ステータスなどという表面をなぞっただけのカタログスペックの話ではない。戦闘に際する思考速度、状況判断、勘の良さに積み上げた経験則。万事をマキナが上回っているが故、それは状況有利として表れる。
 蓮とマキナでは積み重ねた修羅場の数が圧倒的に違う。60年もの歳月を終わりなき闘争のグラズヘイムに費やすことで研ぎ澄まされた才覚は、最早千年の研鑚すら凌駕する密度となって具現する。ならば修羅道に堕ちることなく現世を生きた蓮が叶う道理はなく、厳然たる結果としてこの場に証明された。
 蓮の鼻先へと飛来する拳は最早回避不可能―――このまま為す術もなく、蓮の頭蓋を柘榴の如く弾き飛ばす未来が想起されたその瞬間。

「だったら―――」

 ―――空を裂く超高速の迎撃が、マキナの右腕へと突き刺さった。
 戦闘者としての技量では敵わない。元よりそれを悟っていた蓮は、破壊力に割くべき力をそのまま迅速へと転換していた。そして放たれた要撃は威力こそ些か劣るものの、マキナの放った拳の軌道を変えるには十分すぎる。
 両者交錯の結果として生まれたのは、空白の瞬間。
 致命の隙を生み出した判断―――それはまさしく弱者生存の業であり、戦いの手法とは一つに非ずと雄弁に語っていた。

「お前が、くたばれ」

 右腕を突き穿つ勢いのままに、背中から回転して浴びせるは怒涛の連打。まるで散弾銃のように打ち込まれた突きの連撃が、一切の抵抗すら許すことなくマキナを逆に蹂躙していく。蓮がマキナに劣るだなどと誰が決めたか、彼の技量もまた超越の領域に到達している!
 両腕、体躯、胴、腕、顔面。叩き込まれる破壊の嵐―――仮借なく。蓮もまたずっと戦い続けていた。人ではあり得ぬ年月を、人を超えてしまったがために生き抜いて、人では及ばぬ魔人の一切を滅ぼさんがために。故に完成した彼の剣技は銅頭鉄額。その成果こそがこの爆撃じみた怒涛の剣刃乱舞。
 マキナと蓮、共に甲乙付け難き彼らは極めて高い領域において互角の戦いを継続していた。元より彼らは、厳密に言えば同一人物。それ故単純な出力差や能力の性能などで勝負がつくなどありえない。
 互いが互いを知り尽くしている。その存在を、魂を、鮮烈なまでに焼き付けている。それが故に判断まで似通っている二人の明暗を分けるのは力でも技巧でもなく、そこに込めた想いの多寡であるのだろう。

 だからだろうか。紫電纏う聖剣の乱撃を受け続け、全身から膨大な火花を撒き散らし鉄の軋む音を鳴らしても尚、蓮の眼前に立つ黒騎士は―――


351 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:25:13 OZZemC9E0

「否、否だ。戦友よ。俺はまだ終われない」

 俄かには信じがたい光景―――連撃を受けながら歩み寄る。
 一つ一つが渾身、例えサーヴァントであろうとも防御もなしに受ければ絶死となるはずの斬撃嵐を、さながら豆鉄砲であるかのように受け流して蓮を見遣る。
 無傷であるはずがない。現に全身は軋む音を掻き鳴らし、激突の度に致命の火花が散っている。にも関わらずただ平然と、泰然と、肌を涼風が撫でた程度の感覚だと言わんばかりにマキナは静謐の表情を崩さない。

 そして出し惜しみや躊躇など一切考えることもなく。
 永い時を越えて邂逅した戦友への昂揚さえ、己が運命を破壊する業を前に砕きつくし―――

「―――俺は、お前を殺さぬ限り終われない」

 鋼鉄を思わせる瞳に浮かぶのは反撃の狼煙。
 自らに拮抗する戦友を完膚なきまでに終わらせるため、黒騎士の渇望が駆動する。


Hochsten Heiles Wunder: Erlosung dem Erloser
「いと高き救いの奇跡よ。我が救済者に祝福を」


 ―――それは、終わりを宣誓する祝詞であった。
 ―――彼が秘めた力の解放、その宣言であった。

 解放と同時、夥しい量の魔力をその身に迸らせる。
 心の底からわき出した歓喜は漆黒の魔力流となって全身を駆け巡り、瘴気が如く昏い波濤となって余人にも目視可能なほどに密度を上昇させる。それに伴い拡大する圧力は無双の極致。彼が戦意を露わにしたというそれだけで、足元の地面は見渡す限り巨大な蜘蛛の巣めいて罅割れた。
 そして、次なる刹那―――

「ぬるいぞ。何をいつまでも寝ぼけている」

 剛腕一閃―――まるで至近距離で重火砲が放たれたような衝撃。
 驚愕の表情と共に辛うじて身を捻り、蓮は何とかその一撃を躱すも、瀑布にも似た轟爆は周囲の空間そのものを鳴動させる。
 マキナにしてみれば、これでも全力には程遠いのだろう。劣化、損耗、ここに極まれり。何とも無様で滑稽であるとさえその気配は語っている。だが、それだけで内在する破壊力は如何ばかりか。触れてすらいない地面が大きく抉れ、砕け散って宙を舞う。


352 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:25:43 OZZemC9E0

 続いての二撃目。体勢を崩した蓮を追撃するように放たれた横薙ぎの裏拳は更に身を捻ることにより回避され、その背の向こうにあったビル群を乾いた紙粘土の如くに吹き飛ばす。鼓膜を震わす地響きが一帯の空間を埋め尽くした。
 踏み込んだ震脚に周囲の瓦礫が爆散する。
 構えを取るための所作一つで大気が破裂し水蒸気爆発もかくやという爆発音が轟く。
 マキナの拳が放たれる度、空を切る衝撃だけで周囲の建築物が根こそぎ崩壊していく。
 理解不能な絡繰りを聞いたならば、この黒騎士は答えるだろう。これこそ我が望み、終焉が至る果てであると。

 そう、それはゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンのエイヴィヒカイト。
 その本質は極端に特化した破壊能力による物質・事象崩壊に他ならない。

 通常、エイヴィヒカイトによる「形成」位階とは核となる聖遺物を武装に適した形で物理的に具現する術法だ。
 朽ち果てた旧世紀の剣であるならば、斬殺に特化した質実剛健な刃として。
 錆びつき動かなくなった銃であるならば、銃殺に特化した魂喰らいの砲として。
 それはすなわち、常態としては聖遺物は形成されないということの裏返しでもあるが、しかしマキナの場合はそれと趣を異としている。
 彼は生きた聖遺物―――ティーガ―戦車を媒体に毒壺の魂をくべられた人造物であるために、彼の形成は極めて特殊な発現を為す。
 それが常時発動型。常に渇望を発揮し続けるがために、創造の展開により発揮されるべき終焉の残滓が形成の拳にすら付与されるという異例の事態に陥っているのだ。
 現状の彼は創造を発動できない。マスターの不在に霊基の損傷、拳は終焉として変生することなく、触れたものに幕を引くこともない。しかしそれでも彼はマキナ、鉄腕の黒騎士であるために、振るわれる拳には絶死とも言うべき破壊力が乗せられる。

 故、戦況は一方的な状態へと転じていた。すんでのところで蓮は躱し続けているものの、被弾は時間の問題。そして一撃でも食らったならば、極限域の破壊力が五体を微塵に散らすだろう。
 例え皮膚に掠る程度であっても爆散する衝撃が内部に伝播し破砕する。否、躱し続けているはずの現状でさえ、付随する衝撃波だけでも相当の圧力と破壊が為されているのだ。仮にここで相対するサーヴァントが三騎士クラスの白兵戦能力を持たない場合、それだけで戦闘不能に陥る可能性とて十分にあり得るだろう。
 地に足踏みしめて迫るマキナ。禍々しささえ感じさせる弩級の打撃が蓮に対して殺到する。


353 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:26:20 OZZemC9E0

「相変わらずなんだな、お前は」

 繰り出される拳の弾幕、決して速くはないはずなのに巨岩の崩落が如く怒涛に押し寄せるそれを、手に持つ剣で捌きながら蓮が言う。
 相変わらずだ。その拳から感じられる渇望の種別、その深度。何もかもが昔と変わらない。
 こいつは今でも死を求めている。奪われた物を返せと、それだけを言っている。

 終わり終わりと負け犬のように、都合が悪けりゃ逃げることしか考えない。

「飽きもせずに俺を殺すだなんだのと、要は怖気づいてるだけのくせに偉そうにしてんじゃねえ!」

 叫びと共に渾身の一閃。それはマキナ本体ではなく、振るわれる拳の可動域、すなわち手首を狙ったものだ。
 甲高い反響音と共に火花が散る。それは一瞬ではあったが空白の間隙を生じさせ、更に拳の軌道そのものを捻じ曲げる。
 滑り込む体、振るわれる斬撃は確かな痛覚を伴ってマキナの胴体へと炸裂する。更に追撃、サーヴァントとして備わった敏捷差を生かした連撃がいずれも余さずマキナの肉体を捉えて損壊させる。
 挽回不可能であると思われた局面を、しかし彼は一度の攻撃で退けた。そしてその後も続く追撃の嵐。死角となる横合いからの柄での殴打が脳を揺らし、回転するまま内懐へ入っての突きが鳩尾を抉る。

「死にたがりが、一丁前に吠えるな」
「ああそうだ。俺は変わらない。俺の望みは誰にも譲りはしない」

 すなわち、唯一無二の終焉を。マキナが望むのはそれだけで、たった一つのためだけに彼はその拳を振るう。
 残像すら捉えられぬ波濤の嵐。躱されては引き戻し、一心不乱に敵手の破壊を求め続ける。
 銃砲火器など目ではあるまい。激震する拳と紫電の剣圧が鬩ぎあい、空間に一種の断層すら刻み付けながら踊り狂う。

 口を開くことさえ致命の隙と成り得る剣戟。その最中に、しかしマキナはそれでも尚を口を開き。

「だが、それを言うならお前はどうなのだ。なあ戦友、最早矛盾でしかない在り様を晒す宿敵よ」

 一言だけ、問うた。それを前に、蓮は一瞬の狂いもなく肉体と剣を駆動させながら、その眉を僅かに動かした。
 ああ、その言葉は、決して否定することなどできないもので。

「失ったものは戻らない。死んだ者は生き返らない」
「……戻ってくるなら、それは価値がないからだ」
「そうだ。それだけが、俺とお前が共に抱いた原初の誓いであったはずだ」


354 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:26:46 OZZemC9E0

 静謐に告げるマキナと、追随するように続きを返す蓮。それを前に、マキナはただ泰然と構えるのみ。

 彼らは共に生を尊んでいる。限りある一生を、人としての生涯を、愛するが故に彼らは対称となる極点へと辿りついた。
 ただ一度きりであるが故に重く、尊い「死」を選んだマキナと。
 ただ一度きりであるが故に重く、真摯に向き合うべき「生」を選んだ蓮。
 かつての戦いにおいては、死を奪われたがために蘇ったマキナを、明日を生きることを望んだ蓮が打ち倒した。それはつまり、二人が共に嫌悪する死者が、共に尊ぶ生者に打ち負けたという順当な結果となったのだ。

「かつてお前は言ったな。生き残るのは自分であると。ああ認めよう。あの時のお前は、俺という死者を打倒するに足る英雄だったと」

 しかし、とマキナは続ける。

「ならば今はどうだ。お前も俺と同じサーヴァント、蘇った死者に過ぎまい」
「―――ッ!」

 その言葉に、蓮の挙動が明らかに精彩さを欠いた。弾かれた剣握る右手が、後ろ手に流されて大きな隙を晒す。
 すかさず放たれる鉄拳を、体勢を崩しながら辛うじて回避した。しかしここに、致命の隙を作りだしたが故の趨勢が決定づけられた。

 マキナの言葉は、藤井蓮という一個の人間に突き付けられた矛盾であった。人はいつか必ず死ぬ。死は一度きり、故に烈しく生きる意味がある。だからこそ、失われた命は戻ってきてはならないのだという思想。
 ならばこの場で最も矛盾しているのは、奪われた死を取り返そうとするマキナではなく……

「お前では俺に勝てんよ。何故ならお前も止まっている。ましてここで、このザマで。俺を倒したくば敗北(なっとく)に足るものを示すがいい」

 徐々に追い詰められていく。回避と防御に割くリソースが、一合ごとに嵩を増していく。そうして蓮はいつの間にか、防戦一方の状態へと成り下がっていた。

 彼らは全く違わぬ因子を有した同位体。故に単純な出力や性能差などで勝負がつくなどありえない。
 ならば彼らの明暗を分かつものは何であるのか。決まっている、譲れぬものに懸けた精神の多寡、想いの力以外にない。

 故に蓮は敗北する。大義を失い、名分を失い、今や彼自身が忌避すべき生ける死者と成り果てた以上は。
 藤井蓮が勝る道理など、何処にも見当たるはずもなく―――

「させんがなァッ!」

 轟、と武威が放たれる。
 大気を貫く爆轟と共に撃ち出された正拳が、一直線に蓮の顔面へと吸い込まれて―――


355 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:27:25 OZZemC9E0



「―――ああ、そうだ。確かに今の俺は矛盾してる」

 けれど。
 違わず蓮の頭蓋を粉砕するはずの拳は、しかし何をも穿つことなく軌道上に配置された剣の腹に阻まれた。
 そしてそのまま、両者は鍔迫り合いにも似た鬩ぎあいへと移行する。ぎりぎりと上げられる刀身と拳の軋む音は、両者が叫ぶ悲鳴に他ならない。
 
 限りある生を重んじる蓮の渇望は、今も彼の戦闘力を支えている。それはつまり、彼は一度きりの死を否定せず、故に蘇りなど肯定するはずもないということを示していた。
 そう、彼は蘇りたくなどなかったはずなのに。

「それでも、放っておけなかっただけだ。
 あいつがまだ生きている。だったら俺だけ逃げるわけにはいかないだろう。こんな偽物(おれ)を、それでも大切な光だと言ってくれるなら尚更に」

 語られた彼の真意に、マキナは眉根を寄せた。彼には分かったからだ、蓮が一体誰のことを指して言っているのか。
 それは彼らの後方。この戦いが始まってから、ずっとそこで事態を見守り続けていた、一人の小さな影。
 ―――アイ・アスティン。藤井蓮の、マスターだった。

「理屈じゃないんだよ。例えそれが、どれだけ矛盾したことだとしても。お前には狂ってるようにしか見えないだろうけどな」

 自分以外の誰かのため、己を曲げて戦場に居座ること。それは矛盾していても正しいことで、人足らんとするならば自然なことだと蓮は断言した。
 彼女のため、そして何より己のため。余人の目にはどう映ろうと、彼の中では釣り合いが取れている。利他と利己、どちらも必須のものであり、どちらにも傾かない無謬の天秤。
 ともすれば不整合なその在り方こそ、人の真であるのだと。

 そして、マキナは見た。驚愕と共に、それを目の当りにした。
 今、目の前にいるこの宿敵は……

 ―――笑った、のだろうか。
 夢か幻か、それとも見間違いか。ほんの僅か、蓮から滲んだものは確かな苦笑の念だった。


356 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:27:57 OZZemC9E0

「あいつは、夢見がちな奴だったよ」

 言いつつも、自らもまた夢見る者であるかのように、蓮は少女のことをそう語る。

「そして、俺はそんなあいつだからこそ、死想を曲げてでもサーヴァントとして振る舞おうと思えたんだ」

 思い返すのは召喚されたあの日のこと。少女の歪みを垣間見た時のこと。
 世界を救う己は救われてはならないと決めつけて、報われぬ道程に足を踏み入れた。
 それは呪いだ。その歪さを肯定すれば、彼女を蝕む呪縛は未来永劫解けはしないだろう。
 だからこそ―――

「そんなあいつが、生きたいと言っている。だったら俺も死なねえよ」

 神としての永遠ではなく、人としての一生を。
 歩ませたいと願うがため、今の自分に迷いはない。明日を生きる人間として、藤井蓮はアイ・アスティンを生かして帰すと決めたのだ。

「マスターのため、か。繰り返すのが好きな男が、なんとも殊勝なことだ」
「そういうお前はどうなんだ。自分を喚んだ奴一人さえ、お前は報いず死なせたのか」

 蓮の問いかけに、マキナは一瞬の無言。微かに表情が揺らぐ。
 しかし代わりに構えたのは幕引きの鉄拳一つ。

「……知らんよ、そんなものなど。俺の望みは俺自身の力で完遂する―――他力などには頼らん」
「ああ、そうかよ」

 吐き捨てて、蓮もまた剣を構える。これより先は、もう言葉で問う領域を脱すると分かったから。

「問答は終わりだ、戦友。今こそ幕を引くとしよう」
「言ってろ。勝つのは、俺だ」

 先に進むのは、俺達だ。
 幕引きになど囚われない。どう死ぬかではなく、どう生きるかを考える俺達が、明日さえ見ようとしないお前に負けるものか。

 そうして二人は目線を合わせ―――
 両者の姿が霞のように消え失せたのは、次の瞬間であった。





   ▼  ▼  ▼


357 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:28:51 OZZemC9E0





「……え?」

 すばるは、それが何を意味しているのか分からなかった。

「何、してるの、アーチャーさん……?」

 分からず、目の前のそれを見つめる。ぱくぱくと、水面で喘ぐ魚のように口を開閉し、しかし彼女は何をも言うことはない。
 何かを伝えたいということは分かる。けれど、何故彼女がそうしているのか、すばるには理解できなかった。

「―――! ……!?」
「アーチャーさん、もしかして、声が……」

 必死に何かを言おうとして、縋るような目をする美森に、そこでようやく、すばるはこの事態が何なのかを理解した。

 ―――満開という術法には代償が存在する。
 古今、万物にある程度共通するように、大きな力にはそれ相応の対価というものが付随する。等価交換は世の原則であり、身の丈に合わぬ力は持ち主に必ず破滅をもたらしてきた。
 何かを得るには何かを失う必要がある。それは満開に限ったことではなく、通常の宝具とて、発動には莫大な魔力の消費が要る。しかし満開とは、得られる力と反比例するように魔力消費は極めて軽微で、故に他の要素で埋め合わせが求められた。
 それが"散華"。"満開"に付随する代償であり、美森たち勇者が強大な力を揮うことに課せられた宿業でもあった。
 満開を決行した勇者は、その発動が終わったと同時に肉体の一部を永遠に失う。喪失する肉体部位は基本的にランダムであり、視覚や聴覚といった五感から手足の動作、あるいは記憶といった概念的なものまで含まれる。
 実のところ美森が抱えていた下半身の失調も、生前に敢行した満開の代償であるのだ。サーヴァントとなった現在ですら引きずるほどと言えば、その代償がどれほど重いかは想像に難くない。
 そして今、彼女は何を散華したのか。
 それは"声"だ。彼女は、他者へと語りかける機能を永遠に失った。言葉を紡げず、語りかけるという概念そのものの剥奪であるため念話による会話も不可能。それは奇しくも、生前における彼女の友人と全く同じ代償であった。
 咲き誇る徒花は、いずれ散華するのが定め。満開となった花の寿命は短く、遠からずその花弁を地に落とす。
 それは皮肉なことに、すばるへ伝えなければならないことがある今の美森にとって、何よりも重い代償であった。


358 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:29:18 OZZemC9E0

「……!」
「アーチャーさん、何を……」

 美森は残った右腕ですばるを引き寄せると、その背を抱いて指でなぞった。その動きは、文字を示していた。すばるもそれを遅まきに理解すると、黙って美森に身を任せた。
 彼女には何としてもすばるに伝えなければならないことがあった。みなとという少年のこと、ライダーのマスターであったこと、そして何より……アサシンの存在のこと。
 それらを、一字一句丁寧に、美森は文字にしていった。

 ―――この時、美森は一つ重大な失敗を犯した。
 状況が混迷しているがために言葉に迷ったということもあるだろう。左腕の喪失という、極限状態にあったこともあるだろう。それら要因が重なってか、美森は常の冷静さを欠いており、彼女らしからぬ不手際を犯した。
 それは、伝える事物の順番。この状況において真っ先に伝えるべきなのは未だ近くに潜伏しているアサシンの存在だ。第三者の視点から見れば、それは明白なことである。
 しかし美森は当事者で、しかも混乱と激痛と血液不足による思考の鈍麻の只中にあった。だから彼女は、時系列を整理することなく「自分が体験した順番通りに」すばるへと語り聞かせたのだ。

「アーチャーさん、いま、なんて……?」

 すると、どうなるか。
 未だ話の途中であるというのに、すばるの顔は驚愕と困惑に満ちて。

「みなとくんが、死んだ……?」

 信じられないといったすばるの言葉に、ここでようやく、美森は自分がしでかした失敗を悟り、ただでさえ蒼白となった顔を更に蒼褪めさせた。

「うそ、だって……みなとくんは、え……?」

 渇いた哂いが漏れる。違うのだと伝えようにも、美森の声帯は機能しない。指でなぞろうにも、もうすばるはそれを認識できていない。

 確定ならざる情報、しかしすばるには何故か、美森の言葉が真実であると確信できていた。
 それは予感だ。かねてから感じていた予感。それは彼女の裡に眠る可能性の結晶が紡いだみなととの縁であり、廃植物園で彼の花を見つけた時に確証へと変わった。
 そして今、すばるの裡にあったはずのみなととの繋がりは、途絶えていた。理屈では分からずとも、無意識で理解していた感覚として、すばるはどうしようもなく、みなとが死んでしまったのだと分かった。


359 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:29:37 OZZemC9E0

「みなとくんが、死んだ……殺された、なら……」

 かくり、と。幽鬼のように力の抜けた相貌で、すばるは彼方を見遣る。
 こうしている間にも断続的に響く、轟音と激震。何かが崩れる音が耳に痛い。そんな破壊が為されている中心を、すばるは睨む。

「みなとくんを殺したのは、あいつ……!」

 違う! と、美森は叫びたかった。違うのだ、そうではない。
 みなとを殺したのが、すばるの睨む黒騎士ではないというのもそうだ。しかしそれ以上に、"今集中すべきはそれではない"!

 すばるは身に抱く杖を強く抱きしめる。何かが弾ける音と共に、彼女の姿が純白のそれへと切り替わる。

「よくも、よくもみなとくんを―――!」

 あっ、と言う暇もなかった。
 縋るように伸ばされた美森の手をすり抜けて、すばるは一直線に黒騎士へと突貫した。涙ながらに絶叫する相貌は悲壮で、だからこそ美森は、後悔と遣る瀬無さに苛まれた。
 すばるは元来、あまりにも優しすぎる心根の持ち主だ。エンジンの欠片集めに際する邪魔にも落ち込むことこそあれど憤ることはなく、怒気を露わにすることに至っては人生において数えるほどしか存在しない。怒りよりも悲しみが先に立つ、すばるとはそういう少女だった。
 そのすばるが、今は怒りと敵意に染まっていた。
 それほどまでに大切な存在だったのか。彼女は今まで見たこともないほどに眉根を釣り上げて。一心不乱の突貫を果たす。
 それは逆に言ってしまえば、心理的な最大の隙を晒すと同義であり……

 ―――違う、違うの。すばるちゃん、逃げて―――!

 声なき美森の叫びは、当然届くはずもなく。


「―――あ……」


 遠くから、小さな光が放たれた。
 瞬時に目の前まで迫った"それ"に、すばるは頓狂な声をあげた。
 それは、夕闇に白く光る、巨大な戦錐の形をしていた。
 身を裂くような衝撃が全身を襲い、すばるの意識は闇に包まれて―――

 ―――その刹那。
 ―――すばるの胸に、一筋の光が輝いた。


360 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:30:21 OZZemC9E0
中編の投下を終了します。タイトルは「かつて神だった獣たち -what a brave worriors-」です

後編を投下します


361 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:30:53 OZZemC9E0


 勇者―――その輝かしい名の響きに、人は何を思うのか。
 少なくとも、そこに負の印象を抱く者は皆無だろう。憧れ仰ぎ見ずにいられない対象として認識する場合がほとんどのはずだ。
 理由はいくつか考えられるが、まずは救済や希望を担う者であるからという点は何をもってしても大きい。誰か―――自分以外の他者を救うという行為は、例外なく讃えられるに違いない。
 そして、理由ならもうひとつが挙げられるだろう。それは偏に希少性―――つまり、十把一絡げのありふれた存在ではないという一点だ。
 まず人々を救うという道。それを目指すこと自体が既に希少であるし、かつ目指したからと言って誰もがなれるものではない。
 志だけでなく継続して貫く実力、困難を乗り越える天与の才能……そういった諸要素の篩にかけられ、選ばれた一握りの者だけが至れる存在。だからこそ勇者は憧憬を一身に集めやすい。
 ならば、勇者を生むその希少性とは具体的にどんなことを意味するのか。
 個人に当てはめてみるならば、それは「皆と同じことをしてはならない」ということが第一条件になるのではないだろうか。
 つまり家族が大事とか、友人たちを愛しているとか、当たり前の職業に就いているとか、些細なことで悩んでいるとか―――
 そういった普通の人々が抱くだろう概念を持たず、そこから離れていればいるほど人はそれを特別に思うはず。逆に常人としては祝福すべき素晴らしい環境や出来事も、勇者を目指す者にとってはその条件たる希少性を大いに毀損する要因となってしまう。
 万人と大差ない道を歩もうとする者が、勇者として認められることはまずないのだ。

 だから。
 もしここに勇者であろうとする少女がいたとして、その一方で個人的な友誼を守ろうと奮闘しているとしよう。そしてそのために近しい友人以外の全てを犠牲にしようとしているのだとしよう。
 すなわち誰もが羨むような典型的な幸福を、歓びをもって彼女がその手に掴もうとしているのだとしたら。
 救済や希望をかなぐり捨てて世界の破滅を寿ごうとしているのだとしたら。
 それは、つまり―――





   ▼  ▼  ▼


362 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:31:41 OZZemC9E0





 夢を見ているような、微睡んでいるような感覚があった。
 一面の闇の中。夢のわたしは蝶になって、セルリアンブルーの翅をひらひらと羽ばたかせた。
 生身の体では決して味わえない感覚。けど、この感覚をわたしは知ってる? 宇宙の中を自由に飛び交う楽しさ。それを、わたしは知っている?

 無明の闇の中を進むと、いつしか一筋の光が見えた。誘蛾灯に誘われるように、ひらひらとそこへ向かう。
 光の正体は扉だった。闇の中にぽつんと浮かぶ、一つの扉。それが微かに、暖かな光を放っているのだ。

 これはなんだろう。わたしは、なんでこれに惹かれたんだろう。

 わずかな疑問が湧いて、でもそれを考えることもなく、わたしは扉を開け放った。

 ―――光が、溢れた。

 ………。

 ……。

 …。

 ―――――――――――――――――――――。


「……えっ?」

 ―――気が付いた時には、わたしはわたしであって、蝶ではなかった。
 二本の手があり、足があり、いつもの制服を着ているわたしの体が、そこにはあった。

 そして次瞬、わたしは全てを思い出した。
 わたしの名前はすばる。中学一年生で、コスプレ研究会に入ってて、今は聖杯戦争っていうものに参加させられてて、何か凄い衝撃に巻き込まれて……
 みなとくんを、探してて……

「ここ、は……」

 ぼんやりとしていた視界が、徐々に色を取り戻していく。
 焦点が合い、自分がどこにいるのかが分かってくる。


363 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:32:04 OZZemC9E0

「病、室?」

 そこは、暗がりの病室だった。
 機材が放つ青い光に照らされ、心電図の無機質な音だけが響く、ひっそりとした暗い病室。

 ベッドには、呼吸器に繋がれた男の子が、静かに眠っている。
 その、少年の、顔は……

「みなとくん……」

 すばるが必死に探し求め、追い掛けた少年の姿が、そこにはあった。

 白いシーツに包まれたみなとは、見ているこちらが苦しくなるほどに青白い顔をしていた。今まで見てきた少年とは似ても似つかぬほどに、痩せ衰えて。
 すばるは崩れるように膝立ちになると、横たわるみなとの手をそっと握った。点滴の管が走るその手は、木乃伊のように細く、乾いて。ふとした拍子に折れてしまいそうで。
 折り紙でできた星を、大切そうに握っていた。

「こんなところに、いたんだね」

 それでも、すばるは笑みを浮かべた。
 目の奥が熱くなり、鼻につんとした感覚が宿る。涙が滲んで、上手く前を見られない。

 この状況が一体何で、どのような意味があるのかは分からない。けれど、それでもすばるは、求めた少年に追いつくことができたから。

「みなとくんもわたしも、幻なんかじゃないよ」

 言葉と共に、溢れるものが一つ。
 すばるの裡から、微かな光が漏れだす。それは一つの星となってすばるから湧き出た。
 「わ、わ」という声を余所に、それはみなとの手のひらへと落ちた。すばるがそっと握った手のひらと、折り紙の星。そこに落ちて、光はその輝きを増し―――



「君も、ここに来てしまったんだね」



 記憶の中にしかない彼の姿が、すばるの目の前に存在していた。





   ▼  ▼  ▼


364 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:32:33 OZZemC9E0





【無事だったか、士郎】
【アサシンか……アーチャーの攻撃に紛れる形で、何とかな。そっちはどうだ?】
【腕一本を取った。しかし、仕留めるには至ってないだろう】

 再び戦場と化した街を俯瞰できる場所にて、身を隠し睥睨しながら士郎は念話を行う。
 混沌とした状況だ。先ほどまで自分が戦っていたライダーは、今は乱入した別のサーヴァントと戦闘を行っている。クラスはセイバー、アーサー王と同じく最優の一騎だ。できれば相手にしたくない手合いであった。

【士郎、この状況をどう思う】
【……色々と理屈の分からないことばかりで何とも言えないな】

 士郎の言は事実である。この状況、彼らの視点ではあまりにも不可解なことが多すぎた。
 例えばライダーの継戦状態。例えば乱入してきたセイバーの存在。アーチャーのマスターと思しき人影。不確定要素は多く、軽率に結論を出すには些か混迷に過ぎた。
 しかし。

【それでも一つだけ言えるのは、俺達にとっては都合がいいってことだ。逃げるにせよ、仕掛けるにせよ】

 そういうことだった。今の状況とはすなわち、敵性存在の全てが士郎とアカメからチェックを外した状態にあるというものだ。
 故に逃走は容易である。唯一の懸念点はアーチャーの存在だが、アサシンの言によれば片手を喪失し、こちらから見る限りにおいても既に戦闘能力は失われている。逃げる士郎たちを追撃してくる可能性は決して高くはないだろう。
 ここで最も気を付けるべきは、アーチャーが保有する宝具にあるが。

【そうだな。それとアーチャーの宝具だが、あれは単純な性能強化だった。上げ幅が尋常じゃなかった分、反動も相当なものなのだろう。あの様子を見れば想像がつく】
【だな。俺も同じ意見だ】

 これこの通り。宝具の種が割れた以上はどうとでもなる。戦闘能力の消失と代償の関係上、短時間での再使用はまずないと言っていい。
 消滅必至と思われたライダーの復帰、未知のサーヴァントの登場、丸裸となったアーチャーのステータス。
 それら要素を加味して、ならば自分たちが採るべき選択とは何か。


365 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:33:13 OZZemC9E0

【それでなんだけどな、アサシン。俺は今からもう一回、あいつらに仕掛けたいと思う】

 士郎の選択とは、それだった。
 逃げようと思えば確かに逃げられるだろう、しかしそれを選ぶには余りにも後のリスクが高すぎた。
 ライダーとセイバーが潰し合ってくれる、という展開ならば理想だ。しかしそう楽観はできないし、何よりアーチャーが生き残っているというのは見逃せない。
 端的に言ってしまえば、彼ら三陣営が全騎生存し結託するという最悪の展開が起こる可能性を、士郎たちは否定できないのだ。確かに今はライダーとセイバーが戦っている。しかしアサシンの存在を彼らが知り、かつアーチャーによる裏付けが取れればどうなるか。
 更に言えば、ライダーは放っておいても消滅する……そう楽観もできない状態にあった。士郎たちは、彼が何故復帰できたのかという絡繰りがてんで分からない。その理屈次第では、この戦闘はおろか長期間に渡って現界し続ける可能性もあるし、何よりアーチャーかセイバーのマスターと契約してしまえばその時点で消滅は免れてしまう。
 放置などしておけない。狙うならば今、同士討ちが起こっている時を置いて他になかった。

【……了解した。その決断に否やはない。士郎の決定に従おう。
 そうなると、私は誰を狙う?】
【"セイバーのマスター"だ。俺はアーチャーのマスター、そしてセイバー自身に狙撃を行う。アサシンはその隙を突いて欲しい】
【分かった。確かにそれが妥当なところだろうな】

 二人は更に襲撃タイミングなどに関わる作戦を十全に話し合い、念話を継続したまま所定の位置についた。士郎は低階層ビルディングの屋上へ、アカメは戦場近くの物影へ。そして息を潜め、最善の時をじっと待つ。
 轟音が幾度も響く。その度に、瓦礫は崩れ細かな塵が降ってくる。その振動と圧力に耐えて、耐えて、耐えて。
 そして、その時はやって来た。

 発端はアーチャーのマスターだった。
 彼女は何かを叫びながら、一心不乱に戦闘の中心へと突貫した。その速度、長距離移動に限定すればサーヴァント級か、あるいはそれ以上か。士郎とアカメでさえも目を見張るものがあったが、しかし。

(冷静さを欠いたか)

 所詮はそれだけだ。あのマスターはあまりにも素人に過ぎる。サーヴァントを振り切っての単独特攻など、"狙ってください"と言っているようなものだ。
 故に、殺される。
 故に、俺の願いの礎となる。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)。赤原猟犬(フルンディング)!!」

 詠唱と共に放たれるは、絶対必中の魔剣が一。
 四十秒をかけて魔力を充填させた一矢はセイバーへ、間髪入れずに放った二矢はアーチャーのマスターに。
 それぞれ向かい、距離的に士郎たちと近い位置にいたアーチャーのマスターへとまず到達し―――

「―――あ……」

 呆けたような少女の顔が目に映り。

「セイバーのマスター、葬る」

 それと同時、物陰から飛び出したアカメが一刀を振りかざし、立ち尽くす異国の少女へと迫ったのであった。





   ▼  ▼  ▼


366 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:33:46 OZZemC9E0





 弓兵のクラスで呼び出されたが故の視力によって、美森はそれを正確に目撃した。
 遥か遠くで瞬いた光。番えられた鏃。それを引き絞ったと思しき青年の姿と、放たれる螺旋の軌道。
 美森は、その全てを明瞭に認識できていた。
 美森は、その全てを分かりながら、しかし体を動かすことができないでいた。

(すばる、ちゃん……!)

 立ち上がろうとして、失血とバランス欠如から無様に崩れる。
 駆けだそうとして、けれど最初からこの足は動いてはくれない。
 助けたいという思いだけが先行して、なのに体は言うことを聞いてくれない。
 螺旋剣が、不自然なほどゆっくりと流れる視界の中、徐々にすばるのもとへと迫っていく。

 這いつくばったまま、無我夢中で手を伸ばした。
 一生懸命伸ばしたのに、届かなかった。
 涙が、溢れた。

(私は、また……)

 誰をも守れないのか。また、自分一人が残されてしまうのか。
 それが嫌だったから、力を手に入れて挙句に英霊とまでなったのに。
 また、繰り返してしまうというなら―――

(だったら……)

 ―――だったら、"全部壊してしまえばいい"。
 悪魔が囁いた。諦めてしまえと、諦めて"それ"を使うがいいと。
 東郷美森が備える最終宝具。彼女の望みを疑似的に果たす仮初のラグナロク。

 逡巡していられる時間は、残されていなかった。

(私は―――)

 そうして美森は、何かを決意したように唇を噛みしめて、瞬間的に膨大な魔力を放出した。
 ―――それは身の破滅を告げるような、昏く不吉な気配を湛えていた。





   ▼  ▼  ▼


367 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:34:25 OZZemC9E0





 どこかで見たような、景色だった。
 どこかで見たような、星宙だった。
 無明の闇ではない。ところ狭しと星々が煌めき、宝石箱のように輝いている宇宙。

 ―――ここは……

 その光景を目にした瞬間、すばるを猛烈な眩暈が襲った。
 くらり、と意識が揺れる。けれど苦しみはそこまでで、次いで思い出されるのは、"何故自分がこの光景を知っているのか"ということ。

 エンジンの欠片集めで宇宙を巡ったから、ではない。
 コスプレ研究会のみんなと眺めたことがあるから、でもない。
 どこを見渡しても似たような景色ばかりと、宇宙をよく知らない人ならそう言うかもしれない。けれどすばるは違う。

 ここは、この景色は。
 そうだ、これは、あの時に―――

「そう、僕と君が一緒に見た、あの星宙だ」

 それは過去。かつて共に垣間見た星々の残影。
 思い出の中だけにあるはずの光景だった。しかし、ここは過去じゃない。
 確かな今として、すばるはここにいるはずだ。

 ―――遥かな星海の中で、すばると少年は向かい合うように立っていた。

「みなとくん……」
「訳が分からない、って顔をしているね。すばる」

 不安げなすばるとは対照的に、少年―――みなとは泰然とそこに立っている。
 彼は手を翳し、どこか遠くを見つめるように言った。


368 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:34:49 OZZemC9E0

「距離も時間もあやふやになり、我と汝が一体と化し、生と死を超越した境地……
 僕は暫定的に純粋空間と呼んでいるけれど、本当のところはここがどういう場所なのか、僕にもよく分からないんだ」

 赤いセミロングヘアに中性的な顔立ち。
 忘れられない彼の顔。もう二度と会えないはずだった少年の姿。
 今はこうして、すばるは彼と向かい合っている。
 ―――けれど、それは生きて再会できたということでは、決してなくて。

「君がここに来れたのは、君の持っている"星"が導いたんだろう。まだ生きている君が迷い込むはずはないから」

 彼は語る。ここは、生きとし生ける者がいるべき場所ではないのだと。
 すばるは、なんとなくだけれど彼が何を言いたいのか分かるような気がした。
 ―――分かってしまうから、それを聞きたくはなかった。

「さっき君が見たのが、本当の僕だ。選ばないんじゃなくて、選ぶ可能性すら初めから失われている」

 病室で眠る彼。幼少期から、目覚めることのなかった少年。
 そこから分離した存在なのだと、目の前の彼は言う。何者にもなれず、なることを許されず、ただ消えていくしかない存在として。
 彼は、それを認めることができなくて。
 誰でもない自分自身になることを夢見て。
 そうして、願いを叶えるために、あの世界に来て……
 そして―――

「そして、ここにいる僕は」

 すばるの知っている、彼は―――

「もう死んでいる。あの鎌倉で、とっくの昔に殺された」

 ―――頭を殴られたような感覚が、すばるの脳内を襲った。


369 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:35:56 OZZemC9E0





「知っているはずだ、すばる。自分で見たか、誰かから聞いたか、それは知らないけれど。
 君は僕が死んだことを知っているはずだ。そうでなければ、こうしてここで会うことはできなかった」

 みなとの言葉は、事実だ。
 すばるは既に知っている。アーチャーの声なき言葉、胸の裡から感じられたみなとの消失、それらが実存よりも尚確かな実感となって、すばるは否応なく彼が死んだことを思い知らされた。
 それで、すばるは自暴自棄になって。
 あのライダーへと突貫して。
 目の前が暗くなって。
 ここに、来てしまった。

「この僕は言わば残影だ。君の記憶から投射された記録の残像。それが一時形を得たに過ぎない。
 本物の僕と同じく、何の可能性も残されていない」

 語るみなとは淡々と、何の感情も見えないように。
 それがすばるには無性に悲しかった。すばるはただ、みなとともう一度会いたかっただけなのに。
 日常を過ごしたかっただけなのに。
 どうして、求めた再会がこんな形になってしまったのだろうと。

「すばる、君はどうしたい?」

 ふと、そんなことを聞かれた。
 あまりにも唐突過ぎて、思わず言葉に詰まった。みなとは更に言葉を続ける。

「君は何かを選ぶことができる。君を導いたキラキラは可能性の結晶だ。だから一つ、そう一つだけ。君は未来を選択できる」

 掲げるように、指を指して。

「生きるか」

 苦難の道を再び歩むか。

「消えるか」

 ここでみなとと運命を共にするか。

「君だけが決めることができる」


370 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:36:31 OZZemC9E0

 ……何を言えばいいのか、分からなかった。
 ここに至ってようやく、すばるはこの少年のことを何も知らないのだと気付いた。

「わたし、は……」

 絞り出すように、声を出す。
 生きるか消えるか。その二つは、どちらも認めたくない現実だった。
 すばるはみなとのいない世界が嫌で、だからこんなところまで来てしまった。
 すばるはみなとと一緒に生きたくて、だから消えてしまった彼を追い求めた。
 一人で世界に取り残されるのも。
 二人で一緒に消えてしまうのも。
 どちらも、すばるは選びたくなくて。

「―――……っ」

 だからすばるは悩んで。
 悩んで、悩んで、悩んで。
 噛みしめた唇から、一滴の血が落ちるほどに、悩んで。

 そして。

「……わたしは、生きたい」

 そう、言った。

「……そうか」

 それを聞いたみなとは、安心したように顔を綻ばせた。
 あれほど見たかった彼の笑顔なのに、何故か心が痛んで、とても見てはいられなかった


371 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:37:02 OZZemC9E0

「なら、ここでお別れだ」

 ぽつり、と彼が呟く。
 呟き、縋るようなすばるの視線に気付いて、寂しげに微笑む。

「もうさよならだ、すばる」
「みなと、くん……」

 すばるは何とか少年を引き留めようと、必死で言葉を探し。

「すばるはすばるの居るべきところへ。僕は僕、君は君だ」

 うん、と呟き、すばるは俯いた。
 俯いて、必死に言葉を探した。
 何か言わなきゃと思うのに、ろくな言葉が浮かんでくれない。

 ―――ごめんなさい。
 違う。

 ―――ありがとう。
 違う。

 ―――さようなら。
 ぜんぜん違う!

 こんな大事な時にろくに働こうとしない自分の頭が嫌になる。言わなきゃいけないことがあるはずなのに、それが何なのか全然分からない。馬鹿みたいに押し黙ったままで、いたずらに時間だけが過ぎていく。
 みなとは、すばるの肩に手を置き、そっと突き放した。

「すばる、そろそろ時間だ」

 すばるの体が、びくりと震えた。
 俯いたままで、小さく言葉を絞り出した。

「……みなとくん」
「キラキラは、所詮は小さな可能性だ。この世界を長い時間留まらせることはできない。
 もうじきここも崩れる。だから」
「やだ……」
「……すばる?」

 すばるは、猛然と顔を上げた。
 涙で潤んだ瞳でみなとを睨みつけ、声の限り叫んだ。


372 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:38:03 OZZemC9E0



「―――そんなのいやだ!」



「すばる……」

 みなとは、困ったような顔をした。

「そんなの、やだ、やだよぉ……」

 声が震えた。

「わたし、行きたくない……みなとくんをここに置いて、あんな暗い病室にひとりっきりにさせて、わたしだけいけない……」

 なんてカッコ悪いことを言うんだろう、と思った。
 みなとの困り顔に、胸が激しく締め付けられた。
 それでも、溢れ出る思いは止められなかった。

「どうして、どうしてこんなことになったの……だってみなとくん、何も悪いことしてないじゃない! 生きたいって、願ったのはそれだけで! それなのにみなとくんは消えて、なんでわたし一人だけ!」

 涙が次々と溢れ、鼻水に喉がむせた。泣き顔を見られたくなくて勢いよくうつむき、拳を握りしめて必死に嗚咽をこらえた。
 弱弱しく、絞り出すような声で。

「行きたく、ないよぉ……」

 それだけ言うのが、精一杯だった。

「すばる……」

 みなとの手が、そっとすばるの頬を撫でた。
 白く綺麗で、思ってたよりも小さな手。あんなに大きく見えたのに、本当はすばると同じくらいの、小さな子供の手。
 指先を目元まで這わせ、そっと涙をぬぐった。
 こわごわと顔を上げるすばるに、みなとは優しく微笑みかけ、
 こう言った。


373 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:38:43 OZZemC9E0



「だけど、すばるはまだ生きているじゃないか」



 涙に濡れたすばるの顔を、みなとは真っ直ぐに見つめた。

「僕はもう、ここから先には行けない。本当の僕は眠ったままで、この僕はもう消え去った桃煙の残滓に過ぎないから。
 けど君は違う。すばるはまだ、ここにいる。君は、かけがえのない君なんだ」

 何度も詰まり、考えながら、言葉を紡いでいく。

「……僕は、ずっと苦しんでいた。希望が僕を苦しめた。何一つ希望が無ければ、こんなつらさを感じることも、もしかしたら無かったかもしれない」

 パンドラの箱に残された小さな光。人はそれに縋るが故に、多くの絶望を味わう羽目になる。
 みなともそうだった。微かな光明があったせいで、それに縋って今までずっと苦しんできた。

「でも、希望があったから……僕はこの気持ちを感じることができた」

 それでも。
 それでも、掴めたものがあった。優しいあの日の思い出は、決して嘘ではなかったから。

「君が生きてくれるなら……君が僕や、あのキラキラや、他にもいっぱいいた可能性たちを憶えていてくれるなら。
 そして、時々でいい……こんな愚かな人間もいたんだと、ふと思い出してくれるなら。
 僕は、幸せだ。もう何も望むことはない」

「忘れないよっ!」

 すばるは叫んだ。嗚咽に塗れ、しゃくり上げながら、それでも決然と言い放つ。

「忘れるわけない……みなとくんはここにいた、確かにここにいたよ!
 だからわたし、ずっと……みなとくんのこと……!」
「……ありがとう」

 万感の思いを込めるように。
 みなとは、笑った。


374 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:39:02 OZZemC9E0

「これで、僕は消えない。僕の全ては、君が証明してくれる……!
 ありがとう、すばる。僕に希望をくれて……」

 すばるの背にそっと手をまわし、抱きしめる。
 すばるは目を閉じ、それを受け入れた。

 腕の中に抱かれて、一つの情景が目の前に浮かぶ。
 思い出が、心を駆け抜けていく。
 こんな時なのに、もっと他にいい思い出がいくらでもあるはずなのに。
 心に浮かんだのは、特別でも何でもない、一緒に園芸をした他愛もないあの日の記憶。


 ―――わあ。これ、この前植えた種?
 ―――ああ。花が咲くのは、もう少し先だね。


 みなとは手を離し、そっと微笑みかけた。
 すばるは何かを言おうとして、けれどそれを堪えるように、一つだけ頷いた。
 涙は、いつの間にか止まっていた。
 何も言うことはできなかった。

 ただ、またいつか、と。心の中だけで呟いて。
 すばるは虚構の世界から、その姿を消したのだった。





   ▼  ▼  ▼


375 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:39:54 OZZemC9E0





 消えゆくすばるの姿を見届け、全ての力を使い果たし、末端から消滅しつつある体で、みなとは静かに息を吐いた。
 罅割れる音が断続的に轟き、振動が体を襲う。もう時間がないらしい。世界そのものが軋みをあげて、急速に崩れ去っていく。
 痛みはない。ただ、自分が消えていくことだけが分かる。
 怖い。
 自分が今から消えてしまうであろうことが、泣きたくなるくらいに怖い。
 それでも、今、この時だけは。
 せめて彼女の思い出を抱えた今だけは。
 笑っていたいと思う。

「……そうだ」

 一つだけ忘れていた。
 とても大事なこと。すばるに与えた、可能性の結晶のこと。
 もう全ての力を使い果たしたはずのキラキラ。
 そこに施した、小さな小さな仕掛け。
 それを教えるのを、すっかり忘れていた。

 まあいいか、と思う。
 びっくりさせてしまうかもしれないけど、彼女を守るものに変わりはないのだし。
 それに死した自分でも、一回くらいは好きな女の子を守ったって、罰は当たらないだろう。
 でも。

「自分で言いたかった……いや」

 そこでみなとは、自嘲するようにかぶりを振って。


376 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:40:13 OZZemC9E0

「もう少しだけ、すばると話していたかったな」

 それだけが、残念でならなかった。

 ……もう何度目かも分からない衝撃が、世界を襲う。
 視界が白み、意識が急速に遠のいていく。

 彼女は、どこまで往ったのだろうか。
 彼女は、どこまで往けるのだろうか。

 僕の分まで生きてくれるだろうか。

 それは分からない。消えてしまう自分には、知る術はない。

「……っ!」

 眼窩の最奥が疼き、瞳を覆った水の膜。視界がぼやけ呼吸が乱れる。
 頬を伝い落ちる雫が涙だと気付いた時には、みなとは嗚咽を殺すこともできないまま、幼子のように泣きじゃくっていた。

 そう、僕は消える。けれど。

「僕は確かにあの世界に……君の隣にいたんだ」

 君の存在こそ、僕の生きた証となるだろう。



 そうして、瞬いては消えていく一筋の流星のように。
 みなとという少年の意識は、眩い光に包まれながら途絶えたのだった。





   ▼  ▼  ▼


377 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:40:58 OZZemC9E0





 そして今、生きたいという想いに応え、至大至高の奇跡が具現した。





   ▼  ▼  ▼


378 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:41:28 OZZemC9E0





 ―――光が立ち昇っていた。
 すばるを守るように、慈しむように、その光は柱となって少女を中心に天へと駆け上がる。そしてその周りには、隙無く囲う万色の魔術方陣。
 金色の光に抱かれて、すばるの纏う服はその色を変化させていた。今までのそれは、彼女の無垢な心を表すかのような純白。しかし今は、遥かな宇宙を体現するような漆黒だった。
 それは、かつてみなとという少年が纏った色だった。
 すばるは目を閉じ、眠るようにして浮かぶ。ふわり、と髪が揺れ動く。

 ―――辺りに響くのは、軋むような甲高い破砕音。
 ―――すばるに向けて突き進む螺旋剣を阻む、魔術方陣の悲鳴であった。

 光で形作られた幾何学的な紋様の施された方陣が、螺旋剣の暴威を食い止めている。さながら防御結界のように、攻と防が鬩ぎあって火花を散らしている。
 誰が知ろうか。この陣はすばるのものでも、かといってこの場に存在する誰のものでもないのだということを。かつてこれを用いたのは、既に死したとある少年ただ一人であるのだということを。
 その方陣が、今はすばる一人を守るために展開されているのだと。
 知る者は一人もいない。
 そして、剣と結界の間にいるのは……

「―――っ」

 言葉なく、吐き散らされる血塊。
 残された右腕ですばるを守るように、その背に庇い螺旋剣へと立ち塞がった人影が一つ。

 それは、他ならぬ東郷美森の姿であった。

 すばるが狙撃された瞬間、美森が行ったのは極めて単純、かつ自殺紛いの行いだった。
 すなわち"魔力の暴走"。あの刹那、美森がすばるを救うにはそれしか方法がなかった。片腕を失い魔力残量もほとんどなく、戦うどころか碌に動けさえしない状況。駆けつけるには遅すぎて、撃ち落すには美森の銃では威力不足。虎の子の満開もゲージは溜まらず、故に彼女はそれを選んだ。
 自身の霊核を炉とした全魔力の意図的な暴発。壊れた幻想にも近しい原理のそれは、動けなかったはずの美森でさえも、すばるを追い抜きその背に庇うことを可能とさせた。
 だが、それだけだ。弾丸での迎撃は間に合わず、生身ではどう足掻いても宝具の一撃に対抗できない。だから、美森はこれで自分が死ぬのだということを、誰よりも正確に理解していた。
 理解した上で、実行に移したのだ。


379 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:41:54 OZZemC9E0

(今度、こそ……)

 力なく、美森は眦を上げる。
 そこには傷の一つもなく、穏やかに眠るすばるの姿。それを前に、美森は血塗れの顔で慈しむように微笑んだ。

(私は、間に合ったんだ……)

 ……あの瞬間、美森は発動できたはずの宝具を、しかし結局使うことはなかった。
 最終宝具『その願いが、世界を導く(ラグナロッカー・バーテックス)』。世界の破壊を望んだ美森に顕象した偽りの救済。
 比喩ではなく世界を滅亡へと導く、正真正銘最後の手段。
 自分もすばるも死んでしまうならと、一瞬頭をよぎったことは否定できない。
 いずれ使う時が来るかもしれないと、備えていたことも事実だ。
 けれど。

(あなたを、たすけることが、できた……)

 それでも。
 目の前で死のうとしているこの子を見捨てるなど、できなかった。
 自分の大切な人達。その誰をも失いたくないと思った。それのみを願った。
 そんな自分が、今さらできた大切な友人を、殺せるはずなどなかった。

 ―――仮に、東郷美森が行動を起こさなかったら。
 すばるは無残にもその命を散らしていただろう。彼女を守る防御陣は強力だが、しかし仮にも高位宝具の一撃である螺旋剣を完全に防ぐことはできない。戦錐の穂先は無慈悲に障壁を貫き、少女の五体を微塵としたはずだ。

 ―――仮に、防御陣が存在しなかったら。
 この場合もまた、すばるは命を散らしたはずだ。英霊とはいえ生身の、何の守護も施されていない肉壁一つで宝具の一撃を凌げるほど甘くはない。螺旋剣は美森の体ごとすばるを貫き、諸共に殺していただろう。

 すばるを守ろうとしたそのどちらもが、単独では力及ばず。
 しかし二つが合わさったことで、初めて誰か一人を守ることができたのだ。


380 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:42:42 OZZemC9E0

 よって全ての因果はここに結実する。
 螺旋剣の消失と同時に、すばるを覆っていた力の奔流もまた消え去った。とさり、と静かに落ちるすばるに、同じく崩れ落ちるように倒れ、美森は右手を伸ばす。
 嬉しそうに微笑む。血に濡れた手で、優しげにすばるの頬を撫でて。

(ごめんなさい……そして)

 ありがとう、と。

 その形に、唇が動いて。
 頬を撫でる手が、滑り落ちた。





「馬鹿、な……」

 驚愕の声は一つ。
 響いた音は、二種類。

「防がれたのがそんなに意外か、アサシン」

 鍔迫り合いの向こう側で、特に驚いた様子もなくセイバーが呟く。
 その右手には、アサシンの刃を防ぐ長剣。その左手には、掴み取られた細身の剣。
 村雨を苦も無く捌き、中空にてフルンディングを鷲掴みにしたセイバーの姿がそこにはあった。

 先の一瞬で、いくつかのことが起こった。

 フルンディングの狙撃を前にセイバーはその身を反転、一挙動に跳ね起きた。超音速の魔弾が唸りを上げ、駆けるセイバーの背に追い縋る。
 アカメの凶刃に辛うじてか反応できたアイは、咄嗟にショベルを掲げようとして失敗、圧倒的な剣圧を前に後ろへと体勢を崩す。
 その時には既に、村雨の白刃は大きく振り上げられていた。
 体勢を崩したアイに、鋭い剣閃が襲い掛かる。
 ぎゅっと目を瞑るアイの前に、滑り込んでくる黒い影。
 アカメが、驚愕に目を見開く。
 フルンディングの弾速すら追い越すほどの疾走速度で、セイバーが刃の前へと割り込みその剣を受け止めた。同時、全身から放出される魔力を以て左腕が蛇のようにしなり、追い縋るフルンディングの柄を掴み取る。


381 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:43:37 OZZemC9E0

 そして生まれるは拮抗状態。
 アカメは鍔迫り合いになった村雨を下げることができない。戦闘を放棄し全力で後退したいのが本心だが、仮にそうすれば自由になったセイバーの剣が即座に自分を斬り捨てるだろうと、心眼による戦闘予測が告げていた。
 汗が一滴、頬を伝う。
 何故、ここまで完璧に対応されたのか理解できない。
 アサシンの気配遮断、遠方よりの狙撃弾。双方を同時に敢行したはずなのに、どうして、と。

 ―――アカメが知らない事実が一つ存在する。それは、目の前のセイバーは既に一度、アサシンによる奇襲というものを体験しているということ。
 仮にアカメと、かつてセイバーを奇襲したアサシン「ハサン・サッバーハ」を比較した場合、果たしてどちらに軍配が上がるであろうか。
 戦術眼に精神性、剣の技量に経験値……サーヴァントとしての性能を考慮するに際してそれらは確かに重要な項目であろうが、仮に「純粋な暗殺者としての技量」を比較した場合にはどうであるのか。
 アカメは確かに優れたアサシンである。セイバークラスにも比肩し得る剣術を誇り、一打が致命となる無慈悲な宝具をも兼ね備え、格上殺しとも言うべきスキルを持つ。彼女をサーヴァントとして落第と断言できる魔術師は、まず存在しないだろう。
 だがそれは総合的な力量であって、暗殺者としての技量ではない。
 確かに彼女は剣士と暗殺者という二つの特性を高いレベルで兼ね備える英霊ではあるだろう。しかしそれは、逆に言えば一点に特化した者には各々の分野で劣ってしまいがちであることの裏返しでもある。
 剣士としての戦いで、アーサー・ペンドラゴンに後れを取ったように。
 暗殺者としての力量では、彼女はハサン・サッバーハの足元にも及ばない。
 剣の腕を暗殺に転用したアカメと、生まれ落ちた瞬間から暗殺に特化された山の翁の、それは悲しいほどに埋めがたい差であり、特性の違いであった。
 故に。

「同じ手に、二度も引っ掛かると思ったかよ」

 これは単純にそういうこと。"アカメよりも優れた暗殺者の奇襲を経験していたから"という一点が、セイバーの超反応を生み出した。
 彼はかつての失態から、常に気を配っていた。二度と同じ過ちを繰り返さないよう、二度と自分のマスターをアサシンの魔の手に晒さぬよう、エイヴィヒカイトにより強化された五感と第六感を以てして警戒を怠らなかった。
 ならばアカメの奇襲に対応できない道理などなく。


382 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:44:04 OZZemC9E0

「くっ……!」

 ―――目の前の凶手を相手に加減する道理もない。

 呻きを吐き捨て一転して逃走を図ろうとするアカメ。それを前に、セイバーは一言、自らの渇望を生み出す詠唱を紡ぎ。

 Briah
「創造―――」

Eine Faust Scherzo
「死想清浄・諧謔」

 ―――そして、具現するは死想の世界。
 万象終滅させる反転の渇望が、魔力の満ちる空間さえ破壊しながら降誕した。

「が、ああああァァァァァァアアアアアアアアッ!!?」

 よって次瞬、既に全ては終わっていた。噴出する浄化の祈りがほんの僅かに触れた途端、アカメを構成するあらゆる力が嘘のように掻き消される。
 躍動する肉体、必殺を誇る一刀、それらを構築する魔力。その全てが蝋燭の火を吹き消すかのように容易く無明へ葬られた。漲る魔力は泡沫の泡と消え、代わりに体を蝕むのは凍えるような喪失感と、心を砕く激痛だった。
 減退、衰退―――違う、これはそんな生易しいものじゃない。対象に生存の余地を残す甘いものでは断じてない。
 これこそまさに死者殺し。生を反転させ塵へと還す対消滅の理だ。サーヴァントという蘇った死者である限り、この理から抜け出せる者など一人もいない。
 そう、死者だけだ。この創造が殺すのは死した者のみ。故に死想の世界は、この場に存在するアイとすばる以外の全員を破滅へと追いやった。

 アカメの体が力を失い、膝から崩れる。いや、厳密に言えばその表現は正しくない。既に彼女には、崩れる脚部さえ残ってはいない。うつぶせに倒れる彼女は末端から急速に崩壊していき、最早悲鳴をあげる気力さえ残されていなかった。
 力の喪失と同時に肉体と魂をも蝕み崩壊させる終滅の世界。空間そのものに浸透する攻撃故に、如何な速度を持つ者であろうとも回避は絶対的に不可能。
 原型を失いつつあるアカメの口から、か細い絶叫の尾が漏れる。あらゆる拷問に耐えうる訓練を積んできたはずの彼女ですら、痛覚神経を剥き出しにし内部そのものに反粒子を叩き込まれるが如し喪失の激痛には耐えられない。


383 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:44:47 OZZemC9E0

 全てが塵へと還っていく。
 全てが粒子へと変換される。
 存在情報が抹消されていく。

 その最中、唯一残されたアカメの眼球は、"それ"を目撃した。
 アカメの奇襲に合わせるように、士郎が放った投影宝具。
 それが何故か、セイバーの手に握られたままであることを。壊れた幻想が、何故か未だに発動していないことに、アカメは末期の思考で気付いた。
 そして、それが一体何を意味しているのかに気付いたアカメは、最早消え果てた声帯に声を乗せようとして。


「―――赤原猟犬(フルンディング)」


 真名解放と共に、セイバーはその手に握った細剣を、全力で擲った。
 その視線は遥か中空の一点、剣の狙撃が行われた場所を睨みつけていた。
 『超越する人の理』、セイバーの肉体そのものを指す宝具。それが意味するところはすなわち、自身が掴み取ったあらゆる宝具の支配・掌握。
 切り裂かれる大気の振動が、絶望の音となってアカメの鼓膜を震わせた。
 それまで残っていた視覚で、アカメは本意に非ずその一部始終を見届けてしまって。
 潰えつつある脳が、最期の言葉を思考させた。

(士郎……にげ……)

 当然としてそれを言うことなど叶うはずもなく。
 歴史の闇に消え失せた暗殺者は、その逸話と全く同じに呆気なく消滅した。


384 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:45:27 OZZemC9E0










 ―――奪われた。
 そう認識したのは、狙撃が失敗に終わったと確信した半瞬後だった。
 赤原猟犬(フルンディング)。自身の手で投影したはずの宝剣。それが奴に触れられた瞬間、"俺の物じゃなくなった"。

 それが何を意味するか、理解するより先に体は逃げ出そうと無意識に動いた。
 しかし、それよりも遥かに速く、視線の先にいるそいつが、掴み取った剣を振りかぶって―――


「―――赤原猟犬(フルンディング)」


 遠く離れているはずなのに、何故かはっきりと、その宣誓は聞こえたような気がした。
 どうして、と思った瞬間には、既に"それ"はすぐ目の前にあった。
 真っ直ぐに、自分へと向かって突き進んでくる、矢のように細く鋭い剣。

 避けることは、不可能だった。
 アイアスを展開するには遅すぎた。
 迎撃なんて、尚更できるはずもない。
 不自然なほどにゆっくりと流れていく視界の中、士郎はすぐそこまで迫った細剣を、醒めた目で見つめた。

 自分たちの選択は、決して過ちではなかったはずだ。
 戦略、戦術、あらゆる理屈は合理的で、だからこの奇襲も不正解ではなかった。
 実力が足りない―――そんなものは言い訳だ。所詮我らは弱卒故に、強者の隙を突いて殺すしか能がない。
 だから、失敗したとすれば、それは不足ではなく選択そのものが間違っていたということに他ならず、ならば何がいけなかったのか。
 セイバーらに奇襲を仕掛けたこと……違う。
 ライダーやアーチャーとの同士討ちを狙ったこと……違う。
 ライダーとの正面対決を敢行してしまったこと……違う。

 違う。違う。そうではない。自分たちの戦略は間違ってはいなかった。
 なのに、目の前の現実は自分たちを殺しに来る。

 俺は、どこで道を間違えたのか。
 俺は、どこかで道を間違えたのか。
 そんなことを、ふと思った。


 ―――腹部を抉り抜いた細剣が、血と肉と臓腑のコントラストを螺旋と散らした。






   ▼  ▼  ▼


385 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:46:02 OZZemC9E0





「……お前、なんで手を出さなかったんだ」

 語りかける声は敵手の命を奪った直後とは思えないほどに小さく、静謐なものだった。
 蓮がアサシンとそのマスターを相手にしていた時間は、10秒もないほど短いものではあった。しかしそれは、戦闘の最中であることを考慮すれば、隙どころの話ではないだろう。
 しかし目の前の男は、マキナはその間、蓮を攻撃することはなかった。千載一遇のチャンスであったはずだ。にも関わらず、何故この男は静観を選んだのか。

「深い理由などない。単に奴らの尻馬に乗るのが気に入らなかっただけのこと」

 語るマキナの身体は、今や満身創痍という言葉すら生温い状態となっていた。
 全身の至るところが罅割れ、砕け、無事な部位など一つとしてない。末端は既に空気中へと魔力の粒子として消失しかかっており、半透明になった肉体は徐々にその嵩を減らしつつある。
 限界であった。あらゆる要素を総動員して最後の聖戦へと挑んだ男は、それでも耐えられぬほどに消耗していた。

「俺達の聖戦は、俺達自身の手によって完遂されるべきだ。他力などには頼らん。
 それに、な」

 そこで、マキナは、自嘲するように口元を歪めて。

「奴らの勝利など、俺は認めんよ。それで今更何が変わるというわけではないが……俺は、みなとに何も報いてやれなかったのでな」
「それは……」

 言葉を続けようとして、しかし思い直し口を結ぶ。その先を言うのは最早野暮であり、今さら言葉にするまでもないことであることが分かったから。

 片膝をついていたマキナは、会話を打ち切るように立ち上がる。それだけで鋼の軋む音が辺りに反響した。いっそ痛々しいほどの損耗の大半は、紛れもなく蓮の創造によって刻み付けられたものだ。
 死に還れ、死に還れ、死んだ者は蘇らない―――その侵食は当然ながらマキナも一身に浴びており、致命傷などとうの昔に10も20も負っている。
 ならば何故、彼は今もなお立ち上がるというのか。

「最早、俺がやるべきことも、残されたものも何一つ存在しない。だから、兄弟」

 決まっている―――まだ死ぬわけにはいかないからだ。至高の死を求めるということは、逆を言えばそれ以外では死ねないということだから。
 何よりも優先すべきは聖戦。その先にこそ彼の求める地平があり、他の選択などありえないのだ。
 消えればいい。塵と還ればよかろう。呪われた機神と化した身体になど、端から一片の愛着もない。
 大事なのは魂。守るべきは誇りである。
 己が己だという確信を持ったまま、至高の敵と相対して取り逃がした極点へ至りたい。
 故に今こそ、積年の想いを拳に込めて―――


386 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:46:50 OZZemC9E0

「俺は、お前がいい。誰よりも真摯に生きた、お前にこそ」

 それは、あるいは彼の吐露した、たった一つの―――

「俺の生に、幕を引いてくれ」

 言葉と同時、マキナと蓮は、共に己が武装を構えて。
 刹那、二人の影が交錯した。
 一瞬の停滞。無言。
 静寂を切り裂いて響くのは、何かが崩れ落ちる音。

 倒れたのは、マキナの側だった。

「……これで終わりだ。もう二度と、お前に会わないことを願うよ」
「ああ、俺とて二度と蘇りたくはない。しかし、もしも次があるとしたら、その時は……」

 倒れる彼は、胸に深い亀裂を刻み、もう半ばまで消滅していて。生き残る道理など消え去っているというのに。
 敗北したというのに。

「俺の名を呼んでくれ、戦友。
 それによって、俺も確固たる真実を取り戻し……この忌まわしい世界から解放されると信じている」

 蓮に向けられた、いっそ穏やかな表情は、紛れもなく勝利を確信している顔であった。

 ―――そうして男は最期の瞬間まで、静穏な気配を崩さぬままに、ただそうであるかのようにしてこの世から姿を消した。

 ……。

 ……。

 ……。


387 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:48:14 OZZemC9E0


「……」

 マキナの消滅を見送った蓮は、そのまま膝から崩れるように、地面へと倒れ込んだ。

「セイバーさん!」

 慌てたような声と、駆け寄ってくる音が聞こえる。今まで尻餅をついたままだったアイは、しかしすかさず起き上がると、一直線に蓮のもとへと駆けてきたのだ。

「ああ、お前か……大丈夫か、怪我とかないよな」
「私はどうでもいいんです! でもセイバーさんは、また……また!」

 蓮の肩を縋るように掴むアイ、その声には微かに、嗚咽のようなものが混じっていた。
 彼女が見下ろす蓮の姿。彼の身体は、右腕を中心に大きく罅割れているのだ。流血もなく、崩壊もなく、けれど鉄が壊れたように刻み込まれた亀裂の数々。
 それが、蓮の右半身を覆っていた。

「悪いな。約束、破っちまった」
「もういいですそんなこと! それよりセイバーさんは、こんなに傷ついて……」
「……心配ねえよ。致命傷ってわけじゃねえし、治らないわけでもないんだ」

 そうして彼は、彼方を指差して

「それより、これは流石に目立ち過ぎだ。向こうに倒れてるあいつ連れて、さっさとずらかるぞ」
「でも、セイバーさん……」
「俺は平気だ。何度も言わせるな」

 アイは何度か逡巡し、すばると蓮を交互に見返していたが、やがて何かを決心すると一目散にすばるへと駆け寄って行った。
 蓮はそれを見送ると体を起こし、立ち上がる。
 静かに息を吐く。倒れるすばると、抱き起すアイを見遣る。
 その目は、彼女たちを見ているようで、しかしその向こうの誰かを見ているようでもあった。


388 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:48:57 OZZemC9E0

「アーチャー……」

 呟かれるのは、すばるのサーヴァントであった少女か。

「正直、俺は最後までお前を信用できなかったよ。腹の内に何を隠していたのか、それはもう分からないけどな」

 アーチャー、東郷美森は蓮にとって猜疑の対象であった。最初からこちらを騙すつもりで接触し、何を企んでいるのか分かったものではない。故に、セイバーはこの戦場に来た当初から、アーチャーのことを救うつもりなど欠片も存在しなかった。
 けれど。

「それでも、お前は自分のマスターを守り通したんだな」

 結局のところ、自分たちに残されたアーチャーの面影とはそれ一つだけだった。
 彼女が何を思い、何を願って戦っていたのかは、最早永遠の闇の中だけど。
 最後に己が主を庇い命を散らしたという、それだけが彼女の真実だから。

「正真正銘、お前は英雄だったよ、アーチャー。
 こんな俺とは、比べものにならないくらいに」

 その言葉だけを彼方に残して、蓮は罅割れた体を引きずるようにして歩き出すのであった。





   ▼  ▼  ▼





 夜空を見上げるように倒れ、瞼を閉じる少女が一人。
 アイに肩を揺さぶられながら、目尻から雫を一つ落とす。
 その手には、今まで持っていなかったはずの、折り紙でできた星が、固く握りしめられていた。

 アルデバラン。プレアデス星団「スバル」に続いて空へと上がる、おうし座の一番星。
 その星が意味する言葉は、『希望』。


389 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:49:36 OZZemC9E0



【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae 消滅】
【アサシン(アカメ)@アカメが斬る! 消滅】

【みなとの星宙 Quod Erat Demonstrandum…】



【C-3/崩壊した街並み/一日目・夕方】

【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 気絶、サーヴァント喪失
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る……そのつもりだった。
0:……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
使役するサーヴァントを失いました。再度別のサーヴァントと契約しない限り半日ほどの猶予を置いて消滅します。



【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
0:すばるさん……
1:世界を救うとはどういうことなのか、もう一度よく考えてみる。
2:ゆきの捜索をしたいところだが……
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばるとは仲良くしたい。アーチャー(東郷美森)とは、仲良くなれたのだろうか……?
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。
ランサー(結城友奈)と18時に鶴岡八幡宮で落ち合う約束をしました。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 右半身を中心に諧謔による身体破壊、疲労(大)、魔力消費(中)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
0:アイ、すばる両名を連れてこの場から離脱。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
4:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
5:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
6:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)及びアサシン(アカメ)と交戦しました。


390 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:50:31 OZZemC9E0










   ▼  ▼  ▼










 とある少女の話をしよう。
 独りになるのが嫌で、だからこそ自分一人が残されてしまうのを厭んだ、他の人間よりほんの少し心が強かっただけの寂しがり屋な少女の話。

 彼女はサーヴァントとして現界するにあたり、一つの願いを抱いた。
 "現世界の破壊"。少女たちの犠牲なくしては成り立たない、悲劇と不条理が満ちる世界の終焉。
 もう二度と誰も勇者にならなくて済むようにという、それは自らが置いていかれることを恐れたが故の逃避の願望であった。

 けれど。
 けれど、忘れてはいないだろうか。サーヴァントとは死後に信仰によって精霊種へと昇華された英霊の魂を分け御霊として召喚する術法。それが意味するところは、英霊は己が死の瞬間までに至る全ての記憶を持ち合せるということ。
 彼女は生前、確かに世界滅亡の願いを抱いた。しかし同時に、彼女は最も近くにいた"大切な友人"によって確かに救われているのだ。
 故に本来、サーヴァントとしての彼女が斯様な願いを抱くことなどない。既に真の意味で救われている以上、世界の破滅などという偽りの救済に逃避することなどありえない。

 ならば、何故彼女はその願いを抱くに至ったのか。

 それは、世界の果てに坐する者が決めたこと。紫影の果て、遥か高き世界塔の頂上におわす者が決めたこと。
 あるいは、桃煙の向こう側から嘲笑する無貌の■■たちによって"望まれた"がため。
 勇気と共に戦い、一度は絶望し、しかし再び勇者となった少女が"今度こそ堕落する姿を見たい"という下卑た願望。
 "こうなればきっと面白い"という手前勝手な願いが引き起こした結果が、この地において顕象された少女の有り様であった。

 しかし。
 しかし、その彼女は最後にはどうしたか。

 見たはずだ。かの地に集いし全ての人間は、遥か高みより睥睨する■■たちは知ったはずだ。
 世界を壊すことを望まれ、勇者から堕することを願われ、斯く在れかしと強いられた少女は。
 それでも、ただ一人の主のために己が命を散らしたのだと。世界の破滅を願わなかったのだと。

 故にこれは少女の勝利であり、世界から押し付けられた因果を乗り越えた最たる証でもある。
 顔も知らない誰かではなく、大切な皆のために。
 今こそ少女は、皆を救えた勇者となれたのだ。

 その少女の名を―――


【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である 消滅】






   ▼  ▼  ▼


391 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:51:09 OZZemC9E0





 ふらつく足元が、木の根や石に躓きかける。
 流れ出る血が寒々しく、急激に体温が失われていくのが自覚できた。体力も既に限界であったが、咳も息切れも起きない。それだけの余裕は存在しない。
 かの戦場から逃げ出した士郎は、暗闇が満ちる雑木林の中を、ひたすらに進んでいた。

 ―――死ねるか、こんなところで……

 気力だけを頼りに足を動かす。しかし地面に張った根に躓き、力なく倒れ伏す。
 あたりに水場などないのに、派手に響く水音。枝に引っ掛かり深く抉れた頬に痛みは感じない。
 抵抗する力も無ければ、立ち上がる力も無かった。
 心ばかりが先行して、体が言うことを聞いてくれない。当初は荒々しかった吐息すら、今は漏れるような小さな音しか出せていなかった。

 分かっている。自分が最早助からないことなど。
 けれど、それでも諦めるわけにはいかなかった。

 ―――俺が死んだら、誰が美遊を……

 考えることはそればかり。事ここに至って、士郎は自らのことなど露とも考慮していなかった。
 美遊。大切なたった一人の家族。
 彼女さえ守れるなら、自分は何もいらなかった。
 受け継いだ矜持も。
 自分の命も。
 ちっぽけな幸せも。
 差し出すことで美遊が幸せになれるなら、躊躇いなどしない。だからこそ、他者の命を奪って奇跡と為す聖杯戦争にだって、彼は表情一つ変えず臨んだのだ。
 人類を裏切った自分が、碌な死に方はしないなどと、とうの昔に覚悟はしていたはずだった。
 だが、まだだ。まだ自分は死ねない。
 美遊を救えてない自分は、死ぬことなど許されない。

 だからせめて、この願いを託せる誰かを求めようと。
 力を無くした腕を尚も、前へ伸ばそうと足掻いて。


392 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:51:35 OZZemC9E0




「―――え……?」




 はっ、と。その動きを止めた。
 葉の擦れる音に紛れて聞こえる、誰かの足音。先程まで戦っていた者たちではない。もっと小さな、そうだ、美遊と同じくらいの誰か……

 じりじりと顔をあげ、目を見開いた。

 銀色の髪に、赤い瞳の少女が、そこにはいた。
 妖精のように儚げな気配を湛えて、あの日出会った少女の姿が、そこにはあった。

「きみ、は……」

 頭の中が真っ白になった。
 どうしてここにいるのだと、そう考えるだけの余裕はない。反射的に、士郎はその少女へと手を伸ばした。
 少女は、差し出された腕をそっと握ると、安心してと言うかのように笑いかけた。
 その光景を前に、士郎の頬を一筋の涙が伝った。

 蘇るのはかつての記憶。
 エインズワースの牢に閉じ込められて、全てが徒労に終わったのかと絶望していた自分のかけられた、彼女の決然とした言葉。

 ―――友達だから助けます。ミユを不幸にする人がいるなら、私が絶対許さない!

 その言葉に、自分はどれほど救われたか。
 彼女がいてくれたから、俺の願いは半分叶った。
 美遊を傷つけない優しい世界は確かにあった。そして、美遊の友達が彼女を助けようとしてくれる。

 ああ、それは、なんて……

 ―――そうか。
 ―――お前はもう、独りじゃないんだな。

 ―――美遊。

 なんて、遠い遠い回り道。
 自分にとっての救いはすぐそこにあったのに、どうして今まで気付けなかったのか。
 不明な我が身を恥じる気持ちが湧いてくる。そしてそれを上回るほどに、暖かな想いが胸の奥から溢れてきた。


393 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:51:57 OZZemC9E0

「たのむ……みゆを、たすけ……」

 二人の間に、もう言葉は必要なかった。
 決意を湛えた表情で、彼女は一つ頷いた。白い少女はそのまま踵を返し、背中を向ける。

 ああ、それでいい。美遊を救ってくれるなら、俺はもう何も望まない。
 俺の役目は、ここで終わりだ。

 白い少女の姿が消える。もう行ったのだろう、それを見ることなく、士郎は再び倒れ伏した。
 見上げた空には、夜半の星が輝いていた。
 それを見て、士郎の口元に浮かぶのは、何かをやり遂げたような小さな微笑み。
 星の輝きを掴むように、もう一度だけ、そっと手を伸ばして。


 ―――切嗣……星が、見えるよ……


 奇跡はなく、希望もなく、理想は闇に溶けて消えた。
 見えない月を追い掛けて、それでも星を仰ぎ見て。
 夜闇を照らす輝きに、一縷の小さな願いをかけた。

 正義の味方にも悪の敵にもなれなかった自分は、ここで死んでしまうけれど。
 それでも、託せたものがあったなら。


 ―――ああ。なんて、きれいな……


 それは、確かに救いだろうと。
 奇跡へ伸ばした手を落としながら、衛宮士郎と呼ばれた男は静かに瞼を閉じた。


 あの日見つけた希望を胸に抱き、残せた希望を後に託して。
 果て無き旅路を往った男の人生は、かくの如きに終わりを迎えた。



【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 死亡】










   ▼  ▼  ▼


394 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:52:27 OZZemC9E0










「いや、稀なほどに醜悪な愚物よな。醜いからこその希少性を考慮しても尚、その腐臭は耐えがたい。
 贋作者の更に偽物などと、道化にすら劣る身で剣の丘の主を気取り、偽りの奇跡などに手を伸ばして一体何処を目指していたのやら」

 ……また、訳の分からないこと言ってる。
 イリヤが傍らの男の言葉に抱いた感想は、概ねそんなところであった。

 バーサーカーの襲来を退けて幾ばくか、イリヤとギルガメッシュは衣張山から麓までを繋ぐ参道を歩いていた。
 イリヤを介抱(と言うには些かぞんざいな扱いだったが)し終えた後、それなりに時間が経っており、目覚めたイリヤがこれからについて聞くと、「我に続けば良い」という有難い返事を貰ったという経緯がある。
 それは要するにアテがないってことじゃないのか、という内心は口には出さなかった。

「だから、"あれ"を殺したの?」
「愚弄しているのかイリヤスフィール。斯様な汚物、我が態々手を下してやる義理などないわ。
 勝手に朽ちるに任せればよかろうよ。あのザマでは死を免れまい」

 つい先ほど、ほんの数分ほど前。イリヤたちの前に"誰か"が現れた。それは、聖杯戦争のマスターだった。
 どうやら死にかけだったようで、その人物はイリヤたちのすぐ目の前で倒れ込んだ。死にかけで声も出さず、イリヤも目が見えなかったのでそいつがどのような人間なのかは分からなかったが、感じられる魔力の残滓からそいつが魔術師であることだけは理解できた。
 サーヴァントを失い自身も力尽きようとしているマスターになど興味はなく、イリヤはさっさと踵を返したのだが、どうにもギルガメッシュは無関心どころか嫌悪の感情さえ抱いているようだった。

「訳分かんない。つまり死にかけの負け犬がいたってだけなんでしょ。
 それともまさか、何か脅威になるようなことでも……」
「はは」

 薄っすらと、ギルガメッシュが笑みを浮かべ。

「イリヤスフィール、面白いぞ。貴様も冗談が言えるようになったか。
 そういう機能を積んでいたか、アインツベルンは」
「……何よ、いきなり」
「訂正しよう。二つだ」

 イリヤの言葉を待つこともなく、ギルガメッシュは勝手に話を進めていく。

「一つ目。あれは既に脅威と成り得ない。言ったはずだぞ、最早死は免れんと。
 二つ目。あれは我の天敵ではない。その身は剣製そのものだが、あれは正義の味方ではなく世界の敵だ。
 三世の果てたる、遥か遠きあちらのものだ」

「分かるか。これが何を意味しているか」

 全くもって分からなかった。
 このサーヴァントは、時々変なことを言う。しかしイリヤには、それが戯言であるとは何故か思えなかった。
 思えなかったが、それでも意味が分からないことに変わりはなく。


395 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:53:12 OZZemC9E0

「だから、分からないわよ」
「そうか。まあ仕方あるまい。貴様が望まれた役割とは意味合いを異とするものであろうからな」

 金色の男は目を細める。
 それは、遥かな果てを見据える瞳か。
 透き通った色の瞳で彼は、今や偽りとなった空を見つめる。
 彼は、星々の浮かびつつある天を見上げて。

 僅かに唇開いて。
 誰にでもなく呟いた。

「だが……ああ、そうだな。これだけは言っておかねばなるまい。
 イリヤスフィール、いと儚き造花の妖精よ。かの娘と同じく聖杯の器となることを運命付けられた者よ」

 そしてその瞳は、空からイリヤへと向けられて。

「美遊とは、何者なるや」
「ミユ?」

 イリヤは、眼窩に刻み込まれた傷を更に歪めるように、眦を曲げて。

「誰それ」


 ―――ギルガメッシュは、笑みを浮かべたままだった。



【C-3/常栄寺近くの雑木林/一日目 夕方】

【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[令呪]二画、魔力消費(中)、疲労(中)
[状態]健康、盲目
[装備]
[道具]
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし、失った未来(さき)を取り戻す。
1:ある程度はアーチャーの好きにやらせる。
[備考]
両目に刻まれた傷により視力を失っています。肉体ではなく心的な問題が根強いため、治癒魔術の類を用いても現状での治療は難しいです。


【ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]健康
[装備]
[道具]現代風の装い
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。
0:?????
1:自らが戦うに値する英霊を探す。
2:時が来たならば戦艦の主へと決闘を挑む。
3:人ならぬ獣に興味はないが、再び見えることがあれば王の責務として討伐する。
[備考]
叢、乱藤四郎がマスターであると認識しました。
如月の姿を捕捉しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を確認しました。






   ▼  ▼  ▼


396 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:53:39 OZZemC9E0





 常栄寺のすぐ近く、暗闇が満ちる雑木林の奥底で。
 たった一人うつ伏せに倒れる青年がいた。脇腹に大きな風穴を開けて、骨や内臓が垣間見える。夥しい出血は、彼の命がそう長くないことを告げていた。
 彼は地に顔を伏せたまま手足の一つも微動だにせず、何事かをぶつぶつと呟いていたが、程なくしてそれも途切れると、二度と動くことはなかった。

 星が、彼を照らしている。
 月を、彼を照らしている。

 けれど、彼の顔は最期の瞬間まで地に伏せられたままで表情は伺えず。彼が星の輝きを見ることはついぞあり得なかった。


397 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:54:22 OZZemC9E0
後編の投下を終了します。タイトルは「いつかあの花が咲いたなら -what a beautiful hopes-」です


398 : <削除> :<削除>
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399 : <削除> :<削除>
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400 : <削除> :<削除>
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401 : <削除> :<削除>
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402 : 名無しさん :2017/03/11(土) 21:27:26 OD685DUE0
投下乙です!
傷つき人の機能を失ってまでただ一人を守りたいと願った「勇者」の思いは、同じ志を抱く英雄ではない「人間」に引き継がれる。
そして受け取ったのは蓮だけではなく、すばるもまた同じ。
士郎とアカメは鋭利で強力な「武器」だったけれども、彼らはどこまでも「個」の力。
実際に二人を倒したのは蓮であっても、蓮がこの戦場に到るその因果を導いたのはすばると美森だった、と考えると感慨深いものがあります。
大作の執筆、お疲れ様でした!

そしてこちらは感想からは外れますが。
キャラの扱いといっても、前話から戦闘中のままリレーされたのなら誰かが落ちるのはむしろ自然であり、その過程に説得力があるかないかではないでしょうか。
その点、今回のSSは非常に濃密に三陣営の戦闘・葛藤が描かれており、無理な展開ではなかったと感じます。


403 : 名無しさん :2017/03/12(日) 00:04:58 nu3cznUk0
>>398,400,401
じゃあお前らが書けよ


404 : 名無しさん :2017/03/12(日) 00:08:28 dNppsTCI0
これ前の話で修正させる必要あったの?


405 : <削除> :<削除>
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406 : 名無しさん :2017/03/12(日) 00:58:13 M8ykiDjk0
疑い出したらキリがないぜよ


407 : <削除> :<削除>
<削除>


408 : 名無しさん :2017/03/12(日) 08:19:05 GUH8Ns5g0
>>403
何いってだ


409 : 名無しさん :2017/03/12(日) 13:32:04 T12UhTJ60
>>407
日付変わって即難癖レスが出たって意味で増えたって多いって意味じゃねーだろ


410 : <削除> :<削除>
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411 : 名無しさん :2017/03/12(日) 17:46:11 GUH8Ns5g0
>>410
話の内容そのものには矛盾がありませんが、
話の内容と書いた◆GO82qGZUNE 氏の前話へのスタンスが矛盾しているように思えます。
具体的には「脱落者の掘り下げの薄さ、原作から存在したフラグの未消化ぶりが目立つ」ということです。


412 : ◆HzzAu1EcCw :2017/03/12(日) 17:58:27 06b/rW3E0
必ず消化しなければならないものでも無いでしょうに


413 : 名無しさん :2017/03/12(日) 18:00:28 XlRCGs0Y0
誰だよ


414 : 名無しさん :2017/03/12(日) 18:20:48 M8ykiDjk0
ワシじゃよ新一


415 : 名無しさん :2017/03/12(日) 18:25:31 nVK/kxHQ0
脱落者の掘り下げどうこう言うんなら前の話のみなとの扱いにも突っ込んでね、どうぞ


416 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/12(日) 22:41:26 WDNWUeJg0
wikiにて>>391以降の展開に加筆修正を加え、話を分割しました。タイトルは「星に願いを」です。


417 : 名無しさん :2017/03/12(日) 23:31:00 RdgkuguY0
俺は、どこで間違えたのか
の部分でアサシンのサーヴァント+アーチャーの千里眼持ってながら情報収集を完全に怠っていたことと
欲のかきすぎだよwって突っ込んだわw


418 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/13(月) 00:31:40 0lOkKPOk0
 投下お疲れ様です。
 相変わらず非常に高い文章密度で繰り広げられるバトルと、一転非常に繊細な心情描写が素晴らしい作品でした。
 マキナと蓮の死闘も然ることながら、個人的に一番好きだったのは東郷さんの最期ですね。
 自分自身の願いをかなぐり捨ててでも一人の少女を護る為に死力を尽くした彼女の有り様はまさしく勇者と呼ぶに相応しい物であり、たとえすばるに黙っていた事が有ったとしても、その生き様はとても美しい物であったと思います。
 そして放課後のプレアデス組のやり取りと補完は原作の魅力や独特の雰囲気を最大限に引き出した、彼と彼女の物語の集大成とすら呼べるものでした。みなとは惜しくも脱落、すばるもサーヴァントを失う結果にはなりましたが、少年から受け継いだ奇跡は少女の胸の中に。星宙の物語は、形を変えて続いていくことでしょう。
 士郎とアカメの立ち回りは実に理に適った物であり、冷静な判断力と高い研鑽から繰り出される殺し手の数々は今作でも健在でしたね。満開を行った東郷さんすらも退け、結果的に彼女を破滅させた辺りは流石だな、と感じました。然し、堕ちた贋作者と暗殺者の結末は彼らがこれまで与えてきた物と同じように無情な物。士郎の最期は致命的にズレた勘違い、間違った幸福の中で迎える破滅――心無しか、アニメ版Fate/Zeroの間桐雁夜を思わせるそれだったように思います。
 "最低の悪"たる男は役目を終え、希望を託せた事に安心しながら命を落とす。されど、最期に幸福な達成感を抱いて死ねたのは、彼にとって救いだった事でしょう。たとえそれが、末期の瞬間に見た偽物の希望だったとしても。

 私としては加筆無しでも充分に良い作品だと言う考えでしたが、改めて加筆された事で作品としての完成度が高まったのもまた確かだと思います。いずれにせよ、特にこれ以上目立って修正が必要な問題は見当たらないかと。
 予約ではなく感想だけのレスになってしまい恐縮ですが、改めて素晴らしい大作、投下お疲れ様でした!


419 : <削除> :<削除>
<削除>


420 : ◆H46spHGV6E :2017/03/13(月) 07:21:26 ilc0bB.g0
投下お疲れ様です
まず読む前に増えたレス数を見てびっくり、投下作を読んでその内容の濃密さにびっくりと二重の意味で驚いた超大作でした
すばるとみなとの最後の交流、再会を果たした蓮とマキナの壮絶な死闘と決着。そして散りゆく者たちの思い。全てが情感を込めて、たっぷりと描かれていて陳腐な表現ですが感動しました
何より凄いのはこれほどの大作を予約から九日で書き上げ投下したという事実。一人の書き手として尊敬の念を禁じ得ない素晴らしい速筆さと技量だと思います

ただ投下を読んでいていくつか気になった点がありましたので修正要望という形で記させていただきます
まずすばるの宿泊している商店に美森が放ってマキナに弾かれた魔力弾が直撃したという描写ですが、マキナの宝具である「機神・鋼化英雄」には常時終焉の拳の効果がある程度まで付与されており、実際に「夢は巡る」においても地の分にて「創造を発動せずとも世界を捻じ曲げる領域にある渇望は拳に付与され、遍く万象を破壊して余りある」と明記されています
明確な描写こそありませんが美森がみなと組から逃走する際に放った魔力弾はマキナが拳を使って迎撃したと考えるのが自然でしょう。サーヴァントの攻撃をわざわざ拳以外の身体部分で受ける、ないし弾く意味がありませんし、やむを得ずそうしなければならないほどマキナの技量が低いということもこれまでの描写からは極めて考えにくいと思われます。
迎撃に拳を使ったとすると魔力弾は終焉の拳の効果によって完全に破壊され消滅していなければならないはずであり、今回の描写と矛盾が生じます。少なくとも家屋一つを破壊するほどの威力を保ったまま、マップにして一ブロック離れた商店まで飛んでいくと考えるのは無理があるのではないかと
また実際にマキナが魔力弾を弾いて遠くへ飛んで行っているのなら、随伴しているみなとがその様子に気づかないはずがなく、一般市民を巻き込むことを避けている彼が何のリアクションもしなかったこととも矛盾するかと思われます。さらに拙作「機神英雄を斬る」においてみなと組、美森はD-3まで移動しており、その直上のC-3にいる士郎が何のリアクションも見せていないのも不自然です。何せ流れ弾が自分に飛んできてもおかしくないということになるのですから作戦を見直す必要が生じるはずです。この点でもやはり矛盾が生じるかと
それら矛盾点を抜きにしたとしても、マキナが弾いた流れ弾が偶然一ブロック離れたすばるの宿泊先にピンポイントで命中し、偶然同じタイミングでアイ組がその場に居合わせているというのは個人的にご都合主義が過ぎるように思います。言葉を選ばなければ、すばるとアイ組を再会させることありきの超展開と言われても仕方ないのではないでしょうか


421 : ◆H46spHGV6E :2017/03/13(月) 07:22:09 ilc0bB.g0

次にアカメが満開を発動した美森に対して桐一文字を投擲したシーンですが、これも不自然と思える描写がありました
アカメの宝具である「一斬必殺・村雨」は原作「アカメが斬る!」に登場する帝具の中でも特に使い手を選ぶものであり、適性の低い者が持つと刀の妖気に充てられ振るうことはおろか手に持つことすらままならないという性質を持っています。当企画でこれを免れる可能性を持っているキャラは村雨を投影することで自身が担い手になれる士郎か強烈な自我を持ち財宝を用いた加護が期待できるギルガメッシュ、宝具の所有権を奪い取れる蓮ぐらいでしょう
上に挙げた面々にしてもサーヴァント戦の常識では有り得ないイレギュラーな存在なので、アカメが常日頃からサーヴァントに村雨を奪取されるリスクを厭うのは原作の設定・描写に反すると思われます。加えてアカメは基本的に帝具への愛着が薄いので奪われるリスクに精神的な抵抗を示す可能性も極めて低いでしょうし、そもそも奪われるリスクの大きさは使い手を限定する村雨より桐一文字の方が上です
また前話でのアカメの思考からしても極力手早く美森を倒したいという状況、かつ満開を発動した美森の意識の隙を突いた千載一遇の好機であるという点から鑑みても当該シーンでアカメが投擲する宝具は桐一文字ではなく村雨が自然かと思われます。村雨の刃が当たるリスクについても手元に桐一文字が残っていれば十分対処可能でしょう

第三に士郎とアカメが合流した際の行動についても違和感を感じました
まず前話終了時点で士郎の状態はダメージ(大)、魔力消費(大)、疲労(大)と明記されており、地の分にて「満身創痍」とも書かれています。この段階から今回の投下分でさらにフルンディング、ソードバレル、干将莫邪オーバーエッジ、ロー・アイアスを使用、かつマキナの攻撃も受けた上で一度撤退しアカメと合流しました
これほどの消耗を重ねた上でさらに攻勢に出て、あまつさえもう一度フルンディングを真名解放できるほどの余力があるとするのは無理があると思います。士郎は性格的に無茶をしやすいところがあり、アカメからさらに魔力を融通してもらうことで無理矢理戦闘を継続した、と解釈することもできますが、その場合アカメが士郎を制止しないのは明らかに不自然です
また既に一度大規模な戦闘と破壊が行われた現場にもう一度アカメを派遣するということは前話で二人が警戒したストラウスに発見される確率が(彼らの視点から)上がることをも意味しています。無論ストラウスに戦意がないことも二人は理解していますが、同時にそれが楽観でない保証もないという認識も抱いています
ただでさえも前話の時点で作戦が狂い、蓮という乱入者が現れたことで目立ちやすい状況でストラウスが何の行動も起こさないと言い切ることはできないでしょう。ストラウス以外にも騒ぎを聞きつけて介入してくる陣営の存在も十分考慮し得る状況です
この状況であれば逃走することで蓮やマキナたちに結託されて追われるリスクよりも再度戦場に介入することで返り討ち、ないしはストラウスを含めた他の陣営による襲撃を受けて死亡するリスクの方が上回ると思われます
追われるリスクに関してもアカメの気配遮断スキルの存在を考慮すればある程度軽減できるでしょう。
士郎組の消耗具合、目立つ戦場へ介入することに伴うリスクという二つの観点から当該シーンで士郎組が取る行動としては撤退が自然ではないでしょうか


422 : ◆H46spHGV6E :2017/03/13(月) 07:22:45 ilc0bB.g0

第四にアカメと蓮の戦闘シーンにおいて不自然、ないしは矛盾点と思える箇所がありましたので記させていただきます
まずアカメがアイを攻撃した際にアイが辛うじて反応していたシーンがありますが、これは些かアイへの過大評価ではないかと思われます。アカメの気配遮断は最高クラスであるランクA+であり、蓮はともかくマスターのアイが反応できるというのは不自然かと
加えて前話では多少なりとて戦闘に心得があるみなとがアカメの存在を認識すらできずに殺害されています。勿論みなととアイは全く違う作品のキャラであり、みなとは士郎の狙撃に意識を向けていたということもありますが、だとしても何の理由付けもなくこういった描写をされるのはリレー無視ないしは過度の軽視にあたるのではないかと感じました
またアカメについて「剣の腕を暗殺に転用した」と記述されていますが原作「アカメが斬る!」シリーズにそのような設定や描写は存在しません
原作においてアカメは幼少の頃に帝国に売られ暗殺者になるべく訓練を受け、その結果帝国の暗殺部隊の中でも成績上位七名だけが入れる精鋭部隊に配属されています。加えてそこからも多くの実戦経験を経て原作最強キャラであるエスデスが舌を巻くほどの気配遮断能力を得るに至っています
作品が違う以上多分に書き手としての解釈が関わる面もあるでしょうが、それを加味しても暗殺者としての技量でハサンの足元にも及ばないとするのは流石にアカメに対する冷遇が過ぎます。私も拙作「暗殺の牙」にてハサンの諜報の腕はアカメを上回ると書きましたが、ここまで極端な差として描写したつもりはございません
実際に当企画のサーヴァントのステータスシートでハサンとアカメの気配遮断スキルは同等であり、実際にアカメの暗殺者としての実力がハサンを遥かに下回るのであればステータスシートと矛盾することになります

第五に、こちらは少々細かい指摘になりますが死亡寸前の士郎がイリヤ組に出会った際の描写についてです
原作の参戦時期からすると士郎はイリヤの声を牢屋越しに聞いただけで直接対面はしていません。少なくとも顔を見ただけでイリヤを美遊の友達と認識することは不可能です

ここからは修正要望とは直接関係のない個人的な感想になりますが、今回の氏の投下は一つの話として非常によく出来ており、素晴らしいクオリティでした
しかしながら複数の書き手によるリレーとして見た場合のクオリティには些か難がある、とも感じられ、その一点だけが残念でなりません
既にWikiに収録しているにも関わらずの修正要望になりますが、何卒ご一考して下さいますようよろしくお願い申し上げます
以上複数レスに渡る長文、失礼致しました。ご返答をお待ちしております


423 : 管理人★ :2017/03/13(月) 19:38:14 ???0
管理人です。
当スレッドにおきまして、当掲示板としての容認基準を超える発言が散見されましたので
レス削除対応をとらせていただきました。

以降、無警告にて書き込み制限対象とさせていただく可能性がありますので、
当該レスに心当たりのある方はローカルルールをよくご覧の上、発言には
充分ご留意いただきますようお願い申し上げます。


424 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/13(月) 19:58:58 yKqbS4hk0
感想及びご指摘ありがとうございます。
wiki編集によるものですが、ご指摘いただいた箇所の修正並びに理由付け等の補完のための加筆修正を行いました。
主な変更点は以下の通りです。
・すばるの所在地まで銃弾が届いたことへの原因の説明を加筆。
・満開状態の美森への攻撃に使用した武器を村雨から桐一文字に変更。前後の戦闘内容を修正し加筆。
・士郎が戦闘状態を維持することへの理由付けの強化、並びに損耗状態の緩和についての描写を追加。
・アイがアカメに反応できたという箇所の描写を削除、並びにアカメとハサンの比較描写を修正。
・イリヤが士郎に対し姿だけでなく声をかけたという描写を追加。

以上になります。


425 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/13(月) 21:53:18 yKqbS4hk0
>>424
誤字がありました。
>村雨から桐一文字に変更
ではなく
>桐一文字から村雨に変更
が正しいです。


426 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/13(月) 21:59:50 yKqbS4hk0
>>423
ご対応ありがとうございます。お騒がせして申し訳ありませんでした。


427 : ◆H46spHGV6E :2017/03/14(火) 15:23:37 zhZi3paM0
◆GO82qGZUNE 氏

修正作を拝見いたしました。長文かつ多岐に渡る修正要望にも関わらずの迅速な修正に感謝を。ありがとうございます
アカメと美森の戦闘シーン、士郎とアカメの合流した際の会話と行動、士郎組によるアイ組への奇襲シーン、士郎とイリヤの邂逅シーンの描写についてはこれで問題ないと思います
しかしながら、すばるの宿泊先に美森の放った銃弾が飛んできたシーンに関しては修正が不十分かと。厳しい物言いをさせていただくならば、この加筆では何の説明にもなっていないと申し上げる他ありません
先に申し上げた通り、このシーンには複数の矛盾点があります。一つは何故触れたものを破壊する終焉の拳を持つマキナに弾かれて何故家屋を破壊するほどの威力を保ったまますばるの宿泊先に飛ばすことができるのかについて確たる理由付けや説明がないこと。もう一つは流れ弾が飛んでいく様子が見えていなければおかしいみなと、士郎といったキャラのリアクションが前話「機神英雄を斬る」及び前々話にあたる「夢は巡る」にて描写されていない以上この描写は成立し得ないという二点です
先に挙げた五つの修正要望の中でもこの部分こそが最も強く前話との繋がり・リレーを無視ないし破壊していると言えるでしょう

よって申し訳ありませんが当該シーンについてリレーにおける矛盾点が解消されるよう修正していただかないことには、私としてはこのSSを通すことに同意するという判断は致しかねます
これは何も当該シーンの存在が不快であるから認められないと言いたいわけではありません。むしろこのシーンの後の素晴らしい展開に続く重要な布石であることは重々承知しております
しかしそれが書き手同士のリレーという企画の前提を無視したものである以上、当企画に参加する書き手の一員として見過ごすことはできません。一読者として話を楽しむことと、書き手として話を通すことに同意するかは別ということです

以前◆GO82qGZUNE 氏の破棄要請を拒否した時に申し上げたことと被りますが、現状修正が不十分なこの話を通すということはリレーを無視した話が書き手の合意によって許容されたという前例を作るということと同義です
まして今の◆GO82qGZUNE 氏は企画主代行という立場にあります。その立場にある方が率先してリレーを無視したという前例が残ることは、その後のリレー展開において書き手の悪意の有無を問わず以前の話との繋がりを無視した話の投下が横行する原因となりかねません

とはいえ現時点で◆srQ6oTQXS2 氏が今回の話を通すことに賛同されている以上、私の見解は少数派の意見であることも事実でしょう
企画主代行である◆GO82qGZUNE 氏が企画の進行を重視し今回の話をこのまま成立させるという判断をなされるのであれば、一書き手に過ぎない私がそれ以上口を出せることではありません
しかしながらその場合、やはりリレーを無視した展開が罷り通ったという前例が残ることになり、また今後氏が当企画以外の聖杯・パロロワ企画で活動する際に第三者から偏見の目を向けられることも同時に懸念されます

結果としてさらなる修正要望になってしまいますことをお詫び申し上げます。最終的な判断は◆GO82qGZUNE 氏に委ねたいと思います
長文失礼致しました。ご返答をお待ちしております

それから管理人様。荒れたスレへの対応ありとうございました


428 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/14(火) 18:25:47 HGytHpVY0
まず初めに、修正点の確認のため再度拙作をご精読いただきありがとうございます。それと同時に、私の修正作業が甘く矛盾点が残ってしまったこと、当該修正点における加筆修正の箇所が分かりづらかったことをお詫びいたします。
事後報告になりますが、wiki編集において再度の加筆修正を行いました。修正箇所につきましては「かつて神だった獣たち」におけるすばると美森が合流した直後のパート、及び「いつかあの花が咲いたなら」における東郷美森の死亡表記が出るパートです。ご確認のほどよろしくお願いいたします。

またご指摘頂いた箇所と修正内容につきましては、当企画及び舞台設定の根幹となる相州戦神館學園万仙陣の設定を多分に使用しています。
現時点でこれら設定の詳細を記述した場合、終盤の展開・主催関連・舞台や参加者の根幹に関わる事情といったものの致命的なネタバレとなってしまうため、作中では敢えてボカした書き方をしています。言い訳にも近くなりますが、そういった事情があるということを留意していただけると幸いです。


429 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/14(火) 18:36:49 HGytHpVY0
平行しまして、ハサン・サッバーハを予約します。予約中であっても再度ご指摘を頂いた場合は逐次対応したいと思うのでよろしくお願いします。


430 : <削除> :<削除>
<削除>


431 : 名無しさん :2017/03/14(火) 19:53:17 iPlfMtvIO
ネタバレが存在するのなら、チャット等で他の書き手と共有した方がいいんじゃないでしょうか?


432 : 名無しさん :2017/03/14(火) 20:03:33 BW64vwPo0
リレー小説なことを考えると勝手に終盤の展開とか言っちゃうのは悪手な気がします
個人で書いている企画ではないので事実だとしても触れないのが正解だったと思います


433 : 名無しさん :2017/03/14(火) 20:51:49 BqlprAbA0
スレ1代行を行う以上黒幕や終盤の展開のビジョンを持つのは当然では?
それ無しに舵取りもできないと思うが


434 : 名無しさん :2017/03/14(火) 21:37:17 .8RBMiGY0
代行と言っても一介の書き手ですしその構想を他の書き手さん方と共有しないのは如何なものかと
それこそ非リレーで書くべきでは?


435 : 名無しさん :2017/03/15(水) 00:19:20 jHJWjwzg0
思ったんですが、こうまでこじれたのは企画主代行の曖昧な権限も一因ではないでしょうか
ここらでちゃんと、代行には企画主と同等の強い権限を持たせ(もちろん企画主様が戻られれば解任する)、さらに今一度誰が企画主に相応しいか投票なり合議なりで決めるべきでは?


436 : ◆H46spHGV6E :2017/03/15(水) 16:42:01 aCwNZ0Bc0
◆GO82qGZUNE 氏

再修正分、拝見いたしました
先に申し上げた通り、氏が企画の今後を見据えた上で決断されたことであれば私がこれ以上口を挟めることではないでしょう
とはいえ改めて説明するまでもないこととは思いますが、本来リレーの不備や破綻をこういった手段で強引に解決することは決して褒められたことではありません
また私の修正要望も無関係ではありませんが、今回の氏の投下によって企画を応援して下さっている多くの方々を困惑させ、管理人様が対処を行わなければならない事態に発展したことは事実です
無用な混乱を避けるためにも、今後のリレーにおいては終盤の展開のネタバレ防止を利用した強引な展開は極力控えていただきますようお願いいたします
私の長々とした修正要望に付き合っていただいたことに改めて感謝を。ありがとうございました


437 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:23:35 .6I7UcPc0
予約分を投下します


438 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:24:13 .6I7UcPc0

 夜に沈む古き都を、一迅の颶風となって駆ける黒き影が一つ。
 その動きは最早人の目には映るまい。速さもそうだが、気配と物的な痕跡の隠蔽が余りにも卓抜すぎる。時速にして100㎞を越える速度を出す等身大の小さな影が、三次元的な立体機動と"草"としての気配隠蔽術を駆使しながら疾走しているのだから当然の話だ。現にその影は幾度も無辜の通行人と思しき人影とすれ違っているが、彼らは皆一様に自らの傍を通り抜けていった風に振り返り首を傾げど、それが一体何であったのかはまるで分かっていない様子であった。
 その影―――ハサン・サッバーハは本来であるならば、このように軽率な真似は決してしない人物である。例え余人に目撃されぬほどの技量を持てども、衆目の前に姿を晒すような愚行を、山の翁たる稀代の暗殺者は犯さない。
 つまりそれだけ、今の彼には余裕がないということだ。
 まず単純に時間がなく、そしてそれ以上に―――相対する敵の全貌がまるで見えてこない。

(厄介極まる、四方五里を覆う霧の中を探すが如しとはこのことか……)

 加えて捜索の手がかりすら乏しいのが現状だ。これが人間であるならば、如何な隠蔽を施そうが大した労力もかけずに手がかりの一つは見つけられただろう。方法論こそ多様化すれどそれを扱う人間の精神性は古今変わらぬのが通説。人の心理を逆手に取り道筋を辿るのはハサンにとっては初歩の初歩なれば、これもまた暗殺術の応用の一である。
 しかしハサンの追う宿敵にその常識は通用しない。何故ならあれは人でもなければそもそも実体ですらない。比喩でもなく幻めいた姿は神出鬼没、痕跡を残すどころか物理的な距離を無視しているが如き移動は、まともに追跡できる範疇を逸脱して余りある。かといって心理を読みその移動先を推測するのも難しい。何故ならあれはハサンの右腕たる魔神(シャイタン)と同じ人外の存在だから、人の心理に当てはめることなど不可能。
 普通ならば、ここで捜索を諦めてもおかしくはないだろう。しかしハサンはそうしなかった。彼の執念がそうさせる、というのもあるが、彼にはある種の「アテ」があったのだ。

 ここで情報を整理しよう。
 ハサンが追っているサーヴァント―――仮に「幸福のキャスター」と呼称する―――は推定、マスターの存在しないサーヴァントだ。
 何故ならアレは無差別だから、アレを召喚したマスターとて無事で済むとは到底思えない。触媒等を用いて意図的に呼び出されるような存在ではなく、ならば偶発的な事故にも等しい形で召喚されたと見るべきだろう。そしてその場合、マスターの側に幸福のキャスターに対抗できる手段は用意されていない。
 すなわちアレはマスター不在でも長期間行動できる規格外の単独行動スキルを持つと推測できるが……しかし絡繰りはそれに留まらないと、ハサンは踏んでいる。
 その論拠としては、まず幸福のキャスターが扱う力が関係している。出会った者を無差別に籠絡し夢へと沈める精神攻撃、それはアレの在り方としてなのか、あるいは宝具の具象化なのか、ともかくとして"常時発動されている"タイプのものなのだ。性質としては歴代ハサンの一人である"静謐"のものに近しい。しかし物的な毒素である静謐のとは違い、こちらはあくまで精神攻撃、すなわち魔術的な手段によるものだ。その発動には確実に魔力消費の余地が存在する。
 そして何より、ハサンが遭遇したものは枝葉にも等しい端末。すなわち作りだされた分身だ。百貌のような霊基分割によるものか、新規で作成しているのかは分からない。だがそれにしても、少なからぬ魔力消費の余地があるとハサンは踏んでいる。
 如何な単独行動持ちとはいえ、常にそれらを垂れ流しにして現界を続けるのは難しい。ならば、その場合自分ならどうする?

 決まっている。内で足りないなら外から補ってやればいい。


439 : 夜を往く ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:24:46 .6I7UcPc0

「まさか、とは思うが……」

 あらゆる角度から死角となる、遮蔽物に囲まれた高所にて。夜闇に沈み徐々に街灯が点き始める鎌倉の街を見下ろし、ハサンは呟く。
 彼は何も、悪戯にここまで走ってきたのではない。彼が走ってきた、否「なぞってきた」のはこの地に奔る霊脈である。
 人における血管、魔術師における魔術回路と同じように、大地にもまたエネルギーを循環させる経路というものが存在する。
 それが地脈、あるいは霊脈と呼称されるものであり、かつそのエネルギーが地上に放出する場所こそが世に言われる霊地である。ハサンは今に至るまでそうした経路の直上をなぞるように駆け抜け、霊地と呼ばれるに相応しい土地を捜索していたのだ。そこに自分の求めるモノの姿があると思考して。
 何故なら、それら霊地はサーヴァントにとっては非常に都合のいい土地であるから。
 例えば、人間でないモノを存続させたりであるとか。

 今、ハサンの見下ろす眼下の街並み、その視線の向こうにあるものは、朱塗りの大規模な神社であった。
 山間の木々に囲まれた参道。有名な観光名所として普段ならば賑わっているはずが、今は人の気配など微塵も感じられない閑散とした雰囲気に包まれている。

 鶴岡八幡宮。鎌倉の街においても最大の規模を誇る大霊地だ。

 まさか、とは思った。
 市街地にもほど近く、多くの人の目に留まるであろうその場所。
 だがしかし、霊脈の筋と霊地としての格を鑑みれば、潜伏場所として最有力なのは疑いようもなく。
 そして何より、境内から感じられる微かな気配だ。魔力反応とは少し違う、恐らくはアレと直接相対していなければ違和感も持たないであろう多幸感にも似た感覚が、肌を刺して仕方がない。
 あの場所には幸福のキャスターの本体、ないしそれに近いものが存在する。一般市民の姿がないのもそれが原因なのだろうか。ともかくとして、ハサンは半ば確信に至るが……

(しかし迂闊には近づけまい。端末でさえあの強制力だったのだ、本体を呼び起こせばどのような災厄が降りかかるか……)

 故に彼は未だ近づくことができない。そも、彼単体では幸福のキャスターの本元を潰せるかどうかも分からないのだ。出来得るならば他の陣営を誘導し送り込んで始末させたいところだが、前提条件があまりにも厳しすぎる。
 ハサンのように、いやハサン以上に精神に耐性を持つことは必須であり、かつできるならば対軍か対城の攻性宝具を持つ者が望ましいが……そのような人員を確保し、あまつさえ誘導できるかと言えば、厳しいとしか言いようがない。
 これが百貌のハサンであったならば、偵察なり接触なり取れる手段は多くあっただろう。しかし呪腕のハサンはこの身一つしか持たず、故に失敗は許されない。


440 : 夜を往く ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:25:10 .6I7UcPc0

(優先すべきは幸福のサーヴァントの討滅……ならば一時殺しは封じ、誘導工作に徹するべきか)

 手が足りないなら他の者の力を使う。それは万事に共通する有用策であり、何も馬鹿正直に協力を申し出るだけには留まらない。自分の都合の良いように誘い、体よく使い倒すのもまた人心操作の手管だ。
 とはいえそれも、他者の存在ありきの策。ハサン一人ではどうしようもないという現状には変わりなく、故に彼は付近一帯に誘い出せそうな主従がいないかの捜索に移ろうとして。


「……む」


 視線の先に、それを見つけた。

 人のいない夜道をふらふらと歩く、それは歪な形をした影だった。
 首は折れ、肌は白く、およそこの世のものとは思えない人型。
 市井に蔓延る都市伝説の一つ「屍食鬼」に、それは酷似していた。

 本能のままに食らうだけの獣。化生がこの世に彷徨い出たか、と屍食鬼を見下ろせる位置からハサン。
 魔性なりしは我が道の障害であると、懐のダークに手を伸ばしかけ―――

(……いや。今は無駄に殺しを行い隙を見せるべきではないか。それよりもむしろ……)

 寸前で止めると、ハサンは気配の隠匿を更に強め、夜闇と同化するように潜めながら屍食鬼へと接近する。理由は明白、これを幸福のキャスターへの餌と利用するためだ。
 本当ならば、サーヴァントないし魔術師といった者を使いたかったが、ないものねだりはできないし、何より時間が足りない。それに屍食鬼などと明らかにネクロマンシーの関わる神秘ならば、釣られて幸福のキャスターが躍り出る可能性も少なくないはずだ。
 討滅の機会こそ未だ得ないが、その先駆けとしての情報は得られるだろう。変わり果てた少女の異形に、これが聖杯戦争などという場でなければ哀れみの一つも感じ入ったかもしれないが、しかしハサンは躊躇などしない。
 故に。

「存分に使わせてもらうぞ、御身の身体」

 そこからは、声もなかった。
 瞬時に四肢と口唇を拘束すると、ハサンは少女の異形ごと闇の中に沈み消えた。その場面を目撃できた者は皆無であろう。仮に少女の異形のすぐ隣に誰かがいたとしても、彼女が消えた事実に気付ける者はいまい。それほどまでに、鮮やかな手さばきであった。
 後には変わり映えのない夜闇の静寂だけが、その場を満たしていた。激化していく戦場とは裏腹に、鎌倉の街は不自然なまでの穏やかさを保っているのであった。


441 : 夜を往く ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:25:37 .6I7UcPc0

【B-3/路地/一日目 夜】

【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night】
[状態] 健康、魔力消費(中)、焦燥
[装備]
[道具] ダーク
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:由紀を守りつつ優勝を狙う。だが……
0:鶴岡八幡宮へと他陣営を誘導したい。最優先は『幸福』のサーヴァントの討滅。
1:『幸福』のサーヴァントの早急な討伐。並行して由紀を目覚めさせる手段の模索。
2:アサシン(アカメ)に対して羨望と嫉妬
3:セイバー(藤井蓮)とアーチャー(東郷美森)はいずれ殺す。しかし今は……
※B-1で起こった麦野たちによる大規模破壊と戦闘の一部始終を目撃しました。
※セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)の戦闘場面を目撃しました。アーチャー(東郷美森)は視認できませんでしたが、戦闘に参加していたことは察しています。
※キャスター(『幸福』)には本体と呼ぶべき存在が居るだろうと推察しました。
※丈倉由紀は現在B-2山間部の人目に付きにくい場所に隠蔽された上で安置されています。
※キャスター(『幸福』)の本体が潜伏している場所の有力候補として鶴岡八幡宮があると推測しています。実際これが当たっているかどうかは後のリレーに任せます。
※現在■■を確保し、それを鶴岡八幡宮への斥候として使おうと画策しています。行動の優先順位は1.敵情視察、2.戦力確保になります。


【■■@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[令呪]?????
[状態]?????
[装備]?????
[道具]?????
[所持金]?????
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
深海棲艦と便宜上仮称されますが、それ以外にもゾンビウィルスとか他の諸々も混じったハイブリットな存在になってます。そのうち突然変異とかもするかもしれません。


442 : 名無しさん :2017/03/20(月) 22:25:57 .6I7UcPc0
投下を終了します


443 : 名無しさん :2017/03/21(火) 01:03:56 OBcOdq.Y0
投下乙です
ついに焦点が当てられてきた『幸福』、鎌倉のサーヴァントの中でも最も謎に包まれた存在ですが、ハサン先生はこいつを討伐できる主従と出会えるのかどうか、そして死んでゾンビになっても利用される如月に黙祷

それにしても、全身黒ずくめの仮面被った男が少女を後ろから拘束……事案かな?


444 : 名無しさん :2017/03/21(火) 01:45:33 bBkcQJBE0
投下おつー
鎌倉聖杯である意味いっちゃん厄介な幸福がついに剥がされていくことになるのかな、これは
ちょいちょい他のハサンズに触れられてたのが嬉しかった
しかし如月はいくら不死身のアークナイトのマスターとは言え本人までとは……
バリアン化待ったなし


445 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/06(木) 21:12:20 bjPL5Pkk0
叢、スカルマン、ストラウスを予約します


446 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:13:14 baa7dMsE0
予約に丈倉由紀を追加します


447 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:13:48 baa7dMsE0
投下します


448 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:14:16 baa7dMsE0


 この土地を囲んでいる山林を臨み、住宅よりも更地が目立ち始めた街の外縁部。
 すっかり日が傾き、厚い雲に覆われた空の下、めっきり人家が減ったため夕闇に包まれた道を、一人の男が黙々と歩いていた。
 そう早くない歩調で歩むのは、先の戦闘以来そのままに黒衣を纏ったストラウス。
 彼は言葉なく、表情を変えることなく、視線を一点に定めたまま歩む。


「……」


 黙々と歩く彼の周囲に満ちるのは、梅雨の空にも似た、湿気た感触の生温い空気。
 吸血種に特有の、血臭の空気。
 そんな空気に満たされた夕闇の中を、アスファルトを踏む男の足音が、規則正しいリズムで淡々と響いている。

 人家や街灯の灯りが少ない、無人の空間。
 こつり、と歩みの止まる音が一つ。

 立ち止まるストラウスは、振り向くことなく、ただ静かに口を開いて。


「……マキナ卿は離れ、弓兵の目は遠ざかり、何処かのアサシンもまたこの場を去った」


 誰もいないはずの虚空に、言葉を投げかけた。


「そろそろ出てきてもいい頃合いだ。そうは思わないか、"アサシン"」


 ───……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


449 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:14:43 baa7dMsE0


 この一日足らずで鎌倉の街には多くの戦場が生まれた。比較的長期間あった予選期間ではまずありえなかったほどの破壊の爪痕が、極めて短い間にいくつも穿たれた。
 その中でも最も目立ち、衆目にその姿を晒したのが、鎌倉駅近くで発生したあの烈しい火柱だろう。そこで行われた戦闘がどのようなものだったか、想像することさえ難しいが、ともかくその余波で今も交通や人の流れに混乱が生じているのだ。
 為された破壊は無論これだけに留まらず、市街地や公道、あるいは山林といった諸々が等しく大規模な被害を受けている。そのどれもが、本来の聖杯戦争であったならば神秘の秘匿に反するとして警告ないし討伐令が課されるほどの規模であることは言うまでもない。
 そう、普通ならば。監督役や、あるいはルーラークラスの采配によりある程度の抑止が存在するはずなのだ。
 それは逆説的に、この聖杯戦争が普通でないことを意味している。
 よってこの街で行われるのは力と力の衝突であった。単純明快、あまりにも分かりやすい構図は故に各々の持つ戦力差を常以上に浮き彫りにするのだった。
 一般社会の裏で匹夫のように隠れ潜む必要がなくなり、そもそもマスター自体が"この街どころかこの世界の住人"でない以上、遠慮する意味すら存在しない。情報、絡め手、社会的束縛───そうした本来ならば極めて強い効力を発揮したであろう要素は軒並み無価値となり、出会い頭に殴りつける力だけの強者が幅を利かせているのがこの聖杯戦争の現状だ。
 何とも単純で、甲乙分かりやすく、だからこそ歪な代物だ。
 今や魔都と化した鎌倉は狡からい弱者の生存を許さない。適者生存などと生温く、文字通りの弱肉強食こそがこの街を支配する理であった。

 そんな中でアサシン───スカルマンはひたすら偵察と諜報に徹していた。
 それは先の理論に当てはめるなら間違いなく弱者に分類されてしまうがための護身であると同時に、その隠密性こそがスカルマンの備える強みでもあるためだ。

 大きすぎる力の発露は、言わば巨大な光源だ。誰しもが目を惹かれ、そこに視線を釘づけにされてしまう影響力を持つ。そして光あるところには、必ず影が生まれる。光が強ければ強いほどに、生まれる影は色濃くなる。
 アサシンとは影に潜むものだ。巨大な力とその発露によって発生する混乱、その隙間を縫い暗躍する者が呼ばれる名だ。
 気配遮断の効力など言うに及ばず、起こり得る幾多の戦闘を回避し自分が勝てる戦いのみを取捨選択する。それが、アサシンたるスカルマンの闘法である。戦況のと状況の単純化により策謀の入り込む余地は激減してこそいるものの、闇討ちの有用性は変わらず高いままだ。
 事実、彼はその信条によって多くの勝ちを得てきた。予選期間の暗殺は元より、本戦に入っても三騎士の一角たるランサーを正面から打倒するという快挙を果たした。

 気配の寂滅───夜に溶け影と同化し、比喩でもなく闇から不意を討つ暗殺者の業は、アサシンにとっては最大の武器であり唯一の生命線だ。


「そろそろ出てきてもいい頃合いだ。そうは思わないか、アサシン」


 だから、その言葉に驚きが無かったと言えば、それは嘘になるだろう。
 投げかけられた声は当てずっぽうの類のものではなかった。声に込められた意識は、物陰に息を殺して潜むスカルマンを明確に貫いていた。


450 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:15:26 baa7dMsE0

 先の騒乱───黒円卓のライダーと黒衣のアーチャーの衝突に際し、膨大な魔力の奔流を感知したスカルマンは事態に関わることなく静観の構えを取っていた。
 事態を見極める必要があったのもそうだが、スカルマンにはあの戦闘に介入できるだけの実力がないというのが大きかった。正午頃のランサー二騎との戦闘とは比較にならない。状況の偏移を利用すれば勝ちを拾える可能性が十二分にあったあれとは違い、黒のライダーとアーチャーは真正面から戦っては絶対にいけない存在であると直感していた。
 よしんば不意打ちに成功し、どちらか一騎を仕留めたとして……残る一騎の追撃を振り切る余裕はスカルマンにはない。彼は精神が破綻した人間であるが、実利と理合を解するだけの知性を持ち合わせている。
 だから彼は、乱入した別個体のアーチャーの追撃に離れたライダーを見送り、一人立ち去るアーチャーをこそ追跡した。実のところ理由は他にもあるのだが、彼自身あやふやにしか認識できていないため上手く言葉には表せない。ともかくとして、スカルマンは気配遮断を発現させたままストラウスを追跡するに至っていた。
 気付かれてはいない。そのはずだったが……

「何故気付いた」

 姿は見せないままに、低く振り絞るように声を出す。
 存在を悟られているからには、これ以上息を潜めても意味はない。

「その問いに意味などないということは、お前が一番分かっているんじゃないか?
 どのような理由があるにしろ、お前の存在は暴かれ、我々はこうして向かい合うに至っている」
「故にその先を見ろとお前は言うのか。ならばどのような魂胆で語りかけた。私と言葉を交わしてお前に何の益がある」

 両者の声は、耳鳴りがするほどに静かな夜半にあって澄み渡るように響くものだった。どこまでも透徹で、どんな感情の奔流をも伺わせない。
 声と並行して、スカルマンは襟の裏に仕込まれた白銀色のナイフに指を這わせた。迎撃の準備はできている。ここで事を荒げる気はスカルマンにはないし、それはアーチャーも同様だろう。
 だが後者に関しては推測にすぎない。警戒と準備をしておくに越したことはない。

「聞きたいことが一つある」

 振りかえることもなく、ストラウスは言葉を続ける。

「何の用でここまで来た」
「質問を返そう。何故来られないと考えた?」


451 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:15:58 baa7dMsE0

 それは余りにも今更過ぎる疑問だった。
 あれだけ目立つ真似……とまでは言わないが、特に隠蔽の術式も施さぬままでの戦闘を行っておいて、それを他の陣営に感づかれないと高を括っているのだとしたら、それは相当な間抜けだろう。
 そして衆目に姿を晒したサーヴァントを、そのまま放置する道理もない。そのような誰でも思いつく事柄を、まさかこのアーチャーが気付いていないとは思えない。

「無論、お前が私を殺すつもりで来ていたなら、こんなことは聞かないさ」

 ぬけぬけとストラウスが返答する。

「あるいは私を利用ないし貶めようとしての偵察であるならば、私はお前を逃がしはしなかった。対話とて望みはしない、ただ一刀の下に斬り伏せただろう。
 だが違う。殺意も害意も、謀略の気配すらお前は感じさせなかった。さりとてこうして向き合う限り、無感というわけでもないらしい」

 ストラウスが更に言葉を続ける。木枯らしが吹きつけるかのような寒々しさが、夕闇に木霊する。

「故にもう一度聞くぞ、アサシンよ。"何の用でここまで来た"?」

 そこでストラウスは初めて振り返り、スカルマンの潜んでいるであろう空間の座標へと視線を向けた。
 瞬間、人間的な感情など磨滅したはずのスカルマンの総身を、例えようもない悪寒が走り抜けた。ただストラウスが目を向けたというそれだけで、古代の頭部体により汚染され尽くされたはずの精神が凍りついたのだ。
 射殺すような視線という比喩があるが、これはまさしくその発露に他ならない。相手が相手ならばそれだけで精神死を与えかねないほどの威圧が、今はスカルマンただ一人を狙い撃っていた。

「……返答次第では、どうするつもりだ」
「己に不都合な者への対処など、それこそ一つしかないだろう。
 その口と手足を、二度と動かせぬようにするまで」

 瞬間、スカルマンは腕に蓄積させていた力を解き放ち、ノーモーションで手のひらのナイフを擲った。
 一呼吸する間もなく虚空から15もの銀閃が電光の弾丸となって降り注ぐ。その全てがスカルマンの投げ打つ特殊性のナイフであり、瞬間的に秒速500mを突破した質量のある閃光は曲線的な幾何学模様を描きながらストラウスへと殺到する。
 一つ一つがサーヴァントの頭蓋を粉砕して余りある威力を誇る一撃だ。無拍子で放たれたそれは10mの相対距離をコンマ秒以下で踏破する。生半なサーヴァントでは反応どころか前兆を悟ることすらできないであろう超速だ。
 しかし。


452 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:16:58 baa7dMsE0

「───……!」

 声なき声はスカルマンのもの。
 髑髏の面に覆われ心すらコーティングされたはずの彼の表情は、しかし生身のものであったならば埒外の驚愕に歪んでいただろう。

 狙い撃ったはずのナイフ群は、しかしストラウスへと突き立つことはなかった。
 彼の肉体に吸い込まれる寸前、まるでその直前の空間に縫い付けられたかのように、全てのナイフが慣性の法則すら無視して完全に静止したのだ。
 そこだけ時間が止まったかのような光景であった。動から静へ、100から0へ。音速を越える速度の弾丸となったはずのナイフは一切動かぬ彫像と化し、払うように動かされたストラウスの腕に従うように、次瞬にはバラバラと地面へと落下したのだった。

「実のところ、お前の魂胆はある程度予測はできる」

 そして、異常事態はそれだけに留まらない。
 撤退に脚を動かそうとして、気付く。自分の体が思うように動かない。
 何時からそうなったのか、スカルマンには皆目見当がつかなかった。動かそうとした直前か、ナイフを落とされた時か、あるいは"もっと前から"仕組まれていたことなのか。
 思慮の暇もなく不可視の力が全身を覆い、投網に引かれるように総身が物陰から引きずり出された。動作の利かない肉体がストラウスの前に投げ出され、圧し掛かる超重力と化した圧力をその身に受けながら、彼の透徹とした視線に見下ろされる形となる。

「確証と、お前が何者であるのかという裏付けが欲しかった。
 そして確信したよ、お前は私が何を目的に動いているのか、単純にそれを見極めようとしていたのだな」
「……その通りだ」

 窮地に立たされているとは思えないほどに静かな声で、スカルマンが首肯する。
 彼は今まで幾人もの主従を目の当りにしてきた。聖杯を望む者、聖杯を拒む者、只管に帰還を願う者、現状に戸惑い狩られるのを待つだけの者……大まかにはその四種だった。
 極限状態において人間の思考というものは想像以上に単純化される。聖杯戦争という命の獲り合いに際してほとんどの者が四通りに分類できてしまうほどに。
 それ自体の善悪を論議するつもりはスカルマンにはない。ただありのままに受け入れ、四種の主従全てを平等に討ち果たしてきた彼だが、しかし目の前のサーヴァントは些か趣が違っていた。


453 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:17:31 baa7dMsE0

「幾多のマスターにサーヴァント……奴らは聖杯を肯定するにせよ否定するにせよ、行動の大前提として聖杯の存在を視野に入れていた。
 だが、お前は……"それ"を見ていない。先の行動も、私への言動も、聖杯戦争に臨むサーヴァントのそれではない」

 黒円卓は見るに値しないと言った。その先を見ろと彼は言った。
 俄かには分からず、あるいは愚者の戯言とさえ聞こえてしまう言。しかしスカルマンには、都市の暗部を駆け抜け一寸先すら見えぬ謀略の闇を踏破したスカルマンには、それがアーチャーにしか見えない光明であるのだと直感として理解できた。
 戦術、戦略の面において強大なサーヴァントを放置していい道理などなく、ならば彼にしか見えぬ先とは一体何であるというのか。

「お前は、何を観ている?」
「それをお前が知る必要はあるのか、スカルマン───夜闇に跳梁する悪殺しの暗殺者よ」

 事もなげにスカルマンの真名を言い当てるアーチャーに、しかし最早驚きさえ覚えない。
 その程度こいつならばやってのけるだろうという、根拠のない思いがスカルマンの中で輪郭を濃くしていた。
 この世に君臨していながら、しかし別位相の世界を睥睨しているとさえ思えてしまう、浮世とは無縁の気配を醸し出すこの男ならば。

「私は私の目的を果たすまでだ。そしてそれは、他の者とて同じだろう。
 彼らと私の違いは、その途上に聖杯の存在があるかどうかという一点に過ぎまい」

 ストラウスが、そこまで言ったその瞬間であった。

 耳を劈く轟音と、地を揺るがす激震が二人を襲った。突発的に発生した大規模な地震の如く、目に見える視界が肉体ごと揺れ動く。
 何者かの攻撃かと重圧に抵抗して視線を向けるも、周囲はおろか隣に立つアーチャーさえも平静そのものだ。スカルマンはそこで初めて、この揺れが自分たち"だけ"を襲ったのではなく、極めて広範囲に渡って伝播したものだと気付いた。

 遠く離れた視線の先。西方、稲村ケ崎方面の街並みが、夕焼けよりも尚赤く燃え上がっているのを、伏せたままのスカルマンは目撃したのだった。

「これは……」
「再度砲撃が行われたか。何を考えているかなどと、私などよりもアレのほうが余程理解が及ばないだろうに」

 砲撃───正午頃、相模湾沖に鎮座する戦艦がその沈黙を破り、海岸線へ向けて艦砲射撃を敢行したことは、スカルマンも知っている。
 そして今、二度目の砲撃が行われた。それは一体何を意味しているというのか。


454 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:18:03 baa7dMsE0

「流石にいつまでもアレを放置しておくわけにもいくまい。遠からず討伐のため乗り出す主従も出てくることだろう。
 そして無論、"私もそうするつもり"だ」

 言葉と同時、スカルマンの総身にかかっていた不可視の重圧が、突如として消失した。
 赤い眼光が一瞬閃き、四肢を躍動させて瞬時に飛び退る。その様子を、ストラウスは何をするでもなく見下ろしていた。

「今回は見逃してやる。疾く失せるがいい、スカルマン」
「……何の、つもりだ」
「二度言うつもりはない」

 何を手出しすることもなく佇み続けるストラウスに、スカルマンは訝しげな視線を寄越すも、この場を去るのが得策だと分かってかすぐさま音もなく闇の中へと走り去った。
 秒とかからず、ストラウスの姿は遠くなり、スカルマンの視界から姿を消す。
 暗くなりゆく街並みを駆けるスカルマンは、先ほどまで絶対の窮地にあったとは思えないほど、痛みも支障もなく軽快に動作していた。

 ───命拾いをした……いや、情報拡散のために見逃されたと言ったほうが妥当か。

 考えるのは当然、一連の出来事についてだった。恐らくは戦艦の主に対する動向を拡散するため見逃された、自分たちのやり取り。
 スカルマンがアーチャーに対して一種の疑念を持ち、それを晴らすために行動していたということについては、最早説明するまでもないことだろう。
 それは他ならぬスカルマンだからこそ思い至ることができた疑念だった。都市を覆う複雑怪奇な陰謀を巡り戦った暗殺者の英霊たる彼だからこそ、感づくことができた違和感だった。
 結局その疑問が晴れることはなかったが、しかしそうだとしても、何故殺害に徹する暗殺者であるはずの彼が、ここまでその払拭に執心したのか。

 それは、ある種の確信があったからだ。
 理屈ではなく、直感として。
 彼のアーチャーが見据えるものが、自分たちの行く先、ひいては聖杯戦争そのものを左右するのだという言い知れぬ予感が存在した。
 黒衣の彼を見た瞬間にスカルマンの脳裏によぎったのは、そうした彼自身も分からぬ思考だったのだ。


【D-3/材木座海岸付近/一日目 夕方】

【アサシン(スカルマン)@スカルマン】
[状態] 気配遮断、疲労(小)
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、敵を討つ。
1:……
[備考]
※現在叢とは別行動を取っています。
※ランサー(結城友奈)、アーチャー(ストラウス)を確認。





   ▼  ▼  ▼


455 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:18:37 baa7dMsE0





 鎌倉の街を覆う都市伝説の一つに、骸骨男というものがある。

 それは闇夜を駆ける一つの影。
 夜に溶け込むような漆黒のコートを身に纏い、白い髑髏の顔だけを、月明かりで照らし出す。
 正体不明のその影は、鋭い刃物を以てして逃げ惑う者を切り裂き、その命を奪うのだという。

 よくある犯罪型のフォークロアだ。取り立てて珍しいことでもない。しかしこの街においては有する意味が全く違ってくる。
 当初、ストラウスはこれを暫定的にハサン・サッバーハによるものだと仮定した。
 イスラム教の伝承に残る暗殺教団の長。山の翁と呼ばれる者たち。
 "聖杯戦争において最もアサシンとして呼び出される機会が多いであろう"反英霊だ。

 とはいえそれだと疑問が残るのも事実だった。
 仮にそれがハサンであるならば衆目に目撃されているとは考えづらいのだ。
 彼らほど卓抜した暗殺者は人類史においてもそうはいまい。それが外見的特徴を言伝にされるほど明瞭に姿を晒すなどと、単純におかしな話である。

 所詮は多くある都市伝説の一つ、あるいは聖杯戦争とは関係ない風聞の産物である可能性もあったが、しかしストラウスの眼前に現れたサーヴァントによりその疑問は氷解した。
 髑髏面に漆黒のコート。衆目に姿を晒す可能性があり、ストラウスの気配感知に引っ掛かる程度の遮断能力を持ち合わせ、なおかつ現代装備で身を固める英霊ともなれば、思い当たる候補は一つしかない。
 すなわちそれがスカルマン。企業城下都市大友において新人類を巡る戦乱に身を置いた英霊だ。
 それならば暗殺者として落第とも称せる真似をしたことにも納得が行く。何故ならスカルマンとは「本来暗殺者などではない」からだ。
 闇夜に紛れ敵を討つ様は、確かにアサシンのそれではある。しかし彼はガ號計画によって生み出された人造の幻想種を真っ向から相手取り、その悉くを討ち滅ぼした「戦士」としての英霊である。
 故に本来、彼は暗殺や気配遮断の逸話にはそう恵まれてはいない。市井に流布された風聞と、近現代の英霊であるための矮化が重なったことによる霊基の劣化から、アサシンのクラスに宛がわれたと見るのが妥当であろう。


456 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:19:02 baa7dMsE0

「単純化した状況を崩すには、暗躍する者が必要となる」

 ストラウスが彼の真名を言い当てるに至った理由はそこにある。しかし、重要なのはそれではない。
 スカルマンを見逃した最たる理由。それは「悪殺し」の逸話にあった。
 悪を以て悪を殺す、それすなわち悪殺し。生前の逸話においてスカルマンが殺してきたのは、何時だとて悪と、それに連なる者であった。

 そして、仮にこの聖杯戦争がストラウスの考える通りのものであるならば。
 この地に集うサーヴァントは触媒ではなく縁によって召喚されるものだ。ならば悪殺しのスカルマンを召喚したマスターの性質も予想は難しくなく。

 故に、彼はスカルマンを解き放ったのだ。

「繋がってくれるならば僥倖だが、さて……」

 これは、いわば布石の一つだ。
 策とは状況が複雑になるほど効力を増す。単純な状況下ならば正面から殴り合い力で劣るほうが負けるだけとなるが、複雑化すればその者にも把握できない情報や読み切れない局面というものがどうしても生まれてくる。
 逆に言えば、保有する情報が限定されればそれに縛られることもあるということ。

 仮に……いや十中八九、彼は聖杯を狙っている身であるだろうが、しかしスカルマンも分かっているはずだ。"自分には打ち倒せない存在がこの街には多く在る"ということを。
 材木座海岸の彼方に見える、漆黒の戦艦がいい例だ。翼を持たず遠距離の火力も持ち合わせないスカルマンにとって、あれほどの鬼門は存在すまい。戦うどころか、まず近づくことさえ困難であろう。
 故に、彼はストラウスを害せない。そうする利がまるでない。そして、先の問答においてストラウスは"それ"を更に強固なものとした。一つの情報だけを与え、野に放した。ならば彼はどう行動するか?
 決まっている。強者を弱者が滅ぼす手段とは、大抵が不意打ちか計略、あるいは"同士討ち"が主だ。それは古今東西変わることがない。

 かくして楔は打ち込まれ、局面は更に転換していくのだった。


【D-3/材木座海岸付近/一日目 夕方】

【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 陽光下での活動により力が2割減衰、魔力消費(小)
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:現状を打破する方策を探る。
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
・確認済みのサーヴァント:
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(東郷美森)
・真名を把握したサーヴァント:
アーチャー(エレオノーレ)、ライダー(マキナ)、ライダー(アストルフォ)、アサシン(スカルマン)





   ▼  ▼  ▼


457 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:19:44 baa7dMsE0





「そうか……よくやったな、小太郎、影朗」

 人の気配が微塵も感じられない山間の獣道に、叢たちの姿はあった。
 低く唸るような声で労いの言葉をかける叢の傍には、今の日本ではそう見られないであろう巨体の狼が二頭、寄り添うように首を垂れていた。

 叢が秘伝動物たる二頭の狼を解き放ち、索敵の結果報告を受けたのはつい先ほどのことだ。
 人間を遥かに超える感覚機能を持ち、忍としての技量と勘も兼ね備える彼らは諜報員として優秀であり、単純に頭数が増えるということもあってこうした場面では非常に重宝する。予選期間内において複数人のマスターを発見し掃討できたのも、彼らの存在あってことであった。

「よし、では案内してくれ。我も向かおう」

 うぉん、と吠える声が二つ。
 勢いよく飛び出していった二頭を見送り、叢もまた一歩足を踏み出した。

 街中の喧騒とは打って変わり、風の音だけが微かに耳に届く山景を歩くこと暫し。叢を先導していた二頭が、その位置を示すように座り込み、じっと叢に視線を向けているのが見えた。

「そうか、ここか」

 平静そのものな口調とは裏腹に、叢は内心驚愕と感嘆の念を湛えていた。
 小太郎と影朗が示したのは、一見すると何の違和感もない茂みである。素人目には分からないどころの話ではなく、叢の目からしても、二頭の案内が無ければまず発見できなかったであろうほどに、その隠蔽は巧妙なものであったのだ。
 直接的な隠蔽工作のみならず、地形的な角度に獣道の心理的な誘導、それらを余さず駆使することにより叢ですら分からないほどの隠行が施されていたのだ。
 更に恐ろしい事実に、叢は知る由もないが、この隠蔽は「時間が無かったために急造で拵えた簡易的なもの」なのだ。余りに急を要するために対人用に特化して施された隠蔽は、しかしあと少しでも余裕があったならば小太郎と影朗ですら感づけない完成度にすることも容易であっただろう。
 あくまで仮定の話であり、そんな事実を知り様もなく、故に叢たちにとっては目の前の現実こそが全てではあるが。

 叢は無言で茂みに手を突っ込み、中に安置されていた「もの」を引っ張り出す。がさり、という音と共に土の上に引きずり出されたそれは、何とも穏やかな寝息を立てているのだった。


458 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:20:12 baa7dMsE0

「これは……マスター、なのか」

 困惑の色が叢の声に混じる。彼女の眼前で眠るのは、赤い令呪を宿した少女だった。
 だが「眠っている」というのが何とも奇妙な話であった。単なる睡眠であったならば叢にも分かる。だがこれは、明らかに普通のものではない。
 昏睡の魔術にでもかかったのか、その少女は多少手荒な真似をされても一顧だにせず眠り続けている。引っ張り出された時に体を打ったであろうに、そんなことはつゆ知らぬと言わんばかりに、幸せな夢を見ているかのように笑顔を浮かべたままだ。それが叢には不気味に思えて仕方がない。

(だが、我には関係ないことだ)

 内心で声を一つ。叢は得物である出刃包丁を翳すと、その刃を少女の首に宛がった。
 これでまた一人、労せずマスターを葬れる。
 そんな思いと共に、柄を握る腕を引こうとして。


「…………」


 腕は、動かなかった。

「……っ」

 小さく息を呑む。
 震える腕の感覚が伝わってきて、それなのに腕は固まったように動かない。
 動け、と強く念じる。
 自分の手はとっくの昔に血で汚れているのだと、そう強く言い聞かせる。
 何を戸惑っているのだと、自分のことであるはずなのに、他ならぬ自分に対して半ば本気の怒気さえも覚えて。
 動かそうと努めて、努めて、努めて。

「……いや」

 そっと、叢は包丁を構えた腕を下ろした。

「この域の昏睡をもたらす魔術の絡繰り、解いておかねばいずれ我の身も危うい。
 それにマスターを手の内に収めておけば、此奴のサーヴァントを傀儡とするのも容易い、か……」

 そういうことにしておこう。叢は自分にそう言い聞かせ、刃を収めると少女の体を担ぎ上げた。
 誰も、言葉は無かった。静かにその場から歩き去る叢も、眠り続ける少女も、傍らに侍る小太郎と影朗も。
 虚空に浮かぶ月だけが、彼女たちを見下ろしているのだった。





   ▼  ▼  ▼


459 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:20:41 baa7dMsE0





 我には大切な友人がいた。詠という名の、ブロンドの髪の毛がよく似合う女の子だった。
 彼女の両親は仕事で不在が多く、それで我が家に招くことがよくあった。我ら家族の輪の中で、嬉しそうに具なし味噌汁を啜り、野草の漬物を齧る彼女の顔は今でも忘れられない。日が暮れるまで一緒に遊び、仲良く手を繋いでバナナの腐ったような臭いのする貧民街を歩いた。
 今にして思えば、我とその子は姉妹のような間柄だったのだろう。血の繋がりこそないが、築いた絆は本物だった。
 
 忍だった両親が事故で死んだと聞かされたのは、我が小学五年生の頃だった。
 車に撥ねられたとお父さんの知り合いは言っていたが、それが嘘だということは子供の我でも察しがついた。
 我の両親は忍の任務で死んだに違いない。そう思うと悲しくて、遣る瀬無くて、それ以上に怖くて。
 気付けば、我は素顔を隠すようになっていた。道に散乱していたゴミ袋を被り、外界を拒絶するように。
 そして、あの子は……

『ほら、見て?』

 あの子は袋を継ぎ接ぎして、同じように頭からかぶってくれた。
 皆に笑いものにされても、あの子は気にせず我に笑いかけてくれた。
 その笑顔は、今でも思い出の中に強く焼き付いている。
 あの子は本当に、我の大切な友達だった。

 だからだろうか。
 夢見るように眠り続ける名も知らぬ女の子を、我は手にかけることができなかった。
 仮にこれが我を憎悪なり嚇怒なりで睨んできたならば、聖杯戦争の敵対者として一切の躊躇なく刃を揮えただろう。
 仮にこれが恐怖に震える弱者であったならば、悪党に墜ちたことを自嘲しながら手にかけることができただろう。
 しかし、現実はそうではなかった。女の子は恨むことも敵意を持つことも、恐怖に震えることもなくただ嬉しそうに笑みを浮かべ続けていた。

 それは、遠いあの日の記憶のように。本当に綺麗な笑顔だったから。
 それに向かい合う自分が尚更汚いもののように思えて、直視などできるはずもなかったのだ。


【B-2/山間部/一日目 夕方】

【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)、迷い?
[装備]包丁、槍、秘伝忍法書、般若の面
[道具]死塾月閃女学館の制服、丈倉由紀
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる。
0:私は……?
1:日中は隠密と諜報に徹する。他陣営の情報を手にしたら、夜間に襲撃をかける。ひとまずスカルマンと合流したい。
2:市街地を破壊した主従の情報を集めたい。
[備考]
現在アサシン(スカルマン)とは別行動を取っています。
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
現在丈倉由紀を確保しています。マスターだと気付いてますが、処遇は不明です。



【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[令呪] 三画
[状態] 昏睡、叢に抱えられてる
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: わたしたちは、ここに――
0:…………。
1:■■るち■んにア■■■ーさ■■■。■いお■達にな■そう!
2:アイ■■ん■セイ■■さ■もい■■■ゃい! ■■はお■さ■■多■ね■
3:■■■■■■■■■■■■■■■■■
4:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[備考]
※サーヴァント同士の戦闘、及びそれに付随する戦闘音等を正しく理解していない可能性が高いです。
※『幸福という名の怪物』に囚われました。放置しておけば数日以内に衰弱死します。


460 : 名無しさん :2017/04/08(土) 01:20:58 baa7dMsE0
投下を終了します


461 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:38:59 SaSK2J9A0
アーサー・ペンドラゴン、結城友奈、辰宮百合香を予約します


462 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:39:16 SaSK2J9A0
投下します


463 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:40:09 SaSK2J9A0

「なるほど。君の事情は大凡理解した」

 先の邂逅から狂戦士の襲撃を退けて幾ばくか。セイバーは眼前に立つランサーから全ての事情を聴いた。境遇に切迫した状況、ここに至るまでの経緯も含めた、文字通りの全てだ。
 白痴のマスター、天夜叉のライダー、土着の暴力団を支配しての組織的行動、マスターたちを暗殺する人海戦術。
 そして、この半日の間にランサーが見聞きしたことと、ランサーがこれからやらなければならないこと。
 「とある一つ」を除き、全てを隠蔽することなく正直に、目の前の騎士に打ち明けた。闊達な常の彼女にしては珍しく、実にたどたどしい口調ではあった。それをセイバーは真摯に、しかし感情を伺わせない表情でじっと聞いていた。

 そして、話を粗方聞き終えて、口を開いたセイバーから放たれた言葉が、先述の台詞であった。

「確かに、そのライダーは私としても見過ごせない。討伐するにあたって君と共闘するというのも、吝かではない」

 その言葉は、友奈にとっては救いの光にも等しいものであった。
 今まで俯き沈んでいた表情が、一転して明るいものに切り替わる。

「だが」

 感極まったように顔を上げる友奈を押しとどめるように、セイバーは更に言葉を続けた。

「一つ君に問う。自分を喚んだマスターに従うという君の言葉が真実だとして。
 君は彼の者の真意をどう確かめ、その上でどう動くつもりなんだ?」

「それは……」

 思いがけず言葉に詰まってしまう。喜色に染まりかけた表情が一瞬で元の暗いものに戻り、声が萎んで後が続かない。
 友奈にはマスターの女性の意思を確かめる手段はない。しかしこの場合、セイバーが聞いているのは別のことだろう。
 彼は言ってしまえば、友奈がどこまで協力できる相手なのか見極めようとしているのだ。今回限りの共闘に終わる程度なのか、長期的な同盟関係を築ける相手なのか、あるいは初めから決裂してしまうような手合いであるのか。
 「ライダーを倒した後、友奈はどう動くのか」。要はそれを聞いているのだ。

「私は……」

 一瞬、友奈は迷った。単純に分からなかったというか、そこまで考えていなかったのだ。考えるだけの余裕が今まで全く存在しなかった、と言い換えてもいい。あまりにも理不尽かつ間断なく降り注いできた苦難の数々は、自分の置かれた状況を俯瞰して思考するだけの余地を友奈から奪い去っていた。生涯通して人生経験こそ持ち合わせど、精神構造が肉体相応のものとして呼び出された友奈にとって、それら状況の全てを泰然として受け止めろと言うのは些か厳しいものがあった。


464 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:40:40 SaSK2J9A0

「正直、これからのことは全然分からない。私は本当は何をすべきで、マスターが何を望んでいるかすら、私には確かめられないから……
 でも、それでも私は……できるだけ"みんな"を助けたいって思う」

 だから、友奈は具体的な案ではなく、今の自分が抱く素直な気持ちを口にした。
 何ができるかではなく、何をしたいかということを。

「私のマスターや、戦いを望まない人たち……そんな、戦いとは関係ない人たちに、私は笑顔でいて欲しいんだ。
 その笑顔を、私は守りたい」

 自分の語ることが理想論であるなどと、言われなくても分かっている。けど、自分はどうやったってそのようにしか生きていけないのだ。理想から目を背けるのが賢い生き方なのだとしたら、自分は馬鹿なままでいい。
 だから。

「だって───私は、勇者だから」

 瞳の奥に消せない輝きを宿して。
 友奈は決然と、真っ直ぐに。セイバーを見つめ返したのだった。





   ▼  ▼  ▼





 危うい少女だ。
 友奈の言葉を聞き届けたセイバーは、まず第一にそんな印象を抱いた。

「そうか。それが君の考えか」

 言って暫し、セイバーは思考の海に埋没する。考えるべきは一つ、すなわちランサーの提案に同意するか否かだ。


465 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:41:06 SaSK2J9A0

 眼前のランサーは間違いなく善性の英霊だ。その一点について、今やセイバーは微塵の疑いも抱いていない。一介の騎士としてのアーサー・ペンドラゴンは、ランサーの語る理想に一定の共感を抱いていた。
 市井を騒がせる悪逆のライダーの討伐もそうだが、ランサーの語る信念はセイバーが善しとする善良なる人々の心そのものだ。悪を許さず、自らの手の届く範囲で誰かの幸福を願うその在り方を、どうして彼が否定できようか。
 仮にセイバーがサーヴァントではなく、ブリテンにおける一介の騎士の立場であったならば。即座にランサーの手を取り共に戦ったであろう。
 けれど。

「まず最初に言っておこう。私は現状、君のことを信用することはできない」

 だがしかし、此処にいるのは騎士たちの王たるアーサーではなく、セイバーのサーヴァントなれば。
 侍従としての我が身を縛る柵があり、天秤にかけられたのが己のみならずマスターの命も含まれる以上、些細な違和感すら逃してはならぬという道理もあった。

「それは、どういう……」
「君の主張、君の信念には心から同意しよう。
 ライダーを倒すという決意も、善性を尊ぶ心も、マスターを第一とする忠義にも、私は敬意を示そう。
 だが君の在り方は酷く盲目的だ。君も自覚はしているのだろうが、それでは遠からず破滅してしまうだろう」

 セイバーが危惧したのはそれだった。
 確かに、ランサーの言い分には嘘はないだろう。その言葉が己の内から来た信念の顕れであることも分かる。その方向性がセイバーの善しとするものと合致しているのも確かだ。
 しかし、ランサーのそれはどこか盲目的なのだ。何かを見定めているようで、その実何も見えていないような。あるいはありもしない幻覚を追い掛けて断崖へ駆け寄っているかのような。
 端的に言って何かがズレている。そんな違和感が、ランサーと話している間ずっとセイバーに纏わりついた。
 嘘は言っていない。しかし、本当のことを話してもいない。
 これはつまり、そういうことで。

「君は何かを隠している……いや、私に言っていないことがあるね?」

 引っ掛かったのはその一点。
 問われた途端、ランサーの表情は叱責される子供のように悲しく歪んだ。

 重ねて言うが、ランサーの言葉に嘘はない。セイバーのことを騙そうというつもりもないのだろう。これは多分、後ろめたさから来る隠蔽だ。何とも子供らしく、分かりやすい隠し事だった。


466 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:41:37 SaSK2J9A0

「それが何であるかは、敢えて問うまい。しかしそれが明かされない以上、真に君を信頼するわけにはいかない」
「わ、私は……でも、でも信じてください! 私、嘘なんて……」
「君が嘘を吐けない人間なのは分かる。これは単に、信用性の問題だ」

 表情は鉄のまま、声音は氷のまま、セイバーは続ける。
 一人の人間ではなく、あくまでマスターを守護するサーヴァントとして在る以上、恩情を見せるつもりはセイバーにはなかった。
 セイバーと相対するランサーの顔色は、今や親や教師に叱られるのを恐れる子供そのものであった。精神年齢や感性が見た目相応に固定されているのか、それとも若くして死んだのか。
 ともかく、このような幼子まで英雄として祭り上げられなければならなかったという事実が、セイバーには酷く哀れに思えてならなかった。

「君に時間的な猶予がないということを知った上で告げねばならないのは心苦しいが……しかしこの一件は、私一人で判断していいものではない。
 マスターには私から伝えておく。今はそれでいいかな?」

「……はい。ありがとう、ございました」

 それきりセイバーは姿勢を正し、直立して不動。ランサーは気落ちしたように礼を言い、静かに背を向けた。

「……最後に一つだけ、言っておこう」

 そんなランサーに、セイバーは言葉をかける。

「先にも言ったが、私は君の信念自体は正しいと考えている。
 だから、できることならば……君と肩を並べて戦える未来があればいいと、そう思っているよ」

 そんな、慰めにもならない無意味な言葉に。
 それでも友奈は振り返り、笑みを浮かべて。

「……はい! ありがとうございます!」

 そう言った、瞬間であった。


467 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:42:03 SaSK2J9A0










「───そのお話、よろしければ私にもお聞かせ願えないでしょうか?」










 鼻をつく芳醇な百合の香りが、一瞬にして辺り一面を覆い尽くした。

「……!」

 油断なく声の方向を見据えるセイバー。視線の先に立つのは、薄っすらと笑う一人の少女の姿。
 つい先ほどまでは、確かに無人だった場所だ。そこに、いつの間にか少女が立っている。

 それは儚くも美しい、花のような少女ではあった。
 しかし醜くも悍ましい、腐乱した少女でもあった。
 毒花の少女が笑っていた。そこには何の邪気も見られなかったが、だからこそセイバーには、その様子がどこか寒々しく、空恐ろしいものに感じられた。

「君は、誰だ」
「申し遅れました。私の名は百合香、辰宮百合香でございます」

 場違いなまでに寂静の気配を崩さない少女に、しかしセイバーは僅かな違和感を覚え、視線を横へとずらす。
 そこではランサーが、まるで空間に縫い付けられたかのように硬直し、忘我の表情で百合香へと虚ろな目を向けていたのだった。明らかに尋常ならざる様子を前に、セイバーは即座にその可能性へと思い至る。

「精神への干渉……いや、これは魅了の香か!」
「ご名答、と言ったところでしょうか。ああいえ、私にあなた方への敵意は存在しません。この力は私の意思で出し入れできるような便利な代物ではなく……
 ああ申し訳ございません、私としても心苦しいのですが」

 けれどあなたがこれを跳ね除けられるお強い方で何よりです、などと。
 百合香の白々しい言葉が虚しく反響した。

「敵意がない、という言に嘘も含みもございません。現に私はサーヴァントを連れ立たず、あなたがその気になれば容易く切り伏せられる程度の無力な女に過ぎませんから」
「ならば、此処に何の用があるという」

 尚も警戒を解かないセイバーに、百合香は微笑みかけて。

「会いに来たのですよ、セイバー殿。この辰宮百合香が……
 いえ、"盲打ちのキャスター、壇狩摩"の知己であるこの私が。
 と言えば、分かるでしょうか?」

 その言葉に、ここで初めて僅かに表情を硬くしたセイバーを前に、百合香は微笑みを深くするのだった。


468 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:42:32 SaSK2J9A0

【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)、脇腹に外傷(出血は有るが重大ではない)、肋骨数本骨折、忘我。
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:……
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。
傾城反魂香に嵌っています。百合香に対して一切の敵対的行動が取れず、またその類の思考を抱けません。

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
0:目の前の相手に対処。
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:キャスター(壇狩摩)が遺した言葉とは……
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。
傾城反魂香にはかかっていません。

【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]高級料亭で食事をして、なお結構余るくらいの大金
[思考・状況]
基本行動方針:生存優先。
1:セイバーとランサーから話を聞く。
[備考]
※キャスター陣営(梨花&狩摩)と同盟を結びました
アーチャー(エレオノーレ)が起こした破壊について聞きました。
孤児院で発生した事件について耳にしました
孤児院までは送迎の車で来ました。


469 : 名無しさん :2017/04/29(土) 00:42:51 SaSK2J9A0
投下を終了します


470 : ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 01:58:37 GTyeiJe60
アイ・アスティン、すばる、藤井蓮予約します


471 : ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 01:59:02 GTyeiJe60
投下します


472 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:00:13 GTyeiJe60










 夕焼けは彼岸の色。かの地において、それは死を暗喩する。










   ▼  ▼  ▼


473 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:00:55 GTyeiJe60





 ……小鳥の囀りが遠くで聞こえた。
 柔らかな風が頬を撫でる感触に、すばるは目を開けた。

「ようやく目が覚めたのかい、すばる」

 一面の草が揺れる緑の平原。隣に座っていた少年が呆れたように薄く笑う。あの黒いローブ姿ではなく、白を基調にした穏やかな色彩の服装。長い髪を無造作に背中に流した彼はおもむろに立ち上がり。

「まったく。君があまりにも気持ち良さそうに眠ってるから、結局起こせなかったじゃないか。思ってたより時間も経ってしまったし、貸し一つだからね」

 そう言って手を差し伸べる少年に掴まり、立ち上がる。
 頭上には、どこまでも澄み切った青空。
 鳥の群れが緩やかな弧を描き、風の向かうほうへ消えていく。

「どうしたんだい、すばる?」

 不思議そうに問う少年を見上げ、少し迷ってから口を開く。
 いったい何が起こったのか、わたしたちはどうなったのか、という問い。
 少年はますます不思議そうに首を傾げ、小さく笑って。

「僕たちがどうなった、か。
 帰ってこれたんだよ。すばる、君と僕の二人で」

 そう言って少年が示す方向に視線を向け、目を見開く。
 降り注ぐ太陽の光に照らされて輝く、とても見慣れた街並み。
 すばるの生まれ育った街。学校へと続く道に、大きな看板が目印のスーパーマーケット。天体観測をする時によく行く神社や、他にも色々。
 平穏な街の風景がそこにはあった。行き交う小さな点の一つ一つは人影。それぞれの日常を謳歌する表情は笑顔に彩られ、にぎやかな声はここまで届いてくるようだった。

「僕がこうしてここにいられるのは、全部君のおかげなんだ」

 独り言のような声。
 視線を向けると、少年ははにかむような響きを湛えてすばるを見ていた。


474 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:01:38 GTyeiJe60

「僕一人だったら、きっとこうはなっていなかっただろう。生きる意志を失くした僕を、それでも掴みあげてくれたのは君だ。
 感謝している。本当に、心から」

 そう少年は視線を逸らし、なんだか恥ずかしいな、と呟く。
 その姿に小さく笑う。少年は頬を赤くしてそっぽを向き。

「ねえ、すばる」

 名前を呼び、空を見上げて。

「君は今、幸せかい?」

 そうだね、と頷く。

「それは良かった」

 少年もまた、口許に笑みを浮かべる。

「僕は幸せだ。色々なことがあったけど、今、本当に幸せだ。
 ……僕の見る世界は変わった。君が変えてくれた」

 そう言って、少年は左手をそっと差し伸べ。

「だからどうか笑ってほしい。君の生み出してくれた世界は、こんなにも輝いているんだから」

 ありがとう、と少年の手を取り、共に空を見上げる。
 青い空が頭上に広がり。
 緑の草原が見渡す限りに開かれて。
 そして、大切な人が傍にいれば。
 それだけで、すばるの見る世界は美しかった。

 すばるは目を閉じ、心の中で祈る。
 こんな幸せが広がって、みんなが笑顔になって。




 そんな未来が本当にあったならば。
 どれだけ良かったのだろう、と。




 ───世界が、一瞬で黒く塗りつぶされた。





   ▼  ▼  ▼


475 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:02:35 GTyeiJe60





 アイが戦場から逃げ帰った時には、時刻は既に18時を越えていた。

 誰もいない公園のベンチに腰かける。辺りは物音一つなく、先の破壊的な喧騒など無かったように静まり返っていた。日は未だ沈みつつある途上だが、空は夕焼けを通り越して黒い夜へと移りつつある。アイは空の色を瞳に映して、ほぅと軽く息を吐いた。
 こうしていると村で暮らしていた時のことを思い出す。かつてのアイは、毎日毎日日が沈むまで、ショベルで土を掘り返しひたすらに墓を作っていた。体を包む心地のいい疲労感と、何かをやり遂げた誇らしい達成感。幼い日のアイは、繰り返す日常の中で確かな充足を味わっていた。それがどうにも、今の状況と重なっているように思えた。

 かつてと今で違うことは、そこには達成感も充足感もないということ。
 かつてと今で同じことは、結局自分は何をもできなかったということ。

「……本当に、ちっぽけですね、私は」
「何言ってんだ、突然」

 かけられた声に思わずびくりと反応してしまう。振り返って見れば、そこには席を外していたはずのセイバーの姿。
 若干呆れたような様子で、彼は何かを差し出してきた。

「ほら、適当にだけど買ってきたから食っとけ。昼からずっと動きっぱなしで碌に休むこともできなかっただろ、お前」
「あ……はい、ありがとうございます」

 おずおずと受け取って、膝の上に置いた手に視線を落とす。透明な袋に入った、これは多分パンなのだろう。アイが知ってるそれよりもずっと柔らかかったけど、うん、きっとそうだ。
 切れ込みから袋を裂いて取り出し、一口齧る。練り込まれたバターの香りが鼻孔をくすぐる。胃袋が空っぽ同然のこの状態なら間違いなく美味しいはずなのに、味なんてさっぱり分からない。
 初めて食べるたくさんの具が入ったパンも、おにぎりという不思議な食べ物も、まるで土の塊を食べているかのよう。
 煩雑に並べられた食糧を、ミルクで無理やり飲み下していく。
 無言の時間が、少しの間続いた。

「あの……」
「なんだ?」
「すばるさん、まだ起きないみたいで……」
「ああ、そのことか」

 ベンチに座るアイの横には、すばるが仰向けに横たわっていた。
 身動きの一つもなく、その瞼は閉じられたまま。あれからずっと眠り続けていて、起きる気配は全くない。
 無理やり起こそう、とは思わなかった。
 セイバーもまた、そんなアイの気持ちを知ってか知らずか、アイの好きなようにさせていた。


476 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:03:04 GTyeiJe60

「大して時間も経ってないんだから焦る必要もないだろ」
「それはそうですけど、心配なんです。セイバーさんみたいに、万が一ってこともありますから」

 言ってアイはセイバーのほうをじっと見遣る。
 何だか責められてるような気がして、セイバーは罅の残る右半身を隠すように姿勢を正した。

「……鈍痛は残ってるが、その程度だ。俺は大丈夫だよ」
「セイバーさんの大丈夫は信用できないんです」

 返す言葉もなかった。
 ともあれ無事なことを納得したのだろう。アイは両ひざをつき、未だベンチで眠ったままのすばるへと慈しむようにその手を差し伸べた。その手は祈りであるかのように、厳かに組まれて。
 それが眠り続ける彼女への祈りか、犠牲となった誰かへの鎮魂なのかはセイバーには分からなかった。
 ただ、そうしたアイの姿は純粋に綺麗だと思った。
 綺麗であると同時に、どこか痛ましくもあった。藤井蓮は知っている。祈りはどこにも届かない。神に縋っても良いことなど何一つとしてないのだと。
 それは誰よりアイが一番知っているはずだ。神さまなんてどこにもいない。祈れば叶う奇跡など、彼女の半生に一つ足りとてなかったのだから。
 けれど、少女は祈る。アイ・アスティンというちっぽけな一人の少女は祈る。
 それは神や運命といった超越的なものに訴えかけるものではない。アイとアイの向き合う者が持つ心に訴えかけた、それは少女だけの祈りであるからだ。

「……ねえ、セイバーさん」
「なんだよ」
「アーチャーさんは、救われたんでしょうか」

 だから。
 そんな少女の問いかけを、セイバーははぐらかすこともできずに。

「……さあな」

 そんな、当たり障りのない答えしか返すことができなかった。


477 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:03:32 GTyeiJe60

「そんなことをいくら考えても、全部徒労だよ。死んだ奴はもう何も言わないし、何を考えてたのかだって分からないわけだしな」

 結局のところ、セイバーにとってはその結論が全てだった。失ってしまったものは、常に思い出の中だけで輝き続ける。現実に帰ってくることは決してない。
 そうですね、とアイ。二人は隣り合うように座って、誰ともなしに空を見上げる。
 再びの沈黙が、二人の間に流れた。

「あれからですね、私も少し考えてみたんですよ」

 ふと、アイがそんなことを言った。セイバーは特に思い当たる節もなかったので、怪訝な顔をした。

「世界の話です。視点の話、と言い換えることもできますけど」
「ああ、あれか」

 人の見る世界は個々人の視点によって姿を変える、というやつだ。確かにそんな話をしたような覚えがある。

「あれからずっと考えてました。世界は私の想像以上に大きくて複雑で、そんなとんでもないものをどうやったら救うことができるのか」

 そこでアイは一旦切って、大きく息を吸い、意を決したように。


「私は多分、"みんな"を助けたかったんだと思います」


 そんなことを、言った。

「……」
「私の世界は"みんな"で出来ています。私の世界やこの街で出会った皆さんや、他にもいっぱい、みんなの世界がひしめき合って、響き合って、ずっとずっと続いていくかのような。
 そんな世界が、私は好きです。私はそれを、手助けしていきたいって、そう思いました」

 セイバーは無言のままだった。アイは正面だけを見据えて、重く、言葉を続けた。

「でも、みんなの世界は、私のものじゃなく皆さんそれぞれのもので。私が救う、なんてことはそもそもできないんです」

 アイは悲しげだった。せっかく答えを一つ見つけたというのに、悲しそうだった。

「だから私は、どうか皆さんが自分の世界を見捨てないようにって、そう願いました。それ以外なら、私はいかなる害悪からでも世界(みんな)を守ります。けど……でもそのひと本人が、自分の世界を壊すのを、私は止めることができません。その人が『もういいんだ』って諦めたものを、私はどうしたって救うことができないんです。
 だってその人の世界を救えるのは、その人だけなのですから」
「……」

 何も答えない。セイバーは黙ったままだ。


478 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:04:14 GTyeiJe60

「ですから、セイバーさん。アーチャーさんは、救われたんでしょうか。
 あの人は最後まで、自分自身のことを諦めないでいてくれたんでしょうか」
「……」

 問いには答えず、数瞬の間が空く。
 セイバーは呆れたように、あるいは不貞腐れたように、億劫な所作で頭をかきながら言った。

「なんていうか」

 残念そうな、視線を向ける。
 セイバーの表情を彩るのは、どのような感情であったのか。傍目からも、本人すらも、判然としなかった。

「変なところで馬鹿真面目だよな、お前。みんなのためとか、結局世界全体のことから何も変わっちゃいない」
「なんですか、それ。私は真剣に……!」
「じゃあ聞くけどな」

 そこでセイバーは体ごとアイへと向き直り。

「みんなのためにってお前はそう言うけど、それって一体誰なんだ?」
「え?」

 身も蓋もない疑問を突き付けられた。
 "みんな"とは誰かという、そんな子供でもしないような、簡単なもの。

「それは、だからみんなはみんなで……」
「だから誰だよ。具体的に言えよ。顔も名前も知らない、どこかにいるはずのお前の助けを求めてる誰か?
 いねえよ、そんな都合のいい奴は」

 顔も知らない人々、不特定多数の弱者、救済を求めて喘ぐどこかの誰か。
 そんなものを救い上げるというアイの理想は確かに尊いだろうが、そんな"誰か"はどこにもいない。
 そもそもアイのことを知りもしない大多数の人間が、アイに助けを求めるなんてできるわけがないのだ。アイの言うことは前提から破綻している。

「助けたいって言うんならちゃんと名前を口にしろよ。大切だって叫んでやれよ。お前のために頑張ってると、面と向かって自慢してやれ。話はまずそこからだろうが」
「何を、言ってるんですか」

 声が無意識に震えだす。何故ならそれは、アイにとっては夢の根本を否定されたに等しいことだったから。


479 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:05:03 GTyeiJe60

「それってつまり、自分の周りの人だけ見てろってことじゃないですか」
「ああそうだよ。さっきからそう言ってるだろ」
「そんなこと認められません! そんな自分勝手な、私の大事な人だけを贔屓にするなんてこと!」
「なんで?」
「なんでって!」

 信じられない質問だった。そんなことは答えるまでも、いや考えるまでもない自明の理だった。
 世界(みんな)を救う自分は、そんな狭いところで足踏みしていることなど許されない。
 自分の大切な人を守り、自分とその周りだけが幸せになるなどということが。
 許される、わけが。

「だったら、お前が誰かを助けたいってのと同じように、お前を助けたい誰かがいたらどうするんだよ」
「……え?」

 予想もしていなかった、と言わんばかりにぽかんと開けられる口。
 そんなアイに構うことなく、セイバーは言葉を続ける。

「お前のことが大切で、お前のことを助けたくて、お前のために頑張ってる奴がいたらどうする?
 お前を救うことがそいつの救いだとしたらどうする?
 友人なり家族なり、お前の幸せだけを願ってる奴を、お前はどうするつもりなんだ?」
「そ、そんな人、いるわけ……」

 いるわけがない。
 そう言おうとしたアイの口は、しかし音を紡ぐことはなかった。

「いるだろ、お前にだって、もう」
「……」
「旅の連れが、いるんだろ?」
「……」

 アイは、口をつぐんだ。
 ユリーやスカーのことが、思い出された。

「そいつらはお前と世界、どっちが大切なんだろうな」
「……」
「ユリーって奴や、スカーとかいう墓守。お前の父親に、母親に、同じ村で暮らした47人の人間たち。生きてる奴らも死んでる奴らも、お前を幸せにしたいって連中はそんなにたくさんいるのに、お前はそいつら全員見捨てて、"みんな"なんてもんのところに行くんだな」

 アイは、何も答えなかった。

「お互い、不幸者だ」

 セイバーは言い、背もたれに体重を預けた。
 沈黙が場を満たした。先程までの、会話がなくとも気まずくなどなかったそれとは違った。互いに黙り込んで、居心地の悪い空気が二人の間を流れた。

 そのまま一分、二分と時間が過ぎていった。巣に帰る鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。身じろぎの一つさえ、アイは取れなかった。


480 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:06:05 GTyeiJe60

「そういえば」

 不意に、前を向いたままのセイバーが口を開き。

「さっきの質問、アーチャーが救われたかどうかってやつだけどな。
 何度聞かれても同じだよ。分からないとしか、俺は言えない」

 その結論を曲げるつもりはセイバーにはなかった。
 死んだ者は何も言わない。人の思考を外から覗くことはできない。そこを無視して、他人の考えを知った風に語る趣味を、彼は持たないから。
 けれど。

「けどさ、あいつは最後に笑ってたよ。
 すばるを身を挺して守って、それでも笑って消えていった」

 あの瞬間に垣間見たそれだけは、決して変えることのない真実だった。
 アーチャーは、あの真名も分からぬ少女は、己が主を守って死んだ。そのことを誇るように、良かったと言うように、笑って逝ったのだ。
 顔も知らない誰かではなく、大切な一人のために。

「そう、ですか。アーチャーさんは、笑えたんですね」

 知らず、アイの口元にも安堵したかのような笑みが浮かんだ。アーチャーが死んでしまったことに変わりはないけど、それでも一抹の救いがあったのだと信じることができたから。

「嬉しい、なんて言えないですけど。でもアーチャーさんがせめて満足して逝けたなら……良かったです、本当に」
「ああ、良かったなアイ。自慢してもいいぞ」
「いや、なんでそこで私が出てくるんですか」
「分からないか?」
「分からないです」

 本当に分からないといった風情のアイに、セイバーはさも当然といった口調で。

「すばるは、アーチャーの遺した希望だ。すばるが生きているのは、アイ、お前がいたからだ」

 不出来な子供を褒めてやるかのように。

「お前が助けたんだ」

 そんなことを、言った。

「……それは違いますよ、セイバーさん。すばるさんを助けたのはアーチャーさんで、戦ったのはセイバーさんです。私なんて、何もできて……」
「あのな」

 呆れたように言う。


481 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:07:09 GTyeiJe60

「確かに、実際に戦ったのは俺だ。自画自賛なんてするつもりはないけど、俺がいなかったらアーチャーどころかすばるも死んでただろうしな。
 けど俺があの戦場に行ったのは、お前がそうしようって行ったからだぞ」
「それは……」
「言っておくが、俺一人だったら絶対行かなかったからな。薄情と言われようとそれが事実だ。俺はアーチャーを信用していなかったわけだし」
「ちょ、初耳なんですけど」
「そりゃまあ、言ってなかったしな」

 なんて自分勝手な、とアイは思った。
 けれど、だからこそ過去の選択は、自分の意思があってこそだと思うことができて。

「なあ、アイ。お前はあの時、なんでアーチャーのところに行こうとした?
 自分が死ぬかもしれないのに銃弾から庇ってまで、すばるのことを助けようとした?」
「……そんなの、決まってます」

 アイは、決然と言った。

「すばるさんとアーチャーさんを、助けたかったからです」

 それを聞いたセイバーは───
 笑った、ようにも見えた。

「……はは」
「む、なんで笑うんですか」
「いや悪い。だってさ、言えたじゃんか。"誰か"の名前」

 言われて、アイはようやく気付く。
 その言葉は不意打ちめいて、思わず驚いた表情になってしまう。けどすぐにそれも沈んで、絞り出すように呟く。


482 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:07:28 GTyeiJe60

「けど、私はアーチャーさんを……」
「助けられなかった、か?」
「そうです、そうですよ。私の力が足りなかったばかりに。死んでしまっては、どうにもならないのに」
「そうだな。あいつは死んだし、本当に救われてたのかだって分からない。
 けど、お前は助けることができたんだ。誰かじゃなくて、すばるのことを」

 救いたいと思う、誰か。
 顔も知らないどこか遠くの人間じゃない。アイが出会って、向き合って、親しくなった大切な人。
 アイが確かに、その手で助けることのできた、初めての一人。

「忘れるな。死なれちまった悲しさを。そしてお前の手の中にある確かな温もりを。
 いつかお前が、親しい人と向き合うために。本当の意味でそいつを救えるように」

 言われ、アイは自分の手と、握るすばるの手を見下ろした。
 眠るすばるの手のひらは、それでも確かに暖かかった。

「でも、私は……」

 アイは、ぎゅっと目を瞑り。

「それでも私は、一人でも多くの誰かを……一つでも多くの幸せを、助けたいんです」

 振り絞るように、あの日の誓いを口にした。
 その瞬間。

 ───瞼が、開いた





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483 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:08:13 GTyeiJe60





 夢からの覚醒は唐突だった。
 夕闇の中、ベンチの上に横たわる自分の姿に、すばるは唐突に気が付いた。

 頭は、何か靄がかかったようにはっきりとしない。
 全身がだるくて、妙に寒気もした。訳もなく体が震え、痛みもないのに酷く悪寒が走る。

 アイが驚き、次いで何かを言っている。心配そうな顔、多分、自分を気遣ってくれている?
 けど聞こえない。それだけの余裕がなくて、耳は音を拾ってくれない。周囲がしんと静まり返ったように感じられる。
 胸が締め付けられるような感触を覚えた。

「ずるいよ、みなとくん……」

 声が漏れる。
 無意識に漏らした声。それだけは、不思議と音として耳に捉えることができた。

「最期にあんなこと言って……そんなんじゃわたし、もう何も言えないよ……。
 まだ生きてって、死んじゃダメだって、そんなこと言われたら……もうずっと、みなとくんに会えないじゃない。同じところになんか行けないじゃない……」

 頬を一つ、雫が落ちる。
 見開かれた眼窩を伝い、大粒の涙がこぼれる。それはひたすらに、すばるの頬を濡らして。

「いつも勝手だよ、みなとくんは……。
 大事なことは何も言ってくれないし、みなとくん一人だけでずっと抱え込んで……わたし、まだお礼だって言えてないのに。
 本当はずっと、みなとくんに感謝してた。みなとくんのことを頼りにしてた……こんなわたしの傍にいてくれてありがとうって、これからも一緒にいようねって……わたしずっと、そう言おうと思ってて……」

 言葉が途切れる。
 すばるは泣き濡れた顔のまま、戦慄く両手を見下ろし。

「……ああ、そっか」

 ようやく気が付いたと、目尻を大きく歪ませて。

「わたしは……みなとくんに、恋してたんだ」

 響き渡る、慟哭の声。
 ただ見守るアイと蓮の前、すばるはひたすらに嗚咽を漏らし、夜半の風を震わせた。


484 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:08:59 GTyeiJe60

【C-3/北部/一日目・夕方】

【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] サーヴァント喪失、深い悲しみ
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る……そのつもりだった。
0:……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
使役するサーヴァントを失いました。再度別のサーヴァントと契約しない限り半日ほどの猶予を置いて消滅します。



【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
1:"みんな"を助けたかった。多分、そういうことなんだと思う。
2:ゆきの捜索をしたいところだが……
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばるとは仲良くしたい。アーチャー(東郷美森)とは、仲良くなれたのだろうか……?
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。
ランサー(結城友奈)と18時に鶴岡八幡宮で落ち合う約束をしました。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 右半身を中心に諧謔による身体破壊(修復中)、疲労(中)、魔力消費(中)、霊体化
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
4:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
5:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
6:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。ランサーの誘いに乗る……?
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)及びアサシン(アカメ)と交戦しました。


485 : 名無しさん :2017/05/10(水) 02:09:15 GTyeiJe60
投下を終了します


486 : 名無しさん :2017/05/10(水) 15:24:29 knTmc2QE0
投下乙です。
すばるはつらいなぁ、死んで初めて自分の恋心を自覚するのは切ない。是非とも立ち直って頑張ってほしいが、サーヴァントがいないし大ピンチだしなぁ。

アイの願いは原作fateの士郎の正義の味方になりたいって言う理想と似てるんだなぁ、身近な人間を置いて見知らぬ遠い人のために命をかけるあたり。
そのぶん蓮がいい感じに頼れるお兄ちゃんやってて安心できる。


487 : 名無しさん :2017/05/13(土) 11:20:37 3/O4SbNM0
保守


488 : ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:07:22 16XWYYJQ0
浅野學峯、『幸福』を予約


489 : ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:08:50 16XWYYJQ0
投下します


490 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:09:24 16XWYYJQ0

 もし世界の全てが幸福に包まれたとしたら、それは一体何を意味するのだろうか。
 あらゆる貧困、あらゆる不足は消えてなくなり、人々の間には差別も偏見もなくなる。病も老いも負傷の概念すら消え、危険や不安に怯えることはこれより先は一度たりとてありえない。
 人々の欲求は叶え続けられる。空腹も眠気も性欲も常に満たされ、無償の愛は天より無限に降り注ぐ。娯楽、挑戦、研鑽、冒険の機会も果てなく与えられ、全人類は真に満ち足りた幸福の只中に落とされる。彼らの中に最早恐れも不満もありはしない、あるのはただ水晶のように清らかな幸福感だけだ。

 もしもそんな世界があったとしたら───それはこの世の地獄に相違ないだろう。
 何故なら人は欲求で動く生物だから。食べなくても空腹を感じないなら栄養補給としての食事すら滞り、性欲が無ければ子孫を次の代に残すこともできない。欲望が消えて無くなればあらゆる生産ラインはストップし、一日とかからず文明は麻痺するに違いない。
 それでも、人々は生存のためにすら動こうとはしないだろう。何故なら彼らは”満たされて”いるから。瑕疵のない幸福とはそういうものだし、死の恐怖すら彼らの中からは失われている。
 故に『幸福』は怪物と称される。かつてかの者が地球上に降り立った際、南米に栄えた古代文明は数日で滅亡した。彼らは極めて高度なテクノロジーを有し、天の星にすら手をかけつつある者らであった。現代とは比較にならないほどに高尚な精神活動を行う種族であった。しかし『幸福』が立ち去る頃に残されたのは、満足気な表情で夢死する人々の亡骸だけ。それほどまでに、夢死へと誘う幸福感とは甘美なものだったのだ。

 もし世界の全てが幸福に包まれたとしたら、それは一体何を意味するのだろうか。
 ───『幸福』とは、本当に幸福なのだろうか。





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