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Fate/XXXX 聖杯戦争・断片集(フラグメンツ)

1 : ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:08:18 89tSXZvc0


もう先に堂々とラストを読もう!
SF小説だけに許された 時間を歪ませるタイムトラベル読書だ!

(バーナード嬢曰く。)







Fate/XXXX 聖杯戦争・断片集(フラグメンツ)
ttp://www65.atwiki.jp/fragmentsrowa/pages/1.html


2 : ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:08:51 89tSXZvc0
【このスレの趣旨】
・聖杯戦争の二次創作小説の断片集です。
・聖杯戦争SSの投下スレですが、絶対に召喚&一日目から始まる訳でもなく、いきなり残り三騎の終盤戦とか、あるいは中盤の大乱戦から始まる、ということもありえます。もしかするとエピローグがいきなり来るかもしれません。
・Fate的には「蒼銀のフラグメンツ」形式※というと分かりやすいでしょうか?
(※本作は一片一片の時系列がバラバラな短編からなっており、読み通すことで一本のストーリーが出来上がる)
・このスレに投下されるSSも基本的に繋がりはありません。時系列どころか世界観から何まで違います。
・要するに二次聖杯系SSで「こんな聖杯企画立てたいけれど時間がない」という方や「世界観とか色々どうでもいいから、あのキャラであのシチュエーションだけが書きたい」という方向けの「書きたいところだけとりあえず書く」スレです。
・あと「落選してしまった主従の続き」とか「散り様」を書きたい時にも使ってください。
・フリー宣言されたSSなどで「続きが書きたいものがあれば、それに挑んでみるのもいいかもしれません。
・ロワ的には「あと三話で完結ロワ」や「ジャンプバトロワ10スレ目」みたいな途中から始まるスレというイメージでしょうか。各々が独自に設定を組めるシステムは「非リレーロワ」にも近いかもしれません。


【作品投下について】
・基本的に全てのSSは「バラバラで何も繋がりがないもの」というスタンスでいきます。
・とはいえ意図的に繋がりを作るのはOKなので、タイトルにナンバリングを付けたり、収録の際に専用ページを作ったりしてみてください。(とりあえずwikiは作りましたのでページの新規作成はご自由に)
→そうやって断片を連ねていった結果、本当にフラグメンツ形式で完結できるかもしれません。
・他の人が書いた断片SSを勝手にリレーするのはちょっと問題になるかもしれないので、一言断った方がいいでしょう。
・「逆にリレーして欲しいなぁ」とか思う人がいれば、先に言った方がいいかもしれませんね。
・SSだけでなく、聖杯戦争の設定とか投下するのもありですね。メチャクチャ前日譚に凝ってるのとか。


3 : ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:13:10 89tSXZvc0
という訳で一作目投下します。
フリー宣言した帝都聖杯候補作である拙作

織作茜・セイバー
ttp://www63.atwiki.jp/tokyograil/pages/28.html

の続き(設定が色々変わっているので厳密には違います)になります。


4 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:14:32 89tSXZvc0

2004年、京都――

春の陽気に包まれた街では、新時代の健やかな風が吹いていた。
道行けば趣深い木造の家屋が立ち並び、時おり色褪せた鳥居が顔を出す。
ひとたび山の方へと足を運べば千年時を巻き戻したかのような古風な街並みと、そこに群れる観光客の姿を窺うことができるであろう。

変わらない過去と積み重ねた年月の重みが強調される一方で、だからこそだろう、新時代の臭いも漂っている。
いかにも“京都らしい”黒い格子の据えられた町屋が続いていた――かと思うと、一つ角を回った先にはぴかぴかとした看板を掲げたコンビニエンスストアと行き遭うこともある。
それだけでなく外国由来のファストフード店であったり、カフェだったり、当代風の建築物も当然のように街には存在する。
極め付けが京都駅で、全面ガラス張りの近未来的な外観に機能的な構造、様々な人種の人々が行きかうその様は過去を重んじる街並みとはどこか相容れない。
 
そのことに賛否はあろうが、けれどもそのちぐはぐさというか、折り合いのつかなさというのが、逆にこの街特有の“臭い”を形作っているように思う。
過去を全面に出すことで、逆説的に未来を意識する。
未来が目につくことこそ、過去がそこにある証左である。
光強ければ影も――というようなロジックで、この街の現代(いま)という奴は生まれているのだ。

と、少なくとも彼女、織作茜は感じていた。

「……一週間」

――その日、京都は、どこか蒸れた空気が漂っていた。

昨夜はひどく雨が降っていた。豪雨とまではいかないが、春雨、というには少し勢いのありすぎる、鋭く、冷たい雨が京都の街を濡らしていた。
朝を迎えた空は静まり返り、夜のことなど忘れたかのように澄み渡った快晴の空となったが、しかしそれで夜のことがなくなる訳がない。
風にざわめく木々はしっとりと濡れ、アスファルトには濁った水たまりができている。打ち捨てられたビニル傘が視界の隅を過った。
雨は――確かに降ったのだ。
たとえ昼では意識されずとも、夜の残滓は確かに街に残っている。

「…………」

勢いよく流れゆく河を、じっ、と見つめながら茜はそう漏らした。その場は今出川通りの橋の下、鴨川と高野川がちょうど合流する地点であり、頭上では人が多く行きかっている。
そんな人通りから外れた、橋の下。石が乱雑に積み上がった河原で、茜は今しがた唱えた言葉を反芻した。
一週間。
その期間が意味することは――一つしかない。

「……そうですね。もうそのくらいになるんでしょうか」

隣で、声がした。
少女であった。透き通るような白い肌をした、小柄で、どこか儚い印象を与える可憐な少女。
薄紅色の和装を身に纏う彼女は、現代では少々異物であるようにも思えるが、京都の街の“過去”の部分にはこの上なく溶け込んでいた。
彼女は、茜がぽつりと漏らした言葉を拾い上げるように、

「――聖杯戦争が始まってから」

そう言った。


5 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:15:56 89tSXZvc0

――その日、その時代の京都では、とある儀式が行われていた。

この世には、時代にそぐわぬ神秘と呼ばれる概念がある。
根源。この世を貫くありとあらゆる事象の出発点。渦巻く起点より分かたれた幾多もの支流。
未だ表層に希釈されず――一般まで届かぬ魔の流れこそ、神秘であり、それを追い求める者を魔術師と呼ぶ。
本来それは、茜とは何の縁もない世界のはずだった。茜は魔術師などではない。根源など知らぬし、求めてもいない。
そんな訳の分からないものに関わることになるとは、ついぞ思わなかった。

――しかし

何の因果か、茜はこの場にいる。
聖杯戦争なる魔術師の儀式に、彼女は参列することとなった。

「……あの人は」

薄紅色の少女は回想するように述べる。色素の薄い髪が風に吹かれはためいた。

「あの人は結局、あの場で――死んだのでしょうか」

――死んだ。

その言葉を聞いた時、茜は自分を取り巻く世界が蜃気楼のように揺らいだように思えた。
降りつける雨、駆け抜ける刃のきらめき、嗤う鬼の面、そして流れゆく鮮血――過去が、昨夜の記憶がフラッシュバックする。

――聖杯戦争とはつまるところ、殺し合いである。

魔術は知らぬ。理解もできぬ。根源など興味もない。けれども――その事実は他の何よりも分かりやすかった。
聖杯戦争――それは魔術師の闘争である。人類が築いてきた過去を、現代のモノとして語り、呼び寄せ、ありとあらゆる未来を綴る願望器を得る――殺し合い。
剣士、槍兵、弓兵、騎乗兵、魔術師、暗殺者、狂戦士、あるいは異聞の階位に過去の英霊を当てはめ、顕現させ、使役させる。

――呼びつけた英霊を指さして僕(サーヴァント)とは、恐れ多くもよく言ったものだ。

少なくとも、茜は気後れする。自らの願望のために、名のある英霊に主人と僕の関係を迫るなど。

――しかし何の因果か、茜はここにいる。

「セイバー」

茜は、己がサーヴァントをそう呼びつけた。
そう隣にいる少女こそ、セイバー――剣士の階位を据えられた英霊なのである。
彼女と共に、茜はこの一週間聖杯戦争に臨み、そして――

――殺した。

昨夜、雨の中にあって彼女は殺し合った。
21世紀の京の都にて現界せし英霊たち。彼らは運命づけられたように殺し合い、そして散っていった。

――雨が、降ったのだ。

昨夜、京都では雨が降っていた。
あの雨の中、京都は一層濃い闇が広がっていた。

「あとどれだけの時間、どれだけの人が、この京に――」

――囚われるのか。
濁った鴨川の流れを見つめつつ、茜はぽつりと漏らした。
彼女はこの聖杯戦争の全容を未だ把握していなかった。
元より魔術など何も知らぬ身であるから当然ではあるのだが――しかしそもそも何騎の英霊が召喚されているのかさえ、さだかではなかった。
あの軽薄な進行役は、その程度のことさえ教えてくれなかった。盤上を俯瞰することは、今の茜には許されてはいない。


6 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:16:12 89tSXZvc0

それ故に、これまでの戦歴から大体の様相を掴むしかない

―― 一騎目は鬼面のバーサーカー。

初日に光縁寺で遭遇して以来、既に数度戦っている因縁深い相手である。
狂うておる筈なのに、しかし彼は鬼面越しに綽綽と喋り、その剣技も冴え渡っていた。
彼はきっとまだ生きているだろう。あの雨の祇園にて、姿を見失ったが……

――次に、三日目に遭遇したキャスター。

彼についてはしかめっ面の僧侶、という以上情報がほとんどない。接触の途中でバーサーカーの乱入を受けたためだ。
どちらかというとマスターの方の印象が強かった。あの気丈で飄々とした女性は、茜の知る婦(おんな)とは異なるものだった。キャスターの方は二輪車の隣でふて腐れていただけだ。
彼らとはそれっきり遭遇していない。その為、今現在も生き残っているかは謎だった。

――そして、昨夜の乱戦にて顔を合わせることになったランサーとライダー

昨夜の戦いで、セイバーと刃を交わした者たちだった。
それにバーサーカーを交え、四騎のサーヴァントたちが雨の祇園を駆け抜けたのだった。

以上の四騎が、茜がこれまでに遭遇した陣営であった。
それに――セイバーを入れて五騎か。
あの進行役が言うには、この儀式の基準となった聖杯戦争は七騎で行うものであるらしかった。
で、あるならば既に過半数のサーヴァントとは接触できたことになる。

――とはいえ。

茜はあの進行役の注釈を思い出す。
この聖杯戦争においては、その限りではないかもしれない、と。
そうであるならば、もしかすると七騎より多いかもしれない。逆に少ないかもしれない。
ここまで一切遭遇しなかったアーチャーとアサシンはそもそも存在しない、ということもあり得る。

――巫山戯た話だ。

進行役、を名乗っていた男のぬらりひょんのような顔を思い出し、茜は不快そうに顔をしかめる。

「……色々ありましたけれど、私は京が好きです」

その顔をどう思ったのか、セイバーがふとそんなことを切り出した。

「土方さんなどは“土が赤すぎる。もっと黒い方がいい”とか難癖つけてましたけど。あは、全くあの人は――」

とりとめのない思い出を語るその横顔は――どこか寂しさを感じさせた。
無理もあるまい。剣士の英霊として顕現せし彼女の真名は沖田総司。
壬生狼――である。
新撰組、の旗の下、流れゆく時代の変節を直に駆け抜けた天才剣士。

かの英霊にとって、この京都こそまさに活躍した舞台である。
後世になって幾多の創作で歪められた点もあろうが――しかし、かの天才剣士がかつてこの都にいたということは、紛れもない事実なのである。
彼女は――多くの者と出会い、多くの者と別れ、そして何より多く者を斬り捨てた。

「あの人たちが今の京都を見たらなんて言うんでしょう……」

彼女が生きた時代から数える二世紀半。
現代――とされているこの時で、京の街では新世紀の風が吹いていた。
湿り気を含んだ風の中、桜色の剣士は一体何を想っているのであろうか――






7 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:16:38 89tSXZvc0


その昔――

京都で鴨川が増水し、西賀茂の浮田の森にあった神木が流れ出たことがあったという。
その神木はどんぶらこと川の流れに乗り、そしててんで別のところに行き着いた。
漂着した神木を見つけた当時の住民はこれ吉兆とありがたり、わざわざ社殿を造って祀ったのだとか。

そうしてできたのが――賀茂別雷神社の境内末社にあたる半木神社であった。
「半木」と書いて「ながれぎ」と読ませるのは、この由来に依るものではないかとまことしやかに語られている。
「流木」が「半木」になったのだというが、見ればなるほど、河に面したその立地は何か木でも流れ着きそうではあった。

と、まぁこの由来の真偽自体はどうでもいいことではあった。
21世紀の現在でもこの半木神社は変わらず鎮座しているが、この地にはもう二つ名所ができていた。
一つは京都府立植物園。そしてもう一つが――

「――桜、ですね」

茜はぽつりと漏らした。
見上げればそこで――桜が舞っていた。見渡す限り続く続く桜花のトンネル。
葵橋から御薗橋までの約二キロにも及ぶこの道こそ――半木(ながれぎ)の道であった。

「……色々と、変わりましたね。この辺りも……」

舞い散るソメイヨシノのただ中を、茜はセイバーと共に歩んでいく。
この桜の道ができたのは今から半世紀ほど前だという。なるほど、セイバーからすればこれもまた新時代の風、ということなのか。

共に歩んでいると、目の前を幾人かの子供が通り過ぎて行った。
きゃっきゃっと甲高い声を上げながら川べりを走り回る彼らを眺めながら、茜は今後のことを考える。

――方針はないに等しい。

この聖杯戦争において、茜はこれまで流されるように生きてきた。
積極的に動くことをよしとせず、さりとて死を選ぶような真似もせず――ただ生きてきたと言える。

己の願いもなく、それを支える個もありはしない。
聖杯戦争なるシステムと、それにより構築された網状組織(ネットワーク)の中、ぽつんと立っている。
それが今までの彼女の立場であった。
とはいえ――そろそろそれも改めなければなるまい。

「思ったよりも、人が少ないのですね」

辺りを見ながら茜はぽつりと漏らした。
シーズンを少し外れた平日とはいえ、未だ桜が咲き誇る季節だ。
本来ならば花見客がもっといてもおかしくない。

……やはり、人々は感じているのだろう。
京都の風に混じる、暗く濁った血の色を。

――今日この日、京都では既に不可解な事件が起きていた。

糺ノ森での狸騒動、“ホルモー”なる言葉をつぶやく謎の学生集団、賀茂大橋での蛾の大量発生――などという滑稽で、しかし奇妙な事件から数週間前より続く連続殺人事件のような如実に恐ろしいものもある。
そうした奇怪な、理解できない出来事の積み重ねが、人々の間に不安を生むのだろう。
何か――おかしなことが起きている、と。
その全てが聖杯戦争に関わっている訳ではないだろうが、しかし裏で実際に何かが起きているのは事実なのだ。
開幕から既に一週間が経った今、その波及を敏感に人は感じ取っているのだろう。
昨夜起こった祇園での乱戦など、明確に騒ぎになった事柄さえもあるのだから。

「あ」と茜は思わず声を出す。不注意で水たまりを踏んでしまっていた。
この京都に来て新しく買った靴に泥が着いてしまっていた。

「大丈夫ですか、マスター」

すると心配そうにセイバーが覗き込んでくる。
髪が、はらりと舞う。
「大丈夫」と答え泥を落としつつも、茜は今一度彼女の姿を見た。


8 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:17:22 89tSXZvc0

新たに洋装を用意した茜とは対照的に、セイバーは和装を身に着けていた。
薄紅色の和装とそのブーツは、彼女いたっての要望で用意したものだ。
この聖杯戦争にて、初めて行ったことは服の買い物、であったのだから。

はらはらと舞う桜の下に佇む、和装の少女。
その姿は儚く、けれども芯の通った凛々しさを湛えていて――

「うん? どうかしましたか、マスター」

――茜の視線にセイバーが顔を傾げていた。

「あ、いや何でもありません。そのちょっと――」

――なんだ。

自分は今、彼女を見て一体何を思った。
自らの心の奥底で、ちら、と顔を見せた奇妙な感情の正体を探ろうとしたが。

「ぼうっとしてしまって……」

――違う。

そんなことではない筈だ。
今、自分はセイバーを見て、明確に何か――厭な想いを抱いた筈だ。

「大丈夫ですか?」 

セイバーは、茜のそんな煩悶を知ることなく、心配そうにそう尋ねてくる。
結果――茜は曖昧に笑ってしまう。誤魔化すために、かつて貼り付けていた婦(おんな)の笑みを。

「ちょっとその辺りの茶屋で休みますか?」
「それもいいですね」
「あ! あそこでアイスクリーム売ってますよ。抹茶ですよ、抹茶」

その笑みを信じてか、セイバーは和装をはためかせながら氷菓子を買いにいった。
屈託ない笑みを浮かべ道を行くその姿は、絵に書いたような可憐な少女であり、とても人斬りには見えなかった。
その姿を見ている限りは、茜は何も思わない。先ほど感じたような、厭な想いは、何も――






それからしばらく休みを取り、また再び半木の道を散策しようとしていた時だった。

「……マスター」

辺りでは変わらず桜が舞っている。
隣で流れる河の流れがごうごうと響く中、湿り気の含んだ風が頬を撫でていく。
その中で――前を行くセイバーはふと足を止めていた。
そして、顔だけを茜の方へと向け、ふっと微笑んだのち、

「少々、待っていてください」

彼女は――ゆっくりと歩き出した。
茜を置いて、桜が降り注ぐ道を一人行く。
その先には―― 一人の少女が佇んでいた。

「――――」

思わず茜は息を呑んだ。
セイバーと少女の風体が、あまりにも酷似していたからだ。


9 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:17:45 89tSXZvc0

花の文様が描かれた一斤染めの単衣。
色鮮やかな紅色を湛えた袴。
加えて流れるような黒髪に真っ赤なリボン。
そんな、如何にも少女然とした恰好とは裏腹に、その瞳は毅然と前を向き、可憐であると同時に凛々しい色を湛えている。
そして――その腰には一振りの日本刀が差してあった。

ああ何と――似ていることか。
その衣装、そのありよう、その眼差し……二人の少女剣士は、全てが全て――鏡写しのようであった。

「サーヴァント――」

思わず茜は声を漏らす。
そう――突如現れた彼女もまた、英霊であった。
この京都にて行われた聖杯戦争にて召喚されたサーヴァントが一騎。
それらの情報を、茜はマスターとして読み取る。

「マスター」

セイバーが呼びかけてくる。その糸を察し、茜は答えた。

「――セイバーでした」

それもまた――同じであった。
基本となるクラスは七騎であると教えられたが――なるほど、重複しないとはあの進行役も言わなかった。

「そう、ですか」

セイバーは小さく頷く。そのやり取りの中でも現れたもう一騎のセイバーから視線は一切逸らしていない。

「――始めまして」

もう一人のセイバーは、まずはそう挨拶を口にした。
たおやかに、透き通る声で――

「もう気づいているでしょうけれど、私もサーヴァントです。
 貴方たちのことは、昨夜、祇園の戦いで見かけました」

――やはり、か。

もう一人のセイバーの言葉に、茜は内心そう漏らす。
昨夜、あの雨の中自分たちは四騎のサーヴァントを確認した訳だが、乱戦の全容まで把握していた訳ではない。
ならばこそ、あの戦いにて一切接触できず観測できなかった者――あるいは一方的にこちらを観測した者がいてもおかしくはない。
そのことを予想していただけに、こうして次の日に接触してくることもまた、想定の範囲内ではあった。

「それで」

セイバー、沖田は短く問う。
それで――貴方は何をしにきたのか、と。
そこに一切の遊びの色はなかった。律儀に挨拶をしてきた相手を迎えることもせず、その声色は刃のように鋭かった。

「一言で言います――同盟の提案です」

単刀直入な物言いに合わせ、もう一人のセイバーがそう切り出した。
「同盟?」と思わずセイバーは声を漏らす。

「はい――同盟です。
 この聖杯戦争は昨夜の戦いを持って状況が変わりました。
 ランサーが倒れ、アサシンはバーサーカーと手を結んだ。加えて無軌道な動きを続ける殺人鬼と吸血鬼までいます」

茜が知り得ていない情報をさらりと彼女は漏らす。
一方的にこちらのことを知っていた事実と言う、どうやら彼女の陣営は情報を集めることが得手なようだった。

「だから私たちと手を結びたいと? 聖杯を得るために――」
「いいえ、違います」

もう一人のセイバーはそう言って首を横に振った。

「私のマスターは彼らを止めたいと思っています。
 そして、この儀式――聖杯戦争を破壊する心積もりです」

彼女は迷わずに言った。

「それが私たちの――正義です」

――正義。
ああそれは何と、確固とした言葉だろう。
己の個の形成で悩む者にとって、その言葉はあまりにも強い過ぎる――

――正義とは何だろう。

だなんて、きっと目の前の少女は煩悶しないのだろう。
かつて悩んだのだとしても、己を納得し得るだけの答えは既に出し終えているに違いない。


10 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:18:38 89tSXZvc0

「……正義の味方、ですか」

対する沖田の声色は硬かった。
相手が好戦的でないと分かったからといって、その態度を一切軟化させることはなかった。依然としてその佇まいは鋭い刃そのものだ。
否――寧ろ硬質化しているようにさえ聞こえた。
恐らくそれは彼女の出自が関連しているのだろう。幕末の京都において、それこそ正義など硬貨の裏表のようなものだったことは想像に難くない。

「はい、私たちは正義のために戦っています。
 たとえ時代が違うとしても、無辜の人々を傷つける悪がそこにいるのであれば――私は街を、そして人を守ります。
 貴方も英雄であれば、その心は変わらない筈でしょう?」
「では聞きますが――何故私たちを?」
「それは……他の陣営とは、交渉できるようには思えなかったからなんです。
 バーサーカーやアサシンは論外。ライダーも腹の底が読めませんでした。吸血鬼に至っては理解不能です。
 キャスターはもしかすると協力してくれたかもしれませんが……彼らの場合はそもそもどこにいるのかが分かりません。
 少なくとも私たちが知り得ている中では――」
「――最も組し易い。そう見られた訳ですね」

沖田はそう短く切り捨てた。
同時に「マスター」と呼びかける。
口上はどうでもいいので茜の判断を仰ぐ――そんな心積もりなのだろう。

「私たちは同盟に特に条件など設けません。
 ただ聖杯を破壊する――という一点に同意していただければ、私のマスターも姿を見せます。
 ただ――バーサーカーの相手は私がするつもりです」

最後の一言のみ、声のトーンが僅かに変わっていることに茜は気づいた。
どうやらこのセイバーはあの鬼面のバーサーカーと深い因縁があるようだ。
正直そこは――どうでもいい。
茜たちもあのバーサーカーとは初日より何度か戦っているが、敵に興味など端からない。

短期視野に立って考えるのならば、この同盟は悪い話ではない。
そのことは考えるもまでもない。魔術について何も知らぬ自分が、どうも情報に通じているらしい陣営と接触できることは、それだけで価値があることだ。
とはいえ――そこも本質的にはどうでもいいことだ。

ここで悩むべきは――彼女が口にした正義のことだ。
あるいはそう――個と言い換えてもいい。
主張するべき自己、擁立すべき秩序――ともすればバラバラになりそうになる想いを彼女は正義という一言でまとめている。
それが彼女の個であり、律である。個と社会を正義という言葉で結びつけ、それが人格を形成している。

茜が悩むべきことは――その強さだ。
あまりにも強い個の隣で――茜は果たして如何な個を保てばいいのか。
実際、茜は聖杯などどうでもいいと思っている。あの黒衣の男との対峙を経た今となっては願いなどありはしない。
しかしだからといって壊そうなどとも思いはしない。茜にしてみれば、それもまた十分な個――願いであり、欲求だからだ。

――いや、それ以上の願いとさえ言えるだろう。

聖杯戦争、というシステムが既に構築されており、それに反する動きを取るのだ。
そうした側面を見れば、ルールに沿って願いを叶えようとするのは、あくまでシステムの渦中にいる者の考えに過ぎない。
既に敷かれたシステムへの破壊などというのは相応の個の強さがなくてはできない――茜の、死んだ妹のように。


11 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:19:03 89tSXZvc0

「一つ、試したいことができました」

そこで茜の煩悶に気づいたのだろう、代わりと言うべきか、沖田が口を開いていた。
そして彼女は――静かに刀を抜いていた。
瞬間、もう一人のセイバーの顔色が変わった。

「私、貴方たちの力量が知りたくなってきました。
 確かに貴方のマスターはそれなりに力量のある魔術師なのでしょう。
 私たちを遠くから観察したり、どんな手段かは知りませんが人払いの魔術を使っていたり、本当便利ですよねぇ」

そこまで言われて――茜は気づいた。
辺りには人影が見えなくなっていることを。
さきほどまではいた筈の観光客や子どもの姿が見えなくなっている。
あるのは勢いよく流れる鴨川と、延々と桜が降り注ぐ道だけだ……

「しかし――だからといって貴方たちが強いってことにはなりませんからね」

他に誰もいない桜の道で、沖田はそんなことを言った。

「正義結構。聖杯破壊結構。しかし戦場に事の善悪なし――私が同盟相手として気にするのはその力量です。
 少なくとも、かつてこの京の都で信じられたのはそれだけでしたから。
 だから同盟を求める以上、力を見せて欲しいと思います。こう言い換えてもいいでしょう――」

――その刀の斬れ味はどの程度のものですか?

と。
沖田はどこか挑戦的な口調で問いかけた。
それに対し、もう一人のセイバーは抜刀の音で答えた。

「なるほど、見たところ貴方も一人の剣客。そう思うのも無理はありませんね」
「そういう貴方は――ただの人斬りではないようですね。正義の人斬りなんていたら笑っちゃいますけど」

そうして相対した二人の少女の間を、風が吹き抜ける。
途端、頭上より一斉に桜の花びらが舞っていく。その勢いたるや灰色のアスファルトを埋め尽くす勢いであった。
その桜吹雪に合わせるかのようにして少女たちの和装もはためく。
はらり、はらりと――

「――行きます」

重なる声と共に、二人の少女は地を蹴り――そして交錯した。
これより二人は敵と味方になる。少なくとも数分間は――







12 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:19:35 89tSXZvc0


――行きます。

その言葉はどちらのものだったか。
あるいは本当に声に出して発せられたものであったのか。ただ意識が勝手に掛け声のようなものを捏造しただけなのかもしれない。
何にせよ――

――斬るのみ。

力試し、という名目であるが、沖田総司に寸止めや峰打ちなどという力の抜き方はできない。
生かすか殺すか、その二択しかない。そしてサーヴァントとして真剣を振るう以上、できる手加減は殺しの質――殺意の純度を下げることくらいだ。
故に彼女は――間違いなく殺すつもりで駆け出していた。

風のように速い、という表現がある。
武田信玄の“風林火山”やその基である孫子の“故其疾如風”などを引用するまでもなく、風、というものは古来より速きもの、軽やかなものとして人に認識されてきた。
瞬く間にやってきて、すぐさまどこかへと消え去ってしまう。来るときも去るときも一瞬。それが風と言うものである。
しかし沖田総司の剣の表現として、その表現は正しくないだろう。

何故ならば――

「――はっ」

――沖田総司が駆け抜けるのに、一瞬は少々長過ぎる。

「――――」

敵、もう一人のセイバーには、地を蹴る音と同時に沖田の剣が放たれた――と見えたに違いない。

当初、二人のセイバーの間は十五尺は空いていた。
この距離の取り方は話し合いのためだろう。向こうはこちらを無暗に刺激したくなかったことが窺える。
そして二人の背丈が共に五尺一寸、二寸程度であることを考えれば、当然共にまだ“届かぬ”間合いだった。

しかし――沖田にしてみれば、それは“制空権”なのである。
縮地。沖田が身に着けているそのスキルはランク如何によっては次元すら越えるという。
彼女の剣を風で表現するのならばこうするべきだろう。
――沖田総司は風よりも速い。
と。

もう一人のセイバーが目を見開いた――だがそれでもなお反応していた。
金属音。
刃と刃が交錯する音が響き、そして――再び沖田は最初の位置――茜の前へと舞い戻っていた。

「……速い」

敵は端的にそう述べつつも、沖田の圧倒的な速さに気おくれした様子はなかった。そして事実、彼女は沖田の初撃を受けて見せたのだ。
ただ毅然と沖田と相対しつつ、彼女は上段に刀を構える。

「北辰一刀流ですか」

その構えを見た沖田がぽつりと漏らした。

――北辰一刀流。

更に原型たる一刀流は現代より遡ること五百年、戦国期に現れた伊藤一刀斎景久が租であった。
彼の門弟であった御子神典膳が徳川家に召し抱えられたことで、将軍家の流儀として天下にその名を轟かせることになった。
一刀流はその後、様々な流派に派生していく訳であるが、その過程で千葉周作が浅利又七郎から一刀流を学ぶ。

そしてこの千葉周作こそ――北辰一刀流を確立させた剣術家である。

一刀流を学んだ周作は、その流派を祖父が収めていた北辰夢想流と折衷することを思いついた。
他の派生流派と一線を画す特徴として、北辰一刀流は“実戦派”であったといえるだろう。
開祖たる伊藤一刀斎景久の時代から二百年が経っていた当時、天下泰平の江戸時代ということもあり、机上の空論染みた技などが跋扈していた。

それを周作は実戦的な“体系(システム)”に落とし込み、流派そのものの徹底的な簡略化と合理化を行ったのだ。
これが如何に有効であったかは言うまでもない。
最も稽古に竹刀を導入したことで、稽古と実戦の間にロジックの乖離が起こってしまう事態も発生したが――幕末期にも数多くの猛者が排出された。

「――また因果な流派が出てきたものです」

相対するセイバーの構えに対し、そこで沖田はそう漏らした。
北辰一刀流と新撰組、そして引いては沖田との因縁は案外深い。


13 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:20:21 89tSXZvc0

新撰組内にも多くの出身者がいた。そもそも初代局長たる芹沢鴨からして北辰一刀流だった。
そして古株であり副長であった山南敬介も、その同門で組内で発言力のあった伊東甲子太郎も北辰一刀流であった。
みな新撰組に深く関わっていた人物だ。

――全員、斬り殺したんですけどね。

彼らはみな、他でもない新撰組の手で斬られている。
沖田はそのことに対して、別段深い感慨はない。
自分は人斬りに過ぎず、善しであるか悪しであるかを考える役目にはない。
土方や近藤がそう判断したのであれば、それに従うだけだ。
最も――山南をこの手で斬った時だけは、少々別の感情が芽生えたものだが。

それに北辰一刀流が必ず敵だったという訳でもない。
藤堂平助や吉村貫一郎もまた北辰一刀流だった筈だ。
そして何より――天才剣士たる彼女自身もまた、北辰一刀流の免許皆伝を受けている。

――ああそういえば、坂本さんもでしたっけ。

沖田は生前出会った一人の男のことを想い返しつつ、二撃目の態勢へと移る。
構えは上段。向こうと同じく攻撃的な構えだ。
ふっ、と息を吸い――そして再び彼女は駆け抜けた。
それをもう一人のセイバーは果敢にも正面から受けんとする。

――速く

縮地。
桜舞う世界を滑るようにして沖田は剣を振るう。
その件の流派は――天然理心流だった。
それは“天に象り、地に法り、以て剣理を究める”の文言が象徴するように、自然の法則に逆らわず極意に達するという流派である。
農民剣法、などと時には揶揄されることもあるが、幕臣にも数多くの門人がおり、農民だけが収める流派では決してなかった。

――鋭く

とはいえ――新撰組の、特に近藤や土方らが収めていた剣は間違いなく泥に塗れていた。
剣を磨くのは、ひとえに敵を殺すため。
また彼らにとって剣は人を殺すための一つの手段に過ぎない。それで敵を殺せるのなら何を使ってもいいのだ。

そんな沖田が敢えて正面から剣を向けているのは確信しているからだった。
先の一合の斬り合いだけで沖田は敵の力量を見抜いていた。
このセイバーは――速さ、即ち剣の腕に関しては自分よりも下だと。
決して技量が低い訳ではない。その修練度は幕末期に活躍していた浪士たちと比しても見劣りしないものだ。

けれど――届かない。

この京都に名を轟かせた壬生浪士。
その中で最強と評された剣士の域には――とてもではないが到達できてはいない。

故に折られる筈だった。
咲き乱れる桜も何時かは墜ちて泥に塗れるように、当然の帰結としてもう一人のセイバーは敗れる筈だった。


14 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:21:02 89tSXZvc0

けれど――

「破邪剣征――」

――沖田の知る北辰一刀流は、あくまで“表”のものだけだった。

このセイバーは、もちろん“表”の北辰一刀流も収めていたが、しかし――彼女が英霊として昇華されたのは一重に“裏”があったからである。
表層化しなかった“裏”の北辰一刀流こそ、彼女が英霊となる運命を決定づけたものだった。

「――桜花放神」

その自体は、抜刀術であるに沖田には見えた。
刀を鞘に納め、力を溜めるようにして沖田を待っている。
それ自体は何らおかしなことではない。とかく速過ぎる沖田に対し、抜刀術で迎撃で対抗と言うのは事実有効ではある。

しかし――その構えはただの剣ではなかった。
構える彼女の周りに、ぼう、と神秘的な光が灯っている。
それは刹那のやり取りが見せる錯覚などではない。確かに存在する神秘として、その光は辺りを照らしているのだ。
その証拠に――桜の花びらの一つ一つにまで光は伝播し、その色彩を変えてしまっている。
淡紅色の儚い色彩から、陽の光にも似た橙色へと――

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

――その声と共に、辺りに舞った神秘の光は収束し、光の刃となった。

沖田は、はっ、としてその身を転進させた。
ぶうん、と音が勢いよく鳴り響く。刃が抉りとったアスファルトの破片がぱらぱらと舞った。

「……魔術の類を使うとは思いませんでした」

マスターたる茜を片手で抱えながら、今しがた放たれた技に対し沖田がそう評した。
技が発動しようとするまでの僅かな隙間に後退し、マスターの安全を確保していたのである。
最も、その剣の射線(というべきだろう)は、茜からはずれており、その心配は杞憂だったのだが。
偶然ではなく故意に外したのだろうと沖田は、相対する少女の眼差しを見て確信する。

「なるほどそれが――貴方をただの人斬りでなく、正義の味方足らせているのですね」
「この力が――私の運命でした。この力があったからこそ、私は運命に向き合い、そしてあの時――」

そこでもう一人のセイバーは言葉を切った。ここで語るべきことではないと悟ったのだろう。
代わりに、彼女は沖田から視線を外し、

「――さて、これでどうです? そちらのマスターさん。
 私の力量には満足できましたか?」








桜が舞っていた。

今しがた桜がふり注ぐ中で行われた、少女剣士たちの攻防。
その凄烈なやり取りは、とてもではないが全て知覚できなかった。

だから――桜が舞っていたのだ。

そう表現するにふさわしい、と茜は思う。
新世紀の風が吹くこの古都で、かつてこの国に咲いていたであろう桜たちが交錯する。
その美しさは、それ以上の言葉で糊塗するのは無粋であろう。

とはいえ――茜が気にかかっていたのは別のことであった。

「――さて、これでどうです? そちらのマスターさん。
 私の力には満足頂けましたか?」

そう問いかけてくるセイバーの表情は、剣の色など見えない可憐な少女そのものだ。
そして――茜には分かってしまう。正義を信じるこの少女を、どうすれば自分の都合の良い方向へと導くことができるかを。


15 : 桜花嵐  ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:21:20 89tSXZvc0

――破邪剣征・桜花放神

先ほどこのセイバーが口にした技。
茜は特段剣術などに興味はない。かような技を知る由もない。
しかしそんな彼女であっても、その言葉をしっかりと聞き取り、反芻することができた。

何故ならば――既に見ているからだ。
この一週間で、同じ技を使う者に幾度か茜はその身を狙われている。
あの鬼面のバーサーカーが――それだ。
加えて、先ほどこのセイバーに見せたバーサーカーへの執着を想うと――

「――私は、マスターの移行に従いますよ。
 聖杯を獲るにせよ、壊すにせよ、どちらも私にとっては戦いですから」

沖田、茜のセイバーもまたそう言ってくれる。
先の人斬りの顔とは打って変わって無垢な微笑みを浮かべながら。
しかし、それもまた茜には分かってしまうのだ。

彼女らの――理(ことわり)というものが。
そしてこの聖杯戦争という盤面も全貌も見えてきた。
今までの五里霧中の状態から、視界が徐々に晴れてきたことを彼女は感じていた。

聖杯戦争と言う盤面は分かった。そのルールも掴めてきた。
そこに生きる者たちの顔も見えてきた。システムの中にいる因子(ファクター)たちの理もまた、把握しつつある。
全容を把握する必要などない。ただ無秩序に動く因子たちが、因子を再排出するような、そんなシステムを構築してやればいい。

――ああ、これは。

■■の理だと、茜は自覚する。
これは――無意味な理だ。手段だけが思いつくのに、その先にあるべき願いが、個がないのでは――

――個など、そもそも存在しないのではないか。

絶対的な個などそもそもありはしないだろう。
どうやっても対外的な想念が個には発生する。システムに対してどう動くか、その要素抜きで人の個は語れない。
ならば――■■でしかない者は。

「……マスター?」

その時、沖田が訝しげに尋ねてきた。
狂ったように降りしきる桜の中、立ち尽くす茜に対し彼女は、

「何で泣いてるんですか?」

その時になって、茜は初めて自分が泣いていることに気づいた。




[2004年/8日目/午前/京都左京区下鴨半木町・半木の道]

【織作茜@塗仏の宴】
[状態]健康・魔力消耗(大)
[装備]なし
[道具] なし
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:私は――
[備考]
※時期は【塗仏の宴 宴の始末】開始前です。

【セイバー(沖田総司)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 乞食清光
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 最後まで戦い抜く
1. マスターに従いますが?
[備考]
※遂にコハエース出典じゃなくなりました。やったー
※ぶっちゃけバーサーカーはどうでもいい

【セイバー(???)@???】
[状態] 健康
[装備] ???
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針:正義のために、戦います。
1. あのバーサーカーは――
[備考]
※全体的に沖田に似ていますが、黒髪です。
※ステータスは敏捷は沖田に劣りますが、耐久・魔力では圧倒しています。


16 : ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 09:24:07 89tSXZvc0
投下終了です。
京都を舞台にした「古都聖杯異聞」の中盤過ぎぐらいなんじゃないかなぁと考えてます。
設定等は結構ガバガバなんで、似たようなシチュエーションを使いたい方は是非、この話の前でも後でも書いてくれてかまいません。
勿論、無視して別の京都聖杯を書いても大丈夫です。


17 : 名無しさん :2016/05/29(日) 17:29:58 X/MbJi820
スレ立て&投下乙です。
短編集と合わせて断片集スレも立つとは……。
フリー化登場話と合わせて話を考えてみたい場合などにも使えそうで面白そうですね。

さて、作品の方も感想をば。
引き裂いた闇が吼え震える京都に愛の歌高らかに躍り出た謎のセイバー、果たしてその正体は何者なのか?
ステシ等も一切不明の謎のセイバーが登場できるのもこのスレならでは、ですね。真名不明のサーヴァントを探るマスターたちのに視点に立ちながら読めるのでかなり画期的です。
謎セイバーと桜セイバーの対決は、桜セイバーのモデルがまたピンクの袴を纏っていた事もあり夢の対決といったように思えますが、その中でも歴史上の逸話から北辰一刀流の繋りを拾っている所に感檄しました。
同盟を組む事になった二人についても、北辰一刀流のくだりは不穏な展開への伏線になっているようにも見えるので、また続きを読むのが怖いような見たいような気持ちです。
コハエース出典脱却はめでたいですね!あとサクラ大戦のグラブルコラボもめでたい!
という感じで投下乙でした!


18 : ◆Ee.E0P6Y2U :2016/05/29(日) 22:51:50 89tSXZvc0
>>17
ありがとうございます、いきなり感想をいただけるとは!

wikiにとりあえず「古都聖杯異聞」の専用ページを作ってみたんで、ある程度設定や断片をまとめておきたい方はばんばん新規ページ作成しちゃってください。
もちろん、そういった七面倒なこと抜きで、とりあえずSSを投下するだけ――という使い方もアリなので。


19 : 名無しさん :2016/05/30(月) 22:14:42 fng/GWDY0
投下お疲れ様です。

いきなりエピローグからですが、わたくしも投下します。


20 : いつもと変わらぬ毎日 :2016/05/30(月) 22:15:45 fng/GWDY0
前略、おふくろ様

私、神山は15日間にわたるあの聖杯戦争を無事生き残り、やっとクロマティ高校に帰ってくることができました。

こうやって思うと、あの戦いがまるで遠い昔のように感じられます。

「おい神山!お前2週間以上も行方不明になってたんだってな!どこに行ってたんだよ?」

林田君は行方不明になっていた理由を聞いてきますし、

「林田、無理に聞こうとすんなよ。きっといろいろあったんだろうしよぉ。」

前田君は僕を気遣ってくれますし、

「まあなんにせよ、無事に戻ってきてくれたなら万々歳だな」

北斗君は素直に喜んでくれましたし、

「ウホ」 「…」

相変わらずゴリラとフレディは何を考えているかよくわかりませんが、きっと喜んでくれてるのでしょう。

ただし、少し気になっていることがありまして…


21 : いつもと変わらぬ毎日 :2016/05/30(月) 22:16:16 fng/GWDY0
「何であなたがここの生徒になっているんですか、キャスターさん」

「だってコーチと一緒にいたいんですよ、グリグリモグモグしてあげますから許してください」

そう、何故か私のサーヴァントであるキャスター、リンダさんがいつの間にかこのクロマティ高校の生徒になっていることです。

「しっかし神山も隅に置けねえよな、行方不明になっている間にこんな可愛い彼女作ってんだからよ」

「違いますよメカ沢君、この人は私の知り合いであって彼女ではありません」

メカ沢君がはやし立てますが全力で否定させていただきます。

とにかく、このことはクロマティ高校ではちょっとした騒ぎになっていました。

何せ一応共学ではあるものの、ほとんど女の子の姿が見えないこの学校にいきなり女の子が転校してきたわけですので、

騒ぎにならないわけがありませんでした。

そのせいで、私の周りがいつにもまして騒がしくなっていますが、もう慣れてきたのであまり追及はしません。


22 : いつもと変わらぬ毎日 :2016/05/30(月) 22:17:02 fng/GWDY0
「しかしリンダって言ったな?どうやって神山と知り合ったのか教えてくれないか?」

「私とコーチが知り合ったのは確か…路地裏の「林田君、人のことを詮索するのはいけないことですよ」

「なんだよ神山〜、俺たちに秘密を作るのかよ〜」

「そういうわけではありません、あまり話したくない場所だからです。」

…騒がしいことに変わりはありませんが、今日も楽しく過ごしています。

【クロマティ高校/???】

【神山高志@魁!!クロマティ高校】
[令呪]:1画
[状態]健康
[装備]なし
[道具] なし
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:やっと帰ってこれたなぁ…
[備考]

【キャスター(リンダ)@ボクと魔王】
[状態] 健康
[装備] 制服
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針:
1. ずっとコーチ(神山高志)のそばにいます!
[備考]


23 : 名無しさん :2016/05/30(月) 22:17:51 fng/GWDY0
投下終了です

ありがとうございました。


24 : いつもと変わらぬ毎日 ◆OW5ZCNLz4U :2016/05/30(月) 22:35:45 fng/GWDY0
>>23

すみません、先ほどの作品について、
トリップがなかったようですので、トリップを付けて再投稿いたします。


25 : いつもと変わらぬ毎日 ◆OW5ZCNLz4U :2016/05/30(月) 22:40:18 fng/GWDY0
前略、おふくろ様

私、神山は15日間にわたるあの聖杯戦争を無事生き残り、やっとクロマティ高校に帰ってくることができました。

こうやって思うと、あの戦いがまるで遠い昔のように感じられます。

「おい神山!お前2週間以上も行方不明になってたんだってな!どこに行ってたんだよ?」

林田君は行方不明になっていた理由を聞いてきますし、

「林田、無理に聞こうとすんなよ。きっといろいろあったんだろうしよぉ。」

前田君は僕を気遣ってくれますし、

「まあなんにせよ、無事に戻ってきてくれたなら万々歳だな」

北斗君は素直に喜んでくれましたし、

「ウホ」 「…」

相変わらずゴリラとフレディは何を考えているかよくわかりませんが、きっと喜んでくれてるのでしょう。

ただし、少し気になっていることがありまして…


26 : いつもと変わらぬ毎日 ◆OW5ZCNLz4U :2016/05/30(月) 22:40:47 fng/GWDY0
「何であなたがここの生徒になっているんですか、キャスターさん」

「だってコーチと一緒にいたいんですよ、グリグリモグモグしてあげますから許してください」

そう、何故か私のサーヴァントであるキャスター、リンダさんがいつの間にかこのクロマティ高校の生徒になっていることです。

「しっかし神山も隅に置けねえよな、行方不明になっている間にこんな可愛い彼女作ってんだからよ」

「違いますよメカ沢君、この人は私の知り合いであって彼女ではありません」

メカ沢君がはやし立てますが全力で否定させていただきます。

とにかく、このことはクロマティ高校ではちょっとした騒ぎになっていました。

何せ一応共学ではあるものの、ほとんど女の子の姿が見えないこの学校にいきなり女の子が転校してきたわけですので、

騒ぎにならないわけがありませんでした。

そのせいで、私の周りがいつにもまして騒がしくなっていますが、もう慣れてきたのであまり追及はしません。


27 : いつもと変わらぬ毎日 ◆OW5ZCNLz4U :2016/05/30(月) 22:41:09 fng/GWDY0
「しかしリンダって言ったな?どうやって神山と知り合ったのか教えてくれないか?」

「私とコーチが知り合ったのは確か…路地裏の「林田君、人のことを詮索するのはいけないことですよ」

「なんだよ神山〜、俺たちに秘密を作るのかよ〜」

「そういうわけではありません、あまり話したくない場所だからです。」

…騒がしいことに変わりはありませんが、今日も楽しく過ごしています。

【クロマティ高校/???】

【神山高志@魁!!クロマティ高校】
[令呪]:1画
[状態]健康
[装備]なし
[道具] なし
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:やっと帰ってこれたなぁ…
[備考]

【キャスター(リンダ)@ボクと魔王】
[状態] 健康
[装備] 制服
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針:
1. ずっとコーチ(神山高志)のそばにいます!
[備考]


28 : いつもと変わらぬ毎日 ◆OW5ZCNLz4U :2016/05/30(月) 22:41:45 fng/GWDY0
投下終了です

お騒がせして、申し訳ありませんでした。


29 : 名無しさん :2016/05/31(火) 00:25:26 .mSuWzOo0
再投稿する必要は無いと思うんですけど(名推理)


30 : 名無しさん :2016/05/31(火) 06:15:40 Nf5A9oi.0
〉〉29

そうでしたか・・・
それは申し訳ありませんでした。以後気をつけます。


31 : 名無しさん :2016/05/31(火) 17:21:52 MGqJpdh60
半年ROMるとは何だったのか


32 : ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:20:19 e9rnjIik0
とりあえず、FREE化済の拙作『香月舞&ランサー』と『ジョン・マクレーン&アーチャー』を利用して、一作書いてみました。
想定としては一つの聖杯戦争の最終回です。
それでは投下します。


33 : 蝉時雨/あなただけ、Dreaming ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:20:46 e9rnjIik0
【空白のなかの聖杯戦争】





『蝉時雨/あなただけ、Dreaming』





 首都――東京。



 真夏の日差しが、この街を見下ろしていた。
 この夏、何度目かの最高気温は、人々の目の中で蜃気楼を生み出し、街並を包み込んで蕩けさせていく。
 ビルが歪んだ。風がなかった。汗が滲んだ。セミが喚いた。
 歩く足が重かったが、雑踏は誰かが立ち止まる事を許さなかった。
 その雑踏の中にいる誰もがきっと、立ち止まりたいと思っていた筈だが、同時に急いで目的地にたどり着きたいとも思っていた。
 だから、やはり自分以外の誰かが立ち止まるのを快く思ってはくれなそうだった。



 わたしもまた、その中で立ち止まった。振り返る事も許されなかった。



 そう、今日とまったく同じ天気だった、あの夏の事……。



 聖杯戦争、と呼ばれたあの不思議な日々の事を……。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 小学六年生の頃のわたし――『香月舞』は、どういうわけか知らないが、聖杯戦争という奇妙な儀式に参加させられていた。
 聖杯戦争について簡単に説明すると、それは願いを叶える為の願望器『聖杯』を得る為に、魔術師たちが英霊を呼び出して戦い合い最後の一人を決めるという『戦争』だ。――本来なら「願い」がある人間に差し出されるような儀式のはずだが、わたしにはそんな願いはなかったので、その時にはひどく場違いな気持ちになった。
 こう断言してしまうと語弊があるので一応言っておくと、わたしにも当時から抱いていた夢自体はあった。つまり、将来の夢がない子供ではなかったし、その夢に対して中途半端な志しか持たないわけでもなかったのだ。
 しかし、その夢を叶える手段として、聖杯を使う事を望んでいなかった。それに、現実にその夢を叶える手法は人の命を対価にするほど大袈裟な事でなかった。
 事実、参加者たちの中にも聖杯を得る理由はさまざまあったが、わたしが見てきた数名の『敵』の中には、亡き恋人に捧げようとした人や、平和を築く為に使おうとした人がいた。――やはり、ほとんどは、一個人の努力では叶わない『悲願』を託す人たちであり、その人たちの最後のよりどころが聖杯なのだろうと思う。

 結局、あれからどれだけ歳月を重ねても、当時ただの子供だったわたしがあの儀式に参加させられた理由はわからないままだ。しかし、「理由」を追い求めるにも、既に時間は経ち過ぎているので、わたしはとっくに真相を知るのを諦めて、あれが『卒業の儀礼』だったと思い込む事にしていた。
 ふつう、小学生の子供たちが卒業記念にそんな儀礼を行う事などない筈だし、実際にそうなったのはわたしだけなのだろうけど、それでもそういう風に思い込む事で強引に答えを作り出したのだ。
 あれは、わたしにとっての一つのきっかけなのだと――今のわたしはそう思う事にしている。


34 : 蝉時雨/あなただけ、Dreaming ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:21:06 e9rnjIik0





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





【1986/08/31】



 聖杯戦争の開始から一ヶ月が過ぎ去り、そして遂に終わりの日を迎えた時――あの最後の日の事だけを、わたしは思い返す事ができる。
 三十一日もの長い聖杯戦争のなかで、いくつもの懐かくも悲しいエピソードがあるのだが、今のわたしにはそれを頭の中で時系列順に並べ替える事はできないし、わたしの記憶はきっと時間によって多くを書き換えられてしまっているのだ。だから、わたしにとって聖杯戦争として正確といえる思い出は、「最初の日」――八月一日と「最後の日」――八月三十一日、その二日間だけなのである。

 始めは、理不尽な強制参加と言って然るべき物であったが、なぜか自然とわたしは生き延びていて、聖杯戦争の最後の朝日を拝む事になった。
 それまでの一ヶ月、マスターとして結構な苦労をしてきたつもりだが、他の何十人もの参加者もその点では同じだったので、やはりわたしが生き延びる事が出来たのは奇跡的な事だっただろう(まして、わたしのサーヴァントは、これといって逸話のないほとんど無名の青年なのだから、余計に奇跡的である)。
 もう一人生き残っているマスターのジョン・マクレーンというアメリカの刑事の方は、もともと多くの事件に巻き込まれながら生き残り続けた特殊な運勢の持ち主だった事もあり、余計にわたしだけがラッキーを背負えているのは奇妙に見えた。
 わたしたちの直面した脅威の中には、別の誰かの犠牲によって逃れる事ができた物もあったので、本当はただのラッキーで済ませてしまうのは自分の中でもかなり複雑なのだけど、あれから時間が経つとやはりその言葉で片づけるしか仕様がなくなってしまう。

 もしかすると、この聖杯戦争での生還は、不器用なわたしに神が授けてくれた――『もうひとつの魔法』のようなものかもしれない。
 ……あるいは、かつてわたしの前に現れた鏡の国の妖精が、この時もまた、どこかからわたしを見守っていてくれて、わたしの事を影ながら助けてくれていたのだろうか?

 ――とにかく、そんな加護を受けてか、最後の日の朝に目覚めた時も、わたしには自分が死ぬ予感など微塵もなかった。
 ここまであらゆる脅威から逃げ切った安堵感と、自信とが強くなりつつあったのだ。唐突な死をすべて回避し、天寿を全うできる選ばれた人間であるような気さえしていた。
 最初は死の恐怖に震えていた少女も、こうしていつの間にか死の予感を押し込めているのだから、まったく時の流れというのは不思議であっただろう。

 それに、実際、最後の日というのは、いうなれば蛇足のような物でもあった。この前日までは、凶悪な敵と戦っていたが、その敵は倒され――最終日を目前にしながら消えてしまったので、わたしたちにとっての敵は、もう『聖杯戦争』という儀式そのものだけなのだ。
 既に、サーヴァントとマスターはわたしたちを除いてもう一人ずつしか生き残っておらず、そちらのペアも聖杯の破壊を目的としていたのだから、わたしたちは協力関係を結び、実質的にもう殺し合いをリタイアしていたのである。
 自分を狙うものがない以上、どこまでも安心した心持でいられるのは至極当然の事だった。
 ただ、それでもどこか前夜はあまり眠れず過ごし、小学生時分のわたしには浅い微睡みのまま目を覚ました。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 ……目覚めた時に窓の外で蝉がうるさく鳴いていたような覚えがあるが、それは果たして、記憶を都合よくノスタルジックに書き換えてしまった証なのか、わたしにはもうわからない。それでもこの時期は、まだ蝉たちは元気だったような気もする。


35 : 蝉時雨/あなただけ、Dreaming ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:21:21 e9rnjIik0
 眠るわたしを見守っていたサーヴァント――いや、この呼び方は何だか他人行儀のような気がしてしまう、折角だから『東光太郎』さん……『光太郎さん』と呼ぼう――は、朝には既にどこかへいなくなっていた。
 きっと、聖杯を解体する目的の為に聖杯のありかに行ったに違いなかった。

 目覚めると、わたしの胸は、聖杯戦争を生き残った万能感とはまったく正反対の焦燥感も抱かれていた。
 それは、聖杯戦争の終わりであると同時に、ちょうど、小学校最後の夏休みが、終わる――そんな想いが過る日でもあったからに違いない。つまりは、これまでの日常が確実に切り替わる起点に立った事を、その時、自覚したのだった。
 結局は、中学に上がってからも、同じように長い夏休みを経験する筈だとわかっていたのに、何故かこの一日は朝から妙に貴重な気がして仕方がなかった。
 幼心にも、小学校の夏休みと中学校の夏休みが決定的に違う物だと、どこかで予感できていたのかもしれない。

 ……おそらく、それは、この時流行っていた学園ドラマの中で描かれる「中学校像」と自分を見比べ、言い知れぬ危機感を覚えていたからだろうと思う。画面に映っている生徒たちは、真っ黒な制服を着ているだけで、「おにいさん」と「おねえさん」に見えていたし、体格が変わって化粧を施したお顔の「おねえさん」たちは、舞自身が自分の未来として見つめるにはあまりにも自分と違いすぎたのだ。
 そして、そんな彼らは常に「ジュケン」や「ブカツ」との戦いをしていた。
 これまで六年間で慣れてきた生活を全て手放して、行きつかなければならない未来にしては、どこか色調が暗く見えるのだった。

 表向きは、「ああいう風になりたい」と――「早く大人になりたい」と思いながらも、その反面で「今」を手放したくない想いが、あの時のわたしの後ろ髪を引いていた。無限にあるように錯覚できる小学生の時間の中で、永久にその錯覚に陥り続けたかったのだ。
 あるいは、その錯覚を捨て去る時期くらいは、自分の手で決めさせてほしいと思っていた――しかし、やはり最後の夏休みにも終わりが来てしまったのだ。

 最後とはそういう意味だと、いくつかの出来事の中で知っていったが、やはり何度それに直面しても不安はぬぐわれる物ではなかった。
 好きなテレビが終わる「最後」であったり、魔法を手放す決意を固めた「最後」であったり、祖父母の魔術団が解散する「最後」であったり……それを何度経験しても、そのたびに胸が苦しくなるのが小学生当時のわたしだった。

 慣れ親しんだ環境を時の流れに任せて捨て去り、そして別の新しい自分に変わっていく事が怖くて仕方が無かった。
 何より、「最後」という言葉の語感の中に、少しの「勿体無さ」を感じてしまうのである。
 遠足の準備をする前に忘れ物がないか気になってしまうように、わたしは流れていく時の中でやり残した事がないか不安になっていた。聖杯戦争においても、小学生の夏休みにおいても、それは同じだった。
 そんなわたしのもとに、二つの終わりがいっぺんに来たのだから、わたしは朝起きた時からそわそわして仕方が無かった。

 朝ごはんを食べる時、両親は、折角だから軽くどこかへ出かけようと言っていたが、わたしはそれを断った。弟の岬がつまらなそうに反論したのを、わたしはまだ覚えている。
 友達の遊びの誘いの電話もあった気がするが、それもまた、わたしは断っていた。

 この街で戦う彼らの――せめて、何も出来なくても近くにいようと思い、東京を離れなかったのである。
 それが、その時わたしがやらなければならない、夏休みの最後の宿題だった。



 そう、彼らの帰りを待ち続ける事だけが……わたしの夏休みの宿題なのだ。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 今から思えば、自分に降りかかった状況に戸惑いだけを抱いていた少女は……もうこの時にはいなかったのだと思う。
 聖杯戦争に順応しつつあり――、もしかすると大人よりもこなれていて――、時に戦いを忘れて笑えるような少女だけがいた。


36 : 蝉時雨/あなただけ、Dreaming ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:21:40 e9rnjIik0

 ……勿論、わたしも、聖杯戦争の過酷さをその日まで散々、目にしてきた。
 親しくなった人の死も目の当たりにしたし、願いを抱えたまま叶わずに泣きながら死んでいく人の姿も見る事になった。祖父母の死だとか、飼っているペットの死だとか、そうした物も未経験に育ってきた未成熟児には、知っている命の最期は割り切れない唐突な悲しみでもあった。

 しかし、この一ヶ月は、その連続でもあった。
 心が痛んだが、壊れるほどではなかった。
 親しい人の死は、いつか必ず目にする話で、それが来るのが早すぎただけだった。多くの人は、たとえ死に別れが早く来たとしても、その先の人生を生きている。

 それでも、人々が「過去」に惹かれ、時間に抵抗したくなる、最大の理由というのは、やはり「それ」なのだろう。
 逃れられない死が近づいていく――そんな経過の中での気休めが、せめて意志だけでも時間に抵抗しようという想いなのだった。何かが壊れ、何かが終わるのを寂しく思うのは、きっと、それを通して死を見つめてしまうからだ。
 しかし、どう抵抗しようとも本当にただの気休めで終わって、人間は決して時間には勝てない。
 聖杯を獲ろうとした人たちの中にも、誰かの命を甦らせようと思った人がいた。――やはり、その人もまた、自分自身を取り巻く時間には勝てなかった。

 おそらく誰も、時間に勝つ事は出来ない。
 せめて、そんな生命が時間に負けて、その後で行き着く先に、本当にまた別の世界――天国とかが広がっていればそれに越した事はないけど、それは今こうして生きているわたしには、全くわからない話なのだ。
 だから、生まれて十何年か、あるいは、何十年か経つと、人は時間への恐怖に慣れ切ったように、いつか自分にも死が来る事を受け入れる。

 そして――わたしのもとには、この時、少しだけ早く……ただしごく一時的に、その感覚が現れていたような気がした。
 わたしは、ある意味で死に対して諦観していたのだ。何だか、いつしか終わっていく儚い運命も、素晴らしく美しい物のような気がしていた。
 それは、狂気でも何でもなく普通の事だと思う。
 だが、そんな考えは、聖杯戦争が終わってからまたしばらくすると消えていった。
 今度はまたしばらく、普通の日常の中で、真夜中に襲い来る「死に対する唐突な恐怖」が現れるようになった。
 しかし、また数年後には自然と真夜中にそんな嘆きを抱く事がなくなってしまった。今度は別に、一時的な物でもなくなっていた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 わたしは、ほとんど習慣化していたマジックの練習すらも――その最終日に行う気が起きなかった。
 一応やらなければならないと思って試してみたのに、指があまりにも震えて出来なかった。今の自分ならば動揺の中でも変わらず出来るほど指先に芸が刷り込まれているけれど、当時は今ほど洗練されていなかったのだ。
 そんな些末な失敗をしている間にも、一日は終わりに近づいていた。

 確か、わたしは、すぐにマジックの練習を諦めて窓の外を見た。
 なんでもない事だったけど、ジャージを着た男の人が走っていたのを見た。それは別に知り合いの誰かというわけではなかった。ただ、男性だった事だけは覚えている。
 本当に、何でもない光景だった。
 しかし、それを見て何を考えたかだけが、何となく今も記憶の中に張り付いていた。

 あの人の視点の人生では、一体どんな波乱があったのだろう……という事だった。
 わたしは、マジカラットという魔術団の孫(娘、でないのは、母が結婚を機に引退しているからだ)という特殊な境遇で生まれた。奇術には詳しく、いつかステージに立つ事を夢見ていたが、とても不器用だったので、どうも先が見えずに劣等感ばかり抱いていたのをよく覚えている。
 ここまでも少し特殊だと思うが、本当に不思議なのはここからだ。
 わたしは、聖杯戦争に巻き込まれる少し前には鏡の国からやって来た妖精に魔法を授けられ、『マジカルエミ』としてステージで不思議なマジックを披露していた事があるのだ。この日々もまた、聖杯戦争と同じくらい――あるいは聖杯戦争以上に貴重な時間だったけど、やはり遠い思い出の一つになってしまっている。


37 : 蝉時雨/あなただけ、Dreaming ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:22:13 e9rnjIik0
 そして、この大勢が犠牲になった聖杯戦争で、わたしは生き残っていた。
 自分の人生はこれまで、特別な事、不思議な事で満たされていた――。
 だからこそ――果たして、それは本当に「特別」で「不思議」なのかがわからなかった。ああして走っているだけの人も、実は凄く変わった事や凄く不思議な事に溢れた人生を送っているかもしれないのだ。

 たとえば、いま聖杯を破壊しに向かっている『ランサー』の東光太郎さんは、光の国から来た宇宙人と融合してウルトラマンタロウとして怪獣たちと戦ったらしい。
 光太郎さんと一緒にいるはずのジョン・マクレーンさんは、アメリカで何度も何度も大きな事件に巻き込まれてきたと言う。
 そのサーヴァントのアーチャー――ジョン・ランボーさんもまた、いくつもの戦場で生き残って来た人だ。

 ――そんな奇跡のような生き方を、本当は世界中の誰もがしているのではないかとわたしは窓辺で考えていた。
 鏡の国から魔法を授かったのだって、本当はわたしだけではないのかもしれない。世界中の女の子が、普通の女の子のように見えて、実はそんな秘密を隠しているのかもしれないと思った。
 だから、ああして、ただ走っているだけの人も、同じように不思議な秘密を抱えているのかもしれないと思った。
 しかし、どんな人生を送っていても、こうして他人が窓から見る分には、ただのエキストラのようにしか見えないのだ……。もしかすると、それが一番の不思議なのではないかと、わたしはずっと思っていた。
 それからわたしは、それを考える途方もなさに自然と飲まれて、すぐに飽きてしまい、もうそれ以上外を眺めるのをやめて、聖杯の事を考えた。



 聖杯――それが今、光太郎さんたちの手で破壊されようとしているはずだった。
 あるいは、もうされたのかもしれないと思っていた。



 ……そう思うと、ふと、わたしの中に、「それでいいのか?」という疑問は過った。
 誰かの託した願いであったり、わたし自身の夢だったり、そういう物を叶える手法が一つ失われる結果になる。
 壊してしまったものは決して直らないし、その器の破壊とともに、わたしの中の長いようで短い聖杯戦争は終わってしまうのだ。これまでの出会いもまた、聖杯がくれた物であるならば、聖杯を破壊する事はその否定のようにも思えた。
 ずっと、聖杯の破壊ばかりを目的にしてきたが、もしかすると、それを無理に破壊する必要はどこにもないのではないかと思った。

 聖杯がある限り、聖杯戦争はこのまま永続するような気がした。
 それは自分の命が脅かされない環境に置かれ、余裕を持った時だからの考えだったのだろう。しかし、突然に不安として胸をざわざわさせた。
 そして、聖杯もまた時が壊していくのなら、わたしはその時の濁流をせき止めてみたいとさえ思ってしまった。聖杯戦争は悪い思い出ばかりな気もするが、余裕を持つと何かが終わる恐怖が強くなった。
 けれど、わたしは部屋の中でそれを考えてみるだけで、結局、三人が聖杯を壊している事実をそっと空想しながら、じっと待っているだけだった。
 時は長いようで、一瞬だった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 聖杯戦争などという特殊環境に置かれながらも、あの夏休みがほんの一瞬の出来事のように感じたのは、それこそ、小学一年生の時と比べて一年がこんなに早いと気づいていたからだろう。いまこうして思い出しても、その点において、小学六年生が大人なのか子供なのかよくわからなくなってしまう。
 時の流れは、徐々に早くなっていくのだ。
 なんでも、八十歳まで生きたとしても、感覚的な折り返しは十代らしく、中学か高校を卒業した頃にはもう人生は折り返したような物であるらしい。
 この時のわたしには、既に自分はこれからあと八倍の時間を生きるのだという実感は薄れていた。ただ、せいぜい、あと五倍はあるだろうという、微妙にわかり切れていないような考えだった。


38 : 蝉時雨/あなただけ、Dreaming ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:22:45 e9rnjIik0

 だが、そんな人生の中でいくつもの不思議を経験し、わたしはきっと満たされていた。
 それでも、その不思議にもいつしか終わりがやってきて、特別でもないごく普通の一人の人間に戻るのを、マジカルエミの時と、そしてこの聖杯戦争の時とでよく理解していた。

 わたしは、今日、小学校の夏休みが終わり、そして聖杯戦争が終わるのだという事に、ふと心を痛めて、午前中はそれからずっと泣いて過ごした。
 なのに、午後にはけろっと忘れたように元気になって昼食を食べていた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 聖杯は、無事、三人の手で破壊されていた。
 わたしの家を訪れたマクレーン刑事が、夕方ごろにそれを教えに来てくれた。マクレーンさんはぼろぼろで、おそらく聖杯を壊すという行為も大変な事だったのだろうと一目でわからせる姿だった。しかし、彼はやはり生きて帰って来た。
 この時は、太陽は出ていたけど雨が降っていた。マクレーンさんは傘を差さなかったので、ぼろぼろな恰好の上にずぶ濡れという凄い状態だった。しかし、マクレーンさんは「いつもの事だ」と真顔で言った。茶化す風でもなかったので、威圧感さえ覚える言い方だったが、わたしは思わず笑った。
 夕方に突然、晴れたまま雨が降り出した時に、わたしは洗濯物を混むのを手伝う事になったけど、それはちょうど聖杯が壊れた時と同じ頃の話だったらしい。「聖杯を壊してからちょうど雨が降った」というマクレーンさんの言葉で、わたしはそれが何時頃なのか知った。
 そして、「やっぱり」と思った。

 わたしは、この一時間ほど前に、聖杯は壊れて――そして、光太郎さんとランボーさんがいなくなったのを、洗濯物をこみながら悟っていたのだった。令呪が消滅して、体の負担がふと軽くなったのを、実際に感じていた。その時、わたしの動きはきっと、少し止まったような覚えがあった。
 死とはまた違うだろうけど、わたしにとっては、知っている人と会えなくなる事は死と何ら変わらない話だった。
 それはおそらく永遠のお別れだった。形あるものが崩れるように、目の前にいた人といつかお別れが来てしまう。

 お礼もお別れも言う事が出来ずに、こうして永遠に引き裂かれてしまうのは、これで二度目だった。
 わたしにとっては、わたしにマジカルエミの力を授けた妖精――『トポ』もまた、お別れの言葉一つ残せずに別れてしまった、たいせつな友人だった。今もわたしの机上には、トポが人間界に来ていた時に乗り移っていたモモンガのぬいぐるみが置いてある。こればかりはいつまでも捨てられなかった。動いて喋る事もなかったが、彼の持つ愛嬌を残していた。

 わたしと別れたみんなに共通していたのは、みんな冷たい心の持ち主ではなかったという事だった。
 しかし、やはり「最後」だとか「お別れ」だとか、そういう物は来る時に、そんな事は関係ないのだ。親しい者同士にもそっけないお別れが待っている事だって少なくない。
 事実、お別れの時はどれだけ準備しようと思っても、全ての想いを言葉で表現しきれない。何か後悔が詰まって終わってしまう。
 たとえ心のどこかで予期していても、お別れは常に唐突に感じてしまう事ばかりだった。わたしだけではなく、マクレーンさんもそう思っていたのかもしれない。どこか寂しそうに見えた。

 それが、その日のわたしたちだった。
 マクレーンさんも、本来は異世界で事件を解決していた刑事の方だったので、彼もすぐに元の世界に帰る事になるらしい。すると、おそらくもう会えなくなるのだろうと思った。
 わたしにとって、お別れをする余裕があるのは、マクレーンさんくらいだった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇


39 : 蝉時雨/あなただけ、Dreaming ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:23:15 e9rnjIik0





 それからしばらくして、空が暗くなった頃、空の上で花火が鳴った。聖杯戦争最後の陽も沈んでいき、あとはもう、八月一日より前の普通の日常に帰っていくというだけでしかなかった。
 花火は大きく音を立てていたが、どこでお祭りをしていたのかはわからなかった。お祭りの話を今日の昼までにどこかで聞いたか見たかしたような気もしたが、わたしは近くのお祭りについては把握していなかった。ただ、折角なので、花火が見える角度から、空を見上げる事にした。
 アスファルトからは乾いた土のような匂いと、雨の匂いがした。花火が水たまりで光るのは少し綺麗だった。
 きっと、元々は雨が降った事で中止になりかけていたのだろう。空が暗くなるにつれ却って雨は止んでいったので、花火ができるようになったに違いない。
 しかし、雨が降った事で却って、花火を綺麗に見せるギミックが一つ増えたように思えた。今もあの花火が印象に残っているのは、時折見下ろす事で花火を見ていたからだ。

 聖杯戦争を勝ち残った、ただ二人のマスターは、小川の走る小さなめがね橋の上に立ち、空を見上げたり、見下げたりしながら、それを見ていた。そこには何人もの人が、わたしたちを好奇の目で見つめるようにして通りすがっていた。
 外国人の中年男性と、日本人の小学生の少女が、一体なぜ二人で花火を見ているのか……当時は気にしていなかったが、今思えば、それは、傍から見ればかなり異様な光景であったと思う。
 誰かが推察しても、二人の関係性など真相はわからないだろうけど、わたしたちは二人でただ、空に打ちあがる大きな花火を眺めていた。
 何も言う事なく、花火が一番綺麗に見えると思える場所で、わたしたちはそれを見ていた。

 確かに花火はカラフルで綺麗だったが、わたしはやはり、どこかで不安に飲まれるようにしてそれを見ていた。
 打ちあがっていく花火の速さに、何故か恐怖を感じて、それがはじけ飛んだ時に、取返しのつかない事が起きたような気持ちになってしまうのだった。
 花火とは、時間をかけて作り上げた一つの玉が打ちあがって、壊れて空で爆ぜる催しだった。すると、玉は一つ、高速でこの世から消えてしまうという事になる。それが嫌だった。
 花火が打ちあがるまでがあまりに速く、わたしの意識が負いきれないような速さで立つので――その音はわたしの心を急き立てていた。

 そして、この花火が終わりの合図であるのも、わたしはわかっていた。
 一つ一つの花火が、一つの時間を終える区切りになっているのをわたしは感じていた。
 遠くから聞こえる祭りの太鼓の音もまた、わたしの気持ちを煽り続けた。
 太鼓の音も、花火の音も、普段の生活の中では絶対にありえない音で、わたしは別にその祭りに参加しているわけでもないのに、祭りの後の寂しさを少し感じていた。

 そう。
 それは、「小学校六年生の夏休み」の終わりであり、「聖杯戦争」の終わりであり、「少女」の終わりであった。
 ふと見れば、マクレーンさんはどこか――きっと元の世界に、消えていた。そして、わたしはそれから先――それは、今日まで、マクレーンさんに会う事はなかった。

 わたしは、最後まで花火を眺め続けるのが怖くなったが、それでもその場から離れたくなくて、ひたすら花火を目で追い、心の中で焦り続けていた。胸がひたすら跳ね続け、それは泣いている時と同じようなリズムで動いていた。
 そして、気づけば本当に、目から涙が溢れていた。迷子になったかのように泣き続けるわたしに、大人たちは声をかけたが、理由を問われても、わたし自身は答える事が出来なかった。



 そして、そんな中で、わたしは小さな戦争の終わりを感じていた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 聖杯戦争。
 ……それは、少女期にわたしが出会った、不思議な体験であり、大切な思い出の一つだった。
 子供の頃の部屋で、ただ明け方の窓を眺める二十二歳のわたしにとっては、幼い日の妄想のようにも思えるような過去である。


40 : 蝉時雨/あなただけ、Dreaming ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:23:30 e9rnjIik0
 どれだけアルバムを眺めても、あの時の思い出だけは振り返る事が出来ないし、客観的にあの出来事証明できる方法なんてない。
 本当に、わたしの記憶の中にしかない話なのかもしれない。

 あの時撮った写真があった気がするけど、それは、いつの間にかみつけられなくなってしまった。写真そのものが泡のように消えてしまったのかもしれない。
 マジカルエミの存在が時代の中で人々から忘れられたように、聖杯戦争の思い出も時が進むにつれ香月舞の胸の中から少しずつ消えていくようになったのだ。

 わたしは、たまに夜中の二時まで起きていて、ふとあの時の事を思い出して胸がいっぱいになったりもする。
 そして衝動的に、ほら、こんな風にアルバムを取り出してめくってみたりする。

 ……だけど、いつかあったはずの写真は、もう、アルバムの空白になっていた。
 まだ若い頃の両親や祖父母が、幼い舞を想って挟んだ写真たちに並べて、そっと挟んだはずの写真は――どこにあるのかわからない。
 しかし、それを悲しいと思わなかった。
 失くす瞬間には悲しみが湧き出ても、とうに失くしていた事実に対しては妙に割り切れてしまうのが、人間という生き物だった。
 だが、遠い日の出来事だと思って、どうでもよくなってしまっているのかもしれないと思うと、それは流石に悲しかった。それでも、少なくとも、そういうわけではないと思いたかった。

 いつの間にか、淡い思い出は輪郭がわからなくなってきていた。
 あの時出会った光太郎さんの顔も思い出せないし、外国人を見るとマクレーンさんに似ているような気がして振り返ってしまうような事がある。
 ランボーさんだけは、あれから何度か映画の中で目にする事になったけれど、そこにいるのは一人の俳優でしか無かった。彼はわたしの事を知らないし、わたしが見ている彼も全く別の概念だった。
 ただ、リバイバル上映を見に行った時に見た彼の姿は、やはり舞が見てきた通りの果敢さであった。ヘリを弓矢で撃ち落とすシーンなど、実際に見た時の迫力と何ら変わらないと思えるほどだった。
 あれから何度も時を重ね、いつの間にか、聖杯戦争の一週間は、そんな映画の中の光景に塗り替えられるようになった。



 だが、時がどれだけ過ぎて、思い出が淡く消え去りそうになっても、やはりわたしにとっては、あの聖杯戦争の記憶は特別な物に違いなかった。こうして……ひとりアルバムをめくって、その空白を覗いた時だけは、わたしも小六の夏を感じる事が出来るのだ。
 微かに体のどこかを過る、あの時のリアルと、あの時の感情の再現が、今もそっと胸を締め付けてくれる。それもまたすぐに消えてしまうが、また忘れた頃に記憶を掘り返すと、同じような感覚が胸を走る。
 無邪気の時を追想する楽しみに、ほんの一瞬だけ耽る事ができるのだ。それが時に、何故か無性に楽しく思えた。



 その一瞬――現実と現実の間にそっとできる空白が、今のわたしにとって感じられる『聖杯戦争』だった。
 あの時と比べて、随分と思い出は小さく、見えづらくなってしまったかもしれないが、しかし、悩んだ時に何となく、わたしの生きてきたこれまでを、そしてこれから生きる意味を教えてくれる――そんな、小さなコンパスの針でもあった。



 揺れるカーテンの向こうで、電車の踏切の音が小さく鳴り始めた。
 わたしは、その音を見つめるように、あの時と比べて少しだけ変わったような街並みに目をやり、微笑んだ。
 また、二度と来る事のない昨日が終わり、新しい一日が始まろうとしている。





【空白のなかの聖杯戦争 完】


41 : ◆CKro7V0jEc :2016/06/01(水) 16:25:40 e9rnjIik0
というわけで投下終了です。
候補作からはかなり設定が変更されているので、明確な続編の体ではないです。
これ以上これと同じ設定で書く事も多分ないかと…。


42 : 名無しさん :2017/02/22(水) 18:27:21 kEqNzOEg0
こういうところに投稿するのは初めてなので緊張しています。はじめまして。
こちらの企画 ttps://www65.atwiki.jp/quatropiliastro/pages/187.html の定員オーバーで参加出来なかったものの設定を載せたく、こちらの掲示板に誘導されたので掲載することにします。


43 : 管理人★ :2018/07/05(木) 23:58:52 ???0
本スレッドは作品投下が長期間途絶えているため、一時削除対象とさせていただきます。
尚、この措置は企画再開に伴う新スレッドの設立を妨げるものではありません。


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