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魔界都市新宿 ―聖杯血譚― 第2幕

1 : ◆zzpohGTsas :2015/11/23(月) 01:06:56 bgv9yBqY0









     きっとこのヒトは、いつもこんなふうだったんだ。胸にあるのは自分の言い分だけ。

     見るものも、自分の見たいものだけ求めるものも、自分のほしいものだけ。

     傷つくのも、いつも自分だけ。思いどおりにならないものを捨て、気に染まないものを切り離し、そこにあっても見ないふりをして、

     ひたすらに求めるものはただひとつ。自分が求めるにふさわしいものだけ。それでは何処にも居場所なんかつくれるわけがない。

     誰の親切も届かなければ、誰に裏切られようと、その兆候を感じることだってできるはずがない。

     そして、ようやくたどり着いた安息の地は、女神との盟約という、燦然と輝く空虚だ。

                                                     ――宮部みゆき、ブレイブ・ストーリー








.


2 : 月光宴への招待状 ◆zzpohGTsas :2015/11/23(月) 01:08:23 bgv9yBqY0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「問おう。君が、私のマスターかね」

 この世に、美しさを比喩する言葉は、枚挙に暇がない。
宝石に例える事もあれば、樹木に例える事も、動物に例える事も、ロマンチックに、星の光に例える事も、少なくない。
人類が考えて来た、美醜の表現技法、修辞法。それら全てをひっくり返した所で、この男の美は、表現も不可能であろう。

 群青色の鍵に拠りて導かれて来たその男は、白いケープを纏っていた。
夜の闇の中にあって、白く輝く綺羅星の様にそのケープは輝いていたが、何よりも目を引くのが、ケープから露出された男の手と、その貌。
まともに向き合ってしまえば、己の醜さを自覚し、その場で燃え上がるのではないかと言う自意識に人を囚わせかねないその美貌。
同じ人間のそれである筈なのに、全く異質の、穢れのない『何か』で出来ているとしか思えないその皮膚。

 この男は間違いなく、その姿形だけを見れば、人間のそれである事は、間違いはなかった。
ではこの男が、本当に人間なのかと問われれば、きっと多くの者は、違うだろうと答えるに相違にない。
同じ人間の枠組みに押し入れるには、余りにも、その男は美し過ぎた。余りにも――恐ろし過ぎた。
美と言う概念を濾過し、濾過し、また濾過する。その様な過程を一万回程繰り返して最後に残った、最後の一かけら。
それを丹念に集めに集め、人の形に構成させた存在こそが、この男なのではないか。そう、錯覚せずにはいられない。そんな男が、このサーヴァントであった。

「そのようだね」

 心のない物質にすら。デジタルの世界に格納された情報にですら、影響を及ぼしそうなその美を受けて、彼のマスターは、平然とした態度を崩さない。
男の白いケープに対応するかのような、漆黒のスーツを身に纏った、黄金色の髪の男性。
何処のテーラーに仕立てて貰ったのか、誰が見ても一目で高級品と解るスーツと、とても和合する美しい顔立ち。
目の前に佇む、白い魔人がいなければ、この世界で最も美しかったのは、きっと彼であったと言われても、万民は納得する所であろう。

 そんな男を見て、白いケープの魔人は、一瞬だけ眉を顰めさせた。その表情の変化を、黒いスーツの魔人は、逃さない。

「不満でも、あるのかね?」

「貴方は――」

 其処で、一秒程ケープの男は言葉を区切った。

「此処に来る意味が、果たしてあったのか?」

「ほう」

 面白そうに、口の端を吊り上げた。愉快でしょうがない、と言う感情が、これでもかと匂い立つ。


3 : 月光宴への招待状 ◆zzpohGTsas :2015/11/23(月) 01:08:46 bgv9yBqY0
「この場に私が何の為に呼び出されたのか。私も理解している。そしてこの街が曲りなりにも<新宿>であると言うのならば、私も此処に来るのは必然だったのだろう」

 そう、この男は何故、自分が<新宿>に呼び出されていたのか。全てを理解していた。
そしてこの街で何を成すべきなのか、そして、この街が何の為に在るのかも、だ。
マスターもそれなりに丁重に扱うつもりであった。自分の欲する所を、邪魔しない限りはだが。
だが――人間以外の存在に呼び出されるのは、さしもの彼も、予想外だったのだ。特に、今まで幾度となく名を聞いて来た、あの悪魔に呼び出された、等と言うのは。

「改めて、私は問おう」

 呼吸を置いてから、魔人は訊ねた。

「何を成しに、此処に来た。■■■■■」

 一層笑みを強めて、黒いスーツの■■■は、語り始めた。騙り始めた。

「私が欲する所を、ただ成さんが為に」

 一切の嘘は許さぬ、と言った風に言った、白魔人の言葉に臆しもせず、黒魔人は言葉を返した。
それ以上の事は最早聞き出せぬと悟った白いケープの男は、最早、何も問わなかった。

「……嘗て、『神』が生み出した最高傑作である究極の人間(ホムンクルス)であるアダムは、最悪の発明であるイヴ(おんな)によりて、堕落させられた。蛇が良かれと思って、知恵の果実を齧らせたからだ」

 バサッ、と、白いケープを翻しながら、魔人は黒いスーツの男に背を向ける。

「蛇よ。貴方が何を思い女を誘惑したのかは知らないが、私が思うに、貴方が当初に考えていた、イヴを誘惑して成そうとしていた事は、失敗に終わっているぞ」

「つまり、何が言いたいのかな?」

「『今度も失敗する』。神の怒りに触れ、今度こそ永遠に蛇の姿にされぬ事を、祈っておこう」

 其処で、白いケープのキャスター、メフィストは霊体化を始めた。
霊体化してもなお、世界には美の名残が満ちていた。陰鬱なコンクリートは輝き、淀んだ裏路地の空気は清澄な山の空気の如くに澄み渡っている。
そして、明けき月の光は、青く光って澄んでいた。それを一身に受ける男は、誰に言うでもなく、口を開くのだ。

「アダムはリンゴが欲しかったから食べたのではない」

 口の両端を吊り上げて、男は笑った。美しくそして――禍々しい、魔王の狂喜。

「禁じられていたから、食べたのさ。メフィスト。老教授に禁忌を授けた悪魔と、同じ名を冠する魔人よ」

 愉快なサーヴァントを引き当てられて、魔人は――ルイ・サイファーは、何処までも満足そうであった。
スーツのポケットで、青色の鍵は、拍動するかのように淡く光り輝いているのであった。


4 : 月光宴への招待状 ◆zzpohGTsas :2015/11/23(月) 01:09:20 bgv9yBqY0
【ルール】

①:舞台はエリザベスによって、何らかの手段で再現された偽りの<新宿>です。が、電脳世界と言う訳ではなく、れっきとした本物の世界です。
我々が認識している東京都内の23区の1つである新宿区ではなく、当企画では『菊地秀行氏の魔界都市シリーズ』の設定を採用。
魔震(デビル・クエイク)と呼ばれる大地震のせいで壊滅、この地震の影響で区の周囲に生じた深い亀裂により外界と地理的に断絶されてしまった<新宿>を舞台とします。
既に幾度も述べております通り、当企画における<新宿>は原作のような、妖物や蔓延り銃火器が流通する<新宿>ではなく、<魔震>から完全に復興し、
2015年現在の<新宿>と何ら変わらない程に反映した街と致します。

②:世界観的には、<亀裂>の向こう側の、<新宿>以外の特別区は設定上存在するものとしますが、聖杯戦争の参加者は亀裂の向こう側へと足を運ぶ事は『出来ません』。
東京都特別区から<新宿>へと渡るには、或いは<新宿>から特別区へと移動するには、『早稲田』『西新宿』、『四ツ谷』にある、
『ゲート』と呼ばれる場所に建てられた長いトラス橋を渡る必要がありますが、その橋の上は『移動出来る物とします』。橋を渡った向こう側の土地へは、透明な壁に阻まれ移動は出来ません。

③:<新宿>にはもしかしたら、参加者が元居た世界とゆかりのある建物や施設が存在するかもしれません。が、あくまでも時代背景と日本の国家事情に適した物であるようお願いいたします。

④:令呪の喪失或いは全消費、後述する契約者の鍵の喪失で、マスターはマスターたる資格を失いません。マスターがその権利を失うのは、『サーヴァントを失った時のみ』とします

⑤:<新宿>のNPCには、マスター・サーヴァントを含んだ作品のキャラクターがいるかもしれませんが、彼らは皆その世界で振るえた筈の力を封印されています。
またそう言ったネームドNPCだけでなく、所謂モブと言われるNPCであろうとも、殺生をし過ぎればルーラーによる討伐令或いは粛清を免れません。

⑥:契約者の鍵はその中の魔力を使用する事で『令呪としての機能の代用になる』だけでなく、『ルーラーからの伝達を受けとったり、
サーヴァントの情報を知る為のアイテム』です。但し令呪としての機能を扱えるのは、『当該契約者の鍵が最初に呼び寄せたサーヴァントだけ』であり、
その他のサーヴァントには転用不可です。なお、この令呪機能を用いた場合、当該参加者は『今後一切ルーラーからの伝達を受けとれません』。
また鍵を壊されれば伝達は受け取れなくなりますし、鍵を奪われれば相手にサーヴァントの真名のみならず、スキル構成や宝具すらも相手に知られてしまいます。


【此処からは本編に向けてのルール】

①:念話は原則『全ての主従が行える』物とします。但し、『主従共に魔術に疎い場合は、自分から10m程離れた範囲でしか念話は出来ません』。
主従のどちらかが魔術やそう言った知識に長けている、或いはこれらを補助するスキルを持っていた場合、念話範囲が上がります。
念話可能範囲を超えての念話は、ノイズや声の掠れが発生するものとします。

②:サーヴァントが自分以外のサーヴァントを知覚出来る範囲は、原作の設定から縮小させて、『自身を中心とした直径50mの円内』とさせていただきます。
但し、サーヴァントが知覚に関わるスキルや宝具を持っている、或いはそう言った魔術に長けている場合、知覚可能範囲は上がります。

③:本選の開始日時は、『7月15日金曜日深夜0:00』からスタートです。参加者はこの情報を、契約者の鍵が投影したホログラム経由で知る事が可能です。

④:通達はその日の深夜0:00に行う物とします。但し、ルーラー及びエリザベスに特殊な事情があった場合には、その時間以外に緊急通達があるかもしれません。


5 : 月光宴への招待状 ◆zzpohGTsas :2015/11/23(月) 01:09:36 bgv9yBqY0
【時刻の区分】

深夜(0〜5)
早朝(5〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜17)
夕方(17〜19)
夜(19〜24)


【状態票のテンプレート】

【地区名/○日目 凡その時間帯】

例:【高田馬場・百人町方面(BIG BOX高田馬場内)/1日目 午前11時】
※地区名に於いて、現実の世界でも有名な建造物や施設の中であったり、現実の新宿区にはない、参加者と縁のある所にいる場合は、()内にその名前を入れて頂けると嬉しい限りです

【名前@出典】
[状態]
[令呪]残り◯画
[契約者の鍵]有か無と記入。破壊されたり喪失した場合は無を選び、奪った側は誰から奪ったのかを明記してください。
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]


【予約期間】

1週間+延長3日間。最大で10日まで猶予があるものとします


【WIKI】

『ttp://www8.atwiki.jp/city_blues/』


6 : 名無しさん :2015/11/23(月) 04:50:14 h6p2x6yg0
乙です!各組の金銭・食事風景から成るボーナストラック的な日常のお話、大変に楽しかったです
招かれたメフィストと彼のマスターを描いた挿話もすごく好きな雰囲気
書き手の皆様、これからも頑張ってください


7 : はい :2015/11/23(月) 17:55:42 EzriFK4Y0
やっぱり
iroha.xyz/edzg


8 : ◆GO82qGZUNE :2015/11/23(月) 20:21:27 M6LNdTKE0
新規スレ立て&番外編の投下乙です
埋めネタとは思えないほどの質と量、各主従の特徴が表れた日常風景はまさに嵐の前の静けさといった風情で素晴らしい
また、そんな埋めネタではコメディチックに描かれていたルイ&メフィストも、やはり魔人とその主。冒頭のSSにおいてはそれに見合った風格を漂わせていてとても格好いい
前スレに引き続き、企画の更なる進行と成功を期待し、応援します。

荒垣真次郎、アサシン(イル)を予約します


9 : ◆ZjW0Ah9nuU :2015/11/25(水) 19:21:59 j6rlaFv.0
新スレ立て&番外編投下お疲れ様です
まさかの番外編!
こういう日常にもそれぞれの主従にらしさがあっていいなあ

不律で予約します


10 : ◆GO82qGZUNE :2015/11/25(水) 19:33:37 iqJxnENc0
予約分を投下します


11 : 心より影来たりて ◆GO82qGZUNE :2015/11/25(水) 19:34:16 iqJxnENc0
 未知との遭遇というフレーズを聞いて余人が思い浮かべる物と言えば、それはなんであろうか。
 例えばUFOに代表される未確認物体であったり、あるいはタイムスリップのような異常空間遭遇であることも考えられるだろう。人によってはそれこそ御伽噺めいた代物を想起するかもしれない。
 例示されるものは枚挙に暇がないが、それらは総じて未知の言葉が示す通り、普段通りの日常を過ごす分にはまずお目にかかれない非日常の産物となるのが通例である。
 そして実際に「そういうもの」と遭遇した場合、その瞬間に人は一体何を感じるのか。
 驚き、戸惑い、恐怖といった感情。もしくは生命に関わる危険であるとか、豪気な者であるなら関心や興奮を覚えるだろうか。
 それこそ十人十色の反応を見せるだろうが、そういった「怪異」と遭遇した者の多くに共通する証言のいくつかに、こういったものがある。
 曰く、「一切の音が聞こえなかった。無音だった」というものがそれだ。
 それは突如の事態に脳内処理が追いつかず、五感が麻痺していたのだ……と、そういうこともあるだろうが、しかしこうも考えられる。
 つまり、目撃者の聴覚が麻痺していたのではなく、"普通"でないモノの近くには雑音というものが存在しないのだと。
 無音領域、無音円錐域、コーンオブサイレンス。"異界"はあらゆる音を排除する。周囲の雑音は一切消え失せ、そこには当事者と、当事者に対峙する異物だけが存在するのだ。

 ならば、この時間、この場所において。
 眼前に聳え立つ無人の大邸宅を覆う無音の領域もまた、この現実離れした豪奢な邸宅がある種の"異界"であることを証明しているのかもしれなかった。

「はい、お邪魔しますよっと」

 そんな、静謐という言葉をこれ以上もなく体現する、しんと静まり返った邸宅敷地内に、明らかに場違いな声が響いた。
 声の主は青年だった。黒よりも深い夜色の廊下に、対照的に白く映える頭髪と服装。小さく呟かれた声はそのままに、しかしそれ以外のあらゆる動作音を立てないまま、青年は突如としてこの場所に現出したのだ。
 何故、あるいはどうやって、という疑問は青年には通じはしない。この異界めいた邸宅と同様、彼もまた通常とは異なる存在であるのだから。

「そんじゃ、捜索開始といきますか」

 言うが早いか、青年は素早く、しかし音と無駄を一切排した動きで歩みを進める。
 手近な部屋のノブに手をかけ、躊躇することなく中に押し入った。そしてそのまま、何かを探すように行動を開始する。
 棚を漁り、引き出しを開け、あるいは物と物の間の隙間を見て周る。天井裏や床だって見逃さない。
 都合五分ほどあくせく動き回った彼はふと動きを止め、ふぅと一息つく
 表情は優れず、首に手を当て、一言。

「……外れやな、こりゃ」

 部屋の中を一通り見まわって舌打ちひとつ。青年は無造作に部屋を出て、次の部屋へと入り再度作業を続行した。
 単純作業を繰り返す肉体と同様に、体内のI-ブレイン絶え間なく情報収集を続けている。脳内に展開される空間座標図には、周囲数十mに動く人間が存在しないことをはっきりと表示されていた。

 見ようによっては新手の空き巣とも解釈できる行動を取る青年の名前はイリュージョンNo.17。この新宿においてはアサシンのクラスで召喚されたサーヴァントである。
 勿論のこと、彼は本来盗みといった露骨で自分本位な犯罪行為に走る者ではない。ならば、彼は一体何をしているのか。
 それは、他ならぬこの場所自体に理由がある。
 神楽坂の一等地に居を構える西洋式の屋敷、あの有名な遠坂凛がかつて住んでいたのが、現状彼が忍び込んでいる邸宅だ。
 真昼間の大通りでまさかの大量虐殺を行い、一般の警察機構に指名手配され、今や全国どころか全世界で時の人となっている、聖杯戦争においてはバーサーカーのマスターである、あの遠坂凛の元住所だ。
 今も少なからぬ武装した警察官が24時間体制で警戒し、捜査を続けている場所である。彼らの目を潜り抜け、遠坂邸そのものに配備されている魔力感知の魔術さえも容易くすり抜け、彼は今この場にいた。


12 : 心より影来たりて ◆GO82qGZUNE :2015/11/25(水) 19:34:37 iqJxnENc0

(けどまあ、どっかに必ずあるはずなんやけどな)

 二つ目の部屋も収穫なしのまま退出し、ぽりぽりと頭を掻きながらイルは一人ごちる。
 今彼がやっているのは、言うまでもなく手がかりの捜索だ。右も左も分からぬ新宿において、どれほど僅かでも情報は重要な存在である。
 だからこそ、渦中の人物である遠坂凛の住んでいたこの場所まで遠路はるばるやってきたのだが……今の所、特にめぼしいものは見つかっていない。
 生前のイルは時折諜報のような任務も請け負ったことはあるが、大抵は軍のバックアップがついて、専門の機材による情報収集を主としていたため、自分一人による捜索は想定よりもずっと難しいものとなっていた。
 元より頭脳労働は専門外だし、そもそも既に警察の手によりガサが入れられている以上は目立つ証拠品など残されているはずもなし。そんな状況で成果を期待するほど、彼も楽観的な人物ではない。
 しかし、あるはずなのだ。仮に遠坂凛が"そういった人種"なら、確実に存在するものが。

 三つ、四つと次々に捜索を続け、最初に屋敷に押し入ってから数十分が経とうかという頃。漆黒の帳に沈んだ長い廊下を歩いている最中、彼のI-ブレインにとある反応が感知された。
 情報制御を感知、という短い文言が脳内に走り、それを認識したイルは、口の端を知らず吊り上げた。

「……おし、おれの勘が当たったな」

 そして反応のあった場所に、気持ち早足で近づく。辿りついた一見するとただの壁で、そこには何もないように見える。
 しかしそれは間違いだ。実際にはドアが存在し、それを魔術によって視覚的に誤魔化しているに過ぎない。I-ブレインには極めて物質密度の低い空間が広がっていることが如実に表示されている。
 一般の警官は騙せても、サーヴァントを騙すことはできない。イルはそのまま、ドアに手をかけようとして―――

「っと、そうやな」
(固有値捕捉。波動関数展開。『シュレーディンガーの猫は箱の中』)

 寸前、イルは脳内に撃鉄を叩き込み、己が宝具を発動させる。そして改めて右手を伸ばした。
 次の瞬間、その手はドアに触れることなく、まるで霧の中に手を突っ込むかのように「するり」と向こう側にめり込んだ。
 最初は手首が、そして肘、肩と続き、遂には体が丸ごと向こうに消えていく。
 最早ドアが持つ物質的な隔たりは一切意味を為さず、それはドアに仕込まれた魔術―――恐らくは感知式の防御魔術か―――すら発動の予兆を見せないほどだった。

 そして、イルは部屋へ一歩足を踏み入れる。これまでの無機質なまでに整理された空気から一転、そこには乱雑に置かれた物品が所狭しと並び、この部屋の主が持っていた強い目的意識が感じられるようだった。
 大量の書物がばら撒かれた机を横目に、イルは壁の書棚へと足を向ける。
 そこに置かれた冊子を取り出し、開く。

「……とりあえずビンゴ、ってとこか」

 イルは呟き、手の中の紙片をポケットに突っ込んだ。





   ▼  ▼  ▼


13 : 心より影来たりて ◆GO82qGZUNE :2015/11/25(水) 19:35:03 iqJxnENc0





 神楽坂は表通りから少し外れた箇所、そこに荒垣の姿はあった。夏場の東京で着るにはあまりにも不自然な厚手のコートを羽織り、目つきが悪いを通り越して凶眼とさえ形容できそうな視線を中空の一点に向けている。いかにもこれから戦場にでも行きますと言わんばかりの圧を放つ彼は、しかし何をするでもなくコンクリ壁に背を預けていた。
 周囲に人の気配はなかった。元々神楽坂は、一本路地を入れば、人通りの多い表通りとは違い閑静な雰囲気を保つ静かな場所だ。もっとも、そういう事情や現在時刻が午前2時過ぎであるという事実を差し引いても、無差別大量殺人が話題になっている今、好き好んで夜中に出歩くような人間は皆無と言っていいだろう。
 ならばそんな状況において荒垣は何をしているのかと言えば、なんのことはない、ただ待っているのだ。偵察という名のガサ入れに赴いた己がサーヴァントの連絡と帰りを待っている。
 効率や戦略を語るならば、マスターである荒垣がわざわざ現場近くまで来る必要はないのだが、しかしこの青年にそんな理屈は通じない。そもそも彼らが行おうとしている"聖杯を破壊する"という生産性の欠片もない反逆行為は、元々荒垣が主導して行おうとしているのだから。そんな精神的な気負いを除いても、荒垣真次郎は安穏とした場所で待機するようなまどろっこしい真似を是とする人間ではない。
 仮にアサシンが潜入した遠坂邸で戦闘が起こったならば、自分も即座に参戦する気概でいる。常道云々など関係ない、自分がそうと決めたのだからどこまでも突き進むだけなのだと、既に彼は心に決めていた。

「……遅ぇな」

 とはいえ、彼は見境なく暴れまわるような馬鹿ではない。
 故に今はその時ではないと、大人しくこうして機を待っているのだが、どうにもアサシンからの連絡が遅いように感じる。
 二人が別行動を取ってから既に1時間。荒垣は今まで潜入行為に関わったことがないため推定などできはしないが、何かしらの進展があってもいいのではないかと、そう思う。
 先に言った通り、荒垣はまどろっこしい行為は好いていない。有体に言ってあまり気の長いほうではないため、手持無沙汰な状況はどうにも落ち着かないのだ。
 何某かの魔力感知に引っ掛かるかもしれないから控えるようにと言われた念話でもしてみるか、などと考え始めた、その矢先。

 ふと、視界の向こうに黒い影が垣間見えた。

 見れば、それは年若い、けれど妙に老けて見える女であった。
 マタニティドレスのような余裕のある服を着て、それ以外には特に飾り気のない女だ。痩せた体は不健康さをひしひしと感じさせ、こけた頬は街灯の白い光を反射して死人のような青白さをこれでもかと浮き出させている。
 窪んだ眼窩からはこれだけは異様なまでに生気の溢れた眼球がぎょろりと存在を示し、ふらふらとした足取りと合わせて、まるで幽鬼のようだというのが女への第一印象であった。
 だが、荒垣は女のそんな異様な風体にも、不気味な雰囲気にも、一切目をくれない。
 荒垣が目を向けるのは、女の口と胸元。
 そこには、明らかに真新しいと分かる、大量の血反吐がへばり付いていた。

「……おい、あんた。俺が言えることでもねぇが、夜中の一人歩きは感心しねぇな。
 早いとこ家に帰ったほうがいい」

 分かりきった茶番のようなことを言いながら、左手を懐に忍ばせた召喚器に伸ばす。
 既にこちらの準備はできていた。

 声をかけられた女は、ぴくりと痙攣するように反応し、緩慢な動作で振り返った。
 焦点の合わない目でこちらを見る女は、やはりふらふらとした足取りで荒垣へと近づいてくる。
 徐々に鮮明に見えてくるその顔は、何かを失い慟哭しているような、そんな風にも見えた。


14 : 心より影来たりて ◆GO82qGZUNE :2015/11/25(水) 19:35:43 iqJxnENc0

「ミンチ殺人……週刊誌で読みましたわ。
 ふふ……犯人はきっと正気の者ではないのでしょうね」

 外見から来る印象とは裏腹に、女の言葉は流暢なものだった。言葉尻からは確固たる知性が感じられる、そんな語り口調であった。

「人が死ぬ悲しみは痛いほどに分かります……私にも赤ちゃんがいてね、もうじきあなたくらいの歳になるのよ。
 生きていれば、だけどね」
「……死んだのか」

 会話を続けながらも、荒垣の警戒心は一切緩みを見せない。
 背は既に背後の壁から離れ、足は適切な間合いを定めて地を踏みしめている。

「ええ。でも、もう悲しくはないの。分かったから。もうすぐ戻ってくるって」

 そこで、女の言葉が微かに変質したのを荒垣は感じた。
 いや、声だけではない。見れば女の体の震えは勢いを増して、最早痙攣の域に達していた。

「きょ、今日こそは、今日こそは間違いない!
 あなた、あなたよ赤ちゃん。私の、私の赤ちゃん。
 さあ、戻っておいでぇ」
「……」

 ……万が一の可能性を考えて話に付き合ったが、結果は無情にも予想通りだったらしいと、荒垣はそう考える。
 最早疑う余地などなかった。この女は、狂っている。
 そして、異常なのはその思考のみでは決してない。
 何故ならば―――この女から発せられる、ある種慣れ親しんだ気配の正体は……!

「もう一度……私の、お腹にぃ!」
「ペルソナァ!」

 瞬間―――人の身の丈ほどに巨大化した女の口に、黒く巨大な鉄槌がカウンターで打ち込まれた。
 先ほどまで女だった何かは、潰れた蛙のような絶叫を上げながら後方10m近くまで弾き飛ばされ、金属の軋む音と共に街灯をへし折り、そこでようやく地面に落下した。

「てめえがどこのどいつで、どんな事情があるかは知らねえ。だが、襲ってきたってんなら容赦はしねえ」

 銃を手にした荒垣の頭上には、半透明の、霊的あるいは精神的な一つの"像"が出現していた。
 たなびく金の長髪、髑髏の如き無機質な白き仮面、全身を覆う黒の意匠、黒馬を模した異形の騎乗物。機械めいた性質をも併せ持ったそれは、荒垣の心象具現。
 ペルソナ、名をカストール。古代ギリシアの大英雄にして勇壮なるディオスクーロイの片割れを模したヴィジョンだ。
 今の荒垣の全身からは、青色の魔力が荒れ狂う暴威となって逆巻き溢れ出ている。
 人を喰らう超常を、更なる超常を以て撃滅せんが為に、かつて忌避した"力"をここに顕現させたのだ。


15 : 心より影来たりて ◆GO82qGZUNE :2015/11/25(水) 19:36:05 iqJxnENc0

「うぅ……が、ァ、アガアアァァッ!!」

 倒れ伏した異形から、歪んだ狂声が迸る。想定外の攻撃に身悶えていたそれは、しかし苦痛とは別種の蠢動を更に加速させた。
 次の瞬間、かつて背中であったろう場所を巨大な脚が幾本も突き破って出現した。硬質の物がひしゃげ、粘性の液体が飛び散る音を振りまきながら、辛うじて人型を保っていた肉体が急速な変質を遂げた。

「……そうか。それがてめえの正体なんだな」

 呟く荒垣の眼前に"それ"はあった。
 体高およそ3m、人の胴体ほどの脚を何本も持ち、後ろには丸々と肥えた腹部。全体的に蜘蛛を象った異形なれど、頭部から角が二本生えており、面はまるで鬼の如し。
 鬼族・ギュウキ―――近畿、四国に伝承が残る半牛半鬼の妖物にして、蜘蛛の胴体を持ち人を喰らう悪鬼とされている。
 荒垣はそんな伝承の類は知らなかった。けれど、眼前のこいつが人類と相容れない正真正銘の怪物であることは、嫌でも理解することができた。

「ォォォオオオオオオオオオッ!!」

 人間では発声不可能な音域の咆哮と共に、ギュウキが瞬時に距離を詰めて襲い掛かる。
 10mはあった相対距離は一瞬にして0となり、鉄骨の太さと日本刀の鋭さを持った脚が荒垣を串刺しにせんと唸りを上げる。
 常人であるなら反応不可能な神速の動き。荒垣は、しかしその動きを一から十まで把握し、そして上体を逸らすことで回避した。

 狙いの逸れたギュウキの脚が、背後のコンクリ壁を段ボールを破るかのような気軽さで粉々に破壊した。
 喰らえば即死。そんな攻撃に、しかし荒垣は一切動じていない。捻った上体を戻し、つま先で軽くバックステップを取る。
 ステップにより浮いた一瞬、それを狙ったのか否か、ギュウキによる薙ぎ払いが荒垣を襲った。中空に留まる彼に回避の術はなく、払われるままに建物の上部へと弾き飛ばされた。
 しかし荒垣はギュウキの脚に合わせ蹴り上げることで衝撃を緩和、空中にて身を捻ると、何の危うげもなく屋根に着地した。

 接地した荒垣が即座に後方へ跳躍すると同時、一瞬前まで彼がいた屋根部分が下から盛り上がるように破砕される。同じように飛び跳ねたギュウキが、文字通り食い破ってきたのだ。
 幾本もの脚を器用に用いて屋根上に上がるギュウキを前に、荒垣は冷静な目で事態を見つめていた。
 獲物の健在に苛立ち吼えるギュウキ姿からは、人であった残滓など僅かも感じられない。
 野獣など比にならない唸りをあげる凶面は恐ろしく、けれどそれ以上に哀れで―――

 しかし、荒垣は微塵の躊躇もなく引き金を引き絞った。
 ガラスが砕けるような音と共に、カストールの鉄槌がギュウキを真上から叩き潰す。肉を潰す湿った音が響き渡り、着弾点の胴体が瞬時に下へとめり込む。ギュウキの体は階下へ落とされ、その姿は見えなくなった。
 ……戦闘の喧騒は、呆気なく終わりを告げた。最後の攻撃によって開いた穴に近寄り見下ろせば、元型の無くなった胴体に上を向いた数本の脚がくっついた前衛的な肉塊が、建物内部にへばり付いていた。

「……ったく、面倒かけやがって」

 その言葉に、勝利の喜びも、額面通りの侮蔑もなかった。荒垣は女であった成れの果てから視線を外し、音もなく地面に降りる。
 やはり聖杯戦争なんざ欠片も好きになれねぇ、と。彼の心中はそんなものであった。





   ▼  ▼  ▼


16 : 心より影来たりて ◆GO82qGZUNE :2015/11/25(水) 19:37:04 iqJxnENc0





 事が終わって数分、荒垣は既に戦闘のあった場所を後にし、今は別の道を歩いていた。理由は無論、凄惨な屠殺現場を目撃されて厄介に巻き込まれないようにするためである。
 不意の襲撃であったため手加減ができなかったがために、後先を考えず全力で攻撃したのが仇となったのか、かの戦場跡は今や発破工事さながらの廃墟と化し、大量の血と肉片と臓物が溢れかえる地獄のような様相を呈していた。
 それをNPCに見られたらどうなるかなど、よほどの馬鹿でもない限り理解できるというものだ。故の移動である。
 わざわざ事態を厄介事に昇華させる趣味は荒垣にはない。そして、ぶち撒けた後始末をするつもりも、また。

「お待ちどうさん、しっかり物証掴んで……って、なんやその返り血。物騒やなぁ」

 とはいえ、服にべったり付着した血は如何ともし難いようだ。
 パスを辿って帰還したイルが、明らかに血生臭い荒垣を前に呆れたような口調で言う。確かに物騒だったことは否定できないが、それをサーヴァントに言われるのは腑に落ちないと、荒垣は心の隅でそう思った。

「人間に擬態したバケモンが襲ってきた、だから返り討ちにしただけの話だ。誰の仕業かは知らねぇがな。
 ……んなどーでもいい与太話はともかく、なんかいい情報は見つけられたのか?」
「いや、どうでも良くはないやろそれ。人を変異させるっちゅーと、多分キャスターかそこらの仕業やと思うが……
 ……まあこっちの話からにするとな、仕事はバッチリこなしてきたで。おれに抜かりはないってな」

 ポケットから取り出した紙片をひらひらと振るイルに、荒垣はただ「そうか」とだけ返す。
 明らかな無愛想にも特に動じることもなく、イルは話を続けた。

「で、結論から言うと、遠坂凛は黒でもあり白でもある、ってとこやな」
「……おい、ちょっと待て。言ってることが矛盾してるって自分で気付いてんのか」
「まあまあ、人の話は最後まで聞くもんやで」

 ほれ、と軽い調子で渡されたメモを見遣る。それを傍目に、イルの言葉が続いた。

「まあ掻い摘んで言うと、遠坂凛は魔術師で間違いない。屋敷にはセンサーの役割を果たす魔術がかかってたし、魔術で隠蔽された部屋もあった。
 そんで、このメモ見る限り聖杯戦争にもそれなりに意欲的だったみたいやな」
「なるほどな、それが"黒"ってやつか」
「そゆこと」

 走り書きに書かれた内容を、荒垣もまた理解した。魔術が云々、聖杯を狙う、セイバーかランサーが欲しい等々、自分のような巻き込まれではありえない記述が散見される。

「そんで"白"ってのは、多分やけど遠坂凛は望んであの惨事を起こしたわけやないってことやな。
 さっき意欲的だった言うたけど、"意欲的"言う程度には綿密に計画やら作戦やらを練ってたことは明らかや。そないな奴があんな無計画に無差別殺人起こすか?
 それにな、これは前にも教えたことやけど、あの瞬間の遠坂凛の顔、ありゃ完全に予想外って面やったで」

 イルが言うのは、ニュース報道における遠坂凛の映像のことだ。
 今や特番にもなっている遠坂凛関連のニュースにおいて、嫌というほど流されたのが殺人現場における二人の映像だ。
 それは周辺の監視カメラによる不鮮明で荒いものであり、礼服のバーサーカーが殺人を犯したことは分かれど、両者の表情などといった細かい部分は一切確認できない代物だった。
 その不鮮明な映像を、しかしイルはI-ブレインによって修正・補正し、鮮明な代物へと作り変えて荒垣に提示していた。
 それを見て荒垣は思う。確かに、あの画像に映っていた遠坂凛の表情は明らかな驚愕に染まっていた。とてもじゃないが、狙ってあの惨事を引き起こしたようには見えなかった。

「だが、それだけで白ってのは言い過ぎじゃねぇのか。大量殺人をやる気がなかったってだけで、別に野郎が善人だとか決まったわけじゃねぇ。むしろ、聖杯戦争に乗り気な魔術師って時点で俺としちゃ黒そのものだ」
「ま、おれかてこいつが善い奴とか言うつもりはあらへん。ここで言う白ってのは、あくまでキチガイやないって程度の意味や。
 それに、仮に遠坂凛が善人でも、従えてるバーサーカーは何がなんでも排除せなあかん。わかっとるやろうけど、これは絶対や」

 どちらにせよ、遠坂凛とかち合ったならば戦闘は不可避であると、二人は互いに承知し合っていた。
 もしもの話、遠坂凛が善人あるいはそれに準ずる良識を持っていて尚あのような惨事を巻き起こしたというならば、つまりはそれだけ礼服のバーサーカーが凶悪な存在であることの証左になる。
 遠坂凛が外道であろうと、そうでなかろうと、出会ったならば排除すべく戦わなくてはならないのだ。


17 : 心より影来たりて ◆GO82qGZUNE :2015/11/25(水) 19:37:33 iqJxnENc0

「ああ。そもそも俺に言わせりゃ、自分で制御できねえ力なんざ持ってるだけで罪みてぇなもんだ。
 それで誰かを傷つけたってんなら尚更な。だから、俺は容赦しねえ」

 語る荒垣が思うのは、先ほど自分に襲い掛かってきた女だった。
 奴も、自分では御することのできない力を持っていた。いや、無理やり持たされたと言ったほうが正しいのだろうか。
 ともかく、自らの分を超える力など、どう足掻いたところで毒にしかならないのは明白なのだ。遠坂凛然り、怪物の女然り、かつての自分然り。
 それを身を以て知っているからこそ、荒垣は躊躇しない。力には力で、理不尽には理不尽で対抗するのだと決めている。

「遠坂凛も、セリュー・ユビキタスって奴も、他人を化け物にする糞野郎も纏めて相手にしてやるさ。
 ……まあ、遠坂凛は事情如何によっちゃ、病院送りくらいで済ませてやってもいいがな」

 あくまでも平静した呟きではあったが、そこに隠し切れない怒りの念と、どこか憐憫を感じさせる響きが含まれていることに、イルは気付いた。
 この荒垣という男は、本人は無頼漢ぶっているが、実のところかなり人情味のある人間なのだ。そのことを、短い付き合いながらもイルはよく知っている。

「OK、お前のやりたいことはおれかて重々わかっとる。馬鹿は馬鹿なりに突っ走って、やらかしてる連中共々裏でふんぞり返っとる奴らをブッ飛ばしてやろうやないか」

 だからこそ、イルは荒垣の方針を笑顔で以て迎え入れる。
 軽口を叩きつつ、その先に待っているであろう苦難を見つめて、それでも尚馬鹿らしく突き進もうと決意して。
 二人はただ、自らの感情に従い聖杯の破壊を目指すのだった。



【早稲田・神楽坂方面(神楽坂一等地、元遠坂邸の近く)/一日目 午前2時】

【荒垣真次郎@ペルソナ3】
[状態]魔力消費(小)、疲労(小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]召喚器
[道具]遠坂凛が遺した走り書き数枚
[所持金]孤児なので少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を企む連中を叩きのめす。自分の命は度外視。
1.ひとまずは情報を集めたい
2.遠坂凛、セリュー・ユビキタスを見つけたらぶちのめす。ただし凛の境遇には何か思うところもある。
3.襲ってくる連中には容赦しない。
4.人を怪物に変異させる何者かに強い嫌悪。見つけたらぶちのめす。
[備考]
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ギュウキ)と交戦しました。
・遠坂邸近くの路地の一角及び飲食店一軒が破壊され、ギュウキの死骸が残されています。

【アサシン(イリュージョンNo.17)@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:荒垣の道中に付き合う。
1.敵意ある相手との戦闘を引き受ける。
[備考]
・遠坂邸の隠し部屋から走り書きを数枚拝借してきました。その他にも何か見てきてる可能性があります。詳細は後続の書き手に任せます。


18 : 名無しさん :2015/11/25(水) 19:37:56 iqJxnENc0
投下を終了します


19 : ◆2XEqsKa.CM :2015/11/27(金) 01:29:24 oi3GqoE60
皆様投下乙です、感想は後ほど

ソニックブーム&セイバー(橘清音)
セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)

予約いたします


20 : ◆zzpohGTsas :2015/11/27(金) 05:47:00 7YHKo3U.0
感想はこちらも後程

ウェス・ブルーマリン&セイバー(シャドームーン)
ルイ・サイファー&キャスター(メフィスト)
番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)
を予約いたします


21 : ◆ZjW0Ah9nuU :2015/11/27(金) 15:03:28 ucM5fFEM0
投下します


22 : 求ればハイレン ◆ZjW0Ah9nuU :2015/11/27(金) 15:05:54 ucM5fFEM0
回診。
病院に勤める医師ならば必ず従事することになる仕事であり、自身の担当する患者に異常が出ていないか診療状況の把握と確認を行う医師の日常業務だ。
漫画やドラマなどの創作物ではよく医療業界の権威が多数の部下を引き連れて大名行列の相様を呈している描写が成されるが、
患者の様態をこまめにチェックすることは大変重要である。
ましてや院長であるメフィストの宝具と<新宿>という土地に顕現したメフィスト病院に勤務する面々ならば、誰もがその重要性を認識していた。
元々の魔界都市<新宿>であれば患者から少しの間目を離した隙に患者が死んでしまうことなどがままあるのだから。
尤も、暴れていた患者を押さえつけようとした看護夫がつい殺してしまったケースもあるのだが。
無論、メフィスト病院の医療スタッフは優秀だ。株式会社に例えるならば『社内教育が行き届いている』といえばいいのだろうか?
思わず患者を殺してしまうことなど半殺しにこそすれあってはならないことだ。

「うむ…身体には異常はない」

回診のために病室を訪れていた不律はカルテを見ながらベッドの上で眠る患者を見つつ嘆息する。
傍らに不律のサーヴァントのファウストはいない。院長と一対一で医者として語り合いたいと願い出てきたので、それを許可して行かせた形だ。
不律も、ファウストが抱いている想いは重々承知している。十中八九今後の行動に支障が出るような願い出でもない限り、それは認めてやるつもりだ。
メフィスト病院の中でも優秀な医療スタッフとして認知されている不律だが、己のサーヴァントの方が医術も患者と向き合う器量も上だと不律は評価している。
容姿は些か人間からかけ離れているが、そのくせ心の方は誰よりも真人間に近く、不律から見るとまばゆいほどの良心の持ち主だ。
願いのために動いているとはいえ、できるだけその望みを聞いてやりたいというのは不律の本心だ。

さて、不律がなぜ目の前の患者に異常はないのに嘆息したかというと、『身体には』異常がない――つまり、それ以外に問題があったのだ。

「あ、あのー…せんせー、ゆえはー……」

前髪で目を隠した少女が怯えを半分に混ぜた哀願の視線を不律と隣の看護婦へ交互に送る。
ベッドの上で目を瞑って植物のように動かない小柄な少女――名を綾瀬夕映という――はある日を境に眠り続けたままその瞼が開かれていないのだ。
しかし眠り続けていること以外は至って正常で、現に夕映はどこにも傷どころか憂いもない安らかな寝顔だった。
まるで白馬の王子様がキスしてくれる時を今か今かと待ちわびているようだ。
――ここにドクターメフィストが来れば彼女は目覚めるのだろうか?
そう自問して、目覚めるとしか思えない自分に不律は一抹の恐怖を覚えた。
回診が終わることを見越してか、不律の傍らにいる看護婦は夕映の身辺を整理している。


23 : 求ればハイレン ◆ZjW0Ah9nuU :2015/11/27(金) 15:07:25 ucM5fFEM0

「儂にも、詳しいことは専門外故にわからぬ。元の担当医ならばわかるじゃろうが…」

不律に不意に視線を向けられ、少しビクついた後に夕映の見舞いに来た宮崎のどかは小さく頷いた。
現在の回診で相対している患者は、運悪く全くの専門外――不律に言わせてみるならば『ありえない』専門科に回された患者だった。
その『ありえない』専門科とは憑依科や夢科のように、心霊療法に魔術を行使する治療を施す専門科のことだ。
本来、不律はそれらの専門科の管轄する患者の診察はしなくともよいのだが、
夕映の担当医が調べたいことがあると言って不律に回診の業務を押し付けてそれを渋々承諾したという経緯もあり、現在に至る。

このように、メフィスト病院は外科といったメジャーな通常医療はもちろん、スピリチュアルな分野の医療まで幅広く取り揃えている。
それだけでなく設備も時代の先を行っており、<区外>の医療機器開発の権威が見たら自分のしてきたことはなんだったのかと虚無感に襲われることだろう。
始めてそれらを目にしたときは流石の不律も混乱を隠せなかったが、予め刻み込まれていた『役割』についての記憶を頼りに今では他の医療スタッフ以上の扱いができる。

ここ最近では、夕映のように眠り続けて目覚めない症状を持つ患者が増えていると聞く。
先に述べたように不律はそういった魔術的なモノは専門外だが、これがサーヴァントの仕業だと断定するのは容易だ。
今度、この娘の担当医にどのような症状か聞いておくべきだろうと不律は考える。
この手の専門医ならばこの件の黒幕への手がかりを与えてくれるはずだ。

「直に専門の医師がくるが、待つか」
「いえ…あのー、学校がありますのでー…。ゆえをお願いしますー…――」
「…儂の白衣が何処か汚れておるか」
「え、あ、あの、その、すいませんでした…!」

のどかが鞄を持って部屋から出ていこうとしたとき、のどかの目は不律の腰あたりにいっていた。
具体的には腰に差している物騒な刀を見ていたのだ。
不律に聞かれるとのどかはしまったというような顔をしてそそくさと部屋を出ていった。
不律も彼女を見届けるとカルテに必要事項を書き込み、一息ついてから次の患者へと移るべく出口の方へ向く。

「後は頼む」

不律はそう看護婦に一言伝え、部屋を出た。
白い廊下を、刀を携えた白衣の老人が歩く。
屈強な肉体の看護夫とすれ違った。腰のベルトには麻酔銃が据えてあり、『憑かれた患者』にはこれを浴びせかけて周囲の被害を食い止める役割を持つ。
次に、ロボット・パトロールとすれ違った。このロボットは1時間おきにメフィスト病院内を巡回し、不審者には高圧放電や麻酔ガス、
それ以上の危険な輩には容赦なくレーザー砲と超振動派が浴びせられる。
これをまともに食らっては並のサーヴァントでも致命傷は免れないだろう。

「……」

ある意味でメフィストの名に相応しいと思った。
不律も、白衣の下には電光被服と刀を常に携帯している。勤務中に関わらず、だ。
ここの医療スタッフは皆、雑事をこなす看護婦であってもなんらかの護身のための装備を所持している上に生身の身体能力も常人のそれを超えている。
医長クラスになるとそれこそサーヴァント以上の、現代科学の及ばないとんでもない力を持っている。
そんなメフィスト病院のスタッフの中で不律が医師として活動する際は常に電光被服と刀で武装していた方がむしろ自然だった。
ファウスト曰く、医療スタッフ一人一人から魔力を感知できる、とのことだ。
恐らくは、メフィストがサーヴァントであるならばここの不律以外の医療スタッフはメフィストの宝具によって顕現している存在なのだろう。
かの完全者に並ぶ力を持つ者がこの病院には大勢いるのだから恐ろしいものである。

(聖杯のためにはメフィストをも討たねばならぬ…)

自身の過去を消すために、聖杯を手に入れる。それを成し遂げるためには院長をもいずれは相手にしなければならない。
それを、とても残念に思う不律が、そこにはいた。それは何も、メフィスト病院を求める人々の希望をつぶしてしまうからの理由だけではない。
あの美貌を思い出すと、鉄のように冷たい心も瞬く間に融解し、輝かしい太陽の虜にならずにはいられなくなるのだ。
「見事だ」と褒められれば思わず五体投地をしてしまいたくなるような、
メフィストの顔に傷つける者がいれば全てを忘れて電光被服をフル稼働させてそいつをメッタ斬りにしたくなるような、
そんなメフィストを手にかけなければならないことが、たまらなく辛くなる不律の心があった。


24 : 求ればハイレン ◆ZjW0Ah9nuU :2015/11/27(金) 15:11:35 ucM5fFEM0

(我が身、既にアイゼン)

それでも、不律には譲れないものがある。
パンドラの箱たる研究の成果と研究そのものを消す。その願いのためには、もはや手段を選んではいられないのだ。
かつて不律は、元同僚の持つ野望を『非望』と切り捨てたことがある。
そして現在、元同僚のように、聖杯という途方もない代物に手を出して己の咎をなくそうとしていることは自分でもわかっていた。
たとえ自身の身を落とそうとも、その命に換えることになろうとも、不律は研究を抹殺せねばならないのだ。

ファウストの存在がメフィストに気付かれていたのならば、自分もマスターだと気付かれているだろうが、
何故かメフィストに排除されるどころか不律は今も医療スタッフとして働くことができている。
まるで野放しにされているようで屈辱も少しはあったが、それを抑えてその役職に甘んじている。
このため、不律はメフィスト病院内では『マスター』ではなく『医者』として振る舞うと決めていた。
自分が死んでは、誰がかの研究を葬るのか。一つしかない命だ、不律もファウストも医術の心得があるとはいえ、慎重になるに越したことはない。
メフィスト病院や医療スタッフがメフィストの宝具によって顕現しているのであれば、殊更気を付けなければなるまい。
この病院内で騒ぎが起これば、すぐさまメフィスト含む医療スタッフが武装を固めて異分子の排除態勢に入るであろう。
その当事者が自分となれば、鉄をもバターのように両断する剣術と電光被服によるサーヴァントをも超越した敏捷を持つ不律といえど生きては帰れない。
この『メフィスト病院』においては、目の前にサーヴァントがいても正当防衛以外では刀とファウストを使ってはならないことを肝に銘じておいた。
このことや来訪している患者数を鑑みれば、メフィストと戦う時はまだまだ当分先であることに不律はほんの少し安堵を覚えるのだった。

【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午前8時10分】

【不律@エヌアイン完全世界】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]白衣、電光被服(白衣の下に着用している)
[道具]日本刀
[所持金] 1人暮らしができる程度(給料はメフィスト病院から出されている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、過去の研究を抹殺する
1.無力な者や自分の障害に成り得ないマスターに対してはサーヴァント殺害に留めておく
2.メフィスト病院では医者として振る舞い、主従が目の前にいても普通に応対する
3.メフィストとはいつか一戦を交えなければならないが…
4.ランサー(ファウスト)の申し出は余程のことでない限り認めてやる
5.眠り病の患者(綾瀬夕映)の担当医に話を聞いてみる
[備考]
・予め刻み込まれた記憶により、メフィスト病院の設備等は他の医療スタッフ以上に扱うことができます


25 : ◆ZjW0Ah9nuU :2015/11/27(金) 15:26:35 ucM5fFEM0
投下終了します

また、wikiにて不律とファウストの項目の記述を少し修正しておきましたことを報告しておきます
具体的には不律の日本刀の欄とファウストの宝具の記述を変更しました
ファウストの宝具については変更が少し大きいので一応こちらにも載せておきます

『刺激的絶命拳(エネマン・ルーレット)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1〜15 最大捕捉:1
地面を泳ぐようにして敵に肉薄し、敵の括約筋に存在する体内に直接続いている1点の穴に向かって貫手を突き刺すランサーの絶命奥義。
その鍛えられない秘孔を突かれた者は耐久のランクに関わらず、ある者は痛み、ある者は快感に悶えて各々のリアクションを取るであろう。
ただし、ランサーが貫手を入れる前の一瞬の間に相手は4つのカップから1つを選ぶ4択問題に挑戦させられる。
その中の3つに入っている「悪魔」を選ぶと貫手をヒットさせるが、1つだけ入っている「天使」を選ぶと逆にランサーがダメージを受けて吹き飛んでしまう。
なお貫手によるダメージはランサーの力加減次第で大幅に上下し、無力化するために腰を抜けさせる程度から痔だけでは済まずに内臓を損傷させることまでできる。
…ここではあくまで貫手と記述したが、有体に言えば単なるカンチョーを食らわせる宝具である。

『今週の山場(デストラクティヴ・グッドウィル)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
神業の如き腕を持つ闇医者・ファウストの暴力的かつ見事な荒療治を診察台の上に寝かせた相手に無理矢理施す。
治療(?)の内容は様々で、診察台の下に設置した爆弾を起爆したり、相手に顔面整形を施したりと効果にバラつきがあるが、
そのどれもこれもが大抵は碌な内容ではない。


26 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/11/27(金) 21:23:54 bmiVL9JU0
北上(ブ)&アサシン(ピティ・フレデリカ)

再予約します


27 : 名無しさん :2015/11/28(土) 14:58:46 74nq2W8o0
投下乙です
不律の独白による世界観の掘り下げが素敵でした
メフィストの美貌をすら凌いで成し遂げんとするその覚悟まさに鉄の如し


28 : ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 01:57:21 CAQVtJcc0
投下します


29 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 01:57:52 CAQVtJcc0
 聖杯戦争の始まりを告げる喇叭の音が、契約者の鍵を通じて投影されるホログラムと言う形で嚠喨と<新宿>に轟いたのは、今から数えて六時間と半前の話だった。
この日から、<新宿>で巻き起こる聖杯戦争に纏わる騒動はより激化の一途を辿り、この魔都を覆う黒雲は更に色濃く分厚くなる事であろう。
<新宿>にて胎動する魔の鼓動は、より大きく、より忙しないものになるだろう事は、きっと、契約者の鍵を見た者は思うに間違いあるまい。

 ――この主従は、そんな、激戦の予感が齎す緊張感とは、無縁の二人であった。
まるで契約者の鍵が与えた、聖杯戦争の開始の旨など知らぬ存ざぬ、と言った風に、彼らは平然とした態度を崩しもしない。

 一人は、神が座る高御座(たかみくら)の如き至上かつ至福の座り心地を与える、エクトプラズム製の椅子をリクライニングさせながら、部屋の天井を見上げる男。
墨の様に黒いブラックスーツを嫌味なく着こなしたその金髪の紳士は、数百m頭上の天井に建て付けられた天窓から差す、夏の朝の光を見ながら、不敵な笑みを浮かべていた。
雲の動きと、風の流れだけで、一日所か一週間、一ヶ月は楽しんで見ていられるのでは、と思わざるを得ない程の、異常な何かが、彼からは感じられた。

 もう一人の男は、値段すら付けられない程の価値を誇る、黒檀のデスクに向かって座っていた。
ブラックスーツの男は対照的に、白いケープを身に纏った男……と言うだけならば、それだけである。より詳しく言えば、彼は、二人がいる病院の院長であった。
そして、余りにもその男は美し過ぎた。天の彫刻師が生命を掛けて彫り上げた様な美貌の持ち主と、嘗て魔界都市の住民は彼を見て思った。
白いケープに覆われた右手には魔界の力が宿り、メス所か錆びついたナイフ1本で如何なる悪疫をも治すのだと、魔界の住民は口にした。
男が学んだ技術が、病を祓うのか。それとも――男の美しさが、病魔を灼くのか。この男に関して言えば、美が病を滅ぼすのだと説明しても、皆が納得するであろう。

 黒いスーツを着た紳士は、自らの事を『ルイ・サイファー』と呼んでいた。
白いケープを纏う白い魔人は、己のクラスを表す言葉であるキャスターではなく、己を『メフィスト』と名乗っていた。
聖杯戦争の火蓋が正式に切って落とされた、その事を認識してもなお、男達には気負いも緊張感も見られない。
遠坂凛の主従と、セリュー・ユビキタスの主従に纏わる情報も、彼女らを倒せば令呪が貰える事も、勿論把握している。
把握してもなお、ああそうなのか、以上の感慨を彼らは抱かない。現代の服装に身を包んだ王侯貴族こそが、彼らの事なのだ、と感じずにはいられない。
その様な気風が、彼らの身体からは放出されているのであった。

「君の街にも、朝の光は降り注ぐのかね、メフィスト」

 エクトプラズムの椅子に大胆に背を預けながら、ルイは訊ねた。

「魔界と呼ばれた都市にも、陽は昇り、暁光は差す。君の故郷は如何だったのだ?」

「遮光性の高い気体で構成された雲に天空が覆われていてね」

「大変な事だ」

 口にした言葉は以下の通りだが、毛ほどの感情も籠っていない。本気で受け取っていない事は明白だった。

「他に、言いたい事があるのではないのか? マスター」

 敵わないな、と言った風に肩を竦め、ルイは上体を起こしながらこう言った。

「頼んだ物は出来たのかい?」

 笑みを絶やさずルイは訊ねるが、そのオッドアイには、一瞬だけ、危険な色の光が宿った気がした。

「二つの内一つは」

 ただ単に事実のみを告げるだけの、そんな声音。この男はきっと、癌ですら、このような口ぶりで患者自身に告げるに違いないだろう。


30 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 01:59:03 CAQVtJcc0
「アダム・カドモン。君は私にこれを所望したな」

「正式名称は『ドリー・カドモン』だ。その名称は改めた方が良い」

「アダム、と言う名前はお嫌いかね?」

「無神論者だからな」

 あくまでも、自分は人間である……と言う設定を、この男は貫くらしいな、と。
メフィストは心中で考えた。この男には、ルイの正体など、最早筒抜けであると言うのに。尤も向こうも、そんな事は当然解っているのだろうが。

「メフィスト病院の中であろうとも、流石にこれを作るのは骨が折れた。設計図もない、基本理念も解らない。私の想像と独断で、神の現身を作るのは苦労した。いや、君に言わせれば、魔の雛形と言った方が良いのか」

 世界で最も知られている、人類創世神話の雛形の一つである、アダムとイヴ。アダムとは、本来は『赤土』と言う意味の言葉であった。
彼は神が土を捏ね、其処に命を吹き込む事で生まれた存在である事は世に知られる所であるが、この話からも分かる通り、土と命は密接な関係にある。
土とは大地、即ち作物を実らせる畑であり田であり畝の事。この事から、土が命と結び付けられるのは、当然の運びであった。
アダムとイヴの寓話以外には、ギリシャ神話の偉大なる大地母神ガイアは、単体で天空神ウラノスを生み、様々な巨人族を生み出した逸話が象徴的であろうか。
また土とは、肉も象徴していた。大地や天空、果ては星辰や宇宙の起源を、一人の巨人や怪物の肉体で説明した神話は珍しくない。
北欧神話の原初の巨人であるユミル、バビロニア神話の巨龍ティアマト、中国神話に於ける大地の化身である巨人盤古。彼らの身体は、人や神が住まう世界の土台になった。
土とは命であり、肉である。これらのイメージから、土を利用した魔術を、人が編み出すのも当然の理であった。
最も有名なのは、ユダヤの民に伝わる魔術体系であるカバラの奥義、ゴーレムであろう。これは明白に、アダムのエピソードの影響を受けている。

 ゴーレムの作成自体は、メフィスト自身は目を瞑っていても出来る程である。
何せこの男は、ホムンクルスを己が意のままに作成し、病院の従業員として補填する事が出来る程なのだ。
土人形の一つや二つ、作る事は訳はない。が、メフィストを呼び出してから幾日か経過した頃、ルイがメフィストにリクエストした品は、そのゴーレムの百歩先を往く代物だった。

 アダム・カドモンとはその名が示す通り、聖書に出てくる始まりの男がモチーフになっている。
但しこの代物は、同じカバラの奥義の一つであるゴーレムとは一線を画した、別次元のものなのである。
アダム・カドモンとは即ち、神がアダムを創造する以前に、神が自らを物質界に投影しようと形作った原初的な人間であり、
神の写し身として完璧な知性と能力を兼ね備えた存在なのである。いわば神が宿るに相応しい依代であり、生命の源なのだ。
カバリスト達の究極の目標の一つが、自己研鑽の末のアダム・カドモンとの同一化だ。
アダム・カドモンを目指して、今日もカバリスト達はセフィロトの樹の謎を解き明かそうと。数秘法(ゲマトリア)や省略法(ノタリコン)、文字置換法(テムラー)を学ぼうと、努力を積み重ねているのである。

「ところで、マスターは私にこんな物を作らせて、『神』の罰が恐ろしくないのかね?」

「君らしくないなメフィスト。君も良く解っている筈だ。神は愚かで、つまらん男だ。生命の法は人には犯しえないと、神の方からタカを括っている以上、罰せられる事はあるまい」


31 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 01:59:44 CAQVtJcc0
 この程度のカマかけは無駄かと、メフィストも予想はしていた。
諸人は言う。命を作ると言う領分は、人が絶対に足を踏み入れてはいけないエリアである、と。
生命の創造は造物主(つくりぬし)である神の手によってのみ独占されるべき事柄であり、人が手を出して良い領域ではない。
其処に手を出そうものなら、火傷では済まされない。神から子々孫々、転生の果てまで消えぬ地獄の罰が与えられる。彼らはそう思っているのだ。
しかし、カバリストも錬金術師も、その奥義を学ぶ内に知るのである。神は、人が生命の分野に手を出したとて、罰する事はあり得ないのだと。
理由は単純明快。そもそも生命の法を人は犯せないからである。生命の法を破る、それはつまり、新たなる命を生殖行為を経ずに生み出す事だ。
それが、人間には出来ない事を神はよく知っている。人は己の手で、新たなる命を作れないのだ。そしてそれは、メフィストもよく知っている。
精々人間に出来る事は、既存の動物を繋ぎ合わせて作ったキメラを作るか、ホムンクルスや既存の人間の細胞情報から人造人間をつくる程度の事しか出来ない。
これらの魔術の奥義は、神が新たなる命を生み出す奇跡とは根本から異ならせるものである。神の奇跡には程遠い。
人は命を無から創りだす事は出来はしない。だからこそ、『人』が生命の法を破る事など端から出来ない。神が、そうタカを括っている。故に、人は生命の則(のり)に手を伸ばそうと、人は罰されないのである。

 ――だがそれは、『人』が生命の法に手を伸ばした時の話である。
……この男の場合は、果たして如何に? 黒いスーツの完璧な紳士。いや、六枚の翼を背負った、魔その物であるこの男の場合は。

「それで、メフィスト。君が創りしカドモンの出来栄えを、私に自慢してくれ。君の自慢話は中々に面白い」

「本来の予想された意図のアダム・カドモンは、これと言った製作法も理念も不鮮明が為に、私でも作る事は不可能だった。況してや今はサーヴァントの身。如何に我が病院の中であろうとも、こればかりは私にも出来ないだろうな」

 カバリストは何故、アダム・カドモンを作るのか。この人の雛形に宿るのは、神の力と知恵である。つまり、全知全能の一端だ。
これとの合一化が、彼らの目標であるのならば。カバリスト達が求める所も、とどのつまりは一つである。
そこは、真理の地平であり、究極の知識が渦巻く所であり、全ての原因であり、この世総ての事象のゼロ地点である。つまり、『根源』だ。
神の知識を以てすれば、成程確かに、根源と呼ばれる地平に到達する事は、夢物語ではないだろう。しかしそれは、メフィストに言わせれば賢いやり方ではない。
前述の様に人が新たに生命を作り出す事は不可能に等しい事柄であるのだ。しかも此処に、神の知識と力を宿したとなると、不可能に等しいが『不可能』に変わる。
無論、カバリスト達がアダム・カドモンを求める過程で発見した様々な知識と、カバラの奥義自体は素晴らしいものである。
しかし、根源への到達を究極目標とするのであれば、他にやり様はある。生命の法経由でその場所に足を運ぼうとするのは、正しい事柄とは言えなかった。

「だが、近づける事は出来たのだろう?」

「肉体の性能と、初期の知能レベル及び物事に関する習熟度を高め、異能を発現させやすい回路を設定させただけだ。到底、人を作る奇跡には及ばない」

「それでも構わないさ」

「君に語るまでもない事だが、アダム……いや、ドリー・カドモンはこれ単体では触媒以外の何物でもない。アダム・カドモンもドリー・カドモンも。
物の質こそ違えど、結局この二つは、『神或いは高次存在の依代』であると言う共通の目的がある。つまり、『存在の霊的情報』を固着させねば、私の創りしカドモンも、所詮はただの土塊で出来た人形でしかないのだ」

「アテはあるだろう。ドリー・カドモンに、情報と言う名の生命の息吹を与える方策が」

「君の言っている事は正しいし、九割九分九厘の確率で、あの土塊達は命を得るだろう。だが、それを行って何とする? 
君の行おうとしている事は、<新宿>に混沌を齎す事だ。現状でも混迷の中にあるこの街に、要らぬ騒動を芽吹かせるつもりかね」

「何時だって歴史は、混沌の後に生まれる。良きにつけ悪しきにつけね。君も理解している所だろう」

 玲瓏たる美貌には、何の感情も感慨も見られない。一切の心のうねりを感じさせぬその表情の裏で、この男は何を思うのか。
二往復程、かぶりを振るった後で、メフィストは口を開いた。


32 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:00:05 CAQVtJcc0

「何れにしても、マスターが所望したドリー・カドモンは、情報を固着させる依代としてならば、十分実用に耐えうるものになっている。もとより君が求めるレベルの代物は、これ位が十分なのだろう?」

「その通り。何れにしても、よく仕事をこなしてくれた。流石は、魔界医師と言うだけはある」

 霊の椅子から立ち上がり、ルイは、石に刻まれた顔の様に、微笑みから変わる事のない表情をメフィストに向けて、次の言葉を投げ掛けた。

「それで、だ。私が君に頼んだ、二つの内一つ。ドリー・カドモンではない方は、如何なっているのだね」

「思った程上手く行かないと言うのが正直な所だ」

「何故だい?」

「マスターの提供物から供給出来る力の量が、余りにも少なすぎる。毛髪十本では、流石に不足が過ぎると言う物だ」

「ふむ……」

 顎に手を当てて、ルイは考え込む。

「やはり、多少は身を切らねばならないか。ちなみに聞くが、現状の提供品での成功率はどれ程になる」

「甘く見積もって二%。低く見積もって一%。補足すると、五mm程の大きさの肉片ならば、成功率は七倍程に跳ね上がる」

「全く、恐ろしい事を言うな君は」

 苦笑いを浮かべるルイだったが、対照的にメフィストの方は、網膜に一生その姿が焼きつかんばかりの美相を、毫も動かさずにいた。

「仕方がない、覚悟を決めるか。メフィスト」

「心得た――が、その前に。仕事があるらしい」

「ふむ」

 メフィストの方に手を差し伸べたルイだったが、彼の言葉を受けて、腕を下ろした。
メフィストから見て真正面の空間に、溝が刻まれ始めた。横辺五m、縦辺三m程の長方形の形に。
その長方形の中の空間に、過去の遺物であるブラウン管テレビ等で見られた砂嵐の様なものが走り始める。半秒で、それが収まった。
すぐに砂嵐は、まるで健康的な視力の持ち主が肉眼で物を見た様な鮮明な映像に切り替わった。病院に勤務する医療スタッフの男性の一人が、その映像に映し出されていた。

「何用かね」

「外来患者です。但し相手の方は、院長先生に直々に治して頂きたいと」

「ほう。私に、か。我が病院を頼るとは嬉しい次第だが、君達ならば十分治せる筈だろう。自分達で治して見せる、と説得したまえ」

 嘗て魔界都市の住民の全員が知る所であったが、メフィスト病院はそれこそありとあらゆる外傷や病魔を癒す奇跡の宮殿だった。
勤務するスタッフ、設置された医療設備。それらが全て優れていると言う所も勿論あるのだが、その中にあって、院長であるメフィストの医療技術は、別格。
撫でるだけで深さ四cmにも達する切傷や刺傷を癒してみせ、メスを使わず脳や心臓、血管やリンパ管を取り出すと言う奇跡を、この男は普通に成して見せる。
この男の手に掛かり、治らなかった患者はデータの上では存在しない事になっていた。しかし同時に、魔界都市の住民は知っている。
メフィスト自身が治療活動に当たる事は、滅多にない事を。メフィスト自身が治療行為に移る瞬間とは、己の興味を引いた病気を患った患者か、医療スタッフでは手に負えない時。
そして偶然メフィストが通りかかった所を、患者が彼に対して救いを求めた時。この三つ以外には存在しない。
<新宿>に顕現した白亜の大医宮の主は、其処で従事する優秀な医者達の事を全面的に信頼している。故に治療は彼らに任せている。そのスタンスはこの街でも変わらない。
この病院に勤務する医者ですら手を出せないか、この魔人自身が気まぐれを起こさない限りは、自分から癒しに掛かる事は、ないのである。

「そう私共も説明したのですが……」

「何か」

「……『聖杯戦争』。そう院長先生に伝えろ、と」

「成程」

 メフィスト自身も、エクトプラズム製の椅子から立ち上がり、鋭い目線を、空間に刻まれたスクリーンに投げかけた。

「応接間に案内させたまえ。私も向かう」

「かしこまりました」

 其処でスクリーンの内部の映像はプツンと切れ、空間に刻まれた銀幕自体も音もなく閉じ、元々の空間が広がるだけとなった。
いつものアルカイックスマイルをルイは浮かべ、愉快そうに、メフィストにその顔を向けている。

「楽しそうだな、マスター」

「とても」

 短くルイが言葉を返した。キャスターの根城に聖杯戦争の参加者が乗り込んできていると言うのに、二人は至極冷静そのもの。
だからこそ二人は、この街で一番、魔界の側に近しい二人なのである。だからこそ二人は、魔人の主従なのであった。


33 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:00:20 CAQVtJcc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ――突風にあおられ、岩壁に叩き付けられる記憶。


 ――湖に飛び込み、波に流され岸に戻される記憶。


 ――拳銃のトリガー引いても、湿った弾丸のせいで弾が射出されない記憶。





 ――街を埋め尽くすような勢いで増えて行く、カタツムリの記憶。




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34 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:00:42 CAQVtJcc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 目が覚めるなり、ウェザーは自らのスタンド、ヘビー・ウェザーを顕現させ、窓ガラスをそのサッシごと、風圧を纏った拳で粉々に砕いて見せた。
響き渡るかん高い破砕音。聞くだに、鼓膜が傷付き破損しかねない程の澄んだ高音が鳴り響いた。
シーツもなければ毛布もない。そのまま床に転がった状態で眠っていたウェザーの心を、起床してからの数秒間支配していた感情は、怒りだった。
この街で見る夢は――いや。記憶が取り戻してからウェザーが見る夢は、本当に苛々を助長させるそれであった。
今しがた彼が見た夢は、この世の全てに絶望し自殺を敢行しようにも、能力のコントロールが上手く出来ずにいたヘビー・ウェザーのスタンドでそれが阻止されて来た記憶。
そして、俺は死ぬ事すら許されないと言う絶望が心を埋め尽くした時に発言した、悪魔の虹の力。思い出すだけで、胸糞が悪くなる、ウェザーの見る夢の一つだった

 チッ、と舌打ちし、ウェザーが拠点とする、南元町食屍鬼街に住まうチンピラに、そのチンピラの『持ち』で買って来させた缶コーヒーを一気に呷る。
二十秒と掛からずそれを飲み干した彼は、乱暴に空き缶をブン投げた。カランカランと、缶のスチールとリノリウムの床が奏でる虚しい金属音が、狭い個室に鳴り響いた。

「荒れているな」

 その言葉と同時に現れたのは、銀色の鎧を身に纏った長身の男だった。食屍鬼街の入口をずっと張っていた所から、戻って来たのだろう。
肘と踵から伸びた、バッタの脚を模した突起。腰に巻き付けられた緑色に光るバックルのベルト。そして、エメラルドに似た輝きの、昆虫の複眼めいた物が取り付けられた兜。
自分の呼び出したサーヴァントであれば、その余りの威圧感と非生物的な姿形に、人々は恐れを感じずにはいられまい。
影の月の名を冠したセイバー、シャドームーンとは、他ならぬこの銀鎧の男の事であった。

「癪に障る夢を見たからな」

 自分がこんな夢を見る事は、ウェザーは大分前には解っていた。
こんな腹ただしい気持ちになる位であれば、いっそ眠らぬ方がマシであると思い、一日所か二日も寝ずに過ごしていた事がある。
しかし、情報収集が粗方終わり、平時の拠点である廃墟と化したコンビニエンスストアの店長室で、休憩がてらに、夢を見ない程度に浅い時間は眠って休もうと思い、瞼を閉じたのである。その結果が、あの夢であった。

 この夢は、この記憶は。自分がプッチを殺さぬ限り、徐倫達と神父を繋ぐ宿命を断ちきらぬ限り、如何にもならぬと今ウェザーは知った。
聖痕は、何があっても消せないのなら、それを刻んだ者を消せば良い。聖痕による疼きよりも、宿敵を殺した事によって晴れた気持ちの方が、勝ってくれると、ウェザーは、強く信じていたから。

「いっそ眠らん方が、聖杯戦争をスムーズに勝ち進めるかもな」

「貴様自身の意見は知らん。それよりも、情報は集まったか?」

「急くなよ、教えてやる」

 二本目の缶コーヒーのプルタブを開けながら、ウェザーが口を開いた。

「結論から言えば、セリュー・ユビキタスの情報は、一切入って来なかった。代わりと言っちゃぁ何なんだが、メイド服の女の話が出て来た」

「メイド……女中の事か」

「そんな所だな。んで、その女が、ヤクザを殺し回ってるらしい」

 食屍鬼街にやってくるのは、チンピラやヤクの売人が殆どだ。つまりは、アウトローだ。その中には当然、そっちの筋に関係する者も多い。
ウェザーがこの通りを中心に聞き込みを行った所、その情報を得る事が出来た。情報源は、昔とある組に所属していた若衆の一人であり、組が突如としてなくなった為に、
こんな所でウサを晴らしていたのだと言う。話を聞くに、その男の組は突如として現れたメイド服の女によって壊滅状態にさせられたと言う。
それこそ、組長から末端の構成員に至るまで、全て皆殺しであった。その男が偶然にも難を逃れた訳は、丁度組の資金調達の為シノギの周りをしていたからであり、
如何してその情報を知ったかと言うと、監視カメラに映っていた映像から、だと言う。
更にこの男が言うには、このメイド服のヤクザ殺しは<新宿>の裏社会では現在相当有名な私刑人であるらしく、一説によればもう一人。
その私刑人がいると言われているが、此方に関しては男も知らないらしく、ウェザーがそっちを知りたいと口にしても首を横に振るだけだった。


35 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:01:15 CAQVtJcc0
「瓢箪から駒、と言う所だな」

 シャドームーンが冷静に情報を分析した。

「恐らくその女が、聖杯戦争の参加者である事はまず間違いない」

「だろうな、俺もそう思うぜ。その証拠に、簡素な服装を着た少年の二人連れだった、らしい。しかも、馬鹿みたいに凶悪そうで、化物の右腕を持っているときた」

「警戒をしておこう。俺のマイティ・アイにもその情報がない以上……、転々と、拠点を移しているのかも知れない」

 「そして」、と、此処でシャドームーンが話を転換させた。

「セリュー・ユビキタスと言う女に関してだが、全く情報が見つからないと言う事実で、解った事が一つある」

「それは?」

「百二十名超も殺しておきながら、俺のマイティ・アイでも姿が見つからず、世間でも話題に全く上がらない、その理由。考えられるだけで二つある。
一つに、痕跡すらも完璧に消し去る程の殺人技術を持ったサーヴァントを従えているか。そしてもう一つ、殺した相手の関係者を全員皆殺しにしているか、だ」

「後の方の推理の理由は何だ?」

「この現代社会において、些細な情報の伝播を完全に遮断する事は、不可能に等しい事柄だ。そして情報の伝達は、常に人が受け持っていると相場が決まっている。
ならば、情報の伝達を完全に遮断するには、如何すれば良い? ……関係者を全員殺せば、当然情報は永遠に闇に葬られる」

「そう簡単に、情報を遮断出来るのか?」

「無理だ」

 シャドームーンは即答する。

「余程特殊な能力を持ったサーヴァントを引き当てない限りは、人がこの世にいて、しかも、何時いなくなったかの痕跡を抹消する事は不可能だ。
少なくともこのセリューと、奴が引き当てたサーヴァントにはそのような能力はない。本当にそんな力があるのなら、
何人殺したのかと言う情報をルーラーに知られる訳がないからな。ルーラーと言えどそう言った事実を認識出来るのであれば、当然、
この主従の情報の遮断法には少なからぬ間隙がある。ならば、そう言った存在を相手取る時の調査法で、俺達も情報を洗えば良い。そうすれば、何れは奴にぶつかる」

 要するに、より丁寧に情報を捜し回れ、と言う事だった。缶コーヒーを半ばまで飲んでから、ウェザーは口を開く。

「……一先ず、だ。こんな吹き溜まりの街で集められた情報は、以上だよ」

「解った。では、そろそろ時間だ」

「あぁ。解ってる」

 シャドームーンが此処にやって来たのは、ウェザーから集まった情報が如何ほどの物か、聞くと言う理由もあった。
だがそれ以上に、本日最初にして、ある意味で最大の目標は、近隣に聳え立つ、無視しようにも出来るわけがない程目立つ、白亜の大病院、
『メフィスト病院』の調査なのだ。事前調査で、生前世紀王として君臨していたゴルゴムに匹敵、或いはそれ以上の脅威だと、シャドームーンは認識している。
あのシャドームーンをして此処まで警戒させる相手なのだ、ウェザーにも当然、警戒心は伝播する。

 手に持った缶コーヒーの中身を、ウェザーは自分の右脇にぶちまけて捨てた。
コーヒーの茶色の液体が飛び散った先には、大きめの机の引き出しにならそのまま収容出来るのではないかと言う程、手足を圧し折られ、コンパクトになった少女がいた。
液体をかけられ、ビクッと、小さく彼女は痙攣した。コーヒーを掛けられた時の反射と言うよりは寧ろ、等間隔で起る発作の様な症状に近いだろう。
視神経ごと眼球が零れ落ちてぶら下がっている様子を見たら、余人はきっと、吐くに違いない。これでもまだ、彼女は生きている。
どんな篤志家にも、殺してやった方が寧ろ慈悲であると発言したくなる程に痛めつけられたこの少女は、番場真昼と言う。
彼女はずっと、ウェザーと同じ部屋で、混濁とした意識のまま蹲っていた。

 ウェザーとシャドームーンは、死体になった方が寧ろマシである程の傷付いた少女のいた部屋でずっと、集めた情報のやり取りをしていた。


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36 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:01:34 CAQVtJcc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ガラガラガラガラと、大きめのキャリーバッグを引いて、特徴的な帽子を被った男は、白い宮殿を思わせるその建物の前に突っ立っていた。
黒色の大き目なゴミ袋を、空いた左手に持ったその様は、傍目から見れば浮浪者か何かとしか思えないだろう。
事実、この男の<新宿>における立場は、ホームレスと何ら変わりはない。実際持家もないし仮住まいもない事は事実だったからだ。
地上十階程のその建物の威容は、圧巻される。網膜が洗われるような清潔感溢れる白色で外壁の色は統一されており、シミ一つ見当たらない。
まだ朝も早い時間であるが、既に病院は開いているらしく、入り口の自動ドアにはシャッターが下ろされていない。
シャドームーンに曰く、この病院は二十四時間フルタイムで営業を行っており、深夜でも通常治療を行っているのだと言う。
病院のコンビニエンス・ストア化など聞いた事がない。これだけでもう、異常な環境だと言う事が解る。
そして、そんな異常で、凄まじくよく目立つ病院――神殿――を、こんな街中に建造し、あまつさえ一般患者の為にその門戸を開いていると言う事実が、
ウェザーは愚か、ある程度の事情を把握しているシャドームーンにすら信じられずにいた。

 そう、此処こそは、シャドームーンがキャスターだと推測しているサーヴァントが建造した、敵の領地、大神殿。
メフィスト病院と呼ばれるその病院は、信濃町の街中に建てられた、白亜の大医宮なのである。
敵の領地と解ってしまうと、やはり二の足を踏んでしまうと言うものであった。

【落ち着け。患者と病院そのものに危害を加えねば、理屈の上では何の問題もない】

 その情報自体は、既にセイバーから聞かされている。
そうと解っていても、やはり、緊張はする。この病院が好意的なのは、聖杯戦争とは何の接点も無い、極々普通のNPCだけなのだ。
聖杯戦争の参加者に対しても、そう言った振る舞いを行うのかどうかと言えば、それは、シャドームーンも解らない。
しかし、この病院自体の性質を見極める事が出来れば、事によっては此度の聖杯戦争を有利に勝ち進めるかも知れないのだ。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。意を決し、ウェザーはメフィスト病院内部に足を踏み入れる。
内部の広さと、清掃の行き届いた清潔感溢れる白色の室内と言う事を除けば、其処は病院のロビーそのものであった。
受付で応対されるまで待機する為の席もあれば、ウォーターサーバーもあるし、デジタルサイネージ式の自動販売機もある。コカコーラ社製のものとサントリー製のものだった。

 此処が本当に、魔術師のクラスであるキャスターの居城なのかと、疑問に思ったのは寧ろシャドームーンの方であった。
余りにも、現代の文明に染まる事に、躊躇がなさ過ぎている。此処まで開けっ広げだと寧ろ、自分の認識こそがすべて間違っているのでは、そんな思いに駆られてしまう。

【交渉に行って来るぜ】

 幸いにも、今は時間帯が時間帯の為に、待合人も受け付け待ちの人間もいない。
ウェザーだけしか、今この病院のロビーにはいなかった。と言うより今は朝の六時四十五分程度だ。この時間ははそもそも、病院は開いていない時間帯だ。
それでも、受付には女性の看護士がしっかりと待機していた。

「初診なんだが」

 受付に近付くなりウェザーが言った。

「はい。保険証の方はお持ちでしょうか?」

「ない」

「かしこまりました。それでは本日はどちらの診療科にご用でしょうか?」

 保険証がない事を、普通にスル―された。
この病院ではこのような事は日常茶飯事なのか、それとも、サーヴァントが運営する病院だからこそ、保険証など必要がないのだろうか。
恐ろしく胡散臭いので、生前ブラックサンを追い詰めた作戦の一つである、EP党の一件をシャドームーンは思い出していた。


37 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:01:48 CAQVtJcc0
「診療科か……多分、外科とか内科とか、色々だ」

 余りにも手ひどく痛めつけてしまった為に、どの診療科に掛かれば良いのか、ウェザーも一瞬迷った程である。

「解りました。それでは、問診から行いますので、どうぞ一階の――」

「あぁ、ちょっと待ってくれ。掛かるのは俺じゃない。それに、院長先生の手で治して貰いたいんだがな」

 受付の女性が手慣れた様子で話を進めて行く為に、何時本題を切り出すか迷っていたウェザーだったが、このままでは流されると思い、
すぐに本件に話を移らせた。院長の名を口にしたその瞬間、看護士の顔が、如何にもな業務用スマイルから、怪訝そうなそれに変わって行く。

「院長の、ですか?」

 この反応は、メフィスト病院でなくても自然であろう。
勤務する医者をピンポイントで指名するのならばいざ知らず、よりにもよって院長を呼んだのである。
疑い深そうな表情を浮かべて、ウェザーの身なりをまじまじと確認するのは、無理からぬ事であった。

「聖杯戦争、そう院長先生に伝えて欲しい」

 言って、ウェザーは待合席の方に向かって行き、自分は何も間違った事は言っていないと言うような態度で、其処に腰を下ろした。
聖杯戦争の名を出すのは、ウェザーは悪手だと思ってはいなかった。事実シャドームーンも、念話でウェザーの事を咎める事を全くしていない。
理由は簡単である、この病院に勤務するスタッフの殆どが人間ではない存在だと言う事が、マイティ・アイの千里眼で割れており、その事実を予め伝えていたからだ。
病院に勤務するスタッフから、外の植え込みを手入れする用務員に至るまで、極めて高度な改造手術で肉体を強化されている。
あのゴルゴムや、クライシス帝国に匹敵する程の技術であると、シャドームーンはこの病院で施された改造手術の程を概算していた。
要するにこの病院の中に存在する全ての『もの』は、この病院を運営するキャスター――院長――と呼ばれる男の支配下にあると言う訳だ。
ならば、自分が何者なのか伝えた方が、伝えずに院長を指名するよりはすんなりと行くと踏んでいたのだった。

「院長先生が、二階応接間でお待ちしております」

 そして、目論見は上手く行った。だがこれからが本番なのだ。
椅子から立ち上がり、キャリーバッグを転がしてウェザーは目的の場所へと向かって行く。本当の勝負は寧ろこれからと言った方が良いだろう。
キャリーバッグが転がしにくいのはきっと、その中身が重いだけでは、ないのだろう。そんな事を、ウェザーは思っていた。


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38 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:02:06 CAQVtJcc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 言外出来ない程の死線を潜り抜け、修羅場を踏んで来た人間が放つ、一種のオーラめいた空気を、何と呼べば良いのだろうか。
気風、覇気、威圧感、鬼気……色々な言葉があるであろうが、ウェザーはこの空気を、凄味と表現する事にしている。

 凄味を放つ存在には幾つかの共通項がある。スタンド能力を持っているか、と言う事もそうであるが、それ以上に重要なのは、本体自身の性格だ。
覚悟も気負いも、性格の苛烈さも、彼らは一般の人間とは一線を画する。徐倫もエルメェスもアナスィも、F.Fも、凄味を持っていた。
殺してやりたい位に憎いプッチですらもだ。どんな傷を負おうとも、どんな敵が這い出ても、彼らは折れない、めげない、考える。
自分が成さんとする目的を達成させんと、必死になるのである。其処の気負いの精神が、凄味を生む。恐らく其処には、スタンドのあるなしなど関係なくて。
その精神をこそが、肝要な要素になるのであろう。

 ――閉じられた貝のように、自動ドアは沈黙を保ったまま、ウェザーの正面で閉じていた。
案内板の信じる通りであれば、此処が応接間であるらしい。この場所にウェザーが辿り着いたその瞬間、彼の動きは、大気にでも象嵌されたが如く、動かなくなった。
扉越しからでも、凄味と言う言葉ですら生ぬるい程の、最早妖気とも呼ぶべきオーラがウェザーの方に叩き付けられて来たからだ。
この先に、この病院を作り上げたキャスターがいる事は、シャドームーンに聞かずとも解る程であった。
「……此処までとは」、自分の馬であるセイバーが言葉を漏らす。彼の予想すら上回る凄味を放つ、扉の先のキャスターとは、果たして?

 この扉の先に足を踏み入れるのは、初めて自殺を敢行した時に必要であった勇気の何十倍もの量のそれが、必要になるとウェザーは確信していた。
しかし、此処で臆病風に吹かれてはいられない。脳裏に神父の姿が過る。断じて、逃げる訳にはいかなかった。
ドアチャイムすら鳴らさず、ウェザーは応接間に足を踏み入れた。それと同時にシャドームーンが、霊体化を解除。銀鎧の姿を顕現させる。

 ヨーロッパの宮殿の一室を思わせる、クラシカルな部屋であった。
絨毯から壁に掛けられた油絵、本棚、椅子に机にシャンデリア。全てが全て、中世風の装いで統一されている。
シャドームーンは一目見て、この部屋の広さが、メフィスト病院の外観上の大きさからは考え難い程の広さである事を見抜いた。
恐らくは、空間を弄り、実際上の広さを延長させていると見た。彼が知る怪人でも、此処までの真似を出来る者はいない。気を引き締めた。
そして、ウェザーの方は――客人である彼らを待っていた、この病院の主を見て、凍り付いていた。

 美しさを表すのに引き合いに出される言葉は、花や宝石の他に、著名な多神教の神々も含まれている。
アポロンやヴィーナスの二柱の神など、古今の文献を漁れば、果たしてどれ程美しさの比喩表現として使われて来たのだろう。
最早手垢が付き過ぎていて、美しさを表す言葉としては最早時代遅れにも甚だしい言葉となってしまっていると見て間違いはない。
そうと解っていても、ウェザーは、アポロンが地上に顕現した、と錯覚せずにはいられなかった。
秀麗類なきその美貌は、ウェザーとシャドームーンを見ていると言うよりは、空気中を漂う微細な埃の動きを見ているかのようであった。
傍目から見れば到底二人に関心を払っているとは思えない。一切の感情が宿らぬその表情の、何と美しい事か。
この男がいる空間はその美しさの故に、例え汚穢蟠る吹き溜まりの一角ですら、アンブロジアが咲き誇る天国の花園宛らに錯覚する事であろう。
しかし、この男が佇む世界はその美しさの故に、自らの存在自体に世界を統合してしまい、風景や空間の調和と美を殺してしまう事であろう。

 何と、罪深い美なのであろうか。
世界の存在意義の一つを奪い去る程の美を持ったこの男が、此処まで大地と天空の怒りを買わずに生きられたのは、その美が地球や星辰すらも宥めるからか?
真実は誰にも解らない。そう、この病院の主であり、チェスターフィールドソファに腰を下ろす、純白のケープを纏った魔人、メフィスト以外には。


39 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:02:28 CAQVtJcc0
「かけたまえ」

 顔に違わぬ美しい声で、メフィストはウェザーらに告げた。繊指で音色を奏でられたハープに万倍する、鼓膜に響くのではなく、脳に響く様な声だった。
シャドームーンが有する宝具、シャドーチャージャーの奥に隠されたキングストーンが放つ、微弱な精神波動で、ウェザーは我に返る。
メフィストの顔を見た瞬間から今までの記憶が、全くない。その美しさのせいで、意識すらも奪われていたようだ。
今になってシャドームーンが言っていた、一筋縄ではいかない相手の意味を、その身を以てウェザーは思い知らされた。
意識を回復させたウェザーは、メフィストに言われた通り、彼が座っているようなチェスターフィールドに腰を下ろす。
シャドームーンは、ウェザーの後ろに佇立して控えていた。座っていてからでは、次の動作に移るのに遅滞が生じるからであった。

「一先ずは、申し出を受け入れてくれて、感謝しよう」

 ウェザーの後ろに立つシャドームーンが言葉を発した。メフィストとの交渉は、この優秀なセイバーの仕事であった。
理由は単純明快、相手がサーヴァント、特に、権謀術数に秀でた存在が呼び出される傾向にあるキャスターのクラスであるからだ。

「そのキャリーバッグから、患者を出して貰おうか」

 世間話をしないタイプの男であるらしかった。
直に本題に切りかかった、だけではない。患者がウェザーでもなければシャドームーンでもない事を見抜き、更に、本当の患者が何処にいるのか、一瞬で看破した。
シャドームーンがウェザーに行動を促した。ウェザーはそれを受けて、キャリーバッグの中を空け、その中身をメフィストに向けて見せつける。
「ほう」、と息を漏らしたのは、メフィストではなかった。彼の背後で佇立していた、黒いスーツの男であった。
この瞬間初めて、ウェザーは、この部屋にいた病院側の人物が、メフィストだけでなかった事を知る。
今まで黒スーツの男、ルイは、奇術を使うでもなく、メフィストの傍にいた。それにすら気付かない程、メフィストと言う男が、目立ち過ぎていたのである。

 キャリーバッグの中には、一人の少女が折り畳まれていた。
子供一人ならば身体を丸めるように屈ませられれば何とか入るであろうが、目の前の少女は、如何贔屓目に見ても成長期を半ばも過ぎた十五〜六歳の少女であり、
例えウェザーらの持って来たキャリーが一般のそれよりやや大きめであると言う事実を差し引いても、通常は入る訳がなかった。
では何故、其処に少女――番場真昼が入っていられたのか。腕と脚を、人間の関節駆動上絶対に折り曲げられない方向に折り曲げていたからだ。
これにより、キャリーバッグの中に彼女は無理やり押し入れられていた。このバッグに入れる段になって、足がどうしても邪魔だったので、
今朝方もう二回程両脚をウェザーは折って入れていた。最早生きているのか如何かすらも疑わしい。余程、注意して耳を凝らさねば、呼吸の音すら聞こえないだろう。

「この少女を治して貰いたい」

 いけしゃあしゃあと言った風に、シャドームーンが要件を告げる。

「君がその現状を招いたのにか」

 無論、真昼/真夜に現況を招いた張本人が誰なのか。見抜けぬ程メフィストは馬鹿ではなかった。
一目見ただけでこの男は、この少女に現状の怪我を与えた下手人が誰なのか、知る事が出来た。
少女の身体から漂う魔力の質は、正直だ。それは他ならぬシャドームーンの物であると、彼は即座に看破した。

「霊体化した状態のサーヴァントがこの少女に寄り添っていると言う事は、そう言う事かね」

 そして、もう一つの重要な事柄も、メフィストは見抜いている。
今や小刻みに痙攣するだけとなった番場真昼の傍に寄り添う、バーサーカーのサーヴァント、シャドウラビリスの姿を。
令呪を以て下された、真昼を守れと言う命令と、回復に専念せよと言うシャドームーン達が脅して下す事に成功した命令。
その二つの相乗効果によって今やシャドウラビリスは、例え狂化を受けたバーサーカーと言えど、己の身体を自由に動かす事すら難しい状態にあった。

「そうだ」

「このような風になるまで徹底的に痛めつけたと言う事は、君達もこの少女を殺す事に何の躊躇もなかった筈だ。心変わりを起こしたと言うのならばそれでも良いが、態々私を頼った訳を知りたいな」

 ……此処まで、此方側が意図した所を見抜かれると、驚くよりも前にいっそ清々しくなるとウェザーもシャドーも感じ入った。
結局、ウェザー達はその真意を全て、目の前の魔界医師に暴かれていたのである。


40 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:03:08 CAQVtJcc0
「私の手札でも確認しに来たか」

「そうと解ったら、治療を断るか。キャスター」

 威圧的にシャドームーンが言った。常人ならば心臓が張り裂けんばかりの鬼風を放つシャドームーンを見ても、メフィストは恬淡とした雰囲気を崩さない。
仮に、メフィストが治療を断り、この二名を引き下がらせたとしても、彼らには実害は全くないと言っても良い。
確かに、このキャスターの手札が知れなかったと言う事は痛いかも知れないが、それだけだ。その時は番場とシャドウラビリスを殺せば良いだけだ。
手札は知れないが、聖杯戦争の舞台から一組の主従が脱落する。これだけでも十分過ぎるリターンだ。
このリターンだけでは満足出来ないから、彼らはメフィストに交渉を仕掛けている。シャドウラビリスの情報が組み込まれた契約者の鍵は、ウェザー達が握っている状態だ。
番場組達が縦しんば完治した所で、命綱はウェザーらが握っている。治ろうが治るまいが、ウェザー達のリターンは、既に約束されているのであった。

「そうとは言っていない」

 メフィストの言葉は、此処までの流れに至るやり取りとは裏腹に、否、であった。

「例え後に敵に回る事が解っている相手だとしても、患者として私とその病院を頼った者を見捨てるのは、我が信条に悖る行為だ」

「……引き受けるのか、キャスター」

 ウェザーが言った。この男との会話は、想像以上にエネルギーを使う。

「――私は病める者が好きだ」

 ウェザーの方に向き直り、メフィストは言った。
表情を、此処に来た時から一ミクロンたりとも彼は動かしてはいない。ずっと、変わらない表情だ。
それまでウェザーは、メフィストの美を見て、忘我の域に達する程の恍惚とした感情を憶えていた。――今は、違う。
身体の至る所を氷の螺子で貫かれたような、身体の中の内臓が口から溢れ出んばかりの、恐怖とプレッシャーを憶えていた。
美の性質が、変化した。人を陶酔とさせるそれから、死を連想させる様な、純度の高い恐怖のそれへと。

「私の事を求めてくれるからな。それを袖にする事は、私には出来ん」

 体感上の部屋の気温が、一気に零下を割ったような感覚をウェザー達は憶える。
威圧感も、殺意も、メフィストは放出していない。内側が透けて見える様な瑞々しさと透明さの唇から紡がれた、言霊によって、一同を威圧して見せた。
すぐに立ち戻ったのは、シャドームーンの方であった。彼が、メフィストの狂気に気圧されたのは、数百分の一マイクロ秒と言う短い時間に過ぎない。すぐに彼は、こう言った。

「では、早速引き受けてくれ」

「良かろう。では、去りたまえ」

「……何?」

「聞えなかったか、去るのだ」

「理由を、説明して貰おうか」

「君達の役目は、その少女を此処に連れて来た時点でもう終わりだ。健康な人間を此処に留め置く理由はない。病院は、病める者の世界だ。
君達がいては、次に我が病院を頼るであろう者が、治療に与る為の席に座れず困惑する。最後通牒だ、去りたまえ」

 シャドームーンはこの言葉の意図を読み取った。
要するに、自分がどのような治療を施すのか、=この病院の設備や自分の技術の事を、やはり知られたくないのである。
治療は施すが、邪魔だからお前達は帰れ。この言葉は恐らくは本心から出ているだろう。
だが同時に、自分の手札を開帳したくないと言う思いもあると、シャドームーンは推測した。だが、予めこのように断られる事を、シャドームーンらも織り込み済みだ。
此処で、ウェザーに持たせた手土産の出番であった。

「マスター」

 シャドームーンの言葉に呼応するように、ウェザーは、チェスターフィールドの下に置いてあった黒色のゴミ袋を取り出し、それを開封した。
部屋の中に、血と肉のムッとした臭気が充満する。堪えがたい程の臓器と死者の香り。「ふむ」、とメフィストが口にする。

「何故、部屋に臓器など持って来たのだと思っていたが、それが、交渉材料と言う訳か」


41 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:03:35 CAQVtJcc0
 言ってメフィストは、ゴミ袋の中の、種々様々な内臓系を見ながら言った。
臓器を包むゴミ袋はそれ一枚だけと言う訳ではなく、開封した今だから解るが、ゴミ袋の中に更にゴミ袋を入れて縛り、と言った事を九重にしていた。
こうする事で恐ろしく強い血臭と臓器の匂いを遮断しようとしたのだろうが、それで死臭をシャットアウト出来るのならば苦労はしない。
実際此処に来るまで、タクシーの運転手に感付かれ、シャドームーンの洗脳を用いて血臭に気付かないふりをさせねばならなかった程だ。
そして、メフィスト病院内では、その洗脳は使わなかった。いや、使う必要がなかったと言うべきだろう。
理由は単純で、あの受付嬢は、血や臓器の臭いを感じても、眉一つ動かさず、ウェザーに応対したからである。つまり、この病院ではそのような事は慣れっこなのだ。
この瞬間にウェザーは悟り、シャドームーンも再認した。この病院が既に敵の腹の内である、と言う厳然たる事実を。

「肺、肝臓、膵臓、腎臓、消化器……だけじゃない。眼球もある。大脳や心臓以外で、特に有用で需要もあるものを持って来たつもりだ」

 と説明するのは、この血塗られた贈答品がメフィストとの交渉に便利だと考えた当の本人である、シャドームーンだ。
ゴミ袋の中にはシャドームーンが言葉で告げた様な臓器が、買い物をした後の様に満たされており、吐き気を催す程の地獄絵図を形成していた。
元々臓器或いは輸血用の血液を交渉材料にすると言う計画を考えており、その為にこれらを持って来た。
メフィスト病院は常に、ドナー用の臓器と輸血用の冷凍血液を求めている、と言う噂を聞いていたからだ。本当は輸血用の血液も用意したかった所であるが、別個に用意せねばならない袋が多くなる為に、臓器だけに今回は絞った。

「殊勝な心掛けだな、メフィスト」

 此処に来て初めて、メフィストの背後で佇んでいた黒スーツの紳士が、明白な言葉を投げ掛けた。そして何よりも、普通に真名で会話している。
ウェザーもシャドームーンも、このキャスターの真名については推測出来ていたとは言え、流石にこれは大胆と言うか、愚挙と言うべきか。

「少しは、物事の道理を弁えてはいる」

 と言って、メフィストはウェザー達の評価を改めた。

「出所については……興味はないのか、アンタら」

 余計な一言であるとは、解っていても、ウェザーは問いたくなった。
真っ当な神経の持ち主であれば、この臓器の提供者が誰なのか、と言う疑問を問い質すのだろうが、この二人に関しては、それが全くなかった。
寧ろメフィストに至っては、この臓器で誰を治すのか、と言う事について、既に思案すら巡らせている風にも思える。

「大方の予想は付く。が、そんな事は些細な事。肝心な事は君達が提供した臓器で、少なからぬ数の患者の命が助かる事だ。我が病院にそれを寄贈してくれるのであれば、私はその善意を有り難く賜る事としよう」

 余りの発言に、ウェザーは言葉を失った。
この主従が調達した臓器と言うのは、彼らが拠点としている食屍鬼街で、健康ではあるが聖杯戦争に利用するには適さないNPCのそれである。
シャドームーンのキングストーンで洗脳し、彼が生み出した剣で身体を分解させ、それらを摘出して得たものである。
それについてウェザーは、自分が悪い事をしたなどとは欠片も思っていない。文句なら地獄で聞いてやると、開き直ってすらいた。

 しかしそんなウェザーでも、悪い事をした、と言う意識は少しと言えどある。メフィストからは、一切その意識が感じられない。
ウェザーを咎める事もせず、本人の意思など一顧だにせず臓器を摘出されたNPCに感謝をする事もなく。
与えられた臓器で誰を救えるのか、何が出来るか、と言う事をひたすら冷静に、冷徹に分析するだけ。
ウェザーはその姿に、硬質なダイヤモンドを見た。その姿に――人類がアダムの時代から連綿と受け継いできた、経験と知恵が及びもつかない程の『怪物』を見た。

「良いだろう、治療の現場に立ち会う事を許可しよう」

 メフィストからの言質を、二名はとった。順調に、事が運んでいる事をウェザーのみならず、シャドームーンも実感していた。

「それじゃあ、集中治療室にでも向かうのか? 専門的な事は解らんが……、施術に立ち会う時は、身体を消毒してから、滅菌服とか言うのを着るんだろ?」

「不要だ」

「は?」

 即答されてしまった為に、ウェザーが頓狂な声を上げる。

「サーヴァントは兎も角、この少女は特に損傷が酷い。早急にこの場で治す必要がある」


42 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:03:53 CAQVtJcc0
 色々と、突っ込みを入れたい所がウェザーにもシャドームーンにもある。
急ぎの治療が必要であると言うのならば、こんな所で話さずにもっと早く治療を施す必要があったのではないか、と言う事。
そもそも特に神経を使う程酷い外傷の患者に行う治療行為は、このような不潔な場所で行う事は通常ないのでは、と言う事。
死にそうな状態であると言う事が素人目どころか、本業の医者にすら理解出来るような状態で、その医者自身に治療を放置されていた、番場真昼の心境や、果たして如何に。

「その少女を、テーブルの上に」

 メフィストの指示に従い、シャドームーンとウェザーは二人で一緒に、弁当箱に敷き詰められた食べ物の如く、
キャリーバッグの中に押し詰められた真昼を掴み、白色のクロスに覆われたテーブルの上に乗せた。ジワリと、白地の布に血が滲む。

「改めて見ると、流石に酷いな」

 そんなのは、見りゃ解る。

「視神経が繋がった状態で、左目が外部に垂れている。恐らくは高圧電流で沸騰させられた影響だろう。失明は免れん。
上下含めて、歯が十二……いや、十三本折れているな。通常は差し歯にする必要がある。
両手両足の骨折。これも凄まじい。余程念入りにしなければ、こうまで悪意的には折れんだろう。だがそれ以上に目を瞠るのは、脳の損傷だろうな。
必要以上の頭への衝撃によって齎された頭蓋の破壊で、大脳が実に最悪の状態になっている。大脳に刺さった頭蓋骨の破片、君達の内何れかが放った高圧電流で、
例え治ったとしても、致命的なまでの後遺症が残る事は容易に想像出来る。言語・自律双方の障害、脳障害も最悪免れんだろう」

 ――「そう」

「普通の病院であれば」

 其処でメフィストはスッと立ち上がり、番場の顔面に、そっと右手を当てた。
一際大きく、彼女の身体が痙攣する。たとえ意識を失おうとも、機能しない神経の方が身体の大多数を占めようとも。
この男が触れれば、人の身体は、それと解るのか、と思わずにはいられない。

「魔界都市に於いては、この程度の外傷など、珍しくもなかった。頭は抉れ、胴体の過半が消滅し、四肢を斬り飛ばされた状態で運ばれる患者など、日常茶飯事だったな」

 そう口にするメフィストの言葉は、昔日の日々や、遥かな故郷の事を思うようなそれであった。
額にその繊手を置いたメフィストは、すっ、とその手を額から顎の方へとスライドさせ――ウェザーのみならずシャドームーンも、愕然とした。
傷が、消えている。顔に刻まれた、ウェザーのスタンドが放った高圧電流による電紋やその火傷も、唇や皮膚・筋肉に刻まれた裂傷も、である!!

「だが、それでも問題はない。冥府の神が統治する世界に、魂が足を踏み入れていないのであれば、私は如何なる損傷も治して来た」

 零れ落ちた左目を視神経ごと、眼窩に嵌める。奇跡が、起こった。
最早切除以外に道はないそれは、メフィストがポッカリと空いた眼窩に入れ込んだ瞬間、この時を待っていたのだと言わんばかりに見事に収まったのだ。
すっ、と瞼が落ちる。この様な損傷に至る前と全く変わる事のないスムーズさで。


43 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:04:11 CAQVtJcc0
 次にメフィストは後頭部や頭頂部をその手でさっと撫でた。
剥がれた皮膚が、流れ出る血液が、頭蓋が砕けた影響で変形した頭が――時間でも回帰して行くように元のそれへと戻って行く。
この時、マイティ・アイと言う科学の千里眼を持ったシャドームーンは、その透視能力で、理解してしまった。
焼き切れた視神経が完全に回復し、メフィストが眼窩に眼球を嵌めただけで、その切れた視神経が完璧な状態で繋がった事。
破壊された頭蓋骨が、独りでに体内を動いてゆく。正確に言えば、メフィストが手を当てた方に戻って行き、破片が元の形に結集されて行き、
破壊される前の頭蓋骨に完全に戻ってしまった事を。

 次にメフィストは、懐から何かを取り出し、それをピンと伸ばし始めた。シャドームーンの方が、それが針金だと気付くのが早かった。
メフィストはそれを二m程の長さに切り取った、刹那。彼が断ちきった針金が、意思を持った蛇のように、真昼の骨折に骨折を重ねた右腕に殺到する。
上腕二頭筋の辺りから飛び出た骨の傷から、針金は体内に侵入。一秒程経過した後、真昼の右腕全体が、ブルブルと震え始め、そして、勢いよく伸ばされた。
何が起ったのか、とウェザーは目を丸くする。やはり、マイティ・アイを持つシャドームーンは認識してしまった。
真昼の右腕の中で何が起っているのか、認識出来ていた。メフィストの切り取った針金が、折れた骨と骨を繋ぎ、
体内で作用するギプスの様な役割を果たしているのだ!! これと同じ工程を、残った左腕、右脚、左脚にもメフィストは行い、その後で、
早くに針金を没入させた順に、四肢に手を当てて行く。異常な速度で、折れた骨と骨との継ぎ目が消えて行くのだ。
恐らくメフィスト程の術の持ち主であれば、針金のギプス等使わなくても、骨折など治せるだろう。
なのに彼がギプスを用いたのは、用いた方が、骨が治る速度が速くなるからに他ならない。
二秒と掛からず、四肢の一つの治療が終わり、四肢全ての骨折が完治し終わるまで、十秒と掛からなかった。針金は、骨を形成するカルシウムと溶けて、同化してしまった。

 最後にメフィストは、バッと、真昼が着ていた、ウェザーらの戦闘の影響でボロ屑とかした学校制服を剥き取り、その裸体を露にさせた。 
露になったのは、きめも細かく、雪の様に白い乙女の柔肌――ではなく。殴打の後と、ウェザーのスタンドが流した高圧電流の電紋と火傷跡、裂傷が刻まれた、
見るも無残な身体であった。しかし、顔と四肢は女の白さと柔かさを残しているのに対し、胴体が此処まで傷だらけであると言う状態が、
ある種のアンビバレンツを生み、独特のエロチシズムを醸し出している、と言う事実もまた否めなかった。

 これを、メフィストは解体した。
己の患者には、一切の傷も許さないと言った風に、メフィストは真昼の腹部と背部の外傷を完璧に治し、黒く焦げた皮膚も殴打や斬られた跡も修復させ、
元の白肌に戻した後で、彼女を仰向けに倒し、彼女の胸部にその手を当てた。真昼の肌の白さよりも、メフィストの繊手の白さは、目立っていた。
寧ろウェザーの目には、このバーサーカーのマスターの肌の色が、雑多で汚れたそれにしか見えずにいる。
メフィストの右手が、真昼の体内に没入する。一瞬は驚くウェザーだったが、除倫に惚れているあの男のスタンドの事もあった為、直に平静を取り戻した。
まるで水の中に腕を突っ込んでいるかのように、メフィストは、真昼の胴体に腕を入れたまま縦横無尽に動かしていた。
シャドームーンに念話でどうなっているのか訊ねた所、『筋肉や骨、内臓がメフィストの腕に齎す接触と抵抗を無視して、彼が番場の内臓を一々治療している』、
と返ってきた。最早、驚く事すら疲れてしまう。スッとメフィストが、右腕を真昼の体内から引き抜く。
彼女の薄い皮膚には、嘗て、この美しい男が腕を突き入れ、これでもかと掻き回した跡一つすら、見受ける事が出来ない。元の、生まれたままの身体が、其処にあるだけだった。

「後は」

 と言って、メフィストが、真昼の額に人差し指を当て、目を瞑り始めた。
何をやっているのだと、ウェザーが考え、直にシャドームーンにも念話で訊ねるが、【あのマスターの精神に何かを働きかけているが、何をしているかは解らない】、
と言う返事をよこして来た。目を覚まさせるのだろうかと、銀鎧のセイバーは考えたその時、パッとメフィストが目を見開かせ、口を開いた。

「……過去のトラウマから来るであろう、分裂した人格。それを治してやろうかと思ったが……如何やら、向こうにも半分の主導権があるらしい」


44 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:04:37 CAQVtJcc0
 歯痒そうな表情で、メフィストはかぶりを振るった。此処に来て初めて見せた、無表情以外の顔の変化がこれであった。
自分の医術に絶対かつ、究極の自信を持つこの男は、その医術を拒否される事に、堪らない敗北感と屈辱感を憶えるらしい。
尤も、彼が果たして、何を治そうとしたのか。ウェザーには、解らないのであったが。

「さしあたっての治療は完了した。後は、足りない魔力を補い、目が覚めるのを待つだけだ」

 さしあたって、と言うレベルではない。
誰がどう見た所で、完治である。外傷もないし、シャドームーンには、内臓や神経系すらも元の状態にまで戻されている事も解る。
しかもついでと言わんばかりに、ウェザーらが交戦した時には既に顔面に走っていた、古い切傷すらも治されていた。
即日退院出来るのではないかと言う程、綺麗な状態。今にも目をさまし、立ち上がり、此方に襲い掛かって来るのではと言う位であった。

「次は、そのサーヴァントか」

 と言ってメフィストは、虚空に目線を送った。
正確には霊体化、番場真昼/真夜と言うマスターに寄り添った状態のバーサーカー、シャドウラビリスに、だ。

「一目見て解った事だが、霊体、霊核共に、著しい損傷を負っている。実体化する事も、元の形に戻る事すら、出来ない状態だろう」

 実際に、其処までして痛めつける必要がシャドームーンにはあったのである。
メフィストがどのようにして、サーヴァント、特に、消滅まで時間の問題と言ったレベルでダメージを負った状態の者を治すのか、と言う興味関心もある。
だがそれ以上に重要だったのが、このサーヴァントがバーサーカーのクラスで召喚されていたと言う事実。
令呪による命令も、狂化の影響で正常に受け付けない事もあるこのクラスで召喚された以上、令呪を以て大人しくしていろ、と言うだけでは、
手綱と言うには余りにか弱く心細い。其処で、徹底的に痛めつけ、実体化は出来ないが辛うじて生きられる状態まで痛めつける事で、
マスターであるウェザーの安全を確保させると同時に、メフィストの治療技術を試す試金石にシャドウラビリスを仕立て上げた、と言う訳なのである。

「……人を試しすぎるのは、長生きしないぞ、銀鎧のサーヴァントよ」

「何の事だ?」

「このサーヴァントを構成している現在の魔力、その殆どが、君に由来するものだ。魔力だけは与えてこの世に留めさせてはいるが、霊核と霊体を傷付け実体化はさせなくしている。何故、こんな事をしたのか、明白だな」

「他意はない、戦略上そうする必要があっただけだ」

 と言ってシャドームーンは、惚けてメフィストの追及を躱す。
「まぁ、良い」と言って、それ以上院長の方も問い質す真似はしなかった。追及をした所で、躱されるのがオチだと判断したのだろう

「霊体や霊核を治すなど造作もない事だが、この九割近くを破壊された霊核となると少々面倒だ。門派の技術と、専用の物品が必要になる」

 言ってメフィストは、纏うケープを光の礫の如くにはためかせ、ウェザーやシャドームーン、あまつさえ己のマスターでさえ眼中にないような足ぶりで、
嘗てグラハム・ベルが作成したような、骨董品の如き電話の方に近付き、恐らくは病院の内部に何かを告げていた。
用件を病院スタッフに告げると、メフィストは電話を切り、その場に待機する。

 沈黙の時間が流れる事、数分。
身体の中に石でも詰め込まれたような居辛いプレッシャーをウェザーは感じる。何せ誰も言葉を口にしないのだ。
自身が引き当てたセイバーのサーヴァントも、元々は寡言気味のサーヴァントだ。今は特にこれと言った危難もない為か、念話で何も告げる事はしない。
恐ろしく奇妙な状況であった。部屋には、人外の美を誇る白ケープのキャスター、銀鎧で身体を覆った飛蝗のセイバー、黒スーツの男、テーブルの上で全裸で横たわる少女。
真っ当に生きていれば先ず出くわす事もないシチュエーション。漂う空気の異質さと、余りの重さ。苦手な状況だと、ウェザーは一人ごちる。


45 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:04:55 CAQVtJcc0
 そんなウェザーに出された助け舟の様に、自動ドアが開かれた。
勤務スタッフの一人が、銀色のトレーを持った状態で応接間に現れる。「失礼します」と告げた後で、メフィストの下へと近付いて行きトレーをメフィストに手渡した。
魔術の類なんて此処に来るまではてんで知らなかったウェザーにすら、メフィストが持つトレーに乗せられた代物が、奇妙かつ異常なものであると解る。
拳大程の大きさをした、幽玄な青色の光で燃え上がっているとしか思えない何かであった。燃え上がっているとは言うが、ウェザーの目にはそう見えるだけであって、
本当に熱を伴った燃焼がその物質に起っているのかどうかは、ウェザーにはわからない。
この、チェレンコフ光を思わせる青色に光る物質は、何なのか。メフィストに訊ねようとするが、すぐに彼は、説明に掛かっていた。

「この物質を、我々は、アストラル体と言う」

 少なくともウェザーはその人生の中で、聞いた事すらも無い言葉であった。

「物質化された星幽体の結晶だ。通常この霊的粒子は特殊な霊能力者の中でも特に優れた人物にしか見えない。
こう言った、素養のない人物の目に見える形まで純度が高められて物質化されたアストラル体は稀だ。魔術師が喉から手が出る程欲しがる触媒になる」

「……んで、それで何をするんだ?」

 ウェザーの反応は尤もだ。凄いものである事は十分伝わったが、其処からどう、あのバーサーカーの治療に派生するのか、てんで解らないのである。

「アストラル体の本質は、極めて高純度の霊魂の凝集体と言う所にある。感情を司るエネルギーである事から、情緒体とも感覚体とも、
『マガツヒ』とも呼ばれるこの物質は、霊や悪魔にとって人間以上に魅力的な餌でもある。これを以て、其処のサーヴァントの身体を補うのだ」

「成程、足りないものは補えば良い、って事か?」

「乱暴な言い方だが、そう言う事になるな」

 其処まで言うとメフィストは、アストラル体を持って来たスタッフを部屋の外まで下がらせ、トレーを持った状態で、
テーブルの上で仰向けになった真昼の方へと近付いて行く。左手で、彼が星幽体を持った。
幽玄たる青色の光が、彼の身体を照らす。それでもなお、彼の身体から放出される、神韻にも似た白色の光は、褪せる事もなかった。
幽界の物質ですら侵されざる美を持った男は、アストラル体を持った左腕を、真昼の丁度臍の上に当たる位置まで伸ばし、其処でそれを離した。
白磁の繊手を離れたアストラル体は、引力に従い落下するのではなく、その場に、一切の浮力を伴わず、ふわふわと浮遊を続けている。

 それが――異常な程の速度で、何もない空間に色が刻まれ、体積が膨張して行き、質量が満たされて行く。
青色の光を伴った、スライムに似た原形質の何かが番場真昼と言う少女の身体の上で、グネグネと膨張したと見えたのは、二秒と言う短い時間の話。
直にそれは、その原形質の何かがウェザーらの視界に現れるよりも更に早い速度で、極めて大雑把な人間の形を形成して行き――。
やがて、番場真昼の操るバーサーカー、シャドウラビリスと言うサーヴァントを形成した!!

「セイバー!!」

 アストラル体を何かが取り込み、シャドウラビリスが実体化を行うと言う過程を呆然と眺めていたウェザーだったが、流石に死闘の場数を多く踏んで来た男だ。
我に戻るのも、危難を認識する能力も早い。背後に控えていたシャドームーンにすぐに指示を飛ばした。
シャドームーンが構える、チェスターフィールドの背もたれに片腕をかけ、その片腕を起点に後方に一回転。シャドームーンの背後に、ウェザーは移動した。

「うぅ、ぐぅ……!?」

 真昼を避けて、テーブルの上に降り立ったシャドウラビリス。 
自らの両手と身体を、信じられないように、この影は見ていた。狂化されている理性にも、奇妙なものに映っているのだろう。
それまでは霊体化した状態でしか自らを現世に止められずにいた自分が、呼び出された時と寸分違わない十全の状態で実体化させられているのだから。
やや白みがかった銀色の髪も、着用している制服も、元通りであった。


46 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:05:14 CAQVtJcc0
「……」

 テーブルから床の絨毯の上に降り立ったシャドウラビリスは、右腕を水平に伸ばす。
その右手に、自身の肉体よりもずっと大きく、ずっと質量も多そうな戦斧が握られた。――途端に、黄金色の瞳が喜悦にわななき、口の端が吊り上った。

「■■■■■■■■■■■ーーー!!!!!!」


 そして、心胆を寒からしめる、狂獣の咆哮を上げ始めた。シャンデリアが大きく左右に揺れ、調度品がビリビリと震える程の声量だった。
面白そうな笑みを崩さないルイ、恬淡とした態度で、シャドームーン達の方向を見つめる、メフィスト。

「狂戦士なら狂戦士と、予め説明しておきたまえ」

「失念していた、すまない」

「そう言う事にしておこう」

 大気を引き裂き押し潰し、戦斧を大上段からメフィストの方目掛けてシャドウラビリスが振り下ろす。
それに呼応してか、まるで、中世貴族に使える騎士道精神に篤いナイトの精神でも封じ込められているかの如く、メフィストが纏ったいたケープが、一人でに動き始め。
その戦斧を真っ向から受け止めた!! 目の前の状況を、誰が信じられようか。重さにして百kgは下らない、大質量の斧を、総重量一kgにも満たない純白のケープが、
今の力関係が当然なのだと言わんばかりに、受け止めていたのだ。如何なる魔術を用いているのか、ケープは布の柔かさを保ちながら、
鋼の如き硬度を得て、シャドウラビリスが振う斧を動かす事を全く許さない。

 魔界医師が、身体の方向を、シャドームーン達の方角から、シャドウラビリスの方向へと向き直らせた。
――機械の乙女の顔付きから、爆発するような狂気の感情が消え失せた。ハッとしたその少女の、その顔こそが。
狂化と言う枷を取り払い、ネガティヴ・マインドと言う感情から解放された、『ラビリス』と言う少女本来の顔つきなのだと、この場に知る者は誰もいない。
猛る狂った女魔の怒りと狂喜すら消し飛ばせ、あらゆる鬱屈とした感情を、破魔の月光を浴びたガラスの魔城の如く崩れ去らせる。
天界の美、美の概念の超越者。メフィストの美こそが可能とする、ある種の奇跡が其処に在った。

「狂気の枷に束縛され、我が言葉を正しく受け入れられなくなった君に、私の言葉が届くとは思えないが……これだけは、口にしておこう」

 刹那、ウェザーやシャドームーンの身体に、宇宙の暗黒が勢いよく叩き付けられた。
体組織が一瞬で凍結し、破壊されそうになる程の冷たさを孕んだ、虚無の昏黒。
それが、ウェザーから見た、メフィストの身体から迸り、己らにぶつけられた何かの正体だった。
殺意とも、高邁な意思とも違う。如何なる感情を伴った波動を、メフィストは、この鋼の乙女に直撃させているのか。ウェザーには、解らずにいた。

「――我が病院とその患者に仇名す者は、『神』であろうともその罪を贖わせる」

 絶対零度の冷たさでそう告げた瞬間、ゴゥン、と言う鈍い金属音が、シャドウラビリスから見て右方向から響き渡った。
肩の付け根辺りから切断された彼女の右腕が、あの巨大な戦斧を握った状態で床に落ちているのだ。
自身に何が起ったのか解らないと言った表情で、彼女は己の右腕の在った方向を見ていた。忘我の域に、彼女は在った。
痛みすらも遅れさせる、美貌と言う名のメフィストが使う天然の麻酔に、未だに彼女は酔っていた。

 何を以て、シャドウラビリスの腕を切断したのか、ウェザーには解らない。
しかし、世紀王として優れた身体能力を誇り、マイティ・アイと言う千里眼を持ったシャドームーンは、何が起こったのかを理解していた。
番場真昼の四肢を治した、あの針金だ。あの針金を目にも見えない程の速度でシャドウラビリスの腕に巻き付かせ、これを高速で収縮させて彼女の腕を斬り落としたのだ。
彼らは、知らない。メフィストの針金細工と言う名前の技術が、嘗て彼のいた魔界都市<新宿>に於いて、どれ程恐れられ、同様の魔術や奇術を用いる人物から、
尊敬と嫉妬の念で見られていたのかを。彼の腕に掛かれば、ビルですらも容易く輪切りに出来るのだ。


47 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:05:32 CAQVtJcc0
「眠りたまえ。君の主が、その目を覚ますまで」

 そう言ってメフィストは、キョトンとするシャドウラビリスの眉間に指先を突き付ける。
彼女の目線が、彼の指先に集中した瞬間、突き付けられた右手全体から、白色の電光がスパークし、彼女の身体を包み込んだ。
「ギィッ……!!」と言う声を上げて、衣服ごと彼女の身体は黒焦げになり、俯せに倒れ込む。
数時間前に消滅一歩手前まで痛めつけられ、再び十全に回復したのに、今また気絶する何て、不器用で哀れな奴だなと、ウェザーは少しだけ同情の念をこのサーヴァントに覚えた。

「必要なものは全て見せた。これ以上は見せん」

 ウェザーらの方に向き直りながら、メフィストは告げる。

「この少女とバーサーカーを我が病院に搬送しようと考えたのは、君の入れ知恵だな? セイバー」

「知らんな」

「咎めている訳ではない。対価も頂いた、さしあたっては感謝しよう。但し、肝に銘じておくが良い」

「何だ」

「私と、愛し子とも言うべき我が患者と、我が病院に仇名す者は、神であろうと魔王であろうと、辺獄(リンボ)からゲヘナ、エデンの園に至るまで。
この世の果てに逃げようとも追い詰めて、世界に存在したと言う痕跡すら残さず、私は滅ぼすつもりだ」

 メフィストと、シャドームーンを取り巻く空間が、陽炎めいて歪む。
殺気の光波は、歪んだ空間の中を走り始め、その空間の中だけ、黒雲が満ち、稲妻が荒れ狂うのではないかと言う程の、敵意と殺意のぶつかり合い。
まともな人間がこの空間の中に足を踏み入れようものならば、その瞬間、狂死の運命が待ち受けているに相違あるまい。ウェザーですら、正気を保つので精一杯であった。

「帰りたまえ、セイバー、そしてその主よ。次会う時は、敵の関係にならないように祈っておこう。我が腕が、君の力の源である霊石を破壊するような関係にならない事を」

「俺も、その白いケープごとその美しい身体を断ち切らない事を祈るだけだ。その様な関係は、望むべくではない」

 本心で言っているのかどうか。誰にもそれは解らない。

「結構。受付に戻りたまえ。代金を払ってな」

「解った。帰るぞ、マスター」

「……ああ」

 言ってシャドームーンを霊体化させ、ウェザーは、応接間から去って行った。
その時に一瞬、掛け時計の方にウェザーは少しだけ目線を移動させた。時間にして、朝の七時。
応接間に入ってからメフィストと言葉を交わしてから、十分程度しか経過していない事になる。
とても信じられない。時間の流れが、狂っているとしか思えない。ウェザーは三時間も、あの魔界医師達と話しこんでいたような気分が、今も抜けないのであった。


.


48 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:06:09 CAQVtJcc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「二千円か……何て言うか、マジでイカれてるな」

 メフィスト病院から外に出るなり、ウェザーは一人ごちた。
二千円、この値段が何を意味するのか。それは、メフィストが直々に、番場真昼とシャドウラビリスを治療した、診療費だ。
保険証を持っていないウェザー……、と言うより、あれだけの治療に本当に保険証が通用するのか疑わしい所であるが、
兎に角、死と消滅の境を彷徨っていた真昼とシャドウラビリスにあの治療を施しておいて掛かった値段が、この料金である。
余りにも良心的過ぎて逆に不気味で、恐怖すら覚えてしまう。この良心の裏に何らかの下心があるのならば、人間的で可愛い方であるが、それすらもない。
人間のエゴや欲求と言うものを極限まで無視した、メフィスト病院の医療対価に、ウェザーは明白な寒気を憶えていた。

 しかも、今ウェザーが持っている紙袋よ。
これは本来ならば退院患者のみに与えられるメフィスト病院の贈答品なのだ。今回は特別にメフィストが便宜を計らい、ウェザー達にも与えられた。
中身は『せんべい』だ。オーソドックスな塩せんべいや海苔せんべい、ざらめが塗されたそれ等、様々な種類のせんべいが複数袋詰めにされたそれであった。
余りにも至れり尽くせりなその姿勢。いっその事、完全に敵とした回った方が、まだ納得する主従の方が多いのではないか?

【で、セイバー。お前から見て、あのメフィストって言う男は、どう見えたよ】

【噂を聞くだけでは、破綻者以上のイメージは抱けなかった。実際に言葉を交わした今では――】

【今では?】

【狂人だ。それも、恐ろしく筋骨の通った、な】

 シャドームーンですらが、自分と同じイメージを抱いていると知り、ウェザーはほっと胸を撫で下ろした。
このセイバーから大まかな噂を聞くだけでも、頭がおかしいとしか思えなかった、ドクターメフィストの逸話の数々。
その伝説の姿を目の当たりにし、ウェザーが抱いた感想は、狂気の世界の住民以外の何物でもなかった。
自らの病院と、彼に救いを求めた患者のみしか見えておらず。彼らには慈母の如き愛情を与える一方で、健常者には悪魔の如くに一切の容赦もない男。
魔界医師の顔が、ウェザーらの脳裏に過った。瞼を閉じるだけで、あの男の姿が焼き付いているかのようだ。「病める者が好きだ」と言った、あの狂人の相貌が。

【今後、あの先生とコトを争うつもりはあるか?】

【今はない。俺達の、メフィストと言うサーヴァントと奴の神殿である病院の設備がどの程度のものなのかを見極める、と言う目的は確実に見抜かれていた。
これは推測だが、あの男は持てる技術の二割も、バーサーカーとそのマスターの治療に当てていない。俺達の意図を察していたからだろうな】

【……あれで底を見せていないのか】

 普通の医者ならば見るだけで匙を投げ、葬式屋にでも連絡をし葬儀のパンフレットを遺族に送るよう催促してしまいそうだった、
真昼の傷をいともたやすく治したあの手腕。アレが全力でないとなると、本気を出せばそれこそ……死者すら蘇生させられるのではと、ウェザーが思うのも、無理はない事だろう。

【あのキャスターは正気ではないが、言った事を絶対に違える性質ではない事は言葉を交わして解った】

【ああ、それは俺も理解した。あのキャスターの言葉に……嘘偽りは、全く感じられなかった】

【これはある種危険な賭けだが……もしかしたらあの施設、怪我を負った際に体の良い治療屋として利用出来るかも知れん】

【……本気か?】

 駐車場を歩いて移動していたウェザーが立ち止まり、シャドームーンの正気を今度は疑いに掛かった。

【この病院がサーヴァントの手による者だと言う事は、少し考えれば誰でも解る事だ。そして少し努力すれば、この病院の狂気染みた良心さも解る筈だ。
だが、実際にあのキャスターの姿を見ず、話しこんでもいない人物が、『聖杯戦争の参加者にも同様に振る舞う』と、果たして信じられるか?】

 無理である。サーヴァントが運営する病院と解った以上、真っ当な神経の持ち主ならば、入院して無防備な所を殺しに掛かるのでは、と疑うのが当たり前だからだ。


49 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:06:28 CAQVtJcc0
【だが、実際に違うと言う事を俺達は理解している。これは推測だが、メフィスト病院の院長の方針を概ね正しく理解出来ているのは、今の所俺達以外に存在しない。
サーヴァントが運営する病院であると言う事実を忌避して、この病院の世話になりたくない主従も、今後当然出て来るだろう。これは非常に大きい。
お前も見ただろう、あのキャスターの卓越した医療技術。あの男は病院と、自身の患者に手出しさえしなければ、俺達ですら治療し匿うだろう。
あの病院の性質と、その技術の高さから、何が言えるか? それは、『多少無茶な傷を負っても、この病院に来れば治療して貰える』と言う事だ】

【要は、他の主従が手負いになってひいひい言ってる所を、俺達は手傷を負えばこの病院に足を運んで、直に回復させて貰い、また鉄火場にGO出来る、って事か?】

【そうなるな】

 成程、確かにそれは凄まじいアドバンテージだ。
聖杯戦争は何日で終結するかも解らない上に、<新宿>のこの狭さだ。交戦回数も数多くなるだろう。
現にウェザーらは聖杯戦争が開催される前に、バーサーカー達と交戦した程である。全員殺し尽すのがこの主従の究極目標だが、同時に、
消耗もなるべく抑える事も念頭に入れておかねばならない。特に終盤戦は、互いに消耗も激しく、切り札である宝具もおいそれと発動出来ない状況が起こるだろう。
そんな中でメフィスト病院の治療を受け、肉体的にも魔力の総量的にも十全となった自分達が、どれ程優位な立ち位置に立てるかは、考えるまでもない。
確かに、こう言う状況は、この主従の理想とする所であろう。

【尤も、俺もあの病院を頼る事を前提とした戦いはしたくない。可能なら手傷を負う事無く、相手を殺す。それが理想だ】

【ああ、そうだな】

 だが流石に、シャドームーンは気位の高いサーヴァントだった。
メフィスト病院に甘えるような戦い方を良しとせず、世紀王と謳われたその実力を以て、相手を完膚なきまでに殺戮する。
その様な在り方をこそ、彼は良しとしていた。

【……だが、実際にあの病院の内部に足を踏み入れて、解った事が一つある】

【何だ?】

【真の脅威は、別にあったと】

【……本当の脅威?】

【俺は、今日のこの時に至るまで、あのメフィストと言うキャスターこそが、あの病院を攻略する上で、一番の難敵だと理解していた】

 【だが、違う】

【奴も確かに、比類稀なる強敵だ。だが……『奴のマスター』。あれが一番、警戒するべき存在かも知れん】

【メフィストのマスター?】

 その姿をウェザーは思い出そうとする。
黄金の糸のように美しい、黄金色の髪型。妖しい光を湛えるオッドアイ。ウェザーが一生涯働いても手に入らない程の値段の、仕立ての良いブラックスーツ。
メフィストを引き当てたマスターだけあり、ただ者ではない感は確かにあったが、それだけ。寧ろあの場においては、メフィストの存在感の強さで、
極限までその存在が薄められた、目立たない人物以外のイメージを、ウェザーは抱けずにいた。


50 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:07:18 CAQVtJcc0
【メフィストがどんな美貌の持ち主だろうが、例え人間ではなかろうが、卓越した魔術と医術の腕前の持ち主だろうが……『奴はサーヴァントだから』。これだけで全て納得が行く】

 当然だ。人類の常識の埒外の技術を持った存在こそが英霊になり、そして、サーヴァントとして聖杯戦争に招かれるのだから。
人智を逸脱した魔術と医術の技を持ったメフィストが今更、人間ではないと言われても、誰も驚かない。

【だが……マスターの場合はそうはいかない。マスターが人間以外の存在となると、話は変わってくる】

【あのジェントルマンは、人間じゃないとでも?】

【解らん】

【あ?】

【人間か如何かすらも、解らなかった】

 シャドームーンはあの病院の姿を初めて捕捉した時から、今日初めて内部に侵入した時まで、マイティ・アイでつぶさにその内部を見極めようと観察していた。
結果は、失敗。病院自体に、極めて高度な霊的かつ空間・魔術的な防衛措置が施されているせいで、その全貌が全く確認出来ないのだ。
ゴルゴムが十万年以上も培ってきた科学力の結晶体であるシャドームーンですら、一階の様子を透視するだけで精一杯であったと言えば、その恐ろしさが知れよう。
しかしそれも、あの魔界医師が手掛けた病院だから、と言う理由で、乱暴ではあるがまだ説明も出来る。

 ――説明が出来なかったのは、マスターであるあの男、ルイ・サイファーをマイティ・アイで観察した時だった。
解らなかった。人間か如何かすらも。ゴルゴムの技術の粋である千里眼が弾き出した、男の正体は『ERROR』。
何を以てその肉体が構成されているのか。そして、男が何を得意とし、如何なる身体的特徴を持っているのか。その全てがエラー。
解析不能だったのだ。これは初めての事柄であった。あのメフィストですら、人間ではないと言う事実が辛うじて理解出来たと言うのに、
あのマスターに関しては、一から百まで全てが解析不能の結果を弾き出したのだ。其処にシャドームーンは、一抹の不安を覚えた。

【あのサーヴァントを呼び出すマスターだ。真っ当な精神の持ち主でない事は容易に想像出来る。真に警戒するべきは、あの男かも知れん。覚えておけ】

【理解した】

 このセイバーが言うのであれば、恐らくは本当なのだろう。
不敵な笑みを浮かべるだけで、全く会話にも乗って来なかったあのマスター。あの態度は、演技なのだろうか。
そんな事を思いながら見上げる<新宿>の夏の空は、鬱屈としたウェザーの心境に反して、何処までも澄んで輝いていた。
そう言えば朝飯を食ってないなと思い、メフィスト病院からもらったせんべいを、歩きながらウェザーは取り出した。
その後で、毒が入っていないか、不安に思うウェザー。マイティ・アイで分析した結果、毒は入っていないと、シャドームーンの念話が頭に響いた為、袋を開封。
ざらめのついたせんべいを齧る、ウェザーなのであった。



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51 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:07:37 CAQVtJcc0
【ウェス・ブルーマリン(ウェザー・リポート)@ジョジョの奇妙な冒険Part6 ストーンオーシャン】
[状態]健康、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]無
[装備]普段着
[道具]真夜のハンマー(現在拠点のコンビニエンスストアに放置)、贈答品の煎餅
[所持金]割と多い
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻り、プッチ神父を殺し、自分も死ぬ。
1.優勝狙い。己のサーヴァントの能力を活用し、容赦なく他参加者は殺す。
2.さしあたって元の拠点に戻る。
[備考]
・セイバー(シャドームーン)が得た数名の主従の情報を得ています。
・拠点は四ツ谷、信濃町方面(南元町下部・食屍鬼街)です。
・キャスター(メフィスト)の真名と、そのマスターの存在、そして医療技術の高さを認識しました。
・メフィストのマスターである、ルイ・サイファーを警戒




【シャドームーン@仮面ライダーBLACK RX】
[状態]魔力消費(小) 、肉体的損傷(小)
[装備]レッグトリガー、エルボートリガー
[道具]契約者の鍵×2(ウェザー、真昼/真夜)
[所持金]少ない
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者の殺害
1.敵によって臨機応変に対応し、勝ち残る。
2.他の主従の情報収集を行う。
3.ルイ・サイファーを警戒
[備考]
・千里眼(マイティアイ)により、拠点を中心に周辺の数組の主従の情報を得ています。
・南元町下部・食屍鬼街に住まう不法住居外国人たちを精神操作し、支配下に置いています。
・"秋月信彦"の側面を極力廃するようにしています。
・危機に陥ったら、メフィスト病院を利用できないかと考えています。
・ルイ・サイファーに凄まじい警戒心を抱いています。




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52 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:08:02 CAQVtJcc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「中々面白い主従だったじゃないか」

 院長室に戻るなり、ルイ・サイファーは面白そうな表情でメフィストの方に語り掛けた。

「人を値踏みする意図が気に食わん。あの性根故に、いつかは滅びるだろう」

 黒檀のプレジデント・デスクに向き直り、メフィストが口にした。
此方の医療技術と実力を拝見させて貰おう、と言う意思がありありと伝わる主従であった。
この程度で事を荒立てるメフィストではないが、敵対するとなれば、容赦はしない。幸いにもあのセイバーは相当な切れ者であった為、この場で戦う事を良しとせず、引きさがったが、次出会う時はどうなっているか、想像も出来まい。

 番場真昼/真夜は意識を取戻し次第、搬送した病院三階の個室から即日退院させるつもりであった。
通常あれ程の怪我を負った者は一日二日、時間を置いてから退院させるのが常なのだが、メフィストが直々に治療した場合は、意識を取戻し次第即座に退院だ。
理由は簡単で、それだけメフィストの医術が芸術的で、そして、完璧だからだ。健康な者を何時までもこの病院に留め置く必要はない。次の患者の為に、席を譲らせてやるべきである。

 一方シャドウラビリスは、メフィスト病院の地下階の一室に、全身に針金を撒き付けた状態で監禁させてある。
暴れられたらコトであるからだ、と言う事は言うまでもない。メフィストが操る針金は、余程筋力に優れた存在ない限りは先ず断ち切れない。
それにあのサーヴァントは、霊体と霊核こそメフィストが用意したアストラル体で回復させられたが、今度はメフィストの手によって、
宝具が発動出来ないレベルまで魔力を徴収されていた。あのバーサーカーの宝具が何かは解らないが、これも暴走対策である。
真昼が退院させる時には返すつもりであるが、それも、シャドウラビリス次第と言うべきだ。

「ところで、メフィスト」

「何か」

「あの主従と戦って、君は勝てると思うかい?」

 普通の聖杯戦争に参加した普通のキャスターには到底聞ける訳もない質問だ。余りにも結果が見え透いていて、馬鹿らしい問だからだ。
キャスターは三騎士が固有スキルとして保有する対魔力の影響で、その魔術の殆どが意味を成さないクラスであり、より端的に現実を言い表すのならば、
始る前から勝負の殆どが付いている状態と言っても過言ではないのだ。当然メフィストも、その対魔力スキルの存在を理解していて――

「この病院の中ならば勝てるだろうな」

 理解していてなお、この言葉だった。

「では、病院の外では?」

「良くて半々。悪くて、此方の勝率は四割だろう」

 メフィストの目は節穴ではない。
現代科学では、いや、事によったら魔界都市の科学技術を以ってしても再現出来ない程の技術と魔術で、あのセイバーが生み出されている事を、
この美貌の医師は見抜いていた。そして、自分が懸想する、黒コートの魔人。魔界都市を体現する、“僕”と“私”の二つを使い分ける妖糸の男を。
それと解っていても、この自信。いや、この男ならば、或いは……? そう思わせる程の凄味が、魔界医師には、満ち満ちていた。

「成程」

 それと聞いて、ルイは不敵な笑みを再び浮かべるだけ。
この質問の意図の方が、メフィストには掴めない。悪魔の考える所を理解出来る所は、その悪魔当人か、同じ悪魔のみ。
自分には理解するのはまだ早いのだろうかと、メフィストは静かに思考の海に潜り始めた。


53 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:08:20 CAQVtJcc0
「さて、メフィスト。『先程』の続きだ」

「……フム、そう言えばそうだったな。予定外の客人のせいで、すっかり忘れていた」

 それまでエクトプラズムの椅子に腰を下ろしていたルイが立ち上がり、黒檀のデスクの方へと近付いて行く。
メフィストの方に手を差し伸べ、それを見るやメフィストは、ケープの裏地から一本のメスを取り出し、それをルイに手渡した。

 ――そしてそれで、何の躊躇いもなく、ルイは己の左小指を斬り落とした。

 机の上に湿った音を立てて落ちる小指。
嗚呼、見よ。ルイの小指の切断面を。その切断面は、色の濃い墨を塗った様に真っ黒ではないか。
身体の中に宇宙が広がっているような暗黒が、その切断面から見えるではないか!! 赤い血も溢れ出ない、痛がる素振りも見せはしない。
これこそが、メフィストのマスターである魔人、ルイ・サイファーが、人間ではない事の証左ではあるまいか!!

「ふむ……これだけの大きさの指ならば、先ず失敗する事はなくなるだろうな。それに喜びたまえ、情報の量は作成速度と比例する。この量ならば、一時間程で完成するぞ」 

「そうと解っていれば、初めから私の毛髪ではなく、指を差し出すべきだったな」

「全くだ。それ程痛がる素振りも見せないのならば、小指の一つや二つ、訳はないだろう」

 凡そ医師が口にする言葉とは思えない発言を受けても、ルイ・サイファーは笑みを強めるだけ
痛覚と言う神経が、初めから身体に通っていないとしか思えない程の豪胆ぶり。それを発揮しているのが、目の前の優男風の紳士であると言う事実。
此処は魔界だった。常人が足を踏み入れるべきではない、異界の理をこそが全てを統べる、事象の外の世界だ。

「エラーのせいで流出し、現実世界と固着してしまった私の固有結界のせいで、不利益を被るマスターの為だ。責任を以て、ドリー・カドモンと共に所望した、もう一つの品。製作をさせて貰おう」

「私に命令されたから製作する、と言う言い方は良くないぞ、メフィスト。君自身も、興味があるのだろう? なぁ、魔界医師。溢れ出る無限の知識欲を抑えきれぬ、欲深き魔人よ」

 その繊指が、ルイ・サイファーの小指を摘まんだ。
白く艶やかな指が摘まむのは、人間の身体から分離された一本の小指。そのアンビバレンツが、驚く程グロテスクで、耽美的で、見る者の目線を捉えてやまない。

「悪魔の力の純然たる結晶、『マガタマ』。初めて聞く呪物だが、面白い。それを、況してや、彼の大魔王の身体から創れるのだ。面白くない筈もないだろう」

「おっと、その名前を出すのはルール違反だ。私はただの、君の病院のパトロンだ」

 何処までもこの男は、自分を人間だと偽り通すつもりらしい。
先程の応接間の時も、シャドームーンが、信じられないと言った様子で自分達の事を見つめていた事に気づかぬ程、愚鈍な男でもあるまい。

「付いて来たまえ。マガタマを用意するついでに、失った小指の義指を用意しておこう」

「その配慮、有り難く承ろう」

 言ってメフィストもルイもその場から立ち上がり、院長室から退室する。
両者の向かう先は、共に暗黒。共に虚無。共に■■。■■■■。



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54 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:08:34 CAQVtJcc0
【四谷、信濃町(メフィスト病院)/1日目 午前7:10分】


【ルイ・サイファー@真・女神転生シリーズ】
[状態]健康、小指の欠損
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ブラックスーツ
[道具]無
[所持金]小金持ちではある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯はいらない
1.聖杯戦争を楽しむ
2.????????
[備考]
・院長室から出る事はありません
・曰く、力の大部分を封印している状態らしいです
・セイバー(シャドームーン)とそのマスターであるウェザーの事を認識しました
・メフィストにマガタマ(真・女神転生Ⅲ)とドリー・カドモン(真・女神転生デビルサマナー)の制作を依頼しました
・??????????????




【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]健康、実体化
[装備]白いケープ
[道具]種々様々
[所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい
[思考・状況]
基本行動方針:患者の治療
1.求めて来た患者を治す
2.邪魔者には死を
[備考]
・この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません
・ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです
・ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しようとしています
・そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作る予定です。
・番場真昼/真夜と、そのサーヴァントであるバーサーカー(シャドウラビリス)を入院させています




【番場真昼/真夜@悪魔のリドル】
[状態](魔力消費(絶大) 、各種肉体的損傷(極大) 、気絶、脳損傷、瀕死、自立行動不能)→健康、睡眠中
[令呪]残り零画
[契約者の鍵]無
[装備]ボロボロの制服(現在全裸)
[道具]
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:真昼の幸せを守る。
1.-
[備考]
・ウェザー・リポートががセイバー(シャドームーン)のマスターであると認識しました
・本戦開始の告知を聞いていません。
・拠点は歌舞伎町・戸山方面住宅街。昼間は真昼の人格が周辺の高校に通っています。
・メフィスト病院三階で眠っています。一日目が終わる頃までには、意識を取り戻すでしょう




【シャドウラビリス@ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ】
[状態](左腕喪失、腹部損壊 霊体損壊(大)、魔力(キングストーン由来)最大充填)
                    ↓
                   健 康
                    ↓
   右腕喪失、電撃によるダメージと火傷、全身を針金による束縛、魔力消費(極大)
令呪による命令【真昼を守れ】【真昼を危険に近づけるな】【回復のみに専念せよ】(回復が終了した為事実上消滅)
[装備]スラッシュアックス
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者及び<新宿>全住人の破壊
1.全てを破壊し、本物になる
2.苦しい
[備考]
・セイバー(シャドームーン)と交戦。ウェザーをマスターと認識しました。
・シャドームーンのキングストーンが生成した魔力を供給されましたが、代償として霊体が損傷しました。
・霊体の損壊は何の処置も施さなくても、魔力を消費して半日ほどで全回復します。
・メフィストが何者なのかは、未だに推測出来ていません。
・現在暴走対策の為に地下で監禁されています。


55 : 餓狼踊る街 ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 02:08:46 CAQVtJcc0
投下を終了いたします


56 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:22:09 JCowXsZc0
初投稿です。

ブ北上&アサシン(ピティ・フレデリカ)、投下します。


57 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:22:47 JCowXsZc0


☆アサシン

  魔法少女の強さを表す表現に『世界観が違う』という表現がある。
  言い得て妙な表現だと思う。
  魔法少女はとにかく能力の幅が大きい。
  『ご近所の問題解決をする魔法少女』から『宇宙空間で邪神と殴りあう魔法少女』まで、世界には多種多様な魔法少女が存在していた。
  思うに、サーヴァントというのもそういうものなのではないだろうか。
  如何に伝説を残し歴史に名を残した英雄だろうと、その幅は広い。
  歴史書を紐解けば『神話の大英雄』も『後世でようやく評価を得たしがない童話作家』も同じ英雄と扱われる。
  そして、同じ英雄なのだから英霊として聖杯にその名を刻まれサーヴァントとして聖杯戦争の地で相まみえることもある。
  サーヴァント同士の争いというのは、まず『世界観』という壁がある。
  聖杯が欲しければ『しがない童話作家』は『神話の大英雄』に勝たなければならない。

  アサシンは自身のことを確認する。
  アサシンは、ベテラン魔法少女であるが強い魔法少女というわけではない。
  上を向けばいくらだって強い魔法少女は居た。
  実力なんて高く見積もっても下の上くらい。魔法少女内だってヨーイドンで戦えば勝てる相手のほうが少ない。
  『童話作家』と同じ程度と考えたほうがいいだろう。
  この地にどれほどの英霊が顕現しているのかは知らないが、『神話の大英雄』クラスもごろごろ居るだろう。

  右手の薬指から人差し指にチャンネルを切り替える。
  水晶玉の中に映る映像が切り替わる。
  『童話作家』が『神話の大英雄』に勝つにはどうすればいいのか。
  普通ならば無理だ。
  割り箸で作ったゴム鉄砲で空母に勝てるわけがない。
  戦闘に対する意識が違う。
  持ち込める機能が違う。
  戦闘の次元が違う。
  戦力の規模が違う。
  全くもって、『世界観が違う』。
  じゃあ、どう立ち回るか。それを考えるのが『童話作家』たちの最初の課題だ。

  市販のインスタントコーヒーを一口飲む。味が尖っていて違和感がある。
  サイフォンとお気に入りの豆が欲しいが、生憎アサシンのマスターはコーヒーを嗜まないので無理は言えない。
  サーヴァントも魔法少女も食事は必要はないので、実際はコーヒーを飲む必要すらないのだが、そこはそれ、生前の嗜好である。
  生前からの嗜好や癖は変えられない。たとえ英霊になっても、アサシンはアサシンなのだから。
  もう一口コーヒーを飲んで、やはり微妙な味にちょっとだけ辟易する。
  次があれば別の種類を買ってこよう。


58 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:25:35 JCowXsZc0


  マグカップをおいて水晶玉に向き直る。
  『童話作家』はどう戦局を作り、立ち回るべきか。
  答えは簡単だ。
  戦わないように立ちまわる。それしかない。
  勝つだ負けるだは結局、同じ舞台に立っている者同士でしか成立しない。アサシンが不用意に土俵に立てばものの一薙で勝負すらなく消滅する。
  ならば舞台には立たない。
  舞台の上では『神話の大英雄』同士で戦ってもらって、両者に潰し合ってもらって、アサシンは最後の最後まで舞台裏に居続ける。
  そして舞台裏で動きまわって戦争を進め続け、最後の最後で舞台の上で幕引きを告げる。
  潰し合って弱った英雄を後ろから刺すもよし。がら空きのマスターを襲撃するもよし。
  そういう、正々堂々とか騎士道とか、そういった精神を持つ人間には『姑息』と謗られるような戦い方をする。
  というより、正面からやって勝てるわけがないのでそうする他ない。
  その方針が顕著に現れているのが『暗殺者(アサシン)』のクラスだと思う。
  気配遮断のスキル。暗殺特化の宝具。こんなものを渡している以上はアサシンたちにとっては『そういう戦い方』こそが王道と言える。
  アサシン組の基本方針は、『神話の大英雄』同士の潰し合いを発生させること。もしくは、どこかで自然発生したその潰し合いに生じて両者を潰すこと。
  可能ならば、優れた能力を持つ『神話の大英雄』と手を組み、彼らを支援して他の組を駆逐しつくしてもらい、最後の最後で寝首をかくというのが一番望ましい。

  聖杯戦争に呼び出されながら聖杯戦争にかかわらず、そして聖杯戦争で勝利するためにはどうする必要があるか。
  そのためには、情報を集める必要がある。大小問わず、この<新宿>の全ての情報を。
  どんな相手とも手を組めるだけの。どんな相手でも殺せるだけの情報を収集する。
  敵の察知を情報で逃れ、敵の追走を情報で撒き、敵の攻撃を情報で躱し、敵の喉元を情報で締め上げて殺す。
  英霊ならばその真名を探り、弱点を突き止め、的確に弱点だけを突いて殺せる準備をしておく。
  マスターならばもっと簡単。寝ている彼の枕元にそっと爆弾を一個おいてあげればいい。不眠不休や爆弾で死なない化物がいれば話は別だが、おおよそはこれで片がつく。
  物事にはいずれも規格外というものが存在するが、規格外だけを見つめ続ければきりがない。
  ならばしばらくは堅実に行こうじゃないか。不意討ちでは倒せない規格外ばかりの聖杯戦争とぶち当たっていたならばその時は、北上にも『運がなかった』と割りきってもらうしかない。

  指に巻きつけた髪の毛の一本を確認し、水晶玉に翳す。
  割りきってもらうしかないなんて考えたが、アサシンはそこまで薄情な人間ではない。
  全力で手を貸すと誓った以上、八方手を尽くして聖杯奪取のために働く所存ではある。
  先に上げた情報収集のための秘策も、まあないわけではない。
  NPC。ノンプレイヤーキャラクター、この<新宿>に再現された戦争に直接関わることのない『意志を持たない住民』たち。
  この<新宿>には数万か、数十万か、あるいは更に多くか、とにかく途方も無い人数のNPCたちが生活している。
  これはアサシンにとって、願ってもみない状況だった。
  もしも無人島に集められてのスタートだったら早々に白旗を振って座に帰ったことだろうが、彼らが居るならば話は違う。
  アサシンはこの地、この戦争に限り、数万か、数十万か、あるいは更に多くの目を持って<新宿>をつぶさに見続けることが出来る。

  これまでも、これからも、この聖杯戦争中も当方もない回数、水晶玉に幾つもの現在と過去を見ることになる。
  アサシンはまた、過去と現在に焦点を絞った。


59 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:26:58 JCowXsZc0


  右手の中指に意識を向ける。
  アサシンの宝具であり魔法である『水晶玉に好きな相手を映し出せるよ』を発動する。
  しかし水晶玉に移る景色は変わらない。この髪の持ち主は既に死んでいるからだ。アサシンの魔法は、死者を覗きこむことはできない。
  この髪の持ち主だった女性はサーヴァントによって殺された。彼女以外にも、同一の主従の犯行によって無辜のNPCが百二十人程死んでいるらしい。
  痛ましい事件だ。まだ被害者が増えているというのだから、更に心が痛む。
  アサシンは彼女の生活を見るのが大好きだった。貧困にあえぎ、やくざ者たちの暮らす通称『ヤクザマンション』で暮らしていたが、それでも悪行に手を染めず慎ましやかに生活を続けていた。
  そして、ある日殺された。突如飛び込んできた殺戮者の手によって殺されてしまった。罪状は分からない。この水晶玉は音を通さないので、肝心なところを掴みそびれてしまった。
  もう彼女たちの慎ましやかな生活はどこにもない。それは非常に悲しいことだが、彼女はアサシンの目として立派に役目を果たしてくれた。  
  感謝の言葉は胸のうちに秘め、括ってあった彼女の髪の毛を捨てて、別の指―――右手の小指にチャンネルを切り替える。
  すると今度ははつらつとした少女―――セリュー・ユビキタスが水晶玉に映る。
  アサシンの宝具は彼女が手を突っ込むまで知覚されることがない。セリューもまさか見られているなんて思ってもいないことだろう。無警戒とも取れる足取りで、喜々として(とアサシンには見える)道を歩いている。
  もしここでアサシンがひょいと腕を突っ込んで彼女の首をへし折れば、それだけで奇襲成功だ。

  先ほどのNPCの髪を利用し、セリューの喉元まで迫った。かいつまんで説明すれば、まるで魔法のようだが、実際はそんなにファンシーではない。

  先のNPCの髪を用いて彼女の生活を眺めていると殺戮者が押し入ってきたというのまでは先程通り。
  そこから、下手人がたらたらと長口上を並べているうちに、視点を切り替えて下手人の死角に回り込み、ぷつりと一本髪の毛を拝借した。昔から、他人に気づかれず近寄り、痛みどころか違和感すら残さずに髪を抜くのが得意だったので、この程度造作も無いことだった。
  一つ気がかりだったのはセリュー自身が勘良く気づくことだったが、なけなし程度の気配遮断スキルのおかげか、それとも随分気が大きくなっていたからか、セリューは気づくことなく口上を並べ続けていた。
  ありがたいことだ。水晶玉にかざしていた右手の髪の毛の一本を巻き直し、水晶玉に映す。感度良好、セリューの後頭部とその先に広がる血だまりが映った。
  どうやらちょうどのタイミングで見る相手を変えられたらしい。
  まるでヤドカリだな、などと思いながらも、首尾よく宿り木を飛び移れたことに内心喜びながら揺れるポニーテールを目で追う。
  下手人は、顔貌こそ憤怒に染まっていたものの容姿は整っていた。
  ただ、髪はいまいちパッとしない。彼女の髪は煤けた戦場と機械油とを混ぜた、戦車のような臭いがした。ストレスか、食生活か、文化の違いか、あるいは他の原因か、髪全体に艶も少ない。中の下くらいだ。
  それから彼女がサーヴァントと合流し、帰宅し、以後数日他の者を殺しに繰り出すところを折を見ては観察し続けた。
  なんというか、元気な少女だ。やくざ者、与太者、浮浪者、悪徳業者、総じて悪側の人間に裁きの鉄槌を下し続けている。
  ふと、最愛にして最後の弟子である白い魔法少女の顔が思い浮かんだ。この場に彼女が居れば、セリューをどう評しただろうか。『悪を許さず、力を欲する者』同士、分かり合えることがあるだろうか。
  くすりと笑ってセリューを映している角度を変える。
  セリュー・ユビキタス。正義の御旗をあちこちに立てまわることに余念のない少女。名前は通達で知った。
  セリューは、ワニのような頭の男と楽しげに(少なくともアサシンにはそう見える)話していた。
  此方のワニのような頭の男はセリューのサーヴァント、クラスは狂戦士。これも通達で知った。
  狂戦士であるにもかかわらず自我を残し、自我を残しているにもかかわらず凶行を繰り返す。ある種異例なサーヴァントといえるかも知れない。
  ともあれ、手際の良さや殺しに対する倫理観など、非力なアサシンが素面で接してはいけないタイプの最たる例のようなサーヴァントだ。
  そして、なにより特筆すべきは、彼と彼女はとても仲がいいということか。


60 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:28:16 JCowXsZc0

  まるで良き師匠、良き弟子のような関係を築いている。彼女らの行動と世間一般における善悪のベクトルがどうあれ、いつでも二人揃って同じ方向を向いて互いを高め合っているというのは素晴らしいことだと思う。
  この二人はきっと途方も無く強い。『魔法少女は思いが全て』なんて声高に叫ぶ魔法少女が居たが、別に魔法少女にかぎらずとも、強い思いを持つ者は相応の強さを発揮するものだ。
  強い意志同士が同じ方向にむけて統率されているとなると、その強さはどれほどか。きっと、放っておけば二人で結束を高め続けそのうち街中の悪を根絶することだろう。
  そのことを脅威と捉えたから、主催者も『討伐令』を下した。報酬付きで。
  だからこそ、アサシンはこの二人には一切手出しをしない。
  討伐令が出された以上、彼女らは近い未来に、必然、他サーヴァントと接触し刃を交えることになる。
  そして、その狂おしい正義の鉄槌を持って他者の願望に殴りかかってくれる。
  頼もしいことじゃないか。ありがたいことじゃないか。
  そうやって誘発される争いと犠牲こそが、アサシンの望むところだ。生き残れるよう細々と助けさえすれ、害してなんの特もない。
  アサシンは、彼女らを通して他の主従を確認し、時には彼女らを助けながら、彼女らが力尽きるその時まで彼女らの聖杯戦争を眺め続ける。
  もし、彼女らが死の淵に立ったならば……その時はまた、他の参加者に止まり木を変えるだけだ。

  他の参加者。
  その存在を思い出し、ため息を一つ零す。
  開幕初日の朝っぱらだというのに血気盛んな参加者たちが色々な方面でいろいろな事件を起こしている。
  というより、開幕以前から厄介事ばかり起こしている。
  今アサシンが注目しているセリュー・ユビキタスだけではない。
  もう一人の討伐令の相手、遠坂凛とバーサーカーは、大々的にニュースで取り上げられるほどに無辜のNPC大虐殺している。
  更に『局地的な気象異常』。『肉体を細分化された死体』。『ヤクザの事務所を壊滅させたメイド』。『黒いクラゲのような頭の人間』。『巨大なハンマーで頭を潰された死体』。『街中を走る馬』。大きな異変から小さな違和まで、数え上げればきりがない。
  これらと無力なマスター一人に身ひとつ水晶玉一つで対等に渡り合えというのだから、聖杯もなかなかの無茶を言うものだ。


61 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:31:43 JCowXsZc0


  戦争の開始が告げられた今日の0時からだけでもNPCたちの情報網には新しい情報が引っかかり続けている。
  特に目を引いたのは落合方面で起こった朝の怪事件。『輪切りにされた自動車』について。
  見惚れるほどの切断面で、自動車がまるでゴボウかキュウリかというように輪切りにされていた(これもまた、NPCを通してアサシン自身確認してある)。
  その一切の曇りのない、まるで鋼の目にそって裁断鋏を当てて走らせたような切断面を見てアサシンが得たのはようやくの確信。「ああ、やっぱり」の一言。
  ただしこの「ああ、やっぱり」が指すのは「やっぱり規格外が多いな」のやっぱりではない。
  「やっぱり居た」。
  いつか知ることになるだろうと思っていた人物の存在をに対する確信を、そこでようやく掴んだ。
  お茶請けに用意した市販のせんべいをかじる。
  「コーヒーに合う」と書かれている割には、塩味が濃すぎる気がした。

  アサシンがその存在に触れたのは、大久保の図書館司書をやっている女性NPCの髪を手に入れて、彼女経由で図書館に侵入して色々な逸話について調べた時のことだ。
  予選期間中に聞こえた様々な噂の中から逸話を探す折、当然、最も目立つ怪異についても調べる運びになる。キーワードは『メフィスト病院』『神業の医師』そして『美形』。
  説明するまでもない、あの、K義塾大医学病院とそっくりすげ変わっていた『メフィスト病院』なる陣地についての探りだ。
  驚くほど大雑把な情報なので候補だけでもと思っていたのだが、それが思わぬ形で大当たりを引いてしまった。
  魔界都市<新宿>の医師、即ち『魔界医師メフィスト』。ご丁寧に病院名それ自体が真名だったらしい。
  つらつらとまとめられた情報に目を通し、そこで何度も一人の名前に当たることに気づく。メフィストの逸話に多く登場した名。『秋せつら』。
  メフィストとの交渉時に役に立つかと思ってメフィストと同時に彼の逸話も探ってみると、有益な情報が手に入った。
  この世界とはまた別の<新宿>について。
  そして<新宿>という奇妙な土地と、それを上回るほどの奇縁に結ばれた二人の男の伝承について。
  彼ら二人こそ別世界の<新宿>で舞台を回す主役だったようだ。
  彼らの情報を知り、アサシンが抱いたのは三つの予感。
  ここが<新宿>であり、魔界医師メフィストが居るならば、二枚看板の片割れであるマンサーチャー秋せつらもまたここにいるのではないかという直感。
  もし彼らが居るならば『彼らに触れてはいけない』という生存本能にも似た予感。
  そして、もし彼らが居るならば『近いうちに彼らに会うことになるだろう』という、アサシンの計略。

  その一つが今、肯定されようとしている。
  鮮やかに切断された車、通常の刃物での犯行はない。もっと細く、そして強い、現実には存在し得ない『糸』による切断。彼らの伝承を見た今ならば、その可能性を当然考慮する。
  そして、残りの二つもまた、現実味を帯びだした。


62 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:32:36 JCowXsZc0


  ここが<新宿>である以上、二人の役者が揃っていることは想像に難くない。
  しかし、それが肯定されたことでここで無視できない案件が生まれてしまった。
  それは彼らの持つ『特異性』。
  二人は医師として・人探しとしての類稀なる才能の他に二つ、天から才能を与えられている。
  一つは言うまでもない、戦闘能力だ。この二人はべらぼうに強い。もしなんの前準備もなしに相対すれば、一瞬でなますにされることは最早計算の範疇と言ってもいい。
  ただ、戦闘力はこの際無視する。他の参加者に対しても正攻法ではどうあがいても勝てないのが分かりきっているのに、それでも面と向かって戦うことを考えるのは馬鹿のやることだ。

  戦闘力ではない。神が二人に与えたもう一つこそ、アサシンの最も警戒するもの。
  すなわち『美しさ』。
  たかが美しさと侮ってはいけない。
  逸話によるとその二人は、あの美しい月だろうと醜い痘痕面(あばたづら)まで貶すほどの美貌の持ち主らしい。
  しかも、髪は生糸のようにたおやかで、艶めいていて、しゃらりと揺れればそれだけで人の心を締め付けるとか。
  これは非常に危険だ。
  美貌の方はまだ対応できる可能性がある。魔法少女はほとんどの代謝活動が大幅に減退しており、性欲もさっぱり減退してしまっているので、異性からの魅了の類はある程度軽減できると予想できる。
  完全に無効化はできずともAランクと非常に高い魔法少女性を持ってその魅力が軽減ができるなら、アサシンの魔法で逃走は可能だ。
  ただ、髪の毛の方は拙い。非常に拙い。
  自分で言うのも何だが、アサシンは堪え性がない。生前、計画の途中で髪に目がくらんで手を出してしまい、その結果襲撃を察知されることになった、なんていう情けない逸話も残っている。
  もし、そこまで上等な髪を一目でも見てしまったら、アサシンは耐え切れるだろうか。
  ……きっと耐え切れない。アサシンは自分のことをよく分かっているから、取り繕うつもりはない。
  アサシンの方針上警戒すべきは、『自身が予期せぬ形で相手の前に引きずり出されること』だ。
  そして、アサシンにとって美しい髪とは、全てをなげうってでも飛びつきたい至上の餌だ。
  当然、その世にも美しい<新宿>の住民たちは、他の参加者とはまた違う意味でのアサシンの天敵となる。
  時が満ちるまでは彼らを視界に入れることすらしてはならない。

  だが、だからといって無視はできない。
  むしろ、<新宿>で聖杯戦争をする以上、彼らとの関係は切っても切れないだろう。
  再現された<新宿>に呼び出された、再現元の<新宿>を見つめ続けた者。
  彼らを呼び出す人物とは、どのような人物であり、どのような願いを持ってこれに挑むのか。
  <新宿>を象徴する二人を呼び出す程だ。この聖杯戦争において相応の存在であると見るべきだろう。
  だからこそ、アサシンは優勝を狙う以上彼らの実情を知り、その動向を探り、その行く末を水晶玉に重ねる必要がある。そう判断した。
  いつか。そこまでは分からない。
  ただ、アサシンが参加者としてこの聖杯戦争に関わっている以上、そう遠くない未来に、アサシンは『秋せつら』か『メフィスト』か、そのどちらかに会いに行くことになる。

  ならば当然、会いに行く準備を整えておく必要がある。
  今は視界に入れることすらままならずとも、道筋だけは確保しておき、ホットラインを繋いでおく必要がある。
  居場所が『早朝時点で落合周辺に居た』としか分からない秋せつらは無理だろうが、居城を晒しているメフィストについては、早めに手を打っておいたほうがいいだろう。


63 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:32:48 JCowXsZc0


  どうやってホットラインを用意するか。
  とくと考え、水晶玉に向き合う。
  例えば……
  三度チャンネルを切り替える。  
  スーツに身を包んだ名前も知らない男性が歩いているのが見える。
  彼がもし、『不慮の事故』を起こせば。
  彼は善意の一般人によって呼ばれた救急車に乗り、近場のメフィスト病院へと搬送される。
  そうすればアサシンはこの場にいながら病院の中を監視することが出来るようになる。
  搬送作業を行っている人物の髪の毛を一本頂戴する。もしくは看護婦の髪の毛を一本拝借する。
  そうすれば、勝手に動きまわってくれる新たな偵察が完成する。
  労せず病院内の情報を手に入れる下地ができる。メフィストという人物について知る機会が格段に増える。
  だが、そんな『不慮の事故』が偶然起こってくれるはずがない。

  ため息をまたひとつ。
  水晶玉を眺めながらせんべいをかじりつつコーヒーを飲む。
  やはりこのコーヒーは味が合わない。砂糖やミルクで味を調整してみるべきか。
  この戦争がいつまで続くかは分からないが、まだ買って一二杯しか飲んでいないから、これからしばらくはこのコーヒーと付き合っていかなければならない。
  再び水晶玉に目を向ける。角度を切り替えて周辺を見る。人目はない。そして丁度のタイミングでトラックがウィンカーを出しながら走ってきている。
  傍においてあった物を手に、素早く水晶玉に手を入れて抜き出す。
  映像を確認し、もう一度水晶玉に手を入れ、向こう側においてきたものを回収する。


64 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:33:04 JCowXsZc0


「んー、おはよー」

  不意に声をかけられた。
  振り返ると、パジャマを着た北上が目元をこすりながらこちらに歩いてきていた。

「おはようございます。いつもより少し早いですね」

「ん、なんか目が覚めちゃってさぁ」

「通達があったからかもしれません。戦争が始まったので気をつけてくださいね」

  へらりと笑った北上に、預かっていた『契約者の鍵』を渡す。
  北上は物珍しそうに翳したり透かしたりしたあとで、通達の内容を確認した。

「うわ、なにこれ……三百人くらい死んでるじゃん」

「非道い事件もあったものです。マスターも注意してください」

「注意ったってさぁ、NPCを無差別に殺すってなると、もうどうしようもなくない?」

「そうなったら、全力で逃げ、令呪を持って私の名を呼ぶんです。私を呼んでくれれば、たとえそこがどこであろうとマスターを救ってみせます」

「救ってみせる、ねえ。でも、アサシンって―――」

  北上の言葉を遮るように、遠くで救急車のサイレンの音が響いた。
  北上が、そして北上に釣られる形でアサシンも、音の方を向く。

「……何かあったのかな」

  北上が不安そうな声をあげた。
  だが、アサシンはさほど困惑していなかった。
  この街において救急車が動いているということは、間違いなく相手は生きていると断言できるからだ。
  今はどうあれ、救急車で運ばれた先のメフィスト病院で確実に完治して明日には動き出すだろう。
  そのことを告げると、北上はまたへらりと笑って「まるで高速修復材だ」とよく分からない感想を漏らした。


65 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:33:37 JCowXsZc0


「こんな朝早くに災難だね。死なないだけましかもしれないけどさ」

「ひょっとすると、どこかの男性が出勤途中で石にけつまずいて事故に合われたのかも」

「なに、その具体的な例」

「例えばですよ、例えば」

  笑ってみせると、北上も眠そうな目で笑った。少しは緊張もほぐれたらしい。

「ところでアサシン、その石なんなの」

  北上が、アサシンの傍に置いてあった人の頭ほどの大きさの石を指して問う。
  「ああ、これ」と石を持ち上げ、靴墨のようなものが付いているのに気づいた。
  この程度で確たる証拠にはならないだろうが、一応消しておこう。
  持ち上げるついでに靴墨の汚れを拭き取り、和やかな笑顔で答えた。

「日中に漬物を漬けようかと」

「ちょっとぉ、戦争の方はいいの? 始まったんだよね?」

「もとより、能力が一回りも二回りも劣る『暗殺者』のクラスは序盤に動きまわるのを得意としません。
 しばらくは諜報に徹し、他者が疲弊するのを待つのが得策なのです」

  幾分噛み砕いて説明すると、北上は納得したように笑った。
  ひょっとすると、やる気のない人間の言い訳として受け取られてしまったかもしれない。

「嘘じゃありませんよ。これは立派な作戦ですから。マスターにもいずれ分かってもらえるはずです」

「はいはい。信じてるよ。いざとなったら救ってくれるってのもねー」

  北上はまた笑った。
  動きに合わせてしゃらりと髪が揺れる。
  愛らしい笑顔に愛おしい髪。そして、アサシンに深入りしない大らかな性格。
  本当に、いいマスターに巡り会えたものだ。


66 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:35:20 JCowXsZc0


  北上と詳しい情報交換するつもりは、今はまだない。
  予選期間中に起きた事件に関しても『テレビで入手できる範囲まで』しか伝えていない。
  最低限、『令呪が刻まれている背中は誰にも見せないように』と『人の流れに逆らわず歩くように』、そして『窮地に陥ったら令呪を何画使おうと生き抜くことを優先するように』『黒衣礼服のバーサーカーを見つけたらなりふり構わず逃げるように』だけは伝えてある。
  これを守っていれば、即座に相手に殺されるということはない。北上に望むのは、今のところそれだけで十分だ。

  彼女がアサシンの集めた情報を知ると逆にこちらの不利に働く可能性のほうが高い。
  敵が出た時に余計な行動を起こせばそれだけで殺されてしまうかもしれない。
  彼女に望むのは、NPC北上某としての生活だけだ。流れに棹さすことなく、他のNPC同様流れ流れてくれればいい。
  生半可な精神で戦争に参加してはいけない。戦争に参加させないと決めたならば、一切かかわらせないべきだ。
  戦争が始まったからこそ、ノンキに高等学校に通うべきだ。
  聖杯戦争というものを舐め腐り、慢心し、平和ボケを重ねることで、徹底的にNPCに擬態するべきだ。
  およそ全ての参加者が抱いている緊張感を無視し、戦闘の意識なんか持つことなく優勝というぼたもちが棚から落ちてくることを待ち続けるべきだ。

  高等学校という場所は、なかなかどうして便利が良い。人目が多く、不用意に襲撃した場合関係のない被害者が出る可能性もまた高く、そして何かあった場合マスコミの追跡も過激。
  NPCを無闇矢鱈に殺せばどうなるかが通達された今、襲撃場所として選ばれにくい場所を考えるなら学校施設は上位に入るだろう。
  だからあえて、高等学校に通わせ、日中は他のNPC同様の生活を送ってもらう。
  理想は、彼女がNPCという仮初の殻から抜けださずに戦争が終わること。
  彼女がマスターであると誰も気づくことなく、彼女自身がマスターとしての自覚や確固たる信念を得ることなく戦争を終えること。
  その理想を遂行するためには、彼女がNPCでありつづけられる土壌作りが必要だ。

  セリュー・ユビキタスを陰ながら助力するのも、秋せつらとメフィストに会いに行くのも、やや婉曲ながらそこに繋がっている。
  セリューが暴れれば暴れるほど、市井の高校生北上某は影に埋もれていくことになる。非常に都合の良い目眩ましだ。
  魔界都市の住人たちから<新宿>という都市の深淵に触れることができれば、彼らを呼び出した人物からその願いを聞けば。
  現在はたんなるNPCである北上某にどこまで踏み込ませるかのセーフティを更に明確に出来る。


67 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:36:14 JCowXsZc0


  勿論、いくら上手く無辜のNPCに化けていようと討伐令を受けている遠坂凛組のような無差別殺人鬼が現れればひとたまりもない。
  だが、北上を救う方法もまた、確立してある。
  北上の髪の毛は左手の薬指に結んである。
  なにかあればこの髪の毛を使って北上をこちら側に引き摺り戻す。
  逆にアサシンが何かに襲われれば、北上の元に飛び込む。
  どちらもピンチなら、アサシンが別のNPCの元へ行き、北上を引きずり込む。
  そこも駄目なら別の場所、ダメなら次、ダメなら次の次。
  アサシンの武器はマスターと自身を窮地から逃す力と、瞬時に移動できる十個の拠点。
  集めた髪の毛は目についたもの全部。確認した髪の持ち主は公務員からホームレスまで。
  つまり移動できる拠点は各公共施設から、路地裏のホームレスのたまり場まで。<新宿>の端から端まで。場所の位置も方向性も多様を極めてある。
  非力さ故に居場所が割れれば不利になる暗殺者のクラスとしては及第点だろう。

「それじゃあ、朝ご飯の用意をしますね」

「んー」

  出歩く機会を最小限に抑え、人目にも触れないよう気を払い、いつかのように水晶玉を手放すような失態を演じることはない。
  北上の髪だって予備を何本も拝借した。(その際少し味も楽しんだが、これは役得だ)
  アサシンの魔法は、対象の髪の毛と水晶玉さえあればたとえ対象が別次元に居ようと、電脳世界に居ようと、虚数空間に逃げ込もうと、こちら側に引きずり出すことが出来る。
  この黒曜のように輝く北上の黒髪は、かの『妖糸』ほど強くはないし、針金ほど固くはない。
  だが、この髪の毛数本分の絆を断たないかぎりは、誰も北上とアサシンを引き離すことはできない。


68 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:37:55 JCowXsZc0

【歌舞伎町・富山方面(新宿三丁目周辺、北上(ブ)の暮らす安アパート)/一日目 早朝 AM7:55】

【北上@艦隊これくしょん(ブラゲ版)】
[状態]寝ぼけ
[令呪]残り三画、背中中央・艤装との接合部だった場所
[契約者の鍵]有(ただしアサシンに渡してある)
[装備]最寄りの高等学校の制服
[道具]なし
[所持金]戦勝国のエリート軍人の給料+戦勝報酬程度(ただし貯金済み)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯が欲しい
1.アサシンにまかせて普段通りの生活を続ける。
2.危機に直面した場合、令呪を使ってでも生き延びる。

【アサシン(ピティ・フレデリカ)@魔法少女育成計画】
[状態]健康
[装備]魔法の水晶玉、NPCの髪の毛×8、北上の髪の毛、セリュー・ユビキタスの髪の毛
[道具]NPCの髪の毛を集めたアルバム、北上の髪の毛予備十数本、セリューの髪の毛予備一本、契約者の鍵
[思考・状況]
基本行動方針:北上の願いを肯定、聖杯を渡してあげたい
0.北上の周囲を警戒。なにかあれば北上を引き戻す。
1.情報収集に徹する。しばらくはNPCを用いた情報収集の傍らでセリューを眺めて楽しむ。
2.秋せつらもしくはメフィストとの早期接触が目標。そのためにも彼らのさらなる情報を収集。
3.頃合いを見計らってメフィスト病院に送り込んだNPC越しに病院内の諜報体制を整える。

[備考]
※セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)を一方的に確認しました。しばらくは彼女らを陰ながら助力する方向で動きます。
※予選期間中に起こった事件のうち、NPCが認知している事件は全て網羅してあります。
※図書館司書NPCの髪の毛を持っているので、司書の勤務中はいつでも図書館に忍び込めます。帰るのにも不都合はありません。
※NPC越しに妖糸による車の切断痕(浪蘭幻十)を確認しました。ここが<新宿>であることやメフィスト病院の存在を鑑みて『秋せつら』が呼び出されていると半ば確信しています。
 ただし、浪蘭幻十についてはまだ辿り着いておらず、切断痕が幻十のものだともまだ気づいておりません。
※秋せつら・メフィストの逸話を知りました。真名・武器・美貌など伝承に残っている部分に関しては把握しています。
 彼ら二人は『要警戒対象』であると同時に『接触の必要あり』と判断しています。
 髪の魅力には耐え切れないと確信しているので、時期を見計らいます。
※髪を回収しているNPCに『偶然の事故』を起こし、『メフィスト病院』に送り込みました。


69 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/03(木) 13:39:18 JCowXsZc0
投下終了です
タイトルは「未だ舞台に上がらぬ少女たち」でお願いします。

また、作中図書館を情報検索施設として利用しましたが、もし本聖杯にそういう機能がない場合別の方法考えますので>>1氏は一言お願いします。


70 : ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 21:39:08 CAQVtJcc0
感想をば

>>心より影来たりて
やはり、遠坂邸を調査に来るキャラクターは一人や二人、絶対いるよなぁと思いますね。
あれだけ目立つ事して、しかも邸宅が区内にあるのならば、聖杯戦争参加者は様子を見に行くと思います。それを最初に聖杯戦争開催後に、荒垣ペアがやりましたか。
自分の魔法士としての特性を活かして、監視や、凛が仕掛けた仕掛けを掻い潜り、凛についての物品を調達するイルの描写が、
実にスパイに適したサーヴァントっぽくてらしい。こう言う使い方を当然するよなぁ、と感心させていただいた次第です。
一方で、一人待機状態の荒垣先輩の所に現れた、ジェナが撒いた種であるチューナーのギュウキと、それを手玉に取る荒垣さんの圧倒的強さ。
ペルソナ使いとしての強さと、それを下ろした人物の強さと言うものが描写されていて、実に面白い。
遠坂邸に残された証拠から、遠坂凛と言う人物のパーソナリティと、呼び出したサーヴァントの性格を推理。
そして、チューナーを<新宿>にばら撒いたジェナとの因縁が、今後どうなるのか、見物ですね。期待しております。

ご投下、ありがとうございました!!

>>求ればハイレン
せつらや幻十と言った生前からの付き合いがあるサーヴァントを除けば、現状一番関わりが深いとされる不律&ファウストペア。
その方針上、絶対に聖杯を手に入れなければ行けない不律にとって、メフィストは当然討たねばならないサーヴァントでもありますが、同時に、
現状では唯々諾々と従わねば行けない上司である、と言う不服感が、かなり伝わってきますね。
しかしその一方で、メフィストの技術と彼の宝具であるメフィスト病院の事をこれ以上となく、医者の観点から認めていると言う、自己を冷静に内観する冷静さも、
また不律らしいと言うべきでしょうか。現在彼は、タイタスの毒牙に掛かった夕映を治療していますが、この分だと、この裏ではアレが糸引いてる事が解るのもすぐですね。
近い内にこの病院には、<新宿>が誇るもう一人の優れた医者である永琳が来ますが、その時には如何なる事でしょうね。

ご投下、ありがとうございました!!

>>未だ舞台に上がらぬ少女たち
NPCに不慮の事故(大嘘)を起こしておいて、いけしゃあしゃあと自分が観察していたNPCが死んで心が痛むなんて、よくそんな事言えますね……。
原作でも様々な局面で暗躍を繰り返し、その魔の手が伸びていなかった作品の方が少なかった位、場を掻き乱して来た魔法少女であるフレデリカの、
真正の腹黒さと計画の立案能力が窺える、素晴らしい話だと自分は思いました。
自分は<新宿>で何が起っているのか、と言う事実をリアルタイムで観測出来、結構情報も集まって来たのに対し、肝心のマスターには集まった情報を一切教えず、
普段通りに生活して貰う、と言う、一見すると無体に見えるけど、実際は結構理に叶った作戦な当たり、やはりただ者では無さがハッキリしている。
この主従は<新宿>においても戦闘能力は低いですけれど、その宝具はハマりさえすれば本当に凄まじい、尖った性能の宝具ですので、本文中にもある通り、
何とか交戦を避けつつ、強いサーヴァントには強いサーヴァントと戦って貰い、数を減らさせて貰う、と言う作戦が何処まで通用するのかが、ポイントになりそうですね。

ただ、当企画の<新宿>には、参戦主従の情報を得られる図書館のような施設は存在しない為、それに関する記述とそれを用いた情報周りの描写を修正して頂ければ、非常に助かります

ご投下、ありがとうございました!!


71 : ◆zzpohGTsas :2015/12/03(木) 21:40:06 CAQVtJcc0
自己リレーを含みますが、現状書ける人物が、恐らく企画主の自分以外に居ないと考えました為に、予約を致します

ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
一之瀬志希&アーチャー(八意永琳)
不律&ランサー(ファウスト)
ルイ・サイファー&キャスター(メフィスト)
北上&モデルマン(アレックス)

を、予約させていただきます


72 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/03(木) 22:57:36 kWCIYjNs0
>>19の予約を延長させていただきます


73 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/12/04(金) 03:25:18 .V8pRbFM0
修正の件了解しました。
wiki掲載分を修正後、修正のあらましについて此方で報告させていただきます。
その際はお手数ですが確認をよろしくお願いします。


74 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 12:48:42 BHs6evN20
皆様投下乙です

>死なず学ばず、死んで学ぶ者は誰?
レイン・ポゥの原作での来歴が気になる導入から脳筋・身体はメカのマスター登場!
純恋子様への辛らつな評価に笑いましたが、流石に金持ちだけあって情報収集も精度が高い
しかし得た情報を元にそいつらを(アサシンで)殴りにいくというのが困りものですね
レイン・ポゥの災難に期待が高まります!

>Brand New Days
東方キャラの中でもトップクラスに頼りになる永琳と、友達が酷い目に遭ってしまった志希
珍しく荒事に耐性がないマスターだけに、この新宿での先行きがとても不安ですね…
続々とメフィスト病院に関わっていく主従たちの中でも、永琳が魔界医師とどう関わっていくのかは目が離せない
9歳のアイドル〜いいな〜

>新宿のブランチ
飯テロォ!
同じ庶民的な値段の食事でも、ちょっと危なそうな店でカレーを食う奴からタンメンをワープさせる奴まで色とりどりだぁ…
純恋子様はおやつや人形にも浪費を欠かさないお方、凛に黄金律をちょっと分けてあげて欲しい
ジョナサンの改善されたテーブルマナーは原作ではこれから見れるぞ!って時にディオの生首が来て中断されたので子供達に教える様子が新鮮でした!

>心より影来たりて
アサシンのサーヴァントの中でも珍しい、電子的な能力を持つイルの行動が興味深い
凛の境遇を知りうる手がかりを得られた荒垣は暗躍する者たちの策謀を止めることができるのか
自分で制御できない力を持つ者への憤りが印象的でした!

>餓狼踊る街
美貌描写の安定感もさることながらやはり圧巻なのは、メフィストの医療技術の描写。
神業という言葉すら生温い術理の極致、あの凄絶な過去を持つウェスですら「先生」と呼んでしまうのにも、ただただ納得あるのみ
番場ちゃんは完治してよかったですがチャームポイントの傷跡も消えてしまった!しかも起きたら追い出されるぞ
閣下は何を企んでいるのか、とにかく不気味です……シャドームーンですら驚愕するその正体とは一体!?
シャドウラビリスは換金されてしまいましたが、メフィスト病院の腹の中に潜り込んだのがどう作用するのか…先が気になります

>求ればハイレン
この聖杯戦争の中で目立つグループの一つ、医者組の一人のお話ですね
不律がかなり物騒な思考をしていて、風雲急を告げそうなアトモスフィアをビリビリ感じます
墓場送りにする奴等が多いので、新宿で一番NPCを病院送りにしているのはタイタスなのかもしれない、とこのSSを呼んで感じました

>未だ舞台に上がらぬ少女たち
フレデリカ怖い、まほいく怖い
このSSを読むだけでも原作の黒さがはっきり分かるのですがそれは…
髪を媒介に遠隔視、というだけでなく、視ているところに手を伸ばせるのは凶悪すぎる
直接対決に向かないサーヴァントがどこまで聖杯戦争を支配できるのか、という観点から、彼女には大注目です


予約分を投下します


75 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 12:50:54 BHs6evN20



「ごちそうさまでしたっ!」

「いつもより、少し早いな」

食卓に響く合唱の余韻が消えるより早く、食器を重ねて立ち上がる。
一刻も無駄に出来ぬとばかりに台所に走り、食器を洗い始めるセリュー・ユビキタス。
それを無感情な、爬虫類の瞳で見つめる異形の男の名はバッター。
迅速に洗浄を終了し、水切り棚に食器を乗せてから洗面台へ歯を磨きに向かう己のマスターを見つめながら、彼は鼻腔を鳴らした。

「気が急いているのではないか、セリュー」

「もごもご……」

「昨日と今日の差異は、俺達の内にはない。外界の変貌に対応するためには、俺達は一定でなくてはならない」

バッターに話しかけられ、慌てて水を含んだ口を動かすセリュー。
ぷはぁ、と息を継いで口元を拭い、バッターに向き直る彼女の目には、確かに焦りが宿っているように見えた。

「はっ、はい。緊張してるのは否定できませんね……普段通りにすればいいって分かってはいますが!」

「お前の目的に対する克己心は好ましい。だがそれも過ぎれば任務に支障を来たすことになる」

「平常心、ですね!」

ビシッ、と敬礼を決めるセリュー。大きく深呼吸をして、ズサァァァ、と擬音が立つ勢いでちゃぶ台の脇に座り込む彼女は、落ち着く時でも全力だった。
当然のように正座しながら真剣な表情で正義への熱い思いを巡らせる彼女を見て、バッターはこれもこれで平常か、と頷いた。
数分の沈黙の後、バッターの顔色を窺うセリュー。余人が見ても分かるべくもない、狂人なりの平静を見て取ったバッターが口を開く。

「今日は、図書館に行く予定だったな」

「はい、この本を返さなければいけないので!」

セリューが取り出した、法律や警察権に関する数冊の書籍には、蔵書印が押されている。
警察官を目指して上京した蛍雪の功持つ女性、というロールのセリューに割り当てられていた住居には、当初より設置されていた物品であった。
掃除の際にその存在に気付き、一通り目を通した後で巻末に貼られた貸出期限の記録簿を見て返却の義務がある、と悟ったセリュー。


76 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 12:51:47 BHs6evN20

「連絡をしてみればこれ、本来貸し出せない種別の物を特別に預けていただいているらしくて……」

「便宜を図った労力に報いないのは、正義の行いとは言えないか」

「仰るとおりです! 借りる期間を延長するほど、興味を引く内容でもありませんでしたし」

あけすけに語るセリュー。バッターはそうだろうな、と心中で呟く。
多少の異状はあれど、現代日本を基幹とした<新宿>においてセリューのロールが目指す警察という機関、引いては国が持つ常識 = 世界観は、その水準に則ったものとなる。
民事不介入の原則がある時点で、セリューが列席を保てる組織ではないのだ。
彼女はむしろ積極的に民の抱える問題に首を突っ込み解決する事を生きがいとするタイプであり、属していた機関はそれを容認・助長するものであった。
己を改める気など毛頭ないセリューにとって自身のロールは完全に形骸化しているといっても過言ではない。
日々のニュースを見て、国や警察の不祥事とそれを正せない現実を覚知したセリューの表情は、それを思い出すたび曇りを深めていく。
元居た世界では決して見ることもなかった、セリューにとっては存在しない事象である。

「私がもっと頭がよければ、こんな悪法に惑わされているこの国の民の方々を助けてあげる事も出来たんでしょうか……」

「それはお前の任務でも、俺の任務でもないな。俺達には決して余裕はないぞ、セリュー」

「そうですね! 聖杯なんて物に頼らず、世界を正義に満ちたものにする為に戦う……それが私とバッターさんの使命でした!」

ばっさりと逡巡を断ち切るバッターの簡潔さに、セリューは我に返る。
脇道に逸れそうになる人間とそれを導く先達は、全くもって真っ当な関係と言えた。

「ああ、連絡といえば……」とセリューが携帯電話を取り出す。
化石のような旧機種のそれは、固定電話のない安アパートに住むセリューが契約から二ヶ月完全無料、という謳い文句に引かれて取得した端末である。
自身には想像すら出来ないほど電子機器が発達した<新宿>においても、この小さい機械で遠隔地にいる人間と意思疎通が出来るという事実は白眉の驚愕をセリューに与えていた。
半ば衝動買いのように入手した後で、自分がこの街で会話する相手がバッターしかおらず、己がサーヴァントとは念話で十分事が足りる事に気付いたという落ちなのだが。
それでもこの携帯のおかげで、セリューの情報収集や行動の幅には格段の広がりができた。
特別な権限や卓越した対話力があるわけでもない彼女だ、初期には聞き込みにもいまいち成果が上がらない事が多かった。それを補う為の役に立ったのだ。
ソーシャルメディアを利用するのはハードルが高かったが、匿名の掲示板などを端末から閲覧する事で、街の噂を知り、自分の足で確認するという手法。
そしてもう一つ、そういった掲示板にえっちらおっちら書き込みをしている中、出会い系じみた流れでセリューが通話による交流を持った男性が一人居た。


77 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 12:52:50 BHs6evN20

「ふーむ、電話はかかってきていないみたいですね……"るすでん"というのも、……なし、かな?」

「例の"足長おじさん"か。顔が見えない相手だ、それほどアテにはしないことだ」

「でもあの薄汚いマンションの情報といい、あの人は信頼できる方だと思いますよ!」

先日、悪の巣窟たるヤクザマンションを全滅に追い込めたのも、バッター言うところの"足長おじさん"からの無償の情報提供の甲斐あっての成果だった。
病院施設に逗留しているとの事でセリュー側から連絡することはできないが、時たま通話や留守録で世間話や新宿の危険なスポット(セリューにとっては狩場であるが)を教えてくれる彼に、
セリューはかっての師オーガ、その友人で自分に力を与えてくれたDrスタイリッシュ、そして最も尊敬するバッターに次ぐ信頼を感じていた。

「あっ、そうこうしている内にもう8時ですね、バッターさん! 図書館が開くのが9時ですから、そろそろ出かけないと!」

「図書館の位置は大久保か。歌舞伎町ほどではないが、ここから歩きでは少し遠いな」

「免許証がありますよ。これを使って、自動車というのに乗せてもらいましょうか? 20枚くらいあるから、行き帰りで2枚くらいなら使っても」

「この国の交通はそういう仕組みではない。電車を使うべきだな」

「そうなんですか! この街は私がいた帝都とは勝手が違いすぎて色々戸惑いますね……」

ちゃぶ台の上に置かれたのはセリューが殺したヤクザから強奪し、人別帳代わりにして次の標的を定める為に使っていた免許証の束。
バッターが僅かに首を傾げる。彼のマスターが清貧生活を送る理由の多くは、この紙片と最低限必要な武器以外に、殺した相手から金銭や物品を奪い取らない事にあった。
それどころか初期には、「悪党が不当に貯めこんだお金は、国庫に返還されるべきですよ」と語り、あろうことか警察機関に連絡して回収を依頼しようとしていたものだ。
バッターとしては生前……といっていいのかはともかく過去の経験から、浄化した相手にとって不要となった金品を奪うことは当然の権利だと考えるのだが。
文明への理解はバッターの方が深いだろう。社会への理解はセリューの方が常人に近いだろう。
しかし二人は共に、致命的に普通人からかけ離れていて、それでいてどうしようもなく、俗世からは解脱できない存在なのだった。


78 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 12:54:24 BHs6evN20




……俺が刑事になってから数年になる、と思うのだが。
張り込みというものは、何度やっても退屈で自分の人生を浪費させられているように感じるものだ。
しかも非番の日に、大量殺人鬼の塒を、明らかに危険であると知っていて、一人で張り込むとなれば、諸行の無常を嘆かずにはいられまい。

「まったく、世の中って奴は……」

だがしかし、今朝方入った情報を知った後では、休日の返上も止むを得ない。
刑事という職についていたのは全く持って幸運だった。他の誰よりも先んじるチャンスを得られたのだから。

セリュー・ユビキタス。この帰化外国人こそが、<新宿>を震撼させている大量殺人事件の一つ、「歌舞伎町マンション殺戮」の犯人である事を知るのは、新宿警察署の人間くらいのものだ。
防犯カメラの映像が残っていることから完全に断定されているにも関わらず、それが公表されていないのには、とても奇妙な事情があった。
重大犯罪に対し、警察組織はできる事ならば極秘裏に捜査を進め、犯人逮捕と同時に会見を行うことで自分たちの行動の成果を市民に示すといった結果を望む。
セリューに対してもそれは同様で、凶悪な殺人の手口を鑑みて十分過多な人数を動員し、万全な装備を整えての突入・制圧作戦が行われた。
しかし結果は、作戦に参加した全署員の行方不明という結果に終わる。あまりの異常事態に上層部は体勢を立て直すのに大わらわ、当然セリューを刺激するであろう大本営発表にも二の足を踏む。
暴力組織が関わる一件だけに、セリューの情報を完全に秘匿し、署内から外部に漏らさないようにしていたのが不幸中の幸いだった。
万が一裏社会の連中に知られることになれば彼らが報復の為に動き出し、現状なんとか捕捉できているセリューが拠点を移して『第二の遠坂凛』にもなりかねなかっただろう。
新宿警察署という組織が全霊を尽くして情報を隠匿すれば、ヤクザたちに情報が渡る事を防ぐ事は可能なのだ。大量殺人が多発し、署内で非常事態宣言が発令されているからこそでもあるが。

「もっとも、それはあちらも同じ事だろうけどねぇ」

異常な事態に突き落とされた<新宿>において、暗然と存在していた個人レベルでの警察と極道の温い癒着は完全に消滅していた。
平時に両陣営を行き来していた、利害関係を壊しすぎないリークが、今ではまるで回ってこない。
極端な物の言い方をすれば、<新宿>は紛争状態に片足を踏み込んでいるのではないか、と思えるような混沌に支配されているのだ。

「……出てきたか」

帝都の明日を憂う間もなく、安アパートの一室からポニーテールの可憐な少女が飛び出してくる。
肩掛けバンドがついた竹刀袋を背負い、世界に対して何一つ恥じる事などない、とばかりに胸を張り歩くその姿に、暗い犯罪の色を見て取ることは不可能だろう。
車道に走り出ようとする子供の首根っこを掴んで止めては諭す生真面目さ、横断歩道に踏み入っては老婆の手を引く優しさには周囲から微笑ましい視線が送られている。
虐殺の映像が残っているにも関わらず、あれは何かの間違いなのでは、と思ってしまうほど完成された擬態だ。
それでも、尾行には細心の注意を払う。数少ない報告ではセリューは尾行に気付き、撒こうとするような様子は一切見せた事がないとのことだが、間違っても油断していい相手ではない。


79 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 12:55:54 BHs6evN20

「遠出するみたいだな……面倒くせえ」

最寄の駅に向かっている事を察し、盗聴防止の対策を施した端末を取り出して通信、その旨を伝える。
きょろきょろと周囲を見回し、他の客に倣って切符を買うセリューの後方に回り、どのパネルを押しているか確認、「新大久保だ」と通達。
何食わぬ顔で同じ切符を購入して、同じ車両に乗って移動する。まさかここで殺しをおっぱじめないだろうな、と心配だったが、それは杞憂だった。
痴漢を見つけて捕らえ、駅員に突き出した以外は特に何事もなく新大久保駅で降りたセリューは、地図を広げながら休む事なく歩いていく。

「挙動にブレがない女だな……逆に薄気味悪い」

どうやら区立図書館に用があったらしく、ガラス張りの自動扉をくぐって丁度開館した施設へ入っていく。
駐輪場に放置され、撤去予告の張り紙が貼られた自転車の脇にしゃがみ、錆びたチェーンに携行していた油を注す。
長い用事ならまたここで張り込みだな、と思わず溜息が出たが、幸いにもセリューは数分で図書館を後にした。
駅とは逆方向に歩いていく……好都合だ。後姿がかろうじて見える、程度の距離が開くのを待ってから尾行を再開する。
まったく、単調な足取りだが、単調こそ順調の証。セリューに、じわじわと間合いを詰めるこちらに気付いた様子はない。

「このまま進むと……よし」

端末を通して相方に指示を出す。彼が選んだ待機場所にセリューは向かっている。
平時、パトロールのような行動を取っている彼女は、新しい場所に来ると高確率で小学校、幼稚園のような施設の外郭を一回りする。
侵入しようとしているわけでも、子供好きで子供を見に来ているわけでもなく、その姿は自警団のような印象を与える。
上層部に伝えても困惑されるだけだと判断し、主任か係長辺りが止めているとも聞く情報だが、末端なりの横の繋がりで聞き及んだのだ。
今回もそうするという確信があったわけではないが、相方が待機するにはこの辺りは丁度いい土地だった。


80 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 12:56:51 BHs6evN20

「……む」

周囲に建造物が多く、死角も多い小学校の西側にセリューが差し掛かった時だった。
ゴン、と鈍い音。数秒遅れて、ヒュゥゥゥゥ、と気の抜けた口笛のような響きが、セリュー以外に誰もいない通りに届く。
即座に異変を察知したセリューは誰何の声も上げず、一速足に音の発生源、路地裏に駆け込んでいく。
……ここで走って追いかけるのは素人のやることだ。セリューが飛び込んだ路地前まで静かに近づき、鉄火場の様子を窺う。
喧騒と同時に、アスファルト塀が崩れる音が響いた。何か、危険な事態が起きている事に疑いはない。
唇に舌を這わせて乾きという緊張を押さえ込んで、無言で路地裏に進む。
角から一息に身を出した俺の目に映ったのは、<新宿>においてもまさしく非日常の光景といえるだろう。

「ッッ!? 退っ……」

「■■■■■■ーーーーーーーーーッ!!!!」

まず目に入ったのは、市街地に居て良い存在ではない二体の猛獣だった。
片や四足で舗装された大地を踏みしめる、人面のヌエ。長い舌を伸ばし、全身から鬼気を放っている。"四凶"の一角、トウコツの名を冠する悪魔だ。
片や―――余りにも理解に苦しむ姿形なので我が目を疑う―――野球のユニフォームと、ありふれた金属製のバットを持った、ワニ頭の男。"バッター"だろうと、推察した。
トウコツの足元には、髪を逆立てた成人男性の無残な死体が転がっている。脇には、相方に持たせていた通信端末。
喉笛を噛み切られ、ハラワタを貪られたその酸鼻な末路は、まさに<新宿>で多発しているミンチ殺人の被害者だった。
位置的に俺に最も近い、ワニ頭の背後でトンファーを構えるセリューが、「逃げろ」と叫ぶ。
同時に巨獣が飛び上がり、セリューたちを飛び越して俺の目前に全長4mはあろうかという体躯を下ろす。
その口が喜悦に広がる前に、セリューのトンファーが放火を噴いた。ヤクザマンションの監視映像にも映っていた頓狂な武器による攻撃が、正確な狙いで目標に着弾する。

「■■■…〜」

「バッターさん、代わります!」

「痛ましい姿をした、穢れた魂よ。俺はお前を滅ぼし、濁った悪意から世界を解放するために来た」


81 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 12:58:36 BHs6evN20

巨獣は唸り声を上げ、俺に背を向けながらその豪腕を頭上に掲げた。鋭利な爪が、報復の一撃を加えんと大気を裂く。
だが銃弾が悪魔の肌に難なく弾かれるのを見て取ったセリューは、素早く己の従者と立ち位置を入れ替えていた。
コンマ数秒でセリューの前に回りこんだ従者の、あまりにも早い走塁がアスファルトの地面を融解させてスチームじみた煙を生む。
指向性を持って殺到した熱煙が獣の本能を刺激し、速度を鈍らせた。しかし、獣の右腕は人間を五人引き裂いて余りあるほどの威力を残したまま揮われる。
間一髪セリューの前に出たワニ頭がバットを脇構えの変形に構えてその一撃を受け止める。
先端が垂直に地面を指す棒術の素人のような姿勢で、しかも片手で持たれているただの棒切れに、渾身の爪打が打ち込まれた。
しかしバットは折れるどころか傷の一つも残る事なく、その衝撃を受け止めた。持ち手の足元が沈み、無数の罅が地面に走るが、それだけだ。
煙の余波を避けるべく後退していた俺ですら直下型の地震かと思うほどの一撃を、男は容易く捌いたのだ。

「力は相当な物だ。……衝撃波の類に耐性があるようだな」

微塵の忍苦も感じさせない声色で、淡々と言葉を発する持ち手の目に、不気味な光が宿った。
敵を値踏みするように観察する鰐の瞳は、凶眼(エボニー・アイズ)と呼ぶに相応しい暴力的な怒気を孕んでいる。
前腕を下ろして体勢を立て直そうとするトウコツの、好戦的な笑気を絶やさぬ顔面にバットが打ち込まれる。
ホームランを確信させるような快音と共に、その下顎が跳ね上がった。
細身の男に殴られたとは思えぬほど軽々と、巨体が宙に舞う。戦闘中に出来た数秒の猶予を逃さず、打ち上げた男は手首を回すような仕草を取る。
瞬間―――まるで最初からそこにいたかのように、男の周囲に光体が存在していた。
リング状のそれは三対在り、グルグルと旋回して光子を撒き散らしている。

「―――――っ」

その名状しがたい光輪が視界に入った時、俺は意識せず崩れ落ちていた。腰が抜けた、という奴だ。初めての体験、初めての体感。
全身から力が抜ける。触れてはならないもの、見てはならないもの、聞いてはならないもの。
それらに同時に接してしまったかのような言語化できない、神仏に対する畏れと錯覚するほどの何かを、魂が識っている。
光輪が動きを止める。中空から獣ならではのボディバランスで着地したトウコツもまた、その威容に目を見張っていた。
だが、中原の四方に放たれた悪神の一柱であるトウコツに、戦いから逃げる選択肢など存在しない。
己を鼓舞するかのごとく咆哮し、その爆音の中に衝撃系の魔術を織り交ぜながら突進する。
殺人鬼のセリューですら息を呑み、常人なら生じた威圧に触れただけで魂魄が消し飛ぶであろう猛進を前に、"バッター"は眉一つ動かさない。動いたのは、光輪だけだ。

「■■……■■■■■■ーーーーーーーーーッ!!!!!!」

「臆病者ではないらしいな。だが、穢された魂の起こす行動になど、一遍の実も結ばせてやるものか」


82 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:00:06 BHs6evN20

三つの光輪が同時に輝く。見た目上なんの差異もないそれらから、まったく異なる三つの現象が解き放たれた。
光の鎖が巨獣に纏わりつき、動きを封じると同時に発光して皮が焼け焦げるような臭いを撒き散らす。
何の抵抗もなく空間上に突如出現した数枚の極薄板が、トウコツの鋼鉄のような骨ごと四肢の半分、右腕と左足を切り落とす。
輝きと音を認識しただけで一幕の劇を想起させるような超自然的念動波が、板が開いた傷口から侵入して霊肉と神経を破壊していく。
吶喊も虚しく、トウコツはその場に停止した。バチッ、とその身体を紫電が走る。限界が来ているのか。

「セリュー。お前に殺せる程度にまで弱らせた。今後の為にも、一度霊的存在を浄化してみろ」

「はいっ! ご配慮、感謝します!」

消えていく光輪の一つが去り際に光を放ち、セリューの身体が霊気に包まれる。
憎憎しげに視線を飛ばすトウコツを相手に、全く怯むことなくセリューが飛び掛る。
四肢の損壊により立つ事すらできず、寝そべったまま応戦している現状でも、トウコツの攻撃は人間に耐えられる威力ではない。
ヤクザマンションを襲撃した時とは一線を隔す敏捷性を何らかの秘術で得たとはいえ、セリューの表情に余裕はない。
鞭のように自在に振るわれる尻尾。不意に繰り出される、衝撃系の魔術。
一撃でも貰えば致死の攻撃を回避するセリューの体術は、俺の目から見れば従者のそれより洗練されていた。
トウコツや"バッター"とセリューでは技術以前に『数値』があまりにも違いすぎるので、その部分だけが優れていても大した意味は感じないのだが。
それでも、攻撃に関してのセリューの『手の多さ』には目を見張るものがある。

「はっ!」

背負っていた竹刀袋から匕首を取り出し、トウコツの顔に向けて投擲。
それを打ち払った際に一瞬動きを止めた尻尾を、纏う霊気によって強度を増したトンファーで斬り落とす。
全体の五分の四ほどの長さの尾を鞭のように扱い、強かにトウコツの目を打ち据え、隙を生じさせる。
素早くコンクリート片を蹴り上げ、鞭の先端に結び付けて振り回し、遠心力を利用した一撃を敵の頭に叩き込む。
砕けた塀から鉄製の芯棒を抜き出し、身の丈程のそれを槍のように構えて尻尾を失ったトウコツを安全域から痛めつけていく。


83 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:01:52 BHs6evN20

「ドクターが開発していた新しい武器を使いこなす為、課された訓練の成果だ! 罪もない人を喰らう悪め、これこそが正義の裁きィ! 正当な苦痛を受けて、死ね!」

「的確な攻撃だ。言葉とは裏腹に、迅速に浄化をこなせ、という教えも守っている。……導くとは、こういう気分になるものか」

一度劣勢に回れば、手負いの猛攻すらできなくなるのが現実。
トウコツはやがて抵抗の兆しすら見せなくなり、力なく首を垂れた。
容赦なく襲い掛かるセリューの手が止まる。慈悲など当然ない。
手心を加えたのではなく、突如トウコツの身体を走る紋様に異変を察したのだ。
様子を窺うセリューの前で、トウコツの身体が萎んでいく。
数秒後、トウコツの居たところに横たわっていたのは、魔獣が受けていたのと等しい瑕疵を負った……小学生低学年ほどの子供だった。
無言で駆け寄って、手足を失った少年を抱き起こすセリューには慈悲など、当然、ない。

「正体を現したな、悪め」

目の前の子供にどんな事情があろうがその事情も悪に墜ちた事も許さないという意思が、彼女の表情をそれこそ悪魔的な狂笑に変える。
セリューは怯えた表情を浮かべる子供の口腔にトンファーを押し込み、即座に発砲した。
脳を貫いた弾丸は頭蓋を貫通して上空に抜けた。激しく痙攣する少年を放り投げ、確実に絶命させるために、砕けた頭に更に弾丸を撃ち込むセリュー。

「まさか悪党が危険種みたいな化け物に変わるなんて……驚きましたね!」

「恐らくはキャスターのクラスのサーヴァントの仕業だろう」

「まったく!主催者の思惑に乗ってなんて傍迷惑な事を……そのサーヴァントは悪、間違いないですよ!」

「亡霊を生み出す存在だ。必ず滅ぼすぞ」

狂人たちが、狂った正義を語っていた。
腰を抜かした俺に気付き、困ったような笑みを浮かべてセリュー・ユビキタスが近づいてくる。


84 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:02:57 BHs6evN20

「怪我はありませんか!? ……な、なんと言ったらいいのか……この件は忘れてくださいね、じゃ済みませんよね……」

「いや……心配することはないよ」

そうだ。聖杯戦争の秘匿など、気にする事はない。俺は既に知らされているのだから。
先の出来事の全ては予定調和……計算外だったのは、セリュー達と俺達の戦力差だけだ。
二人が俺の平静すぎる態度に反応するより早く、身体に紋様が走る。
今日の俺は刑事として行動していたわけではない。非番の日に滅私奉公するほど、立派な人間ではない。
何せ"あの女"から悪魔の力を得てからというもの、両手足の指では足りないほどの人間を殺して喰らってきたんだからな。
今しがた始末された俺の相方……両親を殺した後、実験台として"あの女"に差し出した孤児も同じだ。
悪魔化し、俺に脅されるがまま凶行を重ねていたあのガキも、所詮は醜い人間。他者を蹴落として力を得る事に快感を覚えていたに違いない。

「……まさか!」

頭のない、異形の蛇のような姿を強く連想する。
コンマ数秒で変身は完了し、力ある言葉を放ち眼前のセリューを攻撃できるだろう。
どれだけの手傷を負わせられるかはわからない。仮に殺せたとしても、次の瞬間バッターに殺害される事は容易に想像できる。
だがその結果は、この場を切り抜けたとしても同じ事。自分より強い悪魔を預けられておきながらヘマをして死なせてしまった俺を、あの女は決して許すまい。
俺にとって生き残る道は、今日この場でセリューたちを殺し喰らう、それだけだったのだ。
あの女が知った、聖杯戦争なる闘争の参加者と、俺が知っていた殺人事件の犯人が重なった事が、そもそも不幸だったと諦めるしかない。
それならば、せめてその相手に吠え面をかかせてから……死んでやろうじゃないか。


85 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:07:06 BHs6evN20

「マハ――」

呪文を解き放とうとする刹那に、走馬灯のように過去の映像が浮かぶかな、と思ったが、そんな事はなかった。
思い出すのは、あの女に出会ってからの記憶だけ……逆らえない屈辱と見下される羞恥に苛まれる日々の記憶だけだった。
脳裏に僅かな疑問が浮かぶ。疑問の本質すらはっきりと分からないような、小さな違和感。
俺は、俺の命を生きていたのだろうか。何もかも忘れたまま、他人の生を歩んでいたのではないだろうか、というような。
自分なら、この状況になれば必ず言うはずの心の底から湧き出すような言葉。
それに鍵がかかっていて、もどかしく腹立たしい、そんな。
そんな疑問は――――――。


「ドーモ、セリュー・ユビキタス=サン。ソニックブームです」


文字通りの爆音に、かき消された。
何かが飛来して、頭を踏まれた……それが俺の最期の認識で。

「っヨッ…世の……ナ…カ……マッポー!!マッポーーーー!!!!!アイエエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

その"何か"を認識した瞬間に全身を支配する、冒涜的ニンジャ・リアリティ・ショック。
どこかの異世界から響いているのではないかと思うほど自分の声には聞こえないそれが、俺の最期の言葉になった。


86 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:08:02 BHs6evN20





【……本当に行くんですか?】

「おい、おい、セイバー=サンらしくもねえ。何度も説明する気はねえぜ」

【理屈はわかったんですがね……】

ありふれたマアマア・タカイビルの前にありふれたサラリ・マン。
独り言を呟いているのも、近頃のシンジュクではそう珍しくはない。
僅かに往来を歩く者の目を引くのは、サラリマンのスーツの下から覗き見える金糸のシャツくらいのものだろうか。
アント行進めいてビルに群がる経済戦士たちは、彼の顔を見てアイサツを交わす。
柔和な笑みを浮かべて応じ、誰も居なくなればハンニャもブルーフェイスになるコワモテ男に戻るサラリマン、名をフマトニ。
しかしサラリマンとしての名前はあくまで擬態。ソウカイ・シックスゲイツのニンジャネーム・ソニックブームこそが彼の本名なのだ。

「今日で見納めなんだ、固い事は言いっこなしって決まっただろうが、エエッ?」

【決まったときには本戦は始まってませんでしたがね】

「サイオー・ホース! ま、丁度いい区切りになったと思おうぜ、セイバー=サン」

<新宿>の聖杯戦争に望み、記憶を取り戻したフマトニ=ソニックブームは、勤務していた商社に退職願を出した。
受理されたのが三日前、最後のタダメシ・サラリー消化が昨日。
最後にお世話になった職場の皆さんにアイサツをしてから去る、とソニックブームがセイバー・橘清音に告げたのが、二日前の夜である。
仮初とはいえ組織に属していたのだから何も言わず去るのはスゴイ・シツレイに当たる、というソニックブームの言葉に同調したセイバーではあったが、その時とは状況が変わってしまった。
聖杯戦争本戦の開始の通知、そして危険な主従の情報開示と討伐令を受け、自分たち以外のサーヴァントとマスターも積極的に動き出すだろう。
令呪が極めて分かりやすい位置にあり、本人にコソコソと隠すつもりがまるでないソニックブームは、最も捕捉されやすいマスターだと言える。
本戦が始まるまでに三度も主従に襲撃されたのがいい証拠だ。


87 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:09:32 BHs6evN20

【そう思うようにしますよ。これまで倒した人たちに仲間がいた時の為に拠点も変えずに誘いを打っていましたが、杞憂だったみたいですしね】

「アー……そうだな。南元・マチのなんとかってストリートが実際住みやすそうな噂を聞くが?」

【いえ、先ほど不動産屋に行って新居の用意はしておきました。俺は今からそっちに移りますから、貴方もNOTEを閲覧して住所を確認してください】

「流石セイバー=サン、仕事が早ぇ。俺の荷物は?」

【必要なら梱包して運んでおきますが】

「任せた」

マイドの名残でタイムカードを押しそうになり、受付嬢と談笑してから社内に入るソニックブーム。
エレベーターを使わず階段を上がり、脳内にセイバーの宝具、『目覚めた自由の翼(むげんまあいのNOTE)』のイメージを浮かべる。
セイバーがNOTEに書き込んだ新居の住所を文字として認識した。実際シンジュクに来るまでは考えもしなかった体感だ。
七階の踊り場から自分の勤めていた部署に通じる廊下に入る。
挑戦的かつ意欲的な売り上げ努力への喚起を誘うスローガンが無数に張られた掲示板を脇目に、ガラガラと引き戸を開けて神聖な職場に踏み入った。

「ドーモ、ミナサン」

「オオッ」「フマトニ=サンだ!」「ワーーッ!」

「おーおー、フマトニさん。よく来たねえ。優秀な君が退社とは困ったが、部長の私は良き先輩として君の門出を祝うしかない立場上」

その仕事ぶりから職場で信頼を得ていたソニックブームの周囲に、同僚たちが集まってくる。
しかし始業時間まで間もない割には、その人数はソニックブームの予想を超えてまばらだった。
普段ならズラリと並んだデスクが満員だというのに、今は半分も埋まっていない。
ところどころに置かれる花瓶を見れば、ジュンショク・シャが昨今の新宿環境問題で出ていると察しはつくが、それを差し引いても欠席が多い。
ドタドタと足音を立てて近づいてくる部長に一礼し、ソニックブームはこの奇妙な現象の訳を尋ねてみた。
肥満体の部長は、汗を拭きながらデスクを見渡して言った。


88 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:11:16 BHs6evN20

「それがさっぱり分からんのだ。誰からも連絡がないし、他の部署でもこの有様だそうでな」

「電車でも脱線したのでは?」

「いや、来てない奴が皆同じ方面に住んでるからそうじゃないかと思って問い合わせたんだが、違うらしい」

「それはかなり奇ッ怪ですね……」

まあともかく、と部長は困り顔から満面の笑みに戻り、分厚い茶封筒を差し出した。
フマトニの一ヶ月分のサラリーの半分ほどの額だがカンパ餞別だ、と遠慮するソニックブームの懐に金をねじ込む。
さらに今夜は丁度週末なので送別会という名目で飲み明かそう、と誘う。

「ユウジョウ!」「ユウジョウ!」

「ハハ……」

和気藹々とした同僚たちのアトモスフィアに愛想笑いを返すソニックブーム。
内心では、真面目に生きているモータルの皆さんとユウジョウはできねえよ、などと悪態をついていたのだが、空気を破壊するような事はしない。
ニンジャも時には奥ゆかしいのだ。
十分礼儀は果たしたと判断して別れのアイサツと共に部署を後にするソニックブームに、部長が一人見送りだと言って着いてくる。
並んで階段を降りながら、彼は感慨深げに切り出した。

「なあ、フマトニさん。君は退社してこれからどうするんだい?」

「特には考えてませんが、新宿でお目にかかる事はもうないでしょう」

実際、会社を出ればフマトニの姿はソニックブームへと変わり、再度出現することはない。
両者を結び付けられる者が余人にいない以上、フマトニはこの街から消えると考えてもいいだろう。
部長はその言葉を額面通りに受けとったようで、「確かになぁ」と頷いて困ったような笑みを浮かべた。


89 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:15:45 BHs6evN20

「何せ、今の新宿は酷い有様だ。こんな街を出て行きたいって気持ちも、分からんじゃあないよ」

「恐縮です」

「ま、それでもフマトニさんが我が部署で立派に働いてくれていたのは事実。街が静かになって、都合が合えばいつでも戻ってきてくれ。上へは私が口利きする」

「感謝の極みです、ブチョウ=サン」

ニンジャとして暴力の世界に生きる事を是とするソニックブームだが、フマトニとして過ごした経済生活も決して悪いものではなかった。
重金属酸性雨も降らず、暗黒メガコーポに支配されているわけでもない平穏な国が嫌いな者などいるものか。
しかしこの街が平穏を取り戻す時、ソニックブームはこの街にはいない。
醜くもすっかり馴染んだ己の生き場所・ネオサイタマに戻るか、一敗地に塗れて死んでいるだろう。
ソウカイ・シックスゲイツのニンジャ、ソニックブームに迷いや未練など微塵もない。生き残って最後に笑うよう努力するのみだ。
一階エントランスに到着し、部長に向き合ったソニックブームは最後のサラリマン・オジギを交わす。

「ブチョウ=サン、見送りはここまでで結構です。オタッシャデ!」

「サヨナラ!」


90 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:17:00 BHs6evN20

爽やかな気持ちでフマトニとしてのロールに別れを告げ、ソニックブームは商社を後にした。
スーツを脱ぎ捨て、天を衝くヘアー・スタイルを醸成し、メンポを被りながら気を吐く。
これにて現世のしがらみは清算。聖杯戦争に専念するのだ。

「と、いっても願いも決まっちゃいねえんだがな……ン?」

とりあえず、連絡もなく休んでいる同僚達が住む西新宿方面にでも行ってみるか…と考えた直後だった。
商社を離れてブラブラと歩くソニックブームの常人より三倍は優れた聴力が、喧騒を聞きつける。
バイオ・スモトリよりも凶暴そうな獣の声。明らかに尋常な事態ではないと察したソニックブームは即座に足を地面に踏みしめた。
直後、彼の身体は野鳥のごとく飛翔。ビルの三階ほどまで跳ね上がり、群列するアパート・マンションの壁に足をつけた。
目撃者がいればニンジャを想起せざるを得ないほどの機動性で壁を駆けるソニックブーム。
市街地におけるショートカット・ワザマエにおいてニンジャを凌駕する者はとても珍しいのだ!
パイプや室外機を踏みつけ、眼にも止まらぬ速度で音源地に到達する。その場には、怪物の死体と、見覚えのある者たちの姿があった。
一瞬の逡巡もなく、ソニックブームは彼らが敵対していると判断したモノノケじみて変化しようとする男の頭を踏みつけにして、その場に足を下ろす。
息を呑む女をもう一度眺めてその素性を確信、セイバーに念話を送りながら、ソニックブームはニンジャとしてのアイサツを行う。

「ドーモ、セリュー・ユビキタス=サン。ソニックブームです」

足元の男が何か呟こうとするのを最期まで聞く事なく、ソニックブームはその頭を踏み砕いた。


91 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:19:02 BHs6evN20



ニンジャが出て挨拶された。
あまりに突飛な出来事に、セリューは数秒硬直していたが、自分の前に出たバッターの姿を見て我に帰る。
悪党を仕留めたと思ったら、目撃者もまた悪党。その目撃者が牙を剥くと同時に殺害したニンジャは敵か味方か……。
セリューの名前を知っているという事は、討伐令を確認した聖杯戦争の参加者に相違あるまい。
いかにもチンピラのような暴力的な様相だが、ニンジャとしか形容しようのない不気味さをも全身から放っている。
しかし、巧妙に擬態しセリューの隙を突いてきた敵を排除するというニンジャ・ソニックブームの行動が、セリューの判断の撃鉄を留めていた。

「俺は"バッター"だ。神聖な任務を果たす為に来た」

「ドーモ、バッター=サン。……そこのガキと男はテメエ等が殺ったのか?」

「子供は、何者かに魂を穢された怪物だ。我々が浄化した。男はその被害者だ」

「その通りです! ええと、ソニックブームさん。確かに私はセリュー・ユビキタスです、よろしくお願いします」

動じる事なく自己紹介を行ったバッターに倣い、セリューも敬礼と共に名乗りを上げた。
対するソニックブームは、悪魔と人間の合間のような形態になって死んでいる足元の男をぐい、と担ぎ上げて横目でまじまじと眺めている。
完全に絶命したにも関わらず、並みの使い魔のように魔力が霧散して消滅しない事例は、ソニックブームも幾度か目にしていた。

「こいつらも例のミンチ殺人事件の下手人ってわけだな、エエッ?」

「殺された者の死体の状況を見れば、そう考えるのが妥当だろう」

哀れ血肉を貪られた青年の死体のような者は、今や新宿の至る所で発見されている。
あまりに広範囲で起きている為カルト教団か都市テロ集団か、と恐れられる事件の真実は、こういった悪魔たちが各地で暴れまわっているという事なのだろう。
組織的でない多数の犯人が存在する同じ手口の殺人、と当たりをつけられる者はいるかもしれない。
しかしそれら犯人たちが人外の魔物だと想定できるのは、聖杯戦争の参加者くらいのものだった。
……数秒の後、緊迫する空気を打ち破るように、ソニックブームが突如声を上げる。


92 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:21:40 BHs6evN20

「アッアッ……うちのサーヴァント=サンがテメエ等に聞きてえ事があるってんで、代弁するぜ」

「霊的存在はお前の傍にはいない。少なくとも、念話が届く距離にはな。虚勢を張っているのか?」

「ウルッセー、色々とあるンだよ。エー……【何故<新宿>の住民を百名以上も殺した?】だとよ、バッター=サン、セリュー=サン」

バッターの持つスキル、対霊・概念に対する知覚力は、ソニックブームのサーヴァントを捉えていない。遠く離れている事は明白だ。
しかしハッタリを見破られた様子など微塵も見せないニンジャに対し感知力を深めたバッターは、何らかの宝具の発動を見て取っていた。
本来のランクより大きく下がっているとはいえ対霊・概念スキルは極めて強力かつ有用なスキルではあるが、決して絶対ではない。
先ほどの男が本性を現すまで悪魔であることに気付けなかったのも単にファンブルの問題なのか、男が何らかの秘匿スキルを用いていたのかも分からない。
優れた感覚だからこそ過信は禁物なのだな、と肝に命じたバッターは、それゆえにサーヴァントを侍らせていないソニックブームにも警戒を怠らなかった。
セリューに念話を飛ばして【お前が応対しろ】と指示を出し、自身は臨戦態勢を保つ。セリューは【お任せあれです!】と返し、隠すことない本音でニンジャの問いに答えた。

「何故って、あいつらが悪だったからですよ! 私たちは無差別に人を殺す遠坂凛とは違います!」

「……【悪とは、どういう意味だ?】だってよ」

「善良な民を苦しめる、反国家的な集団や個人です。主に正義を執行した相手は、この国で俗に言うヤクザですね」

「おお、ひょっとしてヤクザ・クランを壊滅させたってのはてめェ等の……【どういう権利があって、ヤクザたちを殺している?】」

「正義を体現する者として行動した、それだけです! 権利や義務なんて大層な話じゃなく、当然のことをしたまでですよ!」

「【善良な人を助けるのはこの国では警察の仕事であり、彼等の職責だ。この<新宿>にとって部外者の貴女がやっていい事ではない】」

「前者は知っていますが、後者は間違っていますよ! 警察の方が私が来るまで行動していなかったから私がやっているだけで、正義を名乗って正義を為してはいけないのは、悪だけです!」

【会話をするだけ無駄なようですね……理屈が合わない相手との会話は生前嫌というほど経験しましたが、ここまでの人相手では俺にはちょっと……】

「ハッハッハッ! ま、後は俺に任せな、サーヴァント=サン」

「??」


93 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:23:37 BHs6evN20

サーヴァントの暴走など何か事情があって殺人を犯したのではないか、と討伐令を出された主従との対話を試みたセイバー=清音だったが、特別な事情はないと悟ると対話を諦めた。
自分が悪と認めた者を殺す、という意思がもはや生態に近い域に達しているセリューと、それを助長するバッター。
杓子定規な性格のセイバーでは彼等の考えを改めさせることはできないし、生前の経験から歩み寄る気がない人間の区別は本能的につく様にもなっていた。
怪訝な顔のセリューに、豪放に笑うソニックブームが語りかける。所謂「こだわり過ぎない」彼のような人間の方が、狂人の相手には向いているのかもしれない。

「オッケー、オッケー。バトンタッチだ、セリュー=サン。次は俺様とお話しようぜぇ」

「サーヴァントさんの方は分かってくれたみたいですね。 ええ、構いませんよ、ソニックブームさん!」

「お前サンは自分が正しいと思っているみてぇだが、社会には秩序ってもんがある。それを破ったから、討伐令を出されたわけだが、それについてはどう思う、エエッ?」

「正義を為した結果崩れる秩序なんて、在ること自体が間違いなんですよ。そんな理不尽を平然と敷くこの聖杯戦争の主催者を、私とバッターさんは絶対に許しません!」

「ヒュー、吹くじゃねえか。聖杯争奪の相手を前に、先にシャチョサンに喧嘩を売るってかぁ?」

ソニックブームは、湧き上がる嘲笑と苛立ちをメンポで口元に留めながら、セリューの青すぎる危険な主張を聞き続ける。

「聖杯争奪……やはりソニックブームさんも、聖杯を求めてこの戦争に?」

「いや、気付いたらこのシンジュクにいた。聖杯に届ける願いは、考え中ってとこだ」

「正義を否定する主催者の口車に乗るなんて、いけませんよ! 聖杯は諦めて堅実に生きるべきです!」

「疑いだすとキリが無い、ってコトワザがあるが……まあ一理はあるように聞こえるな、エエッ」

願いが希薄なソニックブームだからこそ、セリューの妄言に一定の理解が得られた。
確かに、強制的に連れてこられて言うことを聞いて勝ち残れば願いを叶えてやる、などという仕打ちはマッポーのネオサイタマでもそうはない。
聖杯戦争を仕組んだ連中の腹積もりくらいは探ったほうがいいのかもしれないが、ソニックブームとしては特に興味はそそられなかった。
暴れられればそれでいいとすら思える。


94 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:24:34 BHs6evN20

「じゃあてめェ等は聖杯じゃなくて何が目当てでこのシンジュクにいるんだ、エエッ?」

「正義に満ちた世界を作る……それが私とバッターさんの目的です!」

「成る程、立派じゃねえか」

心にもない賛辞を送りながら、ソニックブームは心中でセリュー達をどうするか、と思案していた。
令呪を使う予定がない以上、戦いを挑まなくてはならない理由もないし、彼個人としてはセリューたちの思考はともかく行動に干渉して阻む確固たる理由もない。
己のサーヴァント・セイバーはヤクザ相手でも虐殺はやめさせたいし、聞き入れないならば実力を行使するのも構わないとの意見だ。しかし、これも現状では超積極的ではない
何よりソニックブームにとって重要な、戦って楽しめるか?という所に、セリューたちが十分に応えてくれるとは彼には思えなかった。
目の前の狂人二人はワザマエは十分だろうが、戦いではなく処刑に喜びを覚える人種だと、無意識の内に看破したのだ。
彼等と戦うよりは、彼等を狙ってくる主従を狙っていた方が、実りある戦争の日々を過ごせると結論したソニックブームは、一つの提案を持ちかけた。

「セリュー=サン、お前の正義感にはほとほと感服したぜ、どうだ、俺と組まねえか、エエッ? 」

「協力する、という事ですか?」

「オオ、スカウトって奴だ。討伐報酬目当てに寄って来る連中を俺が受け持ち、そっちは主催者ってのを倒すのに専念する。どうだ?」

ソニックブームの魂胆は、無論言葉通りのものではない。
共に行動すれば隙を突くことも容易く、令呪が必要になった時に補充するアテが出来る。
主催者だけに目を向けさせれば、セイバーが懸念している悪党狩りも少しは減らせるだろう、と考えての同盟の持ちかけであった。
だが、セリューに意見を求められたバッターは、無言で首を振る。

「それは出来ない。穢れた魂と歩む選択肢は、ない」

「バッターさん?」

「ソニックブーム。お前には亡霊の魂が宿り、もはや分離できない程に混ざり切っている」


95 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:25:48 BHs6evN20

「ニンジャ・ソウルの事か。それがどうした? 俺は俺だぜ、バッター=サン」

「お前は穢れた魂だ。浄化を免れることはできない」

セリューの同意を待たず、バッターが己が凶器を構えて駆け出した。
常人ならば瞬きする間に間合いをゼロにするサーヴァントの突撃に、しかしソニックブームはバック・ステップで対応することが出来た。
ニンジャ動体視力の恩恵か、死への時間を零から一瞬延ばす事に成功した後退。
だがその一瞬を、英霊の具現たる者たちは即座に零に引き戻す。故に、本来意味のない抵抗―――。
そう、ソニックブームのサーヴァントが他ならぬ橘清音でなければ、意味のない一瞬の抵抗である。

「ッダテメー!スッゾオラー!」

「!?」

追いすがるバッターの手を止めたのは、空気を振るわせるニンジャの怒号ではない。
怒号を喚び水にするように、ソニックブームの周囲から菱形の非実体がバッターに向けて殺到したのだ。
手裏剣のようなそれをバットで弾いたバッターは、それが刀剣による斬撃に近い性質を持っていると看破した。
その威力も、瞬発的に放たれた物として人間が届き得ない域にあり、サーヴァントの攻撃としか思えない。
だが、バッターが油断なくソニックブームの周囲を注視しても霊的存在はどこにもいない。
"圏境"に準えられるほどの気配遮断スキルを持ってしても、バッターの概念感知力から こうは隠れ得ないだろう。

「ザッケンナ、このバケワニが……交渉は決裂ってわけだな、エエッ!?」

「……」

「チッ……セリュー=サン、せいぜい気張るんだな、アバヨ!」


96 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:31:37 BHs6evN20

バッターの足が止まる。相手の手の内が読めない以上、当然のことではあるが、バーサーカーというクラスにはあり得ない冷静さだ。
目に見えない存在が、遠隔地からこの場に干渉している。そうとしか思えない現象を前に、バッターは警戒のレベルをMAXにしていた。
ソニックブームはそんなバッターを見て、壁を縦横に蹴って飛び上がり、道路脇の電柱の頂点に着地した。
半悪魔化した男の死体を担いだニンジャが、捨て台詞を残してその場を去っていく。
ソニックブーム・遁走だ。瀑布の烈風と共に駆けるその姿は、モータルでは目で追うことすらできまい。
建物から建物へと飛び移り、やがて廃工場のトタン屋根の上で腰を下ろす。
バッター達が追ってきていないことを確認し、死体の服をまさぐる。果たして、目当ての物は見つかった。

「やはりマッポだったか。アトモスフィア直感で分かるってもんだぜ」

ソニックブームはこの悪魔刑事の頭を踏み砕く瞬間、官憲特有のオーラを感じていた。
元ヤクザ・バウンサーならではの後天的嗅覚であるといえよう。
取り出した警察手帳には、いくつかの連絡先の中にセリュー・ユビキタスの名と現住所が記されていた。
彼女達を狙っている主従に対する交渉条件にするもよし、周辺を張り込んで嗅ぎ付けて来たハンターを強襲するもよし。

「しかし一体何匹いやがるんだ、このモノノケ共は、エエッ?」

【無作為に放たれている、という俺の推測は間違いだったかもしれませんね、あの正義の味方気取りの連中を狙っていたわけですし】

「モータルを改造する親玉がいるとして、それがこうゴロゴロとシティをうろついているとなると……厄介だな」

【拠点を移したところでどこで見つかるか分かりませんね。寿司を食べに外出するの、やめませんか?】

「スシはやめねえ」

決然と言い放ち、死体を担ぎなおしてニンジャが再び走り出す。
聖杯戦争を勝ち抜く為の謀を適当に立て、暴れる算段を思うがままに立てる。彼らしく、彼のままに。
フマトニを脱したソニックブームは実際、<新宿>を吹き荒れる音速戦闘機となっていた。


【西大久保二丁目 移動中/1日目 午前9:20分】


【ソニックブーム@ニンジャスレイヤー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ニンジャ装束
[道具]餞別の茶封筒、警察手帳、悪魔(ノヅチ)の屍骸
[所持金]ちょっと貧乏、そのうち退職金が入る
[思考・状況]
基本行動方針:戦いを楽しむ
1.願いを探す
2.セリューを利用して戦いを楽しめる時を待つ
3.セイバー=サンと合流
[備考]
・フマトニ時代に勤めていた会社を退職し、拠点も移しました(過去の拠点、新しい拠点の位置は他の書き手氏にお任せします)。
・セリュー・ユビキタスとバッターを認識し、現住所を把握しました。
・新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています。

【???/1日目 午前9:20分】

【橘清音@ガッチャマンクラウズ】
[状態]健康、実体化、変身中
[装備]ガッチャ装束
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯にマスターの願いを届ける
1.自分も納得できるようなマスターの願いを共に探す
2.セリュー・バッターを危険視
3.他人を害する者を許さない


97 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:33:40 BHs6evN20





「消えたか。人間とは思えない素早さだ」

「バッターさん、あの人は悪なんですか?」

「浄化の対象だ。その問いには、お前が自分で答えを出すといい」

路地裏に取り残されたセリューとバッターは、被害者の死体を簡単に弔いながら会話をしていた。
バッターの手に触れた死体が黴とも塵ともつかぬものに代わり、風に乗って消えていく様を見ながら、セリューは腕を組んで考え込む。

「あの怪物たちと同じ、何かに憑りつかれている……それなら、彼もいつかは暴走して他人を襲うんでしょうか?」

「否定はできないな。だが、奴は強靭な精神力で亡霊の魂に負けず、己を保っている。俺も、これまで見たこともない例だ」

「だったら……」

「それでも、穢れた魂は浄化されなくてはならない。神聖なる任務は、果たさなくてはならない」

断言。バッターは常に、自分の意見を曲げずに言い放つ。
不変不動の狂気。それはスキルで保障される以前に、彼の魂の在り方だった。
その力強さに、セリューも頷いた。

「そうですね、正義に満ちた世界を作るためには、悪や亡霊を一掃しなくちゃならない、そうでした」

「お前は、ソニックブームを殺すことができるか?」

「……あの人は今は悪ではないと思います。でもいつか悪に染まるのが決まっているなら、正義を執行することに迷いはありません」

「そうか」


98 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:38:49 BHs6evN20

セリューは、どこか恩師に似た雰囲気を持つソニックブームに心からの好感を覚えていた。
一件強面で、言葉遣いも粗暴だが、セリューとバッターの理想を立派だ、と言ってくれた彼の心の中にも、きっと正義があるに違いない、と。
しかし、絶対的に信頼するバッターの言葉、彼がニンジャソウルなる亡霊に憑りつかれてあの悪の獣たちのようになるというのならば。
その前に自分の手で殺すことも、一種の救いと言えるのだろう。セリューはそう考えることで、悪を殺す自身の理想と、世界を浄化するバッターの理想の齟齬から目をそらす。
そして目を逸らした先で、由無し事を一つ、思い出した。

「……あ、スカウト、って……」

ソニックブームがふと漏らした言葉と同じそれを、つい近日耳にした覚えがあったのだ。
<新宿>に来てからセリューが穏便に会話をした相手は相当数いるが、会話の内容を思い出せるほど何度も話した相手は限られる。
姿も名前も知らない電話だけの付き合いの情報提供者。その穏やかな声に不思議と信頼を覚える、セリューの名前も知らないはずの男性。
彼との世間話の中で、最近<新宿>に来たという共通点があることに会話が及んだことがあった。
もちろんセリューは割り当てられたロールを語ったが、相手の男は珍しく少し抽象的な言葉で、自分が新宿に来た目的を語ったのだ。

『まあ、他人から見たら遊興なのだろうがね』

『傍観でもあり、俯瞰でもあり……そうだな、最終的には……』

君達をスカウトに来たことになるのかも知れんな、と男性は語っていた。
きょとんと沈黙するセリューに『まあ、今はまだ手段も何も変えられる、それくらいのつまらない目的だよ』と言って次の話題に移ったものだ。

「いい人は言葉も似てくるのかもしれませんね!」

その事については深く考えることもなく、セリューは己の精神を狂った正常値に保ち、帰路に着いた。


―――もう九時だというのに。空に、明けの明星を望みながら。


99 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:42:04 BHs6evN20


【西大久保二丁目 路地裏/1日目 09:20】

【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]この世界の価値観にあった服装(警備隊時代の服は別にしまってある)
[道具]トンファーガン、体内に仕込まれた銃 免許証×20 やくざの匕首 携帯電話
[所持金]ちょっと貧乏
[思考・状況]
基本行動方針:悪は死ね
1.正義を成す
2.悪は死ね
3.バッターに従う
[備考]
・遠坂凛を許し難い悪だと認識しました
・ソニックブームを殺さなければならないと認識しました
・主催者を悪だと認識しました
・自分達に討伐令が下されたのは理不尽だと憤っています
・バッターの理想に強い同調を示しております
・病院施設に逗留中と自称する謎の男性から、<新宿>の裏情報などを得ています
・西大久保二丁目の路地裏の一角に悪魔化が解除された少年(トウコツ)の死体が放置されています
・上記周辺に、戦闘による騒音が発生しました


【バーサーカー(バッター)@OFF】
[状態]健康 魔力消費(小)
[装備]野球帽、野球のユニフォーム
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:世界の浄化
1.主催者の抹殺
2.立ちはだかる者には浄化を
[備考]
・主催者は絶対に殺すと意気込んでいます
・セリューを逮捕しようとした警察を相当数殺害したようです
・新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています
・自身の対霊・概念スキルでも感知できない存在がいると知りました
・………………………………


100 : 唯我独善末法示離滅烈 ◆2XEqsKa.CM :2015/12/06(日) 13:42:35 BHs6evN20
以上で投下終了です。


101 : ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:37:27 TxdweBeY0
前編後編と分けないと長くなりそうだと判断したので、先ずは前編から投下します


102 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:38:01 TxdweBeY0
 背中と尻から伝わるコンクリートとアスファルトの感覚が、冷たかった。
夏も盛りのこの時期は、其処に突っ立っているだけで体中から汗が噴き出る程暑いものなのだが、北上が今いる場所は、日の当たらない路地の影の中である為、
それ程暑くはないし、寧ろ涼しい位であった。しかし、体感温度が低いのは決して、日陰の中にいるだけではなかった。
きっと今、自分の身体の血の巡りは、相当悪くなっている。だからきっと、こんなにも自分の身体は冷たいんだと、彼女は思っていた。

 肘から先が消失した、自分の右手を北上は眺める。
やはり、ない。本当ならば下腕があった場所には、物足りない空白の部分が存在するだけであった。
どんなに上腕の神経を動かそうとも、指も無ければ手もなくて。そんな状態で、腕が動かせる訳もなかった。
この腕を見る度に、自分は泣きそうになる。そして、己の身体に氷でも押し付けられたかのような恐怖感が、身体を包み込む。

 忘れたくても忘れられない、人外の美貌を誇るあのアサシンの姿。彼を思い出す度に、北上は例えようもない恐怖を感じてしまうのだ。
瞼の裏どころか、大脳の奥底にすら刻まれ焼き付き、脳が死を迎えるまで忘れる事はないのではないかと言う程の美しいアサシンだった。
そんな男が齎した、圧倒的な残虐性を誇る暴力の数々。許せないと思うと同時に、全く抵抗も出来ずにいた事による虚無感が、今の北上の心を、
色水が混ざり合うようにして撹拌されている。

 ――だがそれ以上に、自分は今でも、あの男の美を忘れられずにいる。
敵なのに。自分の右腕を細切れにし、あまつさえアレックスを痛い目にあわせた、許し難い相手の筈なのに。
今でも、あの男の美を忘れられない。天使の美貌に、悪魔の性根。その二律相反性に惹かれる自分がいる事を、北上は嫌悪していた。

「……馬鹿な女」

 これだけ痛い目を、主従共にあわされたと言うのに、何て馬鹿何だろう。
今の北上はそんな事を考えていた。申し訳なく思わないのか、自分を助けてくれた、あのモデルマンのサーヴァントに。

 そのモデルマンのサーヴァントである男、アレックスはまだ戻って来ない。
近場にサーヴァントがいると厄介な為、クラスをアーチャーに変更させ、それなりの高さの建造物の屋上から、近隣の様子を監視している、らしい。
真意の程は解らないが、北上も疑っていない。危機的状況の最中に陥って初めて、普段は自分のパソコンでエロゲをtorrentで落としてプレイしている自称勇者の男の、
危機判断能力とその性根を理解した。確かに、俗物的な人物だったのかも知れないが、聖杯戦争に呼び出されるサーヴァントに相応しい側面も、有していたのだ。
勇者と言う言葉に、勇ましい者と言う意味があるのならば、確かに彼も、その条件を満たしている。北上の中ではアレックスは、自分を守る勇者なのだ。
だから彼女も、彼を信じる事とした。今は彼は、自分に危機が舞い込んで来ないよう、予防線を張ってくれている。そう、北上は思っていた。

 ――そして、それが真実であった事を、今知った。

「……よう、無事だったか」

 北上の聴覚が捉えたのは、よく知ったる己のサーヴァントの声。
少しダウナー気味になっていた今の北上には嬉しい声だった。急いでその方向に顔を向け――血の気を失った。


103 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:38:18 TxdweBeY0
「そんな目で見るなよ……照れる、だろ……」

 槍を地面に突き刺した状態でなければ、直立する事が難しいと言った風に、アレックスが言った。
彼の右脇腹は綺麗な円形に抉られており、其処からジクジクと血液が流れ出ている。
傷の割に出血量が大人しいのはきっと、自分を治したような治癒の魔術を懐にあてたからだろう。
しかし痛みと苦しみは完全に消せないらしく、身体中から脂汗を噴出させ、苦しそうに喘ぎ声を漏らしながら、彼はアスファルトの上に膝を付いた。

「あ、アレックス!!」

 美貌のアサシン、浪蘭幻十への様々な感情で占められていた脳内が、今のアレックスを見た事で真っ新な空白状態になり、
一種のフリーズめいた様子を見せていた北上であったが、片膝を付いたアレックスを見るや、直に正気を取戻し、彼の方に駆け寄って行く。

「な、何で……!?」

 傷が酷くなってるのか、と言おうとする。

「そりゃお前……戦ったからだろ。ヤバそうなサーヴァントと、一戦交えたんだが……向こうの方が強くてな……」

 今もアレックスは考える。正直、戦って生きていられるのが不思議な程強いサーヴァントだった。
灰胴色の巨鬼に変身出来る、少年のサーヴァント。その速度は音の様に速く、腕から放たれる一撃は稲妻の様な破壊力を内包する。
如何して自分は、サーヴァントの巡り合わせがこうまで悪いのか。戦う度に、傷だらけじゃないかと自嘲する。
一日所か、半日すら持たないと、頭の何処かで冷静な自分が告げている。本当にその通りである、このまま行って、本当に北上を護り通せるのだろうか?

「だ、大丈夫なの!? 死なないよね!? そうだよね!?」

 涙目になりながら、膝を付いたアレックスに安否を尋ねる北上であったが、明らかに大丈夫でないし、そもそも死なない方がどうかしてる程のダメージだ。
艦娘として経験を積んで来た、頭の中の北上が、恐らく無理かもしれないと計算していたが、直に、そんなネガティヴな思考を彼方に吹き飛ばした。
此処で死なれたら、絶対に嫌だ。聖杯戦争に勝ち残れないとか、元の世界に帰れなくなるとか、この勇者に死なれるのは絶対に嫌だとか、その様な感情が色々入り混じった、伏魔殿の如くに複雑な感情であった。

「死なないように気張るが……やー……ハハハ、痛ぇわ」

「駄目駄目!! こんな中途半端な所で……元の世界に戻って大井っちに会って、それで、手痛いビンタを貰って、私を笑わせてくれるんでしょ!?」

「そんな予定、立てたつもりはねーよ……ただ、元の世界には、戻すつもりで……ぐっ……!!」

 強い電流が流れた様な、シャープな痛みに苦悶を漏らした。
気を抜けば気絶する程苦しいし痛いのだが、今は歯を食いしばってアレックスは耐える。
此処で気を失ったら、勇者の沽券に係わる事もそうだが、何よりも、北上が無防備の状態に晒される。それだけは、防がねばならない事柄であった。

「アレックス!!」

「心配するなって、一応時間を置けば――!!」

 言葉の途中で、ハッとした表情を浮かべ、慌てて北上の襟を掴むアレックス。
「えっ、えっ!?」と、何をするのかと北上が訊ねるよりも早く、彼は北上を己の背中に回らせ、ドラゴンスピアの穂先を路地の先へと突き付ける。
アレックスは感じ取っていた。決して速い速度ではないが、此方に向かって確実に近付いてくる、サーヴァント達の気配を。
そしてそれは事実、此方が狙いだったらしい。言葉を交わせる距離まで、その一組は近付いてきた。


104 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:39:02 TxdweBeY0
 鍛え上げられた身体つきと筋肉量が、黒い紳士服の上からでも解る、高い身長のアングロサクソンだった。
走り難い恰好であるのに、実に健康的で若々しく、理想的なフォームで、彼は此方の方に走って近付いてくる。
ジョナサン・ジョースター。身体の裡に黄金の意思を宿す本当の貴族であり、本当の紳士である。

 槍の先から、殺意が水滴となって落ちるのではないかと言う程の気魄を滾らせて、アレックスがジョナサンを睨む。
それを受けて、ジョナサンは、槍の先端から三〜四m程離れた位置で停止。それと同時に、ジョナサンのサーヴァントである、アーチャー。
ジョニィ・ジョースターも霊体化を解き、実体化。人差し指の照準を、アレックスの額に向けて構えた。「ひっ……」、と言う声が、アレックスの後ろから聞こえて来た。

「……アーチャー」

 数秒程の間を置いて、ジョナサンが言葉を発した。
ジョニィは明らかに、アレックスに対して、爪の弾丸を放とうとしている。威嚇でも何でもない、此方に対して攻撃を仕掛ければ、即、動く。
ブラフでも何でもなく、その本気さを、ジョナサンは感じ取っていた。先程まで共闘した相手にも、お前は牙を向くのか、ジョニィ・ジョースターよ。

「マスター、君にも解っている筈だ。彼が向ける殺意を」

 そう、ジョナサンだって能天気な馬鹿じゃない。
アレックスが此方に向けて放射しているものが、敵意と殺意である事は、理解している。
無論、アレックスが此方にそう言った感情を向ける気持ちは、解らなくもない。今のアレックスは、ステータスの上では一段二段も劣るジョニィですら、
殺し切れる可能性がある手負いの状態である。あのバーサーカーの少年と戦った時は必要に駆られて共闘しただけ、と言う側面が否めない。
となれば、アレックス達の側からしたら、ジョニィ達を頭から信用するのは、難しいのは当然の事。必然、このような状況に陥ると言う訳であった。

「……落ち着いて欲しい、ランサー。少なくとも僕には、君と争う気概はない」

 と、ジョナサンは語るが、これで敵意が薄らぐとは、彼も思っていない。現にアレックスは、怪訝そうな顔で此方の顔を睨むだけであった。

「信用出来るかよ」

「嘘じゃない。僕らは聖杯を破壊して、聖杯戦争を止めに――」

「馬鹿かお前、何でも願いの叶う杯を破壊する何て、正気じゃねぇだろ」

 ジョナサンは事此処に及んで、自分の思考がどれだけ顰蹙を買う考えなのかを理解していなかった。
当人の意思など関係なく、契約者の鍵に触れただけで此処に呼び出され、願いが叶えられる杯が手に入るぞ、さぁ殺し合ってくれ。聖杯戦争の本質はこれである。
これは到底許される事柄ではない、正義に反する。だからこそ、その裏に潜む主催者に制裁を与え、参加者の犠牲と血肉で出来た聖なる杯を破壊する。
論理の帰結としては納得しやすく、寧ろ共感を得るのも容易い考えであるが、ジョナサン達のこの考えに賛同する人物とはあくまでも、聖杯戦争に接点のないNPC或いは、
この聖杯戦争自体に怒りを抱く者だけなのだ。聖杯を用いて願いを叶えたい人物が相手では、ジョナサンの説得など滓程の効力も持たないどころか、
最悪聖杯戦争自体を台無しにしてせっかくのチャンスを水泡に帰させる人物として、排除される危険性すらあるのだ。
故に、他参加者を説得する口上としては、聖杯を破壊すると言うスタンスの表明は、下の下。ジョナサン・ジョースターは、あの時十兵衛がして見せた指摘の意味を、理解していなかったのだ。

「少なくとも俺達は聖杯を利用して、元の世界に帰るって言う目的があるんだよ。聖杯を破壊されて……痛ぅ……ッ!!」

「アレ、ッ、モデルマン!!」

 精神の均衡を欠いた状態にある北上は危うく、真名を言いそうになるが、慌ててクラス名に修正する。
モデルマンと言う言葉の意味する所を理解出来ずにいるジョナサンとジョニィであったが、少年のバーサーカー、
高槻涼が放った荷電粒子砲に貫かれた部位が齎す痛みに苦しむアレックスを見て、その疑問は吹っ飛んだ。

「大丈夫か、ランサー!! ……いや、ちょっと待て、其処のマスターの君……腕が」

 気付いたのだ。北上の右腕の肘から先が、完全に消えてなくなっている事に。
その指摘を受け、ビクリ、と、露骨な反応を見せる北上。剥き出しの骨を触られたようであった。


105 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:39:48 TxdweBeY0
「成程、な。あのバーサーカーと戦う前から、いやに魔力を消費していると思ったが……僕らが戦う前に、既に手痛いダメージを受けていたのか……」

 ジョニィの言葉に、アレックスは歯噛みする。一から十まで全て、その通りの事柄であったからだ。

「……何しに、此処に来た」

 此処で初めてアレックスが、ジョナサン達に、自分達を追って来たその意図を問うた。

「聖杯を破壊しようにも……僕らだけじゃ心許ないのは事実だ。同じ考えを持った仲間を探してるんだが……」

「それを俺らに求めるのか? 言っておくが俺らは――」

「聖杯を求めている、と言うんだろう? それは確かに僕としても許せない事柄かも知れないが……そうだな、確かに君達みたいに、切実な願いを抱く者も……いるんだよな」

 少しだけ、残念そうな表情をし、ジョナサンは言葉を続ける。

「だが、聖杯戦争の果てに手に入る褒賞の聖杯が、本当に願いを叶えるそれなのかも疑わしいだろう? 元の世界に戻るだけ……と言うのならば、超常存在のサーヴァント達だ。
それ位出来る存在、一人や二人、いないとも限らない。どの道、僕ですらもこの先何が起こるか解らないんだ。ある時期までは、一緒に行動する事は、間違いじゃないと思う」

 言葉に詰まるのはアレックスの方だった。正直な話、その通りだと思ったし、同盟自体が、魅力的な提案であったからだ。
同盟のメリットは、サーヴァントが二体になる事で単純に戦闘状況に直面した場合、事を有利に運べる事だ。
無論最終的には、聖杯を求めて戦うと言う未来がある事も否定できないし、そもそもジョナサン達は聖杯を破壊する側の人間だ。
聖杯を求めるアレックス達とは確実に最後の最後で争う事は目に見えている。それでも、この提案が魅力的に思える理由は、一つ。
それはアレックス及び北上が、聖杯戦争を勝ち抜くには非力な主従であるからに他ならない。北上は魔力の総量が少なく、アレックスは器用貧乏。
美貌のアサシン・浪蘭幻十、核熱のバーサーカー・ジャバウォック。この二人と戦って解った事だが、彼の戦闘能力は、かなり控えめだ。
とどのつまりは、自分達だけの力では、聖杯を勝ち取るどころか、生き残る事すら解らないのである。生存率をせめて上げる方策として、同盟はかなり理に叶った選択なのだ。

 アレックスは考える。
此処が、この聖杯戦争における自分達の最大の分水嶺なのではないか、と。
自分達は今手負いの状況だ。魔力の消費も馬鹿に出来ない上に、マスターである北上の状態も最悪を極る。
そもそもそんな主従を見つけて、同盟を組もうだなどと、婉曲的な言葉を用いたとしても、持ち掛けるマスターの存在など、稀何てレベルの話ではない。
人が良すぎて、何か裏があると勘繰る方が正常な反応な程である。そして、今自分達の目の前にいる男は、そんなマスターであった。
此処で選択を間違えてしまえば、自分達は間違いなく、聖杯に辿り着くどころか、今日の一日を乗り越える事もなく死んでしまう。
普通に考えれば、乗るべきだろう。しかし、アレックスはまだ疑っている。


106 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:39:59 TxdweBeY0
「……一つ、条件がある」

 重苦しい様子で、アレックスが言った。

「マスターの腕か、俺の傷を治して欲しい」

「君のマスターと、君自身を?」

 ジョニィがオウム返しに返事を行う。

「見ての通りだ、マスターは前の戦いで腕を失った。日常生活も不便だろうよ。……んで俺がこのまま消滅すれば、間違いなくマスターはのたれ死ぬ。……それだけは、避けたい」

「……モデルマン」

 提案としては、尤もな所である。が、厳しいものであるのは事実だ。
ジョナサンの波紋は傷を治す事は出来るのだが、欠損した身体の部位までは修復できない。ジョナサンからして見たらそんなもの魔法か何かだ。
次に、アレックスの身体の治療だが、これ自体は、魔力を分け与えれば済む話であろうが、魔力が黄金より重い意味を持つ聖杯戦争で、それを分け与えるのは、
余程信頼した主従以外にはやりたくない。無論、アレックス達を信頼していない訳ではないが、全幅の、と言う言葉を用いる程ではない。
それ以上に、たった今ジョニィから釘を刺された。【貴重な魔力を割くべきではない】、と。ジョナサンの性格を鑑みたら、やりそうであると踏んだのだろう。

 困ったな、と言う風に考えを巡らすジョナサンであるが、一つ。賭けに等しい妙案が思い描かれた。
それは、自分達が拠点としている新宿御苑周辺でも特に目立ち、そして――恐らくは、<新宿>の聖杯戦争に馳せ参じた人物達なら、皆が気付いているであろう病院であった。
ドイツが生んだ誉れ高き詩人であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名作、ファウストに登場する誘惑の悪魔、メフィストフェレスと同じ名をした病院。

「――『メフィスト病院』だ」

 ぴくり、と、アレックスも北上も反応を示した。そして、ジョナサンのサーヴァントである、ジョニィでさえも。

「君達の傷を治せる所は、メフィスト病院以外に存在しないと僕は思う」


.


107 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:40:43 TxdweBeY0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 十九世紀の精神分析家であるジグムント・フロイトが、人の心の中に無意識の領域を発見し、その世界にアプローチする方法として、
夢分析と呼ばれる手法を確立してから、百年以上の年月が経過していた。人は眠りに入ると、夢を見る。誰に教えられるでもない。
古の昔から、人間が知る不変の知識の一つである。しかし、何故人が夢を見るのか、その原因と、メカニズムを発見出来た人間は、未だ現れていないと言うのが実情だ。
今日に於いてすら、肉体から抜け出た意識或いは魂が夢を見せている、夢自体が神や悪魔と言った上位次元の存在が見せる予言或いは神託なのだと、
本気で主張する者もいる。何故、科学が世を統べていると言っても過言ではない二十一世紀の世界に於いても、斯様な前時代的な思想が幅を利かせているのか?
誰も科学的に、夢と言う事象の全てを解体出来ていないからに他ならない。

 夢とは人の『身体』が生きている時にしか見られない。
人の『心』が見せる虚像であり実像である。『現実』に体験し、獲得した知識が『空想』の世界に反映される、『意識』の中に生まれた一つの世界である。
『身体』と『心』、『現実』と『空想』、そして『意識』が、パッチワークキルトの如く織り交ぜられた夢の世界は、深層心理学と言う学術分野が確立され、
解体の為のメスの刃を此処まで研ぎ光らせても、未だにその全貌を切り拓けずにいる。

 ――この病院は、そんな、『夢』の領域すらも扱っていると言う事を、此処の<新宿>の住民の誰も知らない。
誰も知らないと言うよりは、誰も知る事がなかったと言うべきか。いや、知る必要性がなかったと言うのが、一番正鵠を射ているだろう。
――人の身体が、蛋白質から『夢』で構成されてしまう現象。恐らくこの意味を理解する人間はいないし、あまつさえ、魔術師ですら理解不能であろう。
現実の肉体にまで影響を及ぼす魔術的な悪夢、身体が夢で構成される奇妙な現象。そう言った患者を治す為に、メフィスト病院のとあるフロアには、
通称夢科と呼ばれる診療科が存在するのだ。但し、今は閑古鳥が鳴いている状態に等しい。
理由は単純で、此処<新宿>には、“魔界都市<新宿>”で頻々と起る奇病や魔疫の類がゼロであるからに他ならない。魔術的な奇病など滅多に起こらない。
必然、夢科は使われなくなる。現在のメフィスト病院は、魔術的な治療が絡む診療科は一切使われておらず、代わりに、一般の病院にもある様な診療科がフル稼働している状態であったのだ。

 そう――ほんの一日前までは。

「先生の見解を、御伺いしたい」

 細身の刀身を思わせる老人であった。
背丈も体格も、特筆するべき所はなく、皮膚の張りも既に身体からは失われ、若々しさとは無縁の、そんな男だった。
しかし、その瞳に宿る光を見るが良い。蛮刀の荒々しさではなく、剃刀に似た鋭い光を湛えたその瞳は、呆けた老爺の瞳とは一線を画する。
例えるならその男は、倭刀の剣身。例えるならばその男は、引き絞られた鋼の糸。
戦士としての風格を身体から醸し出して居ながら、纏う白衣から放たれる知性の香りが、全く損なわれていなかった。
名を、不律。頭に黒いものが一本としてないその老人の名であり、此処メフィスト病院の専属医の一人として働く、聖杯戦争の参加者であった。

「大脳、脳幹、代謝共に異常なし。脳波は勿論の事、脈拍から循環系の全てに至るまで、取り立てる所もなし」

「つまり」

「先生の見立ての通りですよ。これは、ただの昏倒ではありません」

 不律に対してそのような言葉を投げ掛けるのは、年の頃にして三十代半ばの白衣の男であった。
掛けた鼈甲縁の眼鏡が、メフィスト病院の給金の高さと言うものを窺わせる。中原と言う名前のこの男は、メフィスト病院夢科に所属する医者の一人。
そして、綾瀬夕映の担当医の『一人』。一人、と言ったのは、彼の少女の病状は複雑怪奇であるらしく、複数の診療科の腕利きが、担当分野を分けて見ているからだ。
その複数の診療科の医者と言うのが、近頃は全く患者が来ないので医務室で暇をしていたらしいのだが、ある時を境に患者を回された為に、途端に、嬉々として職務を遂行しているわけだ。

「ただの昏睡、昏倒の類ではない事は儂にも解る。だが、脳にも身体にも異常がないとすれば……やはり、このような場所の領分かと思うてな」

「正しい見方ですね。脳にも身体にも原因を見いだせない昏睡は、我々に言わせれば、霊障か、魔術によるものと相場が決まっておりますので」

 うんうんと首を縦に振る中原。


108 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:41:04 TxdweBeY0
「ですが、カルテやレントゲンを見せて貰っただけでは、この手の症状は何が原因なのか断定しづらいのも、また事実です」

「何故か」

「霊や魔術はそれ自体が神秘に拠るものだからですよ。それ故に、科学ではその異変を感知し辛い。古の昔より、霊や魔が成した障害を観測、解消するには、霊や魔、聖(ひじり)が宿った器物で見るのが確実なのです」

 サーヴァントのファウストも言っていた。神秘の塊であるサーヴァントに人間が直接攻撃を行い、損傷を与えるには、神秘を纏った攻撃でなければならない、と。その法則の延長線上にあるのだろうかと、不律は考える。

「だが、此処の病院の施設であれば、霊や魔の成す障害も観測出来る筈では?」

「ははは、それは院長が手掛けたシステムですから。院長が手掛けた科学は、容易く神秘を征服し、解体する。だからこそ、魔界医師であり、この病院の院長なのですよ」

 「つくづく凄い方です」、と中原は言葉を切った。
実際不律の目から見ても、メフィストと言う男の医術は凄い……と言うよりも、神業なんて言う言葉では尚足りない程の医療技術の持ち主であった。
まるで、ケイローンの下で育てられた、死者を蘇生させる医術の持ち主として有名な、アスクレピオス宛らであった。
きっとあの男ならば、死者すら蘇らせる事が出来るのでは、と、不律は思わずにはいられない。

「それで、中原先生。この綾瀬夕映の症状は、見当が付くだろうか?」
 
「他の診療科の先生の意見を仰がない限りは、何とも言えませんな」

 首を横に振りながら、中原はカルテを横のデスクに置いた。
其処には患者である綾瀬夕映の顔写真と一緒に、彼女の病状や現在の体長等々が仔細に書き込まれている。

「一口に霊障や悪魔憑き、狐憑きと言いましても、色々あるのです。もっと言えば、齎される障害は実に様々です。
同じ悪魔でも、例えば夢魔の類に干渉された場合は我々の分野になりますが、患者の性格を大きく改変させる悪魔に取りつかれた場合は我々より寧ろ心霊科や魔術科の領分になるのです」

「綾瀬夕映が区内の病院から、メフィスト病院に搬送されてから既に二日は経過している。それでもまだ結果は出ぬ、と」

「お恥ずかしい事ですが、相当難航しております」

「何故か」 

「魔術科の先生達の見解によれば、これが極めて大掛かりかつ高度な呪いの類であるとの事なのですよ」

「ほう」

「私もそれについては同意です。問題は……」

「問題は?」

「高度すぎると言う事ですな」

 かぶりを振るった。

「綾瀬夕映さんの魂が、別の所まで抜き去られている。『昏睡の正体』はこれなのですよ」

「魂を?」

「今の彼女の状態は、仮死状態に近いそれ、と言った方が宜しいのかも知れません。脈もある、呼吸もある、脳波も安定している。だが、魔術的に見れば死んだ状態。それが、今の彼女なのですよ」

「専門外の故に、初心者の様な質問をする事を許してほしいのだが、魂を抜き取られる事は、死ぬ事とほぼ同義ではないのか?」」

「間違ってはいません。ですが、事と場合による、と言う所でしょうか」

「事と場合に……?」

「単に魂を抜き取られただけであるのならば、その魂を元の肉体に戻せば、当該人物は復活します。ですが、心臓や大脳を破壊された状態の肉体に、魂を入れたとしたら、どうなります?」

「常識的に考えれば……元の肉体がそんな状態なのだ。戻った所で、どうしようもないと思うが」

「事と場合と私が申しましたのは、そう言う事ですな。元の肉体が生命活動を維持出来ない状態の肉体には、魂は戻れないのですよ。いや、戻っても意味がない、と言うべきでしょうか」

 確かに、そう言う事ならば論理に矛盾はない。

「では綾瀬夕映は、その魂を肉体に戻せば」

「えぇ、理論上は九割の確率で蘇生するでしょう。ああ、残りの一割と言いますのは、肉体を離れている間魂が摩耗していたり損傷していたり、と言った事態を想定してです」

「肉体に戻せるか?」

「戻せませんねぇ」

 凄まじくあっさりと、中原は匙を投げた。


109 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:41:38 TxdweBeY0
「『昏睡の正体』は、我々は突き止める事が出来ました。ですが、その魔術が『如何なる術であるのか』、それが全く解らないのですよ」

「それが、高度過ぎると言った理由か」

「はい」

 ポリポリと、側頭部を人差し指で中原がかいた。

「魔術の世界も結局の所、異界の法則や特定の理の下でしか効力を発揮出来ません。呪いと呼ばれる奴も、それが如何なる類のものなのかを判別させない事には、打つ手立てもないのです」

「医療と同じだな」

「えぇ」

 苦笑いを彼は浮かべた。

「この病院の施設でも特定し難い呪い……相手は余程高度な魔術を扱う術者に他なりません。難航の正体が、それなのです」

「では進捗は、ないと言う事か?」

「一概にそうとも言えません」

 言って、机の上に置いてあった、外で開発された物とは違う、PCタブレットを手に取った。
今は所持していないが、不律にもそれは配られている。ただのタブレットではない。魔界都市の技術と、メフィストの悪魔の智慧が混ざり合った器物である。
人類が開発した量子コンピューターの数万倍の演算速度を叩き出す事を可能としていながら、タブレットのレベルにまで小型化する事に成功した、科学の最先端の先を行く電子機器であった。

「今から見せるものは、綾瀬夕映さんの夢を映像化して、このタブレットに出力したものです」

「夢を、映像化……。何を使った?」

「まぁ噛み砕いていえば、夢たしかめ機、って奴ですよ」

 ハハハ、と笑いながら、中原は目当ての映像のサムネイルをタッチし、それを不律の方へと見せつけた。
映像はおよそ一分ほどの長さである事がシークバーから窺う事が出来るが、動画自体の長さよりも目を引くのが、映像そのものだった。
綾瀬夕映が、確かにそこにいる。先程見て来た患者の顔を見間違える程、不律は耄碌していない。間違いなく彼女が動画に映っている。
しかも、動いている。動画である以上当たり前だと思われるが、先程まで何をしても動かなかった少女が、全く問題なく活動していると言うのだから、
不律としては驚きを隠せない。だが、それ以上に奇妙だったのは――

「此処は、何処だ?」

 疑問に中原が答えてくれる事を期待して、不律は言葉を発した。
綾瀬夕映は、見知らぬ街角で生活を送っていた。この見知らぬと言うのは、行った事のない都会や村落とか、集落とか言う意味ではない。
本当に、知らない街なのだ。建造物の様式が、明らかに二十一世紀よりも千年、いや、事によったらそれ以上昔のそれなのである。
街行く人間の服装は古代ローマのそれを踏襲した様な、麻の軽装であったり白いトーガであったり。舗装された街路には当たり前の如くに荷馬車が走っていた。
動画の中の夢世界は青空であるらしい。一瞬だが、その青さに不律は目を奪われた。工業地帯も地球上になく、汚れた物を人類が海に流し空に昇らせていなかった太古の世界の情景とは、きっと、こんな物であったのだろうか、と、連想せずにはいられなかった。

「此処は、何処か。結論から言いましょう。解りません」

 残念そうな口ぶりで、中原が言った。

「周囲の建造物の様式。ローマ様式にもエジプト様式にも取れますが、これと言った特徴が掴めない。地球上に存在しなかった文明です。なのに、この異様なリアリティ。
よく見て頂ければ解りますが、綾瀬夕映さんの見る夢に出てくる建物から青空、道行く人間全てに至るまで、かなり精緻に形作られています。
まるで……そう。『実際にこのような場所を何処かで見聞している』かのようなリアルさです」

 夢は、当該人物が経験した体験や、獲得した知識とリンクする。
その人物が知らない事柄の夢は基本的に曖昧かつ抽象的な姿として映像化されるのだが、この映像。
もしも中原の言う事が本当であるのならば、綾瀬夕映は何処から、この夢の中に不思議な世界を見聞きしたのか?
疑問に思っても、映像の中の綾瀬夕映は答えてくれない。宮崎のどかの通う学校と同じ制服を身に纏いながら、オロオロと街道を歩く綾瀬夕映は。

「解決の糸口は、間違いなくこの夢の世界にあると私は思うのですが……これ以外に手がかりがありませんので……」

 やはり、心底残念そうな口調を隠しもせずに彼は言った。それ以上に残念そうだったのが、不律の方である。
この老侍には、綾瀬夕映が、聖杯戦争に参加したサーヴァント或いはマスターの毒牙に掛かっている事を、既に見抜いていた。
中原の様な専門の診療科に属していなくても、今の彼女の身体状況から、そんな事、容易に想像が出来る。
綾瀬夕映を救うと言う目的もあるが、それと同じ位、この呪いを施したサーヴァントの正体を知りたい、と言う心持ちも不律には存在する。


110 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:42:09 TxdweBeY0
 打つ手なしか、と落胆しかけた不律であった。
――その時であった。氷で出来た蛭が、何百匹も身体を這い上がって行くような、総毛立つような感覚を覚えたのは。
バッと自動ドアの方に向き直りながら、懐に差した刀の柄に手を掛ける。半秒程遅れて、診療室に、チャイムが鳴り響いた。
慌てて中原は、自動ドアの入室許可スイッチを押す。音もなくドアは左右にスライドして行き――その美しい男が姿を見せた。
標高七千mと言う極寒かつ超高度の霊峰の頂にしか積もらない万年雪で形成されているとしか思えない程の白さを誇るケープを身に纏う、
自然界の法則をも、『美』と言う概念的な要素で支配しかねないその男。メフィスト病院の主であり、聖杯戦争に参加した魔術師のサーヴァント。ドクター・メフィストが。

「い、院長!? な、何の御用でしょう……?」

 この病院に於いてはカースト制度と言う前時代的な身分区分が、暗黙の了解的に存在する。
但し史実の様な、バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・スードラ、更に不可触民であるアチュート、と言った様な生まれや職業別のそれではないし、
寧ろ職場における上下関係の延長線上のものであり、其処まで酷いものではない。しかしそのヒエラルキー意識はこの病院の職員の、
不律を除いたほぼ全員に徹底して刷り込まれており、それが絶対的な関係であると彼らは認識している。
即ち、院長であるメフィストが上であり、それ以外の職員は下。この関係は徹底されており、如何な超常的な力を持った医者や職員ですら、このヒエラルキーを壊せない。
それだけ、メフィストと言う男が誇る魔術の腕前と、知識の量が、次元違いであるから。そして――そんな文句も吹っ飛ぶ程に、美しいからだ。
恐ろしく中原と言う男はおろおろとしていたが、それを小ネズミめいているとは、不律も思わない。その様な反応も、むべなるかなと思ってしまうのだ。メフィストと言う男を見てしまえば、誰だって、そんな反応を取るのではなかろうか。

「夢科以外の、綾瀬夕映氏を担当していた診療科の先生から、このような患者がいる、と言うカルテを送られてきてね。興味が湧いたので、足を運んだ次第だ」

「では……、院長自らが?」

「無論、君に打つ手立てがあるのならば、それを尊重しよう。私は夢科の所属医である、中原巧先生を信頼しているからな」

「……も、申し訳ございません。正直な事を言わせて頂くならば……、私には綾瀬夕映氏を治療する事は……」

「構わん。そう言う患者が運ばれる事は珍しくなかっただろう。下がりたまえ。中原先生。後は此方が受け持つ」

「了解しました……」

 言って中原は、メフィストに対する畏敬の念を抱きながら、素直に医務室から退室。
後には、メフィストと、刀の柄に手を掛けたまま動かない不律だけが残された。

「出てきやすいのではないかな、ランサー」

 言って不律の方に、ではなく、部屋の片隅に目を向けるメフィスト。
ゴミ箱も置かれていなければ、書類棚すら存在しない完全なる部屋のデッドスペースの一角に、その男が姿を現した。
ナナフシの様に細長い身体つき、茶色の紙袋を頭から被った奇怪な出で立ち。不律が従えるランサーのサーヴァント、ファウストとは、この奇人の事である。

「数十分ぶりですな」

 と、ファウストはさしあたって挨拶を交わす。
不律は己のサーヴァントが此処にいる事に気付かれている事も、彼がメフィストと話している事も、全く驚いていなかった。寧ろ、当たり前だと思っている感すらある。

「件の患者を診たかね」

 言うまでもなく、その件の患者とは、綾瀬夕映の事だ。

「時間の都合上、触診も診察もしておりませんな。霊体化した状態で、少しカルテを拝見させて貰った程度ですが……」

「君の意見を伺おう」

「サーヴァントが裏で糸を引いている以上の事は解らない、と言うのが正直な所です。何分私、魔術の分野が消え去った世界から来ましたので」


111 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:42:33 TxdweBeY0
 これは、半分は事実である。そもそもファウストがいた世界は、魔術と呼ばれる術理は科学的に証明、解体され、法術と呼ばれる形態に変化(進化)した。
科学によって説明された魔術は、性能は上がったかもしれないが、およそ全ての魔術が有している神秘と言うものが極限まで損なわれた。
そのせいで、心霊が絡む領域やスピリチュアルな現象が齎す奇病と言うものはほぼ絶滅寸前にまで追い込まれてしまったのだ。

 そして、半分は嘘である。
ファウストは実際には、魔術的な要素が絡んでいると思しき奇病を知っている。知ってて言わなかった訳は、シンプルに二つだ。
一つ、その病気を治せなかった事。そしてもう一つ、ファウスト自身が現代医学にカテゴライズされる病気だと認めていない事。
幽霊が憑依しているとか言うのならばまだしも、偶発的にタイムスリップしてしまう病気など、ファウストは絶対に病気と認めたくないのであった。

「……何故、此処に足を運んだ? 院長、いや。ドクター・メフィスト」

 何百トンもある石を動かすかのような労力を以て、漸く不律は口を開いて、言葉を発する事が出来た。
目の前の神医を相手にコミュニケーションを取るのは、並々ならぬ労力がいるのである。

「偶然、その患者を診ていた人物に、不律先生が含まれていたと聞いてな。優れた医術をお持ちのサーヴァントを従えているのだ、君の意見も伺いたかったのだがな」

「御力になれず申し訳ない」

「患者をまだ見ていないのだろう、仕方がない事だ」

 と言いながら、メフィストは、先程中原が机の上に置いたカルテを手に取り、それを眺めた。

「此処の病院の腕利きですら、その全貌が明らかにならない呪い、か。成程、相当の手練だな」

「Dr.メフィスト、それでは貴殿は、この呪いの類にどう対処するおつもりで?」

「私の目で診察してから決めよう。百万文字にも渡る仔細なカルテより、一分の触診だ」

 其処でメフィストは、不律らに背を向け、始めた。翻るケープが、オーロラの様であった。

「不律先生の案内に従い、綾瀬夕映の所に先に向かっていたまえ」

「私達だけで、ですか? 先に診る事自体は、吝かではないのですが」

「用事を済ませてから私も追って向う。時間は掛からない」

 言ってメフィストは、医務室から足早に退室、後には不律とファウストだけが残った。
純白の美魔がいなくなったせいで、一切の色取りを失ったその部屋で、不律は、己が使役する槍兵のサーヴァントに問うて見せた。

「罠か?」

「罠に掛けたいのであればこの病院以外の所で既に掛けているでしょうし、既に我々も生きていないと思いますがねぇ……。違うとは思いますよ。あの方は……少なくとも、自分の医術に纏わる事柄に関しては、真摯です」

 それは不律自身も良く解っている事柄だった。
メフィストは患者を治す、と言う事柄を、聖杯戦争を勝ち抜くと言う事よりも重視している。その在り方は崇高とか高尚と言うよりも、最早狂気の域に達している程だ。となれば、これは恐らくは、罠ではないのだろう。

「一応、私もその患者を診て見たいですな。マスター、案内の程を」

「心得た」

 言って不律が歩き出すのを見て、ファウストも霊体化。腰に刀差す老侍の後をファウストは追った。
――この時、彼らは気付いただろうか。何故メフィストが、この二人だけを患者の下に向かわせたのか。
気付いていないのは、明らかであった。となれば必然、解る筈もない。病院の外に、魔力と霊気が蟠り、それの正体を確認すべくメフィストが其処に向かった事も。


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112 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:42:58 TxdweBeY0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 タクシーの運転手に指定の料金を払い、車外に出、メフィスト病院の入口近くで立ち尽くしているのは、一之瀬志希である。
見る者が見ても、今の彼女を、某プロダクションに所属するアイドルの一之瀬志希だ、と断定出来る者はほぼいないだろう。
貴女は一応、それなりに名の売れている人物であると言う自覚を持て、と言う永琳の指摘を受け、ステージ衣装ではなく、指定の学校制服を着用しているからだ。
だがそれ以上に、彼女を一之瀬志希だと判別を難しくしているのが、今の彼女の表情であった。
驚く程優れていない。マイペースで能天気と言うのがウリであるのに、今の志希の表情は、酷く精彩を欠いている状態なのだ。

 ――何故か。
それは、本格的に聖杯戦争が始まってしまった、と言う事実をいやがおうにも実感しているからに他ならない。

【一日目の時点から……随分と、ね】

【……うん】

 そもそもの切欠は、タクシーの運転手が流していたニュースラジオから流れた、緊急速報であった。
有体に言えばそれは、新宿二丁目のとある交差点に、外国人女性を抱えた異形の右腕を持った青年が現れ、大暴れ。
結果、一度舗装し直さなければ道路としての体を成さない程周辺が破壊されただけでなく、五十数車両以上もの自動車が爆発、壊された事。
現在は道路の消火活動を終え、警察が緊急捜査と現場検証にあたっていると言う。通行封鎖箇所も出来ており、運よく拾ったタクシーはそう言った交通事情を把握していた為か、渋滞を免れる事は出来た。

 トップニュースが、これだけならばまだ良かった。 
その速報を受けて急いで志希はスマートフォンを開き、ニュースアプリで更なる情報を得ようとして――固まった。
トップニュースは、それを含めて『四つ』あった。一つ、早稲田鶴巻町の某公園とその周辺地域が、竜巻が通った後みたいに破壊されていた事。
二つ目、落合のあるマンションの駐車場で、停めていたマンション住民の車の車体が融解、更にある一室が調度品から壁紙、トイレや台所に至るまで粉々に切り刻まれていた事。
三つ目、指名手配犯・遠坂凛の邸宅周辺の飲食店に放置されていた、巨大な怪物の死骸と、新大久保のコリアタウンのある建物で斬り殺されていた鬼の死体。
それらが、ニュースアプリのトップトピックスであったのだ。

 普通はこれらが何であるのかなど、普通の人間は知るべくもないであろう。
しかし、志希達は、この不可解な大破壊と死骸が、何によって齎されたものなのか、理解しているのだ。
そう、これこそは、聖杯戦争の参加者。座より招かれた超常の存在、聖杯を求めてこの街を跳梁する者達。サーヴァントの手によるものだ、と。

【マスター、私が思うに、事態は相当深刻よ。元々この街は狭いから、戦闘が頻々と起る事は予想していたけれど、此処までとは私も予想外だったわ】

【つまり……、あれだよね? 私達ももう例外じゃないって事……】

【安全な場所なんて、ないに等しいわ。残念ながら】

 もともとそう言った事は志希も認識していたが、こうまでその現実を見せつけられると、内臓がキュッと圧迫されるような感覚を覚える。
そう、この街の平穏は最早死んだのだ。自分の身の安全は、最早保証不可能なのだ。生き残りたければ、相手を殺して、聖杯まで辿り着かねばならない。
棄権もサレンダーも出来ない、余りにも残酷なデスゲームに自分が参加している事を、志希はまざまざと実感していたのだった。
もう、泣きそうになる。大の大人ですら逃げ出したくなるような状況なのだ。まだまだ精神的には子供の域を出ない志希は、身も世もなく泣きだして逃げ出したい位であった。

【泣きたい気持ちも、わかるわ。マスター。だけれども、今は堪えてなさい。その時が来たら、痛みと苦労の九割程は、私が受け持つから。今は、成すべき事に集中して】

 厳しくも、志希への配慮が見え隠れする永琳の言葉に、少しだけ、志希は救われた。
こくり、と小さく頷き、改めて彼女らは、自分達の降りた場所である、メフィスト病院前を確認する。

【……何から何まで常識破りね、此処は】

 呆れた様な驚いた様な、そんな感情を永琳は隠せない。
純度の高い石英みたいな白く大きな、宮殿めいた大病院。百車両以上もの自動車の駐車を可能とする専用のパーキングエリア。
病院周辺には食事処やコンビニをカバーしており、如何にも、都会の最中の大病院と言った風情である。
サーヴァントの運営する病院、しかも、名前があの『メフィスト』病院だ。志希としては、外壁の色は黒一色で、入口の辺りに黒山羊の頭でも飾っているのかとすら思っていたが、余りにも普通の大病院過ぎて、拍子抜けする。


113 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:43:18 TxdweBeY0
【寧ろ、そっちの方がまだ可愛げがあったかも知れないわね】

 そんな、志希が思い描く一般的な魔術師の根城のイメージに対する、永琳の返答がこれであった。
【どうして〜?】と疑問をぶつけてくるマスターに、この優れたアーチャーはすぐにその訳を話し始めた。

【余りにも目立ち過ぎな上に、現代の多くのものを受け入れ過ぎよ此処は】

 永琳の言っている事を詳しく理解出来ている訳では志希はないが、確かに、その通りなのかも知れない。
駐車場に停められた車、病院が設置したと思しき自動販売機、今も病院を出入りする、入院患者の親族や関係者と思しき人々。

【恐らくこの病院はある種の巨大な陣地であり、この病院を管理するサーヴァントはキャスターだとは思うけれど……通常キャスターのサーヴァントの陣地は、解り難い場所に作製して、そして、信頼を勝ち得た存在しか通常は足を踏み入れられない所よ】

【全部のセオリーから外れてるね】

【だから不気味なのよ】

 霊体化しながら、恐らくかぶりを振るっているであろう事が志希には解った。

【誰の目にもハッキリ映る形で、都会の真ん中に神殿に匹敵する規模の陣地を作成するだけじゃなくて、病院として運営、患者を事実治療させて……余りにも、
現代の生活に馴染み過ぎている。仮にこの陣地に主がキャスターだったとして、常軌を逸してるわ。これならばまだ、貴女が言ったみたいに、
黒山羊の頭でも入口にデンと飾っておいた方が、よっぽどらしくて可愛げがあるわ。此処の主は、私に匹敵する天才か……】

【天才か……?】

【ただの馬鹿ね】

 バッサリと切り捨てた。何だか此処まで言われると、志希としても此処に足を踏み入れるのが怖くなる。
病院だと言う先入観が今まで強かったが、此処はまず間違いなく、サーヴァントの居城なのだ。
其処に、今から永琳と自分は入って行く。未だに二の足を踏んでいる志希であったが、入り口の自動ドアからロビーを透かして見ると、
自分よりも小さい子供や、年配の男性や女性が、待合席で座っているのが見えた。そうだ、彼らですら、この病院は受け入れているではないか。
仮に自分が聖杯戦争の参加者だとしても……、自分にはこの、聡明なアーチャーがいる。彼女がいれば大丈夫だと思い、志希が一歩足を踏み出した――その時だった。

「――私の後ろに隠れてなさい」

 永琳の声が、念話を通して、ではない。一之瀬志希と言う女性の聴覚を通して聞えて来た。
永琳はその手に、自身の身長の半ば程もある和弓を取り出しており、更に、弓を持っていない側の手には、鋭い鏃のついた矢を握っていた。

「え、な、何してるのアーチャー?」

「良いから隠れてなさいな。それと、私の指示次第では、病院の中に駆け込む準備もしておきなさい」

「あの、何を……」

「サーヴァントよ。近付いて来るわ。病院の側からじゃない、道路の方からよ。それも、二体もいる」

 嘘、と志希は口にする。が、冷静に考えれば珍しい事ではない筈だ。
此処は誰の目にも見ても明らかなサーヴァントの居城、其処がメフィスト病院である。
となれば、自分以外の参加者も様子を確認しに来たり、最悪、襲撃を掛けに来る者だって、あり得た話じゃないか。
他参加者とかち合うタイミングが、丁度自分達の訪問の時だっただけ。あり得た事態であるが、心の何処かで、志希は、自分達は大丈夫だろうと思っていたのだ。

「ね、ねぇ。こんな駐車場で戦って大丈夫なの?」

「人に見られて困ると言う意味なら、問題ないわ。NPCの目に私達の姿が映らないような、認識阻害の魔術を今張り巡らせてるから。これを無視して、一直線に向かって来る……ますます以て、サーヴァントか、その回し者ね」

「アーチャー、その……」

「言われなくても解ってるわ。最初に、戦わないで済むか、と言った交渉でしょう? 尊重して上げるから心配しないで」

 永琳は聡明だった、志希の意図する所をしっかりと理解していた。
ホッと胸を撫で下ろし掛ける志希だったが、事態は未だに危険な状況の最中にあると思い出し、直に気を引き締める。
「来たわ」、永琳が、あそこに石が転がっているとでも言うような口調で志希に告げた。永琳の後ろに隠れながら、そっと頭だけを出して、彼女の目線の先を確認する。


114 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:43:56 TxdweBeY0
 クラシカルな黒い礼服を身に着けた、長身の外国人が先ず目立つ。
今<新宿>は愚か、日本に於いて、黒い礼服の男性と言えば、遠坂凛と一緒に行動していたあのバーサーカーの事を皆思い描くだろうが、
この男の礼服は遠坂凛のバーサーカーと違いよれよれのそれではなく、しっかりとアイロンがけをしており、シワ一つない。バッチリと着こなしていた。
そしてその外国人男性の後ろに、志希と大して歳の変わらない、<新宿>を所在地とする如何なる中学・高校とも違う指定制服を身に着けた女性が歩いている。
まさか彼女がサーヴァントな訳はあるまい。そして、事実それはその通りだった。駐車場内に、黒髪の外国人が足を踏み入れた瞬間、彼の両サイドに、霊体化を解いてサーヴァントが現れた。永琳の言う通り、二人いた。

【貴女の目には、あの二名のサーヴァントのステータス、如何映ってるかしら?】

【え〜っと……あの特徴的な帽子を被った男の人は、アーチャーで、ステータス的にはこっちの勝ちかも。それで、鉢巻つけた男の人も『アーチャー』で、ステータスは、耐久と魔力以外は向こうの勝ち】

【二人で一斉に掛かられたらキツいわね。いざとなったら、帽子の方のアーチャーから狙うべきかしら】

 念話でそのような計画を立てる頃には、既に向こうのアーチャー達は、会話が交わせる程の距離まで近づいていた。
彼我の距離は、七m程。アーチャークラスは大なり小なりではあるが、飛び道具の適性が高いサーヴァントである。つまり、接近戦は通常仕掛けに来ない。
そう言った適性を無視し、此処まで近づいてくると言う事は、向こうも話をしたい事でもあるのだろうかと、永琳は考えた。

「心配しなくてもいい。僕らは戦いに来た訳じゃないんだ」

 先ず初めに、黒礼服のマスターである男性、ジョナサン・ジョースターが断りを入れた。

「此処の病院に、ちょっとした用があってね。だから、その弓はしまって欲しい」

「えぇ、構わないわよ。其処の、鉢巻を巻いたアーチャーが、身体に溜めた魔力を此方に向けさせなければ、の話だけども」

 ビクッ、と。何故か、ジョナサンの後ろにいた少女が身体を跳ねさせた。如何やらあの、鉢巻の方の男のマスターであるらしい。
数秒程経過してから、チッ、と舌打ちを響かせて、鉢巻を巻いたアーチャー、アレックスは身体の内部に溜めさせた魔力を身体の中で循環させる。
これで、攻撃に転用させる事は出来なくなった。まさか自分を相手に、魔術を用いて攻撃しようなどとはお笑い草にも程があると永琳は考える。
対魔力スキルが高い事もそうだが、永琳自身が研鑽し積み上げて来た、魔術の才覚は、神に等しい程のそれにまで達している。一般的なサーヴァントが、彼女と魔術で対抗するのは、無茶もいい所である。

 アレックスが溜めた魔力を如何にかしたのを見て、永琳も、弓矢を四次元と三次元の隙間にしまい込んだ。
魔術によって生み出されたその隙間は、余人の目には空間にクレバスが空いた様にしか見えないであろう。
弓矢をしまって大丈夫なのか、と言う懸念が念話で伝わって来たが、問題はない。弓矢が無くても、サーヴァントごとマスターを攻撃できる魔術など、
永琳は百や二百では効かない程保有している。つまり、万が一不意打ちをされたとしても、志希を護れるには充分だと言う事だ。

「ところで、貴方達が此処に来た訳と言うのは、その外傷が理由かしら?」

 チラリと、ジョナサン、アレックス、北上の順で目線を配らせて、永琳は口にした。
ジョニィに一瞥もくれないのは、彼が怪我らしい怪我を負っていない事を見抜いたからだ。

「黒礼服の貴方は、左腕に銃弾が埋もれてるわね。早く摘出しないと危険よ、銃弾の金属は人体には毒だから。後ろの女の子の貴方は、右腕がないわね。
遠目から見た限りじゃ何とも言えないけれど、恐ろしく鋭利な何かで切断されたようね。それで、その子のサーヴァントである貴方は……説明不要ね、脇腹がないもの」

 右腕の事を指摘された北上は、「うっ」、と声を上げた。
そして、ロベルタの銃撃によって負った、銃弾の傷の事を指摘されたジョナサンは、一瞬驚いた様な表情を浮かべた。

「驚いたね……。一応それと解らないように銃痕は隠したつもりなんだけれど」

「血の匂いまでは消せないわよ。良く此処までその状態で来れたわね」

「随分と苦労したよ」

 苦笑いを浮かべてジョナサンは口にした。
裏路地を主に移動し、人通りの在る所を通る際は、早歩きで、かつ人通りが普通の通りにくらべて少ない所を歩く。
最短ルート、しかもバスやタクシーと言った移動手段を使えば十分程度で到着する所が、その倍以上の時間を掛けてしまった。そんな苦労が、永琳はその苦笑いから窺い知れた。


115 : 絡み合うアスクレピオス ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:44:09 TxdweBeY0
 永琳は考える。この主従達が、メフィスト病院の治療を受けに来たであろう事は明白だ。
メフィスト病院の事を知っていての行動ならば、大それた勇気だと思うが、その逆であるのならば、情報に疎すぎると言う他ない。
しかしどちらにしても、その判断は間違っていない、かも知れない。と言うのもメフィスト病院は、NPCの患者を必ず完治させた上で退院させると言うのは有名な話で、
少し調べればその裏は幾らでも取る事が出来る。つまり、こと医療に関しては、それこそスキルや宝具、或いは因果律の定めによる制約のレベルで、
真摯である可能性が高い。それを利用し治療を受けに来、なおかつ完治させた上で退院出来るのであれば、成程、此処ほど体の良い施設はない。
賭けてみる価値は、あるであろう。――そうと解っていて、永琳は一つ、カマを吹っ掛けて見た。

「如何かしら? その程度の傷なら、私が治してもいいけれど?」

 永琳の背中に隠れていた志希が、驚いた表情を浮かべる。
「アンタが……?」、と反応したのは、ジョニィの方だった。見た目相応の声だ。

「これでも医者の端くれなの。今の貴方達が負っているダメージ程度ならば、時間を置かずして治せるけれど。流石に、四肢がないのは無理だけれど」

 断られる可能性の方が高いと永琳は知っている。知りつつも、ダメもとで交渉に臨んだ。
理由は単純明快、恩を売りたかったからに他ならない。一言二言話して解った事だが、この紳士服の男は実直な青年である。
つまりは義理堅く――利用しやすい。と言う言い方は聞こえが悪い、つまりは、一緒に戦う、同盟相手としてはこれ以上となく適任だと考えたのだ。
では、制服の少女、北上は如何か? 結論を述べれば、彼女とアレックスの組は、永琳は切り捨てる算段でいた。
理由は単純で、アレックスが理由である。一目見て解った、アレックスの瞳の奥で燃える、理性と言う紗幕で隠された強い憎悪を。
同盟をあまり組みたくない相手であった、こう言う相手は自分から逸る行動を起こしかねない。ならば、多少リスクの低いジョナサンに交渉を、と思うのは無理からぬ事であった。

 ――さて、如何出る。そう思った、その時であった。
心臓を、氷で出来た手で掌握されたような、悪寒に限りなく近い寒気が、永琳のみならず、この場にいた全員の身体を襲ったのは。

「ならんな」

 その声は、ジョナサンらの頭上から聞こえて来た。
極楽浄土に響き渡る天琴の様な、オルフェウスが奏でる竪琴の様な、聞くだけで陽との心を蕩かすような男の声であった。
きっとこの男が何かしらの聖歌を歌おうものならば、冥府の王(ハーデス)ですら涙を流し、万の悪魔ですらその聖性の前に塵と化すであろう。
声の方に身体を向けたのは永琳だった。百分の一マイクロ秒程遅れて、ジョニィがその声の方に人差し指を向け――

 両者共に、慄然の表情を浮かべた。

「我が病院を頼りに此処にやって来た以上、その患者は私の庇護下にある」

 胡粉よりも、卯の花よりもずっと白いケープを纏った、黒髪の男であった。
全身を覆うケープの下からでも解る、人体の黄金比そのものと言っても良い、均整と調和のとれた身体つき。
美を司る神が手ずから筆と差金を取り、紙に設計図を描き、その通りに寸分の狂いもなく創った人間こそが、この男なのだと言われても、万民は納得しよう。
だがそれ以上に恐るべきは、その顔付き。精子と卵子が有する遺伝子情報の交合。それによって形作られた奇跡とは、到底思えない程、男は美しかった。
永琳は一目で理解した、この男の美は、既存の人類が有する如何なるDNA情報にも刻み込まれていない、悪魔のそれであると。
そしてジョニィは驚愕する。自分を自分足らしめる漆黒の意思が、神韻を放つ男の美が放つ聖光を前に、一瞬ではあるが薄れた事を。

 宇宙に鏤められた星々の中の王たる日輪をも凌駕する圧倒的な存在感。
太陽天の様に光り輝く美を誇ったその男の名は、一対何なのか。この場にいる全員が等しく、それを理解した。してしまった。
カン、カン、と音を立てて、メフィスト病院の非常階段二階部分から、一階に下りてくるこの男の正体は。

「君が如何なる医者なのかは知らないが、この病院から患者を横取りする者は、相応の裁きを受けて貰おうか」

 患者の治癒の為ならば悪魔にだってなる事を厭わないこの男の正体は――ドクターメフィスト。
この白亜の大宮殿の院長であり、そして、魔界医師と呼ばるる白き魔人その人であった。


116 : ◆zzpohGTsas :2015/12/10(木) 23:44:26 TxdweBeY0
前編の投下を終了します


117 : ◆zzpohGTsas :2015/12/17(木) 23:36:46 MnvjPDL20
延長します


118 : ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:17:41 0Dzi21gc0
感想は後程。投下いたします


119 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:18:16 0Dzi21gc0
 佇むだけで、その場の空気と雰囲気を支配し、自らの中に統合する男であった。
この男の眼前で、例え誰が騒ぎを起こそうとも、問題にならないだろう。例え近くで爆弾が発破されたとしても、注目を浴びるのは、
爆音でもなければ爆発した後の跡地でもなく、この白いケープの魔人であろう。人の目を引き、獣を注視させ、星辰の目線すらも掻き集める美の男。
魔界医師・メフィストだからこそ、その場に現れるだけで場の雰囲気を制する事が出来るのだ。例え、超常の存在の見本市であるサーヴァントが集う、この場に於いてすらも。

 ハッ、と。一番最初に正気に戻ったのは永琳の方であった。
数千年の時を伊達に生きてはいない。何時までも魅了された状態の訳ではないのだ。
まだ顔が赤らめられている状態のまま、チラッ、と目線を、自身のマスターである志希の方にやった。
全身の細胞が完全に凍結してしまっているかのように、表情も身体も動いていない。美しいものを見て、顔を赤らめる、と言う極めて人間的な反応をした永琳は、
マシな方だったのだ。耐性のない人間は、メフィストの美を見ただけで、固まる。アイドルと言えど、所詮は一介の人間の女が、
狐狸妖怪、悪魔や天使の類すら忘我の境地へと誘う彼の美貌に、耐えられる訳がなかった。そしてそれは――波紋使いとして、筆舌に尽くし難い死闘を潜り抜けたジョナサンや、スタンド使いと熾烈な争いを繰り広げたジョニィにしても、同じ事だった。

 何らの強化措置も手術も施していないにもかかわらず、百分の一マイクロ秒を超える程の高速思考能力を有するに至った、その月の脳髄が、次に移るべき行動を弾き出す。
メフィストの気配に気付かなかったとは、迂闊だったと言う他ない。そして、メフィストが此処まで断固としたプロフェッショナリズム、いや、
此処まで独占欲の強い医者だとは、予想だにしていなかった。自分が治すべき患者を、他の医者に横取りされると言うのは、確かに永琳としてもカチンと来る。
しかし、メフィストのそれは常軌を逸していると言わざるを得ない。横取りされれば、その医者には死で贖わせる。これを独占欲が強いと言わずして、何と呼ぶ。
虎の尾を期せずして踏んでしまった事を、永琳は素直に認める。となれば、此処から何を成すべきか。

【マスター】

 ……反応がない。再び念話で呼びかけてみる。ビクッ、と肩を跳ねさせて、志希が返事をした。

【な、何……?】

 こっぴどく叱られるのも已む無しの悪戯が親にバレた子供の様に、ビクビクとした声音で志希は言った。

【貴女の判断に任せるわ。あの医者を『倒すか』どうか?】

 一瞬、志希の思考がフリーズしたのは、言うまでもない。
余りにも永琳が凄まじい事を口にしたので、志希の思考処理能力が何とか処理出来る閾値の限界を越え、完全に頭が真っ白になってしまったのだ。
そして、二秒程経って、漸く意味を咀嚼した瞬間、志希の顔が青ざめた。

【戦うって、アーチャー!?】

【戦わざるを得ない局面を作ってしまった事は謝るわ。もしも、貴女が私に戦えと言うのならば、私は全力であの男を排するつもりよ】

 勝算は、ない訳ではなかった。
自身の対魔力の高さと、思考速度。そして、魔術の腕前と、志希が健在でかつ魔力さえあれば正真正銘の不老不死であると言う肉体的特性を活かせば。
活路はあると、永琳は踏んでいた。無論、それだけでは勝算は五分五分、最悪六対四でしかない。勝つか負けるかの確率は半々。
確率論的には悪い賭けではないが、勝手な判断でこの賭けに挑むような真似はしない。だからこそ、志希に判断を任せたのだ。
戦うのか、それとも、それ以外の選択肢を模索するのか、と。

【その、戦わない方向で、お願い出来るかな……?】

【解ったわ】

 本音を言うと、そっちの方がまだ気が楽だと永琳は思っていた。
メフィストを相手に戦っても、勝ちの目がないわけではないが、要らないリスクは背負い込みたくない。
況してや今は序盤も序盤。サーヴァント同士の戦いも頻繁に起きると知った以上、無駄に消耗はしたくない。寧ろ、消耗をさせる側に回らねばならないのだ。
だから此処は――


120 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:18:52 0Dzi21gc0
「知らなかったとは言え、大変な非礼を致しました。如何かこの場は、怒りをお抑え下さいませ」

 と、永琳は深々と上半身を折り曲げて、謝罪の言葉を送った。
驚いたのはジョニィらよりも寧ろ、志希の方だった。何処か居丈高な空気を隠さない自身のサーヴァントが、こうまであっさりと謝る性格だとは思わなかったのだ。
が、そんなイメージは永琳と付き合って間もない志希の勝手な空想である。そもそも永琳は確かに高貴な身分ではあるが、
その更にまた高貴な身分である『姫』に仕えていた存在であり、月の世界を追放される以前は宮仕えとしてかなり長く月の支配者に従っていた程である。
人間が連想する所の処世術等、彼女は凡そ全て身に付けている。窮地を脱する為に頭を下げる等、永琳にしてみれば、苦も無い事なのだ。

 値踏みする様な瞳で、メフィストは永琳の事を見ていた。
人の価値を図る様な目。しかし、この男がそれをやると、人の心の中に眠る善性を推し量る天使か神の様に見えてならない。
美しいと言う事は得であった。一般的にマイナスの解釈で見られる様な行いも、その美の下に、正当化されるのであるから。

「いいだろう。実際治療には及んでいないのなら、不問にしよう。次は気をつけたまえ」

「有り難い配慮、痛み入りますわ、ドクター」

 言って永琳は、再び恭しく頭を下げる。数千年とその者に従って来た、忠臣のような立ち居振る舞いであった。

 メフィストは興味の対象を永琳達から、ジョナサン達の方に移した。慌てて、ジョニィが人差し指をメフィストへと向けた。
美しいとは、ジョナサン達も聞いていた。そもそも彼らがアレックス達をメフィスト病院に連れて来た訳は、新宿御苑で遊んでいた子供達の親御から、
この病院の評判を聞き及んでいたからに他ならない。名前だけでも怪しいと思い、聖杯戦争開催以前にその病院に近付いてみれば案の定、
其処はサーヴァントの領地であった。黒い噂も、NPC達からの悪い声も、全く聞かなかったからその時は見逃した。態々襲撃をかける必要もなかったからだ。
が、胡散臭いと言う印象はその時は消えていなかった。名前の時点でそれは当たり前だ。怪しいと解っていてアレックスらを此処に連れて来たのは、サーヴァントの怪我を一般の病院が治せる訳がないと言う極めて常識的な判断からであった。

 ――そして、この病院を統べる主を見て、ジョニィは確信した。
この男が、魔界医師メフィストが、想像を絶する程の怪物であると言う事を。凄味、脅威、覇気。
人間がおよそ物怖じし、脅威を感じるであろう諸々の要素を一時に叩き付けられた様な感覚を彼は憶えていた。
そしてそれが、威圧や恫喝によって齎されたそれではなく、その美を以てただ佇み、此方を見るだけで人に錯覚させている、と言う事実が最も恐ろしかった。
だからこそ、頭で物を考えるより爪弾の照準を向けてしまった。其処にジョニィの意思はない。完全なる、生物学的な反射によるものであった。

「銃弾が体内に混入しているな。成程、其処の女史は見る目はあるようだ」

「恐縮です」

 ――と、何気なく返事をした永琳の瞳の奥で、静かに敵対心が燻っていた事を、果たしてこの場にいる誰が、見抜く事が出来たであろうか。


121 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:19:04 0Dzi21gc0
「治して下さるのですか、メフィスト先生」

 神の威風に呑まれたクリスチャンの様な敬虔さを以て、ジョナサンが訊ねる。

「銃創など……、指が何万本あっても足りない位には治して来た。この病院で凡そ外敵が与えた怪我の類を治せぬ医者などいない。来たまえ、案内しよう」

 言ってメフィストはケープを翻しながら一同に背を向ける。
目線だけをこの魔人は永琳達の方に送る。それだけで、氷で出来た剣で脊椎や脊髄ごと貫かれるような感覚を、志希は憶えるのだ。
美しい。だが、それ以上に、恐ろしい。サーヴァントも生身の人間も、この魔人を見て考える所は、かなり似通っていた。

「病院の前に張った認識阻害の結界、見事な腕前だ。かの魔界都市にすら、君程見事な魔術を操る魔術師は、高田馬場の二人をおいて他にいなかっただろう」

 「だが」

「いつまでも張られると患者に迷惑だ。解除し次第、可及的速やかに此処を去りたまえ」

「何故かしら、ドクター」

「解っているのに理由を訊ねるのは褒められた事ではない」

 メフィストが、永琳達の方に向き直った。冷風を浴びせられる感覚。

「此処は病める者達の城だ。立ち入る事が許される健康な者は、患者の関係者とスタッフだけしか私は許さない。もう一度言う、去りたまえ」

「非常に申し訳ないですが、私共はこの病院に故あって伺いに来ましたの」

 と言うが、その言葉からは申し訳なさは全く感じ取る事が出来ない。
いつもの八意永琳、と言う女性の『らしさ』が、此処に来て漸く発揮され始めて来た。

「その故だけは、聞いておこうか。中に入れるかどうかは別としてだがな」

 ――勝った、と。永琳は思った。
伊達に永く生きてはいない。交渉事には万斛の自信を持っている。永琳レベルの女性にとって、交渉で重要な事は、
最早『相手を交渉のテーブルに立たせられるか』と言う事なのだ。それが、何を意味するのか。『交渉にさえ移れれば、ほぼ有利な条件を引き出せる』事を意味するのである。

「――魂を彼岸へと連れ去る眠りの呪いについて、伺いたい事が御座います」

 メフィストの、優れた流線を描く眉がピクリと反応を示した事を、八意永琳は、見逃さなかった。


122 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:19:29 0Dzi21gc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……医者が使うべき言葉ではないとは百も承知ですが……敢えて言わせて頂きましょう」

 紙袋の中で、直立すれば天井に頭が届かん程の細長い体躯の男、ファウストが溜息を漏らした。

「お手上げです」

 気だるげな、それこそ、何十年と生きて来て、もう生きるのにも飽いたと言うような風情でファウストは言葉を告げる。
それを見て、彼のマスターである、白衣を着た老爺、不律は何も咎める事はない。希代の名医であるファウストがそう言うのであれば、そうなのであるから。

 ファウストの近くのベッドに、一人の少女が眠っていた。先程まで彼は、この少女を見ていたのである。
綾瀬夕映と言う名前のこの中学生の女こそが、先程不律と中原が話していた件の患者であり、曰く、魂を抜き取られ何処かに隠されていると言う人物である。
その姿だけを見れば、最も適切な反発力を自動調整する事で患者に安眠を約束するマットレスのベッドで、気持ちよさそうに眠っている風にしか見えないだろう。
立てられる寝息も健康者のそれであるし、実際レントゲンや触診と言ったありとあらゆる方法を用いても、彼女は『肉体的には』健康そのものである
その、肉体的に健康な少女は、優に五日はこのような状態であった。現代医学的には彼女は正しく健康であったが、『心霊科学的』には彼女は死んでいるに等しい状態だった。
綾瀬夕映には現在、魂がない。中原の言によれば、何処かに在ると言うが、それも定かではない。
実際今の綾瀬夕映は何をしても起きない状態に陥っているらしく、例え腹を掻っ捌いた所で、魂が体内にない為に常時全身麻酔を掛けられているに近い状態であるのだ。
当然、食事も摂れない。仕方がないので、点滴で彼女は栄養を補給している形になる。完全に、九十歳を過ぎて病床に臥せる老人と同じ生活形態であった。

「ランサーの目から見て、綾瀬夕映は如何映った」

「前にも申しました通り、裏でサーヴァントが暗躍している事はほぼ確定的かと。それが解っていて治せないのは、実にもどかしい。怪我や病気の治療なら出来ますが、解呪(ディスペル)となると……それは最早私の領分を外れます故」

 「全く、もどかしい事です」、と、最後にファウストが言葉を継ぎ足した。
その気持ちは不律にも解る。医者と言うのは総じてプライドがかなり高い人種である。
地頭は相当高く、倍率何倍〜何十倍とも言える試験を医者になる過程で幾つも受け、凄まじい量の金額を投資し、厳しいスケジュールの勉強を何千時間とこなし続け。
そう言った事を経て、人は一端の医者になるのである。積み上げて来た実績、幾つも用意された篩に残ったと言う自負。そう言った所からか、医者はプライドが高い。
そのプライドの高さと言うものは二つに大別され、一つは自分が医者、つまり優秀な人種であると言う上流階級意識。
そしてもう一つは、優秀な人間であるからこそ、患者が治せないのが腹ただしいと言う強すぎるプロフェッショナリズム。メフィストも、そしてファウストも、どちらかと言えば此方に属する人物だった。

「一番良い解決方は、根元を叩く。つまりは、この呪いの大本であるサーヴァントを断つ事です」

「それで良いのか?」

「無論、それすらも未知です。が、少なくとも被害の拡大は食いとめられます」

 それはその通りである。不律としても、綾瀬夕映の様な患者がこれ以上<新宿>の内にも外にも増える事は、聖杯戦争参加者以前に、医者として好ましくない。
早い所その大本を排除したい気持ちもあるが、如何せん、情報が余りにも少なすぎる。その事を、ファウストに伝える。

「推理が必要ですな。この場合、大幅な発想の転換が必要になるかと」

「それは?」

「この呪いの正体ではなく、『何故そのサーヴァントは綾瀬夕映さんに呪いをかける必要があったのか』? 此処に、謎を解く鍵があると睨んでおります」

「口封じか?」

「それは、ありえないと思います。何故ならば――!! 失礼、マスター、壁際まで移動して頂ければ幸いです」

 空いた紙袋の穴から覗く、発光体の瞳が一際激しく輝いたその後で、ファウストは虚空から長い長い得物を取り出した。
ファウストの身長程もある長さをした長大な『メス』。丸刈太と呼ばれるこれこそが、ファウストがランサーとして呼び出された原因となった武器であり――思い出したくもない殺戮の時代に、何人もの無辜の人間の血を吸った忌むべき凶器だった。


123 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:19:48 0Dzi21gc0
「どうした」

 ファウストについては信頼している為、大人しく不律も壁際に移動するが、突如として武器を出されれば、身体を強張らせるのは無理もない事だった。

「サーヴァントの気配です。Dr.メフィストのものと一緒に……それとは別の主従が近付いてきます」

 これには不律も目を見開いた。メフィストは基本的には孤高の存在である。切り立った崖(きりぎし)に一厘だけ咲く薔薇の様な男だ。
他の医者や看護師を引き連れて移動すると言った事はせず、移動したい時に移動し、興味のある患者だけを診て、即時的に治療させる。
そんなスタンスの男だ。この病院に勤務してからあの男が、マスターと共に行動している場面すら、不律は見た事がなかった。
斯様な男が、他のサーヴァントと共に行動して、此方に近付いてくる。サーヴァントが近付いてくると言う事以上に、その事が一番の驚きであるのだ。

「確かなのか、ランサー」

「元々この病院はこの世の空間ではございません。現在地がワンフロア違うだけで、サーヴァントが放つ霊体や魔力の気配の察知が不可能に近しくなるレベルです。
逆に言えば、同じフロアにサーヴァントがいるとなると、まだ察知は出来ますが、それも階によってはまちまち。が、此処まで接近してくれば、私も把握が出来る程です」

「敵性存在の確立は?」

「ゼロではない。が、極めて低いかと。Dr.メフィストは病院内での争いを嫌っているようですから。その当人が近くにいる以上、暴れる事はないと思います。最悪暴れれば、院長と一緒にねじ伏せればいいだけですので」

「違いない」

 言いながらも、不律もファウストも警戒を緩めない。
不律は白衣の裏に仕込ませた刀の柄に手をかけ、ファウストは身体を屈ませた状態で槍を持ち構えると言う、独特の構え(フォーム)で、来たるべき人物を待ち受けていた。
――気配が、自動ドアの向こう側にまで接近する。扉の向こうの人物は、一切の逡巡も溜めの時間もなく、ドアを開かせた。
それが、これより患者の診察に入る医者として、当たり前だと言わんばかりに。

 ファウストと不律の目には、百万日以上連続で見続けたとして、美しいと言う認識が絶対に揺らぐ事はない程の美を誇る、白いケープの魔人が先ず映った。
そして、次に目に映ったのは、その魔人が引き連れるには余りにも不相応な、学校指定の制服を着用した、歳にして十六〜十八程の少女だ。
酷く怯えている。親からブギーマンの話を聞かされる、臆病な子供さながらであった。
二人が部屋に入るなり、その少女の近くで、赤と紺のツートンカラーの衣服を身に纏った、長い銀髪を三つ編みにした女性が霊体化をといて現れた。
女性は、街を歩けば男性は愚か、女性ですらその美しさに一度は振り向くであろう程の、存在感の強すぎる可憐さを持っていたが、生憎と、同じ部屋にいる相手が悪い。
性別の垣根など容易く超える程の美貌の持ち主であるメフィストの隣に並べられれば、折角の美も、霞んでしまおうと言うものだった。

「何かの間違いかと思っていたけれど……本当だとは思わなかったわ」

 はぁ、と溜息をついて、銀髪の麗女である、八意永琳は口を開く。

「節操がないのではなくて? ドクター。此処の病院はサーヴァントも雇用するのかしら」

「我が目に適う優秀な存在であれば、サーヴァントであろうが、医療免許を不所持であろうが、四十年も職歴が無かろうが私は構わん。それに、彼は君と同じ程には優秀な医者だと思っているが」

「あら、面白い冗談」

 上品に笑って見せる永琳であったが、その瞳は全く笑っておらず、メフィストに至っては愛想笑い等微塵にも浮かべていない。
……此処に来るまでの間に何があったのかと不律もファウストも思わざるを得ない。肌を筋肉ごと針で刺されるような冷たい空気が、両者の間から吹いてくる。
それを直に浴びている、永琳のマスター、一之瀬志希など、完全に泣きそうな表情であった。


124 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:20:07 0Dzi21gc0
「……成程。それが、『用事』、であった訳ですか」

 ファウストが言葉を放った。先に彼と不律を綾瀬夕映の所にまで行かせたのは、永琳達を迎えに行く為であったと、この時彼らは気付いたのだ。

「今朝の七時頃に思ったのだ。我が病院とその周辺にサーヴァントがいて、私がそれに気付かないのは不気味だとな。
だからこそ、八時半過ぎに我が病院の技術部を動かし、霊体や魔力の気配を察知する装置を病院の敷地に設置しておいた。上手く稼働されている。見事なものだ」

 永琳以上に、この事を脅威だと思ったのは寧ろファウストと不律の方だ。
このような装置を作れた技術力に、ではない。メフィストと、彼の薫陶を受けた医者が活動するこの病院であるならば、その程度の装置など創れよう。
問題は、不律やファウストですら感知出来ない、そのような道具を作っていると言う噂すら流させない、病院の統制システムの完璧さだった。
メフィスト病院には、サーヴァントですら立ち入る事が出来ないブラックボックスの領域が余りにも多すぎる。
不律らですら、この病院の全貌は愚か、実質的な診療科の総数と、それに纏わる専用治療室などを把握出来ていない程だ。これを、自分達の排除の為に転用させに来たら、と思うと、彼らですら身体を冷たいもので撫で上げられる感覚を隠せない。

「さて……。自己紹介をして置きたまえ。穏便に、な」

「かしこまりました」

 と言って永琳は一歩、メフィストの先を行き、不律とファウストを交互に一瞥してから、口を開いた。

「お初にお目に掛かりますわ。真名を明かせぬ非礼を先にお詫びさせて頂いた上で、自己紹介をさせていただきます。クラス名はアーチャー。
当病院の院長の大赦を賜り、我が主の関係者を襲う眠りの呪いについての情報を共有して貰いに来たサーヴァントに御座います」

「主の関係者を襲う、眠りの呪い……と言うと、まさか」

「えぇ、そのまさかです」

 不律の予想は、正しくその通りだと言わんばかりに永琳は言葉を続けた。

「マスターの関係者が現在、そちらのベッドで昏睡している少女と同じ様な状態に陥っているのです」

 一瞬驚きかけた不律とファウストだったが、よくよく考えれば、あり得た話の為に直に平静を取り戻す。
一人いれば二人いて、二人いれば同じような症状の者は、その倍いるかも知れない。統計上のデータは取れていない、無根拠の予測に過ぎないが、念頭に入れておく必要性があるだろう。

「患者の方は、ランサーに診させたのかね、不律先生」

「結果の方は芳しくない。生粋の医者であるが故にな」

 言外に、医術と魔術等と言うオカルトは違う、と言う事を不律は言っているに等しかった。
それを聞き、フム、と言葉を漏らしたのはメフィストであった。

「科学万能主義は改めておきたまえ。世界には、科学と等価の法則など、幾らでも見られる。未知の知識と真理を、貪欲に求め続ける事だ、ランサー

「肝に銘じておきましょう」

 会話を終えた後、メフィストは綾瀬夕映の方へと、薄い薄い絹の織り物の上を歩くが様な優雅さで近付いて行く。

「同じ症状の患者を診た、と言ったな。アーチャー」

「ええ」

「何処まで、その謎を解き明かした」

「先程も述べた通り、極めて高度かつ大掛かりな、離魂の呪いの類だと私は見ております。その魂の所在については、流石に、と言った所ですが」

「上出来だ。我々病院側の見解と一致している。そして現状では、恐らくはこれ以上の情報は得る事は出来ないだろう。尋常の方法では、だが」


125 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:20:30 0Dzi21gc0
 其処まで言うと、メフィストは、綾瀬夕映の広めの額にその人差し指を当てる。
「きゃっ……!?」、と言う悲鳴が漏れたのは、一之瀬志希の口からだった。両手で口を当てる。
綾瀬夕映の額に、メフィストの左手が、水に手を入れて行くように没入して行くからだ。まるで彼女の身体が、蛋白質ではなく沼の成分にでもなったかのようであった。
本当に大丈夫なのかあれは、と常識的な判断で志希は考える。手首までメフィストの繊手が、完全に入り込んでいる。当然、頭蓋も大脳もタダでは済まない。
引き抜いたその瞬間あの少女は死んでしまうのではないか、と言う危惧すら志希にはあった。チラッ、と心配げな目線を永琳に送る。
彼女は平然と、メフィストの行為を見つめていた。不律も、彼の従えるランサーも同じような態度であった。この場でおろおろしているのは、志希ただ一人だ。

【安心なさい、あれもあの男の医療よ】

 と、念話で志希を諭す永琳。

「魂がこの少女の身体の中に存在しない以上、何を問いかけようが無意味だ。だが、肉体的には彼女の体は健在の状態だ。大脳も機能し、心臓も搏動している。これを、逆手に取ろう」

「脳の記憶を読み取りますのね? ドクター」

「その通り」

 空いた右腕を、ドアの方向に伸ばしながら、メフィストが返事を行う。

「今私は、綾瀬夕映の海馬に触れている。人間の記憶を司る箇所の一つだ。其処に収められた、昏睡するまでの間の、ほんの短期の記憶を私が映像化して投影させる。其処から、情報を得られるかも知れん」

「その術を、大掛かりな装置を用いず成すなど、流石は音に聞こえたドクターメフィスト、と言うべきなのかしら?」

「道具を用いて魔術や秘儀を成そうとする者は二流。私が唯一認める老魔術師が述べた言葉だ。私もその通りだと思っているし、ある程度は己の手で成さねばな」

 と、会話を行う永琳とメフィストであったが、何故だろうか。
志希はどうも、己のサーヴァントである永琳から、メフィストに対する敵愾心と言うか、ライバル意識と言う物を感じ取れていた。
同じ医者であるから、ライバル意識を燃やしているのだろうか。元々かなりプライドと言うか、気位が高い女性であるとは思っていたが、此処でそれが反映されるとは思っても見なかった。

「では――始めよう」

 其処まで言った瞬間だった。メフィストの右手薬指に嵌められた、無色の宝石が美しい指輪から、光の壁のような物が噴き出始めたのは。
ビクッ、と志希は反応する。不律も一瞬身体を強張らせる、直にその正体を看破する。遅れて志希も、その光の壁の正体を見抜いた。
それは、スクリーンだ。紙や布ではなく、光の膜で出来た銀幕であった。何処かで似たようなものを見た事があると思ったが、そう。契約者の鍵から投影されるホログラムだ。

 乳白色の光の膜に、様々な映像が流れてくる。
家族との食事の様子、通学の様子、授業を受ける様子、体育のプールの授業で疲れてばてている様子、友人たちと会話している様子。
ここ数日の物と思しき、綾瀬夕映が体験した事柄の中から、特に怪しいと思われる物をメフィストはピックアップして、光のスクリーンにその映像を流す。
しかし、素人の志希にも解る。明らかに、この少女が昏睡に至る直接の原因と思しき映像が、全く見当たらない事に。
それを認識した瞬間、メフィストは映像を高速化。二倍速を越え、四倍速を超過し、十六倍速を超越する、一万倍速に映像を早送り。
瞬きする間に情景が目まぐるしく変化して行く。余りにも速過ぎて、残像が繋がっている程だった。目を回しそうになる。
志希は当然の事、鷹の様に鋭い瞳を持った不律、果てはファウストですら、何の映像を流しているのか解らないと言った様子だった。
この映像の早回しを平然と眺めているのは、メフィストと永琳の二名だけだ。この二人は、何の映像を流しているのか理解しているらしい。怪物であった。

 と、思ったのも束の間。突然、メフィストが映像を通常倍速に切り替えたと見るや、巻き戻し。
一万倍速の映像を認識出来ていなかった三名の為に、何の映像をメフィストと永琳が見ていたのか、それを解りやすく伝えようとする。
光のスクリーンは、綾瀬夕映と、目が隠れる程前髪の長い、彼女と同じ制服を着た少女を映していた。綾瀬夕映はテーブルに座り本を読んでいる。
薄いカーテンから透けて見える空の色は、燃えるような茜色。夕方の映像である事は明白であった。二人の少女は、本がぎっしりと詰まった広い一室にいるらしい。
彼女たちの通う学校の図書室であろう。二人以外に、人はいない様子だった。


126 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:20:59 0Dzi21gc0
「目の隠れているあの娘は誰?」

 と、志希が疑問を口にする。

「宮崎のどか。綾瀬夕映の同級生であり、友人だ。今日も友人が心配だったらしく見舞いに来たので、儂が応対した」

 それに答えたのは不律だった。「あ、ありがとうございました」とぎこちなく口にし、志希も映像に集中する。ファウストも不律も、そして永琳も。

「ゆえー……図書委員の皆もう帰ったよ〜?」

 内気な性格が、一日と付き合わないでも解る、そんな声だった。

「先に帰っててもいいですよ、のどか。後十ページ程読んだら、私も帰ります」

 一方、綾瀬夕映の方は、かなり神経質と言うか、気難しがり屋で、理屈屋なのだろう、と言う事が一時間と一緒に過ごさないでも解る声だった。

「そんな事言って、いつもその三倍読み進めないと腰上げないのに〜……」

「十ページも三十ページも大して変わりません」

「変わるって変わるって……」

 どうも、綾瀬夕映と言う少女はかなりの書痴らしい。何だかこの読書に対する入れ込みぶりを見ると志希は、自分の所のプロダクションに所属するアイドルの一人を思いだす。鷺沢文香と言う名前の、大人しい少女の事を。

「……あれ? ねぇ、ゆえ。その本って、学校の本じゃないよね?」

「えぇ。よく解りましたね」

「だってラベルシール貼られてないし……持ち込みの本? 何だかやけに古いけど……」

 志希が綾瀬夕映の持っている本を注目する。紙の色は完全に酸化し切ってヤケており、表紙もかなりゴワゴワとしている。
ちょっと小突けば風化して崩れ去ってしまうのではないか、と余人に思わせる危うさに溢れている。

「これはですね、のどか。私が数日前に西早稲田の古書店に足を運んだ時に、三千円程で手に入れた歴史書です」

「歴史書……? ゆえ、期末テスト日本史も世界史も赤点だった筈じゃ……」

「何度も言うように、学校の勉強が嫌だから本気出してないだけです。流石に常識レベルの歴史は理解してます」

「ふ、ふ〜ん……。で、でだよ。ゆえ。その歴史書って、何処の国の歴史書なの?」

「……のどか。一つ聞きたいですが……」

「? なに?」

「――『アルケア』と言う国について、知っていますか?」

「……アルケア?」

 のどかはうーんと考え込むが、ややあって口を開いた。

「ちょっと、聞いた事がないかな……」

「そうですよね、実は私も聞いた事がないんです」

 其処で一拍置いてから、綾瀬夕映は再び続ける。

「この歴史書は、そんな、『地球上のどの歴史の教科書にも学術書にもこれまで記述のなかった』、アルケア帝国の成り立ちを記したものなのです」

「ちょ、ちょっとゆえ。それ本当に、歴史書なの? 何だか話だけ聞くと……ゆえは偽物を掴まされたような気が〜」

「……怯えて言わなくても大丈夫ですよ。普通は皆そう思う所でしょうし、そもそも私も、面白半分でこれを購入したようなものですから」

「面白半分で?」

「のどか、そもそも歴史書の古書何て、普通三千円何て捨て値で買えませんよ。どんなに安くても数万円、モノによっては五十万以上がザラの世界です。
そんなの、私のお小遣いが全部吹っ飛びます。では何で、この古書を扱っていた人は、三千円でこれを売っていたのか? 多分この人も、これが本物の歴史書だと、信じてなかったと思うんです」

「でも、その歴史書、仮に書いてある事が全部デタラメだとしても、三千円はちょっと高すぎる気が……」

「其処なんです」

 ピッ、とのどかの方に人差し指を指して、綾瀬夕映は言った。


127 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:21:25 0Dzi21gc0
「何故、この本が三千円もしたのか。のどか、見れば解りますがこの本、相当古い事が解りますよね?」

「うん。何て言うのかな……数百年は普通に経過した本みたいな……」

「実家に何冊も古い本がありますから、真実経年で劣化した本と言うのは私はよく解ります。本物の歴史書に見せかける為に作られた贋物は、
紅茶に紙を浸したり天日干しにさせたりするものですが、やはり慣れた人間の目は誤魔化せません。ですがこれは……」

「本当に、数百年位経過してるって事?」

「数百年所か、下手したら千年以上かも知れません。本当に千年以上前の書物なら、例えデタラメの歴史について記した書物であろうとも、それだけで価値があります。
ですが、古い事は確実だけれど、内容に確証が全くない。これが、三千円と言う値段で売られてた訳なのですよ」

「何だか、二重の意味で冒険だね……」

「否定しません」

「……ねぇ、ゆえ。その歴史書って、どんな事が書かれてるの?」

 のどかが漸く、その内容について踏み込み始める。

「内容については、実はあまり読み進められていない、と言うのが現状です。恐らくは原典に当たる物を古英語に訳した写本なのでしょう。
辞書を引きながらで相当難航しています。解読できた所で良ければ、お教えしますが?」

「おねがい」

 呼吸一つ分くらいの間をおいて、綾瀬夕映が言った。

「アルケアと言う国が実際に存在した、と言う過程で言いますが、ハッキリ言って内容は眉唾ものですね」

「どうしてわかるの?」

「歴史書、と言うより神話の側面が強いと言いますか……古事記と言えば、伝わりますか?」

「え〜っと……神様とか魔術とか、そう言うのが出て来るのかな?」

「出て来るどころか、話の大筋に絡んでいるレベルですよ。今見ている『神帝紀』……と訳すべき書物は、事実上の帝国の始祖とも言うべき初代皇帝、タイタス一世についての活躍を記した書物なんです」

 聞いた事はあるか、と言う疑問の目線を、不律が部屋の全員に投げかけて来る。
答えは、ない。志希は当然の事、永琳や、世界の全てを解体し尽くした賢者とも言うべき立ち居振る舞いのメフィストですら、全くの反応を見せなかった。

「この皇帝は、小王国が群雄割拠していた時代に、周辺のあらゆる王国を武力と知略で支配……しただけならば勢力図を最大にした偉大な王、で終わったのですが、
其処からがおかしいんです。初代のタイタスは妖精族とその王を支配し、魔女を嫁にし、巨人族を従え、竜族を打ち倒し、度量衡を定め、暦や星々の運行を解明し、宗教の礼拝を一つに定め、治水と灌漑の方法を民草に教え……」

「ちょ、ちょ、ちょっとまってゆえ……」

 目をグルグル回しながら、のどかが言葉を遮った。

「幾らなんでも、盛りすぎって言うか……」

「私もそう思いますよ。自分がどれだけ偉大かを後世に残す為、美談や武勇伝で飾り立てた歴史書何て珍しくないですが、これはハッキリ言って常軌を逸しています。それ以前に、妖精に魔女に、巨人に竜ですよ。指輪物語ですかこれは」

 ふぅ、と一息吐く綾瀬夕映。同時に、本をパタンと閉じ始めた。

「……これを、頭がちょっとおかしい人が書いた架空の書物、と断じるのは容易いです。ですが、私にはそうは思えないんですよ」

「? 何で?」

「文章が理路整然としていますし、言葉の選びも悪くありません。当時としては、それなりに学のある人間が書いた事が解ります。
次に、竜や巨人と言うフレーズですが、これは、恐らくは敵対していた国家や民族の事を婉曲的に指していた、と考えれば辻褄が合います。つまり、半々の確率で、この書物はある程度事実を記しているのでは、と言う事になります」

「は、はぁ……」

 付いていけない、と言う風にのどかが言うと、綾瀬夕映はすっくと席から立ち上がり、件の古書を隣の席に置いていた学生鞄の中に入れ込んだ。

「? もういいの?」

「話していたら少し疲れちゃいました。続きは家に帰ってからでも読みますよ。帰りましょうか、のどか」

「う、うん」

 其処で、映像が途切れた。と言うよりは、メフィストが中断したと言うべきか。
指輪の宝石から投影されていた光のスクリーンは音もなく消えて行き、後には何もない空間だけが、同じ人の指とは思えぬメフィストの繊指の上で蟠るだけであった。


128 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:21:52 0Dzi21gc0
「此処までだ」

 ぴしゃり、と鞭を打つようなメフィストの声であった。
これと同時に、彼は綾瀬夕映の額から左手を引き抜いた。彼女の額に、水面の様な波紋が生じた。
呼吸一つするか否かと言う短い時間で波紋は収まり、元の彼女の顔の状態に戻った。そして、何事もなく、寝息の音が病室に木霊するようになる。
先の数分間、彼女の額に魔人の白腕が没入していた、と言われて、果たして誰が信じようか、と言う程、綾瀬夕映は平然としていた。

「私は綾瀬夕映の海馬に触れ、この十日間に彼女が体験した記憶を映像化した。これ以前にサーヴァントが召喚され、そして、彼女に接触したとは考え難い。
故に、その指定の日数の範囲内で記憶を探した所、怪しいと思った記憶を発見した。それが、今の映像だ」

「地球上で今まで見られなかった文明についての歴史書、其処に出て来る妖精や巨人、竜と言うワード。成程、確かに、疑うに足る材料ですわね」

 志希は化学や数学等、理系の分野を得意とする為、世界史については余り自信がない。
しかし、アルケア帝国等と呼ばれる文明が存在した等、少なくとも彼女は聞いた事もないし、そもそもあのスクリーンで宮崎のどかと綾瀬夕映が口にした言葉が、竜や妖精である。成程確かに、サーヴァントが絡んでいると見るのは、自然な事だろう。

「情報を整理しよう」

 この場にいる主従が考える、めいめいの事を打ち切るように、メフィストが言った。彼はこの病室における議長(チェアマン)であった。

「当病院に来て間もない女史は知らないだろうが、この綾瀬夕映と言う患者を、我が病院の様々な診療科の腕利きが診察した所、奇妙な夢に囚われている事が解った」

「夢に囚われる……?」

 何だか詩的で、耽美的で、幻想的な表現だと志希は思った。そして同時に、嫌な表現だとも。
夢に囚われると言う事は、アイドルの、いや。芸能の世界ではおよそ普遍的で、そして、誰もが囚われる『魔』の姿であるからだ。

「要するに、魂は身体の中にないけれど、脳は生きているから、無意識の内に夢を見ている、と言う事ね?」

「意識がないのに夢を見る、ですか。何ともまぁ、医学の常識を超えた現象です」

「ドクター、この患者は、どのような夢を見ているのかしら?」

「我々ですらも聞いた事がない王国の中を、おろおろと歩いている夢だ」

「あの映像の中で綾瀬夕映が語っていた、聞いた事のない帝国についての書物。そして、今昏睡中の彼女が見る夢が、貴方達ですら未知の国のそれ。成程、確かに、きな臭いわね」

「アルケア、だったか。其処に類似した異空間に、彼女の魂が囚われている可能性は高いだろう」

「其処なのですが……」

 此処で、ファウストが挙手をし、意見の表明を行う。

「私には如何にも、このサーヴァントが綾瀬夕映さんをこのような状態に至らしめたのか、解らないのですよ」

「く、口封じ、とか……?」

 恐る恐ると言った風に、自分の思う所を志希は告げる。
それを、首を横に振るって否定したのは、誰ならん、彼女のサーヴァントである永琳であった。

「ないわね」

「私も、女史と同意見だ」

 メフィストの言葉に、不律の主従も首を静かに縦に振った。
此処まで全員に即否定されると、流石の志希もショックを受ける。強ち間違いではないと思っていただけに、衝撃は大きい。

「ど、如何して、ですか?」

「口封じ、と言う事は、知られたくない秘密を知られたから行う。知られて困る秘密を余所に知られた場合、私ならば、その人物を生かしておかない」

「私もドクターと同意見よ」

 冷たい何かで、背中を撫で上げられる様な感覚を志希は憶えた。こう言う感覚を、ゾッとする、と言うのだろうか。
自分とは考える所も価値観も違い過ぎた。怜悧な美貌の持ち主であるメフィストならば、然もありなんで済ませたろうが、永琳ですらが、
同じ考えを持っていたと言う事に、志希は戦慄を覚えていた。此処で初めて、志希は理解した。八意永琳と言うサーヴァントは、必要に迫られれば折衷案や同盟など、
他者に譲歩する様な考えや行動を行える一方で、何の躊躇いもなく人間を殺す事が出来る、極端な二面性を持った人物である、と。


129 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:22:08 0Dzi21gc0
「冷たい考え、と思っているのでしょうね。マスター」

 ビクッ、と、冷や水でも浴びせられたように身体を跳ねさせ、志希が反応する。声と同様、怜悧な感情を宿した瞳で、彼女は志希の事を見ていた。

「でも、口封じにしてもおかしいのよ。仮に貴女の言った事が真実だったとして、何で態々、『昏睡にとどめる必要がある』の?」

「そ、それは……」

 説明が、出来ない。永琳の言われた通り、少し考えると確かに妙なのだ。
知ってはいけない事を知った人物を、殺さないで敢えて昏睡の状態に留めておく。聖杯戦争でこの処置は、致命的ではないだろうか。
サーヴァントとは文字通り超常の存在。御伽噺と神話の登場人物。人知の及ばぬ神秘の具現。そしてそれは戦闘のみならず、治療にも発揮される事があると、
志希は己のサーヴァントを通じて身を以て知っている。万が一そう言う存在が、秘密を知って昏睡状態にあるNPCを治療してしまえば、その人物は秘密を喋る事だろう。
そうなってしまえば、不利を蒙るのは昏睡させたサーヴァント達の方だ。そうなる位ならば、人道面の問題はさておいて、永琳達の言う方に、殺害して死人に口なしにした方が、遥かに合理的であった。

「……儂が思うに――」

 と、口火を切ったのは不律であった。

「昏睡させる事が目的ではなく、『このような夢を見させる事』が目的だったのでは?」

「だろうな。そうでなければ、このような迂遠な方法に説明がつかん」

 メフィストが肯定する。「では、何の為に」。このまま数秒程の時間を置いていれば、誰かがそんな疑問をぶつけに来た事であろう。
しかし、この魔人は、そう言った疑問をぶつけられる事を予測していたらしい。一つの分野に打ち込む事幾十年と言う碩学者が、己の知見を語る様なスムーズさで、メフィストは言葉を発し始めた。

「夢とは、精神が織りなす一つの閉じた世界の事であり、遍く生物が持つ、自己の領域の事を指す。
私は胎児が見る夢を記録した事もあるし、獣や虫、魚に貝の見る夢も目の当たりにした事がある。夢とはつまり、眠る生き物である以上、誰もが垣間見る泡沫の一瞬の事なのだ」

 「そして、それは同時に――」

「ある種の精神世界でありながら、現実の肉体や世界にも影響を与え得る、特異の世界でもある。
西欧に淫魔や夢魔と言う名で伝わる、インキュバスやサキュバスは、夢を通じて女を孕ませ、夢の中で男の性を受け悪魔の子を産む事が出来る。
その一方で夢は神や天使の啓示に使われる事もある。聖パトリックは夢の中に現れた大天使であるヴィクターを通じて悟りを得、死後聖人に祀り上げられた。
場所を変え、インドのヒンドゥー教においては、この世はなべて、維持の神であるヴィシュヌの夢に過ぎないと語る一派も存在する。
更に場所は東に行き、中国においては蜃と呼ばれる、夢を見る蛤(ハマグリ)の伝承が伝わっている。海の底深くで眠るこの蛤は眠ると同時に気を吐き出し、現実に触れも出来る楼閣を生み出すと言う」

「つまり、どう言う事だ。院長」

「超常存在は人の夢に干渉が出来、神仏の見る夢に至っては、本来ならば精神の活動でありながら、それだけで現実世界に実体を伴って影響を与える事が可能と言う事だ。
そして、極々稀であるが、薬物の力を借りるか、特殊な寄生虫に脳を犯されるか、或いは、天与の才によりて、妄想や夢想を現実化(マテリアライゼーション)させる人間が、少なからず存在する。我々はその様な能力者を、チェザーレと呼ぶ」

「よ、要するに……どう言う事、ですか?」

 恐る恐る、と言った風に志希が訊ねる。眼前の、白い闇が蟠ったような魔人を相手に言葉を発するのは、何㎞も走り続ける事よりも労力を使う程であった。


130 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:22:23 0Dzi21gc0
「夢を用いた術など、珍しくも何ともないと言う事だ。魂だけを別所に隠させ、機能している意識で夢を見させる。この様な遠回りな方法を取る理由は、恐らくは此処にあるとみた」

「今までの話を統合するに……、夢を以て現実世界に何かしらの干渉を行おうとしている、と言う事でしょうかな?」

「然り」

「その様な事、簡単に出来るのでしょうか?」

「無理だ」

 それまで長々と口にして来た講釈を全て台無しにする、余りにも短い一言だった。

「夢とは、確かに特殊な世界である。だが同時に、人間の見る夢が世界に与える影響など、余りに儚く、か弱い。
そもそも彼らは、数分前に見ていた夢ですらも、朝起き、歯を磨き、顔を洗うその時には忘れているだろう。その程度なのだよ、夢と現実の関連性などは」

「それでは――」

「但し」

 ファウストの異議を封殺するように、メフィストが素早く補注を付け加える。

「現実世界に影響を与える夢を成す魔術を、人の夢を以て成就させる方法は、ないわけではない」

「……まさか」

「その通りだ、女史」

 一同に、氷の針で出来た様な鋭い目線を投げ掛けた後、メフィストは口を開いた。

「『遍く多くの人間に、同じ夢を見させればいいのだ』」

 二人のサーヴァント達は、全てに得心が言ったような反応を取った。遅れて、不律が反応を示す。志希は最後まで、反応を取れずにいた。

「夢とは人の精神や意識が見せる発露の一つだ。だが、人間、いや、NPCが見る夢の影響力など、先述したように、それは儚いものだ。
だが、これが複数人……千、万、いや、十万と集えば話は変わってくる。それだけの人数が一時に『同じ夢を永続的に見させ続けられる事が出来たのなら』。
特に『夢を見る力の強い人間が何人も同じ夢を見たのであれば』? この空論が仮に正しかったとしたら、精神世界或いは、虚空と思しき空間に、
極めて強い精神的実像が結ばれる事になる。こうなれば、後はほんの少し、後ろから手で押してやれば良い」

「ドクター。貴方の概算では、このまま推移すれば、どうなるかお分かりなのかしら?」 

「仮に、の話だが。もしも、<新宿>の全人口三十と余万の内、十万人の人数が、綾瀬夕映の様な症状で、かつ、彼女の夢の中に登場した未知の国ではなく、東京の夢をその十万人が一斉に見ていたとしよう」

「……如何なるのだ? 院長」

「簡単だ。東京の上空に『東京』が生まれる。その本質は人が見る夢なれど、実際に見て触れ、歩く事すら出来る東京が、東京の上に成就される」

「……信じられない話ですな、Dr.メフィスト」

「少なくとも、これを仕組んだサーヴァントは、その絵図を、綾瀬夕映が見聞した王国で成そうとしている可能性が高い。敵の目的は、十中八九はそれと見て良い。だが問題は――」

「『その目的が果たされた時に何が起こるのか』? そして、『そもそもどう言う手段で綾瀬夕映を昏睡させたのか』? これが解らない内は、まだまだ敵の手札は明かされていないに等しいですわね」

「大本を断つ、これが一番確実な方法なのだろうが、敵の姿はまだまだ未知の上に、私が述べた事も、まだまだ推論の域を出ない。相当な手練だな、相手は」 

 その声は微か憂いを帯びていたが、表情は全くの無感動と無表情の象徴の様なそれだった。
つまりは、平素と変わらぬ顔と言う事である。その表情のまま、メフィストは、我関せずと言った風にベッドの上で寝息を立てる綾瀬夕映の方に向き直り、口を開く。

「彼女と同じ様な症状の患者が、恐らくはこれから運ばれて来る事だろう。彼女の魂を肉体に呼び戻す薬を作っては見るが、
魂を囚われていては効果は期待出来まい。陳腐な言葉だが、最善を尽くすしか、私には出来んな」

 如何にもなげやりな風に永琳には聞こえたが、この場合、メフィストを責める事がどうにも彼女には出来なかった。
寧ろ、この医師をして此処まで言わせしめ、月の賢者である永琳をしてその実態の全貌を掴ませない、昏睡を引き起こした下手人のサーヴァントの手練手管をこそ、恐れるべきであろうか。

 相手の力量を認めつつ、内心で歯噛みしていると、メフィストが此方の方に向き直った。
それまでは、唐突にその美相を向けられると、全身が総毛立つような感覚を覚えたものであるが、永琳の方も伊達に数千年以上の時を生きてはいない。
積み重ねて来た経験と、それによって鍛えられた不動の精神で相手を見据えるまでに成長した。……主の方は未だに、彼の美貌に慣れておらず、硬直とドギマギを隠せないようであるが、それを責めるのは、少々酷であろう。


131 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:22:59 0Dzi21gc0
「時間だ」

 そろそろ来る頃合いだと思っていた。
メフィストが何を言おうとしているのか、永琳も理解している。理解していてなお、飛び出して来たのは次の言葉であった。

「何の意味ですの?」

「惚け過ぎは命を縮めるぞ。呪いの正体についての所見は、私も述べた。これ以上の事は、呪いをかけた当人にしか最早解るまい。呪いについての事を知りたい、と言う君の目的は、果たせた事になる。去りたまえ、アーチャーと、そのマスターよ」

 この程度のすっ呆けが通じる相手ならば、苦労はしない。メフィストは眉一つ動かさず、永琳の誤魔化しを斬り捨てた。
永琳には、此処の院長とナシを付けておきたい、と言う打算があった。病院内部に入った時から、軽い探知の魔術で病院の内部を探ってみたが、結果は、
ワンフロア上の階所か、部屋の内部すら見通せない始末だった。大掛かりな魔術を使えば数階程度は探知出来るだろうが、
メフィストに気付かれないレベルの探知の魔術の精度等、たかが知れている。が、其処は腐っても永琳の魔術だ。
彼女の術ですら、その全貌を全く掴ませないと言う事は、この病院に施されている空間的・霊的防衛システムは、下手をしたら月の都のセキュリティと並ぶかも知れない。
つまりは、こと防衛に関しては、この病院は凄まじい程の能力を誇ると言っても良い。これが、何を意味するのか?
己の手綱を握るには余りに頼りないマスター、一之瀬志希を守る為の一時的な拠点には、持って来いと言う事を指す。
もっと言えば、もしも関係が深まれば、この病院に貯蔵されている――と、永琳は見ている――霊的な材料を用いて、霊薬の類を作成出来るかも知れないのだ。

 つまり永琳が望むのは、メフィストとの『同盟』だ。もっと言えば、メフィスト病院の設備と備蓄を利用してやろうと思っているのだ。
しかし、そう簡単に事は運ばない事も、永琳はとうの昔に気付いていた。彼自身の性情が、それを許さないと言う事もある。
だがそれ以上に――何故かこの男は、自分に対して敵意を抱いているような気がして、ならないのだ。

【マスター】

【――えっ、あっ、何?】

 やはり、メフィストの美に当惑としていたのだろう。反応するのに、やや間があった。

【貴女も気付いている通り、今の<新宿>はいつ何処で戦いが勃発するか解らない所よ。貴女に下手に出歩かれるよりは、こう言った定まった、それでいて安定感のある拠点にいて貰う方が、私としては都合が良いの、解る?】

【え? そ、それは〜……解るけど、出来るの?】

 その疑問は至極当然のものと言えた。
誰がどう見た所で、メフィストの意思を曲げさせる事は、不可能なように思える。この男は否と一度口にすれば、ジャハンナムの業火に焼かれようとも、己の意思を変えたりなどしないと言う、不撓不屈の心構えすら見て取る事が出来た。

【念話している時間すら惜しいわ。どう、乗る? 乗らない?】

【……アーチャーを、信じる】
 
 【解ったわ】、と言う言葉を最後に念話を打ちきり、永琳はメフィストの方に毅然とした目線を向けた。
此処に来て初めて永琳は理解した。今までメフィストの美に慣れていたのは、少しだけ彼の顔から目線を外していたからであって――。
真正面から彼の事を見据えると、その余りに完成され過ぎた人体と顔つきで、正気を保つ事すら精一杯である、と言う事に。
それでもなお、永琳はその様な気配を億尾にも出さない。

「ドクター。貴方の目には、私のマスターは如何映るかしら」

「君と言うサーヴァントを御すには、余りにも力不足と言わざるを得ないな」

「全くですわ。何処までも力が足らなくて、私も苦労が絶えませんの」

 「うっ……」、と言う苦しげな声が背後から聞こえて来た。想像だにしなかった、永琳からのキラーパスに、ショックを受けている事がすぐに解る声音だった。

「ですけれど――、駄目な子程可愛い、と言うでしょう? 私のマスターとしては確かに力不足の大失格のマスターですけれど、其処がまぁ、庇護欲をそそる、と言いますか」

「単刀直入に言いたまえ」

「此処で私達を保護してくれません?」

 弾丸の如く真っ直ぐで、物質的な圧力を伴ったメフィストの目線に射抜かれたその瞬間、永琳は極めて明快かつ、これ以上解釈の余地等ないとしか思えない、シンプルな言葉を言い放った。

「無論、タダで、とは言いませんわ」

 メフィストが断るよりも速く、永琳は彼の言葉尻を奪った。


132 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:23:51 0Dzi21gc0
「私の故郷の技術の一部を、ドクターにお教えする、と同時に、此処で医者としての実力を奮わせて貰いますわ」

「ほう」

 食い付いた、と永琳は見るや、直に畳み掛けに掛かる。後ろで志希が「えっ、嘘っ」、と戸惑いの言葉を上げていたが、無視する事とした。
医者として此処で活動すると言えば絶対に混乱するだろうと思っていたからこそ、永琳は敢えて念話での会話の時に黙っていたのだ。

「不老の薬を――」

「不要だ。医者としての修業時代に、師から学んだ」

「空間の謎を――」

「無用だ。我が病院に既に施されている」

「量子に携わる発明を――」

「いらぬな。量子の謎など、遥か昔に解き明かしている」

 ……よもや此処までとは、と永琳は舌を巻いていた。
永琳の想像を絶する知識量の持ち主である事は、薄々ではあるが彼女も察していた。まさか、普通の人間であれば、劫と言う時間を消費しようとも、
解き明かせるかどうかは神が振う賽子次第の、量子の謎すらも解き明かしていたとは、思いもよらなかった。永琳の瞳には、微かな驚愕の光が灯っていた。

「御帰りの時が来たようだな、アーチャー」

 暗に、次の言葉が浮かばないのなら帰れ、と言う意味が言外からヒシヒシと、永琳は感じ取る事が出来た。
次をしくじれば、同盟の話は水泡に帰す事であろう。――其処で永琳は、敢えて、切り札を切った。本人自体は二度と作る事もないと信じていた、あの薬の名を。

「――『蓬莱の薬』」

「……なるほど」

 反応の質が、明らかに違うものになった事が、不律やファウストは勿論、志希にも解った。
明らかに、興味を示していた。表情は依然として変わる事のない、石のような無表情であったが、永琳とファウストには、違った感情が今、彼の美貌に過っているのが解るのだ。

「月の都の姫が、当代の帝に与えたと言う不死の薬か」

「製法を教えるだけよ。作るのは、この世界に協力者がいないと無理だから」

 これは、嘘でも何でもなく事実だった。『あらゆる薬を作る程度の能力』、と言っても全能ではない。
薬を作るとある以上、材料が不可欠であるのは言うまでもなく、それがないのであれば、無い袖は振れないのだ。
蓬莱の薬を作るのに必要な協力者とは、永琳が一生涯仕えると決めた、蓬莱山輝夜ただ一人。彼女の能力がないのであれば、蓬莱の薬は、作れない。
嘘偽りのない、厳然たる事実を、メフィストよ。お前は、どう受け止めるのか。

「その条件で、構わん」

 魔界医師は、一切の迷いも見せる事無く、永琳の提示した条件を受け入れた。


133 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:24:07 0Dzi21gc0
「作る事は、出来ないのに、かしら?」

「知識として記録しておく事の、何がおかしいのかね? 医者はプライドが高く、知識と経験に貪婪でなければ務まらない」

「……」

 沈黙の時間が流れた。永琳とメフィストの目線が交錯する。二名の身体から発散される、凍土の最中の様に冷たい空気に、他の三人の皮膚が粟立つ。
サーヴァント同士の睨み合いは、それだけで常人を気死させる圧迫感がある。この二人の場合は、サーヴァントである事を抜きに――自身の存在の格も関わっているであろう事は、想像に難くなかった。そんな時間が、数秒程続いた後で、永琳がこの空気を打ち破った。

「解ったわ。折を見て、御教授して差し上げますわ」

「痛み入る」

 簡潔な、メフィストの言葉であった。間髪を入れず、彼は「次の話だが――」と切り出した。

「我が病院で医療スタッフとして働く、と言うのは、どう言う事だね?」

「教えただけで「はい、終わり」、と言うのは矜持に反しますので。蓬莱の薬の製法を教えただけでは、この病院に彼女を匿って貰えないと思いましたが、違いますか?」

 と言い、永琳は志希の方を軽く一瞥する。何と反応すれば良いのか解らず、当惑で目を回し気味の志希の姿が其処に在った。

「我が病院は優秀な医者は常に受け入れている。優秀であると言う条件を満たす者ならば、我が病院の門戸を叩く者は、誰であろうと歓迎しよう」

「恐縮で――」

「但し」

 最後まで永琳が言い切る前に、メフィストは言葉を遮った。そう簡単には行かせるか、と言う強い意思が声音からも感じ取れる。

「登用の為の簡単な面接は受けて貰おう」

 「面接があるのか」、と不律は一瞬驚いたが、そもそも彼は<新宿>にやって来た瞬間に、メフィスト病院の専属医としてのロールを与えられた人物である。
つまり、来たその時から病院のスタッフの一人なのだ。普通に考えれば、登用試験や面接の類があるのが、当たり前なのである。

「お時間は何分取るおつもりなのかしら?」

「一分と掛からん」

 ――不律は、この病院も存外まともかも知れない、と、頭の中で一瞬湧いた考えを一瞬で払拭した。 
一分で終わる面接など、今日日アルバイトですらあり得ないだろう。魔人の運営する病院は、その採用試験も常軌を逸したものであるらしい。

「……面接は、何時?」

「もう始まっているよ」


134 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:24:43 0Dzi21gc0
 そう言うとメフィストは、目も眩まんばかりの白いケープの袖を、永琳の方に向けた――刹那だった。
ビュンッ、と言う音を立てて袖から、音速を超える程の速度で黄金色の細い何かが放たれ、それが、寸分の狂いもなく永琳の心臓を貫いた。
黄金色のラインが永琳を貫く前に、その正体に気付けたのはファウストだった。貫いたその瞬間に、何かの正体に気付いたのは不律だった。
永琳の心臓を貫き、背中までラインが貫通してから数秒経過して、漸く、自分のサーヴァントに起った異変に気付いたのは、志希であった。

「あ、アーチャー!?」

 口元を覆い、灰の空気を全て使い潰す程の大声で志希が叫んだ。
永琳は、メフィストのケープから放たれた、黄金色の針金で心臓を刺し貫かれていた。
金メッキの放つ、チープな輝きではない。輝きから質まで、その針金は文字通り、本物の黄金で出来ているとしか思えない程、
限りなくAuの元素記号で表記される金属に等しかった。

 戦慄の時間が、緩やかに、そして、忙しなく流れて行く。
メフィストの袖から寸分違わぬ直線に伸びた黄金の針金は、永琳の心臓を撃ち貫いている。
そして、永琳は、自身の心臓を貫いているメフィストの事を、無感情に眺めている。ややあって、永琳は口を開いた。『開いた』。

「人を試し過ぎるのは、長生き出来ません事よ。ドクター」

「因果だな。今朝私も、同じ事を言った」

 そう言って、メフィストは、永琳の身体から針金を引き抜いた。
――誰が、信じられようか。メフィストのケープの中にシュルシュルと、訓練された一匹の金蛇のように巻き戻って行く針金には、血の一滴すら付着していない。
それどころか、彼女の身体を貫いていた筈の先端部が、完璧に乾いた状態であるのだ!!
そして、心臓を穿たれた筈の永琳の服には、血の一滴どころか、衣服に穴が空いた様子すら、見られない!! 
誰もが忘我の域に誘われるであろう程凄絶な、あの数秒の短い時間は、魔人同士がお互いの実力を図る為に行った刹那の一時であると認識出来た者は、この部屋には二名いるのであった。

「アーチャー!! だ、大丈夫!?」

 この病院に来てから、取り乱す事が多くなった事を志希はもう認識出来ない。
無理もない、余りにもこの病院の中で起る事は、志希の知る常識を遥かに逸脱した現象ばかりであるからだ。
だがそれは、当たり前の事なのだ。この病院は<新宿>のものではなく、<新宿>の中にあって、『魔界都市』と呼ばれたある街の則によりて運営される魔城なのだ。
余人の常識が一切通用しないのは、嘗てあの街に住んでいた住人であるならば、誰もが理解する所なのであった。

「痛みもない、流血もない、そもそもあの針金は体内に入った瞬間軌道を変えて、心臓を避けるように背中を突き抜けた。あの針金は治療の為の道具、痛み何て全く与えない。でしょう? ドクター」

「その通りだ」

 腕を下げながら、メフィストが口にする。

「この針金に驚き、目を見開かせる様な存在ならば、我が病院のスタッフになる資格など与えないつもりであったが。優秀だな、君は」

「其処が、セールスポイントですから」

 一切の臆面もなく、永琳は口にした。それを受けて、メフィストは肯じる。

「いいだろう。今から君は、臨時のメフィスト病院の専属医としての地位を与える。責任を以て、職務を遂行したまえ」

「解りましたわ」

「案内板に従って、ロビーの方に移動し、待機していなさい。じきに案内役の看護士の一人を呼ばせる」

「畏まりました。……出るわよ、マスター」

「……えっ? あ、え、う、うん」

 要領を得ない、と言った風に志希は頷き、永琳の後を追い、部屋から退室。
後には、腰に刀を差した老医と、長躯のランサー。そして、白いケープを身に纏った、汚れ無き天国の威光のみで身体が構成されているのではないかと言う、美貌の魔人のみが、部屋に残された。

「彼女を採用されて、良かったのですか。Dr.メフィスト」


135 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:25:09 0Dzi21gc0
 と言うのはファウストだ。無理もない。誰が見ても明らかに、八意永琳と言うアーチャーは怪し過ぎる。
彼も、そしてマスターである不律も。永琳は、その美貌の中に、ギラリと光る白刀を身体の中に隠し持った、一癖も二癖もある難物である事を見抜いていた。
明らかに、何かしらの下心がある事は解るのだ。目の前の、聡明な院長がそれに気付かぬ筈もない。

「優秀な医者は、いつでも求める所。其処に嘘はない」

「彼女は、優秀な医者ですか」

「君にも言った所だが、優秀な医者は見るだけで解るのだよ。面接と言う茶番など、用意するまでもなかった。女史は、この病院のあらゆるスタッフの中でも、最も優秀な人物かも知れんな」

 それが、メフィストが送る最大限の賛辞であると言う事を、不律もファウストも知らない。
この病院の設備と、其処に勤務する医者の実力を何処までも信頼しきっているメフィストが、外様の医者を此処まで褒め称えると言う事は、ありえない事なのだ。

「……仮に、裏切って、院長にその矢を向けたらどうするつもりだ?」

「その時に対処するさ。私は、私に故意を以て襲い掛かる存在には、相応の対価を支払って貰う事にしている」

 いつも通りの無感情な言葉だが、それが、嘘でも冗談でもなく真実であると言う事を、二人は理解している。
メフィストは、普段通りの声のトーンであるのに、放つ言葉によって、自由自在に威圧感と冷たさを調整出来るのだ。
言霊の謎を解明し、言葉を自由自在に操る吟遊詩人(トルバドゥール)のような男だった。二人は今の彼の、そんな発言に、背骨を濡れた氷で撫で上げられる様な悪寒を感じた。

「では、患者に対し悪意を以て――」

「それは、ないな」

 ファウストの懸念を、メフィストは素気無く斬り捨てる。まさに、即答であった。

「何故、そう言えるのでしょう?」

「プライドが高いからだ」

「……プライドが?」

「本物の医者と言うのは、プライドが高くなければならない。己の患者に一切の怪我も病気も許さず、己が管理する病院の全てに万斛の自信を抱いていなければならない。
それを以て初めて、真実の医者になれるのだ。彼女は、私の理想に限りなく近しい思想の持ち主だと思っている。つまりは、私に敵対する事はあれど、患者には慈悲深い性格である、と言う事だ」

「それが本当であれば……確かに、優秀な医者であろうな」

「その通りだ、が。神は何時だって、人に全てを与えない物だな」

「と、申しますと?」

「彼女には欠点がある」

「はて?」

「医者としての資質も十分、見識も極めて深く、魔術にも造詣があり、有事の際の荒事にも長ける。まさに、医者の鑑とも言うべき人物だ。が、唯一の欠点を上げるとするならば……」

「上げると、するのならば。何です、ドクター?」

 ふぅ、と溜息をついてから、メフィストは解を告げた。


136 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:25:21 0Dzi21gc0
「『女であると言う事だ』」

「えっ」

「えっ」

 両者とも、殆ど同時のタイミングだった。

「女であると言う事実だけが、嘆かわしいな。女のインテリと言うものは、如何にもプライドが無駄に高い。男であればそれも可愛げがあると言うものだが、女になった瞬間それが失われる。実に、嘆かわしいな」

「……院長は、衆道の方が好みなのか」

「悪いかね」

「……いえ」

 歯切れの悪い返事だと不律も思う。仕方があるまい。
想像だにしていなかったメフィストの性趣向に、困惑してしまったからだ。目の前で刀を突然、急所目掛けて振るわれる事よりも驚いている。
そう言った人物がいる事も知っているし、実際軍医を務め、曲りなりにも軍属であった不律には解る。同性愛は思った以上に普遍的な性癖なのだと。
――だが、メフィストがまさかそうだったとは、思いもよらなかったのだ。その気になれば、世界中の女のほぼ全てを我が物と出来る男は、その実、女に全く興味を示さない男色家であったのだ。誰も、想像が出来まい。

 何処か気だるげな装いで佇むメフィストであったが、何かに気付いた様に面を上げ、先程、綾瀬夕映の海馬の記憶を投影させるのに使った、
右手の薬指に嵌められた指輪から、何かの映像を投影。年配の、髭を蓄えさせた中年男性の顔が、立体映像となって指輪から発せられる光に映った。

「何事かね」

「突然申し訳ございません。実は先程、院長が私共に預けた、『北上』と言う患者ですが……」

「治せなかったのかね?」

「……面目ない。彼女に合った義腕を選ぼうとしたのですが……傷口が余りにも特殊で、腕に合う義腕が見繕えないのです」

 酷く無念そうな顔で、その中年男性は口にした。そして、覇気のない子供の様に、委縮している。
まるで、初めて問題に誤答してしまい、親か教師にそれを咎められる優等生のような心境である事は、容易に想像が出来ようと言う物だ。

「直に向かおう。不律先生、事後処理は任せた」

「心得た」

 任せた、と言ってからのメフィストの行動は迅速であった。
足早に部屋を去り、部屋の内部と言う空間を悲しませるだけ。この男は、世界を構成する空間の一部など一顧だにしない。
どれだけ空間が待てと言われようが、待たない。自身の患者に異変が起これば、そちらの方を優先する。メフィストと言う男は、そんな男であった。
後には、不律とファウスト、そして、この部屋で起った魔人達の会話の事など一切知らずに、夢を見続ける眠り姫。綾瀬夕映だけが、残されるだけだった。

「人は見かけによらぬな……」

 と言う言葉は、メフィストに対して向けられたそれである事は、明白だった。

「……同性愛は一応病気では御座いませんから」

 動揺した風にファウストは言う。寧ろ彼の方が、衝撃を隠せていないようなのであった。


137 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:25:35 0Dzi21gc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【勝手に話を進めて、悪かったわね】

 と言って、一之瀬志希に詫びの言葉を念話で投げ掛けるのは、八意永琳だった。
彼女は今、実体化の状態で病院を歩いている。今より病院の臨時専属医として働く事になっているのだ。
霊体化をした状態では差支えがでる。だからこそ、こうして実体化の状態で病院を歩く事にしたのだ。
廊下ですれ違う患者や看護師、医者が、永琳の方に顔を向ける。この病院で働くスタッフ達は、こと、美しいと言う概念を審美する時は極めて厳格だ。
何せ主である院長が、この世の美の基準点のような男なのだ。必然、此処で働く者は審美と言う行為にうるさくなる。
そんな彼らですらも、思わず目を引く程の眉目秀麗たる容姿を誇る女性。それが、八意永琳だった。メフィストと言う男が全てを支配する病院の中でも、
彼女の華麗さは褪せる事はない。八意永琳は、メフィストと言う日輪に対する、月輪のような存在感の女であった。

【アーチャーが必要だって思った事なんでしょ? だったら私も、それに従うかな〜……って】

 そう、確かに必要な事だった。と言うよりは、戦略上、此方に着いた方が有利だと永琳は認識したのだ。
住宅街で起ったサーヴァントとの交戦とその戦闘の後、そして、繁華街ですら大規模な戦闘が起ったと言う事実を聞いた瞬間、永琳は真っ先に考えた。
それは、『家に籠城する』と言う作戦は最早何の役にも立たないと言う事だ。この狭い街で、頻々と戦闘が起こる以上、明日は我が身になる可能性は極めて高い。
そうなった場合、何の才能もない自身のマスターは真っ先に殺される可能性が高い。何処か安全な場所を探そうにも、聖杯戦争が始まった以上、
絶対的に安全な場所など存在しない。自分の実力で、マスターを守らなければならない。ある時まで永琳はそう考えていた。

 その負担が楽になるかもしれないと思ったのは、メフィスト病院内部に入った時からであった。
この病院が保有する霊的・空間的な防衛システムは、主の保護に打って付けであるし、何よりも、上手く院長と話を付けられれば、
自身の道具作成スキルを最大限に活かせる、霊薬を製作する為の材料ですら工面して貰えるかもない。
そうなれば、後の可能性は無限大だ。永琳は、魔力がほぼ枯渇寸前の状態から魔力を、肉体的な怪我ごと全回復させる霊薬(エリクサー)だって造り出せるし、
ワニザメに皮を剥がれた因幡の白兎の傷を治した大国主が用いた薬だって、製作が出来る。拷問に用いる自白剤も作成出来れば、肉体を瞬時に溶かす毒薬の類だってお手の物。

 そう戦略上、永琳は必要な事だと思っていた。
無論、リスクがないわけではない。腐っても此処は、他のサーヴァントの拠点である。いわば、敵の腹中で文字通り自分達は活動している事になる。
メフィストが何らかの心変わりを起こして、自分達に牙を向く可能性だって、ゼロではない。そうなったら、さしもの永琳ですらどうなるか解らない。
その危険性を加味してなお、得られるリターンの大きさが魅力的なものに永琳は思えた。だからこそ、あのような話を進めたのだった。

 ……しかし、本当はそれだけではなかった。
単純に言えば、かなり『腹が立った』から、この病院で働く、と言う下心が永琳にあったのも事実である。


138 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:25:45 0Dzi21gc0
 メフィストは狂人だった。疑いようもなく、彼の心は破綻していた。
余りにも断固としたプロフェッショナリズムの持ち主の為に、彼は人の心の在り方と言うものから何処までも浮いているのだ。
患者を愛し、病院を信頼し、自分達の患者を害する者は一切許さない。それ自体は、医者として当然の在り方だ。だがあの男は、その度合いが異常過ぎる。
プロフェッショナリズムを求めに求め、求め過ぎた結果。彼の心は、『人間の可能性』とも言えるべき極北の地点の更に先に、向かって行ってしまった。
永琳から見た、メフィストと言う男は、そんな人物であった。

 そして、驚く程あの男は気位が高い。
感情のない天使にすら恋慕の情を抱かせる程のあの美貌と、確かな医療技術を持っているのだ。
プライドが高くない方がおかしいし、事実医者と言う者はメフィストが言うように、新たな知識に貪欲で、医者としての矜持にプライドが高くなければ務まらないのだ。
解っていても『ムカついた』のは、自分の事を値踏みする様な、あの瞳と態度だった。本質的にあの男は、自分と自分の病院以外で働く医者を見下している。
そんな態度が、透けて見えるようだった。永琳は、自分が医者としても、戦士としても、優秀であると言う自負があった。
自分でも自覚している所だが、プライドは高い方だと思っている。だからこそ、許せないのである。戦闘能力で見下されると言うのならば兎も角、
医術の腕前で馬鹿にされるのは、沽券に係わるのだ。あの男は、その永琳の沽券を簡単に見下した。それが、永琳には耐え難かった。

 ――……言える訳がないわよね――

 まさか志希に、そう言った感情もあってメフィストの所に着いたなどとは、言えなかった。
諸々のメリットの比較衡量も当然行ったが、それ以上に、斯様な感情があったなどと、まさか永琳の口から説明出来る筈もなし。
医者として働く以上は、適当な事は出来ない。自分があの男以上に優れている事を、これを機会にその一端だけでも発揮できれば、と、永琳は思っていた。

 ――……子供ね――

 後で冷静に自分を俯瞰して、何とも幼稚な考えだと思っていた。
比較衡量の部分がなければ、完全にこらえ性のない子供とほぼ同義であった。
数万年以上の時を経てなおこの精神性とは、笑わせる、と。皮肉気な笑みを浮かべる永琳。
彼女らの横を、黄金色の髪をした、ブラックスーツの男性が過った事に彼女らは、全く興味も示さなかった。


139 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:25:58 0Dzi21gc0
【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午前9:20】

【一之瀬志希@アイドルマスター・シンデレラガールズ】
[状態]健康、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]
[道具]
[所持金]アイドルとしての活動で得た資金と、元々の資産でそれなり
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>からの脱出。
1.午後二時ごろに、市ヶ谷でフレデリカの野外ライブを聴く?(メフィスト病院で働く永琳の都合が付けば)
[備考]
・午後二時ごろに市ヶ谷方面でフレデリカの野外ライブが行われることを知りました
・ある程度の時間をメフィスト病院で保護される事になりました
・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません
・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました
・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました




【八意永琳@東方Project】
[状態]十全
[装備]弓矢
[道具]怪我や病に効く薬を幾つか作り置いている
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:一之瀬志希をサポートし、目的を達成させる。
1.周囲の警戒を行う。
2.移動しながらでも、いつでも霊薬を作成できるように準備(材料の採取など)を行っておく。
3.メフィスト病院で有利な薬の作成を行って置く
[備考]
・キャスター(タイタス一世)の呪いで眠っている横山千佳(@アイドルマスター・シンデレラガールズ)に接触し、眠り病の呪いをかけるキャスターが存在することを突き止め、そのキャスターが何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だ明白に理解していません。
・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません
・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました
・メフィストに対しては、強い敵対心を抱いています
・メフィスト病院の臨時専属医となりました。時間経過で、何らかの薬が増えるかも知れません




【不律@エヌアイン完全世界】
[状態]健康、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]白衣、電光被服(白衣の下に着用している)
[道具]日本刀
[所持金] 1人暮らしができる程度(給料はメフィスト病院から出されている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、過去の研究を抹殺する
1.無力な者や自分の障害に成り得ないマスターに対してはサーヴァント殺害に留めておく
2.メフィスト病院では医者として振る舞い、主従が目の前にいても普通に応対する
3.メフィストとはいつか一戦を交えなければならないが…
4.ランサー(ファウスト)の申し出は余程のことでない限り認めてやる
[備考]
・予め刻み込まれた記憶により、メフィスト病院の設備等は他の医療スタッフ以上に扱うことができます
・一之瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました
・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません。
・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました




【ランサー(ファウスト)@GUILTY GEARシリーズ】
[状態]健康
[装備]丸刈太
[道具]スキル・何が出るかな?次第
[所持金]マスターの不律に依存
[思考・状況]
基本行動方針:多くの命を救う
1.無益な殺生は余りしたくない
2.可能ならば、不律には人を殺して欲しくない
[備考]
・キャスター(メフィスト)と会話を交わし、自分とは違う人種である事を強く認識しました
・過去を見透かされ、やや動揺しています
・一之瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました
・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません


140 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:26:12 0Dzi21gc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……凄いな。痛みも何もない」

 心底感心した様にそんな事を言うのは、診療室で、包帯の巻かれた左腕を軽く動かすジョナサンだった。
全く痛みがない。其処が、驚きの最たる所だ。と言うのもジョナサンの左腕には、つい先刻までロベルタが発砲した凶弾が体内に埋め込まれていたのだ。
更に胴体には銃弾による怪我もあり、歩くのも中々どうして、苦労した程である。その労苦が今、完全に消え失せていた。
驚くべきはメフィスト病院の医療設備と、スタッフの優秀さだ。評判は、前々から聞いていたが、此処までその高さを見せつけられると、敵対心など抱く気もなくなる。
自分達の生きていた十九世紀のイギリスの医療技術が、未開の民族の怪しげな民間治療にしか思えない程であった。

「Mr.ジョナサンの身体の壮健さと、自然治癒力は目を瞠るものが有りますね。この調子なら、一時間後にはラグビーだって出来る程ですよ」

 と、太鼓判を押すのは、自身の治療を務めてくれた、月森と呼ばれる若い、眼鏡をかけた男の医者だ。
若いながら優れた医術を持ち、たったの数分で弾丸の摘出と、事後の毒素処理を行った医者である。

「いえいえ、先生の優れた医術があればこそですよ」

「ハハハ、お褒めの言葉は嬉しいですが、まだまだ僕もこの病院では若輩者でしてね。先輩方には、負けてしまいますよ」

 謙遜としては良く使われるタイプのそれであったが、これが嘘ではない事をジョナサンもジョニィも知っていた。
恐らく月森は本気で言っている。サーヴァントの運営する病院に集まるのが、普通の医者しかいない訳がない。
特にそう疑っているのはジョニィの方だ。ジョニィは生前、泉と、其処に生える巨大な大樹自体がスタンド、と言う、つまり、
場所がスタンドその物と言う相手と関わった事がある。メフィスト病院とはまさに、場所そのもののスタンド、つまり、宝具なのではと考えていた。
そう言ったスタンドにありがちな事であるが、その場所スタンドの内部で起る事は、基本的には何でもアリで、外の世界の常識など通用しない。
このメフィスト病院が宝具であるとするのならば、其処に勤務するスタッフも、宝具の一部である。つまりは、何かしらの『力』を付与されている可能性が高い。つまりは、月森とは別の、或いは、彼をも超える医療技術の持ち主は普通にいるし、場合によっては戦闘すらもこなせる医者も存在していると、二人は推測していた。

「院長先生には、やはり勝てませんか」

「メフィスト院長ですか……あの御方は最早別格ですね。私も彼の技術を目の当たりにした事がありますが……私では、例え千年研鑽を積んだとて、彼の領域には至れない。そう思い知らされました」

 と、過去の事を思い描く様な口調で月森は語る。真実の事を語っているらしく、遠い目で語るその喋り口に、嘘は見られなかった。
ジョナサンらは未だに見ていないが、やはりこの病院を運営する院長の技術は、想像を絶するそれであるようだった。

「……話は変わりますが、先生」

「何でしょう?」

 神妙な顔付きのジョナサンに対して、月森の方は、柔和な表情のままであった。

「私と一緒に付いて来た、北上、と言う少女の件ですが……」

「北上……あぁ、あの右腕の肘から先がない女の子ですね?」

 眠り病と呼ばれる聞いた事もない病気の事を知りたいと言ったあのアーチャーは、メフィストの案内に従い移動。ジョナサンと北上は別れて、別の所に案内された。
ジョナサンが案内された場所はごく一般的な外科であるが、北上の方は、身体の義部を作る為の診療科に案内され、そのサーヴァントであるアレックスは、
専門の、霊体治療の為の診療科に案内されているとの事。現在彼女らは、全く別々の所を行動していると言う事だった。
元々、ジョナサン達が見た時から、欠損した部位も見た所持っていなかった為に、治療は不可能であり、仮初の部位を作る事で治療を施そうと言うメフィスト病院の意思は、
理解していた。それでもやはり、心配になる。ジョナサンは思い出していた。時折北上が見せる、親類の全てが死に絶え、頼るもの縋るものもなくなったような、深い絶望に彩られた彼女の顔を。


141 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:26:23 0Dzi21gc0
「当病院の技研の腕前は頗る評判です。人によっては、元々の自分の手足よりもよく動くと言われる方もいる程ですよ。技研の先生方の腕前を、信用して下さい」

「いえ、そうではなく……ですね。聞かれないのでしょうか? 腕のなくなった理由を」

 ジョナサン達も、それについては何の憂いも無い。この病院の事だ、上手くやってくれるだろうと言う無根拠な信頼すらあった。
だが、不気味なのが、この病院の誰もが、『如何して四肢がなくなったのかと言う事に興味を払わない事』である。
普通の病院であれば、間違いなく四肢を失った理由を訊ねるだろうが、この病院はそれをしない。此処を頼る患者ならば、誰でも治療する。
その様な意思を、ジョナサン達はこれ以上となく感じ取れていた。そして其処こそが、この病院がサーヴァントの運営する魔窟たる所以なのだろう。

「これは、メフィスト院長の自論なのですが……。自分を頼りにやって来た患者は、誰であろうと治せ、と言うのが、あの方にはありまして……」

 滔々と、月森は語り始めた。

「例え後に、自分の敵に回るような人物でも治療せよ、と言う事らしいのです。それこそが、医道の扉を叩いた物の宿命であり、運命なのだ、と」

「……と、言いますと?」

「私が思うに、院長にとっては、怪我を負った理由よりも、怪我を負った結果こそが大事なのだと思っているのです。それを治す事こそが、医者の仕事。
それは、私共にも徹底されております。故に我々は、怪我を負った理由を敢えて聞きません。何事も、話したくない事は、あるでしょうから」

 傍から見れば、聖人の言葉にしか聞こえない月森の発言であったが、時と場合にそれはよる、と言わざるを得ない。
人の言う事を全て疑う人間は病気であるが、人を疑う事を一切知らない人間もまた病気である。何故、四肢の一部を失ったのか?
それは、人間である以上、況してや医者である以上当然疑って然るべき事柄であり、彼らはそれを訊ねようともしない。
ジョニィは、やはり此処は、危険と安全と紙一重の場所だと、再認した。此処で働くスタッフ達は、正常と異常の境を彷徨う、魔界の住民なのだ。

 怪我だけを治したら、さっさと距離を離す事が一番だろう。それが彼の思う所であったが――ジョナサンは、月森の言葉に感銘を受けている様子であった。
「実に素晴らしい、紳士の鑑のような人達だ」、とすら言う始末だ。ジョニィは、此処をもう少し改善してくれたら、と思わずにはいられない様子なのであった。


142 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:26:47 0Dzi21gc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 此処が、義肢や義眼の作成担当の為の場所だと認識した瞬間、北上は思った
ああ、自分の腕はもう、何をしても治らないのだ、と。涙は最早出ないので、虚無感だけが胸中を支配した。
予測出来なかった事ではない。何せあそこまで細切れに、自分の腕はなったのだ。普通は無理であろう。
どんな名医でも、失った腕を元に戻せと言われれば、匙を投げてしまう。北上の負った傷とは、つまりそんなものだ。

 事実、自分の事を担当していた、髭を蓄えた中年男性もお手上げと言った調子であった。
「切断の傷が異常だ」、「如何してこう言う傷を負ったのか理解が出来ない」、小声で男はそんな事を告げ、ある程度傷を見終わってから、
「少しお待ちを」と言って、部屋を後にした。北上は、用途すら及びもつかない大仰な機械の数々と、壁掛けのコンソールスクリーンが至る所に設置された部屋で、
ぽつねんと一人残されるだけとなった。

 アレックスは今、何処にいるのだろうか。自分を守り、要らぬ怪我を負った、あの頼りない勇者は。
自堕落でスケベで、それでいて、いざという時には『勇』ましき『者』の名に恥じぬ動きを見せぬ、未だ姿形の定まらぬ男は。
あの男の負った損傷も酷かった。メフィストの案内で今彼は、『心霊科』と呼ばれる、その名を聞くだけで胡散臭い診療科に案内され、霊体の治療を受けているらしい。
自分よりも境遇が心配だった。この世界で彼に死なれてしまえば、真実北上は一人ぼっちだ。そうなってしまえば、もうこの世界で生きる術はないに等しい。

 いやであった。
死ぬ事よりも、一人で、しかも、鎮守府の皆に死んだと言う事をも認識されずに消えてなくなるのが、何よりも怖かった。
元の世界に帰りたい。そして、アレックスにも無事でいて欲しい。目を瞑り、その事を必死に祈る彼女であったが、その行為は、自動ドアの開く気配で中断される。

 ハッとした表情を浮かべ、その方向を見つめた。
不思議なものである。自分を担当していたあの中年男性が戻って来たのではない事を、直感で北上は理解していた。
部屋の白さと言うよりも、明度が極端に上がったような気配を彼女は憶えた。部屋に満ちる電子機器の数々が上げる稼働音が、
喜びの讃美歌を上げているようなそれに変貌した様な錯覚を感じた。彼女の目線の先にいる、白く輝く美貌の男の姿を見て、硬直する。
この男は――地球から何万光年と離れた恒星の放つ、汚れ無き白い光を集めて作ったような、この男は。

「気分がすぐれないかね」

 そう言って此方に近付いてくる男の名は、メフィスト。
この病院の院長でありそして、別所に向う為に病院に入ってすぐに解れて行動していた白の美人であった。

「四肢を失う事は、当人にとっては心に穴が空いた様なショックを受ける。当然の事だ。だが、安心したまえ。我が病院に救いを求めた以上、私は誰であろうともその思いを無碍にはせん」

 此方に歩み寄りながらそんな言葉を口にするメフィストは、誰が聞いても、聖人の様にしか見えぬであろう。
断固としたプロフェッショナリズムは、見る者によっては狂気の権化に見える一方で、人によっては天より遣わされた天使のように映る。
特に患者には、メフィストの姿は、聖母の如き慈愛性を誇る救い主に見えるに相違あるまい。事実、多くの患者は、彼の事をそんな目で見ていた。

 嗚呼、だが、北上よ。
何故お前は、メフィストをそんな瞳で見る。美貌に対して陶酔とする感情でメフィストを見る一方で、何故、彼の美貌を極度に恐れるような瞳で。

「腕を見せたまえ」

 と言う、メフィストの言葉を認識するのに、数秒は掛かった。
のろのろと右腕を上げ、その姿をメフィストに見せる。二の腕を軽くメフィストは掴む。
耐えがたい至福の陶酔感が、彼女の腕から身体全身に伝わった。本当に美しい物の手に触れられたものは、それだけで歓喜の念を隠せない。
その事を今彼女は、自身の身体で実感させられていた。しかし、メフィストには彼女を喜ばせると言う気概など欠片も無い。
ただ冷徹に、北上の怪我の原因を調べるだけ。それを精査する為、彼女の腕を見るメフィストの目に――驚愕の光が、誰の目から見ても明らかな程しっかりと刻まれていた。

「……成程、北里先生では治せぬ筈だ」

 そっと手を腕から離し、メフィストは、北上の方に向き直る。
メフィストの美は、正視するのとしないとでは、精神に対する影響力がまるで違う。
北上のような女子には、目線を全力で外し、顔を俯かせて話す事が、現状の精一杯であった。


143 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:27:04 0Dzi21gc0
「私は余り、患者の怪我の原因を聞かない事としている。見ただけで何が原因なのかが解るからだ。これに関しても、何が原因でこのようになったのかは解る」

 「――だが」

「解っていても、聞かざるを得ん。北上さん」

「……はい」

 声と言う声を出しつくし、声帯が極限まで擦り減ってしまったような、掠れた声であった。

「何時、何処で。そして、何者の手によってその傷を負った」

 一切の嘘は許さぬと言う、厳然たる口調でメフィストは詰問する。
恐る恐る、と言った風に、北上は、その原因を語ろうとする。ラダマンテュスの審判を受ける死者もまた、今の北上のような心境であるのだろうか?

「七時半より少し前に、落合の家で……です。黒いコートを着た、先生みたいな綺麗な人に……」

「下手人の一人称は解るかね」

「……『僕』、でした」

 顎に手を当てて考え込むメフィスト。
彼は、北上の傷を見て一瞬で、それが細さ千分の一ミクロンのチタン製妖糸によるものだと看破した。
見間違えようがない、腐れ縁でもあり思い人の男が傷付けた痕と同じ物であるのだから。
だが、違う。確かにそれは、メフィストの知るチタン製妖糸によりて傷付けられた傷であるが、問題は、それを負わせた張本人だ。
断言しても良かった。それは間違いなく、彼が懸想する、この世で最も黒が似合う男、『秋せつら』のものではなかった。
しかし北上は、彼の一人称を『僕』と言っていた。其処が引っかかる。『僕』のせつらが操る糸は、『私』のそれに比べて格段に技倆が落ちる。
それなのに今の北上の右腕の傷痕は、『僕』のせつらの操るそれよりもかなり複雑怪奇で、腕前が良いのである。

「君の義腕は、私が担当しよう。それまで少しだけ、この病院のリハビリルームで待機していてくれたまえ」

「……はい」

 と、北上は口にした。
メフィストは考える。確かにこれは、この病院の手に余る傷だった。
秋せつらが、絶対に再生させないと言う意思の下で操った妖糸によって傷付けられた者は、この病院のスタッフの手でも『治せない』。
『僕』の人格までなら、メフィストも治せる。だが、『私』に変わった瞬間、最早メフィストでも匙を投げる程の傷痕と化し、二度と治療が出来なくなる。

 北上は、下手人の事を黒コートの美人で、かつ僕と自分を呼んでいた男にやられた、と言っていた。
一瞬せつらの事を考えたが、彼らは、北上達を襲撃した後で、この病院にやって来たのだろうか? 時間的に無理があるように思えるし、
そのサーヴァントが戦闘を事前に行って来たのかどうかは、特に、秋せつらに関しては手に取るようにわかる。
断言しても良かった。せつらは明らかに、戦闘を終えてからこの病院にやって来ていなかった。
それを加味して、『僕』の人格より一段階上の糸の技量を持ちながら、その『一人称が僕』である、同じ黒コートの人物。

 ――思い当たるフシが、一つだけあった。
魔界都市の住民の誰にも認識されず、覚えている者も最早絶無に等しい青年の事を。
メフィストが認める、この世で唯一、黒一色の服装の似合う男。せつらに並ぶ美貌を持ちながら、せつらとは比較にならぬ邪悪な性格を持つ男。
嘗て魔界都市の王になり損ねた、黒いインバネスコートの魔人の事を、今メフィストは思い出していた。

 ――……君がいるのか、浪蘭幻十――

 改めて、罪な街だとメフィストは思った。
魔界都市の具現である、黒コートの魔人を呼び寄せる。メフィストからしたら、魔界都市“<新宿>”の住民であった彼からしたら、『<新宿>』の判断は、
当然のものと言えた。だがこの街は、彼の魔界都市よりもずっと、悪辣で、嫌味な性格であるらしかった。
秋せつらの影であり、妖糸を操る一族の内で滅びた片翼。そして、魔界都市の亡霊とも言うべき、あの男を呼び戻す。
<新宿>よ、お前は此処で、何を成そうとする。そして、此処を舞台にして役者達を踊らせて。我が主は、何を成さんとするのだ。
懐かしい傷跡の感触を一度指でなぞってから、メフィストは静かに瞑想を止め、北上の義腕の制作に、取りかかろうとするのであった。


144 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:27:18 0Dzi21gc0
【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午前9:20】

【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]健康、魔力消費(小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]不明
[道具]不明
[所持金]かなり少ない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。
2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。
3.外道に対しては2.の限りではない。
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました
・一之瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・ロベルタ戦でのダメージが全回復しました。一時間か二時間後程には退院する予定です




【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(小)
[装備]
[道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する
2.マスターと自分の意思に従う
3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました
・一之瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・アレックスの事をランサーだと未だに誤認しています
・メフィスト病院については懐疑的です




【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]健康、実体化
[装備]白いケープ
[道具]種々様々
[所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい
[思考・状況]
基本行動方針:患者の治療
1.求めて来た患者を治す
2.邪魔者には死を
[備考]
・この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません
・ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです
・ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しました
・そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作りました。
・番場真昼/真夜と、そのサーヴァントであるバーサーカー(シャドウラビリス)を入院させています
・人を昏睡させ、夢を以て何かを成そうとするキャスター(タイタス1世(影))が存在する事を認識しました
・アーチャー(八意永琳)とそのマスターを臨時の専属医として雇いました
・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の存在を認識しました
・浪蘭幻十の存在を確認しました
・現在は北上の義腕の作成に取り掛かるようです




【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、精神的ダメージ(大)、右腕欠損
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]鎮守府時代の緑色の制服
[道具]艦装、61cm四連装(酸素)魚雷
[所持金]一万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰還する
1.なるべくなら殺す事はしたくない
2.戦闘自体をしたくなくなった
[備考]
・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました
・幻十の一件がトラウマになりました
・住んでいたマンションの拠点を失いました
・一之瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)の存在を認識しました
・現在メフィスト病院に入院しています。時間経過次第で、身体に負った損傷や魔力消費が治るかもしれません


145 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:27:31 0Dzi21gc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ――これで、宜しいのかね?――

 と言ってメフィストは、ルイ・サイファーの方に向かって、一匹の線虫めいた物を差し出した。
クリーム色に輝く装甲上の外皮に覆われた、虫のような生物で、ダンゴ虫の様に今それは丸まっていた。
その丸まっている様子が、メフィストの目には、古代日本で使われた祭器の一つであり、現在でもモチーフに使われる事が多い呪物、『勾玉』を連想させる。
成程。だから、マガタマなのか。だからこそ、『禍玉』なのか。

 ――素晴らしい、完璧な出来栄えだ――

 と言ってルイは、マガタマの尻尾に当たる部分を掴む。キィキィと言う泣き声を上げて、ブンブンとそれは暴れ始めたが、
掴んでいる人物がルイであると認識した瞬間、途端に大人しくなり、元の勾玉状のそれに形を戻す。よしよしと言う風にルイは笑みを浮かべ、それをポケットの中にしまい込んだ。

 ――君に、このマガタマの名付け親になって欲しいんだが、メフィスト――

 ――それに意味はあるのかね?――

 ――からかってはいけないよ。名は、最も強力な呪(しゅ)の一つだ。全人類が、才能の隔てなく使用出来る、ある意味で最強の『魔法』だ。
名は物を定義する。広大かつ渺茫たる存在を有限かつ有形のものに。形無き水を桶に汲み入れるように。定義された存在は、本来の力を限定的に制限される物さ。
人の信仰に定義される神霊程、名に弱い者はない。全知全能を司る存在が、名前一つで落魄して行き、名前一つで、異教の魔王に変じて来た例を、私は飽きる程見て来たのでね――

 ――成程、一理あるな――

 と言った後で、メフィストは少し考えてから、脳裏に浮かんだその名を言葉にすべく、口を開いた。

 ――『シャヘル』、と言うのはどうだね――

 ――ハハハ、皮肉が上手い。ウガリットの神話に於ける『明星』の神じゃないか――

 ――皮肉を理解するだけのウィットはあるようだな――

 ――面白いものは素直に面白いと認めるよ、私は――

 相も変わらず、その内心を悟らせない微笑みを浮かべて、ルイは楽しげに言った。
何時みても、心の内奥を悟らせない男であった。メフィストですら、この男の正体は掴めれど、その目的を認知するまでには至っていない。
つまるところ、この男を理解する事は、誰にも不可能と言う事になる。

 ――但し、このマガタマ、『寄生』させるには、いくつかの条件がある――

 ――その条件を御教授して貰いたい――

 ――絶対条件は、『人間』である事だ。人間以外の生き物である場合、その『因子』が、君の力を受け入れられず、拒絶反応を起こして、狂死する――

 ――人間であるのなら、サーヴァントでも構わないのかい?――

 ――魔力で構成こそされているが、性質は人間のそれだ。問題はない――

 ――まだ、条件はあるのかい?――

 ――人間ならば誰でも良いと言う訳ではない。可能性の分岐が多い存在でなければならない――

 ――比喩的な意味ではなく、それは、『不確定性』と言う意味かな?――

 ――そうだ。可能性の分岐とはとどのつまりは不確定性だ。人間以外の何かになれる程、それこそ魔王や悪魔にもなれる程のランダム性。言うなれば、『万民の雛形』と言う奴だな――

 ――後はあるかね?――

 ――マガタマの寄生には耐え難い苦痛と激痛を伴う。肉体的にある程度頑強でなければ、痛みに耐えられずショック死を起こす――

 ――全く厳しいな――

 ――元が、最高位の悪魔の力で作られたマガタマだ。条件は厳格を極めるだろう――

 ――私は悪魔でもなければ、其処まで強い自覚もないのだが、まぁそれは兎も角。もしも、その様な存在が患者として此処に搬入され、完治させたら、私に教えてくれないかね――

 ――構わん――

 フッ、と笑みを零し、ルイは笑った。
秋せつらが去ってから、ニ十分程経過した時の会話であった。


146 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:28:29 0Dzi21gc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 アレックスは無力だと思っていた。
何処までも弱い自分と言うサーヴァントについて、だ。

 黒いインバネスコートのアサシンに、手酷過ぎる敗北を喫した事は、座とやらに還っても忘れられないだろう。
マスターに要らない損傷を与えた事など、悔やんでも悔やみきれない。
灰胴色の鬼と戦った時の恐怖など、想像を絶する程のものであった。生前に戦ったドラゴンやゴーレムなど、及びもつかない覇気と迫力。
その時の戦いで自身が負った、手酷過ぎる手傷。あの時の痛みは、今でも身体が覚えており、脳の忘れろと言う命令を無視する程だった。
そして、何よりも惨めなのが、その傷を、何処の馬の骨とも知らないサーヴァントの御情けで、彼が運営する病院のスタッフで治療されると言う事だ。
『心霊科』だのと呼ばれる胡乱な診療科に案内されたアレックスは、余りにも見事な手腕で、失った霊体部分と、消費された魔力を補填され、
召喚された当時の十全な状態と寸分違わぬコンディションで、診療室で一人待機していた。その時になって、思考の海に沈んだ時、勇者はまざまざと、己が無力であると言う事実を、ハンマーで頭をブン殴られたように認識させられていた。

 アレックスは、弱かった。出来る事は多いが、それだけだった。
敵を打ち倒すだけの力が、自分には備わっていない。その事を、痛い程彼は思い知らされた。
黒いインバネスのアサシンには傷一つつけられず、鬼との戦いの時には全く彼の動きを阻害させられなかった。
勇者は、勇ましい者の事を指すと言うが、それは嘘だ。そんな物は単なる言葉遊びに過ぎない。
世間は勇者と言う役割に、力強さを求めるし、勇者自身もそれを強く認識している。力がなくても良いと嘯く者など、勇者などでは断じてありえない。
自身に備わる力の量が自信に繋がり、自信の強さが『勇気』に直結する。身体を鍛え、力を付けると言う事は、言葉通りの『勇ましい者』になる事への布石なのだ。
故に、力がなくても勇者になれると言う言葉は、アレックスにとっては虚言妄言の類以外の何者でもない。力を備える事を止めた勇者は、その時点で、勇者ではなくなるのだから。

 それを解っていたからこそ、アレックスは、力を欲した。
勇者として。北上に召喚されたサーヴァントとして。何者にも屈する事のない、不撓不屈の意力をそのままに、万軍を一人で鎧袖一触する聖なる力が。
いや――負けない為の、力が欲しい。北上を守り、向かい来る敵を打ち倒す為の力であるのならば、アレックスはそれを受け入れるつもりでいた。
力さえあれば――それが、アレックスの胸中を占めていた、そんな時であった。自動ドアの扉が開かれ、廊下の空気と室内の清浄な空気が撹拌されたのは。

「失礼しよう」

 入って来た男は、後ろ髪の長く伸ばした金髪の男だった。
夜空を鋏で切り取り服の形に誂えた様なブラックスーツを身に纏った、一目見て、紳士だと解る大人の男性。
身体から発散される、教養のオーラと、貴族めいた気風。一目見て、ただ者ではない事が窺える、謎の男であった。
誰もが美男子と認める程の整った容姿を持つ男であったが、インバネスのアサシンと、メフィスト、と、天界の美を立て続けに見せられてきたアレックスは感覚が麻痺していた。目の前の紳士を見ても、普通の男だ、と認識する程度には。

「私が何者か、と言う君の疑問に答えるとしよう」

 アレックスの誰何を予測した男が――ルイ・サイファーが、直にそんな事を口にした。

「私の名はルイ。ルイ・サイファー。此処の病院の主である男のマスターだ」

 それを認識した瞬間、アレックスは剣を引き抜く。それをルイは、微笑みを浮かべるだけだ。


147 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:28:52 0Dzi21gc0
「争うつもりは私にはない。無論、君をどうこうしようと言う考えもないよ」

「如何信じろって言うんだよ」

「マスターが一人で、サーヴァントに会いにくる。これが正気の考えだと思うかい? 君を滅ぼそうと考えるのならば、僕はメフィストを連れて来るよ」

 「――尤も」

「この病院の中で死人は出さない、争いなど引き起こさせない、と言うのがメフィストの意向でね。仮に此処で戦えと私が令呪を用いても、言う事を聞きそうにないよ、彼は」

 と言って、大げさに嘆いた様な素振りをルイは見せる。
メフィストの意向の真贋は別にするとして、冷静に考えれば、その通りだとアレックスは考えた。
自分と戦うのであれば、サーヴァントを連れて来るのが道理である。なのに付近には、メフィストの気配もない。美が世界を浸食するような雰囲気も、感じられない。

「それじゃあんたは、正気の人間じゃない、って事か?」

「正気と狂気は紙一重だ、サーヴァント君」

 どうにも、掴み所がない相手だとアレックスは思った。
まるで、人の形になった雲霞とでも話をしているような、そんな感覚だ。言葉を返して来るが、どうにもその真意を掴ませてくれない。
要するに、話していてかなり疲れるタイプの人物だ。

「俺に何の用だ」

 アレックスが、要件を単刀直入に問い質した。

「力が、欲しくないかい?」

 『力』。その単語に、アレックスは少しだけ、興味を持った。

「何で、俺が力を欲してるような奴だと解るんだ?」

「経験に基づく、勘と言うべきものかな。私自身、過去に手痛い敗北を喫した身でね。負けを味わった人物は、大体解る物なのだよ」

「適当だな、アンタ」

「そうでもないよ。これでも考えて動いている」

 ふぅ、と息を一吐きしてから、かぶりを二、三度振った後。
射殺すような鋭い目線をルイに投げかけるアレックス。飄々とした態度を、黒スーツの紳士は、崩しすらしない。
気持ちの良い春の微風を真っ向から受け止めるような風に、男はアレックスの敵意に当てられていた。


148 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:29:08 0Dzi21gc0
「俺に力を与えて、何をするつもりだ」

「理由が必要かね」

「当たり前の事を抜かしてんじゃねーよ。無償の善意何てこの世界にある訳ないだろ」

「成程、それはそうだ」

 考え込む仕草を見せるルイだったが、アレックスの疑いの気配が最高潮に達したのを感じるや、彼はその訳を話し始めた。

「君に同情を禁じ得ないからさ」

「……何?」

「君が何に負けたのかまでは、私の知る所ではないが。敗北が意味する所ならば、私は君よりもずっと詳しい」

 その男は、静かに語り始めた。

「敗北した、と言う事実は絶対に拭えぬ汚点になり、癒せぬ傷となる。熾烈な政争に敗れ、落ちぶれた貴族や大臣、王侯がこの世に何人いた?
派閥争いに敗れ、神の座を追われ、邪神や魔王に身を落とした神は? 自分達こそが正しいと信じて来た天使の何体が、地の底に叩き落とされたのだ?」

 タンッ、と、靴底でルイはリノリウムの床を叩いた。部屋の中にその音が良く通った。

「敗北で得られるものなどこの世で一つたりとも存在しない。敗北が意味するのは権威の失墜、力の喪失だ。負けたくないのならば、努力をするしかない。負けたくないのならば、考え続けねばならない」

 ルイの語り口は、熱を伴った感情も込めていなければ、人々が魅了されるような言い回しでもない。ただ事実を語るだけ。
だが、不思議だった。まるで、心の何処かに生じた亀裂から、針で刺したような小さな穴の中から染み透って行き、心の中に浸透し、胸中に響く様な、そんな弁舌だった。
如何なる経験を積めば、この男のような不思議な弁舌能力を得られるのだろうかと、世の政治屋は己の立ち位置固めの為に躍起になって彼を研究する事であろう。

「我がサーヴァントは、病める者を愛している」

 部屋の中を見回しながら――いや、違う。
部屋と言う匣の中を取り囲む壁の、その先の先。ルイはきっと、メフィスト病院を見ているに相違ない。

「そして私は、力のある者と――敗北から立ち直ろうとする者を、評価している」

 其処でルイは、目線を真っ直ぐとアレックスの方に向け、間断なく言葉を投げ掛ける。

「君には力がある。だが、何故か負けてしまった。君は、それを事実として受け入れるかね」

「……当たり前だろうが。あれを事実として受け入れられなきゃ――!!」

「ならば君には、資格がある。明星の加護を受ける資格が。人より修羅となる権利を、君は得られる」

「人から――何だ……?」


149 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:29:36 0Dzi21gc0
 懐に手を入れ、ルイは一匹の、虫のようなものを取り出した。
クリーム色に光り輝く外殻で身を鎧った線虫に似た生物で、ダンゴ虫の様にそれは身体を丸めさせている。
その様子が、アレックスには、勾玉のようなそれに見えた。ルイはその、薄気味の悪い生物の尻尾を摘まんで、これをアレックスの方に手渡した。
怪訝そうな顔で、彼はそれを眺めた。

「――呑めるかね」

 信じられないような事をルイが口にするので、思わず目を剥いた。

「猛毒かも知れないだろ」

「先にも述べたが、この病院でそんな事をすれば、私の命がないのでね。例えマスターと言えども、メフィストは容赦がないのだよ」

 ……確かに、それは解るかも知れない。
病院の玄関先で見かけ、彼の語り口を見させてもらったが、患者の治療に一切の妥協がない、そんな印象をアレックスは受けた。
そんな男が支配する病院で、スタッフ以外の余人が死者を出したと知れれば、確かに、メフィストは容赦も何もしないかも知れない。そんな凄味が、あの男にはあった。

「心配しなくても、これはメフィストが手ずから作り上げた逸品だよ。力は確実に得られるし、力を得たとしても、メフィストの支配下に置かれるわけでもない。
飲んだ際に恐ろしい激痛が走るが、それもすぐだ。君のマスターは依然として君のマスターのままで固定される。誰も君を害さない。意思をそのままに、君は力を得る事が出来る」

 ルイの顔と、手渡されたマガタマを交互に見渡す事、十度程。その時になって、アレックスは、口を開く。

「俺に力を得た、としよう」

「うん」

「その俺にお前は、どんな働きをする事を望むんだ」

「働き、か。君の自由に――」

「見え透いた嘘を吐くんじゃねぇ。嘘を吐く位なら、時には正直に本音をぶちまけた方が信頼を得られる。アンタなら解らない事じゃないだろ」

「それもそうか」

 敵わないな、とでも言う風にルイは肩を竦め、その心の裡を語り始めた。

「君には、『きっかけ』になって欲しいのだよ」

「きっかけ……?」

 予想をしていなかった言葉に、アレックスは小首を傾げそうになる。
無論ルイの方も、アレックスが理解をしているとは思ってないらしく、直に補足をするべく口を開いた。

「私はね、自身のサーヴァントが今の様に病院を運営している状態だから、中々此処から出られない。聖杯戦争にも、参加が出来ない」

 「だから、ね」

「せめてこの病院の薫陶を受け、十全の状態になった君達に、聖杯戦争を謳歌して貰いたいのだ。君に、その『マガタマ』で力を得て欲しいと言うのはね、私の単なるつまらない拘りさ」

「拘り?」

「私のサーヴァントが時間を見つけて作った器物で得た力を、他のサーヴァントがどの様に発揮し、何処までやれるのか。それを見てみたいのさ、私は。
……まぁ要するに、この病院から一歩も動けない暇人の、つまらぬ御節介と思っておきたまえ」

 キョトンとしたような表情で、ルイの顔を見つめるアレックス。
あるかなしかの薄い微笑みを浮かべ、ルイは、最後の一言と言わんばかりの言葉を、勇者に目掛けて射放った。


150 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:29:49 0Dzi21gc0
「君は今、あらゆる敵を倒すきっかけの直前にいる。此処以外にそのきっかけは、もしかしたら転がっているのかもしれないが、此処を逃せば、次に同じような機会があるとは、限らないよ」

 痴呆のように呆然とした表情が、皮肉気で、自嘲する様な笑みへとアレックスは変わって行った。
すてばちな笑みとは、きっと今のアレックスの事を言うのだろう。

「嘘だったら、この病院の中だろうとアンタを殺して見せるからな」

「構わないよ」

 其処まで言った瞬間――アレックスは躊躇いも逡巡も捨てて、マガタマを一呑みした。
その瞬間であった。視界の端に、赤色の亀裂が走った。空間全体に、割れたガラスの器を糊で張り合わせたように不細工なヒビが生じ始めるや否や、
目に映る全ての物が赤く染まった。筆で直接眼球を赤い絵の具で塗られたように、何も見えない。
皮膚が張り裂け、筋肉が断裂する様な凄まじい激痛が体中に走る。骨が凄まじい悲鳴を上げる。メキメキと言う音を響かせながら、別のものに変容して行く感覚が、
身体全身に襲い来る。うなじの辺りが、恐ろしく痛い、身体の中から剣が飛び出しているが如き痛みは、常人であれば十回、いや、百回は狂死している程のそれだった。

「ごっ、あっ……があぁああぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁああぁっ!!!!!」

 恥も外聞もない苦鳴を上げ、アレックスが顔面を抑え近場の壁に身体を預け、悶絶する。
地面をのた打ち回らないのは、最後の理性とプライドが強要したちっぽけな維持であった。
身体の中に、特別な力が湧き上がる。そんな感覚をアレックスは憶えていた。今俺は、痛みと引きかえに、力を自分は得ている。
そんな実感が、今の彼に湧いてくる。耐えろ、耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!!
今度こそ自分は、力を得る。勇者になる。自身のマスターを、元の世界に戻して見せる。――憎らしい美貌のアサシンに、力を叩きつける。
こんな痛みなどでくたばって等いられない。カキンッ、と言う音が奥歯から響いて来た。余りにも強く顎を噛みしめてしまった為に、奥歯の何処かが欠けてしまったのだ。

「――これで、君も■■になるんだ」

 ルイが、何かを言った気がする。何かは、自分の悲鳴に掻き消された。
視界が完全なる紅色に染まる直前、彼の笑みに、何か名状し難い感情が宿っていたのは、果たして、見間違いだったのであろうか?




【四谷、信濃町(メフィスト病院)/1日目 午前9:20分】

【ルイ・サイファー@真・女神転生シリーズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ブラックスーツ
[道具]無
[所持金]小金持ちではある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯はいらない
1.聖杯戦争を楽しむ
2.????????
[備考]
・院長室から出る事はありません
・曰く、力の大部分を封印している状態らしいです
・セイバー(シャドームーン)とそのマスターであるウェザーの事を認識しました
・メフィストにマガタマ(真・女神転生Ⅲ)とドリー・カドモン(真・女神転生デビルサマナー)の制作を依頼しました
・マガタマ、『シャヘル』は、アレックスに呑ませました
・失った小指は、メフィストの手によって、一目でそれと解らない義指を当て嵌めています
・??????????????




【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】
[状態]全回復、激痛(極限)、人修羅化
[装備]軽い服装、鉢巻
[道具]ドラゴンソード
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上を帰還させる
1.幻十に対する憎悪
2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る
3.力を……!!
[備考]
・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです
・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。
・幻十の武器の正体には、まだ気付いていません
・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました
・一之瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました
・マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました


151 : 満たされるヒュギエイア ◆zzpohGTsas :2015/12/20(日) 20:30:06 0Dzi21gc0
投下を終了いたします


152 : 名無しさん :2015/12/20(日) 21:49:07 0mwFeBiw0
前後編投下乙です
<新宿>で手傷を負った主従がまず思い浮かべるであろうメフィスト病院の存在、そこに行けばどうなるのかという興味に見事に応えてくれる力作、素晴らしいの一言です
まず目が行くのはやはり病院に住む三人の医者と外様の医者一人、水面下でプライドがぶつかり合う描写は心臓に悪い! 永琳のメフィスト相手に一歩も引かない気迫と、男色魔人カミングアウトに動揺するスタッフ二名が印象的
永琳がメフィスト病院でパートをやることになり住み込みが決定したしきにゃん、ただ飯くらいはアレなのでなにかやらされそうな予感
ジョナサンの屈託のなさとジョニィの疑い深さの差異、病院を離れてどう転ぶのだろうか?
そしてアレックス!!!お前騙されてるぞ!!!騙されてないとしても顔グラ絶対変わってる!!!!!!
混沌大好き新世界大好きおじさんにたぶらかされて人修羅二号になったアレックスの未来が、ひたすら凹むマスターの三万倍は暗そうでとても悲しいです……


153 : ◆zzpohGTsas :2015/12/23(水) 01:06:10 3jJ8Ula60
英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)
遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)
予約します


154 : 名無しさん :2015/12/23(水) 21:49:34 Y30jybaY0
投下乙です

メフィスト病院に続々と医者の鯖が集まってくるな
そして幻十の参戦に気付いたメフィストはどう出るか


155 : ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:24:20 bg.kVnAg0
前半、後半に分けて投下いたします


156 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:25:22 bg.kVnAg0
 横断歩道の停止線直前で停まる、漆黒の車体が眩しいトヨタ・センチュリーがあった。
衆目を引く車である。国産車が今一恰好が悪いと言うバイアスが強い日本においても、流石にこのグレードの高級車ともなれば話は別である。
歩道を歩く通行人や、片側の車道に停まる乗用車や原付、対向、反対車線を往く車の運転手の目線を集めているような錯覚を、この高級者に乗る現代の貴族は憶えている。

 運転手は、小柄な体格をした、病的なまでに白い皮膚で、禿げた頭の男性だった。
白昼夢でも見ているかのように間抜けた表情をしているが、その実ちゃんと意識は覚醒状態にある。
が、如何にも危うさと言うものを隠せない。名をエルセンと言うこの男は、英財閥に所属する構成員の一人であり、その令嬢から直々に運転手を任せられた男であった。

 上座には、礼儀正しい姿勢で座る、エルセンと余り背格好の変わらない少女がいた。
貞淑として、それでいて如何にも育ちの良さそうな顔付きをした女性で、都会の雑踏の中には相応しくない、百合の花のような娘であった。
しかし何故、この女性の表情には、うずうずとした期待感のような感情が渦巻いているのだろうか? 
英純恋子は、何を楽しみにしているのだろうか?

 センチュリーの内部は、車の中と言うよりも、ある種の動くホテルの一室のような物であり、通常の乗用車の内部とは一線を画す。
空調の性能、シートの座り心地、カーテレフォンやカーテレビなど、食糧さえ持ち込んでしまえば、そのまま一日は過ごせてしまいそうな設備を搭載している。
とは言え、車の内装の素晴らしさは如何あれ、運転手と後部席の純恋子に会話がなければ、どうにも場の空気が悪くなりがちなのは、致し方ない。
故にエルセンは、適当なラジオにチャンネルを合わせ、それを流しているのだが、それがどうにも、エルセンの気付かない第三の乗車人物には耳障りでしょうがなかった。

「は〜い、以上、モンスターさんからのリクエスト曲、プリマ☆ジカルでした〜。やー、いい曲だったね〜聞いてなかったけど。はいそれじゃ、とっととミュ〜ジック二件目のお便り――」

 実に軽そうな若い女性がMCを務めるラジオ番組だった。
とっととミュ〜ジックなるこの番組は、このような如何にも軽くて、頭に何も詰まってなさそうな女性がこのようなテンションで進めて行くラジオ番組であるらしい。
これからよく、生きるか死ぬかの殺し合いをしに行くのに、このような、聞いているだけで頭が悪くなりそうな番組で集中が出来るものだと、
霊体化したレイン・ポゥは純恋子に感心した。ひょっとしたら、何にも考えていないだけなのかも知れないが。それはそれで、大物か。自分のマスターとしては堪らない位困るのだが。

 停止したセンチュリーの窓から車外の光景を見つめるレイン・ポゥの気分は頗る憂鬱だった。
アサシンと言うクラスは原則、後手に敢えて回る事の多いクラスである。聖杯戦争の序盤と言うのは言うまでもなく、ほぼ全ての参加者が十全の状態である。
怪我も一切負っていない、魔力の量も万端。そのくせ、情報だけは揃っていない。このような局面では通常、アサシンのクラスは動く時ではない。
クラススキルである気配遮断で籠城や水面下行動を行い、盤面がある程度動くまで待ちつつ、情報を収集する。
皆が疲弊し、ある程度の情報が出尽くした所で動き、消耗した相手を影や闇からの一撃で直に葬り去る。これこそが、アサシンクラスの常道である。
アサシンであるレイン・ポゥが、ではどうして今、サーヴァントの暗殺にこんな序盤から向かいに行くのかと言うと、後部席の上座で上機嫌そうな、
英純恋子――馬鹿――の意向があるからに他ならない。勉強は出来る、金もある。だが、馬鹿なのだ。何故かは知らないが、だ。

 二人は今、英財閥の情報室が集めた、<新宿>に住む聖杯戦争参加主従の内、把握している四組。
その内の一つである、『遠坂凛と黒礼服のバーサーカー』が住んでいると言う市ヶ谷の某邸宅に向かっていた。
正気の沙汰では、ないだろう。何せ真正面からの小細工抜きでの戦いであれば、三騎士を凌ぐと言われているバーサーカーを相手に、
暗殺を旨とするアサシンクラスが戦いを挑むのだ。愚作、としか言いようがない。しかし、これに関して言えば、レイン・ポゥはある打算を織り込んでいた。
そう、今回、遠坂凛の主従に襲撃を掛けに行くと決めたのは、マスターの純恋子の意向を汲んだと言う事も勿論あるのだが、この虹の魔法少女の計算も其処にはあるのだ。


157 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:25:38 bg.kVnAg0
 先ず一つに、遠坂凛達は聖杯戦争のルーラー直々が指定した、成果報酬に令呪一画が与えられる正真正銘の賞金首である事が一つだ。
令呪一画が与えられると言うのは、財力にこそ優れるが、魔力量は聖杯戦争のマスターとしては落第点の純恋子には与えてやりたい代物だった。
令呪が一画増えると言う事は、レイン・ポゥの意思を無理やり捻じ曲げる鎖が一本増える事を意味するが、それでも、ないよりはあった方が良い。
ここぞの場面で令呪があるのとないのとでは、全く違う。令呪が欲しい、と言う事が一つ。
そしてもう一つ、これこそが一番重要なのであるが、遠坂凛の主従は聖杯戦争の参加者のみならず、一般のNPCからも、その扱いは賞金首のそれなのだ。
世界中を震撼させた、白昼堂々の大量殺人犯と、その共犯者。社会における遠坂凛達の扱いは、凡そこんな所である。
仮にそんな存在に純恋子達が襲われ、万一彼女らの方が下手を犯したとして、遠坂凛達と純恋子達。どちらの肩を、聖杯戦争の参加者及びNPCは持つだろうか。
言うまでもなく、後者の方である。相手は誰もが信じて疑わぬ、殺人鬼達。仮に襲われて敗走したとしても、相手の方がその魔の手を先に延ばして来た、
と多くの者は思うだろう。況してや遠坂凛が呼び出したサーヴァントは、一般人には御し難いバーサーカーである。
もしかしたらであるが、『一般人の遠坂凛』に制御が不可能になったバーサーカーに襲われた哀れな被害者と純恋子が認識され、聖杯戦争の参加者とは認識されないかも知れないのだ。仮に、一回失敗しても、セーフティの可能性が高い。だからこそレイン・ポゥは、敢えて遠坂凛の方を選んだ。

 残りの三組では、そうも行かないのである。
セリューらの主従は頭が回りそうな為、事後処理に失敗するかもしれない。メフィスト病院とUVM社の社長の場所を襲撃など、論外である。
後者二つは対外的にも極めて名の知れた場所であり、遠坂凛達と比べて悪評もまるでないし、情報面への根回しも英財閥に勝るとも劣らぬとレイン・ポゥは見ていた。
『暗殺者は暗殺者とバレていないその時に真価を発揮する』。名と顔の割れた暗殺者は事実上その時点でデッドだ。
だから、後二つの方は省いた。――以上が、レイン・ポゥが、遠坂凛が奪った邸宅に襲撃を掛けようとしたその理由である。

 ――とは言え、である。

「(ま、何時だって初陣はそれなりに緊張するもんね)」

 聖杯戦争の正規の七クラス、その中でもキャスターと並んで最弱を争うクラスが、真正面からの小細工抜きでの戦闘ならばほぼ最強に近いバーサーカーと、
事を争うのである。緊張をしていないわけがない。レイン・ポゥの踏んで来た場数は、決して少なくない。寧ろ歴戦の魔法少女の一人と言っても良い。
相手が余程の格上でない限り、戦闘には自信がある方であるが、それはあくまでも対魔法少女の時の話、況してや相手が全く違う世界観の強者となれば、話は別だ。
これで緊張をしない方がどうかしているが、レイン・ポゥはその感覚を大事にしていた。そもそも彼女は暗殺に臨む時は何時だって、緊張をしていたものだ。
恐れからではない、暗殺任務の遂行上必要な心構えであったからだ。緊張感とは言い換えれば、警戒だ。
失敗した場合戦闘以上にリスクの大きい暗殺任務の遂行を行う際には、警戒や緊張感は重要な要素である。
実際これを抱いていない、馬鹿で無謀な鉄砲玉のような魔法少女程、カモな存在はいなかった。疑心や警戒心を忘れない存在こそが、一番やり難い。
経験でこれを解っているからこそ、自分も仕事の時はこれを忘れない。それはレイン・ポゥの演技力スキルに、如実に表れているだろう。

【マスター】

【何ですの?】

 目線だけを、レイン・ポゥのいる隣の座席に向けて、純恋子は念話で返した。
身体の向きを動かすどころか、体幹にも動きがない。この車内には自分と運転手のエルセン以外にいると言う事を、彼に悟らせない見事な配慮であった。

【アンタ、緊張とかはしてないの?】

【余り、そう言うのはしない性格ですの。貴女の方はいかがかしら、アサシン? 貴女のような腕利きでも、武者震いはしますのかしら】

【ま、多少はね?】

 この女はあいかわらず、そう言った緊張とは無縁の破綻者なようだと、改めて認識しながら、レイン・ポゥは窓から車外の光景を眺め始めた。
さっきからセンチュリーの進みが遅いのは、気のせいなどではなかった。センチュリー・ハイアットを出てから既に四十五分は経過している。
出る時に純恋子のスマートフォン経由で知った、新宿二丁目での大規模なサーヴァント同士の戦闘の影響であると見て、先ず間違いはなかった。


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158 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:25:52 bg.kVnAg0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 朝昼を塩水で凌ぎ、夕食を元の邸宅の主に仕えていた人物達が予め買い置きしていたであろう食糧の数々でやりくりして、遠坂凛は解った事がある。
カップヌードルは早く作れてしかも美味い、と言う事である。これがラインの上で大量生産され、日に数十万個と生み出され、世のスーパーに並ぶと言うのだから、
つくづく人類の進歩と言うのは驚くべき所がある。ここ百年近い歴史の中で、最も偉大な発明の一つと、これについて言及した人間がいたそうだが、
今ならそれも頷ける。これがなければ、遠坂凛は当の昔に、餓えて狂っていたかも知れないのだから。

 ペリペリと、発泡スチロールの容器に成された蓋を剥がし、台所から借りて来た箸を右手に持ち構え、遠坂凛はそれを啜る。
遠坂家は冬木の御三家の中では、財政的に翳りを見せていた。それと言うのも、神学と魔術、武術の修行に明け暮れて財政学や会計学の初めの一文字すら知らない、
馬鹿な弟弟子にして現状における凛の後見人であるあの男のせいであった。尊敬する父が残した数々の利権を活かそうともしなかった結果が、あの冬木での生活だった。
往時のそれに比べれば冬木の遠坂の生活ぶりは、倹約に重きを置いたそれではあったが、それでも。此処の生活よりかは遥かにマシだった。
と言うよりも、廊下を出歩けば死体と遭遇する様な生活よりも酷い生活が、本当にあるのであれば今すぐにでも報告して欲しいものだと言うのが、今の遠坂凛の偽らざる本音である。

 最悪のバーサーカー、黒贄礼太郎を呼び出してからの遠坂凛の生活は、頗ると言う言葉でもなお足りない、最悪の中の最悪であった。
朝昼夜のニュース番組で、自分達の事を報道していなかった事など一つとしてなく、胸中で私は無実だと何度主張したのか、最早解らない。
人を殺さずにはいられないあのバーサーカーについてのストレスもそうだが、何時聖杯戦争の参加者及び警察組織が此処にやってくるか解らない為に、
警戒と緊張の糸を極限まで張り詰めさせる事による心労も、彼女にとっては凄まじい負担となっていた。
ピークの時は空腹や尿意、睡眠と言った人間としての宿命である生理反応ですら忘れる程、心の重圧は強かったが、とうとう聖杯戦争の管理者から直々に、
討伐令を下された瞬間、ドッと疲れが舞い込んで来た。黒贄に屋敷の門番を――心底不安だが――頼んだ後、遠坂凛は、久方ぶりに泥のように眠った。

 そうして現在に至って、彼女はカップヌードルを啜っていると言う訳だ。
これらの食糧は夜にしか食べないと心に決め、実際その通りの生活を送っていたのだが、事此処に来てそれまで抑えていた空腹感が一挙に襲い掛かって来て、
耐えられなくなったので、このように食事を摂っていると言う訳だ。

「……惨め」

 本当に惨め過ぎて、泣けてくる。あのバーサーカーは恨んでも恨み切れない、最低かつ最悪のサーヴァントだった。
しかし現状、自分に対して有効的な人物は黒贄を除いて他にいないと言うのも、厳然たる事実だ。
今の凛の境遇を招いたのは、間違いなくバーサーカー・黒贄礼太郎である。しかしタチの悪い事に、黒贄はその事を欠片も悪いと思っていない。
あの男と凛とでは、世界観が全く違うのだ。あの男の生きた世界は、彼に聞くに、殺人と言う行為が全く咎められない場所であったと言う。
咎められないと言うよりは、黒贄と言う男を咎める手段がないの間違いなんじゃないかとも思ったが、兎に角、あの男は自分の行為を全く悪いと認識していない。
魚が水中を泳ぐ事を、悪い事だと言う人間はいない。鳥が空を飛ぶ事を、邪悪だと叫ぶ馬鹿はいない。あの男にとっては殺人と言う行為が、
魚が行う所の水の中を泳ぐ事、鳥が行う所の空をはばたく事と、殆ど同じなのである。だからこそ、最悪なのであるが。

 あの時、宝石商が扱っていた契約者の鍵に触れていなければ、今頃は自分は、冬木の聖杯戦争に向けて様々な準備を行っていたのだろうと、夢想していた。
自分に相応しい最強のサーヴァントを呼び寄せて、志半ばで倒れた偉大なる父である、遠坂時臣の意思を継ぎ、聖杯を獲得する。
それこそが悲願であったと言うのに。現実に遠坂凛は異世界の新宿、いや、<新宿>に呼び寄せられ、考え得る限り最悪のバーサーカーと共に、
聖杯を目指さなくては行けなくなっている。これ以上の理不尽などあろうか。聖杯の獲得の為に、今まで一日たりともサボらず続けて来た聖杯戦争のシミュレート、
魔術回路を増やす修行、魔術に対する研鑽、万が一の時の為の八極拳。それらの努力が、神の気まぐれで一瞬で台無しになったような物である。


159 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:26:17 bg.kVnAg0
「あぁ、もう!!」

 言って凛は、勢いよく麺を大量に啜り、一気にそれを咀嚼し、飲み下す。
乱暴な食べ方だと思うし、これではすぐにまた空腹が訪れる。脳が、食べたと言う気にならないだろう。
解っていても、やってしまった。この和室に焼酎の一升瓶でもあれば、直に其処に素っ飛んで行き、それをラッパ飲みしてしまいかねない程度には、
今の凛にはストレスが溜まりに溜まっていた。本当に、何で、自分だけ。

 はぁ、と深い溜息を吐いて、凛は畳の上に仰向けに倒れ込んだ。
今凛の頭の中には、二人の遠坂凛がいる。ストレスに苦しみ続ける遠坂凛と、状況の割に冷静な遠坂凛の二人だ。
一つの頭に、二つの思考が並列して稼働しているのだ。その中の、冷静な方の遠坂凛が場違いに考えていた。
人の精神は擦り切れに擦り切れると、ある種諦観めいた悟りのようなものを啓くのだと。

 ――……もう、無理なのかな――

 平時の遠坂凛からは、考えられない思考だった。
聖杯を獲得する、と言う、普通であれば誰もが一笑に付すような望みに向かって、全霊の努力を続けて来た女の心は、
今や赤子がおもちゃを押す程度の力で軽く圧し折れてしまいそうな程脆くなり切っていた。
自分の脇を固める狂人のバーサーカー、NPCからもルーラーからも指名手配されていると言う現実。
この現状で、かつ、慣れない『<新宿>』を舞台にした聖杯戦争を、勝ち抜ける訳がない。魔術に聡く、聖杯戦争の何たるかを知っている凛でも、これは無理だ。

 ……そもそも『何故<新宿>で聖杯戦争を行う必要性』があったのか?
ふと、そんな事を遠坂凛は考え始めた。情けない話だが、今の今まで彼女はこのような思案に行き着く余裕がなかった。
サーヴァントは周知の通り、現在進行形で災厄を振り撒く殺人鬼である事と、それが齎す緊張感と、他のサーヴァントが襲撃に来るのではと言う警戒から、
そう言った事を考えようにも考えられなかったのだ。あらゆるしがらみから一度離れ、諦めにも似た冷静さが頭を冷やしている今だからこそ、このような思考に至っている。

 何を以ってして、聖杯戦争の参加者と言えるのか、と言えば、それは令呪である。
本来の聖杯戦争では、聖杯が見込んだ参加者に、予め令呪が与えられ、其処で初めて当該人物は、自身が聖杯戦争の参加者である事に気づくのだ。
通常その参加者と言うのは、聖杯が見込む程の腕の立つ魔術師であると相場が決まっているのだが、この聖杯の見立て言うのは実はかなりアバウトで、
魔力量や魔術の腕に乏しい三流魔術師、果ては魔術回路が死んでいるも同然の一般人にすら、令呪を与える事もあると言う。つまるところ、聖杯戦争参加者になるか否かは、聖杯の胸先三寸と言う事になる。

 ――だが、聖杯戦争を行う『場所』に関しては、そうは行かない。
聖杯戦争を行う土壌と言うものは、決して適当に選ばれている訳ではない。
この大掛かりな儀式を行うに相応しい土地と言うのは、極めて潤沢な霊地のみに限られると言っても良い。
霊地とは即ちマナの通り道である霊脈が大量に存在する場所とほぼニアリーイコールであり、冬木市などまさに典型的な霊地の一つだった。
何故か、と言えば、潤沢なマナを吸い上げられる土地でない限り、聖杯戦争を行う上で最も重要となる、大聖杯が起動出来ないからである。
冬木の聖杯戦争は、その土地の霊脈を殺さないよう、何十年と言う年月をかけてゆっくりとマナを溜め、ある程度溜まった所で、聖杯戦争を開催させるのである。
聖杯戦争を行う上で、その地が霊地であるか否かと言うのは重要な要素であり、仮に新しく聖杯戦争を他の土地で行おうと言うのならば、先ず吟味すべき最も重要なファクターである。


160 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:26:41 bg.kVnAg0
 一般人はそれと言う認識は薄いかも知れないが、東京は実は、霊地として見た場合、それなりの格がある土地柄である。
彼の江戸幕府の祖である徳川家康に仕え、百歳以上も生きたとされる老怪僧・南功坊天海。
彼は家康の江戸幕府を盤石のものとするべく、彼の統治していた江戸を、魔力やマナの満ちる霊地に改造した。
当時から世に稀なる祟り神として恐れられていた平将門を明神として祀り、幕府に仇名す可能性のある霊的存在を慰撫し、鎮めた後で。
彼は風水に基づき、江戸城を中心に北東に寛永寺、南西に増上寺を建て、江戸の表鬼門と裏鬼門に守護寺を置き、国家の鎮守を果たそうとした。
無論天海は、江戸のレイラインを見抜き、其処に敢えて寺を置いたのは言うまでもない。これを以て江戸幕府は二百数十年以上も存続し、今でも、天海が確約した霊地としての東京は、生きているのである。

 但し、霊脈として機能としているのは『東京全土』であり、間違っても『<新宿>一区』だけではないのだ。
其処が、おかしい。<新宿>は然程霊地としては優れておらず、聖杯戦争の舞台の候補からは真っ先に外されかねない場所であるのだ。
そんな所で、如何して、聖杯戦争を行おうとしたのであろうか。

 目が、冴えて来た。頭の回転が速くなる。
上体を引き起こさせ、姿勢をよくさせた後で、凛は再び思考の海に沈む――その前に。
和室を歩き回り、紙とペンを探してから、再び和卓の前に座り込み、己の考えを纏めようとする。

 <新宿>で聖杯戦争を行おうと、何故この世界の主催者は決めたのか。
世界中に点在する数多の霊地を蹴り、何故霊脈的にも優れないこの土地を、選んだのか?
――違う。紙に纏めた自分の考えを、ペンで乱暴に黒塗りにし、凛は思い直した。
そうだ、この世界の<新宿>は、凛が知る東京都二十三区の、副都心新宿区ではないのだ。『<魔震>』だ。
この街は、二十と余年以上前に、この区だけを襲った未曾有の大災害、<魔震>によって、他区を<亀裂>で隔絶された、本来の歴史とは違う道を歩まされた街なのだ。
となれば、彼女の知る新宿区の知識など、全く通用しない事になる。この街にはもしかしたら、自分の知らない、マナの溜まる場所が、何処かに在るのかも知れないのだから。

 そもそも、だ。
前述の通り、聖杯戦争を開催するにあたり、霊地が優先的に選ばれる傾向にあると言うのは、大聖杯、或いは、それに類するシステムを稼働させる為に、
マナや魔力を霊脈から吸い上げる為であるからに他ならない。この言葉からも解る通り、聖杯戦争は霊地であると言う事も必須条件であるが、それだけでは駄目なのだ。
そもそも聖杯戦争自体が、一種の魔術的な儀式と言うべきものであり、儀式と言うものには何時だって、御膳立てと言うものが必要になる。
この儀式を行う上で、必要となる物こそがその大聖杯である。これがなければ、聖杯戦争の核とも言うべき、サーヴァントを呼び出す為に必要な、
英霊の座にアクセスすると言う行為がそもそも不可能になる。必然、此処<新宿>にも大聖杯、或いは、それに類似したシステムが、何処かにある筈なのだ。
それが、全く何なのかが見当もつかない。一歩も足を運んだことのない土地で行われる聖杯戦争であるが故に、それも仕方がない事ではあるが、
凛は<新宿>に来る前から聖杯戦争の関係者の一人だった。知らないで完結されるのは、どうにも悔しかった。


161 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:26:54 bg.kVnAg0
 情報が、やはり足りない。
何を思い、この世界の主催者達は、聖杯戦争を開いたのだろうか。
そして、この<新宿>で聖杯戦争を運営出来る、基盤とは何か。それは、何処にあるのか?
謎は、尽きない。この際だが――この世界の聖杯戦争で、聖杯を勝ち取る事は最早捨てた方が良いかも知れない。
他の参加者とは違い、遠坂凛は、元の世界に戻っても聖杯戦争の機会が待っていると言う事が最大の相違点である。
此処で元の世界に戻っても、聖杯戦争が再び待っている。つまり彼女に限って言えば、『聖杯を手にするチャンスが二度用意されている』と言う事になる。
<新宿>で行われる聖杯戦争が聖杯戦争なら、凛の性質上何が何でも勝ちに行くのが通常であるが、今回ばかりは流石に状況が悪すぎる。
故にこれ以降は、聖杯を勝ち取る為、と言うよりは、<新宿>での聖杯戦争の謎を解き明し、元の世界に帰還出来る方法を模索した方が良いのかもしれない。

 だがその為には、名実共にお尋ね者、賞金首となった身で、外を出歩かねばならないと言うリスクがつきまとう。
如何したものか、と悩み始めた、その時であった。背後に気配を感じたのは。
自分のサーヴァントであっても、いや、あのサーヴァントだからこそ、背後を取られたくなかった。
引き当てたサーヴァントに一番警戒している現状を馬鹿みたいに思いつつも、バッと振り返って――顔から血の気が失せて行き、青褪めた様な顔に凛は変わって行った。

「おっと見つけた賞金首」

 そう口にするのは、如何にも可愛らしい桜色を基調とした服装を身に纏う、円形の虹環を背負う少女であった。
背負った虹の環を小さくしたようなリングが少女の頭上に浮いている。まるで天使の光輪(エンジェル・ハイロゥ)のようであった。
しかしその姿を見ても、凛は少女の事を天使だとは思わなかった。本やアニメによく出て来る、魔術の世界等欠片も知らない一般人が、
そのイメージだけで創造した様な、年端もいかない少女が変身する愛くるしい魔女――例えて言うなら、『魔法少女』、と言うイメージを、凛は抱いた。
そして目の前の魔法少女は、浚ったドブのような、腐敗した匂いがした。

「悪いけどさ、アンタ相当恨み買ってるっぽいし、このまま生きててもしょうがないみたいだから此処で死んでくれないかな」

 同じ女性の、しかも自他共に高い評価を貰う程整った容姿を持つ遠坂凛から見ても、可憐で可愛らしいと言わざるを得ない、
虹の少女のその顔に、笑みが浮かんだ。ハイエナが嗤えばきっと、こんな顔になるのだろうかと言う程に、狡賢く悪辣な笑み。
彼女が魔法少女ではなく、サーヴァントであると言う事は、最早明白な事柄であった。


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162 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:27:09 bg.kVnAg0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 夢もなければ希望もない、楽しい事だってありゃしない、自身に言わせればクソッタレな世界に生きて来たレイン・ポゥには解る。
能力にもよりけりだが、百数十名以上の人物を表の世界で殺すと言う事の意味を。
先ず、その表の世界の住民に事が露見する。現代の世界では至る所に公権力の仕掛けた隠しカメラが置いてある上に、その公権力の追跡力も凄まじい。
これだけで済むのであれば、魔法少女の力で逃げ果せる事が出来るのだが、今度は所謂魔法の国の追跡が待っている。これを振り切る事は不可能に近く、
それこそ裏仕事や汚れ仕事の腕利きが、地の果てまで追跡して来る事になる。こうなればもう殆ど詰みに近い。死を待つのみとなる。
百名を超す人物を殺すと言う事は、それはそれは大それた事であり、自身の破滅を早めるリスクが極めて高い行動なのだ。まるで、殺された人物の怨念や、殺してしまった因果応報が百人分、自身の運命にのしかかってくるようであった。

 暗殺は確かに人を殺す事が任務であるが、殺すべきなのは言うまでもなく標的と、その標的の身辺を警護する存在。
そして、自身の魔法の正体を知った者にのみ限られると言っても良い。殺し過ぎて事が露見するのは下の下。
この辺りの調整能力が、レイン・ポゥのような嘗て魔法の国の暗部を跋扈していた魔法少女には求められた。

 恐らく、あのバーサーカーにはそう言った調整能力や、物事に対する帰結を予測出来る力がなかったのだろうと、レイン・ポゥは解釈していた。
百歩譲って、バーサーカーが引き起こした大量殺人を、仕方がない、既に起きてしまった事だと割り切る事としよう。
――だからと言って、あれは信じられない。

 ――如何にも退屈そうな表情で、黒礼服のバーサーカー、黒贄礼太郎は、遠坂凛が拠点としているあの邸宅の周りをウロウロと、実体化した状態で巡回しているのだ。

「自分が百何十人も殺してるって自覚ゼロじゃん、アイツ……」

 仮に数百人も殺し、事実ルーラーからも指名手配を受けている身ならば、水面下で活動し、その姿を隠し通すのが常である。
全く、その事について勘案していない。それどころか霊体化すらせずに、実体化して邸宅の周りを見回っている始末。
これはもう馬鹿を通り越して、気狂いの領域だった。常識で物を考える、と言う事が、サーヴァントの方もマスターの方も、出来ていないのだろうか。

「マスターの遠坂凛が、近辺を監視させているのではないのかしら?」

「それがまぁ一番あり得る線なんだろうけど、それにしたって、あのバーサーカーに頼むかぁ?」

「……確かにそうかも知れませんわね」

 往来の真っただ中で、百人超の人間を殺すようなバーサーカーに、拠点の周りを警備させる。
常識的に考えればありえない話だが、遠坂凛の主従は実際そうでもしない限り危険な程追い詰められている。
放っておいても脱落するのは最早秒読み段階な事が、遠目から見ても理解出来る程だった。

 英純恋子とレイン・ポゥは、あるマンションの屋上から、黒礼服のバーサーカー、黒贄礼太郎の事を監視していた。
エルセンの運転していたトヨタ・センチュリーは、遠坂凛が拠点としている邸宅から離れた所の駐車場に待機させ、
二名は非常階段経由で、見晴らしの良い屋上までのぼり、黒贄の動向を逐次監視していた。
五感や身体能力が通常人類の埒外の所にある魔法少女であるレイン・ポゥは、肉眼でもこの程度の距離からなら黒贄礼太郎の姿は勿論、
表情すらも視認出来るが、マスターの純恋子はそうは行かない。双眼鏡を利用し、彼女は黒贄の姿を監視していた。


163 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:27:27 bg.kVnAg0
 エルセンが齎した調査資料を確認した所、遠坂凛の主従は『香砂会』と呼ばれる、日本でも有数規模の暴力団組織の邸宅を現在の本拠地にしていると言う。
この暴力団はかなり手荒な真似を平気で犯す事で、そのスジやカタギの人間からも有名で、調査部によると近年では、ロシア人のアフガン帰還兵で構成された、
ロシアン・マフィアとも繋がりを持とうとしていると言う噂もある。そう言った過激派の組の邸宅であるからだろう。
その邸宅の周りだけ、蚊帳でも下ろしたかのように人がいないのは。皆が仕事に行き、学校で勉強をしている真昼の時間と言う事を差っ引いても、いくらなんでも人気が少ない。

「で、よ。マスター」

「何でしょう」

「あのバーサーカーのステータス、如何?」

 聞いておきたい事柄であった。一応直接戦闘も出来るとは言え、自身より優れた身体能力の魔法少女など掃いて捨てる程存在した。
況してや今は、音に聞こえた英霊や猛将の類が平然と召喚される事もある聖杯戦争である。自分より優れたステータスの持ち主など、当然いる物とみている。
暗殺をしくじった時の為の、純恋子からこの情報だけは聞いておきたい所だった。何せ、相手のサーヴァントのステータスをその目で確認出来るのは、――心底不服だが――マスターだけなのであるから。

「貴女なら勝てる強さですわ」

「具体的に言えや」

 こめかみに健康的な血管を浮かべながら、ドスの効いた声でレイン・ポゥが返事をした。
如何してこのマスターは、やる事なす事がアバウトの極みなのだろうか。自分について全幅の信頼を抱いていると言うのであれば、それはそれで良いのだが、
流石にこれは抱き過ぎである。何せこの少女は本当に、三騎士やバーサーカーと真正面から戦っても、自分が勝つと思っているのだ。信頼と言うよりは、もう狂信の域に近かった。

 「信頼していますのに……」、と言う小言の後に、純恋子は具体的な黒贄のステータスを口頭で告げた。
結論から言えば、真正面から戦う相手ではないと言う事だ。当たり前だ、近接戦闘で特にモノを言う三つのステータスが、レイン・ポゥが何人居ても叶わない位に高いのだ。
曲がり間違っても勝てる道理など何一つとしてない。やはり、此処は暗殺で決着をつけるのがベストだろう。
……だがそれにしても、耐久のEXが非常に気になる。想像を絶する程高いと言う事か、それとも、その耐久の高さにはカラクリがあると言う事か。
スキルは見えないのかと純恋子に打診した所、見えないと言う返事が寄越された。本当だろうなと脅した所、やはり返事は先程と同じ。
見えない、と言うのならば仕方がない。此処は先手必勝で、レイン・ポゥの有する最大かつ最強の勝ち筋を見舞ってやるしかない。

「マスター、一つ聞くよ」

「はい」

 粛々とした表情と声音で、純恋子が言った。

「アンタの価値観から言ったら、あの主従は、自分が出張って戦う程でもないんでしょ?」

 レイン・ポゥは、純恋子がハイアット・ホテルで口にしていた言葉をシッカリと記憶していた。
彼女は、自分に見合った誇り高い強者と戦う事を矜持にしており、無軌道で無思慮な、遠坂凛達の主従は歯牙にもかけない、と言う如何にも貴族的な性格だ。
だからこそ純恋子は当初、黒贄達と事を構える気概などなかったのだ。……実を言うと、レイン・ポゥが敢えて黒贄達を選んだ理由はこれもあり、
初めから興味の薄い主従であるのならば、百%レイン・ポゥと言うサーヴァントの計算に基づいて純恋子は行動させると、踏んでいたのだ。


164 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:27:38 bg.kVnAg0
「そうです」

「なら、戦い方についても、私の好きにやらせて貰っても構わないっしょ?」

「えぇ」

 短く、純恋子は即答した。自分の目論見は、正しかった。

「じゃ御言葉に甘えて」

 そうレイン・ポゥが告げたその瞬間。
何も無い虚空から偏平状の何かが現出、凄い速度で此方に背を向けた状態の黒贄目掛けて向かって行った。
その偏平状の長方形には、クッキリとした赤、橙、黄色、緑、水、青、紫色の七色が、筆でなぞった様に浮かび上がっていた。
聡い者がみれば、それが虹の七色である事に気づくだろう。これこそが、レイン・ポゥが有するただ一つの魔法にして、アサシンたる彼女の宝具。
実体を持った虹の橋を作る宝具だ。それは虹の橋(アーチ)と言うよりは道(ストリート)とも言うべき物で、見事なまでに一直線に、黒贄の下に向かって行き――

 ――――彼の心臓部を、抉るように貫いた。

 それだけでは飽き足らず、二本目の虹が腹部を斬り裂き。
三本目の虹が、鳩尾の辺りを打ち抜いた。魔法少女の顔には、上手くいった、と言うような笑みが刻まれている。

「……何時みても、小狡い戦い方ですのね」

 数秒程の時間をおいてから、純恋子は溜息交じりにそう言った。

「は? アンタが足手纏いにならないように配慮して戦っただけだよ。寧ろ光栄に思って欲しいね」

 何処か軽口を叩く様に――しかし、マスターである英純恋子に対する嫌悪を匂わせて。
アサシン、レイン・ポゥはそう言った。これ以上の言い合いをするのは得策ではないと、純恋子も思ったのだろう。
かぶりを二度ほど振ってから、双眼鏡で、虹の道に貫かれた黒贄の方を確認する。見る事の邪魔になると思った虹の魔法少女は、自らが生み出した七色の凶器を消してやる。
よく黒贄の姿は見えた。うつ伏せに倒れながら、胸から流した血でアスファルトを染め上げていた。耐久EXなど、飾りも同然。ピクリとも動いていない。
ああ、とレイン・ポゥが思い出す。あの倒れ方、誰かに似ていると思ったら。魔王等と言う大層な名前を冠していながら、自分の正体にすら気付けなかった、あの愚かな女そっくりではないか。

「生きてるわけないよ」

 レイン・ポゥが補足する。

「手ごたえあり過ぎてこえー位。もう即死だよ即死」

「の、ようですわね。ピクリとも動きませんわ」

「そ言う事。んじゃま相手のマスターの方に行きますか。サーヴァントの死体は時間を置いたら消滅するみたいだし? 
ルーラーから令呪を貰えるっていうんなら、その遠坂凛って奴の首を刎ねてそいつの所に持って行けば、流石にルーラーの方も、『殺したって証拠がないから令呪はやれない』何てナメた事言えないでしょ」

 令呪を貰うと言う事が一番ベストな結果であるが、手ぶらでルーラーの下に赴いても、シラを切られる可能性が高い。
だからこそ、殺したと言う証立てを用意する必要があった。中世の武人達が、斬り落とした首や耳をその証拠としたように。
レイン・ポゥ達は、遠坂凛の首をそのままルーラー達に見せる事で、一切の逃げ道を断とうとしていた。

「その辺りの手筈は、貴女に任せますわ、アサシン。早く、邸宅に向かいません事?」

「あいあいさー」

 と言ってやる気のなさそうな声で、虹の魔法少女は霊体化を行い、純恋子は元来た道を戻り、遠坂凛がいるであろう邸宅の方に向かって行った。

 虹の刃で切り裂かれた黒贄が、倒れる間際、「ありゃりゃ」、と口にしていた事など、二人は知る由もない。





【黒贄礼太郎@殺人鬼探偵 死亡】




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165 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:27:55 bg.kVnAg0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ば、バーサーカーは!?」 

 声が裏返るのを抑えつつ、凛が叫んだ。
反射的に立ち上がる。カップヌードルの容器に入っていたスープの飲み残しが、踵が和卓の裏面に当たった衝撃で零れた。

「私の従者であるアサシンが葬り去りましたわ」

 第三者の声が、アサシンの魔法少女、レイン・ポゥの背後の廊下から聞こえて来た。凛の視界には、その姿は見えない。
如何にも育ちが良く、並々ならぬ教育を受けて来た声であると、直感で凛は悟った。一応凛も、世間上はそう言った少女に分類され、自身もそんな自覚があるからだ。
やがて、魔法少女のサーヴァントのマスターと思しき女性が、姿を現した。亜麻色の髪の乙女、と言う言葉がこれ以上なく相応しい女性で、
流した後ろ髪の優美さと、顔立ちそのものの優艶さの、如何にもな女性らしさよ。通っている学校が学校ならば、マドンナや高嶺の花のような扱いで、
蝶よ花よと生徒や教師を問わず愛でられそうな事が容易に想像出来た。レイン・ポゥの前では兎も角、英純恋子と言う少女は、対外的には、
英コンツェルンの令嬢に相応しい教育と帝王学を叩き込まれて来た、一端の女王である事を再認させられる瞬間であった。

 ――バーサーカーが。黒贄礼太郎が、死んだ!!
一瞬ではあるが凛は、凄まじく喜んだ。あの最低最悪のバーサーカーが殺されたと言う事は、今自分を苛む要素の一つが消え失せた事を意味するのだから。
だがすぐ後で、全く喜べない事を理解する。黒贄が死んだと言う事は、もう誰もこの<新宿>に遠坂凛の味方がいないと言う事を意味するのだから。
あんな男でも、一応は自分をマスターだと認識していたのだ。たまに勢い余って自分を殺そうとする事もあるが、それでも、味方なのだ。

「呆気のない物でした。そして同時に、貴女を哀れにも思いましたわ、遠坂凛さん。不意を打たれて殺されるようなサーヴァントを引き当てた程度で、
舞い上がり、白昼の往来の只中で大量の人間を殺してしまうなんて」

 「舞い上がってんのはお前の方だろ」と突っ込みたいレイン・ポゥであったが、此処は黙っておいた。
だが、そもそもお前は前線に出てくんなオーラを放出する事は、やめない。凛の方はと言うと、純恋子のこの言葉を受けて、激昂した。

「私は、誰も殺してもないし、舞い上がってもない!!」

 誰もが抱く誤解を真正面からきっぱりと言い放たれて、遠坂凛は久方ぶりに、自身のサーヴァントである黒贄以外に激昂の言葉をぶつけた。
冬木における聖杯戦争の参加者として遠坂凛は、魔術師としての非情さを時と次第によっては発揮するつもりであった。
敵は状況次第では殺すし、見られては行けないものを見られたら、サーヴァントを駆使して口封じだって行うつもりでもあった。
白昼の往来で、人目に付く程の大虐殺など、遠坂凛の望む所では断じてあり得なかった。神秘の秘匿を至上とする魔術師だから、と言うのも確かにある。
しかし実際には、遠坂凛と言う少女の本質は何処にでもいる少女のそれであり、感性自体は一般人のそれと大差がないと言う所に起因すると言っても良い。
殺したく何て、なかった。間が、悪すぎたのだ。狂った歯車のせいで、運行がおかしくなったのだ。全てはあの時、鍵に触れた瞬間から。
バーサーカー、黒贄礼太郎が彼女の元に導かれたその瞬間から。


166 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:28:10 bg.kVnAg0
「アンタがどんなに弁解した所でさ、恨みを買われてるし、首に掛けられた賞金首の札付きも消えないんだわ。此処で死んだ方が楽になると思うけど?」

 と言うのはレイン・ポゥだ。これ以上の会話は、もうする気はない。
虹の刃で相手の首を断ち斬り、そのままこんな状況を終わらせよう。彼女は確かに、そう思っていた。

 英純恋子のみならず。
魔法少女達が跋扈する世界で生きて来たレイン・ポゥですら、予測出来なかった事が、一つある。
いや恐らくは、彼女らだけでなく。他の聖杯戦争の参加者ですら、こんな事は予測は不可能であろうか。
遠坂凛を、バーサーカーの制御に失敗した一般人だと、恐らく多くの者は思っているに相違ない。しかし、その思い込みは半分しか合っていない。
遠坂凛は、確かにバーサーカーの制御には失敗した。しかし――

「――!?」

 慌ててレイン・ポゥが、純恋子の真正面の辺りに虹を伸ばし、七色のバリケードを作り上げる。
其処に、赤黒い色をした弾丸めいた物が幾つもぶつかり、水あめで塗り固めた砂糖菓子の様に脆く砕け散った。
この間、ゼロカンマ五秒。純恋子は、この間に如何なる攻防が行われていたのか、全く認識出来なかった。

 レイン・ポゥはプロである。ヤクザの邸宅を拠点に設定した以上、マスターである遠坂凛は、其処の構成員が所持していた匕首や、
縦しんば拳銃の類を護身用に用意している。純恋子は到底解らなかったであろうが、このアサシンはそう予測して行動をしていたのだ。
そして実際、弾丸は放たれた。――腕利きのアサシンのレイン・ポゥですら、予測が出来なかった事。それは、遠坂凛の放った弾丸が、『魔術に由来するもの』であった事だろう。

 遠坂凛は、バーサーカーの制御には失敗した。
しかし、彼女は一般人では断じてないのだ。そう、彼女は魔術師。将来の訪れが恐ろしくもある一方で、楽しみとすら人に思わせる程の、
天才的な才覚を持つ魔術師。それこそが、遠坂凛が有する本当の顔。一般人としてのペルソナで覆い隠した、真実の側面。

 マスターに向けて撃ち放ったガンドが防御されたと認識した瞬間、凛は和室の体裁を成させた居間から、脱兎の如く逃走。
レイン・ポゥ達が陣取る側の廊下方面とは別方向にかけだし、閉じられた襖を蹴破り、其処から逃げ果せる。
敵に背を向け、何とも情けない姿ではあるが、サーヴァントを相手に戦うと言う愚を犯すよりは遥かにマシ、と言うものだった。

「チッ、ミスった!! アイツ一般人じゃなくて魔法使えるのかよ!! 」

 盛大に舌打ちを響かせてレイン・ポゥが言った。
まさかこれまで無力な一般人だと思っていたマスターが、その実、魔術師だったなど、誰も予想出来る筈がない。
魔法少女である自分とは比べるべくもないが、人間が努力して得られる実力と言う範疇で見れば、あの魔術師はしかも相当な腕利き。
不意打ちのガンドを防げたのは、半ば運の要素もある。魔法少女としての優れた反射神経、そしてレイン・ポゥと言う個体が培ってきた経験がなければ、
間違いなく純恋子は凛の放った赤黒の弾丸に貫かれ即死していただろう。
今までの余裕ぶった言葉は、相手が一般人だと言うバイアスから出て来た言葉だった。相手がそっちの側の人物と解った以上、最早容赦はしない。
早急に、遠坂凛は殺されねばならなかった。と、認識した瞬間だった。魔法少女の感覚が告げる。壁を数枚程隔てた数m先で、魔力が収束して行くのを。
幅四十cm程の虹を横向きに幾つも展開させ、自分と純恋子を覆うバリケードを生み出す。
遠坂凛が放ったガンドが壁を打ち抜き、百を超えると言う圧倒的な物量でレイン・ポゥ達に殺到する。
狙いは完璧に適当で、やたらめったら撃ちまくっているらしく、見当違いの方向に向かうガンドが幾つも存在した。完璧に、当たれば良いの精神だが、今その判断は正解だ。
チィンッ、と言う音と同時に、ガンドが虹の障壁に衝突し、砕け散った。ガンドは人体に当たれば致命傷であろうが、
生憎、レイン・ポゥが生み出した虹を突き破るには威力が絶対的に足りない。こうなれば、虹を展開させていない背後でも取られない限り、凛のガンドがマスターを害する事はない。

「完璧に目測を誤ったようですわね」

 事此処に至って、純恋子は冷静だった。
買い物をして、牛肉と間違えて豚肉を買ってしまった、とでも言うような口調であった。声音からは緊張感が感じられない。


167 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:28:23 bg.kVnAg0
「全くだよ、情けないったらありゃしない!!」

「不測の事態が起きたのならば、如何するべきだと思います?」

「あん?」

 怪訝そうな光を宿した瞳で、純恋子の方をレイン・ポゥは見た。

「堂々と構えて、この程度の事態なんて何の支障もない、と言う顔でいるのですよ。混乱をしていては、相手の思う壺。ピンチの時ほどふてぶてしい笑みを浮かべるのは、帝王学の基本ですわ」

 一瞬ではあるが、レイン・ポゥは、純恋子のこの堂々とした威風に呑まれそうになった。
帝王学何て欠片も学んだ事がない所か、寧ろ生涯を掛けて学んで来た事柄は、それとは正反対の、小狡く生きる方法であったレイン・ポゥには、
生涯をかけても、純恋子のような威風堂々とした空気など醸し出す事は出来まい。考えてみれば、彼女は大物だった。
今の発言もそうであるが、気が滅入るどころか、常人ならば内臓ごと吐き出しかねない程グロテスクな死体がそこかしこに散らばる、香砂会の邸宅の内部に入っても、
純恋子はその態度を崩してすらいなかった。この程度で臆するようでは、女王は務まらない。念話で彼女はそう伝えていた。
ひょっとしたら、彼女は想定を超える程の大物であり、場合によりては、自分のかけている部分を満たす、正真正銘のパートナーに成り得るかも――其処まで思った、その時だった。純恋子が口を開いたのは。

「そして――」

 言った。

「『従者のミスを、嫌な顔一つせずに修正してやるのも、女王の務め。貴女の失策の帳尻を、私が直々に直してさしあげましょう』」

 レイン・ポゥが「は?」と言うよりも速く、純恋子は、凄まじい速度で畳を蹴り、走り出す。
凄まじい加速度を得た純恋子が、見事な白色をした和室の塗り壁を右拳で殴打し、粉砕。人一人は余裕で通れる程の大穴を作った後、そこを通って別所に移動する。
虹の魔法少女が、全てを理解したのは、自身のマスターがその穴を通って遠坂凛を追跡に掛かったのだと言う考えに至ったその時だった。
石鹸の様に白くてすべすべとした彼女の顔が、全身の血液が昇って来たのではないかと余人に知らせしめる程に赤くなっていったのも、殆ど同時だった。

「あんの馬鹿女ァ!!」

 生前の時代でも叫んだ事のないようなドスの効いた叫びをレイン・ポゥが上げる。
描いていた遠坂凛を殺す計画が、パーになった。弾丸を放った位置から、壁を貫いて相手を切り裂く虹の刃で相手を殺そうと言う計画が、おじゃんになってしまった。
純恋子がいては、彼女も巻き込む可能性が強かったからだ。苛々を募らせながら、レイン・ポゥも畳を蹴って移動する。
蹴られた畳が真っ二つに圧し折れたのは、彼女の怒りを如実に示すいい証拠であった。


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168 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:29:19 bg.kVnAg0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 さしあたっての急務は、この邸宅から逃げ果せる事だった。
逃げ果せる、つまりは、指名手配犯に等しい身分で日の当たる所に逃げると言う事であるのだが、これは凄まじいリスクを伴った行動と言える。
しかし、この屋敷にいては先ず間違いなく、遠坂凛は殺される。座して死を待つくらいならば、一波乱の中を泳いだ方が余程マシだった。
こう言った時、一秒と言う判断ミスが死に直結する。熟考する天才より、このような状況では行動する馬鹿の方が、存外生き残れるのだ。
己の才能と行動力、そして、自分の残ったなけなしの運を全て信じ、遠坂凛は香砂会邸宅から逃げようとしていた。

 ――そうはさせじと、凛の真正面数m先の、左脇の木製の壁が、凄まじい音響を立てて砕かれた。
唐突に起こった現象に、凛は急ブレーキをかけ、停止。空いた穴から、先程虹の魔法少女のマスターと思しき、亜麻色の髪の女性がその姿を現した。
如何なる力を用いてか、彼女は壁を破壊し、此処まで追跡して来たらしい。腕の立つ魔術師である、と言う可能性を先ず視野に入れ、凛は構えた。

「ごきげんよう、遠坂凛さん」

 ある晴れた昼下がりに、よく歩く散歩道で知り合いと偶然出会ったかのような口ぶりの、純恋子だった。
だがそれがなまじ、恐怖と不安をかきたてる。正真正銘の殺し合いの場において、純恋子の口ぶりは、場違いを極るそれであった。

「私のみならず、私の従者の裏をかくとは、成程、ただの少女、ではなかったようですね」

 その言葉の意味を凛はよく理解していなかった。
そもそも凛にとって聖杯戦争とは、『魔術師が参戦するもの』であり、魔力回路がそもそも存在しない一般人など、参加出来る可能性はゼロに近いと言う認識なのだ。
まさか、純恋子の言っている裏と言うのが、自身が魔術師であると言う事を指している事など、凛は夢にも思わない。
此処に認識の齟齬が生じていた。凛は聖杯戦争に魔術師が参戦するのは当たり前の事柄だと思っているが、純恋子はそうだと思っていない。
そして純恋子は――遠坂凛は、あのバーサーカーに大量殺人を命令したのは間違いなく彼女自身であり、『バーサーカーの制御に失敗した一般人と見せかけて、襲撃に来た人物を叩く抜け目のない女性』と、認識していたのだ。

「前言を撤回いたします。貴女は中々に強かな女性のようです。そして――女王の座を賭けて戦うに相応しい人物でも、あるようです」

「じょ、え、なに?」

 全く相槌を入れずとも、女王の勝手な思い込みによる会話は進んでいく。

「ならば、私の真の力を――」

 よく見たら隙だらけだったので、凛は人差し指からガンドを放った。
目を見開かせる事以外の一切の反応を許させず、赤黒いガンドは純恋子の右腕を肩の付け根付近から貫き、遥か向かいの壁に建て付けられたガラスを砕いて、
彼方に消えて行った。心臓や頭を狙えなかったのは、凛の本質が人間的にお人よしな所がある、と言うのも確かにある。
それ以上に、自分のサーヴァントが原因だった。自分は何があっても、あの男のような無軌道に人を殺す外道になりたくない。そんな思いが、心の中にあったのだ。
あったから、殺せなかった。令呪が刻まれているであろう位置を特定し、それを奪い去り無力化させようと言う、甘い以外の何物でもない判断。

 ――そしてそれが、本当に甘かったと知ったのは、口の端を吊り上げた、実に好戦的で血色が香る笑みを純恋子が浮かべたのを見た時であった。
痛がっていない!! いやそれ以上に、腕から血が流れていない!! 代わりに弾痕から走っているのは、血色の花ではない。白と青、橙色が織りなす、電気の花、スパークなのだ!!

「貴女の判断は間違っていないですわ、遠坂さん。ですが、半分は間違い。私を殺すつもりならば、頭か、心臓を狙わなければ!!」


169 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:29:38 bg.kVnAg0
 言って純恋子は地面を蹴り、凛と彼女の彼我の距離数mを、格闘技の達人めいた速度で一瞬でゼロにする。
左腕で、前動作も何もない見事なフックを、凛の顎目掛けて放つ。普通であれば純恋子の拳が顎を捕らえ、脳震盪を起こすどころか、顎そのものを砕いていたであろう。
あの弟弟子から八極拳を学んでいて、今日程救われた日はないだろう。ボクシングにおけるダッキングの要領でこれを回避。けんけんの要領で、軽く後ろに跳躍。
純恋子の放った一撃から、彼女が格闘技の心得を習得している事を理解した凛は、迅速に行動を始めた。
距離調整で離した彼我の距離から、凛は思い切り踏込み、純恋子の胸部を右拳で撃ち抜いた。グッ、と言う苦悶が純恋子の口から漏れるが、お構いなしだ。
空いた左手で凛は彼女の左手首を掴み思いっきり引く。体勢の崩れた純恋子の、やはりまた胸部に、肘鉄を放つ。
身体を魔力で強化した一撃は、純恋子の身体を二m程も吹っ飛ばすが、どうにも、手ごたえが妙だ。
『重い』のだ。筋肉量と体格から想定される、英純恋子の全体重。それが、凛の想定よりも重い。まるで、身体の何処かに金属を仕込んでいるような――。

 其処まで考えて気付いた。今も純恋子の右腕から走る火花。
もしや彼女は身体の幾つかを機械に――

「良い腕ですわ、実に暗殺者らしい!!」

 痛みなど感じないのかと言わんばかりに、即座に床を蹴って純恋子が凛の下に駆け寄って行く。
左腕を思いっきり引き、凛の顔面にストレートを放とうとするが、余りにも動作が大振りなので、カウンター気味の一撃を放とうと待機する、が。
拳を突きだしたその途中で、純恋子の左腕の一撃が停止。フェイント、と気付いた時にはもう遅い。鋭い膝蹴りが、凛の下腹部に突き刺さり、十m程も吹っ飛んで行く。
吹っ飛んだ先の廊下の壁をクッションに、思いっきり背後から激突した凛は、肺の中に溜められていた酸素の全てを一瞬で吐き出して軽い酸欠状態になり、
余りにも鋭い衝撃と痛みで、視界が混濁とし始めた。

 凛の予想通り、英純恋子はその四肢を機械の物に挿げ替えさせた、ある種のサイボーグとも言っても良い人間で、生身の部分は胴体にしかないと言っても良い。
頭か心臓を狙わなければ殺せないと純恋子が言ったのは此処に起因するのだが、果たして其処をガンドで撃ち抜いたとて、純恋子が死ぬかどうか。
九十九階建ての建物から落下して、生存し、女王への執念を未だ捨て切れていないし諦めてもいない女性こそが、英純恋子だと、誰が認識出来ると言うのか。

 雄叫びを上げて、凛がガンドを純恋子の方へと殺到させる。
しかしその本質が、殆ど直線的な移動でしかない赤黒の弾丸は、スピードこそ速いが見切るのは容易い。今の様に、フェイントを交えていないのならば猶更。
純恋子は勢いよく左脇の壁に肩から体当たりをし、破壊。別の部屋への道を無理やり通じさせ、其処に移動する事でガンドをやり過ごす。
痛みに苦しむ身体に喝を入れ、無理やり立ち上がった凛は、玄関口の方へと走って移動する。其処までの距離はもう、十m程だ。
逃げながら、純恋子が移動したその部屋目掛けて、機関銃の如き威力のガンドを掃射させた、刹那。
ガンドの軌道上に七色のバリケードが何枚も張られ、それにぶち当たった、殺意と言う名前の加速度を十分に得切ったガンドが粉々に霧散して行く。
虹の障壁が消え失せたその先に、あの、虹の環を背負ったあの魔法少女がいた。顔面の全ての組織が凍結したような無表情で、凛を見据えた後に、彼女は口を開いた。

「ゲームオーバー」

 情け容赦なく、無色の殺意を内包した虹を伸ばそうとした、その時だった。
凄まじい勢いを立てて、玄関のガラス戸のガラス部が砕け散り、ガラス内部の基礎枠が全体的にその形を保ったまま、高速で天井に突き刺さった。

 嗚呼、来てしまった。
実を言うと凛は、本当は死んでいないのではないかと思っていた。それを百%信じ切れていなかったのはひとえに、ある筈がないと思っていたからだ。
本当の不死など、再現される筈もないし、英霊の身で到達出来る境地にないと、頭から決め込んでいたのだ。
自分のサーヴァントが傷らしい傷を負った局面など見た事がなかったから、凛は俄かには信じられずにいた。不死など、ある筈がないと。
ゆっくりと、己が引き当てた、最低最悪、しかし、確かに最強のバーサーカーの方を見て、疑いが確証に変わった。

「いやぁ、珍しい凶器を使われるのですねぇ」

 胴体から大量の血を流し、空いた黒礼服の隙間から、ぞろりと大腸を暖簾のように下げながら。
破壊された玄関のその先で、黒贄礼太郎はいつものように、何がおかしいのか解らないような薄い微笑みを浮かべていた。





【黒贄礼太郎@殺人鬼探偵 復活】




.


170 : 虹霓、荊道を往く ◆zzpohGTsas :2015/12/26(土) 20:29:49 bg.kVnAg0
前半の投下を終了いたします


171 : 名無しさん :2015/12/28(月) 01:00:28 KDUZe9tg0
投下乙です
おかしいな…聖杯戦争ってどれだけ早く自分の相方を落とせるかを競う戦いだったっけ…
どっちも連携がちぐはぐすぎて笑うしかない
でもレイン・ポゥが純恋子の器に一目置いたり凛が己のサーヴァントの最強を確信したりどっちもコンビとしての伸びしろがあるな
後編も期待


172 : 名無しさん :2015/12/28(月) 01:01:49 KDUZe9tg0
後今更の指摘で申し訳ないですが、
死なず学ばず〜で「一般的な魔法少女の多くは、ギャラの為に仕事を遂行する。とありますが
ギャラ貰ってる魔法少女は全体の中で一部です(ファンブックより)


173 : 名無しさん :2015/12/28(月) 18:55:15 NDz7b/S.0
とりあえず投下乙です
純愛子の覇王気質は清々しいぐらいだ
そんな覇王様に振り回されるレイン・ポウには同情しかない
そして暗殺者なのに、バーサーカーと対面してしまった二人の運命はいかに?


174 : ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:35:00 lYFG5Dr20
指摘の方、ありがとうございます。Wikiに拙作を掲載し次第、修正に参りたいと思います
感想の方が溜まっておりますがそれは次の予約の時に必ず……

投下します


175 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:35:49 lYFG5Dr20
 いきなり剣を身体に突き立てられたような驚きが、レイン・ポゥを襲っていた。
生前、自らが生み出した虹色の凶器で、何人もの魔法少女を葬って来た。だから、解るのだ。
クリティカルヒットの手ごたえと言う物を、である。よもや間違えようもない。あの時彼女が放った虹は、寸分の狂いなく黒贄の心臓を断ち、
内臓器官をズタズタにした。如何に頑強な魔法少女と言えど、内臓を破壊されれば即死する。此処で初めて、純恋子が告げた、
黒贄のステータスの不透明な部分を認識した。『耐久値EX』、もしや、これが関係しているのか? と、レイン・ポゥは睨んだ。

「おや凛さん、何とか生きておりましたか」

 久方ぶりに出会った旧友の調子でも尋ねるような呑気な口調で黒贄が言った。
薄い笑みは崩れない。能天気を通り越して、最早気狂いの域にある現状の認識能力のなさであった。
そんな彼でも、今はいた方がマシの人物だった。慌てて彼の下へと近付いて行く、と言うよりは、彼の右斜め後に隠れた。
黒贄の真正面に立って居たら、自分も殺される可能性が高いからである。

「ば、バーサーカー……、そ、その傷、大丈夫なの?」

 黒贄のせいで、死体は既に見慣れている。純恋子やレイン・ポゥから逃げる間に、何人も見てきた。
しかし、自分が引き当てたサーヴァントがこうなっているとなると、流石の凛も動揺を隠せない。
「あぁ」、と気付いた様に黒贄が言った。

「ご心配なく。場面転換してたら治る傷ですから、と言っても、如何もここではそうも行かないようですが。それと、私の名はバーサーカーではなく黒贄です。お間違えようのなく」

「(場面転換……?)」

 黒贄の言っている事の意味は理解出来なかったが、さしあたって無事である、と言う事だけは凛は認識出来た。
ちなみに、黒贄が己の真名を敵のサーヴァントの前で口にしている事は、普通に無視している。指摘した所で黒贄が凛の言う事を聞くとは、思わなかったからだ。
真名を、公共機関に自分の名前を告げるような感覚で言い放った黒贄に、敵であるレイン・ポゥは驚きを隠せていないようであったが。

「さて、そちらの方は、どなたでしょう?」

 と言って黒贄は、レイン・ポゥの方に目線を送った。
暗殺者の魔法少女、レイン・ポゥが、液体窒素を浴びせ掛けられたような、冷たすぎる悪寒を感じる程の瞳だった。
川底の淀んだ泥のような瞳をした魔法少女を見た事もあるし、ドブ川のような臭いと性格の魔法少女を見た事もある。
この男は、別格だった。瞳は淀んでいない、寧ろ冷たく澄んでいる位だ。腐ったドブのような臭いだって、欠片も感じ取れない。
――『死』だ。純度の高い、『死』の香りが、黒贄からは漂っていた。この男は、善だの悪だのと言う、二元論的な概念を超越している。
あの大量虐殺は、この男にとっては善も悪もなかったのだ。ただ、自身がそうしたいと思ったから。楽しいと思ったから。
そうしただけなのだ。ただ無邪気に、自分がしたかったから人を殺しただけ。この男は悪でもないし、況してや善ですらない。

 ――『災厄』。そう、この男を言い表すならば、この二文字が、何よりも相応しいと、レイン・ポゥは即座に理解してしまった。
黒贄は、人の意思を持った大地震だった。黒贄は、恣意的な感情で動き回るタイフーンだった。


176 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:36:12 lYFG5Dr20
「敵よ、敵!! 討伐令の報告を見て、私達を殺しに来た!!」

 現状を理解していない黒贄に焦りを覚えた凛は、慌ててレイン・ポゥ達の素性を説明する。
「ははぁ」、と、やはりこの黒礼服のバーサーカーは呑気だった。

「護衛の任務を果たす時、と言う奴ですな」

「そうよ、今こそ――」

「安心して下さい凛さん。この方は――『そそられます』」

 ――そそられる。
その言葉の意味を、殆ど同時と言うタイミングで、人の身である遠坂凛と、暗殺を重ねて来た魔法少女であるレイン・ポゥは理解してしまった。
つまり、レイン・ポゥは、黒贄礼太郎と言う、希代の殺人狂の眼鏡に、適ってしまったのである。

「えーっと、初めまして。私の名前は黒贄礼太郎、くらちゃんで結構ですよ。あ、バーサーカーで呼ばれてます」

 真名を語るにしても、クラス名と逆に言うべきだろうと、この場の誰もが思わない。
完全に、黒贄礼太郎と言うバーサーカーの度を過ぎたマイペースさに呑まれているだけであった。
「そちらは?」、と、黒贄は自己紹介を促すが、やがて、正気、もとい、レイン・ポゥもいつもの調子を取り戻したらしく、ハッ、と黒贄の言葉を鼻で笑った。

「馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょ」

「成程、馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょさんと言うのですね。よくその名前を市役所は受理したものですなぁ」

 本人はいたって大真面目に言っているのだが、真っ当な精神の持ち主からしたら、人をおちょくっているとしか思えない。
それに、今の黒贄の姿は、余りにも隙だらけだった。だからレイン・ポゥは、次に何かアレが言葉を口にしたら、虹の刃で切り裂こうとすら思っていた。

「ところで――」

 其処まで言った瞬間だった、レイン・ポゥの身の回りの虚空から現出した偏平状の虹が、時速数百㎞と言う殺人的な速度で伸びて行ったのは。
肉を切り、骨を断つ音が、再び黒贄の胸部から響いて来た。彼女は今度は、虹の向きを横ではなく、『縦』にして伸ばして見たのだ。
胸から血が噴き出、紅色の霧霞が黒贄の周りに舞い散った。手ごたえだけはある。あるのに……死んだ、と言う一番欲しい時間が、如何にも希薄で曖昧だ。
「黒贄!!」と言う凛の悲痛な叫び声が聞こえて来たが――

「凛さん、くじを引いて貰いたいのですが」

 何事もなかったかのように、いつもの薄笑いを浮かべながら、黒贄は言葉を発していた。
明らかに虹の幅的に、肺を切り潰しているにも拘らず、何故この男は、平時と変わらない声量で喋れているのか。

「くじ、くじ!?」

 と、凛は、黒贄の胸部に突き刺さった虹の凶器に驚くのと、黒贄が言い出した突拍子もない事に対する呆れとが入り混じった声で叫ぶ。
この期に及んで黒贄は、宝具である凶器くじを凛に引かせようと言うらしい。そんな事をしている時間は、ないに決まっているだろう。
だが実際には――その時間は存在した。レイン・ポゥが、完全に黒贄の異常性に動揺していたからだ。
どんなナイフよりも、どんな銃よりも信頼している、自らの虹で、急所を切り裂いた筈なのに、何故、このバーサーカーは生きている。
耐久EX。これが、何に起因する高さなのか、全く分からない。宝具か、それとも、スキルか。そんな事を考えているレイン・ポゥを、凛は見た。
その一瞬を、彼女は見逃さなかった。念話で【出して!!】と急いで告げるや、黒贄はどこからか、立方体のくじ箱を取り出した。
箱の上面に、人が腕を余裕で入れられる穴の空いたそれは、くじ箱だ。正確には、黒贄礼太郎が用いる、凶器を呼び出す狂気の箱。
通称を、『凶器くじ』。凛は急いで其処の中に右手を入れ、真っ先に手に触れた紙を摘まみ、取り出した。

「77!!」

 凛が叫ぶ。そして、何時までも、黒贄の不死性について思案し続けるレイン・ポゥではない。
レイン・ポゥは、黒贄がダメなら、マスターである凛の方へと、虹の刃を向かわせた。マスターが死ねば、マスターの魔力で現界しているサーヴァントは、
滅びを待つだけだからだ。「あ」、と言う一言を口にするしか、彼女には出来ない。自らの主目掛けて、虹の刃が音も立てず、熱も生じさせず、殺意をも伴わせず。
ただ、対象に到達する、と言う意思だけを以て向かって行く。主が真っ直ぐに迎えと念じれば、その念のみに従い真っ直ぐ向かって行く、この世の誰よりも愚直な、七色の従者。


177 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:36:24 lYFG5Dr20
 その軌道上に、黒贄が立った。
腰の部分に、虹の刃が食い込む。血飛沫が舞い、骨盤が破壊される音が響いた。
ほんの少しであるが、生身のサーヴァントに直撃してしまうと、虹は本来の進行速度から減速してしまう。況してや相手が、頑強なサーヴァントともなると猶更だ。
その一瞬の減速に、凛は救われた。急いで横っ飛びに飛び退き、迫りくる七色の殺意を回避する。

「く、黒贄……」

 一瞬だが、自分を守ってくれたのか、と凛は思った。
自分がいなければ殺人を行うと言う欲求を満たせないからだ、と解っていても、殊勝な心掛けだとは思うが――それですら、なかった。
黒贄は、今まで突っ立っていた玄関の靴置場に置いてあった、ゴム製の長靴を屈んで拾い取り、その一部分を指の力で破り取った後で、
長靴めい一杯広げ、それを被った。指で破り取った所が丁度、黒贄の目の位置に来ており、まるで長靴の被り物を被っているかのようだった。
舐めるな、と思いながら、虹の刃を、今度は首目掛けて射出させるが、黒贄は横に移動し、自らの身体を突き刺す虹の刃から身体を引きあがす。
無理に身体を虹から離れさせたせいで、骨盤は最早元の形を留めない位に砕かれ、虹が突き刺さった足と腰の境目付近は、九割程も切り裂かれてしまっていた。
ほんの少しの衝撃を加えるだけで、足と胴体を繋いでいる肉の繋ぎ目から千切れ落ち、上半身が地面に落ちてしまいそうであった。

 そう言えば、以前、黒贄の口から語られた事があった。
殺人鬼には幾つかの美学がなければならず――理解が出来ない――、彼は特に、『仮面』と『奇声』に拘ると言う。
ではあの長靴は、仮面なのか? 仮に仮面だとしたら次に行う事は――。

「長靴を被っていますからね、今日は『な』で行きますか」

 レイン・ポゥは、待たない。黒贄の頭蓋目掛けて虹を放つ。
額の真ん中の辺りに虹の縁が直撃し、頭の皿の部分が頭上に空中に素っ飛んで行く。
自身の呼び寄せたサーヴァントの、余りに凄絶な状態に、凛は堪らない嘔吐感を覚えるが、気合で、それらを抑え込んだ。

「ナャルテュー、ナミムメー、ナミミミム、ナノモヤエ、ナナコプフー……よし、これに致しましょう」

 そう黒贄が告げた、その瞬間だった。


178 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:36:36 lYFG5Dr20





                                  「ナナコプフー」




.


179 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:36:53 lYFG5Dr20
 驚く程気の抜ける声だった。身体の裡で気張らせた感情が一つ残らず殺されるような。
腹の中に隠し持っていた刀が一瞬で錆びて使い物にならなくなるような。この世の全てが、全て無意味であると説かれてしまうような。
だが――あの目は何だ。レイン・ポゥだけが、長靴の仮面から覗く黒贄の瞳を見ている。
この世の全ての命の意味を否定する瞳をしていた。万物の存在する意味とは何か、と問いかける瞳をしていた。
蒼い空と言うヴェールを剥ぎ取り、宇宙の暗黒を剥き出しにした様な、絶対零度の冷たさを宿した瞳で。黒贄は、レイン・ポゥ――獲物――を見ていた。

「ナナコプフー」

 気の抜ける奇声を上げながら、黒贄が走った。
初速の時点で時速百kmを超える、凄まじい速度の移動速。レイン・ポゥの下に近付くまでに、彼は何時の間にか、凛が引いた凶器くじに対応する武器を握っていた。
黒贄が今手にしているのは、境界標だった。材質はコンクリートらしく、長さは一m程。家屋や建物との土地境界を確約させる重要なものであるが、
実物は長い。普段は土に埋まっているからこそ、実感が湧かないのである。そして、重い。二十〜三十kg、場合によってはそれ以上の重さは下るまい。

 それを黒贄は、子供が小枝を無邪気に振り回すような感覚でレイン・ポゥの脳天目掛けて振り落とした。
焦らずに彼女は、境界標の振り落とされる軌道を読み、其処に虹を生み出す。形容の出来ない程の大音を立てさせて、コンクリートの殺意と七色の殺意が激突する。
埒外の筋力の衝突を喰らう虹であるが、それはビクともしなかった。レイン・ポゥは、自らの生み出す虹の強度に全幅の信頼を置いている。
物理的な攻撃であれば、砲弾やミサイルによる一撃ですら、防いで見せる程の防御力を虹は有していた。

「ナナコプフー」

 達人めいた速度で黒贄は腕を引き、横薙ぎに境界標を振った。風のような速度だった。
これだけの重さの物を全力で振り落とせば、腕に衝撃が走り、痺れて動けなくなるのが当然の運びになるのだが、この男にはそれがなかった。
いや、既に感覚と言うものを、感じないのかもしれない。

 レイン・ポゥは黒贄のこの一撃を、やはり、信頼する虹のバリケードを展開させて防ぎながら、後ろの方にバックステップをし、距離を取る。
虹の刃が殺人的な加速度を伴って黒贄の首目掛けて放たれる。――殺人鬼は、避けなかった。いや、厳密に言えば、少しだけ上体を横にずらした。
レイン・ポゥが本来意図した直撃の仕方をすれば、黒贄の首が刎ね飛んだのだが、黒贄は、そうならないように上半身を少々右に傾ける事で、この事態を防いだ。
しかし、虹の縁は確かに首に直撃。全体の七割が、剃刀の万倍の鋭さを誇る虹の縁に斬り裂かれる。常人であれば首を刎ねられなくとも、死んでいる程の致命傷。

 この状態で黒贄は、変わらぬ笑顔を浮かべてレイン・ポゥの方へ猛進して来た。


180 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:37:04 lYFG5Dr20
「ナナコプフー」

 境界標を振り落とし、レイン・ポゥの頭を潰そうとする黒贄。
まだまだ軌道が大ぶりな為、余裕を以てレインポウは後ろに飛び退き回避する。
着地ざまに虹を、境界標を持つ右腕の肘方面に放つが、黒贄はこれを、右脇の壁を体当たりで破壊し、隣の部屋に移動する事で躱す。
進行ルートを予測し、その方向に幅一m半程の虹のバリケードを幾つも展開させる、と同時に、その予測した方角から、壁の砕ける音が勢いよく響いた。

「ナナコプフー」

 境界標で思いっきり、虹のバリケードに刺突を放つが、七色の壁に阻まれる。
レイン・ポゥの生み出した虹は全く微動だにすらせず、黒贄の一撃を防いでしまう。

「ナナコプフー」

 右斜めから振りおろし、激突させる。やはり破壊されない。

「ナナコプフー」

 左斜めから振り落とす。衝突、壊れない。
此処で、黒贄の背後から虹が不意打ち気味に現出、彼は成す術もなく肝臓の辺りを、幅三十cm程の大きさの虹に貫かれる。

「ナナコプフー」

 それすらも意に介さず、黒贄は、滅茶苦茶に境界標を振り回しまくり、虹の壁を破壊しようとする。
彼が虹の破壊に夢中になっている間、レイン・ポゥは素早く移動。虹の壁や橋は、レイン・ポゥの目から見た場合透明に映るのではなく、
しっかりと壁として機能する為、視界より大きな虹を作った場合、自らの視界をも阻害されると言う欠点を持つ。
だがこれは言い換えれば、上手く使えば虹の壁は視界を妨害する為の一種の魔法としても機能する事を意味する。
殺人意欲が極限まで達し、そう言った瑣末な事に頭が回らなくなっている黒贄には、これ以上となく良く機能する妨害作戦となっていた。今の彼は、虹の向こうにレイン・ポゥがいない事に気付いていなかった。

 虹の壁が崩れ去る。黒贄の蛮力に破壊されたのではない事は言うまでもない。
生み出した主であるレイン・ポゥが用済みと判断して消え失せさせただけだ。此処で初めて黒贄は、先程まで殴打しまくっていた虹の壁の向こうに、
殺すべき魔法少女がいない事に気付いた。――瞬間、黒贄の臍より上の上半身が、宙を舞った。
黒贄のいる位置からは見えない位置に移動したレイン・ポゥが、七m程伸ばした虹の刃を横薙ぎに振り回し、壁や調度品ごと巻き込んで黒贄を切断したのである。

「黒贄!!」

 と、凛が叫んだ刹那、彼女の背後に、何かがスタリと着地する様な音が聞こえて来た。
バッと振り返ると其処には、機械式の右義腕の付け根近くから、火花をスパークさせる亜麻色の髪をした少女がいた。
暗殺者の魔法少女、レイン・ポゥのマスター、英純恋子である。従者であるレイン・ポゥの邪魔にならないようなルートで大回り、邸宅の二階部分から、凛の近くに降り立ったのだ。

「貴女の相手はこの私でしてよ、遠坂凛!!」

 言って純恋子は地面を蹴って、凛の方へと向かって行く。人の話を全く聞かない女だった。


181 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:37:19 lYFG5Dr20
 焦らなかったと言えば、嘘になる。実際は相当焦った。
魔法と言う御伽噺の中の技術を苦もなく操る点を筆頭に、魔法少女は基本何でもアリの存在だ。
そんな魔法少女の中に、度を越した再生能力の持ち主がいるであろうと言う事は、常々レイン・ポゥは意識していた。
と言うのも自身の魔法は、そう言った能力に弱い。鋭い切れ味を持っているが、それだけであり、再生技術の持ち主が相手では、殺し切るには威力が不足しているのだ。
但しそう言った存在に対する対抗策も実際彼女は考えていたし、そもそも今まではそう言った魔法少女と相対して来なかった。

 まさかその最初の相手が、よりにもよって魔法少女ではなくサーヴァントだったとは、さしものレイン・ポゥも予想外だった。
魔法少女である自分よりも優れた腕力や瞬発力、そしてあの滅茶苦茶なタフネスには、肝を冷やした。
しかし、それだけだった。身体能力は戦闘を円滑に進める上で重要な要素ではあるが、それと同じ程に、超常的な特殊能力も重要なウェートを占める。
これを活かしたからこそ、自分は勝ったと思っていた。だが、まだ油断は出来ない。黒贄を斬り裂いた実感はあったが、死んだかどうかは解らない。
すぐに黒贄の位置が見える場所へと、廊下を通じて移動。曲がり角を丁度曲がった先十m程に、いた。
上半身と下半身が泣き別れにされており、黒贄の上半身は板張りの床に俯せに倒れ伏している。虹に斬り飛ばされた頭の皿部分から、大脳がドロリと落ちている。
この邸宅の死体にこれよりももっと酷い死に方をしてるそれがあるのを見て来ている以上、まだ綺麗な死に方だとすら、レイン・ポゥは思っていた。

「ナナコプフー」

 ……冗談のような声が聞こえた。
先程と同じ様な、気の抜ける声。だからこそ、恐ろしいのだ。……『生命力が衰えている気配が全くしない』。
十全の状態で発した時と、何ら変わらない調子の、黒贄の声が聞こえて来たのである。

 黒贄の死体にずっと目を凝らしていた事。その事が、レイン・ポゥの命を救った、と言っても過言ではなかった。
でなければ、腕の力だけで、『時速三百㎞』で板張りの床を這いずり回る黒贄に、対応出来なかったかも知れないからだ。

 レイン・ポゥの脛目掛けて握っていた境界標を横薙ぎに振るう。
それを思いっきり、曲がり角に近付く時に移動した経路方向に飛び退く事で、レイン・ポゥは回避。
黒贄が振った境界標の衝撃で、彼を中心とした半径三mの全ての壁や調度品が吹っ飛び、破壊される。妙だ、と、歴戦の魔法少女が訝しむ。
明らかに、威力が上がっている。常識的に考えれば、威力が下がってなければおかしい筈だと言うのに。

 上半身だけで動き回る黒贄目掛けて、真正面と左右、頭上からこれでもかと言う程虹を射出させまくる。
それを彼は、あの「ナナコプフー」と言う気の抜ける奇声を上げながら、床を思いっきり左腕で叩き、粉砕。
邸宅の床下の基礎建築部分に逃れる事で、事なき事を得る。気のせいか、黒贄が床を叩いた瞬間、邸宅全体が、揺れた様な気がした。


182 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:37:36 lYFG5Dr20
 ――急速に嫌な予感を感じ取ったレイン・ポゥが、思いっきり頭上に飛び上がった。
天井にぶち当たり、其処を突き破って、お手伝いの女性やもとは組の構成員だった男達の死体で埋め尽くされた宴会場に、レイン・ポウは移動する。
そんななりふり構わぬ行動を取って、正解だった。彼女が今まで直立していた地点の床が粉々に破壊されたのである。
破壊された先で、長靴を仮面代わりに被った男の姿を見た。空けた穴から、宇宙の黒の様に無機的な、絶対零度の瞳が覗いている。

 細い虹を雨の様に、そして、弾丸のような速度で降り注がせ続けるレイン・ポゥ。
虹が、ほんの数十cm移動した所で、黒贄の姿が掻き消えた。移動の余波による衝撃で、先程までいた廊下の板張りが全て吹っ飛び破壊された。
移動速度が、明らかに跳ね上がっている、と認識した次の瞬間、壁を隔てた先で、何かが床を突き破る音が聞こえて来た。

「ナナコプフー」

 そして、宴会場を仕切る壁を突き破って、黒贄が亜音速で突進してきた。単純な左腕の腕力で床に力を込め、跳躍するように彼は移動していた。
移動の際の衝撃で、或いは、黒贄の上半身との衝突で、床に転がる屍体は、至近距離で爆発にでも直撃した様に粉々に爆散している。
最早、境界標の直撃を経ずとも、単純な体当たりで魔法少女に大ダメージを与えられる程であった。

 虹の障壁を、殆ど反射的に展開するレイン・ポゥ。
ベシャァンッ、と言う音が先ず響いた。境界標、ではなく、黒贄自体が虹にぶつかる音だった。
その後、ゼロカンマ五秒程の時間を経ずして、境界標で虹をぶん殴る音が響き始める。

「えっ」

 と、言う、久しく上げた事もなさそうな頓狂な声を思わず上げてしまう。
我が目を、信じられなかったのだ。黒贄が恐らく境界標で殴った所を起点に、虹に亀裂が入り始めていたのだから。

「ナナコプフー」

 再び虹を殴った。亀裂が広がる。また殴る。――虹が、氷柱の様に破壊された。
驚愕に顔が歪んだのと、黒贄の寄生と同時に境界標が音速の三倍の速度で振るわれたのは。殆ど同時だった。
黒贄が腕を振うと思われる全ての方向に、二枚重ねにして強度を倍増させた虹を展開させ、レイン・ポゥは防御を試みる。
境界標が衝突する。一枚目の虹が薄焼きの煎餅の様に砕かれた事を直感で理解、二枚目の虹にしても、ヒビのような物が衝突点から生じている。

 レイン・ポゥが生み出す虹の強度は凄まじい物だ。
人智を逸した身体能力の持ち主である魔法少女が踏み抜いても破壊されないのは当然の事、それが物理的な攻撃であるのならば、
例え戦車砲だろうがミサイルであろうが、全方位にそれを張り巡らせる事で、その威力と衝撃を遮断させる事が出来る。
ありとあらゆる人物から距離を置いていたレイン・ポゥが、全幅と言っても良い程の信頼を置く能力。それが、彼女のこの魔法なのだ。
その信頼が今、砕かれた。神秘もなければ裏もない。ただただ原始的で、野蛮で、純粋な、腕力一つで、虹が砕かれたのだ。
それが、この魔法少女にとって、どれだけ。どれだけの衝撃を与えるものなのか。ただ殺意の赴くがままに、腕力を以て死を振り撒くこの魔王には、解る事はないだろう。
 
「ナナコプフー」

 世界で一番気の抜ける、しかしそれでいて、世界で一番殺すと言う意思に満ち溢れた死刑宣告は今も途切れなく黒贄の口から紡がれている。
これと同時に、境界標を再び虹に激突させる。脆いコンクリートの様に虹が砕け散ったのと殆ど同時に、レイン・ポウは頭上目掛けて、
自らの魔法が設定できる最大限の幅の虹を幾つも射出させて、天井を破壊。畳を蹴り、垂直に十数m程も飛び上がった。
すんでの所で、横薙ぎに振るわれた黒贄の境界標を回避する。判断がもう少し遅れていれば、膝から下が消え失せていたかも知れない。
跳躍が最頂点に達し、後は引力に従い落ちるだけ、と言う所で、レイン・ポゥは虹を足元に生みだし、足場を形成。
まさに彼女は、即興の虹の橋(ビフレスト)を作り上げた。再び虹の足場を蹴って、跳躍、また、適度な高さまで到達したら虹の足場を作り、再び其処を蹴り跳躍。
これを繰り返す都度四回ほど。既に彼女は、黒贄が這いずる地点から六十m程頭上、地上から七十m弱の所に、虹を足場に佇んでいる形となった。


183 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:38:00 lYFG5Dr20
 そして其処から、幅一m半程の、剃刀のような切れ味の縁を持った虹の雨を、機関銃の如くに降り注がせる。
狙いは勿論、眼下の、上半身だけで怪物じみた機動力を発揮する、バーサーカー黒贄礼太郎であった。
水分を伴わない、七色の雨が屋根を貫き、天井を破壊し、床を斬り裂き、地面に幾つも突き立って行く。
しかし、黒贄に命中する気配はない。「ナナコプフー」などと言うふざけた奇声を上げながら、右に左に。
飛び跳ねながら虹を避け、時に境界標を振り抜いて虹を破壊し回避し続ける。

 疑惑が確信に変わった瞬間だった。明らかに、腕力が上昇し続けている。 
段階的に本気を出しているのか、それとも筋力が永続的に上昇しているのか。それは解らない。
だが少なくとも、初めて出会った時と、現在とでは、明らかに腕力が違うのだ。
もしも永久に力が上がり続けるのであれば、背筋も凍る話であるし、しかも今の腕力は『下半身のない状態で発揮されているもの』なのだ。
あれで、五体満足の状態だったらと思うと、ゾッとしない話だった。

 しかし何よりも謎なのは、黒贄のあの、常軌を逸した生命力だった。
今の黒贄の状態は、下半身がなく、心臓や肺、肝臓などと言った主要臓器を虹で破壊され、首が殆ど落ちる寸前で、大脳を全て欠いている、と言う、
サーヴァントでも既に死んでいてもおかしくない程の重傷なのだ。それなのに彼は、相も変わらず元気に奇声を上げ続け、縦横無尽に腕の力だけで動き回っている。
戦闘続行能力が高すぎる、と言う言葉の問題ではない。『不死』――そんな単語が、レイン・ポゥの脳裏を掠めた。

「ナナコプフー」 

 崩落しきった邸宅の屋根、床下に散らばる建築材の瓦礫。
落下するそれらと、レインポゥが降り注がせる虹の雨を回避し切った黒贄が、奇声を上げながら境界標を、レイン・ポゥが佇立する、
高度七十m地点の所に投擲する。初速の段階で音の五倍にも達したそれは、余りの移動速度に全体が赤熱し、焼けた鉄棒の様に赤々とした色をしながら、
レイン・ポゥの下へとありったけの殺意を渦巻かせて向かって行った。

 最早レイン・ポゥは、殆ど反射的に行動していると言っても良い状態であった。
つまり、境界標の移動スピードをその目で捉えられていない。だが身体は、思考するよりも速く動いてくれていた。
魔法少女の肉体は、一瞬で五枚重ねにした虹を、境界標の弾道ぴったりの所に配置するよう生み出したのである。
境界標がブチ当たる。三枚目までを紙でも貫くかのように押し通り、四枚目を粉々に。最後の一枚で漸くその勢いが止められたが、
それにしたって、全体に亀裂が生じている。首の皮一枚で、繋がった、と言う所か。

「ナナコプフー」

 展開させた虹の壁で、視界を遮られてしまったせいで、黒贄の動向が見えない。
急いで視界を覆う、境界標を防御した虹を消した、と同時だった。ズゥンッ、と言う音と同時に、上半身だけの黒贄が、
レイン・ポゥと同じ高さにまで移動していたのは。ズゥンッ、と言う音は、黒贄がこの高度まで跳躍するのに必要なエネルギーを生む為に、
それまで這いずり回っていた床を右手で叩いた音だった。但し叩かれた二階の床部分は無事では済まなくなっており、床・調度品・死体、全てが崩落。
香砂会邸宅は今や完全に、住居と言う体を成していなかった。


184 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:38:11 lYFG5Dr20
 黒贄の左手には、唇から上の部分が鋭利な刃物で切断された死体が握られていた。
乳房がある所を見ると、女性の物だ。足首から掴んだその死体を、黒贄はレイン・ポゥの『脳天目掛けて振り落とした』。
余りにもあんまりな攻撃に、目を見開かせる。攻撃が大振りだった為に、まだ体が反応してくれた。
軌道上に虹の壁を生みだし、死体による攻撃を防御。音速超の速度で振るわれた事によるGと、その速度での衝突の為、死体は原形を留めぬ程に砕け散り、
高度七十mの空を筋肉の破片が舞った。死体は振い始めた瞬間から崩壊を起こしていたらしく、そのせいで威力は境界標程ではなかった為か、虹には亀裂が入っていなかった。

「ナナコプフー」

 そんな事などお構いなしと言わんばかりに、黒贄は、空中で、水の中を泳ぐように腕を掻き、レイン・ポゥの下に近付いて行くや、そのまま、
肉片のこびり付いた虹を殴打する。一mmしかない氷の板の様にそれは砕かれた。三枚重ねだった。
四mと距離の離れていない至近距離からレイン・ポゥは、真正面から一本、頭上から三本、真下から三本。黒贄に目掛けて虹を放った。
真正面の一本は、脳を欠いた黒贄の頭をザクロの様に斬り裂き、上下から迫る六本は、胴体部を貫いた。

 これ以上黒贄と付き合っていては、もう埒が明かないとレイン・ポゥは判断した。
間違いなくこの男の戦闘続行能力は、何らかの宝具或いはスキルに依拠したそれである。
その正体が何なのかが解らない以上、アサシンクラスであるレイン・ポゥは無理な事をしたくない。
故に彼女は、最も確実に、目の前のバーサーカーを相手に勝利をおさめられる方法を実行する。

 マスターの暗殺。それは、レイン・ポゥを含めた殆ど多くの聖杯戦争参加者の敗北条件であり。
そして、アサシンクラスの王道にして必勝の勝ち筋であった。
 
 頭を下、足裏を斜め右上、と言うような体勢を空中で整えた後、足元に小さい虹を生みだし、それを蹴り抜きレイン・ポゥは急降下して行く。
身に纏う可愛らしい服装のせいで、地上から見たら今のレイン・ポゥは、地上に堕ち行く一条の桜色の流星にしか見えなかった事だろう。
その流星は、虹を生みだして死を与える魔星だった。狙うは、狂人を従える魔術師の女、遠坂凛。


185 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:38:27 lYFG5Dr20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ガンドとは元を正せば北欧の地に伝わる魔術体系の一つであり、ルーン魔術には一歩劣るが、それでも、無視出来ない影響力を持っていた体系であった事は事実だ。
元々北欧にはガンドの他にセイズと呼ばれる魔術が伝わっており、これらは広義の意味での呪術に属しており、嘗てはヴォルヴァと呼ばれる巫女が操っていた。
セイズ魔術とは所謂『憑依』を主体とした魔術だ。自らをトランス状態にさせ、神々や祖霊等を我が身に降ろさせる、いわば降霊術を主軸にしている。
一方ガンドの奥義は『幽体離脱』だ。元々ガンドとは『杖と狼』と言う意味であり、その名の通り、杖が重要な意味を持つ。
幽体離脱を行った巫女は杖を以て空を飛ぶ、狼に変身が出来るなど、様々な魔術を行使する事が出来た。
また、呪術の奥義である『共感』も、ガンドは得意とする。杖で殴る振りをすれば鈍器で殴られたような痛みを相手に与える事が出来るし、
優れた術者は呪殺も病魔をけしかけるなど、思いのままだ。一口にルーン、セイズ、ガンドと言っても、先人達が築き上げた魔術の奥義は、一生涯をかけても極め尽くせるか解らない程に、奥深いのである。

 遠坂凛もガンドを学んでいる。但し、使用出来るのはガンド撃ちと言う、自らの魔力を呪詛にして相手に放つ、門派の中でも初歩中の初歩の魔術だ。
それより先の、ガンドの神髄たる幽体離脱や共感魔術は、学んでいない。自身の才能の資質から言って合わないし、時間が掛かるのえ、学んでいない。
だからこそ、攻撃を行うには極めて便利な、ガンド撃ちだけを、摘まみ食いがてらに習得した。
確かにこのガンド撃ちは体系の魔術の中でも初歩中の初歩だが、同時に奥深い。威力を自在に調節できるし、優れた術者が放つガンドはライフル並の威力を発揮する。
これが、彼女がガンド撃ちを学んだ理由である。弛まぬ研鑽の甲斐もあり、今の彼女のガンドは人体を貫いて余りある威力を秘めるに至っていた。
聖杯戦争の為に学んだ技術である事は言うまでもない。マスターである魔術師同士の殺し合いを制する為に、彼女は技術の一つとしてこれを昔に学んだのだ。

 ――それを披露する聖杯戦争の参加者第一号が、よりにもよって身体の一部を機械化させたサイボーグなど、誰が予想出来ようか。
真正面から展開させた、赤黒いガンドの弾幕が、亜麻色の髪をした少女目掛けて放たれる。
もう、なりふり構って居られなかった。目の前の人物、英純恋子は、完璧に自分を屠ろうと言う動きで此方を追い立てている。
狙いは既に、機械化された四肢を絞ったそれではない。頭や内臓器官等と言う、直撃すれば死は免れない位置にまで、ガンドの弾丸は放たれていた。
弾幕を、舌を出せば土すら舐められるのではないかと言う程の低姿勢のタックルで、純恋子は掻い潜った。

 タックルは相手の腰に突進し、姿勢を崩す事を主軸にした技術である。
そのタックルに合わせ、凛は鋭い膝蹴りを純恋子の顔面に放つが、ガンドに打ち抜かれていない機械の左手で、純恋子はこれをガード。
鈍い痺れが、凛の右脚全体に走る。それに苦しみ動きが鈍ったその隙を縫って、純恋子は素早く、遠坂凛の足首を左足でガッと掴み、
人形を振り回すかのように、遠坂凛を、ジャイアントスウィングの要領で、一回転、二回転、三回転、と、自らの身体ごと振り回す。
遠心力が頂点に達した所で、純恋子は凛を投げ飛ばす。受け身すら取れずに彼女は後頭部と背後から地面に衝突。
よく手入れのされていた芝生だったから、大事には至らなかったものの、それでも、背部と後頭部を強かに打ち付けてしまい、目を回すような痛みと
呼吸困難に拠る苦しさが彼女を苛んでいた。

 混濁した視界で立ち上がろうとする凛。
斯様な状態の凛の視界に映る、水中から通して見た様にグニャリと歪んでいる純恋子の様子は、何処か妙だった。
ガンドで撃ち抜かれたせいで動かす事が出来なくなった右腕の腋に左腕の下腕を挟んでいる、ように見えるのだ。
凛の聴覚がこの音を捉えたかは定かではないが、プシュン、と言う音が、純恋子の左腕から生じた。
視界が明瞭になって行く。その時には既に、純恋子が、左腋に挟んで『取り外した』右下腕を、芝生の下に落とした時であった。
――彼女の左腕の肘から先には、長大な鉄の棒が伸びていた。それを、銃口であると凛が認めたのは、一瞬の事である。


186 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:38:43 lYFG5Dr20
「ッ!?」

 慌てて芝生を横転した瞬間、純恋子は躊躇なく凛の胴体に、予め腕に仕込んでおいた対物ライフルを発砲。
銃声と言うよりは一種の小爆発と言うべき音響が鳴り響き、超音速に等しい速度で弾丸が飛来する。
幸いにも凛は、発砲前に弾道から逃れていた為、事なき事を得たが、もし、直撃していたら如何なっていたか。
それは、幹を貫通し、その際の衝撃で破断して芝生に倒れ込んだ松の木と、それを貫いて尚余りあるエネルギーで、屋敷を囲う塀を破壊し通り抜けたと言う、弾丸が齎した現状からも、推測が出来よう。

 凛の方に目線を向け、再びライフルを発砲させようとする純恋子だったが、それよりも先に、凛が、ガンドの弾幕を展開。
純恋子は発砲を中断させ、大きく横っ飛びに移動。回避がやや遅れたらしく、既に機能不全になっていた右機械腕が、ガンドにこれでもかと貫かれる。
最早一目見て義腕と解らない程の屑鉄になったそれであるが、左腕が銃になっている現状では、取り外す事も出来ない。
やや不便そうな表情をしながら、再び凛の方にライフル弾を発砲。ガンドを避けたら撃って来る、とアタリを付けていた凛は、これも、
地面に不様に転がりながらであるが、回避する。邸宅のガラス窓を容易く破壊し、それは邸内を突き抜けて行く。

 再び撃とうと構える、凛がガンドの準備を行う。
それと同時に、邸宅の二階部分から、凄まじい轟音が鳴り響いた。その音源が何なのか、一関係上凛には窺う事が出来ない。
邸宅側ではなく、邸宅から離れた所で待機していた純恋子は、その原因が何なのか認めているらしく、驚いた様な表情を浮かべていた。
それを見逃す凛ではない。ガンドの弾幕を展開させ、純恋子の方へと走り寄って行く。
しまった、と言うような表情で凛の方を見る純恋子。最早ライフルで狙撃するには遅すぎる。そして、回避行動に移るのも、遅すぎた。
慌てて右方向にサイドステップを刻むが、左胸をガンドが捉え、撃ち抜いた。苦悶と、笑みが入り混じった複雑な表情を、凛に向ける。

「お見事!!」

 と言い、純恋子は近付いて来た凛の脚目掛けて、機械の脚によるローキックを放つが、凛は大腿部にガンドを幾つも放ち、純恋子の機械の脚を破壊する。
此処でガンドを撃てば、純恋子は殺せる。だが――凛は躊躇した。その躊躇の末が、純恋子の顔面を右拳で殴り抜く、と言う決断だった。
自己強化を施した凛の拳が純恋子の顔に突き刺さり、彼女は数m程吹っ飛ばされる。一瞬地面に仰向けに倒れ込むが、直に片足だけで立ち上がった。
鼻血を左肩で乱暴に拭い、実に愉しそうな笑みを浮かべる凛を見る純恋子を、凛は、狂人でも見るような瞳で見ていた。

 最早、殺すしかない、と思った凛が、ガンドを撃とうとしたその時だった。
「手を出さないで下さいな!!」と純恋子が一喝し始めたのだ。瞳には、まるで無粋な者を咎めるような光が宿っていた。
明らかに自分に向けて口にした言葉ではない。バッと背後を振り返り――雨樋に起用に直立したレイン・ポゥの姿を見て、
恥も外聞もないと言った様な体で凛は地面を転がった。そして、彼女が直立していた所に、虹の殺意が突き刺さる。もしも、純恋子が一括して、凛に気付かれていなければ、この希代の女性魔術師は、虹に貫かれ即死していた事だろう。

「馬鹿かお前は!! んな事言ってる場合じゃないでしょ!!」

 当然、レイン・ポゥは猛り狂う。烈火の如き怒りとは正しく今の彼女の浮かべる表情の事だろう。
あの怪物じみた強さを誇るバーサーカーのマスターを殺せる千載一遇のチャンスだったのだ。それを、よりにもよって自身のマスターに潰されてしまった。
日頃の純恋子の行いの事もあり、この魔法少女の怒りのボルテージは最高潮にまで達していた。

「貴女の役目はサーヴァントを相手に華々しく立ち回る事です、マスターは私に任せなさいな!!」

 「そのマスターにボコボコじゃないかアンタは!!」、と至極正論を叫ぶレイン・ポゥ。
吐く息が火炎にでも生じかねない程の怒りぶりである。遠坂凛の頭の中の、冷静な方な遠坂凛が、あちらもあちらで苦労が絶えないらしいと場違いな事を考える。
が、直に、そんな事を言ってられないような局面に陥る。レイン・ポゥは雨樋からすぐに芝生に上に着地し、虹の刃をその右掌から伸ばした。
幅一m、長さ十m程にもなるそれを、今まさに彼女は振おうとしていた。腕を今まさに振おうとした――その時だった。


187 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:39:03 lYFG5Dr20
「ナナコプフー」

 それは、万象一切の意味性と言う物を否定する、まるでやる気の感じられない声だった
春風の心地よさに、何も詩歌を紡ぐ事も出来ない詩人が口にするような、駘蕩とした声ではない。
この世の全ての現象を知りつくし、味わい付くし、最早何もする事がなくなった人間のような、覇気も何も感じられない、そんな声。
声の主は、芝生に上に勢いよく着地した。いや、転がったと言うべきか。その男には足がない。下半身がない。
上半身だけしかなく、しかもその上半身にしても、レイン・ポゥが生み出した虹によって斬り刻まれた跡だらけ。
地面に落ちる際に、脛骨と両腕が圧し折れたらしく、絶対に曲がってはいけない方向にそれらが曲がっていた。
だが何よりもその男の頭だ。眉から少し上の所から、頭の皿が消失しており、しかもそこから覗く頭の内部は、空洞。そう、大脳が収まっていないのだ。
魔王、黒贄礼太郎は、そんな状況下でも、平然と、薄い笑みを浮かべてレイン・ポゥを見つめていた。その目に、絶対的な虚無を宿して。

「ナナコプフー」

 黒贄礼太郎が地面を、折れた腕を駆使して這いずり回った。時速、五百㎞。
地面目掛けて、大量の虹を降り注がせるが、Wの形状に折れ曲がった左腕を用いて、左方向に跳躍。
先程純恋子が放った対物ライフルで圧し折れた松の木を、右手で掴み、持ち上げた。

「ナナコプフー」

 まるで小枝でも振り回すような感覚で、圧し折れてなお樹高七m程の高さを保っていたそれをブン回し、レイン・ポゥの方へと特攻した。
摩擦熱に耐え切れず、枝葉の所が炎上を引き起こし、まるで、樹木自体が巨大な松明にでもなり、それを振り回しているかのようだった。
距離が六m以上離れた所から、黒贄が松を振り回すものであるから、対応がやや鈍った。

「マズッ――!!」

 虹の展開が遅れたレイン・ポゥは、慌てて腕を交差させる。
燃えあがる松の枝葉に直撃した彼女は、大砲から放たれた砲弾の如き勢いで水平に吹っ飛んで行く。
凛と純恋子の間の空間を吹っ飛び、塀に衝突。カステラ生地の様に鉄筋を基礎にしたコンクリートの塀が崩壊し、更に先の、マンションの一階部の外壁に衝突。
其処にめり込んで漸く、彼女の勢いが止まった。

「ナナコプフー」

 燃える松の木を片手に持ちながら、黒贄は、先程と同じ移動速度で、レイン・ポゥの下に向かって行く。
めり込んだ壁から苦しげに抜け出た時には、既に彼は松の木の間合いにいた。

「ナナコプフー」

 それを、レイン・ポゥに振り抜く黒贄。
痛みに苦しみながらであるが、どんな攻撃をして来るのか、という予測が出来ていた為、今回は対応が早かった。
松の幹の中頃を虹で切断し、ゴトンッ、と、燃え上がる松の木の、幹の中頃より上の部分を地面に落下させ、何とか攻撃を中断させられた。
そして、跳躍。香砂会の方へと一直線に虹の橋を伸ばし、其処を彼女は全力で駆け出した。

「ナナコプフー」

 黒贄が追う。運悪くその移動ルート上にセルシオが重なる。
黒贄の突進の勢いに車体が貫かれ、破断。そして、爆発。運転手と、助手席に座っていた誰かは即死したが、黒贄は、黒礼服を燃え上がらせながら、レイン・ポゥを追跡していた。


188 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:39:19 lYFG5Dr20
【マスター、聞いてる!?】

 と、執拗に追跡を続ける黒贄から逃げ回りながら、レイン・ポゥは自らの主に念話を試みる。
その間、凛に虹を放ちまくるのを忘れない。しかし、かなり狙いが雑な為か、身体強化を施した凛ですら、辛うじて避けられる程度である。
しかし、これで問題ない。いわばこの虹は牽制である。魔術を使えるマスターが、純恋子を狙わない為の示威行為だ。

 黒贄の余りにも野蛮な戦い方に目を奪われていた純恋子の反応は、レイン・ポゥが想定した時間よりも半秒遅かった。

「……ハッ、何でしょう?」

【念話で話せ念話で!! 状況が悪すぎる。このまま行ったら私達の姿が目立ちかねない、一端退却するよ!!】

 高度七十m地点から地上に急降下する際、レイン・ポゥは見た。
近隣住人及び、彼らが連絡を入れて要請したであろう、警察組織が明らかにこの場所目掛けてやって来ているのを。
ヤクザの邸宅で起る騒動だ。抗争か何かと勘違いしているのだろう。警察の、その場所に向かう本気の度合いが尋常のものではない。
このまま行けば、最悪自分達の姿がメディア上に露出する。それだけは避けたいから、レイン・ポゥは退却を純恋子に要請した。

【ですが、此処で倒しておかねば――】

【あれは桁違いの強さ!! 事前情報がなかったとはいえ、マスターの質もサーヴァントの強さもかなり纏まってる!!】

 そもそもの間違いは、遠坂凛が無力な一般人だと誤認していた時からだった。
そして最大の間違いが、黒贄礼太郎と言うサーヴァントが、常識を超えた、タフネスと言う言葉でも生ぬるい程の生命力の持ち主だった事。
予定していた運行は、大小の歯車の狂いで大きく暗雲を見せ始め始め、そして、現在に至っている。
完全に、純恋子とレイン・ポゥのミスだった。いや、遠征を行おうとした純恋子のミスだとレイン・ポゥは思い直す。
どちらにしてもこの魔法少女が言うように、今は状況が悪いのだ。どの道黒贄はあの状態。最早長くない。手柄――令呪――は、他の主従にでも譲ってやる、そんな考えでレイン・ポゥはいた。

【言っておくけど、まだ戦える何て言うなよ!! アンタ脚が破壊されてる状態なんだからな!!】

 と言い、純恋子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
今の純恋子の機動力など、たかが知れている。この状態では何をしようとも、ガンドを放てる凛には勝てないだろう。
その現実を認め、純恋子は、心底渋々と言ったように、念話でこう言った。【貴女の随意に任せます】、と。

【よし言質取った!! マスター、令呪を使って、私の虹の橋を生み出す力を強化して!!】

 令呪は、三画ある。これを、多いか少ないか、如何とるかは人の自由だろう。
しかし大半の人間は、少ないと取るに違いない。使い方次第では物事の通りを捻じ曲げる奇跡のタトゥーは、三回しか使えないのだから。
言うなればこれは虎の子。突発的で、予測も出来ないアクシデントに対応する為の最終兵器であり、凶器に囚われた自身のサーヴァントを消滅させる最終手段。
だから普通は、令呪をおいそれと消費する主従はいない。だが、純恋子は違った。彼女は、自分ならばサーヴァントを御せて当然だと、
その鋼の万倍も堅く揺るぎない心で思い込んでいた。自分ならば、サーヴァントに叛逆される訳がないと、本気で考えていた。
――故に彼女は、数秒の迷いもなく、自らの腹部に刻み込まれた、雲の上に虹のアーチが掛かったような意匠の令呪に力を込め、ただでさえ奇跡の存在である魔法少女に、より強い奇跡を成す力を付加させるべく、その言霊を紡いだ。

「――令呪を以て命じます」

 堂々とした、王が勅令を発布するような口調で、純恋子は言った。バッと、凛が顔を純恋子の方に向ける。

「虹を生み出すその力を極限まで高めなさい、アサシン!!」


189 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:39:35 lYFG5Dr20
 それを口にした瞬間――レイン・ポゥの体中に、これでもかと言う程魔力と力が漲った。
黒贄の進行ルート上に、幅一m以上の虹を三枚重ねにしたものを縦に突き立てさせる。移動を邪魔された黒贄は右に移動しようとするが、
其処にも三枚重ねの虹が突き立つ。後ろに移動――虹が突き立つ、左――突き立つ。

 機銃の乱射めいて虹は黒贄の四方に、ズガガ、と言う音を立てさせて突き立って行く。
今までずっと虹の橋を走っていたレイン・ポゥだけが、窺う事が出来る。黒贄は今、自らが生み出す虹の橋の檻――いや、結界に閉じ込められていると。
黒贄の四方を取り囲む、突き立った虹に、虹を更に張りつけさせ、張り付けさせ、張り付けさせる。
今や黒贄は、レイン・ポゥが生み出した虹が織りなす直方体に閉じ込められている体となっていた。これに並行して、直方体の上面も同じように虹の橋で蓋をする。

 二秒足らずで、虹の直方体結界が完成する。
一面に付き虹は四十二枚使っており、総計で二百十枚の虹を張り合わせて、黒贄を閉じ込めている形になる。
純恋子が令呪で虹を生み出す力を強化しているからこその芸当だった。そうでもなければ、黒贄の人智を逸した反射神経と移動力で、
結界を生み出すよりも速く逃げられていただろう。――そして、これすらも時間稼ぎにしかならない事をレイン・ポゥは知っている。
虹の箱がガタガタと動き始めた。内部から、「ナナコプフー」と言う奇声が響いている。悠長にしている時間はない。
彼女は急いで虹の橋から降り、凄まじい速度で純恋子の所にかけより、彼女を横抱きにし、急いで香砂邸の敷地から遁走する。

「ナナコプフー」

 それと同時に、虹の箱の一面を、黒贄のジグザグに曲がった腕が突き破った。
力を込めて、その腕を思いっきり下に降ろすと、クッキーの様に虹の板は破壊され、上半身だけの黒贄礼太郎の姿が現れる。
虹の蛹から現れ出でた男の、何と醜い姿よ。彼の瞳は、絶対零度の殺意で凍て付いていた。

「ナナコプフー」

 ……そう言って辺りを見回す黒贄であったが、誰もいない。
背後に佇立する、虹の箱もやがて消え失せた。完全に、逃げ果せらたらしい。「ありゃりゃ」、と、黒贄が口にする。
現状を理解したらしい。瞳に元の、気だるげで濁った光が宿り始めた。

「逃げられちゃいましたな」

 仕方のなさそうな笑みを浮かべて、黒贄は凛の方に顔を向ける。
一瞬だが、怯えのような物が彼女の顔を掠めた。今の黒贄の状態が状態である。当たり前だった。

「いやはや申し訳ございませんなぁ、凛さん。私としては頑張った方なのですが……」

「え? え、えぇ、そうね。随分とその……頑張ってたっぽいし」

 そもそもこんな状態になるまで戦い、そして、レイン・ポゥを確かに追い詰めていたのだ。これで頑張ってなかった、と言う方が寧ろ恐ろしい。

「いやいや、悔しいでしょうねぇ凛さん。私も悔しいですよ。あんなにそそられる人物を逃がしてしまうなんて、本当に、本当に、本当に本当に本当に本当に本当に、悔しいです」

 ゾワッ、と、肌が粟立つ感覚を凛は感じる。
やはり、このバーサーカーは普通ではなかった。不死のスキルと言うのも、今までは信じる事が出来ずにいた。
しかし今ならば、全て信じる事が出来る。このバーサーカーは、常軌を逸した戦闘能力と、一度殺すと決めた人物は、殺さずにはいられない性分を持つと言う事を。
絶対死なない、執念深い殺人鬼。創作の中に出すのも躊躇われる、今時の現代ホラーにも出せないような手垢のついた設定の人物。
しかしそれは、フィクションの中だからこそつまらないだけである。それが実際に存在し、目の前にいる……。それが、どれだけの恐怖を見る者に与えるのか、今凛はその事を、まざまざと実感しているのだった。

「そ、それより、黒贄。その傷、無事なの?」

 話を無理やり変更させ、凛は、自身のサーヴァントの安否を問うた。

「まぁ、場面転換をすれば治る傷ですので……と言っても、やはり少々不便ですなぁ」

 チラッ、と、邸宅の玄関の方に向き直った黒贄は、その方向に這いずって移動。凛も急いで、彼の後に追従する。
一体、どんな戦いが繰り広げられていたのか。邸宅の一階部は、二階の床部分を含めた天井の瓦礫が崩落しており、最早一歩も立ち入れない状態となっていた。
それを彼は、「お掃除お掃除〜」と言う一秒で考えた様な歌を口ずさみながら、ぽいぽいと、綿埃でも掃除する様な勢いで除けさせてゆく。
瓦礫をどけさせた先には、それに埋もれていた、レイン・ポゥの虹で切断された黒贄の下半身と、額より上の頭の皿、そして、潰れた大脳があった。


190 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:39:46 lYFG5Dr20
「お、ありましたな」

 と言い黒贄は、頭の皿の方に近付き、それを頭に無理やりくっ付けた。大脳は無視である。

「凛さん、ちょっと私の下半身を持って頂きたいのですが」

「……えっ」

 余りにもトチ狂った黒贄の提案に、凛は頓狂な声を上げてしまう。

「凛さんは確か、治癒の魔術を使えましたな?」

「うん、余り得意じゃないけど……」

 霊体を治療するのは、それはそれは特別な技術が必要になる。これに関しては、あの疫病神一歩手前の弟弟子の方が上である。
と言うよりあの男は、そう言った事を習わねばならない立場なのだ。自分より技量が上でなければ、話にならない。

「その技術で、私の下半身と上半身を繋ぎ、頭を軽く治して頂ければ」

「わ、解ったわ」

 と言い、凛は懐から、虎の子とでも言うべき、魔力を十年以上も蓄えさせてきた秘蔵の宝石を取り出そうとする。
遠坂邸に複数個を置いて来たのが情けない。今も持っている事には持っているが、令呪の本来の画数同様、三つしか持ち合わせがない。
そんな秘蔵っ子を取り出そうとするが、黒贄はこれを制止させる。

「貴重なものみたいなので、それは使わないで結構ですよ」

「え? でも私、サーヴァントの治療はそれ程上手くないけど」

「ですので、雑で結構ですよ。雑な治療でも、場面転換してれば歩ける筈ですので」

「だから場面転換って何よ!?」

 今一黒贄の言っている事が理解出来ない凛。黒贄自身も、何を言っているのか理解出来ていない風であった。


191 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:39:58 lYFG5Dr20
【市ヶ谷、河田町方面(暴力団から奪った豪邸)/1日目 午前10:00】


【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、疲労(中)、額に傷、半ば絶望
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]いつもの服装(血濡れ)
[道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ)
[所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない
[思考・状況]
基本行動方針:生き延びる
1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう
2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない
3.聖杯戦争には勝ちたいけど…
4.今は此処から逃走
[備考]
・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました。
・豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります。
・魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。
・精神が崩壊しかけています。
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。
・今回の聖杯戦争が何処か、冬木のそれと比べて異質であると認識。その正体を暴こうとしています。

※今回の戦闘の影響で、暴力団から奪った豪邸(香砂会@BLACK LAGOON)が崩壊、またその周囲に黒贄とレイン・ポゥの戦闘の名残が残っています




【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】
[状態]健康(肉体的ダメージ(超絶)、両腕複雑骨折、内臓器官の九割損壊、大脳完全欠損)
[装備]『狂気な凶器の箱』
[道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器
[所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり
[思考・状況]
基本行動方針:殺人する
1.殺人する
2.聖杯を調査する
3.凛さんを護衛する
4.護衛は苦手なんですが…
[備考]
・不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました
・アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました
・現在の死亡回数は『1』です


192 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:40:12 lYFG5Dr20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「車をお出しなさいな」

 黒贄達の拠点での戦いなど、如何と言う事はない、と言うような口調で立ち振る舞いで。
純恋子は、英財閥所有のセンチュリー以外何の車も止まっていない駐車場に現れ、車に乗るなりそう言った。
当然、車を出る前とは全く違う姿をした純恋子を見て、エルセンは驚きの表情を浮かべる。

「え……? あ、あー純恋子様……その傷は……」

「バーサー……あの黒礼服の殺人鬼に襲われました」

 事実ではあるが、半分は嘘だ。そもそも今の状態を生み出したのは、黒贄ではなく遠坂凛であるのだから。

「あー、何であの殺人鬼に襲われるような事が――」

「細かい事は良いでしょうエルセン。早く車を出しなさい。此処は危険ですよ? 貴方にまで危難が及びます」

 エルセンの至極尤もな疑問を、力技で純恋子は封殺。
エルセンは単純な男らしく、純恋子が黒贄に襲われたと言う疑問よりも、英財閥の令嬢があの殺人鬼に襲われ、そしてあの恐ろしい男が、
此処にやってくるかもしれない、と言う事態の方を、重く受け止めたらしい。「あー、はい……」、と怯えたように口にし、キーを回し、センチュリーを駐車場から出そうとする。

【ったく、令呪も一画失って、私もアンタもダメージを負って……骨折り損にも程があるよ】

 と、念話で愚痴を零すのは、霊体化したレイン・ポゥだ。
言葉の端々から、不満と言う不満を彼女は隠しもしない。当たり前だ。一人のお嬢様の我儘のせいで、ダメージは負うし令呪を失うし。
当初の予定である、令呪を一画貰う事も、あのバーサーカーを葬ると言う目的も全く達成出来なかった。完璧に、自分達の敗北だ。
この現実を純恋子には重く受け止めて貰い、次は自分の言う事に従って貰うよう、誘導しようとしたのだが……。

【貴女の仰る通りでしたわね、アサシン】

【はい?】

【情報の有用性、私も身を以て実感致しましたわ】

 正直、かなり意外だったので、レイン・ポゥは驚いた。
何を言っても暖簾に腕押し、と言うイメージで固まりつつあった純恋子が、此処に来て、素直に彼女の言う事を聞こうとしているのだ。
戦いを通して漸く成長したかと安堵する彼女であったが――。

【成程、あのような主従がこの<新宿>にはおりましたのね。臨む所です】

 一瞬で事態に黒雲が立ち込め始めた。

【私の傷と、貴女の傷の痛みが治まるまで、一先ずは拠点で待機していましょう。その間、<新宿>中で起ったサーヴァント同士の交戦を調査部に調べさせ、
私こそが真の女王になるに相応しいステップを、研究すると致しましょうか】

【なぁ、アンタ、頭の中に反省って言葉ない訳?】

【ありますわよ。でなければ、今回の件を省みた様な発言は出来ない筈です】

【省みるとこが違うんだよアンタは!!】

 胸をガンドで打ち抜かれ、顔面を殴り飛ばされ、令呪を失い。そして黒贄の狂気じみた性分と強さを見せつけられ。
それでなお、この性格。黒贄と純恋子。どちらが異常なのか、最早、解ったものじゃなかった。

 ――ああ、トコ。アンタが懐かしいよ……――

 気の違った性格の剣士に操られ、最後は自身の手で幕を下ろしてしまったあの妖精の事を、レイン・ポゥは懐かしく思っている。
あの時の事は百回程謝るから、トコには是非ともこの場に来てほしかった。純恋子が相棒では、正気を保てそうにない。
恐らくは、黒贄や凛に虹を放つよりも、今なら躊躇なく純恋子に虹を撃ち放つ事が出来る。

 内憂外患と言う言葉がある。
本当に噛み砕いて説明すれば、内にも外にも敵がいると言う状況の事を指す。
内に敵がいる事が厄介であると言う事を、如何して、もう一度復活の機会が与えられるこの聖杯戦争の舞台で、認識させられねばならないのか。
己の運命――いや、英純恋子と言う女ただ一人を、呪うような瞳で睨みつけるレイン・ポゥなのであった。


193 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:40:22 lYFG5Dr20
【市ヶ谷、河田町方面(ある駐車場)/1日目 午前10:00】


【英純恋子@悪魔のリドル】
[状態]意気軒昂、右義腕、右義足、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(小)、左胸部をガンドで貫通
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]サイボーグ化した四肢(現在右腕と右足が破壊状態)
[道具]四肢に換装した各種の武器(現在は仕込み式のライフルを主武装としている)
[所持金]天然の黄金律
[思考・状況]
基本行動方針:私は女王
1.願いはないが聖杯を勝ち取る
2.戦うに相応しい主従をもっと選ぶ
[備考]
・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました
・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました
・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました
・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・次はもっとうまくやろうと思っています




【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]霊体化、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(小)、狂おしいまでのストレス
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠
2.コイツマジコイツ
[備考]
・バーサーカー(黒贄)との交戦でダメージを負いましたが、魔法少女に備わる治癒能力で何れ回復するでしょう
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました


194 : 殺人最高永久不滅 ◆zzpohGTsas :2015/12/29(火) 23:40:32 lYFG5Dr20
投下を終了いたします


195 : 名無しさん :2015/12/30(水) 00:37:10 bk5lUjaM0
投下乙です
黒贄ってこんなにヤバイ奴だったのか……
圧倒的なパワーと不死性、理不尽すぎる……
こんな怪物から生き残ったレイン・ポウもよく頑張った
そして、あんな怪物の戦いを見ても心が折れず、全く懲りない純恋子も流石と言うべきか


196 : 名無しさん :2015/12/30(水) 15:48:38 B37T/40Y0
投下乙です
レイン・ポゥちゃんが不憫な苦労人過ぎて可愛い
敵はとんでもだし味方はとんちんかんだしで鯖に引っ張り回される凛とは逆方向で大変だw


197 : 名無しさん :2015/12/30(水) 18:42:36 Blv.jrb60
ナナコプフー(力作投下お疲れ様でした)
ナナコプフー(なんかもう、これ絶対あとで夢に出てくるよねって展開でした)


198 : ◆zzpohGTsas :2015/12/31(木) 23:19:56 IwnE2RZw0
桜咲刹那&ランサー(タカジョーゼット)
雪村あかり&アーチャー(バージル)
ザ・ヒーロー&バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)

予約します。諸々の予定が重なり、期日に書ききれない可能性がありますので、初めに延長を宣言しておきます


199 : ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:02:59 .invaZQQ0
最近前半後半に投下する癖がついちゃってますが、ひとまずは投下いたします


200 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:03:39 .invaZQQ0
 聖杯戦争と言う催しは、公正ではないが、建前上は、公平と言う事になっている。
建前の公平さの最たるものが、存在の格落ちであろう。当然の事ながら、生前の英雄譚や冒険譚が凄まじい存在程、強いサーヴァントと言う事になる。
生前に世界を支配した魔王を討ち滅ぼし、邪悪な法を世に敷こうとした魔神を葬った英霊程強くなるのは当然な訳で。
そう言った存在は確かに強いのだが、聖杯戦争の建前上の公平性の桎梏を、最も強く受ける存在と言っても良い。
その最たるものが、ステータス、スキル、宝具だ。恐るべき強さを持った英霊程、生前からの強さからの乖離が著しい。
生前程の身体能力を発揮出来ない、生前程特性の冴えが鈍い、生前程宝具、もとい切り札の威力が低いし燃費も悪い。
これは聖杯戦争、もとい、英霊達を再現する聖杯のスペックをオーバーするような存在は、格落ちを施した上で召喚させねばならないと言う、
意思無き聖杯の判断が故なのである。こうする事で初めて、弱小の英霊達や、土地柄の恩恵に中々与れない英霊達にも、付け入る隙が与えられるのだ。
……尤も、如何にスペックを下げられたと言っても、それでも強いサーヴァントは、強い。結局は、弱小の英霊は餌にされる宿命の方が強いのだが。建前上の公平と言った理由は、此処に起因する。

 良くて半神がそのスペックと箔の最高峰である、英霊と言うカテゴリですらこれだ。
本物の神霊や魔王の類など、他に類を見ない程の弱体化を聖杯から強要される。……いや、訂正するべきか。
彼らはそもそも呼ばれない。呼ばれる筈がない。彼らは単身で、聖杯以上の奇跡を、それこそ呼吸をするように地上に成す事が出来る存在達。
神秘の世界の貴種中の貴種なのだ。そもそも神霊を完全かつ完璧な状態で呼べるのであれば、聖杯など無用の長物であるし、そもそも格落ちした神霊魔王ですらが、尋常の手段で呼ぶ事は出来ないのである。

 身体を蝕む尋常ではない毒の痛みを堪えながら、タカジョーは考える。
何故自分は、此処<新宿>にいるのだと。自分は『魔王』である。魔界に於いてもその名を轟かせる深淵魔王。宇宙の創造主である大神霊・ホシガミの側近だ。
深淵魔王・ゼブルの転生体である高城絶斗として召喚されるのならば解る。だが、尋常の聖杯であれば、自身の深淵魔王としての力を再現させる事は不可能な筈。
それが今や、可能となっている。タカジョーからしたら屈辱以外の何物でもない手順を踏まねばならないとは言え、自分は深淵魔王への覚醒が可能となっている。
これはどうした事かと考えるも、身体を病魔が如く蝕む痛みに、一瞬だが思考が紛らわされる。

 ――チッ、想像以上に痛いなこれ……――

 そう心の中で愚痴り、女子トイレで、水に濡らしたタオルで打撲痕を拭く刹那に気付かれない程、小さな舌打ちを口の中で響かせるタカジョー。
自身に手傷を負わせた、あの金髪のサーヴァントから逃走した先のマンション、その中の公衆トイレの中に、二人はいた。
此処ならば、余程理性がぶっちぎれた主従でない限りは、騒ぎを起こせまい。人を殺し過ぎればルーラーからのペナルティが下されると解った今ならば、猶更だ。

 マスターとしての桜咲刹那には、タカジョーも一定以上の評価を下している。しかし、彼女は甘い。根本的に殺し合いと言う行為を甘く見ている。
一番後腐れもなく、後顧の憂いと言う物も沸き立たせないベストな方策は、相手を殺す事である。この少女は、その最後の一歩が踏み出せずにいる。
地面に刻まれた、只人と人殺しを区分する境界線。彼女は其処に近付く事こそは出来るが、其処を飛び越えると言う事が出来ない。
それは悪手だ。下手な慈悲は、本当につまらない結果しか招きかねない。その結果が、今の惨状だ。自分も傷付き、刹那自身も決して見過ごせるレベルではない怪我を負ってしまった。

 ――だから覚悟を決めとけと言ったんだがな――

 つくづく物覚えの悪いマスターだと呆れるタカジョー。
だからこそ、負う必要のないダメージを受けてしまうんだと、内心で毒づく。
が、今の刹那の現状は、無論彼女の性根のせいもあるが、それだけではない事も、タカジョーは知っていた。
刹那の事を小馬鹿にする一方で、タカジョーは刹那に対して一定以上の評価を下してもいた。豊富な魔力、高い戦闘能力。
下手な人物には後れを取らない。筈だったが、現状はこれである。如何に彼女が甘いと言えど、早々後れを取る事はない。
これに関して刹那に問い質した所、戦った敵マスターが単純に、自分の甘さ云々を抜きに、非常に強かったとの事。


201 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:03:57 .invaZQQ0
 ――何者だそいつは――

 考察するタカジョー。
あの時、目も眩まんばかりの金髪の男は、自分の事を『蠅の王』と言っていた。
ケルベロスが、自分の事をそう言うのは解る。相手は悪魔であり、己の霊性を確かめる術を知っているからだ。
だが、あの住宅街で戦った男は、断じてそう言った超常存在の関係者ではなかった。極々普通の人間。それに間違いがない。
悪魔としての性質を多分に含んでいるとは言え、今のタカジョーは『高城絶斗』であり、深淵魔王・ゼブルの要素は薄い。
サーヴァントであろうとも、余程悪魔や天使と言った存在と関係が深くなければ、自身の正体を割り出せる筈など、ないのだ。
それを、あの男は覆した。お前の正体など御見通しだ、と、物的・人的証拠を全て揃えて取り調べに臨む刑事の如き口調で、あの男は自分の正体を口にした。

 あの金髪の男か、それともあの男のマスターの入れ知恵か。
それは解らない。どちらにしても、桜咲刹那程の手練を一方的に追い詰める程の強敵がマスターとなれば、打てる対策は二つ。
自身がマスターを葬りに掛かるか、そもそも相手にしないで逃げるか、だ。この場はタカジョーも、引いた方が良いと考えた。
ケルベロスならば兎も角、真っ当な人間のサーヴァントに自分の正体が露見された、と言う事が不気味過ぎる。機を窺う、いわば見の姿勢が、今は重要だろうとタカジョーは判断した。

 思考を進めるタカジョーだが、細胞の一つ一つが擦り減り、蒸発して行くような痛みに、顔を少しだけ歪ませる。
本当に、忌々しいサーヴァントだった。ケルベロスを相手にした時ですらまだ余裕があったのに、まさか只人の身で、此処まで自分から余裕を奪えるとは思わなかった。
特に、あの刀から迸った極光の斬撃だ。魔王の尋常ならざる反射神経があったから、直撃を前に瞬間移動で回避できたから良い物の、
真っ当なサーヴァントであれば反応すら許さずあの極光斬に呑まれて、形も残らなかった事であろう。
しかし、直撃こそ防げたが、あの斬撃は、微かにタカジョーの身体を掠めた。そう、ただ掠めただけ。
それだけなのに今のタカジョーには、尋常ならざる痛みが、毒が身体を巡り巡るように循環していた。
魔王の存在を許さない、と言うあのサーヴァントの裂帛の意思がタカジョーを消滅させんと奮闘しているかのようだった。
そうならないのは、タカジョーに備わる魔王としての身体能力と、再生スキルがあったればこそであるが、彼以外の下手なサーヴァントであれば、
この痛みに今頃狂っている事だろう。それ程までに、あの極光の痛みは凄まじい。

 存在の劣化が著しいと、タカジョーもゴチる。
高城絶斗と言う存在の格を誰よりも理解している彼だから解る。生前よりも自分の実力は大幅に弱体化している。
昔ならばこの程度の痛みはすぐに治ったが、如何もこの世界では――いや、サーヴァントの身ではそうも行かないらしい。
それでも、普通の再生スキル持ちに比べればずっと早い方である。何せ今のタカジョーには解らない事であるが、彼の身体を蝕む痛みの正体は放射線のそれである。
普通は治らない、自然治癒など以ての外。再生スキルで回復する可能性が多分にある時点で、既に異常と言う他がないが、それにしたって、悔しいったらないのだ。
人間に不覚を取ったと言う事実、そして、あのサーヴァント自体が、気に食わない。実物に出会った事はないが――そう、勇者だ。
まるで、光に愛され魔を蹴散らす、勇者とでも相対したかのような不愉快さが、タカジョーにはあった。魔王としての在り方は、そう言った存在を許せないのだろうか。

「それで、マスター」

 ひとまず、あのサーヴァントの事を考えるのは後にし、タカジョーは身体を拭き終えたマスターに対して声を掛ける。


202 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:04:10 .invaZQQ0
「この後の動きとかは、何か考えてるのかい?」

「学校に向かう、と言う意思に変わりはない。いや、もとい、一ヶ所に留まり続けるのは危険だと判断している。
住宅街で、範囲攻撃を行おうとする程の危険人物だ。人の住むこのマンションだとて、攻撃を全く行わない保証はないだろう」

「ま、そりゃそうだな」

 刹那の人払いを、あの主従が認識していたかどうかはさておいて、あそこまでの範囲破壊力を秘めた攻撃を躊躇なくタカジョー達に放つ者達だ。
少なくとも、それが正常な人間のやる事だとはタカジョーも断じて思っていない。確かに刹那の言う通り、此処に留まり続けるのは、賢い判断とは言えなかった。

「逃げられるといいねぇ、此処からさ」

 おどけたような口調で、タカジョーは口にした。怪訝そうな顔で、刹那は彼の事を睨む。

「どう言う意味だ?」

「近付いてるんだよ。サーヴァントの気配がこっちにさ」

 カッ、と、目を見開かせる刹那。反射的に、夕凪を握る手の力が強まる。

「驚く事じゃないと思うね。ケルベロスの咆哮、あの狂人が放った閃光の規模。それを考えたら、サーヴァントが気配を察するのも珍しい事じゃない」

「此処に向かっているのか?」

「……いや、ちょっと待て。……ははーん、成程ね」

 刹那の目線から見れば、それはそれは、あくどいとしか言いようがない笑みを浮かべて、タカジョーは一人納得した。
タカジョーの性格を知らない一般人から見ても、ニヘラ、と言うオノマトペを幻視するのではないかと言う程の、ベタついた笑みだった。

「どうした、ランサー」

「こっちに向かって来てるんだ、確実にそのサーヴァントは僕らに気付いてる。
が、僕は転移で距離を離せば、サーヴァントが持つ気配の察知能力から余裕で逃げられるし、相手を振り切れる。
マスターにしたって空も飛べるし、飛ぶ前に見つかったとしても最悪シラを切ればいいんだ。実際は気配を掴まれたからとて、焦る事はない」

「それはそうだが、何が言いたい」

「こっちに向かう主従がもう一組増えた。そっちも、僕らの方に向かってきている」

「何!?」

 流石に二組同時にかかられては、刹那やタカジョーと言えどもなす術がない。
が、タカジョーは焦るな、と言わんばかりに刹那を制止。笑みはまだ崩れていない。

「まぁ落ち着きなよ。こっちに向かう主従は二つ。最悪僕らはその場から逃走する事に関してはとても優れているし、仮に僕らを狙って二組が合流したら、それはそれで面白い事になるんだ」

「……何?」

 ニィッ、と、タカジョーの笑みが強まった。

「同士討ちが、狙えるからね」


.


203 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:04:24 .invaZQQ0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 雪村あかりが、サーヴァントとの戦闘を目撃したのは、全くの偶然と言っても良い。
戦闘を目撃したとは言うが、実際にサーヴァント同士が戦闘を繰り広げたのを見た、と言う訳ではなく、あくまでも彼女が見たのは、
戦闘の副次物と、戦闘が終わった後の場の被害であり、実際には、祭りの後を見たに過ぎない。
しかし、それが凄絶だった。あかりが見た副次物とは、自分は愚かバージルですら見切れない程の速度で天空へと伸びて行った黄金色の光の柱。
そして彼女が見た場の被害とは、巨人でも暴れ回ったのかと思わずにはいられない程滅茶苦茶になった、早稲田鶴巻町のある公園と、その周辺の住宅街。
公園は遊具と言う遊具、植え込みや樹木の類が全て、住宅は地下の基礎部分すら剥き出しにし、破壊されている程の有様で、大地震が起きたとて、こうは酷い様にはならないだろうと思わせる程の光景だった。

 何が起ったのか、と破壊された公園や住宅街に集まりつつある野次馬達。それに紛れて、あかりも近づこうとするが――。

【其処に向かうのはやめろ】

 と、頭の中に若い男の声が聞こえて来た。
念話。そう、自らのサーヴァントである、蒼コートの剣士、バージルが警告を発して来た。

【如何して?】

【悪魔の血がやけに警告を発している。その場所には、常人が触れれば身体に支障を来たす程の濃密な魔力が滞留している。中に入れば、兵器を埋め込んだ貴様どころか、俺ですら何が起こるか解らん】

 常ならば突拍子もない話だと思ったが、今は魔術が当たり前のように蔓延る聖杯戦争の最中なのだ。素直に、バージルの言う事に従うとした。

【NPCにも、当然被害が?】

【俺ですら無事では済まないのだ。何の力もない人間が耐えられる訳がないだろう。心配しているのか?】

【全然】

 素気無くあかりは否定した。彼女の心は冷え切っている。
今の彼女の究極の目標は、百億円の山を幾つ積んでもその価値を図れない、聖杯の獲得なのだ。
自分はそれを以て、あの地球破壊兵器を消滅させるのだ。その大業を秤に掛ければ……、縁もゆかりもないNPCが、千人死んだとて、あかりには如何でも良い事なのである。

【アーチャーは如何したい? 多分、まだこれをやったサーヴァントは近くにいると思うけど】

【敵に出会えば斬る。使えると判断したら、聖杯を獲得する直前までは利用してやる。だろう】

【そうね】

 一先ずは、この破壊を齎したサーヴァントに接触を試みようと、両者は判断した。
敵であるのならば、斬り殺せば良い。此方に友好的な素振りを見せたら、利用してやれば良い。いわば、同盟だ。
バージルもあかりも、その辺りの融通は利く。但し、聖杯の獲得だけは絶対に譲れない。機を見て殺す事に、何の躊躇も二人にはないのだから。

 通学途中で、聖杯戦争の一面に遭遇するとは、さしものあかりも予想は出来なかった。
これは大きな収穫と思いつつ、二人はサーヴァントの気配を頼りに、その場から立ち去り始めた。
消防か、警察かの車両のサイレン音が、うなじに埋め込まれた触手をフルフルと震わせるのであった。


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204 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:05:05 .invaZQQ0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 立ちはだかる者は神だろうが悪魔だろうが斬り捨て地に伏せさせた、ザ・ヒーローでさえ。
立ちはだかる者は正義の極光で尽く焼き滅ぼして来た、クリストファー・ヴァルゼライドでさえ。
即ち、世にその名を轟かせる勇者であろうとも、ままならない事は多いものである。
主従合せた戦闘能力に関して言えば、類を見ない二人であるが、それでも、であった。
その代表的な物が、サーヴァントを発見・知覚出来る力であろう。

 結論から言えば、ヴァルゼライドは極限までに戦闘に特化した人間だった。
力もある、技術の練度も凄まじい、どんな巨悪や巨獣をも葬り去る一撃必殺の宝具だとて有している。
正しく戦闘に関しては凄まじい天稟を持った男であるが、戦闘以外に気の利いた小技など、てんでこの男は持っていない。
生前統べていた、アドラー帝国数千万人の国民を魅了していたカリスマは、バーサーカークラスの召喚の影響で翳りを見せ、完全に、
戦闘以外に役に立つスキルを持っていないと言う現状が、此処に来てこの主従にのしかかっていた。
気の利いた小技、つまりは、相手を知覚出来るスキルなり宝具と言う意味だ。二人にはこれがなかった。
彼らはサーヴァントに備わった素の知覚能力で、先程仕留め損ねた蠅の魔王、タカジョー・ゼットらを捜索しているのだが、全く知覚範囲のネットに引っかからない。
当たり前だ、相手は数十〜百数十mもの距離を一瞬で転移すると言う芸当を、呼吸を行うかの如く行えるのだ。
つまり、逃げようと思えば簡単に彼らを振り切る事が出来る。こうなれば、二人はもうお手上げだった。追い縋れる筈もない。

 普通であれば、此処で諦めもするのであるが――。

【捜すぞ、マスター。機運は俺達に傾いている】

 この主従は諦めずに、あの主従を探していた。
<新宿>でのロール上賜られた名前を捨て、自身をザ・ヒーローと名乗る青年は、無尽蔵のスタミナで、辺りを走り回っていた。
敵は逃したくない、と言う根幹は同じだが、二人とも、何を思いタカジョーを討とうとしているのか、その方向性は違っていた。
 
 ザ・ヒーローの場合は、自身の宿命もあった。
彼は元居た世界で、分霊であったとは言え、正真正銘本物の蠅の王と戦い、これを打ち倒した事がある。
分霊であろうとも強かったのは言うまでもないが、此処で重要なのは、魔王とは種族的な特徴として、極めて暗黒面の荒廃を好む性質が強い者が多い事が上げられる。
魔王や邪神と言った存在は、人理の敵であり、人類種の存続すら場合によっては脅かす程の驚異的な存在である。
故に、討ち果たす必要があった。何故ならばザ・ヒーローこそは、人類を護る為に、人の世の存続を強く祈り、剣を握ったその腕を振い続ける英雄なのだから。

 一方でクリストファー・ヴァルゼライドの場合は、違った。
生前の行為を鑑みれば、間違いなくこの男は一線級の英霊であり、その魂の高潔さや、魂自体が発する光も、勇者のそれであった。 
アレがマスターの言う通り、本物のベルゼブブの分霊(わけみたま)であるのならば、責務を以て葬らねばならぬとヴァルゼライドは確かに思っていた。
そして確かに、あの魔王は強かった。実力が矮化されていると、ザ・ヒーローは口にしていたが、戦って初めて解った。
それを全く感じさせない技のキレ、自らの魔王としての力を効果的に、そして、要所要所で発揮する判断力。
魔王が持つ怪物性と、勇者が誇る技術の練度。その二つを両立させた、あのタカジョーに、ヴァルゼライドは心中で称賛していた。
魔王と言うプライドの高い種族でありながら、危機に陥れば躊躇なく逃走の選択を選ぶと言う思い切りも、戦術面で見れば間違っていない。
掛け値なしの強敵。それが、クリストファー・ヴァルゼライドからみた、タカジョー・ゼット評だ。
故に、あの魔王は討たれねばならない。魔王だからと言う事もある。汚れた蠅々が世に蔓延る前に、それを断ちたいと言う気持ちに嘘も無い。
だがそれ以上に、あの魔王は、聖杯に到達する過程の『聖戦』にくべられるに相応しい供物だった。その強さも、魔王としての魔性も。全てが、聖戦に馳せ参じるに相応しい魔物だった。


205 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:05:23 .invaZQQ0
 ザ・ヒーローとヴァルゼライドの違いは此処だった。
前者は人理の固定化、人類種の存続を願い続けているのに対し、ヴァルゼライドは人類の為でもあり、自らの強烈な我欲を満たすと言う心に従い動いている。
ヴァルゼライドは強敵と認めた存在に立ちはだかれれば、その存在を斬り殺さずにはいられない、燃え盛る烈火の如き気性の男だった。
他の誰かが、あの魔王を倒すだろう。その為のお膳立ては既に整えられた。だから自分は今は退く。そんな思考回路は、ヴァルゼライドには存在しない。
逃げられた、だがあの状態ならば誰かが倒すだろう。それは甘えだった。逃げられた、許さないので追い縋り葬り去る。
それが今の、ヴァルゼライドの思考であった。要するにこの男は――極めて眩しい『短絡性』の下に、タカジョー・ゼット及び、桜咲刹那を追跡しているのであった。

【バーサーカー。あのベルゼブブの化身の強さは、如何だった】

【強かった】

 幾らなんでもそれは要領を得ない。更に詳しくザ・ヒーローは切り込んだ。
何せ彼は、直接あの少年と剣を合わせてもないし、強さを目の当たりにしてもいないのだから。其処は、聞いて置きたい。

【俺自身、悪魔と戦う等と言う前例がない。比較は出来ん】

 生前は悪魔と比して何ら遜色のない、悪鬼羅刹と見紛う様な存在を相手取った事があるヴァルゼライドであったが、
さしもの彼でも、本物の悪魔と事を争った経験はない。

【ただ決して、魔王を名乗るには役者としての器が小さい、と言う事はあり得なかった。それだけは確かだ】

【そうか。魔王が聖杯戦争に参戦する以上、相当な弱体化がされてる筈だけど、流石に蠅王。弱体化されても相当な手練みたいだ】

【案ずるな、マスター。相手が如何なる罠を用意し、如何なる力を発揮しようとも――勝つのは俺だ】

 木の葉は瀑布を上れない。火は水を掛けられれば消える。
そんな当たり前の事を口にするかのような語調で、ヴァルゼライドは言い切った。
英雄――ヴァルゼライド――にとっては勝利を求め、これを得る事は常態のそれであり、如何なる不確定要素や最悪のパターンが方々に見られても。
例えどんな敵が目の前に現れても。この男は、自身の勝利を疑わず、生前幾百幾千と口にして来た、勝つのは自分である、と言う旨の言葉を臆面もなく口にするのだ。そしてそれが、ハッタリでもでまかせでもない事を、ザ・ヒーローは知っていた。

 多くの人間が、道を走るザ・ヒーロー達とすれ違う。彼らは皆、ザ・ヒーローとは別の方向に向かっている様であった。
今走る早稲田鶴巻町は、本来今の時刻は人通りは少ない方である。それにも関わらず、まるで神輿か山車でも練り歩いているかのように人が多いのは、単純明快。
ヴァルゼライドが放った宝具によって齎された大破壊。それを見物、或いは様子見に行こうとしているからだ。早い話が、野次馬、と言う訳だ。
こう言った事が十分予測が出来たから、なるべく短期決着を心掛けていたが、その目論見は結局失敗に終わってしまった。
さりとて、ベルゼブブ程の大悪魔をそのまま逃がす訳にも行かない。見つけ次第、早急に処理せねばならない。

 そんな事を考えながら、英雄二人は走る、走る、走る。
早稲田鶴巻町の住民が皆、あの公園周辺に向かったのではと言う程、今走る地域には人気がない。
まるで森の深奥にでもいるかのような静けさ。周りに聳えるのは、マンションと、住宅街。

【――気配を見つけたぞ、マスター】

 遂に、ヴァルゼライドが敵の気配を捉えた。
空を飛べるマスターと、転移を自在に行えるサーヴァントの組み合わせからは考えられない程、騒動の場所であった公園周辺から距離が離れていない。
普通ならば、早稲田鶴巻町からは別の町に逃げるだろう。余程焦っていたのか、はたまた、自分達を迎え撃つ策があるのか。
ヴァルゼライドも考えたが、直にそれを捨てた。何が来るのかは解らないが、勝つのは自分だと、信じて疑っていないからだ。
ヴァルゼライドの感覚と指示頼りに、ザ・ヒーローも走るペースを引き上げる。

 走って、走って。そうして向った先には、確かに、サーヴァントがいた。
但しそれは、先程までヴァルゼライドが死闘を演じていたサーヴァントとは全く異なる男だった。
左右にマンションが立ち並んだ車道の真ん中に立つその男は――気障ったらしい青いコートに袖を通し、腰に、ヴァルゼライドと同じく刀を差しているのだった。


206 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:05:42 .invaZQQ0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 抜身の刀を思わせる男だった。
それもただの刀ではない。世にその勇名を轟かせ、そして、幾千幾万もの武芸者の血で剣身を濡らして来た、殺しの刀だ。

 鋼を思わせる銀髪をオールバックにした男で、顔つきを見れば若い事は確かなのだが、全くその年齢を悟らせない。
何が不機嫌なのか解らないが、鋭く威圧的な仏頂面が、状態であるかのように男の顔には刻まれており、それが正しい年齢を誤認させるのだ。
しかしその顔つきは、険が多いとは言え見事な物で、誰の目に映っても美青年と言う評価以外は下しようがなかった。
故に、昼の陽光を浴びた大海原のような青色のコートが、良く映える。普通人が着れば気障としか言いようがないそのコートが、その男にはよく似合っていた。

 英雄達の直感が告げていた。
目の前の男は、強い。特に、サーヴァントと二度も交戦する機会に恵まれたヴァルゼライドには解る。
この男が、一筋も二筋も行かない難物であり、生半な行為と決意では、勝利は当然の事、引き分け(ドロー)すら手繰り寄せられない程の存在であると。

 ヴァルゼライドが、腰に差した七本の刀の内の一本を引き抜き、実体化を始めた。
鷹が、同じ猛禽を相手に雌雄を決するかの様な瞳で、彼は、蒼コートの剣士、バージルを睨んでいた。
バージルは敵だった。餌でもなければ、聖杯/聖戦への前座でもない。れっきとした一人の、英雄を苦戦させる豪傑であろうと、ヴァルゼライドは認めていた。

「お前達が、あの場所を破壊したのか?」

 バージルが問うた。立ち居振る舞いと全く乖離しない、巌の如き意思を感じさせる言葉だった。
先の戦いで、バインドボイスに直撃し鼓膜を破壊されたヴァルゼライドだったが、此処に来て漸く、マスターの潤沢な魔力の影響で、音が聞こえる程度に回復を見せていた。

「そうだ、と言ったらどうするつもりだ?」

 ヴァルゼライドは、動じない。

「選択肢を二つくれてやる。俺達と組むか――」

「断る」

 全てをバージルが言い終える前に、ヴァルゼライドは即答した。
予めバージルが何を言うのかを予期していなければ、そう答えるのは不可能な程の、凄い速度の返事だった。

「俺達の目的は、全ての主従を斬り伏せ、聖杯へと到達する事だ。誰に与するつもりもなく、誰に頭を垂れる事もない」

 間髪入れずに、ヴァルゼライドは言い放った。

「この場で死ぬが良い、名も知らぬサーヴァントよ。俺達は貴様の屍を踏み越え、人理に万年の繁栄を誓うのだ」

 その言葉を聞いた瞬間、バージルの体中から、殺意や敵意、覇気と言った、敵対者に向けられる様々な感情が吹き上がって来た。
だがそれは、殺人鬼や狂人が醸すような、統一性や指向性の欠いたそれではない。
寸分の互いなく対象存在に向けられている上に、研ぎたての刃の様に鋭い、英雄や猛者だけが放つ事の出来るそれであった。

「……人目が付く程暴れ回る狂人に、話が通じる訳がないか」

 正味の話、バージルですら、この二名が同盟を受け入れるなどとは、露程も考えていなかった。
その理由は、彼の言葉の通り。一目のつく住宅街の真ん中に、最低でも対軍宝具規模の威力の一撃を打ち込むサーヴァントなど、正気の沙汰とは思えない。
話が通じる訳がないと言う前提で彼も話していたが、こうまで話が通じない、と言うより、我が強いと清々しさすら覚える程だ。
成程、これならば。躊躇なく閻魔刀の錆に出来る、と言うものであった。


207 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:06:00 .invaZQQ0
「――You shall die」

 強い敵意を言葉にしたその時、戦端が開かれた。

 一切の気配もなく、ヴァルゼライドの周りを円形に取り囲むように、浅葱色の剣が現れ出でた。
まるで初めから其処に在ったとも言う様に、浅葱色の剣は宙空を浮遊、彼の身体の周りを旋回していた。
幻影剣と呼ばれる、銃と言う飛び道具を美学に反し扱わないバージルが用いる、魔力を練り固めて作った飛び道具だった。
旋回が停止すると同時に、ヴァルゼライドが音の速度でアダマンタイトで剣身が構築された刀を振るい、前方の四本を粉砕。直にその方向に移動した。
しかし、彼を囲んでいた幻影剣は後十本程も残っていた。そして、壊したのが前方向だけ、と言う事は、彼の背後にあった幻影剣は未だに健在と言う事を意味する。
音速を超える程の速度で、浅葱の魔剣が放たれる。ヴァルゼライドに、そして、マスターであるザ・ヒーローに。
ヴァルゼライドは背後から迫りくる幻影剣を、後ろ手に刀を振るう事で粉砕。彼のマスターであるザ・ヒーローは、ヒノカグツチを振り抜き、簡単に破壊して見せた。
そして残った幻影剣は、電柱や、建物の壁面に命中。剣身が全て、其処に埋もれてしまった。恐るべき、幻影剣の威力、直撃していれば、無事では済まなかっただろう。

 ヴァルゼライドの一刀の間合いに入るまで、後、四cm程。
ヴァルゼライドが其処まで到達した瞬間だった。バージルが腰に差した魔剣・閻魔刀の柄を握り、それを鞘走らせたのは。
刀を大上段から振い落そうとしたヴァルゼライドは、稲妻の如き反応速度で、刀を握っていない左腕を動かし、左腰に差した刀を鞘ごと、
乱暴にベルトから引き剥がし、鞘に納められた状態で、右腰の辺りに動かした。

 ――刹那、腕が圧し折れんばかりの衝撃がヴァルゼライドの左腕に走った。
そしてその衝撃は、彼の身体ごと、それが舞い込んで来た方向に水平に吹っ飛ばした。
そのまま行けば電柱にぶつかる所を、ヴァルゼライドは気違い染みた反応速度で、ブーツの踵をアスファルトと接地させ、摩擦を以て勢いを殺す。
この時、目線はずっとバージルの方に向けられていた。だからこそ、気付けた。彼の姿が霞と消えたのを。
消えたと同時にヴァルゼライドは考えるよりも速く、優れた体幹軸を利用して回転動作を行い、その勢いを以てアダマンタイトの刀を振り回した。
ギンッ、と言う金属の衝突音が響いた。バージルが、抜身の刀でヴァルゼライドの一撃を防いでいた。バージルは彼の背後に佇んでいた。

 大上段から刀を振り下ろす直前、バージルが、鞘に入れていた刀を引き抜こうとした動作を、ヴァルゼライドは見逃さなかった。
そう、あのヴァルゼライドですらが、腕を動かす動作が視認出来なかった程の動きで。頭が考えるよりも速く身体が行動していたのは、
ヴァルゼライドがこれまでに蓄積してきた異常とも言うべき戦闘経験があったればこそだった。
反応が遅れていたら、音に六倍する速度のバージルの神速の居合が、ヴァルゼライドの胴体を真っ二つにしていたのだから。
しかし、居合抜きは防げても、刀と刀が衝突した際に生まれる衝撃までは殺せない。その結果、ヴァルゼライドは吹っ飛ばされてしまったのだった。

 どうやらこの男も、瞬間移動の使い手らしいと、ヴァルゼライドは考えた。
傍目から見たら、バージルが行った、瞬間移動から背後にまわり、其処から宝具・閻魔刀による刀の一撃を防げた事は、奇跡にも等しい行動だったと見えるだろう。
しかしヴァルゼライドにとっては、寧ろ此方の方が防ぐのは容易かった。何故なら彼は先の戦いで、瞬間移動を用いた練達のサーヴァントと戦っている。
故に、対処が出来た。そう、ヴァルゼライドは此処に移動する傍ら、あの瞬間移動をどう攻略するかと言うシミュレートを、頭の中で凄まじい密度で行っていたのだ。必然、対策出来る。この男なら。クリストファー・ヴァルゼライドなら。


208 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:06:47 .invaZQQ0
 閻魔刀とアダマンタイト刀に力を込め、鍔競り合いを行う二名。
如何なる圧力が込められているのか、刀と刀の接合面が、赫奕と赤熱し始める。
神速の居合を防いだ時点で解っていたが、この男、技術と力が極めて高いレベルで和合しあっている。
つまり、骨の髄まで、魂の底から戦闘者だ。一切の侮り、一切の油断は、してはならないと、改めてヴァルゼライドは強く認識した。
それと同時に、彼は大きく左方向にサイドステップを刻んだ。背後から一本の幻影剣が、己の心臓目掛けて射出された事を優れた勘が予期したからだ。
そしてそれは現実となった。貫くべき対象が消えた途端幻影剣は煙のように消え失せ、そしてバージル自身も、空間転移で移動し始めた。
転移先は、何処か。背後か、左右か。それとも頭上か、はたまた建物の中かこのような便利な力を持っているのならば、視界の死角に移動する事だろう。
――この男は違った。真正面だ。バージルは、クリストファー・ヴァルゼライドを、移動先に選んだのだ。

「見事ッ!!」

 敢えて死角に回らず、小細工抜きに真正面から挑みかかる、バージルの精神性に惜しみない賛辞を与えつつ、ヴァルゼライドは、
アダマンタイトの刀の尖端を、バージルの心臓部目掛けて突き立てようとする。空気の壁を突き破る程のその一撃を、バージルは、眉一つ動かさず、
閻魔刀の柄頭で弾いた。勢いの強い攻撃程、弾かれた際に体勢が崩れやすい。気合で身体がよろけるのを、ヴァルゼライドは防ごうとした。
そして事実、それは功を奏したように思えたが、バージルの目に違った。この二名の戦いでは、ゼロカンマ一秒が隙になる。
余人が隙とすら認識出来ないほんの短い時間であるが、ヴァルゼライドの思考と肉体は、数瞬空白となった。これを狙わぬバージルではない。
電瞬の速度で、バージルは左腕の拳から肘部分を覆う、籠手の様な物を装着し始めたのだ。光の筋の様な物が籠手の表面を走る、神秘的な武器。
これぞ、バージルが持つ宝具、閃光装具・神韻剔抉。その真名を、ベオウルフと呼ぶ宝具だった。

 身体を動かそうとするヴァルゼライドだったが、もう遅い。
ベオウルフを纏ったバージルの左拳は、英雄の腹部を寸分の互いなく打ち抜き、颶風に飛ばされる紙片の様な勢いでヴァルゼライドは吹っ飛んだ。
右手に握った刀をアスファルトに突き刺し、吹っ飛ぶ勢いを一気にゼロにして、彼は殺し切った。
本来ならば二十mは吹き飛ばされて然るべき所を、その半分以下である七m地点で留まらせる事が出来たのは、彼がクリストファー・ヴァルゼライドだからこそだった。

「まだだ!!」

 ベオウルフを纏った左拳で殴られた腹部を中心に、全身に衝撃が伝播する。まるで修羅(アスラ)の拳にでも当たったかのようだった。
大腸が磨り潰されたような痛みは胴体を苛み、顔に走った刀傷を除けば極めて整った顔立ちであるヴァルゼライドの顔は、今や血まみれの状態だった。
殴られた衝撃で、鼻からは血が噴き出、瞳から血涙を流しているからだった。だがそれでも、英雄は止まらない。
痛み? それが如何した気合で耐えろ。内臓が悲鳴を上げている? 俺の身体の一部なら根性を見せてみろ。
俺の意思が挫かれない限り、俺に負けは訪れないし死にもしない。その証拠に、見よ。アスファルトに突き差した刀を引き抜き、戦う意思を更に滾らせる、この男の姿を。クリストファー・ヴァルゼライドは、まだ戦える。

 バージルの周辺の空間に、幻影剣が配置、固定化された。
その数、彼の左右に計十本。切っ先は全て、ヴァルゼライドの方に向けられていた。
英雄が走る、翠剣が飛翔する。右手に握った刀を一振り、それだけで幻影剣の内三本は砕かれ、先程居合を防ぐのに使った、鞘に収まった状態の刀を更に一振り。
再び三本の幻影剣が粉砕された。残りの四つは、最小限の動きで回避する。そうするつもりだったが、ヴァルゼライドはまたも見た。
鍔鳴りが遅れて聞える程の、バージルの神速の居合。それを何故、剣身の射程外で――全てに気付いた瞬間、ヴァルゼライドはそのまま移動速度を上げ、
バージルへの接近を急いだ。幻影剣の回避を完全に度外視してしまったが為に、右肩、左胸部、腹部、大腿に幻影剣が突き刺さる。この状態で、ヴァルゼライドはバージルに突進していた。


209 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:07:16 .invaZQQ0
 それが結果的に、最善の方策だと解ったのは、次の瞬間だった。
先程までヴァルゼライドが疾駆していた地点に、青色の空間の断裂が何十本も走り始めたのだ。
もしも、もしもだ。ヴァルゼライドが移動スピードを速めていなければ、彼は空間の断裂に全身を斬り刻まれ、その場で即死していたに相違ない。
これぞ、バージルが有する本気の居合。音速を超え、神速を出し抜き、魔速の域に達した速度の居合を以て、空間や次元をも斬り断つ、
スパーダ直伝の剣術と閻魔刀の力が合わさった究極の居合。奥義、次元斬。果たしてこの技に掛かり、何体の悪魔が塵と化し穢土へと戻って行ったのか。
これをヴァルゼライドは、幾千も潜り抜けて来た死闘の経験が齎した野生の勘で回避したのだ。しかし、全く無傷だったわけじゃない。断裂の一本が、彼の左脹脛を捉えていた。結果、ホースの先から水が飛び出るかのように、彼の左足から血がたばしり出た。

 そんな痛みよりも、今のヴァルゼライドにとって重要な事柄は。アダマンタイトの刀の間合いに、漸く達したと言う事であった。

  Metalnova     Gamma・ray Keraunos                                                       
「――超新星―――天霆の轟く地平に、闇はなく」

 ヴァルゼライドの口から紡がれるは、必勝の詠唱(ランゲージ)。
あらゆる悪を討ち滅ぼし、己が意思を何処までも貫き、勝利と言う結果へと愚直に突き進む、クリストファー・ヴァルゼライドの星辰光。
常勝不敗の神話の体現たる星辰光(アステリズム)が今、<新宿>の地に二度煌めいた。

 バージルがベオウルフを装着したのと同じ程の速度で、ヴァルゼライドの手にした双刀に、黄金色の光が纏われた。
鞘に収まったままの状態だった左手の方の刀は、光が有する圧倒的なまでの高熱で、鞘が一瞬で蒸発、黄金光で眩い剣身の姿が露になった。
溶かした黄金の様に光り輝くその剣身の、なんと汚れの無い高貴さか。エデンの園を守り、焔で燃え盛る剣を持った大天使であるウリエルこそが、
この男だと言われても皆は無言で首を縦に振ろう。それ程までの威圧感。それ程までの厳格性。今のヴァルゼライドには、それらで満ち満ちているのだ。

 バージルの中のスパーダの部分、と言うよりは、悪魔の部分が、凄まじいまでの警鐘を鳴らし続ける。
あの黄金色の光は、危険過ぎる。あの光は生きとし生けるものに対する死そのものであり、それが例え悪魔や天使と言った超常存在にも、
等しく痛みを齎す魔の光であり、聖なる輝きであると。そしてバージルのその予感は、何処までも正しかった。
今ヴァルゼライドが二振りの刀に纏わせているその黄金光こそは、悪魔や天使どころか、無辜の人間にすらも死を与える、他ならぬ人類が生み出した、人類自身をも滅ぼす最悪の毒。放射線なのだから。

 左手に握った黄金色の刀を、横薙ぎにヴァルゼライドは振う。
焦らずバージルは、鞘から引き抜かれた、刀紋の美しい閻魔刀の剣身で防御する。アダマンタイトの刀に纏わせた黄金光が、火花みたいに飛び散った。
防御される事など織り込み済みだと言わんばかりに、ヴァルゼライドは、バージルが閻魔刀で攻撃を防いだのと全く同タイミングで、
右手の方の刀を胸部目掛けて突き刺そうとした。彼の姿が掻き消える。空間転移。これでバージルが攻撃の間合いから逃れたのだ。
これを卑怯だとは思わない。自分が生まれ持った能力を有効的に行使する。これを如何して、卑怯と言えようや。

 バージルはヴァルゼライドの真正面先三m地点に現れた。
腰を低く落とし、腰に差した閻魔刀の柄に右手をかけている状態。ヴァルゼライドが動いた。彼は不退転、後ろに引かず、真正面、バージルの方をただ往くのみ。
残像すらも捉えきれぬ速度で、バージルの右腕が霞んだ。そして、ヴァルゼライドは、それを見た瞬間、静かに瞑目を行った。何と、目を閉じたのだ!!
闇の中を走りながらヴァルゼライドが屈む、身体を半身にする、そして、地面を前転する。――果たして、誰が信じられようか。
彼はこう言った動作を行う事で――空間をも紙の様に切断し、遠方にいる相手をも容易く斬り殺すバージルの絶技、次元斬を避けた。
空間に走る青色とも、紫色とも取れる色の空間の断裂が当たらない。当たったとしても、それはヴァルゼライドの軍服であったり、皮膚一枚である。


210 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:07:49 .invaZQQ0
 一見すればバージルは無軌道に居合を走らせ、デタラメに空間の断裂を生み出していると思われるが、ヴァルゼライドはそれは違うと見抜いていた。
あの男は、此方の移動ルート、何処でどう回避するのかと言う予測を立て、空間を斬り裂いている。英雄はそう判断し、実際それはその通りだった。
高い技術を持った存在であればある程、バージルの絶技に引っかかる。しかし、ヴァルゼライドはその先を行く。
バージルの練度は恐るべきものだ。しかしヴァルゼライドもそれに追随する程の技量の持ち主。同じ程度の技量の持ち主だからこそ、解る。
相手が結局何を狙い、何がしたいのか、その為にはどのような行動を行うのかと言う事が。況してや相手は自分と同じく刀を操る。
故に、解る。発動までどのような軌道で走るのか解らない空間の断裂。バージルが何処に如何断裂を生み出すか、瞼を閉じた闇の中に白々と、次元斬が浮かび上がるかのようであった。

 一騎当千の英雄等と言う存在が神話や叙事詩と言ったフィクションの中の世界にしかありえなかった時代に、
単騎で千の軍を無双すると言う、未来に現れた神代に生まれるべきだった英霊・ヴァルゼライドもそうであるが、
その彼に此処までやらせねば彼の命をも一方的に奪う事が出来るバージルもまたバージルだ。
この男との戦いを行っていた時間は、二分にも満たない短い時だった。電車やバスの待ち時間よりも、ずっと短いそんな時間。
しかしその短い刻の間に行われた戦いは、確かに神話の戦いだった。聖戦だった。英雄が魔物を討ち滅ぼす瞬間だった。

 鞘に収まった閻魔刀を引き抜こうとバージルが柄に手を掛けたのと、裁きの光を纏わせた刀をヴァルゼライドが振り落としたのは殆ど同時の事。
バージルは思考速度よりも早く、自らの周りに幻影剣を円陣状に展開させる。剣身は自らの外側の方を向いており、この状態で幻影剣を高速で回転させた。
近付けば回転する幻影剣が、不用意に近付いて来た者の肉体をズタズタにしている事だろう。現にヴァルゼライドの腹部は、回転する幻影剣でズタズタにされていた。
大腸など最早機能しないのではと言う程の損壊を負っている。それが如何した。奥歯が割れんばかりに歯を食い縛るヴァルゼライド。
この程度で、刀を振り下ろす手を止めやしない。いや――気のせいか。振り下ろす速度が、途中で……『上がった』。

「ヌグアァッ!!?」 

 そしてとうとう、敵対者を滅ぼす裁きの剣(アストレア)が、バージルを捉えた。
先ず彼の身体に走ったのは、極熱。これは、ヴァルゼライドの刀自体が纏う光熱に拠るものだった。
それよりも問題なのは、バージルの身体を急速に伝播する、身体の細胞と言う細胞が泡のように弾けて行くような、正体不明の痛み。
酸を浴びせ掛けられるのとも違う、炎を浴びせられるようなそれとも違う。正体不明、原理不明の痛みに、バージルは苦しんだ。

 ヴァルゼライドは止まらない。目の前の敵は生かしては帰せぬ強敵であるが故に。
今度は左手の刀を振るい、バージルを消滅させようとするが、ヴァルゼライドの極光斬に直撃しても、彼の意思は萎えず、そしてまだ戦闘が続けられるのだ。
バージルの姿が霞と消えた。振るった刀がスカを食う。背後に感じる、あの男の気配。ヴァルゼライドは前方方向に跳躍しながら、身体を背後に向けた。
バージルはヴァルゼライドの三m程後ろの、高度十m地点に瞬間移動をしていたらしい。既に閻魔刀は鞘に仕舞われており、未だに彼の身体には幻影剣が円陣を組んでいる。

 ――違うのは。先程ヴァルゼライドを殴った時に纏わせた、閃光装具・ベオウルフ。
それと思しき宝具が、四肢に纏われていた事だろう。

「ハァッ!!」

 裂帛の気魄を声に出し、バージルが流星の如き勢いで斜め下に急降下していった。
正体不明の金属で出来たバトルブーツを纏わせた右足を伸ばし、ベオウルフから光の奔流を放出、それをブースター代わりにして。
正しくバージルは光の矢の如き速度で、アスファルトに衝突。地面が揺れる、アスファルトで舗装された分厚い道路が焼き菓子の様に真っ二つになる。
割れて真っ二つになったアスファルトは四m程も舞い上がる。もしも、この一撃に直撃していれば、ヴァルゼライドは如何なっていたか。
論ずるべくもない。肉体は欠片も残さず、血色の霧煙となっていた事だろう。バージルの放つ、スパーダ直伝の格闘術、流星脚には、それ程の威力があるのだから。


211 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:08:00 .invaZQQ0
「俺には解せんよ、サーヴァント」

 油断なくバージルの方を睨み、黄金光を纏わせた刀で、それまでずっと身体に突き刺さっていた状態の幻影剣を砕きながら、ヴァルゼライドが言った。

「力もある、そしてただ単に、人智を逸した力を示威するように振うだけの愚か者でも貴様はない。其処に、確かな技倆を絡ませた、本物の戦士だ貴様は。その点に一切の疑いもない、俺は貴様を称賛しよう」

 「だが――」

「お前が磨き上げたのは、その内に眠る『人智を超えた領域だけ』だ。よくも此処まで磨き上げた物だよ。大した奴と言いたいが……お前は如何して、確かにお前と言う存在を構成している、人間の部分を軽んじている」

 厳密に言うのであれば、クリストファー・ヴァルゼライドと言う男は、本当の意味で人間ではない。
彼が操る超常の力、星辰光(アステリズム)とは、生前彼が統治していたアドラー帝国で、才能のある人間が強化手術を経ねば得られぬ力であり、
この手術を経た人間、つまりは星辰体感応奏者(エスペラント)と呼ばれる存在達は、ある意味で改造人間と言う事が出来る。
無論この能力を使う以上、ヴァルゼライドも当然手術を受けたのだが――彼の場合は、少々事情が異なる。
彼が受けた強化手術とは厳密には、人造惑星(プラネテス)と呼ばれる星辰体感応奏者(エスペラント)の上位種と言うべき存在になるべきそれであり、
とどのつまり星辰体感応奏者になる為の手術とは、人造惑星になる為の措置条件をより緩やかにしたそれに過ぎないのだ。

 そう、ヴァルゼライドは厳密には人間ではない。人造惑星(プラネテス)と呼ばれる、人間の遥か先を行くスペックを保有した改造人間なのだ。
とは言え、そんな存在になったから、今のヴァルゼライドが在る訳ではない。不撓不屈、人智を逸した光の意思。
それらは生まれながらにヴァルゼライドが有していた財産であり、これがあるからこそ、彼はゼウス-NO.γ 天霆(ケラウノス)ではなく、一人の人間、クリストファー・ヴァルゼライドとして活動出来るのだ。

 自身もある意味で人間を逸脱しているからこそ、ヴァルゼライドには解ってしまった。
目の前のバージルもまた人間ではない。正確に言えば人間と、ヴァルゼライドの知識にもない強大な力を秘めた『何か』との相の子であるである事を。
そしてバージルが、自身の人間的な部分を嫌い、自らの力の源泉である、悪魔としての部分を磨く事に全てを賭け、結果、極限閾まで達した存在である事も。ヴァルゼライドは解ってしまった。

「それでは、貴様は勝てん」

 冷徹に、ヴァルゼライドは告げた。

「勝つのは俺だと言う事実に一切の揺らぎはないが、人としての部分を誇りに思わぬ貴様では、俺は当然の事、他のサーヴァントにも後れを取ろう」

 それは、ヴァルゼライドの根幹でもあり、彼と言う存在を成す哲学だった。
自身、自らで考える意思を持ち、逆境に遭えばそれを乗り越える不撓さを発揮する、と言う、己が人間であると言う絶対の事実に拘りを持ち続けた男。
そしてそれこそが、人を人足らしめる強さであると彼は堅く信じていた。だからこそ、ヴァルゼライドは高く評価していたのだ。自身の敵でもあった土星の人造惑星と、水星の人造惑星の誇りを、忘れた事など彼は片時もない。

 両手にそれぞれ握られた、黄金色の焔の剣を構え、ウリエルを幻視させる様な英雄は、更に続けた。

「貴様の屍(かばね)を踏み越えて、俺は貴様の先を往く。冥府に下る準備は出来たか、サーヴァント」

 余りにも一方的で、バージルに言葉と言う言葉を挟ませる隙もない弁舌。
しかしバージルは確かに、その言葉の意味を咀嚼していた。そして、その瞳にはヴァルゼライドを映していなかった。
生前の最期の光景――『バージル』としての意識が残っていた、最後の瞬間の事を思い描いていた。
何から何まで対照的だった、双子の弟とのやり取りを。


212 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:08:14 .invaZQQ0
                   ――そんなに力が欲しいのか? 力を手に入れても、父さんにはなれない――

                             ――貴様は黙っていろ!!――

                   ――俺達がスパーダの息子なら……受け継ぐべきなのは力なんかじゃない!!――

                           ――もっと大切な……誇り高き魂だ!!――

                        ――その魂が叫んでる……あんたを止めろってな!!――

                           ――悪いが、俺の魂はこう言っている――

「……俺も覚悟を決めた」

 真っ二つに破断したアスファルトの真ん中で、ベオウルフを装着したバージルが、構えを取った。
ヴァルゼライドはその構えを見て、生前の知り合いである、ある事情で右腕を鋼のそれに変えさせた老拳士を幻視した。彼の構えと、瓜二つだった。

「貴様は生かして帰さん、人間」

 人の事情など一切知らず、ズカズカとその領域に土足で入り込み、剰え上から目線で御高説すら垂れるこの男を。
バージルは、断じて許さなかった。御高説を垂れるにしても、話す内容が悪すぎた。
何故ならば今のヴァルゼライドの高説は、バージルと言う男の決して触れてはならない琴線を、快刀で一閃する様な発言だったからだ。
バージルと言う男の生前を一切否定する内容であったからだ。

 殺意の光波を体中から発散させて、バージルは、射抜くが如き鋭い目線でヴァルゼライドを睨めつける。
生前の最期が最期だ。愚弟が口にした、人間としての部分も、尊重はしよう。それでも、バージルの認識はサーヴァントとなった現在でも、変わる事はない。

                                 ――もっと力を――

 これこそが、バージルが終生追い求めた、真理であり、不変の事実であるのだった。


.


213 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/06(水) 21:08:26 .invaZQQ0
前半の投下を終了いたします


214 : ◆2XEqsKa.CM :2016/01/07(木) 22:14:50 8kgV2als0
皆様投下乙です、感想は後ほど

葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)
佐藤十兵衛&セイバー(比那名居天子)
塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)

予約します


215 : 名無しさん :2016/01/08(金) 00:52:08 IhCybl5c0
前編投下乙です。
ヴァルゼライドが登場すると毎回街が滅茶苦茶になっていく恐ろしさ。
最早事故直後のチェルノブイリに足が生えて動き回っているかのような大迷惑。
しかしそれ故に出る度凄まじい名勝負を繰り広げていて、抜群の見応えがあります。
またキャラの魅力に加えて巧みな表現と、互いがどんどんと奥の手を出して際限なく激しさを増す構成も相まり、
読みながら思考が感嘆符と興奮に埋め尽くされました。
これに後半が控えているというのも凄まじい……
読む人間の知性も吹っ飛ぶような激しいお話、面白かったです。


216 : ◆2XEqsKa.CM :2016/01/14(木) 01:15:59 NX/QAtJo0
>>214の予約を延長させていただきます。


217 : 名無しさん :2016/01/17(日) 19:30:49 foDsVrNU0
期限に間に合わないので>>214の予約を破棄させていただきます


218 : ◆2XEqsKa.CM :2016/01/17(日) 19:31:18 foDsVrNU0



219 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:27:40 Z.xGWjGo0
今までクソサボってた感想を投下します。◆2XEqsKa.CM氏、散々待たせて申し訳ございません

>>唯我独善末法示離滅烈
ツクール2003の要領を得ない戦闘シーンから、此処まで描写出来るその筆力に脱帽するしかないですね。
バッターのバーサーカーとしての実力は、身体能力よりも、アドオン球体などを用いた多芸な戦闘展開、と言う事がこれでもかと主張されて凄いと言う他ない。
浄化狂いのバッター君に付き添うセリューさんの良妻振り好きです。いいコンビだなぁと思う一方、二人の願う正義の行く末は大きく異なりますので、
其処からどのような結末を辿るのか、非常に興味が湧いてくる反面、それが恐ろしくもなると言うか。
そして後半の、最早お約束となった忍殺キャラクター登場時の、忍殺文体の再現力。それがもう見事としか。
ソニックブームが、ソウカイヤの魔の手もなければ重金属酸性雨も無い新宿の生活を、何のかんの楽しんでいた、と言うさりげない一文が好きなんですよ。
忍殺の世界はかなり退廃的で末法的世界ですから、例え再現された世界と言っても、その平和を噛みしめていたと言う辺りが、どうにも切なくて。
セリューと同盟、と言うの名の一方的な利用関係を築こうと言う作戦は、バッターの予想していなかった能力で阻止されましたが、
その辺りの描写も、スカウトとヤクザ的恫喝を生業としていたソニックブームらしくて見事だったとしか。今回は、相手が悪かったとしか。
戦闘能力だけならば<新宿>でも上位クラスですが、総合力で見れば中堅どころのソニックブームと清音ペアと、そもそも指名手配をかっくらってるキチガイ正義ペア。
今後の顛末が気になる本編でしたね。……て言うか閣下、何時の間にセリューさんの電話番号を知ったんですかね……。メフィスト病院の技術力の乱用はNG。

ご投下、ありがとうございました!!


220 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:27:59 Z.xGWjGo0
待たせたと言えば、本編の後編を今から投下します


221 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:28:50 Z.xGWjGo0
 此処に、一つの破片が宙を舞っていた。
材質はアスファルト。大きさは何処にでも転がっている小石と同じ程度の大きさ。
先程バージルの流星脚で割られた道路。それが力の掛かり方と加減の妙で、小石の様な形の破片を生み出したのだ。
高度五十m程の距離に達した途端、それは、上に上にと言う勢いを失って行き、地面への落下を始めた。

 高度十五m程の所に、その小石が差しかかった、瞬間だった。
円陣を組ませていた幻影剣を全てヴァルゼライドの方へと射出させると同時に、バージルが地を蹴って突進していったのは。
瞬間移動など用いずとも、悪魔の脚力が生み出す移動速度は、自動車やバイクのそれよりもずっと速い。
ヴァルゼライドはこれに反応、先ずガンマレイを纏わせた刀で幻影剣を全て砕いた後で、刀を横薙ぎに振るう。
が、バージルはこれを、ベオウルフの籠手を纏わせた右腕で防御。凄まじいまでの衝撃がバージルの腕に走り、途轍もない頑健さの金属を思いっきり打ち叩いた様な痺れがヴァルゼライドの腕を伝って行く。

 だが、片方の腕は動く。
ヴァルゼライドがそう思い、空いた左腕を動かそうとしたその時だった。バージルが装備するベオウルフから、
指向性と物質的質量を伴った眩い光が放出され、それにヴァルゼライドが吹っ飛ばされたのは。

 ベオウルフと呼ばれる宝具は、嘗て魔界に存在した同名の、光を操る上級悪魔の魂が武器へと変貌を遂げたものである。
そう言った悪魔は自ら認めた勇姿に魂を捧げ、武器に転生してその者の為に尽くす事が、極々稀な事例だが存在する。
実際には強制的に魂を武器に変貌させられると言う事例の方が殆どなのだが。ベオウルフと言う悪魔が光を操った事からも解る通り、この宝具も、
光を操る事をその神髄としている。ヴァルゼライドを吹き飛ばした質量を持った光とは、当然、ベオウルフの神髄の発露だった。

 数m程の距離をヴァルゼライドが吹っ飛ばされたのと、バージルが右腕のベオウルフに光の力を収束させたのに、殆ど時間的な差は存在しなかった。
そして、ヴァルゼライドが地面に足をつけ、体勢を整えたのと、収束させた光の力を放出させたのは、同時だった。
右腕を勢いよく突出し、光球を凄まじい速度でヴァルゼライドの方へと飛来させる。
光の刀をヴァルゼライドは振い、バージルが放った光球を斬り裂いた。そしてそれが悪手だったと、ヴァルゼライドは知る。
かなり無理な姿勢で右に横転する。彼が先程までいた空間に、青色をした幾十本もの空間の断裂が走った。バージルが放った次元斬である。
主要な臓器を斬り裂かれる事は防いだが、左肩を深く、断裂に斬られてしまった。
立ち上がろうとヴァルゼライドは体勢を整えるが、カッ、と目を見開かせる。そして急いで、身体や頭、四肢を絶妙に動かした。
バージルは、あの次元斬でヴァルゼライドを仕留められるとは欠片も思っていなかった。故に彼は――避けた先にも次元斬を放っていたのだ。
断裂が空間に走る。心臓や肝臓、肺や頸動脈と言った急所を寸分の互いなく狙うその断裂であったが、ヴァルゼライドは、未来予知染みた反射神経で、
そう言った急所に迫る断裂を尽く回避して行く。しかし、断裂そのものは全て回避し切れてない。
逆に言えば、急所以外の身体の部位は全て断裂の餌食になっているのだ。攻撃を行うに支障がない程度には、ダメージを受けているのだ。

 ――まだだ――

 ヴァルゼライドの心の熾火は消えない。
餓えたる獅子の如き眼光をバージルに向けながら、ヴァルゼライドは、ガンマレイを纏わせた右腕の刀を頭上目掛けて一振りさせた。
薄氷の砕け散る様な音が鳴り響いたのと時を同じくして、アスファルトに幻影剣が何本も突き刺さった。
バージルはヴァルゼライドの頭上に幻影剣を何十本も固定させ、それを五月雨の様に降り注がせたのだが、彼はこれを、刀を振るい、自分に刺さる物だけをピンポイントで破壊したのだ。

 ――此処までに経過した時間は、一秒。


222 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:29:18 Z.xGWjGo0
 バージルの姿が掻き消えた。
ヴァルゼライドの視界の死角ではなく、敢えて真正面に立つと言うその選択。自分の技量に絶対の自信がなければ、選べぬ選択だった。
バージルの四肢から、ベオウルフが消え、閻魔刀の柄に手が伸ばされている。この男にとって、己が両腕両脚程信頼に足るもの、それこそが、この閻魔刀である事の証明だった。

 放たれた拳銃よりもずっと速い速度で、バージルが閻魔刀の柄頭でヴァルゼライドの胸部を打とうとする。
直撃すれば間違いなく胸骨が粉々になっている所を、ヴァルゼライドは刀の剣身で防ごうとするが、直撃するまで、まだ大分距離がある所でバージルが攻撃をやめた。

 誘導(フェイント)、と気付いた瞬間、漆黒の鞘の鐺(こじり)が、ヴァルゼライドの左大腿を打擲した。
どうやら刀だけでなく『鞘自体』も宝具に等しいらしい。脚に与えられた痛みが、半端なものではなかった。
そして放たれたのは、神速の居合。音の六倍にも達するスピードのその居合は、真っ当ならば、鞘で叩かれた痛みに苦しんでいる間に直撃。
直撃した存在は、余りの居合の速さの故に、自分が刀で斬られた事すら認識出来なかった事であろう。

 痛みから気合で覚醒し、ヴァルゼライドは黄金刀でバージルの居合に対応、防いだ。
それを防御するなり、この英雄は空いた方の手で握った刀でバージルを斬り殺そうと動かすが、それよりも速くバージルは閻魔刀を振い、その一撃を弾く。
体勢が崩れかける所を、培った技術と気合で持ち堪え、そのまま、先程バージルの居合を防いだ方の刀で彼に刺突を放とうとするが、
彼はこれを、閻魔刀でやはり弾いた。チンッ、と言う小気味の良い鍔鳴りの音。バージルが鞘に閻魔刀を仕舞い込んだ――刹那。
鞘から稲妻が迸ったのではと思う程の速度で彼は抜刀術を行い、ヴァルゼライドの首目掛けて居合を放つ。これを紙一重で防御するが、
バージルは防御されたと解るや、直に閻魔刀を、ガンマレイを纏わせたヴァルゼライドの刀から引き離し、閻魔刀を振り下ろした。今度は右肩の方だ。
英雄はこれも、左手で握った刀で防御するが、刀と刀が衝突した瞬間、間髪入れずにバージルは閻魔刀を引き離し、再び振う。
それをヴァルゼライドが防ぐ、再びバージルが閻魔刀を振う。防ぐ、振う、防ぐ、振う――。

 バージルが閻魔刀を、振るう。薙ぐ。振り下ろす。斬り上げる。突く。袈裟懸けにする。振う。振り下ろす。斬り上げる。袈裟懸けにする。
その全てが、一撃必殺の威力を内包した魔速の一振りであり、一つたりとも喰らって良い技ではなかった。
であるのにこの男は、ただ単に、速いだけの攻撃を繰り出しているだけではない。時には信じられない位遅く刀を振るいその落差でヴァルゼライドの瞳を狂わせ、
時にはバージルの技量からは信じられない位雑な軌道で刀を振るってヴァルゼライドの思考を漂白したりと。
ただ単に、人間を越えた存在が有する異能や身体能力だけで戦うのではない。努力によって獲得した超絶の術技と剣理で、相手を圧倒する。
それは正しく、ヴァルゼライドが理想とする所の、究極の戦闘者の戦い方であった。
放つ一撃、紡がれるコンビネーション。そのどれもが必殺、超速、そして玄妙。


223 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:29:30 Z.xGWjGo0
 それを放つバージルもバージルなら、その一つ一つに対応して見せるヴァルゼライドもヴァルゼライドだ。
この男はバージルが放つ眩惑的な連続攻撃の数々を全て、両手で握った刀で防ぎきっていた。
頭で何かを考えるよりも速く、身体が対応する。最初の方は天運ありきで防げていた行動も、目が慣れ、シナプスが繋がって来るや、
確証を以て腕を動かし、バージルの絶技の数々を防げるに至っていた。しかし、相手の方も負けていない。
徐々に、居合のマックススピードが上がって来ている事を、ヴァルゼライドは認めていた。断言出来る、この男は未だ、本気で居合を放っていなかった。

 バージルの一撃をヴァルゼライドが防ぐ度に、衝撃波が彼らの周りを駆け抜ける。
アスファルトはそれに衝突し砕け散って行き、車道の両脇に建てられたマンションの壁面や電柱は、衝撃波で削られて行く。
この二人が本気で戦えば、今いる早稲田鶴巻町どころか、早稲田全域が砂地になるのではないのかと言う程の破壊の勢いが、
こんな限定的な被害で済んでいるのは、偏にバージルが閻魔刀の真の力とスパーダの血を解放させていないから。
そしてヴァルゼライドが、己が星辰光(アステリズム)の真なる一撃を放っていないからに他ならなかった。

 バージルの姿が消える。必然連撃が止む。
彼はヴァルゼライドの目線の先十m程の地点に佇んでいた。ヴァルゼライドが動くよりも速く、バージルが動いた。
英雄は動けなかった訳ではない。動かない方が、この場合は対応が上手く行くと判断したからだ。

 ――此処までに経過した時間は、二秒。


224 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:29:53 Z.xGWjGo0
「Scum」

 バージルの身体が消えた。
瞬間移動、ではない。それと見紛う程の速度で、地面を蹴って駆けだしたのだ。
地面を滑っているとしか思えない程スムーズかつ高速のこの動きは、摩擦抵抗にこの男は害されないのか、としか思えないだろう。

 閻魔刀の間合いにバージルが入った瞬間、彼はそれを目にも留まらぬ速さで中段から横薙ぎに振るう。
ヴァルゼライドは即座にその攻撃に対応し、星辰光(アステリズム)を纏わせた刀で防御する。
ギィンッ、と言う金属音が生じると殆ど同時に、バージルは閻魔刀の刀身を引かせ、再び閻魔刀を振う。左上段から袈裟懸けに振り下ろす。
やはりヴァルゼライドは、人外の域にある反射神経で、先程の、中段からの攻撃を防いだのとは違う方の手で握った刀でバージルの攻撃を防御する。
今度は此方の番だと言わんばかりに、ヴァルゼライドは右手に握った刀を振り下ろそうとする。が、バージルはこれを防いだ。
しかも、閻魔刀ではない。バージルは何と、純度と密度を高めた幻影剣で、星辰光を纏わせたヴァルゼライドの鋭い一太刀を防いだのだ。
が、根本の宝具ランクの差故か、幻影剣は攻撃を受け止めた瞬間に亀裂が生じており、次バージルの膂力で振るおうものなら、その瞬間木端微塵になるだろう。

 そして躊躇いもなく、バージルはその幻影剣の一本を、超至近距離で爆散させる。
凄まじい熱量を伴った魔力の爆風は、主であるバージルの方には一切向かわず、全て、敵対者ヴァルゼライドの方に指向性を伴って向かって行く。
爆風にほぼゼロ距離で直撃、吹っ飛ばされながらも、ヴァルゼライドは根性で体勢を整え、ブーツの踵部分をアスファルトに無理やり接地させ、勢いを殺し尽くす。
軍服は所々が破れ、黒く焦げた生身の部分が露出されていた。それでも顔面が無事の状態なのは、幻影剣が爆発するその瞬間に、両腕で顔面を覆って頭に対するダメージを防いだからだ。

 ――見切った――

 次にバージルが行おうとした魂胆を見抜いたヴァルゼライドが、地を蹴り、彼の下へと急接近した。
即決即断、思い立ったらすぐに行動に移すと言うこの英雄の行動は、決して無鉄砲から来るそれではなく、バージルがやろうとしていた事を正確に読んだからの事だった。
簡単だ、バージルは今、ヴァルゼライドが吹っ飛ばされた所目掛けて、次元斬を放っていた。空間に刻まれる、魔速の居合によって生み出された空間の断裂は、
しかして、ヴァルゼライドの生身を斬り裂き抉る事無く、単なる虚空を裂くのみの結果に終わった。
だがバージルの方も、敵対するヴァルゼライドが次元斬を回避する事を読んでいたらしい。明らかに、断裂の数が少なく規模も小さかった。
本命は、彼が接近をする事に合わせて放つ、渾身の居合であろう。この悪魔はその準備をすでに終えており、腰を低くし、ヴァルゼライドの接近を待ち構えていた。
そうはさせじと、ヴァルゼライドが、アダマンタイトの刀の間合いの外で、それを振り被っていた。

 悪魔としての『直感』が風雲急を告げている。
居合を行う事を中断し、直に、瞬間移動で距離を離す。二十m、バージルの激しい気性からは信じられない程弱腰な選択で、距離を離し過ぎとしか思えないだろう。
そして、その選択が、最良だったと解ったのは、次の瞬間。天空から黄金色の光の柱が、嘗てバージルが佇んでいた所に亜光速で降り注いだのだ!!
余りの熱量で着弾点のアスファルトは沸騰、気化、蒸発の三プロセスを一瞬で経ただけでなく、そのポイント周辺の地面が、沸騰し溶岩化していた。
莫大なエネルギーを内包した超高速度の光の激突が生んだのは、熱量だけでなく、凄まじい衝撃波も生み出し、距離を離したバージルにすらそれが届いた程だ。
周辺のマンションはグラグラと、ヴァルゼライドの放った宝具の影響で激震しており、構造力学的に安定してかつ強固な筈のそれらは、
積木の建物みたいに不安定に揺れていた。これぞ、ヴァルゼライドの放った宝具の真骨頂。科学とヴァルゼライドの意思から成る、
『神』造兵装ならぬ『心』造兵装とも言うべきそれは、星ではなく、彼個人の心の在り方が生み出したと言っても良い、彼だけの雷霆(ケラウノス)だった。

 ――此処までに経過した時間は、三秒。

 カツーン、と言う小さな音を立てて、アスファルトの破片が道路に落下した。
以上が、この二人の怪物が、短い時間の間に行った殺意の応酬のあらましだった。


225 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:30:07 Z.xGWjGo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 自分のサーヴァントが強いと言う事は、解っていた。
最初の戦いの時に、あの生意気な年増の女魔術師が使役していたセイバーを苦もなく斬り殺した事からも、それは推察出来た。
しかし、その時に見せた自身のアーチャー――バージルの戦いぶりは、ほんの小手調べと言った風が拭えなかった。
今あの男は、間違いなくその神髄を見せて戦っている。今になって、バージルのマスターである雪村あかりは、自身が引き当てたサーヴァントの強さと、恐ろしさを知った。

 触手兵器を埋め込み、常人を凌駕する反射神経及び身体能力を手に入れたあかりですら、残像は愚か影すら追う事の出来ない速度の抜刀術。
弾丸を超える程の速度で幾つも射出される上、ライフル以上の威力を有する幻影剣。これらだけでも脅威なのに、瞬間移動を巧みに戦闘に組み込むその技量。
あれが自分の求めに応じて現れたサーヴァントなのかと、あかりは恐ろしくなった。
あの男ならもしかしたら、自分の仇敵であるあの地球破壊生命体を殺せるのでは、と、今の戦いぶりを見て幾度思った事か。
自分は当然の事、あのタコの化物のような男ですら、バージルの前に立てば、何の反応すらも許さず殺害出来るかも知れない。

 では――その悪魔と相対して、あそこまで持ち堪えられている、軍服のサーヴァントは、何なのか。
狂おしいまでの信念を軸に、バージルの超絶の猛攻を防ぎ続ける、あの金髪の男、クリストファー・ヴァルゼライドは、一体。

 自分が信じる最強のサーヴァントと、その敵対者の目まぐるしい攻防を、あかりは、彼らが戦っている近くのマンションの外廊下から観戦していた。
そんな場所から眺める理由は、単純明快。隙あらば、相手のマスターを自分が葬る気でいるからだ。
バージル自分から直接打って出る事を好む所とするサーヴァントであるが、しかし、正々堂々かつ騎士道精神に則った戦いを旨とした男と言う訳ではない。
つまり、雪村あかりがエンドのE組で今まで培ってきた、暗殺についてのノウハウを彼は否定しないのだ。
隙があれば、お前がマスターを暗殺しても良い。それが勝利に繋がるのならば、何も言う事はない。それが、バージルのスタンスだった。

 ――結論から言おう。その隙が、全くない。
雪村あかりはマンションの三階からずっと、ヴァルゼライドのマスターであるザ・ヒーローの動向を注視しているが、
全く付け入る隙が存在しないのだ。これは暗殺に限った事ではないが、相手に隙があればあるほど、暗殺も戦闘も、成功や勝利と言う結果で終わる可能性は高まる。
だからこそ、色仕掛けや酒による酩酊、情事などと言った営みの最中に、暗殺が行われる事は多いのである。
エンドのE組で、殺せんせーや烏間、イリーナ等と言った手練に、暗殺の戦闘の基礎応用を叩き込まれているあかりは、そう言った隙を観察する能力に、
普通人より長けている。それでも尚、あのマスターには隙らしい隙が見当たらないのだ。恐らくは、烏間やイリーナですら、あの青年に隙を見出す事は不可能だろう。

 年齢は、あかりと大差がない。中学生特有の幼さが消えつつ顔立ちを見るに、高校生か、大学生なのだろうか?
バージルの幻影剣を、燃え盛る剣で破壊する程の反射神経から、彼がただ者ではない事は一目でわかった。だが、此処までとは。
一体、どのような戦場を体験すれば、あの男の様な境地に至れるのか? あの男には、どのような過去があったのか?
解らない事が多すぎる。戦場では如何でも良い事など考えるなと、あの自衛隊からやって来た教員は厳しく指導していた。
それは当然解っているのだが、そんな事を思わず考えてしまう程には、隙がないのだから仕方がない。
今飛び掛かっても、返り討ちに遭うだけなのは解っている。何か、何かあの男の隙を生むような要素はないか。そんな事を考えるあかりであったが――。
それはすぐに、訪れる運びとなった。但しそれは、バージルとヴァルゼライドが今も行っている魔人同士の死闘の趨勢が変わったとか言う訳ではなくて……。

 第三者、それも、自分の知らないサーヴァントの闖入によって、であった。


226 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:30:20 Z.xGWjGo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 それは、ザ・ヒーローにとっては殆ど不意打ちと言っても良かった。
蒼コートを纏ったアーチャーと、自身が信ずるバーサーカーの熾烈な戦いを見ながら、未だにこの場に姿を現さない、
敵アーチャー、バージルのマスターを目視と鋭い感覚で探していたザ・ヒーローの背後に、唐突に現れた強大な気配。
それを認識した瞬間、彼は急いで左方向に大きくサイドステップ――瞬間、ゴアッ、と言う音が鳴り響いたと同時に、白色のフラッシュが迸り、
彼が先程まで佇んでいたアスファルトの道路が大きく、地面ごと抉られた。それは、高熱と高エネルギーを内包した魔力だった。
そしてその出元は、先程ヴァルゼライドと戦っていた、少年の姿をしたランサーの右手からであった。
突如として場に現れたそのランサーこそは、高城絶斗。ザ・ヒーローの見立ての通り、深淵魔王・ゼブルと呼ばれる強大な蠅の魔王の転生体だった。

「へぇ、驚いたね。避けるんだ」

 普段通りの軽い口調でタカジョーは言ったが、それは軽口でもおどけでも何でもなく。
彼は本気で驚いていた。サーヴァントですら回避は不可能と言える程のタイミングでタカジョーは、魔力放出による一撃を見舞った筈なのに。
ヴァルゼライドのマスターは、危なげながらも回避したのだ。成程、刹那が敵わなかった筈であると、タカジョーは此処で初めて、刹那が見栄や嘘を言っていなかった事を知る。

 アスファルトが衝撃波で斬り裂かれる程のチャンバラを行っていたヴァルゼライドとバージルの動きが、停止する。
ヴァルゼライドは一気にバージルから飛び退き、バージルの方は空間転移でヴァルゼライドから距離を離す。二人とも、予期しなかった闖入者に警戒をしている事は明らかだった。

「小狡いな蠅の王。俺に勝てぬと解るや、マスターを狙うのか?」

 大上段に、ヴァルゼライドが挑発した。

「馬鹿には付き合ってられないんでね。楽したい時だってあるのさ、僕も」

 と、いつものようなヘラヘラとした表情で、おどけて見せるタカジョー。
ヴァルゼライドの強さを知っているにも拘らず、このような態度を取れるのは単純明快。
マスターである刹那がもう、このバーサーカーとザ・ヒーローでは追い縋れない距離まで逃げ果せたからだ。
だからこそ、タカジョーも余裕の態度でいられる。刹那がいないと言う事はつまり、自身もまた本気で逃走出来ると言う事を意味するからだ。
それ程までに、タカジョーの瞬間移動の距離と精度は優れている。少なくともこの場に於いて、この魔王に追随出来るサーヴァントは一人も存在しない。

 ヴァルゼライドとバージルの戦闘模様を遠方から眺めていたタカジョーだったが、一つ。ヴァルゼライドに関して解った事が一つあった。
それはこの男が、融通も利かなければ柔軟性もなく、そして、途方もないアホであると言う事だ。
タカジョーにとって最も選んで欲しくなかった選択は、一時的にバージルと共闘し、タカジョーを一緒に探しこれを叩くと言う事だった。
これが一番困る。さしもの魔王と言えど、深淵魔王として覚醒しているならばいざ知らず、高城絶斗の状態で二体のサーヴァントを同時に相手取る事は厳しいのだ。
ヴァルゼライドが共闘を選んだ場合、タカジョーは即座に、刹那と逃走を選んでいた。
結局この英雄は、魔剣士のサーヴァントと戦闘をするという選択を採ったのだが、これにしたってお粗末だ。
仮に交渉が決裂して戦うにしても、タカジョーの存在を気に掛けつつ戦うのが当たり前だ。にも拘らずヴァルゼライドの戦いぶりときたら、
タカジョーの事など完璧に忘れ、目の前の敵を討ち滅ぼすのに全身全霊、と言う有様だ。おかげでこの魔王としても、マスターを狙うのに苦労はしなかったが、
唯一にして最大の誤算があったとすれば、ヴァルゼライドのマスターが本当に、刹那の言う通り尋常な強さではなかった、と言う事だろう。これに関してだけは、本当に予想外であった。

 要するにヴァルゼライドと彼のマスターは、一事が万事を体現する男なのだ。
自分達を追跡し、これを叩くと言う目的を忘れ、目の前に突如として現れた強敵を打ち倒すのに、必死になる。
おかげで、刹那も無事に逃す事が出来た。本来は二人が戦っている所にタカジョーが乱入し、妨害や時間稼ぎを行う手筈だったのだが、その必要性がゼロになってしまったのだ。


227 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:30:38 Z.xGWjGo0
 ――コイツ死ぬな――

 ヴァルゼライドの主従は自身が手を下さずとも、自滅して野垂れ死ぬ。
それが、タカジョーの判断だった。戦闘能力だけで見れば間違いなく強い方ではあるが、如何せん心構えが余りにも直線的かつ直情的過ぎる。
これでは聖杯戦争でも長生きは出来まい。しかし、その強大な戦闘能力と言う一点が厄介だ。此処で消耗させて置きたいと言うのも事実である。

「へい、其処の蒼コートの兄さん」

 そう言ってタカジョーは、バージルの方に目を付けた。

「苦戦しているようだね。手を貸そう」

 敵の敵は味方、と言う法則は魔界でも通用する共通原理だ
バージルもバージルで一癖も行かない難物である事は、彼らのやり取りを見ていたタカジョーには御見通しだ。
しかしそれでも、今なら組出来ると、この魔王は予測を立てていた。

「断る」

 バージルは、当然のように即答した。うむ、とヴァルゼライドが首肯する。よく答えた、と感慨しているかのような様子だった。

「貴様はこの狂人以上に信用が出来ん。失せろ、悪魔が」

 バージルにとっては、ヴァルゼライドと言う男は身体中を斬り刻み、首を刎ねても飽き足らない程立腹している存在であるが。
それでも、悪魔に比べればまだ信用してやっても良い程度の人物だった。そう、バージルはタカジョーが悪魔、それもかなり高位の位階に位置する存在だと見抜いていた。
悪魔に母を殺され、彼らを斬り殺す為だけに力をつけ、技に磨きをかけて来たバージルが、今更悪魔の誘いなど受ける筈もなく。
よって、この結果は必然。バージルにとっては、斬り殺さねばならない相手が一人増えただけに終わった。やれやれ、と言った風にタカジョーが苦笑する。

「嫌われたもんだね、僕も」

 自嘲気にそうボヤいた後――タカジョーは、自身が悪魔だからこそ解る、バージルの怒りの要訣を抉った。

「流石は出来損ない。この場の損得を無視して自分の意思を貫こうとする当たりに、その救えなさが透けて見えるようだ」

「――貴様。もう一度、今の言葉を口にして見ろ」

 キシリ……、と空気が凍結する様な感覚を、この場にいる、雪村あかりを含めた全員が錯覚した。
針で突けば音すら生じるのではと思う程緊密で、冷たい空気。それは全て、バージルが放射する絶対零度の殺意が故であった。
空間の全てを、己の殺意で塗り潰して行くその様子は、無限に水を湧き上がらせる泉を見ているようだと、この場にいる全ての者はそう思った。
バージルの顔をタカジョーが見た。いつも通りの仏頂面は変わる事がないが、彼のコートと同じ、蒼色の炎が、その瞳の中で燃え上がっているのを、タカジョーとヴァルゼライド、ザ・ヒーローは見逃さなかった。

「リピートするのかい。ああ、良いぜ」

 ニッコリと、百点満点の明るい笑みを浮かべながら、タカジョーは口を開いた。

「流石は半人半魔、半分人間の半端者だけあって、出来損ないにも程があるって言ったのさ。
その無能さは人間の要素から来るのかな? 何処の淫売の股座から生まれれば、何処の種馬から遺伝子を賜れば、君みたいな馬鹿が出来上がるんだろうな」


228 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:31:02 Z.xGWjGo0
 其処まで言った瞬間、バージルの右手が霞と消える。
放たれた次元斬が、タカジョーの佇む空間を斬り刻むが、生憎タカジョーはバージルのこの絶技を遠目から何度も見ている上に、
この魔王自体が、バージルよりも優れた瞬間移動の使い手である。故に、回避出来る。一切の予備動作なく其処から消え失せたタカジョーは、
バージルの背後に転移。膝を大きく曲げた状態で、高さ一m程の所に現れたタカジョーは、グンッ、と脚を伸ばし、ドロップキックの要領でバージルに打撃を与え、彼を十数mと吹っ飛ばした。

「カッカすんなよ出来損ないくん、短気は損気って言うじゃないか」

 タッ、とヴァルゼライド達との戦いの影響で、切り刻まれたり崩れたアスファルトの上に降り立ちながら、タカジョーは言った。
ベオウルフを纏わせた右足をアスファルトに接地。摩擦を以て蹴り飛ばされた勢いを殺し、バージルは直立の姿勢に戻った。
タカジョーの煽りを受けても、バージルの技術には、全く鈍りも曇りもない。寧ろ技術の練度だけが上がって居るように見えた。
成程、強いとタカジョーは感じ入るが、絶対にそんな事はこの魔王は口にはしない。

「蠅の王、何の為に戻って来た。」

 腹部を筆頭とした内臓器官に重大なダメージを負い、目に見えて確認出来る肉体的外傷に至っては、素人目に見ても無事では済まないと解る程のそれが、
幾つも幾つもあるにもかかわらず、ヴァルゼライドの気魄は萎えてすらいない。どころか、新たなる敵であるタカジョーの姿を見て、敵意と覇気が、更に膨れ上がっている。

「僕に手傷を負わせたムカつくサーヴァントが、知らないサーヴァントと戦って、剰え苦戦してる所を見ればさ、遭いたくなるに決まってるじゃん? 挨拶のキス代わりにマスターを殺せれば良いと思ったが、中々の当たりくじを引けたみたいだね君は。ハッ、羨ましい事で」

 肩を竦めて、皮肉っぽく。自嘲っぽくタカジョーが言った。
その反応の対象が、此処にいる誰でもなく、自身のマスターである桜咲刹那に対してだとは、誰も知るまい。

「この場に来たのが、貴様の命運の尽き時と言う物だな。俺と、あの蒼コートの剣士。二人を相手に、勝利を奪えるとでも?」

「勝利? ハッ、何それ? 言った筈だぜ、僕は楽がしたいんだって」

 ヴァルゼライドの言葉を嘲り、タカジョーは言葉を続ける。

「そりゃ君みたいに、その力を揮って相手を殺し続けるのが一番気持ち良いんだろうが、僕は賢く生きるんでね。この場を適当に掻き乱して、君達を消耗させて、弱った所を他の誰かに叩きに来て貰うとするよ僕は」

 タカジョーの目的は、聖杯戦争を楽しむ事である。
それは勝利を得て優越感に浸る、と言う事柄も該当するが、相手が戦い争い、傷つき疲弊する所を見るのも愉悦の一つに入るのだ。
世界の管理者であるホシガミの懐刀であり、属性自体も明白に秩序の側に類するタカジョーであるが、本質的には彼は魔王である。
自分が良し、と認めた人間以外にはドライで、冷酷で、無慈悲な存在。それが彼、タカジョー・ゼットであり、深淵魔王ゼブルであるのだから。

「下らない存在だな、貴様は。腐肉を漁るハイエナと何も変わらん」

 唾棄するようにヴァルゼライドが言った。
自ら手足を動かし、剣を振い、アドラー帝国を鋼の王国へと叩き上げて来た男の目には、タカジョーと言うランサーは俗悪で醜怪な何かにしか見えなかった。
生前に兎に角嫌悪と軽蔑の対象として来た、実力も無ければそれを改善しようと言う意思もなく、国と民とに利益を還元させようと言う意思など論ずるに能わず。
自らの私腹を肥やさんが為に国益と血税を貪り、丸々と太った官憲の類を見ている様であった。

「好きに言ってろよ馬鹿が」

 そう言ってタカジョーは、ヴァルゼライド達の方――ではなく。
道路に佇む四人の両脇に聳えるマンション、その左脇のそれに、右掌を向け始めた。そして、掌に収束されて行く魔力。
目を見開いたのはバージルの方だった。タカジョーの意図する所を理解したその瞬間彼は、瞬間移動でその場から消失。
ヴァルゼライドも、彼のマスターのザ・ヒーローも、直に彼の気配を探ろうとする。バージルが空間転移を巧みに操り、
相手を翻弄するサーヴァントだと言う事がよく解っているからだった。しかし、今のバージルに、ヴァルゼライド達を攻撃する意思がない事を知っているのは、
タカジョーだけだった。そう、この魔王は遠くから一部始終を見ていたので知っていたのだ。今自分が掌を向けている方向には――バージルのマスターが息を潜めて隠れている事を。


229 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:31:17 Z.xGWjGo0
 白色のフレアーが、タカジョーの掌から迸った。狙いは、雪村あかりが隠れているマンションの三階部分。
人体程度なら容易く一呑みする程の大きさのそれは、影すら残さず消滅させる程の威力をそれは秘めている。
攻撃の補助どころか、余りの精度と勢いの故に、攻撃そのものにも転化させられる程の、タカジョー・ゼットの魔力放出だった。

 その軌道上に、バージルが現れ、閻魔刀を勢いよく縦に振りおろした。
タカジョーの放った魔力放出は閻魔刀の剣身に触れた瞬間、大風に祓われる霧の如く、消えてなくなった。
ヴァルゼライドとの戦闘で失われた魔力の一部が回復して行くのが、バージルには解る。閻魔刀は魔力を喰らう魔剣である。
サーヴァントや魔術師を斬ればその魔力を自身のエネルギーに変換するこの魔刀に掛かれば、タカジョーの魔力放出を防ぐ事など訳はない。何せ魔力放出とはその文字通り、『魔力』そのものを形として放っているのだから。

【そのマンションから離れろ!!】

 念話でそう一喝するバージル。それを受けるのは当然、彼のマスターである雪村あかりだった。
突如としてこの場に現れた、少年の姿をしたランサーと、彼とヴァルゼライド、バージル達が行うやり取りを、白痴の様な態度で眺めていたあかりに、漸く自意識が復活してきた。自分は、タカジョーに攻撃されたのだと、この瞬間彼女は気付いたのだ。

 一瞬だが、タカジョーの瞳に驚きの感情が掠められる。
魔力放出が防がれる事は、織り込み済みだった。しかし、魔力と魔術を操る者の頂点とも言うべき、魔王の魔力察知能力は、見逃さなかった。
魔力放出をバージルが斬り裂いた瞬間、彼の失われた魔力が回復したと言う事実を。

 フッ、と言う音すら立たせず、タカジョーの姿がその場から消え失せる。
その後、刹那程の時間を置いて、彼の佇んでいた空間に、幾つもの空間の断裂が走った。空中でバージルが、次元斬を放った為である。
タカジョーはこれを読み、卓越した空間転移の技術で簡単に回避して見せたのだ。そして現れた先は、先程バージルが流星脚を見舞ったせいで、
真っ二つになったアスファルトがある地点。バージルが割り裂いたアスファルトに腕を突き刺し、それを、ザ・ヒーローの方に放り投げた。
軌道は放物線上でなく、完全な直線(ストレート)。重さは優に半tを超え、一t以上は下らないそれを、ボールでも投げるような感覚で投擲出来るのは、偏にタカジョーの怪力の故であった。
 
 鞘からヒノカグツチを引き抜き、飛来する六m超のアスファルトの分厚い板に、ザ・ヒーローはこれを振り下ろした。
音速を超過する速度で振り下ろされたヒノカグツチに触れた瞬間、アスファルトは先ず、大小の瓦礫に変貌し、その後で、
ヒノカグツチの剣身に纏われた灼熱で蒸発。一瞬で気化してしまう。

 今の攻撃で、タカジョーは確信した。ヴァルゼライドのマスターは、強い。
但しその強い、と言うのは、現生人類の中では、と言う意味ではない。『サーヴァントと比較しても何ら遜色がない程強い』、と言う意味だ。
ともすれば、英霊の座に登録されている下手な英霊や、生前に葬って来た上級悪魔ですらも、この男は眉一つ動かさず葬れるかも知れない。
しかも所持しているあの武器、つまり、ヒノカグツチであるが、明らかにあれは宝具級の一品の上、その宝具が齎す効果があるから、あの強さがあると言う訳でもない。
ザ・ヒーローの強さは、完全に自前の物であり、その上、確固とした戦闘経験が身体に培われているのだ。

 ――勝てない訳だな、こっちのマスターがさ――

 とどのつまりヴァルゼライドのマスターは、生きている英霊に近しい。
何処で何を経験すれば、斯様な強さが得られるのか、全く理解が出来ないが、それは確実だとタカジョーは睨んでいた。
これが、何を意味するのか。一つ、この主従に関しては、マスターにマスターをぶつける、と言うやり方は悪手以外の何物でもない事。
そしてもう一つ。此処でヴァルゼライドと事を争うのは、言ってしまえば、英霊二人と戦う事に殆ど等しいと言う事だ。
しかもこの場には、自分について恨み骨髄、そうでなくても滅ぼす気しかない、バージルと言うアーチャーまで存在する始末だ。
やはり、この三者相手に本気で争う事は愚の骨頂と言う自分の考えは正しかったのだと、タカジョーは改めて認識するのであった。


230 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:31:32 Z.xGWjGo0
 地を蹴って、ヴァルゼライドが一直線にタカジョーの方へと向かって行く。
真っ当な三騎士でも、最早動く事すらままならないのでは、と言う程の外傷を負っているにも関わらず、先程戦った時と、
何ら変わらない移動速度で接近してくるヴァルゼライドの姿に、不気味な物をタカジョーは感じ取る。こいつ本当に人間か?
ケルベロスと一緒にあの公園で戦った時もそんな疑問を抱いたタカジョーであったが、事此処に至って、その思いは膨れ上がるばかりだ。

 間合いに入った瞬間、ガンマレイを纏わせた極光剣をタカジョー目掛けて振り下ろすヴァルゼライド。
この一撃には絶対に直撃してはならないと、文字通り、『痛い程』解らされているタカジョーは、魔王の反射神経で、サイドステップを刻む事で回避。
避けた先で、この魔王は空間転移を行い、ヴァルゼライドも、獣の反射神経で何を感じ取ったか、大きくバックステップを行い、その場から離れる。
何て事はない、バージルが着地したと同時に、次元斬を放ち、空間の断裂でタカジョーと、彼に接近したヴァルゼライドごと斬り殺そうとしたからである。
頭に血が上りつつも、纏めて二人を斬ろうと冷静な判断を行い続けるバージルも優れた戦士なら、彼の方に一切目をくれずとも、空間の切断の予兆を察知するタカジョーとヴァルゼライドもまた、人外の怪物であった。

 ザ・ヒーローの目の前に空間転移して現れたタカジョー。
一見すれば何処にでもいそうな佇まいのこの青年目掛けて、タカジョーは凄まじい速度の殴打と蹴りのコンビネーションを放った。
フック、ジャブ、ローキック、ハイキック、ジャブ、フック、ストレート、アッパー、エルボー、ローキック……。
人外の速度を前面に押し出しながらも、高い練度を感じさせる鋭い一撃の応酬は、ザ・ヒーローに反撃の余地を許さない。
許さないが、しかし。タカジョーの放つ攻撃の数々は全て、捌かれていた。
半身にする、身体を傾けさせる、ヒノカグツチの剣身や柄頭で往なす、弾く、等々。冷静に冷静に、ザ・ヒーローは、タカジョーの攻撃を処理していた。
彼が、反撃に転じられないと言うのは事実である。それ程までにタカジョーの攻撃は速く、カウンターすら狙えない程の練度で行っているのだから。
だが、これに持ち堪えられている、と言う時点で、ザ・ヒーローは既に人間ではない。魔力放出等を用いて速度や威力の底上げをしていないとは言え、
真っ当な英霊であれば、凌ぎ続ける事すら困難なタカジョーのコンビネーションを防げている。この時点で、ザ・ヒーローは最早異常であった。

 その事実を――バージルに気付かせる、と言う意味で、タカジョーは、ザ・ヒーローに攻撃を行っていた

 バージルも気付いたらしい。
今更気付いた、と言う訳ではない。初めてザ・ヒーローを見た時から、この男がただ者ではない事をバージルは見抜いていた。
しかしそれも、人間の中では、と言う括りの中での話で、率直に言えばバージルはザ・ヒーローの事をかなり見下して見ていた。
今は、違う。サーヴァント、しかも、生前はかなりの上級悪魔である事が窺えるタカジョーの攻撃を防いでいる、と言う現場を、バージルは今目の当たりにしている。
そう、漸くバージルも認識したのだ。ザ・ヒーローが、サーヴァント級の強さを持った男であると。
そして近い将来、英霊の座へと登録される事が、夢物語でも何でもない程の剛勇であると。そうと解れば、バージルは、いや、真っ当なサーヴァントなら如何動くか?
――そのマスターに、攻撃の矛先を変えるに決まっている。
 
 その事を悟ったヴァルゼライドが、猛速でバージルの方へと向かって行き、星辰光を纏わせた自身の刀を振り下ろす。
雲一つない澄んだ青い晴天から、敵を裁かんと亜光速で降り注がれる、黄金色の裁きの放射光(ガンマレイ)。
如何なバージルと言えど、これ程の速度の攻撃を見切る事など不可能である、が。その予兆を見て回避する事は出来る。
ヴァルゼライドが右手で握った刀を振り下ろそうとしている、と認識するや、空間転移を行いその場から移動。
その後、百万分の一秒と言う程の短い時間が経過した、その瞬間、ガンマレイが着弾。アスファルトを砕き、その下の土地を蒸発させ、忽ち、放射線汚染された死の領土へと変貌させる。


231 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:32:21 Z.xGWjGo0
 タカジョーが狂的な笑みを浮かべその場から消え失せる。音速に相当する速度のミドルキックを、ヒノカグツチに弾かれたのと、殆ど同時だった。
消えた、と認識した瞬間、ザ・ヒーローは、上空に溜められた濃密な魔力を看破した。ヴァルゼライドは、魔力こそ見抜けなかったが、此方に向けられた、
暴力的なまでの殺意を感知した。二人が上空に何かがあると認識した瞬間だった。
正しく驟雨としか言いようのない程の速度、勢い、そして物量で、浅葱色の魔力剣が降り注がれてきたのは。
超絶の技量と速度を以て、ヴァルゼライドが両手で握ったアダマンタイト刀を振るう。
悪魔との苛烈なる死闘を繰り広げて来たと言う実戦経験から来る、化物染みた直感と人類種の限界点を超越した身体能力でヒノカグツチを振いまくるザ・ヒーロー。
物質的な強度も申し分ない幻影剣が氷柱の様に砕け散り、浅葱色の魔力の粒子が、ダイヤモンド・ダストめいて二人の周りに舞い散り出す。
降り注がれる幻影剣を全て砕いて防御する二人の技量も勿論の事、もう一つ、凄まじい点があった。
両者の肉体にではなく、地面に突き刺さる幻影剣が幾つも存在するのであるが、その全ては、地面に刺さるや即座に爆発していた。
何故か? 爆発の勢いを借り、亜音速超の速度で土片やアスファルトの礫を飛来させているからだ。言わば、手榴弾の要領と言うべきか。
これらもまた、ザ・ヒーローとヴァルゼライドの身体を害さんとする要素の一つと今やなっていたのだが、これすらも彼らは弾き飛ばし、破壊し、事なき事を得ているのである。

 幻影剣の雨が止む。
束の間の安堵、などと言う甘い考えを起こし、気を緩ませると言う真似を二名は絶対にしない。
ヴァルゼライドもザ・ヒーローも、即座に跳躍。一足飛びに、前者は後方十数mを、後者は前方数十mを移動する。
着地と同時に、空間に刻まれる、幾百もの空間の断裂。もしもザ・ヒーロー達があのまま跳躍していなければ、バージルの放った次元斬は、二名ごとその肉体を百以上の肉片に分割していただろう。

 音もなく、バージルが空間転移で、耕運機で耕された後としか思えない程、粉々になった道路に降り立った。
場所は、ヴァルゼライドとザ・ヒーローが佇む現在地点と現在地点を結ぶ線分の中間地点。
ヴァルゼライドが地面を蹴り、バージルの方へと向かって行く。腰を低く落とし、鞘にしまわれた閻魔刀の柄に手を伸ばすのはバージルだ。
両者の距離が五m程のそれに近づいた瞬間だった。――この場に、これまで静観を決め込んでいた第三者が、漸く躍り出たのは。

 それは、自身が今まで隠れていたマンションの屋上から、無事な状態の電線に触手を一本巻き付け、それを伸縮させる勢いを利用し、
ザ・ヒーローの方へと弾丸の如くに特攻していった。うなじから伸びる細い鞭のような触手は、少女にとっては不倶戴天の仇敵である地球破壊兵器と同種の物であり、
確かに忌々しいものである一方、この聖杯戦争では何よりも頼る事の出来る立派な武器の一つであった。
彼女こそは、世界で唯一の暗殺が教科として組み込まれた学校教室の生徒の一人であり、誰よりもその教室の究極目標殺害に燃えている少女。雪村あかりなのであった。

 驚いたのはザ・ヒーローとヴァルゼライドだ。
平時の彼らならば、この程度の不意打ちには反応出来たし、そもそも雪村あかりの射出の勢いだって、如何贔屓目に見ても、弾丸の速度に達していない。
にも拘らず、特に、ザ・ヒーローの反応が遅れたのは、やはり、バージルとタカジョーの超猛攻を防いだ後である、と言うのが一番大きい。
少し疲労が蓄積したのと、ヴァルゼライドとバージルの戦いの顛末を見届け、その後指揮を適宜下そうと考えていた、その瞬間を狙われた。
無論、あかりは当然、ザ・ヒーローの隙をラッキーで突けたのではない。その瞬間を敢えて狙ったのだ。
格上を暗殺するのに必要なのは、兎に角油断と隙を誘う事。例えば色仕掛け、例えば酒、例えば――隙を作ってくれる仲間と共にツーマンセルを組む。
全ては狙った事だった。タカジョーが此方に向けて放った魔力放出を、バージルが閻魔刀で斬り裂き無効化していたあの時。
本当に一瞬の時間だったが、念話経由であかりはバージルに、ザ・ヒーローを殺せる程度の短い隙を作って欲しいと頼んでいたのだ。
それを、バージルは忠実に実行した。この蒼コートのアーチャーの本命は、あかりによる不意打ちであったのだ。


232 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:32:57 Z.xGWjGo0
 うなじから伸びるもう一本の触手を、音速を超える程の速度で振るい、ザ・ヒーローの心臓部を打擲しようとするあかり。 
回避しようと身体を捩じらせる彼であったが、触手の想定を超える速度に、判断を見誤った。
鞭の様なしなやかさを持ちながら、水銀の様な質感のあかりの触手は、彼の胸部を打ち抜き、凄まじい速度で吹っ飛ばした。
電柱に彼は背中からぶち当たり、血を吐いた。クッション代わりとなった電柱は直撃点から亀裂が生じ、ほんの少し衝撃を加えれば倒れそうな状態となる。

「マスターッ!!」

 流石のヴァルゼライドも焦る。
その一喝を受け、あかりは急いで、電線に今も巻き付けている触手を動かし、その場から移動。一秒程度の速度で、マンションの屋上まで逃走した。
しかしヴァルゼライドはあかりを見逃した。優先順位はマスターの無事を確かめる方が高い。
ザ・ヒーローの方へと駆け寄ろうとするが。歩みが止まる。簡単な話であった。目の前に――右掌を向けているタカジョーが佇んでいるのだから。
彼は、帰って来た。バージルが降り注がせた幻影剣の雨から逃れる為、二百m程離れた地点まで空間転移。頃合いを見て、この場に戻って来たのである。

「死ねよ」

 言ってタカジョーは、伸ばした掌から白色のフレアーを迸らせヴァルゼライドを消滅させようとする。
しかし、星辰光を纏わせた刀を目にも留まらぬ速度で振るい、彼はフレアーを斬り裂き、身体全てを呑み込むと言う事象だけは何とか回避した。
だがそれでも、振った側の右腕はフレアに呑まれ、軍服の袖が消滅、皮膚には、酷過ぎるにも程がある、黒々とした火傷が刻まれていた。

「まだだ!!」

 英雄は、止まらない。そして、負けてはならない。
瞳に裂帛の気魄と、眼球自体から火が噴きかねない程の闘志を宿し、ヴァルゼライドは、どんな苦境に陥っても、どんな絶望的状況に立たされようとも、一瞬で心を奮い立たせる、魔法の言葉(ランゲージ)を叫んでいた。

 ――コイツ狂ってるな……――

 改めて、その歪みもなければ曇りもなく、そして迷いなんて欠片もないヴァルゼライドの精神性を見て、そんな事をタカジョーは考える。
此方に向かおうとするヴァルゼライドを冷めた目で見ながら、タカジョーは空間転移。先程まで彼のいた空間に、燃え盛る剣が振り落とされた。
それこそは、記紀神話に於いてイザナミの股座から生まれ、陰部ごと女神を焼きつくした焔の神と同じ銘を冠した神剣、ヒノカグツチだった。
あかりの触手に打擲された痛みと衝撃から即座に復帰し、背後からタカジョーを斬り裂こうとしたのだが、魔王はこれを見抜いていた。

 裾の短いズボンのポケットに手を突っ込みながら、タカジョーは、如何なる浮力を生み出しているのか。
中空十m程の地点を浮遊しながら、一同を見下ろし、あの、皮肉気で、此方を嘲るような笑みを浮かべていた。


233 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:33:08 Z.xGWjGo0
「お前達みたいな屑と出来損ないの集いでも、悔しいだろ? 僕みたいな劣化の著しい魔王に、此処まで場を引っ掻き回されて、さ」

 ケラケラと言うオノマトペが周りに浮かび上がりそうな程の笑みを浮かべて、タカジョーが言葉を続けた。
が、直に、虚無その物の如き無表情を形作りながら、タカジョーは、眼下の四名を見下ろした。

「お前達のやってる事は、この街の混沌を悪戯に助長させてるだけだ。契約者の鍵に投影された、遠坂凛とセリューとか言う女と、やってる事は何も変わらない」

「魔王である貴様がそれを説くのか、蠅の王。悪魔に人倫を説かれるとは、俺も思いも拠らなかったぞ」

 と、ヴァルゼライドも侮蔑の念を以てタカジョーに言葉を返すが、即座にタカジョーの方も、反撃を仕掛けて来た。

「悪魔に人倫を説かれる方が異常だと思わないの?」

 肩を竦め、タカジョーが言葉を続ける。

「何が、人理に万年の繁栄を誓うのだ、だよ。人の住居と街並みを破壊する恥知らずが良くも大上段にそんな事が言えたもんだ」

「悪いけど、君の挑発には乗らないよ、ベルゼブブ。敵の悪魔の言う事は、僕らは聞かない事にしてるんだ」

「正しいね、狂人のマスターくん。そう、悪魔に対しては、それが正しい反応だ」

 「ただ――」

「これだけは、覚えておきなよ。聖杯を求めるのは悪い事じゃないが、たまには何故自分が此処にいるのか、と言う事も考えた方が良い。案外、とんでもないものの為に、フルートを吹かされてるかも知れないんだから、さ」

「逃げ口上か?」

 と言うのは、バージルだった。

「解釈はご自由に、出来損ないくん。まぁ、身の振り方位は、考えときなよ。君達と戦って、僕も理解した――」

 其処まで言ってタカジョーの姿が消え失せた。と同時に、彼が浮遊していた空間に、無数の空間の断裂が刻まれ、黄金色の光の柱が亜高速で降り注いだ。
その予兆を読んで、タカジョーは消え失せたのである。斬り刻まれる空間、地面に着弾し、オモチャの様にアスファルトを砕き、土煙を巻き上げるガンマレイ。
それを嘲るが如くタカジョーは回避する。後には、あの魔王の声が、その場に響くだけであった。

 ――我々は、とんでもない混沌の世界に呼び出されたのではないか、とね――


234 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:33:23 Z.xGWjGo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【追うぞ、バーサーカー】

 消え失せたタカジョーを視認するなり、即座にザ・ヒーローは決断を下した。
決して、当初の目的であった、タカジョーの追跡を思い出した、と言う訳ではない。
活動していた世界において、ザ・ヒーローが辿った道筋と、其処で体験した悪魔の恐ろしさを考えた場合、
ベルゼブブ程の最上位悪魔を見過ごす訳には行かなかったからだ。此処で自分達が戦った、蒼コートのアーチャーと戦うのも確かに急務である。
しかし、ザ・ヒーロー達にしてみれば、ベルゼブブの化身だと解っているサーヴァントの方が、優先処理順位が高い。
故に此処は、あの魔王のランサーの追跡を、ザ・ヒーローは急務とした。

【従おう、マスター】

 そう言ってヴァルゼライドは、ザ・ヒーローの下へと走る。
そしてザ・ヒーローは、目にも留まらぬ速度で拳銃を懐から引き抜き、敵アーチャーのマスターである、雪村あかりの脳天目掛けて早撃ち(クイックドロウ)した。

「!?」

 驚いたのはあかりの方だった。
年恰好も自分と同じ位、見た目に至っては、何処にでもいる普通の青年その物。
ザ・ヒーローと言う大仰な名前をしているが、結局、この男の容姿を一言で説明するのならば、そんな所に過ぎない。
であるのにこの男は、サーヴァントに匹敵する程の戦闘力を発揮するだけでなく、あろう事か、何処から入手したのか。
日本国内では所持自体が禁止に等しい拳銃を、仕入れていた。と言うその事実と、何の躊躇いもなく此方に発砲して来たと言う事実に、彼女は驚きを隠せなかった。

 眉一つ動かさず、バージルが弾丸の弾道上に立ち、閻魔刀を高速で、プロペラの如く回転させて弾を弾いた。
チィン、と言う小気味よい金属音が鳴り響き、弾丸は明後日の方向に弾き飛ばされる。
無論、ザ・ヒーローは、この程度の事など織り込み済みだ。この弾丸は、牽制。タカジョーの追跡を滞りなく行う為の、だ。

 ザ・ヒーロー達は、バイクか何かと見紛う程の速度で走って、あかり達から遠ざかる。
そしてザ・ヒーローは走りながら、凄まじい連射速度でベレッタ92Fの弾丸をあかり目掛けて発砲しまくる。
トリガーを引く速度が余りにも速過ぎるので、銃声が途切れる事無く連続して鳴り響く。百分の一秒以下の速度で、ベレッタに装填された弾丸は撃ち尽くされる。
放たれた弾丸は全て、あかりの急所、頭部や心臓、内臓が集中する胴体部を狙っているのだが、やはりバージルはこれを簡単に閻魔刀で弾く。

 拳銃で人間の急所を撃ち抜いた時、確実に殺せる距離は二百mとされている。但しこれは、拳銃の最大射程距離であり、言うなれば拳銃の射程のリミットだ。
アマチュア、プロ問わず、拳銃が最もその効力を発揮出来るとされる距離は、凡そ五〜五十m程とされ、それ以上の距離を離すと、
運動エネルギーの低下による弾丸自体の威力低下や、外的要因、例えば横風などにあおられ弾道そのものがねじ曲がる、等と言う不可避の物理現象で弾の威力が損なわれてしまう。

 現在ザ・ヒーロー達は、バージル達から八十m以上離れている所まで移動し終えた。
それなのに、ザ・ヒーローは、凄まじい速度でマガジンに次弾を装填。途切れる事無く弾丸を放ち続ける。
既に拳銃の有効射程距離から大幅に離れた所から弾丸を発砲しているにも拘らず、命中精度が、全く落ちていない。
寸分の狂いなく、あかりの脳天や心臓目掛けて弾丸を殺到させているのだ。頭の中に、超精度の量子コンピューターが大脳の代わりに搭載されていると説明されても、
誰も疑わない程の命中率だった。そんなザ・ヒーローの超絶の技巧を、バージルはあざ笑うかのように弾き続ける。最早、流れ作業的とも言うべきだった。
しかし、これで良い。銃弾を防ぐのに閻魔刀を、腕を使わせていると言う事は、あの恐ろしい閻魔刀の居合を封じられていると言う事なのだから。
これがザ・ヒーローの狙いだった。幻影剣ならば彼も余裕を以て対処出来るが、閻魔刀の居合は、見るだに恐ろしい程の速度と技量から放たれるので、対処が困難だ。
これを封じるだけでも、此処からの逃走率は、グンと上がる。

 曲がり角を曲がり、即座にヴァルゼライドに霊体化を命令。ザ・ヒーロー達は走る速度を更に上げる。バージル達の視界からは、逃げ切った。
だが油断は出来ない。此処から猛速で、彼らを振り切る必要があるからだった。


235 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:33:44 Z.xGWjGo0
【悪いね、バーサーカー。あのアーチャーとの決着をつけられなくてさ】

【構わん。あの男が俺の見立て通りの男なら、簡単に命を失う事はあるまい。その時まで、その首は預けておこう】

 ヴァルゼライドは思い出す。あの蒼コートの超絶の剣技と、技術を。
如何なる地獄を見、如何なる絶望から這い上がれば、あの男が完成するのか。如何なる運命を征服すれば、あれ程の個が、成る事が出来るのか。
面白い、と彼は思う。相手にとって如何程の不足もない。生前の時点ですら、体感した事もない強敵の出現に、身体の中の何かが震える/奮える/揮える。

 ――それでも

 ――勝つのは俺だ――

 この聖杯戦争に参加している全サーヴァントが自分を袋叩きにでもする、と言う行動でなければ、自分は死なない。
それどころか、そうでもしなければ、五分と五分の状況にすら自分を追い込ませる事は出来ないだろうと、この男は本気で思っていた。
如何なる願いでも叶う、聖なる杯。旧暦の時代に存在した基督教の中の伝説の一つの、その様な伝承が存在した事はヴァルゼライドも知っている。
それを以て、自身のアドラー帝国を――いや。人理の永久(とこしえ)の繁栄を願う事こそが、ヴァルゼライドの願いだった。
この願いが、簡単に成就されぬ事を彼は知っている。何時だって英雄譚の中の主人公は、順風満帆に目的を達成させられて来た訳ではない。
常人であれば即座に心も折れてしまうような艱難辛苦が、ある時は悪魔や竜と言う形で実体を伴い立ち現れ、ある時は運命そのものが敵として立ちはだかったりで。
彼らの邪魔をして来た筈なのだ。ヴァルゼライドを英雄と言う役柄に代入するのであれば、彼の覇道を邪魔する悪魔や竜とは、サーヴァントの事に他ならないだろう。
その敵を、ヴァルゼライドは全て砕いて見せると決意していた。如何なる悪魔が立ちはだかろうが、ガンマレイの極熱で塵一つ残さず消し滅ぼして見せよう。
どれだけの巨体を誇る竜が現れようとも、その顎を引き裂いて見せよう。

 そう、最後に勝つからこそ、英雄なのだから。最後にその場に立っているからこそ、英雄なのであるから。

 霊体化したヴァルゼライドも、街を走るザ・ヒーローも、青空を見上げた。
夏至も過ぎて間もない、夏の盛りの朝だと言うのに。明けの明星が、やけによく見える気がした。
太陽(カグツチ)の光に負けぬ存在感を醸して宙に浮くその星は、気のせいか。此方を見下ろし、笑って/嗤って/哂っているようであった。




【早稲田、神楽坂方面(早稲田鶴巻町・住宅街)/1日目 午前8:30】

【ザ・ヒーロー@真・女神転生】
[状態]健康、肉体的損傷(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ヒノカグツチ、ベレッタ92F
[道具]ハンドベルコンピュータ
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する。
1.一切の容赦はしない。全てのマスターとサーヴァントを殲滅する。
2.遠坂凛及びセリュー・ユビキタスの早急な討伐。また彼女らに接近する他の主従の掃討。
3.翼のマスター(桜咲刹那)を追撃する。
[備考]
・桜咲刹那と交戦しました。睦月、刹那をマスターと認識しました。
・ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると推理しています。ケルベロスがパスカルであることには一切気付いていません。
・雪村あかりとそのサーヴァントであるアーチャー(バージル)の存在を認識しました


【バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]全身に炎によるダメージ、幻影剣による内臓損傷、右腕の火傷(大)、魔力消費(中)
[装備]星辰光発動媒体である七本の日本刀
[道具]なし
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:勝つのは俺だ。
1.あらゆる敵を打ち砕く。
[備考]
・ビースト(ケルベロス)、ランサー(高城絶斗)と交戦しました。睦月、刹那をマスターであると認識しました。
・ ザ・ヒーローの推理により、ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると認識しています。
・ガンマレイを1回公園に、2回空に向かってぶっ放しました。割と目立ってるかもしれません。
・早稲田鶴巻町に存在する公園とその周囲が完膚無きまでに破壊し尽くされました、放射能が残留しているので普通の人は近寄らないほうがいいと思います
・早稲田鶴巻町の某公園から離れた、バージルと交戦したマンション街の道路が完膚なきまでに破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います


236 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:34:01 Z.xGWjGo0
「逃げられちゃったね……」

 と言うのは、バージルの近くに佇む雪村あかりだった。

「直に殺せる、と思ったが、予想が外れたな」

 マスターの中には、高い戦闘能力を持った存在がいる事自体は、バージルもあかりも織り込んでいた。
だが、あそこまでとは、思わなかった。高い存在がいるにしても、サーヴァントと交戦が可能な程度に強い存在など、居る筈がないと思い込んでいた。
その顛末が、今なのだろう。あかりは思い出す。そんな事、出来る筈がない、理論上不可能だ、と言うバイアスは危険なのだ。
暗殺と言うのは基本的に成功率が低い。常道の手段での暗殺など、余程の事がない限りは成功がしないのだ。
だからこそ、シチュエーションに合わせて奇を衒い、そんな事不可能だ、とタカを括っている所こそが、彼らの付け入る間隙となる。
今回は、逆に其処を相手に突かれる形となってしまった。悔しい、と思うのはあかりだけではない。バージルも同じだった。
いや寧ろ、バージルの方が悔しいだろう。その実、弟のダンテよりも父であるスパーダを尊んでいたバージルにとって。弟よりも母を愛していたバージルにとって。
その両者を、あの少年の姿をしたランサーに侮辱されたのであるから。

 ――しかし逆に言えば、この程度の被害で済んだのは、ある意味で幸運と言うべきか。 
あかりにはダメージらしいダメージもなく、バージルの損傷も、高い自然治癒能力で何とか治る可能性があるだろう。
何よりも二人は、あれ程の強さのマスターがいる、と言う経験もした。これが何よりも得難い財産だ。今回で一番の収穫だろう。
同じミスは二度と繰り返さない事は、勉強でも、戦いでも当たり前の事である。二人は、次は同じ轍を踏むまいと、決意する。

「次何て用意したのが、あいつらのミスだよ」

「同意見だな。此処で俺達を何としてでも殺さなかったのが、な」

 あの二人は危険だ。その戦闘能力も、その思想も。
生半な主従では、忽ちあの強さと意思の強固さの故に、瞬く間に敗れ去る事は必定だろう。
しかし、あの性情故に、あの主従は疾く滅び得るであろう。敵と出会えば真正面からそれに挑みかかり、その実力を如何なく発揮する。
そればかりでは間違いなく、あの二人は勝つ事はないだろう。余りにも堅固かつ強固な意思の強さ故に、それ以外の搦め手を使えず、その強すぎる意思の故に折り合いも付けられない。その柔軟性のなさは、間違いなく死を早める。下手をすれば、放っておいても良いかも知れない。

 ――だがそれよりも気になるのは、少年のランサーだ。
バージルは一目見た瞬間から、あのランサーが悪魔、それも、魔界でも類を見ない程の上級悪魔が転生した存在である事を見抜いていた。
其処が、引っかかる。英霊の座と言う物のシステムを考えれば、通常、あのような悪魔はそもそも登録すらされないのではないか?
いやそもそも、魔王と言う存在の格を考えれば、聖杯戦争に使われる魔力量では、召喚させる事すら困難なのではないか?
あのランサーは言っていた。自分が何故、此処にいるのか、それを考えろ、と。
悪魔が此方を惑わす為の発言である事は重々承知だが、それでも、引っかかる所はあった。何故、バージルは――俺は、聖杯戦争に呼び出されているのか、と。

 其処まで考えて……バージルは、直に思い直した。自分自身が此処にいて、自分の意思で聖杯を求めている。
その事実には、何の違いもなかったからだ。聖杯が存在し、それが、自分の願いを叶える。それだけが、重要な事柄ではないのか。
かぶりを振るい、バージルは直に、いつもの様な仏頂面を作りだし、霊体化を始める。

【俺達の戦いは目立ち過ぎた。早い所去らないと、人が集まるぞ】

【……そうだね】

 先程ヴァルゼライドが交戦したと思しき、早稲田鶴巻町の公園での顛末を見れば解る通り、派手過ぎる戦いを繰り広げると人が来る。
此処もじき、大勢の人間が駆け寄る事だろう。それを見越して、あかりは急いでその場から退散する。

 ――後には耕された後の様なアスファルトと土地の惨状と、目には見えない、放射線に汚染された道路とだけが、広がるだけであった。


237 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:34:30 Z.xGWjGo0
【早稲田、神楽坂方面(早稲田鶴巻町・住宅街)/1日目 午前8:30】

【雪村あかり(茅野カエデ)@暗殺教室】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]なし
[道具]携帯電話
[所持金]何とか暮らしていける程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を絶対に手に入れる。
1.なるべく普通を装う
2.学校へ行くべきか?
[備考]
・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
・遠坂凛の住所を把握しましたが、信憑性はありません
・セリュー・ユビキタスが相手を選んで殺人を行っていると推測しました
・ ザ・ヒーローとバーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・ランサー(高城絶斗)の存在を認識しましたが、マスターの事は知りません
・この後何処に向かうかは、後続の書き手様にお任せ致します

【アーチャー(バージル)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的損傷(小)、魔力消費(小)、放射能残留による肉体の内部破壊、全身に放射能による激痛
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、力を得る。
1.敵に出会ったら斬る
2.何の為に、此処に、か
[備考]
・ ザ・ヒーローとバーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・ランサー(高城絶斗)の存在を認識しましたが、マスターの事は知りません
・宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』を纏わせた刀の直撃により、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。悪魔としての再生能力で治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります


238 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:34:43 Z.xGWjGo0
「ただいま」

 一切の音を立たせず、瞬間移動を駆使し、タカジョーは、マスターである刹那の下へと移動した。
場所は、BIGBOX高田馬場の利用客が用いる、立体駐車場の屋上。タカジョーがヴァルゼライド達の所へ向うその前に、刹那はこの場所まで距離を離していたのだ。
今の所、刹那以外此処に人はいない。人払いと言うよりは、自らの姿を認識され難くする魔術を、用いているのだろう。

「手傷がないようだが」

 訝しげに、タカジョーの事を注視する刹那の服装は、いつもの学校制服から、学校指定のジャージに着替えられていた。
先程、ヴァルゼライドのマスターと交戦した際に、ボロボロになってしまった為に、着替えておいたのだ。それ自体は、妥当な判断と言えようか。

「ま、適当に場を掻き乱して帰って来たからね。少なくとも、あの金髪のバーサーカーは、自滅を狙った方が良いよ。あれはそう遠くない未来に、滅びそうだからさ」

 ニッと笑った後で、タカジョーはケラケラ笑い始めた。
何がおかしいのか解らない。向こうで何が起っていたのかは解らないが、如何やら、タカジョーの溜飲を下げる何かだけは、あったらしい。

「いやぁ、良い物だね。人を追い詰めた人間の破滅が、確実な物になるって事が解るのはさ」

 顔を右手で抑えて、タカジョーがクツクツと忍び笑いを浮かべた。
それを、やはり、敵意に満ちた目で見る桜咲刹那がいた。やはりこの男は、悪魔なのだと、再認させられる。そんな瞬間であるのだった。




【高田馬場、百人町方面(BIG BOX高田馬場 立体駐車場屋上)/1日目 午前8:30】

【桜咲刹那@魔法先生ネギま!(漫画版)】
[状態]魔力消費(中)、戦闘による肉体・精神の疲労、左脇腹に裂傷(気功により回復中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]某女子中学指定のジャージ(<新宿>の某女子中学の制服はカバンに仕舞いました)
[道具]夕凪
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの帰還
1.人は殺したくない。可能ならサーヴァントだけを狙う
2.傷をなんとかしたい
[備考]
・睦月がビースト(パスカル)のマスターだと認識しました
・ザ・ヒーローがバーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)のマスターだと認識しました。
・まだ人を殺すと言う決心がついていません

【ランサー(高城絶斗)@真・女神転生デビルチルドレン(漫画版)】
[状態]魔力消費(中) 放射能残留による肉体の内部破壊が進行、全身に放射能による激痛
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ
1.聖杯には興味がないが、負けたくはない
2.何で魔王である僕が此処にいるんだろうね
3.マスターほんと使えないなぁ
4.いったいなぁ、これ
[備考]
・ビースト(パスカル)、バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)と交戦。睦月をマスターと認識しました
・ビーストがケルベロスに縁のある、或いはそれそのものだと見抜きました
・ビーストの動物会話スキルには、まだ気付いていません
・宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』が掠ったことにより、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。再生スキルにより治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります
・雪村あかりとアーチャー(バージル)の主従の存在を認識しました


239 : 戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ◆zzpohGTsas :2016/01/24(日) 17:35:33 Z.xGWjGo0
投下を終了いたします。諸事情により、投下が予約期限を過ぎ、大幅に遅れました事を、此処に謝罪いたします


240 : 名無しさん :2016/01/24(日) 22:56:39 8bjArugg0
投下おつー!
バージルとヴァルゼライドの激戦やザ・ヒーローの異常性、カエデの油断できない奇襲もさることながら、タカジョーがかき回したな。
悪魔らしく翻弄しつつ、隠された何かを察しそれを仄めかす様があいつらしい。
ここにきて英霊化による劣化やそもそも呼び出せるものなのかとかにもメスが入って。
派手なバトルながら考察的掘り下げも進んだ面白い話でした!


241 : ◆zzpohGTsas :2016/01/25(月) 01:21:23 WOiHlcKI0
有里湊&セイヴァー(アレフ)
魔将ナムリス
予約します


242 : 名無しさん :2016/01/26(火) 06:37:52 oFT..Huk0
投下乙です
何だこの脳筋!?(驚愕)
主従揃ってひたすら突っ走ってんなぁ


243 : ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:47:32 63lJBPYs0
投下を致します。今回の投下に際し、自主従である有里湊&セイヴァー(アレフ)に新しい宝具を追加しました事と、
モデルマン(アレックス)の宝具に新しい性質を付与しました事を、此処に明記します


244 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:48:01 63lJBPYs0
 有里湊が目を覚ました時には、朝の七時だった。
港区巌戸台の月光館学園に通っていた時は、電車通勤かつそれなりの広さの人工島を移動しなければならなかった上、寮住まいであった為か、
寮則に従った生活を送る事を義務付けられていたせいで、早起きと言う物を常に心掛けさせられていた。
それ故に朝は何時だって余裕がなかった。同級生のゆかりは、今時の女子高生と言った容姿をしているにもかかわらず、あれで中々生活面はキッチリとしていたし、
反対に順平の方はと言うと、影時間のない所謂オフの日は、夜中までゲームをやって眠そうにしていたな、と言った事を、湊は思い出していた。

 そんな生活が、自分にもあった事を、湊は改めて思い知った。
そして――そんな、些細で、苦しくて、しかし、楽しい事もたまには転がって来る生活が、一年経たずに終焉を迎える事も、また。

 鉛を巻き付けられているかのような鈍重な動きでベッドから起き上がり、背を伸ばす湊。
本当を言うともっと寝ていても、学校に向かうには十分間に合うし、ロール上両親は遠方に出張していると言う設定になっている為、
事実上今の湊は、学校に向かおうが向かうまいが、全く問題がない立場であるのだ。
しかし、生活習慣の方は、元の世界でずっとその習慣を続けて来たが為に、一日二日の自堕落な生活で消える物でもないし、
例え学校をサボって自宅に連絡が来ようとも、そもそも両親がいないので、実質上問題がないのだが、どうにも学校に行ってないと締りが悪い、
と言う理由から湊は律儀に学校へと毎日向かっていた。そう、聖杯戦争が今日の深夜零時から始まった事を、知ってしまったとしても、だ。

 深夜零時から体感時間一時間の間だけ、世界に挿入される、この世の時間とは別の一時間、通称影時間。
その隙間の時間の謎を解明するべく組織された、S.E.E.Sのリーダーであって湊は、深夜零時までは起きている事が半ば、義務染みた習慣になっている。
その様な生活スタイルの為、湊達は契約者の鍵から投影された、通達事項――今回は主に、ルーラー直々の指名手配がなされた二組の情報がメインであったが、
それを知る事が出来たのだ。家の中であったから波風が立たなかったものの、これが人目のつく繁華街の只中であったと思うと、湊でもゾッとしない話だった。

「本戦が始まるって解っても、学校に行くのか。律儀だな」

 と言うのは、湊が引き当てた、セイヴァー(救世主)のサーヴァント、アレフである。霊体化していて見えないが、今も彼は湊の傍で彼を守っている。

「まぁ、惰性だよ。自分が思うに、学校に行く行かないに、初動のミスって言うのはないと思う。肝心なのは、最初に遭ったサーヴァントへの対応じゃないかな」

 アレフは確かに強いサーヴァントであるが、キャスター等が行うような、籠城作戦は余り向かない、
積極的に出て行って相手を倒しに行く、と言うのが常道のサーヴァントだが、家に籠って待ちの一手でも、消耗を抑えられる為に一概に悪手とも言えない。
結局は、外に出るか出ないか、と言う最初の一歩は、アレフ程のサーヴァントにとっては、その戦闘能力を発揮するか否かの違いでしかないのだ。

「兎に角、サーヴァントと出会ったら、先ずは交渉、駄目だったら、後はお願い」

「了解」


245 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:48:16 63lJBPYs0
 特に何の異議反論もなく、アレフは湊の要求を呑んだ。
元より、湊を元の世界に送り返す事を彼は目的としているし、その過程で、何かと戦う事についても、別段彼は厭な思いはしない。
共に戦うに値する相手には、交渉を。そうでなければ戦い、殺し、勝てそうにないなら逃げる。生前日常茶飯事的に行っていた事を、此処でもやるだけだった。

「マスターに聞いて置きたいんだが、この指名手配犯達についてはどうするつもりだい?」

 恐らく全主従、それも指名手配犯本人も知る情報であろうが、現在聖杯戦争参加者は、二組の主従について既知の状態にあると言っても良い。
つまり殆ど全員が、この令呪と言う賞金付きのお尋ね者について、何らかの処置を立てている筈なのだ。
積極的に狙って行こうとする者もいるだろう、無視を決め込むものだって、ゼロじゃないかも知れない。自分達も、これについて決めておかねばならないのではと、アレフは考えた。

「遭わない事を祈るしかないんじゃないかな」

「適当だなぁ」

「そりゃ、何人も人を殺すのは許せないけれど、だからと言って、積極的に倒しに行く義務は僕らにはない筈だよ」

 月光館学園の制服、ではなく、新宿の某高校の指定制服に袖を通しながら、湊は言った。

「目の前にセリューって言う人や遠坂凛がいれば、僕らも何か考えなくちゃいけないけど、そうじゃないんだったら、別段躍起にならなくても良いんじゃないかな。
そもそも、僕らは今目の前の課題を片付けるのに忙しいんだ。現状脅威にならない主従を相手に、時間を奪われるのは、どうかと思うよ」

「成程ね、正しい判断だ」

 本心からアレフは言っていた。 
人間に出来る事など、たかが知れている、と言う事をアレフはよく知っていた。
救世主等と呼ばれ、他者を超越する程の力を誇っていたアレフであろうとも、出来なかった事は多いし、救えなかった者も多い。
結局、救世主も英雄と呼ばれる者も、目の前の出来る事を粛々と処理していった末に、偶然それが世界の為になる結果に繋がっただけなのではないかと。
アレフは時たま、考える事があるのである。何せ、彼ですらが、そうであったのだから。

 「そろそろ朝食を摂るよ」、と言って湊は自分の部屋を出た。
聖杯戦争、と言う名の熾烈な殺し合いはもう始まっていると言うのに、何処までもこの青年は、恬淡とした雰囲気を崩しもしないのだった。


246 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:48:49 63lJBPYs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 此処で、とある主従の裏事情――つまり、その名をタイタス帝と呼ぶキャスター達の裏事情を語らねばならない。
初代皇帝タイタスを御する、マスターのムスカは、タイタス帝の真なる陣地である、古王国アルケアの首都であるアーガデウム。
この顕現の為にムスカは、己が人脈と財力を擲ち、タイタスをして「尽瘁した」と言わせしめる程の働きを示した。
だが、そんな彼の働きを裏切るかの様に、アーガデウムは顕現しない。そう、何時だって不測の事態は起こるもの。
アーガデウム顕現の為に必要な、タイタス帝と古王国アルケアに纏わる伝説を人々に播種させる、と言う過程が実を結ぶのは、
それがあくまでも『正真正銘本物の人間のNPCの時だけ』であり、人間以外の存在には無効なのである。
そう、ムスカ達は知る由もなかったが、実は<新宿>には、彼ら同様裏で跋扈するあるキャスターの存在があり、彼らがNPC達を怪物に仕立て上げているせいで、
彼らの聖杯獲得への第一歩は、思わぬ形で頓挫させられてしまったのである。

 自分らの予想を超える謎の妨害に、ムスカは狼狽したが、流石に智慧者であるタイタスは冷静であった。
元々、真名とその顔がより広く知れ渡られる、と言う、通常聖杯戦争においてデメリットとなる事柄が、逆にメリットに働くタイタスにとって、
寧ろ自らの名とその活躍が知れ渡る事は、好都合な事柄なのだ。つまり、契約者の鍵を通して投影される指名手配通告ですらが、デメリットにならない。
であるのならば、それを活かさぬ手はない。故に彼が打った手段は、人が集まる場所に於いて自らの手の者を送り込み、メディア媒体を通じてより広く、己が名を売らせると言う作戦であった。

 しかし、完璧を予想してムスカに行わせた作戦が、思わぬ横槍で失敗に終わった、と言う前例があるのも事実。
これだけでは不十分ではないだろうかとタイタスは思い、同日の深夜四時頃に、もう一つの算段を実行に移していた。
タイタスは、己が忠実な手足であり、友である、魔将を運用する事にしたのだ。

 タイタスのスキルである魔物作成は、夜種と呼ばれる魔物を文字通り生み出す事を可能とするスキルだ。
この夜種と呼ばれる生き物達は、元を辿ればタイタス統治下の時代のアルケアで考案された、ある種の人造奴隷と言うべき存在だ。
人の血肉や汚泥、塵等と言った不浄な構成物から彼らは生み出され、しかし、それでいて主君に忠実な性格をした彼らは、当時の帝国の兵隊として、時には帝国の下部労働者として、国自体を支えていた。

 魔将とは、この夜種と呼ばれる存在とは一線を画した存在である。
彼らは血肉や汚泥などと言った、『物』から生み出される存在ではなく、れっきとした一人の人間を用い、彼らの個我を色濃く残した状態で生み出される、
幽鬼の様な存在と言っても良い。その戦闘能力は元となった人間の強さに比例し、モデル次第では、夜種とは別次元としか言いようのない強さを発揮する事がある。

 タイタスは生前、五体の魔将を従えており、その五体とも、後世数百〜千年後にまで伝わる程関わりが深い存在であった。
では、その存在を聖杯戦争の舞台に呼び寄せられるか――と言えば、それは通常不可能であると言う他ない。
何故ならばその五体の魔将とは、今となっては『それぞれが英霊の座へと登録されている存在達』であり、彼らを呼び寄せると言う事は、つまり、
『サーヴァントの身でありながらサーヴァントを呼び寄せる』、と言う事を行うに等しいのだ。
そう、その五体の魔将とは今や音に聞こえた英雄或いは反英雄であり、例え主君であるタイタスであろうとも、彼らを召喚する事は不可能に等しい事柄なのだ。


247 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:49:02 63lJBPYs0
 ――但しそれは、『通常』不可能なのである。逆に言えば、二つの問題さえクリアすれば、召喚は可能となる。
一つ、魔力的な問題。サーヴァントになる前のタイタスならばいざ知らず、サーヴァントとしてその力を制限されている今の彼の身では、
魔将程の存在を維持するのは困難な筈なのだが、彼は運よくこれをクリアした。先ず、ムスカ自体が、やや貧しいとは言え魔力を有する人間であった事。
次に、彼の身を粉にする活躍の甲斐があって、宝具・『廃都物語で多くの魔力を徴収出来た事』。これで、魔力面の問題はクリアした。
そしてもう一つ、魔将の再現である。夜種とは別格の強さを誇り、かと言って、自分の霊を引き継いだ歴代のタイタス帝とは違う存在である彼らは、
尋常の手段では生前の様な強さを発揮出来ないし、そもそも召喚すらもままならない。タイタスは、其処を妥協した。
つまり、生前の強さを完全に再現すると言う事を捨てたのだ。彼ら魔将を、『最上位の強さを誇る夜種の一角と定義』、ワンランクその格を落とす事で、その召喚と維持を簡易的な物とさせた。

 タイタス自身の顕界にも必要な、基本にして最大のリソースである魔力を引き換えに、本来想定された強さよりも一段劣る強さになった魔将を、
<新宿>の地に招聘させた理由は、先の通り、アーガデウムの顕現を速めさせる為に他ならない。
現在この地には、ムスカ自身が提案した、アルケア文明を想起させる様な、現代メディアを通したマーケティング・ストラテジーの他に、
タイタス自身が行っている、古流の切り込み方。即ち、アルケア由来の古美術品を現世に流通させると言うやり方であるが、魔将はこの延長線上の存在だ。
タイタスが流布させた古美術品の中には、戯曲や彼自身の活躍を記した叙事詩の様な物が存在し、その中に魔将が記述されている書物は少なくない。
魔将を<新宿>に出現させる事で、彼らの記述のある書物を呼んだNPCをアンテナ代わりに、より広く噂を流布させ、アーガデウム現界を早めさせると同時に、
魔将自体にも広く動き回って貰い、聖杯戦争の他参加者の早期発見及び、アーガデウムの出現を早めさせる役割を果たさせて貰う。
このような仕事を期待して、タイタスは魔将を世に放った。こう言う事である。

 そして、その大任を先ず任された魔将の一人が現在、<新宿>は花園神社の境内で、タイタスの生み出した夜種に下知を飛ばしている事を、恐らくは誰も知らないであろう。

 境内には現在、タイタス縁の魔術道具を使った人払いの術が行われいる為、参拝客は当然の事、花園神社と言う宗教施設の関係者ですらが、
此処にいる魔将の存在を認知出来ていないであろう。境内の至る所を忙しなく、トールキンの小説に出て来るゴブリンの様に醜い生物が駆け回り、
境内上空は、人の顔を持った巨大な怪鳥が飛び回っている。彼らを率いる隊長格と思しき、獣と人の相の子の様な様相をした大兵漢は、
花園神社の拝殿の前に威圧的に佇むその存在に、恭しく礼儀をし、世にもおぞましい怪物的な響きの言葉で何かを報告していた。

 その報告を受けとる存在――つまり魔将であるが、一目見ても、明らかに夜種共とは一線を画した存在である事が窺える姿をしていた。
毛並みのよい灰黒の雄馬に跨る、漆黒の外衣(ローブ)を身に纏った長身の男で、その手にはハルバードに似た武器を携えていた。
彼こそは、始祖帝タイタスが従える五の魔将が一人。アルケアと同年代の王国である、ウーに生まれた双子の兄弟の弟を由来とするこの魔将の名を、『ナムリス』。
人の手には殺されぬと言う託宣を授かり世に生まれ、そして事実その通りとなった、不死身の戦士であった。


248 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:49:15 63lJBPYs0
「捜せ……サーヴァントを……そして、皇帝陛下に上奏せよ……」

 酷くくぐもった声で、ナムリスが言葉を告げる。
今や此処花園神社は、一人の魔将の陣地であり、そして、タイタスが効率よく聖杯戦争参加者の情報を集める為の電波塔の一つとなっていた。
人に化けた夜種を<新宿>にある程度撒き、古美術の類を<新宿>に流通させる傍らで、聖杯戦争参加者の情報を集める事を忘れない。
生前同様、ナムリスは完全にタイタス帝の傀儡以外の何物でもなかった。

 ナムリスが花園神社を拠点としてから、既に三時間程は経過した。
古美術品の流通はある程度は進んでいるだろうが、未だにサーヴァントの情報は集まって来ない。
タイタスに曰く、サーヴァント達は霊体化と言う技術を用いる事が可能な為、下等な夜種ではその気配を認知出来ない可能性が高いと言う。
一行に、サーヴァントを目撃した、と言う情報を配下から聞かないので、ナムリスはもどかしくなる。

 そんな折であった。
慌ただしい様子で上空から、人間の胴体と顔、鳥類の翼と脚を持った夜種である、告死鳥が急降下して来たのは。

「ほ、報告いたします将軍閣下!! サーヴァントがこの拠点に気付きました!!」

 何、と言うよりも速く、大鳥居の方から配下の夜種達の悲鳴が上がった。
目を凝らして見て見ると、小鬼型の夜種の首を跳ね飛ばし、身体中をサイコロ状に切り刻みながら、此方に歩んでくる剣士と、彼の背後を歩く青年の姿を、ナムリスは認めた。

 ――ゾッとする程冷たい何かが、魔将の身体を貫いて行くのを、ナムリスは感じるのであった。


249 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:50:05 63lJBPYs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 自転車を漕ぎ、目的地である学校へと向かおうとしていた矢先の事だった。
霊体化していたアレフが、花園神社の方角から魔力の強い香りを嗅ぎ取ったのは。
無視出来る範疇を越えた魔力量であるのと、それが目の前あった事の二つの要因から、湊達に素通りと言う選択肢は端からなかった。

 自転車を適当な場所に停めて、改めて花園神社の方に目を向ける二名。
不思議な程、通行人達は神社の方に目線の一つもやらない。ある者はスマートフォンを歩きながら動かし、ある者はイヤホンを耳にし、またある者は、
同僚やクラスメイトと話しながら道を歩く。誰も彼もが自分達の事情を優先、と言った風であるが、それでも、皆示し合わせたように神社の方に顔を向けない。
その方向以外に顔を向ける事はあれど、此処まで道を歩く全員がその方角を気にも留めないと言うその光景に、湊は異様な物を感じる。

【そう言う術なんだろうね、珍しい事じゃないさ】

 と、湊に伝えるのは、霊体化をしたアレフだった。
恐らくは、人間の認識に訴えかける術を神社全域に施しているのだろうが、どうにもお粗末なのか。この程度の練度ではサーヴァントには気付かれてしまうだろう。
尤も、今回これを認知しているサーヴァントは、千では足りない程の天使や悪魔を斬り捨てて来たアレフである。彼の優れた神魔の察知能力を掻い潜って、陣地を維持しろ、と言う方が、無茶なもの、と言う奴だった。

【どうする、マスター? 君が望むのなら、俺も向かうけど】

【行こうか、セイヴァー】

 湊は、即答した。

【会って話だけでもして来ようか。駄目なら、後処理は頼むよ】

【了解】

 言って湊は、神社の境内に足を踏み入れるや、叩き付けられる濃密な敵意と殺意。
此処でアレフが、霊体化を解き実体化。境内の内部でならば、霊体化を解いても誰も気にしないと判断した故であった。

「どうやらあまり歓迎されていないようだね」

 湊にも、それが理解出来る程であった。
小屋の内側や影、鳥居の死角、果てはアレフ達の上空まで。ありとあらゆる方角から、殺意を叩きつけられている。
瞬間、鳥居の死角と、売店と思しき小屋の影と小屋のなかから、数匹の何かが勢いよく飛び出して来た。
アレフと湊はそれが、土色の体表を持った、小さな鬼の様な生物と、オレンジ色の皮膚を持ち、身の丈以上の剣を持った長身の鬼であると認める。
数はそれぞれ四匹。狙いはアレフ、ではなくそのマスターであるらしい。如何やらマスターを狙えば何が起こるか、と言う事を予め知らされているとアレフは一瞬で看破。

 湊にその怪物達――夜種が到達するまで後五m程、と言う所で、四体の怪物達は粉微塵に砕け散った。武器を持った者は、武器ごと、だ。
アレフは、湊が認識出来ない程の速度で二m程先の地点まで踏み込んでおり、いつの間にか、今まで背負っていた鞘から刀を引き抜いている。
鋼色の刀身と、其処に波打たれている刀紋が非常に美しい太刀で、一目でそれが、業物と解る程の逸品だった。


250 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:50:21 63lJBPYs0
 何が起ったのかは、湊には解らない。
人間の認識出来る速度の更に先の速度でアレフが動き、その移動速よりも更に速いスピードで刀を引き抜き、夜種目掛けて振り抜いて、彼らの身体を粉微塵にさせたなど。
湊には解る由もないだろうが、特に彼も驚いていない。自分のサーヴァントが、己を守ってくれた。その事実だけで、最早充分であった。

「この調子じゃ、話も聞いて貰えそうにないかな、セイヴァー」

「だろうなぁ」

 一昨日の夕食何を食べた、とでも言うような口ぶりでそう話す湊と、それに答えるアレフ。
境内の死角の至る所から現れる夜種の面々を見ても、平然とした素振りを貫き通す二名。
湊もアレフも、現れた夜種達に目を配らせる。先程爆ぜさせた小鬼に似た物から、剣を持った長身の鬼。
槍を持ち簡易な鎧を身に纏った矮躯のゴブリンから、力士の様な体格をした紫色の鬼、果ては空には、人間の胴体と顔を持った鳥の様な生物まで此方を睨んでいた。

 先手必勝と言わんばかりに、腰のホルスターに掛けられたブラスターガンを引き抜いて、上空を飛ぶ三体の告死鳥目掛けてトリガーを引いた。
ブラスターガンとは元を正せば、天使が統治するディストピアであったミレニアムのセンターが作り上げた最新鋭の銃で、既存の銃の様に、
質量を持った弾丸ではなく、質量のない光を銃弾として放つタイプの銃である。一般的には、光線銃と言った方が解りやすいか。
質量のない弾丸――つまりそれは、『光速』で飛来する弾丸その物とほぼ同義であり、トリガーを引いた瞬間実質ほぼ命中しているも同然の銃なのだ。
必然、直撃する。アレフの放ったブラスターガンは、告死鳥の額を寸分の狂いなく撃ち抜き、一瞬でそれらを汚泥の塊に変貌させる。
此処まで掛かった時間は、ゼロカンマ二秒程。雑魚を相手に本気になるのは労力の無駄だとアレフは考えた為、余力は残してある。つまり、まだまだ時間は詰められる。

 頭上の告死鳥が死んだ事に気付かず、此方に特攻を仕掛ける夜種達。
土色の体表を持った小鬼が、腕を振り被る、よりも速く、稲妻の如き速さでアレフが刀を縦に振り下ろす。
小鬼の頭頂部から股間までを完璧な垂直に刀を走らせたアレフは、左方向を振り向き、そのまま刀を下段から上段へと勢いよく斬り上げ、
鎧を纏った鬼をその鎧と構えた槍ごと切断、股間から頭頂部までを斬り裂いた。そのまま勢いよく右方向を振り向いたアレフが、袈裟懸けに刀を振り下ろし、
力士の様な体格をした大兵漢の鬼を斬った。内臓器官をズタズタにされて、うげっ、と言う悲鳴を上げてその鬼は即死した。
邪魔だ、と言わんばかりにアレフが、先程上段から剣を振り下ろして見せた小鬼を蹴飛ばす。今まさに斬られた所から真っ二つになり掛けていたその鬼が、岩をも砕く程の威力を誇るアレフの蹴りを受けて粉微塵に爆散。そのまま塵となって風と共に消えた。

 異変に気づき始めたのは、他の夜種達だ。
傍から見れば、瞬きを終えた瞬間には先陣を切った三匹が、一瞬で斬り殺された風にしか見えないだろう。
事実アレフは、先程ブラスターガンで葬った三匹の告死鳥の分も含めて、ゼロカンマ五秒程の時間もかけていない。
歩き慣れた道を歩くかのような様子で、アレフは石畳を歩いて行く。呆然とその様子を見守る夜種達。
アレフが愛刀である将門の刀を振るう。前方にいた、鎧を纏った小鬼の夜種の首が刎ね飛ぶ。
再び刀を振るう。縦幅も横幅も大きな鬼が、二十三分割されて即死する。
振う。体中が一辺十cm程のサイコロ角にされて鬼が死ぬ。
振う。音速を超える速度で振るわれた剣身に直撃した瞬間、ゼロ距離で爆弾を炸裂させたように身体が粉々になる。

 将門の刀を振るい、散歩をするかのように石畳の上を歩き、夜種達を斬り殺して行く今のアレフの姿は、
死神ですらが泣いて逃げ出す程の悍ましい何かとしか映らなかった。夜種達の腰が引けて行き、ある者は背を向けて、拝殿にいるナムリスの方へと逃げようとする。
逃がさないと言わんばかりに、アレフがホルスターからブラスターガンを引き抜き、背を向けた夜種へと発射。光速の弾体が、後頭部を貫き、夜種を瞬時に塵と化させた。
今や夜種達にはアレフとそのマスターを倒すと言う気概はなく、何とか、この迫りくる死その物から逃げよう逃げよう、と言う心持ちしかないようであった。


251 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:50:46 63lJBPYs0
「これ以上は労力の無駄なんじゃないのかな、セイヴァー」

「かもな」

 そう言ってアレフ達は、歩くペースを速めた。
これ以上徒に夜種に構って、魔力を消費するのは得策ではない。何故ならば目線の先――つまり拝殿方向であるが、其処に佇む、黒馬に跨るローブの戦士を見つけたからだ。

 夜種達の妨害も最早なく、スムーズにアレフ達は本殿の方に向う事が出来た。
彼らを見下ろすナムリスからは、途方もない敵意が横溢している様子で、今にも、不意打ちの一つや二つは、アレフが油断をすれば行ってきそうな様子であった。
魔将を見上げるアレフと、救世主を見下ろすナムリス。その様子を、配下の夜種達が、火中の三名を取り囲むように見守っていた。

「――控えよ」

 そう言ってナムリスは、ハルバードを持っていない側の手を水平に伸ばし、夜種達を制止させる。
取り囲んだ夜種の中には、未だアレフ達に襲いかかろうと言う気概を持った者もいたが、それは少数派だった。
殆どの者は、自分では敵わぬと、戦う気概すら最早ない状態だ、と言っても良い。

「この者の相手は我が行うとしよう」

 言ってナムリスは馬ごと、石段の最上段から馬を跳躍させ、境内地面に着地。アレフ達と同じ目線に今降り立った。

「セイヴァー。其処のサーヴァント、ステータスが見えないよ」

 不思議そうに湊が告げる
サーヴァントと対峙したらクラスとステータスが明示されると聞いたが、目の前の黒馬の騎士には、それが見えないのだ。
さもあらん、目の前の存在はそもそもサーヴァントでなく、サーヴァントが生み出したある種の使い魔である。見えなくて当たり前なのである。

「サーヴァントじゃなくて、その眷属なのかも知れないな」

 意識を湊の方から、ナムリスの方に向けて、アレフは言葉を続ける。

「サーヴァントが使役する使い魔、って事で良いのかな、君は」

「答える義理もなく」

「まぁ、そう言わないで。数分だけ付き合おうよ」

 友好的にアレフは言葉を投げ掛け続けるが――

「配下の『夜種』を殺戮した者の……話を聞くと思ったのか」

 ハルバードを構え、ナムリスが語る。
もう次の言葉には応じない、と言うような心意気が、身体の端々から発散されているのが、アレフ達には解る。

「駄目だね、話が通じない」

「みたいだね。後は頼むよ」

「了解。じゃあ死ね」


252 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:51:16 63lJBPYs0
 其処までアレフが言った瞬間、全身が朧と消えた。
夜種達は当然の事、湊、果ては魔将たるナムリスですら、何処に消えたかも判別出来ない程の移動スピード。
何て事はない、アレフはナムリスの真正面一m圏内まで、踏み込んでいたのだ。彼我の距離は、アレフが詰めるまでは十m程あったが、この程度の距離など、
人智を逸した身体能力と、人間の常識を超えた死闘を日常茶飯事的に繰り広げて来たアレフには、離した内にも入らない。

 将門の刀を大上段から振り下ろすアレフ。
音に数倍する速度で振り下ろされたそれは、ナムリスの騎乗していた灰黒の獣毛を持った騎馬を、鼻頭から臀部まで斬り断ち、真っ二つにする。
刀の剣尖が石畳に触れた瞬間、刀に秘められた運動スピードが爆発。凄まじい轟音を立てて、刀の切っ先が触れた所を中心に、石畳に直径十五mにも達する程のクレーターが生まれた。

 違和感を誰よりも速く感じたのは、他ならぬ刀を振るったアレフだ。
生身を斬った手ごたえは、刀を通じ腕全体に伝わったが、それはあくまでも馬体を斬った感触であり、本命のナムリスの手ごたえは、殆どゼロだった。
この感触に覚えがある。生前戦った悪魔の中には、物理的な干渉力を持った攻撃の効果が薄い、最悪、全く効果がない敵と言う者は、珍しくなかった。それに、アレフは似ていると推理する。

 騎乗していた馬が左右に真っ二つになり、血と臓物を撒き散らして倒れ込む。
石畳の上に散らばった内臓器官の真上に、ナムリスが背中から落下する。ナムリスからしたら、何が起こったのか、理解の到底及ばない事柄であったろう。
事実彼は、自分の身に何が起ったのかすら、理解出来ていなかった。この思考の漂白状態を逃さないアレフではない。
ホルスターからブラスターガンを引き抜き、目にも留まらぬ速度で心臓、大脳、肝臓の位置に光線を放つ。
確かに、光速の熱線は寸分の狂いなく急所を撃ち抜いたが、全く効いていると言う様子がない。
剣がダメなら、銃を撃つ。アレフのいた世界では鉄則どころか、最早戦士の常識レベルの理であったが、これすらも通用しないとなると、新たに自分に設定された虎の子を開帳しなければならないな、とアレフは一人愚痴った。

 ナムリスが急いで立ち上がり、手にしたハルバード状の武器を、横薙ぎに振るう。
――遅い、と感じたのはアレフではなく、ナムリスである。平時の自分の力からは想像も出来ない位、威力も速度も衰退している。
今の自分の実力が、生前のそれから劣化していると言う事は聞かされているし、事実どの程度劣化しているのか、ナムリスは確認している。
最後に確認した時から、明らかに劣化が進行している。今の自分ならば、末端の夜種が数に物を言わせて襲いかかってきたら、忽ち殺されてしまうのではと思わざるを得ない程だった。

 刀を振るい、アレフはナムリスの攻撃を迎撃。ナムリスが手にするハルバードを数十に輪切りさせる。
ナムリスがハルバードを持っていた腕ごと輪切りにしては見たが、やはり、剣身は素通りするだけだった。
馬を殺され、武器すらも瞬く間に破壊された。雄叫びを上げてナムリスは質量とエネルギーを伴った闇の帳をアレフの周りに出現させ、
それを纏わせようとするが、目にも留まらぬ速度で刀を一薙ぎさせ、彼は退屈そうにそのカーテンを斬り裂いた。
魔術の威力ですらもが、著しく劣化している。自らのあらゆる能力の劣化が、まさかアレフのスキルに起因している等、ナムリスには想像すら出来ないだろう。
これこそが、人間の救世主であるアレフの象徴とも言うべきスキル、『矛盾した救世主』。
人の思念が生み出した究極の存在、救済の願望器とも言うべき神格であるYHVHを、『人間の世界を救う為に斬り殺した』と言う矛盾に満ちた行動の末に獲得した、
彼だけの聖痕。人間の人間による人間の為の世界を導いた救世主の前では、あらゆる超常的存在は委縮する。その神威も、その邪悪さも、彼の前では色褪せる。


253 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:51:37 63lJBPYs0
 一方でアレフの方も、ナムリスに攻撃が通用しない、と言うロジックが解らずにいた。
魔将・ナムリス。古王国のウーの双子の王子の片割れとして生まれたこの男は、生前、『人間の手には絶対に殺されない』と言う託宣を受けていた。
事実彼は、如何なる神か諸仏か、それとも悪魔かの加護かは知らないが、人間の用いるあらゆる武器や魔術が通用しない神代の肉体を持っていた。
ナムリスにアレフの攻撃が全く通用しないのはひとえに、そう言った裏事情があるからに他ならないのだが、当然彼はそんな事を知る筈もなく。
寧ろ、マスターである湊の攻撃なら通用するのだろうかとすら考えていたが、マスターに危険な橋は渡らせたくない。だとするならば――自分がケリを付けるしかないか、と、アレフは結論付けた。

 ナムリスは攻撃の矛先をアレフからマスターの湊に変更、先程アレフに行った様な闇の帳を投影させるが、それを許す彼ではない。
地面を蹴り、残像を見る事すら難しい速度で湊の眼前に立ち、闇の投影を将門の刀を振るって祓う。
湊は湊で、何かしら迎撃をするつもりだったらしく、懐から、ペルソナなる技術を用いる為に必要な拳銃型のデバイスを取り出していた。

【苦戦してる?】

 と、念話で湊が語りかけてくる。

【切り札を使えば倒せるよ。俺の攻撃が通用しない事を除いたら、大した存在じゃない】

 アレフはナムリスの事を、耐性だけが全ての悪魔だと考えていた。
悪魔を使役し戦う、デビルサマナーとしての側面を持つアレフにとって、あらゆる攻撃に強いと言う悪魔は、それだけで十全の価値がある存在として、
認めてこそいるが、逆を言えば、それだけしか取り得のない悪魔は、強い攻撃の属性以外の攻撃で攻められると、呆気なく落ちる事も良く知っている。
折角、サーヴァントになって得た宝具なのだ。使わない事には損であるし、どのような感じなのか、試して見たくもなる。

【使って良いよ、宝具】

【ありがとう、マスター、それじゃ試しに……】

 言ってアレフは、将門の刀を正眼に構え、ナムリスの方を見た。
睨むような目でもなければ、敵意を感じさせる様な感情も宿っていない。
ただただ、目の前の存在を、邪魔な敵、歩く道を妨害する障害物程度にしか見ていないような瞳であった。
邪魔をしたから、処理をする。行く先を妨害するので、殺して黙らせる。その程度の感情しか宿っていない瞳で、ナムリスを見つめる。
それが――魔将と化し、尋常の人類の理解の範疇の外の精神性を持つに至ったナムリスや、人間としての感情を欠片も有さない筈の夜種達にすら、例えようもない恐怖を抱かせるのだ。

      ア レ フ                              
「――神魔よ、黄昏に堕ちろ」


254 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:51:56 63lJBPYs0
 そうアレフが告げた瞬間だった。
彼の姿が消えた――と認識するよりも速く、ナムリスの視界がグルンッ、と縦に一回転する。
回転は目にも留まらぬ勢いで続いて行く。二回転、三回転、四回転。回転する己の視界に、直立した状態のまま、胴体から首より上が綺麗になくなっている、
己の身体をナムリスは見た。嗚呼まさか――自分は首を跳ね飛ばされたのか。

 刀を横に振るったアレフは、そのまま刀を上段へと持って行き、ナムリスの首の切断面から刀を振り下ろす。
手首に独特の力を込めているのか、ナムリスの身体はローブと着衣物ごと『ひらき』になり、綺麗に左右に真っ二つになり、石畳に転がった。
悪魔の中には、斬り殺して尚、再生機能が働き、殺したと思ったら再び活動を再開する者も少なくない。そう言った存在に対抗して、
再生能力を封じる斬り方と言う物も、アレフは終わりの見えなかった戦いの最中で学んでいた。

 ナムリスの頭部が、石畳の上に転がった。
今の彼は、アレフの事を、サーヴァントだと見ていない。それ以上の、何かだと見ていた。
……怪物だ。ナムリスはこの期になって、生前――魔将にその身を堕とすよりも以前の記憶。初めて、始祖帝と顔を合わせた時の事を思い出していた。
初めて、遠からん国々にもその名を轟かせる、アーガの帝王タイタスの姿を見た時に感じた、例えようもない畏怖と、この救世主のサーヴァントを見た時の感情に。嘗てない程の、デジャヴュを感じていた。

「我が名は……『ナムリス』。始祖帝の従える、魔将が一柱……」

 其処で、ナムリスの視界に、黒々とした墨が塗られた。
如何なる光を差そうとも、晴れる事のない暗黒が、彼の視界と思考を覆った。
彼の頭部と胴体が、蒼白い炎を上げて燃え上がる。纏っていた外衣だけは、完全なる形で残っているにも拘らず、肉体だけが、跡形もなく消え失せた。
灰すらも残らず、魔将ナムリスはこの世から消え失せた。始祖帝に魂を縛られた魔将の第二の生は、かくの如くに幕を下ろした。


255 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:52:12 63lJBPYs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 この騒ぎを、何と例えるべきか。
耳障りな声を上げて、ナムリス達の周りを取り囲んでいた夜種達が、悲鳴を上げていた。
自分達を率いていた統率者である魔将が、いとも簡単に斬り殺されたと言う事実を認識した瞬間、夜種達の心は恐怖で支配された。
夜種は完璧に人間の奴隷であるかと言えばそうでもなく、柔軟性を持たせる為、彼らには一定の自由意思と言うものが設定されている。
指揮者を失い逃げた夜種の中には、野性に帰り、自分なりの生活を送っている、と言う者も、嘗ての世界では珍しくなかった。
つまり彼らは、頭を失うと途端に混乱する習性がある。今等は正しくそうで、統領であるナムリスを失った瞬間彼らは、潰乱状態にも等しい騒ぎになっていた。

「逃げられると面倒そうだし、逃がさないで欲しい、セイヴァー」

「そうだね」

 冷静に湊は指示を下す。それを受けて、アレフの姿が掻き消える。次の瞬間には、夜種の一団が吹っ飛んでいた。
手足や首が切断されて、中空に四散される。アレフの神速の一振りを受けて、身体全体が粉々に爆発する。十以上のパーツに、身体が分割される。
自分達に何が起っているのかと言う事すらも認識出来ずに、彼らはその命を、無慈悲な救世主に刈り取られて行く。
三十以上にも上る夜種の一軍は、五秒と掛からずアレフ一人によって皆殺しにされ、空中を浮遊する告死鳥すらも、逃さない、と言わんばかりに、ブラスターガンで狙撃され、塵にされる。

 刀を鞘にしまい、ブラスターガンをホルスターにかけ、そして最後に、宝具を解除。
後には何事もなかったかのように、アレフは石畳の上を歩いて行き、湊の下へと向かって行く。

「血もなければ肉の破片も無い。薄々は思っていたが、如何やらあの使い魔達は、砂やら塵やらで出来ているらしい」

 冷静にアレフは周りを見渡し分析する。そして、夜種と言う存在の本質を、直に看破する。
彼の言う通り、夜種とは、古代の魔術師達が使役した、労役の為の道具であり、彼らを構成する要素は塵や泥等と言った不浄の物だった。
であるのならば、成程、殺したとしても目立たない。血や肉が周辺に散らばるよりは、余程人目がつかないと言う物だ。

「ナムリス……そう言ってたね」

 今わの際に、自身の事をそう言っていたのを湊は思い出す。
何故、最期の最期になって、その様な事を口にしたのか。湊は愚か、アレフですら理解が出来ていない。
二人は、境内に残った、ナムリスが羽織っていた漆黒の外衣を見下ろした。

「セイヴァーは聞いた事あるかな、そう言う存在」

「ないかな、心当たりもまるでない」

 その戦い方の都合上、神話伝承の類に詳しくなければならないアレフですら聞いた事がないとなると、尋常の事ではない。
ナムリス、と言う名前から、彼を嗾けた大本の存在を推察するのは、現状では不可能、と言う結論に至った。

「これだけの使い魔を生み出せるサーヴァント……となると、油断は出来ないかな。俺じゃなかったら、サーヴァントでも苦戦は免れなかったかも知れない」

「遭わないようにしたいなぁ、僕も」

「俺もさ」

 其処まで言ってアレフは霊体化を行い、その姿を透明な状態にさせる。

【人払いが晴れたかもしれない。早い所境内から逃げた方が、人目もつかなくて済むと思うよ、マスター】

【そうだね】

 会話も短く、湊は元来た大鳥居の方に身体を向け、足早に其処から去って行く。
……その身体に、アルケア帝国の記憶と言う、決して消せぬ魔痕が刻まれていると言う事実を、知る事もなく。
ナムリスは、最期の最期で、大役を果たしたのだ。タイタスから下された任務――自らが滅びる時が来れば、己が名前をサーヴァント達に告げ、アルケアの記憶を流布させよ、と言う命令を。ナムリスは、忠実に果たしていた。

 夢の都はなお遠く。人々の心の奥底に、無意識の国の水底に。今はまだ沈んでいる。
しかして、着実に。その版図を広げて行っている事を、今はまだ、誰も知らない。


256 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:53:01 63lJBPYs0
【歌舞伎町、戸山方面(花園神社)/1日目 午前8:00】

【有里湊@PERSONA3】
[状態]健康、魔力消費(極小)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]<新宿>某高校の制服
[道具]召喚器
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰る
1.可能なら戦闘は回避したいが、避けられないのなら、仕方がない
[備考]
・倒した魔将(ナムリス)経由で、アルケア帝国の情報の断片を知りました
・現在<新宿>の某高校に通い、其処に向かっております
・拠点は四谷・信濃町方面の一軒家です

※現在<新宿>中に、人に変装した夜種がおり、ナムリスの命令を受けて行動をしています。また花園神社に、魔将の外衣が放置されています


【セイヴァー(アレフ)@真・女神転生Ⅱ】
[状態]健康、魔力消費(極小)
[装備]遥か未来のサイバー装備、COMP(現在クラス制限により使用不可能)
[道具]将門の刀、ブラスターガン
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界に帰す
1.マスターの方針に従うが、敵は斬る
[備考]

.


257 : 征服-ハンティング- ◆zzpohGTsas :2016/01/29(金) 21:53:13 63lJBPYs0
投下を終了いたします


258 : ◆zzpohGTsas :2016/01/30(土) 00:32:05 tvP11ntg0
執筆出来るかどうか解らないので、予め延長宣言します

マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)
ザ・ヒーロー&バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)
エリザベス&ルーラー(人修羅)

予約いたします


259 : ◆GO82qGZUNE :2016/02/07(日) 00:13:53 wI/2jaak0
伊織順平&ライダー(大杉栄光)を予約します


260 : ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:20:08 J/1jwQzo0
投下いたします


261 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:20:47 J/1jwQzo0
【傷の方は治ったのかい? バーサーカー】

 人目のつかない裏路地だった。
<新宿>ほどの人口密度の都市で、人気が完全にない場所を探す事などほぼ不可能な事柄であるのだが、此処の所のこの街の異常性は、
聖杯戦争開催と同時に倍以上に強まって来ている。アウトローが目に見えて少なくなってきている、と言う事実がその最たる事柄であろう。
それでもやはり、この街は<新宿>。聖杯戦争開始一日目程度では、まだまだ街に人は大勢いる。
彼ら――ザ・ヒーローの主従が、全く人のいない裏路地を発見出来たのは、全くの偶然と言っても良かった。

【召喚された当時の、十全の状態とは言えんが、動く分には支障はない】

 念話であろうとも、力強さの衰えが微塵にも感じられぬ声音で、ヴァルゼライドは返答した。
例え心臓を抉り取られようとも、数時間は活動出来る、と言われても、この男の場合それも仕方がないと皆に思わせてしまう。
それ程までの力強さで、このヴァルゼライドと言う男は満ち満ちているのである。

 あれから、桜咲刹那と、彼女が従えるランサーである高城絶斗を探し回っては見たが、一向に彼らは見つからない。
当たり前と言えば当たり前だ。何せ相手は、空を飛べる上に、サーヴァントに至っては数百m間を一瞬で転移して移動出来るサーヴァントである。
如何にザ・ヒーロー達が強いとは言え、地上を移動するだけしか移動手段がなく、特に気配察知にも優れている訳でもない主従が、彼女らを見つけられる筈がなかった。

 結局あれから二時間経過し、その内一時間半ばかりの時を、<新宿>を無駄に歩くだけの徒労に終えさせてしまった。
今やタカジョー達の主従は勿論の事であるが、半身に悪魔を宿す蒼コートの剣士すらも、今や見失ってしまった。
これ以上は無駄に自分もサーヴァントも消費するだけだと考えたザ・ヒーローは、急遽、先程の戦いで傷付いたヴァルゼライドの治療に方向性を変更させる。
その方針変更の結果、彼らはこうして、一目のつかない裏路地で、回復活動に専念している、と言う訳だ。

 サーヴァントの肉体の蘇生は、人間とは違い、蛋白質や水分、と言ったものではない。
マスターから供給される魔力と、自前の魔力が活動のリソースであるサーヴァント達。これらの事実からも推察出来る通り、マスターが保有する潤沢な魔力がそのまま、
サーヴァントの活動出来る時間に直結する。つまり、魔力が多ければ多い程、越した事は全くなく、寧ろ少ないとデメリットしかないのである。
ザ・ヒーロー自体には、そもそも魔力回路等と言う物自体が存在しないと言っても良い。元を正せば、彼は市井の人間であり、魔術的な才能など皆無だった。
それにもかかわらず、彼が潤沢な魔力を保有し、ヴァルゼライド程のバーサーカーを平然と御せている理由は、今や悪魔の一匹も収められていない、
彼のCOMPにそれこそ無駄に詰め込まれたマグネタイト、=魔力があるからであった。

 このマグネタイトを、ヴァルゼライドの治療に使っている。
身体の構成要素が魔力であると言う事は、外部からそれを供給させられれば傷の治りも早い事を意味する。
尤もこれは、ヴァルゼライドの固有の性質と言う訳ではなく、サーヴァントと言う存在である以上誰もが分け隔てなく有する共通項と言っても良い。
故に特筆すべき所など本来はない筈なのだが、ザ・ヒーローが溜めこんだ無尽蔵のマグネタイトの故に、傷の治りも早い。
バージルとタカジョーと戦った際の負傷など、尋常の手段では幾日掛かろうが治せるレベルではない筈なのに、今やもう、傷が塞がりつつあった。
先程のヴァルゼライドの言葉は強がりでもなく、正真正銘の、事実であったのだ。


262 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:21:00 J/1jwQzo0
【この聖杯戦争に招かれる存在だ。弱き者など一人としてあり得ぬ。そう考え、俺はあらゆる敵に対して、油断せず、全力で戦って来たつもりだ】

 それは、ザ・ヒーローもよく解っていた。 

【ままならぬものだ。お前に不様な姿を幾度も晒す事になるとはな】

【気にする事はないさ。だったらより一層――】

【そうだ。輝けば良い】

 其処で英雄(ザ・ヒーロー)が言葉も英雄(ヴァルゼライド)も、言葉を切った。
そして、次なる宣言を行うのは、光り輝く鋼の英雄であった。

【俺は、力が強いだけの愚物が世を導くだなどと、死んでも思わん。強くそして――正しい者こそが。遍く悪を灼く光を放てる者こそが、勝者になれるのだと俺は信じている】

 再び、言葉を区切る。

【腕がある、脚がある、頭もあり、心臓も脈を打っている。俺はまだ生きている。まだ全力でいられる】

 【だからこそ、だ】

【完全なる勝利を求めて。今度こそ勝ちに行くぞ、マスター】

【そうだな】

 コンクリートの剥げ掛けた壁に背を預けていたザ・ヒーローが立ち上がる。
その一瞬の間、彼は考えていた。勝利、と言う言葉が含む意味を。

 自分は今度こそ、勝てるのだろうか。
絶望の中で得た友を再び失う事無く、誰もが笑って暮らせる人の世の楽園(ニルヴァーナ)を、今度こそ築く事が出来るのだろうか。
九十八%の理想の成就など。九十九%の理想の成就など。最早、彼は求めていない。
求める者は、たった一つの、完全なる勝利。自分の様な不幸が例え偶然でも起る事が許されず、家族も友も、理不尽に失う事がないそんな世界。
その為に、彼は剣を振い続けた。鬼に食われた母の為。自分とは異なる理想に殉じた友の為。最期の最期まで、自分について来てくれたパスカルの為。
全ての涙も悲しみも、この戦いで、彼は終わらせたかった。完全なる勝利が、それを払拭させてくれると、彼は信じていた。

 ――……見ていてくれ……――

 その祈りが、誰に向けられた物なのか。それすらも、最早英雄は、理解が出来ずにいるのだった。


263 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:21:14 J/1jwQzo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 公正な競技を行う上で、最も必要な要素は、選手間の能力差の解消でもなければ、厳格かつ完璧なルールの施行でもない。
有能かつ極めて中立的な立場からジャッジを下す審判の存在こそが、この場合最も重要なファクターとなる事は疑いようもない事柄だ。
如何に完璧なルールを下地にし、如何に選手の能力を水平的に保とうが、結局、審判を下す者が偏向的で無能であれば、著しくその公正性と公平性を欠いてしまう。
競技性、と言う、根幹的な要素を崩さない為には、その様な審判の存在をこそが、求められるのである。

 万能の願望器である聖杯を巡って行われる、広義の意味で競技と言うべき聖杯戦争。
これを管理、運営する、極めて特殊なクラスこそが、『ルーラー』と呼ばれるサーヴァントであるが、では、此処<新宿>のルーラーは、公正なのか?
と言われれば、答えは否だ。いや、正確に言うのであれば、ルーラーとして召喚された人修羅自身は、何の要因もなければ特に何も口出ししない。
問題は、彼を呼び出したマスターが、著しく公正さを欠いていると言う事だ。
聖杯戦争を管理する為の存在であるルーラーの手綱を握る者が、実は誰よりも聖杯を欲しており、本来ならば戦争運営に支障を来たさない為に与えられた数々の特権を、
最後の最後で聖杯を獲得する為に用いる等、最早公正さ以前の問題としか言いようがない。

 聖杯戦争は持久戦としての側面も有している。
現世に留まる為の魔力がマスターから供給されていると言う性質上、当然マスターの魔力は限りある資源であり、無駄には出来ない。
ルーラーのサーヴァント人修羅のマスターであるエリザベスが保有する魔力量は、最早膨大と言う言葉ですら尚足りない程のそれだ。
真正の悪魔、しかもその中で最上位の格を誇るとも言うべき人修羅を維持してもなお、膨大な余裕に満ちている程であるのだから、その程度が知れよう。
もしも、ルーラーのサーヴァントを用いて聖杯を欲すると言うのであれば、参加者に戦いを挑み回ると言うのは愚作である。
聖杯戦争の管理・運営者と言う表向きの立場を利用し、一見すれば個々の争いには不干渉。そして、ジャッジするべき所では審判を下す。
このように振る舞って、一見すれば誰の目から見ても明らかな程の中立性を見せびらかしつつ、参加者が少なくなってきたところで、打って出る。これが、基本的なやり方と言えようか。

 ――とは言え、簡単には行かない事も、エリザベスは知っている。
聖杯戦争参加者の中には、聖杯を求めると言う目的を持った者もいれば、『自分達を明白な敵性存在と認識』して行動している者も、少なくない、と。
自分達に聖杯戦争なる催しを教えた『蛇』は、報告してくれた。それは、彼女も解っていた事だ。
中には聖杯戦争等と言うイベントに勝手に呼ばれ、殺し合いをしろ、とのたまう自分達を許せない、と思う者は、居る筈なのだ。
当面の目的は、彼らに対して如何に遠回しな不利を強いるか、と言う事になるだろう。危険な目は潰して起きたい。
しかし……しかし。エリザベス、つまり、力を司る者と総称される彼女らは、総じて好奇心が旺盛で、好戦的な人物が多いのも事実だ。
他の主従に潰して貰うのがベストだと、思っていても……自分達が出て行って戦いたい、と思っている自分がいるのだ。


264 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:21:29 J/1jwQzo0
「……ハッ。いけませんいけません」

 かぶりを振るい、エリザベスは考えを正した。
自分の本当の目的は、今も世界の果ての果てで、人類を破滅から防ぐ為の大扉の錠前になっている、有里湊の解放だ。
彼を救う為であれば、自分は、如何なる犠牲をも払うつもりだと、心に決めたではないか。
現に彼女は、既に、大事な姉弟を捨ててまでこの地にいる。此処で、目的を果たさねば、彼女らを裏切ってまで此処までやって来た意味がないのだ。

「……戦いたいのか」

「えっ?」

 と言って、エリザベスは声のした方角に顔を向ける。
見事な黒色に緑色に光る縁取りを成させた入れ墨を、体中に刻み込んだ、上半身裸の青年は、呆れたように彼女の事を見ていた。
彼こそは、<新宿>の地にて開かれた聖杯戦争を管理する役目を任された、ルーラー(統率者)のサーヴァント。真名を、人修羅と呼ぶ、真正悪魔そのものであった。

「まぁ……ルーラーは、読心術まで使われるのですね。スキルなり宝具なりに説明しておけば宜しいですのに」

「使えない。お前の顔にそう書いてあるだけだ」

 これ以上となく澄み切った、玲瓏たる美貌の持ち主。
男は勿論の事、悋気に煩い女性達ですら、エリザベスの顔を見れば、美人、と言う評価を下しようがないだろう。
基本的に、顔の表情を動かす事が少ない彼女であるが、いざ動かすと、驚く程、内面の感情が露になる。
今の彼女の浮かべていた表情は端的に言って、戦闘に対する欲求不満とでも言うべきか。一番勝率の高いクラスである事は否めないが、その勝率の高さとは、
権限や特権等を用いた待ちの一手による高さであって、戦闘を行っての勝率の高さ、と言う訳ではない。それが如何してか、エリザベスには、微妙な風であるらしかった。

 ラジオを聞きながら、エリザベスは、簡素なパイプ椅子に腰を下ろしている。
何を聞いているのかと言えば、ニュースチャンネルだ。聖杯戦争開始から現在に掛けて、<新宿>で起った異変を、彼女らは具に纏めている。
そんな事を彼女らが行う理由は単純で、<新宿>で何が起ったのかの情報を集める為である。

 結論から言うと人修羅は、サーヴァントとしては申し分ないどころか、間違いなく単純戦闘では超が付く程一流のサーヴァントである。
だが、この男はルーラーと言う観点から見たのであれば、三流どころか失格の烙印すら押されても最早文句は言えないサーヴァントでもあった。
この男は、ルーラーと言うクラスが有するべき様々な資質を著しく欠いている。
危難が起りそうな、起った所を指し示す『啓示』のスキルも無い。<新宿>全域を監視する『状況把握』もそれに類する宝具も持たない。
自身の分身を送り出すスキルもなければ、ルーラー自身に与えられる気配の察知能力も、この男は有さない。
とどのつまりは、真名看破と、極めて高ランクの神明裁決を除けば、人修羅は他クラスのサーヴァントと最早何の違いはないのである。
だからこそ、エリザベスらはこのように、ラジオと言う古典的かつ、聖杯戦争の状況を把握する為にルーラー達が用いるとは思えないデバイスで、情報を集めているのだ。


265 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:21:45 J/1jwQzo0
 何故、人修羅はこのようなルーラーになったのか。
一つ。どちらかと言えば彼は、『聖杯戦争の管理者』と言うよりも、『帝都の守護者』としての側面が強いと言う事。
今の彼は、坂東にまします、ある『やんごとなき神格』から、帝都即ち東京の守護を任されている、と言う設定状態にある。
そう、彼が護るべきものは聖杯戦争でもなければ聖杯でもなく、東京そのものなのだ。だからこそ、彼には高ランクの神明裁決と、スキル・『帝都の守護者』が与えられた。
帝都の守護こそが優先任務であり、聖杯戦争の管理など二の次。だからこそ今の人修羅には、本来ルーラーが有するべき、状況の把握に関わる宝具もスキルもないのだ。
東京の平和を脅かす者を叩き潰す戦闘能力と、それを如何なく発揮する為のスキルこそは持って来れたが、本来ルーラーならば有していて然るべき、
そう言ったスキルと宝具がない。これが、人修羅と言うルーラーなのだった。

 そもそもこの男がルーラーで呼ばれると言う事自体が、強引なこじつけだ。
曲がり間違っても、彼がルーラーで呼び寄せられる事などあり得ないし、そもそも聖杯程度の魔力でこの男を召喚する事など不可能だ。
それにもかかわらず、人修羅がルーラーのサーヴァントとして、エリザベスの願いに従っている理由は、この聖杯戦争の異常性を証明する事の一つ以上に……。
彼の上司とも言うべき、とある大悪魔の意向によるところが大きい。端的に言えばエリザベスが人修羅をサーヴァントとして使役出来ている訳は、
その大悪魔からの手解きを受け、しかも直々に、人修羅を召喚する為の触媒を渡された事が大きい。これがなかったら、もっと別の存在が呼び寄せられていた事は、想像に難くない。

 ――余計な事をするな……あいつも――

 舌打ちを響かせそうになる人修羅だったが、グッと堪える。つくづく、ロクな事を考えない魔王だと思う。
エリザベスに従う事自体は、別に人修羅は文句はない。東京をなるべく破壊せず、聖杯戦争を管理・運営すると言う事自体にも、積極的だ。
――よりにもよって、何故その上司自体が、聖杯戦争に参戦しているのかと、人修羅も、そのマスターのエリザベスも、ほとほと呆れ返っている。
しかもサーヴァントとして、ではなく、マスターとして、だ。ご丁寧に、身体能力の水準も一般的なマスターのそれと合わせているのだ。
何処までも、あの男は茶々を入れたいらしいな、と……。何だか頭痛が隠せなくなって来る。

 ラジオの掠れた声が、様々なニュースを人修羅達に告げて行く。
――天気予報に予測されない降雨や雷鳴。
――新宿二丁目に突如として現れた、馬に騎乗した西洋系男性二名と、巨大な鬼の様な生物。
――突如として早稲田鶴巻町に巻き起こった、二か所の大破壊。
――落合のあるマンションとその駐車場で勃発した、謎の切断現象。
――黒礼服の殺人鬼(バーサーカー)が暴れ回った神楽町で発見された、巨大な怪物の死体と、新大久保のコリアンタウンで発見された世にも奇妙な怪物の死体。
――香砂会と呼ばれるヤクザ組織の邸宅が完膚なきまでに破壊され、しかも、その時に、黒礼服のバーサーカーの姿を見たと言う目撃談。

 <新宿>は狭い。やはり、既に大規模な戦闘は起っているらしく、更に、これは推測だが、小規模な小競り合い程度ならば、もっと起っているだろうと、
人修羅もエリザベスも判断した。良い感じに、戦局は混迷を極めつつあるようだ。そして、着実に……<新宿>は破壊されていっているらしい。


266 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:22:00 J/1jwQzo0
「……」

 顔を抑えて、溜息を人修羅は一つ。

「どうかなされましたか?」

「後で公の大目玉があると思うと憂鬱だ、俺も」

 ある程度の破壊が齎されるであろう事は、人修羅も読んでいた。
なるべくならそれを、最低限度に済ませたかったが、如何も現状を見る限り、最早それも難しいらしい。
今の内に、申し開きの一つや二つを探しておいた方が良いのかも知れない、と人修羅は本気で考え始めた。
エリザベスが引き当てたサーヴァントとして、一応の責務を果たしつつ、帝都の守護者としても振る舞わねば行けない、と言う板ばさみ。何で俺がこんな目に、と思うようになってきた。

 情報がラジオ頼みと言うのは不便極まりない。何故ならばラジオと言うメディアを通じて伝えられる情報とは、意図的な編集が加えられているからだ。
ルーラー達が聞きたい、生の情報なのである。魔術、=神秘の事を知らぬ一般人から見た情報など、役に立たないのだ。
こう言う時に動いてくれない辺りが、実に、あの魔王らしいとしか言いようがない。

 人修羅がルーラーとして落第点であると言う事の最たる理由が、聖杯戦争を監視したり、危難を未然に察知するスキルや宝具を持たないから、と言う事が大きい。
しかし、それを補う方法は、ないわけではない。人修羅はこれを、『配下の悪魔を利用して』解決した。
とは言え、ルーラーとして召喚された人修羅は、『彼自身の強さと指導力』を強調されて現れたサーヴァントの為に、『率いていた悪魔と共に戦っていた』、
と言う側面が排されている。つまり、今の彼には悪魔の召喚能力は完全に存在しない。
だが逆に言えば、召喚される前の人修羅は、これを有していたと言う事を意味する。――結論から述べるのならば、人修羅は、
彼の大魔王からルーラーとしてこの地に赴けと言われる前に、大魔王の傘下にある悪魔の何体かを、此処<新宿>に先に潜入させておいたのだ。
この時侵入させた悪魔は、擬態能力で完璧に人間に変身しており、人修羅及び彼の上司の大魔王から、聖杯戦争には不干渉を貫けと厳命されている。
彼らの役割とは即ち、聖杯戦争の参加者についての情報収集である。彼らの集めた情報があったからこそ、ルーラー達は、
遠坂凛の主従やセリュー・ユビキタスの主従の顔写真を用意し、契約者の鍵を通して皆にその姿を教える事が出来たのである。

 但し、制約も多い。
先ず悪魔の数が多すぎると、逆に目立ちかねないので、その総数は抑えておいた。十体もその数はいないが、その分、実力の高い悪魔を揃えておいた。
次に不干渉を貫く、と言う事は、彼らは基本、人修羅が危機に陥ったからと言って、彼を助ける事もない。完全な中立である。
これは、ルーラーがこのような不正を行っていると言う事を他参加者に知られ、要らぬ不信感を招く事を防ぐと言う意味もある。
そして決定的な制約が、これらは人修羅の指導下ではなく、大魔王の指導下にある存在である、と言う事だ。
つまり、人修羅の命令よりも、大魔王の命令の方を優先して聞く傾向にある。これはそもそも、正体が露見された時に、他参加者に脅され、
誰の手による者かと聞かれた時に、人修羅の名前を出さないようにする為、と言う上司の有り難い配慮の故なのだが、これが人修羅には不安だった。
大魔王の命令で動く悪魔。この時点で、もう人修羅には嫌な予感しかしなかった。情報の意図的な編集を行うのは、メディアだけではない。
『アレ』にしたって、それは同じだからだ。……いや、場合によりては、向こうの方がずっとタチが悪い。

 エリザベスにしても、それは同じ意見であるらしい。
裏方で、あの魔王も――ルイ・サイファーと言う千回ぐらい聞いた偽名を用いてるらしい――動いているのは確実だ。
彼の齎す情報は、ルーラーとしての活動の一助になっている事は紛れもない事実であるが、同時に、なるべくならば頼りたくない。
不本意ながら、ラジオに情報収集の源として頼っているのは、こう言った事情もあるからであった。


267 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:22:13 J/1jwQzo0
「何でも願いの叶う、と言うお題目を掲げた戦争だ。参加者も必死になるのは解るが……なるべくなら、俺が怒られないようには誘導したい」

「まるで子供みたいですね」

「不興を買うのを避けたい奴は、俺にだっている」

 チッ、と舌打ちを響かせる人修羅。
混沌王と呼ばれる悪魔になって幾久しく、明けの明星が有する切り札として数多の戦場を駆け抜けて来た期間など、これよりもっと永い。
そんな人修羅でも、喧嘩を避けたい存在の一人や二人は、存在する、と言うものだった。この場合公は、マサカドゥスを借り受けたと言う恩義から、反目に回りたくない人物だった。

 どうしたものかと苦い表情を浮かべる人修羅と、ラジオに耳を傾けるエリザベス。
――両者の表情が一瞬で、真率そうなそれへと変貌し、互いに顔を見合わせたのは、本当に殆ど同時の出来事だった。

「やれやれ、こんな早くから殴り込みか。ルシファーの差金か? これは」

 とうとう人修羅も、上司に対する配慮も何もかもかなぐり捨てた。

「……恐らくは、此方に対して宣戦布告を仕掛けて来た、と言う事は事実でしょうね。問題は……」

「何だ」

 ふぅ、と一息吐いて区切りをつけてから、エリザベスは口を開いた。

「宣戦布告をしに来たであろう人物が、私の関係者、と言う事でしょうか」

「……そうか」

 それについて人修羅も、特に何も言う事はなかった。ただ、現れた敵についての処遇を、冷静に考えるだけ。

 ルーラーとしての知覚能力は最低クラスだが、サーヴァントとして、そして、真正悪魔として。
彼が有する気配察知の知覚能力は、容易くこの病院一つはカバーする。
人修羅の知覚能力が。エリザベスの血の疼きが。この病院にやって来た存在の、並々ならぬ殺意を感じ取っていた。
その存在は――エリザベスの姉に当たる人物だとは、まだ人修羅は知らない。


268 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:22:26 J/1jwQzo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 この病院に、目当ての主催者がいると言われた時、浪蘭幻十は自らのマスターを訝った。
朽ち果てた、という表現がこれ以上となく相応しい病院だった。ガラスは割れ、外壁の所々が欠けていたり、剥がれていたり。
サーヴァントの優れた視力は、割れた窓ガラスからその部屋の内部をよく窺える。見るも見事に蛻の殻の、荒れ果てた状態だ。
幾年と言う年月を、時間の流れるがままに任せていたのだろうか。そもそも、病院と言う、通常は潰れる事などありえない施設が、何故こんな事になっているのだろうか。

 ――<新宿>衛生病院。其処が、今幻十達が見上げている場所である。
そして、幻十のマスターであるマーガレットに曰く、此処こそが、彼女の妹にして、此度の聖杯戦争の首謀者の拠点である、と言う。

 このような、都会の只中にある事自体が珍しい廃病院を、よりにもよって拠点とするとは。成程、盲点であった。
と同時に、何故、このような場所を本拠地に設定したのか。そしてそもそも、マスターは如何して此処に主催者がいると解ったのか。
マーガレット曰く、如何なる理屈でも説明出来ないとされる、姉妹の共感性、としか返って来なかった。
馬鹿を言うなと、幻十は言わなかった。自分もそれには覚えがあるからだ。何故ならば彼もまた、その共感性を以て、このケチな<魔界都市>に、親友――仇敵――がいると認めたのだから。

 そして現に、この病院には確かに、『いる』。
如何なる術法を用いているのかは解らないが、病院の前に立っただけでは、サーヴァントの気配を察知する事は出来ない。
しかし、幻十は妖糸の使い手である。人の目には絶対に捉えられないナノサイズのチタン糸を病院内部に張り巡らせた所、気配が二つある。
どちらも、怪物だった。一人は確かにサーヴァントのもの。そしてもう一つは、そのサーヴァントに追随する程強い存在。
おまけに相手は、糸に気付いているらしい。糸を切断しながら、歩いて此方に向かっているのが幻十には解る。
切断しているのはサーヴァントの方。鋭利な剣で、チタン妖糸を切り払いながら迫っている。

「どうかしら、アサシン」

 不遜な態度を隠しもせず、マーガレットが言った。

「如何なる手段でか、<魔震>と<亀裂>を再現した女の呼び寄せたサーヴァントだけはある。相当な手練だ」

 幻十を知る者が聞けば、それが彼にしては珍しい、最大限の賛辞であると皆が言うであろう。
諸霊諸仏の類ですら恋慕の念を沸き立たせるやも知れぬ、幻十の美貌。彼の美を以て褒められてしまえば、その者は皆、この男に無条件で尽くすようになるのではなかろうか。

「僕の妖糸を認識してる事は確実だし、何よりも、如何なる手段を用いてか、病院自体の大きさも、三次元の法則に囚われていない。普通より拡張されている」

 病院の中のサーヴァントらを確認する傍ら、幻十は病院の構造を妖糸で把握していた。罠等を感知する為だ。
結論を言えば院内にはそう言った類は存在しなかったが、外見上の病院の大きさと、内部の広さが合致しないのである。
空間自体を広くさせる術を用いている。幻十は即座にそう判断を下した。それを除けば、この病院に施された不可思議な現象はそれだけだ。
この病院を拠点だと言われた時、幻十は、魔界都市の住民の誰もが想起するであろう、あの『病院』の事を連想した。
幻十ですらもが敵に回す事を恐れる魔界医師が運営する、史上最も堅固で最も危険な要塞、メフィスト病院を。
ただ、中に探りを入れて見れば、メフィスト病院などとは比べるべくもない、無その物と言っても良い防衛システムに、少しだけ幻十も安堵した。
但し――その中に鎮座する存在は、彼のメフィストと同等か、それ以上と呼んでも差し支えのない存在であるのだが。


269 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:22:48 J/1jwQzo0
「中に入るわよアサシン。意地でも、止めて見せるわ」

「解ったよ」

 聖杯戦争の主催者、並びに、ルーラーを葬り去ると言う事は、最悪の場合聖杯戦争のシステムの根幹すらも破壊すると言う事を意味するかも知れない。
だが、知った事ではない。マーガレットも幻十も、共に、聖杯などに大した意味を見出していない。
幻十にしたって、聖杯戦争に乗り気なのは、主催者の殺害と、恐らくは呼ばれているであろうせつらとの決着の為だ。
聖杯はあくまでも、手に入れてから使い道を考える程度の代物に過ぎず、本命は、その過程にある、と言う点で、幻十は他の主従を逸脱したサーヴァントであった。

 二人は病院の内部に足を踏み入れる。
嘗て病院のロビーであった場所は、当たり前の事であるが、無人の野、とも言うべき状態であった。
果たして、最後に人の気配がなくなってから、幾つの月日が流れたのだろうか。
スプリングとスポンジの飛び出したソファ。堆積した塵と埃。床に飛び散ったガラス。そのガラスの元と思しき、割れた蛍光灯などの照明類。
このような廃墟を、拠点に選んだ意味を、二人は考えない。此処にいる、と言う意味だけが、今や重要なのであった。

 妖糸を張り巡らせなくとも解る。
――『とてもなく、恐ろしい悪魔の気配』が、体中に叩き付けられてきているのであるから。
それを理解してなお、幻十もマーガレットも、その場にとどまった。何が来るのか、と言う事への期待感。
そして、如何なる存在を呼び出し、どのような戦いを繰り広げられるのか、と言う強い関心もあった。
マーガレットもまた、新たなる力の萌芽を喜ぶ『力を管理する者』の一員なのであった。

「姉上がこの地にやってくる事――私、薄々ながら理解しておりました」

 それは、マーガレットから見て、広いロビーの右側の四隅の右上側、其処に位置する曲がり角から聞こえて来た。
姉とは女性としての声質は似ていないが、酷く落ち着いていると言う点だけは、共通していた。
先程から糸を動かそうとしているが、動かせない。動かす前に、彼女のサーヴァントが妖糸を切り刻んで無力化させているからだった。
一ナノmにも達する程の細さのチタン妖糸を視認或いは感知し、しかも、幻十程の手練の操る糸を斬るとは、やはり、普通ではない。

 ――そして、二人が姿を現した。
マーガレットの来ているスーツと似たような配色をした着衣物を身に纏った、銀髪の美女。
その背後に控える、全身に特徴的な、光る入れ墨を刻み込んだ青年男性。上半身裸にハーフパンツと言う、蛮族もかくやと呼ばれる程ラフな格好である。
マーガレットと幻十は、即座に理解した。この聖杯戦争の主催である彼女――エリザベスが、此度の戦争運営に関して、とんでもない怪物を呼び寄せたのだ、と。
ルーラーのサーヴァント、人修羅から発散される、無色の覇風。断じてこれは、並一通りの英霊が放てるそれではない。
果たして幾度の戦場を駆け抜ければ、幾度の死を踏み潰せば、幾度の万魔を葬れば、彼と言う個になれるのか。
いや、そのような事を達成させたとしても。あれ程の存在に、なれるのか? この世に存在すると言う事自体が、奇跡にして、必然。そうとしか言外出来ない程の、超越的な存在。それが、人修羅であった。

 エリザベスの方も、マーガレットの呼び寄せた存在を見て、一瞬だけ驚いた様な表情を浮かべた。
無理もない。今エリザベスの視界に映るアサシンのサーヴァントは、この世の美なる概念の絶対の規矩にして、絶対に手を伸ばせぬ高嶺の花。
人が如何なる神を信奉しようとも、如何なる悪魔に魂を売ろうとも、そして、運命なる物を自由に改竄させようとも。
彼の美を手に入れる事は出来まい。そして、彼の美を侵すことも、また。そう言う存在なのだ。浪蘭幻十とは、そんなサーヴァントなのだ。

 力を管理する者の心すら、数瞬空白にさせる程の、恐るべし、浪蘭幻十の美貌よ。
しかし、エリザベスと只人の違う所は、美貌に当てられた驚愕から復帰する速さだ。
直に元の状態に戻れたのは、彼女自身の精神力の凄まじさもそうであるが、人修羅自体が、ロビー全土に己の存在感を行き渡らせたからに他ならない。
強烈な磁力めいたエネルギーを内包したその存在感は、幻十やマーガレット、エリザベスに衝突するや、直に彼らの気を引き締めさせに掛かった。
これがあったからこそ、エリザベスは、即座に精神を元の状態に通常よりも早く安定させる事が出来たのだ。


270 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:23:07 J/1jwQzo0
「エリザベス」

 聞き分けのない子供か妹を、折檻する様な口ぶりで、マーガレットが言った。

「色々貴女には言いたい事があるわ」

「口上を承りましょう。姉妹の好です。全て、お答えいたします」

 そうエリザベスは、厳粛そうな口ぶりで言うのを聞くや、マーガレットは懐から群青色の鍵を取り出した。
それこそは、契約者の鍵。この<新宿>で開かれる聖杯戦争に招かれる為の、血塗られたチケット。破滅と栄光への片道切符。

「これを、この地に呼び寄せる文字通りの鍵にした理由を、話しなさい。これを鍵にしたのであるのならば、私か、テオドアが呼び寄せられる事位、読めた筈よ」

 マーガレットには、ずっと疑問であった。
この鍵は、力を管理する者と呼ばれる者達であれば、手にしていておかしくない代物である。
マーガレットは他の参加者達とは違い、この鍵の意味と重みを誰よりも理解している存在の一人である。
これを切符にしたと言う事は必然、エリザベスと肩を並べる強さのテオドアか、彼女よりも強いマーガレットもこの地に呼び寄せてしまう事位、解っていた筈だ。
そうなってしまえば、聖杯戦争の運営に、滞りが生じるのは当たり前の話。何故、その危険性を解っていた筈なのに、彼女はこの鍵を?

「深い意味は、ありません」

 対するエリザベスの答えは、マーガレットが予期していたものよりも、ずっと簡素だった。

「本心を言うのであれば、私とて、聖杯戦争が正しい事であるなど、少しも考えておりません。聖杯戦争――何と聞こえの良い言葉でしょうか。そして……」

「何て、最低な催しなのか」

「ですね」

 ふぅ、と息を吐いたのはエリザベスの方だった。

「そのような大仰で、そして、業の深い戦いを繰り広げる以上、半端なものを鍵にしたくなかったのです」

「だから、契約者の鍵を? 間抜けにも程があるわね」

「でしょうね。これを鍵に設定してから、気付きました。姉上が来るであろう、と言う可能性に」

「テオドアは考えなかったのかしら?」

「テオは……あれで甘い所がある、可愛い弟ですから。来るのならば、姉上であろうと。初めから決めつけておりました」

 苦笑いを浮かべながら、更にエリザベスは言葉を続ける。

「でも、来たのが姉上で良かったのかも知れませんし、姉上に叱られて、私、嬉しく思います。
私の行っている事だが、横暴だと言う事は、誰に言われるでもなく理解していた事でしたから……、貴女が来てくれて、私は、大変嬉しく思います」

 苦笑いは直に、悲しげな、風に吹かれれば砂と塵とに消えてしまいそうな、儚い笑みに変貌する。
姉のマーガレットも見た事のない、エリザベスの初めて見せる一面であった。

「其処まで解っているのならば、エリザベス。今すぐ聖杯戦争を取りやめなさい」

「お断りします」

 エリザベスの即答は、鋼だった。其処だけは、譲る事は出来ないと言う不退転の意思が、言葉と態度から表れていた。


271 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:23:28 J/1jwQzo0
「最低な催しだと解っていても、人道に悖る行為だと理解していても。私には、叶えたい願いがあるのです」

「……世界の果てに囚われた男の話かしら?」

 それは、エリザベスがベルベットルームから出て行く時に、彼女自身が語った事。
初めは御伽噺だと思っていたが、彼女らの主である長鼻の男も、彼の存在を認めていた。
世界を滅びから救い、今も、遥かな世界の果ての果てで、大いなるネガティヴ・マインドを防ぐ事を強いられている、男の話。

「人の業に踊らされ、世界の滅びを招かされ。そして、一人で滅びの扉の錠前になっている。私には、彼がそんな風になっている事が、許せなかった」

「その彼の為に、貴女は、聖杯戦争を行うと? 一人の為に、何人もの命を弄ぶのは、それこそ許されない事よ」

「それと解っていても――」

「退かない、と言う訳ね。馬鹿な妹」

 其処でマーガレットは、今まで腋に挟んでいた青い装丁の本を開いた。
本からは、この時を待っていたと言わんばかりに、幾つものカードが勢いよく飛び出し、彼女の周りを衛星めいて旋回し始める。

「痛い目を見せてでも、貴女をベルベットルームに引き摺り戻すわ。貴女の旅路は、此処で終わりよ。エリザベス」

「終らせません。姉上であろうとも私の道を、邪魔させません」

「――下らないな」

 姉妹の会話が今終わり、戦いが始まろうとした、この瞬間を狙って言葉を挟んだのは、他ならぬ浪蘭幻十だった。
楽園で天女が掻き鳴らす天琴の如くに美しいその声には、途方もない無聊と、怒りとで、横溢していた。

「此処までやって来て、姉妹の御涙頂戴を聞かされる僕の身にもなって欲しいな。君達の麗しいやり取りを見る為に、僕は此処に来たんじゃない」

 其処で、幻十が押し黙る。この世の如何なる槍の穂先よりも鋭い殺意を双眸に込めて、彼はエリザベスらを睨んだ。 
空間が恐れを成して、収縮するような感覚を一同は憶えた。この様な雛に稀なる美男子ですら――殺意を露にするのかと。
そして、美しい者の決然たる表情は――此処まで壮絶な美しさを湛えるのかと。

「君を殺す為に此処に来たんだ、<新宿>の冒涜者よ」

 其処まで言った瞬間、人修羅の全身が茫と消えた。
気付いたら彼は、エリザベスの真正面に立ち尽くしていた。その背で彼女を守る騎士が如き立ち位置の関係である。
彼の右手には薄紫色に光り輝く、魔力を練り固めて作っただけの、原始的で武骨な剣を握っており、それを持った右腕を水平に伸ばして構えていた。

「――ほう」

 と、嘆息するのは幻十の方だった。
幻十ですら後を追う事が困難な程の速度で人修羅が動き、エリザベスを百六個の肉片に分割させんと迫らせた不可視のチタン妖糸を、
このルーラーは尽く斬り裂いて回り、無害化させた。その事実を、果たしてマーガレットとエリザベスは把握していたかどうか。
今の嘆息には、侮りの意味を込めてない。驚きの感情の方が強い。何故ならば幻十は、エリザベスを斬り裂くのに、
『現状』持てる全ての技量を費やして、妖糸を操った。幻十が本気で妖糸を動かした場合、気配察知や心眼、直感等と言った、
第六感に類するスキルや特質を超越し、本来物理的な干渉を無効化する性質すらもランク次第でいとも容易く切断する。無論それは、秋せつらにしても同じ事が言える。
その幻十の操る糸を、一方的に、あの魔力剣で切り裂くなど、尋常の事ではない。恐るべし、ルーラーのサーヴァント、人修羅よ。


272 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:23:47 J/1jwQzo0
 そして内心では人修羅も唸っていた。
生半可な攻撃など、例え公から賜った無敵の盾を用いなくとも、彼は容易く迎撃、無力化出来る。
付け焼刃の不可視、フェイント、妨害。そんな物、飽きる程彼は経験して来た。
百や千では到底効かぬ修羅場を潜り抜け、万を超す神魔の戦場を勝ち残って来た彼の心眼と直感は、並の事では鈍らない。
その彼の常軌を逸した戦闘経験の全てを以ってしても、幻十の攻撃を防ぎきるのは、かなり危険な所であった。
如何にサーヴァントとしてその身を窶し、元々の実力を発揮出来ぬと言っても、彼をして此処まで危ぶませる程の攻撃を放つなど、尋常の事ではないのだ。

「マスターの姉と言うが……成程、大したサーヴァントを引き当てたようだな。血、と言う奴か」

 元より、人修羅とて油断していた訳じゃない。
マーガレットがエリザベスの姉だと解っていた以上、一切の驕りを彼は排していたし、幻十の姿を一目見たその時から。
警戒心は最大限にまで高められていた。幻十の不意打ちを見た今、その警戒心は敵を排除すると言う『殺意』へと昇華された。
このサーヴァントを、自分が葬って来た幾千万もの万魔の屍山の一員に加え入れる。そう、人修羅は決意した。

「――デッキ、オープン」

 其処まで言った瞬間、エリザベスもまた、小脇に抱えていた辞書を展開させる。
この時を待っていたと言わんばかりに、辞書――通称、ペルソナ辞典に挟まっていたカードの一枚が勢いよく飛び出し、それを彼女は素早く手に取った。
瞬間、瞬きよりも早い速度で、衛生病院のロビーと言う空間が、『書き換えられた』。
くすんだリノリウム、散らばるガラス片、電気系統が死んで久しい照明類、やれたソファ。それら全てが、世界から消えてなくなり、
代わって現れたのは砂漠だった。オアシスも無ければ岩場も無い、ただただ茶けた砂粒が無限に広がっているのではないかと言う程の、渺茫たる荒野。
これこそは、エリザベスもとい、力を管理する者がその力を以て作り上げた、一種の閉鎖空間、或いは、固有結界であった。
彼女程の存在であれば、このような空間を作り、相手が逃走するのを防ぐ事など訳はない。無論、エリザベスにもそれが出来ると言う事は、マーガレットにもこれが出来ると言う事なのだが。

 エリザベスが、この空間を展開した理由は一つ。
マーガレットを、逃さない為? いいや違う。この<新宿>聖杯戦争の主催者は、自分の姉がそのような気質の持ち主でない事をよく理解している。閉鎖空間を展開させた理由は、ただ一つである。

 ――自らが引き当てた、究極の真正悪魔(ルーラー)が、その本領を発揮させられるようにする為。この一点のみに他ならない。

「ジャッ!!」

 裂帛の気魄を込めた一喝を上げ、魔力剣を地面に叩き付けた。
叩き付けた所を中心に、直径数十mにも渡り巨大な亀裂が走り、地面が上下に激震した所から、人修羅の人智を超えた膂力と言うものが窺い知れよう。
しかし本当の攻撃はこの亀裂を用いたものではない。単純に、剣先から生み出された橙色の熱波(ヒートウェーブ)である。
高さ六m程にもならんとしているこの熱の波は、音に倍する速度で、幻十とマーガレットを呑み込み消滅させんと迫りくる。

 これを、不可視のチタン妖糸を以て防ごうとする幻十であったが――慄然の表情を明白に彼は浮かべた。
戦艦の主砲ですら無力化する程のチタン妖糸を、人修羅の放った熱波は、まるで泥のように溶かしながら進んで行くのである!!
熱波を避けんと、マーガレットは垂直に、熱波の高さよりも高い所まで跳躍。いざという時の為に、マーガレットに妖糸を巻き付けていた事が、功を奏した。
跳躍したマーガレットを起点に、巻き付けた糸を動かし、自身も、マーガレットと同じ高さまで跳躍する幻十。
砂粒を更に細かい粒子に破砕させながら、ヒートウェーブは二人を通り過ぎて行く。

「ルーラー、私は姉上を対処致します」

「あぁ」

 だから貴方は、相手のサーヴァントをお願いします。
そうエリザベスが言いたかった事は、人修羅にも解る。息の合った、良い主従と言う様子が、マーガレット達にも見て取れる。
砂地の上に、マーガレットが着地する。幻十は、空中に張り巡らせたチタン妖糸の上に直立し、人修羅達を見下ろしていた。
せつらや幻十程の腕前の持ち主となれば、糸を巻き付ける物が絶無の空間においてすら、妖糸を展開、空中に張り巡らせる事など造作もない事なのである。


273 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:24:08 J/1jwQzo0
 「あ」の一音発するよりも速い速度で、幻十は、エリザベスと人修羅の周囲に糸をばら撒いた。 
一ナノmの細糸は、地面に根付き、空中に固定される。幾千条を超し、万条にも達さんばかりのチタン妖糸は、敵対者を逃さない不可視の檻となって彼らを包み込んだ。
マーガレットがこれと同時に、ペルソナ辞典から飛び出したカードを手に取った。
人間と言う種がいる限り滅ぶ事のない高位次元、『普遍的無意識』にアクセス。心と精神の溶け合ったスープの大海原に漂う神格に形と定義を与え、彼女はそれを物質世界へと招聘させる。

「ジークフリード!!」

 美女の背後に現れたのは、乾いた血液の様な皮膚の色をした金髪碧眼の美男子だった。
鱗を編んだような軽鎧と兜を身に纏い、岩をも切断出来そうな佇まいの剛剣をその手に握った戦士風の男。
彼なるは、北欧はドイツの叙事詩、ニーベルンゲンの歌に記される大英雄、ジークフリード。
悪竜ファフニールを勇気と知恵で以て打ち破り、竜を倒して得た数々の宝を以て比類なき武勲を立てて来た英雄の中の英雄であった。
人の思念と想念が入り混じる普遍的無意識の海は、斯様な存在をもカバーしているのだ。

 討竜の大英雄が強く念じたその瞬間、エリザベスと人修羅が直立している地点と地点を結ぶ線分、その中心の空隙に、爆発が巻き起こった。
いやそれは、正確に言えば爆炎だ。摂氏七千度を超す程の大火炎は、爆発現象が起ったのではと錯覚する程の勢いを伴っていたのである。
エリザベスも人修羅も、これに反応。共に横っ飛びに跳躍する事でこれを回避した。結局爆炎は二人を焼滅させる事は敵わず、地面の砂粒をマグマ化させる程度にとどまった。

 人修羅の姿が霞と消え、エリザベスの前に立った。
手にまだ握っていた魔力剣を、肩より先が消失したとしか思えない程の速度で振り抜いた。
その攻撃で、エリザベスに殺到していていた二千百二十一条ものチタン妖糸が切断され、無害化されたと言う事実を知るのは、
攻撃を放った幻十と、それを防いだ人修羅だけだった。もう一度、魔力剣を一振りさせる。剣自体は元より、剣から生まれた衝撃波が、チタン妖糸を切断して行く。
幻十の瞳にのみ見えていた、大量のチタン妖糸の結界は、この瞬間一本もなくなった。

「マスターあのアサシンは目に見えない糸を使ってお前を切り刻む。攻撃の時は最大限注意しろ、お前なら見えない筈はないだろう」

「やってみましょう」

 そう会話を終えると、人修羅の背中からエリザベスが飛び出た。
それと同時に、人修羅は小さく息を吸い込み、幻十目掛けて呼気を放出した。――その呼気は、一万度を超す熱量を伴った火炎の吐息だった。
人修羅程の悪魔ともなれば、竜種などの最上位の幻想種に匹敵、或いは上回る奔流(ブレス)を吐き出す事も可能なのである。
吐き出された火炎の吐息(ファイアブレス)は、息と言うよりは最早レーザーで、凄まじい速度で大気を焼きながら幻十の方へと向かって行く。
不可視のチタン妖糸を目の前に展開させる幻十。ブレスが糸に直撃する。傍目から見れば、目に見えない凄まじい耐火性の壁に、炎が阻まれている様にしか見えないだろう。
チタン、と言う明らかな金属で出来た糸にも拘らず、それは、融解しない気化しない。幻十の繊指によってのみ成し得る奇跡の体現だった。

 此処で幻十は、一つの事実に気付いた。糸が破壊されないと言う事実についてだ。
人修羅の攻撃は、常識を超えた強度と靱性を誇る妖糸を絹糸の如く切断したにもかかわらず、彼が放つ炎の息は、難なく防げている。
この『差』は、果たして何なのか。幻十は一瞬、この事を推理した。何か、大きな秘密がある事は相違なかったからだ。

 先程、人修羅の背後から飛び出して行ったエリザベスは、一直線にマーガレットの方へと向かっていた。
自己強化の魔術をかけているとか、サーヴァントからの補助を受けているとか、その様な合理的な理屈を一切無視して、時速六百㎞程の速度で地面を駆けている。

「ドロー」

 言ってエリザベスは、冷静に、ペルソナカードを辞典から取り出した。
彼女の背後に現れたのは、白く光り輝く騎士鎧で己を鎧った、整った顔の美男子であった。
もしもこの場に、浪蘭幻十と言う規格外の美貌の持ち主さえいなければ、この場で最も美しい男は、間違いなく彼であったろう。
その手に白銀の槍を握り、黒髪をたなびかせるこの戦士の名は、クー・フーリン。アルスターの伝承にその名を轟かせる、光神ルーの息子たる半神の剛勇だ。


274 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:24:37 J/1jwQzo0
 風速二百mを超す程の突風が、マーガレットの下へと吹き荒ぶ。
鋼で拵えた城郭すらをも吹き飛ばす程の勢いの大風には、人体を塵より細かく切り刻む程の真空の刃が幾つも孕まされており、まともに直撃すれば、
人間など紙屑のように空を舞い、五体は瞬きする間もなく挽肉となるであろう。その風の中を、マーガレットはまさに不動と言う佇まいで直立していた。
足裏から根でも生えているのではと言う程、彼女は堂々と風の中を立っている。その美しいウェーブのかかったロングヘアは全く動く事もないし、服も切り刻まれる事もなし。
まるで彼女だけが、この世の物理法則の外の存在であるかのように思われよう。無論、エリザベスはそうではないと言う事を知っている。
クー・フーリンを見た瞬間に、このペルソナが使う魔術の属性を無効化するペルソナを、装備しただけに過ぎない。現にジークフリードの姿が、この場にない。
だがあの一瞬で、このような判断を下し、即座に実行するその反射速度と、実行スピードは、まさに、神憑り的なそれとしか、言いようがない。

 マーガレットもエリザベスも、下した判断は全く同じで、下すタイミングも全く同一だった。
自らが普遍的無意識から引きずり出した存在に指示を下し、彼ら自身を戦わせる。それが、姉妹の下した判断だった。
マーガレットは先程と同じく、悪竜を撃ち滅ぼした大英雄を招聘させた。その妹は、影の国の女王ですらも一目置く大烈士を呼び寄せた。
姉妹の名代として世界に顕現した大英雄は、それぞれの敵に向かって宙を滑り、向かって行く。

 ゲイボルグを凄まじい速度で振るうクー・フーリン。それを、鎧に覆われていない生身の左腕の下腕で防御するジークフリード。
右手に握った魔剣グラムを振い、光の御子の首を跳ね飛ばさんとする大英雄であったが、槍の石突で彼はこれを防御。
数歩分の距離を空中を滑って下がり、下がりざまに槍を下段から勢いよく振り上げ、魔剣を握った英雄の顎を破壊しようとするが、これをグラムで防御。
グラムを勢いよく振うジークフリード。空間に、五十にも届かんばかりの断裂が刻まれるも、これをクー・フーリンは高所に跳躍する事で回避。
目を瞑り祈ると、局所的な真空のナイフが発生し、ジークフリードを塵殺しようと刻みまくるも、その程度等意に介さないとでも言わん風に、無傷だった。
神話の再現、英雄譚の山場の再来、それらを可能とする聖杯戦争。それに於いて、音に聞こえた大英雄二人の戦いが今まさに、再現されていた。
誰もが心の底では待ち望んでいた光景が、今まさに繰り広げられていた。但しそれは、サーヴァントと言う超常存在を用いた存在ではなく、普遍的無意識からサルベージされたペルソナと呼ばれる存在であると言う点が、大きく異なるのだった。この点からも、此度の聖杯戦争の異常性の一端が垣間見えようと言うものだった。

 ――それでは、彼の大英雄が空中で熾烈な戦いを繰り広げているその下で戦う、彼らを呼び寄せた主達の戦いぶりは、どうなのか? 

 エリザベスの頸椎目掛けて上段の回し蹴りを放つマーガレット。これを屈んでエリザベスは回避する。
辞典から引き抜いたペルソナカードを数枚飛び出させ、マーガレットの下へと飛来させ、凄まじい速度でその場で旋回させる。
瞬間、マーガレットの姿が、カードが空中を飛び回っている渦中から一瞬で消失する。彼女の姿が消え失せてから、ゼロカンマ一秒以下の時間が経過した後だった。
地面にありとあらゆる方向からの、深く大きな斬撃痕が刻み込まれたのは。それと同時に、エリザベスの背後に、マーガレットが空間転移して現れる。
あられもなく右足を振り上げ、踵が上に垂直に来る程にマーガレットは持ち上げる。位置エネルギーと、力を管理する者が誇る膂力を相乗させて、
マーガレットは勢いよく踵を振り落とした。エリザベスはこれに対応し、パタン、とペルソナ辞典を閉じ、その装丁部分でマーガレットの踵落としを防御。
大気が波を打つ。辞典と靴の踵部分が衝突したとは思えない程の大音が鳴り響くと同時に、姉妹を中心として直径三十m超のクレーターが地面に刻まれる。
大量の砂が一気にクレーターの底に流れて滑り落ちて行く様は、天然の巨大なアリジゴクのようであった。


275 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:25:17 J/1jwQzo0
 エリザベスが辞典に力を籠め、マーガレットを跳ね除けさせる。
エリザベスの膂力も異常な事と、マーガレット自身が不安定な体勢であった為に、何の抵抗もなく彼女は空中へと吹き飛ばされる。
が、直にマーガレットは空中で後方宙返りを披露し、姿勢の制御を行い、その場で転移。これと同時だった、マーガレットが召喚したペルソナである、
ジークフリードが霞か何かの如く姿を消したのは。それを受けてエリザベスも、自らが呼び出したクー・フーリンを消失させる。
その瞬間だった、頭上から、エリザベス数十人分にも匹敵しようかと言う程の大きさの大氷塊が、隕石めいた速度で彼女の下へと飛来して来たのは。
焦りから来る発汗もないし、呼気の乱れもまるでない。そう来たか、とでも呟きそうな程、彼女は落ち着いている。
辞典からカードをドローする。彼女の背後に、普遍的無意識のスープに溶けていた神格が顕現する。墨の様に黒い体表に、炎を模した様な紅蓮の入れ墨を刻んだ大男だった。
その手に燃え盛る大剣を持ったこの魔王は、北欧の神話体系が成立する以前よりも存在したとされる古の大巨人。神々の黄昏を生き残ったムスペルヘイムの王。スルトそのものであった。

 氷塊目掛けて炎の大剣、世にレーヴァテインとも呼ばれる、剣とも杖とも呼ばれる神造兵装を振り下ろす。
百tにも届こうかと言う大氷塊は、炎剣の一撃を受けたその瞬間、大量の水蒸気へと変貌。一帯を白い靄で覆わせてしまう。
邪魔だ、と言わんばかりにスルトはレーヴァテインを掲げると、その水蒸気も蒸発してしまい、視界が一気に明瞭なそれに変貌――したわけではなかった。
レーヴァテインが内包する余りの熱量で、陽炎が発生。水中から水面を見上げているかのように、視界がグニャグニャになっていた。

 エリザベスも空間転移は使う事は出来る。
出来ていて敢えて、彼女は徒歩でアリジゴクからの脱出を試みた。流れ落ちる流砂など意にも介さず、彼女は砂地の上を歩いて行く。
十秒程で、彼女は其処を抜け出た。視界の先には、マーガレットが腕を組み此方を睨んでいるのが解る。
彼女の背後には、川流れの如く更々の金髪を長く伸ばした、黒色のつなぎを身に付けた男が佇んでいる。蝙蝠を模した様な翼が、ただ者では無さを見る者に実感させる。
魔王ロキだと理解するのに、エリザベスには刹那程の時間も不要であった。

 マーガレットの方が先に、ペルソナの力を解放させた。
ロキがその右手を動かすと、一瞬で場の空気は零下二十度を割り始める。気温が下がるだけならば、まだ良い。
これだけに飽き足らず魔王は、砂地を一瞬で凍結させ、更に、分厚い氷の膜を地面と言う地面に張らせて行き、行動を阻害させる。
更に、その氷の上から天然の樹氷とも言うべき、鋭く尖った氷の柱を幾十幾百本も展開させ、動きを完全に殺させる。
此処までにかかった時間は、ゼロカンマ五秒も無い。其処からマーガレットは空中から大量の氷塊を降り注がせようとするが、エリザベスもエリザベスだった。
スルトがレーヴァテインを掲げるや、太陽の破片が落ちて来たと錯覚する程の炎の塊が凍結した地面の上に落下、そして着弾。
一瞬で、ロキが生み出した全ての氷の細工を蒸発させるどころか、更に下がった場の気温を一気に真昼時の砂漠のそれにまで上昇させる。

 ――嗚呼、流石は。流石は、我が妹。
人道を外れ、修羅道を歩み終え、畜生道と餓鬼道を今正に歩み、そして行く行くは、地獄道を歩く羽目になろうとする愛しい妹。
許せないと思う。此処で討たねば、被害は甚大なものになるだろう。エリザベスも、此処で討たれる方が、幸福なのだと思っているかも知れない。
それと解っていても、エリザベスは退かない。嘗て愛した男の為に、彼女は如何なる誹りや非難、罪を、浴びようが背負おうが由としたのだ。
其処に至るまでの覚悟は、どれ程の物だったろうか。如何なる道を歩き続ければ、その様な悲壮な決意が出来るのだろうか。
エリザベスは、最後に戦った時よりも、ずっと強くなっている。世界の果てに封印された少年を救う為に、様々な修羅場を見て来て、味わったのだろう。

 愛する妹が、値の付けられぬ絆を得、それを守り、取り戻したいと覚悟を決める。
それは姉として、とても、とても、喜ばしい物だった。それがどうして、このような間違った形になったのだろうか。何処で、エリザベスは道を間違えたのか。
千の言葉を尽くしても、万の行為を示しても。最早彼女の心が変えられないと言うのなら――。

「殺すしかないのね、エリザベス」

 展開したロキを消失させ、再びペルソナカードを手に取った。
エリザベスを見るマーガレットの瞳には、慮りの心など欠片もなく。目の前の『敵』を撃滅させんとする、強い意思に満ち溢れていた。


276 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:25:32 J/1jwQzo0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 千七百二十五条のチタン妖糸が、入れ墨を刻んだ青年の悪魔に殺到する。
右腕と左腕を神業の様な軌道で動かし、その全てを断ち切る悪魔、人修羅。
しかしそれらは全てフェイント。本命は、頭上から落下させ、足元から跳ね上げさせた、それぞれ一本づつの妖糸だった。
直撃すれば、上からの糸は右肩甲骨から右足の指先までを、下からの糸は左足の土踏まずから左肩甲骨までを切断する筈。であった。
だが、その程度の猿知恵など見えていると言わんばかりに、人修羅の姿が掻き消える。
彼は一瞬で、高度十五m程の高さ地点に、妖糸を張り巡らせ、その上に佇立する浪蘭幻十の頭上に移動。転移ではない。瞬間移動と見紛う程の速度による『移動』だった。

 刻まれた黒い入れ墨から、千万Vを超える程の『放電』現象が発生。
入れ墨が一瞬光った事に警戒し、自身に糸の鎧を纏わせる。傍目から見れば平時の幻十としか思えないだろうが、その実、目に見えないナノmの糸が、
頭から足先までカバーしていると言う事実を、多くの者は悟るまい。
スパークがチタン妖糸に直撃する。蒼白い火花が人修羅と幻十の間で弾けるが、幻十は全く平然としている。放電が、自身に届かないからだ。
チタンと言う明らかな金属を使った糸にも関わらず、それを操る幻十には、一切の電流が届かない。彼の操る糸は、自身の意思次第で、ゴムより強力な絶縁体にする事も可能であるのだ。

 今まで足場にしていたチタン妖糸を一瞬で回収するや、幻十の姿が消失する。
一秒と掛からず彼は砂地の上に降り立ち、人修羅の方を見上げた。身体に糸を巻き付けさせ、砂地の下に隠れた岩地をその意図で貫き、
その妖糸を勢いよく収縮させる事で、音速でその場から退避したのである。

 百条程度の糸を、人修羅の周辺に展開させ、これを殺到させる。
拳足を、幻十にすら視認不可能な程の速度で動かし、その全てを破壊する悪魔のルーラー。

 幻十の疑惑は確信に変わった。
人修羅と言うルーラーが何故、自分の妖糸を断ち斬れるのか。無論、相手の技量自体が半端な物ではないと言う事は、既に幻十も認めている。
それを加味しても、余りにも人修羅は、チタン妖糸を簡単に破壊する。幻十程の技量の持ち主が操る糸を、何の苦も無く破壊する。
この裏に、何かトリックがあるのではないかと幻十は推理。破壊出来た攻撃と、出来なかった攻撃の差異を発見し、その答えの一つに行き着いた。
素手の攻撃だ。人修羅は現状に至るまで、強力なブレスや放電と言う、悪魔としての体質をフルに生かした技を使っていた。
確かにこれらも、尋常のサーヴァントでは抵抗すら許さず殺し切れる程の必殺の威力を内包していたが、実際に、幻十はこれを防げていた。
こう言った攻撃は防げたのにも関わらず、生身の一撃だけが、一切の抵抗を許さず妖糸を破壊する。
肉体自身に何らかの加護が纏わされているのか、或いはスキルか、宝具か。生身の攻撃とは違う、一部の、エネルギーを具現化させて放つ攻撃も、
妖糸を破壊していた事があったが、『生身』が重要なファクターである事は間違いないと幻十は判断。この可能性を、彼は先ず想定に入れた。

 幻十の推理は正しかった。
人修羅の生身による攻撃には、明けの明星と称呼される大魔王から賜った究極の矛である『貫通』の加護が成されている。
より言えば、『物理的な干渉力を秘めた攻撃の全て』にその加護が成されていると言って良い。
この場合の物理的干渉力と言う言葉は非常に曖昧で、人修羅の生身から繰り出される格闘攻撃は元より、彼が生み出したエネルギーや『気』の波ですらも該当する。
物理攻撃は貫通の効果を与れるが、逆に言えば、魔術的な攻撃は一切その庇護下に入らない。放電や炎の吐息は、その対象外なのである。
幻十の妖糸が破壊されるのは当たり前で、この貫通の効果と威力は凄まじく、殆どの宝具やスキルの防御効果を無視して、
本来与えられる筈だった威力をそのまま相手にぶつけられると言う点からも、その凄まじさが知れよう。
技術程度では止まらない、人修羅の暴威の象徴。それに晒されれば、如何に幻十の妖糸スキルと言えども、無力と言う他ないのである。

 飛燕に百倍する速度で、人修羅が着地した幻十の真正面へと移動する。
移動途中で幻十は糸を操ろうとするが、それが人修羅に向かって行くよりも速く、砂を巻き上げ、人修羅は幻十の前まで移動していた。


277 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:25:46 J/1jwQzo0
 上半身が消滅したとしか思えない程の速度で、腰より上を動かし、右腕を振り被る。
幻十の顎目掛けて、フックを放ったのだ。極々一般的な成人男性の拳と、人修羅の拳の大きさに、さしたる差はない。
その筈なのに、幻十は、人修羅のこの一撃で、超猛速で飛来する、巨大な石臼のビジョンを見た。直撃すれば、死は免れない。
人修羅の右拳には殺すと言う意思以上に、『死』と言う物で満ち溢れていた。
音の十三倍の速度で放たれたその一撃を、幻十は、魔界都市に生きる魔人としての反射神経を以て、辛うじて後ろにステップを刻む事で回避する。
衝撃波が、インバネスコートごと幻十を切り刻む。胸部に深い斬撃が刻まれ、血がドッと噴き出る。拙いと思い、幻十は糸を操り、切創をチタン妖糸で縫う。
優れた医者の縫合めいて、チタン妖糸は見事に幻十の傷を塞いだ。痛みも、少しだけ和らぐ。

 人修羅が追撃を仕掛けんと、地面を蹴った――瞬間。
それまで地面に張り巡らせていた妖糸が、彼が地面を一定以上の力で踏み抜いた、と言う事をスイッチに、一斉に跳ね上がった。
約八百九十七条のチタン妖糸が一斉に向かって行く。こう言う使い方も出来るのか、と言った様な表情で、人修羅が腕を動かした。
それだけにとどまらない。幻十はポケットに入れていた左手の指を動かした。
チタン妖糸は何も斬るだけが使い方じゃない。糸と糸どうしを紙縒り合せ、不可視の針を作る事だって可能なのだ。
幻十は神憑り的な指捌きで、チタン妖糸を紙縒り合せた針を何十本も生みだし、それを人修羅目掛けて射出させた。
砂を巻き上げて、人修羅がその場から消え失せる。針がスカを食う。左方向に幻十が顔を向ける。幻十から見て左脇二十m地点まで、人修羅が遠ざかっていた。
右手指を猛禽の様に曲げ、指を曲げた側の手首を左手で握っている様子がハッキリと解る。そして、その手に超高速でエネルギーが収束して行くのも。

 地面を不様に幻十が転がった、と同時に、人修羅の右手首から、エネルギーを練り固めた、野球ボール大の弾丸が凄まじい速度で飛来する。
砂を巻き上げてそれは、幻十が先程までいた空間を貫いた。もしも幻十が横転していなければ、あの弾丸は彼の身体を粉微塵にしていただろう。
発射されたのを見てからでは、到底間に合わなかった。至近距離で放たれた拳銃ですら余裕で掴める程の幻十ですら、これなのである。
人修羅の放った、あらゆる悪魔を粉々にする『破邪の光弾』は、エリザベスが展開した閉鎖空間の地の果てまで素っ飛んで行く。
衝突する対象がなかった為に、幻十としても何とも言えないが、恐らくあれが直撃していたら、高層ビル程度なら簡単に破壊していただろう。

 視界の端では、相当ヒートアップしているエリザベスとマーガレットの戦闘模様が確認出来る。
摂氏数万度にも達する炎が荒れ狂い、絶対零度と見紛う程の冷たさの吹雪が舞い、稲妻が地面を焼いて落下して、風速数百mの大風が吹き荒ぶ。
かと思えば、凄まじい轟音が砂を舞い飛ばせながら連続的に響きまくったり、強烈な呪力や破魔の力が交錯したりと、エネルギーが目まぐるしく変遷して行く。
初めて見た時から、人間に似た何かとしか思えない程強い存在だとは、妖糸で幻十も解っていた。だが、あれ程までに強いとは思わなかった。
と言うよりあれは殆ど、下手なサーヴァントを超越した強さではないか。エリザベスを追い込むその手際に、遠慮や手加減などと言う物はない。
明らかに、妹であろうと殺して見せる、と言う気概で満ち溢れていた。それ自体は、良い。だが此方がそうも行かない。
率直に言うと、エリザベスなる主催者と共にいるこのルーラーの強さは、桁違いも甚だしい強さだ。悔しい話だが、『今』の幻十では到底敵う相手ではあり得なかった。

 ――そう、『今』は。浪蘭棺の中で技術を高めれば、恐らくは詰められる。少なくとも現状では、到底勝利を拾える相手ではありえない。
癪に障る話だが、敵のマスターを殺そうにも、人修羅は完全にそちらの方にも油断がない。とどのつまりは、全方位で隙がないのである。

 ――“私”のせつらならば、倒せるか……?――


278 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:26:06 J/1jwQzo0
 確実に、この街にいるであろう、あの<魔界都市>の体現たる黒コートの美魔人は、この敵を相手に、どの様な手段を講じるのだろうか。
敵わない相手がいるのならば、決まっている。幻十もせつらも、『逃げる』のだ。そして、次に見える時にこそ、殺して見せる。それが、<魔界都市>の流儀である。
一見すれば、此処はエリザベスが展開した、逃げ場のない閉鎖空間。逃げる方策など、ないとしか思えないだろう。
しかし、幻十は知っている。人の手で作られた閉鎖的な空間も、超自然的現象が生み出した閉鎖空間にも、少なからぬ間隙があると言う事を。
どのような空間にも、綻びよりなお小さい、蟻の開けた穴よりも小さいポツポツとした穴がある物である。
空気を取り込む為の物であったり、外界から魔力を供給させる為の穴であったりと、兎に角、そう言った物があり、現にこの空間にも、それはある。
何も幻十は人修羅とエリザベスの周りだけに糸を張り巡らせていた訳ではなく、遥かな頭上にも糸を展開させていた。
その結果、エリザベスの展開した閉鎖空間には、その様な穴がある事が解った。この穴は、人間の目には、先ず目視は不可能であり、
尋常の方法ではいかなる干渉手段を用いようとも、突破口にすらなり得ない穴なのである。

 エリザベスの誤算は、その穴を一ナノmよりも小さい穴にしなかった事であろう。
幻十の操る妖糸は、その穴を潜り抜け、既に閉鎖空間の外、つまり、<新宿>衛生病院のロビーにまで伸びていた。
それを確認するや、幻十は両手指を一斉に動かした。

 ――その瞬間、空と地平線に断裂が生まれ、その断裂から閉鎖空間が崩れ落ちた。

「何――!!」

 人修羅がその黄金色の瞳を驚愕に見開かせた。そして、閉鎖空間を生み出した主であるエリザベスや、彼女と死闘を繰り広げていたマーガレットすら。
嘗て灰色の空だった破片が、雲母の如く舞い散って行き、嘗て渺茫たる地平線だった破片が、ポロポロと剥離して行く。
鶏卵の殻を破って、雛が初めて外界を見た時の光景とは、果たして、このような物なのであろうか。
舞い散り、剥離して行く破片の先には、陰鬱とした<新宿>衛生病院のロビーの光景が広がっている。そう、殻だった。
エリザベスが展開した閉鎖空間は、一種の殻の様な物であったのだ。

【マスター、このルーラーは想定よりも遥かに強い、この場は逃走した方が良いかも知れない】

 苦渋の決断と言うべき声音で幻十が念話を行う。
これは演技でもなく彼の本心で、敵を相手に背を見せると言う事は、気位の高いこの男だ。絶対に、許せる事柄ではなかった。
しかし、戦略的にそうする必要があったのならば、仕方がない。こうするしかなかった。

【私も、そう思っていたわ。予想よりも、貴方の戦いぶりが情けなくて、困っていた所よ】

 と、マーガレットも悪態を吐くが、今はそれに対して返答をする時間すらも惜しい。
何故か人修羅もエリザベスも、マーガレット達の動向を窺っていると言う行為に止まっている。
罠か? と幻十らも思ったが、何て事はない。人修羅達は動きにくいだけなのである。
その圧倒的な強さの故に、本気を出せば<新宿>程度簡単に滅亡させられる人修羅だ。閉鎖空間を展開していない状態では、余り本領を発揮したくないのだ。
そんな彼の心境を慮って、エリザベスは、閉鎖空間を展開した等と、まさかマーガレット達も夢にも思うまい。


279 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:26:31 J/1jwQzo0
【好機だ。退くぞ】

【そうね】

 そう言って幻十が糸を張り巡らせようとした――瞬間だった。人修羅と幻十が共に、カッと目を見開かせた。

 インバネスの美魔人は、自身とマーガレットにチタン妖糸を巻き付かせ、更に別所に糸を巻きつかせ、
これを以て振り子の要領で、音速超の速度で自分達が直立していた地点から、遠ざかった。
入れ墨を刻んだ混沌の悪魔は、エリザベスを横抱きに抱えながら、跳躍。その場から距離を離した。

 両者共に、距離を離したその刹那だった。病院のロビーを、『黄金色に激発する光の帯』が貫いたのは。
病院の壁にぶち当たった瞬間、それは、爆風と衝撃波を伴い大爆発を引き起こし、外の光景が見える程の大穴を其処に空けた
十枚以上の壁を打ち抜いた事もそうだが、光の帯の軌道上に存在した民家が、跡形もなく消滅し、<亀裂>の様子すらも窺える程であったと言う所からも、その被害の程と、光の帯の威力が知れよう。

 四人は、病院の入口にその顔を向ける。
黄金を溶かして作り上げた様な光り輝く刀を、振り抜いた姿勢から元々の自然体の状態に戻さんとしていた男の姿を、彼らは認めた。
黄金色の髪、風にたなびく黒い軍服。腰に差した何本もの刀。そして、巌の如き強烈な意思を宿した、傷の刻まれた相貌。
四人はこの存在が、明らかな人間である事を理解したが、なのに、何だ? 人でありながら、人を超越した様なその佇まいは。
四人の内人修羅は、『超人』、と言う言葉が頭を過った。人の身でありながら、人間を超越した強さを誇る怪物。
嘗て、明けの明星も思い出話をするように語っていた。自身の遣わせたアスラ王と、神の遣わせたミカエルを斬り殺した、吉祥寺の青年の話を。

「其処までだ、サーヴァント共」

 佇まいだけではない。その声音もまた、鋼だった。

「俺とマスターの覇道の為。此処でその命、散らせて貰おう」

 光り輝くガンマレイを纏わせた、アダマンタイトの刀を構えながら。
鋼の英雄にして最悪の破壊者、人類を愛する救世主にして勝利しか求められないバーサーカー、クリストファー・ヴァルゼライドは、己の勝利が、物は上から下に落ちるのだと言う程に当たり前の事なのだと言う核心を以てそう言ったのだった。


280 : 超越してしまった彼女らと其を生み落した理由 ◆zzpohGTsas :2016/02/07(日) 00:26:42 J/1jwQzo0
前半の投下を終了いたします


281 : ◆GO82qGZUNE :2016/02/08(月) 21:49:38 RUCvKRbQ0
予約分を投下します


282 : 軋む街 ◆GO82qGZUNE :2016/02/08(月) 21:50:17 RUCvKRbQ0





「おっすじゅんぺー、なんだよ今日もしけた面してんなー。オレ? オレは今日も超!ハイテンション!よ!
 つーか聞いてくれよ、昨日もエミリがオレのこと頼ってきてくれてさ、やっぱイイ男ってのは普段から違うってゆーか、オレもう最高潮よホント!
 え? 本題入れって? あーもうツレねーなーったく。いやさ、実はダチからライブのチケット貰ったんだけど、ぶっちゃけオレ興味ないからお前にやるわ。
 そーだよライブ、ライブのチケット。しかもアイドルのだぜ? いや別に嫌いってわけじゃねーけど、ほらオレにはエミリがいるからさ。嫉妬させちゃうのも悪いじゃん?
 そもそもここに出てくる……えっと、クローネだっけ? そのメンバーってのが正直ガキすぎてオレの趣味じゃねーのよ。やっぱ女ってのはもっと年上じゃねーとってそう思うわけよオレは。
 つーわけで売るなりしても良かったんだけど、なんだかんだで持つべきものは友達じゃんか。そーゆーことで未だに春の来ない順平くんにオレからささやかなプレゼントってことで……え、お前に心配される謂れはない? まーた強がっちゃってぇ。
 ま、マジでいらねってんなら別に好きにしてくれていいぜ。んじゃ今からエミリに誘われてっからもう行くわ、オレマジで頑張っちゃうぜ見とけよ見とけよー。二学期に一皮むけたオレを披露してやるから楽しみに待ってろよ順平!」





   ▼  ▼  ▼


283 : 軋む街 ◆GO82qGZUNE :2016/02/08(月) 21:51:12 RUCvKRbQ0





【いいんじゃねーか、行っても】

 念話で帰ってきた言葉は、何とも軽いものだった。
 念話の主、伊織順平がいるのは新宿内藤町の某高校、その一室だ。夏季休業に先駆けて行われた、無駄に長く感じる終業式を眠たい頭で耐え抜き、教室で配布された通知表の内容と宿題の山にトラウマを刺激され、諸々の注意事項を言い渡されようやく解放された、昼過ぎの出来事であった。
 無二の親友ともちーこと友近健二に半ば無理やりライブチケットを押し付けられ、本人はそそくさと逢引きとやらに向かってしまい、途方に暮れてライダーに念話を試してみたら返ってきたのがこの言葉である。
 流石に、自他共に認める能天気でお調子者な順平と言えど、それはないのではないかと思ってしまうのも無理はない。

【おま、それでいいのかよ】
【勿論考えなしで言ってるわけじゃねえさ。そのライブってのはそれなりに人が集まるんだろ? だったらそこにマスターやサーヴァントが来る可能性も少しは高くなる。
 正直なとこ、この狭い新宿で未だに発見数0ってのもそろそろマズイしな。接触するにせよしないにせよ、他陣営の情報くらいは持ち帰りたいもんだ】

 対するライダーの返答は、なるほど確かに、聞けばそれなりに納得できる理屈である。
 順平がこの地に招かれ、昨晩本戦開始の通達を受けるまでの幾日か、その間に動き回って分かったことは、ライダーの保有する気配隠蔽能力が非常に高いということだ。
 別に彼らとて、考えなしに日常をエンジョイしていたわけではない。勿論楽しみの面も存在していたが、それ以上にこの新宿という街の把握、及び介在するサーヴァントの索敵こそが彼らの目的である。
 何故、非好戦的な彼らがそこまで他者の捜索に余念がないのか。そして何故、これまで何の成果も挙げられていなかったのか。それは単に、ライダーに架せられたある種の制限が存在したからだ。
 本来、サーヴァントというものは索敵能力に優れない個体であろうとも、数百m単位の気配感知能力を標準的に備えている。それはライダーとて例外ではなく、むしろ解法の存在による気配看破に優れた彼の有する感知能力は、本職たるアーチャーのそれに匹敵する超長距離に及ぶものでなければおかしいほどのものだ。
 そう、本来ならば。しかし現実として彼に与えられた能力には、原因も分からぬ不調のようなものが付き纏っていた。感覚的にしか判別がつかないものの、現状彼が保有する素の索敵可能範囲は50m程度まで縮小し、その精度までもが低下している。
 だからこその、これは焦りではなく奮起であった。力が無いなら無いなりにやれることを頑張るのだという、言葉にしてみれば何ともありふれた行動方針。ライダーの言う通り、接触するかどうかの判断こそ未知数なれど、他陣営の情報は発見しておくに越したことはない。


284 : 軋む街 ◆GO82qGZUNE :2016/02/08(月) 21:51:47 RUCvKRbQ0

【まあ、そういうことなら何となく分かったぜ。実を言うとオレもちょっと行ってみたかったんだよなー、これ。
 つっても、わざわざアイドルのライブ見に来るようなマスターなんているか普通?】
【お前がそれを言うのかよ。そうだな、ライブそのものじゃなくてそれを利用しようって連中ならいるかもな。来そうなのが"乗り気"なのばっかになりそうなのが怖ぇけど。
 あとは……ほら、例のバーサーカーとか】
【あー……そっか、その可能性もあるんだよな】

 聖杯戦争の参加者全員に討伐令を発布されたバーサーカー、その存在を思い出し知らず頬が引き攣ってしまう。
 白昼堂々大通りで大量虐殺を敢行した黒服のバーサーカーについては、既に彼らも昨夜のうちに話し合いのやり玉に挙げている。その行動目的については未だ詳細が不明なままであるが、少なくとも順平たちは「殺人そのものが目的」ではないかと睨んでいた。
 快楽殺人鬼、それも数を優先する性質だというならば、人員が大量に集まるライブなど持って来いの狩場であろうことは想像に難くない。
 いずれ何らかの形で接敵する時も来るだろうと腹を括ってはいるものの、遭遇の危険性を思えば憂鬱にもなるというものである。

【けどまあ、そんな悲観的になる必要もねえわな。何も起こらなかったらそれに越したことはねえし、純粋にライブを楽しむのもいいだろ。
 本戦が始まった以上は、これから嫌でも戦いに巻き込まれていくわけだし、精神的な負担は少しでも減らしたほうがいい】
【だから今の内に思い出づくりってか? 不吉なこと言うんじゃねーよって言いたいけど、反論できないのが悲しいなおい】
【はは、だからそんな気負う必要ねーっての。俺のスキルはお前だって知ってんだろ? いざとなりゃ二人揃って尻尾撒いて逃げることもできんだ、緊張感なんざいらねえとまでは言わねーけどある程度は安心していいんだぜ?】
【……おう、頼りにしてんぜ】

 ライダー……栄光の解法の凄まじさは身を以て実感している。基本的にはサーヴァントとしての気配を消失させることにしか使ってこなかったが、予選期間においては順平ごと透明化したり、重力をぶっちぎって一緒に飛んでみたり、ちょっとしたワープを体験してみたりとより取り見取りの経験を味わったものだ。
 その時は女風呂の覗きに最適だ、なんて馬鹿話で盛り上がったが、よく考えなくても解法の汎用性の高さは異常の領域である。まるでおとぎ話の魔法のようだと、ペルソナ能力という不可思議な力を行使する順平でさえも、思わずにはいられなかったほどだ。
 そしてそれはライダー当人が言う通り、仕切り直しという「逃げ」に特化した力でもある。例え遁走を封じる結界に囚われようと、よほどのことがない限りは順平ごと容易に逃走を成功させることができるほどに、その能力は強力なのだ。
 敵を前に逃げるなんて、などという戯言を順平は口にしない。現実を弁えないはた迷惑な英雄願望は、とうの昔に捨て去った。戦うべき時は戦い、逃げるべき時は逃げるのだと、順平は先を見据えそう考える。

 とはいえ、これもライダーの言う通り、今回のライブイベントで騒動が起きるとも限らないのだから、今から余計な心配をしたところで杞憂でしかないのだろう。
 随分おセンチになったもんだと頭の片隅で考えつつ、念話に一区切りつけるべく会話を続行する。


285 : 軋む街 ◆GO82qGZUNE :2016/02/08(月) 21:52:33 RUCvKRbQ0

【ま、あーだーこーだ言っててもしゃーないし、ここはバシッと決めますか。つーわけで今日はライブ行き決定な。折角なんだしノリにノリまくっちゃうよオレっち!】
【あんまはしゃぎ過ぎてぶっ倒れんなよ? そんじゃ、俺も早いとこ捜索片して合流するわ。場所と時間だけ教えてくんねえか?】

 ライブ終わったら推しメン教えろよー、という会話と、場所と時間を告げると同時に念話をカット。幾ばくかの時間を置いて、順平はふぅと息をついた。
 今までライダーとはほとんど一緒に行動していたために使う機会がなかった念話だが、こうして使ってみると、なるほど不思議な感覚である。タルタロス探索における風花のナビとも違う、脳内に直接響くそれは、なんともこそばゆい感触を順平に与えていた。

「っと、そろそろオレも行かねーとな」

 物思いに沈みそうになる意識を引き起こし、半端に纏めていた教材を片付け立ち上がる。
 まばらとなったクラスメイトに別れを告げ廊下に出れば、まるで馴染みのない、しかしここ数日で見慣れてしまった新宿高校の校内が目に映る。
 目に見えるほとんどが自分とは縁がなかったはずの代物で、けれど友近のように見知った要素が幾らか存在するこの空間は、未知と既知という相反する混成物故に歪な既視感を醸し出す。
 如何に平和に映ろうと、ここは自分のいるべき場所ではないのだと、如実に示しているようだと順平は感じた。

(……いい加減、オレも覚悟決めとかねーとな)

 だから、羽目を外すのは今回で最後にしておこうと。そんなことを頭の片隅で考えながら、順平は気持ち足早に帰路を急ぐのだった。



【四ツ谷、信濃町方面(内藤町・新宿高校)1日目 午後(正午くらい)】

【伊織順平@PERSONA3】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]なし
[道具]召喚銃、ライブチケット二枚組
[所持金]高校生並みの小遣い並み
[思考・状況]
基本行動方針:偽りの新宿からの脱出、ないし聖杯の破壊。
0.ライブに向かう。
1.穏便な主従とコンタクトを取っていきたい。
2.討伐令を放ってはおけない。しかし現状の自分たちでは力不足だと自覚している。
[備考]
・戸山にある一般住宅に住んでいます。
・遠坂凛とは同級生です。噂くらいには聞いたことがあります。





   ▼  ▼  ▼


286 : 軋む街 ◆GO82qGZUNE :2016/02/08(月) 21:53:14 RUCvKRbQ0





「ま、マスター探しも急げども焦る必要はなしってな。なんにも起きなきゃそれで良し、素直にライブを楽しめばいい。なんか起きたら……その時はその時だ」

 所変わって河田町はあけぼのばし通り。古き良き商店街の面影を残す閑静な通りに、大杉栄光の姿はあった。
 人の通りはまばらで閑散としており、明らかな未成年である彼が出歩いていても訝しむような者はいない。あるのは集合住宅と学校施設と、あとはとあるビルディングのみ。
 東京都新宿区という都会にあっても、一角外れればこのようなエアポケットじみた情景も多く存在する。かつてはフジテレビ開業と都営新宿線開通により多く賑わったこの場所ではあるが、フジテレビが港区お台場に移転した後は東京女子医科大が町域のほとんどを占めるようになり、現在の姿となっていた。

 ならば何故、他陣営の捜索に赴いているはずの彼が、このような人のいない場所に来ているのか。
 中心地よりも外れの閑散地にこそ参加者は逃れ潜んでいると踏んだのか。いいや違う。
 彼がここに赴いた理由。それは……

「もう少し時間がありゃあ、忍び込むなり何なりしてみても良かったんだけどな。アイツが動くってんなら俺も行かねえと嘘だろ」

 先ほどまで眼前に聳え立っていたビルディングを、振り返ることなく栄光は思い返す。
 UVM社……旧フジテレビ跡地に立つ、東京タワーもかくやと言う超高層ビルを本社に持つ新進気鋭の大手レコード会社。その威容はこの静かな土地にあって異様な存在感を放ち、つい先ほど直接見てきた本社においては、そこだけ都市の喧騒を切り取ったかのように多くの人員と物音が交錯していた。
 そこで働く社員やミュージシャン、あるいは大手企業の内定をその手に掴みたいと意気込む大学生や、自分を売り込みに訪れる音楽家たち。そこにあるのは人々の勤労から生まれる一種の躍動であり、規則的あるいは混沌とした人の動きが集約するビルの巨躯はまるで戯画化した巨大な蟻塚のような印象すらも栄光に与えた。
 それだけならば、別段気にする必要はない。どこでもどの分野でも最前線をひた走る大手というものは存在するし、周囲に比べ隆盛している程度、それだけでは目をつける要因にはなり得ない。
 UVM社という場所に、わざわざ危険を冒して忍び込むことさえ考えた理由。それは単に、UVM社の社長が人外の存在であるという噂話故であった。

 無論、余人では信じられない速度で自社を盛り立てた経営手腕を指してバケモノと揶揄する者もいるのだということは、重々承知している。しかしそれ以上に、彼の外見的特徴を指して人外と呼ぶ噂が多数を占めるということに、栄光は違和感を持ったのだ。
 曰く、黒く巨大なクラゲ頭を持った人型がUVM社には存在する。尾鰭やバリエーションの違いこそあれど、噂に共通するのはそういった内容だ。
 今更言うまでもなく、あからさまに怪しい。そして火の無いところに煙は立たない以上、できる範囲で調査するのは当然のことと言える。
 そういうわけで、栄光は今日この場所に来ていたのだが、いざ解法を駆使して忍び込もうとした矢先にかかってきたのが先の念話である。ライブが始まる時間と場所を聞いてみれば、なんと今から向かわなければ到底間に合わないぎりぎりのタイミングではないかと、一旦捜索の手を中断してその場を離れることとなったのだ。
 なお、ぎりぎりのタイミングというのは、あくまで徒歩と交通機関を使った場合のものである。己が宝具である風火輪を使って全力で飛べば数分とかからず踏破できる距離ではあるが、如何な解法による隠蔽を持つとはいえ、そんな目立つ真似をこんな序盤からするつもりは、栄光にはなかった。


287 : 軋む街 ◆GO82qGZUNE :2016/02/08(月) 21:53:40 RUCvKRbQ0

「けど、アイドルのステージライブとはなぁ。こんな時じゃなけりゃ素直に喜べたってのによ」

 惜しいよなぁ、などとぼやきながら、栄光は告げられた場所へと足を進める。
 できることなら平穏無事に終わってくれよ、などと、そんなことを少しだけ思ってみたりした。



【市ヶ谷、河田町方面(河田町・あけぼのばし通り)1日目 午後(正午くらい)】

【ライダー(大杉栄光)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態]健康、霊体化
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]マスターに同じ
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを生きて元の世界に帰す。
1.マスターを守り、導く。
2.昼はマスターと離れ単独でサーヴァントの捜索をする。が、今は合流を優先。
3.UVM社の社長にまつわる噂の真偽を確かめてみる。
[備考]


288 : ◆GO82qGZUNE :2016/02/08(月) 21:53:59 RUCvKRbQ0
投下を終了します


289 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:35:23 YffyZAnU0
感想は後程。投下いたします


290 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:36:13 YffyZAnU0
 身も蓋もない事を言うのであれば、ザ・ヒーローらが人修羅達を発見出来たのは、全くの偶然と言う他がなかった。
ヴァルゼライドの手傷をある程度治し終え、再び当てもなく<新宿>のサーヴァントを探すと言う事を行う。
この主従達が、こう言った索敵能力に優れていない事は、一時間以上と<新宿>を駆けまわっているのに、
蠅の魔王のランサーや蒼コートのアーチャーを発見出来なかったと言う事例からも証明されている。
今回もそれが徒労に終わるのかと思えば、それは、否だった。彼らは、蠅の王やコートの剣士とは、全く違う、しかし、強さは彼らに勝るとも劣らない存在達の気配を発見したのだ。

 ――其処は、<新宿>は新小川町に存在する、ある廃病院だった。
<新宿>衛生病院と称されているその病院は、今から十何年以上も前に、公安から最大限の警戒をされていたあるカルト宗教の息が掛かった所であったらしく、
敵対勢力の患者が此処に入院されるや、水面下で殺害。診断書を巧みに偽造して、その事が外部に知られる事を阻止していた、と言う大事件があったと言う。
当然、その様な病院が公序良俗に照らして存続が許される筈もなく。医の倫理を揺るがす大事件にまで発展し、その事件の象徴ともなったこの病院は、一瞬で廃業され、
こうして現在に至ると言う訳だ。病院は東京と<新宿>の発展の推移と変遷に乗る事もなく、ただ、廃業された瞬間のまま時間が止まり、そのまま、
時の流れるに任せ、荒れるに任せている。地元住民も、この病院が元が何であったのかと言う事をよく理解しており、不吉の象徴として、余り近寄りたがらない。
何せ草木も眠る丑三つ時になれば、殺された患者達の怨念が渦巻いていると言う噂もある位だ。全く根も葉もない噂でもなく、上述の事件があれば、そんな馬鹿なと笑い飛ばせないのが、全く救えないし、笑えない。

 その病院で、二人は反応を捉えた。しかも、その捉え方が、妙であった。
ヴァルゼライドの索敵範囲が、『移動の最中にサーヴァントの気配を発見した』、と言うのなら理解も出来よう。
だが、ヴァルゼライドの索敵範囲の『中に』、『突如サーヴァントの気配が現れた』、と言うのが奇妙だった。
つまり、彼が捉えた二つのサーヴァントの気配は、殆ど同時に、彼のサーヴァントとしての気配察知範囲に現れたのだ。
殺意も敵意も、ヴァルゼライド達の方に向けられていなかったと言う事を勘案するに、恐らくはこれは偶発的な物だったに相違あるまい。
――好機、と二人が捉えたのは言うまでもない。即座に彼らは<新宿>衛生病院の方へと足を運び、その場で戦っていたと思しき、二組の主従目掛けて、ガンマレイを放った。

 こうして――今の状況に至る訳である。

 突然の闖入者に、何者だこいつは、と言った様な表情を浮かべているのは人修羅の主従である。
人修羅に限って言えば、スキル・真名看破で、目の前のバーサーカーの真名をクリストファー・ヴァルゼライドだと言う事を理解している。
知らないサーヴァントだった。少なくとも、悪魔や神の類ではない事は確実だ。何せ人修羅自身、聞いた事すらなかったからだ。
恐らくは、自身と、彼の上に立つ明けの明星が破壊しようとしている、大いなる意思の世界法則(ゲットー)の外の住民であろう。
知らないサーヴァントではあるが、弱いとは、人修羅は認識していない。間違いなく、この男は強い。人間如きと言って、人修羅は侮らない。
何故ならば彼自身が、人から悪魔に転生した存在なのだ。人の持つ可能性と言う存在を、強く認識している人修羅は、自身の出自故に、例え人間が相手でも、一切侮らないのである。

【マスター、気を付けた方が良い】

 と、自身の主にそう忠言するのは、浪蘭幻十その人だった。


291 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:36:46 YffyZAnU0
【あのサーヴァントの握る刀から、人間が触れれば即死する程の放射線が確認された。無論、アレの放った光の帯にしても同じだ。あれの通った先は、多分人が住めないと思う】

 驚いたのはマーガレットである。核の力を操るサーヴァント自体には驚かない。
だが、それを躊躇なく、しかも、人の密集している地帯で放出させると言うその神経の異常さに、むしろマーガレットは驚いていた。
妖糸の奥義の一つ、糸探りは、当然、放射線の有無やその強さをも、探知が出来る。如何な幻十と言えども、放射線に直撃して無事な訳はない。
彼は、マーガレットの驚きとは対照的に、つとめて冷静だった。魔界都市に於いては、放射線を用いた兵器など当たり前の存在だった。
核兵器などに転用出来るプルトニウムが当然のように流通していただけでなく、そもそもプルトニウムが産出出来る地脈自体が存在した程だ。
これだけならばまだしも、裏ルートで流通した核兵器の設計図すら流れていた始末だ。そのせいで、歌舞伎町のホストですら、小銭稼ぎに原子爆弾を作成、流通させていた、
と言う椿事すらあった。そう、幻十の認識する魔界都市では、核兵器など有り触れた武器の一つであった。ちょっとした中堅のヤクザですら持っていた。
あの街では、完璧な除染技術が確立されていたからそれも良かったものの、この<新宿>ではそれもない為、半減期が訪れるまで放射線汚染区域は放置するしかないであろう。

 ――知った事か――

 この街が崩壊しようが、幻十には如何でも良い事だった。
存分に、放射線でも撒けば良い。その末に、自滅でもしていろ。自分はただ、親友にして仇敵である秋せつらと決着をつけ、主催者を葬るだけ。それが出来れば、最早悔いなどないのだから。

 この場にいる主従達に目線をやるヴァルゼライド。
人修羅と、彼が抱えるエリザベスの順に目線をやり、次に幻十の方に目線を向けた。
その瞬間、幻十は表情に微笑みを浮かべ、鋼の英雄にそれを投げ掛けた。意図的に、美しさを際立たせる表情を作り、それを彼に向けたのだ。
陰鬱たる廃病院のロビーが、柔らかな陽光と黄金色の輝きで満ち溢れた楽園に変貌した様な錯覚を、ヴァルゼライドは憶えた。
人智を逸した美の持ち主である幻十の表情を見た瞬間、一瞬硬直した。ヴァルゼライドの脳髄に生まれた、思考の空白。
彼程の男にすら、その様な時間を与える、恐るべし、浪蘭幻十のその美貌。鋼の英雄にすら、間隙を与える、幻十の天与の美しさ。

 その思考の空白を狙い、幻十が動いた。
糸探りの為にヴァルゼライドの方に伸ばしていたチタン妖糸を、音速に数倍する速度で、彼の首目掛けて撓らせた。
一瞬で、空白だった脳蓋に、戦闘に対する意識で満たさせるヴァルゼライド。即座に表情を忘我のそれから、平時のそれへと切り替えさせ、
ガンマレイを纏わせたアダマンタイト刀を振るい、極細の殺意が迫るそれの方へと振り下ろす。
チィンッ、と言う音が刀の方から鳴り響き、黄金色の火花が散った。余人の目には、ヴァルゼライドの刀が透明な壁にぶつかり、火花を散らしている様にしか思えないだろう。
事実、ヴァルゼライドの瞳にすらそう見えている。しかし、彼の鋭い感覚が、それは違うと判断していた。
極めて細い線状の何かが、凄まじい殺意を伴って自分に向かい、自分は今その糸と拮抗している。既に彼は、此処まで攻撃の正体を捉えていた。
刀に纏わせた黄金色の光の出力を上昇させる。ロビー全体が、真実、眩い黄金色の光で照らされると同時に、チタン妖糸が蒸発した。

 幻十の方に鋭い瞳を向け、ヴァルゼライドがアダマンタイトの刀を振り抜き、ガンマレイを放とうとした、刹那。
チタン妖糸と刀を拮抗させている間に、幻十がバラ撒いて置いた妖糸を、一斉にヴァルゼライドの方に殺到させた。
千二百十条程の数のチタン妖糸。ナノmと言う、分子レベルの小ささの糸は、人修羅もヴァルゼライドも、当然視認出来ていない。
凧糸にも似た細い殺意が、凄まじい速度と勢いを伴って向ってきている、と言う事が理解出来る程度だ。理解しているからこそ、ナノmと言う小ささの糸を防御出来た。
これは優れた直感や、戦闘経験がなければどだい不可能な芸当で、彼らですら、今まで潜り抜けて来た戦闘で培った財産の全てをフルに活用しなければ、防げないのである。恐るべきは、浪蘭幻十の妖糸の技倆である。


292 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:37:01 YffyZAnU0
 人修羅は、悪魔の反射神経を以て全てを破壊して防御した。 
ヴァルゼライドは――一点方向の妖糸の密集地帯に狙いを定める事で、状況を切り抜けようとした。
くすんだリノリウムの床を蹴り、幻十の方へと向かって行くヴァルゼライド。殺到するチタン妖糸を、極熱と放射線を纏わせた刀を幾度も振い、切り払う。
数本の魔糸が、彼の頬と背部を五mm程斬り裂く。血が勢いよく噴き出るが、知った事ではない。既に幻十を両断出来る間合いにまで、彼は到達していたのだから。

 刀をヴァルゼライドが振り抜いた。肉を斬り、骨を断った感触が腕に伝わらない。
何も無い空間を斬り裂いたと知ったのは、刀を振り抜き終えてからの刹那だった。
合せて、幻十のマスターと思しき青スーツの女性も視界から消えていた。人修羅やエリザベスが、先程ヴァルゼライドが宝具を射出させ、
病院に空けた大穴の方に顔を向けた。微かだが、残像が残っていた。黒コートの美男子の姿と、青いスーツの美女の姿が、空間に焼き付いていた。
妖糸を身体に巻き付けさせ、それを収縮させる反動を用いた移動を以て、この場から退散したのである。幻十は、当初の目的を忘れていなかった。
この場から退散すると言う目的をだ。敵がもう一人増えた以上、更にその考えを強めていたのである。
かくて、幻十らは見事に<新宿>衛生病院から退散して見せた。後には、ルーラーのサーヴァントとそのマスター。そして、英雄のバーサーカーがその場に残るだけとなった。

 敵に一人、見事に逃げられたとヴァルゼライドは冷静に考える
恐ろしく強いサーヴァントであった事もそうだが、一緒に退散したマスターの強さも、凄まじいものだった。恐らくは、生前戦った魔星と同等か、それ以上かもしれない。
それ程の強さにも拘らず、何故、逃げると言う選択肢を選んだのか、理解に苦しむ所であったが、過ぎた事を考えていても仕方がない。
今は、目の前の敵である、入れ墨を刻んだ青年の方に目線を向ける。一目見た時から、理解した。この男は、形容する言葉が見つからない程に、強い。
ヴァルゼライドは、例え記憶がどれだけ摩耗しようと忘れる事のない男の強さと、人修羅の強さとを重ねた。
天命によりて戦う宿命にあり、しかし、餓えた狼の逆襲を受け遂に戦う事はなくなってしまった、太陽の名を冠するあの男と、人修羅の強さに、大差はない。
それだけの敵にも関わらず、マスターの方も、それに負けず劣らずの強さと意志を内に秘めた強敵である事も、ヴァルゼライドは見抜いている。
掛け値なしの、強敵達。だからこそ、負ける訳にはいかない、折れてはならない。自身が成そうとする目的の為に、絶対に、目の前の敵は、葬らねばならないのだから。

 腰に差した鞘からアダマンタイトの刀を左手で引き抜くヴァルゼライド。今やその両手には、刀が力強く握り締められている。
片方は、遍く悪を裁く輝かしい黄金光で眩く激発し、片方は、美しい鋼色の剣身を外気に露とさせていた。
鋼色の刀身が、片方の刀の様な黄金の輝きを纏うのに、二秒もかからなかった。美しい光とは裏腹に、その実光の正体は放射線そのもの、
と言う死の魔刀を二振り持ち構えて。ヴァルゼライドは、人修羅達に鋭い目線を投げ掛けた。

「殊勝な心掛けだな。首を捧げに来たか」

 エリザベスを床に降ろしてからそう言ったのは人修羅だった。

「自分の行っている事が、非道だと言う事は理解している。何れ、俺は死ぬだろう。座から地獄にも堕ちるだろう。だがそれは、今ではない」

 ガンマレイを纏わせた刀の切っ先を人修羅の首元に突き付けるようにして、ヴァルゼライドが口を開く。

「貴様を討ち倒し、俺は行ける所まで行く。此処で死ぬ訳には行かない。俺は、勝ち続ける」

「お前は死んで地獄に行くべきサーヴァントだ。見ろ、この穴から見える光景を。お前があの光を放つ前までは、住宅街がこの先にあった。お前はその家を、住民ごと殺したんだぞ」

「だろうな」

 当然の推移を話すかのように、ヴァルゼライドが言葉を返した。

「……何とも思わないのか。お前は」

「自分の行っている事が、非道だと思っている。俺は、そう言った筈だ」

「心の中でそう認識してるから、見逃せ、と。さては馬鹿だな、お前」

 声音に呆れが混じる。

「先程のアサシンは逃げたが、心配するなよ。俺は逃げない。早急にお前を殺さなければならなくなったからな」

「成程。あの黒いコートの男に比べれば、お前は覚悟が――」

「何勘違いしてんだ馬鹿が」


293 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:37:17 YffyZAnU0
 ヴァルゼライドが全てを言い切る前に、人修羅は彼の発言を即座に一刀両断する。
会話が可能なバーサーカー等、妙だな、と人修羅も思ったが、事此処に至って、確信した。
余りにもこのサーヴァントは、人の話を聞かな過ぎる。自分の価値観と、自分自身の目的を至上とした人物なのだ。
彼は、自分自身が悪いと認識している、それを償うべきだとも理解している。では、それで全てが許されるのか? 狂人から常人に評価を改められるのか?
悪い冗談だ、と人修羅は思っている。様々な言葉と立ち居振る舞いで本質を濁しているが、クリストファー・ヴァルゼライドと言う真名のこのサーヴァントを、
シンプルな言葉で言い表すのであれば、『わがままな馬鹿』以外の何者でもないと人修羅は見ていた。
自身の理想の成就を最優先事項にする余り、周りが一切見えていない。肉食獣の目線の様な持ち主の男であった。
だからこそ、躊躇なくあのような広範囲に破壊をもたらす攻撃が出来る。それが悪い事だと認識していても、それを顧みる事をしない。
全てを自分の価値観の下に正当化させ、他者の行動を自身の価値観と言う物差しで測り、判断する。そう言った存在がいても、別段良い。良いが、このサーヴァントの場合、それが余りにも危険過ぎる。

「俺はルーラーだ。<新宿>……いや、東京の管理者として、貴様を滅ぼす。クリストファー・ヴァルゼライド」

 両腕に刻まれた入れ墨が、バチバチと紫色の火花を散らす。大量の魔力が彼の腕を中心に、ロビー中を荒れ狂い、病院全体を鳴動させる。
飛び散る火花は、可視化され、人体の一部程度なら容易く消滅させる程の威力となった、人修羅と言う個体の生体電流であった。

 真名を当てられ、剰え、目の前の存在が、ルーラーと解っていても、ヴァルゼライドは泰然自若とした態度を崩さない。
成程、この男がルーラーと呼ばれるサーヴァントであったか。予定よりも早く斬る事になるとはな、と。彼は、本気でそんな事を考えていた。

「そうか、お前がルーラーだったか。<新宿>と言う地の管理の為に、俺を滅ぼすと言うその理屈。合理的だ」

 「――だが」

「俺は滅びん。お前がルーラーであろうがなかろうが、俺は、俺を滅ぼそうとする意志には断じて膝を折らない」

「そうか」

 ふっ、と。沈黙の帳が降りた。
人修羅が解放させている魔力に緩く応えるように、病院は揺れている。カタカタと、照明が振動で揺れる音と、人修羅の両腕から弾ける紫電の音だけが、
いやに大きく聞こえてならない。ジリッ、と、ヴァルゼライドがにじり寄る。対する人修羅は、自然体で立ちつくし、敵対者ヴァルゼライドを睨んでいる。
彼我の距離が十cm程縮まって行く度に、場の空気が指数関数的に重みを増して行く。部屋全体の重力が増し、今にも全てが押し潰されんばかりのプレッシャーだった。
常人は愚か、音に聞こえたサーヴァントですら、身体の全てが潰されかねない程の重圧的な空気。その最中にあって、その空気を初めに打ち破ったのは、人修羅の方からだった。

「死ね馬鹿」


294 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:37:28 YffyZAnU0
 そう言った瞬間、人修羅の姿がヴァルゼライドの視界から消滅。それと同時に、<新宿>衛生病院自体が激震する。
振動に耐え切れず照明類が次々とリノリウムの床に落下。埃被ったガラスの破砕音が鳴り響いたと同時に、その音響を上回る、形容し難い大音が鳴り響いた。
人修羅の伸ばした左拳が、ガンマレイを纏わせたヴァルゼライドの刀に阻まれている。立ち位置から察するに、人修羅は一直線にヴァルゼライドの方に駆けたらしい。
ヴァルゼライドが人修羅の移動速度と攻撃速度に反応出来たのは、完璧にまぐれだった。点の殺意を感じた瞬間、その方向に刀を動かしたら、
人修羅の左拳が飛んできたのである。このバーサーカーは幸運だった。万が一にその一撃を貰っていれば、忽ち彼の胸部は肺や心臓ごと持って行かれたのだから。
一方、放射線の凝集体とも言うべき、ヴァルゼライドの黄金刀を触れている人修羅は、鈍い痛みを左拳全体に感じていた。
刀に纏わせた黄金の光を警戒し、人修羅は予めその拳に魔力を纏わせていたのだが、それすらも上回るらしい。
尤も、人修羅と言う悪魔の格がなければ、ガンマレイの放射線は、触れようものならたちどころに肉体が崩壊して行き死に至る程強烈な代物なのだ。痛み程度で済んでいると言う事実が、彼の異常性を如実に表している。

 ――人修羅の悪魔としての感覚が、この病院内に紛れ込んだ、もう一つの気配を察知した。
それは、騒ぎを聞き付けこの場にやって来た野次馬の類ではない。この場に自分の意思で入り込んだもう一人の存在。それは――。

「警戒しろマスター!!」

 エリザベスが人修羅の言葉を受け、身体に力を漲らせた。
この場に、自分達以外の何者かが、意図的に入って来ている事を彼女もまた見抜いていた。
気配のする方向――先程自分達がロビーに現れるのに用いた薄暗い廊下の方に身体を向けると。
弾丸の如き勢いで、燃え盛る刀を手にした青年が飛び出して来たではないか――!!
青年は間合いに入った途端、神剣・ヒノカグツチを勢いよく上段から振り下ろすが、エリザベスはこれを手にしていた辞典で防御する。
凄まじい衝撃波が、剣と本の接合点から走り始める。一瞬ではあるが、エリザベスも、この場に現れた闖入者、ザ・ヒーローも驚きの表情を浮かべた。
まさか自分の攻撃が本で防がれるとは、と思ったのはザ・ヒーローの方だ。そして、人の身でありながら此処までの力を持っている何て、と驚いたのはエリザベスだ。
彼女の中に流れる力を管理する者の血が、熱く、熱く猛り始める。だが、今は、やるべき事がある。
直にザ・ヒーローから距離を取り、ペルソナ辞典を開かせ、彼女は、宣言する。

「デッキ、オープン」

 そう言って一枚のカードを手にした瞬間、四人は、エリザベスの展開した閉鎖空間に取り込まれる。
人修羅が、力の一端を発揮出来るのに適した空間。エリザベスが、本気を出せる私的な空間。

「私、手加減が少々下手で御座いますので、予めご了承くださいませ」

 カードの一枚を手に取り、ザ・ヒーローに恭しくそう言った。
戦端は、そんな彼女目掛けて発砲された、ザ・ヒーローのベレッタの銃声によって、開かれたのであった。


295 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:38:03 YffyZAnU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 人修羅が力を込めた瞬間、アダマンタイトの刀の剣身は、乾いた金属音を立てて圧し折れ、宙を舞った。 
驚いたのはヴァルゼライドだ。アダマンタイトは元を正せば数世紀以上前に滅びた日本国の技術の一つと言っても良く、これは、
星辰体感応奏者(エスペラント)がその能力を行使するのに必要不可欠な代物である。つまり、これがなければヴァルゼライドは、
星辰光(アステリズム)を行使する事もままならない。それもあるのだが、この金属の物質的な強固性は、彼の居た世界で極めて高く、人間の膂力では破壊する事は愚か、
形状を変化させる事すら不可能な程なのだ。それを、単純な腕力で破壊するとは、目の前の存在の力強さを改めてヴァルゼライドは認識した。

 後ろに五m程飛び退き、中頃から圧し折れたアダマンタイト刀を、人修羅の脳天目掛けて放るヴァルゼライド。
だが逆に人修羅の方が、彼の投げ放った刀の柄を握り返し、それを投げ返した。天与の反射神経でそれを弾き飛ばし、事なき事を得るヴァルゼライド。
これと同時に、人修羅の身体に刻まれた入れ墨から、数千万Vにも達する程の放電現象が発生。そのスパークが、鋼の英雄の方に伸びて行く。
入れ墨に内包された魔力の不気味な動きを察知していたヴァルゼライドは、直に、右手で握った刀を力いっぱい振り抜き、スパークを斬り裂いた。
所謂雷切伝説、と言うには規模が小さすぎるが、それでも、人智を逸した絶技である事には、何の変転もなかった。

 すぐに腰に差した刀の一本を鞘から引き抜き、星辰光による超常の光を刀に纏わせるヴァルゼライド。
それを見るや、ノータイムで人修羅は、口腔から摂氏一万度にも達する火炎を放出、彼の身体を文字通り、灰すら残さず焼き尽くそうとする。
大上段から刀を垂直に振り下ろし、火炎を真っ二つにヴァルゼライドは斬り裂いた。
彼の雄姿に恐れを成したかのように二つに別れたその火炎の真ん中を、英雄は走る。一直線に、悪魔・人修羅の方へと。

 手にした佩刀を、ヴァルゼライドは人修羅の胴体目掛けて振るった。
悪魔は何時だって、聖者か英雄に敗れ去るものだ。しかし、現実は何時だって甘くないし、英雄譚の中での出来事のように行かない。
お前の行動は読めていると言わんばかりに、人修羅は、エリザベスが展開した閉鎖空間の砂漠の砂地を蹴り抜き、飛び退く。
十m程右方向に着地した人修羅は、それと同時に、左手に魔力を練り固めた剣を握り、それを地面に叩き付けた。
剣先が叩きつけられた瞬間、放たれたのは、目に毒々しい、パンジーの様な紫色をした気の波であった。
悪魔達の剣技の一つとして、俗に『ベノンザッパー』と呼ばれるこの波濤は、人修羅程の悪魔が放てば、掠っただけで並の悪魔など原形を留めぬ程に粉々。
縦しんば生き残っても、強烈な毒素が身体を蝕む、と言う二段構えになっている。
ベノンザッパーの紫の気波を見て、第六感が命の危機を告げる。ヴァルゼライドは直にアダマンタイトの刀を縦に振り下ろし、頭上から、
黄金色の柱をベノンザッパー目掛けて落下させる。毒なるもの、全て、浄化されるべし。そのような、ガンマレイの強い意思が聞こえるようであった。
毒の波は一瞬で全て蒸発し、ヴァルゼライドに届く前に全て無害化される。砂煙が晴れ掛かったその時に、彼は見た。
マグマ化した砂地の先で、左腕を突き出し、猛禽の様に指を曲げた左手の掌にエネルギーを集中させる人修羅の姿を。
白色の粒子が掌に集中したと見るや、人修羅は、掌から光弾を放った。ヴァルゼライドの幸運は、それを見た瞬間、回避行動に移っていた事である。
人間の反射神経を凌駕する速度で離れた光弾は、余程反射神経に優れたサーヴァンでない限り見てからの回避など全く不可能な話で、予兆を見てから避けぬ限り命中は免れないのだ。

 ヴァルゼライドが避けた先に、人修羅が予め回り込んでいた。
指を獣の如く曲げた右腕を、横薙ぎに振るう。すんでの所で、上体を大きく後ろに引かせ、直撃だけは避ける。
が、人修羅の中指が彼の腹部を捉えた。軍服ごと、ヴァルゼライドの腹筋の筋肉を一部をちぎり取る。
痛み――だけで済んだのならばまだ良い。尋常じゃない速度が生み出した衝撃が体中を駆け抜ける。体中が沸騰しそうであった。
凄まじい、と言う言葉で形容するには余りにも陳腐すぎるその痛み。ヴァルゼライドの碧眼が血走る。


296 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:38:19 YffyZAnU0
 人修羅が人間ではない事は、既にヴァルゼライドも知っている。
そして同時に、この悪魔が、自分の力を誇り、それを嬉々として振うだけの愚物でない事も。
自らの力の何たるかを理解し、それを適切な状況で、適度な力量で放つ事が出来る。早い話が、技者でもある。
またしても、強敵だった。ザ・ヒーローが記憶を取り戻す前に戦ったランサーも、早稲田鶴巻町の公園で戦った鋼の獣も。
蠅の魔王のランサーも、蒼いコートのアーチャーも。全員誰もが勝るとも劣らぬ烈士であり、運命が何かを違えれば、敗者になっていたのは自分だった程の強敵だったと、
ヴァルゼライドは強く認識している。強さの序列など、付けられる筈もない。だが、敢えて、しかも、今回の戦いの分も含めて序列をつけろ、と言われれば。
このルーラーは、間違いなく別格の存在だとヴァルゼライドは思っていた。単純な戦闘能力も、戦闘経験に裏付けられた技術の練度も、並のそれじゃない。生前の時点でも、人修羅程の強さの者など、数限られていた。

 生前、ヴァルゼライドが敗北を喫した男は、勝ち続けたが故に、更に強い敵が立ちはだかり、また倒し、また強い敵が立ちはだかる、と言うサイクルに、折れた。
その男にとって勝利とは解けぬ呪縛であり、度を越せば不幸しか招かないものだと、強く信じていた。
今、ヴァルゼライドは、勝利を求め続けるが故に、高邁かつ達成が著しく困難な理想を掲げるが故に、それに相応しい怪物を己が身元に招いてしまった。
理想の為に勝利を重ね続け、振り返れば最早来た道すら判別出来ぬ程の屍の山を積み続けた結果、今ヴァルゼライドは此処にいた。

 しかしそれでも……いや、『だからこそ』。

「まだだ」

 この男は折れなかった。自分よりも強敵が立ちはだかったのならば、自分も強くなり続ければ良い。
勝ち続けたいのならば、己が勝利以外の一切を考えなければ良い。己の勝利が、全ての諸問題を解決出来るのだと自惚れれば良い。
そうして勝って、勝って、勝ち続け、己の義務を貫き通す事。それこそが、勝者の務めなのだ。
勝者とは、『勝』ち続ける『者』であり、『勝』ってしまった『者』。ヴァルゼライドが元々は前者だったのか後者だったのか、今となっては彼も解らない。
だが、決めたのならば、終わりの地平まで、彼は駆け抜ける。そうして走り続けた先に、世界を拓き、人々を笑顔にする答えがあるのだと、彼は信じているから。

 黄金刀を電瞬の速度で振り下ろし、人修羅を斬り裂かんと動き始めるヴァルゼライド。
しかし、既に彼の纏わせている星辰光がただの光でない事に気付いている人修羅は、そう簡単に攻撃を貰わないし、防御だってしない。
全て、回避する。それが、彼の打ち立てた方針であった。黄金色の残像を空間に煌めかせながら迫る、ヴァルゼライドの神速の一撃を、
事もなげに人修羅は身体を逸らして回避する。回避と同時に、入れ墨が白く眩く光り輝き、スパークが迸った。
殆どゼロ距離で行われた放電を、ヴァルゼライドはその予兆を読み、大きく後ろに飛び退く事でこれを回避する。
衣服の一部が電熱によって焼け焦げたが、それでも、生身は無事な辺りが流石としか言いようがない。

 兎に角、攻めねば話にならない、と言うのがヴァルゼライドの見解だった。
目の前のサーヴァントは、守勢に回って勝利を拾える程甘い存在ではない。それに元より、ヴァルゼライドは自らの星辰光を含めて、持久戦には向いていない。
兎に角、攻める。相手の防御は、力尽くで破壊し、隙が生まれれば其処を突く。それが、彼の基本の戦い方と言っても良い。
人修羅も人修羅で、守勢に転ずるつもりはないらしく、空いた左手に魔力剣を握りしめ、ヴァルゼライドの方に風の様な速度で向かって行った。
同じ様にヴァルゼライドも、この混沌の悪魔の方へ駆けだした。


297 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:38:49 YffyZAnU0
 人修羅が魔力を固めた魔剣を左中段から横薙ぎに振るった。
それに合わせてヴァルゼライドが上段から刀を振り下ろす。金属音とも取れぬ、ジュインッ、と言う意味不明な音が鼓膜を振わせる。
即座に人修羅が自らの剣を交合点から引き離させ、再びその剣を振った。今度は下段から掬い上げるように斬り上げて来た。
今度はヴァルゼライドが、ガンマレイを纏わせた魔剣を中段右から振り抜いて、これを防いだ。いや、防いだと言うよりは、攻撃が失敗に終わったと言うべきか。
無論それは、人修羅についても同じ事が言えた。どちらも防御を行うと言う意思はなく、攻撃を以て目の前の敵対存在を殺害すると言う事を目的としている。
その攻撃のレベルが余りにも高すぎるが故に、結果的に攻撃どうしが衝突。第三者から見たら、どちらかが攻撃を防御している様にしか見えなくなっているだけだ。

 ヴァルゼライドが吼えた。
黄金の魔刀を、振るう、振り落とす、振り上げる、薙ぐ、打つ、薙ぐ、袈裟懸けにする、打つ、振り落とす、振う、振う。
紫色の魔力で構成された魔力剣を、人修羅が、薙ぐ、打つ、打つ、振り上げる、振り落とす、袈裟懸けにする、逆袈裟にする。
鈍いサーヴァントであれば、自身が斬り殺されたと認識する事も出来ない程の速度で両者が武器を振い、
光すら避けられるのではと錯覚する程の人外染みた反射神経で、相手の攻撃を、自分の放った攻撃で、二名は防御を続けていた。

 これだけ攻撃を行っていながら、攻めあぐねているのはヴァルゼライドの方だった。
確かに凄まじい攻撃の数々を繰り広げている。今の自分が繰り出せる身体能力の限界に、今まで自分が培って来た剣理の全てを相乗させている。
にもかかわらず、人修羅に攻撃が届かない。尽くを防がれる。悪魔と人間との間に立ちはだかる、厳然たる身体能力の差。
つまりこの場合、ステータスの違いが、今の結果に繋がってた。アドラー帝国によって人体改造を施されたヴァルゼライドではあるが、
あくまでも人間と言う生物を科学的に改造して得た身体能力である事には代わりない。純然たる悪魔である人修羅に、身体の運動能力で負けるのは、当然の帰結だった。種差は、そう簡単には覆せないのだ。

 一方で、能力面で有利に立っていながら、この状況を奇妙に思っているのは人修羅の方だった。
自身が優勢にあると言う認識は、人修羅とて変わりない。変わりないが、人修羅の優れた直感や戦闘経験が、妙な結果を導いていた。
ヴァルゼライドの身体能力が、明らかに高まって来ている。最初は人修羅自身、認識が狂っているのではと思ったが、見間違いでない。
戦闘が始まった当初のヴァルゼライドの刀の一振りの最高速と、現在の最高速の差が、明らかに広がって来ている。
無論、最初の方の最高速の方が速いのではなく、『疲労も蓄積している筈の現在状態での最高速の方が速い』のだ。
このまま持ち堪えられれば、嫌な予感がする。万魔をその拳で砕いて来た混沌の悪魔の直感は、彼自身にそう告げていた。

 魔力剣と黄金刀の打ち合いは、既に二百合目程にも達さんとしていた。
衝突の際に生じた衝撃波は、砂を高く舞飛ばし、砂に埋もれた岩地に亀裂を生じさせる程で、このまま行けば終いには、天すらも砕きかねない程であった。
既にヴァルゼライドの両腕は痛覚も機能しない程の痺れが来ており、物すら持てない筈なのだが、彼はこれを気合で押し殺している。
打ち続け、打ち続け。英雄は、自身が有する勝利への渇望と気合と言う、無限大のリソースを肉体を動かす燃料とし、打ち合いを続けていた。
人修羅の思考と肉体が疲労し、稚拙な攻撃を行ったその瞬間こそが。ヴァルゼライドの佩刀が、この悪魔の頸を刎ね飛ばす時であった。

 ――そんなヴァルゼライドの考えを読んでいたかの如く、人修羅の腕を振う速度と、其処に込める力の勢いが倍加。
ヴァルゼライドを以ってして、気付いた時には腕が振り抜かれていたとしか見えなかった程の速さで人修羅は、魔力剣を握った左腕を完璧に振り抜き終えていた。
両の手で握るアダマンタイトの刀の重さが、明らかに軽くなっている事に気付いた。どちらの刀も、中頃から圧し折られ、未だ黄金色の光を放つ折れた剣身が、空中を舞っていた。人修羅が折ったのだ、と直にヴァルゼライドが気付いた。

 回避行動。間に合わない。防御。行おうにも、圧し折れた刀では満足に出来ない。
新しい刀を引き抜こうにも、その為にはまず刀を捨てねばならないと言うプロセスを経ねばならない為に、ラグが生じる。
この怪物との戦いでは、決して生んではならない程の、致命的なラグが。


298 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:39:17 YffyZAnU0
 身体が破裂せんばかりの衝撃が、ヴァルゼライドの肉体に叩き込まれた。それと同時に、彼の身体は丸めたボール紙でも投げるように吹っ飛ばされる。
人修羅との距離がどんどん離れて行き、彼の身体が小さくなって行っているのをヴァルゼライドは感じる。
自分は今、凄まじい速度であれから遠ざかっているのだと、心の中の何処かにいる冷静なヴァルゼライドが告げていた。
地面に背面から落下。瞬間、大量の血をヴァルゼライドは喀血した。体中の臓器と言う臓器が磨り潰されている、と錯覚するような痛みが、彼の身体の中で爆発している。
事此処に来て漸く、人修羅が何を行ったのかを思い出した。彼は目にも留まらぬ速度で、空いた右腕を振り抜いたのだ。
但し、その右腕自体で攻撃したのではなく、右腕が生み出した、凄まじい物理的質量を伴った烈風の波が、ヴァルゼライドに現状を齎したのだ。
右腕で攻撃する筈が、狙いが外れて衝撃による攻撃に化けてしまったのか。それとも初めから、あの『烈風波』による攻撃が主であったのか。
それはヴァルゼライドには解らない。一つ言える事は、あの悪魔(かいぶつ)にしてみたら、肉体による攻撃だろうが、それによって生み出された副産物たる物理現象だろうが、雑魚を蹴散らすには十分過ぎる程の威力が内包されていると言う事であろう。

「――まだだッ……!!」

 立ち上がり、今まで手にしていた折れたアダマンタイトの刀を投げ捨てた。
敵は強い。故に、勝率が低い。ならば、『自分自身が戦闘の最中に強くなって、勝率を上げて行けばいい』。
まだまだ、あの悪魔と同じステージに立てていないかも知れない。ならば、同じステージに立てるまで、気合と根性で持ち堪えれば良い。
それが、ヴァルゼライドのこの戦闘における美学であった。

「……」

 立ち上がり、刀にガンマレイを纏わせるヴァルゼライドを見て、人修羅は、何か考えに耽っていた。と言うよりは、昔を思い出していた。
自らの上司であり、自身を悪魔へと変貌させたある意味で諸悪の根源とも言うべき、一人の男との会話を。
大いなる意思を砕かんとする旅路の最中、人修羅は、彼に質問を投げ掛けたのだ。


299 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:39:34 YffyZAnU0

 ――何でアンタは、俺を悪魔にしようと思ったんだ――

 ――君が、あの病院にいた人間の中で、一番見込みがあったからさ――

 ――俺にはそんな実感はないが、まぁいい。アンタは如何して、元を正せばただの人間に此処まで肩入れしたんだ――

 ――と、言うと?――

 ――人は弱いだろう。単なる人間を悪魔にするなんて面倒な事をやるなら、もっと他にやり方はあったんじゃないのか――

 ――『人』修羅たる君が人を弱いと言うなんて意外だな。そう思っているのかね――

 ――少なくとも、あのボルテクス界にいた人間達は皆、力に縋ってなければ生きられなかっただろう。俺だって、アンタが与えた悪魔の力に縋ってなければ生きられなかった。これは、弱いと言うんじゃないのか――

 ――私の記憶が正しければ、彼らは皆、あの世界で自分なりの答えを見つけて、生きようとしていた風に見えたがね。無論、君も然りだ。私は今一人間の目線で物を見るのが得意じゃないが、ただの人間が、あの世界で生き延びると言うのは、至難の技だろう。それが曲りなりにも君も含めて全員出来ていたのだから、素晴らしい事だと思うよ――

 ――だがそれでも、そいつらは結局俺に斃された。アンタの言う、完全な悪魔になった俺の力でな。それは、人と悪魔の構図は覆せないと言う事と同じなんじゃないのか――

 ――君に不運があったとすれば、君は、人間の強さを見る機会に余り恵まれなかったと言う事だろうな。まぁ、ボルテクス界の事情が事情だ。仕方がなかったのかもね――

 ――アンタは見て来たような口ぶりだな――

 ――勿論。大抵、人が人としての強さを発揮する時は、私の悪だくみも頓挫する時だが……、それは喜ばしい事だと思うよ、私は――

 ――結局アンタは、人間の事をどう思ってるんだよ――

 ――弱いと思っているよ、心も、身体もね――

 ――正直だな。人間の強さが云々言っておきながら矛盾してるだろう――

 ――それを発揮出来るのは一部の人間だけなんだよ。厳然たる事実だこれは。ただ、強い人間がほんの一摘まみしか存在しないからと言って、私は人を見捨てないさ。愛しもしないがね――

 ――都合が良いな――

 ――そうだろうね。それで、最初の君の質問に答える形になるが、君に肩入れをしたのは、君が強い『人間』だと解っていたからだよ――

 ――結局其処じゃないか――

 ――いいや違うな。君が『人間である』、と言う事実が重要だったんだ。君が強い悪魔や人以外の『何か』だったら、私は君を利用する程度にとどめただろう。君を見込んだのは、君が人間である事が大きいのだよ――

 ――俺が人間だったから?――

 ――人は、神の狂気が生んだ産物だ。酩酊した神が地上に撒いた不揃いで不格好な種粒達だ。そんな人に、私は、知恵の林檎を齧らせ、育て上げた。悪魔は誰の領分でもないが、人は、私の領分なのだよ、混沌王。だから君を、私は丁寧に導いたのさ――

 ――傲慢だな、アンタは。その強い人間に叛逆を喰らうぞ――

 ――それもまた、善し、さ。そう言った事を何度も私は味わっているからな――

 ――『人』望が無いな。精々俺の待遇を考えておいてくれ、何せ、『人』修羅だからな――

 ――余り面白いジョークではないよ、混沌王。だが、私は冗談やはぐらかしで、そう言ったのではない。人は君の想像する以上に厄介なんだ。君の泣き所は、その人の強かさを見れなかった事だ――

 ――何時か俺も見れるか、それを――

 ――見たいのであれば、スケジュールを調整してあげよう。混沌王。君が、大いなる意思の天則を破壊する為の力を得たいと言うのなら私は、喜んで君の助けになるのだから――


300 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:39:45 YffyZAnU0
「……こんな人間もいるのか」

 と、人修羅は感慨深げにそう言った。
無論、ヴァルゼライドが人類種のバグの様な存在であり、滅多な事で生まれる事のないレアケースである事は、人修羅とて知っている。
しかしそれでも、市井の中から、このような存在が生まれ、遂には、英霊に至ったと言う事は、事実なのである。
これも、人間の可能性の一つなのだろうか。どのような環境で生まれ、どのような経験を積めば、クリストファー・ヴァルゼライドなる個が生まれるのか。
元を正せば、何処にでもいる市井の人間の一人であり、東京受胎さえなければ、平平凡凡に生きる事しか出来なかった人修羅には、想像すら出来ない。

 ――成程、確かに、俺の弱みだな――

 自身の想像力のなさを自嘲する人修羅。
目の前の鋼の英雄には、嗟嘆の念を禁じ得ない。そして、同時に、彼は葬られねばならない。
今の人修羅は、帝都の守護者であり、聖杯戦争の管理運営を司るルーラーである。
この男は、その光り輝く意思の故に、<新宿>中を焼き滅ぼしてしまうであろう。そうなる前に、芽は摘まれねばならないのだ。
人でありながら自分と渡り合うヴァルゼライドに敬意を表しつつ、混沌王は、彼を殺害出来る絶対の特権を行使する事にした。

「――混沌王の名に於いて命ずる」

 その言葉に呼応するように人修羅に刻まれた、自らの悪魔としての象徴たる入れ墨が、赤く激発した。

「自害しろ。クリストファー・ヴァルゼライド」

 ルーラーとしての特権である、サーヴァントに用いる事が可能な令呪の行使を、人修羅は初めて此処で切った。
彼の身体に刻まれた入れ墨は、令呪としての機能も果たすのだと言う事実を、ヴァルゼライドは、知らない。


301 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:40:06 YffyZAnU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 照準をエリザベスの心臓に合わせて、寸分の狂いもなくベレッタのトリガーを引き、銃弾を発砲するザ・ヒーロー。
これを、ペルソナ辞典を振り回し、弾丸を弾き飛ばして彼女は防御する。弾き終えるや、即座に辞典を開き、其処からカードを一枚取り出す。
彼女の背後に、人の形をした霊的ヴィジョンが浮かび上がる。黒い目と口を持ち、特徴的な青い帽子を被った雪だるまの様な容姿をしたこのペルソナ。
ザ・ヒーローは見覚えがあった。過去に何匹も斬り捨てて来たし、一時期使役していた悪魔と全く同じ姿をしていたからだ。
妖精・ジャックフロスト。それが、エリザベスの呼び出したペルソナの名前である。妖精にカテゴライズされる悪魔の中では、決して強い存在とは言えない悪魔だ。
しかし、エリザベスが呼び出したそれは、明らかに、凡百のジャックフロストとは一線を画する強さだと、彼は即座に見抜いた。
そして同時に、エリザベスの呼び出したあの妖精は、ザ・ヒーローが行うような悪魔使役とは全く別次元の技術によるものだとも。

 ジャックフロストに魔力が充填されて行き、それが解放された――その瞬間。
ザ・ヒーローは勢いよくヒノカグツチを地面に突き刺した。それと同時であった、彼の周りを取り囲むように、地面に分厚い氷が張られて行ったのは。
来ているジャケットなど防寒具どころか、着衣物としての体裁すら保てぬ程の極低気温が彼を襲う。彼が身に付けている衣服程度では、裸も同然だ。
ヒノカグツチに、COMPに溜められた魔力を流し込んで薪代わりにし、その剣身に纏わされている炎の熱量と勢いを増大させる。
地面の氷は一瞬で蒸発、元の砂地に巻き戻った。あのまま行けば、気温は絶対零度近くにまで落ち込み、忽ちザ・ヒーローは、生きたまま凍結した彫像となっていたろう。

 剣を引き抜くと同時に、エリザベスがザ・ヒーロー目掛けてカードを射出させてきた。
明らかに弾丸よりも速い速度で迫るそれを、彼はベレッタの弾丸で迎撃するが、向こうの方が硬度も威力も上らしい。
弾丸はいとも簡単に真っ二つなった上に、カードの方は全く勢いが落ちていない。
事此処に至って、ザ・ヒーローも回避行動に移ったが、少々遅れ、肩口を浅く斬り裂かれた。ジャケットなど問題にならない程の鋭さで、血が衣服を滲ませる。

 地を蹴り、ザ・ヒーローが向かって行く。
エリザベスですら嘆息する程の速度で、彼はヒノカグツチの間合いに入り、それを中段右から横薙ぎに振るいだす。
振い始めると同時に、エリザベスは辞典からカードを三枚程飛び出させ、それを、ヒノカグツチの剣身の軌道上に固定化させる。
秒と待たずに、剣身とカードが衝突する。火花の代わりに、ヒノカグツチの剣身を炎上させる炎の火の粉が飛び散った。
カードと言う通り、見かけは単なる薄い紙っぺらの様にしかザ・ヒーローには見えない。だが、衝突した際の衝撃はまるで凄まじい密度の鋼のようなそれで、
とてもじゃないが厚さ一mmもなさそうなカードを殴って伝わる衝撃とは思えなかった。
例えるならそれは、龍の鱗。此処に来る前は龍王の類など掃いて捨てる程斬り捨てて来たが、エリザベスが展開するカードはまさに、これに匹敵する程だった。

 初めて見た時から、ただ者じゃないとはザ・ヒーローも思っていた。
しかし、此処までとはさしもの彼も思っていなかった。恐らくこの女性は、魔王や大天使にも匹敵――或いは、それ以上の強さを誇る存在だと、彼は見積もった。
ザ・ヒーローは、聖杯戦争に参加した主従の中で、自分の戦闘経験と、それを乗り越えて来た自身の能力は比類のないものだと、万斛の自信を誇っていた。
今その認識を、彼は捨てた。自身と同様の戦闘能力を誇る存在がいるのであれば、それに相応しい戦い方をする。それが、大破壊後の東京を生き延びた一人の英雄の処世術であった。


302 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:40:27 YffyZAnU0
 左手で握った拳銃を、エリザベス目掛けて発砲するが、彼女はこれを、身体を大きく横に逸らす事で回避。避けざまに、カードを一枚辞典から引き抜いていた。
その隙を縫って、ザ・ヒーローがヒノカグツチをカードから離し、稲妻の如き速度で上段からそれを振り下ろした。
彼女は、避けない。エリザベス程の存在の反射神経ならば、何かしらの反応を示すべきであるのだが、それすらもしない。
妙だ、と思った瞬間には、ヒノカグツチの剣身が彼女の脳天に直撃していた。頭頂部をスイカの様に割り断ち、身体を両断――しなかった。
ヒノカグツチの剣身は、彼女の美しい銀髪の生え揃った頭に触れてはいるが、其処からどんなに力を込めても一mmどころか一ナノmだって動かせない。
それどころか毛髪すら、ヒノカグツチの剣身が放つ炎で燃え上がっていない。ザ・ヒーローはこの感覚を即座に理解した。
これは、そっくりだ。悪魔が有する、特定の属性攻撃への無効化性質に――。

 ザ・ヒーローの幸運は、元いた世界でそう言ったケースを身を以て実感し、其処からの立ち直り方を学んでいた事であろう。
そして彼の不運は、エリザベスもといペルソナ使いが、装備したペルソナが有する属性相性がそのまま自分の身体にも反映されると言う事を、知らなかった事であろう。

 今のエリザベスに、ヒノカグツチの炎が通用しない事を悟ったザ・ヒーローが、急いで剣身を彼女から引き離し、そのまま距離を取ろうと飛び退いた。
当然、ヒノカグツチと言う最大の武器を封じられた今のザ・ヒーローを追い立てぬエリザベスでは断じてなく。
ペルソナカードを衛星軌道の様に自身の身体を基点に旋回させる。其処には当然、ザ・ヒーローが範囲内に含まれていた。
腹部と胸部の筋肉を、ペルソナカードが斬り裂き、抉った。「ぐっ」、と言う苦鳴が口から漏れる。
行動不能になる程度の深さではないが、それでも、激痛である事には代わりない。
尤も、この程度のダメージで済んだのは、ザ・ヒーローの卓越性があるからこそだった。彼でなければ、胴体が輪切りにされていた事は、想像に難くないのだから。

 攻撃をヒノカグツチによる攻撃から変えねばならないと、彼は判断した。
拳銃を、この程度の代物しか持って来れなかったのが悔やまれる。携帯性に優れると言う理由からベレッタを使用、所持していたが、
これでは威力と速度共に、目の前の女性を葬るには、チャチなオモチャと言う他がない。これ以上の代物は目立つ上に、そもそも<新宿>には流通していない。
ならば、と、現存する人類種の英雄たる男は、ヒノカグツチを鞘に納め、ベレッタも懐に戻し、そのまま特攻。素手による攻撃を敢行しようとする。
やけっぱちの行動では断じてない。武器がなくとも、素手で悪魔と交戦する手段も彼は心得ている。武器を弾き飛ばされ、その間素手で悪魔との戦闘を持たせた事だって、
一度や二度ではないのだ。どの道エリザベスは閉鎖空間を展開している。端から逃走は出来ない、やるしかなかった。

 エリザベスの白い細顎目掛けて、左のジャブを放つ。
終る事無く悪魔との戦闘に明け暮れた事によって鍛えられた筋力から放たれるこの一撃は、生半な人間ならば、顎を豆腐の如く砕く程の威力がある。
速度も鋭さも、重さも段違いのその一撃を、エリザベスは軽くスウェーバックする事で回避。手にしていたペルソナカードで、伸びきった彼の左腕を、
肘から切断しようとするが、直に彼は腕を引いてこれを躱す。カードが空を切ったと認識したその時、彼は下段の前蹴りで、エリザベスの右膝を破壊しようとする。
パシッ、と言う乾いた音が響いた。彼女が、辞典を持っていない左手で、ザ・ヒーローのアキレス腱を掴んだ音であった。
そのままグンッ、と力を籠め、エリザベスはザ・ヒーローを上空に放り投げた。凄まじい勢いで後方に回転しながら頭上を舞うザ・ヒーローの様子は、まるで車輪のようであった。


303 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:40:51 YffyZAnU0
 回転を続けているザ・ヒーロー目掛けて、エリザベスはペルソナカードを射出させる。
目まぐるしく空と地上とを変転するザ・ヒーローの視界が、カードを放ったエリザベスの姿を認識する。
拙いと思い、急いで鞘からヒノカグツチを引き抜き、カード目掛けてタイミングよく振るった。運よく、その一発は弾き飛ばせた。
しかし、その運は果たして、どれ程まで続くのか。マシンガンの要領でエリザベスはカードを連射し、ザ・ヒーローを確実に仕留めようと動き始めたのだ。

 ヒノカグツチを一振りする。十枚程のカードは弾く事が出来た。更に一振り、今度も十枚程だ。
回転運動をしていると言う現在状況の都合上、次が最後の一振りとなるだろう。それも、かなり悪足掻き気味の一撃だ。
此処でカードを全て弾けねば、カードの何枚かはザ・ヒーローを貫く。消耗は避けたい。
振う。音よりも速い速度で振るわれたヒノカグツチの剣身が、カードを七枚弾いた。五枚が、残った。
高度十m弱と言うところで、ザ・ヒーローの身体がエリザベスに背を向けるような形になり、カードが背部から前面へと、彼の身体を貫いた。
火箸を突っ込まれたような、熱を伴った鋭い痛み。勢いよく体中から血が噴き出る。

 歯を食いしばりながら、ザ・ヒーローが背面から砂地に落下。倒れ込んだ。
エリザベスは、数秒程彼の様子を眺めた後で、一歩一歩、彼の方へと近付いて行く。
彼我の距離が、七m、六m、五m……。三m程になった、瞬間、バッ、とザ・ヒーローが立ち上がり、懐からベレッタを引き抜き、早撃ちを仕掛けた。
連続して鳴り響く、三発の銃声。それをエリザベスが、サイドステップを刻む事で回避する。
不意打ちは失敗したかと、ザ・ヒーローは歯噛みする。カードは確かに彼の身体を貫いたが、急所だけは見事に逸れていた。
偶然ではない。急所に向かって来るカードを集中的に、先程の三回の攻撃で狙って弾いたのだ。ダメージを受けてしまったが、それでも、行動不能に陥るよりはずっと良い。
砂地に落下したのだって、ザ・ヒーローは顎を引いて地面に後頭部を打たないようにする、と言う最低限の受け身を取っていた。
だがそれでも――エリザベスには届かない。その事実を、骨身にしみて認識せざるを得ないザ・ヒーローだった。

 ――COMPが使えれば……な――


304 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:41:04 YffyZAnU0
 ザ・ヒーローは一人で英雄になった訳ではない。その傍らには何時だって、誰かがいた。
ある時までは、袂を分かった親友二人がいた。ある時までは、自分の為について来てくれた少女がいた。
ある時までは、種族を越えて自分と共に友誼を分かち合い、戦ってくれた悪魔がいて。そして――終生自分の理想と共に殉じると誓ってくれた、パスカルがいた。
この青年は、英雄であると同時に悪魔召喚士(デビルサマナー)だった。この男の本質は、悪魔に対して適切な指示を飛ばし、
悪魔と同時に見事なコンビネーションを行う事であった。ハッキリ言えば、使役するべき悪魔のいないザ・ヒーローは、その力の半分近くを損なっている状態に等しいのだ。
必然、これではエリザベスに対して勝機が薄くなる。彼女と対等以上に渡り合いたいのなら、悪魔との連携は、必要不可欠だっただろう。

 それでも、膝を折る訳には行かなかった。いや――違う。最早、膝を折れなかった。
ザ・ヒーローは……、ただの何処にでもいる人間だったこの英雄は、もう夢を諦めるには、遅すぎたのだ。
人類の平和を勝ち取る為に、肉を砕き骨を折り、悪魔を斬り伏せ天使を殺し、敵を葬り友を刺す。
英雄は、余りにも勝利を重ね過ぎた。来た道に屍の山を重ね過ぎた。来た道を戻ろうにも、別の道を模索しようにも、死体の大河がそれを許さない。
青年は夢を諦め、見切りをつける機会を完全に逸してしまっていた。転換点(ターニングポイント)など、最早この先に存在しなかった。
膝を折るのも、諦めるのも、遅すぎた。青年の小さな身体に寄せられた期待と、殺して来た者達の怨念が、青年に『英雄であると言う事』を強い続ける。
だから、勝ち続けるしかない。英雄として青年、ザ・ヒーローは、その名の通り、決して諦めず、不撓不屈の意思で勝利を重ね続ける英雄としての役割(ロール)を、演じ続けるしかないのだ。

「まだ、終れない」

 その言葉が、どのような意味合いで出た言葉なのか、ザ・ヒーローは解らないだろう。
兎に角、エリザベスを相手に持ち堪えねば、と彼は判断した。自身が引き当てた、鋼の英雄にして、光の魔人。
クリストファー・ヴァルゼライドと連携を取らねば、この状況を切り抜けられる可能性はゼロだ。
自身の引き当てたサーヴァントは、何をしているのか。エリザベスを目で追いながら並行して、ヴァルゼライドの方に意識を向ける。

 驚きに、目を見開かせた。当たり前である。
――自らの宝具である、黄金の星辰光を纏わせた刀を、背中から切っ先が貫通する勢いで、自らの腹に突き刺しているのだから。


305 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:41:23 YffyZAnU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 人修羅の言葉の理解が、ヴァルゼライドは遅れた。
自身の真名が知られている、と言う事実は何の問題にもならない。何故この男は、自分に対して命令を下したのか。
それを考えた瞬間だった。我が意に反して、ガンマレイを纏わせたアダマンタイトの刀を握る右腕が、勝手に動き始めたのは。
事此処に来て、異常を認知したヴァルゼライド。肉体が有する行動力を凌駕する程の意志力で、腕の動きを抑えようとするが、全く意味がない。
ヴァルゼライドは知る由もなかったろうが、これこそが、令呪の感覚なのである。サーヴァントに対する行動力のブースト、
と言う意味合いも令呪には確かにあるが、それ以前に聖杯戦争に参加したマスターの令呪についての認識とは、絶対的な命令権である。
その権限は強大で、人智を逸した存在であるサーヴァントですら、本人の意思とは裏腹に、命令された内容に従わざるを得ない程だ。
しかも、ルーラーとして召喚された人修羅の令呪は、一般的なマスターが行使する令呪とは、一線を画する。
帝都の守護者としての側面を有して召喚された人修羅が行使する令呪は、此処<新宿>の聖杯戦争に馳せ参じたサーヴァントらのマスターが使う令呪よりも、ずっと強力なのだ。
それは、東京に必要以上の戦火と戦禍を撒かないように、坂東にましますやんごとなき神格、即ち将門公からの加護を受けているからこその効能である。
つまり人修羅の令呪の強力さは、帝都の守護者として努力する限り、公によって与えられる加護ありきのそれなのである。その強力さは凄まじく、一般的な参加者が行使する令呪二画分の効力を、人修羅の令呪は有している程と言えば、その恐ろしさが知れよう。

 二画の令呪を用いた命令は、如何な対魔力を有したサーヴァントと言えども、逆らう事は不可能だ。
況してやヴァルゼライドは、対魔力を持たないサーヴァント。如何に彼が強靭なる意志を有していようとも、帝都の守護者の名代として人修羅が行使した令呪に、抗う事など不可能である。

「おおおおおぉおおおぉおぉおおぉっっ!!」

 喉が削れる程叫ぼうが、止まらない。
ヴァルゼライドの意力を越えて、彼の右腕が動く。剣先が、彼の腹の方に照準を定めた。
刹那、ヴァルゼライドはそのまま、自らの腹に、ガンマレイを纏わせた刀を突き刺した。
腹筋に刀が埋もれたのは、ほんの百分の一秒程。直に剣先が、肋骨の一本を破壊して、背中を突き破った事を彼は知った。
不思議と痛みがない――と思ったのは、一瞬の錯覚だった。直に、全身の細胞が炭酸の泡の如くに弾けて行く感覚を憶え、その後に、言外出来ぬ程の激痛が走った。
血液どころか、全身の筋肉が沸騰するが如き熱量が、腹部を中心に伝播して行く。瞳が紅く染まる。血が頭まで昇って来た為だ。
そしてそのまま、体中の血液を全て吐き出したと思わんばかりの、大量の血液を口から吐き出して、ヴァルゼライドは地面に膝を付いた。

 生前自身が、あらゆる悪を打ち滅ぼさんと放って来た裁きの光の。
此処<新宿>で、あらゆる強敵を薙ぎ払わんと放って来た平定の爆熱の、その威力。
人類の平等と平和の為に、悪そのものを消し滅ぼしたいと願った末に獲得したヴァルゼライドの星辰光は、正しく、その担い手であるヴァルゼライド自身をも裁く程の、凄まじい威力であった。

「終わりだ」

 無感動に、人修羅がそう告げた。

 ――だが

「いいや――」

 絶対に口にしない筈の。いや、絶対に言葉を口にしてはいけない筈の人物から、言葉が漏れた。


306 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:41:36 YffyZAnU0






                                    「まだだァッ!!」





.


307 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:41:52 YffyZAnU0
 そう叫びヴァルゼライドは、腹筋に自ら突き刺した黄金刀を引き抜き、人修羅の方に走って行った。
恐ろしいまでの走力だった。人類種には到底出せる筈のない時速数百㎞にも達する程のスピードで、混沌王の方へと一直線に彼は向かって行き、接近。
そして、主に死を齎さんと叛逆した己の右腕と、その手に握るアダマンタイト刀に、自らの意思と言う手綱をかけ、その腕を動かした!!

 心臓目掛けて、黄金色に激発する刀で刺突を行おうとするヴァルゼライド。
人修羅は、その刺突の余りの速度に反応が遅れた。いや、正確に言えば、平時の人修羅ならば反応が出来る速度であった。
平時ならば、回避も防御も思いのままだった筈なのに、何故この状況で、反応が鈍ったのか。
『最後にヴァルゼライドが見せた攻撃の速度よりも、明らかに攻撃の速度が跳ね上がっていた』からだ。明らかに、攻撃速度が倍になっている。
その攻撃の余りのトップスピード差故に、人修羅の感覚は狂わせられた。そのスピード差に思考が漂白されてしまったのだ。

 回避は最早間に合わない。ならば、と人修羅は覚悟を決めた。
己の右手を動かし、刺突の軌道上にそれを配置した。紙の様に、人修羅の肉体をヴァルゼライドの光剣が貫いた。
細胞の一つ一つを鑢で磨り潰されるような痛みと、溶けた鉛を痛覚に直に浴びせられるような熱痛が人修羅の腕から体中に伝播して行く。
何たる、痛みだろうか。超常存在である悪魔であろうとも、この痛みを浴びせられれば、下手に生きるよりも死を選ぶであろう。
昔の柔弱な人修羅ならばその選択を選んでいただろうが、今の彼は、違った。
人修羅の右掌を、ヴァルゼライドの振う刀はその剣身の中頃まで貫いていた。それ以上は、如何に力を込めても動かせない。
人修羅が、その筋肉を強く収縮させ、それ以上ヴァルゼライドが刀を動かせないようにしていたからだ。

「何故、生きている……ッ!!」

 人修羅としては、そう言わざるを得ないだろう。
彼は未だに、ヴァルゼライドの振う星辰光の正体が放射線のそれである事に気付いていない。
気付いていないが、直感と培った戦闘経験で、その光が触れようものなら生命体に死を齎す毒の光である事だけは理解していた。
何故、その光を受けて、この男は無事でいられるのか。何故、その光を身体に突き刺しておいて、この男は、動けるのか。
自分ですらこれ程のダメージを憶える程の光、並の英霊がそれを受けて、無事でいられる筈がないのに。

「俺には背負っている物がある。簡単に言外出来るものから、言葉で表象出来ぬものまで、全て一身に受けて、俺はその身体を動かしている。そう簡単に、死んでいられる筈がない」

 生前自分が統治していた、軍事帝国アドラーの民の幸福の為。確かにそれはその通りだ。
自分が勝ち続ける事で民が笑顔になり、自分が善政を敷く事で彼らの生活が豊かになり幸せになると言うのなら、彼はその為に身を粉にして働こう。
だがそれ以上に、ヴァルゼライドは、人間の総意を全て背負っていると言う気違い染みた自意識過剰さが存在した。
彼は何処までも、人類種の為の英霊だった。いや、より正確に言えば、『自分以外の』人類種の為の英霊だった。
この男の夢の世界観には、自分自身が存在しないのだ。世界中から悪と涙とを根絶やしにし、世界中の人々に幸福と笑顔を与えんが為、刀を振るい続ける。
それがクリストファー・ヴァルゼライドと言う男だが、彼が異常なのは、その夢の達成に、自分の利益が何にも含まれていないと言う事だった。
英雄譚や叙事詩の中に語られる、非の打ち所のない英雄猛将だって、結局は、金や名誉、人々の憧憬を受けたい、と言う思いが心の何処かであった筈なのだ。
この男にはそれがない。この男は義務の延長線上として勝利を重ね続け、義務の延長線上として人々の為に刀を振るい続ける。それが常態化していた。
だから、この男は異常なのだ。その性格と性根は何処までも独善的で利己的なのに、そんな彼が叶えようとする夢に、欲望と承認欲求とを満たすと言う事を求めていない。
世界中の人々に笑顔と幸福を、と願うその英霊の夢にはただ一人。『クリストファー・ヴァルゼライドだけが仲間外れ』であった。だからこそこの男は――同種の人間は愚か、悪魔ですら畏怖させる程の、異常者なのだ。


308 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:42:12 YffyZAnU0
「そして、もう一つ――」

 更にヴァルゼライドは、言葉を続けた。

「貴様はこの俺が、自分自身の宝具で死ぬ阿呆に見えたかよッ!!」

 ヴァルゼライドの宝具は、生前受けた改造出術の賜物とも言うべきそれであるが、彼の場合それは更に特別で、
ただでさえ危険な改造手術に更に二重三重の改造手術を受けて、己の力と星辰光を更に底上げさせているのだ。
改造手術に改造手術を重ねるのは危険な処置で、手術と、術後の負担に耐えられる人間は通常存在しないのだが、彼はこれを『気合と根性』で耐えていた。
自分自身の身体と寿命を担保に手に入れた、世界の未来を切り開く為の強さ。それこそが、ヴァルゼライドの宝具、天霆の轟く地平に、闇はなく(Gamma・ray Keraunos)なのだ。
人々の夢と幸福の成就を成さんが為に手に入れた、己自身の武器を逆手に取られて、死ぬ訳には行かない。
その自意識こそが、放射線による激痛と確かな肉体的ダメージを超越して、ヴァルゼライドの肉体を動かしていた。

「……やっぱお前は、馬鹿なんだろうな」

 自分の右掌に突き刺させていた、ヴァルゼライドの刀に、人修羅は力を込める
グッ、と、刀に右の掌を貫かれていると言う状況下で、この混沌の悪魔は右手に力を込めて、握り拳を作った。
凄まじい力が手に収束するや、ベキンッ、と言う乾いた音を立ててアダマンタイトの刀が圧し折れた。
其処で漸く、自分の意思で右腕を動かせるようになった人修羅は、ブンッと右腕を動かして、右掌に突き刺さっていた折れた刀の刀身を放り投げた。
だがすぐに、ヴァルゼライドは空いていた左手で刀の一本を鞘から引き抜き、即座にガンマレイを纏わせる。
残像を生み出す程のスピードで、人修羅はヴァルゼライドから遠ざかった。二十m程、彼我の距離は離された。

「オオオォオオォオォォォッ!!!」

 肺腑に溜まった空気を全て大音声に置換しながら、ヴァルゼライドが叫ぶ。
身体が破裂せんばかりの気合を込めて、刀を握った左腕を振い、渾身のガンマレイを、人修羅目掛けて放った。
悪魔、死すべし。その意気を極光の激発と言う現象で表しながら、放射能光の光柱は彼の方へと向かって行く。

「シィッ!!」

 だが人修羅の方は、距離を離し終えたと同時に、右脚全体に、菫色の魔力を纏わせ迸らせていた。
その状態で、右脚によるソバットを放った瞬間だった。纏わせた魔力の色と同じ、菫色の魔力の奔流が、ヴァルゼライドの方目掛けて火砕流めいた勢いで向かって行ったのは。
所謂『ジャベリンレイン』と呼ばれる技であるが、人修羅の放つそれは普通の悪魔が放つそれとは違い特別なそれで、威力も効果範囲も、段違いの代物。
素で対城宝具にも匹敵する破壊力を秘めた悪魔の技が今、ヴァルゼライドの魂ごと粉砕せんと行軍する。

 亜光速にも達する爆光の柱と、砂地と岩地を発泡スチロールの様に破砕させながら迫る魔力の激流が、激突した。
鼓膜が破れんばかりの形容不可能な大音と、天すら砕く程の衝撃が、地面と空気とを伝わった。
否――比喩でも何でもなく、両者の攻撃の激突が生んだ衝撃波は、天と地平線とを粉々にした。
余りの威力の攻撃とが激突した為に、閉鎖空間がその衝撃波に耐えられなくなり、破壊されてしまったのである。

 灰色の空は一瞬で、文字通り灰の様な粉塵となり吹き飛んだ。地平線を構成する空間は秒と待たずに、視認不可能な程の細やかな粒子となった。
そうして現れたのは、元の貧相な、<新宿>衛生病院の廃れたロビーの風景であった。
攻撃どうしの衝突が生んだ衝撃波は、閉鎖空間を破壊するだけには飽き足らず、閉鎖空間を展開していた元の空間である病院ロビーを破壊。
天井は照明類ごと崩落し、壁は砂糖菓子の様に破壊され、床は旱魃の後の地面の様に亀裂が走る。一つの閉じた世界である閉鎖空間を完膚なきまでに粉砕し尽くして尚、その暴威の消える事のない、恐るべき、両者の攻撃の威力よ。


309 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:42:33 YffyZAnU0
 そしてその攻撃の激突は、マスター達にも影響を与えていた。
自身のサーヴァント達が放った強大な一撃のぶつかり合いに、攻撃の応酬を彼らは中断。
それを行った瞬間に、彼らは激突の生んだ衝撃波に、吹っ飛ばされたのだ。
エリザベスと、ザ・ヒーロー。片や人類種を超越した強さの力を管理する者。片や人類種の限界点の更に限界に位置する、市井の生んだ英雄。
彼らであろうとも一切の抵抗を許さずロビーから吹き飛ばされてしまう程の、衝撃波の威力であった。
エリザベスとザ・ヒーローは、壁を何枚も打ち破ってロビーから消え失せてしまった。

 ガラッ、と、天井から瓦礫が一つ崩落する音がロビーに響いた。
元から荒廃の体を成していた衛生病院のロビーは、最早元がどのような部屋だったのか判別がつかない程荒れ果てていた。
地面を埋め尽くす瓦礫、崩落した壁や天井。まるで内紛の激戦地の最中に建てられた建物宛らであった。

「ルーラー!!」

 エリザベスの復帰は速かった。
と言うより、壁が破壊される程の勢いで叩きつけられても、さしたるダメージも受けた様子がないらしく、急いで、自身が吹っ飛ばされた方向の壁を通ってロビーへと現れた。
この男は、殺されねばならない。人修羅はヴァルゼライドを睨みつけながらそう考えた。放置を決め込むには、余りにも危険過ぎる男だ。
今は、閉鎖空間を展開する時間をも惜しい。可能な限り破壊規模をこの病院のみに止めつつ、この男の五体を粉々に砕く。
そう思い、人修羅が走った。先程ヴァルゼライドの、ガンマレイを纏わせた刀に貫かれた右手で握り拳を作る。
鋼の英雄もまた、混沌王の方へと走って行く。この強大な悪魔を斬り捨てんと、アダマンタイトの刀を中段から振い出す。

 拳と刀。それらが衝突するかと思ったその瞬間――。
人修羅の拳は、空を切った。殴打の勢いが生んだ衝撃波が、床の瓦礫を更に粉々に粉砕させ、更に床にクレーターを生み出した。
フェイントか、と思ったのは本当に短い一瞬の事。本来右拳とぶつかる筈だった刀どころか、それを振うヴァルゼライドすら影も形も見当たらないのだ。
まさか空間転移の類かと思ったが、すぐに違うと判断した。あれは明らかに、魔術を使えないタイプであったのだから。

 ……いや。空間転移の類なのは、代わりないだろう。未だこの場に現れない、ヴァルゼライドのマスターを見るに、答えは一つであるらしかった。

「令呪、でしょうね」

 エリザベスが人修羅の右手に手を当て、彼の傷を検分しながらそう言った。

「逃げられたか」

 令呪を以て、ヴァルゼライドは空間転移で逃げ果せた、と言う事なのだろう。
それが正しい判断なのかどうかは結果をみなければ何とも言えないが、これ以上の消耗を防ぐ、と言う点では正解以外の何物でもないだろう。
人修羅の攻撃の効果範囲は極めて大きい。帝都の守護者として、自分から東京の一部である<新宿>を破壊させられない人修羅にとって、市街地で自ら打って出て戦う等、
出来る筈がない。そう言う意味で、病院の外に逃げる、という選択は、成程。確かに理に叶っている。

 どちらにせよ、あの主従は早い所対策を打たねばならないだろう。
そんな事を考えていると、エリザベスは、場違いな程頓狂な口調で、「まぁ、酷い傷」と口にしていた。
そう言って彼女は、ペルソナを回復に優れたそれに装備し直し、人修羅の傷の治療に当たり始めた。その甲斐甲斐しさは、元の世界の相棒である、ピクシーの事を、何だか思い出す人修羅であった。


310 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:43:04 YffyZAnU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「何故俺を戦わせなかった!!」

 ザ・ヒーローの下に現れるなり、ヴァルゼライドは激昂した。
怒気、と言う物を可視化させる事が出来るのであれば、きっと彼は、後光の代わりに、極熱を纏った黄金色の閃光を背中から放出していたに相違あるまい。
それ程までの、激しい怒りぶりであった。

「あのまま行けば、貴方も僕も、危なかったからだ」

 憮然とした態度で、ザ・ヒーローが答える。ヴァルゼライドの怒気を当てられてもこの青年は、臆した様子も見せなかった。

「あのまま戦っていれば、俺は勝っていた!!」

「僕にはそうには見えなかった!!」

 ザ・ヒーローが叫ぶ。此処は強く出なければ向こうは納得しないだろう。そう言う打算もあった事は事実だが、今の彼は少し感情的なきらいがあった。

 ガンマレイとジャベリンレインの衝突で生んだ衝撃波は閉鎖空間を破壊した事は事実だ
あの時ザ・ヒーローは、ヒノカグツチで衝撃波を防ぐと言う行為が間に合っていた。間に合って居ながら、何故彼は壁を打ち抜いてまで吹っ飛ばされる真似事をしたのか。
それは簡単で、あの場から逃走をする為であったのだ。現状、あのサーヴァントらに勝てる手段は、殆どゼロだと、彼は判断していた。
自分の攻撃は全くエリザベスに通じず、ヴァルゼライドの方も命を削らなければ有効打を打てない始末。だからこそ、あの場から距離を離す機会を窺っていた。
それが、思ってもよらぬ形で訪れた為、ザ・ヒーローはそれを利用したのである。其処から急いで病院から外に出、人修羅達から距離を取り、
飯田橋駅から近いマンションの屋上まで移動した後で、ヴァルゼライドを令呪で呼び寄せたのだ。

「いや……そのまま行けば、貴方があのルーラーを相手に勝利していたかもしれないだろう。だが、この聖杯戦争は消耗戦だ。如何に貴方が、聖杯戦争に参加したサーヴァント全員と戦って回っても無事とは言え、悪戯に消耗するのは、得策じゃないだろう」

 ヴァルゼライドが自分の選択を良しとしない事位、ザ・ヒーローとて理解していた。
解っていて尚、その様な行為を行ったのか。それは簡単な話で、余りにもヴァルゼライドが、人修羅一体にダメージを負い過ぎてしまっていたからだ。
この主従は聖杯と言う物を欲している。聖杯を手に入れると言う目的の都合上、多くの主従と戦う事になるのは必然的なものである。
当然、消耗は少なければ少ない程良い。タカジョーやバージルとの戦いは、まだ魔力で回復出来るレベルの傷だったから良かったものの、
今回のそれは明らかにその限度を超える程のダメージになりそうだった。ヴァルゼライドは此処<新宿>における、ザ・ヒーローのパートナーであり、
使役する悪魔にも等しい存在なのだ。しかもこのサーヴァントは、替えが効かない。大胆に、そして慎重に扱う必要がある。
日数が経過してから一日と経っていないのに、消滅一歩手前まで、そんな切札を酷使する事は、優れた悪魔召喚士として、到底許容出来る選択肢ではあり得なかったのだ。


311 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:43:17 YffyZAnU0
「……そうか」

 其処でヴァルゼライドは、声のトーンを落とし、発散させていた怒気を直に霧散させ、一息吐いた。
刀に纏わせていたガンマレイの黄金光を消し、鞘にそれを収めた。

「マスターに罪がない事は解っている。お前は、お前なりの判断の規矩で物事を考え、結果、あの状況をそのまま推移させる事が危険だと考えたのだろう」

「そうだ」

「俺は一人の男としてお前に敬意を表しているし、認めてもいる。それは、お前が令呪と言う命令権を有したマスターだから認めているのではない。本心からそう思っている」

 「それ故に――」

「俺は、自身が不甲斐ない」

 目を瞑り、ヴァルゼライドは述懐する。

「何故そう思う」

「マスターと認めた男に、危機感を憶えさせるような戦いをして見せた自分が情けないのだよ」

 放射能光に汚染された身体が、血液をせり上がらせる。ペッ、とそれを吐き捨ててから、ヴァルゼライドは言った。

「お前の言う通りだ。あのまま戦っていれば、俺はあのルーラーに勝利していた。だが、お前にはそうは見えなかった。それが問題なのだ」

「つまり、どう言う事だ」

「勝利を得るまでの過程を、俺は余りにも醜く演じ過ぎた。言い訳をするつもりもないが、あのサーヴァントは掛け値なしの強敵だった。
苦戦するのも当然だが、それは、言い訳にはならない。俺は戦う以上、絶対に勝利を獲得せねばならなかった。無論、華麗な戦い方で勝利を得よとは俺も思わない。
だが、様になる戦い方はしなければならない。俺は、あの戦いでそれが出来なかった。故に、お前に要らぬ不安感を撒いてしまった」

 ヴァルゼライドは本心から、あのルーラーに勝てると思ってたらしく、しかも、マスターであるザ・ヒーローに、
安心感を与える戦い方を見せられなかった事を、心の底から恥じているらしかった。その碧眼に、強い後悔と、自責、そして、自噴の念が渦巻いている事を、ザ・ヒーローは見逃さなかった。

「客観的に見て、あの戦いは敗北だ。俺自身もそう思っているし、マスター自身にもそう思われているのならば、反論のしようも無い」

 其処で、ザ・ヒーローを睨みつけるような鋭い目線を、彼に投げかけて。ヴァルゼライドは言葉を続けた。

「だが、次は勝つ。その事を誓おう。この、身体の痛みに掛けて」

 そう言ってヴァルゼライドは、自らの腹部に目線を向けた。
ガンマレイを纏わせた刀に貫かれた傷は、詳しく見聞していないが、きっと、衣服を脱げば、惨憺たる様相を示す事は間違いない。

「その令呪は、余り使わないでおけ。我々の切り札になるのだからな」

 そう言ってヴァルゼライドは、ザ・ヒーローの右手甲に刻まれた令呪に注目して、そう言った。
彼の令呪は、一つの天秤に二振りの西洋剣がばってん状に交差していると言う意匠になっており、現在、右側の剣が消失している形となっていた。

「今後の予定は如何する、マスター」

「君の傷が癒えるまで、待とう。君も刀を随分失っただろう。それの修復も兼ねる」

「別段俺はまだ動くに支障はないが、解った。従おう」

 超高濃度の放射線に汚染されてなおこの発言であると言うのだから、恐れ入ると言う他がない。この男には、インターバルと言う概念が全く存在しないらしい
霊体化を行い、自らの身体の修復に当たろうとするヴァルゼライド。それと同時に、ザ・ヒーローは空を見上げた。
日が、高く昇っている。まだまだ一日は、長く続きそうなのであった。


312 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:43:29 YffyZAnU0
【早稲田、神楽坂方面(飯田橋近辺のマンション屋上)/1日目 午前11:30】

【ザ・ヒーロー@真・女神転生】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]ヒノカグツチ、ベレッタ92F
[道具]ハンドベルコンピュータ
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する。
1.一切の容赦はしない。全てのマスターとサーヴァントを殲滅する。
2.遠坂凛及びセリュー・ユビキタスの早急な討伐。また彼女らに接近する他の主従の掃討。
3.翼のマスター(桜咲刹那)を追撃する。
4.ルーラー達への対策
[備考]
・桜咲刹那と交戦しました。睦月、刹那をマスターと認識しました。
・ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると推理しています。ケルベロスがパスカルであることには一切気付いていません。
・雪村あかりとそのサーヴァントであるアーチャー(バージル)の存在を認識しました
・マーガレットとアサシン(浪蘭幻十)の存在を認識しましたが、彼らが何者なのかは知りません
・ルーラーと敵対してしまったと考えています


【バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]肉体的損傷(極大)、魔力消費(中)、霊核損傷(中)、放射能残留による肉体の内部破壊(極大)、全身に放射能による激痛(気合で耐えている)、全身に炎によるダメージ(現在軽度)、幻影剣による内臓損傷(現在軽度)、右腕の火傷(現在軽度)、
[装備]星辰光発動媒体である七本の日本刀(現在三本破壊状態。宝具でない為時間経過で修復可)
[道具]なし
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:勝つのは俺だ。
1.あらゆる敵を打ち砕く
2.例えルーラーであろうともだ
[備考]
・ビースト(ケルベロス)、ランサー(高城絶斗)と交戦しました。睦月、刹那をマスターであると認識しました。
・ ザ・ヒーローの推理により、ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると認識しています。
・ガンマレイを1回公園に、2回空に向かってぶっ放しました。割と目立ってるかもしれません。
・マーガレットと彼女の従えるアサシン(浪蘭幻十)の存在を認知しましたが、マスター同様何者なのかは知りません
・早稲田鶴巻町に存在する公園とその周囲が完膚無きまでに破壊し尽くされました、放射能が残留しているので普通の人は近寄らないほうがいいと思います
・早稲田鶴巻町の某公園から離れた、バージルと交戦したマンション街の道路が完膚なきまでに破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います
・新小川町周辺の住宅街の一角が、完膚なきまでに破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います。


313 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:43:47 YffyZAnU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 黙々と、ロビーに散らばる瓦礫を片付ける二人がいた。
一人は体中に入れ墨を刻んだ青年であり、ハーフパンツに上半身裸と、実にラフな格好を彼はしていた。
もう一人は銀髪の美女とも言うべき女性で、特徴的な青い衣服を身に纏っており、一目見れば二十kg以上の荷物など到底持てそうもない、華奢そうな外見をしていた。
なのに彼女は、苦も無く重さ六十kg超もある瓦礫を片手で持ち上げ、隅っこまで運搬していた。青年の方も青年の方で、二百kgはありそうな弩級の瓦礫を軽々持ち上げ、軽く四隅に放り投げてどかしている。

 まさかロビーの掃除をしているこの二人が、<新宿>聖杯のルーラー一同であるなどとは、聖杯戦争参加者の誰に言っても信じて貰えまい。
片やサーヴァントに匹敵する実力を持った、力を管理する者。片や大いなる意思に反旗を翻した、混沌王の名を冠する大悪魔。
それが、こんな地味な雑務をこなしているのだ。二人が何者なのか、と言う事情を知っている者であれば、その驚きは更に高まる事であろう。

 ロビーが散らかっていると落ち着かないと言う理由で、最低限の掃除を提言したのはエリザベスの方だった。
人目が付くから、早く地下室にでも戻ろうと人修羅も反論したが、傷を治してくれた手前もある。結局彼は、彼女に従う事にしたのだ。
近い内この病院には、騒ぎを聞きつけて多くの人間がやって来る事であろう。出来るのならば、その前に掃除は終わらせておきたかった。

「混沌王ともあろう御方が、埃臭い雑務を行ってるものね」

 大人びた、艶のある女性の声が聞えて来た。
ツカツカと、瓦礫を粗方片付け終えたリノリウムの床を、ハイヒールが叩く音がロビーによく響く。
エリザベスも人修羅も、同時にその女性の声の方に顔を向けた。敵意はどちらも有していない。何故ならば、この声の正体が何者であるか、彼らは理解しているから。

 ケアをよく行っているのだろう、艶も見事な黒髪をポンパドールに纏めた、妖艶な女性であった。
格調高い黒のスーツを身に纏っているが、何処となく、妖しげな笑みを浮かべるその姿と相まって、淫猥な様子を見る者に想起させる。
それに、身体から発散させるその妖気よ。市井の中を活動する時は極限までそれを隠しているのだろうが、人修羅達にそれを隠していても無駄だと、
女性の方も解っているのだろう。余す事無く、その妖気を身体から彼女は醸し出していた。

「――『リリス』か。何の用だ。雑務を手伝いに来てくれたのか?」

「冗談は止して下さいませ。それと、此処<新宿>での私は、百合子(ゆりこ)よ」

 ヒールを鳴らしながらリリス――いや、ゆりこは人修羅達の方に近付いて行く。
リリス――彼のアダムの、イヴ以前の最初の婚約者であった筈の存在だが、神から直々にその恋を破談にされ楽園たるエデンを追放された悪魔。
その後彼女は楽園の外に蔓延っていたあらゆる生物と交わり、悪魔を地上に産みだし解き放ったと言う伝承が伝わっている。
そう、彼女は、夜魔と呼ばれる悪魔達の頂点に近しい存在であり、誰もが認める最上位の悪魔の一柱なのだ。
何故、それ程の大物が、此処<新宿>に人間に扮してやって来ているのか? 彼女こそが、ルーラーとしての資質を欠く人修羅のサポートの為にルシファーが遣わした、最上位悪魔の一人なのだ。

「私の方から逆に聞きたいけれど、この病院の惨状は何かしら? 早速、貴方達の目論見が露見したとでも?」

「それに近しい、とだけは言っておきましょう。私の目的をほぼ全て理解している身内が参加していました」

「その参加者が、此処に?」

「それだけで住んだのならば、まだ良かった。騒ぎを聞きつけて、別の主従がやって来た。それと交戦した結果、こうなった」

「ルーラーと解ってて貴方達と戦ったの? どうしようもない馬鹿ね、その主従は。どんな教育をされて来たのかしら。」

 ほとほと呆れた様子で、百合子が溜息を吐いた。そして同時に、この混沌王達の幸先の悪さに、同情しているようにすら見える。

「それより、リリス……、いえ百合子。定時に聖杯戦争の報告をしに来る貴方達が、何故時間外に此処に?」

「私としても此処に来るつもりはなかったんだけれども、どうしても伝えなくてはならない事が出来てしまったのよ」

「話せ」

 威圧的に人修羅が言葉を続けさせようとする。


314 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:44:03 YffyZAnU0
「聖杯戦争に参加している主従の一組に、クリストファー・ヴァルゼライドと言う真名のバーサーカーを従えるマスターがいるのだけれど――」

 その言葉に反応したのは、人修羅だった。

「……その主従だ。この病院で大層暴れたのはな」

 驚きに目を見開かせるのは、百合子の方だった。この展開は彼女としても予想外だったらしく、数秒、言葉を失っていた。

「私が……、他の主従の監視に行っている間、まさか彼らがそんな事をしていた何て」

「お前のその語調。まるであいつらにだけお前が執心している様にしか俺には聞こえないが、何があった」

「別に、何でもないわ。報告したいのは、その主従の暴れ振りよ。既にあの主従は、早稲田鶴巻町で派手に破壊をばら撒いていたの」

「だろうな。あの馬鹿さ加減だ。容易に想像が出来る」

「問題は、彼らが暴れた後には、必ず、高濃度の放射線がその場に滞留している、と言う事なのよ」

 人修羅の表情が無表情のまま硬直したのは、三秒程の間だった。
直に、胃の中に大量の小石か砂利でも詰め込まれたような、重苦しい溜息を吐いて、彼は顔を抑えた。

「……放射線だったか。成程、俺の身体が痛い筈だな」

「直撃したのかしら? それで無事なのだから、流石に混沌王ね」

 百合子の世辞を、人修羅は聞き流していた。今彼は、放射線を振り撒くバーサーカー、ヴァルゼライドの事を考えていた。
高位悪魔の肉体は頑丈を極る為に、それ自体は珍しくないが、問題はあのヴァルゼライド自身だ。
あの男は間違いなく、超高濃度の放射線その物とも言うべき、あの黄金色の死光を纏わせた刀を自らの腹に突き立たせたにもかかわらず、まだ行動を続けていたぐらいだ。本当にあれは、人間なのかと疑いたくなるのも、無理からぬ事であった。

「それよりも、ルーラー。如何致しましょう。このままでは貴方は、公からの大目玉は不可避の物かと思われますが」

「言うな止めろ。俺も考えたくない」

 ただでさえあの度が過ぎた破壊力の光柱に、高濃度放射線が含まれていると言うのならば、堪った物ではない。
それよりもそもそも、そんな、周囲に重大な影響を与える宝具を、息を吸うように連発する、あの主従の精神性が全く理解不能だった。
あのバーサーカーは背負っている物が自分にはあると言っていたが、それならば先ずお前が責任を背負って欲しいと今すぐにでも彼らの前に現れて言い放ちたくなる。

「報告したい事柄は以上よ。早めにこの事は知らせた方が良いと思ってね」

「解った。下がって良いぞ」

「言われるまでもなく」

 人修羅とエリザベスが、全く同じタイミングでまばたきをする。その瞬間には百合子は、彼らの視界から消えていた。
溜息を再び吐き出す人修羅。ドンマイとでも言うようにその肩を叩くエリザベス。


315 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:44:16 YffyZAnU0
「……今は別の事を考えよう。マスター。お前としては、如何するつもりだ」

「と言いますと……」

「お前の姉の事だ」

 目を瞑り、彼女は考え込む。十秒程考え込んでから、彼女は口を開いた。

「私達に反旗を翻したのですから、何かしらの処罰は下すべきなのかも知れません」

「それが普通だろうな」

「……ですが同時に、姉上とは、私自身が決着をつけたいと思っているのです」

「贅沢だな。言うだろう、二兎追う者は一兎も得ずと。有里湊と蘇らせたいのか、決着をつけたいのか、どちらかを選べ」

「どちらも選びたいのです、私は」

 頑迷としか言いようのない態度で、エリザベスが反論する。

「姉上が、何処の誰とも知らない主従に斃されると言う事に、私は耐えられません。あの方は、私自身が決着をつけねばならない、最大の壁なのです」

 エリザベスと言う女性にとって、マーガレットは強さの目標であった女性でもあり、憧れでもあった女性だった。
例え決別したとて、その思いには代わりはない。その彼女が、自分の目的を強く認識し、自身に敵対してくれている。
その事実を、エリザベスは嬉しく思っていた。マーガレットは、エリザベスの願いを叶える道に立ちはだかる、最大の強敵だ。打ち倒されるべき魔王だ。
マーガレットとの決着は、エリザベス自身がけじめをつけねばならない。他のどの参加者よりも、エリザベスはマーガレットの事を意識していた。
そのマーガレットが、他の主従につまらぬ方法で殺されようものならば。それはエリザベスにとって、堪らない後悔と口惜しさになるであろう。

「俺は別に、お前があの女と決着をつけようがつけまいが、どちらでも良い。ただ、それでお前の願いが台無しになったら、全く面白くないだろうよ」

「そうならないように、努力をするつもりです」

 力強く、エリザベスが言い返した。これ以上彼女に心変わりは期待出来ないと思った人修羅は、其処で折れた。
変に頑固な所があるとは人修羅自身も思っていたが、此処までとは思っていなかった。尤も、それが見限る決定的な原因、とはならないのだが。

「ヴァルゼライドの主従達についてだが」

「彼らは貴方も知っての通り、とても強い主従でした。あのバーサーカーもそうでしたが、貴方も視界の端で見えていたでしょう。あのマスターの強さを」

「見た。明らかに、戦い慣れた……と言うより、戦いに慣れ過ぎた動きだったな」

 ヴァルゼライドと死闘を演じる傍ら、人修羅はしっかりと、彼のマスターであるザ・ヒーローの戦いぶりを目にしていたのだ。
エリザベスと渡り合っていると言う事実だけでも、人修羅を驚かせるに足る要素だった。
特に一番驚いたのは、ザ・ヒーローの振るっていた剣で、あれは確か、ヒノカグツチと呼ばれる、記紀神話でも著名な、イザナミの股座から生まれた炎神の力を宿した神剣だ。
となればあの男が、悪魔とのコネクションを持った何者かである事は確実だった。もしも、だが。あの男が手練の悪魔を複数引き連れて戦っていたら、
エリザベスとて、不覚を取っていたかも知れなかった。人修羅はザ・ヒーローの強さを、この程度まで見積もっていた。

「強い主従ではありましたし、戦っていて心躍ったのも事実ですが……。今は、彼よりも優先すべき事柄が多いですので」

「つまり、あの二人の処遇は、俺に任せても良いと言う事だな?」

「えぇ、御随意に致します」

「そうか、良く言ってくれた。急いで対策を練らねばならんと思っていた所だ」

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、人修羅は口早にそう言った。
如何やらかなり鶏冠に来ているらしいと。エリザベスは、彼の様子を見て、そんな事を思うのだった。


316 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:44:31 YffyZAnU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――ルーラー及び、<新宿>の管理運営者からの通達・報告。
ただ今の日付時刻、『7月15日金曜日正午12:00時』を以て、緊急の討伐クエスト発布の連絡をさせて頂きます。
本日深夜0:00に発布致しました二つのクエストに追加する形になります。なお報酬の方は、先の二つと同様、令呪一画とさせていただきます。
追加されたクエストは、以下の通りとなります。

現在の討伐クエストに、新しいクエストが一つ追加されました。

③:ザ・ヒーロー及びクリストファー・ヴァルゼライドの討伐

討伐事由:<新宿>の著しい環境破壊、放射線散布、主催者に対する反逆行為

開示情報:ザ・ヒーローとクリストファー・ヴァルゼライドの素顔、及びサーヴァント側のステータス、及びスキル、宝具考察を追加いたしました
#region
極めて高い戦闘続行能力と、平均的なステータスを補う程の圧倒的な武術練度。
そして、多少の恐怖や戦力的不利など全く意に介さない勇気を併せ持った、優れたサーヴァントです。
バーサーカーとは言いますが狂化している訳ではなく、言葉を交わす事も可能です。但し、その思考はかなり固定化されており、話は先ず通じない物と思って下さい。
またその宝具の一つに、極めて高い放射線を内包した光の柱を超高速で放つと言う物が確認されており、直撃すれば良くて霊核の損壊。
最悪、一切の抵抗も許さず消滅する事も考えられます。これらの情報を元に、戦略を練るようお願いいたします
#endregion

備考:主従共に生死は問いません





.


317 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:44:49 YffyZAnU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ――相当頭に来てたんでしょうね……――

 目を瞑り、眉間にしわを寄せて考え込んでいる人修羅の様子を見て、エリザベスはそんな事を推理するのであった。




【早稲田、神楽坂方面(???)/1日目 午後12:10分】


【マーガレット@PERSONA4】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]青色のスーツ
[道具]ペルソナ全書
[所持金]凄まじい大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:エリザベスを止める
1.エリザベスとの決着
2.浪蘭幻十との縁切り
[備考]
・浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています
・<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントが何者なのか理解しました
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・現在早稲田、神楽坂エリアの何処かを移動しています


【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース 魔王伝】
[状態]健康
[装備]黒いインバネスコート
[道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害
1.せつらとの決着
[備考]
・北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました
・交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動)
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・現在早稲田、神楽坂エリアの何処かを移動しています


【エリザベス@PERSONA3】
[状態]健康
[令呪]残り???画
[契約者の鍵]有
[装備]青色のスーツ
[道具]ペルソナ全書
[所持金]凄まじい大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:有里湊の復活
1.マーガレットとの決着
2.湊様……
[備考]
・拠点は早稲田、神楽坂方面の新小川町を所在地とする<新宿>衛生病院です


【ルーラー(人修羅)@真・女神転生Ⅲノクターン マニアクス】
[状態]放射能残留による肉体の内部破壊(現在治療により回復)、全身に放射能による痛み(現在治療により回復)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>の聖杯戦争の管理・運営
1.怒られるから破壊やめろ
[備考]
・マーガレット&アサシン(浪蘭幻十)、ザ・ヒーロー&バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の叛逆を受けました
・ヴァルゼライドの主従の討伐令を発布いたしました
・現在<新宿>中に、少数精鋭から成る、自身の上司である大魔王の配下である上位悪魔を人間に扮させて活動させており、彼らを主な情報習得源としています。が、信頼はしてません


318 : ◆zzpohGTsas :2016/02/13(土) 19:45:05 YffyZAnU0
投下を終了いたします。タイトルは『混沌狂乱』です


319 : ◆zzpohGTsas :2016/02/14(日) 00:04:06 3FInNjqk0
ロベルタ
予約します


320 : 名無しさん :2016/02/14(日) 01:06:48 k0V3TBN20
投下おつー
激突、とびっきりの最強対最強! って感じだったけど、人修羅が結構まともな感性というか苦労人になってるのにワロタw
ヴァルゼライドに呆れたりツッコミ入れたり溜息ついたりで大変そうだな、このルーラー
そりゃまあ自害しろ→気合で耐えて倍々とかたまったもんじゃないよなw


321 : 名無しさん :2016/02/15(月) 11:56:51 L840GF1Q0
新宿どころか地球が持たん連中だな


322 : ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:28:55 s51Hui120
感想を投下いたします

>>軋む町
誰だこの冒頭のキャラって思ったら友近じゃないか!! 新宿聖杯にいても確かに問題なさそうだなぁこいつは。
学生と言うロール上出来る事も限られてる順平主従ですが、鯖の栄光の出来る事が予想以上に多様みたいですね。
頭が悪いとは言うけれど、栄光は割と考えてて、自身の能力を駆使して情報を得ようと言う動きをしていて、いよいよこの二人も動き出しました。
よりにもよって侵入しようとする場所が、<新宿>で現状唯一と言っても過言じゃない、怪物的な容姿をしたダガー社長のUVM社。
UVMのアイドル那珂ちゃん(マネージャー漸く獲得)は、果たしてどう動くのでしょうか。今後も動向が見過ごせませんね。

ご投下、ありがとうございました!!

此方も投下いたします


323 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:29:47 s51Hui120









     変化は人生の薬味というけれどね、あたしたちアイルランド人は馬鈴薯を作ってればいいのさ。

     当たり前のことを規律正しくやってればいいの。それが幸福というものだよ。

                                        ――スティーヴン・キング、ミルクマン








.


324 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:30:09 s51Hui120
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「愚かな選択ばかりして」

 歳も四十、いや、五十にも手が届こうかと言う、初老の男の声が、壁紙やフローリングのニスの剥がれた、如何にも退廃的な部屋に響いた。

「……お前はまたしても……」

 鏡に亀裂の入った化粧台の前で、上着を脱ぎ、ブラジャーだけになった黒髪の女性がいた。
左肩周辺をきつく、包帯と針金を巻き合せた物で縛り、簡易なギプス代わりにしている作業中であった。
彼女の――ロベルタと言う名前の、ヒスパニック系の女性の左肩は、砕かれていた。

「この世界にも、やって来るのかお前は。お前の住む世界は、此処じゃないだろう」

「私は、君の心の影だ。君が私を忘れない限り、私も消えない。私が消えたいと思っても、だ」

 ロベルタはバッと、声のする方角に顔を向けた。
洗濯をしないせいで黄ばんだシーツをかけたマットレスの簡易ベッドの上に腰を下ろしていたのは、白髪の大分混じった黒髪をした日本人男性だった。
白いワイシャツに、スラックス。正しく巻かれたネクタイと、首にぶら下げられた、何処かの会社の社員証。
一目見ただけでは、うだつの上がらない、何処にでもいる中年のサラリーマンの様にしか見えない。彼は憂いと、何処かロベルタを静かに非難するような瞳で、静かに彼女の方を見据えていた。

「君は取り返しのつかない所まで来てしまった。何故君は、何度も選択を違えてしまうのだ」

「誰が、拷問していた相手が持っていた鍵を手にしたら、ジャパンに飛ばされるなど予測出来ると言うの?」

「無論、それを君の落ち度と言うのは、酷だろう。私も予想出来なかった。だがこのような事になる前に、それを未然に防げる機会が君には幾らでもあった」

 其処で、ロベルタが押し黙った。

「何故君は、君の愛する少年の待つ荘園(アジェンダ)で、いつも通り蘭を愛でていられなかったのだ? 君の取れる最良の選択は、彼の待つあの屋敷で、彼と、屋敷の仲間達と共に哀しみを分かち合う事だけだったと言うのに」

「それだけでは、私と若様の溜飲が、下がらなかったからだ」

「君の身勝手を正当化するのに、彼の名前を出すのはよしたまえ。卑怯な物言い以外に私には聞こえないよ」

「黙れ」

 女性の放つ声とは思えない程低く、恫喝的な声音でロベルタが唸った。中年は、怯まなかった。

「何故君は、私の忠告を聞けなかったのだ。君はずっと我が意に従って走り続けて、その結果、君は此処にいると言うのに」

「私は、自分が此処にいる事が失敗だった等と思ってはいない」

 途端にロベルタは、饒舌さを取り戻した。

「聖杯が手に入るのよ? 私が痛みに耐え、私が罪を背負えば、若様の哀しみは晴れ、神の懐に戻った御当主様の無念が――」

「違う」

 放っておけば長く語りそうなロベルタとは対照的に、それを受ける男の返答は、短くて、とてもシンプルなものだった。


325 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:30:36 s51Hui120
「君だけだ。聖杯を手に入れて解消されるのは、君の暴力性だけだ」

「違う」

「聖杯を手に入れる為に力を振い、聖杯を手に入れて君の主を殺した者達を殺したとして、溜飲が下がるのは君だけだ。君の愛する彼は、喜びすらしない」

「違う」

「目を覚ませ、ロザリタ。君の居場所は此処でなく、君のやる事は聖杯の獲得でもない。<新宿>にいるであろう、聖杯戦争の主催者に義憤を抱く者と結託し、主催者を打倒し、あの荘園に戻る事だ」

「違う!! 私のやる事は、聖杯を手に入れて、当主様を醜く殺した狐共を地獄に叩き落とす事だ!!」

 其処までロベルタが言った瞬間、男の額に、孔が空いた。
後頭部を突きぬけて、その孔から背後の破れた壁紙が見えたと思ったのは、ほんの一瞬。直にそれは、血色の孔に変貌し、其処から血液が、彼の額から鼻梁を伝って行く。

「君が本当は正義感がある人間だと言う事を、私は知っているよ。そして、物事を背負いやすいと言う事も。だからこそ君は、道を誤った」

 血が、流れ続ける。ベッドのシーツは色水の張られたバケツをぶちまけた様に紅く染まり、フローリングにも徐々に血が滲みだした。

「思えば全ては、腐った政体を打倒せんと、革命をめざし、FARCに入隊した事が、コトの始まりだったな。それ自体は、崇高な事だと思うよ。だが君は、其処から道を違え始めた」

「そうだ。其処は、認めてやる。間違った政治を正そうと、私は確かにあの時燃えていた。そして、殺し続けた」

「フローレンシアの猟犬、か。凄まじい綽名だ。だが君は、麻薬カルテルと手を結び始めた組織に疑問を持ち始め、組織から手を引いたね。其処だけは、英断だった」

 「なのに……」、そう言った男の声音は、酷く残念そうだった。そして、憂いと悲しみが涙となって、今にも彼の瞳から零れ落ちそうだった。

「再び、革命に目をギラつかせていたあの日の君に、ロザリタ。君は戻りつつある。私は何度でも言おう。君が選べた最良の選択は、君の愛する、ガルシア・フェルデナンド・ラブレスと哀しみを分かち合う事だけだったのだ」

「それでは若様も当主様も納得が行かないから!!」

 ロベルタが烈火の如き剣幕で叫ぶが、それを受ける男は、不気味な程平静を保ったままであった。

「君は何故、君の主を殺した者達を殺そうとするのかね」

 普通に話を進めて行けば、事態は堂々巡りになるだけだと考えたのか。男は、アプローチの方法を変えた。

「敬愛するディエゴ・ホセ・サン・フェルナンド・ラブレスを殺された復讐……それもあるのかも知れないな」

 「――だが」

「本当は、君の見ている所は、違うのではないのか」

 ロベルタは、緘黙を貫いていた。男の方も。
彼女の方から、本音を口にする事を待っている風にも見える。二十秒程の時間をたっぷりとった後で、ロベルタはゆっくりと口を開いた。

「……殺されるのならば、私の方だとずっと思ってた」

 獣が唸るが如き口調であった。


326 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:30:58 s51Hui120
「殺した兵士の数何て、もう数えるのを止めた。政治家や企業家、反革命思想の教師だって飽きる程葬った。女子供を誘拐して、用が済めば撃ち殺す事にだって抵抗感を憶えなかった」

 続ける。

「信じていた組織がコカイン畑とそれで腹を醜く肥やすマフィアに魂を売っていると知り、組織を抜けてから……、私は当主様の計らいで、安息と幸せの日々を享受していた」

 男は黙って聞いていた。血は今も、流れ続ける。

「ベッドの上で死ねる訳がないと、思ってた。何故ならば私は、人を殺し過ぎたから。罪を重ね過ぎたから。だから、本当に殺されて、地獄の業火で炙られるのは、私だった……!!」

「なのに殺されたのは、君を匿ってくれて、幸福と安息を約束してくれた御当主様だった」

「そうだ!! 御当主様も若様も、『父』に祝福されて、幸福の内に天寿を全うするべき人間だった!! だから――」

「殺した者達を追い続け、その者達を葬る為に聖杯を、か。君の行動原理は責任……いや、贖罪なのかも知れないな」

「答えろ、亡霊風情が……!! 何故、御当主様が殺されねばならなかった!! その御当主様を殺した者達に鉄槌を下す私は、悪だとでも言うのか!!」

 光彩に炎が燃え上がっているみたいに瞳を血走らせ、口角泡を飛ばして激しく詰問するロベルタとは対照的に、
亡霊と呼ばれた中年男性は、何処までも冷めた態度と変わらぬ口調で、滔々と語り始める。彼は、何かを超越していた。

「間と、運が悪かったからさ」

 ロベルタを取り巻く諸問題に全く無関係にも近しい亡霊の男の答えは、何処までも残酷だった。
彼の返事を受けたロベルタは、臆面も何もなくそう答えた彼を、まるで白痴の老婆の様に間抜けな表情で見つめていた。

「悪い事と時の不運が重なれば、身の危険が迫るリスクが高くなる。セニョール・ディエゴの場合は、それが最悪の形で振りかかった。それだけの話なのだよ。君も、心の何処かでそれを理解している筈だろうに」

「……認めない。そんな事で、当主様が……!! 撤回しろ……!!」

「いいや、取り消さない。何故ならば私も、間と運が悪かったが故に、殺されてしまった男なのだから。よもや君ともあろう者が、それを否定するまい」

「うるさい、うるさいうるさい!! 黙れ黙れ!! 私から離れろ!! この――」

「ああ、もう一つの質問に答えておこう」

 身体が今にも燃え上がりそうな程激情するロベルタに冷水でも差し込むように、男は冷ややかに言葉を挟み込んだ。

「君が悪なのか、と言う質問についてだが――」

 言った。

「解り切った質問をするのは感心しないな。君が悪でないと言うのならば、一体何だと言うのだ」

 其処でロベルタが震えだした。恐れや怒りと言った感情的な発露から来る現象でなく、生命体が有する抗いがたい生理反応から来る震えであった。
瞳の焦点が、亡霊の男からあらぬ方向に、浮気をするかのように向いたり向かわなかったりを繰り返す。

「君には本来、その罪を償う機会と、この私の存在を完全に忘却する機会が無数に用意されていた。君はその全てを蹴り、此処にいる。まだ罪の全てを償う前に、更に罪の上に罪を糊塗しようとしている。これを、悪でなくて何と呼ぶのだ、ロザリタ」

 耐え切れずロベルタは、化粧台の上に置いてあった、色とりどりの錠剤の入った真空パックの小袋に手を伸ばす。
正しい手順で袋を開けず、引きちぎるようにそれを開け、ピンクやブルー、オレンジにレッド等の色をしたそれを口に流し込み、キャンディーを噛み砕く感覚で咀嚼し、呑み込んだ。

「ロザリタ。君には最早私の言葉は遠いかも知れないが、私の本心を言おう。私は、君に殺された事など最早どうでも良い事なんだ。より言えば、君には君の幸せを掴んでいて欲しかったが、こうまで堕ちては、仕方がない。言わせて貰おう」

 一呼吸程の間を置いて、未だ嘗て見せた事のない位据わった瞳をしたロベルタの方を見て、男は言った。

「君は裁かれて死ぬべき――」

「黙れと言っているこのジャップがぁッ!!」


327 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:31:11 s51Hui120
 肩甲骨を砕かれていない右腕で乱暴に化粧台をとっつかみ、ソファに座る中年男性の方にそれを、いとも簡単に投擲した。
ガシャァンッ!! と言うガラスが完膚なきまでに砕ける音と、化粧台の構築する木材が乾いて破壊される音が部屋中にけたたましく鳴り響く。
その音に気付き、別所に待機させていた、ロベルタが引き当てたバーサーカー、高槻涼が、急いで実体化をして室内に現れた。霊体化した状態で室内に入っていたらしい。
彼は、ロベルタと、破壊された化粧台の方向を交互に見比べている。何が起っているのか、理解が出来ないと言う体であった。

「――あぁ、ジャバウォック。ごめんなさい。驚かせてしまったわね」

 肩を上下させ、荒い息を吐くロベルタであったが、珪素に似た鉱物状の右手を持った、自身のバーサーカーを見た瞬間、冷静さを取り戻した。
女性美に溢れた優美な笑みを彼に投げかけるロベルタであったが、直に、ベッドに座る男の方をに顔を向けた。笑みに、冷たい物が過った。
額に血の孔を空けた男は、既にベッドから立ち上がって、此方を見つめている。化粧台に直撃したはずなのに、平然としているのは、亡霊の類だからか。

「ジャバウォック、其処にいる亡霊を、あなたの暴力で破壊しなさい」

 この<新宿>にやって来た際に、令呪と共に刻まれた、聖杯戦争に纏わる知識。
サーヴァントはこれ自体が埒外の神秘――未だにそれが如何なる概念なのかロベルタは知らない――であり、一般的な物理的干渉力とは別に、
強い魔力的・霊的な干渉能力も有していると、彼女は記憶している。乱暴な解釈だが、幽霊や亡霊も、葬り返せるかも知れない。
それを期待しての、この命令だった。自身が引き当てたジャバウォック(魔獣)に、自らに憑いて回る悪霊を殺して貰う。その事を、ロベルタは強く期待していた。

「……」

 しかし、命令を受ける高槻の表情は、呆然としたそれであった。
きょとん、と言う表現が相応しいのかも知れない。命令の内容自体は、理解しているのだろう。
だが理解してもなお、未だに腑に落ちない所があるらしい。化粧台の壊れた所とロベルタの方とを、彼は交互に見比べているのだ。

 ――何を言っているんだ、マスターは――

 そんな態度が、今の高槻からも、ありありと見て取れる。

「ジャバウォック」

 ロベルタの、高槻に対する呼び方が、熱っぽいそれから、冷たいそれに変貌した。
声のトーンを感じ取った高槻が、仕方がない、と言うような挙措で右腕を動かし、それを化粧台が突き刺さったベッドの方に振り下ろした。
ビスケットめいてそれら二つは粉砕され、その破片が宙を舞い、ロベルタ達の方に四散した。それを見て、満足そうで、そして、狂的な笑みを浮かべるのは、ロベルタ当人であった。

「これで、少しはマシに動ける」

 一千万ドルにも上る借金を漸く完済して身も心も完全に軽々とした状態にでもなった、とでも言うような雰囲気で、ロベルタが言った。
対する高槻の方は、未だに納得が行かないような表情で、ロベルタの方を見つめていた。

 確かに、ロベルタの考える通り、サーヴァントはそれ自体が霊体の存在である為、幽霊や亡霊、悪霊の類にだって干渉を可能とする。
しかし、幽霊と言われる物ですら、その世界に魔術的、霊的に『存在』する概念であるからこそ、サーヴァントも干渉を可能とするのである。
その世界に存在しない生き物は、例えサーヴァントと言えど、害する事など出来やしない。それが例え、地球すらも破壊出来るバーサーカー、高槻涼であろうとも。

 ロベルタが高槻に殺せと命令した亡霊は、ロベルタにしか見えていなかった。
高槻涼の狂った瞳には、壊された化粧台と黄ばんだシーツをかけた簡易ベッド。そして、瞳の据わり切った自身のマスターしか、映していなかった。
亡霊など初めからいなかった。いたのはただの、気狂い(ジャンキー)の女一人だけであった。


328 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:31:40 s51Hui120
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 素人目による客観的な見地からも、医学・臨床的な見地からも、ロベルタもといロザリタ・チスネロスが、重度の薬物中毒者である事は明らかであった。
最初に薬物に手を出した理由は、何だったのか。自らの戦闘に対する気分を昂揚させる為だったか? 
それとも、一個中隊に匹敵する人員数で、しかもその全員が軍用火器を有した組織を単騎で相手取ると言うプレッシャーを解消させる為だったか?
もしかしたら、弾みだったのかも知れない。今となってはロベルタは、自身が何故中枢神経に作用するあの薬物を口にしていたのか、理解が出来ずにいた。

 自身が薬物に犯され、そしてその中毒者であると言う事を、ロベルタは理解していた。
彼女が所属していたFARCとは、後々コカインを売り捌いて私腹を肥やしていたマフィアと結託して利益を結んでいた事もある組織であった。
そう言った組織の構成員であった都合上、薬物中毒にした、或いは、された人間と言う物を多く見て来た。
それに、こう言った多幸感を与える薬物とは、拷問にも用いられる。最も幸福を味わえる分量の薬物を注射し、禁断症状が起きれば放置。
相手が薬物欲しさに情報を吐くまで待つ、と言う拷問も、ロベルタは見た事が何度もある。その様な経験則に基づいて自身の症状を考えた場合、
自分がとうとう堕ちる所まで堕ちてしまったと言う事は、彼女自身の目から見ても、明らかな事柄なのだ。

 ロベルタが亡霊と認識していた、あのうだつの上がらなそうな中年の男は、彼女が元居た世界で服用していた興奮剤の副作用が見せた幻覚だった。
ただ、その幻覚は全く過去に依拠していないと言うイメージでなく、FARCのゲリラ時代に彼女が殺した、日本人のビジネスマンの姿を取って現れている。
多くの人間を殺して来たと言う自覚がロベルタにはあったが、その中で何故、あの男の姿を取って現れるのか。彼女には未だに理解が出来ずにいた。
何れにせよこの幻覚は、彼女にだけしか見えず、彼女にしか知覚する事が出来ない存在だ。他人には当たり前の事だが、認識すら出来ない。
サーヴァントであろうとも、それは同じ事。高槻の目には、彼女が『いる』と認識した空間には、何も見えていなかった事を、彼女は知らない。
尤もあのバーサーカーは空気を読んで、その方向を破壊してくれはしたのだが。

 幻覚症状は、元の世界にいた頃よりも深刻な物に発展していた。
契約者の鍵をロベルタが手に入れたのは、全くの偶然であり、<新宿>に飛ばされる事など全く予期していなかったので、服用していた興奮剤は元より、
常備薬代わりのあの薬物よりも肌身離さず持っていた筈の重火器類すらも元の所に置いて来てしまっていた。
ディエゴを爆殺した人間の関係者を殺して回っていたあの時の薬物の依存症状は今に比べればまだ末期と言うには程遠かったので、まだ回復の見込みは認められた。
此処<新宿>で、火器の調達代わりにヤクザの事務所を破壊して回ったのが、より悪い結果を招いた。
裏ビデオの流通や性風俗等の運営で利益を上げている組も当然あったが、違法ドラッグや覚醒剤を流通させて利益を喰っているヤクザを潰したのが、運のツキだった。
依存症状は軽かったと言うだけで、回復していなかった。禁断症状が出かけていたロベルタは、組員を皆殺しにする際に、事務所に溜められていた薬物を全て応酬。
そして、服用していたのである。中年男性の幻覚症状を消そうと彼女が噛み砕いたあの薬は、この国でMDMAと呼ばれている違法ドラッグの一種で、
多幸感や全能感を服用者に与える依存性の強い違法薬物だ。これ以外にも彼女は、自身のアジトに覚醒剤やコカイン、ヘロインの類を幾つか溜めている。

 元々ロベルタが服用していた、中枢神経系に影響を与える興奮剤は、リタリンとも呼ばれ、用法容量を守れば、
鬱やナルコレプシーにも有効性を発揮する立派な医療薬品なのである。過度に摂取すれば依存性を筆頭とした諸々の副作用を招くが、これは、
精神病に対して処方される薬全般にある意味では言えた事である。今ロベルタが服用している覚醒剤やコカイン、脱法ドラッグの類は、
多幸感や全能感、覚醒効果のみを高めさせるだけの、医療目的には到底使えない程の代物で、その上依存度が高く副作用も悪辣、と言う、
薬に依存させて金だけを吐き出させたいドラッグのブローカー達にとってはこれ以上となく便利な代物なのである。
こんな物を服用していれば、当然幻覚症状もより酷くなる。その結果が、あの中年男性の幻覚と言う訳であった。


329 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:32:05 s51Hui120
 短期決戦を志さねば、自分が破滅する。
ロベルタの頭は、こと戦闘に関して言えばゾッとする程冷静な動きを見せる。
自分が疑いようもなく薬物中毒者になっていると言う事実もそうである。だがそれ以上に、自身のバーサーカーである高槻涼と言う存在が重くのしかかっている。
彼を運用するには、特に莫大な魔力が必要となる。それはロベルタも知っている。だからこそ、火器の調達代わりに、彼にヤクザの魂喰いをさせたのだから。
短時間の戦闘の連続ならば全く問題がない程度には、今のロベルタには魔力のプールがある。――そのプール量の三割近くが、今や消失していた。
その理由は単純明快で、新宿二丁目で高槻が見せた、ARMSの最終形態変化が原因である事は疑いようもない。
あの形態こそが、バーサーカー・高槻涼の真骨頂だと言う事は疑いようもない。あれを慢性的に維持出来るのならば、自身は間違いなく聖杯を勝ち取れる。
ロベルタの公算はそれだった、が、世の中そう簡単には甘くない。その強さの代償と言わんばかりに、あの形態で活動している時の魔力消費量は凄まじかった。
あれはここぞと言う時にしか使ってはならない力だろう。しかし、聖杯を勝ち取るのであれば、あの力を頼らねばならない事は明白な事柄だ。ならば、如何するべきなのだろうか。それについて、考える必要があった。

 解決策は二つだ。
一つ。全参加者を一ヶ所に集め、其処で、高槻の真なる力を解放させ、一網打尽にする事。
そしてもう一つ。恒常的に高槻をあの形態で行動させられる程の大量の魔力を獲得する事。
どちらも非常に達成困難な難題である。特に後者だ。ロベルタは戦闘技術にこそ優れるが、そもそも魔力回路の一本も持たない、
こと聖杯戦争の参加者として見るのならば落第点のマスターである。彼女では、魔獣・ジャバウォックを御す事は、困難を極る事柄であるのは、一般的な魔術師の観点から見れば、当たり前の事なのだ。

 魔力。そう、魔力さえあれば解決するのだ。
これさえあれば、聖杯目掛けて走るだけで良い。立ちはだかる敵を、ジャバウォックの顎と爪とで裂けば良い。
自身の中毒症状と、高槻涼の維持コストの事もある。なるべくなら短期決戦を志したい。如何したものかと考え、頭を掻きながら、
東京都の地図が掛かれた名所刊行誌を見ていたロベルタだったが――閃いた。彼女の目線は、<新宿>は信濃町に存在する、K大学の大学病院に目を付けた。
いや正確には、この病院は現在、K大の大学病院ではないのだ。此処<新宿>では現在、K大学病院は、『メフィスト病院』と言う名前に名を変えている。
そんな病院名があり得る訳はないだろうと思い、ロベルタは一度その病院を調査した事があったが、案の定そこは、サーヴァントの拠点であった。
刻まれた知識から推察するに、恐らくあの病院は何かの陣地の様な物であり、これを打ち立てたサーヴァントのクラスはキャスターだろう。
当初は、都会の真っただ中に陣地を建てるなど、何か罠があると思い無視を決め込んでいた。ただ、完璧に無視を決める訳にも行かない為、
評判調査も並行して行った所、その病院の評判は頗る良いと言うではないか。格安の治療費、最高度のサービス、そして医療スタッフ達の治療の腕前。
都内の他の病院の存在価値を全て奪うような医療サービスの練度の高さだけが、兎に角ロベルタの耳に入って来るのだ。

 ロベルタはその噂を全て、メフィスト病院によって言わされている事柄だと判断していた。
そもそも、NPCの患者を病院に搬入して治療したり、外来の患者の診察などをすると言う行為自体が、理解に苦しむ事柄だし、狂気の沙汰としか思えない。
何か裏がある、と彼女は考えていた。恐らくはNPCから効率よく魔力を徴収しているのではと、この稀代の女軍人は推理していた。

 ――これは使える……!!――

 先に述べた解決策の二つを、一時に解消する作戦であった。
電撃戦の要領でメフィスト病院に急襲をしかけ、其処の主であるキャスターを消滅させ、魔力プールを奪う。
そしてその騒ぎを聞きつけてやってきた主従を蹴散らした後、残りの雑魚を破壊する。
無論、相手もサーヴァントである為そう簡単には行かないだろうが、いざとなれば、虎の子である、ジャバウォックの切り札を発動させる。
あの形態の高槻涼が、サーヴァント二人がかりによる猛攻すらも意に介していなかった現場をロベルタは目の当たりにしている。問題は全くないではないか。急いで、プランを建てねばならない。


330 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:32:19 s51Hui120
 亡霊は、ディエゴの不運と、間の悪さと時の不運が重なったのだと説明した。
果たして、ロベルタの場合は、どうなってしまうのだろうか。ロベルタよ、気付いているのか。
お前が向かう先こそは、お前が経験したこの世の如何なる地獄よりも恐ろしい魔窟であり、そして、其処を治める男が、
悪鬼羅刹の類ですら震え上がらせる程の美しき魔人であると言う事を。聖杯戦争のクラスシステムと言う枠組みなど何の意味も持たぬ程の怪物であると言う事を。

 曇ったガラスから差し込む昼の<新宿>の陽の光は、彼女に対しても等しく投げ掛けられている。
この<新宿>が魔界都市であったらば、太陽はきっと彼女に、こう答えただろう。ロザリタよ――お前はそれで良いのか、と。





【四谷、信濃町方面(四ツ谷駅周辺の雑居ビル)/1日目 早朝11:50分】

【ロベルタ@BLACK LAGOON】
[状態]左肩甲骨破壊、重度の薬物症状、魔力消費(中)、肉体的損傷(中)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]銃火器類多数(現在所持している物はベレッタ92F)
[道具]不明
[所持金]かなり多い
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲るために全マスターを殺害する。
1.ジョナサンを殺害する為の状況を整える。
2.勝ち残る為には手段は選ばない。
[備考]
・現在所持している銃火器はベレッタ92Fです。もしかしたらこの他にも、何処かに銃器を隠しているかもしれません
・高槻涼の中に眠るARMS、ジャバウォックを認識しました。また彼の危険性も、理解しました
・モデルマン(アレックス)のサーヴァントの存在を認識しました
・現在薬物中毒による症状により、FARCのゲリラ時代に殺した日本人の幻覚を見ています
・昼過ぎの時間にメフィスト病院に襲撃を掛ける予定を立てました


331 : She`s so Happy☆ ◆zzpohGTsas :2016/02/16(火) 20:32:34 s51Hui120
投下を終了いたします


332 : 名無しさん :2016/02/16(火) 23:09:02 sEoSIzZc0
投下乙です

自分から死にに行くのか(困惑)


333 : ◆zzpohGTsas :2016/02/17(水) 00:03:37 EioauVzE0
ウェス・ブルーマリン&セイバー(シャドームーン)
アイギス&サーチャー(秋せつら)
予約いたします


334 : 名無しさん :2016/02/18(木) 08:00:58 D8KXElYc0
期待してます

そして、さようならロベルタ


335 : ◆GO82qGZUNE :2016/02/21(日) 18:37:06 6sxWbjnI0
荒垣真次郎、アサシン(イル)予約します


336 : ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:54:30 6TaH2rC20
予約感謝いたします。

投下します


337 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:55:33 6TaH2rC20
 メフィスト病院の白亜の大伽藍を後にし、何台もの車両が停めてある駐車場を出た瞬間の事であった。

【狭いんだなぁ、『新宿』は】

 と言う声が、アイギスの頭の中に響いて来た。

【それは、今更な事かと思われますが……?】

【狭いのは新宿さ。<新宿>は、もっと広い様に思えたが……<魔震>の影響が希薄だと、こんなにも狭いんだな、ってさ】

 宛ら禅問答めいた事を感慨深げに口にするのは、アイギスに従うサーヴァント。
サーチャー(探究者)と言う、聖杯戦争の常道の七クラスに外れたクラスで、彼女の声に応えて召喚された、美しき魔人であった。
鷹揚として、掴み所がなく、そして、時折美しさの中に掠める隠し切れぬ魔の香りが恐ろしいその男が発した言葉を、今一アイギスは理解出来ていない。

【それで、何が言いたいのでしょう?】

【サーヴァントがいるよ。向こうも僕らに気付いてるし、寧ろ此方に誘ってる】

 目を見開かせ、アイギスは周辺を見渡した。
だが、それらしい存在は、遠近距離に対して優れた視認・識別能力を発揮するアイギスの瞳のカメラレンズを以ってしても確認出来ない。

【無理だよ、敵は相当の手練だ。君の目程度じゃ話にならない位隠れるのが上手い。今は僕の『糸』で場所が解るが、タチの悪い事に、向こうはこの糸にも気付いてるみたいだ】

 それを聞いて更にアイギスは驚いた。
サーチャー、秋せつらの操る糸の細さは一ナノm、つまり分子と同じ小ささのそれであり、アイギスの瞳の顕微能力を用いても、視認不可能な細さなのだ。
その糸について気付く事が出来る何て、一体そのサーヴァントは、何処まで恐ろしい存在なのか。機械の心に、一抹の不安が過る。
一昔前ならそんな感情も感じなかったのだろうが、この不安を感じると言う事柄もまた、有里湊達との体験を経て得た、掛け替えのない財産だった。

【病院の関係者、でしょうか?】

【ないな。病院の中じゃない事は糸で確認済みだし……そもそもあの社会不適合医は、自分の病院内で戦う事を許さない奴だからね】

 本当に生前からの付き合いだったのかと疑問に思う程に、せつらのメフィストに対する物の言い方と評価は、辛辣を極るものだった。
一体如何なる付き合い方をすれば、医者として信頼する一方で、悪態を吐けるこのような関係になるのだろうか。

【マスターに念話をしたのは、結局、そのサーヴァントの下に行くか如何かを聞きたいからでね。どうする?】

 成程、とアイギスは思う。確かに、マスターに忠実な性格をしたサーヴァントとしては、訊ねておきたい事柄であろう。

【サーチャーとしては、向かった方が良いと思いますか?】

【どうでもいいよ。マスターが向かいたいと言うのなら向かうし、距離を取りたいと言うのならそうする……って言うと、主体性がないって言われそうだからね。
僕個人の意見を言うのであれば、向かった方が良いのかな、って思う。向こうは僕らに気付いてるし、向こうから人ごみに入った僕らを攻撃して来たら、拙いだろうしね】

【大衆の前で攻撃する主従は、流石に……】

【いない、と言いきれるのかな? いいや、いるさ。この街が本当に<魔界都市>になったのならね。現に契約者の鍵でそう言う主従がいた事は明らかになったんだ、道理の通りに物事が運ぶと思わない事だ】


338 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:55:46 6TaH2rC20
 恐らくは全ての主従が知る所であろうが、此処<新宿>には聖杯戦争参加者であると言う事実が明らかになった殺人鬼が二組存在する。
一組は、遠坂凛が引き当てた黒礼服のバーサーカー。そしてもう一組が、セリュー・ユビキタスが召喚したワニの頭のバーサーカー。
共にバーサーカーがサーヴァントであると言う事は、二名とも狂戦士のクラスを全く御せていない可能性はゼロではない。
しかし、それが故意にしろそうでないにしろ、彼らは百名以上もの無辜のNPCを殺して回っているのだ。
この聖杯戦争の参加者の中に、このような指名手配を恐れて人の集まる所で戦闘を行わない組が出ないと言う可能性は、全く排せない事になる。

【ま、危なくなったら逃げればいいよ。僕はマスターに、勇ましく戦え何て言わないからさ】

 サーチャーはこの辺りの融通の利く男だった。
神に祈れば、例えどんな理不尽な要求を頼み込もうと神の方から万難を排してくれそうな程の美の持ち主ではあるが、その性格は驚く程気さくで接しやすい。
戦おうが逃げようが、別段この男は嫌な顔をしないし、その様な態度も見せはしない。ただ、最終目標である聖杯に辿り着ければよい、と言うスタンス。
だからこそアイギスも、少し気を許してコミュニケーションを取る事が出来るのだ。

【……解りました。彼を……湊さんと会う為に、私はもう、逃げない。戦うと誓いました】

 口に出さない。心の中で思った事を直接相手の頭に響かせると言う念話であるが、アイギスの――機械の乙女の口ぶりも立ち居振る舞いも、全て本物だった。
せつらからしても、見事な物だった。彼女は、生身の部分など何一つとして存在しない、完全なる機械なのだ。
それなのに有機物と無機物を、生命と物を、人と機械とを隔てる唯一にして最大の大壁、それら二つの間に立ちはだかる絶対的な概念。
『心』だけが、完全たる人間のそれであった。彼女は人だった。身体の全てが機械であろうとも、脳も無ければ心臓も無い機械であろうとも、彼女は、心が在ると言うその一点のみにおいて、確かに人間であった。

【行きましょう、サーチャー。その場所に、案内して下さい】

【はいはい。それじゃぁ、僕の指示に従って欲しい】

 かくのような会話を行い、一人と一機は、目的の場所へと歩んで行く。
向かう先は、信濃町に隣接した南元町、食屍鬼街(オウガーストリート)。そして其処に待ち受けたるは、影の月の名を冠した、一人の戦士。


339 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:56:01 6TaH2rC20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 魔界都市<新宿>が魔界都市であった所以とは、百年二百年をあの地で生きた古株ですら、その街の全貌を把握し切れていない、と言う点にある。
都市とは一つの生き物である。住む人間の生活様相、人口の増減、地方・外国を問わぬ人間の行き交い、と言った生活を行う生命体を包含する事で、
都市開発や不要な施設等の淘汰が行われる事で、町や都、県や州、ひいては国は、ある種の原形質の生き物のようにその姿を刻一刻と変化させて行く。
<新宿>も同様に、秒ごとにその街の全貌を変え、時には不要な物を『<新宿>自らの意思』で消し去り、その地に息づく者達の前に姿を現す。

 例えば――。
歌舞伎町のコマ劇場、新宿ミラノ座、ニュー地球座の三つの建物に取り囲むように存在する、噴水広場。
<魔震>の影響で、水を供給する為の水道管が断裂、使い物にならなくなったにも関わらず、『何故か』、氷を入れたコップに淹れて飲んでも問題がない程、
衛生的にも安全な真水が無限に湧き出てくると言う現象が起っていた。一説によれば別世界の真水を供給しているだとか、
異次元の狭間に広がる無限大の海が異次元を通る際に何らかの『網』がフィルター代わりになる事で塩分が排され真水になるのだ、と言う意見もあったが、真相は闇の中であった。

 例えば――。
同じく歌舞伎町の片隅に生えた、一本の果樹。
魔界都市に於いても、いや、魔界都市であるからこそ、退廃と悪徳の坩堝となったその街の中に生えているにも拘らず、枝の一本も折られていないばかりか、
学のある者がみれば余りの品のなさに溜息を吐いてしまいそうな品のない下品で卑猥な冗談も幹に刻まれていないと言う不思議な樹木であった。
その果樹の枝には、リンゴやナシ、ブドウにカキ、と言った果樹が日ごと夜ごとに生え変わるのだ。
余りの不気味さから、その木に触れた者はその日の内に不幸になると評判になり、核戦争が起っても男性器をいきり立たせ女と性行するような『豪の者』ですら、不吉と捉え近付かない程であった。

 例えば――。
高田馬場に存在する、『滑り家』。
魔界都市に於いても極めて安全な区画として知られる高田馬場であるが、あの街では安全=不思議、と言う方程式は成立しない。
高田馬場には傾度『70度以上』の坂が存在し、その坂の両脇に家が建設されているのだ。
通称滑り家と呼ばれるこの家は、滑落防止の為頑丈な鎖で家全体を縛り付けており、実際そのような住宅環境に生活する人間も存在すると言う。
この不思議な景観は区外から観光に訪れた客が目にしたいと言う程の人気スポットになっており、区の財政を潤す景観の一つとなっていた。

 何が起きても、不思議ではない街だった。
<魔震>によって刻まれた地面の断層から、最低でも十万〜一千万年前の超古代文明の産物が出土された事もある。
殆ど地球の裏側に存在する龍脈が<魔震>の影響で、<新宿>に繋がった事もある。
陽炎が沸き立つ程の歩道に、突如として海が現れた事もある。珍しくない、そんな事など珍しくないのだ。
そう、あの街は魔界都市<新宿>であるから。最早誰もが、何が起っても不思議ではないと、諦観にも似た悟りを得ていた街。其処こそが、<新宿>であるのだから。


340 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:56:25 6TaH2rC20
 ――そんな街で一生涯を終えた秋せつらであるから。
聖杯戦争を行っている<新宿>の元々の不思議程度など、微風程も感じない。と言うより、この程度を不思議だとか不気味だとか、せつらは思いもしないのである。

 <新宿>は南元町。其処が、秋せつらがサーヴァントの反応を捉えた地点であった。
せつらは世界史が割と得意な男であったが、日本史、特に、<魔震>が起こる前の<新宿>の事など、余り覚えていない人物だった。
そんな人物ではあるが、流石に、<魔震>前の<新宿>に、食屍鬼街なる意味不明な名前の通りは存在しなかった事位は解る。
その通りは如何も話を聞くに、ビザの切れたり不法入国をした外国人の溜まり場であったり、ヤクザやチンピラの集会場として、
<新宿>でも特に治安の悪い場所とされているのだそうだ。一説によれば、歌舞伎町よりも酷いとされていると言う。
成程確かに、普段アイギスが拠点としている西新宿の住宅通りに比べれば、明らかに世界が違う。
日当たりが悪く、じめじめとして、そこらじゅうにゴミが散らばり、そして、アイギスの事を注視する男達の目線よ。
どれもこれもが、カタギの人間ではないし、レールから外れたアウトローばかりであると言う事が一目で解る連中であった。

「おい、何だよあの別嬪の嬢ちゃん……!!」

「一人だぜ……ありゃ誘ってるぜ、俺には解る」

「あの歳で欲求不満かよ、ヘヘッ、勃ってきやがった……」

「スゲェ美しいッ!! 百万倍も美しい……!!」

 冷静に考えれば、当たり前の反応である。
見るからに女日照りの酷そうな場所だ。幾ら機械とは言え、傍目から見れば美少女としか思えない外見をしたアイギスが単身で此処に来れば、
このような卑猥な反応など、にべもないと言う奴であった。無事に帰してくれそうにない、と言うオーラがヒシヒシと男達から伝わってくる。
治安最低の場所、と言う札に偽りなし、と言う感じの場所であったが、これでもまだ、せつらには平和な所としか見えなかった。
自分の感覚が麻痺してると言う事を、この場に足を運んで改めて思い起こされて、戦闘に入る前からせつらはやるせなくなっていた。

【あまり面倒を起こすのは、得策ではありませんね】

【そりゃそうだ。こんな奴らでも、面倒を起こしたらルーラーから茶々入れかねないしね】

 そして、せつらがやるせなく思っているのは、もう一つある。
断言してもよかった。此処にいる全員が、何らかの『精神操作』を受けていると。瞳を見ただけではそれと解らぬ程、超高度な精神干渉である。
だが、せつらの糸探りの前には、そんな誤魔化しは無意味である。彼の糸は、精神の違和感すらも感じ取れるのだ。
NPCの精神を操る本音は決まっている。要するに彼らは、此処を拠点としている何らかのサーヴァントの体の良い奴隷か何かだ。
本体が危機に陥れば身を挺してその本体を守る肉の壁となるも、非力なマスターを集団で叩いて殺す暴徒となるも、全て指揮権を持つそのサーヴァントの自由だ。
だからこそ、憂鬱なのだ。――時が来れば、このNPC達も殺さねばならないと言う事実が。そしてそれが、アイギスの願いに反すると言う事が。

【穏便に済ませてやるか】

 そう言って、アイギスの目の前に立ち、その背で彼女を守るかのようなポジショニングで、せつらが実体化を始めた――その瞬間であった。
下卑た笑みを浮かべていた食屍鬼街の男達の表情に、嘗てない驚きが刻み込まれる。
生きとし生けるもの等何一つとして存在しない空間の中にいるかのような静寂を切り裂くが如く、ガラスの砕ける音が聞こえた。
それは、アイギスに下品な言葉を投げ掛けていた男が、持っていた酒瓶を驚愕の余り地面に落として壊してしまった音であった。
先程までアイギスにエールを送っていた男達は、せつらの顔と姿をみて、凍結した様にその場から動けずにいた。
性差を超越し、万民に美とは何かと言う事を雄弁に物語らせる、秋せつらのその美しい姿を見れば、斯様な反応は当たり前のものだった。
人間である以上、せつらの美を見て、何も思わぬ者など、存在する筈がないのだから。


341 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:57:05 6TaH2rC20
「隠れてちゃコミュニケーションが取れんぜ、出てきなよ」

 せつらは、例え南元町の食屍鬼街だろうが、五匹集まれば数分と経たずに人間を丸ごと食い殺すドブネズミが徘徊する魔界都市の下水道だろうが、
春風の最中にいるような春風駘蕩とした雰囲気を崩さない。此処を拠点としているであろうサーヴァントととも、戦いたい、と言うよりは寧ろ、
会って煎餅でも齧りながら茶でも啜りたい、とでも言いたそうな程雰囲気すら醸し出していた。
そんな彼の意向を理解したのか、はたまた、そうではないのか。兎に角、せつら達をこの場に招いた張本人が姿を現した。

 空間が人の形に歪む。まるでその部分だけが、スチームにでも覆われているかのようであった。
空間はやがて銀の色味が強く、そして濃くなって行く。頭に類する部分だけが、エメラルドに似た輝きの緑光を放っているのが特徴的だ。
そしてついに、件のサーヴァントがその全貌を露にした。それは、銀色の鎧を纏っているが如き姿をした存在だった。
バッタに似た昆虫のフルフェイスへルムの様な物をそれは被っており、緑色の輝きを放っていた物の正体とは、その兜に取り付けられた緑色の複眼の故であった。

「ッ……!!」

 アイギスの身体に叩き付けられる、目の前のセイバーから放たれる、磁力にも似た凄まじい気風。
戦わずとも、内蔵された戦力概算の為の様々な機構を用いずとも解る。目の前のサーヴァントは、桁違いに強い。
それこそ、彼女が今まで戦って来た、如何なるシャドウよりも、ずっと。ずっと。

 せつらの目から見ても、それは同じだった。
魔界都市には種々様々な人体改造手術が蔓延っていた。下は千円と言うタバコ三箱も買えないような値段で、上は数千万〜数億円と言う超法外な価格で、
人間の身体を改造させてくれる闇医者が存在したものだった。改造によって得られる恩恵は様々だ。
犬にも似た嗅覚や兎にも似た聴覚は当然の事、ヒグマの如き腕力やハヤブサの如き移動スピードなど珍しくもない。
金をもっと積めば、細胞レベルで行われる超高速の人体の自己再生能力や、音速超の速度での移動をも可能とする手術が出来た程だ。
目の前のサーヴァントが明らかに、極めて高度な科学技術によってその身を改造された存在である事をせつらは見抜いたが、次元が違う。
魔界都市の中でも、この男を生み出す外科手術は、あの性根の捻じ曲がった藪医者の所以外にはありえなかったろう。
それ程までに、別格の技術で生み出された男と言うだけでなく、その技術に負けない程の力と技術をこの男は有していると言う事が、糸探りを用いずともせつらには解るのだ。

 強者は、自分と同じ強者は一目見ただけで解ると言う。
せつらはその言葉通り、目の前のセイバー……シャドームーンを、油断の出来ぬ程の強敵だと認めた。

「要件があるのなら、早めに口にした方が良いよ」

「その必要性はないな。お前が此処に足を運んだ瞬間から、目的は達成された」

 その言葉を聞いた瞬間、溜息と同時に、せつらはその頭を掻き出した。

「やんなるね……連れてこなかった方がマシだったのかな」

 と言って、自身のマスターであるアイギスの方にチラリと目線を送るせつら。
アイギスは静かに、首を横に振るった。せつらの忠言を別に責めてはいない、と言う合図だった。


342 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:57:34 6TaH2rC20
「安全な所まで距離を取ると良い。マスター。其処のサーヴァントは僕が食い止める」

「そうはさせない」

「いいや、させるよ」

 と、せつらが口にした瞬間だった。
食屍鬼街に存在する、アイギスに――いや、今はせつらの美に目線が釘付けになっていた男達か。
彼ら全員が、唐突に地面に倒れ伏したのだ。両腕が後ろ手に縛られているかのような体勢で、全員が前のめりに、仰向けに。
それが、せつらの操る一ナノmのチタン妖糸に身体中を雁字搦めにされたからだと気付いているのは果たして何人いただろうか。

「NPCを操って、マスターを袋叩きにするつもりだったんだろうが、こっちから手は封じさせて貰った」

「元より期待していない。こいつらが百人揃った所で、貴様のマスターは殺せないだろうからな」

 其処で言葉を区切り、銀鎧のセイバー――シャドームーンは言った。

「人ではないのだろう、其処のマスターは」

 ゴルゴムの数万年の叡智の結晶である科学装備、マイティアイは見抜いていた。
アイギスの中に備えられた指銃、そして、人間の内臓器官が一つたりとも彼女が有していない事を。
彼女が、一つの蒼白い巨大なエネルギー塊から供給されるエネルギーを動力源に動くアンドロイドであると、シャドームーンは知っている。
内部構造の精緻さと、其処から発揮されるであろうスペック考えれば、南元町のチンピラが百人どころか千人居た所で、目の前の機械の乙女を破壊する事など不可能だ。
機械ですらマスターになれるのかと驚きはしなかった。彼は先のメフィスト病院で知っているのだ。人間以外の怪物が、マスターになれる可能性が十分にあると言う事を。

「人さ」

 即座に、せつらは切り返した。

「少なくとも、僕は人間だと思ってる」

 別に、機械だろうが人形だろうが、自分が人だと思っているのならば、特にせつらは差別もしない。
彼が元々魔界都市の住民であったと言う事もそうである。しかし、せつらがアイギスの事を人間だと認識しているのは、彼自身、
アイギスとよく似た少女の事を知っているからに他ならない。四千年の時を生きた大吸血鬼に葬られた、プラハ最大最強の老魔女。
数百年の時を生きた、高田馬場を根城にしていたあの魔女が作り上げた、最高のオートマタの事を知っているからこそ。せつらは、アイギスの事を差別しなかった。

 せつらの言葉に対して、シャドームーンからの返事はなかった。
彼の返事は、右手を水平に伸ばすと言う行為だった。刹那、右手周りの空間が棒状に歪み始め、それは、実体化を始めた。
実体化が終わると、ルビーの如く透き通ったロングソードが、シャドームーンのその手に握られていた。
豪奢な飾り気など何も存在しない。ただただ、相手を斬ると言う事の一点に特化されたその剣は何処か、秘密結社ゴルゴムが神器と崇める、サタンサーベルに似ていた。
その名をシャドウセイバーと呼ぶ、宝具・キングストーンの霊力を練り上げて作り上げた、宝具に限りなく近い武器であった。

「世紀王の力をその目に焼き付け、座にでも還るが良い」

 その一言と同時に、南元町の数百〜千m以上上空地点『だけ』に、黒い雨雲が凝集し始めたのだ。
其処以外は、雲一つ覆われていない見事な快晴である。なのに、広い青空の一点のみに雨雲が集中する光景はまるで、タバコを押し当てて出来た黒い灼き焦げのようであった。
これを、怪異と呼ばずして何と呼ぶ。これを、奇々怪々と呼ばずして、何と呼ぶ!!

「成程、魔界都市らしくなってきたじゃないか」

 垂れ込める黒雲を見てせつらが浮かべたのは、彼らしくない微笑みだった。
この魔人の知る魔界都市に近付いたような気がして、彼は少しだけ郷愁の笑みを作ってしまったのだ。
黒いコートのポケットに入れていた両手を引き抜き、せつらが構えた、と同時にアイギスがこの場所から離れんと動き始めた。
ポツポツと、針のように細い雨糸が黒雲から落ちて行き、湿った地面に黒い染みを作った――と見たのはほんの一瞬。
直に、ザァと言う音と同時に、指と見紛うような太い雨が降り注ぎ始めたのである。それと同時に、せつらが、シャドームーンが。共に動いた。
魔人共の饗宴が今、幕を開けた。


343 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:57:46 6TaH2rC20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 十m先は愚か、伸ばした手の先を見る事すら難しい程の豪雨であった。
バケツの水をそのまま被った方がまだ濡れずに済むと思われる程の雨粒が、地面に当たり、砕けて弾け、水煙を生じさせる。
まるで、この南元町の食屍鬼街で起った様々な悪徳を洗い流すかのような、凄まじい雨のフィールド。
そんな、最早戦うには到底適さない場所で、水煙にその身を煙らせながら、舞うように動く銀鎧のセイバーと、黒いコートの魔人が、人外の戦いを繰り広げているのだ。

 豪雨の紗幕で霞んで見えるシャドームーンは、煙った様に見えるせいで赤熱した棒としか見えぬシャドーセイバーを虚空に向かって振り抜いた。
傍から見れば、見当違いの方向に攻撃をした様にしか見えないだろう。しかし、せつらには解るのだ。今の一振りで、シャドームーンに向かわせた、
八十二条のチタン妖糸の尽くを切断されたと言う事を。やはり、見えている。自身の操るナノmの魔糸を、だ。

 ――やはりあの目か――

 常識的に考えれば、其処以外に考えられないだろう。
降り注ぐ雨幕越しからでもよく目立つ、蜻蛉の複眼にも似た、シャドームーンのあの緑色の眼。
其処に、自身の妖糸を視認する何かがあると、せつらは睨んでいた。

 事実、その推論は当たっていた。
せつらが宝具か何かと推察しているこの緑色の複眼はシャドームーンと言う、ゴルゴム、いや、創世王と呼ばれる高位次元存在が生み出した最高傑作に備わる、
戦闘を有利に進める機能の一つ。マイティアイと呼ばれる物が、それなのだ。
戦闘データの収集、相手の動きをモニタリング等は勿論の事、天体望遠鏡レベルの遠方視認能力や物体の透視、
果てはマイクロレベルの点すらも容易く目視出来る程の顕微機能など、まさにマイティの名に違わぬ様々な力を内包している。
このマイティアイによりシャドームーンは、せつらがナノレベルの細さをしたチタン製妖糸を巧みに操って攻撃を行うサーヴァントだと即座に看破した。
空気よりも軽い、分子レベルの金属糸を巧みに操って攻撃すると言うその技量にはシャドームーンも驚かされている。

 切断性を伴わせて此方に向かわせるだけではない。
見るが良い。今の秋せつらを。これだけの豪雨にも関わらず、せつらの身体は全く濡れていないではないか!!
射干玉の如く黒い髪からは水の一滴も滴っておらず、コートの一部分にも水の染みが出来ていない。
雨は、秋せつらを避けて降り注いでいた。極めて不自然な事に、雨粒はせつらの頭上二十cm程にまで到達した瞬間、見えない屋根でもあるかの様に何かの上を伝って行き、
あらぬ方向にやがては弾き飛ばされてしまうのだ。まるで、神の与えたもうた美を誇るせつらに対して、礼節を弁えているかの如き、意味不明な軌道である。
無論シャドームーンは、雨粒が独りでに意思を持ち、せつらを汚す事を恐れていると言う訳ではない事を知っている。
せつらは周辺にチタン妖糸を蜘蛛の巣の如き張り巡らせ、雨粒で身体が濡れる事を防いでいるのだ。
ナノレベルの細い糸にも拘らず、千を超し十万粒にも上ろうかと言う水滴を全て防ぎ切る等、並の技量ではない。
チタン妖糸をせつらは、己の身体の周辺にバリケードの要領で張り巡らせている。下手な攻撃を仕掛ければ、何が起きるか解ったものではない。
攻防一体を成す極めて完成度の高い戦闘技術。シャドームーンはそう推測するのであった。

 実を言うとシャドームーンは、秋せつらの存在に早くから気付いていた。 
聖杯戦争が始まるまでの期間、散歩をしに<新宿>中を霊体化して移動していた訳ではない。
サーヴァントの知覚範囲外からマイティアイで、具にその動向を観察し、どのような存在なのか、そして、如何なる戦い方をするのかと言う事を、
彼は予めプロファイリングしていたのだ。しかし、存在に気付いていたから、と言って、その全員の戦い方を頭に叩き込んでいる訳ではなかった。
単純である。そもそも戦うと言う局面に全く陥ってくれなかった主従がいると言う事だ。戦う場面を見せなければ、データの収集も出来る筈がなく。
故にシャドームーンは、せつらの戦い方を今知った事になる。並大抵のサーヴァントであれば、何が起ったのかすら解らず殺されていたであろうせつらの糸使いに、此処まで対応出来るとは、シャドームーンの方も、並外れた怪物と言う他ない。


344 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:58:04 6TaH2rC20
 剣を握っていない左手を、せつらの方に伸ばした――その瞬間。
シャドームーンの指先から、若緑色の、稲妻にも似たスパークが迸る。せつらの周りを取り囲むナノの魔糸に直撃した瞬間、スパークが爆発を引き起こした。
爆発の光量は閃光弾にも匹敵し、降り注ぐ雨を爆発部の熱量で一瞬で蒸発させる程の熱エネルギーを有している。
生身に直撃していたら、肉体は粉微塵に砕け散っていただろう。現に、至近距離からのマグナムですら物の数にならない程の強度と靱性を有している筈の、
せつらのチタン妖糸が熱で焼き切れている事からも、その威力の程は推して知れるであろう。

 軽くせつらは、ダイヤモンドを削って作り上げたような細く白い指を動かす。
すると、その動きを契機に、チタン妖糸の一本が軽く地面に落下した、刹那。
その動きを契機に、地面を張っていた妖糸の全てが音もなく跳ね上がり、一斉にシャドームーンの方に向かって行くではないか!!
余りにも、物理的法則を無視したチタン妖糸の動きに、世紀王は驚愕した。如何なる力が働けば、このような軌道が出来ると言うのか!!
糸の軌道上から、シャドームーンは空間転移を行い、事なき事を得る。しかし、せつらは既にシャドームーンの移動地点を看破していた。
何故なら既にせつらは、食屍鬼街中にチタン妖糸を展開させ、誰が何処にいて、そして如何なる事をしているのかが手に取るように解るのだから。

 送電線や水道が機能しているのか疑わしい、如何にもボロボロな幽霊ビルのコンクリ壁を貫いて、先程のスパークがせつらに向かって放射された。
それをせつらは、見抜いていたとでも言う風に、目にも留まらぬ速度でその場から移動し回避。
その回避先を読んでいたと言わんばかりに、回避した先に、シャドームーンの獲物であるシャドウセイバーの剣身を短くした、ナイフのような剣が音速の三倍の速度で迫る。
ナイフは、せつらに命中するまで残り三十cm程と言う所で、三cm間隔で輪切りにされ、無害化。光の粒子となって降り注ぐ雨粒に溶けて行った。

 カシャン、カシャン、と、アスファルトを穿つが如き勢いの雨の中にあっても、その音は良く聞こえて来た。
水で煙って揺らめく蜃気楼の先から、緑色の複眼をもった戦士が近付いてくる。せつらが気を引き締める。
シャドームーンが左腕の肘から先をを上に伸ばす。それを合図に、シャドームーンの周囲の空間が、揺らめいた。それは、豪雨が見せた錯覚でも何でもない。
強いて言うのならば、揺らめいた、と言うよりも、水面に小石を投げ入れた時の如き波紋が、空間に波を打ったとでも言うべきなのだろう。
広がった空間の波紋から、幾つもの、赤い殺意が生まれて来た。赤い剣身の長剣やナイフ、大斧に槍、矢の類が、その切っ先をせつらの方に向けていた。

 腕を、下ろした。その合図を待っていたと言わんばかりに、シャドームーンが生み出した武器の数々が先程のナイフと同様の速度で射出される。
最も早く自分に到達するであろう最初の一本を妖糸で斬り刻み破壊してから、せつらは凄まじい速度で射出された武器の軌道上から消え失せる。
身体に巻き付けたチタン妖糸を別所に巻き付けて、それを収縮させる力を利用した高速移動であった。
シャドームーンが射出させた大斧は地面に当たるや、地面のアスファルトを原形を留めない程、それこそ、『粉』々にする程破壊してしまい、
コンクリ壁に直撃したそれは、鉄骨で補強されている筈のそれを薄紙の様に貫いて彼方へと消えて行った。

 三十m頭上に飛び上がったせつらは、軽く指を動かし、二百九十一条のチタン妖糸をシャドームーンの下へと襲来させる。
銀鎧の戦士は、自らの周りに紅色の壁を作りだし、迫りくるチタン妖糸を防御しようとする。
壁は数百片も斬り刻まれて破壊されるが、壁自体が熱エネルギーの様な物を内包しているらしく、チタン妖糸も溶けて蒸発してしまった。

 シャドームーンのマイティアイが、せつらの着地点を数か所予測し終えたその瞬間。
地面が波を打ち、アスファルトに幾つもの波紋が浮かび上がった。其処から大量の武器の切っ先が現れる。やはりすべて、紅色だった。
それが、せつらが黒い怪鳥の如く舞い飛んでいる上空へとロケットめいた勢いで上昇して行く。
美魔人はこれを、自身を振り子の要領で高速移動させる事で尽く回避。銀鎧のセイバーが生み出した、血紅の武器共は、雨雲を貫くだけの結果に終わった。


345 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:58:30 6TaH2rC20
 シャドームーンの背後に存在する、住居と一体化した酒店の屋上に着地した、と同時にであった。
黒雲から白色に光り輝く稲光が、秋せつら個人目掛けて、文字通りの稲妻の速度で煌めいたのは。
遠くから見れば空に亀裂が生じたような稲妻は、一切の反応を許さずせつらの脳天を粉々にする筈であったが、此処で、保険として頭上に展開させていたチタン妖糸が活きた。
鼓膜を引き裂き、三半規管にすら重大な障害を残してしまいかねない程の轟音がせつらの耳に響き渡る。
電熱により妖糸は完全に焼き切れ、最早障壁としての体を成さなくなっていたが、それでも、稲妻の直撃と言う消滅不可避の事象を避ける事が出来たのは、凄まじい。

 防がれる可能性を読んで、二の手――寧ろ此方の方が本命なのだが――を打っておいたとは言え、現実に防がれるとシャドームーンとしても驚きは凄まじい。
宝具、陰る月の霊石で生み出された雷霆は、生半な対魔力程度等何の問題にもせず、相手を分子と見紛う程の肉の粉にする程の威力を有している。
キングストーンは、人間が生み出された歴史と殆ど同等、或いはそれ以上の期間か。兎に角、数十万年もの間地球上で暗躍して来た秘密結社ゴルゴムが、
神器とすら崇める規格外と断じて良い宝具である。古ければ古い程、崇められれば崇められる程神秘は蓄積される。
単純に数万年もの間受け継がれ、崇められてきた事によってキングストーンに蓄積された神秘は埒外のそれとも言うべき物で、
そんな神秘の結晶体から生み出される武器や現象の一つ一つには、凄まじいレベルの神秘が内包されている。だから、下手な対魔力など意味を成さない。
このような経緯のキングストーンから生み出された攻撃の数々を防御出来る。それは、チタン妖糸が凄い代物と言う事もあろうが、それ以前に、それを操作する操り手、
秋せつらの神技的技量が関係していると、シャドームーンは睨んだ。やはり、聖杯への道のりは険しい。しかし、勝ちの芽は此方にもあるのだ。
二の手を、今正にシャドームーンは開帳した。

 せつらの周辺を取り囲むように、現れたるは紅色の剣達。
切っ先は、それが当たり前とでも言うように全てせつらの方に向けられている。
彼は易々と、シャドームーンの宝具が生み出した神秘の結晶体達を斬り裂いてはいた。傍目から見れば研ぎたての包丁で野菜でも斬るかのような容易さで、
対応していたように見えたが、現実はそんな物じゃない事は防御したせつらがよく知っている。
武器一つを斬り裂こうにも、常人では考えられないような『工夫』した斬り方を行わねばならない程で、ハッキリ言って複数本射出されれば、
とてもではないが全部斬り裂くなど正気の沙汰とは思えない。だからこそ、なるべく武器の射出は回避するように心がけていたが――。この物量と配置では、厳しい物がある。

「拙いなぁ」

 降り頻る豪雨で身体が濡れる事を、最早せつらは気にも留めていない。
場違いな程のんびりとしたこの一言を契機に、武器は射出された。
何も抵抗を行わねば、放たれた速度と勢い、武器自体が有する神秘により塵殺は免れないであろう。
無論、無抵抗を貫き通すせつらではない。不可視の糸を武器の軌道上に展開させ、音に倍する速度で迫る武器達の軌道を逸らす、余裕があれば破壊する、など。
妖糸で行う事が可能な種々様々な防御を行い、捌いて行くが、全てを防ぎ切れた訳ではなし。
短剣が糸の合間を縫ってせつらの方に向かって行くが、彼はこれを身体を強く捩じらせる事で直撃を避ける。
だが短剣の剣身は、彼の身体をコートごと斬り裂き、せつらの胸部から血が噴き出た。豪雨に、薔薇の如くに赤い血が溶けて行く。
雨も幸せな事であろう。美しき魔人の血と、そのまま合一が出来たのであるから。


346 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:59:12 6TaH2rC20
 せつらが佇んでいるであろう酒屋の屋上を見上げるシャドームーン。
生きている事が手に取るように解る。障害物による視覚遮蔽など、マイティアイの前では無力と言う他なかった。
しかし、手傷を負わせたのも解る。決して深い傷ではないが、これを重ねて行けば、相手が倒れるものだ。浅い傷を笑う者は、その傷の差に敗れ去る事となる。
指先をせつらのいる所に向けた――瞬間だった。背後から迫る殺意に気付いたシャドームーン。
急いでその方向を振り向き、今も右手に握っていたシャドウセイバーを上段から振り下ろす。金属の結合が破壊され、砕け散る音が鳴り響く。
此方に向かって高速で飛来して来た物は、自分が先程せつらに射出させた赤色の剣身のロングソードに他ならなかった。
破壊されて消滅される際に、その剣の柄に、チタン妖糸が巻き付けられていたのをシャドームーンは見逃さなかった。
此方に向かって迫りくる武器の一本に妖糸を巻き付けて置き、それを巧みに操り、シャドームーンの下へと向かわせたのだろう。何たる――何たる神技か!!

 急いで背後を振り返るシャドームーン。 
黒いコートを魔鳥が羽ばたく様にはためかせ、魔人、秋せつらが飛び降りた瞬間を銀蝗の戦士は見た。
天使の翼の色が白だと最初に定義した者は、誰だろうか。きっと今の光景を見たら、最初にそれを決めた者は、自身の定義を即座に覆すに相違あるまい。
世界に言葉を投げ掛ければ、その言葉通りに世界の方から世界自らを変えてしまいかねない程の美の持ち主が、頭上から降りてくれば、或いは。
いや、場合によりては、悪魔はその美を以て人を誘惑するのだと、言い訳をするのかも知れなかった。

 地上に着地する前にせつらは、二百十一条のチタン妖糸をシャドームーンの上空から、百四条のチタン妖糸シャドームーンの足元から、彼の方へと向かわせた。
計三百十五条の、殺意を滾らせたチタン糸が、銀鎧の戦士を細切れにせんと迫り来るが、シャドームーンは裂帛の気魄を込めて、
シャドウセイバーごと自らの身体を一回転させ、迫る妖糸を全て弾き飛ばし、事なき事を得る。

 せつらが地面に着地しようとする、その隙を縫って、シャドームーンが指先から稲妻状の光線を放射させる。
しかし、せつらが着地しようとしたのは完璧なフェイントだった。彼は地上まで後二m程と言う所でチタン妖糸の一本を浮かせており、其処に浮かせていた妖糸を足場に、
思いっきりそれを蹴って跳躍。見事にレーザーを回避して見せたのだ。シャドームーンの放った光線が、建物に当たり、
家屋一つを丸々呑み込む程の大爆発を引き起こしていると言う地獄絵図を背後に、せつらはシャドームーンまで残り五m程と言うところで着地する。

 それを見るやシャドームーンは、エルボー・レッグの両トリガーを超々高速で振動させる。
凄まじい唸りの音を上げるそれは、只でさえ尋常ではない威力を誇るシャドームーンの格闘技の威力を更に向上させるシステムの一つである。
無論高速の振動は手に持っているシャドウセイバーにも適用され、その切れ味もまた倍加する事は、言うまでもない事柄であった。

 地を蹴り、生半な武人程度なら認識すら出来ない程の速度で、剣と拳を共に叩き込める間合いにまでシャドームーンは接近。
せつら目掛けて左のストレートを放つ。しかし、張り巡らせていたチタン妖糸にぶつかり、せつらには攻撃がまるで届かない。
刹那感じた、左の拳面の鋭い痛みに、シャドームーンは腕を引いた。砲弾ですら弾き返す程の金属上の外皮、シルバーガードに覆われた拳に、切れ目が入っているのだ。
痛みに反射的に腕を引いていなければ、拳が二つに割れていたかも知れない。触れたと同時にチタン妖糸が砕かれたは良いが、
無数に展開出来る妖糸の破壊と引き換えに拳を失うのは、割に合わない賭けであった。


347 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 18:59:33 6TaH2rC20
 再び、シャドームーンの方に魔糸が迫るが、彼はこれを、キングストーンが内包する能力の一つである瞬間移動で回避する。
場所は捉えている。その方向に糸を向かわせようとした瞬間、凄まじい衝撃が糸に叩き込まれ、その余波でせつらが吹っ飛んだ。
壁に背面から叩き付けられるが、受け身を取っていたのでダメージは軽微で済んだ。懐かしい感覚だった。
魔界都市では一山いくらの特殊ドラッグか改造手術で、誰もが獲得出来る、念動力、つまりPSYの類だ。
しかし、今せつらに叩き込まれたそれは、せつらがかつて経験した念動力の中でも特に痛烈無比な物であった。糸を貫いて、余波だけでこの威力は尋常の物でない。

 再び糸を全面に張り巡らせるように展開させると同時に、せつらが再び吹っ飛んだ。再び念動力だ。
鉄筋コンクリートの壁をスポンジケーキの生地の如く破壊しながら、せつらは吹っ飛んで行き、建物内部に膝を付いて着地する。
糸を纏わせて鎧代わりにしていなければ骨の一本以上はオシャカになっていたであろう。

 三度念動力が発動される前に、人差し指を軽く動かす。
すると、念動力の放たれるスパンが一秒程遅れた。その機を狙ってせつらは、空いた鉄筋コンクリートの穴から外へと飛び出た。
あのセイバーの事だ。空間転移の移動先に配置していた糸を動かし攻撃を仕掛けたが、全て対応したに違いないとせつらは推理。そして事実それは当たっていた。
頭上からキングストーンの力で生み出された稲妻が、轟音を上げてせつらの脳天に堕ちて行く。張り巡らせていたチタン妖糸に当たり、雷は無害化される。
前後左右に一本づつ、赤色の剣や大斧が配置され、全てせつらの方に射出されるが、軽く右斜め前方にステップを刻んで、焦る事無くこれを避ける。
その先に――シャドウセイバーを両手に構えた銀蝗の戦士が、空間転移で現れ出でた。

 左手に持った一本を下段から振り上げる。糸が尽く切断される。
此処でせつらが動いた。後方に飛び退こうとするが、シャドウムーンは目にも留まらぬ早業で右腕のシャドウセイバーを左中段から水平に振り払う。
切っ先が浅く肉を裂いた感覚を彼が捉える。鳩尾の辺りを一〜二mm程度切ったのだ。サーヴァントならばまだまだ動ける程度の手傷だろう。

 今度は、せつらの方が攻勢に転じる方であった。
空中に銀線を四十条程、軽く舞飛ばせ、雨の当たる勢いを精密に計算、シャドームーンの方向に正確に向かって行くようにした。
只人が投げた所で、チタン妖糸は単なる屑糸以外の何物でもなくなる。しかし、此処にせつらの超常たる技倆が加わる事で、
鋼をも紙の如くに斬り裂く殺意の断線にそれは変化するのである。

 シャドームーンが、今も降り頻る豪雨に何の抵抗も出来ず、雨に打たれるだけの、せつらが糸を巻き付かせ地面に倒れさせた先程のチンピラの一人に、
念動力をかけ浮遊させる。人差し指を指揮棒の如く動かし、凄まじい勢いで、その茶髪のアウトローを糸が待っている方向に突撃させた。
ピゥンッ、と言う、彼の身体に巻きつけられた糸と、空中を舞う殺意の断線がぶつかり、共に切断される音が響いた。
――と、同時だった。その男の身体が、二十以上の大きな肉片に分割され、内臓と血液をぶちまけて落下を始めたのは。
糸は全て切れた訳ではない。残った糸に、男は身体を斬り刻まれたのだ。

 シャドームーンの凄絶な糸の対策に目を見開かせるせつら。
それと同時に、この銀鎧の戦士が動いた。空いた左手を、雨に濡れて女性美にも似たエロスを醸し出している、白皙の美貌を持つせつらの方に突き出すと、
ドンッ!! と言う音が響いたのだ。せつらは勢いよく十m程も吹っ飛ばされるも、何とかアスファルトの上に膝立ちの状態で着地。
彼の口の端からは、血が少し流れ出ていた。シャドームーンの、鋼をも砕く念動力。それを喰らってまだ生きていられるのは、偏に腕を突き出す前にせつらが糸を何とか展開していたからに他ならない。それでも、展開の仕方が粗雑で、衝撃を少し貰う形になってしまったが。


348 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 19:00:39 6TaH2rC20
「あんまりな防御方法を選ぶじゃないか。其処の不良達は、君の精神干渉を受けて、君に忠誠を誓っていたのだろう?」

「サーヴァントとの戦いでは、役に立つか否か程度の働きしか俺は期待していない」

 NPCに、サーヴァントとの戦いで何らかの役に立たせると言うのは、かなり難しい注文だった。
況してや、せつらの超絶の美に、立ち眩みを起こすような連中では、想定よりも遥か下に設定された期待以下の働きしか出来なさそうなのは、当然の予測だ。

「だから、肉の盾にした、と」

「それが悪い事だとでも?」

「――いいや」

 その瞬間だった。……『シャドームーンのマイティアイが、ERRORを吐いた』のは。
予期しなかった自身のセンサーの反応に、シャドームーンは愕然とした。こんな事態、日に二度も起こる訳がないのだとタカを括っていたシャドームーンには、この結果は衝撃的なそれだった。

「それで勝てると思ったのならば、存分にそうするが良い」

 確かに、目の前に佇む男は、先程までシャドームーンが激戦を繰り広げていた秋せつらに他ならなかった。
何も、変わっていない。頭から角が生えた訳でもなければ、背なから翼が出た訳でも、その血管が透けて見えそうな程白い皮膚に鱗が生え揃った訳でもない。
月の輝き、夜闇の暗黒、夜の颶風の叫び声を結晶化させた美貌。そしてそれを支える美しい黄金比と、青春美の面影を残した肉体。
そして、目の前の銀鎧のセイバーを見つめる荘厳な瞳。そう、何も変わっていないのだ。

 ――ただ、その声の恐るべき冷たさと、無慈悲極まる人間性(なかみ)を除いては。

 せつらの糸縛りで縛られた不良やチンピラ、アウトロー達の瞳には、シャドームーンとせつらの姿は、水煙に煙った銀と黒の幻影にしか見えなかっただろう。
だが今、彼らはしっかりと認識していた。彼らですら理解していた。黒い幻影の存在感が遥かに増し、そして、彼が姿をそのまま、全く別の生き物に変わった事を。
不良の一人の、豪雨に濡れたその瞳に、恐怖から来る涙が流れ落ちる。組を破門されてその日暮らしを続けているヤクザ崩れの股間から、黄色い液体が流れ出た。
せつらの存在感を認知したのは、人だけではない。突如の豪雨に驚き、ゴミ袋や樋、物陰に隠れていた無数のゴキブリやネズミ、ダニやノミに至る生物までが一斉に、
雨に濡れる事すら厭わず、道を駆け抜け、逃走を始めたのである。人以外の生き物の間にも、愚鈍さや要領の悪さはあるらしい。
在るネズミやゴキブリは、まだ殺意を残していたせつらの糸に運悪く触れてしまい、身体を真っ二つにされたりする者も存在した。
せつらよ、お前の美は、人以外の生き物にすら左右するのだろうか。いや違う。今この場にいる皆が、せつらの事を美しいと思っていなかった。

 氷の夜に浮かぶ、星々を凌駕する輝きを誇る月輪の如き美を持った男が、シャドームーンの方を見て、口を開く。

「だが、覚えておけ。お前がそのような考えで戦いを繰り広げるのであれば、お前と戦うのは、“僕”ではない」

 シャドームーンは大気に象嵌されたように、せつらの変化に目を奪われ動けなくなりながらも、彼の身に何が起ったのかを推理していた。
自身が最初に戦った、あの大斧を振り回すバーサーカーのマスターの内部には、あの人格とは別に、もう一つの人格が恐怖で震えているのを見た。
あれは二重人格、と呼ばれる物だったのだろう。メフィストも、それを仄めかすような発言をしていた。
では、この月光の具現たる黒い男も、同じような物なのだろうか。似ているとは思う、しかし、違うとも思う。
一体、この男は誰なのだ。人の姿をしていながら、誰しもに、人間以外の何かであると思わせる力を発散し続ける、この男は、誰なのだ。

「不運だな、セイバー」

 そう、彼こそは、魔人・秋せつら。
かの魔界都市に於いて、絶対に敵に回しては行けない男とされた人間。
風を斬り、海を断ち、神や悪魔をも真っ二つに裂いて殺す程の技量を持った、天地人のどれにも当てはまらぬイレギュラーの男。


349 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 19:01:11 6TaH2rC20






「お前は“私”と出会った」






 そして――。
魔界都市その物とすら言われた、美しくも無慈悲な黒い天使であった。
<新宿>が今、魔界都市の具現たる男を受け入れ、歓喜に打ち震えている事を、シャドームーンは知らない。


350 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/21(日) 19:01:25 6TaH2rC20
前半の投下を終了いたします


351 : 名無しさん :2016/02/21(日) 21:05:35 qGG2pQyI0
前編投下乙です
アイギスにどこか人形娘を重ねているせつらが何か良い
“私”のせつらに影月はどう出るのだろうか


352 : 名無しさん :2016/02/22(月) 03:35:09 J.WWEBOU0
前編投下乙です。
せつらは未だ把握していませんが、あのシャドームーンをして神技と言わしめる、糸を操る技巧は相当なものなのだろうと思いました。
知らないキャラなのに、読んでいてそう感じられるだけの戦闘描写が凄いです(語彙不足)
後半も楽しみです。


353 : ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:06:11 krIocvOE0
予約分を投下します


354 : 開戦の朝 ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:07:16 krIocvOE0


 真夜中の街路は静まり返っていた。
 ほんの1時間前までの、あの馬鹿げた狂騒の名残は欠片もない。全てはまるで、夜闇が見せた幻であったかのように。

 静かだった。およそ〈新宿〉の夜とは思えないほどに。少なくとも、荒垣真次郎が認識する周囲においては。
 都会の喧騒、暴力と享楽のざわめき。総じて短絡的な感情の生み出す熱量だが、そうした類のものは今も〈新宿〉のどこかには確かに根付いている。しかし、世に存在するあらゆる事象に共通するように、これにもまた【二面性】というものがあった。
 その一つが、この夜闇の静寂さであった。今この街は死んでいる。そう表現できてしまうほどに、それは死体の放つ澱んだ負の静けさだった。

 無論、それが治安の正常化を示しているのかと言えば全くそうではなく。
 嵐の前の静けさどころか、嵐が過ぎ去った後の爪痕の静寂ですらなく。
 今この瞬間にも加速度的に膨れ上がりつつある異常性の、臨界点に到達し全てが爆発四散する寸前における無音の空隙であるなどということは。
 言われずとも、荒垣は承知の上であった。


 先の一件からこうして自分の寝床に戻ってくるまでに聞いたのは、自分の靴音を除けば自動車のエンジン音と風に揺れる街路樹の枝葉くらいなものだった。
 神楽坂から西落合まで、ちょうど新宿の端から端までを1時間と少しで移動し、荒垣は閑散とした通りの外れに佇む教会の前に立っていた。
 『聖セラフィム孤児院』。それが、この教会の名前であり、荒垣が生まれ育った場所という【設定】になっている場所だ。

 昨今はあらゆる物事に利権や損益―――いわゆるビジネスが絡むようになり、孤児院という名称は廃れ児童養護施設と名を変えることが多くなってきているが、そのような世情において尚、この教会は孤児院という名称から連想される普遍的なイメージをこれ以上なく体現した施設であった。
 宗教施設が福祉を兼ねるというのは世界各地に見られる様式で、日本に作られた初期の孤児院の多くも、宗派は様々であるがキリスト教系であったということは、他ならぬここのシスターに聞かされたことではあったが。それでも、このご時世では珍しい部類に入るのだろうと荒垣は考えていた。
 まあ、そうした施設に共通する宗教教育が、この聖セラフィム孤児院には無かったということは、荒垣にとってはありがたいことではあったのだが。

 木組みの門を無造作に潜り抜け、慣れた様子で足を進める。入って左手のほうには三角屋根の赤茶けた聖堂があって、入口の扉は当然のことながらぴっちりと閉ざされていた。右手のほうには聖堂より少し大きい白塗りの四角い建物があって、並んだ窓の向こうには閉じられたカーテンが顔を覗かせている。荒垣が向かうのは、言うまでもなく右手の生活スペースのほうであった。
 正面のほうはとっくに施錠されているから裏口から入る。勿論こちらも本来ならば施錠されているのだが、シスターや他の子供たちが寝静まったのを見計らって鍵を持ち出したのは他ならぬ荒垣だ。夜目を利かせて鍵を開け、かちゃりという小さな金属音を聞くとするりと中に体を滑り込ませる。別段バレたところでどうということはないのだが、お説教シスターやおせっかいな馬鹿共が逃げても逃げても追っかけてくる光景は想像するだけでも頭が痛くなってくるので、目指すは隠密行動である。
 裏手を抜け、階段を前に立つ。今夜は月が明るいから、その青白い光のおかげで足元に迷うということもない。あとは素知らぬフリで部屋に戻れば何事もなかったかのように朝を迎えられると考えて。

「よう。朝帰りにしちゃ早かったじゃないか、シンジ」

 頭上から、そんな声が浴びせられた。
 目を向ければ、階段の踊り場にひとつの影があった。頭髪が夜の帳に白く映え、線の細い体躯は、あまりにも見慣れてしまっている故に直接見るまでもなく誰のものか理解できた。


355 : 開戦の朝 ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:09:01 krIocvOE0

「……アキか」
「アキか、じゃないだろ。おいシンジ、お前今までどこに行ってた」

 ツイてねえな、と荒垣は内心舌打ちしたい気分になった。今最も会いたくなかった人物の片割れ、おせっかい馬鹿こと真田明彦がこいつだった。
 この〈新宿〉と聖杯戦争というものはどこまでも人をバカにしくさっているようで、どうやら聖杯戦争参加者の周囲にいた人物たちを、〈新宿〉を構成するNPCとして再現・利用しているのだ。一体どのような技術を使えばそうなるのか、荒垣をして「本物」なのではないかと疑うほど精巧に作られたそれは、ロールとして荒垣に割り振られた日常の周囲にも多数存在していた。
 こいつもそのうちの一人だ。そして、真田以外にもS.E.E.Sの面々を始めとした、どこかで見たことのあるような連中がそこかしこにいることを、荒垣はここ数日で嫌というほど目にしてきた。

 裏方にいる連中はよほど死にたいらしいな―――という憤激の念を覚えた過去のことはさて置いて。

 今置かれている、悪戯を咎められる子供のような状況を、正直荒垣は苦手としていた。推測するまでもなく、こいつは今の今まで自分の帰りをこうして待っていたのだろう。糾弾ではなく心配の念が、黙っていても痛いほどに伝わってくる。
 今更萎縮する心など持ち合わせてはいないが、それでも愉快なものでないことは確かだ。こういう状況に、荒垣はどうも弱かった。

「てめえには関係ねえことだ。
 ……まあ、別に危ねえ真似してるわけじゃねえから心配すんな」
「心配すんなって、お前な」

 切って捨てても問題ないだろうと最初に思って、けれど良心が咎めたのかフォローの末尾を付け加えた。そんな一言を告げて横を通り過ぎようとした荒垣に、明彦の呆れた声が降りかかる。
 それもある意味当然だろう。夜中勝手に出歩いた人間を散々待って、その言い訳がこれなのだから、それで納得しろというほうが難題である。
 だが、荒垣としてはそうとしか言えないのもまた事実であった。明彦が聖杯戦争の参加者でないということは、アサシンと邂逅したその日のうちに確かめている。ならば彼に仔細打ち明けるなどできるはずもないし、話したところで理解が得られるとも思ってはいない。

「すまないが、今言っても仕方のねえことだ。言っても、多分理解できやしねえ」
「……どうしても言えないことか?」
「わりぃな」
「……まあ、いいさ。けど、俺はともかく他のみんなを心配させるようなことはするな。分かったな?」

 呆れ声が、ふと苦笑したかのような響きが真田の口から洩れた。
 黙って横を通り過ぎようとしていた荒垣は、思わず立ち止まり、視線を向けないまま問う。


356 : 開戦の朝 ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:10:01 krIocvOE0

「……なんだよ」
「いやなに、俺がお前の心配するなんて珍しいこともあったもんだって思ってな。いつもはお前がみんなの心配して世話焼いて、俺なんか特に小言ばっかだったからな」

 ……彼の言うことは、恐らくは荒垣が記憶を取り戻す以前の【設定】なのだろう。何故なら荒垣は、記憶を取り戻して以降は焦燥に駆り立てられるように〈新宿〉へと赴いていたのだから。
 いくら精巧に似せようと、偽物は偽物だ。それはきちんと理解しているし、だからこそこの仮初の平穏を作り上げた聖杯に対する怒りも尚更こみ上げてくるのだが。
 けれど、そこに元の世界の面影を感じてしまうことも、嘘ではなかった。

「ともかくだ。今回のことは俺が黙っておいてやるから、これからはちゃんと断ってから行くか、本当にバレないようにやれよ」
「……チッ」

 明確な答えを返すことはせず、荒垣はただ舌打ちだけで今の感情を示した。
 別に真田の言葉が気に入らなかったとか、頭にきたとか、そういうことではなかった。

 ただ、真摯にこちらを心配する彼に、何も真実を告げられないやるせなさだとか。
 自分で吐いた言葉すら守れる確約ができないということへの不甲斐なさだとか。
 未だにこんな張りぼての感傷を捨てきれない自分に対する情けなさだとか。

 そういう諸々に対しての、これはそんな舌打ちだった。





   ▼  ▼  ▼





 結論から言うと、全部バレてた。

 雑に寝転がって仮眠を取ること暫し、そろそろ起きようかと思い始めた朝方に、突如として大音響の歓声が自室のドアを蹴破って雪崩れ込んできた。その正体は孤児院の子供たち。狭いドアから出るわ出るわ、一斉に飛び出した10人ばかりの子供たちはあっと言う間に荒垣を取り囲み、ベッドにダイブし、てんでバラバラに騒ぎ始めた。

「シンジにーちゃんどこいってたんだよー!」
「あたしさみしかったんだから!」
「ほんとだよー!」
「わたしねないでずっと待ってたのにー!」
「のにー!」
「夜中にあそんじゃだめなんだってシスターがいってた!」
「おにーちゃん悪いんだー!」
「ねえおみやげはー?」
「僕おなか減った……」
「ごはん作ってごはん!」
「ごはんごはんごはん!」

 ひとしきり騒いだ後には、最後にはみんなでごはんの大合唱。はっきり言ってうるさいことこの上ない。
 一瞬の忘我から立ち直り、一体何がどうなってるんだと逡巡して、ドアの向こうに誰かが立っていることに、そこでようやく荒垣は気付いた。
 栗色の長い髪を無造作に伸ばした、荒垣と同じくらいの年ごろの少女。黒地に白い縁取りのぞろっとした修道服に、大きな丸レンズの眼鏡。十字架の形をした金色のペンダントを揺らして、両手は腰のあたりに添えられている。
 仁王立ちという言葉を体現した佇まいだった。

「それでシンジくん。何か言い訳、あるかな?」

 その言葉は、子供たちの大合唱の中にあって、しかし不思議とすんなり耳に入ってきた。
 表情は笑顔の少女は、しかし眼鏡の奥の目は全く笑っていなかった。


357 : 開戦の朝 ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:11:28 krIocvOE0





   ▼  ▼  ▼





 荒垣真次郎は、自身の持つ"力"を心底忌み嫌い、そして同時に頼みとしていた。
 ペルソナ、力ある精神ヴィジョン。それはかつて、決して消えない罪業の象徴たるものであり、文字通り死んでも切り離せない自罰と茨の具現であった。
 だが同時に、それは現状の荒垣がサーヴァント以外で有する、超常に抗うためのたったひとつの手段でもあるのだ。朽ちるだけの死人であったはずの自分を呼び起こし、更なる罪業に手をかけろとその身に令呪を刻み込んだ支配者を引き摺り下ろすための、それは憤怒と復讐の牙。
 既にサーヴァントというこれ以上ない戦力を与えられているとはいえ、荒垣は自身の手を動かさず安寧に甘んじるような男ではない。サーヴァントには敵わずとも、自分の手で立ち塞がる障害物をぶちのめし、ただ胸に去来する怒りをぶつけたいというどうしようもない欲求が、荒垣の中にはあった。
 そのためならば、どれだけ自らの体が傷つこうとも、荒垣は頓着しないだろう。切り刻みたくば斬るがいい、蜂の巣にしたくば撃つがいい。だがその程度のことで俺の歩みが止まると思っているならそれは間違いだと、猛る思いが全てを壊せと叫んでいる。
 ペルソナの原動力が精神に由来し、心の強さがペルソナの強さであるというのなら、今の荒垣は間違いなく、過去最大級の力を有していた。怒りという負の想念が元になっているとはいえ、力としての絶対値に事の正邪など関係ないのだから、それは自明の理として現れる。
 後のことなど完全に度外視して、屑共を叩きのめすと吠える彼は言わば暴走機関車だ。その進撃が止まることはなく、あらゆる敵に対する攻撃に一切躊躇などしない。

 ―――それはともかくとして。

「……」

 今の荒垣が何をしているのかと言えば、居住寮の台所で忙しなく手を動かしていた。やっていることと言えば朝食の準備だ。とはいえ仕込みの大半は昨晩のうちに済ませておいたようで、今やっているのはちょっとした一品料理の追加くらいである。
 掃除に洗濯に子供の相手、料理の手伝いに家計簿の整理を一週間。それがシスター見習いの少女……イリーナに言い渡された罰の内容だった。

 真夜中の無断外出に対する罰則としては、まあ妥当なところ……なのだろうか。今までそこらへんを咎められた経験のない荒垣にとっては判断がつかないところではあるが、少なくとも外出の禁止だとか言われるよりは随分と穏当な処分であることは間違いない。
 とはいえ、積極的に聖杯戦争に関わっていきたいと考えている荒垣にとって、単純に時間と手間が取られるというのは中々頭の痛い話だった。いっそここから出て野宿でもするかなどと、そんなことを一瞬考える程度には。

【そう焦る必要もないと思うんやけどなぁ。お前が色々やってる間はおれが動くなんてこともできるんやし、そう難しく考えることもないんと違うか?】
【それとこれとは話が別だろ、鬱陶しいったらありゃしねえ。つーかなんで聖杯とやらはこんなまだるっこしいことを強制しやがるんだ、戦わせるにしてもバトルロワイアルだのトーナメントだの、もっとやりようがあんだろ】
【あー……考えられるとしたら、何かしらの"状況"の再現あたりになるんかなぁ。というかお前さんホンマにイラついとるんやな】
【……別に、怒ってるわけじゃねえさ】


358 : 開戦の朝 ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:11:54 krIocvOE0

 ひらひらと手を振って降参のポーズをするアサシンの姿を幻視しながら、荒垣は自分でも苦しいと分かりきっている言い訳をする。とはいえ、単に身動きの取りづらいこの状況が煩わしいというだけで、別に彼女らに対して怒っているというわけではないというのは本当のことだ。

 規則的に包丁を動かしながら、ふと思索に沈む。手慣れた作業を繰り返していると、どうにも雑多な考えが浮かんできて仕方がない。それは先の「役割(ロール)の存在意義」についてもそうだが、昨晩の遠坂邸やシャドウすらも凌駕するおぞましいバケモノに変生した女のことであるとか、討伐令の課されたバーサーカー陣営のことであるとか、そもそも何故自分がここに呼び寄せられたのかであるとか。そんな諸々の事項が曖昧靄とした雑念として浮かんでは消えていく。
 そんなことはここでいくら考えても答えが出ないなどということは理解しているし、ならばこそこんなことは放って早いところ街に繰り出したいところではあるのだが、ロールの全てを放棄するというのが下策であることも十分理解している。

 つまるところ、今の自分にできることは程々の妥協と速やかな作業くらいなのだ。そこらへんの不満を胸にしまい込みながら、とりあえず出来上がった分を皿に移そうと視線を横にやって。

「……」

「……」

 目が合った。
 テーブルを挟んだ向こう側、目より上だけを縁から出して、じーっとこちらを見つめる子供が一人。
 明彦と同じ白い髪の、碧眼の少女。いつもの無駄に元気な有り様は鳴りを潜め、獲物を付け狙う猫のように微動だにしていない。
 そんな彼女が、じっと視線をこちらに送ってくる。

「…………」

「むー」

「…………」

「むぅー」

「…………ほれ」

「ういうい」

 試しにローストビーフを一切れ与えると、満足そうに咥えながらパタパタと走り去っていった。
 ペルソナ使いであるはずの荒垣ですら思わずたじろぐほどの、それは目にも止まらぬ早業であった。

【随分嫌われたもんやなぁ。いや、むしろ好かれとるんか?】
【ほっとけ】

 念話越しでも笑いをこらえているのが丸わかりのアサシンに、荒垣は無視を決め込んだ。





   ▼  ▼  ▼


359 : 開戦の朝 ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:12:57 krIocvOE0





『いや、俺も何がどうなってこんなことになったのか見当もつかないんですよこれが。朝来てみたらやたら大勢集まってて、そんで中を覗いてみたらこの惨状ですよ。
 ……困りますかって、そりゃ当然困りますよ。でもそれ以上に、俺も何がなんだか分からないってのが正直なところですね、ええ』
『私が思いますに、近頃繁盛して調子に乗ってこんな場所に店を移したのが原因ではないかと。きっと神罰が下ったのですよ』
『うだつの上がらないマスターには似合いませんからねぇ、こういう一等地は。今までみたく下町の場末でのんびり居酒屋半分みたいな経営してるほうが性に合ってたんですよ、きっと』
『……雇うか、もっと優しい店員』

 束の間の朝食の時間が終わり、現在。
 各々が食器を片づける音がリビングに響き、そんな中いち早く片した荒垣が共用のソファに座り込んで何ともなしにテレビを見ていた。
 そこに映されていたのはニュース番組のインタビューだ。話を聞くにどうやら生放送のようで、神楽坂の飲食店に突如として現れ放置された巨大な怪物の死骸についての報道だった。
 完全に、昨夜の自分がしでかした一件である。流石にこっちはバレていないと思いたいが、聞いていてなんとなく居心地が悪い。

 とはいえ、そのニュースは単に荒垣の気分を損ねるだけではなく、有用な情報も彼にもたらした。荒垣の手で殺害した怪物の他にも、新大久保のコリアタウンにて発見された鬼のような怪物の死骸という文字が、目に飛び込んできたのだ。流石に公共の電波に映像を流すことはなかったが、これを単なる偶然や見間違いで済ませる愚鈍は、荒垣には存在しなかった。
 死骸が残っているということから、その正体がサーヴァントであるということはないだろうと即座に考える。そして、"鬼"が荒垣の殺した蜘蛛の怪物と同じ存在であるとするなら、マスターであるということも恐らくない。
 かつて自分が多く戦ってきたシャドウとも、あるいはアサシンが生きていた時代のあらゆるものとも相似しないそれ―――あえて命名するならば"悪魔"であろうか。その悪魔は、推測でしかないが、恐らくはキャスターの手によって作られた、あるいは改造されてしまった存在なのだと認識している。
 つまるところ、この新宿において既に幅広く暗躍している主従が存在しているということの証左なのだ、これは。それが何者であるかは知らないし、別に事情を知りたいわけでもないが、仮に遭遇したとするならば問答無用で打倒すべき相手だということだけは、荒垣は理解していた。
 遠巻きにテレビを眺める子供たちは、目尻に涙をためて怖がる者もいれば、怪物という表記に心躍らせている豪気な者もいる。この新宿に安全地帯などない以上は無駄に心労を重ねても益などなく、ならばかえってそれくらい図太いほうがいいのかもしれないと、そんなことを思った。

 ちなみに、昨晩のことを黙ってると言っていた明彦はもうこの孤児院にはいない。問い詰めようと部屋まで赴いたところ、今朝早くに弁当片手に外出したと美紀―――明彦の妹だ―――が教えてくれた。恐らくはランニングついでにそのまま登校するつもりなのだろう。脳筋は放っておくに限ると、なんだかもう諦めた。

【で、これからどないする気や】
【同盟相手を探す。できれば魔術師あたりのな】
【ま、それが妥当なところやろな】


360 : 開戦の朝 ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:13:26 krIocvOE0

 じゃれる子供たちを適当にあしらいながら、念話でこれからの方針を確認する。
 自分たちの最終目標は聖杯及び聖杯戦争を仕掛けた何者かの打倒である。その願いの性質如何を問わず、自分たちを蘇らせた報いを受けて貰うというのが誰にも譲れない第一の方針であった。
 これはつまり、極論してしまえば、荒垣たちは他のマスターやサーヴァントの排除という行為を積極的に行わなくてもいいということでもある。無論のこと、討伐令を下された二人のような常識知らずも会えば叩き伏せるつもりではいるし、襲ってくるなら容赦はしないが、それだけだ。話が通じるというのであれば、何も目の色を変えてまで戦う必要はない。
 そしてこれが最も重要なことになるのだが、荒垣とアサシンは揃って魔術的な知識が皆無なのだ。聖杯というものに対しては申し訳程度に知識が割り振られてこそいるが、それだって聖杯を名乗る何者かに与えられたものでしかない以上、一から十まで信用しろというほうがおかしい。
 サーヴァントの全滅を除いた聖杯への到達方法や聖杯の解体方法はおろか、そもそも自分たちは聖杯が何なのかということすら知らないという有り様だ。端的に言って、そんなザマで聖杯戦争の破壊などという大仰な目標を達成できるとは、微塵も思えない。
 だからこそ、求めるのは魔術師の協力相手。何も仲良しこよしで一緒に頑張ろうとか言うつもりはなく、単に聖杯に関する知識を共有したいという、それだけの理由だ。
 勿論目標の共有ができるに越したことはないが、流石にそれは高望みというものだろう。討伐令のバーサーカー然り、街中に悪魔をばら撒いている奴然り、願いを叶えようと聖杯を求める連中はどいつもこいつも碌な奴がいない。
 最悪の場合は―――というよりはほぼ確実にそうなるだろうが―――無理やりに言うことを聞かせることも辞しはしない。

【そういうわけでだ。俺はさっさと"使えそうな奴"を探しに行きたいんだがな】

 そこで一旦言葉を切って、ちらりと後ろを垣間見る。
 視線の先には、今朝方荒垣に一週間の懲罰を言い渡した丸眼鏡の少女の姿。

 監視するように片時も目を離さずこちらを見つめてくる笑顔の彼女からは、「この期に及んで学校サボったら容赦しないぞ」という声が、鼓膜を介さずとも聞こえてくるようだった。

【……まあ、さっきも言うたけど、そんな焦る必要もないと思うで。お前の用事が終わるまではおれが色々やっとくからな】
【……すまん、頼んだ】

 苦笑するような響きに、荒垣は心底疲れたような様子で返した。




【落合方面(聖セラフィム孤児院)/1日目 午前七時】


【荒垣真次郎@ペルソナ3】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]召喚器
[道具]遠坂凛が遺した走り書き数枚
[所持金]孤児なので少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を企む連中を叩きのめす。自分の命は度外視。
1.ひとまずは情報と同盟相手(できれば魔術師)を探したい。最悪は力づくで抑え込むことも視野に入れる。
2.遠坂凛、セリュー・ユビキタスを見つけたらぶちのめす。ただし凛の境遇には何か思うところもある。
3.襲ってくる連中には容赦しない。
4.人を怪物に変異させる何者かに強い嫌悪。見つけたらぶちのめす。
5.ロールに課せられた厄介事を終わらせて聖杯戦争に専念したい。
[備考]
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ギュウキ)と交戦しました。
・遠坂邸近くの路地の一角及び飲食店一軒が破壊され、ギュウキの死骸が残されています。



【アサシン(イリュージョンNo.17)@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]健康、霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:荒垣の道中に付き合う。
0.日中の捜索を担当する。
1.敵意ある相手との戦闘を引き受ける。
[備考]
・遠坂邸の隠し部屋から走り書きを数枚拝借してきました。その他にも何か見てきてる可能性があります。詳細は後続の書き手に任せます。


361 : ◆GO82qGZUNE :2016/02/23(火) 22:13:46 krIocvOE0
投下終了です


362 : 名無しさん :2016/02/23(火) 23:00:37 EXVJGK1Q0
投下乙です。
荒垣先輩は孤児院で慕われてるお兄さんの役割(ロール)が似合うこと似合うこと。
P3好きな身としてはタルンダ先輩やその妹が出てきたのは驚きつつ嬉しいですが、荒垣先輩にしてみれば仮初めの幸せを作る聖杯に怒りがわくのも当然ですよね。
果たして、どの主従と接触するのか…。
面白かったです。


363 : 名無しさん :2016/02/24(水) 22:17:26 MOnIMcBE0

ガッキーが見かけた仲間や知り合いに果たして何人「本物」が混じってたことやらww


364 : 名無しさん :2016/02/26(金) 16:25:57 qoBzzKfo0
シャドームーンとせつらとはまた因縁のある対決ですな


365 : ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:56:22 Z5N4KCDs0
感想は後程

投下します


366 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:56:46 Z5N4KCDs0
 降って湧いたような不自然な雨雲を疑問に思ったのは、せつらだけではなかった。
食屍鬼街から外に出ようと走るアイギスもまた、奇妙に思っていたのだ。と言うより、誰とて不思議に思うのは当たり前だろう。
黒雲が自分達の居る地域だけを多い、それ以外は胸が空くような快晴なのだ。これを、奇妙だ不気味だと思わない方が、どうかしている。
これが、あの銀鎧のセイバーの能力なのだろうかと推理もするが、今は距離を取る事が優先だ。
幸いせつらは、高ランクの単独行動を持ったサーヴァントだ。自分が距離を離しても、そうそう技術や力の劣化は起らない。安心して、距離を取れる。

 進路上には、食屍鬼街の住民であるアウトロー達が、せつらの糸によって雁字搦めにされた状態で地面に倒れているのが見える。
気を効かせてせつらは、この街の住民全てにこのような処置を行っていたらしかった。
この豪雨を何の対策すら出来ず、夏の軽装の状態で一身に浴びている彼らの現状を哀れだとは思うが、今は助けている暇はない。今は、自分の事を優先する他なかった。

 ――雨に煙り、蜃気楼のように揺らめく向こう側で、糸に雁字搦めにされていない人間が佇んでいた。
迷い込んだ人間だろうかと、センサーを働かせる。ウールかアクリルかの素材で出来た、大きくて特徴的な帽子を被った外人の男だった。
よく鍛えられた身体つきをしており、それを目立たせるように、身体のラインが良く浮き出るタイトで、黒い上下を着用している。
だが何故か。この雨の中、男は傘をさしていなかった。この雨を自ら受け入れているとでも言うように、彼は平然とこの豪雨の中で立ち尽くしていた。

「人は何で、傘を生み出したと思う」

 低い声音で、男が語り始めた。

「濡れるのが嫌だったからか? 冷たいのが嫌だったからか? それもあるだろうな」

 「俺は違うと思っている」

「雨は涙だ、天使の尿(Piss)だと言う奴がいるが、雨を受けるとな、人は感傷的になるんだよ。悲しくなったり、逆に、不気味な程ハイになったりな。そんな自分を見せたくないから、人は傘を生み出した」

 其処で男は、アイギスの方にゆっくりと目線を落とした。
一目で、アイギスは理解した。この男は正気ではない。瞳が、余りにも据わり過ぎている。
余りにも、覚悟と凄味で溢れている。

「俺もアンタも、どれが涙でどれが小便なのか解らない位びしょ濡れだな」

 フン、と鼻を鳴らした後、男は間髪入れず言葉を投げ掛けた。

「アンタは雨に濡れて、どんな本音を曝け出す? ミス・アイアンメイデン。嬉しくなるのか悲しくなるのか。それとも、お前の指に装着された銃で、人を殺したくなるのか?」

「雨宿りの場所を探します」

「そんなもん、この雨で流されちまったよ。諦めるんだな」

 耳朶を打つどころか耳朶を裂かんばかりの豪雨の音の中にあって、二人は、二人自身の声を不気味な位よく聞き取れていた。
目の前の相手に強く、強く集中していると言う事実がそれを成すのか。それとも、二人が超常の能力の持ち主と言う事実からか?
雨は今も、強く降り続けている。アスファルトを穿ち、水たまりを生みそうな程に。それ程までの強さの雨に打たれながら、二人は、互いの顔を見つめていた。
正確に言えば、アイギスの方は悲しそうな顔で男――ウェザーの方を。ウェザーの方は、殺意に濁った瞳で、アイギスの方を。見ていた、と言った方が良いのかも知れなかったが。


367 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:56:58 Z5N4KCDs0
 雨音が万物を打ち叩き、全てのものを鵐(しとど)に濡らし、この世の悪徳と不義の塵埃を洗い流すかのような時間が、ゆるりと流れた。
夏の最中に降る雨だと言うのに、水の冷たさは温いどころか、震えを憶える程冷たく、体温をこれでもかと奪って行く無慈悲なそれであった。
そのような雨など問題にもならないと言う風に、アイギスとウェザーは互いから目線を外さない。
大地が揺れるような感覚を彼らは憶える。二人を取り巻く空間にだけ、殺意と敵意が加速度的に高まって行くのを感じる。
そしてその殺意を放射する存在は、ウェザー・リポート。彼一人だけだった。

 ――殺意が、最高度にまで漲り、達した瞬間。
殺気で空間が張り裂け、それを契機にするが如く、アイギスとウェザーが、動いた。

「ウェザー・リポートッ!!」

「アテナ!!」

 世界に対して訴えかけるのではなく、まるで己を賦活するかの如く、両者は共に叫んだ。
言い放たれた言霊に呼応して、二人の精神は共にエネルギーを燃やし、物質世界に姿形(ヴィジョン)を伴わせて顕現する。

 アイギスの側から現れたのは、白装束を身に纏った女性のような人形だった。
古代ローマの戦士が被るような、盾に羽飾りが広がった兜を装備し、その手に輝くような槍を持った女性。
これこそは、彼女の有する『ペルソナ』。彼女が元居た世界で経た様々な体験から鍛え上げられた、彼女だけの仮面。
ギリシャ神話に於ける無比の戦神、常勝の戦乙女。身体の周りにイージス(Aegis)を旋回させるこの仮面なるは、『アテナ』その人であった。

 対するウェザーの側から現れたのは、頭に小さい角を生やした人型であった。
雲か乱気流が人の形を取って現れたような存在で、身体の色は積乱雲の様に白かった。
口元を覆うフェイスガードをつけており、白を基調とした体色の中にあって、血の様に赤いその瞳だけが、良く映えて目立っている。
これこそは、彼の有する『スタンド』。困難に立ち向かう為の精神の具現であり、術者の覚悟の精神が人の形を取って現れた鎧。それがスタンドだ。
彼のスタンド、『ウェザー・リポート』は、果たしてどちらの側なのか。深い絶望からこのスタンドを編み出した、この男の場合は。

 同じ様な技術を使うのだ、と認識したのはほんの一瞬。
直にウェザーの方が、相手を破壊せんと動き始めた。それを受けて、アイギスも動き出す。
雨は、止まない。ウェザーの意気に呼応して、彼の生み出した豪雨は、より強くなるばかりであった。


368 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:57:19 Z5N4KCDs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 人が変わった、と言う表現がある。
この表現を使う時と言うのは、大抵の場合は外見の変化か性格の変化の両方を指す。
貧相な体格だった者が、身体を鍛える期間を経て逞しくなる。色白だった者が、夏の一時を経て身体を焼いて来る。
優しかった性格の者が、壮絶な体験を経て性悪になる。やんちゃだった性分の者が、人と触れあい性格を矯正して行く。
恐らくは誰もが、話している相手や他人の又聞きで聞いた相手の、このような変化に直面した時、人が変わった、と思う事であろう。

 今、秋せつらと熾烈なる戦いを繰り広げる、銀蝗の戦士シャドームーンもまた、相対する黒いコートの魔人を見て、人が変わったと思っていた。
――いや違う。人が変わった等と言う物ではない。そもそも、表現すら不可能であった。
外見自体は全く変化がない。常なる秋せつらだが、放たれる雰囲気が、桁違いだった。覇気が違う、敵意が違う、神韻が違う。
彼の身体に神が降ろされたと思い込まねば、説明も納得も出来ない程の、人の変わりようであった。

 そして、変わったのが性格と口調だけならば、シャドームーンはどれ程楽だっただろうか。
せつらの操る妖糸の技量は、“僕”が“私”に変わった瞬間、倍等と言うレベルでは過小評価にも程があるレベルで跳ね上がっていた。

 三十から成る紅色の剣身をしたナイフやロングソードを音速の十倍の速度で射出させるシャドームーン。
せつらはふわり、と右腕を上げた。百名超から成る奏者で構成されたオーケストラを滞りなく司会させる指揮者めいた動きであった。
その動作を見た瞬間、シャドームーンはせつらの視界上から瞬間移動をして消え失せる。別所にシャドームーンが移動し終えた頃には、
キングストーンの魔力で創造された武器の全てが、何十もに割断されてしまっていた。内部が朽ちて腐っている薪ですら、まだ頑丈だろうと思わせる程呆気なく斬られた。
先程は、あの武器一つ破壊するのにも苦労していたと言うのに、一人称が“私”に変わってから、明らかに簡単に斬るようになっている事に、銀鎧の戦士は気付いている。
多重人格で、人格が変わった瞬間ありえない力を発揮すると言うのは珍しくない。だがそれは、本来人間の脳がリミッターを掛けている、
人間本来の身体能力のタガを外しているからだ。如何に多重人格になったからと言って、人は人を越えた力を発揮出来ない……筈なのだ。
せつらの場合は、これが説明がつかない。彼の場合は、糸を操る『技量』が明らかに跳ね上がっている。
人格を変えて向上出来る力としては、納得が出来ないし、上がり方も異常であった。何が、この男の内面で起っているのだと。
シャドームーンは、今も秋せつらを分析しようとしてもERRORとしか表示されない自身のマイティアイに、苛立ちを覚え始めていた。

 瞬間移動先である、せつらの背後に在る建物の内部から、攻撃を仕掛けようとした、その瞬間、シャドームーンは気付いた。
それまで何も張り巡らされていなかったその室内に、ゼロカンマ一秒程で、ナノサイズの銀線があらゆる所に張り巡らされていると言う事に。
展開する速度が、異常過ぎる。あの魔人は、シャドームーンが此処に行く事を読んでいたのか。それとも、移動し終えた後で、張り巡らせていたのか。
どちらにしても、シャドームーン程の男が展開されていると気付くのに時間が必要であった程の速度で糸を用意しておく等、並の事ではなかった。

 せつらの操る糸が、ちょっとした契機で、鉄をも破壊する脅威の断線に変貌する事は“僕”の時点でシャドームーンも理解している。
例えば微風、例えば呼吸、例えば少しの歩み。何をきっかけとするか解らないが、兎に角、このチタン糸を操るのに、力は不要。
少しきっかけを与えるだけで、相手を殺し得る最大の力になるのだから、単純な腕力など、必要がないのだ。だからこそ恐ろしい。
……何がきっかけとなって、室内に張り巡らせたこの一二七七条の魔線が、一斉にシャドームーンに向かって来るのか。想像だに出来ないのだから。


369 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:57:33 Z5N4KCDs0
 シャドーセイバーを強く握り、影の月の名を冠するこの戦士は、縦からそれを振り下ろした。
振り下ろされる紅色の剣は、深紅色をした極細の流線と化し、せつらが縦横無尽に張り巡らせた糸を数十本程斬り断ち、百本程斬り裂いた所で、
得物の剣身がとうとう断線の斬れ味に負け、斬り飛ばされてしまった。そして、これを契機に、残り千五百条以上から成る妖糸が、シャドームーン目掛けて殺到する!!
糸と糸との間を縫って移動する等不可能な為、やはりシャドームーンは、此処も瞬間移動に頼った。
音もなくその場から消え失せたシャドームーンは、せつらの頭上地点に転移先を指定し、其処に移動する。
せつらが、頭上を見上げる。せつらの美しい貌を見下ろすシャドームーンと目があった、その瞬間。
銀蝗が伸ばした右腕の指先から、緑色のスパークが迸り、放電状のビームがせつら目掛けて放たれた。

 ――ここから先は、百分の一どころか、千分の一にも届くであろう短い時間に起った出来事である。 
シャドームーンの指先から放たれる破壊光線――シャドービーム――が放たれた事に気付いたせつらは、瞬き一つせず、小指を微かに動かしたのだ。
すると、まるで煙で出来た蛇のように、するすると、チタン妖糸はシャドービームに『巻き付いて』行き――急激に収縮。
刹那、実体のない破壊光線は無数の残骸に割断され、空中で分解。シャドームーンには笑えない冗談にも程があるが、あらゆる物質を爆散させる破壊光線が逆に、破壊されて消え失せてしまったのだ。

 事態を認識した瞬間、シャドームーンは戦慄を覚えた。
破壊光線を回避すると言うのならば、驚きこそすれまだ納得が行く。当然、防御されても同じである。
だがまさか、実体のない物に糸を巻き付け、それが縮む勢いを利用して切断する等、思いも拠らなかった。

 深夜の時間に戦った、先のバーサーカーとは次元違いの強さを発揮する、サーチャーのサーヴァントにシャドームーンは何をするべきか考える。
セイバーのサーヴァント、シャドームーン。彼は掛け値なしに、優秀としか言いようのないサーヴァントだった。
一部の隙もない高いレベルで纏まったステータス、ステータスが高いだけでない事を証明する徒手空拳と剣術の冴え。
対魔力による高い魔術的防御力と、金属製外皮による物理的防御力。そして何よりも、キングストーンが成す数々の現象。
彼の強さとは即ち、本来他のサーヴァントであれば、『そのサーヴァント達が強み或いは切り札とする能力をシャドームーンは一人で、幾つも幾つも高レベルで操れる』事なのだ。

 その方向性こそ違えど、せつらもまた、同じ事が出来るのだ。
彼の場合は、応用性に恐ろしく富んでいる。超高範囲かつ高性能な察知能力、、糸を利用した高速移動、凄まじい切断性と破壊力、そして攻撃に対する防御力。
他者が操れば屑糸以外の何物でもないナノmのチタン妖糸は、彼の手に掛かれば恐るべき必殺と暗殺の道具に早変わりする。
恐らくは使う武器と実際にそれを操る技量の落差故に、不覚を取る主従もいるだろう。例え慣れたとしても、“僕”と“私”の技量の絶対差に驚愕し、
殺されるサーヴァントもいるかも知れない。そのどちらに不覚を取る事無く、苦戦程度で免れているシャドームーンは、驚く程幸運だっただろう。

 マイティアイはせつらの正体こそ判別不可能と言う結果を弾き出しているが、それ以外。
つまり、彼の張り巡らせたチタン妖糸だけは、その位置を特定させている。特定していなかった方が、幸運だったかも知れない。
なまじナノmの糸が見えてしまうから、よく解る。足の踏み場など存在しない程に、せつらが妖糸を張り巡らせていると言う事に。
下手に突っ込めば、それら一つ一つが殺意の断線となって相手に襲い掛かる事位は理解している。今のせつらが妖糸を操ろうものなら、
シルバーガードですらベニヤの板の如く切断されるかも知れない。


370 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:58:02 Z5N4KCDs0
 だがこの程度で底を見せる程、シャドームーンは。キングストーンの力は、浅くない。
これを掻い潜る方法はある。早くから、キングストーンの超能力の中でも高等な技術の一つを使うとは思わなかったが、これしか現状方法がないのなら、仕方がない。
そう思いながらシャドームーンは、キングストーンに眠る力の一つを解放。その瞬間、彼のシルバーガードが黄金色に光り輝き始め、
やがて、彼自身の姿が完全に見えなくなる程強い光暈が彼を覆った。気付いた時には、ホタルの光を何万倍にも強めたような、光の球体が雨の中に浮いていたのだ。
せつらは訝しげにその光の球を見ていたが、直にそれは、行動に移した。一直線にそれは急降下していったのだ。
進路ルート上には、せつらの張り巡らせたチタン妖糸が相手を斬り刻み、何百分割とせんと待ち構えている。

 ――それを、光の球は嘲り笑うように通過したのだ!!

「成程、光になれるのか」

 思いも拠らぬ攻略の仕方に、せつらも驚きながらそう言った。
如何なせつらの魔糸と言えど、物理的に触れる事の出来ぬ相手を斬る事は叶わない。
刀で海は断てない。剃刀で風は斬れない。理屈はそれと同じだ。糸は光を裂く事は出来ないのだ。

 シャドームーンは直に、せつらのすぐそばで、光の球になった状態を解除。
徒手空拳で、せつらの胸部を打ち抜こうと、右ストレートを凄まじい速度で放つ――と見せかけて。
拳を途中で寸止めさせ、念動力をせつらの方向に扇状に放った。雨粒が砕け散るのは当然の事、地面のアスファルトが削れて抉れ、
アスファルトの下の土地が露見される程の威力だった。拳を直接当てなかったのは単純明快で、当てる事が不可能だからだ。
せつらは体中に妖糸を巻き付けており、下手に触れれば、指が切断されるのならばまだ良い方で、最悪拳が宙を舞うのであるのだから、これは仕方がない。
だから念動力等の、生身で触れない攻撃を行う必要があるのだが……何とせつらは、この念動力をも、妖糸を巻き付けて切断したのである。

 ――斬るか、念動力を――

 キングストーンの神秘の力から放たれる念動力は、数十トントラックの衝突等問題にならない程の衝撃を内包しており、
生半なサーヴァントであれば即座に全身から骨と内臓を飛び出させ即死させる威力を持つ。しかも、このエネルギーは目で捉える事すらも不可能なのである。
それをせつらは、斬った。不可視かつ実体を持たず、純粋な衝撃の塊を、割断して見せたのだ。
この男なら、その程度の事、出来て当たり前だろう。今やシャドームーンは、この男を敵として認めながら、その技量をも高く評価していた。
そうでなければ、自分が殺される。この男は決して過小評価してはならない。自身が今発揮出来る力を最大限に発揮する必要がある。

 せつらが行動を始める前に、自身は光の球となり、せつらに対して距離を離そうとする。
糸の一本が、撓りながらシャドームーンに向かって行く。それをそのまま透過しようとする、影の王子。

 ――そして、脇腹に、凄まじいまでの痛みが走った。

「ガァッ……!?」

 思わず光の球の状態を解除し、実体化を行ってしまう。
シルバーガードは腐った木の板の様に割断され、その内部の筋肉ごと切断されている。
脇腹を、斬られた。とめどなく血が流れている。しかも、ゴルゴムの改造人間が有している筈の、強い自己再生能力が全くと言っていい程働かない。
果たして彼は気付いているだろうか。偶然でも何でもなく、せつらは、シャドームーンが改造人間として有している『再生機構』を無効化する斬り方で、斬り裂いたと言う事実を。

「何をした」

 聞くのはシャドームーンだ。無意味だと解っているからこそ、斬られた左の脇腹を抑えない。抑えて血の量が収まるのなら、誰だってそうしている。

「生半な手は、“私”の前で二度も使わない事だ」

 返すのはせつらだ。雨の音が、恐ろしく遠い。
この男が口を開き、天琴の如くに美しい声を発しているのに、自分達の無粋な音でそれを邪魔する訳には行かないと。
この世の天地が全て、彼の行動を邪魔せぬよう協力しているかのように、余りにも、雨音が遠かった。


371 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:58:16 Z5N4KCDs0
「『光の斬り方』を憶えた。それだけだ」

 何て事はない。
斬り難い、或いは、斬れない存在なら、『斬れるよう工夫を凝らせば良いだけ』。この美しき魔人が言っている事は、それだけの事なのだ。
たったそれだけで、物理的には接触等出来る筈がない、光の球の状態となったシャドームーンを斬り裂いたのだ。
せつらのこの発言を聞いた時、シャドームーンは、この言葉を冗談とも何とも捉えなかった。この男ならば、それが出来ても仕方がない。
そんな事すら、彼は思っていたのだ。そしてもう一つ。最早今のせつらの技量は、『神技』ではない。
神技とは、その生物が出来得る範囲と言う縛りの中で行われる事柄を指すのだ。それを越えて、この世の物理法則を覆すような事を行い、それを可能とするのは、
最早技ではない。それよりももっと悍ましく、そして神秘的な――奇跡と呼ばれる物なのである。

「……お前は」

 シャドームーン。

「お前は、何者だ」

 絞り出すような声でそう言ったシャドームーンに、凍て付いた石のような無表情を浮かべ、せつらは言った。

「不純物だ」

 1の次に来る数値は、2であると言う事を教えるかのような、当たり前の口ぶりでせつらは返事を行う。

「この平和な街に存在するには、余りにも歪んだ不純物さ。お前も、私も」

「俺はそうは思っていない」

「お前がそう言おうとも。<新宿>が我々を受け入れようとも、此処の民は我々を受け入れてくれんだろうさ。私達は、この<新宿>の夾雑物だ」

 そう言った瞬間であった。瞬きよりも早い速度で、シャドームーンを取り囲むように、チタン妖糸が一瞬で展開されたのは。
前後左右は勿論の事、頭上、果ては、瞬間移動先に最も適した地点にまで、それは張り巡らされている。
逃げ場は、ない。潜り抜ける事も切り払う事も最早不可能で、後はせつらが何かの、それこそ、小指を一cmでも動かす、靴の踵を鳴らすだけでも良い。
兎に角、シャドームーンが行える最速の動作よりも速く、そして一切の力の加減のないアクションで、せつらはこの銀鎧の戦士をバラバラに出来る。その事実を今、シャドームーンは噛みしめている。

「この街の人が私を受け入れぬと言うのなら、私は何れ滅び去る運命だろう。だがそれは、今でもないし、況してやお前に齎されるものでもない」

 次にせつらの口から紡がれた言葉は、罪を犯した咎人に、何の良心の呵責もなく有罪の判決を下す裁判官よりも厳格で、そして、突き放すような冷たさに満ち満ちていた。

「滅べ、セイバー」

 そう言ってせつらが、左手の人差し指を、動かそうとした――その瞬間を狙って、シャドームーンが叫んだ。
腰に巻き付けたベルト状の装置のバックル、通称シャドーチャージャー。その奥底に厳重に隠された宝具、キングストーンに魔力を込め、この銀蝗の王は、雨が吹き飛ぶ程の気合を込めて、叫んだ。


372 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:58:29 Z5N4KCDs0




                              「シャドーフラッシュッ!!」



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373 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:59:00 Z5N4KCDs0
 そう叫んだ瞬間、シャドーチャージャーから青みがかった緑色の光が迸った。
カッと目を剥いたせつらは、急いで自分の身体の周辺だけに糸を展開させる。させ終えてから千分の一秒程遅れて、ピゥンッ、と言う音を数回程捉えた。
シャドームーンだった。いつの間にかシャドームーンは、一万条以上から成る糸の結界を抜け出し、せつらの方に接近。
シャドーセイバーを頭上から振り下ろしていたのだ。しかし、せつらの張り巡らせた銀線の余りの強度の故に、剣身は脳天に達しておらず、
彼の額に届くまで残り二十cmと言う所で勢いを止められていたのだ。

 シャドームーンが叫んだ時、せつらは、あのセイバーの周りに無数に展開させていたチタン妖糸が全て、『消し飛んだ』のを確認したのだ。
せつらは油断していなかった。シャドームーンを葬るのに万全の準備をしていた。例えその身を光の球に変えようが稲妻に変えようが。
斬り方を憶えたので、何をしてもあのセイバーには逃げ場などなかった筈。それなのに、彼はあのベルトのバックルから迸った光で、妖糸を消し飛ばして見せたのだ。
あれを消し飛ばされては最早せつらには、如何する事も出来ない。せつらのチタン妖糸が、シャドームーンには通用しない事を意味するのである。

 せつらの知らない所であるが、シャドームーンもまた本気であった。
あのチタン妖糸を消し飛ばすのにこのセイバーは、自身が行える切り札を初めて切ったのだ。
シャドーフラッシュ。それは、キングストーンを継承した世紀王のみが扱えると言っても過言ではない、奥義であり、特権である。
単体でありとあらゆる能力を内包したキングストーンは、太陽と月の二つの種類があり、その二つが揃いし時、全宇宙を統べる王、創世王の資格を得る神器。
しかしこの聖石は、それ単体だけで、継承した世紀王に尋常の生命を超越した力を約束する究極の一品なのだ。
そして、継承者に約束された数々の能力の中で、最も強力な物が、『あらゆる不条理と因果律を捻じ曲げ、奇跡を引き起こすと言う代物』。
それこそが、今しがたシャドームーンが放った緑色の光、シャドーフラッシュだった。彼はこの光を以て、チタン妖糸を消し飛ばした。
これが、せつらの魔糸を防いだロジックの全てである。つまりシャドームーンは、キングストーンが約束するあらゆる現象の中で、
『因果律すらも捻じ曲げる奇跡の光のみによってしか、せつらの魔糸を跳ね除けられなかった』のだ。

 どちらの方が、優れている? どちらの方が、劣っていた?
それは誰にも解らないだろう。ただ、単なるNPCは当然の事、聖杯戦争の参加者達ですら、今の光景の全貌を把握していたら、こう答えるだろう。
そのどちらもが、魔物であったと。そのどちらもが、神域、いや魔の領域の住民であったと。

 あの、シャドーフラッシュなる奥義を、何時使う。
せつらのそんな予想を裏切るかのように、シャドームーンは、その裏をかくが如き行動に打って出た。
彼は頭上二百m程の高さに、一本のシャドーセイバーを創造、固定化させたのだ。当然剣先はせつらの方に向いているのだが、何処か様子がおかしい。
豪雨に濡れ、雨粒を弾くその剣身。いや、その剣全体の魔力が、何処か危うげなのだ。その癖、魔力だけは無駄に潤沢で――。
それに気付いた瞬間、せつらはそのシャドーセイバーに剣身を巻き付け、切断、切断、切断。
ボンッ、と言う小爆発が頭上で気の抜けるような音を響かせる。あの程度で済んだのは、せつらの技があったからこそだ。
もしもチタン妖糸で、あのシャドーセイバーを一万近い破片に変貌させていなければ、南元町程度の区画など軽く吹き飛ぶ程の大爆発が起っていた事は想像に難くないからだ。


374 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:59:12 Z5N4KCDs0
 シャドームーンが創造する武器の数々は、下手な宝具など軽く上回る神秘が内包されている、いわば準宝具に等しいものであると言う事は先述した通りである。
この時創造される武器に、過剰とも言える程の魔力を注入させ、それを爆発させる事で、高い神秘の塊とも言うべき大爆発を発生させる事が出来る。
これにより、どんなサーヴァントをも消滅、良くて生死にかかわる程の致命傷を負わせる事を、シャドームーンは可能としている。
このような攻撃手法を、壊れた幻想(ブロークンファンタズム)と呼ぶ事を、このセイバーは知らない。彼はそれを行い、せつらを撃滅しようとしたのだ。

 しかし、この程度でせつらを殺せぬ事は、シャドームーンも知っていたらしい。その証拠に――

「逃げられたか」

 シャドームーンが気位の高いサーヴァントである事は、一言二言会話を交わしたせつらでも理解する事が出来た。
だがそれ以上に、柔軟かつ機転が利き、怜悧で狡猾な判断を下せる男であるとも今知った。
このような手合いが一番やり難い。勝利する為ならば何でも行うと言う精神性は、敵に回したくないのだ。
自身のプライドを保つ事を固持する存在は御しやすいが、プライドが高く、目的達成の為なら何でもするような相手は、恐ろしい程厄介である。
その上に、せつらですら唸る程強いのだから更に始末が悪い。

 急いでせつらはその場から移動。シャドームーンの追跡に掛かった。
彼は、アイギスを狙おうとしていた。あのシャドーセイバーは、ダミーであった。囮であった。


375 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:59:27 Z5N4KCDs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 やる気のない相手だと、ウェザーは考える。
尤も相手は機械であると言うので、やる『気』などと言う言葉が通用するとは思えないが、相手の方から攻めてくる、と言う気概が感じられない。
この事だけは、ウェザーは完全に理解していた。今殺そうとしている相手――アイギスは、ウェザー・リポートもといウェス・ブルーマリンを、全く攻撃するつもりがないと言う事を。

 ウェザーは自身が戦うべき相手であるアイギスが、人間的な臓器や部位を一切持たない機械である事を、彼女の組が食屍鬼街にやって来る前から知っていた。
と言うのも簡単な話で、シャドームーンが予めマイティアイによる調査の結果を、ウェザーに報告していたのだ。
だから事前に、アイギスとどう戦うか、と言う方策を立てる事が出来た。相手は機械だ。しかも、服を着ていれば誰もが人間と思う程精緻に作られた、と言う形容語句が付く。
つまりは、精密機械の塊である事を意味する。であるならばウェザーは、その機械としてのシステムを駄目になる戦い方を行えば良い。
この豪雨にはそう言った意味がある。精密機械は水に弱い。だが相手のシステムもそう単純ではなかろう。多少なりともの防水加工はしているかも知れない。
それを無にする程の豪雨を、スタンドであるウェザー・リポートで降らせ続け、勝利をもぎ取ろうとしたのである。

 だが結果の方は、目で追う事すら難しい程の複雑かつ高速の軌道で、ウェザーを翻弄し続けるアイギスを見れば、功を奏していない事が一目でわかる。
踵の辺りから噴き出しているスラスターかジェットの機構で、時には空を飛び、時には地面を滑り、時には壁を蹴って移動するアイギスの、その身のこなし。
動きが全く鈍っていない事からも、この雨を全然意に介していない事が解る。まさかここまで、水に対する耐性があるとは思ってなかった。この点は、完全に誤算であったと言えるだろう。

 そしてもう一つ、誤算があるのだが、これに関して言えば、ウェザーにとっては嬉しい何とやら、と言う物であった。
単刀直入に言えば、アイギスは此方に攻撃を仕掛けて来ないのだ。彼女がアテナと呼んでいた、スタンドに似たあの精神的ビジョンも、
最初に自分自身に何らかの魔術を掛けるだけに使い、それ以降は全く呼び出す気配すらない。シャドームーンが注意しろと忠告していた、
両手指に内蔵されていると言う銃も、撃つ素振りすら見せない。ただただ動き回り、ウェザーを攪乱するだけ。
現状攻勢に打って出ているのはウェザーの方だ。と言うより、向こうは攻撃するつもりがないのだから、一方的なウェザーのワンサイドゲームと言っても良い。
但し、攻撃は全く当たらない。稲妻はアイギスが激しく動き回る為照準が合せられず、突風も同じ。
雹を降らせてみるかとも考えたが、被害が甚大になりそうなので断念した。主にせつらの糸で身動きの取れなくなったNPCのせいだ。
こんな屑でも、死なれると討伐令の対象になり得る、と言うのが余計に苛々を助長させるのだった。

 単なる創作物の設定が、現実の世界の領域に侵食、重大な影響を与えた例の一つに、アイザック・アシモフのロボット工学三大原則がある。
要は、人の手によりて生み出された被造物であるロボットは、ロボットにとってはいわば神である人を殺してはならず、命令には服従であり、
かつ、ある程度の自律能力を持たねばならないと言う事である。戦争に用いられる殺傷目的のロボットに関しては、この原則は実質上形骸化しているも同然だが、それでも、ロボット工学においては無視出来ない概念の一つとなっている事は疑いようもない事実である。

 ウェザーは、もしかしたらアイギスはその縛りの中で行動しているのではと推理していた。
無論、聖杯戦争に招かれるような機械である。人を殺せる力はある筈だし、その証拠に彼女の体には銃まで内蔵されている。
それにもかかわらず此方に攻撃を仕掛けて来ないのは、人を殺せない大きな事情があるからでは? ウェザーはそう考えていた。

 ――好都合だな――


376 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 22:59:54 Z5N4KCDs0
 ウェザーがそう考えるのも無理からぬ事。
強大な力を持っているにも関わらず、それを外敵の排除に用いないのは愚の骨頂である。
況してや今の状況は聖杯戦争。降りかかる火の粉を払うだけの力を有していながら、それを行使せず、火の粉が降り注ぎ終えるまで待つなど、阿呆の判断としか言いようがない。
今なら、勝星を付けられる。後は、如何にしてアイギスを破壊するかに全てが掛かっている。
シャドームーンは言っていた。今から戦うサーヴァントは、難敵になるかもしれないと。ならば、自分がそのマスターを葬り去り、サポートしてやる必要がある。

「それだけの力を持っていて、何故人を殺そうと動かない」

 故にウェザーは、精神的な揺さぶりをかけて、アイギスの動きを止めようと考えた。
今の状態ではウェザーはアイギスに攻撃を当てられない。間隙を生む必要があった。

「殺したくないからです」

 動き回りながらアイギスは直に答えた。予め返答する答えが決まっていたとしか思えない程の即答だった。
が、余りにも紋切り型めいた答え過ぎて、ウェザーは思わず、嘲笑でアイギスの答えを受けいれた。

「笑わせるなよ、機械風情が。一丁前に人間みたいな言葉を口にしないでくれ」

「人間である貴方から見れば、確かに私は人間未満どころか、生物ですらない存在なのかも知れません。ですがそれでも、私は貴方を殺したくありません」

「お前の決意何てちょっとしたパソコンか道具でもあれば書き換えられるプログラムの産物だろう。バーゲンセールのポップみたいに簡単に変えられるような信条を、一丁前に有り難がるな」

 そう、アイギスに纏わる事情を全く知らないウェザーにとって、アイギスの考えなどその程度の物としか思っていなかった。
人を殺したくないのは、本当に殺すのが嫌だからではなく、そうプログラミングされたから。自分を殺したくないとのたまうのは、自分が人間だから。
その程度の理由に過ぎないと思っている。アイギスの考えなど、今後の状況次第で幾らでも改竄が出来る程度の物。
自分達に牙をむく前に、此処で破壊しておく必要がある。これが、ウェザーの見解であった。

「私の心は、私の身体の中に埋め込まれた物の影響である事は、確かに否定しません。しかしそれでも、私に培われた経験と心だけは、本物です」

「それすらもが、プログラムだろうが」

「違います。其処は、譲りません」

 動きをアイギスはなおも止めない。相手が相当、揺さぶりに対する耐性が高い事の証左であった。
だがもう一つ。あの機械は余りにも自分の言葉に律儀に、そして柔軟に対応して返答して来ると、ウェザーは思っていた。
少なくとも、話し合いを行わせるだけの可能性は、ない事もない、と言う事をそれは示している。相手が話し合いの為に動きを止めた、その時こそが。勝ち星を拾える機会であろう。

「遠い所に行った俺の友人は、自分の知性と魂を、誇っていた」

 アプローチの仕方を変えるウェザー。
そして、アイギスを破壊する為の揺さぶり、その話題のオリジンとなったのは、死んだ自分の仲間であった。
嘗ては憎き黒い法衣の神父にDISCを差し込まれた、自我と意思無きプランクトンの集合体。それらがエートロと言う女囚の姿形を借りて動いていた存在。


377 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:00:23 Z5N4KCDs0
「俺達は誰もが魂を持ち、誰もが知性と言うものを持つ。それは人である以上当たり前の事だが、その友人は違った」

 曰く、あの友人は――エートロの姿を借りていたF・F(フー・ファイターズ)は、憎むべきプッチ神父にDISCを埋め込まれて、
自我とスタンド能力を獲得したプランクトンの集合体であったと言う。嘗て、知性もなければ自我もなく。
ただ『生きる』と言う最も原始的(プリミティヴ)で機械的(システマチック)な本能に生きていた彼女にとって、突如与えられた知性と自我は、天与の贈り物であったと言う。
知性と自我は、F・Fに豊かな時間と思い出を育ませた。除倫やエルメェス、エンポリオにアナスィと言った人物達との会話ややり取りは、彼女を変えたのだ。

「俺達にとっては当たり前過ぎて、それがあると言う事を認識出来ずに生涯を終える事もあり得る程に、普遍的な知性と魂を、奴は何よりの宝としていた」

 F・Fが亡くなった場面に、直接ウェザーは立ち会った訳ではない。除倫と、アナスィが現場におり、その内の片方、アナスィから話を聞いたに過ぎない。
だが、F・Fと言う『人間』の性格を知り、その出自を知っている物ならば、その時の情景と言うものが目に浮かぶようであった。
嘗て単なる原形質の下等な生き物に過ぎなかった仲間は、風になった。今わの際に、己の知性と魂を、新しいおもちゃを買って貰った子供がそれを見せびらかす様に喜んでいた。
最後の最後に、自分の大切な仲間である除倫にさよならを言えた自分に、死んだ仲間は安堵していた。

 F・Fは、彼女にとっての造物主であり神(デミウルゴス)あると言っても過言ではないプッチ神父に、反逆を行い、機会を除倫達に繋ごうとした。
親に対して反旗を翻し、友の為に戦って死んだあの仲間に、ウェザーは敬意を払っていた。それ正しく、人にしか背負えぬ業である、人にしか出来ぬ所業なのだ。
だから彼女は、人であった。知性を持ち、魂を誇り、仲間に意思を表明出来、意志を誰かにリレーする事が出来る。それを如何して、機械的な生き物と言えようか。

「俺はお前を、人であるだなどと認めないし、況してや心が胸の中に在るなどと言う大法螺も、認めない」

 そんな仲間の離別を体験したウェザーにとって、プログラムに従って心が在るだなどと嘯くアイギスは、見ていてイラつく存在なのだった。
機械が思う以上に、心は尊い。ウェザーがプッチを殺して救われたいと願う黒くてひたすらな思いも、F・Fが知性を失いたくないと足掻いていた必死さも、
姉を殺した男を殺してけじめをつけたいと思っていたエルメェスの欲望も、惚れた女に良い所を見せたいと奮闘するアナスィの見栄も、
父親の為に戦おうと歩き続ける除倫の覚悟も、彼らの戦いを見届けようとするエンポリオの決意も。
清濁の差こそあれど、全てが心から生まれ出でた、複雑な精神の在り方の一つだった。それは決して、人の手で設定されたプログラムには、表明出来ない、人だけの特権であった。
アイギスは、それが己にも備わっていると言うのだ。だからこそ、ウェザーは、この良く出来たダッチワイフに嫌悪感を覚えているのだった。

「お前は機械だ。お前が心と認識しているものは、最初から存在しない」

 だからこそ、冷徹にウェザーは言った。自分の言葉を認識、処理する。その瞬間に生まれる、駆動の停止か遅滞を狙う為に。

「……私は今まで、貴方の事を、酷い人だと思っていました。心無い事を、言う人だなって」

 そう言ってアイギスは、本当に高速の軌道を止め地面に着地。ウェザーの方に向き直った。
今が雷撃を放つ絶好の機会――などと、ウェザーは考えなかった。今放てば簡単に回避される。
豪雨の中を掻い潜らせるように放った、空気のセンサーで、ウェザーはその事を理解していた。だがそれ以上に――雨に濡れるアイギスの瞳が、恐ろしいまでに人間的な輝きを宿している事に、気付いてしまったのだ。

「でも、本当は違うんですね。貴方は本当は、とても友達思いな人。本当は、優しかった人」

 「――だって」

「そうじゃ無ければ、貴方が言っていた大切な友達の事を、誇らしげに語りはしないから」

「黙れ」


378 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:00:40 Z5N4KCDs0
 全身の血液が煮え立ち、筋肉が燃え上がるような怒りをウェザーは感じていた。
表皮に張り付いた、ウェザー・リポートの呼び寄せた豪雨の粒が、蒸発しそうな程の怒りであった。
アイギスの動きを止めるべく、悪罵を手段として活用していた筈が、逆に、アイギスに煽られてしまった。
と言っても、言い返されたと思っているのはウェザーだけだ。アイギスは本心から、ウェザーと言う男の人格を認めていた。
悪い事もしているだろう。社会の通俗に照らし合わせても、好ましい人物では断じてないだろう。
しかしそれでも、彼には彼なりの考えと美学があり、それによって救われる者がいるのだと言う事を、アイギスは理解していた。
聖杯を求めると言う野望は諦めさせるが、それでも、殺したい程憎いような相手でもない。それが、彼女から見たウェザーもとい、ウェス・ブルーマリンと言う男だった。

「私は貴方とは戦いたくありませんし、殺したくもありません。私の本音です」

「俺はお前を殺す理由があるんだよッ!!」

 そう言ってウェザーは、己の傍に、雲か乱気流を人の形に固めたようなスタンド、ウェザー・リポートを顕現させる。
それと同時に、黒く分厚いあの雨雲が、ゴロゴロと帯電を始めた。綿に電気を通せば、あのような事になるのだろうか?
黒い稲妻から走る蒼白い放電。準備は整った。後はもう少し時間を稼げば、稲妻がアイギスを粉砕する。そうして、元の世界に帰る手筈がまた一つ整う。
不穏な空気を感じとったアイギスが、バッと上を見上げた。もう遅い。ウェザー・リポートが生み出した雷雲は、既にエネルギーを蓄え終えた。後は怒りを稲妻に変えて、相手を撃滅するだけだ。

「死んでろポンコツが!!」

 そういって稲妻が――迸らない!!
数億V、数十万Aにも達する極殺の稲妻は、アイギスの機械の身体を爆散させる。そんな風景を幻視したウェザーであったが、そんな光景がまるで訪れない。
それどころか、雨の勢いすらも弱まり、更に、陽の光を遮る程分厚い雨雲を展開させた筈なのに、太陽光が自分達を照らし始めている事も、知ってしまった。
建物に、アスファルトに、地面に倒れ込む人間達に、夏の強い日差しが差し込んでくる。上をバッと見上げると、雨雲が千切れているではないか。
まるでスポンジか食パンのように、黒雲は千切れて霧散して行き、消滅して行く。馬鹿な、と思ったのはウェザーだ。彼はこんな命令を下していない。

「横に飛び退けマスター!!」

 そして次にウェザーの感覚が捉えたのは、聞きなれた自身のサーヴァントである、セイバー・シャドームーンの声。
言葉の意味を問い質すよりも速く、ウェザーは慌てて右方向に飛び退いた、瞬間。
嘗て彼が直立していた所を、紅色の短剣がビュッと通り抜けて行く。但しウェザーからしたら、赤色の残像が超高速で通り過ぎて行ったようにしか見えない。
目線を頭上から真正面に向きなおしているアイギスに、その短剣が突き刺さろうとしていた。しかし、その短剣は、アイギスに当たるまで残り十と数cm程の所で勢いが急停止。
目に見えない壁の様な物に激突したか、同じく見えない何かに絡め捕られたようにしか見えない。そしてそのまま、短剣はゴボウかダイコンでも斬るように輪切りにされ、消滅した。

「シャドーフラッシュ!!」 

 そう叫びながら、ウェザーの直立していた地点に空間転移で現れたのはシャドームーンだ。
左の脇腹から血を流している、この優れたセイバーは、ベルト状の装置のバックル、シャドーチャージャーから青みがかった緑色の光を走らせる。
ウェザーは元より、アイギスにすら視認不可のナノmのチタン妖糸を弾き飛ばす為だ。目論見は成功で、シャドームーンと『ウェザー』の両方を細断しようと殺到した、二万と二百二条のチタン妖糸は一本と残らず消え失せた。

 シャドーフラッシュの光が迸り終えたのと、時間的な差が全く存在しないとしか思えない程の一瞬の時間の後で。
アイギスの傍に、水に濡れた大鴉が降り立ったようなビジョンを、ウェザーやシャドームーンは見た。それは錯覚だった。そして、錯覚であればどれ程良かった事だろうか。


379 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:00:59 Z5N4KCDs0
 ウェザーの表情が、樹脂で塗り固められたように硬直した。地面に今も倒れている状態の数人の不良達に至っては、言葉もなく、慄然の表情を浮かべて呻くだけだ。
雨水に濡れたその黒髪の、何と艶やかな事か。水に濡れたその黒いコートの、何と神秘的な事か。
――水に濡れたその貌の、夢境の最中に人を立たせるが如き、美しさ。網膜に焼き付くその顔つきの美しさは、夢魔の世界の産物としかウェザーには思えなかった。
あのメフィスト病院の院長も、美しかった。目の前にいる黒コートの魔人とどちらが美しかったと言えば、ウェザーには比較衡量出来ない。
たが一つだけ、答えられる事があった。どちらの方が、恐ろしかったか? そう問われればウェザーは、迷う事無く、この男。
俗世の塵埃などとは無縁の、外宇宙の美しい星からやって来たとしか思えない程の存在感を放つ、秋せつらの方が、ずっと恐ろしいと答えるに相違ない。

 微笑みを浮かべれば、世の女性のみならず、男にも。その顔に朱を差させ、心に熱いものを湧き上がらせるその美貌を。
せつらよ。お前は何故、見る者の心胆を寒からしめる無表情から、動かそうとしないのか。
きっとこの男は、豊穣神に『お前が微笑まねば地上に荒廃を招き遍く泉に毒を吐かせる』と恫喝されようとも。この表情を変える事はあるまい。そう、目の前の二人を殺さない限りは、きっと。

「さ、サーチャー……なのです、か?」

 人外の美貌を誇りながら、気さくで、ウィットに富み、冗談だって口にする、親しみやすい性格。
それが、アイギスの知る秋せつらと言う男であり、共に聖杯へと走らんと頑張る相棒であった。
だが、今の彼は違う。今のせつらには、親しみやすさも、諧謔を理解する様な余裕もない。嘘のような話だが、自分のサーヴァントであると言う事を彼女は疑った。
徹底して敵対者を滅ぼさんとする超越者。人間と言う生命の枠組みの外に君臨する、一人の魔人。それが、アイギスが今のせつらに抱いたイメージだった。
替え玉でない事は、目で見ても、サーヴァントとマスターを通じさせるパスからでも解る。それなのに何故か、アイギスには、外見をそのままに魂ごと違う人間に変貌したとしか考えられない程、いつもの面影を感じ取れなかった。

「マスター」

 夏の強い日差しに当てられ、雨上がりの後の汗が噴き出るような不愉快な湿気が出来た空間を、せつらの短い言葉が冬の銀河の様に流れた。

「此処から退くんだ」

 言われてアイギスは、当初の目的を思い出した。元を正せば自分は、せつらに言われてこの南元町から距離を取ろうとしていた筈なのだ、と。
それを理解し彼女は、急いで駆け出して、その場から遠ざかって行く。何故だろう。人が変わったせつらから離れたい様な空気を、その走り方から感じ取る事が出来た。

「あの機械の女は、俺のマスターを殺したくないと言っていた」

「知っている」

 シャドームーンの優れた聴覚は、遠く離れた二人の会話すらもしっかりと認識していた。
せつらもまた、南元町中に張り巡らせた糸を伝う振動で、その会話を聞いていた。

「であるのに、殺そうとしたな」

 そう、シャドームーンのマイティアイは見ていた。
自分のみならず、その近辺にいたマスターをも細切れにせんと迫る、万を超す大量の銀線を、である。
自分だけに殺到していたのならば、他の手段で逃げようと彼は考えていた。マスターを同時に狙ったから、シャドーフラッシュと言う切り札を開帳せざるを得なくなった。
さしものシャドームーンとて、この有能なマスターがいなくなるのは、不都合しかなかったからだ。

「お前も、私のマスターを殺そうとしただろう」

 それに対するせつらの答えは、余分な措辞や遁辞を一切削ぎ落とした、無駄のない物だった。

「手が滑ったとでも言えば、言い訳が立つさ」


380 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:01:17 Z5N4KCDs0
 言ってせつらは、コートのポケットから左手を引き抜いた。
シャドームーンは、今のせつらの発言を聞いて、この魔人の評価を修正する。厄介である事は身を以て思い知らされている所だが、それ以上に、
この男もまた狡猾であると言う事を初めて知ったからだ。化物染みた強さを誇りながら、性格面でも抜け目がない相手が危険と言う認識は、シャドームーンとて同じだ。

 そして訪れたのは、死そのもののような静寂だった。
ビルと家とが立ち並ぶ裏路地の最中であると言うのに、両者の間には、深山の湖水を思わせる静けさと、触れれば手が切れそうな張りつめた緊張感とが同居していた。
此処から二人がどう動くのか、ウェザーには全く見当もつかない。シャドームーンとてそれは同じだ。もしかしたら、せつらですらも。
この超常の世界に身を置く二人のサーヴァントは、互いが動いてから、何を行うのかを察知、理解し、後にその行動の攻略法を敷いているのだ。
先に動いた方が、この場合不利となる。しかし動かねば、両者の精魂が尽きるまで時間を浪費し続ける事となる。
誰が、動く。夏天の強い日差しが無慈悲にも、地上を灼くが如く降り注ぎ、豪雨の後の濡れた南元町に水蒸気めいた陽炎を立ち上がらせる。

 ロックアイスを何個も入れたミネラルウォーターが恋しくなる程の不愉快な暑さが場を支配してから、数分が経過した瞬間。
この拮抗を、石灰石の薄い板を金槌で打ち叩く様に破壊したのは、せつらであった。
腕が何十本にも増えたと見える程の動きで、両腕を動かし、糸と言う糸をシャドームーンの周りに張り巡らせ、即座にそれを殺到させる。
しかし、殺到させたと見えた瞬間には、シャドームーンは既に糸の結界の中から消え失せていた。糸が空間に固定された段階で、シャドームーンは場から逃れていたのだ。
転移先に選んだのは、せつらから数m離れた背後。いつも背を取るのは芸がないとシャドームーンも思ってはいるが、せつらは常に油断なく、
その身体に極めて高い防御性能の糸を纏わせている為、生半な攻撃ではまず害せない。先ずはその意図を剥がす必要があるが、これも容易ではない。
故にせつらを葬るとなると、対城宝具ですら害せるかどうかと言う防御力の糸をいったん剥がし、せつらが再びそれを展開するよりも早く攻撃を当てねばならないのだ。
それが、如何に困難を極めるかと言う事を、シャドームーンは痛い程思い知っている。せつらは人間的な腕力は兎も角、反射神経が異常の領域にある。
剥がし終えたその後で、即座に糸を展開する芸当などこの魔人にとっては造作もない事の上、そもそも、糸と攻撃が拮抗している間に追加の糸を展開させる事だって可能である。
そんな難しさを承知で、シャドームーンはせつらを葬らねばならないのだ。全く嫌な貧乏くじだと、シャドームーンも心の中で愚痴り出す。

 伸ばした右手指から、スパーク状の破壊光線が迸る。
到達する前に糸が光線に巻き付き、やはり、破壊光線が逆に割断されて破壊され返されてしまう。
踵で軽く地面を踏むせつらの様子を見た瞬間、シャドームーンが地を蹴って走った。
彼我の距離を、百分の一秒と掛からず一瞬で、如何なる攻撃がクリーンヒットで叩きこめる間合いにまで詰めるシャドームーン。
但し、致命的な一撃を叩きこめるのはせつらの方であって、この銀蝗の戦士の方ではない。無敵に等しい糸の鎧がある限り、シャドームーンは何も手出しは出来ない。
それは解っている。解っているからこそ、腹ただしい。シャドームーンともあろう英霊が、このような神風特攻めいた方法でしか、目の前の壁を打破不可能と言う事実に。

 此処でシャドームーンが、シャドーチャージャーから緑色の光を迸らせ、せつらに巻き付いた妖糸を全て消し飛ばそうと試みた。
キングストーンが放つ、因果律を捻じ曲げ奇跡を強引に呼び寄せる光、シャドーフラッシュを、浴びせ掛けようとしたのだ。
目を見開かせるせつら。目論見通り、彼の身体に巻き付いた糸が消し飛んで行く。好機、とシャドームーンが睨んだのは言うまでもない。
シャドーセイバーを生み出す時間すらが今や無駄である。エルボートリガーを火を噴くのではと言う程の勢いで駆動させ、超々高速振動を纏わせた拳で、
手刀を行おうと右腕を振り下ろそうとした。しかし、エルボートリガーを振動させたのと、せつらが此処から二百m程離れたビルの屋上の給水塔に糸を巻き付けたのは、殆ど同時であった。


381 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:01:40 Z5N4KCDs0
 岩すらも熱した泥のように斬り裂く一撃が振り下ろされる。
しかし、シャドームーンの拳が感じたのは、繊維質の物を斬り裂いた感覚だけだった。
マイティアイは、凄まじい速度でこの場から遠ざかる秋せつらの残像を捉えていた。
残像ですらも、美しかった。空間が、何時までもその残像を思い出として永久に残しておきたいと世界に主張しても、何の文句も起らないであろう。
美の余韻が、シャドームーンのマイティアイと、ウェザーの網膜に焼き付いて離れない。

「逃げられたか」

 冷静にそう判断を下したのはシャドームーンであった。
臆病者め、と詰る気力すら今の彼にはない。たったの一戦で、恐ろしいまでの集中力と魔力を酷使した。
魔力の方は宝具で幾らでも回復する為どうとでもなるが、この世紀王とすら言われた自分が、たかが人間との一戦で此処まで消耗するとは思ってなかったのだ。
やはり、聖杯戦争。最初の一戦が、面白い程噛み合っただけで、普通は一筋縄では行かないのだと言う事を、彼は身を以て解らされているのだった。

「……セイバー。お前にとっては、あのサーヴァントに逃げられて良かったのか」

 疲れたのは激戦を繰り広げた張本人であるシャドームーンだけに非ず。
そのマスターであるウェザーとて同じだった。銀鎧のセイバーと、黒コートの魔人の戦いは、見ていて驚く程疲れる。
スポーツなどとは違う、正真正銘の、真剣勝負の殺し合い特有の刹那性を孕んでいる為、緊張の糸は常にピンと伸ばされた状態なのだ。
戦っている当人は勿論の事、そのマスターでさえも、見ているだけで恐ろしく疲れる。シャドームーンの強さは信頼しているが、今回ばかりはウェザーも、敗れるのではと本気で思った程である。

「二度と戦いたくない相手だ。だが、あの男がそう簡単に後れを取るとは全く思わん。この場で俺が討ち倒しておきたかったが……」

 最後の玉砕にも等しい作戦は、シャドームーンとしても賭けだった。
キングストーンの放つ奇跡の光すらも、見切っていてもおかしくないと思わせる程の凄味が、せつらにはある。
シャドーフラッシュを破られてしまえば、本当にこのセイバーには価値の芽がなくなってしまう。その為、一度の戦闘で三度も切り札を開帳し、見切られはしなかっただろうかと。内心で穏やかじゃなかっただろうと指摘されても、シャドームーンは何も言えなかった。事実、その通りであったからだ。

「……此処にはもういられなくなったか」

 辺りを見回しながら、ウェザーが言った。
真夜中ならば兎も角、陽も昇った内に大雨を降らした上に、シャドームーンの姿を見たNPC達も大勢だ。
秘密を知った人間を生かしておいて良い事など、一つとしてない。殺すが吉なのだろうが、指名手配のリスクを考えればそれは悪手だ。

「セイバー。俺達の姿を見たNPCの記憶の消去を行ってから、此処を立ち去るぜ。別の所に移動した方が良いだろう」

「そのようだな」


382 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:01:51 Z5N4KCDs0
 そう言ってシャドームーンは、未だ糸を解除されていない状態のNPC達に近付いて行く。
彼らはせつらの美が網膜に焼きついたまま離れないらしく、シャドームーンのレッグトリガーの音を聞いても、全く反応していない。
それ故に彼もやり易そうであったらしく、直に記憶の消去を行い始めた。

「……友達思いで、優しかった人、か」

 ペッ、と、水たまりに唾を吐いてウェザーが小言を吐いた。
機械風情に何が解ると言う。結局自分が元の世界に帰りたいのは、憎んでも憎み切れない。
ウェス・ブルーマリンと言う人物の運命に過度に干渉し、その全てを台無しにした、聖職者気取りの悪に復讐を行いたいからだ。
漸く自分は、王手を彼に――エンリコ・プッチに掛けられた筈なのだ。除倫がいる、アナスィがいる、エルメェスもいる。
自分の復讐に加担する人間だって、いるのだ。彼らもまた、プッチとの因縁を断ち切ろうと前に進む戦士達だった。
彼らの為に、死んだF・Fの為に、除倫の父である承太郎の為に。そして、ペルラの為に。ウェザーは、今まで強いられて来た負債を全て叩き返さねばならないのだ。

 自分が優しい人間だなどとは、死んでもウェザーは思っていない。
彼の今の行動原理は、プッチに対する復讐と言う一点にある。彼を殺して、ウェザーは救われたいのだ。
救いとは、悪夢にうなされる事無く夜(ニュクス)眠れる事。そして、こめかみに銃口を当てて、直に死ねる(タナトス)事。
自分は余りにも罪を重ね過ぎた。そしてその果てに、兄弟殺しと言う罪まで背負おうとしている。
長く生き過ぎた男だとすら、ウェザーは思っている。自分は、もっと早くに死ぬべきだったとすらも。

「見る目がねぇよ、ポンコツ」

 チッ、と舌打ちを響かせ、ウェザーは空を見上げた。
太陽が熱い日差しを投げ掛けていた。強い光だった。きっと、それによって生まれる影も、濃い事であろう。

「俺は優しさの正反対にいる人間だ」

 その独り言を、シャドームーンが聞いていたかどうかは、ウェザーにも解らない。
雨上がりの後のすえた南元町の臭いは、また格段と酷いなと思いながら、ウェザーは、己のサーヴァントの仕事が終わるまでその場で待つのであった。


383 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:02:05 Z5N4KCDs0
【四ツ谷、信濃町方面(南元町下部・食屍鬼街)/1日目 午前9:00】


【ウェス・ブルーマリン(ウェザー・リポート)@ジョジョの奇妙な冒険Part6 ストーンオーシャン】
[状態]健康、ずぶ濡れ、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]無
[装備]普段着
[道具]真夜のハンマー(現在拠点のコンビニエンスストアに放置)、贈答品の煎餅
[所持金]割と多い
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻り、プッチ神父を殺し、自分も死ぬ。
1.優勝狙い。己のサーヴァントの能力を活用し、容赦なく他参加者は殺す。
2.さしあたって元の拠点に戻る。
3.あのポンコツ(アイギス)は破壊する
[備考]
・セイバー(シャドームーン)が得た数名の主従の情報を得ています
・拠点は四ツ谷、信濃町方面(南元町下部・食屍鬼街)でした
・キャスター(メフィスト)の真名と、そのマスターの存在、そして医療技術の高さを認識しました
・メフィストのマスターである、ルイ・サイファーを警戒
・アイギスとサーチャー(秋せつら)の存在を認識しました
・現在南元町のNPCから、自分達の存在と言う記憶を抹消しています。後に、拠点を移動させる予定です



【シャドームーン@仮面ライダーBLACK RX】
[状態]魔力消費(中だが、時間経過で回復) 、肉体的損傷(中)、左わき腹に深い斬り傷(再生速度:低)
[装備]レッグトリガー、エルボートリガー
[道具]契約者の鍵×2(ウェザー、真昼/真夜)
[所持金]少ない
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者の殺害
1.敵によって臨機応変に対応し、勝ち残る。
2.他の主従の情報収集を行う。
3.ルイ・サイファーと、サーチャー(秋せつら)を警戒
[備考]
・千里眼(マイティアイ)により、拠点を中心に周辺の数組の主従の情報を得ています
・南元町下部・食屍鬼街に住まう不法住居外国人たちを精神操作し、支配下に置いています
・"秋月信彦"の側面を極力廃するようにしています。
・危機に陥ったら、メフィスト病院を利用できないかと考えています
・ルイ・サイファーに凄まじい警戒心を抱いています
・アイギスとサーチャー(秋せつら)の存在を認識しました
・秋せつらの与えた左わき腹の傷の治療にかなり時間が掛かります


384 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:02:18 Z5N4KCDs0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「やれやれ、あの藪のコートを斬られるとは思わなかったな」

 そう言ってせつらは、雑巾のように自分の黒いシャツを絞り、豪雨を吸って重くなったそれから水分を排出させる。
コップ三杯分は余裕なのではないかと言う程の水が、ビル屋上の乾いたタイツに音を立てて落ちて行く。
コートはタイツの上に置かれ、シャツは見ての通りの状態。せつらは今上半身に何も着ていない状態だった。
健康な肉体美とは、かくあれかし。そう思わせる程の説得力が、せつらの肉体にはあった。
水滴の浮かぶ、鍛え上げられた彼の上半身はギリシャ彫像など及びも突かない程の若々しい青春美の結晶であり、スランプに悩む芸術家がこの光景を見ようものなら、
全財産を叩いてでもスケッチを取らせてくれと、三顧の礼を以て懇願するであろう。誰もいないビルの屋上であると言うシチュエーションを除けば、余りにも構図もモデルも、完成され過ぎていた。

 せつらのコートは、かの魔界医師の手による特注品であると言う事は余り知られていない。
あの堅物は、例えマンションが千軒購入出来る程の金額を積まれようが、面倒かつ興の載らない仕事は引き受けない。
患者の治療ならば兎も角、魔術的な物品をアレに作らせるなど、それこそ、彼のT大の席次を一位で卒業し、財務官僚になり、出世競争を勝ち抜き財務次官になる、
と言うルートを歩む事の方がまだ百倍も簡単であろう。如何なる手練手管を用いたかは既にせつらも忘れたが、兎に角、この黒いコートはメフィストに作らせた。
この世の如何なる毒液やマグマすらも弾き飛ばす程の撥水性や、対物ライフルですら受け流す程の対銃性、そして高速振動するナイフですら包んで受け止める程の対刃性能と、
流石に魔界医師の手によるもの。常人では如何なる技術を詰め込んだのか、想像も出来ない程の数々の力をこのコートは内包しているのだ。
それを、シャドームーンは斬り裂いた。恐るべき、あのセイバーの技量よ。

 だがそれ以上に恐ろしいのは、“私”のせつらの張り巡らせた糸を跳ね除けさせるあの光。
まさか初っ端から、あれ程の力を持った改造人間と激突する事になるとは、せつらとしても思っても見なかった。
あのまま戦っていれば、もしかしたら自分の方が地面を舐めていたかも知れないと、この魔人は考えている。
彼は此度の聖杯戦争の中でも特に強い存在なのだろう。上限がこれなのだ、他の実力帯も油断が出来ない。

「厄介な奴を呼んでくれるよなぁ」

 はぁ、と。“僕”のせつらが嫌々そう溜息を吐きながらそう言った。
ビルの屋上から眺める<新宿>は、平和そのものだった。せつらは<魔震>前の<新宿>の記憶が希薄だ。
元居た所では、当時を忍ぶ写真やその映像を見る事でしか、昔の<新宿>の様相を窺う事は出来なかった。
成程、<魔震>がなければ、此処まで毒気のない平和な街だったのかと、せつらは改めて思うのだ。妖物も無い、毒も湧き上がらない、未発見の毒草も時空間の乱れもない。
そんな街は、此処まで平和だったのだと、せつらは思い知らされた。

「……魔界都市、か」

 せつらのいた<新宿>は、悪徳の坩堝だと他区や他国から散々バッシングされていた。
しかしそれでもあの街の区長は、<新宿>の存続とその利益確保の為に、歴史上の如何なる名君と比較しても何ら遜色ない政治手腕を見せつけていた。
それでもあの街の住民は、<新宿>で生き続ける事を選んでいた。あの街に骨を埋めると決めていたせつらだから、そのバッシングの意味は余り深く理解出来ずにいた。
今ならば解る。平和な所からしたら、魔界都市<新宿>がどれ程恐ろしい所であったか。そして、あの街が如何に碌でもない街であったか、と言う事をだ。

「お前は、そんなに平穏と平和が気に入らなかったのか?」

 誰に、この言葉は投げ掛けたのだろう。
――<新宿>だ。せつらは今、<新宿>に対してそんな質問をして見せたのだ。平穏無事な日常に嫌気がさしたから、自分と言う混沌を此処に招き入れたのかと。
せつらは本気で考えていた。無論、<新宿>は、絶対に彼の問に答える事など、する訳がないのだが。

「厭な街なんだな、お前は」

 水を絞り終えた黒シャツをその身に纏いながら、せつらは突き放すように『<新宿>』にそう言った。
平和が、自分達の手で犯されてしまうと言う事は、彼としても納得が行かない。気分は何処までも、ブルーであった。


385 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:02:29 Z5N4KCDs0
【四ツ谷、信濃町方面(須賀町)/1日目 午前9:00】


【アイギス@PERSONA3】
[状態]健康、ずぶ濡れ
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]自らに備わる銃器やスラスターなどの兵装、制服
[道具]体内に埋め込まれたパピヨンハート
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる
1.マスターはなるべくなら殺したくない
2.サーヴァントだけを何とか狙いたい
[備考]
・メフィスト病院に赴き、その帰りです
・メフィストが中立の医者である事を知りました
・ルイ・サイファーがただ者ではない事を知らされました
・ウェザー&セイバー(シャドームーン)の主従の存在を知りました


【サーチャー(秋せつら)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]肉体的損傷(小)
[装備]黒いロングコート(少し痛んだが魔力消費で回復可)
[道具]チタン製の妖糸
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の探索
1.サーヴァントのみを狙う
2.ダメージを負ったらメフィストを利用してやるか
3.ロクでもない街だな
[備考]
・メフィスト病院に赴き、メフィストと話しました
・彼がこの世界でも、中立の医者の立場を貫く事を知りました
・ルイ・サイファーの正体に薄々ながら気付き始めています
・ウェザー&セイバー(シャドームーン)の主従の存在を知りました
・不律、ランサー(ファウスト)の主従の存在に気づいているかどうかはお任せ致します


386 : 機の律動 ◆zzpohGTsas :2016/02/27(土) 23:02:39 Z5N4KCDs0
投下を終了いたします


387 : 名無しさん :2016/02/28(日) 12:55:17 A1HGDLLY0
投下乙です
シャドームーンもせつらも強すぎるw
菊地作品を読んでいるかのような文体は見事の一言でした


388 : ◆zzpohGTsas :2016/02/28(日) 17:44:24 8YK31q5.0
ソニックブーム&セイバー(橘清音)
荒垣真次郎&アサシン(イル)
番場真昼&バーサーカー(シャドウラビリス)
予約します


389 : 名無しさん :2016/03/03(木) 21:48:02 UFZ6zSDM0
きたいしてます

俺もこの企画参加したかった


390 : 名無しさん :2016/03/04(金) 10:21:47 IQJb/4vU0
114514!


391 : 名無しさん :2016/03/08(火) 07:59:16 j5NDtGVA0
初めて投下して見たいんですけどこれってせつらや幻十の糸に射程制限はあるんでしょうか?


392 : ◆2XEqsKa.CM :2016/03/10(木) 21:35:19 uC5sGAng0
投下乙です
本気ギルガメッシュもかくやと思わんばかりの猛攻を揮うシャドームーン、工夫次第で光も斬り裂けるせつら
地獄のような戦場の傍らで、相手を認めず譲らないウェザーと相手を認めて受け入れつつも引けないアイギスの相容れない舌戦も熱い
豪雨時々理不尽な死で住民の過半数が風邪をひいてそうな南元町の明日はどっちだ


投下の目処が立ったので、

葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)
佐藤十兵衛&セイバー(比那名居天子)
塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)

で再予約します、念の為延長もしておきます


393 : ◆zzpohGTsas :2016/03/19(土) 00:23:40 nn1xUSfw0
>>391
返信が遅れた事を此処に謝罪します。
結論から言って、射程制限は糸を張り巡らせるか、巻き付けてしまえば基本的にほぼ無限と思って差し支えないかと思われます。
ただ基本的に、長時間かつ超長距離を張り巡らせ続けるのは、魔力を無駄にする為余りする事がない、と言う制限です。

ついでに、まことに身勝手ですが、先の予約を破棄します。期待していた方には申し訳ございません。
その代わりに、
ルイ・サイファー&キャスター(メフィスト)
を予約いたします


394 : ◆zzpohGTsas :2016/03/20(日) 18:21:34 WlRg1S0A0
>>開戦の朝
此処に来て一気に、ネームドNPCが増えましたね。原作に於いて主役級の活躍をしていた真田パイセンに、イルの人生を決定づけたシスターのイリーナ。
そして、Ruinaからは竜の末裔幼女のエンダと、シルヴァリオ ヴェンデッタからはアルバートのオッサンとその生意気店員姉妹。
ゲストNPCの登場と言う、聖杯企画の醍醐味も然る事ながら、それらに取り囲まれている荒垣とイルの行動理念の再確認も、良く出来ている。
嘗ての世界での友人を再現された事に怒りを抱く荒垣。その現在の状況を見て、更なる決意を固める描写は実に見事。
未だ<新宿>の戦火に巻き込まれていないこの主従ですが、今後彼らがどのような道程を辿る事になるのか、非常に気になる。そんな作品でした。

ご投下、ありがとうございました!!

此方も投下いたします


395 : 黙示録都市<新宿> ◆zzpohGTsas :2016/03/20(日) 18:22:14 WlRg1S0A0
 メフィスト病院には、次のような有名な言葉遊びがある。
『治療室に入った者は必ず戻る。しかし、院長室に入って出て行った者はいない』、と。
より補足を加えるのであれば、院長室に招かれた者以外は、如何なる奇跡を味方にした者であろうと、如何なる神の加護、如何なる悪魔の庇護を受けようとも。
絶対に、其処から脱出する事が出来ない。後に待ち受けるのは、美しい男の繊手によりて下される、幸福な死だけである。
永久に外の風景を眺める事が叶わない、と言う地獄から解放させてくれるのが、虚無に話しかければ虚無を構成する分子の方から語りかけてきそうな美しい男なのだ。
それはそれで、最後の幸運、と呼ぶべき物なのかもしれないが。

 院長室に、所謂顔パスで、通る事が許されている人物は、現在三人。
その内の一人は、この世界には存在すらしていない男。<新宿>警察に所属する刑事(デカ)の一人。
自分を痛めつければ痛めつける程、因果律レベルでその痛めつけた人間により不幸を強いらせると言う特異な運命を持った貧相な刑事、朽葉。
朽葉以外の残り二人は、聖杯戦争の舞台となっている<新宿>に招かれている人物だ。その内の片方は、しかも、メフィストと同じサーヴァントとして。
世界の誰よりも、黒の似合う美男子。親しみやすくて気の良い男の仮面を被った、残酷で冷酷な魔界その物のと呼ぶべき存在、秋せつらこそが、メフィスト病院の院長室に足を踏み入れる事を許された存在である。

 ――そしてもう一人は、サーヴァントとして自身が召喚されてから認めた男。
メフィストが嘗て出会った如何なる紳士よりもずっと上品で、気品漂う物腰で。そして、彼の出会った如何なる魔人よりも空寒い何かを放つ男。
そのマスターこそは、地上で並ぶ者のいない賢者であった。地上で最も愚かな行いをしてしまった、大馬鹿者でもあった。

「素晴らしい」

 最も愚かなその賢者の名こそ、ルイ・サイファー。
メフィストが認める、せつらと並んで黒の似合う男。いや、或いは黒その物。紳士の皮を被った悪魔であり魔王。
万年の統治を約束する名君の建前を持った、圧政に対する反逆者。それこそが、魔界医師が従っている男の正体であるのだった。

 夏至に近い時期の午後一時とは、一年を通して最も明るい時期。太陽が最も高い位置に置かれた高見座から地上を見下ろす時間帯である。
その時限に差しかかろうとも、メフィスト病院院長室は、薄く青い闇が優勢を保っていた。
如何なる魔霊をも祓い、浄化する、太陽天の暖かな光をこの部屋に受け入れようとしないのは、単なる主の美観の問題なのか。
それとも主が、光を避ける者と言う意味を持つ悪魔と同じ名前をした魔人だからなのか。その真実を知る者は、誰もいない。

「この街には確かに、混沌が芽吹きつつある。私の望む、善い街になりつつある。実に、好ましい主従を呼んだようだよ、『彼』は」

 ブラックスーツに身を纏った紳士、ルイ・サイファーは左手で、群青色に透き通った鍵を弄びながら、其処から投影されるホログラムを楽しんでいた。
名画と名高い映画でも眺めるように、ルイが面白がっているホログラムとは、何か。喜劇か、悲劇か。はたまた、ポルノか。
どれとも違う。ルイは、契約者の鍵を通して通告された、ルーラー及び<新宿>の聖杯戦争の運営者からの緊急報告を面白がっているのだ。
盛り上がりもない、事務的で淡々とした文体の文章に、アクセント程度の二名の男の顔写真。
話を要約すると、ザ・ヒーローと、バーサーカーのクリストファー・ヴァルゼライドと言う男達は相当羽目を外したらしく、それがルーラー達の逆鱗に触れたと言う事らしい。
それが、ルイには面白くて仕方がなかったのだ。彼はこの二人を愚かだと思っていない。寧ろ、自分を何処までも楽しませてくれる、実に有能な役者達だとすら思っていた。

「彼、とは誰の事か」

 格調高く艶やかな漆黒をした、黒檀の机に向かって座る、机の色とコントラストを成すような白いケープを纏う男が訊ねた。
汚れや塵埃の方から、避けるに違いない完全な白を身に纏った、冷たい闇が人の形を成したようなこの男こそが、ルイ・サイファーが召喚したキャスター。メフィストであった。


396 : 黙示録都市<新宿> ◆zzpohGTsas :2016/03/20(日) 18:22:39 WlRg1S0A0
「此処に投影されているホログラムが見えるだろう? 其処に映っているマスターさ」

「マスターの友人かね」

「当たらずとも遠からず、と言った所さ」

 そう言ってメフィストは、凛冽とした輝きを、水晶体の奥底で湛えるその瞳で、ルイが左手に持つ鍵から投影された映像を眺めた。
サーヴァントと思しき男は、彼のナチスの将校服にも似た形式の黒軍服を身に纏った金髪の男で、言葉を交わさずともその烈しい気性が窺い知れる、鉄の男だった。
メフィスト好みの益荒男と言うべき人物である。男らしさの欠片もない柔弱な“僕”にも、見習って欲しいぐらいだ。
そんな男を従えるマスターの男は、市井を歩けば幾らでも見つかるような、平凡とした容姿と顔立ちの男だった。
とてもではないが、ヴァルゼライドと言う男には釣り合わない。普通の人間の目には、そう映るだろう。しかし、メフィストには違って見えた。
如何に普通の人間を装おうとも、修羅場を潜り抜けて来た人間は、目が違う、口の結び方が違う。一目見てメフィストは理解した。
マスターと言う体裁で此処<新宿>に呼び出されたこの男は、間違いなく、ルイ・サイファーが目を掛けているだけの大人物であると言う事を。成程、ザ・ヒーロー(英雄)と言う名前は、伊達でも何でもないらしい。

「碌な事をしなさそうな友人だな」

 すぐにメフィストは、机の上で開いていた本に目線を下ろそうとした。
『嫦娥運行図』と名付けられたその古びた書物は、院長であるメフィストだけがその場所を知る秘密の書庫に納められた蔵書の一つである。
直近二千年の、世界中のありとあらゆる月の満ち欠けとその異常を記録した書物こそがこの本で、世界に四冊と無い貴重な書物だった。
単なる月の記録図ではない。狼男(ワーウルフ)と月の関係性と、何年何月何時に狼男が姿を見せたかと言う記録は勿論の事、
牛車に乗せられ月の都へと旅立って行った、ある美しい女の話をもこの書物は記録していた。
他にも、月齢と魔力の相関図をもこの書物は記録しており、この月齢の時に一番魔力や霊力、マナが満ちる土地は何処か、と言う事も記されている。
そんな貴重な書物を気まぐれに、メフィストが手に取った理由は一つ。つい数時間前にメフィストが臨時の職員として雇った、ある女性の話を受けたからだ、と言う事を知る者は、彼一人だけだった。

「概要は貴方の口から聞かされた程度だが、推察するに、到底正気とは思えんな。放射線の散布、大量殺戮、そして、ルーラーに対する反逆。一事が万事のような男達だ」

「だからこそ、私は好ましいと思っているのだよ」

 ホログラムを消し、懐に契約者の鍵を仕舞い込んでから、ルイ・サイファーは大仰そうに腕を広げ、口を開く。

「混沌の中にあって、人は己を高める事が出来る。高次の霊になる事が出来る。真の自由を得る事も、出来る」

「貴方は、人間と飽きる程接して来て、未だに理解が出来ないのか? 人は、貴方が享受出来る混沌を生き抜ける程、強くはないぞ」

「肉体的な強さに関して言えばその通りだろう。しかし、肝心なのは生き抜こうとするその精神性だ。無論強さがある事は好ましい。だが私は、畏敬を以て今日を生き、希望を抱いて明日を夢む者を、決して見捨てはしないよ」

「人は無秩序な環境に身を置いている時こそ、秩序を求める生物だ。法とは即ち、理由であり根拠だ。人はそれなしでは生きて行けない。だから貴方は永劫、秩序の体現であるYHVHと戦い続けて来たのだろう」

「人が秩序と縋る者を求めるその時、創造主もまた形を伴い現れる。その通り。故に私は戦い続けて来た。宇宙の秩序を司る大いなる意思とね」

 ルイは、目線を明白にメフィストの顔に固定させた。
常人は、それ自体が光り輝いているとしか思えないメフィストの面構えを、まず、直視出来ない。
中東の砂漠の国に、商人として生まれた男が開祖となった宗教は、天使の姿を人が見れば、発狂すると説いた。
神や天使とは、人の持つあらゆる言葉を用いても表現出来るものでは断じてなく、人間の感覚器官や美意識では見る事も評価する事も叶わぬ存在であるからだと言う。
では、この男の場合は如何か。如何なる修飾語、如何なる形容語句を用いても、表現出来ぬこの美しい男の場合は。
そして、その美しい男を真正面から見据えて、恬淡としている黒スーツの男は、一体、何なのか。誰なのか。


397 : 黙示録都市<新宿> ◆zzpohGTsas :2016/03/20(日) 18:22:52 WlRg1S0A0
「私はこの街に、大いなる意思を中心とした理を破壊するだけの力を求めている。だが、それだけの力を生む混沌は、そう簡単に生まれ出でないのもまた、事実だ」

「だから、貴方は素晴らしいと言うのか? 新しく討伐令を敷かれたこの男達の事を」

「彼らは実によく働いていてくれているよ。だが、まだまだ私が求め、楽しめる程度の混沌には至っていないと見るべきか」

 一呼吸を置いてから、ルイは続けた。

「私が手助けをせねばなるまい。先達の整えた舞台を、より良くする。先達の失敗を、取り繕う。それが、後続の仕事であり、労苦であるからね」

「何を成す、ルイ・サイファー」

「この街に、更なる試練と混沌を。君の語った魔界都市のような街に、昇華される時が来たのだ」

「貴方はやはり、無間地獄(ジュデッカ)の奥底で、永久に氷漬けにされていた方が良かったのかも知れんな。人に不幸しか齎さないではないか」

「試練に痛みと堅忍はつきものさ。良い定職に在り付きたいから勉強を頑張る、金銭が欲しいから必死に根を回す。神の与える試練など、それらの延長線上に過ぎない。まぁ、私の齎す試練も正しくそれに近しいのだがね」

 ルイは滔々と言葉を続けて行く。
演説に特有の熱もない、要点だけを簡潔に述べる爽やかさもない。しかし、何故か、この男の言葉は、心によく染みわたるのだ。
まるで、ヒビの入った石に、雨水でも染み込んで行くかの如き語り口で、男は話をする。ルイの言葉は水であり、そして、人をその気にさせる炎だった。

「間もなくこの<新宿>は混沌に包まれる。あらゆる命に意味がなくなる街と化す。それを担うのは我々だ、メフィスト」

「だろうな。私には未だに実感が湧かぬが、この世界の<新宿>の主役は如何も、私達であるようだ」

「時は満ちた。私もいよいよ動こうかと思う。メフィスト、『準備』は出来たかね」

 パタン、と、本が閉じる音が、例えようもない静かさを伴って流れた。

「最後のボルトを締め終え、実用の段階に入った」

「結構。其処に、私を案内してくれ」

「心得た、我が主よ」

 言ってメフィストは立ち上がり、無言で音もなく、歩み始めた。
人の形をした白い光が風のような滑らかさで歩いているように、余人には見えるだろう。
それを追うように、ルイもまた歩き始める。周囲数百億光年に、光を放つ恒星が一つとして存在しない宇宙の闇が、人の形を伴って歩いているように、余人には見えた事だろう。


398 : 黙示録都市<新宿> ◆zzpohGTsas :2016/03/20(日) 18:23:20 WlRg1S0A0
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 其処が、地上に面した階なのか、それとも陽の光の届かない地下の世界なのか。
恐らく、それを推察出来る者は一人として存在するまい。この病院の全てを知っている、メフィスト以外は。

 窓もなければ時計もなく、音もなければ生き物の気配すらない、メフィスト病院の何処かであった。
深海を思わせるような、青みを孕んだ闇の中を、二人は歩んでいる。メフィストと、ルイ・サイファー。
およそ照明の類が一つとして存在しない回廊であるのに、そこは薄らとした暗さしかなく、歩く分には問題がないと言う奇妙な結果が同居していた。
そんな不思議で、深海の奥底に建てられた神殿を思わせる神秘的な世界の中でも、メフィストの姿は白く光っているように見え、ルイの姿は黒く霞んでいるように見えた。
二人の存在感は、その程度の神秘さと不思議さでは、色あせる事すらないと言う事の証左でもあった。

 この回廊を歩くまでの道のりは、本当に普通と変わりがなかった。
患者の関係者が見舞いの為に入院している部屋へと足を運ぶ、患者の担当医が定期検診の為にその部屋へと向かう。
本質は其処と何も変わりがない。であるのに二人は、このような奇怪な道を歩くに至っている。
ただ階段を上り、そして、時には階段を降り、またある時は、関係者以外の立ち入りを禁止すると言う扉を開けて其処の中に入る。
それだけなのに、二人は今この場所にいるのだ。だが、聡明なルイ・サイファーは気付いていた。
メフィストの宝具であるこの病院は、メフィストがその気になれば、この世の時空の法則が全く当てにならない空間に変貌する。
その装置が安置されている場所は、恐らくは院長室と同じで、普通にその場所に向かっただけでは先ず辿り着けない。
メフィストは、目的のものは地下に在ると言っていたが、それを愚直に信じ、地下に足を運ぶだけでは目当ての物を目にする事は不可能。
地下にあるのに、階段を昇る。其処とは全く関係のない扉を、開く。また適当な所で、階段を降りる。
そのような、特定の手順を経ねば辿り着けない部屋がこの病院には幾つも存在する事に、ルイは気付いていた。
そしてメフィストが、その装置を安置させる為に、その様なプロセスを設定したのは、妥当であるとすらもルイは思った。そのようなプロテクトを施す程の価値が、その装置にはあるのだから。

 白が止まる。黒が、見上げる。
目の前に立ちはだかる、巨大な鉄扉を見るがよい。見る者に与えられる、異様としか言いようのない重圧感は、その扉が決して張りぼてではない。
正真正銘の、密度と厚みを伴った真なる金属の証であると言えるだろう。だが何よりも異様だったのは、その扉の表面に刻まれた、様々な魔術的言語。
在る箇所は、古英語で何かが記されていた。ある場所は、太古の大和言葉で何かが記されていた。