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長編UP専用スレッド
1 名前:(MOUSOU1Q) 投稿日: 2002/08/14(水) 02:14
ここは本スレが落ちつくまでの*一時的な*避難スレッドです。

「有閑倶楽部」の二次創作作品(パロディ作品)のうち、長編ものは
ここに載せてください。作品UPを心からお待ちしています。
短編UP、作品への感想・小ネタ雑談は、別スレがありますので
そちらに書くようお願いします。

関連スレッド、関連サイト、お約束詳細などが>2-5のあたりに
まとめてありますので ご覧くださいませ。

2 名前:(MOUSOU1Q) 投稿日: 2002/08/14(水) 02:16
◎2ch難民板の本スレ「有閑倶楽部を妄想で語ろう・11」
 http://ex.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1028280796/

◎したらば・妄想同好会BBS「短編UP専用スレッド」
 http://jbbs.shitaraba.com/movie/bbs/read.cgi?BBS=1322&KEY=1029258872

◎したらば・妄想同好会BBS「作品への感想・小ネタ雑談スレッド」
 http://jbbs.shitaraba.com/movie/bbs/read.cgi?BBS=1322&KEY=1029258880

◎したらば・妄想同好会BBS「裏話スレッド」
 http://jbbs.shitaraba.com/movie/bbs/read.cgi?BBS=1322&KEY=1027901602
 作品の裏話や裏設定があれば、ここでコソーリ教えてください(w

◎したらば・妄想同好会BBS「誤字・脱字 修正受付スレッド」
 http://jbbs.shitaraba.com/movie/bbs/read.cgi?BBS=1322&KEY=1027901461
 UPした作品に誤字・脱字があった場合、このスレに書いていただければ
 更新時に修正します(メールでの受け付けもOKです)。

◎したらば・妄想同好会BBS「本スレとしたらばの使い分け相談スレ」
 http://jbbs.shitaraba.com/movie/bbs/read.cgi?BBS=1322&KEY=1028964597
 このスレッドの使い方に関する質問・意見・相談は、こちらにお願いします。

◎したらば・妄想同好会BBS「削除依頼スレッド」
 http://jbbs.shitaraba.com/movie/bbs/read.cgi?BBS=1322&KEY=1027900756

◎関連サイト「有閑倶楽部 妄想同好会」
 http://freehost.kakiko.com/loveyuukan
 本スレなどで出た話をネタ別にまとめているところです。
 本スレの古いログも置いてあります。

3 名前:(MOUSOU1Q) 投稿日: 2002/08/14(水) 02:16
◆作品UPについてのお約束詳細

・原作者及び出版元とは全く関係ありません。

・名前欄になるべくカップリングを書いてください(ネタばれになる場合を除く)。

・名前欄にタイトルと通しナンバーを書き、最初のレスに「>○○(全て半角文字)」
 という形で前作へのリンクを貼っていただけると助かります。

・リレー小説で次の人に連載をバトンタッチしたい場合は、その旨を明記
 して頂けると次の人が続けやすくなります。

・苦手な方もいるので、性的内容を含むものは「18禁」又は「R」と明記を。

・作品の大量UPは大歓迎です!

・作品UPが重なってしまうのを気にされる人は、UP直前に更新ボタンを
 押して、他の作品がUP中でないか確かめるのがいいかと思います。

・作品UPが重なってしまった場合は、先に書き込まれた方を優先でお願いします。

4 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/08/14(水) 02:48
,.ゞ :,,ヾゞヾ;ゞゞノヾゞ:ヾヾ  ゛ゞ.ヾ     ゞヾゞ;ゞゞヾ  ゞ;ゞ      `
ゞ:ヾゞ゛;ヾ;ゞ  ,',;:ゞヾゞ;ゞヾ.:     ヾ:ヾゞヾ., .ゞヾゞ;ゞ   ヾ;ゞゞ;ゞ `  ``
,,ゞ.ヾ\\ ゞヾ:ゞヾ ノノ ゞヾ .  ゞヾ ゞヾ  .ゞ;ゞヾ;ゞゞ;ゞ ヾ;ゞゞ;ゞ    `
ゞヾ ,,.ゞヾ::ゞヾゞ:ヾ ゞ:.y.ノヾゞ..ヾ .ゞ,'ヾ  ゞヾゞ ;ゞヽ,.ゞ:,,ヾゞヾ;ゞゞ;ゞゞヾゞ;    `
ゞヾゞ;ゞゞヾゞ;ゞiiiiii;;;;::::: イ.ヾゞ, .,;  ゞヾゞ___// ;ゞ   ゞヾゞ;ゞ  ヾ;ゞゞ;ゞ    `
ゞヾ   ゞ;ゞ iiiiii;;;;;::::: :)_/ヽ,.ゞ:,,ヾゞヾゞ__;::/      ゞヾゞ;ゞヾ;ゞゞ;ゞ
  ゞヾゞ;ゞ   iiiiii;;;;::::: :|;:/    ヾ;ゞゞ;ゞ   ヾゞ  ,            `
ヾ;ゞゞヾ;ゞゞ |iiiiii;;;;::: : |:/ ヾゞ        `
  ヾ    |iiiii;;;;;::::: ::|       `   `             `             `
  `    |iiiiiiii;;;;;;::: :| `      `            `    ` ,
 `     ,|i;iiiiiii;;;;;;::: :| `    `         `     `      ` `   `
     `  |ii,iiiiiii;;;;;;::: ::| `    ,
      ,|iiii;iiii;;;;:;_ _: :|        `        `        `,
 `    |iiiiiii;;;;;;((,,,)::.::|         `
`  `   |iiiiiiii;;ii;;;;;;~~~:|∧_∧ サクシャ サン タチガ
       |iiiiii;iii;;;;i;;:: :::::: (*゚ー゚)   モドッテ キテ クレマス ヨウニ……`       `             ,
   `  |iii;;iiiii;::;:;;;;::: :::|| つ旦
,,.,.. ,..M|M|iMiiii;;ii:i;;:;i:i;;::;( つつ,.,.. ,...... ,.... ,,,.,.. ,.... ,,,.,.. ,.... ,,,.. ,.... ,,,.,..
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5 名前: トライアングル(30)A 投稿日: 2002/08/14(水) 09:44
開園までまだ1時間あるというのにディズニーシーの入り口前にはすごい行列が出来ていた。
「うわ〜っ、すげー人。」
「す、すごいですな。」
「わ、私頭が痛くなってきましたわ。」
尻込みする3人を軽くにらみ健二は言った。
「ほら、そんな事じゃダメだぞ。戦いはもう始まっているんだ!」
「た、戦いなんですのね・・」
「じゃあこの時間を利用して作戦をたてるよ。俺と悠理さんが一番遠いインディジョーンズのファストパスを取りに行くから
2人は手前のセンターオブ・ジ・アースでスタンバイしてて。」
「ファ、ファストパス?」 「ス、スタンバイですの?」
理解の範囲を超える言葉をなげかける健二に2人はとまどった。
「予約券と券なしで待つことだよ。」悠理がぼそっと言った。
「さすが!悠理さん。君達も見習ってよ〜。」
「く、屈辱ですわ・・」 「まさか悠理を見習えと言われる日がくるとは・・」
スナック菓子を頬ばる悠理とそれを笑って見ている健二の後ろで2人はいつになく小さくなっている。
「あっ、あいたぞ!」悠理の声に促され入園口を見ると大量の人が一斉に走り出していた。
「じゃ、後でな、行こう!悠理さん。」
すごいスピードで走り去る2人をみて清四郎は言った。
「行きますか?」 「そうですわね・・」

6 名前: トライアングル 投稿日: 2002/08/14(水) 10:02
失礼致しました。

7 名前: トライアングル(31)A 投稿日: 2002/08/14(水) 14:21
ディズニーシーはランドより坂道や歩道が多い上にアトラクションの数は少ない。
その人波の先頭を悠理と健二は走っていた。
「やった!みんなぬかしたぞ!」 
「さすが悠理さん。このまま走りぬきましょう。」 「おーっ!!」

そのかなり後ろに清四郎と野梨子はいた。
「ま、待って下さいな清四郎・・」 
「野梨子急いで下さい。遅れようものなら殺されます!」
「さ、先に行って下さいな。私、後から参りますから・・」
清四郎は既に満身創痍の野梨子を見て言った。
「ま、大丈夫でしょ。付き合いますよ。」
その時2人の背後にいたグループの声が漏れ聞こえてきた。
「よせよ〜、ゆうや。」 「?!」 「?!!」
その名前を聞いて2人は同時に振りかえった。
でもそこにいたのは「刈穂 裕也」とは全くの別人だった。
清四郎に見られていた事に気づいた野梨子は気まずそうに俯いた。
「まだ、忘れてないようですね。」
「そんな・・事・・ありません・・わよ・・」
2人の間を気まずい空気が包みこんだ。

8 名前: トライアングル 投稿日: 2002/08/14(水) 14:22
続きます。

9 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/08/14(水) 18:17
リレー小説「魅×野・清×可 ホロ苦い青春編」の宣伝を少々。
今のところ、こんな感じでやっています。

・おおまかな粗筋は「魅×野 ホロ苦い青春編」の48〜49+清×可
 http://freehost.kakiko.com/loveyuukan/long/l-06-0.html

・今までのお話はココに
 http://freehost.kakiko.com/loveyuukan/long/l-06-1-1.html

・1人1レスずつ書いてリレーしていく

・1レスの行数は自由(このBBSは30行・4096文字まで書ける)

・名前欄に「ホロ苦い青春編」と入れる

・ふと思いついた展開やエピソードのカキコも大歓迎!

ということで、参加者 щ(゚Д゚щ)カモーン

10 名前: ホロ苦い青春編 投稿日: 2002/08/14(水) 18:18
本スレの435さんの続きです。

「謝らないでくださいな。魅録が悪いんじゃありませんわ」
「けど・・・」
「悪いのは私ですわ。一度決めたことだというのに・・・」
そこまで言うと、野梨子は一瞬遠くを見るような眼差しをした。
少女っぽい野梨子の輪郭が、ふいに大人びたものに変化する。
(なんだ!? 今、ドキッとしたぞ)

魅録の混乱をよそに、野梨子は視線を戻し、きっぱりと言い放った。
「私、会います。会っておいた方がいいと思いますもの」
「本当にいいのか?」
「ええ、お願いしますわ」
迷いを吹っ切ったのだろう。微かな笑みさえ浮かべている。

「分かった。じゃ、まずは腹ごしらえだな」
「魅録ったら、それじゃまるで悠理ですわ」
「えー、あそこまで食欲魔人じゃないぜ」
「ひどいこと言いますのね」
くすくすと笑う野梨子。さっきまでの憂い顔が嘘のようだった。


野梨子は土壇場で腹のすわるタイプなので、こうなるような気がしました。
どなたか続きをお願いします。

11 名前: ホロ苦い青春編 投稿日: 2002/08/14(水) 23:50
>10さんの続き書きます。

昼食をたっぷり取った後、二人は再び車に乗り込んだ。
「あいつ、今植木屋をやってるんだ」
「まあ植木屋さん」
「お袋さんの弟の店で修行してるそうだ」
車を走らせながら、魅録は裕也の近況を話して聞かせた。

「……というわけで、今は毎日兼六園に詰めてるってよ」
「兼六園なんてすごいですわ。裕也さん、頑張っていますのね」
野梨子の顔に自然と笑顔が浮かんだ。
恋愛感情が消えたとしても、裕也が真面目な働きぶりが
うれしいことに変わりはない。

その野梨子の隣で、魅録はかすかな混乱を覚えていた。
二人で過ごした時間に、倶楽部の皆といる時とはまた違う
野梨子の姿を知った気がする。
(さっきの大人びた表情……裕也にだけは見せるんだろうな)
そのことに何故寂しさを感じるのか、魅録にはわからなかった。

裕也を植木屋さんにしてしまいました…。
続きよろしくお願いします。

12 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/08/15(木) 18:58
>嵐様
お疲れ様でした。新しい憩いの場を提供していただきありがとうございます。
早速ですが新作うpさせて頂きたいと思います(新人ですが)。長編です。
ちなみに大体の内容と致しましては、
原作の心霊物のとき、清四郎の悠理の扱いが毎回えらいひどいので
(霊探知機って既に人扱いじゃないよ・・・野梨子のためとはいえw)
「清四郎をいじめて(霊に取り憑かせて)みてえ!」といった願望・妄想で書いている心霊物です。
未熟ですので、6人を一編に動かせないので悠理と清四郎しか出てきません。
やや薄味清×悠風味です。
上記の内容で「合わない」と言う方はスルー・スルー(・∀・)でお願いしまつ。

13 名前: サクラサク(1) 投稿日: 2002/08/15(木) 18:59
桜が咲いている。
風はふいていないが
滞ることなく躊躇うことなく花びらは散っている。
その花の色に似た柔らかい香りが空気に充ちている。

ふと、桜が香っていることを訝しく思う。
桜で香るのは菓子に使う葉の部分か
燻製チップに用いる皮ではなかったか。

桜の「花」は香らない。

清四郎が自分自身の異変に気付いたのは
そんな夢を見始めるようになってから数日後のことだった。

14 名前: サクラサク(2) 投稿日: 2002/08/15(木) 18:59
ある夏の朝、清四郎が目を覚ますと布団の中がざらりとする。
土・・・?
足元の辺りの布団に土がついている。

自分の眠りは浅い方だと思う。
誰かが自分の寝ている間に、布団に土をこぼしていって気づかないとは思えない(だいたい意味
がない)。
夢遊病・・・?
眠りが浅いならそっちの方がありそうだ。良く見れば足にも土がついている。

朝食を食べながら父と夢遊病と呼ばれる症状についての話を何気なくしてみたりもしたが、
実際はそれほど心配していたわけではなかった。

結局自分自信を信用していたのだ。
“過信”と魅録なら言ったかもしれないが。

2、3日そんな夜中の徘徊が続いたようだった。

15 名前: サクラサク(3) 投稿日: 2002/08/15(木) 18:59
素足で歩いている。
蒸し暑い夜だったが、ひんやりとした芝生の感触が直に伝わってくる。

意識がある・・・。

昨日までの徘徊は全く意識がなかったのだが・・・。
驚く清四郎の意識とは無関係に、体はどんどん歩を進める。
いくら広い庭とはいえ、もう端に達しそうだ。どうやら塀際にある木に向かっているらしい。

手に何か重い物を持っていることに気付いた。
それが何なのか確かめようとするが、目すら自分の意志で動かせない。
自分を自分の意志どおりに動かせないもどかしさ。
しかし、程なくその「物」の正体は分かった。
右手が動く。木にその「物」が突き刺さる。
まるで清四郎自身に見せつける様に目の高さ。

包丁、ですか・・・。さすがに背中が冷えるのを感じる。
そのとき、清四郎は驚くほどはっきり何者かの声を聞いた。
と、今度は左手が突き刺した包丁を引き抜く。

そのまま、すとんと。

清四郎の生足わずかに手前2、3cmに突き刺さる包丁刃渡り25cm。

16 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/15(木) 20:25
こんばんは、嵐様 いつもご苦労様です。
早く元スレッドがもとのように落ち着くといいですね。

さて、まえにも予告したのですが、南君の恋人版の反対
で美童が小さくなる話の新作をアップしたいと思います。
夏なので少しホラー風味を入れるつもりなので苦手な人は
とばしてよんでね。

ps サクラの作者様、同じ心霊もので、少し内容が
被るかもしれませんが、ご了承くださいね。

カップリングは美&悠なんで全然別の話になると思いますが・・・

17 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/15(木) 20:36
さて、有閑倶楽部 悠理の恋人
 季節は夏!! 夏といえば恋のアバンチュールの季節♪
 今回のお話の主人公世界の恋人美童にとっては、本領発揮!?のシーズン
 そういうわけで、今回は美童君の華麗なサマー・ナイトから始めあいと思います

18 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/15(木) 20:56
プロローグ

八月の熱い夜。美童は美人0Lとベイブリッジが見渡せる、某公園で
デートを楽しんでいた。
さすが、女には百戦錬磨の美童。汗ばむほどの湿気の強い中でも、
美童の独特のプレイボーイだけど、軽薄じゃない穏やかな雰囲気と、オシャレで涼しげな会話で
彼女にここちよい穏やかな時間を楽しんでいた。

19 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/08/16(金) 17:53
昨日はカップリングを入れ忘れるという大失敗をかましてしまいました。
申し訳ございませんでした。
あと、(続く)って入れるか、何レス分うpするか入れた方が良かったですね。
うpするタイミングうかがっていた方ゴメソです・・・。
>悠理の恋人作者様
丁寧にありがとうございます。本スレのほうで仰っていらしゃったのに、
こちらこそかぶってしまってゴメソです・・・。

20 名前: サクラサク(4)やや清×悠 投稿日: 2002/08/16(金) 17:54
放課後、有閑倶楽部部室。男ばかり3名思い思いに趣味悠々。
一人は読書(乖離性障害についてやや簡単に載っている)、
一人は久しぶりに軽音同好会らしくベースをいじり、
一人は携帯で世界中の彼女達にメールを連打中(一人一人の性格に合わせて少しずつ文章も
違う凝りよう)。
女性陣はといえば。

21 名前: サクラサク(5)やや清×悠 投稿日: 2002/08/16(金) 17:54
野梨子はこのところ母の手伝いで部室に顔を見せない。白鹿流茶道の国際交流会があるのだ。
海外で茶道文化を広めるために活躍している師範達を招いての大交流会だが、野梨子の母は
娘ほどには英語が得意ではない。そのためこのところ連日、野梨子は母に連れ添い準備のため
に飛び回っている。
茶道独特のニュアンスを伝え合うため、通訳を雇うより娘の語学力の方が頼りになるのだ。
一人っ子の野梨子だから、どことなくおっとりした母親は時に妹のような存在なのかもしれない。
頼りにされて張り切っているようだった。
今日も交流会のために来日した、どこだかの貴婦人を迎えに空港へ放課後お車で直行。ご婦人、
以前パーティーで野梨子を見かけすっかりお気に召しご指名らしい。
しかし、もともと体力があるほうではない野梨子。
今朝の登校時も、黒い大きな瞳の下に、珍しくうっすら隈が浮かんでいた。
清四郎としては野梨子のことが心配ではあるが、正直少し安心もしていた。
普段の野梨子なら、清四郎の常ならぬ状態に真っ先に気づきそうだったからだ。
保護者である自分が、被保護者である野梨子に心配を掛けるのは不本意。

お高いプライドでそう思っていた。

22 名前: サクラサク(6)やや清×悠 投稿日: 2002/08/16(金) 17:55
部室の扉が開く。聞きなれた声。
「なんかさー、最近背中がぞくぞくして仕方ないんだよ」
そう言いながら悠理と可憐が並んで入って来て。
何気なく部室を見渡して。

バッタアアアーン!

まるで何かに跳ね飛ばされるように、悠理が物凄いスピードで後退る。
そのまま扉に背をつけたまま固まっている。その目が清四郎を直視したまま動かない。
清四郎の顔がわずかに強張る。
なるほど・・・。原因はそっち方面か。
得心。
・・・それにしても、便利。さすが探知機。何かに使わないのは惜しい気がしますね・・・。
「あ・・・。あたい、やっぱり今日はちょーし悪いや。帰る!」
部室のドアを再び開き、悠理が踵を返し走り出す。
「悠理!?」
驚き、あきれる面々の横をもう一人すごいスピードで走り抜ける人物がいた。
「・・・清四郎!?」
唐突な二人の行動に取り残される3人。
「なんなのよお?あれ・・・。」
可憐がポツリと言った。

23 名前: サクラサク(7)やや清×悠 投稿日: 2002/08/16(金) 17:55
いくら悠理の足が「常人」離れして速いとはいえ、清四郎も負けない自信はある。
直線コース、ならば。

前方の少女は人間技とは思えない程ダイナミックなコース取り、
且つシャープなコーナリングを見せ、スカートを翻し、校内を全速力で走り抜けていく。
動物的な運動神経で器用に一般生徒を避けるのでロスも少ない。
このままでは差が開く一方だ。

校内では知らぬ人のいない有閑倶楽部。その二人の時ならぬ追いかけっこ。
良家の子女ばかりとはいえ、人のコ。野次馬根性を刺激されるものも勿論いる。
周囲の囁き合う連中を横目で見ながら、清四郎はなお走りつづける悠理を追う。
階段を全速力で飛ぶように下りる悠理を手摺から身を乗り出して覗き込みながら、決断。

踊り場の窓を開ける。下を覗き込む。中庭に向かう廊下へ悠理が飛び出してきた。
迷わず長身を窓の外へと躍らせる。

24 名前: サクラサク(8)やや清×悠 投稿日: 2002/08/16(金) 17:56
一気に3m差。さらにコンパスを生かし詰める。手を伸ばす。
悠理の左手を自分の右手で掴んで引き寄せる。
対面する形になったところで相手の右手も左手で掴み、自分自身と校舎の壁の間に追いつめた。
「悠理・・・ッ話したいことが・・・あるんですけど・・・」
さすがに息が荒い。
「あ・・・あたいはないやい・・・ッ」
精一杯虚勢を張る悠理だが、目がおびえている。
荒い呼吸の下からなおも何か言おうとした清四郎だったが、
ギャラリーがいることにやっと気付いた。

あれだけ目立ちまくっていたのだ。追っかけて来た者も当然いたし、窓から飛び降りる清四郎を
見て中庭から何事かと集まって来た者もいる。

一瞬悠理から目が離れた。
一瞬で充分だった。

悠理は瞬時に膝を折り体を沈める。
そのスピードについてゆけなかった清四郎の腕から悠理の腕が自由になる。
清四郎の脇の下からするりと体をかわし、脱出成功。
脱兎のごとく走り去っていく後姿をぼんやり。

清四郎不覚・・・。
        (続きます)

25 名前: サクラサク 投稿日: 2002/08/16(金) 18:07
うわあ。また、やってもうた。
「コレだから新人は」って言われそう・・・。
>20は>15の続きでつ・・・。
本当に申し訳ございませんでした。

26 名前: ホロ苦い青春編 投稿日: 2002/08/17(土) 03:03
>11さんから続きです。

兼六園の中は、夕刻という時間帯のせいか観光客もまばらだった。
日本庭園の緑が野梨子の白い肌を際立たせている。
色づき始めた夕陽が長く濃い影を落とし、それがどこか物憂げな野梨子の
表情を一層艶めいたものへと変える。

魅録は、そんな野梨子から目が離せずにいた。
園内にある、山崎山と呼ばれる小高い丘の周辺は見事な苔庭の緑に彩られている。
その風景を背後に立つ野梨子の姿は、凛とした1輪の百合のように見えた。
まるで彼女の父親が描く、高潔な日本画の世界そのものの光景である。
思わずため息をついて見とれてしまう。

ふと野梨子が雪見灯篭に目をやり、不思議そうな顔をする。
「あれは・・・作り物、ですかしら」
灯篭の上に、霧にけぶるような青い羽を持つ鳥が1羽、身動きもせずに止まっている。
「アオサギだな。本物だと思うけど」
見ているうちに、アオサギは1−2度首を軽く振り、夕焼けの空へと飛び立って行った。
「あ」その姿を野梨子に重ね合わせ、思わず魅録は小さく声を出した。
もうすぐ、自分の横にいるこの女性は、違う男のもとへと飛び立って行ってしまうのか。
よく知った仲間の元を離れ、裕也という空へ。

魅録は急に、胸が締め付けられるような思いを味わった。


ここで力つきました・・・どなたか裕也登場おながいします。
兼六園ぜんぜん知らないので変なこと書いているかもです。
指摘頂いたら修正いたします。

27 名前: 有閑新ステージ編(171) 投稿日: 2002/08/19(月) 21:28
本スレ8 270の続きです。
黒松悠美可の哀しい最期を話し終えてからも悠理はひたすら泣き続けていた。
そんな悠理をぎゅっと抱きしめて優しく背中を撫でてやっているのは清四郎ではなく可憐だった。清四郎は言葉もなく立ち尽くしていた。
しばらくたってから清四郎は口を開いた。
「可憐・・・僕と悠理を2人きりにしてくれます?」
「えっ?でも・・・」
清四郎の申し出に可憐の瞳は抵抗の色を見せた。今、興奮状態の悠理を清四郎と2人きりにさせておくのは良くない。清四郎はこういう状態の悠理に上手く接することが出来ないと可憐は思っていた。
「可憐。俺たちは部屋に戻ろう」
けど・・・魅録のその一言で可憐は悠理の背中から腕を解いて立ち上がった。
「分かったわ・・・悠理・・・下着姿のままじゃ風邪ひくから服を着てね」
可憐は床のワンピースを拾って悠理の膝に置いてあげてから魅録、野梨子、美童と共に部屋を後にした。
「どうしたの魅録?」
部屋に戻ってからもから魅録は何やら考え込んでいた。
「清四郎に前世の記憶を取り戻させる方法をな。それより可憐。お盆の裏に盗聴器を貼り付けるからそれに紅茶を載せて悠理の部屋に持って行ってくれないか?アイツらの会話を聞いておいて雰囲気がヤバくなったら俺らが仲介に入った方がいいぜ。清四郎も上手く悠理に接する事できなさそうだしな」
「分かったわ。盗聴器の件はあたしも賛成よ。それより、どうやって清四郎に前世の記憶を思い出させるのよ??」

28 名前: 有閑新ステージ編(172) 投稿日: 2002/08/19(月) 21:29
悠理は下を向いて泣き続けていた。可憐が紅茶の差し入れに来てくれた時も何も反応せずにただ泣き続けていた。
「悠理・・・」
清四郎は悠理の両頬を包み顔を上げさせた。その時、悠理の首筋にこないだ自分が付けたキスマークがくっきりと残っているのに気付いた。
「僕が付けたキスマークまだ残っているんですね・・・。僕もまだ体中にあなたが付けたキスマーク残っていますよ・・・。僕を憎んでいるなら・・・どうしてあの時・・・僕に抱かれたのです??」
下手な話の切り出し方だと清四郎自身も分かっていた。
「何もかも忘れたかったんだよ!!目覚めて前世の記憶を思い出した時さ・・・最初は何事もなかったように元通りの生活を送ろうとしたんだ・・・でも毎晩、毎晩前世のあたいが諏訪泉に殺される時の夢ばっかり見てさ・・・嫌でも復讐するのがあたいの宿命だって気付かされた・・・」
清四郎が聞いてしまった悠理が寝言で言った「どうして助けに来てくれないの?」という言葉は過去の自分に対して言ったものだったのか。ようやく悠理の寝言の意味が分かった。それでも結局、悠理は自分の事を責めていることには違いない。
「悠理・・・」
震える手で恐る恐る清四郎は悠理の事をきつく抱きしめた。今、清四郎は自分に悠理を抱きしめる資格があるかどうか分からなかった。
「・・・僕の事を憎んでいるなら・・・一生・・・僕の事を憎み続けてもいい。僕は一生・・・あなたの憎しみを受け続けるから・・・だから・・・復讐するのやめてくれないか?CDの事は・・・僕がなんとかするから・・・」
「・・・違う・・・あたいは・・・怖いんだよ!!お前の事を信じるのが怖いんだ!!」
「えっ・・・?」

29 名前: 有閑新ステージ編(173) 投稿日: 2002/08/19(月) 21:30
泣き止んでいた悠理の目には再び涙が浮かび上がってきた。そして体も言葉も震えている。
「・・・清四郎さ・・・あたいがトラブルに巻き込まれた時はいつだって・・・助けにきてくれたじゃん・・・父ちゃんやあたいや可憐や野梨子や美童が芽台たちに捕まった時も・・・あたいが雅央に間違えられて拉致られた時も・・・でも・・・こないだ喜久水たちにレイプされかかった時助けに来てくれなかった・・・」
「・・・・・・」
「レイプ未遂でも・・・あたいすごくショックだったんだよ・・・お前が助けに来てくれなかった事は!!もし前世でお前に捨てられた記憶が蘇ってこなければ・・・なんとかやり直せたかもしれない・・・でも思い出してしまった今はもうダメだ!!前世でも捨てられて・・・今回も助けに来てくれなかった・・・これからお前がもっと酷い見殺しにする日がくるかもしれない・・・そう考えると怖いんだよ・・・」
あとの言葉は続かなかった・・・悠理は震えながら激しい嗚咽が漏れてきた。
「・・・悠理・・・」
やっと知ることのできた悠理の本音、それは哀しいものだった。
清四郎の心の中にはあの日悠理を追いかけなかった事に対して何百回目か分からない後悔の気持ちが浮かんできた。
悠理の柔らかい髪をそっと撫でたけれども、その仕草が悠理の気持ちを落ち着かせるものだという自信など全然なかった。
どうやったら悠理の信用を取り戻す事ができる?
清四郎にはその方法がわからなかった。
「悠理・・・僕は・・・」
前世の僕が本当にあなたを捨てたとは思えないんですという言葉を続けようとしたその時
「・・・清四郎、ちょっといいか?急ぎの話があるんだ」
ノックもなく魅録と可憐が部屋に入ってきた。


清四郎は魅録の部屋にやってきた。悠理の面倒は可憐が見ている。
「話って何ですか?」
魅録は窓を開けてからマルボロに火を点け吸ってから話を切り出した。
「お前って確か催眠術を使えるよな?その催眠って自分自身にかけることができるか?」
「えっ?」
「俺さ・・・前世のお前はシロだと思うぜ。夏子順清は悠美可を見殺しなんてしてないぜ絶対に!!」

【ツヅク】

30 名前: 薔薇の呪縛 投稿日: 2002/08/20(火) 12:17
本スレ11 295の続き

「悠理、平気かい?」
「うん・・・だいぶ楽になってきたみたい・・・」
心配そうな美童の問いかけにそう言って笑ってみせた悠理の顔は、未だ青白い
ままだった。美童の手はやさしく悠理の背中を擦り続けた。
「ありがと・・・もういいから。」
悠理はその手をやんわり断ると、フラフラする体で歩き出した。
「悠理?」
「部屋にもどるよ・・・悪いけどあたい今夜はもう飲めそうにないから、美童は
みんなのところにでも行けよ・・・な?」
悠理は美童に気を使ってそう言ったつもりだった。けれど美童にしてみれば、
なんだか突き放されてしまったみたいで酷く寂しかった。
美童はその場で拳をギュッと握り締めると無言のまま悠理に近寄り軽々と彼女
を抱き上げた。
「美童!?」
悠理は少しビックリした様子で美童を見た。
「悠理、僕たちは今夜恋人同士になったんだよ?なのに具合の悪い悠理を一人で
ほっとける訳ないだろ!?」
美童は不機嫌そうに言葉を続けた。
「・・・それとも僕は悠理にそんな男だとでも思われているのかな?だとしたら
心外だ。」
「美童・・・ごめん。」
「悪いと思ってるなら、今夜はこのまま黙って僕に介抱されること!!いいね?」
「・・・うん。」
悠理は美童のしなやかな首にそっと腕を絡めると、瞳を閉じた。

31 名前: 薔薇の呪縛(5)ちょこっと魅録×可憐 投稿日: 2002/08/20(火) 12:20
そんな二人を遠くから眺める影がふたつ。魅録と可憐のカップルだった。
「やっだ信じらんない!!悠理ったらおとなしく『お姫様だっこ』なんかされち
ゃって美童となんかイイ感じよぉ!?」
オペラグラスを片手に可憐は少々興奮気味に言った。
美童と別れた後4人は一緒にラウンジには行かず、それぞれ恋人同士の時間を
楽しむことを選択していた。そしてこの二人はというと、野次馬な可憐に促さ
れて一階上のデッキから美童と悠理のロマンスの一部始終を(もちろん二人の会
話は聞こえておらず、映像のみではあったが)覗き見していたのである。
「はあ―っ、美童ってば伊達に世界中の女のコ相手に恋愛してきてないわねぇ。
あの悠理を一晩の内に陥落させちゃうなんて・・・流石だわぁ。」
可憐から驚嘆の溜息がもれる。しかし彼女の傍らにいる男にとっては、そんな
ことはどうでもよかった・・・いや本来の魅録なら友人の幸せは自分のことの
様に喜べたはずなのだが、今夜に限ってはそんな余裕は彼に無かったのだ。
理由はさっきから握り締めたままの右の掌の中にある小さな箱の所為だった。
箱の中身はジュエリーAKIで購入した細身のプラチナの台座にブリリアント
カットされたダイヤモンドが3つ輝く指輪で、魅録は今回の旅行中にその指輪
を彼女に渡してプロポーズをしようと一大決心してきていた。

32 名前: 薔薇の呪縛(5)ちょこっと魅録×可憐 投稿日: 2002/08/20(火) 12:22
魅録と可憐が倶楽部内で最初のカップルとなって早3ヶ月、二人共落ち着いた
雰囲気の『大人の恋人』同士として学園内でも憧れの的になりつつあったが、
実際のところは友達の関係が長かった所為か、いまいちロマンチックなムード
に欠ける『友達以上恋人未満』といった感じだった。
(全然ロマンチックじゃないんだから!!)可憐が怒るのは毎度のことだったが
魅録には(いざとなれば女より男の方がロマンチックになれるもんだ)という持
論があった。そしてプロポーズをしようとしている今夜は、空には満天の星が
輝き、辺りには波の音だけが静かに響き渡る最高にロマンチックなシチュエー
ションだった。なのに彼女はさっきから遠くの恋愛模様に夢中なのである。
(なにが『男は全然ロマンチックじゃない』だよ★人がせっかくロマンチックに
決めようとしているのに!!)
魅録は『は―っ』と溜息をつくと、可憐からオペラグラスを取り上げた。
「魅録!?ちょっと何するのよ・・・」
やっと自分の方を向いた可憐の唇を魅録は強引に奪った。
可憐には一瞬何が起こったのか状況が飲み込めなかった。
「何じゃないだろ可憐、俺たちも恋人同士だってこと忘れてないか?」
「ええっ?」
「人の恋愛もいいけど、そろそろ俺との未来についても考えて欲しいんだけど。」
そう言って、魅録はおもむろに箱から指輪を取り出すと可憐の薬指に填めた。
そして照れた顔を隠すようにすぐ明後日の方を向いてしまった。
「魅録、これ・・・ええ〜っ!?」
可憐は天地がひっくり返った様に驚いた声を上げている。が、魅録が肩越しに
チラッと視線をやると月明かりで可憐の瞳にキラリと光るものが見えた。

33 名前: 薔薇の呪縛(5)ちょこっと魅録×可憐 投稿日: 2002/08/20(火) 12:23
「可憐・・・」
「あっ、ごめん。突然のことでびっくりしちゃって・・・」
可憐は人差し指で涙を拭うしぐさをして言った。
「別に突然じゃないさ。最初からいいかげんな気持ちでつき合うことにしたわけ
じゃないし、俺女の理想はすこぶる高くてこの先もお前以外の女なんて考えら
れそうに無いからな。」
「魅録・・・」
再び可憐の瞳には涙が込み上げてきていた。
「そういつも気のきいたことを言える方じゃないけど、可憐のことはいつも大事
に想ってるから・・・俺と結婚して欲しい。」
魅録からのプロポーズの言葉を聞いた可憐は、涙と嬉しさの余り胸がつまって
言葉にならず、ただ頷くしか出来なかった。
「可憐。」
魅録は可憐の手を取り、自分に引き寄せた。
「でも、まだアイツ等には内緒だぞ★」
魅録が可憐の耳元でぼそっと呟いた。抱きしめられて可憐の視界は塞がれてい
たけれど、魅録のバツが悪そうに赤面している顔は容易に想像できた。それが
なんだか可笑しくて、可憐はクスッと口元に笑みを浮かべて頷いた。
(続く)

34 名前: 薔薇の呪縛 投稿日: 2002/08/20(火) 12:43
スミマセン、本スレ用の字数の配分でUPしちゃった為、
読みずらくなってしまいましたね。
次からは気をつけます。

35 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/08/20(火) 20:38
新作うpさせてくださいまし。
最終カポーはまだ未定ですが、清×悠×魅×野スクランブルな感じです。
魅録がちと悪者入っていますので、魅録マンセーな方はスルー♪でよろしくです。

36 名前: エンジェル 投稿日: 2002/08/20(火) 20:39
今日も暑い1日になりそうだ。
ヘルメットを外し、両手で無造作に頭を撫で付ける。
朝だというのに、すでに額には汗が滲んでいた。
知り合いの店の裏手、目立たない場所にバイクを止め、いつものようにそこからは歩いて学校へと
向かった。

学校の門をくぐる寸前、珍しく一人で歩く生徒会長の姿を認め、早足で追いつく。
「おす。野梨子、今日はやっぱ休みなのか?」
「おはよう、魅録。熱が高いようでね。今朝薬を届けたんですが」
この季節に風邪をひいてしまったらしく、昨日から調子が悪そうだったのだ。
ゆうべの電話で、今日は休むかもしれないと言っていた。
帰りに、見舞いがてら顔を見に行こう。そう思った。

37 名前: エンジェル 投稿日: 2002/08/20(火) 20:40
道路の向こう側に黒いリムジンが止まる。一見してわかる。剣菱の車だ。
ドアが開き、元気いっぱいな声が届いた。「せーしろー、魅録、おはよー」
片手を上げ、鞄を振り回しながら駆け寄ってくる悠理を、立ち止まって見守る。
その時。
急ブレーキの音が響き、白のセダンが悠理のそばを掠めた。
剣菱の車から運転手が飛び出してくるよりも早く、顔色を変えた清四郎が、道路に手をつく悠理の
そばに駆け寄る。
「悠理!!」
セダンの男も慌てて車から降りてきた。
「悠理、大丈夫か!?どこが痛い!?」
「いたた・・・足、ちょっと、捻ったみたい・・・」
清四郎は手にした鞄を放り投げ、迷い無く悠理を横抱きに抱え上げた。
「な、何すんだよっ!大丈夫だって!!」
「じっとしてなさい。ぼくがいいと言うまで歩くな」ひと睨みで悠理を黙らせると、清四郎は魅録に
目をやった。
「すみませんが、ぼくの鞄を教室へ持っていってもらえますか?それと、手当てをしてから
授業に出ますから、先生にそう伝えてください」
「あ、ああ」
セダンの男は剣菱の運転手となにやら交渉に入っている。
「悠理の様子はあとから連絡すると、あの運転手にも言っておいて下さいね」
そう言い置くと、悠理を軽々と抱き上げたまま、清四郎は生徒会室へと向かって行った。
遠巻きに見ていた野次馬の輪がくずれ、その姿を見送る。
抱かれるのを嫌がっていた悠理が、やがて片手をそっと清四郎の首元に回すのが見えた。
その光景から魅録は、ふい、と視線をそらした。

38 名前: エンジェル(3) 投稿日: 2002/08/20(火) 20:40
HRが終わっても悠理は教室へやって来なかった。
心配になり、魅録は生徒会室へと足を向けた。
生徒会室のドアは薄く開き、そこから会話が漏れ聞こえてくる。
「まったくおまえって奴は、毎度毎度、どれだけ心配かければ気が済むんだ!」
珍しく乱暴な、怒気をはらんだ清四郎の口調に魅録は思わず立ち止まった。
「うるさいなあ。清四郎は大げさなんだよ。ただの捻挫じゃんか」
薬品をしまう、カチャリという音が止まった。
「悠理。もしぼくが、悠理の目の前で事故に遭ったら、どう思いますか」
一瞬の沈黙。
「・・・ごめん、清四郎」
二人の間に流れる親密な空気が、ドア越しにも伝わってくる。
いたたまれなくなった。
声をかけることなく、魅録はその場を立ち去った。

「で、そのあとどうなったの?相手とは」
昼休み。美童がサンドイッチを片手に、清四郎に問い掛けた。
「示談になりそうですよ。大した怪我もありませんし、飛び出したのは悠理の方ですから」
「ほんっと、注意力が無いんだから、あんたってば。気をつけなさいよ!」
果物をつつきながら、可憐が呆れ声を出す。「一緒に歩いていても、突然走り出したりするし。
子供と一緒よ。見てる方がはらはらするわ」
清四郎がじろりと悠理を睨む。旗色が悪くなったのを感じ取り、慌てて話題をそらそうとする。
「あ、そうそう。豊作兄ちゃん、出張が延期になったみたいだよ。パソコン、好きに使ってくれってさ」
最近、清四郎は剣菱の家へ足繁く通っている。豊作所有の高性能なパソコンがお目当てらしい。
遅くなる日は剣菱に泊まり、二人揃ってリムジンで登校することもある。
そんな事が重なるたび、二人の親密さが増しているように思うのは、魅録だけなのだろうか。
「そうですか。じゃあ、今日も寄らせてもらいますよ。その足のこともありますし」
悠理の、包帯が巻かれた足を顎で指す。「どうせ風呂から上がったら、包帯も外しっぱなしに
するんでしょう」
エヘヘ、と悠理が頭を掻く。
そんなふたりのやり取りを、魅録は暗い目で見つめていた。

39 名前: エンジェル(4) 投稿日: 2002/08/20(火) 20:41
「悠理が、事故を?」
布団から上半身を起こし、野梨子が目を見開いた。
「いや、大したことないんだ。ちょっとかすっただけで、捻挫で済んだ」
野梨子の部屋である。学校帰りに立ち寄ると、野梨子は意外と元気そうな様子だった。
薬が効いたようで、熱はすっかり下がったという。
「そうですの」ほう、と息を吐く。
寝巻き代わりの浴衣の襟元から、病み上がりらしい白い肌が覗く。和室の柔らかな照明が
それを一層引き立てて艶めかしい。
常ならば、そんな儚げな野梨子の様子は魅録の心を騒がせる。
だが、今日の魅録はどこか虚ろな表情で、それが野梨子を不安にさせた。
「・・・じゃ、俺、帰るわ」あっさり立ち上がる。「明日は出てこれるよな?」
「・・・ええ。明日、学校で」にっこりと微笑む野梨子の目に浮かぶ、微かな不審の色。
魅録はそれに、気づきもしなかった。

白鹿家の門前に停められたバイク。
荘厳な和風建築の前で、それは異彩を放っている。無骨な、鉄の塊。そぐわない。
まるで、野梨子と魅録自身を象徴しているかのようで、その光景は何度見ても魅録の心を沈ませる。
野梨子と付き合い始めて1ヶ月が経とうとしているのに、未だ慣れることはなかった。
重い気分を振り払うかのように、魅録はバイクを駆った。

40 名前: エンジェル(5) 投稿日: 2002/08/20(火) 20:42
自室の机の引出しから、魅録は1台のウォークマンを取り出した。
古く大きなそれは、もう何年も使われることなくしまい込まれている。
だが、捨てられはしなかった。思い出の品だった。
悠理が、初めて自分にくれた、誕生日のプレゼント。
付き合い始めてすぐの頃だった。

ふたりがかつて恋人同士であったことは、倶楽部の面子はおろか、当時親しかった友人さえ
誰一人知らない。
中学から高校へ上がる時期、ほんのわずかな期間。
ふたりだけの写真が小さなアルバムに収まりきらなくなった頃、その関係はあっさりと終わった。
一回きりのあやまち。
魅録が、自分とは正反対のグラマラスな女性と一夜を共にした事を知ると、悠理はきっぱり
魅録との関係を絶った。
親友であることに変わりはなかった。
けれど、ふたりの中で、ひとつの時期が終わりを告げた。
マブダチ。男同士の友情。
悠理がそう口にするとき、言外に男女の仲には戻れない事実を匂わせる。
何度か、よりを戻そうと言いかけた。
言えなかった。
悠理の女としてのプライドは、人が思う以上に高い。
それを傷つけてしまった自分に、悠理ともう一度付き合う資格など無かった。
どうしても捨てられずに取っておいた、古めかしいウォークマン。
それに添えられた自作のテープ。表面に、乱暴で元気な悠理の文字が踊る。
『魅録へ。たんじょーびおめでとー』
しばらくそれを見つめていた魅録は、やがて引き出しから乾電池を取り出し、セットした。
                   【ツヅキマス】

41 名前: エンジェル 投稿日: 2002/08/20(火) 20:44
早速やってしまいました・・・
タイトルに通し番号入れ忘れです。すみません。
>36 エンジェル(1)
>37 エンジェル(2)
でした。

42 名前: トライアングル32A 投稿日: 2002/08/21(水) 09:14
>>7
「やったー!一番乗り!!」 「やったね、悠理さん。」
並外れた体力で何人をもゴボウ抜きした2人は、野梨子と清四郎の分の
ファストパスも取ってセンターブ・ジ・アースへと戻っていく。
「あのさあ、悠理さん。」  「んっ?何。」
「俺、強引だから誤解されちゃうかもしれないけど・・・」
「誤解?何を?」
「悠理さんに憧れている事は事実です。以上っす。」
真っ赤になっている健二を見て悠理は少しテレて言った。
「いいんじゃん。あたい女の子扱いされた事ないし、悪い気はしないよ。
清四郎と野梨子のあんな顔が見られるのも楽しいしな。」
その言葉で健二の顔がパっと明るくなった。
「やった!じゃあ悠理さんの為にも、もっとあいつらにからむ事にするよ。」

センターオブ・ジ・アースに向かう2人の足取りは重かった。
「勘違いしないで下さい。僕は怒ってる訳じゃありません。」
「・・・?」
「幼なじみとして野梨子には幸せになってもらいたいだけです。」
少しテレて言う清四郎に野梨子は笑顔で答えた。
「あら、私幸せですわよ。清四郎、悠理、魅録、可憐、美童・・
こんなにたくさんの宝石を持っているんですもの。そろそろ走りませんこと?
このままでは悠理たちの方が早く着くかもしれなくてよ。」
「・・それだけは、避けたいですな・・」

43 名前: トライアングル 投稿日: 2002/08/21(水) 09:15
続きます。

44 名前: サクラサク(9) 投稿日: 2002/08/21(水) 21:24
拙作に感想を下さった方ありがとうございます。
嬉しくて震えてしまいました(w 小心者・・・。

>24の続きです。

清四郎は部室に戻り、口々に詰問する友人を適当にいなし(もちろん素直に「いなされて」くれる
連中ではなかったが…)、下校。
その帰途。

見知った影が前方に佇んでいる。
いやいやがありあり。だが、
「すんごいヤだけど、しょうがないだろお」
上目遣い、ちらり。
「可憐は助けてお前は見殺しって訳にもいかないしさあ・・・」
口を尖らせて。
清四郎は思わず笑ってしまった。悠理は更に、
不機嫌。

45 名前: サクラサク(10) 投稿日: 2002/08/21(水) 21:24
「意識があるー?可憐もあたいも取り憑かれてるときって記憶なかったけどなあ」
菊正宗邸の一室、清四郎の部屋。
清四郎の話を聴いて悠理が言ったが、すかさずツッコミ。
「飛良泉の口述筆記」
「あ、そっか。じゃ、その幽霊って清四郎になんかして欲しいんだ」
少し、感心。まるきり馬鹿というわけではないらしい。
「“僕の体を使って何かしたい”のかも知れません」
冷静に訂正。
「昨夜・・・いえもう日付は替わってましたが、体が僕自身に戻ってくるとき声を聴いたんです」
唯一の聴き手は、“その先、聴きたくないなあ”の顔。

『思い知れ。これからだ』

46 名前: サクラサク(11) 投稿日: 2002/08/21(水) 21:25
「なんだよお、それ。確かにお前って誰からも恨まれそうな性格してるけどさあー。」
悠理は両手で自分自身を抱くようにして身をすくめながら、さりげなく失礼なことを言っている。
大体取り憑かれてるっていうのに何でコイツこんなに冷静なんだよお。
「言ってくれるじゃないですか。まあ、恨まれているのが僕自身かどうかは分かりませんが
なんらかの怨恨が絡んでいるのは間違いないでしょう。」
「・・・じゃあそいつ、清四郎のこと・・・取り殺そうとしているとか・・・?」
悠理が今度は心配そうに清四郎のことを上目遣いに見た。
泣くんじゃないか?こいつ。
悠理の頭を手のひらで軽く叩き、しかし、とんでもないことを口にする。
「そのつもりなら、あんな宣言わざわざしないと思うんですよね」
考えるときの癖で手を顎に遣る。
「わざわざ実験をするかのように段階的に僕の体の乗っ取りを企てているようにも感じますし。
意識のある僕を思い通り動かせるかどうか少しずつ試した。そして怨恨が絡んでるとすれば
答えは大体察しがつきます」
聴き手“ああ、なんだか分かんないけど、やだやだ、聴きたくないよー。”の顔。

47 名前: サクラサク(12) 投稿日: 2002/08/21(水) 21:25
「僕自身の体を使い、僕の身近で大切な人物を殺す。昨日のアレはそのデモンストレーションと
考えるのが妥当でしょうねえ」
震えながら悠理があきれたように言う。
「そんなこと考えつくなんてお前ってほんっと、性格悪いよなー」
眉間に盛大に皺を寄せて清四郎が答える。
「考えつくというより、推理しただけです」
そのとき悠理が目をこれ以上開かないというくらい見開いて、清四郎に詰め寄った。
清四郎を見上げる不安げな瞳。

「・・・なあ、それって清四郎ん家の家族と野梨子が危ないってことか・・・?」

虚を衝かれた。
あんな推理をしておきながら“対象者”については考えが及んでいなかった。
結局「自分」が人を殺すなんて想像したくなかったのかもしれない。
「清四郎」
思考の止まった清四郎に悠理が言った。
「うちに来たほうがいい。ここにいたんじゃ危ない」
「剣菱邸・・・ですか?」
「うちなら外から鍵をかけておける部屋があるからさ。夜中にふらふら出歩かなきゃそうそう誰かを
殺せないだろ。」

試験勉強のため。
それが表向きの理由となった。
             (…続きます)

48 名前: トライアングル33A 投稿日: 2002/08/22(木) 07:17
>42
そして先にセンターオブ・ジ・アースに着いたのは・・・
「お前ら何やってるんだよ。遅すぎる!!」 「遅いじょ。」
既に列に並んでいる2人を見て清四郎と野梨子は肩を落とした。
「ダ・メでしたわね・・」 「そ・のようですな・・」
清四郎をにやりと見て健二は言う。
「清四郎、大方えなりかづきに間違えられてファンにサイン求められてたんだろ?」
「?えなり・・・何でです?」 「お前!自覚ないのか??」 「はっ?」
3人は目を見開いて言葉の続きを待った。
「そのゴルフルック。髪型。間違えられても無理ないぞ!」
「えなり・・健二最高。」 「わ、悪いですわよ悠理。くっくっ・・」
「野梨子、悠理・・笑わないで下さい・・」
それでも笑うのやめない2人に清四郎は既に頭まで真っ赤になっていた。
「い、今までこれ以上の屈辱を受けた事はないですな・・」

「あっ、えなりとしゃべってる隙にもう次だぞ!行くよ。」
「・・・・。」 「くっ、くっ・」 「悠理私もうダメですわ・・」

49 名前: トライアングルです。 投稿日: 2002/08/22(木) 07:21
忙しい為にいつも少しづつになってしまい申し訳ありません。
9月までは今の様なペースになってしまいますが
お付き合い頂ければ幸いです。感想下さる方、とてもうれしいです。
今後ともよろしくお願い致します。
続きます。

50 名前: エンジェル(6) 投稿日: 2002/08/22(木) 14:11
「なあ、いいだろ。それぐらい教えてくれたって!」
昼休みの生徒会室で、悠理は清四郎にまとわりついている。

読んでいた雑誌から目を上げて、呆れたように可憐がつぶやく。
「また何か、意地悪されてるの?全く、あんたたちって毎日楽しそうね」
「楽しかないやい!こいつ、自分がつけてる香水の名前、絶対言わないんだよ」
「あれえ、清四郎、香水なんて使ってたっけ?」
美童が訝しげに尋ねる。気恥ずかしいのか、清四郎は新聞の影から悠理を軽く睨んだ。
「まぁ、ね。・・・ほら、以前美童がぼくにくれたでしょう。嫌味のつもりで」
ピンときたらしく、美童が笑った。
「なんだ、ぶつぶつ言ってたくせに、結局使ってるんだ〜。でも、気づかなかったなあ」
美童は清四郎に近づき、香りを確かめる。
「あ、ほんとだ。微かにだけど」
可憐も興味を示し、清四郎に近寄ってきた。
「ちょっと、やめて下さいよ」珍しく、かすかに頬を赤らめる。
「・・・あら、ほんと。・・・ぷっ、これって・・・」
清四郎の首筋にかなり顔を近づけて香りを確かめ、可憐が吹き出した。
香水の名前を察したらしい。
「あははは!まさに清四郎にピッタリじゃない!」
「それで、美童が当てつけがましくプレゼントしてくれたんですよ」
憮然とした表情で新聞に目を落としながら、清四郎が言った。
「だから、いいかげん教えろってばぁ!」
美童と可憐の反応に、悠理の好奇心はますます刺激されたようだ。

51 名前: エンジェル(7) 投稿日: 2002/08/22(木) 14:12
クールで理知的な清四郎とは対照的に、その香りはワイルドだ。
野生の肉食獣を思わせる、甘くて危険な香り。
自分にはそぐわないと思っていたからこそ、淡く、かすかにつけていたのだった。

「それにしても、よく気づきましたわね、悠理」
香水の名を可憐に耳打ちされ、ひとしきり笑った野梨子が言った。
長年隣を歩く幼馴染の自分さえ、その香りの存在に気づかなかったのだ。
よほどそばに近寄らなければわからないはずである。
「えっ、いやぁ・・・」悠理が赤い顔をして口ごもる。
「普通の人間よりも嗅覚が鋭いんですよ、悠理は。動物と一緒です」
さらりと清四郎が言い放ち、一同は笑いに包まれた。
ただ一人を除いて。

魅録は頬杖をつき、皆の会話を聞いているのかいないのか、あらぬ方を見ている。
悠理の視線がふと、そこに留まった。
魅録の耳から伸びるコードに、見覚えがあった。
魅録の髪と同じ、淡いベージュピンク。

当時はまだイヤホンの種類が少なく、あちこち探し回った。どうしても、魅録の髪と
同じ色のものをプレゼントしたかった。
数年前の話である。
だが、見間違えるはずは無い。今、魅録が付けているのは、悠理がかつて魅録に
贈ったものに間違い無かった。
(魅録のヤツ、何で今さら・・・)
胸が騒いだ。

52 名前: エンジェル(8) 投稿日: 2002/08/22(木) 14:12
チャイムと共に教室へ向かいながら、隣を歩く魅録を横目で見る。
ポケットから覗いているのは、確かにあの古いウォークマンだ。
「魅録。なんだよ、それ」
胸に溜め込むのは性に合わない。迷わず疑問を魅録にぶつけた。
「あん?それって何だ?」
「その、ウォークマンだよ。・・・もう、捨てたと思ってた」
魅録は正面を向いたままそれに答える。
「カセットテープ聞けるの、これだけなんだよ」
確かに普段の魅録は、MDを愛用している。部屋にあるコンポもそうだ。
「なに、深読みしてんだよ」ニヤリと笑う。「気になるなら、捨てるけどな」
悠理は、魅録から視線を外した。
「いいよ、別に」
悠理の横顔に、悲しげな色が一瞬浮かんで、消えた。
                        【ツヅキマス】

53 名前: ホロ苦い青春編 投稿日: 2002/08/23(金) 00:46
>>26さんの続き。

その時、聞き覚えのある声が、二人の間に割って入った。
「魅録じゃないか!こんなところで何してるんだよ」
「裕也!」
笑顔で魅録に歩み寄る裕也の顔は日に焼けて、体つきも以前より
たくましくなったようだ。

「何だよ、こっちに来るなら連絡してくれれば───」
と言いかけた裕也の言葉は途切れ、視線が一点に注がれる。
「あんたも…来てたのか」
野梨子は、裕也に向かってそっと会釈した。

「野梨子はお前に会いに来たんだよ」
「俺に?」
裕也は驚きを隠さず、まじまじと野梨子を見つめた。
「後は野梨子から聞けよ。俺は庭見物でもしてくるさ」
「あ、ああ・・・・・・」

上の空な返事に苦笑しながら、魅録は二人に背を向けた。
秋にはまだ早いとはいえ、庭園に吹く夕暮れの風は肌寒い。
魅録は野梨子が薄着だったことをふと思い出したが、自分が
心配することではなかったと、もう一度苦く笑った。

どなたか続きお願いしますー。

54 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/23(金) 14:27
こんにちは、久し振りです。
前回は、中途半端なところで途切れちゃってすみません。
あれから、ちょっと、エラーが多くかったので・・・

最近忙しかったので間隔があいて申し訳ありません。
プロローグ数行しか書いてないのでもう一回一緒にアップさせてください。

それでは。改めて、はじまりはじまり

55 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/23(金) 14:30
プロローグ

八月の熱い夜。美童は美人0Lとベイブリッジが見渡せる、某公園で
デートを楽しんでいた。
さすが、女には百戦錬磨の美童。汗ばむほどの湿気の強い中でも、
美童の独特のプレイボーイだけど、軽薄じゃない穏やかな雰囲気と、オシャレで涼しげな会話で
彼女とここちよい穏やかな時間を楽しんでいた。
 美童は、キラキラした流れるような金色の髪をかきあげると、
「少し座ろうか?」
 そう言って、彼女の手を取ると少し先にある木陰のベンチを指差すとエスコートしていって、彼女を座らせようとした。
 が、そのベンチに、小さな人形が置かれていた。

56 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/23(金) 14:34

「誰かの忘れ物かな?」
と、美童はその人形を覗き込んだ。
「そうね。きれいだし、捨てたとかじゃなさそうだけど」
「そういえば、さっき 浴衣をきたかわいい女の子をつれた親子連れがあのベンチでやすんでたしな」
「花火がなってたものね。近くで、お祭りでもあったのね」
「そうだね。じゃあ、これは僕が明日帰りに近くの交番にでも届けてくよ」
そう言って、美童は人形を取り上げた。

「それがいいわ。お願いね。でも、人形ってかわいいけど、夜見ると少し怖いわね。
綺麗に手入れされてるけどかなり古いもの見たいだし」
 と、彼女はその人形を美童の手の中にある人形を覗き込んだ

57 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/23(金) 14:37

 黒い長い綺麗な髪と赤い着物の小さな日本人形のようだけど、たしかに、暗いところで
見るとその切れ長の目は自分をじっと見つめているようで少し不気味な感じがした

「大丈夫だよ。由紀さんには僕がついてるし」
と臭いセリフをいいながらも、昔の嫌な記憶が一瞬よみがえって、声が引きつってしまった(有閑倶楽部コミック9巻参照)。

 その時、八月とは思えない涼しい風が流れてきた。

「……・・・さん」

美童は誰かに呼ばれた気がして後ろを振り向いたけれど、だれもいない

58 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/23(金) 14:38


美童は、なんとなく気になったけれど、もう花火も随分前におわったようで、かなり襲うなっていたので、

「気のせいか」
と気をとりなおして
「そろそろ行こうか」
と彼女を促した・

59 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/08/23(金) 14:41
五行前、
「・・・かなり遅く」です。
すいません、

60 名前: エンジェル 投稿日: 2002/08/23(金) 20:20
前回リンクを張り忘れてしまい申し訳ありません・・・。
それなのに暖かい感想を頂けて、すごく嬉しいです。
今回は、ラブな展開があまりないのですが、どうかお付き合いください。

61 名前: エンジェル(9) 投稿日: 2002/08/23(金) 20:21
>>52

話がある、と清四郎から言われたのは、その日の放課後だった。
夜、家へ行きますから。そう魅録に告げると、清四郎は悠理と共に剣菱邸へ向かった。
自分の家へ帰るのと同じ気軽さで剣菱を訪れる清四郎に、チリチリと胸を焼かれるような
痛みを感じながら、来訪を待つ。

予告どおりの時間に清四郎は現れた。魅録は我知らず身構える。
悠理の話かもしれない、そう思っていた。
その予想は、半分は当たっていた。

「脅迫されているんですよ」開口一番、清四郎は重い口調でそう言った。
「は?」話が飲みこめない。
「豊作さんです。このところ、ぼくが剣菱のパソコンを使わせてもらっているのは知ってますね?
脅迫のメールが届くんです、豊作さん宛ての」
剣菱の家にそぐわぬ、真面目で堅実な豊作に、脅迫されるような一面があったのだろうか。
「どういう事だよ」
「豊作さんは、天使だったんですよ」
「はぁっ??」
清四郎の口から発せられる、まるで似合わぬ言葉。
豊作と、天使という単語の突拍子もない組み合わせに、魅録は素っ頓狂な声を上げた。
「ベンチャー企業を立ち上げるときに、創業者が最も頭を悩ますのは資金繰りですよね」
これまた、関連性のない科白である。どこから話してよいものか、清四郎自身も考えあぐねて
いるらしい。

62 名前: エンジェル(10) 投稿日: 2002/08/23(金) 20:21
話を総合すると、こうである。
個人が会社を立ち上げようとする。良いアイディアはあるものの資金繰りが覚つかず、
実行に移せない。
そこへ投資する好事家がいる。
そういった人たちの正式な名称は、ベンチャーキャピタル。個人起業家を陰から支える存在だ。
もちろん、その会社が成功すれば、それなりの見返りはある。
しかし、実績の無い一個人に投資することは、一種の賭けでもある。
株などよりよほどリスクは大きい。しかし、企画立案からその会社に関わり、共に推移を見守る
スリルと成功したときの喜びは、株どころの比ではない。
投資家にとっては、金のかかる道楽。
しかし、零細企業にしてみれば、その投資家の存在はまさに天使に他ならない。
それ故に、そういう投資家は、エンジェルと呼ばれるのだ。
遊びを知らない豊作の、それは唯一の道楽と言えるものだった。

63 名前: エンジェル(11) 投稿日: 2002/08/23(金) 20:22
「この春、豊作さんは、ずっと援助してた企業のひとつを切り捨てたんです」
そこまで話すと、清四郎はいったん話を切った。運ばれた茶で唇を湿らせる。
「逆恨み、か」
ようやく話の趣旨をさとった魅録が、口を開いた。
来訪したときの清四郎に向けられていた恋敵を見る険しい表情が、いつの間にか信頼の置ける
仲間に対するそれになっている。普段通りの魅録だ。
「脅迫ってのは?具体的なら通報もできる」
「巧妙なんですよ。脅迫ととれる言い回しを、うまく避けている。差出人のアドレスもころころと
変わっている。おそらく自分のパソコンではなく、ネットカフェのようなところから出しているん
でしょう。ただ、その内容と、来始めた時期から、差出人は間違いなくそいつだと特定できる」

豊作が援助を打ち切ったのは、小さなソフトウェア開発会社だった。
親しい友人たちと、数人で切り盛りしていたらしい。
豊作の援助が途絶え、たちまちのうちにその会社は空中分解した。
経営者はまだ若く、才能も、野心もあった。
ただ、経営のノウハウを知らなかった。会社が立ち行かなくなったのは、豊作の援助如何を問わず、
彼の手腕によるものらしい。
だが、彼の怒りの矛先は、豊作へと向かった。

64 名前: エンジェル(12) 投稿日: 2002/08/23(金) 20:22
「最初は、豊作さん個人の誹謗中傷といった内容のメールだったんです。ところが、一ヶ月ほど前から悠理の名前が出てくるようになりましてね」
魅録が、身を固くする。
「それが、なんともいかがわしい内容で・・・」
「悠理が、狙われてるってことか」鋭い目で問い掛ける。
清四郎は鞄から1枚のMOを取り出した。
「この中に、彼に関してわかっている情報と、送られてきたメールの本文を入れておきました。
あとで目を通しておいて下さい。昨日の事故も、何か関係があるかと思って調べてみたんですが、
まだはっきりした事がわからなくて・・・それで、魅録の手を借りようと」
「わかった。とりあえず、こいつの身辺洗っとくわ。昨日の事故についても調べてみる」
「魅録も、悠理にそれとなく目を配っていてください」
心配を分け合った安堵からか、清四郎は大きく息を吐く。
「ただの杞憂であれば、いいんですがね」
そう言うと、黙りこんだ。

やり残した用があると、清四郎は再び剣菱へ戻った。
魅録は手渡されたMOをセットし、パソコンに向かった。せわしげにマウスを操る。
ディスプレイを見つめる目が、次第に険しくなった。
          【ツヅキマス】

65 名前: トライアングル34A 投稿日: 2002/08/24(土) 11:22
>>48
「おもしろかったじょー!」  「興奮しましたわね。」
「イヤ、ハヤ」 「待ったかいあったよな。」
水辺のカフェで4人はお茶をしながら語りあっていた。
「これからどうする?えなりはどうしたい?」
話を振られて清四郎はお茶を噴出しそうになった。
「さ、澤乃井君。その呼び方はやめてほしいものですな・・」
「あら、いいんじゃありませんこと。」 「なあ、あたいもいいと思うぞ。」
女性陣の賛同を得て健二はますます得意になった。
「大体、えなりはな〜」その言葉を遮るように清四郎は言った。
「ちょっと失礼して、所用を・・」
「トイレか?大きいの出してこいよ。」
「いや・・ですわ・・澤乃井君・・」 「健二、言うな〜。」
清四郎が赤鬼のような顔で遠ざかるのを確認して健二は野梨子に言った。
「野梨子さあ、本当に清四郎とは何もないのかよ?」 「何?ですの?」
「だからさ〜、恋人じゃないのかって事!」
野梨子はきょとんとして答えた。
「いやですわ。そんな事全くありませんわよ。家族のようなものですわね。」
「ふ〜ん。でもそれじゃ困るんだよな・・」 「何故ですの?」
「清四郎が悠理さんを好きになったら困るって事。」
その言葉で悠理が目を剥いた。「ない、絶対ありえない!!」
「私もありえないと思いますわよ。」
「う〜ん。でもいやな予感がするんだよな・・」
その時、3人の前で一人の子供が石につまづいてころんだ。
「うわ〜ん。」近くに母親はいないようだ。
野梨子が子供にかけよる。「僕、大丈夫?」
「ママいない。うわ〜ん。」
「じゃあ、お姉さんがママに会える所に連れていきましょうね。」
その様子を見ていた健二も言った。
「よし、俺も行くよ。悠理さん、えなりが来るまで待ってて。」
「ほーい。」
まるで親子の様な3人が遠ざかって行くのを悠理はアイスを食べながら見ていた。

66 名前: トライアングル35A 投稿日: 2002/08/24(土) 11:41
「あれ、2人はどうしたんです?」
「うん。迷子を迷子センターまで届けにいった。」
「そうですか、しかし参りましたな・・」 
「傑作じゃん、え・な・り・・君」
「やめて下さいよ。こんな話絶対あの3人には内緒ですからね!」
「ど・お・・しようかなあ・・」 「悠理!!!」
「でもあいつももの好きですな・・悠理にここまで・・」
「何だよ〜失礼だぞ。それにおもしろいからいいじゃん。」「・・・」
その時悠理が清四郎のアイスが溶けかかってるのに気づいた。
「清四郎、そのアイス食べないんならちょうだい!」
「のんきってうらやましい才能ですな。どーぞ、食べてください。」
悠理は勢いよく立ち上がり清四郎のアイスへとスプーンを伸ばした。
その時、勢い余って清四郎の胸に倒れこむ形となった。
間の悪い事にそのシーンをちょうど戻ってきた2人に見られてしまった。
「あ〜っ、!!お前ら何抱き合ってんだよ!!」
「ご、誤解ですよ。」 「こけただけじゃんか!」
「あ・や・し・い・・・」
清四郎は頭痛がひどきなるのを感じた。
これからの健二の暴走が酷くなるのは目に見えていたからだ。
(続きます。)

67 名前: サクラサク 投稿日: 2002/08/25(日) 01:17
嵐様編集ありがとうございます。感想まで一緒に入れていただいて嬉しい・・・。
私、リンクを貼り忘れていたりカップリングを書き込み忘れていたりと
ミスが多かったので大変お手数をおかけしたと思います。
申し訳ございませんでした m(__)m
感想を下さった方、大変嬉しく拝見させていただきました〜v
性懲りもなく続きをうpさせて頂きます。
しばしお付き合い頂ければ幸いです。

68 名前: サクラサク(13)やや清×悠 投稿日: 2002/08/25(日) 01:18
>47

「ええー!マジで試験勉強すんのかーーー!?」

剣菱家の外から鍵のかかる部屋というのは、剣菱家の女帝=百合子さんが悠理のために
あつらえた部屋だった。
悠理がチンピラ狩りなんてことをしているのを知ったとき、娘のあまりに危険な夜遊びを
心配して屋敷の一室を改装したもので、悪く言えば座敷牢である。
バス、トイレ、扉には食事の出し入れ用鍵付き小窓付き(囚人並み)。
流石に本当に使いはしなかったが、悠理を威嚇するには充分の意志が感じられる造りに
なっていた。悠理もその部屋が出来たときは“3週間程”は大人しくしたくらいに。
だが、勿論そこは以前のフリルとレースの大改装で百合子チックな内装。
大きな天蓋つきのベッド。テラスに続く大きなフランス窓に揺れる白いレースのカーテン。
テーブル、椅子、ライディングデスク、どれをとってもこれでもか!これでもか!といった感じ。

その部屋にはあまり似つかわしいとは思えない、教科書と問題集の山をどさりと置いて
「当たり前でしょう。言ったからにはキチンとやりましょう。悠理だって夏休みに補修を受けたくは
ないでしょう。お部屋をお借りするお礼です。遠慮なく・・・」
と、にっこり笑う。
「・・・礼になってないやい」
と、言いながらも“夏休み”の言葉が効いたのかしぶしぶ教科書を手に取る。
しばらく“かくあるべき”といった試験勉強風景。しかし、すぐに飽きた悠理が言い出す。

「なあ、清四郎。みんなに秘密って言うのはマズイだろ」

69 名前: サクラサク(14)やや清×悠 投稿日: 2002/08/25(日) 01:19
剣菱家に来る道すがら車の中で、今回のこともまず有閑倶楽部のみんなには相談を、と言った
悠理を清四郎は止めていた。
そのことが、悠理には引っかかってならないでいる。
「せめて、野梨子と・・・あと魅録には相談・・・」
「幽霊氏ですが・・・ひょっとしたら最近よく見ていた夢が関係あるかもしれない」
「ゆめえ?」
かなり露骨に話をそらされたことには気付かずに悠理が問う。
自分が自分以外の何かによって操られるなど、清四郎にとっては怖いというより先に屈辱なのだ。
相手が幽霊となれば悠理にある意味頼らざるを得ないのは仕方ないことだとはいえ、
できればメンバーには知られたくはなかった。
清四郎は徘徊が始まる少し前から桜の夢を見るようになったと悠理に話した。
「さくらかあー・・・」
悠理なりに何かを考えているようなので、清四郎も自分の思考に沈むことにした。
ずっと何かが気になって仕方がない。自室で悠理に問われたときから気になっていること。
普段ならすぐに分かる筈のことなのだが。
自分に憑依している何者かのせいなのか。それとも自分自身が“その可能性”を考えたくがない
ために“蓋”をしているのか?
“その可能性”・・・?

70 名前: サクラサク(15)やや清×悠 投稿日: 2002/08/25(日) 01:20
清四郎がそこまで考えたときだった。規則正しい寝息に気付いてふと見ると、悠理がテーブルに
突っ伏して寝ている。居眠りというには豪快な寝っぷり。
「仕方がないですねえ。試験勉強が途中なのに」
この部屋に寝かせておくわけにも行かないので、とりあえず悠理の部屋まで運ぶことにする。
やれやれ。部屋の鍵は誰がかけるんだ?

悠理を部屋まで運ぶ途中で悠理の兄、豊作と出くわした。
「あれ?清四郎君。ああ、悠理熟睡だなあ。ごめんね、なんか迷惑かけてるみたいだねえ」
華奢ながらそれでも兄。恐縮しながら、一応悠理を受け取ろうと自然に両手を出している。
「いえ、部屋まで運ばせて下さい。それに眠られてしまったのは僕の教え方が退屈だった
せいですし、迷惑なんてことはありませんから」
清四郎は鍵の件を豊作に頼むことにした。
「鍵?あの部屋の?なんで、清四郎君を閉じ込めなきゃ・・・」
不審そうに言う豊作に対し、清四郎は悠理をベッドに寝かせながらさてどうしたものかと思案。
豊作は悠理の靴を脱がせ、掛け布団をかけている。
「僕はときおり徘徊するんです。夢遊病というヤツです。“悠理とはいえ”妙齢の女性がいる
お屋敷でそれはまずいでしょう。メイドさんが見て“夜這い”などと妙な誤解を与えてしまうかも
しれません。そんなことになれば、おじさん、おばさんは大変悲しまれるでしょうね。ええ、悲しま
れます。ですから、鍵が必要なんです」
静かにまくしたてる清四郎に豊作は「うちの両親は逆に喜びそうな気がするんだけどなあ」と
思ったが、逆に「そうか、清四郎君は悠理と噂になるのがそんなにイヤなのか」と、解釈。
鍵をかけてやることにした。

71 名前: サクラサク(16)やや清×悠 投稿日: 2002/08/25(日) 01:20
鍵の開く音で目が覚めた。
豊作が起きてすぐ、忘れないうちに空けに来たらしい。悠理と違い几帳面な人である。
清四郎は身支度を整えてから部屋を出た。

その頃、自室で悠理がやっと目を覚ました。
なんだろ、この匂い・・・。
「さくらもち・・・?」
寝ぼけまなこで呟いて・・・「あー!!せいしろおーーー!」

72 名前: サクラサク(17)やや清×悠 投稿日: 2002/08/25(日) 01:20
廊下の向こうから、悠理が走ってきた。とにかく広い屋敷だ。
悠理の服はまだ昨日のままであるところを見ると、あのままずっと朝まで寝ていたらしい。
起きるとすぐ心配になって様子を見にようだが、さすがにばつが悪そうだ。
「ごめん。気が付いたら自分の部屋だろー。鍵がかかるからってよんだのにさー・・・」
「豊作さんにお願いしましたから。大丈夫でしたよ」
「あ、にーちゃんが。そっかあ」
清四郎の小言が始まる。
「それよりいつまでそんな格好でいるつもりですか。早く制服に・・・」
「大丈夫。いざとなったら車の中で着替えられるしさ」

本日は「同伴」登校である。その横で着替えるつもりか。
問いつめたい、小一時間程。
もちろん学生の朝にそんな時間の余裕はないが。
清四郎が何か言いかけるのを待たずに悠理はもう背中を向けている。
朝ごはん〜と鼻歌を歌いながら。

とりあえず車の中で制服を着替えるような事態にはならず、無事?登校。
しかし、一緒に登校して来た二人を見て密かに囁き合う生徒たちがいた。
昨日の二人の“追いかけっこ”はまだ翌日の朝だというのに、もう広まっていたのだった・・・。

73 名前: サクラサク(18)やや清×悠 投稿日: 2002/08/25(日) 01:21
剣菱邸、試験勉強2日目。
“今夜は寝かせませんよ”清四郎VS“あたいの睡魔に勝てるもんなら勝ってみろ”悠理の
教科書を使ったテーブル上の熱い戦いが繰り広げられている。
シャーペンの先でコツコツ問題集を叩いたりしながら、それでも悠理は夏休みのため、なんとか
眠いのをこらえ清四郎のジャブのような嫌味にも耐え、数式とにらめっこすること数時間。

耳鳴りがした―――、きいいいいん。
悠理の肌が一瞬にして粟立つ。空気が凍った。
手が止まる。顔を上げる。と、
清四郎の動きが止まった。薄く笑う・・・。
(大量にうpした割には進んでいませんが続きます・・・汗;)

74 名前: トライアングル36B 投稿日: 2002/08/25(日) 16:30
>>66
清四郎が健二に散々いじくられてる頃、可憐、魅録、美童の3人は松竹梅家で
今後どうするかについて話し合っていた。
「とにかくあの3人には内緒よね。」
「ああ、裕也との約束だ。時期が来たらあいつから話すだろう。」
「でもさ、ちょっとドキドキしちゃうよね。あいつらに秘密なんてさ。」
「・・馬鹿・・」可憐が美童の頭を軽く小突いた。
「でも可憐舞子ってどんな子?」
美童に尋ねられ可憐はあの高慢で権威主義の少女を思い出し少し気分が悪くなった。
「そうねえ、野梨子の気の強さ、悠理の向こう見ず、清四郎の傲慢
美童のナルシスト、魅録の顔の広さを足した感じ・・」
それを聞いて2人は同時に言った。
「可憐が入ってない!!」2人同時に痛い所を突かれ可憐はグッと詰まった。
「あ、あたしに似てる所は・・ないわよお。」( 宝石の趣味は一緒かも・・)
そこで美童がふと思いついた様に言った。
「さっきのさー、魅録だけ、けなしてなくない?」
それを聞いて魅録の顔は真っ赤になった。それには気づかず可憐は答える。
「そんな事ないわよ。魅録は悪に顔がきくって意味だもの。」
「ああ、なるほどね。」
しかし魅録は納得していなかった。

75 名前: トライアングル37B 投稿日: 2002/08/25(日) 16:42
(昨日の夜、可憐がよろけて倒れてきて以来何か変なんだよな。今も美童に
俺だけ特別って言われてどうって事ない事なのに顔が赤くなるし・・
おっかしいよなあ。) 「・・録?」 「魅録何ボーっとしてんの?」
「ああ、悪い。何でもない。」何でもなくはなかった。
可憐に覗きこまれて心臓がバクバクし顔が赤くなる自分が確かにそこにいた。

「2人とも、見て!どう、聖プレジデントの制服よ!」
舞子は聖プレジデントの制服に着替え両親にその姿を見せていた。
「おお、似合うぞ舞子!」「そうね、私の娘ですもの。」
それを聞いて舞子は満足そうに言った。
「じゃあ、舞子今から婆やと東京に行くわね。!
彼には後から来るように伝えてちょうだいね!」
( 続きます。)

76 名前: エンジェル(13) 投稿日: 2002/08/26(月) 09:03
>64
剣菱邸のプール。
壁に手をつき、軽やかな水音と共に悠理は水面に浮かび上がった。
ちょうどその目の前に、腕組みをした清四郎が立ちはだかり、怒りを込めた
冷たい瞳で悠理を見下ろしている。
「う、うわっ!!」
「誰が、泳いでいいと言いました?」
目線の高さを合わせるように、その場にしゃがみこむ。
その目はぴったり悠理を見据えて動かない。
「うるさぁい!もう、痛くなんかないぞ!」
捻挫した足を水面へ高く上げ、うそぶく。
すかさず清四郎が、足首を掴んだ。
「・・・ってぇ!!」
「そら、御覧なさい」
「ばかっ!そんな力で掴んだら、痛いの当たり前だろっ!!」
無理やり足を引き剥がし、ついでとばかりに清四郎のシャツを掴んで力任せに
引っ張った。
「う・・わっ!」
不安定な姿勢でしゃがんでいた清四郎はバランスを崩し、そのままプールへと
落下した。
「や〜い!ざまみろ!!ここまでおいで〜っと!!」
水を掻き分け、プールの中央へ逃げていく。
しかし、後ろから水音はしない。
訝しげに振り返り、はっと気づいた。
が、すでに遅かった。
潜水で近づいていた清四郎が突然水面に顔を出し、背後から悠理を羽交い締めにした。

77 名前: エンジェル(14) 投稿日: 2002/08/26(月) 09:03
「ちっ・・くしょ〜!離せ!」
「ほら、捕まえた」悔しそうにもがく悠理を、勝ち誇った顔で見る。
「さてと。悪い子には、おしおきが必要ですね」何を企んでいるのか、にやにやと笑う。
「苦しいってばぁ!離せよお!!」

まるで大きな魚のように、悠理の体が腕の中で撥ねまわった。
冷たい水の中で悠理がしなやかに動くたび、濡れたシャツを通してその熱い体温が
伝わってくる。
唇に余裕の笑みを浮かべていた清四郎が、ふいに真顔になった。
腕から、わずかに力が抜ける。
それに気づき、悠理が清四郎を振り返る。その真摯な表情に、動きが止まった。
視線が外せない。

冷たい水の表面は静かに揺れ、窓からの月光を反射して蒼い波を形作る。
その光が互いの顔を照らす。
清四郎の瞳に、静かな情熱の色が浮かんでいた。
悠理の肩に回した腕に、微かな熱が込もる。そっと唇を開いた。
大切にしまっておいた言葉を口にするために。
「悠理・・・」

その刹那、細かな水滴と共に悠理は清四郎の腕からするりと逃れた。
水を掻きながら振り返る。
「着替え、用意してもらっとくよ。そのままじゃ風邪ひくぞぉ!」

プールサイドを軽やかに走り去る悠理の後姿を、清四郎は呆然と見送った。
(・・・かわされた・・・?)
蒼く澄んだ水が、悠理のいた痕跡を示すように、揺らめき続けていた。

78 名前: エンジェル(15)(R18) 投稿日: 2002/08/26(月) 09:04
「ん・・・は、ぁっ・・・」
快楽と、同じだけの苦痛を含んだ熱い吐息。
肩で切りそろえたまっすぐな黒髪は、今は男の手で乱され、汗に濡れている。
体の奥に、間断なく打ち付けられる熱い楔。初めてではないが、それを受け入れる時には
まだわずかに痛みが残る。
野梨子を思いやり、いつもならばそっと分け入ってくるはずの男だが、今日は違った。
魅録が耳元で繰り出す淫らな言葉の銃弾。しかし今の野梨子には、それに耳を傾ける
余裕などない。
ちょうど犬のような格好で上半身を支えていた腕が震え、崩れる。
それを狙いすましたかのように、魅録は野梨子の腰を高く上げた。
ひときわ強く、野梨子を責める。

清四郎から受け取ったMO。
脅迫メールに綴られた悠理に関する淫靡な妄想に、魅録は強い嫌悪を感じた。
悠理が抗い、観念し、やがて男のいいなりになってゆく物語を、男は繰り返し繰り返し
何度も執拗に紡ぎ続けていた。
それを読み進むうちに、男の狂気はじわじわと魅録をも蝕んでいった。

「く・・・うっ。あ、あぁっ・・・!」
野梨子が、堪えきれずに高い声を上げた。体を細かく震わせる。
少し遅れて魅録が、高みに辿り着く。
荒い息をつき、野梨子の背中に崩れるように自分の身を重ねた。

(・・・っきしょう・・・。俺、最低だ・・・)
自分自身に対して吐き気がする。
昇りつめた瞬間、魅録の頭の中で歓喜の声をあげていたのは、目の前の女性ではなく
悠理だった。
               【ツヅキマス】

79 名前: エンジェル(16) 投稿日: 2002/08/28(水) 07:27
>78
日曜をはさみ、久しぶりに幼馴染と登校する野梨子の表情は、どこか硬い。
普段であればそれを敏感に察し、あれこれと気遣う清四郎だが、今朝の彼にもまた
そんな余裕は無かった。

悠理は、気づいていたはずだった。
中途半端な二人の関係をはっきりさせるために、清四郎が口にしようとした言葉。
それがわからないほど、悠理は子供ではない。

真夏の太陽を思わせる悠理の笑顔に、焦がれた。
はじけるように笑い子供のように泣く。感情を偽ることを知らない女。
自分の周りに張り巡らせた防御壁をやすやすと乗り越えてくる唯一の存在。
自分とは対極に位置する悠理を、それ故に、愛した。

悠理もまたそうだと思っていた。
剣菱に泊まっても清四郎が顔を見せないと、必ず拗ねて怒り出す。
眠れないと言って清四郎を呼びつけ、あれこれ話しこむ夜もあった。
頭を撫でて寝かしつけてやった。その時の安らいだ寝顔。
心の深い部分で、悠理は自分を求めているのだと、そう思っていた。

なら、何故あのとき、逃げたのか。
必要とされていると感じたのは、自分の思いこみだったのだろうか。
清四郎の思考は、休日の間もずっと、同じところをループし続けていた。

80 名前: エンジェル(17) 投稿日: 2002/08/28(水) 07:27
悠理はいつもと変わり無い。だが、清四郎にはあまり話しかけてこなかった。
やはり、清四郎に対して何か思うところがあるようだ。

二人、いや、魅録と野梨子を含めた4人の間の妙な空気を、敏感に悟ったのは
美童だった。
ぎこちない会話から、何かを感じ取ったようだ。
しかし、それについて口にすることは無かった。珍しく無口に、何事か考えこんで
いた。
それぞれが自分の気持ちを隠すことに精一杯で、互いのそんな様子には気づく
余裕もない。
表面だけの会話が上滑りし、長い1日は終わった。

一人居残って生徒会の仕事をしていた清四郎は、迷った。
豊作宛ての、例のメールがそろそろ届くころだった。

剣菱へ、行くべきなのだろう。
悠理には会わずに、用件だけ済ませればいい。
そう思った。

81 名前: エンジェル(18) 投稿日: 2002/08/28(水) 07:27
執事の五代に断り、まっすぐコンピュータルームへ向かう。
予感は当たっていた。
すでに見なれた粘着質の文章。あのメールである。

不愉快な気分を押さえながら、メールを読む。
読み進むうち、清四郎の顔色が変わった。

途中までは、すでに届いたものと同じ、汚らわしい妄想が続く。
しかしメールの後半、その中に毛色の異なった単語が混じり始めた。

準備。整った。迎えに行く。花嫁。
・・・もうすぐだ。

それは、暗に悠理の誘拐計画の実行を示唆していた。

もう、本人に隠しておける段階ではない。
本格的な危機が迫りつつある今、やはり悠理には知らせておくべきだろう。
顔を合わせるのは気は進まなかったが、そんなことを言っている場合ではない。
清四郎は、悠理の部屋のドアをノックした。
返事はない。
「悠理?入りますよ」
声をかけ、ドアを開ける。中に、悠理の姿は見当たらない。微かに水音がした。
部屋に備え付けのシャワールームにいるらしい。入って待つことにした。

82 名前: エンジェル(19) 投稿日: 2002/08/28(水) 07:28
所在無くあたりを見まわす。と、机の上にぽつんと置かれた箱が目に付いた。
可愛らしいデザインの、大きなクッキーの缶。
ふたは開き、中のこまごました物が覗く。おそらく、大切なものでもしまっているのだろう。
女の子らしい一面を垣間見たようで、口元に笑みが浮かぶ。

隣に、その箱から出したものか、赤いリボンで閉じられた小さな黒いアルバムが置かれ、
最初のページが開いている。見るともなく、その写真に目が行った。

楽しそうな表情の悠理。季節は春のようだ。満開の桜の下、それに負けないほど
まぶしく笑っている。
今より、ほんの少し幼く見える。少女というより、美しい少年のようだ。
中学か、高校に入りたて、といったところか。
当時の悠理を思い出し、懐かしさに顔がほころんだ。
次のページを繰る。今度は、魅録と二人の写真だ。さっきの写真よりも少しだけ女らしい
表情に見えるのは気のせいか。
次のページ。悠理が一人で映っている。その隣には、何故か魅録が一人で映る写真が
貼られていた。
次のページにも、その次にも、悠理と魅録以外の人物は出てこない。
ページを繰る清四郎の顔から、笑みが消えた。
聖プレジデント高校の制服を着こんだ二人が校門の前で映る写真を最後に、アルバムは
ふっつり終わっていた。

そのアルバムが意味する事実。
答えは一つしかなかった。

水音が止まり、部屋の主が出てくる気配がする。
シャワールームのドアが開くより前に、清四郎はその場から立ち去った。
                           【ツヅキマス】

83 名前: 有閑新ステージ編(174) 投稿日: 2002/08/28(水) 11:03
>>29の続き
かつて清四郎が夏子順清であった時に悠美可を裏切っていないという反論できる余地があった。
そう順清が悠美可の事なんて愛していなかったというセリフを言ったのは順清自身ではなくて諏訪泉だ。
そして今、清四郎自身が言葉に出来ないほどに深く悠理を愛している。だから前世でも最期の最期まで彼女の事を愛していたと信じたい・・・。
「魅録はどうして・・・僕がシロだと思うのですか・・・?」
「・・・なあ清四郎。運命ってそんなに残酷なものか?俺は今、悠理と清四郎が再び巡りあったのはお互いを愛する運命だからだと思うんだよ。それにさ・・・今お前がここにいるって事は悠美可が死んだ頃に順清も死んだっていうことだろ?死因は何だ?」
「・・・・・・」
「諏訪泉に悠美可が殺される前に諏訪泉によって順清が殺された可能性がある。そう俺は思うんだ。諏訪泉が悠美可に嘘を言った!!でもあんな酷い事をされながら『順清はお前のことなんて愛していなかった』って何度も何度も言われたらそう信じこんじまうよ・・・・・・」
「・・・前世の僕が諏訪泉に殺されたですか・・・そんな可能性を考えつきませんでしたよ・・・僕は悠理の前で否定するのに精一杯で・・・」
清四郎は自嘲的な笑みをこぼした。
「もし・・・お前が催眠術を使えるなら逆行催眠で前世のことを・・・お前がどういう最期を迎えたのか思い出すんだ!!」
「・・・魅録・・・僕は僕自身には催眠術をかける事ができないんですよ・・・」

84 名前: 有閑新ステージ編(175) 投稿日: 2002/08/28(水) 11:04
泣きじゃくる赤ん坊をあやすように可憐は悠理のことをなだめていた。
「ねえ、悠理。悠理は今清四郎の事を憎んでいるの??」
悠理は首をふるふると横に振った。
「・・・憎んでなんか・・・いないよ・・・でも信じるのが怖いんだ・・・だから・・・ワザと憎もうとする方が・・・あたいにとって楽なんだよ」
そんな悠理を可憐は優しい瞳で見つめた。そっと悠理の小さな両頬を挟んで聞いた。
「悠理。今すごく苦しいでしょ??」
「・・・うん」
「清四郎の事を信じれば苦しさなんかなくなるわ。相手を憎むよりも信じる方が簡単で楽なのよ。清四郎の事をひたすら信じればいいじゃない??悠理はただただひたすら清四郎の事を愛すればいいのよ。前世があんな風に終わったからって今回だって・・・なんて暗い考えはやめて・・・」
「でも・・・怖いんだ!!清四郎に裏切られるのが怖いんだ!!それにあたいだけ幸せになるんわけにはいかないんだよ!!悠清は・・・悠清はあたいのせいでこの世を彷徨い続けたんだ・・・それなのに・・・あたいだけって訳にはいかないんだよぉっ!!」

85 名前: 有閑新ステージ編(176) 投稿日: 2002/08/28(水) 11:05
いつの間にかに窓の外は明るくなってきていた。魅録の携帯のディスプレイには6月5日AM6:00と表示されていた。
「催眠術がつかえないなら仕方ない・・・ともかく悠理をローズガーデンから外に出さないようにしとかないとな」
「えっ?」
「CDの儀式があるのは今晩だぜ・・・悠理は儀式で連中に復讐をしようって考えているんだよ!!」
その時「悠理、待って!!どこ行くの?」という可憐の悲鳴に近い声が聞こえてきた。急いで廊下に出ると悠理が下着姿のままでフラフラと階段の方へ向かっていた。
「悠理!!」
清四郎は悠理の腕をきつく掴んだ。
「・・・痛い!!離せよ!!清四郎!!」
「ダメだ!!悠理、行ってはいけません!!」
清四郎は廊下の壁に悠理を押し付けて羽交い絞めにして、右手で悠理の口元を押さえた。何としても悠理は行かせてはならない。多少、強行手段を取っても仕方ない。
「魅録・・・悠理を縛り付ける物が欲しいのですが・・・」

86 名前: 有閑新ステージ編(177) 投稿日: 2002/08/28(水) 11:06
ローズガーデンの部屋は温かみのある色調の物でまとめられている。
しかい、この部屋の主はサディストではないかと思わせる異様な空間が温かみのある部屋に出現した。
ほっそりとした体格の少女と女性の狭間の年頃の女の子がソファーに縛り付けられている。
両足はソファーの脚の部分にきつく縛り付けられて、両手はこれはまたソファーの手摺り部分にきつくきつく縛り付けられている。口は言葉を発さないようにタオルが猿ぐつわの代わりの役目を果たしていた。
女の子がちょっとでも動こうというものなら彼女を縛り付けている布が刃に変身して切りかかってくる。それ程にきつく彼女は縛りつけられていた。
彼女の両手両足から血が滲み出ていた。それが彼女の胸元からお腹にかけて幾多にも走る切り傷を余計に痛々しく見せていた。
何も知らない人がこの光景を見れば、彼女は超サディストに体を切りつけられた上に椅子に縛りつけただろうと思うだろう。
「・・・ねえ・・・清四郎やり過ぎよ」
可憐は椅子に縛り付けられている悠理を直視できなかった。
「・・・仕方ないんですよ・・・それより・・・美童。9時になったらここの病院に行って鎮静剤と注射針を貰ってきてください」
感情のない声で清四郎が言った。
それを聞いて・・・もしかしたら今度は諏訪泉の手によってではなくって清四郎自身の手によって悠理を殺されてしまうかもしれないという嫌な予感が可憐の頭の中をグルグル駆け回った。
魅録は清四郎シロ説を信じていたが、この光景を見て・・・もしかして順清は悠美可を本当に裏切ったかもと思えるようになってしまった。
野梨子と美童は清四郎が突如、冷酷な殺人機に変身したように見えた。

87 名前: 有閑新ステージ編作者です 投稿日: 2002/08/28(水) 11:08
続きます。感想をカキコしてくださった皆さま。本当にアリガトウございます嬉しいです。

88 名前: エンジェル(20) 投稿日: 2002/08/30(金) 07:56
>82
夏の夕日が、生徒会室の中に長い影を落としている。
書類を挟んで向かい合う二人の男も、その夕日と同じ色に染められている。
が、その話の内容は、のどかな夕焼けの色にはそぐわなかった。

「あの事故は無関係みたいだな。調べてみたけど、五橋とのつながりは無い」
五橋満。それがメールの発信者の名前だった。
「それと五橋って男だが、やばいな。シャブに手を出してる」
清四郎の眉がピクリと動いた。
「会社を失い、妻子に逃げられて、ヤケになったってとこか」
「自滅型の人間の典型的なパターンですね」
冷ややかに清四郎が言い放つ。
「自分からわざわざ状況を悪化させる。愚劣としか言いようがありませんね」
高みから人を見下すような口調。いつもの事だが、今の魅録には妙にカンに触る。
―――挫折の味なんて、おまえにはわからないだろうよ。
言葉を飲みこみ、魅録は続けた。
「借金がだいぶ嵩んでるようだ。そろそろ金策も尽きてきてる。シャブを流してる
ヤクザが動き出してもおかしくないな」
「なるほど、その線か・・・」清四郎が得心した顔で呟き、1枚の紙を魅録に差し出した。
「ゆうべ来たメールです」
読み進む魅録の顔が険しくなる。
魅録の調査書類に目を通す清四郎の顔もまた、厳しいものに変わった。
「・・・まずいですね」

五橋に薬を流している、金剛組という暴力団に関する調査結果。
主な収入源は薬と、裏ビデオであった。
それも普通の裏ビデオではなく、マニア向けの変態的なもの。五橋の妄想と符号する。
金剛組が、借金の嵩んだ五橋をそそのかし、悠理を誘拐させていかがわしいビデオを
撮影する。ありえない話ではない。

89 名前: エンジェル(21) 投稿日: 2002/08/30(金) 07:56
「その、準備ができたってことか・・・」
魅録の顔が歪んだ。
「素人だと思って甘く見てましたが・・・ヤクザが絡むとなると厄介ですね」
脅迫が、一度に現実味を帯びてくる。
「清四郎。悠理にこのことは・・・」
「ゆうべ、メールで知らせておきました。知らなければ防ぎようがない」
結局、悠理と顔を合わせることなく剣菱邸を立ち去った清四郎は、危機を知らせる
メッセージを携帯電話のメールに託したのだった。
「最も、本人がどこまで危機意識を持っているかはわかりませんがね」
普段とさほど変わらぬ今日の悠理を思い出し、苦々しい表情で息を吐いた。

珍しく不快感を露わにする清四郎の姿に、その悠理への想いの強さを改めて感じた。
思わず挑発的な言葉が口をついて出る。
「ずいぶん心配そうだな。顔に出てるぜ。あんたらしくもない」
あんた、という呼びかけに込められた悪意を敏感に感じ取り、清四郎が魅録に胡乱な
目を向けた。
「愛しい悠理のこととなると、さすがの清四郎でも冷静じゃいられない、って事か」
からかうような口調に、剥き出しの敵意が滲む。

悠理の部屋で見たアルバムを思った。
写真が途切れていたのは高校入学のあたり。
おそらく、二人の関係もそこで終わっているのだろう。
それから今までずっと、魅録は悠理のことを想い続けていたというのだろうか。
そして、悠理もまた・・・?
清四郎の胸に、鋭い痛みが走る。

「未練、ですか」挑発に、乗った。
「魅録こそ、らしくないですね」
すべてを見透かすような目で、正面から魅録を見据える。

90 名前: エンジェル(22) 投稿日: 2002/08/30(金) 07:57
過去を知っている。悠理から聞きでもしたのか。魅録の目に暗い炎が点った。
「らしくない?」鼻で笑う。「あんたが知らなかっただけかもしれないぜ。これが、俺だ」
ほんとうに、そうなのか。
「あいつから届いたメール、全部読んだか?凄いよな、一大ポルノだぜ。あんたの事だ、
平気な顔して読んでたんだろ?内心、結構楽しんでたりしてな」
これ以上ない侮蔑の言葉。自分の口から発せられたとは思えない。
「悠理は、あれで女っぽい所があるからな。意外とスタイルいいんだよな、知ってたか?」
下世話な科白が勝手に飛び出してくる。
「耳元で話しかけたりすると、くすぐったがるだろ?敏感なんだよな、そこ」
熱に浮かされたように魅録は続ける。止まらない。

「・・・魅録」
親友の下劣な挑発を沈黙で受けていた清四郎が、やがて堪えきれずに魅録を見た。
「・・・野梨子を、泣かせるつもりですか」
静かな声。
が、その目には、冷たい怒りが燃えていた。

91 名前: エンジェル(23) 投稿日: 2002/08/30(金) 07:57
魅録の頭に、野梨子と付き合い始めたことを知ったときの、清四郎の言葉が蘇る。
『野梨子を泣かせたりしたら、ぼくを敵に回すことになりますよ』
冗談にくるんだその科白は、しかし本気だった。
その時、清四郎の顔に浮かんだかすかな嫉妬の色を、魅録は覚えていた。

「怒ってるのか。・・・野梨子とあんたは、ただの幼馴染じゃないもんな」
「・・・馬鹿なことを。話をそらすつもりなら、もっと上手にすることですね」
さらりと流したつもりの清四郎の瞳はしかし、揺らいだ。

「小さい頃、結婚の約束をしたんだろう?アイツ、まだ覚えてるぜ。
近所の犬に追いかけられて、泣きながら野梨子をかばった事もあるってな。
背中に小さな傷があるんだろ?不良にからまれた野梨子を助けたときの。
俺は、おまえのことなら何でも知ってるんだよ!野梨子から聞かされてな!!」
魅録の怒声に、清四郎は目を見開いた。
「毎日毎日、おまえの話が出ない日はないよ。・・・もう、うんざりだ」
そう言い捨てると、魅録は席を立った。乱暴にドアが閉まる。

残された清四郎は、長い間、身じろぎもしなかった。
やがて、大きな息をひとつ吐き、目を閉じた。
夕陽に照らされたその横顔は、ひどく、疲れて見えた。
                      【ツヅキマス】

92 名前: 薔薇の呪縛(6) 投稿日: 2002/08/30(金) 12:29
>33
所変わってここは先刻倶楽部のメンバーが待ち合わせをしていた階段下である。
まさか自分たちの成り行きの一部始終を覗かれていたとは露ほどにも知らない
美童は、悠理を抱えたまま船内に戻ってきていた。
剣菱家のご令嬢が彫刻から抜け出たように美しい男に抱きかかえられているの
である。周囲の人間はヒソヒソと噂を立てた。
「なぁ美童、あたい一人でも歩けるからもう降ろせよ。」
悠理はすれ違う船客たちの好奇の視線が気になるといった様子で美童に耳打ち
した。けれど美童は涼しい顔でそれを断った。
「ダ―メ!まだ顔色が全然悪いよ。さっきもフラフラしてたじゃないか。それに
僕は悠理が好きだから、どんな噂を立てられようと全然気にしないよ。」
「またぁ★お前よくそんな恥ずかしい台詞を平気で言えるよな。」
「そお?」
でも悠理も内心は全然嫌じゃなかった。トクン、トクン、トクン。規則的に聞
こえてくる自分以外の誰かの心臓の音が、こんなにも心地よくて安心するもの
なのかと悠理は初めて知った。そしてもう少しこのまま美童の腕に甘えていた
いと思っていたからだ。
「あっ!そういえばさっき待ち合わせしてる時、この絵を見てここだけ映画と違
うなあって清四郎達と話してたんだよ。」
階段の踊り場まで来た時、壁に掛けられた『追憶の恋人』を目の前にして美童
が思い出したように突然立ち止まった。
「ああこの絵なら最近母ちゃんが買ったやつだよ。大昔の外国の城に飾ってあっ
たとかでスゲ―お気に入りなんだ。せっかくだから一番目立つ所に飾るんだって
言ってたからな。」
「へえ、そうなんだ・・・あれっ?」
絵を見ながら美童が何かに気がついた。

93 名前: 薔薇の呪縛(6) 投稿日: 2002/08/30(金) 12:31
「この絵のモデル、さっきのレイフって人に似てないか?」
「え?」
美童は絵に近づき、再度確認をした。深い森に囲まれたとんがり屋根の小搭が
なんともメルヘンチックな古城と、美しい薔薇の庭園の中に描かれたその青年
は確かに『彼』だった。
(いや、そんな・・・まさかね。)
美童は一瞬頭の中に過ぎった妄想を、直ちに首を振って打ち消した。
「美童、レイフ・・・って?」
悠理は首を捻っている。ついさっき自分が原因となって美童とレイフの間に緊迫
した空気が流れていたのに、体調が悪かった彼女はそれどころじゃなかったらし
い。悠理は二人のやりとりを全然覚えていなかった。
「さっきデッキで悠理の背中をさすってくれていた男の人だよ。」
「えっ、あの人レイフっていう名前なのか!?」
「うん。」
悠理はそれっきり何かを考え込む様に黙ってしまった。
美童は悠理がレイフの名前を聞いて明らかに様子がおかしいことに気がついたが
そこへ清四郎と野梨子が通りかかった為、今は問い質すのをやめた。
「おや、悠理と美童じゃないですか。」
「まあっ!悠理どうかしましたの?」
美童に抱えられている悠理を見て、野梨子は心配そうに駆け寄って来た。
「顔色が真っ青ですわ。」
「ああ、ちょっと船酔いしたらしいんだ。足元がふらついてて危なかったから
部屋で休ませようと思ってね。」
「ほぉ、悠理が船酔いですか。珍しいこともあるもんですね。」
清四郎はいつもの様に口の端に意地悪そうな笑みを浮かべて悠理の顔を覗きこん
だ。普段ならここで(なんだとコノヤロー!)という言葉と一緒に手が飛んでく
る処であったが、悠理はチラッと感情の無い視線を向けただけであった。
その意外な反応に、清四郎も悠理の異変に気がついた。
そして同時に美童の妄想も確信へと変わった。

94 名前: 薔薇の呪縛(6) 投稿日: 2002/08/30(金) 12:32
「清四郎、後でちょっと話があるんだけど・・・いいかな?」
「美童?・・・いいですよ、それじゃ後で悠理に薬を持って行きますからその時に
でも。」
美童は無言のまま頷くと、金色の髪をユラリとなびかせて階段を上っていった。
その後ろ姿を清四郎と野梨子は心痛な面持ちで見送った。
「清四郎、悠理のあの様子は本当に船酔いの為なんですの?」
清四郎と美童のいつにない真剣なやり取りに、その場に居合わせた野梨子もまた
何かを感じ取っていた。
「・・・まだ何とも言えませんが、悠理は動物並に霊感が強いですからね。また
自分の意思とは関係無く霊を呼んでしまったのかもしれませんね。」
「まあ、またですの!?」
「とりあえず美童が何か経緯を知っているみたいですから、彼の話を聞いてみな
いと・・・」
「そういうことでしたら清四郎、早く悠理の部屋へ参りましょ!!」
野梨子に促され、清四郎もそれに頷いた。

数分後、清四郎と野梨子が悠理の部屋を訪れドアを軽くノックすると、剣菱家
のメイドではなく冴えない顔をした美童が出迎えてくれた。
「やあ、早かったね。」
「そんな顔の美童を一人でほおっておけませんからね。で、悠理は?」
「着替えたいからって、今はメイドと別の部屋にいるよ。」
「そうですか・・・ああ、これ一応悠理に薬です。」
清四郎が差し出した小さな包みを受け取りながら美童はクスッと小さく笑った。
「ありがとう。¨一応¨ってことは、清四郎も気がついたんだ?」
「ええ、まあ・・・それで早速ですが、美童の話を聞かせてください。」
美童は頷くと奥のソファに座り、祈るように組んだ手を額に当てた。
二人も美童に対面するソファに腰を下ろすと、美童は淡々と話始めた。

95 名前: 薔薇の呪縛(6) 投稿日: 2002/08/30(金) 12:33
美童が話終えた時、部屋には時計の時を刻む音だけが響いていた。
3人はしばらく無言だった。しかしその沈黙を破るように清四郎が口火を切っ
た。
「つまり美童は『追憶の恋人』に描かれた青年とレイフという男性が同一人物で、
霊の彼が何らかの目的があって悠理に近づいたと考えているわけですね?」
「うん、それに悠理はレイフに会ったのは今夜が初めてじゃないと思うんだ。」
「どうしてそう思いますの?」
「悠理が¨レイフ¨って名前にピクッと反応したからさ。過去に聞き覚えがな
きゃそんな反応はしないだろ?」
「なるほど・・・」
野梨子は感心した。ピエ―ロの事件の時もそうだったが、美童は女性のちょっ
とした反応や仕草、空気を見逃さない。そして同時に野梨子は思った。
女性がらみの事件の心理捜査なら、間違いなく清四郎や魅録より上であろう・・
と。
「そうですね・・・僕はまだそのレイフという人物を見ていないので何とも言え
ませんが、悠理に霊が近づいているという点は美童と同意見です。」
「清四郎・・・」
美童は何故か少し安心していた。自分の考えていることはもしかしたら悠理に
近づく男へのたんなる嫉妬なんじゃないかと思っていたからだ。
しかし転じて状況が良くなったわけでもなく、むしろ最悪だった。
「とりあえず悠理に話を聞いてみる必要がありますね。」
清四郎がそう言った矢先であった。隣の部屋から悠理の着替えを手伝っている
筈のメイドの慌てた声が聞こえてきた。
「お嬢様っ?悠理お嬢様―っ!?」
3人に緊張が走った。
「わたくしが見て参りますわ!」
悠理が着替え中ということもあって、野梨子がまず隣の部屋に入った。しかし
数秒もしないうちに中から血相を変えた野梨子が飛び出してきた。
「清四郎、美童、悠理がいませんわ!!」
「なんだって!?」
清四郎と美童は顔を見合わせると、次の瞬間二人は慌ててその部屋に駆込んだ。

96 名前: 薔薇の呪縛(6) 投稿日: 2002/08/30(金) 12:35
部屋は綺麗に整頓されており、悠理の着がえた様子はまったく無かった。
また同時に、誰かが無理やり押し入り、嫌がる彼女を連れ出したとも考えられ
なかった。
「これはどういうことなんだ・・・悠理から目を離すなと言ったじゃないか!」
いつになく美童の顔に苛立ちが目立った。
「申し訳ございませんっ!!お嬢様がお茶を召し上がりたいと言われたので、
そのご用意に下がっているうちに居なくなられて・・・」
メイドはオロオロして今にも泣きだしそうな声で答えた。
「美童、仕方ありませんよ。悠理の霊感体質のことは我々メンバーの他には
あまり知られていませんし。それよりも悠理を探す方が先です。」
「清四郎・・・う・・ん、そうだね。ごめん取り乱したりして。君も怒鳴った
りして悪かったね。」
清四郎に制され落ち着きを取り戻した美童は、部屋の隅で青い顔をしている
メイドにも気を配った。
「とりあえず僕と美童で船内を探しますから、野梨子はこの部屋に居て下さい。
悠理が戻ってくるかもしれませんから。」
「分りましたわ!!」
清四郎と美童は無言で頷くと、野梨子を残し部屋を飛び出して行った。

97 名前: 薔薇の呪縛(6) 投稿日: 2002/08/30(金) 12:35
二人はまず、問題の『追憶の恋人』が飾られたメインホールの階段へと向った。
悠理はレイフに会いに行ったと考えられたからだ。しかし、そこに悠理の姿は
無かった。
「悠理・・・どこへ行ったんだ!?」
美童はギュッと握り締めた拳を階段の手摺りに叩きつけた。
清四郎は美童の意外な一面を垣間見た気がした。いつもの彼は複数の美しい恋人
たちと、華やかでお手軽な恋愛をまるでゲームでもするかの様に楽しんでいた。
しかし今宵の彼は、たった一人の女性の為に自慢の髪を振り乱し、額に汗を浮か
べて宛ても無く船内を掛け回っているのである。
美童の悠理への心痛な想いが清四郎にも痛いほど伝わっていた。
「美童・・・」
清四郎が美童の肩に手を置き、何かを言いかけた正にその次の瞬間だった。
ピリピリした空気の二人を、気の抜けるような浮かれた声が呼び止めた。
「やだぁ!清四郎と美童じゃないの。男二人で何してんのよ、野梨子は部屋?」
今まで姿が見えなかった魅録と可憐だった。
「可憐・・・と、魅録ですか。ええ、野梨子なら今悠理の部屋にいますよ。」
「あら、そうなの?・・・じゃあ、アレは見間違いだったのかしら?」
可憐は不思議そうに魅録を見た。魅録も首を捻っている。
「そうよね。悠理は美童とうまくいったんだもの、そんな筈なかったわね。」
「え?」
突然のことに、美童は可憐の云わんとすることがすぐには理解できなかった。
「この先のデッキで悠理に似たやつが知らない男と抱き合ってたんだよ。てっ
きり悠理だと思って、俺たちビックリしてさ・・・」
魅録も信じられないものを見たといった様子で可憐の言葉を補った。
「魅録、その男どんな風貌をしていましたか?」
「あ?・・ああ、背が高くって銀色の髪をした・・・」
「レイフだ!!清四郎・・・」
美童は清四郎を見た。清四郎も頷いている。
「オイオイなんだよ、アレやっぱり悠理なのか?一体、何がどうしたんだよ?」
「説明は後です!魅録、そこへ案内してください!!」
「あ?ああ、こっちだ。」
魅録は何がなんだか解からないまま走り出した。清四郎と美童もそれに続く。
「ちょっと、なんなのよぉ―!!」
一人その場に取り残された可憐は、訳もわからず3人の後ろ姿に向って叫んだ。

98 名前: 薔薇の呪縛(6) 投稿日: 2002/08/30(金) 12:36
魅録に案内された先は、一時間前まで自分が悠理と愛を語りあっていた場所だっ
た。その場所で今は別の人間と悠理は抱き合っている。美童は我が目を疑った。
「悠理!!」
美童は二人の目の前に無我夢中で飛び出した。美童に呼ばれて悠理の肩が小さく
揺れる。そんな悠理を庇うというよりは隠す様にして、レイフはさらにきつく
悠理を抱きしめた。
「レイフ!悠理から離れろ、お前が人間じゃないことは解かっているんだぞ!!」
美童は感情的に叫んだ。
「・・・へぇ、人間じゃないと言うなら、僕はなんだというんだい?」
レイフは凍るような冷たい瞳で美童を見つめ返した。しかし美童は怯むことなく
さらに声を荒げた。
「君があの『追憶の恋人』に描かれた青年なんだろ?あれは大昔のものだと悠理
が教えてくれた。だったら君はこの世に生きている筈ないんだ!!悠理に近づい
たのも何か目的があるからなんだろ!?」
「ふぅん、お坊ちゃんの割には頭の回転がいいんだね。確かにあの絵のモデルは
僕だよ・・・でも残念、僕は幽霊なんかじゃないよ。」
「何!?」
「そして目的も彼女自身さ。僕はたった今悠理にプロポーズをした処だ・・・
そうだ、お友達もいることだし丁度いい悠理、もう一度プロポーズの返事を聞か
せてくれないか?」
隠れるようにレイフの腕に抱かれていた悠理は、彼に言われてためらいながら
美童の方へと視線をやった。
「悠理?プロポーズって・・・」
「ごめん美童・・・やっぱりあたい、美童とはつきあえないや・・・・・
あたい、レイフと結婚する・・・」
悠理から思いもよらない言葉を聞かされた美童は、無我夢中で走り回っていた為
既に心臓は破裂寸前で驚きの声もでなかった。
美童はひざから崩れ落ちた。そしてショックの余り美童はそのまま気を失った。
暗く沈んでいく意識の向こうで、清四郎と魅録の声が聞こえた気がした。
(続く)

99 名前: サクラサク(19)やや清×悠 投稿日: 2002/08/31(土) 01:00
前回は変なところで切ってしまいましたがその続きです。

>73
清四郎じゃない!
恐怖は隠せなかったが、それでも隙なく身構える。
清四郎の体が音を立てずに爆発したように感じた。あっという間に距離が詰まる。
「ひっ」
後ろに飛び退る。体を動かしているのは憑依した幽霊なのに、先ほどの動きを見ると普段通り
の清四郎の動きが出来るようだ。
くそー、詐欺だ、そんなの反則だ。とにかく距離をとれ。頭をフル回転。
婚約騒動のときに力じゃ清四郎にかなわないことは分かっている。とにかくこの部屋の外へ。
広い部屋が恨めしい。廊下側の扉もテラスに続くフランス窓もひどく遠く感じる。
“清四郎”が前へ動く。悠理が横に飛ぶ。テーブルの下を転がりながら天蓋つきのベッドの下に
潜り込み逆サイド、テラス側に抜ける。フランス窓を開けようと手を掛ける・・・。

100 名前: サクラサク(20)やや清×悠 投稿日: 2002/08/31(土) 01:01
開かない!?
鍵は開いている。だがびくともしない。
このバカ幽霊!こんなことも出来るんだったら、フツーに人に触んなくても人殺せるじゃんか。
どうしても清四郎の体を使って人殺ししたいのかよ!
後ろに気配がして慌ててしゃがむ。“清四郎”の手が空を切る。ベッドに跳ね飛び、スプリングを
生かして向こう側へ一回転して着地。ベッドをはさんで対峙するかたちになった。
とにかく幽霊の気持ちを反らせろ。
「おまえ清四郎にどんな恨みがあるんだよ!」
悠理が叫ぶ。できれば聴きたくはないが、他に合いそうな話もない。好きな献立について
話してくれそうな相手ではないのだ。
“清四郎”が笑う・・・。

101 名前: サクラサク(21)やや清×悠 投稿日: 2002/08/31(土) 01:02
『恨みがあるのはこいつ自身というわけではない・・・』
幽霊かく語りき。幽霊の名前は池月嘉之介といった。

それは何代か前の菊正宗家の若「清士郎」、要するに清四郎のご先祖様に対する恨みだという。
ある学問所で優秀な塾生一人を長崎の学問所に推薦するという話があった。
『最終候補に残ったのは俺と“清士郎”2人だった』
そのころ幽霊氏には許婚がいて、心臓を患っていたのだという。娘の名前はやえといった。
長崎へ行ければ新しい治療方法が学べるかもしれない。
やえに残された時間、そして自分自身のことを考えれば最後の機会だった。
嘉之介は周りに隠してはいたが、日に日に左目の視力が落ちていた。原因は分からなかったが
いずれ失明するだろうと思っていた。右目は・・・?分からない。なにしろ原因不明。焦っていた。
必死に学び優秀な成績を修めた。それでも不安だった。
そして、学問所の師範を買収しようとした。
・・・それがかえって不興をかった。選ばれたのは、“清士郎”だった。
やえは大好きな桜の季節を待たずに息を引き取った。庭の桜をにっこり指さし、
『嘉之介様はほうっておけない人ですから、私あの桜になって見守りますわ。きっとよ。
だから枯らさないで下さいましね』
そう言って目を閉じ、二度と開くことはなかった。
嘉之介は生きる希望をなくした。自暴自棄になりそのまま目の治療もしなかった。
別にもうこの世に見たいものなどなかった・・・。
程なく目も見えなくなり、学問所にも通わなくなり、肉親との交流すら絶った。
ある日そんなヒッキー嘉之介を見舞いに来た学問所の師範と仲間の塾生の前で
『まあ、目が見えなくても自分の喉くらいは刺せますよ』と高笑いし、喉に脇差を刺して
死んだのだった。

102 名前: サクラサク(22)やや清×悠 投稿日: 2002/08/31(土) 01:02
「そんなの逆恨みじゃんか。ふざけんな!」
悠理が叫ぶ。
とにかく喋らせその間に隙を見つけようと思ったのだが、腹が立って仕方なかったのだ。
「お前がやえさんのために出来ることってほんとに長崎行って、治療法学ぶことだけだったのか?
目だってちゃんと治療すりゃ治ったんじゃないのか?桜はどうしたんだ?
勝手に自殺しやがってやえさんの気持ちはどうなっちゃうんだよ!」
一気にまくし立てた。隙ができたのは悠理のほうだった。
                    (続きます)

103 名前: サクラサク 投稿日: 2002/08/31(土) 01:08
ドサクサに100ゲット・・・。
なんとなくすみません。

104 名前: トライアングル38A 投稿日: 2002/08/31(土) 10:42
>>75
清四郎は心底びびっていた。
表面的には野梨子、悠理となごやかに話している健二がテーブルの下ではひっきりなしに
自分の足をこんこんとけり続けて来たからだ。
「あ、あのね、澤・・」話かけようとする清四郎を遮るように健二は言った。
「よ〜し。じゃあこれからは2組別々に行動だ。3時間後に出口に集合。わかったな!」
清四郎は心底ほっとして言った。
「そうですな。じゃあどうぞ楽しくやって下さい。」 「おう、お前らもな!」
「悠理さん、これからどうする?」 「かたっぱしから!」 「おっけ!」
走り去る2人を見送りながら野梨子が言った。
「大変ですわね、清四郎。」 「野梨子、笑ってますよ、顔が・・・」
「だって実際おもしろいですわよ。今まで清四郎をあれ程振り回す方っていませんでしたもの。」
「悪魔ですな。」「でも随分敵視されてますわね。」
「本当に参りますよ。だって悠理ですよ。悠理。女に見える訳ないでしょうに・・」
野梨子は少し考えて言った。
「でも悠理は相変わらずですわね。」
「何も考えてないでしょうな。おそらく・・だって悠理ですよ。」
そう話す清四郎の脳裏に、さっき悠理が自分へと倒れかかってきた時にした
甘いシャンプーの香りが蘇ってきた。
( あれは意外でしたね。悠理の事だから犬用シャンプーでも使っていると思いましたが・・)
「・・郎、清四郎?!」 「ああ、野梨子。何か?」
「どうしたんですの?ボーっとして。」
「いや、何でもありませんよ。ちょっと疲れただけです。」
「それならいいのですけど・・」
( 疲れた・・だけですよね・・)清四郎は自分に問いかけたが答えは出そうになかった。

105 名前: トライアングル 投稿日: 2002/08/31(土) 10:55
すみません、短いですが続きます。

106 名前: トライアングル39A 投稿日: 2002/08/31(土) 15:30
「は〜っ、疲れた。」 「疲れたよな。」
勢いにまかせて、複数のアトラクションを制覇した2人は流石に疲れ果てベンチに座りこんでいた。
ぐったりしている健二に悠理が尋ねた。
「あのさあ、健二。」 「ん?」
「お前、伯父さんの病院継ぐんで留学やめたっていったよな?」
その質問に健二はいつになく真剣な顔をして答えた。
「後悔とかないのかよ。テニスやめちゃっていいのか?」
「後悔がないと言えばそりゃ嘘になるよな。でもさ、仲良しの従兄が
交通事故で死んで、気落ちしている伯父さん見てたらさ、俺がそうした方がいいかなって思って・・」
「どうゆう事?」 「いつも良くしてもらってたしな、あの2人には。
少しでも伯父さんの悲しみが癒えるならそうしようって決めたんだ。
あっ、こんな話皆には内緒だぜ。そしたら急に悠理さんとかあいつらに会いたくなって・・
おかしいよな。ほとんどしゃべった事もないのにさ。」
悠理が首を激しく振って答えた。
「おかしくないよ。もう友達だろ、あたいたち。清四郎だって野梨子だって
後の3人だってみんなそう思うよ!」
「おっけ、ありがとよ。そうだよな。えなりなんかもう親友だな。」
「そうだじょ。これからも沢山遊ぼうぜ!」
「楽しみにしてるよ。あっ、そろそろ時間だ。行こう!」 「うん!」
2人は元気に出口へと走って行った。
( 続きます。)

107 名前: サクラサク(23)やや清×悠 投稿日: 2002/09/01(日) 02:32
本日もうpさせて頂きます。
心霊モノなので8月中に終わらせたいという野望があったのですが
もう9月ですね・・・。

>102
ベッドの向こう側から“清四郎”が跳んできた。一撃目はどうにか避けた。
が、バランスを崩した。“清四郎”が手を伸ばし、悠理のパーカーのフードに手を掛ける。
そのまま掴み、引き倒す。
「んぎゃっ」
あまりの勢いに受身が取れず、一瞬息が止まる。
そんな悠理に“清四郎”は馬乗りになり、首に手を掛けた。そのまま力を込める。
悠理は必死にその腕を掴み、体を捩り抜け出そうとする。
もちろん殺されたくないし、「殺させ」たくない。
だが抵抗する力はどんどん抜けていく・・・。意識が飛びそうになったそのとき、

「悠理に手を出すな!」
清四郎が叫ぶ。首を締め上げる手が緩む。
悠理の気管に、肺に、新鮮な空気がなだれ込んできた。

108 名前: サクラサク(24)やや清×悠 投稿日: 2002/09/01(日) 02:33
なぜ“その可能性”について思いが至らなかったのか。真っ先に考えなければいけなかったのに。

相当力を入れていたのかまだ冷静になりきれていないのか、悠理の首からなかなか指が
外せない。
それでも清四郎は自分の体が自分自身に戻ってきたことを確認するかのように
1本1本の指を丁寧に、剥がすように、外してゆく・・・。
ようやく10本全部外して、清四郎は絨毯に手をついた。脱力。
その下から悠理が体を引き抜くように滑らせた。
手をついて向かい合う。
「すげーな・・・清四郎・・・。幽霊、跳ね飛ばしたのかよ。」
「まだ居ますけどね」
上手く笑えないが安心させようと笑顔らしきものを作ってみる。

109 名前: サクラサク(25)やや清×悠 投稿日: 2002/09/01(日) 02:34
「首を・・・、見せて下さい。」
清四郎が言った。それから少し間をおいて、
「怖いですか?」と訊いた。
先ほど首を絞めたその手で触れられることに対して言ったのだったが、悠理は怪訝そうな顔を
しただけだった。

まだ肩で息をしている悠理に既に息を整えた清四郎が手を伸ばす。
悠理の顎に手を添えて顔の角度をほんの少し変え、白い首に赤く浮かび上がった絞められた
痕を覗き込む。
その手が、

微かに震えていた。

110 名前: サクラサク(26)やや清×悠 投稿日: 2002/09/01(日) 02:35
「せいしろぉー・・・」
清四郎に助けられて立ち上がりながら、
悠理は以前予知夢を見たときの事を思い出していた。

もう、先ほどの霊に対する恐怖心は去っていた。
自然に体が動いた。
あのとき、長身の友人がしてくれたようには出来なかったので、
悠理はその華奢で形良く伸びた腕を清四郎の首に絡めて引き寄せた。

思いがけず、悠理の髪から薔薇の香りがした(勿論、百合子さんの趣味)。
ほんの少し首の角度を変えれば唇が届くところに白いうなじがある。
「大丈夫。お前みたいにイヤミなくらいデキるヤツが幽霊のいいようにされるわけないだろ。
あたいが保証する。」
頭から首筋にゆったりと撫でてゆく手のひらの温かな感触を感じた。
「・・・よし、よし」

(たまやふくじゃないんだから…)
心のどこかでそんなことを考え苦笑もしたが、不思議と落ち着いた。

震えが止まった。
       (続きます)

111 名前: トライアングル40A&B 投稿日: 2002/09/01(日) 13:35
>>106
ディズニーシーからの帰りの車中。
野梨子と悠理が寝ているのを確認して清四郎が口を開いた。
「あのねえ、澤乃井君。」 「おう、何だよえなり。」
清四郎はおでこに手をあてて続ける。
「その呼び方ですけどね、頼みますから今日だけにして下さいよ。
明日からは菊正宗君とか清四郎とかでお願いします。」 
「おう、まかせとけよ、えなり!」 
(解ってない・・) 清四郎は頭を抱えこんだ。

「とにかくだ。あいつらには絶対秘密だ。鋭いやつらだから俺達も心してかからないとな。」
「うん。」 「わかったわよ。」
「何かまずい事態になったら俺の家に集まる事にしようぜ。」
「そうだね。」 「じゃ、じゃあ明日から私達、秘密の共有者ね。」

「いやだわ、こんあ狭いマンションじゃ。」「お嬢様、急ですのでご容赦下さいな。」
「しょうがないわねえ。じゃ舞子もう寝るから婆や準備して!」

「裕也、お前あたしの為になんてやめてちょうだいよ。」
「何言ってるんだよ母さん。寝てなきゃだめだろう。」「すまないね・・」

6人と2人の長い土日がようやく過ぎようとしていた。 (続)

112 名前: トライアングル 投稿日: 2002/09/01(日) 13:36
いつも感想頂きありがとうございます。
次回より合流致します。

113 名前: エンジェル 投稿日: 2002/09/03(火) 07:20
>91

美童からの誘いを受けたのは、一人でいることに耐えられなかったからだ。
「明日から、夏休みですのね」
美童が選んでくれた甘いカクテルは、洋服に合った涼しげなライトブルーだ。
なんという名前なのか、野梨子は知らない。
「そうだよ、しばらく野梨子に会えなくなっちゃうなんて耐えられないよ」
ふざけた美童の口調に笑みがこぼれた。
久しぶりに、笑ったような気がする。

恒例の旅行の話すら出ないまま、長い休暇に突入してしまった。
高校に入って以来、初めてのことだった。

「・・・ありがとう、美童」
テーブルの上に照明がわりに置かれたキャンドルを見つめながら、
ひとりごとのように野梨子がつぶやく。
「気を使ってくれてるんですのね」
美童は困ったように笑った。
「・・・今、一番つらいのは、野梨子じゃないかって思ってさ」
「・・・やっぱり、気付いてましたのね」

4人の視線が交錯するさまを、美童はじっと観察していた。
そしてほぼ完璧に、それぞれの思いを見ぬいた。
もしかしたら、本人たちよりも正確に。

114 名前: エンジェル(25) 投稿日: 2002/09/03(火) 07:20
「・・・魅録はね、夢を見てるだけだと思う」
美童が、自分こそが夢を見ているような眼差しでそう言う。
「可憐が言ってたんだけど、悠理は、天使なんだってさ」
唐突なその言葉に野梨子は笑った。
「ずいぶん、乱暴な天使ですわね」
「少なくとも魅録にとっては、って事。悠理ってさ、普通の女とは違うだろ?
色んな意味で、だけど」
言葉を切り、グラスに口をつける。
「女っぽさが無い分、生身の女の面倒な部分も無いってことだよ」
「・・・・・・」
「でも、そこを魅録は誤解してると思うんだ。悠理は、あれで充分に、女だと思う」
野梨子がわずかに目を上げた。
「わたくしも、そう思いますわ」
「だから、魅録は夢を追ってるだけだと思うんだ」

115 名前: エンジェル(26) 投稿日: 2002/09/03(火) 07:21
付き合おう、と言い出したのは、魅録の方からだった。
好きになった、他の誰にも渡したくない、と。
ぶっきらぼうで単刀直入なその告白が、嬉しかった。
『野梨子みたいなお嬢様と付き合うのは初めてだから、勝手がわかんねぇよ』
そう言いながらも、折々に気を使ってくれる。
不器用なそのふるまいの一つ一つが、愛しかった。
毎晩の電話が途切れてしまった今でもなお。

「魅録が、自分でそれに気付くかどうかはわからないけど・・・」
言葉を切り、探るように野梨子を見る。
「これからしばらく、野梨子は辛い立場に立たされると思う」
悲しげに野梨子を見つめるその瞳に、キャンドルの炎が揺らめいている。
「それでも、・・・野梨子は、平気?」
「わたくしの気持ちは・・・変わりませんわ」
キャンドルを見つめたまま、野梨子はきっぱりとそう言った。
「天使が相手じゃ、勝ち目は無いのかもしれませんけど」
泣き出しそうな顔で、美童に向かって微笑んだ。

116 名前: エンジェル(27) 投稿日: 2002/09/03(火) 07:21

『おまえを狙ってる奴がいる。
むやみに一人で出歩くな。
通学は車を使え。夜遊びは
するな。必ず守れ。』

悠理に携帯電話を返しながら、魅録は苦笑いした。
「・・・ま、あいつらしいと言えば、あいつらしいメールだな」
命令口調で統一された短い文面の中に、清四郎の仏頂面が見え隠れするようだ。
「いきなりそんなメールだけ寄越されても、なあ」
ヌアナムトック。カオマンガイ。ヤムウンセン。ホイ・トード。
舌を噛みそうな名前の料理が並ぶテーブルを前に、トムヤムクンをすすりながら
悠理が言った。
暑いときには、辛いもんが食いたいよな。
そう言う悠理の為に連れてきたタイ料理の店である。

なるほど、悠理に危機感は無い。誘拐されそうなお嬢様、という言葉があまりにも
似合わない。
そんな悠理を見ていると、清四郎の心配もただの杞憂に思えてくる。
(こいつが、黙ってさらわれるタマかよ)
頬を食べ物で膨らませた悠理の姿に、思わず吹き出した。
「ん?あんだよ。あにがおかしいんだお」
「ちゃんと食ってから喋れよ」
くくっ、と笑いながら魅録はシンハー・ビールのグラスを悠理に手渡した。

117 名前: エンジェル(28) 投稿日: 2002/09/03(火) 07:21
「大体、あいつはいつも勝手なんだよな。自分ひとりわかってればいいって態度でさ。
そのメールにしたって、次の日学校で会うんだから、そん時言やあいいのにさ。
わざわざ夜中にそんなの送って来やがって」
顔を合わせづらくなった原因を棚に上げ、ビールを一気に飲み干した悠理はそう
まくしたてた。
そんな悠理を、魅録は頬杖をつきながら穏やかな目で見つめる。
「一方的過ぎるじゃん?何をどう気をつけりゃいいのか、誰があたいを狙ってんのか、
何にもわかんないじゃんか」
悠理の文句は止まらない。

・・・やっぱりじゃねえか。
魅録は思う。
清四郎は、わかったような顔をして、悠理の事を何にもわかっちゃいない。
こいつは、ただ守られてるような女じゃないんだ。
たとえ敵にとっ捕まったって、めそめそ泣きながら黙って迎えを待ってるような奴じゃない。
敵をぶん殴って、アジトごと壊滅させて、大手を振って帰ってくるさ。
・・・俺が、初めて本気で惚れた女だもんな。

「・・・なに、にやにや笑ってるんだよ」
悠理の声に、魅録は我に帰った。
「あ、いや」思わず口元を押さえる。
「な〜んか、変だよな。最近のお前さあ」
不審な目を向ける悠理に、魅録は曖昧な笑みを返した。

118 名前: エンジェル(29) 投稿日: 2002/09/03(火) 07:22
家にいることが耐えがたかった。
当ても無く、街を歩いていた。こんな事は初めてだ。
何も生み出さない行為を、清四郎は嫌った。「無駄」と切り捨てる、それが常だった。
(・・・こんな夜も、あるものだな)
初めての感情を苦く噛み締めながら、歩いた。

以前6人で行ったことのある店の前で、ふと足を止める。
無邪気に笑い合っていた頃が、嘘のようだ。
すでに遠い昔のようなその時のことを思い出して何度目かのため息をつきそうになった時、
その店から出てきた客と目が合った。
魅録と、悠理だった。

「・・・ここで、何をしてるんです?」
ただ一言で空気を凍りつかせるような、冷酷な声音。
それを発した清四郎の目は、まっすぐ悠理に向けられている。
「夜遊びはするなと、メールしたはずですが?」
気まずさに、悠理は魅録の背後に隠れようとする。
それがますます清四郎の怒りを煽った。
感情が激すれば激するほど、傍目には冷静さを増して見える。
その刃は、次に傍らの男に向かった。
「・・・魅録も魅録です。状況を一番良くわかっているはずでしょう?
わざわざ狙ってくれと言わんばかりに連れ出すなんて、正気とは思えませんね」
「おい、別に一人で出歩いてる訳じゃないんだぜ?俺が一緒にいるんだ。
そんなに信用ないのかよ?」
清四郎の冷ややかな口調とは逆に、魅録の声は熱を帯びてくる。
「・・・それとも、俺と一緒にいることが、不安なのか?」
片頬を歪めて、嗤った。

119 名前: エンジェル 投稿日: 2002/09/03(火) 07:23
続きます。
すいませんまたやっちまいました・・・
>113は「エンジェル(24)」です。
ごめんなさい・・・

120 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/09/04(水) 11:34
11、 理の恋人 美&悠です。
 翌朝― 横浜の某ホテルのエントランス 
「じゃあね、美童。楽しかったわ。」
そう言って、タクシー乗り込もうとする、由紀に美童は軽くキスをして、
「僕もだよ。また、メールするよ」
といって、軽く手を振って見送る。

彼女を乗せた車が見えなくなってから、美童は一息ついて空を見上げた。
雲ひとつ無い澄み切った青い空、まだ午前中なのでそれほどではないが、今日もかなり暑くなりそうだった。美童は携帯を取り出して今日の予定を確認したが珍しくデートの予定は入ってないみたいだ。星の数ほどいる女のなまえのメモリをみながら、どうしようかと思案していると。

121 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/09/04(水) 11:35

「美童!!」
と、聞き覚えのある元気な声で名前を呼ばれた。振り返ると、
紅いチェックのキャミソールと短パンの一人の少女が、美童ガさっき出てきたホテルから、柔らかそうな茶色い髪をなびかせて美童のところに駆け寄ってきた。
美童は、その良く見知った少女を認めて驚いた。
「悠理!どうしてここに?」
美童と違って、色恋にはまるで縁がない彼女が、あさ、ホテルから出てきたのである。

美童が、かなり失礼なことを思ったことも知らず、悠理は明るく答えた。
「明日、このホテルで九江の中華料理の店がオープンするんだよ。で、昨日の夜、前祝でとおちゃんとかーちゃんで一緒に食べに来たんだけど食べ過ぎてこのホテルにとまったんだ。とーちゃんとかーちゃんはまだ上の部屋で寝てるよ。あたいは腹ごなしに先に散歩して帰ろうと思って」
美童は過去の悪夢を思い出しながらも、やっぱ悠理は色気よりも食い気だな、と吹き出した。
「なんだよ。美童!!」
「ううん、じゃあこれから、どっか腹ごなしのどっかいくか?車あるからドライブでもいく?悠理?」
「美童の運転でか?やだよ。(悠理もかなり失礼)じゃあ、プールがいい。近くで良いから泳ぎに行こうぜ!!」
「はいはい、いいよ。」
美童はちょっと、むっとしながらもたまにはこのじゃじゃ馬姫との健全なデートも良いかなと、笑顔で承諾した。(続く)

122 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/09/04(水) 11:38
「美童!!」
と、聞き覚えのある元気な声で名前を呼ばれた。振り返ると、
紅いチェックのキャミソールと短パンの一人の少女が、美童ガさっき出てきたホテルから、柔らかそうな茶色い髪をなびかせて美童のところに駆け寄ってきた。
美童は、その良く見知った少女を認めて驚いた。
「悠理!どうしてここに?」
美童と違って、色恋にはまるで縁がない彼女が、あさ、ホテルから出てきたのである。

美童が、かなり失礼なことを思ったことも知らず、悠理は明るく答えた。
「明日、このホテルで九江の中華料理の店がオープンするんだよ。で、昨日の夜、前祝でとおちゃんとかーちゃんで一緒に食べに来たんだけど食べ過ぎてこのホテルにとまったんだ。とーちゃんとかーちゃんはまだ上の部屋で寝てるよ。あたいは腹ごなしに先に散歩して帰ろうと思って」
美童は過去の悪夢を思い出しながらも、やっぱ悠理は色気よりも食い気だな、と吹き出した。
「なんだよ。美童!!」
「ううん、じゃあこれから、どっか腹ごなしのどっかいくか?車あるからドライブでもいく?悠理?」
「美童の運転でか?やだよ。(悠理もかなり失礼)じゃあ、プールがいい。近くで良いから泳ぎに行こうぜ!!」
「はいはい、いいよ。」
美童はちょっと、むっとしながらもたまにはこのじゃじゃ馬姫との健全なデートも良いかなと、笑顔で承諾した。(続く)

123 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/09/04(水) 11:40
次は美童&悠理のデート編です、前振りが長くて、美童ガ小さくなるまでちょっとかかりますが、よろしく。
でも、美童と悠理のデートがかわいいので書いていて、楽しいのでつい長くなりそうです(汗)

124 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/09/04(水) 14:55
121番と122番重複しています。すみません

125 名前: 有閑新ステージ編(178) 投稿日: 2002/09/04(水) 21:04
>>86の続き
6月5日――――午前10時――――
美童は貰ってきた鎮静剤と注射器を清四郎に渡していいのかどうか躊躇していた。
「あ・・・あのさ・・・清四郎。これって何に使うのかな?」
「悠理を眠らせる為に使うのですよ。美童、朝から遠くまで行ってもらって感謝してますよ」
連日の睡眠不足で目の下に青グマを作りげっそりとやつれた清四郎は無表情な顔つきで答えた。
まさか永遠の眠りにつかせるつもりではないよね!?そう美童が聞こうと思った途端、清四郎は美童に背を向けて、縛られた悠理がいる部屋に戻って行った。
――ガチャン。2人がいる部屋の鍵が掛けられた。
「ねえ、魅録。大丈夫かしら?」
「大丈夫さ、盗聴器仕掛けているし」
「でも・・・毒が入り注射を悠理の腕に打つって殺し方は・・・あまりうるさくない殺し方よね?そんなの盗聴器じゃ聞き取れないわよ!」
「・・・・・・ともかく・・・清四郎を信じるしかないさ!!」

126 名前: 有閑新ステージ編(179) 投稿日: 2002/09/04(水) 21:05
あまりにも部屋が熱かったので清四郎は窓を閉めてクーラーのスイッチを入れた。
悠理の額にも汗が浮き出ている。
きっと喉が渇いていることだろう。何か飲ませて水分を補給してから、鎮静剤を打って眠らせた方がいい。
清四郎は鎮静剤をセットした注射針を悠理が縛られているソファーのすぐ隣にあるベッドの上に置いて、冷蔵庫に向かった。
冷蔵庫の中には牛乳が入っていたのでココア粉を混ぜてアイスココアを作った。
アイスココアなら悠理も口に入れてくれるだろう。
退院してから、ほとんど食べ物を口にしていない悠理はすっかり痩せてしまった。
体重43キロと166センチの身長にしてはかなり痩せ気味だった悠理。今はもっと痩せてしまっているだろう。もしかしたら40キロを切っているかもしれない。
清四郎は悠理に栄養を補給して欲しいと思い、ココアの中に無味で粉末状の栄養補助剤を入れかき混ぜた。
その清四郎の行為は、悠理の目にはこれから自分が飲むココアに毒薬を混ぜられているようにしか映らなかった。
左手にアイスココアが入ったグラスを持った清四郎が一歩そしてまた一歩悠理に近づいてくる度に、薄茶色の悠理の瞳は固く凍り付いていった。
「悠理・・・喉乾いたでしょう。これを飲みなさい」
口を覆っていたタオルが外され唇にグラスが押し当てられる。
「・・・や・・・ヤダ!!飲みたくない!!」
「どうして・・・飲まないと脱水症状起こしますよ!!」
清四郎は悠理の口元に更に強くグラスを押し付けた。
グラスから自分を遠ざけようと悠理は顔を引いて必死に左右に振った。
「ヤダよ!!だってそれ毒が入っているんだろ?今度はあたいの事を毒殺する気かよ!?」
「・・・え!?」
――ガシャンッ!!清四郎の左手からグラスが滑り落ち床に散った。

127 名前: 有閑新ステージ編(180) 投稿日: 2002/09/04(水) 21:06
哀しそうな顔をした清四郎は何も言わずにグラスの破片を拾い始めた。
破片を全て拾い終わると、もう一度別のグラスにアイスココアを注いで悠理の所に持っていった。
ソファーに縛られた悠理の前に膝立ちした清四郎は一旦グラスを床に置き、両手で悠理の両頬を包み込んだ。
「・・・あ・・・」
悠理の頬に清四郎の手が触れた途端、頬が震えて引きつったのが両手を通してしっかりと感じ、薄茶色の瞳が強張ったのをしっかりと目に焼き付けられた。
「・・・悠理・・・そんなに僕のことが・・・信用できませんか??」
悠理の前にいる哀しげな顔をした男はより一層哀しげで傷ついた表情になった。
「・・・何で・・・こんなに・・・きつく縛るんだよ?痛いよ…手も足も血が…出てるじゃん…」
「・・・ごめんなさい・・・悠理…今日だけ我慢してください…僕は悠理にどこにも行って欲しくないんです…だから…縛り付けたんです…」
「お願いだから…解いてくれよ…清四郎。あたいが復讐に行かなきゃ…悠清は成仏できないじゃないか・・・アイツはあたいとの約束を守ってこの世を21年間彷徨っていたんだよ!!」
「CDの事も・・・悠清のことも・・・僕が何とかしますから…それより…今ものすごく喉乾いているでしょう?毒なんか入っていないから飲んでください」
再びグラスを悠理の口元に押し当てたが拒まれた。
「ヤ…ヤダ!!」
「じゃあ…これなら大丈夫でしょ?」
そういって清四郎はアイスココアを口に含み口移しで悠理の口の中に注ぎ込んだ。
口移しで10回ほどココアを注ぎ込んだ後、清四郎は今度は自分の舌を悠理の口の中に侵入させゆっくりと絡め始めた。
「…ん…」

128 名前: 有閑新ステージ編(181) 投稿日: 2002/09/04(水) 21:07
誰が言ったか忘れたが、キスは愛情を伝える手段だって聞いたことある。
その言葉の通りキスを通して清四郎の自分へ対する愛情が痛いほどに伝わってくる。
長い長いキスの後に清四郎は言った。
「…ねえ…悠理…僕は悠理が思いっきり笑った顔をもう一度見たい…僕は…もう一度…悠理とやり直したいんです・・・前世で守りきれなかった分・・・こないだ守れなかった分・・・僕は悠理を守っていきたい…」
まっすぐ悠理を見つめる清四郎の視線には偽りはなかった。
「…約束してくれますか?前世の僕がシロだと判明して…僕自身の手で…悠清の事も…CDの事も解決出来た時には…もう一度…やり直してくれるって」
清四郎は悠理の頬に額に唇に優しく数え切れない程キスを重ねていった。
清四郎の唇から指先から痛い程に自分への愛情が伝わってくる。
悠理の両目から涙がゆっくりと流れ落ちてきた。
「…ゴメン…清四郎…あたい…わざと清四郎の事を憎もうとしてた…」
「え?」
今、清四郎が自分の事を深く愛してくれていることは悠理も知っていた。
それに自分の意識が戻ってから神戸に向かうまでの2週間程の日々…前世の事を思い出して苦しんでいる悠理の隣にいた清四郎は自分以上に苦しみ悩んでいたことだって気付いていた。

129 名前: 有閑新ステージ編(182) 投稿日: 2002/09/04(水) 21:08
あの2週間、悠理は毎晩前世の悪夢にうなされて朝までぐっすり眠れた日はなかった。
夜、悪夢にうなされて途中で目覚めた時は必ず清四郎も目をさましていた。
「どうしたんですか?悠理」
悠理の事をきつく抱きしめてくれて震えが止まるまで背中を撫で続けていてくれた。
再び眠りにつく時は悠理の左手をしっかり握ってくれて、悠理が再び眠りにつくまでもう片方の手で頭を撫でつづけてくれていた。
浅い眠りから目覚めた朝、悠理よりも先に清四郎は起きていてくれた。
「おはよう、悠理」
彼は悠理に優しく微笑みかけてくれた。
そう、清四郎は悠理の事を心配して悠理よりも全然眠っていなかった。
ある日の朝、悠理は自分が寝ているベッドから向かいソファーに座っている清四郎を見るともの凄く苦しそうな顔をしていた。
悠理のことで悩んでいるのに違いなかった。
それでも悠理の視線に気付いた清四郎はすぐさま笑顔に切り替えた。
「悠理、良く眠れました?」
そういってベッドにいる悠理のところにやって来て頭を撫でてくれた。
愛情を表現するのが下手な清四郎は、悠理のことを抱きしめたり、撫でてくれるなどして清四郎なりに精一杯の悠理への愛情を伝えてくれた。
食欲をなくしてしまった悠理に栄養があるからと言って、朝部屋にフルーツジュースを持って来て飲ませてくれた。
後から、メイドに聞いて知ったけど毎朝自分に飲ませてくれたフルーツジュースは清四郎が果物の皮をむいて、切って、ミキサーに混ぜて作ってくれたものだった。
そんな事はひと言も悠理の前では言わなかった。

130 名前: 有閑新ステージ編(183) 投稿日: 2002/09/04(水) 21:10
今、悠理の中では清四郎への不信感と清四郎への愛情でごっちゃになっている。
清四郎のことを信じたいけど、信じるのは怖い。
だから…喜久水にレイプされかかった時に助けに来てくれなかった事を言い訳にして、清四郎のことをわざと憎もうとした。
でも…できなかった。
あまりにも真摯な愛情を清四郎は悠理にぶつけてくるから。
清四郎は今までに見たことのない自信がなく不安そうな表情で再度聞いてきた。
「悠理…約束してくれますか?」
悠理はこくりと肯いた。それを聞いた清四郎は微笑んだ。
「ありがとう…悠理」
再び悠理の額に頬に唇に数え切れない程のキスを重ね始めた。
清四郎とやり直す時…本当にそんな時が訪れるのだろうか?
今、確かに清四郎は悠理の事を愛してくれている。
でも、その愛情はいつ消えてしまうか分からない。
そう前世だって確かに彼は自分のことを愛してくれていると実感は、諏訪泉にナイフで体を切り裂かれる寸前まであった。
だから愛情がいつ豹変するのか分からなくて怖い。
「悠理…」
清四郎は再び自分の舌を悠理の舌に絡めて始めた。そうしつつも右手で注射針を探った。
悠理の意識が完全にキスに集中した時に、悠理の左腕に鎮静剤を打ち込んだ。
(ごめんなさい…悠理…少しの間だけ眠ってください)
悠理は短い眠りに落ちた…。
【ツヅク】

131 名前: エンジェル(30) 投稿日: 2002/09/06(金) 06:57
>118
挑発めいた魅録の科白。
答えようとしない清四郎を嘲笑うかのように、魅録は重ねて言葉を投げつける。
「いい顔してるぜ、清四郎。自分で気付いてるか?
それが、嫉妬っていう感情なんだよ。初めてだろ?そんな気持ちを味わうのは」
顔に黒い笑みを貼りつけたまま、喉の奥でくくっと笑う。

「下世話な想像は、ほどほどにしてもらえませんかね」
黙って魅録を見つめていた清四郎が、口を開いた。
「自分の小さなものさしで人をはかるのは、やめた方がいい。
・・・一緒にされては、迷惑です」
冷たい光を宿した目で魅録を見据える。
魅録の瞳もまた、一層鋭さを増した。
「ほう。清四郎ちゃんには、嫉妬なんて感情はないと?
・・・まあ、いいさ。いつまでそうやって、自分を誤魔化していられるのか、見物だぜ」
その言葉を無視して、清四郎はいきなり悠理の腕を掴んだ。
「とにかく帰りましょう。ここにいては安心できない」
「ちょっ・・・痛いよ、清四郎!」
「待てよ!」
魅録が、清四郎を掴もうとした。
その手が肩に触れる寸前、清四郎は悠理から手を離し、す、と身を翻す。
魅録と、正面から対峙した。
わずかに腰を落とす。
両の拳に力が込もる。
深く、呼吸する。
その一瞬で、清四郎の周りの空気がぴん、と張りつめる。
目に宿るのは、殺気。
「・・・ぼくと、本気でやりますか」

魅録は肩をすくめ、腕組みをした。
ここで立ち回りをやらかす気など、毛頭無い。
それを読み取ったのか、清四郎は再び悠理の腕を取り、立ち去った。

―――今のが・・・本気のあいつ、か。
残された魅録の背中を、嫌な汗が一筋、伝った。

132 名前: エンジェル(31) 投稿日: 2002/09/06(金) 06:58
タクシーに乗る間じゅう、悠理はひとことも口をきかなかった。
こうして二人きりになるのは、あのプールでの夜以来初めてだった。
何を思うのか、その表情からは推し量ることができない。
悠理の感情など、手に取るようにわかるつもりでいた。
それが、今ではこのざまだ。
その顔色に一喜一憂するはめになるなど、考えてもみなかった。

「当分の間、この部屋から一歩も出ないように」
悠理の部屋へ入るなり、清四郎はそう言った。
反論しようとする悠理を制して続ける。
「ぼくもここに泊まり込みます。逃げ出さないようにね」悠理を睨んだ。
「こ、ここって・・・」
「もちろん、隣の部屋にです。外へ出ようとすれば、すぐに気付きますからね」
一方的にそれだけ言うと、踵を返して部屋を出た。

相手の出方をただ待っているつもりは無かった。
五橋が覚醒剤の常習者であれば、その販売ルートさえ押さえれば警察に通報する
ことができる。
魅録の力を当てにできない今、それは困難な作業だったが、何もしないよりましだった。
その日から、清四郎は剣菱邸に泊まり込んだ。
                          【ツヅキマス】

133 名前: 有閑新ステージ編(184) 投稿日: 2002/09/06(金) 18:52
>>130の続き
鎮静剤を打たれた悠理が完全に眠りに落ちたの見届けてから、清四郎もソファーの横のベッドの上に横たわり目を閉じた。
それから約7時間後―――6月5日 午後5時50分―――
太陽が差し込んで明るかった部屋も夜が近づいてきて、電気をつけないと部屋全体をはっきしと見渡せないほどに暗くなった。
そんな薄暗い部屋で目を覚ました清四郎は起きたという実感がなく、まだ夢の世界にいるという感覚に囚われていた。
もちろん自分の目の前で起こっている事は現実だと信じていなかった。
悠理が縛り付けられているソファーの前には1人の青年が立っていた。

134 名前: 有閑新ステージ編(185) 投稿日: 2002/09/06(金) 18:53
その青年の身長は清四郎と同じ位で、髪の毛の色は悠理と同じ色をしていた。
「こんなにキツク縛り付けて可哀想だね、母さん。今オレがほどいてあげるから」
青年はかつて悠理が悠美可だった時に生んだ息子・悠清であった。
悠清は悠理の四肢をきつく縛り付けている布をまるでリボンを解くようにするりと解いていった。
そして白い手を悠理の額にかざすと、薬によって深い眠りについていた悠理の目がパチリと開いた。
「母さん・・・オレは母さんの言いつけをちゃんと守ったよ。オレは約束どおり生まれ変わった母さんの前に現れたよ・・・さあ、復讐の森へ行こう」
悠清が差し出した右手の上に立ち上がった悠理が左手を重ねた瞬間、2人の姿は煙のようにふっと消えてしまった。
「悠理!!」
ようやく清四郎は目の前で起こった出来事が夢なんかじゃないことに気がついた。
「悠理!!悠理!!」
慌てて部屋の電気をつけてソファーを見たがそこには悠理はいなかった。
【ツヅク】

135 名前: トライアングル41 投稿日: 2002/09/07(土) 17:08
>>111
月曜日の朝、可憐は明らかに挙動不審だった。
(いつもならこの辺で悠理に声かけられるのよねえ)
キョロキョロ周囲を見回しながら歩いている。
(よし、もしも急に呼ばれても冷静に、冷静に・・)
その時、思った通リ車のクラクションが聞こえた。
「かれ〜ん!乗ってけよ!」 「あっ、きょ今日はやめとく。
ち、近頃太りぎみだし、ダイエットしなきゃね。」
「ふ〜ん、そうかあ?あっ、今日からおもしろいやつ来るぞ、楽しみにしとけよ。」
「おもしろいやつ?」( まさか、裕也って事ないわよねえ・・)
悠理を乗せた車を見送る可憐の心臓は早鐘のようだった。
(あたしの心臓持つかしら・・)
美童は前を歩く野梨子と清四郎を前に逡巡していた。
(話かけるべきかやめるべきか、でも先に気づかれたらもっと気まずいよな・・よし)
「お、お早う!野梨子、清四郎。」2人が振り向く。
「あら、美童!」 「今日は早いですな。」
「な、何か早く来たくなっちゃってさ、ハハハ・・」
「何か変ですわね。」 しかし憂鬱なのは清四郎もご同様で・・・
(今日からこいつらにもえなりと呼ばれるんですかね・・)

(だ、ダメだわ。深呼吸でもして落ち着こう。)
「何やってんだ、可憐。」魅録が駆け寄って声をかける。
「よかった〜魅録で、あの3人だったらどうしようかと・・」
「おい、今からそんなんじゃ持たないぞ。」「でもこればっかりはね〜」
(くっ、可愛いトコあるな。)瞬間そう思ってふと我に返った。
(な、何考えてるんだ俺は・・)
「あっ、ほら!いよいよ来たわよ。頑張りましょうね!」
「おっ、おう!そうだな・・」
聖プレジデントが見えてきた。 (続)

136 名前: エンジェル(32) 投稿日: 2002/09/08(日) 10:27
>>132
清四郎の手によって軟禁されてから、二日目の夜を迎えた。
その間、家の外はおろか部屋すら出してもらえず、悠理のストレスはピークに
達していた。
思いつく限りの友人に電話した。メールも打った。TVも見飽きた。
もう、することもない。
理不尽な状況に、怒りは溜まる一方だった。

「ちくしょお〜っ!いいかげん、こっから出せえっ!こらあ、清四郎ぉ〜っ!!!」
無駄と知りつつ、外側から鍵の掛けられたドアを蹴りながら、何度目かの抗議に出る。
むろんのこと、返答は無い。
・・・と思いきや、ドアが開いた。
「清四郎!せめて部屋くらい出たっていいだろ!あたい、退屈でもう死にそうだぞ!!」
部屋へ入った清四郎は、それには答えぬまま悠理を見下ろしている。
「なんとか言えよ、こらあ!!」
清四郎の胸のあたりを掴もうとして、なんなく逆に腕を握られる。
「いてぇ!」
「・・・もう少し、おとなしくしていてもらえませんか」
「もう少しって、いつまでだよ!?」
食ってかかる悠理は、その時ようやく清四郎の疲れきった表情に気付いた。
「もうすぐ、脅迫相手を先に逮捕できそうなんですよ。・・・あと2日、それだけあれば」
疲れた時の癖で、こめかみを押さえながらそう呟く。
中学時代からの人脈を総動員して、五橋と金剛組の調査にあたっているのだ。
覚醒剤の密売ルートと、五橋が常習者であることの証拠固めは詰めの段階に
入っている。
平行して、桜田門のデータベースにアクセスを試みる。
わかっているのは、CHIAKIというパスワード。それだけだ。睡眠を取る暇も、ろくにない。

137 名前: エンジェル(33) 投稿日: 2002/09/08(日) 10:27
「・・・それなら、せめて家の中くらい自由にさせろよ。あたい、息が詰まって変になりそう
なんだよ」
「駄目です」間髪入れずに清四郎が答えた。そのまま部屋を出ようとする。
有無を言わせぬ態度に、悠理のストレスは爆発した。
その後姿に向かって叫ぶ。
「待てよ!」
清四郎が、歩を止めた。
「あたいはなあ、そうやって縛り付けられるのが一番嫌いなんだよ!お前は
いつだってそうだろ?!頭ごなしに駄目だとか、するなとか!もううんざりだよ!
・・・清四郎なんて大っ嫌いだ!!」
清四郎の肩が、ピクリと動いた。
が、そのまま、振り向きもせずに、出て行った。
広い背中が、心なしかいつもより小さく見えた。

138 名前: エンジェル(34) 投稿日: 2002/09/08(日) 10:28
やりきれない気分だった。
あんなことを言うつもりなど、さらさら無かった。
ただ、閉じ込められているストレスの矛先が、たまたま目の前の男に向いてしまっただけだ。
(バカだな、あたい・・・)
清四郎が誰のために動いているのか。何を危惧して悠理を閉じこめているのか。
わかっているはずだった。
だが、部屋にじっとしていると、どうしようもなく苛々してくる。

縛り付けられるのは嫌いだ。上から押し付けられるのも大嫌いだ。
けれど、部屋を出て行くときの清四郎の後姿が焼き付いて離れない。

「ちくしょう!」
悠理が、手元にあった枕を空へ投げつけた。
と、メールの着信音が聞こえた。

『飛び降りられるか?
下で受け止める』

魅録からだった。慌てて窓の外を見る。
植え込みの陰から、親指を立てる魅録の姿が見えた。

139 名前: エンジェル(35) 投稿日: 2002/09/08(日) 10:28
聞き覚えのある、太いエンジン音。
不審に思い、清四郎はふと窓の外を見る。
道路を走り去るバイクの影。
嫌な予感がした。

ノックもそこそこに、清四郎は悠理の部屋のドアを開けた。
そこは、もぬけの殻だった。
テーブルの上に、1枚の紙があった。

『ちょっとさんぽ。
すぐ戻るから心配すんな。 悠理』

「・・・くそっ!!」
珍しく乱暴な声とともに、清四郎はテーブルを拳で力任せに叩いた。
                       【ツヅキマス】

140 名前: サクラサク(27)やや清×悠 投稿日: 2002/09/08(日) 15:40
感想を下さった方、急かすなんてとんでもないです。
読んでいただけて光栄です。ありがとうございます。
遅筆ですが今回とあともう一、二回くらいのうpで完結いたします。
今しばらくお付き合いくださいませ。
>110
桜を探そう。
悠理が言った。やえさんの桜が絶対ある筈だという。
「何年前の話だと思ってるんです?優に百年は経ってますよ。残ってる可能性は随分低いと
思いますよ」
「あるよ。匂うんだ、桜が。むせるほど」
清四郎ははっとした。夢を思い出した。
香る桜。香の話については悠理にしていない筈なのだが・・・。
どこまで霊感が強くなるんだか。これじゃ宜●愛子ですね、全く。
「あるとすれば昔ご先祖様が住んでいた辺りでしょうね。同じ学問所に通っていたなら
そんなに遠いところに住んでいたとは思えませんし、やえさんもその近所に住んでいた可能性が
高いと思います」
「善は急げだ!清四郎、今日は学校休むぞ。弁当、弁当!」
桜を探すといっても、花見に行くわけじゃなし。呆れながら、清四郎としても他に何か良い策が
考えつくわけでもなかった。

141 名前: サクラサク(28)やや清×悠 投稿日: 2002/09/08(日) 15:40
まず清四郎の家にあった家系図を基に年代を割り出し(自分の家なのに家族が出払ったのを
見計らって忍び込んだ)、さらに当時の屋敷の資料を持って国立国会図書館に行き
(こっそり豊作さんの名を語り)、今の地図と古地図を照らし合わせ、大体の場所を割り出す。

調べながら清四郎が話す。
「昨日の話しで大体のことは分かりました。僕の代になって急に嘉之介さんが出てきたわけも。
嘉之介さんはおそらく亡くなる大分前から目が悪かった。そして、目が悪くなっていることを
隠そうとしていたなら、自然と“音”に対して鋭敏になっていった筈です。僕と例のご先祖は
音(おん)が同じ“せいしろう”です。そして、その学問所の選考があったのも今の僕らと同じ年代の18歳頃だったんでしょう」
「なんにしたって言いがかりには違いないぞ」
一刀両断の悠理。

142 名前: サクラサク(29)やや清×悠 投稿日: 2002/09/08(日) 15:41
調べ物は思いのほか時間がかかり、目的の場所に着く頃には日が傾いていた。
当時の菊正宗邸があった辺りだが、今は再開発で高層マンションの建設ラッシュ。工事現場
ばかりで桜の木どころか緑などほとんどない。
夕闇の気配が迫り、工事現場の人間も帰ってゆく。
次第に清四郎は不安になってきた。

「悠理。とりあえず先に帰ってください。携帯で車を呼びますから」
先を大またで歩いていた悠理が立ち止まり振り向く。心なしか眉が少し吊り上がったようにも
見えた。
「なんでだよ。この辺なんだろ。あるよ、絶対」
そんな悠理に今の顔を見られていたくなくて、清四郎はその脇を速足で追い抜いてから
立ち止まった。
「悠理にまた手を掛けるかもしれませんよ。僕は悠理を殺したくないんです」
呟くような清四郎の声だったが、悠理の耳にはちゃんと届いていた。

143 名前: サクラサク(30)やや清×悠 投稿日: 2002/09/08(日) 15:41
「あたいは死なないって言ったの、どこの誰だよ。あんなに自信満々で言ったくせに」
追い抜き、背を向け、先に立って歩き出している。怒っているのか振り向きもせず続けて言う。
「あたいは死なない。だからお前もあたいを殺せない。バカじゃないのか、そんなことも分かんない
なんてさ。らしくないだろ」

心の深いところから温かいものが湧いてくるような感じ。
清四郎の口元が自然とほころぶ。こんな風に笑えるのは久しぶりだった。

「あるよ」
悠理がもう一度言った。
「ええ、もちろんです。探しましょう」
清四郎の答えに満足したのか悠理が笑う。清四郎も笑顔を返す。
                       (続きます)

144 名前: トライアングル42 投稿日: 2002/09/09(月) 08:13
>>135
生徒会室のドアを開けた清四郎は、そこに後姿の人物を発見し、すかさずドアを閉めた。
(ま、まさか、今のは・・) 「どうしたんですの?清四郎、突然・・」
「い、いや別に・何でもないと・思いたい・です・・」
「どうしたのさ清四郎、顔色悪いよ。」 「ちょ、ちょっと気分が・・」
そこへ悠理もやってきた。「お〜い!みんな何してんだ〜?」
「あ〜悠理。」 「清四郎が変なんですのよ。」「んっ、何で?」
間をおかず、可憐と魅録もやって来た。
「何よ、どうしたの?」「とにかく通行の邪魔になるから入ろうぜ。」
「あっ、魅録待って下さい!」「ん?」
清四郎が止める間もなく魅録がドアを開けた。
中には男が1人座っていた。(どこかで、見たような・・)
魅録、可憐、美童の3人は同じ考えが頭をよぎった。
「おう、お前ら久しぶり。俺だよ俺。澤乃井の健ちゃん!」
「??」「健ちゃん・・?」「あっ、あ〜っもしかして!」
流石に顔を傷つけられた恨みは深いのか美童が一番に気づいたようだ。
「テニスの澤乃井か?!」その言葉で残りの2人も気づいた。
「澤乃井杯のか!」「あ〜、悠理をウィンブルドンに誘った、あの?!」

145 名前: トライアングル43 投稿日: 2002/09/09(月) 08:25
「そうそのテニプリでナイスガイの健ちゃん。
お前ら知らないだろうが俺、既に倶楽部の7人目のメンバーだから。」
「はっ?」 「へっ?」 「ほっ?」
「悠理さんが彼女で野梨子は友達でえなりは大親友なんでよろしく!」
「彼女?」 「大親友?」「えなり、誰が?」
美童の問いに野梨子と悠理は笑いながら答える。
「そこの壁際で膝抱えて暗くなってるやつに聞いてみ。」
「わ、悪いですわよ、悠理・くっくっ・・」
「壁際?」「膝を抱えて・・」「暗い・・」
3人同時にハモった。
「清四郎しかいないじゃん!!!」
「そうそう、そのえなり清四郎。俺様とやつは切っても切れない仲なんだな、これが。
まあとにかく、そういう訳なんでよろしくな!」

146 名前: トライアングル 投稿日: 2002/09/09(月) 08:26
続きます。

147 名前: 有閑新ステージ編(185) 投稿日: 2002/09/09(月) 15:44
>>134の続き
――6月5日――午後6時――
悠理が消えてしまった。
「魅録・・・車の鍵を貸してください!!早く悠理を追わないと・・・」
真っ青な顔をした清四郎が魅録の肩をきつく掴んで揺さぶった。
「落ち着け!!清四郎。今のまま森に乗り込むのは危険すぎる!!」
「そうですよね・・・すみませんね・・・取り乱してしまって・・・」
「気にするな・・・お前の気持ちは十分すぎる位分かっている」
いつもどんな事に決して動じなかった清四郎が悠理の事になるとこんなに動揺してしまう。
悠理は清四郎にとってそれだけ大切な存在だってことが動揺する清四郎の態度から痛いほどに伝わってきた。
何としてでも大切な親友の元に悠理を取り戻さなければ!!必ず清四郎の元に悠理を・・・・!!
そして・・・可憐の父を殺した奴に罰を下してやる。
「儀式開始まで・・・あと6時間か・・・」
魅録は自分がこれからどう動けば事態はベストな方向に進んでくれるかを考えた。
CDの奴らを摘発するのにいいチャンスなのだが、兵庫県警は奴らの息がかかってるから使えない。
そうすると、他の県警に頼むしかない。そうだ大阪府警のトップの曽我鶴野美郎(そがつるのみろう)は俺と大の仲良しじゃねーか!!
魅録は曽我鶴が電話に出てくれる事を祈りながら携帯のボタンを押した。
「もしもし、野美ちゃん?俺、魅録だけど・・・野美ちゃんて兵庫県知事の黒松可井次って大嫌いって言ってたよな、偽善者ヅラしてるからって!!今から6時間後にアイツを潰すチャンスがあるんだけど・・・手伝ってくんない?」

148 名前: 有閑新ステージ編(187) 投稿日: 2002/09/09(月) 15:46
魅録が携帯で話しながらパソコンをいじっている隣で、美童も自分のパソコンをいじっていた。
「あら美童。何のページを検索なさってるの?」
「儀式が行われる森がある魔開山(まかいざん)の周辺情報を見ていたんだよ、野梨子。ここの山って神社があるんだね、魔開山時空大明神っていう名前の。神社がある側で生贄を捧げる儀式をやるなんてCDって本当に最低だね!!」
野梨子はディスプレイに浮かび上がった『魔開山時空大明神』という文字を人差し指でなぞって何やら考え込み始めた。
「どうしたの?野梨子」
「大学の講義で習ったのですけど魔開山って過去と現在と未来が交わる山っていう言い伝えがあるんですって」

149 名前: 有閑新ステージ編(188) 投稿日: 2002/09/09(月) 15:47
CDのコンピューターに忍び込んだ魅録は今晩の儀式に関する情報を入手することが出来た。
「いいか、俺の言った事、一言も聞き漏らすなよ」
4人は真剣な顔で魅録の話に聞き始めた。
魅録はプリントアウトした魔開山の地図を机の上に置いた。
「儀式が行われるのは魔開山森林公園近くの森だ。奴らは森林公園の駐車場に車を置くんだろう。駐車場には監視カメラが設置されている。だから車は駐車場に停めるわけにはいかないな。それから、森の木に赤外線探知機が付けられている。これは儀式30分前になるとスイッチが入り外部からの侵入者が足を踏み込んだ音が鳴り出すようになっている。
この探知機以外にも発火装置が木に付けられているんだ。スイッチオンで即山火事を起こすことができる」
「車はどこに停めるのよ?」
「この駐車場から2キロ位離れたところに停めるさ。そこでCDの赤外線探知機を動かしてるコンピュータに侵入して機能を止める。俺と清四郎が歩いて現場に行く。可憐、美童、野梨子は車に残ってろ!!」
可憐が心細そうな顔をして魅録の左腕を掴んだ。自分の父親の二の舞にならないかと危惧しているのだろう。
「お前は妊娠中だから何かあったときに全力疾走で逃げるって訳にもいかないだろう。大丈夫だよ!!それに儀式が始まってから一時間後・・・生贄の儀式が始まる頃に大阪府警に摘発に来てもらえるようにしてるから絶対大丈夫だ!!」
可憐の父の形見であるロレックスを付けている左手を力強く握りながら魅録は不敵な笑みを口元に浮かべた。

150 名前: 有閑新ステージ編(189) 投稿日: 2002/09/09(月) 15:48
――6月5日――午後11時20分――
「じゃあ・・・美童。運転と野梨子と可憐のボディガード役は頼むぞ」
そういって魅録は清四郎と共に車から降りた。
「絶対・・・戻ってきてね、魅録」
魅録は可憐のことをきつく抱きしめた。
「大丈夫だ!!俺は絶対に戻ってくる!!俺のこと信じろ!!」
やけに自信に満ち溢れた口調で魅録は答えた。
「魅録、清四郎。今度は悠理と3人でここに戻ってきてくださいな!あら清四郎、何か落としましたわよ」
そういって野梨子は白い紙切れを拾い上げた。その紙切れを覗き込んだ可憐が大声をあげた。
「ヤダ!!これ凶のおみくじじゃないの!!何でこんな不吉なモノ持っているのよ〜〜!!アンタは!!」
清四郎が落とした紙切れは京都旅行で八坂神社に訪れた時に引いたおみくじだった。
「確かに凶ですけど、可憐、ここ読んでくださいな。ほら『だが互いに惹かれ合い、結果的には2人で幸せな人生を歩むことが出来る』って書いてありますわよ!!だから大丈夫ですわ!!悠理は必ず清四郎の元へ戻ってきますわ」
その言葉を聞いた清四郎の顔には微かな笑みが浮かび上がった。
「ありがとう・・・野梨子。必ず悠理を連れ戻しますよ」

清四郎は必ず悠理を連れ戻すという決意を新たにして魅録と共に森へ向かった。

151 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/09/09(月) 15:49
続きます。
最初の通し番号は(185)でなくて(186)です。間違えました。スミマセン(汗

152 名前: サクラサク(31)やや清×悠 投稿日: 2002/09/10(火) 22:51
今回が最終うpになります。大量になってしまいますがお許しくださいませ・・・。

>143
その悠理の小鼻がひくひく動いた。排ガスのにおいに混じってするのは・・・。
「清四郎!見つけた、こっちだ」
悠理が走り出す。指を指す。あの角の向こうだ。ほら、花びらが散っているのが見える!

突然、悠理の腕が掴まれる。引き寄せられる。あまりの痛さに振り向く。
驚くほど近くに清四郎の顔が
違う、ヤツだ!
周りには人影がない。腕を掴んだまま、もう片方の手を悠理の首へと伸ばしてくる。
悠理は足を払う。
思いのほか上手く入って“清四郎”は体制を崩すが、腕を掴まれたままだったので悠理も一緒に
絡まるように倒れこむ。無理やり腕を引き剥がし、跳ね起きる。
走れ、桜まで!居るんだろ!?やえさん!救ってくれ、あの逆恨みバカ野郎を。
清四郎の体から天国まで持ってっちゃってくれ!
角を曲がる。その後をすぐ“清四郎”の体を支配した嘉之介が追う。
フェンス、クレーン車、コンクリート塗れのスコップ・・・桜などどこにも・・・。

153 名前: サクラサク(32)やや清×悠 投稿日: 2002/09/10(火) 22:54
「今ならお前にも見えるだろ」
悠理が左手を大きく横にまっすぐ伸ばす。指差す先に

バカな・・・。今は夏だ。桜の花が咲いている筈がない。

だが、桜はそこにあった。
「清四郎の目で。嬉しいだろ、やえさんの桜が見られて!でも、見ることができなくても
ほんとは大丈夫だったんだ」
荘厳且つ強大な桜。そしてその場の空気を圧倒的に支配する桜の香。
“清四郎”嘉之介は混乱していた。バカな、バカな!悠理の喋りを止めようと手を伸ばす。
しかし思い通りに手が動かない。
くそ!清四郎か!せめぎあう二つの意志の間で指先が震える。
悠理は語り続ける。むせるような桜の香に酔ったかのように。
「やえさんはお前と違ってちゃんと約束守ってたんだ。ちゃんとお前のこと見守ってたから、お前が
失明したことも知ってた。だから、」

「この桜は香りがするんだ」

154 名前: サクラサク(33)やや清×悠 投稿日: 2002/09/10(火) 22:54
“清四郎”の動きが止まった。
「目が見えなくっても存在に気が付いてもらえるように。ちゃんと見守ってるって分かって
もらうために」
花びらが先ほどにも増して激しく散る。
滞ることなく、躊躇うことなく・・・散って落ちていくのではなく、静かに音もなく渦を巻き始める。
「やえーぇ・・・」
桜の花びらがゆっくり“清四郎”を取り巻いた。柔らかい花びらの厚い厚いカーテン。その花びらが
天へと昇ってゆく。そして、清四郎の中から白い霞が湧くように飛び出して、その花びらに乗り、
行ってしまった。そして、
桜も掻き消えてしまった。

155 名前: サクラサク(34)やや清×悠 投稿日: 2002/09/10(火) 22:55
「挨拶ぐらいするだろお。幽霊だって、フツー・・・」
夢から覚めたばかりのように、天を見上げて悠理が呟く。
それから慌てて晴れて自由の身になったはずの友人に声をかけようとする。
「せ・・・」
そのとき、清四郎が倒れてきた。
悠理は慌てて抱きとめようとしたが準備不足。とにかく清四郎の頭だけは守って尻餅をつく。
「本当に・・・体力使うんですね・・・」
清四郎はそう言うと、悠理の胸で静かに寝息を立て始めた。
嘘だろお。あたいじゃ運べないぞぉ・・・。
途方に暮れながらも、清四郎の寝顔を見ていたら悠理は笑いがこみ上げてきて仕方なくなった。
だから、笑った。天を向いて。
気の済むまで笑った。
清四郎の寝顔にも笑みが浮かんでいた。

156 名前: サクラサク(35)やや清×悠 投稿日: 2002/09/10(火) 22:56
「で、なんで今日も清四郎がうちに居るんだ?」
翌日の学校帰り、また剣菱邸に当然のように来ている清四郎に不審顔の悠理。
「幽霊は昇天しちゃったんだからうちに来る必要ないだろ?」
おや心外、と言わんばかりに片眉をわざとらしく上げる。
「悠理。僕が剣菱邸に泊り込む理由を周りの人たちになんて説明したか覚えてますよね?」
たちまち悠理の眉間の皺が深くなる。
「今日魅録と可憐から面白くもない噂も聞いてしまいましたし」
「うわさあ?」
清四郎も少し眉間に皺を寄せた。顎に手を当てる。
「この間の放課後、僕が悠理に迫っていたのを見た生徒が幾人かいたでしょう?」
「迫ったってなんか嫌な言い方だぞぉ。まあ、お前に脅されたけどさあ」
「・・・その翌日、剣菱家の車で一緒に登校した」
「うん、それで?うわさって?」
清四郎は少し悠理に顔を近づけて、声のトーンを落とす。
「察しが悪いですねえ。悠理と僕は一度は婚約までした仲ですからね。もしこれで今回の試験で
悠理が一つでも赤点を取れば、“やけぼっくりに火がついた”とか言われかねないんですよ。
つまり、同じ屋根の下で試験勉強と言いながら若い男女が本当は何をしているのかと・・・」

157 名前: サクラサク(36)やや清×悠 投稿日: 2002/09/10(火) 22:56
「はあ?!」
さすがに悠理も事態が呑み込めてきた。冗談じゃないっっっ!
青くなる悠理を見て、清四郎はにっこりと笑った。
「勿論、赤点は取らせません。なにしろ今回はお世話になりましたからねえ。お礼も兼ねて
ますし、教えるのも力が入るというものです」
いつのまにかずらりと教科書、参考書、問題集。見ているだけで頭が痛くなる。
「試験のほうも補修ナシ、サクラサクといきましょう。さあて、どれから手をつけたいですか?」
更に、大盛りにっこり。

幽霊より、蛇より怖いモノがある。かーちゃん並に怖いモノ。
かくして剣菱悠理の試験勉強地獄は例のごとく幕を開けたのだった・・・。
                               (了)

158 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/09/10(火) 22:57
長い間お付き合いくださいました方ありがとうございます。
特に(本スレ)818さん、感想ありがとうございました(*^^*)
小説めいたものを書くのは高校のときの「羅生門の続きを400字詰め原稿用紙2枚で書け」と
いう課題以来でしたが(あの国語教師は芥川がそんなに嫌いなのかと小一時間以下略)、
楽しかったでつ・・・。

これからもバリバリ小ネタには参加しますよーーー!てへ。

159 名前: エンジェル(36) 投稿日: 2002/09/11(水) 23:39
>>139
「あはははは!あ〜、久しぶりの娑婆だぁ〜っ!!」
夜の公園。芝生に寝転がり、大きな声で叫ぶ。
たった二日の間だが、部屋から出ることができなかった悠理にとっては外の空気が
たまらなく心地良い。
「うまくいったな。見つかるんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」
いたずらが成功した時の笑みを浮かべて親友が言う。こういう時の魅録もまた
心底楽しそうだ。
魅録はいつも悠理の望んでいることを敏感に悟ってくれる。
何のかの言いながら面倒を見てくれる。
親友たる所以だ。
「いつかもこういう事なかったか?ほら、みんなで試験勉強しててさ」
「あ〜、ルシアン事件のとき!あったな〜、そんなことも!」
あの時も魅録と二人で清四郎たちの目をかすめ、家を抜け出した。
悪さをするときは、いつも一緒だ。

魅録が、口にくわえていた煙草をさりげなく悠理に手渡す。
ためらうことなく受け取って一口吸い、魅録に返した。
その自然な動作を、悠理自身が不思議に思った。
悠理は普段煙草を吸うことなどない。
3年ぶりの煙草の味が、昔の記憶を蘇らせた。

かつて、魅録のすることを何でも真似たかった時期があった。
着る服、聞く音楽、バイクの趣味から友人まで、すべてを共有したかったあの頃。
慣れない煙草を吸う真似事をしていた、今より子供だった自分。
さっきの動作は、その当時の魅録と自分のそれだった。
時の経過などまるで無かったかのように、体がまだ、覚えていた。

160 名前: エンジェル(37) 投稿日: 2002/09/11(水) 23:40
急に黙りこんだ悠理に、魅録が言った。
「悠理。ここ、覚えてるか?」
剣菱邸から少し離れた、広い公園。
周りにある木々は春になると、見事な桜並木に変わる。
付き合っていた頃、ふたりでよくここに来た。
桜が咲きほこる短い季節を、共に過ごした場所。
忘れられる訳がない。

「・・・昔、よく来てたよな。桜が、咲いてた」
答えない悠理に、魅録は独り言のように続ける。
「ふたりの写真が欲しいって、おまえその辺のおばさんに平気で話しかけてさ。
シャッター押してもらって、そのまま勝手に宴会に混ざっちまって」
その頃の風景が見えてでもいるかのように、魅録の瞳は楽しげだ。
「おまえは、変わってねえよなあ」
「変わったよ」
不意に悠理が口を開いた。
「わかんないかもしれないけど、ちょっとずつ、変わってるんだよ。魅録だって
そうだろ。あの頃とは、違うんだよ」
淡々と話す悠理の横顔は、確かに当時とは違う。
そこにあるのはかつての無邪気な少女のそれではなく、憂いを帯びた女の表情だ。
けれど、それでもなお。
「変わんねえことだって、あるぜ」
今は青々と葉が茂る桜の木から目を離さないまま、魅録が言った。

「俺は、ずっと後悔してたよ。・・・ガキだった。自分のしでかしたことが、どれだけ
おまえを傷つけるか、わかっちゃいなかった」
「よせよ、今さら」
「いや。ちゃんと、話しておきたかった。・・・もっと早く、そうするべきだった」
過去の過ちを、時期を逸して謝ることすらできなかったあの出来事を、魅録は何度も
苦く反芻してきた。
あの事さえ無ければ、まだ二人は付き合っていたかもしれない。
もしも、無かったことにできるなら。

161 名前: エンジェル(38) 投稿日: 2002/09/11(水) 23:40
「悠理。俺は、おまえが大切で・・・大切すぎて、抱けなかった」
だから、違う女を。
「そんなの、言い訳にもならねえよな。・・・けど、ほんとにそうだったんだ」
「・・・もう、いいよ」
話をそこで断ち切るかのように、悠理が立ちあがった。
「そろそろ帰るか。きっと清四郎、かんかんに怒ってるぞぉ」

悠理の口から清四郎の名を聞いた瞬間、魅録の気持ちは昂ぶった。
「待てよ悠理」
立ちあがり、出口へ向かおうとする悠理の腕を掴む。
「おまえ、何、清四郎に飼い馴らされてんだよ?別におまえは、あいつの所有物でも
ペットでもないぜ。顔色うかがう必要がどこにある?」
「・・・そりゃ、そうだけど・・・」
口篭もる悠理の脳裏に、清四郎の背中が浮かんだ。いつもより小さく見えた後姿。
「見てるとイラつくんだよ。・・・おまえ、そんなじゃなかったろ?縛られるのは嫌いだって、
いつも言ってたよなあ?俺と付き合ってるときも、そうだったろ?」
つい先ほど、清四郎に対して放った言葉を思い返し、悠理は黙りこんだ。
拘束されるのは大嫌いだ。それは変わっていない。
なのに。

162 名前: エンジェル(39) 投稿日: 2002/09/11(水) 23:41
「・・・俺は、おまえを縛り付けたりしない」
熱っぽい目で、魅録が言う。
「悠理、俺はまだ・・・」
「言うなよ!」
不意に強い口調で、悠理は魅録の言葉を遮った。

3年も前の出来事。もう忘れたと思っていた。
魅録が自分を裏切った、その衝撃は大きかった。
もう付き合えない、そう思った。
だから、気持ちを封印した。自分がみじめになるだけだから。
時が、それを忘れさせてくれたと信じていた。
魅録が野梨子と付き合い始め、自分の中に安堵の気持ちを見つけたとき、
魅録への想いはもう無くなったのだと確信した。
なのに。
魅録が持っていたウォークマンが。
時折悠理に向ける眼差しが。
眠っていた感情をざわざわと呼び起こす。
かつて誰よりも大切だった男。初めてかわしたキス。胸が震えるような幾つもの思い出。
悠理の中に芽生えはじめていた気持ちをかき消してしまうほどに、それらは大きく
なっていく。

163 名前: エンジェル(40) 投稿日: 2002/09/11(水) 23:41
―――なんで、今になって。
魅録が今、口にしようとしている言葉。
「魅録は・・・勝手だよ。自分の気持ちばっかり、押し付けて・・・」
3年もの間、危ういところで保たれていたバランス。
「言ったら・・・めちゃめちゃだよ。何もかも」
きれいに収まろうとしていた、2組の関係。
「あたいが、今まで我慢してたことも・・・野梨子の気持ちも・・・」
すべてが。
「全部、意味がなくなっちゃうじゃんか!」
悠理の目に浮かぶ涙。
その意味を、魅録はわかっているのだろうか。
「・・・悠理」
魅録の腕を振り解き、悠理は突然走り出した。
公園を突っ切り、道路へと。

我に返った魅録が慌てて後を追う。
「待てよ、悠理!!」
門を出て曲がった悠理の姿が見えなくなる。
名を呼びながら、魅録がその後に続く。
と、先に停まった黒いワゴン車から、男が降りてくる。
悠理がそこをすり抜けようとした刹那。
男の手が伸び、悠理の顔に布のようなものをあてがった。
一瞬で、悠理の体から力が抜ける。
「悠理!!」
魅録の目の前で、悠理を乗せた黒いワゴン車は走り去った。         
                 【ツヅキマス】

164 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/09/13(金) 00:04
悠理の恋人 美&悠です。 美童と悠理のプールデート編 IN ヨミ○リランド 

その後、二人は都内の某遊園地内のプールに来ていた。八月の夏休み時なので、プール内はファミリー&カップルでごった返していた。その中で、美童と悠理はというと、プールのゴムボートでスライダーする「ジャイアントスカイリバー」の乗り台に来ていた。

「もう、勘弁してくれよ―。悠理。これで六回目だぞ。」
と疲れたように、ひとつに束ねている、濡れて額に張り付いていた、金色の前髪を掻きあげながら、情けない声でぼやいた。
早くも美童は、悠理との健全デートを、ちょっぴり後悔し始めていた。

「だっらし無いゾ〜!美童。しょうがないなー。これで最後にするよ。」
悠理は、まだ遊び足りなさそうだが、仕方がないなとしぶしぶ承知した。
「ほら、もう次だよ。いこうぜ。」
と、悠理は元気良くゴムボートの上に飛び乗った。
「はいはい。」
小学生の子供のように、はしゃいでいる、悠理に促されて、美童はあきらめたように、ボートの中にいる悠理の横側に乗り込むと、手でボートをちょっと押して、下のプールに勢いよくスライディングしていった。

165 名前: 悠理の恋人 投稿日: 2002/09/13(金) 00:08

そういうわけで、やっとこさ、スライダー地獄から開放させてもらった美童は、プールサイドのテラスの白いベンチに悠理をすわらせて、一息つくと、

「何か食べるか? 悠理。そこの売店で何か食べる物でも、適当に買ってくるよ。」
といって、売店に向かい、焼きそばなどを買い込んで、悠理の待っているてらすしたにむかった。

彼女が待っているテラスの下に入っていき、彼女の後姿を認めると、
「悠理、買ってきたよ。」
と声をかけるが、彼女の反応がない。

悠理は、ベンチの背もたれに寄りかかり、うとうとしていた。
彼女らしい明るい黄色のビキニの水着にやわらかい薄茶の髪を風になびかせながら、
眠っている様は、先ほどのおてんばぶりが嘘のようだった。
 美童がいつも遊んでいるセクシーな女性たちとは違う、普段あれだけけんかなどで暴れているのが信じられないくらい細い華奢な体に真っ白な、滑らかな肌に少女のあどけなさがのこる、その寝顔はきれいでかわいく、美童は少しドキッとした。


と、気配を感じたのか、悠理は目を覚ますと、
「美童? あ、帰ってきたんだ。それ、うまそー。ちょうだい」
ぱっとうれしそうに笑って美童のもっていた、焼きそばに手をのばした。

美童の頬がちょっと、赤くなっているのをみて悠理は
「美童、どうしたんだ? 顔が赤いぞ。暑さで日射病になんてなってないだろうな」
そういって、美童の額に自分の額をくっつけた。
「あ、でもそんなにおでこは熱くないな」
悠理の顔がアップになってさらに美童の顔は赤面になった。
が、鈍感な悠理はなぜ美童が赤くなったのかわからなかった。

「大丈夫だよ。ちょっと暑かっただけだから。この日陰に入れはすぐにもどるよ。それより早く食べないと焼きそば固くなるよ。はい、これも飲みなよ。コーラ」
とごまかした。
「そうだな。サンキュー、美童」
そういって、悠理はニコニコと焼きそばを食べ始めた。
 
(どうしたんだ?僕。あの悠理にドキッてくるなんて。いままで、一度だって女だって思ったことなかったのに。そりゃあ悠理はおとなしくしてれば、美人というか人を惹きつける魅力があるって言うか。って、何考えてんだ、僕は!! まあ、いいか)

美童の中に今までとは違う悠理への感情が芽生え始めていた。だが、彼はその感情を気のせいにしてうやむやにすることにした。
【続きます】

166 名前: 有閑新ステージ編(190) 投稿日: 2002/09/13(金) 11:45
>>150の続き
儀式が行われる場所から1キロ程離れたところまで辿り付いた時、魅録は携帯電話を取り出して曽我鶴に最期の確認の電話した。
「もしもし、野美ちゃん。乗り込むのは俺が指定した時間でいいけどさ。あんまりヤバくなったら野美ちゃんの携帯にワン切りするから!!そしたら即効来てくれ!!ヨロシクな」
電話が終わった魅録は持ってきた裏原宿系のショップの袋から黒いマントと銀色の仮面をを2つずつ取り出した。
清四郎と魅録は黒いシャツに黒いズボンと全身黒ずくめの格好で森にやってきた。
CDの儀式に参加する者は男性なら黒いシャツに黒いズボンを着用した上に黒いマントを羽織り、女性なら黒いワンピースの上に黒いマントを羽織る事になっている。そして顔の上半身を隠す仮面を着ける。
魅録はそのピンク色の髪の毛なら外部からの侵入者と言う事がバレバレなので毛染めスプレーを使って今日だけ黒髪にした。
マントと仮面は調達できたが1つだけ用意できなかった物がある。それはCDのシンボルである悪魔の顔をかたどった金のペンダントだ。
「ペンダントがないのがチョット痛いがまあほぼ完璧な変装だな」
携帯を見たら午後11時30分と表示されている。
魅録は仮面を着けて左手につけているロレックスを外し左側の胸ポケットに仕舞い込んだ。そしてショップの袋から拳銃を2丁取り出して1つを清四郎に渡した。
「魅録これは…?」
「これはイザというときに使え!!奴らの中には護身用に持っている奴もいるからな!!」
もしかしたら可憐の父を殺した犯人と撃ち合いなるかもしれない。
そんな予感がした魅録は裏ルートを利用して手に入れた拳銃を持って来ていたのだった。
完璧に準備が整った所で2人は再び歩き出した。

167 名前: 有閑新ステージ編(191) 投稿日: 2002/09/13(金) 11:46
――6月6日――午前零時――
今年もまたCD恒例の総会がスタートした。森に集まったCDのメンバー100人が焚き火を取り囲み悪魔を呼ぶ呪文を唱え始めた。
重なり合った不気味な声が森中に響いた。
それが終わると巫女のお告げの儀式が始まる。
今年の巫女役の女は地元の放送局のアナウンサーで諏訪泉利夫の愛人である大前藻名(おおまえもな)だ。
諏訪泉を始めとする数人の男たちが巫女の身体にむしゃぶりつき性的快楽という恍惚状態に落とし込んだ上で巫女の口からお告げを引き出す。
円陣の中から巫女役の女は焚き火の前にいる諏訪泉のところに進み出てきた。
諏訪泉が巫女の女のマントを剥ぎ取ろうとしたその瞬間、指先が凍りついたような感覚が走った。
何だこの感覚は?
一瞬気になったがまた気を取り直して巫女が羽織っているマントを一気に剥ぎ取ったら今度は全身に凍りつく感覚が駆け巡り体が強張ってしまった。
ざわざわと囁き合っていた他の人々の声も止まった。
相変わらず燃えている焚き火のパチパチと言う音も諏訪泉の耳に入ってこなかった。
「お…お前は…」
「久しぶり…諏訪泉さん」
マントの下の女は大前藻名ではなくって諏訪泉が今から21年前に殺した女であった。

168 名前: 有閑新ステージ編(192) 投稿日: 2002/09/13(金) 11:47
「ゆ…悠美可」
女はナイフで引き裂かれた上に血で真っ赤に染まったボロボロのワンピースを着てた。
引き裂かれた布から見える胸元に走る幾多の線から血がダラダラと流れている。左手首からも血がドボドボと流れ落ちている。
右手には21年前に諏訪泉が女を殺す時に使ったナイフが握られている。
「まさか…あたしのこと忘れたの?」
「お…お…お前は!!」
声にならない。
どういうことだ?悠美可は21年前に俺が殺したはずなのに!!今、21年前俺が殺した時と同じ状態の悠美可がここにいる!!
生きているはずがない!!俺はあいつを井戸に落とし込んで蓋を閉めた!!幽霊なのか!?
女はケタケタと笑いながら続けた。
「悪魔崇拝者があたしごときに何をびびっているの!!」
「そうだよ…諏訪泉さん…沢山人を殺したくせにね!!」
いつの間にか女の横には、彼女とそっくりな顔をした青年が立っていた。
冷たい笑みを浮かべた青年は女の耳元で囁いた。
「さあ母さん…諏訪泉から復讐したら…」
女は憎しみの色を目に浮かべると諏訪泉を切りつけようとナイフを振りかざした。
「やめろ!!」
しかし女が切りつけてしまった相手は突如諏訪泉の前飛び出てきた男だった。

169 名前: 有閑新ステージ編(193) 投稿日: 2002/09/13(金) 11:48
「え…」
諏訪泉を切りつけようと思った悠理は突然現れた男の存在に戸惑ってしまった。
その男は悠理に切りつけられた左肩を右手で押さえながらしゃがみ込んでいる。
「誰…!?邪魔をするのは?」
悠理もしゃがみ込んで下を向いている男の顔を上げさして仮面を剥いだ。
「!!」
今度は悠理が強張った。
「…駄目だ…悠理…人を殺してはいけない!!」
悠理が切りつけた男は清四郎であった。
必死に痛みをこらえながら清四郎は両手でしっかり悠理の両肩を掴んだ。
「悠理…復讐なんかやめてくれないか…」
「…あ」
虚ろな状態で復讐に挑もうとした悠理であったが清四郎の姿を見て急に正気に戻った。
まともに言葉なんか出なかった。
だって自分はナイフで清四郎のことを切りつけてしまったのだから!!
清四郎は痛みをこらえながら必死に笑い顔を作って悠理に言った。
「ねえ…悠理…そんな怯えた顔をしないで…僕は鍛えているからこんな傷大した事ないんだから…」

170 名前: 有閑新ステージ編(194) 投稿日: 2002/09/13(金) 11:49
悠理と清四郎の所に悠清がやってきて悠理の腕を掴んで2人を引き離した。
「母さん…騙されちゃ駄目だよ!!この人は母さんの事なんか愛していないのに…母さんを孕ませて…挙句の果てに…母さんを裏切って見殺しにしたんだよ!!」
「僕は悠理の事を愛している!!前世の僕だって前世の悠理の事を最期まで愛していた!!」
清四郎は必死に叫んだ。
悠清は悠理の腕を離すと今度は清四郎の元に歩み寄って冷たく問い詰めた。
「オレ、こないだあなたに警告したよな!!『また失敗を犯す』って!!だけどあなた決して母さんのこと追いかけようとしなかった。あの時、オレが止めに入っていなかったらどうなっていたのか分かるか?きっと母さんは何人もの男たちにレイプされてズタズタになっていただろうな。愛しているんだったらどうして追い掛けなかった!?」
「……あれは……」
「ほら、あなたは答えることができない。ねえ、母さん。オレからのお願い聞いてくれる?この人の事殺してよ!!」
そういって悠清は悠理の右手にナイフを握らせて耳元で囁いた。
「ねえ…母さん…この人は前世の母さんを裏切って…今回も母さんのことを見捨てたんだよ。母さん…この人にも復讐しなきゃね…」
「…出来ない……」
震える声で悠理は答えた。
「え…?」
「清四郎を殺すなんて出来ないよ!!」
悠理の右手からナイフが落ちた。
「どうしてだよ?母さん」
「清四郎の事殺したいなんて思ったことはなかった…だって…」
悠理がかつて悠美可であった時、最期に順清に裏切られて彼の事を憎んだことはあった。でも…殺したい程憎んでいた訳ではない。ただ…裏切られた事が哀しかった。

171 名前: 有閑新ステージ編(195) 投稿日: 2002/09/13(金) 11:50
「今度は銃殺してやるよ!!悠美可」
いつの間にかに身体の強張りが解れた諏訪泉は拳銃を取り出し、悠理に向かって引き金を引いた。
けど、銃弾は悠理には当たらなかった。
「せ…いしろ…」
咄嗟に悠理をかばった清四郎の左肩に弾は貫通した。
「良かった…悠理が無事で」
左肩から流れつづける血など気にせず清四郎は悠理に微笑みかけた。
「…どうして?」
悠理には分からなかった。どうして清四郎は悠理のことを庇ってくれるのだろうか?
悠理は清四郎のことを刺してしまったのに清四郎は自分の体を盾にして悠理の事を守ってくれた。
しかも自分の肩の傷よりも真っ先に悠理の事を気に掛けてくれた。
どうして清四郎がそこまでしてくれるのかが分からなかった。
「今度こそ!!」
諏訪泉は銃を構え直した。
清四郎は悠理のことをきつく抱きしめた。
円陣の中に魅録が諏訪泉が引き金を引く前に自分が諏訪泉を打とうと思ったその時
「うわっ!!」
諏訪泉はわき腹を撃たれて倒れてしまった。
円陣の中から諏訪泉を撃った者が彼の元へやって来て今度は拳銃を握り締めている右手に弾を埋め込んだ。
「可久人!!」
清四郎の腕の中にいる悠理が叫んだ。
諏訪泉を撃ったのは悠美可の弟である黒松可久人だった。
仮面を取り顔を見せた可久人は悠理に言った。
「姉さん、僕の大好きな姉さん。姉さんは人を殺しちゃ駄目だよ。姉さんが憎いと思う人は僕が殺してあげる。姉さん、姉さんのことを殺した諏訪泉の事どうしたい?このまま殺す?それとも警察に突き出す?姉さん事は時効を迎えたけど可弥人兄さん殺しの件は時効までまだだよ。それからね…順清さんは姉さんのこと裏切ってなんかいないよ。だってね姉さんが殺される前に僕が殺したんだよ」
「…え?可久人が殺したの?」
悠理は思わず清四郎から離れた。

172 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/09/13(金) 11:52
続きます。
再来週中のアップで清×悠元サヤになります。

173 名前: 有閑新ステージ編(196) 投稿日: 2002/09/14(土) 17:52
>>171の続き
前世の清四郎はあたいのこと・・・裏切ってなかった!?
「可久人が殺したって・・・!?」
悠美可が殺された時、可久人は小学校5年生だった。可久人はあの残酷な悪魔・可井次の血を引いているのだと信じられないほどに心優しくて天使のような子供だった。当時の可久人は背もとても小さくって体つきもとても華奢で学校でもよく苛められていて、虫も殺せないような子だった。
そんな可久人が人を殺した!?
可久人は悠理の考えていることを見透かした様に言った。
「姉さん、虫も殺せないような小学生だった僕が人殺しをしたのかって驚いているでしょ!?でも僕は嘘を言っていないよ!!僕はね・・・僕から大好きな姉さんを奪った順清さんの事が憎かったんだ。諏訪泉は僕が順清さんを殺せば姉さんは僕のところに戻ってくるって、僕に殺すことをそそのかしたんだ。だから僕は・・・・」

174 名前: 有閑新ステージ編(197) 投稿日: 2002/09/14(土) 17:52
――21年前――6月――
その日、順清は森の家に悠美可を置いて村へ買い物に出掛けた。
その日、悠美可を連れて行かなかったのにはちょっとした理由があった。
その理由は家に帰ってから悠美可に話すことに決めていた。
家に帰る途中で「すみません・・・道を教えてほしいのですが?」
と小学生の男の子が順清に声をかけてきた。
順清はその男の子を見たときにどこかで見たことがある子だと感じた。しかし、いつ、どこで会ったかが思い出せなかった。もしかしたらただの思い過ごしかもしれない。
順清はその男の子が持っていた紙切れに書かれた地図の場所を自分が先頭になって案内した。
歩きながら順清が「それにしてもこんな辺鄙な所に家なんかあったんだ」と言って後ろを振り返ったその時――
バンッ!!物凄い音と共に鋭い痛みが順清のみぞおちの辺りに走った。
「うっ・・・」
順清は地面に倒れてしまった。顔を上げると銃を持った男の子が順清の事を見下ろしていた。
「良くやったな。CDのトップのご子息の事だけあるな・・・」
「・・・お・・・前は・・・諏訪泉!!」
銃を持った男の子に歩み寄って来たのは諏訪泉であった。
順清は今になってこの男の子が誰だかはっきり分かった。この男の子は悠美可の弟の可久人だ!!

175 名前: 有閑新ステージ編(198) 投稿日: 2002/09/14(土) 17:54
可久人は嬉しそうな顔で諏訪泉に聞いた。
「これで姉さんが僕の元に帰ってきてくれるよね?」
「いいや、悠美可お嬢様はCDを裏切ったから殺すよ!!」
「どうして!?姉さんは殺さないっていったじゃないか!?」
可久人と諏訪泉の口論が始まった。
悠美可を殺すだと!?順清は血がどくどくと溢れる腹部を押さえながら必死に立ち上がって可久人のシャツの袖を掴んだ。
「やめてくれ!!悠美可を殺すなんて!!」
いきなり順清にシャツを掴まれて驚いた可久人は反射的に更に2発の銃弾を順清の腹部に撃ち込んだ。
「・・・うっ・・・」
また順清は倒れこんでそしてもう2度と起き上がれなくなった。
最期に聞こえたのは「さあこれから悠美可を殺しに行こう」と恐ろしい計画を楽しそう話す諏訪泉の声だった。
「悠美可・・・僕の悠美可・・・」
神の存在なんか全く信じなかった順清が薄れ行く意識の中で初めて必死に神に祈った。
悠美可も殺されてしまう・・・僕は悠美可も守ることが出来なかった・・・神様・・・どうかもう一度生まれ変わってもまた悠美可とめぐり合わせてください。
今度は必ず悠美可の事を守り抜きます・・・だから・・・神様・・・

176 名前: 有閑新ステージ編(199) 投稿日: 2002/09/14(土) 17:56
「順清さんって本当に姉さんの事を愛していたんだよね。だって最期の最期まで姉さんの名前を呼びつづけていたんだよ。僕は子供じみた嫉妬心で順清さんのことを殺したのをすごく後悔したよ・・・」
そういって可久人は自嘲気味に笑った。
可久人が前世の清四郎を殺した!!
確かに悠理が悠美可だった時、可久人がすごく自分に懐いたし、自分がすごく可久人の事を可愛がっていたのもよく覚えている。
それが可久人に歪んだ憎悪感を植え付けてしまった。ある意味、順清を殺す原因を作ったのも悠美可にあると悠理は全て知った今そう思えて仕方なかった。
何だよ・・・清四郎じゃなくってあたいが全部悪いんじゃないか!!
酷い事をした。あたいは散々酷い事を清四郎にした。さっきだって清四郎のこと刺しちゃったし、あたいの事庇って怪我までさせちゃった。
そんなあたいは清四郎に愛される資格なんかない!!
「清四郎・・・ゴメン・・・お前に酷いことばっかした・・・」
悠理は一歩そしてまた一歩清四郎から離れた。
「悠理!!こっちにおいで」
痛みをこらえながら清四郎を自分から離れて行く悠理を追った。
悠理。どうして僕から離れて行くんだ?前世の僕は無実だったのに・・・。
約束してくれたのに前世の僕が無実だったらやり直してくれるって!!なのにどうして僕から離れて行くんだ?
「清四郎・・・あたいはお前と一緒にいる資格なんてないよ!!」
そう泣き叫んだ悠理は清四郎から逃げるよう森の奥へ走って行ってしまった。
「待ってくれ悠理!!」
清四郎が走ろうとした途端、悠理が走っていた方面の木々がいきなり燃え出した。
「どういうことだ・・・?」
清四郎は唖然とした表情で立ち止まった。
「銃殺ができなかったら、焼死させてやるよ!!」
振り返ったら息も絶え絶えの状態の諏訪泉が気味の悪い笑みを浮かべていた。
彼の左手にはリモコンみたいな物が握られている。
「あ・・・」
清四郎は木が燃え出した原因が何かという事に気付いた。そう・・・この森の木には探知機と発火装置が付けられている。諏訪泉は発火装置のスイッチをオンにしたのだ。
迂闊だった清四郎たちは探知機のシステムは停止したのに、発火装置はそのままにしたのだ!!
しかも追い風が吹いて火がどんどん悠理が走っていった方向の木々に燃え移っていっている。
「悠理・・・」
悠理は今、火に取り囲まれてしまった!!

177 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/09/14(土) 17:59
続きます。
大体、こんな感じで来週も2〜3回アップできれば再来週にはなんとか清×悠元サヤまで辿りつけそうです
感想をカキコどうもありがとうございます!!すごく嬉しいです

178 名前: エンジェル(41) 投稿日: 2002/09/15(日) 07:52
>>163

魅録からの電話に、清四郎の顔色は変わった。
『すまん、清四郎・・・俺のせいで・・・悠理が・・・』
電話の向こうから、憔悴しきった魅録の声が聞こえる。

「魅録、いいですか。車のナンバーは覚えてますね?すぐに家へ戻って、無線で
その車を探すんです。もちろん警察にも連絡を。ぼくも今からそちらに向かいます」
冷静に指示を出し、データを取りまとめると部屋から駆け出した。

魅録の部屋は重苦しい空気で満ちていた。
机の上の無線機の前で落ち着かなげに煙草をふかしては消す魅録と、ベッドに腰掛け
静かにデータに目を通す清四郎。
時折、仲間からの無線連絡が入る。収穫は未だ、無い。
「なあ、清四郎・・・」
沈黙を破り、魅録が口を開く。
「うかつだった。・・・俺の不注意で、悠理を・・・」
「悔やむのはいつでもできます」ぴしゃり、と魅録の言葉を遮る。
「今はとにかく、悠理の行方を探すことです」
いつもと変わらぬように見える、冷静な横顔。
その表情からは、内面を窺い知ることなどできない。それが、魅録の気持ちを逆撫でする。
(こいつ、どうしてこんなに落ち着いていられるんだよ―――!)
せわしげに指で机を叩く。

「今、俺が言える事じゃないのかも知れないけどな・・・」
ライターを弄びながら魅録は再び口を開いた。重く、低い声。
「俺は、悠理が好きだ」
清四郎が、書類から顔を上げた。

179 名前: エンジェル(42) 投稿日: 2002/09/15(日) 07:52
「俺たちが付き合ってたことは、知ってるよな?
・・・別れてからも、俺は悠理をずっと・・・」

その科白の半ばで、清四郎は突然立ちあがった。
魅録の襟元を掴むと、音を立てるほどの勢いで机の横の壁に体を押し付ける。
痛みに眉を寄せる魅録に、顔を近付ける。まるで口付けをするかのような体勢。
ただ、下から睨めつけるその目に光っているのは、いつか見た殺気だった。
「野梨子はどうなるんです?」低く、押し殺した声。

こんな状況にもかかわらず、無感情に見えた清四郎の中に怒りを呼び覚ましたことで
魅録はどこか意地の悪い安堵を覚える。
「おまえ、やっぱり野梨子を・・・」
襟元を掴む手に、力が入った。
「自分のものさしで人をはかるなと、言っておいたはずです。質問に答えてない。
野梨子と、いい加減な気持ちで付き合っていたと言うんですか」
珍しく早口に言葉を投げつける。眼光は鋭い。

本気で魅録とやり合おうとした時の清四郎を思い出す。
体中から、殺気が立ち上っていた。
どんな相手にも感じたことの無い恐怖。体が、竦むようだった。
・・・だが、譲れない。これだけは。

「野梨子とは、別れるつもりだ」
清四郎の目をまっすぐに見ながら言った。この男には、嘘は吐けない。
「野梨子への気持ちは、本当だったよ。本気で、惚れてた。・・・今でもそうだ」
「なら、何故・・・」
「・・・けどな!」清四郎の言葉を強く遮る。
決意を秘めた眼差しで清四郎を睨み返し、言った。
「・・・清四郎。おまえが、悠理をさらっていくのだけは、許せねえ」
清四郎は黙ったまま、魅録を見ている。左手は、未だ魅録の襟から外さない。
「おまえが悠理と付き合うつもりなら、俺は野梨子をあきらめる。
おまえから悠理を、取り返す。どんな手を使っても」
「・・・悠理を、危険な目に合わせた張本人が言えることですか!」
怒りを吐き出すように言う清四郎の、空いた右手に力がこもった。

180 名前: エンジェル(43) 投稿日: 2002/09/15(日) 07:54
「・・・責められても仕方ないさ。・・・でもな」
普段の温厚な彼を知るものならば、目を疑うような凶相を浮かべる清四郎。
その強い眼光に、魅録は怯まない。
「おまえと一緒にいると、悠理は悠理じゃなくなっちまうんだよ。・・・あいつには
いつでも笑ってて欲しい。いつでも、自由でいて欲しいんだよ」
「・・・」
「おまえは、悠理のことを・・・わかってない」
押し出すようにそう言い、清四郎から目を逸らした。

ゆっくりと魅録から手を離した清四郎が、静かに口を開いた。
「・・・安心してください。・・・悠理に、言われましたよ。大っ嫌いだ、ってね」
先ほどまでの怒りの色は影をひそめている。
「おまえはいつも縛ってばかりだ、って言ってましたよ。
・・・わかってたんです、悠理にとって一番辛いことだってことはね」
ベッドに戻り、力が抜けたように腰を下ろした。
「嫌われるのは、覚悟の上でしたよ。―――でもね、・・・それでも、悠理を守りたかった。
・・・ああ言われたのはさすがに、堪えましたけど」
寂しげに笑う。
滅多に弱音を吐かない男が、珍しく心中をさらけ出している。
自分とは正反対のやり方で、この男もまた、深く悠理を愛しているのだ。

男たちは、それぞれの思考の海に沈んでいった。部屋に、再び沈黙が訪れた。

と、無線が音を発した。
『魅録さん!見つけました、例の車です!!』
二人は、弾かれたように立ちあがった。
                         【ツヅキマス】

181 名前: エンジェル書き 投稿日: 2002/09/15(日) 07:55
感想スレ>187さま
>とりあえず、清四郎に殴られる魅録が見たい。
これ頂き!と思い、ちょこちょこっと手直ししてみたのですが、
文章力不足のため中途半端なことになりました。ごめんなさい。
とはいえ素敵なネタをありがとうございました。
最初に書いてたものよりマシになりました(w
感想下さった皆さまありがとうございます(ペコリ
それを励みに書いてまつ。

182 名前: 有閑新ステージ編(200) 投稿日: 2002/09/17(火) 18:32
>>176の続き
唖然とした表情で燃える森を見続ける清四郎。
バンッ!!!
自分の後ろで響いた銃声で我に返った。
可久人が腹部を撃たれて倒れていた。
可久人を撃ったのはCDのトップ黒松可井次だった。
「全く…余計な事をするなお前は…!!」
可井次は忌々しそうに言って、次は清四郎を撃とうと銃を構え直した。
「……」
しかし、清四郎が撃たれる事はなかった。可井次が引き金を引く前に、可井次の手元が撃たれ彼の手から銃が転げ落ちた。
可井次を撃ったのは魅録だった。魅録はまだ少々唖然とした表情で立ち尽くしている清四郎に向かって叫んだ。
「清四郎!!悠理を追いかけるんだ!!悠理を愛しているなら例え追いかけていく道が片道でこっちに戻ってこれなくても追いかけろ!!今、追いかけないとお前また後悔するぞ!!」
魅録の言葉を受けて清四郎は何も言わずに火の森に飛び込んで行った。

183 名前: 有閑新ステージ編(201) 投稿日: 2002/09/17(火) 18:33
火から逃げる為に悠理はひたすら走った。
何とかまだ木が燃えていない部分に箇所までやって来た時、遂に力尽きてその場に座り込んでしまった。
木にもたれかかって自分の左手首と胸元を見たら相変わらず血が流れつづけている。
「…あたい…もう駄目…死ぬかもしれない…」
前世は水の中で冷たい思いをして死んでいって、今回は火であぶられて熱い思いをして死んでいくか…。
「…あっ…」
悠理がふと見上げたら目の前に悠清が立っていた。
「悠清…ゴメン…あたいが…勘違いしてたせいで…21年間もお前は成仏できなかった…」
悠清は哀しそうな笑みを浮かべて首を横に振った。
「…えっ?あたいのことを恨んでいないのか?」
悠清は力強くうなずいて、声に出さず『大丈夫』と口を動かして、煙のようにふっとその姿を消した。
「悠清…お前は天国に行ったのか…!?あたいも…もうすぐ天国に…って天国には行けないよな…あたいは罰当たりなことばかりしていたんだから…」
目を閉じると清四郎の顔ばかりが浮かんでくる。辛そうな表情の清四郎ばかりが浮かんできた。
「あたい…バカだ…前世のあたいもバカだった。何で諏訪泉の言葉を鵜呑みにしたんだろう…?何で順清があたいが殺される前に殺されたって考える事が出来なかったんだろう…」
清四郎の言う事はいつでも正しい、今回も清四郎が言った順清が悠美可と悠清を見殺しにしていないと言った事が正しかった。
助けに来れない事だってある。前世は助けに来る事ができなかったのだ。なのに悠理は清四郎の事を責めてばっかりだった。
今になって清四郎が注いでくれた愛情が痛いほどに分かり、今になって痛いほどの愛をやっと信じる事ができた。でも…もう遅い。
あと少ししたら自分は焼け死ぬのだから、罰当たりの自分には火にあぶられ苦しみながら死ぬのがあっているかもしれない。
「清四郎…」
悠理は清四郎のことを思って泣いた。

184 名前: 有閑新ステージ編(202) 投稿日: 2002/09/17(火) 18:34
「悠理!!どこだ!?悠理!!」
清四郎は悠理の名を呼びながら火の海になった森の中を彷徨っていた。
「うっ!!」
急に肩に鋭い痛みを走ってその場に座り込んでしまった。
今になって銃で撃たれた傷がうずき始めた。
カサっ。その場に座り込んでしまった清四郎は誰かが自分に近づいて来ている気配を感じた。
「えっ!?悠清・・・」
清四郎の目の前に座り込んで清四郎の顔を覗き込んだのは悠清だった。しかいさっき儀式の場で見た悠清とは少し違った。
目の前にいる悠清はさっき見た悠清より髪の毛が少し長めで、肌の色もさっき見た悠清よりも浅黒い。服装だって全然違う。目の前の悠清は魅録が普段着ているような服を着ていて左手の薬指にはシルバーの指輪をはめている。
「服を脱いで、薬を塗るから」
淡々とした調子で悠清は言った。
清四郎は少々あっけに取られながら、シャツを脱いだ。
悠清はポケットから薬とハサミと包帯を出して、薬を塗ってから慣れた手つきで清四郎の肩に包帯をまいた。
「これは応急処置だから後で病院でちゃんと手当てして貰って。それから母さんはあっちにいるよ」
そういって左斜め前を指差した。
「…悠清…お前は」
「オレは悠清だけど夏子悠清じゃないよ」
――魔開山は過去と現在と未来が交差する森――
野梨子が言った言葉が急に清四郎の頭の中で響いた。
今、目の前にいる悠清が誰だかはっきりと分かった。
「オレが誰だか分かった?父さん」
清四郎の心の中を見透かしたように悠清は笑った。悠清が笑った時の口元は清四郎にそっくりだった。
「じゃあ、オレはそろそろ行くから…。父さんもさっさと母さんを助けに行けよ」
立ち上がって去ろうとする悠清に清四郎は聞いた。
「1つだけ教えてくれ、僕と悠理がこれからどうなるのか」
「オレの存在がその質問の答えだよ。さあ早く行けよ」
そう言って悠清は清四郎の肩をポンっと叩いた。

185 名前: 有閑新ステージ編(203) 投稿日: 2002/09/17(火) 18:35
魅録は銃を構えたCDの連中に取り囲まれてしまった。
諏訪泉が銃を出した時点で魅録は曽我鶴の携帯にワン切りして至急来てくれるように連絡を入れておいた。
あと少ししたら大阪府警の連中がやってくるだろう。それまで時間稼ぎをしなければならない。
「1人対大勢じゃ勝ち目がないんだから素直に諦めたらどうだね」
可井次が唇を歪めて笑った。
「確かに今俺は1人さ、でもな…あと数分したらお前らの息がかかってない大阪府警の連中がなお前らを逮捕しにやって来るんだよ!!」
魅録が吐いたセリフに周りがどよえめいた瞬間、魅録はく可井次を撃とうと引き金を引いた。
しかし…可井次も魅録に向かって引き金を引いていた。
バンッ!!
魅録は前に倒れてしまった。

186 名前: 有閑新ステージ編(204) 投稿日: 2002/09/17(火) 18:36
今まで忘れていたが、今この瞬間になって悠理は幼少時に森に迷ってしまった時の事を思い出した。
そう、あれは悠理が5歳の時だった。
幼稚園の遠足で出かけた先でみんなでかくれんぼをした。悠理は森の中に隠れた。そしたら誰もいつまで経っても悠理のことを探しにやって来てくれなかった。
最初は悠理も平気だったたが、段々と心細くなってきた。
そんな悠理を見つけ出してくれたのは清四郎だった。
「…あの時…アイツ…あたいの頭の上に手を置いて『悠理ちゃん見つけた』なんて言ってたっけ」
そう呟いて悠理が自分の左手で頭を触ったら
「…あっ…!!」
悠理の頭の上には手が添えられていた。その手は懐かしい温もりがした。
「悠理、やっと見つけた」
その手は清四郎の手であった。

【ツヅク】

187 名前: エンジェル(44) 投稿日: 2002/09/18(水) 18:13
>>180
薄汚れたアパート。
五橋とともに会社を経営していた男が住む場所である。
黒いワゴンが、その駐車場に止められている。間違い無い。

魅録が、男の部屋を激しくノックした。
「すみません、ガス漏れみたいなんですけど、おたくじゃないですか?」
『なんだって?』
部屋の中からくぐもった男の声がする。程なく、ドアが開いた。
「ぶっそうだなあ、うちじゃない・・」
男が言い終わるより早く、清四郎が動いた。
部屋へするりと入り、他に誰もいないことを確認すると男を後ろから
羽交い締めにする。
同時に魅録がドアを閉めた。まるで打ち合わせ済みのような二人の連携プレイは、
先ほどの殺気だったやりとりを微塵も感じさせない。

「なっ、なんだ、あんたら・・・」
清四郎が無言で男の腕を掴み、後ろに捻り上げた。男が悲鳴を上げる。
「剣菱の娘と、五橋の居場所は?」
「しっ、知らないよ・・・」
表情ひとつ変えずに、清四郎が男の小指に手をかける。鈍い音がした。
驚いて、魅録は思わず清四郎の顔を見た。
声にならない苦悶の表情を浮かべる男に、世間話でもするかのように言う。
「指が全部使い物にならなくなる前に、話した方が賢明ですよ」
躊躇なく、今度は薬指に手をかける。骨の折れる音と男の悲鳴。
「もう1本」
中指が犠牲になる前に、男は音を上げた。
「わ、わかった・・・話すからやめてくれ・・ッ!!」

男が吐いた五橋の居所は、かつて彼が仕事をしていたビルの一室だった。
今、そこは廃ビルとなり、使われていない。
車を走らせながら、魅録は横目で清四郎を伺う。
・・・表情に変化はない。いつもの清四郎だった。
しかし、先ほど男の指を躊躇無く折った男は―――。
温情のかけらも感じられなかった。
旧い友人の、悪魔のような一面。
清四郎もまた、焦っていたのだ。
手加減する心の余裕を失うほどに。

188 名前: エンジェル(45) 投稿日: 2002/09/18(水) 18:13

視界が揺らぐ。ひどく、頭痛がした。
コンクリートが剥き出しの、灰色の部屋。
体を起こそうとする。が、何かに阻まれた。
両腕が、頭上で拘束されている。

「おはよう、悠理ちゃん」
声の主を見る。
細身の男。枕元のパイプ椅子に腰掛け、じっと悠理を見つめている。
黄色く濁った目が、血走っている。一見して、まともではないとわかる。
「待ってたよ、ずっと・・・」
顔を笑みの形に歪めながら、男が立ち上がる。
叫ぼうとした。
しかし、口元に噛まされた猿轡がそれを受け止めてしまう。
「悠理ちゃん、一緒に・・・」
男の手に握られた注射器。
拘束された悠理の腕に、それが近づく。
「気持ち良く、なろうね」
生臭い男の臭気が鼻をつく。

189 名前: エンジェル(46) 投稿日: 2002/09/18(水) 18:14
―――ちくしょう、何してるんだ。
心の中で叫ぶ。
―――こんなとき、必ず間一髪で助けに来るだろうよ。
男の顔が、近づいてくる。
―――早く来い!いつもみたいに涼しい顔で、助けに来てくれよ!


・・・清四郎!!


細い腕に、針が差し込まれた。
冷たい液体が流れ込んでくる。
と、すぐにそれは体の中で泡だった。
次の瞬間、頭からつま先まで、刺すような快感が全身を貫く。
悠理は、目を見開いて体をのけぞらせた。
男は目を細め、嬉しげに笑った。
        【ツヅキマス】

190 名前: エンジェル(47) 投稿日: 2002/09/20(金) 07:49
車を乗り捨て、ビルの入り口に向かう。
目的地は5F。そこに、五橋の事務所がかつて、あった。
二人はものも言わずに階段を駆け登る。
ドアには内側から鍵が掛けられ、びくともしない。
躊躇することなく、清四郎は隣の窓に助走をつけて飛びこんだ。
曇りガラスの割れるけたたましい音が鳴り響いた。

部屋の中の空気はそこに居る者たちの内面を反映してどす黒く澱んでいる。
その中の一点を、いくつもの照明が眩しく照らし出していた。
白く華奢な裸身がライトを浴びて光りながらゆるゆると蠢いている。
悠理の体が揺れるたび、粗末なパイプのベッドがギチギチと音をたてる。
その両腕はぎっちりと拘束され、細い足が片方、高く掲げられている。
悠理の息は、早く細い。濡れて光る唇からは、まるで別人のような甘い声が
漏れている。
薄く開かれた目は、何も見ていない。ただ、内面の快楽だけを映し出している。
細い足の間に、男が顔を埋めていた。
何をしているのかは、一目瞭然だった。

「おまえら、一体どこから・・・」
カメラを回す男がたじろぎ、身を引こうとしたとき。
音も立てずに清四郎は、その顎に蹴りをくらわせた。一撃で男の体が沈む。
「ひっ・・・」
同時に、ライトのそばにいた男が逃げようとする。
魅録がそれを押しとどめ、重い拳を腹に埋める。男は咳き込み、倒れこんだ。

清四郎が次に向かうのは、ベッドで悠理の下半身に顔を埋める男、五橋。
行為に没頭しているのか、未だ闖入者の方を見もしない。

191 名前: エンジェル(48) 投稿日: 2002/09/20(金) 07:51
ゆらりと、その前に立ちはだかる。
清四郎の全身から、冷たく蒼い炎が立ち上るようだ。
五橋の頭を掴み、自分の顔の高さに持ってくる。
ようやく、五橋は清四郎に気付いた。
「・・・悠理に、何をした?」
静かに問う。焦点の定まらない眼で、男はぼんやりと清四郎を見返す。
その時、悠理が清四郎の姿を認めた。
ゆっくりと顔を向け、笑う。
「あ〜・・・せーしろぉ・・・だぁ・・・」
五橋と同じ視点の定まらぬ瞳が、妖しく潤んでいる。
何が楽しいのか、華奢な体をよじらせながら、くすくすと笑う。
「せ・・・しろ・・・ふふ・・・」

清四郎は一目でそれと気付いた。
覚醒剤。
視界が、蒼く染まった。

清四郎の拳が、五橋の顎を捉えた。
宙に浮く男の体を、さらに蹴り上げた。照明にぶつかり、派手にガラスが砕け散る。
五橋は薬が効いているのか、悲鳴さえ上げない。
床に倒れこんだその体を、さらに何度も蹴りつける。肉が裂け、骨の折れる鈍い音。
陰惨なその光景を呆然と眺めていた魅録は、ようやく我に返った。
「清四郎!よせ、殺す気かっ?!」
慌てて後ろから清四郎の体を押さえる。
清四郎がちらりと魅録を一瞥する。
その瞳には、怒りも興奮も無かった。
相手を攻撃する明確な意思のみが冷たく光る、非人間的な表情。
魅録の背にぞくりと寒気が走った。
邪魔だ、とばかりに清四郎は、肘で魅録の腹を突く。魅録が、咳き込んでうずくまった。
再び五橋に向き直る。すでに肉の塊と化した男を立たせ、サンドバッグのように
殴りつける。
腹を押さえ、よろけながら魅録は立ち上がり、再び清四郎を抱えこんだ。
「死ぬぞっ・・・!!清四郎、もうやめろ!!」
ぴくりとも動かなくなった五橋をようやく解放した清四郎は、邪険に魅録を振りほどき、
悠理のもとへ向かった。

192 名前: エンジェル(49) 投稿日: 2002/09/20(金) 07:51
全裸でベッドに横たわる悠理。
縛られた両手に薄く血が滲んでいる。
そこだけではない。白い肌には紅く、黒く、いたるところに内出血の痕が
散っている。
にもかかわらず、悠理は子供のように無邪気な笑みを浮かべている。
薬がもたらす天国の情景が彼女を包んでいるのだろうか。
「ふ・・・ふふっ。あはは・・・」
赤ん坊のように、足をばたばたと上下に動かす。ベッドから埃が舞い、それが
照明を受けてもぎ取られた羽さながらにきらめいた。
痛々しさに正視できず、魅録は、顔を歪めて悠理から目を逸らした。

清四郎は黙ったまま、悠理の手のいましめを解く。
その顔に、ようやく表情が浮かんだ。深い哀しみの色。
「悠理・・・帰りましょう、家へ」
わかっているのかどうか、悠理はその言葉に微笑みを返した。
悠理の体をそっとシーツに包み、唇を噛み締めながら、胸に抱き上げる。
悠理の髪に顔を埋めた清四郎の瞳が、濡れて光っているように見えた。
                               【ツヅキマス】

193 名前: エンジェル(50) 投稿日: 2002/09/22(日) 08:35
>>192
長く重い悪夢。
自室の清潔なベッドの上で目覚めた時もなお、その余韻は胸の内に残っていた。
押し潰されるような根拠のない不安感が、部屋に満ちる朝の光さえも濁らせている。
体が痛む。何が起こったのか。

「・・・悠理」
自分を見つめる女友達の瞳が、涙で揺れていた。
「・・・・気分は、どう?」
体を起こそうとして、可憐に止められた。
「いいから、横になってなさい。・・・何か、欲しいもの、ある?」
悠理が口を開いた。喉がひりつく。
「・・・なんか、飲みたい。冷たいもの」ざらついた声。
可憐の後ろでじっと悠理の様子を見守っていた野梨子が泣き出しそうな顔で言った。
「なにか、持って来ますわ」身を翻し、部屋を出て行く。

記憶が定まらない。状況が、わからない。
落ち着かず、ベッドの上に半身を起こした。
「・・・可憐、あたい・・・?」
突然、可憐はその豊かな胸に悠理をかき抱いた。
「・・・大丈夫よ、悠理。・・・もう終わったのよ・・・」
女友達の嗚咽が聞こえる。
記憶が、繋がった。
断片的に思い出す悪夢。
「・・・あ・・・あ、あぁ・・・っ・・・」
男の血走った目がまざまざと蘇る。
耐えきれない。
悠理は、叫んだ。

194 名前: エンジェル(51) 投稿日: 2002/09/22(日) 08:35
自分の意思とは関係なく、叫び声は止まらない。
「・・・悠理・・・大丈夫よ、落ち着いて・・・ここは、あんたの部屋よ」
背中を優しく撫でる手。
可憐の体の温もりに、次第に落ち着きを取り戻す。
悲鳴が、止まった。
未だ荒い息をつく悠理を抱きながら、いたわるように可憐は言う。
「・・・慰めになるかどうかわからないけど・・・あんたの体は、きれいなままだった
らしいわよ・・・」
呼吸が、次第に静かなものへと変わってゆく。
「・・・ありがと、可憐。・・・大丈夫だよ・・・」
悠理が呟き、可憐は身を離した。
野梨子が、冷たい飲み物を載せたトレイを抱えて部屋へ戻ってくる。
「なんか注射されて・・・あんまり、覚えてないんだ・・・」
蹂躙されていたときの記憶は曖昧だった。
それが救いだ。
「思い出さなくていいのよ、悠理」
瞳に涙をためた可憐が優しく言う。
女として受けた屈辱に共感してくれる友人が、ありがたかった。

195 名前: エンジェル(52) 投稿日: 2002/09/22(日) 08:36
野梨子に手渡されたアイスティーを一息に飲み干し、悠理は尋ねた。
「・・・あいつらは?」
野梨子と可憐は顔を見合わせる。
「男連中は、今朝方帰って行ったわ。あんたが最初に目覚めたとき、男性が
そばにいない方がいいからって、清四郎が」
普段人の気持ちを顧みない男に似合わぬ、細やかな心遣い。

切れ切れの問いかけから、悠理は自分が救出されたのはおとといの夜であった
ことを知った。
たった一度の注射にも関わらず、覚醒剤の効き目が切れかけたときの悠理は
狂乱状態を呈したらしい。得体の知れない不安感と体を這い回るざわざわとした
不快は、悠理もまだ覚えていた。
そして、その時ずっとそばにいたのは、清四郎だった。
途切れ途切れの記憶の中に、暴れる自分を強く抱きしめる、腕の感触が
残っていた。

夜になって友人たちが帰った後、悠理はじっと考えこんでいた。
珍しく静かに、自分の心の中を見つめ続けていた。
一連のできごとの中で次第にはっきりと形を取り始めた自分の気持ちを、
何度もなぞるように。

やがて、携帯電話を手に取った。
1コール目で、すぐに相手が出る。
「・・・もしもし。・・・うん、大丈夫。―――ごめんな、心配かけて・・・。
・・・今から、会いたいんだけど」

しばらく後、悠理の部屋をノックする者があった。
沈痛な面持ちで、魅録が入ってきた。
その夜遅くまで、悠理の部屋の明かりが消えることはなかった。
                     【ツヅキマス】

196 名前: エンジェル(53) 投稿日: 2002/09/24(火) 07:46

都心の一角とは思えない静謐な空間。
中庭にある小さな庵はささやかな竹林に囲まれ、夏場でも涼やかな風が通る。
今も一筋の風が黒髪を撫で、竹の葉をさやさやと鳴らしながら過ぎていった。
小さい頃から、そこは野梨子のお気に入りの場所だった。

悠理が誘拐された、その一部始終は、可憐から聞いた。おとといの夕方である。
女性の手が必要だからと、清四郎に呼び出されたのだと言う。
そして可憐が野梨子を呼んだ。
魅録も清四郎も、詳しくは語らない。
思い出すことさえ苦痛なのか、魅録は時折顔を歪めながらも悠理の部屋にいた。
ベッドには、間欠的に激しく暴れる悠理とそれを押さえる清四郎。
清四郎の瞳にも、魅録のそれと同じような苦悩の色が見て取れた。
しかし、清四郎の表情にあったのは、それだけではないように、野梨子には思えた。

遠くから辛そうな表情で悠理を見つめる魅録を、野梨子もまた痛みを堪える
ようにして見ていた。
魅録の気持ちは、わかっているはずだったのに。
目の前で悠理への想いの強さを改めて思い知らされることは、野梨子にとって
拷問に等しかった。
悪夢のような、重い一夜だった。

悠理に対するいたわりの気持ちと嫉妬心が、今も心の中で渦を巻く。
それを鎮めるために、ここに来た。
天を指し、凛と立つ青竹。清々しいその姿に、醜い感情を洗い流して欲しかった。

夕暮れの陽が辺りを染める頃になり、竹林にもうひとつの人影が現れた。

197 名前: エンジェル(54) 投稿日: 2002/09/24(火) 07:47
「・・・よお」
竹の葉を踏みしめる乾いた音と共に、魅録が近づいて来た。
「野梨子ん家に、こんな所があったんだな。・・・付き合ってたのに、知らなかったよ」
竹林を見回しながら魅録が言った。
『付き合ってたのに』
その過去形の言いまわしに、魅録の用件を悟る。
野梨子は、ゆっくりと魅録の方へと向き直った。

大きな瞳にまっすぐ見つめられると、決意が揺らぎそうになる。
運命を受け入れようとするかのごとく、その目は静かに澄んでいた。
想いを振り払い、魅録は口を開いた。
「別れよう、野梨子」

野梨子は顔を伏せ、目を閉じた。
わかっていたはずなのに、胸が締め付けられるようだ。
魅録の声が聞こえる。聞きたくもない宣告が。
「俺の身勝手で、辛い思いをさせちまって・・・すまん、野梨子。
俺は、本当におまえが・・・」
言葉を切った。何を言っても嘘になる、そう思ったのだろうか。
「気付いてたと思うけど、俺は・・・悠理が好きだ。こんな気持ちのまま、おまえとは
付き合えない」
「悠理と、付き合うことになったんですの・・・?」
野梨子が顔を上げ、聞いた。瞳にたまった涙をこぼすまいと、必死に堪える。
ふたりを祝福しよう、笑ってさよならを言おう。そんな哀しい決意を秘めて。
だが、魅録の表情は、歪んだ。
「・・・振られたよ。ゆうべ」

198 名前: エンジェル(55) 投稿日: 2002/09/24(火) 07:47
意外な言葉。
「あいつにとって、俺は・・・重荷でしか、なかったみたいだ」
魅録は独り言のように続ける。
「縛り付けられてるあいつを見たくなくて、俺の気持ちを押し付けて―――結局、
そうやってあいつを縛り付けてた。・・・どこまでも自分勝手な人間だよ、俺は」

悠理のことを、ただの女だと思いたくない気持ちがどこかにあった。
肉体関係を持てなかったのも、本当はそのせいだったのかも知れない。
飛ぶ鳥のように、いつまでも自由な存在でいて欲しかった。
世の中の色に染まらずに、真っ白で、無邪気なまま。
だから、蹂躙されている姿に、怯んだ。
甘く切なげな声を出しているのが悠理であると思いたくなかった。
無意識に、目を逸らしていた。受け入れることができなかった。
それを受け入れる度量さえ無いくせに―――
悠理への想いは、未だ胸の奥で燻り続ける。

夏の夕陽は、いつまでも未練を残すかのように沈みきらないまま竹林を照らしていた。
燃え立つような色に染められた竹の前に立つ野梨子は、凛として美しかった。
所詮、俺の手の届く女ではなかった。魅録は思う。
悠理にしても、野梨子にしても。
・・・これ以上野梨子を苦しめる前に。せめて、今の俺にできることは―――
宙に浮いたままの俺たちの関係を、終わらせてやること。俺の手で。

「色々・・・悪かった。俺の勝手で、振りまわした」
野梨子に背を向け、魅録は立ち去ろうとした。
と、野梨子がそこへ厳しい声をかける。
「魅録!・・・わたくしを、見損なわないで!」

199 名前: エンジェル(56) 投稿日: 2002/09/24(火) 07:48
怒っている。当然のことだろう。プライドを傷つけられたのだ。
それが自分への罰ならば、甘んじて受けよう。
魅録は再び野梨子を振りかえる。
野梨子が、ワンピースの裾を揺らしながら、小走りに近寄ってきた。

「わたくしが、どうして魅録と付き合っていると思いますの?」
予想と異なる野梨子の言葉に、一瞬魅録はとまどった。野梨子は続ける。
「・・・魅録が、わたくしのことを好いてくれたから、付き合っているとでも?
魅録に選ばれたから、お付き合いしていると思っていたんですの?」
真意がわからず、魅録は野梨子の顔を見つめ続ける。大きな瞳はうっすらと涙に
縁取られ、長い睫が揺れる。
「・・・わたくしが、魅録を選んだんですのよ。わたくしが、魅録のことを好きだから、
お付き合いしているんですのよ?」
頬が紅く染まっているのは夕陽のせいだろうか。
「・・・少々の心変わりで、わたくしの気持ちが揺らぐとでも思ってますの?
見損なわないでくださいな、魅録。わたくしの気持ちは、ずっと、変わっていませんのよ。
別れる理由なんて、ありませんわ」
きっぱりと、そう言い放つ。
そして、大輪の花が咲くように、微笑んだ。
何もかもを許し、包みこむ笑顔。

「ほんとに・・・いいのか、野梨子・・・?」
こっくりと頷く。
「ただし、この次は・・・ありませんわよ」
くすりと、野梨子が笑った。
魅録も、つられて笑った。久しぶりに。
野梨子がいれば、忘れることができるのかもしれない。
過去の呪縛から解き放たれる日が、きっとすぐにやって来る。

夏の夕闇が、そっと辺りを包み始めていた。
                      【ツヅキマス】

200 名前: 有閑新ステージ編(205) 投稿日: 2002/09/24(火) 20:20
>>186の続き
魅録と可井次は銃の引き金を同時に引いた。魅録が放った弾は可井次の肩に当たり、そして可井次が放った弾は魅録の左胸に命中してしまった。
魅録は前に倒れてしまった。しかし、弾は魅録の心臓を貫いていなかった。
俺、生きている!?
そう左胸のポケットに入れておいたロレックスが凶弾を受け止めて心臓に到達するのを阻止してくれたのであった。
可弥人さんのロレックスが…!!可弥人さんが俺のこと助けてくれたんだ!!
さて問題はこれからどうするかであった。
あと少ししたら曽我鶴が大阪府警の面々を引き連れてやってくる。それまで死んだ振りをしてやり過ごせればいいのだが…。
魅録は地面にうつぶせになったまま耳から入ってくる音で周りの状況を把握しようとした。
すると…バァンッ!!銃声と「うっ!!」と可井次が唸って地面に倒れる音が聞こえてきた。
誰が可井次を撃ったんだ!?
周囲の喧騒が魅録の耳に流れ込んできた。
「奥様どうして?」
「彰美(あきみ)様、なぜ可井次様を撃たれたのですか!?」
その言葉を聞いて魅録は思わず起き上がった。
魅録の視界に入ってきたのは頭を撃たれて地面に倒れている可井次とその横で銃を持ちながら呆けた表情で立ち尽くしている上品な顔立ちの老婦人・黒松彰美の姿だった。
可井次を撃ったのは、可井次の妻で、悠美可、可弥人、可久人のあり、可憐の祖母である黒松彰美であった。

201 名前: 有閑新ステージ編(207) 投稿日: 2002/09/24(火) 20:21
「お前、まだ生きていたのか!!」
魅録が死んでいなかった事に気付いたCDの幹部たちは魅録に向けて一斉に銃を構え始めた。
やべぇっ!!今度こそ絶体絶命だよ!!と魅録が心の中でそう思った瞬間
バァンッ!!バァンッ!!バァンッ!!幾つもの銃声が轟き銃を構えたCDの幹部たちの手元が撃たれ彼らの手から銃が落とされた。
そしてボワンッという音と共に周囲が白い煙に包まれた。
「何があったんだよ?一体…」
「いいから!!アタシと一緒に逃げて!!」
唖然としている魅録の右腕が誰かに引っ張られた。魅録はその女に引っ張られながら走り始めた。
その女は長い髪で顔形は良くわからなかったが声と格好から推測すると、魅録と同じ位の年齢だ。
魅録の右腕を掴む手の爪は光沢のあるパープルのマニキュアで彩られ薬指にはシルバーのリングがはめられている。そして右手は拳銃を握っている。
彼女が魅録の事を助けてくれたに違いない。
髪の毛は可憐と同じ位の長さで可憐みたいなソバージュヘアだ。
一見すると甘い雰囲気の女って感じだが銃の腕前は相当なものであった。
コイツ一体何者なんだ!?

500メートル程、走ったところで魅録の携帯がなったので立ち止まり魅録は携帯の通話ボタンを押した。
「魅録!!大丈夫!?山が燃えてるじゃない!!」
電話は可憐からであった。
「ああ可憐。俺は大丈夫だよ…。…悠理たちは火の中だ…。アイツらが助かることを祈るしかないさ…」
電話を切ってから魅録はようやく自分を助けてくれた女の顔を見た。
「アリガトな!!助かったよあっ…お前…!!」
「どういたしまして」
そういってニッコリと微笑む女の顔を見て魅録は驚愕の為に後の言葉は続かなかった。

202 名前: 有閑新ステージ編(207) 投稿日: 2002/09/24(火) 20:22
幼稚園の時、森に迷った悠理を見つけ出した清四郎はまるで宝物を発見したかのように嬉しそうな顔をしていた。
「やっと悠理を見つけられた」
今の清四郎もその時と全く同じ顔をしている。しかし、
「…清四郎…どうして?」
悠理が困惑した表情でそう言った途端、一気に哀しそうな顔になってしまった。
「…迷惑でしたか!?僕がここに来た事は?」
悠理は首を左右に振った。
「…違うんだ…お前に愛される資格なんて…あたいにはない!!だって…あたい…お前に散々酷い事してきたじゃん…お前は全然悪くないのに…あたいはお前に辛くあたってばかりだった…しかも…お前の事・・・刺しちゃったし・・・あたいを庇って怪我までさせちゃった…それに…ここきたらもう帰れないじゃん…あたいはもうすぐ死ぬからいいけどさ…」
「悠理…」
悠理の胸と背中に走る幾多のも赤い線たちと左手首の切り口からは相変わらず血がどくどくと滝のように溢れ出ている。
そして悠理の顔は今まで以上に青白く、呼吸も荒く、言葉も途切れがちであった。
今まで以上に脆く今にも砕けて散ってしまいそうな悠理を清四郎はそっと自分の方に抱き寄せた。
「悠理…僕はこれからあなたがいない時をどうやり過ごせばいい?僕の隣に悠理がいない人生なんて僕は考えられない。悠理は僕にとっての生きる希望の証なんだ」
自分が喋り終わってから目を閉じていた悠理は清四郎のその言葉を聞いた途端に目を見開いてハッとした顔で清四郎を凝視した。
「清四郎…その言葉…お前が順清だった時に全く同じ言葉を言ってくれた」
かつて悠理が悠美可であった22年前のあの日―――崖から海に落ちて奇跡的に助かった時に今清四郎が言ったのと全く同じ言葉を順清は言ってくれた。
日記にも記していない順清のこの言葉は前世の記憶を思い出せない清四郎はしらないはずだ。
だけど全く同じ言葉を清四郎は悠理に言ってくれた。

203 名前: 有閑新ステージ編(208) 投稿日: 2002/09/24(火) 20:23
清四郎は悠理の頬に手を添えて言った。
「悠理…僕はあなたに酷い事をされたなんて思っていませんよ…傷だって大したことないし…僕は悠理を守る為なら何でもする…僕の方が悠理に酷い事をしてしまいましたね…」
「…えっ?」
段々と清四郎の言葉が震え始めてきた。
「悠理を守ると言いながら…僕は2度もあなたを守る事が出来ずに…悠理を傷つけてしまった…悠理を苦しませてしまった…だけど僕は悠理のことを愛している…勝手な言い分だけど…僕は悠理を愛している…愛しているんだ悠理のことを…ここに来る事が片道になることは覚悟してました。それでも伝えたかったんです!!僕は悠理を愛しているって!!」
悠理を見つめる清四郎の目は優しく悠理への愛で満ち溢れていた。
前世も今も全く変わらない真摯な愛を悠理にひたすら注いでくれている。
「お前は全然悪くなんかないよ!!お前の事を信じる事が出来なかったあたいが悪かったんだよ…!!それに…お前は前世も今も充分にあたいの事を守ってくれたし守ってくれているよ…ゴメン…清四郎…」
これ以上言葉は続くことなく嗚咽に変わり悠理はわあわあと激しく泣き始めた。
悠理が泣き続けている間中ずっと清四郎は悠理の背中を優しくさすり続けていてくれた。
清四郎の腕の中で悠理は激しく泣きじゃくりながら、改めて清四郎の愛情の深さをひしひしと感じていた。

204 名前: 有閑新ステージ編(209) 投稿日: 2002/09/24(火) 20:24
泣き止んだ悠理は自分の体力がまた一層萎んでいくのを実感した。
もう死は目の前かもしれない。
それでも構わなかった。最愛の人の暖かい腕の中で死ぬことができるのだから。
「清四郎…」
「ん?どうした悠理」
「清四郎の腕は暖かくてとっても気持ちいいよ…ホっとできるよ…良かった…最期に一番戻りたい場所に戻ることができて…せいしろ…ありがとな」
無邪気な笑顔を浮かべて悠理は言った。
「悠理」
やっと笑ってくれた!!僕はどれだけ悠理の笑った顔を見たかったか!!
清四郎は一層きつくしっかりと悠理のことを抱きしめた。
ようやく2人のわだかまりは解け元通りになれた。
火はどんどん近づいてきて2人の周りをぐるりと取り囲んだ。
近づいてきた火をみながら清四郎はさっき自分が見た悠清は幻だったのかもしれないと考えた。
自分たちには未来がなくても構わなかった。
愛する悠理と一緒に死ねるならそれでいい。

205 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/09/24(火) 20:26
続きます
通し番号205の次は207ではなく206です。間違えましたスミマセン(汗

206 名前: エンジェル(57) 投稿日: 2002/09/26(木) 07:21
>>199
吹き抜けの高い天井に人々の囁き声が谺する。
大正時代に建てられたという煉瓦造りの図書館は、清四郎の家から少し離れた
大学の構内にあった。
一人になりたい時には、必ずここへ来る。

初めてここを訪れたときの興奮は今も忘れていない。
知の牙城の最前線である大学の図書館。見たこともない難解な書物が整然と
並べられた棚。そこは幼い清四郎にとって、心の沸き立つような知の宝庫だった。
いつかここにある本を、すべて読破してみせる。
高校生になった今もその夢はかなわぬままだが、当時の熱意は胸の底にくっきりと
残っていた。

だが、今の清四郎には、堆く積まれた書物より心を熱く震わせる存在がある。

夏休みにもかかわらず大勢の人々がここを訪れている。
普段ならば耳にも入らない彼らの低い囁きが、今日はやけに心を散らす。
昔観た映画の1シーンのようだ。
人の内心の思いが、囁きとなって聞こえる天使の物語。
静かなはずの図書館も、人々の心の囁き声で満ちていた。

確か、あの主人公の天使は、人間に恋をするのだった。
自ら永遠の命を捨てて人間となり、天使は地上へと落ちて行く。
その瞬間、陰鬱なモノクロだった映像は、鮮やかな色彩に満たされる。
傍観者である天使の目線から、恋をした人間のそれへと変わるのだ。

観た当時はピンとこなかった。
今ならば、わかる気がする。

207 名前: エンジェル(58) 投稿日: 2002/09/26(木) 07:21
手元の分厚い本のページは、繰られることなく開かれたままだ。
活字をぼんやり眺めながら、映画に思いを馳せる。

中年男性の姿を持つ天使。いわゆるエンジェルというよりは、字義どおり
「天の使い」のイメージだった。その意外性が印象深かった。
普通、一般的に天使といえば中性的な、美しい姿で描かれる。
そう、ちょうど、悠理のように。

心の中で苦く笑った。何を考えていても、最後にはそこへ行きついてしまう。
・・・相当、重症らしい。

と、後ろから、肩に触れる手があった。
振りかえると、窓から差し込む光の中に、天使が立っていた。

208 名前: エンジェル(59) 投稿日: 2002/09/26(木) 07:22
キャンパス内は、力強い夏の息吹に溢れていた。
青々とした葉が繁る木々の間から、賑やかな蝉の鳴き声が降る。
木漏れ日の間を縫うように、ふたりはゆっくりと歩いた。

「よく、ここがわかりましたね」
「家へ行ったら、和子さんがここじゃないかって」
言葉少なに悠理が答えた。
会話が、途切れる。

「・・・ゆうべ、魅録に会った」
硬い表情で、悠理がぽつりと言った。
「そう・・・ですか」
その続きを聞く勇気が、清四郎には無い。
だが、悠理は続けた。
「今日、おまえに会う前に、はっきりさせたかったから」
悠理が立ち止まった。

清四郎の顔を見上げ、まっすぐに見つめる。
「もう、あたいにかまわないでくれって、そう言った」
微かに目を見開き、清四郎はまじまじと悠理の顔を見た。

「・・・あいつは、あたいの事が好きなんじゃないんだ」

209 名前: エンジェル(60) 投稿日: 2002/09/26(木) 07:22
魅録は過去の思い出から抜け出せずにいるだけなのだと、悠理は気付いていた。
悠理もまた、そうだったから。
魅録の目は、今の悠理には向けられていなかった。
昔の面影を悠理の中に探し、それにしがみついているように見えた。
そして悠理も、輝いていたかつての一時期を鮮明に思い出し、揺れた。

「あたい、昔・・・魅録と付き合ってた」
「・・・知ってましたよ」
何故だか、不思議にも思わない。清四郎にはすべてわかっていて当然なのだ、
そんな気がした。
「あたいもあいつも、ちょっとだけそん時のことを思い出しちゃったんだ。
・・・もう、とっくに終わったことなのに」
彼方の木々を、眩しそうに見つめる。遠くから、学生たちの笑い声が聞こえる。
「今のあいつには、野梨子がいるし。・・・あたいは・・・」
再び清四郎に目を向けた。
清四郎が、ふ、と目を逸らした。

210 名前: エンジェル(61) 投稿日: 2002/09/26(木) 07:22
『おまえと一緒にいると、悠理は悠理じゃなくなっちまうんだよ。・・・あいつには
いつでも笑ってて欲しい。いつでも、自由でいて欲しいんだよ』
辛そうに言った魅録の顔が頭をよぎる。

いつでも笑っていて欲しいのは、魅録だけじゃない。ぼくだってそうだ。
・・・だが、ぼくといることは、悠理を苦しめるだけなのかもしれない。

事件前には考えもしなかった。
しかし、魅録のその言葉は清四郎の胸に深く食い込んでいた。

清四郎の沈黙を別な意味に捉えたのか、悠理は目を伏せた。
「・・・やっぱ、嫌・・・だよな。あんな目に合って・・・汚れちゃった、あたいなんか・・・」
その言葉が終わるのを待たず、清四郎は悠理の両肩を掴んだ。
「誰がそんなことを!・・・いいか、悠理。おまえは汚れてなんかいない!
二度とそんな事、考えるな!!」
激しい口調。悠理がすかさず言い返す。
「じゃあ、なんでだよ?!あたいのこと、嫌いになったんだろ?!」
「全く・・・何を早合点してるんだ!嫌いになるわけないでしょう、何があったって!」
大声で答え、はっとする。
・・・悠理のペースに乗せられていやしないか?

見ると、悠理は目をきらきらと輝かせ、続きをねだる顔でこちらを見上げている。
―――確信犯の眼差し。
清四郎が自分のすべてを受け入れてくれることなど、悠理は百も承知なのだ。

・・・してやられた。人から悪魔と称されることもあるこのぼくが、まんまと乗せられた。
天使だなんて、とんでもない。こいつは―――小悪魔だ。

黒くすんなりと伸びた尻尾を生やす悠理を想像して、清四郎は思わず吹き出した。
「なんだよぉ!真剣な話の途中だぞ!何笑ってんだよお!!」
頬を紅く染めた悠理が食って掛かる。

くくくっ、と喉の奥で笑いながら、清四郎は思った。
難しいことを考える必要なんかない。
ぼくはこいつを愛してる。
そして、こいつもぼくを。
迷う必要など、どこにある?

211 名前: エンジェル(62) 投稿日: 2002/09/26(木) 07:23
まだ瞳に笑みを残したまま、清四郎は悠理を見つめた。
「覚悟はできてますか?」
ややたじろぎながら悠理が答える。
「な、何の覚悟だよ?」
「これからずっと、ぼくは悠理を縛り付けますよ?どこにも行かないように」
「なら、あたいはその裏をかいて逃げ出してやるよ」
「できるものならやってみなさい」
ああ、やってやるよ。そう答えようとした唇を、清四郎のそれが塞いだ。
突然のキスに、悠理は一瞬だけ身を引こうとする。
が、清四郎の大きな手が背中に回されると、ゆっくりと目を閉じた。

どれだけたくさんの書物を読もうとも、気持ちを伝える言葉はシンプルだ。
たった一言に、すべての想いを込めて。
「悠理・・・・。愛してます」
悠理を胸に抱いたまま、いつか言おうとして言えなかった言葉を口にした。
それに応えるかのように、悠理は清四郎の胸に顔を埋めた。
未だ名を知らない、微かな香水の香りが柔らかく悠理を包む。

この、香水の名前も。いつか、こっそり調べて、驚かせてやる。
清四郎こそ、覚悟はできてんのか?
あたいと付き合うって、結構大変かも、だぞ。
毎日、びっくりの連続だぞ、きっと。

清四郎の顔を見上げた。
たった今、友人から恋人へと変わったその顔は、少し照れたように微笑んでいた。
悠理も同じ笑みを返した。
その目は、もう過去など見ていない。
これから二人が過ごすはずの未来だけを見つめている。
                     
 【オワリ】

212 名前: エンジェル 投稿日: 2002/09/26(木) 07:23
大量うp失礼しました。
>ROMして下さっていた方
だらだらと長いばかりのお話、読んでくださって感謝です。
>感想・アイディア下さったみなさま
皆様のおかげで、最後まで完走できました。
色々参考にさせて頂きました。ありがとうございました。
>嵐さま
発表の場を頂けたうえ、まとめてくださって、いつもいつもありがとうございます。
特に今回うpミスが多くてご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。

213 名前: 有閑新ステージ編(210) 投稿日: 2002/09/26(木) 18:25
>>204の続き
魅録は自分のことを助けてくれた女の顔を見て、驚きのあまり言葉がでなかった。
「あ・・・お前・・・可憐なワケないよ・・・な!!もしかして・・・可憐の生き別れの妹か!?」
魅録を助けてくれた女の顔は物凄く可憐に似ていた。
目の前の女の方が可憐よりも少し背が高くて、目元や口元が可憐に比べてややキツメな感じであった。
目の前の女は可憐と同様セクシーな美人であったが、可憐にはない鋭さが含まれていた。
「やぁね〜、パパ。アタシはママの生き別れの妹なんかじゃないわよ!!」
よく聞くと女の声と喋り方は可憐にソックリであった。
「パパっ!?俺がお前の父親なのかよっっ!?」
魅録は目の前のさほど年が変わらないであろう女に“パパ”などと呼ばれてしまって更に混乱した。
「ねぇ、パパ。ここ魔開山に伝わる言い伝え知ってる!?」
「言い伝え!?」
確か野梨子が言っていた――魔界山は過去と現在と未来が交わる山――
「あっ!!お前はっ!!」
女はニヤリと笑って答えた。
「分かった!?アタシは未来からやってきたパパとママの娘よ!!あと5ヵ月後に生まれてくるあなたたちの娘の17年後の姿が今パパ目の前にいるのアタシよ」
「みっ、未来からってお前はドラエモンかよっ!!」
魅録は思わず叫んでしまった。

214 名前: 有閑新ステージ編(211) 投稿日: 2002/09/26(木) 18:26
何よぉ、その言い方!!三村みたい」
未来の娘は肩をすくめた。そしてジーンズのポケットから煙草とジッポを取り出して、マルメンをくわえて火を点けようとした。
魅録はすぐさま娘から煙草とライターを取り上げた。
「お・・・お前、何でタバコなんか吸うんだよ!!俺はな〜可憐と生まれてくるお前の事を考えて、今可憐の前でタバコ吸っていないんだぞ!!」
「だって・・・アタシはパパの娘だもんっ!!ママだって今のアタシ位の時にはタバコ吸っていたでしょ!?喫煙癖は遺伝よ!!遺伝!!!それにアタシにタバコの味を教えたのはパパよぉ!!」
未来の娘は魅録からタバコを奪い取って、マルメンに点火してタバコを吸い始めた。
「何てことだよっっ!!」
魅録は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
「パパったら嘆かないでよ」
未来の娘もしゃがみ込んだ。
未来の娘が首に掛けているIDプレートネックレスが魅録の目に入ってきた。プレートのNAME欄には“KAYA SHOUTIKUBAI”と彫られていた。
「お前、カヤっていう名前なのか!?」
「そうよアタシは可弥っていうのよ」
その時、
「可弥〜!!」
誰かが魅録の未来の娘・可弥の名前を呼んだ。
「悠清!!」
可弥は嬉しそうに立ち上がった。
「えっ!?悠清!?」
魅録と可弥の元にやって来たのは夏子悠清と瓜二つで、夏子悠清に比べてやや長髪で肌の色が浅黒い、可弥と同い年位の男であった。

215 名前: 有閑新ステージ編(212) 投稿日: 2002/09/26(木) 18:27
「悠清、清四郎さんに会うことできた!?」
「ああ、会えたよ。ちゃんと父さんの怪我した肩に薬塗ることできたよ」
可弥は悠清の左手をぎゅっと握り締めながら潤んだ目をして悠清に話し掛けている。
よく見たら2人は左手の薬指にお揃いのシルバーリングをはめている。
魅録は2人が恋人同士だってことに気付いた。
コイツら付き合っているんだ!!まっ俺も愛娘の彼氏が悠清だったら許せるな!!なんたってアイツらのガキだしな!!
ってことは可憐が願っていた自分の子供がアイツらの子供と恋に落ちてほしいって願い叶ったってことじゃねーか!!
「ふっ、クク」
魅録の口からは自然に笑いが漏れてきた。
「な〜にっ!?パパったら1人でニヤニヤしちゃって」
「何だかお前と悠清を見てると幸せそうだな〜って思って微笑ましいんだよ」
「そりゃアタシと悠清はラブラブよ」
そういって可弥は得意そうな顔をしては悠清の首に両手を巻きつけた。
「あのさ悠清、お前はさ夏子悠清の生まれ変わりなんだろ!?」
魅録はさっきから疑問に思っていたことを口にしてみた。
「僕は前世の僕が母さんや父さんに迷惑をかけた償いをするためにここに来たんですよ」
悠清の声と喋り方は清四郎にそっくりであった。
「それよりパパ。曽我鶴さん達がそろそろ現場に到着したわよ!!戻った方がいいわ!!」
可弥は魅録の手を強く握った。可憐と全く同じ温もりがした。
「あっ、ああ。助けてくれてサンキューな、可弥」
「どういたしまして!!未来があるのは分かったでしょ!?そんな顔しないでよ、パパ。あと数ヶ月したらまた会えるんだから!!それじゃ、またね!!」
可弥が手を離したのを合図に魅録は走り出した。途中で後ろを振り返った時にはもう2人の姿はなかった。

216 名前: 有閑新ステージ編(213) 投稿日: 2002/09/26(木) 18:29
清四郎の腕の中で、悠理は温もりと心地よさを味わっていた。
瞼が重くて今にも眠りの世界に引き込まれてしまいそうだった。
このまま眠りの世界に落ちて死の世界へと突入してしまうのだろうか?
でもその前にどうしても清四郎に伝えておきたいことがある。
悠理は頑張って目を開けた。
「清四郎・・・あたい清四郎のこと・・・あ・・・ん」
全ての言葉を言い終わらないうちに悠理の口は清四郎のキスで塞がれた。
2人の唇が重なった途端、悠理も清四郎も体が激しく強く打ち付けられているのを感じた。
キスを交わしている最中は自分達の体を強く打ち付けている物の正体が何であるか全然分からなかった。
長く熱い口づけが終わると悠理は上を見上げた。
「?」
空がよく見えない。上から強い雨が降ってきて悠理の瞳までも打ち付けているので、よく見えない。
悠理たちの体を強く打ちつけた物の正体は雨であった。
雨の音と共に雷の音も聞こえてきて、それに混じってどこからともなく「母さん、今度は幸せになってね」という悠清の声が聞こえてきた。
「悠清・・・お前が雨を降らしてくれたの・・・か!?」
悠理は空に向かってポツリと呟いた。
雨は段々と弱くなり悠理の視界がはっきりとしてきた。
火の姿もすっかりと影を潜め道が見えてきた。
「あっ・・・」
何時の間にかに悠理の手首の傷が雨に流されたように綺麗に消えていた。胸元の切り傷も全部消えていた。
「悠理・・・背中の傷も消えていますよ!!」
ワンピースと下着の赤いシミだけが出血の残滓としてこびりついていた。
体もさっきに比べて随分と楽になっていた。

217 名前: 有閑新ステージ編(214) 投稿日: 2002/09/26(木) 18:30
清四郎は悠理のことをしっかりと抱きしめた。
「悠理・・・あなたはもう宿命から解放されたんですよ!!」
「悠清・・・悠清もあたいのこと許してくれたのかな?」
「大丈夫!!悠清は最初からあなたのことを恨んでなんかいませんよ!!」
清四郎は力強く断言した。そう言い切る事ができる根拠があった。
さっき自分があった悠清は幻なんかじゃない。
「悠理・・・僕ともう一度やり直してくれますか?これからは何があっても必ずあなたのことを守るから。悠理、一緒に生きよう!!」
悠理はようやく自分が何の為に生まれてきたか理解できた。
復讐する為ではなく、目の前の男と再び巡り合い愛し合う為に生まれてきた。
運命はそんなに残酷なものじゃない。
神様はちゃんと前世で悲劇的な最期を遂げた2人を現世で再び巡り合わせてくれた。
そして清四郎は彷徨い続けた自分を探し出してくれた。
前世と違って愛情表現は下手であるが、不器用なりに精一杯愛情を自分にぶつけてきて、体を張って自分のことを守ってくれた。
「清四郎・・・ありがと・・・あたいは全然お前とっていい奥さんなんかじゃないけど・・・さ・・・いっつも・・・お前に迷惑ばっかけて・・・」
涙で言葉が途切れがちなる。本当に清四郎はどれだけ深い愛情を自分注いでくれていることだろう。悠理の心の中は清四郎に対して感謝と懺悔の気持ちで一杯であった。

218 名前: 有閑新ステージ編(215) 投稿日: 2002/09/26(木) 18:31
悠理・・・僕にとって悠理は愛しくて愛しくてたまらない存在なんです。ほら、もうそんな辛そうな顔をしないでください」
「・・・うん」
「そうだ悠理、指輪」
清四郎はポケットから2本の指輪を取り出して悠理の薬指にはめてくれた。
2本の指輪は今の悠理の指にはゆるすぎてくるんと回った。
清四郎は悠理のやせ細った指に何度も何度も口づけた。
「すっかり痩せてしまって・・・これからはちゃんと食べてください・・・でも、よかった元・・・」
その後、清四郎の言葉は続かなかった。彼の漆黒がいつもよりも潤んでいると思ったら涙が零れ落ち始めた。清四郎は悠理を抱きしめながら激しく泣き始めた。
清四郎が泣く場面など滅多に見たことがなかった。まして激しく泣く場面など悠理にとって初めて見る場面だった。
清四郎が泣くなんて・・・よっぽどあたいはコイツのことを苦しめたんだな。コイツにはいつでも自信満々でいてほしい。これから絶対にあたいが原因で泣かせちゃいけないな。
悠理は清四郎の背中に手を回しながら、もう2度と清四郎のことを泣かせないと決意した。
悠理の目からも相変わらず涙がしたたり落ちていた。
けれどこれからの2人の未来は明るかった。

219 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/09/26(木) 18:36
続きます。
(211)の最初の行「 が抜けていました(汗
それから感想スレ241さんの指摘通りに>悠美可、可弥人、可久人のあり
・・・というのは、〜可久人の「母で」ありです。
スミマセン(汗 241さんご指摘ありがとうございます。

感想カキコして下さっている皆さん、本当に嬉しいです。ありがとうございます

220 名前: 有閑新ステージ編(216) 投稿日: 2002/10/03(木) 19:52
>>218の続き
魅録がCDの儀式が行われている現場に戻る途中に雨が降ってきた。
どうやら魅録が使った髪染めスプレーは水に強いとパッケージに書かれていたにも関わらず雨に弱かった。
魅録が曽我鶴に会った時、開口一番に曽我鶴に言われた言葉は
「お前!何て顔してるんだよ!」
魅録の顔は雨で落ちた染料のせいで真っ黒になっていた。
「そんなことより野美ちゃん!CDの連中ブっ倒れてるのは何で!?」
黒いマントを羽織ったCDのメンバーは全員地面の上に突っ伏していた。
「…CDの連中って全員金のネックレスをしているだろう。アレに雷が落っこちたんだよ!まさに天罰が下るってこういうことだな!」
「そうか…」
魅録は倒れている黒松彰美の所へ行った。彰美の下腹部は拳銃で撃たれた跡がある。多分、魅録が可弥と逃げ出した後にCDの連中に打たれたのだろう。
「彰美さん…」
彰美の息はまだあった。魅録の呼びかけに気付いた彰美は目を開けた。
「…あなた…可弥人の娘の婚約者でしょう?孫娘のことよろしくね…」
「彰美さん!まだ死んじゃダメだ!可憐に会いたいと思わないのか!」
彰美はふっと笑みをこぼした。
「可憐には…“吉野川美咲”って名前を言ってもらえば可憐は分かるわ…可憐の事よろしくね…それから悠美可にごめんなさいって伝えておいて…私はあの子に何もしてやることができなかった…雨止んだわよね悠美可…助かったかしら?順清さん・・・悠美可の事探し出せたかしら?…」
そこまで言うと彰美は目を閉じ、もう二度とその目が開けられることはなかった。

221 名前: 有閑新ステージ編(217) 投稿日: 2002/10/03(木) 19:53
激しい清四郎の嗚咽をピタリと止めたのは携帯の着信音であった。
「もしもし、魅録ですか?大丈夫ですよ…」
電話に出た途端に清四郎はいつもの冷静沈着な清四郎に戻っていた。
電話を切り終わった清四郎は恥ずかしそうに悠理の顔を見た。
「なんか悠理に情けないところ見せちゃいましたね」
悠理は強く首を横に振った。
「清四郎…この紙なんだ?さっき胸ポケットから携帯取り出した時に落ちたんだけど…」
悠理がそっと折りたたまれた紙をそっと開いた。その紙は清四郎が撃たれて出血した際の血で殆ど真っ赤に染まっていたが唯一真っ白で血に染まっていない部分が一箇所だけあった。
そこには――だが互いに惹かれ合い、結果的には2人で幸せな人生を歩むことが出来る――と書かれていた。
「これは…覚えていますか?八坂神社のおみくじですよ」
「あの凶のっ!?清四郎持っていたのか?」
「おみくじの凶の結果通りにならないって自分を勇気づける為に持っていました。一時は…凶のおみくじなんか持っていたから悠理とこんなことになってしまったのかって思った時期もありましたよ…でも…僕たちはもう悪い時期を乗り越えることができました。後はこの言葉の通り幸せな人生を歩むだけですよ」
悪い結果が書かれた部分は血で読めなくなっている。それはもう過去の事になってしまったから読めなくなったと清四郎は解釈していた。
「清四郎…」
また清四郎がどれだけ自分の事を想ってくれているのかを悠理は実感して胸が熱くなった。

222 名前: 有閑新ステージ編(218) 投稿日: 2002/10/03(木) 19:54
「さあ、悠理。みんなの所へ帰りましょう」
清四郎は立ち上がり悠理に手を差し延べた。
悠理も立とうとしたがあまりにも体力が消耗してしまった為によろめいてしまった。清四郎はそんな悠理をそっと抱き上げた。
「せ、清四郎!怪我は?大丈夫なのか?あたいのこと抱き上げたりして!」
悠理は本当に軽かった。羽のように軽かった。こないだ抱き上げた時よりも一層軽くなっていた。
「怪我は大したことないから大丈夫ですよ。それにしても悠理…すっかり軽くなってしまいましたね…人の5倍は食べるあなたが人の5分の1しか食べなかったから…こんなに痩せてしまって…本当に帰ったらしっかり食べてくださいね!」
「…うん」
悠理は清四郎の首に両手を回し、顔を埋めた。

223 名前: 有閑新ステージ編(219) 投稿日: 2002/10/03(木) 19:55
魅録たちの所へ戻る道の途中、2人は小さな湖を発見した。
「あっ!湖だ!」
悠理は咄嗟に清四郎の腕から降りて水面に近づいた。
「待ってください!悠理」
水に足を浸して子供のようにはしゃぐ悠理を清四郎はきつく抱きしめた。
「ん?清四郎」
「何だか…あなたが湖の中に消えてしまうような気がして…僕はしばらくこうやって悠理の肌の感触を確かめなきゃ不安になってしまう日々が続きそうですよ…」
またいつもより清四郎の漆黒の瞳は潤んでいて、言葉も震えがちであった。
「大丈夫…あたいはもう二度とお前のそばから離れないよ。そういえばさ、あたいが幼稚園の遠足で森の中で迷った時もお前が探し出してくれたよな」
「覚えていたんですか?あの事があってから悠理は僕と口を利いてくれなくなりましたよね」
「ああ。だって自分が苛めていたヤツに助けられたのが悔しかったんだもん!でもソイツと結婚するなんて夢にも思わなかったな!ありがと…」
「え?」
「幼稚園の時に言い損ねたお礼だよ!ありがと!あたいの事を助けてくれて!」
顔を合わせるのが恥ずかしかった悠理は清四郎の胸に顔を埋めた。
そんな悠理を清四郎は慈愛に満ちた顔で見つめた。
清四郎は自分に強く抱きついている悠理の腕の感触で悠理が自分の元に返ってきてくれたのだと再び実感した。

224 名前: 有閑新ステージ編(220) 投稿日: 2002/10/03(木) 19:56
――6月6日――午前5時――
魅録たちの元へようやく悠理と清四郎が戻ってきた。
「悠理!!」
可憐は悠理に抱きついて泣いた。
「もうアンタったらどれだけ心配かけたと思ってるのっ!?もう二度とこんなことはしないでよね!」
「ゴメンな可憐」
「でも良かったアンタが無事に帰って来てくれて!」
魅録は心配そうに清四郎に尋ねた。
「お前、怪我の方は大丈夫なのか?」
「ええ、未来の息子に助けてもらいましたから…」
「悠清か…」
魅録はニヤリと笑った。
「もしかして魅録も悠清を見たんですか?」
「ああ、俺の娘・可弥の彼氏である悠清をな!」

魅録は清四郎を病院に連れて行くために車を走らせはじめた。
一番後ろの座席に座っている清四郎は隣に座っている悠理に言った。
「悠理…お願いがありあます」
「何だ?」
「僕の事強く抱きしめてくれますか?」
「まさか…お前本当は超具合悪くて今にも死にそうとかなのか!?」
悠理は泣き出しそうな顔になった。
「違いますよ。僕は今眠たくてたまらないだけなんですよ。でも悠理の肌の感触を感じながらでないと不安で眠れないいんですよ。悠理が僕のそばにいるって確認することができないと不安で不安でたまらないんですよ」
「分かった」
悠理は清四郎を抱き寄せて、いつも清四郎が自分にしてくれているみたいに清四郎の背中と頭を撫でた。
その行為が清四郎に安らぎを与えているかは悠理には分からなかったが、安らぎを与えることが出来る人になりたいと悠理は思った。
「それにしてもなんか腹が減ったな〜」
照れ隠しの為に悠理は呟いた。
「じゃあ、夜は南京町に悠理の大好きな中華を食べに行きましょう。美童、いいお店を探して予約しておいてくれます?」
そういってから清四郎は眠りについた。窓からは朝日が差し込んでいる。ようやく長い夜は終わった。

【ツヅク】

225 名前: 薔薇の呪縛(7) 投稿日: 2002/10/05(土) 18:54
>98
果たして、あれからどれくらいの時間が経ったのであろうか・・・
美童は意識を取り戻したが、頭には霧がかかって、直ぐには状況を把握出来な
かった。
(あれ・・ここは・・・?)
見なれない天井に美童は一瞬、戸惑った。
(ああ、そっか・・・僕は今、悠理ンちの船の中に居るんだっけ・・・)
「あっ清四郎、美童が気がつきましたわ。」
「美童、気分はどうですか?」
「いきなり清四郎に抱えられてくるんだもの。さっきはびっくりしたわよぉ!」
「大丈夫か?まあ、気持ちも分らなくもないけどな・・・」
かわるがわる悪友たちが顔を覗きこむ。しかし、その中に悠理の姿はなかった。
「悠理・・・は?」
美童の問いに、4人は気まずそうに顔を見合わせた。
「何?言ってくれ清四郎!!」
美童は清四郎の腕にすがる様にして迫った。
「美童、落ち着いて聞いて下さい。悠理はあれからレイフをおじさんとおばさん
に紹介して、今夜のうちに二人は正式に婚約しました。今は婚約パーティーの
最中です。・・・それから、結婚式も3日後に船内の教会で執り行うそうです。」
「な・・んだって!?どうして・・・」
「相手の方のたっての希望なんだそうですわ。おじ様もおば様も承諾されて。」
同時に美童はさっきまでの出来事を走馬燈のように思い出していった。
「・・・そんな、ダメだダメだ!!」
美童は金色の長い髪を左右に振り乱し首を振ると、清四郎と野梨子を押しのけ
すごい勢いで部屋を飛び出て行こうとした。
「待ってください美童、どこに行くつもりですか!?」
とっさに清四郎と魅録で止めにかかる。
「離せ清四郎、魅録、悠理が他の男と結婚するなんて何かの間違いに決まって
る!!悠理は僕の恋人になると言ったんだ、あれは僕の女なんだ、一人でも取
り戻しに行ってやる。放せ、放してくれぇ・・・・っ!!」
美童の半狂乱にも近い叫び声が部屋中に響いた・・・その刹那だった。
野梨子の小さな右の掌が、美童の左頬に振り下ろされた。

226 名前: 薔薇の呪縛(7) 投稿日: 2002/10/05(土) 18:55
友達だからといっても容赦の無い野梨子の平手打ちだった。
パシッ!という音と共に、その場が一瞬凍りつく。
「野・・梨子?」
美童は呆然と野梨子を見下ろした。野梨子の黒い大きな瞳は真っ直ぐに美童を
見つめ返している。その瞳の奥には静かな怒りが感じられた。
「少しは冷静になったらどうですの!?悠理が美童でなくその方との結婚を決め
たのには何かワケがある筈ですわ。それも聞かない内に一方的に奪いに行くな
んて乱暴ですわよ!!」
「・・・乱暴!?」
意外な言葉に美童は驚いた。
「ええ、そうですわ。相手の気持ちをちっとも考えようとしていない、今の美童
はお気に入りの『おもちゃ』を横取りされて駄々をこねてる子供と同じですわ。
それで本当に悠理を愛してるって言えますの!?」
野梨子に言われて美童はハッとした。確かに今の自分は突然現れて悠理を奪っ
たレイフへの嫉妬だけで動こうとしている、悠理の気持ちなんてこれっぽっち
も考えようとしていない・・・美童は野梨子に図星を指された気分だった。
「野梨子、言い過ぎですよ。」
「だって!!・・・」
清四郎に止められてもなお気持ちの治まらない野梨子は、感情が昂ぶりいつの
間にかその瞳には薄っすら涙が浮かんでいた。
「清四郎、わたくし今の様な美童ではとても協力する気になれませんわ・・・」
それだけ言い残すと、野梨子は部屋を出て行ってしまった。

227 名前: 薔薇の呪縛(7) 投稿日: 2002/10/05(土) 18:56
「あ−あ、完っ璧怒らせちゃったわよ。どうする?」
「お嬢様育ちで融通の利かない野梨子らしいな。自分の女が目の前で他の男に奪
われそうって時に、相手の気持ちがどうの周りがどうの言っているヤツの方が
俺はよっぽど信じられないけどね。」
可憐と魅録が顔を見合わせて言った。
「理屈では確かに野梨子の言っていることも最もなんですがね・・まあ野梨子は
男女の仲に関してはまだまだ初心者ですから恋愛において理性や理屈も関係な
く行動させてしまえる人の感情をまだ知らないんですよ。悪く思わないでくだ
さい、美童。」
やれやれといった様子で清四郎が言った。
「へえ、そういうお前は随分と恋愛時における人間の心理に詳しいんだな。もし
かして体験済みとか?」
魅録がニヤニヤと横からちゃちゃをいれる。
清四郎はそれを横目でチラッと見ただけで軽く咳払いをすると、言葉を続けた。
「でも一端怒ると始末に負えないのは確かですからね。ま、後で僕がフォローし
ておきますから野梨子は暫く放っておきましょう。それより今は悠理の問題が
先です。可憐・・・」
「ok!わかってる。あたしがパーティーでさり気なく二人に近づいて、男の素
性と悠理の本音を聞き出せばいいんでしょ?」
「お願いします。レイフもですが、多分悠理も僕たちの事は多少警戒していると
思いますから・・・」
「大丈夫、任せてよ!!」
可憐は力強く頷くと、ウェーブのかかった髪を軽やかに揺らして部屋を出た。
部屋には男3人が残った。
「とりあえず俺たちはここで可憐の報告待ち・・だな。」
「ええ、そうですね。この結婚をぶちこわすにしても、相手の素性を知らないこ
とにはどうにもできませんからね。」
「清四郎・・魅録?」
美童は一人、状況判断できないでいた。
何がなんだか解らないといった美童に、清四郎と魅録は不適な笑みを向けた。

228 名前: 薔薇の呪縛(7) 投稿日: 2002/10/05(土) 18:57
「悠理とは長年のつきあいだからな。お前とつきあうことにしたその日のうちに
他の男に鞍替えするような軽い女じゃないことぐらい俺たちも知っているつも
りだぜ。それが昨日今日会ったばかりの男と即結婚するなんて、美童でなくて
も不思議に思うさ。」
「それにさっきの彼の言葉の意味も気になりますしね・・・美童、覚えています
か?彼は自分で『あの絵』のモデルは自分だと言ったんですよ。」
清四郎が言う『あの絵』とは、この客船のメイン階段の踊り場に飾られた大昔の
異国の城に飾られていたという百合子さんお気に入りの絵のことだ。
「おばさんの勘違いでもなく、僕の目が確かならあれは間違いなく年代もの・・
そう、少なくても300年以上は昔に描かれたものでしょうね。」
「それじゃ、レイフはやっぱり!?」
「いえ、だからといって短絡的に彼が幽霊と決めつけるだけの確証もないんです
よ。現に彼には影もありましたし、実体もあるでしょう?」
「とにかくだ、今悠理が何か大きな問題の渦に飲み込まれそうなのは事実だし、
このまま黙って見ている訳にいかないだろ?やられたらやりかえすのが有閑倶
楽部のいいところなんだしさ。」
「そういうことです。」
「清四郎、魅録・・・」
美童は感動していた。今日ほどこの友人たちの存在が心強く思えたことはなか
った。
「まったく美童は俺たちの話を聞こうともしないで、一人で熱くなりやがっ
て!!」
「そうですよ、おかげで野梨子を本気で怒らせてしまいましたからね。これでも
野梨子のフォローは大変なんですよ?後でおごらせますから、覚悟しておいて
くださいね。」
清四郎と魅録は冗談半分に美童に言った。
「ああ、悠理がもう一度この腕の中に戻ってくるなら喜んで何でもおごるよ。」
美童は心の底からそう思った。
(続く)

229 名前: 有閑名無し草 投稿日: 2002/10/05(土) 19:00
とりあえず、続きます。
稚拙な作品でも、>257様他続きを待っていてくださる方々、ありがとうございます。
これからも、少しずつのUPになってしまいますが最後まで描くつもりでい
ますので、もうしばらくお付き合いくださいませ。

230 名前: 新連載のお知らせ 投稿日: 2002/10/08(火) 19:07
こんにちは!新しく新連載をさせて頂きます、葉子(ようこ)と申します!。「イギリス
大旅行大作戦」を書かせて頂きました。有閑メンバーは、全て付き合っているのですが
ある日カップル同士の仲がこじれてしまって…という展開となっております。メインは
清×悠です。他のカップルは、魅×野、美×可となっております。タイトルは未定です。
皆様、どうか宜しくお願いいたします!!

231 名前: センチメンタルラビリンス(1)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/08(火) 19:22
さてさて今回の事件は、こんな日常会話から始まりまする。
「なあ、悠理、今度の日曜、ツーリングに行かないか?」
「うん、別にいいけど?」
「岩手まで、泊りがけなんだけどさあ…」
生徒会長の清四郎君は、先生に呼ばれて職員室です。
「なあ、清四郎が好きな物がそこにあんだけどさあ…」
「行く!!あたい、野梨子の好きな物も知ってるぞ!」
「じゃあ、決定な!」
この一言が、倶楽部内を激震させる一言になろうとは…。誰も予想できませんでした。

カップリングは、清×悠、魅×野、美×可となっています!

232 名前: 有閑新ステージ編(221) 投稿日: 2002/10/08(火) 19:35
>>224の続き
――6月6日――夜――
魅録と可憐はオーベルジュ・ド・コムシノワROKKOで夕食を取った後、六甲山天覧台にやってきて車の中から神戸の夜景を満喫していた。
「ねえ…魅録。お祖母ちゃんの骨…黄桜家のお墓に入れる事ができるかな?お祖母ちゃんはきっとお祖父ちゃんと一緒に眠りたいと思うの…」
可憐は父・可弥人の実母で可憐の祖母である黒松彰美と実は面識があった。
彰美は吉野川美咲という偽名を使ってジュエリーAKIの顧客になっていた。大体、月に一度は店に宝飾品を買いにやってきていた。
今、可憐が羽織っているペールピンクのストールは彰美が3月の初めに買い物にやってきた時に可憐にくれたものであった。
「俺がかけあってみるよ」
「ありがと魅録。本当にありがとう!魅録のお陰でパパもやっと安心して眠りにつくことができるわ」
可憐と魅録はこの夜景を見た後、他の有閑倶楽部のメンバーより一足先に東京に戻ることになっていた。
一刻も早く可弥人のお墓に事件が解決した事を報告したかったのであった。
「あ…!」
「どうした可憐?」
「今ね…お腹の中の可弥が動いたの!」
嬉しそうに可憐は言った。
父親の本名が可弥人と知らされた時、可憐は生まれてくる子供には可弥と名付けようかと考えた事があった。
そしたら驚く事に魅録が森で出会った未来の娘の名はは可弥だった。
その話を聞いた時から可憐はお腹の中の子供も可弥と呼ぶようになった。

233 名前: 有閑新ステージ編(222) 投稿日: 2002/10/08(火) 19:36
親友・悠理の前世が可憐の父の妹で可憐の叔母であったり、その叔母の恋人が前世の清四郎であったり、未来からやってきた悠理と清四郎の子と自分たちの子が恋人同士であったり、一連の騒動を通して運命というものは不思議なものだと可憐は実感した。
「あたしさ…魅録や悠理たちと出会うべくして出会ったんだなって今凄く思うのよ。運命って不思議ね…。運命に導かれるようにしてここまでやってきた気がするわ。魅録には感謝してもしきれないわ。本当にありがとう」
可憐は隣の席に座る魅録に寄りかかった。
「俺だけの力じゃないさ…可弥に助けられたし、可弥人さんのロレックスにも助けられた」
不思議な事にあれだけの凶弾を受けておきながらもロレックスは破壊されなかった。今も魅録の左手首にはロレックスがつけられている。
「ホントっに悠理と清四郎にはヒヤヒヤさせられたわぁ〜!なんか恋愛に一番縁遠い2人が一番激しい恋愛劇を繰り広げたように思えるの。まぁっ、一難去った後はアイツらったらすっかりバカップルになっちゃって!清四郎ったらあたしたちの目の前で今日何回悠理の事を抱きしめたのかしらねぇ?」
「あのお堅い清四郎ちゃんがここまで変わるとはな!恋の力って偉大だな」
魅録はクククとおかしそうに笑った。
「ねえ、魅録。アイツらきっと今ごろヤリまくってるに違いないわ!確か悠理って今妊娠しやすい時期だから今度こそ妊娠して可弥のダーリンである悠清君の命が芽生えるのよっ!!」
可憐の目は楽しそうにキラキラと輝いていた。
「おいおい!でも悠清って確か可弥より年下だったぞ。俺が可弥に会ったとき可弥はIDプレートを2個首からぶら下げていてさ、1個は可弥の個人情報が刻まれていて、もう1個は悠清のが刻まれているんだ…何年に生まれたまでは見てなかったけどFeb14って刻まれていたつまり2月14日生まれってことだ。今からじゃ来年の2月に生まれるには無理だろ?」
「でも今からでも、早産だったら可能性はあるわよぉっ!」
魅録は可憐の反論に対して苦笑いした。
そんなにタメ年にこだわらなくてもいーじゃねーか!
「それより可憐、左手出して!」
「えっ?ええ」
可憐はわけわからないって顔しながら左手を差し出した。
可憐の左手の薬指に魅録はブリリアントカットされたダイヤモンドが真ん中にあってその両端に2個づつピンクダイヤが並んでいる婚約指輪をはめた。
「事件も解決してやっと結婚話も解禁になったな改めていうぞ!結婚しよう可憐!」
「魅録…」
可憐はどうして東京に帰る前に魅録が六甲山に行くっていってゆずらなかった理由が分かった。
ダイヤを散りばめたような夜景を見ながら婚約指輪をプレゼントされたいって可憐の願望を覚えてくれていたのだ。

234 名前: 有閑新ステージ編(223) 投稿日: 2002/10/08(火) 19:37
ホテルローズ・ガーデンの一室でお風呂からあがった美童はバルコニーで髪を拭きながら庭を眺めていた。
「あら、美童。何を見てますの?」
濡れた髪を結い上げた野梨子が脱衣場からやってきた。
「あっ、野梨子。清四郎たちがまたイチャついてるな〜って思ってさ」
野梨子も庭の方に視線をやった。
「あら、本当ですわ!清四郎ったらまた悠理の事を抱きしめていますわ。一体、悠理のこと何回抱きしめたら気が済むのでしょうかしらね。美童、清四郎や悠理たちの事をバカップルっていうのかしら?」
棘のある事を言いながらも野梨子の顔は穏やかだった。幼なじみが最愛の妻と元通りになれたことに対して本当に心から安堵していた。
「確かに中華料理屋で会計時にレジ前でさ清四郎が悠理の事を後ろからぎゅうっと抱きしめたの見た時はオイオイなんて思ったけどね。清四郎にしてみれば抱きしめる事によって悠理の存在を確認しなければ不安で不安でたまらないじゃないかな?ねえ野梨子…」
いきなり美童は野梨子にキスをした。
「まあ美童ったらびっくりしましたわ!バルコニーでキスなんか!」
湯上りでほんのり赤い野梨子の頬が一層赤くなった。
美童は顔に笑みを浮かべながら野梨子を抱き寄せた。
「こうやってバルコニーでいちゃつく僕たちも他人からはバカップル見えるんだよ」
「美童ったら…!」
またまた野梨子の頬は更に一層赤くなった。
「ねえ野梨子。明日はどこにデートに出掛ける?」

235 名前: 有閑新ステージ編(224) 投稿日: 2002/10/08(火) 19:38
悠理と清四郎は食後のお散歩と称してローズ・ガーデンの庭を散策していた。
「あ〜あっ!胸下まであるロングヘアってウザイ!早く切りたい」
悠理は右手に伸びた髪を絡めながらブツブツ言ってた。
もうすっかり元の悠理に戻っっていた。痩せてしまった体重も晩ご飯に食べに行った南京町の中華料理屋で店が材料切れで店じまいになるほどガツガツ食べたお陰ですっかり元に戻った。薬指にはめている指輪もくるくると回転してしまうことはなかった。
「でも、長い髪の毛も似合っていますよ。お嬢様らしくて」
悠理は髪を切りたくってたまらないらしいが清四郎としてはもう少しロングヘアの悠理を見たかった。
「お前がそう言うんだったらもう少し我慢してやろうかな!」
仕方ないな〜って調子で言う悠理を見て清四郎は満足そうな笑みを浮かべた。
「ねえ、悠理」
「ん?何だぁ?清四郎」
清四郎より少し前を歩いていた悠理は振り返って清四郎の方を見た。
「今回のことで僕は自信がつきましたよ。前世も結ばれていた僕たちはお互いにとって正真正銘の運命の相手だってね!これからどんなことがあっても悠理は僕の元へ戻ってきてくれるって」
やけに自信たっぷりな調子で清四郎は言った。
「ちぇっ!何だか自信たっぷりのお前は更に自信過剰になったみたいだな」
悠理は唇を尖らしてその言葉を言い切った途端に右腕を掴まれて清四郎の胸元に引き寄せられた。
こうやって抱きしめられるのは今日で何回目だろうか?
少し怒った調子で清四郎がいった。
「一体、僕がどれだけ心配したって思っているんですか?もうこんな思いをするのはこりごりです!本当に…もう二度と僕の側から離れないで下さい!」
「ゴメン…」
悠理は清四郎の頬にそっと右手を沿えながら続けた。
「それからさ…清四郎ありがとな!どんなときでもあたいの事を見捨てずに一杯愛情を注いでくれて!ありがと!もう一生お前の側から離れないから!」
そういって悠理は清四郎の唇に自分のを重ねた。

236 名前: 有閑新ステージ編(225) 投稿日: 2002/10/08(火) 19:40
悠理と清四郎が喧嘩してから今のような関係に戻るまで約2ヶ月かかった。
その2ヶ月は2人にとってもの凄く長かった。
清四郎は悠理の体に触れて悠理の体温を感じて悠理が自分の隣にいるって事を随時確認しないと不安で不安でたまらなくなってしまった。それは悠理にとっても同じだった。ただ清四郎の方がその傾向が強かった。
部屋に戻ってからもベッドに腰掛ける清四郎の膝の上に悠理は座って清四郎の首にその華奢な二の腕絡ませながら言葉もなくお互いの温もりを感じていた。
「なあ…清四郎」
しばらく続いた沈黙を悠理が破った。
「ん?悠理どういたのですか?」
「お前に言ってなかったことがあるから今いうよ…」
「何ですか?」
不思議そうな顔で清四郎は尋ねた。もし清四郎がからかい調子に尋ねてきたら悠理もぶっきらぼうな調子で言っただろう。だが今清四郎は悠理が何を言おうとしているのか全く分からなかった。
悠理はえらく真面目な顔をして言って一字一句をはっきりと発音した。
「清四郎、愛してる。あたいお前のこと愛してる」
「悠理…」
もしかしたらこれで今日百回目になるかもしれない。清四郎は悠理の腰に手を回して、きつく悠理の事を抱きしめた。
「僕はずっとその言葉を悠理の口から聞きたかった」
もう二度と泣かないって決意したのにまた清四郎の漆黒の瞳が潤んで涙が溢れてきた。
一度はもう聞けないと諦めた言葉を悠理は口にしてくれた。
「ほら、清四郎泣かないで!お前のこと愛しているし、これからも愛しつづけるからさ」
優しい笑みを浮かべながら悠理は清四郎の涙を拭った。

237 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/10/08(火) 19:41
続きます。あと4〜5回のアップで終われそうです。

238 名前: センチメンタルラビリンス(2)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/09(水) 18:21
さてさて、清四郎君が帰ってきました頃には、もう、魅録君の姿はありませんでした。
「悠理、魅録はどうしたんですか?」
「ああ、旅行の計画を立てるために・・あっ!」
「『あっ!』ってどうしたんですか?」
「いや、何でもないけど?」
「絶対何かあります!魅録との間に何かあるでしょう!」
「何にもないよ!お前だって、あたいに隠れてこそこそといつも野梨子とやってる
くせに!!」
「今『隠れて』と言いましたね!悠理こそ僕に隠れて魅録とこそこそやっているん
じゃないんですか?」
「そんな事ないやい!」
「じゃあ悠理、今度の土日はどこに行くんですか?」
「それは…」
「ほら、やっぱり言えないじゃないですか!」
「清四郎こそどうなんだよ!今度の土日!」
「それは…」
「いまさら誤ったって無駄だよ!どうにかしてくれよな!あの美童だって、スケコマシ
だったけど、今は可憐一筋なんだからな!」
悠理君に言いたい放題言われて、さすがの清四郎君も険悪ムードです。すると、
「清四郎、土日の日程、決まりましたわよ!」
「悠理、土日の日程、決まったぜ!」
「…」
波乱の有閑倶楽部ストーリーが、今幕を開けた…

239 名前: センチメンタルラビリンス(3)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/09(水) 18:40
所変わって、ここはグランマニエ邸。
「美童の弟さんって可愛いわよね〜」
「そうかな〜?クソ生意気なガキンチョだけど!」
「今なんか言った〜」
「杏樹、そこにいたのか〜」
「お客さん来てるよ。悠理さん。」
「美童、可憐!」
「悠理、どうしたの?」
「清四郎が、清四郎が〜!!」
「清四郎がどうしたの?」
「ほらほら、泣かないで!」
「ぼく、ハーブティー入れてくるよ。」
美童君が行ってから、可憐さんはゆっくりと話し掛けました。
「清四郎がどうしたの?」
「野梨子と浮気してる…」
「ええ〜!?野梨子と浮気してるですって〜!」
「可憐さん、家中に聞こえてるよ…」
「ということは、杏樹君…」
「丸聞こえ。」
「あ、あたいもう帰るよ…」
「悠理、せめて、ハーブティーだけでも…」
「もういいよ…心配かけて悪かったな。」
「美味しいハーブティー入れてきたよ〜って、あれ!?」
「悠理、帰っちゃったわよ。」
「ピンポーン」
「はい、グランマニエでございますが?」
メイドの高い声が聞こえる。
「白鹿野梨子ですけど…」
「はい、どうぞ」
「お坊ちゃま、お客様でございますが。」
「通して!」
「美童、可憐…」
「どうしたの?野梨子?」
「うわああああああああ〜!!!!!」
「魅録との間に、何かあったの?」
「僕は退散しときます…」
「そうして。で、どうしたの?」
「魅録が、浮気をしておりますの…」
「誰と?」
「悠理とですわ…」
「ええ〜!!」
「可憐…」
「あっ、ごめん。それで?」
「魅録と会話をしておりましたの…そしたら、急に…」
「急にどうしたの?」
「それが…」

240 名前: センチメンタルラビリンス(4)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/09(水) 18:58
涙を流しながら、野梨子さんは続けました。
「今度の土日の話をしておりましたの。すると魅録が、急に口ごもって…」
「確かに。それは怪しい!」
「可憐が、美童にそんなことされましたら、どう思います!?」
話は急に、女だらけの座談会へと変化してしまいました。
「そりゃ〜まずむかつくでしょ!」
「それだけじゃあ、終わりませんわ!」
「どうするのよ?」
「浮気しますのよ!」
「ええ〜!!」
根っからの「清く正しく由緒正しいお嬢様」から、こんな台詞が出てくると思わなかった可憐さんは、
「浮気なんて、あんまりだと思うけど…まず、誰と浮気するのよ?」
「悠理と魅録に、プレゼントを買ってあげようと思って清四郎と二人で旅行に行くのですのに…」
『やっぱり、この二人もそうだったのか…』
可憐さんは、心の中でそう思いました。悠理君と魅録君の話を美童君と二人で立ち聞きしていたのです。
「じゃあ、浮気する人は?」
「清四郎ですわ!」
今度は落ち着いていた可憐さんは、
「でも、魅録とはどうするの?」
「別れますわ!浮気者とは一緒に居たくないですもの!」
「誰と付き合うっていうの?」
「清四郎ですわ!」
「でも、魅録達にとっては、あんた達付き合っているように見えるのよ?」
「構いませんわ!いずれ清四郎と付き合うのですから!向こうは向こうでお似合い
でしょ!趣味がロックとバイクとケンカなんですから!」
「野梨子…」

241 名前: センチメンタルラビリンス(5)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/10(木) 18:58
さてさて、次の日の有閑倶楽部では、天変地異が起きようとしていました。
「悠理、あんたのためにお菓子買ってきたんだから食べなさいよ。」
「腹は減ってるけど食べられないんだじょ…」
「清四郎、『聖ブレジデント学園代表の言葉』書いてるのはいいけど、解読不可能
な文字がいっぱいだよ!」
「あ〜!!美童、ありがとう。」
「魅録、そこの部品の大きさがあまりにも違いすぎるわよ。」
「やっべ〜!可憐、サンキュ!」
「野梨子、お茶がポットから溢れてるよ!」
「ああ〜!せっかくハーブティー入れたばっかりですのに〜!」
「やっぱり、この四人おかしい…」
可憐さんと美童君は確信して、こんな事を口に出しました。
「明日にでも、内閣総理大臣が変わっちゃうんじゃないの〜」
「モーニング娘。が解散しちゃったりしてね〜」
「んなわけないだろが!」
「そんなわけないでしょう!」
「そんな事あるわけねえだろうが!」
「そんな事があるわけないですわ!」
四人は同時に言いました。そんな四人にあきれた可憐さんと美童君は町へと繰り出しました。

242 名前: センチメンタルラビリンス(5)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/10(木) 19:38
町に繰り出した可憐さんと美童君は、お互いに好みの女性と男性を見つけたようです。
「たまには、お互いの趣味を楽しむのもいいかもね〜」
「じゃあ、三時間後にここでね!」
「あの〜」
二人は、同時に声をかけました。
「へえ、結城晃さんっていうんですかあ〜」
「君の名前は?」
「黄桜可憐です!」
「もしかして、ジュエリーAKIの?」
「はい!そうです!」
「色っぽいね〜彼氏とか居るの?」
「えっ?」
「君に、一目惚れしてしまったんだよ。可憐。」
可憐さんは迷いました。美童君という一人の彼氏の事を打ち明けようか迷っていたのです。
「彼氏とか居る?。」
「居ないわよ。晃!」
「本当に?」
「ただし、あなたがあたしのベストコンディショナーだって分からなかったら、分かれる
からね!」
「もちろんさ!愛しているよ、可憐。」
可憐さんは魅了されてしまいました。美童君にしか見せない心も打ち明けられそうな気がして…

243 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/10/10(木) 19:41
すいません!センチメンタルの作者です。242の通し番号は(6)です!申し訳ございません
でした!

244 名前: センチメンタルラビリンス(7)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/11(金) 15:50
所変わって美童君。
「へ〜朝倉美月さんっていうんだ〜」
「あの〜あなたのお名前は?」
「あ、僕?美童グランマニエ。」
「もしかして、あの大豪邸の?」
「そう?大豪邸に見える?」
「見えますよ〜」
「君とは、気が合いそうだね!美月!」
「えっ…」
「どうしたの?」
「私、あなたに一目惚れしてしまったみたい…」
「…じゃあ、付き合う?」
「えっ!?」
「彼氏とか、居ないでしょ?」
「でも、私、男性経験がないんです…」
「心配する事はないよ!無理なら無理って言ってくれて構わないし!」
「有難うございます!」
美童君も可憐さんと同じ気持ちでありました。この時は、誰も運命のラビリンスの罠
に落ちた事を知りませんでした…

245 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/10/11(金) 15:53
センチメンタルの作者です!242の可憐の台詞に「別れる」という言葉がありましたが、
「分かれる」となっておりました!正しくは「別れる」です!申し訳ございませんでした!

246 名前: センチメンタルラビリンス(8)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/11(金) 16:05
ここは人里離れた山の中。
「博士、黄桜可憐、美童グランマニエの両名を落としました。」
「晃、美月、よく頑張った。」
「でも、不思議な点が一つあるんです。」
「何だ?晃。」
「いつも一緒の有閑倶楽部かなんだか知りませんが、いろんな事件に巻き込まれているんです。」
「そりゃあ、そうだろう。知性派で、武道の達人の菊正宗清四郎。ロック好きの剣菱悠理。メカ
好きの松竹梅魅録。悪を倒す派の白鹿野梨子。女好きの美童グランマニエ。イロケ虫の黄
桜可憐。」
「運命のラビリンスに落ちましたね。」
「有閑倶楽部に我々の事がばれたら大変だからな。」
「今度の日曜日が作戦決行日でしたわよね。」
「それまでに、両名をデートに誘っておかないと。」
運命の火蓋は、切られました。

247 名前: センチメンタルラビリンス(9)恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/11(金) 16:32
日付は変わって水曜日。ばらばらの有閑倶楽部。それを救ったのは、日替わりランチの
ステーキでした。
「やっほ〜い!ステーキステーキ!」
「悠理ちゃんにはサービスでもう一つつけちゃう!」
「おばちゃん!サンキュ〜!」
「落とさないように気を付けてね!」
「は〜い」
頭の中がステーキで埋め尽くされている悠理君の脳裏には、おばさんの言葉が聞こえていませんでした。
「危ない、悠理ちゃん!」
「はっ?」
ガッチャーン!!
「あたいの…あたいのステーキが!」
「あいたたたた…」
「清四郎!大丈夫ですの?って悠理!」
「やばっ!」
「一緒にお昼ご飯食べましょ!」
「誰と?」
「久々に、メンバー全員で!」
「でも、あたいのステーキ…」
「僕のをあげますよ。」
「掃除もしてくれてるし、食べましょう!」
「ってお前らいつの間に…」
「有閑倶楽部でしょ!」
ことはトントン拍子に進み、全員で食べる事に。
「あ〜美味かった!」
「悠理」
「何だよ、清四郎。んっ!」
昼ご飯を食べた後の部室。(部室に移動したのです。)二人っきりの部室。清四郎が
キスをしてきた。長い、長いキス。一年もあえなかった恋人同士のように。清四郎
が、自分を食い入るようにして求めてきたのだ。でも、それを引き離したのは…。
「せいしろ…」
「何ですか、悠理…?」
バン!!
「清四郎!何やってるんですの!」
以前なら、こういうところを見てしまった野梨子はすぐさま退散してしていたはずだ。
「清四郎、私は魅録に見捨てられましたのよ!」
「野梨子…見捨てられたわけじゃないでしょう。」
「もう見捨てられたんですのよ!」
黒い髪を振り乱して泣きながら野梨子が言っている。
「清四郎、私は…あなたの事を愛しています!」

248 名前: センチメンタルラビリンス(10)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/12(土) 09:04
悠理の顔に激震の表情が浮かんだ。
「信じてたのに!やっぱり浮気してたんじゃないか!清四郎なんか大嫌いだ!」
清四郎は、この事実としか思えない言葉が、嘘なのを知っていたのだ。長年一緒の幼馴染なのだから。
「野梨子、今あなたは自分に嘘をつきましたね。本当は魅録を愛しているのに。」
「魅録なんて…愛していませんわ!」
「じゃあ、今なんで言葉に詰まったんですか!」
「清四郎、怒っているんですのね。」
パチン!
「いい加減になさい!今日の野梨子はどうかしてるんだ。早くお帰りなさい!」
清四郎は仕事を終わらせてから帰ろうとしていた。
「今日は仕事の進み具合が悪い。もう、帰ろう。」
一人の部室は静かだ。とても、今までの面影がなかったように。
「もう、帰ろう。」
清四郎が玄関までたどり着くと、下駄箱に手紙が入れてあった。それを読んでみると、
『魅録と付き合うことにしました。今まで有難う。清四郎は野梨子と幸せになって
下さい。さようなら。 悠理』
「もう、あの頃には戻れないのだろうか…」
迷宮入りしてしまった恋に四角関係のもつれが生じてしまった。それを清四郎は知っていた。
でも、恋のもつれに有閑倶楽部消滅に犯罪が重なって、どうあがき切れないラビリンス
に落ちてしまっている事は、晃と美月と博士の計画どおりになっていることだった。

249 名前: センチメンタルラビリンス(11)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/12(土) 18:55
その頃、悠理君はなぜかエステに居ましたとさ。
「お客様、次は足つぼマッサージとなっておりますので。」
悠理君がエステに来た理由とは、幾つかあるのです。
「お客様〜!」
「は〜い!」
「絶対綺麗になって、清四郎を驚かせてやるんだから!って、何で清四郎なんだよ!」
「お客様、お痛いところはありませんか?」
「あたいが驚かせたいのは、清四郎じゃなくって魅録なのに!」
「お客様〜?」
「何でなんだよ…」
次第に、悠理君の目からは涙が溢れ出て来ました。
「お客様、落ち着いて下さい。一緒にお茶でも飲みましょう。」
悠理は、ただただ「はい」と言う事しかできなかった。
「どうですか?」
「おいしい…」
「自分に正直になれる媚薬入りですものv」
店員の優しい気配りに、悠理の目からは涙が止まらなかった。倶楽部内の誰にも
相談できなかったからだ。悠理は今までのことを洗いざらいに言った。
「まあ、そうでしたの。でも、泣かないで。あなたの事を本当に愛している人は…うっ!」
「恵理さん!」
「ふふふふ」
「誰だよ!」
「朝倉美月よ!」
「恵理さんをどうしたんだよ!」
「あなたには、今までのことを全て忘れてもらうわ!」
「げえ!」
悠理も、心のどこかでラビリンス入りしていた事を気づく事になった事件だった。

となったわけですが、これからの展開として一つ上げさせて頂きます。

全員が「ラビリンス」入りした事を気づく、です!

応援宜しくお願いいたします!

250 名前: センチメンタルラビリンス(12)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/12(土) 19:11
ここは松竹梅邸。魅録君が何やら悩んでいます。
「ったく、悠理の奴正気かよ。」
「正気かもしれないじゃない!」
「千秋さん!」
「もしかして、また…」
「盗聴してたに決まってるでしょ!」
「何でまた!」
「じれったいなあ!あんたが悠理ちゃんとの事で悩んでたからに決まってるでしょ!」
「倶楽部全体で険悪ムードなんだよ!」
「あんたも、もう子供じゃないってわけね…」
「いい、しっかり聞きなさい。あんた達有閑倶楽部を狙っている人物が発見されたの。」
「何で?」
「時宗ちゃんに聞いたところによるとだけど、あんた達は、事件の犯人逮捕に貢献して、手柄を
立ててるでしょ。それが質問の答え。」
「誰がやってるんだよ!」
「これは内緒なんだけど、朝倉何とかと結城なんとかだったわよ。」
「ナースのお仕事とあなスキャかよ!(あなたとスキャンダル)」
「何ギャグ言ってるのよ!」
「まあ、それはいいとして、サンキュ!お袋!」
「今、何って言った!?」
「す、すいません!千秋さん!」
「それでよろしい!」
魅録は、千秋が出て行った後、自分の心の中でつぶやいた。
「犯罪と恋の迷宮と有閑倶楽部消滅ってわけかよ…っ!」
魅録にとって、衝撃的な事実を知る夜となったのであった。

251 名前: センチメンタルラビリンス(13)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/14(月) 15:45
ここは、東京のプリンセスホテル。
『薫に、会えてよかった…』
『武藤さん…』
「ってなんで夜に昼ドラがあってるんだよ!」
「しかたないわよ。スカパーなんだから。」
「まあ、そうなんだけど。」
「それよりv」
「えっ…」
「何でここに来たか分かってるんでしょ?」
「まあ…」
美月は、今日は体を使ってまでも情報収集をしようとしていたのだ。
「ねえ、早くう…」
美童は理性と欲望の間を彷徨っていた。美しくルージュの塗られた唇。妖しく
光る唇。それに全てを任せてみたくなった。でも、美童は…
「やっぱりやめようよ。」
「何でなの?」
「それは、んっ!」
いきなり美童はキスをされた。甘く、自分を求めて欲しいようなキス。美童の頭のどこかで、
何かを思い出した気がした。深く深く相手を求めていくうちに、美童は気づいた。
「ラビリンス?」
「早くう…まだ?」
美童は気づいた。初めて会ったとき、美月はこんな女性だっただろうか。妖しく光る唇を
見たことがなかった。
「僕、もう帰るよ!」
ラビリンス入りしたことを知ってしまった美童。可憐は知っているのだろうか…。

と、ここで美童がラビリンス入りを知るのが終わるのですが、ある秘密をお教えします!
最初、「温泉へ行こう」の文章が出て来ていますが、各カップルの中で、「昼ドラ」が
活躍することになると思います!

252 名前: センチメンタルラビリンス(14)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/14(月) 16:02
ここは白鹿邸。
「野梨子さん、客間においでなさい。」
「はい。母様。」
客間には、野梨子さんの知り合いの茶飲み友達、聖子さんがいらっしゃっていました。
「ねえ、野梨子さん。「真珠夫人」って知ってる?」
「ええ。確か、瑠璃子という女性の生涯と愛を綴ったドラマですわよね。」
「あることを野梨子さんに伝えたくて来たの。」
「何でしょうか?」
「真珠夫人みたいに迷宮入りした恋してるんじゃないのかな?」
野梨子は気づいた。自分の恋も迷宮入りしたことを。
「じゃあ、帰るわね!お邪魔しました!」
野梨子は呆然としていた。自分の恋が「真珠夫人」並だったことを知った今では、
自分の立場を忘れた恋をしていいこと。自分の恋がラビリンス入りしていること。
「魅録に会いたい…」
そう思ってしまう自分。もう、後にも先にも戻れない…。

253 名前: センチメンタルラビリンス(15)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/15(火) 18:42
ここは、ある家のお部屋。
「可憐、綺麗だね」
美月と同じくして、体を使ってまでも情報を収集しなくてはいけない晃。
「そう?」
何も知らない方がいい…でも、もしかしたら美童も…
「可憐?」
「ああ、ごめんなさい!」
「…」
「どうしたの?」
「可憐が欲しい…」
「えっ…」
可憐は晃にキスをされた。熱く、激しいキス。
「やっぱり帰って!」
可憐は、晃を拒否していた。
「また、来るよ」
ラビリンス入りしていた自分に気づいてしまった。
「今までの恋はこんなのなかったのに…」

254 名前: センチメンタルラビリンス(16)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/15(火) 18:54
翌日、6人が学校に来たときには不思議な空気が流れておりました。
「悠理、その頭どうしたのかよ!」
「覚えてない…」
美月に殴られた後の悠理は、気を失い、頭から血が出ていたのだという。
「誰かが連れて帰ってくれたんだって!」
「何ていう名前?」
「覚えてない!」
楽天的思考の悠理君。
「今日は恵理さんのお見舞いに行かなくっちゃね!」
社交的な可憐さんは、
「今日は晃に会う日だった!」
心の中で思いましたとさ。スケコマシの美童君も、
「今日は美月とデート!」
と思いましたとさ。
「楽しみだな〜」
でも、後に悠理と美童の身に何かが起こることは、まだ想像できていないことだった…

255 名前: センチメンタルラビリンス(17)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/16(水) 19:24
ここは菊正宗大病院。
「恵理さん、大丈夫?」
「うん、大丈夫よ!」
恵理の飲んだハーブティーには、毒が入っていたのだ。
「え〜り!」
「和子!」
悠理君はなぜか硬直してしまいました。
「悠理ちゃんじゃない!どう?清四郎との付き合いは?」
「え〜あの清四郎ちゃんと悠理ちゃんが付き合ってるの〜?」
「まあ、そんな感じ・・・」
悠理の目から涙が溢れてきた。
「悠理ちゃん、どうしたの・・・?」

256 名前: センチメンタルラビリンス(18)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/17(木) 16:56
とめどなく溢れてくる涙を、悠理は止めることが出来なかった。
「やっぱり清四郎と何かあったのね!?」
「いや、違います!」
悠理は作り笑いをしてしまった。
「恵理さんのくれた梨がすっごく美味しくって!」
「そう?それなら良かったけど…」
「あ、あたいもう帰ります!」
「そう?気を付けてね〜」
悠理が帰った後の病室は、静けさを増していた。それを打ち破ったのは恵理だった。
「ねえ、和子。」
「何?」
「悠理ちゃんのことも大事だけど、梨香(りんか)どうしてるのかなあ?」
「悠理ちゃんの梨で思い出したんでしょ?」
「そうなの。」
「今は、偽名使ってるって聞いたけど…」
「どういうの?」
「満月(みつき)か美月(みづき)のどちらかだったけど…」
「最近、物騒だから心配だよねえ。」
この会話がもたらしたのは「ラビリンス」だった…

257 名前: センチメンタルラビリンス(12)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/17(木) 17:23
ここはとある喫茶店。
「美月vコーヒー美味しい?」
「ええ!おいしいわv」
どこからどう見てもバカップルなのに、美月の心には、
「ああ、恥ずかしい。あたしは、本当は美月じゃなくって…」
「美月?」
「美月じゃなくって…」
「お〜い」
「美月じゃなくって…」
「悠理!」
「美月じゃなくって悠理!?」
「まあ、こっち来てよ!」
泣き疲れた悠理君はどこかでお茶をしようかと思っていたのです。その後、美童君はあることに気が付きました。
「なあ、美童。この綺麗な人誰だよ?」
「えっ…」
人一倍恋愛不器用な悠理君にこんなことを見破られてしまうとは…
「朝倉美月です!」
「もしかして、どこかで会ってませんか?」
「会ってないと思うけど…」
痛いところを付かれた。あの時使った名前を、今、名乗ってしまうとは。大失敗である。
「そうですよね!こんな美人な方とは、出会ってませんよね!」
「美人だなんて…そんな…」
「梨香?」
「はい?」
「失礼ですが、もしかして、水野梨香さんじゃないですか?」

258 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/10/18(金) 19:33
センチメンタルの作者です!257の通し番号は(19)です!あまりにも不自然だったことを
心からお詫び申し上げます。

259 名前: センチメンタルラビリンス(20)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/26(土) 14:55
「えっ…」
美月は戸惑いを隠せない。
「あたいも。やっぱりこの人と会った事がある。」
「そうですよね!」
意気投合してしまった2人。
「覚えてない?美空よ!新庄美空!」
思い出してしまった美月。
「さあ、知りませんけど?」
しらを切る美月。
「あたしね、結婚したの!」
「…!」
「新庄篤志さん。とっても知的で優しいの!」
「…」
「菊正宗病院で医者やってるんだけどね、素敵なお医者さんで有名なんだって!」
「…」
「それにね、晩御飯も…」
「もういいよ!あたしは水野梨香!でも、もうあの頃のあたしとは違うの!生まれ
変わったの!」
悠理は気づいた。この水野梨香が、あのときに恵理と和子が話していた梨香であり、
自分の頭を殴った美月であることを。

260 名前: センチメンタルラビリンス(21)〜恋はいつでも迷宮入り!〜 投稿日: 2002/10/29(火) 18:13
冷たい風の吹きすさぶ10月の空。
「まさか、あたいの頭を殴った女が、梨香さんだったなんて…」
悠理は、苦悩の上に清四郎とのケンカのせいで、フラフラだった。
「あたい、どうしたらいいんだろう…」
そうつぶやいた瞬間!
パタン
「嫌だ、あの子倒れてる。誰も手を貸しはしないのね。」
「そうだね。気づいてなかったりして。」
「助けてあげましょうよ!」
「そうだね。急ごう!」
ある二人の男女が悠理の元へたどり着いた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
「悠理?悠理なの?」
「うん…うん…」
「大丈夫?」
「ひとまず、病院に運ぼう!そっちが先だ!」
「可憐?どうしたんだよ?」
「病院には運ばないで!」
二人の男女は、晃と可憐。そして、可憐が病院へ連れて行くのを拒否した理由とは…

261 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/10/31(木) 18:56
新ステージ編書いているものです。
最終回まであと4〜5回かかるのはただ単に私が短くまとめるのが下手なだけです(^^;)
感想レス>261さん特に波乱はありませんよ(^^;)
こないだのうpから三週間ほど間があきましたが・・・なんとか来週中には終わりまでもっていきたいです。

今回、2番目のうpから清×悠のベッドシーンがあるためR指定をつけさせていただきます。次回も初めからRですm(__)m

262 名前: 有閑新ステージ編(226) 投稿日: 2002/10/31(木) 18:58
>>236の続きです
美童と野梨子はシャワーで火照った体をほどよく冷ますために、バラの花で溢れているローズ・ガーデンの庭を散策していた。
2人がふと悠理と清四郎がいる部屋を見上げると明かりが一段階暗くなった。悠理と清四郎がこれから行おうとする事が想像できた。
「ねえ・・・美童。21年前のあの日・・・順清さんと悠美可さんが殺された日・・・順清さんは何の用事があって悠美可さんを置いて出かけたかしら?」
上を見上げたまま野梨子は問い掛けた。
「・・・言われてみれば・・・何の用事だったか気になるね。清四郎が前世の記憶を思い出せば分かるんじゃないのかな?どうして野梨子はそんなこと考えたの?」
「・・・何となく気になりましたのよ」
野梨子は淡い笑みを浮かべた。
「そっか・・・そろそろ部屋に戻ろうか、野梨子」
美童は華奢な野梨子の肩にカーディガンを羽織らせてあげた。

この時、野梨子も美童もこの疑問に対する答えが近々意外な形で判明することをまだ知らなかった。

263 名前: 有閑新ステージ編(R)(227) 投稿日: 2002/10/31(木) 18:59
清四郎は悠理のブラジャーを剥ぎ取り白い胸をあらわにさせた。悠理の胸は小ぶりであるがツンと上向きで形がいい。
「・・・あ・・・」
剥き出しになった途端に悠理は腕で自分の胸を隠した。
清四郎の熱を帯びた視線が自分の胸に注がれるのが照れくさかったのだ。
「どうして隠すんですか?」
清四郎の力には敵わない。清四郎によって悠理の両腕は上げられた。
「な・・・なんかさ・・・そうやってじっと見つめられると照れくさいんだよ!ほら・・・あたい・・・あんまし胸おっきくないしさ・・・」
真っ赤な顔して悠理は答えた。清四郎は悠理を更に熱を帯びた目で見つめた。一層、悠理の顔は真っ赤になる。そんな悠理がとても可愛らしくて愛しいと感じ清四郎はふと笑みをもらした。
「悠理・・・とっても可愛い」
清四郎が軽く悠理の胸の先端に口づけただけですぐにそこは硬くなった。硬くなったそこ下を押し当て吸い込むと上半身を仰け反らせた。
「・・・ん・・・あ・・・せいしろ・・・」
2つの柔らかい膨らみに十分な愛撫を与えた後、清四郎は脇の下に唇を押しながら降下していった。悠理の急カーブを描いているくびれを通り過ぎてショーツまで辿り着いた時、急に清四郎の動きが止まった。
「ん?どうしたんだ?せいしろ・・・」
「いつの間に・・・あなたはこんな女を強調する下着を身につけるようになったのかな・・・って思ってね・・・いつの間にあなたはこんなに女らしく色っぽくなったのでしょうね・・・」
今悠理が身に付けているショーツは水色のシルク製で両端を紐で結ぶタイプの物であった。
もう悠理の事を女としてしか見ることができなくなっていた。悠理がどんどん色っぽくなっていく事は喜ばしいことなのに、なぜか少しだけ淋しく感じた。

264 名前: 有閑新ステージ編(R)(228) 投稿日: 2002/10/31(木) 18:59
「清四郎・・・」
悠理はうつむいてる清四郎の顔を自分の方に上げさせた。
「・・・悠理」
「・・・可憐がさ・・・清四郎が喜ぶからって・・・選んでくれたんだ・・・こういう下着をあたいが着けるのはイヤか?あとさ・・・あたいは女らしくなったなんて全然思ってないぞ!でもな・・・もしあたいが女らしくなったんだったら・・・お前があたいの女らしさを引き出してくれたんだよ!!」
それを聞いた清四郎の顔が急に明るくなった。
「・・・僕の為ですか・・・」
言葉の端に嬉しさが含まれていた。
「そうだよ・・・お前以外の誰に見せるって言うんだよ?」
「それを聞いて嬉しく思いますよ、確かに脱がせやすいですよね」
そう言って清四郎はショーツの紐を口で解いた。

265 名前: 有閑新ステージ編(R)(229) 投稿日: 2002/10/31(木) 19:00
薄い布が取り去られてあらわになった悠理のそこは、もう充分に潤んでいた。そこに清四郎が指を差し込むと更に濡れはじめて清四郎の右手を充分に湿らせた。
中指を動かしながら清四郎は悠理の耳元で囁いた。
「悠理・・・もっと声聞かせてください・・・」
悠理は唇を噛みしめ声を押し殺していた。
「・・・ん・・・だって・・・他の部屋に聞こえてしまうだろ?」
「何言ってるんですか!ここはピアノがあるから防音設備が付いているんですよ。忘れてしまったのですか?」
「あ・・・」
そうだった。順清が住まいとして使っていたこの部屋には昔から防音設備がついていたんだっけ。かつて悠理が悠美可であった時も声を出さないようにして、全く同じ事を順清から言われた事を思い出した。
悠理はゆっくりと唇を開いて声をあげた。あまりにも濡れているせいで自分の下半身はまるで液体になってしまったような錯覚に陥った。
快楽が悠理の脳を麻痺させて何も考えられなくなってきた頃、清四郎が入ってきた。
「・・・ん・・・悠理・・・」
「せいしろ・・・あぁっ!!」
悠理の両手はしがみ付く場所を捜し求めてベッドの上を彷徨っていた。清四郎はそんな悠理の両手を持ち上げて自分の肩に置かせた。

266 名前: 有閑新ステージ編(R)(230) 投稿日: 2002/10/31(木) 19:01
果てた後も清四郎は悠理をきつく抱きしめて離そうとはしなかった。
清四郎のきつい腕の感触が心地よい。悠理はきつく目を瞑って彼の腕の感触を感じていた。
「・・・ごめんなさい・・・悠理・・・」
清四郎が突然発した意外な一言を聞いて悠理は目を見開いた。
「な・・・なんだ?どうしたんだ??」
「僕は・・・悠理のことを考えずに滅茶苦茶に動き回ってしまいましたね・・・痛かったでしょう」
清四郎の指が悠理の目の下なぞられたことによって初めて自分が泣いていることに気付いた。
「あたいさ・・・また清四郎と1つになることができて嬉しかったんだよ・・・ほっとしたんだよ・・・だから涙が出てきたんだ・・・お前だって・・・」
悠理のほっそりとした指が清四郎の頬を撫でたら指先に涙の水滴が落ちてきた。清四郎も泣いていた。
「悠理・・・僕はもう・・・悠理と抱き合うことができないと・・・思っていた・・・でも・・・戻ってきてくれた・・・約束してくれ・・・もう・・・二度と僕の側から離れないって・・・僕だけの悠理でいてほしい・・・」
清四郎は一層強くきつく悠理を抱きしめてきた。裸の悠理の肩に清四郎の涙が滴る。
「分かってる・・・あたいは一生お前のものだよ・・・」
悠理もきつく清四郎にしがみついた。
【ツヅキマス】

267 名前: 有閑新ステージ編(R)(231) 投稿日: 2002/11/06(水) 12:45
>>266の続きです
バスタブの中で悠理は手で湯をすくった。手の中のお湯には赤いバラの花びらが沢山浮いていた。
「バラ風呂なんて可憐が好きそうだよな!!」
悠理は清四郎と共にバラの花が一杯浮かべられているバラ風呂に入っていた。
バスタブの中でも相変わらず清四郎は悠理の事を抱きしめて離そうとはしなかった。
熱いお湯に清四郎の熱い抱擁。
お陰で悠理の身体はすっかり火照ってしまった。
「あたい・・・そろそろ出る」
「僕も出ますよ」
清四郎が悠理を抱きかかえてバスタブから出た。
「なんか貼り付いてるよ・・・」
悠理の体の至る所にバラの花びらが貼り付いていた。
「僕がとってあげますよ」
清四郎はまずは首筋についている花びらを取り、そこに唇を押し当て吸い込みキスマークを付けた。次は胸元、次は背中、次はお腹、次はお尻、次は太ももと何度も何度も花びらを取り代わりにキスマークをつける行為を繰り返した。
「・・・ん・・・あ・・・」
キスマークをつけられた箇所は火がついたように熱を持った。そんな箇所が沢山あったから身体の火照りはバスタブから出た今も消えるどころか更に加速した。

268 名前: 有閑新ステージ編(R)(232) 投稿日: 2002/11/06(水) 12:46
「・・・せいしろ・・・熱いよ・・・」
「今・・・少しぬるめのシャワーをかけて上げますよ」
そう言って清四郎はぬるめのお湯を悠理にかけてあげた。それから手でボディソープを泡立てて悠理の体を洗い出した。
スポンジを使わずに素手で洗ってくれるものだから愛撫されているのと何ら変わりはなかった。
「・・・ん・・・あたいもお前の身体・・・洗ってあげる」
清四郎に背中を向けていた体勢で身体を洗われていた悠理は清四郎の方を向き、ボディソープを泡立てて愛撫するように清四郎の身体を洗った。
シャワーで身体の泡を流し終わった時、膝立ちしていた悠理を四つん這いの体勢にさせた。
清四郎は悠理の太ももを湿らせているものはシャワーのお湯でないことを確認し、更に舌で刺激して更に濡らせてから清四郎は悠理の中に侵入してきて激しく動き回った。
身体を洗ったボディソープは甘い蜜をたっぷりと含んでいるバラの香りだった。少し卑猥な匂いがした。その香りが2人の身体にまとわりついている。肌を重ねる音だって、ついあげてしまう声もバスルームだと一層響く。バスルームでの行為は更に淫らさを増すような演出がされている。
悠理がふと顔を上げたとき、壁にはめこまれた全身鏡に映る自分と目があった。
誰?この女?一瞬、それが悠理自身だと気が付かなかった。
え?あたい?あたいってこんな淫らな表情するのか?
悠理が鏡を見ていることに気付いた清四郎は動かしつつも鏡の中の悠理に向かって言った。
「悠理・・・僕があなたを女にしか見えないって理由がわかったでしょう」
「・・・うっ・・・せいしろ・・・ここ・・・イイ・・・もっと」
ようやく悠理自身も清四郎の言葉の意味が少しだけ分かったが、恥ずかしくて答えられなかった。
やがて鏡に映る自分の姿がぼんやりと見え始めて悠理は気を失った。

269 名前: 有閑新ステージ編(R)(233) 投稿日: 2002/11/06(水) 12:48
意識が戻った時、悠理はベッドの上に横たえられていた。
「悠理・・・大丈夫ですか?」
心配そうな顔をして清四郎と目が合った。
「あたい?お風呂で失神しちゃったのか?」
「ええ・・・なんか飲みますか?」
「冷たいものが食べたい・・・」
「分かりました」
冷凍庫を覗くとアイスがあったので悠理の元へ持っていた。
「あっ。スプーンを取って来るのを忘れてしまいましたね」
「じゃあ・・・清四郎の手ですくってあたいに食べさせて・・・」
甘えるような眼差しで悠理は清四郎を見た。
「それじゃあ・・・そうします」
室温に触れたアイスが少し固さを崩した状態になってから清四郎は指でアイスをすくって、悠理の口の中に入れてあげた。
清四郎の指に悠理の舌が絡みついてきた。
「・・・もういいよ・・・清四郎・・・美味しかった」
「まだ残っていますよ・・・それなら・・・下のお口に食べさせてあげましょうか」
言い終わらないうちにアイスが付着した清四郎の指は悠理の脚の間に入っていった。その瞬間に冷たさを感じていた指は一気に熱くなった。
「・・・ひぃっっ!・・・何すんだよ!冷たいじゃんか!」
思わず身体を起こした悠理は横にあったカップに残っているほぼ液体化しているけどまだ冷たい温度を保っているアイスを口に含んだ。
「お前も同じ思いを味わってみろよ」
乱暴に清四郎が着ていたバスローブを乱暴に剥ぎ取り、すでに硬くなっている清四郎のものに舌を押し当てた。冷たかったはずの悠理の舌は一気に熱くなった。
「う・・・あっ・・・悠理」
今度は清四郎が身体を仰け反らした。
眉を潜めながら清四郎は言った。
「ゆ・・・悠理・・・も・・・もう限界です・・・だから・・・」
「・・・わかったよ」
抱き合いながら清四郎は数え切れない程囁いた。
「悠理・・・愛している・・・愛してる」

270 名前: 有閑新ステージ編(234) 投稿日: 2002/11/06(水) 12:50
昨夜の悠理との抱擁が夢だったと思うと怖くて、清四郎は起きた時、なかなか瞼を開くことが出来なかった。
けど、意識が眠りの世界から現実に戻ってた時に自分の体の上に柔らかな感触の重みが重なっていること気付いた。
「悠理・・・」
悠理が清四郎の胸の上ですやすやと眠っていた。
「よかった・・・」
清四郎は腕の中に悠理がいることを確認してほっとした。
悠理の寝顔は安らかであった。
「もう・・・悪夢にうなされなくなったのですね・・・よかった」
清四郎は腕の中に悠理を抱いたまま上半身を起こし寝ている悠理の唇にそっと自分の唇を重ねた。
「・・・ん・・・うぅん・・・清四郎・・・」
悠理が目を覚ました。
「あ・・・悠理・・・起こしてしまってごめんなさい」
悠理は口元に笑みを浮かべて首を横に振った。そして清四郎の首に両手を絡ましてしっかり抱きついてきた。清四郎が大好きな無邪気な笑顔で言った。
「清四郎の腕の中・・・温かくてとっても気持ちいいよ。あたいな今すごく幸せだと思う。こうやってあたいの大好きな清四郎の腕の中で朝を迎えられてさ!」
「悠理・・・」
また思わず清四郎は悠理をきつく抱きしめた。
「ねえ・・・悠理。今日は天気もいい事だし久しぶりに僕とデートしましょう」
悠理はそっと清四郎の洗いざらしの前髪をかきあげながら心配そうな顔で返した。
「ムリしなくていいよ・・・肩の怪我の方・・・大丈夫なのか?あたいは清四郎といられるだけで充分だよ・・・お前・・・あたいの事心配して疲れただろ・・・ゆっくり休めよ」
「何言ってるんですか!悠理は!昨日の抱き合ったことができたのですから、僕は全然疲れていませんよ。悠理が元気になったのを見た時に僕の疲れなんか一気に消えたのですから!そうだ!せっかく関西に来てるのですから大阪のUSJでも行きましょう。悠理はロスのしか行ったことないでしょう?」
「うん!じゃあUSJに連れて行って!その帰りにたこ焼きかお好み焼きが食べたいな!」
悠理の顔に再び笑顔が浮かんだ。
そんな悠理を見ながら清四郎は幸せな気分に満たされいるのを感じていた。
ようやく長い夜は終わり朝がやってきた。

271 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/11/06(水) 12:55
続きます
感想レス>264さん
>234の時点では美×野はまだです(ヲイ)
私の脳内では262のお散歩が終わって部屋に戻ってからいたした事になっています(^^;)

272 名前: 有閑新ステージ編(235) 投稿日: 2002/11/11(月) 14:50
>>270の続き
野梨子と美童のデート先は、野梨子の希望で異人館に決まった。
うろこの家・うろこ美術館、ウィーンオーストリア館、香りの家オランダ館など幾つかの異人館を2人は訪れた。
その後、2人は小さな教会にやって来ていた。礼拝堂の中は誰もいなくて2人きりであった。椅子に腰掛けてステンドグラスを眺めていた。
今、野梨子の右手には、香りの家オランダ館では香水を調合してもらったできたてほやほやの香水が握られていた。
蓋を開けて、その香水を嗅ぎながら野梨子は言った。
「この香水を嗅ぐたびに、私は美童とここを訪れた日の事を鮮明に思い出すのでしょうね」
そして、思い出す時はいつも隣に美童がいてほしいと野梨子は願った。そして、美童も同じ事を願っていた。
「ねえ、野梨子。あっちに行ってみない?」
美童が指差した場所は、祭壇であった。野梨子は黙ったまま肯いて、椅子から立ち上がり美童と共に祭壇の前へと進んだ。
「ねえ、野梨子。目を閉じて」
野梨子は言われるままに目を閉じた。左手の薬指にひやりとした感触が走った。
目を開けると野梨子の左手の薬指には、美童の瞳と同じ色をしたアクアマリンが真ん中に鎮座していて両脇を真珠が固めている指輪がはめられていた。
「!」
驚きのあまりに言葉も出なかった。
そんな野梨子に美童は照れながら言った。
「これ・・・おばあさまの家、アクアヴィット家に代々伝わる指輪なんだ。数年前におばあさまから、大切に思う女性が現れたら渡しなさいって言われて貰って・・・やっと渡せる日がやってきたよ」
「美童・・・この指輪をいつかはステディリングから婚約指輪に替えてくださいな」
そのひと言に、美童は驚いた。まさか野梨子から逆プロポーズをされるとは思っていなかったのだ。
「今すぐ、婚約指輪にする事ができるよ。野梨子、今度この前に僕たちが立つのは僕たちの結婚式の時だね」
そういって美童は野梨子にキスをした。

これからこの香水の匂いを嗅ぐ時、私は美童に指輪を貰った日の事を鮮明に思い出すでしょう。そして、その時はいつも私の隣には美童がいるでしょう。
さっき野梨子が願った事は、今、確信へ変わった。

273 名前: 有閑新ステージ編(236) 投稿日: 2002/11/11(月) 14:51
USJでの悠理は本当に楽しそうであった。
「なあ清四郎、ターミネーターの次はバック・トゥ・ザ・フュウチャーのに行こうぜ」
「はいはい、分かりました」
清四郎は悠理にひっぱられるようにしてついて行った。
清四郎自身は遊園地などは興味がなかったのに、なぜか悠理と一緒だと楽しく感じることができた。
「バック・トゥ・ザ・フュウチャーの次は、ジュラシックパークなんかがいいな!あっ、でもお腹すいたな!」
「それならジュラシックパークのアトラクションの近くにある、ディスカバリーレストランなんかいかがですか?」
「じゃあ、そこに行こう!」
嬉しそうに悠理は言った。
そんな悠理を見ながら、清四郎はただただ幸せな気分に満たされていた。


USJに行った後は悠理のたこ焼き食べたいという願いを叶えるために、清四郎は大たこに連れて行った。
「〜ん、美味しぃっ!!幸せっ!!はい、清四郎ちゃんもあ〜んして」
冷まさずにいきなり口の中に入れられたたこ焼きは正直言って熱かったが、悠理の幸せそうな顔に満足しているそんな事には気付かなかった。
悠理の幸せそうな顔は清四郎の何もかもを麻痺させていた。
「あたい、お好み焼きも食べたいな〜」
甘える口調で悠理は言った。やはりたこ焼きだけでは食べたりないらしい。
「悠理はそう言うと思いましたよ。さあ、食べに行きましょう、お好み焼きを」
「やった!清四郎大好きっ」
嬉しそうな顔で悠理は清四郎の首に抱きついてきた。

274 名前: 有閑新ステージ編(237) 投稿日: 2002/11/11(月) 14:51
夜、ホテル、ローズ・ガーデンに戻った時、食べ過ぎのせいか悠理は少々げんなりとした様子で清四郎の膝の上に頭を置いていた。
「ねえ、悠理・・・このバレッタ・・・」
清四郎は伸びた悠理の髪を留めるのに使っている銀のバレッタの存在が前々から気になっていた。
「ああ・・・これは・・・お前が順清だった時に悠美可だったあたいにくれたものだよ。あたいが死んだ日も身に付けていたんだ・・・。アンクレットもそう・・・死んだ時、あたいが身に付けていた。それを幽霊の悠清があたいの所に持って来てくれたんだ」
「そういえば・・・今朝、僕の夢の中に悠清が現れましたよ」
そういって清四郎は夢の話を悠理にした。
清四郎の夢の中に現れた悠清は、清四郎に言った。
「父さん、僕はずっと父さんの事を誤解してきてゴメンね。僕は父さんと母さんが愛し合って生まれてきた子供だと分かって良かった。また、父さんと母さんの子供に生まれたいよ。父さん・・・僕は生まれ変わった母さんに会った時点から、僕には別の居るべき場所が出来ていたことに気付いていたんだ」
それだけ言うと、清四郎の目の前から悠清の姿はふっと消えた。
「そうか・・・早く・・・悠清に会いたいな・・・前世で愛せなかった分もあいつの事、充分に愛してやりたいよ」
話を聞き終わった悠理はそう呟いた。
その後、2人はしばらく悠清の事に思いを馳せていた。
その思いを断ち切ったのが、魅録からの電話であった。
「もしもし魅録、どうしましたか?」
「清四郎、今日さ、井戸の中の悠美可と悠清の死体、それから可久人に殺された順清の死体を警察に頼んで探してもらったんだよ。そしたら見つかった順清の死体から、あの日、順清が町に出かけた用件が分かったんだよ。明日、即効、東京に帰ってこいよ」

275 名前: 有閑新ステージ編(238) 投稿日: 2002/11/11(月) 14:51
翌日、東京に戻ってきた悠理と清四郎の前に、可憐と共に剣菱家を訪れた魅録は女物のロレックスとライターと小さなビロードの小箱を差し出した。
悠理はロレックスとライターには見覚えがあった。
ロレックスは悠美可が着けていたもので、ロレックスは兄・可弥人の形見としていつも持っていたものだ。
「この小箱は何だ?」
ビロードの小箱には見覚えがなかった。
「これは順清の死体を捜した時に見つかったんだ。清四郎、箱の中開けてみろよ」
魅録に促されて、清四郎は蓋を開いた。中にはピンクトルマリンの指輪が入っていた。ピンクトルマリンの両脇にはダイヤがついていて、まるで今、悠理が左手の薬指にはめている婚約指輪を色違いバージョンといっていいほど、デザインが酷似していた。
「あの日、順清は悠美可にプレゼントする指輪を買いに出かけたんだよ」
唖然とした表情で指輪を眺めている悠理と清四郎に向かって、魅録は言った。
「指輪を買いに・・・あたいの為に・・・指輪を買いに行ったんだ・・・トルマリンは前世のあたいの誕生石なんだよ・・・あたいは・・・別に指輪はいらないって言っていたんだけどな・・・」
涙が溢れてくる。また、清四郎が前世もどれだけ深い愛情を自分に注いでくれたかを知らされた。
「僕は悠理の誕生石ではないトルマリンの指輪を婚約指輪に選んだのは前世の悠理が10月生まれであったことに関係あるんでしょうかね・・・21年の時を越えてやっとこの指輪は悠理の元にたどり着きましたね」
感慨深そうに言うと、清四郎は悠理の指に指輪をはめた。
21年前、渡せなかった指輪は21年もの時を越えて、ようやく指輪が永遠に輝き続ける本来の場所に収まった。
魅録に寄り添いながら可憐はうっとりとした調子で言った。
「あたしね、宝石が好きなのはどんなに長い月日が過ぎても輝きが全然褪せないからなのよ。ほら、ピンクのトルマリンだって21年の月日が経ったてキラキラしているでしょ」

【ツヅキマス】 次回で終わりです

276 名前: 有閑新ステージ編(239) 投稿日: 2002/11/12(火) 15:14
>>275の続き
――7月6日――
天気予報では明日は雨になると伝えられていたが、可憐には明日の天気は晴れだという確信があった。
「なんたって、明日はあたしと魅録の結婚式なんだから晴れるに決まっているわよ」
左腕のピンクフェイスのロレックスを見たら、針は夜の8時を指していた。
肌のコンディションを最高の状態にして式に臨みたいから、もう寝る事にした。
魅録は、今夜、松竹梅家で独身最後の夜を過ごしている。きっと、時宗と千秋との3人で飲み交わしているのだろう。
可憐はロレックスを外した。このロレックスは先月、悠理から譲られた物であった。
かつて悠理が悠美可であった時に身に付けていた物で、悠美可の死体が発見された時に左腕に付けられていた物だ。
このロレックスの元々の持ち主は、悠美可の母であり、可憐の祖母である彰美の物であった。
彰美が黄桜白憐と付き合っていた時に、お互いにロレックスを贈り合っていた。
彰美が白憐に送ったロレックス・サブマリーナは、やがて2人の息子であり、可憐の父親である可弥人に受け継がれ、今は魅録の物となっている。
「だからな、このロレックスは可憐が持つべきなんだ」
そういって悠理から、可弥人のライターと共に渡された。
「ねえ、可弥・・・」
ロレックスをお腹に当てて、チクタクと時を刻む音をまだ胎児である娘に聞かせながら、可憐は語りかけた。
「このロレックスね、可弥が大きくなった時に可弥に譲ってあげるわ。その時には、今、魅録がつけているロレックスは可弥を守ってくれる人、そう悠清君にあげるわ」

277 名前: 有閑新ステージ編(240) 投稿日: 2002/11/12(火) 15:14
――7月7日――
天気予報は当たらず、可憐の予想が当たり、その日は雲ひとつない青空が広がっていた。
最高の門出を迎えることができそうだ。
「ハイ、メイクは完成、あとはネイルが乾けば準備は完了よ」
ヘアメイクとネイルは芸能人も御用達のヘアメイクアーティストとネイリストにやってもらった。鏡の中の可憐は美人っぷりを更にあげていた。ヘアスタイルもメイクもネイルも可憐が最も美しく輝いくように施されていた。
昨晩、たっぷり寝たせいか肌のコンディションも良く、化粧のノリも良かった。
「最高だわ」
可憐は仕上がりに満足していた。
そこに
「可憐、いいか〜?」
新郎の魅録、そして倶楽部のメンバーが入ってきた。
魅録はウエディングドレス姿の可憐を見た途端、あまりにも可憐が美しいのに驚いて、言葉が出てこなかった。
「あ・・・可・・・憐・・き、綺麗・・・」
そんな魅録を悠理と美童がからかった。
「何、照れているんだよ!魅録ちゃんたら!このっ!!」
「魅録ったら、きっと喋れるようになったら『この世のものとは思えないほど美しい』なんて言い出すよ」

278 名前: 有閑新ステージ編(241) 投稿日: 2002/11/12(火) 15:14
「可憐、立ってウエディングドレス姿を良く見せてくださいな」
野梨子に言われて、可憐は立ち上がった。
「魅録、あたしの事、惚れ直したでしょ!」
可憐は魅録に向かってウィンクした。どうやら新婦の方は全然緊張していないらしい。
千秋が可憐にプレゼントしたヴェラ・ウォンのウエディングドレスはシンプルなデザインであったが、派手な顔立ちの可憐にはそれ位のシンプルさが丁度良かった。
「確か、ベッカム夫人のヴィクトリアも結婚式の時にヴェラ・ヴォンのウエディングドレスを着たのですよね」
「じゃあ魅録ちゃんもベッカムの真似してソフトモヒカンにすれば?」
そういって悠理は魅録のセットされた頭を崩しかかるふりをした。
「や、やめろ!悠理!」
「冗談だよ!冗談!何もしてないよ!」
「まったく!そういやベッカムって奥さんと息子の名前のタトゥーしてるんだっけ?俺も真似して腰や腕にKAREN、KAYAなんてタトゥー彫ろうかな?」
魅録のその言葉に5人は笑い始めた。

279 名前: 有閑新ステージ編(242) 投稿日: 2002/11/12(火) 15:14
式は派手好きな可憐にしてはシンプルなものであった。
参列者も新郎・新婦の家族、そして倶楽部のメンバーとその家族のみであった。
「ほら、野梨子、行くわよ!」
もちろんブーケは野梨子へ向かって投げられた。運痴の野梨子もこの日は上手くすんなりとブーケを受けとる事ができた。
「よかったですわ上手く受け取れて」
「今度は僕たちの番だね」
美童のその言葉に野梨子は微笑みながら肯いた。
挙式の後はチャペルと同じ敷地内の庭でガーデンパーティが開かれた。
料理好きの可憐らしく、ウエディングケーキは可憐のお手製であった。
「美味しいっ〜〜!!可憐ちゃんおかわりしてもいい??」
「いいわよ、悠理。どんどん食べて」
悠理は遠慮なく可憐お手製のウエディングケーキを食べまくった。
そんな悠理を幸せそうな顔をして清四郎は見守っていた。
「よかったわね、清四郎。悠理もすっかり元に戻って」
「ええ、本当に安心しましたよ。可憐たちにも随分と心配かけましたね」
「もう、二度と心配かけないでね!ねえ、それより悠理の顔つき随分と優しい顔つきになったと思わない?」
「えっ?」
可憐の質問の意味が清四郎には良く分からなかった。
「すぐに分かるわよ、清四郎にも。女の勘は当たるのよ、悠理は・・・」
そこまで言って可憐は意味深な笑みを浮かべた。

280 名前: 有閑新ステージ編(243) 投稿日: 2002/11/12(火) 15:15
家に帰ってからも清四郎は可憐の言葉の意味を考え続けていた。
確か、最近の悠理は今までに見たことがないほどの穏やかな表情をすることが多い。
それは2人があの困難を乗り越える事ができたから、それが自信となって表情に出ているのではないのであろうか。
違うのか?
ふと悠理の方に見ると、悠理は珍しく机に向かって書き物をしていた。
「悠理、何を書いているのですか?」
清四郎は悠理の手元を覗き込んだ。
「今日さ、七夕だから短冊にお願い事を書こうと思って」
短冊には悠理らしい汚い字で“清四郎といつまでもラブラブで幸せでいられますように”と“悠清が早く産まれてきますように”と書かれていた。
「悠理・・・」
ちゃんと自分の事を思ってくれている悠理が愛しく感じて、思わず抱きしめてしまった。
そしてキスをしようと思ったその瞬間
「せ、清四郎、ちょ、ちょっと待って!待てっ〜!」
悠理は思いっきり清四郎を突き飛ばして、トイレの方に駆け出して行った。
トイレからは食べたものを吐き出す音が聞こえてきた。
「悠理?あっ!」
可憐が言っていた言葉の意味が分かった。
全ての物を吐き出した後、悠理の手は自然に洗面台の引出しから可憐が悠理にくれた妊娠判定スティックを取り出していた。
悠理には分かっていた。この吐き気は食べすぎからではなくって悪阻からきていることを。
悠理の鋭い野生の勘が新しい生命がいるってことを悠理に訴えてきていた。
「やっぱり・・・!でも・・・」
判定スティックの結果は予想通りで悠理は妊娠していた。
ただ気になる点がある。先月の初めに生理は来た。その後、避妊しないで清四郎とセックスして妊娠したということになるが、こんなに早く悪阻はやってくるのだろうか?
「確か・・・悪阻って3ヶ月くらいで来るんだよな?あ」
振り返ると清四郎は悠理が持っていた筈の判定スティックを手にして立っていた。

281 名前: 有閑新ステージ編(244) 投稿日: 2002/11/12(火) 15:15
清四郎は悠理を抱きかかえてベッドに連れて行った。
「ねえ、悠理。僕もすっかり忘れて勘違いしていましたけど確か4月の初めに生理が来ていましたよね。2〜3日で終わってしまったけど」
「あーっっ!!すっかり忘れていたけど、そーいえば来てた!でも、先月も来たんだけど」
「出血は何日続きましたか?」
「確か1日だけ・・・」
「悠理・・・」
何かを強く言い聞かせる時は悠理の両頬を両手で包む癖が清四郎にはある。今もそっと両手は悠理の頬に添えられている。
「妊娠していても生理のように出血することがあるんですよ。先月にはもうあなたは妊娠していたんです。僕の夢に悠清が現れた時、彼は『僕には別の居るべき場所が出来ていたことに気付いていたんだ』って言っていました。その居るべき場所っていうのは悠理のお腹の中って事なんです」
「じゃあ・・・じゃあ・・・清四郎が出張に行く前に抱き合った時に命が芽生えたのかな?」
「多分、そうですよ」
「やったぁっ!!悠清にもうすぐ会える!あたい、ものすごく嬉しいよ!清四郎の子供が出来てものすごく嬉しい!」
悠理は最高に嬉しそうな笑顔を浮かべて、清四郎に抱きついてきた。
以前、清四郎がこうだといいなと想像していた通り、悠理は笑顔でとても嬉しそうに清四郎に妊娠の喜びを伝えてきてくれた。
「僕もすごく嬉しいですよ!悠理と僕との間にかけがえのない宝物が出来たってね!」
この喜びを上手く言葉に表す事はできなかった。その代わり喜びを悠理に伝えるため、悠理の事を強く抱きしめ、何度も何度も悠理の頬に額に唇にと数え切れない程のキスをした。

282 名前: 有閑新ステージ編(245) 投稿日: 2002/11/12(火) 15:16
数え切れない程のキスが終わると清四郎は悠理の服を脱がせ始めた。
「な、何するんだよ!」
「あなたの身体をじっくりと見たいんですよ」
まだ悠理のお腹は薄く平らであった。そのお腹に清四郎は何度も何度も口付けた。
「ここにあなたと僕の子供がいるんですね・・・ねえ、悠理、抱いてもいいですか?」
「ああ・・・でも無茶はするなよ!!」
その夜、清四郎は優しく悠理の事を抱いてくれた。抱かれている時も清四郎の身体を通して彼が今どれ位喜んでいるかが、分かった。
「なあ・・・清四郎、あたいもう服着るのは面倒臭いから、あたいの体冷やさないように清四郎がしっかり温めてくれよ」
抱き合った後、それだけいうと悠理は眠り始めた。
「分かりました」
清四郎はそっと悠理の事を抱きしめて体を冷やさないようにした。
「今・・・妊娠3ヶ月だから後7ヶ月したら悠清に会えるのか・・・寝顔を見るとまだ悠理も幼いですね」
しかし少女のような悠理の寝顔にも、少女には見られない母になる女の安らぎが浮かんでいた。

悠理の妊娠が発覚してから7ヶ月と7日後の2月14日に悠清は生まれてきた。
「赤ん坊の肌って柔らかいな〜!大福みたい」
自分の指をしっかり握る悠清に悠理は目を細めていた。
本当に嬉しそうに悠清の事を抱く、悠理を清四郎は抱きしめた。
「くっ、くすぐったいよ〜清四郎」
「ねえ、悠理、去年の今ごろは僕たち結婚するって決めた頃ですね、まさか、1年後には子供が生まれるなんて夢にも思いませんでしたよ」
清四郎が悠清に手を近づけると、今度は清四郎の指をぎゅっと握ってきた。
今、清四郎と悠理は言葉に出来ないほど幸せな気分を味わっていた。
1年前は、こんなにも幸せな気分を味わう事が出きるなんて想像しなかった。
「なあ、清四郎。6月になったら悠清を連れて、ローズ・ガーデンに行こうぜ!あの庭で3人でお昼寝したいな」
「そうですね、3人で行きましょう」
きっとあっという間に2人が一緒になってから2度目の夏、親子3人で過ごす初めての夏はやってくるだろう。
そんな事を考えながら、清四郎はもう少女ではなく、大人の女性のそして母親の美しさを醸し出している悠理の唇にそっとキスをした。

【オワリ】

283 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/11/12(火) 15:20
昨日、今日と大量うpスミマセン(汗
だらだらと半年もかかりませたがなんとか終わらせる事ができました。
読んでくださった方、感想カキコしてくださった方、本当にありがとうございます。
そして、嵐さんには誤字脱字の訂正など本当に色々とお世話になりました。感謝してもしきれない位です。本当にどうもありがとうございました。

284 名前: 有閑名無しさん 投稿日: 2002/11/22(金) 14:32
清×野「君から瞳がはなせない」

ウpするの初めての者です。
以下のあらすじの話を書きたいのですが、
先に書きたいところ(R)から書いてしまって(^^;)。
読みにくいかもしれませんが、よろしくお願いします。

285 名前: 「君から瞳がはなせない」 投稿日: 2002/11/22(金) 14:33
<あらすじ>
ある日聖プレジデント学園に珍しく転校生がやってくる。
彼女の名は望月光(ひかる)。長身で派手目の美人だ。
目立つ彼女は美童の希望で有閑倶楽部のお茶会に御招待と
なるが魅録と彼女はどうやら昔の彼女らしく、
魅録は彼女を避けるそぶりをみせる。

清四郎は光から相談を持ちかけられた。
「赤蛇会の親分が死にそうで、跡目になんと魅録を推薦した。
その決定に不満な大幹部が魅録を狙っている。まさかとは
思うが学校にいる間、魅録に何もないように見張りたい。
しかし、魅録は自分を嫌っているし、できたら一緒に行動して
隠れ蓑になってほしいのだが。」
清四郎は彼女の言葉に疑いを持ちつつも、一緒に行動する事にする。

ところが魅録を尾行し出すと様々なことがわかってくる。
明らかに組のものと思われる人物と車に乗って
どこかへ出かけていく。
家ではこもって何か作っているらしい。
光は言った。「どうやら本気で跡目をつぐつもりみたいね」
もう一つわかったのは最近野梨子とやたら一緒にいること・・
「野梨子ちゃんて魅録の恋人なの?」

清四郎は、野梨子と魅録の関係に内心穏やかでないものを感じる。
一方、野梨子もまた清四郎が光と行動を共にしていることに
いらだちを感じていた。
うPするのは、この後の野梨子が清四郎を彼の家に訪ねるところ
からです。

286 名前: 清×野「君から瞳が離せない」 投稿日: 2002/11/22(金) 14:34
その時、野梨子が口を開いた。
「私、清四郎のことが好きですの」
清四郎は一瞬戸惑ったが、すぐににっこりと微笑んで言った。
「うれしいですね。僕も野梨子のことは大好きですよ。
長いつきあいですしね。」
俯いていた野梨子が顔を上げて清四郎の顔を見る。
その黒く美しい瞳にわずかに赤い火が見えた。
「その好きじゃありませんわ。わかっているくせに。
はぐらかすのがお上手ですのね、清四郎」
「別にはぐらかした訳じゃありませんよ。どうしたんです、野梨子。
なんだかカッカしてますね。」
そう言いながら腰をあげる。
「少し外を歩きませんか。」
「いいえ。」
野梨子は断固とした調子で言った。
「私は行きません。清四郎も逃げないでほしいですわ」
まいったな。
清四郎はいつになく真剣な調子の野梨子に、内心困惑した。
なんとなくまずい方向に話が行っているような気がする。
何かあったのか。
その時清四郎の頭に閃いたのが、午前中の出来事だった。
魅録を見張っている途中に突然抱きついてきた望月ひかる。
「ふりむかないで。魅録が見てるわ。あなただとばれると
まずいわ。もっと私に抱きついて頭を隠して。」
その通りにしたが、あの時魅録の他に野梨子も見ていたのか?

287 名前: 清×野「君から瞳が離せない」 投稿日: 2002/11/22(金) 14:35
「野梨子、ひょっとして、」
そこで言葉につまる。何と説明したらいい。魅録を見張っていたこと、
それを話すと魅録と望月の関係まで全て言わなければならない。
しかし魅録は野梨子にそれを知られたいか?否。とすれば
ここは知らばっくれた方がよさそうだな。

「清四郎。清四郎はあの光さんとか言う方が好きなんですか?」
「いや、別に。」
つい突っけんどんな言い方になってしまった。
あわててつけたす。
「いろいろ困ってたみたいでね、相談に乗ってあげてただけですよ。」
「どんな相談ですの。」
「それは言えません。」
「清四郎。」
野梨子の目に涙が浮かんできた。
「私、私、なんだかこわいんです。このところ、清四郎はいつも光さんと
一緒で、私が入りこむ隙間がなくて、どんどん清四郎が遠くに行ってしまい
そうで。」
涙がぽたぽた絨毯に落ちて染みをつける。
いやだ、私ったら。めそめそして。
「野梨子。」
清四郎が野梨子の小さな肩に手をかけた。
「淋しい思いをさせたのなら、正直申し訳ないです。でもすみません、
今は何も言えないんです。終わったら全部野梨子にも他の皆にもちゃんと
話しますから。」
「・・・・。」
終わったら。何が終わったらなのか。光との恋としか野梨子には考えられ
なかった。清四郎と光の恋。それはいつか終わるのか。それまで私は
待ち続けるのか。昼間二人の抱擁を見た時のように、心臓を釘で打ち抜かれた
ような思いをし続けるのか。そして「終わり」が来たとき清四郎は
自分の側にいるのだろうか・・・。

気がつくと清四郎に即されて、家の外に出ていた。菊正宗家の門扉を開ける
彼の後ろについて道に出る。足が動きたくないと言っていた。
清四郎が少し歩いてから野梨子がついてこないのに気がついて戻ってきた。
「大丈夫ですか」
と言いながら野梨子の後方から見なれたバイクがやってくるのに気がつく。
魅録だ。
手をあげようとしたその時、野梨子が清四郎の首にしがみついた。
細い腕に渾身の力を込めて顔をこちらに向ける。
ふいをつかれた顔。その目が野梨子の瞳を捕らえる。その口が何か言うより
早く自分の唇を押し当てた。柔らかい薄い唇。温かい。
次の瞬間、清四郎に肩をつかまれ無理矢理引き離された。
「野梨子!」清四郎の、さっきまで野梨子が唇を当てていたところから
叱るような声が出るのと、バイクが横で急停止するのが同時だった。
「・・・道路で何してるの、お前ら」
ヘルメットをとった顔は、魅録だった。

288 名前: 清×野「君から瞳が離せない」 投稿日: 2002/11/22(金) 14:36
「いや、ちょっと。魅録、僕に用ですか。」
「まあね。だけど、また今度にするわ。お邪魔虫にはなりたくないしな」
ニヤっと笑ってバイクにまたがり行ってしまった。
清四郎はため息をつく。昼間の件といい、何て言い訳したらいいんだ。
肩を落としている清四郎を見て、野梨子は胸にキュッと痛みを感じた。
清四郎が困っている・・・。私のことで・・。やっぱり、迷惑だったの・・。
また涙があふれてきた。泣いたらだめ。まるで泣き落としの子供じゃない。
でも、でも、でも!
清四郎!!
「出てきたばかりですが、もう一度入りませんか。よく考えたらお茶も
出していませんでしたし。」

再び菊正宗家の玄関をくぐると、ちょうど清四郎の母が出かけるところだった。
「あら野梨子ちゃん、どうしたの?忘れ物?」
「ずっと前に借りてた本を返し忘れましてね。」
野梨子は笑顔を作ることで赤くなった目をごまかした。
清四郎の部屋で野梨子は待っている間、ぐるりと辺りを見回した。
たくさんの実用書や辞書が並ぶ清四郎の部屋。
ビートルズのCDが少し増えてる。
前から清四郎好きだったかしら。
光さんの影響?
そういえば窓際のミニサボテンも清四郎がわざわざ買うはずはない。
光さんのプレゼント?

何でもかんでも光さんに結び付けて考えてしまう自分が嫌だ。

289 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(4) 投稿日: 2002/11/22(金) 14:37
彼女のふっくらとした唇を思い浮かべる。
もうキスはしたかしら。とっくにしたわよね。
しかも私の一方的なキスとは違う、もっと情熱的なキス。
二人ともどんな顔してするのかしら。
もう!いやですわ、私の頭ったら!
いやらしい想像が止まらなくて、どんどん、どんどん。

「お待たせしました。」
野梨子は飛び上がった。「い、いいえっ。」

しばらく二人とも黙って茶をすすっていた。
やがて沈黙に耐えられなくなって(いつもそうだ)
野梨子が口を切った。
「あの、さっきは。突然あんなことをしてしまって
お恥ずかしいですわ。私ったら、どうかしてたんですのよね。」
何か喋って清四郎。
清四郎は茶わんを持ったまま、こちらを伺っている。
「なにか、ちょっと清四郎をとられそうな気がして、
ふふふ、変ですわね。ただの幼ななじみですのに、
こんな風になるなんて、おかしいですわ。ふふっ、ふふふ。」

290 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(5) 投稿日: 2002/11/22(金) 14:38
無理に始めた笑いが止まらない。
清四郎何か言って。
「ふふふふ。清四郎ったら、もうあんまり深刻にならないで
くださいな。忘れてくださいね。だって清四郎には光さんが
いますから」
何言ってるの。
清四郎止めて。
「野梨子。」
やっと喋った。ほっと息がつける。
「はい。」
「野梨子が僕のことを好きだっていう気持ちは正直うれしいです。
だけど、それは僕のことを男として好きだという意味ですか。」

野梨子は眉をひそめて困った顔をした。
「どういう意味ですの。当然ですわ。だって清四郎は男性じゃ
ありませんか。」
「異性としてみて好きですか。僕に愛されたいですか。
僕は野梨子のことが好きですよ。守ってあげたいと思う。
だけどそれは、」
「妹みたいな、と言いたいんですのよね」
野梨子の心に再び火がついた。
「そういう曖昧な態度は嫌いですわ。要するに女としては見られない
ってことですわよね。」
挑戦的に笑ってみせる。
「屈辱ですわ。妹じゃなく、女として見てほしいんですの」
清四郎は黙っている。
「私、女ですわ。」

291 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(6) 投稿日: 2002/11/22(金) 14:39
沈黙が数秒続いた。と、清四郎が野梨子をヒタと見つめる。
野梨子は胸の奥でドキンとしながらも見つめ返した。
ドキン。ドキン。ドキン。

清四郎が立ち上がった。隣へ来る。
ドキン。
思わず目をそらす。
ドキン。
清四郎。清四郎。沈黙がこわい。嫌。耐えられない。
何か喋って、清四郎。
ドキン。ドキン。
胸の鼓動が聞こえそう。
ドキン。
せいしろう。

「野梨子。こっちを向いてください」
余りにも近い声に横を向いていると、手をとって無理矢理向かされた。
「本気だと思っていいんですか?」
真面目な顔。きれい。きれいな目。その目が私を見てる。
私がその目に映ってる。
目の自由を奪われながら、うなずいた。
「本気ですわ。ずっと前から」
温かい胸に抱き寄せられた。やさしく大きな胸。
肩を包み込む大きな手。
ああ。包み込まれて、のみこまれて、このままずっと
この胸の中にいたい。やさしくて頼もしいお兄ちゃんみたいな・・・。

292 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(7) 投稿日: 2002/11/22(金) 14:40
が、すぐに肩を手でつかまれ軽く離された。
そして。
清四郎の唇が野梨子のそれにすべりこんできた。
熱い。さっきとは違う、からみつくようなキス。
まるで全てを食べてしまうような熱烈な。

野梨子の体中の血は沸騰寸前だった。
体から体の全部から力という力が抜けていく。
頭に血がのぼって何も考えられない。
しらずしらず体がぐったりしている。

唇を離すと野梨子はふらふらだった。
そのくらげのようになってしまった体を男はひょいと抱え上げると、
そっと自分のベッドの上に寝かした。
さらに自分もその上にのしかかる。

「ちょっ、待って、待ってくださいな、清四郎」
細くて白い陶器のような首筋に唇を当て始めると、女はあわてて
体を起こそうとした。
「待てません。」
そういうと優しく女を押さえ付ける。
すると女は弱々しく言った。
「私、まだ心の準備が。」
できてない。

「そんなものしてもしなくても同じですよ。僕にまかせてしまえば
いい。」
「・・・・。」

293 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(8)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:41
黙っていると、男の攻撃が再開された。
首筋に唇を当て、場所を変えながらキスを繰り返す。
胸の方で制服のボタンがプチプチという音と共にはずされていく。
やがて男の手が制服の下に入ってくると、やさしく前を広げた。
唇は首から肩、胸の方に移ってきた。
下着の中で小さな胸がようやく息をしている状態である。
怖い。
我知らず体が強ばる。

「野梨子。」
目を開けると清四郎の優しい顔が自分の上にあった。
ぎこちなく笑いかけた。
またキスされる。キスキスキス。またキス。
素敵。上手。今まで何回キスしたのかしら。私にするキスは
何回目?
なんてことはほとばしる感情の波に押し流される。
キスキスキス。またキス。

294 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(9)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:43
彼の手が私の背中の下に回ろうとしてる。ああ、どうしよう。
いいの?許してしまっていいの?今は考えられない。
ああ、そうよ、清四郎から好きの返事ももらってない。
お馬鹿さんね、私。すっかりムードに流されて。
男はオオカミなのよ、と歌っていたのは誰でしたっけ。
よく可憐が言ってましたわ。男なんて最後にしたいことは
皆いっしょよ。
清四郎は違うような気もしてましたけど、
やっぱりオオカミでしたのね。
・・・なんてことを唇をふさがれながら考えている間に
ぷちん。
小さな音と共にブラジャーがはずされた。

はっとして目を開ける。清四郎の顔を見る。
「取ってもいいかな。」
少し体を起こす。はずされたブラジャーを胸の前で抑える。
よろしいですわ。
ダメですわ。
恥ずかしくてどちらの言葉も口にできない。
私に聞いたりしないで。
ためらっていると、清四郎は自分も制服を脱ぎ出した。
学ランの前をトットットとはずし、シャラという音を立てて
脱いだ。それを自分の椅子の上にほおる。そしてあっという
間に下に着ていたシャツも脱いだ。それも学ランの上に
投げ出された。

野梨子の前に鍛えた引き締まった体が現れた。
顔が赤くなる。倶楽部の皆と泳ぎに行ったりして見慣れてる
はずなのに、真近ではまぶしくてまともに見ることができない。
清四郎の体の後ろから強力なライトが当たっているみたい。

295 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(10) 投稿日: 2002/11/22(金) 14:44
野梨子が真っ赤な顔で胸をしっかり抑えている間に
彼女の上着はきれいにたたまれて机の上に。
そして、
「野梨子、すみませんがちょっと下に降りてください。」
ベッド際に立つと、清四郎はベッドカバーと掛け布団を
くるくると巻き上げた。
そして、ベッドの端に座ると野梨子の手をとって自分の右隣に座らせる。

「どうです?緊張しましたか?」
にこにこして言う。その笑顔に野梨子もやっと我を取り戻して言った。
「ええ。とっても緊張しました。」
「怖かったですか」
「え、いえ。少し、そうですわね。怖かったですわ。」
「僕が怖い?」
かぶりを振る。
「じゃなくて、その、何て言うか、先に進むのが・・・」

怖かった。ムードに流されるのが。
その先に何があるのか朧げにはわかっていても、
実際にはどうなるのか知らない。
まださっきまでの愛撫の余韻が体のあちこちに残っている。
その余韻を名残惜しく思いながらも野梨子は、男がここで行為を
やめてくれたことにホッとしていた。

まだ今日初めてキスしたばかりですものね・・・。
続きは次回ということかしら。
次回って、きゃ。もう私ったら。

「さて。それじゃあ」
まだ余韻が残っている。清四郎の唇は本当に気持ちがよかった。
ぼうっと見ていると唇がスと近付いた。

「続きを。」

296 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(11)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:45
マットレスの上に押し倒された。再び野梨子の唇は男の唇に捕われ、
また気絶しそうな快感が体中をかけめぐる。
息が、息が出来ない。さっきより更に熱い唇が飢えた獣のように
襲ってくるのをかわして息をつく。
「はあっ。」
先ほどまでの優しさが嘘のように男の手は大胆に触ってくる。
胸を隠していたものはいつのまにか取られていた。
小さいやさしいふくらみは、荒々しくといってもいい程の強さで
揉みしだかれて、すっかり柔らかいパン生地のようになっている。
そのてっぺんはキュウキュウに痛い位に張っている。
その桜色のピンと尖ったものを清四郎は口に入れた。
だ液で濡らしてつぶし、又舌の先で形作る。
何回かくり返すと女の可愛らしい声が聞こえる。
あっともはあともつかない声が清四郎の行為を後押しする。
右手は空いている方のふくらみに積極的に働きかけ、
左の山は唇が相手をする。

297 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(12)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:45
女は次から次へとくりだされる行為に苦しんでいた。
快感の後から快感がやってきて、その上をまた快感が飛び越え、
一足遅れでやってきたそれがまた体をうならせる。

野梨子は自分を見失わないようにするだけで、精一杯だった。
ともすればはね飛ばされる。ふり回される。ひき倒される。
私はどんな顔をしてるんだろう。
いやらしい、好色な顔をしていたら嫌だ。
必死でとりつくろうとするが、声を抑えようとすると、その
努力も空しく色の世界に溺れていきそうになる。

快感を歯をくいしばってこらえる女に清四郎はじれて、
ついに右手をその求めるままにスカートの中に侵入させ、
勇敢な相棒はすぐに下を隠すものを探りあてる。
そこはすでに満ち溢れていた。布の上から探検を開始すると
ついに野梨子は悲鳴をあげる。
「清四郎!待って」

298 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(13)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:46
清四郎はかまわず探検をすすめる。かなりのぬかるみらしく、
布の上から触るとヌルッと布が動く。
手首を固定してそこを愛撫することにした。
野梨子は顔を背け少しだけ首を振ってイヤイヤをしているが、
愛撫を続けるうちに、トロンとした顔になってくる。
こらえていたはずの吐息と愛らしい声が唇から漏れ出す。
しばらく愛撫していたがやがてスカートと共にその下着を
取り去った。女は全て着るものを取り上げられ、全く無防備な
状態でベッドに横たわっている。野梨子は抗う事もなくじっとしている。

清四郎も女と同じ格好になることにした。

ズボンと一緒にパンツも一気に取り去る。靴下は腰掛けて脱いだ。
野梨子はそっぽを向いている。
「野梨子・・」

299 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(14)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:47
裸と裸で抱き締めあう。柔らかな抱き心地。懐かしい顔。
少女のような。一瞬清四郎は迷う。抱いていいのか。
今まで大事にしてきたものを。
こうなることを自分はのぞんでいたのか。

一瞬の迷い。答えが出ない。焦って手を野梨子の足の間にすべらせる。
あたたかいぬかるみに行き着いた。下からこすりあげる。
と、野梨子が快感に身を反らして言った。
いい。
その時清四郎の頭から迷いが葬りさられた。
「野梨子」
再度男は獣のように女をもとめた。
全身をさぐってキスした。あふれるシャワーの元をつきとめ
そこにボタンと通路を発見した。さんざんボタンをいじり倒して
仕組みを解明したあと、熱い野望を持った勇敢なる第三の助手が秘密の通路へ
乗り込んでいく。

その熱いものが自分の大事なところに当たった時、
野梨子は
「ああ、いよいよ。」
と思って覚悟を決めた。
ぐっと押してくる。思ったより入っていかない。
すぐに行き止まりに当たったような感じがした。
自分の体がこれ以上進めません、お帰りくださいと
言っている気がした。

300 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(15)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:47
「野梨子、足の力を抜いて」
野梨子の体は緊張で石のようにガチガチだった。
ところが清四郎の助手は無理矢理入ってこようとする。
肉と肉がこすれ、ひきつれる。
痛い。
清四郎が助手の体勢を手で直してやって、再び彼を
押しこんでくる。
「ああっ」
痛い。
何回か女の体と男の助手が押し問答をしている内に
すっかり痛くなってきてしまった。

すると代わりに働き者の唇がやってきた。
唇は乾き切っていた沼をたちまち元の湿地帯にする。
先程助手が遊んでいたボタンもたちまち見つけ
舌で転がして遊ぶ。

301 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(16)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:48
やがてまた助手が帰ってきた。清四郎が野梨子の手を
とって触らせる。すべすべしていた。
熱くはちきれそうだ。

助手はさっきの道をまた通ろうとする。
また追い返されるのだろうか。
しかし今度は誰もさえぎるものがなく、助手はなんなと通りぬける。

野梨子の体に雷が落ちた。
ああ。入ってしまった。
清四郎が入ってきた。私の中に。
男と女。
幼なじみ。
倶楽部の皆。
セックス。
いろんなものが頭をかけめぐっていく。

与えられながら、与えながら野梨子の頭はまだ働いている。
これでよかったの?これでよかったかしら?
清四郎はこれでいいんですの?

しかしやがて清四郎の動きが少しずつ早くなると
野梨子には思いをめぐらす余裕がなくなった。

302 名前: 清×野「君から瞳が離せない」(17)R 投稿日: 2002/11/22(金) 14:49
清四郎。
私のことを好きですか?
ああ、でも今私の中に入ってる。

清四郎。愛してる。大事。好き。うれしい。
でも。ああ。

清四郎、清四郎、清四郎、清四郎・・・・清四郎(・・・!)

次の瞬間、男は女の奥まで突き立てた。
女は意識の向こうにある穴の中へ落ちていった。
(つづく)

303 名前: 清×野「君から瞳が離せない」 投稿日: 2002/11/22(金) 14:51
お目汚し失礼しました。
あらすじの次、(1)から(3)まで番号がぬけてます。
すみません、焦ってうPしたので・・・。

304 名前: 清×野「君から瞳が離せない」 投稿日: 2002/11/25(月) 13:55
前回upしたものの続きではなく、この話の前半部分をうpします。
前回の()数字とわけるため、
前半部分のものは()の数字の前に-をつけてあります。
わかりにくいですが、よろしくお願いします。

305 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-1)」 投稿日: 2002/11/25(月) 13:58
彼女が聖プレジデント学園にやってきたのは、まだ桜も散り終わらない頃であった。
「えっ、転校生?うちの学校にい?」
生徒会室の鏡の前に陣取った可憐はせっせと長い指を動かして、
豊かな栗色の髪を三つ編みにしていた。普段の日は少し伸ばして薄く
マニキュアをほどこしている爪が今日はきれいに切りそろえられている。
「そうだよ。珍しいよな。この学校に、しかも三年だぜ。初めて聞いたよ。」
そういう悠理の頭はパッチン止めで花が咲いた様だ。
美容院に行くのをさんざん先延ばししていたので、悠理の切れ上がった目は
前髪ですっかり隠されていたのだが、今日ばかりはぴかぴかのおでこが
すっきりと顔を出していた。
「男?」
「ざーんねんでした、女だよ。がっかりだろ、可憐は。」
悠理が嬉しそうにからかう。
「べーつにー。この学校に入ってくる男なんかたかが知れてるし。」
とは言いつつも、やっぱり女と聞いては興味半減な可憐であった。
(最近なんか恋愛関係サミシーのよねえ。どっかにいい男落ちてないかなー。)
「おや、それは聞き捨てなりませんね。」
と清四郎を頭にプレ学きってのイイ男?達がどやどやと生徒会室に入ってきた。
美童が可憐を見ると笑いながら言った。
「可憐。どうしたんだよ、三つ編みなんかして。今度の彼は清純派路線が
好みなの?」

306 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-2)」 投稿日: 2002/11/25(月) 13:59
サラサラの金髪を自由に遊ばせている美童を、可憐は鏡の中からにらみつけた。
「違うわよ!!5限の選択科目が礼法なのよ。先週の授業に出たら
『その山んばみたいな髪のお嬢様、次のお時間までに髪の毛を縛るか、
切るかなさってくださいね。』って御注意いただいたの。
礼法なんて淑女の基本て感じで楽しみだったのに、毎回爪切って、三つ編み
やるかと思うとうんざりで、もうやめたいわあ。」
「まあまあ、たまにはイイじゃない。結構似合うよ、可憐。
ちょっと少女っぽくて僕的にはそそるなあ。」
というと美童はブラシを取って可憐の三つ編みをやり直す。
「もう少し緩めに編んだ方がおねーさまっぽい女の子って感じかな。」
などと趣味に走っている。そして、ちらっと悠理を見やると心底驚き、
「悠理もじゃん、その頭。まさか悠理も礼法とってるとか?」
「そのまさかだよ。」
「嘘だろ、マジかよ。」
魅録が悠理の隣の椅子に腰かけながら、目をむく。
「なんか他にあっただろ、礼法じゃなくても。手芸や調理は無理だが、
美術とかさー。俺と一緒に音楽にすればよかったじゃん。」
「あのなあ、魅録。あたいが好きで礼法とったと思ってんのかよ。
音楽、第一希望にしたに決まってんだろ!第二希望だって美術にしたんだよ!」
悠理はぶすっとする。
入り口から一番遠い椅子に座った清四郎が笑って言った。
「成績順に選択科目の希望が通るんですよ。」
「なるほどね・・・。けど先生も考えなしだよなあ。悠理が礼法なんて
上野の猿が日舞踊るようなもんだぜー。おっと。」
魅録はあやうく悠理の蹴りをかわした。

307 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-3)」 投稿日: 2002/11/25(月) 14:00
「見てみろ、お前。そんなんで礼法の授業受けれんのかあ?
野梨子に個人教授してもらえよ、なあ清四郎?」
「うっせ、うっせ、うっせーつーのっ!」
「あら、そういえば野梨子は?まだ休みなの?清四郎。」
「ええ。熱がまだ38度あるみたいですよ。新入生歓迎会の雑務の
疲れが出たんでしょうね。帰りにちょっと寄ってみます。」
「また薬を調合して持ってくの?いいわねえ、かかりつけのお医者さん
がいる人は。」
可憐の声がどことなくひがみっぽく聞こえる。
「そういえば僕のクラスに一人転校生が来ましたよ。」
可憐と悠理、美童、魅録がガバッと清四郎に詰め寄る。
「清四郎のクラスなの!?どんな女?」と可憐。
「女の子の転校生!?清四郎!美人!?可愛い!?どっち?」
目の色を変えて質問するのは美童。
「背の高い、何と言ったらよいか、派手な感じの美人ですよ。」
と有閑倶楽部の面々が盛り上がっているちょうどその時、
生徒会室のドアがノックされ、清四郎の言った長身の派手な感じの美人
が顔を出した。
「こんにちはー。菊正宗くん、ちょっといい?聞きたい事があるんだけど。」

彼女ー望月光(ひかる)が生徒会室に入ってくると、清四郎を除いた
他の四人は少し驚いた。それは彼女がかなり目を
ひく存在だったからである。背はスラリと高く170cmはあるだろう、
そのうち半分位は、博物館に寄付したら喜んで飾ってくれそうな美しい
脚で占められていた。全体にほっそりとしてるが胸と腰が少し大き
めで、それがまたウエストの細さをかなり強調していて女性から見ると
かなり嫌味な感じであった。
顔は少し黄身がかった白い肌の上に大振りの目と口、そしてすっと
通った鼻筋。髪も眉毛も真っ黒でやや濃い感じの生え方で、
黒い瞳は長くびっしりと生えたまつげに縁取られていた。
口角のあがった口元はとても肉感的で常に笑みを浮かべているようで
ある。
清四郎が立ち上がった。
「どうぞ入ってください。ちょうど今あなたの話をしてた
ところです。」
(すげー、派手な顔。可憐が地味に見えるなあ。)と悠理。
(おおっ。すごい美人だしスタイルも抜群じゃないかあ。
久々のヒットだぞ。すぐに携帯の番号聞かなきゃ。)これは美童。
(ふん。大した事ないじゃない。確かにきれいだけど、ちょっと
下品な感じだし、あたしが一番ね。)と可憐。
(皆考えていることがまるわかりですね。)と清四郎。
心の中で皆、一瞬のうちにいろいろなことを考えているのである。
「よろしくー。望月光(ひかる)です。まだ転校したばかりで何も
わからないので教えてくださいね。」

308 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-4)」 投稿日: 2002/11/25(月) 14:01
にっこり笑って頭をかたむける光に、心中は横に置いて条件反射で
にっこりと返す倶楽部の面々。ところが、一人だけむっつりしている男がいた。
光はその男に気付くと、すっとんきょうな大声をあげた。
「もしかして魅録じゃない!?」
その男、魅録は苦々しい顔で立ち上がった。
「おう。久しぶりだな。」
「ほんとに魅録なの!?ほんとに!?」
光は目を輝かせたと思うと、魅録にかけ寄り、あろうことか
彼に抱きついて頬をすり寄せた。
「みろく〜!」
「ちょっ、やめろ!何すんだよ、いきなり!」
あっけに取られる他の四人。中でもあんぐりと口をあけてた
悠理がやっとのことで言った。
「魅録、知り合いか?」
魅録が答えるより先に光が悠理にVサインをしながら言った。
「元カノジョでーーす!てへ。」
「嘘っ!魅録の元カノ!?」可憐と美童が同時に叫ぶ。
「嘘だよ!いいかげんなこと言うなよ、お前!」
魅録が光を引き剥がしながら血相を変えて叫んだ。

309 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-5)」 投稿日: 2002/11/25(月) 14:01
光は魅録にしっかり抱きつきながら
「あれ?そうだったっけー?つきあってなかった?
昔の事だから忘れちゃったあ。一回『した』だけだった?」
「『して』ないだろっ!?」
魅録は腰のあたりに光をぶらさげたまま、「悪りい、
お先!」とあたふた部屋を出ていった。
部屋に残された者たちの耳に廊下から届いたのは、
「離れろよ、望月!あん時のこと、お前は忘れても俺は忘れないから
な。これ以上俺に近付くな!話し掛けるな!ぶっ殺すぞ、てめー!」
という興奮し切った魅録の声だった。
清四郎は半ば呆れつつも二人のやり取りを聞いていたが、
ふと横を見ると悠理が光と魅録が去ったドアを凝視していた。
そしてその猫のような髪の毛が天に向かって逆立っているように
感じたのは清四郎の気のせいだったろうか。

5限目。悠理と可憐は問題の礼法の時間、心ここにあらずだった。
お辞儀の仕方を全員で練習しているところに、この二人だけが
頭も下げずにぼーっとつったったままで、怒り心頭の先生に定規で
腰だの背中だのをばしばし叩かれていた。
「黄桜さん!」「剣菱さん!あなた達何回申し上げたらわかるんですか!」
びしびしびし。「ひーっっ!」

310 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-6)」 投稿日: 2002/11/25(月) 14:03
放課後、また生徒会室で話し合われたのは「運動部の対外試合の
費用に関する議題」ではなく、当然のように魅録と光の関係に
ついてであった。魅録はあれから顔を出していない。
「ま、普通に考えたら魅録の昔の女、ってことよね。」と可憐。
「だよな。でもあの魅録のあわてぶりから考えると、二人の間に
もう二度と思い出したくない事が起きて、二人は別れたって
感じだよ。」美堂は思わぬ魅録の艶聞に、恋愛評論家らしく講釈を
たれている。
「二またかけられたのかしら、どう思う?清四郎。」
「うーん、まあ、そういう可能性もありますよね。でも魅録の
あの怒り方からすると、それだけじゃないって気もしますね。」
「悠理なにぶすっとしてんのよ。まさか魅録に女がいてショックとか?」
悠理はあわててガツガツとどら焼きを食いながら言う。
「そんなんじゃないやい。ただ、なんていうか・・・。
魅録ってあーいう女が好みって思ってなかったから、ビックリした。」
「何よ、魅録のタイプって。悠理は知ってるの?」
「んーーーーーー。」
あんこをなめながら、悠理はちらっと清四郎を見る。
「あんまり確信はないんだけどさ、あたいの勘だけど、
あいつは野梨子みたいな清楚な感じがタイプだと思うぞ。」
黙って茶をすする清四郎。美堂が異義を唱える。
「そうかなー。皆でHな本見る時は魅録は巨乳がタイプって
言ってたよね、だから野梨子みたいに微乳はどうかなあ。ね?清四郎?」
「美堂はわかるけど清四郎もあーいうの読むんだあ、へー。」
悠理の言葉に清四郎は動じずニッコリ笑う。
「後学のためですよ。ところでなぜ悠理は魅録の好きなタイプが
野梨子だと思ったんです?」
「気になるよなあ、清四郎ちゃん。」

311 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-7)」 投稿日: 2002/11/25(月) 14:03
にやにやする美童。
「んーー、何て言うかさあ、野梨子に対してはほんとやさしい
んだよな。何かっていうと気使って、『もう休むか、野梨子?』
って言うし。」
可憐がつっこんだ。
「えー、そうかなあ。あたし達に対するのとあんまり変わらない
気がするけど。清四郎の方がダンゼン野梨子をかまってると
思うわよ。」
「清四郎がいる時は全面的にアイツ、清四郎に譲ってると思うぜ。
一応気い使ってるんだよな。でも清四郎がいない時はさ、めっちゃ
野梨子に対して尽くすっつうかさ。野梨子ばっかり気にしてるよ。」
清四郎はまじまじと悠理を見ている。あわてて可憐が言う。
「ちょっと悠理。もういいわよ。」
「何かあたいに対する態度とは180度違うよな。」
「すごい観察力ですね、悠理。そんなに魅録の行動が気になり
ますか。」清四郎がいじわるい笑みを浮かべて言う。
悠理は食べかけのどら焼き、ではなく側にあった本を清四郎に
投げ付けた。すっと身をかわした清四郎を悠理はにらみつける。
「あーー、もう、すぐそういう方向に持ってくなよな。
話さなきゃ良かった。あたいの勘だよ、勘!!清四郎、
ぼーっっとしてると野梨子を魅録に取られるんだぜえ。
そん時になって、あたいんとこに泣いてきても慰めて
なんかやらないからな!」
「大丈夫だよ、清四郎。その時は僕のところにおいでよ。
僕のこの温かい胸で思いっきり泣いてよね。」
美堂が天使の微笑みで清四郎の横にすりよってきた。
引き気味の清四郎。三つ編みをほどいてスタイリングしなおした
可憐がそんな美堂を見ていわく、
「なんかすごーーーく嬉しそうね、美堂。清四郎が野梨子に
ふられるのがそんなに見たいの?」
「見たい!清四郎が肩を震わせてワーワー泣くところなんて
滅多に見られないもん。想像しただけでグッとくるなあ」
「御期待に沿えるかわかりませんが、その時は悲しみを癒すべく
乱稽古のお相手にお願いしますよ、美堂。」
黙って美堂は清四郎から離れた。

312 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-8)」 投稿日: 2002/11/25(月) 14:05
その帰り道。悠理は一人でとっとと帰り、美堂はデート、可憐と
清四郎が珍しく一緒に帰った。
「でもさあ、もし悠理の言うことが本当だったら、ちょっと気に
なるんじゃない?清四郎。魅録がライバルだとやりにくいでしょ。」
「おやおや、可憐も僕と野梨子の仲を心配してくれるんですか?
ありがたいですけどね。でももし魅録が本気だったら、僕は野梨子の
ためにも応援しますよ。魅録は男から見てもいい奴ですからね。」
「いいのー?清四郎。余裕じゃない。だって野梨子とは将来を誓い
あった仲なんじゃないの?」
「そんなことありませんよ。皆勘違いしているようですが、
家が近所の幼馴染みという以外、僕と野梨子の間には何もありません。
僕に遠慮する必要はないと思いますがね。」
(そおかしらねえ。)
可憐は隣を歩く長身の男に黙って疑いの目つきを向ける。
そんな可憐の視線を気にすることもなく清四郎は歩き続ける。
(あんたのその無自覚なところが気にくわないのよねえ。遠慮する
なって言ったって、野梨子が危ないときはまっ先に駆けつけるじゃない。
野梨子のお守はいつもあんたじゃない。それよりあれよ。野梨子の
気持ちはどう考えても、あんたに向いてるわよ。それでも他の男に
喜んで譲ろうっての>>清四郎。あんたって絶対わかってない。)
清四郎がビルを見上げながらぽつりと言った。
「それより悠理が心配ですね。今日の望月光との一件であいつが
暴走しなけりゃいいけど。あいつは動物と同じで自分の気持ちに
無自覚というか本能的ですからねえ。」
(お前が言うかっ?)と可憐は心の中で突っ込んだ。

ツヅク

313 名前: 清×野「君から瞳が離せない」 投稿日: 2002/11/25(月) 14:06
今回は以上です。清×野までのからみまでつなげるには
まだ道が遠い・・・。がんばって書きます。

314 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-9)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:37
家に帰った清四郎は、学生カバンを置き制服を脱いでから野梨子を
訪ねることにした。白鹿邸のベルを鳴らしたが応答がない。
(おばさんは留守かな。野梨子と一緒に病院でも行ったか。)
帰ろうとした時、鍵を回す音がして玄関の引き戸がガラガラと開いた。
ふり返って見ると、熱っぽい顔をした野梨子が気だるそうに戸に
寄り掛かって立っている。寝巻きの上にカーディガンをはおっただけ
の格好だ。
「お帰りなさい、清四郎。」
「野梨子。出てきたりして大丈夫なんですか、熱は?」
野梨子の額に手を当てると思ったより熱い。
「高い熱じゃないですか。寝てなきゃだめですよ。」
「熱はあるんですけど結構元気なんですのよ。毎日家にいると、
もう退屈で退屈で。母様がいると本も読ませてもらえな
いんですもの。」と虚勢を張っているが、その声は弱々しい。
「野梨子は本を読み出すと止まりませんからね。おばさんが
読ませないのもわかりますよ。それにしてもわざわざ寝床から
起きたりして、僕が訪ねてきて返って悪かったですね。
おばさんは?外出ですか?」
野梨子を支えて家の中に入る。彼女の体は火のように熱く、
顔は熱のため上気したようになっている。
「ええ。今日は流派を越えた茶人の集いなんですのよ。大事な
集まりですし、欠席するって母様は言うんですけど、朝は
まだ気分がましでしたから、行ってもらったんですの。」
廊下の奥にある野梨子の部屋に着く。

315 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-10)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:38
敷いてあった布団に寝かせようとして布団がずいぶん冷たいのに
清四郎は気がついた。
「いつから起きてたんです?」
「あの・・・」
野梨子は言葉に少し困って、赤い顔をさらに少し赤らめた。
「そろそろ帰ってくる時間かしらと思って・・・。その、いつも
帰りに寄ってくれるでしょう?私、毎日退屈ですし、清四郎が
来るのが待切れなくて、玄関で腰掛けて待ってたんですの。」
「野梨子・・・困った人ですねえ。だから熱が上がったんですよ。
薬を持ってきましたから、早く飲んで寝てください。」
そう言いながら清四郎は帰り道、まっすぐ白鹿邸に向かわなかった
ことを後悔していた。野梨子は布団に入り、少ししんどそうに
目を閉じている。いつもの気丈なところはすっかり影を潜めて
今はただ無邪気に兄の帰りを待っていた妹のような表情だ。
(しっかりしていると自分では思っているのでしょうが、
危なっかしくて見ていられないんですよねえ。)
「朝から一人でいたんですか?何か食べますか?」
「いえ・・・食欲がないんですの。お薬のお水をお願いしますわ。」

316 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-11)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:39
清四郎は勝手知ったる感じで台所に立った。
コップを食器棚から取りながら、ふと、この家に今は
野梨子と二人だけということを思い出した。おばさんが知ったら・・・
別に何も言わないな。それだけ二人は勝手知ったる仲というか、
二人だけでいても別段何もない、と思われているのだ。
「清四郎ちゃんがいてくれたら安心だわあ。」
そう言って二人だけにされたことが何回あったことか。
兄妹のようねえ。自分の母にも散々言われている。
(安全な男と思われているんですね。)
そう考えて何だか清四郎は少し面白くない気持ちになった。
(僕だって男ですよ、野梨子と二人きりにすると危ないですよ!)
と架空の白鹿夫人に語りかけてみたりする。
その実、危ない事をする気は毛頭ないのではあるが。
そのとき流しに置き去りにされた、飲みかけのカップに気がついた。
来客用のカップに半分コーヒーが入ったまま置かれている。
触ってみると、まだ温かかった。

317 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-12)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:40
「僕が来る前に誰かお客があったんですか?」
野梨子はドキンとしたようだった。
「魅録ですわ。」
「魅録?寄ったんですか、ここへ?」
お昼にひと騒動あった男を思い浮かべる。
「ええ。学校帰りに寄ってくれて、私の風邪のこと心配してくれた
ようですわ。可憐や悠理達も心配してるって伝えに来てくれたんですの。」
「そうですか。」
「何か・・・うやむや言って私に聞きたいことがあるみたいだった
んですけど、はっきり言わないんですの。ただ清四郎から何か聞い
てないかって。清四郎はまだ寄ってませんのよって言ったら、
ほっとしたような顔してましたけど。今日学校で何かあったんですの?」
清四郎はこほんと咳ばらいして言った。
「いや、別に・・・。特に変わったことはありませんでしたね。
そういえば、僕のクラスに転校生が来ましたよ。悠理達はそのことで
何か騒いでいたようですが。」
魅録と光の一件については触れないでおいた。悠理の言葉がひっかかっ
ていたからである。
「あたいの勘だけど、あいつは野梨子みたいな清楚な感じがタイプだ
と思うぞ。」
もしそうなら、魅録はなるべく光のことは野梨子に知られたく
ないと思うだろう。いずれは耳に入ってしまうだろうが、魅録のためにも
余計なことは口にしないことに決めた。
敵に塩を送る、という言葉がふっと頭に浮かぶ。
(敵?誰が?誰の?)

318 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-13)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:41
転校生のことはさして気にならない様子で野梨子が話し続けた。
「魅録に悪かったですわ。玄関先でコーヒーを飲んでもらって、でも私が
具合が悪そうにしてたので、すぐに帰ってしまったんですの。
折角来ていただいたのに。」
「あがらなかったんですか?」
「あがってもらいたかったんですけど、こんな格好でしたし、母も
おりませんでしたから、魅録が遠慮したんですの。私も無理にあがって
くださいなとも言えなくて」
「それは失礼しましたね。どかどか上がり込んで」
冗談ぽく清四郎が言うと、野梨子は笑って返した。
「清四郎は構いませんのよ。清四郎は特別ですもの。私のおかかえ
ドクターですから。」
熱でうるんだ瞳でいたずらっぽく笑う。
清四郎は野梨子の「特別」という言い方がうれしかった。
と同時に魅録に不思議な感情を抱いた。
玄関までしか入れなかった魅録が野梨子から「男」と認めてもらって
いるような気がしたからだ。そう、「男」と野梨子に意識されている。
たぶん自分の何倍も。

319 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-14)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:42
野梨子は魅録が来たときのことを思い返していた。
玄関でどのくらい清四郎を待っていたのだろう、熱でうつらうつら
してバイクの音は聞いてなかった。玄関のベルの音ではっとして、
寝ぼけた頭で玄関の戸を急いで開けた。男の顔を見たとき、私は
少し驚き、少し・・・がっかりした顔になったのかしら。
魅録は言った。
「悪いな、清四郎じゃなくて。長いこと休んでるから気になってさ。
悠理達も心配してたぜ。」
「魅録。うれしいですわ、来てくれて。一人ですの?」
「ああ。ちょっと寄っただけだしさ。起こして悪かったな。
でも本人が飛び出してくるんでびっくりしたぜ。清四郎待ってたのか?」
図星を指されてドキっとしたが、素知らぬ風で通す。
「そんなんじゃありませんわ。待って、今コーヒー入れますわ。
あがってくださいな。」
「いいって。誰もいないんだろ?もう帰るよ。」
「そんな、折角寄ってくれたのに、ちょっと待ってくださいな。
すぐですから。」
と魅録を引き止め、コーヒーを出したものの、熱のせいで頭が
ぼうっとしていた。魅録が倶楽部の仲間の話を面白おかしく話して
くれているのに、ろくに耳に入ってこない。
おまけに清四郎がいつ来るかと気が気でない。
気がおけない仲間とはいえ、何となくこの家に魅録と二人きりなの
を清四郎に見られるのは嫌だった。

320 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-15)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:43
気がつくと魅録がじっと自分の顔を見ている。
「野梨子、おまえさ、寝た方がいいんじゃねえ?熱高そうだぜ。」
「えっ、いえ、大丈夫ですわ。」
おまえ、と言われて野梨子はドキンとした。魅録におまえって言われた
ことあったかしら。と、魅録の筋張った大きな手が野梨子の額に
当てられた。
「すごい熱あるじゃん。もう寝てろよ。悪かったな、返って気い
使わして。」
緊張して魅録の手を振り払うように顔をそむけ、ごまかすように
あわてて喋った。
「魅録って。」
つい言葉が出てあわてる。魅録って、の後、何を言うんでしたっけ。
魅録って、魅録って、魅録って・・・。
「やさしいんですのね。」
魅録は驚いた顔で言った。
「野梨子、まじ熱だよ。そんなこと言われたら照れるだろ。悠理達に
聞かれなくてよかったぜ。あいつらときたら、すぐにヒューヒュー
とかはやし立てるからな。俺、帰るわ。コーヒーごちそうさま。」

321 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-16)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:43
「もう少ししたら清四郎が来ますわよ。」
と言うと、魅録は少し口ごもっていたが、
「いや・・・帰るわ。野梨子は寝とけよ。早く寝ないと、俺が
抱っこして布団まで運ぶぜえ。そこへピンポーン、清四郎が
来たらやばいだろう?」
そんなことを言いながら帰っていった。
野梨子は自分の胸が高鳴っているのに気がついて、情けなくなった。
熱のせいだわ。魅録相手にドキドキするなんて。そのまま壁にもたれる。
早く来て、清四郎。

322 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/11/28(木) 13:45
今回は以上です。長くなりそうなので、気長に読んでやって
ください・・・。

323 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-17)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:24
次の日学校に行った清四郎は担任がこう告げるのを聞いて驚いた。
「菊正宗くん、望月さんがわからないことがいろいろあるそうなので、
隣の席に座っていただくわね。望月さん、菊正宗くんは生徒会長で
しっかり者だから安心して何でも聞いてくださいね。よろしくね、
菊正宗くん。」
ざわめく教室の中を、鞄を持った望月光がゆっくりと清四郎に向かって
歩いてくる。椅子を引いて座ると艶やかな笑顔で
「よろしくね、清四郎くん。」
と言った。清四郎も笑顔で返したが、その時光の彫の深い顔を見て少し
違和感を感じた。窓から入る陽光のせいだろうか。さりげなく他の
女生徒と光を見比べる。やはり、そうだ。光は同じ年の女の子より、
若干歳上に見える。薄くした化粧のせいか、個人差なのか。
その視線に気がつくと、光は清四郎に色っぽい流し目を送りながら、
豊かな髪をかきあげた。
「そんなに見つめたら嫌あよ。清四郎くん。私の顔に何かついてる?」
小さく、でも周りにいる生徒に聞こえる位の声で囁く。周りの生徒が
好奇心で耳をそばだてているのがわかる。
「失礼しました。そんなに見ていたつもりはないですが。」
「うふふ。清四郎くんてかっこいいわよねえ。勉強もできるし、運動
神経も抜群なんですって?女の子がほおっておかないわよね。彼女は
いるんでしょう?」
「いいえ。望月さん、授業が始まってまりますよ。」

324 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-18)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:26
やがて、数学の教師が入ってきて、清四郎には退屈なしかし他の生徒には
死ぬ程難解な数式を黒板に書き写し始めた。
先ほどの二人の会話を聞き付けた他の生徒から、「彼女・・・」
「白鹿さんは・・」という内緒話が漏れ聞こえている。
光は授業など聞こうともせず、なぜか清四郎のことをじっと見ている様子
だ。やがてノートの端を破って何か書いたと思うと、清四郎に渡してきた。
無視していると「清四郎くん、清四郎くん」と呼び掛けてくる。
仕方なく受け取って白い紙片を開くと、
「松竹梅魅録のことで相談アリ。放課後理科室で。とっても大事な事。」
と書いてある。思わず光を見ると彼女は意味ありげに笑った。肉付きの
よい唇がしっとりと濡れていた。清四郎は心の中で嘆息した。
やれやれ、恋愛相談でも持ちかけようというのかな。
しかし清四郎の持つその白い紙片は彼に、いや有閑倶楽部の面々を
待ち受ける受難の日々への、いわば招待状であったのを後に彼は知ることに
なる。

放課後、なかなか彼女は理科室に現れなかった。清四郎は人体模型の標本や
机の上に置きっぱなしのビーカーに手を触れながら待っていた。
「そういうのとっても似合うわね、清四郎くん。将来有望ノーベル賞期待の
若手研究員ってとこかしら。それとも白衣がお似合いの冷静沈着なお医者さん
がお好き?」
光が理科室の奥にある準備室から顔を出した。どうやら清四郎より前に来て
じっくりと彼を観察していたらしいのだ。こちらを小馬鹿にしているその態度
に内心むっとしながらも、顔の表情を変えずに清四郎は言った。
「手短にお願いしますね、魅録のことで相談って何ですか。」
光が理科室の大きな机と机の間をゆっくりと焦らすようにやってきた。
彼女が狭い机の間を体をひねって通る様は中々魅惑的と言えなくもない。
やっと口を開くとこんなことを言う。
「魅録は私のことで何か言っていた?」
「いえ、特に何も。魅録とは古いつきあいですか。」

325 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-19)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:27
それには答えず光は机の上に腰掛けて長い脚を組む。髪を両手でかきあげた。
挑発的なポーズだ。清四郎はゴホンと咳払いをする。
「やっぱりねえ・・・。言いたくないわよねえ。」
こちらの反応を伺うようにチラチラと視線を投げて寄越す。
「魅録とはさ、あたし厨房のときに知り合ったのよね。アイツはまだ14
だったかな。あたし族に入っててさ、魅録は友だちに誘われて走りに
来てて、まあだ少年みたいでさ可愛かったのよねえ。一生懸命背伸びして
てさあ。でね何て言うのかな、あたし惚れられちゃったっていうのかな、
迫られたのよ。あの子に。」
光は懐かしむような調子で清四郎に話した。清四郎はおっと思った。光の
話し方が先刻の男に媚びるような言い方から一変したからである。
今の話し方は少しはすっぱな、少し投げやりな調子のある話し方
だった。清四郎の頭の中で警告音がなる。これは相当演技派な女だぞ。
なめてかからない方がいい。しかし表面上驚いた顔をして言った。
「魅録があなたに、ですか。少々意外ですね。魅録の好みはもっと、」
悠理の言葉を思い出す。
「清楚なタイプだと思っていましたがね。」
光が清楚じゃないと言わんばかりの清四郎の言葉に光は気分を少々害した
ようだったが、また言い方をさっきの媚びるような形にしてきた。
「厨房だもの。女なら何でもいいんじゃないの。それか好みが変わったの
かしらね。まああんなことがあったら仕方ないかもねえ。」
「あんなことって何です。」

326 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-20)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:27
光は言おうか言うまいか迷っているように「演じて」いた。
「あのねえ、何ていうのかなあ、ちょっと友だちの前じゃ言いにくいん
だけど・・、何人かで先輩の家に遊びに行ったのね。で騒いで疲れて
お酒も入ってあたし寝こんじゃって、そしたら魅録があたしのことを
無理矢理・・・ね。あたしも嫌じゃなかったんだけどお。」
今より幼い顔をした魅録が、欲望をむき出しにして望月光を
押さえつけている光景が目の前に浮かんだ。あわてて想像を打ち消す。
「あの魅録がですか?悪いですがちょっと信じられないですね。」
「それは友だちだったら信じられないかもしれないけど、
厨房てやりたい盛りじゃない?しょうがないかなってあたしは思うんだけどね。
でもあたしの彼にその場でばれちゃって、魅録ぼこぼこにされて捨てられちゃったの。
そんな格好悪いこと、清四郎くんたちにはちょっと言えないと思うな、
彼のプライドにかけて、ね。」
「それで?あなたは彼の昔の醜聞を僕に話して、どういうつもりなんで
すか。まさかそれだけじゃないんでしょう?」
「さっすがー、生徒会長!」

「変な噂を聞いたのよね。昔の彼が今はまあ組に入ってるんだけど、
赤蛇会っていうの。聞いたことはあるでしょう。で、そこの組長が
もうヨボヨボで死にそうなんだけどね、跡目につきあいのある魅録を
推薦してるって聞いたのよ。」
「まさか。もしそうでも彼が引き受けるはずがありませんよ。」
「パパが警視総監だから?」
くっくっと喉の奥で笑って光は言った。
「魅録もいいとこボンだもんねえ。そうなのよ、私も魅録が引き受ける
はずはないと思うんだけど、赤蛇の幹部はそうは思っていないみたいよ。
あたしの彼の情報だけど魅録の名前が出た時点で彼を潰そうとしている
奴がいるみたいなの。高校生なのに組長候補あがるなんて相当な男と
思われてるんじゃない?あたしには関係ないわよ、関係ないけど・・・
でも一度契った仲だしちょっと情が湧いたっていうかねえ。」
「それで?」

327 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-21)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:28
「赤蛇の次の組長が決まるのが来週の木曜なの。それまで魅録の身が
安全だと保証できないわ。もしもの時は清四郎くんに彼を守ってほしい
の。」
族。ヤクザ。魅録の今までのつきあいを考えれば荒唐無稽な話と笑え
なかった。魅録は強い男だがヤ印の男達に真剣に狙われたらいくらなんでも
まずいだろう。しかし・・・。光のこの話を信じてよいのか。
「魅録に直接言ったらどうなんですか。魅録本人が自覚すればある程度
自分で気をつけられますし。」
「もし、もしよ。魅録が本気で組長襲名を考えてたら、清四郎君や友人に
簡単に話すかしら。話せばきっと皆反対するでしょう。それを思えばその時
が来るまで何も話せないんじゃないかな。」
光は大きい瞳で熱っぽく清四郎に語りかける。
「何もなかったらそれでいいの。赤蛇の幹部や組員たちは私がある程度
顔がわかるわ。だからお願い、私だけでは魅録を守れないし、第一
魅録に嫌われてるから私がつけまわしてたら嫌がられるし。清四郎くん
だったら仲良しだから目が届くかなと思って。」
真剣な目だ。しかし土台信じるには怪しいところが多すぎる。何を考えて
魅録に近付いているんだ、この望月光という女は。清四郎の中で警告音が
鳴り続けている。アブナイ、アブナイ、コノオンナニチカヅイテハイケナイ。
アブナイ、アブナイ・・・
だが好奇心の方が勝った。清四郎は自ら発した警告に目をつぶり言った。
「いいでしょう、明日から魅録の行動に注意してみましょう。」

328 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-22)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:29
「ああ、ちくしょう。何でアイツがうちの学校に来るんだよ。」
魅録は自室のベッドの上で今日何十回目かの台詞をつぶやき、呻いた。
目をつぶるとあの夜の闇が迫ってくるようだった。
煙草の臭い、転がったウイスキーの酒瓶。
抱き合っている先輩と彼女。まるで幼い魅録に見せつけるように。
目のやり場に困ってその場を辞そうとする魅録。その手をとって微笑み
かける女。そして記憶の中で場面は一転する。土砂降りの雨の中、
転びながら必死で逃げる。殴られた顔が、腹が体中が痛い。
公園の植え込みの中に飛び込んでしたたか吐いて、そのままうずくまる。
なぜ?なぜ?俺が・・・?俺が何したって言うんだ。
泥だらけの地面に横たわりながら、荒く息をする。
目の前に雨をすってグジャグジャになった吸い殻が茶色い中身を
ぶちまけていた。俺、死ぬのかな。ここで。ゴミみたいに。
悲しくなった。熱い涙がこみあげ少年の頬を濡らす。
意識が薄れてゆく。雨の中魅録を捜しまわる男達のドス黒い声が聞こえる。
それは魅録とは何の面識もない「あっち」の世界の男達だ。
「小僧!どこ行きやがった!」「捜せ!」罵声が段々近付いてくる。
もう俺、ダメかも・・・。意識が薄れていく。助けて・・・誰か。
その時突然数台のパトカーがサイレンを鳴らしてやってくるのが
聞こえた。男達は姿を消した。

329 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-23)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:30
ノックの音がした。魅録はびくっとして飛び起きた。いつの間にか
汗をびっしょりかいている。ドアを開けて顔を出したのは魅録の父、
時宗だった。
「何だ、親父か。」
「おう、魅録。どうだ、元気にしてるか。」
「ああ。」
ベッドに寝転がったまま背を向ける。雨の中ずぶぬれになりながら
泥まみれの少年を抱え上げた男の顔が、あの頃よりだいぶ年取った
顔をして笑っていた。
「そうか、それならいいがな。正江さんがな魅録ぼっちゃんが何だか
元気のない顔をしてお帰りですって心配してたぞ。どうだ、飯位
いっしょに食わんか。」
「いや、いいわ。これから友だちと遊びに行くし。」
「そうか。ならいい。」
そう言って白髪頭は引っ込んだ。その後ろ姿に小さく魅録は呼び掛けた。
「ありがとな、親父」
あいつら誤解してるだろうなあ。倶楽部の連中の顔を思い浮かべる。
明日倶楽部に行ったら質問攻めにされることは間違いないだろう。
もう二、三日ふけようかな。その時また部屋のドアがノックされて、
手伝いの正江さんが顔を出した。
「剣菱悠理さんからお電話ですよ。」

愛車で剣菱邸に乗りつけた。門の外で「悠理。」と呼びかけたか、
かけないかの内に猫のような影が走ってきて、魅録の後ろに飛び
乗った。
「行こうぜ、魅録。」
魅録は悠理がしっかりと自分の腰につかまったのを確認してから
走り出した。40、60、80、100・・・ぐいぐいスピードを
上げていく。悠理は珍しく押し黙ったままだ。魅録も何も話しかけよう
とはしない。交差点をつっきり、ぎりぎり黄信号をくぐりぬけ、間抜けな
運転の車は後へ追いやり、ビルの灯りが涙の筋のように目の端をかすめて
いく。すぐに六本木のクラブ「S」についた。悠理はさっと先に降りて、
ビルの階段を地下へ降りていこうとする。その背中に魅録は呼びかけた。
「悠理。」

330 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-24)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:31
悠理は階段の中程で足を止め、まだ地上にいる魅録を見上げた。
こちらを見下ろしてるはずの魅録の顔が陰になっている。
「皆、来てるのか。」
「のはずだぜ。野梨子以外はな。魅録逃げんなよ。」
「んだよ。何で俺が逃げんだよ。」
と言いつつ、これから繰り出される質問の数々を想像すると、這ってでも
逃げ出したい魅録であった。悠理はちょっと魅録を見ていたが、やがて
「大丈夫だって、魅録。あいつら皆大人なんだからさ、魅録が聞かれたく
ないことには触れないよ。」
とたのもしく断言した。その力強い言葉にしおれていた魅録も少し元気を
出す。
「そ、そうだよな。そうだよ、あいつら高校生とは思えない落ち着きぶり
だもんなあ。悠理いいこというじゃん。」
「こわかったらあたいの陰に隠れててもいいんだぜ。」
「ばーか。お前みたいな薄い体のどこに隠れたらいいんだよ。」

「S」の喧噪の中で魅録は早くもここへ来た事を後悔していた。何しろ
自分の両側を美堂と可憐という「恋愛の達人」たちに囲まれ、正面には
「吐かせの達人」清四郎、唯一味方になってくれるはずの悠理は遠い
席で学校外の友だちと話しながら、こちらの様子を伺っている。
(あんのヤロー、はめやがったな。)
悔しがってみても始まらない。清四郎がいたら何を喋らされるかたまった
もんじゃない。魅録は「うん。」とか「おう。」とか必要最低限の事しか
喋らない事に決めた。可憐がグラスを両手でいじりながら必殺の色目で
「尋問」を開始する。
「まあ魅録硬くならなくっていいのよ。さっ、取りあえず飲んで飲んで。
可憐びっくりしちゃったなあ。魅録ってバイクと機械にしか興味ないと
思ってたのにあんな可愛い子と何かあったんだってー?清四郎に聞いた
わよ。」
いきなり膝の力が抜けそうになった。あいつ清四郎に喋ったのか?まさか・・
し、しかしここで屈してはいけない。

331 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-25)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:32
「お、おう。」
「えっ、ほんとなの?魅録。嘘だ。僕は信じないよ。魅録はそんなこと
する奴じゃないって思ってる。ほんとのこと言ってよ。」
顔にかかったサラサラの金髪をかきあげて、美堂が魅録に大仰に迫る。
こいつ最近あぶねーな。
「う?うん・・・(望月なんて言ったんだ??)」
「僕もね魅力的なレディを前にすると本能に負けそうになるよ。でもさ、
そこで負けたらつまらないと思うんだよね、紳士として。それはわかる
だろう?」
「・・・???」
可憐が魅録をはさんで美堂とやりあう。三人の膝がくっつきそうだ。
「でもさー中学生でしょう?どうなの、そこんとこは男性陣。やっぱり私を
食べてな感じの女がいたらやりたい気持ちが勝つんじゃないの?」
「だから、可憐。そこで負けたらゲームにならないんだよ。回りくどいけど
プロセスを踏んで女性を焦らしといて、ここだっていうときに初めて
美味しくいただけるわけで・・・」
「中学生がそこまで頭回らないでしょ。」
魅録は目を白黒させている。じっと魅録を見ている清四郎と目が合った。
「おう。」
清四郎は少し表情を緩めて言った。
「よく来ましたね。僕はてっきりあなたが来ないもんだと思ってましたよ。」
「来たくて来たんじゃねーよ。でもお前らからいつまでも逃げてられないしさ。」
「逃げたいわけでもあるんですか。」
「・・・。」
「今日野梨子の家に行きましたね。なぜですか?」
予想外の質問に魅録は動揺した。なぜ?なぜ?なぜ??

332 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-26)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:33
「なぜって、エート、それはつまり・・・。」
なぜ俺は野梨子を訪ねたんだっけ。あ、そうだ。
「ずいぶん長い間休んでるしさ元気にしてるかなって。」
「風邪で休んでるのに元気もないでしょう、まあいいですが。」
親友の動揺を見てとると清四郎はいきなり本題に入った。
「望月光を中学生の頃無理矢理襲ったというのは事実ですか。」
「ばっっ・・・・!!!」
魅録はテーブルを引っくり返さんばかりの勢いで立ち上がり、清四郎を睨み
つけた。清四郎はその視線から逃げずに睨み返す。店内のざわめきが急速に
静まる。テーブルの上で魅録が勢い余って倒したグラスが酒を巻散らして
いた。清四郎は魅録を睨んだまま繰り返した。
「本当ですか?」
「望月に聞いたのか。」
「まあ、そうです。」
「他には何て聞いた。」
「・・・いや。だいたい今言ったようなことです。」
清四郎は魅録が光の男にボコボコにされただの、赤蛇会の跡目に推薦されて
いるだのといった話は他の仲間にはしていなかった。じっと親友の目を
見た。
「どうなんです。」
どんなときでも冷静なダチの態度に魅録の中で急激にふくれていく感情が
あった。魅録は怒りを抑えて低い声で清四郎に問う。
「・・・お前はどう思うんだよ。えっ?お前はそれを聞いた時何て思った
んだよ、おい、清四郎さんよ。」
清四郎は黙っている。魅録は美堂と可憐、そして悠理を見回す。
「お前らはどうなんだよ。俺がほんとに望月を押し倒したと思ってんのか。」
可憐が恐る恐る言う。
「いや、それは信じたいわよ、魅録。でもさ」
「でも、なんだよ。」
「答えろよ、魅録!」
遠くから声が飛んできた。悠理だ。席を立って清四郎達のところへやって
くる。
「皆お前のこと信じてるよ。でもお前の口からやってないって聞きたかった
んだよ。ちゃんと自分の口から言えよ、やってないって。信じるよ。」
次の瞬間悠理はびくっとした。魅録が悠理を激しく睨んだからだ。その目には
やり場のない怒りと悲しみが混在していた。
「悠理、お前さ俺とずっとダチだったじゃないかよ、厨房の頃から。
俺、あの頃から変わったか?」
「魅録・・・」
魅録はふっと視線を落としてつぶやいた。
「仕方ないよな。ダチって言っても所詮は他人だもんな。ダチにいろいろ
期待しすぎなんだよ、俺は。」
「そ、それどういう意味だよ。」
美堂を押しのけて出口へと歩き出す。美堂と可憐は呆然としていて声も出ない。
悠理が人をかきわけて魅録の腕をつかむ。「魅録!」
魅録が諦めの表情で悠理を見た。と、その腕は乱暴に振りほどかれ男は店から
姿を消した。

333 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-27)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:34
(魅録・・・。)
悠理の心は激しい後悔が渦を巻いていた。しかしキッと振り返ると、
ソファに座ったままの清四郎のところへ駆けていく。
「どうしてあんな言い方しかできないんだよ!あれじゃ魅録がかわいそうじゃん
か!」
清四郎は顔を上げずに疲れたように言った。
「ちょっと失敗でしたかね。残念なのは魅録の口からはっきりと「やってない」
と聞けなかったこと・・・」
「言ってただろ!?あいつの顔は言ってたよ『やってない』って。『どうして
信じてくれないんだ?』って。お前には聞こえなかったのか、清四郎!?
あたいには聞こえたぞ!」
悠理はなだめようとする可憐の腕を振り払い、ばたばたと魅録の後を追っていった。
嘆息する可憐と美堂。
「あーあ。」「めちゃくちゃだなあ、もう。」
(めちゃくちゃだ)
清四郎は座ったままテーブルの上で両手を組んでいた。
(すまない、魅録。僕にも聞こえました。)

334 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/11/29(金) 02:36
今回は以上です。ツヅキます。あれー?清×野なのに???
魅録の話ばっかりでずー。暗めの展開が自分でも予想外。
がんばって明るくします!(でもならないかも)

335 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-28)」 投稿日: 2002/11/30(土) 12:08
体温計の水銀が37.9度をさしていた。
「だいぶ下がってきたわね。この分だったら明後日位には元気に
なるかしらね。」
「ええ、母様。もうだいぶ楽になってきました。」
しかし野梨子は何となく元気がない。野梨子の母は思い当たる
ところがあった。今日は清四郎が一度も姿を見せていない。きっと
友だちに会えなくて野梨子は淋しいのだろう。
その時表でバイクの音が聞こえた。しばらくしてから呼び鈴がなる。
野梨子の母が応対に出て、やがて野梨子の部屋に連れてきたのは
松竹梅魅録であった。野梨子はあわてて身づくろいをする。
「よお。ごめんな、夜遅くに来たりして。すみません、おばさん。」
夜10時と友人が訪ねてくるには、かなり遅い時間ではあったが
母は魅録の非礼をとがめはしなかった。それよりも野梨子の友だち
が訪ねてきてくれたことの方が嬉しかったのである。
「いいのよ、魅録ちゃん。野梨子ったら今日は清四郎ちゃんが来て
くれないので拗ねてたのよ。よかったわ、お友達が来てくれて。
ね、野梨子ちゃん。」
「母さまったら、やめてくださいな!」
野梨子は耳まで赤くなっている。そんな野梨子を見ながら魅録は
言った。

336 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-29)」 投稿日: 2002/11/30(土) 12:09
「具合どう?」
「だいぶいいですわ。魅録は今日はどうしたんですの?珍しいです
わね。こんな遅くにうちに来るなんて。他の皆は一緒じゃないんで
すか?」
「ああ」
ぶすっとした顔で皮のジャケットを探っている。
と、気がついて手を引っ込めた。
「いいんですのよ、煙草でしょ?お吸いになったら。」
「いや、いいよ、病人の前で。やめとくよ。」
「遠慮なさらないでくださいな。」
と野梨子はどこからか客用の灰皿を出してきた。魅録は遠慮してたが
やがてクシャクシャになったマルボロを取り出して一本火をつけた。
煙が野梨子に当たらないように顔を横に向けて煙を吐き出す。
煙草の香りが漂ってくる。野梨子は煙草を吸う魅録の横顔を見ていた。
白煙に隠れながら少しイライラした表情が見えた。いつもはあまり
見せることのない顔だ。野梨子は聞いてみた。
「魅録、何かありましたの?良かったら話してくださらない?」
魅録は少し迷っていたが煙草を乱暴に揉み消すと言った。
「俺さ時々わかんなくなっちゃうんだよな。あいつらの事。」
「あいつらって、清四郎とか可憐とか美童のことですか。」
「悠理もな。」

337 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-30)」 投稿日: 2002/11/30(土) 12:10
野梨子は少し驚いた。
「魅録、皆と喧嘩したんですの?」
「喧嘩かあ。喧嘩なのかなあ。それだったらまだマシかな。
ていうか俺が一方的にあいつらにアイソが尽きたっていうかさ。」
魅録は事の顛末を少しだけ野梨子に話して聞かせた。
野梨子は黙って聞いている。
「それでカッとなって出てきたんですか。」
「ああ・・・ま、そういうことだな。」
魅録は野梨子に話している内に冷静になってくる自分に気がついた。
そして無性に恥ずかしくなってきた。野梨子を見ると大まじめな
顔で自分を見ているが口元に少し笑みが浮かんでいた。
「野梨子、何笑ってるんだよ。」
野梨子はあわてて口元を引き締める。
「私、笑ってなんかおりませんわ。でも・・・魅録って案外・・・」
ぷっと吹き出す。
「案外なんなんだよ!」
「い、いえ、何でもありませんわ。でも魅録が真面目にとりすぎ
なんですのよ。ああいう人達でしょ、面白がってるに決まって
ますわ。カッコ悪くても笑い話にして言えばいいじゃありませんか。
『そんなこと俺がやるわけないだろ』って」
突然魅録の胸の中に熱いものが込み上げてきた。野梨子はさらっと
言った。
『そんなこと俺がやるわけないだろ』。
「野梨子、そうだよ・・・そんなこと俺がやるわけないよな?」

338 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-31)」 投稿日: 2002/11/30(土) 12:11
「皆わかっていますのよ、魅録。それなのに魅録ったらおかしいです
わ、テーブルをひっくり返して出てくるなんて。」
「・・・いや、そこまではやってないけど。」
「清四郎のことですから、きっと何か考えがあって魅録を呼んだんだ
と思いますの。明日清四郎達ときちんと話し合ったらどうですか?」
魅録は感心して目の前の女性を見つめた。あれほど荒れ狂っていた
心の中が今は凪いでいる。野梨子は病のせいか少し痩せて大人びて
見えた。魅録は立ち上がる。
「そうするわ。サンキュ、野梨子。お前さんのおかげで頭がスッキリ
したよ。病人に変な相談して悪かったな。」
「どういたしまして。私も明後日くらいには学校に行けると思います
から、それまでに清四郎たちと仲直りしておいてくださいね。」
「ああ。じゃな。」
魅録はすっきりとした顔で帰っていった。野梨子は笑顔で見送って
いたが、ふっと思いをめぐらす。
(転校生と魅録との話、初めて聞きましたわ。清四郎ったら転校生
が来ただけなんて。今日だって・・・)

339 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/11/30(土) 12:14
今回は以上です。まだ序盤なんです。長くてごめんさああい。
つづきます・・・

340 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-32)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:44
「ねえ、その話なんだけどさ、清四郎が望月光と一緒に魅録を見張る
ふりをして、彼女の本当の狙いが何かってことを調べるんだよね。
で、残りの僕と可憐と悠理で彼女を尾行するの?僕、尾行より望月光
とのデートの方がいいなあ。男ならともかく女の口を割らせるのは
ダンゼン僕の方が清四郎より得意でしょ。」
酒が回ったせいもあり、美童はさっきから同じ事を繰り返して言って
いる。あれから、まだ清四郎達はクラブ『S』でこれからの対策を
練っていた。可憐はうんざりして言った。
「だからさっきも言ったでしょ?彼女が清四郎をご指名なんだから、
あんたがシャシャリ出てったら話がこっちに筒抜けですって教えて
るようなもんじゃない。それに清四郎の話だと美童に口を割るような
女とは思えないけどね。反対にあんたがこっちの計画をペラペラ喋る
んじゃないかって心配だわ。」
「心外だなあ。僕ほど口が堅い男っていないよ。」
清四郎は悠理が戻ってきたのに気がついた。自分達の席に手招きする。
「魅録はつかまりませんでしたか。」
「ああ。だけどさ、これ。」
と言って悠理は自分の携帯を清四郎の目の前に差し出した。
見るとメールの文章が画面に表示されている。
『さっきはゴメンな。皆にもあやまっといて。また明日。』
「魅録からですか。」「ん。」

341 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-33)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:45
悠理は座って清四郎の酒をとって飲んだ。
「ロイヤルサリュート?」
「当たり。魅録はもう腹を立ててないみたいですね。」
「そうだよな。あんなに怒って俺達と縁切りそうな勢いだったのに
さ。心配して損した。」
悠理はぶつぶつ言いながら琥珀色の酒をなめている。つと、それを
奪い返すと片目で悠理に笑いながら清四郎は飲んだ。魅録が機嫌を直して
くれてほっとした。今日ここに来てから初めて、酒が喉に流れこむのを感じた。

朝、ホームルームの前に魅録は清四郎と話し合うつもりだった。しかし、
清四郎が一緒に登校した相手を見てその気持ちはふっとんだ。
その相手はなんと望月光だったのだ。
光は清四郎の腕をとらんばかりにベタベタし、清四郎もそれを邪険に
するでもない。二人で仲良く教室に入っていった。たちまち学校中が
ハチの子をつついたような騒ぎになる。何人かの女生徒が
「清四郎様が!うそーー!!」と走っていく。
「白鹿さんがお休みの間に、隅におけませんわね、菊正宗さんも」
陰口を叩くものもいる。
(清四郎の奴、何考えてる?)
魅録は混乱した頭のまま教室に戻っていってしまった。

342 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-34)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:46
悠理達も戸惑っていた。清四郎から光と行動を共にするとは聞いては
いたが、まるでカップルのように清四郎をぴったり光がマークしていて、
放課後の事を相談したくても声すらかけれない。
結局、悠理がメールで校庭に清四郎を呼び出した。
「お前どういうつもりなんだよ。望月がべったりで尾行の相談も全然
出来ないじゃないか。あたいらどういう風に動けばいいんだよ。」
「すみませんね。朝、家の前で望月光が待ってたんですよ。僕も驚き
ましたがね。情報収集は早い方がいいのでラッキーでしたよ。」
「なにがラッキーだよ。私情混じってないだろうな。しっかりしろよ、
清四郎。」
悠理が怖い顔をして表情が読み取れない男を睨む。
「御心配なく。午後の尾行の件ですが、望月光は放課後すぐに魅録を尾行
すると言っていましたが、僕が途中まで見張るということで、光には
一回家に帰ってもらい、あとで合流しようと言ってあります。
悠理達は光の家の確認と途中で誰かと接触しないかを注意しててください。
もしかしたら例の赤蛇会に入ったカレに会ったりするかもしれない。
初日なのでくれぐれも無理はしないようにしてくださいよ。今日は
様子見ということで。それから悠理、魅録の今日の予定聞いてくれましたか?」
「今日は特に用事ないし家でバイクいじるって。」
「それは好都合だ。あっちもこっちも動かれたらやりにくいですからね。」
清四郎はポンと悠理の肩を叩いて、美童たちにはよろしく言っておいて
ください、と校舎に入ろうとした。悠理がその後ろ姿に呼び掛ける。
「ねえ、あのさ。」
「なんですか?」清四郎は振り返った。
「大丈夫だよな?」
「はい。」
不安そうな悠理に自信ありげにニッと笑いVサインをして帰っていった。
悠理は一つため息をついて自分も教室に戻っていく。その様子を教室から
オペラグラスで覗いている女がいた。

343 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-35)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:47
悠理に太鼓判を押したものの、光はなかなかシッポをつかませなかった。
あれから魅録の昔のことは全く話さなくなった。しかし、休み時間中
ときどき魅録のクラスに様子を見に行ったりしているようだ。
清四郎に魅録の趣味や家族のことなど、そして彼女がいるのかなどと
聞いてくる。清四郎は差し支えない程度に答えているが、まるで魅録の
ファンを相手にしているマネージャーの気分だ。望月光は時々深いため息を
ついてはこんなことを言う。
「魅録ってさあ、マッチョじゃないけど男っぽいわよねえ。」
「魅録って皆に好かれてるのね。あたしだけじゃなかったんだあ。」
「どうして彼女いないのかなあ。誰か好きな人でもいるのかな。
もしかして私?んなわけないか。」
廊下を魅録が通った。ピンクだった髪を最近少し茶髪にしている。
少し猫背気味に歩く姿は男っぽく清四郎から見てもかっこよかった。
魅録は清四郎達のクラスの横を通るとき、廊下に面した窓越しに清四郎を
探した。しかし清四郎の横に光が並んで座っているのを見ると不愉快そうに
顔をそむけて行ってしまった。
「やっぱり嫌われてるなあ。光カナシイ。」
そう言って望月光は清四郎の肩に頭をちょっとつけた。

344 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-36)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:48
「なんなんだよ、あれは一体!」
生徒会室。清四郎と光の熱々?ぶりを見て美童は怒り心頭であった。
「清四郎は絶対私情が入ってるって。じゃなきゃ、いくら作戦だってあそこ
までベタベタするかあ?」
「そうよねえ。望月光ってほんとに魅録の昔のナニなの?清四郎に近付く
ための口実なんじゃないのお。私馬鹿らしくなってきたわ。」
可憐も半分怒っている。
「嘘じゃないと思うぜ。だって魅録があんなに怒ってたんだから、絶対
なんかあるって。ここは清四郎の言う通り、皆でがんばって尾行しようよ。」
と悠理が言うものの口調は自信なさげだ。と、悠理の携帯にメールが入って
きた。
『望月光が学校を出る。あとはヨロシク』
何かあったらメールで清四郎と連絡をとることになっている。
「へーへー。」
三人はノリ気ではなかったが、しぶしぶ椅子から立ち上がった。

望月光は一人で校門をくぐるところだった。後ろから肩を叩かれて振り向くと、
白人の男が聖プレジデントの制服を着て立っていた。日に透けて美しく輝く金髪
は背中まで伸びて、その髪に縁取られた顔もいたって美形だった。しかし、光は
さして興味もないようで会釈して歩みを進める。金髪男はあわてた。
「待って。僕、生徒会室で前に会ったんだよ。覚えてないかな、望月さん。
僕、美童グランマニエ。よろしく。」
握手をしようと手を出すが、光は無視した。「よろしく」とつぶやいて又歩き出す。
「ねえ、どっちから帰るの?」美童は追い掛ける。
「あなたは?」
「僕こっちだけど。」
「じゃ、私はこっち。」と美童が指した方向と逆方向に歩いていく。美童はあわてて
追いすがった。
「待って。美味しいケーキとお茶を出す店があるんだよ。近くだから良かったら・・」
「結構よ、美童くん。」
ぴしゃりと言うと光は立ち止まった。
「ケーキもお茶も嫌いだからお構いなく。それから念の為言っておくけど、私長髪の男がおぞ気がする程苦手なの。だからあんまり近寄らないでね。」
そういうとサッサと美童を後にした。春なのに美童の周りには木枯らしが吹いていた。
遠くから観察していた可憐と悠理いわく、
「美童ったら尾行だって言ってるのに!何で声かけんのよ。」
「あげくの果てに振られてるぜ。あいつアホだな。」

345 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-37)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:48
望月光は電車を新宿駅西口で降りて早足で歩いていった。女子高校生が好きそうな
ブティックを一瞥もせずにまっすぐ進んでいく。人が多いので彼女を見失わないように
するだけで一苦労だった。しばらく歩いていたが、やがて彼女は裏通りにある一件の
宝石店に入った。『マリアンヌ』
「宝石屋に入ったぜえ、可憐。ここって望月んちなのかよ。」
「違うわよお。だって彼女んち住所録には世田谷って書いてあるもの。」
「買い物かな。」
「高校生が学校帰りに制服で入るような店には見えないけどねえ。」
「聖プレジデントの学生だもの。よく行く店かもしれないよ。」
結局可憐が代表で店の中に入ることにした。店内で光に遭遇しても、宝石商の娘の
可憐だったらリサーチということで誤魔化せるだろうという読みである。
それでも制服なので追い出されることを覚悟して可憐は店の扉を押した。
「いらっしゃい・・・ませ」
制服姿の可憐に店員達は怪訝な顔をする。一人がさっと奥に入った。
(いない!)
そう広くない店内に光の姿はなかった。いつの間に外に出たのだろうか。
「何かお探しのものはありますか?」
咄嗟に可憐は好奇心に負けてつい店内に入ってしまった女子高校生を演じることに
した。
「えっとー、特に何かってわけじゃないんだけどー、この綺麗なリングはめても
いいかなあ。」
店員に向かって芝居をしながら可憐はどこからか自分を見つめている視線に
気がついた。誰かが見ている。背中に冷や汗が流れる。その時奥に入った店員が
戻ってきてにこやかな笑みを浮かべて言った。
「他にお客さまもおりませんし、良かったらいろいろ御覧になってくださいね。
きれいなお嬢様にはめていただくと、指輪もより豪華に見えますわ。」

346 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-38)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:49
悠理と美童は宝石店を向かいの通りから見張っていた。
「可憐、遅いなあ。まさか買い物してるんじゃないだろな。」
「ここで買わなくても宝石なんてあいつんちにいっぱいあるだろ。」
とその時二人は遠くからパトカーが近付いてくるのに気がついた。
「何だろ」
美童が不安な声で悠理に話しかける。悠理も嫌な予感がした。
案の定パトカーは悠理達の目の前、宝石店の前に止まり、車から警官が二人
降りてきて店の中に入った。悠理達が固唾をのんで見守る中、大声をあげながら
警官に連行されてるのは・・・
「可憐!!」
可憐は警官の腕から逃れようともがいた。
「私は万引きなんかしてないわよ!この店の店員にはめられたのよ!
いい!?あたしんちはね宝石屋なのよ!!
万引きしなくたって腐る程あるんだからああ!」
警官は可憐をパトカーに押し込もうとする。
「悠理!美童!助けてーっ!!」
警官が辺りを見回したのであわてて二人は植え込みに隠れた。
「ど、どうする?」
「ここで出ていっても共犯で捕まっちゃうよ、悠理。」
「でも可憐が連れていかれちゃう。」
「み、見ろ、悠理!望月光が出てきた。」
パトカー騒ぎをよそにいつのまにか望月光が店から離れた場所でタクシーを拾おうと
していた。
「悠理。」
「美童。追いかけよう。」

347 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-39)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:50
探偵ごっごだとはしゃぐタクシー運ちゃんにチップをはずんで、
悠理達は猛スピードで走って行く前のタクシーをこれも猛スピードで
追いかけていた。走って走って着いた先は下町の古い5階建てのビルだった。
「○○企画」や「××広告」などと書かれた看板が年月を
経てくすんでいる。そのビルの階段を望月光は上っていく。
「今度は何だよお。見るからに怪しいビルじゃないか。悠理もうやめよう。
清四郎も今日は様子見だから無理すんなって言ってたんだろ?ここまで
来たら上出来だよ。もう帰ろう。」
尻込む美童に悠理はハッパをかける。
「可憐があんなことになったのにこれで帰れるかよ。せめて望月がこのビルの
どの部屋に行ったのか突き止めようぜ。」
嫌がる美童を引きずって悠理は自分が表から望月の後を追い、
美童は裏口の見張りをまかせる。悠理は別段隠れる風でもなくスタスタと
階段を上っていく。美童はため息をついた。
(この裏口から望月光が出てくるのかなあ)
待つ事しばらく。
と、
裏口のドアがいきなり開いた。
美童の目の前に見上げるような高さの禿頭の男が一人。
見るからにその筋の方といった風貌だ。驚愕の余り声の出ない美童に男は言った。
「よお、兄ちゃん。うちに何か用かい。そんなとこにいないで
中入りな。」
美童は小さな声で
「け、けけけけ結構です。」
と言ったのだが相手に聞こえるわけもなかった。

348 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-40)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:51
二階も三階も怪しい部屋はなかった。四階まで上がると掃除婦が一人廊下を掃除して
いた。悠理は彼女に聞いてみることにした。
「おばちゃん。あたいの友だち探してるんだけど。あたいと同じ制服着てる
背の高い女の子ここに来なかった?」
掃除婦は顔を上げずに言った。
「その子なら向こうの一番奥の非常口から出ていったよ。何だかエラくあわててた
みたいだけど。」
「ほんと!?さんきゅー、おばちゃん。」
と言って悠理は走り出す。その後ろ姿に向かって掃除婦は言った。
「そのドア固くて中々あかないから、思いっきり押してね。」
「わかった!」
非常口に駆け寄った悠理は体当たりに近い形でドアにぶつかった。
と、ドアは何の抵抗もなくふっと開いた。
「!?」
次の瞬間、悠理の体は空中にほうり出された。
「あああああああああ!階段がないっっっ!!」
落下していく悲鳴を聞きながら掃除婦はニヤっと笑った。

349 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/01(日) 06:52
今回は以上です。どうしても悠、美、可の受難まで
書きたくて徹夜になってしまったー。
ツヅキマス

350 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-41)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:17
清四郎は魅録の家の前にいた。まるで探偵ごっこだなと思う。
タバコを吸う習慣がない彼は手持ちぶさただった。
家の方を伺うと魅録の部屋のある離れに電気がついている。
清四郎は携帯を取り出して見た。メールも電話も入ってない。一体どうしたんだろう。
彼は悠理達から何の連絡もないことを不審に思っていた。
「清四郎くん。」
香水の薫りがキツく薫ったと思った瞬間、声をかけられた。
いつの間に来たのだろう、望月光が隣に立って笑みを浮かべている。
清四郎は内心舌を巻く。まいったな、全然気付かなかった。
光の笑顔が心無しか得意げで嬉しそうだった。彼女は一仕事終えたような
満足感に満ちているようだった。光は薄紫色をしたニットのワンピースを着ていた。
光の体のゆるやかな曲線が街灯の明かりに照らし出されている。
見張りには派手過ぎる格好だなと清四郎は思った。女はその視線の意味を
知ってか知らずしてかこう言った。
「夜は冷えるわね。薄着で来て失敗しちゃった。」
そう言って清四郎の腕をとる。光のボールのような胸が彼の腕に押し付けられた。
「魅録は?」
「家から出てきませんね。今日はもう外出しないのかもしれません。」
そう言いながら清四郎はある感情がわき上がってくるのを感じていて困惑
していた。不快とも、かといって快感ともいえぬ妙にむずむずとした感じだった。

351 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-42)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:17
清四郎はその感情を既にある程度は理解している。彼はしかし、己がそれに
支配されるのを好まなかった。
初めてそれを知り、それが肉体的なものを伴うと知った時、
自分が何だかとても汚くなった気がしたのを覚えている。
だからその感情にはなるべく目をつむり自分の中で堅く蓋をしている。
年頃の男がそうするように、ただ自分の乾きを満たすだけに相手を求める
行動は彼のもっとも忌むべきものだった。そして自らを惑わすものには
極力近づくのをやめたし、今ではそういった誘惑を跳ね除ける位には精神を
鍛えてあるつもりだった。清四郎の理想ではそれはある日現れた大事な人の
ためだけにささげられるものだったのだ。

だから突然沸き出したそれに清四郎は慌てた。
気がつかれないように大きく息を吸って気持ちを静めようと試みる。
光から腕をもぎ取りたいが、そうすることで代えって彼女に自分の
精神状態を気づかるのではないかと思うとそれもできない。
いや経験豊富な彼女は気がつき、むしろ故意に彼をその状態に送り込んで
いると思われた。そう思うとなおさら彼女のペースにのってはいけない。
彼女が体全体を押し付けてきた。
清四郎の指先が彼女の太ももに当たっている。彼は豊かな彼女のヒップ
ラインを思い出した。息が乱れそうなのを我慢する。
沈黙の攻防が夜道の照明の下で繰り広げられた。彼女は言う。
「清四郎君。少し寒いの。もっと側に行っていい?」
清四郎は黙して頭に化学式を思い浮かべていた。
化学式と化学式が彼の脳内で複雑にからみあい、もつれあっていく。
もう少しで新たな化学物質が作れそうな勢いだ。
光の手が清四郎の胸を這ってきて、そのまま口元に伸び、きつく香水の薫りが
する指が彼の唇を探った。いまや荒くなった息がこらえても彼女の手に
かかっている。今、彼の中でそれは無限大にふくらみ、怪物みたいに
大きな口を開けて彼を飲み込もうとしている。
彼の理性が、いや彼自身が必死でその口を閉じさせようとしていた。

352 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-43)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:18
彼女を見ると長身の彼女の顔は意外に近くにあった。
清四郎と彼女の視線が合う。努力して目を反らす。
しかし。
息が苦しかった。どこか行き場のないものが爆発しそうで。
出口を見つけたかった。
もう限界だ。
彼は負けた。そして化けものを押さえ込んでいた手を離した。
清四郎は光の手を取って抱き寄せた。そのまま豊満な肉体を荒々しくかき抱く。
「僕を誘っているんですか?」
「ふふふ。さあ、どうでしょう。」
清四郎は彼女の長い髪をつかみながらその唇に自ら唇をあてがい、吸った。
初めての甘く気が狂いそうな快感が清四郎の体を走り、彼は身震いした。
どちらからともなく舌と舌をからませる。
「清四郎くん、キスが上手ね。」
「そうかな・・・初めてだから僕にはわかりませんよ。」
二人はそのまま激しくキスを繰り返した。
いつしか手がお互いの体を探り出している。清四郎は彼女の鞠のような胸を
探した。それは彼の大きな手を持ってしてもあまるくらいだった。
官能的だと彼は思った。全てが濡れて二人を包みこんでいる。
清四郎の心臓が激しく鼓動を打っている。
彼は突然公道にいることに気がついた。
「どこかに行きましょうか」
「どこに?」
光が危険な目つきで聞く。
「どこって」

ピピピピピ。
突然清四郎の携帯が鳴り出して、彼は夢うつつの状態から現実に引き戻された。
清四郎はすっかり仲間達のことなど忘れていたのだ。

353 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-44)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:19
「大丈夫ですか?美童、悠理!?」
清四郎がグランマニエ邸に駆け込んできたのは、午後八時を回ってからだった。
居間で清四郎を迎えたのはこの家の長男である美童ではなく、悠理だった。
あちこちに巻かれた包帯と顔の絆創膏が痛々しい。
「悠理・・・一体。一体、どうしたんですか?」
悠理はうさんくさそうに清四郎の乱れた髪や、襟元を見ている。
清四郎は自分のしていたことを悠理に見すかされそうで汗が吹き出そうだ。
悠理がもう少し清四郎に近付いたら、彼の体からほのかに漂う香水の薫りに
気がついただろう。彼女はのろのろと話し出した。
「ああ、大したことないよ。可憐が万引きで捕まって、美童がヤクザに
脅されて、あたしが4階から落ちただけだ。」
「大したことあるじゃないですか。可憐は警察ですか。」
「初犯だからって店が訴えを取り下げて、わりとすぐ返してもらえたけど。
でも警察が最後まで無実だって信じてくれなかったって、可憐すごい頭に来て
家で寝込んでるよ。」
「悠理はどうしたんですか?4階からって落ちたわりには怪我が少ないですね。」
「掃除のおばちゃんにはめられた。光が非常ドアから逃げたって聞いて、ドアを
蹴破ったら階段がなくってピューッ。隣のビルの非常階段にひっかかりながら
落ちたからこの位ですんだけど死ぬかと思ったよ。それより美童がさ・・・。」
「美童がどうしたんです?まさか・・・。」
清四郎は美童の部屋に急ぎノックした。
「美童!清四郎だ。入りますよ」
中から美童の
「入らないで!」
という悲鳴が聞こえたが構わずに中に入る。部屋の中は真っ暗だった。

354 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-45)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:20
清四郎は部屋の灯りのスイッチを探して押した。そして見たものは・・・。
「美童・・・髪・・・」
美童はベッドの上に突っ伏して枕を抱き締めて泣いていた。
美童の自慢の美しい金髪が根元から無惨にブッツリ切られている。
悠理が遅れてきて清四郎に説明する。
「禿頭のヤクザにハサミ片手に脅されたんだとさ。何でここに来たのか、
しつこく聞かれて美童が黙ってたらこうなった。」

見るも無残な美童の頭に清四郎は言葉もなかった。美童は赤い目をして
清四郎に謝る。その顔にハサミでつけられたのか所々赤い小さい切り傷が
あった。
「ごめんね、清四郎。僕がんばったんだよ、かっ、髪位どうってことない
って何も喋べらないぞってがんばってたんだけど、アイツがアイツが…
僕の大事なところを切るって、アソコにハサミを当てたんだあ…」
と言って泣きじゃくる。この哀れな男を誰が責められるだろう!
ましてや自分ときたらその間何をしていたというのか。
清四郎は穴があったら入りたい位だった。悠理が聞いた。
「これからどうする、清四郎。美童も可憐もしばらくそっとしておいて
やってくれよ。もう動けるのはあたしと清四郎だけだぜ。」
「前途多難ですな。少し考えさせてください。」
「魅録の見張りの方はどうなったんだよ。」
「特に何も。」
あくまで冷静を装ってグランマニエ邸を辞したが、自分のあまりの不がいなさに
怒りで血が逆流しそうだ。先刻の自らの痴態を恥じた。何と言う醜体、
何と言う愚かさだろう!頭痛がした。仲間が危険を顧みず勇敢に行動している時に
快楽に溺れて訳がわからなくなるとは。この僕が、誰よりも自分を厳しく律して
いたこの僕が。消えてしまいたい。清四郎は打ちのめされていた。

355 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-46)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:21
どこをどう帰ってきたのだろう。気がつくとすでに菊正宗邸の前だった。
門を開けようとしてふと白鹿邸を見る。そういえば昨日も今日も野梨子を
見舞ってなかった。高熱なのに玄関先で自分を待っていた野梨子を思い出す。
もう元気になっただろうか。腕時計を見る。夜10時少し前だった。
他家を訪れるには遅い時間だな。
しかしその場に立ち止まってじっと白鹿邸の門を見つめる。

無性に野梨子と話がしたかった。見つめていればやがて門が開いて彼女が
姿を現すような気がする。バカバカしい空想だ。だがその時門が開いた。
中から和服姿の女と男が出てきた。
女は野梨子だった。そして男は・・・野梨子の父、白鹿青洲だった。
「本当に行きますの、父様。」
「ああ。いつも突然ですまんね。お母さんを頼むよ」
またいつものようにふらっと旅に出るのだろうか、旅行カバンと絵の道具入れ
を持っていた。しかしこんな夜中に出発しなくても。芸術家は理解できない
行動をとるな。野梨子は小さくなっていく父の後ろ姿をじっと見ていた。

野梨子は小柄な女だった。
しかしおかっぱ頭をまっすぐに立て、背筋をぴんと伸ばしている姿は
力強く凛としていた。和服の衿から少しだけのぞいた首筋が痛いほど白かった。
美しいな。しばらく清四郎は彼女を鑑賞した。やがて父が見えなくなると
野梨子はきびすを返して家の中に入ろうとして男に気がついた。

356 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-47)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:22
「えっ、清四郎ですの?」
近寄ると確かに幼なじみの顔だった。昨日会わなかっただけなのに何だか
ひどく面変わりしている。野梨子が近づいて来ると清四郎はうれしそうに
笑ったが、やがて悲しげな微笑になる。
「どうかしましたの?今帰りですか?」
「いや何でもないですよ。熱は下がりましたか?見舞に行けなくてすみません
でしたね。」
その言葉に野梨子は少し拗ねた顔をしてみせる。
「そうですわ、清四郎ったら全然来てくれないんですもの。私を退屈させて
殺してしまうおつもりでしたのね。」
そう言いながら恨みを込めて彼の胸を指で押した。おやおや可愛い事を言う。
怒った顔がまた愛らしくて堪らなかった。
次の瞬間清四郎は野梨子の体を抱きしめていた。自分でも思いも寄らぬ行動だった。
ただ彼女に触れたかった。無性に彼女が愛しかった。
野梨子が腕の中で息を飲むのがわかる。

清四郎は言った。
「一分だけ、一分だけこのままでいて…。」
野梨子は彼の腕の中からきまじめにうなずく。
「わかりましたわ。」
辺りは静まりかえっていた。二人共一言も発しない。

彼の体から少し香水の薫りがするような気がするが彼がつけるわけでもなし、
気のせいだろう。
清四郎のぬくもりを感じながら野梨子の心は落ち着いていた。
物慣れているわけではない。だがしかしなぜだか清四郎の腕の中は安心できた。
すっぽりと入って目を閉じると彼の腕の力強さを感じる。
野梨子は甘い幸福感に酔った。

357 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-48)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:22
しかしきっかり一分後、彼は野梨子から体を離した。
「ありがとう。変な事をしてすみませんでした。」
照れたように言った。野梨子はもっとこうしていたいと思ったが言えるはずもない。
「明日はまた学校に行けそうですね。」
「ええ。」
「じゃ明日また。」
帰ろうとする彼を思わず呼び止める。
「魅録とは仲直りしたんですの?」
清四郎は振り返った。
「仲直りですか?」
野梨子が知ってるとは意外だった。清四郎の目に疑問が浮かんだのを見て
野梨子は答えた。
「昨日の夜、彼がうちに来て話してくれましたの。皆と喧嘩したって。」
清四郎は魅録のメールを思い出していた。
清四郎も悠理も魅録を傷つけたことをひどく後悔していた。
が、当の本人は思ったより早く立ち直ったようで、驚きつつもほっとした。
しかし、それは・・・。そういうことか。
彼は野梨子と話をして心の傷を癒したのだ。
悠理の言う通り、魅録は野梨子に特別な感情を持っているのかもしれない。
野梨子はどうなのだろう。清四郎は少し淋しかった。
清四郎は言った。
「いや、もう元通りですよ。大丈夫、心配することはありません。」
まだ何か問いたげな野梨子に重ねて言う。
「また明日。お休み。」
野梨子はもっと話を聞きたかったが、彼が話をやめたので引き下がるしか
なかった。野梨子も言った。
「お休みなさい。また明日。」
二人はそれぞれの家へ別れていった。

358 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:23
今回は以上です。
清四郎どこへ行く・・・

359 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:25
すみません、(-47)ってRかな?迷ったんですけど、
お嫌いな方は飛ばしてくださいね、って
遅い?(^^;)

360 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/03(火) 15:36
またまたすみません。R?は(-47)ではなく
(-43)でした。
激しく遅い。鬱ー。

361 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-49)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:22
魅録は四限目をパスして生徒会室に向かっていた。
(そろそろ清四郎ともちゃんと話ししとかなきゃな。)
久しぶりに訪れる部屋だった。
望月光が突然現れて逃げるように出て行って以来だ。
黄金色をしたドアのノブを回す。重い音がして部屋のドアが開いた。
中に足を踏み入れた魅録は先客がいるのに気付いた。
その人物は窓際に椅子を置き外を眺めている。
白鹿野梨子であった。

魅録は声をかけようとして一瞬ためらった。
野梨子の横顔が苦しそうに歪み、そして人形のように濃いまつげに
縁取られた瞳から涙が溢れていたからである。
しかし、野梨子は誰かが入ってきたのに気がついて振り返り、
魅録が立っているのを見てあわてて指先で涙をぬぐった。
「びっくりしたな、先客がいるとは思わなかったぜ。」
「あ、いえ・・・少しまだ気分が悪かったものですから、
ここで休んでいたんですの。」
こっそり涙を流しているのを見られて決まりが悪かったのだろう、
無理矢理明るい声を出す。
「魅録こそどうしたんですの?お昼にはまだ早いですわよ。
おさぼりですか?」
「お互い様だろ。」
魅録は涙に気付かないようなふりをして椅子に腰をかけた。

362 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-50)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:23
野梨子がコーヒーメーカーにフィルタと粉をセットして、二人分の珈琲を
入れ始めた。二人きりの部屋に珈琲の薫りが立ち昇る。
野梨子は黙ってカップを用意していた。その後ろ姿に向かって
魅録は呼び掛ける。
「どうしたんだよ、泣いたりなんかしてさ。久しぶりに学校出て
きて嫌なことあったのか?」
野梨子は言おうか言うまいか迷っているようだったが、
「ちょっと休んでいる間になんだか皆変わってしまいましたわ。」
と悔しそうに言った。
「可憐も美童も休んでるし、悠理は怪我だらけで理由を聞いても
教えてくれませんし、クラスの方達は何だか私のことを指して
ヒソヒソ噂話してますのよ。まあ何の話をしてるかわかってます
けど。」
最後の方は抑えても声が怒りに震えた。
何人かの意地悪い級友達は、清四郎と光が急接近したことを野梨子が知って
どんな顔をするか興味津々の目で見ていた。
野梨子は清四郎が自分の知らぬ転校生と仲良くしていることもさりながら、
恋人を寝取られた女と噂されていることに、かつて味わったことのない
屈辱を覚えていた。彼女が男にもてることをよく思ってない女生徒達が
ここぞとばかりに嘲笑するのが聞こえてきて、野梨子は怒りで体が熱くなった。
「淋しそうな顔しちゃって、かーわいそーー。」
耳をふさぎたくなるような言葉がわざと野梨子に浴びせかけられた。
今さらながらに自分には女の敵が多い事を思い知った気がする。
清四郎は一体この野梨子の辛い立場を知っているのだろうか。
光との仲が本当ならゆうべの抱擁は何だったのだろう。
休み時間廊下を歩く清四郎と光を教室から見かけた。光の腕はしっかりと
清四郎の腕に回されている。胸をドンと突かれたような衝撃が野梨子の体を
走った。
(清四郎。)
心の中から呼びかけた。
(清四郎。)
こっちを向いて。
しかし野梨子の想いは届かなかった。
野梨子を気にすることもなく、清四郎と光は野梨子の視界から姿を消した。

363 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-51)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:23
いつもなら話を聞いてくれる女友達は今日はいない。
可憐は(野梨子は知らないのだが)万引き事件が尾を引き
熱を出して学校に来ていなかったし、悠理は怪我のことに触れられたく
ないらしく、野梨子を避けていた。美童も休んでいるみたいだが
どうしたのだろう。清四郎は何も言ってくれなかった。
野梨子は一人ぽつんと捨ておかれたような気分だった。

湯気を出した珈琲が魅録の前に置かれた。
「サンキュ。」
熱くて苦い飲み物を口に運びながら魅録は野梨子を観察した。
平然を装いながらまなざしが暗くなるのを隠せない。
これがついこの間姉のように優しく魅録を諭した野梨子だろうか。
あの時はよっぽど自分より頼もしくて大人びて見えたのに、
今日は飼い主を探す迷い犬のような目をしている。
(やっぱ清四郎のことが気になんのかな。)
魅録は長年の付き合いで野梨子が沈んでいるわけを察知していた。
世間話のように何気ない様子で声をかけた。
「気にすんなよ。」
野梨子がぴくっとする。
「清四郎のことだろ。望月が一方的に迫ってるだけだからさ。
清四郎は大丈夫だって。野梨子は安心してどーんと構えてればいいんだよ」

364 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-52)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:24
見ると野梨子は怖い顔をしてゆでだこみたいに赤くなっている。
「わ、私、別に清四郎のことなんか気にしてませんわ!」
否定しようとしてカップが手をすべった。
ガチャッッン。
派手な音がしてカップが床に落ちて砕け、珈琲が飛び散った。
「あーあ。何やってんだよ。」
「ご、ごめんなさい!」
あわててテーブルの下に屈んでカップの破片を拾う。
白地に青い花柄のお気に入りのカップが幾つもの陶器のかけらと化していた。
魅録が雑巾を持ってきて野梨子の横にしゃがみ込み、こぼれた珈琲をふいた。
野梨子と魅録の肩がぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
と言って野梨子は気がついた。魅録が自分のものすごく近くにいる。
意図せずテーブルの下で二人きりだ。急に緊張するのがわかった。
急いで
「私がやりますわ。」
と言って魅録の雑巾を奪った。いや、先にカップの破片を拾おう。
白い尖ったかけらに手をのばした。
と、その手を魅録の手がはしっとつかんで、野梨子は飛び上がりそうになった。
魅録が言った。
「危ないから俺拾うわ。」
「だ、大丈夫ですわっ。魅録はいいですから。」
「手、怪我するって。俺やるから。」
「いいですから。」
「いいから。」
魅録は野梨子の手を引っ張っている。
「み、魅録、手を離してくださいな!」
野梨子は堪らずに手を魅録の手からもぎ取った。
「えっ?」
魅録は驚いて野梨子を見る。
テーブルの下に気まずい空気が流れた。

365 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-53)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:25
「誰かいるんですか?野梨子ですか?」
突然上から清四郎の声が降ってきた。野梨子は再び飛び上がった。
テーブルの下からのそのそと魅録と野梨子が出てきたのを見て、
清四郎は呆気にとられていた。
しかも野梨子の頬は紅潮し、魅録は気まずそうにしている。
「お邪魔でしたか?」
魅録が面倒くさそうに言った。
「んなことあるわけないだろ。なあ?野梨子。」
「そ、そうですわ。」
と慌てて答える野梨子が魅録に息を合わせているように清四郎には
感じられた。だとすると、今この場で二人の間に何かあったことは
想像に難くない。

野梨子は珈琲のカップが割れて片付けていたことを清四郎に説明したが、
どうしても取ってつけたような説明になるのは仕方なかった。
清四郎は野梨子の方をちらっと見たが、黙っていた。
魅録も責任を感じたのか、珈琲をこぼした時の様子を多少大袈裟に
話してみたのだが、清四郎は少し迷惑そうな顔をして、やがて
こう言っただけだった。
「そんなに大慌てで僕に釈明しなくてもいいですよ。それに
僕には関係ないじゃないですか。」
つい冷たい突き離したような言い方になって、清四郎はすぐ反省したが、
なぜか腹が立っていたので言い直さなかった。

366 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-54)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:26
魅録は呆れて、この頭脳明晰な男を見ていた。
(なんだ、コイツ。怒ってやんの、おもしれー。)
清四郎は一見、何も見なかったような顔をしているが、その実、
相当機嫌が悪いようだった。厳しい顔で野梨子とは目も合わせようとせず、
備品の棚から小型のボイスレコーダを取り出すと、そのまま二人の前を通過して
出て行こうとした。
そんな彼を魅録が呼び止める。
「おう、清四郎。ちょっと話があんだけどさ、今時間ねえ?」
清四郎は立ち止まって少し考えたが魅録の目を見つめると言った。
「僕も魅録に話があります。が今はちょっと急ぐのでこれで。」
清四郎は部屋を出ていった。
「何忙しがってんだよ、あいつ。ひょっとして俺と野梨子に焼餅やいて
たりしてな。」
横を見ると野梨子が清四郎が出ていったドアを穴があくほど睨みつけていた。
(そうですの。関係ないですんか。私が誰とどういうことをしようと。
それがあなたの気持ちですのね、清四郎。)
魅録が話しかけてきた。
「野梨子、ちょっと会わせたい人がいるんだけど、今晩つきあってくれねえ?
清四郎にも会わせたかったんだけど、なんか怒ってるみたいだしさ。」
「私に会わせたい方・・・ですか?」
不思議そうな野梨子の顔に魅録は悪戯っぽい笑みをを浮かべた。

清四郎は早足で歩きながら自分が何に腹を立てているのかわからなかった。
(野梨子が魅録と。やっぱりそうか。いやでも。いいじゃないか、想像してた
ことだ。魅録はいい奴だ。しかし。)

367 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-55)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:27
その日の夕方、清四郎は光の運転する車で魅録の運転する車を追っていた。
魅録の家の前で待っていたら、魅録がどこかへ出かける様子だったので、
後をついてきたのである。光とはあれ以上何もなかった。光は時折、誘うような
目つきをしてくるが、清四郎は知らん顔をしている。それが悔しいのか、
運転席から手が伸びて清四郎の太ももをギュッとつねった。

夕日を助手席で浴びながら清四郎は嫌な予感がしていた。
(この方向は・・・)
思った通り、車は菊正宗邸の前を通過して白鹿邸の前で停まった。魅録が車から
降りてきた。珍しくスーツ姿だった。軽く光沢のついた濃いグレーの上下に
ネクタイを締めている。
(スーツを着てパーティーか何かか?)
魅録は白鹿邸に入っていき、やがて野梨子を伴ってでてきた。
野梨子は薄いグリーンのワンピースだった。野梨子の趣味らしく、胸に同じ色の
小さい花がついている。光が言った。
「お隣さんでしょ?可愛い子ね。」
清四郎は答えなかった。
「魅録の彼女なのかしら。でも二人の雰囲気がちょっと合わない感じよね。
魅録はいかにも遊んでる男風だし、お隣さんは育ちのいいお嬢さん。
どっちかっていうと清四郎くんの方が合うかも。」
光が反応を伺っているのがわかる。清四郎は顔に表情を出さずに言った。
「さあ、どうですかね。意外とお似合いなんじゃないですか。もっとも、」
と言って言葉を切る。
「隣と言っても彼女とはあまりつきあいがないので、よく知らないのですが。」
光が有閑倶楽部を訪ねた時、野梨子はいなかったから、光は野梨子が清四郎達と
つきあいがあるのをまだ知らないはずである。いや、そうであって欲しかった。
万引きの濡れ衣を被せられた可憐、髪を切り落とされた美童、四階から落ちた
悠理・・・。他の連中になんと言われようと光の正体がはっきりするまでは、
この一連の騒動の中に野梨子を巻き込みたくなかった。

368 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-56)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:27
魅録と野梨子を乗せた車は湾岸へ向かい、高速に乗った。そして最初のSAに
すぐ入って駐車場に停まった。光達の車も少し離れた所に停まる。魅録が車から
降りて飲み物を買って戻ってきた。そのまま車に乗り込んだが、発進する気配は
ない。まるで何かを待っているようだ。光が煙草に火をつけた。何の銘柄か、かなり
キツい独特の香りがする。彼女は煙を吐き出しながら、清四郎に目を向ける。
「車の中で何してるのかしらね。」
「さあ。」
素っ気無く言って目を閉じた。が、暗闇の中ではがぜん想像力がたくましくなって
しまう。魅録の細いがしっかりとした腕に野梨子が瞳を輝かせて抱かれている。
その顔は今まで見たことがない程、満足そうで幸せそうだ。
自分の想像にうんざりして目を開ける。と、光の顔が目の前にあった。
唇を重ねられた。が、清四郎は彼女をやさしく押しやると言った。
「彼女がうるさいんですよ。」
光が不満そうな顔でいう。
「彼女いないって言ったじゃない。」
「今日からできたんです。剣菱悠理ってあの男みたいな女です。」
(すまん、悠理。)
清四郎は心の中で悠理に謝った。勝手に恋人にしたことが知れたら殺されるな。
「清四郎くんて趣味変わってるわね。」
そう光がそう言ったとき、数台のベンツがSAに入ってきて、魅録達の車を
取り囲んだ。清四郎は思わず身を乗り出す。
(魅録・・・?)
車から遠めで見てもそっちの方の男とわかるような、屈強な体つきをした男達が
降りてきて、中の一台のベンツを囲む。うやうやしくドアを開けて、中から手を
取られて降りてきたのは、もう80は過ぎているであろう、小さくヨボヨボとした
老人だった。魅録と野梨子が車から降りたようだった。野梨子は男達に恐れを
なしたのか、魅録の陰に隠れている。魅録は老人と何か話しているようだが、
男達に囲まれてよく見えない。清四郎は言った。
「降りましょう。」

369 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-57)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:28
車を降りて魅録達に近付く。光が息を飲んだ。
「赤蛇の組員だわ。知ってる顔がいるもの。」
清四郎はじっと魅録達を見つめていた。
「それじゃきっとあの老人は赤蛇会の会長だわ。けっこう元気そうに見えるけど、
病気であと少ししか持たないって聞いたわ。魅録とわざわざ会いに来たなんて、
まさか本当に魅録につがせる気かしら。」
「まだわかりませんよ。」
清四郎は魅録の行動に悩んでいた。そして怒りを感じた。
(何をしている魅録?本当にヤクザの組長になるのか?それよりもなぜ野梨子を
連れてきた!野梨子を巻き込まないでくれ。)
「清四郎くん。」
「もっと前まで行きましょう。」
と清四郎は移動しようとした。その時、そこにいた誰もが思いがけないことが
起きた。

清四郎達の左後方で、大きな衝撃音がした。大型トレーラーがバスに追突したのだ。
ベンツの男達も老人も、そして魅録も野梨子も清四郎達の方を振り返った。
(魅録達に見つかる!!)
次の瞬間光が清四郎の首に手を回し、抱きついてきた。
ものすごい力で清四郎を引き寄せ、ちょうど後ろにあった車に清四郎が光を押し
つけているような格好になった。光が言う。
「振り向かないで。魅録が見てるわ。このまま恋人通しのふりしましょう。」
清四郎は光の言葉通り、光の胸に顔を埋めた。
(魅録に気づかれないといいが・・・!)

370 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-58)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:29
バスの後方から火が出た。レストランやガソリンスタンドの方から消火器を持った
男達が走っていった。老人は言った。
「大きな事故じゃのう。身動きがとれなくなる前に行こうか。」
その一声に男達がさっと老人をベンツに乗せ、自分達も乗り込む。
魅録はうなずいて野梨子を車に乗せようとして気がついた。野梨子が一点を凝視
している。事故現場の左側、もっと手前に車に覆い被さるようにして抱き合って
いる恋人達。熱々な光景だった。
だが・・・。女をむさぼっているように見える男の背中にふと見覚えがある
気がした。
(清四郎・・・?)
魅録は確信が持てなかった。すでに暗かったし、女も男も顔をお互いに埋めて
見えなかったからである。しかし野梨子はわかっているようだった。はっきりと
確信していた。あの恋人達の片割れが幼馴染みのものであると。野梨子の唇を
きりきりと噛んで今にも血を流しそうだった。体がぶるぶると震えていた。
魅録は清四郎に怒りを感じながら、野梨子を車に乗り込ませた。
(ちくしょー、何だって言うんだよ、清四郎。何でここに?何してやがんだ!)

371 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/05(木) 18:30
今回は以上です。一番最初に書いたRシーンまでもう少し
でつながります。ぜえぜえ。

372 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-59)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:09
光の車は清四郎の家の前で停まった。降りようとする清四郎に光が甘い声を
かける。
「ねえ、清四郎くん。もう帰るの?ちょっと遊ぼうよ。」
清四郎は微笑みながら光に答える。
「いえいえ、彼女が怖いのでやめておきます。ほら、家の前で待っている。」
なるほど家の前にはグラサンをかけた女が光の方に睨みをきかせていた。
「わあ、ほんとだ。怖い怖い。それじゃあね、また明日ー。」
光の車は走り去った。清四郎はグラサン女に声をかける。
「待たせましたね、悠理。どうです、魅録の昔の友達わかりましたか?」
悠理は待ちくたびれてやや不機嫌だったがこう言った。
「ああ、わかったよ。今は横浜の黄金町の店につとめてるらしい。
清四郎が好きそうな店だぜ。」
「僕が好きそうな店?」
「それは行ってのお楽しみ。」
悠理は清四郎の顔を見てニヤニヤ笑う。その顔にいやーな予感がしたが
仕方がない。
「・・・わかりました。ではこれから行きましょうか。」
「そう言うと思った。そこに車待たせてあるぜ。」
悠理達が乗った車が走り去ってからだいぶ経って、魅録の車が白鹿邸の前に
停まった。
野梨子は魅録に礼を言って車から降りた。
魅録は手をふりながら門の中に消えていく彼女を笑顔で見ていた。
ふと菊正宗邸を見上げる。清四郎の部屋の窓に灯りはなかった。
(清四郎・・・。まだ帰ってないのか。)
一方野梨子は門の中へ入り、魅録の姿が見えなくなると顔から笑顔が消えた。
無意識に菊正宗邸の二階、東側にある清四郎の部屋の窓を見上げる。
窓は暗かった。野梨子はその窓をしばらく見つめていたが、やがてふいっと
家の中に入っていった。

373 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-60)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:10
その店は飲み屋と飲み屋が軒を列ねる横丁の裏路地を一つ入ったところにある。
『青い霧』。
清四郎は嫌な予感がしていたのだが、それは大当たりだった。
店の前に立って中を伺っている最中も、次々客が入っていったが、
時々清四郎達を振り返っては笑顔を投げかけたり、
軽く手をあげて合図を送ってきたり、身も知らぬ者同士なのにフレンドリーで
親しみやすそうな店だ。その客のほとんどが男だということを除いては。
清四郎は大体どういう店か予想がついたので、しばらく悩んだものの、悠理が
(どうすんだよ)と視線を送ってくるので、仕方なく店のドアを押して中へ入った。

清四郎と悠理が店の中に足を踏み入れると、店内は薄暗いのに中にいる者の視線が
サッとこちらに集中するのがわかって、清四郎と悠理は(もっぱら清四郎だが)
緊張した。新顔を値踏みする目、噂をする声、興味なさそうに顔を背ける者、
意味ありげな微笑を浮かべ色っぽい視線を送ってくるもの、様々である。
そこには趣味嗜好を一つとする男達の一種独特の雰囲気があった。
店の者と思しき若い茶髪の男が声をかけてきた。
「いらっしゃい。この店は初めてだよね?」
そう言ってカウンターの席を進める。にきびのあるまだ子供っぽい顔の男だった。
同じ年位かもしれないと清四郎は思う。悠理と二人でカウンターに並んで座った。
何にする?と聞かれてコロナビールを頼んだ。悠理は適当に作ってと頼んでいる。
背後からもソファ席でくつろいでいる男達の鋭い視線を感じる。
清四郎は額に汗が浮いてくるのを感じた。暑い。
さほど広くない店内に自分と同じ男達がひしめいていていたたまれなかった。
悠理はよく平気でいられるものだ。早く『彼』を探さなければ。

374 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-61)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:12
清四郎は自分の右手を誰かが握ってくるのを感じて、背筋が寒くなった。
恐る恐る右に視線をやると、いつの間にか痩せた30代位のサラリーマンらしき男が
隣のスツールに座って、カウンターの下で自分の手を握ってきている。
スーツを着て眼鏡をかけた地味な感じの男だった。
清四郎の目を見ながらしばらく手を握ったまま微笑みかけてくる。
しかたなく清四郎も笑顔を返した。多少引きつっているのは許されるだろう。
サラリーマンは清四郎に何か喋りかけてきたが、その時店の中に入ってきた金髪の男が
どうやら恋人だったらしい。あわてて清四郎の手を離すと彼と別の席へ行ってしまった。
清四郎は肩の力を抜いてほっとした。
が、それもつかの間、今度は別の男が素早くその席に移動してきて早口で話しかけてきた。
「君、こういうとこ初めて?そっちの方は経験あるの?よかったら僕が教えてあげるよ、
いろいろとね。」
中年のヒゲをはやした中々いい男だった。可憐が好みそうなナイスミドルである。
こういうところで出会わなければの話だが。
中年男は清四郎の脚に自分の脚をくっつけてきて、さらに太ももを撫でてくる。
そのあからさまな行動に清四郎は辟易して、
「うれしいんですが今日は連れがあるので。」
と隣の悠理を指し示す。男は悠理を見ると言った。
「女の子だろ?」
「ええまあ。僕はどっちもいけるんです。」
隣で悠理が笑いをこらえているのがわかって、清四郎は腹がたった。
人の気を知りもしないで。

375 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-62)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:12
やっと中年男を追い払った時、悠理が清四郎の袖を引っ張る。
ちょうど店に入ってきたばかりの、がっちりとした体格の男を指差していた。
「あいつだぜ。魅録の昔のツレで木戸宏治ってんだ。あたいも昔ちょっとだけ
会ったことあるけど、もう覚えてないだろうなあ。」
「僕が話してみましょう。悠理、ここで待っていられますか?」
「いいけど・・・清四郎、大丈夫か?」
「自信はありませんがやってみましょう。」
清四郎は立ち上がって木戸宏治に近付くと話しかけた。
清四郎も背が高いが、木戸宏治はさらに見上げる程大きくガタイのいい男だ。
清四郎の言葉に初めは疑わしそうな目を向けていたがやがて頷くと、
清四郎の肩にがっしりとした腕を回し、彼を抱えるようにして二階へ上がっていった。
ヒゲの中年男が不満げな顔で二人を見やる。悠理も又、清四郎を見送ったが、
清四郎が男に言い寄られるのを面白がっていた気持ちはどこへやら、
彼の運命を思うとさすがに不安な気持ちだった。

木戸宏治はあまり男にもてる方ではない。
いい体格をしているが、どことなくオドオドした喋りとおとなしい性格で
何となく受け身に回ってしまい、恋愛が成就した試しがなかった。
だから『青い霧』で、若い男、しかも凛とした涼やかな目元で、引き締まった
体つきのすこぶる好みのイイ男に誘われて、宏治は久しぶりに有頂天になっていた。
店の者の控え室などがある二階に男を連れてあがる。
そういう事に使われるのは暗黙の了解の場所だった。
階段をあがってすぐの部屋の片隅に古ぼけた黒い皮の応接セットと、
使われなくなったビリヤード台がある。皮のソファは激しい使われ方をしたのか、
ところどころ破れて黄色いウレタンが顔を出していた。他に人はいないようだ。
木戸宏治はどうしようか迷ってソファに男をいざなう。
初めてみたいだしやっぱり俺がリードするべきなんだろうな。

376 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-63)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:13
男の顔を見る。同じ17、8位だろうか。見れば見る程、きれいな男だった。
オールバックにした髪は今どき珍しく脱色してない黒髪だ。
大人っぽく見えるが、額に二、三本かかる髪が男の若さと色気を際立たせている。
彫りの深い顔立ちの中で印象的なのはその瞳。二重瞼の下に長めの睫毛を
引き連れているそれは、濃い茶色で吸い込まれそうな程深みがある。
どことなく冷たい顔と評したくなるのは、整いすぎたその鼻梁のせいか、
それともうっすら赤みのさした薄い唇のせいだろうか。どことなく品があり、
知性を感じさせる顔だちだ。
背は高く、何か運動をしているのか、肩はしっかりとして胸板は厚い。
ボタンダウンの薄黄色シャツの袖口を肘までまくっていて、筋肉質の腕がのぞいて
いた。早くそのシャツを脱がして下に隠れている彼の身体を見てみたい。
考えるだけでうっとりした。

若い男はどうしていいか困っているようだった。知的な容貌に焦りの色が見える。
木戸宏治は男の気持ちを汲み取ってソファに押し倒した。
彼の身体の上に自分のたくましい体躯を重ね、そのまま彼の唇に口づけようとする。
キスには少々自信があるので、男を喜ばせてやれるだろう。
が、その時腕の中の男が少し力を入れて抵抗しているのに気がついた。
誘ってくるほど積極的だったのにいざとなると怖いのだろうか。
初めてみたいだしな。
宏治は少し力を緩める。宏治の身体の下で男が体を起こした。
次の瞬間、男の言葉が耳に飛び込んできて宏治はパニック状態になる。
「木戸宏治さんですね?
あなたの昔の友達、松竹梅魅録について教えてほしいことがあるんですが。」

377 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-64)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:14
カウンターの中の男とお喋りをしていた悠理は二階から派手な、何か倒れる音がしたのに
気がついて、ぎくっとした。悠理と話をしていた男はヒューッと口笛を吹くと言った。
「お連れさん、始めたみたいだね。」
悠理がぎょっとしてその男の顔を見ると、男は勘違いしたのか悠理をなぐさめるように
肩を叩いた。悠理は二階にいる清四郎に向かって心の中から呼び掛ける。
(清四郎ー!貞操は守れよーっ!)

「魅録」の名前を聞いた途端、逆上して清四郎に突っ込んできた木戸宏治はあっさり
交わされて、その後ろにあった枯れた観葉植物に突っ込んで派手な音を立てた。
清四郎は一瞬階下から誰か様子を覗きに来るかと身構えたが、誰も上がってはこなかった。
木戸宏治は起き上がりかけたまま、固まっている。ぼんやりと清四郎の顔を見つめて
いたが、やがて小さな声でつぶやいた。
「魅録・・・。久しぶりに聞いたな、あいつの名前。あいつ元気にしてるのか。」
清四郎は警戒をゆるめず答えた。
「ええ。今のところは。しかし状況に寄ってはそうじゃなくなるかもしれません。
それで木戸さんに聞きたいことがあるんです。」
「あんた、あいつのダチか。」
「そうです。同じ高校の仲間です。木戸さんは昔、魅録とよく一緒にいたと聞いて
ますが、望月光という名前の女を知ってますか?」
木戸宏治はその名前を聞くと、恨めしそうな顔をして天井を見上げた。
頭に植木鉢の土がついている様は何とも様にならなかった。
「ああ、知ってるよ。わすれようと思ってもわすれられないぜ、その名前。
望月光ってのは昔、俺がいた族のリーダーの彼女(オンナ)で、魅録の幼馴染みだ。」

378 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-65)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:15
魅録は夢を見ていた。小さな子供の頃の夢だ。
公園で近所の男友達とさんざん悪い事をして遊んでいた。
公園の木を折ったり、砂場にでかい池を作ったり、ブランコを結んで遊べなくしたり、
隣接したグラウンドの金網を破ったしていた。悪いことをして、鼻高々だった。
そんな時さっそうと現れる四つ年上の少女がいた。
あれは・・・光だ。
「魅録!こっち来な!!」
「あんた達こんなことして、小ちゃい子が遊べないでしょ!早く元に戻しなさい!」
友達は皆、光のことをうるさがっていたが、魅録は内心憧れていた。
短いスカートをひるがえして走っていく、少し年上の女の子。
事情があるらしく母親と二人だけでマンションの小さな部屋で暮らしていた。
しかし光はその事情を感じさせない明るく快活な女の子だった。
光が走る。光が笑う。光が叫ぶ。
小さな魅録には光の姿がまぶしかった。

魅録ー!
なんだよ、光ちゃん。
魅録!
なんだよ。光!
魅録、魅録、魅録、魅録・・・魅録!

枕元で携帯が鳴っていた。
魅録はベッドにうつぶせたまま、携帯を枕の下から探した。
誰だよ、こんな時間に。時計を見ると、四時だった。
かけてきた相手は非通知だったが携帯の受話ボタンを押す。
耳に飛び込んで来たのは聞いたことのある声だった。
「・・・もしもし、魅録?」
「もしもし。・・・誰?」
魅録は半分寝ぼけた声で問う。
「ごめんなさい、こんな遅くに。・・・野梨子です。」

379 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-66)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:16
(野梨子?)
目が覚めた。ベッドに起き上がり、携帯を耳につけたまま煙草を探し火をつけた。
「野梨子?どうしたんだよ、泣いてるのか?」
「あの・・・ごめんなさい、こんな夜遅くに、魅録。でも、私・・・
どうしても・・・あの。耐えられなかったんですの・・・誰かに聞いてほしくて・・
魅録しか・・・魅録しか思いつかなかったんですの・・・」
すすりあげ、泣く声が聞こえた。
「野梨子、野梨子?聞いてるか?おーーい。どうした?なんで泣いてんだよ。」
しばらく野梨子はしゃくり上げていたが、やがてやっと訳を話す。
「清四郎が、清四郎が・・・帰って来ないんですの。
ずっと清四郎の部屋を・・・私、見ていて、灯りがつかなくて・・・
ずっと光さんと一緒なんですわ・・・!」
嗚咽がひどくなった。受話器の向こうで野梨子が打ちのめされている。
魅録は煙草を吸って煙を吐き出した。暗闇の中に煙草の火が赤く点っている。
窓から入ってくる月明かりの中に白い煙が立ち上っていく。
「あのさ、野梨子。男の朝帰りなんて珍しくないんだぜ。
俺だってさ、仲間と飲んでたらすぐ朝になっちゃうよ。
野梨子は余り夜遊びしないからわかんないかもしれないけどな。
清四郎だってたまには羽のばすこともあるんじゃないの。」
野梨子はかすれた声で言った。
「でも、光さんと・・。女の方と一緒にいたらやっぱり・・・。」
「エッチしてるかってこと?そりゃ男と女が一緒にいたらさエッチすることも
あるだろうよ。でも、必ずそうなるとは限らない、そうだろ?
相手だっているんだしさ。」
「魅録は?魅録だったらどうしますか?」
「ん?」
「もし魅録だったら女の人といい雰囲気になったら?」
「そうだな・・・もうそれは謹んでおいしくいただきます。なーんてね、冗談だよ。
俺ね、ヤローとばかり遊んでるからあまりそういう経験ないし、やっぱそういう事は
好きな奴としたいかな。」

380 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-67)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:17
野梨子は考えているようだった。魅録は煙草の煙をふうっと吐き出して、言った。
「あんまし考え過ぎるなよ。もっとあいつの事信じてやったらどう?
野梨子の知ってる清四郎は、好きでもない女と平気で寝る奴じゃないだろ。
あいつは計算高いし人をとことん利用することもあるけど、情には厚い、
いい奴だぜ。望月のことも、何かあいつなりの考えがあってして
るんだと思う・・」
野梨子が弱々しく言う。
「魅録、私。」
「信じてやれよ、好きなんだろ清四郎のこと、男として。」
野梨子にハッパをかけようとして、うっかり言ってしまってから魅録は後悔した。
(バカだな、俺。墓穴掘ってるよ。)
しかし野梨子はがっかりしたように言った。
「私、そういうのよくわからないんですの。人として好きになるのと、異性として
好きになるのと、どう違いますの?どちらにしても、その方が好きということ
には変わりありませんでしょ。」
わからない・・・そういうのはよくわからない・・・。
魅録は野梨子の言葉を頭の中で反復する。
てことは清四郎のこともまだちゃんと意識はしてないってことか。
「そうだな。どう違うかって言うと、つまり異性として好きになるってことは、」
「好きになるってことは?」
野梨子は真剣な調子で聞く。
「いつもそいつの顔が見たくなって、声が聞きたくなって。」
「いつも?」
「そう。それで会えないと不安だ。何をしてるのか気になって、」
野梨子が反復する。
「何をしてるのか気になる。」
魅録は目をつむって受話器の向こうの野梨子を思い浮かべていた。
「会いたいんだ、とにかく。会いたくなる。」
「とにかく会いたい。」
「会って見ているだけで胸がどきどきして締め付けられて苦しくて。」
「…それから?」
「触れたくなる。その黒い髪に、その頬に、赤い唇、白い腕…。」
魅録はそこで言葉を切った。野梨子が受話器をあてている耳には息を吐き出す、
ふーっという音が聞こえる。煙草の煙を吐き出す音だろうか。
ややあって魅録は照れたようにつぶやいた。
「なに言わせんだよ、野梨子。途中で止めてくれよ、はずかしー。」
魅録の言葉に聞き入っていた野梨子はあわてて言った。
「驚きましたわ、魅録。あなたって女性には興味ないと思ってましたのに、
すごく情熱的ですのね。さっきのまるで詩のようですわ。魅録は詩人になれ
ますわよ。」
「もう、やめてくれよ!」
魅録が電話の向こうで真っ赤になってることが容易に想像できた。

381 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-68)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:18
「野梨子、元気になったみたいだな。」
「ほんとですわ。ありがとう、魅録、私のために、その、詩まで・・・」
おかしくて、ふふふと笑い声が洩れた。
「笑ってろよなー。なんだよ、夜中に人を叩き起こしておいてよー。
元気になったんならもう切るぜ。」
「わかりましたわ、ごめんなさい。ありがとう、魅録。お休みなさい。」
「おやすみ・・・」
電話は切れた。野梨子の耳にツーツーという音が聞こえる。
(魅録っていい人。)
野梨子はそう思い受話器を戻しながら隣家を見上げてはっとした。
彼の部屋に灯りがついていた。
彼が帰ってきた。
カーテン越しに漏れる光の中、部屋の中を歩き回る人影が見えていたが、
やがて灯りは消えて元の暗闇になった。これからつかの間の休息を取るのだろう。
(おやすみなさい、清四郎。)
とつぶやいて、野梨子は我が胸の叫びに気がつく。

会いたい。

会いたい。会ってその顔に、胸に、触れたい。

自らの身体に宿った熱く燃え上がる炎に、野梨子は戸惑い、夜が白々となるまで
立ち尽くしていた。

382 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/08(日) 19:20
今回は以上です。長いですね、ごめんなさい。
呆れずに読んでくださっている方、本当にありがとう。

383 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-69)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:11
校庭で野球部が早朝練習を始めていた。聖プレジデント学園の野球部は弱い。
が、何かの為にひたむきに励む姿は見ていて気持ちがいいな。
清四郎は横目で練習を見てそんなことを考えながら、校庭の中央に植えて
ある大イチョウの木の下へ急いだ。遠目では木の下には誰もいないように
見えたが、近寄ってみるとすでに魅録が来て待っていた。
「よお。」
爽やかな朝だというのに魅録は怒ったような顔をして清四郎をにらんだ。
その目は少し眠そうで赤かった。
「目が赤いですよ、魅録。寝不足ですか。」
そういう清四郎の目も真っ赤で、魅録に負けずおとらず眠そうだった。
「おまえこそウサギの目だぜ。鏡見てみろよ。その分だと昨日は徹夜か?」
「いいえ、ちゃんと小一時間程寝ましたよ。」
清四郎はイチョウの木の根元に腰をかけた。木に寄り掛かるとたちまち
睡魔が襲ってきて、彼は目元を押さえた。そんな彼の様子をじっと
見ながら魅録は言った。
「昨日あそこで何してたんだよ、清四郎。」
「あそこって?」
やっぱり気づかれていたか。
白々しくとぼけながら清四郎は立ったままの魅録を見上げる。魅録は
「しらばっくれるつもりかよ。あのSAだ。トラックとバスが事故って
た前におまえさんと望月光がいたのを、俺も野梨子も見てるんだぜ。」

384 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-70)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:13
「ほう。野梨子とSAにね。そうですか。それはまた珍しいところに
行きますね。デートですか?」
「で、デートなわけないだろう。ちょっと、その野梨子に会わせたい人が
いただけだ。」
「会わせたい人って?」
「だーっ。たくお前のペースだな。教えてやるよ。野梨子にな、
赤蛇会って組の会長、もう相当なじーさんだけどな、を紹介したんだよ。
じーさん骨董や絵画を集めるのが趣味でさ、一回見せてもらったけど
家の倉庫にすげーコレクション持ってるんだぜ。その中に野梨子の親父さんの
絵も何枚かあったんだ。その内の一枚がぶっとびなんだ。何だと思う?」
「まさか・・・あの「占春園(せんしゅんえん)」ですか?」
「当たり。すらっと名前が出てくるなんてさすが清四郎だな。俺は名前聞く
までわかんなかったぜ。その「占春園」、野梨子も見た事がないって言ってた
の覚えててさ、それであいつに見せてやりたくて会長に会わせたんだ。」
「・・・野梨子は喜んでましたか?」
「すっげえ喜んでたぜ。もう日本にないって思ってたみたいだからな。
あいつがあんなに喜ぶなんて連れていった甲斐があったよ。」
魅録は一拍置いて続けた。
「お前も誘うつもりだったんだぜ。でも、ほら昨日さ何か機嫌悪かっただろ?」
清四郎はこの律儀な友達の顔を見て微笑んだ。
「それは残念なことをしました。」
「今度また行こうぜ。今度は悠理達もいっしょにさ。」

385 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-70)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:13
「ほう。野梨子とSAにね。そうですか。それはまた珍しいところに
行きますね。デートですか?」
「で、デートなわけないだろう。ちょっと、その野梨子に会わせたい人が
いただけだ。」
「会わせたい人って?」
「だーっ。たくお前のペースだな。教えてやるよ。野梨子にな、
赤蛇会って組の会長、もう相当なじーさんだけどな、を紹介したんだよ。
じーさん骨董や絵画を集めるのが趣味でさ、一回見せてもらったけど
家の倉庫にすげーコレクション持ってるんだぜ。その中に野梨子の親父さんの
絵も何枚かあったんだ。その内の一枚がぶっとびなんだ。何だと思う?」
「まさか・・・あの「占春園(せんしゅんえん)」ですか?」
「当たり。すらっと名前が出てくるなんてさすが清四郎だな。俺は名前聞く
までわかんなかったぜ。その「占春園」、野梨子も見た事がないって言ってた
の覚えててさ、それであいつに見せてやりたくて会長に会わせたんだ。」
「・・・野梨子は喜んでましたか?」
「すっげえ喜んでたぜ。もう日本にないって思ってたみたいだからな。
あいつがあんなに喜ぶなんて連れていった甲斐があったよ。」
魅録は一拍置いて続けた。
「お前も誘うつもりだったんだぜ。でも、ほら昨日さ何か機嫌悪かっただろ?」
清四郎はこの律儀な友達の顔を見て微笑んだ。
「それは残念なことをしました。」
「今度また行こうぜ。今度は悠理達もいっしょにさ。」

386 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-71)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:15
清四郎はまた魅録の顔を見た。こいつには全く邪心がないように思える。
ただ野梨子の喜ぶ顔が見たかったんだろう。
そういう奴だ、こいつは。
いいやつだな。
一番敵に回したくないやつだ。

「・・・赤蛇会は後継者選びで揉めているって聞きましたが。」
魅録は変な顔をして清四郎の隣に座る。
「お前がヤクザの噂をするなんて珍しいな。でもその噂はガセだぜ、俺が
知ってる限りでは。だって後継者はもうとっくに決まってるもんな。」
「魅録ですか?」
清四郎は友人がイチョウの木を背にずりずり、ずり下がっていくのを見ていた。
「清四郎。お前、ちょっと会わない間に面白くなったなあ。
冗談きついぜ。小説じゃないんだから高校生が組長とか、そういう甘ちょろいトコ
じゃないぞ、あっちの世界は。」
「そうでしょうね。たぶん。」
予想はしていたのだが、清四郎は魅録の口から否定の言葉を聞いてほっとした。
望月光のくだらない冗談によくもまあ長い間振り回されていたものだ。
「会長の娘婿が跡継ぐはずだよ。まあ最近シマ争いを黒斬会と延々やってるらしい
から、後継ぐってのも大変な話だよなあ。」

387 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-72)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:15
「清四郎。」
「なんですか。」
「SAで望月と抱き合ってたろ、おまえ。野梨子も俺もしかとこの目で
見せてもらったぜ、熱々のラブシーンをな。」
「あれははずみです。ラブシーンじゃない。」
「語るに落ちたな。野梨子はな、お前が光とずっと一緒だったって思ってんだぞ。
二人の間に何かあったんじゃないかってショック受けてたんだ。わかってるのか。」
「僕と望月光の間のことなんて大きなお世話ですよ。ほっといてください。」
「今朝四時頃、野梨子が泣きながらうちに電話かけてきたぜ。大事なお隣さんが
まだ帰ってきてないってな。」
「・・・・・」
「俺はお前がどういうつもりで望月とつきあってるのか知らないけどよ。
これだけは忠告しておくぜ。あいつはヤバイ女だ。さっさと手を引け。」
「なぜそう嫌うんですか?魅録。望月光は小さい頃からの知り合いでしょう。」

魅録は絶句した。清四郎から視線をそらし抱えた膝の上にアゴをのせて黙っている。
「いつの間に調べたんだよ。はっきり言っていい気分はしねえな。」
「すみません。実はゆうべ、悠理といっしょに木戸宏治に会ってきたんです。
彼の口から昔何があったのか大体のことは聞きました。」

388 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-73)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:16
野球部のかけ声が聞こえていた。始業時間が近づいて生徒達のざわめきが大きくなって
きた。魅録はやがて観念したように言った。
「たしかに望月は俺の幼馴染みだ。年は四つ上だけどな。小さい頃はよく遊んだよ。
威勢のいい気の強いネーチャンでさ、昔はちょっと好きだったかもな。」
話は時々途切れたが清四郎はせかすこともなくじっと聞いていた。
「望月のおふくろがさ、誰か知らねーけど偉いヤツの愛人だったらしくて、
ずっとおふくろさんと二人暮らしだったのが、あいつが中学に入る少し前に
おやじのところに引きとられたんだ。それからずっと会ってなかった。
それが」
いったん言葉を切る。
「中学に入ってから宏治と知り合って出入りするようになった族に、
望月がいると知った時はびっくりしたよ。おやじとうまくいかなかったんだな。
すっかり道をはずれててさ、派手で男好きケンカ好きの女になってた。
グループのメンバーの彼女(おんな)だったのがいつの間にかリーダーの彼女
になって、それも結構揉めたみたいだけどな。
でも俺さ幻想を抱いてたんだ。ほんとはあいつ悪ぶっているけど、昔と何も変わって
ないって。もうその頃、俺となんか一言も口聞いてないんだから変な話だけど。
あいつは昔のように仲間思いのいいヤツだって勝手に思い込んでたよ。」

389 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-74)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:19
薄汚れた蛍光灯が小さくジーッと音をたてながら辺りを青白く照らし出していた。
『青い霧』の二階で植木鉢の土を頭にくっつけたまま、木戸宏治は話し続けた。
「魅録は望月光に憧れてたんだと思う。俺がいくら、光は女神なんかじゃない、
根性の腐った強欲な女だっていくら言ってもわからなかった。
だからあいつは利用された。」
「利用された?魅録が望月光にですか?」
「正確に言うと光の男だ。リーダーじゃない、新しい男、どっかの組のチンピラだ。
そいつに利用された。俺がいたグループは走りに命かけてて、ヤクとか争い事は厳禁だった
のに光が外から持ち込んだ。光がメンバーにヤクをさばいてんのを、偶然魅録が
見たんだ。魅録は光に口止めされてあいつはそれを飲んだ。」

魅録は続けた。始業時間はとうに過ぎて生徒達は教室に入り、校庭はしんとなって
いる。今ここにいるのは魅録と清四郎の二人だけだ。
「俺、あいつの、光の力になってやりたかったのかもな。あいつ新しい男のために
必死だったし。いつかはリーダーにばれるだろうから、その時まで黙ってたら
すむ事だって簡単に考えて。リーダーにばれたのすぐだったよ。
光は新しい男のところへ逃げた。ヤクやってた連中と俺は仲間にリンチされた。」

390 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-75)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:20
「リーダーは光が逃げたのにもキレて魅録達を殺しそうな勢いだった。」
宏治はその日の出来事を思い出して震えていた。体は大きいのに気のやさしい男
なのだろう。清四郎は彼の隣に座って話を聞いていた。
「こわかった。魅録が殺されるんじゃないかって。もうあいつ殴られ過ぎて
立ち上がれなかったし。」
2m近くある男の両目から涙がこぼれ落ちる。
「だから、だから、俺、あいつを助けたくって、本当だ。助けたかったんだ。
助けたくって言ったんだ。『こいつの父親は警視総監だ』って。そういえば
リーダーもびびって殴るのやめるかなあって。でも逆効果だった。リーダー
は逆上して魅録に『呼べるもんなら呼んでみろよ、おやじのこと。助けてー、
おとーちゃーんって呼べよ。おぼっちゃんよ』って笑ってまた殴った。」

青い空を飛行機が走っていく。その後を細く白い雲が筋をひいて追いかけていた。
「俺も反抗期でさ、そん時家でもおやじと口なんか聞いてなかったんだよね。
国家権力を傘にきた奴が父親なんて恥ずかしくってさ。それを宏治のやつが
『こいつのおやじは警視総監』ってバラすから悔しかったなあ。悔しがっても
殴られ過ぎて手もあがんなかったけどね。で、そん時光が戻ってきやがったんだ。
今度は強力なバック連れてさ。また男変えてやんの。今度は組の若手幹部だった。
リーダーの先輩だったらしくてリーダー何も言えなくなっちゃった。
『助かった』と思いきやお鉢がこっちに回ってきたんだ。リーダーが俺の親父
のこと喋ったらさ、組の奴が喜んで俺におやじ呼んでこいって言うんだぜ。
俺をネタにおやじをゆすろうとしてるんだ。それも聞いてたら光が組のやつを
そそのかしてやんの。『警視総監の弱味を握ったら後々あんたの役に立つよ』
だって。かばってやったのにひでー女だよな。」

391 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-76)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:21
「魅録は光をスゲー目でにらんでた。光は気にもとめてなかった。怖い女
だよ。幼馴染みを利用してさ、しかも親父までひっぱりだそうなんて。
魅録がことわったら今度は俺に魅録をなぐらせようとするんだ。俺できないって
言ったよ。友達だからさ。そしたら光に命令された。『魅録を殴れ』って。
『おまえが殴られたくなけりゃとっとと殴れ』って。仕方ないから・・・
俺・・・あいつを殴った。」
宏治の顔は涙でぐじゅぐじゅだった。その時、宏治に小さい影が飛びかかった。
いつの間に二階に上がってきたのか悠理だった。
「てめーっ!!卑怯もの!!自分がやられたくないからってダチ殴ったのか!?
ゆるせねーっ!!魅録にあやまりやがれ!このーっ!」
頬を張る大きな音がした。宏治が頬を押さえてよろける。
あわてて清四郎が悠理を押さえ込む。
「ばかっ!待て!悠理!悪いのはこいつじゃない!」
宏治は悠理に張られた頬を手で押さえながらワアワア泣いた。
「そうだ、俺は卑怯ものだよ!!俺は!魅録を裏切った!!ダチだったのに!
あんなに好きだったのに!最低なやつなんだ・・・」
『青い霧』の二階に男の泣き声が響き渡った。悠理はふりあげた拳を降ろして、
困ったように清四郎を見た。
清四郎はそっと宏治の隣に座るとその震える肩になぐさめるように
手をおいた。

392 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-77)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:23
「スキを見て逃げ出したけど、逃げ切れなくて、結局家に電話して助けを
呼んだ。出たのはおやじだった。パトカー総動員して助けに来てくれたよ。
おやじに反抗してたのに、結局助け出してもらうなんてすげーかっこわるい
よな、俺。だから未だにおやじには頭あがんないぜ。」
清四郎は言うべき言葉が見つからなかったので、黙っていた。
幼くして修羅場をくぐってきた友人は今は目をつぶっていた。
「宏治か・・・懐かしいな。元気にしてた?あいつ。」
「ええ。元気でした。」
清四郎は答えながらかけがえのない友人に手酷い傷を負わせた女に、
静かに怒りを感じていた。
「よお。清四郎よ。」
「ん?何ですか?」
「もう知ってるかもしれないけど俺、野梨子が好きかもしんない。」
魅録が清四郎の瞳をじっと見つめていた。
清四郎も見つめ返した。
「おまえはどうなんだ?」
「僕は・・・まだ答えが出てません。」
「じゃ疑問としてはあるわけだ。俺は野梨子を好きなのかって。」
「いや、でもたぶん答えは出てるんでしょう。彼女は」
「僕の妹のような存在です。向こうも僕を兄のように思ってるでしょう。」
魅録は何か言いたそうな顔をしていたが、やがてニヤっと笑って言った。
「ふ・・・ん。じゃ俺が野梨子に手を出しても文句はないな?」
「それはまた別の話です。何しろ妹ですからね、兄としてはうるさいですよ。」
「きったねーなー。まあ、いいや。望月のこと、わかったな。
もうあいつに近づくなよ。」

393 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/10(火) 10:25
今回は以上です。ちょっとプロバイダが混雑して書き込みを
拒否されたのに、実際は書き込まれてたりして、
(70)がだぶってしまいました。すみません。
Rにこの次はつながるはずです。

394 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-78)」 投稿日: 2002/12/14(土) 10:13
清四郎は魅録といっしょに教室に急いだ。
ホームルームが終わり生徒が教室からわらわらと出て来ていた。
ノートと筆箱を持って視聴覚室に入るところだった野梨子が、
先を歩いていた魅録に気づき笑顔で合図した。魅録が野梨子に近づいて、
教室の入り口に手をつきながら、彼女と話し始める。
その横を清四郎は無言で通り過ぎた。

野梨子は清四郎に気づいたが、彼があまりにも足早に
二人の横を歩いていったので、声をかけそびれてしまった。
「魅録、清四郎があいさつもしないで行ってしまいましたわ。
まだ昨日のこと怒っているのかしら。」
「もう怒ってなかったよ。なんか用事なんじゃねえの。」
魅録はずんずん歩いていく清四郎の後ろ姿を見送りながら言ったが、
煮え切らない友人の態度にいらついた。
(なんだよ、清四郎のやつ。やっぱり野梨子に気があるんじゃねえか。
妹なんて強がるなよ。)

その日清四郎は、授業時間も休み時間も大学入試の問題集に没頭した。
英語、数学、国語、地理、歴史、物理・・・片っ端から解いて解きまくった。
頭をフル回転させて余計なことを考えずにいたかった。ただ解を見つけるだけ
の問題集は全てを忘れる役に立った。
しかし、いまやおそろしく難しい問題が彼の前に立ちはだかっていて、
清四郎を苦しめる。清四郎はため息を連発しながら頭をかきむしっていた。

395 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-79)」 投稿日: 2002/12/14(土) 10:14
=================
設問1
菊正宗清四郎は白鹿野梨子を嫌いか?
答え No

設問2
では好きか?
答え Yes

設問3
異性として好きか?
答え どちらとも言えない

設問4
彼女が他の男性のものになってもよいか?
答え ・・・No

設問5
それでは彼女を自分のものにしたいか?
答え ・・・どちらとも言えない

設問6
今まで通りたよりにされたいか?
答え Yes

設問7
彼女を好きか?
答え 無回答

設問8
次の「」に当てはまるものを次の(1)〜(3)から選べ。
  彼女は僕の大事な「 」です。

(1)妹
(2)友だち
(3)彼女

答え 無回答

================
いくらやっても合格点はもらえそうになかった。

396 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-80)」 投稿日: 2002/12/14(土) 10:15
昼休み、清四郎がふと顔をあげると野梨子が自分の机の横に立っている。
野梨子は彼の隣の席にカバンがないのを見てほっとしたようだった。
望月光は今日欠席している。

清四郎は彼女の姿を見ると心が落ち着かなくなるのを感じた。
「何ですか。」
しかし、また冷たい言い方になってしまったと清四郎は反省して、
照れたような微笑を浮かべた。野梨子の豊かな黒髪に日の光が反射してまぶしい。
彼女の顔に視線を移してはっとなった。彼女の目が赤く潤んでいた。
頬も心持ち赤いようだ。助けを求めるような目でじっと彼を見ている。
清四郎は思わず野梨子の額に手をやった。

その途端、
「きゃっ。」
と言って野梨子が飛び退き、光の席にぶつかった。机が音を立てて動いた。
「い、いきなり何なさるんですの?」
「何って赤い顔してるから熱でもあるのかと思ったんですよ。
痴漢にあったような声を出されると心外ですね。」
「清四郎が突然触ったりするからですわ。」
そう言う間にも野梨子の顔にぐんぐん血が昇って、あっという間に真っ赤になった。
彼女は泣き出しそうな顔をしている。

なんだ?どうしたんだ?

清四郎は少し心配になった。つい一昨日まで野梨子は寝込んでいたのである。
持ち前の保護者精神がむくむくとわきあがる。
「まだ体調が優れないんじゃないですか?病みあがりなんだから無理をしたら
よくないですよ。保健室に行って休みましょう。」
そう言って彼女の腕をつかむと保健室へ連れていこうとする。
「大丈夫ですったら清四郎。ほんとに熱なんかありませんの。」
嫌がる野梨子の顔を清四郎はじっと観察した。
野梨子も清四郎の顔を見つめかえす。

清四郎の後ろに流した髪が、時折かきむしったせいで少し乱れて
額に落ちかかっている。そんな彼の悩ましい様子から野梨子は目が離せなかった。
「野梨子?どうしました?」
野梨子がぼうっとしたまま無反応になったので、清四郎は
(相当熱があるぞ。)
と思い、彼女を保健室に引きずっていった。

397 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-81)」 投稿日: 2002/12/14(土) 10:16
「結局自分が寝たかっただけですのね。」
野梨子は呆れて眠りこけている男を見ていた。
保健室に来たものの保健室の先生は不在だった。
清四郎は白いベッドを見て強烈な睡魔が襲ってくるのを感じた。
そこで彼はどうしたかと言うと、耐えきれずふらふらと布団に潜り込んで
眠ってしまったのである。すぐに寝息が聞こえ始めた。
野梨子がいくら呼んでもぴくりともしない。
普段は常に冷静な行動をとる清四郎だが、寝不足や疲れ気味のときは本能に
忠実らしい。

寝息が規則正しいリズムで聞こえていた。清四郎は少し痩せたようだった。
閉じた目の下にうっすら隈が見える。顔色も心持ち青白かった。
最近不健康な生活をしているのだろうか。
野梨子は心の中で清四郎に問いかける。
(ゆうべは一体誰とどこでなにをしていたんですの?)
すーすーという寝息だけが聞こえる。
(・・・憎らしい人。)
男は安心し切った寝顔だ。野梨子はにこっと笑う。
(無敵の清四郎も今だったらやれますわね。)

右手で手刀を作り、眠る男に狙いを定めた。
とお、とふざけて振り降ろす。
彼女の小さな手は男の額にぽんと当たってはね返った。
清四郎は何かつぶやいて野梨子の方に顔の向きを変える。
寝ながら彼は何か難しい問題をといているようで、時折眉間にしわを寄せながら
うなっている。

398 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-82)」 投稿日: 2002/12/14(土) 10:17
「いや・・・それは、そうじゃないな。間違っている。」

可笑しかった。ふきだしそうになるのをあわてて手で口を押さえて
こらえる。
(清四郎ったら夢の中まで勉強してるんだわ。)
(クールに決めてるけどいつも一生懸命な、清四郎。
えらいですわね。)

清四郎が何か言いたそうに唇を動かした。
薄い形のいい唇が少しひび割れていた。かるく血がにじんでいる。
(痛そう。)
そう思って野梨子は清四郎の唇に手を伸ばした。
白くほっそりとした指先で愛しい人の唇に触れる。
彼の、穏やかな息が指先にかかった。
そのまま彼の唇をなぞる。

胸が高鳴っていた。
伸ばした手が震えている。
彼の唇に触れた指先を、そっと自分の唇に当てて目を閉じた。

(私、清四郎が好きなんですわ。こんなに彼に会いたくて、こんなに
彼に触れたいんだもの。)

399 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-83)」 投稿日: 2002/12/14(土) 10:18
清四郎はそのままずっと保健室で寝ていた。目が覚めるとすでに放課後だった。
もちろん野梨子の姿はない。
清四郎は白いベッドの上で上半身を起こし、両手で頭を抱えた。
(悩んでいてもしかたがない。その内答えがわかるさ。もっとも。)
(その時は取りかえしがつかないことになってるかもな。お前は馬鹿なやつだと
自分を呪ってるかも。)
魅録と野梨子が仲むつまじく寄り添い歩く姿が脳裏を横切った。

すっきりとしない気分のまま自宅に帰りついて驚いた。
玄関に聖プレジデント学園の女ものの制靴がきちんと揃えて脱いであった。
母が玄関まで清四郎を出迎えてこう告げた。
「お帰りなさい。遅かったのね。もうだいぶ前に野梨子ちゃんが来てくれてて
あなたの部屋で待ってるのよ、。早く行ってあげて。」
(野梨子が?何の用だろう。そういえば昼休みにも来てたな。)
正直なところ、今はあまり彼女と顔を合わせたくなかった。
顔を見れば否応なく、棚上げした問題に直面しなければならなくなる。

自室のドアをノックして開けた。中にいる野梨子と目が合う。

彼女は制服のまま、きちんと正座して手を膝の上に置いていた。
ここに来てからずっとその姿勢のまま清四郎を待っていたのだろうか。
美しい黒髪を持つ少女は清四郎を前にして緊張しているようだった。
「いらっしゃい。」
「お邪魔してます。」
野梨子は清四郎に向かって微笑んだが表情は固い。
清四郎はそんな彼女の様子を見て覚悟した。
(魅録のことか。こんなに早く。すでに機は熟したということなのか。)
鞄を置いて野梨子の前に正座した。

400 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-84)」 投稿日: 2002/12/14(土) 10:18
「どうしたんですか、あらたまって。何か僕に大事な話があるみたい
ですね。」
おだやかに話すがどことなく冷たい当たるような口調になる。
野梨子ははっと清四郎の顔を見たが、怒った顔をしてうつむいてしまった。
その間に清四郎は何を聞いても受けるショックが少なくてすむように、
精神を統一していた。

二人とも沈黙して向かいあったまま、数分が過ぎる。
階下から清四郎の母が
「清四郎ちゃーん。お母さん今日もうすぐ出かけるからよろしくねー。
御飯テーブルに作ってあるからー、野梨子ちゃんもいっしょに食べていって
ねー。お父さんも和子も夜遅くなるから先に食べてて言いわよー。」
と叫んでいる。

401 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/14(土) 10:21
今回は以上です。(-84)が冒頭の(1)〜(17)に
つながります。
なお(1)〜(17)の内容に少々ずれが出て来たので、
修正スレッドに修正部分をうPさせていただきますので、
お手数ですが合わせて御覧ください。

402 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+1)」 投稿日: 2002/12/18(水) 12:24
気がついた時には辺りは夜の様相を示していた。
暗闇に誘われるように一本また一本と街灯が目を覚ます。
家人のいない菊正宗家はひっそりとしていたが、長男清四郎の部屋だけには
人の気配がある。
愛の交歓の後、しばらく二人の息づかいの声だけが聞こえている。
清四郎は余韻を愛おしむように、野梨子の頬や額、唇に軽いキスを
くり返す。
野梨子と目が合うとやさしく微笑み、白くほっそりとした彼女の体を
ぎゅっと抱きしめた。
「不思議ですね。」
清四郎が野梨子の髪をなでながらしゃべる。
「野梨子と僕がこうなるなんて想像もしてなかった。」
「私も。・・・不思議ですわね。」
野梨子も言う。
「清四郎が普通の男性のようなことをするなんて思いませんでしたわ。」
「野梨子がそうさせたんですよ。」
「まあ。」
野梨子は顔を赤らめた。
「私、清四郎を誘うようなことをしてましたの?」
「いや、僕が野梨子を抱きたかったんです・・・。」
と、清四郎は黙った。そのまま会話は途切れる。
彼の顔を見ると難しい顔をして天井を見つめていた。
野梨子の視線に気がつくと少し苦笑いをした。
「どうしたんですの、清四郎?」
彼女の問いには答えずに彼は上半身を起こして言った。
「服を着ましょうか?」
もっと寄り添っていたかったが、いつ清四郎の姉や父が帰ってくるかも
しれないので、二人は服を身につけることにした。
野梨子は彼の目の前で下着や靴下をつけるのには抵抗があったので、
彼女が支度をしている間、清四郎はそっぽを向かされた。

403 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+2)」 投稿日: 2002/12/18(水) 12:25
初めてのことなのに味気ないことだと思ったのか、野梨子が制服を
身につけると、清四郎は彼女を後ろから抱きしめた。
野梨子は自分の体に回された彼の腕と指先をじっと見ていた。
自分のより一回りも大きい、この手がさきほどまで私を愛していたのだと
思うと愛しくてたまらない。唇まで持ち上げてキスをした。
彼に抱きしめられていることの嬉しさに酔いながら、そっとつぶやく。
「愛してますわ、清四郎。」
清四郎からも当然、「僕もですよ、野梨子」という言葉が返ってくる
のを期待した。
しかしいつまで経っても清四郎は返事をせず、その代わりますます強く
彼女をだきしめた。
(清四郎?)
野梨子は不安に思い彼の腕の中で身をよじって、男の顔を見上げた。
「・・・どうして、僕もですよって言ってくれませんの?」
少し悲しげな顔で見上げる野梨子に清四郎は胸が痛くなった。
できることなら「愛している」の言葉を野梨子の上に雨のように
降らせてやりたい。美童が口にするような甘い愛の言葉が、
女性を幸福にしリラックスさせるのは、よくわかっていた。
たとえその場限りのことにしろ。
だが、そんな思いとは裏腹に口からついて出たのはこんな言葉だった。
「まだ、わからないんです、自分の気持ちが。」
今日悩みぬいていた問題だったため、つい本音が出てしまった。
が、清四郎は言ってしまってからひどく後悔した。
腕の中で野梨子がかたまっていた。
「私のことが嫌い、ですか?」
「嫌いなわけないじゃないですか。ただ、まだ、よくわからないんです。」
先ほどのことばをくり返す。
野梨子が突然清四郎の腕を振りほどいて立ち上がった。
彼女の顔は青かった。
「わからないのに私を抱いたんですか?」

404 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+3)」 投稿日: 2002/12/18(水) 12:26
答えはYesだった。だから清四郎は野梨子を見つめたまま、黙っている。
「好きでもないのに私にあんなことをしたんですか?」
野梨子は答えを待った。「そうじゃない、好きだよ」の答えを。
だが男は黙っている。

好きでもないのに?そうじゃない。好きなんだ。大事なんだ。
だが迷っている。
妹としてではなく、女として愛しているのか、
心がたぎる程、愛して、嫉妬して、憎んでいいのか。

正直わからない。

野梨子が大事だ。失いたくない。
だが恋人たちが別れたら二度と会わなくなるのだろう。
それだけは避けたい。
だから愛を告白するのが不安だ。

清四郎はそう説明したかったが、蒼白な彼女を前にして、うまく言葉が出ない。
野梨子には彼が申し訳ないような、困ったような顔をしているように見え、
その意味を早合点してしまった。
つまり先ほどの行為は清四郎にとっては「愛のない」ものだと。
愛があると思ったのは野梨子の、自分の思い込みであったのだと。
野梨子は例えようもなく悲しく、また悔しく体が震え出した。

清四郎は彼女を落ち着かせようとして腕をとる。
「触らないで!汚らわしい!」
ばしっという音と共に彼の手の甲に熱い痛みが走る。
汚らわしいという言葉を聞いて清四郎の体は凍りついた。

405 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+4)」 投稿日: 2002/12/18(水) 12:26
野梨子が双方の瞳から悔し涙を流して、彼を睨みつけていた。
「清四郎はそんな人じゃないって思ってましたのに、
清四郎は他の男性と違うって、でも私の勝手な思い込みでしたのね。
がっかりですわ!」
ヒステリックに野梨子は叫んだ。
はっと我に返り、ようやく清四郎は体を動かして野梨子をなだめる。
しかしその手が震えていた。汚らわしいという言葉が耳について
離れない。
「野梨子、違いますよ、聞いてください。僕はそんなつもりであなたを
抱いたんじゃない。」
「何が違うんですの?違わないですわ。愛してないんでしょう?
私のこと?でも愛しているみたいに思わせたんですわ、私に。」
「野梨子のことは好きですよ。けっしていい加減な気持ちで、」
「いい加減ですわ。愛する自信もない女を抱くことは。
昔の清四郎だったら一番嫌がることだったでしょう?変わりましたわ、
あなたは。」
「・・・・・。」
「体だけが欲しかったんですのね。どうせあの光さんにも同じことを
したんでしょう!?」
「野梨子、やめてください。」
「私じゃなくても女だったら誰でもよかったんですわ、清四郎は!」
「野梨子!」

406 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+5)」 投稿日: 2002/12/18(水) 12:31
バンッという音がして思わず野梨子は身をすくめた。
清四郎が彼女の両脇の壁に手をついた音だった。
野梨子はドアの横の壁に追い詰められていた。
窓を背にして清四郎の顔が陰になっていた。
しかし陰になっていても彼がどんな表情をしているか野梨子にはわかった。
怒っている。
「さっきの言葉、訂正してください。」
「どの言葉ですの?その必要はありませんわ。」
野梨子もむきになって言い返す。
清四郎の怒りの表し方は熱く爆発するものではなく、むしろその反対だった。
彼は冷たく冷たく、どんどん冷えていき、氷になったかのようだった。
清四郎は冷えた目で野梨子を見てたが、やがてくるりと背を向けて
勉強机の椅子に座った。怒りを押し殺しているようだった。
「野梨子。たとえ仮にも好きになってくれたのなら、これ以上僕を傷つける
のはやめてください。自分の思いが通じれば相手にめちゃくちゃに斬り付けて
いいんですか。僕だって人間です。心があるんだ。」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ。私だって傷ついてますもの。
ぼろぼろですわ。清四郎、あなたに心があるなんて、あるならどうして
愛もないのに、あんなことができますの?」
清四郎が野梨子に向き直った。
野梨子の目をじっと見つめる。彼の瞳には怒りと悲しみと悔しさとが混在して
いた。野梨子はその瞳にたじろいだものの、思い直してきっと睨み返す。

清四郎はやがて口元に冷たい笑みを浮かべた。
「あんなことって?セックスのことですか?」
つと立ち上がって野梨子に近づいてきた。
清四郎の体から冷たい霧が出ている気がして野梨子は体をぶるっと震わせる。
彼は野梨子の両肩をつかんだ。

407 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+6)」R 投稿日: 2002/12/18(水) 12:32
「痛かったですか?初めての行為は。」
そう言って野梨子の唇を奪う。激しく、だがぞっとする程冷たいキスだった。
野梨子は首を振って嫌がったが男は許さなかった。
唇を奪いながら右手が野梨子の制服の下に入ってくる。
「清四郎、やめてくださいな。」
「嫌ですね。」
清四郎の瞳があやしく光っている。
野梨子の肌に右手をはわせながら左手で彼女の肩を壁に押し付けている。
彼の指が肩に食い込んで痛い。乱暴に彼女の胸を揉んだかと思うと、
そのままスカートをたくしあげてくる。
「いや、いや、やめて、清四郎。」
「そういう言葉は男をもっと興奮させますよ。気をつけないとね、野梨子。」
清四郎の右手がさっき着けたばかりの下着の中に侵入しようとした。
野梨子が手で押さえて必死で抵抗する。
「清四郎、お願い、やめて。」
「やめませんよ、僕には心がないですからね。」
野梨子に当てつけるように言った。
指先が彼女の敏感なところに触れ、野梨子の体がびくっとした。
清四郎が乱暴に指を動かしたので、彼女は眉をしかめる。
「あっ、い、痛い。」
野梨子の言葉を聞き入れることもなく清四郎は指を動かし続ける。
自分の中がまた溢れてくるのを感じて野梨子は歯を食いしばった。

「可愛い人だ、野梨子。その美しい瞳で一体何人惑わすんです?
男達があなたに夢中になるのは面白いですか?
男嫌いという理由で自分には一切触れさせず、群がる男達の上に
女王のように君臨している。
自分が傷つかないようにするのは楽じゃないでしょう。」

野梨子は黙っている。足の付け根の奥で男の指が絶えまなく動き、
熱いものが溢れかえっている。野梨子は快感が増していた。

408 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+7)」R 投稿日: 2002/12/18(水) 12:33
清四郎は何かをたくらんでいるようだった。執拗に彼女の敏感な
部分を刺激している。なでるように、いたぶるように、しかし
正確に感じるところだけを愛撫している。
嫌な感じ、待切れないような、逃れられないものが近づいて
いるのを感じて野梨子は焦った。
清四郎を押しのけて逃げようとしたが手に力が入らない。
救いを求めて彼を見る。清四郎は野梨子の顔を見た。
瞳が熱く潤み、唇が濡れていた。清四郎は終わりが近づいているのを
知り、彼女の口を自分の口で塞ぐと、更に指を動かし続けた。

野梨子は彼に捕獲されたまま、初めてその時を迎える。
彼女の体に電流が走り、野梨子はびくっと身をのけぞらした。
清四郎の口の中で彼女の舌が暴れる。
口の中に温かなだ液が広がるのを感じながら清四郎は彼女を抱きしめた。
彼女の体を押さえ込み、だが、そのまま指を動かすのを止めない。
野梨子が泣いた。
「・・・あっ、ああっ、もうやめて、清四郎!おねがいっ、やめて!」
彼女の泣き声を聞きながら、清四郎は悪魔的な気持ちになる。
野梨子の首が赤い。
彼の腕の中で野梨子が崩れ落ちた。そのまま清四郎は野梨子を床に
押し倒す。未だ快感に捕われている彼女の中に自分を送りこもうとする。
野梨子は膝を立てて抵抗したが、強引にその膝を割った。
満ち溢れた彼女の体液が彼をむしろいざなっている。
清四郎が入ってくると野梨子は泣いて暴れた。
野梨子の頭の中でフラッシュが光っている。
あまりの快感に体がついていかないのだ。
体にじっとりと汗をかいている。
清四郎が動かすたびに彼女は声をあげた。
そんな彼女を慈しむように清四郎は頬にキスをして言った。

409 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+8)」R 投稿日: 2002/12/18(水) 12:34
「いいことを教えましょうか。魅録もね野梨子のことが好きなんだそう
ですよ。告白されましたよ、この僕に。僕の気持ちはどうなのかって。
僕は野梨子のことは妹のような存在だと言いました。今朝のことですがね。
だが日付けの変わる前にあなたを抱いた。」

やけくそぎみにくくっと笑う。
「友だちがいのある奴ですよ、僕は。これでも散々悩んでたんですがね。
いや、悩んでたなんて全くおこがましいな。
こんな汚い男が友人なんてかわいそうな奴だ、魅録は。」
「清四郎。」
「嫌でしょう、こんな僕は。野梨子も僕にあいそがつきたんじゃないですか。
魅録のところへ行ったらどうですか。魅録なら野梨子をこんなに苦しませない。」
そう言いながら激しく動かす。清四郎は野梨子の首を噛んだ。
「野梨子が好きだ。野梨子が好きで好きでどうしたらいいかわからない。
手に入れたい。誰にも渡したくない。でも本当の僕を知って野梨子が
離れていくのが怖い。」
「清四郎。」
「君が離れていく位なら僕は兄でもいいと思っていた。
でも野梨子が魅録と一緒にいるのを見るのが辛かったんです。野梨子。」
「もういいですわ、清四郎。わかりました。」
野梨子は清四郎の告白を聞いて、素直にうれしかった。
先程の怒りのことなど忘れていた。
そのまま彼を受け入れる。快感が再び全身に広がってきた。
私は清四郎が好きですわ。清四郎は私が好き。
それで何か問題あるのかしら。
何もないですわ。

きっと何も。

410 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/18(水) 12:36
今回は以上です。またRでごめんなさい!
清×野なのに清四郎がひどい奴になってしまいました。
冒頭の(1)〜(17)がこれの前にくるので、
今度は+付きのナンバリングです。わかりにくくてスミマセヌ。

411 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+9)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:02
少し時間はさかのぼる。

その日の昼間、グランマニエ邸を一人の髪の長い女性が訪れていた。
白い仕立てのいいブラウスに薄いブルーのカーディガンを引っ掛け、
これも薄いブルーの大きな花柄の円形スカートを履いている。
彼女が歩くとスカートは彼女の足にひらひらと揺れ動き、
さながら一輪の花のようで優美な感じだった。

美童の母、マダム真理子はドアを開けて訪問者を見ると喜んで邸内に
迎え入れた。
「美童、まだ部屋から出て来ないんですか?」
その女性−黄桜可憐は大きなスーパーの袋を手に下げていた。
真理子はうなずくと内線で美童を呼ぶ。しかし何回コールを押しても
美童が出る気配はない。肩をすくめて真理子は言う。

「困っちゃうのよ。部屋の外に食事を置いてもほとんど食べてないし、
餓死する気なのかしらね、全く。たかだかヘアスタイル変えるのに
失敗したからって、いつまでもメソメソして。
可憐ちゃんからビシッと言ってやってちょうだい。男は外見じゃない、
中身だって!杏樹より手がかかるったら、ほんとに。」
美童の母は、息子が誰に髪を「カット」されたか知らないので、単に
彼が美容院で切り過ぎてショックを受けてると思っているらしかった。

可憐は美童の部屋の白い扉をノックした。
「美童?可憐よ。開けて。」
返事はない。
ドアノブを回すとガチャリと鍵がかかっている音がする。
「ちょっと、美童!開けなさいよ。髪が元の長さになるまでこもってる
気?それまでに餓死するわよ、アンタ。」

412 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+10)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:03
返事がないので、ドアノブを掴んだまま扉をドンドン叩く。
叩き続けて手が痛くなってきた頃に、中から美童の弱々しい声がした。

「うるさいよ、可憐。開けるからやめて。」
声がしたのと同時に扉が開き、ドアノブを掴んだままの可憐は中に
転がり込んだ。
「とと・・・ととっと。」
転びそうになった可憐を美童が腕をつかんで支えた。
その彼を見上げた可憐ははっと息をのんだ。

そこにいたのは美童ではなかった。
いや美童グランマニエその人だったが、以前とはかなり趣を異にしていた。
かつて肩より長かった金髪が短くなったせいで、あらわになった首が白く
まぶしかった。
眉に皺を寄せて不機嫌そうに立っているこの部屋の住人は、
しかし髪が短くなったことで、以前より背が高く見え、
また短い髪が返ってその美貌を際立たせていた。

(うわ。美童って、きれい。)
可憐は素直にそう思った。余りにも近くにいるせいで、普段は軟弱だの、
女たらしだの、散々こきおろしているが、こんなに顔をじっくり見るのは
久しぶりだ。初めてペンパルとして異国にいる美童と写真を交換した時の
ことを思い出した。
そう、あの時は美童の写真に幼い胸をときめかしたっけ。子供だったなあ。
サラサラの金髪をなびかせた写真の中の美少年。
笑顔がチャーミングで可愛くて、時々こっそり写真にキスしていたわ。
ずっと私の心の王子様だったのよね、美童は。
来日して聖プレジデントに入学するまではの話だけど。

413 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+11)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:04
「可憐。・・・可憐?」
可憐は我に返った。美童が青い目を細くして彼女を睨んでいる。
「なんだよ、可憐。何しに来たの?」
よく見たら美童は素肌の上にブルーのガウンを一枚ひっかけただけだった。
足には何も履いてなく、白い素足がガウンの下からのぞいている。
眠そうな様子からすると、さっきまで夢の中だったようだ。
(眠れるくらいなら心配するほどでもないかな。)
が、美童の勉強机の上に壁にかけてあった鏡が伏せて置かれているのを
見ると胸が痛んだ。

元気づけようと明るい声を出す。
「けっこう元気そうじゃない。引きこもってるって聞いて、もっと痩せ細って
ゾンビみたいになってるかと思ったわ。」
美童はまたベッドまで戻ると布団の上につっぷした。
「ゾンビって・・・。せめてヴァンパイアにしてよ。昼は棺桶で眠って、夜な夜な
美女の生き血を求めてさまよい歩くんだ。黒いマントを翻し、シルクハットを
かぶってさ。僕にぴったりだろ?」
「いいじゃない!ぴったりよ、ほんと。だけど外に出てこないと美女もつかまらない
わよ。さあ、起きた起きた!」
可憐は美童の背中を叩いたが、彼はベッドにつっぷしたままだ。

長い花柄のスカートをひらりと回転させて、可憐は美童の横に腰掛けた。
美童の顔をのぞきこんだので、彼女の長いウエーブのかかった髪が美童に
ふわりとかかる。
「ねえ、美童。」
「いいんだよ。わかってるんだ。ほっといてよ。」
枕に顔を埋めてくぐもった声で美童は言う。
「髪切られた位でおかしいだろ?わかってるんだよ。そうだよ、すぐ伸びてくる
んだしさ、美容院でカットしたと思えばこれくらい・・・。」
言葉が尻切れトンボになった。枕から鼻をすする音がする。

414 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+12)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:05
「可憐や悠理は強いよなあ。」
「何言ってんのよ、私だって怖かったわよ。警察に連れていかれた時は。
釈放されても興奮しちゃって、家に帰って熱出したのよ。あれからまだ学校行って
ないし。何か休み出すとだるくってさあ。」
鼻をすする音が聞こえる。

「ねえ、美童。明日一緒に学校行ってよ、お願い。ずる休みしてると一人じゃ
行く勇気が出ないの。」
そう言いながら美童の体を無理矢理起こす。
細いといっても男の体だ。骨格がしっかりとしてるわね、と涙に濡れた男の顔を
眺めながら思った。
美童はしょんぼりしていたが、おずおずと言った。
「あの、ごめんね、可憐。助けに行けなくて・・・。」
そんなことを気にしてたのか。可愛い奴め。
可憐はにこっと笑った。

「いいのよ。警察に捕まった時は腹が立ったけど、美童や悠理がどんなにひどい目
にあったか聞いたらあたしのなんて全然へっちゃらよ。」
手を伸ばして美童の髪をなでる。
「いいじゃない、この短い髪も。似合うわよ。ずっとこの髪型にしたら。
きれいよ、美童。」
きれい、という言葉に少し美童は気をよくしたようだった。
「少し自分でも切ったんだよ。そのままじゃあんまりだったからさ。」
「うん。似合うわ。とっても。男っぷりがあがったわよ。」
立ち上がって男の手を引っ張る。
「ねえ、行こうよ。あたし、買い物してきたの。何か美味しいもの作って
あげるから。部屋から出ようよ。」

415 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+13)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:06
しかし、美童はまだ迷っているようだった。一旦立ち上がりかけたが、
可憐の手を離すとため息と共にベッドに再び座る。
「僕、やっぱりまだ外へ行く元気がないよ。」
「美童ー!」
しかたない。可憐はまたベッドの美童の横に座って言った。
「美童、おまじないしてあげる。目つぶって両手出して。」
「え、な、何、とつぜん・・・。」
「いいから!」
しぶしぶ彼は目を閉じて両手を出した。
「・・・変なもんのっけないでよね。」
可憐は差し出された彼の両手を自分の両手で握った。そして、

一瞬の間。
呆然とした美童が目を開ける。
「か、可憐。今のって・・・。」
可憐は笑って言った。
「元気が出るおまじないよ。どう?効いた?」
美童はごくりと唾を飲み込んで言った。
「もう一回。」

さらに一瞬の間の後、可憐は立ち上がった。
「あたし、キッチンで御飯作るわ。二回もおまじないしてあげたんだから、
出てくるのよ、美童。」
美童はぼうっと可憐を見送っていたが、そのまま後ろに倒れた。
「やられた!くそー。可憐のやつー。」
しばらくベッドに転がり考えていたが、やがて「やっ」という声と共に
飛び起きた。

416 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+14)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:07
「可憐ちゃん、包丁さばき上手ねえ。」
マダム真理子が感心したように言う。
「そうですか?まだまだ下手くそなんですよ、私。」
キッチンでタマネギをリズミカルに刻みながら可憐は思った。
(あたしったらやり過ぎだなあ。薬が逆に効いたらどうするよ。)
その時、後ろでマダムの驚いた声がする。
「あら!美童!起きて来たの?体調はどう?」
「うん。大丈夫、ママ。心配かけてごめんなさい。」
「良かったわ、元気そうで、ほんとに。可憐ちゃんが来てくれたおかげね。
ありがとう!」
マダムの声がはずんでいる。きつい事を言っていてもやはり心配でしかたが
なかったのだろう。

可憐は包丁を使う手を止めて振り返り、そこに立っている美童を見て微笑んだ。
「おはよう、美童。」
「おはよう。って時間じゃないよね、もう。何作ってるの?」
照れくさそうに美童が言う。
美童は白いシャツと濃いベージュのソフトなズボンをつけて来ていた。
彼には長い髪を一つにまとめ、エプロンをつけている可憐の姿がまぶしい。
「ミネストローネ。好きだったよね?」
「大好き。お腹空いてきた。」
そう言いながら可憐の包丁さばきを見ている。
「へえ。上手なんだな。」
「今まで何度も倶楽部で作ってますけどね。」
チロっと男の顔を見て言った。
「よく出てきたわね。えらいじゃない。」
「そりゃあ、あんなことされたらさ、起きないわけにはいかないだろ?」
そっと可憐の耳もとで囁くと、元気が出た色男は彼女の腰に手を回した。
「ねえ、可憐。あとでさ、さっきのもう一回してよ。」
「図に乗らないでよ、美童。あれはね、おまじないなの。
何回もしたら効果がなくなるでしょ。」
「けちだなあ。いいじゃん、ね、もう一回。」

417 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+15)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:08
爽やかな朝だというのに野梨子の気は重かった。今朝、菊正宗家に寄ったら
清四郎はすでに学校に行った、と聞かされたからである。
これまでは朝、待ち合わせて二人で学校に通うのが常であったのに、
野梨子が熱で学校を休んで以来、清四郎は先に学校に行ってしまうように
なった。理由はわからない。しかし、今朝こそ彼は待っていてくれると
思っていた。なぜなら・・・。
「よお、野梨子。おはよ。」
校門近くで肩を叩いてきたのは悠理だった。野梨子は笑顔で挨拶を返そうとして、
ぎくっとなった。悠理の横に魅録がいたからである。魅録も野梨子に笑顔で言った。
「よお。おはよう、野梨子。」
「お、おはよう。」
胸がどきどきしていた。昨日、清四郎との間にあったことを魅録に見すかされて
しまいそうな気がしたからである。野梨子の清四郎に対する気持ちを、魅録は
知っていた。ここで自分の顔を見られたら、たちまち夕べのことを知られて
しまうのではないか。そう思うと恥ずかしくていたたまれない。
悠理と魅録は共通の友人の話題に熱中している。
それを好い事に野梨子は「お先に」と先を急ぐことにした。
魅録が話をしながら自分の後ろ姿を見やるのが、振り向かなくてもわかった。

「なんだよ、野梨子急いでるな。」
悠理はつぶやいた。と同時に誰かに肩を叩かれた。
「おっはよー。」
「可憐!ひさしぶり!なんだよ、美童もいっしょか。」
久しぶりに見る可憐の横で、すっかり髪が短くなった美童が照れくさそうに
している。二人ともニコニコとして元気そうだ。
「ひさしぶりだなあ。可憐も美童も。風邪治ったのか?」
魅録には可憐も美童も風邪で欠席している、ということになっていた。
美童の短髪に魅録は驚いたようだ。

418 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+16)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:09
「美童!おまえ、よく思いきって切ったなあ。誰かと思ったぜ。」
「ちょっと気分転換でさ。どうかな、似合う?」
「似合う、似合う。いい感じじゃん。あれ、今日車じゃないのか?」
「う、うん。まあね。たまには電車もいいかなと。あ、待ってよ、可憐!
じゃ、あとでね、魅録、悠理。」
ポッと頬を染めてはにかんだように言うと、美童は先に行った可憐の後を追いかけて
いった。
悠理と魅録はポカンとして見送る。
「何だあれ。可憐の尻を追いかけていったぞ。」
「可憐に弱味を握られたかな。」
そして次の瞬間、二人はぎょっとした。
美童が可憐の手をそっと握ったからである。
可憐は拒むふうでもなく、そのまま美童と手をつないで歩いていく。
「み、魅録。美童と可憐てさあ、ひょっとして・・・」
「うーん、驚いたなあ。春だからかなあ。」

野梨子は下駄箱で外靴から上靴に履き替えようとして気がついた。自分の靴箱の中に
四つに折った白い便せんが入っていた。広げてみると見慣れた文字が並んでいた。

「 昨夜はすみませんでした 」

野梨子は悲しい気持ちで白い紙を見つめていた。清四郎は何を謝っているのだろうか。
自分を抱いたことか。彼らしくなく激情に駆られて口走ったことか。
なぜ謝るのだろう。私はあの時わかったと言ったのに。
謝る位なら側にいてくれたらいいのに。
ゆうべは確かにこの手にあったと感じた彼の気持ちが、一夜明ければどこにも
見当たらない。
二人で愛を確かめ合ったことすら、ただ夢の中の出来事だった気がした。
その時、廊下の先を清四郎が歩いていった。横に望月光がぴったりと寄り添っている。
彼女の手は清四郎の腰に回されていた。光は野梨子に気がつくと艶然と笑ってみせた。
清四郎はこちらを見もしなかった。野梨子はただ立ち尽くしていた。

419 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+17)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:09
野梨子の後ろでチッと舌打ちする音が聞こえた。驚いて振り向くといつ来たのか
魅録が立っている。
「何やってんだ、あいつ。」
あわてて野梨子は手にした白い紙を元通り四つ折りにしようとした。
が、手が震えて、紙は手を離れ、飛んで魅録の足下に落ちた。
急いで拾おうとしたが魅録の方が早い。サッと拾って見た。
「魅録、返してくださいな!」
魅録は真っ赤になって取りかえそうとする野梨子と白い紙を見比べていた。
紙に差出人の名前は書いていなかった。しかし野梨子と同じく魅録にはすぐに
その手紙を書いた男がわかったようだ。手紙を持つ右手を上に掲げて、
奪い返そうとする野梨子から遠ざけると、彼女に聞いて来た。
「昨夜って?清四郎と何かあった?」
黒いおかっぱ頭の美少女はすぐに返事ができないようだった。
それが答えだった。
(出し抜かれたかな。油断したな。)
魅録は「ん。」と言って野梨子に紙を返すと鞄を肩に背負って教室に向かった。

教室の自分の椅子に座って清四郎はため息をついた。
こういうことには哀しい程不器用な自分が情けない。
野梨子が哀しげな目でこちらを見ているのが清四郎には痛い程わかった。
(野梨子、すみません。)
どんなに辛く思ってるだろう。不実な男だと思っているだろうな。
しかし、自分と野梨子が男女の関係を持ったのを、まだ誰にも知られたくなかった。
特に倶楽部の連中に。特に魅録に。
(自分の口からちゃんと魅録に言わなければ。)
そう思った時、携帯にメールが着信した。
魅録からだった。

420 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+18)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:12
昼休み、体育館にバスケットボールがはずむ音が響いていた。
ダン、ダン、ダン、ダン。
魅録が一人でボールを操り、ゴールに放り込んでいる。さっきから立て続けに
シュートを決めていた。清四郎は壁に持たれて見ていた。魅録のゴールは
見てて気持ちがいいくらい決まる。スパーン。また決まった。
制服のままの彼の衿元は乱れ、汗が飛ぶ。
十何回目かのシュートを決めてから、やっと魅録は清四郎に声をかけた。
しかし、視線はボールを向いたままだ。
「清四郎。俺に何か言うことあるんじゃないの。」
ダン、ダン、ダン、ダン、スパーン。
生徒会長が口を開く。
「昨日、野梨子に好きだと言われました。」
「それから?」
「僕も野梨子が好きだと答えました。」
ボールを持って魅録が清四郎を振り向く。
「やっと気づいたか。遅せーんだよ、お前は。」
「そうですね。その通りです。我ながら呆れますよ。」
にやっと笑って魅録が言った。
「そうか。じゃ、これから試合開始だな。」

清四郎は魅録を見つめて言った。
「いや、そうじゃありません。試合は終了です。」
「はーん。おまえの勝ちって言いたいのか。」
「そうです。」
魅録は清四郎を見た。キリッとした目が清四郎を睨んでいる。
清四郎はその視線をたじろぐ事なく真直ぐ見据える。
「野梨子の気持ちは僕にあります。僕も野梨子が大事だ。
これ以上何も理由はいらないでしょう。」
「俺には、あんたが野梨子を大事にしているようにはとても見えないけどね。」
その言葉に清四郎は胸がズキッと痛みを感じた。
下駄箱の前に立ち尽くす野梨子が目前に迫ってくる。

421 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+19)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:12
魅録は手にしていたボールを清四郎の傍らに投げ付けた。
バアーン。ボールは壁に当たって魅録の元に返ってくる。
清四郎は身じろぎもしない。
「納得いかねえな。」
そう言ってまた投げる。バアーン。
「納得いかなくても、納得してもらわないと困ります。」
ボールを拾った魅録は清四郎に視線を固定した。
小脇にボールを抱えたまま清四郎に近づいてくる。
「清四郎。俺をなめんなよ。」
静かな口調だが凄みがあった。
清四郎の顔の横に片手をついて、低い声で言う。
「おまえ、昨日俺に何て言った?野梨子のことは妹だって言ったよな?」
「・・・言いました。」
「一晩明けたらあれは嘘でした。僕も野梨子が好きだから手を引いてください
か?俺を牽制しておいて、それはないんじゃないの、生徒会長さんよ。」
「それは謝ります。が、魅録。事実そうなった以上仕方がないでしょう。
野梨子と僕はゆうべ・・」
「うるせえ。それ以上言ったら殺すぞ、てめえ。」
魅録がドスの効いた声で清四郎の言葉を遮る。彼の目が光っていた。
怖いな、清四郎はそう思った。
二人はそのまま睨み合っていたが、やがて魅録はふっと清四郎から離れると
何か考え事をしながら体育館中央まで歩いていく。
そして清四郎を振り向くと言った。

422 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+20)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:13
「清四郎。お前、俺にハンディ寄越せ。」
「ハンディ、ですか?」
「まだ勝負は決まってない。今の野梨子にはお前さんしか見えてないんだからな。
俺は野梨子に勝負をかけて、こっちを振り向かせる。お前は指をくわえて見てろ。」
清四郎の顔色が変わった。が、すぐにいつもの落ち着いた表情を取り戻し、
諭すように言う。
「魅録、悪あがきはよしてください。野梨子がさらわれるのを、僕が黙って
見ていると思いますか?」
「お前はそうしなくちゃいけないんだ。ハンディだって言ったろ?
勝負はフェアにいかなくちゃな。悪あがきかどうかやってみなけりゃわからないさ。
お前、先に野梨子を手に入れたつもりだろうが、そうは問屋が降ろさないぜ。」
清四郎は魅録を一瞥すると、彼の横を通って体育館から出ていこうとした。
「馬鹿馬鹿しい。挑発には乗りませんよ。」

その後ろ姿に魅録が声をかける。
「自信ないのか?俺に野梨子がさらわれるって、野梨子の気持ちが簡単に俺に
なびくって思ってるんだろ。可哀想だよな、野梨子も。恋人に自分の気持ちを
疑われてるなんてさ。」
清四郎は振り向いた。冷たい顔で親友の目を見ると断言する。
「そんなことはありません。僕は野梨子を信じてる。」
「じゃ、交渉成立だな。」
「魅録。」
清四郎の言葉に返事をせず、彼にボールを投げてよこすと、魅録はさっさと
体育館から出て行った。
入れ替わりに次の授業で体育館を使う女子生徒達がわあっと館内に入って
くる。その中に野梨子もいた。白い体操着に紺のブルマーの野梨子は、先に
出て行った魅録と後に残されて苦々しい顔をしている清四郎を見て、足を止めた。
清四郎は野梨子に気がつくと、少し彼女の顔を見ていたが、やがて視線を
そらし、足早に体育館から出て行った。

423 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2002/12/26(木) 14:17
今回は以上です。美童の話が出たので少し可愛い恋愛話を
入れてみたくて書いてみました。
この次、魅×野が来る予定です。

424 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+21)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:04
(と、啖呵を切ったものの。野梨子に勝負かけるってどうすんだよ、俺は。)
魅録は体育館から校庭を通って教室に向かっていた。
(くそっ。くそっ。くそっ。)
まさか一夜にして彼女をさらわれるとは。あんまりだぜ。
「くそっ!」
転がっていたサッカーボールを蹴り飛ばした。ボールは弧を描いて飛び、
校庭の脇の花壇に飛び込んだ。その花壇の近くで制服姿の男女がくっつき合って
何か喋っていたが、ボールに驚いて魅録を振り返った。
「悪りい。」
魅録は謝ろうとしてそのカップルを見て驚いた。
女は望月光だった。男は髪を赤茶っぽく染めた、痩せた小柄な少年だった。
(一年の後藤雅人か。確か国会議員、後藤春人の息子だったな。)
後藤雅人は生徒会副会長がこっちを見ているのに気づくと、さっと
手にしていたものをポケットにいれ、あわてた様子でその場を立ち去った。
望月光も魅録を一瞥したが、すぐに背中を向けて校舎に戻っていく。
ゆっくりと余裕で戻っていく後ろ姿は、だが魅録を背中で
威嚇しているようにも見えた。

(あんたは何も見なかった。いいわね。)

あの時の光の言葉が魅録の頭に蘇る。
望月光。長い髪をした俺の女神はくり返しプレイバックする記憶の中で
ずるくて抜け目なく、そしてきれいだった。
擦り切れた記憶の中で女神、いや地獄の使者が俺の首に腕を回す。
白い粉の受け渡し。誰かがきっと破滅する。
いや、その前にすぐにリーダーにばれるさ。
それまで俺が見なかったことにすればいい。
俺の頭がこっちじゃなくてあっちを向いてたことにすれば。

425 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+22)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:05
(いい子ね、魅録。ご褒美よ。)

悪魔のキスは甘かった。ガキの俺はその甘さに舞い上がった。
後でどんなに大きな代償を払うか知りもしないで。

(神様はちゃんとお見通しってことだな。)

遠ざかる望月光の後ろ姿に嫌な予感がしつつも、ふと魅録は親友の顔を
思い出す。
俺の立場になった時、あいつならうまくやるんだろうか。
あいつなら余裕の笑みで全てを手に入れるかもな。
女を手に入れて、悪い奴はたたきのめし、大団円。
ちぇっ。憎たらしい奴。

ふっと、清四郎と野梨子が抱き合う姿が脳裏を横切った。
あわててそれをかき消すようにぶんぶんと頭をふる。
だが。
お似合いの二人なんだよな、実際。

生徒会室のドアを開けると、清四郎と野梨子がよく茶を飲みながら、飽きる程、
ミステリーの新作の話をしている時がある。
野梨子も清四郎も負けない位の知識を持っているから、
お互いに一歩も譲らない。議論し、批判し合って、よく喧嘩もするが、
二人で打ち合って楽しんでいるように見えるよな。
俺ら他の四人は議論の内容についていけないから、遠巻きに二人を見て
楽しんでいるといったところか。喧嘩になったら様子を見て仲裁に入る
こともあるが。

426 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+23)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:06
またある時の二人は、長い間黙って本を読んでいる。
清四郎は経済誌を読み、野梨子はアメリカのベストセラーを原語で読んで
いるという風だ。一言も会話をせず、その癖一緒にいるのが好きだ。
年寄りくさいよな、二人とも。

あいつらの間には長年のつきあいから来る気安さ、お互いに負けられないと
思うライバル意識、それから相手に払う底知れない敬意が流れている。
それらが混ざりあい、重なりあって、一つのハーモニーを作り上げているのを
他の四人は感じている。

そして俺はそのハーモニーを聞くのが好きだ。

だが最近この音楽は聞こえてこない。
何だか次々いろんな事があったもんな。
あの二人はそんな関係になって良かったんだろうか。
それを望んでいたんだろうか。

そして、そこに割り込もうとする俺。
一体何をやってるんだか。
ただの道化を演じるのか?

魅録は定期入れから一枚の写真を取り出した。何回も取り出し眺めて、また
誰にも見られないようにこっそり定期入れにしまう。そのせいで写真は角が
ぼろぼろで丸くなっていた。
中学時代、可憐に誘われて野梨子が初めてディスコに来た。
そこで、今の有閑倶楽部の連中と一緒に写した写真。

427 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+24)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:07
俺は悠理と可憐に挟まれて後ろに立ち、野梨子は前列の真ん中で美童と
清四郎に挟まれて座っている。よく見ると野梨子は困った顔をして美童を見ている。
美童が野梨子の肩に手を回し、彼女の頬に自分の頬をくっつけているからだ。
これまたよく見ると、清四郎が穏やかに微笑みながらその目は美童を睨んでいる。
半ば上げた右手はこの写真を撮った後、美童が野梨子の肩に回した手をつかみ、
悲鳴を上げさせたのだった。
「わう!いたた、痛いよ、清四郎!」
涙目の美童に対し清四郎はあくまでも穏やかに微笑んで言ったものだった。
「すみませんね。彼女、欧米風のやり方に慣れてないんですよ。」
俺はその光景を後ろから見ていて納得した。
この清四郎って奴は白鹿野梨子の彼氏か。

その後、可憐と野梨子が西中のやつらに連れていかれて、そして見せてもらった
あいつのすごい闘いっぷり。
すげーな。なんて男だよ。
こんな男と勝負する奴なんて今後出てきそうもないな。
納得したはずだったのに。

(くそ。)
校舎を振り返った。清四郎のクラスがある窓を探し、黙って眺める。
日光が窓に反射してぎらついている。
魅録はしばらく眺めていたが、やがて左手を伸ばして指鉄砲を作ると、
「彼」に狙いを定めた。

「勝負だ。清四郎。」
口元に笑みが浮かぶ。なんだか楽しいぜ。
負けても俺には失うものはない。
よし!

魅録はそのまま校門をくぐって聖プレジデント学園を後にした。

428 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+25)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:07
校長室。校長は流れる汗を拭きながら、受話器を戻した。
たった今、警察から受けた電話で頭にわずかばかり残った黒髪が
一気に白くなった気がする。くらくらとめまいがした。
「まさか、うちの学校の生徒に限って…」
のどがひりつくほど乾いていた。
立派な机の上に置かれた茶はすでに冷切っていたが一気に飲み干す。
そしてむせた。咳が止まらず眼鏡が顔の上でずれる。
「ごほっごほっ。」
誰かに相談しなければ。教頭?教育委員長?
悔しいが、二人とも大喜びで校長の監督責任を言い立てるだろう。
辞任か。それも内々で済めばまだいいだろう。
伝統ある聖プレジデント学園で不祥事。
大挙して押し寄せるマスコミ。盛んにたかれるフラッシュの前で
頭を深々と下げる自分の姿が目に浮かぶ。
吐き気がした。

彼が校長室からよろよろと出たところで誰か体を支える者がいた。
「大丈夫か、校長?顔が真っ青だよ。」
学校一のやんちゃ娘、剣菱悠理が校長の顔をのぞき込んでいる。
「おお、剣菱くんか。…大丈夫。すまないね。」
が、彼女の顔を見た途端、校長は閃いた。
「・・・そうだ、君!」
「へ?」
「生徒会長と副会長を私のところへ呼んできてくれんか?」
「清四郎と魅録を?いいけど、もう授業始まるぜ。」
校長は悠理の細い肩をがしっと両手でつかんで懇願するように言った。
すごい形相だった。

429 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+26)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:08
「いいんだ、授業なんか。あとで私が先生に言っておくから。
二人ともすぐ連れて来てくれ。いいかね、すぐにだよ!」
校長の気迫のこもった顔に悠理は気圧されて「わ、わかったよ。」と
言うと、二人を探しにばたばたと駆けていった。
校長はその場にへたへたと座り込む。
(私の監督責任が問われる前に何とかしないと。菊正宗くんなら何とかして
くれるかも。)

清四郎と悠理は校長室のソファに座って校長の話を聞いていた。
魅録は教室にカバンがあったがどこに行ったのかつかまらなかった。
話を聞き終わると清四郎は眉をひそめて校長に言った。
「二年の田島哲朗が、ですか?確か一年の時は学年トップの優等生ですよね。
大人しくてまじめな男という印象で、まさかそんなことをするとは思えないんですが。」
校長は清四郎の言葉にうなずいたが、ため息をついて言った。
「しかし事実なんだ。警察からの連絡によると、明け方突然自分の部屋で
騒ぎ出し、止めようとした家人を振り切って大声を上げながら外に飛び出して
近くのマンションの屋上に昇り、飛び下りようとしたらしい。飛び下りる前に
取り押さえられたがね。」
「それは、ひょっとして・・・薬物中毒ですか?」
「と警察では考えている。田島の自宅の部屋から何か薬らしきものを包んでいたと
思われる紙が見つかったんだ。まだ何の薬かわかってはいないが。
全く、我が聖プレジデントの学生が何たることだ。」
頭を抱える校長を前に清四郎と悠理は顔を見合わせた。
清四郎はむずかしい顔で校長に言った。
「校長、その件僕達にまかせてもらえませんか?少し思い当たることがあるので。」
校長はその言葉を聞くと、待ってましたとばかりに身を乗り出し、
清四郎の両手を握って言った。
「本当かい。頼むよ、清四郎くん。私にできることがあったら何でもするから。
期待してるよ。」

430 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+27)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:09
「何の資料もらってきたんだ、清四郎。」
生徒会室に向かいながら悠理が清四郎に聞く。清四郎はびっしりと名前が書かれた
紙を手にしていた。
「全生徒の連絡先と保証人の名簿です。ちょっと調べたいことがあるもんでね。」
「それってさ、」
悠理が言いかけた時、突然校内放送のスイッチが入り、ギイーーーーン!!という
ものすごいハウリングの音がした。思わず二人は耳を塞ぐ。やがて音が静まった後、
ハアハアという息づかいとクスクス笑う男の声がスピーカーから聞こえてくる。
えー、とかアーとかぶつぶつつぶやく声が聞こえ、次の瞬間突然歌い出した。
「あまいろーのーっっ!!ながあいかみをお!」
あまりの大音量に悠理が耳を押さえながら言った。
「何だよお、これ!」
「放送室だ!行きましょう!」
二人が放送室に駆けこむと、すでにそこに駆け付けた二名の男性教師によって
一人の男子生徒が押さえ付けられていた。
悠理が叫んだ。
「天野じゃん!どうしたんだよ!」
悠理がツーリング仲間に駆け寄って助け起こそうとすると、すごい勢いで
突き飛ばされた。廊下に飛び出しそうになった悠理を後ろから清四郎が
抱きとめた。
「痛ってえ!」
悠理は目の前で大暴れする少年を呆然と見つめていた。
清四郎は少年のズボンのポケットから白い紙がはみ出ているのに気がつき、
近寄ってさっと取った。
何かを包んでいたように見える紙にはほとんど何も残っていなかった。
しかしその紙にはある赤い模様が印刷されていた。
(赤い・・・蛇?)

431 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+28)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:09
清四郎は胸騒ぎがした。生徒会室に悠理と共に向かったが、休み時間に入り
廊下はごった返していた。ふと清四郎はその中に帰り仕度をして階段を降りよう
とする野梨子を見つけた。清四郎より先に悠理が見つけて声をかける。
「野梨子!どうしたんだよ、帰り支度して。早退か?」
野梨子は清四郎の顔を見るとさっと視線を反らした。
「いえ、あの、知り合いの方が倒れられたそうで、そのお見舞いに伺おうかと・・。」
「知り合いって誰?どこの病院だよ。うちの車で送っていってやろうか?」
「いいですわ。その、魅録と一緒に行きますから。」
最後の方は小さくつぶやくように野梨子は言ったが、清四郎は魅録という言葉を
聞いた途端、野梨子の細い手首をつかんだ。
「ちょっと待ってください、野梨子。誰のお見舞いですか?」
「痛いですわ、清四郎。この間、魅録に紹介していただいた赤蛇会の会長ですの。
父の絵を持っていらして、とても親切に見せてくださったのですわ。
だいぶお年の方なので倒れられたって聞いて心配で。魅録が下に車で来ているので、
一緒に横浜のミハマ総合病院まで行ってきます。」
野梨子はそう行って清四郎の手を離そうとしたが、清四郎は握って離さない。
「駄目です、野梨子。行っちゃいけない。」
「どうしてですの?ヤクザの方だからですか?それなら魅録がついていって
くれるから大丈夫ですわ。」
「・・・・とにかく行かないでください。今行っても邪魔になるだけですよ。
落ち着いてから改めてお見舞いに行ったらどうですか?」
「お年の方だし心配ですの。邪魔になるようなことはいたしませんわ。
離してくださいな。」
「そうだぜ。俺がついていくから安心してまかせろよ、清四郎。
それとも俺が行くから不安か?」
階段の途中の踊り場に私服に着替えた魅録が来ていた。赤いド派手なジャンバーには
背中に龍が刺繍されている。細みのジーンズを合わせた魅録はサングラスを
かけていた。清四郎と魅録は階段の上と下で野梨子を挟んで睨み合った。
「行こうぜ、野梨子。」
「えっ、ええ。」

432 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+29)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:10
野梨子は清四郎の手を振りほどこうとしたが彼は離さなかった。
そんな清四郎に向かって魅録が叫んだ。
「清四郎!ハンディだ。忘れるなよ。」
途端に清四郎の手の力が抜け、野梨子は魅録の元へ駆け降りた。
野梨子はちらっと清四郎を見たが、そのままうつむいて先に階段を降りていく。
行こうとした魅録に清四郎は叫んだ。
「魅録!会長が入院したのは本当なんでしょうね?」
魅録はニヤッと笑って清四郎に投げキッスを送ると言った。
「ハンディ確かにもらったぜ。あばよ、清四郎ちゃん。」
「魅録!」
魅録は素早く駆け降りて行った。清四郎は唇を噛んで彼を見送ると、
校庭に向いた窓に駆け寄る。校庭の隅に魅録の赤いスポーツカーが止めてあった。
それを見ると清四郎は迷わず窓を開けた。

「野梨子、こっちだ。」
走りながら魅録は野梨子の手を引っ張った。
(悪いな、野梨子。でも赤蛇のオヤジの入院はほんとだぜ。定期的な検査入院だけどな。)
後ろを振り返る。追ってくる足音はしない。
(追いかけてこないな、清四郎。ハンディが効いたかな。)
暗い校舎から明るい校庭に出た。車に向かって走り出したところで、背後で
キャーッッという女子生徒達の叫び声がするのを聞いた。
振り返ると二階の一つの窓から学生が数人顔を出して下をのぞいている。
下を見ると校庭の花壇の上に一人の学生がうずくまっていた。
窓から顔を出している生徒達の身ぶりによると飛び下りたらしい。
二階といってもかなり高さがあるからかなりダメージがあるだろう。
魅録と野梨子は足を止めた。
と、うずくまっていた学生がすくっと立ち上がった。
その顔を見た途端、魅録は毛が逆立つのを感じた。
(げ!清四郎!)
「野梨子!車まで走れ!」

433 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+30)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:11
「は、はい!」
魅録は野梨子をせきたてると自分も走り出した。
が、悲しいかな野梨子の足では清四郎に追いつかれるのは目に見えていた。
「きゃっ!み、魅録!」
魅録は野梨子を抱え上げると猛然と車に向かって走り出した。
清四郎も必死で追ってくる。
だんだん二人の差が縮まってきたが、間一髪魅録は野梨子を車に押し込むと
自分も運転席に転がり込んだ。キーを差し込み、全てのドアをロックした
ところで清四郎が追いついた。
「野梨子、ここを開けてください!」
ドアを開けようとするが開かない。どんどん窓を叩いた。
その間に魅録はエンジンをかけて発進しようとした。
と、野梨子が窓を開けた。
「ばか、野梨子、開けんな!」
清四郎が窓から手を入れてドアを開けようとする、その手を押しとどめて
野梨子が言った。
「清四郎、私行ってきますわ。大丈夫ですから。」
「野梨子、違うんです。今日行くのはやめてください!」
「魅録、車を出してくださいな。」
魅録はアクセルをふんで車を発進させた。とっさに清四郎は窓枠につかまり、
一緒に走り出した。足が空を飛ぶ。
「清四郎、離せ!死ぬぞ!」
「やめてくださいな、清四郎!あぶない!魅録、止めて!」
車は校庭をぐるぐる回った。清四郎は窓につかまりながら中に入ろうと
もがいた。
(くそ、仕方ない。清四郎なら死にやしないだろう。)
魅録は車を植え込みに思いきり寄せた。清四郎の体をツツジや沈丁花の
枝が傷めつける。彼はこらえたが目の前に一本の立木が迫っているのを
見てやむをえず手を離して植え込みの中に転がり落ちた。
そのスキに魅録の車は校門をくぐり抜けた。

434 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+31)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:12
傷だらけの清四郎は魅録達の車を見送ると植え込みの中にあおむけに
倒れ込んだ。
(魅録の奴!)

「清四郎!」
野梨子は清四郎が植え込みに転がり落ちたのを見て叫んだ。
車は猛スピードで聖プレジデントを後にする。
魅録は呆然としながらつぶやいた。
「こええー、清四郎の奴、ターミネーターかよ。」
隣の野梨子を見ると青ざめている。慰めるように言った。
「大丈夫だよ。清四郎なら死にゃしないって。」
少々強引だったが望み通り、野梨子と二人きりだ。
(で、どうするかな。)
とりあえずじーさんを見舞いに横浜まで行って、それから・・・。
うーん、見事に何も思いつかん。
俺って女にかけてはホント情けない位何もしてこなかったよな。
取りあえず飯食って、それから・・・。
「ねーねー、ほんでどこ行くの?」
突然聞き慣れた女の声がした。
(何!?)
隣の野梨子を見ると、野梨子もびっくりした目でこちらを見ている。
恐る恐る後ろを振り返ると・・・。
後部座席にニコニコと笑う女の姿が。
「悠理!な、何で乗ってんだよ。」
「えー、さっき見舞い行くって言ってたじゃん。魅録の車だって
いうし面白そうだから先乗って待ってた。なんで清四郎は乗せて
やんないんだよ。」
絶句する魅録と野梨子であった。
(悠理ーーーっっ!!そうじゃないんだよーーーっ!!)
魅録の心の絶叫を残しつつ、車は一路横浜へと向かった。

435 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2003/01/07(火) 18:13
今回は以上です。嵐様、皆様あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします(^^)

436 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+32)」 投稿日: 2003/01/13(月) 08:59
「姿が見えないと思ったらこんなところに隠れていたんですね。」
望月光は保健室のベッドに横になっていたが、清四郎が保健室に
入ってきたのを見てベッドの上に体を起こした。生徒会長の怪我
に気づくと呆れたように言う。
「すごいわね。熊と格闘でもしたの?」
「まあ、そんなところです。」
清四郎は顔も体も傷だらけだった。制服はところどころ破け、
引っかき傷から血が出ている。頬には車から落ちた時できた
青黒いアザがあった。彼は慣れた手付きで薬を取り出すと、
自分で手当てを始めた。その手元を光が面白そうにのぞきこむ。
「さっきすごい放送が聞こえたけど、何かあったの?」
「生徒の悪戯みたいですよ。」
ふーん、と言って光は清四郎のすることを見ていたが、唇の端を
ゆがめて笑った。
「この学校も結構退屈しないわね。いいところのおぼっちゃん、
お嬢ちゃんばかりで、すぐ飽きるかと思ったけど。」
「そういうあなたも聖プレジデントに転校してくるんだから、相当な
家のお嬢さんでしょう?」
彼の言葉には答えず光は黙ってタバコに火をつけ、煙を吐いた。
キツイ香りが清四郎を包む。
彼は傷の手当てをしながら、ベッドの上に彼女の手提げカバンが
置いてあるのを目の端で捕らえていた。
やがて処置が終わると清四郎は何気なくベッドに腰をかけた。
その時、彼の手が当たって手提げカバンが床に落ちる。
「おっと。」

437 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+33)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:01
床の上にカバンの中からノートや化粧品がばらまかれる。
光の目が床に転がったあるものを追って動いた。
清四郎はその視線の先にあるものをかがんで素早く拾う。
銀色をした円い金属製の容器だった。直径6cm位のその容器は
彼の手の中で鈍く光っていた。
光は鋭い視線を寄越したがすぐに表情を緩め、にっこり笑って手を出した。
「ありがと。」
そんな彼女に構わず容器の蓋を開けた。光の顔から微笑みが消える。
銀色のケースの中には白い小さな紙包みがいくつか押し込まれていた。
光を見ると肩をすくめてニヤニヤ笑っている。
「変わった化粧品ですね。」
「まあね。」
紙包みを開くときめ細かな粉が現れた。耳掻き5杯位のその粉末は白い中に
ところどころ微量な灰色の粒子をふくんでいる。粉を抱いた紙にはうっすらと
赤い蛇がとぐろを巻いていた。
「二年の田島や天野に渡したのもこれと同じですか。」
「さあどうかしら。」
「なぜこんなことを?お金が目的ですか?」
彼女はふん!と鼻を鳴らした。そして床に落ちたノートの間から大きめの
封筒を取り出して清四郎に差し出す。
茶封筒の中に入っていた印刷物と添付された写真を見ると清四郎の表情が強ばった。
そんな彼を光はニヤニヤと見つめている。

それは雑誌、たぶん女性週刊誌と思われるものの記事のコピーだった。
一般に校正と言われる、最終的に印刷される前に修正用に刷ったものらしい。
黒帯に白ヌキの文字で大きく掲げられた見出しには、
『警視総監の愛息はナント高校生組長!!』
というセンセーショナルな文言が並んでいた。

438 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+34)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:04
扉の1ページ目には魅録が赤蛇会の組員と思われる屈強な男たちに囲まれて
挨拶されている写真が指定されている。魅録は爽やかな照れたような笑顔を
浮かべていた。
そして次の見開きには制服姿の魅録の小さい写真と、もう一つ大きく取り上げ
られている写真があった。
その写真には談笑する赤蛇会の会長と魅録、そして魅録の後ろに隠れながら微笑む
一人の少女の姿があった。
(野梨子・・・!)
記事では東京都T区にある金持ちの子息が通うことで有名な聖P学園とあるが、
明らかに聖プレジデント学園を指している。
魅録と野梨子の名前はそれぞれS・M、H・Nとなっているものの、これも学園の
生徒会副会長、文化部部長と書いてあることで名指しされたも同然だった。
記事を読むと赤蛇会会長が頼り無い娘婿に見切りをつけ、大胆にも警視総監の
高校生の息子を後継者に任命「した。」と断定してあった。
また野梨子のことは『魅録の婚約者であり、父親は日本画の大家、母親は
茶道の家元とれっきとしたお嬢様である。魅録が赤蛇会を継ぐ事により、
全国でも初めての由緒正しい家柄の「姐さん」が登場するのではないか』
と面白おかしく書いてある。
『警視総監は息子の行状を把握しているのだろうか。もし把握していて、
納得の上の襲名ならば、一体これは何を意味するのだろうか。』

「未成年だから顔写真に普通は目隠しが入るはずだけど、たまに編集のミスで
入らないこともあるかもね。」
「ずいぶん手回しがいいんですね。」
光は余裕の笑顔で煙草をふかしている。清四郎はこの手の雑誌を出している
出版社をいくつか頭に浮かべていた。この記事の書き方、写真の扱い方から
するとT誌かB誌・・・。ここは剣菱グループの力を借りて記事を潰すしか
ないか。そういえば悠理はどこに行ったんだ?

439 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+35)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:05
「今、剣菱悠理のこと考えてた?」
考えていることをズバリ当てられて清四郎は言葉につまった。
「彼女なら魅録の車に乗って横浜方面に向かっているらしいわよ。かわいそうね、
魅録も。清四郎君のところからやっと白鹿さんを連れ出したのに、とんだ
お邪魔虫だわ。」
(魅録の車に!?)
光がベッドから立ち上がって保健教諭の机で煙草をもみ消す。

「ねえ?仲良くしようよ、清四郎クン。あたしに協力してくれたら
この記事潰してもいいわ。」
「残念ですが望月さん。あなたの言うことは信用できませんね。」
「そう?ならいいけど、その代わり魅録や悠理、それにあんたの大事な
お隣サンも無事は保証できないわよ。」
三人を乗せた魅録の赤いスポーツカーが清四郎の脳裏を横切る。
「何が目的ですか?金銭か怨恨か退屈しのぎってとこかな。」
「あたしを余り小さく見ないでね。あたしが欲しいのはもっと大きなモン。
あたしは全部欲しいの。一度に。いろんなものを。全部。」
清四郎の手から銀のケースを取るとバッグの中に入れる。
「その中にあんたも入ってるのよ。覚悟しといてね、清四郎クン。」
校門の方から騒がしい音が近づいてきた。光はちらっと窓の方を見やると
ぺろっと下を出して唇をなめた。
「そろそろ第二幕の始まりみたいね。」
そう言い捨てると清四郎を残して保健室から出て行った。
騒音はだんだん大きくなる。窓から校庭をのぞくと校門からチンピラらしき
男達を乗せた軽トラックが入ってくるところだった。男達は拡声器で何か
騒いでいる。校庭に乗りつけると、車から男達が出て来ててんでに叫び出した。
「松竹梅魅録!出て来い!」
「ふざけたマネしやがって!ヤクザなめたら承知せんぞ!」
「出てこんかいっ!来ねえならこっちから行くぞ!」

440 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+36)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:06
校舎から教頭が出て来て男達をなだめている。が、一発お見舞いされたらしく
ヨロヨロとよろけると座り込んでしまった。男達がそんな教頭を尻目に校舎に
乗り込んでいくのが見えた。たちまち校内から悲鳴が上がる。
清四郎は保健室を出て走り出した。
(まずい事になったぞ。)
途中で教室から走り出てきた美童と可憐に合流した。
「清四郎!どういうことだよ。あいつら魅録を探しているみたいだぞ!」
「望月光にはめられたんです。取りあえず我々も逃げましょう。」
「な、何であたし達まで逃げるのお!」
「魅録達が危ないんです。詳しい説明は後だ!」
彼らは西側の階段から体育館の方へ出る裏口へまわることにした。
が、三人は裏口まで来て足を止めた。
見上げる程大きな禿頭の男が出口を塞いでいた。
美童はその男の顔を見ると悲鳴を上げた。
大男は美童に向かって手を振るとハサミをかざした。
「よお、兄ちゃん!また会ったな。そのヘアスタイル気に入ったかい?」
ハサミをカチャカチャ鳴らしてじりじりと三人の方へ寄ってくる。
「兄ちゃん達、松竹梅魅録の友だちなんだってなあ。ちょっと話があるから
一緒に来てくんねえかなあ。」
おびえて後ろに隠れる美童と可憐をかばいながら、落ち着いて清四郎が言った。
「ちょっと急いでいるものですから。そこをどいていただけますか。」
「それはちょっとできねえなあ。」
ニヤニヤしながら大男は言った。
清四郎はそれを聞くと少し後ろに下がり助走をつけて飛んだ。
「失礼!急いでいるもので。」
彼の足が顔面にヒットすると大男は無言で後ろに倒れた。

441 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+37)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:06
「あっ、魅録!あそこにマクドナルドがあるぜ!入ろうよ。」
「またかよ。さっきハンバーガー食ったばかりだろ。我慢しろ!」
なぜか三人のドライブとなった魅録の車は高速を降りて横浜市内に入っていた。
魅録も野梨子も喋るのは後部座席の悠理とばかりで、二人の間にはほとんど
会話がない。ハンドルを切りながら魅録は時々助手席の野梨子を横目で見る。
黒い髪にふちどられた端正な横顔は学校を出てからずっと考え事をしているようだった。
魅録は彼女が考えていることに察しがつくので、話しかけるのがためらわれた。
内心悠理の存在がありがたかった。彼女を乗せるのは予定外だったが、おかげで
どんなに間が持っていることか。でなければひたすら沈黙のまま横浜まで
向かわざるを得なかっただろう。しかし、このままと言うのも野梨子を連れ出した
意味がない。どこかで適当な事を言って悠理を降ろそうとしている自分に気がつき
魅録は心の中で悠理に謝った。

魅録の携帯が鳴った。画面を見ると「菊正宗清四郎」の文字が出ている。
(しつこい奴だぜ。)
魅録は電源を切ると、後ろの悠理に向かって言った。
「悠理、おまえ携帯持ってるだろ。病院に行くんだから電源切っとけよな。」
「うん。わかった。」
病院にはまだ着いていないのに悠理は素直にうなずいて携帯の電源を切った。

「おかけになった電話番号は電波の届かないところにいるか、電源が入って
おりません。」

清四郎はため息をついて携帯を切る。横浜のミハマ病院に三人が来たら電話を
入れる様頼んだが、電話の向こうで緊急事態が起きているらしく受け付けのもの
はあたふたと電話を切ってしまった。こちらも希望は持てそうにない。
菊正宗家の清四郎の部屋で三人は魅録の記事を前に頭を抱えていた。
「やっぱり悠理がいないってのが痛いわよねえ。おじさんも豊作さんも仕事で
つかまらないし。時宗ちゃんに話した方がいいんじゃないの?」

442 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+38)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:07
清四郎としては魅録のことを考えると時宗に話すのは避けたかった。
しかしもう時間がない。雑誌が印刷される前に止めなければ。
その時、携帯のアドレスをじっと探していた美童が電話をかけ始めた。
「もしもし僕美童グランマニエと言いますが。大郷さんお願いします。
会議中?緊急なんです。美童からと言ってもらえばわかりますから。」
可憐と清四郎は顔を見合わせた。
「大郷さん?僕だよ。久しぶりだね。ごめん、忙しいのに電話して。」
携帯の向こうから中年の女性の声が聞こえる。
はきはきした力強い声だ。美童は可憐の視線に気がつくと、
あわてて立ち上がり廊下に出て扉を閉めた。
(編集部に彼女がいたみたいだな。美童えらいぞ。)
ふと可憐を見ると面白くなさそうに髪の毛をもてあそんでいる。
やがて美童が笑顔で戻ってくると報告した。
「今から確認してくれるって。事実もないのにそんな記事を出すのはうちの
社のイメージダウンだから、もし会ったら私のプライドにかけて止めてくれ
るって約束してくれたよ。」
「ありがとう、美童!ところで大郷さんて重役なんですか?」
「ま、ね。T社の社長だよ。」
「あたし知ってる。前の社長の未亡人よね。ちょっと化粧が濃いけど、
40代後半にはとっても見えない美人。ガキからおばさんまで守備範囲が
広いわね。さっすが美童。」
そう言い捨てると可憐は部屋から飛び出した。あわてて美童が追ってくる。
「ただの知り合いだよ、可憐。」
「ただの知り合いがそこまでやってくれるもんですか。どうせ見返りに
デートでも約束したんでしょ。」
「・・・食事だけさ、その、やっぱり・・・」
ほらね、とつぶやくと可憐は背を向ける。
「可憐、ごめんね。ほんとに食事だけなんだってばあ。ごめん、ごめんよ、
可憐。どうしたら機嫌治してくれるの?」
清四郎は可憐が美童の首に腕を回すのを見るとそっと部屋のドアを閉めた。

443 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+39)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:08
横浜のミハマ病院は遠くからでもすぐわかる高台に立っていた。大きな駐車場
に車を入れると、魅録達はすぐに異常に気がつく。病院はその威容な大きさに
似合わず静まり返っていた。入り口前に黒のベンツが数台横付けされている。
その行儀悪い止め方に魅録は眉をひそめた。
(会長の身内か?まさかな。)
後ろに野梨子と悠理を従えて二重の自動ドアをくぐり受け付けロビーに入ると、
カウンターの中の病院職員や待ち合いにいる患者達が恐怖でこわばった顔で
こちらを振り向いた。ロビーには背広を着込んだ屈強な男達が睨みをきかせている。
中の一人が魅録に気がつき、近寄ってくる。
「久しぶりだな、魅録。元気にしてるか。今日はどうした?」
「お久しぶりです、佐藤さん。今日は会長の見舞いに来たんですけど・・・
一体どうしたんすか。」
後ろでおびえている野梨子に赤蛇のおやっさんの娘婿だよと小声で言う。
悠理は用心深く当たりをみまわしていた。
そんな魅録に佐藤という50代半ばの男は声をかけた。
「どうもこうも・・・お前を待ってたんだよ、松竹梅魅録くん。おやじなら
もうここにはいないぜ。どっかに逃げ出したらしいわ。年寄りの癖に逃げ足は
早いな。」
「俺を待ってたってどういうことですか?」
その時佐藤の後ろにいた30前後の男が突然声をあげた。
「どういう理由がおまえが一番知ってるんだろお!会長のお気に入りだからって
佐藤さんを差し置いてなめたマネすんじゃねえぞお。お前みたいなひよっこが
次の会長だと!?笑わせんじゃねえやあ!」
佐藤は後ろの男を片手でさえぎると言った。
「ま、そういうことだ、魅録。秘密の話はつつぬけだってことよ。
俺らに内証で跡継ぎの話を進めてたみたいだけどそうは問屋が降ろさねえ。
一緒に来てじじいの居場所でも教えてもらおうか。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。一体何のことだか・・・」
後ろで野梨子と悠理が悲鳴をあげた。
見ると若い男が二人の手をつかんでいる。

444 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+40)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:09
男のスーツの中から赤いシャツが顔を出していた。
「離してくださいな!」
「痛え!てめえ、離しやがれ!」
魅録はあわてて佐藤に言う。
「佐藤さん、ちょっとまずいっすよ。あいつら離してください!」
佐藤は顔をしかめている。
「あいつらどうするかはお前の出方次第だ。じじいの居場所をとっとと
教えるんだな。そうしたら・・・ん?」
振り向いた魅録は頭をかかえる。
(うわっ。やった!)
「痛てええーーーっ!離せーーーっ、こンのヤローーッ!!」
悠理の回し蹴りが赤シャツの顔に炸裂した。
男は顔を押さえながらよろめく。押さえた手の指の間から鼻血が吹き出した。
呆然とする佐藤達を置いて魅録は走り出した。
「逃げろ!GO!GO!」
悠理はすぐにヒラリと身をひるがえすと駆け出した。野梨子もあわてて
走り出すが別の組員にタックルされて病院の床に転倒した。
「きゃああーーーっ!魅録!悠理!」
野梨子が男に押さえ込まれてるのを見て、魅録は男に飛びかかった。
野梨子を男の下から引きずり出すと、男の腹に一発お見舞いする。
そんな魅録に他の男達が襲いかかったが、悠理が金属製の傘立てを振り回して
殴った。その隙に三人で逃げ出す。
車に全員乗り込むや否や魅録はエンジンをかけ猛スピードで病院を後に
した。
「またかよーー!今日逃げ出すの二度目だぜーーーっっ!」

445 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+41)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:10
しばらく車をフル回転させて走らせた後、ベンツがついて来ないのを確認して
ほっと一息ついた。
「おー、お疲れさん。野梨子、悠理生きてるかー?」
「大丈夫だー。腹減ったー。」
助手席から悠理の元気な声が戻ってきたが、野梨子の声が小さい。
バックミラーで野梨子を見ると真っ青な顔で右手を押さえている。
「野梨子!?大丈夫か?どうした!?」

「強くひねったんですな。湿布と痛み止めを出しましょう。無理に動かさなければ
大丈夫。」
町の病院でとりあえず湿布を貼ってもらったが、右手を降ろすと首と肩が痛むので
店でスカーフを買い、三角巾のようにして右手を首からたらすようにした。
公園に車を止めしばらくベンチで休むことにした。夕暮れが迫って辺りが薄暗く
なってきている。
「野梨子?大丈夫か?缶ジュース飲む?」
「ありがとう、いただきますわ。・・・悠理、自分で飲めますわよ。」
「いいから飲ませてやるって。」
悠理は意外と世話好きなところを見せて、野梨子の手をスカーフで吊ってやったり、
野梨子にジュースを飲ませてやったりかいがいしく動く。
魅録はそんな悠理の姿が微笑ましかった。
(意外と世話焼きなんだな。タマやフクの世話するの大好きだもんな、あいつ。)
「ゆ、悠理・・・ごほっ。」
しかし野梨子はジュースを大量に飲まされてむせた。その拍子に缶からジュースがこぼれ、
彼女の制服にシミをつける。
「ごめん!あーあ、びしゃびしゃだなあ。あたい着替え買ってくるわ。」
悠理は野梨子が止めるのも聞かず走り出し、公園から姿を消した。
後にとり残された二人に沈黙が訪れる。
魅録はせわしく煙草を吸っていたが、やがて野梨子の方を向いて謝った。
「ごめんな、野梨子。こんなところまで無理矢理連れてきて怪我までさせて。
清四郎に会わせる顔がねえよ。」

446 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+42)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:10
首から腕を吊った野梨子は優しく微笑んで言った。
「無理矢理じゃありませんわ。私が会長のお見舞いに行きたかったんですもの。」
スカーフにはケバケバしいピンクの星がたくさんプリントされていて彼女には
不釣り合いな感じがした。自由な方の手でハンカチを持ち、ジュースで濡れた部分
を拭いている。首を動かすのがツラそうなのを見て魅録はハンカチを取って
拭いてやった。スカートが濡れているのを見るとドキッとしたが、そんな事は
気づかれないよう、又彼女の体に変に触れないように気をつけて、手早く拭いて
ハンカチを返した。ありがとう、と言って彼女は魅録に聞いた。
「会長は・・・病院から逃げてどこにおいでになったのかしら。重態なのに、
病院を抜け出して心配ですわ。」
心の底から心配そうな彼女の様子に魅録は告白した。
「会長はほんとは重態なんかじゃないんだ。入院したってのはほんとだけど、
なんか検査したり療養も兼ねてのやつでさ。・・・ごめん、騙して。」
野梨子は目を丸くした。魅録は顔を赤くして横を向いている。見ると耳まで
赤くなっていた。
「その、野梨子と話がしたくってさ。学校にいると他のやつらがいるし、
ちょっと強引だったけどさ。」

突然清四郎の言葉が野梨子の頭に浮かんだ。
(いいことを教えましょうか。魅録もね野梨子のことが好きなんだそう
ですよ。)

そんな、まさか。
野梨子は今の今まで清四郎のその言葉をまじめに考えたことがなかった。
魅録の自分に対する態度には何も特別なことはなかった(と野梨子は考えて
いた)し、何より彼女は自分の気持ちに整理をつけることで手一杯だった。
気がつくと心臓がコトコトと鳴り出していた。混乱していた。
落ち着かず手を見るうちに、その手首を痛い程つかんでいた清四郎を思い
出す。
(駄目です、野梨子。行っちゃいけない。)

447 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+43)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:11
彼の声は悲鳴に近かった。それを振り切って魅録と一緒に来たのは、
今の今まで自分をほおっておいたくせに何を今さらと清四郎に当てつける
気持ちもあった気がする。でもそれは決して魅録を選んだわけでは・・・。
ふとこんな言葉が口をつく。
「ハンディって何ですの?」
その言葉を聞くと魅録はますます顔を赤くして口ごもった。
「ん?ああ、ハンディのことか。・・・何だったかな。」
あたりの景色が急速に暗くなってきた。夜が近づいている。帰らなくちゃ。
野梨子は突然立ち上がった。驚いた魅録にわざと明るい表情で言った。
「よかったですわ。会長さんが何ともなくて。私が鬱々としていたので
気分転換に連れ出してくれたんですのね、ありがとう。魅録。
ドライブ楽しかったですわ、おかげで気分すっきりしました。」
「・・・・。」
魅録は野梨子がその話題をわざと避けたのを感じ、傷ついた顔をした。
淋しそうな表情で野梨子を見たが無理矢理笑顔を作ると言った。
「そっか。ま、よかった。んじゃ、悠理が戻ってきたら帰るとすっか。」
照れ隠しに「ったく悠理のやつはどこまで行きやがったんだー。」等と
つぶやきながら、ぶらぶらと野梨子から離れていく。
野梨子はじっと彼の後ろ姿を見ていた。右手がずきずきと痛みが増してきて、
左手で押さえる。
(ごめんなさい、魅録。)
悠理に早く戻ってきてほしかった。空を見上げるとすでに暗い夜の帳が
降りて、気の早い星が瞬き始めていた。

448 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+44)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:12
赤いスポーツカーに乗り込んだ二人に会話はなかった。夜の町をゆっくりと
車を走らせながら友だちの姿を探す。いくら待っても悠理が戻ってこない
ので探しに出かけたのだ。悠理の携帯を鳴らしたが電源が入ってなかった。
道路沿いに並んだ店にはネオンが灯り、腕を組んだカップルがいちゃいちゃ
しながらウインドーショッピングをしている。誰もが幸せそうな顔をしていた。
「あいつどこまで行ったんだよ。」
そうつぶやいた魅録はバックミラーに目をやった途端、アクセルを踏んだ。
突然スピードを出したので野梨子が反動で椅子に押し付けられる。
バックミラーには男達が乗ったベンツが映っていた。
「野梨子つかまれるか。スピード出すぞ、あいつら追いかけてきた!」
「え、ええ!でも魅録、悠理は!?」
「しかたがない!つかまってないのを願うだけさ!」
猛スピードで左折し、対抗車線に大きくはみだした。正面衝突しそうになった
車が何台も急ブレーキをかける。
「・・・あああっっ、魅録!!」
しかし魅録は絶妙な運転でそれらをかわし元の車線に戻ると更にスピードを上げて
赤信号の交差点も突っ切る。走り出そうとしていた車があわてて避け、交差点は
大混乱になった。
野梨子は必死につかまっていたが、片手のためサイドボードにぶつかり、
ドアにぶつかり、運転席の魅録にぶつかりしていた。余りのスピードに恐怖で
顔がひきつり、涙が出そうだった。声をあげようにも声が出なかった。
追いかけてきたベンツもかなり粘っていたがやがてパトカーのサイレンを聞くと
あきらめたのか見えなくなった。

どこまで走ったのだろう。あたりにだだっぴろい空き地が延々と続く幅広い一本道で
魅録は車を止めた。遠くに高速が見えるが入り口でまたベンツが待ち構えている
気がする。どうやって帰ったものかな。ふと気がついて野梨子に声をかける。
「無茶な運転して悪かったな、野梨子。大丈夫か?」

449 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+45)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:14
助手席で白鹿野梨子はぐったりと崩れ落ちていた。運転中、体はあちこちにぶつけ
ながら左手だけで必死につかまっていたのだから無理もない。
支え起こすとくにゃくにゃとして体に力が入っていなかった。体中、汗びっしょりで
目にも生気がない。魅録は驚いて野梨子をゆさぶった。
「野梨子!?野梨子!?大丈夫か!?もう平気だぞ!」
顔をびたびた平手で叩く。その痛みでやっと野梨子は我に返る。
魅録はほおっとして笑顔になる。
「大丈夫か?驚かせるなよ!心配したんだぞ野梨子。」
野梨子は目を点にしてたが、キッと魅録を睨んだかと思うとその大きな両目から
大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ち出した。泣きながら左手で魅録をドンドン叩く。
「ひどいですわ、魅録!魅録があんな無茶な運転するから!私どんなに怖かったか!
悠理も置いてきてしまってし、車にぶつかりそうで、私・・・もう死ぬかと・・・。」
そう言うと魅録の胸に頭を預けてワアワア泣き出した。魅録は言葉が出なかった。
あわてて彼女をなぐさめる言葉を探したが汗で濡れた彼女の髪をなでるのが精一杯だ。
ごめんな、とつぶやきながら彼女の頬に涙ではりついた髪を後ろになでつける。
野梨子は顔中涙で濡らしていた。魅録が指でぬぐってもぬぐっても涙が零れ落ちる。
抱き締めると細い体が震えていた。そんなに怖かったのか。魅録はショックだった。
長いまつげが涙で光り、嗚咽が続いていた。彼女は我を忘れているようだった。
魅録はごめん、ごめんとつぶやきながら、野梨子の頭を力いっぱい胸に抱きしめていたが、
やがて堪らなくなって彼女の唇に口づけした。
そのまま魅録は夢中で彼女に何回も口づけすると彼女の腕をつかんだ自分の手に力を入れた。

450 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+46)R」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:15
魅録はキスをくり返しながらそっとレバーをひいて助手席を倒した。
目を閉じて魅録のキスに答えていた野梨子が大きく目を見開いた。
体を起こそうとするのを止めて魅録は言った。
「好きなんだ、野梨子。」
野梨子は苦しげな顔をして魅録を見る。
「魅録、私。」
続けては言わせなかった。キスで口を塞ぐと素早くスカーフを首からはずす。痛みで
野梨子が少しうめいた。制服の衿元から右手を入れてボタンをはずした。さっきこぼした
オレンジジュースの香りがする。好きだ、野梨子とつぶやきながら彼女の耳に、額に、
頬に、まぶたに、そしてまた唇にキスをくり返す。唇で唇を何回もふさぐ。上唇、
下唇。軽く、深く。
彼女が混乱しているのをいいことに首筋に舌をはわせた。彼女は身をそらせたが、
まだ腕が痛むみたいだった。魅録が熱のこもった目で聞く。
「まだ痛い?」
小さい声で返事が帰ってきた。
「ええ、まだ。」
「そうか。でもごめん。俺我慢できない。」
野梨子が痛くないほうの腕でそっと魅録を押しやろうとした。しかしそれは抗っているとは
いえない力だ。
「魅録、私は。」
「言うなよ。知ってる。俺、知ってるから。」

その頃、菊正宗邸の前では清四郎が佇んでいた。白いコットンシャツに身を包んだ彼は
薄手の上着をひっかけて所在なげだった。隣家の門を見やる。彼の大事な女性はまだ
帰ってきてなかった。清四郎は空を見上げる。いつの間にか夜空には無数の星が瞬いて
いた。

451 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+47)R」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:16
知ってる、と言いながら魅録は又野梨子にキスをする。彼女は彼の情熱に抵抗できなかった。
清四郎の顔がちらつく。だが体は魅録に押さえられている。胸元を魅録の唇がすべって
いく。ゆうべの男の仕業を思い出して野梨子は体がキュッとなった。
あれはたった一日前のことだったのかしら。
制服の下に着ていたキャミソールとブラジャーの肩ヒモを魅録は肩をすべらせて
おろした。彼女の胸が露になるまえに野梨子は手でおさえる。
「今だけ忘れろよ、あいつのこと。」
「・・・・できないですわ。」
「できるよ。だって野梨子、最近辛そうだ。」
「辛くなんかありません。」
「・・じゃあ、何で泣いてるの?」
本当だった。野梨子の体の奥で溜まっていた気持ちがはじけて涙となって
あとからあとから流れ出していた。魅録はその涙にキスして言った。
「野梨子は俺の前で弱いところ見せすぎなんだよ。俺今日はワルだから。
野梨子の気持ちにつけこむからな。」
「ずるいですわ、魅録。」
「そうだよお嬢さん。今頃気づいたの?」
と言って野梨子の押さえていた手をどけた。
「今日は俺のもんだ。いい?」


清四郎は温かな野梨子の体を思い浮かべていた。
その時ポケットの携帯が鳴り出す。美童からだった。あわてた声が聞こえる。
「もしもし!?清四郎!例の記事、T社じゃないみたいなんだよ。編集長と
やっと連絡がとれたって大郷さんから今電話があって。B社じゃないかって。
どうしよう!清四郎?」
「わかりました、僕がB社に行きます。」
彼は出かける前に白鹿邸に目をやったが振り切るように大通りにタクシーを
拾いに走り出した。

452 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+48)R」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:17
キャミソールとブラジャーを脱がせた。初めて見る彼女の白い胸は、大きく
上下していた。小ぶりのふくらみに薄い赤い頂きがついている。そっと手で
包み優しくキスをする。野梨子が目を閉じてため息をつく。魅録は彼女の
胸の上で優しく手を動かしながら彼女の耳にキスをしてそのまま首筋に舌を
這わせた。彼女はまたため息をついた。
魅録の手がスカートの中にすっと入り、野梨子の太ももをなでていたが
やがて下着の上に移動してくる。魅録の手がそっとふくらみをなぜている。
野梨子にキスした。彼女の目も少し熱を帯びたようだ。
「忘れた?あいつのこと。」
「忘れません。」
それを聞くと魅録は下着をずらしぬかるみへと指をずらしていく。
「忘れて。今だけ。だめ?」
野梨子は横を向いていた。その唇に彼はまた情熱的な熱いキスをする。
彼女の舌に舌をからめた。わずかだが野梨子が応える。
その隙に下着を膝下まで降ろしてとった。

清四郎は大通りでいらいらして待っていた。中々タクシーがつかまらない。
やっと見つけて手をあげるが満車だった。あきらめて地下鉄の入り口に
向かおうとした時、近くでタクシーがすべるように停まり客を降ろした。
その客を押し退けるようにして清四郎は車内に乗り込んだ。
「B区にある出版のB社まで!早く出してください!」

453 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+49)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:18
狭い車内には二人の体から出る熱気が立ち込めている。魅録と野梨子はじっと
視線を交わし合う。魅録は言った。
「逃げられないぞ、もう。」
野梨子は視線をそらさず答える。
「逃げませんわ。」
二人は長いキスをした。
魅録がTシャツをぬぎすてた。若者らしい締まった体をそっと野梨子に重ねる。
キスをしながら再び胸に手をやり愛撫する。そのままその手で彼女のスカート
をとり、露になったぬかるみを探った。先程より充分湿り気を帯びていた。
彼はキスをしたままズボンと下着を脱ぐ。狭い車内では動きずらい。
自分の状態が準備万端なのを知ると彼は一瞬キスをやめた。目を閉じていた
野梨子が気づいて目を開ける。その時魅録は侵入した。野梨子は声をあげなかった
がその瞳に一瞬にして色がつく。再び彼は言った。
「好きだ野梨子。」
そのまま奥まで侵入する。彼女が身を反らす。彼女の清冽な瞳にやどる淫の字
がたまらない。彼女の中でゆっくりしたかったが体が勝手に動いていた。
自分を押しとどめて息を整える。汗が頬を伝わるのがわかった。野梨子がじっと
魅録を見ている。彼女の左足を膝を持って胸まで持ち上げる。彼女はやめて
という仕種をしたが再びそこへ侵入した。野梨子がたまらず声をあげる。
そんな彼女の耳もとで魅録はささやいた。
「俺の名前を呼んで。」
「魅録。」
「もっと。」
「魅録。」
彼女の甘い声を聞きながら魅録は体を動かした。押さえても動きは早くなる。
二人の吐息がからみあい情熱が一つになった。野梨子が魅録の口元に手を伸ばす。
その手にキスすると魅録は彼女を一層強く押さえて言った。
「ごめん野梨子。」
魅録が激しく動いたので堪らず野梨子は声をあげ彼にしがみついた。
「愛してる野梨子」

454 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2003/01/13(月) 09:20
今回は以上です。

455 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+50)」 投稿日: 2003/01/20(月) 01:53
携帯の呼び出し音が続いていた。
タクシーの中で清四郎は腕時計を見る。
午前二時か。
『・・・・はい?』
「美童、清四郎です。例の件、片付きました。
・・・魅録達から連絡ありましたか?
・・・そうか、わかった。ありがとう。」
そのまま後部座席のシートに背中をもたれかけた。
あれから何の連絡もない。一体三人はどこにいるのだろう。
清四郎は思いきって魅録の家を訪ねる事にした。

松竹梅邸の前で車を降りた清四郎は、そこに佇む制服姿の少女を
見つけて駆け寄った。
「悠理!無事だったんですか?・・・他の二人は?」
悠理は髪がくしゃくしゃで、制服も一部ボタンが飛んだり
スカートの裾がひっかけたのかビリビリになっていたりして、
何ともひどい格好だ。
「一緒にミハマ病院までは行ったんけど、その後なんかヤクザ
に追われてさ逃げ回っている内に二人とはぐれちまった。知り合いが
通りかかったからバイク乗せてもらって今ついたところなんだ。
まだ魅録帰ってないみたいだぜ。腹へったー。」
傷だらけの美少女は座り込み清四郎のズボンの裾を引っ張って
空腹を訴えている。

清四郎は悠理が元気そうなのを見て安心する反面、むくむくと怒りが
湧いてきた。
「腹へったって悠理、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろう!
大体無事なら無事と連絡位入れろ!携帯の留守電聞いたのか?
こっちではずっと心配してたんだぞ。」

456 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+51)」 投稿日: 2003/01/20(月) 01:54
「悪かったよ〜。でも携帯、逃げる途中で落としちゃったんだ。」
「携帯がないなら公衆電話があるだろう。」
「見つからないぞ、今どき。何だよ清四郎、魅録に野梨子さらわれたから
ってあたしに当たるなよな。ったくトロい奴だな。しかも東京でもたもた
してて何が心配してただよ。心配だったら横浜まで来いっつーの・・・
はにゃほにゃはー。」
清四郎の両手が悠理のほっぺをつかみ、両サイドに引き上げきったところで、
ぴっと離した。
「いっでええええ!」
悠理は両頬を押さえ呻いた。恨めしそうな顔で清四郎を見やる。
男は一見笑顔だが夜道でも見えそうな位こめかみに青筋を立てている。
「どうしました?続きは、悠理?」
「こンのやろー。野梨子がさっさと魅録の車に乗ったから悔しいんだろう。
やーい。清四郎のまぬけ、無能、すっとこどっこい。」
「この・・・。」

つかまえようと両手を伸ばしたが清四郎は悠理にさっとかわされた。
「ふん。お前なんかなー、次にああしようこうしようって考えてるから
動きが遅れるんだよ。本能に忠実なあたいに勝てるもんか。」
「・・・」
天誅を食らわそうとする清四郎の上を飛び越えて悠理は続ける。
清四郎は昼間車から落ちた時の傷が痛むのを感じた。
「野梨子のことだってそうなんだろう。あーでもない、こーでもないって
考え過ぎなんだよ、お前は。ここんとこ鬱々鬱々暗い顔ばっかしやがって。
暗いのがうつるから寄るなっちゅうの。」
呵々大笑する悠理に腸が煮えくり返るような思いをしながら、しかし優位に
立とうとするように清四郎は笑顔で余裕を見せる。悠理をつかまえようとする
動きはやめない。

457 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+52)」 投稿日: 2003/01/20(月) 01:55
「悠理に何がわかるって言うんですか。」
「あたいは何にも知らないもーん。面白がってるだけだい。」
素早く繰り出される清四郎の動きを見切って悠理は飛んだ。
「高見の見物ですか。いい御身分だ。」
「そうだよ。上から見ていた方がわかることもあるもんね。」
清四郎は動くのをやめた。悠理が振り返る。

「野次馬に質問だ。僕達はどう見えます?」
軽く息を切らした悠理は清四郎を黙って見ていたがニッと笑っていった。
「さあね。ただつまんない映画見てるみたいかなー。観客は大体筋がわかってる。
知らないのは出演している俳優だけってさ。」
夜道を街灯が照らしている。二人の声が止んだので急にあたりの静けさが際だった。
悠理の言葉に清四郎は言葉も無い。やがて苦笑いする。
「キツイな。」
「お前だけじゃないさ。野梨子も魅録も何やってんだかな。足を踏み出したから
止まんないってえの?いつでも止まれるさ。早く気づけよ、おまいら。
とっととケリつけて復活しろよな、清四郎。キレのないお前なんか相手にならないぜ。」
次の瞬間悠理は足をすくわれてフッと体が宙を舞った。
地面に叩き付けられてしたたか腰を打つ。すぐにその細い首を男の右肘が捕らえた。
「・・・でーー。く、苦しい清四郎!」
「すいませんね、キレがなくて。今度会う時までにもっと腕を磨いておきます。」
清四郎は力をゆるめ悠理は喉と腰をさすりながら仏頂面で起き上がる。

458 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+53)」 投稿日: 2003/01/20(月) 01:56
その時、松竹梅家の前に黒い国産高級車が停まった。こんな夜半に客人らしい。
重そうなドアが開くと中から白髪まじりの初老の男が出てきて、清四郎達を見とがめた。
「君たち、こんな遅くにここで何をしているのかね。
この家に何か御用かな。」
低く威圧感のある声だった。声の主は鋭い目つきで清四郎達を上から下まで観察
している。がっしりとした体格をした無表情なこの男は時宗の部下で
警察関係者だろうと清四郎は推測した。
男は悠理の制服に目が止まったようだ。
「聖プレジデントの学生だな。総監の御子息の友だちか。」
悠理がうなずくと男は黙って松竹梅家の門をくぐり、顎をしゃくって清四郎達に一緒に
来るように促した。

清四郎達は客人の後ろにくっついて長い廊下を通り、客間として使われている
和室へ通される。広い家の中はひっそりとしていた。
部屋の中ではこの家の主、松竹梅時宗が床の間を背に少々眠たそうな顔で
座っていた。客人の後ろに息子の友だちがいるのを見ると驚いた様子だ。
客人は時宗の前にさっと座ると、ガバッと手をついて深々と頭を下げた。
「申し訳ございません!」

携帯の呼び出し音が車の中に響いていた。
はずむ息を押さえながら魅録は名残り惜しそうに野梨子の唇にキスすると、
運転席のドアポケットから携帯を取り出した。表示される名前を見て野梨子に
笑って肩をすくめた。
「やべー、悠理だ。こんなとこ見られたら蹴り入れられるな。」
野梨子は黙って服を探した。暗闇の中で、しかし彼女の裸身は白く輝くよう
だ。そんな彼女を横目で眺めながら魅録は電話に出る。
「もしもし、悠理か?どこ行ってたんだよ、探したんだぞ。もしもし?
おーい、聞こえねーぞー。」
次の瞬間魅録の耳に飛び込んで来たのは聞き覚えのない男の声だった。
『松竹梅魅録だな。』

459 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+54)」 投稿日: 2003/01/20(月) 01:56
魅録は全身が緊張するのがわかった。野梨子を見る。彼女はまだ電話の
相手が悠理と違うことには気づいていないようだった。
「誰だよ、おまえ?」
気づかれないように小さい声でつぶやいた。男はそれには答えず続ける。
『剣菱悠理は預かった。返してほしかったら一人で
大黒ふ頭まで来い。お前と引き換えで女を返してやる。』
「・・・わかった。悠理は・・・大丈夫なんだろうな。」
通話は突然切れた。魅録は野梨子を振り返った。
いつの間にか大きな黒い瞳が心配そうにこちらを伺っている。
安心させるようにその頭を胸に引き寄せると笑顔を作る。
「なんか悠理、俺のダチのところにいるみたいでさ、これから迎えに
行ってくるわ。もう遅いし悪いけど野梨子はタクシーで先に帰ってて
くれ。」

野梨子をタクシーに乗せると心配そうな眼差しの彼女に笑って手を振った。
おかっぱ頭の少女を乗せたタクシーはすぐに遠ざかって見えなくなった。
魅録の唇にキスの感触だけが残っていた。
携帯に入っていた留守電を再生してみた。
「魅録。清四郎だ。望月光にはめられたらしい。すぐに戻ってきてくれ。」
「美童だよ。学校にヤクザが乗り込んできて魅録を探してたんだよ。
気がついたら電話おくれ。」
「魅録!野梨子!悠理!あんたたち大丈夫なの!電話ちょうだい!」
魅録は首の後ろに手を当てて携帯をもう片手でもてあそび、電話しようか
どうしようか考えていたが、そのままジャンパーのポケットに携帯を
放り込むと赤いスポーツカーに乗り込みエンジンをかけた。

460 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+55)」 投稿日: 2003/01/20(月) 01:57
和服姿の松竹梅時宗はいきなり男が手をついて頭を下げたので困って清四郎を見た。
清四郎も計りかねている。
男は時宗に「黙ってお受けとりくださいますよう。」と白い封筒を差し出した。
表書きには墨で黒々と「辞表」と大書してある。
「わけはこの子達が知っています。」
時宗も清四郎達も驚いた。
「知ってるも何もたった今そこでお会いしたばかりですよ。」
男はますます頭を下げて言う。
「どうか武士の情けと思ってこれ以上何もお聞きにならないでください。
総監に今までかけていただいた御恩情に対して、私ができる精一杯の
御恩返しがこれでございます。警視副総監榎本三郎これにて失礼仕ります。」
榎本はサッと立って部屋を出ようとしたが、清四郎はすばやくその前に
まわって彼の行く手を遮った。

「榎本三郎さん、ですか。大体事情は飲み込めました。彼女のことですね?」
彼女、という言葉に榎本は清四郎の目をまっすぐ見つめうなずいた。
「察しが早いな。ということはあいつの悪事も大分露見しているということか。」
わけがわからない二人が口を挟む。
「どういうことかね、清四郎君。榎本君と知り合いかね。」
「いえ、直接知り合いというわけではありません。」
「清四郎、どういうことだよ。」
初老の男は悠理を振り返った。
「望月光を知っているね。あれはわしの子だ。それが理由だ。」
そう言いながら手にした書類袋からコピーを出す。それは望月光が清四郎に示した
あの記事のコピーだった。時宗はそのコピーに目を通すと驚きのあまり後ろに
倒れそうになった。
「こ、これは息子ではないか!み、み、魅録が赤蛇会の次期会長だとおっ!」
「申し訳ございません、総監!!血がつながってないとは言え我が娘が大それたこと
をしでかしまして!」
憤然と立ち尽くす時宗の前に榎本は頭を畳にこすりつけて謝った。

461 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+56)」 投稿日: 2003/01/20(月) 01:58
そんな時廊下からバタバタと足音がしたかと思うと手伝いの正江さんがこわばった
顔で襖を開けた。
「大変です、旦那さま!今、今、男の声で・・・脅迫電話って言うんですか、
あの魅録ぼっちゃまを誘拐したって・・・。返してほしかったら横浜の大黒ふ頭まで
総監に一人でおいでくださいって・・・総監と交換でぼっちゃまを返すって・・・
どうしましょう・・・!」
「な、何いっ!?誘拐だとおっ!?」
正江さんは腰をぬかさんばかりの震えようだ。そんな彼女に清四郎は聞いた。
「それだけですか?他に何か言ってませんでしたか?」
「・・・そ、それだけ・・・」
悠理は清四郎の袖を引っ張る。
「あいつマジで捕まったのかな。野梨子はどこへ行ったんだろう?」
清四郎は黙って悠理と顔を見合わせた。

462 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2003/01/20(月) 02:00
今回は以上です。
終盤に入りました。息切れがしています。
もうしばらくだけおつき合いください。

463 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+57)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:21
魅録の乗った車は首都高速湾岸線大黒ふ頭I.C.を降りて
倉庫が立ち並ぶふ頭内に入った。ゆっくりと車を走らせて
周囲に目をやるが深夜で灯りが灯っているのは守衛所など
わずかな場所だけだ。遠くにクレーンの位置を示す赤い灯が
星のように点灯している。ふ頭の先端にある海づり公園を
目指した。左に自動車専用船が停泊しているのが見える。
T−3、T−4と書かれた荷さばき地に船に乗せられて
輸出されるのだろう、たくさんの中古車が停められていた。

海づり公園の入り口前に車をとめて降りた。営業時間をとうに
過ぎた今は辺りに人の気配はない。釣り場への入り口になって
いる三角屋根の管理事務所は当然施錠してあるはずだが、
中央のガラスドアを魅録が押すとドアはあっさり開く。
赤灯台に向かって堤防の上に作られたデッキを歩くと
海風が魅録を横押しした。ジェラルミン製のデッキは灯台の
目前数メートルで終わっていた。魅録は手すりをつかんで2、
3度ゆすってみた。さっきから携帯が震えている。

通話ボタンを押すと親友の声が聞こえて来た。
『もしもし。魅録ですか。今どこにいるんです。無事なんですか。』
「おう。清四郎か。久しぶりだな。今か。今はデートスポット。
大黒ふ頭の海づり公園だぜ。遠くにベイブリッジが見えて
ムード満点だぞ。」
『大丈夫みたいですね。大黒ふ頭にいるんですね。僕達も今から行きます。』
「だめだ。来るな。悠理が連れていかれた。たぶん赤蛇会の奴らだと
思う。俺と交換にあいつを返してもらうつもりだ。それより野梨子を
先にタクシーで返したからそっちで待ってろ。」

464 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+57)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:21
魅録の乗った車は首都高速湾岸線大黒ふ頭I.C.を降りて
倉庫が立ち並ぶふ頭内に入った。ゆっくりと車を走らせて
周囲に目をやるが深夜で灯りが灯っているのは守衛所など
わずかな場所だけだ。遠くにクレーンの位置を示す赤い灯が
星のように点灯している。ふ頭の先端にある海づり公園を
目指した。左に自動車専用船が停泊しているのが見える。
T−3、T−4と書かれた荷さばき地に船に乗せられて
輸出されるのだろう、たくさんの中古車が停められていた。

海づり公園の入り口前に車をとめて降りた。営業時間をとうに
過ぎた今は辺りに人の気配はない。釣り場への入り口になって
いる三角屋根の管理事務所は当然施錠してあるはずだが、
中央のガラスドアを魅録が押すとドアはあっさり開く。
赤灯台に向かって堤防の上に作られたデッキを歩くと
海風が魅録を横押しした。ジェラルミン製のデッキは灯台の
目前数メートルで終わっていた。魅録は手すりをつかんで2、
3度ゆすってみた。さっきから携帯が震えている。

通話ボタンを押すと親友の声が聞こえて来た。
『もしもし。魅録ですか。今どこにいるんです。無事なんですか。』
「おう。清四郎か。久しぶりだな。今か。今はデートスポット。
大黒ふ頭の海づり公園だぜ。遠くにベイブリッジが見えて
ムード満点だぞ。」
『大丈夫みたいですね。大黒ふ頭にいるんですね。僕達も今から行きます。』
「だめだ。来るな。悠理が連れていかれた。たぶん赤蛇会の奴らだと
思う。俺と交換にあいつを返してもらうつもりだ。それより野梨子を
先にタクシーで返したからそっちで待ってろ。」

465 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+58)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:23
『魅録、聞いてください。悠理はここにいます。
さっき魅録を誘拐したから総監に大黒ふ頭まで来いと
脅迫電話がかかってきました。いいですか。僕達も今車でそっちに
向かっています。魅録はすぐにそこから離れてください。』
「・・・いや、もう遅いな。」
管理事務所の建物から出てくる十数人の男達の姿を魅録の視線は捕らえて
いた。
『清四郎、危ないからもう来るな。親父にもそう言っといてくれ。
自分のことは自分で何とかするわ。』
「魅録!」
「清四郎、俺、野梨子とは何にもなかったから。余計な心配しないで
あいつ迎えてやってくれよな。」
「・・・。」
『ほんじゃな、俺逃げるわ。運良く無事だったら又後でな。』
魅録は携帯を閉じるとデッキを渡ってくる男達へ向き直る。

電話は切れた。
清四郎、悠理、時宗は時宗の若い部下が運転する車の後部座席に
並んで座っていた。悠理も時宗も電話の様子から魅録が思わしく
ない状況にいるのを察したようだ。車内に重苦しい雰囲気が立ち込める。
清四郎は考えていたがやがて自分達の足下に置いた袋の中をかき回し出した。
「魅録の部屋から何持ってきたんだよ。」
「あいつの発明品ですよ。押し入れに突っ込んであったのをそのまま持って
きたんで、役に立つかどうかわかりませんが。」
イヤーマフ型トランシーバー、怪しげなCD、自動発火装置らしきもの、
イカサマ用透けるトランプとサングラス、懐かしい孫悟空の輪も入っている。
そして・・・。

466 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+59)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:24
「これってホンモノ?」
「いや、しかし、本物とそっくりだわい。」
「これは使えるかな。」
清四郎は「それ」をためつすがめつ見ていたが、やがてポケットに
しまった。

魅録はふ頭内に立ち並ぶ倉庫の一角に連れていかれる。そこには赤蛇会の佐藤が
部下に囲まれて立っていた。魅録は咄嗟に男達の数を数える。
(十七、八人てとこか。)
佐藤が魅録に声をかけた。
「呼び出しておいて待たせるとはいい度胸だな。松竹梅魅録よ。」
「そっちこそ悠理を誘拐したとか言って騙しやがって、汚ねえぞ。」
「何を寝ぼけたことを。変な言いがかりつけるんじゃねえぞ。
誘拐したって言ったらお前じゃないのか、うちの大事なじいさんをよ。
よお、今度はきっちりとじいさんの居場所を喋ってもらうぜ。」
佐藤の後ろにいる男がぽきぽきと指を鳴らした。

「佐藤さん。あんた、騙されてるんだよ。
俺が会長の後を継ぐって話はデタラメだぜ?
今だって俺に呼ばれたって言ったが俺じゃない。
誰かが佐藤さんをはめようとしてるんだよ。」
「それならじいさんは何で雲隠れしたんだ?隠れる必要ねえじゃないか。
それは俺の耳に入った話がホントだからだ。
ホントだから俺が怖くて逃げ出したのさ。
赤蛇は俺が実質動かしているようなもんだからな。
会長って言ってもじいさんはもうほんのお飾りよ。」

467 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+60)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:25
小さな笑い声が聞こえる。佐藤は突然喋るのをやめ、
真顔で辺りを見回した。佐藤と魅録を取り囲んだ男達もキョロキョロする。
心無しか皆不安そうな面持ちだ。
暗闇の中にいつの間にか人影が動いている。それも大勢だ。
佐藤達は緊張して身構える。闇の中から杖をついて現れた小柄な人物、
それは赤蛇会の会長だった。

「立派になったもんよのう、佐藤。目をかけてやった恩義も忘れて
ワシを隠居扱いとはな。お前のことは信用しとったに、危うく寝首を
かかれるとこじゃったわい。この年でも命は惜しいじゃてな。
他人の忠告は聞いてみるもんじゃの。」
「会長、無事だったんですか。」
老人は魅録に杖をふってみせた。佐藤とその部下達は硬直している。
彼らは自分達の数倍の人数の男達に囲まれていることに気がついたのだ。
「お、親父さん・・・。今度のことは、」
「佐藤。お前、自分の愛人(オンナ)に可哀想なことしたらいかんな。
女の恨みは怖いぞ。こうやってお前の義理の父にまで泣きにきよったわい。
それに愛人も溺れるもいいが、お前にはわしの娘、友美というれっきとした
本妻がおるじゃろう。」
佐藤は呆然と立ち尽くしている。混乱して頭の中で考えがまとまらないらしい。
会長は続ける。
「まあ、いい。友美はわしが引き取る。お前のような恩知らずとは縁切りじゃ。
今日この日を持ってお前らは赤蛇とは何の関係もない。わかったか!」

468 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+61)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:26
囲まれた男達は鞭打たれたように畏縮する。佐藤が何かつぶやいている。
「あいつが・・・そうか。あいつが俺をはめやがった。畜生・・・!」
佐藤は会長の前にひざまずいて叫んだ。
「俺は今まであんたに従順だった。あんたの事を信用していた。あの女に
あんたと松竹梅魅録のことを吹き込まれるまでは! 頼む、信じてくれ!
あの女に、あの女に騙されたんだ!」
会長は佐藤を汚いものでも見るような目つきで見ると、後ろのものに合図した。

「すまんのう、魅録。しょうもないことに巻き込んでもうて。」
佐藤達が連れていかれた後、会長が魅録に話しかける。
会長は部下が用意した椅子に座っていた。魅録は会長を十重二十重に
取り囲んでいる男達に遠慮しながらも、さっきから気になっていることを聞いた。
「あの、会長。佐藤さんの愛人て。」

その時、人垣をかきわけ会長の後ろから進み出て来た若い女がいた。
女は黒地に金で模様が刺繍してある派手なスーツを着ていた。
濃い化粧は女を実年齢より老けて見せたが、その顔には見覚えがある。
「・・・望月。」

望月光は魅録の目をじっと見ながら、会長の肩に手をかける。
会長はその手をさすった。
魅録はそんな様子を前に、じりじりと後ずさりして言った。
「会長、やばいっすよ。」
「どうしたんじゃ、魅録。又これに懲りずに遊びに来たらええ。
この間の野梨子ちゃんも一緒にな。」
「あら。野梨子ちゃんなら私来る時見かけた気がするけど。」
黒いスーツを来た悪魔が微笑していた。魅録は頭を一撃されたような衝撃を受けた。
(野梨子が!?帰ったんじゃなかったのか? )

469 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+62)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:27
清四郎達が大黒ふ頭に到着した時、ちょうど佐藤達が倉庫の外で制裁を
受けようとしていた。殴る方の罵声と殴られる方の悲鳴が交差する。
が、彼らに又新たな集団が襲いかかった。赤蛇の組員がふいをつかれ、
驚きの声をあげる。
「な、なんだあ、お前ら!?」

新たに現れた集団は非常に若い男女で構成されていた。
手に刃物様のものを持ち、無言で赤蛇の男達に踊りかかった。悲鳴があがった。
組員達が足や腕を刺され、呻いている。彼らは佐藤達を救いに来たのではない
らしかった。その証拠に佐藤やその一派も地面に転がって叫び声をあげている。
若者達は赤蛇の会長がいる倉庫へ向かっていった。
「総監はここにいてください。僕と悠理で近寄ってみます。」
時宗を植え込みに残し、清四郎達は倉庫へと向かった。

外で悲鳴があがった。中で会長を囲んでいた赤蛇の男達が一瞬気をとられた。
会長も入り口の方に目を向ける。光の目が光った。
いつの間に手にしたのかナイフを持った右手を会長の首めがけて振り降ろす。
「危ない!」
魅録が会長を椅子ごと押し倒した。光のナイフは魅録の赤いジャンパーを切り裂く。
組員達が気づくと光はさっとナイフを落とし魅録を指差して叫んだ。
「きゃーっっ、あの子が会長を!」

男達が魅録に飛びかかった。その隙に光は逃げ出す。
魅録は男達が繰り出す拳から逃れようとしながら喚いた。
「違う!あっちだ、あっち!」
誰かが悲鳴をあげた。
「誰だ、お前ら!」

470 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+63)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:28
倉庫内の赤蛇会組員達は急にシンとなった。
入り口に茶髪の男女、数十人が集結している。中央にいたリーダーらしき若い男が
前に出て来た。
「黒斬会だ。赤蛇の会長の首もらう。他の奴に用はない。会長はどこだ。」
機械的、事務的な口調だった。魅録が進み出る。
「待て。お前ら、俺達がここにいることを誰から聞いた?」
「お前に言う必要ない。」
「聞いてくれ。それは望月光って女じゃないか?だとしたらお前らも、俺らも
はめられたんだよ。」
「はめられた?」
望月光の名を聞いてリーダーの目が泳いだ。
「赤蛇会と黒斬会が大黒ふ頭で乱闘しているとか、今頃警察にタレ込まれて
パトカーが大挙して押し寄せてくるぜ。赤蛇の会長も娘婿も揃ってて、新興
勢力の黒斬もいるとは警察にとったらオイシイよな。」

シッと声がする。耳をすますと遠くからパトカーのサイレンが複数聞こえてくる。
「ほうら、見ろ。」
黒斬会の若いリーダーは身を翻すと「散会!」という声を発し駆け出した。
たちまち若者達はばらばらと暗闇の中に消えていった。サイレンは鳴り続けて
いたが黒斬会の姿が見えなくなると、はたと消えた。
赤蛇の組員達は顔を見合わせる。魅録は入り口に向かって声をかけた。
「おい、いるんだろ、出て来いよ。」
ひょっこりと顔を出したのは清四郎と悠理だった。悠理の手には魅録お手製の
「サイレン」が握られている。赤蛇会の会長は愉快そうにフォッフォッフォと
笑った。

471 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+64)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:29
やがて赤蛇会も引き上げると倉庫には清四郎、魅録、悠理の三人だけが
とり残される。
再会を喜ぶべき場面なのに男二人の間には気まずい空気が流れている。
悠理はそんな二人の様子を伺いながら黙ってブラブラ歩いている。
「サンキューって言っとくわ、とりあえず。」
魅録が口を切った。清四郎は黙って腕を組んで立っていたが言った。

「どういたしまして。大したことはしてませんし、はっきり言って
複雑な気分ですがね。総監が外で待ってるから行きましょうか。」
「親父来てるのか。来るなって言ったのに。」
「自分の息子が危ないんですよ、親の気持ちとしたら当然じゃありませんか。
魅録ももっと自分のことだけじゃなく、他人のことまで考えて行動してほしい
ですね。」

イライラとした清四郎の言葉に魅録はカチンと来て足を止める。
「悪かったよ。だけど助けに来てくれ、とは言ってないぜ。」
「はいはい。わかりましたよ。自分の力で何とかできるんでしたよね。
喧嘩はやめましょう。」
心配そうに二人の口げんかを見守っていた悠理が口を挿んだ。
「そうだよ。帰ろうぜ。野梨子達も待ってるよ。」
野梨子の名前が出ると男達の間に一瞬緊張が走った。
しかしあっさりと女の声でそれは破られた。

472 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+65)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:30
「野梨子ちゃんならここにいるわよ。」
倉庫の入り口に望月光と手をつないだ野梨子がいた。
蒼白な顔をして立っている。
彼女の後ろには禿頭の大男がピストルを野梨子の背中に押し付けていた。
大男の鼻は赤黒く腫れて絆創膏が貼ってある。清四郎を見てニヤリと笑った。

野梨子は顔を上げて仲間の顔を見たが、清四郎と視線が合うと苦しそうに
視線をはずした。清四郎は厳しい顔で魅録を見る。魅録も清四郎を見たが
やはり視線をそらした。光が声をかける。

「あんた達見つめあってないでよ。さあて、どうしようっかな。
あんた達のおかげで大幅に計画が狂っちゃったし。やっぱりここはあんたで行くか。
魅録、こっちへ来て。」
光も胸元から小型のピストルを取り出した。魅録に振って言う。
「本物よ?試してみようか?」

いきなり野梨子の足下を撃った。パンと軽い音がして地面が弾ける。
野梨子は唇を噛み締めたが震える足を踏み締めてようやく立っている。
たまらず魅録が叫んだ。
「やめろ!わかった。俺が行くから野梨子を返せ。」

望月光の方へ歩みだそうとする魅録の腕を清四郎が掴んだ。
「やめてください、魅録。行く必要ない。」
魅録は清四郎を見た。
「どういうことだよ。」

473 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+66)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:30
腕を組み直して清四郎は人質になっている野梨子に話し掛ける。
「野梨子。僕の目を見てください。」
野梨子はハッと顔を上げて清四郎を見るが、その射るような視線に耐えられず
再び俯いた。
「僕の目が見られないんですね。そのわけを聞かせてください。」
「何だよ、何言ってんだよ、清四郎、今頃。 今そういう時じゃないだろ!?」
魅録があわてて清四郎に詰め寄った。野梨子はますます俯く。そんな彼女を冷ややか
に見て清四郎は言った。

「今だから聞いてるんです。野梨子が助けるに価するのかどうか。」
悠理がぎょっとして清四郎を見た。魅録が怒りで真っ赤になっている。
「清四郎!どういう意味だ!ふざけんじゃないぞ、てめえ!そういうことじゃないだろ?」
清四郎の胸ぐらを掴む。
「やめて、魅録! 清四郎の言う通りですわ! 私を助ける必要なんかありません。
私は助けるに価しませんわ。 」

真っ青な表情とは裏腹の凛とした声で野梨子は言った。今、その目はしっかりと
清四郎を見ている。清四郎は頷いて冷たい声で言った。
「なるほど。つまり、そういうことですか。僕にやましい事があったわけですね。
魅録と二人でいる時に。大した女性だ、あなたは。」

彼は皆まで言うことができなかった。魅録がありったけの怒りを拳にこめて
清四郎の頬にぶちこんだからである。清四郎は後ろにすっとんで倒れた。
久しぶりにくらったパンチで頭がくらくらする。温かいものが鼻から出ている。
鼻血だ。魅録はまだ殴り足りないようで清四郎の胸ぐらを掴んで立たせた。

474 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+67)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:32
「野梨子に謝れ!この血も涙もない男が! 」
悠理が魅録を止めに入ったが怒り狂った男に投げ出され床にしり餅をついた。
魅録は再び清四郎を殴ろうと拳を固めたが、先に清四郎と蹴りが腹に入り今度は
彼が後ろに2、3mふっとんだ。
「やりやがったな。」
「やめて! もう、いいですから! 二人ともやめて!」

野梨子の叫びも二人の耳には届いていないようだった。
起き上がった魅録が清四郎に飛びかかり、組みふせて殴る。悠理は止めに入ったが
ふと疑問が湧いた。
(清四郎、なんで殴られっぱなしなんだ?)
呆れたように望月光が怒鳴った。
「あんた達何してんのよ、いい加減にして。じゃないとこの女撃ち殺すわよ。」
その声を合図にしたかのように清四郎は魅録をはね除けて起き上がった。

魅録は清四郎が上着のポケットからピストルを取り出すのを信じられないような
気持ちで見ていた。
「ちょっと待て、清四郎。何だよ、それ。」
清四郎はぴたりと魅録の胸に標準を合わせた。
「嘘だろ!?」
乾いた音がした。床に男が一人横たわっていた。胸に小さな赤い染みができ
だんだんその輪が広がっていく。床にもいくつもの赤い河が流れ出していた。

野梨子が悲鳴をあげる。
「魅録ーっっ!!」

475 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+68)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:32
清四郎は薄く煙が立ち上るピストルを手にぶらさげて、魅録を見下ろして立って
いた。悠理が魅録に駆け寄る。
望月光は肩をすくめて言った。
「とんだ茶番劇ね。」
禿頭の男に合図すると野梨子を引きずって出ていった。野梨子の叫び声が夜に
こだまする。
「嘘でしょう、清四郎!? 魅録! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
・・・!」

476 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:34
今回は以上です。たぶん次かその次のアップで終わる予定です。
長々占領してごめんなさい!

477 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2003/01/24(金) 01:41
ごめんなさい!書き込まれてないと思って再びアップした(+57)が
2回書き込まれてました。

478 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+69)」 投稿日: 2003/02/03(月) 02:03
倉庫から望月光達が姿を消したのを見計らって、悠理が入り口に
駆け寄り外を伺う。清四郎に目配せした。
彼はピストルを片手に、倒れている魅録の側にしゃがみこむ。
「もういいですよ、魅録。」
胸から赤い液体を流していた魅録は清四郎の声にため息をついて
体を起こす。
「いってえ。思い切り頭打ったぜ。」
魅録の胸からはいまだピューピューと音を立てて偽の血が吹き
出していて彼の顔にしぶきをあげていた。
「派手に倒れましたからね。痛みますか?」
そういう清四郎は頬が赤黒く腫れて、鼻血を止めるために根元
を指で押さえ上を向いている。
「相変わらず乱暴な作戦だな。血のりの袋、いつ俺に仕込んだん
だよ。」
「さっき殴られている時にこっそりとね。この偽物のピストルも
よく出来てますね。さすが魅録だ。」

悠理が二人の男達の方へ戻ってきた。
「あいつら灯台の方へ野梨子を連れてったぞ。後を追おうぜ。」
「わかりました。行きましょう。魅録はどうしますか?」
「行く。清四郎、すまん。俺、おまえがピストル出すまで作戦に
気がつかなくて思い切り殴っちまった。」
清四郎はパンチが効いてふらふらしているまねをすると、ニッと
笑った。もっとも腫上がった頬のため半分しか笑えなかったが。
「いいんですよ、それで。魅録が本気を出してくれたから望月光も
信じたんです。」
「おまえ・・・。野梨子も信じたぜ、きっと。」
「あの様子じゃそうでしょうね。だから急ぎましょう、魅録。」
男二人と女一人は灯台に向かって走り出した。

479 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+70)」 投稿日: 2003/02/03(月) 02:04
望月光と禿頭の男に両脇を抱えられて、野梨子は引きずられるように
して歩いていた。いやほとんど歩いている感覚は無かった。
どこか遠いところに自分が行ってしまったような、夢の世界を歩いて
いる気がする。気がつくと灯台に向かう桟橋の上に一人でいた。
振り返ると望月光が腕を組んで野梨子を見ている。
「楽しかったわね、さっきのことは。自分をめぐって二人の男が
血みどろの争いを繰り広げるなんて女冥利につきるわね。
ね、野梨子ちゃん?」
手にした小型のピストルで長い髪を梳いている。

「あなた、一体何が目的ですの?」
かぼそく声にならないような声で野梨子がつぶやいた。
長身の女は小柄な野梨子を見下ろすようにじっと見ていたが、
やがて言った。
「野梨子ちゃん。あなた計画をたてるのはお好き?私は大好きなの。
趣味と言ってもいいくらい。計画を綿密にたててそれを少しずつ
実行に移していくの。私の計画に乗って他人が動くのを見るのは
楽しいわよ。」
ピストルを構えて野梨子に近づく。野梨子は一歩後ろに退き、灯台に
距離が近くなった。灯りはなく足下もほとんど見えない。灯台の回る
灯りに野梨子の顔と望月光の顔が照らし出される。海風が横殴りに
吹き付け光の髪が空に泳いでいる。

480 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+71)」 投稿日: 2003/02/03(月) 02:05
「私と魅録は幼なじみ。ふふ、驚いた?野梨子ちゃんと清四郎くんと
いっしょ。御近所さんだったの。魅録はね、悪ガキだったけど
愛に包まれて育った匂いがする子供だったわ。私の家は母親だけで、
彼女は彼女なりに必死で私を育ててくれたんだけど、愛を感じさせる
余裕がなかったの。」
また一歩野梨子に近づく。望月が近づくと彼女の構えたピストルも
一緒に近づいて、野梨子を一歩後退させる。闇夜に構えた銃口が
灯台の灯りにキラリと光った。

「私、パパが欲しくなって計画を始めた。パパを手に入れる計画。
魅録と仲良くなって家に出入りして、松竹梅家に出入りする男を
チェックした。そして今の警視総監に最も頼りにされてそうな男を
運良く嗅ぎ付けて、あれやこれやでママとの仲を取り持った。
もちろん相手は妻子持ちでママのことがばれたら、嫌がらせや何か
で大変だったけど、男に泣きついて、ママとは結婚できないけど
代わりに娘の私を養育させることを約束させたの。計画は大成功。
私は望み通りパパを手に入れたわ。」
「お母さまはどうしていらっしゃるの?」
「さあね。知らないわ。家を出てから全然連絡をとってない。
私にとってあの人は必要じゃなくなったの。」
ピストルを持っていない方の手でポケットを探ると煙草を一本
取り出して口にくわえ、ライターを出し火をつける。
暗闇に煙草の火が赤い。

481 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+72)」 投稿日: 2003/02/03(月) 02:06
「せっかく手に入れたパパだけど、まじめで責任感が強い人で
理想的だったわ。ただ一つ出世欲が無いことを除けば。
それは困るの。私のためにももっと出世してくれなくちゃ。
パパが出世するために邪魔なのが魅録の父親、松竹梅時宗よ。
彼の弱点は家族。ちょうどうまい具合に魅録の方から私のところに
飛び込んで来たんだけど、逃げられて最初の計画Aはパア。
赤蛇会にもぐりこんで男を替えに替えてナンバー2の女になったところで
計画Bを実行したの。」

「望月光は自分の父親のためにこんな手のこんだ事をしてんのか?」
走りながら悠理が清四郎に聞く。
「結局は自分のためですよ。赤蛇会で内紛を起こし、会長の首をとり、
それを黒斬会の仕業にして、赤と黒の間に戦争を起こし、その情報を
警察がキャッチして双方とも一網打尽。捕まえてみれば、騒動の発端は
総監の息子が赤蛇会の会長に指名されたからで、当然総監は失脚。
副総監は繰り上がりで総監に就任し、赤蛇の後に新興勢力を作る望月光は
親のおかげでうまく立ち回ると。」
魅録は黙っている。
「さあ管理事務所が見えてきましたよ。」

野梨子は桟橋の端まで追い詰められた。フェンスが背中に当たっている。
そのフェンスを越えたところにあるのは灯台と黒々とうねっている海だ。
光はピストルを持った手を振ってフェンスを乗り越えろ、というジェスチャー
をする。野梨子はやっとのことでフェンスを乗り越え、ふらふらしながら
灯台にしがみつく。幅が狭いコンクリートの堤防の上で強い海風にあおられ
て今にも夜の海に落ちてしまいそうだ。怖い。

482 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+73)」 投稿日: 2003/02/03(月) 02:07
「せ・・・。」
清四郎の名前を呼びかかったがこらえた。
もうあの人は、清四郎は二度と私を助けに来てくれないだろう。
私は彼を裏切ったのだ。
彼に愛を告白しておきながらその次の日に彼の親友と寝たのだ。
清四郎が私を許すはずがない。
だから誰も私を助けに来てくれる人はいない。
足がふらついて海に投げ出されそうになった。
必死で灯台にしがみつくが手が滑る。傷めた右手に力が入らない。
風で制服のスカートがばたばたと旗めいている。

「赤蛇会のっとりに失敗した可哀想な警視総監の息子とその恋人は、赤蛇会に
追い詰められて手に手をとりあって海に飛び込む。ロマンチックな筋書きでしょ?
野梨子ちゃんが飛び込んだら魅録の死体も後からほうりこんであげるから、
海の中で思う存分愛しあってね。」
望月光は灯台にしがみついている野梨子に向かってピストルを撃った。
弾は野梨子のスカートを掠めた。
そしてもう一発撃った弾は頬を掠め、野梨子の髪を跳ね上げた。
もうダメ。撃ち殺されるか海に落ちて溺れ死ぬんだわ。
助けて!誰か・・・。せ・・・。

「清四郎!清四郎!清四郎!助けてーっ!!」
野梨子は絶叫した。その声に応えて望月光の背後から男の声がする。
「野梨子!どこですか!?」
望月光が振り向くと三人の人影が桟橋を走ってくるのが見えた。
どこに隠れていたのか禿頭が後ろから襲い掛かったが上手くかわされて
桟橋の片側のフェンスを乗り越え海中に落ちた。
光が舌打ちをする。

483 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+74)」 投稿日: 2003/02/03(月) 02:08
灯台の灯りに照らし出された三人の顔を見て野梨子は息をのんだ。
長身の女はニヤッと笑って血まみれの魅録に言った。
「なんだ生きてたの、魅録。しぶとい男ね。」
「魅録!無事でしたのね!」
胸を赤く染めた魅録は前に進み出た。
「もういいだろ、望月。野梨子をはなせ。お前の計画はポシャったんだよ。
榎本さんが親父に辞表を持ってきてお前がしてきたこと全部話してくれ
たらしいぞ。」
「くっ。あの小心者の親父が。」
望月光が顔を歪めて吐き捨てるように言った。
そんな光に傷だらけの清四郎が静かに話しかける。

「もう観念したらどうですか。父親と娘で表と裏両方の権力を握ろうという
壮大な計画とあなたの行動力には驚きますが、土台無理な話なんですよ。
大体そんなに成り上がってどうしようっていうんです。」
「そうでもないわ清四郎くん。あんたさえいなけりゃ、結構うまく
いったと思うんだけどな。まあ仕方ないか。計画に変更はつきものよ。」
そう言うと銃口を野梨子に向けた。
悠理が叫ぶ。
「やめろ!何すんだ。悪あがきはよせよ!」
「悪あがきは承知よ。でもこれだけ苦労したから最後に見たいものがあるの。」
光は清四郎を向き直って言った。

「野梨子ちゃんが大事?」
清四郎は野梨子を見て、悠理と魅録にためらいつつも答えた。
「・・・大事です。」
「そう。じゃ、彼女のために何でもできるわよね。」
彼女はニヤリと笑って言った。

484 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+75)」 投稿日: 2003/02/03(月) 02:09
「清四郎くん。私の靴を舐めて。」
清四郎は光の目を見て沈黙した。光は続ける。
「私ね、清四郎くんの頭脳が欲しかったの。あなたの才能はすばらしいわ。
私のものにして、全てを吸い付くしたかったのにこんなことになって
とっても残念。悔しいわ。だからあなたにも私の悔しさを半分分けて
あげる。」
魅録が清四郎に声をかけた。
「挑発に乗るなよ、清四郎。」
悠理も海風の音に負けじと叫ぶ。
「そうだぞ!清四郎は絶対そんなことしないからな!」
「あら、剣菱さん。それはどうかな?」
野梨子にピストルを構え直し、引き金に指をかけた。清四郎が叫ぶ。
「待った!」

清四郎は光に近づくとゆっくりとその前にひざまずいた。
「やめろ、清四郎!」
親友の叫びも空しく生徒会長は光の靴の上にかがんだ。
光の靴はスーツと共布でできた黒地に金の刺繍が入っている。
清四郎の舌が刺繍をなぞった。光は満足げに清四郎の背中を見下ろしている。

485 名前: 清×野「君から瞳が離せない(-)」 投稿日: 2003/02/03(月) 02:11
今回は以上です。たぶん次回のアップで終わるはずです。
寒いですね。皆さん風邪に気をつけてくださいね。

486 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+76)」 投稿日: 2003/02/14(金) 15:37
光の視線が足下の清四郎に向けられたと見るや、悠理は脱兎のごとく駆け出した。
光がハッと気がついた時には悠理の体は空を飛び、そのカモシカのような脚は
清四郎の頭上を飛び越えて、光の胸に華麗なる一撃を食らわした。
「ぐっ。」
彼女が胸を押さえてうずくまり、手からぽとりとピストルが落ちた。
すかさず魅録が拾い上げる。
清四郎は悠理の肩を叩くと桟橋の最端へ走った。

蹴られた胸を押さえ、ぜいぜいと肩で息をしながら光はしゃがみ込んでいる。
魅録は彼女に近づくと手を差し出した。
「立てるか。悠理のキックはきついだろ。男だって一撃でアウトだぜ。」
当の悠理はまだ蹴り足りない様子で腕を組み、眼光鋭く彼女を睨んでいる。
光は顔をあげて声の主を見た。
まじまじと幼なじみの顔を眺めていたが、ニヤッとずるそうな笑顔を向ける。
「あと一発残ってるわ。撃てば?憎いでしょ、私のこと。」
魅録は手の中で子供のおもちゃのようにピストルを持て遊ぶ。
軽い音がして弾が手の平の上に落ちてきた。
それを海に投げ込んでから彼女に語りかける。
「お前のおふくろさん、昔のマンションにまだ住んでるよ。
ムショから出たらたまには会いに行ってやれよな。」
望月光は魅録を睨みつけたが、迫力はない。
唇を噛んで悔しそうな光の横を魅録は通り過ぎた。
「あばよ、光ねーちゃん。」
今までの様子とは打って変わって小さな声で光が答える。
「バイバイ魅録。」

487 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+77)」 投稿日: 2003/02/14(金) 15:38
灯台にしがみついている野梨子は波に洗われ、ずぶ濡れだった。
清四郎はフェンスを乗り越えるとそれを左手で掴み、右手を野梨子に差し出した。
「野梨子、つかまれ!」
震える白く細い手が清四郎に向かって差し出される。
その手を掴むとぞっとする程冷たかった。
思いきり引き寄せたいのを我慢して、そっと引っ張る。
よろよろと彼女がコンクリートの台の上を歩いてきた。
小さな黒髪の頭が自分の胸に寄せられたのを知って、その上に優しく手を置いた。
「よくがんばりましたね。」
野梨子が小さな声で呟いた。
「ごめんなさい、清四郎。」
清四郎は静かに微笑んだ。
二人はじっと視線を交わしたが言うべき言葉が見つからなかった。
やがて清四郎は野梨子がフェンスの中に戻るのを手助けする。
無事に乗り越えた野梨子はもう一人の男が自分を見ていることに気がつく。
胸元を真っ赤に染めた魅録は野梨子の前に立った。
そんな二人から清四郎はそっと離れた。
遠くから本物のパトカーが近づいてくる音がする。
時宗が応援を呼んだのだろう。
清四郎は悠理と一緒に望月光を抱え上げて、サイレンの音がする方へ歩き出す。
「魅録、野梨子を頼みます。」

「いいのかよ、清四郎。野梨子を魅録と一緒に残して。」
ふくれっつらの悠理が光の肩をかつぎながら言う。
「余裕なんだな。」
顔を赤く腫らした清四郎は苦笑した。
「そういうんじゃありませんけどね。まあ、もうラストは見えてますから。」
「どんなラストだよ。」
「言わせないでくださいよ。これでもデリケートな方なんですから。」

488 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+78)」 投稿日: 2003/02/14(金) 15:39
「野梨子、ごめんな。ひどい目に合わせて。」
清四郎達が去った後、桟橋には野梨子と魅録二人だけが取り残された。
魅録は彼女が濡れて震えているのに気がつくと自分のジャンパーをかぶせた。
彼女の肩に手を回し、じっと様子を見る。
「清四郎にばれちゃってごめん。俺が無理にしたんだってあいつに言うよ。」
うつむいていた彼女が顔を上げる。
「ありがとう、魅録。でも自分のしたことは自分で責任をとります。
それにどちらにしろ、もう清四郎とは駄目ですわ、きっと。」
微笑する野梨子の瞳から涙が零れ落ちた。
魅録がぽつんと呟く。
「俺のせい?」
「違いますわ。私の、いえ清四郎と私のせいですの。私達、ずっと一緒だったのに
何もお互いのことをわかってませんでしたわ。私も清四郎も弱くて、ずるくて、
だけど淋しくて。こんなふうに傷つけ合うのに慣れてなくて。」
「野梨子。」
「異性として人を好きになるということが、やっとわかりましたわ、魅録。
でも胸が痛いものですわね。なかなか小説のようには行かな・・・」
野梨子は言葉につまり魅録の胸に頭を押しつけた。
魅録はただ黙って彼女を抱きしめている。

489 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+79)」 投稿日: 2003/02/14(金) 15:40
「遅い!」
「すみませんね。例の望月光の件で校長によばれましてね。で相談って何ですか?」
生徒会長は約束の時間に30分遅れて、学校近くの喫茶店にすまなさそうに姿を現した。
呼び出した可憐は不機嫌に席に座っている。
その後ろの席から決まり悪そうに顔を出した野梨子を見て、清四郎は足を止めた。
困った顔をして可憐を見る。
「はめましたね。」
「そうよ。あれから一週間も経つのに、あんた達話もしてないんでしょ。
そんなの変よ。」
可憐は伝票を清四郎に差し出すと席を立った。
「もう行くんですか?」
「そうよ。これから美童とデートだもん。」
自慢のウエービーヘアをはねあげると野梨子に耳打ちした。
「じゃあね。ちゃんと二人で話しなさいよ。」

清四郎と野梨子は喫茶店を出ると並んで桜並木の下を歩いた。
花が終わった木々は若葉を芽吹いて目に痛い程の青青しさである。
気詰まりな状態をほぐすように清四郎は言った。
「ありがたいもんですね、友人ってのは。実際のところ、どうやって野梨子に
話をしようか悩んでいたんです。」
そう言う清四郎の顔は明るく清々しい。
何かふっきれたように穏やかな微笑みを浮かべている。
やがて清四郎は足を止め野梨子に向き直った。
「今まですみませんでしたね、野梨子。」
右手を野梨子の前に差し出す。
「いろいろありがとう。良かったらこれからも、いい友人としてつきあって
もらえますか?」

490 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+80)」 投稿日: 2003/02/14(金) 15:41

友人。

野梨子は自分の中で何かが砕け散る音を聞いた。
終わってしまった。もう元へは戻れない。
差し出された彼の右手をじっと見つめていたが、やがてその手を握り返し
笑顔でこう言った。
「もちろんですわ、清四郎。喜んで。」
女優に負けない素晴らしい笑顔を作ったつもりだったが、そうではなかったようだ。
なぜなら清四郎が苦笑して言ったから。
「そんな顔しないでくださいよ。これでも一大決心して言ってるんですから。」
清四郎がじっと野梨子を見ている。
「ここ何日か僕はあなたにひどい事ばかりしてました。自分が恥ずかしいですよ。
できたら忘れて欲しいですね。」
「私も。本当に恥ずかしい事ばかりしましたわ。でも。」
野梨子はいっそう微笑んだ。
「忘れませんわ、清四郎。私の一生で一番大事な想い出ですもの。」

清四郎の瞳の中にゆらめくものがあった。
二人とも握った手を離さない。
「すぐ忘れてしまいますよ。これから魅録と楽しい想い出が増えていくんだから。」
「いいえ。」
「魅録とはあれから?」
「いいえ。」

491 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+81)」 投稿日: 2003/02/14(金) 15:42
清四郎は野梨子の瞳の中をのぞきこんだ。
そしてそこに未だ自分の姿が映っているのを見つけて胸が締めつけられる。
「僕が野梨子のことを大事に思う気持ちは変わりません。」
「私も同じですわ。」
彼は右手をたぐって野梨子を自分の胸に引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
あの大黒ふ頭で抱きしめられなかった分も含めて力一杯。

大きな黒い瞳が清四郎を見ている。彼はそっと彼女の唇に自分の唇を重ねた。
ややあって野梨子が聞く。
「これは『おしまい』のキスですの?」
「そうですね、とりあえずは。でも。」
清四郎は野梨子の艶やかな黒髪を愛おしそうにかきあげると、その小さな額に
キスをして言った。
「いつか、野梨子さえ良かったら『続く』にしませんか?僕達がもっと大人に
なって、たくさん経験を積んで、笑って昔のことを話せるようになったら。」
「いいですわ。でも、その時はきっと素敵な男性になっていてくださいね。
私も素敵な淑女になれるよう努力しますわ。」
「楽しみですね。」

お互いの温もりに心を残しつつも二人はそっと離れた。
「それじゃ。又明日、学校で。」
「ええ。」
野梨子は彼に背中を向け歩き出す。背筋を伸ばし顎を上げ、きりっと前を向いて。
しばらく進むと、目の前に豊かなウエービーヘアを広げた女生徒が現れた。
野梨子に向かって優しい笑顔で手を広げていた。
その腕の中へ走り出す。涙で視界がぼやけていた。
可憐はおかっぱ頭を胸に抱きしめると優しく言った。
「ちゃんとさよならできた?えらい、えらい。」
泣きじゃくる野梨子の頭をさすりながらもらい涙をそっと指で拭く。
「えらかったね、野梨子。いっぱい恋愛したんだね。」

492 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+81)」 投稿日: 2003/02/14(金) 15:43
「よお、何でだよ。せっかく俺が身を引いてやったのに、いいのかよ。」
「いいんです、これで。」
清四郎が歩いていった先には魅録、美童、そして悠理が待っていた。
「やーい、こいつ目え赤くしてやんの!」
からかう悠理の頭をピシャンと叩き、珍しく美童が怒る。
「悠理!ちょっとは慎みなよ。デリカシーってもんがないの?」
「美童どうしたんです?可憐とデートじゃなかったんですか?」
「とっくに振られたよ。やっぱりいい友だちでいようって。
ひどいよなあ。人を本気にさせといてさあ。」
魅録はぐるっと男達を見回してため息をついた。
「これで男共は全員失恋か。いっちょ飲みにでも行くか。」
「そうですね、行きますか。」
「行こう、行こう!」
一番はしゃいでいる悠理を魅録がじろっと見る。
「悠理は違うだろ。」
「そうそう。恋愛すらしてない。それに腐っても一応女だしね。」
美しい顔を傾けて美童が微笑む。
「今日は男同士ってことで。悠理すみませんね。」
神妙な顔をして清四郎も頷いた。
「女扱いしたことなんかないくせに。都合のいい時だけ女にすんなあーっ!」
真っ赤になって子供のように駄々をこねる悠理に、清四郎と魅録、美童は
顔を見合わせてから、ぷっと吹き出した。

493 名前: 清×野「君から瞳が離せない(+82)」 投稿日: 2003/02/14(金) 15:44
美童が笑いながら手を差し出す。
「おいでよ、悠理。」
魅録もニヤッと笑って顎をしゃくった。
「今日はとことんつきあわすからな。覚悟しろよ。」
悠理の腕をとって清四郎がウインクする。
「そうですよ。朝まで愚痴を聞いてもらいますからね。」
「げええ。」
勘弁してよという顔をしたが悠理は嬉しかった。
清四郎と魅録の腕にブランコのようにぶらさがって連れられていく。
その後を美童が後ろに手を組んで愉快そうについていった。

(終わり)

長い間ありがとうございました。

494 名前: [水中花] 投稿日: 2003/06/10(火) 17:45
新緑眩しい 4月下旬 ここ生徒会室では いつものように閑を持て余す6人がいた。
「ね 見て。素敵じゃない?ちょっと遠いけどG,Wにでもみんなで行かない? 美童は長崎行った事ある?」雑誌の特集記事をみんなに 見せながら可憐が張り切っている。
「ううん。でもいつか 行ってみたいとは思ってたんだ。いいね。」
「でも今からだといいところは難しいのじゃありません?」ケルトを鍋つかみで掴んで
ポットにお湯を注ぎながら野梨子が問う。お茶を淹れているのだ。
「遠すぎないか?九州だぞ。」
「学校終わったらすぐ 飛べばいいわよ。国内だもの。大丈夫、たいした距離じゃないわ。」
こんな時の可憐に付いた火に油を注ぐことが出来ても 水は差せないことをよく知っているメンバーは一様に頷いた。

495 名前: [水中花]2 投稿日: 2003/06/10(火) 17:48
「なんだ?このお茶。花が咲いてる。」
悠理が耐熱ガラスの丸いポットを不思議そうに覗いている。
「人の話聞いてるの?悠理。 あら。本当。可愛いわね。なんていう お茶なの?」
「海貝吐珠(うみかいとしゅ)っていう中国の緑茶ですのよ。もうすぐ菊の花が浮いてきますから見逃さないでくださいな。」
「遊びの計画に悠理が静かなのって珍しいな。どうかしたか?」
魅録が煎餅の袋を開け菓子皿に盛りながら悠理の顔色を伺う。
「ん〜〜。あたい今回は行けないや。兄ちゃんがG,Wは空けとけってうるさいんだ。」
「豊作さんが、ですか?」「うん。なんだろうな。」
剣菱家で豊作の影は今イチ薄い。誠実で真面目な人の立場を思いやる性質の彼が自由奔放な妹にきつく言いきかせるのは珍しいことだった。

長崎組は 話し合いの結果、以前千秋さんが手掛けたという旅館のひとつに無事空き部屋をふたつ見つけた。

496 名前: [水中花]3 投稿日: 2003/06/11(水) 00:31
福岡空港には迎えの車が来ていた。人の良さそうな初老の男が魅録に向かって挨拶している。
「松竹梅さま。こちらです。お待ちしておりました。」
「弦さん。今年もよろしく。無理言ってすみませんでした。」
「いいえ。和泉倶楽部にお世話になりました事に比べたら、お部屋を用意することくらいなんでもありません。いつでも仰ってください。」

「魅録はよく長崎に来るんですの?」車に荷物を積みながら 野梨子が聞く。
「昔はお袋お気に入りの場所でよく来てたんだ。最近はオヤジもお袋も忙しいから来なくなったけど。オレも色々あるし。」
「千秋さんの仕事場って海外だけじゃないのね。」可憐は関心したように いう。
「あぁホント、色んなトコ飛び回っているよ。今はモナコにいるんだと。」
車が止まった先には 時を止めたかのような立派な旅館だった。

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いきなり 始めてしまいました。すみません。 以前小ネタのほうに
「魅緑の獣医さん」ていうのがあって そこから 膨らんだ話です。ネタ主のかたすみません。
カプは魅緑と悠理。やんわり美童と野梨子。苦手なかたは スルーしてください。

497 名前: [水中花]4 投稿日: 2003/06/17(火) 00:05
仲居に部屋に通され、お茶を頂く。
「ね、一息ついたし もう出かけない? 清四郎、何処行くの?」可憐が待ちきれないという顔で立ち上がる。
「そうですね。原爆落下中心碑に行けたら、と思います。長崎に来たなら先ずはそこに行かなくてはね。」
「じゃ 行こうか。」
まずは 宿泊先の長崎市から、と 原爆中心碑、平和記念公園を 回った。野梨子が清四郎の出る幕がないくらい長崎の歴史や仲居さんに 部屋に案内されお茶を頂いた。
「そうで名品について わかりやすく語っている。
「そうだ。悠理に写真送りましょうよ。携帯の方がすぐ見れるからいいですわよね。並んでくださいな。」
と 野梨子はその写真を早速 悠理の携帯に送った。
夕方、大浦天主堂を回り終わり 他へ足を伸ばそうかと車に乗った時、魅録の携帯が鳴った。
「悠理だ」
携帯の待ち受け画面に出た名前に驚いて 急いで出る。
「はい魅録。送った写真見たか? あ こっち来れんの?そっか、じゃ着いたらまた電話くれ。迎えに行くから。・・馬鹿野郎。意味わかってから言え。うん。じゃあな。」
電話を切るとみんなの視線が魅録に注がれる。
「今大分にいるんだけど 明日からまた豊作さんのお供であちこち行くから、せめて今日くらいご飯一緒に食べようって。こっちに向かっているらしい。」


498 名前: [水中花]5 投稿日: 2003/06/17(火) 00:09
「馬鹿野郎て、なにが?」
「ああ 悠理のいつもの冗談さ。『魅録ちゃん 愛してる〜』て。まったく。」

4改札口から出てきた悠理は髪を整え、細身の黒いパンツスーツを着ている。いつものラフな格好や奇抜で派手な格好ではなく 落ち着いたどちらかと言えば地味な装いで 悠理がこちらに駆け出すまで正直わからなかった。

その夜は旅館で夕食を摂った。悠理の顔色が思わしくないので 出歩くのはやめたのだ。
「悠理は豊作さんにくっついて何をしているんですか?」
「兄ちゃんの秘書としてパーティーに出たり工場視察したり、支店回ったり。なんか色々。」
大口をあけて 料理を食べる。やっぱり、悠理の胃袋はブラックホールだ。
「あたいさ、よく父ちゃんが言う 今の剣菱があるのはみんなのお陰だっていう本当の意味、なんとなくわかった気がする。」
「その視察旅行はまだ続きますの?」
「うん。まだあるみたい。みんなはどこ回ったの?携帯で写真送ってきてくれたけど」
魅録がデジカメからメモリーカードを取り出し ノートパソコンに繋いだ。その画面を見ながら
 みんなが説明する。
仲居が床述べをし、トランプをしていると酒が回ったのか眠そうだ。
「悠理、寝るなら隣の部屋に行って寝なさい。ここで寝ないの。」
「う〜ん。そうしようかなぁ。ごめんみんな お先に失礼するわ。」
足取りが危なっかしいので 可憐が付いて行った。
「よほど 大変ですのね。私たちだけ楽しんで なんだか悪いみたい。」

499 名前: [水中花]6 投稿日: 2003/06/17(火) 00:16
夜中 部屋に引き上げてから 可憐は悠理が爆睡しているのを確かめてから
野梨子に話かけた。
「ねぇ野梨子 聞いて欲しい事があるの。」
「なんですの?改まって。」
「野梨子は 将来家元を継ぐのよね?」
「ええ。 そのつもりで いままで来ましたわ。舞踊も花道も邦楽もすべては 
お茶のためですわ。」
「そうよね。 野梨子、私大学は外を受けようと 思うの。」
「どういうことですの?」
「私、家を継ぐわ。ジュエリーAKIを宝石店で終わらせない。有名なブランドにしてみせる。」
「素敵ですわ 可憐。可憐は 美しいものをたくさん知っていますもの。」
「だから どうしてもこのG,Wはみんなで旅行したかったの。最後の思い出つくりに。
夏休みはきっとそんな余裕ないもの。」
「可憐、大げさですわ。私たちは年を取ってもみんなでお茶を飲みますのよ。」

「ふっ。そうだったわね。ごめん。もう寝るわ。おやすみ。」
可憐は言ってしまってから 自分の気持ちに気が付いた。もうすぐ夏が来る。
生徒会の任期も終わりだ。今までと違って再選は許されない。
パラダイスを追い出される。
布団を頭までかぶっても その夜は寝付けなかった。

500 名前: [水中花]7 投稿日: 2003/06/17(火) 00:25
翌朝、豊作の部下が悠理を迎えに来た。
みんなで車まで見送りに行ったとき 旅館の立派な庭園が目に付いたので
清四郎はひとり散歩する事にした。
敷石を踏みながら 昨夜悠理が 言っていた「みんなのお陰で今の剣菱がある」
というセリフについて考えていた。
以前自分が(ほんのわずかだが)剣菱の経営に携わった時には、そんなこと考えもしなかった
と過去の自分を悔いる。
「まさか、悠理に教えられるとはね・・」
そこまで 考えて清四郎は足元に咲く真っ赤なツツジに目を奪われた。

清四郎は最近 悠理のことばかり 考えている。

501 名前: 水中花8 投稿日: 2003/06/22(日) 17:55
楽しい長崎旅行も終わり、せわしない毎日が戻ってきた。言いたくないが
中間試験が目の前に控えている。生徒会役員は生徒会長と文化部部長のノートを
当てにしているが、ほとんどが自力で出来てしまう魅録はさほど 
焦る事はなかった。だから悠理の勉強の面倒を見ている清四郎を 
いつも気の毒に思っていたのだ。
「あいつ ほとんど授業聞いてねぇもん。テスト範囲全部最初から教えなおしじゃ
いくら清四郎でも大変だよな。」
同じクラスでもあるし、遊びに連れまわしてもいたし、同罪気分で宿題を
見るくらいはしていた。旅行前は宿題自体 忘れることが多くてチェック以前の
問題だったが最近は違う、間違いの方が多くても宿題を忘れる事はしなくなった。
明らかに 意欲の面で変化が出ている。
「あいつでも 家のこと考えてるんだろうか。」
いつかの視察旅行のことを思い出しながら新聞を読んだ。
いつもの朝の習慣だった。

502 名前: 水中花9 投稿日: 2003/06/22(日) 17:59
有閑倶楽部のみんなはそれぞれ1人でいても 目立つ。やることなすこと 
噂の的になる。そんな環境にうんざりしながらも あしらう技を自然に
身に付けていた6人だがさすがに聞き捨てならない噂が流れた。
おおかた悠理のまわりをうろついている雀達が噂を大きくているに違いないが
火の無いところに煙は立たない。魅録はお昼休みにみんなも集まる学食で 
聞いてみることにした。

「なぁ悠理、お前学校やめるって噂立ってるぞ。何やったんだ?」
「あぁ 僕も聞きましたよ。一体どんな情報源なんでしょうね。」
清四郎が割り箸を割りながら同意する。 今日は焼き魚定食らしい。
悠理が目を見開いたので魅録は否定されると安心したが 帰ってきたのは意外な
答えだった。
「あぁ、8月イギリス行くんだよ。父ちゃんの友達が遊びに来いって。
大学のときの同級生で今は そこの教授なんだってさ。」
いつもより大口でカツ丼を頬張りながら 答える。
「あたいは行きたくないんだけど、父ちゃんたちが張りきっちゃってさ、
大学もあっちにしろ、なんて。絶対無理!!って言ってるんだけど。」
「あ“?」今度は 魅録が目を見開いた。
「最近 成績上がったものね。悠理。でもいきなりイギリスなんて厳しすぎない?」
可憐がスパゲティを 器用に巻きながら言う。
「事情はどうあれ、噂で聞くほうがショックですね。」
「そうだぞ。なんで言わないんだよ。」
「あたいがむこうの大学に受かるわけがないじゃん。どっちにしろ大学はここだよ。
みんなといられるほうがいいもん。」
「それにしても・・」魅録が 納得いかないらしい。ハンバーグに八つ当たりしている。
「ね。じゃ7月の夏休みは 思いっきり騒ごうよ。悠理どこ行きたい?」
美童が 話題を変える。

503 名前: 水中花9 投稿日: 2003/06/22(日) 18:04
「アフリカ♪像の大群が見てみたいんだ。」
「そんな余裕はありませんわよ。大学は エスカレーターと言っても外から
受験者がたくさん入って来ますのよ。油断はできませんでしょ。」
野梨子の切り返しに 悠理が言葉につまっていると
「俺 夏休み空いてないんだ。」魅録が 申し訳無さそうにいう。
「私も」可憐が続く。「予備校に行くの。」
「予備校って可憐と魅録はエスカレーターには乗らないの?」
以前 大学も一緒にしようと言っていたじゃない、と美童が問う。
「ここに医学部はないからな。」
「医学部??」
みんなが 思わず繰り返す。

「そういう事にしたんだ。 今から医学部なんて無謀もいいとこなんだけどな。」
「そっかぁ。大学離れるのは寂しいけど 応援するよ。頑張ってね。」
「サンキュ。美童。」
「なんだよ。そっちこそ聞いてないぞ。それに夏休みにはコンサート行こうって
言ってたじゃないか。まさかそれも行けないなんて言わないよな?」
悠理が立ち上がる。
「あ〜コンサートな。悪い、マジ、予備校で手いっぱいなんだ。」
バツの悪そうな可憐に野梨子が助け舟をだす。
「可憐はおうちのために 美大に行くのですって。」
「へぇ 玉の輿はやめたのか?」
「やめてないわよ。でも仕事も恋も充実してこそ 真の女のスティタスよ。」
「いない王子様より仕事ですわね。」
野梨子の冗談に それとは話が違う!と可憐が本気で怒る。
「今年の夏休みはみんなバラバラですか。」
清四郎がいう。
その目が迷子の子供のようだったことに野梨子だけが 気付いていた。

504 名前: 水中花10 投稿日: 2003/06/22(日) 18:05
「アフリカ♪像の大群が見てみたいんだ。」
「そんな余裕はありませんわよ。大学は エスカレーターと言っても外から
受験者がたくさん入って来ますのよ。油断はできませんでしょ。」
野梨子の切り返しに 悠理が言葉につまっていると
「俺 夏休み空いてないんだ。」魅録が 申し訳無さそうにいう。
「私も」可憐が続く。「予備校に行くの。」
「予備校って可憐と魅録はエスカレーターには乗らないの?」
以前 大学も一緒にしようと言っていたじゃない、と美童が問う。
「ここに医学部はないからな。」
「医学部??」
みんなが 思わず繰り返す。

「そういう事にしたんだ。 今から医学部なんて無謀もいいとこなんだけどな。」
「そっかぁ。大学離れるのは寂しいけど 応援するよ。頑張ってね。」
「サンキュ。美童。」
「なんだよ。そっちこそ聞いてないぞ。それに夏休みにはコンサート行こうって
言ってたじゃないか。まさかそれも行けないなんて言わないよな?」
悠理が立ち上がる。
「あ〜コンサートな。悪い、マジ、予備校で手いっぱいなんだ。」
バツの悪そうな可憐に野梨子が助け舟をだす。
「可憐はおうちのために 美大に行くのですって。」
「へぇ 玉の輿はやめたのか?」
「やめてないわよ。でも仕事も恋も充実してこそ 真の女のスティタスよ。」
「いない王子様より仕事ですわね。」
野梨子の冗談に それとは話が違う!と可憐が本気で怒る。
「今年の夏休みはみんなバラバラですか。」
清四郎がいう。
その目が迷子の子供のようだったことに野梨子だけが 気付いていた。

505 名前: 水中花11 投稿日: 2003/06/24(火) 00:35
帰宅途中、野梨子は 今まで何度もしている質問をした。

「清四郎は医大には行きませんの?」
野梨子は彼が 幼少の頃から 人並みならぬ努力を重ねてきた事を知っている。
その努力は自分と同じ 家のためだと信じていた。
「またその話ですか?」
「だって。おじ様もおば様も 清四郎が医者になるのを楽しみに
なさっているのじゃありません?」
「病院には 姉が1人いれば充分ですよ。なかなかの野心家ですし
きっと巧くやるでしょう。」
「じゃあ 学部はどうしますの? 本当にここの学園でいいんですの?」
「ええ。法科にしようかと思っていますよ。そういう野梨子は どうするんです?」
「前は 美しい仕草のお手前を取る事に必死だったのですけど、
お茶は人と人の心を繋ぐものだっていう事が やっと解りましたのよ。
だから 人の心を理解したいと思いますの。心理学科へ 進みますわ。」
「そうですか。 あの人嫌いだった野梨子が 成長したもんですね。」
くすくす笑いながら先に行ってしまう 足の速い幼馴染みの背中を
野梨子は必死で追いかけた。

506 名前: 水中花12 投稿日: 2003/06/24(火) 00:49
「なぁ なんで医学部なんだよ。」
ここのところ 休み時間は図書室に通い詰めている魅録に悠理が問い詰める。
「お前こそ大学 どうすんだよ。」
「一応考えてるよ。話逸らすな。あたいはコンサートふいにしてるんだぞ。」
「それは ホント悪いと思ってるよ。言い出しっぺも俺だしな。」
あのコンサートは魅録お気に入りのバンドが来日するからってふたりで
何十回もチケットサービスに電話してやっと取ったモノだ。
でも魅録が困った顔をしたので悠理は何も言えなくなった。
いつもの魅録ならちゃんと教えてくれるのに、
と思うと余計にその表情の理由がわからなかった。
「邪魔して悪かったな。」
悠理は足早に教室に戻った。

507 名前: 水中花13 投稿日: 2003/06/25(水) 00:14
空気の濃さも日差しの強さもすっかり夏のソレと変わらないが 雨の匂いも
混じる6月半ば清四郎が 悠理に分厚い紙の束を手渡した。
「なんだ?これ。」
「もうすぐ期末ですからね、悠理用の問題集です。これだけやれば
中間みたいなそう悪い点には ならない筈ですよ。」
「悪い点って平均点は 取ってたぞ?」

その厚さにゲンナリした悠理がする反論も清四郎には通じない。
「悠理の場合は準備しておくに こした事はありません。」
「なにこれ。全部手書きじゃない。」
可憐が奪い取ってパラパラめくる。悠理用というだけあって 各教科の
基礎の基礎から載っている。悠理の夏休みの予定を知っているからか、
特に英語が分厚い。

「ええ。ちょっと時間かかりましたが、悠理の弱点に合わせて作りました。」
「まぁ 夜中に目が覚めても清四郎の部屋の明かりが点いていると思ったら
そんな事なさっていましたのね。」
「この処、雨ばかりで外へ出るのも億劫でしたから。 まぁ暇つぶしですね。」
「暇つぶしっていう量かよ。」
「ねぇ清四郎、僕にも作ってよ。古典だけでいいから。」
「いいですよ。」

3日後、美童用の問題集を見て野梨子は笑った。
「厚さが全然違うのじゃありません?」
「美童なら これくらいで充分ですよ。悠理は特別です。」
どう特別なんだが、と清四郎のわかりやすさに微笑ましさを覚えながらも
複雑になった。

508 名前: 水中花14 投稿日: 2003/06/25(水) 00:25
テスト前の部室は 勉強部屋と化す。散らばったルーズリーフ、消しゴムのカス、
プリントなどで 息が詰まりそうになるが今回のテストはちょっと 雰囲気が違う。
魅録はいつものことだけど、今回はあの、悠理までもが机にかじりつく。
家庭教師役の清四郎は 息つくヒマもない。

「ね、野梨子、あとで 家に寄ってもいい?今日は持ってきてないんだけど
英語教えて欲しいの。」
「いいですわよ。じゃぁ 私が可憐の家に寄りますわ。
丁度そっち方面に用がありますの。」
「来てくれるの?じゃ もう帰りましょうよ。」
「そうですわね。お先に失礼しますわ。」
「僕も帰ろう。デートなんだ。清四郎、魅録、悠理、先帰るね。」
「ああ。またな。」
「野梨子、早く帰るんですよ。」
「ばいばい。」

可憐の部屋にはアリエスの石膏像が 置かれていた。
「予備校だけじゃ間に合わないのよ。みんな美大行こうって言う人は
もっとずっと前から本格的にやっているわ。私が一番下手なの。」
「そうですの。」
さすが、というべきか優等生の野梨子のノートは 綺麗で見やすかった。
一通り疑問が解けると 時計はもう8時を過ぎていた。
「ね、ご飯食べていかない?ママも遅いし、今日は和食なの。批評してよ。」
可憐は手早くカレイの煮付けと豆腐サラダと かき玉汁を作った。
「美味しい、可憐は本当に料理が上手ですのね。」
「そう?良かった。」

後片付けを 手伝おうと野梨子は可憐と台所に立ち、
可憐が思い出したように つぶやく。
「ね、清四郎って悠理のこと好きなのかしら?」
「私も そう思っていましたの。気のせいじゃありませんでしたのね。」
「てっきりあなたたちは 付き合っているのかと思っていたわ。」
「嫌ですわ。可憐。私と清四郎はただの幼馴染みですわ。」

509 名前: 水中花15 投稿日: 2003/06/28(土) 16:21
「送るわ。すっかり遅くなっちゃった。」
「いいえ。 ひとりで大丈夫ですわ。」
「そう?気を付けてね。」
それでも駅まで送り、改札口に吸い込まれていく 野梨子の後姿を見て
可憐は 思う。「嘘つきね。」
悠理と清四郎との婚約話が持ち上がったときの
野梨子の激高ぶりを可憐は忘れていない。

野梨子の男の基準が 清四郎であるように 清四郎の女の基準も
実は野梨子なのではないか、と可憐は思っていた。
でも 清四郎が選んだ女は野梨子じゃない。

「じゃあ 私が清四郎を好きになってもいいのかしら?」
さっきは 言えなかった言葉を石膏像に向かって言う。
何故 この白い像の女は うつむいているのだろう。
――こんなに綺麗なのに。
うつむいてばかりいたら あの生命力溢れた女友だちには勝てない。
可憐はもう一度教科書を読み返して お風呂に入って体操をして。
その頃 やっと帰ってきたアキコの食事の給仕をして寝た。

510 名前: 水中花16 投稿日: 2003/06/28(土) 16:28
期末試験も無事に済み、夏休みは清四郎宅で勉強会をすることにした。
予備校の合間に 可憐や魅録も顔を出す。
しかし、野梨子が来ない。「お茶会の手伝いがありますの」だとか
「お稽古の先生に呼ばれましたの。」だとか見え透いた嘘で 明らかに
清四郎と顔を合わせるのを避けている。まぁ『大好きなお兄ちゃん』に
好きな人ができれば心中穏やか、とはいかないんだろう。
その辺のことは わからなくもなかったから、おせっかいだけど
「僕の出番かな。」と美童は思ったりした。夕方野梨子の家を訪ねた。
いきなりだったから 驚いていたみたいだけど 顔色は良かったので安心した。
野梨子はせっかくだから、と お茶をたててくれた。 
美童が戸惑いながら、「お作法わからないよ。」というと 
「心で味わってくだされば、それでよろしいんですのよ。」
と無作法を許してくれた。湯の沸く音に耳をすませていると
単刀直入に美童が切り出す。
「なんで 清四郎を避けてるの?」

511 名前: 水中花16 投稿日: 2003/06/28(土) 16:32
野梨子の茶せんを回す手がとまった。嘘のつけないひとだ。お茶を差出しながら
あまりに何も言わないので 「僕じゃ頼りにならない?」と言うと 慌てて
「いいえ。私のことを心配して来てくだすったのでしょう。ありがたいと 
思っていますわ。ただ、こんな気持ちを表現する術を知りませんの。」
術、という言い方をするところに 野梨子の生真面目さを感じる。
「いいから、聞かせて。野梨子の心の声が聞きたくて来たんだよ。」
って言ったら笑って 少し考え込んだ。

「清四郎の視線の先に悠理がいることにはもう、随分前から気付いていましたの。」
「うん。」
「清四郎に好きなひとができたくらいで こんなに戸惑っている自分に
驚いていますのよ。恋なのかしら、これが嫉妬なのかとも思いましたけれど、
清四郎が本気でひとを好きになれて良かった とも心から思いますの。」
「うん。」
「あんな清四郎は初めてですわ。悠理が、そうさせていますのね。」
「うん。」
「私 子供でしたわ。清四郎に謝らなくてはいけませんわね。」
「よかった。」満面の笑みで 美童がいう。
「え?」そんな答えが返ってくるとは 思ってなかったので野梨子はびっくりした。

「野梨子が ひとを思いやれて。世の中には自分の我を通すために都合のいい理屈
だけひろい集めて他人を傷つけたり、自分の理想を相手に押し付けたりしても 
平気な顔してるのが多いから。野梨子は本当に優しいひとなんだね。」

「私も美童がたくさんの女性達に愛されている理由がわかりましたわ。
ひとの心に敏感なんですのね。」

野梨子は綺麗な顔で笑った。 
野梨子は元々綺麗だけどその笑顔はいつもと違って見えた

512 名前: 水中花18 投稿日: 2003/06/29(日) 15:38
魅録は予備校の帰りに、駅に妙な格好の団体がいたので、今日が
例のコンサートの日だったと思い出した。
「やっぱ、悪い事したかな。」
自分みたいに 高3の今から医大を目指しても恐らく浪人は
免れないだろうと焦りが でた。
始めから それくらいの覚悟はもちろんしていたが 悠理にはなんの関係も無いのだ。
ケーキでも買って謝りに行こうー―誤魔化されてくれるといいけれどーーと決めた。

都会の夜10時は 真夜中じゃない。
悠理の宵っ張りは いつものことだから なおのこと魅録は 
躊躇なく剣菱邸に訪れた。
五代に通された 悠理の部屋で部屋の主は 愛猫のトリミングをしている。
「予備校 終わったのか?」振り向きながら いう。
「ああ。 これ。ここのケーキ好きだったろ?」
「うん♪」
答えながら 櫛から毛を除き 丸めて捨てる。
悠理は 手を洗ってくる、と席を 外した。
机のうえを 見てみると 経済雑誌が 置かれている。
「タマも フクも すごい毛が抜けるんだよ。 よく禿げないなってくらい。」
戻ってきた悠理は 小皿と華奢なフォークと、コーヒーをふたりぶん、淹れてきた。
「夏だからな、男山も抜けるぜ。お前 こんなの読むのか?」
雑誌を 持っていう。
「兄ちゃんからの宿題なんだ。今度なんだっけ?名目は 忘れたけど
パーティーの主賓のインタヴューが載ってるんだ。」
「へぇ。」

「勉強進んでるか?」
「ああ。ぼちぼちな。」
「そっか。なら よかった。」
「サンキュ。 それと・・今日悪かったな。 他の誰かと行っても良かったのに。」
「券は 二枚だぞ?」悠理は 大真面目に言った。
「・・そうだな。」
自分と悠理のほかに あんな コンサートに行くやつは いないよなって魅録は 思った。
「だろ? 気にしてて くれただけでいいや。」
悠理は 美味しそうに ケーキを食べる。
「じゃ、 俺帰るわ。 邪魔して悪かったな。」
「あたい、 明日から イギリスだから。」
「ああ そっか。楽しんでこいよ。」

513 名前: 水中花19 投稿日: 2003/06/29(日) 23:53
悠理は飛行機のなかで映画のDVDを見ながら 改めて自分の英語力の稚拙さを嘆いた。
「今まで いろんなトコ行ったけど、自分で喋らなかったからな。
父ちゃんなんか世界中に友達居るし。」
家族はもちろん、倶楽部での旅行でも美童や清四郎を始め 
魅録も野梨子も英語には強い。
可憐と一緒になって彼らの語学力を当てにしていた。
「ま、なんとかなるだろ」
悠理はイギリスまでの長い時間 眠って過ごした。

空港に着くと悠理は面食らった。待ち合わせの場所も 時間も間違ってはいない。
なのに二時間を過ぎても迎えが来ない。万作の友人に電話でもかけるべき
ところなのだろうが彼が日本語を話せる保証がない。「タダでさえ解らないのに
電話での英語なんか聞き取れるもんか。」と思った悠理は彼の家の住所と 
地図を照らし合わせた。・・そう遠くではないらしい。
なにより なんのアテもなくここにいるだけじゃ埒があかない。
彼の家へ行ってみることにした。目新しい景色や赤い二階建てバスに乗ったりして 
はじめのうちは 楽しかったが悠理はちょっと困った。迷子になったかもしれない。

514 名前: 水中花20 投稿日: 2003/06/29(日) 23:56
お腹も空いたしと 近くのカフェでサンドイッチを食べた。
あっという間に食べ終え、地図を見ていると 一人の細身のおじいさんが 
悠理のテーブルの前に立った。
「お前、 悠理だが?」

日本語の、しかも万作と同じ訛りに悠理は ほっとした。
「シトロン・ジェネヴァさん??」
「よくここまで1人で来れただな。」
「よかったぁ。帰ろうかと思ったよ。」
「お前の事は写真でしか 知らないからどんな奴か知りたくて
空港で ちょっと様子を見てただよ。そしたら何時の間にか
いなくなるだから、焦っただ。」
「え? 見てたの?? ずっと?」
「さ 着いてくるだ。 家はもうすぐだから。」
こんな 食えないジジイと 一ヶ月も 過ごすのかと思うと悠理は気が遠くなった。

――なんで あたいだけ招かれたんだろう?
彼の家は本当にすぐ近くで 石造りの一軒家だった。
庭が綺麗で 悠理は昔百合子が読んでくれた童話の挿絵を思い出した。

515 名前: 水中花21 投稿日: 2003/06/30(月) 00:24
清四郎宅で 可憐が大きなスケッチブックになにやら 描きこんでいる。
「何描いてるんだ?」
魅録が数学の問題集にちょっと飽きたのか、覗き込む。
「課題よ。手。ただの手なのに こんなに難しいなんて。」
「何事も基礎は大事ですわ。」
「そうね。よく見なさいって怒られてばっかり。手の筋肉を考えなさい、
筋肉の下にある骨を考えなさいって見たことないのに。」
「美大も大変ですね。」
麦茶を飲みながら 清四郎が笑う。

「もういいわ、気分転換。美童、ちょっとモデルになって。
外人だから 描きやすいのよ。」
「いいけど、きれいに描いてよ。」
「任せなさい。」
可憐がページをめくると 部屋のスミで美童はポーズを取った。
「今頃、悠理どうしてるだろうな。」再び問題集に目を戻しながら魅録がいう。
「あの子がいないなんて なんか変な感じね。」鉛筆を休めることなく 
可憐も同意する。
少し間を置いて清四郎が 答えた。
「そうですね。」
「でも もうすぐ新学期ですから また賑やかになりますわ。」
「8月のイギリスって 綺麗だよね。」
「モデルは動かない!!」
可憐は 思いっきり叫んだ。

516 名前: 水中花22 投稿日: 2003/06/30(月) 01:26
やっと 前半が終わりました。
可憐さんが 悪者になっていくかもしれません。
可憐ファンのかた ごめんなさい。

517 名前: 水中花23 投稿日: 2003/06/30(月) 23:17
>515のつづき。

夏休みの終わる 3日前、悠理は魅録の通う予備校の前に 立っていた。
「魅録〜。 土産。」
「帰ってたのか。」
「うん。昨日な。みんなには さっき清四郎んち行って渡してきたんだ。」
「そうか。これサンキュな。」
包みを受取る。
「うん。あ なぁ魅録。展望台行こうぜ。」
「今からか?」
「大丈夫。あそこならまだ やってる。」
悠理はひとつの 高層ビルを指差した。
「勘弁してくれよ。疲れてんだよ。」
「いいじゃん。 ほんの20分くらい。」
悠理の頼み方が ちょっと必死だったので根負けした。
「じゃ 行くか。」
ついたそのビルは平日だから 観光客も少なかった。

拝観料を払って、高速エレベーターに乗った。耳が キンキンいう。
悠理はやたらはしゃいでる。
魅録は 「煙となんとかは高いトコに 上りたがる」ってやつかなぁと 
思いながら悠理のあとを ゆっくり追いかける。
 
夜景に目を奪われた。
「きれいだな。」
「・・そうだな。ロンドンも綺麗だけど やっぱ東京のほうが綺麗だ。
帰ってきたって気がする。」
「たがが 一ヶ月で 大げさなやつだな。」
魅録が 笑う。
魅録は1回家に戻り、悠理をバイクで剣菱邸まで送って行った。

518 名前: 水中花24 投稿日: 2003/07/01(火) 23:26
夏の匂いも色濃く残る新学期 生徒会の引継ぎを兼ねてミセス・エールが
お茶会を開いてくれた。
お手製ケーキの甘い香りは 新生徒会役員の緊張を解きほぐす。

「有閑倶楽部の皆さんは 僕等の憧れです。生徒会長の座をずっと守り通した
菊正宗先輩や、高等部からの編入でいきなり副会長を務められた松竹梅先輩や・・・」
新生徒会長――名前は忘れたーーがさっきから 色々喋っているが 
可憐の耳には届かない。                                               

「でもすごい 問題児達でしたよ。私校長なだめるの 大変でした。」
「でも償いはしましたわ。 留年という形で。」
「それは野梨子 何事も経験ですよ。無駄な事なんか何一つありません。」
そうだろうか、と可憐は思う。この胸のなかの ふたりの親友へのわだかまりに
光が射すとは思えない。
「悠理、イギリスはどうでしたか?」
ミセス・エールが悠理用に少し大きめの ケーキを切ってくれた。
「わ〜い。ありがと 理事長。外人用の英会話教室行ったんだけど、
英語のわからない者同士で喋ってるから何がなんだか・・。でも面白かった。
あとは父ちゃんの友だちに 引き回されてイギリス中を回ったんだ。」

519 名前: 水中花24 投稿日: 2003/07/01(火) 23:27
「あはは。言葉って 向き合っていれば なんとなく通じちゃうところあるよね。」
紅茶を みんなに回しながら美童が話に加わる。

「うん。そういうモンなのかも知れないな。」
「ほぉ。では 今度の試験で その成果楽しみしていますよ。」
「うっ。でもあたい 最近成績上がったろ?まだ そういうこと言うのか。」
「やっと人並みになったくらいでしょ。 それでいいんですか?」
「やめろよ。清四郎。充分じゃないか。」
魅録が 場を治めようとする。
「そうですわよ。 充分過ぎますわよ。」
野梨子も加わって 清四郎をたしなめる。
「そりゃ上げられるだけ、上げたいのも本音だけどな。
清四郎の問題集は解り易いし。」
「でしょう。」

悠理に向けられた清四郎の子供みたいな笑顔が辛かった。
可憐の心の中にひっそりと今 毒の花が咲いた。

520 名前: 水中花26 投稿日: 2003/07/01(火) 23:34
お昼休み 中庭で清四郎が読む経済新聞を覗き込む悠理が 尋ねる。
「な、株って何?」
「簡単にいうと 資金を提供して自分の代わりに働いてくれる人を
見つけるんですよ。 競馬で読むのは 馬の血筋だったり癖だったりしますが
株で読むのは会社の特徴だったり、将来性だったり、時代の流れだったりするんです。」

「悠理、株に興味あんのか?」
魅録が意外だ、という顔をする。
「ううん、兄ちゃんが毎日 これ眺めてるから。なんだろうなぁって思って。」
魅録に突っ込まれて 悠理が慌てたのを清四郎はしっかり見ていた。

「悠理は本当にイギリスに行くんですか?」
ここは 清四郎の家。いつもの勉強会だが 清四郎はみんなより少し早い
待ち合わせ時間を悠理に言い渡していたので ふたりだけである。
「大学か? 受からないだろ。」
問題集から目を離すことなくあっさり 言い返す。
「受かりますよ。そりゃおじさんのような名門校は無理でしょうが、
もう少し幅を広げれば今の悠理は受かります。僕が教えますよ。」
「なに言ってるんだよ。無理だってば。」
「悠理、剣菱を継ぐつもりでいますね?」
悠理のペンが止まった。 図星らしい。

521 名前: 水中花27 投稿日: 2003/07/01(火) 23:42
「やっぱ 気付いてたか。うん。せめて兄ちゃんの足手まといにならないように 
なりたいんだ。兄ちゃんは 自分じゃ決断力がないって言ってるけど 
決して役立たずなんかじゃない。幹部達の基準が父ちゃんだから 
ちょっとだけ焦ってるんだよ。」

「わかりました。僕に任せなさい。」
「だから無理だってば。 お前も一応受験生なんだし、
ひとのことに構ってるヒマないだろ。あたいは ここの大学でいいんだ。」
「僕じゃ頼りになりませんか?」

清四郎が 悲しい顔をしたので 悠理は びっくりする。
「そんことないよ。ここまで成績あがったのは やっぱ
お前のおかげだし。」
「じゃ 決まりですね。早速調べますよ。」
「いいってば。余計な事すんなよ。」

結局押しきられてしまった。
一番大事な 一言が 言えなかったからだ。

イギリスには 行きたくない。魅録と離れたくない。と。
自分の大事な秘密だけは 守り通せただろうか。

清四郎には何故か 嘘もごまかしも効かない。悠理は不安になった。


続きます。

522 名前: 水中花28 (美、野) 投稿日: 2003/07/03(木) 00:12
「ひとり?」
帰り際、迎えの車に乗ろうとした美童は珍しくひとりで帰る野梨子を見つけた。
「悠理の留学の資料探しに、あちこち走り回ってますの。」
「ひとりなら乗っていきなよ。僕、急いでないし。」
「でも・・」
「どうぞ。お姫様。」
車のドアを開けて 招いてくれる。そんな きざったらしい仕草も美童だと 
サマになると変に感心しながら 野梨子は招かれるまま 車に乗った。
「じゃお言葉に 甘えさせていただきますわ。」
美童は運転手に野梨子の家に行くよう指示する。

「野梨子は 明日の休みなにしてるの?」
「踊りの扇が壊れてしまいましたので 浅草に修理に出しに行きますの。
昔から、お世話になってるお店がありますのよ。」
「へぇ、僕も 行っていい?浅草って行った事ないんだ。」

野梨子は意外だという顔をする。観光名所なので きっと美童なら
真っ先に訪れる場所だろう、と思ったからだ。さもなければ 女性の方から
言い出すだろうと。
「デートで行ったりしませんの?」
「女の子はそういう場所より、もっと雰囲気のある場所を好むんだよ。」
「そうでしたの。いいですわよ。」
「やった。じゃ明日迎えに行くよ。11時でいいかな?」
「ええ。」

翌日、九月も半ばだというのに暑かった。

雷門を潜ろうとしたら人力車の車夫に掴まってしまい、そのまま一周した。
再び門に戻り、おみくじを引き、お香を浴び、お参りし、仲見世を通り、
天ぷらを食べた。美童のカメラで いっぱい写真を撮った。

野梨子は初めて来た場所のように楽しんだ。


続きます。

523 名前: 水中花29(可、清) 投稿日: 2003/07/03(木) 23:06
放課後 可憐と清四郎は生徒会最後の仕事で部室の整頓をしていた。
明日から ここは下級生が使う。他のメンバーはまだ 来ない。
「あんたはバカよ。清四郎。」
「一体なんですか。藪から棒に。」
「悠理をイギリスに追いやるような真似をなんでするのよ。好きなんでしょ?」
悲鳴とも叫びとも取れる可憐の 八つ当たりだ。

「それが可憐に何の関係があるというんですか。」
清四郎も思わず 声が強い。
「大有りよ。私の恋もかかってるんだもの。」
「可憐の恋ですか。玉の輿はやめたんですか?」

「お生憎様、私が好きになるような男よ。玉の輿くらいきっと作り上げるわ。」
「それは 楽しみですね。誰かと聞いてもいいでしょうか?」
「知りたい?」
可憐は 清四郎の胸ぐらを 乱暴に引き寄せてキスをした。
「でも もういいわ。痛いのは自分だけだと思ってるあんたなんか もういらない。」
部屋を静かに出て行った可憐の後姿を清四郎は 見つめていた。

524 名前: 水中花30(可、清) 投稿日: 2003/07/03(木) 23:10
「言えるわけ ないじゃないですか。」

その声は 誰もいない生徒会室にむなしく消えた。

――過去のことを思えば今友だちでいられるのさえ 彼女のおかげだと
感謝しているのに。

そう 清四郎は以前 間違いを犯している。
悠理との婚約話がでたとき 出世欲にかられて退屈しない人生を送れる、
という理由で 万作の要求を快諾した。確かにあの時の清四郎は悠理のことを
女としてみることはできなかったし 剣菱を自分色に染めたくて必死だった。

でも今の清四郎が好きなのは 豊作を支えようと必死になっているその悠理なのだ。
このタイミングの悪さを呪いたくもなるが、今更どの面下げて好きだと言えというのか。
清四郎は机を 叩いた。

525 名前: 水中花30(可、清) 投稿日: 2003/07/03(木) 23:12
「清四郎だけか?」
机を叩いてから 10分後、美童と魅録が 入ってきた。
「ええ。 女性陣はみんなサボリのようですね。」
「今日で最後なのに、ヒドイね。」
「だれがサボるのよ。来ない人呼びに行ったのよ。」
可憐が戻ってきた。 嘘だろう、と清四郎は可憐を見た。

「さ。 始めましょ。」
新聞を束ね、 私物の整理をする。毎日ここに通っていたのだから
私物も思い出も相当な量だ。教室より感慨深い。
「終わりましたわね。」
「じゃ 帰るわ。画材屋に行かなくちゃ。」
可憐は さっさとひとりで部屋を出る。
「可憐!」
清四郎が 思わず呼び止めた。
「何?」
振り返った可憐の顔は 表情が消えている。
「一緒に 帰りませんか?」
「嫌よ。」
清四郎は振り返って野梨子にいう。
「すいません。今日は急用があるので、先に帰ります。」

526 名前: 水中花32(可、清) 投稿日: 2003/07/03(木) 23:18
清四郎が 可憐の後を追いかける。
「急用なんでしょ?早く行きなさいよ。」
可憐が相変らず冷たい顔だ。

「説明して欲しいのは こっちですよ。」
「もう終わったのよ。私に用はないわ。」
「悠理のことですが、 僕は告白するつもりはありません。
でも彼女の役に立ちたいんですよ。可笑しいですか?」
「そんなこと 私に言ってどうするの?」
可憐はそれ以外何も言わずに 画材屋に入る。仕方が無いので 付いて行った。
買い物カゴのなかに 次々と木炭、 パステル、色鉛筆、スケッチブック、を入れていく。
会計を済ませ、店を出てもまだ可憐は無口のままだ。

「僕の話はそれだけです。」
可憐は 振り返らずに駅に向かっていく。

527 名前: 水中花33 投稿日: 2003/07/03(木) 23:23
魅録は 可憐の変化に気付いていた。(多分美童も)
清四郎とも野梨子とも悠理とも目をあわさない。
放課後も清四郎宅の勉強会に来ないし、来たとしてもスケッチッブクに
集中しているように見せかけて 顔を上げない。
不自然ではない程度だが 自分と美童としか話さない。

予備校へ向かう途中、 可憐に話し掛けた。
「可憐。人を好きになるのは勝手だけど 野梨子や清四郎を避けるのは見苦しいぜ。」
「そんな風に、見える?」
「少しな。本人達は気付いてないみたいだけど。」
「ね、魅録 私どうしたらいいのかしら?」
そんな風に言われても 魅録にもわからない。

「私は羨ましいの。大学を外にするって決めたのは自分なのに
清四郎とこれからも一緒にいられる野梨子と、清四郎に愛されてる悠理が。」
「清四郎が悠理を?嘘だろ?」
「気付かない?」
「全然。まぁ いい組み合わせだとは思うどな。」
「あいつ、逃げの姿勢に入ってるのよ。悠理がイギリスに行くまで側にいて
チャンスをうかがって。もし振り向かなかったら悠理はそのままイギリス。
どっちにしろ、あいつの不利にはならないわ。」
「でも 悠理がイギリスに行くかわからないだろう」
「あら。行くわよ。清四郎が、是が非でも受からせるわ。それくらいの度量は
ある男よ。」

528 名前: 水中花34 投稿日: 2003/07/03(木) 23:26
「・・惚れてるんだな。」
すごい買いぶりようだと魅録は思う。清四郎がすごいのはわかるが
悠理が海外の大学に行くとは 正直考え辛かった。確かに妙な根性はあるけれど。

「聞いてもらったら すっきりしたわ。ありがとう。」
ひとつ大きく息を吸って 可憐がきっぱり言う。

「決めたわ。私 清四郎を諦めない。あんな逃げ腰の清四郎なんて許さない。」
「おう 行け。いっそのこと押し倒せ。アイツも男だ。」

魅録の冗談に可憐は 涙がでるくらい笑った。こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
ずっと嫉妬にかられて 笑えなかった。

「やあね。魅録、あんたは恋してないの?」
「俺?そんな余裕ねぇよ。」


続きます。

529 名前: 水中花35 投稿日: 2003/07/08(火) 23:00
世界の恋人、と自称する美童は部屋でグルメ情報誌と地図を睨んでいた。

「この道路は一通だから、ここに行くなら この店は通れないけど・・。
それとも あのひとなら細細歩くよりホテルでのんびりしたほうが好みかな。」
デートの計画を練っているのだ。(とても細かく。)

そんな感じで部屋でわたわたやっていたら 野梨子と行った浅草の写真が出てきた。
現像から上がって 焼き増しをして そのままだった。

昔から世話になっている店がある、というだけあって
野梨子はとても浅草に詳しかった。そういえば 長崎でもやたら張り切っていたと
懐かしく思い出す。
「ま、野梨子は元々博識だからね。」

目は再び地図に戻る。どうやったら 彼女を楽しませてあげられるだろうか。
美童の試行錯誤は続く。

デート当日、美童はかねての計画通り 年上の美人をもてなした。
彼女好みの恋人を演じ、豪華な花束を贈り、食事をし、マナーもタイミングも
狂いなく 正確に愛し合った。

美童はベットのなかであんなに楽しみだったデートもなんか違う、と感じた。
もちろん 臆面には出さないけれど。

530 名前: 水中花35 投稿日: 2003/07/08(火) 23:04
可憐は家で茶シブの付いたティーカップが気になった。
あんな綺麗な紅い紅茶から こんな汚い染みができるなんて嘘のようだ。
「ダメね。今はなんでも邪推しちゃう。」
洗い桶に 水を満たし、漂白剤を垂らし カップを着け置く。

悠理には なんの罪もない。悠理のことも野梨子のことも大事なのだし、
清四郎がどんな環境で育とうが、誰を好きでもそれは誰のせいでもない。

――ただこの想いは私のものだ。私だけのものだ。それだけ わかっていればいい。

「よし。」
可憐は自分に勢いをつけて シフォンケーキと洋ナシのタルトと
チーズケーキとアイスクリーム、を午前中いっぱいかけて作って 悠理に電話した。

「これ全部作ったのか?」早速やって来た悠理は家中の甘い匂いと
可憐お手製のケーキに目を輝かせた。
「慣れると簡単よ。」
「そうだ。野梨子も呼ぼうよ。あいつも受験ないようなもんだからヒマだし。」
悠理は携帯に手を伸ばす。
「いいわね。」可憐は本心からそう言う。
やって来た野梨子はそのケーキの量に驚いた。

「大作ですわね。可憐。」
「平気だよ。あたい 食える♪」
「そうねぇ。やっぱ作りすぎたかしら?」
その日は3人で久々に集まって食べて(ほとんどは勿論、悠理のお腹に収まったけど)
騒いで喋って一緒に笑った。

ケーキを切り分ける可憐を見て悠理が思った。
「可憐は綺麗だな。あたいとは大違いだ。」

悠理達が帰ったあとカップの茶シブは綺麗に消えていた。

続きます。

531 名前: 水中花36 投稿日: 2003/07/09(水) 23:18
可憐の家からの帰り道、満員電車で野梨子はため意を付いた。
「相変らずひとが 多いですこと。」
これはもう都会に住む者の定めだとは言え空気のよどみ具合に ゲンナリしながら 
地下鉄の階段を下り、電車の支柱に掴まる。

こんなとき、野梨子は心配そうに自分の顔を覗き込む声の主を待っている気がする。
「野梨子、大丈夫ですか?」
人の並みより一段階高い所から 聞こえるその声を頼りに今まで 来た気がした。
雑踏のなかでも、学校の中でも、あの空港での変な殺人未遂が起きた時も
野梨子は まず清四郎の顔を探す。

「何かあると清四郎を当てにして、私ったら本当に子供みたい。これじゃ
美童でなくても心配しますわね。」

本屋に寄り、文庫本を7冊、画集と料理本を買って帰った。

532 名前: 水中花38 投稿日: 2003/07/09(水) 23:28
「11時か。ま、こんなもんだな。」
魅録は模試の勉強をしていたら いつの間にかそんな時間になってしまった。
いまにも 英作文や、方程式が耳から零れそうだ。
徹夜は苦にならないし、休憩でも取るかと愛犬男山の散歩にでた。

時間外の散歩でも 魅録といられれば男山は嬉しいらしく
訓練を受けた犬とは 思えないくらい、はしゃしゃいで先に行く。
いつもの公園を突っ切ろうとしたとき、見慣れた人影があった。

「あれ? 清四郎じゃないか?」
「今 悠理のとこから 帰る途中だったんですよ。散歩ですか?」
「ああ、 俺も徹夜なんだ。」
「そうですか。悠理は いつも途中で寝ちゃうんで、中々進まないんですよ。
でも 随分マシな成績になりましたよね。」
「ああ、別人だと思うぜ。お前も大変だな。」
そうでもないですよ、僕にも復習が必要ですからね、と清四郎は笑った。

清四郎は 悠理の家庭教師を始めてからも 成績を落としていない。
相変らず主席のままだ。
今までの積み重ねもあるのだろうが、悠理というハンディ(←失礼)を背負っても
その栄光を保ちつづけられる秘訣を是非にも知りたかった。
(悠理の成績も嘘みたいに上がっているのもこの男のおかげなのだ。)

自分の成績が悪いとは思わない。でも上には上がいる。魅録はやっぱり焦ってる。

わふっ。
さっさと進みましょうよ、と言わんばかりに男山が吠えたので、待て、を言い渡してから
歩を進めることにした。
「じゃ、またな。」
「ええ。」

533 名前: 水中花39 投稿日: 2003/07/09(水) 23:42
初雪もチラホラ舞い落ちる12月。
世の中はクリスマス一色だけど受験生にそんな余裕はない。
センター試験は目の前だ。魅録も可憐も殺気立って予備校にいる。
他の4人はいつものように清四郎の家で 勉強会をしていた。

「魅録も可憐もさっぱり 来ないな。」悠理が寂しそうに 言う。
「医大も美大も二浪、三浪当たり前な世界ですからね。焦ってるんですよ。」

清四郎は 全てを受験のせいにした。それしか悠理の目を誤魔化す方法を知らない。
悠理の関心のほとんどを 魅録が占めている事を、清四郎が気付かないわけが無い。
「そうなのか?」
「ええ。だから今はそっとしておいてあげましょう。」

「クリスマスにはみんなで 騒げたらいいですわね。」
野梨子が話題を変える、でも本当にみんな揃って集まる事は稀だったから。
「そうだね。僕 今年は日本にいるからさ。可憐たちも少しくらいならいいよね?」
「美童 彼女達はいいのか?」
悠理がからかう。美童はたくさんの彼女たちと掛け持ちでデートをするくらい
クリスマスは忙しいのが毎年の常だった。
「うん。僕も受験生だからね、みんな別れたんだ。」
「へぇ・・。」

続きます。

534 名前: 水中花40(美、野) 投稿日: 2003/07/12(土) 16:42
>533

帰り際、美童は 野梨子に 話し掛ける。
「野梨子、僕が大学を 聖プレジデントにした訳わかる?」
「いいえ。」
考えた事なかったが、そういえば 不自然かもしれないと野梨子は思った。
海外の大学に進む、というのは悠理が言うより美童のほうが何倍も説得力がある。
でも美童はそんなこと微塵にも感じさせなかった。

「側にいたほうが野梨子を落としやすいからだよ。」
「え?」ためらう野梨子を 楽しむように美童は続ける。
「ずっと前、浅草行っただろ?そしたらさ、他の子とのデートがつまらなくて。
誰といても野梨子の顔がちらつくんだ。これってやっぱ恋だよね。」
美童は あくまでも笑って言う。どこまで冗談なのかわからない。

「美童?」
「返事は 気長に待つよ。時間はたっぷりあるからね。」
野梨子の頬にキスをして 美童は車に乗った。

「本気・・ですの?」

535 名前: 水中花41 投稿日: 2003/07/12(土) 16:46
「なにやってるんですか?」
「あ 清四郎。早いな。」
部屋のベットに寝転んで足をバタバタさせている 悠理に清四郎は 話し掛けた。
(頭はドアの方)
清四郎は いつも時間よりちょっと早めに剣菱邸に(家庭教師をし)にやってくる。
真面目というか 責任感が強いというかそれが彼の性格なのだと悠理は思う。

「可憐から本借りたんだ。体操の本。可憐は いつもこれやってるんだって。」
「ほお。悠理が そんなことを気にしてるとは 意外ですね。」
「男はやっぱきれいな 女のほうがいいんだろ?」
「そんなのは ひとそれぞれですよ。」
「ふうん。」
魅録もそうだろうか、と悠理は 思った。清四郎の言ってることは ただの一般論だと
わかっていてもそう 願わずにいられない。だって、魅録は違う大学に行ってしまう。
悠理に出来ることは魅録の「あいつは 女じゃない」というお決まりのセリフを
最大限に利用して魅録の仲間意識を煽ること。一番の信頼を得ること。

でも 欲は募るものだ。悠理はそれだけじゃ物足りなくなっている。

536 名前: 水中花42 投稿日: 2003/07/12(土) 16:52
「さ、今日は どうしてもここまで 進んでもらいますからね。」
「うわ 清四郎、お前 サドだろ?」
「誰のためだと思ってるんですか。悠理、本気で剣菱を継ぐつもりなら 
イギリスにだって どこにだって行けるくらいにならないと務まりませんよ。」
「・・。そうだな。悪かった。兄ちゃんもさ、お前のお陰で幹部達の顔色伺う事も
減ってきたんだ。父ちゃんも 安心して最近 母ちゃんと旅行ばっかしてるし。」
「じゃあ あの婚約騒動は無意味なものにはならなかったんですね。」
「ああ。」

清四郎は 悠理のその言葉と笑顔に救われた。
ずっと 抱えてきた罪の意識が消え、これでやっとスタートラインに並べる、
と思った。悠理が剣菱を 継ぐつもりでいるのなら、自分は誰よりも役に立てる。
その自信は あった。 もうスタートを切っているやつもいるけれど 
自分は大きな得点を得た。ちょっとの差くらい、飛び越えられる。
そんな気がした。

537 名前: 水中花43 投稿日: 2003/07/12(土) 16:59
高級車ばかりが連なる聖プレジデント名物朝のモーターショーのなか
悠理は いいモノを見つけた。悠理は目がいいし、あの頭は遠くからでも
目立つ。車を飛び降りて 追いかける。

「魅録〜〜。」
「ああ、悠理、おはよう。」
「なんか 顔色悪いぞ?」
「そんなことねぇよ。それより、数学の宿題やってきたんだろうな?」
「もちろん、237ページの問題だろ?」
「それと238ページのも 終わり際に加えてったぞ。あの先生、抜き打ち好きだからな。」
「マジ?やってない。」
「しょうがねぇな。 見せてやるよ。」
「魅録ちゃん 愛してる♪」
「バカ野郎、何べんも言わせんな。意味わかってから言え。」
「そうだ。お前 大学決めたのか?」
「医学部のある所、片っ端から 受けるから。都内もあるし、地方もあるし。」
「せめて 都内にしてくれよ。ツーリングの足が いなくなるのは辛いぞ。」
「俺はお前の 足じゃねぇよ。」
そういい終わるや否や 魅録の顔色は 益々悪くなった。
連日の徹夜と 風邪が祟ったのだ。

「魅録??」
「どうしたの? 悠理。大声だして。」
「あ、美童。 ちょっとこいつ保健室連れて行くから 手伝え!」
「本当だ。真っ青だよ、魅録。歩ける?」
「いい。大丈夫だ。騒ぐな。」
「バカは お前だ。魅録。仮にも医者目指そうって人間が自分の自己管理くらい
できなくて どうすんだよ。」

538 名前: 水中花43 投稿日: 2003/07/12(土) 17:02
悠理は大粒の涙を流した。
「何 泣いてるんだよ。大丈夫だって。悪かったな。」
魅録は ひとりで すたすた先に行ってしまった。

「魅録も鈍感だね。」
ポツリと美童が 言う。美童は 初めから見てたわけでもないのに 
ちゃんと解ってる。

「気付くわけないだろ。」
「言わないの?(告白しないの?)」
「それどころじゃないよ。」
「僕はしちゃったよ。一昨日 野梨子に。」
「マジで?」
「こんな嘘言わないよ。だから 悠理も頑張りなよ。ね?」
「野梨子は なんて言ってるんだ?」
「ノーリアクション。これが 一番堪えるよね。なかった事にされてる。」
「どういう顔していいのか、わかんないんだよ。・・そんな気がする。
あいつも清四郎もポーカーフェイスだけは 巧いから。」
「似たもの同士ってやつ?」
「そそ。んで腹の中ぐちゃぐちゃなの。ひとりで悩むなってんだよな。」

だと、いいけど。と美童と教室の前で別れた。
魅録はさっき言ってた宿題のノートを 悠理の机に置いといてくれた。


続きます。

539 名前: 水中花43 投稿日: 2003/07/12(土) 17:03
悠理は大粒の涙を流した。
「何 泣いてるんだよ。大丈夫だって。悪かったな。」
魅録は ひとりで すたすた先に行ってしまった。
「魅録も鈍感だね。」
ポツリと美童が 言う。美童は 初めから見てたわけでもないのに 
ちゃんと解ってる。

「気付くわけないだろ。」
「言わないの?(告白しないの?)」
「それどころじゃないよ。」
「僕はしちゃったよ。一昨日 野梨子に。」
「マジで?」
「こんな嘘言わないよ。だから 悠理も頑張りなよ。ね?」
「野梨子は なんて言ってるんだ?」
「ノーリアクション。これが 一番堪えるよね。なかった事にされてる。」
「どういう顔していいのか、わかんないんだよ。・・そんな気がする。
あいつも清四郎もポーカーフェイスだけは 巧いから。」
「似たもの同士ってやつ?」
「そそ。んで腹の中ぐちゃぐちゃなの。ひとりで悩むなってんだよな。」

だと、いいけど。と美童と教室の前で別れた。
魅録はさっき言ってた宿題のノートを 悠理の机に置いといてくれた。

続きます。

540 名前: 水中花45 投稿日: 2003/07/20(日) 17:19
「野梨子〜〜。」
悠理は休み時間、野梨子のクラスに訪れた。
「あら。悠理、珍しいですわね、忘れ物でもしまして?」
「違うよ。えっと・・。その・・。」
珍しく歯切れの悪い悠理に野梨子は 先手をうつ。
「美童が話しましたのね?」
「うん。あ、違うよ。美童は どうしたらいいかなって言うんだ。」
「・・次の時間サボっても 平気ですわね?」
「うん。」
ふたりは空き教室に忍び込んだ。
「野梨子は美童が嫌い?」
「まさか。そんな事ありませんわ。ただ、昨日まで友だちだったのに
いきなり男性の顔をなさいますのよ。戸惑わないほうが可笑しいですわ。」
「やっぱり、そういうものなのかなぁ。」
「悠理?」
悠理は頭をポリポリかきながら 机に突っ伏してしまった。
「やっぱ倶楽部内で恋愛なんてタブーなのかなぁ。」
「悠理にも 好きな殿方がいらっしゃいますの?」
「うん。だからなんか美童のこと放って置けなくて。」

ふたりは その時間いっぱい色んなことを話した。
将来の事、悠理の好きな人が魅録であること、出合った経緯とか嬉しそうに話す。
野梨子は美童とふたりだけで浅草に行った事。清四郎の昔話なんかも話した。
そういえば、ふたりだけでこんなに話すのは初めてかもしれない。
いつもの元気な笑顔の下に こんなに色んな感情が隠れていたのだ。
野梨子は悠理がこんなに女性らしくなっている事に気付かなかった。
変われば変わるものである。
野梨子は 悠理の恋を応援したくなった。清四郎には気の毒だけれど。

541 名前: 水中花46(清、可) 投稿日: 2003/07/20(日) 17:27
可憐は お昼休み時間も惜しんで美術室に篭もって デッサンをしている。
「なにが 可笑しいんですか?」
清四郎が いきなり声をかけてきた。
「びっくりした。清四郎。美術室に何の用?」
「いえ。たまたま 通りかかったら、可憐が石膏像に向かって笑っているのが
見えまして。」
「失礼ね。笑ってないわよ。」
「いいえ。笑ってましたよ。」
「笑ってないってば。」
「そうですか? まぁなんでもいいんですが。」
そう言って 可憐のスケッチブックを覗き込む。
「へぇ。巧いもんですね。 これはアポロン像ですね。」
「そうよ。怖いもの無しの太陽の王子様。」
「すごい解釈ですね。じゃ図書室に寄りたいので、失礼します。」
「そ? じゃあね。」
「可憐」
「何?」
「頑張ってください。」
「ありがとう。」

秋に魅録に諦めない、とは言ったものの可憐は正直なんの進展もなかった。
清四郎は悠理に付きっきりだし、可憐も予備校などで忙しかった。
唯一それらしくメールを書いても清四郎の返事は「友だち」の範囲を超えていない。
でも絵文字を使わない几帳面な文面は 清四郎の素顔を見せてくれた。
見栄っ張りなところ、読んでいる本が大域に及んでいること。最近では
姉の荷物もちの為に買い物に付き合ったとか、美童が野梨子の事で相談に来て
複雑だったが美童を信じる事にした、とか。

時々悠理の名前が出てくるのは 可憐の胸を痛めたが 自分に気のある女に対して
好きな女の悪口を決して言わない。清四郎のそんな育ちのよさに可憐は益々
惹かれていった。
「やっぱり、いい男よね。」
可憐は再び鉛筆を進める。

続きます。

542 名前: 水中花47 投稿日: 2003/07/23(水) 23:25
元旦、悠理の家で毎年恒例の宴会が行われた。
カルタをし、勝者が決まっている大食い大会をした。
そりゃ悠理の家でだされる料理だからいい材料と腕のいい料理人の傑作なんだけど
限度ってやつがある。魅録はもう蕎麦なんか食うか、と思った。
重いお腹を引きずりながら 万作と百合子に人の気のない神社に連れて行かれた。
久々に全員が顔を揃えた神社の境内で 魅録はいつかの可憐の言葉を思い出す。
 
――清四郎に愛されている悠理。

「どうなさいましたの?さっきから ぼ〜〜っとして。お腹 辛いんでしたら、
バスの中で休んでいらっしゃったら?美童と可憐もそうしてますし。」
大食い大会には参加しなかった野梨子が新雪をしゃくしゃく踏みながら言う。
今日の振袖は黒地に枝垂桜の落ち着いた柄だ。
「や。おじさんが連れてってくれる神社ってよく効くっていうだろ。
神頼みってガラじゃないんだけど、何願おうかなってさ。」
「受験合格じゃ ありませんの?」
「それはあるけどさ、ま、色々あるんだよ。」
「願い事はひとつだけですわ。よくお考えになって。」
野梨子はそう言って笑うと先に 行く。
「色々ってなんだよ。」
破魔矢を振りかざして悠理が後ろから声をかける。
「危ねぇな。んなもん振り回すなよ。 色々は・・色々だ。」
「じゃ あたいが合格を願ってやるよ。魅録は他の事願え。」
「俺より お前の方が危ないだろう。でもサンキュ。いいよ。気にしなくて。」
そう言って 悠理の頭に触った。悠理の髪はふわふわしてる。悠理の着物は
絞りの派手なのに何処か品がある、そんな着物だった。
「で、結局魅録は何を願ったんですか?」
と 神社に改造されたバスの中で清四郎が自分の願かけは言わないくせに
聞いてきた。
「願いが叶いますように。」
「なぁにそれ。 答えになってないじゃない。」
「いいんだよ、言っちまったら そのまんま消える気がする。」

魅録の願いは 「悠理がイギリスに行きませんように。」
センター試験当日、会場に悠理の姿を見つけた魅録は安心した。
「やっぱ効くな。あの神社。」

続きます。

543 名前: 水中花48 投稿日: 2003/07/27(日) 23:54
試験翌日、清四郎は新聞に出ているセンター試験の問題と解答に
目を通していた。自分のためではなく、悠理のために。
「案外よく出来ている。」
というのが率直な感想だった。悠理は元々、物覚えもカンも悪くない。
剣菱の経営に携わる、という具体的な目標が出た今、解り易いように
苦手意識がでないように噛み砕いてやればあとはもう、砂地が水を吸い込むように
知識を増やす。悠理に勉強を教える、というのはただの口実で、清四郎はただ
悠理の側にいたかった。悠理の目が少しでも魅録からそれるように。
自分の手の届かないイギリスになど 行って欲しくない。
悠理は 常に楽しそうに、思いやりを持ってみんなの話をする。
何の計算もおくびもなく悠理は まっすぐひとを見る。 その目に惹かれ始めたのは
いつからからだろう。悠理が見ているのは自分でなくてもいつかは、
という望みを捨てられない。最終的には自分を選んでくれれば それでいい。

彼女に似合うのは 遠くへ行ってしまう魅録じゃない。
常に悠理に寄り添う自分であるべきだと 清四郎は思った。
「こんな男のどこがいいんだか。」
清四郎は自嘲しながら、こまめにメールを寄越す 女友達の顔を思い浮かべる。
可憐のメールは3日と空けずに届く。どれも他愛のない日記めいたものが多かったが
必ず、一言清四郎を誉めた。大げさでも、好きな男に気に入られようという
媚びもなく毎回違うその言葉は 清四郎を驚かせた。
清四郎にとって可憐はそれ以上でもそれ以下でもなく、彼女の唇の感触を
思い出すこともなかった。


続きます。

544 名前: 水中花49 (美、野) 投稿日: 2003/07/28(月) 23:17
>543の続き。

底冷えのする2月初旬、野梨子はチョコレート専門店で悩んでいた。
「あれと、その白いのと、あとシャンパン入りってのも美味しそう。」
悩む野梨子のとなりで 豪快にチョコを買い占める。
「悠理は誰にあげますの?」
「父ちゃんと兄ちゃんと、五代、あとはあたいのおやつ。」
「魅録には あげませんの?」
「いいんだよ。どうせあいつ 毎年いっぱい貰うし。」
「素直じゃありませんのね。」
「野梨子こそ、美童にやれよ。喜ぶぞ。まだ なんの返事もしてなんだろ?」

清四郎と野梨子は生まれたときから 一緒にいる。ふたりのテリトリーは
常に一緒だった。でも清四郎には別の世界があった。そのことでウジウジ
悩んでいたとき、慰めてくれたのは美童だ。美童はひとの気持ちを匂いのように
嗅ぎ分ける。その繊細さを、野梨子は好ましいと思う。

「このチョコレート、4つくださいな。」
ヴァレンタイデー、「お友達から」という野梨子の返事に美童は包装紙の
ハートマークより赤くなった。

続きます。

545 名前: 水中花50 投稿日: 2003/07/31(木) 22:04
可憐の場合。
オーブンを温める。バター、チョコを溶かす。小麦粉、砂糖を振るう。
卵黄と砂糖を混ぜ合わせる。溶かしたバターとチョコを加える。
小麦粉を混ぜる。メレンゲを作り、 生地に加えて型に流し 200℃で20分、
アルミホイルを敷きながら180℃で10分焼く。
これは可憐18番の『ガトーショコラの作り方』を マフィン型に流しながら、
清四郎用には 切り開いた時チョコが流れ出るようにチョコシロップを入れた。
可憐の誠意一杯の勇気を 清四郎は可愛げなく こういった。
「食べにくいですよ。コレ。」

合格発表の日、聖プレジデントを受けた4人はそろって
発表を見に行った。エスカレーター式だから割と難なくそれぞれ
希望の学部に進む。

その夜松竹梅家で 宴会が行われた。魅録と可憐もそれぞれ無事に希望の大学に
進む。

「やりましたわね。」
「ああ。」
「でもどうして 魅録は医者なの?」
「あ あたいも知りたい。何度聞いても教えてくれないんだ。」
魅録は みんなに問い詰められて ぽつりと言う。
「男山がさ、肝臓やられちまったんだよ。フィラリアの注射に行ったとき
検査してもらったんだけど もうちょい早く気付いてやれば
 なんともなかったのに。」
「魅録・・。」
「人はストレス感じると胃に来るんだけど犬は肝臓に来るらしいんだよな。
俺 そんなに男山に無理やらせてたかと思うと悪くて。」
「それで 獣医なんだ。」
「ひとでも犬でも肝臓疾患の発見はわかりにくいものですよ。皮膚病なら
目に見えますけどね。」
「そうだよ、魅録のせいじゃないよ。」
「そおよ。ストレスが原因だっていうなら あんたが暗い顔してたら
余計悪くなるわよ。今すぐどうこうってんじゃないんだし。」
「男山は幸せだな。」
「そう思うか?」
「うん。」

546 名前: 水中花51 投稿日: 2003/07/31(木) 22:06
悠理は不謹慎だけど 嬉しくなった。進路を変えると言われたときから
感じていた違和感が一気に消えて目の前にいるのは自分の知ってる魅録だと
思った。
「ま 今日は呑もうよ。家からいっぱい酒持ってきたんだ。」
宴もたけなわの頃、美童が聞いた。
「ね、悠理って大学部受けてたけど イギリス行きは止めたの?」
清四郎を除くみんなも そのことは気になってたようで 静まり返る。
「ん〜〜。受けるだけ 受けてくるよ。4月からまたあっちに行くんだ。」
「そうですの。」
「うん。父ちゃんも喜んでるし。」

卒業式 清四郎はこれ以上はないっていうくらい
立派に答辞の役目を果たし、同級生や下級生に囲まれている みんなを確認した。
「美童さま、大学部に行かれても時々はこちらに顔をお出しになって下さいませね。」
とか
「黄桜さん 一緒に写真撮ってくれませんか?」
とか各々 別れを惜しまれている。
そんな中、悠理がひとり校庭の隅で 浮かない顔をしていた。清四郎は
にやけた顔して近づいてくる校長を かわして声をかける。

547 名前: 水中花52 投稿日: 2003/07/31(木) 22:09
「どうしました?」
「こんな悲しい 卒業式初めてだ。ずっと一緒だったみんなとバラバラに
なるなんて。」
「なんだ、そんな事ですか。会おうと思えば いつでも会えますよ。」
「わかんないじゃないか。可憐も魅録も大学は外だし、お前や美童たちとは
一緒だけど学部違うし・・。」
「悠理は春からイギリスでしょう?」
「それはまだ わかんないってば。」
「・・なんなら 僕も一緒に行きましょうか?」
「なんだ?お前 留学したいのか?」
「悠理がいくならね。悠理は 淋しがりやのようですし。僕くらい側にいないと。」
「冗談はよせ。」
「本気ですよ。」
「・・・・・・・・。」

悠理は 清四郎の過度の親切の訳は なんとなくわかってた。
でも清四郎が 本当に親切にしたいのは悠理じゃない。豊作に、だと思う。
大企業の嫡子のプライドを傷付けたことを 未だに悔やんでる。
豊作自身にも問題はあったろうし、もしもあの時のことで誰かに罪があるとすれば、
清四郎にではなく、万作や百合子のほうだ。本来進むべき医大を蹴ってまで
自分を責める事なんかじゃない。でもこの男は自分の人生に一点の曇りも許せないのだ。
何度悠理が 勉強なら他に家庭教師雇うから 自分の勉強しろと言っても清四郎は
聞かなかった。どこまでも完璧であろうとする。大罪を犯したかのように
過去に囚われている彼を悠理は突き放すことは出来かった。

548 名前: 水中花53 投稿日: 2003/07/31(木) 22:10
「お〜〜い。何やってるんだよ。写真撮るぞ。早く来い。」
魅録が カメラを振りかざして ふたりに叫ぶ。
「あ〜〜 今行く。」
清四郎は 魅録に向かって走ろうとする悠理の 手を掴んだ。
振り返る悠理に思わず口走った。まだ話は終わってないと。
「魅録より僕の方が あなたの役に立ちますよ。剣菱を継ぐつもりでいるのなら
僕を利用しなさい。」
「そんなこと 出来る訳ないだろ?・・放せよ。」
それでも 清四郎は 放さない。掴む手は益々力がこもる。
「清四郎、悠理 なにやってるんだ?」
魅録が 近づいてきた。
「あ 魅録。なんでもない。今行くよ。ほら。行こうぜ。清四郎。」
「魅録、すみませんが まだ話が終わってないので 外してらえますか?
告白をしているんですよ。」
「清四郎!!」
 悠理は掴まれている手を大きく振って振りほどいて 脱兎のように走る。
「これは また、冷静新着が売り物の清四郎ちゃんの行動とは 思えないな。
アイツにあんな顔させんなよ。」
「僕は そんなんじゃありません。」
「そうか?。」
「僕は いつだって臆病風に吹かれています。」
「へぇ。そりゃ意外だな。」
「魅録にはわからないでしょうね。」
清四郎は それ以上なにも言わずに 歩いていく。
結局写真どころじゃなかった。

549 名前: 水中花54(清、可) 投稿日: 2003/07/31(木) 22:12
悠理がイギリスに発つ日、みんなで空港に見送りに行った。
「あんたが本当に受かるのかしらね?」
とか「何処にいたって家の手伝いはできるさ。」
とか「ワーキング・ホリデーという制度もありますわよ。」
とか 励ましてるんだが、けなしてるんだかわからない
言葉を受ける。もちろんそこに悪意は欠片もない。
だから 悠理もいう。
「あたいの携帯海外でも使えるから。みんなに電話かけまくるかも。」
「ちゃんと時差考えてよね。睡眠不足はお肌に悪いのよ。」
悠理は 派手に装飾された飛行機に笑って乗り込んだ。
ちょっと行って来る、そんな感じで。

みんなと 別れたあと 可憐はやっぱりどうしても
腑に落ちなかった。可憐は 清四郎の家に向かって走る。
清四郎は部屋で 本を読んでいた。
「清四郎、いいの?」
「何を?」
「悠理よ。本当にイギリス行ったのよ。」
「僕の事は もう終わった、じゃないんですか?」
「うるさいわね。」
「僕には 関係ないんですよ。」
「関係ないってなんで??」
本当は言いたくないんですが、と前置きして清四郎は言う。
「悠理には好きなひとがいますよ。初めから僕の入り込む隙間は 
どこにもないんです。」
「あの悠理に好きなひと??」

550 名前: 水中花54(清、可) 投稿日: 2003/07/31(木) 22:13
「わかりませんか? 悠理に告白されている幸運な男が、1人いるでしょう。」
可憐は必死で思い出す。まさかとは思うが ひとりの顔が浮かぶ。
「・・・あ 魅録?あの「愛してる〜」って冗談じゃなかったの?」
「元々似たもの同士なんでしょうが あそこまで趣味や口癖が同じなのは
どちらかが 合わせているからですよ。悠理も女の子ですね。」
淡々という清四郎に可憐は混乱する。
「益々 わからないわよ。じゃあなんで悠理は好きな人がいるのに
日本を離れるわけ?触れない恋人なんて いないも同じだわ。
「剣菱のためです。 ひいては自分のためです。悠理は、強い女でしょう。」
清四郎はやっぱり笑って言う。この男は悠理の話になると、いつも嬉しそうだ。
ちょっと意地悪な気持ちになって 言ってみる。

「じゃあ あんたは振られたって訳?」
「身を引いた、といって欲しいですね。手の届かない花をいつまでも
想うのは分が悪すぎます」
「・・泣くなら、胸貸してあげてもいいけど?」
「お願いしましょうか。」
清四郎は可憐に抱きついた。身長差があるので膝まづいて。
「すみませんが、顔を見られたくないので。」
可憐は清四郎の頭と首を両手で包んだ。
「猫抱いてるみたいね。」
「好きだったんですよ。本当に・・・」
「うん。知ってる。」

続きます。

551 名前: 水中花56(魅、悠) 投稿日: 2003/08/02(土) 11:47
>550の続き。

入学資格試験が終わった頃、目を白黒させる悠理がいた。
「嘘だ〜〜。なんで受かるんだよぉ。そんな簡単でいいのかよ。」
悠理は迷った。

4年も 日本を離れてなんかいられない。本当は今すぐにだって帰りたい。
目に付く全てのものが魅録に結びついて仕方がない。それに4年で済むのか?
という思いと、
万作と百合子と五代、それから自分をここまでにしてくれた清四郎の顔と
コンピュータールームで朝を迎える豊作の姿が浮かぶ。
そんな正反対のふたつの思いが悠理のなかで せめぎ合う。

悠理は日本時間で豊作が家につく頃を狙って豊作の携帯に電話した。
「兄ちゃん、どうしよう・・・」
「なんだ?どうした?」
豊作の声はいつだって 優しい。悠理はほっとする。
でもこの事態をどう説明していいかわからなかった。
まさか 好きな人がいるから日本に帰りたいなんて言えない。
自信がないなんてもっと言えない。

「なに?受かったのか?」
「う〜ん。だからどうしよう」

552 名前: 水中花57(魅、悠) 投稿日: 2003/08/02(土) 11:54
豊作は笑った。なにを迷う事があるんだろう、元々豊作にもそんなに自信はなかった。
嫡子に生まれた義務感と上等の教育を受けたプライドと周りのサポートとで、
父親周りをうろついていた。自分はたいしたこと無い、そう認めるのは
案外容易かった。でも 諦めながら生きるのはただの甘えだと気付いた。
会社の運命は自分が握っているのだ。

それを教えてくれたのは 妹と同じ年の少年だった。
彼が豊作に足りないものを教えくれた。彼が作り上げるものを最後まで
見たかった気もするが まぁ仕方が無い。人生そう思うようにはいかないものだ、
両親や妹の気まぐれには慣れている。
「好きにしろ。」そう言って 豊作は妹からの電話を切った。

お世話になっているジュネヴァ氏の家に戻ると万作と百合子が来ていた。
「悠理やっただがや。」
「あなたもやっぱり 私と万作さんの子なのね♪」
「父ちゃん、母ちゃんなんでもう知ってるんだよ。」
「ワシが呼んでただ。これでも大学教の授だからな、受験者の合否くらい
前もってわかるだよ。」
「早速お祝いのパーティーね。このプディング半年しか干してないから
ちょっと心配なんだけど、大丈夫よね。」
蒸しあがった奥さんお手製のプディングにブランデーがかけられ 
青い火が灯される。
「さ、悠理願い事をしなさい。火が消えないうちに。」

**************************************************************
プディングにかけるお酒ってブランデーで 良かったですか?
すみません。ちょっと 自信ないです。

553 名前: 水中花58(魅、悠) 投稿日: 2003/08/02(土) 11:59
夫婦二組が大いに盛り上がる中、行きたくないなんて言えなくなった。
「明日日本に帰る。みんなに会って 報告しなきゃ。」
「そうね。清四郎ちゃんにはよくお礼言わなきゃダメよ。
あんなに必死に教えてくれたんですもの。」
「そうだな。」

翌朝、朝一の飛行機に乗ろうと思って支度しているとジュネヴァ氏が話しかけてきた。
万作や百合子はまだ寝ている。よっぽど嬉しい酒だったようだ。
「お前はいつでも その携帯を見てるだな。そんなに仲のいい友だちか?」
悠理の携帯の待ち受けは いつか野梨子が送った長崎旅行の画像だった。
「うん。仲間なんだ。こんないいやつ等 そういない。」
「友だちは宝だからな。いい話をしてやるだ。」
「なに?」
「万作の話だ。あいつは昔いつも百合子さんに愛されていないかもしれないと
ボヤいとった。」
「え??」
「よくある話だが、再留学中で自分の留守中に百合子さんが
いなくなるんじゃないかと心配しとっただ。今みたいに
国際電話も発達してないし、ほとんど連絡が取れなくてだ。」
「確かに父ちゃんは お情けで結婚してもらったって言ってたけど
今じゃラブラブだよ。」
「百合子さんが ある日やって来ただ。あの時の万作の顔は傑作だっただよ」
「へぇ♪」
「悠理は、レモンティーは好き?」
奥さんがレモンティーを 淹れてくれた。
「大好き♪」
「そう 良かった。」
「時にはレモンしか実らない時期があるんだけど そんなときは 
レモンを楽しむのが一番よ。ビタミンCも多し。」
「どういう意味?」
「辛い事があっても そこから得る物も多いってことだ。」

554 名前: 水中花59(魅、悠) 投稿日: 2003/08/02(土) 12:03
「あら。悠理ちゃん いらっしゃい。」
「久し振りです。おば・・・。じゃない。千秋さん。魅録いる?」
よろしい、と頷いた千秋は魅録の部屋に案内してくれた。
「よぉ。魅録。」
魅録の部屋には 本が山積みでいつかの 面影はあまりないけれど
それでもやっぱり 魅録の匂いがした。
「悠理??」
「受かった。」
「マジかよ。」
「うん。あたいも信じられないけど。」
「清四郎ってやっぱすげぇな。そうだ、みんなには会ったか?」
「まだ。」
「よし、じゃ俺が集める。ちょっと待ってろ。」
「わ〜い。魅録ちゃん 愛してる。」
「もう突っ込む気にもならねぇ。」
「一生言うもん。」
その言い振りは そこの雑誌取ってとか、このCDかけてもいい?というような
自然なものだったのでそれが悠理なりの告白だと気付くのに時間がかかった。

続きます。

555 名前: 水中花60(魅×悠) 投稿日: 2003/08/07(木) 22:01
>554の続き。
「魅録は鈍感だって美童が言ってたぞ。あんなにいつも 言ってたのに。」
多分この一言がなければやっぱり気付かなかっただろう。そしてやっと一言言った。
「俺は 剣菱には携われないぞ?」
「だれもそんな事言ってないよ。兄ちゃん頑張ってるから剣菱は安泰だよ。」
「でも・・。」
悠理は魅録の歯切れの悪さに イライラした。
「魅録は あたいのこと嫌い?やっぱり女には見えない?」
「清四郎は?清四郎はどうすんだよ?」
「・・・清四郎は前の婚約のことまだ気にしてるんだ。それだけだよ。」
「そうなのか?」「どっちにしろ あたいが好きなのは 清四郎じゃない。」
魅録はこれぞ 正しく青天の霹靂だと思った。
悠理の側には 必ずと言っていいほど清四郎が側にいたし、てっきりふたりは
付き合っているものだと思っていた。清四郎にはやっぱり剣菱という碁盤はよく
似合うし 悠理と剣菱を切り離して考える事などできない。
魅録があまりになにも言わないので悠理はうつむいた。
唇に柔らかいものが 触れた。
「俺も好きだったよ。ガキの頃からな。覚えてないかな。オヤジ達に連れられて
1回会ってるんだ。長崎でな。」
「長崎?」
「ああ。あの旅館はさ、お袋が倒産寸前だったのを 立て直したんだ。
その改築お披露目パーティーでさ、あらゆるコネ使って剣菱のおじさんまで呼んだんだよ。
まだオヤジとおじさん仲悪かったから呼ぶの嫌がってたんだけど お袋には弱いからさ。」
魅録の思いがけない言葉に悠理はくらくらする。
「そこにさ、きれいな服着てたお前がいたわけ。でも東京帰ったら
同じ顔が 道端で喧嘩してんだもんな。思わず止めに入るっちゅうの。」

556 名前: 水中花60(魅×悠) 投稿日: 2003/08/07(木) 22:05
魅録の右手は悠理のふわふわの頭を、左手は細い腰を引きせる。
なんだ、と悠理は 思った。長崎のことは覚えてないけどもっと早くに
素直になっていればこんな遠回りせずに済んだのに、意地張っていて損をした。
悠理は魅録のTシャツを脱がせようと背中に手を滑らせた。
「こ、こら。」魅録が慌てて 言う。
「ダメ?」
「ダメ?ってお前な・・。」
くく。と笑いながら 立ち上がって魅録は音楽をつけて部屋の明かりを消す。
悠理は魅録の背中にしがみつく。体が邪魔くさい、と思うくらい魅録と
ひとつになりたかった。これからふたりを隔てる距離も時差も関係ないって笑えるように。
魅録は慣れた手つきで 悠理のGパンのベルトを外す。
悠理が示す小さな震えが可愛らしくて、頬に、耳に、喉に唇を落とす。
悠理は自分の服を脱ぎ始めた。
ぱさぱさ、という服のかすれ音が鳴り止んだので、自分の服も脱いだ。
暗闇を手探りで 悠理をベッドに誘う。
練り絹のような肌を 手で、唇で、追う。
なだらかなふたつの丘も、時々聞こえる声も、悠理の気の強さも、真っ直ぐさも 
無鉄砲ぶりも甘ったれな所も 悠理の全てが愛しくてたまらない。
魅録は 自分の想いを悠理に刻み込んだ。

「あたい やっぱり行かない。」
「何言ってるんだ?」
「だって、時差9時間だぞ。4年だぞ。1日会わないだけでも辛いのに そんなに
離れていられるか。」
「あほ。行け。豊作さんの手伝いするんだろ?お前の根性なら なんとでもなるよ。
俺もこれから六年 とんでもなく忙しいし、お前に構ってる暇ねぇよ。」
「スプラッタ苦手だもんな。魅録ちゃん。」
「うるせぇよ。いいな?行けよ?清四郎の誠意を無駄にするな。」
「うん。」

557 名前: 水中花62 投稿日: 2003/08/07(木) 22:07
その後、魅録は みんなにメールを入れた。
「悠理が帰ってきてるから 今晩 うちに来い。」

可憐と野梨子と美童は 魅録の家の最寄の駅で落ち合い、
可憐が 「久し振り。」という。
「清四郎は?」
「サークルで遅くなるそうですわ。学園祭で模擬裁判をやるのですって。」
「模擬裁判?」
「法科ですもの。裁判のシュミレーションをしますの。」
「清四郎のことだから きっと凝った事件やるんだろうね。」
「かもね。 ね、古い話なんだけどあたし 不思議でしょうがないのよね。
魅録って犬のことだけで 獣医になろうって思うものなのかしら?」

「可憐、気付きませんでしたの?」
「新聞読んでる?」
野梨子と美童がきょとん、という顔をする。
「なによ?なんなの?」
「わからないなら いいですの。これは憶測ですし男山のことも勿論、
理由のひとつですわ。」
「ちょっとなによ。 教えなさいよ。」
可憐が 憤慨する。
「剣菱で今度 動物園作るんですのよ。遊園地もあるのに景気がいいですわね。」
「だから、なんなの?」
「悠理がアフリカに憧れてるのは知ってるでしょう?」
「知ってるわよ。事あるごとにアフリカに行きたいって言ってるもの。」
「動物園には 獣医がいるんだよ。」
「だから??」
「それに 悠理の家には絶えずなにか 飼っていますし。」
「ヒントはいいから 答えくれるかしら?」

558 名前: 水中花63 投稿日: 2003/08/07(木) 22:10
可憐がイライラし始めたので 野梨子が言った。
「魅録は 卒業してみんなバラバラになっても悠理の側に居られる場所を
選びましたのよ。例えその関係が 恋によるものでなくても悠理の信頼を
得ていたいのですわ。」
「悠理に近づくために 一時離れるってすごい決断だよね。
僕には中々できないなぁ。」
「悠理の『愛してる〜♪』がフェイクなら魅録の『あいつは女じゃない』も
フェイクなんですわ。」
「いつから気付いてたの?」
「ふたりの気持ちには 前からなんとなく気付いてたんだけど、その発表がさ、
魅録が医大に行くって言い出した時期と重なるんだよね。だから、もしかして・・って。」
「なによ。好きならさっさと言えばいいじゃない。悠理も魅録も。」
そしたら 清四郎はあんなに傷つくことはなかったのに、可憐はその言葉を
飲み込んだ。
「悠理が 言いましたのよ。『倶楽部内で恋愛なんてタブーなのかなぁ』って。」
「それに・・ね。」

美童は それ以上は何も言わないが可憐はずっと謎だった最後の欠片が埋まった。
悠理は倶楽部内の空気を壊したくないから 言わないのであり、
魅録は清四郎と悠理が付き合っているものと誤解していたから言わなかったのだ。
「僕は悠理に『頑張りなよ』って言ったんだけどね。」
お互いの気持ちには気付かずに行われるタヌキ(悠理)とキツネ(魅録)
の化かしあいに可憐はすっかり騙されていた。
「ごめん 家に忘れ物しちゃった。先行ってて。」

559 名前: 水中花64 投稿日: 2003/08/07(木) 22:12
可憐が細いチェーンのブレスレットをくれた。初めて自分でデザインしたという
そのブレスには紅い石が付いていた。
「ありがとう。可憐。この紅い石はなに?」
「ルビーよ。」
「へぇ・・・。」
「なによ。気に入らない?そりゃあんたが普段見慣れてるルビーには
敵わないけど それだっていいクラスなのよ。」
「違うよ。ほら、アメリカ大使夫人のやつ・・。あれ思い出して。」
「私、この前白雪さんにお会いしましたの。とってもお元気そうでしたわ。」
「魅録」
美童が こっちに来いと手招きする。
「なんだ?美童。」
「悠理とは うまく行ったの?遠距離恋愛のコツ教えてあげようと思って。」
「余計なお世話だ」「でも良かった。僕はずっと知ってたから、
悠理の気持ちも魅録の気持ちも。」
「へ?」「魅録、悠理に『愛してる〜〜♪』って言われる度、変な顔してたからさ
ああ、気があるんだなぁって。悠理も僕と清四郎にはそんな事言わないし。」
「・・・やっぱお前、浮気調査委員むいてるわ。」
「お褒めの言葉として頂くよ。嫌だけどね。」

魅録は 目まぐるしい日々のなかでも毎日(美童に教えられた通り)
悠理にメールを書く。夏休みには 悠理も日本に帰ってくる。

560 名前: 水中花65(美×野) 投稿日: 2003/08/07(木) 22:15
美童はこの2年、根気よく野梨子を誘う。野梨子も断る理由はないしと
デートは受けていたし、周りも公認の仲だったがそれ以上の関係ではなかった。
でもある日の 野梨子は違った。
「野梨子。これ、貰ってくれる?」
「あら。素敵な指輪ですのね。」
美童が差し出すベルベットの小箱には ダイヤが永遠の輝きを放っている。
「そうプロポーズだよ。三回目の。」
「有りがたく頂きますわ。」
「え?本当に??」
目を丸くしている美童に野梨子は ゆっくり言う。
「今日だと思いましたの。目覚ましより五分早く目覚めましたし朝の緑茶は 
丁度よい温度でしたし 悩みの種だった額のニキビも綺麗に治っていましたし。
それだけなんですけれど 今日だなぁって。」
「野梨子、嬉しいよ。正直もうダメかと思ってたんだ。」
「お礼を言うのは私ですわ。よく2年も待っていて下さったと。
でも私日本を、家を離れられませんわ。私は白鹿の跡取ですもの。」
「そんなの、僕が婿に行くよ。父さんの会社は杏樹がいるし。
早速 挨拶に行かなくちゃ。」
「今日ですの?」
「日本の諺にあるじゃない。善は急げって。」

「野梨子さん、ちょっとお話があります。」
「なんですの?伯母様」
美童が挨拶に来た一週間後、野梨子の苦手な伯母がやってきた。
いつも見合い話を持ってきたり、説教したりするあの伯母だ。
「あなたがグランマニエさんとお付き合いしていることは 前からよく知っています。
でも結婚となればお話は別ですよ。あなたは 白鹿の跡取です。」
「それが なんの関係がありますの?」

561 名前: 水中花66(美×野) 投稿日: 2003/08/07(木) 22:16
込み上がる怒りを押えて 冷静なふりをする。この種の人間に感情的になるほど
野梨子は優しくない。
「ですから、何代も続くお家に外国の方の血が入るのは 好ましくありません。」
「伯母様、お茶は心で人と通じ合うものですわ。そこに国籍が、
なんの関係がありまして?」「ハーフの白鹿当主なんて 考えられません。」
「・・。わかりました。私は白鹿の跡取です。二夫に仕える生き恥をさらすくらいなら
私、自決しますわ。」
「野梨子さん!」
野梨子は立って 伯母を見下ろす。
「では、白鹿の当主は伯母様が お取りになってくださいませ。
ふたつにひとつですわ。」
後日、白鹿夫妻のとりなしもあり、美童は無事日本に永住権を得ることになる。
(そして20数年後、栗色の髪の白鹿当主が誕生する。)

562 名前: 水中花67(清×可) 投稿日: 2003/08/07(木) 22:20
可憐は卒業後、ジュエリーAKIに就職し、着実に売上を伸ばしている。
可憐デザインのジュエリーは 中々評判がいい。
清四郎とは 相変らず友だちのままで いつも可憐のほうからなんだかんだと誘う。 
清四郎のリクエストで 本屋に寄るとそこに豊作がいた。
軽く世間話をし 清四郎が司法試験を受け今は研修の身だ、と言うと
豊作が 驚いた顔をした。
「君はてっきり医者になるものと思っていたよ。」
「病院には 姉夫婦がいますので。」
「君なら 法曹界を変えられるも知れないね。」
清四郎は 可憐を見ながら、こうきっぱり言いはなつ。

「僕には夢があるんです。」
「なんだね?」
「会社を興します。宝石の。」
豊作は 苦笑いした。
「それは手ごわい。」
「そう言って頂けるのは 光栄ですね。」
「楽しみしてるよ。これ以上はない 張り合いだな。」
会話が終わり立ち去ろうとすると 豊作が思い出したようにいう。
「悠理が 明日帰ってくるよ。」
「一時帰国でなく?」
「日本に就職さ。剣菱の社長代理としてね。」

563 名前: 水中花68(清×可) 投稿日: 2003/08/07(木) 22:27
「社長?」
「悠理が今お世話になっているジュネヴァ氏は経済界のご意見番でね、
今度は僕がイギリスに行くんだ。あいつは その間剣菱を守ってて貰おうと思って。」
「そうですか。昔色々ありましたが アイツのカンは外れた事ありませんでしたからね。」
「だろう。自慢の妹さ。一ヵ月後、正式に発表する。今はその準備で
おおわらわなんだ。 4年が過ぎたら魅録くんは開業するそうだよ。」

豊作と別れたあと 可憐は清四郎を問い詰める。
「検事になるんじゃなかったの?」
「可憐となら 新しい夢が見れるかなと思いましてね。お望みなら検事
になりますけど。」
「宝石屋ならすでにあるじゃない。」
「世界一の宝石屋ですよ。僕がやるんですからね。」


終わり。
************************************************************

発表の場を与えてくださった 嵐様と 呼んでくださった皆様
こんな駄文にあたたかい感想を下さった方々に 心からお礼申し上げます。


滅茶苦茶でしたが 思い切り有閑のキャラ達と遊べて楽しかったです。

564 名前: SF編 投稿日: 2003/10/07(火) 22:14
こっそり新作をうpさせていただきます。
滅茶苦茶な設定のへたれSFで一応清×悠×魅の予定です。
あと美×可かな?(たぶん)
長くなりそうです。
嫌いな方はスルーお願いします。

一応設定としては、悠理(ユウリ)と清四郎(セイシロウ)は
「チェイサー」(警察のようなものを想像してください)という
仕事上でペアを組んでいます。
舞台はまったく知らない宇宙のどこかです(笑)
ほかの4人はこれから出てきます。

悠理はSFの主人公がいけそうだなあ、という勝手な妄想の副産物
なので、嫌いな方はスルーでお願いします。

それではよろしくお願いします。

565 名前: SF編(1) 投稿日: 2003/10/07(火) 22:16
「このやろー!待ちやがれ!!」
勇ましい少女の声に呼び止められた相手は振り返った...
といいたい所だがここは宇宙船コックピットの中、声はむなしく室内に響くばかりだ。
「大気のないところで叫んだって、届くわけないでしょう」
青年が機械のような正確さでキーボードをたたきながら言った。
「ごちゃごちゃ言ってないで、ちゃんと操縦してくださいよ、ほら」
そういわれた少女、ユウリはセイシロウを睨み付けたが、手元の操縦桿は
不安げな動きだった。
「うっせー!一生懸命やってるだろっ」
しかしなかなか上手くいかない。
いくらパートナーに恵まれてるとはいえ、ユウリの操縦の下手さは折り紙つきだ。
セイシロウは懸命にフォローするが、フォローに手一杯で
とても前を行く逃亡船に追いつけそうもない。
(困りましたね)
「畜生っ!堪忍しやがれっ」
悪態をつきながら、ユウリが慣れない手つきでモニターと操縦桿と格闘しているうちに、
前を行く第一級犯罪者の宇宙船は早くもワープ体勢に入ろうとしていた。
「だああっ!行かせるか!」
ええい、まどろっこしい!とばかりにユウリはエアバイクの格納庫のスイッチを
開けるためのキーを押す。
手近のヘルメットをかぶるとまるで一陣の風のように、あっという間に
格納庫へのシューターに飛び込み消えてしまった。

566 名前: SF編(2) 投稿日: 2003/10/07(火) 22:18
「待て!ユウリ!」
セイシロウが慌てて立ち上がったときには、すでにメインモニターにはエアバイクに
跨ったユウリが映し出されていた。
『船は性にあわないよっ!こっちのがいいやい!後は頼んだぞ、セイシロウ!』
スピーカーからユウリの声がする。弾ける声、彗星のような速さ。
モニターの前でセイシロウはがっくり肩を落とした。まただ...。
しかし画面に映るユウリの姿は颯爽としていて、清清しいくらいだ。
しかたなく、セイシロウはマイクに向かって言った。
「ユウリ、飛び出すのはいいですけどね、今回もまたお小言ですよ」
『うっせー、捕まえりゃいいんだろっ!』
「捕まえたって同じですよ。まったく...毎回付き合う僕の身にもなってください」
『あ!あいつら逃げちゃうぞ!』
ユウリは叫び、速度を上げる。エアバイクは吸い寄せられたように逃亡者の船に近づいた。
船は慌てて小さな虫を追い払おうと、右へ左へ体をよじったが、そんな動きもものともせず
ユウリはぴったりその体についている。
なんとかしようとした逃亡船から何条ものレーザーが放たれる。
しかしユウリは蝶のようにひらり。ひらり。
苛立った逃亡者たちはさらに滅茶苦茶にレーザーを打ちまくる。大フィーバーだ。
蝶はまた優雅にひらり。
そんな他愛ないやり取りに飽きたユウリがバイクから身を乗り出すと、窓から逃亡者たちの姿が見えた。
ユウリがいつの間にか自分たちの眼前にいることに驚き、慌てふためいている。
あたふたと彼女を追い払うために追われているその姿は今のユウリには何とも滑稽だ。
船の操縦ならいざ知らず、エアバイクに跨った彼女に勝るものはこの宇宙にいないだろう。
ユウリはにたりと笑った。
しかし悠然としたその笑みもまた先ほどの声と同じように
いくつもの空間に阻まれて彼らに届くことはなかった。
(ロックオン!!)
ぴたりと宙でバイクを止めた。
それが合図だ。
いくつもの興奮の波が体を通り抜ける。ユウリはこのゲームの勝利を確信した。
腰に引っ掛けた小銃のメモリをマックスにして、準備OK!
両手でしっかりと敵を捕捉したら、一気に引き金を!
バシュウウッという音とともに、鋭い光が逃亡船に突き刺さる。
そしてユウリのガッツポーズのシルエットがモニターに映った。

『やったじょー!!』

光が消えるころには、哀れな逃亡者たちも捕らえられ、ユウリたちの船の中で
自分たちの不運に嘆いていた。
ユウリと、セイシロウ...。そう、宇宙連邦最強のスペースチェイサーに出会ってしまった不運を・・・。
対照的にその横では、ゲームの勝利者たちが優雅にくつろいでいた。
「どうせかえったら、またお小言です。それまでゆっくりしましょうか」
「お前、やなやつだなあ、人がせっかく気持ちよく忘れてたのに...」
「何度も言われてる単独行動をやめないあなたが悪いんです」
セイシロウは悪魔の微笑を浮かべながらユウリの頭をなでた。

                  (続きます)
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567 名前:(MOUSOU1Q) 投稿日: 2003/10/08(水) 21:08
容量が凄く大きくなっているのに気がつかず、失礼しました(汗
新スレを立てましたので、以後はこちらにお願いします。
「長編UP専用スレッド 2」
 http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/movie/1322/1065614482/

>SF編作者さん
連載が始まる前に新スレを作っておけば良かったですね。
引越しが変なタイミングになってしまって、申し訳ないです。

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