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いばら姫の指輪は甘くて苦いようです
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軽く閲覧注意
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いばら姫の古びた頬に、涙が落ちる。
色褪せているが、きっと昔は薔薇色だったのであろう頬に、一粒、二粒。
( ^ν^)「おい」
呆れたような声に、デレは顔を上げた。
ζ(;、;*ζ「だって、だって」
泣きじゃくるデレの頬も、薔薇のように赤い。
ζ(;、;*ζ「かわいそうなんだもの」
( ^ν^)「誰がさ」
うんざりしながらも、幼い俺はその涙を拭った。
もう何日も洗っていない制服で、だ。
きっと汚いし、臭いだってするだろう。
それでもなるべく、清潔そうに見える部分で拭ってやった。
ハンカチがあれば良かっただろうに、残念ながら俺の両親にはそのような甲斐性はなかった。
ζ(;、;*ζ「だって、」
その答えを聞く前に、俺はこれが夢だと悟った。
( ^ν^)(ああ、なんて懐かしい夢)
幼稚園で知り合った俺達は、そのままずっと小中を共にした。
何故か一緒のクラスになる事も多かった。
腐れ縁だと周りは噂していたが、俺には必然のようにしか思えない。
( ^ν^)(お前にはどうだったのかな)
その答えは、もう返ってくることは無い。
もう二度と、返って来ない。
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期待
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【二日前】
ζ(゚ー゚*ζ「ねえ、遊園地に行こうよ!」
勇気を出して言った一言に、ニュッくんは眉間に皺を寄せて、
( ^ν^)「なんで」
めんどくさそうに言った。
ζ(゚ー゚*ζ「好きな人を遊園地に誘っちゃいけない理由なんてある?」
堂々と宣言すると、ニュッくんは辺りを見渡した。
心配しなくてもここは屋上、本来であれば立ち入り禁止の区域で誰にも話を聞かれる心配はない。
……どうやってここへとたどり着いたのかは言いたくない。
確実に言えるのはわたしの両親が知ったらまず怒るだろうということと、ニュッくんが槍玉に挙げられるのだろうなということ。
だけど、ニュッくんは何も関係していない。
全ては自分の意思で行ったことだった。
( ^ν^)「……俺以外の奴と行けよ」
遠回しな拒絶と共に、垢まみれの手がペットボトルへと伸びた。
わたしが用意した、ニュッくんの為のお茶。
パパとママが稼いだお金ではない、わたし一人で稼いだお金で買ったお茶。
最初の頃は一本丸々あげていたけど、ニュッくんが嫌がったので、今は二人でシェアしあっている。
ペットボトルのお茶なんかちっとも高くないのに、遠慮するあたりがニュッくんらしいと思っている。
きっと乞食みたいで嫌だと思ったのだろう。
それか、パチンカスでナマポの両親への嫌悪感か……。
どちらにせよ、素直じゃないところがニュッくんの特徴と言って良いだろう。
だからニュッくんには、友達がいない。
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せっかく親切にしてくれる人がいても、すぐ暴言を吐いてしまうから、すぐ爪弾きにあう。
でもわたしは知っている。
ろくでもない親を選んで生まれてきたわけじゃないって内心イライラしてることも、
その血が入っているからいずれは自分も浅ましくなるだろうと呪いを掛けていることも、
本当は苦しくて助けて欲しいけど、現状を維持している方が楽だって甘えてることも、
変わりたいのに変われない自分が大嫌いなことも、
唯一の友人と言ってもいいわたしを手放したら、生きる希望がなくなることも、
全部全部知っている。
知っているから、わたしは友達を辞めないし、本当だったら彼氏にしたいくらい大好きだ。
邪な恋心だって分かってる。
可哀想だから助けたいって思うことはきっと傲慢で、
わたしがどれだけお金持ちであろうとやっぱりニュッくんの性根を救うまでには至らないって分かっている。
分かっているけどやっぱり好きで、辞められない。
パパとママに止められたって、それは出来ない。
その反発心の現れとして、わたしはお小遣いを使わずに、ニュッくんにちょこちょこと貢いでいた。
昼食のパンや筆記用具、洋服だって安い物なら少しは買える。
それからスマホ、今は格安のものがあるから便利だよね。
制限速度がどれだけクソでも、そんなのニュッくんには関係ない。
どうせニュッくんにはわたし以外に連絡を取る相手はいない。
でも、いいよね、ちょっとだけしか役に立ってないけど、好きな人を養うって。
わたしは元々お金持ちだから、何を欲しがっても苦労することはなかった。
放っておけばニュッくん以外にも、たくさん友達は寄ってくるし、告白だってされたこともある。
だけど全部、それはわたしのことを評価しているわけじゃないと思うんだ。
ものが手に入るのはひとえにパパとママの財力のおかげだし、それにつられて友達はやって来るのだろう。
そう考えると、どんなものをあげると言っても嫌がるニュッくんの方が誠実に見えて仕方がない。
……まぁ、パパとママはニュッくんのこと、大嫌いなんだけどね。
募金とかボランティアとかノブリスオブリージュとか宣ってるくせに、お友達を選びなさいなんてよく言えたものだと思う。
パパもママもやっぱり根が商売人気質だから、投資した分だけ何か利があると思えないと、手を差し伸べることはないのだ。
つまりパパとママにとってニュッくんは、何の利益も生み出さない、
ただのクズになるだろうと踏んでるわけね。
でもわたしは、そんな視点を持ちたくない。
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出来れば貧しいみんなが救われてほしいし、虐待する人も居なくなってほしい。
ニュッくんも、小さい頃には散々な目にあってきた。
それでも人の一生は自己責任だってパパとママは言っている。
ニュッくんは何にも悪いことしてないのに。
ただ、生まれてきただけなのに。
( ^ν^)「おーい。戻ってこーい」
ζ(゚ー゚*ζ「あいたっ」
おでこを弾かれて、意識がニュッくんの元へと戻る。
( ^ν^)「俺は行かねえからな。遊園地」
ζ(゚ー゚*ζ「ダメ。だってもうチケットが今日届くもん」
わたしの一言に、ますますニュッくんは顔をしかめる。
( ^ν^)「まーたお前の金で遊びに行くのか」
ζ(゚ー゚*ζ「いーの! 気にしなくていーの!」
バツの悪そうなニュッくんにデコピンを一つ。
さっきの仕返しだ。
ζ(゚ー゚*ζ「別にディズニーランドに行くわけじゃなし。そんなに高くないもん」
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実際、わたしが誘った遊園地は入園料とフリーの乗り物券がついて四千円弱だ。
場所もわたし達の最寄駅から五つ目の駅と大変近い。
これがディズニーランドだったら入るだけで倍は取られるし、何より遠いから遠征費もかかる。
ζ(゚ー゚*ζ「……本当に、遠慮しなくっていいんだよ」
だって、そこはニュッくんが遠足で行かれなかったところだから。
お母さんがパチンコに注ぎ込んで負けちゃって、台無しにされたニュッくんの遠足。
班決めやクラス新聞を作っている時に、ニュッくん一人で何もする事がなくて俯いてたの、わたしは悲しかった。
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッくんの楽しみを取り戻したいって思うのは、ダメ、かな」
思いの丈を伝えてはみたものの、ニュッくんにとっては思い出したくないことかもしれない。
それに、傲慢だといえば否定はできない。
でも、
( ^ν^)「……何時に起きればいい」
ニュッくんは、優しいから、
ζ(^ヮ^*ζ「十時開園だから、それよりも前に!」
本当に、大好き。
-
放課後。
今日の部活は先生が出張でお休み。
その代わり、クラスメイトから寄り道をしないかと誘われた。
けれども残念、先約がある。
ζ(゚、 ゚*ζ(ケーキバイキング、行きたかったなー)
当然、制服での寄り道は禁止されている。
でもそれを守っている中学生なんてほとんどいないんじゃなかろうか。
例に漏れず、わたしも電車に乗って家とは反対の方向へと進んでいった。
行き先はゲームセンター。
といっても、遊ぶために行くわけじゃない。
ζ(゚、 ゚*ζ(タバコくさ)
昨今の嫌煙ブームから零れ落ちたような、場末のゲーセンだ。
インベーダーゲーム、脱衣マージャン、鉄拳、ブレイブルー、ガンダム。
どれもこれも縁がない。
一度だけやった事があるのはデススマイルズくらい。
それも絵柄に惹かれただけのこと、蜂の巣にされてわたしの初シューティングゲームは終わった。
以来、ゲームなんかしたことがない。
それでも縁があるのはプリクラだろう。
スマホを持っていてもことあるごとに撮ってしまうのは、女子中学生の性なのかもしれない。
用があるのは確かにプリクラだ。
でも、撮影が目的ではない。
ζ(゚、 ゚*ζ(奥から二番目の筐体、と)
今朝方受信したラインを思い出しながら、重たいカーテンを除ける。
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('A`)「あっ……」
そこには怯えたような表情の常連さんが一人。
常連といっても、彼もプリクラに用があった訳ではない。
わたしに用があるのだ。
ζ(゚、 ゚*ζ「待たせちゃってごめんね」
('A`)「う、ううん、いいよいいよ気にしてないから僕もさっき今来たばかりでそんなに待ってないから大丈夫気にしないで」
唾を飛ばしながら、常連さんは早口でまくしたてる。
内容はほとんど聞き取れないけど、適当に笑っておけば特に害はない。
それよりも早く終わらせてしまいたかった。
('A`)「みせてくれる?」
意味の通った日本語が、拙く耳に入った。
黙って頷いて、鞄を床に置く。
猫背をさらに丸める男の姿勢。
わたしよりも背が高いのに、見上げるような男の視線。
恥じらいながらもどこか冷めているわたしの心境。
この瞬間は、いつまで経っても慣れない。
スカートを少しずつめくり、中身を見せる。
なんの変哲もない、綿製のパンツ。
ただし一世代前のプリキュアの絵が描いてあって、中学生のわたしには幼すぎる代物だ。
ゴムだって股関節にギチギチ食い込んで、きっと跡になっている。
痒くて授業には専念できなかった。
('A`)「たまんねえ……」
ロリコンは、感慨深げに眺めている。
わたしは、心底どうでもいいという気持ちが強まっていた。
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ζ(゚、 ゚*ζ「今、脱ぎますね」
そうしてパンツの淵に手を掛けた時だった。
('A`)「ま、待って!」
ロリコンは、ズボンに手を突っ込みながら制止する。
('A`)「オナニーして」
ζ(゚、 ゚*ζ「は?」
気っ色悪い。
そんなみっともないこと出来るかよ。
喉へと反発が押し寄せて、慌てて飲み込む。
ζ(゚、 ゚*ζ「いくら上乗せしてくれます?」
そもそもの値段が五千円で、二日三日と履き続けることで千円ずつ値上がりしていく。
今日は一日しか履いていないので、上乗せは無しだ。
('A`)「……い、一万」
ζ(゚、 ゚*ζ(一万!)
今までの最高額が八千円。
それよりも七千円多く稼げてしまう。
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ζ(゚、 ゚*ζ(一万余分に稼いだら……)
月々の稼ぎが約四万円代。
日々ニュッくんに買い与えている昼食代が約一万円。
スマホ代が三千円。
その他洋服などの消耗品と商売道具のパンツを買うのに八千円。
残りは彼の教科書代や娯楽費として貯蓄しているが、週末の遊園地でどれ程使うのかは分からない。
ζ( 、 *ζ(でも、一万あれば……)
あれば、マイナスをほとんど取り戻せる。
('A`)「やる? やらない?」
キラキラとしたプリクラのBGMに混じって、殊勝な声が響いた。
ζ( 、 *ζ(一回だけ……)
一回だけなら、今回は特別だから。
俯いて、目を瞑り、プリキュアの胸元へと指が下りた。
ζ( 、 *ζ(イッたふりすれば大丈夫、大丈夫)
怖くない。
ζ( 、 *ζ(あ、でもせめて、好きな人のこと)
ニュッくんのことを、考える。
ζ( 、 *ζ(ニュッくんが好き、ニュッくんが好き)
剥がれかけたかさぶたが元に戻るように、指でなぞる。
無駄なことだとわかっていても、万が一くっつくんじゃないかと思って。
だって剥がれたら、痛いから。
-
ζ( 、 *ζ(ニュッくんが好き、ニュッくんが好き)
プリキュアの身に付けているコンパクトを、何回も、何回も、押していく。
変身出来たらいいのに。
インランで、お金を稼ぐことに罪悪感のない、あさましい女に。
ζ( 、 *ζ(そうしたら苦しくなくなる?)
体を二、三度震わせて、甲高い音を喉奥で鳴らす。
泣いているみたいだと思った。
ζ(゚、 ゚*ζ(苦痛と金額が見合わないからオナニーはもうやめよ)
お礼を述べるラインを消去して、電車に揺られて考える。
ζ(゚、 ゚*ζ(せめて高校生ならバイト出来たのに)
でもその頃にはわたしとニュッくんはどうなっているのだろう。
ζ(゚、 ゚*ζ(高校の費用なんかないよね)
もちろんニュッくんの家庭に、だ。
あそこは相変わらずお母さんはパチンコに打ち込んでいるし、
お父さんは整骨院の修行をするといって親戚からお金を借りたらしい。
で、そのお金はまた飲み屋でパーっと気前よく振りまいて、ちっとも修行なんかしていないらしい。
きっともう、親戚もお金を貸してくれやしないだろう。
ζ(゚、 ゚*ζ(諦めてるからニュッくんも勉強に力込めないし)
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でも、分かる気はする。
希望なんかないのに、勉強しようという気は起きないだろう。
ましてや将来中卒と割り切っていたのなら。
ζ(゚、 ゚*ζ(それでも、少しは助けたいんだ)
目を閉じて、揺れに身を委ねる。
ζ(-、-*ζ(頑張るよ、わたし)
ニュッくんの為に、もう少し。
だから、頑張ろ。
ニュッくんも。
ζ(-、-*ζ(じゃないとわたし、)
おかしくなりそう。
何食わぬ顔で帰宅して、宿題をこなして、夕食作りを手伝って、両親にはいつもと変わらぬわたしのふりをする。
内心ではそわそわと居心地の悪さを感じていたけれど、それを汲み取ってくれることはなかった。
上出来といえば上出来だし、それでも親なの? とも言いたい気持ちで板挟みだ。
ζ(゚、 ゚*ζ(バレたらタダじゃ済まないって分かってるのに)
秘密をそのままにしておくことは大変だ。
本当はニュッくんはにだって、頑張ったねと言ってもらいたい。
でも、言えるはずがなかった。
ζ(゚、 ゚*ζ(普通に考えてヤバイよね)
でも、仕方がない。
わたしは誰にも頼らずに、秘密を成し遂げたかったんだ。
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ξ゚⊿゚)ξ「デレ、土曜日にお出かけしようと思っているんだけど」
ζ(゚、 ゚*ζ「え、土曜日?」
里芋の煮物が、つるりと箸から滑り落ちた。
幸いにも小鉢の中に落ちた。
はたから見れば、ただ単に箸の扱いが雑だったせいで落ちたように見えるだろう。
( ^ω^)「たまには映画でも行こうかと思ってな」
ζ(゚ー゚*ζ(映画か)
上手く断る口実を、パチパチと頭の中で勘定する。
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、その日はミセリちゃんとお出かけに行くの」
ミセリちゃんというのは、同じクラスの委員長だ。
中学に入ってから知り合った子なので、パパもママも顔は知らない。
当然、ミセリちゃんのご両親とも家には何の繋がりはない。
小学校の時と違って、連絡網も今はない。
連絡の取りようがないので、嘘がバレる可能性も低いってわけ。
ξ゚⊿゚)ξ「あら、じゃあまた今度にしましょうか」
( ^ω^)「寂しいなぁ、パパよりもお友達が優先か」
ξ゚⊿゚)ξ「当たり前でしょう、だってもう中学生だもの」
ζ(゚ー゚*ζ(そうそう、もう中学生なのよ)
子供だけど、子供じゃない。
段々大人と同じ扱いになって、パパとママは寂しく思いながらも干渉して来なくなる。
大人になったら、一人で歩かなくちゃいけない。
-
だから、わたしはそっと見守られるだけになる。
ζ(゚ー゚*ζ(だから、やりやすい)
もっと昔から、ニュッくんのことを助けてあげたかった。
いくらでもお金をあげるから、幸せにしてあげたかった。
あんな両親は捨てて、うちにおいでと言いたかった。
……パパとママは、ニュッくんのこと嫌いだから、そんな事許さないでしょうけど。
ζ(゚ー゚*ζ(でも、本当に好きなのよ)
だから、早く大人になって、家を出たい。
そうしたら、二人でどこまでも逃げられるでしょう。
パパとママのいないところへ、わたしは行きたい。
ニュッくんだって、きっとそう。
ζ(゚ー゚*ζ(遊園地、楽しみだなあ)
とびきりのおしゃれをして会いに行こう。
最近はずっと晴れているし、残暑が厳しいから、涼しい格好がいい。
ハシゴレースのついた半袖のブラウスに、青い薔薇色のワンピース。
バッスルのついた、可愛いワンピース。
それからパゴダの日傘も差していこう。
雨が降っても大丈夫なように。
靴は白いバレエシューズ。
決して解けぬリボンが乗った、わたしのお気に入り。
ζ(゚ー゚*ζ(楽しみだなあ)
きっと素敵な時間になるだろう。
ζ(゚ー゚*ζ(早く来ないかな、土曜日)
里芋を頬張りながら、そればかり考えていた。
-
【土曜日】
( ^ν^)「悪ぃ、遅くなった」
十分ほど遅刻してやって来たニュッくんは、長袖にジーンズ、それから学校指定のスクールバッグを、リュックのように背負っていた。
靴はいつもの、よれよれのスニーカーだ。
ζ(゚ー゚*ζ「今度靴も買ってあげようか?」
( ^ν^)「いらねーよまだ履けるから」
ζ(>ー<*ζ「あいたっ」
強めにデコピンされて、思わず額を撫でる。
赤くなってそうで恥ずかしい。
ζ(゚ー゚*ζ「早く行こっ」
とっくに買っておいた切符を押し付けて、ニュッくんの手を取った。
( ^ν^)「おい」
ζ(゚ー゚*ζ「なに? 恥ずかしいの?」
( ^ν^)「うるせぇ」
顔を逸らして、明後日の方向へと歩きたがるニュッくんを、引っ張って誘導する。
-
ζ(゚ー゚*ζ「楽しみだね、遊園地」
( ^ν^)「お前は何度も行った事あるだろ」
ζ(゚ー゚*ζ「でもニュッくんとは行ったことないよ」
だからこそ、こんなに楽しみで仕方がないんだ。
電車に乗っている時も、わたしは喋るのをやめなかった。
大した話題はない。
あの先生は嫌いとか、マシとか、そんなことばっかり。
それから家の話はしない。
わたしのパパとママの話をしても当てつけみたいだし、ニュッくんの両親については言わずもがな、というわけだ。
つまらないことを思い出して傷付けるより、ずっとずっと楽しいことばかりして、麻痺させてしまいたかった。
ζ(゚ー゚*ζ「ほら、エントランスだよ!」
( ^ν^)「見りゃ分かるっての」
ζ(゚ー゚*ζ「見て見て! マスコットのイトーイくんだって!」
ィ'ト―-イ、
以`゚益゚以ノ ゙
( ^ν^)「気持ち悪い」
ィ'ト―-イ、
以`゚益゚以そ
ζ(゚ー゚*ζ「キモかわいいの間違いでしょ!」
-
ィ'ト―-イ、
;:以n益n以:;
ζ(゚ー゚*ζ「あーあ! ニュッくん泣かせたー」
( ^ν^)「だーっ、もう! 悪かったな」
∧_∧
ry´・ω・`ヽっ
`! i
ゝc_c_,.ノ
(
ィ'ト―-イ、 )
以*`゚益゚以っ
( ^ν^)「いやいらねえよ……。そいつに渡しておけ」
ζ(゚ー゚*ζ「いいの? わたしがもらって!」
( ^ν^)「俺が持っててもしょうがないだろ」
ζ(゚ー゚*ζ「えへへ」
( ^ν^)「……見てて邪魔くせえな」
ζ(゚ー゚*ζ「そう?」
( ^ν^)「ほら、傘持っといてやんよ」
ζ(゚ー゚*ζ「ふふふ」
( ^ν^)「なんだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「なーにも!」
( ^ν^)「うーわ、ジェットコースター四十分待ちだって」
ζ(゚ー゚*ζ「乗りたかった?」
( ^ν^)「まさか、人混みで嫌だなって」
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ζ(゚ー゚*ζ「じゃあその間にメリーゴーランド乗ろ!」
(;^ν^)「ええ……」
ζ(゚ー゚*ζ「恥ずかしくないから大丈夫、ほら」
( ^ν^)「つーかメリーゴーランドなんか馬が回ってるだけだろ」
ζ(゚ー゚*ζ「そんなこと言ったらコーヒーカップだって回ってるだけだしジェットコースターは走ってるだけでしょ」
( ^ν^)「……まぁな」
ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、写真撮るから笑って〜!」
( ^ν^)「誰が笑うか」
ζ(゚ー゚*ζ「遊園地だもん、笑わなくっちゃ」
( ^ν^)「……」
(;^ぅ^)ニチャァ
ζ(゚ー゚*ζ「サイコパスみたいな笑顔だね」
( ^ν^)「ぶっ殺すぞ」
ζ(゚ー゚*ζ「冗談だって! 立ったら危ないよ!」
( ^ν^)「もう二度と写真なんか撮るなよ」
ζ(゚ー゚*ζ「はいはい。
( ^ν^)「まったく……」
ζ(゚ー゚*ζ「次、お化け屋敷行こうね」
( ^ν^)「マジで?」
ζ(゚ー゚*ζ「定番でしょ!」
( ^ν^)「……って言ってた奴が腰抜かしてどうすんだよ」
ζ(;、;*ζ「こわかったもんこわかったもんこわかったもん!!」
( ^ν^)「はいはい、昔から変わんねえなぁその泣きっ面」
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ζ(゚、 ゚*ζ「鼻つままないでよう」
( ^ν^)「ちょっと待ってろ。売店で何か買ってきてやるから」
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、お金……」
( ^ν^)「いいって」
ζ(゚ー゚*ζ「でも……」
( ^ν^)「今くらいはカッコつけさせろよ」
ζ(゚ー゚*ζ「……はぁーい」
そそくさと去る背中に、わたしは呟く。
ζ(゚ー゚*ζ「いつもカッコいいよ」
ニュッくんは、強情だし、頑固だ。
一度決めたことは曲げないし、生まれをバカにしてきた奴はみんなボコボコにした。
暴力的だって言われればそれまでだけど、その意思の強さが好きだった。
あんな両親の元にわたしが生まれたら、きっと物心ついてすぐに自殺しただろう。
どうして、わたしのためにお金を使ってくれないの。
どうして、パチンコ辞めるって言ったのに辞めてないの。
昨日の学校の帰り道、ATMでお金をおろしてパチンコしに行くとこ見たよ。
同級生にも見られてて、みっともなくて、恥ずかしいし、いじめられるし。
責めても、分かんないよね。
きっとあなた達には、分からない。
ただ死んだら困るから、一応養ってあげてるんでしょ。
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ζ( 、 *ζ(あんなの、養ってるうちに入らないけど)
( ^ν^)「おい」
ζ(゚ヮ ゚;ζ「冷たっ!」
首筋に当てられたのは、アクエリアス。
それからたこ焼きと、ホットドッグ。
お昼を買ってきてくれたらしい。
( ^ν^)「好きな方から食えよ」
ζ(゚ー゚*ζ「んー、じゃあ半分こね」
( ^ν^)「……ホットドッグも?」
ζ(゚ー゚*ζ「半分かじればいいでしょ?」
ホットドッグを受け取って、そう返すと、ニュッくんは頷いた。
いつだってそうだった。
幼稚園の時も、ニュッくんの親はおやつ代を滞納してもらえなかったから、わたしのを半分こしてあげた。
小学生の時には、デザートのプリンやアイスを半分こ。
冷やかされたこともあったけど、あんまり気にしていない。
それにあの頃からずっと、ニュッくんのことが好きだ好きだって騒いでいたし。
ζ(゚ー゚*ζ(そのせいでママから怒られたけどね)
品格が問われるからそういうことは言うんじゃないと言われて渋々従ったけれど、品格って何だろう。
貧しき者には優しくせよっていつも言っているのに?
-
ζ(゚ー゚*ζ(変なの)
( ^ν^)「おーい」
ζ(゚ー゚*ζ「ん?」
( ^ν^)「俺の分無くなっちまうだろ」
ζ(゚ー゚*ζ「あ」
気付けば、パンは半分以上ない。
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんごめん」
( ^ν^)「……そこまで食べたら食っちまえば」
ζ(゚ー゚*ζ「いいよ、ほら」
あーん、とパンを差し出すと、ニュッくんの視線が泳いだ。
いつも何ともないような顔をしてるから、こういう表情はとても貴重だ。
戸惑いながらも、ニュッくんは首を伸ばす。
細くて歪な形をした目は、周囲を警戒するような色をしている。
ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫だよ」
きっとみんなは、遊園地の熱に浮かされて、わたし達のことなんか気付いていやしない。
家族連れは走り回る子供の手を捕らえるので精一杯だし、
大学生くらいの人たちはみんな自撮りに夢中だ。
ζ(゚ー゚*ζ(誰もニュッくんのことを知らない)
-
貧困に苦しむ彼を視界に入れているのは、わたし以外にいない。
ζ(゚ー゚*ζ「好き」
( ^ν^)「はぁ?」
ホットドッグを端を口の中へと押し込みながら、ニュッくんは眉をひそめた。
ζ(゚ー゚*ζ「べーつに」
わたしは、いつもと変わらない。
変わらないのだ。
くたくたになるまで歩き回って、乗り物もほとんどは制した。
ジェットコースターだけは、結局乗れなくて、とうとう閉園も間近となった頃、
( ^ν^)「ん」
ニュッくんは手を差し出した。
ζ(゚ー゚*ζ「なぁに?」
( ^ν^)「や……ちょっと懐かしいの、見つけたから……」
歯切れ悪く言うその手には、包み紙が一つ乗っている。
ζ(゚ー゚*ζ「お菓子?」
( ^ν^)「まあそんなところ」
ニュッくんは、包み紙から飴を取り出した。
-
ζ(゚ー゚*ζ「わぁ……!」
それも懐かしい飴だ。
ζ(゚ー゚*ζ「よく見つけたねぇ、指輪型の飴なんて!」
( ^ν^)「遊園地の売店で売ってた」
乱暴に手を引かれ、指に通される。
久しぶりに身につけた指輪は、ずしりと重く、真っ赤な色をしていた。
ζ(゚ー゚*ζ「女の子の夢だよねえ」
夕日に透かすと、とっても綺麗で。
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ニュッくん」
( ^ν^)「……最初は買う気なかったんだけどさ」
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
( ^ν^)「お前、絵本読んで泣いてたの覚えてるか」
そう言われて、少し顔が熱くなる。
ζ(゚ー゚*ζ「……覚えてるよ、いばら姫の」
( ^ν^)「散々泣いてたよなぁ。おかげで俺がいじめたと勘違いされて」
ζ(゚ー゚*ζ「ああー……」
-
思い出して、気まずい気持ちになる。
ニュッくんは何も悪くない。
彼はわたしと一緒に絵本を読んでいただけだった。
それなのに、わたしが大騒ぎして……。
ζ(゚ー゚*ζ「あの時はごめんね」
( ^ν^)「なにが」
ζ(゚ー゚*ζ「……泣いちゃって」
なんで泣いていたのかというと、あまりにも恥ずかしい理由だ。
ζ(゚ー゚*ζ「いばら姫の王子様が死んじゃって悲しいなんて、ちょっと繊細過ぎるよね」
紡錘に指先を刺してしまったいばら姫は、百年の眠りにつく。
同じく城も眠りに包まれて、姫を守ろうといばらが続々と取り囲んだ。
あの城には、美しい姫がいる。
噂を聞きつけた王子様は、城を目指した。
けれども、百年経つまで、いばらは姫を守り続けた。
そんな事など知らない王子様は、いばらによって命を落とした。
百年後、いばら姫をめとる王子様がやってくるまでに、一体何人の王子様が死んだのだろう。
それが悲しくて、わたしは泣いたのだ。
( ^ν^)「気にしてねえよ」
ニュッくんは、そういう人だ。
ζ(゚ー゚*ζ「ありがと」
( ^ν^)「てかさ、その後手紙寄越したの覚えてる?」
-
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
頷いて、顔が熱くなる。
拙い字で、ニュッくんが好きですと書いたはずだ。
ζ(゚ー゚*ζ「……まさか今も取ってあったり」
( ^ν^)「するかよ」
ζ(゚ー゚*ζ「……昔のことだもんねえ」
ほんの少し苦い気持ちになって、飴を含む。
これでもかという甘味の後、薔薇の匂いが鼻を突き抜ける。
ζ(゚ー゚*ζ「ね、これも半分こしようか」
( ^ν^)「……お前なぁ」
ζ(゚ー゚*ζ「だって、あの時もそうだったでしょう」
泣きはらしたわたしを見かねて、両親はこの飴を買ってくれた。
かわいいお姫様、どうか泣かないで、なんて言われていたような気もするけど、忘れた。
ただ覚えているのは、飴を舐めている最中に、ニュッくんと再会したのだ。
もうどんな場面だったのか、これも忘れてしまったけれど、ニュッくんがどういう顔をしていたのかは覚えている。
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッくん、羨ましそうにしてたもんね」
( ^ν^)「……そうだっけか」
ζ(゚ー゚*ζ「そうだよ」
-
見せつけたわけではなかった、と思う。
わたしはニュッくんに気付かずに、機嫌よく飴を舐めていた。
それが気付くと、ニュッくんの視線を感じた。
わたしの顔と、指輪の飴と、視線は往復していた。
その時わたしは何を思ったのだろう。
多分、わたしが泣いたことでニュッくんがいじめられたことに申し訳なさを感じていたのだろう。
あげる、と舐めかけの飴を分けたのだ。
よだれでベタベタなのに。
それでも、ニュッくんは大事そうにそれを受け取って、舐めたのだ。
思えばそこから、なんでも半分こにしてあげようと思ったのかもしれない。
ニュッくんに対する半分こ精神は、ほとんど本能のように刷り込まれていたものだから、
なんの疑問にも思わなかったけれども。
ζ(゚ー゚*ζ(まさかそこまでさかのぼるなんて)
恥ずかしく思いながらも、わたしは、ニュッくんの手を取った。
ニュッくんも、わたしの手を握り返した。
-
遊園地の最寄駅に着くと、それなりに混んでいた。
( ^ν^)「悪い、便所行ってくる」
ζ(゚ー゚*ζ「はーい」
ひらひらと手を振りながら、飴を舐める。
ふよふよと漂う風船が、少し鬱陶しい。
ζ(゚ー゚*ζ(そういえば)
思い出したことがあった。
わたしはたしかに、王子様が死んだことを悲しんでいた。
けれども、それとはまた違うことを思っていたのだ。
ζ(゚ー゚*ζ(なんだっけ)
おぼろげな記憶を手繰る。
お迎えを待つ間、なんとなしに手に取った絵本。
いばら姫。
美しい妖精の呪文。
招待されなかった妖精の口から放たれる、恐ろしき呪いの言葉。
怪しく光る糸車と紡錘。
眠りへと落ちるいばら姫。
城の奥からいばらが生え、何もかもを押し返す。
挿絵もなく、さらりと描かれた王子達の犠牲。
百年後、王子様にキスを受けて、いばら姫は……。
ζ( 、 *ζ「ひゃっ!?」
腕を掴まれ、思わず風船を手放した。
-
振り向くと、
('A`)「今日もかわいいね」
ζ( 、 ;ζ「な、なっ、なんで……!」
どうして常連がいるの!?
('A`)「えへへ……俺、遊園地でバイトしてんだよ。かわいかったろ? 俺のイトーイくん」
ζ( 、 ;ζ「っ!!」
('A`)「あれん中入ってると子供と遊べるからねぇ。暑いのがたまに傷だけど」
ζ( 、 ;ζ「は、はなして……!」
人混みに目を向けるも、通行人達は見て見ぬふり。
ちらと視線はくれても、足早に去っていく。
恐怖で体が震えてくる。
('A`)「さっきの彼氏? それとも客?」
ζ( 、 ;ζ「関係ないでしょ!」
('A`)「あるよ。だってお前のパンツにお金払ってんだぜ? 知る権利くらいはあるだろ」
知ってどうするっていうんだろう。
何をされるんだろう。
何もかもが怖い。
-
('A`)「それともお金払えば俺にもああいうことしてくれる?」
そんなの、絶対に……!
( ^ν^)「おっさん、何してんの」
('A`;)「あ?」
男の腕を掴み、ニュッくんはジロと睨む。
( ^ν^)「俺のツレに変な気起こすなよ。ロリコン」
呆然としているわたしの手を取ると、ニュッくんは去ろうとして、
(#'A`)「う、う、うるせぇよ! そいつは染み付きパンツ売ってる淫売だぞ!」
ζ( 、 ;ζ「……!」
(#'A`)「そ、そもそもそいつが先に声かけてきたんだからな! 買ってくださいって……!」
ζ( 、 ;ζ「う、ぁ……」
(#'A`)「ウソだと思ってんなら俺の……」
( ν )「歯ァ食いしばれ」
(#'A`)「えっ」
ばき、と木の折れる音がした。
悲鳴が周りから上がる。
気付くと、わたしのそばにニュッくんはいない。
-
ニュッくんは、男を殴っている。
何度も、何度も、何度も。
ζ( 、 ;ζ「だ、だめ……!」
人殺しには、なっちゃいけない。
止めなきゃ、止めなきゃ。
そう思ううちに、警察がやってくる。
もっと早く来てくれればよかったのに。
ζ( 、 ;ζ「ニュッくん!」
手を取り、逃げる。
ニュッくんは、特にわたしを止めなかった。
わたしに身を任せて、走っている。
バレエシューズでよかったのかもしれない。
ヒールがないから、走っても痛くない。
何よりも、怖かった。
( ^ν^)「……デレ」
呼び止められて、息の上がったわたしは立ち止まる。
咳き込みながら、振り返る。
( ^ν^)「……帰ろう」
ζ( 、 *ζ「……でも」
駅に戻れば、きっと捕まってしまうだろう。
-
( ^ν^)「そこらへんに放置してるチャリ借りて帰ろう。お前だけでも送んねえと」
ζ( 、 *ζ「……」
( ^ν^)「門限まで帰んねえと。な」
あやされるような一言で、わたしは自転車にまたがった。
ζ( 、 *ζ(持ち主の人、ごめんなさい)
ニュッくんは、何事もないように自転車を漕いでいる。
ζ( 、 *ζ(二人乗りして、ごめんなさい)
ニュッくんは、これが窃盗だってわかってるのだろうか。
ζ( 、 *ζ「家に、帰りたくない」
( ^ν^)「バーカ、帰るんだよ」
ζ( 、 *ζ「駆け落ち、しよ」
( ^ν^)「……お前、大人しくしてりゃ大学まで行かせてもらえんだぞ」
ζ( 、 *ζ「わたし、ニュッくんとずっといたい」
( ^ν^)「……バカじゃねえの」
ζ( 、 *ζ「バカでいいよ」
( ^ν^)「……なんでそうお人好しかねえ」
-
ζ( 、 *ζ「違うよ」
背中を抱いて、わたしは呟く。
耳元でごうごうと風が鳴る。
ζ( 、 *ζ「ニュッくんだから好きなの」
( ^ν^)「……」
ζ( 、 *ζ「この先どんな人に会ったって、ニュッくんが好き」
( ^ν^)「……バーカ」
ζ( 、 *ζ「バカでいいよ」
( ^ν^)「俺みたいな奴のために売春するとかお前頭おかしいよ」
ζ(゚ー゚*ζ「そうだよ」
そう、わたしは頭がおかしい。
ニュッくんのことが好きすぎて、おかしいんだよ。
分かってほしい。
分かって。
( ^ν^)「……デレ」
自転車が、止まる。
-
( ν )「……お前は、両親と俺、どっちが」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッくん」
( ν )「……最後まで言わせろよ」
漏らす声は、微かに喜んでいるようで、
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、ニュッくんが好きだよ」
緩々と走り出した自転車に、身を委ねた。
辿り着いたのは、森の中。
きっと郊外で、間違ってもわたしの家の近くなんかではない。
( ^ν^)「歩けるか」
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
手を取られて、獣道を突き進む。
( ^ν^)「……なんでさぁ、俺のことが好きなわけ」
ζ(゚ー゚*ζ「かっこいいから」
( ^ν^)「趣味悪」
ζ(゚ー゚*ζ「ほんとだよ。……わたし、親の言うことしか聞けないから」
( ^ν^)「お前のことを大事にしてる証拠だろ」
ζ(゚ー゚*ζ「わかってる」
-
それでも、わたしは両親から逃れたかった。
ニュッくんから見れば贅沢な奴だよね。
そのまま大人しくしていれば、何も困ることはないだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「でもね、やっぱりニュッくんみたいに自分の力で生きてみたかった」
( ^ν^)「……」
ζ(゚ー゚*ζ「……もしかしたら、自由なあなたを養うことでわたしの方が上だって思いたかったのかもしれない」
( ^ν^)「そんなこったろうと思ってた」
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんね」
( ^ν^)「今更謝るなよ。強くなりたいんだったらそのままでいろよ」
ぎゅうとニュッくんの手に力が入る。
少し痛いけど、今までにしてきた罰のように思えて、わたしは我慢した。
-
ζ(゚ー゚*ζ「そう、だね」
ニュッくんは、ぶれない人だ。
やると決めたらやるし、簡単に自分を変えたりしない。
強い男の子。
ζ(゚ー゚*ζ「……ねえ、どこへ行くの」
辺りはすっかり真っ暗だ。
それなのに、ニュッくんは真っ直ぐ突き進む。
何度か転びかけたせいで、指輪の飴も泥だらけだ。
( ^ν^)「お姫様に相応しい場所さ」
そうして、辿り着いたのは、
ζ( 、 *ζ「これ……」
様々な種類のいばら姫の絵本が集められた、広場だった。
本の背には図書館や学校の名前が入っているものが目についた。
ζ( 、 *ζ「盗んだの……?」
( ^ν^)「買ったやつもある」
ζ( 、 *ζ「……」
ビニールを被ったままの絵本は、湿気で蒸れている。
きっと長いことここにあるのだろう。
ということは、これだけの冊数を集めるのに随分時間をかけたという証拠だ。
-
( ^ν^)「あの日、お前が泣いてるのを見てからずっと気になってさ」
ζ( 、 *ζ「だから集めたの?」
( ^ν^)「うん」
地面にしゃがみこんで、ニュッくんは、ナイフを取り出した。
( ^ν^)「もしいつか、これでお前を刺すことが出来たならと考えていた」
ζ(゚ー゚*ζ「ずっと?」
( ^ν^)「ずっと」
大ぶりのナイフは、暗闇の中でもよく光った。
刺されたら痛いどころじゃ済まないだろう。
( ^ν^)「……ずっと、触れたかった」
ζ(゚ー゚*ζ「殺したかった、じゃなくて?」
( ^ν^)「……俺、お前の体液が好きなんだ」
体液。
ζ(゚ー゚*ζ「よだれとか……」
( ^ν^)「涙とかな」
-
そこで、やっと気が付いた。
絵本を読んで、大泣きした時の涙。
指輪の飴に付いた唾液。
なんでも半分こする癖。
何もかもが、ニュッくんを狂わせていた。
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、血とかも」
( ^ν^)「全部好きだよ」
ニュッくんは、後ずさる。
絵本の墓場へとわたしを誘い込むように、少しずつ。
振り返れば、退路はある。
あるけれど、進む。
カバンを捨てて、前へ、前へ。
ζ(゚ー゚*ζ「いいよ」
あと少しで、ニュッくんに近付く。
ζ(゚ー゚*ζ「あげる。ニュッくんに全部あげるの」
( ^ν^)「デレ……」
その響きには、どうして来てしまったのかという色に、喜びが上乗せされていた。
ζ( ー *ζ「抱いて」
壊すように、抱いて。
-
.
-
.
-
.
-
ζ(;、;*ζ「なんでこのお話の王子さまはみんな死んじゃうの。みんな、お姫さまをたすけたかったんでしょう!」
( ^ν^)「そういう運命なんだよ」
俺がクソみたいな親の元に生まれたのも、運命だ。
自分一人の手ではどうにもならない、クズみたいな運命。
ζ(;、;*ζ「ひどいよ……そんなのひどい……」
( ^ν^)「そんなこと言ったって、変えられねえもん」
ζ(;、;*ζ「やだ、やだ」
絵本のページは、もうびしょびしょに濡れている。
きっとこのいばら姫は、窒息死してしまうだろう。
ζ(;、;*ζ「たくさん人が死んでるって気付いたら、このお姫さま、ぜったい幸せになれないよ」
( ^ν^)「そんなん、忘れればいい」
ζ(;、;*ζ「やだ、やだぁ」
どうしてお姫様は眠ってしまうの、
どうして王子様はたくさん死んでしまうの、
どうしてこんなにも後味の悪い結末なの。
デレは、泣き叫ぶ。
ζ(;、;*ζ「ニュッくん、ニュッくんは傷つかないで」
( ^ν^)「はぁ?」
ζ(;、;*ζ「デレがひどいことしても、知らんぷりしてて。その代わり、デレは王子様のキスなんかいらないから」
-
当時はあまりにも幼すぎて、何を言っているのかわからなかった。
デレだって、何を言っているのかわからないだろう。
ただ分かるのは、彼女が臆病で、繊細で、
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッくん、こないだはごめんなさい」
( ^ν^)「なにこれ」
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさいのお手紙。おうち帰ったらよんで!」
( ^ν^)「ふーん」
ζ(゚Д ゚*ζ「もー! 目の前でよまないで!」
( ^ν^)「ニュッくんはわたしの王子さま?」
ζ(>ー<*ζ「もー!!」
(;^ν^)「いだだ」
我儘で、傲慢で、
-
( ^ν^)「結局、それを全うしちまう俺もバカだったってことだな」
裂いた腹のなかに身を埋め、俺は呟く。
( ^ν^)「赤ん坊みてえ」
俺は全身血濡れで、デレには酷い苦痛を背負わせて。
( ^ν^)(正直お前が援交じみたことしてるって知った時、死にたくなったのは俺の方だよ)
こんなしょうもない男に入れ込むお嬢さんなんて、どこを探してもいないだろう。
その奇特さも、居心地をよくさせるものだから困ったものだ。
( ^ν^)(だけど俺は死ななかった)
王子様は、死ななかった。
お姫様は、永遠の眠りに就いた。
それでもお姫様の用意したいばらは、確かに突き刺さったのだ。
どれほどそれが、俺の心を傷付けたのかも知らず、お姫様は眠る。
( ^ν^)「満足したか」
ζ( *ζ
( ^ν^)「デレ」
ζ( *ζ
( ^ν^)(……なぁ、)
-
ζ( ー *ζ
( ^ν^)(どうして、お前は笑ってるんだ)
ζ( ー *ζ
( ^ν^)「いばら姫も、俺たちも、こんな終わりは望んじゃいなかっただろうに」
冷えていく体温をかき集め、バラバラに捥げた手を取った。
もう今じゃ、この墓場のどこにパーツがあるのかわかったものじゃない。
( ^ν^)(愛してる)
腕へ、平へ、甲へ、指へ、キスをして。
舌で舐った指輪は、甘くて苦い味がした。
-
いばら姫の指輪は甘くて苦いようです 了
.
-
あとがき
Coccoの寓話の歌詞が狂おしいほど好きなんですがどう解釈すればよかったのか全くわかりませんでした
そこに同氏の眠れる森の王子様〜春・夏・秋・冬〜の力を借りて、いばら姫とくっ付けた次第です
-
ああああああ…乙
-
メリーバッドエンドって感じだ
乙
-
ああ…何という…乙
-
キッッッッッツい、乙
-
…乙
ニュッデレ流行ってるなぁ
-
ニュッデレ多いな
乙
-
乙
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