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ガラスの眼のようです
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その日、僕は久々の休日だった。
宛もなくふらふらと、気の向くままに散歩をするのが趣味で、
ふと立ち寄った店で衝動買いなんかをするのが、寂しい独身男の楽しみの一つ。
前の休みには可愛らしいカップ、その前の休みにはアロマポット、更にその前にはクッションを買った。
まあ買ったところで部屋の隅に飾られるだけなのだが、少しずつそれが増えて行くのも楽しいのだ。
数少ない友人には、変わった奴だとよく笑われる。
けれど良いじゃないか、当の本人が楽しんでいるのだから。
さあ、今日はどこへ立ち寄ろう。
どんな店で暇を潰し、どんな物に一目惚れしよう。
今日、共に我が家へ帰るのは一体どんな姿をしているのだろう。
同居人が増えるようで、年甲斐もなくわくわくする。
ガラスの眼のようです
そして僕の足が止まったのは、一軒の店の前だった。
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ぎぃぃひぃ。
枯れた生き物の様な扉の軋む音を聞きながら、僕は躊躇なくその店に足を踏み入れた。
薄暗く、どこか埃っぽい店内を見回す。
外からではまるで分からなかったが、店内に陳列されているのは、人形。
愛らしい少年少女を模した人形達が、眼を開き、眼を閉じ、伏し目がちに、こちらを見ていた。
目の前に座る少女の人形は、赤子より一回りほど大きいくらいだろうか。
華やかなフリルやらレースをあしらったドレスを纏い、ボリュームのある髪飾りをつけている。
可愛らしい顔立ちで、まるで生きている様だが、小さな手には切れ目の様な関節があった。
ドールショップか、と口の中で呟く様に、精巧な作りの人形に溜め息を吐いた。
人形には特別な興味を持った事は無い。
しかし嫌いだとか、気持ち悪いと言った感想を抱いた事もない。
ただ少し、怖いと言う気持ちは分かるかもしれない。
これだけの数、無数の目玉に見詰められているような感覚は、少しばかり居心地が悪い。
人形の造形が生々し過ぎると、僕と人形のどちらが生きているのか分からなくなりそうだ。
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一歩歩く度に軋み、たわむ床に少しばかり怯えながら、僕は店内を見て回る。
姿はもちろん、モデルとしている歳も様々なのか、どの人形も個性豊かだ。
足の長さや体の大きさ、比率も違うし着ている服のデザインも違う。
あまりに生々しい人形は少し怖いと思えてしまうが、
程よくデフォルメされた人形と言うのは、なかなか可愛らしい。
人形愛好家と言う人々の気持ちが少し分かるかもしれない。
などと、少々おこがましい事を考えながら、上機嫌に人形を眺める。
「お客さん」
(;´・ω・`)「!?」
鼻歌混じりになりかけたところで突然背後から声をかけられ、
恥ずかしいかな、驚きの余り僅かに飛び上がってしまった。
きょろきょろと周囲を見回して、声を主を探す。
すると、なんて事はない、入り口の正面にあったカウンターに女性が座っていた。
細めた両目でこちらを見る女性は、僅かに微笑みながら手招きをする。
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ああ、しまったな。
三十路も越えた男が上機嫌に人形を見ている姿をずっと見られていたのか。
いらっしゃいと言う言葉も無いから、誰も居ないと思っていた。
これはかなり、恥ずかしいぞ。
(´・ω・`)「……ええと、店主さんですか?」
lw´‐ _‐ノv「ええ、ええ、私がこの店の主」
(´・ω・`)「いやあ、あの……お恥ずかしい、全然気付かなくて……」
lw´‐ _‐ノv「何を恥と思うのさ、人形に語り掛ける事すらここでは普通」
(´・ω・`)「でもほら、良い歳の男ですよ?」
lw´‐ _‐ノv「金を蓄えるのは良い年の男だろうに」
(´・ω・`)「そうかもしれませんけど、」
lw´‐ _‐ノv「人形は金がかかる、買い求めるのは女子供ばかりでは無いのだよ」
(´・ω・`)「あー……なるほど……?」
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コレクターと言うのは、確かに金持ちが多い。
それもこれだけの人形となれば、数を揃えようとすればそりゃあもう諭吉が消えて行くだろう。
そう考えると、大の男がはしゃいでるのも恥ずかしくはない、の、か? ん? 本当か?
なんだか言いくるめられた気もするが、取り敢えずは納得して頷いておこう、うんうんなるほど。
(´・ω・`)「それで、あの……何か僕に……?」
lw´‐ _‐ノv「お客さん、人形は迎えた事がないね」
(´・ω・`)「迎え……ああはい、無いですね、ドールショップも今初めて来たところです」
lw´‐ _‐ノv「初めてと言うのはとても重要、だからゆっくりじっくり見ておいで」
(´・ω・`)「あ、はい」
それだけの用件だったのか。
いや、しかし確かに大事な事だ。
うん? ちょっと待とう、僕はいつから人形を迎える気になっていたんだ?
確かに何かを買って帰るつもりでは居たが、人形? マジで人形?
三十路の独身男の家に、このクオリティの人形?
-
ええ、これ、ちょっと、大丈夫かな。
ちょっとさすがに厳しくないかな、独身男の家に人形、と言うかドール。
友人もさすがに引くんじゃないかなこれ。
ただでさえ引かれ気味なのに。
(´・ω・`)(冷静に考えよう)
(´・ω・`)(維持費やらはかかるだろうけど、他に趣味も無いし問題ない)
(´・ω・`)(置き場所は、まぁ親の家継いだし余裕ばっかりある)
(´・ω・`)(家に訪ねてくる人は、うんまあ、ほとんど居ないや)
(´・ω・`)(恋人、うん、居ない、予定も無い、微塵も無い)
(´・ω・`)
(´・ω・`)(あ、この子可愛いなぁ)
(´・ω・`)(あはは、こっちの子は笑ってるんだ、可愛いなぁ)
(´・ω・`)(色んな子が居て楽しいなぁ、ははは)
(´・ω・`)
(´・ω・`)(買おう)
-
よーしもう買うと決めたならしっかり見てしっかり考えて買うぞー。
おじさんお人形さんを自分用に買っちゃうぞー。
どんな子が良いかなーはっはー楽しいなー。
(´・ω・`)(死にたい)
しかし、買うならどんな子が良いかな。
少年人形なら息子を持った気分になるのかな。
でも将来的に酒を一緒に飲めないなら息子は少し寂しいかな。
じゃあ少女人形はどうだろう、娘を持った気分になれるかも知れない。
将来嫁に行く寂しさを感じずに済む、うんやっぱり娘が良いな。
女の子を選ぶなら、ううん、自分の好みで探すべきか。
僕の好みと言うと、気が強くて痩せ型の、黒髪で仕事が出来るタイプ。
料理は僕が出来るから、料理の苦手な子でも良いな、でもしようと言う努力をする感じで。
マニュアルよりも現場を優先するタイプが好きだな、ちゃんと部下の事も見てる。
こんな趣味を人形に向けてどうするんだ、馬鹿か。
(´・ω・`)(昔の彼女思い出した……死にたい……)
-
自ら古傷を抉ってややグロッキーになりながら、ふらふらと棚の前を歩く。
そして、ふと視線を上げた時、僕は一目惚れの意味を知った。
透き通る優しい真緑の瞳。
ふわふわと柔らかく巻かれた薄茶の髪。
にっこり微笑む、その愛らしい顔立ち。
白い肌に、明るくピンクに染まる頬。
ベビーピンクのワンピース、同じ色のリボンが髪に結わえられている。
ああ、なんて、なんて、
(´・ω・`)「可愛い……」
思わず口をついて出た言葉は、あまりにも貧相な語彙。
単純過ぎる言葉しか出てこない、だがそれが精一杯だった。
可愛い、それ以外の言葉は出てこなかった。
だって実際に可愛いんだ、しょうがないじゃないか。
花が咲いたような笑顔だとか、何だとか、なんかこう、いろいろあるけれど。
可愛いんだよ、ほんとあの、可愛いんだよ!! 分かるだろ!!
-
lw´‐ _‐ノv「見つけたのかいお客さん」
(´・ω・`)「見つけましたね」
lw´‐ _‐ノv「どの子だい、持ってきて見せてごらん」
(´・ω・`)(そこから見えるだろうに……良いけど……)
恐る恐る手を伸ばして、可愛い少女人形の両脇に手を差し込む。
そっとそっと持ち上げて、両手にしっかりとした重みを感じながら、
自分の方へと引き寄せて、落とさないように、壊さないように、
とにかく慎重に、正真正銘の割れ物を扱う様な動作で腕に抱いた。
意外と重い、いや当然か、この大きさでこの作りだ。
ああ思っていたより髪はずっと柔らかい、ふわふわだ、くすぐったい。
こわごわ人形を抱いたまま店主の元まで移動して、目の前に優しく下ろす。
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv「ああ、この子か」
(´・ω・`)(なに今の間)
-
lw´‐ _‐ノv「この子の名前はね、デレって言うんだよ」
(´・ω・`)「デレ……」
店主に名を教えられ、改めて少女人形を見る。
ζ(゚ー゚*ζ
にっこりと微笑みをたたえた、愛らしい人形。
魂ごと預けてしまいたくなるような、妙な安堵感が感じられる人形。
ああ、本当に、なんかこう、可愛い。
もう可愛いしか言う事無いのかってくらい可愛い。
まるで子供の頃に戻ったみたいだ。
初恋みたいに胸が切なくなる。
彼女を迎えられなかったらどうしよう。
非売品だと言われたらどうしよう。
そう思うと哀しいやら苦しいやらで胸が痛くなる。
まあ子供の頃と違う点と言えば僕はわりと金銭的に余裕がある事だ。
非売品だとしても貯金下ろしてきて金で解決しよう。
汚い大人万歳。
-
lw´‐ _‐ノv「この子で良いのk」
(´・ω・`)「下さい」
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv「この子d」
(´・ω・`)「おいくらですか」
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv「高いy」
(´・ω・`)「ローン組めますか」
lw´‐ _‐ノv「初ドールショップって言ってたのにガチだこの人」
-
(´・ω・`)「おいくらですか」
lw´‐ _‐ノv「ちょっと待って下さい」
(´・ω・`)「貯金下ろしてきましょうか」
lw´‐ _‐ノv「お願い待って下さい」
(´・ω・`)「札束で殴る覚悟してますから」
lw´‐ _‐ノv「やだこの人怖い」
(´・ω・`)「こう言う人形は高いって聞いた事ありますから、値札ついてないし覚悟してますから」
lw´‐ _‐ノv「待って下さいほんとこっちが覚悟出来てないですから」
(´・ω・`)「待ってって言ってるけど何もしてないじゃないですか」
lw´‐ _‐ノv「今ちょっと覚悟してるんです」
(´・ω・`)「なるほど…………なるほど……?」
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv「覚悟してきました」
(´・ω・`)「あ、はい」
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店主はのんびりとした動作でレジスターを打ち、僕は固唾を飲んで数字が表示されるのを待った。
かちゃん、かちゃん、かちゃん、がっしょん。
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)「思ってた金額の十分の一くらいだった」
lw´‐ _‐ノv「そこまでボらないです」
(´・ω・`)「他に買った方が良い物とかありますか?」
lw´‐ _‐ノv「ええと、着替えとかはどうかな」
(´・ω・`)「なるほど、着た切り雀じゃ可哀想ですからね」
lw´‐ _‐ノv「揃いの靴や髪飾り」
(´・ω・`)「なるほど、女の子はお洒落が好きですからね」
lw´‐ _‐ノv「一緒に出掛ける時のケース」
(´・ω・`)「なるほど、一緒にお出掛けしたくなりますよね」
-
lw´‐ _‐ノv「メンテナンス用の道具やら人形用のベッドやら家具やら」
(´・ω・`)「なるほど、どれも必要な物ですよね」
lw´‐ _‐ノv「お客さん本当に大丈夫?」
(´・ω・`)「全部でいくらになります?」
lw´‐ _‐ノv゙ カチャカチャ ガショーン
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)「銀行に」
lw´‐ _‐ノv「冗談ですから、冗談ですから今日はこの子だけ買って帰って下さい」
(´・ω・`)「え、でも」
lw´‐ _‐ノv「必要な物はまた買いに来て下さいほんと」
(´・ω・`)「なるほど」
lw´‐ _‐ノv「お客さんちょっと衝動買いが過ぎますマジで」
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(´・ω・`)「じゃあこの子、連れて帰って良いんですか?」
lw´‐ _‐ノv「梱包に時間がかかるから後日お届けだと有り難いんですけど」
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv「今日中にお渡ししますからちょっと他所で時間潰して下さい」
(´・ω・`)「お店で待つのは」
lw´‐ _‐ノv「気が散る」
(´・ω・`)ショボン
店主はゆったりとドアを指差し、出ていけと無言で合図する。
そう言われたら仕方がない、30分ほど外で時間を潰そう。
だがこの辺りは寂れた通りだし、他に店があるとは思えない。
それにこの店、一度出てしまえばもう見付けられなそうな雰囲気がある。
ふらりと降りた駅の先の、適当な道に入った先ににあった小さな店。
もう一度見付けるのは、困難かも知れない。
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どこか神秘的で、不思議な空気を持つ店と店主。
今出て行って、僕はまたこの店を見付けられるのだろうか。
(´・ω・`)
(´・ω・`)(スマホのマップアプリでマーキングしとこ)
文明の利器って最高。
(´・ω・`)「じゃあ適当なところで時間潰してきます」
lw´‐ _‐ノv「表の通りに出たらスタバありますよ」
(´・ω・`)「わぁ現実的」
そして僕はスタバで昼食がてらのんびりと暇を潰した。
スマホを見ると先ほど付けたマーキングから目と鼻の先だった。
しかも画面切り替えたらマップに堂々とこのスタバもさっきの店も載ってた。
文明の利器って凄いや。
-
しばらくの間、時間を潰してから僕は店へと戻った。
特に迷いもせず、と言うか目と鼻の先だから迷いようもなく店に戻る事が出来た。
軋むドアを開けると、正面のカウンターには先ほどまでは無かった大きな箱。
ベージュの包装紙と落ち着いたピンクのリボン。
その影に隠れるように、店主は座っていた。
覗き込めば、その姿は先ほどとまるで変わりはない。
(´・ω・`)「大きいですね」
lw´‐ _‐ノv「大きいです」ゼーハー
(´・ω・`)「ありがとうございます」
lw´‐ _‐ノv「いえこちらこそ」ゼーハー
涼しい顔してめっちゃ息が上がっている。
大きく肩と胸を動かしながら、必死に呼吸を整えようとしている。
なんかすみませんでした。
-
(´・ω・`)「じゃあ代金はこちらに」
lw´‐ _‐ノv「はい、確かに」
(´・ω・`)「さぁ、k 重ッ 帰ろうかデレ」
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)フラフラ
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)「箱を抱えると前がよく見えない」
lw´‐ _‐ノv「でしょうね」
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)「どうしよう……」
lw´‐ _‐ノv「台車のレンタルありますけど」
(´・ω・`)「あ、お借りします……」
-
こうして僕は、ガラガラと台車を押しながら電車に乗り、台車を押しながら帰宅した。
周囲の視線が刺さるようだったが、デレを連れて帰るためだと思えば怖くはなかった。
やっと家にたどり着く頃には、脚に疲労を感じたがそれでもまだ休憩は出来ない。
デレの入った箱をそっと抱えてリビングまで持って行き、優しく下ろす。
包装紙が少し汚れてしまったが、中は問題なさそうだ。
リボンの端をつまんで、しゅるりと解く。
どう言う具合に包んで居たのか、はらはらと包装が開いた。
姿を表したのはしっかりとした作りの木の箱。
そりゃ重いはずだ、と優しく木箱をノックしながら笑った。
しかしどうやって開けるのだろう、重厚な木製の箱には蓋らしき物も取っ手もない。
首をかしげながら箱をぐるぐる見て回り、よくよく観察すると、
箱の四隅に金の金具が取り付けられていて、そこを外せば箱が開くらしい事が分かる。
妙な緊張によって僅かに震える指先で、金具をぱちんと外す。
ゆっくり、ゆっくり開かれる箱。
少しずつ姿を見せる、箱の中に座るもの。
ζ(゚ー゚*ζ
そして、僕の目の前には、愛らしい少女人形。
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名をデレと言い、大きさは赤子より一回りかそこら大きい程度。
詳しくは無いので素材はよく分からないが、どうにもすべらかで綺麗な肌をしている。
波打つミルクティの様な髪に、そっと触れた。
人の髪よりも柔らかいのでは無いかと思える、ふわふわの手触り。
ふわふわと、たゆたう様にウェーブした髪は二つに結い上げられ、服と同じ色のリボンが飾る。
くるくる、やや垂れ目がちな大きな丸い目が、綺麗な緑の瞳が僕を見つめていた。
微笑みながらこちらを見詰めるデレは、人を模したとは思えない愛らしさ。
開いた箱の上に座ったままのデレを眺めてだらしのない顔をしていたが、
はたと冷静な頭に戻り、顔を引き締めて周囲を見回す。
デレを座らせておく場所はあるだろうか、直射日光に当たらず涼しい場所は。
ああそうだ、リビングの奥にある書斎スペースの椅子に座らせておこう。
あそこなら環境は良いし、椅子はアンティーク調だからデレにもきっとよく似合う。
書斎スペースの焦げ茶の椅子にデレを座らせて、髪と服の裾を整える。
ちょこんと座る姿の愛らしさに、思わず頬が緩んでしまった。
本来ならこのまま一日くらい眺めても良いのだが、取り敢えずは休憩をしよう。
結構な距離を歩いてきたから、すっかり全身が疲れてしまった。
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キッチンまで移動して、洗っておいたマグカップにサーバーからコーヒーを注ぐ。
冷えきって味の落ちたコーヒーだが、喉の乾きを癒す事が出来た。
ぎし、と手近な椅子に腰掛けて、まくり上げていた袖を下ろす。
シャツに皺がついてしまったが、洗ってしまえば問題はないだろう。
しかし、煙草を吸わないたちで良かった、やに臭い部屋ではデレが可哀想だ。
今まで大した趣味も無かったが、久々にのめり込む物が出来そうで心が躍る。
とは言え、それが大振りな少女人形と言うのはどうなのかと思わなくもない。
カップに残ったコーヒーを一気に飲み干し、息を吐く。
いかんな、冷たい物を急に胃に入れると腹が痛む。
温かい物でも入れ直そう。
空になったマグカップを片手に立ち上がり、ふと食器棚に仕舞われているカップに目がとまった。
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(´・ω・`)「これティーカップなのに、何で買ったんだろうなぁ……コーヒーの方が飲むのに」
価値は分からないが、可愛らしい花柄。
以前僕が散歩の帰りに連れ帰った戦利品は、シンプルな白い陶器に囲まれて所在無げに見える。
すまないね、一目惚れして連れ帰ったけれど、自分が使うのはシンプルな方が好きなんだ。
申し訳なく思いながら、台所へと足を運ぶ。
今日の夕飯はどうするか、そんな事を考えながら入れ直した、湯気の立つコーヒー。
冷蔵庫から取り出したお茶請けの浅漬けつまみながら、テーブルへ戻る。
もずくと小松菜を食べてしまわないとな。
子持ちししゃもが冷凍庫にあるから唐揚げにでもするか。
確か白菜が半分残ってたし刻んでソースかけてサラダ代わりに。
いや独身男の独り暮らしと言ってももう少し彩りが欲しいな。
焼きそば食べたいな。
目玉焼き乗ったやつ。
あ、駄目だ口が完全に焼きそばになった。
(´・ω・`)「あー……焼きそばの材料買って来なきゃ……」
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そうそう、これが侘しい普段の生活だ。
夕飯のメニューと仕事の事くらいしか考えてない侘しい生活。
たまに人恋しさと将来への不安で夜中に吐きそうになる生活。
そんな僕の元に、変化が訪れたんだ。
(´・ω・`)「……デレ、か」
ふと立ち寄った不思議な店で購入した、片腕で抱き上げられる程度の大きさの人形。
二つに結い上げた薄茶の髪をふわりと巻いて、フリルの多い、それでもシンプルなワンピースを着た人形。
愛らしい顔立ちと冷たい手触りのそれを、僕はとても気に入った。
別に変な趣味があるわけじゃない。
けれどデレには、不思議と手を伸ばさせる魅力があったのだ。
部屋の奥の椅子に座る人形、デレを見つめながら、カップを片手に僕は思う。
まるで生きてる様だ、と。陳腐な言葉で。
他にどう表現すれば良いのか、語彙の貧相な僕には分からなかった。
(´・ω・`)「……あ、そうだ、デレにもいれてあげよう」
折角の同居人なのだから、一緒にコーヒーブレイクしよう。
うん、折角だから。
別におかしな思考じゃないよねこれ。
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テーブルにカップを置き、書斎スペースまで移動して
椅子に座らせていたデレを抱き上げ、ダイニングの椅子に座らせる。
しかし高さが合わず、デレの姿はテーブルの影にほとんど隠れてしまった。
(´・ω・`)「ふむ……これじゃアレだから、えーと……」
きょろきょろ、部屋を見回して何か良い物は無いかと探す。
そして目にとまるのは、以前連れ帰ったクッション。
花の刺繍が施されたそれをソファから持ってきて、椅子に置く。
その上にデレを座らせると、ちょうど良い高さになった。
(´・ω・`)「うんうん、ちゃんとテーブルについてるね」
僕は満足げに頷いて、食器棚からさっきのティーカップを取り出す。
軽く洗ったカップに、僕のものと同じようにコーヒーを注いだ。
(´・ω・`)「あっ」
-
そうだ、デレはブラックを飲めるのだろうか。
砂糖を入れた方が良いだろうか。
ミルクも必要かも知れない。
しかしブラック派だからフレッシュが家に無いぞ、牛乳ならあったかな。
取り合えず砂糖だけでも入れよう、いくつだろう、一つじゃ少ないよな、三つくらいか。
ええと三つ入れて混ぜて牛乳あったかなぁ牛乳、ええと、ああ良かったあった、少し入れて。
うん、コーヒー牛乳の濃いやつみたいな色になったぞ。
学生の頃に飲んだ以来だなこんなの。
(´・ω・`)「よし! はいデレ、コーヒーだよ!」
こと、と湯気の立ち上るカップをデレの前に置いて、僕はその正面の椅子に腰かける。
少しばかり冷めてしまったブラックコーヒーを飲みながら、頬杖をついてデレを見た。
相変わらず、微笑みをたたえた愛らしい顔。
濃い緑色の目が、とても美しかった。
-
(´・ω・`)
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「ティーカップ的に考えてやっぱ紅茶が良いよね」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「明日の仕事帰りに高島屋で見てくるよ」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「今日はそれで我慢してね、デレ」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「何してるんだろうな僕は」
いけない、冷静になってはいけないぞ。
-
コーヒーを一気にあおり、胃が熱くなるのを感じながらデレのティーカップを見る。
捨ててしまうのは何だから、しょうがない。
(´・ω・`)(あっま……)
甘ったるいコーヒーを一気にあおり、胸が焼けるのを感じながら食器を洗った。
次は無糖の紅茶にしよう。
甘いものは嫌いじゃないけど甘いコーヒーなんかは胸焼けがするんだよなあ。
歳かなあ、なんてなあはは。
ははは。
その日は焼きそばを作って食べてデレを元の椅子に戻して仕事の準備とか色々して寝た。
夢見は良かった筈なのに起きたら泣いてた。不思議だね。
朝は小松菜のおひたしともずくと子持ちししゃも焼いたのを食べた。
お湯を注ぐだけの味噌汁と白米のおともには十分すぎるほど。
おひたしは程よい苦味でししゃもはぱりっと焼けた、もずくでさっぱりしつつ飯を食って味噌汁。
食後にあっつい緑茶すすったら、日本人に生まれてきて良かったと生命に感謝した。
-
とは言え朝は慌ただしい、デレには取り敢えず寒くないように膝掛けをかけておく。
そして出勤。
夜には退社。
帰りに百貨店に寄って色々見て帰宅。
夕飯は豪華にデパ地下だ。
店員さんに教えてもらったり本に書いてある事を思い出しながら、生まれて初めての紅茶。
市販のは飲んだ事があるけれど、自分で入れるなんて初体験だ。
温めたティーポットに茶葉を入れて、蒸らしたり温めたりしつつカップにあっつポットあっつ。
そしてなんかミニざるみたいな茶漉しに通していれる? だっけ?
何でお茶を更にこすんだ? 分からないけどそれっぽいからやっておこう。
そう言えばなんか茶葉をいれるボールみたいなのもあったしあれ買ってみよう。
初めての紅茶はどんなものだろうか。
デレは喜んでくれるかな。
紅茶の入ったティーカップとデレ。
この図は予想以上にぴったりはまっていた。
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デジカメを構える前に、自分も席についてカップを手に取る。
(´・ω・`)(美味しいかな……)
匂いは、うん、紅茶だ。
味は、うん、紅茶だ。
どうしようさっぱりわからないぞ。
まずコーヒー派だけど豆の味の差をろくに分かってないのに紅茶の味が分かるのか。
緑茶も薄い濃いくらいしか分かってないぞ。
飲めれば良い派に紅茶はちょっと繊細すぎる気がしないでもない。
いやでも折角買ってきたんだ。
阪急でわざわざ買ってきたんだ、何かグラム一万円近い茶葉と色々を。
形から入るの止めた方が良いな本当に、一気に買うのやめよう。
店主さんにも言われたじゃないか、必要な物だけ買いに来いと。
必要な物だけ。
-
(´・ω・`)
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「今度お洋服買いに行こうねー」
必要だよ必要。
超必要。
しかし次の休みはいつだろう、土日も何だかんだで忙しいから丸一日休みってのは難しいな。
ああでも、休みに寝ると散歩以外を出来るって良いな。
暇があると仕事の新しい分野の勉強とか始めそうだったからこの方が良い。
またデレを連れて、あの店に行こう。
台車も返したいし。
でも腕に抱いて歩くのは大変だな、乳母車でも買おうかな。
未婚なのに。
子供居ないのに。
-
(´・ω・`)「乳母車かー……」カチカチ
(´・ω・`)「あ、これ可愛いな……デレにも似合いそうな……」カチカチ
(´・ω・`)カチカチ
(´・ω・`)「12万円」
(´・ω・`)
(´・ω・`)「12万……」
(´・ω・`)「折り畳めない乳母車ってお高いなぁ……」
(´・ω・`)
(´・ω・`)「ローゼンみたいにトランクにしてみるか……」
(´・ω・`)カチカチ
(´・ω・`)「あ、これかっこいい……」カチカチ
(´・ω・`)
(´・ω・`)「50万円」
(´・ω・`)「きついわー」
-
(´・ω・`)「と言う事があったからタクシーで来ました」
lw´‐ _‐ノv「ああ、うん」
(´・ω・`)「抱いて歩くには少し重いんですよね、ああいや女の子に重いは失礼か」
lw´‐ _‐ノv「そっすね」
(´・ω・`)「そうそうデレに似合うように紅茶も買って飲んだんですよ」
lw´‐ _‐ノv「へぇ」
(´・ω・`)「味が全くわからなくて自分でもびっくり」
lw´‐ _‐ノv「何で買ったんだ」
(´・ω・`)「デレはコーヒーより紅茶かなって」
lw´‐ _‐ノv「ああこの人やっぱ駄目だ」
(´・ω・`)「100g一万くらいしたんですけどね、素人舌には難しくて」
lw´‐ _‐ノv「たっか!? いや、たっか!?」
(´・ω・`)「いやー複雑な味わい、紅茶としか分からない」
lw´‐ _‐ノv「勿体無ッ!!」
-
lw´‐ _‐ノv「……と言うか何で連れてきた」
(´・ω・`)「デレに似合うお洋服を見るために」
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv「ドレスはあっちです」
(´・ω・`)「あ、はい」
lw´‐ _‐ノv「あんま触らないようにね」
(´・ω・`)「そりゃもちろん」
lw´‐ _‐ノv「お客さんその子どんな風に扱ってる?」
(´・ω・`)「テーブルにつかせたり話しかけたり」
lw´‐ _‐ノv「こえー」
(´・ω・`)「えぇー」
-
(´・ω・`)「そう言えば店主さん」
lw´‐ _‐ノv「へい」
(´・ω・`)「何で常にゲンドウのポーズ?」
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)(あ、若い子分かんないかな今のネタ)
lw´‐ _‐ノv「かっこええやん」
(´・ω・`)「なるほど」
それからと言うものの、休みをもぎ取る事が増えた。
今までは休みは最低限で良いやと思っていたが、趣味が出来たならそうは言っていられない。
取れる休みはもぎ取り、デレのために費やす。
仕事仲間は彼女が出来たと勘違いしたらしく、何かニヨニヨしていた。
面倒だから曖昧に微笑んで頷いておいた。
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店主さんはなかなかミステリアスだ。
クラシックなワンピースに手袋、髪は深い金色のバレッタで留めてある。
そんな身なりでゲンドウポーズ、たまに会話にならなかったり喋ってくれなかったりする。
まあ最初から変わった人だと思ってたから別段気にはしないんだけど。
あとは時折、店に大きな人形が並ぶ時がある。
普段は空っぽの大きなガラスケースの中、まだ見せられない状態なのか布がかけられている。
しかし布の隙間から見えるそれは、実寸大と言える大きさの少年人形。
店主さんに聞くと、それは年の離れた弟だと言った。
どう言う事かを聞こうと振り返ると、店主さんはゆるゆると店のドアを指差す。
この話はしない方が良いらしい、もしかしたらもう亡くなった弟さんを模して作っているのだろうか。
しかし店に弟さんの人形が無い時は、たまにその話題にも返してくれた。
まだ調整中で、店には出せないらしい。
だが置き場が無い時などに、ああやってガラスケースの中に仕舞うのだと。
弟さんはどんな子か、そう聞くと店主さんは言葉を濁した。
思い出とかはあるのかと聞いても言葉を濁した。
店主さん、その弟さんは本当に実在していたんですかね。
あなたにだけ見えていたとか無いですかね。
-
(´・ω・`)(……あ、今日は弟さんが置いてある)
(´・ω・`)(店主さん…………あ、寝てる……相変わらず不用心だなぁ)
(´・ω・`)(たまに突っ伏して寝るよなぁ店主さん、呼吸が浅いから死んでるように見える)
(´・ω・`)
(´・ω・`)(ちょっと見てみちゃおう)
店主さんが寝てる間に、そっと弟さんのガラスケースにかけられている布をめくる。
見えてくるのはソックスガーター、膝下丈のズボン、ニットのベスト、リボンタイ。
そしてまだ幼い、少年の寝顔。
大きさがリアルだからか、造形も人間に限りなく近い。
彫りは浅く、黒髪で、けれど肌は白くてすべらかだ。
ぴちぴちしてそう、若さがある、つらい。
こんなに生々しいけれど、やっぱり作り物なのか。
-
(´・ω・`)「ほーらデレ、店主さんの弟さんだよ」
ζ(゚ー゚*ζ
(-_-)
(´・ω・`)「お兄ちゃんにご挨拶しようねー」
ζ(゚ー゚*ζ
(-_-)
(´・ω・`)
何だか不思議な感じだな。
こんなに人型の物が存在する空間で、こうして動いているのがほぼ僕一人だけ。
周囲をぐるりと見回してみれば、無数の目玉が僕を見ている気がする。
恐怖こそ覚えはしないが、やや居心地の悪さを覚える。
こんなのは、初めてここに来た時以来だ。
-
(´・ω・`)
(-_-)
(´・ω・`)「ごめんね、起こしちゃって」
(-_-)
ぱさ、と布を戻す。
咄嗟に起こしちゃってとは言ったが、少年人形は寝姿だ。
人間だろうと人形だろうと、寝顔を人に見られるのは気分が良くないだろう。
完成するまで、行儀良く待っていよう。
それにしても、この弟さんのどこが未完成なのだろう。
さっき見た感じでは、顔も身体も綺麗に完成していたように見える。
よく見えなかった関節部分や内部が未完成なのかな。
歳は12歳くらいかな、小柄で線の細い少年だ。
体よりやや大きめの服なのか、少し着られている様な感じがした。
-
12歳くらいか。
僕の息子と言ってもそんなにおかしくない歳だな。
やっぱり、もう亡くなってるのだろうか。
それとも始めから存在していないのだろうか。
弟さんを作るために、人形を生業にしたのだろうか。
ああ詮索は無意味だ、失礼だ。
当の店主さんは起きる様子が無いし、もう代金をレジに置いて帰ろう。
今日は靴を見に来たんだ。
デレに似合う、可愛らしい靴を。
でも、ああ、靴なんて買い与えて大丈夫かな。
いつかこの靴を履いて、一人で歩き出ていってしまうのではないか。
デレもいつか、僕を置いて行ってしまうのかな。
父さんや母さんのように、僕を置いて行ってしまうのかな。
それは、少し悲しいな。
-
靴は買わずに、小さな帽子だけを買って店を出る。
出る直前に、店主さんをちらりと見てからそっと看板のオープンをクローズに変えた。
タクシーに乗り込み、デレの頭に小さな帽子を乗せてピンで固定する。
くるんとカールされたリボンが、デレの髪によく合う。
指先で髪を撫でて、細くため息を吐いた。
何だか少し、気分が沈んでしまったな。
両親の事はもう、考えないようにしようと決めたのに。
とっくに親離れはした。
それにどんなに思っても、もう帰っては来ないのだ。
僕が成人してすぐ、居なくなってしまった両親。
あまりに急で、何の親孝行も出来なかった。
まあ、両親も期待はしていないだろうけど。
-
帰宅して、デレをテーブルに座らせる。
僕はそれに向かう様にして椅子に腰掛け、デレの顔を見上げた。
深く澄んだ緑の眼が、僕を見詰める。
(´・ω・`)
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「君は、僕を置いていったりしないよね」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「はは、デレは人形だから大丈夫か」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「大事に手入れをして、大事にしていれば、僕よりも永く生きるよね」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「そうなったら、君をどうしようか」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「信頼できる人に渡そうかな、大事にして貰えるように」
-
(´・ω・`)「…………」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「大丈夫だよ……うん……僕は、誰かを寂しがらせたりはしないから」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「僕が生きてる間、ずっと大事にするからね」
ζ(^ー^*ζ
何だかデレが、にっこり笑ってくれた気がした。
ううん、きっと笑ったんだ。
哀れな男に対して、笑いかけてくれたんだ。
僕の可愛いデレは、とてもとても、心優しい子だから。
可愛いデレのために、僕は何でもしよう。
何でも、僕の全てをなげうってでも。
僕は、君を満たすよ。
-
───────────────
(´・ω・`)「ねぇ、店主さん」
lw´‐ _‐ノv「へい」
(´・ω・`)「店主さんは、何かを無くした事はありますか?」
lw´‐ _‐ノv「あるよ、たくさんね」
(´・ω・`)「そっかぁ……」
lw´‐ _‐ノv「つかお客さんしょっちゅううちに来ますね」
(´・ω・`)「デレのために色々買ってあげたくて」
lw´‐ _‐ノv「程々にねお客さん、のめり込みすぎないでおくれよ」
(´・ω・`)「ははは、そんな今さら」
lw´‐ _‐ノv「50万のトランクってマジで買ったの?」
(´・ω・`)「うん買った」
lw´‐ _‐ノv「こえー」
(´・ω・`)「えぇー」
-
(´・ω・`)「今日は弟さん居ないんですね」
lw´‐ _‐ノv「え?」
(´・ω・`)「ほら、ガラスケースの」
lw´‐ _‐ノv「あー……まぁ、店に出る事のがまれだからね」
(´・ω・`)「どこが未完成なんですか?」
lw´‐ _‐ノv「んー」
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)(どこなんだろう)
lw´‐ _‐ノv「全部」
(´・ω・`)「全部かぁ……」
lw´‐ _‐ノv「まだまだ」
(´・ω・`)「まだまだかぁ……」
-
(´・ω・`)「あ、これどうぞ」
lw´‐ _‐ノv「これは?」
(´・ω・`)「お昼ご飯、いつもお店で食べさせて貰ってますからお礼に」
lw´‐ _‐ノv「まぁ良いよ、お客さんはこぼしたり汚したりしないからね」
(´・ω・`)「なのでコーヒーとパンどうぞ、美味しいんですよこれ」
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv「コーヒー飲んだ事無い」
(´・ω・`)「マジで」
lw´‐ _‐ノv「だって苦いんでしょこれ」
(´・ω・`)「そんな小さい子みたいな」
lw´‐ _‐ノv「うるさい」
-
lw´‐ _‐ノv「でもありがたく頂きます、ありがとうございます」
(´・ω・`)「あはは、初コーヒーですね」
lw´‐ _‐ノv「はは」
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)「食べないんですか?」
lw´‐ _‐ノv「今はいらない」
(´・ω・`)「なるほど」
lw´‐ _‐ノv「私の事は気にせずどうぞ」
(´・ω・`)「あ、はい、じゃあ失礼して」
lw´‐ _‐ノv「どうぞどうぞ」
(´・ω・`)「いただきます」
-
lw´‐ _‐ノv
((´・ω・`)) モグモグ
lw´‐ _‐ノv
((´・ω・`)) モグモグ
lw´‐ _‐ノv グゥゥ
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)「食べないんですか……?」
lw´‐ _‐ノv「い、今は……」
((´・ω・`)) モグモグ
lw´‐ _‐ノv グキュルル
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
-
(´・ω・`)(食べてるところ見られたくないタイプかな……)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)(無理強いは出来ないし、うーん)
lw´‐ _‐ノv グゥゥゥ
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)「弟さんってどんな子なんですかね」
lw´‐ _‐ノv「えっ」
(´・ω・`)「ほら、寝姿じゃないですか弟さん」
lw´‐ _‐ノv「えっ?」
(´・ω・`)「えっ?」
lw´‐ _‐ノv「起きてますよ?」
(´・ω・`)「えっ」
-
(´・ω・`)「え、でもあの顔は」
lw´‐ _‐ノv「起きてますよ?」
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv
(´・ω・`)「弟さんめっちゃ糸目?」
lw´‐ _‐ノv「うっさい」
(´・ω・`)「店主さんも糸目だから血かな」
lw´‐ _‐ノv「うっさいうっさい」
(´・ω・`)「そうか……寝てると思ったらあれ座ってるだけか……」
lw´‐ _‐ノv「クソ失礼な事思われてた……」
(´・ω・`)「すみません……」
lw´‐ _‐ノv「良いですけど……」
-
(´・ω・`)「起きてたんだ……そっか……」
lw´‐ _‐ノv「もう常連なのに寝てるか起きてるかも理解されてなかった……」
(´・ω・`)「本当すみません……なんか含めた意味があって寝姿なのかと……」
lw´‐ _‐ノv「ねーよ……」
(´・ω・`)「もう亡くなってるから眠った姿なのかなって……」
lw´‐ _‐ノv「ねーよ……ねーよ……」
(´・ω・`)「えぇー……」
lw´‐ _‐ノv「弟生きてるよ……起きてるよ……」
(´・ω・`)「え、えぇー……勝手にメランコリックになって僕すごく馬鹿みたい……」
lw´‐ _‐ノv「何で勝手に落ち込んでるんですか……やめてくださいよ……」
(´・ω・`)「ご、ごめんなさい……?」
lw´‐ _‐ノv「はぁまじはぁ……」
-
lw´‐ _‐ノv「と言うか店に来すぎですよお客さん、週一で来てますよね」
(´・ω・`)「うんまぁ」
lw´‐ _‐ノv「人形の服とか道具って安くないんですよ? 結構しますよ?」
(´・ω・`)「そうだねぇ」
lw´‐ _‐ノv「金銭感覚大丈夫ですか? 破綻してませんか?」
(´・ω・`)「まだ大丈夫、貯金も崩してないし」
lw´‐ _‐ノv「貯金崩したら出禁にしますけど」
(´・ω・`)「そんなー」
lw´‐ _‐ノv「そんなーじゃねーよ……」
(´・ω・`)「出禁だって、デレはどう思う?」
ζ(゚ー゚*ζ
lw´‐ _‐ノv「目の前で何か始まった……」
-
(´・ω・`)「人形と会話しても良いじゃない、オーナーだもの」
lw´‐ _‐ノv「良いですけどね、そう言う人結構居ますし」
(´・ω・`)「えっ、怖っ」
lw´‐ _‐ノv「鏡見ろよ」
(´・ω・`)「怖いねーデレー」
ζ(゚ー゚*ζ
lw´‐ _‐ノv「ヤバいタイプかなこの人」
(´・ω・`)「うんうんそっかー」
ζ(゚ー゚*ζ
lw´‐ _‐ノv「デレ何ですって?」
(´・ω・`)「それは出禁も致し方ないって」
lw´‐ _‐ノv「クールだなデレ」
(´・ω・`)「あと端から見れば僕も怖いって」
lw´‐ _‐ノv「だろうなぁ」
-
(´・ω・`)「まぁ最近思うんですよね、デレに似合うドレスが見付からないって」
lw´‐ _‐ノv「店のだいたい買ったからでは」
(´・ω・`)「ネットで買ったのも作りが甘かったり色が思ってたのと違ったり」
lw´‐ _‐ノv「ネット販売は良し悪しですからね」
(´・ω・`)「だから裁縫を始めたんだ」
lw´‐ _‐ノv「ホワイ」
(´・ω・`)「理想のドレスが無いなら作れば良いじゃないって」
lw´‐ _‐ノv「ワッツハプン」
(´・ω・`)「どうもしないです」
lw´‐ _‐ノv「お客さん本当に変な凝り方しますよね……」
(´・ω・`)「えー、でも手作りするのって最大の愛情表現かなーって」
lw´‐ _‐ノv「あー……まー……確かに……」
-
ショボン様怖いよ……
-
(´・ω・`)「店主さんも弟さんを作ってるじゃないですか」
lw´‐ _‐ノv「うんまぁ」
(´・ω・`)「それは愛情表現の一種じゃ無いんですか?」
lw´‐ _‐ノv「…………」
(´・ω・`)
lw´‐ _‐ノv「私の場合、は」
(´・ω・`)「はい」
lw´‐ _‐ノv「記録、かな」
(´・ω・`)「記録……ですか?」
lw´‐ _‐ノv「思い出が、記憶が風化して消える前に、目に見える形で残したくて」
(´・ω・`)「…………」
lw´‐ _‐ノv「本当に居なくなってしまう前に、刻み付けたくて」
-
(´・ω・`)「店主さん、やっぱり、」
lw´‐ _‐ノv「…………」
(´・ω・`)「やっぱり、もう」
lw´‐ _‐ノv「人形、減りましたよね」
(´・ω・`)「え?」
lw´‐ _‐ノv「店の人形、お客さんが初めて来た時より、減りましたよね」
(´・ω・`)「……うん、こっちの棚、随分すっきりした」
lw´‐ _‐ノv「売れたんですよ、みんな、迎えが来たんです」
(´・ω・`)「…………」
lw´‐ _‐ノv「本当はね、この店、人形がみんな売れたら閉めるつめりだったんですよ」
(´・ω・`)「えっ……新しく、並べないんですか?」
lw´‐ _‐ノv「もう、並べません」
(´・ω・`)「……どうしてですか?」
lw´‐ _‐ノv「この店を、もう閉めるからです」
-
(´・ω・`)「……そっか」
lw´‐ _‐ノv「はい」
(´・ω・`)「どうして、閉めようと思ったんですか?」
lw´‐ _‐ノv「限界だからです」
(´・ω・`)「何が限界なんですか?」
lw´‐ _‐ノv「色々、かなぁ」
(´・ω・`)「……そっか」
lw´‐ _‐ノv「おかしいですよね」
(´・ω・`)「え?」
lw´‐ _‐ノv「人形が人形を売るなんて」
(´・ω・`)「…………ああ、なるほど」
lw´‐ _‐ノv「はは、一応バレてはなかったかぁ」
-
lw´‐ _‐ノv「お客さん、鈍いですもんね」
(´・ω・`)「失敬だなぁ……それにしても店主さん、どんな構造なんですか?」
lw´‐ _‐ノv「そりゃあ」
(-_-)「よいしょ」
(´・ω・`)「あ」
(-_-)「どうも」
(´・ω・`)「あぁー……レジのすぐ後ろのカーテンってこう言う……」
(-_-)「あ、そこ?」
(´・ω・`)「ああごめんね、つい……と言うか弟さんだね?」
(-_-)「はい、弟です」
(´・ω・`)「人間?」
(-_-)「人間」
-
衝撃の真実
-
(´・ω・`)「えー……えぇー……リアルな人形じゃなくて人間だったかぁ……」
(-_-)「こっちの姉さんは人形ですけどね」
(´・ω・`)「あぁー……逆だったかぁ……」
(-_-)「お客さん本当に鈍いですよね」
(´・ω・`)「やめて、少し傷付き始めた」
(-_-)「後ろからこう、こうやって動かしてたんですよ」
ヽlw´‐ _‐ノvノ ワキワキ
(´・ω・`)「えぇー……声も当ててたの?」
(-lw´‐ _‐ノvノシ「やぁお客さん、調子はどうだい」
(´・ω・`)「うわぁ店主さんだこれ……ゲンドウポーズは口許隠しだったのこれ……」
(-_-)「呼吸の動きはこうやって、ねじまきでも動いて」カリカリ
(´・ω・`)「ほぁー……凄い作りだなぁ……」
(-_-)(この人さっきから感想しか言ってないな……)
-
(´・ω・`)「あれ、でもケースに居た時は?」
(-_-)「ケースに居る時は喋らなかったんですよね」
(´・ω・`)「マジか、…………マジだな……!?」
(-_-)「ねじ巻いておけば適当な動きはしますから」
(´・ω・`)「良いのかい適当で」
(-_-)「姉さん元々そう言う人だったんで」
(´・ω・`)「元が変わった人だったかぁ」
(-_-)「変わった人でしたね」
(´・ω・`)「と言うか何でケースに入ってたの?」
(-_-)「このケースこっち側にガラス入ってなくて」
(´・ω・`)「本当だ」
(-_-)「急な来客で裏に引っ込む暇がなかった時にここに入ってました」
(´・ω・`)「僕のせいだったかぁ……!」
-
(´・ω・`)「はぇー、人だと思ったら人形で、人形だと思ったら人で……」
(-_-)「すみません、騙してて」
(´・ω・`)「いや、そりゃ良いけど、何でまたこんな事を?」
(-_-)「年の離れた姉だったんです」
(´・ω・`)「うん」
(-_-)「両親はぼくが小さい頃に亡くなって、姉がぼくを育ててくれてました」
(´・ω・`)「うんうん」
(-_-)「姉は人形とか古いものが好きで、このお店を始めて」
(´・ω・`)「ふむ」
(-_-)「店は順調だったんですけど、去年、姉が亡くなって」
(´・ω・`)「…………」
(-_-)「ぼくは何だか、姉が遺した人形を処分出来なくて……それで」
-
(´・ω・`)「お姉さんの人形は?」
(-_-)「それは姉に人形の作り方を教わりながら、一緒に作ってたんです」
(´・ω・`)「自分の等身大人形を作るとかお姉さん勇気あるな……」
(-_-)「まぁほとんどぼくが作ってるんですけどね」
(´・ω・`)「それで、お姉さんの代わりにお店を続けてたんだ」
(-_-)「駄目な事ですよね、これ」
(´・ω・`)「んんー……個人的には、悪い事じゃ無いと思うよ」
(-_-)「でも、お客さんを騙してたんですよ」
(´・ω・`)「お姉さんの作った人形、幸せになってほしかったんでしょ?」
(-_-)「…………」
(´・ω・`)「僕は、悪いとは思わないなぁ……ねぇデレ、デレはどう思う?」
ζ(゚ー゚*ζ
(-_-)「なんて言ってます?」
(´・ω・`)「子供のした事だし法的にはノーカンで良いじゃないって」
(-_-)「デレ妙に現実的だな……」
-
(´・ω・`)「それにしても、本当に不思議なところだなぁ」
(-_-)「そんなにですかね」
(´・ω・`)「不思議な…………ハッ……まさか、デレは特別な人形なのでは……!?」
(-_-)「はい?」
(´・ω・`)「人形には興味なんて無かった僕がここまでドハマリするなんて、魔術めいて!」
(-_-)「無いです」
(´・ω・`)「えっ」
(-_-)「お客さんがそう言う性癖に目覚めただけです」
(´・ω・`)「えっ……」
(-_-)「ただの人形です、不思議な力とかそう言うファンタジー無いです」
(´・ω・`)「えぇー……じゃあデレが笑いかけてくれたのは……」
(-_-)「えっ……何それ怖い……」
(´・ω・`)「え、えぇー……」
-
(-_-)「お客さん本当……瞬時に目覚めましたよね……怖い……」
(´・ω・`)「客に向かって怖いとかひどい……」
(-_-)「なかなか居ませんよそう言う目覚め方する人……」
(´・ω・`)「そんな僕が特殊性癖みたいな」
(-_-)「そのとおりだと思いますけどね」
(´・ω・`)
(-_-)
(´・ω・`)「そういや店主さんが敬語になる時と声一緒だね」
(-_-)「素になってる時ですねそれ」
(´・ω・`)「さては弟さん、演技下手だね?」
(-_-)「うっさい」
(´・ω・`)「それも素だったか」
-
(-_-)「ともあれ、これでここも店仕舞いです」
(´・ω・`)「本当に閉めちゃうのかい?」
(-_-)「はい」
(´・ω・`)「僕が暴いちゃったから?」
(-_-)「違いますよ、ぼくにはもう姉さんを演じる事が出来ない、声変わりが始まっちゃったんです」
(´・ω・`)「でも、まだ人形は残ってるよ」
(-_-)「ネットで売ります」
(´・ω・`)「便利な世の中だ……」
(-_-)「お陰で、ぼくも普通の生活に戻れます」
(´・ω・`)「そうか……このお店、継いだりはしないの?」
(-_-)「ここはあくまでも姉さんの店、ぼくの店じゃないんです」
(´・ω・`)「…………寂しくなるね」
(-_-)「はは、ありがとうございます」
-
(´・ω・`)「人形のメンテナンスが出来る職人さん、探さなきゃな」
(-_-)「知人が人形修理の専門なので、連絡先を教えておきます、メンテナンスもしてくれますから」
(´・ω・`)「ああ、ありがとう……君には世話になりっぱなしだね」
(-_-)「本当に、困ったお客さんも居たもんです」
(´・ω・`)「あはは……」
(-_-)「目覚めたその日に人形の部屋作ろうとしたり……」
(´・ω・`)「本格的に作るためにインテリアについて学んでるよ」
(-_-)「何でそこまでするの……怖い……」
(´・ω・`)「えっ……だってデレの為だし……」
(-_-)「お客さんガチ過ぎて怖い……」
(´・ω・`)「小学生に怖がられまくってる……」
(-_-)「え?」
(´・ω・`)「え?」
-
(-_-)「中学生ですけど……」
(´・ω・`)「あ、新一年生かな?」
(-_-)「二年ですけど……」
(´・ω・`)「あっ……」
(-_-)
(´・ω・`)
(-_-)「店閉めるから出てって下さい」
(´・ω・`)「あっあっ待って待ってごめんなさい」
(-_-)「はい閉店時間です蛍の光流します」
(´・ω・`)「閉店時の曲は厳密には蛍の光では無いから待って……!」
(-_-)「えっ、じゃあなにあれ」
(´・ω・`)「別れのワルツ」
-
(-_-)
(´・ω・`)
(-_-)ペチペチ
(´・ω・`)(スマホ持ってた)
(-_-)「マジだ……」
(´・ω・`)「マジだよ……」
(-_-)「はぁ……もう良いや…………お客さん」
(´・ω・`)「はい」
(-_-)「ぼくにとって最後のお客さん、今までありがとうございました」
(´・ω・`)「いえ、こちらこそ」
(-_-)「姉さんの代わりに、お礼を言います」
(´・ω・`)「僕こそ、デレと出会わせてくれて有り難う」
-
(-_-)「この店で一番のお客さんになったと思います」
(´・ω・`)「だいぶお金落としたからね」
(-_-)「デレの事、大事にして下さいね」
(´・ω・`)「そればっかりは言われるまでも無いよ、安心していて」
(-_-)「うん、うん…………お客さん、ありがとうございました、もう閉店時間です」
(´・ω・`)「ああ、うん、そうだね……それじゃあ、また来るよ」
(-_-)「ご来店、ありがとうございました、またのお越しをお待ちしてます」
お互いに頭を下げて、穏やかに笑いながら僕は店を出た。
背後で、かたん、と看板を裏返す音が聞こえた。
振り返らずに、デレを抱いたまま駅へと向かう。
今日は、タクシーに乗る気は起きなかった。
-
変わった場所の。
変わった店の。
変わった店主の。
変わった弟。
電車に乗り、バスに乗り、自宅に帰り、デレと向き合う。
僕は、あの秘密を暴いて良かったのだろうか。
店主と仲良く話していないで、さっさと帰るべきだったのではないか。
この手で、僕が、あの店を終わらせたのかもしれない。
そう思うと、やりきれない感情が込み上げてくる。
ねぇデレ、聞かせてよ。
君はどう思うかな。
僕は、いけない事をしたのかな。
(´・ω・`)「あの子の運命、僕が、歪めたりしてないかな」
ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫だよ」
(´・ω・`)「大丈夫かな」
ζ(゚ー゚*ζ「だってあの子、別れ際はとても優しい笑顔だったもの」
-
(´・ω・`)「大丈夫、かな」
ζ(^ー^*ζ「大丈夫、ね?」
不思議な雰囲気を纏う店主は、人間ではなかった。
その弟と呼ばれていた少年人形は、人形ではなかった。
客である僕は、一体の少女人形に心奪われた。
今では幻まで見るし幻聴も聞こえる。
だが病院にかかる気はない。
僕はそれから、デレとの生活を過ごした。
一度だけあの店を見に行ったが、閉店の張り紙が僕の胸をちくちくと刺すばかり。
だからもうあの店には足を向けず、人形関係の店は新しく探し、教えられた職人を頼った。
他の店を見たり、通販で注文する度に思う。
あの店は、本当に質が良かったのだと。
-
人形も、服も小物も、全部あの店のオリジナル。
どれだけの手間と時間を費やして来たのか分からないくらい、高品質な物ばかり。
僕は余計に店売りの物には満足出来なくなり、自作の道を進む事となった。
最初はほんの少し縫うのにも戸惑ったが、今ではミシンさばきも良くなったと自負している。
手芸屋を回り、布を買い、服を縫い、デレに着せる。
それだけで満足していたが、自作品の質が上がるに連れてデレの魅力が引き出されるようになった。
そうなると可愛いデレを自慢したくなって、ブログを作った。
記録用に撮っていた写真を地道にアップしていると、じわじわ評判にもなった。
可能な限り僕の情報を伏せられた、コメント欄もないブログは様々な憶測が飛び交った。
一番面白かったのが「旦那に浮気された若妻が心の闇を打ち消すための趣味のブログ」説だった。
何だか楽しかった。
今までは無かった、生きていて楽しいと言う感覚が、新鮮で、心地よくて。
僕は、デレとの日々を心から幸せだと感じていた。
-
デレの部屋を作った。
フリルがたっぷりあしらわれた、可愛らしい小さな天蓋付きベッド。
ドレッサーも、テーブルと椅子もソファも、何もかもデレに合わせた特注品だ。
さすがに貯金を崩す金額になるので、こつこつ専用貯金をして少しずつ揃えて行った。
そろそろ外車を買える金額を費やしてる。
箪笥にデレの服が収まりきらないので、部屋にあったウォークインクローゼットの改造をした。
壁紙に合わせた色にして、細かな小物も可愛らしく。
入り口にレースのカーテンもつけた。
ちなみに部屋の基本色は白だ。
デレが何色を着ていても似合うように。
最初はピンク一色にしようと思ったけどそれだと甘過ぎるから優しく綺麗なデレに相応しい白。
そのお陰で何色の服を着ていてもデレによく映える。
白い服を着せる際は別色のシーツなどを噛ませる事で埋もれずに済む。
しかし布が多いからなかなか埃が。
掃除は大変だが作って良かった本当に良かった。
だが今では新しいレイアウトや家具を試してみたくてデレの部屋2の構想もしている。
超楽しい。
-
仕事も順調で。
趣味も順調で。
毎日が楽しい。
生きてて楽しい。
そんな充実した日々を、数年過ごしたある日。
僕の元に、一通の葉書が届いた。
(´・ω・`)「…………そっか」
葉書を裏表眺めて、机に置く。
窓の外を、遠くの空をぼんやりと見る。
ああ、そうか。
ついに来たか。
(´・ω・`)「……デレ、困ったね」
ζ(゚ー゚*ζ
(´・ω・`)「間に合いそうに、ないや」
ζ(^ー^*ζ「がんばって」
-
(´・ω・`)「……うん、頑張るよ、デレ」
僕は席を立ち、デレの髪を優しく撫でる。
相変わらず、柔らかくて、心地好い。
この子の為にも、僕は頑張らなければいけない。
そして、デレを産み出した親御さんの為にも。
仕事机に向かい、頭と手を働かせた。
寝る間も惜しんで、僕は机に向かう。
何としてでも、終わらせなければいけない。
間に合わせなければ、時間が無いんだ。
急いで、急いで、それでも手は抜かず、完璧に。
僕は十年くらい振りに、徹夜をした。
体調がゴミみたいに悪くなったが、寝ている暇はなかった。
-
デレを左腕に抱き、右手には革張りのトランク。
春物の薄いコートを着て、こつこつとコンクリートの地面を踏む。
風はまだ少し冷たく、頬を撫でる度に肌寒さを感じる。
しかし歩くごとにその肌寒さは減って行き、いつしか僕はコートを脱いで小脇に持っていた。
あれから何年経っただろう。
五年くらいかな。
恐らく五年の時を経て、僕は再び、ある場所に立っている。
真新しい木製のドア。
openの看板。
ぴかぴかのドアノブ。
息を深く吐いて、ゆっくりと吸って、ドアに向き直った。
真鍮のドアノブを掴み、捻り、押し開ける。
軋む音も無く軽やかに開いたドア。
暖かく、明るい照明の灯る店内。
正面には、小綺麗なカウンター。
すっきりとした棚に並ぶ、大小様々な人形達。
そして、カウンターの向こうには。
-
(´・ω・`)「やあ、ここはドールショップかな?」
(-_-)「見れば分かるでしょうに、困ったお客さんだなぁ」
すっかり青年へと成長した、いつぞやの人形少年。
(´・ω・`)「ここの店主さんですか?」
(-_-)「ええ、先日オープンしたばかりの店の、新米店主ですよ」
(´・ω・`)「…………」
(-_-)「…………」
お互いに顔を見合わせて、ふは、と思わず互いに破顔した。
(´・ω・`)「あはは、大きくなったなあ君、前はこんな小さくて細かったのに」
(-_-)「16過ぎてから一気に伸びたんですよ、やめて下さい全くもう」
-
(´・ω・`)「それにしても、同じ場所で君の店を開くなんてね」
(-_-)「言ったじゃないですか、またのお越しをお待ちしてますって」
(´・ω・`)「ああそうだったそうだった、あはは、あれをちゃんと守ったんだね」
(-_-)「姉さん以外の事で、嘘は吐きたくなかったんですよ」
(´・ω・`)「しかしまだ十代だろうに、よく店を出せたね」
(-_-)「だいぶ頑張りました」
(´・ω・`)「現実的な事は置いといて、後でお祝いでもしようか?」
(-_-)「え、良いですよそんな」
(´・ω・`)「ごめんね既にケータリング注文しておいた」
(-_-)「俺の予定も聞かずに……!?」
(´・ω・`)「てへぺろ」
(-_-)「……まぁ良いか、どうせ一人ですし」
(´・ω・`)「友達や保護者の方は?」
(-_-)
(´・ω・`)
-
(-_-)「ところで、お客さんの方はどうですか?」
(´・ω・`)「デレならここに」
ζ(゚ー゚*ζ
(-_-)「見れば分かりますけど随分お洒落させて貰って」
(´・ω・`)「ハレの日だからフリル三倍」
(-_-)「なるほど……しかし、大事にされてるんですね」
(´・ω・`)「毎日会話してるよ」
(-_-)「病院行きましょうかお客さん」
(´・ω・`)「病院行かないですお客さん」
(-_-)「手入れも十分ですね」
(´・ω・`)「メンテに週一で行ってたらさすがに怒られた」
(-_-)「手を入れすぎるのも良くないですよ」
(´・ω・`)「ごめんなさい」
-
(´・ω・`)「そうそう、これを見て欲しかったんだ」
(-_-)「ドール用のドレス?」
(´・ω・`)「どうかなこれ、僕は気に入ってるんだけど」
(-_-)「色もデザインもデレにぴったりだと思いますよ、オレンジめの彩度低めのピンク」
(´・ω・`)「そりゃそうだよデレ用なんだから」
(-_-)「へぇ、綺麗に縫い付けてありますね、フリルもレースも……丁寧な仕事で……」
(´・ω・`)「そうだろう、そうだろう」
(-_-)「デザインも良い……シンプルだけどシルエットはボリュームがあって飾りは控えめな印象……」
(´・ω・`)「うふふ」
(-_-)「どこで買いましたこれ」
(´・ω・`)「僕が縫いました」
(-_-)
(´・ω・`)「仕事辞めました」
(-_-)
-
(-_-)「お客さん……引くわぁ……」
(´・ω・`)「ついに引かれた……」
(-_-)「何してるんですかマジで……マジで……」
(´・ω・`)「いや辞めたと言ってもアレだよ、ちゃんと貯金あるし次の職あるから」
(-_-)「何するんですか……」
(´・ω・`)「これ」
(-_-)「ドレス」
(´・ω・`)「いっぱいネット注文が来てる」
(-_-)
(´・ω・`)
(-_-)「真面目な話」
(´・ω・`)「はい」
(-_-)「うちに卸しませんか」
(´・ω・`)「ふふっ、喜んで」
-
(´・ω・`)「このドレスあれだよ、今日のために頑張って縫い上げたんだから」
(-_-)「わざわざ今日のために?」
(´・ω・`)「だって『新装開店します』ってハガキ先週届くんだもの……」
(-_-)「急でしたよね、すみません」
(´・ω・`)「徹夜とかおじさんにはつらいよ……」
(-_-)「すみませんおじさん」
(´・ω・`)
(-_-)
(´・ω・`)
(-_-)「すみませんお客さん」
(´・ω・`)(言い間違えたな)
-
(-_-)「ところでおj お客さんって元は何してたんですか?」
(´・ω・`)「おじさんはね、税理士してたんだよ」
(-_-)
(´・ω・`)
(-_-)「おじさん馬鹿なんですか?」
(´・ω・`)「ははははは、大学院まで出たのにね」
(-_-)「何でその輝かしい履歴書から人形用服飾職人になったの?」
(´・ω・`)「修士号もあるぞ」
(-_-)「おじさん元の仕事に戻ろう?」
(´・ω・`)「おじさんは天職を見つけたんだよ」
(-_-)「この人にデレを売って良かったんだろうか」
(´・ω・`)「僕いま最高に幸せ」
(-_-)「大変な変態を生み出してしまった……」
-
(´・ω・`)「……それにしても」
(-_-)「はい」
(´・ω・`)「昔の人形も、置いてあるんだね」
(-_-)「はい、売り切れなかった分を」
(´・ω・`)「良かったね、また誰かに迎えられるチャンスが巡ってきたよ」
(-_-)「売り物の人形に話しかけるのやめてください」
(´・ω・`)「あ、はい」
(-_-)「……内装も、出来る限り新しくしたんですけどね」
(´・ω・`)「うん、見違えるみたいだよ」
(-_-)「でもやっぱり、古いものも並べたくて」
(´・ω・`)「良いんじゃない? だって、歴史がここに詰まってるんだから」
(-_-)「……そうですね」
-
(-_-)「…………姉さんも、認めてくれるかな」
(´・ω・`)「大丈夫だよ、ねぇ、お姉さん」
(-_-)「話しかけないで下さいよ、俺もう姉さんの声出せないんですから」
(´・ω・`)「すっかり男の声になっちゃったからね」
(-_-)「……まぁ、姉さんなら祝福してくれそうですけどね」
(´・ω・`)「やるじゃん、って言いそう」
(-_-)「言いそう」
(´・ω・`)
(-_-)
(´・ω・`)「これからもよろしくね、店主さん」
(-_-)「こちらこそ、お客さん」
顔を見合わせて、僕らはまた笑い合った。
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広くは無いが、明るく柔らかな照明に包まれる店がある。
アンティーク調の物と、まだ真新しい物が同居する店がある。
大きなショーケースの中に座り、ほんのりとだけ微笑む女性の人形。
目を開けているのか閉じているのか分からない、まだ年若い青年店主。
店に人形の服を卸しに来る、気の弱そうな中年男性。
その男の腕に抱かれるのは、愛らしい少女人形。
客は滅多に来ないが、最近はちらほら口コミで人が増え始めた。
変わった店の、変わった関係者と、変わった人形達。
変わった客が来たとしても、店主は困ったように笑って受け入れる。
あーあ、姉さんの店とは全然違うな、と店主は笑う。
あはは、そりゃ君の店だからさ、と男も笑う。
そんな二人のやり取りを、人形達はガラスの眼で眺めて、僅かに微笑んだ気がした。
おしまい。
-
(-_-)「そう言えばインテリアってどうなりました?」
(´・ω・`)「デレの部屋が完成して専用のウォークインクローゼットも作って今は別室作ってる」
(-_-)「あと何か随分立派になりましたよね、筋肉が」
(´・ω・`)「デレを片手で抱いて行動出来るように鍛えたらすごくマッチョになっちゃった……」
(-_-)
(´・ω・`)
(-_-)「お客さんってちょっと気持ち悪いとこありますよね」
(´・ω・`)「ひどいし今はお客さんではないよ」
(-_-)「お客さんですよ」
(´・ω・`)「今はっきりと僕は身内では無いと言う線引をされた気がする」
(-_-)「お客さん暇なら掃除して下さい」
(´・ω・`)「お客さんなのに……するけど……」
(-_-)「するんだ……」
おわり。
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乙
よかった
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ここまで
お付き合いありがとうございました
紅白参加作品でしたとさ
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ショボン様のモノローグに惹かれた
最初ホラーかと思ったら全然だったぜ
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途中からホラーじゃんコレと思ってました
いい話かは判断できないと言っています
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ホラーかなぁと思ったらわりとほのぼのとしていた
面白かった
ドール好きは服作り始めるよね
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【連絡事項】
主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。
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乙
プランツ・ドールって少女漫画があってだな……
それを思い出した。ドールっていいよね
現実で手は出さないけど、こうやってドール好きな人の姿見てるのはとても楽しい
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乙
いいなあ、すごく素敵な話だ
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ショボンがどんどんのめり込みつつステップアップしてくのめっちゃ面白い
なんだろう、お涙頂戴ってわけじゃないのにすごく良い話…
良い雰囲気の話だ
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タイトルで猫の話かと思ったら怖い話だったと思ったらほのぼのした
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謎の疾走感あるよね・・・
めっちゃ面白かった
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