妻と死別した土地を離れ一人娘を連れて数年振りに阿知賀へと戻り懐かしい顔ぶれと対面し
幼稚園の先生になった穏乃とも再会して少しは背伸びたか？と昔のように軽口を叩いてから
近況を語り合いながらも「戻って来てくれて嬉しいよ」と柔らかく微笑む穏乃に笑い返すと
「……きっとすごく大変だと思うけど、力になれる事があったら遠慮しないで言ってね」と
真剣な表情と穏やかな声で気を遣ってくれる穏乃に礼を言いながらこれから宜しくなと伝え
そして早くも幼稚園に通い始めた初日に娘もすっかり穏乃に懐いたようで迎えに行った時に
何か迷惑掛けなかったか？と穏乃に問うも「ううん、すっごく元気で良い子だったよ！」と
高校の頃のような笑顔を見せるのでありがとうと言って娘と手を繋ぎながら帰路につくけど
穏乃の姿が見えなくなるまで何度も振り返っては手を振っている娘を隣で笑って眺めながら
穏乃も穏乃で他の子どもに引っ張られたりしがみつかれたりしてる中で手を振り返してきて
穏乃先生は人気者なんだなと考えつつ娘と一緒に帰路につきたい
阿知賀に戻ってきてから数週間が経って馴染みのある土地なだけあり生活にもすぐに慣れて
ある日の昼下がりに仕事で近くに寄ったので園内を覗いてみると丁度自由時間だったらしく
はしゃぎ回っている子ども達と一緒になって遊ぶ穏乃を見つけそれとほぼ同時に目が合って
「あれ？どうしたの？」の聞かれたので丁度近くに寄ったからさと返して世間話していると
園児がこちらに走ってきたので怖がられないよう笑顔で挨拶すると興味津々な目を向けられ
「しずのせんせいのかれし？」と言ってきたので慌てて否定しようとするけどそれより早く
穏乃が「こら。変なこと言わないの」とやんわりと否定して園児達を優しく追い返してから
「……なんか、ごめんね」と少しだけバツが悪そうに笑うので別に気にしてないよと返すと
どうやら自由時間が終わったらしく園児達が戻っていくので俺もそろそろ行くわと伝えると
小さく頷いた穏乃が「……うん。また後で」と言うので軽く手を振ってその場を後にしたい
思わぬ残業で連絡していたよりもかなり遅くなってしまい急いで幼稚園へ娘を迎えに行くと
娘をおんぶした穏乃が門の前で待ってくれていたので遅くなって申し訳ないと頭を下げるも
「ううん、平気だよ」と言うのでそんな穏乃に背負われつつも妙に静かな娘に目を向けると
なんとすっかり寝息を立てていたので思わず苦笑いしてから起こして受け取ろうとするけど
「もうちょっとだけ寝かせてあげたいな。今日は特に遊び疲れたと思うからさ」と言うので
いやでも…と言葉に詰まってると穏乃が「折角だからこのまま家まで送るよ」と言いながら
「私も今から帰るところだったし」と早くも歩き出したので直ぐにその後を追い掛けながら
流石にそこまで迷惑は掛けられないよと説得するけれど「しーっ」と人差し指を口に当てて
「あんまり騒ぐと起きちゃうよ」と少しだけ悪戯っぽく笑う穏乃にそれ以上何も言い返せず
じゃあせめて穏乃の荷物は俺が持つから…と最低限の折衷案を出しながら並んで歩きたい
自宅に着いてから娘を起こさないようベッドまで運んでくれた穏乃に再三に渡って礼を言い
せめてお茶くらいは出さんと罰当たるよなと考えて２人分の湯呑みと茶菓子を持って行くと
穏乃が棚に立ててある高校の頃の写真を眺めてたのでお盆を置き懐かしいなと声を掛けると
こちらを向き「……うん。そうだね」と呟いてから麻雀部の皆が写るその写真に視線を戻し
そしてその横顔に少しだけ憂いを帯びた笑みが見えたような気がしたけど後ろから声を掛け
小さなテーブルの対面に座って酒じゃなくて悪いなと軽口を交えながらも昔話をしていると
お茶を啜った穏乃がさっきの写真を眺めて「あれから１０年か。あっという間だったなぁ」
「ここで遊んでた頃は……皆ずっと一緒だと思ってたんだけど」と呟いたので同意しつつも
自分も穏乃の視線を追うと少し離れた所に置いてある亡くなった妻との写真が目に留まって
暫しお互いに無言のままお茶を飲みながらふとした瞬間に穏乃と目が合ってしまいたい
家まで送るよと伝えるけれど優しく断ってくる穏乃をとりあえず玄関先までは一緒に行って
穏乃が「じゃあまた明日ね。お茶、ごちそうさま」と言って玄関の扉を開けるとほぼ同時に
娘が奥の寝室から歩いてきて「あれ？しずのせんせー？なんで？」と寝ぼけ眼をこするので
何を言うでもなく屈んでから娘の頭を優しく撫でた穏乃がこちらを向き小さく手を振るので
今日は本当にありがとなと告げると「ううん」と微笑み帰っていく穏乃を見送りたい
そしてこちらを眠そうに見上げて「どうしてしずのせんせーいたの？」と聞いてくる娘には
えーっと…忘れ物を届けに来てくれたんだと何となく嘘をついてしまいたい