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【ウマ娘SS】虐待おばさん
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私の母は、本当は虐待おばさんだった。
母との会話は、数えるほどしかなかった。
基本的に何か話しかけても無視で、たまに声を聞けたかと思えば
「あんたなんか産まなきゃよかった」
「あんたのせいでメジロを追い出された」
こんな言葉ばかりだった。
ご飯も作ってもらったことなんかない。とはいえ、困った記憶はないからどうにかしてありつけてはいたんだと思う。
私が本当に飢えていたのは、誰かに認識してもらうことだった。
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そんな私が非行に走ったのも自然なことだったのかもしれない。
夜の街を大声で叫びながらで走ったり、ときには窓ガラスなんかも割ったりした。
私が悪いことをすれば、誰かが私の存在を認めてくれる。
だけど、身元確認でそれもあっけなく砕かれる。
「あのメジロのウマ娘が」
「名門メジロなのに」
結局みんな私じゃなく私の後ろにあるメジロの看板を見てただけだ。
私はメジロ家のウマ娘でもなければメジロ家になんか入ったこともないのに。
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そんな私のところにもトレセン学園の募集要項が来た。
どうせ母は私のことなんか気にも止めていない。
そうして誰にも言わずトレセン学園に入ることになった。
何者でもない私がどうしてトレセン学園に入れたのかは分からない。
どうせ誰かがメジロの看板に釣られたのだろう。
でもそれはどうでもよかった。ここで結果さえ出せば私そのものを見てくれる。
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入学してしばらく経ったある日、私にトレーナーがついた。
その時の私はよっぽどみすぼらしかったのだろう、最初にしてもらったのはご飯を食べさせてもらうことだった。
私が振る舞ってもらったのはお赤飯。おめでたい日に食べるものらしいけど、何がそんなにめでたいのか私には分からなかった。
ただ、今までで私が食べたものの中で一番美味しいのは間違いなかった。
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デビューから2戦したけど、勝ちきれなかった私は、怪我をこじらせた。
復帰戦はダービー直前。当然間に合うはずもないけど、このレースを勝てたことで少しはやってけそうな自信はついた。
運命が動いたのは夏が終わろうとした頃。この頃からレースで勝ちきれるようになってきた。
周りはラモーヌのティアラ三冠ばかりを囃し立てるけど知ったことか。
菊花賞で私自身の存在を刻みつけてやるんだ…!前日の夜にトレーナーから赤飯をふるまってもらった私は、最高の気合で臨んだ。
私の選択はダービーを勝った娘にぴったりついていくこと。ここ数戦で調子を落としてるけど、間違いなく彼女がこの中では一番強いという確信めいた何かがあった。
そして私は競り合いになったら絶対に負けない。トレーナーと2人で見つけた私の絶対的な長所。
その狙い通り、ダービーウマ娘を競り落とした私は、GIウマ娘になった。
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これで私も一人のウマ娘として認められる、と思ったけど…
あまり私を見てくれる人がいない。私より人気を集めていた娘が故障してしまったせいだと分かった。
話は変わるけど、故障した彼女、今後も何かと因縁が出来そうな気がする…
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有馬記念にはラモーヌの方だけが出るらしい。
私だって、出れば勝てるのに…
なんか華を持たせたいらしいけど、メジロの名前はどこまでも私の邪魔をする…
凹んでばっかりもいられない。大目標の天皇賞春を取って、今度こそ私自身をみんなの脳裏に刻みつけるんだ…
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なんて思ってたら直前に怪我して結局出れずじまい。
怪我も癒えてやっと復帰したと思ったら今度は惨敗続き。
特に有馬直前のレースでのチビの芦毛。
アイツの走りの前に、正直心折られた。
間違いなくアイツはすぐにトゥインクルシリーズの主役になる。
半ばふてくされていた私を鼓舞し続けてくれたのはトレーナーだった。
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「お前はできる子だ」
「ここ数戦は本調子じゃないけど間違いなく状態は良くなっている」
「本番では絶対に勝てる」
本気で何回もそう言われると、流石に私でもノセられてくる。
当日の朝、トレーナーと一緒に食べた何度めかの赤飯。これで今日は最高の日になる!
そんな予感、いや、確信があった。
1年で1番注目される有馬記念、ここで勝ってみんな認めさせる!
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そして運命のゲートが開いた。
今日の私の位置取りは後方。それでいい。今日の私なら差し切れる
このまま大きな動きもないまま最後の直線に差し掛かったとき。私の進路がぽっかりと空いた。
イケる…!
この瞬間、私の勝ちへの道がハッキリと見えた!
直線でまだ何人かいるけど今日の私なら全員差しきれる!
勢いそのままに私は全員をぶち抜き、そのまま先頭でゴールした。
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やった…念願のグランプリウマ娘になった…!
これで大歓声を一身に浴びられる…!
…はずだった
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「しかし第4コーナー手前で故障発生のウマ娘、その場から動くことが出来ません。なんという波乱だ!」
一番人気だった今年の2冠ウマ娘が故障してその場に倒れていた。
直線の手前で見えた勝ちへの道筋は、結局あの娘が故障したことでできた道だったということだ。
聴こえるのは大歓声じゃなく落胆と悲鳴、そして悪夢だ、地獄だ、こんなの見たくなかった…そんな声ばかり。
解ってしまった。母(あの人)が悪かったんじゃない。私という存在は祝福を受けてはならないんだと。
この日から、私の視界から色が消えた
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以降の私は、ただ寝て、食べて、走って負けるだけの生活。
特に私が活躍すると予感していた芦毛のチビには何度もちぎられ、そのたびに気力も削られていった。
ジャパンカップなんかは逃げたから積極策なんていわれたけど、あんなの適当に走ってたら知らぬ間に先頭になってただけだ。案の定差されて下位に沈んだ。
そして「悪夢」から1年。今年もこの日がやってきた。
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注目されてるのは芦毛のチビ、同じ芦毛でも田舎から来た奴、マイルCSを勝った弾丸娘、それから菊花賞をぶっちぎった奴で4強なんだって。
去年勝った私は蚊帳の外らしい。どうでもいいや。
正直去年勝ったかも自分で怪しくなってる。っていうか去年のことなんて思い出したくもない。
今年も中団後ろ目から。でも去年とは気力が雲泥の差だ。
そして第3コーナーを過ぎたあたりから、例によって芦毛のチビが猛スパートで私を抜き去った。
いつもと同じ、いや、今までで最高の気迫に圧された私は最早無気力どころか恐怖心まで感じるようになった。
もうレースなんかしたくない。このレースも一刻も早く投げだしたい…
そんなときだった。
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私の目の前が急に真っ暗になった。そして次の瞬間、脚に痛みが走った。
菊花賞を勝ったアイツに進路をふさがれて、その上脚をぶつけられたのが分かったのは数秒後だった。
そう、結局アイツも私のことなんか見えちゃいない。
そう思った瞬間、久々に怒りの感情がわいてきた。
芦毛の2人には遥か前にいる。でも、アイツだけは許さない。絶対に抜き返してやる。
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久々に気力を奮い立たせて懸命に走った。
だけど脚の痛みもあって思うように走れない。
アイツの背中がどんどんと小さくなる…
結局私は6番目でゴールした。
アイツが進路妨害で失格になって5着にはなったけどどうでもいい。
私はアイツを目いっぱいぶん殴った。
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大観衆の前でそんな暴挙をした私は謹慎処分を喰らった。
上等だ。こんなところこっちから辞めてやる。
学園を出るために準備をしていたとき、一番会いたくない人に会ってしまった。
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彼は私を連れて、そのまま二人で赤飯を食べた。
二人で何も言わず食べる中、彼はただ一言、ごめんな…とだけ言った。
今までにないくらい、涙が止まらなかった…
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私は今、あの頃から考えられないくらい穏やかな日々を過ごしている。
トゥインクルシリーズでは今、年の離れた妹が活躍している。
私のときと違い、母は妹に愛情を持って育ててきたらしい。
なんで私にその愛情を向けてくれなかったのとか、妹は私より素質があるからそうしてるのかとか、思わないわけじゃない。
だけど、私みたいな思いをする人が増えるよりよっぽどいいことだ。
そう思えるのも、トレーナーと出会ったからかもしれない。
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妹がレースで大失態をかました。あの日私がやられたことと同じことをやらかした。
きっと天狗になって、周りのウマ娘のことなんか眼中になかったのだろう。
今の妹に喝を入れられるのはきっと私だけなのだろう。
2年ぶりに人を殴ることになりそうだ。
-おわり-
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シンデレラグレイの裏エピソードのつもりで書きました。
ひょっとすると、今日見れるかも
https://twitter.com/uma_musu/status/1509546094652375042
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ウマ娘やったことないけど面白かったです
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まだ若手トレーナーだった池江師に初のG1勝ちをもたらしたメジロデュレンですね
丁寧にエピソード拾ってて良い話だった
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シングレではついに名前が触れられないまま次の年に行きそうだけどどうなるのか
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玉も竿もでけぇなお前(褒めて伸ばす)
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