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また暴れん坊将軍のSSを書きました

1 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 01:39:08 /03hTUx2
暴れん坊将軍364 第364話「男を突きたがる刀」


暴れん坊将軍!

デデドーン デン デン デン デーン
(♪メロディ)


2 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 01:41:28 /03hTUx2
「ちょっと申し訳ないですねぇ^〜」

「あいわかった、新たな跡目の登城は今しばらく許そう。上様にもその旨、それがしがしかとお伝えしておく」

南税藩の江戸家老、石橋課長(はかなが)が小太りの体を揺らしながら頭を軽く下げ、城から悠々と去ったのち、御側御用取次役、田之倉孫兵衛は小さくため息をついた。
南税藩では嫡男が病死し、後継者が次男へと変わった。ただでさえ藩が混乱するなか、その合間を縫って将軍への御目通(おめどおり)を済ませようと江戸に参ったまではよかったが、肝心のその後継が足を負傷したというのだ。

「それにしてもあの態度……」

いくら藩主が江戸入りしていない間の名代とはいえ、藩の顔ともいえる江戸家老らしからぬ彼の横柄さに孫兵衛は不服を覚えていた。覚えていたのだが───。

「まあそう言うな。かかる遺恨を呑み込み、天下太平のため励んでおるのだ。これくらいなら目を瞑ってやってもよかろう」

「う、上様。しかしですな……!」

ひょっこりと現れた吉宗が気楽そうに言った。
南税藩がある美濃国は同じ御三家である尾張徳川とも繋がりが深く、吉宗や孫兵衛の出身である紀州とは若干の緊張が残る間柄なのだ。それを考えると石橋の態度もわからなくはない。
昔の吉宗なら些細なことであっても強く反発していたかもしれない。しかし将軍として、そしてその裏で積み上げてきた経験が万民の頂点たる鷹揚さ、すなわち大器に見合った懐の深さを彼にもたらしていた。

「ただでさえ南税藩は動転している。不幸ゆえの余裕のなさだ、少しは大目に見てやれ。目通りは十分に療養したあとでいいではないか」

「上様がそうおっしゃるのでしたら……」


3 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 01:44:21 /03hTUx2
華やかな江戸の町を歩く8代将軍徳川吉宗───否、ここでは貧乏旗本の三男坊、徳田新之助だ。彼は今日も気晴らしを兼ねて市井の人々の暮らし向きを見回っていた。江戸城は大天守から眺める米粒のような点ではなく、地に足つけて生きる民草の悲喜交々、さらには彼らのための御政道は同じ土を踏んでみねばわからぬというのが吉宗の持論なのだ。

「ヒヨッチ!」

「もっと突いてくれオルルァ!」

「パイパイパーイパパイニ゙ チーッチッチッチッチッチッズオォ!!」

そんな吉宗の耳に届いたのは子供たちの朗らかな声だった。見ると何人かの子供が長屋の空き地で木の棒を片手に浪人に剣を教わっているようだ。

「ちゃんと立てよ?気を付けしてみろ」

中央に立っていた浪人が、派手に転んだ子供をぶっきらぼうに起こす。テキパキと棒を構えさせる様子は明らかに剣を教えることに慣れた者のそれだった。

「……なあ、俺もひとつ手合わせを願いたいのだが」

「……?あ、いいっすよ」


4 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 01:47:22 /03hTUx2
壮年の浪人は吉宗の頼みを驚くほどに快く受け入れた。ふたりが向き合い、木の棒をゆっくりと構える。
ぴたりと静止した吉宗は、浪人の身構えをうかがいながらその風体をじっくりと眺めた。
体幹のぶれのない歩み方、そして質素な着流しの下に隠した鍛え上げられた肉体は、明らかに一介の痩せ浪人のものではない。そして何より恐ろしいのは、隙あらばこちらを喰い潰さんとするその目だ。

(手を抜くことはできぬか……)

吉宗がゆるりと剣先を下げ、片手に持ち替えた。一見して隙があるように見えるその構えこそ、柳生新陰流が極意、無形の位。どのように打ち込まれても確実に返す自在の剣である。

「───ようッ!」

勝負は一瞬だった。浪人が突いた木剣が吉宗によって打ち上げられ、ガラ空きになった胴へと勢いそのままに剣を振り下ろそうとする。しかし、男はそれを待っていたとばかりにさらに上段から打ち込む。寸毫の遅れがあったはずの浪人の剣は吉宗の一文字を絡めとり加速、敵の剣先を逸らし己の斬撃に神速をもたらす妙技を見せた。

「あぁ、やられたなあこりゃ……」

しかし、降参の意を表したのは浪人の方であった。
彼が投げ捨てた木の棒は、なんと根本からへし折られていた。吉宗の6尺(約180cm)もある肉体から発せられた膂力が、浪人の振り下ろした剣を砕いたのだ。

「異様に伸びる突き、独特の癖のある恐ろしい切落(きりおとし)、唯心……否、音に聞こえし南税藩は迫真一刀流の使い手とお見受けした。肩に傷さえなければ、この勝負、俺が負けていただろう」

浪人は驚いた。短時間の立ち合いでよもや古傷すら見抜かれるとは。

「おぅ、よくそこまでわかるな。お前は……」

「俺は徳田新之助、町火消しのめ組の厄介になっている者だ」

「しんのすけ……?」


5 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 01:50:36 J.M49Mz.
また始まってる!


6 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 01:50:58 /03hTUx2
棒が折れたから今日は終わりだ。そう乱暴に子供たちを追い払った浪人は、吉宗に連れられて呑みに行っていた。葛城蓮之介と名乗った浪人は、つまらぬ理由で藩を追い出され、子供たちの面倒を見るなどしてなんとか糊口をしのぐ身だと語った。

「子供たちの悶絶顔も見れるから……」

子供嫌いでいじめていると言った葛城だったが、吉宗にその程度の嘘は通用しない。立ち振る舞いこそ乱暴で露悪的だが、葛城の身からはそれ以上に子供たちに対する慈愛の心が感じられたのだ。

「しかし南税藩といえば俺の国では人喰いの剣鬼が棲むと言われていたが、まさかお前のような男がいるとは……」

「ま、そうは言っても色々くだらないことがあって出て行ってしまったんじゃ」

吉宗の称賛に、葛城は照れ臭そうににやりと笑い、盃をあおって左肩をさすった。先程の戦いでもわずかに引き攣っていた腕はその時のいざこざの名残らしい。

「そういえば葛城殿、時に南税藩主にして迫真一刀流の当代である迫樽戸守(はく・たるとのかみ)殿のご長男、真之助殿が亡くなられて、後継が次男に変わったとか……」

「あ、ああ……」

目を伏せる。葛城には何か思うところがあるのだろう。
その晩は楽しく盃を交わすことができたが、吉宗はついにその理由を尋ねることができなかった。


7 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 01:53:20 /03hTUx2
「頭ァ!まただ、橋沿いだ!」

「なんだとぉ……おい半次郎!」

め組の玄関に駆け込んできた若い衆に、辰五郎が顔を強張らせた。声をかけられた小頭と吉宗が素早く目くばせをし、走り出す。

「まただ───」

「竹光が───」

「どいたどいたぁ!」

橋の下にできた人だかりの中、ふたりを待っていたのは無惨にも頭を割られた侍の死体だった。全身に刻まれた傷は彼に起きたことを語っていた。

「……一方的に斬り刻まれた後でここに捨てられたようだな。しかもこの切り口、相手は相当の使い手と見える」

「今月でもう3件目。ひでえ……なんて卑怯なやつだぜ」

憤る火消しをそこに置き、吉宗が御庭番を呼ぼうと物陰に隠れようと思った時───。

「…………」

吉宗の視界に入ったのは、死人を睨み何事かを思案するある男だった。

「才三、ある浪人の周りを探れ。その男の名は……葛城蓮之介」


8 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 01:56:34 /03hTUx2
「色々な刀があるな。よもやこれほどに揃っているとは思わなんだ」

南税藩が江戸に置いた藩邸にある一室、そこは武芸で知られた南税藩を象徴するかのようにさまざまな刀剣で埋め尽くされていた。

「いやー……」

笑みを浮かべたのは江戸家老、石橋。刀の蒐集家としても知られる彼は、藩主迫家に献上することを口実に自らの趣味も満足させているのだ。

「これだな」

「───すごくステキ」

石橋に示され、男がゆっくりと刀を抜き、まるで刃の匂いを吸い込むかのように顔を近づけた。本日鑑定士───山田朝右衛門吉時が目利きを依頼された剣の山の中で、もっとも優れているとされたのがこの打刀だ。

「……まさしく、聖剣『月』。その真打」

吐息が御刀にかからぬように咥えていた懐紙を放し、朝右衛門は深い驚嘆を湛えた顔で漏らした。
太刀「誅念」、静刃「野火」といった歴史の闇においてなお世を惑わす邪剣、淫夢之一太刀。その中でも邪剣「夜」と並び殊更に恐ろしいと伝わるのがこの「月」であった。特に実在するかすら疑われていた二振りだが、こうして目の前に出された刀は、まさに魔剣と呼ぶほかはない。

「残りの刀も随時目利きを進めていく、しばし待たれよ」

「フェッフェッフェッ(笑い声)」

朝右衛門の冴え渡った慧眼に、石橋は満足げに目を細めた。


9 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:00:03 /03hTUx2
「ふう……」

朝右衛門は水で口をゆすいだ。刀剣の目利きというものは本来そう何十本と連続でおこなうものではない。しかしいかに谷流試刀術で知られた山田朝右衛門といえど誇りだけでこの仕事を受け持ったわけではなかった。
───金だ。放蕩が許される身ではない。名を隠し、後ろ暗い者たちの用心棒をやったこともあった。一時こそ公儀御試御用を任されたこともあったが、それも続けることはできなかった。全てを捨てた身であれど、義理や人情で腹は膨れずとも、人の道を外れずに生きていけるのならまあそれでいいだろう。
一息つくと、朝右衛門は周りを見回した。逗留を許された部屋は狭くもなく、居心地がいい。分不相応な気もするが、それだけ腕を買われたのだろう。
そこまで思索を巡らせたところで、朝右衛門はふと庭先を歩いている少年と目があった。見れば怪我をした足で恐る恐る歩き、回復具合を測っているようだ。

「無理をするな。治るものも治らぬぞ」

「……おじさん誰?」

「俺は山田朝右衛門。名を聞きたいならまずは自分から名乗るものだぞ」

子供が不思議そうに朝右衛門を覗き込む。おそらく家中の者だろうが、こういった態度を取られることに慣れていないのだろうか。

「お前にも親から貰った大切な名前があるのだろう」

その言葉に少年はやっと応える。

「……ぼくひで」

その時だった。

「───秀之助様!」

「若様、お部屋にお戻りくだされ!」

おそらく彼を探していたのだろうか。庭先に何人かの侍が来ると、少年は不承不承ながらも自室へと連れられていってしまった。


10 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:03:55 /03hTUx2
「あーひま!」

「やめなされやめなされ、茶碗を叩くのはやめなされ」

「こわるる〜」

部屋へと戻った秀之助だったが、溜まった鬱憤はすでに相当のものであり、わがままぶりにも一際の拍車がかかっていた。

「足が治るまで今しばらく辛抱を……」

「困りましたねぇ……」

「やめなされやめなされ、壺を転がすのはやめなされ」

「お兄さん許して、こわれるわ」

あいにくと秀之助は人に頼まれておとなしくなるような性分ではない。兄の代用品として育てられた日々が彼の心をねじ曲げてしまったのだろう。

「…………」

藩士たちの喧騒の声を遠くに、朝右衛門はひとり目利きの続きに取り掛かっていた。名刀奇刀が揃えられたその様は、なるほどひとつの藩を代表するだけある。

「……血曇り」

しかし、朝右衛門の鋭敏な感覚は鑑定した剣の一本に不自然な残滓を見つけていた。丁寧に拭き取ってはいるが、確かに人を斬った油が残っていたのだ。
もちろん天下泰平の世とはいえ、戦国の気風を忘れてはならぬとされている士分。荒々しいことで知られた南税藩で人を斬ることがまったくありえないというわけではない。

「これも……これも……これもか」

怪しい刀に絞ってさらに検分すると、大なり小なり確かな血曇りが残っていた。大量に刀剣があるとはいえ、さすがに人を斬ってからそう長くない刀がこうもたくさんあるのはおかしいだろう。


11 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:04:46 BWl/7MEs
お前のSSが好きだったんだよ!


12 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:06:37 /03hTUx2
事は数日後、粘つくような闇が広がる夜に動き始めた。
当初は胡散臭いと思っていた徳田新之助という男に対し、葛城はすっかりと心を許していた。この日も晩酌から別れ、お互い帰路につこうとしていたのだが───。

「……お前『会津』か!?」

暗がりから現れた男たちが葛城の顔を見た途端、驚いたように刀を抜いたのだ。

「チッ」

舌打ちした葛城も刀を抜き、なんとか応戦するが、吉宗を唸らせたほどの実力をもつ彼ですら賊に決定打を与えることができない。一撃、二撃と弾いて無防備になった背を親分らしき男の刃が襲う───。

「おい待てぃ!」

「ホアーッ!」

しかし、男の顔面を飛んできた扇子が打ち据えた。異変を聞きつけた吉宗だ。相手の懐に飛び込んだ吉宗は目の前に斬りかかる敵の手首を掴むと鳩尾を殴り、そのままの勢いで刀を抜いた。
親分らしき男は一瞬迷った様子だったが、扇子に跳ね飛ばされそうになった頭巾を深く被り直すと、周りの男たちを率いて逃げていった。


13 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:09:59 /03hTUx2
「するとつまり、あなたの本当の名前は葛城蓮之介ではなくって、会津久之助ってことですね?」

「いや、あの……ちょっとあの……はい」

め組の頭の妻おさいの質問に、葛城はまごまごしながらも答えた。
その反応を眺め、ある種の確信を得た吉宗が切り出す。

「すでに捨てた名で呼ぶ以上、藩の顔見知り……南税藩の手の者だな?教えてくれ。国のものがあそこまで斬ろうとしていたわけを」

「……あいつらかなこれ」

そういうと葛城は少しずつ語り出した。
数年前、南税藩士だった会津久之助という侍は藩主、そして当時の国家老の常軌を逸した刀剣蒐集に苦言を呈した。

「駄目なものは駄目なんじゃい!」

「お兄さん許して!」

その結果その場でお互い激昂の果てに城中で斬り合いになったのだ。結果侍は逐電、国を去った彼は江戸で葛城蓮之介と名を改め浪人となり、風の噂では家老は藩の政治から遠ざけられるようになったという。

「なるほど、己を失脚させた仇と思っているのだな……南税藩江戸家老、石橋課長は」

「まったく困ったもんじゃ……」

葛城が悩ましげにうつむいた。
無理もない。恥ずべき過去がもう一度戻ってきたのだ。


14 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:11:53 /03hTUx2
「あー……!」

秀之助はひとり荒れていた。今まで何をするにせよ若様である秀之助を最優先に動いていたはずの石橋をはじめとする藩士たちが、今朝からは突如自分を放っておくほどに慌ただしく動き始めていた。
さっきもそうだ。温厚なはずの石橋が土蔵に近づこうとした秀之助を叱責したのだ。
それに暇が潰せそうな相手だった目利き役の浪人もどこかに行ってしまった。
また新しく面白そうなことを探さなくては。秀之助は痛めた足を引きずり、杖を振り回しながらまたさまよい始めた。


15 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:14:52 /03hTUx2
長屋にも西日が差し込む頃、葛城はひとり自室で先程見たものに思いを馳せていた。
昨日南税藩士と斬り合った場所からほど近いところでまたもや辻斬りの被害者が発見されたのだ。その死体の傷に見覚えがあった気がしたが、昨夜のあれではっきりした。

「迫真一刀流だよなやっぱ……」

疼くような幻痛に思わず肩を押さえる。これ以上藩の醜態を晒すわけにはいかぬと黙っていたが、あの集団を率いていた恰幅のいい頭巾の男は明らかに家老、石橋課長だろう。
浅慮ゆえに藩を飛び出し数年、なんの因果か南税藩が狂ってしまった。

「どうつがな、償うんだよなぁ……」

葛城が刀を鞘から抜き、目の前に構える。刃は夕日を照り返して妖しく輝いた。
邪剣「夜」。全てが変わった運命のあの日、斬りかかってきた石橋から逃げるために偶然手にしたのが聖剣「月」と対になるこの刀だ。刀好きのやつの性分を考えれば、まず間違いなく取り戻しにくるだろう。そうなればこの長屋に血の華が咲くのは疑いようがない。

南税藩邸に向かう葛城、そしてそれを追う御庭番の存在を知るものはいなかった。


16 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:16:34 /03hTUx2
(博士ル〇ペのCM)


17 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:18:03 /03hTUx2
行燈に火が灯り、闇はかえってその深さを増す。

「嫌よ〜」

「まずいですよ!」

「ああ駄目駄目駄目……」

その闇に紛れ、部下の制止も聞かず今宵も凶行に臨もうとしていた男がいた───石橋である。
藩政から遠のけられた彼はしばし辻斬りをはたらくことで己を慰めていたのだ。
聖剣「月」を手に入れ、江戸に流されてしばらく経ったのちのことだった。

(オルルァ……オルルァ……)

それまでも石橋は気に入った刀を手に入れると、暇さえあればそれを眺めているのが好きだった。
しかし、その日から「月」を見つめると、脳裏にそれが血を求める声が響くようになったのだ。

「狂う……」

妖刀の類いとはいえ、実際に意思をもって話しかけてきたわけではないだろう。しかし人を斬りたくてたまらない悪鬼となった石橋が、とうとうその遠因となった会津、もとい葛城と出会い、狂気はもはや誰にも止められないものへと変わりつつあった。暇つぶしに用意しておいた「おやつ」も土蔵に仕舞い込み、今にも葛城と邪剣「夜」の元へと向かおうとする。

「困りましたねぇ……今は大事な時期なんですから少し待ってください。せっかく藩主跡目、迫真之助君を消してまで藩政に返り咲く機会を整えたのに、あの会津に挑めばタダじゃ済みませんよぉ?」

「いやいやいやいや!ホアーッ!」

「あぁ……」

怪鳥の叫びに紛れた誰かの驚愕の声が聞こえた瞬間、部屋の中にいた全員が外を向く。家臣のひとりが障子戸を開くと、そこには全身を小さく震わせる秀之助が立っていた。

「……お兄さん許して〜」

石橋がぬるりと刀を抜き、切先を秀之助に向ける。しかし、その表情は明らかに異常なものへと至っていた。口止めというだけでなく、もはや誰でもいいから斬ってしまいたいのだろう。

「誰か助けて!」


18 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:20:40 /03hTUx2
刀に背中を向けた秀之助は当然斬られるはずだった。しかし、その無防備なはずの背を守ったのは一本の刀───葛城が振るった邪剣「夜」であった。

「会津ッ……!」

「逃げろ!」

何本もの剣を向けられながらも葛城が叫ぶ。これだけの戦力差だ、数人倒したところで勝ち目はない。

「逃げろっつってんだろオイ!」

「……っ!」

半ば呆然としていた秀之助がやっと我を取り戻し、走り出す。
あの様子だと数年前にいなくなった会津久之助などとっくに忘れているのだろう。葛城は自嘲し、刀を上段に構えた。
迫真一刀流、切落の構えである。
せめて華々しく散ろう。全てを捨てた葛城の最期の願いだった。


19 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:23:08 /R64jI5M
暴れん坊将軍SS流行らせコラ!


20 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:24:42 /03hTUx2
「その勝負、俺が預かろう」

「なにやつ!?」

重苦しい闇夜を切り裂き、朗々と轟く声と共にひとりの男が現れた。

「徳田殿!」

「南税藩江戸家老、石橋課長。そちが藩で行った乱暴狼藉、江戸の民を襲った辻斬り、そして何より藩主跡目を殺し藩政を私(わたくし)せんとした謀略、その全てが白日の元へと晒された。そのあまりにも酷たらしき所業、余は断じて許すまいぞ」

「余?……!」

その瞬間、石橋の脳裏によぎったのは何度か御目見したことのある天下人の姿だった。

「……上様」

「上様!?」

「徳田殿が……上様?」

その場にいた全員が慌てて平伏する。しかし石橋はそれすらかなわないほどに呆然と立ち尽くしていた。

「これまでだ石橋。貴様には切腹すら生ぬるいわ」

吉宗の声にすら反応は薄い。
家臣たちが息を呑む中、やがて石橋はゆっくりと吉宗に向き直ると、手に持った白刃を将軍に向けた。

「───斬って」

一線を超えたその命令に、藩士たちが今度こそ吉宗と葛城を囲んだ。たとえ将軍と言えど、もはやこの場を丸く収めることはできない。四方八方を侍にふさがれ、吉宗がついに刀を抜く。

「腐りきったやつめ……」

吐き捨てるように言うと勢いよく刃を返し、峰打ちに持ち替えた。ハバキに穿たれた徳川の御紋が行燈の灯りを反射して輝く。


21 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:27:11 /03hTUx2
デーンデーンデーン!
デデデ デデデ デーンデーンデーン!
(♪BGM. 4-43)

迫真一刀流の猛者たちが飛びかかってくる中を吉宗は暴れゴマのように舞った。
斬りかかる刀を受け、崩れた体勢のまま渾身の力で打ち据えられればいかに鍛え上げられた侍であってもただでは済まないだろう。何度も刀を叩きつけられ、倒れることしかできなくなった男たちが、あっという間に庭先から廊下までを埋め尽くす。一対多数ならば戦いの舞台を閉所に持ち込むのが定石であっても吉宗には関係ない。彼の歩みを邪魔したものから打ち込まれ、呻き声をあげることになった。
一瞬の隙をつき、刀が飛び出す。

「上様!」

「……葛城殿!」

身悶えする仲間の影から吉宗を手だれが襲うが、その剣は届かない。葛城が阻んだのだ。

「オラっ!」

「よう!」

葛城は手の中に握った砂を投げつけた。しゃにむに刀を振り回す敵の連撃を最小限の動きでかわしていくと、彼は大胆にも相手の懐に飛び込み、相手の腕を掴んでそのまま斬り上げる(BB)。剣術と呼ぶにはあまりにも奇怪、柔と言うにはあまりにも邪道なそれは、彼が編み出した迫真一刀流の新たな秘剣だった。

「ひ、卑怯……な」

「───上様!」

吉宗と葛城が走り出す。ふたりの視線の先には、万策尽きたと悟り逃げ出す石橋がいた。


22 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:31:14 /03hTUx2
「ヘッヘッヘッヘッ……」

太った体を揺らしながら、石橋は屋敷の外へと一生懸命に駆けていた。
このような場所で捕まるわけにはいかない。もう藩の乗っ取りなどどうでもいい。もっと、もっと人を斬れと刀が語りかけてくるのだ。

「ヘッヘッヘッ…………ヘッ!」

「───待っていたぞ」

乱れかけていた石橋の呼吸が止まる。彼の退路を塞いだのは、後回しにして土蔵に閉じ込めておいたはずのおもちゃ───葛城の代わりに嬲られる予定だった山田朝右衛門だった。

「お兄さん……」

陰から覗き込んでいた少年、朝右衛門を解き放った秀之助が身を硬くした。
朝右衛門が秀之助を守るように立ち塞がり、刀を構える。いや、刀などではない。よく見ればそれは秀之助が怪我した足を補うために使っていた杖だ。

「斬ってって……許して」

石橋が刀に耳を当てた。何やら聞き届けたかのように頷くと、完全に精神の均衡が崩れた様子で刀を振りかぶった。

「……成敗!」

「ホアーッ!!」

共に石橋を追ってきた吉宗の合図で、葛城が石橋を襲う。しかし、石橋が狙いをつけて駆け出したのは、因縁があるはずの葛城蓮之介ではなく、その場でもっとも弱いはずの山田朝右衛門であった。
ふたつの影が交差した瞬間、全員の動きがしばし止まった。やがて顔にどろりとしたものが伝ったのを感じた石橋が震える手を恐る恐る額にやる。

「…………!」

額を割り、溢れ出る脳漿を幻視したとき、石橋の心臓は止まった。
追いついた葛城が、うつ伏せに倒れた仇の体を起こす。石橋の額は、実際には木の杖で薄皮1枚を切られただけだった。

「刀が口を聞くはずがないだろう。人が人を斬るのだ」

朝右衛門の呟きに、吉宗は星空を仰ぎ、修羅に堕ちた男を憂いた。


23 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:34:06 /03hTUx2
「上様。南税藩邸における江戸家老自刃の件、滞りなく片付きましてございます」

「ああ、すまんな忠相」

大岡越前の報告に、吉宗は深く頷いた。狂気に堕ちた石橋の死は自刃として届けられ、その処分に関わった南町奉行所の差配で「適切に」処理されたのだ。

「しかし上様、兄に続き石橋まで失うとは。南税藩の新たな跡目、秀之助の内心、察するに余りますなぁ……」

孫兵衛が嘆息した。紀州の暴れん坊だったかつての吉宗と少なからず重なるものがあるのだろう。

「……なあ爺。今江戸の町にかつて南税藩を改革しようとした男がいる。そやつを爺の口利きで藩に戻してやれぬか?あの男なら、きっと秀之助を厳しく導き……寂しさに寄り添ってやれるだろう」

「かしこまりましてございます。しかしそんな者まで知っているとは、さすが幾度となく城を抜け出されてるわけではございませぬな」

吉宗は思わぬ不意打ちに目を丸くした。

-完-


24 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:37:54 k5tIoAa2
〆の孫兵衛のお小言すき
情景が目に見える見える……(文筆力が)太いぜ。


25 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 02:48:13 GN/2LZIQ
玉も竿もでけぇなお前(褒めて伸ばす)


26 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 10:22:20 R2NmpfZk
いい文章書くみたいだけど
何か時代小説とかやってたの?


27 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 11:10:04 LpBG6ydU
やりますねぇ!


28 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 11:13:09 WGLK23Fc
蹄の音とあのテーマが流れる良スレ


29 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 11:57:34 9wbSAZCk
毎朝早起きしておはよう時代劇を欠かさず見てるのが感じとれる細部までこだわった再現


30 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 12:23:01 EHlKVg6E
デン デン デン
テレレレレレー↑ (北島三郎の「炎の男」が流れる)


31 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 12:40:37 bxLd8FkE
若山弦蔵さん生き返れ生き返れ……(届かぬ思い)


32 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 12:42:11 dYFHvWoY
今回も素晴らしいクオリティ
次は「斬って候」が流れるようなやつが見たい(わがまま)


33 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 13:34:30 BCXxHw4c
>「刀が口を聞くはずがないだろう。人が人を斬るのだ」

粋スギィ!


34 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 18:04:02 /03hTUx2
>>32
コメントで忠相や朝右衛門が活躍するのが見たいって言われて思い付いた話ですがさすがに2ヶ月近く暴れん坊将軍漬けだったからすぐにはいやーきついっす(素)
番組としての出来の良さや忠相と朝右衛門がいい男なのが少しは伝わったと思うのですが書いてる間にちょっと懐かしい推理ドラマのネタを思いついたのでそれを書くかもしれませんね


35 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 18:30:42 LpBG6ydU
>>34
期待してます!


36 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 19:22:15 CzRK.5zg
何という骨太なSSか


37 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 20:15:50 JCEfxRBU
2ヶ月も勉強とかこいつすっげえ変態だぜ?(称賛)
レギュラー陣の小粋なセリフまわしがあぁ〜たまらねぇぜ。


38 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/11(月) 23:30:16 hRRG.JSo
玉も竿もでけぇなお前(褒めて伸ばす)


39 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/12(火) 00:33:43 tcdFfKJ.
NaNじぇいの時代劇需要を一手に満たす稀代の職人
次回予告の最後の「どうぞお楽しみに(イケボ早口)」が好きだから予告とかも付け足してほしい(我儘)


40 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/13(水) 21:18:18 m3x.IUNQ
TVスペシャルみたいなトンデモ回も観たい(便乗我儘)


41 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/10/13(水) 23:42:57 nsJze5jE
このスレ神田松之丞に読んでほしい


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