■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■

【ウマ娘SS】私は私の道を行く

1 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:41:44 xj9pjafU
人は私たちのことを『黄金世代』と呼ぶ。
そこに、自分が含まれていることを『誇り』と言うべきなのか。
それとも、生まれる時代を『間違った』と言うべきなのか。
私は……。

ふと、目を開ける。
しかし、頭の中ではもう一人の自分が眠りと覚醒の境界線を行ったり来たりしているようで、体が思うように動かない。
しばらく布団の中でモゾモゾと体を動かし、体と意識を無理やりつなげる。
枕元の目覚まし時計を手に取り、時刻を確認すると午前5時。起きるにしては早すぎる。
もう少し寝てしまおうかしら。そんな甘い誘惑も、夢の記憶が邪魔をする。
私は何を考えているんだ。彼女たちは自分の同期であり、友人であり、ライバルだ。負けたくない。だからこそ、私は今を走れている。


2 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:43:16 xj9pjafU
走ろう。頭の中のモヤモヤをスッキリさせるためには、ここで考えていても仕方がない。
ベッドの布団を整え、手早くジャージに着替える。
寝息を立てているルームメイトを起こさないように気を付けて部屋を出ると、夜明けと呼べるだけの明るさが、窓の外にあった。
部屋から寮のエントランスに至るまで、誰ともすれ違うことはなく、まるで、世界に私一人だけが取り残されてしまったような、不思議な感覚になる。
私らしくない。そう考えながら、下駄箱の中のシューズを取る。
下駄箱の扉を閉めると、ラベルテープに記載されている自分の名前が目についた。

キングヘイロー。

それが私の名前だ。


3 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:44:57 xj9pjafU
約1時間ほどの走り込みを終え、シャワーを浴び、朝食を食べる。
走ったことで頭の中がずいぶんとスッキリとした。余計なことを考えている暇は私にない。
食堂の掲示板に貼られている、1枚のポスターが目に入る。

『高松宮記念』

芝、1200mで行われる短距離戦。春のGI競走シリーズの始まりを告げるレースであり、スプリントチャンピオン決定戦に私は出る。
GIへはこのレースを含めて11回目の挑戦だ。絶対に勝つ、いや勝たねばならない。
改めて気合を入れ直し、私は朝食を片付けた。


4 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:46:38 xj9pjafU
部屋に戻るとルームメイトがようやく起きたところであった。彼女のピンク色の髪はライオンの毛のように、寝癖がついている。
「あっ、キングちゃんおっはよー」
「おはよう、ウララさん」
こちらの存在に気が付いて、笑顔で声を掛けてきたウマ娘の名前はハルウララ。
天真爛漫という言葉がよく似合い、そして何度負けても挫けない根性が彼女にはある。
「ねぇねぇ、キングちゃん!私、今日は一人で起きれたよ!」
「お願いですから、いつも一人で起きれるようになって下さいな」
彼女に悪気は無いのだろうが、一緒の部屋になってからというもの、寝ているウララを自分が起こすというのが習慣になっていた。
今回のように自分で起きることもあるのだが、非常にまれだ。
「じゃあ私、朝ごはん食べてくるねー」
「ちょっと!寝ぐせぐらい直さないとダメよ!」
「えぇー、ライオンみたいでかっこよくない?」
「もう、直してあげるから、ちょっとじっとしててくださる?」
「えへへー、ありがとー」


5 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:47:50 xj9pjafU
ウララを椅子に座らせ、ブラシで優しく髪をとかす。気が付いたらこれも習慣になっていたが、不思議と嫌ではなく、楽しみの一つになっていた。
「ねぇ、キングちゃん」
髪がライオンから普通のくせ毛ぐらいに落ち着いた頃、不意に彼女が声を掛けてきた。
「なんですのウララさん」
「来週は高松宮記念だね」
「ええ」
「私、レース場には行けないけど、こっちで応援してるから、頑張ってね!」
反対を向いているから分からないが、きっといつもの笑顔で言ってくれているのだろう。
振り返ってみると、彼女の笑顔に救われたことは今まで何度もあった。
「おーっほっほっほっほ!当たり前よ、キングは絶対諦めないんだから!ウララさんも次のレース頑張ってくださいな!」
「うん!」
髪をとかし終えると彼女はお礼を言って食堂まで駆けていった。
部屋に一人残された私の意識はレースへと集中する。残された期間はあとわずか。
今日のトレーニングのことを考えつつ、学校へ行く準備を進めるのであった。


6 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:49:25 xj9pjafU
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。東京都府中市に所在し、総生徒数は2000人弱。全国からトゥインクル・シリーズでの活躍を目指すウマ娘が集まる。
広大な敷地内にはカフェテリア、図書室、購買などの普通の学校にもある施設の他に室内プール、ジム、ダンススタジオ、野外ステージなど、ウマ娘を育成するならではの施設もある。
中でも、レースの練習で使用される練習場トラックには、芝・ダート・ウッドチップ・坂路のコースがあり、観戦用のスタンドも設置されている。
そのような恵まれた環境の中で生徒たちは日々しのぎを削り、栄光の座を掴もうと努力している。
しかし、志半ばで力尽き、学園を去る生徒がいるのも現状だ。華々しい世界の陰には、勝負の世界が広がっている。
同期はいつも、いつも、いつも、私より先を走っていた。
スペシャルウィーク、エルコンドルパサー、グラスワンダー、セイウンスカイ。
皐月賞、日本ダービー、菊花賞、宝塚記念、天皇賞(秋)。GIの舞台で数々のレースを走ってきたが、彼女たちに勝ったことは一度もなかった。
そのこともあってか、母には「早くあきらめて実家に帰ったら」などと言われ続けているが、『一流』を証明するまで帰るつもりはない。
どう言われようと、どう思われようと、私たちは『一流』を証明する。あの日、二人で宣言したのだ。


7 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:51:21 xj9pjafU
「あら、今日も早いわね、関心関心」
授業を終え、トレーニングのため練習場トラックに行くと、そこにはすでに一人の女性がいた。
とってもおバカで、頑固で、不器用で、だけど私が共に道を歩むと決めたトレーナー。
「キング、授業お疲れ様。昨日の疲れは残ってない?」
「あら、キングがそんなことをすると思って?しっかり食べて、マッサージをして、たっぷりと睡眠をとってきたわよ!」
「だったら良かった」
彼女はニコニコと笑いながら左手に持ったバインダーに目を通す。そこには、今日の練習メニューや今までのタイムが記録された紙が挟まれている。
「昨日と同じように、スピード中心のトレーニングで。詳しいメニューはアップが終わった後に伝えるから」
「分かりましたわ」
「じゃあ、いってらっしゃい」
手をひらひらと振る彼女に見送られ、私はコースへ駆けていく。
風に乗って香ってくる花の匂いは、春の訪れを感じさせた。


8 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:54:56 xj9pjafU
アナウンスが流れ、間もなく出走時間であることを告げる。もう、行かなければならない。
「そろそろ時間だね」
「行ってきますわ」
「……ねぇ、キング」
私は椅子から立ち上がり、控室を出ようとしたところトレーナーから声を掛けられた。
振り返ると、彼女はいつにも増して真剣な表情をしている。
出会った時はちょっと頼りなかったのに、今ではそんな雰囲気は微塵も感じられない。
「勝とう、今度こそ!」
「当然ですわ!」
そう高らかに宣言し、控室を出た。
私は走る。私たちが『一流』であることを証明するために。


9 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:56:22 pAEn.t26
やっぱりキングがナンバーワン!


10 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:57:26 xj9pjafU
順番が前後してすみません。↓が先です。



高松宮記念当日。中京レース場には数多くの観客が詰めかけ、今か今かと会場全体に熱気が渦巻いている。
そんな中、私は控室で勝負服を身にまとい、トレーナーと作戦の確認をしていた。
「序盤は抑えて、後半に差していったほうがいいと思う」
「短距離勝負ですし、先頭集団にいたほうが良くないかしら」
「たぶんみんな同じこと考えてると思うのよね。そんな中、集団に埋もれちゃったら勝てない。後方で待機して外から差し切るほうが可能性が高い」
「確かに、それも一理ありますわね」
「先行していく走り方も間違いじゃない。最初から先頭で逃げるっていうのもあるけどいい思い出がないから却下」
「レース前に嫌なこと思い出させないでくださる?」
嫌なこととは日本ダービーで逃げの作戦で惨敗したことだ。あの時はお互い色々迷走していた。
「まぁ、とにかく、トレーナーの提案に賛成ですわ」
「うん、ありがとう」


11 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 06:59:26 xj9pjafU
レース場にファンファーレが流れ、会場のボルテージが最高潮に達する。
計17名が出走する中での7枠13番。ゲートに入り、深呼吸をするとまだ少し冷たい空気が肺の中に入り込む。
考え方はシンプルに。先頭集団後方で待機して差し切る。以上。集中力を研ぎ澄まし、スタートの体制に入る。
「オオカン桜が春を見守るもとでの熱き戦い、電撃6ハロン、高松宮記念!さぁ、寒風を吹き飛ばせ!春一番、GIシリーズいよいよスタートです!」
いつもの実況の女性の声が会場内に響き渡る。「始まる」と脳が全身の細胞に指令を送ると、眼前のゲートが開いた。
ターフを蹴り、前に勢いよく飛び出す。出遅れはない。予定通り集団のやや後方に位置付ける。


12 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:00:35 xj9pjafU
先頭は内からメジロダーリング、アグネスワールド、外を通りシンボリスウォード、中からタイキダイヤの4名が集団を引っ張っている。
直線から第三コーナーに入り、外から徐々に上がっていく。内と比べて距離のロスはあるが、集団という壁に阻まれるリスクは少なくなる。
小さく、でも確実に先頭との距離を詰めていく。そして、第四コーナーから直線へ、残り400mを示すハロン棒が目に入る。
脚は十分残っている。大外から直線で決める。


13 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:03:34 xj9pjafU
直線に入り、会場からの熱気を全身で感じる中、どのウマ娘も勝利に向けてラストスパートをかける。
目の前に、私を阻む物は何も無い。全力でターフの上を駆け抜ける。
残り200mを切ったところで先頭までの差はおよそ5から6バ身。肺には焼けるような痛みを覚え、足が悲鳴を上げ始める。
だがそれはみんな同じだ、最後は結局、自分自身との戦いになる。
負けてなるものかと気力を振り絞り、徐々に差を縮めていく。4から3、2から1バ身と差を詰め、気が付くと自分は先頭にいた。
ゴールはもう、目の前だ。


14 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:05:09 xj9pjafU
「大外から!大外から!やはりキングヘイロー飛んできた!キングヘイロー飛んできた!キングヘイローが撫で切った!」
会場全体が揺れているようだった。地鳴りのような歓声が包む中、レース結果が表示される電光掲示板を見て、1着であることを知った。
勝った、自分は勝ったのだ。じわじわと喜びが体中を駆け巡り、叫びそうになってしまったがイメージが崩れると思い、止めた。
会場からの声援に応え、インタビューを受けた後、控室に戻るとトレーナーから思いっきり抱きしめられ、やや面を食らった。
「ちょ、ちょっとトレーナー!?」
「やった!おめでとうキング!Glで勝ったんだよ!」
よく見ると目が少し腫れぼったい。もしかしてさっきまで泣いていたんだろうか。
「良かった……本当に良かった」
ゆっくりとトレーナーが私の肩を押し戻す。とても綺麗で、優しい顔だった。


15 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:06:53 xj9pjafU
あぁ、そうか。私は彼女にずっと負担を掛けていたんだ。
勝てないウマ娘とそのトレーナー。しかも組んだ時には大勢の前で『一流』を宣言したおまけ付き。
私が知らないところで辛い思いをしてきたに違いない。でも、そんなことは一切感じさせず、ずっと一緒にいてくれた。
思わず目頭が熱くなる。ありがとうと伝えなければならないのに、湧き上がる感情がごちゃ混ぜになって上手く言葉に出てこない。
彼女が微笑むと白い歯がのぞいた。
「ありがとね、キング」
もう限界だった。目の奥から次々と涙があふれて止まらない。落ちる雫を手の甲で拭いながら、なんとか彼女の思いに応える。
「こちらこそ、ありがとう。私の我がままに付き合ってくれてありがとう。何度も負けたのに一緒に頑張ってくれてありがとう。私の、トレーナーになってくれてありがとう」
自分の思いを言葉にして絞り出す。すると、小さな子供をあやすように、彼女がそっと頭を撫でてきた。そして、私が落ち着くまで続けてくれたのだった。


16 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:08:22 xj9pjafU
ようやく涙が止まり、落ち着いてくると子供のように泣いていたことが恥ずかしくなってきた。
しかも、「いいもの見れた」と言わんばかりにさっきからトレーナーがニヤニヤしている。あなただってさっき泣いてたでしょうが。
なんだかおもしろくない気持ちになっていると携帯電話が鳴りだした。なんとなく、相手は分かる。私が携帯電話を手に取るとディスプレイには母の名前が表示されていた。
「もしもし、お母さま?」
「……高松宮記念に勝てたのね」
「えぇ、キングの名にふさわしい、完璧な勝利だったわ」
「クビ差でギリギリの勝ちじゃない」
「……皮肉を言うためにわざわざ電話をしてきたのかしら?」
つい棘のある言葉が出てしまう。
私がトレセン学園に入学することになってからというもの、母との関係は歪なものとなってしまった。
「皮肉を言うほど暇ではないわよ」
じゃあ、いったい何のために電話してきたのだ。
「結局なんですの、そろそろライブの準備が……」
「優勝おめでとう、たまには家に帰ってきなさい。トレーナーさんが良ければ一緒にね、それじゃ、失礼したわ」
「えっ?」
こちらが聞き返す前に電話を切られてしまった。


17 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:11:41 xj9pjafU
私があっけにとられていると、トレーナーの不安そうな視線に気が付いた。いつも、母と私のやり取りを見ているから心配なのだろう。
「またお母さんから何か言われた?」
「たいしたことではありませんわ。優勝おめでとうと言われたのと実家に帰ってきなさいですって。あなたとも会いたがっていたわ」
「えぇ!?」
「それで、あなたはどうしますの?」
「どうするって言われても、私、そんなお洒落な服持ってないだけど、何着て行けばいいの!?あと、菓子折り持って行ったほうがいいのかな!?」
もし、断られたらどうしようかとも思ったが、行く気満々なようなので安心した。
「それにしても、もうちょっと言い方ってものがあると思うわ。ホント、素直じゃない人」
「えっ、それキングが言うの?」
イラっとしたので脇腹を軽く小突く。キングは心が広いのだ。


18 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:12:56 xj9pjafU
少しじゃれ合った後、ふと時計を確認するとライブの時間が迫っていた。段々血の気が引いてくる。
「あっ、ヤバい!もう少しでライブの時間じゃない!?急いで着替えて!」
「もうそんな時間なの!?ちょ、ちょっと手伝ってくださる!?」
その後、二人で慌てて準備を始める。これで遅れたものなら洒落にならない。なんとか勝負服からステージ衣装に着替え、胸をなでおろす。
「行ってらっしゃい。楽しみにしてるから」
「おーっほっほっほっほ!キングのステージをその目に焼き付けてなさい!」
いつもの調子で控室を出る。2番でも3番でもない、センターのステージに立つことに心が躍って仕方がなかった。


19 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:17:19 xj9pjafU
照明が落とされたステージからは、ライブ会場のサイリウムが夜空に浮かぶ星のようにも見えた。
会場全体が注目する中、音楽が鳴り、照明がステージ上を照らし出す。
すると、大歓声とともに緑色のサイリウムが一斉に動きだした。
長い、長い道のりの先に見たそれは、間違いなく、『一流』の証だった。



私は私の道を行く。
(これからも、二人で)


〜Fin〜


20 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 07:31:10 fKMaZc7M
すげェ!流石キングァ!


21 : IW26一生ボンバーヘッドダイビングタバコの火を消すブルースリー :2021/03/21(日) 08:55:31 ???
お母様の不器用な感じがええなぁ。


22 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 08:56:17 D9n.Ma3w
ええぞ!ええぞ!
ちょっとキングにしては喋りがお嬢様っぽすぎる感じはするけど


23 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 09:38:07 zYA3IDXc
人生も共にしていきたい


24 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 09:41:35 uH9rn70g
ヘイローの高松宮の実況ホント好き


25 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 14:10:49 pkzT.flI
キングヘイローすき


26 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/03/21(日) 22:12:44 2P9/5Cow
2012年だったかのヘイローの高松宮記念のCM、小学生の時にリアルタイムで最強世代(そして勝てないヘイロー)を見てて00年高松宮記念も親父に連れられて現地観戦してたから今見ても泣けてくるし何なら思い返すだけで泣けてくる。


■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■