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この駄目な女神に祝福を!【このすばSS】
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「あらカズマさん、おはよう。ふふ、今日もいい天気よ。素晴らしい日になりそうね」
「……」
朝起きて、いつものように居間に入ると、アクアが声をかけてきた……不自然でしかない穏やかな声と表情で。ご丁寧に羽衣まで浮かせている徹底ぶりである。
(コイツ完全に誕生日を意識してやがる……)
そう、今日はコイツが天界でどっからか生えてきた日である。一応エリスにも確認を取ったが日付を詐称しているわけではないらしい。ちなみに女神がどうやって生まれるのかとか、アクアが人間で換算すると何歳なのかとかも聞いてみたのだが、回答は「ナイショです♪」とのことだった。
「……」
ソワソワと落ち着かない様子でこちらをチラチラと見てくる駄女神。
いやまぁ別に?俺としてはコイツの誕生日なんざどうでもいいんだけどね?ただ、めぐみんやダクネスは普通にお祝いしたし、俺もパーティーとか開いてもらった以上、いくらコイツがバカでトラブルばっかこさえてくるとはいえ、1人だけ何もやらないってのも、ねぇ?って訳でしかたなくパーティーをやってやることにしたんですよ、渋々ね?
ちなみに予定としては、俺たち4人で軽めのお祝い、その後町の宴会場で他の冒険者たちと盛大にパーティー、って感じだ。
後者に関してはこちらから特に打診した訳じゃないんだが、当然のようにいつの間にやら開催されることになっていた。
この辺りはなんだかんだで顔が広いアクアならでは、と言えるだろう。
しかし……。
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「あらやだ、私ったらうっかり紅茶を浄化してしまったわ。ね、カズマさん。ほら、見事に真水になってるの。ポットももう空だし……ああ、どうしようかしら」
そう言いながらポットとカップをこちらに寄越してくる。これはアレか、新しく淹れてこいって意味か?
「まぁ、私の椅子に汚れが……どうしようかしら。めぐみん、めぐみーん!私の座る椅子に汚れが付いてるのー!」
アクアが廊下に向かってデカい声を出すと、
「……」
手に雑巾を握り締めためぐみんがツカツカと無言で部屋に入ってきた。あ、瞳がちょっと輝いてる。大分イラついてんなアレ。
「……はい、綺麗になりましたよ。これでいいですか」
「ええ、ありがとう。いい働きね」
アクアの偉そうな物言いにめぐみんの瞳がさらに輝き、雑巾を握る手がぷるぷると震えだした。当のバカはそれに気付かずゆったりとテーブルに肘をついてくつろいでいる。どうしてこう空気が読めないのか。
「カズマ、ちょっといいですか」
「お、おう」
怒りをなんとか飲み込んだらしいめぐみんが手招きをしてくる。その後に着いて部屋を出ると、廊下にダクネスがどこか疲れた表情で立っていた。
「……朝からずっとあの調子なのか、あのバカは」
「察しが早くて助かる……」
ダクネスが盛大に溜息をつきながら言う。その服にはところどころ誇りや汚れが付いており、おそらく力仕事だの掃除だのをやらされまくったのだろう。体力的にコイツがそう簡単に消耗するとは考えにくいので、精神的なモノが強いと見た。
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「今夜誕生日をお祝いしてもらえることを分かっていて、こちらが怒るに怒れないのを思う存分利用してきて……いい加減私も我慢の限界です」
その行き場のないイラつきをぶつけるように、手にした雑巾をギリギリと絞るめぐみん。
ううむ、ダクネスはともかくめぐみんが爆発するのは不味いな。次の瞬間屋敷が物理的に爆発しかねん。
「……こうなったら後ろからブン殴って気絶させて夜まで転がしておくか」
「い、いや、さすがにそれは……おい、めぐみん!ダメだからな!?何を『その手があったか』みたいな顔をしている!?」
やだなぁ、冗談だよ冗談。半分くらいは。
シャドーボクシングみたいな動きでウォームアップを始めためぐみんをダクネスがなだめる。
「しかし、どうしたもんか」
買い物とか適当な理由をつけてアクアだけ留守番させるか?いや、下手したらこっちのことなんかお構い無しに着いてきてあれが欲しいだのこれが食べたいだの言ってくるかもしれない。
くそ、考えれば考えるほどめんどくせぇ!
イライラしながら部屋の中にいるバカを見てみる。まぁどうせバカ面さらしながらふんぞり返ってるんだろうが……ん?
「あれ?」
「どうかしたのか、カズマ?」
「何かあったんですか?」
思わず漏らした俺の声に二人が反応し、同じように部屋の中を覗きこんだ。
部屋の中では、
「よっ!はっ!はいっ!……あ、また失敗しちゃった」
アクアが、何やら宴会芸の練習に取り組んでいた。しかも今まで見たことがない、よく分からんが複雑で難しそうなヤツを。
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「……アイツがあんな真面目な顔で練習してるとこなんて初めて見たぞ」
「ああ、それ用のスキルを持っているからてっきり練習などはほとんど必要ないものと私は思っていたのだが」
「しかも失敗してますね。どれだけ観客が大勢いても失敗しなかったアクアが……」
ダクネスやめぐみんも驚いている。そりゃそうだ、一番付き合いの長い俺が心底ビックリしてるんだから。
アクアは俺たちに見られているとも知らず、再び同じ芸に挑戦し、今度は見事に成功した。
「うーん、成功率は半分くらいかぁ……でも諦めちゃだめね!せっかくお祝いしてくれる皆にちゃんと喜んでもらうためにも頑張らないと!」
──っ。
「パーティーの主役である私がばっちり決めないと台無しだもの。失敗は許されないわ……!あえてよろしくない振る舞いをしておき、最後の最後にこの芸で一気に上げる!それで私だけじゃなくみんな笑顔!なんとしてもやってみせるわ!」
「「「……」」」
ったく。
「あの、カズマ。私……」
アイツは本当に。
「うむ、私も……」
練習なら自分の部屋でやれっての。
俺たちに見られたらダメなヤツだろうに。
本当にどうしようもないバカだ。主役が変な気を使いやがって。ってかその過程で迷惑かけたら意味ねぇだろ。
本当に……!
「ああもう、しょうがねぇなぁ……!」
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アクア様SSを待ってたんだよ!
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俺は小走りで台所へ向かうと、しまってあったもう一つのポット、そして茶葉の入った缶を掴んだ。あー、しまった。うっかり一番高いヤツ取っちまったよ、クソ。
選び直すのも面倒なのでそのまま淹れて、そのポットを携えて勢いよく居間に入る。直後不意を突かれたらしいアクアがすっ転びながら、
「ちょ、何をいきなり入ってきてるのよクソニート!配慮して!少しは私のプライベートに配慮して!」
と抜かしてきた。エセ貴族な振る舞いも吹っ飛んだようだ。
「だったら自分の部屋にいろよ。屋敷の中で一番人が出入りするとこで何言ってんだ」
未だギャーギャー騒ぐ声を無視し、さっきアクアが寄越してきたカップを取る。入っていたはずの元紅茶の水は無くなっていた。おおかた芸の練習で喉が渇いて飲み干したのだろう。
「女神が主張してるんですけど!ちゃんと聞い……?」
俺が紅茶をカップに注いでいることに気付き、キョトンとした表情を浮かべる。おい、まさか……。
「あー!そうそう!そういえば紅茶がないって言ったわね!うんうん、ご苦労様!カズマさんもやればできるじゃない!」
ポン、と手を打ってアクアが言う。このバカは自分で言ったことをすっかり忘れていやがったらしい。
普段なら怒るところだが、ここはグッと我慢する。
ご機嫌で席に座って紅茶を楽しみ始めるアクア。すると、間を置かずめぐみんとダクネスが部屋に入ってきた。
「アクア、屋敷の掃除は大体終わりましたよ」
「こちらも頼まれていた倉庫の整理が終わったところだ」
二人の報告に再びポカンと口を開けるバカ。
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「……あ、あーあー!ご苦労様!さすが二人ね!」
すぐに取り繕ったが、当然のようにめぐみんもダクネスもすべてを察したらしい……おそらくあのエセ貴族な振る舞いと芸の練習で頭が一杯で、適当に出した頼みごとまで覚えていられなかったのだろう。つくづくオツムの容量が残念なヤツだ。
「……まぁとにかく。他になんかやって欲しいことはあるか?あくまで俺たちにできる範囲のことで、だが」
「えぇっ!?」
俺の言葉にアクアが本気で驚いた顔をする。失礼なヤツだな、俺だってたまには……。
「『ヒール』!」
「……おい、なんで俺を回復させるんだ」
しかも頭の方を見ながら。
「だって、頭を打ったとしか……」
真剣な表情で言いやがる。チラッとめぐみんとダクネスを見ると、二人してサッと顔を背けた。
こいつらが共有する俺への認識についてはあとで問い質すとして。
「……で?何かないのか、やって欲しいこと」
俺が再度問うと、冗談や錯乱の類いではないとようやく理解したらしいアクアは腕組みをして唸り始めた。
「えっと、お願いしたいこと……お願いしたいこと……ああもう、急に言われても出てこないんですけど!女神は基本信徒の願いを叶えるものだし!」
「その仕事こそ放棄してほしいんだが」
アクシズ教の連中の願いがロクでもないものばかりなのは周知の事実である。場合によっては魔王の存在よりタチが悪いまである。
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「……あ!あった!そうよ、これがあったじゃない!」
ポンと手を打ったアクアが言う。
「繰り返すが、あんまり無茶なことは無しだぞ。出来ることと出来ないことがある」
「分かってるわよ。ましてカズマさんは人より出来ることが少ないんだからそこまでのことは言いません」
どうしてこう一言多いんだ、コイツは。
俺はまたも怒りを飲み込んで話を聞く。
「えーっとね、お願いっていうか、聞いて欲しいことがあるの」
「聞いて欲しいこと、ねぇ」
……ふむ。
正直あまり良い予感はしないが、まぁコイツなりに考えた結果だ。そもそもこっちからの提案でもあるし、ここは受け入れてやるべきだろう。
めぐみんとダクネスの方を見ると、二人とも、やれやれ、という表情で頷いてきた。
俺はアクアに向き直ると、
「じゃ、それでいい。なんでも言ってみろよ」
と、促した。
アクアは嬉しそうに微笑むと、軽く息を吸ってから話し始めようとする。
……あれ、今更だがもしこれが日頃の感謝、とかそういう方向性だったらどうしよう。コイツのことだから当初の「下げてから後で芸で上げる」というプランがすっぽ抜けている可能性もあるし。
そんなの聞いたら俺はなんというか……こう……。
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「私が言いたいのは……」
そんな俺の懸念をよそに、アクアは口を開いて───。
「まず、カズマさん。この前どこからか貰って来てたフィギュアみたいなヤツ、うっかり落として粉々になっちゃった。あ、破片はもう捨てたからないわよ」
は?
え、フィギュアってあれ?バニルがどっからか入手してきて、法外な値段ふっかけられながらもなんとか売ってもらったあれのこと?日本でも限定品でそうそう手に入らなくてずっと欲しかったあれ?
「次にめぐみんはね、いつも被ってる帽子なんだけど、この間変な虫が部屋に出たんで捕まえるのに借りたんだけど、うっかり潰しちゃって出てきた変な汁が染みになって取れなくなっちゃってるの」
めぐみんの顔が引きつった。少なくともここ数日は外出の際に普通にあの帽子を被っていたはずだ。
「最後にダクネスだけど、実家から貰ってきたって言ってた高そうなワイン、味見のつもりだったんだけど全部飲んじゃったの。あ、関係ないけどなんかカズマが好きそうな味だったわね」
ダクネスの顔から血の気が引いていく。そういえばこの前『お前が好きそうな酒が手に入ったんだ。よければ二人で……』とか言われてたな、俺。
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「ごめーんね!」
テヘペロとでも言わんばかりに舌を出して言う。
「「「「…………」」」」
俺たちは無言で頷き合うと、満足気なバカに、
「「「そこに座れ」」」
と、静かに命じた。
そう、俺たちは知ったのだ。
「え、ちょっ、ちょっと待って!何でも言って良いってさっきカズマが!ほ、ほら!だって今日私誕生日だし!あ、そうだ!芸!とっておきの芸を見せてあげるから!本当は後で見せるつもりだったけど……あの、ダクネス?そんなに押さえつけられると芸が出来ないんですけど?めぐみんも落ち着いて?なんか目がビームでも出そうなくらい輝いて……か、カズマさーん!!」
どんな時でも、許せる限度というものがあることを。
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「ねぇ、助手君」
「なんですか、お頭」
数時間後、いつもの酒場にて。
アクアの誕生日という大義名分の下に騒ぎまくる冒険者たちの輪から少し外れたところで、クリスが話しかけてきた。
「いったいキミたちはどんなお祝いをしたのさ?そりゃアクア先輩は人より涙腺が緩めではあるけど、あんな風にベソをかきながら登場するとは思わなかったよ」
俺はクリスから目線を逸らし、
「別に、普通ですよ」
今はバカ笑いしながら酒をどんどん飲み干していく今日の主役を見ながら、そう一言だけ答えたのだった。
───どうか来年は、もう少し普通に祝えますように。
END
アクア様、お誕生日おめでとうございます。
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オメシャス!
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優しい世界
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こういうのでいいんだよこういうので
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ロクなことしないけど結局なんだかんだ許されちゃうのがアクアなんですよね
誕生日おめでとうございます
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オメシャス!
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