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【艦これSS】天龍がもっと強くなる話
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このSSは世界観・キャラクターに対して独自の設定や要素があります
苦手な方はブラウザバック推奨です
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1
荒れ狂う海。塩水が風に吹き上げられ、黒い雲から滴り落ちる雨が頬を叩く。
魚雷、砲撃、艦載機がひっきりなしに飛び交い、艦娘達の戦いは激化していた。
「ーーー来ます!」
誰かの叫びが聞こえる。波飛沫の向こうで瞬く閃光。避けようとするが、既に中破まで追い込まれた自分の体は言うことを聞こうとしない。
直後、海面が大きく揺れたたらを踏む。当たりこそしなかったがかなりの精度だ。
味方の支援を行うべく背中の14cm単装砲二門から一斉射撃を行うが、水柱を立てるだけでまるで命中しない。パチパチという艤装からの火花の音が聞こえる。歯噛みしながらも、その場からの移動を図ろうとした時だった。
「何…!?」
彼女は目を見開いた。
こちらに向かって真っ直ぐ、赤い炎と共に猛スピードで直進してくる影があったからだ。
重巡リ級ーーーそう名付けられた深海棲艦の個体だ。人型のそれは生物の顔を模した艤装を両腕に纏い、海面を疾駆する。
理由は不明だが自身が狙われているのは確かだ。残り少ない魚雷を急いで投げて発射させるが、まるで動きを知っているかの様に全てを最小限の移動で躱していく。
「チッ…!!」
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気がつけばあっという間に距離を詰められていた。よく見るとその艤装は通常のリ級の物よりも肥大化しており、数多の戦場を経験した証拠である十字の傷が付けられていた。
そして何よりもその赤く光る目は深い憎悪をたたえていた。この世全てを憎んでいると言わんばかりの怒りと憎しみがオーラとなって滲み出ている。
「…来るなら来やがれ!!」
こうなれば逃げることはできない。味方の艦娘は他の深海棲艦との戦いを強いられている。彼女が自身に喝を入れ刀を模した艤装を構えると同時に、リ級の腕が顎門を開き赤色のエネルギーを収束させていく。
倒すならこの隙を突くしか無い、そう判断し刀を振りかぶるがーーー
「がっ…!?」
バキリという音。視界の端で真っ二つに折られた刀。
全身に激しい痛みが襲いかかり、視点が二転三転し海面を何度も跳ねた所でようやく止まる。
確実にこちらの攻撃の方が早かったはずだ。なのに何故。
痛苦に耐えながらも立ち上がり、リ級を見据える。奴は艤装を拳の様にして突き出していた。元々砲撃など行っていなかったのだ。あれはフェイントだ。
そう気づいた瞬間、彼女の中にあった戦意の灯火が急速に揺らいでいった。
砲撃では満足できず、直接己の拳で殴る。そこまでの憎悪と攻撃性を持つ敵に刀を失った自分は本当に勝てるのか?
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<削除>
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『………』
心が揺らぎ、一瞬動きが止まった彼女に近づくとリ級は容赦なく腹に膝蹴りを入れた。口から血が垂れる。あまりの痛みにうずくまろうとする所で首を掴んで握りしめ、見せる様に持ち上げる。
「テメェ…ぐっ…」
振り解こうと抵抗するがまるで力が入らない。
そんな彼女をじっと見つめ、リ級は牙の生えた口を開く。
『オマエモ…コイ。ワレワレノセカイへ…』
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瞬間、水中が光り炸裂する。目を向けると白い直線が多数近づいていた。魚雷だ。他の深海棲艦との戦いを終えた艦娘達がこちらに近づいているのだろう。
己の不利を悟ったリ級はぱっと手を離し、周囲への砲撃を開始する。
『…イズレオマエモワカルダロウ』
海面へ無造作に叩きつけられた彼女に、もうその声は届いていなかった。ただ今は荒れる波に身を任せて、夢も現実も何も見たくなかった。
天龍型軽巡洋艦ーーー天龍の先に広がるのは果てしない闇だった。
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2
艦娘達が母港へと帰投したのは明け方より少し前の薄暗い時間帯だった。
全員が中破以上にまで追い込まれているが無理も無い。元々彼女達の任務は遠方の海域への出撃だったのだから。
そして疲弊しながらも殲滅に成功し、帰投しようとした時、闇夜の中から狙いすましたかの様に深海棲艦は現れた。そこからは乱戦だった。何とか旗艦と思われる重巡リ級を撃退し、艦娘達はようやく撤退の選択権を得ることが出来た。
「…疲れた」
誰かがそう言った。
艤装を外し、桟橋に座り込む。このまま入渠をせず寝てしまおうかという弛緩した空気が流れ始めた時だった。
薄い桃色の髪に陽炎型の制服。見慣れた姿の少女が懐中電灯でこちらを照らして台車を転がしながら走ってくる。
「不知火?」
それは陽炎型二番艦にして、提督の秘書官である不知火だった。まだ早朝と呼べる時間でも無いというのに、いつもと変わらないクールな態度を崩さないまま挨拶する。
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「遠方海域作戦部隊の鎮守府への帰投を確認。…皆さん、お疲れ様でした。全員分の入渠の準備はもう出来ているので司令への報告は後にしてゆっくり休んでください」
不知火はそう言うと艦娘達が外した艤装を持って次々と台車に乗せていく。部隊の旗艦を務めていた阿賀野型四番艦の酒匂は、砲身が曲がってしまった艤装を手渡しすると立ち上がる。
「こんな変な時間に帰ってきたのに…ありがとう!お言葉に甘えて、艤装は一任するね。そういえば司令は今どうされているの?」
「皆さんの無事を確認するまでは起きているといい、一時間ほど前までは起きていました。ですがこのままでは任務に支障が出るので今は提督室のソファで休んでもらっています」
そうなんだ、と酒匂は答える。敵の妨害により鎮守府との通信が途切れ、報告が出来なかったせいで心配をかけてしまったらしい。報告をする際にはまず謝らなければ。
わざわざ出迎えに来てくれた不知火に改めてお礼を言うと酒匂は皆と一緒に入渠施設に向かおうとする。
その時だった。
後方から驚いた様な小さな声が聞こえた。
振り返ると部隊の一人である天龍が立ち上がろうとした時にバランスを崩してしまい転んでしまっていた。
思ったよりもダメージが大きかったのだろう。そう判断すると酒匂は近寄り肩を貸そうとする。
しかし天龍は拒絶する様に手を払う。
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「ぴゃあっ!?どうしたの?どこか痛いとこ触っちゃった?」
「うっせえんだよ…」
「ちょ、ちょっと、天龍、さん…?」
日頃の勝気な天龍からは考えられない様な低く小さな声。それが返って皆の視線を集める。
だが天龍は意にも介さずよろめきながらも暗闇に向かって歩いていく。
その異質な雰囲気に誰も声をかけられなかった。
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3
心を染めるのは自己嫌悪という色。
あの時、酒匂は自分を心配してくれたのだ。リ級に対しロクに抵抗も出来ず唯一大破にまで追い込まれてしまった自分を。
だから本来はその優しさに頼るべきだった。素直にさえなっていれば、こうして壁にもたれながら歩く目にも遭っていなかっただろう。
だが小さなプライドが邪魔をした。見た目だけとはいえ艦娘の中でも幼い見た目をしている酒匂が自分に対して気を使ってくれるという行いが、チリチリと天龍の心の中の何かを刺激した。
「…っ」
後悔しても、もう遅い。
果たして皆からどんな目で見られるだろうか。敵に怖気付いてしまい戦闘ですら活躍できないのにあんな態度を取ってしまった自分は。
天龍は曇った目でどこへ向かっているかもわからなくなりながら歩を進める。
『マダワカラナイノカ?』
「…!?」
暗がりから声がした。咄嗟に目を凝らすもそこには誰もいない。
額に冷や汗が滲んだ。聞き覚えのある声だったからだ。鉄が軋んだ様な、不協和音を圧縮した様な声。海域で嫌というほど耳にこびりつかされたそれが、確かに廊下の向こうから聞こえる。
『オノレノコエニシタガエ…ナニモオサエルヒツヨウハナイ』
「誰だ、誰なんだよ、お前…」
掠れた声で問いかけるが答えはない。幻聴だと思い込もうとするが、徐々に闇の向こうから迫ってくる様な圧迫感は強くなっていく。天龍は動けない。
そして耳元にまで近づいた瞬間、天龍の叫喚が廊下中に響き渡った。
夜は、まだ明けない。
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4
「あらあら〜わざわざ間宮パフェを奢ってくれるなんてどういう風の吹き回しかしら〜」
翌日。
業務の合間を縫って提督は間宮食堂に天龍型軽巡洋艦二番艦ーーー龍田を呼び出した。
龍田は気性が激しい天龍の妹でありながら、穏やかな性格で余裕のある立ち振る舞いをする艦娘だ。しかし、剣呑な雰囲気も同時に持ち合わせており提督が彼女との信頼関係を確立するまでは結構な時間を要した。
「天龍ちゃんの事でしょ?」
提督は頷いた。
ここ最近、天龍の様子がおかしいというのは鎮守府の中でも噂になっていた。当然提督の耳にも入っていたし、先日の遠方海域作戦の報告書にもその旨が記載されていた。
話しかけても反応が返ってこなかったり、休憩の際には遠い目でどこかを見つめているという。昨晩天龍と会った秘書官の不知火に尋ねてみたところ彼女も同じ様に感じたという。
艦娘と兵器の違いとは何か。外見や積める兵器というのが一般的な答えだが、この鎮守府の提督は『心』だと考えている。
艦娘に取って気分の良し悪しは、装備の整備よりも遥かに戦果に影響される。つまるところメンタルケアの様な仕事も艦娘を率いる提督には求められるのだ。
最も、彼にそんな経験は無いのでまずは姉妹艦や親しい間柄の艦娘に事情を聞くところから始めるのだが。
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「そうね、私も詳しく聞いたわけじゃないけど、スランプっていうのかしら?」
天龍はこの鎮守府だと比較的早期に着任した艦娘だ。
最初の戦力が揃っていない頃は前線で旗艦を務め活躍していたが、次第に球磨型や阿賀野型など最新鋭の軽巡洋艦が着任するにつれて出番は減っていった。
勿論、そんな事で挫ける彼女ではない。
演習に改修、装備の見直しなど出来る事は全て行った。だが、それでも差はそう簡単に埋まるものでは無かった。先日参加した作戦でも一人だけ大破してしまい装備も失ってしまったという事実が引き金となり天龍を暗然とさせているのではないか、と龍田は語る。
「そういえば…いえ、何でもないわ」
龍田は提督の薬指に嵌められた指輪を見て、ある提案をしようとしたが口を噤んだ。
指輪といってもただの指輪ではない。艦娘の力を限界を超えて引き出す代物だ。
かつて天龍を第一に行動していた龍田なら躊躇せず口に出していただろう。だが指輪を見た瞬間、脳裏に提督とケッコンしているとある艦娘の顔がよぎり今はそれを言う気分にならなかった。
どうやら、自分でも気がつかないうちに目の前の男に相当絆されてたらしい。
困った様にため息をつく龍田を見た提督は鞄から何枚かの紙を取り出した。
「これは…」
紙に書かれていた内容に思わず息を呑む龍田。
その反応を見た提督は、ここで初めて自分のパフェに手をつけた。
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5
「それじゃあ行ってくるわね、司令官!」
「とうとう私たちだけで遠征に行けるのよ、お子様なんてもう誰にも呼ばせないわ!」
この日は暁型駆逐艦の四人が、初めて自分達だけで遠征任務を行う記念すべき日だった。
長らく首を縦に振らなかった提督からようやく許可された四人が、ドラムを巻き付けた紐を確認する動作一つとっても期待に胸を膨らませているのは誰の目にも明らかだった。
「でも天龍さん達が居ないとちょっぴり不安なのです…」
「そういえば天龍さんはいないのかな。前にこの事話したら絶対見送りに来るって言ってたけど」
体調があまり良くないから来れない、と提督は桟橋の上から伝えた。ここ最近の天龍の様子がおかしい事は四人には伏せてある。天龍と親しい彼女達の任務に必要の無い支障を出したくは無かった。
「そうなの?せっかく天龍さんに渡したい物があったのに…」
「天龍ちゃんに?」
残念そうに言う雷に、提督の隣で控えていた龍田が問いかけた。四人は顔を見合わせると制服のポケットをまさぐる。取り出したのは手のひら程の小さな袋だった。
「いいの?天龍ちゃんに直接渡さなくて」
「中身は秘密なのです。でもこれできっと天龍さんも元気になるのです!」
「そうだね。帰ってきたら、みんなでお見舞いに行こう」
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そして暁が先頭に立ち、四人は出発した。提督達は手を振り、その小さな背中が見えなくなるまで桟橋に立っていた。
こうして出撃する艦娘達を必ず見送るのが提督の日課だった。真夜中や大雨の日でも見送りに来るので遠回しに止める様に言われた事もあるがそれでも休んだ事はない。
「それでは執務に戻りましょう。例のアレの完成も近いと明石さんから連絡が入りましたからそちらの確認も向かわなければなりませんし」
秘書官の不知火はスケジュール帳を片手に踵を返す。だがすぐに立ち止まった。二人が疑問を口に出す前に、不知火の視線を辿っていくとそこにはーーー
「天龍、ちゃん?」
天龍が工廠の影から現れた。肩で息をしており、まるで走ったあとの様だった。提督が走り寄って声をかけようとするがそれよりも早く天龍が顔を上げる。
「ーーー!!」
天龍と目が合った瞬間、提督は息を呑んだ。向けられた視線は怨みと殺意に満ちていた。
ただならぬ事態だと察した不知火が提督を守る様にして前へと出る。提督に向かって走り出す天龍。その手には予備の刀を模した艤装が握られていた。一体どこで、と考える暇も無く刃の切っ先が不知火に向けられる。
艦娘は兵器だ。普通の凶器で傷つけられだけでは血も流れないが、同じ艦娘の艤装となると話は別だ。
刺し違えてでも、司令は守らなければならない。
そう思った不知火は天龍を押さえ込むべく拳を握るがーーー
「なっ…!?」
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6
何も見えない闇の中。
天龍は立っていた。
ここは夢の中だろうか。彼女がそう思い前に進もうとした時、粘り気を感じさせる何かに足を絡めとられる。
思わず下を見るとそこには無数の真っ白な手が地面から生えて纏わりつき下へと引っ張っていた。
『オイデヨ』
咄嗟に逃げようとするが力はどんどん強くなっていく。地面に手を着き、這いずる様にして何とか抜け出すが暗闇の奥から数え切れないほどの腕が迫ってきていた。
『オイデヨ』
『オイデヨ』
『オイデヨ』
『オイデヨ』
『オイデヨ』
鉄が軋む様な不愉快な声が反響する。聞きたくなくて耳を塞ぐが全く効果は無かった。夢だというのに妙にリアリティのある目の前の光景から逃げるべく天龍は立ち上がって走り出す。
『オイデヨ』
しかし、どれだけ闇の中を真っ直ぐ走っても奴らは永遠と追いかけてきた。後ろを振り返るが全く距離は離れていない。
『オイデヨ』
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諦める。そんな単語が頭をよぎる。ふざけるな、こんな所で訳の分からないまま死ねるか。持ち前のどこまでも食い下がる姿勢が少しだけ息を吹き返した。
その時だった。
何もないと思われた闇の中で、目の前に光を放つ影があった。白い髪にこれまた病的なほど青白い肌。そして爛々と光る赤い目はどこかを見つめている。
あいつだ。この状況を作り出しているのはあいつだと天龍の直感が告げた。
『オイデヨ』
気がつくと手には黒い剣が握られていた。何時からあっただなんて事はもう関係ない。この悪夢はあいつを殺せば全部終わる。
そう考えれば身体が止まる理由は無かった。全力で走り剣を振り被る。
確かな手答えが剣越しに伝わった。奴の体が裂け、血が吹き出して全身にかかる。ざまあみろ。真っ赤な雨は何ともいえない恍惚感と勝利の余韻を生み出し天龍の口を歪めーーー
真っ赤?
待て。奴らから、深海棲艦から、赤い血?
『ヨウコソ』
もう一度目を開けると暗闇は晴れ、そこには血塗れの妹が横たわっていた。
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7
目の前で広がる血の海。その状況が理解できない。
あらゆる感情が心に届く前に遮断される。
刀が硬い音を立てて地面に落ちた。その音すらどこか遠かった。
「……あっ」
天龍は膝を落とす。立っていられなかった。とっくの昔に忘れたはずの感触が蘇り手が震える。
龍田を斬った。この手で、深海棲艦だと思い込んで斬った。そう自覚した瞬間、激しい痛みを心に感じた。
いつだって隣にいてくれたあいつを自分が殺した。理解が追いつき眼帯の奥から涙が溢れる。
この事実は今まで経験してきたあらゆる後悔や苦痛を合わせても勝てるものでは無かった。
心が壊れる時があるなら、きっと今なのだろう。
程なくして、視界が薄ら暗くなり、熱さから一転して、全身を寒さが襲った。ぼんやりと映る指先が段々と白くなっていく。だがもうそんな事はどうでもよかった。
「天龍、ちゃん…」
どこからか声をかけられはっと顔を起こす。弱々しく今にも消えてしまいそうな声だった。まさかと思い声の方向を見ると龍田が薄く目を開けて天龍に手を伸ばしていた。
「お、お前、大丈夫、なのか」
無意識のうちに天龍はその血に濡れた手に縋り付き握りしめた。まるで神に救いを求める信者の様に。
「大丈夫、だと、思う?人間だったら、もう死んでたわよ」
「いや違うんだ。違う、俺は龍田のことを」
「いいのよ、天龍、ちゃん。怒ってなんかないから」
どうしようも無い己の愚かさを呪い涙を流す天龍に対して、苦しそうに息をしながら龍田はいつもと変わらぬ微笑で笑いかける。
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「天龍ちゃんは、強いから。こんな事で、負けたりなんかしないもの」
龍田はまるで自分に言い聞かせる様にそう言った。そして力無く手が落ちる。天龍がもう一度掴もうとした時、担架と高速修復材が入ったバケツを持ち、血相を変えた艦娘達が提督と一緒に龍田を運び艦艇修理施設へと連れて行く。
「俺は…俺は…」
未だに温度が残る血痕を見つめる。
これで全てが終わった。自分は妹を手にかけた。軍事的な視点から見ても許されることではないだろう。
どこか他人事の様に茫然と考えていると、背後から肩を叩かれた。振り向くといつもと変わらない無表情を貫き通す不知火が立っていた。さながら刑場へと罪人を連れて行く処刑人の様だ。
「立ってください。着いて来て欲しい場所があります」
「…わかった」
恐らく収容所か何かに入れられる。そこで解体されるその時を待つことになるのだろうか。
しかし、天龍の考えとは裏腹に不知火は工廠施設の扉を開けた。
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「あっ」
「明石さん、何サボってるんですか仕事を。何深夜アニメの録画なんか見てるんですか」
「い、いや、不知火ちゃんが出てますよ、不知火ちゃんが」
「え、不知火が?…本当だ、映ってますね」
「でしょ?」
「じゃあ用事があるから見るのを辞めてこっちに来てください」
ポカンとする天龍を余所に不知火は明石に詰め寄る。その気迫に気圧されたのか、明石は慌てて施設の奥に走って行った。
しばらくすると布に包まれ紐で縛られた何かを両手で持ってきた。それは明石の半身ほどの長さだった。
「あ、完成してたんですね、ありがとうございます」
「なんか技術力を舐められてる…」
不知火は受け取るとそれを流れる様に天龍に手渡した。予想外の事態に天龍は滑り落としそうになるが何とか、ずっしりとした重さを感じさせるそれを持つ。
「お、おい、一体どういう事なんだ?」
「それは天龍さんの物ですから。開けてみてください」
不知火に言われるがままに紐を解き、布を取る。すると中から一本の薄墨色の刀を模した艤装が出てきた。磨き上げられた刀身に困惑する天龍の顔が映り込む。
全体の形状は自身が愛用していた艤装にそっくりだ。
「これは一体…」
「昨日、突然設計図を持った提督と龍田さんが出来るだけ早くこれを作って欲しいって言ってきたんですよ。最初はこっちにも無茶振りが来たぁ!って思ったんですけど事情を色々と聞かせれまして」
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曰く、提督は気分が沈んでいる天龍の為に何かをしたかったらしい。だが中々思いつかず、結局天龍が気に入っていた艤装をプレゼントしようと考えた。
そして天龍の普段の戦い方にも詳しい龍田と相談し設計図を完成させたのだという。
「そういう…関係だったんですよね。まぁ突貫工事ではありますが質は完璧ですから安心してください。これが使い方を纏めたマニュアルですから一度目を通しておいて下さいね」
「お、おう…」
呆然としてしまい生返事で答えてしまう天龍。明石が新たに付け加えた機構について熱弁をふるっているがよく耳に入ってこなかった。
そうしていると再び工廠の扉が開けられた。入ってきたのは帽子を目深に被った提督だ。天龍達を見て状況を察したらしい。袖には乾いた血がついていた。
「すいません、司令。不知火の方で先に刀を渡した方が良いと判断しました。あのまま放置しては天龍さんの精神が持たないと思ったので」
ここに天龍を連れてきたのは勝手な行動だったらしく頭を下げる不知火。だが提督は手を振って、構わないと言った。そしてそのまま天龍の方へと近づいていく。
「………」
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天龍は気まずくて目を伏せた。しかし提督は彼女の肩を掴んで自分の方へと向かせる。
『天龍ちゃんが無茶をするのは昔からだから。万が一の時は私が責任を負うわ』
高速修復剤をかけられ、意識を取り戻した龍田が自分に対して開口一番こう言った、と提督は言う。
そして軍服の中から『天龍さんへ』とペンで書かれた小さな袋を取り出し天龍に握らせた。中身は四つのお守りだった。それぞれに暁型駆逐艦の名前が刺繍されている。
「あいつら…」
そういえば今日はあの四人が初めて遠征に自分達だけで行く日だったなと、天龍は思い出す。こんな大事な事も忘れてしまっていた自分が情けなく思えた。
「みんなが…こんなに俺なんかの事を…」
嗚咽を漏らす天龍に対し、提督はそうだ、と即答した。
皆がお前のことを心配している。もし壁にぶつかったのなら一人で抱え込まずこの鎮守府の皆に頼れば良い、と。
「うぅ…俺は…」
眼帯の奥から再び涙が溢れる。だがそれは決して冷たい物では無かった。温かい涙が、天龍の手についた血を洗い流していった。
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8
「喉渇いた…喉渇きません?」
提督室にて、執務を終えた提督と不知火はソファに座ってアイスティーを飲んでいた。不知火はぷはーと一気に飲み干んだ。
夕焼けが窓の外から差し込む。そろそろ早朝に遠征に行った艦娘達が帰ってくる頃だろうか。
「今日は色々と大変でしたね。でも龍田さんの容態も安定しましたし、数日後には出歩いても大丈夫みたいです」
改めて艦娘と人間の差を感じさせる一言を聞きながら提督はソファに体を預けて窓の外を眺めていた。執務と夕食の間は提督業の中でも数少ない穏やかな時間だ。
だが無慈悲にもその静寂は一瞬にして破られた。
提督の携帯端末が着信音と共に震える。急いで出るが相手に頷いているうちにその顔が緊迫したものに変わっていく。
「司令、どうされましたか」
電話を切った提督に不知火が話しかける。
提督が言い放った内容に、不知火は耳を疑った。
「深海棲艦が鎮守府に向かって接近中…!?」
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9
もう夜になるというのに鎮守府のほとんどの施設で人々が慌ただしく動いていた。
理由は明白だ。重巡リ級と思わしき個体を旗艦とした複数の深海棲艦が、この鎮守府がある方角に向かって侵攻中と哨戒機から連絡が入ったからだ。
万が一にも近づけさせれば被害は甚大なものになるたまろう。それに加えて市民に知られたらパニックが怒るのは目に見えている。近くの鎮守府にも援護の要請をし、一刻も早く侵攻を阻止すべく提督は既に部隊を複数出撃させた。
燃料などを出し惜しむ必要は無い。更にもう一つ部隊を編成し行かせるべきだ。そのためのメンバーを提督が廊下を歩きながら選んでいるとーーー
「提督、頼みがある!」
書類から目をあげるとそこには天龍がいた。勝気な彼女にしては珍しく頭を下げていた。
「次に出る部隊の旗艦を俺にしてくれ!」
いきなりの頼みにさしもの提督もすぐには頷けず悩む。
そんな提督を見て天龍は更に頭を下げる。
「頼む!あのリ級はきっと俺を大破させたリ級だ!あいつを倒して、俺は前に進みたいんだ!」
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その必死の申し出に提督は考えあぐねた。勿論一人の人間として天龍に行かしてやりたいのは山々だ。だが軍人としては私情を挟んだ艦娘に一任するのは危険だと考えた。
しかし、その時聞こえた声が悩みを中断させた。
「司令、天龍さんは私たちがサポートするよ!」
そこには酒匂がいた。そしてその後ろにいる艦娘も前回天龍と出撃したメンバー達だった。
「…お前ら!」
「悔しいのは私達も一緒だもん!」
こうなれば断る理由もない。提督は全員に出撃の許可を出すと艤装の準備に向かわせ、先に桟橋に着いていた。しばらくすると天龍を先頭として走ってくる。天龍の手にはしっかりとあの新造の刀が握られていた。
「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!!」
海に着水した瞬間、フルスロットルで空気を揺らし飛び出していく天龍達。
提督はその姿が暗闇に溶けて見えなくなるまでしっかりと見届けた。
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10
戦場はあの日を焼き直したみたいに混沌と化していた。十を超える艦娘が、その数倍はいるであろう深海棲艦と激戦を繰り広げていた。艦載機が衝突する音を聞きながらも天龍達は戦場を突っ切っていく。
目標はただ一つ。あの重巡リ級の撃破だ。イ級の駆逐艦達が群がるが相手にしてる暇は無い。最低限の攻撃で沈めていく。
「…天龍さん!?来てくれたのね!」
「おう、今どうなってる?リ級はいるか?」
ヘ級を砲撃で倒し、汗を拭っている陽炎型駆逐艦一番艦ーーー陽炎に尋ねる。彼女は苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「数が多すぎて完全に拮抗している。リ級がこの奥にいる事はわかってるけどこの壁を突破しないと」
「なるほどな。要は雑魚どもを叩けば良いんだな?」
「それはそうですけど…」
陽炎が言い終わる前に天龍は飛び出していく。魚雷を艤装から取り出すと、ぶん投げて群れているニ級をドカンと纏めて吹っ飛ばす。
「よし、道が出来たから行くぞお前ら!」
「ぴゃっ!?あ、陽炎ちゃん、私たちはリ級に向かうから他をよろしくね!」
そう言い残すと駆けて行く天龍達。どこか呆れた視線を向ける陽炎だったが、元気になったのならそれで良いかと思い直し再び戦闘を再開した。
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「…いたぞ、リ級だ!」
「本当だ!…ぴゃっ!?艦載機が多い、気を付けて!」
指揮官の如く、艦隊の後方にいたリ級を遂に視界に捉えた。
しかし、深海棲艦が放った牙を生やす艦載機が空を埋めんばかりの数で押し寄せていた。銃撃の雨が降り注ぎ水柱を立てる。舌打ちをする天龍。しかし酒匂は冷静だった。
「ここは私達がやるから天龍さんはあのリ級を目指して!」
「だがそれは…」
「大丈夫!私、信じてるから!天龍さんを!」
天龍の迷いを潰す様に酒匂は断言する。こいつには敵わないなと改めて実感しながら天龍は刀を構える。
「わかった、ここは任せるぞ。…あと、この前は悪かった。ぶっきらぼうな態度取っちまって」
「いいっていいって!さぁ、やっちゃうよー!」
爆発する艦載機をバックに天龍は進んでいく。不思議と恐怖は無かった。獰猛な笑みを浮かべながらリ級の前へと辿り着く。
赤い瞳を憎悪で濁らしたリ級は忌々しい目で天龍を睨む。
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『オマエ…マダワカラナイノカ。オマエノココロガモトメテイルノハ』
「うるせぇ!お前の声は、もう聞き飽きた!つまらない前説は抜きにして殺しあおうぜ!」
リ級の言葉を一蹴すると天龍は飛び出す。刀を振るい首を狙うがリ級は咄嗟に腕の艤装で防ぐ。すかさずそこからエネルギー弾が放たれるが天龍はそれを躱すと距離を取る。
防いだ方の艤装には浅くない切り傷が刻まれていた。
「この刀、中々じゃねぇか。明石の奴も偶には良い仕事するな!」
今度はリ級が仕掛ける番だった。片方の艤装から砲撃をしつつ接近する。再び天龍は躱すがその隙を狙ってリ級は一気に距離を詰める。
そして拳の一撃を浴びせるが天龍は顔に届く前にそれを平手で受け止める。ニヤリと笑うリ級。拳は変形して砲門となり、そこから放った一撃で天龍は勢い良く吹き飛ばされた。
『クルシミナガラ、コウカイシナガラシヌトイイ…』
リ級は油断無く煙の向こう側を見据える。
一方天龍は痛みに顔を顰めながらも立ち上がる。加速して砲撃による追い討ちをギリギリの所で避けると、二人が互いの獲物を突き付けたのは同時だった。
力は完全に拮抗し、リ級の腕の艤装と天龍の刀が鍔迫り合って火花を散らす。
「は、そう簡単に死ねるかよ…!今の俺にはな、俺の帰りを待ってくれる奴がいるんだよ!!」
龍田の顔が思い浮かぶ。もう一度あいつの顔を見るには生きて帰らなければならない。歯を食いしばり天龍の刀を握る手に更なる力が篭った。
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『!!』
鍔迫り合いを制したのは天龍だった。一瞬、リ級の体が押されて揺らぐ。その隙を逃す天龍では無い。リ級の体を足場にして空へ高く飛び上がる。
驚愕に目を見開くリ級。天龍は重力に身を任せて刀を振り降ろす。
「うおりゃぁぁぁぁぁ!!!」
空からの一撃はリ級を袈裟斬りにした。すかさず飛んできたカウンターを受け止めると今度は腰から肩にかけて逆袈裟斬りを入れる。
リ級は致命傷が入っても、それでも手を伸ばし抗おうとするが抵抗も虚しくリ級の体は徐々に黒い海へと沈んでいく。
『イツノヒカ…コウカイスルゾ』
「するかよ。俺はもう絶対迷わないと決めたからな」
『ソウカ…』
最後までその目に灯した怨嗟の炎を消すことなく、リ級は深い海の底へと沈んでいった。
もし奴の言う通り、いつの日かこの事を後悔する日が来るのかもしれない。だがそれでも前に進んでやる。
どんな悪夢が現れても、共に戦う仲間がいる限り、もう負ける気がしなかった。
天龍は頷くと、残党を蹴散らすために魚雷を持ち上げた。
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11
それから数日後。
龍田の傷はすっかり治り、普段通りの生活を送ることが可能になっていた。今もこうして提督と間宮パフェを味わっている。
「それでね〜天龍ちゃんもすっかり元気になって、本当に良かったわ〜」
笑顔で語る龍田。無事にリ級を倒し帰ってきた天龍を見て裏で泣いていた事は、後から見舞いに来た提督と不知火しか知らない事実だ。
最もそれを口に出すとどうなるかは予想がつくので黙っているが。
「でもね〜一つだけ新しい悩みが生まれちゃったよのね」
ため息をつく龍田。すると間宮食堂の扉がガラリと開けられ天龍が入ってくる。そして店内を見回した後、龍田を見つけると途端に笑顔になる。
「おう龍田、こんな所にいたのか。また訓練付き合ってほしいからさ、演習場に来いよ!」
一方的に言うとすぐに店から出て行く。その背中には刀が背負われていた。
「あんな感じで、時間があればすぐに戦いたがるのよ。ちょっと元気になりすぎちゃったみたいね」
やれやれと首を振る龍田だったがその顔はやんちゃな子供を相手にする母親の様だった。御馳走様、と言いお金を置いて行くと龍田も店を退出する。
提督はパフェを口にしながら安堵する。どうやらこの一件も無事解決したらしい。
窓の外を見ると、そこには夏の訪れの近さを感じさせる澄み切った青空が広がっていた。
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以上です
本日3/11は天龍の進水日です
おめでとうございます
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提督の嫁艦は天龍って事なんすかね?
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いいゾ〜これ
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>>31
龍田じゃない?
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天龍とイチャラブするのはまーだ時間かかりそうですかねぇ?
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このあと天龍と龍田とめちゃくちゃ3Pした(薄い本並感)
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天龍と結婚したい人生だった
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天龍のおっぱい揉みたい
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lv1から大事に育てて99になったらまっさきにケッコンして天龍と幸せな家庭を築きたい
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