私は物心ついたときから戦いと冒険に明け暮れていたからな。乙女のような色恋沙汰とはついに無縁のまま人生を終えてしまった。
無論その事を悔やんでいるわけではない、興味もないしな。ただ、もしもメディアやキルケーのように恋に狂っていたら私はどうなっていたのだろうな？
ふーむ……よく分からんが恋というのはその対象を貪欲なまでに欲してしまう現象なのだろう？
であればそうさな、私もその「獲物」を得るためにあらゆる手段を用いてしまうかもしれん。
最初は狩りと同じように逃げ道を封じるところから、捕縛する際も気を抜かず、捕まえた後は一生逃さず……マスター？ おい、なぜ一歩下がるんだ？
私は狩人の目線から一つの例を提示しただけだぞ？ 何かおかしかったか？ であれば汝の口から恋とはどういうものか話してみろ。
………………
……ふむ、確かにな。
恋というのは最初は一方通行かもしれないが、最終的には恋した相手と感情を「共感」し分かち合わねばならぬ、か。……うん、言われてみればその通りだ、流石だなマスター。ほら、お礼に林檎をやろう。
……受け取ったな？ ああいやなんでもない。それよりもマスターよ、汝の意見を踏まえると一つの結論が出てしまうことになるぞ。
決まっている、私と汝が恋人同士ということだ。
ふふっ、いやはやこんな結論が出てしまうとはな考えても見ろマスター、汝は私の聖杯にかける願いを笑わずに受け止めてくれたではないか。あの女帝にも見果てぬ夢、不可能な夢と誹られた私の願いを認めてくれたのは他でもないマスターだ。肯定も否定もせずありのまま受け止めてもらえたのは汝が初めてだったんだぞ？ それだけではない、汝、子供は好きだろう？ 好きだよな、 ああほらそこも私と同じだ、好みも合っている。彼らの未来を救済するために私は汝の召喚に応じたわけだし、ひいては人理救済という汝の願いに「共感」したからこそこの出会いはあったということになるだろう。あっ、と言うことは召喚に応じたその瞬間から汝と私の関係は始まっていたのだなびっくりだ。加えてお互いの願いと目的が共通しなおかつ深く通じ合っているこの状況を私は勿論、汝も好ましく思っているのはもはや明白だろう？ 私からの深い信頼の証を表すその林檎を躊躇なく受け取ってくれたのだからな、感謝するぞ。私は純血を誓った身ではあるが汝とならそれを踏襲した良き信頼関係をこれからも育んでいけるだろう。だからサーヴァントとマスターという垣根を超えたこの関係、どうか末長く続くことを祈っているぞマスター。
〇狂ったアタランテが恋している
受け取る→言わずもがな
受け取らない→受け取る
……それにしても、こうして吾らが恋人同士であったことを確認できたのは良しとして一つ疑問が残るな。
うむ。して、恋人同士というのは具体的にいったい何をすれば良いのだ？
吾らの関係が切っても切れないものなのはもはや言うまでもないが、それだけというのは如何せん納得が行かぬ。もっと直接的な行為か何かがあるのではないか？
ああそうだせっかくだから汝の考えを聞かせてくれ、現代の価値観ではどういったことをするものなんだ？ 遠慮せず言ってくれ、さあ、ほら早く、何かあるだろう？ ん？
…………
……接吻に、「はぐ」とやらか。ほうほう、なるほどな。
駄目だぞマスター。先ほども言ったが私には純潔の誓いがあるのだからそのような邪な行為はご法度だ。節度をもって付き合ってゆかねば、節度だぞ節度。
どうしてもそういった行為をしたいというのなら、いかに恋人といえど私に足で勝つか、何らかの手段を講じてこの私を屈服させなければならん。ふっ、もっともいかにマスターとはいえ一介の人間である汝にそんなことが……むっ！？
汝のその手にあるのは先ほど私が授けた林檎か……！？
…………じー
はっ！？ふ、不覚！ 恐れ多くもアルテミス様の信徒にして誉れ高き狩人であるこの私が「マスターが手に持つ林檎」を目の当たりにし視線を奪われてしまうとは。何たる不覚だ、狩人の視線を独占するとはやってくれるではないかマスター。これではたとえ駆けっこを挑んだとしても私が惨敗を喫してしまうのは確定事象にも等しいではないか！ となると私はすでにマスターのものというわけか、嗚呼、こんなに簡単に屈服してしまうとは思わなんだ。良かろうマスター、これよりこの身は完全に汝のものだ、それを認めよう。しかしこうなると汝にはとことん責任を取ってもらわねばなるまいな、純潔の狩人を零落させたのだから恋人同士などというおちゃらけた関係を続けていくわけにもいくまい、となるとさらに深い関係を結ばねばらないということだから後はどういうことか言わずとも分かっているだろう？よし、そうと決まればアルテミス様に正式なご報告をしに行こうか、実は私としては陽光降り注ぐ森林で式を挙げたい旨があってな、それについても打診してみよう。あ、そうだ、ついでにキルケーにでも報告しにいこうか、あの魔女の話題がきっかけとなったわけだしな。
第2部 第2章「Lostbelt No.2 無間氷焔世紀 ゲッテルデメルング 消えぬ炎の快男児」は本日22:30から配信開始だぞ。
林檎の貯蔵は十分か？