エルフ「あら？ 貴方はそちらの世界でも、見た目と口調で実力を判断するとでも？」
八一 「いや、そういうわけでは……」
エルフ「私は『爆炎のダークエルフ』で200万部を売り上げてオリコンでも一位を獲ったわ。それに比べて貴方はどう？」
八一 「ぐっ……俺のゲストコラムが載った『将棋世界』は月間20万部の発行部数だ……。先生のほうが10倍も売れている……!!」
エルフ「そのとおり、10倍よ10倍。恐れおののき、ひざまずくといいわ」
八一 「はい……。でも北千住の路上でやるのは恥ずかしいので、どこかカラオケボックスかなにかで――ってだまされないぞ！ 俺、棋士だから売上なんて関係ないじゃないですか！」
エルフ「ふふっ、茶番もこれまでね。貴方も貴方でからかいがいがあって愉しいわ」
エルフ「ええ、そうね。同じ作家なのだけれ――まぁこの話は秘密の花園に仕舞い込んでおくわ。ところで折角東京に来たのだから、どこか行きたいところはないの？」
八一 「えっ、えーと俺、これ取材っていう風に聞いていたんですけど、間違っていませんか？」
エルフ「何一つ間違ってはいないわ。今日は私が執筆する予定の『クズの竜王は異世界に転生されました!?（駒たちも躍動）』を、より密度を濃くするための試金石になるの」
八一 「作品名を聞く限り、やっぱり俺は要らないみたいですね。明日も関西で対局があるのでもう帰ってもいいですか？」
エルフ「ままっ、待ちなさいよ！ タイトルはその、もう少しブラッシュアップするわ。……そうよ、私の豪華なお屋敷でティータイムをしながら取材をするわ！ いいわね？」
エルフ「あ、貴女は――誰？」
八一 「姉弟子!?」
姉弟子「九頭竜八一の姉弟子である、空銀子です」
八一 「姉弟子がどうして東京に？ 今日はこっちに来る予定はなかったのでは？」
姉弟子「そっ、そにょ……八一の貞操が危ないかもって桂香さんに教えてもらったから……」
八一 「えーと、ごにょごにょ言ってて聞き取りにくいんですけど……」
姉弟子「う、うるさい！ そ、そうよ！ 今日は埼玉スタジアムでサッカーの日本代表があるじゃない！ それを観戦しに来たのよ！」
八一 「ああ、姉弟子サッカー観戦好きでしたもんね。ていうかそれなら、なんでまた北千住に……。方角全然違うじゃないですか……」
姉弟子「それは……八一が……。くそぅ、ぶちころすぞわれぇ……」
八一 「ええ。とは言っても、知り合いよりももっと親密な関係ですが……」
姉弟子「ちょっと、八一！」
八一 「だって、そう言うしかないじゃないですか……」
エルフ「ふーん……。面白そうね。ねえ、姉弟子とやら」
姉弟子「……なによ」
エルフ「貴女も私のお屋敷に招待するわ。それなら見張りもできて、満足でしょう？」
エルフ「当たり前よ。作家は何よりコールアンドレスポンスが大事。都内中心の編集部へすぐにアクセスできる環境が必要になってくるわ」
姉弟子「この五反野ってところ、東京にしては雰囲気が暗いし町並みも昭和の匂いが漂ってるけど……」
エルフ「ば、バカ言わないでよ！ これが下町風情ってやつよ！」
八一 「そういえばこの近くには東京拘置所があるんですよね？」
エルフ「ぐっ……そ、そうよ。それがどうかしたの？」
八一 「ああいえ、昨日ネットで調べたらあったので。矯正展とかあればなぁと思ったんですけど」
姉弟子「下町、ねぇ」
エルフ「ぐぬぬぬぬぬ……!!」
八一 「すごいですね、これ」
姉弟子「今床がみしっと言ったわよ」
エルフ「うるさいわね！ 少しは立派さを褒めなさいよ！ これも下町風情よ！」
八一 「ほぅ、江戸の床はこの軋む音すらも風情と捉えるのか。勉強になります」
姉弟子「墓穴は掘らないほうがいいと思うけど？」
エルフ「もう、なんなのよ！ あんたたちは!!」
エルフ「そうよ。……いい？ 表現者としてのキャパシティの広さは、家の広さにも現れるわ。狭い空間では何も生み出せなくなるから」
姉弟子「本当にそうかしら？ 私には誰かがその隙間を埋めてくれるのを待ちわびているようにしか見えないけど」
エルフ「……うぅ!!」
姉弟子「まるで主人の帰りを待つ哀れなカナリア。本当はどこへでも飛んでいけるはずなのに、わざわざ籠の中で待ちぼうけ。さて、誰を待っているのでしょうか――なんてね」
エルフ「うるさいうるさいうるさい！ もう紅茶を用意してくるからおとなしくしてなさい！」
八一 「行っちゃった……。姉弟子も少し言い過ぎですよ。俺なんて今回仕事で来てるのに嫌われちゃマズいですって」
姉弟子「……別に。それでいいもん」
八一 「姉弟子……？」
姉弟子「今日、東京に来た本当の理由は……ね。八一のことが――」
姉弟子「ひゃっ！ ……あ、あるけど、どうかしたの？」
八一 「東京スカイツリー、実はまだ登ったことないんですよ。今日すごい良い天気だし、観戦まで時間あれば一緒に行きませんか？」
姉弟子「…………」
八一 「ええっと、ダメ？ ですかね……」
姉弟子「行く。……行く――けど」
八一 「けど？」
姉弟子「たっ、高いところ苦手だから、手ぇ、繋いで？」
八一 「あれ、姉弟子そうでしたっけ？」
姉弟子「今日はそうなの！」
八一 「なんか引っかかりますけど、わかりました。手を繋いで行きましょう」
姉弟子「（やった……！）」
八一 「あっ先生、ありがとうございます。これはまた美味しそうですね」
エルフ「当然よ！ スリランカ産の高級茶葉を惜しげもなくつかったわ！」
八一 「うん、美味しい。あっ、そうだ」
エルフ「どうかしたの？」
八一 「北千住で会った時、『どこか行きたいところはないの？』って言ってたじゃないですか。お上りさんっぽいんですけど、スカイツリーに行けませんか？」
エルフ「もちろんいいわ。そうね、夕方になると混み合うから、紅茶を飲み終わったらもう行ったほうが良いわね」
八一 「それだと取材が……」
エルフ「いいのよ。こうして座りながら話すよりも、外で自然体で話したほうが面白い話が聞き出せるもの」
八一 「そうですか、それはよかった……。あ、あと姉弟子も一緒に連れて行ってもいいですか？」
エルフ「まぁ今回は特別よ？ 私の寛大な心で経費として落としてあげる（編集部にツケるとは言っていない）」
八一 「ほんとですか！ やりましたよ姉弟子！」
姉弟子「えっ……えっ……？」
八一 「いやぁ、姉弟子ってば今日は子どもっぽくて、『高いところ苦手だから手繋いで』なんてお願いまでしてきちゃって」
エルフ「あらあらそれは可愛いわねぇ（ﾆﾀｧ」
八一 「まぁ姉弟子は『本当のみたい家族みたいななもの』ですし、たまにはこういうことしてあげないと。ねぇ、姉弟子？」
姉弟子「八一の……」
八一 「ん？」
姉弟子「八一の、ばか（ﾎﾟﾛﾎﾟﾛ」
曇りEND
○『本当の家族みたいなもの』です
お詫びして訂正します