どうする？ どうあがいても条件を満たせんぞ。私が純潔の誓いを立てているのは知っているだろう？ いかにマスターといえどそういう行為に及ぶことはできん。……すまないな、どうしても誓いを破るわけにはいかないんだ。
……だがこんな状況だ、どうしてもというのな一つ条件がある。マスター、その令呪、三角全てを使うがいい。いや強制力云々の問題ではない、要するに汝の覚悟を見せろということだ。
「そういうことには絶対に使わない」か、ふふ、汝らしい。いやすまない、分かりきった答えだったな。この状況でも私の気持ちを汲んでくれるとは、やはりどんな時でも汝は汝か、安心したぞマスター。
よし、そうと決まればどうにかしてこの部屋から抜け出す手立てを考えよう。幸い吾らは五体満足の状態だ、まだ希望はある。
……とはいえ、もはや取るべき手段が無いのもまた事実。そこで提案だマスター、今のところは敵の気配もないし思い切って少し休息でもとらないか？ 常に頭を働かせた状態では良い考えも浮かぶまい。
確か食事もまだだろう。その顔色を見れば分かる、うむ、では先ずは腹ごしらえでもしようか。少し待っていろ、なにか簡単なものを作ってやるから。
ん？ どうした、何か気になることでも……ああ、このエプロンか？ 実はな、この部屋に備え付けてあったんだ。丁度良い、こっちに来て見てみろ。
どうだ、豊富な水に食料に家具、寝床だけではなくこうして炊事場まで完備してある。全くこの部屋の創造主は何を考えているんだろうな。ああ、肉でいいか？
こっちの洗面所に至ってはほら、歯ブラシまでちゃんと二つ完備してある。あっ、そこの青色が汝のだ、私のは隣の赤いやつだから間違えるなよ？
この異様に整った生存環境、どうあっても私達を行為に及ばせたいらしいな、全く悪趣味なものだ。だがこんな事で挫ける吾らではない、共に頑張ろうマスター。あと湯浴みはもう少しだけ待ってくれ、いま湯を張っているところだから。
しかし、あれだなマスター。こう見ているとなんだか……
まるで汝の時代の"シンコンセイカツ"？とやらにそっくりな状況だな。
男女が二人、狭い部屋ながらも幸せな共同生活、か。ふっ、全く卑劣なものだ、そうやって吾らが如何わしい雰囲気に飲まれ行為に及ぶとでも思っているんだろうか、下賎な考えだ、マスターもそう思うだろう？ まったく、ふふ、まったく。
……は？ ノリノリ？ 私のテンションがおかしい？ どういう意味だマスター。確かに今焼いている肉は脂がずいぶん乗っているが。
おいマスター、密室で不安なのは分かるがそう心配するな。良いか、少し考え方を変えるといい。まぐわねば出られぬ部屋、これはつまり言い換えれば『行為に及ばない限りこの場、この空間は保障されている』ということだ。
その証拠にこうして美味そうな肉の焼ける匂いを漂わせても獣一匹入って来ぬのだからな。ああもちろん流暢なことを言っているのは理解している。だが汝、「そういうこと」には令呪を使わないと先ほど言っただろう？ なればこそ私はサーヴァントとして、汝の身の安全を保護しなければならない。
部屋の破壊も不可能な現状、今すぐには出られないのだからな、しばらくは私とここで生活してもらわねばならん。なに、もしかしたら不意にカルデアと通信が繋がるやもしれん、カルデアの人々は皆優秀だからな、彼らを信じて待つというのも一つの手だ。というかそれがいいな、そうしよう。決定だ。
さ、そんなことよりも料理が出来たぞマスター。風呂の湯張りも終わったし、食べ終わったら入ってくるといい。一番風呂というやつだ、ふふ、ゆっくりしてきてくれ。私は明日の献立を考えねばならんからな。はは、どうしたんだマスター、そんなに呆然としなくてもいい。こういう状況においては私と汝の結束が大事なんだ、言うなればサーヴァントとマスターという枠を超えた硬い絆というものがな。汝とならそれを結ぶのもやぶさかではない。うん、というわけだからこれから二人で支えあって生きてゆこうな、マスター。