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雅枝「今日はバレンタインデーらしい」

1 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 16:19:54 Nu4OEEuo
雅枝「そんな企業戦略の作り出した軽薄な雰囲気にほだされてる乙女たちがせっせとお菓
子作りに励む日でもあり」

パパエ「雅枝さんカタいなぁ。あと改行おかしくない?」

雅枝「うっさいわ!うちの高校は女子高だから他の共学とかよりはマシやけど大変やからな?」ブツブツ

パパエ「そないなこと仰りましても、雅枝さんも昔は顔赤くしながら僕に渡し―――」

雅枝「あっ、それ今出す?卑怯やない?それと、その後恥ずかしくてお返し躊躇って渡さなかったんは誰か、覚えてないってことはないよね?」

パパエ「……随分昔のことを覚えてるようで」

雅枝「お互い様や。あれわりかし傷ついたで?ってことでチ●コ今からちょうだいな」

パパエ「伏せ字にするとやらしいなぁ」

雅枝「お願い旦那様ぁ…、チン●ぉ」

パパエ「あのさぁ……」


2 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 17:14:51 eusUcfdg
共学より女子高の方がチョコの行き交い激しそう(偏見)


3 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 17:18:38 sLitiS2U
>>2
男子高でも冗談で「ホモチョコ」なるモノが行き交ったりするゾ


4 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 17:21:39 bkdWzAXs
あっ、(男子校)行きてえなあ…


5 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 17:43:12 is5VhMdU
>>冗談
ほんとぉ?


6 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 17:54:43 /.kKICBs
男子高の恋愛事情はもっと積極的に暴露しろ


7 : ポムポムブルンゲル :2017/02/14(火) 17:59:06 ???
共学でもホモチョコはあるゾ(経験談)


8 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 18:34:45 qNO3Ppw.
雅様に見えた


9 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 18:38:55 Nu4OEEuo
スレの方向を変えないでください…アイアンマン!


10 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 18:40:18 7kvKXEyw
男子校では最低クラスに1人はガチホモが居るゾ


11 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 18:44:29 77Yx9KMA
かわいそうな>>1


12 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 18:44:53 yz/CJiXA
パパエスレはもっとやれ


13 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 18:48:16 pbQaHPIw
つまりパパエさんが同僚の男性からチョコをもらいそれを見つけた雅枝さんがアンタ随分モテるんやなーって言って責めるけどパパエさんは男からもらった友チョコだよって笑ってでも雅枝さんの見立てではどう見ても義理じゃなくて本命やろこれってチョコなもんだからその同僚にあんま近づかんどいてってなるんだね


14 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 18:48:35 is5VhMdU
>>9
続き書くんだよ
あくしろよ


15 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 18:52:52 u32kobeQ
変なところで改行やめろ


16 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 19:44:19 m4UAs8rQ
続き書かなきゃホモチョコのスレになるぞ


17 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 19:45:20 Nu4OEEuo
わかった、ちょっと待って


18 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 20:24:28 Nu4OEEuo
  傍らで寝息を立てている家内を他所に私は人心地ついていた。火照った空気は過ぎ去り
  穏やかであとは微睡みを誘うだけの気怠い疲労感が意識をぼんやりとさせていた。

「寒っ」

  ようやく身体が冷えてきたようだ。厚手のガウンを羽織ると熱いお茶を身体に流し込み、溜息をつく。
  ランジェリー姿で汗の筋を作り髪を貼り付けている家内の額を私の掌で拭い、肩まで毛布をかけてやる。

「んん……」

  身動ぎするように暑さを逃れようとする彼女のいまだ可愛らしい頭を撫でてやると大人しくなった。
  愛しさに思わず笑みが溢れる。

  今日はいつものそれより求められた。辺りに転がる残滓を拭き取った丸まった白い玉がそれを物語っている。

  いつもの、というのが諸兄の想像する情事よりも過酷だと言うのは気に留めていただきたい。
  私の家内は若い時分は器量よし、振る舞いがたおやかでまさに大和撫子。良妻をその生き方で表し
  夜は娼婦の如く乱れ、悦ばせてくれ、二人の子供を設けることができるほどであった。
  それはそれは周囲からも羨ましがられ、それは現在でも変わらぬことではあるが………。

  閑話休題。
  毎年、こんな話題を出されては身体を酷使している気がする。
  おかげで明日に響くことは確実で早く眠らないと、と気持ちは定まっているのにどうしても引っかかることがあった。  

―――『それと、その後恥ずかしくてお返し躊躇って渡さなかったんは誰か、覚えてないってことはないよね?』

  頭の中でその言葉を反芻していた。

  確かに心当たりがあった。

  あれは両手で以てひぃ、ふぅ、みぃ、と数えるより昔。
  私と雅枝さん――説明する必要はないが私の家内である――が同じ大学で青春を送っていた頃の出来事であった。

  ………
  ……
  …


19 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 20:25:03 Nu4OEEuo
//書き溜めがないのでとりあえず導入だけ書いておきます


20 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 20:42:08 J729qhy.
本格的過ぎて草生える


21 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 20:55:24 Nu4OEEuo
  今日は如月で日は14を刻んでいた。西洋の暦でいえば14/2/19■■。
  最近の暖冬が嘘のように寒くて肩を震わせ歯をガチガチと鳴らしながらキャンパスを歩いていた。

  早く部室にたどり着いて温まりたい。
  それもだけど、やっぱり僕も一介のどこにでもいる大学生だから
  やっぱり期待を胸に膨らませながら足を急がせていた。

  聖バレンタインデー。

  一説では戦争に巻き込まれた恋人たちの味方であったバレンチヌス司祭が
  兵士たちに禁止されていた結婚を取り計らい、しかしその噂が皇帝の耳に入り
  ペルカリア祭の前日である2月14日に処刑されたバレンチヌス司祭。

  祈念か記念か。今は知る由もないが、現在ではキリスト教徒のカップルが愛を確かめ合う日となっている。
  我が国の敬虔なクリスチャンこそ大多数ではないが、その風潮は世間に当然の常識として広まりつつあった。
  その裏には製菓業界が云々かんぬんと知識人が得意気に嘯いているが、僕にはそんな事はどうだっていい。

  異性からその愛の証たる甘いお菓子。チョコレート。
  それを渡される日だとわかっていればこそ、ワクワクと俄然やる気が出て
  普段、話のつまらない教授の授業を船を漕いでいるところを真剣に拝聴し、板書をとっていたりする。

  それが男子たるサガなのは間違いないのだ。
  と僕はそう思う。

  とどのつまり、だ。
  切実に、チョコがほしい!

「おつかれさんですー」

  鞄を肩にかけて、サークルの部室の扉をあけた。
  手をすりあわせて、気にしない素振りをしながら。
  えっ今日は何の日ですかって?知りませんね。というあからさまな態度で。


22 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 21:08:46 Cv5Ywy9A
ガチで笑う


23 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 21:48:30 Nu4OEEuo
//やっぱ本格的に仕上げたいので今から書き溜めます。
//明日には完結させるのでホモチョコは勘弁してくださいオナシャス!


24 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/14(火) 21:49:54 pgHufz/I
プログラマーかなにか?


25 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 12:36:29 Nfxn2iJU
そんなにホモチョコが嫌だったのか……


26 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 12:41:02 LvfsPPts
トランプ大統領かな?


27 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 22:58:59 2u3WFQjs
そろそろ再開します
あと、今回じゃ終わりませんが区切りはつけます


28 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:06:13 2u3WFQjs
「今日は何の日か知ってるかい」

「知らないワケはないよな」

「お前はいつも彼女に貰えて羨ましいな」

  部室にいたのは同学年の同学部同学科のサークル仲間だった。
  太っちょ、ちび、痩せぎすとズッコケ三人組をその体で表したような奴らだ。
  見たところそいつらしかいない。

「彼女じゃないよ」

  そう、アレは彼女ではない。そんなこと考えたことすらない。
  僕はすぐにそれを訂正した。

「それに何のことを言っているんだよ君たちは。僕は暖を取りつつ、アルバイトの時間まで打ちこようと――」

  なるほど。
  君らは僕と同じく期待しすぎて皆が揃うより早く集まっていたんだな。
  だがね、そうソワソワしていると貰えるものももらえないぞ。
  僕みたいに平静でクールにやっているヤツに最初に来ると相場は決まっているんだ。

「――って顔に書いているぞ、ムッツリめ」

  と太っちょが言う。

「ソワソワしてると人って顔に出るよな」

  ちびが続き

「だいじょぶ。部室に来た時皆同じ反応してたさ。一人じゃないぞ、ブラザー」

  痩せぎすが肩に手を置く。
  やめたまえ。

  気付くと周りはニタニタと笑っている。
  畜生!気取られていたのか。

  暖房が効き始めの部屋にいるのに、僕は身体が熱くなった。

「とりあえず、四人いるし、場決めでもしようよ」

  僕はさっさと話題をそらして、女子たちが来るまで時間を潰すよう提案してみる。
  皆も気持ちのようで、まだ貰ってもいないのに浮かれた顔をしつつそれに同意した。


29 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:10:39 2u3WFQjs
  それから数時間経つと授業が終わる鐘の音が壁掛けのスピーカーから発せられた。
  時計をみるとそろそろいい時間みたいで、四齣目の授業が終わったくらいだった。

  僕の後にもご機嫌顔で入ってきた男子たちがそれぞれ目を合わせてウンと頷いた。

  誰が誰から貰っても恨みっこなし。
  その結果誰かが誰かとカップルになろうと恨みっこなし。

  年中室内に篭ってアプローチも十分にせず。紳士を気取り、誰かの一番にもなれずいい人止まりで。
  万年やもめ暮らしで、誰からも貰えない一人寂しい同士たちが今年こそは一世一代の愛をば、と。
  堂々と胸を張ってそう確約した。

  鼓動が鳴る。

  まるで小学生の運動会でかけっこの列が自分の番になったみたいに。
  もしくは、初めてのアルバイトの面接のときみたいに。
  ドクンドクンと血流の脈を耳元に伝えていた。

  ガチャリ、ドアノブが捻られた。
  斯くして戦いの火蓋は切られたのだ。

  ――――――――――

  さて、戦果はというと、全員が同じ数のプレゼンツを貰っていた。
  この日の為に手作りしてきた娘や、既製品をラッピングしてくれた子。
  ホールのケーキを取り分けてくれたり、
  ポ○キー一本ずつだったり、ア○ロチョコ一個など。

  冗談交じりの「本気にすんなよ」とか「本命ですよ―(笑)」といった言葉を交わしながら。
  当たり障りのないメッセージカードを封入したりして。

  女子たちのお気持ちの大きさは人それぞれだったが貰えた。
  たくさん、平等に。

  戦果は上場であった。
  全て『義理』である、ということに目を逸らしさえすれば。


30 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:20:51 2u3WFQjs
  大学の良いところは女子たちが競うように物事を行ってくれるということだ。
  キャンパスを歩けばキチンとした化粧と服装で可愛げな姿をしながら黄色い声で会話をし。
  そんな気はさらさらないが、異性とスキンシップを図り、それだけで我々は満足をしてしまう。

  我ながらバカな性格だと思った。
  だが思う。バカでないヤツはいるのかと。
  否、いない。

  バレンタインでもそれは例外ではなく
  裏では僕達にどのような印象を持っているかは別としてこのようなお恵みをくださるのだ。
  そうして、普段は食べることのないフレーバーのチョコを複数楽しむことができる。

  しかし、今のところはこの虚しい結果に終わった同士たちと、居酒屋にしけこみ飲み明かすことになりそうだ。

「そういえば」

  卓を囲んでいる一人が声をあげた。

「船久保さん来なかったな。何かあったっけ」

  その言葉を皮切りに、同卓や隣の卓の連中が声を上げ始めた。

「ああ、そういえば。愛宕、お前のツレ来てないじゃん」

「も、もも、もしかしてっ!いい男でも見つけてっ、それでっ!」

  いや、あり得ない。彼女は先々週から始まった教員免許の授業が5齣目に入っているからまだ来れていないだけだ。
  どんなイベントごとがあろうと授業は代返なんて取らずに真面目に出る、それが雅枝なのだから。

  しかし、彼女も僕と変わらない人だ。何かしらの究極的な神性を持ってたり、女神様だったりするわけじゃない。

  ……ともすれば、確かに何かに現を抜かすかもしれない。

  モテる女なんだ。隣で見ていて面白いほどに。機会は十分にある。

  人当たりはよく、可愛くて、体つきもよく、真夏のビーチにでも二人で繰り出したら
  僕が不釣り合いだの、アッシー君だの、荷物持ちや兄貴だなんて悪意の塊のようなヤジが飛んできたりするくらいだし。

  だけどそれ以前に彼女は真面目で、聞いた限りでは今までお付き合いした男性など一人もいないほど軟派なことを嫌う性格なのだ。

  やっぱり、それはありえないんじゃないかな。
  それが僕の結論だった。

「いや、ありえないよ。彼女はそんな人間じゃないだろう?それに、そういうのは腐れ縁の僕が一番わかってるさ」

  彼女、船久保雅枝とは大学以前からの付き合いで、何故かずっと同じクラスだったり、班だったりした。
  神様の悪戯もしくは何かしら大きなものの恣意的な計略を感じざるをえない。

  奇妙なことに、彼女は僕の幼馴染であり、僕の側に居続ける存在。
  僕も彼女もお互いに不服はなく、だけど周りはそういうアンバランスな間柄をやきもきして観ているらしい。

  おせっかいな奴らめ。

  まあ、そんなことで、ずっと側にいる僕が彼女のことをよく捉えているわけだから、説得力がないはずがない。


31 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:28:33 2u3WFQjs
 しかし、周りはそれを否定するような流行りのお決まりになった脅し文句を並べ立てる。

「いーや、わからないわよ。女の子ってね、運命の人に出会うと「あの人だっ!」ってなって、真面目な三つ編みちゃんでも次の日には明らかに雰囲気変わっちゃうことあるんだから」

「そうだぞ、あんなマブい娘、ずーっと自分の側にいるだけだって余裕ぶっこいてるとそのうち……」

「そ、そんなわけないだろ!」

  その言葉を遮るようになんとか自分の手牌をでっちあげながら、声をあげて周りの発言を制止した。
 
  彼ら彼女らは世間のおせっかいおばちゃんよろしく、それっぽい関係の人間をくっつけちゃいたい症候群に陥りがちである。

  ―――『それっぽい関係の人間をくっつけちゃいたい症候群』とは

  卑近なものをあげるとしよう。
  幼馴染、兄妹、姉弟のような関係。相性のよい先輩後輩など、普通の友人関係より親しい関係。
  流行りの言葉でいえば『友達以上恋人未満』をくっつけたり、くっつけようとしたり、くっつける妄想を共有してしたり顔になる。
  本来の運命とはかけ離れた二人を無理矢理にくっつける多少気持ち捻くれたキューピッドのように振る舞う。
  そういった厄介な思想に耽溺してしまう事をいう。―――

  僕と彼女は腐れ縁ではあるが、特別な日にファッションホテルにしけこみ乳繰り合う間柄ではない。
  お互いにそういう関係になることもまったく意識していないはずだ。

  週末に映画をみたり、手頃なレストランでその後の感想を言い合ったり、流行りの本や学術書、近代の名著を読んで意見や考察を交換しあったり、
  サークルが終わったあとに僕の家にきてフ○ミコンをしたり、あとは……季節ごとのレジャー施設に行くぐらいだ。

  親兄弟親戚よりも話しやすく、常に側にいるの半身ような存在。一緒にいるのが当たり前で、ただそれだけの関係。

  しかし、何故だろう。彼らが囃し立てるように言った、僕じゃないヤツと雅枝が歩いているところを想像すると
  面白くなく、なんだか苛ついて落ち着かなくなった。

「つ、ツモ!」

「あのさぁ……それ、チョンボだよ」

  誰かにそれを言われる。そして気付く。
  しまった!聴牌すらしていないのに和了宣言とは初心者未満がやることじゃあないか!

「落ち着けよ愛宕。拳だけはくれるなよ、せっかちさんめ」

  痩せぎすが慌てて顔を防御している。

「は、ははは……そんなワケないだろ。いきなりどうしたんだい皆怯えた顔して」

  部員全員が不穏な表情を感じ取ったような
  まるで、ナイフを持って銀行で脅迫行為している強盗を見る目で
  こちらをみていた。

「いや、だってさ」

「あなた今、人でも殺しそうな顔してるわよ。ほら」

  ポーチから化粧用の手鏡をカーリーヘアの女子部員から突き出された。
  鏡に移っている僕の顔は、寝起き数分後に陽射しへ向けている不機嫌な顔より怖かった。


32 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:33:28 2u3WFQjs
  それから、僕は落ち着かないまま、5齣目が終わるまでの時間、貧乏ゆすりをしたり、
  カツカツと木目調のワックス掛けされた床を踏みながら余裕なく過ごしていた。

  一体何故僕がこんな気持にならねばならないのか。これに一番納得がいかなかった。
  こんなことで気持が揺れて、女々しくうじうじ考えている自分に腹が立つ。

  案の定、今日の成績も悪く、これじゃあバイトにいってもポカをしまくること間違い無しだった。

  これじゃあ僕がまるで。

  まるで……。

  やがて鐘の音がスピーカーから響く。
  少しざわざわと皆が僕に聞こえないように内緒話を始める。
  そして一旦落ち着くと。

「そ、そういえばさ。俺昨日給料日だったんだ」

  ちびが声をあげる。

「どうせなんだ。こんな日は皆でまた去年みたいに居酒屋いって、ゆでダコになってからキ印みたいに荒れ狂って麻雀でもしようぜ」

「あ、いいわね。私も」

  カーリーヘアが便乗する。

「おおっと、このイベントは男禁制。世が男女平等を歌っても、婦人解放論者が傲慢だと憤慨しようとも、この日だけは男だけで傷を舐め合うのが伝統なんだ」

  うんうん、と周りが頷く。
  女性陣は肩を竦めながら、哀れみをもって同情の笑みを浮かべた。

「そして、今年こそはようこそと喜んで迎えるよ。愛宕青年よ」

  太っちょが手を差し伸べる。

「やかましいな」

  優しげに手を伸ばすサークル仲間に対し、僕は笑いながら彼の胸を小突いた。

「今日は僕、バイトだって言っただろう」

  そして僕は泣き言のように言った。

  そうして和やかに今日の予定を立てつつ、僕も自分の気持ちに収拾をつけようとしたときだった。

  ガチャリ。
  扉が開いた。


33 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:42:13 2u3WFQjs
「遅れて申し訳ありません。教員免許の、なんかガイダンスがありまして」

  関西弁混じりの関東弁。聞き覚えのある女の子の声。
  瓶底眼鏡にクセの強い長髪。コートの上から分かる身体の凹凸に凛々しい顔。

  たった今寒いところから来ました、と暖かい部屋ではふはふ、と息をして手を磨り合わせて馴染ませる。
  頬や鼻頭が真っ赤なところをみると手はしもやけになってそうだ。

  ざわざわ、と。荒れる雲行きに合わせる波の音のように部室内がざわめいた。

  ハッと不穏な空気を見回して不安な表情をしながら焦る雅枝は

「……?どうしたん?あの、なんか遅れちゃヤバい用事とか」

  僕の方をみてきて助けを求めていた。

「いいや、問題はないよ。お疲れ様、雅枝」

  とりあえずホッとした様子で鞄を荷物置きに置くと
  フェルトのトレンチコートを壁掛けのハンガーにかけた。

  まだ悴んでいる手を温めるようにカップのコーヒーを雅枝に手渡す。

「そうなんや。おっ、おおきに……んー生き返るなぁ」

  身体を震わせていた。カップの中身が溢れないか傍目から心配になる。
  けれど、どうやら大丈夫なようだ。

「そんじゃま、軽く肩慣らししましょーか」

「役者不足だけど、お相手務めるよ」

  僕はすぐさま立候補し、皆がそれに続いた。

――――
―――
――


34 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:47:26 2u3WFQjs
「あっ、そうだった。一応バレンタインデーだったんで、皆に持ってきたんやった」

  独り言を言うと鞄を持ち上げながら、ごそごそと一人一人にラッピングされた箱を渡す。

「はい、はい。ああもう、そんな慌てんでもいいって。もー……あーげーるーかーらー。一列!前ならえ!なおせ!よし!」

  コントのように男子を並べて握手会のように手渡ししていく。

「嗚呼、いいよなあ船久保さん」

  隣にいる痩せぎすが憧れの目線を向ける。

「まあ、……うん。そうかもね」

  確かに知らない他人から女神のような理想的な女性に見える。
  だがその実際は誰とも変わらない清濁併せ呑む、普通の人間だ。

  だが、ああいう世間で評される美女、美少女を彼女にする。
  というステータスは古今東西の男子の夢であり、だからこそ相乗効果で注目の的になり、モテるのであるが。

「何しろ胸がでかい。特盛り。ここが一番ポイントが高いわけじゃあないが。他には俺たちみたいな一般人にも気さくに友達のように接してくれる。頭がいい、いい子ちゃんで、とにかく可愛いよなぁ」

  確かに、僕も彼女と飲むときとかは自分の部屋によく泊めるが、無防備なそれにムラっときたことはあるといえばある。
  だが、手をだす気にはなれなかった。それがおかしいと思ったから。普通じゃないと。何故かは分からないけれど。

「バーーカ。本人に聞かれて嫌われてしまえ」

  そんな、俗っぽい言葉を蹴落とすように膝カックンをすると「エヘヘ」と笑いながら彼は自分の頭を掻いていた。


35 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:52:52 2u3WFQjs
  そして僕の番が来た。

「そして、アンタが最後尾なんやね」

「まあね。いっつも貰ってんだ。早めに他の奴らにあげないと。僕が最初に貰えばなんだか刺されるような気がして」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ。僕達って」

「ふふっ、そう。じゃ、ちょいと待って。えーっと」

  ガサゴソと鞄をまさぐり、あちらこちらを手探りしている様子だった。

「あ、あれ……?」

  予想をしていなかったような顔をしてその後何かに思い当たったような表情を彼女がしたのは忘れなかった。
  そして、その次の言葉も僕は

  最悪ながら

  聞き逃すことが出来なかった。

「あっ、やばっ。あの一個はアノ人に渡したんやったっけ……」

  それは小声だった。完全なる彼女の内なる声だった。無意識の思考から飛び出た言葉だった。
  分かっていた彼女は口を抑えた。

  目が「しまったッ!」の顔になっていた。瞳孔が大きく開いていた。

  そして、聞いてしまったか、僕の表情を窺って、ああやっぱり、なんて顔をする。

  よく、小説や漫画、日常のコトバとして、目がテンになる、なんて便利な言葉が流通している。
  予想だにしない状況に驚いたり、ポカンとした表情になったり、危機に迫って怯えているときとかに使われるが
  事実としてはその逆で、人は驚くと交感神経が活発化して、瞳孔は拡大する。

  彼女の口を抑えて瞳孔を大きくする一連の流れはつまるところ、完全に彼女の「うっかり」だったわけだ。
  「うっかり」という言葉は可愛らしく、実際彼女のそういう表情を形容するのにはピッタリなんだろう。

  だが、僕からしたらとても、これは、全然面白くなかった。


36 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/15(水) 23:58:30 2u3WFQjs
  ――僕だけ貰えなかった。

  まあそれもある。

  ――僕の分をうっかり忘れていた。

  これも面白くない要因の一つだ。

  ――僕以外の誰かに僕用の特別製を渡していた。

  つまりそういう特別な間柄の人に渡していたってことだ。
  これはまあ彼女の勝手にすればいいと思う。
  忘れてしまったうっかりは後から埋め合わせしてもらえばいいや。


  ん?あれ、じゃあどうしてだろう。どうして僕はこんなに面白くないんだ。

  尻尾を掴まれてぐいっと地下深くに引っ張られるのから逃げ出したいような焦燥感。
  彼女のうっかりに対する、不条理で不当な彼女に対するわけの分からない理不尽な憤り。
  自分だけ取り残されるような寂しさ。

  あっ、そうか。彼女だけ先に一人でモテない独り身から抜け出した抜け駆け行為が許せないのか。
  ううむ、だとしたらもっとこう、理不尽に彼女を責め立てる言葉がさっきから彼女をいじめているはずだぞ。

「あ、あの……あ、愛宕くん?ごめんね」

  ああ、そんな他人行儀な謝り方はよしてくれ。
  僕がみじめでもっと辛くなる。
  口を開けば憎まれ口が出てきそうだ。
  いつもの喧嘩の調子で。
  だけど、ここで怒ったら全てが壊れてしまう。第六感がそう告げていた。
  理解はできない。理論的になんでそうなるかわからない。
  そこにどうしてそうなるのかって説得力を持ってたどり着かない。だけど……

  押し黙る雰囲気に僕の表情を勘違いした女子が雅枝に言葉をかける。

「あー……あのさ、船久保さん。いくらなんでもそれは可哀想だよ」

  角が生えてそうな女子が言う。

「ち、違うんやって。おふざけやなしに。ほんとに忘れて、数……間違えて……」

  おや、数を間違えただって?
  僕は聴き逃していないぞ。そうは言ってなかったじゃないか。


37 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:01:46 .qqmbsK.
  自己防衛的な感情がその言葉に今にも何か刺々しさをぶつけてしまいそうになる。

「船久保ちゃん……」

  誰かが何かを言おうと言葉を出そうとする。
  ただ、何かを言って今にも泣き出しそうになっている彼女を誰かが咎める気にもならなかったし、
  ――なぜ彼女が泣き出しそうになっているか僕だけが唯一理解できないようだったが――
  僕を慰めようと慌てた雰囲気で皆がふざけて場を和ませようともしていた。

  勘弁してくれよ……。そんな言葉が聞こえてくる気がした。

  勘弁してほしいのはこっちの方だ。

「ああそうかい。そういう仕打ちをしてくるわけだ。だから、今年は僕にゃあないってことか。代わりがみつかったから!」

  ついに言葉が漏れてしまった。我慢していた気持ちが。彼女を傷つけまいとしていた箍が外れて。

「そ、そうやない……そうやないんやって。ごめん、ごめん!!これは、……預けてて」

  言いよどんでいるようだ。取ってつけたような言い訳をなんとか絞り出して。
  ははぁ、よおく理解ったぞ。やっぱりそういうことなんだな。

「いいやみな迄言わなくてよろしい。今まで真面目な顔して、そういう人間だったんだな」

「違うっていってるやろ……」

「彼氏にやって、僕にはないって当てつけでフザけた真似しても許されると思ったわけだ。だけどね、僕も男だ。公衆の面前でこんなことをされれば恥ずかしいし怒りたくなるよ」

  言ったらいけないのに。

「だからっ!」

「だからじゃない!!」

  言うべきじゃないのに。気持ちとは裏腹に感情が発露する。

「違うって言うとるのに!!バカ!!話聞いてってば!!」

「言うに事を欠いてバカだって!?もういい、君の気持ちはよく分かった!もう金輪際君とは付き合わないぞ!君がこの場所に残るってんなら僕は退部してやるし、被ってる授業全部休んで単位落としまくってやる!!」

  ヒートアップして、最後の文句を言ってしまった。
  情けないまでに幼稚な理由で幼稚な御託を並べて。

「ッ!そ、そんな、やめるって……う、嘘やろ」

  皆々様に説明しておくと、僕は高校では運動部で汗水流して皆で勝利の喜びを分かち合うスポーツマンであった。
  日夜訓練をして雄々しい肉体を磨き、友情や夢を語り合う青春の虜だった。

  だが、大学に入学した時、腐れ縁だった彼女と一緒に賑やかにPR飛び交う渡り廊下を歩いていて
  彼女が元々好きで、大会にも参加するほどだった(本人に聞くところによるとそこそこ有名だったらしい)麻雀部に行きたいと言っていた。

  大学のサークルとなると一人で入るには心細いので、ボディガードとして兼部でもいいからついてきてほしいと言われ、仕方なく彼女にしばらくは付き添ってやろうと思った。
  仮にも知己という存在だ。こんなことをしてやるのは友としても男としても当然のことだと思っていたからだ。

  こうして麻雀部に身を置くようになって、初めて触れた牌の感触、戦略性の高さ、負けたときの悔しさ。勝ち越したときの快感。
  それに夢中になっているうちに他の運動部を見て回ることをすっかり忘れ、タイミングを失った僕はこのまま麻雀部一本でキャンパスライフを謳歌していた。
  それでいつしか大学に来る一番の楽しみになっていた。

  だからこそ

  僕のその宣言は彼女に僕の覚悟と彼女と離別する意志の強さを判然と感じ取らせた。
  絶望的なまでに。


38 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:05:36 .qqmbsK.
  いよいよ痴話喧嘩よろしく激しい口論を続ける二人の剣呑な雰囲気にに嫌気がさした太っちょが

「お、おい。愛宕、落ち着けって。ちょっとした悪戯だろ?なあ?」

  と、冷水を頭にぶっかけるが如く、肩を掴んで揺らしてくれ、ふと我に返る。
  僕の頭は冷えて、言ってしまった後悔と、まだ心に渦巻く後味悪さが拭いきれないほどだった。

「わ、悪いね皆。ハハ、こんな事を皆の前で言ってしまったもので。……し、しばらくは来るのを控えるよ」

  急いで帰り支度をする僕の手を雅枝が掴む。
  離してくれ。言葉を出さずに手を振りほどく。

「ま、待って!ねえ、待って!謝るから!」

  切なそうに僕の方を見つめる。
  そんな目をしないでくれ。今そんな目をされたら、おかしくなりそうだ。

「待ってあげなよ。船久保さんも謝ってるから。もう泣きそうじゃん。女の子泣かしたらあたしも許さないよ」

  彼女の慌てる姿に彼女の周りの女子が同調して、僕を同情していた目は完全に消え失せ、僕を敵として睨みつけていた。

「お、お願い。ちゃ、ちゃんと待ってくれれば」

  雅枝はなんとか僕を説得しようとしている。
  やめてくれ、今は黙っていてくれよ。

  こうなってしまっては僕がいてもいたたまれない。そう思った僕は

「お、おい。どこ行く気だよ。船久保さん放っていくのはいくらなんでもマズいんじゃあ」

「バイトの時間なんだよ、退いてくれ」

  痩せぎすの制止を振り払い、厚手のガウンを着込むと鞄を肩にかけ、部室から駆け出た。

  雅枝も彼氏に泣きつけばいい。
  僕は麻雀部をもう敵に回しても講義室でちょっと嫌な思いをするだけでいい。
  友達が減って寂しかったり、多くの余った時間で手持ち無沙汰になるのがどうしても困り事だが
  とにかく今はあの場から逃げ去りたかった。女々しいなら女々しいと言ってくれればいい。

  ああもうどうにでもなれ。

  外に出ても寒さは感じなかった。いくら走っても息切れしないことに驚く暇もなかった。

  バイト先に近い繁華街についたときには空は黒く、街の明かりに近づいているから星が見えなかった。

  コートの断熱性と密封性にむされて、服の下が汗だくになっていた。
  ネオンの看板で街灯が脇役な大通り。腕を絡ませて店へ引き込む、胸元を大きく開いた化粧の濃い女性や
  ブティックホテルに肩を寄せ合いながら入るカップルがあちらこちらにいた。
  喧騒が街を包み、世紀末の終末感を掻き消すように、笑い声が店の内外から響いた。
  その中に雅枝と見知らぬ男性の幻影をみた僕は、ムカムカとしながら舌打ちをした。 

  到底、今の僕がいていいような場所だとは思わなかった。


39 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:16:03 .qqmbsK.
  裏路地の入り口から勤め先の店に入り、挨拶を済ませる。どうも気分じゃない。

  和やかに会話をしようとしても顔が固まった紙粘土みたいに変化し辛い。
  接客態度も、先輩や店長が言うには今日は相当に劣悪であり客が怯えている、とのこと。
  来たときの様相、バイト中の態度から有無を言わさず休憩しろとの旨を半強制的に言い渡された僕は
  ロッカー立ち並ぶ休憩室で、ゲー○ギアでソ○ックやワンダーボ○イをやったり、漫画本を読んだりするがどうも落ち着かなかった。

  同じ休憩室にいた女の子が羨ましそうにゲーム画面を覗き込んでいた。
  半年前からここに入った子だよな。名前は、確か高久田ちゃんか。

「うーむ、どうも調子が悪いなぁ。高久田ちゃん、攻略してはくれないか?」

「いいんですかっ」

  と嬉しそうな顔をしながらいとも簡単にクリアしていくから尚更、気持ち落ち着かなかった。

  しばらく彼女のスーパープレイを眺めていると

「ああ、私、ワンダーボーイはゲーセンでノーコンクリアするまで極めまして。おかげでお財布が…うぅ……」

「ははは、それは大変だね。バイト中やりたかったら今度から貸してあげるから。涙はおよし」

「ええ、ありがとうございます…ヨヨヨ」

  僕の視線に気づいた高久田ちゃんは明るく説明した後、と肩を落とし、ヨヨヨと涙を流す。
  ヨヨヨと口に出して本当に泣く人を僕は初めて見た。
  明るくなったり急に泣いたり、忙しい子だと思った。

  しかしなるほど、強者だったか。道理でバイトが必要になるわけだ。おみそれしました。
  どうやら僕のようなコンシューマに現を抜かしている素人とは隔絶した存在だったようだ。

  さておき、彼女とゲーム談義に花を咲かせていると、少し気分が安らいだ。
  いつもはこうやって雅枝と……。

  いや、いかんいかん。もう忘れなきゃいけないんだ。
  あの日常とはオサラバしないと。

  胸がチクリと痛んだ。
  痛みの原因は部室を離れるときに見た、今にも泣き出しそうな雅枝の悲哀な姿だった。

  僕に責任の有無を求めることは置いておいて、それだとしても、あんな悲しそうな顔をみたこともさせたこともなかった。
  十分に冷え切った頭で考えてみればみるほど、僕は、……間違ったことをしたのだろう。


40 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:19:37 .qqmbsK.
  休憩時間が終わると、高久田ちゃんと一緒にホールへ出た。
  先程よりは少し明るい表情で対応ができる。これも彼女がいるおかげだろうか。

「先輩、頑張りましょう!」

  高久田ちゃんが肩を叩いた。
  そうだ、あと数時間でバイトは終わるんだ。
  それで後はディスカウントショップで適当に酒と肴を適当に買って、自棄飲みして泥のように眠ろう。 

  気持ちを強くしてあとを乗り切るよう自分を励ました。
  バイト中、店長に怪訝な顔をされ、バイト仲間に汗臭さを笑われた。
  「はあ」「ああそう」などの無愛想な対応で更に店長や客から訝しげにみられた。

  今日、このバレンタインデーにバイトのシフトを入れている自分を僕は恨んだ。

  ――――
  ―――
  ――

「先に上がるから後はよろしく頼むよ」

「お疲れ様でしたー」

  高久田ちゃんと同じタイミングで僕はバイト先を後にする。
  人気のない真っ暗で狭い裏路地を横並びに二人で歩いた。

「そういえば」

  彼女が口を開く。

「今日、だいぶ暗めでしたけど、どうかしました?」

「ああ、いや。どうかしたってわけじゃないんだけどね」

「ふーんそうなんです?……バレンタインだけど誰からも貰えなかったとか」

「あはは、そんなことがあったら僕は今頃家の中で暴れてるだろうね」

「えー怖いー」

「はは……」

  乾いた笑いが零れ出た。


41 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:28:19 .qqmbsK.

「彼女にフられた、とか?」

「…………」

「あっ、やばっ、図星……ごめんなさいごめんなさい」

  何度も頭を下げて平謝りしている。

「そういうんじゃないんだけど、なんて言ったらいいだろう。どうしていいか分からなくて、辛いんだ」

「……あー、大丈夫です?」

「ごめん、こんなこと君に言うつもりは無かったんだけど」

「いいですよ。お話聞きます。どっか居酒屋でも行きましょうよ」

  彼女の言葉に甘えることにし、繁華街にある個室居酒屋に向かった。
  
「はー……外寒かったですね―。もう1ヶ月ちょいでなごり雪が流れるなんて信じられませんよ」
  
  彼女に倣うようにコートを脱いで壁にかける。
  
  エキセントリックな振る舞いに似つかわしくない
  今風にとっくりセーターにチェックのスカートの着こなす彼女がそんなことを言う。
  なるほど気分的には確かになごり雪かもしれなかった。

「古い曲を言うもんだね」

「へへー、古い曲を知ってれば少しは大人ぶれるかな、なんて……。ああっ、冗談ですよっ」

「わかってるわかってる」

「では、お話をば。んぐんむ、おいしい……」

  真剣そうに僕の顔を見つめながら、彼女は運ばれてきたぼんじりをモグモグと食べていた。

「君も知っての通り僕は○大の2回生なんだけどね、懇意にしてるサークルがあったんだ」

「はい」

「そこには僕の幼馴染の女の子と他にも友達がたくさんいたんだけど」

「……」

「まあちょっとした諍いでそこにいられなくなってね。どうしたもんかと」

「……あのー、言いにくかったらいいんですが、その、どうして、そんなことに?」

  言い難いことではなかった。
  丁度自分のよく分からない気持ちの究明もしたかったところだ。
  僕は洗いざらい彼女に話した。といっても、それほど時間がかかることではなかったが。


42 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:32:33 .qqmbsK.
  彼女は、飲んだり食べたりしながらも、僕の話すことに頷いて
  言ったことの要約を返してくれたりした。

「なるほど。……うーん」

  彼女には珍しく考え込むかのように手を顎に当てて推理をするようにしていた。

「先輩のそれを、失恋と簡単に片付けてしまうのはダメですけど……、でも、ずっと側にいた人がいなくなって。それに、居場所も無くなるのは辛いですよね」

  心底同情するように言葉を選びながらぽつりぽつりと言っている。

「…………まあ、うん」

  他にも何かを言いたそうな顔をしている。
  僕は促すように今出来る程度の相槌を打った。

「…………」

  しかし、頭に手を当てながら、なかなか二の句をつげることができなさそうな顔をしている。
  どうしたものだろう。僕が何かおかしいことでもしただろうか。

「いえ、うーん……あっ、……」

  言葉を出そうとしては迷っていた。
  宛ら空に浮かび明滅する恒星の光の如し点滅信号。

「やっぱり、言い切れませんね。ヒントをあなたに与えたくありません」

「どっ、どうしてだい」

「どうしてもです」

「困ったなあ……まるで推理小説の探偵が最後の最後で真相を言わない顛末を見てるようだよ」

「なんですかその例え。眼鏡かけてる人みたい」

「ああ、それは……」

  こういう変な言い回しは大体が雅枝から移ったものだ。
  それを説明しようとするときに、口から出なくて。
  直前の彼女を再現しているように見えないこともなかった。


43 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:37:43 .qqmbsK.
「ねえ、辛いなら。そういうのを忘れたいなら、これから私の部屋に来ませんか?」

「えっ」

「そういうのって、環境が変わればすぐに薄れていくものだと思うんです」

「……えーと、つまり」

「そ、そういうことです。……チョコ代わりに、どうです?」

  チョコ代わりに、つまり、僕に、そういう……。
  軽薄かもしれない、けど……いいかも、しれない。

  一瞬、雅枝の後ろ姿が遠ざかるような映像が頭に流れた。

「ごめん、お気持ちはありがたいけど、そう簡単に絆されて異性と寝るのはいけないよ。君のその、そういうものは、つまり……大事にしないと」

「私はそういうんじゃないですから。前々からお慕いしてましたし」

  そういう彼女の顔は酒に酔って赤ら顔になっているようだった。
  僕の自棄な気持ちに彼女を巻き込むわけにはいかない。後に後悔することになる。
  脳裏に張り付く雅枝の後ろ姿をさておきとする言い訳を並べて、彼女の想いを僕は遠ざけた。

「ダメだよ」

  そう言葉をかけると、彼女はピクリと親から叱られたときのように肩を引くつかせ
  どんな表情をしてるのか悟られないように顔を伏せながら

  その後いつものように明るく笑い

「ですよねー」

  と冗談っぽく舌を出して笑った。

  その後は、あえてその話題を避けながら愚痴だの趣味だの、四方山話に花を咲かせながら飲み食いした。
  何のために彼女と居酒屋に来たのか、無意味になっている気がした。

  今日は酔う気がしなかった。


44 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:42:07 .qqmbsK.

「大丈夫?歩ける?」

「大丈夫ですよーぅ。私、この辺なんでー、お見送りの結構なんでーほんとー」

「そりゃあ知ってるけど、悪い人に連れ去られたら」

「そのときはポケベルしまくるので、先輩に」

「そ、そうか」

  ついてきてほしくないオーラを出しながら、笑顔で手を振っている。

「そういえば、お店で言い淀んでいた私のお話ですが」

「ん、うん」

「多分、その女の子は彼氏とかそういうのはいないです。というか、先輩のこと好きだと思いますよ」

「そんな馬鹿な」

「あーもう、そういう鈍感だからそんな諍いが起きたんじゃないですか!いい加減にしないと本当に取り返しつかなくなりますよ!」

  気圧されて、とりあえずその言葉を受け入れることにした。

「……分かったよ。気に留めておくから」

「ハイ、それでは、おやすみなさい!……追っかけて来ないでくださいね、今追いかけてきたら、ダメですからね、絶対に!!」

  声をまたずに人混みの中に消えていくその背中はとても小さかった。
  多分、泣いていた。

  出来るのであれば、抱きしめてあげればよかったのか。
  否、そういうことをするのは傷の舐め合いにしかならないし。
  そもそも、誰の為にもならないはずだ。

  「ごめん」

  言葉は届かなかった。

  空を見上げると、やはり真っ暗だった。

  風がさっと吹いて耳元を音を立てて撫でた。
  入れ忘れいるファミレスののぼりが寂しくなびいていた。

  時刻はもうそろそろ日付が変わりそうだった。


45 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:47:28 .qqmbsK.
 狭い箱の中で人を見回してもそういえば誰もいなかった。
  一人でバスに乗るとこれほど手持ち無沙汰になるとは思わなくて、黙って寂しく揺られていた。

  十数分揺られてバス停を降りると、辺りの人はまばらで
  民家もある程度しか見当たらない、繁華街とくらべて鄙びた感じの場所だ。
  ここが僕のホームタウンだ。

  距離を少し隔ててぽつぽつある民家も、消灯しているところが多い。
  もう、皆寝ているのだろう。テレビや団欒の音はなく、アスファルトを踏む音がブロック塀から帰ってきた。
  電球の切れそうな街灯が音を立てて明滅していた。

「はあ、虚しい……」

  手を磨り合わせながら、僕の部屋があるアパートの錆びついた階段を登る。
  足裏にしっかりと感覚があるが、ギシギシと凹むのはいつも肝が冷える。

  廊下を歩いていると部屋に大きな何かが置いているのが見えた。

  いや、何かではなかった。誰かだった。それは人影だ。
  それも、丁度、僕の部屋の前で膝を抱えてうずくまっているような。
  長い髪とフェルトのコートが月明かりにくっきり輪郭を表していた。

  あれは、まさか……。

  はたしてそれは、雅枝の姿であった。
  足音に気づいた彼女はこちらに顔を向けた。

  顔は泣き腫らしていて、寒さがその赤さを際立たせていた。

「うぅ、ぐすっ……ごめんー、ごめんなさいー……」

  僕が近づくと、再び泣き出してしまった。
  僕に迷惑がかからないように、つとめて声を抑え。

  とりあえず、ここで座らせるわけにもいかない。
  手を引いて、部屋の中に連れることにした。

  握った雅枝の手は、芯まで冷えていた。

  もしかして、
  ずっと、寒い中、
  ここで膝を抱えて、僕の帰りを、待っていたのだろうか。

  僕はそれだけで自分を強く呵責してしまう。
  切なくなってしまう。

  冬の寒空の下でひとりぼっちにさせたその事実に。
  そんな権利さえ、無いはずなのに。

「こっちこそ、ごめん」


46 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:52:13 .qqmbsK.
  部屋の暖房を全開にして、ストーブを焚き、薬缶を沸かし、こたつのメモリを高める。

  彼女には今、いっぱいにお湯を張った浴槽に漬かってもらっている。

  彼女に触れた時、異常なほどの体温の低さを感じた。
  恐らくずっと、僕が部室を出ていってから、逸早くここにきて
  入り口の前で待っていたんのだろう。

  周りに変な目で見られたかもしれない。
  寒さにじっと耐えながら手を磨り合わせて冷えた吐息で温めていたのかもしれない。
  それでもずっと僕のことを待っていたのだ。

  一途に。
  絶対帰ってくると信じて。

  こんな彼女に浮ついた気持ちがあるはずがない。
  だのに僕は、後輩の女の子と呑気に暖かいところに篭っていたのか。

  今更になって、自分の愚鈍と独善に深く罪悪感を覚えた。
  自分で、彼女の側にいるべきでないと証明したようなものじゃないか。

―――『あーもう、そういう鈍感だからそんな諍いが起きたんじゃないですか!いい加減にしないと本当に取り返しつかなくなりますよ!』

  まったくもって、その通りだ。
  不幸中の幸いか、高久田ちゃんの後をついていかなくてよかった。
  その選択だけは、正しかったのかもしれない。彼女を悲しませた、ということを覗いては。

「失敗だらけだ」

  ハァ、と溜息をついた。

  ――――――――――

「お風呂、ごちそうさんでした」

  人心地ついて血色が良くなった彼女が、寝間着姿で脱衣所から出てきた。
  この寝間着というのは、彼女が定期的にうちに泊まりに来るので
  一々持ってくるのが面倒というので、脱衣所に無理矢理押し込んであるものだった。

「ああ、いや……」

  僕は、即座に適当な言葉が返せなかった。


47 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 00:56:18 .qqmbsK.
  適当に冷蔵庫の中身を使って、月見うどんとコンソメスープを雅枝に食べさせることにした。
  多分、何も食べていないだろうから。空腹すらもう通り越しているだろう。

  本当に、ごめんよ……。
  軽々しく口にすることが出来なかった。

「こんなものしかないけど」

「あ、もーええのに。気ぃ遣わんで」

「いいから食いなさい。さもなければ追い出すよ」

「おおこわ。それじゃあ遠慮なく頂きます。……返さへんで?」

「いいから」

「……うん」

  ずるずると止まらない勢いでうどんを啜っている。
  彼女の文句のおかげで、関西風の出汁と、具材を使っている。
  その甲斐あってか、食べることに関しては文句はないようだけど。

「あの……ジロジロみんといてぇな。恥ずいわ」

「わ、悪い」

  彼女のうどんをすする口元の赤みがやけに瑞々しくてふっくらしていて。
  あんなに魅力的だったか、と困惑してしまった。

  いけない、こんなときに不謹慎な。お前は年中エロモンキーか、と戒める。

「ほんま今日はごめんな」

  と言って、ややあってから再びうどんを啜る。

「いや、僕の早合点のせいだよ。ごめん、雅枝」

「……」

「それに、僕はバイト終わりに適当に飲み屋に入って、君が待ってるとも知らずにさ」

「……うん」


48 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:03:55 .qqmbsK.
「ふー、よー食った。ありがうごちそうさま。それじゃあ、……着替えたら帰るわ。最後に顔見れてよかった」

  よいしょと、腰を上げて身支度をしようとしている雅枝の手を取った。

「待ってくれ。……待たなかった僕が言うのは筋違いだってのは重々承知してる。けど、待ってくれないか」

「……会いたくもないと思われてる相手に、こうも面倒をかけてもらったんや。お礼をいったらすぐ帰らな」

「いやだ」

  出ていこうと僕の手ごと無理に外へ出ようとする。
  行かせたくない。

「嫌ってなんや。そんなん……我儘やんかぁ……!!」

「我儘でもいい。行かないでくれ、君が大事なんだ」

  その言葉が琴線に触れたのか。ようやく、雅枝の力が抜けた。

「もう私とは付き合わんって、麻雀部やめる、くらい……忌憚されてるなら……一緒にいるのも、可哀想やん……」

  ぐすぐすと、また目に涙を湛えて力なく僕のほうに引き寄せられるままになった。
  そうだったのか。それでも、僕の為に。

  だというのに、僕という男はなんということを……。

「そうじゃないんだ。僕の、僕の勘違いなんだ。雅枝。わざとじゃなかったんだよね。何かあったんだよね」

  そのままこくりと頷く。嗚咽を抑えながら。
  肩を震わせて、抑えきれない感情を爆発させながら。

「悪かった。僕が悪かった。気づかなかったせいだ。雅枝さんはなーんも悪くない。さっきの付き合わんってのもナシ。僕と一緒にいてくれ、お願いだよ」

「ほ、ほんとに……嘘やない?」

「嘘やない嘘やない、愛宕さん嘘つかない」

「もぉ……バカぁ……いじわるぅ……」

  ぎゅう、と。僕の背中が壊れるくらいに抱きついてきた。
  身体に軟こい感触が押し付けられる。そんな気分じゃないのに鼻の下が伸びる。

  だから、気持ちを抑えろというのに。僕の男は、僕の言うことを聞いてくれなかった。


49 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:09:25 .qqmbsK.
  その後、僕の着ているTシャツを水浸しにするくらい涙を流してスッキリした雅枝は
  一度洗面所に向かい、バシャバシャと顔を洗う音がすると思えば、パチンと顔を叩く音が聞こえ

「よしっ」

  と声がきこえるとこっちに戻ってきた。

「お騒がせしました」

「いえいえ。こちらこそ」

「………」

「………」

  さて、どうしようか。帰らないでくれ、一緒にいてくれと懇願した挙句、雅枝を抱きしめてしまった。
  普段なら冗談で済む場合もあるが、状況が状況だ。これは、落ち着いてみればすっごい気まずい。

  向こうも同じなのだろうか。ずっと俯いたまま顔を赤くしてもじもじして、時々こっちをみて。
  よくドラマでみるお見合いみたいな雰囲気はこうも緊張するもんだったんだな。

  しかし、その関係を、状況を雅枝とやらねばならないのか。何故彼女相手に緊張しなければならないのか。
  否、もう答えははっきりと自分の中に出ているはずだ。思えばずっと今まで避けてきた問題だったんだ。

  分かっていたけど目を逸らし続けて、その皺寄せが今回来たにすぎない。
  また、同じことを続ければ、また厄介が僕の下へ両手を広げて嬉しそうに飛び込んでくる。

  だから、だ。これは、つまり。
  それを避けるために、完全回避するために、仕方ない行為なのであって。
  決して、軟派な気持ちで、彼女を俗っぽくあれこれしたいという不純なものではなく。

  ええい儘よ。
  もうそういう、友達という関係に甘んじていられる自信が僕自身ないということだ。
  もう、黙っておくことができないんだ。

  感傷的になっているこのタイミングでしか言えないのは非常に卑怯だ。
  わかってる。

  ハイエナ行為とか、火事場泥棒がまかり通るようなものだ。
  わかってるとも。

  だけど、もう、こっちが気が気でならない。

  長考しているうちに、時計の長針が大きな数字を二つ刻んだ。

「あ、あああの、ま、まま、雅枝さん」

  いけない、これはまずい。口が溶けてしまっている。
  気をしっかり持たないと。

  思うようにならず七転八起していると、雅枝がくすくすと目尻を赤くした顔で口を抑えて笑っていた。

「ああもう、アホらしくなったわ。ええよ、待ってるから」

  柔和に微笑む彼女に妙に胸をときめかせた。
  ああもう、今すぐにでも抱きしめてやりたい衝動が走った。
  でもあいにく僕はそういうところまで漕ぎ着ける言葉を知らなかった。


50 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:12:13 .qqmbsK.
「こほん……、バレンタインを、やり直してはくれないか」

「もー、遅いわー。……ええけど。私も渡したいし。あ、ダジャレやないで」

「知らいでか」

「それに、知ってた?バレンタインにイブはないんやで?」

「悪かったよ」

  そうして彼女は鞄をガサゴソと探って、ハッと「しまった!」の表情を取りながら

「おいまさか」

「冗談やって、安心しい」

  丁寧にラッピングされてリボンが結び付けられた可愛らしい箱をちゃぶ台に乗っけた。

「ほっ」

  僕の口から変な声が出た。

「ほんま正直やなーあんた。顔がニヤけとるで。あんな物騒な顔しとったのに」

「ごめんて」

「そんなことよりほら、開けてみ開けてみ」

「えっ、今ここで?」

「うん」

「……恥ずかしいな」

「きしょい顔せんではよ男らしくバリバリーってあけんかい!」


51 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:15:39 .qqmbsK.
  彼女の要求通りにアメリカ式開封(聞いた話では、無造作にラッピングを破いて、言いようのない歓喜を表すのだとか)をする。
  網目状のボール紙の箱が出てきたので、蓋を開けてみると、小粒の様々な模様のチョコが入っていた。

「な?」

「な?ってなに」

「嬉しいやろ」

「ああ、まあ、うん。そうだね」

「君のだけ手作りやで」

「……すっごい、嬉しい」

「ふふ……せやろぉ、苦労したもん。お菓子作りなんか初めてや」

  得意げになりながら隣に座り、肩を寄せてきた。

「せまい」

「こたつはどこ座っても狭くなるもんやって」

「そうだけども」

「それに、今は隣に座られた方が嬉しいやろ、んん?」

  悪戯っぽくうりうりと脇腹をつんつんと突いてくる。
  よかった。あんなことをしても、雅枝は変わらず僕に接してくれる。

  お陰で踏ん切りがついた。

「ああ、そうだよ。この際はっきり言わせて貰うと今までもずっとそうだった」

「っ」

  急に雅枝の身体は硬直して、意外の二文字が顔に書いてあるように僕の方を向いていた。
  今日あった言葉でいうと、「目が点になる」というよりも、瞳孔を大きくさせて。

「ずっと、言わないできた。居心地が良かったからね、いつも、高校の時も、君と気が合うから」

「え、ちょ……あ、ま、マジで、おふざけやなしに?」

「ごめん、支離滅裂な言い方になると思う。もう何をいっていいかも分からない」

「う、うん」

「そして、漸く確信に至った。好きだ、愛してる」

「ド直球!それ!!」


52 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:19:13 .qqmbsK.
「いつも何気なくおはようって隣を歩いてくれるのも、授業が終わったら講義室の外で待ってくれてるのも」

「え、ちょ、ちょいちょい…待ってーなー」

  待ってやらない。

「僕が友達を連れてるときは気を遣って距離を取ってくれることも、いつも僕のバカに付き合ってくれるのも」

「う、うん……」

  彼女はしおらしくなっていく。

「いつも夜遅くまで遊び相手になってくれるのも、一緒の大学に行きたいからって無理いっても勉強付き合ってくれたのも」

「……」

「笑顔が可愛いところも、器量の良いところも、頭がいいところも、優しいところも、ずっと側にいてくれるのも」

「違う……違うって……。私も、いずれはあんたが私のこと好きになってくれればいいなって、下心があって……。そんなんじゃない……そんな、ええ人やないって……」

「それでもずっと僕の支えだった。君がいてくれたから僕は楽しかったし今でも楽しい。金輪際付き合わないなんて僕の方から願い下げだ。
 君がいない人生なんて灰色にすぎない。死んでやってかまわない。むしろ、命が助かるくらいならこの血肉を君に全部あげてやりたい」

「言い過ぎや。私はそんな、価値のある人間やない」

「過言じゃない。それに、それだったら、とんだ勘違いで一日中寒いところでひもじく待ちぼうけさせてる僕なんてもっと価値なんてない。
 しかも僕が君の美点をあげてる中で、してもらったことしかないくらい、僕は君に頼りっぱなしのダメ人間だ」

「それを自覚して、もう一度言う。好きだ」

「…………もう、そんな、そこまで言われるんやったら、仕方ないわ。うん。そこまで言われたらしゃあないもん」

  涙をまた湛えながら今度は嬉しそうに僕の顔をみつめてくれる。
  今まで、彼女がここまで可愛いと感じることはなかったはずなのに。

「嘘じゃない?」

「嘘じゃない」

「本当に?」

「本当」

「山?」

「川」

「天?」

「河」

「谷?」

「水、って忠臣蔵やないか!あんた本気で私のこと好きな――」

  時間が静止した。居ても立っても居られなくなった。
  言葉に栓をするように、彼女の唇を塞いでいた。
  柔らかい感触。彼女の匂い。華奢な肩。

  それ全てを包み込むように背中に手を回して、彼女の吐息を間近で感じていた。

「へたくそ……」

  言葉とは裏腹に顔を紅潮させて、今のそれだけで顔が蕩けそうになっていた。

「待っててよかった」

  そう呟いて。


53 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:22:50 .qqmbsK.
  しばらく、何も出来ずに、ヘタれたまま、でも静かなのは嫌だったのでテレビのリモコンを探した。
  適当にチャンネルを回せば、話題が見つかるはずだ。

  それにしても、何故だろう。いつもみたいに、ゲームとか、授業とかの話をすればいいのに
  それを出すのが最適解でない気分は。身分の違うお姫様とお見合いをしているような気分は何なのだ。

  その気持を払拭するためにテレビの電源をつけた。
  深夜映画の、それこそフランス映画のポルノじみた際どい濡れ場の真っ最中だった。
  女優が乳房や局部を丸裸にし、二枚目の堀が深い男優と絡み合っている耽美な映像に大げさなクラシックがかかっている。

  あっ、これはあの曲だと言い当てる間もなく

「「!!」」

  一瞬で電源を落とすとボリュームMAXの心臓の音が胸に響いた。
  しばらく顔が見れなかった。雅枝も同じような顔をしているのだろうか。

  付き合い始めたばかりの彼女の、正真正銘間違いなく「僕の彼女」と言える彼女が
  テレビをつけたときに跳ねた身体は微動だにせず。

  様子が気になる、ゆっくりと振り向くと。
  雅枝も同じようにゆっくり僕の方を向いていた。

「お、おっ、おはよう」

「おやすみ」

「ライオンのごきげんようとちゃうぞ」

「そ、そうだね。で、でもそろそろ寝ないと明日がひどいことに」

「せ、せやった。眠らんと、ポルノなんて見てる場合とちゃうで」

「あ、あれはビデオじゃないぞ!」

「ってことはアンタ、あ、ああいうのたくさん持っとるのか」

「たくさんじゃないよ!」

「持ってるやん!……別に文句は言わへんけど。今まで見えないようにしてくれたん?ほんまおおきにな」

「ど、どういたしまして!」

「……どっと疲れた、寝よ」

「…うん」


54 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:26:14 .qqmbsK.
  困ったことに布団は一枚しか無かった。
  来客用にもう何枚かあったはずだが。これははてさて。
  思い当たった。雅枝に布団を貸したままなのだった。

「僕は雑魚寝でいいから、雅枝は布団でお眠り」

「アホ抜かせ、これは私の過失。てなわけでアンタも一緒のお布団」

「それはまずい」

「まずくはないって。もうアレなんやし」

「アレかぁ……」

「ほら、おいでー。ママと一緒におねんねしましょー」

「余計いやんなるわ」

  実を言うと、一緒の布団で寝ることで、我慢をすることが出来る自信が一切無かった。

  とある小説で『男女七歳にして同衾せず』と書いてあったのを思い出す。
  なるほど納得、作者の気持ちを答えなさいと横棒を引いていたら花丸を貰えるだろう。
  意味こそ違うけど作者だっておんなじことを考えていたに違いない。

「……あっ、エロいことしたいなら、してもええよ?」

「バーカ。疲れてんのに出来るかって」

「じゃあ、疲れてなかったら、してくれるん?」

「………」

「………」

「ねえねえ」

「寝よう」

「〜〜!ヘタレケチんぼ」

「好きに言ってくれー」


55 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:29:59 .qqmbsK.
  予想外だった。そういうふうに雅枝が考えているとは今の今まで知らなかった。
  しかし、それは僕を不満にさせないための気遣いかもしれない。
  そう思うと、強く理性に縛り付けられ、気持ちが萎えてしまった。

  布団に入ると、雅枝は固くなって動かなかった。
  やっぱりそういう気遣いじゃないか。

  無理して合わせてくれている彼女の頭を撫でる。

「大丈夫だから、おやすみ」

  そう云うと、安心したかのように彼女は寝息を立て始めた。

  ずっと待ち続けて疲れたのだろう。
  今すぐ眠ってしまうくらいには。

  これからはこんな無茶を絶対させないと僕は誓う。
  今までたくさん僕にしてくれたように、彼女に尽くそう。

「あ、寝る前に」

  いきなり起きて、眠そうに顔を向けて言った。

「言い忘れてた。私も好きです。好きっていってくれて、ありがとう」

  無理のある標準語で、にへら笑いをした。
  僕はすぐさま彼女を抱きしめた。

「くるしい……」

  そのまま、体温を確かめ合いながら、夜は深けた。

  されど、ぐっすり眠ることは叶わず。
  仕方がなかった。ずっと彼女の胸が鳴りっぱなしだったんだから。



第一話 カン!


56 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:31:30 .qqmbsK.
一応拙いなりにガバガバ校閲でも仕上げたのでゆるしてください


57 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 01:46:49 ffl5EhgA
投下終わりまで起きててよかった
雅枝さんに心動かされるとかそんなの考慮しとらんよ……


58 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 16:21:24 AbjOwwQY
あまりに本格的過ぎて軽々にレスできませんなあ


59 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 23:52:31 .qqmbsK.
勝手ながら今日の投稿はお休みします


60 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/16(木) 23:56:45 ffl5EhgA
待ってる


61 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/17(金) 00:08:51 FbMLpXUo
フナQの母親の旧姓が愛宕なんだから雅枝さんは結婚して姓変わってないんだよなぁ
もっと設定調べてどうぞ


62 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/17(金) 00:11:26 PGu0I5Xo
>>61
すまんな

でしたら

舟久保雅枝→愛宕雅枝

と修正して
パパエさんは何かしら都合よく名前が出ないよう呼ばせときます

ご指摘ありがとうございます


63 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/17(金) 02:00:11 qeZo7Azc
って事はパパエさんが婿入りしたって事?


64 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/17(金) 02:09:48 ZdrffuIo
なんだこの超大作!?(驚愕)


65 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:16:50 6OwHFyhE
良い…これは良い


66 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:31:51 nfpSiZiQ
再開します


67 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:32:38 nfpSiZiQ

……
………

  私はどうやら眠ってしまっていたようだ。
  夢か現かも判別できないで寝ていたのを鑑みるに、疲労が溜まっていたのだろう。

  ふと、横をみると布団がこんもりと盛り上がった抜け殻が見つかった。
  もう家内は起きているらしい。早朝だというのに、あの人は働き者だと感心する。

  扉の向こう側では、洗濯機の回る音と、ジュワアと何かが揚がる音がする。
  音の主は恐らく私の家内であろうことは予想済みだった。

  さて、私も起きよう。
  呻き声のごとく欠伸をするとリビングへ向かった。

  扉をあけると、換気扇のけたたましく回る音、フライパンや食器がぶつかり鳴る悲鳴のような高音。
  私や、私の娘達のために朝の支度を早起きで済ましてくれている雅枝さんの姿だった。

  しかし、この匂いは、…唐揚げ、いや卵焼き、両方だろうか。
  今日は張り切っているんだな。

「おはよう」

  僕が声を掛けると、私の家内は振り向かずに忙しなく料理を続けながら

「おはよ。まだ寝とって良かったのに」

  と、声だけで私を見つけ出して、挨拶を返した。
  忙しそうに乱れた髪とカーディガンの裾を揺らしながら。

  ソファに座る。身体が沈んだ。手元にテレビのリモコンを見つけた。
  丁度、電源を入れようと思ったが、よそう。

「あ、ほんま……」

  時計をみるとまだ5時を回ったばかりだった。
  閉じているカーテンのその隙間から明かりが一切溢れていない。
  つまりはまだ、日すら登っていないらしいことがわかる。


68 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:36:37 nfpSiZiQ
「どしたん?お腹でも痛なった?昨日無理させたもんなぁ」

「ウフフ、分かってんならあんま激しくして欲しくないです」

「アホ、こんな嫁さんにご奉仕してもらって嬉しいやろ」

「あれって奉仕なんかなぁ……」

  料理を大皿に移し替えた家内は食器棚から弁当箱を4つ取り出して盛り付け始める。
  その辣腕ぶりといったら見事なもので、一切の無駄がなく効率よく行っていることが見て取れる。

  この朝を洗練し続けて19年か。そうか、二人で暮らし始めて19年経ったんだな。

  大学を卒業してすぐに籍を入れた私達は、もう初々しい夫婦生活を送っていた。
  自宅を訪れる上司、同僚に羨ましがられるくらいには僕も鼻高々な家庭を築けてたと思う。

  私たちはこういう生活は慣れていたから大丈夫だと思っていた。
  だけどその実際は恋人の延長、夫婦ごっこ。なんて揶揄されても仕方ないくらい。
  喧嘩も大小たびたびあったし、問題や障害が山積みで一つひとつこなしていくのは骨が折れた。
  お互いがお互い、仕事をやっているせいか、時間をなかなか取れなかった時期もあった。

  19年か。
  酸いも甘いも噛み分ける、なんて立派に成長したと言えばそうでもない気がする。

  それでも、ここまで来れたの彼女のおかげだ。苦楽を二人で共にし、姓が変わり、しばらくして三人、四人。
  そうそう、娘達が生まれてから暫くは二人で協力して家事や子育てを分担してたっけ。  

「雅枝さん、ありがとうな」

  自然と言葉が漏れていた。愛、感謝、暖かい気持ちを内含した気持ちがそうせざるを得なかった。

「なんや急に、いつものことやろ」

「そうじゃなくて、いつも苦労かけてるし、今までありがとうって」

  カラン、箸が放り出した雅枝は、僕の方へ急いで近づいてきた。

「な、旦那様。なんか辛いことあったら言っていいよ。その、仕事だって休んでいいから」

  『今までありがとう』って言葉がまずかったらしい。

「や、違う、そうじゃない。ええと、あの、これからもよろしくって言いたかったんだけど」

「……、はぁ。そういうこと。先にそれ言って。まだ洋ちゃんも絹ちゃんもおるのに、アンタに死なれたらこわいわ」

「雅枝さんがいるのに、逝けるわけない」

  すぐに掌をひっくり返していつもの対応になった。
  変わり身の早さに思わず笑みが溢れた。

「あと、もうちょっとで二人も大人になるから、そしたら二人でゆっくりしよ」

「分かってる。けど、辛くはないよ。毎日楽しい、雅枝さんと、あと洋と絹のおかげで」

「もぉ、アホぉ。さっきからなにぃ?そないに言うても弁当の唐揚げは多くならんよ」

  溜息をついてから、まずすぐに娘達を案じた。
  すぐ起きて、苦もなく家事をこなし、娘達の身を案じながら、大きな心の支えとなってくれている。
  あちこちの糸が解れるまで着崩した寝間着姿の背中は立派な母親そのものだった。


69 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:41:26 nfpSiZiQ
「たまには僕も早起きして手伝うから」

「ええって。……ほんまに熱でもあるんとちゃうやろな?」

「ないって」

「ほんまかいな」

  弁当に詰め終わると、雅枝さんは私の隣に座り、肩を寄せてきた。

「そっちこそどうした」

「ん?ああ、知らんと思うけど、いつもこの時間は休憩時間なの」

  チクタクと時計の音だけが聞こえた。
  緩やかで、丁度いい重さが心地よかった。

「……ねえ、今日も早く帰ってきて」

「どうしたん、寂しがってるの?」

「当たり前やろ。十年経っても何年経っても、止められんよこの気持は」

  家内の腕が私の腕に絡みついた。
  
「我儘なのはわかってる……」

  頭を撫でてやる。表情は俯いたまま、らしくなく頬を染めている。

「いつになっても可愛いなぁ、雅枝さん」

「アホぅ」

  昨晩みた夢のせいだろうか。妙に初恋というか、新婚の頃を思い出して。
  いつもよりも、この隣の寂しげな猫撫声のことが愛しく感ぜられた。

「努力するよ」

「うん………」

  ふくよかな身体が一層私の身体に密着した。人肌が温かく、どことなく満たされる安心感があった。
  そして、いつになくしおらしい彼女への愛しさに、ふと笑い声が漏れていることに気づいた。

  感づかれた雅枝さんに尻を摘まれた。痛かった。


70 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:46:03 nfpSiZiQ
「じゃあ、洗濯もの干しと洗い物、ゴミ出しくらいはしてもらおうかな」

「わかりました。お安い御用です」

  私は胸をポンと叩いて意思表示をした。

「ああ、そうだ。夢見たんだけど」

「夢?」

「大学2年の冬、雅枝さんと付き合いだした頃の」

「ああ……」

  家内はいつかの頃を郷愁を感ぜられるようなここにはもうない景色を眺めていた。
  停滞していた関係が進み始めた頃。忘れられるはずもない。
  たまに思い出しては頬がほころぶ時代の出来事。

  どこか遠くに思いを馳せて、懐古に浸るような優しげな眼差しで。

「でも、どうしても腑に落ちないんだよ」

「なにが?」

「あの年僕は、君にお返しをしたはずなんだ」

「ああ、あの日は私が生娘じゃ無くなった日ぃ……」

  そう言って口を紡ぐ。
  あれだけ夜は乱れて、あられもない姿で淫らな言葉を乱発する彼女でも
  朝は分別があるので、そういうことを口にすれば決まりが悪い顔になってしまう。

「なんか、ごめんなさい。だから摘むのは」

「よろしい」

  雅枝さんは構えていた手を素知らぬ顔で引っ込めた。

「まあでも、思い出せんのやろね」

「うん、ヒントちょうだい、ヒント」

「嫌や。自分で思い出せ、このダメ亭主」

「あひぃぃ……!!」

  尻肉を鍵をひねるように摘まれた。
  思わず涙が出た。

  ちょっと情緒不安定すぎやしませんか雅枝さん。
  好きって言ったり、苦虫を噛み潰すような顔したり。
  秋の空というより、これは山の気候な気がしなくもないですよ。


71 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:51:08 nfpSiZiQ
「じゃあ、あなた、戸締まりよろしくお願いします」

「うん、分かった」

  そう言うと、玄関ではなく私の方へ近寄ってきた。

「何か忘れ物?」

「うん、行ってきますのチューや」

「はははははあひぃぃ……!!」

  尻肉を抓られ、またも私は悶絶した。どうやら冗句ではなかったらしい。

「仕切り直し」

「はい」

  私は彼女の腰と首に触れ、抱き寄せて彼女の唇を重ねた。
  しばらくそうしていると満足したらしい彼女は離れた。

「本当に、どうしたの雅枝さん。早くしないと渋滞に巻き込まれるよ」

「たまには新婚さんの真似事をしたいねんもん」

「……そっか」

  生娘のような口調だ。純粋に甘えたがっているのか、もしくは。
  いよいよお返しをしなかった日のことを思い出さないといけないと思い始めた。

「今日は早く帰ってくるから」

「ほんと?」

「うん」

「だから、思い出すのは先延ばしにしていい?」

「……やっぱそれやんな。ええよ」

  私はその約束をしてから、妻を送り出し
  戸締まりをしてから続くように出発した。

「3月14日、か」

  通勤途中、私は、また昔のことを回想することにした。


72 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:55:40 nfpSiZiQ
………
……


  今日は3月13日。快晴。雲ひとつ無く、温暖でどこかに出掛けるには最適なまさに行楽日和。
  二十四節気でいうと雨水の次の啓蟄の時期。三寒四温や春一番なんて気温の移りが激しい時期は過ぎ
  徐々に暖かくなり、緑も増えて、虫も地中、殻の外から出るくらい穏やかになっている。

  ガタン、ゴトン、とレールの継ぎ目を通過する音と共に車内は跳ねる。
  僕と雅枝は今、大分は由布院に向かうため、久大本線の特急「ゆふいんの森」に揺られていた。

「緑も多いし、景色もええなぁ、旦那ー」

「そうだね。途中狭まったり、谷が見えたりしたけど、これは見晴らしがいいなあ」

「奮発して指定席とって、車内販売の弁当も取ったけど、お財布事情は如何程で?」

「それについては心配いらないよ。こういう日の為に僕は貯金してるんだから」

「そーお?」

「うん、それに、大好きな人のために使うお金だ。全然躊躇いはないよ」

「……も、もお!やめーや。周りが見てるって」

  周りを見ている老年夫婦や子連れの父娘がこちらをみて微笑んでいた。
  都会から来た大学生のカップルがイチャコラしているのを肴に話をしたり、野次を飛ばす人もいた。

「し、しまったな」

「頼むで、旦那」

  何故僕達がこんな大分くんだりまで来ているのか、何故雅枝が僕のことを旦那と呼んでいるのか。
  このことが起こったのは一つの約束をしていたからだった。
  その約束を果たすために僕たちはあまり顔見知りがいないであろう地を選んで、この温泉地まで旅行に来ていたのだ。

  その経緯について話すには、1ヶ月ほど前を遡らないといけない。


73 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 00:59:21 nfpSiZiQ
――1ヶ月前(2月15日)

「えー、もう二人付き合い始めたの?つまんねー」

  バレンタインの翌日、講義が午前中のうちに終わった僕らは麻雀部に顔を出して、平謝りした。
  もちろん、菓子折りを添えて。なるたけ適当な値段のものを。

  しかし、普通にいつもと変わらない対応をされたと思いきや
  全てを打ち明けると、部長にこんなこと言われる始末。

  僕は少し溜息をついた。

「おいおい、溜息をつきたいのは俺らだぜ」

「ちょっと体育会系かじってるからって手が早いのは頂けないぞお前」

「考えてみればお前は昨年度秋のうちの大学主催のマラソンでそうだったな。皆で一緒にゴールしよう、からの上位入賞だ。比べて俺達は最下位間近で黄色い歓声は愚かオーディエンスもなし。お前はそういうヤツだった。知ってたよ薄情者め」

  痩せぎすと太っちょとちびが腕を組んでいる。

「うぐ……何も言えない……」

「ところで、これは?」

  女子が近寄ってきて、指で輪っかを作り、高速でそれに指を出し入れする。
  隣に立っている雅枝はわけも分からず顔をぽかんとさせている。

「やめたまえ君ぃ」

  僕は両手を突き出して制止する。

「うっわ激しい。マジかよお前、独り善がりは嫌われるぜ」

  割りと純粋な彼女を汚すな、と半ば怒りながら

「まだ僕は何も話してないのに何でそう話を繰り広げることに関しては一流なんだ君たちは」

  と云うも、性懲りもなく彼らは続ける。

「で、やったの?」

「うるさい、君たち、相手がいないからって意地が悪いぞ」

「やっただの、やってないだの、さっきからなんなん?暗号文はやめて話混ぜてーなー」

  雅枝の言葉に一同が察することとなる。
  その通りだ。だからはやくその下世話な話を打ち切ってくれ。
  僕はアイビームを飛ばした。

「なんかでもアレね。中学生の恋愛してるみたいで可愛らしくってよ」

  カーリーヘアの女子部員のその言葉が僕の頭の中でエコーした。

「なんか褒められてる気がせぇへんわそれ」

「ピュアってことだよ。綺麗なオパールみたいに」

  角の生えた先輩の女子部員が言った。

「……詩歌を詠みたいなら、原稿を用意しますよ」

  僕が鞄を弄る様子を見せると彼女はゲンナリとしていた。  

「やめてよね」


74 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:03:49 nfpSiZiQ
――その晩

  当たり前のようにサークルで皆と別れ各々の家路をたどる。

  雅枝が僕の部屋についてくると言うものだからせっかくなら、と提案をして。
  途中、特売をやっていたスーパーで肉野菜を買い込み、水炊き鍋でもしようという事の次第となった。

  六畳一間と押入れとバスルーム。
  過ごしてみれば、少し広い部屋に二人前の鍋の匂いが広がる。

  ぐつぐつと煮立つ鍋に白菜、白ネギ、水菜、人参、牛蒡、大根、椎茸、豚肉、マロニー、豆腐が敷き詰められている。
  思えば奮発したものだよ。誰かと買い物をするとつい浮足立ってあれこれ手にとるのは僕の悪い癖だ。

「もう煮立った?ほんなら食べよ。ごっつ腹減ったぁ」

「うん、僕が取り分けとくよ」

「私ビールとってくるわ」

「お願い」

 ――――――――――――――――

  さて、鍋というのが冬の風物詩になったのは、冬の古来からの過ごし方にあると僕は思う。
  吹雪く寒い夜に狩った獲物や山菜を持ち寄り、囲炉裏にぶら下げてある鍋に具材を適当な大きさで放り込み
  灯りと暖を取るために炉端でぬくぬくとしながら、鉄瓶で暖かくしたお湯でお酒を割って飲みながら家族で食す。

  倹約遺伝子など知った事かと、我ら平民は50両などで以て手に入れられる高額な布団は無い。
  冬を乗り切るために栄養を蓄え、畳の上で小夜着を掛けて寝るしか無いのだ。

  何が言いたいのかというと、冬はどうしても鍋物は定番ということで。
  世間や空気の寒さに美味しさも一入というわけなのだから。
  食べ過ぎは問題ないというわけでありまして。

  つまり、こういうのは大食いするのがお決まりなような気がするんだけど。

「私はもう満腹だからあとは全部食ってええよ」

  ある程度、鍋底が見えないうちから彼女は食事を切り上げてビールをちびちびと飲みながらぼうっとテレビを眺めていた。
  これはどうしたことだろう。いつもだったら肉の取り合いで喧嘩の一つでも始まるはずなのに。

「風邪でも引いた?」

  首を振る。

  嘘じゃないだろうな。
  彼女の額に手を当ててみる。僕の方が体温が高いくらいだ。

「おでこでやってほしかったわ」

  鼻を鳴らしながら彼女は言った。


75 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:04:51 nfpSiZiQ
  雅枝はSFCのファイナ○ファイトに興じていた。

「そういえばさ――」

「んー?」

  丁度、2面の日本気触れのアメフト野郎と対峙している最中だった。

「何で昨日、僕の分があの時なかったんだい?」

「あーあれな。5限の講義の先生誰やと思う?」

「さあ」

「実はな――」

  つまり、どうしてあのようなことが起こったのかというと。
  5限の講義を受持つ先生は風紀について厳しいことで有名な人であった。
  そのため、バレンタインともなると鞄にうわっついたものでも入っていようものなら
  万が一、取り上げられることも有り得たため、ゼミの先生に預けていたというのが事の顛末であった。

「そんで、お礼を兼ねての先生の分とアンタの分を渡し間違えて、ごめんなぁ」

「なるほど。そういうことだったのか」

  納得がいった。そして余計に自分の暴走が恥ずかしくなる。

「今年こそは、って思って」

「ん?」

「心底怖かったけど、付き合うてくださいって言うつもりやったから……」

  僕の膝の上に頭を乗っけて、見上げていた。
  テレビの画面にコンティニューの文字が点滅していた。


76 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:09:19 nfpSiZiQ
「あー、あかんわー。最近のアンタとおるとだいぶ私のスマートなキャラ崩れてってる……恥ずかしい」

「大丈夫大丈夫、結構前から崩れてるって」

「余計あかんやんそれー」

  雅枝は顔を手で覆いながら僕の膝の上をごろごろと転がる。
  そういう刺激は勘弁してほしいよ。ただでさえ我慢してるんだから。

「で、でも……悪くないよ。僕はそういうところ可愛いと思う」

「あかん、あかんて……」

「可愛いよ。かわいいかわいい」

  頭を撫でると喉を鳴らすように顔を腿にこすり付けてくる。

「…………どのへんがー」

「そういうとこ」

「答えになってへん」

「僕以外には、あんまり見せてほしくはないって、思う」

「……うん」

  むくりと起き上がって僕の手に手を重ねる。
  すっかり赤くなった顔で緩んでいてニヨニヨとした表情を抑えきれていない。

「ほんま、私達らしくないわぁ」

  笑い声混じりにそう言った。


77 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:16:14 nfpSiZiQ
「ねぇ、今日は疲れてないよね?」

「そりゃまあ、バイトもないし」

「疲れてないんやな」

「うん」

  何が言いたいのだろう。明日どこかに出掛けるとか。
  いや、そういうのが言いたいわけじゃないんだろう。
  鈍感になっちゃいけない。

「あっ」

  ふと、思い当たることがあった。

―――『疲れてなかったら、してくれるん?』

  精一杯に胸を張って僕に言ってくれた言葉だった。
  あれは、無理をして言っていたわけではなくて、もしかして。

  いや、そんな都合のいいことなんて。

  傍らで小さく身動ぎしながら僕を見上げている。
  期待して、上目遣いで、口にだすのを躊躇いながら。

  その仕草に胸を打たれた。

  まだ、雅枝と親友として付き合っている感覚が僕の心の中に残っていた。
  何の気なしに、気安く話しかけたり、悪戯を仕掛けたり、同性の友人のように話し合う関係。

  最近、それとは別に沸き立った感情。
  彼女のことを大事にしたくて手を出したいけど、出したくないジレンマ。

「私達、もう恋人やろ。間違ってないよね」

  それもまた、やるまいとしていた独善だ。
  自分の『彼女の理想像』を作り上げて、自分の理性にストッパーがかかってるだけで。

「うん、分かったよ。今僕は覚悟を決めたよ」

  だとするならば。


78 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:23:12 nfpSiZiQ
「雅枝」

  僕は肩を掴んだ。
  顔が熱かった。酔いのせいじゃないのは確かだった。

「は、はい」

  真似するように顔を染めた彼女が蝋細工のように身体を固めた。

  面映い。だけど、気持ちに抵抗は無かった。
  今更、友人関係を長続きさせていた彼女にこんなことを、なんて思わない。
  昨日の時点でもうそれは乗り越えたはずだ。

「あの……」

  言葉が出ない、意気地がない、焦る、慌てる、ヤバイヤバイ。
  頭のなかに文や単語が並ぶが言葉を繋げる自信がない。

「なあに?」

  でも、ここまで彼女がお膳立てしてくれたんだよな。
  そうまでして、男が廃る真似はできない。
  どうなるにせよ、事の顛末に、失敗の二文字はない。

「おいで」

  手繰り寄せると、雅枝は大人しく倒れ込み肩を寄せた。
  横抱きに持ち上げて布団まで歩こうとすると、雅枝は思い出したように言った。

「あっ」

  儚げに声をあげて、僕と目があい、言葉を無くしてしまう雅枝。
  対して僕は、彼女の胸元の隙間から見える豊かに実った果実に目を奪われていた。

「可愛いよ、雅枝」

  僕が意を決してその果実に手を触れようとしたときだった。

「ちょっ!タンマタンマ。忘れ物したっ!」

「タンマじゃないよ、もう逃がさない」

  抱き寄せると、観念した雅枝は僕の腕の中でしおらしくなり
  ドクンドクンと僕にも鼓動が聞こえるくらい胸を高鳴らせていた。

「あ、う、ううぅ……恥ずいぃ……」

「応えてくれるかい、雅枝」

「あ、えっ……う、……うん」


79 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:27:56 nfpSiZiQ
  布団の上に横抱きで雅枝を連れた僕は、可憐さと気高さを併せ持つ身体を座らせた。
  僕はその横に寄り添い、優しくその頭を、頬を、肩を、撫でた。

  項に鼻をあてて、彼女の甘い匂いを嗅ぎながら、落ち着けるように撫で続けた。
  友達と触れ合うやり方ではなく、恋慕している異性を愛撫するやり方で。

「や、やめて。へ、変な気持ちになっちゃう……」

  顔が赤くなっている。これから抱かれるというのだから無理はない。
  僕はなるべく安心させるように彼女に声をかける。

「大丈夫。嫌なときは嫌ってすぐ言うんだよ。僕も雅枝の嫌なことはしたくない」

「う、うん」

  了解を得てから、僕は恐る恐る、彼女の大きく膨らんだ乳房に手を伸ばした。
  何度か、ふざけて触ったことのある柔らかさだった。ただ、そのときはこっぴどく怒ったのを覚えている。
  ただ今は、面映い表情で顔を背け、ただ受け容れる姿勢で、なすがままに胸を触れられている雅枝がいる。

  ボールを掴むように指を没入させてみる。寝間着の薄い布を隔てた生温かい感触のそれに指がゆっくり埋まっていく。

「な、なんか手つき厭らしい……」

「当たり前だろ。これからとびきり厭らしいことをするんだ」

「う、うん。そ、そやね。そやった。…ねえ、や、優しくして」

「………善処します」

  断言できなかった。だって仕方ないじゃないか。今まで気づいてなかった、いや気づいていなかったフリをしていただけかもしれない。
  こんなに愛おしくて、可愛らしくて、魅力的で、誰もが目を奪われそうな身体つきの彼女だ。
  いつか箍が外れて、暴走気味にその肢体を貪ってしまうかもしれない。抑えきれないかもしれない。
  そんな不安定さが今の僕を苛んでいるんだから。

  上から順番に寝間着のボタンを外していく。一つ、一つ。ボタンを外すごとに窮屈そうな膨らみが布地を引っ張り、自己主張をしている。
  一つ、一つ。

  やがて、最後のボタンを外し終わると、もう、乳房の上に2枚の余計な布が乗っているかのような状態に。
  ヘソがハッキリとその姿を表し、パンツとの境目に膨らみをみせる腹部の肉が彼女そのままを表現している気がする。

「(う、うわ。もう、全部見えてしもてる。めっちゃ恥ずいて。アカンアカンアカン!!)」

  余裕なく声が出せずにいる雅枝は、そのまま顔が更に熱くなり、せめてもの羞恥への抵抗にぎゅっと目を瞑った。

  僕は、背から彼女を抱きしめ、布団へもつれ合うように彼女を押し倒した。


80 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:34:16 nfpSiZiQ
「ま、満足した?」

「するわけないでしょ」

  倒れ込んだ拍子に桃色のぷっくりとした乳頭がちらりと顔を出していた。
  僕は、恥ずかしげに顔を出し切れていないそれらを、幕をどけて、両方の役者を登場させてあげた。

  緊張に赤みを帯びた肌色、程よく抱き心地の良さそうな肉付きの腹部、健康的な曲線美を描くくびれ、
  僕を魅了してやまない大きなボリュームのたわわに実った乳房。

  僕は初めてのファミレスで好きなメインディッシュが出てきて、いてもたってもいられない子供のようだった。
  無意識に伸ばされた手は、そのおっぱいに手を直に触れさせて手になじませようとする。

「ひぅ…っ」

  手が冷たかったのだろう。声を上げて、一瞬身体を跳ねさせた雅枝。

「いいよね、雅枝」

「…………」

  こくり、とゆっくり逡巡して、それでも僕の、雅枝の愛のために頷いた。
  僕は彼女の頬に手を添え、唇を近づけた。

  雅枝は、近づくごとに目をあちこちにブレさせ、焦っていたがしまいにはまた目を閉じてしまい。
  彼女の瑞々しい唇に僕の唇が触れた。

  その先には何もない、お試しのキス。
  よく劇場でみるような激しく求め合い、果てしないものではなく。

  だというのに、僕は最高に緊張していて、これが本当に正しいやり方なのか、戸惑いっぱなしだった。

  何秒、何十秒、いや何分たっただろう。
  彼女に覆いかぶさるようなキスを終え、僕が離れると雅枝は微妙に口角をあげて
  それを見せないように口を塞ぎ、目を潤ませて、今にも泣きそうな表情をしていた。

「夢みたい。こ、こんな……あんたと、なんて」

  僕も、気持ちに寄り添うように頷く。
  だが、口を開く余裕はそもそも僕の心からは潰えていた。


81 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:40:04 nfpSiZiQ
  僕は、今さっき触った雅枝の乳房の感触を再度確かめるようにそれに手を触れる。
  ゆっくりと、指先で掴み握るように揉む。
  その度に縦に盛り上がったり、胸部に落ちたり、感覚も視覚も真新しくて、繰り返してしまう。

「んっ、……ぁ、…ぅ、は……っ」

  思ったよりも柔らかくなく、思ったよりも固くない、風船、いや、ゴムボール……
  感触としてはどちらにも似ていて、どちらともつかない柔らかさ。
  ただただ、触れていて力が抜けていくような。

  ――これが母性か。

  まだそんなに触れ合っていないのに、乳頭はツンと上向きに大きくなっていた。

「んんっ…、う、嬉しそうに触っとるけど、そない楽しい?」

「うん、柔らかくて、温かくて、いい匂いで、……こんなに素晴らしいものを雅枝は独り占めにして、ずるいよ」

「アホぅ……誰も好きで大きくしてるわけないやろ……」

「じゃあ、僕のために大きくしてくれて、ありがとう」

「バーーカ!!アホやなくてバカやろアンタ、なに言うとんねん!」

  久々の彼女らしい表情だった。
  頃日、しおらしい彼女しか見ていなかった僕からしたら懐かしさすらあった。

「……そんなことを言うのか君は」

  でも、僕は今そんな漫才をやっている気分じゃない。
  円を描くように彼女のそれを持ち上げるように回す。

  そして、生地をこねるように前後に押し広げて乳肉を引き伸ばした。

「ん、あっ、……な、んやこれ……や、やめっ……ダメっ、禁止ぃ……」

  喜びとも悲鳴とも付かない聞いたこともない高音を上げた。
  まだ、よそう。僕はまた優しく彼女を愛撫するようにした。


82 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:45:42 nfpSiZiQ
  持ち上げたり、引っ張ったり、捏ね繰り回したり、乳房の感触を楽しんでいると
  雅枝の声にも色が帯び始めていた。

「ぁ、んっ……な、何で、……む、ねだけで……あんっ!」

「(あ、あかん……こ、これじゃ飛び越えてしまう。私とこの人との、関係を……)」

  愛撫を他所にピンと立っている桃色の突起の周りを渦を描くようになぞる。

「んんぅ……そ、それ…っ」

  そして指先で乳頭を優しくなぞった。

「く、くすぐったい…はぁ、…う、…んっ、だけやって……、そ、それぇっ」

「本当に?声が上ずってるよ、雅枝」

「う、うるさい……もぉ……」

  次第に彼女の肌は汗ばんで、手に張り付くように馴染んでくる。
  滑らかに撫でていた肌は吸い付いて、揉み心地が良くなってきている。

「(い、いや……も、もう濡れてきとる……だ、ダメなのに)」

  感度が良くなってきている。
  確信した。僕はもう一度、強く、捏ねるように彼女の乳房を揉みしだいた。

「んんっ…あっ、はぁっ、あんぅうっ!……ふ、ぅう……んっ」

  ダメも、禁止の一言もなく、ただ身を捩りながら口を引き結ぶ。
  耐えて、愛撫を受け入れてくれている。声を漏らすまいとしている。

「(だ、ダメやろ。私、何、してるんや。感じたら、感じたらもう……)」

「は、ぁ、ああっ、んんんっ!!」

  ピクン、と一瞬背中が跳ねた。
  雅枝の、その自分の気持に引き寄せられた必死な抵抗むなしく
  声を強くあげ、軽く絶頂に近い感覚を味わった。


83 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:49:27 nfpSiZiQ
  それが、僕にはどうも悲痛な叫びに聞こえた。
  手が止まってしまう。これじゃあ、ただの僕の独り善がりなのだから。

「雅枝、無理しなくていいんだよ」

  愛撫するのを止め、彼女の隣に寝転び
  頭を撫でると、僕は耳元に口を寄せて囁く。

「でも、……でも」

「でも…どうしたんだい?」

  それでも彼女は本当の内に隠している気持ちを教えてくれずに押し黙ったままで。
  僕は、どうしたら打ち明けてくれるだろうと考えた。

「本当は、どうしたい?雅枝」

「えっ……?」

  ハッと驚いた顔で、雅枝はこちらをみる。
  まさか自分の身体の虜になっている男が中断するとは思わなかったのか。
  それとも、中断されたのが残念だったのか、そのどちらともだったのか。

  だけれど、それで、雅枝は自分の気持を告白するための時間を設けることが出来た。

「私は……」

「うん」

「私はね」

「雅枝はどうしたいんだい?」

「正直ね、まだ……友達の頃のあんたを、忘れられんねん」

「……それは」

  僕からしたら、予想外の告白だった。


84 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:53:56 nfpSiZiQ
「もちろんね、あんたのことはすごい好き。気持ちが抑えられへんくらい、でもね」

「忘れられん、今まで、ずっと仲良うしてくれた友達としてのあんたを……」

  どうすればいいだろう。胸中に僕の困惑と、もしかしたらという絶望がぐるぐると混ざり落ちていった。

「そう、なんだ。そういう、気持ちは仕方ないよ」

  だけど、僕は受け容れることにした。何より、どんな結果になっても、雅枝が大事だった。
  昔の友だちとして大切にしたいという気持ちより強くなった、その想い。

「ほんと、ごめん……ごめん……!」

  悲痛な顔だった。眉根を寄せて、今の恋人としての僕を受け容れられない自分を責めているように。
  まるで最悪の裏切りをして、ハッとなっていることを自覚しているように。

  でもね、そうじゃないんだよ、雅枝。そんな悲しい顔をしないでくれ。
  僕はね、最近、だんだん分かってきたんだ。拒絶されるより、君が悲しい顔をしている方がもっと悲しくなるって。

  だから、そんなに自分を責めて、謝らないでくれ。

「そっか、……今までの友達でいた僕が羨ましいよ」

「っ!……うん、そう、だけど……でも、どっちとも離れたくない……」

「長すぎたんだね、友達でいる時間が。だから……ゆっくり答えを出せばいいよ」

「…………」

「君があの晩ずっと待っていた辛さを僕は知らない。だけど、…だから、僕はその分待つよ」

「うん、……うん」

「ごめんね、君に無理させたね。でもね、分かってほしいんだ。僕は君が愛しくてたまらないんだ」

「わか、わ、……分かってる……よ、私も、好き、大好き」

「そっかぁ……とりあえずは、その言葉だけで僕は幸せだなぁ」


85 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 01:59:24 nfpSiZiQ
  僕は彼女を慰めながら、ずっと抱きしめて言葉をかけ続けた。
  ようやく彼女が落ち着いてきた頃、彼女はこんな提案を出した。

「……1ヶ月」

「ん、何だい?」

「1ヶ月待って。そしたら、私も踏ん切りつける。そしたら、私のこと、全部もらってください」

  腕の中の彼女は恥ずかしそうに上目遣いの無知な媚び顔でそう言った。

  たまらなく強く抱きしめたくなった。
  だけど、僕は理性をふん締めて力いっぱい堪えながら背中を撫でた。

「分かった。じゃあ、そのときは、どこか遠出をしよう。幸い貯金があるんだ」

「何で遠出なんて」

「誰にも、邪魔されたくないんだ」

「そ、そっか……。エヘヘ、なんか、独り占めされるのって、嬉しいわ……」

  心底嬉しそうに頬を染めながら照れ顔で僕の背中に手を回し、抱きしめてくる。
  膨らみが身体に密着する。これはどうも、息子の情操教育によろしくないぞ。

  僕は彼女を抱く手を人知れずわきわきとしながらその感触を生殺しながらに楽しんだ。
  心で涙を流しながら。

「ね、じゃあ……私はあなたのこともっと好きになるよう、旦那って呼ぶことにするわ」

「何で、呼び方なんかで」

「勉強しとらん?ロールプレイングってやつ」

「ウィザ○ドリィ?ドラ○エ?ダンジョ○ズ・アンド・ド○ゴンズ?」

「あのね、役割を演じればその感情が強化されるとか云々かんぬんらしいんや」

「云々かんぬんかぁ……」

「ってわけで、公でも呼ぶことにするわ。よろしく、旦那」

  まだぎこちなく笑う彼女をなるたけ不自然にさせないよう、僕は笑顔で頷いた。
  その晩、僕は呼び名を定着させるために雅枝さんに何度も旦那と呼ばれ続けた。

  といった流れで今日はお預けとなった次第だった。
  より一層好きになると言い出して密着しながら眠りについたのはどうも生殺しで。
  これ以上ないくらい辛い一夜だったことは今でもよく覚えている。


86 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 02:04:10 nfpSiZiQ
――現在(3月13日)

  以上のいきさつにより現在に至るわけだ。
  僕も、1ヶ月という期間に彼女との関係について冷えた頭で考えて自分なりの結論を出した。
  あとは、彼女の覚悟を聞いて、僕のその結論を話すタイミングがいつか、という話だ。

  丁度、春休みなので期間がいくら伸びていいように
  3月の半ばを前もって選んでくれたのも今となっては都合がいい。
  
  僕ははやく、昔の自分とお手てを繋いで落とし所を見つけ、この膠着状態に終止符を打たないといけない。
  そもそも、彼女と半同棲のような生活において、もう生殺しには無理がある。
  僕だって若き大学生。迸るリビドーの行き先を日々どうするか悩む青年の一人なのだから。

「んー、窓を開けたら尚更気持ちええなぁ。空気もおいしー!」

  そして雅枝は呑気に車窓を上げて見晴らしのよい景色を体いっぱいに楽しんでいる。
  僕は釣られて外を眺めると行き先の向こうに大きな山が見えた。

  九重連山も目に入ったが、時間が経つ度にその大きさが顕著になる緑々とした山は間違いなく由布岳だ。
  どうやらもうそろそろ由布院駅に着きそうだった。

「そろそろ弁当とか片付けよっか」

「ああせやった。はよ直さんとな、駅に、着く、もん、…ね?」

  ちらっと横目で僕を見てくる。どうやら雅枝も分かっているようだった。
  あとは時間を待つのみということか。

  僕は、恐らく悪い結果にならないだろうという期待をしながら
  その時が来るまでふかふかな背もたれのシートに身を委ねるのであった。





第二話 カン!


87 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 02:06:27 nfpSiZiQ
私用で数日間外出するので次回更新は火曜日ぐらいを予定しております
何かまた設定ミスやら不備がありましたらご意見よろしくお願いします


88 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 08:33:14 VhzQUYxY
子供の呼び方って合ってたか?
咲日和だと別の呼び方だったけど


89 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 12:33:42 SVwzvyWc
愛宕家ガチ勢がたまにいますね……


90 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/18(土) 13:32:24 feyxS9YU
ふと気の抜けるタイミングで昔の呼称が出る雰囲気を出したかったんです
ほぼほぼ妄想ですが
それ否定したら何も書けなっちゃうお兄さん許して

余地がなかったり多数の人が不愉快なら

洋ちゃん→洋榎
絹ちゃん→絹恵

という風に改めます


91 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/21(火) 18:38:20 IjmjRg5E
よく考えたらその心情やらを描写すればよかった
ゴロっぽいこと書き込んですまんな

身体の調子悪いので再開は翌日になりそうですすみません


92 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/21(火) 23:08:43 eq7ppRJg
待ってる


93 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/02/25(土) 07:38:28 SLKMk/9k
ほんとすき


94 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/03/19(日) 11:27:11 M2PXq2hc
つづきはどこ……ここ?


95 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/03/19(日) 11:47:33 emLKDjNY
14日に載せられたらと思ったけど今病院いるから退院次第書きます


96 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/03/19(日) 12:30:17 xIXaR9QI
なぜNaNじぇいの文豪達は度々入院してしまうのか


97 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/03/19(日) 12:36:50 XXNM9Tok
事実上の絶筆宣言ですねこれは…


98 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/03/19(日) 12:42:54 emLKDjNY
死なない限り再開するから安心してくれよなー


99 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/08/29(火) 17:56:11 DYxDD..U
どうか逝かないで……(懇願)


100 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2017/11/24(金) 19:36:38 MInU.mjg
とりあえずアドレスを貼るのみで、当スレからは立ち去りますが、
もし興味ある方は読まれて下さい。

いずれ誰もが直面する「死の絶望」の唯一の緩和・解決方法として。

(万人にとってプラスになる知識)
《神・転生の存在の科学的証明》
http://message21.web.fc2.com/index.htm


101 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2019/03/09(土) 02:06:54 FTugdUXc
せえへんんん!


102 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/02/13(木) 20:45:42 NF72OExk
もうすぐバレンタインなのでage


103 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2021/02/14(日) 02:58:14 A/6Ucvvo
今年もバレンタインが来ました


104 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2025/02/13(木) 20:22:27 L4Xgyy6Y
バレンタイン前日なので


105 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2025/02/13(木) 20:23:49 PpKKHinA
アナスイくんがクッソ懐かしかった(小並感)


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