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【SS】愛宕「提督と私の帽子、交換してみたいな、って♪」
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指輪の代わりに僕の元に来た帽子には、裏側に「アタゴ」と書いてある。
カタカナなのは、ひらがなの「あ」がどうしても縫えなかったからと言っていた。
糸が数回往復しただけの線が描く単純な三文字は、お世辞にも制服にあるような立派な刺繍とは程遠い。
なんでも、いつか僕に渡すことを踏まえて、あえて自分の名前を書いていたらしい。
そこで書くのが僕の名前じゃないところが、実に愛宕らしいと思う。
「いつかはリベンジするから!高雄や鳥海がやるよりもずっと上手くやってあげるもん!」
「いつかって、いつ?」
「…提督とケッコンじゃなくて、年齢的に結婚できるまで。」
「長くない?」
「長くない」
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提督の帽子
少年には大振りに過ぎた帽子。
この帽子に見合うように成長することが彼の夢でもあった。
部下を庇って散った最期はその夢にかなうものであったのだろうか。
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純愛宕かな?
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けれど、その少し歪んだカタカナが描く彼女の名前が、僕に触れている事実がうれしかった。
流石に仕事の間に被ったりできないので、被る機会は限られる。
けれど、二人で共に過ごすとき、交換した帽子をそれぞれ被るのがうれしかった。
これを被っていると、目の前の愛宕と、あの時の愛宕が、一緒にいてくれるように感じられた。
それがたまらなくたまらなくうれしかった。
「ぱんぱかぱーん!」
「もう出ないよぉ」
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いいゾ〜これ
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あれから何年も経った。
時には喧嘩もした。
辛い戦いは続いている。
仲間の死に涙もした。
それでも僕たちが一緒に過ごした日々は輝いていた。
笑ったり、泣いたり、キスしたり、もう出なくなったり、
どんなときでもいつも傍らにはこの帽子があった。
幸せな日がずっとずっと続いていくものだと、その時の僕は疑いもしなかった。
「ジンクス、とでも言えばいいんですかね。」
そんなある日、僕の元秘書艦が妙なことを言いだした。
別に仲が悪いわけでもなく、仲がいいわけでもない。でも全くの無関心というわけでもない。
失礼なようだけど、そこまで戦力的に優れてはいないので、作戦にもあまり参加しない。
そしてなぜか鎮守府から度々姿を消す。そんな艦娘。
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「もちろん、みんながみんな、というわけではありません、例外もありますがーーー」
彼女が言うには、艦娘と人間は限りなく近く、近いが故に限りなく遠い生き物。
だからこそ、近づこうとすれば近づこうとするほど、
その歪さが浮き彫りになり、気が付けば遠い存在になってしまう。
人と艦娘では近づくことはできても、一つにはなれないと。
ケッコンなんてしても同じことで、ある程度経つと、
まるで目に見えない大きな何かが遮ろうとするかのように、二人を引き裂くのだと。
それを聞いた僕は腹が立ち、何かを言い返してやろうとした。
「少なくとも私と前の提督はそうでした。」
でもその一言をつぶやいた時の、彼女の憂いを帯びた目を見て、僕は何も言えなくなった。
そして彼女は「応援はしています。」とだけ言ってその場を去った。
たまたまなのかはわからないけれど
彼女とはそのまま不本意なお別れをすることになった。
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「ちょっと、やりすぎ…いややられすぎじゃないかしら、私…」
その日からだっただろうか、僕と愛宕の生活が少しずつ変わっていった。
仲が悪くなったわけじゃない。
いつも一緒にいたいという気持ちが変わったわけじゃない。
ここは戦線。どんな不幸があったとしてもおかしくもなんともない。
だから、愛宕が大破して帰ってくる回数が増えたのもたまたまだと思った。
…いや思おうとした。
でも、記録の上で、数値の上で、
愛宕が戦いで負う傷が極端に増え続けていることははっきりしていた。
皆が見ている前なのに、笑顔で「怖かったわー」などと言いながら、
大破したままの格好で愛宕に抱き着かれたとき
最初はドギマギしてしまって、周りにからかわれたりもした。
そんな光景も、飽きることなく繰り返されるうちに、少しずつ意味合いが変化した。
周りからの視線が冷やかしでも妬みでもなく、
まるで憐れむような眼差しになったこと。
僕を抱きしめる愛宕の手が震えるようになったこと。
僕からも抱きしめかえすようになったこと。
それは抱かれることに慣れた僕の心にゆとりができたからじゃなく、
僕の心にゆとりがなくなってきたからだということ。
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愛宕は一見お気楽で能天気なようで、
決して弱みを見せようとしない、芯のしっかりとした女性だということを僕は知っている。
だから僕は、愛宕は遠征に行く前になると、不自然なまでに自室に籠る時間が長くなったこと
妙に願掛けの類が好きになったことには気づかないようにしている。
そんな姿を見た僕は、もう愛宕に戦ってほしくなかったんだけど、
僕は提督であって、愛宕は艦娘なので、それはできなかった。
変わり始めたのは戦いの間だけじゃない。
例えば鎮守府の増築工事を視察してる間に、急に鉄骨が僕めがけて落ちてきた。
買い物をしようと出かけていると、突然僕めがけてトラックが突っ込んできた。
港から艦娘達を見送っていると、唐突に僕のそばで魚雷が暴発した。
そのたびに僕は、目を逸らそうとした。
その日のラッキーカラーを把握してなかったから、とか
星座占いの結果がよくなかったから、とか
入れたお賽銭が少なかったからバチがあたった、とか
とにかく単に運が悪かっただけだと、何か別のものに理由を求めた。
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「まったくもう。提督も気をつけなきゃダメよ?」
そして、その度に、毎回傷つきながら僕を守ってくれる愛宕の苦笑いを見るたびに、
頭の中でこねくり回した、ちゃちな防衛機制は崩れてしまう。
ただのアンラッキーとは到底思えなかった。
なぜなら、それらの一見僕を狙っているかのような事故は、いつも愛宕が隣にいるときに起きるからだ。
現に、何度も何度も偶然とは思えない事故が起き続けているのに、僕は傷一つ追っていない。
”私と前の提督はそうでした”
幾度となく彼女の言葉が僕の頭の中に響き渡った。
そのたびに僕は心の底から怖くなる。
いなくなってしまわないよう、怯えるように、愛宕を求めた。求められた。もう出ないよ。
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・・・
そして、その日はなんでもない一日になるはずだった。
作戦が終わった愛宕たちが帰ってくるだけの、なんでもない一日。
そんな何でもない一日だからこそ、僕は無事に作戦を終えられたことに心から安堵し、
また明日から愛宕と一緒に過ごせることを喜んでいた。
逸る気を誤魔化そうともせず、愛宕からもらった帽子をくるくると回していた。
まだかまだかと待ちきれず、二人の時にだけ被る帽子を身つけようとしたその時だった。
「…あれ?」
違和感。
裏地に掛けた指から伝わる感触が明らかに違っていた。
恐る恐る帽子を外し、裏側を見てみる。
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なかった。
そこにあるべき名前がない。
「アタゴ」の三文字を描く糸が、すべて切れ、力なくぶらぶらと揺れていたのだった。
別に変な話じゃない。
この帽子を貰ったのはずっと前の話。
しかもひと針でかなりの距離を稼いで線にしてしまうという、
かなり簡単な刺繍だ(そこがまた愛宕らしい)。
日常生活の間でぷつんと切れるのも、十分ありえる縫い方だった。
少なくとも、暴発した魚雷で吹き飛ばされかけることに比べればよっぽどまともだ。
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【今日たまたま僕の隣にいた愛宕にトラックが激突したのは、僕がご飯粒をきれいに食べなかったせい】
なんて馬鹿な考えをしないでも、ただのアンラッキーで終わる話。
でも、そのときの僕には、そんな当たり前の考えは全く頭の中になかった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
気が付いたら走り出していた。
走ってもどうしようもないし、どこへ行っても意味がないはずなのに、
僕は胸の中に落ちてきた黒く大きな重い岩をどかしたくてしょうがなかった。
カラカラに乾いた喉と、異常な早鐘を打つ心臓が僕の身体を締め付けるようだった。
でもそんなことどうでもいい。いや、何もかもどうでもいい。
早く愛宕に会わないと!
早く愛宕の胸に飛び込まないと!
早く!
早く!
早く!!
-
・・・
『ダカラ私ハ言ッタンデス』
いつ、どこなのか、夢なのか現実なのかもわからない、暗闇の中に僕はいた。
目の前には二つの人影がある。
『人ト艦娘デハ近ヅクコトハデキテモ、ヒトツニハナレナイ。』
片方の顔には見覚えがある。
いなくなった、僕の元秘書艦だ。
でも、僕が知っている彼女とはだいぶ違う。
髪の毛が真っ白で、不気味なほどに青白い肌。ギラギラと輝いた目に、牙を剥いているような口。
声も違う。ちゃんと聞き取れるし、本人だとわかる声音だけど、明らかに人のそれとは響き方が違う。
正直この状態を含めて、彼女の姿はかなり怖いんだけど、
落ち着いてよーく見れば結構綺麗なんじゃないかな、とも思う。
愛宕に言ったら怒られそうだけど。
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『私ト、アナタノ前ノ提督デハソウダッタ――――』
彼女の隣にいるのは誰だろう。
随分と仲が良いみたいで、こんなときでもしっかりと彼女と腕を組んでいる。
その青白い肌を始めとした風貌から、彼女の仲間だとはわかる。
でもあれはどうみても男の人だ。
前線に出てこないだけで、彼女たちには男の仲間がいたということなんだろうか。
『――――ダカラ、ワタシハ…ワタシタチハ』
僕が覚えていたのはここまでだった。
・・・
「帽子…どこにやっちゃったんだろう…」
あれ以来、僕はおかしくなったんだと思う。
自覚はできないけど、こんなの絶対におかしい。
皆優しいから口には出さないけど、周りにも不気味に思われている。
それは僕の心に愛宕という柱がなくなって、崩れてしまったからじゃない。
愛宕という柱がなくても、変わらずに僕の心が成り立っていたからだ。
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僕は、最愛の艦娘の死に、涙の一筋も流せていない。
「こんなに好きなのに、なんでなのかな」
最初に仲間の艦娘が死んだとき、僕はわんわん泣いた。
次の仲間の死を目にしたときもわんわん泣いた。
その次の死を見届けたときは涙をこらえた。でも結局泣いた。
そんな僕だから、いや、僕だけじゃなくてこの鎮守府は恐れていたんだ。
もし愛宕が死んでしまったら、僕はどうなってしまうんだろう、と。
でも、僕は大して変われなかった。
前より表情に乏しくなったとは言われるし、
もちろん悲しんではいるんだけど、
それでも僕は普通に提督業をこなし、普通に他の人と接している。
敵を際立って憎む気持ちが沸いたわけではない。
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てっきり僕は、誰の声も聴かず受け入れず、三日三晩泣き叫ぶんだと思った。
その後は、完全に復讐の鬼になって、敵を根絶やしにするまで戦い続けるのか。
はたまた完全に戦いに嫌気がさして、もう引退してしまうのか。
はたまたショックでもう記憶を失ってしまうのか。
もしくは全てに希望を見いだせず命を絶ってしまうのか。
そのいずれかと思っていた。
それなのに僕はこんな状態だ。
わけがわからない。
僕は、もっとおかしくなっているべきなのに。
なぜこんなにも落ち着いるんだ?。
…本当に、僕は、どうなってしまったんだろう。
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答えがわからないまま半年が過ぎた。
みんなが寝静まった夜の執務室で、僕は今、死を受け入れようとしている。
『ヤット会エタワネ』
なぜなら目の前に愛宕がいるから。
例の彼女のように、真っ白な髪の毛で、青白い肌でギラギラの目をした
でも見間違えようのない、僕の愛宕が、そこに立っていた。
月明かりに照らされた美しい横顔を見たとき、僕は震えていた。
愛宕は死んでいなかった。
でもあっちについてしまったんだ。
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…当たり前だけど、僕は喜んでいた。
正直、糾弾する気持ちなんてかけらも沸いていない。
ただただ、愛宕が生きている、という事実だけで、
僕の悩み抜いた半年間は報われた気がする。
なぜこうなってしまったのかはわからないけど、僕に後悔はない。
最愛の艦娘の死を悼めない僕のような人間が殺されるというのなら、筋は通っている。
こんな僕の最期を看取ってくれるのが、他ならぬ愛宕だというのが、どこか誇らしかった。
何より、愛宕が生きている、という事実が、たまらなくうれしかった。
『本当ニ、イケナイ子ネ、提督ハ。』
愛宕が笑った。
あぁ、やっぱり綺麗だなぁ。
前とはちょっとだけ顔が違うけど、これはこれでまた違うかわいらしさがある。
愛宕の手が伸びてくる。
当然だけどきれいな手だ。
とても険しい戦いを繰り広げている手とは思えない。
愛宕の手が僕の頭めがけて伸びてくる。
そういえばキスをされるときはこんな感じでグイッと掴まれてたなぁ。
半年しかたってないのにすごく懐かしいや
ゆっくりゆっくり伸びてくる。
いや、ゆっくりと感じるだけかも。
走馬燈?ってやつなのかもしれない。
そして、僕に触れて…
流石に痛いのはちょっと嫌だから目を閉じてしまったけど
最期の瞬間に愛宕の顔を見れればいいなぁ…
なんて思いながら、死を迎え入れる、その瞬間だった。
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ぽふっ
―――えっ?
ひしっ
ぎゅうっ
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『ナクシチャだめデショ。セッカク縫ッタノニ。』
頭の上に何かが乗せられた。
そのまま柔らかで温かい感触が僕を包み込んだ。
恐る恐る頭の上のものを取ってみる。
『約束通リ、チャント縫イ直シテアゲタカラネ。』
帽子だった。
いつのまにかなくなってしまった、愛宕からもらった帽子。
ケッコンしたときに、交換した帽子。
前と違うのは、裏面に「愛宕」という漢字が丁寧に綴られている点。
『ドウ?大分上手ニナッタデショ。』
「………ありがとう。」
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―――あぁ、そうか、そうだったんだ。
一見、体温を感じられなさそうにも見える、今の青白い肌の愛宕の身体は、
前と変わらない温もりをくれた。
そして僕は愛宕の胸の中でぼろぼろと泣いた。
全部わかった。
仰々しい方になっちゃうけど、これは運命だったんだだと思う。
人と人じゃないものの繋がりは、どうしても歪なものになってしまう。
犬や猫と一緒に過ごしたくても、彼らとは直接言葉は通じないし、寿命も違う。
言葉を話せるロボットと一緒に過ごしたくても、彼らが生きられる世界で僕らは生きられない。
逆もまた然り。
艦娘は、それこそ人間にそっくりだからこそ、違うところが決定的に違ってしまう。
その関係はどこか歪になってしまう。
末永い仲を望むのならば、
その歪さを受け入れるか、歪さを捨てる必要があった。
僕と愛宕は、お互いにいつまでも一緒にいたいと願ったから、
運命は歪さを捨てる方向に回り始めた。
あの災難の連続は、僕たちを引きはがすためじゃない。
僕たちを一つにするために起きたもの。
愛宕を変えるために起きたもの。
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『待タセチャッテゴメンネ?』
「ううん、ありがとう」
前の提督と悲しい別れをした例の彼女は、度々姿を消したのか。
彼女も前の提督を、そして彼と一緒になる方法を探していたからだ。
だからその二つを見つけた彼女は、彼と一緒に僕の目の前に現れた。
僕を「応援はしている」という言葉通り。
あれは彼女なりの応援だったんだ。
ひょっとしたらだけど、彼女の仲間達が地上の人々と戦うのも、一つになるためなのかもしれない。
なんで僕はあの時泣かなかったのか。
悲劇ではなかったから。
あの悲劇は偽りだったから
そしてこの時のため。
愛宕と一つになれる喜びを祝うために必要な涙を、
あんな偽りの悲劇で使っていられなかったから。
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『一緒ニ行コウネ。』
「うん」
鎮守府のみんなは、僕のことをどう思っているだろうか。
好きな人が死んで頭がおかしくなった憐れな子供か。
好きな人が死んでもなんとも思わない酷い子供か。
その両方か。
違うんだ。
僕の心は今、憐れみなんか1ミリもいらないほど輝いている。
でも僕を酷い子供だというのは間違っていないかもしれない。
『こレカらはずット一緒?』
『当タリ前ヨ』
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なぜなら今から僕は人を裏切るから。
愛宕と同じ存在になるために。
愛宕が艦娘であることを捨ててその姿になったように。
愛宕と結ばれるために。
僕は、僕という人間を捨てるから。
『…今日ハ甘エテモイイ?』
『ンモゥ、甘エン坊ハ相変ワラズナノネ。』
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以上です
最初はバッドにしようとしたんだけど情が湧いちゃいました
愛宕のSS流行れ
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ほのかに怖い、それでいて美しい
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とても面白かったです。
儚い愛宕とのおねショタは新鮮ですね
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で、出ますよ(感涙)
二人は幸せな深海セックスをして終了
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いいぞ〜これ
すごい良い作品描いてるけど、なんか過去作とかやってたの?
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切なくも救いの残るエンドに二回も涙汁を出した
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美しいビターエンドも素晴らしいけど
愛宕がしっかりお姉さんしてるのもすき
ぜひ深海で幸せになってほしい
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>いなくなってしまわないよう、怯えるように、愛宕を求めた。求められた。もう出ないよ。
申し訳ないがシリアス展開中にテンポの良い不意打ちはNG
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元秘書艦が誰だったのかちょっと気になる
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仮に初期艦だとすれば近いのはブッキーかね
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愛宕という字と一緒に並んでると「帽子」が何回見ても「精子」にしか見えない
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すごくすごかった
地の文ありもやっぱりいいっすね……
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バッドエンドじゃなくてよかった
実によかった
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