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【艦これSS】友達止まりの彼女
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コンコン。
執務室の扉をやわらかく叩く音がする。
デスクから顔を上げて時計を見る。午後3時。音の主はだいたい想像がついた。
「提督ー?入るよー?」
「開いてるよ。どうぞ」
「お邪魔しまーす」
想像のとおり、緊張感のない声とともに現れたのは、
薄ベージュ色のセーラー服に身を包んだ重雷装巡洋艦・北上だった。
手には紙袋をぶら下げている。
「なんだそれ。お菓子か?」
「そ、間宮さんの羊羹。一緒に食べようと思ってさー」
「お前が手土産持参とは珍しい。どういう風の吹き回しだ?」
「うーん、まあ、そう……ちょっとね」
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北上はよく執務室を訪れる。
そしてなにをするでもなく、ダラダラと時間を過ごして帰っていく。
本人曰く、
『提督とダベる時間は、出撃の合間の息抜きに最適だからねー』
…とのことだ。
悪い気はしなかった。
女所帯の鎮守府の中で、男女を意識せずに付き合える北上は、
数少ない「友人」と呼べる存在だった。
普段、北上が出撃している哨戒任務に、今日は大井を出している。
お茶菓子まで準備して、とことんのんびりしていくつもりだろう。
「ちょっと待ってろ。この報告書だけ書き上げたら一服するから」
「おっけー。じゃあお茶準備しとくね」
北上はそう言って、鼻歌を歌いながらポットと湯呑みを準備しはじめた。
機嫌がいいのかもしれない。
その柔らかい声をBGMにして、しばし報告書の文言に集中した。
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「さすが、美味いな」
あいわらず間宮の羊羹は絶品だ。疲れた頭に、上品な甘さが染みわたる。
普段は艦娘たちの手前自重しているが、たまにはこういう贅沢もいいものだ。
しかしそんな甘いひとときのなかに、一筋混ざる苦味があった。
北上の態度がおかしいのだ。
ついさっきまで、上機嫌に鼻歌を歌っていたかと思ったら、
今はなにを話しかけても「あー」とか「うん」とか、あいまいな答えを返すばかり。
やたらと羊羹を細かく切り分けては、ちまちまと口に運んでいる。
ふっ、と北上が息をついた。
なにか決心がついたのだろう、一口お茶を含むと、楊枝を皿に置いて話し始めた。
「あのさ、提督」
「ん?どうした?」
「なんで今日の任務からアタシを外したの?」
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「なんでって……大淀から聞かなかったのか?大井の練度をもう少し上げたくて…」
「聞いたよ。聞いたけど、でも、最近そういうこと、多いよね?」
珍しく語気を強める北上に、一瞬たじろぐ。
しかし同時に、この奇妙な態度に納得がいって、少しだけ安堵した。
北上は不安だったわけだ。
確かにここのところ、北上を任務から外すことは多かった。
その理由を、司令官の口から、直接聞きたかったのだろう。
艦隊にとって北上の重要さは、いささかも変わりはない。
ここは誠意ある説明をして、なんとか納得してもらわなければならない。
「……実はな、北上。ここだけの話なんだが……近々、また大規模な作戦がある」
「大規模な、作戦?」
「そう。君らの言う”イベント”ってやつだよ」
人差し指を口の前に立てて、シーッとやってみせる。
「本当はまだ誰にも話しちゃいけないことなんだがな」
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もう始まってる
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「雷巡は主力中の主力だからな」
プライドをくすぐるように言う。
「多方面に展開する必要があるかもしれないし、複数人で交代しながら出撃してもらうかもしれない。
そんな中でお前以外は——大井と木曾は——練度に不安がある」
「……」
「北上は、出撃が減って不満かもしれない。
でも姉妹艦のためであり、うちの鎮守府全体のためなんだ。協力を頼むよ」
——秘密を共有して信頼を得てから、仲間たちへの貢献に話をつなげる。
完璧な説得のつもりだったのだが……。
「……それだけ?」
北上の反応は、まったくもって期待外れのものだった。
「それだけ、って……それだけだが???」
「本当に?」
「なんなんだ、一体」
言いたいことがあるならはっきり言え、と続けそうになって、慌てて口をつぐむ。
どういうことだ?俺を疑っているのか?
ひとつ深呼吸をして、なんとかイラ立ちを沈める。
北上の様子をうかがうと、顔を下に向けて、じっと湯のみのフチを見つめているようだった。
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気まずい沈黙を破って、北上が口を開いた。
「提督はさ……………怖いんだよね」
「は?」
怖い?何が?
「怖いんでしょ。アタシが出撃して、練度が上がって……
榛名さんを、追い越しちゃうのがさ」
「なっ……え?」
榛名。金剛型3番艦。鎮守府で最高の練度を誇る、高速戦艦。
北上の口からあまりに意外な名前が飛び出したことで、思考がフリーズする。
俺が、怖い?北上の練度がなんだって?
「戦艦はさ、雷巡よりは出撃が少ないよね?」
「……あ、ああ」
「今は榛名さんが一番練度が高いけど、このまま出撃を続けていたら、
アタシの方が練度が高くなっちゃう」
「…………」
「提督はそれが困るんでしょ。怖いんでしょ」
北上の言葉がじわじわと心に染み込んで、
自分でも気づいていなかった自分の本音に、
はっきりとした形を与えた。
俺は、北上が一番になることを、恐れている。
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「怖いんでしょ」
北上は顔を上げて、まっすぐこちらを見据えた。
その澄んだ瞳に頭の中まで覗かれそうで、とっさに視線を外す。
「提督はえこひいきはしない人だもんね」
「……ああ」
「育成は戦力としての重要度順。その次は着任順」
「……うん」
「……でも、本当はそれだけじゃないよね?」
「……」
北上は止まらない。
「アタシ……アタシみたいな娘が、"ケッコン"に近づくのが、嫌なんでしょ」
「……」
「だから、なんだかんだ理由をつけて、出撃をへらして……」
「……」
「うまーく、99にならないよう、調整、して……」
「……」
「(グスッ)……け、結果的に、さいしょに99になったからーって、
は、はるなさんと、ケッコン、する……」
「……」
「そ、そういうつもり……なんでしょ(グスッ)」
「……」
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終わっちまえよ…『友達止まり』っ…!
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涙交じりに詰問してくる北上の姿に、終始圧倒されながら……
心のどこかでは、
「こいつ、こんなに魅力的な女だったのか」
と、場違いな発見をして驚嘆していた。
上気した頬が、涙をたたえた瞳が、苦しげに震える唇が、
どうしようもなく男としての欲望を刺激した。
いまここで、あの華奢な肩を強く抱きしめてやったら、どんな反応をするだろう。
震えるうなじに手を回し、強引に唇を奪って、
『好きだ』と言ってやったら、なんと答えるだろう。
「……(グスッ)」
「……」
もちろん、そんなことをする資格は、今の自分にはない。
せめてなにか言葉をかけなければいけないと思うのだが、
頭に浮かんでくるのは薄っぺらい言い訳ばかりで——
結局、涙を拭う彼女の姿を、ただ見ていることしかできなかった。
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「ごめんね」
涙で濡れたハンカチをきれいに畳みながら、北上はポツリとつぶやいた。
「いやー、アタシ、なに言ってるんだろ。
出撃してないと、変なことばっか考えちゃって、ダメだねー、ほんと」
「……」
「羊羹の残り、食べていいから」
北上は自分の湯のみとお皿を手早く片付けると、
こちらの視線から逃げるかのように、扉に向かって歩き始めた。
「北上」
「……(ビクッ)」
今の彼女に対して、なにを言うべきかはわからない。
でも、呼び止めずにはいられなかった。
「……ちゃんと答え、出すから」
「……うん」
絞り出すようにそれだけを言うと、
北上はもう振り返ることなく、部屋を出ていった。
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一人きりになった執務室で、冷めきったお茶と食べかけの羊羹に向き合う。
あたりには北上の残り香が、まだかすかに漂っている。
思えば、北上がこの部屋を訪れるとき、その艶やかな黒髪からは、
いつもシャンプーの良い香りがしていた。
たとえ出撃任務があった後でも。
……ソファに深く体をあずけ、天井を仰ぐ。
榛名。北上。
鎮守府で最高の練度を誇る二人。
これ以上、自分の感情から逃げるわけにはいかなかった。
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(第1部完・続編は後日、別の視点から書く予定です)
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いいSSやこれは
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クソみたいな月曜日が楽しみになりました
アリシャス!
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いい
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今回のライバルは榛名か、いままでで一番手強いぞ
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うちも似たような状況なんだよなぁ
練度的には榛名を追いかける北上なんだけどそこを設定にSS考えるのも面白い
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(>>18まさにそれです。自分の鎮守府の脳内設定をベースに話を作りました)
(プロットは最後までできてるので、できれば週一くらいで投下したいですね)
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あくしろよ
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>>20
(すいません、今日中には投稿できる予定です)
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カシャッ
応接室にシャッター音が響く。
大本営から派遣された職員達が、照明だのレフ板だのを持って慌ただしく駆け回る。
中心にいるのは、純白のドレスをまとった一人の艦娘。
「はい笑顔でお願いしまーす(…カシャッ!)」
頼まれるまでもなく、自然と顔はほころんだ。
今日、鎮守府では
「練度90以上の艦娘認定式」
が行なわれている。
これは最高水準の練度に達した艦娘と鎮守府を称え、記念するための任務である。
しかしその内容はというと、専用のドレスを着用しての写真撮影であった。
この任務の本当の目的が、「ケッコン相手のお披露目」であることは、
誰の目にも明らかである。
つまり提督は、私をケッコン相手として選んでくれた、ということである。
だから……榛名はもう、大丈夫です。
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この日を迎えるまでは、長かった。
榛名の練度は、ずいぶん前に90を超えていた。
しかし任務について聞かされたのは、つい昨日のことだ。
『これは……!提督、私が、榛名が出席してよろしいのでしょうか?』
『ああ。この任務は、榛名に、出席してもらいたいんだ』
『提督!榛名、感激です!』
いったい、どのような心境の変化があって、今になって榛名を選んだのか?
それはわからない。
わからないが、戸惑っている暇などなかった。
『ではさっそく明日、撮影に来ていただきましょう!』
『えっ!?明日!?』
『はい。
撮影場所として、応接室をお借りしたいです。構いませんか?』
専用の撮影会場を予約することもできたが、希望すれば鎮守府での撮影も可能だった。
すでに下調べ済みである。
『俺はそれでも構わないけど……榛名はいいのか?本当に?』
『はい、榛名は大丈夫です!では、司令部に連絡いたしますね!』
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もは!
-
そういうわけで、榛名はいま応接室で撮影会に臨んでいる。
「榛名さん、とっても綺麗なのです!」
「私もあんな素敵なドレス、着てみたいわ!」
扉は開け放たれて、自由に見学できるようにしてあった
駆逐艦たちが入れかわり立ちかわり、羨望の歓声をあげている。
しかし。
「……(じー)」
しかし中には——榛名に対して、本気の嫉妬を向ける駆逐艦もいた。
「(にっこり)」
「(ビクッ!)」
……色気づいた小娘め。
それでも油断してはならない。幼くとも女は女だ。
榛名は"ジュウコン"を許すつもりはない。
かといって、提督をむりやり縛りつけるのも本意ではない。
不届き者を提督の側から排除して、彼が「自主的に」榛名だけを愛するようにするつもりである。
撮影場所として鎮守府を選んだのも、
潜在的な恋敵をあぶり出し、牽制するためであった。
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とはいえ——さすがにプライドもあるのだろう——
見学しに来るのは、駆逐艦ばかりだ。
より手ごわい巡洋艦以上の娘は……
……いた。一人いた。
人垣に紛れて、こっそりとこちらをのぞき見している娘が。
彼女はこちらに気がつくと、すぐに体を引っ込めて、逃げるように立ち去った。
あの姿……見間違えるはずもない。
「すいません。撮影、少しだけ中座してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構いませんよ。いままで撮った写真の確認作業もありますから」
「ありがとうございます。ではちょっと、失礼いたしますね」
駆逐艦たちに会釈をしながら、廊下へ抜ける。
慣れないドレス姿だったが、目的の背中にはすぐに追いついた。
「北上さん?」
たっぷり3秒はかけて、その女——雷巡・北上は、ゆっくりとこちらを振り返った。
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「突然声をかけてしまって、すいません」
「……なに?」
「どうしても北上さんに、お聞きしたいことがあって」
嫉妬と怒りと嫌悪と絶望と……あらゆる負の感情に染まった北上の瞳が、
「何の用だ、自慢でもしに来たのか」と告げていた。
もちろん、榛名にそんなつもりはない。
最大のライバルを、完膚なきまで叩き潰すために来たのである。
榛名は周囲に人気がないことをよく確認してから、切り出した。
「……単刀直入に聞きます。
北上さんは提督のこと、本当はどう思っていらっしゃるのですか?」
「な……」
こんなストレートな質問は予想していなかったのだろう。
北上の瞳が、驚愕に見開かれた。
「な、なんでそんなこと……榛名さんには関係……」
「いいえ、榛名にも関係があるから聞いています」
ゆっくりと首を振りながら、かみ砕くように説明してやる。
「この任務に参加した榛名は、提督からケッコン相手に選ばれたのだと、思っています」
「……でしょうね」
「でもケッコンは、榛名から断ることだって、できるんです」
「え……!?」
-
「断る……?ケッコンを……?」
「はい。もし榛名が、提督にふさわしくないと思えば」
「……それって……」
暗く沈んでいた北上の瞳に、希望の光が差しはじめた。
……いい傾向だ。そうこなくては。
「榛名は提督を愛しています」
「……!」
「……提督も、榛名のことを愛してくれていると思います。
でも、そのお互いの想いが、ほんとうに他の誰とも違うものなのか?
榛名にはまだ、確証が持てません……」
「……」
精一杯悩ましげな顔を作って、言ってやる。
「もし……もし北上さんや、他の誰かの方が、提督にふさわしかったら?」
「……」
「榛名は、榛名は……身を引くべきなのかもしれないと……そう、思うのです」
ちらりと上目遣いに北上の顔を伺う。
「どうですか?北上さん。本当は提督のことをどうお考えですか?
ひとりの男性として、愛していますか?
それとも単に友人として、好きなだけですか?
教えてください……お願いします!」
-
「……あ、アタシは、だから、その……」
ずっと”友達”として振舞ってきたのだ。
今さら好きだなんて言えるはずがない。
榛名はそう考えている。
ここではっきり「友達宣言」させれば、恋敵としては死んだも同然だ。
仮に好きだと言い出しても、
榛名はケッコンを断るつもりなどサラサラない。
堂々とケッコンして、たっぷりと失恋の痛みを味あわせてやる。
自分の恋愛感情を自覚した分、その痛みは深く激しく、長く続くだろう。
榛名としては、どちらでもいいのだ、
北上を——自分の気持ちから逃げ続けているこの卑怯者を、勝負の場に引きずり出せれば。
そうすれば榛名は負けない。
なぜならすでに、勝っているのだから。
さあ、口に出して言え。
この場で、自分の恋を終わらせろ!
「……榛名?……それに、北上?」
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こういうの好き
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油断、していた。
「あ、て……ていと、く……?ど、どうして、こちら、に……?」
「どうしてって……仕事が予定より早く終わったから、撮影を見学しようかと……。
お前たちは、なにをしていたんだ?」
ああ、なんてことだ!
よりによって、このタイミングで……!
万が一、ここで北上が提督に好きだと告白してしまったら!?
万が一、提督が心動かされるようなことがあったら!?
もはや表情を作る余裕もなく、思わず北上を睨みつけた。
「あー、えっと、北上?」
「……」
でも、そのときの北上の、凍りついた表情を見て……
すべて榛名の杞憂だったと気がついた。
この女が、この状況で、
「私も提督が好きだ」
なんて、言えるはずがないのだから。
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「……提督!それより、この榛名のドレス、いかがですか!」
「は、榛名?……どうって、その……よく似合ってるよ」
「もう!提督。それが女性に対する褒め言葉ですか?」
見せつけてやればいい。思い知らせてやればいい。
「ああ、ごめん。すごく綺麗だよ……うん、とても……カワイイ」
「ありがとうございます!榛名、嬉しいです!」ダキッ
「お、おい榛名……!」
北上が息をのむ気配が、背中越しに伝わってきた。
ダッ!!
「あ、おい!北上!」
追いかけようと一歩踏み出した提督の袖を、そっと掴む。
……今北上さんを追いかけたら、榛名、妬いてしまいます。
そう、視線で訴えかける。
「提督?応接室に、参りましょう?撮影、見ていただきたいです」
「…………。
ああ、そう……だな。うん。行こうか」
さようなら、北上さん。
提督とはせいぜい良いお友達でいてくださいね。
今度は妻としてお出迎えしますから。
邪魔者を排除して、愛する人に見守られて——
その後撮られた写真は、今日一番の笑顔だった。
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(第2部完です。次の第3部で完結です。早めに投稿できるよう頑張ります)
(一応言っておくと、悲惨な終わり方にはなりません)
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この榛名ゴムに穴あけそう
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胃が痛いぜ
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こわい
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実際女ばっかりの鎮守府だと表向きみんな仲良くても裏ではこれくらいギスギスしてそうですね・・・
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ファッ!?なんで昼ドラ展開になってるんや……
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やめろぉ(建前)ナイスゥ(本音)
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榛名(昼ドラ)
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いいぞいいぞ〜
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提督の寵愛が出世にも直結する職場だしなあ…
ギスギスなんてもんじゃなさそう
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>>42
さらに寵愛を受けるということは強くなり轟沈しにくくなるってことだからなんとしてでもケッコンしたい娘とかはいると思う
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素晴らし菓子…
ドロドロの恋愛模様死ぬほどすき
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泣いた。
泣いて、泣いて、泣き続けた。
大好きな人がとられてしまうことが悔しくて、泣いた。
榛名さんに何も言いかえせなかった自分が情けなくて、泣いた。
あの場から逃げ出したとき……提督が追いかけて来てくれるんじゃないかって、
淡い期待をしていた自分が嫌で、泣いた。
どれだけ待っても提督は来てくれなくて、やっぱり泣いた。
思い返せば……アタシが余計なことさえ言わなければ……
ずっと、友達ではいられたかも知れないのに。
そんなことも考えながら、泣いた。
泣き疲れて、昼も夜もわからなくなって、
そのうち自分がどこにいるのかもわからなくなって……
轟沈するときはこんな感じなのかな、と思ったりもした。
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「いい加減にするクマーーーー!!!!」
「ぐふぅっ!」
ベッドから引きずり落とされて、自分の肘で腹部を強打した。
激痛に一瞬、息が止まる。
違う涙が出てきそうだった。
「もう3日目だクマ!気持ちはわかるけど、そろそろ起きるクマ!」
「…………。うん……ごめん……」
「……ほら、さっさと顔洗って。
まだ食堂は開いてるクマ。なんでもいいから食べてくるクマ」
「はい……」
有無を言わせない姉の圧力に、しぶしぶ立ち上がった。
まだ頭がクラクラする。
「寮の当番は、多摩と一緒に代わっておいたクマ。
出撃の穴は、大井と木曾が埋めてくれたクマ」
当の姉は手早くベッドのシーツを整えながら、
2日間のあれやこれやを説明してくれた。
……後でみんなにお礼、ちゃんと言っておかないとね。
「ほら、もっとシャキッとするクマ!
北上がそんな調子じゃ、球磨型全員が白い目で見られるクマ!」
「……人目を気にするなら、まずその語尾をやめるべきじゃ」
「なにか言ったかクマ……?」
「なんでもありません」
「クマ♪」
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はー、やれやれ。無理やり立ち直らされてしまった感じだ。
しかし本当のところ、姉の気遣いはありがたかった。
自分一人だったら、いつまでもグズグズと引きこもっていただろう。
体は正直なもので、こうして起き上がると、お腹もすいてくる。
この2日間、まともなものを食べていなかった。
昼の遅い時間ではあったが、食堂にはまだ何人かが残って、おしゃべりに興じている。
……これはかなり、気まずい。
普段の自分のおちゃらけたキャラが、こういうときは恨めしい。
どうにか目立たないように入って、おにぎりだけでも買ってこれないか。
そうやって入り口でウロウロしていたから、余計に目に付いたのだろう。
珍しい人物が声をかけてきた。
「Wow!キタカミ!2日ぶり?いえ、3日ぶりデース!」
「……金剛さん」
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どんなときでも笑顔を絶やさない金剛さんは、
鎮守府のムードメーカーと言ってよかった。
でも、今日ばかりは……彼女のテンションは辛い。
今も頭の中は、提督と榛名さんのことで一杯で——
榛名。金剛。提督。
「?!」
「What?キタカミ?どうシマシタ?」
思わず金剛の顔をまじまじと見つめてしまう。
金剛は榛名の姉だ。
そして金剛が提督LOVE!であることは、鎮守府の誰もが知っていた。
それでも普段と変わらない、このテンション。
「……」
「Hey, キタカミー?まだ寝ぼけてるデース?」
「あ!いや……」
よほどじっくり凝視してしまっていたのだろう、
慌てて視線を逸らす。
「……榛名のこと、デスカ?」
「……。はい、えっと……金剛さんは、その」
お見通しだった。なんと言って良いかわからず、口ごもる。
「そうですネ……外でご飯を食べながら、お話しましょう」
-
2人でおにぎりを買って、外に出た。
日陰になっていた工廠脇のベンチに腰を下ろし、
しばらくは黙々とおにぎりをほおばる。
遠く、砲撃音が聞こえる。
訓練海域で、誰か演習でもしているのだろう。
久しぶりにまともな食物を口にしたせいか、胃がびっくりしている。
あまりがっつかないよう、ゆっくり食べる。
お茶も買ってくればよかった。
「榛名のこと、恨んでマスか?」
金剛さんがポツリとつぶやいた。
驚いて、ちょっとむせそうになる。
「……あ、いえ、その……恨んでるとかではなくて」
口の中のものを慌てて飲み込んで、どうにかこうにか説明する。
「……単純に、ショックでした。
私にも可能性あるかなーとか、思ってたんですけど、
といっても、提督とは友達みたいな感じで、
金剛さんみたいに、告白もしてないんですけど……」
改めて話してみると、本当に情けない、バカみたいな話だった。
でもそれが事実だから、どうしようもない。
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「ワタシも、shockでした」
遠く、水平線を見ながら、金剛さんは話し始めた。
「榛名と練度に差がついた時点で……覚悟はしていたつもりデース。
それでも、やっぱり、shockでした」
「……」
あれだけはっきり好意をアピールして……結局、想いは実らなかった。
しかも相手は、妹の榛名さんだ。
その心境は……とても自分なんかの想像が及ぶところではないだろう。
「……」
「でも!もう、切り替えましたから、平気デース!」
「……提督のこと、諦めたって、ことですか?」
ごく当たり前の感想を述べたつもりだったのだが、
金剛さんはキョトンとした顔で、こちらを振り向いた。
「No, No〜!諦める必要なんて、どこにもないネ!」
「……えっと、それじゃあ?」
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「ナンバー1が無理なら、ナンバー2を目指せばいいだけデース!
そしていつか、ナンバー1を奪い取りマ〜ス」
「な……!」
つまり金剛は、次のケッコン艦を目指す、といっているのだ。
そしてその先に、榛名さんを追い越すと。
「そう考えてるのは、ワタシだけじゃありまセーン!
翔鶴だって高雄だって千歳だって、同じに決まってマース!
女の勘でわかるネー!」
「えー……そ、そうなんですか……」
みんな、たくましいというか、したたかというか、
「……強いんですね」
「Why?キタカミは違うデース?」
「アタシは……自分の気持ちから、逃げてばかりです。今も。
もっと強くならないと……恋なんてできませんね」
金剛さんは腕組みをして、大げさに唸りはじめた。
「Hmm……キタカミ、それは勘違いネ」
「え?」
「強いから恋をするんじゃありまセン。恋をするから強くなれマース!」
「……恋をするから、強くなれる?」
「Yes!キタカミ。キタカミのその練度は、飾りデスカ?」
「……!」
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ああ、そうか。
ケッコンが結婚ではない理由。
アタシがここまで、生き残れた理由。
「……そう、ですね。アタシも同じです。
提督の——提督だけじゃないけど、でも——あの人の役に立ちたくて。
あの人を守りたくて。あの人のそばにいたくて。
だから、今まで戦ってこれました。
だから、これだけ、強く、なれました」
「That's right!
みんな同じデース!ワタシも。キタカミも。榛名だって」
『勝利を、提督に!』榛名さんの口癖だった。
……そっか。
逃げてばかりの自分だと思っていたけれど。
結果的に負けてしまったけれど。
それでも、アタシだって真正面から恋をして、生きてきたのか。
そのことだけは、自分を認めてあげようと思った。誇ってもいいと思った。
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金剛さんは悪戯っぽい顔をして、笑いをこらえるようにして付け加えた。
「それに……キタカミは十分に強いデース。
練度のことだけじゃありまセン!」
「?どういうことですか?」
ついに堪えられなくなったのか、金剛さんはクスクスと笑いだした。
そしてとっておきのジョークを披露するみたいに、話し始めた。
「……実はショックで引きこもってる娘は他にもいマース。
2日で出てきたキタカミは、早い方なのデース!」
「え……!?」
まさか、自分以外にもそんな娘が!?
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も始!
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「それだけじゃありまセーン!
摩耶なんて、出撃中に泣き出して強制帰投させられましたし、
大和は、泣きわめいて、戦艦寮を半壊させて、謹慎処分中デース!
もう、しっちゃかめっちゃかデース!」
「え、ええー………」
大丈夫なのか、うちの艦隊は。
そう考えて、自分のことを完全に棚に上げていることに気がついて、
それが気恥ずかしくて、でもなんだかおかしくて……
金剛さんと一緒になって笑った。
ずいぶんと久しぶりに笑った気がした。
「クスクス……ありがとうございました。
金剛さんのおかけで、勇気が出てきました」
「Oh!Really?」
「アタシも提督にきちんと自分の気持ち、伝えてみようと思います。
まだちょっと……怖いですけど」
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提督がはっきり重婚の意思をしめさないから・・・
-
「キタカミ。告白なんて砲撃や雷撃と同じデス」
「え?」
「狙いをつけて、撃つ!……それだけネ!簡単デショ?」
金剛さんは右手を掲げて、主砲斉射のポーズをとった。
"Burning LOVE!"
のポーズだった。
「狙いをつけて、発射したら、もうワタシたちにできることはありまセーン」
「運良く直撃するかもしれない。見当違いな方向に飛ぶかもしれない」
「もしかしたら誰かを傷つけちゃうかも?自分が傷つくかも?」
「……それでも諦めたりしないで、また次を撃つ。デショ?」
優しく微笑みながら、金剛さんはどこか遠い目をしていた。
この場にいる2人よりも、もっとずっと、大きな存在を見ているみたいに。
「この体を手に入れて、言葉を手に入れて……
みんなでお喋りして、笑いあって、励ましあって……
そして、大好きな人に、大好きだと言うことができる」
「それは、それだけで幸せなことデス。使わないと、もったいないデス。
キタカミは、そうは思いませんか?」
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じんわりと、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
——この気持ちを、今すぐ、大好きな人に伝えたい。
そんな思いが身体中にみなぎって、立ち上がった。
「Oh, キタカミ、出撃デスカー?」
「はい。……重雷装巡洋艦、北上。出撃します!」
おどけて敬礼のポーズをとる。金剛さんも笑いながらそれに倣った。
「Bigな戦果を、期待してマース!」
振り向いて、駆け出した。もう振り返りはしない。
一直線に、提督のもとへ。
——同時に苦笑いしてしまう。
金剛さんの立場からすれば、アタシの戦果なんて、ない方がいいだろうに。
でもそれを、本心から言えてしまうのが、金剛さんなのだろう。
……やっぱりこの人には、敵わない。
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そうして今、アタシは屋上で提督を待っている。
『提督と、二人きりで話がしたい』
執務室でそう告げたとき、傍には榛名さんもいた。
榛名さんはこちらをチラリと見ただけで、もう何も言わなかった。
その態度からは、提督に対する強い信頼がうかがえて……
二人の仲が、確実に進展していることを物語っていた。
胸がズキリと痛む。
……けど、アタシは栄えある重雷装巡洋艦だ。
この程度の傷で撤退したりはしない。
ありったけの魚雷、全部打ち込んでやる。
40門の酸素魚雷は伊達じゃないからね、と。
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すべてを放ったあと……自分がどうなっているかはわからない。
全部ぶちまけてスッキリしたら、
意外と簡単に、友人関係に戻れたりするのかもしれない。
いや、金剛さん達みたいに、
ナンバー2を目指して邁進することになるかも?
そうなれば今度こそ、みんなと恋のライバルになるのかな——
ひときわ強い風が吹いた。
扉がきしむ音がして、真っ白な制服がのぞいた。
背後に広がる空は、どこまでも青くて——
あまりにも青くて——目がくらみそうだった。
もうすっかり、夏だった。
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(おしまいです。お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました)
(たどちゃんスレでSS童貞を捨ててから、初めて本格的なSSを書きました。すげー楽しかったです)
(みんなもSS、書こう!)
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なぜここで終わってしまうのか
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視点が変わるのが心境をよりわかりやすくさせていて読みやすいし全体的に面白い素晴らしい作品でした
ただたどちゃんの情報いる?
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まあええんちゃう?
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でも榛名は重婚を許さず叩き潰す構えなんだよなあ
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たどちゃんスレはSS入門に向いてるから……(錯乱)
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榛名が今後余裕をなくして形振り構わなくなってくるともう一波乱ありそうですね
こわいな〜とづまりすとこ
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>>65
ぶん殴りあいから生まれる友情もあるから多少はね
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じゃあ俺北上さんとケッコンするから…
http://i.imgur.com/0tR1Ta4.png
ジ ュ ー ン ブ ラ イ ド 北 上
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爽やかな終わり方ですごくすき
でも続きが見たいんだよ(豹変)
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たどちゃんSSで童貞捨てたのか(困惑)
希望のある終わり方で気持ちよかった(小並感)
金剛 is GODDESS
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金剛おばあちゃんホント素敵
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あれは、金剛型高速戦艦一番艦金剛…?!
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金剛が長女であることを思い出したよこのssで
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また一人文豪が生まれたんやなって…
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キウイ 〜鳳凰エディション〜
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やりますねぇ!
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