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輿水幸子「上着」
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モバマスのSSです
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幸子「カワイイボクが事務所に帰還です!」バーン
幸子「……って、誰もいませんね」
幸子(プロデューサーさんまでいないなんて……、全くボクのプロデューサーとしての自覚が足りてませんね!)
幸子(帰りに送ってくれる、ということだったので来てあげたのに、全く)
幸子(ああでも、椅子に上着が掛けてありますね)
幸子(ホワイトボードにも何も書かれていませんし、急用でしょうか?)
幸子(ボクの送迎よりも優先すべき用事なんてあるわけがありませんが)
幸子(その分は十分に埋め合わせてもらいましょう!)フフーン
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幸子(……、上着)
幸子(だれもいない事務所に、プロデューサーさんの上着)
幸子(志希さんとか一部の方は人気ですよね、匂い)
幸子(……そう、これは埋め合わせ、みたいなもので)
幸子(こ、好奇心を満たすだけで許すなんて、ボクは優しいですね!)すっ
幸子(……しっかりとした、黒いスーツ)
幸子(ボクの体なんてすっぽり包んでしまう、んでしょうね、たぶん)
幸子(……一瞬だけ、一瞬だけですから)
幸子(手に取っているこれを、鼻に近づけて、一呼吸)すぅっ
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幸子(……はふ)
幸子(なんでしょう、この感覚)
幸子(眠くなるような、落ち着くような)
幸子(……もういっかい)すうっ
幸子(……ボクも仕事で疲れてるからでしょうか)
幸子(なんだか嗅いでいると、とても穏やかな気持ちになれますね)
幸子(……着れば)
幸子(着れば、もっと)ぐっ
幸子(ああ、自分の上着が邪魔ですね)するり ぱさっ
幸子(やっぱり、ボクの体なんてすっぽりつつんでしまいました)ぱさっ
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緊急の呼び出しから戻ると、自分の席にいる幸子を見た。
おや、と静かに首をかしげる。
普段であれば、こちらが見つけるよりも前に高らかに文句を言いながら噛みついてくるのが彼女だ。
まして今日は約束の時間に遅れてしまっている。カワイイ声で楽し気に罵倒されるのを覚悟していたが、いくら待てどもそれはない。
ここから見えるのは俯いている彼女の頭部のみ。
眠ってしまうほど待たせてしまったのだろうか。
起こしてしまうのも申し訳ないが、しかしもう遅い時間だ。
うら若きカワイイアイドルを事務所に泊めるわけにもいかない。
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こっ、こっ、と少しわざとらしく足音を鳴らして彼女に近づくと、その背中がびくりと震えるのを見た。
まだうたた寝だったようで安心する。
しかし、どうにもまた様子がおかしい。
がばりと顔を上げた彼女は顔を真っ赤に染めて、目を大きく開き顔を引きつらせている。
「あ、あの、これはですね、その」
何故だか焦った様子で弁明を始める幸子だったが、何について理由を話そうとしているのかわからない。
責められるべきは私であり、それを責めるのは幸子のはずだ。
何事かと思って周囲をよく見ると、幸子の足元に何か落ちている。
明るい青色に白いレース……幸子の上着だ。遊園地に行ったときに見た覚えがある。
あの時も本当に幸子はカワイかったなあ、などという懐古は帰宅して資料を見ながらするとして。
何故彼女が上着を脱いでいるのかを考えなければならない。
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目を回して取り乱している幸子を再度見ると、真っ黒な上着を着ていた。
……というか、私の上着だ。事務仕事中に方が重くなってきたんで脱いでいて、呼び出されてそのままにしたいたんだった。
そして幸子の手は、私の上着の襟を引き寄せている。
胸の前まで。より正確に言えば、顎を引けばすぐ鼻をあてられる位置まで。
「し、志希さんとかがよく嗅いでいますから、その」
それにしたって着る必要はないぞ、幸子。
しかしそれで納得がいった。理由は別として、彼女は私の上着を着て、嗅いでいた。
そしてそれがばれたことを恥ずかしく思っている。
では私にできることは何か。
今、幸子の中では自信と私との関係は「犯人と目撃者」となってしまっていることだろう。
それは私の望むことではない。こんなにカワイイ幸子が犯人であっていいはずがない。
私がそう言ったところで、生真面目な彼女のことだからきっと気にしてしまうだろう。
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――ならば。
同じところまで落ちてしまえば。
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「ふぇ、ちょ、何やってるんですか!?」
幸子のすぐそばまで接近し、床に落ちている彼女の上着を拾い。
嗅ぐ。
今、空気に交じって鼻孔を満たすこれこそが。
輿水幸子のカワイイ匂いである。
彼女は自信過剰であるように見せて、実際はより良い自分を見せようとしているだけに過ぎない。
ゆえに香水の匂いもきつくなく、彼女に合った甘い香りがほのかに香るにとどまる。
そして今日一日の汗を吸ったレース部分に鼻を当てる。
これもまたほのかな甘さを感じるが、それではごまかしきれない努力の香りが確かにあった。
「やめて、嗅がないでえっ!」
ごめんちょっと今声を出さないで。
鼻と目だけじゃなく耳まで君に支配されたら私は私ではなくなってしまう。
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いやむしろ、これはもう私ではないのかもしれない。
呼吸のたびに取り込まれる空気には、酸素のほかに幸子が含まれている。
その幸子が酸素と共に赤血球に乗って体内を駆け巡っていく。
私を構成する各細胞に酸素が与えられると同時に、幸子も与えられていく。
つまりそれは、私自身の細胞が、幸子に置換されていくに等しいのではないか。
同じ理屈で言えば、先ほどまで私のスーツの匂いを嗅いでいた幸子も同様に私になってしまっている。
普段であれば発狂しそうな事態ではあるが、今そんなことはどうでもいい。
今の私は半分幸子。
今の幸子は半分私。
であれば、今、二人は同一の存在と言っていいのではないか。
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頭の中で炭酸の泡がはじけるような強い快感が湧き起こる。
このような幸福に抗うことなど、誰にできるのだろう。
呼吸のたびに幸子に近づいていくのを感じる。
目の前にいる彼女も私の上着の匂いを嗅いで、私に近づいてくれている。
ああ、そうだ。
コミュニケーションとはかくあるべきなのかもしれない。
一方が距離を詰めるだけでは、永遠にお互いを理解できない。
双方の歩み寄りによってのみ、相互理解は成される。
つまり今、幸子と私は新たな会話の一形態を成している。
声も文字もない、ジェスチャーすらも中心にならない全く新しいコミュニケーション。
けれどもひどく動物的で、だからこそより根源的なコミュニケーション。
これまで彼女をプロデュースしてきた私であったが、今この瞬間以上に彼女と理解しあえたことはない。
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だが、人間であるが故の性か。
これほどまでに充足しているにも関わらず、私は幸子をより強く求めてしまっている。
これ以上は強欲ではないか、と止めようとする理性を振り払い、どうすればこれ以上が手に入るか、を思考する。
「プロデューサー、さん……」
そしてその答えは目の前にあった。
輿水幸子、その本人。
香りが染みついた彼女の上着などではなく、その匂いを発する彼女本人。
今以上を求めるのであれば、他に方法はない。
目を潤ませてこちらを見上げる幸子のそばで、ゆっくりと屈む。
そして息を止め、彼女の首元にそっと鼻を添える。
これより数秒の後、私の肺は幸子で満たされる。
それによって今度こそ、初めて彼女を完全に理解することになるだろう。
こんなに近いのに、彼女の呼吸は聞こえない。ただ二人の心臓が重なり合っていることだけが分かる。
会話の成果か、これからすることが分かっていて、幸子も同じことをしようとしてくれているのだ。
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酸素を求める心臓が、苦しさに悲鳴を上げる。
幸子を求める心臓が、期待に心を躍らせる。
ずっと楽しみにしていた映画を見に来て、その広告を見ている感覚に近い。
けれどこれほどまでに強く感じたのはいつぶりだろうか、いいや、きっとはじめてに違いない。
全ての準備が整った今、私たちは本当の意味で一つになる。
混ざりあって完全に同一の個体となる。
いち
にいの
さん!
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「プロデューサー君、何をしているのかな」
完璧超人の匂いがした。
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この後めっちゃ論理的に説教された。
モバマスのSSでした。
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幸子はカワイイからしょうがないね
おつ
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まったく、この匂いフェチ共は……
新しい解釈だ、惹かれるな
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幸子分子
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