■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
少女「お兄さん、チョコ買って!」剣士「ダメだ」
-
ある町にて――
行商人「さぁ、いらっしゃい! いらっしゃい!」
行商人「食べておいしい、なめておいしい、とろ〜りチョコはいかが?」トロ…
少女「ねー、ねー、お兄さん、チョコ買って!」
剣士「ダメだ」
少女「買ってよー!」
剣士「ダ、メ、だ!」
"
"
-
行商人「毎度ありー!」
剣士「…………」チッ
少女「ああやって粘ってると結局買ってくれるんだよねー。甘いんだから」
少女「まるでこのチョコレートみたい」ペロペロ…
剣士「今すぐ返品してきてもいいんだぞ」
少女「もうなめちゃったもん」
-
少女「だけど今でこそ甘いけど、お兄さんって、昔はすんごく辛かったよね。
それはもう、ピリッピリしてたもん」
剣士「…………」
少女「あれからもう、半年ぐらい経つっけ……」
………………
…………
……
-
〜 回想 〜
ある小さな村にて――
ザシュッ!
盗賊「ぐはぁっ……!」ドサッ
剣士「ハァ、ハァ……これで全員か……」
剣士(盗賊どもは倒した……が、もう手遅れだったようだな……。
村人はみんな殺され、誰一人として生き残っては――)
ガサッ……
剣士「――ん?」
-
少女「お父さん、お母さん……」モゾ…
物陰から一人の少女がはい出てきた。
剣士「!」
剣士(生き残りがいたのか……。しかし……)
少女「ねえ、お父さんと、お母さんは……?」
剣士「死んだ」
少女「!」
剣士はあえて淡々と続ける。
剣士「盗賊は俺が全員斬り倒したが、村の人間は誰も生き残っていない。
俺たちにできることは、弔ってやることだけだ」
少女「……うん」
"
"
-
村外れに、数十の墓が出来上がった。
剣士「これで、みんな安らかに眠れるだろう」
少女「うん……」
少女「…………」グスッ
少女「うえぇぇぇん! おとうさぁん! おかあさぁぁぁん……!」
剣士「…………」
剣士はどうすることもできず、ただ少女が泣き止むのを待つしかなかった。
-
……
剣士「金と、手紙と、地図だ」ドサッ
剣士「この町を出て、この店に行け。旅の途中、俺が用心棒をしてやった店だ。
なかなか話せる人たちだから、手紙を見せればお前を雇ってくれるはずだ」
剣士「じゃあな」ザッ
剣士は村を出て、歩き始めた。しかし、少女は後ろからついてくる。
剣士「なんだ? なぜついてくる?」
少女「なんとなく」
剣士「…………」チッ
剣士は歩くペースを早めて、必死についてこようとする少女を置き去りにした。
-
次に訪れた町で、剣士が酒を楽しんでいると――
剣士(この町の酒はなかなかいけるな……どれ、少し買っていくか)
少女「や、やっと……追いついた……」ハァハァ…
剣士「!?」ギョッ
剣士「お前……なんでここに!?」
少女「なんでって、なんとか頑張って追いついてきたの」
剣士「バカが! あの地図に書いてある店に行けっていっただろう!
そうすりゃ、使用人ぐらいにはしてもらえる!」
少女「イヤ。あたしはあなたについていく」
剣士「…………!」イラッ
-
剣士「いい加減にしろよ、ガキ。盗賊どもを倒したからって、
俺がいい奴かなにかだと思ったら大きな間違いだ」
剣士「奴らの相手をしたのは、ただいい腕試しになると思ったからだ。
力を誇示するために武器を振るうって点では、俺も奴らと全く同じだ」
剣士「なんなら、ここで試し斬りしてやったっていいんだぞ」ジャキッ
剣士は少女の喉元に剣を突きつけた。
少女「いいよ、斬っても。あなたが連れてってくれないっていうんなら、それでいい」
剣士「わけの分からないことを……」
剣士「なぜだ!? なぜ、そこまでして俺についてきたいんだ!」
-
少女「……寂しいから」
剣士「!」
少女「ついでにいうと……あなたも寂しそうだから」
剣士「誰が……!」
剣士は頭に血が上りそうになるのをぐっとこらえ、少女を軽く蹴飛ばした。
少女「あいたっ! なにすんのぉっ!」
剣士「今ので泣き出さないようなら、まぁいいだろう。ついてこい」
剣士「ただし、俺の旅もあいにくのんびりしてられる類のもんじゃないんでな。
足手まといになるようだったら、容赦なく置いてく。いいな!」
少女「はいっ!」
-
……
…………
………………
少女「懐かしいなぁ」
剣士「…………」
少女「それによくよく思い返すと、あの頃からお兄さん、激甘だね。
結局、あたしは斬らないし、ついてくのオッケーしちゃうし」
剣士「うるさいっ!」
-
愛用の剣で、素振りを始める剣士。
剣士「はっ! はあっ!」
ビュオッ! ビュオッ! ビュオンッ!
少女「相変わらず、すんごい迫力だね。
ところで、今まであたしなりに気をつかって聞かなかったんだけど」
剣士「なんだ?」ビュオッ
少女「お兄さんてさ、どうして旅してるの?」
剣士「…………」ビュオッ
少女「答えたくなきゃ、答えなくていいけど」
剣士「敵討ち」ビュオッ
少女「かたきうち……」
-
剣士「もうすぐ一年になるか……。俺は故郷で親父を殺された」ビュオッ
少女「えっ……」
剣士「といっても、一対一の決闘で殺されたんだがな。
親父が死んだのは、相手が親父より強かったから、それだけだ」ビュオッ
剣士「だけど、男手一つで俺を育ててくれた親父だ。俺は許せなかった」ビュオッ
剣士「そして、相手は俺に一年間だけ時間をくれた」ビュオッ
剣士「強くなって戻ってこい、と」ビュオッ
少女「あ……ってことは、もうすぐこの旅は――」
剣士「ああ、もうすぐ終わる。あと五日もすれば、俺の故郷に到着する」ビュオッ
剣士「俺は俺の憎しみ、この旅で得たもの、全てをヤツにぶつけて……必ず勝つ!」グオッ
大きく剣を振りかぶる。
-
剣士が刃を振り下ろしたところに、少女が滑り込んでいた。
剣士「うおあっ!?」ギュンッ
しかし、直前で軌道をずらしたおかげで、かろうじて斬らずに済んだ。
剣士「ふぅ……」ホッ…
剣士「なにやってんだ、バカ! 死ぬ気か!」
少女「えぇっと、お兄さんの素振りがあまりにも鬼気迫ってたから、
リラックスさせてあげようと思って」
剣士「なにがリラックスだ! お前が永遠にリラックスするとこだったぞ!」
少女「あははっ、だけどこんなに焦るお兄さんの姿、初めて見たかも。
昔はホント、鬼みたいだったもん」
剣士「…………」チッ
-
夜になり、簡素なテントの中で眠る二人。
少女「おやすみなさい、お兄さん」ドテッ
剣士「ああ」ゴロン…
剣士(あと少し……あともう少しでこの旅も終わる。全てに決着がつく……)
……
……
……
-
五日後、二人は剣士の故郷に到着した。
少女「うわーっ! 結構大きいね!」
剣士「まぁな」
少女「だけど、なんだか殺伐としてるね。みんなピリピリしてるっていうか……。
今までの町や村とは全然ちがうや……」
剣士「まぁな」
少女「もう! 一年ぶりの故郷だってのに、そればっかり!」
剣士「まぁな」
呆れた少女は、それ以上話しかけるのをやめた。
剣士「とりあえず、俺の家に向かおう。まだ残っていればの話だが」
-
剣士の実家は残っていた。
少女「おおっ、残ってたじゃん! よかったねー!」
剣士「……ああ」
扉を開けると、手入れがばっちりと行き届いている。
剣士「…………!」
少女「てっきりホコリまみれかと思ったら、キレイじゃない!」
剣士(これは……まさか……)
後ろから声がかかる。
女「お帰りなさい」
剣士&少女「!」
-
剣士「これは……お前の仕業か」
女「ええ、あなたがいつ帰ってきてもいいように、と」
剣士「余計なことを……」
女「……ごめんなさい」
少女「こんにちはー!」
女「こんにちは。えぇと、あなたは?」
少女「あたしはね、旅の途中でお兄さんに助けてもらったの!」
女「あら、そうだったの。私が力になれることがあったら、なんでもいってね」
少女「ふう〜ん……」ジロジロ
女「?」
少女「このお姉さんなら、正妻の座を譲ってあげてもいいかな。なら、あたしは二号か」
女「え?」
剣士「なにバカなこといってやがる」
少女「えへへ……」
-
まもなく、他にも人が集まってきた。
友人「オオッス! お帰り!」
医者「よう戻ってきたのう。苦しい旅だったじゃろう」
剣士「二人とも……」
医者「すまんかったのう。ワシの腕が至らぬばかりに、
おぬしの父親を助けることができんで……」
剣士「いえ、あれは……仕方ないことです」
友人「……ま、とりあえず今日のところは一年ぶりの帰宅祝いに一杯やろうぜ!」
少女「さんせー!」
友人「――ん? 君は?」
-
少女「えーとね、あたしはお兄さんの妾、ってとこかな」
友人「……へ? めかけ……!?」
友人「剣士! お前、いつの間にロリコンに――」
ゴンッ!
剣士「んなわけあるか」
友人「あいたたた……!」
女「うふふっ……」
女(剣士さん、一年前はものすごく荒れてたけど……だいぶ癒されたみたい……。
あの女の子のおかげかしら……)
手下A「…………」コソッ…
-
剣士の故郷で最も豪華な家。
この家の主人である男は、一年前剣士の父親を殺した“仇”であった。
“仇”の目は、燃え盛るような赤色をしていた。
赤眼「…………」モグモグ
ステーキを頬張り、生野菜をかじり、ライスを口に放り込む。
ただし、添え物のトウガラシ炒めには一切手をつけない。
手下B(う、うまそう……)ゴクッ…
手下A「――大変です、赤眼さん!」ガチャッ
-
赤眼「なんだ?」
手下A「剣士が……剣士の奴が、帰ってきました!」
赤眼「ほう、そういえば、もうそんな時期だったか」
赤眼「あのまま行方をくらますことも想定していたが、
逃げずに帰ってきたというわけだな」
手下A「はい……!」
赤眼「ヤツは親父をオレに殺され、しかもヤツだけ見逃されるという屈辱を味わった。
その恨み、さぞかし熟成してることだろう……」
手下A「…………」
手下A「赤眼さん、なぜあなたは一年前、ヤツを始末しなかったんですか?
あなたなら、たやすく斬り殺せたでしょうに……」
赤眼は答えない。
手下B「……あ、あのう」
-
手下B「トウガラシ、お嫌いならもらっていいすかね」スッ
皿に残っているトウガラシをつまもうとする。
ザクッ!
赤眼が右手に持っていたナイフが、その手の甲を貫いた。
手下B「あぎゃあぁぁぁぁぁっ!」
赤眼「……オレはな、好きな物は一番最後に食べるタイプなんだよ」グリッ
手下B「す、すみませっ! いだだぁいっ!」
赤眼「人間も一緒」グリグリ…
手下B「あだだぁぁぁぁぁっ!」
手下A「な、なるほど……」
-
剣士『親父ッ! 親父ィィィッ!』
赤眼『お前に一年だけくれてやろう。せいぜい強くなって帰ってこい』
赤眼『もちろん、今この場でオレに挑んで殺されるのも、
旅に出てそのまま戻ってこないのも、自由だけどな』
剣士『てめぇは……てめぇは必ず俺が殺すッ!』
赤眼「この町は昔から、一番強い人間が治めるというのがルールだったらしい」
赤眼「そしてオレはこの町を訪れ、町のリーダーだったヤツの親父を殺し、
今は町を仕切っている」
赤眼「といっても、なんにもしちゃいないが。おかげですっかり荒れ放題だ」
赤眼「なぜ、オレがこんなクソみたいな町に一年も居続けていたかというと、
ヤツを待っていたからだ」
赤眼「あれから一年、どれほどのものになってるか……実に楽しみだ」
-
今回はここまでとなります
よろしくお願いします
-
期待
-
乙乙
-
その夜――
剣士の実家では、剣士と仲間たちが酒盛りをしていた。
女が作った手料理を肴に、盛り上がる一同。
友人「へぇ、こいつが盗賊をねえ! やるじゃねーか!」
少女「うん、お兄さんいなかったら、あたしもおっ死んでたんだから!」
剣士「いい鍛錬になると思ったから、退治しただけだ」グビッ
少女&友人「またまたぁ〜」
剣士「…………」イラッ
女「元気な子ですね……。本当はとても辛いでしょうに……」
医者「半年間、親を殺された者同士、二人で支え合ってきたんじゃろうなぁ」
-
友人「ところで、赤眼にはいつ挑むんだ?」
剣士「明日、ヤツのところへ行って、日時を決める」
友人「しっかし、あのヤロウが一対一に応じてくれるかね?
下手したら、自分は戦わず手下をぶつけてくるかもしれねえぞ」
剣士「それはない。俺はヤツのことは大嫌いだし、憎んでいるが、
そういうところだけは信頼している」
友人「うーん、だけどさぁ……」
「オレのことをちゃんと分かってくれてて、嬉しいねえ」
-
団らんの場に現れたのは、赤眼だった。
赤眼「よっ」
シーン……
赤眼「おいおい、どうしたんだ? みんな黙っちまって。
オレの屋敷に来る手間を省いてやったってのに、挨拶もなしか?」
友人(マジかよ……! 最大の敵がいきなり乗り込んできやがった……!
手下も連れずに……!)
医者(なんという大胆不敵さじゃ……)
女(この人の真っ赤な瞳……やはりまともに見られない……。恐ろしい……!)
剣士「…………」
-
皆が黙り込んでいると――
少女「あなたの目、すんごい赤いわね。激辛の料理みたい」
友人「ちょっ……!?」
少女「あなたが、お兄さんのお父さんを殺したの?」
赤眼「そうだよ」
少女「どうして殺したの?」
赤眼「オレは強い人間と戦うのが好きでね。
こいつの親父は強いと評判だったから、この町に乗り込んで殺した」
赤眼「ついでにいうと、こっちの剣士は火をつければもっと強くなりそうだったから、
目の前で親父のひとりやふたり殺してやれば、火がつくかなと思ったのさ」
赤眼「おっと、親父はフツーひとりだよな」ハハッ
少女「それだけ?」
赤眼「それだけだとも」
-
少女「あなたはずっとそうやって生きてくの?
強い人に挑んだり、強くなりそうな人に火をつけたり……」
赤眼「そうだよ。剣士を倒したら、この町を去るつもりでいるしな。
なんなら、最後に本当に町に火をつけちまうのもいいか」
友人(こいつ、マジかよ……!)
少女「ふうん……」
少女「あなたは、お兄さんには勝てないわ!」
赤眼「ほう? お嬢ちゃん、オレにはなにが足りないと?」
少女「甘さが足りない!」ビシッ
赤眼「甘さ、か……。ありがたいね、オレは甘い物が苦手だしな」
赤眼「ついでに教えとくと、砂糖の依存性ってのは、かなりのものだ。
それこそ、砂糖を“猛毒”だと評する学者もいるぐらいにな」
少女「え、そうなの!?」
友人(なんの話をしてるんだ、こいつらは……)
-
赤眼「ちなみにオレが、今ここにあるもので一番好きなのは……」キョロキョロ
赤眼「これだな」ヒョイッ
辛めに味付けされたチキンを手に取る。
赤眼「オレは一番好きな物は、一番最後に食べる主義だが……今は食べる」パクッ
赤眼「なぜか分かるか?」
赤眼「剣士、お前という大好物が控えてるからだよ」ギョロッ
殺気に満ちた赤い瞳が剣士に向く。剣士は目を合わせない。
剣士「…………」
-
赤眼「勝負は……三日後でどうだ? ちょうどお前の親父の命日だったろ?」
剣士「ああ、それでいい」
赤眼「楽しみにしてるよ。オレの期待を裏切るなよ」
赤眼は悠々と立ち去っていった。
少女「べーっだ!」
-
剣士「…………」
友人「勝負は三日後か……。お前、よく飛びかからなかったな。
正直いって、ここで斬り合いが始まるんじゃねえかとビクビクしてたのに」
剣士「飛びかかるところだったよ」
友人「え」
剣士「だけど、こいつに先を越されちまった」
剣士は少女に目をやった。
女「きわどいところだったんですね……」ホッ…
医者「うむ、よう我慢した」
-
友人「さて、決闘までの二日間……特訓するんなら、付き合うぜ」
(相手になれる気がしないけど)
剣士「お前じゃ、俺の相手になれないだろ」
友人「!」ガーン
剣士「みんな、いつも通り過ごしてくれ。俺も特別なことはなにもしない。
この三日間、悔いのないように過ごしたいんだ」
少女「悔いのないようにって……」
剣士「勘違いするな。ベストの状態で戦えるようにしたい、って意味だ。
下手に特訓して、ヤツの手下に手の内を探られたり、体を壊したらつまらんだろう」
少女「なーんだ、ビックリした!」
-
剣士「それじゃ、今日のところは解散しよう」
剣士「――あ、そういえば、いい忘れてた」
女「なんでしょう?」
剣士は照れ臭そうにいった。
剣士「俺の家……手入れしてくれて、ありがとう」
剣士「きっと……親父も喜んでる」
女「い、いえっ! 私が勝手にしたことですから……!」
少女「ヒューヒュー!」
剣士「…………」ギロッ
少女「ひゅーひゅー、風が吹いてるなぁ〜」
-
二人きりとなる剣士と少女。
少女「お兄さん、久々の実家はどう?」
剣士「別に……どうってことない。手入れしてもらってたのは、感謝しているが」
少女「ふうん」
剣士「ただ……みんなと再会して、赤眼と会って、
やっぱり俺は赤眼を倒さなきゃならないんだ、と思った」
少女「お兄さん……勝てるよね?」
剣士「……分からない」
剣士「だが、やるだけやってみるさ」
-
〜
剣士「はあっ! せやっ!」ビュオッ ブオンッ
友人「おいおい、決闘まで特別なことはしないんじゃなかったのか?」
剣士「もちろん、ヤツとの戦いに備えた特別な訓練、のようなことはしない。
これはあくまで、日常の鍛錬だ」
剣士「特別なことをしないってのは、なにものんびり過ごすってことじゃないからな」
友人「なるほどね、そういやそうだな」
〜
-
〜
少女「ねーねー、お姉さん! お料理、教えて!」
女「いいわよ。どんな料理を作りたい?」
少女「うーんとね……」
赤眼『砂糖を“猛毒”だと評する学者もいるぐらいにな』
少女「し、塩まみれの料理!」
女「……お砂糖も、適量であれば毒にはならないのよ」
〜
-
〜
医者(一年前、剣士の父親は赤眼を相手に押し気味に戦いながらも、
あやつの一撃で敗れ去ってしまった……)
医者(剣士がどのぐらい腕を上げたか知らぬが、厳しい戦いになるじゃろう)
医者(剣士よ、死んでくれるなよ)
医者(親子二代にわたって、この老いぼれが死亡診断をするのはごめんじゃぞ……)
〜
-
〜
女「剣士さん……やはりこの戦い、やめることはできないのでしょうか?」
剣士「……不安か?」
女「え?」
剣士「俺が殺されるのが」
女「いえっ、そんなっ……」
剣士「気持ちはありがたく受け取ろう。だが、俺は逃げるわけにはいかない。
だから……俺の戦いを見届けていて欲しい」
女「分かりました……見届けさせていただきます」
〜
-
〜
手下B「きょ、今日はトウガラシから食べられるんですね?」
赤眼「ああ、大好物が控えてるからな」モグモグ…
赤眼「ところで、オレが刺した傷はどうだ? まだ痛むか?」
手下B「えぇと……痛いです!」
赤眼「そうか。その痛み、忘れるなよ。
もしかしたら、お前もオレを脅かす存在になれるかもしれん」
手下B「えぇ〜、そうですかぁ? 俺なんかが……赤眼さんに……」テヘッ
赤眼「やっぱり無理そうだな」モグモグ…
〜
-
〜
少女「お兄さん、いよいよ明日だね! 決闘!」
剣士「ああ」
少女「なんていうか……えぇと、絶対死なないでね!」
剣士「悪いが、約束はできない」
少女「うう……」
剣士「だが……昔は赤眼を倒せたなら、死んでもいいと思っていたが、
今は……生きてみたいとも考えている」
剣士「それはきっと、お前と出会ったからなんだろう」
少女「お兄さん……」
〜
こうして、瞬く間に決闘までの二日間は過ぎ去っていった。
-
今回はここまでです
-
乙、タイトルからほのぼのかと思ったらシリアスだった
いい意味でタイトルを裏切られた
-
いい戦いを期待
-
赤眼良いキャラしてるな
手下Bは可愛いw
-
決闘当日――
この町ではリーダー、すなわち“一番強い者”への挑戦者が現れた時、
町じゅうの人間を集めて決闘をするというしきたりとなっている。
といっても半ば風化した古い風習ではあったのだが、近年では二人の挑戦者が現れている。
一年前の赤眼と、今回の剣士である。
ザワザワ…… ガヤガヤ……
「赤眼の圧勝だろう」
「いやいや、剣士もこの一年でだいぶ強くなってるはずだ」
「あんな女の子を連れて旅してたんだぜ? 下手すりゃ弱くなってんじゃねーか?」
「やっぱり赤眼だよ。あいつは強すぎる」
「剣士にも頑張ってもらいたいもんだが……」
-
決闘場の一角にて、すっかり装備を整えた剣士が腰を下ろしている。
友人「決まってるな。調子はどうだ?」
剣士「…………」
剣士「悪くない。とても穏やかな気分だ」
といいつつ、剣士の心は高揚していた。
そこへ――
-
少女「お兄さん、はいこれ!」サッ
剣士「なんだこれは……真っ黒な板?」
少女「ひっどいなー。チョコレートよ、チョコレート!
お姉さんに教わって、豆から作ってみたの! ちょっとかじってみてよ!」
剣士「どれ……」ガリッ
剣士「固い……」
少女「あれー? ダメだった?」
剣士「ま、これはあとで食べるとしよう」
-
女「剣士さん」
剣士「ん」
女「生きて……生きて戻ってきて下さいませ」
剣士「……ありがとう」
戻ってくる、とはいえなかった。
剣士が出陣する。
ザッ……!
-
赤眼陣営――
赤眼が手下たちに剣舞を披露している。
手下B「すっ、すげえっ!」
手下A「……余裕ですね」
赤眼「余裕じゃない」シュルッ…
赤眼「今回の戦い、果たして勝てるかどうかオレにも分からん」ユラ…
赤眼「それを思うと、高ぶりが止まらんのだ。
こうして舞っていなければ、とてもじゃないが落ち着かんのだ」シュタッ
舞い終えた赤眼が、満足げな笑みを浮かべる。
赤眼が出陣する。
ザッ……!
-
決闘場の中央で、二人が向き合う。
赤眼「さぁ、一年間熟成させたであろう恨みや憎しみを、オレにぶつけてくれ。
おっと、甘さもあったか」
赤眼「はたしてその甘さ、お前にとって薬になるかな? それとも毒になるかな?」
剣士は答えない。
赤眼「これは失敬、気持ちが高ぶると多弁になるのはオレの悪いクセだ」
戦いが始まった。
先に仕掛けたのは――
剣士「はああっ!」
-
剣士「はっ! せやっ! はああっ!」
ヒュオッ! ブンッ! ビュアッ!
剣士の鋭く速い剣を、赤眼は余裕でかわし続ける。
少女「いけいけえ! あいつ、よけるだけで精一杯じゃない!」
友人「いいや、ちがう。あれは、赤眼得意の戦法なのさ」
少女「へ……?」
-
剣士が足を止め、一息つこうとした瞬間、赤眼が動く。
シュバァッ!
空を切り裂くような一閃。
赤眼「お前の親父は、今のぐらいで仕留められたんだがな」
剣士「…………」ザッ
剣士もまた、余裕でかわしていた。
少女「すんごい……。なに今の……!」
友人「赤眼の剣は、典型的なカウンター狙いさ。
敵の力を引き出してから、それを丸ごと飲み込むように、敵を斬る!」
-
赤眼「一年前のあの戦い、あれほど鮮やかな一撃を決めることができたのは、
オレの人生でも初めてのことだった」
赤眼「ようするに、それだけお前の親父の剣が優れてたってことだ。
さぁ……そろそろお前の本当の剣を見せてくれ!」
剣士「……いいだろう」
剣士がより攻撃的な構えを取る。
剣士「いくぞっ!」ギュオッ
ヒュアッ! シュバッ! ビュオンッ!
猛烈な連撃が、赤眼に襲いかかる。
-
剣士(赤眼のカウンター剣に打ち勝つには、
それをさせぬほどの猛烈な勢いで、ただひたすら攻めあるのみ!)
ビュオッ! ビュアッ! ビュウンッ!
赤眼もかわし続けるが、その顔から笑みは消えていた。
赤眼(これだ……!)
赤眼(この迫力! この速度! この危機感! どれをとっても素晴らしい!
一年前の父親以上だ!)
剣士「だああっ!」
ビュアオッ!
剣士(当たらない……なら当たるまで攻めるのみ!)ダッ
-
しばらく、剣士が斬りかかり、赤眼がかわす光景が続いた。
だが、剣士は大きく息を吸い込むと――
剣士「はあっ!」
赤眼「!」
キンッ! ――ズシャアッ!
ほとんどの観客には何が起きたか分からなかった。
友人「な、なにが起きた……!? どうなった……?」
しかし、半年間剣士と一緒にいた少女にはかろうじて見えていた。
少女「お兄さんの、すんごい一撃を……あの男が剣で受け止めて……
その力を利用して……お兄さんを斬った、の……」
友人「なにい!?」
次の瞬間、剣士は膝をついていた。
-
脇腹から血を流しつつ、剣士は赤眼を睨みつける。
赤眼「……っと、浅かったか。ここはうかつに攻めないでおこう」ピタッ
剣士「…………」ジャキッ
女「剣士さんっ!」
少女「お兄さぁんっ!」
医者「あの傷、見た目ほど深くはない……。ひとまずは大丈夫じゃ」
(だが、決して無視したまま戦えるほど、浅くもないが……)
-
赤眼「さぁ、こい! 手負いの獣ほど、より強力で凶悪になるという!
その程度の傷で音をあげるほど、安い鍛え方はしていないだろう!」
剣士「いわれなくとも!」ダッ
ビュオッ! ブウンッ! シュバッ!
剣士が攻める。
剣士(ぐっ……!)ズキッ
しかし、その動きは明らかに精彩を欠いていた。
傷の痛みと、カウンターへの警戒心が、剣を鈍らせているのだ。
赤眼「…………」
-
赤眼「たった一傷でそんなザマとはな……」
剣士「!」
赤眼「もし、一年前のお前があのまま、恨みを熟成させていたなら……
あの程度の攻撃でひるむことはなかっただろう……」
赤眼「そうすれば、あるいはオレの剣をも打ち破れたものを……」
赤眼「あんな小娘と出会ったばかりに……やはり甘さはお前にとって猛毒だったようだ」
赤眼「もうこれ以上のものが出ることもあるまい。こちらからいくぞ」スゥッ
赤眼が初めて攻勢に出る。
キィンッ! ギィンッ! ――ガキンッ!
剣士「ぐうっ……!」
女「初めて自分からっ……!」
友人「あいつ、カウンター狙いじゃなく、自分から攻めてもあんなに強えのかよ!」
-
少女(あたしだ……あたしのせいだ!)
少女(もし、お兄さんとあたしが出会わず、甘くならずに戦えてたら……
お兄さんは勝てた! 生き残ることができた!)
少女(あたしのせいで……! お兄さんがっ……!)
剣士「……違うな」
赤眼「!」
剣士「あいつと出会ったことは、決して毒じゃない。それを今から証明してやろう」
赤眼「ほぉう?」ギョロッ
-
剣士「はっ!」ダンッ
剣士が力強く踏み込む。が、やはりどこか弱々しい。
赤眼(なかなかの速さだが、残念ながらオレには届かん! カウンターの餌食――)
赤眼に迫っていた刃は――
ギュアッ!
寸前で軌道を変え――
ザシィッ!
赤眼の肩に食い込んだ。
赤眼「な……!?」ブシュッ…
-
オォォ……!
まさかの反撃に、歓声が沸く。
女「や、やったっ!」
友人「すっげえ! なんだぁ、今の技!?」
少女(今のは……あたしがお兄さんの素振りを邪魔した時の……!)
赤眼「ぐ……妙な技を……!」ヨロ…
剣士(よし……!)
剣士(あと一太刀入れれば、勝てる……ッ!)
剣士(親父の仇を討てるッ!)
-
剣士「だああああっ!」
ギンッ! キィンッ! キンッ!
勢いを増した剣士の猛攻。赤眼もかわし切れず、受けるのに精一杯となる。
剣士(――ここだッ!)ギュオッ
刃の軌道が変わる。先ほどよりもずっと滑らかな変化。
しかし――
赤眼「甘い」
勝負を決めるはずの一撃は完全に読まれていた。
あっさりと受け止められ、逆に赤眼のカウンターが炸裂する。
バシュッ……!
剣士の胸が、切り裂かれた。
-
赤眼「同じ技を立て続けに放って、オレに通じると思ったか?
やはり甘さはお前にとって“猛毒”に過ぎなかったな」
ワァッ……!
剣士の胸から血が噴き出す。全身が、足元からぐにゃりと崩れ落ちていく。
剣士(甘かった……!)
剣士(なら……今こそ、甘さを捨てる……)
剣士(親父の仇を取る! 復讐してやる! ブチ殺してやる!)
剣士(この赤い目のクソ野郎を、叩き斬ってやるッ!)
剣士(俺はまだ、やれる! やれ……る……!)
剣士(ま、だ……)
-
剣士(ち、ちくしょう……! 立て……ない……! 恨みが足りね……ぇ……)
“何をしている”
剣士(この声……!? まさか……!?)
“私のことより、今の仲間のことを考えろ。ほら、いい匂いがするだろう”
剣士(匂い……?)クンクン
-
剣士(な、なんだ、この匂い……。甘い……香り……)
『お兄さんっ!』
剣士「――――!」ハッ
ザクゥッ!
赤眼「!?」ビクッ
地面に倒れる寸前、剣士は己の剣を地面に突き刺し、かろうじて踏みとどまった。
そして――
-
剣士「うおおあああああああああッ!!!」グンッ
赤眼「おおおっ……!?」
飛び起きる勢いを利用して、全体重を乗せて、斬りかかる。
ザシュゥッ……!
赤眼「ぐふぉっ……!」
-
赤眼(なぜ……!? なぜ倒れなかった……!?)
赤眼(さっきの一撃……たとえ即死を免れても、ヤツを戦闘不能にするには、
十分すぎる一撃だったはず……!)
赤眼(分か、ら、ん……)
赤眼(いずれにせよ……オレが最後にとっておいた、大好物は……)
赤眼(オレにとって……とんだ猛毒、だったようだ……)
ドサァッ……
ワアァァァァァ……! オオォォォォォ……!
………………
…………
……
-
剣士の体はすぐさま町の医療施設まで運ばれた。
少女「お兄さん、お兄さんっ! しっかりしてぇっ!」
女「生きて下さい! お願いします!」
友人「勝ったんだぞ! お前は勝ったんだからな!」
医者「…………」
-
少女「ごめんなさい、お兄さん! あたしが……あたしがいなきゃっ!
お兄さん、こんなケガしないで勝てたのに……!」
剣士「……いや……」
少女「!」
剣士「そんなこと、ない、さ……」
少女「お兄さんっ!」
剣士「ヤツの最後の一撃……復讐心では、立ち上がることができなかった……」
剣士「立てた、のは……お前のおかげ、だ……」
-
剣士「復讐にこだわったままじゃ、おそらく……俺は……赤眼には勝てなかった……」
剣士「たとえ、勝った……としても……その先は……なかった、だろう……」
剣士「俺を復讐だけを誓う、つまらん人間から……引き上げてくれたのは……
まちが、いなく……お前だ……」
少女「お兄さん!」
剣士「あ……あり、がとう……」
剣士「…………」
少女「お兄さんっ! お兄さぁんっ!」
女「ああっ……!」
友人「ちくしょう! 勝ったのに! 勝ったってのに!」ガンッ
-
少女「おじいちゃん、お兄さんを助けてっ!」
医者「もちろんじゃ!」
医者(じゃが……これではもはや……)
老人は長年の経験から、剣士の命運を冷静に判断していた。
医者(――ん、なんじゃ?)クンクン
医者(この甘い匂いは……?)
………………
…………
……
-
町のど真ん中で、少女の声が響き渡る。
少女「えい、やっ、とうっ!」ヒュンッ
木で作られた練習用の小さな剣を、一生懸命振り回す。
女「今日も精が出るわね」
少女「……うん。だって、あたしがお兄さんの後を継ぐんだもん!」ヒュンッ
女「ふふふ、きっと……剣士さんも喜ぶわ。
あなたのような人に、剣と意志を継いでもらえれば……」
-
剣士「おいおい、二人とも……まるで俺を死んだように扱うな」
少女「あっ、お兄さん! お帰りなさい!」
女「ケガの具合はいかがですか?」
剣士「傷はふさがってきているが……なにしろ心臓をかすめるように、
骨も肉もバッサリとやられたんだ」
剣士「もう、前のように剣は振るえないだろうな」
少女「お兄さん……」
剣士「気にするな。赤眼の実力は間違いなく、俺の命以上のものだった。
それなら、生きてるだけで儲けもんだ」
友人が笑い声とともにやってきた。
友人「ハッハッハ、だよなぁ!」
友人「あんときゃ、もう絶対ダメだと思ったもんよ」
-
剣士「これはこれは、町長……なんのご用ですか?」
友人「わざとらしい敬語やめてくれる?」
友人「つか、あの後、俺を町のリーダーに指名したのお前だしな!
“強い者が町を治めるのはもう終わり”ってことでさ」
友人「お前と赤眼の戦いが凄惨だったのも手伝って、みんなあっさり賛成しちまったし」
友人「手下どもも、赤眼のあんな心底楽しみましたみたいな死に顔を見たら、
納得したようにどこかに消えちまったしな……」
女「友人さんのおかげで、この町もあの殺伐さが見違えるように栄え始めましたよ」
友人「どうやら俺、商才っつうのか、博才っつうのか、そういうのあったみたいね。
なーんてね」
少女「夜な夜な、お金の勘定するの好きそうだもんねえ」
友人「そうそう、みんなが寝静まった頃、コインやお札を数えてる時が一番幸せ……
ってそんなことしねえよ!」
少女「きゃははははっ!」
友人「それよか、剣士のことだ。まさか、あの時あんなもんが見つかるとはな。
今思い出しても笑っちまうよ」
-
医者『懐になんか入っとる……。なんじゃこれ……?
これは……真っ二つに割れたチョコレート……!? これが甘い匂いの正体か!』
友人「なんであんなもん、懐に入れてたんだよ」
剣士「いや、後で食べるって約束したから……」
友人「いやいや入れねーだろ、フツー! これから決闘って時に!」
少女「入れない入れない! 普通はどこかに置いておくよね!」
剣士「そうかな……」
赤面する剣士。
女「でも、もしあれが懐に入ってなかったら……盾になってなかったら……
相手の剣が剣士さんの心臓に、到達してたかもしれないんですよね……」
友人「赤眼の剣がそんな甘いものだとも思えねーし、今となっちゃ分からないけどな」
友人「ひとつだけいえることは、あのチョコレートは血でベトベトだったから、
食えたもんじゃなかったってことだな」
-
少女「そういえば、あれ食べてもらえなかったんだっけ」
少女「よぉーし、そんならあたし、もう一回作っちゃうよ!」
少女「今度は剣でも斬れないような、すんごい固いやつをね!」
剣士「……おい」ボソッ
女「はい?」
剣士「あいつがチョコ作るとこ、見てやってくれ。
歯が欠けるような固いのを持ってこられたら、たまったもんじゃない」
女「ふふっ、分かってますよ」
少女「それじゃ甘くてカッチカチのチョコ作りに、レッツゴー!」
― おわり ―
-
以上です
ありがとうございました!
-
乙
-
乙
ビターエンドじゃなくて良かった!
-
乙乙
-
みんないいキャラしてたな
面白かった乙!
-
チョコに始まりチョコで終わったな
-
手下Bの出番無かったかー
とても面白かった
乙
-
乙
>>87
強くなって赤い目になった手下Bと強くなった少女が戦うんですね
"
"
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■