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剣心「拙者の十字傷がなくなったでござる!」
-
神谷道場──
早朝、桶に入った水で顔を洗おうとする剣心。
剣心「ふぅ……」チャプ…
剣心「──ん?」
剣心「!」
剣心(な、ない……!)
剣心(十字傷がなくなっている……!?)
"
"
-
剣心(ない! たしかにない!)
剣心(清里殿……巴……。拙者があの二人を斬殺した時についた傷が……なくなった……)
剣心(二人とも……かたじけない……!)
剣心「おっと、こうしてはおられぬ」スクッ
剣心「拙者の十字傷は、もはや拙者だけの問題ではなかったのだからな」
剣心「さっそく薫殿や弥彦にも、このことを伝えねば……!」
-
まもなく薫が起きてきた。
剣心「薫殿!」
薫「?」
剣心「拙者の頬を見て欲しい!」
剣心「ほら、十字傷が消えたでござるよ!」
薫「…………?」
剣心「……どうしたでござるか?」
薫「あなた……誰?」
-
剣心「なにいってるでござるか? 拙者は緋村剣心でござるよ」
薫「そっちこそなにいってるのよ!」
薫「剣心はそんな顔してないわ!」
薫「さてはあなた、剣心の名を騙るニセモノね!? ──覚悟っ!」ブンッ
剣心「おろっ!?」
竹刀を振り回す薫に、剣心はなすすべなく逃げ出した。
-
剣心「──ふぅ、ひどい目にあった」
剣心「薫殿は、どうやらまだ寝ぼけていたようでござるな」
剣心(……お、あそこにいるのは弥彦)
剣心(こんな朝早くから稽古とは、感心感心……)
剣心「おぉい、弥彦」
弥彦「ん?」
"
"
-
剣心「こんな朝早くから稽古とは、はりきっているでござるな」
弥彦「!」
弥彦「誰だてめぇ!」サッ
竹刀を構える弥彦。
剣心「!?」
弥彦「物盗りか……!?」
剣心「弥彦、拙者は緋村剣心──」
弥彦「ウソつくんじゃねえ!」ブンッ
剣心「おろろっ!?」
-
道場の門まで逃げてきた剣心。
剣心「やれやれ、弥彦まで寝ぼけているとは──ん」
剣心(おお、あれは左之)
剣心(さては朝食をたかりに来たでござるな)
剣心「おはようでござる、左之」
左之助「ん? だれだ、おめぇ」
剣心「!?」
-
剣心「拙者でござるよ! 緋村剣心でござる!」
左之助「なにいってやがる。顔が全然違うじゃねぇかよ」
左之助「よりによってあの緋村剣心の名を騙るたぁ、ふてぇ野郎だ」
左之助「俺の拳でちったぁ反省しやがれ!」ブンッ
剣心「うわっと!」ババッ
左之助「やるな……。身のこなしだけは本人みてぇじゃねえか」
剣心「だから本人でござる!」
左之助「まだいうか! この野郎!」
剣心(ダメだ……話が通じない! ここは退散するしかないでござるな!)スタタタッ
左之助「あっ、待ちやがれ!」
-
町──
剣心「……どうやらもう追ってこないようでござるな」
剣心「それにしても、みんなどうしてしまったのか」
剣心「皆で示し合わせてふざけている、というわけでもなさそうだし」
剣心「なにかおかしな薬でも盛られたとしか……」
剣心(──まさか! 縁のように拙者に恨みを持つ者が)
剣心(神谷道場の井戸に……たとえば他人を認識できなくなる薬を混ぜた!?)
剣心(突飛な発想ではあるが、絶対にありえないとはいえない……)
剣心(薬といえば、やはり恵殿でござるな)
剣心(恵殿のところに行ってみよう!)
-
小国診療所──
剣心「恵殿、おはようでござる」
恵「おはようございます」
恵「ところで、本日はどうされましたか?」
剣心(この反応! ま、まさか……!?)
剣心「恵殿! 拙者が分からないでござるか!?」
恵「え、ええ……だってあなたとお会いするのは初めて──」
剣心(こ、こんな! こんなっ……! 恵殿まで……!)
剣心「し、失礼するでござる!」スタタッ
-
自分の置かれている状況が、想像以上に深刻だと悟った剣心。
剣心(恵殿も、拙者が分からなかった……!)
剣心(いったいなにがどうなっているでござるか……!?)
剣心(あと……この町で拙者がよく訪れるところといえば……赤べこと警察署)
剣心(まずは、赤べこに行ってみよう……!)
-
赤べこ──
妙「拙者が誰に見えるか……って、申し訳ありません」
妙「お客さんとは今日初めてお会いしますし……」
燕「す、すみません……。分かりません……」
剣心「いや……こちらこそ妙な質問をしてしまってすまぬでござる」
剣心(予想はできていたが、やはり……)
剣心(二人とも、拙者のことが緋村剣心に見えていない!)
剣心(となると、あとは斎藤ぐらいだが……きっとダメでござろうな)
-
警察署──
たまたま外にいた斎藤に、こっそりと近づく剣心。
剣心「さ、斎藤……」
斎藤「?」
斎藤「…………」ジッ…
斎藤「なんだ、抜刀斎か。なんの用だ」
剣心「おろ!?」
-
剣心「斎藤! 拙者が緋村剣心だと分かるのか!?」
斎藤(一瞬戸惑ったがな……)
剣心「さすが、拙者の宿敵でござる! 新撰組三番隊組長でござる!」
斎藤「……なにかあったのか?」
剣心「じ、実は──」
剣心は朝から今までに起こったことを全て打ち明けた。
-
斎藤「フン……なるほどな」
斎藤「神谷の娘をはじめ、皆がお前をお前と認識できなくなったわけか」
剣心「なぜこうなってしまったか、思い当たる節はないか?」
斎藤「答えは一つしかあるまい」
剣心「なんでござるか?」
斎藤「ずばり、お前の十字傷がなくなったからだ」
斎藤「お前の最大の特徴といえる十字傷がなくなったことで」
斎藤「お前を知る人間はお前が“緋村剣心”だと分からなくなってしまったんだ」
剣心「ええっ!?」
-
剣心「そんな……それだけのことで!?」
斎藤「人間なんてもんは、意外と一部の特徴だけで他人を見分けているからな」
斎藤「その特徴が消えてしまえば、分からなくなることも十分ありえる」
斎藤「俺は池田屋事件の時、まだ一本傷だった頃のお前を見ていたから」
斎藤「かろうじてお前のことを見抜けたがな」
剣心(斎藤でもかろうじて、か……)
剣心(であれば、皆が分からなくなってしまうのも無理はないかもしれぬ……)
-
剣心「斎藤、拙者はどうすればいいでござるか?」
斎藤「さぁな」
斎藤「なんだったら、もう一度十字傷をつけてみたらどうだ」
剣心「なら……宿敵のよしみで十字傷をつけてはくれぬか」
斎藤「なにが宿敵のよしみだ。阿呆が。自分でやれ」
剣心「しかし、自分でやるのはなかなか難し──」
斎藤「知るか」
結局、警察署を追い出されてしまった。
-
剣心(このままではまずい)
剣心(とにかくもう一度神谷道場に戻って──)
剣心「!」
剣心「あの大男はたしか……かつて神谷道場を乗っ取ろうとした……比留間伍兵衛!」
伍兵衛(ちくしょう、こないだの用心棒をしくじって)
伍兵衛(顔面に十字傷がついちまった……)
伍兵衛(俺はなんてついてねぇんだ!)
比留間伍兵衛は左之助の故郷から東京に戻り、相変わらず用心棒稼業を続けていた。
-
神谷道場──
薫「あら、剣心じゃない!」
弥彦「どこ行ってたんだよ。朝から姿が見えないから心配したぜ!」
伍兵衛「え?」
薫「どうしたの? 早く入りなさいよ!」グイッ
弥彦「俺に稽古をつけてくれよ!」グイッ
伍兵衛「え? え? え?」
半ば拉致されるように、神谷道場に連れていかれる伍兵衛。
剣心(そ、そんな……! 十字傷があるというだけで……!?)
剣心(かつてニセ抜刀斎を演じていたあの男が、本当に拙者になってしまった……!)
剣心(これでもう、拙者に帰る場所はなくなった……)ガクッ
-
落人群──
剣心(気がついたら、ここに来てしまっていた……)
剣心(かつて、拙者はここで拙者が犯した人斬りの罪に対する答えを見出したが)
剣心(これは……また答えを見出せ、ということなのだろうか……)
剣心(あるいは今度こそ、もう元には戻れぬ、ということなのだろうか……)
剣心「…………」キョロキョロ
剣心(白梅香を持っていたあのご老人は……もういないようでござるな)
剣心「!」ハッ
ここで剣心は驚くべき人物を発見した。
-
剣心「え、縁!?」
縁「?」
縁「…………」ジッ…
縁「抜刀斎か……」
剣心(縁も十字傷でない頃の拙者を知っているから、見抜けるのか……)
剣心「なぜおぬしがこんなところに……!?」
縁「貴様との戦いの後──俺は京都をさまよっていた」
縁「そして、やっと……姉さんの笑顔を取り戻すことができた」
縁「それからというもの……ずっと当てもなく放浪を続けている……」
縁「もはや、俺に“人誅”の意志はない……」
剣心「!」
剣心「そうでござるか……」
縁「…………」
-
縁が突如声を荒げる。
縁「なぜこんなところに、はこちらのセリフだ!」
剣心「!」
縁「貴様は剣と心を賭して、戦いの人生を完遂するんじゃなかったのか!?」
縁「なのになぜ、こんなところで独り無様にうずくまっている!?」
縁「あの誓いは破棄したということなのか!?」
剣心「い、いやちがう! ちがうでござる!」
縁「じゃあなぜこんなところにいる!? 答えろ!」
剣心「は、話せば長くなるが──」
剣心は全てを打ち明けた。
-
縁「そういうことか……」
縁(俺が一瞬、抜刀斎のことが分からなかったのはそういうことだったのか……)
剣心「頼む! 拙者の頬に十字傷をつけて欲しいでござる!」
縁「…………」
縁「いいだろう」
剣心「おおっ!」
縁「ただし、おそらく俺では勢い余って貴様を殺してしまうだろう」
縁「まだ完全に貴様を許したわけではないからな」
縁「だから……ここは姉さんに頼むしかあるまい」
剣心「え?」
-
剣心「巴に頼むというのは、いったいどういうことでござるか?」
縁「俺は姉さんと対話をするうち、この世とあの世を繋ぐ理(ことわり)を理解した」
剣心「え……?」
縁「そしてついに、この世とあの世の狭間で、死者と干渉し合う術を編み出した」
剣心「ええ……?」
剣心(なんだかとんでもないことに……)
縁「その術で、俺から姉さんに頼み、貴様の新しい十字傷をつけてもらうことにする」
剣心「わ、分かったでござる」
縁「…………」
目をつぶり、念じる縁。
-
……
……
縁「……姉さん」
巴『あら、どうしたの?』
縁「実は抜刀斎の十字傷が消えてしまったんだ」
巴『まぁ、それはよかった……。わざわざ報告しに来てくれたの? ありがとう』
縁「だが、そのせいで最大の外見的特徴がなくなってしまい」
縁「周囲の人間が抜刀斎を抜刀斎と認識できなくなったらしいんだ」
巴『あら……』
縁「というわけで、もう一度十字傷をつけてあげてくれないか」
巴『分かったわ』
-
巴『だけど、あの十字傷は私一人でつけたわけじゃないの』
縁「そうか! 姉さんの婚約者!」
巴『ええ、だから呼んでくるわね』
縁「ありがとう、姉さん」
剣心(さっきから縁が必死になにやら念じているが……)
剣心(本当に対話をしているのだろうか……?)
-
清里『君は巴の弟の……ずいぶん大きくなったね』
縁「死んでからも働いてもらうことになってしまって悪いが」
縁「アンタに協力して欲しいことがある」
清里『ぼくにできることなら、喜んで協力するよ』
……
……
-
縁「よし、二人に協力してもらうことに成功した」
縁「今度は貴様が、あの二人のいる場所に行け」
剣心「それはまさか……死ねということでござるか!?」
縁「そうではない」
縁「貴様もここで生き地獄を味わっていた時、見えたはずだ」
縁「この世とあの世の狭間をな。二人はそこで貴様を待っている」
剣心(そういえば……志々雄が迎えに来たことがあった……)
縁「あの時の感覚を思い出せば、二人のもとにたどり着くことができるはずだ」
剣心「ずいぶん“あばうと”な説明でござるが、承知した!」
-
あれ面白いぞこれ
-
剣心(えぇ〜と、薫殿が死んだと思い込んだ時のあの気持ちを思い出すでござる!)
剣心「…………」グッ…
……
……
……
やがて、剣心は彼岸花が生い茂る場所に到着した。
剣心「ここは……」
剣心(志々雄が迎えに来た時とは全然ちがう……。穏やかな場所でござる……)
巴『お久しぶりです、あなた』
剣心「巴……!」
-
清里『こんにちは』
剣心「あなたは……清里殿!?」
剣心「せ、拙者はこれから幸せになろうとしていたあなたを──」
清里『よしましょう、緋村さん』スッ…
清里『あなたに全く恨みがないとはいいませんが』
清里『我々はともにあの狂に満ちた“幕末”を戦った仲──』
清里『今さら、あなたになにかをいうつもりはありません』
清里『どうか、あなたはあなたの人生を歩んで下さい』
剣心「かたじけない……」
巴『ところで、十字傷を再びつければいいんでしたよね?』
剣心「あっ、そうでござる! ぜひお願いする!」
-
刀を構える清里。
清里『じゃあまずぼくから……せいっ!』ブンッ
ザシュッ!
剣心「ぐおおっ!?」
清里『すっ、すみません! あの時、緋村さんと戦った時の必死さがよみがえって……!』
剣心「い、いや……これぐらい深い方がいいでござる」ボタボタ…
-
巴『次は私ですね』
巴『では……』
ドシュッ!
剣心「ぐああっ!」
剣心(刃物に慣れてないせいか、清里殿より斬り方が雑でござる!)ボタボタ…
巴『あっ、ごめんなさい……』
清里『だ、大丈夫ですか!?』
剣心「いや……これでいい……。これでいいのでござる」
-
巴『あっ……』スゥ…
巴『そろそろ……時間のようです……』スゥゥ…
清里『さようなら……』スゥゥ…
剣心「二人も……どうか……」
……
……
……
剣心「!」ハッ
縁「戻ったか」
-
この世とあの世の狭間から戻った、剣心の左頬には──
縁「十字傷ができている……どうやら成功したようだな」
縁「これでもう、貴様の知人が貴様のことを分からなくなるということはあるまい」
剣心「ありがとう……縁」
縁「貴様に礼をいわれる筋合いはない」
剣心「……そうでござるな」
剣心「達者でな、縁。もし気が向いたら、神谷道場に遊びに来て欲しい」
縁「ふん……」
縁に別れを告げると、剣心は落人群をあとにした。
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神谷道場──
弥彦「薫、こいつ本当に剣心かよ? 腕力だけで、技のキレは全然へっぽこだぜ!」
薫「そうよねぇ。だけど……十字傷あるし……」
弥彦「だよな……。こいつが剣心だよなぁ……」
伍兵衛(最悪だ……!)
伍兵衛(メシはマズイし、この弥彦ってガキはずいぶん腕を上げてるし……)
伍兵衛(もうこんなところにいたくない……! 誰か助けて……!)
-
伍兵衛に疑いの目を持ち始めた二人のもとに、左之助がやってきた。
左之助「おい、剣心が帰ってきたぜ!」
左之助「赤髪で背が低い……なにより十字傷がある! ありゃまちがいなく剣心だ!」
弥彦「マジかよ!?」
薫「ってことは、この人は……!?」
伍兵衛(よく分からねぇが、逃げる好機!)ダダダダダッ
薫「あっ、逃げた!」
弥彦「どうやらあいつはニセ剣心だったみてぇだな」
-
道場の門で、剣心を出迎える薫たち。
薫「剣心!」
弥彦「今度は本物の剣心だ! よ〜し、稽古つけてくれよ!」
左之助「ったく、どこ行ってやがったんでぇ」
左之助「ま、オメーもたまには一人になりたい時ぐらいあるだろうけどな」ニッ
薫「お帰りなさい、剣心」
剣心「…………」ニコッ
剣心「ただいまでござる」
〜 完 〜
-
乙
-
許された証拠より認知されなくなった方が重要なのか
-
乙
雰囲気が出ててよかった
-
面白かったでござるよ
-
ホンマ巴さんは天使やでぇ
"
"
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