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【オリジナル】リライト【擬人化】
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基本に返った組み合わせの擬人化モノを、
ちょっと書きました。
このスレで完結です。
2から
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「あー、あっぢぃ……! もーダメ! クーラー直して!」
扇風機一つ回るだけの蒸し暑い夏の部屋で、白に紫のメッシュを入れた短髪の若い青年が耐え切れず音を上げた。
「そうは言ってもなぁ、ケイ。この仕事が終わるまではこの部屋から退去出来ないし、壊れたクーラーに関しては
『入居後の破損だから対応しかねます、どうしても必要なら自費で』って上から言われちゃったから、
涼しい部屋で過ごしたかったら今の仕事をさっさと終わらせて次の場所に移るしか無いよ?」
髪を湿らせ、首元から汗まみれのタンクトップの青年をケイと呼んだ男が涼しげにそう言う。
「ギー! って、何でそう言うお前はそんなに平然としてるんだマーク! しかもこんなに苦しんでる俺の前でそんな暑苦しい格好して、
視覚からも喧嘩売ってるとしか思えねー! 何でお前はそれで平気なの?!」
「そうは言われても、これは僕のトレードマークだから。必要がない限りはどんな状況でもこの服装を乱すつもりはないよ。
これでも薄着してる方だよ? シャツの下は何も着てないし」
そう言って、マークと呼ばれた青年は折りたたみ椅子から立ち上がると、往年の探偵小説に出てきそうな長袖シャツと
脇にチェック模様の入った茶色のベストとスラックス姿で格好を付け、肩下まである長い黒髪を掻き上げてみる。
ちなみに首にはループタイ、手には黒い革手袋を付けている。
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「(しかも汗ひとつ書いてないとか……)あー本当にいつもしっかり着込んでるよな。
くっ……これじゃあ下着姿の俺が間抜けみたいじゃないか」
「相方が僕でよかったね。女の子とだったらどんなに暑くてもその格好は難しいだろうからね」
「いや、俺はカッコつけのお前と違うから。体裁よりもこの暑さの方が問題だから、
相方が女でも、同室だろうと暑い時は正直に暑いと言うし、脱ぐ!」
ケイはそう言いながら汗でベタつくタンクトップを脱いで、ついにトランクス一枚の姿になると、
脱いだタンクトップをコンクリートの床に叩き付けた。
汗をたっぷり吸い込んだタンクトップはベシャリという濡れた音を立てて伸びている。
「お前は一生モテないな」
「うるさい。余計なお世話だ。ところで今日のノルマは?
早く終わらせればクーラー付きの次の仕事に行けるんだろう? 早回しで行こうぜ」
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「まあそう焦るな。無理をすると、『能力の寿命』が縮む。だけどまあ、今日は君の希望に沿ってペーパーは5枚にしようか」
「5枚?! うーん。微妙なラインだな……もう1枚くらい増やして……そうすれば1、2日は早く済むはず……うーん」
「その微妙なラインくらいで我慢しておこう。解ってるだろう? 僕達の能力には『限り』があって、万能じゃないんだからさ」
「ああ、解ってるさ。うん、そうだな。それが限度だよな。今日は5枚で我慢しておくよ……」
マークの提示したノルマにケイは少々悩んだが、『自分達の能力』を鑑みてそれを呑む事にした。
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ではここで俺、ケイが俺達の『能力』について解説させてもらうとしよう。
俺達はある『特殊機関』に所属するエージェントだったりする。
その機関は、依頼主からオーダーをもらって俺達エージェントに『仕事』を振り分けている。
そこでだ。
俺達が一体どんな『仕事』をしているかというと――。
オーダーの対象者の『記憶の書き換え』をするのが仕事だ。
殺しはしない。あくまで記憶の書き換えだ。
でもオーダーとやりようによっては殺しに近い事は出来なくも無いけど。
しかし俺達の能力は特殊で、基本的には1人では出来ず、必ず2人で行われる。
その理由は前述の『記憶の書き換え』という部分がキーポイントになっている。
『記憶の書き換え』の時に担う役割分担があるからだ。
役割分担自体は実にシンプル。
記憶を『消す』者と『書き換える』者。仕事はこの2者で行われる。
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ちなみに俺は『消す』、イレーザーと呼ばれる方の能力者で、
マークが俺が消した後に用意された情報を『書き込む』ペンシルと呼ばれる能力者だ。
人間の記憶は――脳は複雑だ。
消すだけでもいけないし、書き足すだけでもいけない。
スムーズにターゲット本人にも周りにも気付かせない様にするには、この役割分担は欠かせない。
ターゲット1人の記憶だけ変えれば済む時もあるけれど、大体は『人間関係』というものがあるから
ターゲットの記憶に合わせた『微調整』が必要な事の方が多い。
今回の仕事も、その微調整が必要な事案だった。
しかも関係者がそれなりに人数が居るという、面倒臭がり屋の俺にとってはあまりやりたくないタイプの仕事だ。
(つか、こんな大仕事作ってんじゃねーし)
本当ならこんな仕事……見たくも無いモノを必然的に見せ付けられるのはもう嫌だから辞めたいけど、生憎俺は孤児の上に幼い時点で機関に
『能力』を見出されてしまったため、能力者専用の育成施設で育ち、この仕事以外の事はサッパリだったりするので、生きるために仕方無くやっている。
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――という記憶も『本当の記憶』か怪しいところだけどな。
こんな仕事をやっているからこそ、俺は俺の記憶を信用していなかったりする。
(あの組織の事だ。俺も何されてるか分ったモンじゃないよ……)
そうそう、最後にマークが俺達の能力には限りがあるって言っていただろ?
実はそうなんだ。
俺達の能力には『限界』――つまり寿命がある。
この能力は使い続ければいずれ終わりが来る、有限の能力だったりする。
だからペース配分を間違えれば能力の寿命を縮めたり、
暴走させて相方にまで被害を出してしまったという話もしばしば聞く。
能力の『終り』には『予兆』があるから、予兆を感じたエージェントは
組織に申し出る規定にはなっているが、その見極めは個々に任されているようだ。
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そして引退したエージェント達はやっと組織から解放されて一般人として
暮らす事が出来る様になるらしいけど、今のところ俺にその『予兆』は感じられない。
だからこうやってマークと仕事をしている。
俺の記憶が間違ってなければ、マークは施設を出て直ぐにあてがわれた
俺の初めての相棒でもう何年も一緒に活動している。
マークとしては相方は俺で2人目らしい。
イレーザーはペンシルよりも寿命が短いらしいってマークから聞いた事があるけど、本当のところはどうなのだろうか。
繊細な脳と記憶を最初に弄るのは確かにイレーザーだけど、ペンシルも同様に負担がかかってるはずだ。
しかもペンシルは情報を間違い無く書き込まなくてはいけない。消す方も正確さは重要だけど。
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(2人目、か。マークの前の相棒は今、どんな生活をしているんだろう? て言うか普通の生活ってどんなんだろう?)
コンビニやスーパーに行った時に働く店員を見ては思う。
加えて相方といえばマークしか知らない俺は時々マークの前の相方が気になるけど、何度マークに前の相方の詳細を聞いても
「良い奴だったよ」的な曖昧な返事しか寄越さないので、今はもうどうでもよくなってしまった。
マークは人当たり良さそうに見えて実は突き放した部分があるから、
今の俺の事も俺がお払い箱になったらその『良い奴』入りしてしまうんだろうな。
そして俺は迷っている。
この面倒臭い仕事を少しでも長く続けられる様に慎重に行動しようか、
さっさと能力を使い切って一般社会に放逐されるように仕向けようか。
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でも俺は本当にこの仕事しか知らないし、『世間』でやっていけるのかな?
そういう不安もあるが、気掛かりな事がもう一つ。
この仕事を辞めたらマークとの接点はきっと無くなるのだろう。
それが何となく嫌だった。
インプリンティングとでも言おうか。
初めてのパートナーであるマークを実は結構気に入ってる俺は、俺らしくもなく『人間関係』を取ろうか、
この糞みたいな仕事をどうやってら辞めようか? ここ最近気持ちが揺れ続けている。
マークにとっては俺なんて数いる能力者の1人に過ぎないかもしれないけど、世間から隔離された施設を
卒業したばかりの俺にとって、初めての相方であるマークは外で見た初めての『大人』だったから。
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時計が朝6時を示した。
ケイとマークはそれを確認すると、互の顔を見合わせて頷く。
「それじゃ、仕事と行きましょうか」
マークが真剣な表情で言った。
「おう」
この時のマークの姿は彼の『トレードマーク』であるベストとスラックスでは無く、
TシャツとGパンという非常に簡素な格好だった。
長い黒髪は後ろで簡単にまとめられている。
手袋もしていない。あれはファッションでは無く、能力が暴発しないようにするための
ペンシル能力者専用ハンドカバーなので、仕事の時は外す。
ペンシルは能力の性質上、素手のままだと希に『情報漏洩』させてしまう事があるからだ。
イレーザーにも一応ハンドカバーは支給されている。
理由は大体同じだが、こっちの場合はランダムで記憶を削除してしまう事がある感じ。
まあ、被害を被る側からすれば危険なのには変わりないけど。
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だが、ケイはあまり使ってはいない。通気性の悪いアレは付け心地が悪いから。暑い日などは特に勘弁だ。
さすがに激しい人混み歩くときくらいは付けるが。
この手の不意打ちリスクはお互い抱えているが、『消す』のと『加える』のでは、
その影響力はペンシルの方が格段に上だろう。
ちなみにこのハンドカバーは『キャップ』と呼ばれる事が多い。
ケイの格好も矢張りTシャツとGパンで、マークとの違いがあるとすれば、
目立つメッシュの短髪を隠すようにキャップをかぶっているくらいだ。
2人でこんな格好をしているのは、今回は『とある場所』に潜入するためだ。
とある場所というのはテレビ局。
ケイとマークはアルバイトのADとして潜入していた。
潜入方法は当然『記憶の書き換え』。
面接もろくにせずに合格の判を押させた。
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ターゲットはとある大物タレント――ではなくその付き人のような側近に近い関係者達。
その大物タレントは選挙出馬を控えているのだが、とてもステキな『趣味』を抱えていて、
それが表沙汰になれば選挙どころでは無くそれどころか大スキャンダルの上に腕が後ろに回りかねない。
だから迂闊な事をしそうな奴等の処理のために組織に依頼が行き、ケイとマークが呼ばれたのだ。
ちなみに関係者は核心に近い奴から何となく知ってる奴を含めたら数十人は居て、
そいつ等の記憶を全てを書き換えて隠蔽し、かつ表でも辻褄がいく様にして欲しいとの事だ。
記憶を弄る関係で詳細なレポートを読まされているが、今回の仕事は何年もこの仕事をしてるケイでも
読んでる途中に何度か吐きそうになった。
マークは相変わらず涼しい顔で読んでいたが。
記憶を書き込む際にその辻褄合わせも必要なペンシルは記憶を消すイレーザーより具体的に指示を
渡されているはずなのに、何故あの内容を走り書きを見る様に事も無げな様子でいられるのか?
その神経がケイはあまり理解できなかった。
でも、ベテランっていうのはそういう事なんだろなとも思った。
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「今日で20人終えるから、ちょうど半分ってところだね」
「やっと半分か……あの記憶もうやだ」
ケイは記憶を消す時に見えてしまうターゲットの記憶を思い出してうんざりする。
「その分報酬も良いんだから、良いじゃないか」
スタッフ出入り口に向かいながらマークが飄々と答える。
そしてケイとマークは局内へ。
俺はスケジュールを確認する振りをしながら仕事の情報が載った手帳を捲って
関係者と擦れ違わないか慎重に確認しながら歩く。マークも同じく手帳を手に周囲を警戒している。
暫くうろついていると、本日1人目のターゲット発見。
トイレから男が出てくるのが見えた。手帳のデータによると、例のタレントに結構近い人物だ。
「ペーパー、一枚目確認。任務遂行に移る……」
マークの言葉に俺は頷くと、男に話しかけた。
なお、ペーパーというのはターゲットの事だ。
ケイが記憶を消す『消しゴム』のイレーザーで、マークが書き換える『鉛筆』。
だからいつからか知らないが、ターゲットは『ペーパー』、つまり『紙』に例えられるようになった。
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「すみません、“紫色の楽屋”を探してるんですけど」
ケイが男にそう話しかけると、男の顔色が変え、今出てきたばかりのトイレにケイを引っ張り込んだ。
「お前、その呼び名……どこで聞いた?」
男は人目を確認して小声で脂汗を浮かべながら訊ねてくる。
「さぁて、どこからでしょうね……っ!」
顔を強ばらせ、ケイを壁に追い詰める男をケイは不意に地面に倒して頭を掴む。
「ぐあっ!? 貴様、一体何を……」
「うん、情報通り。お前、その紫部屋の事くだらねぇゴシップ雑誌に売ろうとしてたみたいだな。マーク! 始めるぞ!」
手を通して男の記憶を読んだケイは仕事の始まりをマークに叫んで伝える。
「始めるって何を?! と言うか、その情報はどこで聞いたんだ! 答えろ!」
「アンタはもう、そんな事気にしなくて良いんだよ。直ぐに部屋のことは忘れるから」
(デリート開始)
「はぁ?! ?!……ん゛あっ! あ゛あ゛あ゛あ゛あぁ……」
脳の神経回路を読んで、目的の情報を消してゆく。
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慎重な作業にケイの額が薄らと汗ばむ。
関係無い記憶を消すとマークの作業に支障が出るから、消す時は素早くとも丁寧に、正確に。
しかし記憶を消される――脳を弄られるというのは、消す方もキツイが、消される方もなかなかキツイらしく、
男は汚らしい嗚咽を漏らして悶えている。
しっかりと抑えていないと振り落とされてしまいそうだ。
(ジッとしてろよ、手元が狂うだろ!)
だからイレーザーは意外と筋力トレーニングが必要だったりする。ケイは一見細身だが、
それは体質もあるが実践で使う筋肉しか付いていないだけの事。
そして頭に触れてから3分くらい。
記憶を消され終えた男はぐったりとトイレの床に伸びている。
ここはテレビ局内。
人の出入りが多い場所だから素早い作業が求められる。
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「マーク!」
ケイがそう叫ぶと、トイレの入口で待っていたマークが足早にやって来て男の頭を掴んだ。
さあ、今度は書き込みの時間だ。
男の頭に依頼主にとって都合の良い記憶が、脳に張り巡らされているシナプスの電気信号を通して新たに上書きされてゆく。
記憶を消すのに初動含めて5分近く使ってしまったから、マークが作業できる時間はケイより少ないかも知れない。
ケイは素早く立ち上がると、トイレの入口に立って作業に邪魔が入らない様に見張りに回る。
すると案の定トイレ利用者がやってきたので、時間稼ぎをする事にした。
「すみません、気分が悪い人が出たみたいで介抱しています。俺今携帯電池切らしちゃってるので救急車が呼べないので、
代わりにお願いできますか? それと、救護室の人を呼んできてもらえませんか?」
ケイがそう言うと、トイレに入ってこようとした男は驚いた顔で携帯電話を取り出しながら立ち去っていった。
それから間も無く。
「終わったぞ」
背後でマークの声が聞こえた。
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さっき男を一人片付けたので、本日のノルマはあと4人。
ここ最近で20人もの人間を処理しているので、現在局内では
体調管理を気を付けるようにという話題があちこちで聞こえる。
そんな中での作業なので人と鉢合わせた時は、時には鉢合わせた人間の記憶も書き換えなくてはいけない。
同じ人間が何十人もの体調不良者に出くわすなんて状況はあまりにもおかしすぎるからだ。
だがこの日も何とかノルマの人数をこなし、ケイとマークは帰路に着いた。
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「ああ、疲れた……」
部屋に着くなりマークが黒ずんだ黄色い合皮のソファに倒れこむ。
「ん? マークの方から音を上げるなんて珍しいな。いつもなら俺の方が先にぶっ潰れるのに」
「若いお前と一緒にするな。消す方もタイトだろうけど、今回は特に情報量多いから、
おじさんクタクタなんですよー。それに、どこかの誰かさんが暑いってだけで
早く仕事終わらせたいってごねてるからな」
そう言いつつ、マークは着心地悪そうにTシャツを脱いだ。
「そりゃ、失礼しましたー。つか、30前後っておじさん自称するほどか?」
「人間20過ぎたら、5歳位以上離れたらもう親子みたいなものなんだよ。シャワー先に使うよ」
「別に良いよ。つか、俺ハタチ過ぎて久しいのに若い子もないだろ。ところでシャワー先に浴びるの、
トレードマークに着替えたいから?」
「当たり前だろう。仕事でもなきゃそんな安っぽい服、着たくもない」
マークはそう言って、上半身裸のままシャワー室へ入って行った。
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(あのー。その安っぽい服が普段着なんですけど、俺……)
マークの言葉に半笑いになる。
それにしてもマークは本当にあの服に拘るな。
あの拘わり方はファッショナブルと言うより、思い入れの方が強そうだ。
一体、何がマークをあのファッションに固執させるのだろう?
肝心な事は語らないマークのこだわりポイントの事情を想像してみるも、思い付くはずがなかった。
何年も一緒にいるのに、ケイが知ってるマークについての情報は客観的な癖性分だけだった。
そのバックボーンはほとんどと言っていいほど知らない。
訊いても教えてもらえない。
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それから1週間ほどかけてテレビ局内から例のタレントについて不利な事をしそうな人間の記憶を書き換え終えた。
取り逃しがないかもしっかりチェックして、問題がない事を確認すると組織に報告書を提出して、
フル稼働させていた能力を休めるための休暇がケイとマークに与えられた。
終えた仕事は結局ケイの要求に近いハイペースでの処理になった。
マークは能力の限界の事を言っていたが、何だかんだ言ってケイには甘かった。
だが、その頃からだった。
少し前から気にはなっていたが、マークの様子が明らかにおかしくなったのは。
「仕事終わったな」
「ああ、そうだな……」
ケイが話しかけると、マークが背もたれに伸びた状態でだるそうに返事をした。
この日は朝から2人で黄色いソファに座って、ただぼんやりとしていた。
せっかく休暇をもらったのに、マークはずっとこの調子だ。
いつもならマークの方からバカンスにでも行こうとか言い出して、ケイが面倒くさがるのに。
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「マーク、何かずっと調子悪そうだね……」
「そうか? ただ疲れてるだけだ」
「それ、調子が悪いって言うんじゃないのか?」
「……かもな。俺も歳だし」
「まだ20代だろ」
「もうすぐ30だ」
「まだじゃん」
そのケイの言葉を最後に暫く2人で黙り込む。
話題も特にないし、マークがキツそうだったのケイも話しかけるのを控えたのだ。
しかしそんな沈黙に飽きたケイが「あー!」と声を上げると、おもむろに『あの話題』を振ってみた。
「なあマーク。お前はこの仕事出来なくなったら、何して暮らすの?」
「…………そうだなぁ、考えて無い」
「何で? この糞仕事から離れて平穏な生活が送れるようになるのに、夢とか全然無いの?」
ケイがそう言うと、マークがむくりと身体を起こしてケイを見詰める。
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「夢……? この歳から夢を? ははっ……そもそもそんなもの、放逐される時はきっと記憶イジられてるだろうから、
抱いたところで無駄だと思うよ? やっぱりケイ、お前は若いよ……」
「マーク……」
マークの言葉にケイは思わず絶句する。冷たいものさえ背中に走る思いだ。
そうなのだ。
マークは普段楽天的に振舞っているが、シリアスモードのマークはとてもシビアで……
シビアと言うより悲観的で感傷的な顔を時折見せる。
多分こっちが本当のマークなんだろう。
マークは何故そんなに諦めた思考をしているんだ?
普段は道化師みたいな明るい仮面をかぶっているくせに。
(解らない。何がマークをここまで諦めさせてしまったんだろう?)
イレーザーとペンシルの違いもあるのだろうか?
同じ記憶を弄る能力を持っていても、ケイとマークは真逆だ。
そしてマークの方がケイよりベテランだから、ペンシルとして活動する中で
ここまで追い込む何かが色々あったに違いない。
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(ああ、その頭に触れる事が出来たなら……防御されても少しくらいは考えている事を知れるかもしれないのに……)
しかし能力者同士で思考を読む目的で頭に触れるのは規定違反だし、非常事態に備えて考えが読み取られない様に
能力者は防御する訓練を受けているから、単に触れただけでは何も分からない。
(マーク、俺はお前の思考が少しでいいから読んでみたいよ……何か苦しい事があるなら、助けてやる事は出来ないのか?)
しかしそんなケイの心配とは裏腹に、マークの様子は目に見えておかしくなっていった。
休暇は通常2週間ほどだが、その休暇の終わり頃になるとマークは寝床から起き上がるのもやっとの状態になっていた。
ケイは心配になって組織に連絡すると、オペレーターに「彼はペンシルになって10年以上ですし、そろそろかもしれませんね」と言われた。
「そろそろって……」
(能力者としての寿命の事か……?)
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ケイはまだほんの数年だが、マークはもうその倍はある10年以上もこんな仕事を続けていて……。
能力の平均寿命ってどのぐらいだったっけ?
個人差はあるけど、10年以上はそれなりに頑張ってきた方だとケイでも判る。
オペレーターとの会話を終えて、マークが臥すベッドの方に行くと訊ねる。
「マーク」
「何だ……?」
「もしかして、“予兆”感じてたりしてたのか?」
ケイの問いにマークは暫し間を置いてから「ああ」と短く返事をした。
意外とマークは誤魔化さなかった。
多分誤魔化せないと思ったのだろう。
「い、いつから?!」
「半年と、もう少し前くらいかな」
「半年?! 何でその時点で言ってくれなかったんだ。と言うか、その時点で組織に申請すれば、
そんな状態になる前に解放されていたのに! バカじゃねーの?!」
ケイが怒り気味に怒鳴ると、マークが苦笑しながらベッドから身体を起こして呟いた。
「何でかなぁ……やっぱ、相方失うのが……嫌だったからかな。ケイと居るの楽しかったから」
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「えっ……」
マークの意外な言葉にケイは息を呑む。
てっきりケイはマークからは単なるビジネスパートナーとしか見られていないと思っていたのに。
(俺の、ため……?)
「正直さ、前の相方失ったの結構きつかったんだよ……女だった。そして、好き、いや愛してた……」
初めて語られる、マークの前のパートナーの話。
でも次の言葉に絶望する。
「でも、憶えてるのはそれだけ。後は僕のトレードマークがカッコイイって言ってくれたのだけ
ボンヤリ記憶に残ってる。本当、それだけしか記憶に無いんだ」
「それだけ?」
「ああ、それだけ」
「何で、何でそれしか憶えてないんだ? 相方だったんだろ? 好きな女だったんだろ?
なのにどうしてそれしか記憶が残っていないんだ?」
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ケイがそう問うと、マークは寂しげに微笑んで。
「忘れたのか? 俺はペンシル。だったら相方はイレーザーだ。消されたんだよ、最後に……」
「最後にって、どういう意味だ? 立ち去る前にって意味。か……?」
「立ち去る? 立ち去るくらいだったら多分彼女はそんな事はしなかったと思う。
ところでお前は、使えなくなった能力者は一般人になる――なんて言う
組織の受け売りを本当に信じていたのか? 信じてたっぽいよな。なら、教えてやるよ。
僕達能力者の最後は、死だ。理由は解るだろう? 能力を使うたび、僕等は脳の細胞をすり減らしている。
脳細胞にダメージなんか食らったら、色々問題が身体に出てくるのは当たり前。能力に限界があるって言う
言葉の本当の意味は、ボロボロになった脳で身体が保てなくなるって意味なんだよ。
僕達は消耗品で、消耗品の僕達に、力が使えなくなったらお役御免なんてある訳無いじゃないか」
「そんな! それじゃあマークはもうその状態だって言うのか?! 悪い冗談はやめてくれよ……
俺は、もし仕事が出来なくなって記憶を弄られても、平穏に暮らすお前がこの世界のどこかにいるだろうって
安心感があったから、やってこれたのに。そもそも、それは能力者が知っていたらマズイ情報じゃないのか?
何でマークは憶えてるんだ?!」
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ケイは自分を呪った。
限界のマークに気づかずワガママを言い続けていた自分を。
「……必死に守ったから。欠片でも、大好きだった……愛していた女の記憶を奪われないように、
違反を犯した彼女に記憶を弄られたのを良い事にそれ以上の追求を逃れたんだ。能力についての情報はその時の副産物だよ……」
マークの言葉の語尾が震え、瞳から涙がこぼれ始める。
「マーク……」
「僕が今まで昔の相方の話をしなかったのはそういう事。話そうにも憶えてなかったんだよ」
「で、何で今になってそんな話を俺に……?」
嫌な予感がしつつ訊ねると、マークは微かな声で「ゴメン」と言っておもむろに立ち上がると、ケイの頬を撫でた。
「ゴメン、本当にゴメン。僕は……後一日も生きられないと思う。これは予感だけど、僕は能力者だ」
その瞬間。ケイはヤバイと思ってマークから離れようとしたが、半病人(?)のはずの
マークに物凄い力で押し倒され、頭に手を押し付けられた。
「止めろ! 俺から離れろ!」
しかしマークは泣きながら微笑んだまま、背中に乗って動こうとしないし、
ケイもマークを振り払えずもがく事しか出来なかった。
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「なあ、ケイ。僕はね、知っていたよ。最近ケイが僕の存在と仕事の事で、悩んでいた事を……だから死ぬ時は君の居ないところでって
決めてたんだけど、タイミングが悪かったね。僕は君に悲しい記憶を出来るだけ残したくなかったんだけどね」
(そう言えば、最近随分1人で散歩に行きたがっていた……凄く体調悪そうだったから必死に止めてたけど……それって、まさか……)
引いていた血の気が更に引き、青褪める。
「な、何終わりみたいな事を言ってるんだよ! お前が死ぬはず無いだろ。今はちょっと疲れが溜まりすぎて
風邪でも引いてるだけだって! だから、退いてくれ!」
しかしマークは首を横に振って、更にしっかりとケイの頭を押さえ込む。
「あぐっ……!」
「僕が居なくなったら、君には新しい相方が来るだろう。でも、僕は君に死に際を見せてしまった。
僕が体調不良のまま組織に回収されて新しいパートナーが来たら、頭の良い君がすんなり僕の引退を信じてくれるとは思えない。
きっと悲しませてしまう。ああ、でもあいつらがそんな感情消してくれるかな? でもさ、僕もね、君の事は気に入ってるからさ。
だから、どうせ弄られるなら『君も』僕の手で君の中から僕を消す。いや、僕はペンシルだから、消せないね。
だから前からいざという時のために準備していた記憶を付け足そう……そうすれば次に誰が来ても大丈夫だよ」
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マークの手から頭に力が注ぎ込まれるのを感じてケイは悲鳴を上げた。
――ああ、そうか……彼はずっと悲しかったのか。俺が2人目と言う事は、前の相方はマークにとって初めての相方という事になる。
そんな相手の壮絶な最後に遭遇して、大事な記憶を消されてしまったから、俺の事は悲しませまいと思って過去の事は喋らず、
明るく振舞い、自分の最後は何か理由をつけて姿を消すつもりだったんだ。
でも、出来なかった。出来なかったから、前の相方と同じようにケイの中から自分を消そうとしているんだ。
――でも、それは俺だって同じだ!
「嫌だ、止めろ、そんなのお前のエゴだろ? 頼む、お前との記憶を汚さないでくれ……
お前が俺の初めての相方だってのに、こんなのって……お願いだから!」
必死にそう懇願するも、そこでケイの意識は混濁して闇に包まれた。
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「あーあぢぃー……この部屋クーラー付いてないとかマジ無いわー……」
白に紫のメッシュを入れた短髪の青年が不満げに床に寝転んだ。ケイだ。
「今年は猛暑らしいっすからね。っていうか、だったらそのベスト脱げば良いのに、暑がるくせして何で脱がないんすか?」
そんな彼の姿を見て、黒い手袋を付けた茶髪の青年が呆れたように溜息を付く。
「これは俺のトレードマークだから、脱ぐとかありえねーの。
でも一応出来るだけ薄着はしてる。シャツの下は下着つけてないし」
「そういう問題じゃないと思うけど。全く、変な人だなー」
「そういえば、今日のペーパー何枚にする?」
ケイが茶髪の青年に訊ねる。
「んー、早く仕事終わらせたいし、6枚くらいいっちゃおうぜ?」
「6枚ぃー無理。ダルイ。半分で」
「またダルいっすか。確かに、最近大口の仕事が立て続けに来てるっすからねー。
まあ、3枚くらいでも良いか……多少長期になってもその分お金貰えますしね」
「んじゃ、そういう事で」
「はいはい」
茶髪の青年はそう返事をしてキッチンに向かう。
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キッチンで鼻歌を歌いながらランチの準備をする。
今日の仕事は夕方からだ。
――俺はある組織に所属しているエージェント。あそこに寝転がっている白い頭は俺の相方。
ベテランらしくて、相方は俺で2人目だと言っていた。
まあ、俺も2人目だけど、あの人は前の相方より大分変わっている。
特に変わっているのは、古い推理小説に出てきそうな探偵じみた長袖シャツとベストを
常に身に付けていて、トレードマークだと自慢気にしているところ。
前の相方については、『嫌な奴』だったからあんまり話したくないと言って教えてはくれない。
【終】
-
おしまい。
※タイトルは書き換えるという意味の『rewrite』と
再び明かりを照らすという意味の『relight』をかけています。
-
乙
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