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生きるようです
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こういうのなんて言うの? 群像劇? よくわからんけど投下する
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( ・∀・)「どうした? 楽しくないかい?」
寒波の影響で外は吹雪いており、窓から望む景色は閃光のように通り過ぎる白い雪の線だけだった。
今年はホワイトクリスマスになりそうだ。
そんな風に、三日前にモララーと笑い合った時には、まさか自分がこんな憂鬱なクリスマスを過ごすことになるとは思わなかった。
ζ(゚、゚*ζ「ちっとも楽しくない」
この強烈な吹雪の中、クリスマス料金と称していつもより割高になったランチを食べに行くのは、利口な選択ではない。
その程度の分別はつくつもりだが、私はなんでもなさそうな顔をしてボードゲームに勤しむモララーに、筆舌に尽くし難い、悪意のようなものを抱いていた。
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おっとついさっき見たトリップが
これは期待
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タイトル忘れてた
1.「リストカット」
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二人で向かい合うには少し大きなテーブル。
その上に広がったボードゲームの盤面では赤と青の駒が一つずつ、競い合うように隣り合わせのマスに並んでいる。
ζ(゚、゚*ζ「今日はクリスマスなのよ。どうして私は恋人と二人で、よりによって今日、ボードゲームをしなきゃいけないの?」
我ながら酷い物言いだと思った。モララーに当たったところで天候が回復することはない。
それでも、私のこの苛立ちはモララーにぶつけることでしか解消出来ない気がしたのだ。
モララーは困ったような顔をして、頬を掻いた。それは彼が何か言いたいことがあるのを、無理矢理抑え込む時の癖だった。
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また困らせてしまった。そんな風に胸の奥を刺す罪悪感を、彼は解ってくれるだろうか。
( ・∀・)「君の番だ。サイコロを振りなよ」
全てをしまい込んで、彼は私に促した。
その通りに、サイコロを振り、出た目の数だけ赤い駒を進める。止まったマスは、交通事故に遭い、一回休みと書かれたマスだった。
私はボードゲームの中でも嫌なことばかりね、と言った。するとカズヤはシニカルな笑みを浮かべ、テーブルの上で両手を組み、その上に顎を乗せた。
( ・∀・)「不思議だね。現実の僕達は何かにつけて休みを求めて、それが実現するととても嬉しい気持ちになるのにね」
( ・∀・)「どうして盤面で休みを得られるとこんなに嫌な気持ちになるのかな?」
ζ(゚、゚*ζ「現実で交通事故に遭って休みになったって嬉しいわけないじゃない」
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( ・∀・)「そうかい? 僕は嬉しいけどな」
モララーはそれだけ言うとサイコロを振った。
カーディガンの袖から伸びた細く白い手首、その中央で存在を主張する、リストカットの赤い痕が揺らめいた。
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私とモララーが出会った時から、その赤色の線は彼の左手首に住み着いていた。
その傷が出来るに至った、彼の昔の経験を、私は知らない。
それについて下手な探りを入れることは、彼のパーソナルスペースを脅かすことのように思えたし、それによって私と彼の関係が揺らぐことが怖かった。
私はそれを良しとはしなかったし、モララーもそのように考えていたと思う。
彼の過去を共有出来ない自分に腹を立て、私が彼と同じところに、自分で傷をつけた時も、彼は何も言わずにただ抱き締めてくれた。
どうして、とは聞かなかった。
私と同じように接してくれたことが、その時はとても嬉しかった。
ただ、それだけだった。
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泥のようなものが、身体中にへばりついていて、私達は抱き締め合って嬉しいのにもかかわらず、どこかでお互いを傷付け、汚し合っている。
モララーの身体にも、私の両親にも、モララーの両親にも纏わり付いている。
その泥を拭い去り、直接身体に触れようとすれば、たちまち私達は壊れてしまうだろう。
そうして仕切られている以上、私達はそれを踏み越えてはいけないし、踏み越えたいと思ってはいけない。
そう思ってしまったが最後、関係は壊れてしまうのだから。
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( ・∀・)「二回連続で六だ。生き急ぐ人生だね」
溜息混じりで、少し気取ったようなモララーの声が私の意識を覚醒させた。
私は物思いに耽るとぼんやりとしてしまう癖があるので、よく人の話を聞いていないと指摘される。
だが、モララーはそれを特に気にもせず、私が一人で我に帰るのを待ってくれる。
今こうして、何を急かすでもなく微笑んでいるように。
余裕のある彼の態度を見ていると、時々私は彼にとってどうでもいい人間なのではないかと不安になる。
しかし私に何も求めず、ただ微笑んで甘えさせてくれるモララーが好きだった。
矛盾しているように思うが、その感情だけは真実なのだ。
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お互い、もう二十歳だというのに、そんな男女が交際しているというのに、私達は一度もセックスをしていない。
彼がどうなのかは知らないが、私はまだ処女だった。
私達の交際を知る人達にはよくそのことを冷やかされるが、肉体関係ありきの交際に、私はなんの魅力も感じていない。
モララーが私に何を求めているのか、求めていないのか、それは彼が纏った泥の向こうに隠された答えで、私に知る術はない。
けれど、私達の交際の上っ面において、彼は私の身体を求めてはいない。
それがとても心地良く、私はそれに甘えている。
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私はサイコロを振った。彼と同じように傷を入れた左手で。
出た目は一だった。
私の番を一度飛ばし、二回連続で六の目を出した彼の駒と私の駒との間には、大きな隔たりが出来てしまっていた。
ζ(゚、゚*ζ「もういい。別のことをしようよ」
我儘だ。このボードゲームを楽しむつもりは最初から無かったが、それでも私は渋々了承した。
それなのにもかかわらず、こんな自分勝手な言葉を、息を吐くように漏らしてしまう自分が嫌だ。
( ・∀・)「もうすぐ終わるよ。少しだけ付き合ってくれよ」
モララーはボードゲームをやめようとはしなかった。
赤い手首を曝しながら、彼はまたサイコロを振った。出た目はまた六だった。
ζ(゚、゚*ζ「モララーばかり良い目が出る。ますます嫌になっちゃう」
( ・∀・)「君の目だって、良い目かもしれないじゃないか」
ζ(゚、゚*ζ「六が一番良いに決まってるじゃない」
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幼稚な反論を被せる自分が滑稽だ。私は何を言っているのだろう。
元より、こんな退屈なボードゲームの勝敗なんて微塵も気にしてはいなかったはずなのに。
それに気付いた時には、何故か私の頬は緩んでいた。
モララーはそんな私を見て笑った。そのように、見えた。
( ・∀・)「ねぇデレ。早く生きることはそんなに良いことではないと思うよ。一の目でも二の目でも、時には六よりいいことだってある。むしろそんなケースはかなり多いと思うよ」
彼は一区切り置き、傍に置いたマグカップに口をつけた。
中身は饐えた匂いを放つ、安いインスタントコーヒーだ。すっかり冷めてしまって、美味しくはないだろう。
( ・∀・)「死んでしまうその時に、全てにオチがつくその時にやっと、あの時出た目は良い目だったとか、悪い目だったとか、そんな風に理解出来るんじゃないかな? ゲームの途中で目の良し悪しに駄々をこねるのは、少し早いさ」
モララーはサイコロを握り締め、一際大きく腕を振り上げた。
-
年明けから間も無く、モララーは死んだ。
自宅のマンションの屋上から飛び降りたらしい。
それから暫くは、彼と私の共通の知人から根掘り葉掘り話を聞かれた。
デリカシーに欠けているとは思ったが、お悔やみ申し上げますなんて格式張った挨拶は、私達のような大学生には似つかわしくない気がしたし、笑顔を取り繕って耳を欹てられるよりかはましだと思った。
しかし私とモララーはあのクリスマスの日以来、碌に連絡を取っていなかった。
彼が何を思い詰めて、どのような過程を踏んで死に至ったのかは分からない。
私に分かるのは、彼が最期に、アスファルトに脳漿をぶち撒けて死んだということだけだ。
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連絡を取らないことに関しては別段珍しいことでもなかった。
お互いに大学の事やプライベートの事で忙殺されることもあったし、むしろそういう時に無理に連絡を取り合わなかった事が、交際が長く続いた理由だったとも思う。
長く続いた。だからどうしたというのだろうか。
私のゲームはまだ終わっていない。モララーは先にゴールしてしまったのだ。
私達の交際に、意味はあったのだろうか。それを夢想することを、モララーはよく思わないのだろう。
私達は別の場所でサイコロを振り、同じ目を引き当てて交わった。
その意味を、意義を知るのは、一足先にゲームを終えたモララーだけだ。そう考えると、私はモララーというものについて何も知らないのかもしれない。
だから知人にモララーのことを問われても私は閉口するしかなかったし、モララーの母親に、モララーと交際して幸せだったかと問われても何も言えなかった。
残ったのは虚無感だけだ。
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道の傍に転がった放置自転車は埃を被っていて、その本来の役割を果たすことは無い。
ゴミとして気軽に処分することが出来ないからこうして放置され、誰の記憶からも消し去られて、彼はこうして佇んでいるのだろう。
私と同じだと、思った。
モララーと交際していた私は既に皆の記憶からは消え失せていて、代わりに彼等の前で私を演じるのは、"恋人を失った私"だ。
そのようにして人は生まれ変わりを繰り返す。
考えてみれば当然のことだ。だがそれを考えてしまったら……それは……
今の私など、私の人生という小さな流れの中ですらどうでもいい存在で、それは私がこの先何かを見るごとに、何かに感動するごとに、価値が薄くなってゆくのではないか。
頭の中の個室の壁に、出鱈目にモララーとの思い出を描き殴った。彼の顔は、既に霞んでいた。
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私はコートのポケットからカッターナイフを取り出し、うっすらとした白い線に成り果ててしまった、モララーとの共通点に沿って刃を這わせた。
表皮の下の柔らかい肉がぷつり、ぷつりと裂かれる感覚と、痺れるような痛みが通り過ぎると、かつての赤色が顔を出した。ただ、それだけだった。
泣きたかった。暴れたかった。誰かに八つ当たりしたかった。モララーの名前を呼びたかった。モララーが辿った道を追い、解答に辿り着きたかった。
けれども私が振ったサイコロは変わらず一の目を示し続けていて、そのどれもを選択することは叶わない。
残された私はどうなる? この目に、一体どんな意味があるのだろうか。
カッターナイフの刃を握り締める。鋭い痛みは血となって掌から零れ落ち、床を濡らした。
モララーを失ってしまった。私は彼を追えなかった。引き止められなかった。彼の死を、理解することが出来なかった。けれども……
私はーー
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カズヤァ!!!!
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1.「リストカット」
了.
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>>6訂正
また困らせてしまった。そんな風に胸の奥を刺す罪悪感を、彼は解ってくれるだろうか。
( ・∀・)「君の番だ。サイコロを振りなよ」
全てをしまい込んで、彼は私に促した。
その通りに、サイコロを振り、出た目の数だけ赤い駒を進める。止まったマスは、交通事故に遭い、一回休みと書かれたマスだった。
私はボードゲームの中でも嫌なことばかりね、と言った。するとモララーはシニカルな笑みを浮かべ、テーブルの上で両手を組み、その上に顎を乗せた。
( ・∀・)「不思議だね。現実の僕達は何かにつけて休みを求めて、それが実現するととても嬉しい気持ちになるのにね」
( ・∀・)「どうして盤面で休みを得られるとこんなに嫌な気持ちになるのかな?」
ζ(゚、゚*ζ「現実で交通事故に遭って休みになったって嬉しいわけないじゃない」
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こんな感じの話が六話続く。
前書いたやつをブーン系に移植した感じだからキャラの名称を訂正し忘れたりとかがあるかもしれない(というか早速あった)けど脳内補完よろしく。
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2.「ミルククラウン」
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刺激があるからこそ人間は輝く。
それは光の裏側にある影であったり、水に波紋を彩る一石であったり、必ずしも優しいものではない。
でも、だからこそ、私達は生きているのではないだろうか。
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私は強姦された。
朝方までクラブで遊び呆けていた帰りだ。
冷たい風を浴び、酔いを冷ましながら帰路についているところで数人の男に羽交い締めにされ、ひと気の無い路地に引き摺り込まれた。
私の中に熱い棒を挿入し、一心不乱に腰を振る男達は、家畜小屋の豚のようだった。
それくらいの感想しか抱けなかった。
幸い大した抵抗はしなかったので衣服はそこまで乱れてはいなかった。
何食わぬ顔で始発電車に乗った私を見て、強姦された後の十代の少女だと思う人はいないだろう。
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自宅に着く頃には、犯された感覚を思い出すことも出来なかった。
無理に思い出そうとすればそれは脳内のフィルムに焼き付けられた只の情報として処理され、どんどんそのリアリティを欠いてゆく。
今という境目を越えて生き続けているからこそ、その線を越えられない過去の出来事がこんなにも色褪せて見えるのだろう。
悲しいことだと思う。だが、ただ、それだけだ。
(-_-)「今日も朝帰り?」
父親がドア越しにそう語りかけてきたので、私はそう、と答えた。
母親は私が幼い頃に、別に男を作って家を出て行った。
母親の顔を思い出すことは出来るが、それも当然境目の向こうの作り物なので色褪せている。
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だからと言って、今私のそばにいる父親がリアリティのある人間かというとそうは思わない。
私が家に帰ってきて落ち着いた頃を見計らってドア越しに声をかける。
その時に、当たり障りのない会話をすることもあるが、特に深い干渉をするでもなく会社に行き、夜遅くに帰って来る(その頃には大抵私は外に出かけているので具体的に何時かは把握していない)。その繰り返しだ。
こんな作業は別に私の父親じゃなくても出来る。
そこらの中年の男を捕まえて、一定の報酬を支払うからそのようにしてくれと依頼すれば私の父親の代替が出来上がる。
あるいは既にそうなっているのかもしれない。そう思えるくらいには、私は父親と久しく顔を合わせていなかった。
きっと私の父親は、機械なのだろう。
いや、私を取り巻く、私以外の全ての人間が。
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見た目や容姿は普通の人間と変わらず、解剖して中身を見ても変わらない。
ただ、彼等には意識というものがなくて、何かによって定められたプログラムに則って行動している。
病気だな、と、私は私を笑い飛ばした。
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唯一、私のこの十九年の人生において人間味を感じられる正真正銘の人間を見たことがある。
名前はデレ。私が在学していた高校の一つ上の先輩だ。生徒会長をやっていた。
私が通っていた学校はそこまで偏差値も高くなかったが、その先輩はとても優秀で、彼女が有名な国立大学に合格した時には学校中が彼女を祝福した。
優秀な生徒会長というキャラクターを演じる機械。そのようには思えなかった。
学校の催し事の際に壇上に立つ彼女は、時折物憂げな表情を浮かべていた。
それは彼女の人形のような白い肌、煌煌とした長い髪によく似合ったし、私以外にもそれに惹きつけられた人間はいただろう。だが私以上に彼女のそれに惹かれた人間はいないと、断言出来る。
私を取り巻く光の無い世界において、彼女は唯一の輝きだった。
それは時の垣根を隔ててもなお輝きを増し、私の脳裏に焼き付いている。
高校を中退し、退廃的な環境に自分を追い詰める、そういう自分に酔い痴れる今の私の生き方も、デレという人間の影になって、その輝きを強めたいという無意識の願望の現れなのかもしれない。
そんな都合のいい妄想に耽り、私は自分という産業廃棄物の存在を肯定している。
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財布の中身を見ると、そこには入っている筈の紙幣が入っていなかった。恐らく今朝強姦された際に、中身を抜き取られたのだろう。
財布を振ると、数枚の小銭がぶつかり合って虚しい金属音を立てた。
ついてない。
が、若い女である私が楽に金を稼ぐ手段など幾らでもある。
まずネットで女を買いたいと求める声を探す。幼く見えるようメイクをして、清楚に見える服を着て、あどけない表情を浮かべて指定の場所で待つ。
ただそれだけだ。
後は相手の好きなようにされる自分を傍観しているだけで、数日は遊んで暮らせるだけの金が財布の中に入ってくる。
父親が私を女に産んでくれたことには、感謝している。
セックスに伴う痛みなどとうに感じなくなってしまったし、どこぞの馬鹿がこんな私の身体に金を支払うというのだからむしろ好都合でしかない。
そのようにして自分を貶めても、刹那の光は舞い込んではこなかった。
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友達募集、と称した掲示板から手頃な買い手の投稿を見繕い、午後七時には家を出た。
待ち合わせの時間は八時だ。ホテルの料金が、その時間からだと安くなる。
合理的な判断だとは思ったが、面白くはなかった。
地元の駅から四駅離れた駅のロータリーで、相手の男を待つ。
空腹の時は待ち時間がやけに長く感じる。
この感覚はあまり好きではない。駅前の飲み屋街の灯りは煌びやかに輝いているのに、私の世界には相変わらず光は無かった。
待ち合わせ時間を五分過ぎた頃に、援助交際用に使っている携帯電話が鳴った。
「着きました。どこにいますか?」
私は電話越しの声を聞いて、身震いを止められなかった。
ぞわりと背中を舐めるような感覚が、そこにはあった。
-
声の主に何も答えず、周囲を見渡す。
色の無い世界。その中にぽつりと、悍ましい色を孕んだ何かが立っていた。
それは細い針金細工のような体躯の男で、くたびれたスーツを纏っていた。
短く刈り上げた髪ーー
少し欠けた頬ーー
それは、私の姿を確認すると、口をあんぐりと開いて目を丸くした。
(-_-)「ミセリ……?」
ミセ*゚ー゚)リ「お父さん……?」
私を金で買おうとしたのは私の父親で、私がそれを受け入れた相手は、私の父親だった。
-
父は私に駆け寄るなり、思い切り平手で頬を打った。
痛みはあったが、それに対して特に感情は湧かなかった。
むしろそれが父親の当然の反応だと思うし、たとえ自分が普段十代の女を金で買っている下衆な男だったとしても、父親である以上はそうする権利があると思う。
だから私は父親の罵詈雑言を受け入れたし、一度も反論はしなかった。
ただ一言だけ、彼の言葉の合間に挟んだだけだ。
ミセ )リ「私は、お父さんに抱かれてもいいよ」
親子という関係を破壊してしまうには、その一言で充分だった。
父は声を押し殺して泣いた。
そして、私の手首を強く握り、駐車場に停めてあったワンボックスカーに、重い荷物を放り込むように押し込んだ。
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車の中で私は父と交わった。
そして、ホテルで二回交わった。
下卑た感覚のせいでその間ずっと鳥肌が立っていたが、苦痛ではなかった。
むしろ気持ちいいと思えてしまう自分の異常さが苦しい。
実の父親に、欲望の捌け口にされ、中に射精され、私はだらしなく涎を垂らして喘ぎ、よがった。
狂っていると思った。
(-_-)「もう、家に帰ってこないでくれ」
行為が終わり、私が備え付けのコーヒーを淹れて差し出すと、父はそう言った。
散々私の中に射精しておいて、随分と思い切りのいい言葉だなと思った。
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父はまた泣いた。
貞操観念の無い私を罵倒し、昔去った私の母親を詰った。
(-_-)「俺は精一杯やってきた。やってきたつもりだったんだよ」
財布から一万円札を八枚抜き取り、それをテーブルに叩きつけ、父はシャワーも浴びずに出て行った。
父の背中があった場所からベッドに目を移すと、シーツに出来た大きなシミが見えた。
私と父が交わった痕だ。
今ここで、シーツをきつく縛って、それで私が首吊り自殺を図るのはすごく適当な行為だと、ふと思った。
父親に犯され、勘当された。それはとても悲しいことだ。だが……
今私が見ている世界には、色がある。
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悲しみに打ちひしがれていようと、少なくとも私は今こうして生きているのだ。
この世界に宿った悲しい色がそれを実感させてくれる。とても苦しくて、嬉しい。
父だった男が手をつけなかったコーヒーは、すっかり冷めてしまっていた。
コーヒーカップの中の黒い液体に、コーヒーフレッシュを注ぐ。
白と黒は混ざり合い、優しい茶色になった。
絵の具だとこうはいかないのに、コーヒーだとこんなに暖かい色になるのが、たまらなく愛おしく思えた。
コーヒーフレッシュの最後の一滴を、少し高い位置から落とした。
白い雫はコーヒーの水面にぶつかり、暖かい色の冠を作り上げた。
それはとても綺麗で、私の脳に、鮮烈に焼き付く。
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ミルククラウンが、永遠に崩れなければいいのに。
けれどそれは叶わない。私が永劫の色を望めば望むほど、それは色褪せて消えてゆく。
強い想いという額縁に無理矢理はめ込んでみても、それは黄ばみ、埃被って、いずれ消えてしまう。
刹那とは、そのようにして死ぬ。
今私が感じている悲哀も、これから見るであろう鮮やかな光景も、全て消え失せてしまって、その果てにいったい何が残るというのか。
何も見出せなかったし、見出したくもない。
濡れたシーツの上に寝転び、背中に伝わるシミの冷たさを噛み締めながら、私は自慰をした。
オーガズムに達した瞬間、誰かが撃ち出した弾丸がこの部屋の窓を貫き、私のこめかみに突き刺さればいい。
そう思ったが、それは現実にはならない。
決して越えられぬ不可逆の境界線を呪った。
あれも、これも、全て時の垣根の向こうに置いてきた。否、私は置いていかれた。
何もない、色の無い世界に一人取り残されて、私は生きている。
それがとても、痛くて、その痛みも時の垣根の向こうに行ってしまうのが怖くて、それでも……
私はーー
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2.「ミルククラウン」
了.
-
乙
>>31の欠けた頬は痩けた頬の間違いかと思ったけどこれでいいのか?
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あああああああらあそうだ、痩けた頬だね。欠けた頬って結構重傷じゃんね。
ほいたら引き続き三つ目投下
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3.「食傷」
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愛される才能が、生きていく上では必要だ。
莫大な富を築いた資産家は、孤独感に苛まれ、自らの命を絶つ。
その手の話は現実の世界でも、創作の世界でも、腐る程聞いてきた。
だから私はそれらを反面教師にして、人に愛される振る舞い、思考、容姿を、徹底的に研究してきた。
私の、この十九年間の人生には愛が満ちていたと断言出来るし、これからも、そのように生きるのだろうという確信があった。
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从 ^∀从「えぇ? 貰ってもいいんですか? ありがとうございます、大切にしますね」
汚らしい格好をした豚のような男は、傅きながら私に新型のゲームハードが入った箱を差し出してきた。ので、私はこの男が求めている笑顔を作って、それを受け取る。
豚は鼻息を荒くして、にんまりと笑った。
このゲームハードを買う金で、その吹き出物だらけの肌をどうにかすれば、少しはマシになるだろうに。
そう思ったが口には出さなかった。
アイドルグループに所属していると、こういう事がしばしばある。所謂、ファンからの貢ぎ物というやつだ。
私が所属しているアイドルグループでは、原則としてファンからの差し入れは受け付けていない。
ファンレターの直接手渡しも厳禁で、ライブイベント後の出待ちもそこまで騒がしくはなかった。
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アイドルがファンから差し入れを受け取る。
その光景を浅ましいものと捉える風潮が一般的だからだろう。私にはそれが、とても不条理なことであるように思える。
「お嬢さん可愛いね。クッキーをあげよう」
その言葉を享受し、クッキーを食べる権利を得られるのは、才能がある人間だけだ。
そして才能が無い人間は、それを見て嫉妬に顔を歪める。
そのようにして人間は分けられるべきであり、凡ゆる事柄においてその構図は真理なのだ。
それを阻むというなら。
誰もが平等にクッキーを食べる、そんな理想論だけを掲げるというならば、最初から何もしない方が賢明だ。
何もしないということは、究極的に考えれば、何者に対しても平等ということだ。そのようにすればいい。
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貢ぎ物を差し出してきた豚の手を握り、もう一度礼を言って、私はその場を後にした。
正直これ以上同じ空気を吸うことに耐えられるほど、私の精神は寛大ではないし、こんなかさばる荷物を渡されたとあっては私の腕力を考慮しても、はやく目的地に辿り着きたい。辿り着かなければならない。
所属事務所に顔を出し、荷物を置いてレッスン場に向かう。
渡されたゲームハードのせいで少し腕が痺れていたが、この程度のことでレッスンに支障をきたすわけにはいかない。
地方のアイドルグループとはいえ、皆意識は高く、その中でリーダーというポジションを任されている私には、如何なるときであってもその役割を果たす必要があるのだ。
異性に媚びを売る。それだけが人に愛される為の努力ではない。
往々にして同性受けが悪い女というものは長い目で見れば異性からも敬遠される。そして、同性からの高い評価を獲得するには、常日頃からひたむきな努力をアピールする必要があるのだ。
差し出された供物に、羨望の眼差しに溺れてしまえば、まるでメッキを剥がされたかのように、私というコンテンツは色褪せる。そうなるくらいならば死んだ方がましだ。
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('、`*川「おつかれ、ハインちゃん」
レッスンが終わり、帰路につこうとしていたその時、ペニサスさんが声をかけてきた。
同メンバーの一人で、年は私の一つ上だ。しかしグループのリーダーは私ということもあって、この人とは上手く距離を取れずにいた。
从 ^∀从「お疲れ様です。ペニサスさん、今日はいつにも増してダンスのキレが良かったんじゃないですか? 私、ついていくのに精一杯でした」
私はレッスンの後に会話した人全員に、必ず褒め言葉をかけるようにしている。
それは具体的であればあるほど良いが、抽象的な褒め言葉しか思い浮かばない時にはほんの少しだけ、遜るようにする。
媚びていると思わせない、さりげない褒め言葉は人間関係をつつがなく保つのには効果的だ。
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('、`*川「そう? いつも通り一生懸命やってるだけよ。それよりもハインちゃん、最近この辺りで通り魔事件が立て続けに起こっているの、知ってる?」
从 ゚∀从「通り魔?」
私なりの気遣いを一蹴されたことに対しては特に何も思わなかった。
既に生活習慣として定着してしまったことだし、それが目に見えて結果に結び付かずとも、それに対して腹を立てることは数年前に卒業していた。
それよりも、ペニサスさんの口から飛び出してきた通り魔という単語が私の意識を強く引きつけたのだ。
普段ならば対岸の火事で飛び交う単語の一つとして処理してしまう、そんな単語が、何故かいつもより身近に感じた。
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('、`*川「そう、通り魔。先月の始めくらいかな? それくらいから既に三件、同じ市内で猟奇殺人が起きてるのよ。犯行の手口はどれも同じ。刃物で首から上を滅多刺し」
从;-∀从「へぇ……怖いですね。そんなこと聞いちゃったら、一人で帰るの怖くなっちゃうな……」
当たり障りの無い言葉を返す私は、通り魔とは別のことを考えていた。
その事件の少し前、年が明けて間も無い頃、私が心から憎んでいる人間の恋人が、マンションの屋上から飛び降りて自殺したことを。
自殺した人間の名前は確か、モララーという名だった。
しかしそんな事はどうでもいい。
私の意識の焦点は、彼がデレの恋人だったということに向けられていた。
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あるいは、私はこの通り魔事件が年明けに起きたことを、どこかで聞いて忘れていたのかもしれない。
私の無意識下に眠っていたその鍵語によって、その少し前に起きたモララーの自殺を知った記憶が呼び起こされた。
そのように考えるのが妥当だろう。
そんな些事によってふつふつと沸き上がる、デレに対する怒りを、私は上手く隠せているだろうか。
そこから先の会話は、よく覚えていない。
物騒な世の中だから、くれぐれも気をつけてね。といった、そんな当たり障りのない結末を迎えて会話は途切れたと思う。
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電車の座席で揺られながら、私はデレという人間を夢想した。
从 ゚∀从「今付き合っている私よりも、振り向いてくれるかも分からないデレ先輩を選ぶっていうの?」
その通りだ、と、当時の恋人は言った。
私が十七歳、高校二年生の時だ。
从 ゚∀从「嫌だ、どうして私じゃなくてデレ先輩なの? ちゃんとした理由が無いなら、私帰らないから」
夕焼けが肌を焼く、初夏の日だった。
彼の家の前で、その言葉通り足に根を生やして居座るつもりは無かったが、こんな見苦しい嘘を吐いてでも、デレよりも私の方が劣っている何かが知りたかった。
-
(・∀ ・)「あの人は嘘を吐きそうにないからだ。例えば俺が何か悩みを持ちかけた時、お前なら多分、俺のことを気遣って、俺が欲しい言葉をかけてくれるんだろう」
(・∀ ・)「でも、あの人はきっと、たとえそれが俺を傷付けることだったとしても、正直に思ったことを言ってくれる気がするんだ。お前はそれを自分勝手だと言うかもしれないけどな」
(・∀ ・)「それでも、取り繕われない安心感っていうのは、本当に縋りつきたくなるものなんだよ」
从 ゚∀从「私が取り繕って付き合ってるっていうの?」
(・∀ ・)「逆に聞くけど、そうじゃないのかよ」
私は何も答えられなかったーー
(・∀ ・)「お前の事が嫌いになったわけじゃあないんだ。むしろ好きだ。ただ、デレ先輩の方が好きだというだけで。だからこそ、好きなお前を裏切るような真似はしたくないから、こうしてけじめをつけてる」
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私は、声を上げて泣いた。
恋人に別れを切り出されたことが悲しいからではない。
愛される。
その一点において、私が唯一誇れる、自分自身の長所において、デレという女に、完膚無きまでに打ちのめされたことが悔しいからだ。
私を抱き締めようとした彼の腕を振り払い、私は何のあてもなくひたすら駆けた。
私の人生に泥を塗ったデレが憎い。
細心の注意を払い、常に愛されるように心がけ、人の考えを汲み、そのようにして磨き上げた、私の愛される才能を……
あの女は、なんの努力も無しに踏み越えていったのだ。
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その後、デレが誰かと交際を始めたという噂は耳にしなかった。
モララーが彼女の恋人であるという情報も、自殺の噂と一緒に高校生の頃の同級生から聞いたものだ。
結局、私の矜恃を傷付けておきながら、"彼"の想いはデレに伝わらなかったことになる。
ただただ、不愉快だ。
「あの……VIPPERのハインさんですよね?」
内臓を焼き払ってしまいそうな回想から私を引き摺りあげたのは、今朝私に差し入れをしてきた豚とそう変わらないような豚だった。
親戚だと言われても全く不思議ではない。
電車の窓から差し込む夕日の光を帯びて、それはただの豚から、哀愁を帯びた豚に変わっていた。
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( ´∀`)「あの……僕あなたの大ファンなんです。良かったら握手してもらえませんか!」
今日という日は、昨日までと何ら変わらない平凡な一日になるはずだった。
今朝、気持ち悪い豚からゲームハードを受け取ったこと。
そのせいで腕が痺れたこと。
ペニサスさんに、通り魔事件について聞かされたこと。
それら一つ一つは、私の人生を脅かすようなものではなかったはずだ。
しかしそれらの点は繋がり、辿り着いてしまった。過去のものとして記憶の片隅に押しやった、デレという女に。
憎い。
憎い、憎い。
憎い、憎い、憎いーー
-
それは破壊衝動のように思えた。
今まで取り繕ってきたものを、デレには"敵わない程度"の、人に愛される才能を、他の誰でもない自分自身の手で消し去ってしまいたいという。
从 ゚∀从「うるせぇんだよ、豚」
豚の顔は一気に青褪めた。新興宗教にはまり込んだ信者がある日その信仰の無益さに気付いた時も、きっとこんな風になるのだろう。
とても滑稽だ。
私は、人目も憚らず大声で笑った。
自分がしでかした行為が可笑しかったし、アイドルという、自分が信仰する偶像自身によって偶像破壊され、呆然としている豚の顔が可笑しかった。
一頻り笑った頃に電車が止まった。
私は、今朝貰ったゲームハードの箱を座席に置いたまま電車を降りた。
背後から私を呼び止める声が聞こえたが無視した。
-
从 ゚∀从「あははははははは!」
はっきりとした発音で笑ってみる。
その不愉快な声は、周囲のどよめきは、私自身が壊れてゆく音だった。
坂を転げ落ちる小石のように、その自壊は、私自身の意志では止められそうになかった。全てが笑えてしまう。こんなにも、世界が面白いと思ったのは、いつぶりだろうか。
楽しくて、愉しくて、だからーー
私はーー
-
3.「食傷」
了.
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4.「見えない痕」
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-
僕は致命的な矛盾を抱えていました。
自分のような人間は世の為、人の為にも、消えてしまったほうがいい。
誰よりも、そう強く思っているのに、僕は未だに死ねずにいるのです。
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-
母親に、K大のオープンキャンパスに行ってみてはどうかと強く勧められたので、僕は交通費を受け取ってK大に足を運びました。
僕には到底手の届かないレベルの難関国立大学なので、勿論この催し事で、何かを吸収しようという気持ちはありませんでした。
しかし母親はそうは思っていません。
口癖のような、ビロードはやれば出来る子なんだから、という言葉は、日に日に語気が強まってきているような気がして、その言葉を吐くことによって、自分自身に言い聞かせているような、そんなやり切れない気持ちをありありと感じます。
僕にはそれがとても心苦しいのです。
-
僕は自分がK大に合格し、有意義な大学生活を送る自分というものを想像してみようと努めました。
しかし頭の中の僕の顔は霞んでいて、どんな表情をしているのかも、判りません。
そもそも有名な国立大学に合格して何を学べば良いのか、何を目指せばいいのか、僕にはちっとも判らないのです。
高校三年生の夏休みということもあり、クラスメイトの皆は、それぞれ確固とした目標を持っているように見えました。
担任の先生も未だに進路を決めかねている僕を見て業を煮やしたのか、現時点の僕の偏差値から見繕った、手頃な大学のパンフレットを投げ渡してくる始末です。
( ´ー`)「皆ちゃんとした目標を持って頑張っているのに、どうして自分のやりたい事も決められないんだ。いいか? 努力というものは無闇にしたって意味が無いんだ。何か一つ、向かうべき場所を定めて、その方向に向かってするものなんだよ」
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とある日の放課後、担任は生徒指導室に僕を引っ張り込むなり、そんな事を言いました。
その通りだと思いました。それと同時に、そんな、誰にでも解る簡単な事が出来ない自分が、情けなく思えました。
使い古された、常套句のような叱咤激励が僕にはとても痛いのです。
しかしそれを理解してくれない周囲を恨む気にはなれません。全ては、皆に出来ることが出来ない僕が悪いのです。
だから僕は死んでしまった方がいい。そのように思います。
それを口に出すことによって、また多くの人に迷惑をかけることとなるでしょう。
死にたいと言った僕を、母親は、泣きながら罵倒します。クラスメイトは、腫れ物を扱うような態度を取ります。担任は、しなくてもいいはずの仕事が出来てしまったと言わんばかりに、不遜な態度を取るでしょう。
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ネガティブなイフばかりが鮮明に思い浮かび、ポジティブなイフに関しては最初から考えることを放棄している。
そんな自分の内面を考察すればするほど、僕という人間の価値について疑問を抱かずにはいられなくなるのです。
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-
オープンキャンパスの参加者が皆こぞってスタンプラリーに精を出している中、僕は木陰に設置されたベンチに腰掛けてその様子を眺めていました。
生まれつき身体が弱い僕にとっては、この真夏の日差しというものは全身に降り注ぐ凶器のようなもので、また、そのせいで、大多数の人が楽しんでいるイベントに、積極的に参加出来ない自分がつくづく嫌になります。
( ・∀・)「少し顔色が悪いようだけど、大丈夫かい? 医務室に案内しようか?」
僕の隣に腰掛けてきたのは、オープンキャンパスの手伝いに来ている在学生でした。首から提げたネームプレートには、モララーと書かれています。
( ><)「いえ、いつものことですから大丈夫です。少し休めばよくなりますから」
僕がそう返すと、その人は何故か微笑みました。
その表情は、この場において確実に適当ではないと思いました。が、おかしな人だと、この人の性質を断じてしまうことは何故か憚られました。
-
( ・∀・)「返事をするのが億劫になったら独り言として聞き流してくれればいい。少し僕と話そうよ」
そうだ。僕はモララーという名前なんだ。敬称なんかをつけられるのは苦手だから、そのまま呼んでくれると嬉しい。
と付け加え、その人は歌うような、明瞭かつ朗らかな声色で、語り始めます。
( ・∀・)「僕はね、元々この大学に入学するつもりは無かったんだ」
モララーさんは、この真夏日には違和感のある、長袖のワイシャツの袖を掌底部分まで引き上げ、そのまま両手を組みました。
その動作は何か大事なものを隠すような、そのような繊細さがあるように思えました。
( ・∀・)「十八歳になったら死ぬ。そう決めていた。どうしてそう決めていたかは些末な話だから割愛するよ」
( ・∀・)「つまり、だから僕は自分が大学生になる未来なんて想像していなかったし、するつもりも無かった。そうして十八歳の誕生日を迎えた時、そう、僕の誕生日は四月十日だから、丁度高校三年生になったばかりの時だね」
-
饒舌に語るモララーさんの横顔は、まるで絵本から飛び出してきた何処かの国の王子のように整っていました。
同性の僕でさえも、ずっとその横顔を眺めていたい。そう思えるほどに。
( ・∀・)「その時にふと気付いたんだ。僕の身体は、頭は、僕という人生は、まだ終わることを望んでいないと」
( ・∀・)「自殺志願者のありがちな手のひら返しだと思うかい? そうじゃないんだ。その前日まで僕は、確かに死ぬつもりでいた。けれど十八歳になった途端、死ぬ理由が、動機が、消え失せてしまっていたんだ。僕はその日、学校を休んで日が暮れるまで泣いたよ。それはとても悲しいことだからね」
モララーさんのバックボーンは何一つとして分かりません。ただ、彼が発した、とても悲しいこと、という言葉には同調し得ました。
死ぬ、死んだ方がいい、一度そう決めてしまった人間が生きるという事は、敗北の結果が見えているゲームに挑み続けるようなもので、その虚しさを、無益さを、僕は理解していました。
( ・∀・)「自分は死ぬべき人間だ。そういう風に思っていても、必ずしも死ねるとは限らない」
( ・∀・)「むしろそういう風に望んで、真っ直ぐに死ぬことは難しいことだよ。だから君も、生きている以上は生きなければいけない。何でもないように取り繕わなければならない。死を決意し、実行しうるその時までね。それは生きている人間の責務だし、それを放棄した人間に、神様はエンディングを見せてはくれない」
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モララーさんの言葉の一つ一つが、僕の胸に深々と突き刺さりました。
貴方は変人だと一蹴してしまえばこの痛みを感じずに済むのでしょう。
けれど僕は、モララーさんの言葉に対して耳を塞ぐことが出来ませんでした。
全てを見透かされているような、居心地の悪さ。全てを許されるような暖かさ。その二つが、このベンチには共存していました。
( ><)「どうして僕にそんな話を?」
( ・∀・)「決まってる。君が死んでいるように見えたからだよ」
僕が問うた初めての質問に、モララーさんは即答しました。
そして、独白を始める前と同じように微笑み、彼はスタンプラリーの人混みの中へと潜り込んでいきました。
-
ζ(゚ー゚#ζ「モララー! サボってないではやく手伝ってよ! 人数が減っても仕事の量は変わらないのよ!」
( ・∀・)「怒るなよデレ、今戻ったよ」
そんな微笑ましいやり取りが、そう遠くない視線の先で繰り広げられていました。
狐につままれたような出来事とはまさにこの事だと思います。
しかしこの数分のやり取りの間に、彼は、僕の中に潜む自殺願望と生存願望の矛盾を許し、この瞬間以降の僕の生き方というものを変えて、去って行きました。
何の確証もありませんが、そう思えるくらいには鮮烈な出来事でした。
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その日、帰宅した僕はいつもより晴れやかな顔をしていたらしく、そんな僕を見て、母親は喜んでいました。
そんな母親を見ると、僕も嬉しく思いました。そう思うのが、適当であると思いました。
僕がK大を志願した時、両親は大喜びしました。最初は訝っていた担任も、徐々に伸びてゆく僕の成績を見て、次第に応援してくれるようになりました。
( ´ー`)「恐らく五分五分といったところだろう。だがな、俺はお前が合格すると思っている。無責任な言葉かもしれないが、お前がこのまま志望校を変えないと言うなら全力で応援するよ」
担任の、この言葉に対して頷いた時点で、K大を受験するという僕の未来は決まりました。
夏には想像出来なかった、自分がK大生になるという未来が、具体的に想像出来るようになっていたのです。
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僕は死んでしまった方がいい。
そんな気持ちがすっかり影を潜めてしまっていたその時でした。
K大に在学していた、モララーという生徒が自殺した報せを耳にしたのは。
それは僕にとって悲しい出来事でした。
しかし、同時に僕は思ったのです。彼は死ぬべき時に辿り着き、然るべき手段を以って自分の命を絶ったのだと。
それを羨む感情が湧くと同時に、かつて僕が抱いていた自殺願望も、その分厚いベールを脱いで顔を出しました。
あるいは、彼は最初から隠れてなどいなかったのかもしれません。
自分の内面にある、そのどろどろとした感情を、目を閉じて見ないようにしていたのは、他でもない僕自身なのです。
-
しかし今の僕はかつての僕とは違っていました。
今の僕は、死んだように生きているのではなく、死に向かって生きているのです。
全ての事が順当に進めば、僕は今年の春にはK大生になっているでしょう。
そこそこの充実を噛み締め、時折死にたくなりながら、それでも、何でもないような顔をして、死ぬべき時までを生きるのでしょう。
あの時モララーさんから与えられたその生き方は、いざこうして実感してみると、とても苦しいものでした。
.
-
K大二次試験の前日、その夜。僕は真っ暗な自分の部屋の中で、暗渠の底のような自分の視界を、観察しました。
思考しました。
しかしそこには何もなくて、その行為自体が無意味であるように思えました。
この暗渠に焦点を当てず、僕の人生という広い視野を以ってそのように考察しても、同じような感想を抱くのかもしれません。
それでも、僕は、あの夏の日の出来事によって生かされるのです。
それは呪いのようでした。
僕は、呪いによって、生かされているのです。そして……
死ぬべき時が来るその日まで、何でもないような顔をして、そしてーー
僕はーー
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4.「見えない痕」
了.
-
おつおつお
-
5.「右肩の嘘」
.
-
物心がついた時には、人を信じることが出来なくなっていた。
それについて悲観することは無かったし、その感覚が異常であることに気付いた時には、このように生きるしかないのだから仕方がないと割り切っていた。
.
-
(*゚ー゚)「デレ先輩の彼氏、自殺したんだって。知ってる?」
横文字の長ったらしい名前のコーヒーを啜り、しぃは目を細めながらそんなことを言った。
オープンしたての喫茶店に連れて来られたかと思えば、こんな話題を振られるのだから嫌気が差す。
そもそもどこの誰が聞いているかも分からないこの人の多い店内で、そんな後ろめたい会話を始めようとするのはナンセンスだろう。
(,,゚Д゚)「お前は大学生、俺は高卒のフリーター。お前の学校の先輩の身辺事情なんか知るわけないだろ」
軽く一蹴するが、しぃは悪びれる様子もなく、コーヒーを啜った。
プラスチックの容器の中の液体は俺が知っているコーヒーとはかけ離れていて、それが自分の体内を通り抜けるのを想像するだけで胃もたれを起こしそうだった。
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(*゚ー゚)「ねぇギコくん。ギコくんは私を置いて死んだりしないよね?」
(,,゚Д゚)「死なないよ」
考えるだけ不毛な話だ。遊び呆けた挙句親に頭を下げて入学させてもらった私立大学を三ヶ月で辞め、それきり地元に帰るでもなく家賃三万五千円のアパートとアルバイト先の居酒屋の往復。休みの日はパチンコ。
こんな自堕落で生産性の無い生活に甘んじておきながら、今更自ら命を絶つ気など湧かなかった。
(*゚ー゚)「ギコくんがいなくなったら私ダメだからね。絶対にどこにも行かないでね」
しぃは綺麗に巻いた栗色の髪を揺らし、ほんのりと濡れた目で俺の頬の辺りを見た。
そのように見えた。
(,,゚Д゚)「死なないさ」
-
俺はしぃではなく、何かに向けてそう言った。それを聞くとしぃは安心したように目尻を緩め、スマートフォンを忙しなく弄り始めた。
別の男とでも連絡を取っているのだろうか。
もしかしたらこの喫茶店を出て別れた後に、しぃは家に帰らず真っ先に同じ大学に通う男の元へ向かうかもしれない。
そうして俺が知らないその誰かの胸に抱かれ、一糸纏わぬ姿で、普段俺には聞かせない声で哭くのかもしれない。
あり得ない話ではないはずだ。
俺に対する過度の依存を仄めかす発言も、俺という都合のいい男を繋ぎ止めておくための餌でしかないのかもしれない。
そうである確証などないが、そうではない確証もどこにもない。
疑う理由は、それだけで充分だった。
-
(,,゚Д゚)「しぃ、今日はこれから何か予定はあるのか? 何もなければ俺の部屋に来ないか」
しぃは猫のような、妖しい瞳をこちらに向け、頷いた。
.
-
昼下がり、明かりも点けず、カーテンも開けず、空調機から風が吹き出す音だけが時の流れを示す四畳半の部屋で、俺達は交わった。
嬌声を上げるしぃの首を絞めると、空気を取り込もうとしていた喉がごろごろと鳴った。
壊れてしまいそうだと思った。構うものかと思った。
俺がしぃの中に射精した後も、彼女は生きていた。壊れていなかった。
(*゚ー゚)「死んじゃうかと思った」
微睡みの中にいるような、恍惚とした表情を浮かべ、しぃは言った。
(*゚ー゚)「この痣、すごく嬉しい。ギコくんが私につけてくれた痣。どう? 私って気持ち悪い?」
(,,゚Д゚)「そんなことない」
俺はしぃの頭を撫で、そして抱き締める。
首筋の辺りを綿毛のような柔らかい髪の毛がくすぐった。安心感があった。こうして身体を重ねている限りは、嘘が嘘ではなくなるような、そんな気がした。
-
猜疑心はその翌日には俺の右肩の辺りに居座っていた。
顔も形も判らないが、恐らく何でもないような顔をして欠伸でもしているのだろう。そんな彼の言葉を敢えて俺が口に出すとするならば……
(,:;Д゚)「昨日はお楽しみだったね。気は紛れたかな?」
こんなところだろう。いざ口に出してみるとそれは、舞台のスポットライトに酔う役者の台詞のようだった。
確信がある。
今後どのような衝撃的な出来事が起きても、こいつはその次の日には俺の右肩に張り付いて同じようなことを言うのだろう。
しぃを呼び付ければ、彼女は講義を休んでこの部屋に来るかもしれない。
だがもしかしたら、大学で作った別の彼氏にやり取りを見せて嘲笑うかもしれない。
どちらとも証明することが出来なかったので、俺は何も考えずに二度寝することにした。
-
そのまま寝坊した俺は、済し崩しにアルバイトをクビになった。
このままでは来月の家賃が払えないが、大した焦燥感も無かった。
しぃとも連絡を取らず、ただただ数日の時が過ぎるのを待っていただけだ。
放置していたペットボトルの中身は酷く澱んでいて、藻のようなものが浮いていた。
それを見ても処分する気にはなれないくらい、全ての事柄において無気力だ。
(*゚ー゚)「ギコくんは私を置いて死んだりしないよね?」
しぃの言葉が脳裏を過ぎった。
ほんの数日前には間を置かずイエスと答えられていたその問いに、今の俺はなんと答えるのだろう。
-
俺がいなければ生きていけない。
そんな言葉が欺瞞でしかないことを、俺は知っている。
俺と出会うまでこうして生きてこられた人間の、そんな言葉をどうして信用することが出来る?
数日間とは言え、そんな言葉を吐いた舌の根も乾かぬうちから、俺の知らないところでのうのうと生きる彼女を、どうして信用することが出来るのだろうか。
この蟠りを胸に残したまま、しぃとの交際を続ければ、俺は彼女を殺してしまうだろう。
そして彼女も、俺のこんな独白を微笑んで受け止めるのだ。
それは残酷なことだと思った。
そんな、申し訳程度の良心が残っている自分に、驚いた。
-
受け入れると微笑むしぃの本意がどうであれ、その確証を得る術を知らない俺にとっては悍ましい蛇の甘言と同じことだ。
仮にしぃが紡ぐ言葉の全てが真実だったとしても、それが嘘に変わる日はやってくる。
一瞬の安寧に身を委ねて、その現実に放り出されてしまうのは……
考えただけでもぞっとする話だ。
(,:;Д゚)
裏切られる前に裏切ってしまえ。
右肩の猜疑心がほくそ笑んだ。それもいいかもしれない。そう思えた。
.
-
生きていれば、必ずいいことがある。
使い古された言葉だし、少なくともこの二十一年間、一度も猜疑心の夜が明けることはなかったので、その言葉を信用することなど出来ない。
時刻は丁度零時。
スマートフォンの画面に並ぶ四つの零が日付けが変わったことを告げていた。
死ぬには良いタイミングだ。俺は、冷たい夜風が吹き荒ぶ冬の海に来ていた。
一度思い立ってしまえば早かった。
ダンボール二箱に纏められるような、ちゃちな人生を送ってきたのだ。
それを終わらせる為の猶予期間など、半日もあれば事足りる。今までの人生で、唯一誇れることだと言っても過言ではないだろう。
-
普通はこんな時、何ヶ月も何年も苦悩し、時には手首を切りつけ、枕を濡らし、そんな物語のような段階を踏んで死へと辿り着くのだろう。
そういう意味では俺という人間は文学的リアリティに欠けているのかもしれない。
だがそれもどうでもいいことだ。
この人生を後世に語り継がれたところで、誰の記憶にも留まらずに忘れ去られたところで、俺には関係ない。
この世界に真実が無いことに絶望を抱いてしまった反面ーー
そういった悲観すらもどこか俺の知らない領域へと消え去ってしまったのかもしれない。
-
今夜は新月だ。
冬の海を照らすものは何もなく、砂浜と水との境界線は限りなく薄い。踏み越えるには、丁度いい日なのかもしれない。
死ぬことが怖くないと言えば嘘になる。
だが俺は、今まで俺を取り巻く有象無象を疑って生きてきたのだ。
今更そんな些末な感情を騙したところでどこも痛みはしない。
新品の煙草の箱の封を開け、一本だけ取り出す。もう、禁煙をする必要は無い。
か細いライターの火を手で包み込み、火が点いた煙草の煙を一気に肺に取り込んだ。
一年ぶりの煙草の味に大した感慨も湧かなかった。ただ、脳が痺れるようなニコチンの感覚が身体を重くしただけだった。
-
煙草を辞めたのはしぃが嫌煙家だったからで、俺自身それに気遣って辞めることに大した苦痛は感じなかったのでそうした。
ただそれだけの事で、深い意味はない。
(*゚ー゚)
なのに何故、今更になってしぃの顔を思い出してしまうのだろうか。
声にならない声を上げることを、止められなかった。嗚咽を堪えることが出来なかった。
手足が震え、吸いかけの煙草を持つことも出来ないのに、足は何かに誘い込まれるように、闇を塗り潰したような海の向こうに近付いてゆく。
砂浜と海の境界線に立つと足の震えは止まった。
嫌だ。生きることは、こんなにも苦しいのに、何も信じられないことはこんなにも痛いのに。
どうして俺は、この線を踏み越えることが出来ないのだろうかーー
-
ここで踏みとどまってしまえば、また苦痛が顔を出す。
右肩の猜疑心はつまらなそうな顔をして俺を罵るだろう。
そして、そこまで猜疑心に絶望していながらも、俺は俺に依存するしぃの言葉を信用してやることも出来ないのだ。
独りで生きていくことは出来ない。だから、裏切られてもいい心算はしていた。出来るだけ裏切る可能性を小さくするために、依存癖のある彼女を作った。
それでも平穏はどこにも無くて、生きることに絶望してしまったのに。
俺は、絶望したまま生きていかなければならないのだろうか。
波が、猜疑も、絶望も流そうとする。俺は懸命に踏みとどまった。
何も考えなければ楽になると、分かっていながらーー
俺はーー
-
5.「右肩の嘘」
了.
-
6.「凡庸な僕達は決して輝くことなど出来なくて、悲劇のヒロインにもなれなくて、それでも何かを見つけたくて手探りで何かを探す」
.
-
カッターナイフの刃を握り締める。鋭い痛みは血となって掌から零れ落ち、床を濡らした。
モララーを失ってしまった。私は彼を追えなかった。引き止められなかった。彼の死を、理解することが出来なかった。けれども……
私はーー
.
-
あれも、これも、全て時の垣根の向こうに置いてきた。否、私は置いていかれた。
何もない、色の無い世界に一人取り残されて、私は生きている。
それがとても、痛くて、その痛みも時の垣根の向こうに行ってしまうのが怖くて、それでも……
私はーー
.
-
坂を転げ落ちる小石のように、その自壊は、私自身の意志では止められそうになかった。
全てが笑えてしまう。こんなにも、世界が面白いと思ったのは、いつぶりだろうか。
楽しくて、愉しくて、だからーー
私はーー
.
-
それは呪いのようでした。
僕は、呪いによって、生かされているのです。そして……
死ぬべき時が来るその日まで、何でもないような顔をして、そしてーー
僕はーー
.
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波が、猜疑も、絶望も流そうとする。俺は懸命に踏みとどまった。
何も考えなければ楽になると、分かっていながらーー
俺はーー
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生きる
生きてゆく
.
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6.「凡庸な僕達は決して輝くことなど出来なくて、悲劇のヒロインにもなれなくて、それでも何かを見つけたくて手探りで何かを探す」
.
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生きるようです
了.
.
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おしまい。削除依頼出してくるぁ
読んでくれた人ありがと。
-
おつおつ
削除依頼出すん(´・ω・`)?
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あれ、完結したら原則削除依頼出さなきゃいけないんじゃなかったっけ?
まぁいいやもう出しちった。おやすみ。
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おつおつ
上手くいえんが、力もらった気がする。見えない痕が特に好きだ。
素敵な作品をありがとう
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自分の人生はそこまで凄惨じゃないけど、これ読むと生きる辛さが身にしみるわ…
乙、面白かったよ
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おもしろかった!おつ!
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生きることの凄惨さがにじみ出ててとても好きだ
乙
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過去ログでいいと思う
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おつ、面白かった。
右肩の嘘が沁みたわ。
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おつ!
面白いし、見られる前に削除されるのはもったいないなぁ
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地の文がうめぇ
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久々に良い読み物を読んだ
ありがとう。おもしろかった
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なんかいいな
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おつ
面白かったよ
-
生きていくんだなぁ…
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カズヤァ…!
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