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半纏無宿と呼ばれたいようです
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――半纏無宿と呼ばれたかった。
ふたり、古稀を迎えた老夫婦のように、
体育館の隅っこでがりがりに薄汚れた毛布にくるまって、
永遠に来ないような迎えを待っている間も、
そして、私は帰るための家を持ちながらも、寝るための家がなかった。
だから、半纏無宿と呼ばれたかった。
のどが渇いたので、私と毛布を共有する男の名札入れを探ると、
案の定500円玉の端に爪先がひっかかった、
抜き取り、それが本当に500円玉であること、
そして500円たる価値の重みを怠っていないことを確かめる。
毛布は軽く、私が上半身を起こすだけでひとりでに足先へ逃げていった。
立ち上がって3秒半、ここには自動販売機のないことを思い出し、
めったな舌打ちを放つと、あまりに素早く打ち出しすぎたそれは
空気抵抗に負けてすぐに顔面へ跳ね返った、鋭い痛みに表情が歪む。
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ξ゚⊿゚)ξ「なんなのよ、まったく……、
本は読めない音楽は聴けない、水しか飲めない空気は寒い、
こんなところで一晩も過ごすのはバカげてるとしか思えないわ、
人間の生活をなんだと思ってるのか、
というか、私たちに生活がないとでも思ってるのかしら、
だとしたら大きな間違いだわ、生活のために生きているのに
そんな勘違いをされてしまったら本当に」
強気よろしく呪詛を吐き尽くし、また毛布をかぶりなおそうと
床に目を向けると毛布も男も消えていた、
スリーポイントエリアを示すテープのラインだけが
火災報知器の毒々しい赤色に照らされて無意味に残っている。
お前も昼間ならその存在を胸張って示せたものを、夜というのは残酷だ。
ξ゚⊿゚)ξ「ちょっと!どこに行ったの!あんたは消えてもいいけど
毛布ぐらい残して行きなさいよ!」
私の叫びは広すぎる体育館では次第に削られ、
遙か向こうの壇上にたどり着く頃には囁きにまで縮まっていた。
届かないのかやはり。
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ξ゚⊿゚)ξ「もう……」
半纏無宿と、とにかく無性に呼ばれたかった。
あいにくなことに今私の身体を包んでいるのはブレザーであるため
半纏無宿のための条件を満たせていなかったが、
それでも呼ばれたい欲求は消えなかった。
そういうことはあるはずだ、
例えば宝くじを買ったら当たるはずないと諦観しつつも
賞金の使い道を考えて頬をゆるませたりもしくは盗まれる不安に苛まれたりするはずだ、
だから私は宝くじの購入を"夢を買う"だなんて言い方をする輩が大嫌いだ、
どう考えても買っているのは夢じゃない、宝くじだろう。
そうでなければそんな想像は成り立たない。
それと同じで、
半纏無宿と呼ばれたいこの心情は夢でもなく憧れでもなく
なんなんとする道程にすぎない。だから消えない。
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そして無宿だが……。
それは大丈夫だろう、先ほども述べたように
私には帰る家はあっても寝るための家を持ち得ない。
これは持論だが、眠るということは、
眠るという自己決定なくしては眠っていないことと同じだと、
そうだ、ただ使い果たした末に眠ることは眠ることじゃない、
明日から今日に繋がる橋を、空っぽのままで渡ることにすぎない。
ξ゚⊿゚)ξ「はぁ……、くそ、負けそう……」
私は、まっつぐ壁に向かって歩きだし、
そしてたどり着いた先の壁に身を預けてそのまま崩れ落ちた、
つま先だけが踏ん張っているので私の身体は、
マーガリンにナイフを突き立てるがごとくぎこちなさを伴って
やがて床にぶつかった。
最後はつま先もわずかに浮いたので一瞬だった、痛かった。
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ξ゚⊿゚)ξ「やだなぁ……負けたくないなぁ……」
何に負けたくないのか、
床に伏して負けたくない負けたくないと抵抗を試みる私は
一体何に負けそうになっているのか。
ξ゚⊿゚)ξ「いぃぃぃぃぃぃぃぃ、負けたくない負けたくない!!」
ξ゚⊿゚)ξ「負けたくないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
可能な限りのビブラートをきかせてなおも私は呟いた、
負けない限り勝っているとは誰の言葉だったか、
私もそうだと思う。しかしその言葉は慰めにはならないだろう、
負けないことは勝つことより遙かに難易度の高いものだ。
勝つのは一瞬でも負けないことはいつまでも続くと知っている。
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私は何時間戦ったのだろうか、
夜というのはこんなに長いものだったのか、
こんな場所で夜を過ごさなければ気づかなかっただろう、とにかく。
耳障りな音を響かせて、体育館のドアが開いた。
どかどかと、数人が押し入ってくる。
「いたぞ、あそこだ!」
「大丈夫だったか!?」
ξ゚⊿゚)ξ「う……」
いつの間に顔を濡らしていた涙を拭って私は立ち上がった、
彼らに抱き抱えられ、そして肩にそっと掛けられた布状のそれが
厚みのある半纏であることを知ったとき、
私の半纏無宿への渇望も、すっと霧散したのだった。あーあ。
〜おわり〜
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僕には変な癖があった、
僕の胸中に渦巻く喜怒哀楽を露わそうとするとき、
かならず存在しない甥っ子が横に立っていて、
僕より先にそれを語るのだった。
甥っ子は僕より年上なこともあったし、
産まれたばかりの赤ん坊なこともあったし、
姪っ子だったことさえあった。
初めて彼を目の当たりにしたのはいつ頃だっただろうか。
学童保育で鶴を折るとき、
とっておきの銀紙を先にとられてしまったことがあった。
('A`)「あ……」
_
( ゚∀゚)「なに?」
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未練なのか恨みなのかも理解できない時分であったので
頭の中に大量のガソリンを注がれたようなどうしようもない気分に目が潤み、
ワ行の形に唇が歪みだしたとき、電気ケトルのスイッチの戻る音。
気を取られた僕たち二人が振り向き、
そしてその反動でまた首を戻したとき、彼はもう存在していた。
僕の戸惑いを置き去りにして、彼は言った。
( ^ω^)「それは僕が使うつもりだったんだお」
僕が言おうとして言えなかったことを、
そいつはまるで僕の脳内とピニオンギアで繋がっているかのごとく
言葉に仕立て上げて流した。鴨のように甲高く、梟のように流暢に。
_
( ゚∀゚)「使わないんなら貰うよ」
が、銀紙は結局取り返せなかったので
おぼろげに僕はそいつが存在しないものであることを知った。
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彼は自分が甥っ子であると口にしたことは一度もなかった。
しかし僕は何となく、彼のことを甥っ子と認識できていた。
肺が教えて貰わなくとも呼吸を始めるがごとく、
僕も僕にしか見えないその甥っ子の存在を受け入れていた。
甥っ子はそれから、たびたび僕の横に姿を現した。
僕は彼を便利に扱った。
ちょうどよかったのだ、僕が持論を展開する上での変数xとして、
あるいはうつろう時代を固定する楔として。
次第に焦りを感じるようになった。
僕は彼なしで僕自身を減衰することなく衆目に知らしめることが、
不可能になってきているのではないか。
-
もしくは、僕自身、彼に存在を奪われつつあるのではないか。
彼が姿を見せ、そして僕の言葉を語るたびに、
心は軽くなっているけれど、その心の軽さは開放感ではなく、
何か大事なものを抜き取られているだけにすぎない、
そんな不安を繰り返して、その時がきた。
( ^ω^)
何も語るようなことはなく、何も生み出すこともない
つまらない土曜日の夜に彼は突然現れた。
僕の横ではなく、真正面に現れた。
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('A`)「来たな」
( ^ω^)「来たお」
( ^ω^)「本当に僕はこのままで」
('A`)「ストップ」
僕は右手で彼の口をふさいだ。
('A`)「もうやめてくれ、その言葉まで奪われてしまったら、
いよいよ僕はダメになってしまう」
冷静に、まつげに掛かった蜘蛛の糸でも払うように
僕の手を押しのけて、彼はなおも続けようとする。
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( ^ω^)「だが僕は本当に」
('A`)「カヌー!」
その単語を叫んだ瞬間、甥っ子は少し怯んだので、
わずかに勝機が見えた気がした。
( ^ω^)「……!」
対策として、そいつに言葉を取られない対策として、
僕はこれまで僕自身が体験したものを、推敲することなく
片っ端から挙げていくことにした。
甥っ子が知り得ないことを、彼が知ってしまうより早く。
これ以外に方法は見つからなかった。
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( ^ω^)「逃げ続けてい」
('A`)「エントリーシート!」
( ^ω^)「そうだとしてもなぜ毎日をく」
('A`)「両替!」
( ^ω^)「早く卒業しなけれ」
('A`)「再放送!」
( ^ω^)「しかし自信がないので」
('A`)「インフルエンザ!」
夜が終わらない限り、この無益な戦いも続いていくのだろう。
あるいは本当に僕に甥っ子が産まれてくれれば解放されるのかも知れないが、
僕には姉がいないのだった。
〜おわり〜
-
僕の肩、腰、胸に13個存在するJ字状の突起が
何のためにあると聞かれれば胸を張って「傘を置くためだ」と
答えられたのはまだ雨が降っていた頃までだった。
僕は傘置き人間として造られた。
人間が雨をしのぐために傘を発明し、
そして屋内でその傘を持て余す不満に対する回答として
僕は存在していた。
('A`)「さ、行きますか」
雨の降る日が僕の出勤日だ、
ある日は電車内、またある日は郊外の巨大ショッピングモールを、
「ご自由に傘をお預けください」という看板を手にして
僕は練り歩く。
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すると人々はそんな僕を見つけて、
ああ助かったと次々に傘を僕の身体の突起にひっかけるのだ。
('A`)「ありがとうございます、どうぞ、どうぞ」
あっという間に、13本の傘で僕の身体の突起は埋まる、
そんな状態で歩くのは危険であるため、
傘が掛けられると僕も歩みを止めて、そして道行く人をただ眺める。
楽な仕事ではない、
ずっと立ちっぱなしで足は疲れるし、何も出来ないのでとにかく退屈だ、
しかし僕みたいな傘を置く以外に何一つ能のない人間にとって
この雨降る日だけが唯一存在意義を示せる時であったとあれば、
苦には思えなかった。
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Xデー。
とうとう地球から、雨の消える日が来た。
それは盛大に祝われた。
情緒だ風情だと誤魔化してきたが、みんな雨のことをとにかく疎ましがっていたのだろう、
有史以来人々の身体を濡らしてきたあの雨の呪縛から逃れれられると知って、
地球中が沸いた。
農家さえも喜んだ、その頃には作物を育てるのにもはや雨は要らなかったからだ。
当然、雨が消えるとなれば、傘は無用の長物だ。
町に点在するゴミ箱のどれもに大量の傘が捨てられ、
やがて入りきらずに地面に転がる有様。
僕はそれを見てため息をつくより他なかった。
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傘がなければ僕も用済みだ、
となれば僕のアイデンティティももろく崩れることになる、
一体これからどうすればいいんだろう。
僕の身体の突起はもはや僕自身に非情な現実を突きつけるだけのものとなった。
('A`)「転職するかなあ……この突起も、もしや別の何かに使えるかもしれん」
思い立った僕は、かつて雨の時にいつも持ち歩いていた
「ご自由に傘をお預けください」の看板の"傘"を黒く塗りつぶし、
そしてしばらくううむと思案し、その上に"杖"と書いた。
('A`)「よし、行くか」
その看板を手にまた町を練り歩く僕だったが成果は散々であった。
傘と違い、杖はそれを必要とする人にとってはいつも手にしていなければならないものだ、
わざわざ掛ける人なんて一人も居なかった、まあ分かっていたことだが。
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('A`)「はぁ……」
僕自身の人間としての体はどんどん薄くなり、
そしてそれと比例して突起は色濃くなっていくようだった。
人々に望まれて生まれてきた僕であるのに、
まさか雨の降らなくなる世が来ようとは……。
('A`)「恨むぜ、雨を……」
雨を恨んでも仕方のないことだ、しかし恨まずにはいられない。
地球が滅ぶその日まで降り続け、嫌われ続けていなければいけないんだ、雨は。
しかし僕一人のためだけに雨は降り、疎まれるというのも可哀想だな。
('A`)「あ」
そういえば聞いたことがある、
遙か昔、日照りに悩んだ地域では雨乞いというのが行われていたらしい、
彼らが崇める神に向かってひたすら雨が降るように祈り続けるという行為。
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('A`)「もはやそれしかないな」
僕に残されたただ一つの道、
すがるような思いで近くの神社に駆け込み、
二礼二拍手一拝、なけなしの小銭を賽銭箱に投げ入れ、祈り続けた。
('A`)(どうか、どうか雨が降りますように……)
一日、二日、雨は降らなかった。
折れそうになる心を支えたのは、
僕自身の存在を失わせまいとする心そのものだった。
一ヶ月、二ヶ月、半年が過ぎても雨は降らない、
しかしそれでも祈り続けた。
神社と自宅を行き来するだけの日々、
小銭は底をつき、腹は飢え、僕の身体の突起も、
余りに使われ続けることがないので次第に萎えていった。
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しえん
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毎日毎日、欠かすことなく、震える足を引きずって参拝する。
一年が過ぎ、五年が過ぎ、やがて年を数えることさえしなくなり、
どれほどの年月が過ぎていったのだろうか。
その日も僕は、やはり祈っていた。
もはや祈るだけの生き物と呼ばれても仕方ないほど祈り続けた結果、
"雨が降りますように"という言葉すら浮かばず、
文字を持たない"雨よ降れ"との思念だけを飛ばし続けていた。
半日ほどその場所で立ったまま祈り、
やがて踵を返して帰ろうとした瞬間、ごろごろという鈍い音が響き、
空がにわかに曇り始めた。
('A`)「……!」
もしや。
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奇跡は起きた、祈りはとうとう通じた!
空を覆うのは間違いなく雨雲、そしてぽつぽつと地面を濡らし始めた、数多の水!
雨が、降ったのだ!
人々は混乱にどよめいている。
無理もない、何年も降らずもはやその概念すら薄れ掛けていた雨が
突然降ったのだ、怒りと戸惑いの叫びがあちこちから響く。
僕は喜びに任せて笑おうとするが、
祈るばかりの日々で表情すら失ってしまっていたようで、
わずかに唇が歪むだけだ。
それでも、それでも声を振り絞って僕は叫んだ。
('A`)「さぁ!どうぞみなさま、かさをおあずけください!!」
しかし、僕は気づいていなかった。
長い年月を経て、身体の13個の突起すべてがすでに萎え落ち、
僕はただの、つるつるの人間となり果てていたことに。
そして雨は降り続けた。
〜おわり〜
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ありがとうございました。
続きは順調なら来週、順調でなければそれ以降となります。
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正しい表現か分からないが…こう、ぬるりとした文体がすごく魅力的だ
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>>24…おれにも甥っ子が見えてるのか
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読み終わった。
良い読後感です、素晴らしい
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乱暴気味に敷布団を畳に叩きつけて私はぼやいた。
ξ゚⊿゚)ξ「ホテルに泊まればよかったんだよ悔しいなあ」
川 ゚ -゚)「ホテルも旅館もいっぱいで空きがなかったんだよ分かるだろう」
クールの言うことも確かなんだが納得を喉に通す訳にはいかない。
ξ゚⊿゚)ξ「だからといってさあ」
民宿はとにかくかび臭かった、
到着したらクラクションを鳴らしてくれ、なんて電話口から聞こえてきた時点で
嫌な予感はひしひし感じてたものの、
旅の興奮が相殺してくれると願っていたがそんなことはなかった。
現実はただただ非情だった。
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着いたら出迎えてきたのは釣り針みたいに腰の曲がりすぎたおじいちゃんで
案内されたのはどっから見てもただの民家の離れの二階で、
押入れには重たそうな布団が二枚、隅には丸っこい画面のテレビ、
それからスヌーピー柄のゴミ箱。
ゴミ箱覗いたら既に紙くずが2個ほど捨てられていたのは、
いくらなんでも宿であることを放棄しているとしか思えないよ、
テレビのスイッチを入れればテロップの端が切れて読めない、
時代の流れに竿さしているといえば聞こえはいいけれどさ。
ξ゚⊿゚)ξ「民宿って初めて泊まるけどさ、これで最後にしたいよね」
川 ゚ -゚)「同感だ、まったく」
クールは敷き終わった布団の上に腰を下ろして
ぱんぱんと手のひらで手を叩くと、
その手のひらをじっと見つめたまま怪訝な顔で頷いた。
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ξ゚⊿゚)ξ「寝ちゃうか、折角ここまで来たのにもったいないけど」
川 ゚ -゚)「というかそれしか無くないか?」
ξ゚⊿゚)ξ「だね」
本当に、まさか美府市というのがここまで何もないとは思わなかったよ。
昼は賑わう観光地も一皮むけば正体見たりド田舎で、
先程も、数年前に掘ったばっかりのアツアツ温泉が有名ってことで行ってみたら
後1時間で閉店という、
ξ;゚⊿゚)ξ「うそ!?まだ八時だよ!?」
川 ゚ -゚)「しかしもう他の温泉は大抵閉まってるしなあ」
それでもとにかく、しゃぶしゃぶみたいに体を湯にくぐらすだけでも、
と思ったら入浴料2000円だってさ、ばかじゃなかろうか。
牛乳は500円も取りやがる、こんなのホルスタインだって遠慮するよ。
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風呂は諦めてご飯を食べようと思ったら
飲食店も軒並み店じまいしててみんな家庭を大事にするのはいいけれど
観光客のことも大事にしてほしいと心から思う、
結局ガストしか開いてなかったのでガストで食べた、ガスト美味しい裏切らない。
川 ゚ -゚)「なんでも好きなモノ頼んでいいよ」
たしかにその権利はあると思う、私はメニューを開いて思いつくものを挙げていく。
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ……ハイボールとほうれん草のソテー、ポテトも……」
川 ゚ -゚)「ドリアは?」
ξ゚⊿゚)ξ「ドリア」
しかし悲しみを抑えきれないドリアの味は塩辛かったのである。
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というわけで暗澹たる気持ちでやってきた民宿はこんなのだし、
こんな土地二度と来るか!もしくはそっちから来い!思い切り中指を突き立ててやる!
なんてむくれをさらけ出しつつもかび臭い布団に寝転がり目を瞑るよりほかない。
ξ゚⊿゚)ξ「ふぅ……」
横になる、という行為の癒やしへ向かおうとする力はすごいもんだ、
こんな最悪の旅の果ての疲れを薄く伸ばして体に乗せてくれるんだから、
何もかも失っちゃいないが、しかしやはり旅で失敗はしたくないな。
川 ゚ -゚)「寝た?」
ξ゚⊿゚)ξ「寝てない、寝れない、一生寝ない」
川 ゚ -゚)「まさか」
まさかとクールは言うけれど、本当に一生寝れない気がする。
こんな状態で眠る未来を想像できないのが正直なところ。
人は、案外眠りたくない時は永劫眠らないということもありえるのでは、と。
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ξ゚⊿゚)ξ「あー……」
ξ゚⊿゚)ξ「ホテルとか旅館がさ、客のことお客様って扱ってるとしたら、
民宿はあれだよね、お客さんって感じだよねほんと」
返事は聞こえない代わりにクスクスという忍び笑いだけ返ってきたので
少し満足してつま先で掛け布団を蹴る、ちょっと上がってまた落ちて冷たい。
バックパッカー、かどうかは確かめてないので分からないが
こんな民宿に泊まる連中で普通の観光者は居ないだろうから
バックパッカーと仮定する、
とにかく、バックパッカーが隣の部屋で眠ってるだろうからね、
配慮に配慮を重ねればヒソヒソ声で私達は話し続けた。
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川 ゚ -゚)「明日はどこ行く?」
ξ゚⊿゚)ξ「とりあえずお風呂ね、なによりひとまず風呂に浸かりたい」
川 ゚ -゚)「それはもはや決定事項として……あとは?」
ξ゚⊿゚)ξ「分かんないなあ、あたし美府のことよく知らないもん」
ごろりと転がりクールの方に顔を向ける、
彼女の両目は開いたまま天井を見つめていて、月明かりに照らされていた。
川 ゚ -゚)「パンフレットを読んだ限りでは」
ξ゚⊿゚)ξ「うん」
川 ゚ -゚)「この民宿の裏にさ、博物館があっただろう?」
ξ゚⊿゚)ξ「あったね、なんかおじさんの銅像が建ってたとこ」
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民宿までの道すがら、たしかに博物館があり、
正門入ってすぐ目の前の広場に銅像が建っていたのを私も覚えている、
銅像そのものよりもそれを支える台座の方がよほど立派なので、
私には台座しか印象に残っていなかった、あの印象操作は失敗じゃなかろうか。
川 ゚ -゚)「あのおじさん、杉浦なんとかって人で明治時代の政治家らしいんだが」
ξ゚⊿゚)ξ「そうなんだ政治家なんだ、あたしてっきり彫刻家かと」
川 ゚ -゚)「まあ今となっては政治家も彫刻家もそんなに変わらないだろう」
ξ゚⊿゚)ξ「言えてるね」
川 ゚ -゚)「その人が、何かの罪で捕らえられ、牢屋に入れられたことがあるらしいが」
ξ゚⊿゚)ξ「ずいぶんフワフワしてるね、本当にパンフレット読んだの?」
川 ゚ -゚)「お前が地ビール飲みたいって急かすからあんまり読めてないんだよ」
ξ゚⊿゚)ξ「あ……ごめんなさい」
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たしかに昼間、美府ビールフェスティバルを訪ねたとき
鉛を飲み込んだみたいな難しい顔で冊子を広げていたクールの腕を
もどかしく掴んでピルスナーの屋台へ引っ張っていったことはあったが、
それがここにきてこんな形で伏線として活きてくるとは。
小説よりも奇なりだ。
私はクールに謝った。
川 ゚ -゚)「いや、別にいいんだけども、その杉浦さんが、脱獄を試みてさ」
ξ゚⊿゚)ξ「……」
川 ゚ -゚)「なにかしらの機転を利かして牢屋を抜け出して」
ξ゚⊿゚)ξ「なにかしらの機転、ね」
川 ゚ -゚)「地ビール……」
ξ゚⊿゚)ξ「わ、わかったて!私が悪うございますよ」
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川 ゚ -゚)「そして刑務所の周りの柵を素手で登りはじめたところで
運悪くまた捕まってしまったという」
ξ゚⊿゚)ξ「あらら」
川 ゚ -゚)「でさあ」
クールも転がり私の方を向いた、
月明かりから逸れたクールの瞳の色は分からない、
ただ彼女の顔面の気配だけを浴びている。くすぐったい、笑ってるの?
川 ゚ -゚)「その柵が残ってるらしいんだが、見に行くか?」
ξ゚⊿゚)ξ「柵が!?」
川 ゚ -゚)「そう、柵がね、展示してる」
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ξ゚⊿゚)ξ「行こう!クール!」
川 ゚ -゚)「うん。行こうね」
疲弊した身体と眠気に抵抗する心とのせめぎ合いがそうさせたのか、
妙にその柵に気を引かれる私だった。
錆びてボロボロになった鉄柵を、痛みに耐えながら登り始める
杉浦氏のことを思うと胸がきつく締め付けられる気分だ、
私が最後に素手で柵を登ったのはいつだっけ?
川 ゚ -゚)「柵なんか登ったことないよ」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたはそうかもしれないけど、私はあると思うのよ」
川 ゚ -゚)「ふーん、どうだった?」
ξ゚⊿゚)ξ「それが思い出せないから悔しいのよ」
川 ゚ -゚)「じゃあ見に行こう、柵を」
ξ゚⊿゚)ξ「うん、素手で登った柵を!」
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弾む声で私は答えた、
当面の目標として柵を見るという計画が挿入された嬉しさで
ようやく私は眠気に心を任せることが出来そうだ、
ありがとう柵、ありがとうクール。
川 ゚ -゚)「でも」
川 ゚ -゚)「別にたいしたことない柵だったらどうする?」
ξ゚⊿゚)ξ「変なこと言わないで」
私はクールの手を叩こうとして掛け布団から腕を出す、
そして彼女の方へ伸ばそうとするその過程で意識を失った。
朝起きると、中途半端にはみ出した腕が証拠として残るのだろう、
かつて柵を掴んだ腕と同じ人間の腕が。
〜おわり〜
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ありがとうございました、今日はこれだけです。
運が悪ければ明日また投下できると思います。
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乙 面白いっつか読んでて落ち着くな
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乙
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乙、待ってるぜ
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全ての文とそれぞれの話の区切り方が秀逸でほんと好き
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続くもんなのか分かんないけど好きだから待つ
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完結!?
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