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川 ゚ -゚)素直クールは泥棒のようです 続
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このお話はラノベ祭りで投下した、川 ゚ -゚)素直クールは泥棒のようです の続編です。
(ブンツンドー様:ttp://buntsundo.web.fc2.com/ranobe_2012/novel/dorobo.html)
が、特に前作を読んでいなくても楽しめる仕様になってます。
よろしくお願いします。
あと、深夜に読むことをオススメします。
では始めます。
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〜とある日本料理店〜
(,,゚Д゚)「どうぞ」
( ФωФ)「うむ、では」
( ФωФ)「いただきます」
(,,;゚Д゚) ゴクリ…
( ФωФ) パク。モグモグ…
( ФωФ) …ゴクン
(,,;゚Д゚)「ど……どうでしょうか」
( ФωФ)「ふぅむ」
( ФωФ)「……ギコよ。お前には、儂の全てを叩き込んできた。それこそ、お前が高校を卒業して直ぐ儂の店に弟子入りしてから、ずぅっとじゃ」
(,,゚Д゚)「……はい」
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( ФωФ)「包丁の握り方すらまともになっとらん最初の頃に比べて、お前は随分成長した。こうして、全て一人でこしらえ、人前に料理を出せるくらいにじゃ」
(,,゚Д゚)「……」
( ФωФ)「お前に教えることはもう、何もない」
(,,゚Д゚)「!!それじゃあ!」
( ФωФ)「じゃが!!」
( ФωФ)「ただ一つ、足りないものがある。それは儂がいちいち教えるようなことではない、しかし大事な、大事なことじゃ」
(,,゚Д゚)「足りない……もの……?」
( ФωФ)「うむ。その大事なものが欠けている今のお前の料理を、儂は一人の料理人として、まだ認めるわけにはいかない」
(,,;゚Д゚)「そんな……」
( ФωФ)「もう一度、チャンスを与える。いつでもいい。足りないものを見つけたとき、また食わせてみせろ」
( ФωФ)「それまでは独立し、店を構えることは許さん。その日が来るまで、お前は儂の店の板前じゃ。いいな」
(,,゚Д゚)「……はい」
( ФωФ)「うむ。ではまた明日な。……全ては腕と、心意気じゃぞ」
(,,゚Д゚)「はい。ありがとうございました」
(,,-Д-)「足りないもの……か……。ハァ……」
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川 ゚ -゚)素直クールは泥棒のようです 続
第一話
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川 ゚ -゚)「防犯カメラOK。人気なし。万事良好問題なし」
この台詞ももう何度目だろうか。
盗みをする直前に、必ず呟くのがもはや恒例になってしまっている。
朝の8時27分。
私、素直クールは今、コンビニの雑誌コーナーの前で旅行雑誌を手に取って、眺めているフリをしている。
今開いてるページには伊豆の特集が組まれていて、色々な観光名所がずらずらと紹介されていた。
おすすめの海水浴場はーだとか、ガラス工房があるよーだとか。
しかしそんなものよりも一際私の目を引くのは、美味しそうに彩られた懐石料理の写真だった。
懐石料理。ああ、なんて雅な響きなのだろう。
このためだけに私は遠出したいとさえ思うほどだ。
だって見てくれ。想像してみてくれ。
綺麗に磨き上げられた取り取りの器に、丁寧に盛り付けられた数々の季節の料理たち。
大皿に並べられた新鮮なお刺身、淡い衣に包まれた山菜やきのこの天ぷら、主食であるご飯は炊き込みご飯、
透き通ったお吸い物はシンプルな見た目ながらも味わい深く、他にも小さな石焼き、茶碗蒸し、煮物に冷奴にお漬物等等……。
こんなにも美しく、かつ素直に『食べたい』と思わせるこの様相はもはや芸術品。いやはや完成された奇跡とも言えるだろう……。
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川 ゚ -゚)(ハッ!いかんよだれが……)
おっと、ついつい浸ってしまった。
気が付いて私はパッと顔を上げた。周囲の観察をしなければ。
トラブル無く仕事を成すためには、邪魔されない環境が必要だ。
人の目が無いときを選んで行動しなければならない。
私は今コンビニにいて、これから盗みを働こうとはしているが、別に万引きをしようとしているわけではない。
私の専門は空き巣と忍び込みだ。
勿論万引きはやろうと思えばできはするが、私には私なりのポリシーがある。
万引きはポリシーに反するのだ。
では何故コンビニにいるのか?
決まっている。ここから見える、約100メートル先にあるマンションを監視するためだ。
もうすぐ標的の部屋に住む人物が仕事へ行くため家を開ける。
その隙を狙って忍び込むという作戦なわけだ。
と、そんなこと言ってる間にも、どうやら出てきたみたいだぞ。
(,,゚Д゚) テクテク
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またとんでもない時間に…
支援
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今回の標的の部屋の家主、猫前ギコがマンションを出て、こちらに向かって歩いてきた。
彼は職場へ行くとき、いつもこのコンビニの前を通っていく。
コンビニと外とを隔てる大きな窓を挟んで、彼との距離がほんの数メートルに迫ったところで、私は目だけを外に向ける。
猫前ギコがかっちりとした足取りでずんずんと歩き去っていくのを認めた。
川 ゚ー゚)「ククククク。予定通り……」
口角を少しだけ上げてぼそっと呟いて、旅行雑誌を元の棚に戻してから私はコンビニを出た。
出てすぐ横を向くと、ギコの後ろ姿が遠ざかっていくのが見える。
米粒ほどの小ささになった彼は曲がり角を左に曲がり、とうとうその姿が私の視界から消えた。
川 ゚ -゚)「よし、行くか」
一直線にギコの住んでいるマンションへと歩いて行く。
焦ってはいけない。
いつも通り冷静に事を運ぶのだ。
.
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5分後。
無事マンションに入り込んだ私は、エレベーターに乗って最上階までたどり着いていた。
今回の標的は最上階の部屋だ。
いつだったか階数を間違えて、ターゲットと違う部屋に忍び込んでしまったことがあったが、今回はそんな心配をすることもない。
ポケットの中からピッキング用の自作針金をスッと取り出し、1605号室の前に立った。
そのままゆっくりと鍵穴に針金を差込み、カチャカチャと小さく音を立てながら弄りまわす。
川 ゚ -゚)(『マンション内ではその住民に成りきること』……泥棒の極意その1だ)
心には余裕がある。
気を抜けばつい鼻歌でも歌ってしまいそうだ。
そんな冷静さとゆとりが今の私にはある。
カチャリ。
手応えがあり、それと同時に開錠の音が響く。
順調すぎる仕事の進み具合に思わずニヤリとしてしまう。
逸る気持ちを抑え、再び口を一文字に結んでから玄関扉を開けた。
川 ゚ -゚)(おじゃましまーす……)
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玄関口にはありふれた、しかし控えめな豪華さがあった。
川 ゚ -゚)(いい部屋だなぁ……次はこういうとこに引っ越そう……)
清潔な白壁に、光を反射する石の床、そこにはギコのものであろうサイズの大きい靴が3足ばかり、整然と並べられていた。
隅の方にも埃が溜まっている様子はなく、ギコの性格が表れている。
猫前ギコ、30歳独身。
VIP駅近くの有名な高級日本食料理店、『ロマ亭』で働いているガタイのいい男だ。
11時から開店する完全予約制のその店は、普通のリーマンがふらっと行けるようなところではない、多数の有名人やセレブの行き付けである。
そんな大金がコロコロと転がり込んでくるような職に就いているギコも間違いなく金を持っていると踏んで、今回のターゲットにしたわけなのだ。
繊細な技術を要求される日本食作りを普段からこなしている彼は私生活でも几帳面らしく、着ている服には一切のシワや汚れなど無い。
仕事柄、帰ってくるのがいつも夜の10時半くらいなのだが、それでも深夜2時きっかりには消灯していて、どうやら一定の生活リズムを心がけているようだ。
休日の火曜日にはジムに通っているおかげか筋肉隆々。
その見た目で、この前道行く大荷物のおばあちゃんの荷物を持ってあげていた、なんていう優しい一面も備えている。
まさに絵に描いたような良い人。
結婚するなら是非ともこういう男を選びたいものである。
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しかし、善人だからといって、私は容赦はしない。
どんなにいい男でも、自分と関わりがなかったらただの他人で終わってしまうのだ。
つまり、私はギコ(いい男)とは結婚できないのだから、余裕でギコ(金持ち)もターゲット入り、というわけだ。
川 ゚ -゚)(失礼しますよ、っと)
私は綺麗に光る玄関に脱いだ靴を揃え、その先へと上がり込んだ。
すぐそこはキッチンになっており、これまた整頓されていて埃一つ落ちてなさそうだ。
川 ゚ -゚)(はぁ、ほんと、旦那になってくんないかなぁ……。こいつと結婚するヤツが羨ましいよ……なんせ)
結婚したら玉の輿で、家事もせずにだらだら暮らしてけるからなぁ。
……我ながら酷くクズな考え方だ。
さて、この部屋は1Kの造りとなっている。
つまり、このキッチンの奥にあるあの磨りガラスのついた扉を抜ければ、普段ギコが生活している空間がそこにあるわけだ。
金目の物もそこにあるはず。
きっとこの部屋も、手垢を付けるのも申し訳なくなるくらい、神経質なほどピッチリと整頓されているのだろう。
好都合だ。そういう整頓された部屋ほど、物の位置を予測しやすい。
泥棒にとって格好の餌食となるんだよ!
私はドアノブに軽く手を触れ、そしてなるべく音を立てないよう、ゆっくりと扉を開いていった。
キィィ…ィィィ…|扉 | ⊂(゚- ゚川
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しかし……。
川;゚ -゚)「!!なっ……んだこれ……」
思わず声を出してしまった。
綺麗に整っていると思われたはずの部屋が、意外にも散らかっていたからだ。
8畳あるこの部屋の床はフローリングで、中央には広くカーペットが敷かれている。
その上にはガラステーブルがあり、ガラステーブルを挟むようにしてソファーと、大きなテレビが置かれていた。
テレビの両脇にはでかいスピーカーがドン、ドンと座しており、テレビ台の中にはブルーレイレコーダーやらDVDプレイヤーなどの色々な機器が。
他にも埋め込み型のクローゼット、窓際にはシーツに乱れのないベッド、そして壁に接して置かれた天井まで届きそうな本棚が2台もあった。
ここまではいいのだ。
それらの高そうな家具は想像以上にキッチリと、わざわざ定規で測って配置されたんじゃないかってほど整然としていた。
しかし、部屋中に散らばった無数の本の数々に、私は驚愕してしまった。
あっちにも本、こっちにも本、どこを見ても本、本、本。
テーブルの上にある本は広げられたまま放置され、テーブルの周りにもあちこちに散らかされていて、
またある本たちは読み終わったのを積み重ねられていったのか、歪なタワーのようにそびえ立っていた。
見ると、本棚の中に窮屈に詰まっていたであろう本が、所々ごっそりと無くなっている。
どうやら散らばっている本はこの本棚にあったものらしい。
川 ゚ -゚)(これは……予想外だったな。あの真面目そうな男が、こんなに部屋を散らかしていたとは……)
腕組みをして、私はふぅむと低く唸った。
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川 ゚ -゚)(一体何をそんなに読みまくっているのやら……)
私は他の本にぶつからないように慎重にテーブルに歩み寄り、広げられっぱなしの本を覗いてみる。
川 ゚ -゚)(なになに?蝦夷バフンウニの天然と養殖の甘味成分及び6種アミノ酸の数値化比較……?)
川 ゚ -゚)(随分と難しい本を読んでいるんだな……。蛍光ペンまで引いてるし)
本には、素人目には理解も出来ないような、何やら難しそうなことがずらずらと書いてあった。
その要所要所の単語や文章には、オレンジ色の蛍光ペンで線が引かれて強調されている。
川 ゚ -゚)(熱心なことで……。しかし、これはまるで……)
そう、しかしこれではまるで、高校や大学の受験生のようだ。
見ると、この本の隣にはノートも広げられていて、罫線に沿って丁寧に箇条書きのメモも取られている。
さらにその隣にはノートパソコン。飲みかけのコーヒーもある。
散らかっている本も例外なく料理に関する本ばかりで、どう考えても『勉強のために』読んでいたのであろうことが伺えた。
川 ゚ -゚)(ギコは既に一流の料理人のはず。それがこんなに期限に追われたように勉強しているってことは……)
川 ゚ -゚)(誰かVIPな人物が近々店に来るからか……あるいは、何か試験のようなものがあるのか……)
料理人は大変だなぁ、なんて他人事調子で私は小さく溜め息を吐いた。
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川 ゚ -゚)(っと、こんなことしてる場合じゃない。早いとこ、ずらからなければ)
そうそう、私は"私の仕事"をしに来たのだった。
いくら家主が夜まで戻ってこないからといって、長居は無用である。
本やノートはさておいて、私は金目のものを探す作業に移る。
川 ゚ -゚)(とりあえずノーパソだろ。タンス類は見当たらないから……クローゼットの中とかかな?)
最低限の家具しか置かれていないことから、金目のものを隠す場所も限られてくる。
そこで私はこの中でも唯一の収納スペースである、クローゼットに早々と目を付けた。
スライド式のクローゼットの扉をガラッと開けると、一つ一つハンガーに掛けられたコート類、売り物のように畳まれたシャツなどが目に入る。
と、そこに引き出し付きのカラーボックスが置いてあるのを認めると、私は一番上の引き出しを引いてみた。
銀行の通帳や、判子、腕時計なんかが仕舞われていた。
川*゚ -゚)(ラッキー!貴重品入れだ!)
私は腕時計を手に持って眺めてみる。
ロレックスのシンボルとネームがデザインされていた。
川*゚ -゚)(こいつはいい値が付きそうだ。これだから盗みは止められない)
ロレックスに夢中になっていた私の聴覚は、この時ほとんど機能してはいなかった。
だからだろう。
ひっそりと玄関を開けて忍び足で近づいてくる一つの影に、気が付くことができなかったのだった。
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(,,;゚Д゚)「おい」
川;゚ -゚)そ ビクゥッ!!!
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(,,;゚Д゚)
川;゚ -゚)
(,,;゚Д゚)
川;゚ -゚)
(,,;゚Д゚)
川;゚ -゚)
川;゚ -゚)「……ど」
川;^ -^)「どうもー……」ニコッ
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(,,;゚Д゚)白「待ってろ、今警察に……」ピピポ…
川;゚ -゚)「すいませんそれだけは勘弁してくださいお願いします」
こうして私は、泥棒人生二度目の失敗を犯してしまったのだった。
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『如何なることがあっても落ち着いて対処すること』
これは泥棒の極意その2なのであるが、そんな心得は何処へやら。
予期せぬ家主の突然の帰宅により、もはや私は完全に冷静さを失っていた。
(,,;゚Д゚)「……何だ?あんたは。泥棒か?確か鍵は掛けたはずなんだが……」
川;゚ -゚)「あーそのー、そういうんじゃないです。実はですねコレはですね……」
川;゚ -゚)「酔っ払ってて……そう、自分、朝帰りでですね。朝まで呑んでて今帰宅してたところで」
川;゚ -゚)「で、どうやら家を間違えてしまったらしくて。ええ。鍵の開いてたここにフラフラ〜っと入ってしまったみたいで。はい」
(,,;゚Д゚)「……そうなんですか」
川;゚ -゚)「はい。あはは……。だから、泥棒とかそういうんじゃないんです。ホントなんです」
(,,;゚Д゚)「でもここ、最上階ですよ?間違えますかね?普通」
川;゚ -゚)「あーっ、いやーっ、……自分とこのマンションの部屋も最上階でして。そのせいですかねぇ……」
(,,;゚Д゚)「そうですか。しかし酔っていては大変でしょう。家まで送って差し上げましょうか?」
川;゚ -゚)「いやいや!一人で大丈夫なんで!あなたが来てびっくりしたので、酔いなんて一気に醒めてしまいましたから。ええ」
(,,;゚Д゚)「そうですか。ところでさっき手に持っていた腕時計は何なんですか?あれ、僕のですよね」
川;゚ -゚)そ ギクッ!
川;゚ -゚)「えっ、いや。あの、それはですね…………たまたま……」
(,,;゚Д゚)「……」
川;゚ -゚)「……」
川;^ -^) ニ…ニコッ
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(,,;゚Д゚)白「やっぱり警察に連絡したほうが……」ピピポ…
川;゚ -゚)「すいません!警察だけは!!警察だけは勘弁してくださいお願いします!!」
携帯電話を取り出して、1・1・0と番号を押すギコ。
対する私は、縋るような懇願と共に土下座した。
ああ、なんという醜態を晒しているのか。
咄嗟にポケットに隠した腕時計の事もバレているとなると、かなり言い訳は厳しくなってくる。
これはもう偶然侵入してしまった風を装うよりも、哀れさを滲み出して同情してもらい、警察だけはなんとしてでも避ける方向でいったほうが懸命かもしれない。
というわけで早速私は、初犯で捕まってしまった普段は優しいひ弱な万引きおばあちゃんよろしく、必殺『つい出来心で』を使うことにする。
川;゚ -゚)「つい、つい出来心で!たまたまなんです!たまたま鍵が開いてたから、誘惑に負けてしまって入っちゃったんです!」
川 ; -゚)「酔っていたのは本当なんです。でも、扉の前で酔いは覚めてました。あ、ここ違う人の家だって思いました。でも、私、ああ……!」
川 ; -;)「もうしません!もうしませんから!だからお願いです!見逃してくださいお願いします!!!うう、うぅぅぅぅ……」
(,,;゚Д゚)「わ、わかったから。顔を上げて。通報はしないから、ね?」
川 ; -;)「ホントですか!?ぅぅ、ありがとうございますぅぅぅぅ……」
(,,;゚Д゚)「でも、僕の職場のほうにはちょっと連絡させてもらうよ。これはもう遅刻確定だからね」
川 ; -;)「ぅぅぅ。はい、わかりました……」
……クク、上手くいった。
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今警察さえ来なければこっちのもの。
何故ならば、私のこの黒い長髪は仮の姿であるからだ。
私が無事ここから逃げられた後、万が一にでもギコの気が変わって警察に通報したとしても、
その頃私はもうカツラを脱いで、現在の黒髪な素直クールから、赤く煌くセミロングの本来の姿、素直ヒートに戻っているからだ。
この変装のおかげで、今まで警察の目を掻い潜り、仕事を続けてこられたといっても過言ではない。
だから今一番重要なのは、ギコの気が変わらないうちに、穏便にさっさとギコから解放されること!
……よしよし。段々冷静さを取り戻せてきたぞ。
(,,゚Д゚)白 ピポピ…プルルルル
(,,゚Д゚)「もしもし。ギコですが。田中君?ええ。今日ちょっと遅れそうで……うん。」
(,,゚Д゚)「お昼のほう任せちゃっていいかな?どうせ今日の昼は予約も少ないし、田中君たちで十分回せるでしょ」
(,,゚Д゚)「あはは、そんな謙遜しないでよ。田中君ももう立派なんだから。うん。すまないね。じゃあ店長によろしく言っておいて。はい、それじゃ」
(,,゚Д゚)白 ピ
(,,゚Д゚)「待たせてすまないね」
川;゚ -゚)「え、あ、いや。全然……」
店への電話を終えたギコが、こっちを振り向いてそう言った。
すまないって……、この状況であんたが謝ることはないだろうに。
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(,,゚Д゚)「ふぅ。……とりあえず、ほら、いつまでも床に座ってないで。ソファーがあるから座りなよ」
そう言ってギコはスタスタと私の脇を通り過ぎ、クローゼットを開けると、
木製の背もたれのない小さな丸椅子を取り出し、それをガラステーブルの傍に置いた。
それから「あっ」と気が付いたような顔をして、テーブルの上と、周辺にあった本を片付け始めた。
何だ?すぐに解放してくれるんじゃないのか。
座らせて、何をする気なのだろうか。
まさか、警察にはチクらないでやるから代わりに体を……とか?
(,,゚Д゚)「あ、そうだ。飲み物を出さなきゃね。喉が乾いてるだろう」
ある程度本を片付け終わったと思ったら、ギコはそう言ってキッチンの方へと歩いて行った。
……飲み物か。
どうやら、襲うつもりではないらしい。多分。
飲み物を飲みながら行為に至るなんていうのは、想像してみてもちょっと滑稽な話だ。
川 ゚ -゚)(ふぅむ……。ところで……)
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ところで私は、このまま大人しくソファーに座るべきか?
それとも隙を見てダッシュで逃げ帰るべきか?
考えるまでもなく前者だろう。
ここはマンションの最上階。地上まで行くにはエレベーターを使わなければならない。
例えダッシュでトンズラしたとしても、エレベーターには待ち時間があるため、待っている間にギコに余裕で追いつかれてしまう。
つまり、隙を見て逃げ帰ることは、不可能に近いというわけだ。
悟った私は仕方ないと諦めの念を抱きながら小さく一つ溜め息を吐いてから、
そろそろとソファーに近づき、控えめな調子でソファーに腰掛けた。
(,,゚Д゚)「ごめんね、散らかってて」
間もなくギコがキッチンからグラスを二つ携えて戻ってきた。
私の前と、木星の椅子の前にグラスを置くと、やっとギコは木製の椅子に落ち着いた。
ガタイのいい彼が座ると、小さい椅子がさらに小さく見え、今にもメシメシと音を立てて壊れてしまうんじゃないかと思えてくる。
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(,,゚Д゚)「麦茶は嫌いだったかな?」
川 ゚ -゚)「あ、いえ。大丈夫です」
ほう、麦茶。
グラスの中の透き通った茶色の飲み物は、どうやら麦茶らしい。
春も終わりに近づき、初夏、梅雨前のムシムシとした熱さが少しずつ肌にまとわりつくようになってきた今日この頃。
これから段々とジリジリと刺さるような熱さになってくるであろうこの季節に、麦茶という飲み物はなんとも無性に飲みたくなるものである。
浮かんでいる透明な氷がカランと涼しげな音を立てた。
この音が余計に喉を乾かせる。
まさか睡眠薬など入ってはいないだろう。
私はそれじゃあ遠慮なくと、グラスを傾け麦茶を少しだけ口に含み、ゴクリ、と一気に喉に通した。
粘っこかった口内がさっぱりとした清涼感で満たされる。
美味い。やっぱり、夏には欠かせない飲み物だね、麦茶。
(,,゚Д゚)「あー、それでさ。君に悪気がなかったのは分かったよ。うん」
川 ゚ -゚)「はい……」
私が麦茶をテーブルに置き戻したところで、おもむろにギコが話を切り出した。
何だ?本当に何だというんだ?
これ以上なにか話し合うべきことがあるのだろうか?
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(,,゚Д゚)「でも、僕の腕時計を盗もうとしていたのは事実だ。だから、そこはしっかりと、反省してほしいんだ。自分の中でね」
川 ゚ -゚)「はい……。本当に、すいませんでした……」
(,,゚Д゚)「うん。いいさ。反省してるならね。でもね、僕は思うんだ。何が君をそうさせたんだろう、ってね」
(,,゚Д゚)「時計を持っていっちゃおうと思わせるほどの何かが、君の中で、あったんだと思うんだよ」
川 ゚ -゚)「…………はぁ……」
真剣な表情で語っていくギコに、私は思わず呆けたような相槌を打ってしまう。
……何が言いたいんだ?この男……。
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(,,゚Д゚)「見たところ、君は僕よりも若いじゃないか。20代前半、くらいかな?」
(,,゚Д゚)「でも、年上である僕よりも、相当辛い、苦労の道を進んできたんじゃないかな?」
川 ゚ -゚)「……」
(,,゚Д゚)「雰囲気で分かるんだ。だから、聞かせてほしい。君がどんなに険しい道を歩んできたのかを」
(,,゚Д゚)「君の重荷を、僕に全部吐き出してほしいんだ。……勿論、こんな僕でよければ、だけれどね……」
(,,゚Д゚)「どうかな?話してくれるかい?」
川 ゚ -゚)「…………」
川 ゚ -゚)(こいつ……)
いくらなんでも、優しすぎでしょう……。
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こいつの言ってることはつまりあれだ。
相談に乗ってあげますよってことだ。
どうやらギコには、私が幼くして両親を失くし、引き取り手に虐げられながらも精一杯バイトで食いつないできた、哀れな貧乏娘にでも見えたのだろう。
まぁ、少なからず苦労してきたのは間違っちゃいないが。
しかしこの優しさは、ここまでくるともはやおせっかいの域だ。
お前の物を泥棒しようとしたヤツに同情して、あげく人生相談に乗ってあげようとするヤツが他にいるだろうか。
水戸の御老公様とタメ張るレベルのおせっかいっぷりだ。
川 ゚ -゚)「…………はい」
しかし、こいつの心意気を無下にするのも些かバチ当たりというものだ。
円満にこの場を終わらせるためには、嘘でも乗ってやる他あるまい。
なので私は、多少嘘も混じえながら、ギコに身の上話を聞かせてやることにしたのだった。
川 ゚ -゚)「実は……」
-
…
……
(,,-Д-)「なるほど……。そんなことが……」
川 - -)「はい……。それで私は、父親の残した借金を返すためにと、14歳の時に決意を固めたんです……」
ギコに聞かせた身の上話を要約すると、こうだ。
12歳の時に病気で母親が他界。その後酒飲みで賭博漬けだった父親が失踪。
中学に上がったばかりの私、素直クールに残されたのは父の作った借金だけで、親戚たちには煙たがられ、
ようやく引き取ってもらったところも、用意してくれるのは最低限の飯と寝床だけ。
年齢を偽ってバイトを掛け持ち、借金をちびちびと返しながら生活してきた。
高校には行かず、さらにバイトを増やし、今までずっとそうやって暮らしてきた。
残りの借金があと50万というところでこの家に入り込んでしまい、時計を見つけてつい手を出してしまった……。
と、こんな感じ。
ぶっちゃけ、9割方が嘘の話になってしまったが、本当のことを話す必要はない。
要はこいつの期待する話を当たり障りなくしてやればいいのだ。
ついでに借金というワードも盛り込み、あわよくばお金を恵んではくれないかなぁという算段だ。
あっちも満足。こっちも満足。
これぞまさにウィンウィンな関係の典型例だといえるだろう。
(,,-Д-)「辛い、道のりだったね……。頑張ったね……」
川 - -)「はい……」
(,,-Д-)「でも、すまないね。あいにく、金銭面で協力してあげることはできない……」
早くも算段は無駄に終わった。
ちくしょう……。10万くらいは恵んでくれたっていいじゃない……。
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続編とな
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(,,゚Д゚)「事情があってね……。僕は料理人なんだけど、実は近々独立して、自分の店を構えようとしているんだよ」
(,,-Д-)「だから、僕もお金は必要でね……。本当に、すまないね……」
川;゚ -゚)「あ、いえ。そんなつもりじゃ……」
本当にすまなそうに眉毛をハの字に曲げて、ギコは謝ってきた。
残念。
まぁ、そう虫のいい話もあるわけないか。
しかし、独立か。
なかなか夢のある男よ。
それでこれだけ本を広げて日夜勉強しているのかと思うと、この散らかり具合も納得である。
相槌のために、私は今思ったことを口に出してみることにした。
川 ゚ -゚)「料理人……独立ですかぁ……。凄いですね。それでこれだけ本を広げて、勉強なさっているんですか?」
(,,゚Д゚)「いや、まあ。独立のため、といっても間違ってはいないんだがね。違うといえば、違うのかなぁ」
川 ゚ -゚)「?と、いうと、どういうことなんです?」
-
(,,゚Д゚)「いやね、独立するためには、今いるお店を辞めなきゃいけないじゃない?そのお店を辞める、試験のための勉強なんだ」
川 ゚ -゚)「お店を辞めるための試験、ですか」
(,,゚Д゚)「うん。今お世話になっているお店の店長……僕の師匠なんだけどね。師匠には、かなりの恩があってね。
高校から出たばかりの僕を、見捨てずにここまで育ててくれた……」
(,,゚Д゚)「それで、このお店のしきたりみたいなものなんだけど、長年修行を積んで、独立することを決心した人は、必ず師匠の出す試験に合格しなきゃいけないんだ」
(,,゚Д゚)「それで、その試験の内容っていうのが、自分の料理を師匠に認めてもらうこと、なんだ」
川 ゚ -゚)「はぁ。なるほど」
(,,゚Д゚)「そうなんだ。うん……」
(,,゚Д゚)「でも、恥ずかしいことに、僕はこの試験に一回落ちててね」
(,,゚Д゚)「それでもう一回自分の料理を見つめ直すために、こうして勉強してるってわけなのさ……」
川 ゚ -゚)「そうなんですか……」
(,,゚Д゚)「うん……」
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(,,゚Д゚)「……や!いつの間にか、僕の悩みを相談しちゃってるね。あはは、ごめんね?つまんなかったでしょ」
川;゚ -゚)「いやいや!そんなことないですよ!」
川 ゚ -゚)「その……立派だと思います。すごく……」
(,,゚Д゚)「いやぁ。君の悩みに比べれば、大したことない問題なんだけどね。努力が足りないんだよ、きっと」
川 ゚ -゚)「そんなこと……」
そうしてギコは、はははと笑いながら、人差し指でポリポリと頬を掻いた。
この男、知れば知るほど完璧人間だな……。
ふむ、なるほど。師匠さんの試験か。
それであんなアミノ酸だのなんだのって難しい本を読んでいたと。
しかし、こんなに真面目な男が出す料理だ。きっと超が付くほど美味いに違いないのに。
その料理を、師匠さんが認めなかったっていうのは、一体何がダメだったというのだろう……?
-
川 ゚ -゚)「あのう……一つ、いいですか?」
(,,゚Д゚)「ん?いいよ。何?」
川 ゚ -゚)「その……お師匠さんは、何でギコさんの料理を認めてくれなかったんですか?」
(,,゚Д゚)「……」
川;゚ -゚)「あっ……すいません。変なこと聞いて……」
(,,゚Д゚)「いや、いいんだ。大丈夫だよ」
(,,゚Д゚)「何で。……何でだろうね。僕は僕の作り得る、最高の品を出したつもりだったんだ……。それなのに、認めてくださらなかった……」
川 ゚ -゚)「……」
(,,-Д-)「はは、わからないね。こうして毎日勉強はしているものの、さっぱりだよ」
川 ゚ -゚)「ギコさん……」
(,,-Д-)「師匠からは、『ただ一つだけ、大事なものが欠けている』って言われただけだった。その大事なものが何なのか、分からないんだ……」
川 ゚ -゚)「大事なもの、ですか……」
そう言ってギコは、腕組みをしたまましばらく目を瞑っていた。
静かに時が流れていった。
.
-
……5分ほど経っただろうか。
ギコがゆっくりと顔を上げると、付けていた腕時計を見て、おもむろに立ち上がった。
(,,゚Д゚)「ちょっと早いけど、お昼ご飯にしようか」
私もこの部屋にある壁掛け時計を見ると、針は11時ちょっと前を差していた。
川;゚ -゚)「そんな!そこまで……」
(,,゚Д゚)「いーからいーから。テレビでも見てて待ってなよ」
リモコンでテレビのスイッチを入れたギコは、それじゃごゆっくりと言わんばかりにこちらに微笑みかけ、またキッチンへ引っ込んでしまった。
川 ゚ -゚)(……)
川 ゚ -゚)(……クク……ふふふふ)
川 ゚ー゚)(ふふふふふふふふふふふふふふふふふ!)
川*゚ー゚)(やった!やったぞ!ギコの手料理が食える!!)
口や態度ではすこぶる申し訳なさそうにしている私だったが、その実内心めちゃくちゃ喜んでいた。
なんせ普段は足を踏み入れることさえ躊躇われるような高級日本料理屋の料理を、しかもタダで、食べることが出来るかもしれないからだ。
これだけでもこの部屋に忍び込んだ甲斐があるというもの。何も盗めなかったとて文句無しだ。
川*゚ー゚)(楽しみだなぁ……)ジュルリ
テレビの内容などほとんど頭に入ってこないまま、私はワクワクソワソワしながらギコがもう一度戻ってくるのを待った。
-
…
……
それから40分後。
私の目の前にはご馳走が並べられていた。
(,,゚Д゚)「どうぞ、召し上がれ」
川*゚ -゚)(フォォォオオオオオ……!!)
豪華純和風料理の数々に、私は目を見張った。
まず目に付くのが主食の炊き込みご飯。
だし汁や醤油などと合わせて炊かれたおかげで、普通に炊いた白いご飯よりも僅かに、淡く小麦色に色付いている。
一緒に混ぜられている数種類の具材たちの一つ一つが、米粒の間々からひょこっ、ひょこっと頭を覗かせていて、つい見ていてうっとりと、両頬を緩ませてくれる。
にんじんと、ごぼうと、しいたけ、それから鶏もも肉と、油揚げも入っていて、ご飯と一緒に山型に盛り付けられたそれらの上には小さな三つ葉が、ちょこんと、可愛らしく乗っている。
主菜には銀鮭の塩焼き。
鈍く光を反射する、長方形の黒い瀬戸物の皿に盛り付けられている鮭の身は、どことなく厳格さを醸し出している。
薄い橙色のその身は鮭自身から滲み出たであろう脂でテカテカと光っているが、皿の隅にある大根おろしでさっぱりとした印象も与えてくれる。
そして副菜には大根の煮物。
炊き込みご飯の小麦色よりも随分茶色いその見た目からして、よーくダシが染み込んでいるのだろう。
色を加えるために爽やかな緑色の絹さやの細切りが乗せられている。
小皿には一口大に切られたきゅうりと白カブのお漬物もあり、鷹の爪の輪切りの赤々しさがちらほらと転がっていてピリ辛の味付けを想像させる。
更には一際ホカホカと湯気を上げる、お豆腐としめじと三つ葉の浮かぶ、汁の透き通ったお吸い物まである。
つい先程旅行雑誌で見惚れていた、あの懐石料理の縮小版が、今まさに目の前で再現されていた。
-
川*゚ -゚)(これ全部一人で食べていいの!?ホントにいいの!?)
もう、この私の心底嬉しそうにした顔とうるうると輝く瞳は隠しきれていないだろう。
ギコの顔と目の前の料理を交互に見て、食べちゃうよ?もう食べちゃうよ?と訴える。
(,,゚Д゚)「ああ、僕のことなら気にしなくてもいいよ。職業柄、いつも昼過ぎにお昼を食べてるから、まだお腹空いてないんだ」
(,,^Д^)「どうぞ、召し上がれ」
もう一度そう言って、ギコはにこやかに微笑みかけた。
そこまで言うのなら……、そこまで言うのなら仕方ない、食べてやる他あるまいて。
私はもう一巡料理たちをぐるりと見回し、それから両の手のひらを合わせて、噛み締めるようにあの言葉を言い放った。
川*- -)人「いただきます……っ!」
-
さて、一つ一つ紹介すると長くなりそうなので省略するが、総評すると、どれも素晴らしく美味かった。
炊き込みご飯に入っている鶏ももには薄く焦げが付けられていて、香ばしさも兼ね揃えた逸品だった。
銀鮭の塩焼きは脂の乗った身が箸で押すとポロポロと砕け、その歯応えは柔らかく、食べやすい。
大根おろしと一緒に口に入れると、口内で瑞々しさと脂が中和されて、すっきりとした味わいに。
ポリッ!と随分小気味のいい音を立てるお漬物は、きゅうりが旬ということもあるからだろうか。
お吸い物は三つ葉のフレッシュな香りと、しめじから出るきのこ特有のきのこエキスがだし汁と合わさって、
舌を通すとジワーッと旨みが伝わって、喉を通すとホッと温かい心地になる。
特筆すべきは大根の煮物。
想像通りダシが染み込んでいたのだが、味はその想像の範疇を超えていた。
ダシが染み込んだ大根、といえば、おでんの大根などもそうなのであるが、この大根の煮物はそんなもんじゃない。
なんだろう。なんだか分からないが、お醤油やみりんなんかだけでは決して出ることのない美味さが、その中には詰まっていた。
シンプルな味わいながらも、深い深〜いコクが、私の自慢の舌で感じ取れたのだった。
川*- -)人「ごちそうさまでした……っっっ!!」
気がつくと私の目の前に残っていたのは、さっきまで料理が乗っていた5つの器と、ペラペラの銀鮭の皮だけだった。
-
(,,゚Д゚)「どう?お口に召したかな?」
川*゚ -゚)「もうとっても!めちゃくちゃ美味かったぞ!」
(,,;゚Д゚)(ぞ?)
川;゚ -゚)「ああいや!美味しかったです!」
(,,゚Д゚)「そ、そう。これだけ綺麗に食べてくれると、作った甲斐があったと思うよ。よかった」
危ない危ない。
テンションが上がっていたせいか、ついいつもの喋り方に戻ってしまった。
まあ、そんなに怪しまれるようなこともないだろう。
しかし、いやはや満足だ。
こんなに美味な和食は久しぶり、いや、もしかしたら初めてかもしれない。
こうなるとこれから先、これ以上の美味い和食を食べることは困難になるかもしれないな。
なんてことを考えながら、いつの間につぎ足されていた麦茶を呷り、喉を潤した。
(,,゚Д゚)「お粗末様でした」
ギコが私の空にした食器を下げようと器を重ねようとした。
が、私はその手をわざわざ制し、自分で食器を重ね始める。
川 ゚ -゚)「片付けくらい、私にやらせて下さい」
-
(,,゚Д゚)「いやいや、お客さんにそんなこと……」
川 ゚ー゚)「お客さんだなんて、私は勝手に上がり込んだんですよ?」
(,,゚Д゚)「あれ?ああ、そうだっけか。ははは」
本当に忘れていたらしい。
呆れた奴だ。そうやってすぐに人を信じるから、私みたいな輩につけこまれるのだぞ。
(,,゚Д゚)「じゃあ、お願いしようかな」
そう言って、ギコは木製の椅子に座った。
反対に、私は重ねた食器をキッチンに運ぶため立ち上がる。
-
(,,゚Д゚)「あ、でも、流しに置いてくれるだけでいいから」
川 ゚ -゚)「そうですか。分かりました」
その要望には私は素直に応じる事にする。
次自分が使う食器を赤の他人に洗ってもらうのは、誰であっても少し不安に思うだろう。
私だってそう思う。
キッチンに食器を運んだ。
「あ、もしかしたらこの食器、結構高価な物かもしれない」と思いついた私は、割れないように、傷つけないように慎重に食器を流しに置いた。
言っておくが、高価そうと思っただけで、これを盗もうとは思ってはいない。
汚れた食器の1つや2つを盗もうと思うほど私はケチ臭くはないのだ。
川 ゚ -゚)(ふぅ……。腹もいっぱいになったところだし、そろそろおさらばしますかね)
と、ギコのいる部屋に戻って適当に区切りをつけようかと、足を運ぼうとしたその時。
川 ゚ -゚)(ん?……あれは…………)
私の目に、あるものが映った。
.
-
川 ゚ -゚)「ちょっといいですか、ギコさん」
(,,゚Д゚)「ん?なんだい?」
川 ゚ -゚)「私の作った料理を、食べてみませんか?」
(,,゚Д゚)「……え?」
あることを思い付いた私は、ギコにこう持ち掛けた。
私の料理を、ギコに食べさせる。
プロの料理人である猫前ギコに、素人の私の手料理を―――。
(,,゚Д゚)「いや、でも僕はまだお腹空いてないから……」
川 ゚ -゚)「時刻は今12時20分です。これから作る時間を入れて、1時頃にはまぁまぁお腹も空くでしょう。それに……」
川 ゚ -゚)「私の料理で、あなたの料理に足りないものが何なのか、分かるわかるかもしれませんよ?」
(,,゚Д゚)「ッ!?」
川 ゚ -゚)「それも、あなたの作る料理と同じ。和風料理で、です」
(,,゚Д゚)「へぇ……。それは……面白いね」
わざと挑発するような言い方をして、ギコを乗り気にさせた。
よし、上手くいったぞ。
-
飯テロに対抗しつつ支援だ!
-
(,,゚Д゚)「もし、足りないものが何なのか分からなかった場合は、どうする?」
川;゚ -゚)「え……」
(,,゚Д゚)「……」
川;゚ -゚)「ええと……その時は……そのぅ」
(,,゚Д゚)「……」
川;゚ -゚)「……」
(,,゚Д゚)「……」
(,,゚Д゚)「あはは……。冗談だよ。いいよ、キッチンは好きに使ってくれて」
川;゚ -゚)「あ、はは……。ありがとうございます」
おいおい。目が笑ってないぞ……。
どうやら、普段は温厚だが、料理のことになると途端に人が変わる性格らしい。
まあ多少怒るのも無理はない。
プロのあなたが作る料理に無いものが、素人の自分が作る料理には有る、と言われたようなものなんだから。
川;゚ -゚)(これは割と本気を出さなきゃならんかもしれんね……)
-
(,,゚Д゚)「あ、そうだ。作ると言っても……」
ギコは立ち上がると、ちょっとこっち来てという風に私の方に手招きをした。
後ろについて歩いて行くと、冷蔵庫の前に来て立ち止まる。
165センチある私の身長よりもちょっとだけ低い2ドアの冷蔵庫の扉には幾枚ものメモ用紙が磁石で貼り付けられており、
その一枚一枚に料理のレシピがメモされてあった。
そしてその冷蔵庫の上段の扉をガパッと開くと、漂ってくる冷気と共に冷蔵庫の中身が見えた。
(,,゚Д゚)「食材、さっき僕が作った分でほとんど切らしちゃって。これだけしか無いんだけど……」
中を覗くとがらんとした空間が広がっていて、食材と呼べるものが申し訳程度に残っているだけだった。
ごぼう、しいたけ、しめじ、三つ葉。
さっき出された料理に使われたであろう食材がほんの少量ラップに包まれていて、あとはお漬物の保存容器にお漬物が少しと、
ソースやドレッシングやわさび等の調味料類がずらっと並んでいる。
川;゚ -゚)(少な!料理人の冷蔵庫がどんなもんかと思えば、ホントに少しだけだな)
(,,゚Д゚)「丁度今日の昼休みに、食材の買い出しに行こうかと予定してたところでね。本当に少ないんだけど……。大丈夫?」
今なら止めてもいいんだよ?というような、少し心配した顔をしたギコだったが、それでも私はフッと笑って見せて。
川 ゚ー゚)「大丈夫です。期待しててください」
ギコを部屋に戻し、私は調理を開始した。
-
腹がへる支援
-
…
……
(,,゚Д゚)「……」
僕は今、自室のソファーに座って、ぼんやりとテレビを見ながら考え事をしている。
横にあるキッチンではふらりと僕の部屋に入ってきてしまった若い女の子が、自分に料理を振舞おうと調理している最中だ。
(,,゚Д゚)(彼女、素直クールさんだっけ。大丈夫かなぁ……)
あんなに少ない材料だけで、一体何が作れるのだろう。
もし自分だったら……いや、予想は止めておこう。
プロの料理人である僕に出してくれる料理が何なのか、目の前に出てくるまで楽しみにしていた方が面白そうだ。
握っていたグラスを傾けて、氷が溶けきってしまい味の薄くなった麦茶を一口飲んだ。
-
そうだ、包丁は上手く扱えているだろうか?
僕は仕事場でも自分の部屋でも、一本しかない自分のお気に入りの包丁を使っている。
わざわざ毎日部屋にまで持ち帰るのは、他のものを使うより、その方が感覚が狂わないからだ。
しかもその包丁の柄の部分は自分の手の大きさに合わせて作らせた特注品だ。
一本しか無いのだから、当然今調理中の彼女にもその包丁を使わせているのだが、女性の小さい手には握りにくいんじゃないだろうか。
気になってキッチンを覗きに行きたくなるが、「出来上がるまで覗かないでくださいね」と言われたからにはそうするしかない。
(,,゚Д゚)(そもそも何でこんなことになってるんだっけ……。僕がお店に向かう途中引き返したのは……ああそうだ)
今日は包丁を部屋に忘れて出てしまったせいで、一旦引き返すことになったのだった。
それで取りに戻ってみたら、部屋には彼女が……。
トントン、トントントン。
キッチンから包丁がまな板を叩く音が聞こえる。
-
( ФωФ)『ただ一つ、足りないものがある。それは儂がいちいち教えるようなことではない、しかし大事な、大事なことじゃ』
( ФωФ)『うむ。その大事なものが欠けている今のお前の料理を、儂は一人の料理人として、まだ認めるわけにはいかない』
川 ゚ -゚)『私の料理で、あなたの料理に足りないものが何なのか、分かるわかるかもしれませんよ?』
川 ゚ -゚)『それも、あなたの作る料理と同じ。和風料理で、です』
(,,゚Д゚)(足りないもの、か……)
師匠からは、一つだけ足りないものがある、と言われた。
足りないものとは、何なのだろう。
……分からない。
空いてる時間を勉強に費やしてみても、明確な答えはどの本にも書いてはいなかった。
彼女からは、自分にはその足りないものが何なのか分かる、と、間接的にだが言われた。
素人の他人にだ。
さっき出した自分の料理を食べて、その足りない何かに気付いたのだろうか。
……有り得るかもしれない。
あの大根の煮物とお漬物は研究のために、試験の時に師匠に出したものと全く同じ味付けで昨日から作っておいたものだ。
この2つの品に何か足りないものがあるのか。
だとしたら、それは一体何なのだろうか。
-
……そうして、30分ほど考えていたが、やはり答えは出ないままだった。
そのうち、ジューッ!という油の音がキッチンから聞こえてくる。
油鍋でも使っているのだろうか?
特にその場所は教えなかったはずだが、シンクの下に収納していたのを上手く見つけたのだろう。
そして炊飯器からか、ご飯が炊けた合図である聞き馴れた音がピーッピーッと高く鳴り響く。
ご飯まで炊いていたのか。
早炊きの仕方は分かったのだろうか……?
っと、いかんいかん。
つい心配する癖が出てしまう。悪い癖だ。
しかし……。
油鍋を使っているということは、おそらく揚げ物なのだろう。
そしてご飯も炊いている。
加えてあの材料の少なさ。
この条件のもとで作れる和風料理となれば……?
ガラッ。
キッチンへの扉が開く音が、料理の完成を示していた。
-
川 ゚ -゚)「お待たせしました」
(,,゚Д゚)「いや、全然……。早かったね」
扉を開けた彼女が、お盆を持って入ってきた。
約30分ほどで調理を終えるなんて、お世辞でもなく早い方だ。
実際、ちょっと考え事をしていたせいで30分なんてあっという間だった。
(,,゚Д゚)「それで、何を作ってくれたのかな?」
川 ゚ -゚)「ええ、どうぞ。これが、私の料理です」
(,,゚Д゚)「!これは……」
コトッという音を立てて、僕の前にそれは置かれた。
いつもご飯をよそうのに使うようなお茶碗ではない、底が深く、大胆で大きな見た目の器、『丼ぶり』。
その丼ぶりにはいっぱいの白米が敷き詰められていて、その存在感はこの一杯で満腹にさせてくれることを確約してくれているように感じさせる。
そして、その上に乗っているこの丼ぶりの主役。
細かく千切りされた数種類の食材が、円を成すように重なり合って揚げられたそれは、まごうことなき『かき揚げ』!
しかも淡いきつね色を纏うそのかき揚げが、二枚も!白いご飯を隙間なく隠すように乗っているのだった。
かき揚げと、丼ぶり。
二つが組み合わさったこの料理の名前は、……そう!
(,,゚Д゚)「かき揚げ丼……!!」
-
支援
-
僕の横に立ったままの彼女が少し、フフと自信ありげに笑った気がした。
そうか。かき揚げ丼ときたか。
確かに、あの材料で何かを作るとなれば、全て一緒くたに纏めてしまって、一つの料理にしてしまう方が理にかなっている。
川 ゚ -゚)「こちらのおつゆをかけて、お召し上がりください」
そう言って彼女は、醤油ベースの天つゆが入った小さなガラス器を丼ぶりの傍に添えた。
(,,゚Д゚)「……じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます」
彼女の方に向けて手を合わせた後、そのまま今度はかき揚げ丼に向かって「いただきます」を唱える。
ガラス器を傾けて、中の天つゆを全部一気に丼ぶりの中にたらし入れる。
それから右手で箸を、左手で丼ぶりを下から掬い上げるようにして持ち、いつでも食べられる万全の状態を整えた。
緊張と食欲から出てくる唾液をごくりと飲み込んだら、意を決して、ご飯を、それからかき揚げを一口ずつ口に入れた。
-
(,,-Д-) パリパリパリパリィッッ!
つヾ▽と
かき揚げに歯を通すと、張り詰めたようないい音が鳴った。
そのまま噛みちぎり、咀嚼を繰り返す。
サクッ!サクッ!
噛むたび口の中で軽快な音が鳴り響く。
最低限の量だけ付けられた衣と、程よく熱が入っている細切りされた材料たちが唸っているのだ。
にんじんが甘さを滲み出し、ごぼうとしめじが味に渋みを加えている。
それらの素材そのままの味が、後にかけられた天つゆによって計算された味わいへと纏め上げられているのが分かる。
(,,゚Д-) (しかし……もう一つある。もう一つこのかき揚げに足されているこの旨みは、一体……)
つヾ▽と
川 ゚ -゚)「お気づきになったようですね」
(,,;゚Д゚)「!ああ、何か隠し味があるのかい?深みがあるような……」
川 ゚ -゚)「ええ。かき揚げの中に入っている、冷蔵庫の中にあったもの以外での隠し味……。それは」
川 ゚ー゚)「かつお節、です」
(,,゚Д゚)「!!!」
-
そうか、かつお節!
旨みの正体は、かつお節だ!
旨味成分が目一杯詰まった、ダシとしてメジャーなかつお節。
これを細かくちぎって入れることで、ダイレクトに旨味を増すことができる……。
噛むほど噛むほどかつお節のダシとしての旨味が絞り出され、舌にジュワジュワと味が染み込んでいく。
一流の料理人は技を磨けば磨くほど、奇抜なことを嫌い、素材の味とシンプルな味付けで勝負するようになるものなのだが、
これはそんな自分では思いつかなかった発想……。
まさに素人であるからこそ成せた技だろう……。
そうだ。もしかして自分に足りなかったものとは、この奇をてらうような柔軟な発想力だったのか……?
あれこれと考えてみながらも、かき揚げ丼を口に運んだ。
-
(,,゚Д-) モグモグ (だが……、ちょっと飽きがくるな。漬物なんかが付いてこなかったのが惜しい、か)
つヾ▽と
定食屋なんかでも、丼ものを頼めば、一緒に漬物なんかが小皿に出されるのが普通だ。
流石に丼ぶり一食だけでは、美味くても、その味ばかりしか楽しめないので飽きがきてしまうのは仕方ない。
(,,゚Д-)(まぁ、あの材料の少なさで付け合せまで作るのは無理があるか……)
川 ゚ -゚)「すみません遅れまして、こちら、付け合せの和え物でございます」
(,,;゚Д゚)(な、和え物?)
見ると、新たに出された小皿の中には、茹でた三つ葉と細切りのしいたけの和え物が、
三口ばかり山になって盛り付けられていた。
(,,;゚Д゚)(信じられん……。思った矢先、本当に付け合せが出てくるとは……)
(,,゚Д゚)(!かき揚げに三つ葉としいたけが入っていなかったのは、そのためだったか)
川 ゚ー゚)「ささ、遠慮せずに」
(,,゚Д゚)「……ああ」
促されて、和え物を一口分箸で摘んで、口に入れた。
-
醤油の味と共に、ピリッとした刺激が舌に伝わった。
喉にくるのではなく、鼻にツーンと抜けていくような、上品な辛さが。
醤油との抜群の相性を誇るこの薬味、これは。
(,,゚Д゚)「わさび和え、か!」
川 ゚ー゚)「その通りです」
なるほど、わさび。
これなら、揚げ物の油っこさで悶々としていた口内をすっきりと直し、飽きを一掃することが出来る。
その後にまたかき揚げを頬張れば、いただきますをしてから一口目を食べたときと同じ感動がまた味わえるというわけだ。
(,,゚Д゚)(よく……考えられているな……)
こうして僕は、かき揚げ丼と、三つ葉としいたけのわさび醤油和えを、完食した。
.
-
くっ、腹が…!
-
…
……
川 ゚ -゚)「どうでしたか?お味のほうは」
食器を、今度は僕が自分で下げてから、部屋に戻って椅子に座った。
最初と同じ、彼女がソファーで、僕が木製の椅子のほうだ。
体を向かい合わせて、話をする。
(,,-Д-)「美味しかったよ……」
呟いた後、顔と瞼を上げて、もう一度ハッキリと彼女に伝える。
(,,゚Д゚)「本当に美味しかった。プロ顔負けの腕を持ってるね、君は」
川;゚ -゚)「いやいやそんなこと!褒めすぎでしょう。それは」
慌てた様子で彼女は手を横に振った。
でも、実際美味しかったのだ。
定食屋なんかで出すのも勿体無いくらい……。
なんなら師匠の店で出しても差し支えないほどだ。
川;゚ -゚)「でも、お口に召したようで何よりでした。生意気な口叩いてしまった分、正直冷や汗ものでしたよ」
(,,゚Д゚)「あはは。そんな、全然怒ったりもしてなかったのに。ごめんね?心配させちゃって」
川;゚ -゚)「いや、こちらこそ生意気言ってすみませんでした」
ペコ、と彼女が頭を下げた。
なんか、真面目ないい子だなぁ……。
-
かき揚げ食いてえ…
-
(,,゚Д゚)「かき揚げにかつお節が入っていた事といい、少ない材料でふた品も作った事といい、見事だったよ」
うんうんと僕は頷いて、感心する。
(,,゚Д゚)「あのかつお節作戦は自分で考えついたのかい?」
川 ゚ -゚)「ああ、まぁ実はそうなんです。僭越ながら……」
(,,゚Д゚)「いや、あれは素晴らしいアイデアだった……」
(,,゚Д゚)「そうだ!僕がお店を出したら、料理人として働いてみない?歓迎するよ!」
川 ゚ー゚)「本当ですか?う〜ん……。考えておきますね」
僕の提案に、彼女は少しニコっとしただけだった。
冗談で言っていると思われたのだろうか?
割と本気のつもりなんだけど……。
川 ゚ -゚)「……それで、肝心の『足りないもの』についてですが……」
(,,゚Д゚)「!!」
-
川 ゚ -゚)「何だか分かりましたか?」
(,,゚Д゚)「…………いや……」
もしかしたら、と思う節はあるにはあったが、それでも確信は得られなかった。
僕の料理には何が足りないのか。
師匠は何が足りないと思ったのか。
未だに頭の中ではモヤが渦巻いている。
川 ゚ -゚)「そうですか……。ならば、教えて差し上げましょう」
(,,゚Д゚)「!!分かるのかい!?足りないものが、何なのか」
川 ゚ -゚)「ええ」
彼女は真剣な眼差しでこちらを見てくる。
嘘偽りではなさそうだ。
僕もつい、真剣な顔つきになって彼女を見つめた。
川 ゚ -゚)「ギコさんに足りないもの……それは」
ゴクリ。喉が鳴った、が。
川 ゚ -゚)「にんじんです!!」
(,,゚Д゚)「……へ?」
拍子抜けしてしまった。
-
(,,゚Д゚)「……クールさん。ふざけないでほしい」
真剣だった分、脅すような強ばった声が出てしまう。
だってそうだ。
こっちにとってはこれからの人生に直接関わりのある、大事な問題だからだ。
それをこんなふうに茶化されたら、いくら僕でも怒りたくもなる。
それとも、今までのは全てお遊びだったのだろうか……?
しかしそんな僕の気持ちには意にも介さず、そのまま坦々と彼女は続ける。
川 ゚ -゚)「ふざけてなどいませんよ。にんじん。これがあなたに足りないものです」
(,,゚Д゚)「……クールさん」
川 ゚ -゚)「まだ気が付かないんですか?かき揚げの中に、にんじんが入っていたことの違和感に」
(,,゚Д゚)「え……?。……!」
そこまで言われて、初めて気が付いた。
そうだ。にんじんが入っていたのはおかしい。だって……。
にんじんは、冷蔵庫の中には入ってなかったはず……。
-
(,,;゚Д゚)「どうして。どこから、にんじんが……」
川 ゚ -゚)「お気付きになりましたか」
(,,;゚Д゚)「あ、ああ。でも、どうして……」
川 ゚ -゚)「それも教えて差し上げましょう……。このにんじんは、流しの、三角コーナーから拝借したものなのです」
(,,゚Д゚)「!!三角コーナーだって……」
三角コーナーとは、調理の際に出た肉の筋、魚の骨、野菜くずなど不要なものを、一時的に溜めておく簡易ゴミ箱のことだ。
ここからにんじんを調達したっていうのか。
川 ゚ -゚)「ギコさん。あなたはプロの料理人です。どうすれば料理が美味しくなるか、その理論を誰よりも勉強し、知っている」
(,,゚Д゚)「……」
川 ゚ -゚)「当然、肉のどの部分を使えばどの料理に合うのか、野菜のどの部分が一番美味しいのか、なんて基本も心得ている」
川 ゚ -゚)「でも、だからこそ!いいところを厳選して使うあまり、不要な部分が多くなってしまっているんじゃないですか?」
(,,;゚Д゚)「ッ!……」
-
川 ゚ -゚)「もちろん、多くなっているといっても、こうしてかき揚げ丼がギリギリ一杯作れる程度の、ほんの少量です」
川 ゚ -゚)「でも、こうして使えるところを無下に捨ててしまうのは、些かもったいないとは思いませんか?」
川 ゚ -゚)「あなたは料理人です。美味しいものをお客さんに食べてもらいたいという、その思いやり。その心は痛いほど分かります」
川 ゚ -゚)「でも、お客さんに対する思いやりはあっても、あなたには、『食材への思いやり』が欠けていたんですよ」
川 - -)「お客さんも、料理そのものも、そして、食材にだって変わらない愛情と情熱をささげるのが、本当の料理人なんじゃないでしょうか……」
川 ゚ -゚)「『食材への思いやり』。これが、私がギコさんの料理に足りないと思ったものです」
(,,-Д-)「……そうか……」
やっと、視界が開けた気がした。
そうかもしれない。
僕は、美味しい料理をただひたすらに追求するあまり、それに使う材料のことなんて、ちっとも気にかけていなかった。
-
『食材へのおもいやり』。
少ない材料でも、別に出来のいい部位を選んで使わなくても、かき揚げ丼と和え物というあんなに美味しい料理が作れるんじゃないか。
それを、彼女が証明してくれた。
ああ、そういえば。
高校を卒業して、師匠のお店に弟子入りしたばかりの頃。
迷惑ばかりかけて叱られた日でも、昼と夜には必ず余った食材を使って、師匠がまかない飯を作って食べさせてくれたっけ。
あのまかない飯は、絶品だった。
余り物だけを使った料理だったのに……。
すっかり忘れてしまっていた。
全ては腕と、心意気。師匠の口癖だ。
師匠もこの言葉を日々自ら証明していたってことか……。
(,,-Д-)「そうか……」
再び呟いた。
全て分かった今、次の試験では必ず合格を貰えそうな、漠然とだがそんな気がした。
目を開け、前を向く。
(,,゚Д゚)「ありがとう。気付かせてくれて」
すると彼女はニコッと微笑んで。
川 ゚ー゚)「お安い御用です」
そして彼女は立ち上がった。
-
川 ゚ -゚)「今日は本当にありがとうございました」
(,,゚Д゚)「もう、帰るのかい?」
川 ゚ -゚)「ええ。これ以上お邪魔するわけにはいきませんし……」
(,,゚Д゚)「お邪魔なんかじゃないのに、全然」
川 ゚ー゚)「そうですか?ありがとうございます」
お礼を言う彼女だが、やはり帰る気であるらしい。
玄関まで一緒に歩く。
靴を履いた彼女が、ドアノブに手を掛けながら、最後にもう一回こっちを振り向いた。
(,,゚Д゚)「土足であがられたりして床が汚れなくて、よかったよ。はは」
川;゚ -゚)「いやぁ。ホントすいませんでした」
(,,゚Д゚)「ははは。いいからいいから」
ペコリと彼女は頭を下げた。
-
(,,゚Д゚)「あの……」
さらに外に踏み込もうとする彼女をすかさず呼び止める。
川 ゚ -゚)「なんですか?」
不思議そうにする顔を見つめて、僕はこう言った。
(,,゚Д゚)「僕がお店を出したら、そのときはお客さんとしてでもいいから、おいでよ。ご馳走するから」
それに対して、彼女はフフッと笑いながら。
川 ゚ー゚)「ごちそうさまでした」
可憐な香りを後に残して、彼女は去っていったのだった……。
-
.
-
…
……
〜路地裏〜
ノハ;゚⊿゚)「ッッッッッッッハーーーーー!!!危なかったぁ!!!」
ギコの部屋があるマンションを離れて数分歩き、裏路地に入ったところで『クール』のかつらを外し、盛大に息を吐き出した。
ここまで来れば変装を解いても安心だろう。
ああもう、一時はどうなることかと!
見つかったときはどうしようかと!!
本当、ギコが優しいヤツで助かった。
もしターゲットがギコでなく普通の人だったら、有無を言わさず通報されて、今頃私は取調室か留置所にポイされていただろう。
犯罪の弱点は現行犯逮捕だからなぁ。いや、めでたしめでたし。
しかしノリで料理対決までふっかけるとは、私もヤキが回ったものだ……。
ノパー゚)「ま、それもこれも、ある目的のためにふっかけたことなんだけどね……」
独り言を言いながら、ポケットの中をゴソゴソと漁る。
-
ノハ*゚⊿゚)ノ□「じゃじゃーん!今日の戦利品!」
そう言って私は元気良く、ポケットから取り出したメモ用紙数枚を高々と掲げた。
このメモ用紙、ただのうすっぺらな紙だと思ったら大間違い。
なんとこのメモ用紙には、ギコの編み出した自作料理のレシピの数々がメモされてあるのだ!
いつの間にそんなもの見つけたんだって?
チッチッチ。ギコの部屋の冷蔵庫に貼ってあった、あのレシピのメモ用紙たちを見つけなかったのかい?
プロの料理人のレシピなんて、場合によっちゃ値段も付けられないほど貴重な代物だ。
そう、私の本職は泥棒。あのマンションに入った目的は盗むため。
例え泥棒中にその部屋の家主と鉢合わせてしまって、さらにそいつと仲良くなってしまっても、その事実に変わりはないのだ。
-
ノハ*゚⊿゚)「これが結果オーライってやつだよね〜。ふふーん!」
私がギコに自分の料理を食べさせてやったのは、ギコに『足りないもの』を教えてやるためでもなければ、
もちろん三角コーナーにまだ使えそうなにんじんがあったのを見つけたからでもない。
全ては時間稼ぎのためだったのだ。
冷蔵庫に貼られていたレシピはかなりの数があった。
ざっと見ただけでも30枚はあっただろう。
これを見た瞬間、私はそれらの価値がものすごいものであると判断すると同時に、これを盗んでやろうと決意した。
1枚や2枚そのままかっぱらっても気付かれずに済んだだろう。
が、しかし私は、それじゃもったいない、全部欲しいと、思い至った。
全部の紙を盗めば、流石にバレる。
そこで私は、これらを違う紙に書き写すことを思いついたのだ。
そのためには時間が必要。
よって私は、ギコに邪魔されずに一人きりでキッチンに篭ることが出来る方法、『ギコに手料理を作ってやる大作戦』を決行するに至ったのだった。
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ノハ;゚⊿゚)(しかし、ギコも納得してくれたから良かったよ……。あれでダメだったらと考えると……)
ギコを乗り気にさせるために『足りないもの』を教えてやる事を掛け合いに出したのだったが、あれは正直後付け。悪く言えば適当だ。
もっともらしい事を言っとけばなんとかなるだろうと思っての行動だった。
ま、適当といっても、にんじんがもったいなかったのは本当だしね。
ノパ⊿゚)「むむっ!なるほど、あの大根の煮物にはこんな秘密が……。どうりで美味いわけだ……」
ともあれ、今日の仕事は成功の部類に入れてもいいだろう。
私も満足だし、ギコも実害は無く満足。
これぞまさにウィンウィンな関係といえるんじゃないだろうか。
さぁて、帰ったら祝勝祝いだ。
早速手に入れたレシピでおつまみを作って、ビールのお供にでもしようじゃない。
上機嫌な私は表通りに戻ながら、太陽に向けてレシピを掲げて、ひとりごちた。
ノハ*゚⊿゚)「自分の店、持てるといいな。ギコよ」
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数年後、ギコの開いたお店が、あの冷蔵庫のレシピによって大繁盛することを、二人はまだ知らない。
おわり
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一話終わりでーす!
支援くださった方ありがとう!
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乙
腹がへる
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なんてひどい飯テロ……!
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たしかに('A`)より実害がないぶんギコのほうがましだな
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一話完結モノとして最高な話の構成やな
次も待ってます
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やっぱり面白いな
腹が減るのが難点だが
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続編きたー!
前回のBLT風お好み焼きつくったけどめっちゃうまかったわ
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>>79
おお、それはよかった!
えっとそれで一応注意ですが、頻繁な更新はできないと思います
忘れられた頃にまたひょこっと投下するので、お腹を空かせて気長に待っててください
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前作好きだったぞー
読み返してくる
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おつ
次も楽しみにしてる!
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昼前にこれを見つけた俺は勝ち組
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ひょこっととんでもないテロを巻き起こすから困る
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俺も、キャベツの外側とか盛大に捨ててたよ…絶対なんか使えるよな、ごめんなさい
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鮭の皮残すなよ(´・ω・`)
腹減った乙
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うおー続編嬉しい!
おつです
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作者です。
沢山の嬉しいレスありがとうございます。
ですが、この作品はこの一話を短編という扱いにし、ここで完結とさせていただきます。
ここからの展開を色々考えたりもしたのですが、書くには至りませんでした。
だらだらと引き延ばすより、新しい作品を書きたいなぁと思います。
読んで下さった方、すいません!本当にありがとうございました!
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完結ちょっと寂しいけど乙でした!
面白い上に飯テロもあって料理の考え方が変わったよ
新作も期待してます!!
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おつ。
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完結残念だけど新作楽しみにしてる
乙でした〜
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