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( ^ω^)は自らのパラレルワールドに迷いこんだようです
1名も無きAAのようです:2012/06/07(木) 19:52:07 ID:P7/PUyykO
  ※注意
・厨二バトル小説故、好みが分かれると思います。
・それっぽい用語が出てきますが、作者の知能は低いので
 ひょっとすると誤用とかあるかもですが、お許しください。
・そんなつもりはないのですが、もしかするとアイディアとか能力が
 既存の作品とかぶってしまうかもしれません。
 ぱくった、とかいうわけでは決してないことをご留意お願いします。
・更新頻度は驚くほど低いです。
 罵ってくれても数日分しか投下予定日は早まりません。
・「矛盾してね?」「おかしくね?」みたいな展開があるかもですが、
 それの半分ほどは伏線である可能性もなきにしもあらずなので、
 そのストーリーが終わるまでは待ってほしかったりします。

緊張しますが、誤字のないよう投下します。

2 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 19:53:59 ID:P7/PUyykO
 
 
 
 
 
 
       Boon strayed into his
 
        Parallel World: Part One
 
 
           b i g  t h r e e
       ―― 王国の三大勢力 ――

3名も無きAAのようです:2012/06/07(木) 19:55:45 ID:Rwa1KYbE0
支援

4 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 19:57:00 ID:P7/PUyykO
 
 
 
  第一話「vs【もので釣る】」
 
 
 
 作家、内藤武運は筆を置いた。
 これ以上はいくら粘れど、出るものは鼻血程度だ、と思ったからだ。
 万年筆を握る手にはまめができている。
 それほどまでに、ここ数日は、缶詰でひたすら執筆に精を出した。
 
 だが、原稿の一枚でさえ、進んでいなかった。
 「こうなるはずではなかった」と、内藤は頭を抱えた。
 
 
.

5 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 19:58:54 ID:P7/PUyykO
 
 
 そもそもの問題として、プロットに逆らい、アドリブで物語を展開させたのが間違いだったのだ。
 当初、内藤はもっと刺激のある展開を生みたいと思い、無理やり、キャラクターを増やした。
 一時はそれが反響を呼び、内藤自身も納得していたが、それから数週して、そのツケが回ってきた。
 元々練っていたストーリーから、どんどんと離れてゆくのだ。
 
 内藤は焦燥に駆られた。
 
 卓上の、すっかり冷めたコーヒーを呷った。
 そして、このままではだめだ、と再び万年筆を手に取った。
 姿勢をただし、いったん深呼吸して、原稿と向き合った。
 
 すると、ふとストーリーを矯正できる案が浮かんだ。
 今だ、と思い、その浮かんでは消えてゆく様々な
 案のなかから、そのアイディアを握って、書き始めた。
 四杯目のコーヒーもいれず、すっかり集中力が高まってきた。
 
 すると、原稿が一枚進んだ。
 二枚目の三行目まで筆が進んだのだ。
 内藤は、すっかり満足した。
 
 
.

6 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:00:47 ID:P7/PUyykO
 
 
(;^ω^)「どんなもんだお……」
 
 席を立ち、コーヒーサイフォンから、すっかり溜まったコーヒーを注いだ。
 たつ湯気を見て、はじめて、今自分が疲れているのだなと実感した。
 
 だが、今日中に書き上げないとだめだ、と顔を振った。
 どうしても書けなかったため、先週は急遽休みにしたのだ。
 
 なにを書けばいいかわからない、
 どんな文字を使えばいいかわからない、
 そう言って半ば無理やり休みをもらった。
 
 次の締め切りまでまだまだ時間はある
 そう安堵したのがだめだったようで、安堵している間に、
 その次の締め切りの日が来てしまったのだ。
 
 今回書かなければ、非常にまずいことになる。
 内藤自身、それを自覚していた。
 
 
( ^ω^)「さて――」
 
 内藤が、ご自慢の椅子に腰掛けたとき、呼び鈴が鳴った。
 一瞬、内藤は硬直した。
 いやな予感しかしなかったのだ。
 だが、居留守するわけにはいかないので、内藤は否応なく応じた。
 
 
.

7 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:04:57 ID:P7/PUyykO
 
 
 迎えると、訪問者は、編集者の津出麗子だった。
 内藤はぎょっとしたも、顔をゆがませて、麗子を招き入れた。
 事務的な口調で麗子は部屋にあがった。
 
(;^ω^)「は、早かったね」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ええ、まあ」
 
(;^ω^)「コーヒー、いれようか?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「いえ、先生が原稿をだしていただければすぐ帰りますので」
 
(;^ω^)「おおぅ……」
 
 
 麗子は、内藤に原稿を催促した。
 当然だが、多少書けたとは言え、はいどうぞと渡せるわけがなかった。
 まだ半分も書けていないのだ。
 
 内藤は、なんとかして時間を稼ごうとするのだが、
 麗子はそれを見透かしているのか、まったく応じようとしなかった。
 
 
( ^ω^)「あ、お隣さんからチーズケーキもらったんだお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「いいですね。原稿でも読みながらいただきますわ」
 
( ^ω^)「荒巻さんの新作の推理小説、読んだ? 貸そうかお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「私はどちらかというとバトル小説がいいです。
       特に、来月号の先生の作品が」
 
( ^ω^)「疲れてるようだね、肩でも揉もうか?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「原稿をだしなさい」
 
( ;ω;)「まだできてません!」
 
 
.

8 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:08:00 ID:P7/PUyykO
 
 
 内藤は落ちた。
 麗子も、やっぱりと言いたげな顔をして、ため息を吐いた。
 毎度のことながら、どうしてこの人は
 締め切りになっても書かないのだ、と思っている。
 
 内藤の場合、まだキャリアが浅いとは言え、一応人気作家なのだ。
 前回休みにしただけで、どれだけ出版社のほうに
 苦情が寄せられたか、麗子はよく知っている。
 
ξ゚⊿゚)ξ「とにかく、今日中ですよ」
 
(;^ω^)「じ、持久戦になりそうだから、コーヒーでも」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ありがとうございます」
 
 
 内藤がコーヒーをすすめると、麗子は礼を言って、近くの来客用のソファーに座った。
 ガラステーブルの上に置かれていた、内藤の連載する小説も載っている
 「ブーン芸」と云う雑誌の先月号を手に取り、ぱらぱらとめくった。
 
 
.

9 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:10:21 ID:P7/PUyykO
 
 
 内藤は、麗子の気が保たれているうちに書こうと思い、
 コーヒーを一口すすって、机と向き合った。
 今なら書ける気がする、というより、
 今じゃないと書けない気がしたからだ。
 
 麗子の場合、ほんとうに一日中居座ることがあり、
 以前にも丸一日も居座られたことさえあった。
 内藤としては、それはそれで別の意味では幸福なのだが、正直言うとはた迷惑だ。
 どこの世界に、若い、美しい女と同じ屋根の下で
 一夜明かして、意識しない男がいるものか。
 
 
( ^ω^)「(彼氏とか――やっぱり、いるのかお)」
 
( ^ω^)「(僕はまだ三十ちょっとだし、彼氏がいなかったら、デートとか――)」
 
 内藤は、麗子が担当者と聞いて以来、彼女に好意を寄せていた。
 二十後半と人伝に聞いたが、女子大生にしか見えないほどの美しさだったのだ、麗子は。
 やや毒舌で辛辣なイメージをいだくが、それでも内藤は麗子に想いを寄せていた。
 
 だが、彼女はまだ若く、見ての通り容姿端麗のため、
 必ずボーイフレンドの一人や二人はいるのだろう、と内藤はそう思っている。
 
 いないのなら、休みの日にでも、夜景の見える
 レストランなんかで食事をしたい、と考えていた。
 
 
.

10 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:11:52 ID:P7/PUyykO
 
 
ξ゚⊿゚)ξ「先生?」
 
(;^ω^)「はい!」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ペン、止まってますよ」
 
(;^ω^)「展開を考えてたんだお!」
 
ξ゚⊿゚)ξ「それならいいですが……」
 
 
(;^ω^)「(デートの話は、また今度だお)」
 
 惚気を振り払い、今度こそ、と内藤は筆を進め始めた。
 三時間あれば書ける、そう見切りをつけ、後先を考えずとにかく筆を走らせた。
 
 思いのほか筆が進むものだから、内藤も、
 この調子ならすぐ書けそうだと安心した。
 どうして昨日までのうちに書かなかったのだろう、と自問さえしていた。
 麗子も、内藤が書き始めたのを見て、ようやく落ち着きを得ることができた。
 
 
.

11 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:13:24 ID:P7/PUyykO
 
 
 

 
 
( ‐ω‐)
 
 
( ^ω^)「……お?」
 
 ずいぶんと書いた気がする。
 手が痙攣を起こしかねないほどに、かなり。
 手にチカラを籠めても、震えてしまい、動きづらい。
 書いているうちに、疲労が溜まったのか寝てしまったようで、つい机に突っ伏していた。
 
 起きて首を捻り、伸びをした。
 関節の鳴る音からして、長い時間同じ体勢でいたのか、と実感できる。
 
 よだれが原稿についてないか、と一瞬不安に思った。
 以前も、一度だけだがよだれを垂らしてしまい、
 津出に私的な理由で怒られたことがある。
 
 はっとして卓上の原稿をみたが、
 原稿自体が跡形もなく消えていた。
 一瞬、なにがあったのか、と思った。
 
 
.

12 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:14:59 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)「津出クン?」
 
 そういえば、家には津出がいたはずである。
 寝起きゆえに思考が安定しないが、そのことは真っ先に浮かんだ。
 
 外はまだ明るい――いや、逆にもう朝なのかもしれない。
 もし朝だったら、締め切りを逃したことになり、たいへんな事になる。
 だが、津出はいないようだった。
 
 
( ^ω^)「はてな」
 
( ^ω^)「……あ、そうか」
 
 原稿ができあがったと同時に睡魔が襲い、
 そのまま倒れるように寝てしまったのだろう。
 津出は自分を起こそうとしたが、できあがった原稿を見て、
 起こさずに原稿だけもって帰った。
 
 そう考えると、辻褄があった。
 
( ^ω^)「……」
 
(*^ω^)「終わったおー!」
 
 
 手を広げて、ソファーに飛び込んだ。
 終わらないと思っていた原稿が、あっさり終わった。
 自分を縛っていたものが解かれ、一気に解放感に満たされた。
 それだけで、天に昇ったような気にすらなっていた。
 
 
.

13 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:17:24 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)「しかし、机で寝ちゃうとは……」
 
 首を右にまわしてみたが、左側が痛んだ。
 筋が引っ張っている。寝違えたようだ。
 左を向いて寝ていたので、当然だろう。
 これでは、解放感にこそ満たされるが、楽な気ではいられない。
 
( ^ω^)「寝違えたお」
 
( ^ω^)「……湿布でも買うか」
 
 
 ソファーから起きあがって、書斎をでた。
 書斎とは名ばかり、来客室兼仕事場だ。
 
 ガラステーブルに、挟んで置かれたソファー。
 卓上には、自分の作品を連載している雑誌を置いている。
 編集者が試し刷りのものを持ってくるのだ。
 
 書斎を出て、リビングに戻ってきた。
 独身の自分にとっては、この一軒家は広すぎるほどだが、
 印税が思いのほか多かったので、少し奮発して建てたのだ。
 
 歳が歳だから、そろそろ籍を入れたいわけだが、想い人は一人しかいない。
 その一人と結婚できる望みは薄いため、半ば彼女との結婚を諦めていた。
 
 
( ^ω^)「嘆いてもしゃーないお……」
 
 
.

14 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:19:39 ID:P7/PUyykO
 
 
 リビングに掛けてあった皮のジャンパーを着て、灰色の帽子をかぶった。
 近くに新しくできたドラッグストアに、湿布を買いにいこうと思ったのだ。
 
 時計を見ると、予想通りもう朝を迎えている。
 湿布を買って、風呂に入ってから首に貼り、
 そこから朝食を採ろうと思った。
 
 幸い空腹感はまったくないため、
 朝食を後回しにしてもさほど苦ではない。
 
 クロックスを履いて――と思ったが、
 思ったよりも外が寒そうだったため、革靴にした。
 念入りに紐を結び、家を出た。
 朝の町中は、なかなか心地よかった。
 若干の寒さを感じるが、風が清々しい。
 それが、原稿をだした後の朝となると、喜びも倍増だ。
 
 自宅は近くに公園や河原がある静かな町に聳えている。
 散歩にももってこいなコースが多いため、
 右手が止まった時は重宝している。
 そして、ドラッグストアもその散歩道を抜けた先に在った。
 
 
( ^ω^)「風がンギモッヂィ!」
 
( ^ω^)「なんてお」
 
 
 一人で笑いながら、足取りを進める。
 周りには誰もいないため、少しくらいなら鼻歌をうたっても大丈夫だろう。
 と思い、以前いざうたった時、近くをジョギングする
 中年の男に聞かれ、にやにやされたのを思い出した。
 
 
.

15 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:21:06 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)
 
( ^ω^)「にしても……」
 
 歌をうたおうとは思わないが、気になったことがあった。
 どうも、まわりが静かすぎるのだ。
 
 静かと言っても、耳鳴りを感じるほどではない。
 川のせせらぎ、葉の揺れる音はしっかり聞こえる。
 人為的な音が、まったく聞こえないのだ。
 
 子供がはしゃぐ声も、老人がジョギングをする足音も。
 乗用車が走る音から、公園内を通り抜ける自転車の音まで。
 
 
( ^ω^)「気味が悪いお……。早く買って帰るお」 
 
 足取りを速めた。
 嫌な予感がする。
 
 朝といっても、もう九時だ。
 出勤や登校で、人が溢れかえる時間は過ぎているが、それでも犬の散歩なり、
 買い物にでかける主婦の人など、必ずいるはずなのだ。
 
 それが、ぱったりいなくなっている。
 背中に冷たいものを感じた。
 
 
.

16 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:22:34 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)「湿布とカロリーフレンドだけ買うお……」
 
 ドラッグストアに入って必要な分だけ買い、そそくさと帰りたかった。
 だが、店に入った途端、奇妙では済まされない事実を目の当たりにした。
 
( ;゚ω゚)「お……お…?」
 
 
 店内の様子もおかしかったのだ。
 BGMは聞こえるし、明かりもついている。
 商品は隙間なく並んでいるし、商品棚に紛れている
 ちいさな液晶ではコマーシャルが流れている。
 
 
 ただ、店員がいなかった。
 
 
 客がいなかったり、品だしや整理をする店員がいないのは、まだこじつけることができた。
 が、レジにすら一人も立ってないのは異常としか言いようがない。
 店に足を踏み入れた瞬間、ふと我がの目を疑ってしまったほどだ。
 
 
(;^ω^)「ごめんくださーい!」
 
 
(;^ω^)「いない……?」
 
 
.

17 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:23:43 ID:P7/PUyykO
 
 
 嘘だ、嘘だと胸中で否定した。
 そんなわけが、あるはずがない。
 きっと、昼の大清掃とか、殺人事件があったとかで皆忙しいだけだ。
 
 そう、信じていたかった。
 
 
( ^ω^)「……誰もいない…だと?」
 
 
( ^ω^)
 
 
( ;゚ω゚)「おおおおおッ!」
 
 
 
 訳が分からず、奇声を発しながら店を飛び出した。
 頭がおかしくなりそうだった。
 
 
.

18 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:26:34 ID:P7/PUyykO
 
 
 なぜ、誰もいない、人っ子一人もいないのだ。
 その問いかけだけが、ぐるぐると脳内を駆け巡っている。
 
 慌てて、隣のコンビニを訪れた。
 自動ドアは開くし、店内放送も聞こえる。
 弁当は並んでいるし、ホットケースには旨そうなチキンが敷き詰められていた。
 
 だが、店員はやはりいなかった。
 
 無断でバックスペースに乗り込んだが、
 休憩中の店員や店長もいなかった。
 本来の目的を忘れ、一目散に店を飛び出した。
 
 目の前の信号機は赤色を発しているが、無視して横断歩道を渡った。
 いっそ、車にひかれたかった。 
 
 横断歩道を渡り終え、転んだ。
 足取りが覚束なかったのだ。
 だが、不思議と痛みは感じられなかった。
 
 むしろ心地よかった。
 
 
( ^ω^)「うぉ…」
 
 
 一瞬、このまま横になっていたかった。
 が、すぐに立ち上がり、服をはたいて走り出した。
 
 せめて、早く家に帰りたかった。
 家でふかふかのベッドに潜って、眠りたかった。
 眠れば、ひょっとすると世界が元通りになるかもしれない。
 
 変わらない町並み、変わらない風景のなかのたった一つ
 人の有無だけが、変わっていた。
 こんな夢みたいなリアルがあっては堪らない。
 
 
 だからこそ、眠ればなにかが変わる、
 そんな根拠もなにもない、空想に近い希望を抱いていた。
 
 
.

19 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:27:15 ID:P7/PUyykO
 
 
( ^ω^)「寝ればなおるお……」
 
 自分に言い聞かせるように何度も呟いて、走っていった。
 公園の木に囲まれた、静かな散歩道を。
 
 石ころをいくつ蹴っ飛ばしたかはわからない。
 ただ、無我夢中で駆けていた。
 
 そして、広場に差し掛かった。
 ここを斜めに突っ切り、池を廻ればすぐそこが自宅だ。
 気がつけば、全力疾走だった。
 
 
 
 
.

20 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:29:14 ID:P7/PUyykO
 
 
 

 
 
( ^ω^)「!」
 
 随分と長らく駆けていた内藤だが、
 その駆け足は不意に止められてしまった。
 公園の広場の中央に、男が一人、立っていたのだ。
 
 ぼろ絹を羽織って、茫々に伸びきった髪や、
 汚れきった頬を見て、彼が常人とは思えなかった。
 
 そんな彼は、内藤の存在に気づき、歩み寄ってきた。
 内藤は何がなんだかわからなくなっていた。
 
 
('A`)「……おい……」
 
( ;^ω^)「あ、あんた無事なのかお!?」
 
('A`)「……?」

  
 伸ばされた手を見ると、実に細い、骨と皮だけの腕だった。
 容姿だけをみる限りは、ホームレスだろうと思える。
 だが、内藤にとっては、この世界で人がいたということが、何よりの驚きだった。
 
 驚きであり、また安心だ。
 浮かんだ言葉が、そのまま口から流れていった。
 
 
.

21 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:31:00 ID:P7/PUyykO
 
 
(;^ω^)「人が、あちこちから消えてるんだお!」
 
('A`)「……? そうなのか……」
 
(;^ω^)「あんたは、無事かお!?」
 
('A`)「俺……? ……俺か……」
 
 
 ゆっくりとした口調で、男はしゃべる。
 焦り、自然と早口になっている内藤とは対照的だった。
 
 
('A`)「俺も……みんながいなくなって……焦ってたんだ……」
 
(;^ω^)「だお! だお!」
 
('A`)「だからさ……おまえさん……」
 
(;^ω^)「お……?」
 
 男は、細い手を内藤に差し出してきた。
 チカラを入れて曲げれば、あっさり折れそうな細さである。
 腕を震わせて、男は言った。
 
('A`)「ともだちになってくれないか?」
 
( ^ω^)「お?」
 
 拍子抜けした一言だった。
 いま友人関係を交わすなど、さして意味のない行動だ。
 協力し合おう、ではなく、ともだちになろう、では妙な感じがする。
 
 内藤が首をかしげていると、男は笑った。
 実に気味の悪い笑みだった。
 
('A`)「頼むよ……」
 
 
 
('∀`)「『金なら、ある』」
 
 
 
( ^ω^)「!」
 
 
.

22 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:32:31 ID:P7/PUyykO
 
 
 思わず、内藤は眉間にしわを寄せた。
 男の妙な発言を聞いたから、もあるが、
 それ以上に、自分の中で、なにかが引っかかったからだ。
 なんだ、この奇妙な心境は、と。
 
 そして、そんな心境も吹き飛ぶほどの現状が、起こった。
 男と内藤の中間地点に、影ができた。
 なんだと思い上を見上げると、その光景に仰天した。
 
 
(;^ω^)「な、なんだお!」
 
 〝それ〟は一瞬にして、内藤と男の間に落っこちた。
 砂埃が晴れるのを待ち、それを見ると、更に仰天した。
 
 札束が、山積みで空から降ってきたのだ。
 しかも、その量がしゃれにならない。
 往年のマルク紙幣の絵に見られるように、呆れるほど積み上がっているのだ。
 この札束だけでかまくらでも造れそうだった。
 
 
(*^ω^)「おおおおおおッ?!」
 
.

23 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:33:55 ID:P7/PUyykO
 
 
 一瞬、大金を見て内藤は我を失った。
 本来は絶句さえしそうな展開なのに、内藤はそれすらをも吹き飛ばした。
 生涯一度もお目にかかることがないだろう量の
 札束を前にして、平静を保てるはずはなかった。
 
(*^ω^)「なんかわからんけど、すげーお!」
 
 金に飛びつき、札束を上に投げて遊んだ。
 質感はしっかりしている。本物のようだ。
 それがわかると、更に内藤は気持ちが昂揚した。
 
 だが、すぐに我に返った。
 
 
(;^ω^)「!」
 
(;^ω^)「(待て、おかしいお!)」
 
 はっとして、内藤は男をじっと睨んだ。
 一瞬、この馬鹿げた量の金に惹かれたが、すぐに気を取り戻せた。
 
 物理的に考えても、上に飛行船でも飛んでなければ、金が現れるのは不可能だ。
 それが、男の任意でだされたとなると、これは奇術としか思えない。
 だが、とても奇術で済まされる話とは思えなかった。
 
 
.

24 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:35:40 ID:P7/PUyykO
 
 
 そして
 
('A`)「頼むよ……独りで寂しいんだ……」
 
( ;^ω^)「……」
 
 
 この男の言いぐさが、どこかでみたことがある気がしたのだ。
 どこでだかは思い出せない。
 
 しかし、この展開といい、この金といい、
 決して初めてとは思えなかった。
 
 
 デジャヴなんかではない、しっかりとした記憶の中に刻まれている。
 そして、次の出来事が、内藤に思いださせるきっかけとなった。
 
('A`)「腹か? 腹が減ったのか?」
 
(;^ω^)「……?」
 
('A`)「いいだろう……たんまり食わせてやる……」
 
 
('∀`)「『ハンバーガーなら、ある』」
 
(;^ω^)「うおっ!」
 
 
 男がそう言うと、目の前の紙幣は消え去った。
 そして続けざまに、今度はハンバーガーが大量に降り注がれた。
 こちらも、とても日常生活ではお目にかかることのないほどの量で、内藤はやはり驚いた。
 驚きの度合いは減ってきて、少し慣れたといえば慣れたが、それでも平静を保てるはずがない。
 
 
.

25 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:38:25 ID:P7/PUyykO
 
 
 そして同時に、内藤は記憶の片隅からある仮定が浮かび上がってきた。
 というより、思い出したのだ。
 この男といい、この展開といい、見覚えがあったのではなかった。
 
 
 〝つくり覚え〟が、あったのだ。
 
 
 
(;^ω^)「(まさか……まさか、まさか!)」
 
 内藤の書くバトル小説は、平たく言って能力系バトル小説とされる。
 不思議な能力を持ったキャラクターたちが、戦うのだ。
 この小説で、内藤は売れっ子作家となり名を広めた。
 
 その小説の、最初の敵キャラクターと
 目の前の男とが、重なり合って見えた。
 
 あり得ないことだ、こんなことがリアルに起こっていいわけが ない。
 しかし、そんな建前むなしく、内藤は半ば確信していた。
 
 
 
 この男は、小説に出てくるキャラクターだ。
 
 
 
.

26 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:40:07 ID:P7/PUyykO
 
 
(;^ω^)「………ドクオ?」
 
('A`)「!」
 
 
 明らかに、男は動揺をみせた。
 同時に、目の前から大量のハンバーガーは消え去った。
 白い煙だけを撒き散らして、跡形もなく。
 
 
('A`)「……」
 
( ^ω^)「……あんたの名はドクオ=ダラー、だおね?」
 
('A`)「…………」
 
 
('A`)「おい」
 
( ^ω^)「お?」
 
 
 男は、先程までの、掴み所のない様子から一変、
 しっかりとした顔つきに豹変(かわ)り、内藤に近寄ってきた。
 
 警戒し、一歩後ずさる内藤に、言った。
 
 
('A`)「てめぇ……何者だ?」
 
( ^ω^)「……」
 
('A`)「……」
 
 
 少しばかりの静寂が生まれた。
 
 
.

27 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:41:52 ID:P7/PUyykO
 
 
('A`)「……答えろ」
 
( ^ω^)「やだお」
 
('A`)「嫌なら……仕方がない」
 
('A`)「死んで……もらうぞ」
 
( ^ω^)「お?」
 
('A`)「『包丁なら、ある』」
 
(;^ω^)「ッ!」
 
 
 男、ドクオはそう唱えては飛びかかってきた。
 唱えたと同時に、ドクオの右手には包丁が握られていた。
 まっすぐ内藤目掛けて躍り出る。
 
 内藤は身体を左に捻りながら、それを避けた。
 ドクオの空いている左手は上に振り上げられ
 
 
('A`)「『木槌なら、ある』」
 
 ドクオは、そう唱えた。
 
 包丁を持っていた右手からは白い煙だけが残り、
 新たに、振り上げた左手にはかなり大きな木槌が現れた。
 それを、ドクオはしっかり握っている。
 
 
(;^ω^)「おおッ!」
 
 
.

28 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:44:08 ID:P7/PUyykO
 
 
 振り上がった木槌を見て、咄嗟に後ろにさがった。
 直後、ドクオの木槌は地面を殴った。
 地面にめり込み、そこから地にひびができた。
 
(;^ω^)「(今だお!)」
 
 
 木槌が地面に埋もれたため、ドクオはこの木槌を攻撃に使えないだろう。
 そう思った内藤だが、彼の予想とは裏腹に、
 内藤にはドクオの第三の攻撃が迫っていた。
 
 
('A`)「『スタンガンなら、ある』」
 
 
( ;゚ω゚)「あ゙!」
 
 
 木槌を手離したドクオめがけて、飛びかかった。
 今なら反逆することができる。
 そう思い、殴りかかったのだ。
 
 ところが、内藤は甘かった。
 ドクオは再び唱えて、今度はスタンガンを右手に持った。
 
 内藤の身体に、ブレーキはかからなかった。
 スタンガンに、突撃してしまった。
 体内を凄まじい量の雷が走った。
 
 
 
( ;゚ω゚)「か……ッは…」
 
('A`)「何者かは知らねぇが……」
 
('A`)「【もので釣る《テンプテーション》】を見破られた以上……生かしてはおけないな」
 
 
( ;゚ω゚)
 
 
 
.

29 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:48:09 ID:P7/PUyykO
 
 
 内藤は、薄れつつある自分の意識の中で、必死にある事を思い出していた。
 この男、ドクオ=ダラーについてだ。
 
 ドクオとは、内藤の描くバトル小説の敵キャラクターである。
 能力系バトルというだけあり、当然ドクオにも《特殊能力》は備わっている。
 その特殊能力が【もので釣る】だった。
 
 【もので釣る】とは、あらゆる『もの』を生み出し相手を『洗脳』する《特殊能力》だ。
 『洗脳』とは、今回でいう「金」や「ハンバーガー」などで相手を『釣る』ということ。
 しかし、『洗脳』するだけが彼の能力ではない。
 
 形として実在し得る物体を、何から何まで出現させる事ができる。
 百トンの純金から一滴ばかしの有毒まで、何でも出せるのだ。
 
 そして、この能力の発動は、完全にドクオの任意で行われる。
 好きなタイミングで、好きなものを創り出せ、またそれは殺傷能力を兼ねる事もできる。
 
 弱点だが、この能力で同時に具現化する事のできる物体は一つまでなのだ。
 拳銃と火炎放射器を同時に出すのは不可能であり、
 片方を出そうとするともう片方が消える。
 
 仮に毒を具現させ呑ませても、ドクオが
 別のものを出せば、毒は忽ち消える、ということもある。
 
 
.

30 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:50:57 ID:P7/PUyykO
 
 
( ;゚ω゚)「(違う……こいつの突破方法はそれじゃない……)」
 
 無論、小説でも一番最初の敵なので、
 主人公のホライゾンは苦戦の末ドクオを制していた。
 遠距離、近距離、零距離のどれにおいても最強と思われる
 ドクオだが、どうしようもない弱点があったのだ。
 
 それをどうにかして、なんとか勝ったのだと、内藤は記憶している。
 だが、その鍵が掴めないでいた。
 
 これは、非常に愚かな事なのだ。
 ドクオを生み出したのは、自分である。
 一番知ってなければならない自分なのに、忘れてしまったのだ。
 
 
('A`)「『ナイフなら、ある』」
 
( ;゚ω゚)「(思い出せ……なにかがあったはずだお……)」
 
 ドクオの右手に、大きなナイフが握られた。
 刃渡りが長く、持ち歩けば銃刀法で罰せられるものだ。
 これで心臓を一突きされれば、間違いなく死ぬ。
 
 逃げようにも、スタンガンの痺れが残っており、動けない。
 この一瞬が、長く感じられた。
 外界が白く変色し、呼吸をしている心地さえしなかった。
 
 
 そして、内藤は、死を覚悟せざるを得なかった。
 
 
.

31 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:52:43 ID:P7/PUyykO
 
 
('A`)「しかし、よくやったよ、まぁ」
 
('A`)「俺の能力が見破られたのは……これで二度目だ」
 
 
(;^ω^)「……」
 
 ドクオが、じりじり詰め寄ってくる。
 その手に握られたナイフが、自分の命を彫刻する鑿と知り、
 いよいよ内藤は動けなくなった。
 
 
(;^ω^)「……」
 
(; ω )「……」
 
 
 
('A`)「……」
 
 
('A`)「あばよ」
 
 
 
 ドクオの細腕が、天高く向けられた。
 内藤がそれを見上げる事はできなかった。
 その前に背中を一突きされ、それで終わるのだ、と思ったのだから。
 
 
.

32 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:53:31 ID:P7/PUyykO
 
 
 
 
 
 
  「ほぅ、若いくせに上等な能力を使いよって」
 
 
 
('A`)「!」
 
 
(; ω )「ッ!」
 
 
 
 
 
.

33 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:55:01 ID:P7/PUyykO
 
 
 その時、確かに聞こえた。
 聴力を失いかけた内藤の耳に、自ら吸い込まれにゆくかのように、声は放たれた。
 低く、しかし濁りのない声が。
 
 はっとして、ドクオが後ろを見た。
 内藤は、顔を上げるだけで精一杯だったが、
 それだけでその発言者の顔を見ることができた。
 
 
 そこには、わざと腰を曲げ、腕をだらんと垂らしている老人が立っていた。
 
 
 
/ ,' 3「ヒョヒョヒョ。幻を扱うとは、いいタマ持ってんのぉ」
 
 
('A`)「ッ……誰だ」
 
(;^ω^)「お……?」
 
 
 老人は、赤子を相手にするかのように嘗めた口調でドクオに話しかけた。
 そしてドクオが動揺を見せると、握っていたナイフは白い煙となり、風に浚われてしまった。
 ナイフが消えた事に安堵した内藤は、心なしか
 スタンガンのダメージが軽減されたかのように思えた。
 
 
.

34 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:56:55 ID:P7/PUyykO
 
 
/ ,' 3「じゃが所詮、幻想も奇術も魅せるという点では一緒。わかるか?」
 
('A`)「……わかんねぇな」
 
/ ,' 3「わからんのであらば教えてやろう。
    年寄りの話は、聞いて損はないぞ?」
 
('A`)「俺は、ジジィは嫌いなんだ」
 
('A`)「『ピストルなら、ある』」
 
(;^ω^)「っ!」
 
 
 握られたナイフが消えたと思うと、今度はピストルを生み出した。
 やはり、なにもないところから何かを生み出す能力を、ドクオは持っている。
 質量の概念を無視した、奇術を。
 
 
/ ,' 3「ほぅ、質量保存の法則を無視した、か」
 
('A`)「生憎、これが商売なんでね」
 
 
 銃口は、老人に向けられた。
 だが、狙われているにも関わらず、老人はへらへらしていた。
 呑気な事に、まだ口を利く事ができている。
 
 内藤は、老人の身を案じた。
 スタンガンを喰らったからわかる事だ。
 奇術であっても、実害は生まれるのだ。
 
 それを老人は知らないように思えた。
 
 
(;^ω^)「じーさん危ないお!」
 
 
 だが、老人は汗水ひとつすら流さなかった。
 口角を釣り上げている。
 
 
.

35 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 20:57:49 ID:P7/PUyykO
 
 
 
('A`)「じゃあな」
 
 
 苛立ちが募ったドクオが、引き金を引いた。
 そのときだ。
 
 
 
/ ,' 3「ばかめ」
 
('A`)「!」
 
 
 銃声が鳴り、命を撃ち抜く弾丸が飛び出した。
 しかしその弾丸は、老人の身体の一センチ手前で地に墜ちてしまった。
 老人はなにひとつ動作を介していない。
 
 内藤にもドクオにも、何が起こったのかわからなかった。
 わからなかったからこそ、ドクオは動揺した。
 
 
.

36 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:04:48 ID:P7/PUyykO
 
 
(;'A`)「おおおおおッ!」
 
/ ,' 3「無駄、無駄」
 
 
 ドクオがピストルを連射する。
 安全装置をはずして引き金を引く、それが一瞬間で
 行われていたのに、弾丸はどれも老人に触れる事はなかった。
 
 やがて全ての弾丸を撃ち出したドクオは、次の手に出た。
 
 
(;'A`)「『爆弾なら、ある』」
 
 ピストルを白い煙にしたと同時に、次は手のひらサイズの爆弾を生み出した。
 既に導火線には火が点いており、導火線の長さは一センチにも満たなかった。
 つまり、すぐ爆発するというわけだ。
 
 それを老人に目掛けて投げつけた。
 その後ドクオは踵を返して避難した。
 
 爆弾なら、勢いを殺され地面に落ちても、
 老人を殺傷できる事に変わりはないからだ。
 それを思いついたドクオの、一種の作戦だろう。
 
 一方、被爆は免れないと思った内藤は、コートを翻し頭に被せた。
 もうどうにでもなれ、と思っていた。
 
 
.

37 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:10:36 ID:P7/PUyykO
 
 
 だが。
 
 
/ ,' 3「今度は重力かの」
 
(;'A`)「!」
 
 老人がぽつんと呟くと、老人の手前三十センチまで迫っていた
 爆発寸前の爆弾は、天高く飛び上がってしまった。
 地面に垂直に、まるで打ち上げ花火でもあるかのように。
 そして、ドクオがそれを視認できる頃に、上空で爆発が起こった。
 
/ ,' 3「ほっほっ。朝の花火も風情があるもんよ」
 
 真っ赤な炎を周囲にぶちまけ、轟音とともに熱風がやってきた。
 ぱらぱらと、爆弾を形成していた破片も落ちてくる。
 凄まじい爆音のせいで少しの間耳が機能しなかったが、鼓膜が破れはしなかった。
 
 それよりも、老人はやはり体勢を変えていない。
 ドクオの奇術に同じく、老人も奇術で対抗したというのか。
 内藤は、すっかり訳がわからなくなっていた。
 
 わかったのは、ドクオは次に金属バットを生み出していた事だ。
 
 
 
.

38 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:12:01 ID:P7/PUyykO
 
 
('A`)「ふざけやがって……!」
 
 銃弾、爆弾と飛び道具を用いたから落とされ、
 飛ばされたのだ。ドクオは、そう思った。
 ならば肉弾戦ならどうか、と試みたようだった。
 
 言うまでもなく、鈍器を使い、老人を殴るつもりだ。
 しかし、それでもやはり老人は笑っていた。
 振り抜かんとされたバットを見ても、老人の笑みは変わらなかった。
 
 
/ ,' 3「作用・反作用の法則ってのがあってな」
 
('A`)「!?」
 
 
 バットが老人に当たる直前、漸く老人が動いた。
 腕で構えをとり、バットの威力を最小限に食い止めようとした。
 そこにドクオのバットがやってきたという訳だが、直後、内藤は目を疑った。
 
 
.

39 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:15:47 ID:P7/PUyykO
 
 
(;'A`)「が……ああああああああッ!」
 
/ ,' 3「……ふぅ」
 
 老人を殴った瞬間、ドクオの手からバットが老人とは反対方向に飛んでいった。
 弾かれた、と言った方が語弊は生じないだろう。
 一方のドクオは、手首を押さえ地に倒れ込み、のたうち回っていた。

 内藤も漸く起きあがれるようになったため歩み寄ってみると、
 彼は手首が本来曲がってはいけない方向に曲がっていた。
 
 構えをとり、バットを迎え入れた箇所をさすりながら、老人は言った。
 どうやら、痛みがないかを確認しているようだった。
 顔色を窺う以上は、別段ダメージは無さそうに見えた。
 
 
/ ,' 3「人を殴るというのはな、殴られる側だけじゃのぅて殴る側にも反動が来るんじゃ」
 
(# A`)「―――ッ!」
 
/ ,' 3「その、儂にかかる作用の力の向きを『解除』した。
    それがどういう意味かわかるか?」
 
/ ,' 3「本来生まれる筈じゃった儂への力が、
    全部あんたに向かうんじゃよ」
 
 
 
/ ,' 3「この儂、【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】によってのぅ」
 
 
 
.

40 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:18:18 ID:P7/PUyykO
 
 
 静かに、老人は言った。
 余裕はまだ拭いきれてなかった。
 いや、拭う必要すらなかった。
 
 ドクオは悶え苦しみ、暴れている。
 それを見下ろしていた老人は、やがて内藤と目があった。
 
 恐ろしい技を見せつけてきた老人だったが、
 次に自分が狙われるという気は不思議としなかった。
 というのも、内藤は老人の正体もわかったのだ。
 
 
(;^ω^)「【則を拒む者】かお!?」
 
/ ,' 3「なんじゃ、知っとんのか?」
 
(;^ω^)「という事は……まさかあんた……」
 
 
 
(;^ω^)「アラマキ元帥……かお!?」
 
 
 
 
.

41 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:21:42 ID:P7/PUyykO
 
 
 内藤の手がける物語に、強力な人物が存在する。
 その名を【則を拒む者】といい、
 ありとあらゆる『力の法則』を『解除』する事ができる、能力者が。
 
 それは、勢いのついた物体の勢いを殺し、
 重力との均衡を保っている物体の重力を消し、
 垂直抗力を『解除』してカウンター技を見せる事ができる。
 
 本来なら、物語中盤に敵として登場し、主人公のホライゾンを苦しめる強者なのだ。
 原作では元帥ゆえに単身での戦闘力も高く、武術の使い手である。
 老体に相応しいハンデを背負っているも、その強さは衰えを見せない。
 
 そんなアラマキ=スカルチノフが、目の前にいるのだ。
 原作では、ドクオと決して巡り会うことのないアラマキが。
 
 
/ ,' 3「もう元帥じゃないわ。
    にしても、名前まで知っておるとは……魂消たもんじゃ」
 
( ^ω^)「適当に名前つけたせいでよくお便りでジェネラルの意味教えてってくるんだお!
      どうしてくれんだお!」
 
/ ,' 3「なんの話をしておる」
 
(;^ω^)「っ! なんでもないお……」
 
 
.

42 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:24:12 ID:P7/PUyykO
 
 
 そこで、内藤は口を噤んだ。
 二人続けて小説のキャラクターが現れたものだから、
 内藤も一瞬我を忘れてしまったのだ。
 
 だが、登場人物であるドクオやアラマキが、内藤や
 彼の手がける小説を知っているはずがない。
 
 慌てて昂揚を抑えると、今度はアラマキの方から詰め寄ってきた。
 殺意こそなかろうが、内藤を普通の人間だとは、
 微塵にも思ってないに違いない。
 
 自分の名前を言い当て、元帥だった事まで知っているなど、あり得ないからだ。
 内藤も口がすぎたと思い、後悔していた。
 
 この状況を、どう説明すればいいのだと、必死に考えた。
 
 
 
/ ,' 3「なぜ儂の名前を言い当てたのか……理由を聞こう」
 
 
 一歩、アラマキは大きく踏み出した。
 
 
(;^ω^)「えっと……それはカンで……」
 
 
 また一歩、アラマキが詰め寄る。
 
 
/ ,' 3「カンで元帥って事まで言えるのかえ?
    そういう能力者か?」
 
( ^ω^)「あ、実はそう――」
 
/ ,' 3「能力者なら生かしてはおけんがの」
 
( ^ω^)「――いうわけじゃないので殺さないでください!」
 
 
.

43 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:26:08 ID:P7/PUyykO
 
 
 アラマキはムスッとした。
 隠そうとする内藤の態度が、気にくわなかったのだ。
 だが、国軍だったアラマキは一般人を殺める気にはなれなかった。
 
 仕方なく、ぎろっと睨み、言うよう促した。
 内藤はアラマキが恐ろしい人物であるのを
 知っているため、言わざるを得なかった。
 
 
(;^ω^)「……信じるかお?」
 
/ ,' 3「なにを」
 
(;^ω^)「今から言う話だお……。疑っちゃだめだお」
 
/ ,' 3「言いなさい」
 
( ^ω^)「じゃあ―――」
 
 
 
 内藤は、腹を括った。
 本当は、まだただの仮の話でしかなく、偶然かもしれない。
 フィクションにノンが付く事など、あってはならないのだ。
 
 ここは、内藤のいる現実世界で小説をひっくり返して、
 中身を出したかのような世界なのである。
 アラマキが本当にアラマキだとして、信じられるはずもない。
 
 
.

44 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:27:40 ID:P7/PUyykO
 
 
 だからこそ、この話は出さないつもりだった。
 変に勘ぐられて、内藤が危ない目に遭うかもしれないからだ。
 
 また内藤は、どうせアラマキは信じないだろうと思っていた。
 自分が小説家であること、
 その手がける小説にドクオやアラマキ元帥が登場すること、
 しかし話の筋は妙に違うこと。
 
 全部話し終えて、内藤は、自分が今どのような立場にいるのか、改めて認識した。
 
 
/;,' 3「小……説? ばかな」
 
( ^ω^)「残念だけど、僕は本当だと確信しているお。
      アラマキ元帥、お話でのあんたは世の中から戦争をなくすべく、
      元帥を引退後は各地に潜む能力者を次々倒し、抹殺を試みるんだお」
 
/ ,' 3「! ……そこまで知っておるのか」
 
 
.

45 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:30:05 ID:P7/PUyykO
 
 
 アラマキは、今まで罪なき命を次々に滅ぼしていった。
 何もかも我が軍の勝利のため、犠牲はやむを得ない。
 ずっと、その考えだけを抱いて歩んできた。
 
 だが、ある日ある若い男と出会った。
 元帥が単身で戦場にいると、背後を突かれたのだ。
 
 その時、背中に浅い傷を負った。
 アラマキは強力な【則を拒む者】という能力を持つ。
 当然、攻撃された以上は反撃にでる。
 相手との距離が少しあったため、詰め寄るべく飛び出した瞬間だ。
 
 急に、どこかで爆発が起こった。
 
 間近で起こった爆発だっただけに、身体に大きすぎるダメージを与えてしまった。
 幸い、爆音を聞き駆けつけた兵士を見て男は逃げた。
 が、その際に男はアラマキにこう言い残した。
 
 
( ^ω^)「【連鎖する爆撃【チェーン・デストラクション》】の名を覚えておけ
       ――――違うかお?」
 
/;,' 3「ッ! なぜそこまで知っておる!」
 
( ^ω^)「僕が、作者だからだお」
 
/;,' 3「――――ッ」
 
 
.

46 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:33:47 ID:P7/PUyykO
 
 アラマキは狼狽した。
 当時の軍以外の人間が知る筈もない事を、内藤が知っていたからだ。
 
( ^ω^)「そして、あんたは察した。『能力者がいるから、争いが絶えないのだ』と」
 
( ^ω^)「数年後に軍を抜け、ひとり能力者の抹殺に向かった。だおね?」
 
 
/;,' 3「……」
 
 
/ ,' 3「……」
 
 
 アラマキは、ひとたび仰天したあとは、却って静かになった。
 じっと内藤を見つめ、何かを考えていた。
 内藤の話の真偽を、考察していたのだ。
 
 答えが出たのか、アラマキの顔は晴れやかになった。
 歩み寄って手を差しだしながら、内藤に訊いた。
 
 
/ ,' 3「その話、信じようじゃないか。君の名は?」
 
 
( ^ω^)
 
( ^ω^)「! 内藤武運ですお!」
 
/ ,' 3「ほぅ、ブーン君か。おかしな名前じゃの」
 
( ^ω^)「え、いや、ブーンじゃなくてぶう――」
 
/ ,' 3「ブーン君。君に興味が湧いた。
    協力してやらんこともないぞよ」
 
( ^ω^)「ちょ、違――」
 
/ ,' 3「みなまで言うな、襲ったりせんよ」
 
( ^ω^)「ブーンでいいよもう。へへっ」
 
 内藤は肩を竦め、差し出された手を見た。
 その手の意味を理解して、握手を交わした。
 しわしわな掌に温かみが感じられる手だった。
 
.

47 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:36:32 ID:P7/PUyykO
 
 
 

 
 
 
/ ,' 3「して、今の話だと、君の書く小説とは話が違うんじゃな?」
 
( ^ω^)「そうなるお」
 
/ ,' 3「ふぅむ……」
 
 
 本当の話なら、ドクオはアラマキとは出会わないし、
 アラマキと主人公が手を組む事もない。
 なにかが微妙にずれている世界である事は、わかっていた。
 
 だが、それがなぜか、までは掴めないでいた。
 小説の世界に入り込む事自体がそもそもおかしいのだ。
 なぜ、などわかるはずもなかった。
 
 しかし、アラマキはある仮説を打ち立てた。
 少し唸った後に出た案だった。
 
 
/ ,' 3「それは、『パラレルワールド』じゃないかのぅ」
 
( ^ω^)「ぱ……?」
 
 
 内藤は言葉に詰まった。
 何を言い出すのだ、と思った。
 
 しかしアラマキは真剣味に溢れていた。
 
/ ,' 3「噂にしか聞いた事がないが、世の中には
    パラレルワールドを生み出す能力者もいると聞く」
 
/ ,' 3「ある世界と同じ世界を生み出すのだが、二つは相関しておらん。
    平行線上に並んだ世界で、干渉しあわん世界なのじゃ」
 
( ^ω^)「?」
 
 
.

48 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:38:06 ID:P7/PUyykO
 
 
/ ,' 3「同じ水質、水温、流れの速さ、魚の住む川が
    二本あってじゃな、片方に異国の凶暴な魚を放り込んでみぃ。
    そっちの川は環境が変わるのに対し、もう片方は平生のままじゃ。
    それを今の状況と照らし合わせると――そうじゃな」
 
/ ,' 3「きっと、そのブーン君の書いた元のお話と何かがずれておるのは、
    ここが元の世界にイレギュラーが加わってしまった、
    別次元の世界だからじゃと思うのぉ」
 
( ^ω^)「イレギュラー……」
 
/ ,' 3「それは君じゃ、ブーン君」
 
 
 アラマキは、内藤に指を突きつけた。
 内藤は目を丸くした。
 
 
(;^ω^)「僕がなにをしたっていうんだお!」
 
/ ,' 3「君がこの小説の世界に紛れ込んでしまった。
    本来存在する筈のない君が迷い込んでしまった事によって、
    均衡が崩されてしまい、本来存在する筈のない食い違いが生じてしまった、
    そうは考えられんかの?」
 
( ^ω^)「! タイムパラドックスのパラレル版かお!」
 
/ ,' 3「そうとも言えるな」
 
 
.

49 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:40:02 ID:P7/PUyykO
 
 
 
 内藤は漸く理解した。
 当然だが、内藤の書く小説に内藤武運という人間は存在しない。
 存在しない彼が入ってしまった世界は、内藤の書く小説の世界とは全くの別物なのだ。
 
 別の世界だからこそ、元の世界と違う事柄が起こるのも、おかしくない。
 元の世界と微妙にずれているのは、それが原因だろう、と。
 
 
/ ,' 3「儂は能力者の抹殺を最後の目標にしておるが……。
    ブーン君の小説では、果たせておるのか?」
 
( ^ω^)「まだ、小説そのものは終わってないんだお。
      だからわからないお」
 
 
 内藤は、脳内で練っている物語のオチを言うのは避けた。
 小説家として、ネタをばらすのは趣向に合わないのだ。
 今後の事はお楽しみに、それは作家としての常識だった。
 
 アラマキもそれを察したのか、それ以上は言ってこなかった。
 ただわからないと答えられるだけで、満足できたのだ。
 
 
.

50 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:41:54 ID:P7/PUyykO
 
 
/ ,' 3「儂は旅を続けるが、ブーン君も着いてきなさい。
    ……いつか、パラレルワールドの真意がわかるじゃろうて」
 
( ^ω^)「もとよりそのつもりですお。
       早く現実世界に帰りたいですお」
 
/ ,' 3「そうか、そうか」
 
 アラマキは、老人には見合わず高笑いした。
 だが、なにがおかしいのか、内藤にはわからなかった。
 
 一歩、また一歩と踏み出すので、内藤も慌てて追いかけた。
 アラマキはあてもなく旅をしているのだろうか。
 気分次第で歩を進め、生き残っている能力者を探すようだ。
 
 太陽がぎらぎらと照りつけはじめたせいか、汗を拭って内藤は隣に並ぶ。
 アラマキは「面白くなりそうじゃ」と言って、また笑った。
 
 
 
 その時の内藤とアラマキには、わからなかった。
 後ろのほうで、アラマキの動向を窺う者がいることに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

51 ◆qQn9znm1mg:2012/06/07(木) 21:47:11 ID:P7/PUyykO
第一部「王国の三大勢力」編
一話「vs【もので釣る】」は以上でおしまいです。

力を解除したりなにかを生み出したり、
なんてのはありきたりな能力ですが、
正直自分でもヒく程の厨二能力が出てくるのは第二部からなので、
それまで生温かい目で見守っていただければがんばれます。

久々の投下だからか、疲れました。
これからはちょくちょく投下してきます。

とりあえず、新作ラッシュのなか、
このみずパラ(仮)を読んでいただきありがとうございました!

52名も無きAAのようです:2012/06/07(木) 21:52:47 ID:Rwa1KYbE0


53名も無きAAのようです:2012/06/08(金) 00:57:42 ID:x7TUTM7A0
面白い

54名も無きAAのようです:2012/06/08(金) 08:17:28 ID:uhBRtucwO
長くなりそうだけど
面白いので是非完結させてほしい

55名も無きAAのようです:2012/06/09(土) 23:06:14 ID:AXWZ8grE0
http://i.imgur.com/jpWS0.jpg
http://i.imgur.com/vop7Z.jpg
恥ずかしながら描かせていただきました

56 ◆qQn9znm1mg:2012/06/10(日) 14:18:02 ID:jtxdjjq6O
>>55
まさか一話目で既に絵が来るとは思いませんでした
ありがとうございます! アラマキ元帥なんかまさにそれっぽい感じです!

57 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:23:29 ID:qQ39tfW6O
 
 
 
  第二話「vs【劇の幕開け】」
 
 
 
 アラマキ=スカルチノフは、内藤の言葉を聞いて驚愕した。
 この世界の『作者』であるというのは先ほど信じたつもりだったが、
 詳しく現状を聞いてみると、思いも寄らぬ所まで熟知していたのだ。
 
 内藤は、嘗てアラマキが深手を負わされた相手、
 【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】と名乗った男の話をした。
 
 圧倒的な知能指数と滑らかな身のこなし、そして全盛期のアラマキと
 互角に戦えるであろう戦闘力の持ち主であるその『能力者』の
 名を告げたところ、アラマキは目を丸くした。
 
 
( ^ω^)「その男の通り名は、ゼウス」
 
( ^ω^)「裏社会の統括者……だお」
 
/;,' 3「……やはり、そうか」
 
 
.

58 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:27:22 ID:qQ39tfW6O
 
 
 小説の舞台となる王国は、政治がまともに機能していない世界となっていた。
 王の持つ兵力が、裏社会の持つ勢力に劣り始めていたのだ。
 対抗すべく軍事力に金を費やそうと、国は手を替え品を替え農民から搾取を続けた。
 むろん国民からは反感を買い、一方で軍事力を付けようと
 裏社会の強大な力には立ち向かえず、衰退の一途を辿る事になった。
 
 アラマキ元帥はそんな国軍の最高権力者で、
 実質的な政治の主導権をも握っていた。
 当然アラマキは裏社会の人間とは
 顔を見せ合う関係であり、彼は何度も暗殺されかけた。
 
 そのたびに【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】の
 効力でピンチを免れてきたが、油断できない日々が続いた。
 
 そのアラマキだが、どうしても一人、勝てない人間がいた。
 それが裏社会のボス的存在である、ゼウスという男だった。
 しかも、この名は世を忍ぶ仮の名であり、正体は不明とされている。
 彼の手足となる人間が、裏社会にて暗躍している、ということだった。
 
 アラマキが現役時代に襲われた日以降、
 どういった因縁かまた一度、会うことがあった。
 
 その時の相手――ゼウス――は、自らを【連鎖する爆撃】の使い手だと名乗らないでいた。
 だからアラマキも二人が同一人物であると知らないまま、今までを過ごしてきていた。
 それを知った今、アラマキは驚いた、という訳だ。
 
 
.

59 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:29:46 ID:qQ39tfW6O
 
 
/ ,' 3「あやつには……ゼウスには、決して先手をとられてはいかんのじゃ」
 
( ^ω^)「だけど、闇討ちはゼウスの十八番だお」
 
/ ,' 3「だから、儂じゃて抗うだけで精一杯なんじゃ」
 
( ^ω^)「だお」
 
/ ,' 3「……そうじゃ、『作者』なら当然知っているんじゃろう?」
 
/ ,' 3「【連鎖する爆撃】……その実態を」
 
( ^ω^)「お……」
 
 
 内藤は一瞬口ごもった。
 
 彼が『作者』であるのは言うまでもないのだが、
 果たして、その内容を言っていいのだろうか。
 言うことで未来が変わり、パラレルワールドの食い違いの
 進行がひどくなっていくのではないのだろうか。
 そういった事が懸念されたのだ。
 
 まだこのパラレルワールドの実態を明かせていない以上、言うのが躊躇われた。
 言葉を詰まらせていると、アラマキが質問をかえた。
 
 
/ ,' 3「言いにくいならば、こうしよう」
 
/ ,' 3「儂が相見えた二度の経験を元に、推理する。
    合ってたら、教えてくれんかの。
    儂かてある程度は目星がついとるんじゃ」
 
( ^ω^)「……」
 
 
.

60 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:32:11 ID:qQ39tfW6O
 
 
 内藤が肯かないうちに、アラマキは続けた。
 国軍在籍時での闇討ち、以降一度だけ経験した戦い。
 その二度の経験に基づいた、ゼウスの能力についての、推理を。
 
/ ,' 3「あやつは、互いが何も干渉しあってない状況ならば、無力。
    じゃが、一発でも相手にダメージを与えた場合、能力が適用される」
 
/ ,' 3「傷を負わせた相手に零距離で爆発を起こす……じゃろ?」
 
( ^ω^)「……」
 
 
/ ,' 3「それも、一度ではない。
    ゼウスの気が済むまで、無限に爆発を引き起こす」
 
/ ,' 3「一度でも敵を攻撃した場合、以降はゼウスの任意のタイミングで、
    その敵を爆風で襲う、それが【連鎖する爆撃】……違うかの?」
 
 アラマキの二度の戦いで得た共通点が、それだった。
 ゼウスは相手の近辺で爆発を起こす能力を持つ。
 だが、それが無傷ならば、爆発は起きない。
 浅い傷だろうと、なにか負傷を負ってなければ、ゼウスは能力を使えないのだ、と。
 
 逆に、少しでもダメージを負うと、地獄を見る事になる。
 自分を、連続で爆発が襲うのだ。
 一度喰らうだけで、熱風により肌が焦げ鼓膜が破れるのに、それを無限に行える。
 正しくガード無視の攻撃で、また爆発もとを探れないため対策や避難すらできない。
 
 つまり、ゼウスに先手をとられる事は、死を意味する、という事なのだ、と。
 
 
.

61 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:38:30 ID:qQ39tfW6O
 
 
( ^ω^)「……」
 
/ ,' 3「どうじゃ、ブーンく――」
 
( ^ω^)「――合ってるっちゃ、合ってるお」
 
/ ,' 3「! やはりそうか」
 
 
 内藤は肯いた。
 ここまで知っているのであれば、隠す意味もない。
 アラマキこれ以上を知ったところで、何も変化は生じない。
 
 そう判断したのだ。
 
 
( ^ω^)「【連鎖する爆撃】は、手負いを『連鎖(チェーン)』させる《特殊能力》。
      言っちゃえば、ただの追撃だお」
 
/ ,' 3「……」
 
( ^ω^)「だけど、あんたは先手を取られないように
      振る舞う事で精一杯になり、
      まともにゼウスと戦えなかった」
 
( ^ω^)「……それが、二度も負けた敗因だお」
 
/ ,' 3「……」
 
 
/ ,' 3「………」
 
 
 淡々と話し続ける内藤を前に、アラマキは黙った。
 思考に耽っているようだったので、これ以上は言わなかった。
 
 アラマキとしても思うところがあるのだろう。
 敗北と言っても、生きて帰ってこれた。
 ゼウスから二度も生還できたのは、小説内ではアラマキだけなのだ。
 だから、内藤は彼の敗北を責めるつもりは毛頭なかった。
 
 
.

62 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:40:16 ID:qQ39tfW6O
 
 
 アラマキは、プライドが許さなかったのか、
 改めてゼウスの恐ろしさを実感したのか。
 口を噤み、目を細めた。
 
 
( ^ω^)「(でも……)」
 
( ^ω^)「(それでも、序盤にアラマキが出るのはおかしいお……)」
 
( ^ω^)「(この調子だと、ほかの終盤に出てくるキャラも出てきちゃいそうだお)」
 
 
 小説と物事の起こる順序が違うのは、ここがパラレルワールドだからだ、と暫定的にだが納得できた。
 だが、それでも、自分の隣に味方のアラマキが
 いる事における違和感は拭いきれないでいた。
 
 アラマキは最初の敵だが、二番目以降がおかしいのだ。
 当然だが、終盤に近づくにつれ、敵の能力が強くなっていく。
 いま、そういった敵が増えるのは、内藤としても辛かった。
 
 
 
/ ,' 3「……止まれ」
 
( ^ω^)「?」
 
 
 
 内藤も思考に耽っていると、アラマキがちいさく制止した。
 何だと思って振り返った瞬間、内藤に衝撃が走った。
 
 
 
.

63 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:43:25 ID:qQ39tfW6O
 
 
 
 
( ;゚ω゚)「ッ!」
 
 
 振り向くと、アラマキが遙か後方にまで吹き飛ばされていた。
 それも、ここから随分先のベンチまで。
 その黄色いベンチは真っ二つに壊されて、中央にうなだれたアラマキが見えた。
 
 はっとして、内藤は現状の把握に努めた。
 真っ先に気づいたのは、先ほどまでアラマキが
 立っていた位置に、別の人間が立っていた事だ。
 
 肩まで伸びた白い髪の女が、不敵な笑みを浮かべて内藤を見ていた。
 体勢からして、この女が瞬く間にアラマキを蹴飛ばしたようだった。
 
 
 
从 ゚∀从「……」
 
 
(;^ω^)「アラマ――」
 
从 ゚∀从「おい」
 
(;^ω^)「!」
 
 
 女は体勢を戻し、低い声で内藤に呼びかけた。
 あまりに唐突な出来事のなか、現状を把握しきれて
 いないため、彼女を認識するのに時間がかかった。
 
 慎重が一五〇センチあるかわからない程度の彼女は、内藤に詰め寄った。
 咄嗟に、内藤は距離をとった。
 アラマキを蹴飛ばしたその脚力が尋常でないのを見て、
 常人ではない――つまり『能力者』である――と思ったのだ。
 
 その判断は、間違ってなかった。
 
 
.

64 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:46:50 ID:qQ39tfW6O
 
 
从 ゚∀从「あんた、博識なんだな」
 
(;^ω^)「……な、なんの事だお」
 
从 ゚∀从「しらばっくれちゃあいけねぇな。
      私は茂みの奥で聞いてたぞ?」
 
 
从 ゚∀从「――――この世界を創った『作者』?だっけか」
 
(;^ω^)「……っ」
 
 
 内藤はひどく後悔した。
 迂闊だった。
 
 人がいないものだと思い大きな声でぺらぺらと
 話したせいで、様々な情報が漏洩されていた。
 
 この世界には、『能力者』が数多く潜んでいる。
 そして、内藤の話を聞けば、この世界の何から何までを知り得る事ができる。
 『能力者』に言わせてみれば、内藤は是非味方に引き入れるべきなのだ。
 この世界のどんな情報屋にも勝る最強の情報量を誇るであろう、『作者』の内藤を。
 
 逆に言えば、内藤の存在が知れ渡ると、常に『能力者』との接近が懸念される。
 そのたびに、死が目の前に迫ってくるのだ。
 
 それを今の今まで考えてなかった。
 
 
从 ゚∀从「私、ゼウスの事についてちょっと聞きたいんだけどなー」
 
(;^ω^)「……何も知らないお」
 
从 ゚∀从「嘘つけ」
 
(;^ω^)「!」
 
 
.

65 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:48:31 ID:qQ39tfW6O
 
 
 内藤がその事に気づいたのは、その時だった。
 はっとして視線をおろすと、自分の胸倉が掴まれていた。
 内藤が視認できなかった程の速さで、腕を伸ばしたと言うのか。
 
 心臓の鼓動の間隔が、徐々に短くなっていった。
 緊張のせいで自然と喉が締まり、声が出しづらくなった。
 
 女は、自分が掴みかかったのを漸く理解した内藤を見て、ほくそ笑んだ。
 どこまでもとろい人間よ、と女は思っていた。
 
 
从 ゚∀从「私が誰だか、知ってるよな?」
 
(;^ω^)「……知らない、というより……わからないお……」
 
 これは本心だった。
 自分は、確かにこの世界の全てを創り出した。
 しかし、各キャラクターの容姿や声なんかには触れていないのだ。
 
 そういったキャラクター設定の想像は、読者に委せるタイプの小説家だった。
 読む人の数だけ浮かぶ世界がある、それが内藤のモットーだった。
 
 
.

66 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:50:24 ID:qQ39tfW6O
 
 
从 ゚∀从「そっか。じゃ、ヒントあげる」
 
(;^ω^)「お……?」
 
 
 女は、掴んでいた手を離した。
 なにをするのかと思っていたところ、彼女は後ろに振り返った。
 アラマキが飛ばされた先の黄色いベンチには、アラマキの姿はなかった。
 いや、内藤が黄色いベンチにまで視線を遣る必要がなかった。
 
 アラマキはのそりのそりと歩いて、
 自身を蹴った女の二十メートル手前まで迫っていた。
 
 背を曲げ俯いているので、顔色が窺えない。
 だが、とてつもない殺気だけは感じ取れた。
 
 
/ ,' 3「儂に自ら喧嘩を売るとは……度胸だけは褒めてやろう」
 
从 ゚∀从「はん! 抜かしやがれアラマキ」
 
 アラマキは少しだけ動揺を見せた。
 
 
.

67 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:52:02 ID:qQ39tfW6O
 
 
/ ,' 3「儂を知っておるのか」
 
从 ゚∀从「ゼウスを潰す者として、知らない訳がないぜ」
 
从 ゚∀从「ゼウスのライバルとされる、あんたをな」
 
/ ,' 3「……ほぅ、儂がライバルか。過大評価じゃな」
 
 
 アラマキは笑ってみせた。
 だが、二人の間に、互いに歩み寄ろうとする雰囲気は感じ取れなかった。
 ぎすぎすとした空気が、内藤には痛かった。
 
 続けて、女が言った。
 
 
从 ゚∀从「そういうあんたは私を知らないのか?」
 
 
从 ゚∀从「第三勢力『レジスタンス』のリーダー、この私を」
 
 
.

68 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:53:52 ID:qQ39tfW6O
 
 
/ ,' 3「!」
 
(;^ω^)「!」
 
 
 国軍と裏社会が抗争を続ける一方で、徐々に力を付けている勢力があった。
 その名を「レジスタンス」。
 
 元々歌劇団の長女として生まれた彼女は、『劇』を
 嗜むのもそこそこに、女優としてデビューを決めた。
 特に、子供向けの特撮ヒーロードラマで主演となったのが、彼女が人気になる契機となった。
 
 タレントとして多くのバラエティー番組にもゲスト出演し、
 彼女を知らぬ者は一人としていなくなったのだ。
 
 そして、ついには政治活動も頻繁に行うようになった。
 彼女の知名度が後押しして、彼女の持つ政党は与党となった。
 
 彼女の掲げるマニフェストは、国軍と裏社会との抗争を取り払い、
 国の持つ軍事力を抑えさせて平和な暮らしを約束するものだった。
 
 当然このマニフェストにおける国民からの支持は高い。
 国民にとって、国民と裏社会の抗争ほど治まってほしい戦争はないのだ。
 国民の後押しを受け、彼女は目下マニフェストを実行中である。
 
 
.

69 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:56:51 ID:qQ39tfW6O
 
 
 これが、彼女の「表の顔」だ。
 
 
 世間では彼女は『英雄』となっているが、実際は違った。
 そもそも、マニフェストからしてすぐに裏社会の人間に消されそうな
 彼女が、今ものうのうと生きているのはおかしいのだ。
 
 普通の人間があのような事を言うのであれば、
 間違いなく次の日には裏の世界で消されてしまう。
 現に、何人もの有力な政治家が政界から姿を消している。
 
 だが、彼女は違った。
 マニフェストを掲げて三ヶ月、未だに彼女は存命である。
 
 
 その理由は、至極単純だった。
 
 
(;^ω^)「まさか……【劇の幕開け《イッツ・ショータイム》】の……ッ!」
 
 
 彼女も、『能力者』だったのだ。
 尋常のない脚力と反則並の能力を有する彼女が、そう簡単に消される訳がない。
 
 また、彼女の背後には強力な『能力者』がまだいる。
 彼女たちが集えば、ゼウス相手でも対等に戦えるだろう、という見解を、
 裏社会の人間と「レジスタンス」の人間の両方が抱いている程なのだ。
 
 
.

70 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 17:58:48 ID:qQ39tfW6O
 
 
从 ゚∀从「ぴんぽーん!」
 
从 ゚∀从「私はハインリッヒ。またの名を、カゲキ」
 
从 ゚∀从「アラマキよ、あんたうちに来ないか?
      ゼウスを殺す同志として、歓迎するぜ?」
 
 
 国軍、裏社会に続いて頭角を現した第三勢力「レジスタンス」は、
 リーダーのハインリッヒ=カゲキが掲げたマニフェストに忠実に従っていた。
 
 しかし、当初の公約と違う点がある――
 否、どちらかと言うなれば共通点が一つしかなかった。
 
 それは、ゼウスの殺害。
 
 ゼウス率いる名も無き裏社会の縦列図を崩す事を目的としていた。
 それ以外はハインリッヒが公に掲げた約束とは異なる点で埋め尽くされていた。
 現在の国家を悉く潰し、クーデターを起こす。
 
 しかし、国民の目にはあくまで平和的行動としか捉えられない。
 ごく自然な様子で国家を乗っ取り、新たな王国を築き上げるのだ。
 そして強大な武力王国を作り上げ、世界の他の国を鎮圧する。
 
 それが、「レジスタンス」の終着点だった。
 
 
.

71 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:01:01 ID:qQ39tfW6O
 
 
 つまり、国軍にとって「レジスタンス」とは、
 手を組み裏社会を根絶やしにする関係ではなかった。
 
 寧ろ、裏社会以上に厄介な敵だったのだ。
 だから、アラマキがその誘いにのる事はなかった。
 
 
/ ,' 3「断らせていただこう」
 
从 ゚∀从「元帥も退いたんだろ? いいじゃんかよ」
 
/ ,' 3「自らの手で国家を潰す気にはなれんからの」
 
 いくら政治が破綻し国民を苦しめている現国家でも、
 元国軍総大将としては手を貸す気にはなれなかった。
 
 そもそも、政治が機能しなくなったのは
 ゼウス率いる裏社会が暗躍するようになったからだ。
 元凶さえ打ちのめせば、政治はまた元通り復活する。
 アラマキは、そう信じている。
 
 
从 ゚∀从「ま、そういうと思ってたけどよ」
 
(;^ω^)「……お?」
 
 
 ハインリッヒは踵を返し、内藤に一歩、詰め寄った。
 吐息がかかる距離のため、内藤は思わず後ずさった。
 
 だが、ハインリッヒは内藤の左手を握った。
 柔らかな肌でそれを握りつぶす事なく、
 横目をアラマキに遣わせて美姦は言った。
 
 
从 ゚∀从「私はこいつを連れてアジトに帰るぜ」
 
(;^ω^)「!」
 
 
.

72 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:02:21 ID:qQ39tfW6O
 
 
 瞬間、ハインリッヒは目にも留まらぬ速度で内藤の足を払った。
 体重の行き場がなくなった内藤は、惨めにも落下する。
 
 それを、ハインリッヒが抱きかかえた。
 そしてそのまま持ち前の脚力を用いて、駆け出そうとした。
 
 
从 ゚∀从「じゃあな」
 
 
 しかし、アラマキは笑っていた。
 
 
 
/ ,' 3「蹴りによって生じる反動を、『解除』しよう」
 
 
.

73 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:05:11 ID:qQ39tfW6O
 
 
从;゚∀从「うおッ!」
 
 
 ハインリッヒが地を蹴り、跳ぼうとした瞬間だ。
 宙に浮くはずの身体は、今も平生と変わらぬ視線を保っている。
 
 この一瞬で変わったものは、地面だった。
 何気なく地を蹴っただけだったのに、
 その場にはクレーターができていた。
 
 それは半径が三メートル程もあり、また小さな地割れが起きている。
 その周辺には、これらの衝撃によって盛り上がった土が見えていた。
 
 跳んだと思っていたハインリッヒは思わず狼狽した。
 同時に、アラマキが地を一蹴りし、
 二十メートルはあった距離を一瞬で詰めた。
 
 
/ ,' 3「あんたが地を蹴った反動で跳ぼうとしたその力は、
    全部地面が吸収したんじゃよ」
 
从;゚∀从「―――ッ」
 
 
 
 これも、アラマキの能力だった。
 なにも、【則を拒む者】が適用されるのは自身の皮膚上だけではない。
 この世界に存在するありとあらゆる力を、自由に『解除』できるのだ。
 
 それを知ったハインリッヒは、感嘆の息を漏らした。
 
 
.

74 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:07:51 ID:qQ39tfW6O
 
 
从 ゚∀从「じゃああれか、今アラマキは地面にかかる作用の力の
      向きを解除して、ここまで跳んできたってのか?」
 
/ ,' 3「そうじゃな」
 
从 ゚∀从「歩いてじゃないと私は帰れないのか」
 
/ ,' 3「帰らせやせんよ。まずはその男をおろしなさい」
 
(;^ω^)「……」
 
从 ゚∀从「……ふん」
 
 
 ハインリッヒは鼻を鳴らして、内藤の顔をみた。
 大変筋肉を強張らせている。
 
 すぐに去る事ができないとされた今、内藤を抱いていると
 手荷物になると判断したのか、ハインリッヒは内藤をおろした。
 生きた心地がしない内藤は、慌てて二人から離れた。
 
 単純にハインリッヒが恐ろしかったというのもあるのだが、主立った理由はそれではなかった。
 内藤は、直感的に理解したのだ。
 これから、戦闘が起こると。
 
 
/ ,' 3「……」
 
从 ゚∀从「……」
 
 
 数度顔を前に傾け、影をつくってみせた妖しい笑みを浮かべるハインリッヒと、
 背中を曲げ腕をぶらんと垂らしたアラマキとが、睨み合っている。
 
 戦闘の予感は誰だってするものだが、内藤が懸念したのはそれではなかった。
 それのもっと奥の深い位置に眠る問題だった。
 
 
 
(;^ω^)「(おかしいお! どうしてこの二人が……)」
 
 
(;^ω^)「(作中の強敵同士が、鉢合わせするんだお!)」
 
 
.

75 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:10:47 ID:qQ39tfW6O
 
 
 内藤がその答えを導き出す前に、ハインリッヒが動きを見せた。
 姿勢を限りなく低くして、股を広く開き、獣のような体勢をとった。
 クレーターの中心で唸る狼のようにも見えた。
 
 「はッ」とちいさく掛け声を発したかと思うと、
 クレーターの中心から彼女は消えていた。
 内藤が驚くと、アラマキは無心で後ろに裏拳を放った。
 
 ドクオが相手の時には微塵にも進んで動かさなかった両手を、躊躇いなく攻撃に用いた。
 その辺り、拳を交えるまでもなくハインリッヒの実力が
 凄まじいものであるとアラマキも察したのだ、そう窺えた。
 今まで幾多もの場数を踏んできたアラマキだからこそわかった、強者のオーラだった。
 
 裏拳の描く軌道のすぐ下に、ハインリッヒはいた。
 しゃがみこんだ姿勢になっているが、裏拳を予測して背を低くしたものだった。
 というのも、当初の獣のような姿勢ではなかったのだ。
 
 
.

76 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:13:37 ID:qQ39tfW6O
 
 
 左の掌を地につけ、それを軸にして下半身を回転させ、
 ハインリッヒの右脚は視認不可の速度でアラマキの腰を狙った。
 その瞬間、アラマキは裏拳の勢いを止めないで軽く右足をあげた。
 
 そして
 
 
/ ,' 3「ふん!」
 
从;゚∀从「なッ!?」
 
 アラマキが強くハインリッヒを睨んだかと思うと、ハインリッヒの動きは止まった。
 【則を拒む者】でハインリッヒに働く慣性の力を『解除』したのだ。
 アラマキの腰の数ミリ手前で止まった脚を、すぐにハインリッヒはおろした。
 
 が、アラマキの方が速かった。
 少し上げた右足で、ハインリッヒの頭を強く蹴った。
 脳震盪をも起こしかねない強烈な衝撃で、
 ハインリッヒは十メートルほど吹っ飛んだ。
 
 地に頭蓋骨が接する前に、手で地を払って受け身を取った。
 砂埃が舞い上がり、ハインリッヒの姿が少しぼやけて見えた。
 
 それほどまでに強い衝撃だったにも関わらず、
 ハインリッヒは大して苦痛で顔を歪めていなかった。
 寧ろ、清々しそうな笑みを浮かべていた。
 
 
.

77 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:15:31 ID:qQ39tfW6O
 
 
从 ゚∀从「いたた……。
      コンマ一秒足らずの蹴りですら、止めただと?」
 
/ ,' 3「まだ老い耄れちゃおらん。スローモーションで見えたわ」
 
从 ゚∀从「……ふふ」
 
 ハインリッヒが、少し顔を綻ばせた。
 純粋に可愛らしく見えた笑顔だったが、
 それに見惚れる者はこの場にはいなかった。
 
 そして、ハインリッヒは声高らかに笑い上げた。
 
 
 
从*゚∀从「ふっはははははははッ!
       さすがアラマキ、国軍最強の戦士!」
 
( ;゚ω゚)「(来るッ!)」
 
 
从*゚∀从「いいねぇいいねぇそそるねぇ!」
 
/ ,' 3「……?」
 
 
 アラマキはハインリッヒの態度の真意がわからなかった。
 急に笑い出し、感情の昂揚を抑えないでいる。
 強敵に巡り会えて発奮している、程度にしか、感じ取れなかった。
 
 
.

78 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:17:00 ID:qQ39tfW6O
 
 
 
从*゚∀从「アラマキに手加減無用!
       じゃあ派手にいっちゃいましょう!」
 
 
 
 
从 ゚∀从「―――『イッツ・ショータイムッ!』」
 
 
 
 彼女の白い髪の向こうで、眼が朱く染まった。
 
 
 
.

79 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:18:52 ID:qQ39tfW6O
 
 
 

 
 
 
(;^ω^)「じーさん離れるお!」
 
/ ,' 3「は?」
 
 
 二人から離れ木々のなかに隠れた内藤が、コートを翻し頭に被せた。
 そして警告したが、アラマキにはわけがわからなかった。
 
 それも仕方のない事なのだ。
 ハインリッヒの能力の実体を、アラマキが知り得る筈もない。
 だから、わからなかったのだ。
 内藤がハインリッヒに畏れを抱く、その訳を。
 
 気がつくと、十メートル程離れた場所にいたハインリッヒが
 次に立っていた場所は、アラマキの後ろだった。
 
 一瞬という言葉では説明不足となる。
 時が進んだと同時に、ハインリッヒは移動していた。
 まさに瞬間移動、と呼ぶに相応しかった。
 
 
.

80 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:22:12 ID:qQ39tfW6O
 
 
/;,' 3「がはッ!」
 
 アラマキの腹は、ハインリッヒの右脚が捕らえていた。
 脚を薙ぎ、アラマキをすぐ左隣の木に飛ばす。
 三つに連なった木々が、アラマキのせいで一瞬にして折られた。
 
 尚もハインリッヒは攻撃の手を休めない。
 アラマキの方へ低く跳ね、宙に浮いた身体を一回転させた。
 弧を描くように回された踵は、アラマキの頭蓋骨に向けられた。
 
/;,' 3「させるか!」
 
 すぐさま、アラマキの脳天にハインリッヒの踵落としが見舞われた。
 が、その瞬間に、己にかかる力を全部ハインリッヒのもとに追い返した。
 ドクオの金属バットの時に見られた、彼にしかできないカウンター技だ。
 
 当然、ハインリッヒの脚力では、その踵はもげるだろう。
 だが、実際はほんのりと踵が弾かれた程度で、変化はみられなかった。
 
 それどころか、踵を弾いたと同時にハインリッヒの
 もう片方の足がアラマキの左頬に見舞われた。
 アラマキは踵落としを跳ね返す事しか眼中になかったため、その蹴りを防ぐ事はできなかった。
 
 
/;,' 3「むおッ!」
 
从 ゚∀从「踵落としはフェイクだ」
 
 
.

81 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:25:14 ID:qQ39tfW6O
 
 
 アラマキがカウンターをするだろうと読んだ
 ハインリッヒは、踵が脳天に触れる直前に勢いを殺した。
 
 案の定アラマキは【則を拒む者】を適用させたが、
 それによるハインリッヒへのダメージは皆無。
 
 能力を発動させるのに出た一瞬の隙を突いて、
 ハインリッヒが思いきり蹴飛ばしたのだ。
 
 右隣にあった木々もまとめて蹴り飛ばされた。
 不意打ちだったためか、その威力は喰らうはずだった
 踵落としよりかは減るが、それでも大きい事に変わりはなかった。
 
 もし喰らったのがアラマキではない普通の軍人だったなら、
 間違いなく首を持っていかれただろう。
 それほどの威力だった。
 
 
 アラマキが受け身をとって立ち上がった。
 頬が赤く腫れるが、もう闘えないという訳ではなさそうだった。
 着地したハインリッヒはにやにやしてアラマキを見ている。
 
 アラマキには訳がわからなかった。
 明らかに、先ほどまでとは動きが違うのだ。
 移動速度も、蹴りの速さと重さも段違いに増している。
 少しして、それが彼女の能力ではないのか、とアラマキは察した。
 
 
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82 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:28:06 ID:qQ39tfW6O
 
 
/ ,' 3「もしや……【劇の幕開け】とは、自己強化の能力か……?」
 
 脳震盪は起こらなかったようで、頬をさすりながら元の姿勢に戻った。
 そして、小鳥の囀りのような声を出した。
 内藤には聞き取れなかったが、ハインリッヒには聞こえていた。
 
 
从 ゚∀从「ぴんぽ――いや、惜しい」
 
/ ,' 3「惜しい?」
 
从 ゚∀从「良いことを教えてやる。私の能力発動中は――」
 
 
 
从 ゚∀从「私が『英雄(ヒーロー)』なんだ」
 
 
 
 内藤は頭を抱えた。
 先ほど懸念していた事柄は、まさにこれだった。
 
 国軍の頂点に位置する者アラマキ、
 及び「レジスタンス」の頂点に位置する者ハインリッヒ。
 言うまでもなく、物語序盤で出ていいような安い敵ではないのだ。
 単身での戦闘力、及び有する能力ともにとてつもなく強力である。
 
 アラマキの方は前述したが、ハインリッヒも劣らず反則並の能力を持っている。
 それが【劇の幕開け】だった。
 『劇(ショータイム)』の最中は、ハインリッヒが『英雄』になる。
 『英雄』とは、『悪役(ヒール)』を退治し、正義をもたらす、
 さながら児童向けアニメのそれのようなものだ。
 
 そして、それの意味するところが、能力の内容となっている。
 
 
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83 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:30:08 ID:qQ39tfW6O
 
 
从 ゚∀从「正義は正々堂々がモットー! だから教えてやるよ!」
 
从 ゚∀从「『劇』の最中、私は『英雄』となる」
 
从 ゚∀从「そう、この能力が続く限り――」
 
 
 
 
从 ゚∀从「『英雄』である私が、『優先』される世界となる」
 
 
 
 
 児童向けのヒーローアニメは、決まって最後に勝つのは正義だ。
 中盤では負けていた『英雄』も、必ず最後には勝利する。
 それには、様々な要素が絡んでくるのだが、
 決まって「ご都合主義」が『英雄』を救うのだ。
 
 隠されていた能力が覚醒しただの、
 『悪役』に負けるタイミングで新兵器を使うだの、
 後付けしたような展開が待っているように。
 
 『悪役』を倒すべく、『英雄』に有利な展開が次々と待ち受けるのだ。
 彼女の身体強化も、それに当たった。
 
 
.

84 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:32:35 ID:qQ39tfW6O
 
 
从 ゚∀从「やられればやられる程、不屈の精神が燃え上がる。
      結果、『英雄』はどんどん強くなる」
 
从 ゚∀从「さっきの蹴りのせいで、私のなかの何かが目覚めちゃったんだなー」
 
/ ,' 3「……!」
 
 
 アラマキが能力を発動するには、対象の事象を押さえる必要があった。
 バリアーを張るかのように能力を適用させる事はできず、
 あくまでピンポイントで迎え撃たなければならなかった。
 だから、今のように強烈な一撃を見舞われたのだ。
 
 そのピンポイントが押さえられなければ、
 アラマキが勝つ確率はないに等しくなってしまう。
 アラマキは一筋の汗を流した。
 
 
从 ゚∀从「さぁて、おしゃべりはここまでだ」
 
 
从 ゚∀从「『やい、怪人アラマキ!
       罪なき人々を戦争で苦しめた罰、いま与えてやろう!』」
 
 
.

85 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:35:00 ID:qQ39tfW6O
 
 
 ハインリッヒが啖呵を切り、駆けていった。
 いや、瞬間的にアラマキの前に移動した。
 アラマキはそれを視界に捕らえていたようで、動揺せずに迎え入れた。
 
 
(;^ω^)「だめだお……」
 
 内藤に、強敵同士がぶつかり合うのを見届ける勇気はなかった。
 この二人が出逢う構想など、練った事がなかった。
 もし二人が衝突するとどうなるか、想像もつかなかった。
 だから、内藤は結果の如何に関わらず、見届けたくなかった。
 
 
 ――いや、衝突するとどうなるか。
 それの想像は、ついていた。
 
 
 
(;^ω^)「ハインリッヒが〝一人で居るなら〟……」
 
 
 
(;^ω^)「間違いなく、ハインリッヒが死んでしまうお……!」
 
 
 
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86 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:38:58 ID:qQ39tfW6O
 
 
 

 
 
 
 内藤がそう呟き、目を遣った先では早速死闘が繰り広げられていた。
 とても物語序盤に見られるような代物ではなく、
 終盤、最後の敵の前座に近い戦いだった。
 
 ハインリッヒの蹴りを、アラマキの能力で弾き返す。
 刹那やってくるもう片方の蹴りを殴り、浮いてる
 ハインリッヒにかかっている上へと向かう力を解除し、
 落とすと同時にアラマキが右足で蹴る。
 
 更にその勢いをも解除し、左膝で
 蹴り上げてから右のストレートで突き飛ばした。
 
 だがハインリッヒも負けてはおらず、瞬間移動を駆使して立ち回り、
 地面に叩きつけられる度にフェイントを交えて受け身をとる。
 単純に受け身をとっていては、地面を叩く力の
 向きが解除され、自分の手首が吹き飛ぶからだ。
 
 
/ ,' 3「ッつぇい!」
 
从 ゚∀从「……ちッ」
 
 強気で出てみたのはいいものの、脚を使った大技が
 得意なハインリッヒは、徐々にアラマキに押されていった。
 とても、アラマキからその大技を見舞わせるための隙を見出せないのだ。
 
 アラマキの水平蹴りを跳んでかわそうとすると、
 その地面を蹴ることで生じる反動の力が解除され、
 またも小規模ながらも人為的なクレーターができた。
 
 そしてハインリッヒの位置が下にずれ、
 こめかみにアラマキの蹴りが向かっていた。
 
 
.

87 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:41:34 ID:qQ39tfW6O
 
 
从;゚∀从「ちィッ!」
 
 アラマキの蹴りは、大岩は勿論鋼鉄でできた盾をも貫く。
 ハインリッヒのような能力でも、額を蹴られれば
 頭蓋骨が砕け脳をぶちまけられる事は必至である。
 
 だから、この蹴りをしゃがむ事でしか回避する術はなかった。
 それをアラマキが狙っていた。
 
 
/ ,' 3「もらったッ!」
 
 軸にしていた左足を地から離し、アラマキは宙に浮いた。
 かと思うと、自身にかかったその浮くための力を『解除』し、重力に従って体躯を落とした。
 右の正拳を構え、重力に手伝わせて渾身の一発を、放った。
 
 しゃがんだ体勢で、またジャンプが封じられている今、
 ハインリッヒにその拳を避ける未来など、本当は存在しなかった。
 内藤は、思わず目を瞑った。
 
 
 
 
 だが、この一瞬起きた出来事は内藤にも理解ができなかった。
 
 
从 ∀从「重力に『優先』!」
 
 
/;,' 3「!?」
 
 
.

88 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:45:48 ID:qQ39tfW6O
 
 
 俯いたハインリッヒがそう言ったかと思うと、彼女はふわりと
 ――否、さっと、アラマキを避けるように宙を舞った。
 
 急にハインリッヒが飛び上がったため、放った拳は
 空を切り、アラマキは一瞬狼狽の色を見せた。
 予想すらしなかった展開に、アラマキは呆気なく地に落ちた。
 
 受け身をとれなかったのは、完全にこの一撃で終わらせるつもりだったからだ。
 波動をも生み出す正拳が避けられた事、またジャンプとは
 違う浮遊術を使われた事で、アラマキから余裕は消え失せていた。
 
 咄嗟に距離をとって、アラマキは肩で
 息をしているハインリッヒに問うた。
 
 
/;,' 3「今のも能力か!」
 
从; ∀从「ひゅー……」
 
 
 アラマキの問いかけに無言で応え、額の脂汗を拭った。
 アラマキは今の技の正体が掴めないと迂闊に踏み込めないし、
 ハインリッヒとしても少し脚を休めたかった。
 だから、自然と一時ばかりの休憩が入った。
 
 
从;゚∀从「重力で押しつけられてる私を、
      重力に『優先』させた、結果浮かび上がった。
      そういうことだよ」
 
从 ゚∀从「本当は、窮地に至るまで使っちゃいけない技なのに」
 
/ ,' 3「……『優先』……」
 
从 ゚∀从「よそ見してる暇が、あんのか?」
 
 
.

89 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:49:07 ID:qQ39tfW6O
 
 
 アラマキがぼそっと口にした瞬間、ハインリッヒは駆け出した。
 今の数秒の会話で、もう疲れがとれたように見えた。
 
 ハインリッヒがジャンプして足技を使おうとしたので、
 構えをとりながらその反動の力を『解除』した。
 
 いや、正確に言えば、『解除』〝しようとした〟。
 だが、〝発生しなかったその力を『解除』するのは〟できなかった。
 
 
/;,' 3「ぬ!?」
 
从 ゚∀从「重力に――そして」
 
 
从 ゚∀从「人体に『優先ッ!』」
 
 
 アラマキが力を『解除』したにも関わらず、ハインリッヒは跳んだ。
 いや、実際は「飛んだ」。
 
 重力よりも自分の存在を『優先』させ、結果浮かんだのだ。
 なんの力も発生してないため、アラマキにそれを止める術はなかった。
 
 またアラマキが驚いたのは、今まで脚のみだった攻撃に、手が加わった事だ。
 浮かんだと同時に、ハインリッヒの正拳が迫った。
 勘と経験だけで咄嗟に右に顔を反らした事が、功を奏した。
 正拳が顔に直撃することは免れたからだ。
 
 
.

90 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:51:39 ID:qQ39tfW6O
 
 
 だが、あまりに不意を突かれたため、
 完全には避ける事はできなかった。
 
 それはアラマキとしては問題なかったのだが、
 左の頬を拳が掠めた時に、違和感は生じた。
 
 
/#,' 3「ぐおおおおッ!」
 
 この違和感の詳細までは掴めなかったが、手で触れずともその実態はわかった。
 頬骨が、ハインリッヒの拳が通った軌跡に従うように歪んだのだ。
 これには思わずアラマキも苦悶ゆえに吠えた。
 
 
从 ゚∀从「もういっちょ!」
 
/;,' 3「!」
 
 続けて、ハインリッヒの蹴りがアラマキを襲った。
 しゃがんでやり過ごし、右の掌を地につけ足払いをする。
 この間僅か一秒足らずで、片足を上げている
 
 ハインリッヒがこれを避けるには、跳ねるしかないだろう。
 しかし、その上に向かう力を『解除』することで
 確実に足払いを決められ、アラマキのペースに持っていけた。
 
 
.

91 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:54:55 ID:qQ39tfW6O
 
 
 だが、それはアラマキの脳に浮かんだただの空論のようだった。
 ハインリッヒは跳ねる様子すら見せず、咄嗟に声を発した。
 
从 ゚∀从「――ッ!」
 
/;,' 3「ぬ!?」
 
 
 つられて咄嗟に足払いを止め、出していた足の爪先を地に
 つけそれを軸に上体を逃がす、そんな達人芸ができなければ、
 恐らくアラマキの左足はねじ曲がっていただろう。
 
 悪寒が走ったが故の行動だったが、
 結果それは最善のものだった。
 
 後方に低くバック転を決め、着地した
 アラマキはハインリッヒと距離をとった。
 
 姿勢を低くするアラマキは、
 笑みが消えないハインリッヒを睨んだ。
 その眼光は、獲物を決して逃がさない猛禽類のそれに近かった。
 
/ ,' 3「ひとつ訊こう」
 
从 ゚∀从「なんだよ」
 
/ ,' 3「もし、今の一瞬に儂が蹴りを決めていたら、
    骨はねじ曲がっておったか?」
 
从 ゚∀从「よくわかってんじゃねーか。そうだよ」
 
 
.

92 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 18:58:30 ID:qQ39tfW6O
 
 
 これもハインリッヒの能力だと言うのか、
 そう思い、アラマキは固い唾を呑み込んだ。
 
 ハインリッヒの肉体を人体より『優先』させる、
 そうする事でアラマキの脚がハインリッヒの肉体に触れた時、
 その脚の骨よりハインリッヒの肉体が優先され、骨は肉体に触れず、
 アラマキの蹴りの強さ次第ではその部分だけ凹むかもげる。
 
 使用者の任意で『英雄』を『優先』させる能力、という事だった。
 理屈がわかった途端、アラマキは焦りと昂揚が抑えられなくなった。
 
 というのも、何事にも優先度を付けられては、ハインリッヒに手出しできないのだ。
 殴ろうが蹴ろうが、その前にハインリッヒの肉体が
 『優先』されるものとなると、必ず打ち負ける。
 
 嘗てない強敵に出会い、負けるかもしれないという焦燥と
 久方ぶりに戦いを楽しめそうだという昂揚が、アラマキを満たしていた。
 
 
/ ,' 3「……ふぉっふぉっふぉ……」
 
从 ゚∀从「あん?」
 
 
 アラマキは、低く断続的に笑った。
 片足を上げ振り下ろしたかと思うと、地を抉って小さな石を手に取った。
 
 
.

93 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:02:21 ID:qQ39tfW6O
 
 
/ ,' 3「そろそろ、儂も本気を出そうかの」
 
从 ゚∀从「今更強がりか?」
 
 ハインリッヒは嘲笑した。
 『劇』中の『英雄』というものは決まって無敵で、
 『悪役』のアラマキにもすっかり勝った気でいた。
 
 そんなアラマキが、まだ実力を見せてないなどと
 言ってきたので、馬鹿馬鹿しくなったのだ。
 
 ハインリッヒも姿勢を低くし、いつでも
 駆け出して蹴りをお見舞いできるよう体勢を整えた。
 
 アラマキはというと手にした小石を見つめ、
 ぎゅっと握りしめていた。
 
 そして、一言呟く。
 
 
/ ,' 3「さすが『レジスタンス』の頭領だけあるわ。
    じゃが、実に惜しい」
 
从 ゚∀从「虚勢を張る前に早く来いよ」
 
 
 ハインリッヒも顔は笑っているが、内心は少し焦りを見せ始めていた。
 アラマキは、情勢的に見て圧倒的に不利であると自覚している筈なのに、
 その焦りを見せないで、寧ろ楽しんでいるようにすらハインリッヒは感じさせられたのだ。
 なにか裏がある、本能的にそう察していた。
 
/ ,' 3「今ゆくよ」
 
 そして数歩後退り、近場にあった木の数歩手前で立ち止まり、背を向けた。
 軽く跳ね、両足を揃えたかと思うと、アラマキは背後の木にドロップキックを決めた。
 
 そして、能力を発動した。
 
 
/ ,' 3「木にかかる作用の力を、『解除』するッ」
 
 
从 ゚∀从「……!」
 
 
.

94 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:05:53 ID:qQ39tfW6O
 
 
从 ゚∀从「……!」
 
 アラマキのドロップキックは、通常の蹴りの倍近い威力を誇っており、
 国軍の兵士が持つ盾程度なら、あたかもそれが紙のように蹴破れる。
 
 それを脆そうな木に放ったというのに、木は折れなかった。
 アラマキが、木に向かう力を全部自分へと押し返したのだ。
 
 宙に位置するアラマキに力が加えられると、
 その向きにアラマキが飛ばされるのは言うまでもない。
 
 しかし、その速度が尋常ではなかった。
 それも当然だった。
 アラマキの渾身の一撃を、自分で喰らったようなものなのだから。
 
 アラマキは、【劇の幕開け】以降のハインリッヒの動きの
 何倍も速いスピードで――つまり音の壁を超えて――ハインリッヒに向かって突進した。
 常人じゃないハインリッヒですら、この動きを捕らえる事はできなかった。
 
 タックルを喰らってしまったハインリッヒは、
 腹の中のものを全部吐き出したかのような声を漏らした。
 しかしここでアクションを取らないと、一瞬で
 死がやってくるであろう事は容易く想像できる。
 
 ここでされるがまま後方に下がると、
 アラマキの能力で慣性を殺され、連撃を喰らう。
 
 
 となると、向かうべき場所は、上だ。
 
 
.

95 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:10:21 ID:qQ39tfW6O
 
 
从;゚∀从「重力に『優せ――」
 
 自分の身体を重力より『優先』させ、一瞬で上空に上がった。
 追撃すべく、アラマキも空高く跳んだ。
 二人の距離は、目測五メートル。
 この距離で、しかも空ならばアラマキの攻撃を防ぐ自信はある。
 何事においても自分を優先させれば、必ずアラマキを迎撃できるのだ。
 
 身体を半回転させ、下にいるアラマキと向き合った。
 高度十メートルの高さでは、やはり上にいる者が有利だろう。
 ある程度の余裕を持ってハインリッヒが攻撃を図ろうとした時だ。
 
 アラマキが、先に行動に出た。
 いや、ちいさく言葉を発した。
 
 
/ ,' 3「ハインリッヒにかかっている〝重力〟を、『解除』する」
 
从;゚∀从「!?」
 
 
 その瞬間、ハインリッヒの体勢が崩れた。
 今まで自分を縛っていた紐が解けたような感じだった。
 アラマキを迎撃しようとしたハインリッヒは、
 瞬く間に遙か上空に浮かび上がった――とばされた。
 
 なぜ自らの意思に反し浮かび上がったのか、答えは単純且つ明快だ。
 ハインリッヒにかかっていた重力が『解除』された。
 
 重力とは、俗にこの星が物体を引き寄せる力を指す場合が多い。
 星の上に直立していられるのは、この力と自らの垂直抗力が相殺し合うからだ。
 その重力を『解除』すると、当然ながら
 相手は星の外に追い出されるように、飛ばされる。
 
 その先に待っているのは、宇宙、そして死。
 それを、ハインリッヒも一瞬で理解した。
 
 
.

96 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:15:16 ID:qQ39tfW6O
 
 
从;゚∀从「飛翔に『優先』っ!」
 
 自分が飛ばされているなかから自分を『優先』させ、
 飛ばされる勢いから解放されたハインリッヒは地上へと突進してきた。
 
 それは重力が復活した訳じゃないため、地上にぶつかると
 再び空へと向かう訳だが、とにかくこうするしかなかった。
 
 しかし、その降下した先には、アラマキが待っていた。
 右手で拳を構え、やってくるハインリッヒを今か今かと待ちかまえている。
 ここで殴られると自分の死は確定的なものなので、拒むしかなかった。
 
 
从; ∀从「人体に『優先』!」
 
/ ,' 3「かかったな!」
 
从;゚∀从「ッ!?」
 
 
 アラマキが拳を構えた時、同時にとったもうひとつの行動があった。
 攻撃を仕掛ける前に拾った小石を、ふわりと宙に浮かせたのだ。
 
 そして、ハインリッヒが能力を発動したのと同時に、
 その浮かせた小石を、左手ではたき、力を石に押し返した。
 猛烈な速度で迫ってくる小石が、ハインリッヒの額を狙っていた。
 
 
.

97 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:17:28 ID:qQ39tfW6O
 
 
 同時に優先事項を作り出せるのは、ひとつのみ。
 今ここで骨に対して優勢な身体を作り出そうが、
 そのままでは無防備となっている小石には無力だ。
 
 また、弾丸と化した小石をもろに喰らっては、やはり死に繋がってしまう。
 重力を『解除』された今、無駄な動きが全て
 空中移動に関わってくるため、避ける余地もなかった。
 
 だから、一旦自分の身体を、アラマキの拳ではなく
 迫り来る弾丸に対して優先させるほかなかった。
 
 そして、それこそがアラマキの狙い目だった。
 その時、ちょうど上昇するアラマキと
 下降するハインリッヒの高度は、逆転していた。
 
 
从;゚∀从「石に―――」
 
/ ,' 3「……勝った」
 
 
 アラマキは、高く振り上げた両手の指を絡め、まるでひとつの大きな石に変えた。
 無防備なハインリッヒの背中に、重い一撃を、振り下ろした。
 
 
从; ∀从「っギィ!」
 
 
.

98 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:19:43 ID:qQ39tfW6O
 
 
 殴りつけられ、ハインリッヒはまるで隕石のように地面に叩きつけられた。
 地面が彼女を跳ね返す事はせず、湖一個分に
 相当する巨大なクレーターを作り出した。
 
 地、土、岩に埋められ、それが彼女の慣性と相殺しあったかと
 思う頃に、アラマキは『解除』した重力を元のように『入力』した。
 アラマキも地に降り立ち、クレーターの中心部へと歩み寄る。
 
 靴の裏から感じられる柔らかい土が、どれだけ
 深いクレーターを作り出したかを物語っていた。
 
 ハインリッヒの顔に掛かっていた土を払いのけた。
 頭部は打たなかったため、まだ息はあった。
 だが、背骨を折っているので、戦闘不能には違いなかった。
 
 
/ ,' 3「儂の勝ちじゃ」
 
从 ;∀从「……」
 
 ハインリッヒは涙を流していた。
 死を恐れたのか、敗北が悔しいのか。
 アラマキがその涙を咎める事はなかった。
 
 
.

99 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:22:19 ID:qQ39tfW6O
 
 
 本来のアラマキなら、ここですぐに相手を殺していただろう。
 だが、完全に動きがとれないと思われた
 ハインリッヒには、それをする必要はなかった。
 
 いや、それに加えてアラマキは彼女から聞きたい事があったのだ。
 頬の傷をさすって、話を切り出した。
 
 
/ ,' 3「おぬし、ゼウスの事をなにか知っておるのか?」
 
从 ;∀从「……」
 
/ ,' 3「答えぃッ!」
 
从 ;∀从「………」
 
 
 彼女の顔はくしゃくしゃになっていた。
 はじめて敗北を味わったかのような心地で、
 ハインリッヒは嗚咽を響かせていた。
 
 彼女に抗う気力はなく、アラマキ勝とう、という気構えもない。
 重力の『解除』なんてされては、勝ち目がないからだ。
 
 余りにも速すぎるこの戦闘に腰を抜かしていた
 内藤が、漸く我に返って茂みから飛び出した。
 内藤の存在などすっかり忘れていたアラマキとハインリッヒだが、
 別段驚くような素振りは見せなかった。
 
 元はと言えば、これは内藤を巡った戦闘とも言えるのだ。
 やはり、内藤にも、罪悪感は芽生えていた。
 
 
.

100 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:24:42 ID:qQ39tfW6O
 
 
 だが、それを口にしなかったのは理由がある。
 ハインリッヒに問いたい事、言いたい事がふたつあったからだ。
 
 歩み寄り、嗚咽で身体全体を時折震わせるハインリッヒの顔を覗き込んだ。
 彼女は、この世の終わりとも言えるような面構えをしていた。
 
从 ;∀从「……ヒーローは負けないのに……」
 
( ^ω^)「あんたは、小説のなかではトップクラスの実力者だお。
      ただ、相手も同じくトップクラスの実力者だっただけなんだお」
 
 
 ハインリッヒの涙もだが、内藤のこの言葉も本心だった。
 ドクオなんかが相手だったら、全ての攻撃を前に
 自身を『優先』させるだけで、勝ったも同然なのだ。
 
 全ての攻撃を受けきり、瞬間移動してから
 蹴りを喰らわせるだけで、ドクオの首など吹っ飛ぶ。
 
 しかし、今内藤の目の前にいる彼女は、そのようなオーラを漂わせてはいなかった。
 とても、トップクラスの実力者とは思えなかった。
 
 
从 ;∀从「殺さないで……お願い……ッ」
 
/ ,' 3「じゃあ答えるんじゃな」
 
 
.

101 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:27:31 ID:qQ39tfW6O
 
 
 内藤とは対照的に、アラマキは冷酷だった。
 『能力者』の抹殺を図る段階で、とても穏やかだとは言えないのだが。
 
 この調子では、躊躇いなくハインリッヒを殺してしまいそうだった。
 
 
从 ;∀从「ゼウス…知らないよ……ッ」
 
( ^ω^)「アラマキ、彼女の言葉は本当だお。
      作中でもハインリッヒは無知同然なんだお」
 
/ ,' 3「……」
 
 アラマキはハインリッヒを見下ろしたまま、腑に落ちない様子を見せていた。
 この場に内藤がいなかったら、ハインリッヒを殺していただろう。
 
 それをしなかったのは、内藤の言葉に説得力が宿っていたからだ。
 
 
( ^ω^)「それよりもハインリッヒ、聞きたい事があるお」
 
从 ;∀从「……」
 
( ^ω^)「あんた、途中で『英雄の優先』を発動したおね?」
 
从 ;∀从「なにさ……、…っ」
 
 
( ^ω^)「おかしいんだお。
      その能力、まだ小説には出してないんだお」
 
 
从 ゚∀从「……!?」
 
/ ,' 3「な……なんじゃと!?」
 
 
.

102 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:30:05 ID:qQ39tfW6O
 
 
 涙を流していたハインリッヒは、その瞬間目を見開いた。
 すぅー、と涙が横に流れる。
 
 合わせて、アラマキも狼狽を見せた。
 己を苦しめた能力が、内藤の書く小説に
 まだ登場してないと言われたのだから。
 
 まだハインリッヒは半信半疑だが、この世界は内藤の小説を
 ベースにしたパラレルワールドではないか、とされている。
 
 ドクオ=ダラーの【もので釣る】も
 アラマキ=スカルチノフの【則を拒む者】も
 ハインリッヒ=カゲキの【劇の幕開け】も。
 
 全て、内藤の小説が元になったものなのだ。
 逆に言うと、内藤の小説に書かれていない事が起こり得る筈がない。
 それが起こり得てしまったため、内藤はあの能力が発動された時、思わず目を疑ったのだ。
 
 
从;゚∀从「普通に使えたぞ……」
 
( ^ω^)「……そうかお」
 
 ハインリッヒは、嘘を吐いているようには見えなかった。
 小説に出してないと言われても、実際に使えたのだ。
 どうして、などキャラクターの彼女が知る筈もない。
 
 
.

103 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:31:31 ID:qQ39tfW6O
 
 
 それを察した内藤は、それ以上追究しなかった。
 パラレルワールドの所為だろうと理由付けをした。
 
 続けて、足早に二つ目の質問を投げかけた。
 内藤としては、寧ろこちらの質問を聞きたかったのだ。
 
 
( ^ω^)「ハインリッヒ……、まさかとは思うけど……」
 
 
 
(;^ω^)「妹……連れてきてないおね?」
 
 
 内藤は、ちいさく呟いた。
 焦りを見せ、あたかもそれが起こり得ては
 ならない事であるかのように。
 
 ハインリッヒが首を傾げると、内藤はぎょっとした。
 背後の方から、急に声が聞こえたのだ。
 
 
 
.

104 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:33:41 ID:qQ39tfW6O
 
 
 
 
  「『かくして、ヒーローハインリッヒは、
    怪人アラマキに完膚なきまでに敗れ去った』」
 
  「『果たして、ヒーローハインリッヒは
    このまま息絶えるのであろうか?
    平和を、正義を貫けないのであろうか?』」
 
 
 
( ;゚ω゚)「ッ!」
 
从 ゚∀从「この声……」
 
 
 
  「『いいや、そんな筈はない。
    ヒーローは決して敗れないのだ』」
 
 
 
 
ノパ⊿゚)「『このまま【大団円】を迎える筈はない』――ってね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

105 ◆qQn9znm1mg:2012/06/14(木) 19:36:41 ID:qQ39tfW6O
これで第二話「vs【劇の幕開け】」はおしまいです。
まだまだプロローグですが、なにとぞご静聴お願いします。
今回も「みずパラ」を読んでいただき、ありがとうございました!

誤字・脱字等あればご指摘お願いします。
(ちなみに、途中で地の文で「ダラー」があった気がするけど、それは「ドクオ」の間違いです)

106名も無きAAのようです:2012/06/14(木) 20:53:58 ID:7HTjztHg0

いい能力バトルだ
でも自分から作品の略称を言うのはどうなのよ

107名も無きAAのようです:2012/06/14(木) 21:21:55 ID:vh1T1x1Q0
別にキニスンナヨ

面白いは正義!乙!

108名も無きAAのようです:2012/06/14(木) 21:51:43 ID:vQmJHVL.0
おもすれー
次の話も期待してます!

109名も無きAAのようです:2012/06/15(金) 02:32:25 ID:diC2nhvkO
能力はとんでもないけど、戦闘描写、人物描写は繊細だな 
 
続き投下待ってる

110名も無きAAのようです:2012/06/15(金) 15:37:46 ID:gidptudMO
ω・`)ショボンが強キャラでありますように

111名も無きAAのようです:2012/06/15(金) 16:46:02 ID:C03hwe8s0
ドクオ急にいなくなったけど逃げたん?

112 ◆qQn9znm1mg:2012/06/15(金) 20:08:58 ID:7l3DBcZ2O
>>111
死ぬ描写を入れるはずが忘れてました。
まあ腕が曲がったゆえに失禁→夜に屈強な男どもの餌に
とでも補完していただければ助かります。

113名も無きAAのようです:2012/06/15(金) 23:40:44 ID:C03hwe8s0
そんな舞台裏がwwwwwwwwwwww

114名も無きAAのようです:2012/06/16(土) 08:05:02 ID:Qi5sJMUY0
これあらチーじゃないよね?

115 ◆qQn9znm1mg:2012/06/17(日) 01:02:46 ID:ncsUtOpwO
これあらチーじゃないです。

116 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:24:28 ID:CSzP7kRUO
第三話「vs【大団円】」を投下しますが、先に申しますと、全部投下は無理です。
きりのいいところ(目安として、20レス前後を予定)で一度切るので、ご容赦ください。

また、ここらへんから徐々に能力がおかしくなっていくので、
私みたいな最強厨の人にはぜひ読んでもらいたいな、と思っています。

117 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:25:14 ID:CSzP7kRUO
 
 
第三話「vs【大団円】」
 
 
ノパ⊿゚)「来てみたのはいいものの……。ったく、姉貴らしいな」
 
(;^ω^)「……ッ!」
 
 
 突如として姿を見せた女に、内藤は驚愕した。
 毛先がウェーブがかった赤髪の少女を見て、ではない。
 登場と同時に切った啖呵の内容を聞いて、だ。
 
 詠唱とはまた違う語り調
 ハインリッヒを「姉貴」と呼び
 近くにいるだけで『大団円』を感じてしまう、そんな彼女を、内藤は、知っていた。
 
 彼女は、短い歩幅で歩み寄ってきた。
 倒れたハインリッヒ、見下すアラマキ、そして内藤の集うところへ。
 その距離が八メートルに達した時点で、内藤は自分が思い浮かぶ限り唯一の名前を口にした。
 
 
(;^ω^)「……待てお、ヒート=カゲキ」
 
ノパ⊿゚)「!」
 
 名を呼ばれたヒートの歩みが止まった。
 同時に、内藤を強く睨んだ。
 ヒートは一瞬心の中が空っぽになり、内藤を見続けた。
 
 
.

118>>117訂正 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:26:17 ID:CSzP7kRUO
 
 
  第三話「vs【大団円】」
 
 
ノパ⊿゚)「来てみたのはいいものの……。ったく、姉貴らしいな」
 
(;^ω^)「……ッ!」
 
 
 突如として姿を見せた女に、内藤は驚愕した。
 毛先がウェーブがかった赤髪の少女を見て、ではない。
 登場と同時に切った啖呵の内容を聞いて、だ。
 
 詠唱とはまた違う語り調
 ハインリッヒを「姉貴」と呼び
 近くにいるだけで『大団円』を感じてしまう、そんな彼女を、内藤は、知っていた。
 
 彼女は、短い歩幅で歩み寄ってきた。
 倒れたハインリッヒ、見下すアラマキ、そして内藤の集うところへ。
 その距離が八メートルに達した時点で、内藤は自分が思い浮かぶ限り唯一の名前を口にした。
 
 
(;^ω^)「……待てお、ヒート=カゲキ」
 
ノパ⊿゚)「!」
 
 名を呼ばれたヒートの歩みが止まった。
 同時に、内藤を強く睨んだ。
 ヒートは一瞬心の中が空っぽになり、内藤を見続けた。
 
 
.

119 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:28:05 ID:CSzP7kRUO
 
 
(;^ω^)「どーしてあんたがここにいるか――なんて野暮は問わないお」
 
(;^ω^)「……その、なんだ」
 
 
(;^ω^)「もしかして、救援に来ちゃったのかお?」
 
ノパ⊿゚)
 
 内藤は、ちいさく、しかしヒートの耳に届くような音量で訊いた。
 その質問をする必要性は、あまりになさすぎる。
 それなのに問うたその胸の内では、
 内藤はなるべく正確に、現状を把握しようと努めていた。
 
 目の前にいるヒート=カゲキは、やはり目を丸くさせたまま、内藤の言葉を漸く認識した。
 そして目を細め、内藤を更に強い眼力で睨みつけた。
 
 
ノパ⊿゚)「……手前、誰だ」
 
(;^ω^)「……ただの、しがない小説家ですお」
 
ノパ⊿゚)「………姉貴、こいつ誰だ?」
 
 内藤の言葉を、ヒートは一秒で聞き流した。
 彼の放った言葉に偽りがあることを、即座に見抜いたのだ。
 
 
.

120 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:30:40 ID:CSzP7kRUO
 
 
 なぜ、自分の名前をわかった?
 なぜ、あの男だけは雰囲気があそこまで違う?
 
 その疑問だけで、ヒートは彼を信じようという気にはさらさらなれなかった。
 だから、彼女はなぜか倒れているハインリッヒに事情を問うた。
 訊かれて、ハインリッヒは声帯を震わせた。
 
 
从 ゚∀从「……そいつは――」
 
/ ,' 3「ほう?」
 
从; ∀从「――ぎゃっ!」
 
 
 ハインリッヒが口を開こうとした瞬間、アラマキが動いた。
 ハインリッヒの左手首を踏み、骨が折れる音を鳴らした。
 
 彼女は苦痛の声を漏らした。
 一方のアラマキは、その喘ぎ声が収まるまで足に力を籠めた。
 砂と手首が擦れる音をとめてから、アラマキはヒートの方を向いた。
 
 
/ ,' 3「残念じゃが、『レジスタンス』は今日付けで解散じゃ。
    誰かは存じておらぬがの、諦め――」
 
ノパ⊿゚)「なにしてんの、姉貴?
     『ヒーローなら体力を回復して、ヒールを倒すんじゃないの?』」
 
 
.

121 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:31:41 ID:CSzP7kRUO
 
 
(;^ω^)「ッ! じーさん離れろ!」
 
/ ,' 3「?」
 
 
 アラマキの言葉を無視するかのように、ヒートはハインリッヒに引き続き声をかけた。
 その瞬間だ、内藤の背筋が冷たくなったのは。
 
 咄嗟にバックステップで後退し、同時にアラマキにも避難を忠告した。
 しかし、アラマキは一体何の話かわからず、首を傾げた。
 アラマキなら、咄嗟に数十メートル後退することも可能だっただろう。
 しかしそれをできなかったのは、内藤の放った言葉の意味がわからなかっただけではない。
 
 今の自分に脅威が迫るなど、予想だにしていなかったのだ。
 
 
.

122 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:32:59 ID:CSzP7kRUO
 
 
 
从 ゚∀从「サンキューッヒート!」
 
/;,' 3「な――!?」
 
 
 
 たとえば、そう。
 
 『倒したはずのハインリッヒが全快になって反撃してくる』ような『大団円』、など。
 
 
 
从 ゚∀从「人体に――『優先』ッ!」
 
/;,゚ 3「がああああああああああッ!」
 
 
 
 『英雄』の正義の鉄拳が、アラマキの左腕を貫いた。
 
 
 
.

123 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:37:19 ID:CSzP7kRUO
 
 
 
( ;゚ω゚)「アラマキィィィィィィィィィッィイ!」
 
 
ノパ⊿゚)「へー。姉貴の鉄拳をぎり避けたんだ。すごーい」
 
 
 これが、ハインリッヒが宣言した『劇』でないことは、内藤にはわかっていた。
 これは【劇の幕開け《イッツ・ショータイム》】から決まっていた『脚本』ではない。
 言うなれば『脚色された脚本』だ、内藤は即座にそう理解した。
 
 なぜなら、このような『脚本』、内藤は手がけたことがないのだから。
 
 
/;,' 3「小賢しいわ!」
 
 
 アラマキは訳がわからなかった。
 なぜハインリッヒが動けるようになれたのか。
 まだ少女、ヒートの正体も明かせていない。
 
 だが、このままだと危険だ、ということだけはわかりきっていた。
 そのため、アラマキは即座に飛び上がった。
 否、それは飛び上がったわけではない。
 
 【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】の効果で
 〝己にかかっていた重力を一時的に解除〟し、
 形ばかりの跳躍をしてみせたのだ。
 
 いうなればハインリッヒが見せた曲芸のまねごと。
 しかし、跳躍した高度、一瞬にして五十メートル。
 ハインリッヒが跳躍しようが、慣性を解除することで追撃を阻止できる距離だ。
 そうすることで、なんとか追撃だけでも拒もうと考えていた。
 
 
.

124 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:40:25 ID:CSzP7kRUO
 
 
 
 しかし
 
 
 
ノパ⊿゚)「『あ、ヒーローってマッハ2.5で移動できるんだよ?』」
 
从 ゚∀从「そのとーり!」
 
/;,' 3「!?」
 
 アラマキの経験と勘を持ってしても拒めない敵は、後ろにいた。
 卓越した反射神経を持ってしても、超越した脚力を持ってしても、
 追いつくはずのないアラマキを先回りして待ち受けていた。
 
 殴りかかるハインリッヒを見て、追撃を拒むのを
 諦めたアラマキは、次なる手に出た。
 再び【則を拒む者】を発動する、という。
 
 むろん、今までのように、いちいち詠唱だのしている暇はなかった。
 だが、何をどう解除するのかを逐一言っていたのは、なにもハンデのつもりではない。
 それは、あえて対象を口にすることで、誤作動を防ぐためである。
 
 アラマキは誤作動を恐れたが、死に勝る恐怖など
 存在しないというのがアラマキの持論だ。
 意を決して、『則』を『拒んだ』。
 
 
/ ,' 3「(そのマッハの原理、『解除』させてもらおうッ)」
 
 
从;゚∀从「うげ!」
 
 
.

125 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:42:37 ID:CSzP7kRUO
 
 
 アラマキが胸中で呟くと、ハインリッヒはがくんとうなだれ、力なく
 アラマキを殴ったかと思うとマッハ2.5の動きは途端に消えてしまった。
 
 同時に、アラマキは右肘でハインリッヒの背中を思い切り殴った。
 殴った反動で右腕を肩の高さにまであげ、そして再び『則』を『拒んだ』。
 
/ ,' 3「空気を押し上げる力を、『解除』しよう」
 
 
 うちわを扇ぐ時なんかがそうだ。
 空気を扇げば、自然と大気を押していることになる。
 
 その場で気流を生み出し、風という目に見えない物体を
 押し上げる力を『解除』し、その反動でアラマキは落下速度を上げた。
 一般人がやっても高所から飛び降りた程度にしかならないが、
 身体能力が彼らと段違いなアラマキの場合、それは違う。
 
 アラマキは、肘うちで落下しているハインリッヒと
 ほぼ互角のスピードを生み出してしまった。
 
 
.

126 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:45:35 ID:CSzP7kRUO
 
 
 いくら高度があろうと、彼らにその数値は問題ない。
 有する《特殊能力》、戦闘力、身体能力。
 そのどれもが数値では表せない程抜きん出ているため、
 彼らは何らそれに脅威を感じなかった。
 
 しかし、ハインリッヒは別のことに脅威を抱いていた。
 このまま自分が地面に叩きつけられる瞬間、アラマキは
 地面が請け負う力を全て自分に送り返すように
 『則』を操るだろう、とわかっていたのだ。
 
 正直言って、今の自分がそれを耐えられる程の
 強固な躯を持っているのか、わからない。
 だからこそ、現状を打破するにはどうすればいいか、を考えていた。
 
 
 
 そんな時だ。
 
 
 
ノハ ⊿ )「『そんなんじゃ劇は終わらねぇっての。
      無事に着地して、早く大団円を迎えてくれよ』」
 
 
 
 いうなれば『脚色家』。
 
 ひとりの『脚色家』が、『脚本』を『脚色』した。
 
 
 
.

127 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:47:12 ID:CSzP7kRUO
 
 
 
/ ,' 3「地面にかかる力を『解――」
 
 
/;,' 3「―――!?」
 
 
 着地は、二人同時――否、アラマキが一瞬後、だった。
 アラマキは当然、ハインリッヒにダメージを与えるべく
 彼女に二倍の力が向かうように『則』を操った。
 
 しかし、その手応えはまるでなかった。
 ハインリッヒはまるで雲に包まれたかのように、ふんわりと、華麗に着地したのだ。
 その一連の動作に、アラマキが能力を発動し彼女を迎え撃つ隙など存在しなかった。
 
 無事に着地できたのを見て、ハインリッヒは安堵の息を吐いた。
 そしてすぐさま構え、アラマキを視界の中心に据えた。
 流れるように指の関節をぱきぱきと鳴らし、戦闘態勢に入った。
 
 その一部始終を見て、アラマキが感じた第二の疑問は
 アラマキに殴られた背中に、痛みを感じていなさそうだったところだ。
 
 
.

128 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:50:39 ID:CSzP7kRUO
 
 
从 ゚∀从「……ひとつ、訊きてぇな」
 
/ ,' 3「なんじゃいの」
 
 
 飄々とした声で答えるが、顔は笑っていなかった。
 いや、笑えるはずもなかった。
 
 得体の知れぬ少女――ヒート=カゲキ――がいる限り、
 『英雄』がどこから現れてどう攻撃するのかわからない。
 アラマキは常に、最大級の警戒心を抱いておく必要があった。
 
 
从 ゚∀从「いま、なにを『解除』して私の動きを止めた?」
 
/ ,' 3「……ふん」
 
从 ゚∀从「答えろ」
 
 ハインリッヒが強くアラマキを睨んだ。
 別に答えても、情勢はなにも変わらないだろう
 と思ったアラマキは、促されるがまま、答えた。
 
/ ,' 3「なあに。マッハの原理じゃよ」
 
从 ゚∀从「……? マッハの原理って……なんだ?」
 
/ ,' 3「……そんなこと」
 
 頬を伝う汗を拭おうなどとせず、続けた。
 
 
/ ,' 3「おぬし、『物体の慣性力は、全宇宙に存在する
    他の物質との相互作用によって生じる』
    っちゅーなとある偉人の言葉を知らぬと申すか?」
 
从 ゚∀从「?」
 
/ ,' 3「一緒じゃ。マッハっちゅーなもん、言わば速さの『比』。
    『相互作用』を『拒め』ば、マッハなんてもん消えるんじゃよ。
    ……それが、マッハにおける『則』じゃからな。
    つまり、音速を超えた超高速移動は封じたも同然ってことじゃ」
 
从 ゚∀从「……なるほど」
 
 
.

129 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:53:28 ID:CSzP7kRUO
 
 
/ ,' 3「今度はこっちが訊くがの……。
    そこの赤髪、いったい誰じゃ」
 
 視線も指も使わず、しかし雰囲気かなにかで、
 少し離れた場所にいるヒートを指した。
 
 ハインリッヒも視線は動かさなかったが、
 指しているのがヒートであろうことは容易に推測できた。
 
 
从 ゚∀从「妹。ヒート=カゲキってんだ」
 
/ ,' 3「『能力者』、か?」
 
从 ゚∀从「私に訊くよりも、さ。適任がいるんじゃねーか?」
 
 
 ハインリッヒがそういうと、アラマキははっとして内藤の方を見た。
 この時ばかりは視線や警戒など気に留めることはできなかった。
 自分たちが拳を交わした一瞬間の隙に、ヒートに
 襲われたのではないか――そんな危惧をしたのだ。
 
 
 (;^ω^)「……」
 
 
 しかし、内藤は無事だった。
 アラマキたちともヒートとも充分に距離を取っている。
 尤も、彼らなら一瞬で詰め寄れる距離ではあるのだが、
 そもそも彼らが内藤を襲う理由は、どこにもない。
 
 また、ハインリッヒの言葉がどういう意味か、内藤にもわかっていた。
 つまり、解説をしろ、と促しているのだろうな、と。
 
 解説をする義理なんて内藤にはないが、断ればどうなるのか。
 これほど、内藤にとって想像したくない結末はない。
 だから素直に、重い口を開くしかなかった。
 
 
.

130 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 19:58:21 ID:CSzP7kRUO
 
 
 
(;^ω^)「……」
 
(;^ω^)「〝カゲキ三姉妹〟が揃ってないだけましだけども……
      じーさん、最悪だお」
 
 
(;^ω^)「そこの、カゲキ三姉妹の次女、ヒート。
      扱う能力は――【大団円《フィナーレ》】ッ!!」
 
 
 
/ ,' 3「……フィナーレ?」
 
(;^ω^)「『脚本(げんじつ)』を『脚色(かきかえ)』てしまう《特殊能力》だお!」
 
(;^ω^)「ハインリッヒが『劇』を立ち上げないと発動できないけど、
      一度発動してしまうとこの世のなにもかもを『脚色』てしまうんだお。
      …………別名、『脚色家』。それが、【大団円】」
 
 
 
.

131 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 20:01:37 ID:CSzP7kRUO
うーん……。
思ったより投下できないものですね。
続きは夜中か後日に投下します。

書式の性質上括弧がやたらと多く見づらいでしょうが、
演出のひとつだと思って、なんとかご容赦ください。

132 ◆qQn9znm1mg:2012/06/19(火) 20:04:04 ID:CSzP7kRUO
……と、ひとつ訂正。
内藤曰く「この世のなにもかもを『脚色』てしまう」とありますが、
【大団円】の適用範囲は(読めばわかると思いますが)『英雄』ことハインリッヒのみです。
誤解を招く表現を、失礼しました。

では。

133名も無きAAのようです:2012/06/20(水) 06:25:40 ID:Dy8yJq2g0
おつー

134 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:01:02 ID:a9LkYkQQO
 
 
/ ,' 3「……じゃあ、きゃつめの怪我が治癒されとるのも?」
 
(;^ω^)「『一度はやられたヒーローが回復してリベンジに向かう』
      っていうような『脚本』に『脚色』られたんだお」
 
/ ,' 3「……ほう」
 
 
 視線を、再びハインリッヒに向けた。
 ハインリッヒは、『英雄』とは不釣り合いな、邪悪な笑みを浮かべていた。
 いやむしろ、最終局面で主人公たちを迎え撃つ悪役のような、そんな面構えだった。
 
 
从 ゚∀从「言ったろ? 『英雄が優先される世界だ』って」
 
/ ,' 3「そうかの。じゃあ――」
 
 
 
/ ,' 3「『脚色家』から討つッ!」
 
( ^ω^)「っ!」
 
 
 
 
.

135 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:07:40 ID:a9LkYkQQO
 
 
 一瞬にしてヒートに詰め寄ったアラマキが、蹴りを繰り出した。
 『英雄』でさえぎりぎり避けられるかといったレベルのそれを、
 『脚色家』のヒートが避けられるはずがない、そう思ったのだ。
 
 ヒートを倒しさえすれば『脚本』が『脚色』られることはなくなり、
 元通り自分がハインリッヒを倒す『脚本』で終わるはずだ。
 そう推理したアラマキの行動は確かに的を射たものであったが、それは不可能だった。
 
 
/;,゚ 3「むあ……ッ…っ!?」
 
 
 アラマキが蹴ろうとした瞬間、一メートル四方ほどの
 半透明な壁がヒートを守ったのだ。
 どういうことか、アラマキが蹴ったというのに、
 その打撃音は、分厚いガラスをノックした程度にしか聞こえなかった。
 
 いや、その打撃音を発したのはアラマキの脚からで、
 〝半透明の壁からは音は一切発されることはなかった〟。
 
 
ノパ⊿゚)「……?」
 
 咄嗟に一歩後退りしたヒートは、少し当惑した。
 アラマキの狼狽のしようと目の前の壁の意味がわからなかったのだ。
 おそるおそる近づけども、アラマキは襲ってこない。
 少し考えると、これらの現象の答えはでた。
 
 
.

136 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:16:16 ID:a9LkYkQQO
 
 
ノパ⊿゚)「ああ……なるほど」
 
           テ メ エ    ワ タ シ
ノパ⊿゚)「残念。『出演者』に『脚色家』は襲えないんだわ」
 
/;,' 3「なに……!?」
 
ノパ⊿゚)「『悪役(ヒール)』として出演している以上、
      『劇』に出演していない人は殴れないってこった!」
 
 
 完成された映画に、『監督』が姿を見せることなどあるのだろうか。
 
 答えは、ノー。
 決して、『監督』や『照明係』、『脚本家』は姿を見せない。
 だからこそ、『出演者』はそういった裏方を、戦闘の対象にすらできないのだ。
 
 そういうと、アラマキも納得したような顔をした。
 決して認めたくないのだが、それが能力ならば抗えない。
 焦燥感が一気に高まったが、自分はハインリッヒと戦うしかない、と思った。
 
 だが、内藤。
 彼だけは、未だに納得していなかった。
 首を傾げて、必死に〝あること〟を考えていた。
 
 
(;^ω^)「(そんな付属効果、あったかお……?)」
 
 
 と。
 しかし、内藤の意思などほったらかしで、『劇』は今もなお進もうとしていた。
 内藤がどう思っているかなど、彼らには関係のない話なのだ。
 
 アラマキは、ハインリッヒを再び前にした。
 正攻法で迎え撃つしかない、と考えていた。
 
 
.

137 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:18:16 ID:a9LkYkQQO
 
 
从 ゚∀从「……」
 
/ ,' 3「……」
 
 
 距離は五十メートル。
 むろん、そんな数字はあてにならない。
 問題は、両者が向き合っているという事実だけだ。
 この事実さえあれば、距離など関係なく戦闘が再開する。
 
 アラマキは左腕を壊され、戦力は大幅にダウンしている。
 一方のハインリッヒは、圧倒的な能力を持つヒートが後方支援に就いた。
 
 それは、誰が反論するまでもなく、カゲキ姉妹の優勢だった。
 
 
从 ゚∀从「……ヒートさ」
 
ノパ⊿゚)「なに?」
 
从 ゚∀从「ぶっちゃけ、アラマキが隻腕になろうが、
      単身じゃ勝ち目なさそーに見えんだわ。
      てなわけで、『脚色』よろしくっ!」
 
ノパ⊿゚)「……」
 
ノハ ⊿ )「…………」
 
 
 
(;^ω^)「(……まずいお。あーは言ってるけど、本当はアラマキが
      左腕を使えなくなっただけで既にハインリッヒの優勢なんだお)」
 
(;^ω^)「(〝能力発動の条件を満たそうとしてる〟のか、それとも本心なのか……)」
 
 
.

138 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:20:43 ID:a9LkYkQQO
 
 
 ヒートがどう『脚色』するかを考えている間、ハインリッヒには隙があった。
 その隙は、あまりにも大きく、滑稽で、狙いやすいものだ。
 アラマキが、その隙を衝かないはずがない。
 
 地を蹴り、反動を増幅させて三歩でハインリッヒの前に立った。
 いや、立ってはいない。
 実際は三歩目を踏み出した時、その反動を右の正拳突きに上乗せして放ち、
 ハインリッヒの目の前に到着したと同時に、脇腹にそのパンチを見舞っていた。
 立ったのは、その後だ。
 
 
从; ∀从「かッ…は………」
 
/ ,' 3「よそ見などするもんじゃ――ないッ!」
 
 自身の拳に戻ってくる反動も、全てハインリッヒに押し返した。
 加速による補正も加わっているため、今まで以上にダメージは大きかった。
 
 そして、続けて右足で、ハインリッヒの腹を抉りかねない程に強く蹴り上げた。
 思わぬ威力に、ハインリッヒは吐血した。
 【劇の幕開け】を発動していなければ、内臓の内側から破裂しかねない威力だ。
 
 アラマキが続けて〝左腕〟で殴りかかってきたのを見て、
 ハインリッヒは反射的に『優先』を胸中で宣言した。
 
 むろん、『英雄』を『人体』に。
 
 
.

139 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:22:10 ID:a9LkYkQQO
 
 
/ ,' 3「残念。そっちは左腕じゃ」
 
从; ∀从「――ッうぐ!!」
 
 
 アラマキの壊れた左腕は、もう見るも無惨な形に更に壊れてしまった。
 骨がおかしい方向に曲がっており、血が噴き出し、剥がれ落ちそうな肉が見えている。
 
 一度壊されてしまった以上、もう捨てたものと見ただろう。
 文字通り捨て身の攻撃を、アラマキは何の躊躇いもなく放った。
 
 ハインリッヒが新たなる『優先』を発動する前に、
 アラマキは健全な右腕でハインリッヒの左のこめかみを殴った。
 
 骨が砕けそうだったが、どうやら、加速や重力の助けなしで
 『英雄』の顔に穴を空けるのは難しかったようだ。
 ダメージと、吹っ飛ばす勢いを与えただけに過ぎなかった。
 
 左腕が左腕でなくなったアラマキは苦痛を覚えるが、
 それを振り払い、ハインリッヒが吹っ飛ぶ力を『解除』した。
 同時に軽く反時計回りしながら跳ねて、左足で回し蹴りを見舞おうとした。
 
 
.

140 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:23:49 ID:a9LkYkQQO
 
 
/#,' 3「つぇあッ!」
 
从; ∀从「人体に『優先』ッ!」
 
/#,' 3「……ちぃ!」
 
 蹴りかかった左足にかかる慣性を『解除』して蹴りを止め、
 不自然に止まった足の代わりに右の掌底で鼻の下――人中――をねらった。
 
 ハインリッヒの【劇の幕開け】のうちのひとつ、
 『英雄の優先』における弱点は、これだった。
 
 同時にいくつも『優先』させることができないので、
 アラマキが手を替え品を替え、目にも留まらぬ速さで
 連打を見せてきては、能力の発動が間に合わなくなるのだ。
 
 ハインリッヒが自身を『優先』させる前に、
 鼻の下にアラマキの掌底が決まった。
 
 吹っ飛ぶ力を『解除』してその負担分をハインリッヒに請け負わせる。
 続けてヘッドバットを浴びせようとした。
 
 
 
 
ノハ ⊿ )「『無駄無駄。どうせヒーローはすぐに回復して逆転するんだから』」
 
从 ゚∀从「もらったッ!」
 
/;,' 3「ぬお!」
 
 
.

141 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:25:47 ID:a9LkYkQQO
 
 
 【大団円】を迎えるために回復したハインリッヒは、
 先ほどの掌底や蹴りを喰らったとは到底思えない動きで、右膝によりアラマキを蹴り上げた。
 予想だにしなかった攻撃のため、それを跳ね返す余地はアラマキにはなかった。
 
 
从*゚∀从「逆転劇ッ! 燃えるねぇ〜ッ!」
 
/;,' 3「……ぐッ!」
 
/;,' 3「(攻撃が速すぎて全部反射できん……ッ!)」
 
ノハ ⊿ )「……」
 
 
 【劇の幕開け】でパワーアップし、
 【大団円】を迎えるべく更にパワーアップしたハインリッヒ相手では、
 左腕を壊されたアラマキ一人だと、殺されないように立ち回るので精一杯だった。
 
 右からのフックを、頭を左に傾けて掠らせる。
 続けてやってきた回し蹴りを反射したが、それはフェイクで、
 本命だった次の脳天を遅う掌底に大ダメージを与えられた。
 
 
.

142 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:26:58 ID:a9LkYkQQO
 
 
 そんななかでも、アラマキは逆転の一手を思いついていた。
 『重力の解除』だ。
 
 だが、高速戦闘のなか言葉にせずに重力を『解除』するのは、非常にリスキーだ。
 一瞬でも隙を見つけてハインリッヒにかかる重力を『解除』したいのだが、できない。
 
 一進一退の攻防ではなく、それはまさに一方的な殴打の嵐だったからだ。
 
 
/;,' 3「(――ならば!)」
 
/;,' 3「(こやつの踏み込みで地面に生じる力を……『解除』!)」
 
 
从 ゚∀从「あるぇ」
 
 アラマキがそれを発動した瞬間、
 それはハインリッヒがまさに地を踏み込み鉄拳を放とうとした瞬間だった。
 
 地面に向かった力が、全部ハインリッヒに向かった。
 そのせいで、右足が不自然に不用意に浮かんでしまった。
 なんだと思った瞬間を、アラマキが衝いた。
 
 
.

143 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:28:22 ID:a9LkYkQQO
 
 
/;,' 3「重力を『解除』ッ!」
 
从;゚∀从「ッ!!」
 
 
 ハインリッヒが真上に飛び上がった。
 力をいっさい有しない、重力の喪失によるものだ。
 その、身体が感じる無重力による違和感は、
 ハインリッヒに既にトラウマとして刻みつけられてあった。
 
 先ほどまでの余裕はいっさい消え、
 当時の状況を思い出してしまい、一瞬のうちに顔が青ざめた。
 
 
 
 
ノハ ⊿ )「『最終奥義・無重力水泳(スペーススイマー)により、ヒーローは無重力にも屈しない!』」
 
 
 
 
从 ゚∀从「お、ほんとだ」
 
/;。゚ 3「なにィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッィイ!?」
 
 
.

144 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:30:09 ID:a9LkYkQQO
 
 
 ハインリッヒが高度十メートルに達したところで、
 迎えるべき【大団円】は姿を変え、ハインリッヒにその場限りの《特殊能力》を与えた。
 
 空を自在に飛ぶかの如く、ハインリッヒは宙を動き回ってみせた。
 それにはなんの『力』が発生していないことを、アラマキは認識した。
 彼女は今、言わば〝無重力を飛び回っている〝のだ。
 
 慣性や相互作用など無く、未知なる何かの力で宇宙空間を自在に動き回るのと
 同義である以上、それは既存の力の法則を明らかに無視しているわけだ。
 つまり、アラマキには彼女にかかる力を『解除』するのは不可能である。
 
 操るのは重力であるため、超高速で動けるわけではない。
 だが、アラマキに動きを制限されず、加えて上から左右から
 自由に攻撃できる以上、彼にとって厄介であることには違いない。
 
从*゚∀从「スペースキィーック!」
 
/;,' 3「そっ…そんな反則があるのかッ?!」
 
 
.

145 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:31:29 ID:a9LkYkQQO
 
 
 
(;^ω^)「(……そう、これがカゲキ姉妹の恐ろしいところだお……)」
 
(;^ω^)「(ハインリッヒ単身じゃあ、最強と呼ぶにはまだ弱いけど……。
      彼女にはヒートみたいなバックがいる。
      そのバックと手を組むと、誰も彼女に勝てないんだお。
      今は三姉妹は揃ってないからマシだけど……でも、あの有り様かお……)」
 
 内藤は、溜息を吐いた。
 
 
(;^ω^)「(考えたくないけど……。
      【劇の幕開け】……【大団円】……あとひとり)」
 
 
(;^ω^)「(【無限の被写体】がここにいたら……!
      アラマキ元帥だろうと、勝てっこないお!)」
 
 
 
.

146 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:32:52 ID:a9LkYkQQO
 
 

 
 
 アラマキにとって、地獄絵図でしかなかった。
 ハインリッヒが突進してきても、それに
 アラマキが『解除』できる『力』は存在しない。
 
 殴りかかってきた瞬間にする反射、
 それくらいしか彼に操れる力の則はなかった。
 
 不規則で不可解な軌道で動くため、
 アラマキが培ってきた戦闘論は全く通じない。
 「ああ動いたからこう動けば勝てる」
 そんな理論など、全く通じなかった。
 
 ハインリッヒに殴りかかった瞬間、
 彼女はアラマキの前方上空に向かって回転しながら移動した。
 そして擬似的な踵落としでアラマキの首筋をねらった。
 
 アラマキはすぐさま背を曲げ首を下げて、姿勢を低くした。
 同時に、ハインリッヒはふわりと動いてアラマキの右横に就いた。
 流れるように繰り出した右の拳で、アラマキの腹をねらう。
 
 アラマキが回避不可である以上反射されるとわかっていたので、
 自身の右足をアラマキの右足の膝の方に向けた。
 
 
.

147 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:34:28 ID:a9LkYkQQO
 
 
/;,' 3「解除――」
 
从 ゚∀从「大外狩りっ」
 
/;,' 3「ッ!」
 
 ヒートの与えた『無重力水泳』は、どんな圧力にも
 抗力にも勝る、相対性のない絶対的な力だ。
 ハインリッヒが無重力を自在に操る以上、それで
 押し込まれてはアラマキは抗うことができない。
 
 アラマキは、力を拒むことができず、まるで赤子のように扱われる。
 転びそうになった時をねらい、ハインリッヒはアラマキの手首を左手で掴んだ。
 ハインリッヒが無重力下で左に捻れるように回転し、左方向にアラマキを投げ飛ばした。
 
/;,゚ 3「おお…ッ……!」
 
从 ゚∀从「スペースパァーンチ!」
 
/;,' 3「『解除』!」
 
从;゚∀从「お」
 
 
 投げ飛ばした直後、その背中に向けてハインリッヒはパンチを放った。
 アラマキは自身にかかる慣性の力を『解除』し、真下に落ちた。
 ハインリッヒの拳は、空を切った。
 
 空振ったのを見て、アラマキは降下と同時に
 ハインリッヒの足首をがしりと掴んだ。
 そして、胸中でガッツポーズをした。
 
 
.

148 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:36:56 ID:a9LkYkQQO
 
 
/ ,' 3「無重力なら……」
 
从;゚∀从「―――ッ!?」
 
/ ,' 3「こうするまでじゃっ!」
 
从;゚∀从「じ、人――人、体に――ゆ―――うせ――」
 
 
 ハインリッヒの足首を掴んで、アラマキは片手でハインリッヒを振り回した。
 その俗にいうジャイアントスイングという技は、無重力のハインリッヒには確かに有効だった。
 慣性の存在しない『無重力水泳』に、無理やり慣性をつけることができるからだ。
 そして、その慣性によって生じる力は、アラマキの能力の恰好の獲物である。
 
 ハインリッヒも負けじと、すぐさま自身を人体に『優先』させようとするが、
 振り回されているためか、うまく思考がまとまらなかった。
 下手に発動しようとすれば、ろくでもない誤作動が怖い。
 結果、アラマキにされるがままとなってしまった。
 
 充分加速された彼女を、アラマキは高らかに掲げ、
 そのままの勢いで、地面に叩きつけた。
 地面に向かってゆく力を全てハインリッヒに押し返し、
 叩きつけると同時にハインリッヒの頭を踏みつけ、力の逃げ場をなくした。
 
 結果、ハインリッヒは経験したことのない脳震盪をはじめて経験した。
 脳が豆腐のように激しく揺れ、吐き気、不快感を覚えた。
 流す涙を流そうともできない。
 
 
.

149 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:38:50 ID:a9LkYkQQO
 
 
从 ∀从「――」
 
/#,' 3「もういっちょ!」
 
 再びハインリッヒを持ち上げ、振り回した。
 自分と一緒に廻る世界には、目もくれない。
 目がまわりそうなのを、アラマキは堪える。
 漸く手にしたチャンスを、逃すわけにはいかなかった。
 
 
 そして、アラマキがそれを逃したのは、
 まさしくその二撃目の瞬間だった。
 
 
 
 
ノハ ⊿ )「『実は脳震盪なんてないしダメージもないよ。
      早く勝って劇を終わらせてくれ』」
 
 
 
 またも、『脚本(げんじつ)』は『脚色(かきかえ)』られた。
 
 
从*゚∀从「おっけい!」
 
/#,' 3「―――――ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
 
 
.

150 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:40:40 ID:a9LkYkQQO
 
 
 どんな力が働いたのか、アラマキの右手からするッとハインリッヒの足が抜けた。
 人体に優先させて、アラマキが彼女を一時的に握れないようにしたのか。
 
 一旦退くためか、ハインリッヒ瞬時に空高く浮かんだ。
 アラマキは己の無力さを痛感した。
 【大団円】がいる限り、これは鼬ごっこに過ぎない、とわかったのだ。
 
 
 
/#,' 3「ブーン君、その小娘を止めてくれ!」
 
(;^ω^)「おっ!?」
 
 
 急に名前を呼ばれ、内藤は驚いた。
 傍観者でいたつもりが、加われ、と言ってきたからだ。
 
 戦う前までの穏やかな声ではなく、
 明らかに殺意に満ち足りた、恐ろしい声だった。
 
 
/#,' 3「おぬしの話によれば、『劇』に加わってないブーン君なら小娘――
    『脚色家』を止めれるはずじゃろう!?
    このままじゃ永久に終わらぬ、止めてくれい!」
 
( ;゚ω゚)「――!」
 
 
.

151 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:42:16 ID:a9LkYkQQO
 
 
 「確かにそうだ」と、内藤は思った。
 作中では誰も『脚色家』を止められないが、
 この場には、自分、内藤がいるではないか、と。
 
 確かに己なら、ヒートに殴れるし、逆にハインリッヒに襲われることもない。
 安全圏にいながらにして、唯一『劇』に『大団円』以外の
 『また違った大団円』を迎えさせることができるのだ。
 
 そして、ヒートは戦闘タイプのキャラクターではなかったはずだ。
 自分も喧嘩など下手中の下手だが、ヒートという少女を怯ませる程度はできる。
 
 
 だが、内藤は迷いも生じた。
 自分が――否。
 『作者』が『登場人物』の戦いに水をさしていいのか。
 それでまた『パラレルワールド』に支障を来すのではないか。
 そう懸念したのだ。
 
 ただでさえ、アラマキがドクオと出会い、
 ハインリッヒとアラマキが序盤で出会すなど、
 様々な『異常(イレギュラー)』は存在している。
 
 これ以上「なにか」を起こしてしまって、いいのか。
 自分でさえ知らない【大団円】を迎えて、いいのか。
 
 
.

152 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:43:08 ID:a9LkYkQQO
 
 
 
(;^ω^)「――――」
 
 
 
( ^ω^)「――迷うことなんて、ないお」
 
 
 内藤は、意を決して、ヒートの方に向かった。
 ヒートにも当然、アラマキの声は聞こえている。
 予想だにしなかった展開に、狼狽しているようだった。
 
 また、ハインリッヒにもアラマキの企みは伝わった。
 急いで急降下し、内藤の方に向かう。
 いくら『水泳』とは言え、内藤の走りとは比べものにならない速度だ。
 内藤とヒートとの距離が元の半分になる前に、ハインリッヒは内藤のもとについた。
 
 
从;゚∀从「うちの妹に―――」
 
 
 だが。
 
 
 
.

153 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:45:24 ID:a9LkYkQQO
 
 
 
从;゚∀从「――なにっ!?」
 
 
 
       アンタ    ボ ク
(;^ω^)「『英雄』が『一般人』を襲うなんて、言語道断だお」
 
ノハ;゚⊿゚)「っ!」
 
 
 見えない壁のようなもので、ハインリッヒの拳は遮られた。
 【劇の幕開け】のメリットが、デメリットに姿を変えてしまった時だった。
 
 『英雄』は『一般人』を襲えない、と、ヒートもすぐにわかった。
 先ほど、自分も『悪役』から『脚色家』への攻撃を、そうして防いだばかりではないか、と。
 『英雄』に助けてもらえないとわかった今、ヒートは震え上がった。
 
 
.

154 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:46:44 ID:a9LkYkQQO
 
 
 
ノハ;゚⊿゚)「や、やめて、私戦闘なんて無理だから……っ」
 
(;^ω^)「僕だってそうだお、おあいこだお。
      でも、口だけでも塞がせてもらうお!」
 
 
 
 二人の距離、八メートル。
 
 
 
ノハ; ⊿゚)「やめて! 姉貴が死んじゃう!」
 
(;^ω^)「殺さないようにアラマキのじーさんに頼んでおくお」
 
 
 
 六メートルになった。
 
 
 
ノハ; ⊿ )「嘘だ、あの国軍が殺さないわけない!」
 
(;^ω^)「今は僕の成り行き上の友人だお。
      きっと生かしておいてくれるお」
 
 
 
 三メートルにまで迫った。
 
 
.

155 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:47:26 ID:a9LkYkQQO
 
 
 
ノハ ⊿ )「『最後の最後でヒーローは全回復する。だから――」
 
(;^ω^)「もう無駄だお!」
 
 
 
 手が、届く距離。
 
 
 
ノハ;⊿;)「――ヒーローは負けちゃだめなんだよおおおおおおおおッ!!」
 
(;^ω^)「(追いついた!)」
 
 
 
 ハインリッヒが最後の最後に回復し、
 
 内藤の手がヒートの口に、届いた瞬間だった。
 
 
 
.

156 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:48:07 ID:a9LkYkQQO
 
 
 
 ヒートの腹に、大きな穴が空いた。
 
 具体的に言えば
 
 〝何者かの腕がヒートの腹を貫いた〟。
 
 
 
 
( ;゚ω゚)「――!? ッ!?」
 
ノハ;⊿;)「……ガ…………?」
 
 
从;゚∀从「ヒートぉぉぉぉぉぉぉッぉお!!」
 
/;。゚ 3「…………!?」
 
 
 
 
 
.

157 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:49:37 ID:a9LkYkQQO
 
 
 
 
 
( <●><●>)「【大団円】ほど面倒な能力はない。よって、殺す」
 
 
( <●><●>)「『爆撃ッ!!』」
 
 
 
 
 
 ヒートが遠くに投げ飛ばされたかと思うと、
 その矢先で、爆発がヒートの躯を呑み込んだ。
 
 内藤の真横にいる男を、アラマキ、ハインリッヒはおろか、
 内藤でさえ、名を聞かずとも知っていた。
 
 恐怖で震える声帯を抑え、
 内藤はか細い声を絞り出して、言った。
 
 
 
.

158 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:50:19 ID:a9LkYkQQO
 
 
 
( ;゚ω゚)「どーしてここにいるんだお……」
 
 
 
( ;゚ω゚)「………ゼウス……ッ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

159 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 09:55:22 ID:a9LkYkQQO
これで第三話「vs【大団円】」はおしまいです。
そして、次回、第四話「vs【連鎖する爆撃】」で
第一部「王国の三大勢力」編はおしまいとなります。
第一部は話としては短いので、今月中にでも投下し終えたい所存です。

なにはともあれ、今回も読んでいただきありがとうございました!


あとひとつ相談なのですが、地の文は減らしたほうがいいのでしょうか。
地の文が多いと不人気、なんて話を聞いたのですが。
自分としては、もっと地の文を増やしたいほどなんですが、ご意見頂戴したいです。

160名も無きAAのようです:2012/06/24(日) 10:00:05 ID:45WVJzyE0
書きたいように書いたらそれでいいと思う。
おつ

161名も無きAAのようです:2012/06/24(日) 10:32:00 ID:CkwLoeo20
面白ければ地の文関係なしに人気は出る
歯車も頑張り続けて結構有名な作品になったし

162名も無きAAのようです:2012/06/24(日) 10:54:39 ID:hfqc4CwI0
地の文ばかりだと困るけど、説明が無いと今後わかりにくくなりそうだから、あって良いと思うよ

163名も無きAAのようです:2012/06/24(日) 10:56:22 ID:q0D96HSo0


164名も無きAAのようです:2012/06/24(日) 11:54:55 ID:yANJZJ6YO
ずっと疑問だったんだけど地の文多かったら読まないやつって本当にいるの?

165名も無きAAのようです:2012/06/24(日) 14:14:31 ID:qt8biyuI0

ヒートチート過ぎんだろと思ったらラスボスさん登場とか最初からクライマックスすぐる

166 ◆qQn9znm1mg:2012/06/24(日) 20:49:04 ID:a9LkYkQQO
いろいろ考えた結果、自分のスタイルを貫き通すことにしました。
お返事いただいた皆様、ありがとうございました。

>>164
過去に投下していた感じだと、地の文が多いとレスは
少なく、会話形式だと比較的多いように思えました。
ただの偶然かもしれませんが。

167 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 08:54:21 ID:gwC.eNX2O
どこまで投下できるかわかりませんが、第四話を投下します。
かなり中途半端なところで切れる可能性が懸念されますが、なにとぞよろしくお願いします。

168 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 08:57:59 ID:gwC.eNX2O
 
 
  第四話「vs【連鎖する爆撃】」
 
 
 
 その怪力からは想像もつかない痩身。
 目にかかるかかからないか、程度に切られた黒い前髪。
 
 細めた眼に口角の下がった優しい顔つき。
 茶色のズボンに赤いシャツ、黒いコート。
 そして、丁寧な口調。
 
 無知な者がそんな姿を見て、誰が彼をゼウスと認識できるだろうか。
 二十代前半のフリーターとしか思えないだろう。
 しかし、不用意に近づけば、待ち受けているのは死か地獄だ。
 
 
( <●><●>)「アラマキにハインリッヒ、そして私」
 
( <●><●>)「……見事に三大勢力の頭が揃っているな」
 
/;,' 3「ゼウス……ッ!
    貴様ッどうしてここに!」
 
 
.

169 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 08:59:22 ID:gwC.eNX2O
 
 
 アラマキが焦燥を見せた。
 ゼウスは平生を保っているというのに、
 対照的なまでにアラマキは焦っていた。
 
 しかしゼウスはそれを笑わない。
 ハインリッヒもアラマキも、自然と戦闘が止まり、そちらを見ていた。
 
从 ゚∀从「………てめぇが……ゼウスか?」
 
( <●><●>)「試してみるか?」
 
从 ∀从「……よくも……」
 
 
 ハインリッヒの意識は、完全にゼウスに向いていた。
 今なら隻腕のアラマキでもハインリッヒに打ち勝てるが、
 そのアラマキも、今はゼウスしか眼中になかった。
 
 ハインリッヒが握り拳をちいさく震わせた。
 数秒経ったかと思うと、彼女は眼を見開いた。
 
 
 
从#゚∀从「よくもヒートをぉぉぉぉぉぉぉッぉお!!」
 
( <●><●>)
 
 
.

170 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:02:25 ID:gwC.eNX2O
 
 
 【大団円《フィナーレ》】により手に入れた『無重力水泳』は、
 能力発動者のダウンにより、もう消滅していた。
 ハインリッヒは、持ち前の脚力を用いて、ゼウスに向かって躍り出た。
 
 しかし、ゼウスは動かない。
 ハインリッヒなど歯牙にかけるまでもない、と思ったが故の態度か。
 
 だが、一方のハインリッヒは、妹を殺され怒りに震えていた。
 否、ハインリッヒに限らず、身内を殺されたとなれば
 仇討ちを目論むであろうことは容易に予測がつくだろう。
 
 
 そして、誰が言うまでもなく、二人がいまから戦闘する、とも。
 
 しかし、アラマキがそれを許さなかった。
 
 
/ ,' 3「『解除』するぞ」
 
从;゚∀从「ぅあッ」
 
 
 ハインリッヒを止めるべく、
 アラマキは彼女を【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】で強引に止めた。
 
 その場でくずおれるハインリッヒの向こうでは、
 ゼウスが既存の武術のそれではない構えを見せていた。
 
 
.

171 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:06:20 ID:gwC.eNX2O
 
 
( <●><●>)「おや。かかってこないのか」
 
( <●><●>)「即殺してやろうかと思ったのだがな」
 
 
/;,' 3「阿呆! ゼウスを殺すんなら、なぜに無鉄砲に突っ込む!」
 
从 ∀从「……ヒートぉ……」
 
 
 ゼウスは構えを解いた。
 そして、隣にいた内藤を、ぎろっと睨んだ。
 彼を生み出したのは自分だが、実物が現れたと思うと、怖くて仕方がなかった。
 
 だが、ゼウスはどこか内藤に対しては鄭重に振る舞っていた。
 それが自己の利益に繋がるためだろうか、と内藤は考えた。
 しかし、それでも溢れ出てくる不安は拭いきれなかった。
 
 
( <●><●>)「こんにちは、『作者』さん」
 
(;^ω^)「よ、よくご存じで……」
 
( <●><●>)「あなたに少し、お話があるのですが」
 
( <●><●>)「よろし――」
 
 
 ゼウスが手を差し伸べた瞬間、彼は急に両手を地につけしゃがみ込んだ。
 同時に、アラマキがゼウスたちの上を通り過ぎていった。
 跳び蹴りを見舞おうと思ったのだろう。
 内藤から見れば、どこぞから流星が飛んできたかのように思えただけだった。
 
 直後、ゼウスは両足をぴんと伸ばして、その蹴りを真上に放った。
 
 
/ ,' 3「儂の重力を――『解除』」
 
( <●><●>)「ほう」
 
 蹴りを喰らう一瞬前に、アラマキは自身の躯を浮かせた。
 重力を一時的に『解除』することで、空中でも咄嗟に回避が成立するのだ。
 それで間一髪で蹴りを避けたのち、アラマキは近くに降りた。
 
 
.

172 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:08:33 ID:gwC.eNX2O
 
 
/ ,' 3「今のをかわすか」
 
( <●><●>)
 
 アラマキは、嘲りの混じった声でそう言った。
 虚勢のつもりで放った呟きだったが、
 ゼウスはそれに対し見向きすらしなかった。
 
 アラマキを無視し、ゼウスは内藤に言葉をかけた。
 ゼウスが言おうとしていたことは自然のうちにすり替わっていた。
 
 
( <●><●>)「『作者』さん、お話は彼らを殺してからでよろしいでしょうか?」
 
(;^ω^)「こ、殺しちゃだめだお……」
 
( <●><●>)「じゃあ――」
 
 
 
( <●><●>)「『爆撃ッ!!』」
 
/ 。゚ 3「!?」
 
 
 
.

173 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:10:22 ID:gwC.eNX2O
 
 
 ゼウスは唐突に、そう言い放った。
 
 ゼウスの持つ能力、【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】。
 一度でも攻撃に成功した場合、以降はゼウスの任意で
 相手を回数制限なく爆発に見舞えるというものだ。
 
 問題はその発動条件で、一度でも攻撃を
 与えてないのであれば、爆発を引き起こすのは不可能だ。
 しかし、今のゼウスは、アラマキにダメージを
 与えていないのにも関わらず能力の発動を宣言した。
 
 アラマキもそれを妙に思い、明らかに驚愕して身構えた。
 次の瞬間
 
 
( <●><●>)「もらった」
 
/;,' 3「ぐおッ!!」
 
 
 
 〝爆発ではなく、ゼウスの跳び蹴りが〟アラマキを襲っていた。
 
 
.

174 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:13:20 ID:gwC.eNX2O
 
 
 爆撃を宣言することで、アラマキには当然戸惑いが生じる。
 いまのゼウスの発言が、能力の発動のそれとしか捉えられなかったからだ。
 「ばかな、なぜ能力が使える」、と。
 
 そこを、ゼウスが衝いた。
 
 アラマキやハインリッヒが能力を応用して走るのではなく
 もともとの実力での走行速度が尋常なく速いゼウスならば、
 一瞬の戸惑いを持たせるだけで、それを衝くことができる。
 
 プロのキックボクサーのそれよりも重い蹴りを、ゼウスは見舞った。
 そして、【連鎖する爆撃】のトリガーが満たされてしまった。
 なにも、必要なのは出血や骨折ではない。
 とにかく「攻撃を見舞えれば」いいのだ。
 
 
/;,' 3「――!」
 
( <●><●>)「『爆撃ッ!!』」
 
/;,゙ 3「ぐおッ……」
 
 
 ゼウスが一歩跳んで後退した直後、アラマキの左こめかみの当たりを爆発が襲った。
 直径一メートルの小規模な爆発だが、破壊力は充分にある。
 アラマキの左頬を、やや多めの血が伝った。
 
 
.

175 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:14:46 ID:gwC.eNX2O
 
 
 そして、ゼウスの恐ろしさはその爆発の威力ではなく連打性だ。
 小規模な爆発だからこそなのか、一秒間に三度程度なら連続して爆発を起こせる。
 アラマキに回避などの為す術も与えないまま、三連続で爆発が起こった。
 
 まずはアラマキが元いた位置の一歩後ろ、後退りした直後。
 地雷でも踏んだかのように、足下が爆発した。
 
 瞬間的に跳躍すると、今度は頭上で爆発が起こった。
 身を屈めて自らの慣性を『解除』し、被害を抑えた。
 
 直後に、顔面を覆っていた両腕のうち右腕の中央から爆発が起こった。
 体勢が崩れ、アラマキは受け身をとることなく地に落ちた。
 
 ゼウスが指をびしっと突きつけた。
 言葉にはせずとも、『爆撃』を唱えるのだろう。
 
 
.

176 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:18:40 ID:gwC.eNX2O
 
 
 
 しかし、それは叶わなかった。
 
 
 
从 ∀从「『イッツ・ショータイムッ!!』」
 
 
 
( <●><●>)「!」
 
从 ∀从「てめぇは、てめぇだけは……、私が潰す!」
 
( <●><●>)「……そうか、『英雄』もいたのか」
 
 
 ゼウスは突き刺した指を引き、向きをハインリッヒの方に持って行った。
 そしてアラマキを爆発が襲ったと同時に、ハインリッヒは飛び出した。
 【劇の幕開け《イッツ・ショータイム》】と同時に、
 つまり初っ端から、『英雄』は本気を出していた。
 
 
从 ∀从「………仇は」
 
 
从 ゚∀从「俺がうつ」
 
( ^ω^)「……!」
 
 
.

177 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:25:28 ID:gwC.eNX2O
 
 
 内藤は、ハインリッヒの瞳に変化が現れたのがわかった。
 【劇の幕開け】により瞳が赤くなったのには何らおかしな点はないが、
 その奥に、欠けたところが上を向いた三日月のような白い模様が見えたのだ。
 
 キャラ設定に準拠しない変化だったため、内藤は戸惑った。
 「なにかがおかしい」と云った心境で胸中がいっぱいだった。
 
 仮にここが内藤の創りあげた世界であるのなら、
 当然それらは元の小説の設定に忠実なはずである。
 それに逆らっているのを見て、尚更内藤は妙な心地で満たされた。
 
 
 ハインリッヒが一歩踏み出した。
 そして体躯を低くし四本足のようになると、
 残像を残してハインリッヒがそこから消えた。
 脚力の強さは作中でも随一の彼女が、高速で移動した証だった。
 
 それを見た瞬間、ゼウスは後方に裏拳を放った。
 内藤がそちらに目を遣ると、周囲に砂埃が舞った。
 ゼウスの隣に内藤がいるので、その時の状景はよくわかった。
 
 
.

178 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:27:47 ID:gwC.eNX2O
 
 
 ハインリッヒは、ゼウスの背後をとろうとした。
 それをゼウスが読んだのか、躊躇わずに後方に裏拳を置いた。
 その動きを見ていたようで、ハインリッヒは途端に地を蹴って砂埃と共に宙に舞った。
 
 直後に、ゼウスはバックステップをとった。
 二、三歩ときれいに跳び、数十メートルの距離を空けた。
 どうしたのだと思うと、内藤の隣、ゼウスが
 元いた位置に、ハインリッヒの踵落としが炸裂していた。
 
 
( ^ω^)「(『慣性に優先』して、慣性を無視して
      重力に身を任せて落下したのかお……?)」
 
 それらを見て、驚きも戦きもせず、内藤は冷静に分析していた。
 そして、その分析は合っていた。
 
 ハインリッヒが【劇の幕開け】を展開している間、
 一瞬だけ彼女が何かに大して自身を『優先』させることができる。
 慣性の力は、物理的に存在している規則だが、その慣性に
 流されるがままの自分の存在を『優先』させ、それに逆らった、ということだった。
 
 
.

179 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:31:09 ID:gwC.eNX2O
 
 
 内藤は、その判断力の良さに驚いたわけではない。
 彼女が、『慣性に優先する』なんて発想を
 抱いたことに半ば驚きを示していたのだ。
 
 
(;^ω^)「(―――いやいや、待て、待てっ!)」
 
 内藤は顔をぶるんぶるん振るった。
 この間も、ハインリッヒとゼウスは
 目にも留まらぬ速さで動き戦っている。
 
 
(;^ω^)「(慣性に優先って……)」
 
(;^ω^)「(まんまアラマキの技じゃないかお!)」
 
 
 アラマキの【則を拒む者】は、ありとあらゆる力を『解除』する能力だ。
 その汎用性は意外に高く、ハインリッヒの跳躍や跳び蹴りを悉く妨げてきた。
 
 重力を解除することで、相手に抵抗のしようがなければ瞬殺も可能なその能力だが、
 ハインリッヒのいまの能力の使い方は、限定こそされているものの、
 その【則を拒む者】とほぼ同じだった、内藤は誰かにそう言いたかった。
 「慣性に優先する」のも「慣性を解除する」のも、大した違いはないからだ。
 
 
.

180 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:33:06 ID:gwC.eNX2O
 
 
 原作での彼女の立ち回りは、強化された圧倒的な身体能力と速度で相手を翻弄するのだ。
 そこでは、今はまだ『英雄の優先』は使えないが、仮に使えていたとしても、
 このように能力を乱用するようなキャラクターではない。
 
 アラマキに影響されたことで、自身の能力の新たな
 使い道を知った、そうとしか理由付けすることができなかった。
 
 
(;^ω^)「(だいぶ物語のずれが出てるみたいだお……)」
 
 内藤は考える。
 
 
(;^ω^)「(でも、もしそうだとすると……)」
 
(;^ω^)「(もしかして……『あいつら』も居たりするのかお)」
 
 
(; ω )「(……じゃあ、いまこいつらが戦ってると……もしかしてっ!)」
 
 
 
 
.

181 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:34:21 ID:gwC.eNX2O
 
 

 
 
( <●><●>)「……ばかな」
 
 
 ゼウスは、ハインリッヒの動きを読むことに専念していた。
 
 彼女は、姿勢を低くしてからのダッシュで相手の背後をとることが多い。
 そして地に両手をつき両足を駒のように回転させて連撃を加えるなど、
 とにかく脚を使った攻撃が多いことは、わかっていた。
 
 ゼウスの脳はスーパーコンピューター四台では足りない程の、
 まさに化け物としか呼べないような知能指数を持っている。
 文字が十個以上ある関数でも、一度設問を聞いただけで即答してしまうような。
 
 そんな彼の肉弾戦の主なスタイルが、「読む」ことだった。
 相手の腕の動かし方、呼吸のリズム、視線など全ての要素を観察し、
 次なる行動を叩き出して、それの一枚上をゆく攻撃を放つのだ。
 
 
.

182 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:35:32 ID:gwC.eNX2O
 
 
 しかし、彼は若干当惑していた。
 彼女の動きが読めないのだ。
 それよりも、聞いたこともない能力を使っているではないか、と。
 
 彼女の能力は「自身を強化する」「特定の能力者からのサポートを受ける」
 「なにかから自分を優先させる」の三つであることはわかっているし、
 実際彼女はそれらしか用いてない。
 
 しかし、能力の使い方が従来のそれとは違う、そう思っていた。
 内藤の抱いた当惑と同じものだ。
 
 
( <●><●>)「(力の法則に対しても優先できる、だと?)」
 
从 ゚∀从「ちぇあッ!」
 
( <●><●>)「(……解せない)」
 
 
 相手の動きが読めなくても、迫ってきた攻撃を避けるだけならばできる。
 必要最小限の動きで間一髪攻撃を避け、次に
 ハインリッヒが向かうであろう避難場所に攻撃を放つ。
 
 
.

183 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:38:18 ID:gwC.eNX2O
 
 
 しかし
 
 
从 ゚∀从「(――『重力にも優先』ッ!)」
 
( <●><●>)「(……なぜ、恒久的に逆らえるのだ)」
 
 
 明らかに、アラマキとの戦闘の時とは動きが違っていた。
 かつて『無重力水泳』を受け取った時と同じように、
 宙を自由に飛び回っているのだ。
 そう思うのも、おかしくはなかった。
 
 アラマキとの戦闘を見ていただけあって、ゼウスの当惑は増しに増しつつあった。
 
 アラマキとの戦闘の時では、彼女が
 自分を優先させるのは〝一瞬〟しかできなかった。
 もしこの能力を継続させて使えるなら、放たれた石も
 アラマキからの攻撃も、一切喰らわなかったはずだ。
 
 だが、宙を飛び回るということは、恒久的に
 重力に対して『優先』していることになる。
 
 とても彼女がアラマキとの戦闘で手を抜いていたとは思えない。
 実際、何度も殺されかけていた。
 そうなると、残る答えはひとつしかなかった。
 
 
从 ゚∀从「どらァ!」
 
( <●><●>)「……」
 
 
 
 
.

184 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:39:36 ID:gwC.eNX2O
 
 
 

 
 
 
(;^ω^)「(動かしてたのはペンだけだったから気づかなかったけど……)」
 
 内藤の疑問は、「なぜハインリッヒが能力の
 未知なる使用法を見いだしたのか」に帰結していた。
 
 
(;^ω^)「(考えるまでもないけど……。
      ゼウスもハインリッヒもアラマキのじーさんも、みんな〝生き物〟だったんだお)」
 
(;^ω^)「(作中じゃ、僕が書いた通りにしかならないけど……いまは違う)」
 
 
 
( ^ω^)「(このパラレルワールドじゃあ……彼らは〝生きてる〟)」
 
( ^ω^)「(時間の経過とともに、リアルタイムで成長していってるんだお)」
 
( ^ω^)「(つまり――)」
 
 
 
( ^ω^)「〝能力も成長していってる〟のかお……?」
 
 
.

185 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:41:03 ID:gwC.eNX2O
 
 
 それが、作者内藤の出した一番濃厚な仮説だった。
 
 ハインリッヒがなにかに優先する――逆らう――能力を使えるのは、おかしくない。
 問題は、内藤はそれを文字に著してはいないことだ。
 まだ実現していない能力を使えていることが、不思議で仕方がなかった。
 
 内藤がこの世界に来てしまった時は、言うまでもなく、
 現在連載されている彼の小説のいまの時間軸より前の世界だ。
 だからハインリッヒは優先の能力を使えないと思っていた。
 
 しかし、いまこうしてハインリッヒとゼウスが戦っているのは、
 彼が現在書いている小説よりも未来の世界ではないのか。
 内藤は、そう思った。
 
 その時間の経過を経て、「ハインリッヒの優先の能力が原作でも
 使える時間軸」になったから、優先の能力を使えるようになった。
 そう考えると、彼女が、内藤ですら知らない
 能力の使い方を知っていても不思議ではなかった。
 
 
.

186 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:41:45 ID:gwC.eNX2O
 
 
( ^ω^)「……止めるしかない、お」
 
 内藤は二人の戦いを止めるべく、一歩踏み出した。
 しかし、それに二歩目はなかった。
 内藤のすぐ後ろで、声がかけられたのだ。
 
 はっとして振り向くと、そこに人はいない。
 足下を見ると、衣服がぼろぼろで
 所々出血しているアラマキが這いつくばっていた。
 
 
/T,゙ 3「ブーン君や」
 
(;^ω^)「じーさんッ! 大丈夫なのかお!?」
 
/T,゙ 3「助けようとせんかったくせによう言うわ」
 
 そう言っては力なく笑った。
 そして立ち上がっては埃を払った。
 血も拭い、ふらつきながらも立ち上がった。
 内藤の心配など二の次のようだった。
 
 
.

187 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:43:06 ID:gwC.eNX2O
 
 
/ ,' 3「あやつ……ハインリッヒの能力じゃがの、儂と
    闘り合った時となんか違う気がするんじゃ」
 
( ^ω^)「……」
 
( ^ω^)「それは、きっとゼウスも思ってるお」
 
/ ,' 3「っ! ちゅーことは」
 
( ^ω^)「おっ。僕でさえ、驚いてる」
 
/ ,' 3「……」
 
 
 アラマキは思うところがあったのか、それっきり口を閉ざした。
 
 内藤も黙って二人の戦いを見つめていた。
 止めるタイミングを計っていた。
 瞬きをしているうちに二人の位置が変わっているのだから、ついていけないのだ。
 
 一見すると、ゼウスは逃げてばかりのように見えた。
 一歩跳んでは距離を空け、先読みの攻撃を繰り出す。
 それを、ハインリッヒは悉く避けていた。
 
 
.

188 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:44:14 ID:gwC.eNX2O
 
 
 しかし、ゼウスのそれは逃げではない。
 それはこの場にいる二人ともがわかっていた。
 
 誰に言うまでもなかった。
 〝先読みができないなら、後隙を衝けばいい〟のだ。
 
 
( ^ω^)「……じーさん」
 
/ ,' 3「……」
 
( ^ω^)「二人、止めてくれお」
 
/ ,' 3「……は? なんでじゃ」
 
 その問いに、内藤はやや口ごもった。
 彼にパラレルワールドの話を持ち出す時と似たような躊躇だった。
 
 
( ^ω^)「たぶん、というか絶対、この物語は捻れてるお」
 
/ ,' 3「ああ」
 
( ^ω^)「だとすると、ひとつ、仮説が生まれるんだお」
 
/ ,' 3「なんじゃ?」
 
 アラマキが深刻そうな顔で訊いた。
 
 
.

189 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:45:53 ID:gwC.eNX2O
 
 
( ^ω^)「あんた……こんな連中、知ってるかお?」
 
/ ,' 3「?」
 
 内藤の喉が微かにふるえた。
 その喉を風が優しく撫でた。
 
( ^ω^)「〝能力者を妬み、恨み、憎み、悪しく思う、
      能力を完全に封じる反能力者の集い〟」
 
 
( ^ω^)「――『拒絶(アンチ)』を」
 
 
/ ,' 3「……あんち?」
 
( ^ω^)「重力を解除しようが、自分を優先させようが、
      無限に爆撃を見舞おうが、全て『拒絶される』。
       そんな連中だお」
 
 内藤がそう言うとき、彼はアラマキの仕草を観察していた。
 もし知っていれば、反応だけでわかると思ったからだ。
 
 アラマキは話を聞く前から一貫して、ぼうっとしていた。
 いざその名を聞いてみても、釈然としなかったようだ。
 少し考えたあと、腕を組んでふぅ、と溜息を吐いた。
 
 結果は同じだった。
 
 
.

190 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:47:36 ID:gwC.eNX2O
 
 
( ^ω^)「……知らないかお」
 
/ ,' 3「『レジスタンス』に次ぐダークホースか何かかの?」
 
( ^ω^)「そんなんじゃないお」
 
 
( ^ω^)「――ただ、能力者を嫌う。
      世界を嫌う。
      運命を嫌う。
      自分を嫌う。
      なにもかもを、嫌う」
 
( ^ω^)「そして生まれたのが、じーさんらが持つ
      純粋な《特殊能力》とは異なる《拒絶能力》で、それを使うんだお」
 
/ ,' 3「………わからんの」
 
 
 アラマキが長らく考えた先での答えが、それだった。
 目を細め、前方での戦いを見守る。
 
 やはりハインリッヒの持つ【劇の幕開け】はなにかが変わったようで、
 もし原作通りであれば力量差的にハインリッヒが負けそうなのを、
 むしろ押しているようにも見えるほど、成長していた。
 
 怒号のような雄叫びが聞こえるので、内藤は耳が痛くなった。
 アラマキに説明をして、すぐに二人の戦いを止めてもらおう、と思っていた。
 
 
.

191 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:49:44 ID:gwC.eNX2O
 
 
( ^ω^)「『拒絶』の連中は、ほんとうなら僕の
      小説にも出演するはずだったんだお」
 
/ ,' 3「はずだった……?」
 
( ^ω^)「するはずだったんだけど、《拒絶能力》が理不尽にも
      強すぎて、物語が進まないことが懸念されたんだお」
 
/ ,' 3「……でも、作中に出てないならいいんじゃ――」
 
 
/ ,' 3「……! そうか!」
 
 アラマキが手を叩いた。
 地を蹴り空を切る拳や脚の音が飛び交う空間の中、
 その乾いた音だけはしっかりと内藤の耳に届いた。
 
 アラマキも、内藤の言いたいことがわかった。
 
( ^ω^)「ハインリッヒが『英雄の優先』を使えてる以上、あり得るんだお。
      ……作中には出てない、『拒絶』の連中が来るとか」
 
/ ,' 3「……」
 
 内藤は恐ろしさのあまり、身が竦んだように見えた。
 だが、アラマキからそういった様子は見られなかった。
 
 しかし、それは『拒絶』を恐れていないからではない。
 ただ、実感がないだけなのだ。
 
 いざそのようなことを言われても、
 アラマキが実際に彼らに会ったことがあるわけではない。
 内藤は一度は『拒絶』の存在を描いたものの、実際は登場していない。
 アラマキが、『拒絶』を知る術はないのだ。
 
 
.

192 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:51:20 ID:gwC.eNX2O
 
 
(;^ω^)「……ぶっちゃけ、がちで強すぎるんだお。
      一人いるだけで世界が消えてしまいそうな程。
      三大勢力のあんた、ハインリッヒ、
      そしてゼウスが組んでも負けそうなくらい……」
 
/ ,' 3「それほどなのか」
 
( ^ω^)「……いつか来るであろうそいつらに備えたいから――」
 
 
 
 ( ^ω^)「ゼウスも、味方に引き入れたいんだお」
 
/ ,' 3「………」
 
 
 
/;,' 3「……はぁッ!? なんじゃと!?」
 
 
 いまの言葉に、アラマキは心底驚き、声を荒げた。
 それほど信じられない言葉だったのだ。
 
 ゼウスは、言わばアラマキやハインリッヒの宿敵であり、天敵でもある。
 政治的関係上においても、その対立は明白だ。
 
 そんな相手を、なぜ仲間として受け入れるのか。
 そんな相手に、どうやって説得するのか。
 
 アラマキは、訳がわからなかった。
 
 
.

193 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:53:13 ID:gwC.eNX2O
 
 
 いまも、こうしてハインリッヒとゼウスは戦っている。
 言い換えれば、互いが互いの命を奪い合っている。
 それを見た上での判断だとするなら、愚かだ、とさえ思った。
 
 だが、内藤は退かない。
 半ば意地になって、強く言い放った。
 
 
(;^ω^)「いいかお、僕は作者だお!
       騙されたと思って――」
 
 
 
 
 内藤が次の言葉を紡ごうとした瞬間
 遠くの方で、ハインリッヒの呻き声が聞こえたような気がした。
 
 
 
.

194 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:54:18 ID:gwC.eNX2O
 
 
 
( ;゚ω゚)
 
 
 ゼウスの右足が、ハインリッヒの腹部に命中していた。
 まるで、その一瞬だけスローモーションで
 流れたかのように、その光景はゆっくり見えた。
 
 随分と時間がかかったが、ゼウスの方は無傷だった。
 ハインリッヒは、嘗てのアラマキと同様に、
 初撃を喰らわないよう立ち回るだけで精一杯で、
 肝心の攻撃を喰らわせることはままならなかったようだ。
 
 脚を振り抜いた先で、ハインリッヒがとばされた。
 彼女が地に背中を打ち付けようとした瞬間
 
 
( <●><●>)「『爆撃ッ!!』」
 
从;゚∀从「――ッ!!」
 
 
,・;》∀从
 
 
 ゼウスがそう吠えた。
 そして、着地と同時に、ハインリッヒの右頭部から爆発が起こった。
 
 
.

195 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:55:34 ID:gwC.eNX2O
 
 
 続けて、ゼウスは吠えた。
 防御のため身体を丸めるハインリッヒに、無情なまでに『爆撃』を加えた。
 爆発続きで、爆風に呑まれ遠くの方まで飛ばされていった。
 
 アラマキも目を丸くしてゼウスの方を見ていた。
 やはり無表情のまま、淡々と爆風を加えるのみだった。
 
 
(;^ω^)「ほ、ほら! ハインリッヒは死なせちゃまずいお! とめろ!」
 
/;,' 3「――どうなっても知らんぞ!」
 
 
 そう言い残して、アラマキは駆け出した。
 回復力はすばらしいようで、三度ほど爆発を
 喰らっているのにも関わらず、動きは平生と変わらなかった。
 
 しかし、それをゼウスが受け入れるはずがなかった。
 アラマキの一歩目で、ゼウスは彼の方を向いた。
 
 
( <●><●>)「貴様を放っておくと思うかッ!」
 
/;,' 3「ぐお…!」
 
 
.

196 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:56:48 ID:gwC.eNX2O
 
 
 アラマキは、まだ手負いだ。
 つまりゼウスの【連鎖する爆撃】はまだ生きている。
 
 ゼウスがびしっと指を突きつけると、アラマキの
 一歩目の足下から爆風が真上に上がった。
 トラックに跳ねられたかのようにアラマキは飛ばされた。
 
 同時にゼウスはアラマキの方に駆け出した。
 着地しそうなアラマキの腹に、鋭い蹴りを見舞った。
 意識が朦朧とし出したアラマキが、その力の向きを『解除』するのは無理だった。
 
 蹴飛ばされた先で、やはり着地と同時に爆発が起こった。
 ひときわ大きな爆風が、アラマキを呑み込んだ。
 
 だが、ゼウスはそれを見届けなかった。
 〝そこで爆発すると決まっていた〟かのような振る舞いで、
 続けてハインリッヒの方に向かって駆け、飛びかかった。
 
 
.

197 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:57:36 ID:gwC.eNX2O
 
 
从;゚∀从「……随分と痛ぇコトしてくれんじゃ――」
 
( <●><●>)「能書きは遺書に綴っておけ」
 
 ハインリッヒが何かを言おうとしたが、
 ゼウスには端からそれを受け入れる気はなかった。
 
 アニメや漫画などでは、悪役が主役の
 セリフの最中に襲うことはご法度されているが、
 ゼウスにはそのような常識は通用しない。
 
 
 ただ〝殺せるなら殺す〟なのだ。
 
 
.

198 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 09:59:27 ID:gwC.eNX2O
 
 
 ふらふらで立ち上がったハインリッヒとの距離、三メートル。
 ゼウスは、まず『爆撃』を唱え、ハインリッヒの足下から地雷のような爆風が吹き出した。
 左半身の服は焦げ、血がだらだらと垂れている。
 その上から更にこの爆風を受ければ、左半身は機能しなくなるだろう。
 
 ハインリッヒはとっさに『英雄』が爆風に『優先』するよう能力を発動した。
 結果、爆風はハインリッヒの身体を避けるかのように動き、
 その高熱すらハインリッヒを襲わなかった。
 
 だが、それこそがゼウスの狙いだった。
 〝同時に二つからは『優先』されない〟という【劇の幕開け】の弱点を突き、
 自身に火の粉が降りかからないように、左足でハインリッヒの右半身を蹴り込んだ。
 
 あえなく飛ばされたハインリッヒを、着地際に更に爆風が襲いかかった。
 それに自身を『優先』させ、絶命に至らぬよう施した。
 
 
.

199 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:01:46 ID:gwC.eNX2O
 
 
 再び、ハインリッヒは立ち上がった。
 
          ヒール       オ レ
从; ∀从「……悪役は黙って英雄にやられればいいものを――」
 
( <●><●>)「知らん」
 
 
 三十メートルほど離れていたのを、ゼウスは全力で駆け抜けた。
 ハインリッヒがジャンプしそうだったのを、
 彼女を凌駕するジャンプ力でより高い位置に就き、
 一回転して踵落としをハインリッヒに向けた。
 
 
从;゚∀从「ねじ曲がりなッ!」
 
( <●><●>)「――ッ」
 
 
 
 
.

200 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:03:33 ID:gwC.eNX2O
 
 
 ゼウスの鋭い踵落としがハインリッヒの脳天を狙う。
 そうなるはずだったが、それとは異なる展開を見せた。
 
 ハインリッヒが宙へと向かう力が〝解除された〟かのように、ふわっと地に足をつけた。
 計算が狂ったゼウスは、その踵落としを見舞えるはずもなく、空をむなしく切った。
 その空を切る音は、遠くにいる内藤にまで聞こえてきた。
 
 
从 ゚∀从「忘れたのか? 『英雄』は何にだって『優先』されんだぜ?」
 
( <●><●>)「……」
 
从 ゚∀从「ンなもん、とっくに読んでら」
 
( <●><●>)「!」
 
 
 ゼウスが胸中で『爆撃』を唱えようとすると、
 あたかもハインリッヒはそれをあらかじめ
 待っていたかのように、にんまりと笑んだ。
 
 直後に地雷のような爆風がハインリッヒを襲った。
 このとき、ゼウスはハインリッヒのちょうど真上に位置していた。
 
 
.

201 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:04:39 ID:gwC.eNX2O
 
 
 ハインリッヒが、爆風に自身を『優先』させたかと思った次の瞬間
 
 
 
从 ゚∀从「ヒーローアッパー!」
 
 
( <◎><●>)「――ッ!!」
 
 
 
 ハインリッヒが、それこそ目にも留まらぬ速さで飛び上がり、
 ゼウスの顎を、握りしめた拳で殴りあげた。
 
 予想だにしなかった展開ゆえに、ゼウスにはそれを避ける術はなかった。
 元々ゼウスが考えていたのは空中での攻防であるため、
 地上からの素早い攻撃には対処できなかったのだ。
 
 そして、殴られたと同時にゼウスは何が起こったのかを理解した。
 彼女は、爆風と同時に自身を『優先』させ、被害を受けなかった、のではない。
 爆風の『熱』だけに優先させ、その『風』には何もしていなかったのだ。
 
 
.

202 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:06:26 ID:gwC.eNX2O
 
 
 爆発の一番の恐ろしさは、その破壊力や轟音ではなく、熱風にあるとされている。
 逆に言えば、その熱風にさえ優先できれば、
 爆発を自身にとって価値のある利器として使うことができる。
 
 跳躍と同時に爆風という追い風を受け、ゼウスが視認できない速さで
 アッパーカットを繰り出し、ゼウスに漸くダメージという
 ダメージを与えることができた、というわけだった。
 
 
 空中で体勢を整え、回転しながらゼウスは後方に着地した。
 その着地際を狙うべく、ハインリッヒは追い討ちを仕掛けようとした。
 
 
 
( <●><●>)「……」
 
 ゼウスが、ハインリッヒがやってくるその道中で『爆撃』を見舞おうとした。
 しかし、それは無理だった。
 気がつけば、ハインリッヒは後ろにいたのだから。
 
 
( <●><●>)「!」
 
从 ゚∀从「『音速の壁に優先して』やってまいりまし――」
 
 
从#゚∀从「たッ!」
 
 
(;^ω^)「!?」
 
 
.

203 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:07:41 ID:gwC.eNX2O
 
 
 ハインリッヒが、音速を超えたパンチをゼウスに向けた。
 とっさに左腕でそれをあしらおうとする。
 しかし、いくらゼウスと言えど、音速には抗えず、
 その拳が心臓に向けられたのを別の場所へ流すのは不可能だった。
 
 だから、ゼウスは手段を選べなかった。
 とっさにとった行動は
 
 
 
从;゚∀从「……うおわッ!」
 
( <●><●>)「……くっ」
 
 
 二人の間で、爆発を引き起こした。
 
 その規模は比較的小さな方だが、二人とも零距離でそれを喰らった。
 そのため、衝撃、火傷、轟音の三つが、彼らを襲った。
 既に『音速の壁に優先』していたハインリッヒが、爆発から身を守ることはできなかった。
 
 平生ではポーカーフェイスを保っているゼウスでも、少し苦悶の声を漏らした。
 とは言っても、爆風を受けたスーツの
 胸元の部分が黒く焦げただけで済んだのを見ると、
 この服装には爆発対策がされているであろうことがわかる。
 
 
.

204名も無きAAのようです:2012/06/30(土) 10:13:11 ID:gwC.eNX2O
 
 
 二人とも、同時に着地した。
 ハインリッヒの方は身体も服装もぼろぼろで、
 無事着地できただけで精一杯だといった印象を持たせた。
 
 
( <●><●>)「……私に『護身』まで使わせますか」
 
从;゚∀从「は、ハハ……」
 
 
从;゚∀从「(あのアッパーとあの爆風を間近で喰らって、まだダメージがねぇのかよ……)」
 
 
 ハインリッヒは威勢こそ変えなかったものの、
 内心ではそんな感想しか浮かんでこなかった。
 
 ゼウスは攻撃用の『爆撃』だけでなく、
 護身用の『爆撃』でさえ用意している。
 
 遠ざかっても『爆撃』を見舞われ、
 近寄って攻撃を仕掛けようとしても『爆撃』で護られる。
 
 ゼウスに勝てるのだろうか。
 いつしか、そんな不安しか彼女のなかを駆け巡らなかった。
 
 
.

205 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:15:24 ID:gwC.eNX2O
 
 
( <●><●>)「……訊きたいことがある」
 
从 ゚∀从「…なんだ?」
 
 ゼウスは一旦攻撃の手を休めた。
 ハインリッヒも、休めてくれるのはありがたいので、ゼウスの話を受け入れた。
 
 
( <●><●>)「【劇の幕開け】……その能力の全貌を、だ」
 
从 ゚∀从「……言うまでもねぇよ」
 
 
从 ゚∀从「――ただ、英雄が優先される世界となる、だけ」
 
 
 
 それはゼウスもアラマキも内藤も知っていた。
 しかしそれはあくまで物理的ななにかを自分より下にするだけで、
 物理法則を破ったりなど、目に見えないものを自身より下にする
 なんてことは、少なくとも内藤の思い描いていたものではなかった。
 
 ゼウスが持つデータのなかでも、同様だった。
 『慣性に優先する』『音速の壁に優先する』『重力に恒久的に優先する』
 そんな芸当ができるなど、聞いたことすらなかったのだ。
 
 
.

206 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:16:26 ID:gwC.eNX2O
 
 
从 ゚∀从「――それだけか?」
 
 質問が終わったのかと思い、ハインリッヒはそう尋ねた。
 ゼウスが首肯すれば、すぐさま戦闘が再開されそうだった。
 
 このチャンスを、内藤が利用しないはずがなかった。
 茂みから飛び出し、大声を発して二人の気をひいた。
 
 内藤はゼウスからもハインリッヒからも殺されることはないと
 自覚しているため、何ら恐怖は持ち合わせていなかった。
 
 
(;^ω^)「ま、待つんだお!」
 
( <●><●>)「なんですか」
 
从 ゚∀从「公演中に『観客』が舞台に乗り込んじゃだめなんだぜ」
 
(;^ω^)「いいから聞くお!」
 
 身振り手振りを交えて、内藤は何とか二人のうち
 どちらか一方でも死なないように、争いを食い止めにかかった。
 
 
.

207 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:18:50 ID:gwC.eNX2O
 
 
 内藤はふつうの人間ではなく、話によれば自分たちの作者であるため、
 ゼウスとハインリッヒも、話を聞いた方がいいのではないか、という気になり、耳を傾けた。
 
 内藤の語調はすごく荒かった。
 その必死さは、二人にも伝わっていた。
 
 
(;^ω^)「ちゃっかり殺し合いしてるっぽいけど、しちゃだめだお!
      理由はあとで話すから、戦いは――」
 
从 ゚∀从「――殺すな、ってか?」
 
(;^ω^)「……」
 
 その時のハインリッヒの語調からは、紛れもない殺気が混じっていた。
 邪魔をするならお前も殺す、と言わんばかりの。
 
 そのため、一瞬内藤は口ごもった。
 
 
从 ゚∀从「……掛け替えのない妹を殺されて、だ」
 
从 ゚∀从「『許してやれ』ってんなら、いくらあんたの頼みでも聞けないな」
 
从 ゚∀从「……こいつは、俺の敵だ」
 
 ハインリッヒがそう言うと、ゼウスも肯いた。
 
 
( <●><●>)「私にとって、ハインリッヒとアラマキは真っ先に排除すべき敵です。
         ……停戦協定など、馬鹿げています」
 
 
 両方とも、内藤の想定し得た回答だった。
 だが、だからといってひくわけにはいかなかった。
 内藤としては、二人の関係よりも、世界の行方の方が気気がかりで仕方がなかったのだ。
 
 
.

208 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:19:59 ID:gwC.eNX2O
 
 
( ^ω^)「……じゃあ、ゼウス」
 
( <●><●>)「なんでしょう」
 
( ^ω^)「――あんた、『拒絶』って知ってるかお?」
 
( <●><●>)「……アンチ?」
 
 ゼウスのその声を聞いて、やはり知らないか、と内藤は呟いた。
 そのため、アラマキにしたような話を再び持ちかけた。
 
 なにもかもを嫌い、否定した存在。
 なにもかもを拒む最悪の能力、通称《拒絶能力》を操る。
 それが、『拒絶』と。
 
 その能力の一例までは挙げなかったが、
 一応は一通りを話した。
 それで納得してくれれば、内藤としては助かった、
 
 
 のだが。
 
 
 
( <●><●>)「解せません。私のネットワークにかからない存在など、無い。
         『拒絶』など、聞いたことがない以上、信じることはできませんね」
 
( ^ω^)「そ、そうかお……そうかお?」
 
 
 
.

209 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:21:10 ID:gwC.eNX2O
 
 
 その答えを聞いて、内藤は戸惑った。
 ゼウスの持つネットワークは、確かに世界規模のもので、
 この世界では内藤の知識に次いで、全てのものを
 知り尽くしていると言っても過言ではないのだ。
 
 そんなゼウスがそう言うのだから、
 ひょっとすると、これは自分の考えすぎじゃないのか、と思いもした。
 
 『拒絶』がいないとしたら、問題はない。
 だからといって殺し合えとは言えないが、
 一応、内藤は少し胸を撫で下ろせた。
 
 
 
( <●><●>)「だいたい、『拒絶』にはどんな輩がいるのでしょうか?」
 
 ゼウスがそう訊いてきた。
 少し安堵できていたので、内藤はせっかくだし答えよう、と思った。
 話をすることで二人の戦闘が止まるなら問題ない、とも。
 
 
( ^ω^)「存在しない連中の例を挙げるのもなんだけど……」
 
( ^ω^)「とにかく、後ろ暗いっていうか、危険っていうか」
 
 
.

210 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:22:11 ID:gwC.eNX2O
 
 
 
( ・∀・)「とにかく〝受け入れられるものがない〟って感じだよな?」
 
( ^ω^)「そうそ――――」
 
 
 
 
( ;゚ω゚)「!?」
 
( <●><●>)「ッ!」
 
从;゚∀从「だ……誰だッ!」
 
 
 
 
( ・∀・)「俺のことか?」
 
 
( ・∀・)「いま、ここで息をして、立って、
     おまえらと話をしてる俺のことか?」
 
 
 
.

211 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:23:30 ID:gwC.eNX2O
 
 
 内藤、ハインリッヒ、ゼウスしかいなかったであろう空間に、
 一人の男が、何の前触れもなく、そこに立っていた。
 
 ゼウスは、闇討ちが得意なぶん、闇討ちされるのにも慣れている。
 たとえどのような戦闘の最中でも、別の敵の存在が現れたら、それを必ず認識できるのだ。
 それなのに、ゼウスでさえ、この男の存在を認識できていなかった。
 
( ・∀・)「俺のことはいいじゃない」
 
( ・∀・)「それよりも、気づいてないのか?
     そこにもう一人いるのに」
 
从;゚∀从「は? ……ハ?」
 
 
 男が指をさしたところを、ハインリッヒは振り返って睨みつけた。
 しかし、なにもいない。
 何事かと思いハインリッヒが向きを戻すと、男は笑った。
 
 
( ・∀・)「……」
 
 
( ;∀;)「ギャーッハッハッハッハ!!
     騙されてやんの! そこには誰もいねぇよ!」
 
(;^ω^)「……!」
 
 
.

212 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:24:43 ID:gwC.eNX2O
 
 
 男は、腹を抱えて大げさに笑った。
 聞くだけで吐き気すらをも催させる笑い声だった。
 思わず、耳を塞ぎたくなる心地になる。
 
 しばらく笑って、男は元の飄々とした顔つきに戻った。
 
 
( ・∀・)「――ってのが、『嘘』。
     本当にそこに人はいるよ。なぁ、アニジャ?」
 
从;゚∀从「……は?」
 
 
 訳も分からないまま、ハインリッヒは振り返った。
 すると、確かにそこに〝人はいた〟。
 無愛想な顔つきで、やや汚れたカッターシャツを着ている男が。
 不気味な男に言われると、カッターシャツの男、アニジャは肯いた。
 
( ´_ゝ`)「……もっとましな紹介はできないのか……?」
 
( ;∀;)「だってよ、見ろよこの間抜け面!
     今晩のおかずにだってできるぞ! ギャッハハハ!」
 
( ´_ゝ`)「……フーン」
 
 
 
.

213 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:25:42 ID:gwC.eNX2O
 
 
( <●><●>)「……誰だ」
 
 男の笑い声を無視し、ゼウスはアニジャに尋ねた。
 このままでは埒が明かないと思ったのだ。
 
 
( ´_ゝ`)「……んー、どう紹介しましょうか」
 
 アニジャが首を傾げた。
 その直後、固まっていた内藤が、漸く声を発した。
 覚束ない、地に足がついてないような声だった。
 
 
(;^ω^)「――紹介なんかしなくてもわかってるお……」
 
( ´_ゝ`)「お?」
 
 アニジャが内藤を見た。
 明日に希望を持てない、そんな瞳だった。
 
 
(;^ω^)「あんたは……アニジャ=フーン。
      そして、こっちが、モララー=ラビッシュ……だお?!」
 
( ・∀・)「おー。見抜かれてたとは」
 
( ´_ゝ`)「……『不運』だ……」
 
 
.

214 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:27:29 ID:gwC.eNX2O
 
 
 不気味な男、モララーは感嘆の声をあげた。
 同時に、アニジャはどんよりとした声を発した。
 
 
( <●><●>)「……訳が分からないので――」
 
 
 
 
( <●><●>)「殺すッ!」
 
( ・∀・)「!」
 
 
 突如として現れた彼らを危険な人材と判断したのか、
 ゼウスは、得意の闇討ちのようにノーモーションから
 一瞬でモララーの背後に回り、手刀を首筋に突き刺した。
 
 それは内藤も、モララーも認識できない速さだった。
 いきなり、モララーを殺しかねない攻撃だった。
 
 
 
 しかし。
 
 結論から言うと、ゼウスは殺し損ねた。
 
 厳密に言えば、ゼウスは〝たまたま転んでいた〟。
 
 
( <●><●>)「……ム…?」
 
( ・∀・)「……」
 
 
( ;∀;)「ギャーッハッハッハッハ!! 転んでやんの!」
 
 
.

215 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:28:39 ID:gwC.eNX2O
 
 
 転んだため、突くはずだった手刀は、土を削っていた。
 訳も分からないまま、ゼウスはとっさに立ち上がっては、後退した。
 モララーはゼウスの無様な姿を見て、笑っていた。
 
 
( ´_ゝ`)「……あんた、『不運』だな」
 
( ´_ゝ`)「たまたま転んで、殺し損ねるなんて」
 
 アニジャが、そう言った。
 それを聞いて、内藤は自分の中の何かを確信した。
 そうすると、いよいよ震えが止まらなくなってきた。
 
 声まで震えないよう注意して、言葉を紡いだ。
 
 
(;^ω^)「なにが『不運』だお……」
 
( ´_ゝ`)「ん?」
 
(;^ω^)「それは、紛れもない能力……」
 
 
 
(;^ω^)「【771《アンラッキー》】じゃないかお!!」
 
( ´_ゝ`)「……」
 
 
.

216 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:30:13 ID:gwC.eNX2O
 
 
 内藤の言葉を受け、アニジャは黙った。
 代わりにゼウスが口を開いた。
 
 
( <●><●>)「どういうことです」
 
( ^ω^)「……こいつの能力、それは」
 
 
 
( ^ω^)「自分の身の回りで、どうしようもない
      『不運(アンラッキー)』を引き起こしてしまう、
      そんな最悪な能力なんだお……」
 
( ´_ゝ`)「……」
 
 アニジャは、口を開こうとしなかった。
 だが、内藤がそう言い終えると、彼は口を開いた。
 未来に希望を見いだせないような、暗い声だった。
 
 
( ´_ゝ`)「『不運』だ……。
      だが、それ、五割が当たりで、五割がはずれだな」
 
(;^ω^)「お?」
 
( ´_ゝ`)「俺のこれは……
      《特殊能力》や《拒絶能力》じゃないってことさ」
 
(;^ω^)「…………?」
 
 
.

217 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:32:11 ID:gwC.eNX2O
 
 
 それを聞いて、内藤は首を傾げた。
 意味が分からなかったのだ。
 アニジャの言いたいことが。
 
 彼らの会話を止めようとしたのか、
 モララーが二人の間に割って入った。
 近くにいるだけで、『現実』を放り投げたいと思える程、気分が悪かった。
 
 
( ・∀・)「まーまー。それより、俺たちがきた理由を言ってやろーぜ」
 
( ´_ゝ`)「……そうだな」
 
从 ゚∀从「…理由?」
 
 ハインリッヒがそう訊くと、アニジャは数回咳払いをした。
 そして、やはり聞くだけで悲しい気持ちにさせる声で、「理由」を話した。
 
 
 
( ´_ゝ`)「……あんたら、ハインリッヒ、ゼウス、あとアラマキ。
      あんたらの同士討ちを引きとめにきたのさ」
 
 
 
.

218 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:33:05 ID:gwC.eNX2O
 
 
( <●><●>)「……止める?」
 
 ゼウスが聞き返した。
 だが、内容が変わることはなかった。
 
 
( ´_ゝ`)「俺はどうでもいいんだが……こいつとかがさ、困るんだ。
      餌同士で殺し合われちゃ、な……」
 
 
(;^ω^)「……」
 
( ・∀・)「――お、なんだ? 言いたいことでもあんのか?」
 
 
 ふと、モララーが内藤の顔色を見て、言った。
 アニジャの言葉を聞いて、内藤の顔が蒼いのが真っ青になったからだ。
 
 あってはならないことだ、と言い聞かせている。
 しかし、実際に起こり得てしまった。
 内藤の心境は、そんなものだった。
 
 モララーが厭な視線を送るなか、内藤は言った。
 
 
.

219 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:34:13 ID:gwC.eNX2O
 
 
(;^ω^)「……これ設定したのはデビューする数ヶ月前
      だから、記憶があやふやなんだけど……」
 
(;^ω^)「モララー。……あんた、『拒絶』かお?」
 
( ・∀・)「(設定……?)
     ああ、よぉくわかってるじゃねーか。」
 
 
( <●><●>)「!」
 
从;゚∀从「……さっき言ってたアンチって……!」
 
 
 モララーの返答を聞いて、ゼウスとハインリッヒも当惑した。
 存在しないであろうと思っていたものが、現れたからだ。
 
 
(;^ω^)「……じゃあ、もしかして」
 
 
(;^ω^)「『拒絶』の連中で、『能力者』を殺し合う――とかすんのかお?」
 
 
( ・∀・)「よくわかってんじゃん」
 
( <●><●>)「……ッ!」
 
 
.

220 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:35:12 ID:gwC.eNX2O
 
 
 
( ・∀・)「俺はいま、モーレツにおまえらを殺したい。〝満たされたい〟。
     だけど、それだと他の『拒絶』との約束を
     破っちまうから、今回は忠告にきただけ、さ」
 
(;^ω^)「……」
 
 その言葉を聞いて、内藤の背筋を冷たいものが突き抜けていった。
 それはハインリッヒも同様だった。
 得体の知れない恐怖――拒絶――が、迫り来る感覚だった。
 
 
( ・∀・)「……ま、そういうわけだから。
     せいぜい俺ら『拒絶』を受け入れてくれ。じゃーな」
 
( <●><●>)「逃がすかッ!」
 
( ・∀・)「無理無理」
 
( <●><●>)「!」
 
 
 
 
.

221 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:37:18 ID:gwC.eNX2O
 
 
 
 
 
( ・∀・)「だってよ。
     『俺らがここにいる』ってのは――」
 
 
 
( ・∀・)「『嘘』だから、だ」
 
 
 
 
 
.

222 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:39:05 ID:gwC.eNX2O
 
 
 ゼウスが詰め寄ったのは、紛れもない真実だ。
 だが、モララーがそのように言うと、彼らは文字通り〝消えてしまった〟。
 
 気配など感じない。
 足跡もないし、存在していたという事実がまるで全部『嘘』のように思えた。
 内藤だけでなく、ハインリッヒも、ゼウスも。
 
 モララーとアニジャの姿が消えてから、数十秒して
 ゼウスは屈めていた姿勢から、まっすぐに立ち上がった。
 
 
( <●><●>)「……なにがあったのだ」
 
( ^ω^)「モララーは、『自分たちはここにいる』という『嘘(フェイク)』を、
      自然のうちに『混ぜ(シェイク)』ていたんだお」
 
从 ゚∀从「……なんだそれは」
 
 
( ^ω^)「『嘘』を『混ぜる』能力――
      そう、【常識破り《フェイク・シェイク》】。
      《拒絶能力》のひとつ、だお」
 
从 ゚∀从「……」
 
 
.

223 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:40:51 ID:gwC.eNX2O
 
 
( ^ω^)「……どうやら、恐れていた事態が起こってしまったようだお」
 
( <●><●>)「さっき言ってた『拒絶』の恐ろしさ……信用しましょう」
 
( ^ω^)「! じゃあ――」
 
 
( <●><●>)「ハインリッヒ――いや、『レジスタンス』のリーダー、ハインリッヒ=カゲキ。
         私は、一時休戦を申し出よう」
 
 
 ゼウスは、ハインリッヒに手をさしのべた。
 その瞳に、殺意は感じらせない。
 まず、ゼウスはモララーと違い、安易には『嘘』を吐かないのだ。
 それは、内藤だからこそ知り得る情報だった。
 
 内藤が望んでいた展開が、やってきた。
 心強く思い、内心では不謹慎ながらも喜びもした。
 
 だが、ハインリッヒは拒んだ。
 さしのべられたゼウスの手を、はたいた。
 
 
 
从;゚∀从「―――ば、バッキャロー!
      なんでてめーと組まなきゃなんねーんだよ!
      俺ら、言わば虎と龍だぞ!」
 
( <●><●>)「……」
 
 
.

224 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:42:03 ID:gwC.eNX2O
 
 
从;゚∀从「だいたい――」
 
 
 
  「その話、乗ろう」
 
( ^ω^)「!」
 
 
 ハインリッヒが次なる言葉を紡ごうとした時。
 背後から、声が聞こえた。
 
 振り返ると、全身がぼろぼろのアラマキが立って、手を差し出していた。
 その瞬間、ハインリッヒは黙り込んだ。
 
 
/#)' 3「今の青年……モララーとか言ったな。
     あやつの心、限りなくどす黒かったように見えた。
     あながち、ブーン君の言ってることは間違いでないように思えるしの」
 
从;゚∀从「……」
 
 
/#)' 3「それに。
     いくらゼウスと言えど、手を組めるなら心強いことこの上なし、じゃしのぅ。
     まあ、ゼウスが隙を見せたら寝首を刈ったりはするが……」
 
( <●><●>)「愚か者が。一時休戦を組むだけであって、仲直りしたわけではあるまい」
 
/#)' 3「当然じゃ」
 
 
.

225 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:43:39 ID:gwC.eNX2O
 
 
/#)' 3「――儂の傷を治し、『拒絶』を倒すまでの間は
     襲わない、と約束するなら、手を組もう」
 
( <●><●>)「………ああ」
 
 
 そう言うと、二人は握手を交わした。
 決して、二人の間に友情が芽生えたようになど、一切見えない。
 しかし、共通の目的が生まれた以上、組まざるを得なくなった――そんな状況だった。
 
 
 それを見ていたハインリッヒは、声を荒げた。
 なにかをぼやいていたみたいだったが、最終的には
 
 
 
从;゚∀从「……二人が組んだら『レジスタンス』は潰されちまうじゃねーか。
      しゃーなしだ、俺も組んでやるよ」
 
( ^ω^)「!」
 
 
从 ゚∀从「………ただし。ヒートのことを許したつもりはこれっぽっちもない」
 
( <●><●>)
 
从 ゚∀从「その『拒絶』とかいうふざけたヤローどもを追い返したら……
      まずは真っ先に、てめえを肉塊にする。
      ………必ず、だ」
 
( <●><●>)「……ああ。私にとっても貴様は目障りだ。
         足を引っ張りそうに思えたら、即殺しよう」
 
从 ゚∀从「上等だ」
 
 
.

226 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:46:01 ID:gwC.eNX2O
 
 
 そう言って、ハインリッヒも手を差し出した。
 結果、宿敵同士の三人が手を重ね合うような、
 何とも言えない構図ができあがった。
 
 国軍はもとより王国を代表する戦士、アラマキ=スカルチノフ。
 王国よりも強力な力を有する裏社会のボス、ゼウス。
 第三勢力として力を伸ばしてきた『レジスタンス』のリーダー、ハインリッヒ=カゲキ。
 
 原作では決して手を組むことのなかった「最強」の三人が――
 『王国の三大勢力(ビッグ・スリー)』が、今、手を組んだ。
 つまり、それは裏も表も合わさった、一国が団結したことになる。
 それが今後にどのような影響を及ぼすのかは、内藤でさえわからない。
 しかし、わかることもあった。
 
 この世のなにもかもを拒絶する、『拒絶』。
 彼らを倒さない限りは、この世界は大変なことになってしまう、ということだ。
 
 先ほど突如として現れた【常識破り】と【771】。
 彼らの言い残した言葉が、いつまでも内藤の心の奥底に留まっていた。
 
 
.

227 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:47:28 ID:gwC.eNX2O
 
 
  ( ・∀・)『俺はいま、モーレツにおまえらを殺したい。〝満たされたい〟。
       だけど、それだと他の「拒絶」との約束を
       破っちまうから、今回は忠告にきただけ、さ』
 
 
 つまり、彼の背後には、まだ複数人もの『拒絶』が存在していることになる。
 一人いるだけで世界のなにもかもをねじ曲げてしまうような存在が、多数いるのだ。
 
 その内容を、内藤は知っている。
 そして、それらがいかに恐ろしいのかも、知っている。
 
 また、「満たされたい」ということは、この予告された殺人は
 言わば〝自身を満たすための衝動的な殺人〟にすぎない。
 つまり、『拒絶』はなんの躊躇いもなく、『能力者』を襲うのだろう。
 
 それが終わったら、どうなるか。
 自身を満たしてくれるものがなくなった次の彼らの行動は、至極単純。
 
 
 
 世界を滅ぼすのだ。
 
 
 
.

228 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:48:47 ID:gwC.eNX2O
 
 
 
( ^ω^)「(『拒絶』は物語には登場してない以上……
      もう、ここから先の展開は僕でさえ読めない。でも……)」
 
 
 
 /#)' 3
 
 从 ゚∀从
 
 ( <●><●>)
 
 
 
( ^ω^)「(原作ではほぼ最強の三人が、手を組んだ。
      これで、『拒絶』の思うがままの展開はないはず――だお!)」
 
 
 
 内藤は拳を強く握りしめ、倒れそうになったアラマキを介抱した。
 そしてゼウスは自身の屋敷に戻るといい、彼らを連れて帰還した。
 
 
 
 
 こうして、パラレルワールドは動き出したのであった。
 
 
 
 
 
 
.

229 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:49:57 ID:gwC.eNX2O
 
 

 
 
ノハメ,⊿゙)
 
 
(    )「これがカゲキ姉妹の末っ子か……?」
 
(   )「そうじゃないのかしら」
 
 ヒート=カゲキは、ゼウスに倒されてしまった。
 彼の『爆撃』で飛ばされた先の茂みで、二人の男女が立ち会っていた。
 
 いつからいたのかはわからない。
 ただ、内藤たちがいなくなって数時間経ってから、言葉を発したのだ。
 それまでは、ずっとヒートの動きを観察していた。
 
 
(    )「随分と派手にやられたな。……死んだか?」
 
(   )「死んだら死んだで諦めるしか――」
 
 女がヒートの脈をとった。
 しかし、反応はない。
 
 希望的観測を見いだせなかったため、女は溜息を吐いた。
 が、その数秒後、ヒートは反応を見せた。
 
 
.

230 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:50:38 ID:gwC.eNX2O
 
 
ノハメ,⊿゙)
 
 
 
ノハメ,⊿゙)「……………う……、……」
 
 
(    )「っ!」
 
(   )「生きてるわ!」
 
 男も女も、途端に慌ただしくなった。
 すぐさま男がヒートを抱え上げた。
 
 
(    )「絶命しないうちに、研究所に運ぶぞ!」
 
(   )「ええ」
 
(    )「能力を使うしかないか?」
 
(   )「……みたいね」
 
 
 
.

231 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 10:51:18 ID:gwC.eNX2O
 
 
 
 そして、
 彼らが立ち上がった時、
 朧気に照らす月明かりが、彼らの顔を晒しだした。
 
 
  _
( ゚∀゚)「じゃあ、任せるぞ」
 
 
(*゚ー゚)「……わかった。
    【最期の庭園《ラスト・ガーデン》】ッ!」
 
 
 
 最後にその場に残ったのは、
 ただひとつの静寂だけ、だった。
 
 
 
 
 
.

232 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 11:00:31 ID:gwC.eNX2O
結局全部投下しちゃった

これで、第四話「vs【連鎖する爆撃】」、及び第一部「王国の三大勢力」編完結です。
第一部という名のプロローグですので、短いしずっと走ってた感がありましたが。

そして、第二部からが本番で、
今までのジャンルが【能力系バトル】だったのが一転、【チートバトル】に変わります。
ぶっ壊れたチートが苦手な人は、ご注意ください。確実に萎えると思いますので。


では、次回の第二部「拒絶」編、
第五話「vs【ご都合主義】Ⅰ」はまた近いうちに投下します。
何はともあれ、今回も読んでいただきありがとうございました!

233名も無きAAのようです:2012/06/30(土) 11:26:01 ID:0zz9B2yQO
追いついたら終わってた 
能力はよく理解できないので技の一種と考えることにする

234名も無きAAのようです:2012/06/30(土) 12:55:59 ID:.pebwQM60
おつ

235名も無きAAのようです:2012/06/30(土) 13:55:42 ID:dnHrPHx.0
ダメだ面白い

わくわくしてきた

236 ◆qQn9znm1mg:2012/06/30(土) 20:14:54 ID:gwC.eNX2O
>>233
どの能力がわかりませんか?

237名も無きAAのようです:2012/06/30(土) 23:57:10 ID:0zz9B2yQO
>>236 
超能力はテレパシー、サイコキネシスくらいしかピンとこない 
 
読むにあたって能力を理解しようとして読んでないところが大だと思う 
 
別に能力抜きでも話の流れとかで読んでるから気にしないで

238 ◆qQn9znm1mg:2012/07/01(日) 00:47:11 ID:28Pkh/EAO
この作品では、そういった俗にいう超能力系は扱わないですね。
ここでいう能力とは、戦いにおける利得的な道具みたいなものです。
戦いがあったとして、各人はそれに勝つために能力を発動します。
まあ、おっしゃるとおり特技と見てもらってもかまいません。

239名も無きAAのようです:2012/07/01(日) 01:40:58 ID:E8mMRiPA0
ドクオ【テンプテーション】
相手の『物欲』に相応する『品』で相手を『洗脳』する。

アラマキ【ジェネラルキャンセラー】
身の回りの『決まった法則』を『解除』し、意のままに行動する。


とかそういう漠然としたノリで能力は見てる。
あとは、作中のキャラの応用力に驚かされたりして楽しむ。

240名も無きAAのようです:2012/07/02(月) 02:00:37 ID:uA8iWlyYO
こういうぶっ壊れたチート能力バトル物大好きだからwktkが止まらない

支援

241名も無きAAのようです:2012/07/07(土) 15:56:51 ID:bSoWpTtw0

中だるみを思い出すなぁ

他にも作品投下してるみたいだが、良かったら教えてほしい

242予告 ◆qQn9znm1mg:2012/07/07(土) 20:19:29 ID:tJfLB5EEO
 
 「なにもかもを否定した存在」との戦いを描いた、第二部。
 全てを否定し、拒否し、拒絶する集団、その名を『拒絶(アンチ)』。
 
 一人いるだけでこの世の全ての規律を乱し、崩壊させるほどの
 恐るべきパワーを秘めている彼らが、一斉に『能力者』たちを襲う。
 
 だが、原作では『能力者』のなかでも随一の力を誇る者たちが結束した。
 それも相容れぬ者同士、ゼウス、ハインリッヒ、アラマキだ。
 内藤は、恐怖と同時に、僅かながらの安堵ももてていた。
 
 
 もてていた、はずだったのだ。
 
 
 
从;゚∀从「―――ハ!? 確かにいま、ぼこぼこにしたはず――」
 
  「ん? ああ、寝ぼけてるのかと思えば、そんな白昼夢を見てたんだ」
 
从;゚∀从「どうなって――いや、私がてめえを襲ったのは紛れもない『現実』だ!」
 
  「いいや、『現実』では『僕は襲われていない』んだ」
 
  「いいかい? きみが言うような、そんな『現実』は全て―――」
 
 
 
       エ ソ ラ ゴ ト
(´・ω・`)「【ご都合主義】だ」
 
 
   第二部「拒絶」編
   第五話「vs【ご都合主義】Ⅰ」
 
     七月十一日 午後から上映開始。
 
 
.

243 ◆qQn9znm1mg:2012/07/07(土) 20:22:19 ID:tJfLB5EEO
予告は予告。
投下日がずれてもお許しください。

>>241
先入観を持って読まれたくないので、一応いまは伏せています。
ちなみに完結済み中編が二つ、短編が紅白含む三つです(たぶん)。
書式はどれもほぼ統一させてるので、わかる人にはわかるかもしれませんが。

244名も無きAAのようです:2012/07/07(土) 20:34:22 ID:ira1Slqg0
待ってます

245名も無きAAのようです:2012/07/08(日) 02:38:03 ID:VpJnwt9gO
ω・`)ショボンキター!

246名も無きAAのようです:2012/07/08(日) 11:22:26 ID:8/u0Mevc0

チートをねじ伏せるチート……
ラスボスはどれだけ強いんだ……

247名も無きAAのようです:2012/07/09(月) 01:13:23 ID:.rYQaMtI0
ラスボス内藤説

248 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:33:35 ID:j3o9BgmQO
のんびり投下します

249 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:34:18 ID:j3o9BgmQO
 
 
 
 
 
 
       Boon strayed into his
 
        Parallel World: Part Two
 
 
               unti
           ―― 拒絶 ――
 
 
 
 
 
.

250 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:35:37 ID:j3o9BgmQO
 
 
  第五話「vs【ご都合主義】Ⅰ」
 
 
 「ただ、能力者を嫌う。世界を嫌う。運命を嫌う。自分を嫌う。
  なにもかもを嫌う。そして生まれたのが、《拒絶能力》。」
 
 そんな設定を内藤が考えたのは、
 彼がこの小説を手がけるより数ヶ月前、まだプロットを練っていた頃の話だ。
 当初はその作品には「能力系バトルのインフレーション」というコンセプトを与え、
 それに見合うようなとんでもない能力を考案していった。
 
 なんらかの形で《拒絶能力》を得た『拒絶』と呼ばれる集団だが、
 内藤が当初予定していた主人公のパーティーでは絶対勝てないことを知り、
 やがて、『拒絶』は永久に日の目を見ることはなくなった。
 
 それを『拒絶』は知る由もない。
 知ったところでどうしようもないのだが。
 問題があるとするなら、それは内藤の方だ。
 
 
.

251 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:37:00 ID:j3o9BgmQO
 
 
 現実世界からパラレルワールドに迷いこんだ原因は、まだ欠片も掴めていない。
 流れるように四連戦を見届け、気がつけば予期せぬ展開を迎えていた、というのだから。
 
 内藤としては速く現実世界に帰りたいのだが、
 それでは、取り残されたこの世界の戦士たちが
 いつかは『拒絶』に呑み込まれるであろうことは容易に予測がついた。
 
 彼に、戦士たちに対する思い入れがあるかないかは問題ではない。
 ひとつ、内藤は帰ろうと思っても帰れない。
 ひとつ、『拒絶』の持つ《拒絶能力》は異常なまでに強力である。
 ひとつ、内藤は『拒絶』への対抗策を知らない。
 ひとつ、『拒絶』が導く物語の展開も、知り得ない。
 
 とにかく、不確定要素が多すぎるのだ。
 内藤が自由に母国へ帰れたならば、なにも問題はなかったのだが。
 
 それができない以上、彼らと共闘することになる。
 しかし、希望的観測を見出せない。
 対抗策が存在するのかどうかでさえ怪しい相手に挑んで、明日はあるのだろうか。
 そんな不安が、内藤をひたすら襲っていた。
 
 戦うのは自分ではないのに。
 内藤はあたかも自分が戦っている気になって、不安を覚えていた。
 
 
( ^ω^)「……うお」
 
 
.

252 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:38:41 ID:j3o9BgmQO
 
 
 ゼウスに連れられやってきた「アジト」だが、どういうことか
 そこは裏路地や地下都市ではなく、堂々と屋敷を構えた豪邸だった。
 
 圧巻され、思わず内藤は言葉を失った。
 『作者』である以上設定はするものの、それは紙面上の話であって
 実物をお目にするなど、本来ならあるはずがない話だ。
 だから、実物を前にして驚かない方が不自然だ。
 
 堂々と門を通り、堂々と玄関の方へ向かっていった。
 ほかの皆も、敷石を渡り大きな扉の向こうへと入っていった。
 
 扉を抜けたと同時に、複数のメイドと思わしき女性が
 コートや手荷物などを預かろうとする。
 ゼウスは慣れているようで、歩きながらにして
 着ているコートをメイドに脱がせ、そのまま運ばせた。
 
 ゼウスは邸内を案内する姿勢を見せなかった。
 「勝手に着いてこい」と言いたげなオーラを発していたので、
 ハインリッヒも構わず彼の後を追いかけた。
 
 アラマキを抱えている内藤が、早足でどこかへと向かう
 ゼウスを追えるはずもないが、一生懸命後を追おうとした。
 
 しかし、運動不足の三十台男性に老人とはいえ
 一人の男を運ぶのはなかなかに堪えるようで、
 エントランスへと向かう長廊下の半分ほどでへたってしまった。
 
 
.

253 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:39:48 ID:j3o9BgmQO
 
 
 するとメイドの一人が話しかけてきた。
 
 
爪゚ー゚)「お持ちしましょうか?」
 
(;^ω^)「……お?」
 
 全体的に黒の比重が大きいメイド服を着た彼女が、手を差し出してきた。
 確かに荷物と言われれば荷物なのだが、これは人間だ。
 まして、女性に運ばせるような代物ではないことくらい、内藤もわかっていた。
 
 だから、お言葉に甘えるわけにはと思っていた時。
 そのメイドは、内藤に有無を問わずアラマキを奪い取り、
 アラマキの負傷を広げないよう介抱して、内藤の横に就いた。
 
 ゼウスが率いるメイドであるだけあって、
 腕力や知能指数は人並み以上なのか、とわかった。
 作中で描写することのないシーンなので、内藤が既知の事実であるはずもない。
 
 
(;^ω^)「すごい力持ちだおね……。
      それ、たぶん最低でも六十キロはあるのに」
 
爪゚ー゚)「メイドですから」
 
 とだけ言って、メイドは会話を止めた。
 無駄な会話はしないよう言われているのかもしれない。
 
 
.

254 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:40:57 ID:j3o9BgmQO
 
 
( ^ω^)「(ま、それはそれでいいけど……ん?)」
 
 ふと、長廊下の内装に目がいった。
 煉瓦模様の壁で、そこからアーチを描くように天井がまるくなっている。
 モノトーンのモザイク画が描かれているが、何が描かれているのかはわからなかい。
 
 また、中世ヨーロッパのような格調高い鎧が両方の壁に沿って等間隔に並んでいる。
 それらは決決まって、右手に持った剣を手前に寄せ上に向けていた。
 目を覆う仮面の向こうには、騎士の目が見えそうで、内藤は若干怖く思った。
 
 
 
( ゚ ゚)
 
(;^ω^)「――!」
 
 
 ――怖く思った、次の瞬間、本当に仮面の向こうに目が光ったように見えた。
 が、インテリアのなかに本物の騎士を
 待機させるはずもないだろう、と内藤は自身を説得した。
 ゼウスの屋敷なのだから、なにがあってもおかしくない、とは思いつつも。
 
 
.

255 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:42:28 ID:j3o9BgmQO
 
 
 やがて長廊下を抜けると、先ほどまでのモノトーンが占めていた空間とは違い、
 赤い絨毯や橙がかった白光を見せるシャンデリアなどが
 ひときわ目立つエントランスへと辿り着いた。
 これもゼウスの趣味なのか、と思いつつ、内藤が足を進めようとした時。
 
 
( ^ω^)「――あ」
 
 ゼウスを見失った今、どこに向かえばわからず内藤は立ち止まってしまった。
 壁にかけられている蝋燭の、炎の揺らめく音が聞こえてきそうな程に静まり返った。
 メイドは息を殺し、ただのお仕えをする道具に成り下がっていた。
 
 両端には階段があって、そこを上ると二階へと繋がる大きな扉があり、
 その上には大昔の肖像画のようなものが飾ってある。
 目的地がゼウスの私的空間であるならば、やはりこの扉だろうが、迂闊な行動はできない。
 
 エントランスを見渡すだけで、扉は正面のそれ以外に六つもある。
 また、屋敷の外見で言えば、その扉の先に更に廊下が続くことだろう。
 内藤は早速迷子になってしまった。
 
 
爪゚ー゚)「ゼウス様ですか?」
 
(;^ω^)「……?」
 
 途方に暮れた時、メイドがそう話しかけてきた。
 息を吸い込みもせず急にだったので、内藤は驚いた。
 メイドの方を見ると、やはり蝋で塗り固められたような表情で、次なる言葉を紡いでいった。
 
 
.

256 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:43:41 ID:j3o9BgmQO
 
 
爪゚ー゚)「こちらです」
 
( ^ω^)「……おー」
 
 そう言うと、二階の正面扉ではなく、二階に上って右手の扉の方へ向かっていった。
 ここにきてゼウスのメイドが嘘を吐くはずなどないだろうと考え、内藤は着いていった。
 
 階段を上る途中でも、この屋敷の凄さは身にしみた。
 手すりの始終のところにも、細かい獅子の彫刻があるのだ。
 手すりの道中でも花の彫刻がされており、とにかく細かい。
 階段にも敷かれた絨毯も、金縁の模様が非常に凝っていることがわかった。
 
 とにかく圧巻されている内藤を、メイドは連れて行った。
 扉の向こうは、ただの控え室といったような雰囲気だった。
 扉を背にして縦に細長い部屋で、その長い辺を端から端まで埋める長い鏡が特徴的だった。
 
 自分の姿が鏡に映し出される。
 アラマキを抱いているメイドの姿も。
 
 
.

257 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:45:38 ID:j3o9BgmQO
 
 
 しかし、この扉は入り口の扉の向かいにあるのに、メイドはそこに向かわなかった。
 長い部屋の六割ほどを歩いたのち、内藤をその場所にまで来るよう促した。
 内藤は言われるがままメイドの隣に駆けてきた。
 そこで立ち止まったのはいいが、全く意味がわからなかった。
 
 ここからどうすれば、と思った時。
 メイドは、直角に向きを変え、鏡の方に歩いていった。
 
 
(;^ω^)「な、なにを――」
 
爪゚ー|ー゚爪
 
( ^ω^)「……え?」
 
 
 それは、ぶつかるだろう、と思った内藤の予想を大きく斜め上に上回っていた。
 メイドは、鏡のなかに吸い込まれるように、奥へと進んでいった。
 
 内藤がその後のその鏡を見ても、何ら異変はない。
 どういうことだ、と思ったが、直後に答えはわかった。
 この鏡のこの部分は、フェイクだ。
 
( ^ω^)「ここを入るのかお……?」
 
 試しに手を伸ばすと、鏡のその部位に触れた瞬間、波紋を広げるように複数の円ができあがった。
 間違いないだろうと考え、思い切って全身で飛び込んでみた。
 
 その先は、薄暗い、そして細い廊下だった。
 少し先に、地下へと向かう階段がある。
 
爪゚ー゚)「こちらです」
 
 すると、先ほどのメイドがやはり同じ表情で内藤を出迎えた。
 内藤があっけらかんとしていると、メイドは向きを変え階段をすたすたと降りていった。
 内藤も追いかけざるを得なかった。
 
 
.

258 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:49:06 ID:j3o9BgmQO
 
 
 階段を下りきった先では、古臭い木製の扉があった。
 内藤がそこから出ようとするのを、メイドが制した。
 
 はっとして内藤が手を止めると、メイドは木製の扉ではなく
 その右横の壁に手をかけ、煉瓦のうちの一つを押した。
 すると重い音がちいさく鳴り、スイッチが鳴る音が聞こえた。
 
 次の瞬間、内藤たちのいたところはエレベーターのように下に下りていった。
 つまり、この木製の扉もフェイク。
 隠しスイッチを押してエレベーターを起動しなければ、目的地にはつけないということだった。
 
 エレベーターの着いた先では、エントランスへと繋がる
 廊下のような、モノトーンカラーが支配する部屋があった。
 
 目的地の円いテーブルの上にはチェスボードがあるし、
 壁にかけられたダーツの台には複数矢が刺さっている。
 どれも、二十のトリプルリングに刺さっていた。
 
 メイドがその奥に見える扉へと進むと、ノックをした。
 中から、ゼウスの声が聞こえ、メイドは
 アラマキを内藤に返さず、そのままでお辞儀をした。
 
 内藤が戸惑っていると、メイドは扉の隣に取り付けられた
 ダストシュートのなかに、アラマキを抱えたまま身を投じた。
 内藤が追いかけようとすると、扉からゼウスが顔を出した。
 
 
( <●><●>)「なにをしているのです」
 
 
.

259 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:50:21 ID:j3o9BgmQO
 
 
(;^ω^)「アラマキのじーさん抱いたまま、
      メイドさんがこっちに落っこちたんだお!」
 
( <●><●>)「彼女は、アラマキを救護室に運ぼうとしただけでしょう。
         その矢先で貴方が道に迷うものだから、臨時的に案内をしただけで」
 
( ^ω^)「お……。そうなのかお?」
 
 救護室、というのも初耳だが、今の説明で彼は大方納得いった。
 内藤の顔から冷や汗がひいたのを見ると、ゼウスは
 扉を大きく開いて、内藤へ中に入るよう促した。
 
 中は、内藤が予想していたような「裏社会のボスが
 傘下の組織を統べるための部屋」ではなかった。
 ただ、ベッドと電気スタンドの取り付けられた机、
 複数の本棚、あとテーブルの上のマグカップくらいしか、目立つものはなかった。
  案外、本当に凄い組織のボスの私的空間とは、
 こういう簡素なものではないのだろうか、と内藤は思った。
 
 
.

260 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:52:46 ID:j3o9BgmQO
 
 
( <●><●>)「あなたからは、いくつか聞かなければならないことがあります」
 
( ^ω^)「お…?」
 
 そう言われてテーブルの上に出されたのは、白いマグカップに注がれたコーヒーだった。
 色合い的にミルクは入ってないし、砂糖も混ぜられてなさそうだった。
 
 内藤はテーブルを前に、ゼウスと向かい合うようにソファーに座った。
 コーヒーを手にとって、軽く香りを嗅いだ。
 内藤の知っているコーヒーとは思えないほど、高貴な香りだった。
 
 目を丸くさせながら、内藤はコーヒーを一口のんだ。
 やはり、とても自分が知っている味とは思えなかった。
 のんだ後少し溜息をこぼして、マグカップをテーブルに置いた。
 
 
(;^ω^)「凄いコーヒーだお……」
 
从 ゚∀从「これだからお偉いサンは嫌いなんだよ」
 
( ^ω^)「お?」
 
 内藤が横を見ると、ハンモックの上からハインリッヒが顔を出した。
 彼女はハンモックに揺られていたようで、内藤が言ったのに対してそう返した。
 眠かったのかと思ったが、実際はただゼウスと同じテーブルを囲むのが嫌なだけだった。
 
 現に、ハインリッヒの服装や身体は傷ついたままである。
 近くにいるだけで、彼女の気分を害さないはずがなかった。
 内藤は、そんな彼女を見て「負傷は大丈夫なのか」とおよそ見当はずれなことを思っていた。
 
 
.

261 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:54:00 ID:j3o9BgmQO
 
 
( <●><●>)「コーヒーはいいのです」
 
( <●><●>)「――まず、あなたが何者か、この世界は何なのか。
         詳しく聞かせてください」
 
(;^ω^)「わわ、わかったからそんな眼するなお!」
 
( <●><●>)「これは素です」
 
 ゼウスは少しムッとしたように見えた。
 彼もコーヒーをすすって、ソファーの背凭れに身を預けた。
 ハインリッヒには目もくれていないようだった。
 
 それよりも、ゼウスは内藤のことしか興味がなかった。
 自分の生きているこの世界が、彼によって
 創られたものだと言われて、誰が納得できようか。
 
 内藤は「えらいことになった」と思った。
 コーヒーの感動が、早速薄れそうになっていた。
 
 
( ^ω^)「えっと……何、って言われても」
 
( <●><●>)「あなたがこの世界を〝創った〟、でよろしいのですね?」
 
( ^ω^)「……たぶん、間違いないお」
 
 
.

262 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:55:39 ID:j3o9BgmQO
 
 
 たぶん、と言ったところに、まだ内藤のなかでの疑心が表れていた。
 『能力者』だの、『拒絶』だの、『レジスタンス』だのを聞くだけで
 ここが異世界であること、そしてそれが自分の小説が元になっていることを理解していた。
 
 だが、それでも内藤の持つ常識がそれを上回っていた。
 馬鹿な、ふざけている、そんな思いは未だ破られていなかった。
 
( ^ω^)「僕は、元の世界では小説家をしてるんだお」
 
( <●><●>)「はい」
 
( ^ω^)「で、仕事として書いていた小説の世界が、この世界とほぼ同じ。
      違う点は、ハインリッヒの『英雄の優先』や『拒絶』なんて存在は
       元の小説には出していない、ってところだお」
 
( <●><●>)「それが本当だとするなら、なぜあなたが
         この世界に迷いこんだのか、わかりませんか?」
 
 そう問われ、内藤は一瞬口ごもった。
 
 
.

263 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:57:29 ID:j3o9BgmQO
 
 
( ^ω^)「アラマキの仮説通りだとすると……」
 
( ^ω^)「ここが、僕が創った世界のパラレルワールドじゃあないかってことくらいで……」
 
( ^ω^)「まったくわかってないお」
 
( <●><●>)「……そうですか」
 
 
 少し、室内が静かになった。
 ハンモックが揺れる音が微かに聞こえる程度だった。
 
 腕枕をして天井を見つめるハインリッヒも、
 内藤の話を聞き、いろいろ思い当たる節を考察していた。
 
 内藤が三口目のコーヒーをすすった頃、
 ゼウスは別のことを質問した。
 
 
 
( <●><●>)「……本題です」
 
( ^ω^)「お?」
 
( <●><●>)「『拒絶』の実体ですよ」
 
( ^ω^)「……!」
 
 
 いつかは問われると思っていたことだった。
 むしろ、そのためにここに連れてこられたようなものなのだ。
 
 ここがどんな世界で、内藤が何者か。
 それは、いくら聞かれても確たる証拠は提示できない以上、
 ゼウスも、聞くだけ無駄だ、とわかっていた。
 
 ならば、その二つを根拠なく内藤の言うとおりなのだと
 仮定すると、残った解決すべき疑問はただひとつしかない。
 
 
 それが『拒絶』だった。
 
 
.

264 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 18:58:39 ID:j3o9BgmQO
 
 
 だが、ここでひとつ問題があった。
 確かに内藤はこの世界の創世者で、知らないことはない。
 しかし、それはあくまで過去に紙面上に出した情報の範囲内での話だ。
 
 『拒絶』は、出演させると物語が破綻してしまう恐れがあったため、それは白紙に戻された。
 そのため、ゼウスやアラマキに与えられたような細かな設定はなく、
 《拒絶能力》の持つ穴や各々の戦闘パターンなど、不確定要素が多いのだ。
 
 実際、アニジャ=フーンとの会話で、奇妙なことが起こった。
 百発百中するはずの内藤の言葉が、はずれたのだ。
 アニジャの持つ【771《アンラッキー》】は、《特殊能力》や《拒絶能力》ではない、と。
 それを考えると、内藤の知らないところで『異常』が起こっているのかもしれない。
 
 だから、内藤の言葉は絶対ではない。
 内藤はそういったことを懸念していた。
 
 
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265 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:00:32 ID:j3o9BgmQO
 
 
( ^ω^)「……まあ、根本的には皆『なにもかもを嫌う』という点で共通してるお」
 
( <●><●>)「それは、過去の出来事が原因でそういった
         精神の病を患った、ということで?」
 
( ^ω^)「そうだお」
 
 
( ^ω^)「とにかく僻んでる。
      歪んでる。
      狂ってる。
      だから、彼らの持つ《拒絶能力》も
      他を寄せ付けない強力なものになってしまって……」
 
 それは、一度モララー=ラビッシュと出会ったことで既にわかっていた。
 『嘘』を『混ぜる』能力、【常識破り《フェイク・シェイク》】。
 彼の戯言をひとつ聞くだけで、『真実』が混沌たるものになってしまうのだ。
 
 
.

266 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:01:43 ID:j3o9BgmQO
 
 
 ゼウスも、あのような能力は見たことがなかった。
 だからその分余計に、『拒絶』に対する印象が強かった。
 
 
( ^ω^)「モララーが最初に拒絶したものは、『真実』。
      それも、過去のトラウマが原因でだお」
 
( <●><●>)「各人によって、拒絶したものが違うのですか?」
 
 ゼウスが少し声を大きくした。
 新事実を聞いて、少し驚いたのだ。
 
 内藤にとって、その反応は予想の範疇にあった。
 だから、ゼウスとは対照的に落ち着いていられた。
 
 
( ^ω^)「いま全部語るのはごめんだけど、拒絶するものは人それぞれ」
 
( ^ω^)「……こうしてるうちに、どこかで何かが拒絶されてるんだお」
 
 
 
 
.

267 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:04:19 ID:j3o9BgmQO
 
 
 

 
 
 同時刻、某所の裏通りで二人の男が対峙していた。
 街灯が届かない位置で、月明かりでさえそこにまで光を届けることはできない。
 そんななか、小柄な男が、自分より頭一個分は背が高い痩身の相手の胸倉を掴んでいた。
 
 ドスの利いた声を発して一歩、また一歩と相手を押していた。
 ついに壁にまでたどり着くと、再び小柄な男が声を発した。
 
 
<゚Д゚=>「手前、いいからカネ出せよ」
 
(;=゚ω゚)ノ「だ、だから持ってないんだょぅ……」
 
<゚Д゚=>「ハァ? 嘘こけよ、さっき宝石店から出てきたじゃねーか!」
 
(;=゚ω゚)ノ「そそ、そこで全部使っちゃったんだょぅ……」
 
<゚Д゚=>「じゃあその宝石を出せよ」
 
(;=゚ω゚)ノ「うグ……っ」
 
 
(;=゚ω゚)ノ「誰が渡すかょぅ!」
 
 痩身の男は、震えながらも向かいの男に吠えた。
 だが、それで相手が萎縮することはなかった。
 むしろ、火に油を注いだような結果になってしまった。
 男の胸倉を掴む手の力が強くなった。
 
 
.

268 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:06:04 ID:j3o9BgmQO
 
 
<゚Д゚=>「は? まさかおまえ、俺に逆らうの?」
 
<゚Д゚=>「【超圧力《インパルス》】っつー《特殊能力》を持つ俺に刃向かうってハラか?」
 
 
 
(    )「…」
 
 
 
(;=゚ω゚)ノ「カンベンしてくれょぅ……」
 
<゚Д゚=>「じゃあカネか何か出せ、そうすりゃ打撲だけで許してやる」
 
(;=゚ω゚)ノ「う……うわあああああああああ!!」
 
<゚Д゚=>「っ!」
 
 
 恐怖に耐えかねた男は、奇声を発して掴まれていた腕を
 振り払い、男の横をくぐって表通りの方へ逃げていった。
 一瞬の隙を衝かれたことと、逃げようなどと思われたことで
 男は自尊心が傷つけられ、ついに彼を本気にさせた。
 
 
<゚Д゚=>「【超圧力】ッ!」
 
(;= ω )ノ「ふにゃ!」
 
 
 男がそう吠えると、痩身の男は途端にコンクリートの地面に倒れ込むようにひれ伏した。
 まるで、上から見えないなにかに押しつぶされたようにも見えた。
 
 小柄な男が睨みを強くするたび、ミシミシと音がする。
 徐々に痩身の男がコンクリートの地面にめり込んで行っていた。
 
 
.

269 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:09:47 ID:j3o9BgmQO
 
 
 完全に男が地面にめり込んだところで、
 小柄な男はにやっと笑んでそちらの方へ歩んでいった。
 痩身の男は必死に地面から起きあがろうとするが、
 手足もめり込んでいるため、思うように動けない。
 
 
(;= ω )ノ「た…助け…」
 
<゚Д゚=>「なに逃げてンだ? あぁん?」
 
 小柄な男が、踵で足下の男を踏みにじりそうな程強く踏みつけた。
 男は大して力を入れていなさそうなのに対して、
 なぜか痩身の男の頭蓋骨は悲鳴をあげていた。
 
 その疑問に答えるかのように、男は言葉を発した。
 
 
<゚Д゚=>「俺はな、『圧力を操る』ことができンだよ。
     こうして軽く踏むだけで何倍もの力を出せるしよ、
     逃げようとしても気圧を動かして地面に叩きつけれンだ」
 
(;= ω )ノ「あががががガガガ!!」
 
<゚Д゚=>「泣け、喚け、泣き叫べ。それか、観念してカネを出せ!」
 
(;= ω )ノ「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
 
 
.

270 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:11:15 ID:j3o9BgmQO
 
 
 【超圧力】の男の踵に籠められる力が強くなった。
 それに比例して、痩身の男の悲鳴も大きくなった。
 頭蓋骨が、徐々に骨折へと向かっているのがわかった。
 
 だが、痩身の男は【超圧力】の男の要望に応えない。
 それどころか、このまま死をも望もうとしているように見えた。
 
 だから、男はつまらなくなった。
 険しい表情に戻り、静かにこの男を殺そうとした。
 
 
<゚Д゚=>「……チッ。今日も収穫はなしか」
 
(    )「…」
 
<゚Д゚=>「あ? 誰だ手前」
 
 フィニッシュに入ろうと、足を数十センチ上げた時だった。
 一人の若い女性が、男の視界に入った。
 橙がかった茶髪を後頭部で縛る彼女は、無表情で男に近づいていった。
 
 
(    )「…」
 
<゚Д゚=>「……見たな?」
 
<゚Д゚=>「見たからにはただじゃ済まさんぞ」
 
(    )「…」
 
<゚Д゚=>「……」
 
 
 男は数歩彼女に近寄った。
 そして【超圧力】で彼女を制そうとした。
 
 
.

271 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:12:32 ID:j3o9BgmQO
 
 
 だが、そこで彼女の顔のつくりが美しいことに気がついた。
 暗がりのなかだったため、わからなかったのだ。
 
 そうわかると、男には徐々に性欲が湧いてきた。
 いよいよ、男の顔から汚らわしい笑みが表れてきた。
 
 
<゚Д゚=>「……」
 
<゚Д゚=>「姉ちゃんよ、殺されたくなかったら
     黙って俺の言うことを聞くんだな」
 
(    )「…」
 
<゚Д゚=>「……たまんねぇな……」
 
 
 女性はまだ口を開かない。
 諦めたのかと早とちりをした男は、足下の男など忘れ、
 性欲のあまり、興奮して女性に飛びかかった。
 
 だが、数メートルの距離だったのに、
 飛びかかった直後には彼女は目の前から消えていた。
 
 おかしいと思った男の背後から、女性が掌を男の背中に突きつけた。
 同時に凄まじい圧力に見舞われ、女性が突き飛ばせるとは思えない距離を男は転がっていった。
 
 
.

272 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:14:18 ID:j3o9BgmQO
 
 
<゚Д゚=#>「痛…、手前殺されてぇか!?
      オンナだと思って甘く見てやったのによぉ!」
 
 わけもわからず背中をさすりながら、男は虚勢を張った。
 いま起こった怪奇現象を検討しようともせず、
 ただ突き飛ばされたことに怒りを抱くことしかできなかった。
 
<゚Д゚=#>「【超圧力】ッ!」
 
(    )「…っ」
 
 
 だから、手加減なしで男は【超圧力】を発動した。
 女性はわけもわからず地面にひれ伏した。
 同時に、身体全体に強い圧力がかかったのを理解した。
 
 男はその姿を見て、気が済むまで殴って蹴り、あわよくば情欲をも処理しようと思った。
 男が彼女に近づこうと、足を踏み出した時だ。
 男は信じられない光景を目の当たりにした。
 
 
 
 (    )「……大したことないですね」
 
<゚Д゚=;>「――!? 手前、なんで立ってられンだよ!
      何パスカルの圧力があンのか、わかってんのか!?」 
 
 
 女性が、なにもなかったかのように立ち上がったのだ。
 
 だが、男が全力で【超圧力】を発動すると、やがてトラックをも
 スクラップにしてしまう程の圧力を発揮するのだ。
 だから、人間がそれに抗って立ち上がれるはずもない。
 
 
.

273 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:16:51 ID:j3o9BgmQO
 
 
 男が狼狽していると、女性が先に口を開いた。
 
 
(    )「パスカル……。確かに、ゼロがいくつつくか
      わかり得ない程の圧力でしたね。
      ですが、今の圧力は〝パスカルでいうと〟一パスカルもありませんよ」
 
<゚Д゚=;>「!?」
 
 
 男が驚愕と理解不能さの余り、後ろに倒れそうになった。
 直後に、それを誰かに支えてもらった。
 
<゚Д゚=;>「…?」
 
 男がわけもわからないまま後ろを振り返ると、
 そこには先ほどまで前方にいた女性が肩を支えていた。
 
 まさかと思って前を見ると、その女性が先ほどまでいた場所にはなにもなかった。
 いつの間にか、男から怒りや情欲と云ったものは消え、
 ただ得体の知れない恐怖のみが彼を満たしていた。
 
 
.

274 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:17:56 ID:j3o9BgmQO
 
 
<゚Д゚=;>「た、助けてくれ! 悪かった、俺が調子のってたよ!」
 
(    )「はい?」
 
<゚Д゚=;>「今まで掻っ払ってきたモン全部やるから、許してくれ!」
 
(    )「…」
 
<゚Д゚=;>「………は、はは」
 
 
<゚Д゚=>「だから―――」
 
 
<゚Д゚=#>「俺に押し潰されなァァァッ!!」
 
 
 
 男は、謝るふりをしたのち、油断したであろう女性に殴りかかった。
 そして発生する圧力を【超圧力】で増幅させ、人体に穴を空けようとした。
 相手が一般人なら、それは可能なのだ。
 
 
 しかし。
 
 
 
(    )「愚かな」
 
<゚Д゚=>「!!」
 
 
 
.

275 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:18:49 ID:j3o9BgmQO
 
 
 コンクリートを発泡スチロールのように貫ける拳が
 目の前の女性にはまったく通用しなかった。
 相手が異常な程硬いのかと思ったが、拳に来る
 反動の小ささから、そうとは言えないとわかった。
 
 どちらかというならば、相手を優しく撫でたような感じだった。
 クッションを殴った感じにも似ていた。
 詰まるところ、まったく手応えが感じられなかった。
 
 
(    )「私、そういう『パスカル』だの『圧力』だの、嫌いです。だから――」
 
<゚Д゚=;>「―――ッ!」
 
 
 
 
 
(゚、゚トソン「私の手の圧力を受けて、死んでください」
 
 
 
 
.

276 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:21:09 ID:j3o9BgmQO
 
 
 女性は男の顔を両手で優しく挟んだ。
 かと思うと、直後に男の顔は女性の手によって挟み潰された。
 
 それは、豆腐を潰したかのような呆気なさだった。
 男はその掌から来る圧力を操ることもできず、そのまま絶命した。
 
 顔を文字通り失い倒れ込んだ男を、女性は見下ろした。
 そして溜息をこぼした。
 
 
 
 
(゚、゚トソン「――満たされない」
 
 
 
( 、 トソン「もっと――満たされたい」
 
 
 
 
 
.

277 ◆qQn9znm1mg:2012/07/11(水) 19:22:06 ID:j3o9BgmQO
ちょっと休憩挟みます。

278名も無きAAのようです:2012/07/11(水) 19:30:53 ID:plUGHU520
あらチー以来能力バトルもの読んでなかったんだけど、
今初めて読んだらすごい面白い事に気づいた。支援

279名も無きAAのようです:2012/07/11(水) 19:54:01 ID:PIpQMyFI0
面白いね。

280名も無きAAのようです:2012/07/12(木) 12:02:35 ID:nOs8r1N6O
おい、休憩が長過ぎるぞ

281 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:19:28 ID:wWpLrlqIO
仮眠をとったつもりが朝まで寝ちゃってました。
続き投下します。

282 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:20:28 ID:wWpLrlqIO
 
 
 

 
 
( <●><●>)「具体的な対抗策が浮かぶまでは、
         そちらの被害を食い止めるのは不可能です」
 
( ^ω^)「わかってるお」
 
 
 ゼウスの人情を無視した発言を、内藤はしかと受け止めた。
 
 その通りなのだ。
 たとえ各地で『拒絶』による撲殺計画がされていようが、
 いまの内藤たちには何もできないというのが現実だからだ。
 
 まして、アラマキが戦線離脱しているのが大きい。
 「力をもって攻めなければ殺せない」という『常識』がある限り、
 その『力』を操るアラマキはいた方が格段に戦力があがる。
 
 そんな彼がいないため、下手に出られないというのは歯痒かった。
 だが、それが『真実』である以上、抗いようはない。
 
 
.

283 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:21:57 ID:wWpLrlqIO
 
 
( ^ω^)「アラマキ……。彼は、どれくらいで治るんだお?」
 
( <●><●>)「【全ての統治者《マザー・ブレイン》】次第です」
 
( ^ω^)「ま……?」
 
 
 唐突に『能力者』と思わしき言葉を聞かされたため、内藤は戸惑った。
 それを察したゼウスは、すぐに解説を施した。
 
 
( <●><●>)「この屋敷で、メイドを操っている大元、
         と言えばおわかりいただけるでしょう」
 
( ^ω^)「(知らない名前だお……)」
 
 内藤は、その【全ての統治者】を知らなかった。
 だが、もうそんなことではあまり驚かなくなってきていた。
 
 ただでさえ『異常』が乱発している世界なのだ。
 少しくらい内藤のまったく知らないなにかが在っても、おかしくない。
 そう自分を納得させ、その話はやめた。
 
 わからないならわからないでいいのだ。
 治ってから行動すればいいのだから、と。
 
 
.

284 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:23:29 ID:wWpLrlqIO
 
 
( <●><●>)「それよりも……。私やハインリッヒにしてみれば、
         他の《拒絶能力》が如何なるものかを知りたいですね」
 
从 ゚∀从「勝手に人の名前を使いやがってよ。……いけ好かん野郎だ」
 
 ハンモックの上から、ハインリッヒがぼやいた。
 当然のように、ゼウスはそれを無視していた。
 このような仲で同盟が組まれたのが、不思議なくらいだった。
 
 
( ^ω^)「他の……」
 
 
 内藤は顎に手を当てた。
 急に言われて、他に誰がいたかなど、そう容易く思い出せるものではない。
 古い引き出しを次々開いていき、嘗て書き残しておいたメモを探していた。
 
( <●><●>)「……」
 
 その間に、ゼウスはコーヒーを半分ほどのんだ。
 別に苦味など感じない。
 
 コーヒーを、ただカフェインを得るためだけの
 飲料水としてでしかみていなかった。
 
 
.

285 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:25:53 ID:wWpLrlqIO
 
 
( ^ω^)「……」
 
 
(;^ω^)「ッ! 一人思い出したお!」
 
( <●><●>)「なんでしょう」
 
 
 腕を組み、顔を俯けていた内藤が顔をがばっとあげた。
 ゼウスはマグカップをテーブルに置き、内藤の顔を見た。
 
 非常に狼狽している表情だった。
 彼が『拒絶』の存在を懸念したときと同じようなものだった。
 その顔色から察するところ、【常識破り】のような恐ろしい《拒絶能力》だと思われた。
 そのため、ゼウスも些かばかりの覚悟を抱いた。
 
 
(;^ω^)「名前はうろ覚えだから言わないけど……。
      奴が拒むもの、それは『現実』!」
 
从 ゚∀从「……現実ぅ?」
 
 ハンモックから片足だけを垂らしているハインリッヒがそう復唱した。
 内藤は「そうだお」と肯いた。
 
 
(;^ω^)「『絵空事』を『現実』に変えてしまう《拒絶能力》……」
 
(;^ω^)「もう一口言うなら、『現実』を都合のいいようにねじ曲げる能力、だお!」
 
( <●><●>)「いまいち理解できませんね」
 
 
.

286 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:27:54 ID:wWpLrlqIO
 
 
( ^ω^)「僕ら小説家の世界では、『非現実的な展開を都合よく持ってこさせる』
      ことを『ご都合主義』なんて言うんだけど、
      それを現実の世界でやってのける奴なんだお」
 
从 ゚∀从「ご都合主義ねぇ」
 
( ^ω^)「あんたならわかるかお、ハインリッヒ」
 
 名を呼ばれたハインリッヒは、垂れさせていた足を引っ込め、上体を起こした。
 うん、とのびをして、内藤の問いにふてぶてしく答えた。
 
 
从 ゚∀从「知ってるも何も、ウチの世界じゃ、んなもんはご法度なんだよ」
 
( <●><●>)「まあ、言いたいことはおおむねわかりました」
 
( <●><●>)「……しかし、【常識破り】とどう違うのですか?」
 
(;^ω^)「どうも何も、まるっきり大違いだお……」
 
 
.

287 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:28:38 ID:wWpLrlqIO
 
 
从 ゚∀从「あんま違わねーだろ」
 
(;^ω^)「……じゃあ、今僕が思いつく限りで、
      一番わかりやすいたとえを言うと」
 
 
 
 
(;^ω^)「……【大団円《フィナーレ》】の完全強化版……なんだお」
 
 
 
 
( <●><●>)「!」
 
从;゚∀从「!」
 
 
 
.

288 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:30:38 ID:wWpLrlqIO
 
 
 昼間、ハインリッヒの妹の、ヒート=カゲキという女性とアラマキは対峙した。
 『英雄』であるハインリッヒを補佐する《特殊能力》の持ち主だ。
 
 『脚本(げんじつ)』を『脚色(かきかえ)』るそれは、
 アラマキを完膚なきまでに打ちのめせる程の効力を輝かせていた。
 原作では、ヒートの存在がハインリッヒを抗いようのない
 強力なキャラクターにお膳立てしているようなものなのだ。
 
 それの完全強化版となれば、彼らが驚かないはずがない。
 【大団円】は『英雄』、つまりハインリッヒしか強化できない。
 しかし、それの完全強化版となれば
 
 
(;^ω^)「自身を強化できるし、世界の因果を崩壊させることもできる。
      しかも、それはモララーの『混ぜる』ような『嘘』じゃない。
      全部が全部、ノンフィクションで起こるんだお」
 
从;゚∀从「『嘘』…だよな?」
 
(;^ω^)「『嘘』じゃないお。
      そいつは残酷な、そして無情な『現実』を拒んだ。
      結果、都合のいいように『現実』をねじ曲げる《拒絶能力》を手に入れたんだお……」
 
 
.

289 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:31:31 ID:wWpLrlqIO
 
 
 内藤がそれらを言った直後は、暫くは室内は静寂で満たされた。
 ハインリッヒは口をあんぐりと開いて、内藤を見つめている。
 ゼウスはにわかには信じがたいようで、腕を組み渋い顔をしていた。
 
 
 その沈黙を破ったのは、内藤の腹の音だった。
 真剣な話の合間での、その間抜けな音は、彼らの
 時計から抜かれた電池を再度はめ込むことに繋がった。
 
 ハインリッヒはぷっと噴き出し、ゼウスは元の無表情に戻った。
 腹をさすって気恥ずかしそうに、内藤が謝った。
 
 
(;^ω^)「よく考えたら、朝からなにも食べてないんだお」
 
( <●><●>)「もう夜です。ならば当然でしょう」
 
从 ゚∀从「……ケッ」
 
 
 
 
.

290 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:34:41 ID:wWpLrlqIO
 
 
 

 
 
 翌朝、内藤は八時過ぎに起床した。
 パラレルワールドに迷いこんでから初めてとった睡眠だったため、
 緊張の余り眠れないのではないかと思ったが、存外そんなことはなかった。
 むしろ気疲れが相俟って、普段以上に爆睡していた。
 
 前日、ゼウスがメイドを遣わせ用意させた食事を
 とったのちは、内藤が先に倒れるようにベッドに就いた。
 
 食事の場面では『拒絶』の話が会話の全てを占めており、
 それによる精神的な疲れが、彼を眠りへといざなったのだ。
 
 
( ^ω^)「……む…」
 
 朝、来客用寝室で上体を起こした。
 やはりこれは夢でないのだろうか、という淡い期待があったのだが、
 そんな希望は悪い目覚めと共にいとも容易く打ち砕かれてしまった。
 
 暫くぼうっとしていると、部屋の扉が開いた。
 ゼウスかと思ったが、来たのはメイドだった。
 ワゴンに朝食を載せ、やってきたのだ。
 
 
爪゚ー゚)「お早う御座います、内藤様」
 
(;^ω^)「え、あ、おはようだお……」
 
 
.

291 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:36:08 ID:wWpLrlqIO
 
 
 銀のワゴンの上には、無糖のコーヒーとサンドイッチがあった。
 勝手に食えということなのだろう、と内藤はわかった。
 顔を洗ったりしたいところなのだが、とぼやいていると、
 メイドは言伝を頼まれていたようで、内藤にそれを伝えた。
 
 
爪゚ー゚)「内藤様、ゼウス様は只今外出なされています」
 
( ^ω^)「外出?」
 
爪゚ー゚)「集会とのことでございます」
 
( ^ω^)「(そういや、そんな設定だったなあいつ……)」
 
( ^ω^)「わかったお。あとハインリッヒはどこだお?」
 
爪゚ー゚)「シャワールームでございます」
 
( ^ω^)「(居てくれてよかった……)
      ありがとうだお。じゃあもういいお」
 
爪゚ー゚)「畏まりました」
 
 
 そう言い残して、メイドは部屋を去った。
 少しして、内藤はマグカップを手に取り、コーヒーを胃に流し込んだ。
 やはり苦かったが、寝起きの怠さを覚ますにはちょうどよかった。
 
 これが『現実』なのだと甘受して、内藤はサンドイッチをひとつ、口に放り込んだ。
 やはり内藤の知っているそれとは違い、非常に美味なるものだった。
 
 
.

292 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:37:15 ID:wWpLrlqIO
 
 
( ^ω^)「(信じられないけど……もう、覚悟を決めるしかないお)」
 
 内藤のいう「覚悟」は、これから起こり続けるであろう
 『異常』を全て『現実』だと認め受け入れる「覚悟」だった。
 
 何度も自問してきたものだが、こうして就寝してもなお元の世界に
 帰ってこれない以上は、自分はこうなる運命だったのだ、と。
 それは、覚悟を決めたと同時に、諦めがついた瞬間だった。
 
 
( ^ω^)「暫くはここでお世話になるだろうし……屋敷を探検するかお」
 
从 ゚∀从「やめときな。罠という罠があちこちにあんだ」
 
( ;゚ω゚)「あにゃあああああああああああああっ!!」
 
 内藤が独り言をこぼすと、
 その真後ろに立っていたハインリッヒがそう言った。
 
 気配すらをも感じさせなかったので、
 内藤は慌てて布団を蹴飛ばして床に転がった。
 
 
.

293 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:38:15 ID:wWpLrlqIO
 
 
 この部屋には一人しかいないものだと思っていた上に、
 ハインリッヒはシャワーを浴びていると聞いていたため、
 内藤がここまで露骨に驚くのも無理はなかった。
 
 呆れた様子で、ハインリッヒは枕元から内藤の隣へと飛び移り、
 内藤を見下したまま、言葉を続けた。
 
 
从 ゚∀从「この屋敷は毎日造りが変わってる。
      メイドに案内されない限り、私たちは外にすら出られないぞ」
 
( ;゚ω゚)「(毎日変わる……?)
      そそ、そうかお……」
 
 鼓動が鳴り止まぬ胸を何とか宥め、内藤は立ち上がった。
 不審な点は抱いたものの、いまはそれを検討する余裕すらなかった。
 
 落ち着けたので、内藤はコーヒーを飲み干した。
 コト、とワゴンの上に載せると、待っていたかのように
 ハインリッヒが手をたたき、よし、と言った。
 
 
.

294 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:39:14 ID:wWpLrlqIO
 
 
从 ゚∀从「表に出よう。ゼウスん家にいると思うと、胸クソ悪ぃんだ」
 
( ^ω^)「おー」
 
 
 
 
(;^ω^)「――なーに言ってんだお!
      アラマキも全快じゃないのに、『拒絶』に
      見つかるかもしれないってのは自殺行為だお!」
 
从 ゚∀从「もし『拒絶』の力がホンモノなら、こんなドールハウスにいたって一緒さ。
      私は朝の散歩は欠かさないんだ。……行かねってなら、置いてくぞ」
 
(;^ω^)「あお……ま、待ってお!」
 
 
.

295 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:40:18 ID:wWpLrlqIO
 
 
 内藤の制止むなしく、ハインリッヒはメイドを呼んで自分たちを案内させた。
 諦めきれない内藤はなんとかハインリッヒを説得しようとするが、
 なぜか、不自然なまでに断られてしまっていた。
 
 
从 ゚∀从
 
(;^ω^)「(おかしいお! 僕の説得がまるで通じないなんて……)」
 
 
(;^ω^)「くどいようだけど、外は――」
 
从 ゚∀从「やだ」
 
 ハインリッヒは、やはりかぶりを振った。
 内藤の言葉をろくに聞かず。
 
 内藤は、いよいよ怪しく思ってきた。
 ハインリッヒの様子が変なのだ。
 〝何者かに操られた〟かのように、外へと向かっている。
 
 内藤は、ひとつの仮説が浮かんだ。
 浮かんだというより、〝思い出した〟。
 
 
 
(;^ω^)「(……待てよ……、これってどこかで……)」 
 
 
 
 それは、原作が創られる前、ちょうど『拒絶』の存在を練っていた時だった。
 各人の魅せ方、演出と云ったものを考えていた当時のことを、内藤は思いだしていた。
 
 
.

296 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:42:11 ID:wWpLrlqIO
 
 
 内藤がふと思い出したもの、それは『拒絶』と主人公との出会い、だ。
 主人公はある日、決して足を向けない近くの森に、なぜか無性に行きたくなった。
 それに理屈や根拠なんてものはなく、本当に〝なぜかそうなっただけ〟だった。
 
 主人公は「なんであそこに出向こうとしているのだ」という疑問と
 「はやく森に着きたい」という願望が共存していた。
 
 ここを読んだ人は、なぜ主人公がそこで森に出向こうと
 したのかわからなくなるだろう、とある程度の予想をしていた。
 
 答えは、簡単。
 主人公は誘われた。
 
 
 ――否、〝そういう物語にさせられた〟。
 
 
 
( ;゚ω゚)「――――ッ!!」
 
 
 もしそうだとすれば――?
 
 内藤がそう思うと、咄嗟にハインリッヒの手を掴み、強引に動きを止めようとした。
 だが、そのときは既に門の目の前だ。
 モノクロの空間で、メイドとハインリッヒと内藤がいる。
 ここにきて、内藤がハインリッヒを止められるはずもなかった。
 
 
(;^ω^)「待て、ハインリッヒ! 門の向こうにいるのは――」
 
 
.

297 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:43:02 ID:wWpLrlqIO
 
 
 
 不自然に進む『現実』。
 
 
 ハインリッヒは、門に手をかけ、一気に押し開いた。
 メイドは相変わらずの表情で隣にいる。
 
 内藤は思わず目をつむった。
 だが、『現実』が変わるはずもなかった。
 
 
 
 門の向こうには、人が立っていた。
 
 タキシード姿の紳士のような男が、
 律儀に立っては溢れんばかりの笑みをこぼしていた。
 
 
 ここにきて、ハインリッヒは正気に戻った。
 自分はなにをしていたのか、一瞬思い出せなくなった。
 
 しかし、目の前の人物から発せられるオーラを
 感じ取ることで、なんとなくではあるが察することはできた。
 
 
 
(; ω )「……遅かっ…た……」
 
 
从;゚∀从「………誰だ、あんた」
 
 
 
 
.

298 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:44:56 ID:wWpLrlqIO
 
 
 
(    )「誰、と問われましても、ねぇ」
 
(    )「そうだ、『実は僕はあなたの親だった』なんて
     『現実(ストーリー)』はどうでしょう?」
 
(    )「伏線? そんなのいりませんよ。
     〝そういう『現実』だった〟のだから」
 
 
 
(;^ω^)「(この、目の前の『現実』を拒みたくなるような不快感――間違いない!)」
 
 
 
(    )「にしても、やはりさすがだねえ、この《拒絶能力》は」
 
(    )「自分の好きな『現実』を創り出せる」
 
(    )「『ゼウスが外出している隙にハインリッヒのみを
     相手に強襲する』という『現実』の通りだ!」
 
 
(    )「―――まあ」
 
 
 
.

299 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:46:20 ID:wWpLrlqIO
 
 
 
(´・ω・`)「そんな【ご都合主義《エソラゴト》】、実際にあるはずねーけどよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

300 ◆qQn9znm1mg:2012/07/12(木) 15:51:26 ID:wWpLrlqIO
以上で第二部、第五話「vs【ご都合主義】Ⅰ」はおしまいです。
よく考えると、部は変わったのに話のナンバーが継続されているのはおかしいですね。
まあ、そういうものなんだ、程度に流していただければ。
ちなみに、次回から再び戦闘シーンだらけのgdgd小説に戻ります。

とりあえず、今回も読んでいただきありがとうございました!

301名も無きAAのようです:2012/07/13(金) 00:40:56 ID:9ThbDTjw0
うおー、超チートショボン登場か。
待ってたよ、続き楽しみにしてる。

302 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:38:56 ID:rE/AEuF2O
 
 
○登場人物と能力の説明
 
( ^ω^)
→この世界の『作者』。
 
/ ,' 3【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】
→あらゆる力及び力の法則を『解除』する《特殊能力》。
 
从 ゚∀从【劇の幕開け《イッツ・ショータイム》】
→自身が『英雄』となる『劇』を発動する《特殊能力》。
 
( <●><●>)【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】
→相手の手負いを『連鎖』させる《特殊能力》。
 
(´・ω・`)【ご都合主義《エソラゴト》】
→『絵空事』を『現実』に変える、もしくは『現実』を都合よくねじ曲げる《拒絶能力》。
 
( ・∀・)【常識破り《フェイク・シェイク》】
→自然のうちに『嘘』を混ぜる《拒絶能力》。
 
.

303 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:39:36 ID:rE/AEuF2O
 
 
○前回までのアクション
 
( ^ω^)
从 ゚∀从
(´・ω・`)
→戦闘中
 
( <●><●>)
→???
 
/ ,' 3
→療養中
 
( ・∀・)
( ´_ゝ`)
→消息不明
 
.

304 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:41:59 ID:rE/AEuF2O
 
 
 
 
  第六話「vs【ご都合主義】Ⅱ」
 
 
 
 
 ハインリッヒと内藤が『絵空事』を語る男と出会うよりも、時は少し前に遡る。
 ゼウスは、【ご都合主義《エソラゴト》】のせいでなぜか外出するはめになっていた。
 あるはずのなかった裏社会における集会が設けられていたのも、その所為だ。
 
 スーパーコンピューター四台にも勝る知能でさえ、
 意識だけでは【ご都合主義】に刃向かうことはできなかった。
 つまり、それほど強力な《拒絶能力》なのだ、と理解できていた。
 
( <●><●>)「……」
 
 
 ならば自分にできることはなにか。
 それは、いち早く戻ってハインリッヒに加勢することだ。
 
 いくら敵同士だとしても、今は休戦中だ。
 まして、彼女が戦線から退けば、戦力は大幅ダウンとなる。
 ただでさえアラマキが抜けていることで下がっているのに、
 更に戦力が下がれば、『拒絶』を受け入れてしまう『現実』が実現してしまう。
 
 
.

305 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:43:24 ID:rE/AEuF2O
 
 
 
 そこまでわかっていて、なぜ足を踏み出せないでいるのか。
 答えは、至極単純だった。
 
 
 
(    )「なんて言うかさ〜、ショボン君ってなんだかんだでイイ人だよね〜。
     ボクと同じ『拒絶』だってのにさ〜」
 
( <●><●>)「……なにが言いたい」
 
 
 煉瓦敷きの裏通り、朝なのに暗いその空間で、
 ゼウスの行く手を遮るかのように、少女が立っていた。
 
 紫色のショートヘアーで、白いシャツの上に紫のカーディガンを羽織っている。
 ふわふわしている声で、放たれる言葉はどれも信憑性に欠けているように聞こえる。
 「はい」と肯定した直後に「やっぱりいいえ」と否定してきそうな雰囲気だった。
 
 そして、それは形容ではない。
 実際、そのように性格がころころ変わっているのだ。
 
 
.

306 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:45:09 ID:rE/AEuF2O
 
 
(    )「『僕は女を討つから、男の方は君に譲るよ』だって〜。
     両方とも殺ればスカッとするだろうにね〜」
 
( <●><●>)「……」
 
(    )「まあ、ボクも満たされたいしよぉ。
     『拒絶』を受け入れてくれれば、それで大大大満足なの」
 
( <●><●>)「断ろう。あいにく急いでいるのでね」
 
(    )「そうなんだ〜。私は逆に急いでないのよ〜」
 
 
 一人称でさえ統一できていない。
 出会った時は「急いでいる」って言っていたのに、
 今では真逆のことを言っている。
 
 言っていることが常にめちゃくちゃで、
 「これ」といった確固たる意思などない。
 
 そんな彼女を、ゼウスは警戒していた。
 彼女に張り付いた笑顔が、不気味さを増していた。
 
 易々とそこを通してくれるとは思えなかったので、
 ゼウスは強行突破を試みるしかなかった。
 だが、相手は自称『拒絶』で、醸し出すオーラも『拒絶』そのものだ。
 
 肌に触れるだけでピリピリと感じるオーラが、苦しかった。
 しかし退くわけにはいかないのもわかっていた。
 だから、ゼウスは行動を迫られていたのだ。
 
 
.

307 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:46:07 ID:rE/AEuF2O
 
 
(    )「でもやっぱり殺しは怖いの〜!」
 
( <●><●>)「……では退いていただこう」
 
(    )「やっぱそれもヤだ〜」
 
( <●><●>)「ならば、無理やり開けてもらうまでだ」
 
(    )「きみごときにボクが負けるんだ〜! きゃ〜怖いの〜」
 
( <●><●>)「……」
 
 
 相手の言動やイントネーションから相手の胸中を
 読もうと思ったゼウスだが、結果、それは不可能だった。
 行動パターンが統一されていないため、どうしようもできないのだ。
 
 いざ強行突破しようと構えをとるが、隙を見いだせない。
 否、隙だらけだからこそ、却って攻撃ができなかった。
 加え、相手が如何なる形でなにを『拒絶』するのかが
 わからないため、迂闊に前に出ることができなかった。
 
 
.

308 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:47:29 ID:rE/AEuF2O
 
 
( <●><●>)「……」
 
(    )「あれれ〜? 強行突破しないの〜?」
 
( <●><●>)「……」
 
(    )「うっへ超怖ェ〜! じゃあオレから行こうかな〜?」
 
(    )「でもやっぱ怖いの〜!」
 
( <●><●>)「(多重人格者か……?)」
 
 ゼウスは、ひっそりとそう口には出さずに言った。
 だが、心の中で呟いたはずだったのに、その言葉に少女は反応した。
 反応できるはずのない心の声に、反応したのだ。
 
 
(    )「多重人格者なんてそんな中学生じゃあるめぇし」
 
( <●><●>)「!」
 
(    )「『他人に聞かれない』独り言が
     『他人に聞かれる』ように『反転』しちゃったんだよぅ!
     心の声を聞いてごめん謝るから許して、なんちゃって」
 
 
.

309 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:49:03 ID:rE/AEuF2O
 
 
 とっさにゼウスは身構えた。
 同時に、既存のそれではない、彼独特の構えを見せた。
 
 指を地に向け、掌を前に突き出した右腕、
 肘を曲げ空と平行になるように手先を前方に伸ばした左腕。
 バランスを恒久的にとれるような足の配置。
 
 不意打ちに特化した構えであると同時に、
 相手に威圧感を持たせる構えでもある。
 
 しかし、その効き目は思いのほかなかった。
 
 
(    )「っひゅ〜! すっご〜い!
     写メとっていい? ねえねえ〜」
 
( <●><●>)「……」
 
 
 じりじりと、同じ姿勢のまま視線だけを送る。
 その睨みで怯んでくれれば助かったのだが、そんなはずもなかった。
 少女はむしろその眼を見て楽しんでいた。
 
 (    )「にらめっこ〜? いいね〜童心を思い出さないよ〜」
 
(    )「あ、思い出すんだ〜間違えちゃった!」
 
( <●><●>)「……御託はそれまでだ」
 
 
 恐れを通り越し、少し呆れたゼウスはそう言った。
 すると、それを聞いた少女は態度が豹変(かわ)った。
 
 
.

310 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:49:48 ID:rE/AEuF2O
 
 
 
 
(    )「――は? それこそまんま『反転』させてやるよ」
 
 
 
 
从   从「ボクが、いつ能書きを並べた?」
 
 
 
 
从 ー 从「ボクが、いつ構えに屈し恐怖を抱いた?」
 
 
 
 
 
从'ー'从「むしろ、それ――君だよね?」
 
 
 
 
 
.

311 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:51:08 ID:rE/AEuF2O
 
 
 

 
 
从;゚∀从「…【ご都合主義】……ッ!」
 
 その言葉を聞いて、ハインリッヒは咄嗟に身構えた。
 姿勢を低くし、獣のように脚を曲げて両手を地につけて。
 
 目の前の男からは、モララー=ラビッシュが見せていたような、
 ただどうしようもない拒絶感が発せられていた。
 道端で会っても、決して目をあわさず、そのまま
 他人を装ってすれ違いたく思ってしまうような、不快感。
 
 だが、ハインリッヒが身構えたのは
 その『拒絶』を肌で感じたからではなかった。
 
 【ご都合主義】という単語を聞いて、つい昨夜
 内藤から聞いたばかりである情報を思い出したのだ。
 
 『脚本』を『脚色』る【大団円】の完全強化版だ、と。
 
 【大団円】の強力さは、他の誰よりも自分がよく知っている。
 それの上位互換と聞いていたため、ハインリッヒは戦くほかなかった。
 
 
.

312>>311訂正 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:52:00 ID:rE/AEuF2O
 
 
 

 
 
从;゚∀从「…【ご都合主義】……ッ!」
 
 その言葉を聞いて、ハインリッヒは咄嗟に身構えた。
 姿勢を低くし、獣のように脚を曲げて両手を地につけて。
 
 目の前の男からは、モララー=ラビッシュが見せていたような、
 ただどうしようもない拒絶感が発せられていた。
 道端で会っても、決して目をあわさず、そのまま
 他人を装ってすれ違いたく思ってしまうような、不快感。
 
 だが、ハインリッヒが身構えたのは
 その『拒絶』を肌で感じたからではなかった。
 
 【ご都合主義】という単語を聞いて、つい昨夜
 内藤から聞いたばかりである情報を思い出したのだ。
 
 『脚本』を『脚色』る【大団円《フィナーレ》】の完全強化版だ、と。
 
 【大団円】の強力さは、他の誰よりも自分がよく知っている。
 それの上位互換と聞いていたため、ハインリッヒは戦くほかなかった。
 
 
.

313 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:53:52 ID:rE/AEuF2O
 
 
(´・ω・`)「紳士は紳士らしく自己紹介をしておこう」
 
(´・ω・`)「僕の名前は――」
 
 
 男は身なりを整え、頭を少し下げた。
 不気味に見える笑みは、未だ変わらない。
 
 だが、男の自己紹介は、内藤の言葉で遮られた。
 
 
(;^ω^)「―――ショボン=ルートリッヒ」
 
(´・ω・`)「!」
 
 
(;^ω^)「『現実』を都合よくねじ曲げる《拒絶能力》、
      【ご都合主義】……を使うんだお…ッ!」
 
(´・ω・`)「そこまで……。これは驚いた」
 
 
 どす黒いオーラのせいで震える声を
 なんとか押さえて発した言葉が、それだった。
 
 タキシード姿のショボンは、純粋に感嘆の声を漏らした。
 能力の効果はまだしも、名前まで
 ぴたりと言い当てられるとは思いもしなかったからだ。
 
 
.

314 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:55:20 ID:rE/AEuF2O
 
 
 しかし、そこまで動揺を見せなかったし、感じもしなかった。
 相手が自分のことを知っているなら、むしろ好都合だ。
 なにかと説明する手間が省けるじゃないか、と。
 
 ショボンは、そんな呑気なことを考えていた。
 
 
(´・ω・`)「……」
 
(;^ω^)「なぜ、ここに来たんだお……!」
 
(´・ω・`)「なんでって?
.      うーむ、どうしましょうかねぇ」
 
 
 ショボンは少し悩んだ。
 なにを悩む必要があるのか、と内藤が思った時だ。
 ショボンは「あ」と言って、手を叩いた。
 
 
(´・ω・`)「そうだ、『僕のちいさな頃に、この近くにタイムカプセルを埋めた』んですよ。
.      なっつかしいなぁ!」
 
(;^ω^)「!」
 
从 ゚∀从「なにをふざけたことを……」
 
 飄々とした態度を見せるショボンに、ハインリッヒが怒りを覚え始めた。
 強襲するなら早くしろ、御託は並べるな。
 そんな、強気なことを考えていた。
 
 
.

315 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:56:38 ID:rE/AEuF2O
 
 
 だが、ショボンには彼女の気持ちに応える様子はなかった。
 おっとりとした口調で、内藤に視線を向け、
 彼の隣のちいさな木を指さして、言った。
 
 
(´・ω・`)「あなた。『その木の裏にはすんごいシャベルがあって』
.      『そのシャベルは力を入れなくても簡単に土を掘れる』から、
.      ちょっとそこら辺りを掘ってみてくださいよ」
 
(;^ω^)「……お?」
 
(´・ω・`)「ほらほら、早く」
 
(;^ω^)「………」
 
 
 内藤はわけがわからないまま、
 ショボンに言われた通り指さされた木の裏に回った。
 
 すると、ショボンの言ったとおり、そこには銀色のシャベルがあった。
 驚きを感じつつも、黙ってシャベルを手にとって、
 内藤は早速それを土に向けてさした。
 
 すると、これもショボンの言ったとおりだった。
 内藤はシャベルにほとんど力を入れてないのに、
 どういうことか土をみるみるうちに掘り進められたのだ。
 
 それを見ていたハインリッヒの頬を、一筋の汗が通っていった。
 
 
.

316 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:57:54 ID:rE/AEuF2O
 
 
(;^ω^)「……お?」
 
 
 数分間掘り進めていくと、なにか硬いものにシャベルの先が当たった気がした。
 嫌な予感がしつつも、近くの土を払いのけて、その硬いなにかを拾い上げた。
 
 
(;^ω^)「ッ!」
 
 それは、群青色の帯びた木材でできた、宝箱のようなものだった。
 視認するや否や、内藤はすぐさま鍵穴の部分についた土を手で払って、
 なにかに憑かれたかのように蓋を乱暴に開けようとした。
 その時、ショボンは閉ざしていた口を開いた。
 
 
(´・ω・`)「『確か、入れてたはずなんですよね――」
 
 
 
 
 
.

317 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 19:58:50 ID:rE/AEuF2O
 
 
 
 
 
(´・ω・`)「―――当時飼っていた、ペットの猫を』」
 
 
( ;゚ω゚)「ッ!!」
 
 
 開いた宝箱のなかには、腐って骨を見せている、
 ちいさな獣のようなものが横たわっていた。
 
 
 
 まさかと思って内藤がその獣をよく見てみると、
 首輪らしきものがついてあることに気づいた。
 それを手にとって見てみると、なにやら文字が彫られていた。
 
 
( ;゚ω゚)「(『しょぼん』―――書いてるお!!
      間違いない、これは『現実』なんだお!)」
 
 
 
.

318 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:00:11 ID:rE/AEuF2O
 
 
 当然、内藤は「そんなはずがない」「ただの戯言だ」と思っていた。
 だが、この男、ショボン=ルートリッヒに限っては、それは紛れもない『現実』となるのだ。
 首輪をまじまじと見ながら、内藤はそう思い出していた。
 
 とても、本当にタイムカプセルを埋めていたとは思えない。
 まして、なかに猫を入れるなんて正気の沙汰ではない。
 ならば、これは何なのか。
 
 ショボンが都合よくねじ曲げた、『現実』に他ならない。
 
 自分の力を見せつけようと、敢えて『現実』をそういう風にねじ曲げたのだ。
 つまり、ショボンの能力は紛れもない本物。
 内藤もハインリッヒもそれがわかって、恐怖――拒絶――を感じた。
 
 
从;゚∀从「―――ヘッ! どうせトリックがあんだろ!」
 
(´・ω・`)「ないですよ、〝そういう『現実』だった〟のだから」
 
从;゚∀从「……なら、瞬間移動とか、相手を骨に変える手品はできねぇんだよな?
      物理的にってか、常識的に考えてよ」
 
(´・ω・`)「んん……? 瞬間移動? 骨に変える?」
 
 
.

319 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:01:38 ID:rE/AEuF2O
 
 
 ハインリッヒは、せめて威勢を弱めないようにと、敢えてそう挑発した。
 ここで弱気な姿を見せれば、それはショボンの思うがままだ。
 相手の要望――『拒絶』を受け入れる――に応えないことが第一だ、と思っていた。
 
 しかし、ショボンは困った顔を見せなかった。
 我に返った内藤もショボンの方を見た。
 まるで、突きつけられた『現実』から目をそらそうとしているような顔だった。
 
 ハインリッヒが「うまくいったか?」と思った頃だ。
 ショボンは手を叩いて、にんまりと笑った。
 
 
(´・ω・`)「そうだ、こうしよう!」
 
(;^ω^)「?」
 
从 ゚∀从「……見せてもらお――」
 
 
 ショボンが歩み寄ってきたので、
 ハインリッヒは「来た」と思って蹴りかかろうとした。
 しかし、その意気が消え失せたのは、次の瞬間だった。
 
 
 ショボンが目の前から〝消えた〟のだ。
 音も立てず、一瞬のうちに。
 
 
.

320 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:04:58 ID:rE/AEuF2O
 
 
 現状を把握しきれぬうちに、背後から音が鳴った。
 開きっぱなしだった門の方からだった。
 
 二人はばっと後ろを振り向いた。
 すると、そこにショボンが立っていた。
 
 
 
 そして、その隣には〝骨があった〟。
 
 
 
(´・ω・`)「『人間を一瞬で骨にする薬を持ってたの、忘れてたよ!』」
 
(´・ω・`)「『実は僕、瞬間移動できるしね』。
.      試しに使ってみた結果が、これだ」
 
 
(;^ω^)「…………! さっきのメイドが……」
 
从;゚∀从「服だけ残して……白骨化してるのか…?」
 
 
 ハインリッヒたちを外に案内したメイドの立っていた位置に、
 メイドではない何かが落っこちていた。
 
 白く、棒きれのようにも見えるそれが骨だとわかるのに、
 そう時間はかからなかった。
 
 そして、その骨を包んでいる黒い布が
 メイド服であることに気づくのも、それからすぐのことだった。
 
 
 これも、全てが【ご都合主義】によるものだったことは、内藤もすぐにわかった。
 まずショボンは『自分はメイドの隣にいた』という『絵空事』を『現実』にし、
 続けて『メイドは白骨だった』という『絵空事』を『現実』にした、と。
 
.

321 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:06:10 ID:rE/AEuF2O
 
 
(´・ω・`)「おっと、勘違いしないでおくれ。
.      これは《拒絶能力》じゃない、そういう『現実』だっただけなんだ」
 
(´・ω・`)「僕は、現実に目を向けるのが嫌なだけなんだよ。
.      そうだな、この眩しい朝の日射しよりも嫌いだ」
 
(´・ω・`)「『だから雨が降ってくるんだ』」
 
 ショボンは続けて、空を見上げた。
 直後、ハインリッヒが明らかに狼狽した。
 
 
从;゚∀从「ッ!! 待て、おいデブ!」
 
(;^ω^)「(はじめて呼ばれたと思ったらこれだよ!)
      なんだおっ!」
 
从;゚∀从「確か今日、降水確率ゼロパーセントだったよな?」
 
(;^ω^)「……少なくとも、雨が降りそうな空模様じゃなかったお」
 
 
 
.

322 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:07:33 ID:rE/AEuF2O
 
 
 
(;^ω^)「〝さっきまでは〟……だけど……」
 
 
 
 ショボンの言葉と同時に、
 上空で暗い雲が集まってきたと覚えば、
 いよいよ、本格的に雨が降りはじめてきた。
 
 先ほどまでそこら一帯を照らしていた天候が一転、
 気がつけば、普通の声では相手に届かなくなるような豪雨がそこらに襲いかかっていた。
 
 服が濡れ、肌も風呂上がりではないかと思わせる程びしょびしょになった。
 徐々に辺りに水たまりができあがっていく。
 とても、この雨がトリックにより引き起こされたものだとは思えなかった。
 どう考えても、自然界の引き起こした自然的なものとしか。
 
 
(´・ω・`)「雨は好きだ」
 
(´・ω・`)「でも、これじゃ少し闘りにくいや」
 
(;^ω^)「……?」
 
 
(´・ω・`)「『いくら通り雨といってもねぇ、降りすぎだよ』」
 
( ^ω^)「…!」
 
 
 ショボンのその言葉は、かろうじて聞き取れた。
 そして、同時に黒い雲はどこかへ飛んでいき、
 再び暖かな日射しが内藤たちを包み込むようになった。
 
 ショボンは、『現実』を『いまの豪雨は実は通り雨である』とねじ曲げた。
 そのため、都合よくも雨が止んだのだ。
 
 
.

323 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:08:45 ID:rE/AEuF2O
 
 
 続けて、ショボンはまた『現実』をねじ曲げた。
 
 
(´・ω・`)「あれ? よく見たら
.      『僕ら全員、乾きのいい素材の服着てるんだ』ね。奇遇だな。
.      『お天気もいいし、すぐ乾くといいね!』」
 
(;^ω^)「あ、あれ?
      (濡れてたのがだんだん乾いてくるお…?)」
 
 
 雨で滴り濡れている『現実』を拒み、
 ショボンは三人の濡れた肌や服を雨が降る前と同じように乾かしてしまった。
 
 いよいよ、ハインリッヒは恐れしか抱かなくなっていた。
 
 
 
(´・ω・`)「……まあ、面白手品はここまでだ。
.      さあ、ハインリッヒよ。
.      どうか、この僕を満たしてくれ!
.      『拒絶』を受け入れてくれ!」
 
从;゚∀从「………」
 
 
 
.

324 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:10:06 ID:rE/AEuF2O
 
 
(´・ω・`)「(さて、『まずは地割れでも起こそう』かな)」
 
 
 ショボンが歩み寄ろうとした直後、
 ハインリッヒは足下の違和感を覚えた。
 更に言えば、彼女は大地のプレートが
 不自然に動いているのを、感覚的に察した。
 
 まさかと思ったハインリッヒは、本能的に跳躍した。
 それが功を奏した。
 
 ハインリッヒが一秒前までいた場所で、
 小規模ながらも地割れが起こったのだ。
 
 
(´・ω・`)「……ほう」
 
从;゚∀从「なんだってんだ――急に地割れとか!」
 
(´・ω・`)「気をつけてね。
.      『流れ弾が飛んでくるから』」
 
从;゚∀从「おわっ!」
 
 
 ショボンがハインリッヒにそう声をかけた直後、
 ライフルの弾丸がハインリッヒのこめかみにめがけて直進していた。
 
 
.

325 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:12:21 ID:rE/AEuF2O
 
 
 むろん、これもショボンの《拒絶能力》だ。
 『近所でハンティングを楽しんでいた猟師が撃ち損ねた弾が
 偶然やってきた』などという『現実』を創りだしたのだろう。
 
 だが、発砲音とその所在地、銃の種類まで一瞬で聞き分けたハインリッヒが
 その弾をかわすのは存外容易だったようで、頭を少し下げるだけで
 やってきたその弾丸をきれいにかわすことができた。
 
 
(´・ω・`)「(『着地点に底なしの落とし穴でもつくってみるか』)」
 
 ショボンが更なる『現実』を生み出していた頃、
 ハインリッヒはただただ困惑していた。
 
 得体の知れない相手に、はたして戦いを
 挑んでいいのかわからず、不安だったのだ。
 
 
从;゚∀从「(なんか知らんがとにかくやべぇ……!
      正直不安だけど、闘るっきゃないのか!)」
 
 
(;^ω^)「ハインリッヒ! たぶんショボンは地面に何かを細工した!」
 
(´・ω・`)「!」
 
 
.

326 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:13:20 ID:rE/AEuF2O
 
 
 しかし。
 内藤の一言を聞いて、戦うしか道がないと察した
 ハインリッヒは、ようやく覚悟を決めることができた。
 
 
从; ∀从「〜〜〜ッ! あーチクショウ、やってやるよ!」
 
 
 
 
从 ゚∀从「『イッツ・ショータイムッ!!』」
 
 
 
 そして、このどうしようもない
 『現実』に立ち向かうべく、
 我らが『英雄』が、降臨した。
 
 
 
.

327 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 20:19:02 ID:rE/AEuF2O
早いけど休憩挟みます
何日になるかはわかりません

328名も無きAAのようです:2012/07/20(金) 20:21:23 ID:v6IXMcFQ0


329 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:38:42 ID:rE/AEuF2O
 
 
 

 
 
 
 煉瓦敷きの裏通りは、基本的に一般人が通ることはない。
 理由は主に二つあり、一つはここが裏通りだからだ。
 裏社会の人間、特に権力を持つ者が頻繁に通る道であり、
 一般人が迷いこもうものなら、その者の明日はない。
 
 当然、裏社会のボスのゼウスもよく通る道である。
 毎日日の目をみない日常で送っているため、暗闇でも目は慣れている。
 煉瓦敷きに雨が降り注いであっても、決して彼が転倒するようなことはない。
 
 理由の二つ目だが、一般人はそもそもこの通路の存在がわからないのだ。
 各裏社会の要人の自宅からのみ入ることの許される特別な通路であり、
 そこ以外からこの通路に来ようと思うなら、川底のトンネルを潜って
 息を止めて五分は泳がなければたどり着くことはできない。
 
 まして酸素ボンベなどで金属品を持ち込めば、それをセンサーが察知し、
 その者は明日から職業が奴隷か家畜の餌となることだろう。
 
 上空から降りて屋根をかいくぐれば通路にたどり着くこともできるが、
 まずここら一帯の屋根の上に立つことは不可能なのだ。
 その前に、必ず射殺されてしまうだろう。
 
 
.

330 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:41:05 ID:rE/AEuF2O
 
 
 詰まるところ、一般人以外の者しかここを通れないのだ。
 「一般的でない人間」という意味では、
 彼女にもここを通る資格があるのかもしれない。
 
 しかし、あまりにも不釣り合いだ。
 紫の髪が、このように雨で滴り濡れそぼっている方が似合っている。
 
 
从'ー'从「雨、止んじゃったね〜」
 
 天気予報では雨は降らないとされていた今日になぜか降った豪雨、
 それを少女は「そういう『現実』だったのか」と甘受した。
 
 というのは建て前で、実際はなにが起こったのか、すぐに理解できていた。
 同じ『拒絶』の一人であるショボン=ルートリッヒ、彼の仕業だろう、と。
 
 だからといって彼女のすることに何か変化が起こるのか
 と問われれば、『現実』はそうではなかった。
 
 彼女は雨が降ろうが地割れが起ころうが、
 自分のすることを手のひらを返すように変えることはない。
 
 ただ、満たされたい。
 受け入れられたい。
 それだけなのだ。
 
 
.

331 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:42:23 ID:rE/AEuF2O
 
 
 
从'ー'从「でも……呆気ない、呆気ないなぁ、きみィ!」
 
 
 足下で、屍の如く倒れている男を蹴飛ばす。
 所々から出血が確認され、着ていたスーツはぼろぼろになっていた。
 男は力なく呻くだけで、立ち上がれそうにもなかった。
 
 それを見ておもしろくなかったのか、少女はもう一度男を蹴った。
 とばされた男が地にぶつかってバウンドする際、
 飛ぶはずであろう方向と反対方向に向かって躯が跳ねた。
 
 そして、男は力を振り絞って立ち上がろうとする。
 少女はそれを見て、にやりとした。
 
 まだ動けるではないか、と。
 心の底から、そのことをうれしく思った。
 
 
从'ー'从「ひゃっは〜! 水たまりがあちこちにあるよ〜!」
 
 そう言って、彼女は近くの水たまりを踏んだ。
 水しぶきが、パシャっと跳ねた。
 その飛沫の色は赤色だった。
 
 
.

332 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:43:34 ID:rE/AEuF2O
 
 
 と少女がふざけてみたのはいいが、
 向かいにいる男はそれを見てはいなかった。
 
 相手にされない寂しさを少女は感じた。
 だから、途端にムスッとして、今にも泣き出しそうになった。
 
 
从;ー;从「こっち見てよ〜!」
 
从'ー'从「あ、でもいいや」
 
从;ー;从「ヤダヤダ、やっぱこっち見てよ〜」
 
从'ー'从「どうでもいいけどねっ!」
 
 
 狂ったように一人で芝居をしていると構ってくれると思ったのだが、
 男はその予想に反し、ついに動かなくなってしまった。
 動くのか動かないのかはっきりさせてほしい、と少女は思った。
 
 ものは試しに、と思って少女は近寄ってみた。
 男は、うつ伏せに倒れたまま、びくともしない。
 
 距離が一メートルになった辺りで、少女は屈み込んでみた。
 絶命したなら、その顔を見てみたかったのだ。
 
 
.

333 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:46:01 ID:rE/AEuF2O
 
 
 そう思い手を伸ばした。
 その瞬間、男は動いた。
 
 
从'ー'从「わわっ!」
 
 左手が急に伸び、少女の喉笛に向かって手刀が繰り出された。
 その瞬間、少女は驚異的な反射神経で真上に飛び上がった。
 直後に男が逆立ちする勢いで少女を蹴り上げようとした。
 完全な不意打ちで、その男がもっとも得意とするものだ。
 
 だが、少女には関係なかった。
 
 男は、この蹴りの速度ならどんな跳躍でも撃墜できると思ったのだろう。
 だが、男の失態は、その読みの〝前提〟だった。
 
 
从'ー'从「バカだよ、おめー」
 
 
 五メートル後ろに着地した少女は、そう言った。
 男はいつでも動き出せるような体勢で立った。
 じっと少女を睨み、殺気を放っている。
 
 少女も負けじと、鋭い視線を送る。
 泣いたり笑ったり怒ったりと、少女の感情の起伏は激しかった。
 
 
.

334 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:46:51 ID:rE/AEuF2O
 
 
从'ー'从「ジャンプなら蹴り落とせる、って思ったんでしょ?
     わ〜小学生レベルの知識じゃん!」
 
从'ー'从「だけどざ〜んねん。ボク、跳んでないんだ」
 
 
 
从'ー'从「ただ重力の向きを『反転』しただけなんだよ〜」
 
从'ー'从「凄いでしょ、目にも留まらない速さで動けるんだから」
 
从'ー'从「欲しい? この《拒絶能力》欲しい?」
 
从'ー'从「いいよ、あげる〜」
 
从'ー'从「って、誰がおめーなんかにやんだよハーゲ!」
 
 
 
.

335 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:48:27 ID:rE/AEuF2O
 
 
 
从'ー'从
 
从'ー'从「……」
 
从'ー'从「なーんか飽きちゃった」
 
 
 少女の顔は、元の何も受け付けないような表情へと戻った。
 そして、構えを崩さない男に一歩ずつ歩み寄っていった。
 
 その瞬間を、男が捕らえた。
 一瞬のうちに跳んで後ろの壁を蹴り、
 加速して拳を構え、少女めがけて振り払った。
 
 本来ならここで少女の首が飛んで、
 形勢逆転どころか試合が終わっていただろう。
 
 
 しかし、相手がこの少女だったため、それは叶わなかった。
 
 
从'ー'从「ムダムダ」
 
 髪の毛一本分ほどにまで詰め寄った男だったが、
 なぜか〝ビデオの巻き戻し再生を体言しているかのように〟後ろの壁にまで飛ばされた。
 否、飛ばされたというよりかは、文字通り〝巻き戻された〟と言うべきだ。
 
 
.

336 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:50:23 ID:rE/AEuF2O
 
 
 「またか」と、男は胸中で呟いた。
 背中を壁に強く打ち付けた。
 軽い脳震盪が起こり、今度こそ男は力なく倒れた。
 
 それを少女は眺めていた。
 地に倒れた数秒後に、少女は男の前に立った。
 そして、男の頭を踏みつけた。
 
 
从'ー'从「弱い、弱いよきみ」
 
从'ー'从「そんなんじゃ満たされないっての」
 
从'ー'从「より強く、大きなものの方が
     跳ね返したものも強く、大きくなるんだから。
     弱い力じゃ、跳ね返したって楽しくないの」
 
从'ー'从「……はぁ」
 
 
 そう言って、少女は男を担いだ。
 名も知らぬ、ただ対処を任されただけの相手だ。
 こんな程度の男のどこに自分を遣わせる程の価値がある。
 
 少女は、そう思っていた。
 
 
从'ー'从「ショボン君のところに行ったら、もっと強い人と会えるかな〜」
 
 そう言って、彼女は呑気に歌をうたいながら煉瓦敷きの裏通りを後にした。
 いくつもの血だまりや水たまりしか、そこに残ったものはなかった。
 
 
.

337 ◆qQn9znm1mg:2012/07/20(金) 21:53:44 ID:rE/AEuF2O
今度こそ一旦休憩入ります
近いうちに六話投下しきるのでお許しください

338名も無きAAのようです:2012/07/20(金) 23:55:50 ID:m83.42CA0
勝てる気がせん

339名も無きAAのようです:2012/07/21(土) 00:11:36 ID:zpV9dTf.0


340 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 17:54:29 ID:VvUQAnUUO
 
 
 

 
 
 ハインリッヒの眼が赤く染まった。
 同時に、上に欠けが向いた半月の模様がくっきりと浮かんだ。
 「またか」と内藤は思った。
 
 
(´・ω・`)「ショータイム……?」
 
 ショボンがそう復唱した時、
 ハインリッヒの残像が口を開いていた。
 
 残像が消え、背後のずっと向こうの大岩の上にハインリッヒがいたことを、
 ショボンは彼女の声を聞いたときに漸く理解した。
 
 
 
从 ゚∀从「『現実を拒み続けエソラゴトを並べる悪党など、言語道断ッ!
      正義の使者として、この私が貴様をぶっ潰す! 覚悟ッ!』」
 
 
(´・ω・`)「……いつの間に……」
 
从 ゚∀从「この『現実』を受け入れなぁッ!」
 
 その驚異的な移動速度にショボンが感嘆の声を漏らした。
 しかしハインリッヒはそれを聞くつもりはなかった。
 怒号に近いその啖呵を切って、大岩から飛び降りショボンのもとへ向かった。
 
 
.

341 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 17:55:23 ID:VvUQAnUUO
 
 
(´・ω・`)「!」
 
从 ゚∀从「顎ッ」
 
 ショボンが次なる迎えるべき
 『現実』を考えているうちに、ハインリッヒはそこにいた。
 
 膝を折り曲げ、しゃがんだ状態でショボンの足下にいたのだから、
 ショボンも認識が追いつかず反射的に退くしかなかった。
 それを読んでいたハインリッヒが、顎に向かってアッパーカットを放った。
 駆け出しながらの拳なので、そのリーチは三メートルにも伸びた。
 
 
(´゚ω・`)「がっ……」
 
从 ゚∀从「とらッ!」
 
 後方へと飛んでいくショボンの背中に
 ハインリッヒの鋭いつま先が向けられた。
 音速を超えたハインリッヒの蹴りをもろに喰らい、
 ショボンは思わず呻き声をあげた。
 
 しかし、ハインリッヒはそれだけでは満足しない。
 呻き声が消えないうちに次の攻撃へと繋ぐ。
 
 
.

342 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 17:56:30 ID:VvUQAnUUO
 
 
 足を蹴り上げることで大きく下げた頭を、
 ショボンの脳天に思い切りぶつけた。
 頭蓋骨のなかで随一の厚さを誇る額での攻撃だから、
 相手が並の人間ならば、その脳天は砕け散り脳漿の飛沫があがっていただろう。
 
 それでもハインリッヒは攻撃の手を休めない。
 躯を左に捻り、左の裏拳を向かわせた。
 通常の打撃力に加え、慣性の恩威を受ける裏拳は、
 音速の壁を超えることで更なる威力を有していた。
 
 左の裏拳が、ショボンの左のこめかみに直撃した。
 めり、と何かの音が聞こえた。
 
 ハインリッヒは尚も回転していた。
 そのまま躯を捻り、今度は右の正拳で再びショボンのこめかみを狙った。
 
 その一発一発は非常に重く、トラックなんかだと
 まるで発泡スチロールのように脆く砕けてしまうような威力だった。
 なのに、その速さはプロボクシング界の左フックをも超える。
 物理法則から『優先』される恩威を受けた『英雄』だからこそ、成せる連続技だった。
 
 
.

343 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 17:59:31 ID:VvUQAnUUO
 
 
(´ ω゙#,)
 
从 ゚∀从「おっとこっちだ!」
 
 
 ショボンは、顔の左半分が見るに耐えない程に壊されていた。
 右半分がまだ健全なのを見て、ハインリッヒは今度はそちらを狙おうとした。
 
 音速に『優先』して、ショボンよりも速くショボンの着地点に向かった。
 ハインリッヒの到着と同時に、彼女は左足を軸に躯を反時計回りに回転させた。
 浮かせた右足に慣性をつけ、持ち前の速さと威力に上乗せした。
 そして、一秒後にやってくるショボンの頭部を狙った。
 
 ショボンがやってきたと同時に、彼はそのままハインリッヒの踵を喰らった。
 その破壊力を知らしめるかのように鳴ったのか、顔面が砕ける音がした。
 
 そのまま蹴り払って、ハインリッヒは跳躍した。
 ショボンの着地点に向かって、急降下しながら膝蹴りを見舞った。
 腹のなかの空気を全部吐き出したが、不思議と苦悶の声はあげてなかった。
 
 
.

344 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:01:29 ID:VvUQAnUUO
 
 
 
( ;゚ω゚)
 
 内藤も、そのハインリッヒの動きと強さに圧巻されていた。
 ――否、彼が驚きを隠せないでいたのはそのためではない。
 
 「『拒絶』はこの程度だったのか?」
 内藤は、そう思っていたのだ。
 
 少なくとも自分が考えていた『拒絶』は、
 並の『能力者』が相手ではそう簡単には負けない、
 むしろ圧勝できる程の実力を持っていた。
 
 そのため、いくら急成長を遂げたハインリッヒ相手と言えど、
 ハインリッヒに触れることすらできずに負けるわけないのではないか、と思っていた。
 
 
 
从 ゚∀从「(……呆気ねぇ)」
 
 実際、ハインリッヒも手応えを感じていなかった。
 最初思っていた感じでは勝てないと懸念していたのに、
 『現実』はこのように自分が圧倒的に優勢でいられているのだ。
 
 ショボンの右膝を自身の右足で蹴り砕いて、
 ハインリッヒは少し不自然すぎないか、と思った。
 
 
.

345 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:02:50 ID:VvUQAnUUO
 
 
从 ゚∀从「(『人体』に『優先』して心臓でも貫こうか……?)」
 
 
 念には念を入れて、オーバーキルを考えていたハインリッヒだが、
 徐々にそれの必要性もなさそうに感じてきた。
 
 良心が芽生えたとか、油断したというわけではない。
 ただ、不自然すぎると思っていただけだ。
 しかし、それさえもが『嘘』ではないのかと思った。
 
 実際、モララーの【常識破り《フェイク・シェイク》】では、
 完全に自分たちを錯覚させていたではないか、と。
 
 いや、錯覚ではない。
 『嘘』が『真実』にさせられていた。
 
 そんなモララーと同格のショボンが、
 果たして何もしないままでこのまま朽ち果てていくものか。
 
 
.

346 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:03:30 ID:VvUQAnUUO
 
 
从 ゚∀从「(……やってみるっきゃねぇか)」
 
 ショボンの腹に拳を突き、彼を天高く殴り上げた。
 そして少ししゃがんでから跳躍した。
 その勢いを拳にのせ、同時にハインリッヒは『人体』にも勝る『英雄』となった。
 
 このまま心臓を殴れば、勢いと威力が相俟って
 間違いなくショボンの心臓は吹き飛び、絶命するだろう。
 
 そう思って右の拳を構え、そして、放った。
 
 
 
(´ ω゙#,)
 
从 ゚∀从「――」
 
 
 
 
.

347 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:04:14 ID:VvUQAnUUO
 
 
 
 
 
(´・ω・`)
 
 
从;゚∀从「ッ!?」
 
 
 
 しかし、殴りかかろうとしたまさにその瞬間、
 ショボンの崩壊していた顔、四肢、胴体の全てが元に戻り、
 そして一瞬にして姿を消してしまった。
 
 ハインリッヒの拳はむなしくも空をきった。
 風を切る音は、内藤にまで届いていた。
 そんな速度の拳を、空中移動で避けられるはずもない。
 
 ショボンがそんな機敏な動きをするはずもない、
 そう思っていたところ。
 
 
(´・ω・`)「下だよ」
 
从;゚∀从「っ!」
 
 地上で、ショボンが不敵な笑みを浮かべて
 ハインリッヒを見上げているのが、
 なんてことのない声をかけられたことでわかった。
 
 
.

348 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:05:07 ID:VvUQAnUUO
 
 
 すぐさま慣性に『優先』して体躯を落とし、
 ショボンから十メートルほど離れたところに着地した。
 そのときのハインリッヒの顔は、周章以外のなにものでもなかった。
 
 ショボンは、先ほどまでの殴打の嵐が『嘘』のように、
 いたって健全な姿で立っていた。
 
 ぼろぼろにしたタキシードは元通りの姿に。
 骨を砕き肉をちぎった肉体も、元通りに。
 あれほど飛び散っていた脳漿や血はおろか、今や傷跡すら見あたらないでいた。
 
 それを見て、ハインリッヒは驚かないはずもない。
 まして、彼は瞬間移動をしたのだ。
 驚きに驚きが重なって、もう何がどうなっているのかわからなかった。
 
 ハインリッヒが現状把握に努めるなか、
 タキシードについた埃を手で払って、
 ショボンは先ほどまでと同じような語調で言った。
 
 
.

349 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:06:36 ID:VvUQAnUUO
 
 
(´・ω・`)「どうしたの? 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」
 
从;゚∀从「――」
 
 ショボンがそう声をかけても、ハインリッヒは返事をできないでいた。
 声としては認識しているのだが、どう返せばいいかわからなかった。
 
 それを察したショボンが、丁寧に解説をした。
 ハインリッヒとは対照的に、どこまでも冷静な姿だった。
 
 
(´・ω・`)「あ、もしかして『僕をぼこぼこにする』とかいう『現実』を夢見ていた?
.      甘い、甘いよハインリッヒ。『現実』はそう甘くない」
 
 
(´・ω・`)「『現実』は『僕は全く傷ついていない』んだ。
.      甘んじて受け入れてくれ」
 
 
 そう言って、ショボンは口角を吊り上げた。
 その笑顔は、モララーのそれと同じくらい
 見ていて嫌悪感を催すものだった。
 
 
.

350 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:09:54 ID:VvUQAnUUO
 
 
 それは内藤にとってもだ。
 今の一連の『現実』は『現実』でないと言いたげな顔をしていた。
 
 
 だが、これは「現実(ノンフィクション)」ではなくて、
 しかし同時に『現実(ストーリー)』でもあるのだ。
 
 
从;゚∀从「『現実』じゃないって――。
      さっきまでぼこぼこにしてたのは『現実』じゃねーか!
      てめぇ、実はモララーだろ! 『嘘』を『混ぜた』んだろ!」
 
 
 それは考えられないことでもなかった。
 モララーの【常識破り】は、『嘘』を『混ぜる』ことで
 それを実現させる能力と言ってもあまり誤りではなく、
 限定的ではあるがそのような用法も使えるのだから。
 
 そして、そうである以上、
 『ここにいるのはモララーでなくてショボンだ』という『嘘』を『混ぜ』たとするならば、
 ハインリッヒが今戦っているのは実はモララーだ、という可能性もなくはないのだ。
 
 
.

351 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:11:03 ID:VvUQAnUUO
 
 
 しかしショボンは笑った。
 紳士的なそれとは違う、『拒絶』独特のものだった。
 
 
(´・ω・`)「モララーみたいなペテン師と一緒にしないでくれ。
.      彼は嘘つきなだけで、嘘を暴けば『現実』は帰ってくるんだ」
 
(´・ω・`)「でも僕は違う。
.      これは紛れもない『現実』なんだ。
.      抗おうが認めなかろうが泣こうが喚こうが拒もうが、
.      決して避けることのできない『現実』に他ならない」
 
(´・ω・`)「僕は瞬間移動を使えるからね。
.      それでハインリッヒの最後の拳をかわしたんだよ」
 
从 ゚∀从「さっきのかよ……」
 
 状況を徐々に理解できてきて、
 ハインリッヒは漸く落ち着きを取り戻せた。
 汗を振り払って、ショボンをきッと睨みつけた。
 
 
.

352 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:14:19 ID:VvUQAnUUO
 
 
 しかしショボンは動揺しない。
 不気味な笑みを浮かべたまま、彼は続ける。
 
 
(´・ω・`)「僕は『現実』が嫌いだ。
.      強い人が弱い人に勝ち、
.      強い人が笑って弱い人が泣き、
.      強い人が感じる幸福の半分も弱い人は得られないなんていう、理不尽な『現実』が」
 
(´・ω・`)「でも僕の魅せる『現実』は違う。
.      『現実』が常識や法則で進むとは限らないんだ」
 
(´・ω・`)「人はそれを『絵空事』と言う。
.      無価値で空虚で不気味な戯言だ、妄言だと言う。
.      起きたまま見る白昼夢、なんて言われたこともある」
 
 
.

353 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:15:40 ID:VvUQAnUUO
 
 
 
(´-ω-`)「―――それがどうした?」
 
(´・ω・`)「戯言だろうが妄言だろうが『絵空事』だろうが、
.      起こり得てしまったことは全て『現実』なんだよ」
 
(´・ω・`)「じゃあ、人々はその『現実』に対してどうすると思う?」
 
 
 
 
(´・ω・`)「拒絶するんだよ。
.      『現実とはなんたるか』を語っておきながら、
.      自分が信じられないってだけで『現実』から逃げるんだ」
 
(´・ω・`)「気がつけば僕と人々との立場が逆転してるよね。
.      人々が言う『現実』が『絵空事』なんだ」
 
(´・ω・`)「僕は、それが許し難い。
.      弱い人を救済したら、今度は強い人が泣く番だ。
.      ずるくないか? 昨日まで威張ってた偉い人が、
.      一日で手のひら返してへこへこするんだから」
 
 
.

354 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:17:05 ID:VvUQAnUUO
 
 
(´・ω・`)「でも、ハインリッヒはどうだろう?」
 
从;゚∀从「……は?」
 
 ハインリッヒは不機嫌な声を漏らした。
 
 
(´・ω・`)「この信じられない『現実』を、「現実」として受け入れてくれるかい?
.      『拒絶』を、受け入れてくれるかい?」
 
从;゚∀从「……………」
 
 ハインリッヒは、ショボンの恐ろしさを改めて知った。
 なにも、《拒絶能力》だけではない。
 
 彼の、その秘めたる精神が、怖いのだ。
 恐ろしいことを平然と言ってのける精神が。
 
 
 そして、内藤の言っていたことも同時にわかった。
 
 ――彼は、『現実』を拒絶したのだ。
 耐え難い『現実』を、『現実』として受け入れなかった。
 その結果、拒絶の精神が生まれ、『現実』をねじ曲げてしまうようになったのだ、と。
 
 
.

355 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:18:10 ID:VvUQAnUUO
 
 
 問いには答えず、ハインリッヒは虚勢を張ることにした。
 弱気な姿を見せてはいけないという常識の配慮もそうだが、
 なぜか、ここで折れると本当に起こってはならない『現実』が起こってしまいそうに思えたのだ。
 
 
从 ゚∀从「……そんなに自分を受け入れてほしけりゃ……。
      『俺が絶命する』という風に『現実』をねじ曲げればいいじゃねえか」
 
 そう言って、同時にショボンの反応も知りたかった。
 案外、そこから突破口が生まれるかもしれない。
 
 出会い頭でそうしない以上、
 おそらくショボンには何か考えがあるのだろう、と思った上での張った虚勢だった。
 
 ところが、ショボンの返答は
 ハインリッヒの思っていたよりもかなり斜め上を通っていた。
 
 まず、彼は大袈裟にかぶりを振ったのだ。
 
 
.

356 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:19:40 ID:VvUQAnUUO
 
 
(´・ω・`)「とんでもない!
.      拒絶したくなる『現実』を受け入れてくれなきゃ、
.      僕がはるばるここまでやってきた意味もないよ」
 
(´・ω・`)「確かにそんな『現実』にすることもできるけど、さ。
.      『拒絶』を味わわないうちに死なれちゃ、全く満たされないからね」
 
(´・ω・`)「『現実』を受け入れた上で、苦しんで死ね」
 
从;゚∀从「……」
 
 
从;゚∀从「(つまり、自分と同じ苦しみを――『拒絶』を、味わえ………ってか)」
 
 
 予想を遙かに上回っていた、人間とは思えない非道さを
 目の当たりにして、ハインリッヒは眩みそうになった。
 
 
.

357 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:21:17 ID:VvUQAnUUO
 
 
(´・ω・`)「――てなわけで」
 
从;゚∀从「……」
 
 ショボンの雰囲気が変わったところで、
 ハインリッヒは一歩、後退した。
 計り知れない、威圧感に似た拒絶を躯全身で浴びることで、
 彼女はすっかり怯えに近い感情を生み出してしまっていた。
 
 しかし、その怯えは『拒絶』に対する拒絶。
 それの向かう先は、元の「現実」。
 
 だが、その「現実」は『現実』となって
 ショボンの手でねじ曲げられてしまう。
 
 理論で言えば、ハインリッヒがショボンに勝てるはずがない。
 『拒絶』を拒絶しようとすると、その「現実」がねじ曲げられるからだ。
 
 
 
.

358 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:22:11 ID:VvUQAnUUO
 
 
 
(´・ω・`)「僕の話はおしまいだ。
.      ―――はじめようか」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

359 ◆qQn9znm1mg:2012/07/21(土) 18:27:36 ID:VvUQAnUUO
二部「拒絶」編、第六話「vs【ご都合主義】Ⅱ」は以上です。

【ご都合主義】は、簡単に言えばドラえもんの道具の
「もしもボックス」や「ソノウソホント」みたいなものです。

今回も読んでいただき、ありがとうございました!

360名も無きAAのようです:2012/07/21(土) 18:57:14 ID:jWHrGHiI0
乙。勝てる可能性あるのか…?

361名も無きAAのようです:2012/07/21(土) 19:25:24 ID:hIlOlv5w0


362名も無きAAのようです:2012/07/21(土) 22:43:14 ID:LMTD4Jfg0

これもう「勝てるのか?」
というより「勝たせる気あるのか?」って聞きたくなっちゃうなwwwwww

363名も無きAAのようです:2012/07/22(日) 08:36:05 ID:2MvaMBqA0
ハインにはまだパワーアップが……

364名も無きAAのようです:2012/07/22(日) 13:23:11 ID:QO2qkBWMO
ω・`)ショボンチートすぎるwww

365名も無きAAのようです:2012/07/23(月) 00:26:51 ID:UG/qU27c0
どんなチートだよ馬鹿ふざけんな超面白いから早く書け

366名も無きAAのようです:2012/07/25(水) 01:56:59 ID:TBccBvSsC
ω・`)拒絶は球磨川の「大嘘つき」のような特殊な能力が多いな。

367 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:05:37 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
  第七話「vs【ご都合主義】Ⅲ」
 
 
 
 暗い室内で、湿度が非常に高いところだった。
 蜘蛛の巣が四方八方に張られ、埃っぽい。
 
 木製のテーブルと付属の椅子に、男が二人腰掛けている以外は、
 廃墟同然の内装、佇まいと言える古臭い小屋だった。
 
 ただ、体重に耐えかね悲鳴をあげる椅子の声のみが聞こえていた。
 卓上に置いたマグカップには、水しか注がれていない。
 それでさえも、テーブルが軋む際に波状を広げていた。
 
 痩身の男がそのマグカップを手に取り、
 ぬるくなった水を少し、喉に通した。
 
 そして、大して満たされることもなく、
 半ば惰性的にマグカップを卓上に戻した。
 再びなかの水は波紋を広げていった。
 
 
.

368 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:07:02 ID:BbVnuM3IO
 
 
( ´_ゝ`)「……いいのか、旦那」
 
 聞くだけで相手を悲しくさせる声を、アニジャ=フーンは発した。
 頬杖をつき、呆れた表情で向かいの男をみた。
 その男は非常にがたいがよく、それは服の上からでも
 筋肉の膨らみようがはっきりと視認できるほどだった。
 
 アニジャの不審そうな視線には気づかず、
 男は腕を組み身を背凭れに預け、言った。
 
(    )「なにがだ」
 
( ´_ゝ`)「ほかの『拒絶』の連中だよ」
 
 
 「なんだ、そんなこと」と男は思った。
 視線を下に向け口角を少し吊り上げた。
 眼中にもない、歯牙にかける必要もないと言いたげな表情だった。
 不遜な態度ではあるが、男にとってはこれがふつうだった。
 
( ´_ゝ`)「こんなことを言うのは悪いが、このままじゃラチが明かないぞ」
 
(    )「どういうことだ?」
 
( ´_ゝ`)「『拒絶』を満たさせたところで、しょうがないってことさ」
 
(    )「……」
 
 
.

369 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:08:36 ID:BbVnuM3IO
 
 
( ´_ゝ`)「こんなことを言うのは悪いが、このままじゃラチが明かないぞ」
 
(    )「どういうことだ?」
 
( ´_ゝ`)「『拒絶』を満たさせたところで、しょうがないってことさ」
 
(    )「……」
 
 
 男は黙り込んだ。
 そして少し不機嫌そうな顔を見せた。
 
 男は、アニジャが昨日モララー=ラビッシュとともに行動したのを知っていた。
 というのも、そのことを指示したのはこの男なのだ。
 ただ、アニジャはこの男の思考を読めないでいた。
 
 だが、自分を向かわせた理由はよく知っていた。
 自分は、とにかく周りに『不運』を起こす。
 
 本来なら、モララー自身にも『不運』は飛びかかりそうなものなのだ。
 『不運』は「運」だけあって、〝なにが起こるかはアニジャ本人にもわからない〟。
 〝運悪く〟地割れが起こってアニジャが死んでしまうかもしれないのだ。
 
 ならば、どうしてモララーと同行したのか。
 答えは、簡単だ。
 
 
 〝モララーに戦わせないため〟である。
 
 
.

370 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:10:53 ID:BbVnuM3IO
 
 
(    )「んなことに興味ねえよ」
 
( ´_ゝ`)「わざわざ俺を遣わせてまで、やつらの同士討ちを防ぐ必要はあったのか?」
 
(    )「別にねえ。気分だ」
 
 アニジャは少し黙ったあと
 再び目の前のマグカップを手に取った。
 すぐに喉が渇くのは自分の悪い性質だ。
 
 
( ´_ゝ`)「……確かに、『拒絶』ひとり遣わすよりかは
      俺を同伴させる方が賢い。
      裏切りだの、出し抜くだのできないんだからな」
 
 
 『拒絶』が『能力者』を襲うのは、満たされるためである。
 そして、派遣されたモララーも『拒絶』のひとりであり、満たされたい。
 あの場面でも、そう思わせる発言をしていた。
 
 もしそこでモララーが満たされるべくほかの『拒絶』を出し抜き
 一足先に『能力者』を襲えば、それは不公平で、ほかの『拒絶』が不満を持つだろう。
 
 
.

371 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:13:29 ID:BbVnuM3IO
 
 
 しかし、アニジャがいれば話は別だ。
 【771《アンラッキー》】が起こってしまえば、襲おうとしたのに
 運悪く自分が命を落としてしまうのかもしれない。
 
 『嘘』を『混ぜる』とき、その吐くべき『嘘』の内容を間違えた、や
 『混ぜ』た直後に別の『不運』が起きてしまうかもしれない、など。
 
 言葉の意味を理解して、なお男は肯いた。
 そして、低い声で彼は続けた。
 
 
(    )「その通りだ。誰も『運命』までは拒絶できねえ。
     甘受するしかねえんだ。……俺と〝アイツ〟以外、な」
 
( ´_ゝ`)「あいつ……。ショボンか?」
 
 
 すると、男は笑った。
 アニジャはなぜ笑われたのかわからなかった。
 
 
(    )「なに知ったかぶりしてんだよ」
 
( ´_ゝ`)「……心当たりがないな」
 
 しかし、アニジャの顔と言動は一致していなかった。
 男は更に大きく笑った。
 
 
(    )「結構非情なんだな、おめえはよ」
 
( ´_ゝ`)「……」
 
 
.

372 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:15:20 ID:BbVnuM3IO
 
 
 今度はアニジャが黙った。
 ろくに口を開こうともしなかった。
 そのまま、五秒ほど経った。
 
(    )「……まあ。
     〝なにもかもを拒む〟アイツらが、
     俺を受け入れてくれたのは幸運だった。
     それだけ、言ってやろう」
 
( ´_ゝ`)「……?」
 
(    )「恩義すら感じない『拒絶』が、まさかな」
 
( ´_ゝ`)「……」
 
 少し、男をアニジャはじっと見つめた。
 
 
( ´_ゝ`)「……違うぜ、旦那」
 
(    )「なにが、だ」
 
( ´_ゝ`)「あいつらは……誰も、旦那に恩義なんか感じてないってことさ」
 
(    )「………」
 
 
(    )「……ああ、そうだったな。
      恩義を感じるはずはねえ。でも、んなこたぁどうでもいいんだよ」
 
 男は怒るどころか、逆に笑った。
 自虐的に、控えめに。
 
 そして、右の口角を吊り上げた。
 非常に不快となる笑みだった。
 
 
.

373 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:17:08 ID:BbVnuM3IO
 
 
(    )「俺の考えを受け入れてくれればそれでいいんだからな」
 
( ´_ゝ`)「『能力者の抹殺』か?」
 
(    )「違う」
 
 
(    )「ただ、世界に『拒絶』を受け入れさせる。それだけだ」
 
( ´_ゝ`)「……」
 
 アニジャは俯いた。
 どいつもこいつも、と思っていた。
 男の方はそんなアニジャの思いを察していなかった。
 
 
(    )「誰も、俺に恩義なんか感じなくていいんだよ。
      ただ、『自分が受け入れられるかもしれないゲーム』を持ちかけただけだ」
 
( ´_ゝ`)「解せないな」
 
(    )「だが、この話を『拒絶』に言ったときのアイツらの顔、見たか?」
 
(    )「真っ暗闇に差し伸べられた一筋の光だったんだ、俺の案はな」
 
( ´_ゝ`)「……」
 
 
.

374 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:18:45 ID:BbVnuM3IO
 
 
(   )「思えば厄介な連中なもんよ。
      『現実』を拒絶するショボン。
      『真実』を拒絶するモララー。
      『因果』を拒絶するワタナベ。
      『定義』を拒絶するトソン。
      あと……」
 
( ´_ゝ`)「やめないか」
 
(    )「あ?」
 
( ´_ゝ`)「〝あいつ〟の話題は、だ」
 
(    )「……」
 
 そのとき、アニジャの眉間にしわができた。
 その姿くらいは男も視認できた。
 アニジャは拳をぐっと握りしめた。
 
 
( ´_ゝ`)「俺は『拒絶』じゃない。
      でも、強いて言えば俺にとっての
      『拒絶』は〝あいつ〟なんだ」
 
(    )「……おめえのチカラじゃ適わんからか?」
 
( ´_ゝ`)「違ぇ」
 
(    )「じゃあどうしたんだよ」
 
 アニジャは俯いて目を閉じた。
 元々糸目のアニジャの目が、一層細く見えた。
 
 
( ´_ゝ`)「ただの兄弟喧嘩、ってとこかな」
 
(    )「俺にはわかんねえ、な」
 
( ´_ゝ`)「……フーン」
 
 
.

375 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:19:45 ID:BbVnuM3IO
 
 
 すると、アニジャの向かいの男は急に立ち上がった。
 服に付着した埃をぱたぱたとはたいて、
 この部屋の出口へと向かった。
 
 アニジャもマグカップの中身を呷って、あとを追いかけた。
 急に動き出したものだから、わけがわからなかったのだ。
 
 
( ´_ゝ`)「どうしたんだ、旦那」
 
(    )「俺もちったぁ満たされてえしな」
 
( ´_ゝ`)「旦那でも受け入れるものがあったのか」
 
(    )「……さあ、な」
 
( ´_ゝ`)「じゃあ、なんで――」
 
 
 男は小屋の扉に手をかけた。
 アニジャの問いを聞いて、手をそのままにさせて
 男は顔だけをアニジャの方に向けた。
 
 そして、扉を開けながら口を開いた。
 高いとも低いとも言えない、中途な声だったが、
 〝なにもかもを拒む〟声という印象が強かった。
 
 
 
.

376 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:20:30 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
(    )「そんな〝なんで〟とか〝どうして〟とか――」
 
 
 
 
 
 
( ´ー`)「知らねえよ」
 
 
 
 
 
.

377 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:26:27 ID:BbVnuM3IO
 
 
○登場人物と能力の説明
 
( ^ω^)
→この世界の『作者』。
 
/ ,' 3 【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】
→あらゆる力及び力の法則を『解除』する《特殊能力》。
 
从 ゚∀从 【劇の幕開け《イッツ・ショータイム》】
→自身が『英雄』となる『劇』を発動する《特殊能力》。
 
( <●><●>) 【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】
→相手の手負いを『連鎖』させる《特殊能力》。
 
(´・ω・`) 【ご都合主義《エソラゴト》】
→『絵空事』を『現実』に変える、もしくは『現実』を都合よくねじ曲げる《拒絶能力》。
 
( ・∀・) 【常識破り《フェイク・シェイク》】
→自然のうちに『嘘』を混ぜる《拒絶能力》。
 
从'ー'从 【???】
→ゼウスを完封した『拒絶』の少女。
 
 
.

378 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:27:07 ID:BbVnuM3IO
 
 
○前回までのアクション
 
( ^ω^)
从 ゚∀从
(´・ω・`)
→戦闘中
 
( <●><●>)
从'ー'从
→戦闘終了
 
/ ,' 3
→療養中
 
 
.

379 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 15:32:25 ID:BbVnuM3IO
まとめの人へ
まとめの際、テンプレは冒頭に差し込んでおいてください
お手間をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いします

続きは晩か夕方か数分後からはじめます

380名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 16:39:35 ID:m7Wi3OG60
不穏な感じがして面白い

381 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:29:03 ID:BbVnuM3IO
眠くなるまで投下します

382 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:29:43 ID:BbVnuM3IO
 
 
 

 
 
 雨上がりの湿った、冷たい風が頬をなぞった。
 それが彼らの動き出す引き金となった。
 
 ハインリッヒは咄嗟に跳躍した。
 すると、先ほどまでいた位置に爆発が起こった。
 ハインリッヒがそのことを把握しようとする時、頭上から大量の剣が落ちてきた。
 
 持ち前の反射神経を使って全てをなぎ払うと、
 次は戦闘機が遠くの方に見えた。
 その下部に取り付けられた銃器からノズルフラッシュがうかがえた。
 
 いやな予感がしたハインリッヒは、優先対象を
 『重力』から『負傷』に切り替えた。
 直後にハインリッヒが降下するが、戦闘機は
 その落ちてゆくハインリッヒに大量のマシンガンを浴びせた。
 
 服には大量の穴が空くが、ハインリッヒの躯は無事だった。
 しかし、次の瞬間ショボンが背後にいることに気がついた。
 ここは宙であり、なおかつ先ほどまではそこに居なかったはずだ。
 それが居る以上、そういう『現実』にしたのだろうとわかった。
 
 
.

383 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:30:39 ID:BbVnuM3IO
 
 
(´・ω・`)「『実は僕は力持ちなんだ』」
 
从;゚∀从「―――チッ!」
 
 『負傷』を防げても、絵空事を述べているようにしか思えないのであろう
 ショボンの拳を喰らえば遠くまで飛ばされてしまうに違いない。
 そう思って、ハインリッヒは今度は『人体』に優先し、
 拳では決して敗れない『英雄』へと変貌を遂げた。
 
 しかし、ショボンはそれを察せていなかった。
 トラックや新幹線なんかではとうてい比べようのない破壊力のパンチをハインリッヒに見舞った。
 
 しかし、ハインリッヒが他の一切の『人体』に勝る以上、
 ショボンの拳はそれが与えるはずだった破壊力を
 まるまる自分で喰らってしまうことになる。
 
 殴りかかったのを見た瞬間、少なくともショボンの右腕は封じた、と思った。
 アラマキの左腕をも潰したこの能力である。
 決して、できないことはないだろう、と。
 
 
.

384 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:31:57 ID:BbVnuM3IO
 
 
(#´ ω゚`)「――っ!!」
 
从;゚∀从「(決まったッ!)」
 
 
 案の定、ショボンの右腕はねじ曲がった。
 プレス機にかけられた機械製品のように、ぺしゃんこに。
 
 ショボンはその想定すらできない痛みのあまり顔を歪めた。
 左手でそこを押さえるように、躯をまるめた。
 ハインリッヒは、この瞬間を狙った。
 
 
 いくら『現実』をねじ曲げようが、
 一度起こってしまった「現実」はねじ曲げられないはずである。
 ハインリッヒは、そう思っていたのだ。
 
 彼女はすぐに『音速の壁』に優先し、凄まじい速度と破壊力の蹴りを見舞った。
 
 
 
.

385 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:33:24 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
 しかし、ショボンは背後にいた。
 一瞬前まで歪めていた顔は元に戻っていたし、
 ねじ曲がった右腕は元に戻っていた。
 
 それを見て、ハインリッヒはつい先ほどのことを思い出した。
 先ほど、自分はショボンを見るに耐えない姿になるまで攻撃した。
 だというのに、少ししてショボンは元に戻った。
 『本当は傷などついていない』という『現実』にしたのだ。
 
 ショボンは『ゼウスの留守中にハインリッヒを強襲する』ような「都合のいい展開」と
 『本当は傷などついていない』というような「後付け設定」の
 合計二種類の『現実』を操ることができる。
 それは、何度もショボン本人によって見せられてきた
 
 それなのに、なぜ。
 ハインリッヒはそれを忘れたような行動をしてしまったのだ。
 
 彼女は、自分でそんな疑問を抱いた。
 
 だが、すぐに答えがでた。
 
 
 『【ご都合主義】の詳細を忘れていた』という『現実』にしたのだろう、と。
 つまり、先ほどの例で言うと前者だ。
 
 
.

386 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:34:50 ID:BbVnuM3IO
 
 
(´・ω・`)「ほらほらァ!」
 
从;゚∀从「ちっ……くしょうが……」
 
 
 だが、そうだとわかっても『現実』には逆らえない。
 それがたとえねじ曲げられた『現実』でも、決して。
 『実際に起こってしまっている』から抗えないのだ。
 
 『起こらないようにする』というのは、厳密に言えば存在しない。
 もしそのような予防をして『現実』を引き起こさなかったら、
 そもそも『現実』として存在せず、結果論としては
 予防など全く関係のない、それこそ『絵空事』となる。
 
 結果論でいえば〝現実は絶対に受け入れ〟なければならない。
 なぜなら〝そういう『現実』だった〟のだから。
 
 
从;゚∀从「(『現実』をなかったことにするなんてできない以上――抗いようがねえ!
      怪我しちまえば、その傷跡は永久に残るってのが『現実』なんだからよ!)」
 
(´・ω・`)「『雷、気をつけて』」
 
从;゚∀从「――は?」
 
 
.

387 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:36:08 ID:BbVnuM3IO
 
 
 ハインリッヒが当惑したのは、先ほどまでは晴天だったからだ。
 『現実』では晴天のさなか落雷は起こらない。
 
 しかし、今さっと空を見上げると、そこはどんよりと曇っていた。
 少なくとも、そんな認識などしていなかったはずだ。
 そして、それでさえショボンの策であることに気づいた瞬間
 
 
 
 雷が落ちた。
 
 
 
从; ∀从「―――――ッ!」
 
(´・ω・`)「〝アイツ〟ほどじゃないけど、運が悪いね。
.      でも甘受してくれよ」
 
 後ろにいるショボンには火花は降りかからず、
 どういうことか、ハインリッヒにだけ雷が落ちた。
 何ボルトか換算するのも億劫になりそうなほどの高圧電流だ。
 対策などしていなかったハインリッヒが、それに耐えられるはずはない。
 
 雷に打たれ、墜ちていくハインリッヒだが、
 後ろにいるショボンは悔しそうな顔をしていた。
 
 
.

388 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:37:07 ID:BbVnuM3IO
 
 
(´・ω・`)「濡れてた方が威力が高かったのになあ」
 
(´・ω・`)「『じゃあそうしよう』」
 
 
( ;゚ω゚)「!?」
 
 
 すると、自分たちの乾いていた服がいつの間にか元通り湿ってしまった。
 先ほどのショボンが引き起こした豪雨、それの水である。
 
 しかし、それは新たな『現実』によって消されてしまった。
 その『現実』が、再びねじ曲げられてしまったのだ。
 
 驚いた内藤は、濡れていることに対する不快感など抱かず、
 無意識のうちにハインリッヒの姿を見た。
 
 
从 ∀从
 
 『本当は全身が濡れていた』ため、落雷による威力は倍増していた。
 ぷすぷすと煙をあげ、ハインリッヒは動こうとすらしない。
 
 
 一度は喰らった『現実』の威力が塗り替えられ、
 『実はそうだった』威力に変わってしまった。
 
 明らかに、内藤の書く小説では登場させられない領域である。
 天候から物理法則から奇っ怪な現象から、
 その何もかもを操ってしまうのだ。
 
 それも、ショボンの都合よく。
 
 
.

389 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:38:25 ID:BbVnuM3IO
 
 
(´・ω・`)「『雷に打たれて骨を折る』なんて、前代未聞だね。新聞に投書しておこう」
 
从 ∀从「あ……が………」
 
 ショボンが着地と同時にそういうと、
 地に横たわるハインリッヒは苦しそうにもがいた。
 右腕を左手でさすろうとしている。
 もっとも、体中がしびれているため、うまく動かなかったが。
 
(´・ω・`)「右腕だけじゃもったいない。『実は左足もだ』」
 
从 ∀从「……がああああああ!」
 
( ;゚ω゚)「――――ッ! おい、ショ――」
 
 ショボンを止めるべく、内藤が一歩踏みだした。
 だが、それをショボンの異常すぎる精神から放たれた言葉が止めた。
 明らかに、先ほどまでとは声のトーンがまるで違う声だった。
 
 
(´・ω・`)「いいねえいいねえ! 受け入れてくれ、この『現実』を!
.      『四肢が全部砕けて』、苦しい『現実』をっ!」
 
(;^ω^)「っ!」
 
 
从 ;∀从「――――――――――ッッ!!」
 
 
 
.

390 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:39:53 ID:BbVnuM3IO
 
 
 瞬間、ハインリッヒは決して文字にできない悲鳴をあげた。
 嘗てアラマキに完膚なきまでにやられた時よりも、
 遙かにそれの度合いは高かった。
 
 内藤も、目を、耳を覆いたくなった。
 この残酷すぎる『現実』から、目を背けたかった。
 
 
 
(´・ω・`)「『その上痺れがとれて痛覚が完全に回復した』、
.      この不幸を! 不条理を!」
 
从 ;∀从「―――あああああああああああああああああ
      あああああああああああああああああああっ!!」
 
(´・ω・`)「『更に朝食に仕込まれていた遅効性の毒が効き始めて』
.      腹の底から苦痛で満たされる理不尽を! 事実を! 真実を!」
 
从 ∀从「――――……」
 
(´・ω・`)「『痛覚のショックとかいう防衛反応なんてない』んだ!
.      さあ、踏ん張って! 耐えてごらん!」
 
从 ;∀从「…………ううううううああああああああああああ!?!」
 
(´・ω・`)「そうだ、その調子だ!
.      死にたいか? 『現実』から解放されたいか?
.      でも『まだ死ねない』んだ、可哀想に!」
 
从 ;∀从「いいいいがあああやあああがあああああ
      ああああががああああッあああああっ、ッ……!」
 
 
.

391 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:43:27 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
(´・ω・`)「『現実』とは、時に残酷だ! 惨事だ!
.      災厄だ! 最悪だ! 皮肉だ! 理不尽だ!
.      卑怯だ! 不平等だ! そして、拒絶だ!」
 
从 ;Д从「――――アアアアアアア――アアアア――アッ―――!!!」
 
(´・ω・`)「『肺に穴が空いて』も
.      『脳の血管が破裂して』も
.      『腸が全部引きちぎれて』も
.      それが全部『現実』という名の『現実の君に抱く拒絶』だ!」
 
 
 
(´・ω・`)「泣け、喚け、そして受け入れろ!
.      『現実』が望んでいるのは『拒絶』を甘受することだ!」
 
 
 
从 ;Д从
 
 
 
 ショボンは、ハインリッヒに更なる『拒絶』を植え付けるべく、
 敢えて辛辣な言葉を並べ続け、精神的ダメージを与えた。
 それこそが彼を満たしてくれる唯一のものに繋がるからだ。
 
 肺に穴が空いて酸欠になっても、死ねない。
 異常すぎる痛覚に脳が防衛反応を起こしても、死ねない。
 痛覚が認識しきれない量の痛覚を得ても、死ねない。
 
 
.

392名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 21:43:31 ID:cDhsb3Y60
恐ろしいな、

393 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:44:51 ID:BbVnuM3IO
 
 
 でも、それを甘んじて受け入れろ。
 ショボンは、呪文のようにそう言い続けた。
 
 聞き取れない波長の声になったハインリッヒの悲鳴、
 数リットルを超えるのではないかと思うほどの涙、
 そして言葉にせずとも聞こえてくる、懇願の祈り。
 
 そのどれもを感じて、内藤は我慢ができなくなった。
 
 
 
( ;ω;)「―――やめろショボン、やりすぎだお!!」
 
(´・ω・`)「やりすぎ? いいや、違うね。
.      『彼女の人生がそれほど拒絶に満ちたものだった』だけですよ。
.      彼女は、死ぬまで、永遠にもがき苦しみ続けます。
.      〝そういう『現実』だった〟だけなんだ」
 
( ;ω;)「っるせえお! こんなの、放っておけるはずもねえお!」
 
(´・ω・`)「……はい? どうすると?」
 
 
 すると、内藤は倒れるハインリッヒの方を向いた。
 涙、血、声、負の感情、正への諦め、その全てを垂れ流していた。
 内藤は出せる限りの大声で、ハインリッヒに呼びかけた。
 
 
 
.

394 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:45:36 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
 
( ;ω;)「ハインんんんんんんッ!!
      聞こえるかお、まだ諦めちゃだめだお!」
 
 
 
 
从 ;Д从
 
 
 
 
(´・ω・`)
 
 
 
 
.

395 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:46:51 ID:BbVnuM3IO
 
 
 雷が空で唸り続けるなか、内藤は確かに、そう言った。
 死を渇望しているハインリッヒに、まだ生きろ、とだ。
 
 ハインリッヒに残酷な『現実』を突きつけるショボンを
 止めた次の行動では、ショボンと同じことをしているのだ。
 この矛盾を見て、ショボンが笑わないはずがない。
 
 
 ショボンは、嘗てないほど盛大に笑った。
 
 
 
(´;ω;`)「―――ぶっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
      なんだ、結局は君も一緒じゃないか!」
 
( ;ω;)「何がおかしいんだお!」
 
 腹をさすり、ショボンは右の人差し指を内藤に突きつけた。
 そして、ひとり抱腹絶倒しながら続けた。
 
 
(´;ω;`)「け、結局は、君も『現実』を押しつけるんだ! ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃ!」
 
(´;ω;`)「あ、ハインリッヒに言っとくけど、
      彼の、この言動に関しては、僕は、なんも、してないからね!」
 
 
从 ;Д从
 
 
 
(´・ω・`)「あ、聞いてないか」
 
(´;ω;`)「ぶひゃひゃひゃ!」
 
 
.

396 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:48:44 ID:BbVnuM3IO
 
 
( ;ω;)「笑うなら笑えお!」
 
(´・ω・`)「じゃあ笑わない」
 
( ;ω;)「人は、『現実』よりももっと大事なものが、いっぱい、いーっぱいあるんだお!
      『現実』からちょっとくらい目をそらしたって、いいじゃないかお!」
 
 
 すると、ショボンはやれやれと言った。
 蔑んだ目で内藤を見つめた。
 
 
(´・ω・`)「わかります? そんなものは、全部『現実』があってはじめて成り立つんだ。
.      夢のなかで宝くじを当てても、お金は手に入らないんだよ。
.      そんな『虚像(フィクション)』を追うから、人はいざという時
.      耐え難い『現実(ノンフィクション)』を突きつけられて絶望するんだ」
 
 
 
 
(´・ω・`)「――実に愚かで、滑稽だ」
 
 
 
 
( ;ω;)「じゃあ言ってやるお、僕はこの世界の『作者』だ!」
 
(´・ω・`)「!」
 
( ;ω;)「ハインリッヒもゼウスもアラマキも、みんな登場するお。
      でも、あんたは出してない!」
 
(´・ω・`)「……?」
 
(´-ω-`)「……?」
 
 
.

397 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:51:45 ID:BbVnuM3IO
 
 
 突然の内藤の告白の意味を、ショボンは全く理解できなかった。
 それもそうだ。
 良識のあるアラマキに説明するのでさえ多大な手間を要したのだから、
 狂気、拒絶で満ちているショボンに一言言っただけで、理解できるはずがない。
 
 ショボンは暫く内藤の言葉を吟味してみたが、やはり意味はわからなかった。
 ショボンは鼻で笑った。
 
 
(´・ω・`)「――で?」
 
( ;ω;)「あんたが、『拒絶』の連中が現実とかいろいろ拒むんだから、
      そのなにもかもから消したんだお、
      『なにもかも』という僕の小説から!
      『なにもかもから目を背けるための小説』から!」
 
(´・ω・`)「(小説……?)
.      ならばこうしよう」
 
(´・ω・`)「『その小説には「拒絶」が登場する』ようにね」
 
 
(´・ω・`)「それで満足かい?」
 
 半ば呆れ気味に、ショボンはそう言った。
 内藤が何を言っているのかわからないから、
 とりあえずその話を終わらせようとしたのだ。
 
 
 
.

398 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:55:42 ID:BbVnuM3IO
 
 
 ――しかし、ショボンの予想は大きくはずれた。
 涙目だった内藤が、急に強く腕を上に突き上げたのだ。
 
 これにはショボンも当惑した。
 
 
( ^ω^)「―――もらったッ!」
 
(;´・ω・`)「………は?」
 
 
( ^ω^)「ハインリッヒ!!」
 
从 ;Д从
 
 内藤はハインリッヒをもう一度見た。
 見るに耐えない姿で、まだ泣いている。
 心が痛む光景だが、内藤はその気持ちを無理矢理押しとどめた。
 
 
( ^ω^)「ショボンが原作に登場する以上、こいつは〝倒せる〟!
      『現実』から離れた小説じゃ、『現実』なんて関係ないんだお!」
 
(´・ω・`)「?」
 
(;^ω^)「あーだから、つまり『英雄』であるハインリッヒは
      ショボンとの対戦でもその補正がつく!」
 
 
从 ;Д从
 
 
 
.

399 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 21:57:58 ID:BbVnuM3IO
 
 
(;^ω^)「『なにもかもから優先される』英雄が、負けるわけないんだお!」
 
(;´・ω・`)「(よくわからないが――)『やっぱり今のは――」
 
 
 
(;^ω^)「どんなピンチでもはねのける『英雄』だろ!」
 
 
 
 ――このとき。
 
 
 
( ;゚ω゚)「『拒絶』に打ち勝てええええええええええええええええええええッッ!」
 
 
 
 
 ――内藤の脳裏には、ある赤髪の少女が映っていた。
 
 
 
 
 
.

400 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:03:02 ID:BbVnuM3IO
ちょっと休憩します。
ここに来て「ん?」と思う人もいらっしゃるかもですが、ショボン戦はまだ終わりません。
回収すべき伏線は残っているので、蟠りを感じた人はとりあえずそこまで待っていただけたら。

401名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 22:04:23 ID:cDhsb3Y60
これが生殺しか

402名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 22:11:47 ID:nT5Q/UwsO
イツワリ警部の人ですよね?

403 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:40:00 ID:BbVnuM3IO
このまま投下しきれると願う

404 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:40:45 ID:BbVnuM3IO
 
 
 

 
 
从 ;Д从
 
 
 自分は、『英雄』だ。
 勧善懲悪を体現する『正義』だ。
 
 どんな姑息な手段にも耐える精神力、
 どんな辛辣な攻撃にも耐える防御力、
 どんな現実をも受け止める覚悟。
 
 その全てがあってこその、真の『英雄』であり、真の『正義』だ。
 
 『悪役』に負けるということは、
 自分のなかのなにかが劣っていたということだ。
 すなわちそれは『英雄』ではない。
 
 『英雄』である以上、なにかが劣っているはずはない。
 つまり、それは『悪役』に負けるはずがないということ。
 
 
 
 『英雄』は、戦う前から勝っている。
 
 
 
.

405 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:41:27 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
 負けている自分は、何だ?
 負けている自分は、『英雄』か?
 負けている自分は、『正義』か?
 
 負けている自分は―――
 
 
 
 
 
 
 ――いや、負けてはいない。
 負けてはいないから、自分は『英雄』で『正義』だ。
 
 
 
 
.

406 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:42:41 ID:BbVnuM3IO
 
 
 

 
 
 
 
从 ;Д从
 
 
 
从 ;Д从「………ほん……と…う………?」
 
 
(;^ω^)「!」
 
(;´゚ω゚`)「!? ばかな、『口は利けない』はずだろ!!」
 
 
 苦しみにも耐え、かろうじて発したハインリッヒの声は、
 内藤には正義の再来を、
 ショボンには拒絶の帰結を。
 それぞれを、それぞれに与えた。
 
 悲鳴によって喉が潰れ、痛覚によって意識ができない。
 そんなハインリッヒが声を発することができるわけがない。
 
 ショボンはそう思うも、『ハインリッヒは声帯を失っていた』ような『現実』を作り出した。
 しかし、ハインリッヒは続けて呻き声に似た泣き声をあげていた。
 これはショボンにとって意外以外の何ものでもなかった。
 
 
(;´・ω・`)「(ありえない、『現実』には逆らえないんだぞ!)」
 
 
 
.

407 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:47:39 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
(;^ω^)「(危険な賭けだったけど――成功した!)」
 
 一方の内藤は、隠れてちいさなガッツポーズを示した。
 
 実は、内藤はハインリッヒとアラマキの試合の頃から、ある種の可能性を見出していた。
 ――優先能力の使えるハインリッヒなら、もしかすると〝あの〟能力も使えるのではないか。
 原作ではでていていない能力だが、『英雄の優先』は既に使っている。
 
 だからこそ、内藤はこの〝賭け〟をしてみたのだ。
 
 実のところ、内藤にはショボンに自分が『作者』であることを
 告げたことに関して、意味があるとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。
 内藤は〝別のこと〟を、それもショボンにではなくハインリッヒに示唆したかった。
 
 
 それは、昨日のこと。
 赤髪の少女、ヒート=カゲキは、『脚本』を『脚色』したではないか。
 
 
.

408 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:53:18 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
 
 ノハ;⊿;)『――ヒーローは負けちゃだめなんだよおおおおおおおおッ!!』
 
 
 
 
 『英雄は負けない』という、『大団円』。
 
 
 
 この時点で、〝あの能力〟がハインリッヒについたのではないか。
 今はついてなくても、つくための条件は整っていたのではないか。
 ただ本人が、そうなっていることに気がついてないだけではないのか。
 
 内藤は、そう思ってこの賭けを実行した。
 「伏線」とは、たとえそれが張られた時点で物事が成立していても、
 「回収」されなければそれが生かされることは一切なくなる。
 内藤は小説家でもあるため、それをよく知っていた。
 
 だから、内藤はショボンへの告白を理由に
 ハインリッヒに張られていた「伏線」を、「回収」した。
 
 
 
 全ては、ハインリッヒに『大団円』を知らせるために―――。
 
 
 
 
 
.

409 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:54:07 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
(;´・ω・`)「『実は四肢を失ってる』んだぞハインリッヒは! 口が利けるはず――」
 
从 ;∀从「………」
 
 
从 ゚∀从「……立てた、ぞ」
 
(;´・ω・`)「ッ!?」
 
 
 
(;^ω^)「(ッ! 成功したお!
      〝原作には出していないボツ設定〟――)」
 
 
 
 
 
.

410 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:55:59 ID:BbVnuM3IO
 
 
 
从 ゚∀从「――これより」
 
 
 
 
 
从 ゚∀从「【正義の執行《ヒーローズ・ワールド》】を開始する!」
 
 
( ^ω^)「(――『英雄』が負けない『世界』を創り出す《特殊能力》への覚醒!!)」
 
 
 
 
 ハインリッヒの瞳には、やはり紅い欠けた月が浮かんでいた。
 
 
 
 
 
.

411 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:57:52 ID:BbVnuM3IO
 
 
 

 
 
 透き通った碧色の液体がこぽこぽ気泡を発していた。
 特殊な気体と酸素を合成させたものが液体のなかを満たしていた。
 四辺が二メートルの土台に高さが五メートルあるその箱のなかには、
 左腕を失ったアラマキがぷかぷかと浮き沈みを繰り返していた。
 
 箱の天井から吊された紐で躯が横になったり回転しないよう固定されている。
 酸素マスクなどは取り付けられていないが、アラマキは別段苦しそうではなかった。
 ただ無言で、寝ているにも近い意識を保っていた。
 
 ガラスを隔てた先は、暗い鼠色の壁が四方を覆う研究施設のようなものだった。
 巨大なモニターがいくつも並び、表示のないボタンが数百個と並んでいる。
 観葉植物が置かれている程度で、その他のインテリアらしきインテリアはなかった。
 
 気泡がこぽこぽと音を発し続ける。
 アラマキは身体の回復を実感していた。
 
 この液体のなかに浸かっていると、なぜか力が出ない。
 しかし、その分回復速度が通常の倍以上になっていることは実感していた。
 
 
/ ,' 3「……」
 
 その心地よさに、アラマキはうとうとしていた。
 意識が飛びそうで、睡魔が襲いかかってくるのだ。
 それは回復している証拠とも言えるが、寝たくはなかった。
 
 共闘を臨むとは言っても、ここは敵地であり、
 まして今は行動不可能な状態である。
 いま更なる無防備をさらけ出すのは、いいのだろうか。
 アラマキは、そんな不安を抱いていた。
 
 
.

412 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:58:57 ID:BbVnuM3IO
 
 
 しかし、この液体が回復力を持っていることは間違い無さそうだった。
 もしゼウスがアラマキを襲うつもりなら、硫酸のなかにでも投じるだろう。
 本当に回復させてくれている以上は、
 今は本当に敵意がないと見ても問題はなかった。
 
 
/ ,' 3「……」
 
 
爪゚ー゚)
 
 この暗い部屋の唯一の扉が、開かれた。
 モノトーンカラーのメイド服で包まれたメイドが部屋に入ってきた。
 アラマキはなぜか反射的に寝ているふりをした。
 特に意味はないのだが、目が合うと
 なにかされるかもしれない、と思ったのだ。
 
 そのおかげで、メイドはアラマキが寝ているものだと思った。
 メイドはアラマキの入っている水槽に近寄ることはなかった。
 
 アラマキの水槽の横を通り越して、彼女は部屋の奥に行った。
 紐で簡単ながらも固定されている以上、後ろには向きづらい。
 アラマキは耳だけで、メイドの動向を探った。
 
 
.

413 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 22:59:50 ID:BbVnuM3IO
 
 
 もう自分が回復しているのを知っていて、
 今から自分を水槽から出すのだろうか、と思った。
 
 それか、自分以外の誰かもこの水槽に浸かっていて、
 その人をすくい上げるのだろうか、とも。
 
 しかし、アラマキはこの部屋に他の人間の存在を認識していない。
 たとえ息を潜めていたとしても、気配でわかるのだ。
 ならば前者か、と思い目を開いたときだ。
 
 
爪゚ー゚)「『マザー』。死傷者一名が出ました。白骨化したようです」
 
/ ,' 3「……?」
 
 後ろの方で、メイドの声が聞こえた。
 アラマキはその言葉の意味を理解できなかった。
 
 『マザー』とは誰だ。
 死傷者とはどういうことだ。
 
 その答えを解けないうちに、足音が〝ふたつ〟聞こえた。
 はっとしてアラマキは再び眠ったふりをした。
 
 
.

414 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 23:00:46 ID:BbVnuM3IO
 
 
 二人の人間が出口に向かっているのを足音で察した。
 こちらに背を向けているだろうと思い、目を開いた。
 すると、アラマキは驚愕の光景を目の当たりにした。
 
 
爪゚ー゚)
爪゚ー゚)
 
/ ,' 3「…!」
 
 
 扉がぱたんと閉められ、二人いたメイドは去っていった。
 しかし、一瞬見たその光景が網膜から消えることはなかった。
 一人しかいなかったメイドが、二人に増えたのだ。
 
 服装も顔立ちも身長も同じ。
 歩行速度も足音の大きさも同じ。
 クローン以上の、完全な増殖だった。
 
 そして、そうなってくると『マザー』の所為か、とわかった。
 この部屋には『マザー』と呼ばれるなにかがある。
 そのなにかの存在が、気になって仕方がなかった。
 
 
.

415 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 23:02:24 ID:BbVnuM3IO
 
 
 アラマキは入らない力を無理矢理入れて、箱の天井に向かった。
 ガラスを割って出ることもできなくはないのだが、
 どうしても後のことを考えると穏便に脱出したかった。
 
 紐を手繰り寄せ、上へと向かっていく。
 隻腕がこれほど辛いものとは、とアラマキは胸中でぼやいた。
 
 隻腕になることでの、精神的ショックはあまりなかった。
 いつかはこうなる『運命』だった、と覚悟していたのだ。
 今更四肢のうちひとつを失っても、あまり気にならなかった。
 
 
 天井の蓋をはずして、アラマキは外の空気を吸った。
 液体に浸かっていた頃と大差ない感覚だった。
 相違点は、液体のなかでは浮力があったので、
 どうも身体が重く感じるということくらいだった。
 
 服を触っても肌を触っても、なぜか濡れていない。
 不思議な気持ちになりながらも、アラマキはそこで
 自身の回復を身を持って理解した。
 右腕をまわして見たが、いたって良好だった。
 
 
/ ,' 3「(回復こそできたが……)」
 
 感動の余韻にひたるのもほどほどに、
 アラマキは後ろにいるであろう『マザー』の方を向いた。
 
 
.

416 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 23:03:45 ID:BbVnuM3IO
 
 
 この部屋にはアラマキが浸かっていたのと同じ水槽が十五個あった。
 しかし、その奥には、ひときわ大きなそれが聳え立っていた。
 
 そのなかには、人が吊されていた。
 身体の大きさはメイドと同じくらいで、
 全身が裸になっていることがわかった。
 
 その人は俯いていて、顔まではよく見えない。
 しかし女性であることはわかった。
 彼女が『マザー』か、と推測はできたが、
 いったい彼女がどうやってメイドを増やしたのかがわからなかった。
 
 近寄って顔だけでも拝もう、
 そう思った直後、アラマキは扉が開かれるのを察知し、
 身体の向きを前方に持って行って、『マザー』には気づいてないふりをした。
 
 扉の向こうから、メイドがやってきた。
 アラマキを水槽から出そうとしたようだった。
 視線があった矢先、彼女は口を開いた。
 
 
爪゚ー゚)「お加減は如何ですか」
 
/ ,' 3「もう大丈夫じゃよ」
 
 メイドはアラマキが『マザー』の存在を
 知ったことを察していなかった。
 アラマキは助かったと思った。
 
 
.

417 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 23:04:37 ID:BbVnuM3IO
 
 
爪゚ー゚)「では義手を付けるので――」
 
/ ,' 3「結構じゃ」
 
爪゚ー゚)「……?」
 
/ ,' 3「義手なんてもんはいらん。それよりも――」
 
 
 
/ ,' 3「儂を、外にまで案内しとくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

418 ◆qQn9znm1mg:2012/07/28(土) 23:09:35 ID:BbVnuM3IO
以上で二部第七話「vs【ご都合主義】Ⅲ」おしまいです。

これからのために補足をすると、【ご都合主義】は
『拒絶』全体で見るとちょうど真ん中くらいの強さです。
解釈の違いもあり、発動速度が思考相当であるものばかりなので
明確な順位付けはできないのですが、私の解釈で言えばそうなります。

今回も読んでいただきありがとうございました。

419名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 23:26:26 ID:cDhsb3Y60
乙ですたい。

420名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 23:32:39 ID:4784m5Wc0


421名も無きAAのようです:2012/07/29(日) 22:01:27 ID:km4Rsmuc0

後出しじゃんけんぱねぇ

422名も無きAAのようです:2012/08/30(木) 16:39:23 ID:R.W//pcM0
待ってるぞー

423名も無きAAのようです:2012/08/31(金) 00:41:49 ID:IGsGYZZ20
やっぱ能力設定強くしすぎて展開作り辛いのかね

424 ◆qQn9znm1mg:2012/08/31(金) 18:24:37 ID:1jqRTEaMO
お話そのものの書きためは進んでいるのですが、なかなか投下する機会がない、そんなところです。
更新情報などを知りたい場合は、以下のURLをご覧ください。

http://twtr.jp/user/__itsuwari

425名も無きAAのようです:2012/09/01(土) 13:31:49 ID:VEs59DbY0
わたーしまーつーわ

426 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:12:35 ID:eyPpfk3IO
 
 
○登場人物と能力の説明
 
( ^ω^)
→この世界の『作者』。
 
/ ,' 3 【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】
→あらゆる力及び力の法則を『解除』する《特殊能力》。
 
从 ゚∀从 【正義の執行《ヒーローズ・ワールド》】
→とある『脚色家』により《特殊能力》が改竄された『英雄』。
 
( <●><●>) 【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】
→相手の手負いを『連鎖』させる《特殊能力》。
 
(´・ω・`) 【ご都合主義《エソラゴト》】
→『絵空事』を『現実』に変える、もしくは『現実』を都合よくねじ曲げる《拒絶能力》。
 
( ・∀・) 【常識破り《フェイク・シェイク》】
→自然のうちに『嘘』を混ぜる《拒絶能力》。
 
从'ー'从 【???】
→ゼウスを完封した『拒絶』の少女。
 
 
.

427 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:13:25 ID:eyPpfk3IO
 
 
○前回までのアクション
 
( ^ω^)
从 ゚∀从
(´・ω・`)
→戦闘中
 
( <●><●>)
从'ー'从
→戦闘終了
 
/ ,' 3
→療養完了
 
( ´_ゝ`)
( ´ー`)
→対話終了
 
 
.

428 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:15:06 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
  第八話「vs【ご都合主義】Ⅳ」
 
 
 
 ショボン=ルートリッヒは、平均的な収入で
 そこそこの幸福を持つ凡人の両親から生まれた。
 
 庭に出れば青々とした芝生が靴を包み込み、
 父親が趣味の日曜大工で造ったブランコに乗って前後に揺れ、
 学校から帰ればまず真っ先にペットの子猫を可愛がった、
 そんな、ふつうの少年だった。
 
 小学校では、時に涙し、時に怒って喧嘩して親を呼び出すこともあり、
 授業を聞かず友人と雑談に時間を費やして、
 給食では嫌いな食材を残してはこっそり捨てていた。
 
 どこにでもいる少年だったショボンは、
 いくつもの『現実』を知った。
 
 人を叩けば相手は泣いて、自分が怒られる。
 そして叩いた手は痛みを覚えるが、快感も覚える。
 
 授業を無視していたらテストの出来がよくならないことにも気がついた。
 その友人も同様にテストの結果がよろしくないことを知った。
 
 ピーマンは苦いし、トマトは酸っぱい。
 栄養価の話をされても実感がわかなかったが、それが『現実』だった。
 
 だが、小学校にいた頃の彼は
 「なにが『現実』なのか」
 「『現実』から目を背けるとはどういうことか」
 など、哲学めいた思考を抱くことはなかった。
 
 思考能力がそこまで発達していなかったこともあるし、
 なにより、当時のショボンはいたってふつうの少年だったのだ。
 ただ惰性的に流れて行くこれが『現実』であるということしか意識になかった。
 
 
.

429 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:16:47 ID:eyPpfk3IO
 
 
 ならば、中学校でそんな発想を抱いたのか。
 教諭から入れ知恵されたのか。それも違った。
 
 中学校にあがってもショボンは相変わらず『現実』を謳歌する愚者の一人にすぎなかった。
 『現実』に大して価値があると思えないことを薄々感づいてはいたが、
 そのことに触れてはいけないであろうことを動物的に察していた。
 
 ショボンはふつうに恋をし、失恋した時の胸の痛みを知った。
 ショボンはふつうに勉強をし、ケアレスミスの憎らしさを知った。
 ショボンはふつうに異性を意識し、胸のうちの蟠りに悩むこともあった。
 
 そんななか、少しずつ、彼の中の穏やかな
 『現実』は息を潜めていくことになっていた。
 
 
(´・ω・`)『(こんな生活を続けて、何になるっていうんだ?)』
 
 
 最初にショボンが抱いた負への感情はそれだった。
 ある日の放課後、帰り道をうつむきながら歩いている時にふと思ったのだ。
 
 河川敷に転がる石ころを蹴飛ばして、歩を進める。
 しかし、いくら石を転がせど、思考は詰まるばかりである。
 
 「幸福を得るためか?」
 「自分を満たすためか?」
 「人を救い笑顔にさせるためか?」
 
 そんな、いくつもの考えが浮かぶ中、
 これといった一つの答えやそういったものは一切浮かぶことはなかった。
 「人はなぜ生きるのか」など、未だに解明されない哲学の根本的思考であるため、
 中学校のショボンにそれが解き明かされるはずはないのだ。
 
 
.

430 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:18:10 ID:eyPpfk3IO
 
 一般の中学生なら、そこで面倒くさがって思考を練らすのをやめるだろう。
 だが、ショボンは違った。
 彼は、論が行き詰まれば、次はその矛先の向きを変えればいい、と思ってしまった。
 彼の場合、それが『現実』への考察だった。
 
 「人生は楽あれば苦もある」と言うのに、世の中には満足に食物を得られない人もいる。
 「助け合いの社会」と授業で習ったのに、決まって得をするのは
 権力、財力、腕力、組織力を持っている黒服の連中だ。
 
 生徒を思いやると明言している教諭も、
 結局は親の反抗を恐れ縮こまっているだけの、
 典型的な「自分が一番可愛い」人間だった。
 
 どんなに異性のことを好きになっても、
 当人から無茶な要求をされては好意は途端に萎えてしまう。
 所詮恋人など、価値のない『現実』を都合がいいように
 過ごすための糧に過ぎないのだ、とショボンはわかった。
 
 子孫を残してなにになる。
 体裁を保つことがどう生へと繋がる。
 自分を持ち上げることにいったいどんなメリットがある、と。
 
 
 
(´・ω・`)『(……そして、逃げてる人ばっかりだ)』
 
 それは、ある日のテストの返却日に思ったことだった。
 自分は可もなく不可もない点数だった。
 だが、クラスには当然不可な点数の者もいる。
 
 彼らが、口々に叫ぶのだ。
 「やばい」「どうしよう」など、と。
 そのたび、ショボンは苛立ちを抑えていた。
 
 
.

431 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:19:21 ID:eyPpfk3IO
 
 
(´・ω・`)『(だったら勉強をすりゃあいいじゃないか)』
 
 ショボンのテストの点数は特に誇れるものでもなかったが、
 逆に隠すほどのものでもない、平凡なものだった。
 
 この時は既に勉強に対する価値観を見いだせなくなっていた時で、
 「受験のためだ」「今後のためだ」などと言われても、
 学習のために本腰入れて鉛筆を握ろうなどとは思わなかった。
 
 堕落した『現実』が基となって初めて意味が生まれる学習、
 つまり『現実』に意味がなければ学習にも意味がない、
 そんないいわけじみたことを本気で思っていたのだ。
 
 
 ショボンは、そのクラスメートの心中を知っていた。
 本当にこの点数の低さを嘆いているわけではない。
 
 自分は学習ができないという目の前の『現実』から、
 それを笑いに変えることで気分的に逃避するという典型的な現実逃避のひとつであり、
 そしてそのクラスメートの内心では「この点数では危ない」から
 「この点数でも問題ない」と暗示をかけようとしていることも同時にわかっていた。
 
 ショボンの思考を知る由もないクラスメートは、尚も続ける。
 「自分は勉強してないのにこの点数だ」
 「ほぼ勘なのに正答率が高い」などと。
 ショボンは更に苛立ちを覚えた。
 
 結果において、過程の有無や苦労などは全く関係がなく、
 過程によってその結果に価値観が変わるなどというのは全くの論外だ、
 「本当は自分は賢い」などと婉曲に言い、空虚な名声を得ようとするだけの愚行だ、と。
 
 
.

432 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:20:17 ID:eyPpfk3IO
 
 
(    )『まじやべー。俺明日から勉強するわ』
 
(´・ω・`)『……』
 
 床に面する足に力が入る。
 持っていた答案用紙が、机上にはらりとおちる。
 ショボンの視線は、徐々に彼らの方に釘付けされていった。
 
 
(    )『俺実はやればできるし』
 
(    )『うちもうちも』
 
(´・ω・`)『……』
 
 
 
 
 ショボンの口が、ゆっくり開かれた。
 
 
 
(´・ω・`)『……ばかだ』
 
(    )『は?』
 
 
 存外、そのクラスメートの反応は速かった。
 クラスの寝ていない生徒は皆ショボンの方を向いた。
 日頃ならそのプレッシャーで心臓が苦しくなるショボンでも、
 その時に限っては微塵にもプレッシャーなど感じなかった。
 
 
.

433 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:21:36 ID:eyPpfk3IO
 
 
(´・ω・`)『やれ勘だの、ノー勉だの、明日からだの。
.      あたかも自分は賢いみたいな絵空事を並べるなと言っているんだ』
 
(    )『……は?』
 
(    )『なに言ってんのこいつ……』
 
 男子の隣の女子が、ちいさく呟いた。
 ショボンにそう言われた男子は、眉間にしわを寄せ、
 先ほどまで笑っていた表情はいつの間にかどこかに飛んでいっていた。
 体の向きをショボンに向け、じっと睨む体勢に入っている。
 
 
(´・ω・`)『「自分がばかだ」と云う「現実」を棚に上げて他人と比べるのもばかばかしい。
.      「現実」を甘受できない輩が高得点をとれるわけもないだろう。
.      それをばかだ、と言ってるんだ』
 
(    )『……』
 
(´・ω・`)『自分の賢さに言及するなら、結果を出してから言え。
.      非常に不愉快だ』
 
 クラスの空気は、いつの間にか固まっていた。
 先生も面食らった様子でショボンをみていた。
 
 普段は物静かで授業中に声を発することなどないショボンが
 このように流暢に、しかも不良生徒に対して
 言葉を発したことがあまりにも意外だったのだ。
 
 当然、クラスメートも当惑する。
 言われた本人なんか、怒りを通り越して呆れた様子でショボンを睨んでいた。
 ほうっておけば、取っ組み合いの喧嘩でもはじまりそうな雰囲気だった。
 
 不安に思った先生が言葉を発そうとしたが、
 先に男子生徒が口を開いた。
 
 
 
(    )『ショボンはどうだったんだよ』
 
 
.

434 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:23:46 ID:eyPpfk3IO
 
 まだこの男子は物事の分別ができる生徒だった。
 こみ上げてくる怒りを抑え、ショボンにそう問うたのだった。
 怒りが混じった笑顔でそう聞かれたが、ショボンにとって
 その質問は的をはずしているにもほどがあるとしか思えなかった。
 
 今の自分の言葉と点数は全く関連性がない。
 説得力がなければ言葉に真理は伴わないわけがないのだ。
 しかし、男子生徒は説得力がなければ言葉を理解できない
 程度の知能の持ち主であることを、ショボンは言ってから理解した。
 
(´・ω・`)『僕の点数と今の言葉、関――』
 
(    )『何点だったんだよって』
 
 男子の表情から笑みが消えた。
 御託は並べなくていいから、早く自分を納得させろ、と言いたいのだ。
 非論理的で、感情に左右されるだけの下等な人間だとショボンは思った。
 
 しかし、この状況下では理屈や論拠よりも
 ものを言うのは組織力、腕力、そして周囲からの評価なのだ。
 
 自然と早口になるショボンだが、男子はショボンの言葉に
 耳を傾けずにただ点数を言うよう催促してくるのみだった。
 だからか、ショボンの耳は若干赤みを帯びてきた。
 
 それを見たのか、先生が止めに入った。
 だが、ショボンが思っている男子の非論理的な思考を注意するもの
 ではなく、ただ「休み時間にして」と、逃げるようなものだった。
 
 男子は舌打ちをしてショボンを横目で睨みながら、前の方を向いた。
 股を広げ頬杖をつき不機嫌そうな顔を見せるまさに不遜な態度だった。
 
 先生は〝ひとまず〟危険を回避できたことを喜んだ。
 自分に火の粉が降りかからなければ、それでいいのだ。
 ショボンは先生を恨んだ。
 
 
(    )『えー、今回の平均点は――』
 
(´・ω・`)『……』
 
 
.

435 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:26:03 ID:eyPpfk3IO
 
 

 
 
 その授業は四限目で、次は昼休みだ。
 普段から一人で昼食をとるショボンだが、
 その日に限って周囲を男子生徒が取り囲んでいた。
 
 といっても、カッターシャツをズボンからはみ出させ、
 目を細めて眉を上下させているような連中だった。
 ショボンは彼らが何のつもりかわかっていたが、知らぬ振りをしていた。
 自分はなにも悪くないと思っていたのだ。
 
 
(    )『見せろよ、ほら』
 
(´・ω・`)『……君は人の昼――』
 
(    )『いいから見せろっつってんだよ』
 
(    )『もししょぼかったらしばくぞコラ』
 
(    )『陰キャラのくせに嘗めた口利いてよ』
 
(    )『調子のんなよカスが』
 
 ショボンの声など、彼らの耳にまで届くはずがなかった。
 自分こそが絶対的存在だと思いこんでいる集団なのだ、
 たとえ論理的にはショボンの主張が正しくても、決してそれを認めない。
 なぜ論理的なのか非論理的なのかすらわからないのだ、彼らは。
 
(´-ω-`)『話すだけ無――』
 
(    )『嘗めとんのかァァ!』
 
 ショボンが彼らを無視して箸を動かし始めた途端、
 当の男子生徒は堪忍袋の尾が切れた。
 
 ショボンの机にかけていた足で、一気に机を弁当もろとも蹴り飛ばしたのだ。
 弁当箱やその中身、そして机の中に入ってあった教科書類やプリントが散乱した。
 日頃のショボンなら知能指数の足りないガキだ、程度にしか思わないのだが、
 今回に限ってはそうとも言えなかった。
 
 
 
 机の中に隠してあったショボンの答案用紙が、
 はらりと出てきてしまったのだ。
 
.

436 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:27:32 ID:eyPpfk3IO
 
 ショボンは、自分の点数が決して高くないのを恥じ、
 同時に説得力を落としたくないがために隠していたのではない。
 この点数でこの男子に見せれば、必ずつけあがるであろうと
 予測が容易にできていたから、に他ならなかったのだ。
 
 そして、ショボンの予想は的中した。
 強奪するようにそれを取り上げた一人の生徒が、点数を読み上げた。
 すると、笑うどころか一同は「はァ!?」と声をあげた。
 
 
(    )『自分もとれてねぇくせに意気がんなよ糞が!』
 
(;´-ω・`)『いた…ッ』
 
(    )『まじうぜーんだよカスが!』
 
(    )『ちょっと裏までこいや』
 
(;´・ω・`)『待て……』
 
(    )『誰に「待て」だァァ!?』
 
(;´ ω・`)『うが…』
 
 
 ショボンにヘッドロックをかけた生徒が、ショボンの足を思い切り踏んだ。
 ショボンの服に飛んだ卵焼きなどを払うこともなく、
 彼らは他の一般のクラスメートに目も暮れず
 ショボンを皆で囲みながら、校舎裏へと向かった。
 
 ショボンを見るものは多かったが、
 誰も決して彼を助けようとはしなかった。
 
 校舎裏に着いたあとは、連中は荒れ放題だった。
 連中の一人が周囲の見張りをして、残りの皆で
 地に横たわるショボンの腹や背、顔、脚をひたすらに蹴り続けた。
 
 ショボンの服が泥で汚れることなど全く考慮していない。
 この中学校ではデフォルトで下靴を履くため、靴の裏は泥まみれだ。
 ある男子なんか、ショボンの顔を真正面から靴で踏みつけたりもしていた。
 
 
.

437 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:29:25 ID:eyPpfk3IO
 
 
(    )『……まじ、うっぜェんだよ』
 
(´゙ω#、)
 
 
 ショボンは、先ほどまでの威勢はどこへやら、
 すっかり丸まって、なんとか蹴りから身を守ろうとしていた。
 それが男たちにとっては滑稽で、また、余計に立腹させるものだった。
 
 ある者は、果たして校内のどこにそのようなものがあるのか、
 鉄パイプを数本持ってきて、それをほかの男子に配り始めもした。
 背を向けて横たわるショボンの背中を、その鉄パイプで散々に殴りつけた。
 背中を殴られるたびに、信じがたい痛みがショボンを襲った。
 
 骨が折れそうな感触が、断続的に続くのだ。
 悲鳴を上げることすらままならなかった。
 
 その痛みが終わりを告げたのは、
 見張りの男子生徒が慌てた様子で先生の接近を知らせにきた時だった。
 ショボンが楯突いた生徒はショボンに唾を吐き捨て、
 皆はぞろぞろと逃げるようにそこから去っていった。
 
 だが、全身に激しい痛みを感じているショボンが、動けるはずもない。
 だから結局、先生が来るまでもただもがく程度しかできなかった。
 
 
 
(    )『ど、どうしたんだ』
 
(´゙ω#,)
 
 四限目の、ショボンを見捨てた先生だった。
 だが、ショボンはそれが誰なのか認識すらできなかった。
 ただ、誰かが自分の手を握っていることしかわからなかった。
 
 
.

438 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:30:48 ID:eyPpfk3IO
 
 先生はショボンの身に降りかかっている危険を少ししてから気づき、
 一人でショボンを保健室へと運んでいった。
 
 普通なら病院に緊急搬送しなければならないレベルの
 怪我なのに、学校側はそれをしようとしなかった。
 後からショボンが聞いた話、どうやら学校は
 校内での暴力事件がばれることを隠しておきたかったそうだ。
 
 だから、ショボンは割に合わない手当しか受けることができなかった。
 大きな痣に、それの三分の一もない程度の絆創膏を貼られるのが普通だった。
 
 保健室で一時間寝かせたあと、ショボンは教室に戻るよう命じられた。
 冗談じゃない、とショボンは思った。
 まだ身体の節々が痛いのだ。
 
 だが、それを先生が許さなかった。
 ショボンはますます理不尽さを感じていった。
 
 結局、体が悲鳴を上げるのを決死の覚悟で堪えて、教室に戻った。
 先生にも理屈が通じないことは既に知っていたからだ。
 
 教室に戻ったとき、誰一人としてショボンを案じる者はいなかったし、
 また誰の仕業かはわかっても口にしようとする者はいなかった。
 先生もショボンを気遣う素振りを見せず、席に就くよう促すだけだった。
 
 
 ショボンはこみ上げる理不尽を抑えるだけで精一杯だった。
 
 
 
.

439 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:33:22 ID:eyPpfk3IO
 
 
 

 
 
 問題は、それから数週間後だった。
 父と母が離婚し、自分を引き取った母が三日後に死んだ。
 
 突然の出来事だった。
 喧嘩別れでもしたのかと思った直後での事件だった。
 
 どうやら、母が難病を負ったと夫に話した途端に、夫は「治療費で金が
 かかるのはごめんだ」とのみ言い残して、霞のように去っていったとのことだった。
 
 学校で孤立する日々が続く中で、家は唯一の心の拠り所だった。
 それがこうも呆気なく潰れてしまい、ショボンは精神的に苦痛を感じるようになった。
 
 
 そして、そのせいでショボンは根暗になっていった。
 だが、学校の連中に言わせれば例の男子集団からの
 暴力や虐めが原因でそうなったのだろう、となる。
 
 ショボンにとってはそれはとんだ見当違いなのだが、それを例の男子集団が信じるはずもない。
 むしろ、自分たちの行動が結果を生みだしつつあるのか、と成果を実感して、快感を得ていたほどだ。
 弱者を痛めつけ、虚構の優越感に浸る――いつの時間軸でもどんな世界観でも、見られるものだ。
 
 
 だからだろうか。
 ショボンへの虐めが、この日を境にヒートアップしていった。
 机の上に糊や雑巾やチョークの粉をつけるのは当然。
 弁当箱のなかに大量の砂を盛ったり、筆箱の中身
 を全部破損させてノートを粉々にしたりもしていた。
 
 
.

440 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:35:52 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
 そういった日々が一週間続いた頃。
 ショボンは、ついに狂(おか)しくなった。
 
 
 
( ゙゚ω(#`)『(チクショウチクショウチクショウチクショウチクショウチ
      クショウチクショウチクショウチクショウチクショウチクシ
      ョウチクショウチクショウチクショウチクショウチクショウ
      チクショウチクショウチクショウッ!! チクショウ!!)』
 
( ゙゚ω(#`)『(おれのなにが悪いんだ! なにが間違ってるんだ! どれも正しいだろ!!)』
 
( ゙゚ω(#`)『(許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ
      許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ許さねえ!!)』
 
 
 
 手に取ったものは全部壊した。
 
 花瓶は割り、窓ガラスも割った。
 椅子を振り回して壁に穴を空けもした。
 電灯は既に粉々に砕け散っていた。
 
 肌も切りまくった。
 血をよく流していた。
 毛は乱暴にかきむしり、引っこ抜いた。
 
 それでもショボンは、精神が元に戻ることはなかった。
 一度壊したものは決して元に戻らないし、
 一度つけた傷跡は決して消えることはない。
 そして、こんな出来事があったことを忘れることなど、断じてあり得ない。
 
 
.

441 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:37:20 ID:eyPpfk3IO
 
 ショボンは毎日、荒れに荒れた。
 いま自分が立って、息をして、視界を認識して、手をぶら下げて、
 空気の流れを肌で感じて、腐ったものの臭いを嗅ぎ、
 口の中の血の味を覚え、足下に散らばるガラスの破片を踏んで痛がり、
 それでも尚流れ続ける『現実』の意味がわからなかった。
 
 人はなにを目的に生きるのか、から始まった彼の『現実』への考察は、
 やがて強大な『現実』への憎しみへと変貌を遂げてしまった。
 
 なぜ自分は苦しい。
 なぜ自分は泣いている。
 なぜ自分は痛がっている。
 なぜこのような『現実』が起こっている。
 この『現実』は「虚像」ではないのか。
 紛れもない「現実」だというのか。
 
 この自分が痛み嘆き悲しみ憎しみ、
 そして拒絶しなければならない「現実」などあり得るのか。
 なぜ人並みの幸福を得られないのだ。
 どこで道を踏み違えてしまったのだ。
 
 やがて、ショボンは考えを改めた。
 ここのところで彼が一番安堵を感じた瞬間だった。
 
 
( ゙゚ω(#`)『……あー』
 
 刃の方を握って持っていた包丁がぽろっと落ちて、床で跳ねた。
 その音の少し後で、ショボンは唸った。
 血飛沫が付着した天井を数秒間見つめた。
 
 そして、答えが、出された。
 それはショボンにとって最善の『絵空事』で、
 
 
 ―――そして、最悪な【ご都合主義】へと繋がる発想であった。
 
 
 
( ゙゚ω(#`)『……そうか、これは「現実」じゃないんだ、「絵空事」なんだ』
 
( ゙゚ω(#`)『僕が妄想の中で悲劇の主人公を演じてるだけに過ぎない、「虚像」なんだ』
 
 
.

442 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:39:58 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
 ショボンは狂ったように続けた。
 
 
( ゙゚ω(#`)『本当の僕は、「現実」での僕は、暖かい家庭でにこやかに笑む両親と
      ともに食事をとって、その後はペットの猫と庭でじゃれ合い、
      学校にいけば何人もの友だちと遊んで常に笑ってるんだよ』
 
( ゙゚ω(#`)『今のここにあるものは全て「虚像」なんだ』
 
( ゙゚ω(#`)『「現実」は「僕はこんな廃人じゃない」んだ』
 
 
( ゙゚ω(#`)『僕が言ってるのは「絵空事」じゃねえ。
      正真正銘の「現実」だ』
 
 
 
       ストーリー
( ゙゚ω(#`)『「 現 実 」なんだ』
 
 
 
 
 そしてその日の晩、ショボンは狂ったかのようにずっと笑い続けていた。
 翌朝、その場にショボンの姿は見当たらなかった。
 
 親が不在で他に身寄りを知らないショボンのために捜索願を出す者はおらず、
 結果ショボンは今の今まで、『現実』から離れて過ごすことになっていた。
 
 
 
 
.

443名も無きAAのようです:2012/09/01(土) 20:40:29 ID:VEs59DbY0
ショボン・・・・・・・

444 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:41:00 ID:eyPpfk3IO
 
 
 

 
 
 
 それ、なのに。
 
 
 
(;´・ω・`)「『本当は首は既に吹っ飛んでる』んだぞ!」
 
从 ゚∀从「吹っ飛んでねーよ」
 
 
 先ほどまで【ご都合主義】でハインリッヒに
 与えていたダメージは、なぜか、全て消されてしまっていた。
 それこそ「ご都合主義」と言えそうなくらい、理不尽なものだった。
 ショボンは、なぜ自分のねじ曲げる『現実』が効かないのか、わからなかった。
 
 試しに、近くにある大樹を『折れていたことにした』。
 するとその大樹は呆気なく折れたし、地面に倒れ落ちて
 轟音と砂埃が舞い上がり、若干地面も揺れた。
 
 紛れもない『現実』だ。
 まだ【ご都合主義】は生きている。
 
 
 それなのに。
 ハインリッヒには。
 目の前の一人の『英雄』には。
 そんな、都合のいい『現実』が全く効かなかった。
 
 ハインリッヒはのそりのそりと、ショボンの目から目を離さず歩いてきた。
 顔色からは心情をなにも読みとれない。
 ただ、和解できそうでないことだけはわかった。
 
 
.

445 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:42:18 ID:eyPpfk3IO
 
 
 ショボンはとてつもなく焦った。
 手を突きつけ、『現実』を唱えた。
 
 
(;´・ω・`)「虚勢を張れてるのは褒めよう、
      でも『三秒後に死ぬ運命なんだ、君は』!
      甘んじて受け入れろ、そして死ね!」
 
从 ゚∀从「死なねえよ、『現実』では『英雄』は負けないんだ」
 
(;´・ω・`)「『君は能力の使い方を忘れる』んだ!」
 
从 ゚∀从「残念、そんな『絵空事』、効かねえよ。聞きもしねえ」
 
(;´・ω・`)「『今すぐ罪悪感を覚えてひれ伏して泣け、詫びろ』!」
 
 
从 ゚∀从「…てめえじゃねーか、詫びんのはよ」
 
(;´・ω・`)「なんだと……ッ!」
 
 
从 ゚∀从「好き勝手に『現実』をねじ曲げて「現実とは何たるか」を語っときながらよ、
      いざ『現実』を『絵空事』に戻したら、今度はてめえが『現実』を拒絶しやがって。
      これが「現実」だってのに、てめえは甘んじて受け入れてねえ」
 
从 ゚∀从「言ってることとやってることが矛盾してんじゃねーか……」
 
 
从#゚∀从「よっ!」
 
 
.

446 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:43:57 ID:eyPpfk3IO
 
 
(´・ω・`)「!」
 
 二人の距離が十メートルを切った時、
 ハインリッヒはショボンに向かって飛びかかった。
 
 一瞬で目の前に詰め寄られ、ショボンは反射的にしゃがみ込んだ。
 だが、それよりもハインリッヒの方が速いのは言うまでもない。
 右足でショボンの脇腹を捕らえ、一気に蹴り払った。
 骨の折れる音と、人間が出すべきじゃない音がした。
 
 木に向かって飛ばされそれにぶつかった時、
 メリメリと音を立てながらその木は折れてしまった。
 その根元でショボンは腹を抱えうずくまっていた。
 
 骨が折れ、肉が抉れそうな痛みを感じた。
 声にならない声が出てきた。
 
 このままでは死ぬ。
 ショボンはそう察知した。
 
 
从 ゚∀从「今楽にしてやるよ」
 
(;´゙ω・`)「(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい、やばい!!)」
 
 ハインリッヒはまたものそりのそりと歩いてきた。
 その土を踏みしめる音が、ショボンの死を告げる時計の針の
 音のように聞こえて、ショボンは恐怖しか感じなくなった。
 
(;´゙ω・`)「(だめもとでやるしかねえ!)」
 
 だから、ハインリッヒによって『現実』が『絵空事』に戻されようが、
 一か八かで【ご都合主義】を発動するしかなかった。
 一番受け付けたくない『現実』は、死だ。
 最期の最後まで、なんとしてでも『拒絶』するつもりだった。
 
 まずは自身の回復を念じた。
 
 
.

447 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:45:19 ID:eyPpfk3IO
 
(;´゙ω・`)「(『現実』では『こんなダメージは受けてないッ!』)」
 
(;´゙ω・`)
 
(;´・ω・`)
 
 
(´・ω・`)「っ!」
 
 
 同時に、ハインリッヒが蹴りかかった。
 咄嗟にショボンは次なる『絵空事』を『現実』にした。
 
 
(´・ω・`)「(『こんな遅い蹴りは、かわせる!』)」
 
从 ゚∀从「おっ」
 
 ショボンは今まで見せたことのない身体能力で、
 ハインリッヒのコンマ一秒にも満たない蹴りをかわした。
 後ろにあった木は根元ごとごっそり掘られてしまった。
 砂埃がそこらに舞い上がった。
 
 それを見て、ショボンは安堵した。
 
 『絵空事』が生きているなら、なにも『英雄』に抗う必要はない。
 『自分が絶対に勝つ』という『現実』にすればいいのだ。
 
(´・ω・`)「は……はっははは……」
 
从 ゚∀从「……?」
 
 
 
(´・ω・`)「はーっははははははははははハハハハハハハハ!!
.      なんだ、【ご都合主義】は生きてるじゃないか!
.      てっきりハインリッヒにとって都合の悪い『絵空事』は
.      全部打ち消されるのかって思ってたけどね、そうでもないんだ!」
 
从 ゚∀从「……」
 
(´・ω・`)「まだ僕が支配する『現実』は腐っちゃいない!
.      甘んじて受け入れてやろう、この『現実』を!」
 
 
(´・ω・`)「『絵空事』を!」
 
.

448 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:46:31 ID:eyPpfk3IO
 
 
 ショボンは両手を広げて高らかに笑った。
 消されたと思っていた『絵空事』は、まだ生きていたからだ。
 ハインリッヒに『絵空事』が効かないなら、自分に『絵空事』を効かせればいいのだ。
 そう思ったが故の、笑いだった。
 
 だが、ハインリッヒは頭を掻いた。
 
 
从 ゚∀从「……笑ってるとこ済まねえけどよ」
 
 
 
从 ゚∀从「【正義の執行】に邪魔だから、それも使わせねぇ」
 
 
 
(´・ω・`)「はは……は?」
 
 
 ショボンの顔から、笑みが消えた。
 両手がゆっくり下りていく。
 ショボンはハインリッヒの言っている意味がわからなかった。 
 
(´・ω・`)「ど……どういうことだ?」
 
从 ゚∀从「あん? じゃあなんか『絵空事』をほざいてみろよ」
 
(´・ω・`)「………?」
 
 ショボンは訳がわからなかったが、
 ハインリッヒに言われるがまま、【ご都合主義】を発動した。
 『ハインリッヒに勝る身体能力を得ていた』ような『現実』に。
 
 
.

449 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:48:01 ID:eyPpfk3IO
 
 
 だが。
 ショボンの身体に、変化はなかった。
 
 本来なら『絵空事』が『現実』に変わったら何かが起こるはずなのに。
 その時は、なにも起こらなかった。
 
 
(´・ω・`)「――――は?」
 
从 ゚∀从「てなわけで、【正義の執行】の続きをはじめまーす」
 
从#゚∀从「ッちぇあ!」
 
(´#)ω・`)「!?」
 
 
 ショボンが「現実」を理解し終える前に、ハインリッヒが動いた。
 飛びかかって、ショボンの顔を殴りつけた。
 ショボンは動くことすらできなかった。
 
 
从#゚∀从「もいっちょ!」
 
(´゙ω゚`)「!?」
 
 右の拳で顔を捕らえた直後に、右足でショボンの脇腹を捕らえた。
 信じがたい威力と速度に、ショボンは気を失いそうになった。
 やはり飛ばされた先の木に打ちつけられ、その木は見事に折れてしまった。
 
 それでも尚、ショボンは「現実」を理解できていなかった。
 いや、〝理解したくなかった〟。
 
 ショボンが起きあがる前に、高く飛び跳ねた
 ハインリッヒがショボンの背中に膝蹴りを見舞った。
 背中を強打され、ショボンは眼が飛び出そうになった。
 
 そのままハインリッヒはショボンの襟首を掴んで持ち上げた。
 当初いた屋敷の前に、ショボンを放り投げた。
 喘ぐことすらできないショボンは、されるがままだった。
 
 
.

450 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:49:23 ID:eyPpfk3IO
 
 
从 ゚∀从「まだ死んでねえよな?」
 
从 ゚∀从「今から、たっぷりこの『現実』を味わってもらうぞ」
 
(´゙ω゚`)「――!」
 
(´゙ω゚`)「(『こんなダメージは受けてない!』)」
 
 微かに持ちこたえている意識で、そう念じた。
 だが、三秒経っても五秒経っても、身体から痛みは引かなかった。
 ショボンはどういうことだ、と思った。
 
从 ゚∀从「……よし、生きてるな」
 
(´゙ω゚`)
 
 ショボンは、痛みを堪えて、地に手をつけながらゆっくりと立ち上がった。
 膝が笑っているが、今更恥など感じるはずもなかった。
 そして、震える声でハインリッヒに言った。
 
 
(´゙ω゚`)「………な、ぜ」
 
从 ゚∀从「?」
 
 
(´゙ω゚`)「なぜ……【ご都合主義】が効かない……おれにも貴様にも!」
 
从 ゚∀从「……なんだ、そんなこと」
 
 ハインリッヒは鼻で笑った。
 鬼のような形相で睨みつけてくるショボンに、
 小悪魔のような顔で睨み返して、答えた。
 
 
从 ゚∀从「実を言うと、俺にもわからんね」
 
(´゙ω゚`)「――! ふ、ふざけるな!」
 
从 ゚∀从「ふざけてねえよ。
      まあ、知りたいってなら……」
 
 ハインリッヒは、隅っこの方で震えている内藤の方を見た。
 こちらが見られていることを知り、内藤はがばっと顔を上げた。
 ハインリッヒは内藤に話しかけた。
 
 
.

451 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:50:48 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
从 ゚∀从「デブよー。【正義の執行】の意味……教えてやってくれ」
 
(;^ω^)「……」
 
 内藤は、肩で息をするショボンにも睨まれた。
 つまり、ここで解説をする以外の道はなくなったわけだ。
 ゆっくりと立ち上がって、コートやズボンに付いた砂埃を払って内藤は答えた。
 
 
(;^ω^)「……【正義の執行】、かお」
 
(;^ω^)「元はと言えば、これも『拒絶』同様
      本編には出す予定のなかったボツ能力なんだお」
 
 
 
(;^ω^)「……ただ、強すぎるから」
 
 
(´゙ω゚`)「……!」
 
 ショボンは反応を見せた。
 
(;^ω^)「能力の説明をするなら、こうだお」
 
 
 
(;^ω^)「………『英雄』が負けない『世界』を創り出す、《特殊能力》。
      それに際して、〝負ける要素からはすべてにおいて『優先』される〟んだお」
 
 
 
 
.

452名も無きAAのようです:2012/09/01(土) 20:52:01 ID:VEs59DbY0
絶対に勝てる能力と同義じゃないですかー

453 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:52:59 ID:eyPpfk3IO
 
 
从 ゚∀从「……だってよ」
 
(´゙ω゚`)「………! なんだその『絵空事』じみた能力は!!
.      『現実』にそんな能力があって堪るか!」
 
(;^ω^)「あんたの【ご都合主義】もだお!」
 
(´゙ω゚`)「!!」
 
 内藤の大声に、ショボンは驚いた。
 腰が抜けそうになったのか、ふらついた。
 
 
(;^ω^)「『絵空事』を『現実』にする能力なんか、あって堪るかお!
      だから僕は本編からあんたを消した!
      誰もあんたに『絶対に勝てない』からだお!」
 
(;^ω^)「でも、ハインリッヒの【正義の執行】は違う。
      『絶対に勝つ』能力だから、【ご都合主義】は効かないんだお。
      『負ける要素からはすべてにおいて優先される』んだからだお!」
 
(´゙ω゚`)「――黙れ」
 
( ^ω^)「……っ」
 
(´゙ω゚`)「そんな『現実』があって良いはずがない。
.      んなもん、おれが全部ねじ曲げてやる」
 
( ^ω^)「………」
 
 
 
(´゙ω゚`)「【ご都合主義】が『現実』を支配するんだ」
 
(´゙ω゚`)「【正義の執行】が『現実』を支配するのではない」
 
 
 
从 ゚∀从「……へっ」
 
(´゙ω゚`)「なにがおかしい!」
 
 思わず笑ったハインリッヒに、ショボンが吠えた。
 その痩身のどこからひねり出されたのか、近くの森を唸らせる程の、恫喝じみた声だった。
 だが彼女は全く動じなかった。
 
 
.

454 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:54:51 ID:eyPpfk3IO
 
 
从 ゚∀从「『英雄』は絶対に負けないんだけどよ……
      それには、いくつか理由があるんだ」
 
(´゙ω゚`)「……?」
 
 
从 ゚∀从「『ご都合主義』だよ」
 
(´゙ω゚`)「……ハ?」
 
 
从 ゚∀从「『英雄』が勝つ際、必ず何らかの『ご都合主義』がつきまとうんだ」
 
从 ゚∀从「【劇の幕開け】も、それを体現した能力だったしな」
 
从 ゚∀从「そういう意味じゃ、俺らは『ご都合主義』、似たり寄ったりだ」
 
(´゙ω゚`)「………」
 
 
从 ゚∀从「だからさ、ショボン」
 
(´゙ω゚`)「が……」
 
 
 ハインリッヒは、そう呟いた直後に、一瞬で
 飛びかかってショボンの左頬を強く殴った。
 その衝撃の強さに耐えかねたその顎は、簡単に外れてしまった。
 
 
 そして、ショボンの耳元で、
 ハインリッヒはつぶやいた。
 
 
.

455 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:57:42 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
 
 
 
                   エ ソ ラ ゴ ト
从 ゚∀从「ほら、受け入れろよ【ご都合主義】。
            ゲ ン ジ ツ
      これが【正義の執行】だ」
 
 
 
 
 
 
.

456 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 20:59:24 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
 
 
(´゙ω゚`)
 
(´゙ω゚`)「……」
 
 
(´゙ω゚`)「――ふ、ふふ」
 
 
(;^ω^)「……?」
 
 
 
(´゙ω゚`)「……いいだろう、受け入れてやるよ貴様の『現実』を」
 
(´゙ω゚`)「さあ、来い【正義の執行】。貴様の手でおれを殺せ」
 
 
从 ゚∀从「……」
 
 
 ショボンはハインリッヒの手を握った。
 そして、自分を殺すよう命じた。
 
 だが、これは潔く負けを認めたわけではない。
 ショボンは、「現実」を受け入れたくなかったのだ。
 自分が死ぬと云う「現実」を、ではない。
 
 【ご都合主義】が――
 自分の『拒絶』が生み出した《拒絶能力》が効かないと云う「現実」を、だ。
 
 今のショボンとしては、そちらの方が信じられなかった。
 自分の『拒絶』が拒絶されるなら、いっそ死んだ方がましだと思ったのだ。
 
 
 本来なら、ハインリッヒは喜んで受け入れただろう。
 その要求を、この「現実」を。
 
 しかし、ハインリッヒはそうしなかった。
 にやりと笑ってから、手を振り払って逆にショボンの手首を握り返した。
 ショボンはどうするのかわからなかった。
 
 
.

457 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:00:36 ID:eyPpfk3IO
 
 
从 ゚∀从「……やだ」
 
(´゙ω゚`)「!」
 
从 ゚∀从「てめえを殺すのは【正義の執行】じゃねえ――」
 
 
 
 
从#゚∀从「てめえ自身だ、【ご都合主義】ッ!!」
 
 
(´゙ω゚`)「!?」
 
 
 そう言ったと同時に、ハインリッヒはショボンを投げ飛ばした。
 岩も木もなにもない、平凡な空間だ。
 ショボンは、ハインリッヒの言ったことも含め、
 一連の行動の意味が全くわからなかった。
 
 だが、地面にたたきつけられた途端、
 少なくとも異変があることだけはわかった。
 〝地面が柔らかかった〟のだ。
 
 直後
 
 
 
 
(´゙ω゚`)「――があああああああああああッ!!」
 
 
 
 
 〝地面が抜けて、そこに落とし穴が現れた〟。
 ショボンは成す術もなく、落とされた。
 咄嗟に落とし穴の壁に手をかけ、辛うじてぶら下がった。
 
 そして、ショボンは漸く思い出した。
 
 
(´゙ω゚`)「(あのときの―――!!)」
 
 
 
.

458 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:01:56 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
 それは、ハインリッヒと対峙した当初。
 跳躍したハインリッヒを見て、彼は
 
 
 (´・ω・`)『(「着地点に底なしの落とし穴でもつくってみるか」)』
 
 
 〝落とし穴〟がそこにあるような『現実』を創りあげた。
 同時に、ハインリッヒの言った「自分を殺すのは【ご都合主義】」の意味もわかった。
 
 
 
(´゙ω゚`)「てっ……てめええええええええッ!!」
 
(´゙ω゚`)「〝おれがねじ曲げた『現実』でおれを殺そうとしてる〟のか!?」
 
从 ゚∀从「力むな力むな。その地面はな――」
 
 
从 ゚∀从「『豪雨で濡れたせいで脆い』んだぜ?」
 
(´゙ω゚`)「!!」
 
 
 
 
 (´・ω・`)『「だから雨が降ってくるんだ」』
 
 
 
 
.

459 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:04:51 ID:eyPpfk3IO
 
 
 ――ショボンは、落とし穴を創る前、豪雨を降らした。
 すぐにそれは止ませたが、降水があったのは事実だ。
 当然、「現実」の摂理に従って土はぬかるみ、脆くなる。
 
 当然の「現実」だ。
 『現実』が「現実」になっているのだから。
 
 それを理解した途端、ショボンは手をかけている
 部分の土がぐじゅ、と音を立てたのが聞こえた。
 全身から冷や汗が溢れてきたのがわかった。
 
 こうなると、ショボンにプライドなどなかった。
 
 
(´゙ω゚`)「お、おれが悪かった」
 
从 ゚∀从「――は?」
 
(´゙ω゚`)「おれが悪かった。謝る。頼むから……助けてくれ」
 
从 ゚∀从「……」
 
(´゙ω゚`)「もう【ご都合主義】は捨てる。
.      『現実』も受け入れる。
.      だから―――」
 
从 ゚∀从「………」
 
 
从 ゚∀从「嘘吐けよ」
 
(´゙ω゚`)「!」
 
从 ゚∀从「なにが〝現実を受け入れる〟だあ? 受け入れてねえじゃねーか」
 
 
 
从 -∀从「……『自分が死ぬ』と云う『現実』を……な」
 
 
 
(´゙ω゚`)「あ――――」
 
 
 
 
 
.

460 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:06:15 ID:eyPpfk3IO
 
 
 ショボンがハインリッヒの言葉を聞いた途端、
 手をかけていた土が、ついにショボンの体重を支えきれなくなった。
 ぼろ、とその部分が外れ、ショボンと一緒に奈落の底へと落ちていった。
 
 ショボンの最期の言葉は聞けなかった。
 なにを言おうとしたのだろうか。
 本当に「現実」を受け入れようとしたのか。
 それとも、懲りずに『自分が助かる』と云う『絵空事』を
 『現実』にしようとしたのだろうか。
 
 ショボンは落とし穴に落ちて、ものの数秒で闇の中へと消えてしまった。
 悲鳴も、絶叫も、聞こえなかった。
 呆気なく、底のない『現実』へと向かっていってしまった。
 
 それを見届けて、ハインリッヒはどこか
 寂しそうな顔をして、内藤の方へ歩み寄った。
 冷や汗をたくさんかいている内藤に、真面目な顔のまま、話しかけた。
 
 
从 ゚∀从「……なあ、デブ」
 
( ^ω^)「……なんだお」
 
 内藤は静かに答えた。
 
从 ゚∀从「ショボンは、あの地面になにをしたんだ?」
 
( ^ω^)「おそらく、でいいなら……。
       奴は、『底のない落とし穴』を創ったんだお」
 
从 ゚∀从「……!」
 
 ハインリッヒは少し驚いたような顔をした。
 
 
.

461 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:08:15 ID:eyPpfk3IO
 
 
从 ゚∀从「『底のない落とし穴』って、『現実』じゃあ存在できないよな?」
 
( ^ω^)「だお。どんな落とし穴にも必ず底はある。
       でも、ショボンはそれに矛盾する『現実』を創りあげた」
 
从 ゚∀从「じゃあ……ショボンは、どうなるんだ?」
 
( ^ω^)「簡単だお」
 
 
 
( ^ω^)「存在しない『現実』など実現不可能。
       落とし穴は、きっと〝異次元に繋がってる〟んだお」
 
从 ゚∀从「異次元……」
 
( ^ω^)「そこで、永遠に落ち続ける。
       ショボンに新たな『現実』は訪れない。
       死ぬまで永遠に続く『現実』を、
       『拒絶』せずに受け入れなければならないんだお」
 
从 ゚∀从「………」
 
 
 
 ハインリッヒは、やるせない気持ちになった。
 同情した訳ではないが、どこか、そんな『現実』など存在して欲しくない、と思った。
 それは内藤も同じだった。
 
 そして、僅かながらもの静寂が流れた。
 いまこうして立っているのが『嘘』のような心地だった。
 
 
.

462 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:09:21 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
从 ゚∀从「……帰るか」
 
( ^ω^)「おっ」
 
从 ゚∀从「ゼウスの行方が気になるが、知ったこっちゃねえ」
 
 
 そう言って、ハインリッヒは屋敷へと足を伸ばした。
 内藤も内藤で、随分と汗をかいてしまった。
 できることならシャワーを浴びて、一眠りしたかった。
 
 案内人のメイドは白骨化したが、なんとか安全に屋敷内を進めるだろう。
 【正義の執行】がある以上、マイナスの要素は吹き飛ばせるのだ。
 そう思い、内藤も重くなった足を進めてハインリッヒの後ろに続いた。
 
 
 
 
 
 
.

463 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:12:07 ID:eyPpfk3IO
 
 
 
 
 
 
  「あれれ〜?」
 
 
 
 
 ハインリッヒがドアノブに手をかけたと同時に、声が聞こえた。
 ハインリッヒと内藤は、一瞬頭が真っ白になった。
 今のは気のせいだ、と二人とも思ったが、そんなことはなかった。
 続けざまに声が発せられたのだ。
 
 
  「ショボン君、やられちゃったんだ〜。雑ッ魚〜い」
 
 
 
( ;゚ω゚)「!!」
 
从;゚∀从「ッ!」
 
 
 二人は、咄嗟に後ろに振り向いた。
 そこには、確かに人が一人いた。
 
 ――否、二人いた。
 いま目の前で立っている紫の髪の女性が、
 もう一人、全身がぼろぼろの男を担いでいた。
 
 内藤たちの視線を浴びて、少女は笑顔になった。
 
 
从'ー'从「わ〜! やっと気づいてくれた〜! ずっと居たのに〜」
 
从'ー'从「ボク、嬉しくて涙が出ちゃうってこれは汗だ」
 
从'ー'从「――なんちゃって」
 
 
 
从'ー'从「ボクの名は、ワタナベ=アダラプター。
      『拒絶』の一人さ、宜しくね虫けらども」
 
 
 
.

464 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:13:53 ID:eyPpfk3IO
 
 
( ;゚ω゚)「はは、そりゃーどうも。それより、ハインリッヒ」
 
从;゚∀从「……なんだ?」
 
( ;゚ω゚)「もしかしてなんだけど、今彼女が担いでる男って――」
 
 
 内藤とハインリッヒは、ワタナベ=アダラプターが担いでいる男を見た。
 全身がスーツで覆われているが、所々が破け、血で滲んでいる。
 骨もあらぬ方向に折れ曲がっており、決して生きているとは思えなかった。
 
 だが、内藤が驚いたのはその点じゃない。
 その男に、二人とも、見覚えがあったのだ。
 
 
 
(# ,*;゙><  >)
 
 
 
 
 
( ;゚ω゚)「(まさか――――)」
 
 
( ;゚ω゚)「(あのゼウスが、殺されたのか!?)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

465名も無きAAのようです:2012/09/01(土) 21:19:00 ID:pinZFLvo0
ゼウーーーーーーース!!

466 ◆qQn9znm1mg:2012/09/01(土) 21:20:15 ID:eyPpfk3IO
以上でショボンパートは終了ですが、『拒絶』編として見ればショボンは前座、ここからが本番ってところでしょうか。
次回からはじまるワタナベパートですが、ショボンパートの二倍以上の長さはありますゆえ。

というわけで、一ヶ月お待たせしました。
またしばらく待っていただくもしれませんし、今までのように一週間投下ができるかもしれません。できません。
更新情報などは上記のツイッターにて載せておりますので、気になる人はここではなくそちらをご覧ください。

では、次回 第九話「vs【手のひら還し】Ⅰ」をご期待くださいませ。ご静聴ありがとうございました。

467名も無きAAのようです:2012/09/01(土) 21:23:49 ID:VEs59DbY0
乙ー!
待ってたかいがあったよ

468名も無きAAのようです:2012/09/01(土) 22:26:13 ID:3HRCwhFI0


469sage:2012/09/01(土) 23:17:36 ID:gC9VNh1Q0
おつー
続きも楽しみにしてる

470名も無きAAのようです:2012/09/01(土) 23:23:25 ID:eIJIY0Dg0
すげー後出しジャンケンだ

471名も無きAAのようです:2012/09/02(日) 12:43:44 ID:ru0iI.bk0
やるせねぇ…乙。

472名も無きAAのようです:2012/09/03(月) 00:22:49 ID:W548Q1wY0
乙!

473<^ω^;削除>:<^ω^;削除>
<^ω^;削除>

474<^ω^;削除>:<^ω^;削除>
<^ω^;削除>

475 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 10:58:14 ID:5SV6lZG6O
 
 
○登場人物と能力の説明
 
( ^ω^)
→この世界の『作者』。
 
/ ,' 3 【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】
→あらゆる力及び力の法則を『解除』する《特殊能力》。
 
从 ゚∀从 【正義の執行《ヒーローズ・ワールド》】
→『英雄』が負けない『世界』を創りだす《特殊能力》。
 
( <●><●>) 【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】
→相手の手負いを『連鎖』させる《特殊能力》。
 
( ・∀・) 【常識破り《フェイク・シェイク》】
→自然のうちに『嘘』を混ぜる《拒絶能力》。
 
从'ー'从 【???】
→ゼウスを完封した『拒絶』の少女。
 
 
.

476 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 10:58:54 ID:5SV6lZG6O
 
 
○前回までのアクション
 
(´・ω・`)
→敗北
 
( ^ω^)
从 ゚∀从
从'ー'从
→対峙
 
( <●><●>)
→生死不明
 
/ ,' 3
→療養完了
 
 
.

477 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 10:59:52 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
  第九話「vs【手のひら還し】Ⅰ」
 
 
 
 ゼウスは、ワタナベと向かい合っていた。
 決して友好的なそれではなく、しかし明確な敵意が感じ取れる訳でもない。
 ひとつはっきりと言えることは、このワタナベという少女から、
 なにもかもを寄せ付けないオーラ――拒絶――が感じ取れることだ。
 
 
( <●><●>)「……」
 
从'ー'从「……」
 
 先ほど負傷させられた左の手刀を、右手でさする。
 いや、負傷させられたわけではない。
 〝勝手に負傷した〟のだ。
 
 じゃり、と地面を靴で擦った。
 だが、動こうにもゼウスは動けなかった。
 ただ冷や汗のみが動くことを許されていた。
 
 裏通りの煉瓦敷きが、ひどく脆いものであるかのように思える。
 硬いものが柔らかくなって、柔らかいものが硬くなっているような空間だ。
 三度目の唾を飲み下し、ゼウスは改めて状況の把握に努めた。
 
 確定事項は三つだけだった。
 ひとつが、ワタナベは明らかな『拒絶』であること。
 また、その《拒絶能力》が、少なくともゼウスの力では太刀打ちできない程度に強力であること。
 最後に、自分はここで倒れること。
 
 
 
.

478名も無きAAのようです:2012/09/10(月) 11:00:18 ID:RdNPNkiQ0
ビックリした。

479 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:04:20 ID:5SV6lZG6O
 
 
 どちらかというと、不確定要素の方が多かった。
 まず、その大部分を占めているのが彼女の有する《拒絶能力》の全貌である。
 
 内藤からは【ご都合主義《エソラゴト》】の存在しか知らされておらず、
 もし自分がそれによってありもしない会議に招かれたのだとすると、
 彼女は【ご都合主義】でない可能性の方が高い。
 
 『拒絶』が狩るべきである獲物――『能力者』――が三人もいる以上、
 もし【ご都合主義】が狩ろうとしているのが自分だけだとしても
 ――それはそれで不審なのだが――自分だけをわざわざ呼び出す必要などないからだ。
 
 ということは、相手は【ご都合主義】でない以上
 目の前の少女が使う《拒絶能力》に対して、自分は全くの無知ということだ。
 
 これはとてつもないハンデだが、
 少なくともなにも知らないというわけではなかった。
 
 数度打ち合った感触で言えば、ゼウスは僅かだが
 ある程度までは彼女の《拒絶能力》を解析できていた。
 
 
( <●><●>)「(まず……こちらの攻撃が向こうまで〝届かない〟)」
 
( <●><●>)「(全てが……反射される)」
 
 
 それは一度目の打ち合いでわかったことだ。
 ゼウスが一瞬で気配を消して真下からワタナベの
 喉元に手刀を突きつけたのだが、その指が喉元に
 つこうとした瞬間、その手刀は逆方向に向かっていった。
 
 いや、〝巻き戻された〟。
 
 だが、時が巻き戻ったわけではない。
 自身の行動そのものが巻き戻されたように思えた。
 
 ワタナベに蹴りかかっても、その脚が
 ワタナベの肌につこうとした時点で弾かれた。
 殴っても蹴っても飛びかかっても、無意味だった。
 
 
.

480 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:06:19 ID:5SV6lZG6O
 
 
( <●><●>)「(言うなれば……『反転』)」
 
( <●><●>)「(なにもかもが『反転』させられてしまう)」
 
 それは、初めてゼウスが心の中で言葉をつぶやいた時だった。
 『聞こえないはずの心の声』が『反転』させられ『聞こえる声』になってしまった。
 これは『巻き戻す』『反射』よりかは『反転』の方が相応しく、
 また、ワタナベ自身も自分のこの《拒絶能力》を『反転』と言っている。
 
 反転とは、表を裏に、裏を表にするものだ。
 そう考えると、心の声を読まれたのにも
 攻撃したはずが巻き戻されたのにも合点が行く。
 
 原理は考える必要がない。
 『拒絶』にそんな『因果』と云ったものは通じないのだ。
 
 
( <●><●>)「(どんな行動も、手のひらを返されてしまう)」
 
( <●><●>)「(これが彼女の能力なら、撤退するしか道はないものなのか)」
 
 
从'ー'从「還さねえよ」
 
( <●><●>)「!」
 
 ゼウスが撤退を考えた時、ワタナベは言った。
 ワタナベは心の声でさえ聞こえるのだ。
 今までのゼウスの声は、全部ワタナベに届いていたのだろう。
 
 だが、そうだとしてもゼウスのとるべき行動に変わりはない。
 勝ち目がないのにその者に勝負を挑むのは、根性でも何でもない。
 向こう見ずだ、無鉄砲だ、綺麗事だ、愚の骨頂だ。
 
 誰になんと言われようが、撤退以外の選択肢はあり得ない。
 ゼウスは無心のままで逃げ道を探した。
 
 
.

481 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:07:48 ID:5SV6lZG6O
 
 
 煉瓦敷きの裏通りには様々な裏道が存在するのだが、
 不幸なことに、今二人が面しているところは
 進むか戻るかしかない一本道のど真ん中だった。
 
 裏道を使おうものなら、進もうが戻ろうが
 最低でも三百メートルは走らなければならない。
 それも、ワタナベを撒いて。
 
 それができるのだろうか、ゼウスにはわからなかった。
 身体能力は誰にも負けないゼウスだが、それが
 『拒絶』にも通じるのか、不安で仕方がなかった。
 
 数度拳を交えた感触で言えば、
 彼女の能力の適応範囲は自身のみのように思えた。
 打撃を跳ね返し、概念をひっくり返し、態度を手のひら返す。
 
 どれも、ゼウスに直接干渉するものではない。
 できるならば、ゼウスの眼球の向きでも『反転』させればそれでいいのだ。
 
 ならば、逃亡はできるのか。
 そうとは言えそうになかった。
 
 ゼウスの屋敷に戻るのには、ワタナベがいる方角へ進まなければならない。
 迷宮のように入り組んだ裏道を使っていけば、
 やがてワタナベを撒いて屋敷に着くことができるだろう。
 
 しかし、そうするとワタナベも屋敷に向かうのではないか。
 屋敷の前で彼女と出会してしまったら、
 何のために撒いたのかがわからなくなってしまう。
 
 
 
 真の意味での逃亡は、できなかった。
 だから、やはり強行突破しか道はなかった。
 
 
.

482 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:09:12 ID:5SV6lZG6O
 
 
( <●><●>)「そこを退いてもらいたいものだな」
 
从'ー'从「ここ―――」
 
 ワタナベが返事をしようとした瞬間、
 ゼウスは姿を消して背後に回っていた。
 
 ゼウスだからこそ使える加速方法だった。
 脊髄反射を能動的に使ってコンマ一秒で膝の力を抜く。
 この時、右足の指で地面を掴み、左の膝を曲がりきらしている。
 
 上半身を前に落とし、右膝を伸ばして前に飛び出す。
 躯を低くして、次に膝を曲げていた左足を地につけ、
 蹴り払うように前に出した右足で地を捉え、加速完了。
 
 滑り込むようにワタナベの背後に回り、
 右足を軸に左足でワタナベの襟首を狙った。
 加速から攻撃まで、一秒も経っていない。
 
 加え、完全な不意打ちなのだ。
 この方法なら一矢報いることができるだろうと思っていた。
 
 
 だが、ワタナベは笑った。
 同じ姿勢、同じ表情、同じ声色のまま続けた。
 
 
从'ー'从「――ろの声が聞こえてるってのに、不意討ちが決まるはずねーじゃん。
      よっぽどばかなんだね〜まじウケるんですけどぉ〜」
 
 蹴り出した左足はやはり巻き戻されるように跳ね返された。
 その左足を勢いに従わせつつ踵から地につける。
 同時に勢いを右足に乗せて、素早い蹴りを見舞った。
 
 だが結果は同じだった。
 
 
.

483 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:11:12 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
 ――否、同じではなかった。
 「攻撃を見舞えなかった」点では一緒だが、厳密に言えば違った。
 
 攻撃を巻き戻された時はそうでもなかったのに、
 今回の蹴りでは、明らかに足にダメージが押し返されている。
 ワタナベに足が触れたと同時に、逆に向こうから
 蹴ってきたようなダメージがゼウスを襲ったのだ。
 
 
( <●><●>)「――!」
 
从'ー'从「あれれ〜? まーさーかー、
      巻き戻すだけが私の脳だと思った?
      ショボい、ショボいよきみ〜」
 
( <●><●>)「(アラマキのくだんのカウンター技に似ている
         ――というより、同一ではないか)」
 
从'ー'从「アラマキ? 誰やねーん!」
 
( <●><●>)「(……よけいな考察は、あとだ)」
 
从'ー'从「それは賢明だナ。いま考察したら情報が全――」
 
 
 その瞬間、ゼウスは動いた。
 目の前にいる敵が無防備なのに、手を出さない方が難しかった。
 
 とはいうが、彼女の場合、謎の《拒絶能力》の存在が彼の攻撃を
 躊躇わせていたのだが、そんななかでもゼウスには考えがあった。
 
 〝無意識下での不意打ちなら〟。
 無意識になるためには、少なからず他のことを考える必要がある。
 だから、ゼウスは敢えてアラマキのことを考えた。
 
 【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】の存在がふと気にかかったのは事実だ。
 だからこそ、自然なかたちで無意識をつくることができた。
 
 
.

484 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:12:09 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
 そして。
 
从'ー'从「ブッ」
 
 
 ワタナベの左脇腹から、血が流れた。
 成功だ。
 ゼウスの得意の不意打ちが、漸く功を成したのだった。
 
 ゼウスは跳ね返されないうちに距離をとって、
 能力が適用されないように配慮をした。
 『反転』は少なくとも両者の関係が密接になっていなければ行えないもの。
 ゼウスの肢体がワタナベに触れていないならば大丈夫、そう思ったのだ。
 
 
( <●><●>)「(成功か)」
 
从'ー'从「失敗だよ」
 
( <●><●>)「な――」
 
 
 
( <○><◎>)「っ!」
 
 
 瞬間、ゼウスは自分の左脇腹に異変を感じた。
 感じてはいけない異変だった。
 
 
.

485 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:13:29 ID:5SV6lZG6O
 
 
 咄嗟に左手で〝そこ〟に触れた。
 ぬちゃ、と手が濡れる音と感触がした。
 見るまでもなく、なにがどうなっているのか明白だった。
 
 〝ワタナベに傷を負わせたはずが
 傷を与えた側の自身の方が傷を負っていた〟。
 
 言うまでもなく、刃物で相手を斬った場合、
 出血をするのは斬られた相手側であって、
 斬った側に害が及ぶことはあり得てはならない。
 
 しかし、それがあり得てしまった。
 攻撃した側のゼウスが傷を負っていたのだ。
 
 さすがのゼウスも、これには動揺を隠せなかった。
 ワタナベは、それで動揺するゼウスを見て笑っていた。
 嘲りの混じった、『拒絶』特有の嫌な笑いを見せていた。
 
 
( <●><●>)「……な、なにをした」
 
从'ー'从「なにって〜」
 
 
 
从'ー'从「『被害者と加害者の関係』を『反転』しただけだよ〜」
 
 
 
.

486 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:15:46 ID:5SV6lZG6O
 
 
 それを聞いて、ゼウスは目眩がしそうになった。
 どんな《拒絶能力》かはまだ解明できていないが、あまりにむちゃくちゃだ。
 『関係』という目には見えないものまで『反転』させるなど、
 『反転』の概念を拡大解釈しすぎではないか、とさえ思った。
 
 『被害者と加害者の関係』、それはワタナベとゼウス、
 つまり傷を負った側と与えた側の関係だ。
 それを『反転』させると
 
 
从'ー'从「傷を受けたのがきみになって
      傷を与えたのがボクになったのさ〜」
 
( <●><●>)「…………!」
 
 それを聞いて、ゼウスは理解した。
 
 巻き戻すや跳ね返すなどの予防的『反転』だけでなく、
 事実として既に完了してしまった事象でさえ、『反転』させる。
 
 つまり、一撃で仕留めない限り、全ての負傷は全部自身に帰ってくる。
 ――否、〝還ってくる〟と。
 
 全てが還されるこの《拒絶能力》を相手に、
 ゼウスは一人で立ち向かわなければならなかった。
 
 
 
 結果はわかりきっていた。
 
 そもそも、ワタナベとしても〝一撃で仕留められそう〟な
 攻撃にはそのまま〝跳ね返す〟カウンター技を使えばいいし、
 〝因果律からの改竄〟のようなカウンター不可の技には
 〝巻き戻す〟特定区間での時間軸操作を行えばいい。
 
 全てに対して『反転』を用いれるワタナベを相手に、
 ゼウスが勝てるはずもなかったのだ。
 
 
 
 
.

487 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:17:26 ID:5SV6lZG6O
 
 
 

 
 
 
 ワタナベに担がれているのが、彼女に完膚なきまでに
 打ちのめされたゼウスだとわかり、内藤とハインリッヒは震え上がった。
 
 『作者』の内藤は、ゼウスの抜きん出た戦闘能力の異常性を知っているし、
 ハインリッヒは一度戦った者として、彼の強さを身を以て知っている。
 だからこそ、尚更「ゼウスが敗れた」という事実を呑み込めなかった。
 
 
从'ー'从「こいつもなかなかヤる『能力者』って
      聞いてたんだけど、呆気なかったよ。
      こんなんじゃ満たされねえっての」
 
 悪態を吐くようにそう吐き捨てた。
 そして、その言葉から、ゼウスは彼女に一矢報いる
 ことすらできなかったのだろう、とわかった。
 
 闇討ち、不意打ちのような先制攻撃が得意なゼウスが
 ワタナベに攻撃できなかったとなると、
 そもそも攻撃させてくれない《拒絶能力》である可能性が高い。
 
 内藤は自然のうちにそう推理して、
 その有する《拒絶能力》が何か、必死に思い出そうとした。
 
 せめて《拒絶能力》の内容がわかれば、
 『作者』として対策のしようが浮かびそうなものだからだ。
 
 また、ゼウスでさえ打ちのめしてしまうような強力無比な
 『拒絶』を生み出したことによる罪悪感も、それに拍車をかけていた。
 「自分のせいで――」と思うと、居た堪れない気持ちになった。
 
 
.

488 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:19:53 ID:5SV6lZG6O
 
 
从'ー'从「――でも。
      ショボン君を倒したきみたちなら、
      このボクを満足させてくれるかもね」
 
从;゚∀从「……ハン!
      てめえは【ご都合主義】に勝てたってのか?」
 
 
(;^ω^)「(この定見を保ってない語調……
      確かに覚えがあるんだけど……)」
 
 ハインリッヒとワタナベが睨み合い威嚇し合うなかで、
 内藤は必死にワタナベの存在を思い出そうとしていた。
 
 「これ」といった決まりがない、付和雷同とも言えるいい加減な人格。
 しかし、〝攻撃を受け付けることはない〟能力を有する。
 
 情報は多いように見えるのだが、それでも内藤はまだ足りなかった。
 もう少し、なにか手がかりがあれば、彼女が何者かを当てる自信はあった。
 自信がなくても、当ててみせるつもりだった。
 
 
从'ー'从「【ご都合主義】ねぇ。確かにあれはうざいよね〜。
      言っちゃえば『現実』が変わるんだから、さ」
 
 ワタナベはおどけた様子で答えた。
 本当にそうと思っているようには見えない答え方だったので、
 ハインリッヒは少しばかり嫌な予感がした。
 
 同じ『拒絶』なら【ご都合主義】の存在も知っているはずだ。
 そして、知っている以上は当然それの恐ろしさも知っているはずである。
 それなのに、全く恐れを抱いていないように見えるその姿は、
 ハインリッヒにある種の『異常』を感じさせるのに充分だった。
 
 
.

489 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:21:16 ID:5SV6lZG6O
 
 
从 ゚∀从「……まるで、【ご都合主義】が大したことねぇ、みたいな言いぐさだな」
 
从'ー'从「だってそうだもん」
 
从 ゚∀从「!」
 
 ハインリッヒは驚愕を隠せなかった。
 ある程度は予想はついていたものの、本当にそう思っていたということは、
 彼女は【ご都合主義】を凌駕する《拒絶能力》を有していることになる。
 
 出会い頭で『相手が死んでいた』ような
 『現実』を創り出せば、誰も適わないはずなのに。
 ハインリッヒが、なぜワタナベがそんなことを言えるのか
 を考えていると、そのワタナベはにやっと笑った。
 
 
从'ー'从「ショボン君のは『絵空事』を『現実』にする能力だけどさ〜。
      ボクにはそんな『絵空事』は通じないんだよ」
 
从;゚∀从「………!?」
 
 ハインリッヒは今度は数歩後退した。
 信じられない言葉ではあったが、
 とても彼女が嘘を吐いているようには見えなかった。
 
 本当に、自身の《拒絶能力》を使えば
 【ご都合主義】には勝てる、と言いたげな顔をしていた。
 
 
从'ー'从「だって、ボクに『現実』が降りかかっても、
      全部『絵空事』に戻しちゃうんだもん」
 
 
(;^ω^)「(戻す……?)」
 
.

490 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:22:33 ID:5SV6lZG6O
 
 
从'ー'从「それよりも、きみがどーやってショボン君に勝てたか、のほうが知りたいよ。
      『拒絶』以外の人間にゃあ、そう簡単には負けないはずなのに」
 
从 ゚∀从「……」
 
 ワタナベは同じような抑揚のままで、ハインリッヒに問いかけた。
 が、彼女は口を開こうとはしなかった。
 
 なぜ、敵方に易々と情報を譲らなければならないのか。
 まして、ワタナベ自身の能力がまだ明らかでないのだ。
 ハインリッヒはそう思い、口を閉ざしていた。
 
 だが、言われると、当時の情景が思い浮かぶ。
 ほんの一瞬前の出来事なのだ、忘れている方がおかしい。
 脳裏をかけてゆく映像が、まるで数年も前の出来事のように蘇っていった。
 
 そして、【正義の執行《ヒーローズ・ワールド》】で
 ワタナベにも勝てるのではないか、とハインリッヒは思った。
 
 思った直後、ワタナベは声をあげた。
 まるで相手をばかにするような気の抜けた声で、
 その後にちいさな拍手をハインリッヒに送った。
 
 ハインリッヒはワタナベになにがあったのかわからなかった。
 急に拍手をし出して、ついに狂ったのか、とさえ思った。
 
 だが、彼女の身になにが起こったのか、
 直後にハインリッヒは知ることになる。
 
 
.

491 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:24:09 ID:5SV6lZG6O
 
 
从'ー'从「へぇ、【正義の執行】か。かぁっくいい〜」
 
从;゚∀从「ッ!?」
 
( ^ω^)「!」
 
 
 決してワタナベを前に口にはしていないはずの
 【正義の執行】という名を、なぜか彼女は言い当てたのだ。
 そのことに、ハインリッヒはおろか内藤でさえ驚いた。
 
 一方のワタナベは、その二人の反応が
 嘗てのゼウスと同じ反応だったためか、少し優越感に
 浸ってワタナベは「やれやれ」と言い、その仕草をした。
 
 
从'ー'从「心の中でしゃべれば聞こえないと思った?
      心の中で情景を浮かべれば見えないと思った?」
 
 彼女は右手を自身額に当て、少し俯いた。
 
 
从'ー'从「ヨワい、頭がヨワいよきみ〜。
      もっと警戒しなくっちゃ。
      ボクを前に『常識』や『道理』なんて言葉、
      まるで意味を成さないんだぜ」
 
(;^ω^)「(っ!
      〝心を読み〟〝攻撃を受け付けず〟
      〝常識や道理が効かない〟やつ……!)」
 
 ワタナベの言葉を聞いて、内藤には心当たりが浮かんだ。
 といっても、それは実体を形成しておらず、まだ霞がかった景色だった。
 確信こそしているのだが、あとひとつ、明確な根拠がほしかった。
 
 だから、内藤はひとつ、行動に出た。
 一歩前に出て、内藤はハインリッヒに声をかけた。
 
 
.

492 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:25:18 ID:5SV6lZG6O
 
 
(;^ω^)「ハインリッヒ!」
 
从;゚∀从「……んだよ!」
 
 苛立っているハインリッヒは、そう乱暴に答えた。
 ワタナベの登場――否、その立ち振る舞いに
 苛立っているのはなにも内藤だけではないのだ。
 
 ハインリッヒも、原理のわからない読心術に
 わけもわからず苛立っていた。
 
 
(;^ω^)「一度、ワタナベに石を投げてくれお!」
 
从 ゚∀从「……石ィ?」
 
 
从'ー'从「………」
 
 突然の要求に、ハインリッヒは首を傾げた。
 なにかするのかと思えば、投石である。
 ハインリッヒが当惑するのも、無理のない話だった。
 
 要旨は汲み取れなかったが、内藤がこの状況で
 ハインリッヒが不利になるような展開を
 生みかねない何かをさせるはずはないと思った。
 
 そのため、近くに転がっていた小石を一つ手にとって
 手首のスナップを利かせて、ワタナベの方へ思い切り放り投げた。
 
 
 アラマキが石を手ではたいた時のような凄まじいスピードが、
 ワタナベの心臓に向かって弾丸のように飛び出していった。
 内藤は、このあとのワタナベの動きで、彼女が
 如何なる能力を持つのかがわかるだろう、と思っていた。
 
 それを知ってか知らずか、ワタナベは含み笑いをやめて
 飛んできた石に手をかざすこともなく、呟くのだった。
 
 
.

493 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:30:30 ID:5SV6lZG6O
 
从'ー'从「―――な〜んかさぁ」
 
从;゚∀从「うおッ!」
 
 ワタナベに迫っていた小石は、ワタナベの胸部に当たっては、
 心臓を貫くことなく、まるでボールが壁で跳ね返ったかのように
 投擲したハインリッヒの方へ戻ってきた。
 
 ハインリッヒは間一髪でかわした。
 『咄嗟に動けない状況』から『英雄』は『優先』されたのだ。
 
 だが、ワタナベはそれらのことに一切興をさかさず、
 ただ内藤だけを睨みつけて、言った。
 
从'ー'从「〝相手が誰かを見抜くために試す〟っての、すげェ嫌いなんだよ。
      なに知的な第三者ぶってんの?」
 
(;^ω^)「……」
 
从'ー'从「きみのココロを覗かせてもらったけど、
      もう目星ついてんなら言いなよ、言い当てちゃいなよ」
 
从'ー'从「わかってんだろ? ボクが何者か、ボクがなにをしでかすのか」
 
(;^ω^)「………」
 
 ワタナベが『物理的には見えないはずの脳裏に
 浮かぶ情景』を『見える』ようにして見たその情景では、
 内藤は紙を前にひたすら頭を抱えている姿が見えた。
 
 紙には文字が並んでいた。
 【ご都合主義】などと言った言葉と、
 それの説明書きのようなものが見えた。
 
 それらはフラッシュバックであるため、
 ワタナベでも一瞬しか覗くことはできなかったが、
 そのとき彼女は確かに自分の名と〝それ〟を見つけた。
 
从'ー'从「ご丁寧にルビまで振ってさぁ」
 
(;^ω^)「………」
 
从'ー'从「………」
 
 内藤は黙っていた。
 そして、「やはり」と思った。
 確信から確定へと変貌を遂げた時だった。
 
.

494 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:31:37 ID:5SV6lZG6O
 
 
 いまの小石の流れで、もし小石が
 『硬度を失ったかのように崩れたり』
 『小石の存在が嘘のように壊れたり』
 『運悪くコントロールを誤ってどこかに飛んでいったり』
 『小石が跡形もなく消えてしまうか勢いを殺されたり』
 などの何らかの『拒絶』を起こしていれば、内藤は推理を変えていただろう。
 
 だが、読み通り『小石は弾かれたかのように跳ね返っていった』。
 それを見て、彼女が『拒絶』するものがわかったのだ。
 
 
(;^ω^)「……」
 
(;^ω^)「いいお。言い当ててやるお」
 
(;^ω^)「ワタナベ……。僕ははっきりと、思い出した」
 
(;^ω^)「あんたが『拒絶』するのは――」
 
 
 
 
 
从'ー'从「『因果』」
 
 
 
 
 
从 ゚∀从「!」
 
 
 
.

495 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:34:30 ID:5SV6lZG6O
 
 
从'ー'从「『ああすればこれがこうなります』。
      そんな『因果』は、クソ喰らえだ」
 
从'ー'从「『弾丸と化した小石が躯を貫きます』。
      ボクが、そんなの受け入れるわけないぜ」
 
 
 
从'ー'从「全部、そう全部だ。
      巻き戻してやる。
      跳ね返してやる。
      入れ替えてやる。
      『反転(てのひらがえし)』させてやる」
 
 
(;^ω^)「ッ!!」
 
 
 ワタナベは両手をばっと真横に伸ばした。
 まるで空気を包み込むかのように、構えた。
 
 
从'ー'从「【手のひら還し《イレギュラー・バウンド》】。
      てめえらが知ってる『因果』を、全部『異常(くるわせ)』てやる」
 
 
从'ー'从「こっからは常識の通じない世界だぜ」
 
 
 
 
.

496 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:36:09 ID:5SV6lZG6O
 
 
 

 
 
 
(# ;% ><●>)「(……そうか、わかった)」
 
从'ー'从「ホ?」
 
 
 裏路地で、ゼウスもやがてその答えに辿り着いたのだ。
 随分と傷を負ったあとで、漸くだった。
 
 『蹴ろうとしたのが巻き戻される』。
 『蹴った衝撃が全部跳ね返される』。
 『蹴った事実関係が入れ替わっている』。
 
 これらの共通点は、どれも〝その因果を受け入れていない〟ところにある。
 『ああすればこれがこうなります』という『因果』に、
 例外なく『異常(イレギュラー)』が来されているのだ。
 
 言わば、物をまっすぐ投げられない能力だ。
 正当な結果は、決してこれを前にはやってこないのだ。
 
 まさに『反転』。
 まさに『手のひら返し』。
 まさに『拒絶』。
 
 これらを総括させて、ゼウスはワタナベの持つ
 《拒絶能力》が以下のようである、と推理した。
 
 
 
 
 『因果(けっか)』を『反転(てのひらがえし)』させる《拒絶能力》。
 
 
 
.

497 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:38:09 ID:5SV6lZG6O
 
 
 『奥に向かって蹴ったから』
 『奥に向かうベクトルに従って』
 『奥に向かって飛ばされる』。
 
 この能力は、この三段階の全てを『反転』させるのだ。
 
 一段階目なら、蹴るという一連の動作が『反転』される。
 二段階目なら、蹴った衝撃が『反転』される。
 三段階目なら、蹴った事実関係が『反転』される。
 
 とにかく、我々が知っているような『因果』はやってこない。
 だから、自分のように凄まじい戦闘能力を持っていても、
 『戦闘能力に長けていれば勝利する』という『因果』が『拒絶』される。
 
 ゼウスはそう推理した。
 
 
从'ー'从「ひゅ〜ッ! すっごく頭いいんだね、惚れた!
      うっそぴょーん、ボクが好きなのは生涯通して一人だけサ」
 
(# ;% ><●>)「……」
 
 『反転』する能力だからか、性格もころころ、
 それこそ手のひらを返すように変わっていた。
 《拒絶能力》を得るのに際してついてきた副産物的なものだろうか、とゼウスは思った。
 
 そして、その副産物のおかげで、自分の第二の
 技となっている先読みができなくなっていた。
 ゼウスとしてはむしろこちらの方が大きかった。
 
 
(# ;% ><●>)「『爆撃』も効くまい」
 
从'ー'从「え、なんて?」
 
 ふと、ゼウスはぼそっと呟いた。
 
 傷という『因果』がまずできない以上は
 【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】は発動できないし、
 仮にできたとしても爆風、轟音、高熱、その全てが『反転』させられる。
 
 ゼウスのような、生身に効く攻撃しか持たない人にとっては
 このワタナベは死に神以外のなにものでもなかった。
 
 
.

498 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:40:13 ID:5SV6lZG6O
 
 
 ゼウスが呟いた時、微かにワタナベは動揺した。
 今までは心の中で呟いていたのが一転、
 手のひら返して肉声で発せられたからだろうか。
 
 その一瞬を、ゼウスが衝いた。
 壁を蹴って上へと向かい、逃走を図ったのだった。
 攻撃ではなく逃走で、しかも一瞬の出来事だったため
 ゼウスは、漸く撒けたかと一瞬安堵してしまった。
 
 だが、全てを『反転』させるワタナベに逃走は効かなかった。
 言わば「逃走」が「特攻」に『反転』させられるのだ。
 当然、個人の意思までは『反転』できないため、これは比喩となる。
 しかし、これは比喩にしてはできすぎな比喩だった。
 
 
从'ー'从「今度は鬼ごっこ? わーいわーい!
      鬼ごっこは好きだよ、ほんとうの鬼はいないんだもん」
 
(# ;% ><●>)「(くッ……)」
 
从'ー'从「――ってのは嘘。あ、モララーじゃないよ。
      『開くはずの距離』が『逆に縮まってきている』んだ」
 
(# ;% ><●>)「(……空間がねじ曲がっているとしか思えん)」
 
 
 物理法則のなにもかもを無視した姿だった。
 ゼウスが逃げれば逃げるほど、ワタナベがついてくるのだ。
 ゼウスが本気を出せば、新幹線はおろかジェット機にも勝ちかねない。
 
 そんなゼウスより速い動きをしているわけではないのに、
 実際的にはそれ以上の速度を出して動いているのだ。
 ゼウスは、これは夢ではないのかと疑いもしたほどだった。
 
 
从'ー'从「ボクの能力を見抜くって、結構凄いよ。
      だからそれに最大級の敬意を払って――」
 
(# ;% ><●>)「……っ」
 
 
 
从'ー'从「『体力の自然治癒』も『反転』させてあげる」
 
 
 
 
.

499 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:41:40 ID:5SV6lZG6O
 
 
 

 
 
 ワタナベはそう言うと、ゼウスを放り投げた。
 手荷物がなくなって、足枷がとれたような心地だった。
 ゼウスは声をひとつもあげず、横たわった。
 血が未だに流れているのが信じられなかった。
 
 ハインリッヒはゼウスの変わり果てた姿を見て
 不安を覚えたが、それはすぐに払拭させた。
 
 『英雄』が戦う前から不安になっているなど、論外である。
 そう自分に言い聞かせて、先ほどまで怯えていたのを、なんとか振り切った。
 
 
从 ゚∀从「俺は後手必勝派でよ……。
      先攻とるこたぁねーんだ」
 
 ハインリッヒが静かに言った。
 返すようにワタナベは彼女を嘲った。
 先ほど見せていたシリアスな雰囲気は、もうどこかへ行っていた。
 
 
从'ー'从「ひゅ〜ッ。さっすがモテ子さんは違うなあ!」
 
从 ゚∀从「――でも。今回ばかりは、先攻もらうぜ」
 
从'ー'从「どーぞどーぞってなんでやねーん!」
 
 ワタナベが一人で手を挙げた。
 彼女なりにふざけてみたわけなのだが、
 ハインリッヒにとっては不快以外のなにものでもなかった。
 
 だが、というより、おかげで、ハインリッヒは躊躇うことがなかった。
 
 
 
从 ゚∀从「――ふん」
 
 
 
从 ゚∀从「『イッツ・ショータイムッ!』」
 
 
 
 
.

500 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:42:52 ID:5SV6lZG6O
 
 
从'ー'从「アリ?」
 
 
 ハインリッヒの眼が朱くなり、中央に三日月が浮かんだ。
 その些細な変化に、ワタナベは少し動揺した。
 その一瞬後で、ハインリッヒは即座に行動にでた。
 
 地を蹴り、音速の壁から『優先』された『英雄』は
 あっという間にワタナベの目の前まで詰め寄り、
 一瞬の間だけ、そこでとどまった。
 
 
从 ゚∀从「反射すんなら――」
 
 力を一瞬ためて、反射に『優先』させ、
 押しつけることのできない絶対的な負荷を与えるものとして
 ハインリッヒはワタナベの心臓に殴りかかった。
 
 
从 ゚∀从「それに『優先』すりゃいいだけだ!」
 
 
 このまま、ハインリッヒの拳がワタナベの左胸に触れそうになれば、
 『英雄』の拳が人体に『優先』され、ノーガードで
 そもそも触れることのない攻撃が成立していたのだ。
 触れていなければ発動不可だろう、と考えたがゆえの判断だった。
 
 
 
 
.

501 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:43:54 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
 だが。
 
 
 
从;゚∀从「いッ……あっと!」
 
 
 拳がワタナベの服に触れようとした途端、拳に異変が感じられた。
 そんなはずはないのに、なぜか拳がねじ曲がるような感触がしたのだ。
 
 その本能に従い、無意識のうちに拳は引かれていた。
 ワタナベは相も変わらず薄気味悪い笑みを浮かべていた。
 
 拳の骨が若干凹んでるのをみて、ハインリッヒは当惑した。
 が、それを堪えて彼女はワタナベに
 大きな声で吐き捨てるように話しかけた。
 
 この違和感の正体にワタナベが絡んでるはずだ、と思ったのだ。
 そして、それはおおかた当たっていた。
 
 
从;゚∀从「てめえ、なにしやがった」
 
从'ー'从「え〜? なんで教えなくちゃなんないの〜?」
 
 ワタナベは掌を空に向け、くるくる躯全体でまわった。
 ハインリッヒを、歯牙にかけるまでもない
 存在だと思っているように見えた。
 
 当然ハインリッヒはそれを許さない。
 恫喝するように、更にもう一回り大きな声を発した。
 今度はワタナベも答えざるを得なかった。
 
 
.

502 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:45:54 ID:5SV6lZG6O
 
 
从;゚∀从「おいっ!」
 
从'ー'从「んもぅ〜。簡単じゃん」
 
 すると、ワタナベは右の掌をハインリッヒに突きつけた。
 突然の行動に、ハインリッヒも当然驚いた。
 
 
 
从'ー'从「あなたが『優先』とか言ってたので――」
 
 
 その手をひっくり返して、手の甲をハインリッヒに見せた。
 続けてワタナベはこう言った。
 
 
 
从'ー'从「『優先』を『劣後』に『反転』させました」
 
从'ー'从「優先事項とやらは全部劣後事項にかわります!」
 
 
从 ゚∀从
 
 
从 ゚∀从「…………は」
 
 
 
 
 
从;゚∀从「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
      ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッぁあ!?」
 
 
 ハインリッヒは絶叫した。
 彼女の『反転』し得る範囲が広すぎる、と思ったのだ。
 対象は負荷だけではないことを知った。
 能力でさえ、ワタナベは『反転』してしまう、とも。
 
 身体能力がものを言わないのはゼウスの例を見て知っていた。
 だから《特殊能力》を使わなければならないのだが、
 とてもさせてくれそうになかった。
 
 
.

503 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:47:42 ID:5SV6lZG6O
 
 
(;^ω^)「無茶だ、ハインリッヒ!」
 
 
 内藤が叫んだ。
 
 
(;^ω^)「そいつの能力言うから、よぉく聞けお!」
 
(;^ω^)「――言うなれば、『因果』を『反転』させる《拒絶能力》ッ!
      ダメージから概念から何から何まで、
      なにもかもを『反転』させるんだお!」
 
(;^ω^)「『英雄の優先』は発動するな!
      『英雄』が悲惨な目に遭ってしまうんだお!」
 
从;゚∀从「じゃ、じゃあ――」
 
 
 
 
从;゚∀从「―――勝てねえ」
 
从'ー'从「その通り!」
 
从 ゚∀从「ッ!」
 
 
 内藤が叫んだのを聞いて、ハインリッヒは『英雄』の敗北を危惧した。
 いつも自身の勝利しか考えてないハインリッヒが
 不安がるなど、前代未聞の出来事であった。
 
 【ご都合主義】を前にした時とは、また違う感覚だった。
 ショボンの前では、目の前の『現実』から
 目を逸らしたくなる衝動に駆られた。
 
 
 しかし、今回は違った。
 
 恐怖。
 不安。
 絶望。
 
 ――拒絶。
 
 
 
.

504 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:49:39 ID:5SV6lZG6O
 
 
从'ー'从「これでもボク、戦闘もできるんだよ〜」
 
从;゚∀从「(音速の壁に『優先』っ!)」
 
 ハインリッヒが前を見ると、紫の髪を風に載せた
 ワタナベが、目の前まで迫ってきていた。
 咄嗟にハインリッヒは癖で音速の壁に自身を『優先』させた。
 それが常套手段であり、発動も手軽だからだ。
 
 だが、見える世界は彼女が知っている世界とは違っていた。
 音速の壁を超えれば、瞬間移動同然となって、
 景色は一瞬でなにもかも変わるはずなのだ。
 
 それなのに、ハインリッヒが見た世界は、
 ワタナベが右へゆっくり流れていくようなものだった。
 そのワタナベは、ハインリッヒを見てにやにやとしていた。
 
 
从'ー'从「うわ、おッそ。しわの数かぞえれるよ」
 
从'ー'从「あ、音速の壁を超えようとした?
      その上がるはずだった速度の分だけ、
      きみの速度の基準値より引き下げました」
 
从;゚∀从「(なんつー手のひら返し――あ、そうか)」
 
从;゚∀从「なるほど……。
      【手のひら還し】ってそういうことか……」
 
从'ー'从「そうそう」
 
 
 直後、ワタナベの掌底がハインリッヒの腹に直撃した。
 
 
 
.

505 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:52:03 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
从; ∀从「が……ッ…!」
 
从'ー'从「掌底はね、傷をつけない代わりに、内臓に
      ヤベェダメージを残すんだって――
      って、聞いてないよね〜」
 
 ハインリッヒは、腹の底から空気を吐ききったような声を出した。
 この攻撃から『英雄』が『劣後』される以上、
 ダメージは通常よりも倍増されたと見ていい。
 
 また、ワタナベの言うとおり、皮膚を超えて
 内部に浸透するダメージは通常の打撃よりも重い。
 ハインリッヒをいたぶるという意味では、
 パンチなんかよりも掌底の方が都合がよかったのだ。
 
 よろけたハインリッヒに、ワタナベは左手で重い掌底を放った。
 その重い攻撃がハインリッヒの人中に入り、なす術がないまま、後方に倒れた。
 
 
 その、倒れた瞬間。
 ワタナベはにやりと口角を吊り上げた。
 
 
从'ー'从「起きろよ」
 
从; ∀从「!?」
 
 〝地面で背中を打ったはずのハインリッヒは、
 なぜか元通り起きあがった姿になっていた〟。
 
 文字通り、達磨のように起きあがった。
 状況を把握しきれないハインリッヒを待っていたのは、
 既に構えに戻っていたワタナベの右手による掌底だった。
 
 咄嗟の出来事だったため、ハインリッヒがそれをかわせるはずもない。
 ハインリッヒは、彼女の掌底を再び喰らい、顔面の
 裏側にひどく重くのしかかるダメージを喰らってしまった。
 
 受け身をとるにとれないハインリッヒは、やはり地面に倒れ込む。
 どうやって逃げようか、そう思っていた時だ。
 
 
.

506 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:53:13 ID:5SV6lZG6O
 
 
从'ー'从「だから寝んなって」
 
从; ∀从「が……」
 
 
 再び、ハインリッヒは起きあげさせられた。
 今度は左の掌底で、同じく人中を衝かれた。
 
 【正義の執行】を発動していなければ、既に骨が砕けていそうだった。
 が、同時に、それのせいで『すべてのものにおいて劣後される』状況であるため、
 すべてにおいてワタナベに逆らえないという最悪の状況にもなっていた。
 
 ハインリッヒを倒しては起こして、再び殴る。
 それを繰り返しながら、ワタナベは呪文のように唱えた。
 
 
从'ー'从「達磨ってすごいよね〜」
 
从; ∀从「うご……」
 
 
从'ー'从「何度転がしてもッ」
 
从; ∀从「……っけ…ッ」
 
 
从'ー'从「起きあがるんだからッ」
 
从#) ∀从「なッ………!」
 
 
 
从'ー'从「なッ!!」
 
从#) ∀从「がァァッ!」
 
 
 
.

507 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:54:37 ID:5SV6lZG6O
 
 
 掌底が拳に変わり、ハインリッヒを強く遠くへ飛ばした。
 この時は、先ほどまでのように起きあがるなんてことはなかった。
 従来の物理法則に従い、地を跳ねて数メートルはとばされた。
 
 そして、そこまでワタナベは一歩ずつ詰め寄った。
 ハインリッヒは、思いのほか蓄積されていた
 ダメージのせいで、ろくに動くことができなかった。
 
 それは、掌底の特性であるのと、
 『英雄』が掌底から『劣後』されているから、である。
 
 じゃり、と地面を踏みしめる音が近づいてきた。
 うずくまって動けないハインリッヒに、ワタナベがいやらしく言った。
 
 
从'ー'从「『転んだ』と云う『因果』を『反転』させました」
 
 そして、脇腹に両手を当て眉を吊り上げた。
 語調の抑揚も大きく変わった。
 
从'ー'从「転んでも転んでも起きあがれるんだから
     ありがたく思いなさいよねっ! ぷんぷん!」
 
 そして、一瞬で素に戻った。
 
 
从'ー'从「――なんつって。今時エセツンデレはねーわ」
 
从#) ∀从「………」
 
 薄れゆく意識の中、ハインリッヒは思った。
 「手のひら返しを体現しているような性格じゃねえか」と。
 
 
.

508 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:55:22 ID:5SV6lZG6O
 
 
 その理由は、簡単だ。
 彼女が『拒絶』だからだ。
 
 ショボンが【ご都合主義】を会得する時、
 尋常のない量の『拒絶』を抱き、
 その負の感情を完璧にコントロールしていた。
 
 
 そして、本人の人格も、その『拒絶』に呑み込まれてしまった。
 
 
 ショボンが、どこまでもひねくれた性格の持ち主だったのはそのためだ。
 そして、それは『拒絶』の皆に通じるものがある。
 
 ワタナベの場合、司る『拒絶』は『因果』。
 そして生まれた、【手のひら還し】。
 結果、彼女は文字通り、常に手のひらを返すような性格を得ていたのだ。
 
 
 
.

509 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:56:43 ID:5SV6lZG6O
 
 
 

 
 
 
从#) ∀从「(………だめだ……確かに『拒絶』は強ぇや……)」
 
 ハインリッヒは静かに、そう思った。
 【ご都合主義】と同じく、確かに目を、
 耳を、情報を全て疑いたくなる程の強力さだ。
 
 あまりにも理不尽な強さで、
 とてつもなく非情な能力で、
 あまつさえ精神もおかしくなっている。
 
 能力そのものが最悪で、
 能力の使用者も最悪なら、
 決まって最悪な展開しか訪れない。
 
 ハインリッヒは必死に打開策を考えていた。
 ショボンの時は、内藤の機転でうまく切り抜けられたのだ。
 
 ねじ曲げられた『現実』を『英雄が優先される』と云う『世界』で塗り替えた。
 以降はことあるごとに自分が負ける要素から
 『優先』させたことで、なんとか勝てたのだった。
 
 しかし、ワタナベは違う。
 彼女は、全てを『反転』する。
 『勝利』も、『優先』も、なにもかも。
 
 だから、勝ち目という意味では勝ち目がなかった。
 
 
.

510 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:58:06 ID:5SV6lZG6O
 
 
 ワタナベは、心を読める。
 ゼウスの心を読んだ時のように、
 ハインリッヒの心も躊躇いなく読んでいた。
 
 
从'ー'从「え〜急に褒められてもねぇ〜。
      あ、そうだ今度チョコパおごろっか!
      一時間以内に食い切れたらタダってそれバケツパフェやーん!」
 
从#) ∀从「(……弱点はねぇのか……?
       この、とんでもねぇ《拒絶能力》の……)」
 
从'ー'从「弱点〜? そうだね、不意を衝かれたらびっくりしちゃうの〜」
 
从#) ∀从「(………チキショウ、完全にココロ読まれてやがる……。
       これじゃあ不意打ちなんてできねぇな……)」
 
从'ー'从「うんうん、人生諦めが肝心! 生きることも諦めな!
      おっとこれじゃあ矛盾だねぇ〜」
 
从#) ∀从「………」
 
 
 ハインリッヒは考察に疲れ、静かになった。
 無心になったので、ワタナベも心を読めず、面白くなかった。
 ハインリッヒを嘲ることである程度は満たされていたのに、
 それがめっきりなくなってしまった。
 
 『拒絶』は皆、満たされることを望んでいる。
 ハインリッヒを挑発できないようになると、
 次はいよいよ戦闘がはじまる。
 
 ハインリッヒは、それを知っていた。
 いや、知っていたからこそ無心になったのだ。
 
 
.

511 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 11:59:23 ID:5SV6lZG6O
 
 
从'ー'从「……つまんねぇな」
 
从#) ∀从「……」
 
从'ー'从「………」
 
 
 ハインリッヒは、ワタナベに抗えない、と半ば諦めていた。
 ここで朽ちてもおかしくない命だ、とも思っていた。
 だから、あれこれ考えて不安に駆られるよりかは
 こうして静かに次の相手の出方を待っている方が気が楽だった。
 
 そう云う作戦であることを知っていても、
 ワタナベにとってはやはりつまらなかった。
 もう少し構ってほしいと思っていた。
 
 これでは自分が受け入れられず、
 いつも通り『拒絶』されたままなのだ。
 それでは、このように強力な『能力者』を強襲する意味がなくなってしまう。
 
 ワタナベは口を尖らせた。
 だが、ハインリッヒにも意地がある。
 彼女は一向に行動にでようとしないので、
 いよいよワタナベの方も我慢できなくなった。
 
 無理矢理、戦闘に洒落込もうとした。
 
 
从'ー'从「――じゃあ」
 
从#) ∀从「がふ…ッ……」
 
 
从'ー'从「せいぜい抗ってくれよ。
      それこそがおれの生き甲斐なんだからな」
 
 
从#) ∀从「………」
 
 
 
 
.

512 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:02:04 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
 
 ワタナベが、掌底を構えた。
 狙うはハインリッヒの心臓。
 真上から垂直に衝く掌底は、ハインリッヒから容易く命を奪い取るだろう。
 
 
从'ー'从「………」
 
 
 
 
 
 ハインリッヒが、目を瞑った。
 
 直後、ワタナベがちいさく声を発した。
 
 
 
 
 
 
 
.

513 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:02:56 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
 
 ―――同時に、ハインリッヒの顔に生温かい液体が飛んだ。
 生臭く、しかし何度も嗅いだことのあるにおいだ。
 
 死を覚悟したハインリッヒにとっては、
 当初それが自分のものではないかと思った。
 
 しかし、自分は痛くもなんともない。
 平生のまま、こうして横たわっている。
 
 
 試しに目を開くと、予想通りの赤い液体がそこらに飛び散っていた。
 目の前には、ワタナベが立っている。
 
 ――が
 
 
从;゚∀从「な………なに?」
 
 
 
从゚ー 从
 
 
 
 ワタナベは立っていたのだ。
 しかし、異変があるとするなら
 
 
 〝彼女の心臓から手が突き出されていた〟ことだ。
 
 
 
 
.

514 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:04:22 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
 心臓の部位から、止め処なく液体――血が、流れている。
 それも尋常のない量で、即死を疑う程だった。
 
 いつの間にか心臓を貫かれていたワタナベは、
 少し痙攣したのち、息絶えたのかがくんとうなだれた。
 それを見てから、〝背後にいた人物は〟その手を抜いた。
 そして、彼女が倒れたのを確認して、彼は口を開いた。
 
 
(# ,*;゙><  >)
 
 
 
 
(# ,*;゙><●>)「――どうやら【手のひら還し】はデフォルトで
        常時適用させることのできない能力だったようだ」
 
 
 
 
.

515 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:06:26 ID:5SV6lZG6O
 
 
从;゚∀从「て―――てめぇッ! なんで――」
 
(# ,*;゙><●>)「不意打ちのタイミングを測るために
        絶命したふりをしていただけだ」
 
 
 ハインリッヒはがばっと躯を起こし、
 いま目の前に立っているゼウスにそう問いかけた。
 
 ゼウスは死んだはずではないのか。
 死んでないにしても、動けないほどのダメージを与えられていたはずだ。
 
 動けたことは結果としてプラスに働いたが、
 どうしても「なぜ」が付きまとってくる。
 
 それもこれも、全てがこのたった一瞬の
 「不意打ち」のために用意された材料だったのであれば、
 彼が不意打ちの得手である、と認めざるを得ない。
 
 そして、実際に彼はこの一撃のために、自ら倒れたふりをしていたのだ。
 
 
(# ,*;゙><●>)「所詮、『拒絶』も対応できるのは意識の範疇にある対象のみ。
        ……『不意打ちが弱点』だったのは幸いだった」
 
从;゚∀从「………ふ、深いことはあとで聞くが……」
 
 ハインリッヒは、ゆっくり立ち上がった。
 自分も、まだ余力は残していたのだ。
 倒れていたのも、ゼウスと同じ理由だ。
 彼に、そのことについてとやかく言うつもりはなかった。
 
 砂埃をはたいて、ハインリッヒはワタナベを見下ろした。
 ぽっかりと空いた穴を見て、ハインリッヒは吐き気を催した。
 いくら戦闘凶と言われど、心臓の部位に
 大きな穴があるのを見たのはこれがはじめてなのだ。
 
 
.

516 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:08:23 ID:5SV6lZG6O
 
 
从;゚∀从「……これは、『勝った』ってことで……いいのか?」
 
(# ,*;゙><●>)「なにを躊躇う必要がある」
 
 ハインリッヒの弱気な一言に、ゼウスが渇を入れた。
 だが、ハインリッヒの気持ちも充分理解していた。
 
 【手のひら還し】と云うとんでもない《拒絶能力》を持つワタナベなのだ。
 そう一筋縄でゆくはずがなく、簡単に倒せるはずがない、と。
 
 『現実』ではそんなワタナベもこのように即死したが、
 ハインリッヒにとってはにわかに信じがたかった。
 息の根を確かめた上で、世界一の医者に診てもらいたいほどだった。
 
 ワタナベを案じた上での選択ではない。
 『確実に死んだ』と云う確証がなければ、
 とてもワタナベが死んだとは思えなかったのだ。
 
 
从 ゚∀从「だってよ……」
 
(# ,*;゙><●>)「………」
 
 ハインリッヒが死んだワタナベに一瞥を与えると、
 ゼウスも遅ればせながら同じように彼女をちらっと見た。
 
 どう見ても、死んでいる。
 当然のことながら、彼らは心臓に穴を開けて
 なおも言葉を発し続ける者を見たことがない。
 
 心の隅でまだ埃の積もった箇所は残っているが、
 それはただの思い過ごしだ、と割り切るほかなかった。
 
 そう考え、安堵の息を吐いたハインリッヒが、
 隅っこの方で震えている内藤の方を見た。
 そして、現状について見解を伺った。
 当然自分たちと同じ考えだろう、とハインリッヒは思っていた。
 
 
从 ゚∀从「……デブよ、こいつ死んでるよな?」
 
 
 
.

517 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:09:35 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
 
 しかし。
 
 内藤は、肯かなかった。
 
 
 
 
(;^ω^)「……あんたら、『拒絶』を嘗めすぎだお」
 
从 ゚∀从「ハ?」
 
 
 
从;゚∀从「―――ハ?」
 
 
 内藤がそう言った直後、背後で布擦れの音がした。
 土を踏みしめる音も、血が滴る音も、服をはたく音もした。
 
 それらの音を聞いて、ハインリッヒは途端に冷や汗が止まらなくなった。
 同時に、背筋も信じられない程に寒くなった。
 
 「まさか」「そんなはずはない」
 そんな考えが脳内を駆け巡るものの、
 『彼女』は、確かに声を発し、
 ハインリッヒのそんな淡い望みを、見事に打ち砕いた。
 
 
 
 
.

518 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:10:37 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
  「『心臓を貫けば死ぬ』。
   そんなこと、小学生でも知ってるけど、同時に
   その『因果』が『反転』させられることは知らないんだ」
 
 
 
(;^ω^)「………ッ…!」
 
从;゚∀从「は!? ちょ、てめえ――」
 
 
 
  「あと、『不意打ちが弱点』のことだけどさ。
   あれは『嘘』。モララーばりの大嘘だよ。
   ボクは〝あえて不意打ちさせてあげた〟のサ」
 
 
 
(# ,*;゙><●>)「……なに……ッ?」
 
 
 
  「忘れたみたいだから、も一度だけ言ったげる。」
 
  「ボクの名は―――」
 
 
 
 
 
 
.

519 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:11:41 ID:5SV6lZG6O
 
 
 
 
      イレギュラー・バウンド
从'ー'从「【手のひら還し】ッ!」
 
 
从'ヮ'从「ボクの『生死の概念』を、『反転』させたッ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

520 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:17:11 ID:5SV6lZG6O
今日偶然お休みを貰えたため、九話投下しました。
今回から、私が気に入っているワタナベちゃんのお話が続きます。

質問等はこちらかツイッターで承っておりますが、あまり創作板は覗かないのでツイッターの方が早く返答できます。
と言っても、リツイート?だの返信だのの仕様がさっぱりなのですが。
では、ご静聴ありがとうございました。

521 ◆qQn9znm1mg:2012/09/10(月) 12:20:55 ID:5SV6lZG6O
現状でまとめられていないお話の目次

>>426-464 第八話「vs【ご都合主義】Ⅳ」
>>475-519 第九話「vs【手のひら還し】Ⅰ」

522名も無きAAのようです:2012/09/10(月) 12:38:49 ID:SgW1Ab1.0


523名も無きAAのようです:2012/09/10(月) 18:25:38 ID:BdzwhqZs0
また勝てる気がしねぇ。乙。

524名も無きAAのようです:2012/09/10(月) 20:35:05 ID:O/OyHxG20
狂ってるぜー乙

525名も無きAAのようです:2012/09/11(火) 02:28:07 ID:gf6/d.2MO
今までで最強の能力とみた 
これに勝つために作者はどんな理由をこじつけるのか!

526 ◆qQn9znm1mg:2012/09/11(火) 07:11:38 ID:P5HWKbO6O
訂正 >>511

从'ー'从「せいぜい抗ってくれよ。



从'ー'从「せいぜい抗ってくれよ。
      それこそがおれの生き甲斐なんだからな」

527 ◆qQn9znm1mg:2012/09/30(日) 21:48:13 ID:ZggTO9BIO
書きためが十話分以上あるのに投下しない私です。
第十話以降の投下は新設のⅡ板で行いますので、ご留意お願いします。

528名も無きAAのようです:2012/09/30(日) 21:53:34 ID:NORimOss0
スゲェェェwwwwリョーカイですww

529名も無きAAのようです:2012/10/01(月) 07:51:16 ID:/HrSfB7I0
Ⅱ板ってどこ?

530名も無きAAのようです:2012/10/01(月) 09:03:39 ID:xGHd0.zw0
検索してきたぞ
http://jbbs.livedoor.jp/internet/16305/

531名も無きAAのようです:2012/11/04(日) 23:06:04 ID:YtZtmOs60
マダー?

532名も無きAAのようです:2012/12/18(火) 16:36:54 ID:R7KIhuHA0
小説板2にきてるね

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