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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part03
1避難所の中の人★:2011/10/07(金) 22:15:54 ID:???
ここは、ヤンデレの小説を書いて投稿するためのスレッドです。

○小説以外にも、ヤンデレ系のネタなら大歓迎。(プロット投下、ニュースネタなど)
○ぶつ切りでの作品投下もアリ。


■ヤンデレとは?
 ・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
  →(別名:黒化、黒姫化など)
 ・転じて、病ん(ヤン)だ愛情表現(デレ)、またそれを行うヒロイン全般も含みます。

■関連サイト
ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫 @ ウィキ
http://www42.atwiki.jp/i_am_a_yandere/

■本スレ
ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part02
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1309786963/

■避難所前スレ
ヤンデレの小説を書こう!@避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1301831232/

■お約束
 ・書き込みの際には必ずローカルルールおよびテンプレの順守をお願いします。
 ・荒らしはスルーしましょう。
  もし荒らしに反応した場合はその書き込みも削除・規制対象になることがあります。
 ・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。
 ・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。議論にならないよう、控えめに。
 ・避難所に対するご意見は「管理・要望スレ」(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1301831018/)まで。
 ・投下しにくい空気になったら「感想・批評スレ」(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1301830990/)に誘導してください。

■投稿のお約束
 ・名前欄にはなるべく作品タイトルを。
 ・長編になる場合は見分けやすくするためトリップ使用推奨。
 ・投稿の前後には、「投稿します」「投稿終わりです」の一言をお願いします。(投稿への割り込み防止のため)
 ・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。
 ・作品はできるだけ完結させるようにしてください。
 ・二次創作は元ネタ分からなくても読めれば構いません。
  投下SSの二次創作については作者様の許可を取ってください。
 ・男のヤンデレは基本的にNGです、男の娘も専スレがあるのでそちらへ。

■SSスレのお約束
 ・指摘するなら誤字脱字
 ・展開に口出しするな
 ・嫌いな作品なら見るな。飛ばせ
 ・職人さんが投下しづらい空気はやめよう
 ・指摘してほしい職人さんは事前に書いてね
 ・過剰なクレクレは考え物
 ・スレは作品を評価する場ではありません

2避難所の中の人★:2011/10/07(金) 22:17:49 ID:???
スレ立て完了
テンプレに追加がありますのでご一読ください

3雌豚のにおい@774人目:2011/10/07(金) 23:58:23 ID:/7UbORUg
おつかれGJ

4雌豚のにおい@774人目:2011/10/08(土) 15:29:36 ID:xxsMmmbY
乙〜

5雌豚のにおい@774人目:2011/10/08(土) 16:39:17 ID:zDmbGDsk
スレ立て乙彼様です。

6雌豚のにおい@774人目:2011/10/08(土) 17:01:33 ID:QJpsbDmg
スレ立て乙です

7雌豚のにおい@774人目:2011/10/09(日) 01:08:39 ID:ZwxjbAQU
スレ立て乙¥

8雌豚のにおい@774人目:2011/10/09(日) 21:06:34 ID:BXHzmmCU
1乙

9 ◆rDKQsGdn9c:2011/10/10(月) 22:16:09 ID:Yw9VzI/o
テスト

10 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/11(火) 01:27:34 ID:yXA8nhHA
test

11 ◆H8GQMaQW6s:2011/10/11(火) 21:21:24 ID:zzanJeQY
test

12雌豚のにおい@774人目:2011/10/11(火) 23:35:20 ID:x0kNOMr6
むむっΣ( ̄。 ̄ノ)ノ
これはこれは変歴伝の作者様ではござらんか?
変歴伝どなったの?未だに全裸待機しとるのだが・・・

俺を殺す気か?

13ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:42:41 ID:vXnZtfxw
 こんばんは、ヤンデレの娘さんのモノです。
 お待たせいたしました。
 朱里回、part.4を投下させていただきます。
 今回はクライマックス一歩手前まで。あるいは、御神千里のSAN値がゴリゴリ削られていく過程のお話です。
 それではいかせていただきます。

14ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:43:03 ID:vXnZtfxw
 4年前
 「ヒーローに、なりたかった」
 「はぁ?」
 「昔の話だ、九重。だから、そんな汚物を見るような目を向けること無いだろ」
 「ああ、そう。でも、キミが今も年甲斐も無く子供向け特撮ヒーロー番組のオタクやってるのって……」
 「うん。その想いがあったからだと思う」
 「ボクは女子だから分かりかねるのだけれど、ヒーローってそんなに良い物なのかな?」
 「ヒーローは、1人だけど、1人じゃないから」
 「どーゆーこと?」
 「ヒーローって、戦ってるのはヒーロー1人でも、彼らの守っているたくさんの人と、応援で、声援で、支援で、繋がってるから。絆があるから。だから、俺も少しでもそんな風になれたらって」
 「そう。良く分からないけどね、ボクには」
 「うん、そうかも」
 「しかし、キミに英雄願望なんて大それた代物があったなんて知らなかったよ」
 「英雄なんて大それたものじゃない。大それたものでなくていい。ただ、少しでも誰かの助けになって、誰かを笑顔にして―――」
 「誰かに恩を売って?」
 「恩って……。まぁ、感謝はされたいかな。それで、誰かと繋がれれば」
 「そっか。まぁ、幼少時代のエピソードとしては中々微笑ましいものだったね、戯れに耳を傾ける意義はあった」
 「それは重畳」
 「ウン、興味深かったよ。千里は昔から千里だったんだなって」
 「どう言う意味、それ?」
 「言葉通りの意味」
 「うぐぅ……」
 「でも、その英雄願望。現実問題として、実現するのは無理だろうけど」
 「そっか、無理か」
 「そう、無理。どれだけ頑張っても、どれだけ時間をかけても、キミはヒーローやら、正義の味方やらにはなれない」
 「……うん」
 「キミになれるのは、せいぜいヒーローの真逆の引き立て役。英雄に否定され、主人公の踏み台にされ、騎士から斬り捨てられ、他者から拒絶され、誰からも忌み嫌われる―――敵役だけ、だ」

15ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:43:37 ID:vXnZtfxw
 現在
 「・・・・・・う、うう」
 俺は呻き声をあげながら、重い眼を開けた。
 窓の無い、殺風景な部屋の中だった。
 体が痛い。
 まだ痺れる。
 酷い気分だ。
 って言うか、酷い目にあった。
 いや、実際どういう目にあったのか、俺もいまいち把握していないのだが。
 「あら、あらあらあら。気がついちゃったみたいね」
 うわぁ・・・・・・
 最初に目が合ったのは、嗜虐的な表情を浮かべた明石だった。
 正直、寝起きに見るにはかなり刺激が強かった。
 ましてや、自分を昏倒させた相手となればなおさらだ。
 「おはよう、明石」
 けれども、俺はいつも通りの笑みを作り、余裕な振りをしてそう呼びかけた。
 「それに、三日も」
 三日は、明石の後ろ、部屋の隅に立っていた。
 ここからでは表情は窺い知れない。
 けれども、俺の言葉に何も反応しない。
 どうやら俺は、この2人に呆気なく捕えられてしまったらしい。
 「しかしまぁ、明石。随分と見事な手際というか見事な出来栄えだねぇ。三日を囮役にして、スタンガンで不意打ったってワケね。」
 「余裕ね、こうしてなすすべも無く閉じ込められたって言うのに」
 明石の言う通り、俺は見覚えの無い、室外から施錠されたドアのある無機質な部屋の中、椅子に縛られていた。
 それも、よくよく見れば両手足に胴体を縛る縄にプラスして手錠まで。
 念の入った話だった。
 「まぁ、こうなると初台詞が『お前も仲良くするのだ〜!』だった奴とは思えないけどね」
 「そんな台詞、覚えてる人も信じてる人もいないでしょ」
 「いや、信じてる人はいると思うけど……。それにしてもそれを差し引いても、いやはや、見事な連携だよ、2人とも。これが友情パワーって奴なのかな」
 単なる軽口でもなく、これが2人の友情の成果だと言うなら、自分の状況を棚上げにして素直に称賛したかった。
 これが明石と三日の絆の証だと言うなら、三日のためならば、一応、何とか、許せる。
 しかし、
 「友情?」
 養豚場のブタでも見るような眼をして、明石は言った。
 「勘違いしてもらっちゃ困るわね、緋月三日はただの私の駒よ」
 ………は?
 「明石、今のもう一度言ってくれないかな?どうも、酷い聞き違いをしちゃったみたいでね」
 「聞きたいなら何度だって言ってあげるわ。友情なんてくだんない。ソコのソレはただの駒よ」
 その言葉、昨日の憔悴した三日、そして今の無言の三日、俺の今の状況。
 一瞬、頭が真っ白になってから――――それでも全てが繋がった。
 「………お前、今、三日のこと、自分の親友のことなんて言った?」

 「駒」

 俺の言葉に、明石は冷たく答えた。
 即答した。
 言い放った。
 言い放ち、やがった……!

16ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:43:56 ID:vXnZtfxw
 「………り消せ」
 全身が沸騰しそうになるほどの激情を全力で抑え込み、俺は言った。
 「はぁ?」
 侮蔑に満ちた顔をする明石。
 「取り消せと言ったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 直後、怒轟と共に俺は明石に飛びかかっていた。
 椅子に体を拘束されたまま、腹の筋肉だけで、椅子を前方に倒れこませ、奴の喉笛に噛みつかんとする!
 「ヒッ!?」
 しかし、すんでのところで避けられてしまう。
 俺は、椅子に座った姿勢のまま、フローリングの床の上に転がる。
 今、もう少しでアイツの喉笛を噛み千切れたのに。
 畜生。
 ど畜生。
 「あは、あはははは……」
 がくん、と床の上に尻を突き、強がるように笑う明石。
 「強がっちゃって、無茶をするわね無駄をするわね。アンタは所詮単なる餌。どうこうしてもどうしようもできない、どうでも良いモブでしかない。そこで大人しくしているが良いわ」
 「……」
 明石が何か言っているが、その言葉は怒りでほとんど聞こえない。
 誰かを殴ったことは何度もあるが――――誰かを殺したいと思ったのは、これが初めてだった。
 ……ズ……ズ……と。
 床の上をもがき、尻もちをついた明石の元に這い寄っていく。
 「動かないで!」
 悲鳴のように、明石が叫ぶ。
 三日を指差して。
 「さっきも言ったでしょう!緋月三日は私の駒!私の意のままに動かせる!どんなに酷いことだってさせられる!殺せと言えば殺す!死ねと言えば死ぬ!そうさせるだけ脅迫して屈伏させたんだから!」
 屈伏させた……?
 脅迫して、だって……?
 「私に危害を加えれば、この部屋から出ようとすれば、私がどんな命令をするか、このコがどんな目に会うか。分からないアンタじゃない―――わよね?」
 つまり三日は明石の仲間でも無く、協力者でもなく、囮役でも無く――――人質、か?
 おい。
 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。
 俺は知らない。
 俺は聞いてない。
 こんな展開なんて。
 こんなことになっているなんて。
 「そう言うことだから、大人しくしてなさい、餌役さん!」
 そう言って、俺の頭をゴッと蹴り飛ばす明石。
 「……っつ!」
 さすが水泳部、良い脚(力)してるよ、へたりこんだままでも。
 忌々しい。
 「…!?」
 三日が息をのむ声が聞こえる。
 「だい……じょうぶだから、俺は」
 何とかそう言ったが、半ばうめき声のような声でどこまで安心させられたか分からない。
 そうこうしている内に、明石がフラリと立ち上がった。
 「じゃあ、緋月三日。約束の日までこの餌頼むわよ、良いわね」
 明石の言葉に「…はい」と消え入るような声で答える三日。
 約束の日?何の話だ?
 「じゃぁ、また。もっとも、次に会う時が最後でしょうけど」
 そう言って、部屋のカギを開けて(部屋の中にも鍵があるのだ、ココは)出て行こうとする明石。
 「待て、どこへ……」
 「どこ、ですって?」
 不思議そうな顔をする明石。
 「決まってるでしょ?学校に、行くのよ」

17ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:44:44 ID:vXnZtfxw
 御神千里と緋月三日が失踪した。
 その事実は瞬く間に学校中に伝播した。
 本人たちは否定しているものの、2人は校内でちょっとした有名人であり、恋人同士だったからだ。
 姿を消した理由ははっきりしないが、駆け落ちをしたとも、事件に巻き込まれたとも、様々な憶測が飛び交った。
 とは言え、この事件に対する反応は千差万別だった。
 その行方を、面白半分で話題にする者、心配する者、探す者、気にする者、気にしない者。
 そして、何の進展も無いままに、千里と三日が不在の夜照学園高等部の学校生活は、今日も何事も無く過ぎて行き……。







 事件の情報を最も早く掴んだのは、前期生徒会役員たちだった。
 「御神後輩と、あの不愉快な男の妹が失踪?」
 ある空き教室の中で、氷室雨氷は怪訝そうな顔で相手に聞き返した。
 「その通りなのでござる」
 情報を伝えたのは、李忍。
 いつも通りの奇妙な口調だが、心配そうな色が滲んでいる。
 その場には、一原百合子の恋人たちが集っていた。
 但し、百合子本人はいない。
 「とにかく、その話を一原会長……もとい前会長の耳に入れないよう尽力しなくてはなりませんね」
 「氷室殿!?」
 冷たく言い放った氷室に、李は抗議の声をあげる。
 それも当然だった。
 千里と三日は彼女のクラスメートで、生徒会の活動も手伝ってもらったこともある友達なのだから。
 面と向かって友達だと言ったことは無かったが、少なくとも李自身はそうだと感じている。
 「李前書記も、一原前会長の性格を知っているでしょう。彼女のことです。話を聞いたら、喜々津……もとい嬉々としてこのトラブルに首を突っ込むに違いありません」
 「でござるから……!」
 「自分の受験勉強を放り出した上で、ね。それは、避けるべき事態です」
 冷静に語る氷室。
 「友の安否より受験の方が大事と言うのでござるか!!」
 「李、気持ちは分かるけど……」
 「イマはcool downにcalm downです」
 喰ってかかろうとする李を、周りにいる霧崎涼子やエリス・リーランドが押しとどめる。
 「今は、彼女にとって大事な時期。一原前会長は、これまで学園の為、一般生徒たちの為―――つまり、他人の為に尽力してきました。だから、もう良いでしょう。彼女が自分の為に尽力しても」
 冷たい声音の氷室だったが、その言葉には百合子への気遣いが感じられる。
 そして、それは氷室達全員の統一見解でもあったはずだった。
 生徒会長で無い百合子が、他人の為に身を削ることはもう必要ない、と。
 一方で、元生徒会メンバー達はヒトとしての能力こそ規格外ではあっても、百合子という中心人物が無ければその能力を十分に発揮できないことも確かだった。
 いくら規格外と言った所で、所詮は個人レベルに過ぎないのだ。
 言わば、彼女たちは百合子と言う剣士に振るわれる刀のような存在だ。
 扱う剣士がいなければ、どんな名刀も単なる棒きれでしか無い。
 「今のお姉は生徒会長じゃないしね。あんま無茶もさせらんないし」
 一原愛華が言うように、この学園の生徒会長は絶大な権限を与えられている。
 人事権を始め、様々な権利を与えられている。(愛華が1年生にも関わらず生徒会に所属できたのはこの権利の濫用である)
 それに、多少の無茶も学園側からのフォローがある。もっとも、これは顧問であるエリスによる部分も多分にあったが。
 「私達の時のように、『終わっても何事も無かったように』とはいかないかもしれませんわ」
 と、鬼児宮左奈は言った。
 「だからと言って、今御神氏たちがどのような目にあっているのかも分からぬというのに……!」
 「どのような目に会っているとしても、御神後輩が切り抜けられないかも分かりませんがね」
 もどかしげな李に向かって、氷室は静かに言った。
 「御神後輩も、私や一原前会長と中等部時代から行動を共にしてきた者。多少のことでどうにかなる道理は――――ありません」

18ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:45:38 ID:vXnZtfxw
 「直子ちゃ〜ん、直子ちゃ〜ん?」
 料理部の活動中、河合直子は部長の由良優良里(ユラユラリ)先輩に呼びかけられて我に返った。
 「あ、部長」
 「はい〜部長です〜」
 相変わらずおっとりとした、しかし温かな笑顔を浮かべる由良部長。
 「それよりも〜、直子ちゃん〜?」
 「何でしょう?」
 「あなたの〜そのお鍋〜、噴きこぼれてないかしら〜?」
 「うわ、マジっすか!?って言うかマジだ!?」
 慌ててコンロの火を止める河合。
 「何で早く言ってくれなかったんですかー!って、ゆらゆらな由良部長に言っても仕方無いですね」
 「ごめんなさいね〜。でも、珍しいわね〜」
 「何がですか?」
 「直子ちゃんが〜、料理しててボーっとしてるなんて〜」
 言われてみればそうだった。
 今までは、横に御神千里先輩がいたので、談笑で手元がおざなりになることはあっても(それでよく千里に注意されたものだ)、上の空になることなど、一度も無かった。
 けれども、今は……
 「先輩が、いないですから……」
 「やっぱり〜、心配に〜なるわよね〜」
 でもね〜、と気遣わしげに直子の肩に手を置く部長。
 「大丈夫よ〜、絶対。私達の助っ人くんは〜そう簡単にどうにかなるような子じゃないもの〜」
 「そう、ですよね……」
 自分に言い聞かせるように呟くと、両の頬をパンと叩く直子。
 「ぃよし!御神先輩が帰ってきた時の為に、エンジン全開ガンバルオー!」
 空元気の声を上げる直子。
 それを、穏やかな笑みで見つめる部長。
 その部長の頭に、ポンと手が置かれる。
 「あんまり気ィ張りすぎないで下さいよ、部長も」
 「あら〜、三九夜ちゃん〜」
 部長の後ろに立っていたのは、女子制服の美少女、天野三九夜。
 「ちゃんって言わないで下さい。何かこそばゆいンですよ」
 「ごめんね〜。でも大丈夫よ〜。私はいつもど〜り〜」
 「塩と砂糖を間違えない、水と料理酒を間違えない、大根とにんじんを間違えない。そんなアナタのどこがいつも通りですか」
 「あら〜、そう言えばそうね〜。今日は一回も間違えてないわ〜」
 「……ったく、心配で来てみればご覧の有様かよ」
 「何か言った〜?」
 「何でも無ぇッス」
 そっぽを向きながら言う三九夜。
 『御神、あんまりコイツらに心配かけないで緋月と早く戻ってこい。オレだって―――』
 三九夜は、どこにいるとも知れぬ友に向かって、心の中でそう呼びかけた。

19ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:46:26 ID:vXnZtfxw
 「みかみん……」
 午後の授業を片手間に受けながら、葉山正樹は虚ろに呟いた。
 教師がチョークを振るう音を聞き流し、正樹はちらと隣の席に目をやった。
 いつも見慣れた、本来あるべき御神千里の姿が無く、まるで大穴がぽっかりと空いたようだった。
 ――――お前は、それで良いの……!?―――
 千里の席を見るたびに、彼が言い残した言葉が繰り返し思い出される。
 本人は平静を装っているつもりでも、もどかしさや気遣いが隠しきれない、優しくも激しい言葉。
 (しっかたねーじゃんよ)
 聞く者の無い答えを、正樹はひねり出す。
 (何もかもが異常で異形で非常事態なンだよ。こんなンなっちまったのに、何か出来るってンだよ。何が出来るってンだよ。俺が聞きてぇっての)
 言い訳だ。
 それは、正樹自身が一番良く分かっている。
 自分がすべきなのは、自分が想うべきなのは、自分が、決めるべきなのは―――
 そんなことを想っている内に、授業終了のチャイムが鳴る。
 「やほー、まーちゃん!!」
 授業が終わるのとほぼ同時に、明石朱里が彼に声をかけてくる。
 「う……あ、ああ……」
 明石の登場に、今までの思考が胡散霧消する。
 「さっきの授業、ノート取ってたー?いやー、アタシ途中で寝ちゃってさー」
 そう言いながら、当り前のように千里の席に座る朱里。
 ―――何も言えず、何も言わず、ただ唯々諾々と流されて。それを恐れるばかりで何もしないで―――
 その後、千里は何と言いたかったのだろうか。
 分からない。
 けれども、正樹は何か言わなくてはいけない気がした。
 強く。
 「朱里……そこ、みかみんの席だ」
 振り絞るように、正樹は何とか、朱里に向かってそう言った。
 「え、ああ。そうだっけ?」
 とぼけた風に言う朱里。
 気のせいか、その声音にはどこか意地の悪い響きがあるように聞こえた。
 「……そーだよ。だから……お前が我が物顔で我が物みたく座るのは、その……どーなンだよ?」
 「意外と細かいコト気にするんだねー!」
 そう、朱里は正樹の言葉を笑い飛ばした。
 「良く分かんないけど、緋月三日と御神千里はまだ見つかって無いんでしょ?」
 「……ああ、万里さんが探してる。……『心当たりはあるから心配しないで』って言ってた」
 「あー、万里さんからの電話!?アタシん家にも来たよー!なんかー、あの人クラス全員に電話かけて御神千里と緋月三日が来てるか確認したみたいだねー!すごいよねー!こう言うの、『親の鑑』って言うのかな!?」
 「かも、な。……まぁ、こればっかは大人のヒトに任せるっきゃねーんだろーな。……みかみん達を探したくても、アイツらがどこにいるのかなんて、見当もつかねーし」
 「なら、遠慮なく座ってもそんな問題無いじゃん!」
 本格的に背もたれに体重を預け、朱里は笑う。
 「高校生のアタシらにはどーしよーも無いし!それに、万里さん『心配しないで』って言ってたんでしょ!?だったら……」
 「……わ、悪い、朱里……」
 ハイテンションに台詞を捲し立てる朱里を何とか遮る正樹。
 「……悪いけど、ホント、今、お前と話したい気分じゃ無いんだ。後にして……くれねーか?」
 「へぇ……」
 戦々恐々としながらも言葉を発した葉山に、朱里はコールタールのようにドロリとした視線を向ける。
 「イヤなんだ。私と話すの私と話すのに恋人(わたし)と話すの、イヤなんだ」
 詰め寄る明石にたじろぎそうになる葉山。
 「うぅ……キ、キブンの問題だよ。こう言っちゃなんだが、心配するなと言われて心配しないほど、俺も割り切った性格しちゃいねーし」
 「じゃあ、最近緋月三日と御神千里を見た――っていう情報を私が持っていても?」
 「本当か!?」
 朱里の言葉に、思わず身を乗り出す葉山。
 その姿を見た明石が、心の中で歪な笑みを浮かべていたことなど、親友の身を案じる葉山に分かるはずも無かった。

20ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:47:07 ID:vXnZtfxw
 そうして、世間様に嘆きや心配や寂しい思いや迷惑や期待をさせている最中の数日間、俺がどうしていたかと言うと、何もしていなかった。
 と、言うより何かする気も起きなかった。
 俺の心は、御神千里の心は、これ以上無く折れていた。
 ポッキリと折れきっていた。
 最初は、明石に対する怒りや殺意しか無かった。
 けれども、冷静になるにつれ、そうした感情は自分自身に向けられた。
 自己嫌悪になった。
 俺は、どうして誰も救えなかったのか。
 俺は、どうして親友に伝えるべきことを伝えるのが遅れてしまったのか。
 俺は、どうして親友に想いを寄せる少女の暴走と破綻を止めなかったのか。
 俺は、どうして大切な人を守れず、それどころか、彼女の危機を気付くことさえできなかったのか。
 俺は、本当に、何も学んでいない。
 俺は、正しくあることができなかった。
 俺は、主人公(ヒーロー)でも英雄(ヒーロー)でも騎士(ヒーロー)でも無い。
 俺は、無力だ。
 そんな人間に、明石を恨む道理は無い。
 「…千里くん」
 縛られた俺の膝の上で、三日が俺の首に白い手を回す。
 「…千里くんは何も気にしなくて良いんです。…何も考えなくて良いんです。…何も心配しなくて良いんです。…全てが、上手くいきますから」
 無表情に言葉を紡ぐ三日。
 三日のその言葉は、毎日のように繰り返されていた。
 まるで、壊れたレコードのように。
 それは、俺にと言うよりも、三日自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
 三日は明らかに無理をしていた。
 精神的な負担を強いられていた。
 それに対して、俺は何も言わない、しない、出来ない。
 俺のような、人間失格には。
 誰かマトモな奴なら、それこそ一原先輩みたいな人なら、今の三日の危うさなんて、一言で解消してくれるのだろうけれど。
 ここには、その一原先輩はいない。
 一原先輩のみならず、俺と三日の2人しか人間がいない。
 明石は俺を閉じ込めたあの日以来、電話越しでしか連絡を寄越さないし。
 そんな有様だから、俺の想いは沈んでいく一方だった。
 沈みに沈み、自分のキャラクターすら保てないでいた。
 元々、俺の緩いキャラクターは、ここ数年でようやく関わりを持てた、家族や友人と言った、俺に好感を持ってくれているみんなとの人間関係の中で、無我夢中で構築し、維持してきたものだ。
 誰かがいなければ、保てない、急ごしらえで薄っぺらなものだ。
 だから、みんながいなければ、俺のキャラクターは崩れていくほかない。
 これが本当のキャラ崩壊。
 全然上手く無い。
 全てが上手くいかない。

21ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:47:33 ID:vXnZtfxw
 放課後
 「……本当に、こっちなのか。その……みかみん達を見たっていうのは」
 人の少ないビル街を、葉山正樹は明石朱里に案内されるままに歩いていた。
 「ウン、大体この辺りでチラッとだけ2人の姿を見たんだってー!」
 キョロキョロと近くを見回し、いかにも辺りを探してますと言う風を装いながら朱里は答えた。
 「見たって言うと?」
 「アタシの友達の友達の、そのまた友達!大体、2日前くらいだって!」
 「2日か……。……じゃあ、今居るかどうかは微妙なラインだし、見間違えかもしれねーよな」
 「どーするー!?このまま帰るのもアリだと思うけど!その後ついでにここら辺デートしたり!!」
 「こんな雑居ビルが集まったトコにデートスポットがあるとも思えないけどな……」
 久々のツッコミを入れながら、逡巡する正樹。
 「……とりあえず、近くを探して良いか?……正直、みかみんが心配で藁にもすがりたい思いだし」
 「アイアイサー!」
 そうして、近くのビルの中に入る2人。
 「?……ひょっとしてココがらんどうか?」
 「そうそう。元々はマンションとして建設されたんだけど、建物が完成したって時に大元の会社が潰れちゃったんだってー!いやー、不景気はイヤだよねー!」
 「く、詳しいんだな……」
 「アタシが情報通なのは、学園内だけじゃないんだよ!」
 えへん虫、と胸を張りながら、中を探索する。
 「でも、ちょーっと分かんないかな!」
 「……な、何がだ?」
 「何でそんなに御神千里を心配するのかな!噂じゃ、前期の生徒会の無茶にも付き合ってたらしいし、大抵のことは1人で何とかなるんじゃない、アレ」
 放っておこうよ、という意味を暗に込めて朱里は言う。
 「……確かに、アイツはトラブルに場慣れしちゃいる。けど、それだけだ」
 「それだけってー!?」
 「……意外と危ういンだよ、メンタル的に。普通にしてればなんてこと無いんだけどよ。一度沈むとトコトン沈む。一度キレるとメチャクチャ性質が悪い。初めてアイツと会った時なんて、九重以外のありとあらゆる人間にガン飛ばしてた位だったんだぜ」
 「普段温厚な人ほど怒ると怖いってコトー?」
 「……まぁ、な。だから、アイツは心配なんだ。生死とかフィジカルなトコだけじゃなくて、メンタルの部分もな」

22ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:47:58 ID:vXnZtfxw
 その廃ビルの一室に、俺達は居た。
 「…はむ、ンちゅ…ふにゅ…あむ…」
 三日の口の中で丁寧に細かく刻まれたコンビニ弁当の唐揚げが、マウストゥマウスで俺の喉の奥に押し込まれる。
 所謂口移しと言う奴だ。
 俺は手足を拘束されているため、この数日恒例になっていた食事風景だった。
 いつものように、俺に口移しで食事を与えていた三日が、
 食事や下の処理など、おはようからおやすみまで俺の生命維持のために尽力したここ数日の三日の献身ぶりは語り尽くせないほどだ。
 語れば語るほど、俺の無力さが浮き彫りにされるだけとも言うが。
 三日の献身に対して、俺は何も応えることが出来ないのだから。
 「…そんな顔しないで下さい、千里くん。…全てが上手く終われば終われば、千里くんだって幸せな気持ちになれますから」
 唐揚げペーストを俺に嚥下させ、弁当が空になったところで、三日は俺から唇を離し、俺に向かってそう囁きかけた。
 俺は、どんな顔をしているのだろうか。
 どんな顔でも、もうどうでも良い。
 「…全てが上手く終われば、千里くんだって幸せな気持ちになります。なってくれます。なってくれるに決まっています。…だから、私も頑張ります」
 三日が繰り返す。
 喜ぶ。
 幸せ。
 それは、俺の望みがかなう、ということだろうか。
 俺の、望みは―――
 「みんなが、おれのすきなみんなが、わらっていてほしい」
 「…」
 俺の言葉に顔を曇らせる三日。
 彼女は、今笑ってはいないから。
 ああ、俺は本当に無力だよなぁ。
 みんなの笑顔のために、なんてテレビの中のヒーローみたくなりたかったけどなぁ。
 所詮人は人、ヒーローはヒーローか。
 俺には、何もできないか。
 どれだけ、やりたいと思っても。
 あーあ。
 やっぱり俺は、『意味ある人』じゃなくて『ある意味人』だよな。
 ヒーローどころか、人としてあまりに脆弱だ。
 九重、お前はいつだって正しいよ。
 けれど。
 ―――やりたいなら四の五の言わずにやりなさいよ―――
 唐突に、親の言葉が思い出された。
 そうか。
 どれだけ無力感に苛まれていても、俺の想いだけは、まだこんなにも燻っている。
 燻って、消えていない。
 キャラはブレても、想いはブレてない。
 だったら。
 例え、無力でも。
 例え、ヒーローにはなれなくても。
 例え、『ある意味人』でしかない、人間失格でも。
 「おしえて―――教えてくれ、三日」
 「…え?」
 数日ぶりに力を込めて、想いを込めて発せられた俺の言葉に、驚いた顔をする三日。
 「俺は、お前の、お前達の笑顔の為に何ができる?」
 「…え、でも」
 「どんな小さなことでも良い。お前の望みを言え。それさえ分かれば―――どんな願いも叶えてやる」
 「…千里くん」
 何となく、三日の表情に元気が戻ってきたような気がした。
 「…このタイミングでネタに走らなくても」
 「あ、分かった?」
 詳しくは『告白の巻』参照。あるいは平成ライダー8作目。
 「…くすくすくす」
 「あっは、ははははは!」
 場違いなネタに、その場違いさ加減がどうにもツボにはまり思わず2人して笑ってしまう。
 「…フフ、何だか、1億と2千年ぶりに笑った気分です」
 「対抗したね?」
 「…はい、対抗させていただきました」
 「お前の冗談、マジで今から36万…いや、1万4千年振りに聞いた気分だ」
 「…何で言い直すと短くなるんですか」
 そう言って、互いに笑いあう。
 今までの、沈み続けるような気分が、笑い合ううちに少しずつ薄れて行くのを感じる。
 いや、まだ何も何一つ良い方向に向かっちゃいないんだけどね。
 ……よし、少しずついつものキャラが戻ってきたぞ。

23ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:48:46 ID:vXnZtfxw
 「…真面目な話、この先千里くんに何かしてもらう予定はほとんど無いんですよね、朱里ちゃんの計画には。…元々、ほとんど朱里ちゃん1人でやってるようなものですし」
 笑みを消し、キリっとした顔で三日が言った。
 「計画って言うと?俺、その内容全然知らないんで教えて欲しいんだけど」
 と、言うより教えられる前に監禁されたからな。
 実は誘拐犯に向かって悠長に自分が攫われた理由を聞いているようなものだったりするこの状況。
 わお、デンジャー、デンジャー、デンジャラス。
 「…話せば、長くなるんですけど」
 「3行でお願い」
 「…千里くんがいなくなると、葉山くんが心配します。
 …それを餌にして、朱里ちゃんが葉山くんをこの家におびき寄せます。
 …そしたら、そのまま2人きりでずーっと一緒。
 …みんなハッピー」
 「3行と言いつつ4行って……」
 「…え、そう言うお約束じゃないんですか?」
 「まぁ、そうだけど」
 それで素で4行にする辺り、すごいというか何と言うか。
 「って言うか、思いのほか杜撰な計画だな」
 「…杜撰、ですか?」
 「詰めが甘い、って言った方が良いけど。大体、警察が動き出したら、居場所なんて一発だぜ。何せ、そして4人もいなくなるんだし。」
 俺に関しては、明石に脅されて「ちょっと自分探しの旅に出るから」と家の留守電に入れてるけど、それを信じるような人ばっかりでも無いだろう。(大体、ウチの親が信じたのかも分からないし)
 葉山や明石までいなくなったら、ほぼ確実に捜索願が出されると見て良い。
 ウン、だんだんと頭が働いてきたぞ。
 「…確かに、国家権力が動き出したら面倒ですけど」
 「って言うか、警察動くだろ、絶対」
 「…でも、お母さんたちだって大丈夫ですし」
 「お前の両親とは、状況は違うだろ。少なくとも、月日さんは今の状況にある程度納得しているし」
 誘拐と同居では天と地ほどの差がある。
 「…いえ、今はそうした大人の事情はお母さんがどうにかしているらしいですし」
 「あの人一枚噛んでるのかよ!?」
 俺の驚きにコクンと頷く三日。
 学生ばかりで計画された誘拐計画だと思っていたのに、超展開だ。
 「一体全体どうしてンなことに」
 「…何でも、雨の日に偶然会ったとかで」
 「捨て猫を拾ったみたいな話だな……」
 それにしても、零日さんが絡んだ件は、俺の迂闊さがあからさまに露呈することが多い気がする。
 その上、三日を窮地に追いやるし。
 いや、まだ2回だけだけど。
 「そうは言っても、警察を誤魔化すにしても、あの人が出来ることにも限界があるでしょ。何のかんの言っても、一介の女優さんでしかないでしょ?」
 「…それはそうですね」
 って言うか、あの人はヤバくなったらさっさと逃げそう。
 大体、零日さんは人助けなんて殊勝な理由で動くタイプの人じゃ無いし。
 「零日さんの助けは、長期的にはあんまり期待できないと思う。だから、大事になる前に、はやまんを攫うなんて止めた方が良いかもしれない。本当に、葉山と明石の行く末を思うなら」
 「…でも、朱里ちゃんは2人きりで、時間をかけて、ここで想いを伝えたいって言ってました」
 「あー、ゴメン」
 「…はい?」
 「それ、多分ムリ」
 「無理!?」
 「今まで割かし言葉濁してたけど、はやまん明石に本気でビビッてるからなぁ。こんなところに閉じ込められた日には、明石の言うことなんて聞く耳持たないよ」
 「…そう、なんですか」
 「ぶっちゃけ、葉山は漫画のヘタレ主人公みたいなモンだ」
 「…ヘタレ主人公そのものですね」
 「だから、今の葉山に押せ押せで行くのは逆に下策だと思う」
 「…押して、上手く行くと思ったんですけど」
 「こればっかりは、巡り合わせが悪かったとしか言えないなぁ。ただ単に明石が自分の想いを明かすだけならこうはならなかったんだろうけど、はやまんは明石の狂烈な部分まで知っちゃったから」
 今の冷酷非情な恋愛暴走特急状態が明石の本質だとは思わないが。
 そいつを明石の本性だと思ってるのが今のはやまん、といったところか。
 いや、まぁ、明石の一部ではあるんだろうけれど。
 それだけじゃ無いと思うんだよなぁ。
 葉山にとっても。
 はっきりとは分からないけれど。
 うーみゅ。
 「みんな幸せ、って言うのは難しいのかなぁ」
 「ええー!?」
 三日からのブーイングが聞こえる。

24ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:49:10 ID:vXnZtfxw
 「そう言うのも分かるけど、葉山と明石っていう二項対立が完全に出来ちゃったからなぁ」
 逃げるはやまん、追う明石、みたいな。
 「…それなら、私は明石軍に入ります」
 「あー、そこはブレないんだ」
 「…親友ですから。………朱里ちゃんは、そうは思ってくれてないようですけど」
 「ンなことは無いと思うんだけどなぁ」
 「…ありがとうございます。…慰めでも、気が楽になりました」
 「いや、マジでマジで」
 あの時はブチ切れたけど、改めて思うと明石の『駒』発言が本当の本心だとは思えないんだよな、何となく。
 明石自身が自分の想いをないがしろにしているだけで。
 極めて感情的な理由で動いている癖に、感情を一番後回しにしているという矛盾。
 ヤンデレてる明石は気付いて無いんだろうなぁ。いや、もしかしたら気付いていて気付かないふりをしてるのか。
 「…それで、千里くんはどちらの味方になるんですか?」
 三日がそう問いかけた。
 問いかけに躊躇が無い辺り、俺が三日と同じ側に立つことを期待&確信しているのだろうけれど……
 「俺は、2人のどちらとも味方で居たかったんだよなぁ」
 ため息交じりに俺は答えた。
 「今となっては難しいけれど」
 「…葉山くんが朱里ちゃんのモノになってくれれば、万事解決なんですけど」
 「それが二項対立なんだよなぁ」
 「…対立してると思うのに、両方の味方になりたい、ですか。…何だか、頭がこんがらがってきました」
 三日がそう言うのも無理無いだろう。
 現在の状況を二項対立として捉えながら、対立する2人の両方の味方でいたい。
 そんなものは虫の良い考え方だし、矛盾した考え方だ。
 「それもそうだけど……」
 ……二項対立
 ……叱咤激励
 ……葉山の恐怖
 ……明石の狂愛
 ……人間関係
 ……友情
 ……愛情
 ……感情
 ……矛盾
 ……虚偽
 ……真実
 ……覚悟
 ……決意
 ……構築
 ……崩壊
 ……絆
 ……ヤンデレ
 今までの状況と、今まで俺が感じてきた物が、俺の頭の中で集束していく。
 「二項対立、ね」
 そう呟いた俺は、どんな顔をしているのだろうか?
 「あは……」
 少なくとも、笑顔の形はしていたのだろうけれど。
 「あはははは……」
 「…千里くん?」
 三日が心配そうに声をかけてくるが―――『そんなものはどうでも良い』。

25ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:54:11 ID:vXnZtfxw
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

26ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:54:44 ID:vXnZtfxw
 狂ったように、狂気その物の哄笑を一しきり上げると、俺は口元に鮫のように獰猛な笑みを作る。
 「覚悟を決めたぜ、三日」
 そう嗤った俺の顔は、間違い無く獣のようだっただろう。
 え、俺のキャラ?何それおいしいの?
 「俺は、二項対立の三項目になる」
 「…はい?」
 俺の滅茶苦茶な発言に、当然困惑したような顔を浮かべる。
 「葉山と明石。あの2人に否定され、2人の踏み台にされ、2人から斬り捨てられ、2人から拒絶され、2人から忌み嫌われる奴に―――2人の敵になってやる」
 拳を握り込み、言葉に力を込めて言い放つ。
 「協力してくれるよなぁ、三日?」
 そうは言った物の、俺は拒否権なんて認めるつもりはさらさらなかった。
 こうして、物語に無理矢理エンドマークを打つための、主役を無理矢理に表舞台に引き上げるための、乱雑で乱暴で粗暴で蛮行その物の戦いが始まろうとしていた。

27ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:55:09 ID:vXnZtfxw
 おまけ

 バー『ラックラック』
 都内某所にある小さなバー。
 英語での綴りは"Luck Lack"(幸運欠如)
 看板は四つ葉のクローバー、ただし一枚だけ葉が落ちている。
 うす暗く、ジャズのレコードがささやかな音楽を奏でるだけだが、店内は隅々まで清潔にされている。
 静かで穏やかな雰囲気、美味なカクテル、内密な話をするには最適な席の配置。
 何より、分煙が行き届いている。
 職業柄、役者の至近距離まで近づくことも多い『彼』は、煙草を含めたあらゆる臭いに対して気を使っていた。
 役者の中には喫煙者も多いが、少なからず嫌煙家も少なくない。
 衣服に煙草の臭いをつけたりして、仕事中相手に不快な思いをさせてくないという、『彼』の当り前のプロ意識だった。
 そんな訳で、バー『ラックラック』は『彼』―――御神万里の行きつけのバーとなっていた。
 「来たわね、レイちゃん」
 いつもの席で、普段通りグラスを二つ並べた万里は、店内に入ってきた相手に言った。
 「フフ…待たせちゃった…かな?」
 そして、いつも通りどこか虚ろな笑みで万里に応じる相手、緋月零日。
 「久し振り…だね。万里ちゃんにこのお店に誘われ…たの」
 「そぉ?」
 「前の時は、ご用事だった…ね?」
 「そんな昔のこと、忘れたわ」
 零日の言葉に恍ける万里。
 「7月のこと…だよ?」
 「歳を取ると物忘れがひどくてね」
 「もう…」
 そんな雑談をしながら、席に着く零日。
 「だったら、忘れちゃった…かな?私に搦め手は…無意味」
 「そうだったわね」
 「何事もストレートなのが好み…なんだよ?」
 コクリ、と首をかしげる零日。
 「そうね」
 「だから、ウィスキーもストレート」
 「それは初耳」
 どうやら、零日は飲まないだけで、飲めない訳では無いらしい。
 本当に彼女のキャラクターは掴めない、と万里は思った。
 「じゃ、ストレートに」
 「ストレート…に」
 「ウチのセンと三日ちゃんが居なくなってるから、居場所教えてもらう」
 万里の言葉に、零日はスッと目を細める。
 「どうして、私に聞くの…かな」
 「アナタしかいないからよ。センはともかく、三日ちゃんの行方をレイちゃんが把握してないとかあり得ないでしょ?さぁ―――教えて?」
 御神万里と緋月零日。
 ここでもまた、深く、静かに、戦いが始まろうとしていた。

28ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22:57:10 ID:vXnZtfxw
 以上で投下終了になります。
 お読みいただき、ありがとうございました。
 ……今回は短めになるかと思っていたのですが(クライマックスと分割したので)、意外と長くなってしまいましたかね。長すぎでしょうか。
 次回は、朱里回のクライマックスとなります。
 それでは、失礼します。

29雌豚のにおい@774人目:2011/10/12(水) 23:02:53 ID:A09HmYAg
乙&GJ!! さっそく全裸待機してます。

30雌豚のにおい@774人目:2011/10/12(水) 23:26:23 ID:Oc34H4/Y
GJ!!
とても面白かったです。続き待ってます!

31風見 ◆uXa/.w6006:2011/10/13(木) 23:44:53 ID:epfbBYf2
投下します。

・監禁シーンが含まれているので、苦手な方はご注意ください。

32サイエンティストの危険な研究 第四話:2011/10/13(木) 23:46:12 ID:epfbBYf2

 枕元に誰かが立っている。そんなの迷信だと思っていた。化学者にとって、この事象を解読するのが仕事なのだ。 様々な理論を混ぜ合わせて最終的に答えを出すのだが、そんな理論を端から端まで話していっては、第四話がそれだけで完結してしまう。だから割愛する。
 俺が言いたいのは、そんなことじゃない。俺が言いたいのは、理論的にじゃ解決できない事象もあると言うことだ。しかも俺は過去に、そして今、それを体現しているのだ。
 その事象とは・・・。



 妹が枕元でナイフを構えているところだ。



――――――――――

 確認はしておくが、鍵はかけたはず、しかも二重にだ。それを破れるアブノーマルな力を発揮するのは、この家では妹だけだ。

「あんたがいるから・・・あんたがいるから・・・こいつなんかにお兄ちゃんが・・・。」

 ぼそぼそと言っている。内容はあの頃と変わってない。デジャヴーにも程がある。ちなみにあの頃と言うのは、妹の頭がおかしくなっていった時ぐらいからだ。

――――――――――

 話は遡るが、俺が中学二年生の時だ。
 俺は一人で部屋に籠っていた。中学生の勉強の内容なんかとっくの昔に覚えてしまっていたから、勉強なんかしなくてもよかった。
 この頃から俺は化学者に憧れていたため、手短に観察できる対象を使って独自に研究させてもらっていた。
 観察してわかったのは、妹がおかしくなったのはこの時期だということだ。
 この時期の妹の休日は大体、兄の膝枕を探してそこに擦り寄ってくる。

「お兄ちゃん〜!むぎゅ〜!」

 端から見れば、兄に甘える妹という微笑ましい光景だが、妹の目は明らかに変わっていた。
 そのとき俺が見たのは、可愛く甘える妹としての純粋な澄んだ目ではなかった。濁さずはっきりと言わせてもらうが、発情期の雌犬みたいな目だ。
 明らかに兄を意識し出しているのは見てとれるのだが、超がつく程の鈍感な兄にそんな気持ちは届くはずがなかった。
 そして妹は大きく変わった。一番分かりやすいのは態度だ。分かりやすいぐらい、俺と兄に対する態度に差が現れ始めたのだ。
 例をあげるとしたら、妹が飯番の時は、朝食や夜食は量や種類が変わる。例えば、俺は食パン一枚なのだが、兄にはフレンチトーストや付け合わせのサラダやら何やらが振る舞われる。
 そんな待遇の差には、正直な話慣れてしまった。兄は毎回気を使ってくれてはいるが、未だに改善されていないから、俺は完全に諦めている。

33サイエンティストの危険な研究 第四話:2011/10/13(木) 23:47:13 ID:epfbBYf2

 待遇の違いは別に構わないが、妹にとって俺は邪魔でしかない。
 さらに、妹の行動力が良すぎるせいで、あいつは俺の寝込みを襲って俺を亡き者にしようとしている。
 今のこの状況を端的に説明するなら、こういうことだ。



――――――――――

 妹は躊躇いを知らない。おそらくあと数十秒でナイフは俺の腹部を貫通するだろう。
 最初は恐怖を感じたが、二回目ともなると冷静になれる。そして俺は、こんな状態になった時の対処法を心得てる。俺は深呼吸の後、思いっきり叫んだ。

「兄さ〜〜〜〜〜ん!!!!!」

 妹は呆気にとられたような顔をした。その刹那、俺の部屋のドアが開き、救世主がやって来た。

ガチャ!

「何やってんだ!?」

 妹は、手に持っていたナイフを後ろに投げ捨てて、取り繕った笑顔で兄を見た。

「えっと・・・あの・・・その・・・。」

 必死に言い訳を考える妹。黒く楠んだ目は、視点が全くあってない。

「お兄ちゃんを起こそうと思ったの!もぅ!お兄ちゃんっていっつも起こしても起きないんだから!」

 言わせてもらうが、妹が俺を起こしに来たことは一回もない。しかし、兄は何でも真に受けてしまう。

「そっか、朝飯出来たから食べるぞ。」
「はぁ〜〜〜い!」

 満面の笑みで兄に飛び付く妹。
 とりあえず朝飯ぐらいは食べておくか・・・。



――――――――――

 朝の教室、下駄箱と机の上の悪戯は今日はなかった。
 それも当然、木村梨子という親衛隊機動組の支部隊長がいなくなったからだ。
 頭がいなくなれば烏合の衆も同然、嫌がらせもなくなるというわけだ。簡単に言えば、親衛隊以外には得しかないと言うことだ。
 とりあえず、いつもは汚い机に頭を突っ伏して、寝る体制に入ろう。

「ねぇねぇねぇねぇねぇ!」

 無視。

「今日は一緒にお弁当を食べる日だよね〜! だから私、亮ちゃんの分も作ったんだよ〜!亮ちゃんの好きな物ばっかりだから〜!美味しく食べてね〜!あ!でも栄養バランスとかも考えて野菜とかもたくさん入ってるんだけど〜、好き嫌いはダメだよ〜!やっぱり夫の健康を一番に考えて料理をするのが妻の役目だもんね〜!」

 こいつの頭はどうなっているんだ?



――――――――――

 約束通り弁当を一緒に食べた。しかし、一口食べれば「美味しい〜?」という質問を続けてくるのがうざかった。
 とりあえず今日の研究のために、猛ダッシュで兄の元に行く。

「・・・?」

 おかしい。明らかにおかしい。俺の予定では、また妹が嫉妬の視線を祐希に浴びせているはずだ。
 しかし、今の光景は予想とは全く違っていた。

34サイエンティストの危険な研究 第四話:2011/10/13(木) 23:48:00 ID:epfbBYf2

「お兄ちゃん〜〜〜!美味しい〜〜〜?」
「う・・・うん・・・。」

 これはひどい。
 明らかに異質な光景だ。まるで恋人であるかのように振る舞う妹と、その対処に困る兄。兄の顔は、恥ずかしさで真っ赤になっていて、汗が滴り落ちている。対照的に、妹の表情はすごく幸せそうだ。

「お兄ちゃん!あ〜ん!」

 クラスメイトは明らかに引いてる。耳を澄ませばヒソヒソ声も聞こえる。当然だ、実の妹にこんな、恋人紛いのことをされて注目されないわけがない。二人は明らかに浮いていた。
 研究の際、色々と起こりうるハプニングを予想して対策を練っておくのが普通だが、まさかこんなハプニングが起こるとは。
 おそらくあれは、昨日の夜に秘密に仕込んだものだろう。そして、その秘密の弁当が兄にばれないように、朝みたいな行動に出て注意をそらしたのだろう。もし今の予想が本当だったら、妹を恐るべき策士としか言い様がない。
 ペンを落としそうになるぐらいビックリしたが、それ以上に気になることを見つけた。

「・・・祐希がいない?」

 いつも兄のそばにいる祐希がいない。兄がこのような状況に陥ってる場合、祐希はすぐさま機動組を差し向けるはずだ。
 更に見ると、祐希はおろか機動組すらいない。まさかこの状況を野放しに?
 まぁ俺には好都合だ。この教室に残ってる通常の隊員達の嫉妬の視線は健在だ。さっそくデータをとろう。



――――――――――

 六時間が終わり、早速家に帰る準備をする。いつものようにやって来た友里を置き去りにして玄関を目指す。一段飛ばしで階段を下り、靴箱に手をかけた。

「ずいぶん急いでいるのね。亮介君。」

 これは意外な人物だな。
 俺の目の前にいるのは、俺を憎んでいるはずの幼馴染み、昭介様親衛隊隊長の向祐希だ。
 相変わらずのナイススタイルだ。その辺の男なら一瞬で虜になるだろう。まぁ俺は別に興奮はしないがな。

「ちょっと話したいことがあるんだけど、久しぶりに一緒に帰らない?」

 一瞬、祐希の口元が怪しく笑った気がした。何か形容しがたい恐怖を一瞬で感じた。
 だからといって断りはしない、むしろ好都合だ。
 研究対象を知ることも研究の一つだ。

「あぁ、わかった。」

 しかし、とうとう俺にもツキが回ってきたのかもしれない。こうも研究しやすいように場が転がっていくとは・・・。

35サイエンティストの危険な研究 第四話:2011/10/13(木) 23:48:37 ID:epfbBYf2

 いつもの通学路だが、いつもと違う。
 俺の隣には、俺の天敵(兼研究対象)の祐希がいる。
 幼馴染みと言っても、一緒に歩いていたのは俺が小学三年生になるまでの話だ。この頃からか、友里は俺に、兄には妹がベッタリくっつき始めていた。だからあまり、祐希のことは覚えていない。
 ・・・考えてみれば、祐希が兄のことが好きなんて聞いたことがない。ベッタリくっつくわけでもなく、だからといって仲が悪いわけでもない。付かず離れずの距離を保ち続けていた。
 高校に入ってから、ファンクラブを作ったりと兄が好きな様をさらしてきたようだが、そもそもファンクラブなんか作る必要があるのか?幼馴染みの特権を行使すれば、いくらでも口説けるはずだ。何かしら裏がありそうで怖い。

「家族全員仲良くやってる?」

 切り出してきたのは祐希だった。
 俺達の家は、両親が共に忙しいため、家にいない日が多い。だからしょっちゅう向家にお世話になっていた。

「まぁ・・・ぼちぼちかな。」

 まさか兄と妹が一線超えそうなんて事実を言うわけにもいかない。言ったら何をするか、想像がつかない。最悪の場合、親衛隊機動組が偶然を装って、妹を手にかけてしまうかもしれない。そうなると俺は研究対象を失うことになる。夢の実現のためにも、それだけは阻止しなければならない。
 一瞬、祐希の口元が笑った。

「そう・・・ならいいけど・・・あなたはどうなの?」
「俺はいつも通りですよ。俺は兄貴みたいにちやほやされる人間じゃないんで。」

 少し皮肉っぽく言ってみた。
 向姉妹は俺が研究者になっていることを知らない。特に祐希にとって、俺は半端者だ。妹みたいに憎き強敵なわけでもなく、兄みたいに尊敬の対象にもならない。
 まぁ、研究者として素性がばれてないだけまだマシだがな。

「それで、聞きたいことって?」
「単刀直入に聞くけど、妹さんに何があったの?」

 間髪入れずに聞いてきた。一瞬吹いた風が祐希の髪を舞い上がらせた。

「・・・。」

 無言で黙秘権を行使する。言っては俺の研究に支障が出てしまう。

「そう、なら・・・こうするしかないのね。」

 え?

36サイエンティストの危険な研究 第四話:2011/10/13(木) 23:49:35 ID:epfbBYf2

 ・・・・・・・・・・・・・・・カチャカチャ。

「・・・!」

 ゆっくりと意識が覚醒した。
 意識が覚醒すると同時に、頭に強烈な痛みが波のように押し寄せてきた。
 今の状況を確認すると、どうやら俺は今、椅子に座っているようだ。体を動かそうとしたが、手も足も動きが制限されていた。
 突然なにかが起こったのだが、そのなにかがわからない。気がつけば、俺は椅子に座らされていて、両手を背もたれに手錠で繋がれ、両足を椅子の足に縛られ、目隠しと猿ぐつわをつけられていた。



 とりあえず状況を整理しよう。
 祐希と話している最中、俺は急に視界が暗くなった。そして気がつけば、頭に強烈な痛みを残して椅子に縛られていた。

「・・・?」

 駄目だ、あまりにも突然すぎてよくわからない。頭が徐々に混乱し始めてきた。頭に響く激痛が、思案している頭をかき乱して思案を強制的に終了させる。落ち着こうにも落ち着けない状況が、次第に焦りに変わり始めてきた時、



ガチャ!



 誰かがドアを開けて入ってきた。ということは、ここは誰かの部屋なのだろう。いったい誰の部屋なのだろうか。

「亮介君、私がわかる?」
「・・・!」

 聞こえた声は、さっきまで一緒にいた人の声だ。今、その人が俺の目の前にいる。目隠しでなにも見えないが、聞こえた声の位置や声質で大体わかった。

「・・・!・・・!」

 猿ぐつわで声が出せないが、足をバタバタさせて今の言いたいことを伝える。

「こんなことする理由?亮介君が正直に答えないからかな。」

 そう言ったと同時に、俺の制服のズボンを脱がし始めた。

「私の質問に答えたら気持ちよくイカせてあげる。だけど言わなかったら絶対にイカせてあげないから。」

 なるほど、「尋問」をする気なのか。
 そんなことを思案しているうちに、とうとうパンツまで下ろされ、俺のモノが外に出た。
 が、

「・・・。」
「何で大きくなってないの?」

 当然だ。監禁されてる状況を知ってて興奮するなんて、よっぽどの上級者じゃなきゃ無理だ。

「ん〜、早く言わないとイク寸前で止めて苦しめちゃうよ?」

 脅しか?まぁそんな脅しなんかにビビる俺ではない。

「ん〜、じゃあ早速尋問始めるから。」
 唯一機能している聴覚が、目の前の祐希が着ている服を脱ぐ音を確認した。

37風見 ◆uXa/.w6006:2011/10/13(木) 23:50:36 ID:epfbBYf2
投下終了です。ご一読していただければ幸いです。

38雌豚のにおい@774人目:2011/10/14(金) 00:04:03 ID:Dg45Q4gM
早いな

ええかった

39雌豚のにおい@774人目:2011/10/14(金) 01:34:30 ID:IiDXwVi6

勃たないとかスゲーなwww




そういえば批判は気にしなくていいからな


所詮ネット上での悪い書き込み
気にしたら負けだぜ

40雌豚のにおい@774人目:2011/10/14(金) 06:26:55 ID:Yq.LxwQ.
GJだ。
面白い展開だな。

41雌豚のにおい@774人目:2011/10/14(金) 09:37:38 ID:Jbrx1imI
改行・・・・・

42雌豚のにおい@774人目:2011/10/14(金) 20:25:57 ID:ihqUY6MM


まだ期待してるからガンバ

43ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:30:35 ID:IF2Ju81M
 こんばんは、ヤンデレの娘さんのモノです。
 今回は、朱里回のラストを投下させていただきます。

 ご注意:今回、やや暴力的な描写(おそらくは皆様が期待されてるのとは逆のモノ)が含まれていることをあらかじめご了承ください。……これでも、若干抑えめにはしたのですが。

44ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:30:53 ID:IF2Ju81M
 4年前
 「ねぇ、絆って何なんだろう」
 「前にも言っただろ、実在しない夢さ、ただの下らない夢」
 「けれど、人は夢を見ずにはいられなくて」
 「利巧とは思えないね。夢は破れるもの。太陽目指して飛ぶだなんて蛮勇で死んだイカロスの昔話、知ってるでしょ?」
 「蝋の羽のギリシャ神話」
 「そう」
 「夢が破れるのは、怖いよね」
 「ま、自ら進んで体験したい結果では無いけれどね」
 「それでも、何で人は夢を、絆を求めるんだろう」
 「それは、きっと……」

45ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:31:13 ID:IF2Ju81M
 現在
 俺が考えているのは、きっと最良の手段では無い。
 むしろ、最悪の手段だ。
 誰一人として幸福にならない、むしろ確実に俺達4人が揃って不幸になる。
 そんな、たった1つのさえ無いやり方だ。
 けれども、例え不幸になったとしても。
 例え友を不幸にしても。
 それでも伝えたいことが、あるから。
 問いかけたい、ことがあるから。
 どうにかしたい、ことがあるから。
 だから、俺は俺を止める。
 俺を止めて、敵になる。
 『主人公(ヒーロー)』と戦い、倒されるために。







 旧高級マンション『パレス・アテネ』
 現廃屋
 埃っぽく、無機質な建物の中、永遠と思えるほど延々と続く螺旋階段を、正樹と葉山は昇り続ける。
 「これで建物の大半は探したな。高層マンションとして作られただけあって、さすがに一苦労だぜ」
 「そだねー!」
 多少グッタリしたような正樹に対して、朱里は踊るように階段を昇る。
 ステップを踏むたびに、制服の黒いスカートがヒラヒラと舞う。
 「……っつても、収穫はデカかったけどな」
 「へ?」
 確信の感じられる正樹の言葉に振り返る朱里。
 「ホラ、ココって無人の建物のクセして、1階の辺りとか、局所的に俺らのと違う足跡があったり、ピンポイントでキレーだったりしてただろ?」
 「って言うと?」
 「最近、ココに出入りしてる誰かがいるってことだろ。ソレがみかみん達なのか、それとも何の関係も無い、ただのホームレスか誰かなのかまではわかんねーがな」
 「いや〜、とんだところに名探偵も居たもんだ!」
 「こんなの推理でも何でもねーよ。ホームズ探偵なら出入りしている奴の身長体重出身地まで言い当ててる所だぜ」
 「それじゃ、誰かがいるかもしれないね。―――これから探す、最上階に」
 螺旋階段の上を見上げ、朱里は言った。
 「まーた1部屋1部屋覗くことになるのかと思うとゲンナリするけどな」
 「あ、それは無いよ!」
 ヒラヒラと手を振る朱里。
 「このマンションの最上階は『ロンドフロア』って言って、フロア丸々1つが1世帯分になってるんだってー!1家族が1フロア広々独占できるってわけ!元々はそれを売りにする予定だったらしいよ!」
 「高級ホテルみてーなモンか。つっても、ンな部屋買う位なら、俺なら一戸建ての家にしてーけどな」
 「あっはー!なら、どちらにせよこのマンションはお先真っ暗だったって訳かー!」
 私に似てる、と朱里が小さく続けたのを、聞く者はいなかった。
 「……ま、何ともいえねーけどな、俺の庶民感覚だし」
 「でも、それがこうして日の目を見る、っていうか人目を見たのは良いことだったのかもねー!」
 「……さぁ、な」
 そんなことを話しているうちに、2人は螺旋階段を昇り切った。
 「んじゃ、開っけるよー!」
 背を向けたまま、そんな風に態々勿体を付けて、朱里はドアを開く。
 長年鍵が開け放たれていた他の部屋と違い、こっそりと朱里がカードキーをスライドさせたことに、正樹は気が付かない。
 「さ、入っては言ってー!」
 「……」
 自分の部屋みたいに言うなよ、と言いたいが言うことができない正樹。
 迂闊な一言でどんな目に会うか分からない。
 彼は、朱里のことが怖いのだ。
 正樹が『ロンドフロア』に足を踏み入れると、ドアをしめる朱里。
 「……キレーだ」
 「アタシが!?」
 「……つーか、部屋が」
 彼の言う通り、埃まみれで汚れていた他の階と異なり、ここだけは奇妙なほどに綺麗に掃除されていた。
 「そりゃあ、勿論」
 えへん虫、と朱里は何故か胸を張り、
 「私とまーちゃんの愛の巣になる場所だもん!」
 と言った。
 その意味を理解するのに、9.8秒かかった。
 それが、正樹の絶望までのタイムだった。

46ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:31:59 ID:IF2Ju81M
 「……は?」
 自分でも滑稽に思うほど間抜けな声が、正樹の口から洩れた。
 「……まさか、お前。最初っから俺をココに呼ぶつもりで……?」
 「ピンポーン!やっぱ、まーちゃん才能あるよ、名探偵の!……それで、何で今までアタシの気持ち分かってくれなかったのかなぁ」
 朱里の声にどこか寂しげな、しかし威圧的な音が混じる。
 「ひっ……!?」
 思わずきびすを返し、ドアノブに手をかける正樹。
 しかし、どれだけ力を込めてもドアが開くことは無く、ただがちゃがちゃという音を立てるだけだった。
 「あー、駄目だよ駄目駄目全然駄目。外も中もオートロックに改造してもらったからね!」
 がちゃ、がちゃがちゃがちゃ
 「正直、さ今まで参ってたんだよね。どれだけ話しかけても何をやっても、まーちゃんアタシのこと避けて、御神千里の影に隠れてるんだもん!」
 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
 「ウン、言わなくても分かるよ、照れてるだけだよね!でも、乙女は我慢弱いんだよね。だから、まーちゃんここに来てもらったの!強引にでも私のになってもらうために、ね」
 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
 「あ、大丈夫だよ!ちゃんと御神千里たちはココにいるから!アタシは嘘吐かないもん!でも、まーちゃんが会うことはないだろうけど、ね」
 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃが――――
 「ねぇ、さっきから話しかけてるのに何後ろ向いてるの?」
 ドアノブを一心不乱に回し続けていた正樹の手を強引に取る朱里。
 「ちゃんと、目を見て話そう、よ!」
 そして、強引に振り向かせ、正樹の体をドアに押し付ける。
 「う……あ……」
 拒否権を認めない朱里の視線に、うめき声を上げるしかない正樹。
 「そんなに怖がんないでよ、怖いことなんて何も無いんだからさ」
 ス、と朱里の細い手が正樹の頬を撫で、首筋から襟元を伝い、ワイシャツのボタンにその指がかかる。
 「愛してるよ、まーちゃん」
 そう朱里が囁きかけた瞬間。
 轟音が響いた。

47ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:32:33 ID:IF2Ju81M
 ガッシャーンと何かが砕けるような派手な音と共に、バタンと乱暴にドアが開かれる音。
 誰が開いたのか、正樹はすぐに知ることになった。
 「みっきー!?」
 こちらの方に走り寄ってくる相手、緋月三日に向かって朱里が驚いたような声を上げる。
 それも道理だろう。
 彼女の衣服は裸同然に乱れ引き裂かれ、肌にはいくつもの切り傷や殴られた跡があり、何より目には涙を浮かべ、顔は恐怖にひきつっている。
 「ちょ、おま、出てくるなって言ったでしょ。って言うか何が……」
 「助けて!!」
 朱里の言葉を遮り、三日は彼女の胸に顔を埋めて叫んだ。
 「助けてください、朱里ちゃん!!」
 「え?ちょっとどういうこと!?」
 尋常ならざる三日の態度に、さしもの朱里も狼狽する。
 同じく正樹も困惑しながらも、朱里がこう言う『普通っぽい』リアクションを取ったことに、心のどこかで場違いな安堵を覚えた。
 それよりも、と正樹は考えを切り替える。
 三日の姿は、あまりにも痛々しかった。
 これではまるで―――
 「…助けてください、朱里ちゃん。…助けて。…あの人から」
 「何があったってぇのよ一体!?」
 聞き返す朱里の頬にも冷や汗がつたっているのが見える。
 なぜなら、三日の姿はまるで―――暴行の後そのものだったから。
 「何があったの!?何をされたの!?」
 恐らくは半ば答えを予想しながらも、朱里は叫ぶ。
 「…言えません。…言えないんです。…女の子として。…言えない位、本当に酷いことを。…本当に酷い、裏切りを。…あれは、あれではまるで……」
 「よぉ」
 三日は、最後まで言葉を続けることは出来なかった。
 「…ひ!?」
 彼女の後ろに、もう1人の影が現れたから。
 「…ひあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
 奇声を上げて、部屋の隅へと逃げる三日。
 「まったく冷たいモンだねー。今さっきまでよろしくやってた相手に向かってさー。ま、どうでもいーけどー」
 そう気だるげに語るのは、正樹と同じ夜照学園高等部男子制服を半裸同然に着崩した、長身の少年、御神千里。
 しかし、その手にはナイフが握られ、見慣れたはずのその表情(カオ)には笑み1つ浮かばず、睨みつけるような鋭い目つきをしていた。
 「……みかみん?お前、みかみんだよな?」
 鋭利な眼付の少年に向かって、葉山は恐る恐る呼びかけた。
 「やっほー、はやまん。お久しぶり。ココ悪党ばっかだねー。俺も含めて、さー」
 手の中のナイフを弄びながら、そう言ってわらった御神千里は、まるで全てを見下すように歪に嗤った。

48ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:33:08 ID:IF2Ju81M
 「アンタ……」
 相手を斬り捨てんばかりに剣呑な目つきを千里に向ける朱里。
 「あの娘に何したのよ……!?」
 部屋の隅で震える三日の代わりとばかりに叫ぶ朱里。
 「ナニしたのってのは、これまた最高で最良で最上級の問い方だねー。ま、勿論―――」
 ナイフをヒラヒラと振りながら、ニィと笑みを深くする千里。
 「お前の想像通りのことと、それよりもっと酷いことに決まってるわけだけどねー」
 千里の言葉を受けた朱里の瞳が驚愕で見開かれる。
 「御神……」
 いつの間にか朱里の手に握られたスタンガンがバチバチという音を立てる。
 「千里いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい……!!!!!」
 怒りにまかせ、千里に向かって、朱里は一直線に飛びかかる!
 しかし、
 「よ、っと」
 スタンガンが千里に触れる直前、朱里の体が回転する。
 「がは!?」
 フローリングの床に背中から叩きつけられる朱里。
 スタンガンを持って真っ直ぐに伸ばされた腕から、朱里を千里がものの見事に投げ飛ばしたことに、一番最初に気が付いたのは正樹だった。
 「あー、やーっぱり」
 床の上の朱里を見下し、鋭い目つきで千里は言った。
 「お前、弱いだろ。ナイフなんざ、使うまでも無い位」
 そう言って無造作に手の中のナイフを放り捨てる千里。
 「アンタ!!」
 侮辱するような言葉に、スタンガンを持って跳ね起きる朱里だったが、結果は先ほどと同く床に叩きつけられるだけだった。
 「ああ、いや。弱いと言うと少し違うか。場慣れしてないし喧嘩慣れしてないのか。殴られたことはあっても殴ったことはないとか。それをお前も分かっていたから、俺をさらった時は事前準備をしていた訳なんだろうけど、何なのさ、今の体たらくは?」
 「ゆう……かい?」
 千里の台詞に怪訝な顔をする正樹。
 「そ、ゆーかい。愉快じゃなくてねー。コイツら、お前を連れ出すためだけに俺をボコッてこんな所に無理矢理連れてきたんだぜ?酷い話だよなー」
 何でも無いことのような口調で千里は言った。
 「だから……か?」
 「あ?」
 「そいつらに酷い目に遭わされたから、仕返しにこんな酷いことをしてンのか?」
 「こんな酷いこと?」
 正樹の言葉に、きょとんとしたような顔をして、周囲を見渡す千里。
 「ああ、違う違う。そーゆーんじゃないんだわ。この誘拐はきっかけではあるけど理由じゃ無い」
 「じゃあ、何で……?」
 「分かったから」
 全てを見下すような、酷薄な嘲笑を浮かべ、千里は即答した。
 「コイツらは、もう『駒』として使えないってことが」
 千里が何を言っているのか、正樹には一瞬分からなかった。
 「こ、『駒』?」
 「そ、友達役という『駒』。俺が学園生活を平穏無事に居心地良く過ごすために利用する『駒』。でも、こんな目に遭わされる『駒』は要らないしねー」
 からからと嗤う千里。
 その姿は、どこか朱里に似ていたが―――朱里よりももっと酷くて非道だった。
 「みかみん……お前、正気かよ?」
 「正気だよー。正気で本気で合理的に、当り前に他人を利用して、使えなくなったら処分してるだけー」
 「処分……?」
 「欲望と暴力でー、人間としてー、再起不能にするってことー。ホラ、俺ってキチンと潰してから捨てるタイプだし、ペットボトルも人間も」
 わけが分からない。
 意味が分からない。
 何もかもが分からない。
 つい数日前まで、あれほど正樹に親身になってくれた人間が、まるで人間をモノのように扱うなんて。
 「何で……どうして……変わっちまったんだよ!?」
 困惑と驚愕とどうしようもないもどかしさを、正樹は千里にぶつける。
 「変わったって。いやいや、元からだよ」
 正樹を見下して、千里は言う。
 「元から俺は人間なんか信じちゃいない。お前のことも、ソイツらのことも。誰一人信じちゃいない。お前と初めて会った中等部の頃と、根っこの部分は欠片も変わっちゃいない」
 正樹が初めてであった頃の千里。
 悲しいまでに孤独なのに、頑なに他人を拒絶していた少年。
 「いや、まぁ、他人の『使い方』って奴は覚えたかなー。てきとーに付き合って、てきとーに付き合って、てきとーに利用する。使ってみると意外と便利なモンだね、他人ってさ」
 あまりにもあっさりと言い放たれる言葉に、二の句を告げない正樹。

49ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:34:24 ID:IF2Ju81M
 「……ざけるな」
 床の上から、声が聞こえる。
 「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 朱里が再度、床の上から跳ね起き、スタンガンを振り回す!
 「るせぇよ」
 振りあげられた腕を取ろうとする千里に、朱里は鋭い蹴りを放つ。
 入った!
 「とでも、思ったー?」
 振りあげられた片足を受け止め、千里はたった一本で朱里の身体を支えるもう片方の脚を払う!
 「がは!?」
 再度床に叩きつけられる朱里。
 「いー加減、落ちろよ」
 その蹴り足に、千里は腕を絡めてあり得ない方向に締めあげる!
 朱里の脚から、ごきり、という嫌な音が聞こえた気がした。
 「……!!」
 声が出そうになるのを反射的に抑える朱里。
 「へー。悲鳴を上げないんだ、偉い偉い」
 そう言って、極めていた朱里の脚を無造作に手放す千里。
 そして、その脚の膝関節の上に自分の足を乗せる。
 「やっぱ、脚とか潰されたら選手生命絶たれるのかな、水泳って」
 そう言って、千里はグッと足に体重を乗せた。
 「ぃたあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
 断末魔の如き悲鳴を上げる朱里に、思わず目をそむける正樹。
 「目を逸らすな、刮目しろ」
 その言葉は、朱里に向けられたのだろうか、それとも、正樹に向けられたのだろうか。
 それとも、誰にも向けられていないのだろうか。
 「に、しても馬鹿だよなー、お前も。態々突っかかってくるから余計痛い目見て。何でンなことした訳?」
 朱里を見下して、千里は言った。
 「……んないわよ」
 息も絶え絶えになりながらも、片足を引きずるような有様になりながらも、朱里は何とか立ち上がった。
 気力で、想いで、立ち上がった。
 「私にも分かんないわよ、そんなこと」
 そう言って、再度スタンガンを構え直す。
 「でも、でもねぇ!あの娘とはお互い利用し合う為に友達になって!一緒に互いの恋の為に悩んで、泣いて、頑張って!今までそうしてきたから!あの娘のそう言う姿、見てきたから……!」
 目に力を込めて、自分を奮い立たせるように朱里は言う。
 「どう言う訳か、あの娘の想いを裏切ったあなただけは許せないのよ!!!!!!!!!!!!」
 もう一度、無謀な突貫を決める朱里。
 「きっかけは互いの利害からだったけれども、一緒にいる時間が重なりすぎて、いつしか大切な物になっていて―――ってことか。それはまた素晴らしく……」
 そう言って千里は朱里を迎え討ち、
 「下らねぇ」
 その攻撃を、その想いを一蹴した。
 頭から床にたたきつけられ、激痛で手放したスタンガンは何処かへと転がって行く。
 「友情だの、愛情だの、そんなのは目にも見えない不確かな物だろうが。相手の気まぐれ次第で、いつ裏切られるとも知れない、いつ断絶されるとも知れない代物じゃねぇか。そんなもの、所詮は夢幻で、無為で、無意味だ」
 床にたたきつけられた朱里を見下し、千里は嘲り笑う。
 「だーから、他人なんて打算で利用するのが一番利口だ」
 「御神、千里……アンタ……!」
 痛みをこらえ、起き上がろうともがく朱里。
 「だからさぁ……」
 脚を無造作に振りあげる千里。
 「いー加減、落ちろっつってるだろー?」
 朱里の腹部に、千里は躊躇なく脚を振り下ろす!
 「ぎいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 朱里の悲鳴が部屋中を震わせた。
 「まったく、中途、半端に、丈夫だから、嫌なんだよね、スポーツマン、ってのは!」
 ゴッ、ゴッと嫌な音が聞こえてきそうな勢いで、一切の情け容赦なく朱里をなぶる千里。
 「お、おい……みかみん……」
 千里に向かって、恐る恐る声をかける葉山。
 「あー、はやまん?」
 いたぶる脚を止め、葉山の方に目を向ける千里。
 「明石も三日もこのまま壊しちゃうけど、別に良いよね?」
 まるで、『弁当にピーマン入れちゃったけど別に良いよね?』というのと同じようなノリで千里は言った。

50ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:35:00 ID:IF2Ju81M
 「別に良い……って、いや……」
 「あー、まぁ何となくノリで殺しちゃったりしそうだけどさ、それはそれってコトで」
 そう言って、ゴッと朱里をなぶる千里。
 「いや……」
 「って言うかさー、壊しちゃった方が良いよねー、お前的にも。三日は嫌いで、明石は怖いんでしょー?イヤなモンと怖いモンは、あるよりも無い方が良いでしょ?」
 確かに、三日にも朱里にも、正樹は何度となく恐ろしい目に遭わされた。
 酷い目にも、遭わされた。
 だから……
 だけど……
 でも……
 「たすけて……」
 千里に嬲られ続ける朱里の瞳が、正樹に向けられていた。
 「たすけて、まーちゃん……」
 それは、心からの懇願だった。
 17年間共に過ごしてきた幼馴染からの。
 「いや、駄目だろ、それ」
 はっきりと、正樹は言った。
 「あ、そう。まぁ、お前が何言おうが、俺はこいつら壊しちゃうから関係無いんだけどね?」
 「させねーよ、ンなこと」
 『これまで』を知っているだけに、話すことさえ恐ろしかった、意見することさえ恐ろしかった、対峙することさえ恐ろしかった相手に、正樹は宣言した。
 「コイツは、俺が壊させねぇ」
 しっかりと立ち上がり、拳を握りしめ、正樹は宣言する。
 「そうかい。なら、やってみなよ、葉山(ヒーロー)!」
 朱里から脚を離し、千里は正樹に蹴りを繰り出す!
 「がぁ!?」
 あまりにも躊躇なく繰り出された蹴りを諸に受けた正樹は、広い玄関先から一気に吹き飛ばされ、更に広いリビングと思しきスペースまで吹き飛ばされる。
 「ホラホラ、どーしたよ。壊させないんじゃなかったのかー?」
 そんな正樹に向かって悠然と近づいてくる千里。
 「うっせーよ。武士の情けで、一発だけ受けてやっただけだ」
 そう言いながら、靴下を脱ぎ捨て、フローリングの床の上に立つ葉山。
 リビングとはいっても、入居者がいないままに倒産したため、物の無い広々とした空間だ。
 (まるで、バスケットコートの中だな)
 痛みを押さえながら、場違いな感想を抱く正樹。
 けれども、バスケットコートならば、バスケ部である正樹のテリトリーだ。
 やりようは、ある。
 「一応言っとくけど、『話し合いで解決しよう』なんてバカな事考えてないだろーね?話し合いほど相手の意見と心を折るのに非効率的な手段は無いよ?」
 リビングに足を踏み入れ、嘲笑を浮かべながら千里は言った。
 「分ぁってるって」
 千里に応じ、アクション映画のようにクイクイと挑発的に手招きをする正樹。
 「来いよ」
 その仕草に、千里は鮫のように狂悪な笑みを浮かべる。
 「じゃ、遠慮なく」
 と、言い終わるよりも早く、ドン、と正樹の間合いまで踏み込み、身体の大きさを活かした豪快な蹴りを見舞う千里。
 しかし、その蹴りは空振りに終わる。
 「そら!」
 蹴りの瞬間、がら空きになったわき腹に、正樹の拳が叩きこまれる!
 「っつ!?」
 思いもよらぬ反撃に、軽く距離を取る千里。
 「と、と、と。驚いたなー、別に喧嘩に強い設定無かったろ、お前」
 「お前にだけは言われたくねーし、ンな設定も生えてねーよ。バスケの動きの応用しただけだ」
 「確かに、お前からボール捕れた試し無いからねー」
 「ボールが取れねー奴が攻撃いれられっかよって話だ」
 コートの中の正樹は、とても機敏な動きが出来る。
 それを闘いに使えば、蹴りを空振らせ、隙を作るのは容易だ。
 機敏な動きで相手を翻弄し、攻撃(ポイント)を入れる。
 それなら、正樹の得意分野だった。
 「まさか、バトル展開の役に立つとは思わなかったけどな」
 加えて、今までの千里の戦い方は基本的に受け身だった。
 あくまでも、相手に仕掛けられてからリアクションを取り、ダメージを与えていた。
 先ほどのように自分から仕掛ける戦い方は、むしろ不得手!
 「同感。でもさ……」
 再度、千里は距離を詰め、膝蹴りを放つ。
 そして、正樹はそれをギリギリのラインで避け、拳打を入れる。
 しかし。

51ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:35:39 ID:IF2Ju81M
 「全っ然痛くないんだわ」
 正樹の拳は、千里に片手で受け止められていた。
 「何でか、分かる!?」
 問いかけながら、正樹の頬に拳を叩きこむ千里。
 「知るか!大体こちとら人殴ったことだって……」
 「そう言うことじゃ、無いんだ、よ!!」
 反対の頬をぶん殴る千里。
 「軽いんだよ!お前の拳が!それに、拳に乗ってる想いがさぁ!!」
 「想い!?」
 殴り返しながら聞き返す正樹。
 「そう!俺は俺のエゴの為に闘ってる!殴ってる!でもお前はどうだ!?所詮ただ一時の同情心に流されてるだけだろう!?」
 「同情……?」
 千里の拳にカウンター気味にパンチを振るいながら、正樹は言う。
 「そうだ!どうせ、殴られる明石に同情心を煽られたんだろう?俺が手を引きゃ、また怖がって避けて癖にさ!!」
 「ちが……」
 「だったら何だ!」
 正樹を殴りつけ、千里が叫ぶ。
 「何だ何だ何なんだ!?お前にとって、『明石朱里』ってのは!?体張ってまで守る価値のあるモンなのか!?」
 正樹の拳を受けながらも、叫びと共に千里は拳を振るい続ける。
 「答えろよ!答えてみろよ!葉山正樹!お前にとって明石はどんな存在なんだ!?」
 千里の想いの全てが乗せられた、文字通り渾身ならぬ渾心の一撃。
 ―――お前も仲良くするのだ〜!―――
 千里のアッパーを顎に受け止め、吹き飛ばされながらも、正樹は思う。
 ―――正樹のバカー!―――
 朱里のことを。
 ―――縁日マスターのまーちゃん』と言われただけはあるね!!―――
 朱里との思い出を。
 ―――ねぇ正樹、アレやろ!じゃなくてたこ焼き買お!―――
 朱里への想いを。
 ―――じゃあ二択!―――
 どうして今まで忘れていたのだろう。
 ―――まーちゃん―――
 朱里との楽しい日々を。
 ―――正樹―――
 朱里との、かけがえの無い日々を。
 ―――正樹!―――
 だから、自分にとって、明石朱里とは―――
 「……幼馴染だよ」
 フローリングの床に叩きつけられながらも、正樹ははっきりと答えた。
 「家族を除けばどこの誰よりも長い時間を過ごした、家族よりもどこの誰よりも大事で大好きな幼馴染だよ!」
 床の上にしっかりと立ち上がり、正樹は叫んだ。
 「それで文句あっか!!」
 正樹は渾身で渾心の一撃を、千里に見舞う!
 その一撃を、想いを受け止め、千里は膝をついた。
 「答え出すのが遅ぇんだよ、馬鹿野郎」
 「悪ぃ……」
 千里の表情は良く見えなかったが、正樹には彼が満足げな笑みを浮かべているように思えた。

52ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:35:55 ID:IF2Ju81M
 その光景を見ていた者があった。
 それは、痛みをこらえ、ゆらゆらとリビングに脚を運んでいた明石朱里だった。
 その手には、どこかに転がったスタンガンに代わり、千里の持っていたナイフが握られている。
 「……御神、千里いいいいいいいいいいいいいい!!」
 膝を付き、隙だらけになった彼の背中にナイフを突きたてる朱里。
 「……あ」
 グラリと倒れる千里。
 「千里くん!?」
 今まで蹲っていた三日の悲鳴が響く。
 「あは、あはははは……やった。やってやったわ……。これでみっきーの仇は討った……。糞野郎の御神千里はいなくなったわ……」
 ナイフを片手に、虚ろな笑みを浮かべる朱里。
 「千里くん!!千里くん!!しっかりして下さい!!」
 ボロボロの筈なのに、随分と元気そうに走り寄った三日が、心底心配そうに千里の体を揺する。
 「……ゴメン、三日」
 擦れ声で、千里が口を動かす。
 「俺、ピンピンしてる」
 千里の言葉に、場が凍った。
 「「「え?」」」
 思わず、3人の声が、と言うよりも感想が一致する。
 「って言うか、あんなナイフで死ぬわけ、無いし……」
 グッタリした声ではあるが、はっきりとそう言う千里。
 「でも、アタシは確かにこの手でグッサリと……」
 朱里はそう言いかけて、千里の背中と、『自分の手の中に残った』『返り血一つない』ナイフを見比べる。
 千里の背中には刺し傷1つ付いていないし、朱里の持ったナイフは……。
 「もしかして……」
 恐る恐るナイフの先端に指を押し付けると、刃が柄の中に収納されていく。
 ばね仕掛けで。
 まるで、一昔前の駄菓子屋で売っていた玩具のナイフのように。
 と、いうより……
 「これって……マジで玩具?」
 「……」
 「…」
 2人揃って目をそらす千里と三日。
 露骨に怪しかったので、朱里は三日の腕を取った。
 「…痛!?」
 とは言う物の、傷だらけに見えた腕をゴシゴシとこすると、『血』の跡は滲んで消える。
 どう見てもメイクです本当にありがとうございました。
 「オイ、みかみん……」
 「どーゆーことなのか、説明してくれないかしら?」
 正樹と朱里が2人をジト目で見やる。
 「「(…)ごめんなさい」」
 2人の謝罪の声が見事に唱和した。

53ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:38:25 ID:IF2Ju81M
 「…説明する前に、状況を整理しましょう」
 「いや、何我が物顔で仕切ってんのよ」
 事前に準備した救急箱で治療を受けながら、朱里はツッコミを入れた。
 「いや、お前もナチュラルにツッコミ入れるなよ、誘拐犯。誘拐は犯罪なんだぞ忘れるな」
 「それを言ったら女の子殴るのはどうなのよ」
 「男女平等パンチ」
 「お前ら、話し逸らしてんじゃねぇよ、って言うか責任なすりつけ合ってんじゃねぇよ」
 「「他人事みたいに言うな!」」
 久し振りに自然に出た葉山正樹のツッコミに、明石朱里と御神千里……もとい俺の声が唱和した。
 「まったく、そんなだから明石が外道に堕ちちまったんだよな、そこだけは同情するよ」
 「アンタの同情はいらない」
 嘆息する千里に冷たい言葉をかぶせる明石。
 ちなみに、彼女に包帯を巻くのは、着替えを終えた三日の役目だ。
 何せ、この面子で一番元気なのがこの娘なんだもの。
 本当に酷い目に遭っていたりはしないので、ご安心を。
 「…改めまして葉山くん向けに説明すると、朱里ちゃんと私が、あなたを閉じ込めるために、撒き餌として千里くんをここに閉じ込めました。…ここまでは本当のことです」
 ごめんなさい、と葉山に向かって素直に頭を下げる三日。
 冷静になって、思うところがあったのだろう。
 「だろうなぁ……」
 つい、と三日の謝罪空しく女子組から一歩距離を取る葉山。
 「コイツらのことは、まぁ許してやってくれないか。全ては明石がお前のこと大好きなのが空回っただけなんだから。俺の方も、今は何とも思って無いし。今は」
 俺の言葉に、気まずそうに顔を赤くする明石。
 「まぁ、ボコられて助けを求められる位だし、な」
 同じく葉山。
 「俺が言うのも難だけど、あの場にお前がいなくても、明石はお前に助けを求めてたはずだぜ?あー、沁みる」
 フローリングの床に身体を横たえたまま、自分で自分の消毒をしつつ、俺は言った。
 ここ数日、椅子に拘束されてた所に、全力を尽くして殴り合いをしたからな。
 もう体力なんて欠片も残っていないや。
 「で、結局何でみかみんと緋月はこんな猿芝居を打ったんだよ」
 葉山の言う通り、そこから先は俺と三日のお芝居だ。
 「猿芝居とは失礼な。これでも短い時間で頑張って練習したんだよ?」
 何しろ、『2人の敵になる』と決意したのが、今日のお昼だったからなぁ。
 それから、大急ぎで演技プランを組み立てて、玩具のナイフや三日のボロボロのメイクといった、諸々の準備を整えてだもの。
 いやぁ、焦った焦った。
 もっとも、準備が整ってからは2人が来るのを今か今かと待ち構えて、遅い!とか言ってたわけだけれど。
 「お前たち、全然互いの本音をぶつけようとしないからな。心身をギリギリの所まで追いつめないと、本音が引き出せないでしょ?」
 「その為に悪堕ち、っつーか『実は悪人だった』って振りをしたってのか?」
 俺の言葉に、難しい顔で葉山が聞き返す。
 慣れない頭脳労働で、状況を理解しようと、と言うより俺達と分かり合おうとしているのだろう。
 演技とは言え、あんなことをした俺と分かり合おうと歩み寄ってくれる姿勢が俺は嬉しかった。
 「悪人、って言うか誰かさん達の似姿だね」
 俺の言葉に気まずいそうな顔をする明石。
 「似姿って言っても、本物さんにはその更に奥に、本人も知らない本音が隠されていたようだけれど」
 ますます気まずそうな顔をする明石。
 もっとも、正直これは賭けの1つではあった。
 明石が、クサレ外道にボロボロにされた三日の姿を見て何とも思わないような奴だったら、2人の友情は本当に終わっていただろう。
 もう1つの賭けは、葉山が自分の気持ちを確認できるかどうか。
 もし最後の最後までヘタレたままだったら、この場から追い出すつもりだった。
 「ま、そう言う訳で、そう言うコンセプトで、俺がお前たちの敵になって、お前らを心身ともに追いつめるっていうドッキリを仕掛けさせてもらった訳。あ、三日は俺の外道ぶりをアピールする被害者役ね。その為に、ちょい薬局でそれっぽいメイク用品揃えてもらいました」
 「本当に演技?本当にドッキリ?」
 「あれぐらいやらないと、心折れないでしょ?」
 しれっと言った俺の言葉に、ヒッと小さく悲鳴を上げる明石。

54ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:39:32 ID:IF2Ju81M
 「やっぱりアンタおかしいわよ!イカれてるわよ!知り合いをボコるのに躊躇が無さ過ぎ!!」
 葉山の影に隠れてガタガタと震える明石。
 「暴力は誰かの意見と心を折るのに最も手っ取り早い手段だからねぇ」
 「ホンモノだー!」
 と、ギャグっぽく言ってる物の、かなり本気で怖がっているらしい明石。
 葉山も軽く、というよりかなり引いているようだ。
 まぁ、俺もかなり本気だったし、最悪の場合、俺は明石を一方的にいたぶり続けて、最後には三日に対する脅迫を取り下げさせる方向も考えていたから妥当なリアクションではある。
 「…そうやって、『ヤンデレた朱里ちゃん以上にイカれた相手を演じることで、相対的に朱里ちゃんの狂気性を低く見せる』のもこのお芝居の目的です」
 「……」
 えー、三日、そこまでぶっちゃけちゃう?
 「ま、まぁ、アレだねー。はやまんの明石への評価を無理矢理フラットな所まで持って行ってから、はやまんの本音を聞きたかったと言うか?聞かせたかったと言うか?そのまま俺は少年漫画の悪役よろしく、葉山に乗り越えられれば万々歳って感じ?」
 俺はそう一気に意図を捲し立てた。
 ここまで行ったら開き直って全部ゲロるしかないわ。
 「で、最後はこうやって『ドッキリでした』って言うつもりだった訳?それだと、色々台無しじゃ無い?」
 痛いところを突いてくる明石。
 「台無しになったんだよ、実際、こうして」
 渋い顔をしながらも俺は答えた。
 「…『この真相は墓の中まで持っていく』って言ってましたものね、千里くん」
 うん、だからそこまでぶっちゃけないでくれ、三日。
 「じゃあ何か、みかみん?お前あのまま一生涯外道キャラを通すつもりだったのか?」
 葉山の目が据わってる。
 「……少なくとも、俺とお前の友情はこれっきりだろうと思っていたよ」
 「……なんで」
 包帯を巻く手を止め、俺の胸倉を掴み起こす葉山。
 「なんでそこまでするんだよ!!こうしてギャグですませられたから良かったようなモンだけど!!下手したら本当に俺はお前のことずっとケーベツしてたんだぞ!!なのに、何で!!」
 「倒れてる奴の胸倉掴むなよ、はやまん。まだ色々痛いし。これでも」
 「……悪い」
 そう言って、優しく手を離す葉山。
 「でもさ、そうでもしないと、一生後悔するかもって思って。俺も、三日も、お前も、それに、明石も」
 「……」
 「絆を求めて、想いを求めて。その為に、みんな空回って、みんなすれ違って、みんな頑張って……。その頑張りが報われなきゃ、あんまりでしょ?」
 絆も想いも目には見えない。
 それは、きっと夢幻(ユメ)に似ている。
 けれど、夢を見ずにはいられなくて。
 「ゆめは、叶って欲しいからね」
 それは、明石だけでなく、彼女との友情の回復を望んでいた三日にとっても同じことで。
 そう言う意味じゃ、俺は最初から最後まで自分の我儘の為に動いていたのだろう。
 「有難迷惑なンだよ、手前は」
 憮然とした顔で、葉山は言った。
 「ゴメン」
 俺は、いつも通りの苦笑を浮かべてそう言うほかなかった。
 でも、もう一度殴られるだろうなぁ。
 「助けられる方の気持ちも、少しは考えろや」
 そう、葉山は続けた。
 それは、つまり「助かった」と言う意味で……
 「……ん、ありがと」
 「……バーロー」
 と、その時、玄関先から派手な音と共にドアの開く音がする。

55ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:39:50 ID:IF2Ju81M
 「セン!?三日ちゃん!?いる!?生きてる!?大丈夫!?」
 そう言って靴を脱ぐ間も惜しんでバタバタと入ってきたのは、ウチの親、御神万里だった。
 「ああ、ちょーど何もかもが終わった所だよ」
 軽く身体を起こし、気だるげに答える。
 さすが俺の親。
 極めて微妙で絶妙なタイミングで現れてくれる。
 「セン!三日ちゃん!」
 親は、俺の言葉を聞いたのか聞いていないのか、俺達の元に真っ直ぐに走り寄り、俺と三日に抱きついた。
 「レイちゃんからこの場所を聞き出すのに一晩以上掛かっちゃってもう間に合わないかもって思ってて!でも、良かった、本当に良かった……!」
 「ちょ、親!?」
 「…お、お父様!?」
 ぎゅぅ、ときつく抱きしめる親。
 密着しすぎて、涙がつたっているのが肌で分かる。
 「……ゴメン、心配かけて」
 「良いのよ、無事なら……って無事じゃ無い!?」
 4人揃ってボロボロ(一名例外)を見て驚く親。
 「みんな、一体全体何があったの!?まるで暴風雨が通り過ぎたみたくなってるけど!?」
 暴風雨か、それは良い得て妙だ。
 何せ、ここには恋と言う名の暴風雨が最大瞬間風速マックスで吹き荒れていたのだから。
 「何、大したことじゃねーですよ」
 そんな親の問いかけに、葉山が苦笑を浮かべる。
 「ただ、『千里』の奴と、一昔前の少年漫画よろしく、本音をぶつけ合った、友情の殴り合いをしただけっす」

56ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:41:08 ID:IF2Ju81M
 「なーんて、良い感じに良い台詞で締めたところで、実は何にも解決してないんだよなぁ」
 翌朝。
 ホームルーム前の教室内の自分の席で、正樹はグッタリとして言った。
 その隣の席には、言うまでも無く俺が座っている。
 あの後、親が持ってきていた車で俺達は自分たちの家に送られ、ようやく、いつも通りの日常が帰ってきていた。
 「ま、世の中そんなもんじゃない、正樹?」
 正樹の姿を見つめ、俺はクスクスと嗤った、もとい笑った。
 一度壊れて棄てたキャラを再構築しきるまでには、少し時間がかかるかもしれない。
 「ぜーたくは言わねーよ。今日一番大変だったのは千里だし」
 実際、親が学校の方に何やら口八丁手八丁で連絡を入れていたとはいえ。
 何も言わず、丁度一週間近く欠席していたのは確かな訳で。
 俺達の久々の登校に友人たちには大いに驚き、口々に理由を問いかけた。
 何とか「バイクの免許を取った記念に三日と一緒にこっそり小旅行と洒落こもうとしたら、バイクで事故って旅先で足止めを喰っていた」という言い訳をアドリブで考えて切り抜けた。
 あんまりと言えばあんまりな理由に、心配していた友人たちは肩透かしを通り越して怒りを覚えた者も間々居たりして。
 特に天野の剣幕は凄まじかった。
 「散々心配かけてソレかよふざけんなよ連絡よこしやがれこの野郎!」とは天野の言。
 そのまま刺し殺されてもおかしく無いような勢いだった。
 最後には「もう付き合ってられるか、オレは自分のクラスに帰る!」と言って教室から走り去って行くくらいだった。
 気のせいか涙声だったような気もするが―――それは、気のせいと言うことにしておいてやろう。
 ああ見えて、天野は繊細なのだ。
 「世は事も無し、とは良く言ったものでござろう。散々人に心配をかけた碌でなしと比べれば」
 と、冷やかに言うのは李だった。
 一言言うと、さっさと自分の席に戻って行く。
 天野のように露骨に声を荒げたりしないものの、彼女も随分と俺を怒って、心配してくれたのは確かなようだった。
 李にしても、天野にしても、機嫌を直してもらうのには少しだけ時間がかかりそうだった。
 もっとも、そうして俺のことを心配して、気にかけてくれたことは申し訳なくも思うが、嬉しくも思う。
 ま、この辺りは俺が根気よく謝る他ないだろう。
 「それに、何も悪いこと無いでしょ?」
 そう言って俺達の席に寄ってくるのは明石だった。
 隣には三日も一緒だ。
 親友だからな。
 「って言うか、無い……よね?」
 明石は恐る恐るといった有様で言い直し、
 「お願いです、無いって言って下さい」
 と頭を下げた。
 まだ、正樹は何も言って無いのに。
 「あー、その何だ……」
 頭を掻きながら、答えに迷う正樹。
 「正直、お前をどー思ってるのかなんて、自分の中でもまだ分かり切れねぇところはある。恋愛なんて、今まできちんと考えたこと無かったしな。でも……」
 けれど、今度は結論をきちんと出す。
 「揺り籠にいたころから、やっぱお前は好きだし、このまま仲良くやりたいとも思う。それこそ墓に入るまで、ずっとな」
 「まーちゃん……!」
 正樹の言葉に、明石は花の咲いたような笑顔を浮かべ、抱きついた。
 「アタシもまーちゃんのこと大好き!これからずーっとお墓の中まで一緒にいるね!言われなくても一緒にいるね!嫌って言ってもずっと一緒にいるね!」
 「やめろこんなところでひっつくなっつーか怖い怖い怖い怖い!」
 「なんで、墓場まで仲良くよろしくしたいんでしょ?」
 「好きだけどそれは怖い!」
 そこで、正樹は俺に向かって助けを求めるような視線を向けて言う。
 「なぁ、千里。俺、コイツのこと、これからもキチンと受け止めきれるかなぁ?」
 「大丈夫じゃない?」
 と、俺はクスクスわらいながら応じた。

57ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:41:25 ID:IF2Ju81M
 「何せ、正樹は一番悪くて一番強くて一番全力の俺を倒したくらいだもの。それでも駄目なら、俺達にきちんと助けを求めてくれれば良いし」
 「あー、その時は頼むわ」
 「おう、頼まれた」
 正樹の言葉に、俺は満面の笑みでサムズアップをした。
 思えば、俺はずっと正樹に助けを求めてもらいたがっていたのかもしれない。
 「…何だか、昨日から千里くんと葉山くんの信頼度が上がってる気がします」
 「いつの間にか名前呼びだし」
 何故か、女子組からジト目で見られた。
 「んー、まぁ何となくなんだけどねー」
 「そうそう。昔の少年漫画よろしく、殴り合ってたら何となく友情が深まってた感じで」
 正樹と揃ってそう言うが、ジト目は変わらず。
 「友情と言えば、そっちこそどうなった?きちんと仲直りというか仲直しはできたんかな?」
 分かってはいるけれど、きちんと確認したくて、俺は2人に確認した。
 「…はい、朱里ちゃんからとてもきちんと謝って頂いて。『酷いことして本当の本当にごめ「脅しの材料は全部捨てたって報告しただけなんだからね!勘違いしないでよね!」
 三日の言葉を遮って、顔を真っ赤にして明石は言った。
 「脅し?一体何のことだ?」
 物騒な単語が出たので、怪訝そうに問いかける正樹。
 「男の子は知らなくて良いことよ」
 「…男の人には知らないで居て欲しいことです」
 女子2人の声が見事に唱和した。
 まぁ、知られたくないから脅迫材料に使えたのだろうから、これ以上突っ込むのは野暮と言うものだろう。
 「ともあれ、これで全て元の鞘に収まったって訳か。あんなに大騒ぎした割には、味気ないモンだな」
 と、正樹がため息交じりに言った。
 「違うよ、はやまん」
 俺は、訂正させてもらうことにした。 
 「暴力的で不器用で最悪な過程ではあったけれど―――俺達は、今までよりほんの少しだけ絆を深められたんだ」







 おまけ
 ある電話越しでの会話
 『ねぇ、みっきー。その……言いづらいんだけどさ』
 「…何ですか、朱里ちゃん?」
 『あの動画のデータ、全部消去する前に、1人でガッツリ観ちゃった』
 「…は、はぁ」
 『って言うか、見入っちゃった』
 「…」
 『……知らなかった。あそこ、ああ言う風にすると気持ち良いんだ。それにあそこも……』
 「お願いですから朱里ちゃんの頭の中からも消去してください!!」

58ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:42:39 ID:IF2Ju81M
 以上で、投下終了になります。
 思った以上に長丁場となった『朱里の巻』は、これでおしまいになります。
 皆様、お読みいただきありがとうございました。

59雌豚のにおい@774人目:2011/10/14(金) 22:40:00 ID:Yq.LxwQ.
GJ!
お疲れさん。次の章も楽しみだ。

60雌豚のにおい@774人目:2011/10/14(金) 22:53:20 ID:gHUL.N5o
千里と三日には是非結ばれて欲しいね

61雌豚のにおい@774人目:2011/10/15(土) 00:12:09 ID:OV8LlPKk
GJ!!
次の章も楽しみに待ってます

62 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/15(土) 23:14:13 ID:9DxGDX7Q
test

63 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/15(土) 23:22:42 ID:9DxGDX7Q
久しぶりの投稿になります。
今回は、前作の短編「にゅむぅ・にゅわふぅ・じょきん、じょきん」
の続きというか過去話というか――とにかくそういうものを投稿したいと思います。
今日は、初めのプロローグだけを載せますので、興味のある方は前作を見ていただければ幸いです。
第一話は、明日か明後日にでも投稿したいと思っています。

では、投稿します。

64にゅむる前 First prologue ◆BbPDbxa6nE:2011/10/15(土) 23:23:49 ID:9DxGDX7Q

「ねぇ、先ぱ――うぅん、違う。れーくん。これで、ずっと一緒、ですから」


一つ、聞いてほしい話がある。なに、ただの俺の失敗談だ。

聞いてほしい失敗談というのは、俺の高校時代に他ならない。
この日本では多くの人が体験する高校生活。人によって色濃く充実した者もいれば、そうではない者――あまり口に出して言いたくはなく、誤解を招かぬように言っておくが別にその人たちを否定するわけではない――つまりは、失敗した者がいるのだろう。
成功する者がいれば失敗する者がいる。
成功する者がいるから失敗する者がいる。
失敗する者がいるからこそ、相対的に成功する者がいる。
世界は平等だ。しかし人間は平等ではない。
矛盾、不可思議――世界には、どうしようもない問題がたくさんある。
どうしようもなく、どうにもできない事だ。
少し話がそれたな、すまない。戻そうか。
つまり僕が何を言いたいかというと、この話を聞いた者には、成功談にも聞こえる人もいるし、逆に失敗談に聞こえる人もいるという、どうしようもなく、どうにもできない事実が存在すると言う事だ。
では、概要を話そう。

物事には分岐点というモノがある。
大切な役割を持つ分岐点、ターニングポイント。
俺のターニングポイントはやはり、〝秋宮奈留との初会合″と〝卒業式クライシス″に違いない。だから今から話していくのは〝秋宮奈留との初会合″から始まり、〝卒業式クライシス(にゅむぅ・にゅわふぅ・じょきん、じょきん を参照)″まで至る経緯である。

彼女、秋宮奈留(あきみやなる)について、高校時代の俺、佐波礼人(さなみれいと)が語れる事というのはそう多くはない。ただ単に、箇条書きのように彼女の特徴をあげる事が出来るかもしれないが、しかし……その彼女の本質というモノを、当時の俺は一つも見抜けなかったように思う。なにも分かっていなかったんだ。

本当の彼女の気持ちというモノを、一つも理解していなかった。

彼女が、普通の人間を逸脱するほどの危険度を秘めている事を、知らなかった。

それでも、やはり、語らずじまいでは彼女の外面すら伝わらないように思えるので、幾つか説明しておこうと思う。
名前は、秋宮奈留(その当時は高校一年なので15・6歳)。
クール。とにかく平坦で大人ぶったしゃべり方(言葉の区切り方が適当)……だが、感情の起伏がないわけではない。
怒るし、照れるし、楽しむし―――泣くし。
身長は百五十センチあるかないかくらい。小動物みたい。
黒髪のショートカット。
綺麗なソプラノボイス
万年図書委員(小学校から)。
本をこよなく愛する文学少女。
曰く「すべての本を読みつくすことが出来るまで、私は死にません」
……いったい、幾つになるまで生きるつもりなのだろうか。
料理と裁縫が得意。
成績優秀。
あと、超美少女。超可愛い。本当に、もう―――食べてしまいたい。
そして―――鋏のように鋭く、そして輝く、瞳。

この程度だろうか?
いや、まぁ、思いつかないだけでまだまだあるのだろうからその都度言っていく事にしよう。
では、そろそろ語り始めようかと思うが最後に一つ言わせてくれ。
俺は反省している、彼女を止められなかった事を。
しかし、後悔していない。

彼女と今、こうして隣で寄り添えている―――恋人に慣れた事を。

では、始めよう。
ただの高校生、佐波礼人ごときのほろ苦い、危険で、常軌を逸した、恋物語を。

65 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/15(土) 23:25:12 ID:9DxGDX7Q
これだけになります。
近日中にまた、投稿させていただきたいと思います。
よろしくお願いします。

ありがとうございました。

66雌豚のにおい@774人目:2011/10/16(日) 00:36:10 ID:qkjUZ9/.
>>65の次回作にご期待ください!

67雌豚のにおい@774人目:2011/10/16(日) 00:36:15 ID:wdCqXoAc
主人公が相手の心を読める能力を持ってる作品ってなんやったっけ?

68雌豚のにおい@774人目:2011/10/16(日) 00:36:45 ID:wdCqXoAc
主人公が相手の心を読める能力を持ってる作品ってなんやったっけ?

69雌豚のにおい@774人目:2011/10/16(日) 00:38:05 ID:V3Yt7H/E
サトリビト

70雌豚のにおい@774人目:2011/10/16(日) 06:49:02 ID:Zaa.ndPY
短編だったけど
気に病む透歌さん好きなんだよなぁ

あれを是非長編でだな・・

71雌豚のにおい@774人目:2011/10/16(日) 11:31:13 ID:EYku0jL6
>>65
凄く楽しみにしてます
さて服を脱がないと

72雌豚のにおい@774人目:2011/10/16(日) 12:38:03 ID:Frx9w.v.
GJ!
楽しみにしてます

73雌豚のにおい@774人目:2011/10/16(日) 15:42:04 ID:4t57E0Mk
>>65
GJ!
次回も楽しみにしてるぜ!

74雌豚のにおい@774人目:2011/10/17(月) 02:17:10 ID:wGh.cIXs
ふむ
懐かしの同士がまた一人戻って来たか

あとは奴らさえ戻って来れば・・・

75雌豚のにおい@774人目:2011/10/17(月) 03:23:09 ID:hy3rv1A6
>>74
奴等って、だれ?

76 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:47:09 ID:LqvrHp2M
にゅむる前 第一話
投稿させていただきます。

77 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:48:19 ID:LqvrHp2M
放課後の事である。
俺はいきなり話しかけられた、何の脈絡もなく。
 「〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟には気をつけてよ、礼」
 「〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟? ………なんだよ、その気味が悪い単語っていうか………中学二年生がつけそうな感じの造語は?」
高校生の間に学ぶモノと言えば、やはり一番に勉学であろう。
将来何のために使うんだよ、こんちきしょー、とか思いながら習わせられる意味不明な文字の配列や数学公式、元素記号に長文読解。
まぁ、意味不明な文字の配列(英語)に至っては、習っておいて損はないのかもしれないがともかく……めんどくさい。
しかし、めんどくさいと言って無視していいものではなく、周りからの圧力も受けつつ、大学入試のためにも励まなくてはいけない。……とかそういう高校生の現状はともかくとして、だ。

今俺こと佐波礼人(さなみれいと)の目の前にいる少女、小学生からの幼馴染、南雲美夏(なぐもみなつ)が漏らした〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟という単語に、俺は聞き覚えがない。
しかしこれくらいなら英語で書ける。
Book Slasher
直訳、本の切り裂き魔
……一体どこの中学二年生がつけたのだろうか。
 「中学二年生が、とか言うな。バカにするな、私がつけたんだから」
 「お前がつけたのかよ!」
 「うん。……て言うかその反応本当に知らないの? 寂しいなぁ……私の壁新聞読んでないってことだよね。礼のバーカ」
美夏は、唇を尖らせてそっぽを向く。
あ、やっベこの表情は可愛いな……と思いつつも、美夏が言っていた壁新聞という単語に、俺はやっちまったな、という感じで口を押さえた。

78にゅむる前 第一話 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:49:02 ID:LqvrHp2M
美夏が言っていた壁新聞とは、月一回発行される新聞部特製の校内新聞だ。
校内で起こった出来事や行事についてを、ひと月ごとにまとめて表示する。
とてもクオリティーが高く、生徒だけではなく先生からも好評を得ているからすごい。
つまりは、その今月の壁新聞に〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟の記事があったのだろう。
…………そんなものを、今月は見逃していたというか、文字の羅列を見る気にはなれない俺がいた。……すみませんでした。
 「う、うぅ……その、すまん。今月はまだ見ていなくてさ……で、その、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟ッて言うのは一体何なんだ?」
 「その名のとおりよ、本を切るの」
 「あー……やっぱり」
 「もうちょっとだけ詳しく言おうかな。不定期に本を切って行くんだけど、犠牲になった本の数は全102冊。宇宙関係の本を中心に化学や物理の、そして高次元の数式の書いた本ばかりが切り裂かれていてね。〝科学狩り(サイエンスハント)〟とか〝理系殺し(サイエンスキラー)〟とも呼ばれているの」
美夏は概要について話し始めたのだが……サイエンスハントにサイエンスキラー。
たぶんこれも美夏のセンスだろう。
………んんん。うん。痛い。
 「なんか……痛たたたッ、て感じだな」
 「ん? 本に感情輸入でもしてるの?」
 「いや、お前にだよ………まぁいいや、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟の話、続けて」
俺は心の底から呆れつつ、しかし、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟(なんだかんだいってこれが一番好き、なんか格好いい)についての好奇心から、再び美夏の話を聞くことにした。
 「礼は〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟って呼び名が好きなんだ、やっぱり〜。私もこれが一番だと思ってたんだ、えへへ。おそろい、おそろい〜。……まぁ、でも今はこのことは置いといて。〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟はね、ただ単に本を切り裂くだけじゃなくて、なんというか……うーん、そうだなぁ……こう言えば良いかな? ……〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟は一冊の本を作り上げるの」
言いづらそうに、言葉を探る。
そして端的に語った、美夏は。
ありのままの事を語ったのだろう。言葉を濁しつつも、ありのままを。
理解しがたい、その行動を言語化したのだろう。
 「本?」
そしてその事は、深く俺の心に疑問を呈した。
どういうことだろうか。
最初から聞いていた話では、ただ単に嫌がらせや憂さ晴らしのために本を切っているのかと考えていたのだが……。
本を作り上げる、だと?
 「そう……つぎはぎだらけで、不格好な、ね。さっきも言った通り、宇宙関係の本を中心に化学や物理の、そして高次元の数式の書いた本ばかりが狙われている。そして、そんな感じのいろんな分野の本を切り取り合わせて、一冊の本を作る。そして驚くべきは、その制作された一冊は、〝読める〟内容になっているの」
 「…………読める」
うーん、と二人で唸り合った。
 「何なんだろうね?」
 「何なんだろうなぁ」
そして、美夏は肩をすくめ、俺は目を細めた。
だって意味が分からないから、そんな事をする意味が。
そして、少なくとも制作された本は〝読める〟のだ。
生半可な知識の持ち主ではないだろう、生半可な覚悟でもないのかもしれない。
少なくとも、俺や美夏の想像できない範囲の出来事だ。
宇宙を基準とした理論構成、もしくは理論の再構成。
どうして、そんなことをやってのけているのだろう、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟は。
 「さてと、私の話はここまでかな。そろそろ新聞部もあるしね」
話もひと段落ついたところで。
美夏が時計を見ながら話を打ち切った。
俺もつられて時計を見ると、すでに放課後になってから30分以上経っていた事に気づく。
クラスメイトも誰もいない、閑散とした雰囲気の教室に俺は美夏と二人でいた事にこのとき初めて気づいた。
そんなことが分かると。なんだか気恥かしくなって。
 「えぁ、ん、んん……ゴホン、お、そうか。すまないな」
言葉を濁して視線を宙に合わせた。
 「ふふ、かーわいい」
 「な、何だよ」
 「何でもない〜」
もう一度、ふふっ、と可愛らしく笑って美夏は教室を出て行った。
本当に……何なんだよ、もう。
 「ったく……ってそういえば、なんであいついきなり〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟に気をつけろなんて?………んん?……………………………………ぁ、俺今日から図書当番だった」
今更の如く、美夏の真意に気付いてしまった。

79にゅむる前 第一話 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:49:34 ID:LqvrHp2M
 「あー、やっと終わった」
先ほどの美夏の話を聞き、自分の役職を思い出した俺は急いで図書室に向かった。
図書委員は昼休みと放課後に本の貸し出しの管理をする仕事がある。
そのため、俺は下校時刻ギリギリまで勤務に努め、今やっと終わったところであった。
 「さて、帰るか帰るか」
仕事も終わった事で、少し上機嫌になっていた俺はテンポよく帰り支度をする。
筆箱やら教科書やらをカバンに詰めた後、携帯で時刻を確認した。
PM 06:39
という表示の隣に、メールマークがついていた。
誰からだろうと思いつつ開く――美夏からだった。

To 南雲美夏
件名 いっしょに帰ろ!
本文 校門のところで待ってるから、なるべく早めにね。

 「おお、お呼び出しの様だな。早く行かないとな」
美夏からのメールを見て少し頬がほころびそうになるものの、そんな顔のまま美夏に会ったら馬鹿にされるだろうから、とか思いつつ、顔を引き締めた。
まさにその時だった――。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
 「…………………は?」
間抜けな声が口から洩れた。とっさに出た言葉だった。意識もせずに、勝手に出た。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
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ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
 「ぁ…………あがぁあああああああ」
何かを切り取る音が聞こえた。しきりに、四方向から、やたらめったら。
俺は耳を押さえながら恐怖した。
何だろう何だろう何だろう何だろう。
ふざけんなって、マジふざけんなって。
ふざけるなふざけるなふざけるな。
多分、鋏みたいなもので紙を切る音だろうが今はどうでもいいっていうか意味分かんねえッて言うか何だこれなんだこれなんだこれなんだこれ!
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
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ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
嫌だ。
とにかく嫌だ。
生理的嫌悪。本能的にこの音を俺は拒絶した。
普段なら何も感じる事はない――というよりかは、心地よくも聞こえる――鋏の音がここまで恐ろしいものなんて。
身近にある物が――ここまで恐怖を駆り立てるなんて。
視覚じゃない、聴覚に訴えているのだ。
尋常じゃないほどの鋏の音が、そしてその速度が、俺の耳を通り神経を鈍らせている。
心拍数が跳ね上がる、冷や汗で体が滴る。
そして、大げさに、格好良く言おう。
―――俺の常識を、捻じ曲げてきている。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
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ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
 「―――も、もうやめてくれ!」

80にゅむる前 第一話 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:49:54 ID:LqvrHp2M
―――ザク。
俺が大声で叫んだその時であった。
鋏の音は一斉に音をやめた。
いや、一斉にと呼んでいいものか。
しかし、俺の感覚的には一斉に音をやめたんだ。
 「は、は…………ちょっともう、マジでふざけんなって」
空笑いをしながら、俺はその場にへこたれてしまった。
その瞬間頭をよぎるは、つい数時間前の幼馴染の言葉。

「〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟には気をつけてよ、礼」

 「……………………くっそッ!」
抜けた腰を、震えた四肢を、なんとか押し込めて、生まれたてのシカの様に立ち上がる。
ふらふらになりながらも、よろめいてこけそうになりながらも、無様に歩く。
そして――俺は見つけた。
―――四散した紙くずを。
いや、違う。
―――四散した紙くずの中央にある一冊の本を。
 「これが………」
俺はこの瞬間に確信した。
あれが、あの鋏の音が、あの鋏の主が――〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟
ゴクリ、と一度唾を飲み込んだ。
その時だ。
 「…………そこ、までですよ? 〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟!」
背後から、いきなり声が聞こえた。
平坦ながらも、美しいソプラノボイス。
切れ目のどこかおかしい、クールな声に。
抑揚が少なくとも、確実にどきのこもったその綺麗な声に。
――俺は、人魚の声を聞いたかのように、震えを忘れて、振り返った。
この場にいるなら、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟の可能性もあるのに、そんなこと一切考えずに、振り返ってしまった。
 「死んで、もらいますッ、何某、先輩ッ!」
いやぁ、驚いた。
だって目の前に、鋏の刃が迫っていたから――ッ!

81にゅむる前 第一話 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:50:15 ID:LqvrHp2M
一方場面は変わり、南雲美夏。
 「………………………………ふ〜、ふふふ〜ん」
美夏は携帯をいじる。
 「ピッピのピっと」
校門の前で立ちすくむ美夏。
辺りはすでに暗闇と化しており、携帯のライトだけが辺りを照らしていた。
うつむいているため、美夏の顔は見ることはできない。
 「礼ったら遅いなぁ……なにしてるんだろー」
しかし、携帯の扱いが粗雑になっいく。
ものすごいスピードで文字を打ち込み(ボタンがめり込むほどに強く押し)、先ほどから、メールを送信し続けている。
あまりに強く押すために、携帯が大きくぶれる。
 「まったく、礼ったら…………な、なにして、ん、だ、ろ、な」
返信がないために、苛立ちをみせる。
 「もしかして女の子かな? ソ、んなわけないよ、ネー。ありえないって、アリえないそうだよね、礼」
ただ、バイブ機能が働いていない、無言なままの携帯を押し続ける。
 「どして返事くれないかな? あーやっぱ女の子ってソレハないもんねぇー。だって、礼は礼であって私のお婿さんダカらそんなことありえないよね」
ピッ、送信。
 「多分、まだシゴトのこってんだよね、そだよね。仕方ないかな、そんぐらいはゆるさ、許さないと。私〝また〟礼におこ、らららら、れルからね」
ピッ、送信。
 「でも、っでででも、違うなぁ、そうじゃないなぁ。私がオコったんだっけ? んんん? んあ? アハはは?」
ピッ、送信。
 「………………………………………………………………………………そっか、分かった」
呂律が回らなくなっていた美夏だったが、今度は分かりやすい発音で言語を発した。
 「〝また〟ケータイ、壊れたんだ。だめだなぁ、私機械音痴だからすぐ壊しちゃうんだもの。だったら、じゃあ、今すぐ行った方がいいよね。そうだそうしよう」
そういって。
美夏は校内の池に携帯電話を投げ捨て、夜の校舎へと入って行った。

82 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:53:01 ID:LqvrHp2M
これで投稿終了です。
まだ初めなので、キャラクターも全然病みませんし、なんか中学二年生みたいな感じですが、後で必ずこれらに意味が出てきます。
なので、長い目で見てくれるとうれしいです。
つたない文章で申し訳ありませんが、だれか指導してくれると助かります。

読んでくれた方々へ、ありがとうございました。

83雌豚のにおい@774人目:2011/10/17(月) 23:56:53 ID:Snx16wyA
>>82
GJ!
十分病んでますぞ…

84雌豚のにおい@774人目:2011/10/18(火) 13:29:40 ID:R1rBZ8FU
>>82
乙です!

85雌豚のにおい@774人目:2011/10/18(火) 19:22:28 ID:nC0hllbU
>>82
GJ!楽しみにしてる!

86face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:57:31 ID:I/j4LqB.
 こんにちは、短編を投下させていただきます。
 以前からあったアイディアを勢いに任せて文章化したため、注意事項が多分にあることをご了承ください。
 注意事項
 1.作品中に、グロテスクと取れる描写(直接描写無し)があります。
 2.本作品中、実際の撮影所、整形手術とは異なる描写があります。本作はあくまでもフィクションです。また、本作品は整形に対する偏見を助長する意図で書かれたものではないことを御理解下さい。
 3.テンプレ的なヤンデレ行動は控えめです。
 以上のことを御理解、ご了承の上お読みいただけると幸いです。

87face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:57:50 ID:I/j4LqB.
 この物語はフィクションです。実際の地名、人名、事件、および整形外科手術とは一切関係はありません。
 「はい、カーット!」
 と、まぁそんなテロップが表示されるタイミングまでシーンが撮り終わり、監督の声が撮影所の中に響いた。
 それと同時にカメラの前で凛とした表情を見せていた若い主演俳優の顔が一気に緩む。
 ここは西映第一撮影所。
 2時間ドラマの撮影中である。
 「おつかれさまーッス!」
 「おう。イイ画撮れたよー」
 「ま、オレがホンキだせばこんなモンキー!なーんつって!」
 主演俳優のおどけた台詞に、キャスト、スタッフ一同がドッと笑う。
 もちろん、私もその1人。
 確かな演技力とハンサムな容貌、それとは裏腹に人懐っこく明るいトーク。
 彼、百池キョータがキャリアが浅いにも関わらず売れっ子なのも分かるというものである。
 「気ィ抜くなよ、エンディング撮り終わっただけで、撮影はまだまだこれからなんだからな!」
 「はいッス!」
 監督に向かって元気良く返事をして、百池クンはセットからこちらに戻ってくる。
 「お疲れ、百池クン」
 私は彼に向かってひょいと手を上げた。
 「いやー、マジ疲れましたよー。ま、その甲斐あってイイ感じに演れましたけどね」
 達成感溢れる表情で伸びをする百池クン。
 「ホント、良い演技だったわよ。見ててホレボレするくらい」
 「でしょ?ま、オレも全力全開ブレスロットル・・・・・・じゃなくてフルブラスト・・・・・・じゃなくて?あれ?」
 「フルスロットル?」
 「そうそう、それそれッス。いやー物知りッスね、メイクさん」
 「いや、フツーだけど」
 ちなみに、私は彼の出演しているこの2時間ドラマの制作会社に所属するメイクアップアーティストだ。
 正直、名前を覚えてくれてるのかも怪しいが、それでも数年来の友人の如く接してくれる彼のコミュニケーション能力(とか言うんだっけ、最近は)には舌を巻く。
 「でも、私も丹精こめてメイクした甲斐あったわ」
 「マジ演技とマジメイクのパーフェクトハーモニーってヤツですね!」
 「あら、それだけ?」
 「も、もちろんマジ監督さんとマジカメラさんとあと、えーっとえーっと・・・・・・」
 指折り数える百池クンに、私は「冗談よ」と笑って返した。
 「キョータくん、そろそろ次の収録に行くよ」
 と、百池クンのマネージャーが彼に声をかけた。
 「じゃぁ、オレそろそろ行くんで、次もよろしくおねがいしまー・・・・・・」
 と、百池クンが言いかけたその時、入り口のドアがバタンと音を立てて開いた。
 「鏡汰さん!」
 入ってきたのは、肩の辺りまで黒髪を伸ばした若い娘だった。
 歳は、百池クンと同じくらいだろう。
 ほっそりとした体つきで、一見地味な印象は否めないが、服装とメイクを明るくすれば一変しそう・・・・・・ってそんなことは問題ではなく。
 問題は、彼女が明らかにこの撮影所の関係者ではなく、入場許可証も身に着けていないことだった。
 「ちょっと、アナタ!ここは関係者以外立ち入り禁止よ!」
 私は声を荒げて厄介なポジションを演じた。
 入り口まで走り、彼女を押し出そうとする。
 「でも、ここに香汰さんがいるって聞いて!私、いてもたってもいられなくて!もう一度!もう一度だけで良いんです!」
 「何だか知らないけど、迷惑だからそう言うのは他所でやってくれる!?」
 そう叫んで私は彼女をドンと外に押し出した。
 すると、勢いあまって彼女はバランスを崩し、地面にしりもちをつき、泥が跳ねて彼女の服と顔を汚す。
 その横を、マネージャーに導かれた百池くんが歩いていく。
 「鏡汰さん!私!佳織よ!何で今まで連絡くれなかったの!?答えて!答えてよ!」
 悲痛に語りかける娘を、百池くんは一瞬だけ気まずそうに一瞥すると、何も答えることなく去って行った。
 「待って!待ってください!鏡汰さん!鏡汰さん!」
 私に取り押さえられながらも必死に訴えかける娘に、百池くんは振り返ることは無かった。

88face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:58:49 ID:I/j4LqB.
 「ごめんなさいね、イロイロ。酷いこと言っちゃったし、服も汚れちゃったし」
 私は、撮影所のベンチの隣に座る娘―――佳織さんの顔の泥をハンカチで拭き、私は苦笑交じりに言った。
 あれから、懸命に叫び続けわめき続け、遂にはとうとう泣き出してしまった彼女をなんとかなだめ、私はそのまま彼女と一緒にいた。
 「はい、ホットレモネード。落ち着くわよ?」
 私は、レモネードの缶を彼女に差し出した。
 なぜ、彼女にこんなに優しくしているのか。
 この後仕事が入っていなかったから、という物理的な問題だけでなく、それ以上に自己満足的な罪滅ぼしだろう。
 そうでなくても、私の性分としてどうにも彼女を放っておくことはできなかった。
 ここが私の良くないところだとは思っているのだが。
 「・・・・・・」
 俯き、無言の彼女に、私は半ば強引にレモネードを握らせた。
 「聞いたわよ、守衛さんの目をかいくぐってここまで入ってきたって。そこまでしたからには、よっぽどの理由があるみたいね?」
 「・・・・・・」
 うーん、若い子相手だとやりづらい。
 もっとも、中学生の息子の接し方すら分からない私が、20代前後の娘さんの相手ができる道理も無いのだが。
 でもなぁ、夜も更けてきたし、このまま外に放り出す訳にもいかないしなぁ。
 「ちょっと、話してみてくれないかな?話すだけでも、楽になるし」
 私はくじけそうになる心を抑えて問いかけた。
 愚痴を聞くのは得意だ。
 何しろ、この会社で私に愚痴を聞いてもらってない人間はいないくらいだし。
 「・・・・・・いたい、だけなんです」
 ポツリ、と佳織さんはこぼした。
 「会いたいだけなんです。もう一度。あんなに愛し合った人と。今も愛している人と・・・・・・」
 そう言って彼女が語りだしたことをまとめると、こんな感じになる。
 彼女―――美月佳織さんは、百地キョータ(本名:百池鏡汰)くんの学生時代からの恋人。
 地方の学校に通っていた佳織さんと百池くんだったが、百地くんが東京の芸能事務所からデビューすることになり上京。2人は別れ別れになった。
 とはいえ、定期的に電話やメールで連絡を取り合い遠距離恋愛を持続させていたが、しばらく前から全く連絡がつかなくなったという。
 携帯電話のアドレスが変わり、彼の住所に手紙を出しても一向に返事が返ってこないのだそうだ。
 それだけでメロドラマになりそうな、悲しいくらいにありきたりないきさつだった。
 「帰ってきてとは言わない・・・・・・。でも、ただ一言だけ。『愛してる』ってもう一度言ってくれれば、私はそれでそれで・・・・・・」
 語り終えた彼女の目に涙がたまっているのが見える。
 当然だろう。
 メロドラマのような話でも、彼女にとっては目の前の現実で、真実で、真剣な事柄だ。
 「泣かないで、佳織さん。折角の美人さんが台無しよ?」
 私はハンドタオルをそっと佳織さんの形の良い目元にもって行った。
 「美人なんて・・・・・・そんなお世辞・・・・・・私、鏡汰さんと違って本当に地味で・・・・・・」
 「まぁまぁ」
 本気で泣きそうになる佳織さんを私はなだめた。
 我ながら本当に女性の扱い方がなっていない。
 尤も、子供が産まれて以来女性と付き合っていない私に扱い方も何も無いのだが。
 「ロンよりツモ・・・・・・もとい証拠。ちょっと、試してみましょうか」
 そう言って、私は仕事道具一式が入った鞄をガサゴソと漁る。
 「???」
 不思議そうな顔をする彼女の顔にファンデーションをし、アイライナーを引く。
 ルージュは彼女の魅力を際立たせるために、あえて大人しめの色を選ぶ。
 そうこうしている内に、私のイメージした通りの佳織さんの姿が、目の前に現れる。
 「はい、完成」
 そう言って、私はミラーを佳織さんに向けた。
 「うわぁ・・・・・・」
 感嘆する佳織さん。
 「これが、私?」
 「そう、それがアナタ」
 佳織さんは不思議そうに目をパチパチし、ミラーの中を覗き込んだり、横を向いたり縦を向いたりした。(かわいい)

89face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:59:07 ID:I/j4LqB.
 「あの、ひょっとしてあなたは『シンデレラ』に出てくる魔法使いさんですか?」
 「あら、イマドキの若い子にしてはメルヘンなことを言うのね」
 「ごめんなさい。でも、こんな私、本当に魔法みたい・・・・・・」
 そう言って佳織さんは、幸せそうな、むしろ恍惚としたような笑みを浮かべる。
 喜んでもらえたようで何よりだ。
 それに、『シンデレラ』の魔法使いとは、ね。
 「いいえ。最高のほめ言葉よ、佳織さん」
 「フフフフ・・・・・・。ありがとうございます。やっぱり、お仕事を『魔法みたい』って言われるのは良い物ですか?」
 「それもあるけど、私、本当に魔法使いに憧れてこの仕事を目指したのよ?」
 「本当ですか?」
 「ええ」
 本当に幸せそうな笑顔の佳織さんを見て、私は幼い頃を思い出した。
 どんな女の子でもまるでお姫様のような姿に変える魔法使い。
 子供のときから、私は柄にも無くその姿に憧れていた。
 同時に、自分が魔法使いなら、『12時になったら解ける魔法』なんて意地悪な魔法をかけないのに、とも思った。
 解けない魔法をかける魔法使いになりたい。
 そう思いながら幼少期を過ごし、ある時に観た舞台に感激した。
 パンフレットの写真では地味にさえ見えた、その舞台の主演女優。
 しかし、上演が始まると観客を惹きつけてやまなかった。
 私には、その主演女優は、まさに解けない魔法をかけられたお姫様のように観えた。
 その後、舞台について色々なことを調べ、役者の演技の力、そしてそれをサポートするスタッフの力を知った。
 特に、女優の顔を作り上げるメイクの仕事は、まさに魔法使いのように思えた。
 解けない魔法をかける魔法使いのように。
 ―――けれども、私は一度でも疑問に思うべきだった。解けない魔法をかけられたシンデレラが、どうなってしまうのかを―――






 後日、ある仕事で一緒になった腐れ縁の女優に、私はそのときの話をした。
 「そのコの言ってることはほぼ間違いなく本当・・・だよ?」
 話を聞いた彼女はそう答えた。
 「本当?」
 「うん、こーゆー仕事してるとそーゆー話はどーしても入ってくるん・・・だよ?それに、そのコ、百池鏡汰って言ったんだよ・・・ね?キョータじゃなく・・・て」
 「そ、漢字もちゃんと知ってた。一般には公開されてないのに」
 百池くんの芸能事務所は、所属している役者のプライバシーをきっちりと守る事務所なのだ。
 芸名で活躍している俳優の場合、(本人が望まない限り)本名やプライバシーをしっかりと保護している。
 「なら、間違いは無いん・・・だよ?地味に珍しい名前・・・だし」
 「それを言ったら、アナタの本名だって大概だけどね」
 「むー・・・なんだよ?」
 子供っぽく頬を膨らませる彼女。
 微笑ましい仕草だが、実年齢を忘れてはいけない。
 「でも…確か」
 一瞬、考え込む様な仕草をする彼女。
 「どうかしたの?」
 「別に何でもない…よ?」
 しれっと答える彼女だが、どこまでが本心かは分からない。
 何人もの役者さんと仕事をしてきたが、ここまで素と演技の違いが分かりづらい人も珍しい。
 「ああ、そうだ。話は180度変わるけど・・・『造形外科医』の噂、知ってる?」
 明らかに話を逸らされた。
 「『造形外科医』?整形外科でなくて?」
 追及しても無駄なようなので、私は取り合えず、彼女の話に乗ることにした。
 「ウン・・・やってることは・・・整形。でも、本当に患者のイメージ通り、寸分たがわずに整形手術をする非合法の整形外科医。たとえば、私そっくりの顔にしてって言ったら本当に私そっくり。痕も残らなければ整形したっていう不自然さも無い。だから、整形ならぬ『造形』外科医って名乗ってるん・・・だって」
 「ビッグマウスにもほどがあるわね。マジなの、その話?」
 「都市伝説・・・かな。さっきも言ったように、こーゆー仕事してると、色々な話がどーしても入ってくる・・・から」
 そう言って、彼女は口元を歪めた。
 「まるで、シンデレラに解けない魔法をかける魔法使いみたい・・・だね」
 その言葉を聴いた私は、たぶん、とてもいやな顔をしていただろう。
 「そんな聞こえのいいものとも思えないけど、ね」
 そう、実際そんな聞こえの良い物では無かったのだ。
 少なくとも、この物語に関して言えば。

90face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:59:40 ID:I/j4LqB.
 その夜、喫茶店『555(ラッキー・ファイブ)』
 「本当ですか!?」
 私のお気に入りの喫茶店のお気に入りの席で、佳織さんは身を乗り出して言った。
 バー『ラックラック』でも良いのだが、佳織さんはお酒をあまり呑まないそうなので、彼女が私と会うのは専らこの『555』だった。
 そう、佳織さんと私は、あの一件以来連絡を取り合っているのだ。
 もう一度撮影所に不法侵入されても困るし、何より若い恋人たちには幸せになって欲しいと思ったからだ。
 自己満足の代償行為であることは分かってはいたけれど。
 「ええ、本当よ。明日の夜0時過ぎ・・・・・・って言うか日付上は明後日ね。とにかくその時間に撮影がオールアップ、つまり全部終わるの。その後は百池クンも時間あるから、アナタと会わせられる」
 「ありがとうございます!」
 「んー、まぁ正直女の子が歩くにはかなり遅い時間になっちゃうんだけど、来れるかしら。来れないなら来れないで・・・・・・・」
 「来ます!絶対来ます!」
 私が言い終わる前に彼女は元気一杯に言った。
 こういう所、百池クンに似てる。
 「そう、なら守衛さんの方にも話しとおしておくわね。あと、許可証も出してもらうから・・・・・・」
 そう言って、私は佳織さんに諸々の手続きの説明をした。
 「本当にありがとうございます、魔法使いさん!」
 説明を聞き終えた彼女は、私に向かって笑顔で言った。
 魔法使いさん、というのは私のあだ名だ。
 由来は言わずもがなだろう。
 あの日以来、メイクや衣類に気を使う余裕のできた彼女は文句なしの美少女となっていた。
 街に出ると時々男性に声をかけられて驚く、といった話をされたこともある。
 「魔法使いさんのお陰で、本当に私シンデレラになったみたいで!もう1人の魔法使いさんのところに行かなくても大丈夫みたいです!」
 喜色満面に話す佳織さん。
 「じゃぁ、後は王子様?」
 「はい!」
 花の咲くような笑みを浮かべる佳織さん。
 周りの男性客が全員、彼女の方を見て、見蕩れている。
 「応援、してるわね」
 「はい、ありがとうございます!」
 そう言って私たちはしばらくの間歓談していた。
 ところで、この喫茶店『555』には昔からの喫茶店らしく、待ち時間を潰せるようにと入り口付近に今日の新聞がいくつか重ねられてある。
 もっとも、私たちは待つことなく席に座れたので、その新聞に目を配ることすら無かったけれど。
 その中には、カラフルなスポーツ新聞もあって。
 私たちは知る由も無かったが、その新聞の見出しにはこう書かれていた。
 『イケメン俳優百池キョータ、人気アイドル香坂桜葉と熱愛発覚!?』

91face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 13:01:01 ID:I/j4LqB.
 その翌日の深夜から、さらに0時を過ぎた頃。
 「ねぇ、百池クン。ちょっと今抜けられる?」
 「良いッスけど、何スか?」
 件の二時間ドラマの撮影が終わったその日、私は彼に声をかけた。
 「んー、何ていうか。百池クンに会わせたい人がいて」
 「ファンの人ッスか?すんません。そう言うの、キチンと事務所通してからお願いできます?」
 「ちょっとだけで良いから。具体的には9分55秒くらい」
 「いやいや、どこのライダーッスか。って言うか・・・・・・」
 「じゃあ、3分。私に3分だけ時間を下さい!」
 「今度はウルトラッスか。まぁ、3分だけなら・・・・・・」
 「ありがとう!」
 私は彼に頭を下げ、強引に手を引いていく。
 その先に待っていたのは、肩ほどまでに黒髪を伸ばした、ほっそりとした体つきの美少女。
 「・・・・・・佳織」
 「鏡汰さん!」
 バッと駆け寄り、感極まって百池くんに抱きつく佳織さん。
 「鏡汰さん!私、ずっとずっとずっとずっとあなたに会いたくて!そのために地元からこっちに来てそれで・・・・・・」
 「やめろ」
 百池くんは、今まで聞いたことの無いくらい冷たい声で佳織さんを突き放した。
 「俺たちはもう住む世界が違うんだよ。だから、もう一緒にはいられない。一緒になれないんだよ」
 「そんな・・・・・・!」
 佳織さんは、百池くんに抱きついていた手をダラリと下げた。
 その時の佳織さんは、たぶんとても絶望しきった顔をしていただろう。
 「も、百池くん、あのね・・・・・・?」
 「すいません、コレ俺らの問題なんで」
 私の言葉を、彼は冷たく拒絶した。
 「鏡汰さん、私・・・・・・」
 「恋人がいるんだ」
 何かを言いかけた佳織さんに、彼ははっきりとそう言った。
 「お前より美人で、お前より金持ちで、お前より人気者で、お前より俺の近くにいてくれる恋人がいるんだ」
 「コイビトって・・・・・・?」
 信じられない単語を聞いたという風に、佳織さんが聞き返す。
 「だって、恋人は私で・・・・・・」
 「昔の恋人だよ、お前は。モトカノって奴」
 「そんな・・・・・・」
 私からでも、佳織さんの全身が震えているのが分かる。
 「そんな、あんなに何度も電話して、メールして、愛を深めて、交わりあって・・・・・・なのに・・・・・・」
 「やっぱ、さ。近くにいないと気持ちも冷めるんだよ。電話やメールじゃ、キスの1つもできないしな」
 「うそ・・・・・・」
 遠距離恋愛は持続しない、とはよく言ったものだけれど。
 これじゃあ、本当にその通りで、ベタなメロドラマそのものじゃぁないか。
 「分かったら、さっさと地元に帰りなよ。今のお前なら、どこにいても放っておいたって男が寄ってくるだろうぜ。向こうで良い男つかまえて、幸せになれば良いだろ」
 最後までそう冷たく言って、彼は去っていった。
 のこされた佳織さんは、その場にがっくりと膝を着いてうなだれた。
 「佳織、さん・・・・・・」
 私は彼女にそっと近づき声をかけた。
 けれども、俺に何が言える?
 大丈夫?泣かないで?元気出せ?気持ちは分かる?ごめんなさい?
 言葉が次々とぐちゃぐちゃに溢れては消えていく。
 「・・・・・・大丈夫、ですよ。魔法使いさん」
 そう言って、こちらを向いた彼女はわらっていた。
 わらっていた?
 それを笑顔と呼んで良い物だろうか。
 あまりにも壊れて歪みきった、その表情を。
 絶望に満ち満ちた、その表情を。
 「もう1人の魔法使いさんに、頼むことにしますから」
 そう言って、彼女はフラフラと立ち上がって去っていった。
 後には、役者ですらない道化(わたし)が1人、のこされたきりだった。

92face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 13:02:52 ID:I/j4LqB.
 それは、その後の会話。
 誰も知る由も無い会話。
 「お願いします、もう1人の魔法使いさん」
 「魔法使いさん、とは私も大層な呼ばれ方をしたものだね。大抵は私を『造形外科医』って呼ぶんだけど」
 「『造形外科医』の魔法使いさん、お願いです。私を、あの人の恋人にしてください。あの人の恋人に『造り替えて』ください」
 「それはまた、難しい依頼だね、美月佳織さん」
 「無理、ですか・・・・・・」
 「無理、ではないよ。しかし難しいね。理由は二つある。第一に、百池キョータの恋人になるということは、つまり彼の今の恋人、と言うか本日彼と婚約発表をした香坂桜葉になり替わるしかない。それは、美月佳織さん、あなたはあなたを捨てなければならないということだ」
 「……はい」
 「それは、あなたの顔も、声も、立場も、名前も、友も、家族も、全てだ。それが、第一の理由」
 「もう1つは?」
 「香坂桜葉の肌艶は、彼女にしか無いものだ。単なる整形手術で彼女そっくりになるのには限界がある。もし、本当に彼女そのものになりたいのなら・・・・・・」
 「なりたいのなら?」
 「彼女の皮膚を調達してくる必要がある」
 「これが、非合法の闇医者だから言える台詞であることは分かるよね?」
 「……はい」
 「さぁ、どうする、美月佳織さん?あるいは、答え次第では香坂桜葉さんと呼ぶべきかな?」
 「私は・・・・・・」
 そして、美月佳織は答えた。

93face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 13:03:12 ID:I/j4LqB.
 その後、私は彼女らの物語に関わることが出来ないまま数年が過ぎた。
 美月佳織とは、あの日以来連絡が取れない。
 携帯電話にも連絡が無く、以前教えてもらった彼女の泊り先に行くと、既に引き払った後だった。
 百池キョータは『香坂桜葉』と結婚した。
 今では子供もいて、バラエティ番組で妻子がかわいくて仕方が無いと惚気話を披露する機会も多い。
 もっとも、あの日以来一緒に仕事をしたことの無い私にはそれが真実かどうか知る由も無いが。
 『香坂桜葉』は結婚を機に芸能界を引退した。
 いわゆる、普通の女の子に戻ります、という奴だ。
 今では『百池桜葉』として主婦業に専念しているという。
 しかし、なぜだろう。
 『香坂桜葉』の引退発表をテレビで観た時、私は彼女の姿にどこか違和感を覚えた。
 断っておくが、私はアイドルである香坂桜葉のメイクを担当したこと無い。
 だから、彼女の姿について、彼女の顔について訳知り顔に語るべきではないかもしれない。
 けれど、私はメイクアップアーティストだ。
 一度メイクした顔は、目で、そして手で覚え、決して忘れない。
 言うなれば、身体レベルで覚えている。
 そして、引退発表をする『香坂桜葉』の顔を、私の身体は覚えていた。
 ぐちゃぐちゃにかき回され、不純物とつぎはぎにされていたけれど。
 かつて、一度だけメイクを施した娘の顔を。
 明らかに別人そのものだったその顔に、彼女の、美月佳織の姿がダブッたのだ。
 その時は、思い過ごしだ、と思った。
 思おうとした。
 そして、珍しく休日を取ったその年の7月。
 私はその日、街中を1人歩いていた。
 その時、一組の家族とすれ違った。
 1人は、サングラスで顔を隠した百池キョータ。
 もう1人は、幼い子供たちの手を引く――――
 「佳織さん?」
 すれ違う寸前、私は思わずそう口にしていた。
 そのまま、その家族は行ってしまうように思われた。
 しかし、妻の方が夫に向かってこう言った。
 「ちょっと、この子たちを任せてもらってもいい、鏡汰さん?」
 そして、幼い子供たちを夫に任せると、妻は私の方に歩いてきた。
 「お久しぶりです、魔法使いさん」
 そう言って、彼女は澄んだ笑みを浮かべた。
 その瞬間、私の『思い過ごし』と言う名の疑惑は確信へと変わった。
 「ええ、お久しぶりね」
 私は答えた。
 誰なのかはすぐに分かったが名前は、呼べなかった。
 「お元気ですか?」
 「まぁ、そこそこ、ね。そちらは―――」
 どう、と聞くべきか、私は迷った。
 「幸せです、これ以上なく」
 私がはっきりと言う前に彼女は答えた。
 「魔法使いさんと、もう1人の魔法使いさんのお陰で、私は今本当に幸せです」
 そう答える彼女は、本当に澄んだ笑顔だった。
 澄みきった、漆黒の色をしていた。
 「でも、色々と大変じゃない?―――その顔だと」
 「そうでもありませんよ?旬の過ぎたアイドルなんて意外と早く忘れられましたし。それに、夫が本当に私を愛してくれますから」
 「そう、それは、本当に―――」
 本当に?
 どこに真実があるのだろうか?
 「シンデレラのお話と同じです」
 と、彼女は唐突に言った。
 「シンデレラは、元々決して王子様と結ばれることの無い運命でした。けれども、魔法使いさんの力で美しいお姫様に変身したお陰で、王子様と結ばれたんです」
 「それで・・・・・・」
 私は、言葉を紡ぎ出そうとした。
 聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何を聞くべきなのか、何から聞くべきなのか分からなくなる。
 「その魔法は、どうなったの?」
 結局、私が選び出したのはこんな言葉だった。
 「今も、かかったまま。そして、永遠に解けません」
 そう、魔法の解けないシンデレラは答えた。
 その『魔法』のためにどれほどの犠牲が出たのかは分からない。
 けれど、彼女の表情からはそれを悔いる様子は見られない。
 犠牲の中には、当然彼女自身も含まれているはずなのに。
 「それでは、失礼しますね。あまり家族を待たせるわけにもいきませんので」
 そう言って、彼女は一礼して去っていこうとする。
 「待って」
 私は、思わず彼女を呼び止めていた。
 「最後にもう一度聞かせて。あなた―――本当に幸せ?」
 その言葉に、彼女は、
 「はい」
 と、断言した。
 そう言って去って行く彼女の背中を、永遠に解けることの無い、呪いのような魔法がかかったシンデレラの背中を、私はただ、見送ることしかできなかった。

94face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 13:04:55 ID:I/j4LqB.
 以上で投下終了となります。
 お読みいただいた方、このような作品にお相手いただき、まことにありがとうございました。

95雌豚のにおい@774人目:2011/10/19(水) 13:41:59 ID:JhxS4.XY
>>94
GJ
なんかこう、ゾクゾクした

96雌豚のにおい@774人目:2011/10/19(水) 23:05:50 ID:a1cR9K3A
サイエンティストまだー?

97雌豚のにおい@774人目:2011/10/19(水) 23:15:26 ID:2p.urhQ2
>>94
GJ!たまにはこういう作品も良いよね

98雌豚のにおい@774人目:2011/10/20(木) 18:58:26 ID:fAKvpqGM
結構続きが気になる作品が多くなってきた気がする

99オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:04:53 ID:y9ZxoISc
暇だな…投下する。携帯だからな。内容ぺらいのは許してくれ。

100オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:07:42 ID:y9ZxoISc
依存型ヤンデレの恐怖

朝、目を覚ます。窓の外ではスズメがマシンガンみたいに鳴いている。

「おはよー」
「ああ…」

俺を起こしたのは、幼なじみの未夢だ。
「リューヤ、リューヤ♪」
「朝からうるさい」
未夢は学校には通っていない。頭の遅れたこいつは三流の滑り止め学校にも落ちてしまったのだ。
本人曰わく、「リューヤと居る時間が増えて嬉しい」だそうだ。

「朝メシ食ったか?」
「まだ!」

だろうな。詮無いことを聞いた。俺は頭を掻きながら、台所に向かう。ちなみに、未夢にエサ…食事を与えるのは俺の仕事だ。未夢の両親に頼まれたのだ。

「よし、食え」
「はーい!」

馬鹿なこいつは、俺が指示しないと絶対に食事を採らない。
作り置きのサンドイッチとコーヒーで簡素な朝メシを済ます。

「学校行ってくるけど、大人しくしてろよな」
「はーい!」

未夢は無駄に元気がいい。だがこいつの聞き分けの良さに騙されてはいけない。
何を言っても、首肯するので「彼女を作る」と言ってみたその日の晩、未夢は手首を切った。
その時の返事も「はーい!」だ。
迷い傷もなかったらしい。

101オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:09:03 ID:y9ZxoISc
俺としては、ちょっとした退屈しのぎのつもりだったが、結果は惨憺たるものになった。
まず、未夢の両親が
「リューヤ君、頼むから彼女だけは…どうか…」

40も超えたいい大人が高校生のガキに土下座して頼み込む姿は哀れとしか言いようがなかった。
その姿に青くなったのはウチの親父とお袋だ。
未夢が手首を切ったのは、リューヤの責任なんだから、リューヤに責任を取らせますなどと言いやがった。
ふざけんな。おかげで俺は、未夢と結婚の約束をさせられる羽目になった。
未夢の両親はやって来た時は死にそうな顔をしていたが、帰る時はホクホク顔だった。
まあいい…飽きるまでは付き合ってやる。

放課後、未夢は校門で待っていた。いつものことだが…なんだ? 朝と着てる服が違う。

俺の服だと? あのヤロー。
未夢を呼び寄せ、頭をガツンとぶったたく。

「痛いよ、リューヤ…」
上目遣いで涙目になって訴える未夢。

「痛いのはお前の脳みそだ。ど阿呆が」
140センチ程しかない未夢にとって俺の服は巨人サイズだ。全然合ってない。肩口からブラが見えてやがる。
やむを得ず未夢に学ランを貸してやる。
「面倒を増やすんじゃない!」

102オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:10:15 ID:y9ZxoISc
「リューヤがいい匂いなのがいけないんだよ〜」
「へ、変態!」
「違うもん。未夢、変態じゃないもん!」
「モンモンうるさい!」

そんなこんなで帰宅する。道中、未夢が腹が減ったとゴネるので、テイクアウトのジャンクフードを買った。食費は既に未夢の両親から徴収済みなので問題ない。
部屋に帰ると未夢の服がそこら中に散乱していた。これもパターンだ。今更怒りはしない。だが…

「パ、パンツもある…だと!?」
「……」

うっすら頬を染める未夢。
この馬鹿、ついに俺の想像を超えやがった。

「お、お前、今ノーパンなのか?」
「はいてるもん…」
視線を泳がせる未夢。明らかに挙動不審だ。嫌な予感がビンビンする。

「てめえ、まさか、俺の…」
「…てへっ」
「へ、変態!変態!」
「うわーん!」

泣きたいのはこっちだ。

晩メシはシチューを作った。俺の夢はコックさんだからな。これくらいはする。
「シチュー、シチュー♪」

未夢のヤツもご機嫌だ。
ちなみに俺の親父は出張中だ。お袋はそれについて行った。
「おら、口の回りに付いてるぞ。白いのが」
「やだ…リューヤ。いやらしいよ…」
「お前がな!」

103オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:11:35 ID:y9ZxoISc
しかしよく食う奴だ。ジャンクフードの上にシチューを俺と同じ量食いやがった。
さて…そろそろ夜も更けて来た。未夢は漫画を読んでいる。
「未夢!」
「なに、リューヤ」「帰ってよし!」
「…やだ」

未夢は唇を尖らせ、涙目でこちらを見ている。こいつの家はすぐ隣りなので問題ない。強制連行だ。
「では強制送還する!」

厳かに言ってやる。いつもはこれで終わりだが、今日の未夢は一味違うようだ。
おずおずと一枚の紙切れを俺に突き出してくる。

「なになに…旅行中…?」

未夢は三つ指付いて、にこっと笑う。

「今日はお泊まりするもん」
「知らん、帰れ!お前のような変態を泊められるか!」
「うわーん!」

その後、すったもんだを繰り返し、最後の決め手は未夢の両親からの電話だった。

「頼む、息子よ…」
ふざけんな。マジふざけんな。

「リューヤぁ…」
「くっ…マジ泣きはズルいぞ…」

結局、折れたのは俺だった。こんなだから未夢は俺に依存するんだろう。

「お風呂、お風呂♪ リューヤとお風呂♪」

この馬鹿は、いよいよ最後の一線を超えようとしている。
少し、びびらせてやる。大丈夫、俺は賢者だ。耐えられる。

104オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:12:42 ID:y9ZxoISc
男の怖さを思い知らせてやる。それがこいつのためでもあるだろう。
伊達に幼なじみを10年もやってるわけじゃない。こいつの裸なんぞ飽きるほど見ている。

「よし、未夢。一緒に入るか!」
「え…いいの?」

未夢は驚いたようだ。そりゃそうだろう。俺から言い出したのははじめてだからな。


くっ…俺ともあろうものが未夢ごときを意識してしまう。
脱衣所まで来てしまった。
未夢は目を潤まして、
「うおっ!」

こいつ、下から脱ぎやがった。しかも躊躇いなく。マズいぞ…俺の貞操が未夢ごときに奪われるなど…ありえん!
クソ…賢者パワーマックスだ!

「未夢、俺が身体洗ってやるよ」
(これでどうだ!)

「うん、リューヤなら、いいよ……」

クソぉ、負けてたまるか!
でも、ああ…未夢のちっさいお尻が…ひぃっ、こいつ、生えてない!
…俺は…賢者だ…

「未夢…さあ、おいで…」
(目を閉じろ!パワーマックス!)

「リューヤぁ…好きぃ…」
「くっ!」
「ぁ…」
「そりゃ!」
「ああんっ」
「クソぉ、なんなんだよぉ…このヌルヌルはぁ」
「リューヤぁ…リューヤぁ!」
「こ、これで終わりだ!」
「あっ! ああああああああ!」

105オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:14:08 ID:y9ZxoISc
「ふっ…こんなもんだな」

風呂場には全身真っ赤に上気した未夢が転がっている。
後は、これを何とかすれば…大丈夫だ…俺は、ロリコンと言う名の紳士じゃない。犯罪の匂いのする無毛の土手なんぞに負けてたまるか。



就寝前、俺はリビングの床に未夢を正座させた。

「未夢、この紙を読むんだ」
「なに? なにかな?…未夢とリューヤのお約束?」
「ああ、そうだ。デカい声で読むんだ」
未夢はしばらく紙をじっくりと見ていた。
「字が読めないよ……」
泣きそうな顔で言うが、もう我慢ならん。
「よし、では後に続け!」
「はっ、はいっ!」
ぴしりと背筋を伸ばす未夢。

「一つ! リューヤ君のパンツは履かない!」
「ひ、一つ、リューヤのパンツは…」
「声が小さい!しっかり発音せんかぁ!」
「ひゃっ、一つ!リューヤのパンツは履きません!」

どんな羞恥プレイだよ…これ。

「一つ!リューヤ君のお家では、エッチ禁止!」
「やだぁ…」
「言わんかぁ!」
「うわーん!」
「泣くな!このエロっ娘がぁ!」

ぐすっ、としゃくりあげる未夢。

「エロいの、リューヤだもん」
「貴様ぁ!修正するぞ!」

このようにして夜は更けて行く。

106オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:15:32 ID:y9ZxoISc
俺? 怖くないよ未夢なんて。

「言え、未夢!エッチ禁止だ!」

しかし誰トクだ?こんなこと言わせて。
「うわーん!禁止じゃないもん!」
「それではお泊まりを禁止する!」
「…死んでやるぅ!うわーん!」

だから未夢なんて怖くないって。
今は、まだ……。

107オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 03:18:31 ID:y9ZxoISc
投下終了。
感想ヨロ
続く、多分。

108雌豚のにおい@774人目:2011/10/21(金) 06:55:48 ID:7XI3ijFs
>>107
ヒロイン壮絶に頭が悪くてワロタw
でもかわいいから許す

109雌豚のにおい@774人目:2011/10/21(金) 10:22:16 ID:7juNYjJ6
>>107
GJ!
そこはかとなくないヤンアホ臭がすごいですね。これが病んだら一周回って怖そう……

110オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 13:07:04 ID:y9ZxoISc
レスありがとう!
もう一話作ったんで深夜に投下する。
ヤンアホの一番星目指して。

111雌豚のにおい@774人目:2011/10/21(金) 19:45:55 ID:1TqV9m4E
まあ投下乙

112雌豚のにおい@774人目:2011/10/21(金) 20:41:14 ID:TOoUS/sg
>>107
GJ
アホの娘のヤンデレ...イイ!

113オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 21:39:57 ID:y9ZxoISc
寂しいな…
携帯なんでぺらいのは許してくれ。
少し早いが投下する

114依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 21:45:40 ID:y9ZxoISc
依存型ヤンデレの恐怖2


寝苦しい夜だった。体中をナメクジが這い回るような感触。クソ。未夢のヤツだ。相変わらず生粋の馬鹿のこいつは、現在、俺の足に股間を擦り付けて絶賛自家発電中だ。


「うぁ…リューヤ、リューヤぁ!」

ふざけんな。小一時間も問い詰めてやりたい。だが、俺はそうしない。普通にキモイ。 でも止めない。俺は意地悪だから。むしろ手伝ってやる。
(うりうり!)
足を軽く揺すってやると、未夢は若鮎のようにおとがいを反らして反応した。

「あっはぁ…!?」
もうすぐだ。未夢はイク時、俺の名前を安売りみたいに連呼する。

「リューヤ、リューヤ、リューヤ、リューヤぁ…」

堪え性のない奴だ。そんな奴には、罰を与えてやる。
(今だ!)
狙いすまして動きを止めてやる。

「あぁ!あああ…んんん〜!」

不完全燃焼の未夢は切なそうな呻きを上げる。
しかし、バレてないとでも思ってるんだろうか?俺の寝間着は未夢の吐き出した粘液でズルズルだ。
(もう一度だ。こんなエロっ娘は懲らしめてやる!)

そんなことを繰り返しているうちに朝になった。
日の光と共に起き出した俺は、疲れてはいたが爽快な気分だった。一方の未夢は、どんよりとした眼差しに疲労の色を浮かべ、うつらうつらと船を漕いでいる。
(勝った…!)

「起きんか!このメス犬!」

下半身剥き出しの未夢に頭突きを食らわせる。

「きゃいぃん!」

いい悲鳴だ。
未夢が俺の身体でオナニーに耽るのはこれが初めてではない。この馬鹿はイッて満足してしまうと、後始末もせずに寝てしまうので部屋中性臭で一杯になってしまう。もちろん、俺の寝間着はガビガビだ。
初めこそチェリーの俺は動揺したものの、今ではこの通り、何も感じなくなってしまった。
(なんか違う…自慢するとこじゃない)
男として枯れてしまったような気がした。


未夢にエサを与えてそそくさと登校する。俺を見送った未夢は、欲求不満からか虚ろな目つきをしていた。
今度はオナニーを禁止してやろう…


学校で、有意義な授業を受け満腹になった俺はついうとうとと眠ってしまった。


…遠くに雨の音が聞こえる…


はっ、として目を覚ますと窓の外は雨だった。
(しまった!)
窓から身を乗り出して校門を見ると、未夢のヤツが、また俺の服を着て一人、ぽつんと立っている。
濡れた子犬のように、惨めで哀れを誘う光景だった。

115依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 21:49:25 ID:y9ZxoISc
降りしきる雨の中、全力で校門に向かう。
「馬鹿っ、おまえ、なんで来たんだ。こんな雨の中、傘も差さないヤツがあるか!」

未夢は熱があるのだろうか、目元を赤くしてどこかしら浮かされたように言った。
「だって、未夢、リューヤだけしかする事ないもん…」

ゾワッと来た。
重い。
重すぎる。
幼なじみじゃなかったら、迷わず逃げ出すところだ。

未夢の身体は熱く、吐き出す息はどこか気だるそうだった。
慌てて帰宅する。こんな時にもかかわらず、この馬鹿は熱っぽい息を俺の耳に吹きかけたり、股間に手をやってモジモジしたりと忙しかった。おかげで電車の中で目立ってしょうがなかった。



帰宅して、救急箱を 探すが見当たらない。このときほど健康優良児の自分を恨んだことはない。

「未夢っ、救急箱知らないか?」

自分の家のことを何故他人に尋ねるのだろう。情けなさすぎる。


「風邪薬…?」
「ああ、それと濡れた服を着替えないとな…」


未夢はふらふらとリビングの奥に消えて行った。
そして帰って来た時、ヤツは風邪薬を片手に微笑み、何故か全裸だった。
「……」
「……」
沈黙があった。
流石の俺も意表を突かれ、この時ばかりは言葉を忘れた。


何なんだ、こいつは。一体、何処の星からやって来たのだ。
気を取り直して、全裸の未夢から風邪薬を受け取る。気にしたら負けだ。

「……」

俺の見込みは甘かった。どうしようもなく甘かった。
驚きはまだあった。
未夢が持って来たのは…座薬だった。
こいつは此処までするのか。
できるのか。

「変態」
「違うもぉん…リューヤが好きなだけで…」


俺? 未夢が怖くないかって?
怖いよ。
めっちゃ怖い!


「なあ、未夢…物事にはTPOというのがあってだな…」
「むつかしい話しはわからないよ……」


未夢…お前が、ナンバー1だ。


そして夜、またしてもリビングの床に未夢を正座させた。
バカは風邪を引かないという逸話があるが、どうやらそれは実話であるらしい。ピンピンしている。


「さぁ、誓うんだ。未夢!」
「リュ、リューヤのお家ではオナニーしませんっ!」


ここに至るまでの間にウメボシを山ほどかましてやった。流石に少し堪えたようだ。


「もう一丁!」
「リュ、リューヤのお家では、へ、変態禁止っ!うわーん!」

ふんっ!
誓わせてやったわ!
心配して損した…。

116オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/21(金) 21:52:09 ID:y9ZxoISc
投下終了。
感想ヨロ

117雌豚のにおい@774人目:2011/10/21(金) 23:08:47 ID:7juNYjJ6
>>116
GJ!
やはりアホかわいいなぁ。単にかわいいだけじゃ終わりそうにない気配がギンギンにするけど。

118雌豚のにおい@774人目:2011/10/21(金) 23:33:32 ID:hv2V6JYw
>>116
GJ
ここからどう病んでいくのかが見物

119 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:09:14 ID:yQJJwSJ6
投稿します。
注意書きとしては、これは以前書いていた変歴伝の書き直した物であり、
大体の道筋は変わりませんが、そこかしこで変更があります。
また、この一話目に限り、話の都合上、寝取り要素が若干含まれています
(ですが、これは前の変歴伝にも含まれていました)。
仕方ないとはいえ、これまで論争の火種になっている寝取りを使う事をお許しください。
以上を読んで、ご理解いただければ幸いです。それではいきます。

120変歴伝 第一話『路傍の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:11:06 ID:yQJJwSJ6
平安中期に出現した武士とは、元々は私有地の治安維持や貴族の身辺警護など、
本来であれば日の当たる事のない存在だった。
だが、律令の崩壊による地方の腐敗によって、
決して当たる事のなかった光が、二つの武家に当たった。
源氏と平氏、一方は東国で、一方は上皇に昵近して力を付けた両家は、
朝廷からその実力を評価され、王朝の社会不安の取り除く役割を担った。
時代は確実に、貴族から武士の世に移り変わろうとしていた。
これは、そんな時代の物語。

丹波国の豪族の子息である天田三郎業盛は、京に本拠を構える平清盛に仕えるべく、
山茶花が目に付くようになった山陰道を従者の赤井源蔵景正と共に歩いていた。
武家の名門である平家に、大した縁もない業盛が、
郎党として仕える事が出来るという、田舎豪族からすれば感激の極みであるはずなのに、
業盛は大きな目を半分閉じ、口をヘの字に曲げていた。
「そもそも父上が、勝手に話を進めたりしたから……」
二年前の保元年間に起こった上皇と天皇の争いが、業盛の初陣だった。
初陣であるにも関わらず業盛は勇猛振りを発揮し、
上皇方の敵将兵を散々に討ち取る活躍した。
それを見た清盛が、業盛の父盛清に郎党入りを打診した、という訳である。
これは秘密裏に行なわれ、業盛は今年になって初めて知った。
愚痴の一つでも吐きたい気分になるのは当然だった。
強い風が吹き抜けた。業盛の総髪が風になびいた。

六波羅に着いたのは、それから三日後だった。
普通、武士は自分の土地を管理するのが当たり前であるが、
付近に自領を持っていない業盛は、六波羅で寝食をする事になった。
与えられた仕事は、清盛の飼っている鯉の餌やりだった。
朝と夜に餌をあげたら、後は自由との事らしい。
横で景正が羨ましそうに見つめていた。景正の仕事は水撒きである。
大して変わらんだろう、と業盛は突っ込んだ。

121変歴伝 第一話『路傍の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:12:44 ID:yQJJwSJ6
「三郎様、大変でございます!」
「なんだ、騒々しい」
縁側で寝転がっている業盛のもとに、泣き顔を浮かべた景正がやって来た。
その手には手紙が握られていた。
「違います。丹波にいる因幡(いなば)からの手紙にございます」
「あぁ、お前の嫁からのか……」
「嫁ではございません。ただの幼馴染でございます」
因幡は景正の言うように幼馴染である。産まれた時から雪のように白い髪と、
血のように紅い瞳を持っていた事からそう名付けられたらしい。
その神秘的な容姿から、家中では知らぬ者のいない絶世の美女である。
だが、それほどの美女を嫁にしているというのに、
景正が頑なに幼馴染であると言い張るのには首を傾げるしかない。
業盛及び家中の者達は、因幡が景正の屋敷に嬉々とした表情、
白い肌を紅く染め、なにかに熱中する時の目をして入っていくのを目撃している。
それに、
「私と源蔵様は、子供の頃に祝言をあげると約束したのです」
という言質を因幡本人から得ている。いじらしい事この上ない。
「で、手紙がどうしたって?」
業盛は手紙を読み始めた。


『拝啓、夏も過ぎ、都の方は過ごしやすくなっている事と存じます。
源蔵様がいなくなり、随分と経ちました。
幼き時分、絶対に離れない、と約束したというのに、
どういう因果か、離れ離れに暮らす事になってしまい、焦燥を抑える事が出来ません。

このたび、領主様よりご許可を頂き、あなた様と再び暮らす事と相成りました。
この手紙が届く頃には、国境を越え、都も目と鼻の先にあるでしょう。
離れた分、以前よりもさらに深く愛し合いましょう。

私がいない間に女なんて作っていませんよね。もしも作っていたら……。
その様な事がないと、祈っています。敬具』


「よかったな。これでまた因幡と一緒に暮らせるではないか」
「だから大変なのです!私が志願してあなたの従者になったのは、
因幡から逃げるための口実だったというのに……。これでは本末転倒です!」
「……お前、そんな下らん理由で付いて来たのか」
「くだらない!?そんな!料理に髪の毛や血を入れる、
どこへ行くにも付いてくる、他の女と話すだけで殴られる、
これのどこが下らない理由ですか!?」
「そんなの冗談だろ。因幡がそんな事をするようには見えんが」
「だから、それは演技、芝居なんです!!」
景正は顔を真っ赤にして反論する。素直じゃないな、と業盛は思った。
二日後、因幡が六波羅にやってきた。景正は泣いていた。

122変歴伝 第一話『路傍の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:14:12 ID:yQJJwSJ6
つまらない仕事と思われていた鯉の餌やりは、異常事態となって業盛に襲い掛かった。
清盛の鯉が死んだのである。寿命だったに違いないのに、
周りは、業盛の餌のやり方に問題があったのだ、と囃し立て始め、
その声が重臣らを動かし、遂には裁判が開かれるまでに到った。
業盛はその場にいる事を許されず、別室での待機を指示された。
肉刑だ、追放だ、死刑だ、周りは異様な熱気に包まれていた。
そんな熱気を冷ますように告げられた業盛への罰は、五日間の追放刑だった。
死刑や体罰は免れたとはいえ、寄る辺のない業盛は五日間も宿無しになってしまった。
景正からいくらかの餞別を貰ったが、そんなもので五日間は凌げそうにもない。
「平蔵め、もっと金をよこしやがれってんだ」
業盛は景正の事を平蔵と呼んでいる。景正が幾度となく源蔵と訂正しても、
全く改めないので、景正もその事には触れなくなった。
それはともかく、業盛は少ない銭を懐にいれ、都をふらついていた。
銭は少なく、都には親戚もいない。ごみ漁りなどは死んでもしたくない業盛の足は、
自然と都の外に向けられていた。
業盛の考えていた事は、町の中にいても、なにか恵んでもらえる訳がないのだから、
自然の恵み溢れる森に行き、そこで五日間を過ごす、というものである。
しかし、それは浅はかな考えでしかなかった。
森に着いた業盛であったが、入り口付近に食べられる物などあろうはずもなく、
ずんずん奥へと進んでいった結果、見事に迷ってしまったのだ。
暗くなり始めた森の中を、業盛は歩いていた。松明など、あろうはずもない。
木立の間から覗く月明かりだけを頼りに、業盛はひたすら真っ直ぐ歩き続けた。
蒸し暑さと蚊に悩まされながら、業盛は開けた所に出た。そこは集落だった。
一時代遡ったような、竪穴式住居が散在している。
「助かった」
業盛はそう呟き、目の前の住居に向かった。
入り口の前に掛けられている筵に、業盛は声を掛けた。
しばらくすると、一人の女が出てきた。
床につくのではないかと思うほど長い髪をした、目の覚めるような美女だった。
その美女が、一瞬目を見開いた。
「どうかしましたか?」
「いえ……、武家の方なので、少し驚いてしまって……」
「武家と言っても、申し付けられた仕事もろくに出来ない駄目武士ですけどね」
「ふふっ、面白い方ですね」
なかなか雰囲気だった。業盛は好機とばかりに事情を説明し、ここに泊めて欲しいと頼んだ。
女はにっこりと微笑んで了承し、家の中に案内してくれた。

123変歴伝 第一話『路傍の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:14:41 ID:yQJJwSJ6
女は菊乃と名乗った。二十歳という若さで、一人で暮らしているらしい。
これほどの美貌をもっているのなら、男などより取り見取りだろうに、
なぜ夫帯していないのか。業盛は不思議でならなかったが、それには触れなかった。
「それにしても、赤の他人がいきなり来た挙句、
五日間も逗留させて欲しいと無理を言って申し訳ありません」
夕食後、業盛は改まって菊乃に頭を下げた。菊乃は相変らず朗らかに笑っていた。
「いいんですよ。私も一人暮らしで、寂しかったところですから。
……それにしても、鯉が死んだぐらいで所払いとは、武士の世界とは分からないものですね」
「まぁ、そのお陰で菊乃さんのような美女とめぐり合えたのですから、
武士の世界も捨てたものではありませんよ」
「お上手ですね」
菊乃の優しい眼差しがなんとも心地よかった。
嫁にするなら、こんな人がいいな、などと業盛は思った。
とはいえ、野人の女を正妻に迎えるなど出来ないが。
「菊乃さん、私に手伝える事があったら、なんでも言ってください。
五日間もお邪魔するのに、なにもしないのは武士の恥ですので」
「そうですか……。では、畑仕事を手伝って欲しいのですが、よろしいでしょうか?」
「お任せを!」
そう言って、業盛は胸を叩いた。


青々とした空の下、業盛は畑仕事に精を出していた。
そもそも武士には、畑仕事は下賤の者がやる事という考えがあり、業盛も稲刈りに苦戦した。
稲を刈るというより引き千切っている業盛に、菊乃が駆け寄った。
「三郎さん、鎌は力任せにやるのではなく、
力を抜いて引くようにしてください。こういう風に……」
そう言って、菊乃は業盛の手を取って教えてくれた。
一瞬、業盛の身体が震えた。肘が菊乃の胸に当っているのだ。
細い見た目と違い、かなり大きかった。どうやら着痩せする質らしい。
それはさておき、菊乃の教えを踏まえて、業盛は稲を刈り続けた。
畑は思いの外広大で、一日で全てを刈り取る事は出来ない。
その日は畑の半分もいかないで終了した。
「あぁ疲れた。畑仕事がこれほど大変だったとは思いもしませんでした」
「ふふっ、お疲れ様です」
「少しだけコツを掴んだような気がします。明日はもっと早く刈り取って見せますよ」
「…………」
「どうかしましたか?」
急に黙ってしまった菊乃に、業盛が声を掛けた。
一瞬だけ驚いた表情をした菊乃は、照れるように笑みを浮かべた。
「なんでもありません。ちょっと昔を思い出しただけです」
「そうですか……」
この意味深な発言で、業盛は謎が解けた気がした。
菊乃に夫がいたのだ。その夫になにがあったのかは分からないが、
菊乃がその人を愛しているのは間違いないだろう。
夕暮れの中、悲しそうな表情を浮かべる菊乃に、業盛は声を掛ける事が出来なかった。

124変歴伝 第一話『路傍の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:15:22 ID:yQJJwSJ6
次の日から、菊乃が業盛に甲斐甲斐しく尽く始めた事に、業盛は多少なりともうろたえた。
残り短いはずだというのに、これではまるで夫婦の営みそのものである。
だが、冷静になって考えてみれば、それほど難しい問題ではなかった。
菊乃の業盛を見る目は、いつもと変わりなく穏やかなものだ。
なんとなくではあるが察しの付いている業盛は、その視線が自分にではなく、
この場にいない夫に向けられているものだと想到した。
菊乃は、自分を通して夫を見ている。
なぜか少しいらついた。一向に進まない景正と因幡の関係を見ているのと同じくらいいらついた。
これほど思ってくれる人がいるというのに、それを無視するとは、男の風上にも置けない奴である。
六波羅に戻ったら、景正に一発かましてやろう。業盛はそう決心した。

菊乃の世話を受けながら、遂に四日目の夜を迎えた。明日は六波羅への帰還が許される日である。
稲を全て刈り取る事が出来たので、業盛に心残りはないはずであるが、
「三郎さん、明日でお別れなんですよね……」
最後の夕食を食べ終えた業盛の目の前で、菊乃が悲痛な表情を浮かべていた。
これが唯一の心残りだった。
笑顔で送ってもらいたい業盛としては、今の菊乃は見るに耐えない。
どうすれば笑ってもらえるのか考えたが、思い付くのは菊乃の夫が帰ってくる事ぐらいである。
自分の無知蒙昧さに呆れた業盛は、あえて大げさな欠伸をして、床に就いた。

寝苦しい夜だった。
なぜか身体が異常にだるく、少し動かしただけで冷たい汗が背中を伝った。
堪らなくなった業盛は、少しでも涼を得ようと、
真夜中ではあるが川で水浴びをしようと起き上がろうとした。
しかし、出来なかった。
まるで凍り付いたように身体は動かず、見開いているはずの目は、視力を失っていた。
声を出そうにも出せず、業盛は言い様のない恐怖に襲われた。
なにかが近付いてくる気配があった。数は三つ。
一人は業盛の腹の上に、残りの二人が手足に纏わり付いてきた。
人間とは思えない力で首を絞められた。首の骨が悲鳴を上げている。
更には手足に鋭い痛みが走った。ぼりぼりという咀嚼音、喰われているのだ。
「愛してる」
三人が口々にそう呟いた。相変らず首の骨は軋み、手足も喰い削られている。
「愛してる」
また聞こえた。だが、それが最後だった。骨の砕ける音と共に、業盛の意識は途絶えた。

「っ!」
起き上がった業盛は、慌てて自分と手足を見つめた。
そこには喰われたはずの指があった。どうやらあれは夢だったらしい。
最悪の夢だった。服も汗でぐっしょりと濡れていた。
今度こそ水浴びをしよう、と業盛は菊乃を起こさないように静かに外に出た。
外は薄っすらと白んでいた。
ゆったりとした足取りの業盛は、道中夢の内容を思い出していた。
「あの声は、確かに菊乃さんの声だった」
夢占いや幽霊を信じるほど、業盛は信心深い人間ではないが、やはり気になっていた。
あれは自分が菊乃に殺される暗示なのだろうか。
だとしたら残りの二人はなんだったのだろう。二人の声には聞き覚えがなかった。
所詮はただの悪夢だったのかもしれない。
夢で悩むのは馬鹿らしい。そう思った業盛は、それで夢の事を忘れてしまった。

125変歴伝 第一話『路傍の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:15:48 ID:yQJJwSJ6
水浴びから帰ってくると、菊乃は既に起きて、家の外で待っていた。
菊乃は業盛を見付けると、凄まじい形相で近付いてきた。
「三郎さん、一体どこへ行っていたのですか!」
「いえ……、汗を掻いたので水浴びを……」
「なぜ私に一声掛けてくれなかったのですか!」
「ぐっすりと眠っていたので……」
「言い訳しないでください!」
今まで温厚だった菊乃の突然の変わり様に、業盛は面食らってしまった。
「起きた時に、三郎さんが隣にいないから心配したんですよ。
また私を置いてどこかに行ってしまったのかと思ったんですから……」
「すっ……すみません……」
「とにかく、これからはどこかに行く時はちゃんと私に言ってくださいよね」
それだけ言って、菊乃は家に入っていった。
業盛も家の中に入ると、既に朝食が用意されていた。
それ等はいつもと変わらない料理だった。が、今日に限って全てが変わっていた。
菊乃がおかしい。先ほどまでの怒気はなく、いつものように笑みを浮かべている。
しかし、熱病を患ったかのように顔を赤くしているその様は、妖艶そのものだった。
瓜の漬物を噛み砕き、玄米を咀嚼してもなお、表情は変わらなかった。
ところが、青菜汁に手を付けた瞬間、その表情が一瞬崩れた。
まるで子供が悪戯に成功したというような嬉々とした表情になった。
「どうしたんですか、冷めてしまいますよ」
菊乃の声もどこか艶っぽい。本能的に業盛は危険を察知した。
とはいえ、このまま飲まずにいても、状況は好転しそうにない。
業盛は、意を決して椀を傾けた。喉が鳴ったのを見て、菊乃の瞳が鈍く光った。

126変歴伝 第一話『路傍の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:16:39 ID:yQJJwSJ6
「飲みましたね」
「えぇ、いつもより味が薄いですね」
「そうですか……。そうでしょうね……」
突如、業盛は持っていた椀を落とし、その場に倒れ込んだ。
「三郎さん。実はあなたに話さなければならない事があるのです」
菊乃は笑っていた。今まで見た事もないような歪な笑みを浮かべて。
「私には、夫がいました。本当に……本当に短い間でしたけど……」
業盛は口を動かしているが、舌が痺れているのか、うまく喋れないでいる。
「六年前の夜、……夫は、私の目の前で野盗に殺されました。
私はその時……野盗に身体を犯されました。
……夫に捧げるはずだった操を……汚らわしい野盗に奪われました……」
虚空を見つめる菊乃の瞳は殺気立っていた。
「その時から、私、男というのが信用出来なくなりました。
これまでにも何人かの男達が寄ってきました。少し優しい声を掛けただけで勘違いして、
馬鹿な奴は婚姻を迫って来て……あまりにもうるさかったから、
薬を飲ませて、痺れている時に軽く叩いて……、本当、 処理するのが大変だったんですよ…」
恐ろしい事を話しているはずなのに、菊乃の声は弾んでいた。菊乃の心は完全に壊れていたのだ。
「しばらくして、私は野盗の赤ん坊を産みました。
……産まれてきたその赤ん坊を、私、どうしたと思いますか。
ぎゃあぎゃあうるさいから、首を絞めてやったんです。
そしたら、……赤ん坊って、脆いんですね。簡単に首の骨が折れちゃって……」
菊乃が業盛の方を向いた。その瞳には先ほどまでの殺気はなかった。
代わりに、異様なほど濁った瞳と、それから発せられる粘性の視線が業盛を貫いた。
「本当だったら、あなたも殺すつもりでした。……ですが、あなたを見た時、驚きました。
あなたが殺された夫にそっくりだったのですから。これが天の思し召しなのだと実感しましたよ。
天が私に、もう一度やり直す機会を与えてくれたのだと」
最早ぴくりとも動かなくなった業盛に、菊乃がゆっくりと近付いてきた。
「もう……絶対に離しません。大丈夫……怖くなんてありませんよ……。
六年前の、……幸せだったあの頃に戻るだけなんですから」
服の帯を緩め、その白絹の様な肌と、椀の様な胸を見せ付けた。
「愛しています……あなた……」
菊乃が業盛を抱きしめようとした。

127変歴伝 第一話『路傍の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:18:03 ID:yQJJwSJ6
刹那、この時を待っていたとばかりに業盛は菊乃に思いっきりぶちかました。
菊乃は小さく悲鳴を上げて吹っ飛ばされた。
業盛はふらつきながらも外に出た。
菊乃の家からかなり離れたところで、口内に指を突っ込んだ。
すると吐き気がこみ上げてきて、胃の中の物が吐き出された。
吐瀉物の中には漬物や玄米がいまだに原型を留めていた。
何度も続けると胃液しか出てこなくなった。それで少し楽になった。
口に含んで飲んだふりをしただけでこの有様なのだから、
一口でも飲んでいたら取り返しの付かないことになっていた。
業盛は未だに痺れる体を引きずりながら、森の外を目指した。
道中、業盛は菊乃の追跡を受けなかった。どうやらあれで気絶したのだろう。
しばらくして、やっと森の外に出ることが出来た。
その頃には、既に身体の痺れも消えていた。
しかし、業盛の表情は険しかった。
善良だった菊乃が狂ったのも、業盛がこのような目に遭ったのも、
全ては野盗というクズの集まりのせいである。
業盛の心中は、社会の不必要な悪に対する殺意で染まり切っていた。

128 ◆AW8HpW0FVA:2011/10/22(土) 04:18:25 ID:yQJJwSJ6
投稿終了です。

129雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 05:11:51 ID:zgXzyhPc
もうこれはええやろ…

130雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 09:55:39 ID:1YZRse4.
>>128
本当に書き直し再開か!
待ってて良かった

131オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/22(土) 11:34:34 ID:u8FGsT46
退屈しのぎに投下する。

132依存型ヤンデレの恐怖:2011/10/22(土) 11:38:09 ID:u8FGsT46
依存型ヤンデレの恐怖3


いつものように未夢にエサを与える。
「よし、食え」
「はーい!」
今日は日曜日だ。従って、朝メシはいつものように手抜きしない。きちんと米を炊いて、和風の朝食を採る。
「うまいか?」
「おいひーよ?」
「そうか…」
未夢は口一杯にご飯を頬張って、朝メシをやっつけるのに必死だ。
いつもアホな行為に隠れがちだが、未夢の抱えている問題は大きい。
先ず、未夢は仕事に就くことができない。俺と一緒に居るか、何か俺を連想させる場所や物がない場合、平静でいられない。具体的には、多動性が出る。小学生の低学年クラスに一人はいる落ち着きのないアレだ。
そんな奴が仕事などできるわけがない。
通常、幼少期の多動性は年齢を重ねると落ち着き、矯正されるものだが、こいつの場合、それがうまく行かなかったのだ。
とにかく、こいつは一人にしておくとロクなことをしない。
見た目通り、子供を放し飼いにするようなものだ。
しかも、どうしようもないタイプの。
俺にとっての一番大きい問題は、そのことを未夢本人は勿論、家族も十分理解し、その上で俺に丸投げしているということだ。
(まあ、いずれ独り立ちさせるが…)

「なあ、未夢。寺に行かないか?」
「リューヤがイクなら…」

なんだ?何かがおかしかったな…。

「なにするの?」
「ズバリ、精神修養だ」
「セイシ…?やだぁ…リューヤったらぁ…」

駄目だ。こいつの頭では理解できない。既に曲解を始めている。そもそも、俺も坊主に知り合いはいない。

「デート、デート♪リューヤとデート♪」

未夢は俺とずっと、一緒に居られる週末は基本的には機嫌がいい。
くそ、こいつは人の気も知らないで。

「未夢…おまえ、俺のことナメてるだろ」
未夢は、ぱぁっと笑みを浮かべる。

「ナメる…しゃぶる、じゃ駄目かな…?」

最近の未夢は何かを掴みつつある。
俺を困らせる、という一点において何かの技術を獲得しつつある。
もうヤだ…こいつ。
俺が頭を抱えるのと同時に家電が鳴った。

「未夢…出てくれ」
「はーい!」

ニコニコと笑顔で電話のフックを上げる未夢。

次の瞬間、その笑顔が鬼のような修羅の形相に変わった。

「う…!」

思わず呻く。部屋の温度が2、3度下がったような冷気漂う緊張感。

「…いないよ」

押し出すように低く言って、そっとフックを掛ける。

これも未夢。

133依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/22(土) 11:41:08 ID:u8FGsT46
いつ頃からだろう。未夢がこんな憎悪に満ちた表情を見せるようになったのは。
進路が別々になった時とリストカットした時期は、ほぼ同時期だ。俺も余計なことをしたものだ。おそらく、未夢は変わらざるを得なかったのだ。
俺との関係を継続して行く上で、今の変化は未夢にとって必要なものだったのだ。

「誰からだ?」

知っているが、敢えて聞いてみる。

「しらない」

硬質な声。
いつものように無意味な元気も無ければ、笑顔もない。
俺が何気なく放った無責任な一言が、こいつの内包する何かを変えたのだ。だとすれば、未夢の無邪気な笑顔を奪った俺の罪は如何ばかりか。代価として何を支払えばいいのだろう。
不吉な予感がする。
また、電話が鳴る。

「でるね」


そしてまた、未夢が電話を切る。
その繰り返し。
未夢は馬鹿だから、この繰り返しを苦痛とは捉えない。キリがないとも捉えない。

「俺が出る」


乾いた声。
くそ…俺が未夢にビビるなんて……あり得ん!
退かぬ!
媚びぬ!
顧みぬ!
違うな…こんな馬鹿な自分が、結構好きだ。

ほう、と息を吐いて、未夢の頭を撫でてみる。

何も起こりはしないのだ、と。

「わ……」

俺は未夢の世話で忙しい。キサラギの相手をする暇など微塵もない。
悪く思うなよ…
心の中で拝みつつ、そっとフックを掛ける。
不意にゾクッと背筋に悪寒が走った。

未夢だ。この変態が何を考えたか、俺の指を舐めたのだ。

「んふ…リューヤぁ」

また電話が鳴る。
取ると同時に未夢の頭に拳骨を見舞う。
未夢は「ピッ」て言った。

「酷いですよ!リューヤ先輩…なんで、ウチにばっかり、そんなに冷たいんですかぁ…」

最後の方は鼻声だった。

「そんなにリスカ女が大事なんですかぁ…?」

キサラギは突然泣き出した。とても面倒なことになったことだけはわかる。
ちなみに俺は未夢を含めた皆に等しく厳しく冷たい。だから、キサラギの評価は間違っている。
どうしたもんか考えていると…


「学校辞めたら、ウチのことも飼ってくれますかぁ…?」
「はぁ?」


飼う?
も?複数形?
泣きながらそんなことを口走るキサラギは、きっと変態なのだろう。
変態の相手なら慣れている。


「飼うって、何のことだ?」
「ウチのことですよぉ……」
「変態」


キサラギは黙っていたが、グサッという音が聞こえたような気がした。

134依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/22(土) 11:46:48 ID:u8FGsT46
また、俺はそっとフックを掛ける。
電話が鳴ることはもう、ないだろう。
鳴った時は、その時はもうキサラギは人ではない。超えてはならない一線を超えた変態だ。
変態を熟知する俺がそう思うのだ。間違いない。
変態、と真剣に吐き捨てた言葉はキサラギの全人格を否定する言葉だ。
故に、キサラギが本物の変態でない限り俺に電話を掛けることはあり得ない。



だが、電話は、鳴った。

それは、運命のベル。


キサラギからの電話は、いつもうるさくけたたましく聞こえるが、この時は何故か静かに控えめに聞こえた。


俺は電話の線を引き抜いておいた。

さようなら、キサラギ。また来世で会おう。


変態の知り合いは二人もいらない。キサラギが変態でないのなら、それはそれで結構なことだ。


俺は足元でうずくまるもう一人の変態に視線を向ける。


「リュ、リューヤ、ひ、光が見えたよ……」
「そうか…」


そのまま光に飲まれてしまえば良かったのに…。

俺は何か吹っ切れたような気がした。
未夢とキサラギが変態なのは、俺のせいなどではない。
二人には元々素質があった。それだけのことだったのだ。

俺がボタンを押した。それだけだ。

135オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/22(土) 11:52:34 ID:u8FGsT46
132 本人です。すいません。やっぱり駄目かな携帯は。
投下終了。
感想、指摘があればよろしく。

136雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 12:34:25 ID:Ua9Qm2vg
>>128
久しぶりでちょっと感動したw
細かいことはあんまり気にすんな。

>>135
展開もwktkだし怖いしイイ
まあ、やっぱり細かいことはあんまり気にすんなw

137雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 15:30:55 ID:m7bUmTcA
変歴伝が来てる!
懐かしいよGJ!!

138雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 18:08:39 ID:G9U1LUVY
変歴伝復活か!生きてて良かった!!
GJの一言に尽きる。

139雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 21:18:12 ID:fVqHtjlc
変歴伝好きだな。だから帰ってきてもらえて嬉しいよ

あ、オウルさんもGJです

140雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 21:23:28 ID:NBqa.EV6
>>119
ぇ…また始めから書き出すの?

141雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 22:19:33 ID:cGOab7jQ
>>140
 変歴伝、というとドラファンと同じ作者の方か。(ドラファン好きでした)そう言えば、以前保管庫の方が「書き直すと聞いたから」って仰ってたな。
 ともあれ、>>119>>131お二方ともGJです。
 変歴伝は前の版を読んでいないので純粋に続きが楽しみ。
 依存型ヤンデレ〜は未夢にもライバル(?)が登場したようで、少しずつ暗雲が濃くなってきましたね。

142雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 22:53:59 ID:XWZ8PUjI
ドラファン書き終わってから書き直してほしいが・・・

143雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 23:14:35 ID:oI6Q.Ei2
ドラファン来るなら大歓迎、裸で待機してます

144風見 ◆uXa/.w6006:2011/10/22(土) 23:48:04 ID:Rnv3Q6Qo
サイエンティスト第五話を投下します。

145サイエンティストの危険な研究 第五話:2011/10/22(土) 23:48:58 ID:Rnv3Q6Qo

「ん・・・!」
「・・・・・・・・・。」

 俺のモノに柔らかくリアルな感触が、温かくて小さい空間でまとわりつく。時々歯がモノを掠め、多少の痛みが押し寄せてくるが、普通の人間だったら痛みより快感が勝ってしまうだろう。
 ん?俺?俺はこの程度だったら痛くも痒くもない。研究者たるもの体も改造せねばならない。父の研究所本部に見学に行った時、訳がわからないまま実験体にされたときから、どんな状況にも対応できるように訓練(基改造)してきたのだ。その成果が今の状態を作っているのだ。普通は目隠しをされたら、他の感覚が過敏になって感じやすくなるのだが、俺はどうと言うこともない。
 その事がリアルに伝わっているらしく、祐希も焦りを覚えている。最初よりも勢いを強くしている。最初はイカせるかイカせないかのギリギリを狙うかのようにしていたが、だんだんとイカせる気で強くしだした。普通の人なら三回は出してるだろうが、何より向こうが俺に気があってやっているわけではない、あくまで事務的にやっているという事実があるから、俺も興奮しないで済む。
「・・・。」
 ふっ、とモノにまとわりつく感触が消える。諦めたのだろうかと思ったが、
「・・・えい!」
 ふにゅ。
 新たな快感がやって来た。今度は口内ではない。モノを包むさっきよりも柔らかい感触。モノを挟む感触は、周期的に上下している。
 確か・・・パイズリだったっけな。ということは、今俺のモノを挟んでいるのは祐希の胸と言うことだ。確かに気持ちいい。ただ、射精するほどではない。もちろん通常の人なら、高校生らしからぬ巨大な胸に挟まれれば数秒で果ててしまう。しかも、ナイスバディで容姿端麗の祐希にされているという事実は、並の人間には耐えることなんかできないだろう。しかし兄も幸福者だな。祐希に劣るものの、胸がとにかくでかかったり、お尻がでかかったり、一目で惚れる程の可愛さを持ったりの大量の女性たちに囲まれて求愛されているのだから。
「・・・?」
 流石に祐希もおかしいと思い始めたようだ。当たり前だ。これだけやれば、通常の人間ならとっくの昔に果ててる。仮に快感に強い人でも、腰ぐらいは浮くはずだ。しかし俺はあくまで不動。例えるならば、石像のイメージだ。向こうにとっては糠に釘どころか、空気に釘といったところだ。手応えはおろか、実感ややってる意味すら感じないだろう。
「ん・・・。」
 小さく言葉を発した後に、目の前で再び衣服を脱ぐような気配がした。そのまたしばらくした後に、亀頭の先が温かい、いや、むしろ熱い感触に包まれた。これはまさか・・・挿入してるのか?おいおい、体張りすぎじゃないか?挿入してまで兄に対して必死なのか?だとしたら、相当な覚悟を持っているのだろう。これが好きな人への想いの現れなのかもしれないな。
「・・・。」
 だからといって俺が動くなんてことはない。あくまでこれは兄に向けられた好意、兄のためにやっていることだ。向こうだっていやいやヤりたくない相手とやっているのだ。そう思うと、気持ちよさすら感じなくなってきた。
「・・・。」
 ん?・・・祐希、泣いてるのか?体を震わせ、声にならないような悲痛の叫びを小さいながら発している。接合部からは、俺のモノを伝って一滴の雫が落ちている。
 これは・・・間違いない、これは血だ、処女の証だ。冗談だろ?全ては兄のためだとしても、処女まで犠牲にしてしまうのか?いくら尋問のためだとしても、これは流石に狂ってる。好きな人のためなら何でもできる、もうこれは覚悟なんかじゃない。完全に狂ってる。まるで妹みたいだ。男だからよくわからないが、処女膜を破るのは痛みが伴うもののはずだ。愛する人となら耐えられるかもしれないが、祐希は愛する人じゃない人と繋がっている。つまり人より痛みが大きいはずだ。
「・・・!!!」
 悲鳴を堪えながら、必死に腰を動かす祐希。こんな狂人を相手にしているんじゃ興奮もくそもない。向こうは必死だろうが、もう何をやっても無駄だ。俺を抱き寄せて顔に胸を押し付けてこようが、無駄な努力だ。
「〜〜〜〜〜!!!」
 ついに祐希は俺をイカせることはできずに、一人でイってしまった。体から力が抜けたのか、俺にもたれ掛かってきた。涙が頬を伝って、涎が顎から伝って俺の肩に垂れる。どうやら震えながら気を失ったようだ。どうせなら俺の拘束を解いてから気を失ってほしかったが、仕方ない、とりあえず祐希が起きるまで待つか・・・。

146サイエンティストの危険な研究 第五話:2011/10/22(土) 23:49:33 ID:Rnv3Q6Qo

 ゆっくりと俺の体の上の体が動き出す。ようやく目覚めたようだ。祐希が目覚めたのはあれから一時間(ぐらい)後だ。まだ外が暗くなる時間じゃないのが救いだ。
 ・・・やっと拘束が外されて自由になるが、目隠しは外してくれない。まだ光は拝めないか・・・そう思った瞬間、足と頭を同時に持ち上げられた。なるほど、お嬢様抱っこで俺を帰してくれるわけか。ちょっとだけ恥ずかしいが、まぁ帰れるんだから我慢しよう。
 ゆっくりと祐希は俺を運び出した。

――――――――――

 ・・・・・・・・・・・・・・・ん、目隠しが外された。それと同時に視界に飛び込んできたのは
「亮ちゃ〜〜〜ん!会いたかったよ〜!」
 こいつかよ!こいつが目隠しを外したのか?まぁ俺を助けるのはこいつぐらいだ。そう思うと、こいつには多少感謝をしなければな。
「亮ちゃ〜〜〜ん!ちゅ〜〜〜!」
 前言撤回!ええい!うっとおしい!体を飛び起こしてその場を早足で去る。こういうときはスルーに限る!
「やぁ〜〜〜ん!亮ちゃ〜〜〜ん!」

 家についた。とりあえず今日の分をまとめようと思ったが、兄が帰ってきてるようだ。つまり、夜飯がそろそろできるということだ。何を避けたいかと言えば、飯時になっても、俺が部屋にいかなかったりすると、決まって兄は俺を呼びに来る。そんなどこにでもあるような日常にすら嫉妬してしまう妹を避けるため、素直に飯時間に従う。
 部屋に入ると、すでに兄と妹は部屋に入っていた。兄は夜飯の最終行程に入っている。今日は揚げ物のようだ。そして妹は・・・
「お兄ちゃん〜!すりすり〜!」
「なぁ翔子・・・そろそろ離れてくれないか?」
 妹は料理中の兄を後ろから抱き締めて、頬を背中に擦り付けている。油を扱っているから非常に危ないのは言うまでもないが、危険なんて何のその、胸を思いっきり背中に押し当てて誘惑、甘えている。兄の方はものともしていない。さすがはイケメン、誘惑に負けない強さは学校一だ。ていうか妹は効果が無いって事を理解しているのか?これこそまさしく空気に釘だ。これも狂った愛情だからこその技なのか?メモしておこう。
「あ、亮介。夜飯できたから食べよう。」
 皿に盛られたコロッケを持った兄が振り向いて俺に話しかける。それと同時に妹も俺の方を向く。・・・俺に向けられている殺意を秘めた視線は気にしないでおこう・・・。

 飯を食べ終えた俺は、パソコンに今日の分のデータをまとめる。二日目ながらデータはかなりの量になっているらしく、まとめるのも多少時間がかかるようになった。まぁデータが増えるほど嬉しいことはない。データが増えるってことは研究が進んでいる、夢に向かって進んでいるということだ。そう考えると、まとめる時間楽しくなってくる。いつかはデータをまとめることが俺の至福の時になるだろう。それも悲しい話なんだがな・・・。
 ふと、俺は他の人の研究成果が気になった。一応任意で途中結果は晒すことができるが、晒している人がいない。・・・とりあえずチャットでも見てみるかな・・・。

ムウ:今日、私の妹が大好きな人に処女を捧げたらしいです。泣いて喜んでました。
マルキ:また妹話ですか?この研究所チャットの研究に関係あります?
ムウ:いや、妹二人は大事な研究材料ですし、何でも上の妹は大好きな人を偽っているらしいですよ。
村田:何のために?
ムウ:大好きな人にはライバルが多いからって言ってしまった。
マルキ:つまり他のライバルを捌くために?
村田:そういうことか。それにしてもあざとい妹だな。

 またムウさんの妹談義だ。本当に毎回飽きないな。そんなに妹が大好きなのか。まるで俺の妹みたいだ。・・・まさかムウさんも妹とか祐希と同じ部類に属しているのか?まぁそんなことはどうでもいい。会話が終わったらしいので、俺は本題を切り出した。

リョウ:皆さんは独自研究はどこまで進みましたか?
ムウ:リョウさんお久しぶりです。私は二人の妹の恋愛事情とそれに伴っての行動をまとめました。

 やっぱりか!

 一通り聞き終えたところでチャットは終了した。研究も一段落したので、とりあえず寝る準備に入ろう。今朝のことはちゃんと頭にいれて準備する。もちろん鍵を新調し、部屋の中の物と俺自身の防御も抜かりない。間違ってパソコンでも壊されたりしたら一大事だ。それだったらまだ、今朝のように身構えられて腹を刺された方がマシだ(もちろん致命傷は避けての話)家の中でも気が休まらないとはな・・・そこだけは少しだけ兄が羨ましい。そう思いながら、俺は眠りについた。

147雌豚のにおい@774人目:2011/10/22(土) 23:49:49 ID:SoVUcycM
>>145
改行どうにかしてくれ頼む…

148サイエンティストの危険な研究 第五話:2011/10/22(土) 23:50:12 ID:Rnv3Q6Qo

 耳元で鳴いてる雀の鳴き声で目が覚めた。体に痛みもないし、意識はちゃんとある。ゆっくりと目を開けて気配を確認する。枕元に人の気配がないところを見ると、防犯が役に立ったようだ。やはり用意するに越したことはないな。爽やかな朝は爽やかに起きるに限るな。枕元の雀がまた爽やかな朝を彩るにふさわし・・・
「・・・雀?」
 何で雀が枕元に?普通なら考えられないぞ?しかも寒い風が部屋に吹いている。外に降り注ぐ朝の光が窓ガラスを挟ん・・・でない?
「・・・・・・・・・は!?」
 今気づいた。窓ガラスが割れてる。しかもかなり派手に壊されてる。ガラスの破片を見ると、破片は部屋の中に散らばっている。どうやら外から割られたみたいだが・・・ここは二階だぞ?ベランダもないのにどうやって割ったんだ?
 しかし、見た限り荒らされたような形跡がない。ということは、悪戯の可能性が高いな。パソコンは正常に稼働するし、俺の体にも異常がないし、研究のデータを盗まれたりとかもない。まぁ気にすることもないだろう。とりあえず朝飯を食べて学校に行こう。
「・・・!?」
 ドアノブに手をかけようとした瞬間、俺の背筋が凍った。ドアノブとドアに大量の穴が空いている。穴は小さめのネジぐらいの大きさで、ドアノブ周辺の鍵を中心に穴が空いている。まさか鍵を破ろうとしたのか?しかも穴をよく見てみると
「部屋の外から空けてる・・・?」
 まさか妹の仕業か?いつの間にか強盗みたいな手口をするようになったな。ていうか家に穴を空ける道具なんかあったか?まぁ妹ならあり得る話だな。前はついている鍵を包丁の持つ部分で叩き壊してたからな。これは防犯をもっと強化した方がいいかな・・・。今はまだ破られてないが、いつかは破られるかもしれないな・・・。

 飯を食べ終えて、歯磨きやらの準備を終えて部屋に戻る。俺は準備の最後に着替える派だ。そうじゃないと昔から落ち着かないからな。研究者の場合、白衣を普段の汚れで汚したくないからな。父もそうだった。ということは俺のは遺伝か?そんなことを考えながら、クローゼットから制服を出す・・・が
「・・・・・・・・・ん?」
 あれ?制服一式が無い。ていうかYシャツとパンツもない。まさか・・・泥棒は制服一式を盗んだのか?泥棒はホームレスかなんかなのか?まさか制服を盗まれるとは・・・。相当金に困っているのか、当日真っ裸だったのかのどっちかだな。まぁだからといって取り乱したりはしない。Yシャツとパンツはもちろん、制服も予備を用意してあるから心配はない。さっさと済ませて学校に行こう。・・・犯人の形跡とか表に残ってたりするかもしれないしな。

 靴を履き替えて、教室に入ってすぐに机に寝そべる。嫌がらせがない朝が二日も続いたことは今までなかった。だからなんだか落ち着かない。なんだか俺に良からぬことがおきそうで・・・怖い。もちろん心当たりは何個もある。朝に妹に刺されるかもしれないし、放課後に親衛隊機動組に落とされるかもしれないし、条項を無視した親衛隊の誰かに帰り道に裂かれるかもしれないし、もしかしたら祐希が親衛隊全員を仕向けてくるかもしれない。ていうか俺の未来は殺される以外無いのか?兄は俺を殺そうとしている連中皆に求愛されてる。何か不公平じゃないか?これもイケメンとブサイクの人生の差なのかな・・・。
 そんなことを考えていると、向こうから怒号が聞こえてきた。朝から元気なことだ。ていうかこの声って・・・妹?
「いいから死ねぇぇぇ!」
「何!急に!ちょっとやめ・・・きゃあああ!」
「逃げるなぁぁぁぁ!!!」
 いったい何をしているんだ?声はどうやら階段付近から聞こえるみたいだ。俺の教室、しかも俺の席は階段付近の踊り場を、席を立たずに見ることができる。寝る体制に入りながら、横目で場を確認する。よく見ると、妹が一人の女子生徒(たぶん一年生)を階段から落とそうとしている。今はまだ朝の早い時間だ。周りに人がいないからまだ大事にはならないが、そろそろ人が溢れ変える時間だ。時期に場は荒れるだろう。
「・・・(ふぅ)」
 仕方ない・・・めんどくさいが止めに入るか・・・。

149サイエンティストの危険な研究 第五話:2011/10/22(土) 23:50:54 ID:Rnv3Q6Qo

「おい、その辺にしておけ。」
 暴走気味の妹に声をかける。まぁ俺の声で動きを止めるような奴じゃないか・・・。わかっているのだがやってみるのは、俺の願望も若干入っているのかもしれないな。仕方ない、ここはいつもの手でいくか。
 ティロリーン♪
「!?」
「今の写真、兄に見られたくなかったら今すぐやめろ。」
 猛獣のような顔の妹は、動きを止めて黙りこんだ。これは、妹の暴走を止めるためにいつもやっている手だ。妹は、暴力事をおこしている時の姿を兄に一番見られたくないのだ。だから、暴力事をおこしている時の写真を撮って脅迫するのが一番良い手だ。ただ、これをするにはとあるリスクが伴う。金額的には5万前後のリスクだ。
「・・・ちっ!」
 舌打ちをして女子生徒を離し、それと同時に俺に向かって手を差し伸べる。俺はこれが何を意味しているかわかってる。とりあえず従っておこう。差し伸べられた手の上に、写真データの入った俺の携帯を置く。

バキッ!

 あ〜あ、やっちゃった。この音は俺の携帯が真っ二つになった音だ。これで・・・何度目だ?まぁわからなくなるぐらい俺の携帯は犠牲になっている。つまり俺は、犠牲になった携帯の数だけ妹に襲われている女子生徒を助けているということになる。もちろん好かれたいがためなんかじゃない。理由は単純、単に妹を失いたくないだけだ。ちなみに言っておく、ここに書いてある「妹」という漢字の読みは、「けんきゅうたいしょう」だ。そこのところを勘違いしないでもらいたい。妹はとにかく行動が荒い。親衛隊みたいに条項というブレーキがあったら良いのだが、そんなものはあるわけがない。それはつまり、歯止めが効かないということだ。実際妹がやっていることは犯罪のブラックゾーンに足を踏み入れている。だから何かあれば、妹は検挙されかねない。それは避けなければいけないため、こうやって襲われている女子生徒を助けているわけだ。しかし、人助けをしている俺にあるのはデメリットだけだ。
「あの・・・ありがとうございます!」
 そう言って女子生徒は行ってしまった。彼女もおそらく親衛隊に入る予定なんだろうな。俺が助けた女子生徒は全員が親衛隊に入る前の生徒だ。例外なく全員だ。考えてみれば、木村梨子も助けたことがあったっけな。あいつは機動組として、立派に恩を仇で返している。ていうか助けた奴は全員機動組になっている。おそらくさっき助けた女子も、明日には機動組の一員だ。命を助けてやった恩を仇で返すなんて、最高の嫌がらせじゃないか。まぁ親衛隊は俺のことが嫌いなんだから当然か・・・諦めよう。

 放課後になった。今日もデータを取り終えて大満足だ。しかし、今日はそれだけじゃない。今まで見ることができなかった、ある秘密の会合の現場を見ることができたのだ。
 話は遡ること約三時間前の昼休み。俺は友里の執拗な追跡を逃れるため、大好きな化学実験室の準備室に逃げ込んだ。ここは化学室からじゃないとは入れない上に、窓がなく、机もかなりでかいため、隠れるにはもってこいだ。俺はここで弁当を食べることにしたのだが、しばらくすると化学室に人が入ってきた。ひるやすみに特別教室に入る生徒なんかいないはずだが・・・しかもかなり大人数のようだ。扉をちょっとだけ開けて見ると、全員が派手なハッピを着ている。しかも派手なウチワやハチマチやタスキ等のオプションをつけている人もいる。間違いない、親衛隊だ。しかし何でこんな場に?
「は〜い!じゃあまずはこれ〜!」
 壇上にいる親衛隊長の祐希が、写真をヒラヒラと見せびらかしている。それを見るや否や、黄色い悲鳴が化学室を包み、次々と親衛隊員の手が挙がる。
「1000円!」
「5000円!」
「10000円!」
 なんだこの光景は?まさかこれは親衛隊のオークション会場か?前に、兄の写真が高額で取引されているという話をしたが、現場をおさえたのは初めてだ。
「は〜い!50000円で落札!」
 写真一枚50000円かよ。なんというインフレ。これはいい現場をおさえたものだ。研究のしがいがある!
 よく見ると、今朝助けた女子生徒の姿もある。あそこは機動組の場所らしい。
「・・・?」
 ふと機動組に感じる違和感。なにかおかしい。何で誰も手を挙げる気配がないんだ?他の隊員は皆殺気立っているなか、機動組だけが冷静だ。いや、無関心なようにも見える。何でだ?まぁ・・・いいか。気にせず俺は観察を続けた。

150サイエンティストの危険な研究 第五話:2011/10/22(土) 23:51:37 ID:Rnv3Q6Qo
 ということがあったのだ。最後まで見れなかったのは残念だが、まぁ現場を見れただけでよしとするか。
「・・・!」
 向こうから祐希が歩いてきた。しかし、今の祐希は異彩を放っていた。
 何で上着を脱いでYシャツ姿なんだ?しかも・・・サイズが小さくないか?
 ・・・わかったぞ!あれはきっと兄のだ!たぶんオークションで兄のYシャツが出たんだ。それを祐希が買ったんだろう。しかし、兄は祐希より体が大きいのに何でキツキツなんだ?まさか女子のYシャツって胸の部分が少し余裕があるように出来ているのか?まぁそれぐらいしか理由がないからな。まさか兄が大好きな祐希が他の人のYシャツを着るわけがないからな。
「ていうか俺のYシャツを盗んだのって誰なんだよ!?」
 ・・・虚しい。

151風見 ◆uXa/.w6006:2011/10/22(土) 23:52:52 ID:Rnv3Q6Qo
投下終了です。ご一読していただければ幸いです。

ちなみに最後が短い理由は、入りきらなかったからです。

152雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 00:10:06 ID:LIj8SlAw

嵐に負けるなよ

153雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 00:18:34 ID:.7aY1A8.

上でも言われてるけどもうちょっと改行したほうがいいと思う

154風見 ◆uXa/.w6006:2011/10/23(日) 00:30:12 ID:uvdvfU4E
>>153

批評スレにあるアドバイスには改行が多いと言われたので意識しすぎてました。

アドバイスありがとうございます!

155雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 01:53:07 ID:TCenulGg
>>151
勘違い物っていうのかな?
こういうジャンル大好きだから頑張って下さい

156雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 04:10:18 ID:MRkglYfQ
変歴伝とは・・・
やっと二人目が来たか・・・
まだだまだ終わらんよ。まだ奴らが残っている

157名無しNIPPER:2011/10/23(日) 07:49:44 ID:rTAko9Qk

まあ基本アンチは無視安定で行こうかwww

158雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 10:21:32 ID:Dowwe5iE
祐希さんの病み具合全然が足りん!
もっともっと分かりやすくw病ませてw

159雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 10:48:11 ID:GvcdPfZE
>>151
投下乙
自分のペースで頑張ってください!

160雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 13:53:12 ID:okMys4vA
変歴伝来てた!
これからも頑張って下さい!!

161雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 20:48:09 ID:p3Ytg/D2
GJ!

162雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 22:02:52 ID:iq9AWJsg
ドラファンも期待だけど、やっぱり一番はヤンデレ家族の続編を……

あと、迷い蛾の人も帰って来て欲しい

風見さん、オウルさん、ドラファンと変歴伝の方、GJです

163雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 22:12:23 ID:MTZwAUjU
いなくなった人は帰ってこないだろうね、残念だけど
個人サイトとか別の投稿サイトに移ったりもしてる人もいるからまだいい

164雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 23:16:00 ID:4C83EBs.
GJです、先がわかるようでわからないかんじですね。

165雌豚のにおい@774人目:2011/10/23(日) 23:22:19 ID:g6b8V7TU
新規の方々ももっと増えてほしいね
当然のことだけれどもSSでスレが満たされるのがいいと思うんだ

166雌豚のにおい@774人目:2011/10/24(月) 00:24:46 ID:5Ljhj.fI
>>151
 遅ればせながらGJです。
 何と言うモテモテ兄弟。
 女の子たちの行為もとい好意は明らかなのに、鈍感すぎてもどかしい限りです。
 弟くんいい加減爆発しないかなぁ。
 今後もっとひどいことになるのは確実みたいですけど。

167雌豚のにおい@774人目:2011/10/24(月) 09:55:36 ID:ikfNbYe.

風見さんへの改行がどうのとかあんま気にならないんだけど携帯で見てるからかなぁ

続き待ってるんで頑張ってくださいな

168雌豚のにおい@774人目:2011/10/24(月) 13:53:03 ID:8PEM5xBI
変歴伝ちょう楽しみだわ。頑張って欲しい。

169オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/24(月) 15:08:13 ID:SiDsRrmg
133
134
抜けがあるので再投下します。

170依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/24(月) 15:12:28 ID:SiDsRrmg
いつ頃からだろう。未夢がこんな憎悪に満ちた表情を見せるようになったのは。
進路が別々になった時とリストカットした時期は、ほぼ同時期だ。俺も余計なことをしたものだ。おそらく、未夢は変わらざるを得なかったのだ。
俺との関係を継続して行く上で、今の変化は未夢にとって必要なものだったのだ。

「誰からだ?」

知っているが、敢えて聞いてみる。

「しらない」

硬質な声。
いつものように無意味な元気も無ければ、笑顔もない。
俺が何気なく放った無責任な一言が、こいつの内包する何かを変えたのだ。だとすれば、未夢の無邪気な笑顔を奪った俺の罪は如何ばかりか。代価として何を支払えばいいのだろう。
不吉な予感がする。
また、電話が鳴る。

「でるね」


そしてまた、未夢が電話を切る。
その繰り返し。
未夢は馬鹿だから、この繰り返しを苦痛とは捉えない。キリがないとも捉えない。

「俺が出る」


乾いた声。
くそ…俺が未夢にビビるなんて……あり得ん!
退かぬ!
媚びぬ!
顧みぬ!
違うな…こんな馬鹿な自分が、結構好きだ。

ほう、と息を吐いて、未夢の頭を撫でてみる。

何も起こりはしないのだ、と。

「わ……」

未夢は、目を丸くしてこっちを見る。
こうしたのは、いつ以来だ?
わからん。
未夢を褒める俺の姿が想像できん。
…まあいい。電話に出る。


「オラ!このリスカ女!リューヤ先輩出せよ!てめえの汚い肉穴で―――」
「ぐおっ!」

キーンと来た。
この殺伐とした男口調。やはりヤツだ。

「あっ!リューヤ先輩?ウチです!キサラギです!」


うるさい。耳が爆裂したかと思った。

「聞こえてるよ。もっと静かに喋ってくれ」


このキサラギという女のことをただ一言で表現するなら、

「うるさい。お前は本当に、うるさい」「すんません……でも!あのリスカ女がいけないんですよ!」
キサラギは俺の一つ年下の高一だ。去年まだ中学生だったキサラギを助けてから、週末たまに電話をかけてくるようになった。


「リスカ女?未夢のことか?その呼び方止めろって、何回言わせるんだ。後、汚い言葉遣いも。何遍も言わせんな」
「……すんません……」


うわ…めっちゃ気のない反省。

「で、なんか用か?」
「あっ!よ、よかったら、ウチと映画でも――」
「行かない」
「……」


キサラギは静かになった。何時もこれならいいのに。


「じゃあな」

171依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/24(月) 15:13:53 ID:SiDsRrmg
俺は未夢の世話で忙しい。キサラギの相手をする暇など微塵もない。
悪く思うなよ…
心の中で拝みつつ、そっとフックを掛ける。
不意にゾクッと背筋に悪寒が走った。

未夢だ。この変態が何を考えたか、俺の指を舐めたのだ。

「んふ…リューヤぁ」

また電話が鳴る。
取ると同時に未夢の頭に拳骨を見舞う。
未夢は「ピッ」て言った。

「酷いですよ!リューヤ先輩…なんで、ウチにばっかり、そんなに冷たいんですかぁ…」

最後の方は鼻声だった。

「そんなにリスカ女が大事なんですかぁ…?」

キサラギは突然泣き出した。とても面倒なことになったことだけはわかる。
ちなみに俺は未夢を含めた皆に等しく厳しく冷たい。だから、キサラギの評価は間違っている。
どうしたもんか考えていると…


「学校辞めたら、ウチのことも飼ってくれますかぁ…?」
「はぁ?」


飼う?
も?複数形?
泣きながらそんなことを口走るキサラギは、きっと変態なのだろう。
変態の相手なら慣れている。


「飼うって、何のことだ?」
「ウチのことですよ……」
「変態」


キサラギは黙っていたが、グサッという音が聞こえたような気がした。
また、俺はそっとフックを掛ける。
電話が鳴ることはもう、ないだろう。
鳴った時は、その時はもうキサラギは人ではない。超えてはならない一線を超えた変態だ。
変態を熟知する俺がそう思うのだ。間違いない。
変態、と真剣に吐き捨てた言葉はキサラギの全人格を否定する言葉だ。
故に、キサラギが本物の変態でない限り俺に電話を掛けることはあり得ない。



だが、電話は、鳴った。

それは、運命のベル。


キサラギからの電話は、いつもうるさくけたたましく聞こえるが、この時は何故か静かに控えめに聞こえた。


俺は電話の線を引き抜いておいた。

さようなら、キサラギ。また来世で会おう。


変態の知り合いは二人もいらない。キサラギが変態でないのなら、それはそれで結構なことだ。


俺は足元でうずくまるもう一人の変態に視線を向ける。


「リュ、リューヤ、ひ、光が見えたよ……」
「そうか…」


そのまま光に飲まれてしまえば良かったのに…。

俺は何か吹っ切れたような気がした。
未夢とキサラギが変態なのは、俺のせいなどではない。
二人には元々素質があった。それだけのことだったのだ。

俺がボタンを押した。それだけだ。

172オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/24(月) 15:18:51 ID:SiDsRrmg
投下終了。

173Wikiの中の人 ◆hjEP2rUIis:2011/10/24(月) 15:26:02 ID:L0Ppfuew
>>172
おk、保管庫は修正しといた(´ー`)y─┛~~。
この先どこか修正点見つけたりしたら
ここに連絡くだしあ(^_^;)つhttp://www42.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/195.html

174オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/24(月) 17:17:43 ID:SiDsRrmg
わかりました!
ありがとうございました!!

175雌豚のにおい@774人目:2011/10/26(水) 17:35:12 ID:.TXcakTU
変歴伝まってる

176雌豚のにおい@774人目:2011/10/26(水) 21:56:49 ID:gFXAFWHg
裸で待機

177オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/26(水) 23:53:04 ID:bE1u59/c
寂しいな…
投下する。

178依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/26(水) 23:55:50 ID:bE1u59/c
非日常のドアは、常に開かれている。
現在、家のリビングでキサラギが泣きながらメシを食っている。

「お、おいしいです……」

などと抜かしているが、キサラギが食っているメシは、本当は俺のもので、キサラギのために作ったものではない。


朝、玄関を開けるとそこでキサラギが泣いていた。

全身を嗚咽に震わせ、力の限り泣いていた。
ご近所の目が痛かった。
キサラギがここにいるのはそういう理由からであって、特にメシを食わせたかったわけではない。


さて、俺はいつ、キサラギの変態ボタンを押してしまったのだろう。

キサラギに出会ったのは、丁度一年程前のことだ。
受験を控えたキサラギは、駅前の本屋で万引きをやらかして捕まっていた。
めっちゃ目が泳いでいた。
受験前の大事な時期だ。報告が学校に行けばどうなるだろう。推して知るべし。
まあ、今後のキサラギの人生の値段はこの時決まったようなものだ。
税込みで530円位だろう。それっぽっちでキサラギは人生棒に振るかもしれない。
人類皆に等しく厳しく冷たい俺だが、さすがにそれは酷かろうと思った。
それで本屋のオヤジの注意を引く。
キサラギ逃亡。
変態誕生の流れだ。

キサラギの前でふてくされているもう一人の変態であるが、キサラギの存在が非常に気に入らないようだ。
それはそうだろう。あまり数が多くては、変態の稀少価値がなくなってしまう。
未夢は眦を吊り上げ、これ以上ないくらいの憎悪を込めてキサラギを睨み付けている。

変態対変態。その対戦には寒気が走りこそすれ、特に興味は湧かない。

「それでキサラギ、お前はなんで泣いていたんだ?」


キサラギは大きく鼻を啜って、箸の動きを止めた。
鼻水と涙でグシャグシャになった顔が痛々しい。それでも食うんだから大した根性だ。

「ぅべっ、リューヤ先輩…捨てられる…げへっ…思って…」


口の中のものをなんとかしろ。


「俺はキサラギと付き合っていない。その表現はおかしいぞ」
「ぅべっ…」

キサラギがご飯を吐き出して泣き始めた。なんと汚い。
さて、どうしたもんか。一人でも手を焼く変態が二人に増えてはたまらん。

「リスカ女だけ…じゅるい、です…」
「知らん!そんなこと!」


できることなら、二人とも消えてもらいたい。

「ウチもぉ…リスカしたら…飼ってくれますかぁ…?」
「飼わん」
「ぅべっ…!」

いかん。

179依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/26(水) 23:57:48 ID:bE1u59/c
キサラギのヤツ、とうとう嘔吐した。
俺は慌ててキサラギを横にする。
その後は吐瀉物の処理に取りかかる。


泣きながら食うからだ!変態のすることは本当に迷惑だ!


「ぐずっ、リューヤ先輩…やっぱり、優しい、です…」


ふざけるな。
俺の家だ。そのままにしておけないだろうが。

「ごぇっ!」

未夢のヤツが連れゲロした!


もうやだぁ…


「ごぇんなしゃあい…」
「ぅべっ…」

未夢の嘔吐を見て更に戻すキサラギ。
辺り一面はもう地獄絵図だ。


もう殺せよ……。


事態を収拾し、やや酸っぱい匂いの漂うリビングで、俺は深い溜め息をついた。
「キサラギ、落ち着いたら帰れよ」
「…イヤです。ウチも…そのつもりで来ましたから…」
「そのつもり?何のことだ?」
「…ウチも、飼ってくれますかぁ…?」
まだ言うか。

「…別に未夢は飼ってるわけじゃない」
「なんで、そんな嘘つくんですかぁ…ウチも…先輩の服着たい…雨の日…」


あれか。
雨の日に未夢が欲求不満から顔を赤くしてたあれか。
つまり、キサラギの変態的言動はジェラシーによるものか。
待て。何故それが飼うという言葉に繋がる。
やはりこいつは…

「変態」
「はい…」
「変態!」
「はい…」

こいつ、本物だ…どうしよう…。
キサラギのサイドテールの髪の毛が、再び湧き出した嗚咽で揺れている。
俺はキサラギの髪を拭ってやる。

「リューヤ先輩…優しい…好き…」

それが大きなミステイク。ゲロが付いていただけなのに。
しかし、どうする?未夢ですら持て余す俺がキサラギをどうにかできると思えない。
キサラギは遊びでない空手をやっている。段位は知らないが、いくつかの大会でトロフィーを貰っている。
十分、俺を殺せる。

OK!新しい変態の誕生だ!!


「わかった…」

自分のものとは思えないような嗄れた声が出た。

「本当ですか!?ウチ、ウチ……!」

大丈夫か、俺?大変なこと言ったぜ?

キサラギの目に、じわっと歓喜の涙が盛り上がる。

「これで…ウチもようやく…」

ようやく、なんだろう。分かりたくない。

「先輩の…ペットに…」
「……」

うっとりとするキサラギ。
疲れた…。
もう、百年も千年も眠りたい。

最後に…おめでとう、キサラギ。
新しい変態…。

180オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/26(水) 23:59:02 ID:bE1u59/c
投下終了
感想よろしく

181雌豚のにおい@774人目:2011/10/26(水) 23:59:36 ID:89TBX28I
とっても…短いです‥

182オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/27(木) 00:05:42 ID:/Z6GsdR2
>>181
じゃあ、続ける。

183依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/27(木) 00:08:28 ID:/Z6GsdR2

良くも悪くも家の食卓は賑わうようになった。

そう思う…。

未夢とキサラギの放つ殺伐とした空気の中、食事は淡々と進んだ。

「はい!」

不意にキサラギが挙手する。嫌な予感しかしないが無視する訳にもいかんだろう。
「何だ、言ってみろ」
「はい!ウチ、これからはリューヤ先輩のペットですから、好きな時に先輩の服着たり、匂い嗅いだりしてもいいんですよね?」
「変態」
「あうっ」

涙目のキサラギ。ショックを受けるうちは更生の余地はあるのかもしれない。

一方の未夢は燃えるような目でキサラギを睨み付けている。
こいつらの修羅場は既に確定事項だ。何らかの手を早急に打たねばならない。

「未夢…」

未夢の頭を撫でる。

「あっ…」

驚いている。
そして次第に表情が溶けていく。
こいつのアホ差加減は危険だ。
しっかり手綱を握っておかないと、キサラギにやっつけられてしまう。
こんなヤツでも預かってるからな、怪我はさせられん。


「先輩…なんで?」
「変態」

とりあえずキサラギにはこれで充分だ。
未夢の顔に余裕が戻って来る。
しかし…悪そうな顔で笑うようになった。
以前の天然ロリータフェイスが懐かしい。

「キサラギ、お前は何もしないうちからご褒美を要求するのか?」

俺も悪どくなった。いくら変態の手綱を握るためとはいえ、こんな思ってもないことを。

「ご褒美、ですか…?」

ゴクリと息を飲むキサラギ。

「ああ…」
「そ、それはどうしたら…貰えるんですか…」
「俺の家ではな…約束が多いヤツほどエラいんだ」
「約束…?」

未夢が、コホンと咳払いする。

「よし、未夢、言ってみろ」

真剣な面もちで頷く未夢。もう馬鹿の固まりにしか見えない。

「未夢とリューヤのお約束!」


「一つ!リューヤのパンツは履かない!」
「はうっ!」

キサラギ…何故驚く。

「一つ! リューヤの家では、オ、オナニー禁止っ!」

流石の未夢もオナニーと叫ぶのは抵抗があるようだ。少し噛んだ。

「ああっ…」

絶望するキサラギ。こいつはやっぱり変態だ。

「一つ!リューヤの家では…へっ、変態禁止っ!うわーん!」

未夢…泣くほど変態禁止は辛かったのか。
……いい気味だ。

「……」

そして呆然とするキサラギ。最早言葉もないようだ。

「そ、そんなぁ…ウチ…何にもできないじゃないですかぁ…」

知るか!
何考えてたんだ!

184依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/27(木) 00:10:18 ID:/Z6GsdR2
…そして俺はキサラギに提案する。

「お前も、俺との間に誓いを結ぶか?」
「誓い…ですか?」

キサラギはあまり、ピンと来ないようだ。まあ、無理もない。

そこで言ってやる。変態にとって魅力的な条件を。

「…頭ナデナデが付いてくる」

「!」

キサラギは一瞬目を見開いたが、不満げに視線を逸らした。

「そ、それだけですか?」

揺れてる。揺れてる。

「まさかな…前抱っこでの背中ぽんぽんが付いてくる」

「ま、前抱っこ!…有り得ない!」

駄目を押してやる。

「ちなみに未夢は、第三段階のお腹すりすりまではゲットしている」

「なっ!?」

目を潤ませ、未夢を睨むキサラギ。

「ウチ…何でもしますから!」

ブラボー。
これで、キサラギにとりあえずの鎖をつけることが出来た。
しかし…涙目になるほどいい条件か?

「それで先輩、ウチの呼び方なんですけど、ウチの名前はキサラギ―――」
「お前はキサラギだ。それ以上でも以下でもない」

遮って言う。
キサラギは、キサラギだ。俺の後輩だ。
こいつは変態だが、それでもやっぱり人間だ。
俺のためにも、いつかは更生させてやる。

「そ、それで、何約束…したらいいんですかぁ…?」

掠れた声を出すキサラギ。その目が情欲に曇っている。少し煽り過ぎた。

「未夢に対する暴力禁止」

悪いがマジ約束してもらう。

「……」

おー、おー、目つきが変わったな。それが本性か。

「リューヤ先輩の言う事でも、いや、リューヤ先輩だからこそ、それを聞くわけにいかない」

来た。マジ答え。口調もはっきりしてる。だから俺は嫌だったんだ。

「リューヤぁ…お風呂ぉ…」

未夢の馬鹿がこの状況下で爆弾を投下する。

「……」

おー、キサラギすげぇ、ナイフみたいな目だ。

俺はキサラギのことをほとんど知らない。ただの変態ならいいが、キサラギはそうでない。
危険な変態だ。
俺は未夢で変態慣れしている。
その直感が、告げるのだ。この変態は危険であると。

「飲めないならいい。お前は、この場でリリースする」

本当はそれが一番いい。危険な変態を野に放つことになるがそれはそれだ。身近な変態は一人で充分だ。

「そ、そんなぁ…ウチ…ウチ…せっかく…」

しどろもどろになるキサラギ。どんだけ未夢を害したいんだ。

185依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/27(木) 00:10:56 ID:/Z6GsdR2
「時間切れだ。キサラギ、帰れ」
「うあっ…」

キサラギの目に、じわっと涙が浮かぶ。
危険な変態に考える暇などやらない。ここまでのやり取りでこいつの危険性はある程度掴んだ。後はもうそれを離さん。
いや、離れていくのが一番いい!

「わかった!わかりましたからぁ…!」
「よし!では帰れ!」
「なっ!なんでですかぁ!ウチ、約束できます!」

「馬鹿っ、もう夜だ。そういう意味だ」
「ああ…」

安堵したのか胸をなで下ろすキサラギ。

「ウチは大丈夫です。もう先輩のペットですから」

帰らんという事か。どんだけ俺に飼われたいんだ。
この変態のせいで、今日は学校にも行けなかったというのに。

「それに、ウチ一人暮らしですし」
「……」


だが意表を突かれたな。こいつを知るのも今後の課題という事か。

186オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/27(木) 00:12:01 ID:/Z6GsdR2
投下終了。

187雌豚のにおい@774人目:2011/10/27(木) 02:13:03 ID:sLE0WfGU
サイエンティストまだー?

188雌豚のにおい@774人目:2011/10/27(木) 07:14:53 ID:JTNXU4d.
>>186
キサラギもアホの子だな
可愛いけどw
てか主人公普通にいい奴

189雌豚のにおい@774人目:2011/10/27(木) 09:37:27 ID:lmOCinrg
>>187
風見の自演クレクレ乙

190雌豚のにおい@774人目:2011/10/27(木) 14:29:25 ID:Suzp3/6E
変態に特化した依存型だよね、これもうw
GJです( *`ω´) b

191雌豚のにおい@774人目:2011/10/27(木) 21:19:59 ID:2sTvBUEg
>>189
案外俺も気になる、ヤンデレの娘さんも含めて。
>>186
遅れましたけど、GJです。

192雌豚のにおい@774人目:2011/10/27(木) 21:21:26 ID:kZagHXto
>>186
投下乙
変態2人が同居...この後の展開に期待!

193雌豚のにおい@774人目:2011/10/27(木) 21:48:06 ID:DSuV79B6
裸待機ステイです

194雌豚のにおい@774人目:2011/10/28(金) 01:28:38 ID:EZ4ibwTc
>>186
GJです。
自分はすごい好きです!
続きも期待してます。

195雌豚のにおい@774人目:2011/10/28(金) 04:14:29 ID:Prays4VI
変歴伝まだかな

196雌豚のにおい@774人目:2011/10/28(金) 20:52:44 ID:dK1nsodY
>>186
結構好きな作品なので続きも半裸待機しておく
GJ

197オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 00:34:25 ID:MPaMNP4Q
今夜も寂しいな…
投下する。

198依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 00:36:11 ID:MPaMNP4Q
「リューヤぁ、しんどい…」
「おー」

俺はなるべく平静を装う。
未夢との<秘密の約束>だ。キサラギの相手はここまで。

「キサラギ、先に風呂に入れ」
「あ…はい…」

赤面するキサラギ。変態的言動の予感がする。

「あの…ウチ、処女ですからぁ…安心して下さぁい」

どうでもいい。処女だろうが、あばずれだろうが俺は等しく冷たく厳しく接する自信がある。

「でもぉ…なめるはめるくわえるしゃぶる、オールOKなんでぇ…」
「変態」

何の呪文だろうと思った。
こいつは宇宙人だ。
別の言葉。
別の風習。


未夢を抱えて、自室に入る。

「未夢、大丈夫か?」

「お腹、痛い…」

「トイレか?」

未夢は首を振った。唇を尖らせ、やや不満げに振る舞うのは、キサラギの出現が原因だろう。


「おしっこ、漏れた…」
「あ…?」


未夢が腰掛けているベッドを見るが、濡れている様子はない。
ひょっとするとあれだろうか。
いくら幼なじみだからといって、ここまでするのもどうなのかとは思う。だが、未夢の両親からは警告を受けているし、そのための準備も出来ている。

未夢は、まだ初潮が来てない。


「リューヤぁ、しんどい…」

<秘密の約束>だ。
身体に不調を覚えた時はすぐ言う事。
これは、いくつかある変態的な約束とは一線を画するマジ約束だ。

俺は速やかに手を打たなければならない。違えれば、未夢は今後、あらゆる約束を反故にするだろう。
それくらいマジ約束だ。

「未夢、脱がせるぞ。いいか?」
「うん…」


相変わらず犯罪臭のする無毛の土手が、懸念通り血まみれになっている。

「……」

持て余す。正直な感想はそれだ。
手を拱いていると、未夢も気付いたのだろう。言った。

「未夢、死ぬの…?」

俺は首を振った。

「違う。未夢は…大人になったんだ」


心と身体のアンバランス。
大人の反応をする身体に対し、精神と知識が追いついていない。性知識だけが豊富なのは、何か大きな歪みの発露なのだろうか。
これも未夢が抱える大きな問題の一つだ。

「未夢、血を拭き取らないといけない」

これは非常にデリケートな問題だ。そのため、確認する。

「キサラギに手伝ってもらうか?」
「やだ。リューヤがいい」

頷く。未夢の両親とはもう話してある。二人が悩んだ末、持ち込んだ問題だ。

血を拭いて、ナプキンをする。それだけの行為。だが、持て余す。

199依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 00:37:39 ID:MPaMNP4Q
未夢は俺が居ないと食事もしないし、俺以外は身体に触れさせない。
未夢の両親の悔しそうな顔を思い出す。
何故そうなったのか。これに関しては誰も答えることができない。
理由がないのだ。自然にそうなった。俺一人だけを信頼して、依存する。

……歪んでいる。


覚悟を決め、行動に取り掛かる。
血を拭く作業は、未夢が興奮したため、中々はかどらなかった。

「リューヤぁ、そこぉ…もっと強くぅ」
「変態」


黙ってやるよりいいかもしれない。

赤飯を炊かないと…

その後、腹痛を訴えたため、鎮痛剤を服用させる。

「念のため、明日病院に行こうな?」
「うん…」


未夢の生理は重めのものであるようだ。
身体が出来上がったばかりの未夢にとって、婦人病がどの程度の脅威になるかわからない。用心するに越したことはない。

俺は未夢におやすみを言って、部屋を出た。当然だが、あらゆる変態行為を禁止した。

今日は俺がソファで寝るか。


一階の廊下ではキサラギが全裸で、俯けに倒れている。
何のワナだろう?


「変態」
「……」


キサラギは動かなかった。
ぴくりともしない。休んでいるようにも見えない。

何故、変態は次々と問題を起こすのか。
最近、非日常が俺の日常になりつつある。

「変態!」
「……」


やはり、キサラギは動かない。
死んでるのだろうか。…楽でいい。

「キサラギ、大丈夫か?」

抱き起こす。

「う…」

かすかな呻き。俺は舌打ちしそうになるのを我慢した。

「何があった?」
「からだ、いっぱい…洗って…気持ち悪い…」

途切れ途切れ呟くため、断言は出来ないがおそらく湯当たりしてのぼせたのだろう。

キサラギの乳首と股の辺りは擦りすぎて少し赤くなっている。何を考えて、どこを重点的に洗ったのかアホでも検討がつく。
この二人はどこまで俺を賢者にすれば気が済むのだろう。

「…先、輩…」
「大丈夫だ」

しかし、キサラギは力なく首を振った。
消え入りそうな声で呟く。

「トイレ…」

俺にも武士の情けはある。抱き起こしてトイレに向かう。
だが…キサラギが悲鳴に近い呻きを上げる。


「あ…あ…ああ…!」

下半身を濡らす温かい液体。…間に合わなかった…。
…しかし…こいつは今日1日だけで、どれだけ俺に全てを見せるつもりなんだ。
後はもう、脱糞くらいしか残ってない。

200依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 00:38:15 ID:MPaMNP4Q

「あ…ああ…ウチ、なんてこと…」

キサラギは顔面蒼白だ。流石にこれはワザとではない。

「忘れろ。見てない。こんな時だってある」


ボロボロに泣き崩れるキサラギにバスタオルを巻き付けトイレに入れる。

変態と言ってやりたいが、むご過ぎるので止めておく。


未夢の様子を見に行くと、大人しく眠っていた。


俺と未夢には<秘密の約束>がある。

二人きりの約束。

未夢は体調不良を押してでも俺と一緒に居ようとする。
これがいつか大事に至るのではないか。ヒヤリとさせられる場面も何度かあった。

だからこれは苦肉の策だ。
恋人同士のように、共通の秘密と約束という名の鎖で未夢を管理している。

未夢は俺に嘘を吐かない。
その約束を未夢が守る限り、俺には未夢を守る義務が生じる。

これが<秘密の約束>

201オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 00:40:15 ID:MPaMNP4Q
投下終了。
短いかな…?

202yama:2011/10/29(土) 00:56:31 ID:CQLDHkoY
本スレ荒れすぎだろww

203yama:2011/10/29(土) 00:59:37 ID:CQLDHkoY
GJ
周りの奴らうるさいけどスルーでいいだろ

204雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 02:52:11 ID:cBJALoeM
初投稿です。よろしくお願いします。

205雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 02:52:53 ID:cBJALoeM
「これじゃ間に合わないな…」

深夜二時土砂降りの大雨の中、車を飛ばしながら病院へ向かう。
妻の出産が始まったと連絡を受けたからだ。
妻の美代子は、今年で32になる俺より3歳年下だ。
彼女との出会いは4年前、会社の上司からの紹介だった。

当時の俺は、大学時代から付き合っていた彼女とわかれ
仕事が手につかず、情けないさまだった。
それを見かねた上司が彼女を紹介してくれた。
半ばお見合い染みた初対面であったが
互いに良い印象を持ち半年の後、交際に至り
2年後に結婚まで至った。

その後、会社での俺の昇進が決まり、生活にも余裕
ができ始め、念願の女の子を授かった。
今、俺は間違いなく幸せの絶頂にいる。

「急がないとな…」

病院から連絡があったのは、三十分前。
出産には立ち会うと彼女には言った以上
絶対遅れるわけにはいかない。

206雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 02:55:25 ID:cBJALoeM
「ん…?」

前方に少女が見えた。黒く長い髪をしており
この辺りでは有名な私立の制服を着ている。
しかし、この時間帯で見るのは初めてだった。
その私立は、校則が厳しいことでも知られ
こんな時間にうろついていたら、間違いなく
問題視されるだろう。

「大丈夫か…この子?」

少女は歩道を歩いているが
その足取りは拙く、とても不安定だった。
注意深く見ていた、その咄嗟のことだった。

「っ!」

少女が車道に飛び出してきたのだ!
ハンドルを全力で切り、回避を試みる!

しかし、大雨で濡れている路面は滑りやすく
急なハンドル操作によって車のコントロールを完全に
失ってしまった。
車は回転しながら前に進む。

ドンっ!と強い衝撃がボンネットから伝わる。
その衝撃で、車のセーフティが起動。
ハンドルからエアバックが飛び出し、衝撃を
和らげる。
車はおよそ30m進んでやっと停止した。

207雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 02:57:37 ID:cBJALoeM
「大丈夫かっ!?」

大急ぎで車を降り、倒れている
少女に向おうとするその時だ、
少女が立ち上がったのだ。
腕は曲がり、頭からは大量の血を垂らしながら
少女が俺に向かってくる。

一瞬竦むものの、少女に近づく。

「じっとしていて。今救急車を呼ぶ」

電話を掛けようとして、ふと気づく。
少女に見覚えがあったからだ。

「お前…もしかして葵か?」

俺の言葉に少女は頷く。
結城 葵
弟の子で、正月休みや暇の空いた休日に
面倒を見ていた子だ。
結婚してから禄に顔を合わせていなっかたから
すぐ気づくことができなかった。
たしか、俺の家近くの高校に進学したと聞いてい
たから、その時には歓迎しようと思っていたが…

「横になれ!そのままじゃ危険だ」
「叔父さん…」

彼女は、俺の注意は聞かず顔を近づける。
目はうつろで焦点があっていないが、
綺麗に整った容姿だ。
以前のおどおどしていた時のような
翳りが見られない。
しばらく見ない間に随分変わった。

「ほら早く歩道に移れ」

彼女の手を取ったその時だ。
腹に鈍い痛みが走った。
横腹に彼女の手から伸びた
包丁が、刺さっていた。

「っ…いったいなにを!」
「ごめんなさい」

彼女が手を振り上げた次の瞬間、
俺の意識は途絶えた。

208雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 02:59:13 ID:cBJALoeM
同日午前3時――


眠りから目を開けるような感覚であった。
まわりのうるささに耐えきれず
ぼんやりと目をあける。
周りが、霞がっかた状態で
はっきりとしない、人影が
二人程確認できた。

「この子が僕達の子か…」
「ええ…私達の子よ」

人影が二人俺を見て笑っていた。

「実は、名前は決めてあってな。死んだ祖父の名を貰おうと思う」
「聞かせてくれる?」

窓の外は土砂降りのようだ。

「重秀。鈴木重秀」
「ええ。いい名前だと思うわ。」

遠くから、サイレンの音が聞こえる。

「「よろしく、重秀」」

209雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 03:03:41 ID:cBJALoeM
投下終了です。初めてなので何か指摘があれば教えてください。
短くてスイマセン。

210雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 15:11:51 ID:1Ser0t6g
タイトルは?

211雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 19:26:33 ID:2URmqVIA
GJ!!
最後の部分がよく分からなかったんだけど
どういうことなんだろう...

文章は読みやすく良いので是非次回作も
待ってます!

212オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 20:50:34 ID:MPaMNP4Q
賑わってきたかな
投下する。

213依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 20:52:19 ID:MPaMNP4Q
「ちょっと待て!」

この瞬間、世界はキサラギの敵になった。

ちょっとしたお遊び。

あるいは、

ちょっとした悪ふざけ。


世界はそんな茶目っ気を許さず、あっさりキサラギを捨てた。


心臓の鼓動がうるさい。
カウンターの上に、一冊の漫画が乗っている。値段は……忘れた。そんなに高くない。

注目する客の視線は、まずは好奇心。
続いて侮蔑。
最後にカウンターの漫画を一瞥。そして嘲笑。

今すぐ世界が終わればいいのに。

そんなことを考えるキサラギの耳に、世界は遠い。
まるで夢の中のように。

世界は無音だ。
目の前で中年男が、嗜虐的な笑みを浮かべ、何かのたまっているが、それはキサラギの耳にも心にも遠い。
あまりに遠い。


無音の世界。
全てはあまりに虚ろだった。

そんな中、彼と目が合う。

カウンターをチラリ。
彼の眉がハの字に寄る。

(なんだそれ……つまんねえの……)

おかしい。
全ての情報をシャットアウトしたはずのキサラギの心に届く声。


(しょうがねえな…今回だけだ…)


まただ。
おかしい。
世界は自分を捨てたはず。だからこんなにも音がない。
こんなにも虚ろなのに―――



激しい衝撃音。



金属製の本棚が前倒しになり、四方に雑誌をバラまいた。

キサラギは、虚ろな目で彼の視線を捕まえる。


(ほれ、今だ)


また聞こえた。
ふらっと足が一歩を踏み出す。

後は、勝手に足が動いた。

すれ違いざま、目が合う。
口元が少し笑ってる。


多分、自分も笑ってる。


こうして、キサラギは世界に帰還した。

逃げ込んだ路地裏で、キサラギは大きく肩で息をしながら、夕焼けに染まる空を見上げた。

ああ、世界はこんなにも美しかったのだ。

九死に一生を得た。あのまま行けば、自分はどうなったか。それは想像したくない。

しかし…あの少年は……

キサラギは首を振った。
もう会うことはないだろう。そう思った。
この時は。



春。
つつがなく受験を終えたキサラギは、第一志望の高校に入学する。

「リューヤ!おい、リューヤ!」

青い襟章が目印の二年生の男子生徒が、一人の少年を呼び止める。
その少年は、ちょうどキサラギの前を歩いている。

「…俺の名前を、安売りみたく連呼するな。気持ち悪い!」

少年が振り返る。
それが全てのはじまり。

214依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 20:53:11 ID:MPaMNP4Q
「な、リューヤ!ノート見せてくれ!」
「知らん」

リューヤは気付かない。
一人の少女……キサラギが瞬きすら忘れてその背中を見つめていることを。

「な!リューヤ、この通り!」
「…しょーがねえな…今回だけだぞ」

ああ、そうだろう。キサラギが知る彼ならそう答える。

「リューヤったら、もう!そんなこと言って、いつも助けてくれるくせにぃ…」
「変態!まとわりつくな!」


抱きついて来た男子生徒と肩を叩き合い、談笑しながらリューヤは去る。

「先輩……リューヤ先輩!」

勝手に動いた口を押さえ、キサラギは、あっと後ずさる。
リューヤは少し気まずそうに振り返る。

「はぁ…あのな、せっかく知らん顔してやったのに、自分から話しかけるヤツがあるか」


キサラギの胸が大きく一つ跳ねる。

(覚えててくれた!)

初恋だった――。


それは、不意にやって来た嵐。

嵐はどこまでもキサラギを翻弄する。
必死になって気を引いて、必死になってかき口説く。
対するリューヤの口癖は、

「また今度な」

都合のいい言葉だ。相手を傷つけず、やんわり断るには一番いい言葉かもしれない。
キサラギは空回り、気ばかり焦る。


そんな中、雨が降る。
全力疾走のリューヤは、すれ違ったキサラギには目もくれず、一直線に校門目掛けて走っていく。

そして、見てしまった。
リューヤが、鞭打たれたような苦しげな表情で、一人の少女の肩を抱き寄せている光景を。

あれは、なんだ?

時間が止まった。

あれは、守っているのだ。キサラギはすぐに理解した。

リューヤは守っている。この世界の全ての悪意から、少女のことを守っている。

世界が回る。
自分は何をしているのだ。指をくわえて見ているのか。

なぜ、自分はあそこにいない。

あの少女……ああ…あれがそうか。
リューヤにフられて手首を切ったとかいう。

「おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい……絶対、おかしい」


間違っている。
キサラギは、よろよろと歩き出す。

あの少女……未夢とかいったか。
受験に失敗したらしいが、彼女は絶対馬鹿じゃない。
最初から知っていたのだから。
己が、全身全霊で寄りかかっていい存在を。
生まれてから死ぬまでの間に、いったい何人の人間がそんな存在を見いだすことができるのだ。

何故、自分はあの少女になれなかったのか。

215依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 20:53:42 ID:MPaMNP4Q
きっと、覚悟が足らなかったのだ。

だからこんなおかしなことになる。

覚悟だ。

どうしてもあれが……リューヤが欲しい。

この世界は、キサラギには寒過ぎる。
虚ろに過ぎる。


覚悟だ。


それだけでよい。

だって、あの少女は、それだけでリューヤを手に入れているではないか。

キサラギは覚悟を示す必要があった。

216オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 20:56:22 ID:MPaMNP4Q
投下終了。
ヒロインの肉付け終わった。次からはラストスパートに入る。

217雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 21:47:11 ID:HJ2R/6MY
投下嬉しいけど短いすなあ

218雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 21:49:03 ID:HziH07/A
短いのより長いほうが好み

219オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 21:52:11 ID:MPaMNP4Q
>>217了解。
じつは気にしてた。
次話投下する。

220依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 21:56:27 ID:MPaMNP4Q
俺の朝は早い。
6時には起床して、朝食と弁当の準備をする。当然だが、仕込みは全部、昨夜済ませている。
ただでさえ早い朝が変態二号ことキサラギの加入で、なおさら早くなりそうだ。

全く、忌々しい。

ふと思う。

「ウチのこと、飼ってくれますかぁ…」

キサラギの変態発言だ。

俺は、未夢を飼っているつもりは一切ない。
だが…こうして食事の準備をして、日常の世話を焼き、健康管理までしている自分がいる。

キサラギの言う通りではないか…。

これはいかん。これは非常によろしくない。

自覚が無いのが特にいかん。
調子に乗っていたのかもしれない。未夢を慣らしているつもりが、実際は俺の方が慣らされていたのかもしれない。

もっと厳しく行くべきか?
…いや、いかん。
それをやったら、未夢の場合、命に関わる。キサラギの場合は検討もつかん。

いやいや、そもそもこんな考えをする時点で――

「お、おはようございます…」

背後から遠慮がちな声。キサラギだ。

キサラギはバスタオル一枚での登場だ。

「先輩…ウチ、服が…」

そう、キサラギのゲロ塗れの服は洗濯したんだった。
キサラギは鳥肌を立てている。

「お前、昨夜はどこで寝た?」
「トイレ、です…」

予想と寸分違わぬ答えに、俺は頭を抱える。

俺の朝は忙しい。キサラギに構う時間は微塵もない。

馬鹿なキサラギを風呂に放り込み、断腸の思いで服を貸す。

「ウチ、ウチ…!ここに来て、本当に良かった…!」

感涙にむせぶキサラギ。

「変態!!」
「はい!……はい!!」

く…コイツ、レベルが上がりやがった。
キサラギは闇雲に経験値を取得しているようだ。

そうこうしているうちに、未夢がやって来た。

「おう、未夢。体の具合は?」
「…しんどい」

やはり病院に連れて行った方がよさそうだ。

男は女の子の事情に疎い。こんな時、どうしていいかわからない。せめて気を使うくらいで。

朝食時、未夢は一切口を開かなかった。
キサラギのことはチラリとも見ない。全身でその存在を否定しているように見える。

一方のキサラギは対照的に敵意を剥き出しにして唸る。

「リスカ女……ウチが来たからには…」
「キサラギ、食わないのなら、下げ――」
「たっ、食べます!食べますからぁ!」

サンドイッチの皿を抱えるようにして隠すキサラギ。

「はむっ…はむっ…おいしい…おいしい…こんな、おいしいものが…」

221依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 22:01:44 ID:MPaMNP4Q

大袈裟な。
敵意を剥き出しにするキサラギと、無視を決め込む未夢。
一体、どちらの方を大きい問題と捉えるべきだろう。

だいたい、俺とこの二人の関係は何なのだ。

…未夢とはキスだってしていない。だがそれ以上のことをした自覚はある。そして、婚約している。

……なんだこのカオスは。
頭が痛くなってきた。

キサラギはただの後輩だ。しかし、コイツのほぼ全てを俺は見た。そして何を隠そう、俺はコイツを飼うことを承諾している。

い、いかん。カオス過ぎる。


…婚約者とペット…

人として激しく間違っているような気がする。


是が非でも二人を更生させねば。
それ以外に関係収拾の道はない。

そして気になるのが何故か笑うキサラギだ。

「キサラギ、何がおかしい」
「はぁい」

キサラギは嬉しそうに言った。

「ウチぃ…今日、学校辞めて来るんでぇ…」
「あ?」

モジモジしながら、上目遣いにこっちを見るキサラギ。

目眩がした。

「ウチぃ、これからはずっと、ず〜っと、先輩のことだけしていられるようになるんですぅ」
「キサラギ…」
「はぁい」

コイツとは、じっくり話し合う必要がある。
「今晩にでも、ゆっくり話そう」
「はぁい、ウチは、先輩だったら、何でもいいですよ?」

くねくねと身をよじるキサラギ

「あのぉ…準備しといた方が、いいですかぁ?」
「何の?」
「ゴム、です…」

かっ、と顔を赤くするキサラギ。
頭の中、ピンク一色に違いない

俺は、深く長い息を吐き出した。

「キサラギ。学校辞めたら、捨てるからな」
「ぇ…?」
「学校行って、しっかり勉強して、キチンと部活動でも結果を出せ。それができないペットはいらん」

顔色を変えるキサラギ。

「え?ちょっ、待って…え?…え?」
「これは命令だ。反論は許さん」

「そんな、そんな……ウチぃ…」

キサラギは納得できないようで何度も首を振った。

「そんなこと、言われたら、ウチぃ…証明できないじゃないですかぁ…」

…ヤバい。

「リスカ女は良くて…ウチは、ダメで…」

ヤバい…なんか、踏んだ…。

その時、未夢がキサラギを見て、嘲笑った。

「リューヤは、未夢のだよ。もう、ずっと前から」


静寂。


「残念だったね」

何でもない朝の一コマを過ごすように、未夢が呟く。


キサラギは俯いて、拳を握り締め、ずっと肩を震わせている。

今日は、長い一日になりそうだ。

222オウル ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 22:02:31 ID:MPaMNP4Q
投下終了。

223雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 22:34:36 ID:ZHJJLVGY
GJ!

おもしれえ!おもしれえよですはい。
続き全裸待機してます。

224雌豚のにおい@774人目:2011/10/29(土) 22:55:06 ID:JATeAxaY
主人公が一番狂ってるような気がしてきたぞ

225雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 00:04:22 ID:ifTBY8lk
>>222
GJ!
かなり気になる展開になってきたな (`・ω・´)

226雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 01:48:02 ID:dUGq45KU
投下します。前のやつのつづきです。

227初めから:2011/10/30(日) 01:49:25 ID:dUGq45KU

「重秀ー、凜子ちゃんが迎えに来てるわよー」

「ちょっと待ってー!すぐ行く」

鈴木 重秀7歳――それが今の俺だ。あの事故からおよそ7年が過ぎていた。
気が付けば俺は、赤ん坊から人生をやり直すことになった。
最初、俺のことを重秀と呼ぶ「両親」に対して何か言おうとすれば、
口から出るのは言葉にもなっていない声ばかり。
一体全体どうしたのかと、戸惑ってばかりだった。

「重秀、あまり凜子ちゃんを待たせちゃダメでしょう。」

「分かってるから急かさないで」

部屋に起こしに来る「母」に文句を言いつつ、着替えを急ぐ。

始めは、こんな状況になってどうしたものかと思ったが、「俺」が生まれた病院が
幸いにも、妻の入院している病院だった。

ほとんど記憶に残っていない位おぼろげだが、「母」の隣で笑う妻の姿を
見ているのだ。

「ごめん。待たせた」

「だ、だいじょぶ。早く行こう」

そしてその時、妻の腕の中にで眠る赤ちゃんの姿も。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


俺の家族――美代子達はその後すぐに引っ越したらしい。
旦那さんが出産に間に合わせようと車を急ぎ、事故を起こした。
それが、原因じゃないかと「父」は言っていた。
どっちにしろ、あまり詳しい事情は知らないようだった。

「重秀ー!鬼ごっこしようぜ!」

「いいけど、始めの鬼は翔太な」

当時の新聞記事には、「父」の言った通りのことに加え、事件の内容を詳しく書いたものだった。
「女子高生 行方不明!?」「遺体の不思議な状況」「謎の関係性」といった見出しが付いた記事だった。
内容としては、事故に巻き込まれ女子高生が一人、行方がわかっていない。
事故を起こした運転手――つまり俺――の死体は腹部を刺された痕跡があり、さらには
首までなくなっていた。運転手と女子高生との関係等、様々なことが記事には書いてあった。

228初めから:2011/10/30(日) 01:50:50 ID:dUGq45KU

あの記事を読んで、ようやくあの日の状況を理解できた。
意識を失った後――遺体の首が無くなったという話を読んだ時はゾッとしてしまう。
あの状況を考えるに首を落としたのは間違いなく葵だろうから。

「なんだよそれっ!重秀、足早いから捕まえられないだろ!」

「疲れるんだよ、それに他の奴も誘うと良い。そいつらを狙えばいいんだし」

何故葵があんなことをしたのか、今でも分からない。確かに厳しい事を言った事もある。
だがそれだけで人を殺すのか?
葵はまだ生きているのか?その後の消息は?聞きたいことも多いのだが、
それ以上に家族に会いたいという気持ちが強い。

「鬼になるなら、重秀捕まえないと意味ないんだよ!」

「学年じゃ俺が一番早いんだぞ?それを捕まえようなんて……もしかしてお前」

だが、まだ無理だ。小学校に上がったばかりの子供を、ふらつかせるなど普通親は許さない。
まして、7歳の体じゃ調べるにも限界がある。今は待つしかない。

「凜子に良いとこ見せたいのか、翔太?」

「ば、バカ!そんなんじゃねぇし!」

それに、悪いことばかりじゃない。目の前にいる翔太を始め、友達もたくさん出来た。
この年頃の子は、あまり人見知りをせず積極的に話しかけてくる。
その中でも特に仲がいい二人が翔太と凜子だ。翔太は、見ての通り元気いっぱい腕白小僧。
凜子は常におどおどしている。

「そうか…凜子っー!こっち来いよ!遊ぼうぜ!」

「あっ!おいコラ!ま、まてって」

「な、何?また鬼ごっこやるの、翔太?」

「ち、ちげーし。重秀が言ったんだし」

「変な嘘つくなよ…」

行動を始めるのは、中学生あたりからを考えている。そのころには体も出来はじめるし
小遣いも今より増えるだろう。

「もういい!行くぞ!」

「っ!急に来るなよ翔太!危ないだろ」

「ま、まって秀君…」

早く家族に会いたい。
会いたいが…会ってどうする?

229初めから:2011/10/30(日) 01:53:34 ID:dUGq45KU

「はぁ…」

何度も鏡を見て溜息をつく。何処からどう見ても
金髪碧眼――白人の女の子がそこには映っていた。

「なんでこんな事に…」

7年前のあの日私は確かに死んだはずだ――胸にあの人の首を抱えながら。
けど、私の意識はアーニャと言うロシア人の女の子として、またこの世に生まれてきた。
生まれてきたのは私一人だけで、伯父さんは――いない。
一緒じゃ、ない。

「アーニャ、朝食よ。降りてらっしゃい」

「はい。母さん」

ロシア語で呼ばれロシア語で返事をする、このロシア語の会話にももう慣れた。
重い体を引きずり、椅子に座る。テレビをつければ日本語で朝のニュースが流れている。
私が早く日本語になれるようにと気を使っていたのだ両親は。
もっとも、直ぐに日本語を――それも流暢に――話しだした娘には驚いた顔をしていたが。

食卓に並んでいる皿は二つだけで、父の分はない。

「アーニャに話したい事があるの」

「何?」

「母さんトーキョーに行くわ。父さんは、ロシアに帰るそうよ」

「…それで?」

「決めてほしいの。どちらに着いていくか」

正直どっちでもよかった。
私は伯父さんの居ない、こんなオマケみたいな余計な人生――興味がない。

「どっちでもいい」

「そんな訳にはいかないの!」

ドンっ!と机を叩きながら母は怒鳴る。ここ最近ヒステリックになりすぎだ。
こんな状態なら父だって嫌気がさすだろう。私もこの甲高い声は聞いていて気分が悪い。
本人にその気はないにしても、自覚位して欲しいものだ。
イヤ…たった7歳の子供が、そんな冷めた事を言ったのが癪に障ったのだろうか?

「…じゃあ、日本に残りたい」

「そう。母さんとトーキョーに行くのね」

さっきとは一転、態度を変え急にいつもの母に戻る。そんな豹変が別れる切欠になったのだろうと、私は思う。

しかし、日本に残っても良いことなどあるのだろうか?
私だけこの世に転生して、伯父さんは居ない。それなら何処に行ったって同じなのに。

「やだな…」

こんな後ろ向きな事考えてたら、伯父さんに叱られちゃう…




「父さんの見送り?」

「うん。それくらい良いでしょう?」

聞けば、父は今日にもロシアに発つという。そんな急な話になったのは恐らく、
母の目論見なのだろう。私が父に着いていくと言えばその日一日拘束して、
翌日私にこう言う。『父さんは、ロシアに帰ったわ。あなたは見捨てられたのよ』って。

「わかったわ。送ってあげる」

「本当?」

母は思った以上に快く、私の提案を受け入れてくれた。
私の考えすぎ…かな?

「会えるのは、これで最後でしょうからね」

「……」

そんなことはなかった。

230初めから:2011/10/30(日) 01:55:25 ID:dUGq45KU

父はまさか見送りに来るとは思わなかったようで、私の顔を見た途端急に笑顔になった。

「早くしてくれる?」

母の顔を見てすぐに、もとの仏頂面に戻ったが。
その後父に日本に残ることや、今後のことを話した。父は酷く私の事を心配しているようで
しきりに一緒にロシアに帰ることを勧めてくる。別にそれでもいいけれど…

「ごめんねお父さん。日本のほうが落ちつくんだ」

「…そう、か。アーニャがそう言うんならいいが…」

その後、父と母は二人きりで話を始めた。私の事や今後の事でも話しているんだろう。
数分もしたらスグに口論になる。そうなる前に早く帰ろう。

「母さん帰って引越しの準備しないと」

「そ、そうね。帰りましょう」

あわや、というところで話を切り出し母の手を引っ張って車へとむかった。



「はぁ…」

父を見送った帰り道、車の窓からぼんやりと流れる外の景色を、溜息をつきながら見ていた。
春の景色を眺めていると、溜息が出てくる。上手く行かない学校、分からず屋の母。
不安な気分しか湧いて来ない。そんな事を父に言ったら、何故母と残るのか?そう聞かれた。
これは大した理由じゃなく、単純にこの町の風景をずっと見ていたいからだ。
伯父さんに連れられて行った公園。家出していた所を見つかり、そのまま奢って貰ったラーメン屋
ここには、伯父との思いでが残っている。

「それでも…」

あの人が居なければ意味のない光景だ。こんな事になるなら初めから『あんな事』しなきゃ良かった。
最初の計画通り、あの女だけ殺していれば良かったのだ。伯父は悲しむだろうが、少なくとも
伯父に会えないなんて事にはならなかったのに。

公園が見えてきた。"今"の私と同い年くらいの子供たちが鬼ごっこをやっているようだ。
元気そうな子に、大人しそうな女の子。それに不思議な感じのする子…っ!

「母さん!車止めて!」

「寄り道はダメよ。早く帰って準備しないと」

この分からず屋!




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「はぁ…はぁ」

家に帰り母の制止を押し切り公園までやってきた。しかし、さっきまで遊んでいた
子供たちはもういないようだった。

「あの子…」

一人だけとても気になる子がいた。ほかの二人と、子供らしく遊んでいるのに
なぜか大人っぽい雰囲気。
それに――どことなく伯父に似た目つきをしていた。

「ハッ」

もしかしたら、私だけじゃない?

「アハハ」

これはとてもいいことだ

「うれしいよ…伯父さん」

モノクロにしか見えなかった景色に、一気に色が広がっていった。
だけど、私はすぐに引っ越してしまう。彼の事を調べることは出来ない。
それでも――今までよりずっと良い。

「楽しみだね…」

――伯父さん?

231初めから:2011/10/30(日) 02:00:59 ID:dUGq45KU
投下終了です。タイトルは「初めから」です。
なるべく説明を多く付けるようにしてみました。
他にも何かあれば指摘してください。

232雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 11:19:44 ID:PoQf.aEg
gj続きがめっちゃ気になる

233雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 11:43:35 ID:woP8dpnQ
GJ
人間関係とんでもないことになってるなw
がんばって上手くまとめてくれ

234雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 15:16:20 ID:XOUtrfi2
GJ!
凛子が気になりますね〜

235雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 17:16:07 ID:VAEindX.
変歴伝こいやああああああああああああああぁぁぁぁaaa

236雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 18:39:55 ID:zd0wLNcY
変歴伝早く見たいよおおおおおおお

237雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 19:01:02 ID:PvB7cz7.
>>236
投下出来る雰囲気じゃないな…

238雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 21:04:10 ID:nq0Xw5NM
>>237
それ荒らしだからレスしないほうが良いよ

239雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 22:37:09 ID:DFUoZ7v6
>>231
GJ!
こりゃまた気になるssが出てきたな...いい事だ

240ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:15:53 ID:xq02LOt2
 こんばんは、ヤンデレの娘さんのモノです。
 今回は、転外、と言うより以前投下させていただいた中編『ヤンデレホテルへようこそ!』の前日譚を投下させていただきます。
 元々、自分の書いた作品はどれもこれもこのシリーズにブチ込んだ闇鍋状態でしたが、今回の『ヤンデレホテル』は諸々の都合により、『ヤンデレの娘さん』シリーズに堂々と組み込んだ形での投下と相成りました。
 今回、本編のキャラはほとんど登場しないので、その点は申し訳ありません。

 注意事項!:今回、サブプロットで『恋人がいるのに、別の相手との意に沿わぬ結婚をさせられたヒロイン(正し肉体関係は無し)』が登場します。それを寝取られと感じ、嫌悪感を覚える方はお読みにならないことをお勧めします。色々とぎりぎりなネタを使ってしまい、読者の皆様には大変申し訳ありません。

241ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:16:19 ID:xq02LOt2
 英国のとある街にある宿。
 住人全員が行方知れずとなった貴族の屋敷を改装した建物。
 看板は血濡れた三日月の意匠。
 狂気と狂喜を孕んだ客が集う場所。
 去る者は許すが来る者は決して拒まない。
 オーナーは謎めいた男、ミスター・クレセント。
 建物の名をクレセント・イン。
 またの名を―――



 クレセント・イン。
 主に観光地として成立しているこの街にある宿泊施設の1つ。
 そこにある食堂で、俺は夕食を取っていた。
 目隠しをした黒髪の女性を伴う、この施設のオーナーと共に。
 「役割、と言う物についてどう思う?」
 と、施設のオーナーである仮面の男、ミスター・クレセントは唐突に言った。
 「役割、か?」
 と、俺はフォークとナイフを動かしながら、馬鹿みたいに聞き返した。
 俺ことエリック・リーランドは。
 「そう。例えば私ことクレセントはこの宿の主で、エリックは我が友でこの街の刑事だ」
 「無駄に説明的な台詞だな」
 「その説明で本当に理解できるのか、と思ってな」
 「?」
 この男は何を言っているのだろう。
 「つまりだな、小説の登場人物一覧、等でもしばしばこうした役割が記され、それで人物を説明するだろう?」
 「ふんふん」
 ホームズ:名探偵、とか、レストレード:刑事とかそんな感じか。
 「それで、その説明だけでその人物の総体を表現し尽くしたと言えるのだろうか、と」
 確かに、『名探偵』というフレーズだけでそのキャラクターを説明しきるとか無理ゲーだろう。
 人によって色々なイメージがあるだろうし。
 「そもそも、1キャラでも結構色々な役割と言うか属性と言うか、そう言うのが付いてるからなぁ」
 「さすがだな、我が友よ」
 「?」
 「たったこれだけのやり取りで僕の話したいことに辿りつくとは。いやはや流石エリックとしか言いようが無いな」
 と、勝手に納得する仮面の男。
 「ちょっと待て、勝手に納得されてもどういうことなのか分からん」
 「ああ、済まないな、我が友よ」
 ステーキを嚥下して、改めてクレセントは説明する。
 「人間という生き物は、様々な役割を背負い、演じる必要がある訳だ」
 「まぁね」
 「で、だ。人が何かをする時はその役割に基づくものなのか、はたまた個人の感情に基づくものなのか―――それが僕にはどうしても理解できないのだ」
 「何と言うか、哲学的と言うか、自分探しの旅をする中学生みたいなことを言うなぁ」
 と、言いながら俺は付け合わせのパスタをフォークに巻きつける。
 その横で、従業員の娘が空いた皿を下げる。
 「それこそ、小説でもそこをネタにした作品もあるよな。情と仕事と板挟みになる、みたいな」
 刑事モノとかな、それこそ。
 「その場合の、情とは何なのだろうな」
 「そりゃ、仕事じゃないところ、プライベートの部分から来るんじゃないか?」
 「プライベートの空間でも、役割はあるだろう。例えば、私は妻の夫であるし、君にも家族の中での役割もある」
 「お前の言い草だと、まるで感情なんて無いみたいだな」
 「そうかも、しれないな」
 クレセントは言った。
 「時々分からなくなるのだよ、私は。そう言う役割だからそうしているのか、そうしたいからそうしてるのか、な」
 そう笑うクレセントの声は、どこか悲しげに聞こえた。

242ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:17:02 ID:xq02LOt2
 食後、俺はクレセント・インから帰宅することにした。
 「泊って行けば良いものを、我が友よ」
 帰る時に、クレセントは名残惜しそうに言った。
 「泊って、って金取るんだろ?」
 「まぁ、宿だからな」
 「なら止めとく。それに、明日も仕事だし」
 「大変だな、公僕は」
 そんなやり取りの後、俺は紫がかった髪の従業員の少女に見送られ、寮へと戻る。
 「また、何も掴めなかったな」
 俺は夜道で呟いた。
 『曰く』があることを売りにした建物は数多いが、クレセント・インもその1つ。
 それも、作り話では無く本物なのだ。
 一夜にして住人が1人残らず姿を消した館、それを改装したのが今のクレセント・イン。
 実を言えば、俺はその『曰く』を、謎を追っている。
 刑事としての仕事とは関係なく、個人的な事情と感情で。
 「こう言う考え、クレセントには分かんねーんだろうなぁ」
 そう呟いて、彼の寂しげな表情を思いだし、すぐに追い出す。
 クレセントに近づいたのは、クレセント・インの謎に近づくため。
 それを、彼も知らないはずもない。
 クレセント・インの謎を追う過程で、周辺を調査し、関係者に近づこうと、必死で行動した結果。
 この街の影の支配者とも言われる謎の男クレセントに、拍子抜けするほどあっさり接触することができた。
 仮面に隠れた彼の真意は、未だ分からないけれど。
 俺の追う謎の真相は、行方不明の住人の行方は、未だ分からないけれど。
 そんなことを考えている内に、寮の自室に辿りつく。
 「鍵が開いてる……」
 ギィ、と自室のドアを開くと、清掃員の女がいた。
 「すみません。清掃していて」
 事務的に答える清掃員。
 「ここの寮は部屋の中まで掃除してくれるのか?」
 「不用でしたか?」
 「いや、ありがとうな」
 「はい!」
 今までのクールな印象とは異なり、華のような笑顔を清掃員は浮かべた。
 掃除を終え、出ていく彼女の後姿を見て、1つのことに気が付いた。
 帽子に隠れて見えなかったが、彼女の髪が紫がかった色をしていることに。







 その頃、
 クレセント・イン、オーナー自室にて
 「ヴァイオラくんは今日もエリックの所か」
 パチ、と将棋の駒を動かしながら、クレセントは言った。
 「ええ、そうよ。やっぱり、好きな人のことは少しでも知りたいもの」
 そう言って、駒を動かすのは彼の妻、レディ・クレセント。
 目隠しとボールギャグを外し、ウィッグも外して美しい金髪が晒されている。
 「私たちの昔を思いだすな」
 「昔って、まだほんの数年前じゃない」
 「数年か」
 パチ、と駒を動かしてミスター・クレセントはしみじみと言った。
 「たったそれだけで、全てが変わってしまったな」
 「何も変わって無いわよ、少なくとも私達の想いは」
 パチ、とレディが駒を動かした。
 「それさえ変わらなければ、あとはどうだって良い。そうでしょ?」
 「…そうだな」
 駒を動かしながら、クレセントは答えた。
 「王手」
 パチン、と駒が置かれる音が響いた。

243ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:17:35 ID:xq02LOt2
 クレセント・イン
 そこは、かつてブラッドライン邸と呼ばれた建物。
 昔からこの街一帯を治め、政財界に大きな影響力をもつ有力貴族、ブラッドライン家の末弟、アムレート・ブラッドラインの邸宅。
 有力貴族、と言ってもアムレートは自由な立場には無かった。
 むしろ、末弟であるがゆえに、いずれは権力争いに利用される宿命。
 「どいつもこいつも手前の欲ばかり。上等だ。そっちがその気なら、全員おれが―――喰ってやる」
 アムレートがそう思ったのかは分からないが、彼は大学を出てすぐに起業した。
 成功の為にアムレートは手段を選ばなかったらしい。
 家名を利用することも、どんな屈辱的な手段も、どんなイリーガルな手段も。
 彼に逆らえば、その側近の少女に殺される。
 そんな噂が流れるていた。
 「アムレート様のためなら、どんなことでも知てみせる。どんな、ことでも。だから……」
 とはいえ、その企業はたった数年で大きく成長し、アムレートは30歳になる前には青年実業家として社交界に名を知られるようになっていた。
 そんな折、アムレートの元に実家から縁談が舞い込む。
 日本、いや世界に影響力を持つ財団鬼児宮家。
 その娘フィリアとの結婚話。
 30近いアムレートと、高校を卒業したばかりの鬼児宮フィリア。
 明らかにアンバランスな相手。
 政略結婚であることは明白だったが、敢えて罠に飛び込む様な大胆さでアムレートは結婚を了承した。
 ブラッドラインも鬼児宮も、いずれ全て支配するつもりなのかと噂されたものだった。
 その噂通り、結婚後アムレートの会社は破竹の勢いだった。
 しかし、一方のフィリアは日に日に精神を病んでいったという。
 望まれぬ結婚を憂いてか。
 権力争いに利用される身の上を嘆いてか。
 はたまた、故郷から、友人から、愛する者から引き離されたことを悲しんでか。
 「このまま生きていれば、貞節を守っていれば、いずれあの人と再会できるかもしれない。でも、苦しいよ…。助けてよ…」
 助けの声が届くはずもなく、フィリアの心の病みは奇行や夢遊病じみた深夜徘徊といった形で周囲に現れるようになったと言う。
 ブラッドラインの奥方は悪魔に取り憑かれた。
 街にそんな噂が流れるほどに。
 そんなある日、ブラッドライン家の住人が一夜にして消えた。
 誰も彼も。
 アムレートも。
 そして、フィリアも。
 その行方は、今も分からない。
 狂ったような少女の笑い声が響く夜のことだったとも、時同じくして謎めいた美貌の人物が目撃されたとも言われているが噂は噂。
 持ち主がいなくなり、買い手もいなかったその邸宅を買い取ったのが、どこからか町に流れ着いたクレセント夫婦だった。
 以上、俺ことエリック・リーランドが把握している旧ブラッドライン邸=クレセント・インについて知っている全情報。








 「旧ブラッドライン邸について突っ込むのは、もうやめとけ」
 数日後、俺は署の廊下で上司からそう言われた。
 後ろでは、紫がかった髪の清掃員が掃除機を押している。
 「それは圧力、ですか?」
 「いいや、個人的な忠告だ」
 上司は首を振った。
 「新聞屋のメシのタネになりそうなモンはとっくの昔にブラッドライン家が処分してるだろうな」
 「と、なると鬼児宮の……」
 「いや。ブラッドラインにせよオニゴミヤにせよ、連中ならきっともっと上手くやってる」
 上司は答えた。
 と、なるとお偉いさん方の勢力争いということでもないのだろうか。
 「なら、どうして」
 「刑事のカンだ」
 真顔で漫画みたいなことを言われた。
 「血みどろの勢力争いの残骸なんざ漁るモンじゃねぇよ。ロクな物しか出てくる訳が無ぇ」
 そう言って、上司は煙草に火を付けた。
 「行方不明になる前に、フィリア・ブラッドラインに会ったことがあるが、ヒドいモンだったぜ。頬はこけ、キレーだった金髪はくすみ、目は死んだようだった」
 「……」
 「お前が漁ってるのは、若い娘をそんな風に変えちまうような、ドロドロの悪意の世界なんだよ」
 フゥ、と煙を吐き出す上司。
 「やめとけよ、もう。捜索願が出てる訳じゃねぇし」
 「それでも」
 と、俺は言った。
 「消えた住人達には家族がいる、友人がいる。教師がいる。その人たちの想いがある。だから、このまま迷宮入りって訳にもいかないでしょう」
 個人の想いと、刑事(役割)としての使命を乗せて、俺は言った。
 「分かったよ。忠告は、したからな」
 嘆息して、上司は言った。

244ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:17:58 ID:xq02LOt2
 故あってブラッドライン邸に関する『曰く』を追い、その真相になかなかたどりつけないものの、それでも前進したと感じることもある。
 その1つが、今の持ち主であるクレセントと『友達』になれたことだ。
 刑事であるからと言って、捜査令状も無いのに旧ブラッドライン邸ことクレセント・インを堂々と調べる訳にはいかない。
 さりとて、地元の人間が客として泊るのも、全く不自然ではないだろうが何度も出来ることではない。(……金銭的にも)
 そんな訳で、クレセント・インの捜査活動はどうしてもコソコソとしたものにならざるを得なかった。
 なるべく静かに、誰にも気づかれないように活動していた俺だったが、それは本当に誰にも気づかれない意味であるはずもなく。
 「失礼、そこな紳士。このクレセント・インに何か御用かな?」
 数ヶ月前のその日、クレセント・インを調べていた俺はそう声をかけられた。
 声のした方を振り向くと、1組の男女が居た。
 洋装仮面の男に、目隠しの女。
 声をかけてきたのは男、クレセントの方だったようだ。
 彼が、今この館の主であることを、当然ながら俺は知っていた。
 どうするべきか、一瞬迷ったが、嘘を言っても無駄だろうとすぐに気付いた。
 恐らくは向こうも俺を不審に思って声をかけたのだろうし、何より俺は嘘が上手な性質では無い。
 「この旧ブラッドライン邸の曰くを調べている」
 俺は、そう正直に言った。
 「何故かな」
 「私情だ」
 俺は即答した。
 「ほう…」
 気のせいか、クレセントが驚いたように見えた。
 「成程それはこちらとしてもありがたい話。つまらぬ曰くや噂でこの場所が怖がられているらしく、困っていたのだ。何しろ、この屋敷は今は宿泊施設だからな」
 クレセントは意外な反応を見せた。
 「客寄せになるんじゃないか、そう言う話は」
 「宿泊施設は親しまれてこそだからな」
 「なるほどな」
 「しかし、驚いたな。この町の人間は、皆ブラッドラインとやらの出来事を随分と畏れているようだったのに、君はその事情にむしろ積極的に介入しようとしてる」
 「ま、こっちにも色々あってな」
 クレセントの言葉に、俺は肩をすくめた。
 「なるほどな…」
 妙に感心した風な仕草をするクレセント。
 「時に、君。名前は何と言うのかね?」
 「あ?」
 藪から棒に名前を聞かれた。
 「私は、ここではクレセントと呼ばれている。君は?」
 随分と普通(でもないか)に名乗られた。
 そう言われて名乗らないのは英国紳士として失礼だろう。
 「エリック。エリック・リーランドだ」
 「そうか。いきなりだが、勇敢なるエリック。君の勇気に敬意を表して、頼みごとがある」
 「何だ?」
 いや、本当に何だこの展開。
 「私と、友達にならないか?」
 その唐突な言葉から、俺とクレセントの奇妙な交流は始まった。







 こうして、クレセントと『友達』になったことで良いことがいくつかある。
 それは、クレセント・インに出入りしやすくなったこと。
 いや、良い飯を食えるようになったとかそう言う理由で無く。
 邸宅に残された様々な手掛かりを探すことができるのだ。
 「さすがに、シャーロック・ホームズのようにはいかないけどな」
 そう呟いて、館の内側の外壁の周りを歩く。
 「ウン?」
 その一点に奇妙な違和感を感じて、凝視する。
 かすれて見辛いが、何か文字のようなものがびっしりと刻まれている。
 「一本の線と四角形……いや、もしかして四角の真ん中にも線が入ってる?」

245ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:18:22 ID:xq02LOt2
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
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一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
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一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
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一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
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一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日

246ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:19:23 ID:xq02LOt2
 文字で表すとこんな所だ。
 そう言えば、鬼児宮フィリアの出身は日本だったはず。
 だから、この図形、いや漢字は、
 「いち、にち。A day?」
 読み方は分かったが、意味が分からない。
 日付を付けるならともかく、何で同じ『一日』だけびっしりと書く必要があるのか。
 「外国語、お出来になるんですよね」
 と、唐突に後ろから声をかけられた。
 「誰だ!」
 思わず懐に手を入れて(勤務時間外なので何もない)後ろを振り向くと、クレセント・インの従業員が立っていた。
 紫がかった髪に眼鏡。
 クールな印象を受ける若い娘だ。
 「ヴァイオラ・イリリアです」
 「ああ、従業員の人か。驚かせて悪いな」
 「いえ……」
 一礼する紫がかった髪の従業員。
 宿泊施設で働いているだけあり、如才の無い、美しい動作だった。
 「ブラついてたら、変わった物があったんでな」
 と、俺は『一日』とびっしり刻まれた壁を親指で示した。
 「何だと思う?」
 「私などには見当もつきません」
 クールに被りを振るミス・イリリア。
 「リーランド様ほどの名刑事なら、事情は異なるのでしょうが」
 「止せよ」
 照れ臭くて、思わず頭をかいた。
 「ですが、異国の言葉を習得されていらっしゃる刑事など、そうはいないのでは?」
 「この辺は外国人観光客も多いしな。それに、妹が日本で教師やってるから、その影響」
 自分とは縁の無い極東の島国、と馬鹿にしたものではないのだ。
 随分前、勤務中に日本人に道を教えたこともあるし(俺はおまわりさんか)
 「それでも、素敵だと思います」
 少しはしゃいだ様子で、ミス・イリリアは言った。
 どうやら、彼女の内面はクールな見た目とは異なるらしい。
 「それで、私を以前助けて下さいましたし」
 ミス・イリリアの言葉で思いだす。
 ああ、そうだ。
 俺がその日本人に道を教えた理由。
 街を歩いていたら、意味の通じないカタコトの英語を離す日本人観光客に話しかけられ、困惑していた少女がいたから。
 妹の勤める日本の学校からのビデオメールで、日本の訛りだろうとアタリを付けた俺が少女の代わりに道を教えたのだ。
 その時の少女は、確か眼鏡に紫がかった髪で……。
 「あれがミス・イリリアだったのか。こんな所で出会うなんて世間ってせまいのな」
 「いいえ」
 俺の言葉に被りを振って、ミス・イリリアは続けた。
 「これは、運命です」

247ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:19:44 ID:xq02LOt2
 結局、その日は大した手掛かりの見つけられないまま寮に戻った。
 やはり、勤務と並行して調査をするのは難しいものがあるのかもしれない。
 そんなことを思いながら、自室のベッドに横になっていると、電話が鳴った。
 「もしもし?」
 寝転びながら、受話器を手に捕る。
 『Hi,bro(ハイ、兄さん)。元気してますか、リック』
 妹、エリスの軽快な声が聞こえた。
 日本からの国際電話か。
 妹は、日本で教師をしている。
 妹と言っても、歳は1つしか違わないのだが。
 「まぁ、そこそこな。そっちはどうだ?」
 『元気ですよ。元気過ぎて困るくらいです』
 「それ、自分で言う言葉じゃねぇ。そんなに元気なら、そっちで旦那でも探したらどうだ?お前ならどんなハンサムでもマッチョでも、男なら引く手数多だろ」
 『Yak……(ウゲェ……)』
 「何か言ったか?」
 『ノンノン何も。学校と言う職場は意外と出会いの無い所なのです。探したくてもいない物なのです』
 あからさまに話をそらされた。
 『それよりも、リックの方こそどうなのですか』
 「刑事課だぜ。ンな男臭い職場で、出会いなんてあるわけねぇって」
 『私と同じじゃないですか』
 「お互い、婚期を逃しちまいそうだな」
 「まったくです」
 そんな風に、いつものように笑い合う。
 「悪いな、エリス」
 会話が途絶えた折に、俺はポツリと言った。
 「何が、ですか?」
 「全然進まねぇや、お前の生徒の捜査」
 アムレート・ブラッドラインに嫁いだ鬼児宮フィリア。
 彼女は日本にいた頃、妹の生徒だった。
 それが行方不明になって、平静でいられる理屈は無かった。
 それが、俺が旧ブラッドライン邸、クレセント・インの謎を追う理由。
 「気にしないで下さい、リック。ハードワークになるのは分かっていたことです。それより、あなたの方が心配です」
 「ああ、大丈夫だよ。必ずお前の大事な生徒を見つけ出す」
 『無理しないで下さいね、本当。フィリアは私の大切な生徒で、彼女を大切に思う生徒達もいますけど、同時にリックは私の大切な家族です』
 「覚えておくよ」
 そして、エリスは俺の大切な妹であることも。
 「必ず、真実を突きとめて見せる」
 『真実が必ずしも人を幸せにするとは限りませんけどね。私はただ、あるかもしれない希望を捨てたくないだけです。ただ、憶病なだけなんです』
 Sorry,brother(ごめんなさい、お兄さん)、とエリスは小さく言った。
 彼女が俺のことをリックともbroとも呼ばないのは、とても珍しいことだった。
 「謝るなよ、ンなこと。それこそ気にするなだ。可愛い妹に頼られて俺としては嬉しい位なんだぜ」
 『可愛い、なんて言葉が似合う歳でも無いですけどね、お互い』
 「ブハハハ!違いねぇ!」
 空元気で笑いすぎた。
 「あだ!?」
 妙な勢いが付いて、ベッドから転がり落ちてしまった。
 『大丈夫ですか、リック?スゴい音がしましたケド』
 「あー、悪い、エリス」
 ベッドから転がり落ちて、ベッドの下がよく見える。
 刑事課の仕事で培われた観察眼が、自然に発揮されてしまうくらいに。
 「電話切るわ、この辺で」
 『オ、オーケー。また会いましょう、リック』
 「ああ」
 手短に言って、俺は電話を切った。
 そして、ベッドの下に手を伸ばす。
 違和感を感じた個所に、感じたくもなかった手ごたえ。
 それを乱暴に引き抜き、靴の裏で踏み潰す。
 「盗聴器……」

248ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:20:13 ID:xq02LOt2
 数日前
 「妹なら、私にもいたことがあったな」
 と、クレセントが言った。
 「へぇん、どんなコだ?」
 内心驚きながら、俺は聞き返した。
 クレセントがプライベートなことを語るのは、それが初めてだった。
 外からは分からないが、それだけ俺に心を許している、ということなのかもしれない。(そうでないかもしれない)
 「恐ろしいのが1人、大人しいのが1人。その2人だな」
 「恐ろしいんかい」
 ウチの妹とも喧嘩して勝った試しが無いが、恐ろしいとは思わなかったぞ。
 「個人的に脅威と言う訳ではないがな。その性思考が恐ろしいのだよ。内心、嫌悪していたと言っても良い」
 そう語るクレセントだったが、気のせいかどこか嬉しそうに見えた。
 「んじゃ、もう1人の方は?」
 「何かにつけて私に着いてくる、かわいい奴だったよ。カルガモの親子のようにな」
 「極端だなぁ、オイ」
 「良く言われる」
 と、言うよりクレセントはここまでペラペラと話して良いのだろうか。
 いや、良いのか。
 先ほどから性格的な部分ばかりで、出身などそれ以外の部分には全く触れていない。
 「妹さん達とは連絡取ってるのか?ウチはしょっちゅう電話してるけど」
 少しでも情報を引き出そうと、俺は更に踏み込んだ話題を振った。
 「いいや。言っただろう、『いたことがあった』と」
 つまりは、過去の話と言う意味で。
 「縁を切ってきたのだよ、否、縁を切り捨てたと言うべきかな。だから、今2人がどうしているのか知る由も無い」
 歌い上げるような流暢さで、あっさりとクレセントは言い放っちやがった。
 「い……や……」
 それに対して、俺は理不尽な怒りが沸いてくるのを感じた。
 「家族は、大事だろが……。捨てんなよ、家族……!」
 多分、これは俺が妹と仲が良いからこそ出る身勝手な言葉。
 それでも、言わずには言われらなかった。
 「正当な怒りだな。否、正義の怒りと言うべきか」
 欠片も怒りを隠せていない俺の言葉に動じた様子も無く、クレセントは言った。
 「オフで警官振るつもりもねーけどな」
 謝らないけどな。
 ショッキングな告白を何でも無いことのようにのたまう馬鹿には。
 「とは言え、我が狂乱家族は私がいなくても十分に生きていける。私がどこに居ようとどこに居まいと、生きていようと死んでいようと、あの子達には同じことだ」
 それがクレセントの本音なのか、自分に言い聞かせているだけなのかは、俺には分からない。
 「それで良いのかよ、お前……」
 「良いも悪いも無いさ」
 言葉だけはあっさりと、クレセントは答えた。
 「私はレディの夫で、この宿の主で、この町の住人。今となってはその役割を全うするだけさ」
 「全うするだけ、って……」
 「それ以外のモノが邪魔になるなら、仕方あるまい?」
 そう言って、クレセントは形の良い笑みを浮かべた。
 それが、本心から来るものなのか、それとも役割を演じているだけなのか、俺には分からなかった。

249ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:20:40 ID:xq02LOt2
 時系列は現在に戻り、盗聴器を見つけた次の日のこと。
 「やっぱ、あそこには何かがあるんですよ!」
 「ってぇ、壊れた機械を見せられただけじゃなぁ」
 壊した盗聴器を片手に息巻く俺に対して、上司は頭をかきながら言った。
 「お前の部屋にコレが仕掛けられてたって主張しても、それだけで事件性があるかどうかは微妙だからなぁ」
 「俺が信用できないってンですか?」
 「そうじゃぁ無ぇよ」
 どこか困ったように、上司は言う。
 「ただ、俺としては余計お前に手を引いてもらいたくなったな。さわらぬ神に祟り無し、って東洋のことわざにもあるだろ?」
 「警察官の台詞ですか、それ」
 「ミスター・クレセントは町の名士だしなぁ。若いのに、この町のために色々やってくれてる」
 「色々?事実上の支配じゃないですか?」
 「みなまで言うなよ・・・・・・」
 古くからこの地を治めていたブラッドライン家の人間がいなくなり、この街は壊滅の危機にあった。
 そこにすい星のごとく現れ、この街の為に短期間で様々な貢献を果たしたのがクレセントだった――――と言っても大げさではない。
 問題は、あまりにもクレセントの貢献度が高すぎて、いつの間にかこの街はクレセントがいないと成り立たなくなってしまったことだ。
 故に、彼がこの街から居なくなった日には、この地は街としての機能を失うだろう。
 それが、この街に住む殆どすべての人間の共通認識だった。
 故に、ミスター・クレセントには逆らうな、それがこの町の暗黙の了解だった。
 「俺だって、一個人としてはクレセントが嫌いな訳じゃないですよ。でも、あの屋敷の過去をこのままにはできません」
 「それが、結果としてミスター・クレセントの身辺をかぎまわることになっても、か」
 「随分な言い方ですね」
 「実際、そういう風に受け取ってる人たちがいる」
 真剣な表情になって、彼は言った。
 「署の中のお前の立場、お前が思っている以上に悪くなってるぞ、最近」
 「だからやめろって言うんですか。盗聴までされて」
 「だからこそ手を引け、って言ってるんだ。本気でヤバくなる前に」
 「それが刑事のすることですか!?」
 「ああ、そうだ。俺たちは刑事だ。探偵じゃない」
 俺の言葉を、彼は一刀両断した。
 「今まで黙認してきたが、お前のしてることはもう越権行為だ。もう終わってるんだよ、旧ブラッドライン邸の事件は」
 「俺は、そうは思ってません」
 「お前、だけはな」
 その言葉に何も言い返せず、俺は拳を握り締めた。







 そう言えば、以前クレセントとこんなやり取りがあった。
 「私が支配者?」
 いかにも驚いた風に彼は言った。
 「そう言ってる奴もいるって話だがな」
 俺は豪胆そうにもしゃもしゃとステーキを咀嚼しながら言った。
 内心では出方を伺っているのだ。
 「確かに、自分で言うのもどうかとは思うが、私はこの街に対して少なからぬ助力をしてきた。それを支配と呼んだとして、全く道理が通らないということは無い」
 持って回った言い方だったが、クレセントは思いのほかあっさりと認めた。
 その隣にいるレディ・クレセントは無言。
 いつものことだ。
 自ら好んで目隠しをし、食事時以外はギャグボールまではめて、現実との関わりを断っている女だ。
 こんな話に口をはさむことは無い。
 「しかし、我が友エリックよ。だからと言って私は自分のことが偉いなどとも、優れた存在などとも言うつもりは無い」
 「へぇん。なら何だ、お前は?」
 「私は、ただこの街に欠けてしまった役割を埋めただけだよ。さながら、パズルの1ピースのようにな」
 この街に欠けてしまった、というのはブラッドライン家のことだろう。
 あの貴族あってこそ、この街は成立していた。
 そして、今はそれがクレセントに置き換わっただけ。
 「君も私も、この街ではこの街を構成するパズルのピースに過ぎない、それだけのことだ」
 そう言って笑うクレセントの口元は、気のせいかどこか悲しげにも見えた。
 俺は、その笑みを見ないふりをした。

250ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:21:04 ID:xq02LOt2
 遠い親戚より近くの友人、という言葉があるが、それは嘘だというのが俺の持論だ。
 気がつけば俺の身の回りには誰一人として味方はいなくなり、本当の味方は遠くの家族だけだ。
 いや、近くにはいるにはいるか。
 友人、とか言ってるこの町の支配者、クレセントが。
 「お互い、本気で心を開いた試しは無いけどな」
 勤務時間が終わり、俺は呟いた。
 近くのゴミ箱を、苛立ち紛れに蹴り飛ばす。
 と、その前に一台の車が停まる。
 そこから現れたのは、紫がかった髪をした女性。
 クレセント・インの職員。
 「お迎えにあがりました」
 無駄の無い動作で一礼して、彼女は言った。
 「クレセントからの用事か?」
 「はい」
 職員―――ヴァイオラ・イリリアは無表情を崩すことなく答えた。
 とはいっても、特にクレセントと約束をした覚えは無い。
 どういうことだ、と一瞬考える。
 同時に、好機だとも感じた。
 虎穴に入らずんば虎児を得ず、という言葉があると言うし。
 「分かった」
 この機に、知ってることを洗いざらい吐いてもらおう。
 そう思って、俺は車に乗った。
 程なくして、車が発車する。
 ミス・イリリアの見た目通り、冷静で手慣れた運転だった。
 そう言えば、彼女の運転は初めてでは無いような気がする。
 クレセントの奴から送迎を勧められた時は、そう言えばいつも……
 「良いものですね。私とあなた、2人きりでドライブなんて」
 「いや、別にそーゆーことでは無いような……」
 「それで、あなたの送迎の時はいつも担当させて頂いているんです」
 「意外と人の話聞かないのですね!」
 「エリックさんは、お車はお嫌いですか」
 うっわ、いきなり話題変わった。
 女性の話なんてそんなものと言えばそんなものだが。(ウチの妹とか)
 「あー、まぁ割かし好きですよ。どちらかと言えば、自分で運転する方が好きですけど」
 ちなみに、姉はバイク好き。
 リアシートに乗せた相手と合法的に密着できるからというボンクラな理由で、だが。
 「私もです。本当は、もっとあなたを何度も乗せたかったんです。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……」
 執念さえ感じられる口調でミス・イリリアは言った。
 って言うか、何だこの女。何だこの女!
 「でも、私とあなたではあまりにも接点が無くて。会いたくても、会えなくて。分かってはいたんです。警察のお仕事はお忙しいのだって。それでも、会いたくて、切なくて、会えなくて……」
 爪がハンドルに食い込みそうになるくらい握りしめるミス・イリリア。
 怖い。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
 何が怖いって今にもハンドル操作をミスしそうなのが怖い!
 「ま、まぁ落ち着いてください。ミス・イリ……」
 「そんな時に、あの人が言ってくれたんです。あなたと結ばれる手伝いをしてくれるって」
 ようやく、話が本題に戻ってきた。
 「あの人……クレセントの奴ですね」
 「ええ」
 そして、バックミラーに虚ろな笑顔を映すミス・イリリアが続けた言葉は、俺の予想した通り―――では無かった。
 「レディ・クレセントさんが、私に協力してくれたんです」
 「!?」
 その言葉と、ミス・イリリアが車を停めたのは同時だった。
 「着きました」
 「分かった。早くクレセントの奴に会わせてもらう」
 兎にも角にも、今の状況は分からないことが多すぎる。
 それを誰かに説明してもらいたかった。
 けれど。
 「私の前で他の女の話をしないで」
 そう、振り返ってきたミス・イリリアに唇を奪われた。
 何か行動を起こす暇も無かった。
 されるがままに舌を絡められ、喉の奥に錠剤のような何かを押し込まれる。
 とたんに、睡魔が襲ってくる。
 ……まさか、睡眠薬か?
 夢見心地で俺を貪るミス・イリリアの姿が霞んでいく。
 駄目だ、と本能的に感じる。
 ここで目を閉じたら、何も知らないまま、何もできないままに終わる。
 それは、嫌だ。
 嫌だ……
 嫌だ…
 嫌だ、助けて……
 たすけて、エリ……ス……

251ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:21:29 ID:xq02LOt2
 「ヴァイオラが、リーランドさんを例のお部屋にお連れしたそうよ」
 電話の受話器を置き、レディ・クレセントは言った。
 「かくして、また1人主要人物の座を降ろされたと言う訳、か」
 対するミスター・クレセントの芝居がかった口調は、どこか力が無い。
 「あら、どうかしたの、クレセント?」
 「ここまですることも、無かったのではないかと思ってな」
 ため息に乗せて、クレセントは言った。
 心なしか、声音が歳相応の青年らしいものになっているようだった。
 「エリックがあの事件の真相をこれ以上追えないように手を回す。それは良い。そこまでは良い。けれど……」
 「ヴァイオラ・イリリアに力を貸して、ここに監禁させたのがいけなかったって?キューピッドの真似事をしただけよ?」
 「あの2人なら、きっかけ次第では一般的な恋愛のプロセスを経て交際、結婚が可能だっただろう」
 「恋人を一所に繋ぎとめておきたい、そう望んだのはあの娘よ?」
 「その背中を押したのは、私たちだろう」
 互いに一歩も譲らぬ押し問答。
 「……ねぇ、クレセント」
 レディの細い指が、夫の首元にかかる。
 「私のしたことが、そんなに嫌?」
 かけた指に、少しだけ力がこもる。
 「嫌、では無い。私は君を愛している。その役割は、私が唯一自らの意思で選びとった物だ」
 自らの名前さえも犠牲にして、とクレセントは言わなかった。
 「嬉しいわね」
 「愛しているからこそ、君の本音が聞きたい」
 「嬉しいわね、本当に」
 キュッと口元に三日月の笑みを浮かべるレディ。
 「私は誰よりもあなたが好き。だから、エリック・リーランドが誰よりも憎かった。それだけよ」
 何でも無いことのように、暗い情念を告白するレディ。
 「どうして……」
 「あなたが、彼を気にかけたから。この屋敷で起きた事に挑む彼に、あなたは本当に敬意を抱いて、本当に友達になろうとした。だから、壊した」
 「…僕は」
 かすれた声で、クレセントは言葉を紡ぐ。
 役割を離れた、1人の青年として。
 「…僕は、君を愛してるよ、フィリア…。…友が居ようと、家族が居ようと、それは変わりなかったのに…」
 「ええ、知ってるわ―――― 一日」
 甘い声で、レディ・クレセントは、かつて鬼児宮フィリアと呼ばれた娘は囁いた。
 「でも……」
 そう語るレディの目に、クレセント―――緋月一日は狂気の色を感じた。
 「壊したいのよ!私以外、あなたが大切にするモノは全て!友人も!家族も!大切なモノ全て!そうすれば、私とあなたは同じになるの!!」
 「…同じ…?」
 「そう、同じ!寄り添い合い、愛し合う相手がお互いしか無くなる!それってすごく素敵なことだと思わない!?」
 興奮気味に、とても素晴らしい考えを語るように、レディは、自らの名前さえ失った娘は言う。
 「さぁ、次はアナタのどんな『大切』を壊そうかしら?」
 そう言って、彼女は屋敷の中に虚ろな笑みを響かせた。






 英国のとある街にある宿。
 住人全員が行方知れずとなった貴族の屋敷を改装した建物。
 看板は血濡れた三日月の意匠。
 狂気と狂喜を孕んだ客が集う場所。
 去る者は許すが来る者は決して拒まない。
 オーナーは謎めいた男、ミスター・クレセント。
 建物の名をクレセント・イン。
 またの名を―――
 『ヤンデレホテル』
 恋に壊れた女性、レディ・クレセントが支配する館。

252ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:23:01 ID:xq02LOt2
 以上で投下終了となります。
 お読みいただきありがとうございました。
 なお、リアルの都合で今後投下頻度が少々落ちるかもしれませんが、よろしくお願いします。

253雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 23:28:57 ID:zd0wLNcY
>>238
ここじゃ見たい物言っても荒らしになるのか知らなかったわ

254雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 23:29:24 ID:zd0wLNcY
>>252
おっとすまん


255雌豚のにおい@774人目:2011/10/30(日) 23:32:29 ID:asxFsE0w
>>253
■SSスレのお約束
 ・過剰なクレクレは考え物

自重しろ…な?

256初めから:2011/10/31(月) 01:26:56 ID:ccRIKDDQ
投下します。

257初めから:2011/10/31(月) 01:27:37 ID:ccRIKDDQ

『ヒャッハー!!汚物は消毒だっー!』

「そうだ!やっちまえモヒカン!」

「モヒカンもいいが、やっぱジャギ様だな」

「…ふ、二人ともなんでケンシロウを応援しないの?」

秀君と翔太君はとても仲が良い。
今日も秀君の家で、秀君おススメのアニメを見ている。殺伐とした世界に
救世主が現れるお話なのに、二人して悪役の方を応援している。
私は、ケンシロウの方がカッコいいと思うんだけど…

「よしっ!次はこれだ」

「おいおい勝手に取るなよ。今日は凜子の為に来たんだろう?」

え?

「凜子!良く聞け!明日から凜子は友達を増やしていく!」

「ど、どういうことなの?」

秀君が言うには、私はもっと積極的になった方が良いらしい。
確かに私は、秀君や翔太君以外とはあまり話さない。
だけど、それは必要がないからだ。私にはこうやって大切な友達がいるんだから。

「いいか凜子、俺たちは友達だがいつか別々になる日が来る。その時のために人見知りをなくすんだ」

「べ、別々?なんで?」

「男子と女子だからだ」

それは…理由になるのかな?

「わ、私達友達だよ!男子も女子も関係ないよ!」

「それでも、人見知りを失くすのはいい事だ。こうゆうのは、早い内に失くそう」

なんで、秀君そんなこと言うのかな?私の事嫌いになったのかな?
それに、さっきから翔太君何も言わないし…

「翔太君はどうなの!?」

「り、凜子…君付けはやめろって言っただろう」

「…翔太」

「…………お、俺は重秀に賛成だ」

翔太君まで…秀君のこういった根回し良さって時々怖くなる。
これは…秀君の言うとおりにした方がいいのかな?

「………………わかった。でも如何すればいいの?」

「簡単だよ。仲間にしてって言えばいい」

258初めから:2011/10/31(月) 01:28:38 ID:ccRIKDDQ



「ぁあの…私も混ぜて?」

「うん!いいよ!」

ほ、本当だ…簡単に仲間にしてくれた。秀君の言うとおりだ。

「何して遊ぶ?」

「えっ…えと…えと…」

困って秀君と翔太君の所を見る。翔太君は心配そうな目で、秀君は――穏やかな目で私を見ていた。

「じゃあさ!じゃあさ!あっちで絵でも描こうよ!」

「…絵?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あれでよかったのかよ…重秀」

「ああ。さやかは元気な奴だからな、凜子をどんどん引っ張っていくだろう」

ふてくされた様子で尋ねる翔太に断言する。およそではあるが、女子と男子は小学校三年生あたりから
性別ごとにグループを作り始める。今の内に女子の友達の一人二人作っておかないと、
大変な事になる。

「それによく見ろよ…凜子楽しそうだろ?」

「そうだけどさ…」

今まで、男子の俺たちばかりと遊んできた凜子は女子の遊びには疎い様だ。
だが、俺達と遊んでいた時よりはイキイキしている。

「もし断られたら如何する気だったんだよ?」

「大丈夫だったろう?問題ないさ」

実際そうならないように、女子で一番活発なさやかや他の数名にも
話を通しておいたのだ。――さやかからは、後で何かさせられそうだが…

「ほらクヨクヨするな!好きな子が構ってくれなくて寂しいのか?」

「う、うるせぇ!」

「体を動かせば嫌なことは忘れられる。遊ぶぞ翔太!」

「…よし!健一達も誘ってサッカーしようぜ!」




こうして、小学校一年の冬は過ぎて行った…

259初めから:2011/10/31(月) 01:30:39 ID:ccRIKDDQ



「ちょっと男子っ!サボんないで掃除してよ!」

「さやかちゃん声大きいよ…」

小学校三年――あれから二年が過ぎた。時間というのは早いもので、既にクラスは
女子と男子のグループに別れていた。放課後の掃除をサボった奴がいるようで
さやかが、怒り心頭だ。

「ちょっと、重秀!あんたからも言ってやってよ」

「何を言っても聞かないやつだって居るんだよ。ほっとけ」

「それじゃ、ダメよ!先生が掃除はみんなでやれって言ったじゃない!」

「代わりに、そいつの分まで俺がやるから」

まだ不満なのか、ブーブー文句を言ってくるさやかを尻目に
凜子と共に、黙々と掃除を進める。

「重秀の言うことなら健一だって従うでしょ」

「あいつがその典型例だ。俺だってもう何度も言った」

健一は男子のガキ大将みたいなやつで、さやかとは敵対している。
そんな事で、俺の頼みでもさやかが絡んでいるとなれば
答えは決まってNOだ。

「ほら、さやかも掃除しろ。早く終わらせるぞ」

「むぅ…」

メンドクサイ奴だ…




――――――――――――――――――――――――――――――――――――



今日は一人での帰宅になった。いつも一緒の凜子は、さやかに連れられて買い物に
最近、つれない翔太は健一達とサッカーでもしてるんだろう。
そんな帰り道の公園に、このあたりでは見ない子がブランコに座り夕陽を見ていた。

「どうした?」

「わっ…」

突然話しかけられて驚いたようだ。
改めて少女を見る。
異様なほど白い肌と髪、血のように赤い瞳の色――これは確か

「アルビノ?」

「す、すごい!良く分かったね!?」

260初めから:2011/10/31(月) 01:32:36 ID:ccRIKDDQ

突然話しかけられて驚いたようだ。
改めて少女を見る。
異様なほど白い肌と髪、血のように赤い瞳の色――これは確か

「アルビノ?」

「す、すごい!良く分かったね!?」




少女は良くしゃべる子だった。なんでも見た目で外人扱いされ友達とか少ないらしい。
アルビノというのは良く幻想的なイメージを聞くが、弱視や紫外線への弱さなどの
問題を抱える。
決して良い事ではない。

「なんでこの町に?」

「私ね、この町の病院で生まれたんだ。それで『故郷は見ておきなさい』って、ばっちゃが言ってたから」

ばっちゃ?この子に両親は居ないのだろうか?

「父さんか母さんはどうしたんだ?」

「父さんは、私が生まれた日に交通事故で…」

うん?ちょっと待てよ?

「お母さんは?」

「私を生んで、一年後に自殺したって…」

じ、自殺?

「ゴメン…なんか変なこと聞いて」

「大ジョブだよ!二人とも顔も覚えてないから!」

少女は、呆気からんに笑う。中々逞しい子だ。


なんでも、祖父母は東京に住んでいるそうで少女も一緒に住んでいるらしい。
少女の通う学校は有名なお嬢様校で、エスカレーター式で大学まで行く学校らしい。
その学校は聞き覚えがあった。

「成城学園?」

「なんでも知ってるんだね!?」

そりゃぁ、知っている。葵が通っていた学校だ。

「ねぇねぇ、君も来てよ成城に!」

「たしか、高校から男女共学になるんだよな?」

「そうだよ!一緒に遊ぼうよ!」

そうだな…と答えを濁しつつ考える。
もしかしてこの子…

「あっ、ばっちゃだ!」

咄嗟に、その方向に顔を向ける。そこには妻――美代子の両親が居た。

261初めから:2011/10/31(月) 01:36:23 ID:ccRIKDDQ
投下終了です。まちがって変な投下になりました。
平日にチマチマ書き溜めるので、次は来週末の投下になります。

262雌豚のにおい@774人目:2011/10/31(月) 02:13:22 ID:vTnvrk9.
おまえは嵐だよ。来るんじゃない。

263雌豚のにおい@774人目:2011/10/31(月) 06:29:02 ID:GHxQ3ktg
>>262
消えてくれ。

264雌豚のにおい@774人目:2011/10/31(月) 06:45:08 ID:cSuRn7T.
>>261
メチャクチャGJ
早く成長して修羅場ってるヒロイン達を見てみたい

265雌豚のにおい@774人目:2011/10/31(月) 20:24:06 ID:TxeW8Ufc
>>255
あ…
すまんかった

そして>>261

266雌豚のにおい@774人目:2011/10/31(月) 22:05:03 ID:9x0kTW1E
>>252
遅ればせながらGJ!今後も楽しみにしてる!
>>261
GJ!
小学一年なのに、主人公以外も随分大人びてるな



だがそこがいい

267雌豚のにおい@774人目:2011/10/31(月) 23:20:45 ID:gs6WFAVg
「うん、直接会えずに話しをしなければならないのは酷く久しぶりだね。
ああ、別に体調は悪くないさ。ただ今の表情を君には見せたくないという女心くらい許してくれ。
なぜ謝るんだい? 僕は君の幼なじみで親友だよ、彼女という立ち位置を誰かに取られた位で怒ったりはしないさ。
うん、怒ってはいるよ。彼女『も』大切だというのなら僕は何も言うつもりは無かったからね。
今までの距離が好きだったからね。
うん、本題に入ろう。僕『も』見て欲しい。それだけだ。
そうそう、これは蛇足だけどね、僕は自分の感情が鈍いと思って『いた』。
まあ、最後まで聞いてくれよ。
うん、過去形だ。以前君が今の彼女とは別の女の子と歩いていた時は興味を持たなかったからね。
ああ、あの時は後で振られたいたのか、なるほどね。そう、僕の居場所があれば気にはしないということさ。本来の僕ならね。
恋だ愛だと騒ぐのは馬鹿馬鹿しいと思うよ。だから、はっきりと言わせてくれよ。
僕を恋する乙女にさせないで欲しい。
君の前に立てない程に顔を歪め嫉妬に駆られるなんて僕らしくもないからね。
まして、興味のない彼女に殺意を覚えるなんてね。
そうそう、ついでに言わせてもらおうか。
僕が性的な行為に対して興味がないのは知っているだろうけど、だから君としたくない訳ではない。好きではないだけだ。
おや、返事に時間がかかったね。そんなに意外かな?
だからね、彼女といるのがそういう目的なら僕でも替われると言いたいのだよ。
もちろん、今までの関係に戻りたいならそういってくれれば良い。僕にとってソレは手段であって目的ではないからね、彼女と違って。
ふむ、まあ君の私見は参考にさせて貰うよ。
恋する乙女はね、恐いよ。いやいや、脅しではない。勘違いしないでくれ。
こういう性格だからね恋する乙女を眺める機会が多いんだ。ああ、当事者にもその友人にもなった事はないからね。
だから分かる。あれは狂気だ。とはいえ君が僕の顔も見たくないと言えば驚喜してそうならざるおえないね。既に一種の凶器にさえ思えるよ。
死因:恋心ってね、冗談だけど。
まあ、とにかく念を押すけど僕を恋する乙女にはしないでくれよ。
きっと幸せにはなれないからね。
ああ、恋する乙女ってのはね、青い鳥に嫉妬してソテーする程度には周りが見えないからね。
明日、君の答えを待っているよ。
それじゃまた明日」

268雌豚のにおい@774人目:2011/11/01(火) 00:09:43 ID:PJYvmvsY
えっと…?

269雌豚のにおい@774人目:2011/11/01(火) 00:14:37 ID:zpukjEc6
雌豚のにおい@774人目をNGにすれば作品だけ読めるのか!こりゃあいい

俺のレスも見えないけどなw

270オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:29:58 ID:n30qBM32
投下する。
最後まで一気に行く。少し長いぞ。

271依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:32:01 ID:n30qBM32
キサラギは動かなかった。


静寂の中、秒針の音がやけに響く。


未夢は、この張り詰めた空気の中、ただ一人どこまでも自然だった。
俺には、それがとても歪なものに映る。

キサラギが、スッと腰を落とした。
まだ、椅子に腰掛け、立ち上がってはいない。
ただの予備動作。何らかの事前運動。

だがそれだけで、空気が変わる。

武道を嗜まない俺には、よく分からない。ただ、違うとしか。


キサラギは変わった。身に纏うものが。

『これ』は、俺の手に負えない。
身体をずらし、僅かに未夢に近寄る。
いざというときは、この身体を盾に――


「だいじょうぶだよ、リューヤ」

未夢に特別変わった様子はない。言った。


「だって、未夢の方が強いもん」


未夢が、キサラギより強い……?
体格も体力も技術も頭脳も経験も全てキサラギが上だ。

いいたくないが、この中で一番無力なのは…未夢だ。

めき…

テーブルの上で、キサラギの拳が鳴る。

「未夢、リューヤしか持ってないもん。負けるわけない」


めき…


未夢は、テーブルの上のそれを指した。

「それはいらないものだよ。それを使ったら、最後。…未夢にはなれないよ」


未夢になれない?
キサラギが?
キサラギが未夢になれない?

その超理論は俺には理解できない。
だが――

「っ…!」

キサラギは肩を抱きしめて、眦に涙を浮かべ、滑稽なくらい動揺している。

「リューヤ先輩はウチのだっ!」

その叫びに、未夢は首を振る。

「遅いよ。三年くらい」

こいつ…誰だ?
これが、未夢?
あくまで冷ややかに、キサラギを追い詰めていくこの女の子が、未夢?


みしっ…!


キサラギが――動いた!


俺は素早く未夢を抱き寄せ、庇うようにキサラギに背を向ける。

「ああうっ!」

キサラギは火傷したかのように出しかけた手を慌てて引っ込めた。

俺の胸の中で、未夢が嘲笑った。


「ほら、やっぱり未夢のだ」


「違う違う!ウチは、ウチは、ただ…リューヤ先輩が…」

髪を振り乱し、叫ぶキサラギの声は、徐々に尻すぼみになり、消えて行った。

……理解できない。
豹変した未夢もそうだが、あれだけ殺気立っていたキサラギが……


今は力なくへたり込み、ただ泣き崩れている……。


……圧倒。その表現が一番しっくり来る。
未夢の持つ何かがキサラギを圧倒し、屈服させたのだ。

272依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:33:34 ID:n30qBM32

キサラギは、結構すごいやつだ。

小さい頃から空手をやって、いくつかの大会で結果を出している。

俺の通う高校は進学校だ。それなりにレベルも高い。キサラギもそれなりに頭はいいだろう。

そのキサラギが、アホの未夢に圧倒されて泣きが入るこの状況。

理解不能だ……。

最前から、俺を自分のものだと言い張る未夢。これも分からない。

ただ、キサラギが取り乱したこの状況。
力付くになれば、未夢は圧倒的に不利だ。故に、俺は未夢の側に立つ。


一方、未夢は澄ました表情だ。
椅子の上で、つまらなそうに足をプラプラさせている。


…生意気な。


「…そりゃ!」

未夢の頬をひねり上げる。

「ひ、ひたいっ! ひたいよ、リューヤ!」
「やかましい。未夢の癖に生意気な」

さらに逆の頬をひねり上げる。

「ぷぎゃっ!」

「上上下下左右左右…」

「ぷぎゃァァァ!」

俺のジャイアニズムが未夢をひとしきり蹂躙する。

「ウチ…」

キサラギが、ボソッと呟く。

「ウチだって、リューヤ先輩だけで…」

「あ?」

振り返ると、キサラギが立ち上がって、こちらを見ている。

涙に濡れた頬には、後れ毛がへばり付き、その表情はかなり痛々しい。

「…わかりました。ウチ、先輩を困らせません。学校行って来ます」

ニコッと笑うキサラギ。

何だろう…不吉な笑顔だ。

達観。

あるいは諦観。

そんなものが漂う笑み。

「お、おう、わかってくれたか」

言いながら、俺の胸によぎる一抹の不安。


待て。


俺は…いつか、こんな笑顔を、どこかで…


「行って来ます」

キサラギが出て行く。

既視感。

寂しそうな背中。

袖を引かれ、振り返ると未夢の笑顔。

「リューヤぁ、病院…」
「おう、そうだった」

馬鹿な俺は思い出せずにいる。
キサラギが見せた笑顔の意味を。
答えは、目の前にあるものを。

273依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:35:32 ID:n30qBM32
未夢と病院に向かう。
保険証を準備し、着替えの指示までする俺は、まんま未夢の保護者だ。

未夢の方は体調の不具合が機嫌にも反映しているようだ。
むっつりとして、ポケットに手を突っ込んでいる。

電車の窓から流れる風景を見る。
窓ガラスに映った未夢が、じっと俺を見つめている。
その頬が、ほんのりと桜色に染まっていく。

「…?」

なんだろう。未夢は言いたいことがあるのか、じっと俺を見つめている。

「お膝、座りたい……」
「ダメ」

言ってまた車窓に視線を戻す。

「未夢ね…一人だけなら、許すよ」
「?」

わけわからん。一人ってなんだ。膝と前後の繋がりがチンプンカンプンだ。

「なんだそれ…。許さんかったら、どうなるんだ?」
「…悪い子になっちゃうかも…」

未夢はにこにこと笑う。いつもの笑顔。

…ゾクッと来た。

最近、未夢にビビらされることが多い。

「未夢…いっぱい、いっぱい考えたんだよ」
「ん?ああ…」
「リューヤは、ワガママさん嫌いで、でも、未夢はいっぱい、いっぱいワガママさんで…」

未夢は足りない頭で、必死に言葉を探しているようだ。
その口調はたどたどしい。

「いっぱい、いっぱいリューヤは、未夢によくしてくれて、でも、未夢は足りなくて……」
「……」
未夢は、何かを伝えようとしている。こういう時、俺は口を挟まないようにして、なるべく未夢に話させることにしている。怒らず、辛抱強く。大切なことだ。


「未夢が、もうちょっと我慢すれば、きっとリューヤは、いろいろなことができて……」
「がんばれ」

未夢の頭をかき回す。

「未夢…悪い子なの。あの子もすごく悪い子で…」

あの子?キサラギのことだろうか。

「…ほんとは、仲良くしたくない。でもリューヤが…」

俺が、なんだ…?

未夢が俯きがちだった顔を上げた。

「だから、一人だけ我慢するの。未夢、きっと悪いこといっぱいするけど、リューヤがそうしてほしいなら…」

よくわからん。
つまり、こういうことか?
未夢は、キサラギのペット化を認めるということか?
俺は、それを感謝しないといけないのか?

ほんとにわからん。

未夢も、キサラギも、あの『飼う』を本気で捉え――


ヤバい…。俺、また適当なこと言ったかも。

だとしたら、キサラギ……悪い予感しかしない。

274依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:37:56 ID:n30qBM32



総合病院の婦人科では滅茶苦茶キツい思いをさせられた。

学生服でロリ体型の未夢を伴い受け付けを済ませる俺。

イタい。

激しくイタい。

診察を受ける未夢を待つ間、針のむしろのイタさは最高潮に達した。

診察の順番を待つ、若い夫婦たちの視線が厳しい。人間のクズを見るような冷たい目。

「…あんな小さい子に…」

「男の風上にも置けんヤツだ」

くそお!
未夢めえ!!

そして帰って来た未夢は何故かご満悦の様子だった。

「リューヤぁ、スッゴいの――」
「わあ!!言うなあ!」

その後、腹が減ったとゴネる未夢と繁華街で食事する。

登校したのは、結局昼過ぎてからだったが休むよりはいい。
担任は俺の特殊な事情を理解してくれている。…もちろん、その説明は未夢の両親にさせた。俺は無制限にお人好しではない。

もう少しで放課後なので、未夢は校門で待つ。

校門は人だかりでいっぱいだった。救急車やパトカーが詰め掛け、大きな騒ぎになっている。

いやな予感に歩を進めると、

「リューヤ!リューヤっ!」

校舎を見上げると、友人の何人かが隣の校舎を指差して、叫んでいる。

視線を向ける。
隣の校舎。
屋上のフェンスを乗り越え、壁際に立つ人影は、

「キサラギ…?」


キサラギの両手首は何本もの赤い筋が入り、白いブラウスは血であろう赤い液体に染まっていた。

フェンスを乗り越えた壁際で、ナイフを片手に、近寄ろうとする連中を牽制している。

いかれてる…。

素直な感想がそれだ。

「がんばるね、あの子…」

気が付くと、未夢が隣に立って、俺と同じように、屋上のキサラギを見上げていた。

「キミ!キミがリューヤ君かっ!」

慌ててやって来た警官が、携帯電話を押し付けてくる。

「説得してくれ!彼女は興奮して、誰の言う事も聞かんのだ!」
「なんで、俺に…」

その俺の問いかけに、警官は不吉なものでも見るように、一瞬キサラギに視線を飛ばした後、眉根を寄せた。

「キミの名前ばかりを叫んでるよ…もう、一時間にもなる…」
「一時間も?…死ぬ気なんですか?」

警官は首を振った。

「それが、わからん。本人はそのつもりはないようなんだが、飛び降りるつもりではいるらしい」


なんだそれ…。


困惑しながら、携帯電話を受け取る。


『あっ、先輩ですかぁ。ウチですぅ、キサラギですぅ』

こんな事態を引き起こしておいて、キサラギは

275依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:40:50 ID:n30qBM32
いつものように、声にしなを作って喋り出す。

『あのぉ、ウチぃ、これから見せるんでぇ、よぉく見といて下さいぃ』

「見せる?……何を?」

『ウチの気持ちですぅ』


キサラギの俺に対する好意と、飛び降りになんの関係があるのだろうか…。


「おまえ、バカか?」


なるべく冷たく言う。

『え…?』

「誰がそんなことしろって言ったんだ?」

『え?で、でも、リスカ女の時は…』
「あん?」

怒ったように言う。……本当は、滅茶苦茶びびってる。

「おまえ、未夢に張り合ってそんなことやってんのか!!」
『……ぐすっ…』

大きく鼻を啜る音。

『だって…リューヤ先輩…ウチのこと、見てくれないじゃないですかぁ…』
「そんなことせんでも、ちゃんと見てる」


沈黙。


『…ウソだ。ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだぁ!リューヤ先輩、ウチを見てくれない!命張らないと、ウチを見てくれない!』

「そんなことない」

くそ…手に負えん…これは…飛ぶ…


落下予想地点には、もちろんマットを設置してある。だが、そんなもの、キサラギの意志一つでどうにでもなる。

もし…いや、もう飛ぶと覚悟して…どうする?



どうやって、キサラギを助ける!?



『先輩、見てて下さい。ウチも先輩だけなんです。ウチ、先輩に命差し出せますから!』


その時、未夢が言った。


「長いね。早く、飛ばないかなあ…」


まるで、遊園地のアトラクションを楽しみにしている子供のようだった。



キサラギが笑う。

これ以上ないくらい晴れやかな笑顔で。



そして、キサラギは、飛んだ。

276依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:44:16 ID:n30qBM32
キサラギが、空を、飛んだ。

――狂ってる。

躊躇いなく空に身を踊らせたキサラギは、笑顔だった。

…マジか。
できるのか、それが。
キサラギの思いの質と量を、大幅にはかり違えた。

目の前が白くなる。
音が消え、時間の概念が希薄になるのが分かる。

今、この瞬間、集中力が極限にまで上がってるのがはっきりわかる。



キサラギが、ゆっくりと落ちてくる。
このバカ…笑ってやがる。

だが、どうするんだ俺?キサラギを助けるのか?

…なんか、やだなぁ。

助けるんだったら、あれか?

漫画で見た、あれか?

すげー痛そうだったぜ、あれ。

畜生…別のヤツがやれよ。

…みんな、固まってやんの。

足が動く。…やっぱりか。俺がどうにかしろってことか。

ヤになっちゃった。


けど――行くぜ、俺。


地を駆ける。未夢は、少し驚いて、それから笑った気がした。



「あと一人だけ、我慢するよ」



あの言葉は、この瞬間を予期してのことか。

しかし、未夢。
コイツには問題がある。
キサラギをガラクタくらいにしか思ってない。

…少し話す必要があるな。


そんなことより、キサラギが近くなってきた。


でも、さっきからおかしいぜ。
俺、こんなにスゴいヤツだったか?
これって、ひょっとしたら……まだ、チェリーなのに…



ひでえよ、神様。



空中でキサラギを受け止める。
――重っ、キサラギ重!
両腕が、プチプチってヤな音がした。
構わず滑るようにして、受け身を取る。

漫画じゃ、これで上手く行ってた。


上手く、行ってた。


全身を叩かれたような衝撃が走った。
現実は漫画ほど甘くなく、受け身は完全に失敗した。


50点。
得点にしたらそれくらいだろうか。
俺の身体がクッションになった。キサラギは無事な筈。

ヤバい。

あんまり痛くない。

これって…


まあ、いいか。上出来だろ。


俺って、今イケメンだよな!

今が、人生の最盛期。
……あんまり嬉しくない……

キョトンとしたキサラギと目が合った。
キサラギは周囲を茫然と見回し、大の字に倒れた俺を視線に捉えたところで動きを止めた。

キサラギの顔が、見る見るうちに青くなる。

「あ、あああああああああああああああああああああ!」

本当にコイツはうるさい。

「違う違う!ウチが先輩を壊すわけない!ウチが先輩を壊すわけない!」

277依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:45:09 ID:n30qBM32


未夢に抱き起こされる。

「……」

未夢は、コイツこそ取り乱すだろうと思ったが、様子が変だ。とても静かで、落ち着いた表情をしている。

それはなんだか、心地よくて…

少し、眠くなってきた。

「リューヤ、死ぬの?」

返事のかわりに、俺はチョコレートみたいな血を吐き出した。

「すぐ、逝くね」

ああ…そういうことか。
馬鹿な俺にもようやくわかった。
コイツは…未夢には俺しかない。
勉強もスポーツも駄目。体型にも恵まれない。何の特技もない。
未夢のどこを切っても、俺しか出てこない。
未夢の小さい身体には、俺に対する気持ちしか詰まってない。

それでか…キサラギが勝てないわけだ。


「未夢には、リューヤしかすることないもん」


何度も言ってたのになぁ…。


未夢にキスされる。
小さな舌が、これでもかと言わんばかりに俺の口腔を蹂躙する。

俺もまた、それに応える。

離れる。
血の雫が二人の間に伝う。


血の鎖で結ばれた二人。
それがなんだか心地よい。


なんだか、よく眠れそうだ…


「おやすみなさい、リューヤ」


未夢の頬に伝う、一筋の銀の雫。

なんだ…コイツ、やっぱりツラいのか。


びっくりしたぞ。落ち着いてたから。

俺は、そっと未夢の耳元に口を寄せる。


「起きたら…………やらせろよな……」



だから今は……



おやすみ…。

278オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:49:02 ID:n30qBM32
投下終了。
このラストはないかもしれんが、テーマは『依存ヤミ』なのでこれでおしまい。
というか、書いたが面白くない。きっと、みんなをがっかりさせることになる。応援ありがとう。皆のおかげで頑張れた。
感想よろしく。
今後はネカフェからでも投稿することにする。
しばらくはロムりながらストーリーを練るつもり。
それでは。
長文スマソ。

279雌豚のにおい@774人目:2011/11/01(火) 07:57:26 ID:RPY.AzA.
>>278
GJ!
お疲れさん。次の作品も楽しみにしてるぜ!

280雌豚のにおい@774人目:2011/11/01(火) 09:15:13 ID:aCEFksek
>>278
GJ
初期は未夢のお馬鹿さを笑っていたがこうなるとは

281雌豚のにおい@774人目:2011/11/01(火) 11:44:14 ID:kNH4y0YI
>>278
よかったです!頑張ってください。

あ^ー最近の色々な人の投下ラッシュが嬉しい。

282 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:06:58 ID:DDgKlF9I
投稿します。

283変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:08:10 ID:DDgKlF9I
都では最近、血生臭い怪事件が続出している。
それは突如として現れ、暴風の如く人を殺していくのである。
漆黒の衣を身に纏い、白い面で顔を隠し、長髪をなびかせる殺人鬼は、
鉞で首ばかりを斬り裂いていくので、いつしか、刑天、と呼ばれるようになった。
しかし、道往く人々はこの刑天を恐れなかった。襲うのが、決まってごろつきだったからである。
検非違使が見向きもしないようなごろつき達の跳梁を、この刑天が解決してくれるのだ。
善良な人々は刑天に喝采を送り、ごろつき達は恐れ戦いた。

「刑天様だ、刑天様が降臨なさったぞ!」
白昼の都のとある一角に人だかりが出来ていた。既に三つの首なし死体が地に斃れている。
「うっ……うろたえるな!相手は所詮一人。数ならこっちが勝っている!」
ごろつきの頭が震える声で叱咤した。それを刑天は無慈悲な瞳で見つめていた。
悲鳴を上げて一人のごろつきが刑天に襲い掛かった。
鈍い音が轟いた刹那、首が宙を舞い、漆喰の壁に血玉が刻まれた。
一人、また一人と、ごろつき達は刑天の鉞に首を吹き飛ばされた。
「あっ……ありえねぇ……、数ではこっちが勝っていたのに……。
ばっ……化け物……うわぁああああああああああ!!!」
遂に一人になってしまった頭は、恐怖を抑えきれず逃げ出した。
ゆらりと動いた刑天は、鉞を下段に構え、勢いよくぶん投げた。
縦回転する鉞が、頭の背中に突き立ち、吹き飛ばした。
ゆっくりと歩み寄った刑天は、血反吐を吐き命乞いをする頭から鉞を抜き、
容赦なく首に振り下ろした。歓声が沸き起こった。
憎たらしい存在が無残に死ぬ瞬間というのは、今も昔も爽快極まりない。
そんな興奮を冷ますかのように、怒声が響いた。
騒ぎを聞きつけた検非違使が、刑天を捕らえようと人だかりに突入したのである。
一瞬にして混乱の坩堝と化した人だかりの中を、刑天はまるで蛇の如くすり抜け、姿を消した。

284変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:08:39 ID:DDgKlF9I
刑天は走る速度を落とさず、とある路地裏まで来て足を止めた。
そこで鉞を地面に置き、黒衣に手を掛けようとした時、動きが止まった。
出入り口を塞ぐように、一人の男が立っていたのだ。身形からして武士のようである。
「やはりここに来ましたか。網を張っておいてよかったですよ」
「…………」
逆光で見えないが、男は笑っているのだろう、声が弾んでいた。
刑天は置いてある鉞に手を伸ばそうとした。
「安心しなさい。私は検非違使ではない。それに、君を役所に突き出そうとも思わない。
……少し、話をしたいだけです」
「…………」
刑天は伸びかけた手を引っ込め、男の方を見つめた。
「聞き分けがいいですね。二月で百人も殺められたのも、その冷静さがあってこそなのでしょう。
……話が逸れましたね。では、単刀直入に。……刑天、これ以上人を殺すのを止めよ」
「…………」
「お前はなにを偉そうに命令している、とでも言いたげですね。
ですが、あなたは聞かざるを得ない。あなたが我が家に仕えている以上、命令は絶対なのだから」
「…………」
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は……小松、と名乗っておけばいいでしょう。では、これからの活躍に期待していますよ。あなたは我々の野望に必要な人材なのだから」
小松と名乗った男は去っていった。その後を、何人かの武士が付いていくのが見えた。
刑天は、それを見つめていた。


「三郎様、帰ってきてたのですか。随分と遅かったですね」
「あぁ、目当てのものが売り切れだったからな。探し回った」
そう言って、業盛は干し柿と干し桃を景正に見せ付けた。
甘いもの好きにとって、果物がなくなる事は死活問題であるため、
業盛は定期的に都に果物を買いに行っているのである。
早速、業盛は干し柿に噛り付き、至福の表情を浮かべた。
「ところで、今日も出たみたいですよ。刑天」
一瞬、業盛の表情が曇った。握っている干し柿の実が零れた。
「……そうか、今日は何人殺されたんだ?」
「八人、と聞きました。二月しか経っていないというのに、もう百人ですよ」
「そうか……」
食べかけの干し柿を一口で頬張り、業盛は背を向けた。
「平蔵」
「なんですか?」
「俺は今日から刑三郎(けいざぶろう)と名乗ろうと思うのだが、どうかな?」
「どうかなって、別にいいと思いますけど、なぜわざわざ……」
「聞いただけだ。気にするな」
景正の視線を背に受けながら、業盛は自分の部屋に戻った。

285変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:09:40 ID:DDgKlF9I

年も開け、桃の花が咲き始める時季となった。
落ち着いた気候は、昼寝をするのには絶好だった。
いつものように仕事を終わらせた業盛は、縁側に寝転がり、春眠に勤しんでいた。
「刑三郎様」
が、その眠りを破る無粋者が声を掛けてきた。
薄っすらと目を開いた業盛は、無言で景正を睨み付けた。
「三日後に強女祭(うずめまつり)が行なわれますよね……」
強女祭。百年前から続く五穀豊穣を願う祭りで、
強女という文字が示す通り、芸能の神であるアメノウズメの名が由来となっている。
しかしこの祭り、非常に奇特な事で知られている。
「それがどうしたんだ?」
「実は、刑三郎様に女装してもらいたいのですが……」
業盛の拳が、景正の顔面を打ち抜いた。ニ、三度跳ねた景正が、床に血道を作った。
この強女祭、女装をして参加してもいいという事になっているのだ。
アメノウズメが裸で踊った事を典拠としているらしいが、裸と女装は掛け離れている。
この言葉を真に受け、女装して参加する大人子供は数知れず、
子供が連れ去られる、男同士の野合が行なわれるなど、事件には事欠かない祭りなのだ。
「平蔵、次馬鹿な事を言ったら蹴りを入れてやる」
「お待ちください!これには深い理由があるのです!」
「深い……か……。言ってみろ」
「私と女装した刑三郎様が一緒になっているところを因幡に見せ付けるのです。
女装も、強女祭の期間中ですから、周りから冷たい目で見られる事はありません!」
業盛の蹴りが、景正のまずいところにまずい勢いで入った。景正はのた打ち回っている。
「あれほどお前の事を思っている因幡を、まだ遠ざけようというのか!
この愚か者め、恥を知れ!そして、死ね!」
業盛は部屋に戻ると、強く戸を閉めた。
春の日差しが降り注ぐ縁側、そこで一人悶え苦しんでいる男の図。なんとも無様な光景だった。


強女祭が二日と迫った頃、業盛は因幡に呼び出され、景正の部屋に入った。
「実は、刑様に極秘でお頼みしたい事があるのですが……」
「なんだ、因幡?」
「源蔵様の本心を聞き出してほしいのです」
「……はぁ……」
子供の頃の約束を一途に守ろうとするその様は、非常に美しく、いじらしいものである。
それ故、因幡の思いを踏み躙る景正に、業盛の怒りが再燃した。
「お前はなんであんな馬鹿に惚れ込んでいるんだ?はっきり言って、お前とあいつは不釣合いだ。
あいつの事など忘れて、他の者と付き合った方がいいのではないか?」
「刑様、言っていい事と悪い事がありますよ!」
「はぁ!」
よかれと思い口にした発言に、因幡が激しい拒否反応を示した。
囂々たる反論もとい惚気話が、堰を切って業盛に襲い掛かった。
「源蔵様は、誰よりも正義感の強い、とても優しいお方なのです!
子供の頃にいじめられていた私を、源蔵様に助けてくれました!
それだけではありません!私のような醜女に、かわいいと言ってくれました!
私が今、この様に生きていられるのも、全て源蔵様のお陰なのです!
私は源蔵様に救われました。だから、次は私が源蔵様を幸せにする番なのです!
源蔵様を幸せに出来るのは私だけ……、私だけなんです!」
床をバンバン叩きながら捲し立てる様は、どこか鬼気迫るものがあった。
「まさか、過去にその様な事があったとはな。素晴らしい馴初めだ。
……まぁ、あの馬鹿は忘れているだろうな。だからあんな事が……」
数日前の事を思い出し、多少呆れた業盛であったが、
ここまで言われて断るのは男が廃る。業盛は、因幡の頼みを聞く事にした。
既に業盛の頭には策が浮かんでいた。一度は断った景正の計画に乗る事にしたのだ。
早速、準備を整えるため、業盛は銭を握り締め、都に向かった。

286変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:10:42 ID:DDgKlF9I
強女祭当日、祭りで人気の少ない五条橋の袂に、景正が一人立っていた。
忙しなく景正が辺りを見ましていると、その視界に一人の女が飛び込んできた。
五尺五寸(約165cm)の身長に、背中まで伸びた黒髪を併せ持った女が、
その光沢ある髪をなびかせながら、景正に近付いた。
「待っていましたよ」
「遅れて悪かったな、平蔵」
女の正体は業盛だった。
「それにしても、似合う似合うとは思っていましたが、ここまで似合うと恐ろしいですね。
これは童顔という理由だけでは片付けられませんよ。……まさか、刑三郎様にはそっちの気が……」
「阿呆、そんな訳があるか!」
景正の言う通り、業盛の女装は異常なほど似合っていた。化粧もせず、ただ髪を下ろし、
女物の服を着ただけでこの変わり様なのだから、世の女は形無しである。
業盛としては、自分の気にしている童顔を指摘されたので、むっとした表情を景正に向けていた。
「そんな事より、早く六波羅に行って、因幡に見せ付けましょう。これで因幡も諦めるでしょう」
「あぁ……だといいな……」
ちなみに、業盛は因幡に計画の事を告げていない。波乱が起きるのは確実だった。



「もうお前は必要ないから」
「えっ……」
「…………」
血も凍るような状況に、業盛は出くわしている。
業盛は、景正の事だから婉曲に言うのだろう、と思っていたが、
部屋について放たれたのは暴言だった。
目を見開き、こちらを黙って睨み付けている因幡。紅い瞳が薄っすらと濁っていた。
「意味が分からない、という顔をしているな。ならばもっとはっきり言ってやる。
もううんざりなんだよ。お前と一緒にいるのは」
「……あっ……あははっ……。一体なにを言っているのですか、源蔵様。
全然笑えないですよ。あはははは……」
「嘘など吐くものか。私はお前などよりも、素晴らしい女性を見付けたのだ。
素晴しい者に出会ったのならば、そちらに乗り換える。……当然の事ではないか、なぁ、葵」
葵、と呼ばれ、業盛は無言で頷いた。
「嘘……。嘘に決まってる!源蔵様がそんな事をする訳がない。お前……源蔵様になにをした!」
「止めろ、因幡!」
業盛に掴み掛かった因幡を、景正が突き飛ばした。
信じられない、というような表情を因幡は浮かべていた。
「お前はこれまで私になにをしてきた。……全て、お前の自己満足だったではないか。
その自己満足に付き合わされた私の事を、お前は今まで考えた事があるか?」
「あっ……えっ……ごっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「またそれか。謝れば許してもらえると思ったら大間違いだ。
そんなに謝りたければ、一生そうしていろ」
「ごめんなさいごめんなさい……。気を付けますから……、
これからは源蔵様に迷惑を掛けないように気を付けますから、だから……」
「……行くぞ、葵。祭りに遅れる」
「…………」
「いやぁ……、行かないで……。源蔵様……げんぞうさまぁ!!!」
腹の中が抉られるような絶叫を背に、業盛は屋敷を後にした。

287変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:11:13 ID:DDgKlF9I
やりきったという表情を浮かべる景正を、業盛は冷ややかな目で見ていた。
景正は、これで終わった、と思っているのだろうが、事がそんな簡単に収まるはずがない。
業盛はなんとなしに後ろを振り返った。祭りで湧く人ごみの中、
頭巾と布で顔を隠している不審人物が目に付いた。それが因幡であると、業盛はすぐに気付いた。
唐突にあんな事を言われて、はいそうですか、と諦める奴などいるはずがない。
「それにしても、もう女装の必要などないのに、……やっぱり気に入ったのですか、それ?」
「ここまできたら、最後までやってやるさ。
……ところで平蔵、もうやる事は終わったのだから、一杯やりたいのだが」
「あっ、いいですね。では、酒家に行きましょう」
「込み合っている所ではなく、空いている所で酒を飲みたいな」
とにかく、まずは人気ない場所に平蔵を誘導する必要があった。
幸いにも、祭りの影響で空いている酒家を探すのは造作もない。
業盛と景正は、祭りの喧騒の中から抜け出した。


町外れで酒家を見付けた二人は、そこに腰を下ろした。
「さてと、いい加減教えてもらおうか、平蔵」
業盛はあえて大きな声を出した。外で耳を立てている因幡に聞こえるほど大きく。
「なんですか、いきなり大声なんか出して」
「こっちはしたくもない女装までしてお前の縁切りに付き合ってやったんだ。
お前が因幡の事を、本当はどう思っていたのか、聞いたって文句はないだろ」
「だからそれは……」
「さっき因幡に言った事が全て、とでも言うつもりか?馬鹿言うなよ。
本当に迷惑で、十数年間もあいつの世話を、例え愚痴りながらとはいえ、受けてきたというのか?
俺にはお前がなにかを隠しているようにしか見えないんだが……、正直なところ、どうなんだ?」
景正が俯いた。それがしばらく続き、やっと口を開いた。
「……そんなの、決まってるじゃないですか。大好きですよ。愛していますよ」
「ハッ……」
「始めて見た時からずっと、因幡は私の憧れでした。
出来る事なら、因幡を自分のものにしたかった。
……とは言っても、私と因幡が不釣合いである事くらい分かっていました。
彼女はいずれ私よりも素晴らしい男と祝言をあげる。分かりきった事です。
ならばせめて、少しでも仲良くなりたい。
そう思っていた時に、いじめられている因幡を見て、それを助けました。
……打算的だと笑わないでくださいよ。
その時はなにがなんでも親しくなる切欠が欲しかったのですから。
しかし、それがそもそもの間違いだった。因幡は、私のお嫁さんになる、と言い出したのです。
それからは、以前にも言った尽くしっぷりです。
やりすぎですが、それだけ愛してくれているというのは痛いほど分かります。
ですが、私はその愛を受けきれるような器ではないのです。
彼女は私のような田舎武士と付き合ってはいけないのです。だから、私は……」
業盛は素直に驚いた。忘れていると思っていた馴初めを、景正も覚えていたからだ。
それどころか、相思相愛だった。これほど幸せな事はない筈だというのに、
景正の訳の分からない気遣いが、それを全てぶち壊していた。
「(こいつ、なに馬鹿な事言ってるんだ。恋をするのに理由なんか必要ないだろうに。
なのにこいつは、仕方がない、これが定めだ、などと自分を特別扱いしやがって……。
というか、因幡が平蔵の嫁になると言って、一族の者が誰も咎めなかったのだから、
政略結婚はないと分かるだろうに。そんな事も分からんのか、こいつは。あぁ〜いらいらする)
……そうか。辛い事を聞いてしまったな。……平蔵、飲もう。俺がおごってやる」
「ありがとう……ございます……」
「さぁてと、辛気臭い話はこれで終わりだ。
今日は飲むぞ!思いっ切り飲むぞ!潰れても、粉になっても飲むぞ!」
「はい!」
「景正の縁切りに、乾杯だ(まぁ、縁を切るのは因幡ではないがな)!」
俄かに、寂れた酒家が騒がしくなった。

288変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:11:39 ID:DDgKlF9I
酒家から出てきた頃には、景正は正体なく酔っ払っていた。
一方の業盛も、大量に酒を飲んだというのに、顔色一つ変えていない。
服を着替えた業盛は、酔っ払って動けない景正を背負い、六波羅に帰還した。
空は既に薄暗くなっていた。
「入るぞ、因幡」
景正の部屋の戸を開けると、そこには顔を真っ赤に染めた因幡がいた。
「既に知っているとは思うが、葵は俺だ。それに、こいつの本心も、分かっただろう?」
「気付いていたのですか……」
「あの程度で諦める奴ではないと分かっていたからな。怒鳴ったのには驚いたが……」
「あれが女装だったなんて、全然気付きませんでした。私、もう少しで……」
「まぁ、事前に相談しなかったこちらも悪かった。
平蔵はここに置いていくぞ。後は好きにしてくれ」
業盛は部屋から出た。ここから先は二人の問題である。
やるべき事をやった業盛に、心残りはなかった。




この日を以って、景正と因幡は正真正銘の夫婦となった。

289変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:12:25 ID:DDgKlF9I
武士が武芸に励むのは、別におかしな事ではない。
業盛と景正は、温かい風が吹き始めた空の下、木刀で激しく打ち合っていた。
一見すると、一方的に打ち込み、圧倒している景正が有利のようだが、
防戦一方であるはずの業盛は、涼しい顔で全ての打ち込みを捌いている。
徐々に景正の剣速が落ち始めた。木刀を振り下ろした際、動きが一瞬止まった。
間髪入れず、業盛は木刀を叩き落し、返す勢いで剣先を景正の眼前に据えた。
「どうした、平蔵。大会まで日は少ないんだぞ。もっとしゃんとしろ」
夏と冬に、六波羅では郎党を集めて武術大会が行なわれる。
この大会は優勝者に褒美が与えられるため、参加者が非常に多い。
去年のごたごたのせいで大会に参加できなかった業盛にとって、
自分の存在を家中に示すのに絶好の機会という訳である。
静かな闘志を燃やす業盛とは対照的に、景正はぐったりとしていてまるでやる気が感じられない。
それどころか、じろりと業盛を睨み付けた。
「ここのところ、因幡が寝かせてくれないんですよ」
「それは幸せな悩みだな。俺も分けてもらいたいぐらいだ」
「……過ぎてしまった事はどうしようもありません。私も男ですから責任は取ります。
……ですが刑三郎様、あなたは私の話を聞いていたのですか!?」
「あぁ、聞いたさ。しょうもない事でぐだぐだ悩んでいた阿呆の戯言をな。
背中を押してやったんだからありがたく思いな」
「あのですね、そもそも私が芝居をしたのは……」
「まぁまぁ、二人共静まって」
口論に発展しそうになった二人の間に、一人の男が割って入った。
服部弥太郎正連(まさつら)。ここ最近知り合った郎党仲間である。
歳は十六。背は業盛より一寸低く、面長に糸目が特徴的な人物である。
飄々としたしゃべり方から胡散臭さを感じはするが、
至って誠実な人物である、と業盛は心評している。
「刑兄は、因幡さんと源蔵さんの事を思ってやったのですから悪意はありません。
それに、源蔵さんもせっかく結ばれたのですから愚痴らない。因幡さんに聞かれたら大変ですよ」
「……分かったよ」
「分かってもらえれば……あっ……」
正連が間の抜けた声を出した。正連の視線の先を見つめた業盛も、
その原因に気付き声を出した。
「二人共、一体どうし……『源蔵様ぁ!』うぉ!」
因幡が景正に抱き着いた。
「こんな所にいたのですか。昼食の用意が出来ましたので、早く来てください」
「因幡、汚いから離れなさい」
「源蔵様に汚いものなどありません。んぁ……、源蔵様の汗の匂い……」
「嗅ぐな!っ……首筋を舐める……って、ちょ、待て!そこは止め……」
「源蔵様、源蔵様、げんぞうさまぁ……」
時も場合も場所も弁えず、因幡が景正にべた付いている。
それもおそらくは愛がなせる業なのだろうが、少々目障りであった。
「弥太、少し散歩に付き合ってくれ」
「……いいですよ」
業盛と正連は、さっさとその場を立ち去った。

290変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:12:48 ID:DDgKlF9I
大会当日、張り詰める空気の中、これ以上もないほど、業盛は気合が入っていた。
なにせ、大会の優勝者に与えられる褒美が領地だと知ったからだ。
なんでも、その領地の前任者には子も親戚もおらず、流行り病で亡くなってしまった。
本来ならばすぐに後任の者を送るのだが、ちょうど武術大会が近いのだから、
いっその事、優勝者を後任にするのはどうか、という提案をする者がいて、
皆がその話に乗った結果、今回の褒美が実現したという訳であるらしい。
狭小で、兵の動員数も期待できないため魅力に欠けるものの、
領地のない業盛にとって、それは喉から手が出るほどほしいものだった。
功名心と物欲が絡んだ業盛は恐ろしく強い。今回も、それが大いに発揮された。
業盛と対峙する者は、放たれる殺気に手も足も出せず、
例えその殺気に耐えた者がいたとしても、刀を振る前に業盛の一撃に沈んだ。
業盛の斬撃は目視も敵わず、気付いた時には褥の上という凄まじいものである。
このため、誰一人として業盛の快進撃を止める事の出来る者はおらず、
途中で顔色の悪い景正を一蹴し、正連を気絶させ、遂に優勝してしまった。
こうして、なんの盛り上がりもなく武術大会は終了した。

大会翌日、業盛は呼び出され、領地授与の儀が行なわれた。
取り仕切ったのは清盛の嫡男重盛である。重盛の家中での評判は頗る良い。
文武両道にして、優れた孝徳を併せ持つ、次代を嘱望される逸材である。
それほどの人物に褒め称えられているというのに、業盛の表情は暗かった。
式典も終わり、立ち上がろうとした業盛に、重盛が歩み寄った。
「業盛、君の活躍には大いに期待しているよ」
「はい」
「分かっているとは思うが、経営者は常に民の鏡でなければならない。
放逸な事ばかりしていては、民に棄てられる。その事を忘れぬように」
「……肝に銘じます」
ゆっくりと立ち上がった業盛は、深く頭を下げ、そそくさと立ち去った。
そんな業盛を、重盛は掴みどころのない笑みで見送った。

291 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:13:14 ID:DDgKlF9I
投稿終了です。

292雌豚のにおい@774人目:2011/11/01(火) 19:21:10 ID:PJYvmvsY
変歴伝キタキタキターーー!!
超乙です!!!
これからも頑張って下さい!!

293風見 ◆uXa/.w6006:2011/11/01(火) 22:55:08 ID:U1juKE8k
投下します。今回は少し短いですがご了承ください。

294サイエンティストの危険な研究 第六話:2011/11/01(火) 22:56:04 ID:U1juKE8k

 次の日、俺はいつものように昼休みに観察をしていた。独自研究も早三日が経とうとしていた。今までの、既存のデータをまとめるだけの研究ではないため、俺にかかる負担はいつもよりでかい。
 しかし、そんな負担すらも超える喜びがこの先に満ち溢れていると思うと、無意識にペンが進む。
 というのがさっきまでの状態だ。しかし、俺のペンは今一寸たりとも動いてない。無意識すらも無視する信号、「魅入る」だ。
 俺は瞬きをせずに現在の主な研究場所、兄の教室を見ている。そこでは、俺も予想していなかった出来事が起こっていた。
「いい加減にしなさいよ!お兄ちゃんにずっとベタベタしやがって!今すぐその汚い手をお兄ちゃんから離しなさいよ!」
「あなたこそいい加減にしなさい。少しは昭介の事も考えなさいよ。」
「お兄ちゃんと私は愛し合っているの!あんたなんかが入る隙なんか一つもないのよ!あんたこそ、あんたがお兄ちゃんにベタベタしてちょっとはお兄ちゃんの迷惑を考えなさいよ!お兄ちゃんは私に会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくてしょうがないのに!」
 まるでマシンガンのように怒鳴り散らす妹。もちろん事実なんかじゃない。
 状況を説明すると、弁当を届けに来た妹がとうとう祐希に思いをぶつけた、といったところだ。昼休みが始まってから20分、ずっとこの調子だ。
 当の兄は、二人の激しい争いをただ傍観してることしかできなかった。当然だ、この二人の間に入る隙間なんか一ミリも見当たらない。仮にあったとしても、その先に待っているのは、たとえ兄でも死のみだ。
 結果、教室内は二人を中心に悪い空気が広まっていっている。誰にも止められないこの空気に、吐き気をもよおす人まで現れる始末だ。
「それに、あなた今お弁当を作ってあげてるらしいわね。でもなんで二人分しか作らないのかしら?」
「あんな奴にお弁当を作るなんて死んでもお断りよ!あんな奴お兄ちゃんの弟に産まれなきゃ良かったのよ!あいつさえ産まれなければ私とお兄ちゃんは一晩中愛し合えるのに!あいつなんか消えてなくなればいいのよ!お兄ちゃんは私のものよ!」
 その言葉に祐希は・・・平然とした顔だ。変わったと言えば、口元が少し緩んでいる程度だ。
「そう、分かったわ。あなたがそこまで言うなら・・・ね。」
 最後の「ね」が怖かった。いったい何を決意したのだろうか・・・。
 言葉を終えた祐希は、何も言わずに席についた。
「お兄ちゃん〜!ようやく二人になれるね〜!スリスリ〜!」
 まるで他の親衛隊に見せつけるかのようにすりよる妹。兄は顔を歪ませ周りを見渡す。もはや兄を見るものは誰もいなかった。
 兄弟としてもう見てられない。俺は早めに退散した。これはもはや観察をしている場合ではない。ここまでいったら、実際の妹の狂った映像を研究チームの解析班に見せてみよう。
 ちなみに補足しよう。解析班とは、映像や音声データを実際に見て聞いて解析するエキスパート集団だ。妹の映像を見せれば、何か新しい発見があるかもしれない。そう考えていると、いつの間にか教室の前に来ていた。

295サイエンティストの危険な研究 第六話:2011/11/01(火) 23:02:05 ID:U1juKE8k

 退屈な授業が終わり、ほっと一息つく。横目で、いなくなった木村梨子とその他の女子二人の机を見た。授業の途中、三人はそれぞれ別のタイミングで教室を出た。保健室に行くと言っていたが、向かったのは上の階。もちろん保健室は上にはない。ならば向かったのは一年生の教室になるだろう。そして、何をしにいったのかもわかる。
 それを確信付ける物が、校庭に落ちていた教科書だ。その教科書には「1年6組35番藤崎翔子」と書かれていた。
 とうとう親衛隊が、最大の敵である妹を潰しにかかったようだ。今までは兄がいた手前、なかなか行動に出れなかった親衛隊。しかし、さっきの抗争でリミッターが解除されたのだろう。
 まぁさすがに親衛隊の前で「お兄ちゃんと愛し合っているの」はまずかっただろうな。
 しかし、俺には好都合だ。この際妹がどうなろうが関係ない。俺にとっては研究資料がたくさんあればいい。
 そんなことを考えている内に、家にたどり着いた。

 軽く着替えてパソコンを起動する。
「・・・?」
 ふとwebカメラの映像に目をやった。映像の中に、机の上で書き物をしている妹の姿があった。
 しばらく見ていると、突然妹は持っていたペンを放り投げた。
「あは!ははは!はははははははははははははははははははははははははは!!!」
 急に高笑いを始めた。その顔は、もはや狂気なんて言葉じゃ言い表せない域にまで達していた。
 しばらく高笑いをしたのち、近くのトンカチを持って部屋を飛び出た。向かった先は予想できる。そして、その予想は見事に的中した。妹はトンカチを振りかぶって、兄の部屋の扉を思いっきりぶち抜いた!
「うわあぁ!!!」
 派手な音と共に聞こえる兄の声。予想通り、兄の部屋を襲撃する妹。一方の兄は、まだ状況を把握できないでいる。当然だ、妹が急に自室のドアをぶち抜いて来るなんて理解できないだろう。
 妹はそのままトンカチを放り投げ、ゆっくりと兄に歩み寄る。その表情は未だに狂気を宿していた。
「おい翔子!いったいどうしたんだ!?」
「お兄ちゃん・・・。これでやっと二人っきりだね・・・。」
 雄を見る雌の目をした妹が、ゆっくりと兄に近づいていく。
「翔子・・・何を言っているんだよ!?いい加減にしないと!」
「もう誰にも邪魔されないよ・・・嬉しいよねぇ〜嬉しいに決まってるよねぇ・・・だって、お兄ちゃんは私のこと大好きなんだもんね。私もお兄ちゃん大好きだよ〜お兄ちゃんと二人っきりで嬉しいよ。」
 何だこの妹は?これがあの妹とは思えない。確かに狂ってはいたが、ここまで狂ってたか?
 まさか・・・今までの俺の研究のための仕込みがこの結果を生み出したのか?ちょっとだけ罪悪感はあるが、研究のためなのだからしょうがない、と自分の中で完結させておこう。
 妹はそのまま兄に倒れ込む。兄はしっかりと妹を受け止めるが、それを妹は違った意味でとらえたようだ。
「えへへ〜、やっと愛し合えるね。あんなクズみたいな女共なんかに邪魔なんかされないよ。」
 クズみたいな女共、この言葉を聞いた途端、兄は妹を突き飛ばした。
「翔子・・・いい加減にしろ!!!」
 妹は壁に背中を打ち付けた。その表情は一変、狂っていた表情がさらに狂い出した。人間はこんな表情をするのか、研究者として色々な話は聞いたことはあるが、全ては"想像つく"範囲での話だ。しかし、今の妹の表情を説明をしろと言われたらおそらく出来ない。
 対して兄の顔は、今まで見たことがない、怒りの表情だった。兄は温厚で、普段は絶対に怒らない性格だ。それがここまで怒るとは、よほどさっきの言葉が気になったんだろう。

「翔子・・・祐希をクズ何て言うな!」
 静かに怒る兄。感情的にならない兄らしい怒り方だ。もちろん迫力なんかないが、今の妹にとっては何よりもダメージを与える最善の方法だ。「お兄ちゃん・・・?私だよ?翔子だよ・・・?」
 妹は何も見えていないのか、空を掴むように手を伸ばす。

296サイエンティストの危険な研究 第六話:2011/11/01(火) 23:02:57 ID:U1juKE8k
「お前は・・・俺の好きな人をクズって言ったんだ・・・!」
「好きな人・・・?私じゃないの?」
「俺は・・・祐希が好きなんだ!」
 妹の顔が無表情になる。そして俺はマジで驚いた。まさか兄が祐希を好きになるとは思わなかった。
 確かにそんな感じが無いとは言い切れなかった。小さい頃から特にあの二人は仲が良かった。あの時、俺と友里は二人は結ばれるものだと思っていた。
 しかし突然現れた伏兵、妹と言う存在が全ての歯車を一斉に狂わせたのだ。
「もういい・・・お前と話が通じないんだな・・・。今すぐこの部屋から出ていけ!」
「嫌だよ!お兄ちゃん大好きだよ!あんな奴に洗脳されちゃったんだよね?私が覚まさせてあげるから!」
「・・・もういい、俺が出ていく。」
 兄は妹を再び突き飛ばし、早足で部屋を出ていった。残った妹は何もできずにただいるだけの置物のようになってしまった。




 金曜日の朝、兄は家を出たきり帰ってこなかった。そして、妹は昨日の時から一切動いてない。
 とりあえず学校に行く準備をする。研究の最後の締めの仕込みをしなければならない。
「よし・・・最後の締めだ。」
 決意を秘め、学校に向かった。

 昼休みに教室に来た俺は、昨日の抗争以上の驚きを覚えた。
「は〜い!あ〜ん!」
 昨日、妹の相手を立派につとめあげた祐希が、間抜けに口を大きく開けている兄にご飯を食べさせてる。二人の空気は明らかに周りとは違っていた。明らかに周囲から浮いている存在、言うなれば「バカップル」だ。
 まさか兄は祐希に告白したのか?というか、そうじゃないとこれは説明がつかない。
「そうだ!ねぇ祐希、明日俺の家で勉強しない?」
「え!?行っていいの!?」
 聞こえてきた会話、それを聞いた瞬間、俺は心臓が高鳴った!
 最後の締め、それには祐希の存在が絶対不可欠だった。それが、偶然でこうも都合よく転がるものだろうか!考えてみれば、今まで俺は多少の仕込みで予想以上の成果を上げてきた。それはまさしく、俺の方にいいように転がっていった。そして最後の締め、サイエンティスト藤崎亮介の集大成とも言える最後の段階までもが俺に味方した。これはまさしく、俺に研究を完遂してほしいという天からの声なんだ!
 小さくガッツポーズをしたのち、俺は揚々と自分の教室に戻った。待ってろ世界・・・待ってろ女共!

 家に着いた俺はパソコンをすぐさま起動させ、チャットを開いた。

リョウ:皆さん、明日は僕の研究の最終段階を迎えます。そこで皆様とチームの解析班に見ていただきたいのです。
マルキ:おぉ!リョウさん待ってました!
村田:解析班って要請できましたっけ?
マルキ:確かできたはずですよ?
リョウ:では明日のお昼頃、チャットへ正午には入っていてください。
スーケ:思ったんですがリョウさんの研究テーマって何なんですか?
村田:明日までのお楽しみでよくないか?
マルキ:それもそうですね。あ、ちなみに僕はもうデータは送りました。
スーケ:ちなみにいくらぐらいで?

 この後はいつものメンバーでいつも通りの会話をしてその日は終わった。
「・・・・・・・・・・・・・・・寝よう。」
 明日は決戦だ。まだちょっと寝るには早いが、大事をとって寝ることにしよう。
 俺はさっさと布団を被って、頭に寝るよう指令を送る。しかし、何故だか眠れない・・・。
「・・・。」
 緊張で眠れないのならわかる。しかし、緊張などしていないのに眠れない。頭に流れるのは、今までになかった考えだった。
「俺の身に・・・何かが起こる。」
 流れる考えが口から飛び出た。そして声は全身に流れ、変な汗となって俺を悩ませる。
 危険が伴うのはわかる。しかし、最善の注意を払ってきたから大丈夫なんだ。と必死に言い聞かせるが、不安が最後まで拭いきれなかった。
 結局俺が寝たのは、それから三時間後だった。

 そして決戦当日・・・。

297風見 ◆uXa/.w6006:2011/11/01(火) 23:03:48 ID:U1juKE8k
投下終了です。ご一読していただければ幸いです。

298雌豚のにおい@774人目:2011/11/01(火) 23:44:00 ID:BYuq07P2
GJです。
未だに祐希の思考が分からない
続き楽しみに待ってます

299雌豚のにおい@774人目:2011/11/02(水) 00:28:26 ID:.p8HdmAA
うむ
変歴伝ようやく来たか





やったよぉぉぉーーー!!!

300雌豚のにおい@774人目:2011/11/02(水) 03:45:56 ID:bkN0CIes
変歴伝だいすき

301雌豚のにおい@774人目:2011/11/02(水) 07:56:07 ID:GZpKOTCo
次が最後か…

伏線が意外とあるからな…
全部回収よろ

302雌豚のにおい@774人目:2011/11/02(水) 14:10:43 ID:LLeapzHc
>>297
GJ!
何がどうなるのかまったく予想が付かないぜ!

303初めから:2011/11/02(水) 14:56:02 ID:F6XqJE6k
投下します。

304初めから:2011/11/02(水) 14:56:33 ID:F6XqJE6k

「アーニャちゃん聞いて!私凄い男の子に会ったよ!」

結構な大声で白髪頭が私に突っ込んで来た。
激突の寸前、伯父に教えられた通り後ろに半歩下がり衝撃を減らす。
今更だが、なぜ伯父はこんな技能を覚えていたのだろう?
ただの会社員のはずだが…

「でねっ!凄いんだよ!同い年くらいなのに、一目で私の病気当てたんだよ!」

「確かにすごいね」

聞いてもいないのに、次々と言葉が出てくる。本当にお喋りなんだから…
白髪頭――菜々美は私の数少ない友人だ。栄光ある孤立を貫く私とは違い
この子はその容姿から、クラスでは浮いている。

「その子どんな子だったの?」

聞けば、中々社交的な子供らしく初対面の菜々美に物怖じせずに
話しかけ、菜々美の気難しい祖父母とすぐ打ち解けたそうだ。
この年齢でアルビノなんて言葉を知っていたりと興味深い…

「あっ!そういえば名前聞くの忘れた!」

「そう…残念ね」

彼女の故郷は以前まで私が住んでいた町――つまりあの男の子の可能性がある。
しかし、名前が分からなければ調べようもない。
心底残念だ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ここ成城学園は、結城 葵――以前の私が中等部まで過ごしていた学校だ。
またこの学園で過ごす事になるとは、因果というものは不思議だ。

「アーニャちゃん?今日どこ行くー?」

一年生当時、私を外人扱いして近づいて来ないクラスの連中を見て、決心。
かの大英帝国よろしくこちらから孤立することを決めた。故に栄光ある孤立だ。
決して、人付き合いが苦手とかそんなことはない。

「ちゃん付けはやめて。まるで子供みたい」

子供でしょー!と、怒る菜々美を見て思わず吹き出す。
菜々美は本当にいい子だ。容姿の問題さえなければ、人当りの良さからすぐにでも
クラス一の人気者になれるだろう。
それに、どうゆう訳か彼女を見ていると伯父を思い出す。
目元や鼻、人好きする性格、考えてみると共通項が多い。

305初めから:2011/11/02(水) 14:57:02 ID:F6XqJE6k

「はい!静かに!今日は皆さんに残念なお知らせがあります」

バンッ!と先生が教卓を叩く。とたん静かになる教室。
先生に手招きされ、教室の隅に居た子が前に出る。

「明日、如月 咲ちゃんはご両親の都合で転校することになりました。」

彼女――如月 咲は、私と同じく自分から孤立しているような変わった子だ。
髪は肩まで届き、前髪は綺麗に切り揃えている。顔立ちは可愛いと言うより
綺麗といった子だ。

「それじゃ、咲ちゃんみんなに別れの挨拶を」

「………」

「あ、あの〜」

彼女はひたすら黙ってる。何か懲りでもあるのか、単に喋りたくないだけか。
恥ずかしがっている様でもない。どちらにしろ妙なプレッシャーをまき散らすのはやめて欲しい。
先生も困っているようだし。

「……ありがとうございました」

結局その一言を言うのに十分ほど掛かった。



「咲ちゃん転校するんだね〜」

「お仲間が減って悲しい?菜々美?」

どうゆう意味!?と怒り出す菜々美――流石に伯父のような上手い切返しは期待できない。
咲の事を考え直す。あの子には妙な親近感を感じる。まるで、伯父に関する
考察を得ていない――以前の私を見ているようだ。

「まさかね…」

一瞬ありえない考えが浮かんだ――

306初めから:2011/11/02(水) 14:57:36 ID:F6XqJE6k

「――で、あるからして諸君は今から多感な時期に入る」

校長の長い朝礼に、眠気を誘われつつ思い出す。
結局、あの時少女の名前まで聞くことは出来なかった。

あの日少女の迎えに来ていた祖父母を見て、彼女が俺の娘
だと確信を持つことは出来たが、人の話を聞かずに駆けて行った
少女に、名前を聞くタイミングを逸してしまった。

「重秀…俺だって眠いんだ。せめて眼だけは瞑るな…」

いかにも眠たそうな担任が注意してくれた。眠っていた訳ではないのだが、
そう見えてしまってはいけない。世の中他者から見た印象というのは大事だ。
「そう見える」だけで実際は違っていても、与える印象や評価は人によって違う。
注意しよう…

「成城学園か…」

あの子の詳しい事情を知るには、成城への進学を考えるべきだが…




小学校6年の冬――あの日から3年経っていた



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ふん!どんなもんよ!」

どや?とばかりにこちらを振り向き、自慢げな顔で無い胸を張るさやか。
一緒に動くツインテールが俺の頬を叩く。相変わらず邪魔な尻尾だ…
いつかスキを見て切り落としてやろうか…

「最高得点…確かにすごい――俺の次にな!」

言うや否やさやかの持つ銃型のコントローラを奪取。すぐさまコインを投入し
コントローラーを画面に向ける。アーケードのガンシューティングをやるのは
随分久しぶりだが、この程度の難易度なら問題ない。

307初めから:2011/11/02(水) 14:58:57 ID:F6XqJE6k

「な、なんて出鱈目!?流れるような速さでゾンビが死んでいく!?」

傍でやけに高いテンションで俺のプレイを実況するさやか。
変な所でノリが良いから困る。
そんな事を考えていたらいつの間にかさやか
の記録を更新。――俺の勝利だ。

「どうだ?すご…」「やったー!最高点だ!」

「……」

このゲームセンターの記録は常に更新されている。凜子のリザルト画面には
一位の文字。

「凜子に負けた…だと?」

「あれ何やってんだ?お前ら?」

「翔太!あんた待ってたに決まってんでしょ!」

落ち込む俺を放っておいて翔太に食って掛かるさやか――少しは俺を慰めろ。
しかしやっと目的の奴が来た。今日はこの男のためにみんな集まってきたのだ。
俺は鞄から包装された包みを翔太に差し出す。
姿勢を正し、強気な、それでいてわずかに恥ずかしそうな声で――

「誕生日プレゼント。た、ただの余り物なんだからね!勘違いしないでよね!」

何故か、さやかにぶたれた。


その後、翔太の誕生会を理由にゲーセン、カラオケ、映画鑑賞と次々と遊びつくした。
さやかをおちょくり、翔太をからかい、凜子を家に送り帰宅する。

その帰り道――あの子の言っていたことをまとめる。この町の病院で生まれ、その日に
父が他界。そして、あの祖父母。間違いなく彼女は俺の娘だろう。
だが引っ掛かる点が一つ…

「自殺…か」

美代子の自殺には衝撃を受けた。あいつは非常に理性的な女だ。
娘一人を残して逝くような、そんな奴じゃないはずだが…

「分からん…」

静かな女だった。最初の内は一言も喋らず全くの無言。そんな彼女にいろんな話を聞かせて
いるうちに、彼女のほうから徐々にではあるが喋りはじめた。その時の光景は思い出せば今でも
目に浮かぶ。
だが、美代子が死んでしまっては、もはや解決出来ない疑問だ。

「…いかんな、思い出してしまう…」

必死に嗚咽をこらえるも、目から涙が溢れ出てくる――
この人生で大泣きするのは生まれた時以来になりそうだった。







それから1年後、中学に進学してすぐの事だった――

「やったぞ!悠乃!重秀!昇進が決まった!東京に転勤だ!」

308初めから:2011/11/02(水) 14:59:23 ID:F6XqJE6k
投下終了

309雌豚のにおい@774人目:2011/11/02(水) 15:38:28 ID:k5Qj5gMA
GJ!!

変歴伝たまらんばい!!!

ぃいやっほぉおおおぅ!!!!!

(エクスクラメーション・マークは素数で増えてます。君は気付いたかな??)

310雌豚のにおい@774人目:2011/11/02(水) 17:58:12 ID:zYuNDUts
>>308
GJ〜
投下早くて嬉しかったぜ

311やーのー  ◆gnQKrmKMl.:2011/11/02(水) 18:41:20 ID:6nz3fsKk
投下

312白髪女とちっさい女 第三話  ◆gnQKrmKMl.:2011/11/02(水) 18:42:54 ID:6nz3fsKk
僕が目を覚ましたのは朝の4時だった。
時間としては学生の休日に起きる時間じゃないが、9時間位寝ていたので頭はかなりボーっとしている。
欠伸をしながらもそもそと布団から抜け出し、ベットに腰掛けた。
制服が寝汗でグショグショだったのでシャワーを浴びようと思いベットの下のケースから下着とジャージを取り出して部屋を風呂に向うことにする。
シャワーを浴びたあとに腹の虫がグーっとなったので何かないかキッチンの方に食べ物を探しに行くと、昨日の晩ご飯のハンバーグが机に上に置いてあった。
それを電子レンジで温めて、炊飯ジャーからご飯をよそぎ、テレビを点けてニュースを見ながらご飯を食べる。
ニュースの内容は、今年もひかりケ丘学園の学園祭が近づいてきたと言う内容だった。
ここで改めて、ひかりケ丘学園のことについて説明してみる。
ひかりケ丘学園は幼稚園から大学までがくっついた女子校で、完全な男子禁制である。
だか年に三日だけ男も入れる日がある。それが学園祭だ。
この三日間は学園に誰であろうと入れる様になり、全国から人が集まる。
日本で一番大きな学園祭で、三日間で億単位のお金が動き、お国のお偉いさんまで足を運びに来るのだ。
そんな学園祭が一ヶ月後の金曜日から始まると言うことで、全国のニュースで取り上げられていた。
個人の人もお店を出したりするので、人の量が半端じゃない。
まあ、別に僕は行かないから関係の無いことだなと思いながら空いたお皿をかたずける。
部屋に戻り、文庫本を読みながら一服していると携帯が鳴った。
この着信音は禊からだ。今は朝の6時なのに何の用だろう?と思い電話に出る。
「もしもし、なんだよ。こんな朝の早い時間から。」
『やっと出たか、この馬鹿ヤロー!!何回電話したと思ってるんだ。昨日遊ぶ約束しただろうが!!』
「ああ。悪い。寝てた。」
『寝てただと!!今の今まで一人でゲームして待ってたのに。』
「そうなのか?じゃあ今から行こうか?」
『もういいよ。眠いから寝る!!おやすみ。』
そう言って禊は電話を切った。
悪いことをしたなぁ、今度何か奢ってやろう。それにしても、テンション高かったなあいつ。
徹夜しなくてもよかったのにと思いながら携帯をいじってみる。
着信7件、メール12件
全部禊からだった。
あいつどれだけ僕と遊びたかったんだ?
悪いことをしたなと心の底から反省してしまった。
そして今日は何をしようかな?と今日のスケジュール決めてみることにする。
昨日僕はゲーセンにゲームをしに行ったができなかったので今日もうう一度行くことにした。
禊は寝てしまったので、聡太を誘うことにして電話をすると快くOKをくれたので10時に駅に集合することになった。
10時まで暇だなと思い僕は64のスイッチをいれた。

313白髪女とちっさい女 第三話  ◆gnQKrmKMl.:2011/11/02(水) 18:43:26 ID:6nz3fsKk
休日の10時とはいえ人があまりいない。
もともとこの駅は利用者が少ないのでいつもどうりと言えばいつも通りなのだが・・・
10時を5分過ぎたところで、聡太がやってきた。
この男はいろいろと完璧なのだが、少し時間にルーズなところがある。
と言うもののいつも遅れる時間が2〜5分位なのでそこまで気にならない程度で済んでいる。
僕たちは定期を改札に通して電車に乗り込む。
ここから学校の最寄り駅まで、10分位の場所に位置していて割と近くにある。
電車はガラガラだったので僕たちは適当な所に座る。
座ると同時に聡太が話掛けてきた。
「昨日聞けなかったが、禊と何を話したんだ?」
「色々だよ。」
僕は余り話した内容を言いたくなかったので曖昧に言葉を濁した。
それが聡太にも伝わったのか
「そうか」
と言うとそこからはそのことについて何も言わなくなった。
あとは適当に雑談していると目的地に着いたので、僕たちは電車を降りた。
ゲームセンターに着くと、またあの白い女の子がいた。
彼女は入ってきた僕たちに気づいたらしく、笑顔で手をブンブン振ってきた。
「あの子元気だね?」
と手を振り返しながら聡太は言った。
「あぁそうだね。でも悪いが僕はトイレに行きたいから、適当に相手しといて。」
僕はそう言うとトイレに向かう。
別にトイレには行きたくなかったのだが、何となく彼女と顔を合わすのが気まづかったので嘘を言って逃げた。
こういう所が僕のダメな所だと思う。どのみちトイレから出ると嫌でも顔を合わさなくてはいけないのに・・・
僕はトイレに入ってトイレをせずに顔をパチャパチャと洗い気を引き締める。
トイレから出ると聡太と彩弓ちゃんが椅子に座って楽しそうに話をしていた。
僕も話に混ざろうと思い、話かけることにした。
「昨日ぶりだね。百瀬ちゃん。」
「どうもです。別に彩弓でいいですよ。」
「じゃあ、彩弓ちゃんって呼ばせてもらうね。」
「どうぞ、どうぞ。遠慮なさらずにどんどん呼んでやってください。」
そう言いニッコリと笑う彩弓ちゃんに彼女の面影を感じなくなっていた。
「えーっと。彩弓ちゃんは今日もこれをやりに来たの?」
僕は目の前にある格ゲーの機械を指して尋ねる。
「はい。最近は毎日来てますね。」
「どうりで強いはずだね。」
「いえいえ。まだまだですよ。聡太さんの方が全然強かったです。」
「まあ。こいつはキチガイだからな。」
「誰がキチガイだよ、誰が?お前たちが弱すぎるんだよ。」
そこで話に入って来る聡太。
「いえいえ。聡太さんが強すぎるんですよ。」
「まあそう言われるとそうだが・・・」
「否定はしないんだ。」
「否定はしないんですね。」
「当たり前だろ。俺はプロとして誇りを持ってるからな。」
「えぇぇ!!聡太さんはプロなんですか?」
「自称だよ。自称。まぁ業界では先生とか呼ばれたりもしてるぐらいだしな。」
キザっぽく言う聡太は実に楽しそうだった。
「す、すごいです。」
自慢話をする聡太。それを聞き入る彩弓ちゃん。
なんなのこれ。ちょっと引くんですけど。
付き合いきれないと思い、僕はコインを投入した

314白髪女とちっさい女 第三話  ◆gnQKrmKMl.:2011/11/02(水) 18:44:04 ID:6nz3fsKk
12時ぐらいまでゲーセンにいた後、そこら辺にお昼を食べに行こうとした。
結局僕は聡太にも彩弓にも一回として勝てなかったことが悔しい。
彩弓ちゃんも誘ったのだが、何か用事があるらしく断られてしまったので聡太と一緒に何か食べに行くことにした。
ゲームセンターである程度お金を使ったし、学生なので近くのラーメン屋で食べることにした。
ラーメン屋に入ると店はガラガラで誰も居なかったので、僕たち二人はカウンター席に座ることにした。
注文したぐらいに誰かお店に入って来た。
その人はお店がガラガラにもかかわらず、僕の隣に座ってきて僕に話しかけて来た。
「こんにちは。今日は小さな彼女さんと一緒じゃないの?」
その声に反応して隣を見ると、僕らより少し年上ぐらいのおねーさんが座っていた。
どこかで見たことあるような人だが、名前が思い出せない。
「すいません。どこかで会いましたか?」
僕がそのように返すと
「あれ?見覚えないかな?フランクで接客をやっていた。」
思い出した。禊を小学生と間違えたひとだ。
「えーと、僕たちになんのようですか?」
「いや、一人でお昼を食べるよりみんなで食べる方が美味しいじゃない。だから御一緒していいいかしら?」
僕は聡太の方を見てみると
「いいですよ。それにしてもお姉さん初めてですね。僕もよくフランクに行くんですが見たことないです。」
聡太は目上の人に対しては一人称が俺から僕に変わるのだ。
「ああ。最近引越してきたの。あたしは下釜。下釜・・・花南(かなん)。よろしくね。」
苗字を言った後で下釜さんは少し間が空いていたが下釜さんの自己紹介が終わったのでこちらも自己紹介をすることにする。
「僕は天川 星司です。」
「僕は平 聡太です。よろしくお願いします。」
「まぁまぁ。そんなに畏まらないで。君たちは高校生でしょ?だったら年齢はそんなにかわらないはずよ。あたしは17だから。」
17歳・・・!?下釜さんは全然そんな風には見えなかった。
僕から見た下釜さんは社会人そのもので、僕には雰囲気がまるで違う様に思えた。
漫画やドラマで見るようなバリバリ働く大人の女性をそのまま現実社会に出してきた様ないでだちをしており、僕のイメージではスーツが似合いそうだ。
同じということで禊を思い出したがなんだか失礼すぎる気がして思い出すのをやめた。
「でもあたしは一応社会人だからね。色々事情があって高校には行ってないの。」
「そうなんですか。社会人ってやっぱり大変ですか?」
「大変だけど、楽しいよ。まぁ君達もそのうち分かるんじゃないかな?」
下釜さんはそう言いうと美味しそうにラーメンを啜り出した。

315白髪女とちっさい女 第三話  ◆gnQKrmKMl.:2011/11/02(水) 18:44:40 ID:6nz3fsKk
僕たちはラーメン屋を出た後別れた。
聡太は用事があるそうだ。
僕には用事がないので家に帰ることにする。
「ただいま。」
「おかえりー。」
家に帰ると何故か禊が母さんと食後のティータイムをしていた。
禊はうちの母さんと仲がいいので僕がいない間たまに家にいたりする。
「あれ?どこに行ってたの?」
「聡太とゲームセンターにちょっと。」
「うちも行きたかったなー。何で誘わないんだよ!」
「寝てただろ。起こさないで置いたんだ、むしろ感謝すべきた。」
「あ、ありがとう。」
禊は顔を真っ赤にして照れながらお礼をしている。
なんなんだこいつ訳がわからない。
「それでうちに何しにきたんだ?」
「実は今年の学園祭にお店を出すことになったんだよ。」
「えっ!抽選に当たったのか?」
ひかりケ丘学園の学園祭に一般から店を出すにはすごい倍率の抽選を勝ち取らなくてはならない。
ここ四、五年母さんがお店を出したいとって応募していたのだが、一回も当たらずに悔しい思いをしていたのだ。
「何の店を出すんだ?」
「だから今それを星ママと検討してるんだよ。」
「あんたも手伝うからあんたも考えるのよ。」
「ちょっとタンマ、タンマ。母さん冗談は勘弁して。そんな面倒くさいことは・・・」
「手伝って来月の小遣いとバイト料を貰うのかそれとも来月の小遣い無しかどっちがいい?」
「喜んで手伝わしていただきます!!」
クソっ!!小遣いを盾に取られてしまった。学生の小遣いは命の次に大切なのに・・・
「だからほっしーも考えてよ、どんな店を出すのかを。」
「食べ物でいいだろ?卵かけご飯とかで。」
そう言うと禊は真剣な表情で黙り込んだ。
母さんに至っては目を瞑って思案している。
この場の雰囲気がガラリと変わった。本当にビックリするぐらいに。
ダメだ。少し適当に言いすぎたか?
一分位沈黙が流れたあとに突然禊が親指を立てて
「Good!!」
と大きな声で僕に向かって声を放った。
母さんは目を瞑ったまま「ウン、ウン」とうなづいている。
どうやら僕はいいチョイスをしたらしい。
そのあと後で来た禊のおばちゃんも入って色々と学園祭のことについて話し合った。
ヒートアップした女性三人の会話は学園祭のことだけではなく、どんどん脱線していったのは言うまでもないだろう。

316白髪女とちっさい女 第三話  ◆gnQKrmKMl.:2011/11/02(水) 18:45:04 ID:6nz3fsKk
僕が禊たちと晩ご飯を一緒にして、お風呂に入ってゲームをしているときに誰かから、メールが来た。
携帯を開いてみると彩弓ちゃんからだった。
今日、メアドを交換したのだがすっかり忘れてしまっていた。

『夜も遅くに今晩は\(^▽^)/!

 初メールしちゃいました(/ω\)
 私には友達が居ないので(笑)暇がある時はいつでも私にメールしてやって下さい!!

 以上、お兄さんの愛しの後輩、百瀬 彩弓からでした。』

メールの文面でもいつもと変わらない子なんだなと思い、返事をする。

『明日が休みだからってあまり夜ふかししちゃダメだよ!!
 良い子は早く寝るように。
 おやすみ。』

まだ高校生が寝るには早い時間だか、ゲームをしたかったのでメールを早くきりげることにした。
ゲームに集中しようと思いコントローラーを握りなおした。




俺は星司と別れたあとある人に会う約束があるためフランクに来ていた。
今日いつの間にかポケットに手紙が入っていたのだ。
『今日の午後3時にあなたに話したいことがあるのでフランクで待っています。
 あなたのお友達についての話なので一人で来てください。

 P.S
 一人で来なかった場合はどうなっても知りませんよ。』

とワープロで書かれた文字は無機質で俺を不安にさせた。
いつもの俺ならこんな指示には従ったりはしないが、友達についての話なら別だ。
誰がどんな目的で俺に近づいたのかは知らないが、この話がもしも星司や禊に関わる話ならほっては置けない。
ましてや明確な脅しまで添付されているのだ。慎重にならざるを得ない。
「3時まであと少しか」
時計の針は2時50分を示している。
ちょうどその時、見知った顔がフランクに入ってきて俺の前に座った。
この時の彼女が俺たちの運命を大きく左右するなんて思いもよらなかった。

317やーのー  ◆gnQKrmKMl.:2011/11/02(水) 18:47:53 ID:6nz3fsKk
投下終了
展開は割と遅めですがこれから盛り上げて行こうと思います。

なんかトリップが変わってしまった。
すいません

318雌豚のにおい@774人目:2011/11/02(水) 20:04:11 ID:.IAVP6X6
>>317
gj!
気になるヒキだ… 。楽しみにして待ってる。

319雌豚のにおい@774人目:2011/11/02(水) 21:49:16 ID:YIS.LsWs
変歴伝もサイエンティストも大好きです!
楽しみにしています!!

320雌豚のにおい@774人目:2011/11/03(木) 02:35:56 ID:GbUJZTQA
面白かった。
gj

321雌豚のにおい@774人目:2011/11/03(木) 09:03:28 ID:bkxh.5j.
>>308
>>317

お二方とも投稿ありがとうございました。

322初めから:2011/11/03(木) 23:55:10 ID:d9oMcPm.
投下します

323初めから:2011/11/03(木) 23:55:44 ID:d9oMcPm.

「重秀、向こうに行ってもちゃんとやれよ」

まっ、お前なら問題なくやって行けるだろうなと、翔太。
東京行きの電車を待つ間にいつもの面子が俺の見送りに来ていた。

「翔太。お前こそ凜子の事頑張れよ」

「お前な…俺にはもう彼女がいるんだよ」

そうなのだ。この男中一にして既に彼女持ち。俺なんか大学に入り
どうにか頑張って彼女を作ったというのに…
中一のこの時期位からだろうか、徐々に顔面格差が出始めるのは…

既に俺と翔太では差が出来始めていた。この男ジャニーズからの誘いがあった
らしく、それを拒否したというのだ。まったくもって良いご身分である。
すこし位俺にもその恩恵を分けて欲しいものだ。
――と、冗談半分に笑ってやった。

見納めというわけではないだろうが、もう会えない可能性もある。
それなら出来るだけ笑っていよう。

「それに――もう凜子にはフラれちまったよ」

なんだって?その話は初耳だ。この手の恋愛ごとの話は、どういゆう訳か
俺の所に男女問わず相談にくる。みな決まって大人っぽいを理由として。
あいつらが言うほど大人じゃないんだがな…

「そうか…お前達仲良かったのにな」

「元々、お前ら幼馴染の仲に割って入ったんだ。身の程を知らなかっただけだよ」

翔太の奴はただ呆れたように笑った――無駄に大人っぽく成りやがって…


「あんた成城に進学するんだって?」

続いて話してきたのはさやかだった。どうやら少し前に俺が話していた
成城への進学話を覚えていたようだ。しかし一体なんだというのだ?
確か前に聞いた話だと、さやかは地元の高校へ進学すると言ってたはずだが…

324初めから:2011/11/03(木) 23:56:29 ID:d9oMcPm.

「あたしも成城に進学するから!その時また会いましょう!」

「お前が成城に?地元に進学だったはずだろ?大丈夫か?」

大丈夫よ問題ないわ、と胸を張るさやか。セーラー服を着ていても貧乳は貧乳だった。
確かにこいつの成績なら凜子に比べれば劣るが上から数えた方が早い。
しかし大丈夫なんだろうか?
成城は都内でも有数の進学校だ。いくら上位から数えた方が早いと言っても
完全とは言えないだろう…

「まぁいいや。それとツインテールは小学校までにしとけよ」

「う、うるさいわね!!今関係ある話か!」

ツインテールをやめろと暗に言っているようなものだが、
こいつが頭を振る度に動いていたツインテールがなくなると思うとそれはそれで寂しい。

しかし、相変わらず良い反応をする。隠れファンが多いのも納得だ。

昔俺が仕掛けた牛乳トラップに引っ掛かり白濁液にまみれた時の表情、
俺に対する命令権を掛けた徒競走。それに負け
悔しそうな表情で俺に様付したとき――

「…いかんな、思い出してしまう…」

必死に笑いをこらえるも、目から涙が溢れ出てくる――
さやかのおかげで大笑いするのはいったい何度目になるだろうか

「あんた――殴っていい?」

どうゆう訳か俺の考えに気づいたらしく無表情迫ってくる――今後は自重しよう


「あ、あのね秀君」

最後に話しかけてきたのは凜子だった。
この時期になると皆思春期に入る。今まで親しかった友人と徐々に疎遠に
なり始め、今まで大人しかった女の子が授業中に喋りだし化粧を始めたりと
身持ちを崩し始める。

そんな中凜子はしっかりと自分を保ち品行方正を貫いている。
その可憐な容姿とあいまって男子からの評判は良く、
仲の良い俺に仲介を頼む奴も多い。

もっとも凜子は身持ちも固いようで、今まで告白してきた男子
全てを振っているらしい。

325初めから:2011/11/03(木) 23:57:31 ID:d9oMcPm.

「これ、受け取って欲しいの」

凜子が俺に手渡してきた袋は三つ。凜子の分の袋にはチョコレートとブレスレッドが入っていた。
俺はどうにもこういった装飾品には疎く、判別は出来ないが
中学生がこれを買うのは厳しいだろう。

「良いのか?こんな高そうな物?」

「うん。秀君が転校するっていうから頑張ったんだよ」

凜子は嬉しそうに笑う。やはり凜子の笑っている姿を見ると心が落ち着く。

「チョコレートは今年の分。先に渡しておくね」

凜子から貰うチョコレートはこれが初めてではない。最初に貰ったのは小学校位か?
ちょうど男女の境が出来始めたあたりだった記憶がある。
以前の人生では学生の頃にチョコなんぞ貰った記憶などない。
初めて貰った時はそれもう喜んだことだ。

「実はね私も成城の進学を狙っているんだ」

「凜子もか」

なるほど。道理でさやかが自信ありげに胸を張るわけだ。
凜子の力を借りられれば、さやかならメキメキ成績を上げるだろう。
しかし――

「さやかもだが、どうして二人して成城に?」

「そ、それは…」

ゴニョゴニョ言いよどむ凜子。その姿は愛らしく、凜子好きの奴が
見たら興奮して鼻血でも垂らすかもしれない。

「っむ。そろそろ電車が来るな」

線路の向こうから向かってくる電車が見える。両親は先に
東京にむっかた。今頃新居を見て騒いでいる頃だろう。俺も急いで
新居に向かい準備せねば。

「じゃあな皆。元気でな」




「さて、何が入っているのかな。この袋?」

東京行きの電車の中凜子から貰った残り二つの袋。
恐らく翔太とさやかのものだろう。

「手紙?」

一番小さい袋をあけると、箱と手紙が入っていた。
手紙の主は書いていない。

『親愛なるあなたへ
 今この手紙を読んで居る時
 あなたは東京行の電車でしょう
 待って居てください
 三年後必ず迎えに行きます
 ――あなたの忠実な下僕より』

箱の中にはさやかの名が刻まれた首輪が入っていた。

「ハハッ。あいつも面白い事をする」

そういえば昔、あいつと何度目かの賭け勝負の時だ。
冗談半分で『俺の奴隷になれ』なんて事を言ったものだ。
あいつそれを覚えて居やがった。中々に洒落がきいている。

「さて…」

二つ目の袋に入っていたのは――エロ本だった。
恐らくこれは翔太の物だろう。なぜなら、入っていたエロ本は小6の頃、
俺が翔太に誕生日プレゼントとして渡したものだ。

「いらないなら素直に返せば良い物を…」

こんな風に返してくれるとは――粋なやつめ
しかし、よくみると何か挟まっている。

「『凜子に気を付けろ』なんだこれは?」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「行っちゃった」

秀君が東京行きの電車に乗っていった。やはり三年近く会えないとなるとすごく寂しい。
秀君大丈夫かな?変な女に絡まれていないかな?体を壊さないと良いけど。

「秀君食べてくれるかな?」

私の『愛』が詰まったチョコレート

326初めから:2011/11/03(木) 23:59:14 ID:d9oMcPm.
投下終了

327初めから:2011/11/04(金) 00:03:31 ID:8BwvOoi.
ぁあああああああああああああああ
誤字がぁぁぁぁっぁあっぁぁっぁ

328雌豚のにおい@774人目:2011/11/04(金) 00:05:02 ID:vcF5d6cs
>>326
GJです。
前回、今回と一気に時系列が進み、爆弾が着々と仕掛けられているようで。
出来ればハッピー(よりの)エンドを期待したいですが、はてさてはたしてどうなる事やら……

329雌豚のにおい@774人目:2011/11/04(金) 00:18:58 ID:GMmZgQQ6
>>326
投稿乙です。なんかこう、ワクワクしちゃいますね

330雌豚のにおい@774人目:2011/11/04(金) 00:21:58 ID:vcF5d6cs
>>326
>>327に追記 申し訳ありません、誤字に気づかずにwikiの方に保存してしまいました。
誤字は「チョコレートとブレスレッド」と、指輪に刻まれた名前でしょうか……。
勝手に弄るのも何なので、とりあえずは投下された状態のままにしておきますが、今後は軽挙妄動の無いよう気をつけます。

331雌豚のにおい@774人目:2011/11/04(金) 00:25:55 ID:TdE9X8gY
gj

332雌豚のにおい@774人目:2011/11/04(金) 00:28:49 ID:pVi/tMnU
>>330
初めからのものです。
私の間違いなので気にしなくて大丈夫です。
今後誤字がないよう気をつけます。

333雌豚のにおい@774人目:2011/11/04(金) 01:29:12 ID:DsOxhLKc
作品はおもしろければいい、当たり前だ

334雌豚のにおい@774人目:2011/11/04(金) 01:29:35 ID:DsOxhLKc
gj

作品はおもしろければいい、当たり前ダ

335雌豚のにおい@774人目:2011/11/04(金) 01:45:04 ID:dh4/CUOA
             /)
           ///)
          /,.=゙''"/
   /     i f ,.r='"-‐'つ____   こまけぇこたぁいいんだよ!!
  /      /   _,.-‐'~/⌒  ⌒\
    /   ,i   ,二ニ⊃( ●). (●)\
   /    ノ    il゙フ::::::⌒(__人__)⌒::::: \
      ,イ「ト、  ,!,!|     |r┬-|     |
     / iトヾヽ_/ィ"\      `ー'´     /

336雌豚のにおい@774人目:2011/11/05(土) 01:06:29 ID:ZumDwpxA
>>326
GJです!
あとトリップつけた方がいいんじゃないか?

337雌豚のにおい@774人目:2011/11/05(土) 04:16:10 ID:2Wo1yGgY
すいません
主人公がビッチな女に尽くして、愛想尽かしたらヤンデレになった作品があったような気がするんですが知りませんか?
どうしても思い出せないんです

338雌豚のにおい@774人目:2011/11/05(土) 16:38:12 ID:Phfnd1YA
ビッチのくせにやんでれになるとは・・・ヤンデレの風上にもおけんな
申し訳ないですけど自分はわからないです

339雌豚のにおい@774人目:2011/11/05(土) 16:52:26 ID:sUwAS6iw
たぶんそれ嫉妬スレの方のだと思う
ひとりワルツってやつかな

340ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:30:08 ID:p/z9kw42
 僭越ながら投下させていただきます。
 色々間に挟まりましたが、今回は『朱里の巻』からほぼ直結しています。
 内容は、読んで字のごとく。主人公が中学一年生の頃の出来事がメインです。

 『注意事項』としては、百合ヤンデレがあることくらい。

 時系列は中学編に戻りますが、ノリの方もいつも通りに戻りつつあります。
 ご一読いただけると幸いです。

341ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:31:28 ID:p/z9kw42
 4年前
 「それは、きっと……」
 「おー、居た居た居たぜ」
 その日、九重と話している最中、俺がそう言いかけた時、そう声をかけられた。
 寝ころんでいた体を起こすと、俺達のいる屋上の扉が開かれ、3人の生徒たちが入ってくる。
 生徒、俺と同じ夜照学園中等部の中学生たちである。
 俺に声をかけてきたのは葉山正樹。
 幸か不幸か俺と同じクラスになどなった揚句、無愛想な俺に積極的に話しかける奇妙で奇矯な男である。
 「……」
 招かれざる客を引き連れた、これまた招かれざる葉山に俺はジト目をくれてやった。
 「ンな目で睨むなよ。別にお楽しみ中だった訳でもあるまいし。なぁ、九重?」
 そう言って、葉山は俺と一緒にいた九重にも声をかけた。
 つくづく、馴れ馴れしい男だ。
 まったく……
 「その手の冗談、女の子の前で言うのはお勧めしないかもー?」
 対する九重は、へらりとした笑顔で葉山の言葉をかわす。
 「ああ、レバーに銘じとくぜ」
 「大げさだねー。たかだかただのクラスメート、縁もゆかりも無い相手にー」
 「いやいやいや。縁もゆかりもシソも無ぇってのは水臭いぜ、ダチ公達よ」
 「ダチコ?」
 「親友って意味だ」
 「ボクとはやまの間にそんな設定あったっけー?」
 「寂しいこと言うなよ!」
 ちなみに、俺はそのやり取りに口をはさめず、ただ横で眺めているだけ。
 当時の俺は、あまり口数の多いキャラクターでは無かったのだ。
 「そうは言ってもー、珍しくはやまークンがこんな寂れたところに態々来てくれたって言うのは何か用事があってのことでしょー?しかも知らない人たちも一緒にー?」
 「そうそう、俺は下心有り有りアリーデヴェルチ……って違う!まぁ、ちょい頼みごとがあるのは確かだがよ」
 「って言うか知らない人扱い?わたしら知られてない訳?マイナーマイナーどマイナスター?」
 葉山の後ろから現れた、快活そうな印象のポニーテイルの生徒が口をはさんだ。
 「こちらの一原百合子会長はつい先日生徒会選挙で生徒会長に就任された2年生なのですが」
 そう補足したのは、もう1人のショートカットに眼鏡の生徒。
 「あ、そーだったんですかー?すみませんー、ボクら世の中に疎くて」
 「くー!学園のアイドルの道は険しい!」
 九重(と横で頷く俺)に対して漫画チックに拳を握りしめるポニーテイルの生徒改め一原先輩。
 どうやら、かなりテンションの高い人のようだ。(って言うか、学園のアイドルって何だ)
 「でー、その学園のアイドル志望な生徒会長さん直々に、この友達いないコンビに何か御用ですかー?」
 「ンな固く考えなくて良いわよ」
 と、気軽そうに手をヒラヒラと振る一原先輩。
 「って言うか友達いない言うなよ!ここにいるじゃンかマイベストフレンドが!」
 と、自己主張するマイベストフレンド(自称)葉山。
 そして、葉山はツカツカと俺たちに歩み寄り、ポンと肩に手を置く。
 「面子が足りねーンだ。参加してくれ」
 「面目がどうかしたのー?」
 「メンバーって意味だよ、このバアイ」
 半分はわざと言っているであろう九重に対して、律儀にツッコミを入れる葉山。
 彼には芸人の才能がありそうだ。
 「メンバーって言っても、何のー?」
 「生徒会の」
 葉山が当然のように答えた。
 ……って生徒会だって?
 「知ってるだろ、っつっても知らねーか。今期(ウチ)の生徒会、今ソコの一原会長と氷室副会長、プラス俺以外にメンバーがいなくて役員絶賛募集中なンだよ」
 ンなアホな。
 いくら夜照学園の生徒会選挙が、基本的に生徒会長を決める選挙だと言っても、それで役員が集まらないと言う話は前代未聞だ。

342ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:31:53 ID:p/z9kw42
 「なんだか、部活動に昇格したい同好会の新人勧誘みたいだねー」
 「人事みたいに言うなよ。たった3人じゃどーしよーも無くて困ってンだ」
 「だって、自分事ってわけでもー?」
 「だから人事じゃねーし」
 そう言って俺達に向かって手を合わせる葉山。
 ついでに、後ろの2人の先輩も揃って手を合わせる。(練習でもしたかのようにピッタリだった)
 「つーわけで頼む!」
 「生徒会に入って!」
 「頂きます」
 葉山、一原先輩、眼鏡の氷室先輩が順に頭を下げた。
 「んー、そんなこと言われましてもー」
 と、困ったように小首をかしげる九重。
 一方、俺は内心かなり驚いていた。
 誰かに何かを頼まれたことなんて、それが初めてだったから。
 誰かに自分たちが必要とされたことなんて、本当に初めてだったから。
 「この通りだ!頼む!」
 「お願いぷりーず!へるぷみー!」
 「ここは、犬にでも噛まれたと思って」
 何だか、氷室先輩だけ温度差を感じるけど。
 「んー、でもー、ボクらそのセイトカイ?の経験とかスキルとか無いですよー、多分ー」
 「大丈夫!私もだから!」
 全くフォローにならないことを力説する会長。
 それにしても、生徒会長とかに立候補するからには、小学生時代からその手の活動をしているものだと思っていたが、世の中そんな人ばかりでも無いらしい。
 「うわ、何だかすごい偏見を持たれていた気がする……」
 俺に向かって嫌そうな声で言う一原先輩。
 この先輩、妙な所で鋭い。
 「ま、そーゆー訳で手伝ってくンね?」
 「差し当たり、九重後輩が書記で、御神後輩が庶務という体で考えていないことも無いのですが」
 葉山と氷室先輩が頼み込む。
 熱心な葉山と氷室先輩との間に微妙な温度差があるような気がしないでも無いが、気のせいだろうか。
 「書記ー?」
 「ダベッた内容をメモするだけの簡単なお仕事よ」
 小首をかしげた九重に、死ぬほど酷い説明をする一原先輩。
 取り合えず、この人は全国の書記さん一同に謝るべきだと思う。
 「んー、でもー……」
 「頼む神様仏様イエス様九重様御神様!」
 平身低頭、頭を下げる葉山。
 「ちょっと聞きたいんですけどー、何でボクたち何ですかー?生徒会選挙の立候補者ってー、他にもいたと思うんですけどー?」
 九重の言うことは、俺も気になっていた。
 確かに、夜照学園の生徒会長は生徒会役員の人事権も持っているが、だからと言って俺たちを役員にする必要は無い。
 例年は、選挙の立候補者の中で最も票を集めた者が生徒会長となり、それに次ぐ票を集めた上位数人を生徒会役員に選抜することが慣例となっている。(と、一年生にして生徒会選挙に立候補した葉山に、聞いてもいないのに説明されたことがある。)
 「確かに、候補者だけならいたのですが……」
 「なんかさー、ドイツもコイツもフランスも頭固いコばっかでね。悪いんだけど正直、あの面子と生徒会(チーム)組むのはちょっと無いわ」
 まいったぜ、と言わんばかりにゲンナリした表情をする一原先輩。
 どうも、他の候補者にも会いはしたものの、好印象を受けなかったらしい。
 「もっとも、彼らにとっても『無いわ』だったのでしょう。選挙演説で『学園のアイドルに、アタシはなる!』と言って会長に就任した女生徒というのは」
 と、氷室先輩が補足した。
 どうやら、好印象を受けなかったのは、お互いさまだったらしい。
 「それで、生徒会選挙で仲良く喧嘩したもとい競い合った葉山くんに『面白いヤツらがいる』って聞いてきたら大当たりだったってワケ」
 「―――」
 「……」
 それは、つまり俺達は一原先輩たちに、チームを組んで良いって思ってもらえた訳で。
 「特に九重ちゃん。アナタ、わたしの好みのどストライクベントよ」
 「おい」
 ナチュラルに九重の頬へ手を当てた一原先輩に対して、俺はツッコミを入れざるを得なかった。

343ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:32:09 ID:p/z9kw42
 「や、やーねー。冗談よ冗談。って言うか間髪入れずに突っ込んだわね、御神ちゃん。聞いてた通り面白いわ、アナタ」
 手を引っこんで慌てて釈明する一原先輩(怪しい……)
 それよりも、葉山の奴は先輩たちに俺のことをどう説明していたのだろう。
 「だから睨むなよ!」
 一瞥をくれただけで抗議の声を上げる葉山。
 「別に、睨んでない」
 「あー、悪ぃ」
 大声を出した割に、あっさり引っ込む葉山。
 良く分からない奴である。
 「え、今の睨んで無かったの?」
 「アイツ、目ぇ鋭いから、誤解されやすいんスよ」
 一原先輩と葉山が小声で話している。
 丸聞こえである。
 葉山の奴は本当に分かったようなことを言う。
 まったく……ありがたい。
 「まー、ボクは大丈夫ですよー、ヒマですからー」
 「ホント!?さんきゅーありがとーあぶりがーどー、らぶりーまいえんぜるかなえタン!」
 「タンとか言うな」
 九重に向かって、目を輝かせて世迷言をのたまう一原先輩、俺が横やりを入れた。
 所謂オタクである俺だが、九重が他人にそう言う呼ばれ方をされるのは好きではない。
 「それでー、千里はどうするのー?」
 かなえタン呼ばわりされたことを動じることなく俺に話を振る九重。
 「お前が良いなら、俺も異論は無い」
 「ボクが良く無くても、キミに異論は無かったクセにー」
 何故か意味深にクスクスと笑う九重。
 いや、分かってるけどね。
 奇妙で奇矯で、馴れ馴れしくもありがたい男友達に頼みごとをされて、俺が断れる訳が無いことくらい。
 「じゃ、これで決定ね!って言うか結成ね!今期夜照学園中等部生徒会!」
 そう言って、俺と氷室先輩の肩に腕をかける一原先輩。
 「お、やりますか?」
 「それっぽいでしょ?」
 「やれやれですね。ですが、嫌いじゃありません」
 「何ですかー?」
 と、口々に互いの肩に手を組む俺達。
 「結成記念の気合入れ。お約束の円陣よ!」
 「オ、良いですね。それで、なんて言いって組みます?」
 「あ、考えてなかった」
 「昔から、本当にノリだけで動きますね、一原会長は……」
 一原先輩に向かって、氷室先輩が呆れた声を出す。
 どうやら、せっかく円陣を組んだのに何を言うのか考えていなかったらしい。
 しかも、誰もそのアイディアを持っていない。
 「……じゃあ、ナンバーワンとか?」
 「良いわね、ナンバーワン。何かいかにもビッグでジャイアンツってカンジ!」
 俺が言った台詞に、一原先輩が意外な喰いつきを見せた。
 割と適当に言ったのだが。
 「じゃあ、行くわよ!夜照学園中等部生徒会ー……」
 「「「「「ナンバーワン!!!」」」」」

344ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:33:18 ID:p/z9kw42
 と、ここで終わっていればイイハナシなのだが、そうそう綺麗に終われれば苦労はしない。
 生徒会発足から数日後。
 役員不足という前代未聞のトラブルを乗り越えて、慌ただしくも何とか引き継ぎを終えた俺達ひよっ子生徒会も、ようやく軌道に乗り始めた。
 分からないことだらけで失敗の多い不格好な生徒会だったが、 時に助け時に助けられつつ、少しずつチームとしての体裁が整ってきたような気がしてきた。
 むしろ、トラブルが多かったからこそチームとして団結したと言えるかもしれない。
 生徒会に入ってまず驚いたのは、葉山が会計だったことだろうか。
 どれだけ驚いたかと言うと、俺達の間で
 「葉山、お金の計算とかできるの?」
 「失礼な!コレでも金銭感覚はちゃんとしてるつもりだぜ!まぁ、今は氷室先輩に半分くらい手伝ってもらってるけどな!半分くらい!」
 「殆ど全部を『半分』って言うの?」
 というやり取りがあった程だ。
 降格と葉山の株を落とすようだが、実際実務面で氷室先輩は非常に頼りになった。
 5人という生徒会としてはギリギリの人数の中で、彼女が全体のとりまとめをしていたと言っても過言ではない。
 一原先輩が難しいことは殆ど氷室先輩に丸投げしていたように見えるくらい。
 もっとも、実際はそう見えるだけで、一原先輩も生徒会の為、学園の為に尽力していた。
 どんなにキツい状況でもお気楽極楽な笑みを絶やさず、俺が手酷いミスを犯して落ち込んだ時も、笑って励ましてくれた。
 実務面では氷室先輩に救われ、精神面では一原先輩に救われた。
 そう、救われたのだ。
 もっとも、一原先輩が九重に対して妙に馴れ馴れしいのはムカついたが。(スキンシップで九重の胸揉むんだぜ、あの女)
 とは言え、そんな先輩でも救われたことは事実な訳で。
 まぁ、多少感謝の念を示すのが年長者に対する礼儀と言う奴だろう。
 そんな訳で、そんなある日の生徒会室。
 俺達は今日も今日とて雑務を処理するべく、放課後長いこと忙しくしていた。
 「うーん、今日も働いたわねー。これだけやれば、今から一年間は怠けても良いわよね!」
 夕日に照らされる長机で、大きく伸びをしながら、一原先輩は言った。
 「いや、その理屈はおかしいッス」
 葉山が間髪いれずにツッコミを入れた。
 「細かいことは言いっこなし」
 「細かくねーですよ」
 「てへ!」
 「かぁいく言ってもダメです」
 ボケ倒す一原先輩に葉山のツッコミが次々に決まる。
 「ま、それはともかくみんなお疲れー」
 と、解散宣言をした一原先輩の前に、俺は無言である物を置いた。
 「何これ、庶務ちゃん?」
 不思議そうに問いかける一原先輩。
 ちなみに、その頃の先輩は、相手を役職名にちゃん付けで呼ぶのがマイブームになっていた。
 「クッキーです」
 「クッキー?」
 「みんなの分もある」
 そう言って、俺は他の面々の分も彼らの前に置いていく。
 ラッピングしてあるリボンの色がそれぞれ違うのは、どれが誰の分か分かりやすいように、というのは個人的な工夫。
 「お前が料理するのは知ってたがよ、こんなん作るたぁ一体どーゆー風の吹きまわしだ、御神?」
 「そうそう。お菓子なんて作るような遊び心、無いじゃんー」
 葉山と九重が不思議そうに言った。
 「別に。ただ何となく作って見ただけ」
 「へーん」
 「嫌なら、捨てて良い。九重が言ったように、お菓子作りなんて、あんまりしたこと無いから、その……」
 美味しくないかも、と言いそうになったが、俺がそこまで言うことは無かった。

345ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:34:28 ID:p/z9kw42
 「食べる食べる。丁度甘いものが欲しかったところだし!」
 そう言って、俺が良い終わるのも待たずにラッピングをほどく一原先輩。
 「まぁ、胃に入っちまえばどれもおんなじだしな」
 「わっはー、葉山クン身も蓋も無いねー」
 「幸い、下校時刻まではまだ時間もありますし」
 と、他の面々もラッピングをほどいて行く。
 「てーねーなラッピングだから、解くのもちーと惜しい気もするけどな」
 と、葉山が言ってくれたのが嬉しかった。
 「「「「いただきます」」」」
 そして、皆がクッキーを口の中に入れる。
 「オ!」
 「ふぃーん」
 「これは……」
 「わお!」
 四者四様のリアクションを見せる。
 「どうです?」
 俺は恐る恐る4人に問いかけた。
 「「「「美味しい」」」」
 即答され、俺はホッと胸を撫で下ろす。
 その時の俺は、他人の為に何かを作ったことなんて無かったから、正直自信が無かったのだ。
 「って言うか、アレ?コレ、チョコが入ってる奴もあるの?」
 2個目に手を付けた一原先輩が言った。
 「それ、当たりです」
 「らっきー!あ、ひょっとしてわたしの為とか?」
 「……」
 適当に言った冗談であろうその言葉に、図星を突かれて俺は目をそらした。
 「ありがと、庶務ちゃん!」
 そう言って一原先輩先輩は笑った。
 その笑顔は、俺でも思わずドキリとするほどに美しかった。

346ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:34:48 ID:p/z9kw42
 その後、俺達は和気藹々とそれぞれの家路に着いて行く。
 今日の疲れなど感じさせない、明るい表情で。
 「クッキー、作って良かったな」
 家路を1人、俺はポツリと呟いた。
 みんなに、そして一原先輩に何かお礼をしたくて、自信が無いながらも作ったものだったけれど、思いのほか好評で一安心だった。
 一安心?
 それだけではない。
 俺の不器用な働きをみんなが喜んでくれたのが、この上無く嬉しかったのだ。
 それは、生まれて初めての感情だった。
 「不愉快ですね」
 と、俺の想いに冷や水を浴びせるような声がかけられた。
 目の前には、いつの間にか氷室先輩がいた。
 その目に、氷のような冷たさをたたえて。
 「氷室……先輩?」
 その様子に訝しさを覚え、俺は恐る恐る声をかける。
 「私のゆーちゃんに馴れ馴れしくする後輩、私のゆーちゃんに笑顔を向けられる後輩。全く持って――――不愉快です!」
 とん、と先輩は一瞬で間合いを詰め、一瞬で俺の制服を切り裂いていた。
 その手には、どこに隠していたのか小ぶりなナイフ。
 「……避けないんですか?」
 夕日に赤く染まる刃を手に、氷室先輩は言った。
 「理由は分かりませんけれど、先輩に不快な思いをさせてしまったのですから」
 ならば、報いは受けるべきだろう、道理として。
 元より、痛みには慣れているし、自分の身に守るだけの価値は無い。
 「不愉快ですね」
 そう吐き捨てて、氷室先輩は俺の腹に重い蹴りを見舞った。
 蹴りは抵抗する間も無い俺の腹に突き刺さり、俺は思わず地面に膝を着く。
 「自己保身に走る者も見苦しいですが、無抵抗も逆に不愉快」
 俺の首筋にナイフを当て、氷室先輩は言葉の針を投げつける。
 「よく言われます」
 それに対して、何の感慨も抱くことなく、俺は当り前に答えた。
 実際、お前虐めてもつまんない、とか小学校時代に言われた事があるし。
 「九重書記も、同じことを言うのでしょうかね」
 「……え?」
 唐突に出た名前に、俺は呆けた声を上げる他無かった。
 「何しろ、あなたたちは判で押したように良く似ていますから。……ああ、御神後輩。ひょっとしてこんな目に会うのが自分だけだと思っていましたか?」
 首筋に当てたナイフを手放すことなく、淡々と先輩は言った。
 「冥土の土産に教えて差し上げますが、最初は私とゆーちゃん、つまり一原会長だけで生徒会をやるつもりでした。生徒会を、2人だけの愛の巣にするつもりでした」
 淡々ととんでもないことを言う氷室先輩。 
 「その為に、他の生徒会役員候補の皆様にご退場願ったのですから」
 つまり、例年通りに生徒会役員が集まらなかったのは、氷室先輩が手をまわしたから、ということだろうか。
 たった2人の生徒会を実現するために。
 1人2人でほぼ全ての役職を兼任するなんて、西尾維新の漫画じゃないんだから、というツッコミは色々な意味で出来ない。
 「そのことを、一原先輩は知っているんですか?」
 「知っていたら、あなたたちのような邪魔者を入れる筈が無いでしょう」
 氷室先輩は淡々と言った。
 ナイフを握る氷室先輩の手の力が強くなった気がした。
 それこそ、手の中のナイフを砕かんばかりに。
 「それが彼女の望みならと、私も今まで甘受し続けていました。けれど、今日彼女があなたに最高の笑顔を向けているのを見て……!!」
 氷室先輩の中で、何かが外れてしまったのだろう。
 「ゆーちゃんが笑いかけるヤツは殺す。ゆーちゃんに胸を揉まれる奴は殺す。ゆーちゃんと楽しそうに話す奴は殺す。私のゆーちゃんを取るあなたたち3人は全てこの手で殺す……!」
 目に涙を溜めて、氷室先輩は遂に叫んだ。
 その言葉は、度は過ぎていたが俺にも理解できるものだった。
 なぜなら。
 俺も恋をしているから。
 けれども。
 否。
 だからこそ。

347ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:35:20 ID:p/z9kw42
 「……させません」
 「は?」
 「させないと言った!」
 そう叫び、俺は跳ね起き、拳を振るう。
 首筋のナイフ?
 そんなもの怖くもなんともない。
 怖いのは、俺の友と片思いの相手が、俺のせいで傷つくことだ!
 「甘いですね!」
 しかし、俺の視界は瞬時に反転し、気が付くと俺の体は地面に叩きつけられていた。
 投げられた!?
 俺よりもずっと小柄な相手に!?
 「殺すと言ったはずです!」
 視界に映るのは、先輩が躊躇なく振り下ろす銀のナイフ!?
 「うおおおおおお!?」
 情けない声を上げ、俺は地面を転がってナイフをギリギリで避けた。
 「待ちなさい!?逃げ……」
 「ませんよ!!」
 出来得る限り高速で地面から起き上がり、先輩に手を伸ばす。
 「この!!」
 「こっちの台詞!!」
 ナイフを振り回す先輩の腕を、俺は両腕でがっちりと固定する。
 恐らく、氷室先輩は喧嘩の経験、技術なら俺より遥かに上だろう。
 どうやら、合気道のように相手の力を利用して投げるような技も体得しているようでもある。
 けれども、単純な腕力、体格差はいかんともしがたく、俺の手を振り切ることができない。
 「失礼します!」
 ゴン、と俺はそのまま先輩の頭に頭突きを見舞う。
 「痛……!!」
 正直、こっちも痛い。
 けれども。
 「やらせてたまるか!傷つけさせてたまるか!殺させてたまるか!」 
 「殺す!殺す!殺す!私からゆーちゃんを奪うモノ全て殺す!!!!!!!!」
 自分よりもずっと大きな頭で叩きつけられながらも、氷室先輩の心は折れる気配が無い。
 「なら止めない!俺も絶対止めません!」
 「なぜ!?」
 「だって!俺の好きな奴らに!俺の大好きな人に!誰よりも好きな人に!死んでほしくないから!!」
 だから、どれだけ心と体が痛くても、止める訳にはいかない!!
 互いに額から血を流しながら、俺はもがく氷室先輩の体を押さえて頭突きを見舞い続ける。
 「うーちゃん!?」
 その時、助け舟がやってきた。
 一原先輩が、息を切らして駆けつけていたのだ。

348ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:35:55 ID:p/z9kw42
 「いやー、何となく道の途中で別れた副会長(フク)ちゃんの様子が気になって戻ってきたんだけど……」
 そう言って一原先輩は俺達を見下ろし、
 「で、どう言う状況、コレ?」
 と、詰問した。
 ちなみに、喧嘩を一原先輩に止められた俺達は揃って道路の上に正座させられている。
 誰にも見られないで良かった。
 「恋路の邪魔を排除しようとしたら抵抗されました」
 「友達を殺されそうになったので抵抗しました」
 先輩と俺が背中を丸めながら言った。
 「だからと言って庶務ちゃん、頭突くこと無いでしょ。相手は女の子なんだから、顔がどうにかなったらどうするの?」
 「……すみません」
 確かに、非常時とはいえ、あれはやりすぎだった。
 頭に血が上って、カッとなってやった。
 今は反省している。
 と、言うより猛省している。
 氷室先輩に対しても、「ごめんなさい」と頭を下げる。
 「まぁ、庶務ちゃんは正直仕方ないわよね。そんな気にすることは無いわ。問題は……」
 ビクリ、と小さくなる氷室先輩。
 「うーちゃん。あなたはとてつもなくいけないことをしました。何だか分かる?」
 「……後輩を揃って天国行きにしようとしたこと」
 「それもある。って言うかそれが一番だけど、わたし的にもっと許せないことがあるの」
 珍しく真面目な顔で一原先輩は言った。
 「わたしを信じてくれなかったこと」
 「……」
 一原先輩の言葉に、氷室先輩は心底驚いた顔をした。
 「わたしが他のコと楽しそうにしてて、それでアナタへの愛情が変わると思った?心が離れてくと思った?ンな訳無いじゃない!全然!全く!世界の中心で愛を叫べるくらい、私はいつだって1分1秒欠かさずうーちゃんを愛してるわ!」
 「……ゆーちゃん」
 堂々とした一原先輩の宣言に、氷室先輩は俯き、肩を震わせた。
 「……ごめんなさい」
 そう呟いた彼女の足元には、滴が滴り落ちていた。
 先輩の行動は、本当に度が過ぎていて、俺の逆鱗に触れたけれども、動機の根幹は、嫉妬心と、それ以上に好きな相手への不安だったのだろう。
 共感できる想いだけに、憎みきれない。
 「分かれば良いのよ。大丈夫だから、うーちゃん」
 そう言って、優しく氷室先輩の肩に手を置き、一原先輩は全てを包み込む様な穏やかな笑みを向けた。
 氷室先輩は、それに対して無言で頷いた。
 「じゃあ、この話はこれでおしまい!帰りましょうか!」
 パン、と明るく手を叩き、話を切り上げる一原先輩。
 俺は制服の埃を払いながら立ち上がり、氷室先輩は俯いたまま、半ば一原先輩に寄りかかるようにして立ち上がった。
 「今日はゴメンね、御神ちゃん。ウチのうーちゃんが」
 本当に申し訳なさそうに、一原先輩は言った。
 「いえ、俺は対して気にしてませんから」
 「そっか、ゴメンね」
 「いえ」
 「ゴメンついでに、今日のことはまるっと全部他言無用でお願いできる?あと、あんまり深く追求しないでくれると嬉しいかな」
 追求、というのは言うまでも無く先輩たちの関係だろう。
 前々から仲が良すぎるほど良いとは思っていたのだが。
 「分かりました。先輩たちがそうしたいと言うなら、それに従います」
 「そっか、ありがと」
 安堵の笑みを浮かべる一原先輩。
 思えば、シリアスな表情の先輩を見たのは今日が初めてだったかもしれない。
 「クッキー、美味しかったわ。今度また作ってくれない?当たりは全員の分にいれて」
 「はい、是非」
 そう言って、その日俺達は別れた。
 尤も、俺と氷室先輩との戦いは、それから先何度も繰り返されることになってしまうのだけれど。
 我ながら、ホント綺麗に終われないなぁ。

349ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:36:22 ID:p/z9kw42
 現在
 「あー、あったあったそんなこと」
 自室のベッドの上で、ボンヤリと4年前のことを思い出し終えて、俺は呟いた。
 葉山たち相手に大立ち回りを演じたその夜のことだった。
 数日の監禁生活中、三日が食事の世話などをしてくれた間以外、俺は完全に独りだった。
 窓も無く、時間も分からない部屋での孤独な状態は、精神的に負担をかけ、元々急ごしらえだった俺のキャラクターを崩壊させるのに十分だった。
 もっとも、そのお陰で一度自分のキャラを捨てて悪役に徹することができたのだが、さすがに明日から平和的に学校にいく以上そう言う訳にもいかない。
 あんな簡単に悪役になれる精神状態のままでは、今後自分も他人も傷つけかねないだろう。
 正直、友人を躊躇なくボコボコにしたことに遅まきながら遅すぎる後悔をしているところだ。
 そんなわけで、自分のキャラクター、と言うより自分その物を作り直し、精神的に安定させる一環として、俺は過去の出来事をつらつらと思いだしていたのだ。
 昔ならそんなことにも無自覚で、自覚してもどうでも良いと思っただろうが。(ナイフで切りかかられてビビらないアホよ?)
 今は、こんな自分を大切にしてくれる人もいるし、自分で自分を大切に出来るようになった。
 いやホント、極端な話、俺無しで三日の奴が当り前に生きてる図がもう想像できない。
 そんな訳で、アイツの為にも自分の為にも、俺は俺の思い出を回想することで、俺をメンタルを安定させる作業を行っていた。
 4年前のことを思い出したのは、あれが今の自分を形作っていると感じていたから。
 言わば、俺と言う人間の本当の始まり。
 「考えてみれば、アレが好きな人を守る為に初めて体を張った経験だっけ」
 騎士(ナイト)のように格好良く、とはいかなかったけれど。
 しかしながら、逆に言えば、あの日があったから俺は葉山を、それ以上に九重を好きだと言う想いを強くすることが出来たのだろう。
 そう、俺は九重が好きだ。
 今でも、好きだ。
 「アイツ、元気してると良いなぁ」
 そう呟くと、自然に愛おしげな笑みが浮かぶ。
 できることなら、九重が今どうしているか知りたいものだ。
 知って、そして会いたいものだ。
 「愛たい、ものだな」
 後から思えば、この夜そんなことを思い出したことこそが、翌日の伏線になっていたのだろう。

350ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと  ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21:39:27 ID:p/z9kw42
以上で投下終了になります。
お読みいただきありがとうございました。
何だか、2連続でメインヒロイン不在となってしまい、三日が好きだと言う方々には申し訳ありません。
次回からは現代編に戻り、三日の出番も出る予定です。

351雌豚のにおい@774人目:2011/11/05(土) 22:48:33 ID:28kx8FNc
秋田

352雌豚のにおい@774人目:2011/11/05(土) 23:17:53 ID:Aj6L.cTs
初めからの続き待ってます

353初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/06(日) 01:22:52 ID:4F8bce8k
投下します

354初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/06(日) 01:23:31 ID:4F8bce8k

「重秀、そこの机をリビングに持って行ってくれ」

はいよーと返事をしつつ軒先に置かれた机を持ち上げる。
東京での新しい我が家は、以前に比べて少し小さくなっていた。
まぁ家族三人暮らして行くには十分といったところか。

「重秀ちょっと買い物行ってきてくれない」

机を運び一息ついたところで母から買い物を頼まれた。
引越しで忙しいため、昼食の用意が出来ないそうだ。
それで、コンビニ弁当というのもどうかと思うが…

「結構変わったな」

どうせだからと小遣いも貰い、山手線に乗り正午になるまでの間
東京を回ってみることにした。
以前に比べて――もう十年も前だが――東京は変わっていた。

金のない時期に世話になったラーメン屋。同僚とバカやった居酒屋
彼女と別れ、日がな一日黄昏ていたベンチ。
それらが全て消えていた。たった十年、それだけであらゆる物は
変わる――そう意識せざるを得ない。

「うん?」

一瞬向かいの電車に居た金髪の少女と目が合った。綺麗な青い瞳に
白い肌、あごのラインがスッキリしていて相当な美少女だ。

成城の制服を着ていたことから、この国に帰化した外国人なのだろう。
そう思われる少女は俺と目があった瞬間驚いたような顔をしていた。
そこまで酷い顔じゃない――と、思いたいが

「帰るか」

ただの昼飯の買い出しなのに時間をかけすぎた。この程度で怒る両親ではないが、
早めに帰った方が良いだろう。明日から新しい学校なのだ。なるべく早めに
眠ろう






「坂谷中学から転校してきました。鈴木重秀です。一年間よろしくお願いします」

とりあえず無難な挨拶をする。最初はインパクトのある挨拶も考えてみたが、
やはり外した時のリスクは大きい――主に名誉の意味で

パチパチと拍手の音が上がる。どうにもクラス全体が陰気だ。中学生活も始まった
ばかり。まだ仲の良いグループが出来ていないのだろうか?

担任に示された席に向かう。ありがたい事にクラスの一番後ろだ。
男というのは本能的に背後に人やスペースがあると落ち着かないと言われており
俺も背後はなるべく壁などに近づけたりする。

「よろしく」

「あっ…ああ」

となりになった男子に話しかけるも、あまり良い反応が返ってこない。
どうにかならんものか…

「私、クラスの委員長やってる明日香。よろしく」

最初に話しかけてくれたのはクラス委員長の少女だった。
きちんと手入れされている綺麗な長い黒髪に縁なしメガネ、中々可愛い少女だ。
キリっとした雰囲気はまさに委員長っといった感じ。

「これから一年よろしく頼む」

彼女が差出てきた手を握り返し、笑顔で出来るだけ丁寧に答える。
ただこれだけの動作なのだが、委員長はえらく感動した面持ちで
俺の手を強く握り返してきた。

「よかった…ちゃんと反応してくれたの貴方だけよ…」

355初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/06(日) 01:24:44 ID:4F8bce8k

聞けば委員長もこのクラスの雰囲気をどうにかしようとしているのだが、
中々上手く行ってないらしい。女子は俺の田舎とは違ってあまり騒ぐ
訳じゃないようで、無駄に明るい雰囲気なならない。

男子は、誰に話しかけてもそっぽ向くかまともに話そうともしないそうだ。

「女子は猫被ってるだけだから良いけど、男子だと何考えているのか分からなくて…」

そんな中俺が転校し、試に話してみたら久しぶりにまともな会話ができ、
それで感極まった、と。

「それじゃ委員長連絡先交換しよう」

「ふぇ?」

俺の突然の宣言に一瞬可愛い声が出た委員長。もっともすぐにシャキン、としだし
携帯を出す俺にすぐさま対応する。女子はこういった時、反応が著しく早い。

「なぁ君のも教えてくれないか?」

両隣や近くの男子にも声をかける。そうなるとクラスの後方にメルアドを交換する一団が
出来上がり、これを見ていた他の男子達がそわそわし始める。この様子なら後一押しと
言ったところか?そんな中一人の男子がこちらに近づいて来た。

「あの…僕も良いかな?」

それが契機となったのか、他の男子達も立ち上がり一塊になっているこちらに
集まってくる。皆が皆タイミングをつかめず、緊張していたのだろう。
そこから一気にメルアドの交換が始まった。

「一週間ぐらいすれば男子も騒がしくなると思うぞ」

「私の時はこんなんじゃ…」

まだ中学が始まって二か月。みな機会がないだけで―若干長い気がするが―切欠さえ与えればこんな
もんだろう。それに女子が話しかけて来たら男子は普通緊張する。まして委員長みたいな
可愛い子が話して来たらなおさらだ。
委員長にそんなことを言いつつ席に着く。わたわた手を振ってる委員長はやっぱり可愛い。

「これでどうにかなると良いが…」

その日の帰り道、無駄に増えたメルアドを眺めつつ今日の事を思い出す。あのあとなんだかんだで
クラスは騒がしくなり、今日の放課後には気の合った連中で遊びに行ったりしたようだ。
この事で、委員長から信頼を勝ち取れたとも思う。転校初日なら上々…か?

「今日はもう眠いな…」

ゆっくり眠るとしよう

356初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/06(日) 01:25:40 ID:4F8bce8k

あれからキッチリ一週間。俺の予測どうりクラス全体が活気に沸いていた。
あの出来事のおかげで、クラスの皆と仲良くなり気の合う連中も何人か出来た。

「なぁこれ見てみろよ重秀?」

その内の一人である少年――歳久が話しかけてきた。彼は携帯を片手にそれを
俺に差し出してくる。写っていたのは二人の少女の写真だ。遠くから写したのか
若干見づらいが、金と銀の目立つ髪の毛をしている。

「これは?」

「成城の金銀コンビ!」

転校してきたお前は知らないだろうけど結構有名なんだぜ!と、歳久。
うっひょー!と妙に興奮しこの写真を撮れた事がどんなに凄いか力説してくる。
詳しく聞けば、このあたりでは有名な成城学園の生徒らしくその美しい容姿から
男子の間では人気があるらしい。

二人一組でよく行動しており、見かければラッキー、話しかけて貰えれば
その日一日良い事尽くめと、ある種のラッキーアイテムな扱いである。
――よく見れば、金色の方は最近見たことある気がする。

そんな中、担任が教室に入ってくる。みな席に着き始め、私語も小さく
なり始める。

「突然なんだが…今日は転校生を紹介する」

本当に突然だった。クラスも騒がしくなる。一月に二人も転校生が来るのだ。
それも同じクラスに。担任が手招きをすると廊下にいた子が入ってくる。

「……」

綺麗な子だ。髪は肩まで届き、前髪は綺麗に切り揃えている。とても俺好み
な髪の整え方ただ。しかし、どうにも冷たい印象を受ける。見たところ
緊張しているわけでもなさそうなのだが…

その時――彼女と目が合った。

「――わ、私は如月 咲と言います!よろしくお願いします!」

さっきとは一変、彼女は俺の方を見て眩しい笑顔で喋った。

357初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/06(日) 01:26:54 ID:4F8bce8k
投下終了

358雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 01:40:01 ID:wWydvIAg
gj


>>339
ありがとうございます。

359雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 09:19:37 ID:wsM115vA
>>357
GJ。ついに嫁さん(?)が来たか

360雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 13:30:52 ID:I8eByudQ
乙乙!

361風見 ◆uXa/.w6006:2011/11/06(日) 21:23:10 ID:lIuarwG2
最終話投下します。

362サイエンティストの危険な研究 最終話:2011/11/06(日) 21:23:50 ID:lIuarwG2

 俺はゆっくり目を開けた。現在午前十時、祐希が来るのは昼過ぎだ。
「よし・・・やってやる。」
 軽く意気込んでパソコンを起動させ、俺は部屋を出た。

「・・・・・・・・・。」
 ただ黙って部屋にいるだけの存在、一昨日から一歩たりとも動いてない。俺は勇気を出してそいつに話しかけた。
「翔子・・・今日の昼過ぎに祐希が来る。」
 それを聞いた瞬間、今まで全く動かなかった妹が動いた。俺の胸ぐらを掴んで声を荒げる。
「本当に来るの!?嘘じゃないでしょうね!?」
「嘘言ってどうするんだよ。」
 妹の表情が一気に引き締まる。これは決意の表情だ。
「わかったわ・・・待っててね、お兄ちゃん・・・腐れ外道の洗脳をすぐに解いてあげるから!」
 そう言って妹は部屋を飛び出た。
「よし・・・準備完了だ!」
 昨日のうちに立てておいた朝の計画は完遂された。後は映像を解析班と研究チームの全員で見るだけだ。

ピンポーン!

 まさか・・・もう来たのか?いや、そんなはずはない。兄はまだ外出中だし、祐希が早く来ることもない。じゃあ誰だ?
「亮ちゃ〜〜〜ん!!!遊ぼうよ〜〜〜!!!」
 なんだ友里か・・・。相変わらずしつこいやつだ。しかし今日という今日は完全無視だ。俺にとって今日は大切な一日なのだから。しっかりと鍵もかかってるから上がってくることはないだろう。
「亮ちゃん!いないの〜!?開けるね〜!」
「・・・え?」
 瞬間、金属と金属が激しくぶつかり合う音が響いた!
「うわぁ!」
 思わず耳を塞ぐ。しかし、ドアの向こうの友里は音を止めない。そして音が鳴るたびに、ドアのノブが少しずつ変形していった。まさか・・・鍵を破るつもりか!?
「もう硬いよー!えぇい!」
 何度も何度も打ち付けていく。いつしかノブはひしゃげてしまい、鍵はその役目を放棄した。ゆっくりと開かれる扉、その先にいたのは、満面の笑みを浮かべ、右手にゴルフクラブを持った友里だった。
「亮ちゃ〜〜〜ん!やっと会えた〜!」
 ゴルフクラブを捨てて、満面の笑みのまま飛び込んでくる友里を、かろうじてかわす。飛び込んだ勢いのまま地面に倒れる友里だが、顔はまだ笑顔だ。
「何で逃げるの〜!?私だよ?友里だよ?亮ちゃんの妻だよ?」
 再び歩み寄ってくる友里、気味が悪い。今までは学校だったから何となく抑制されていたのかもしれないが、校外じゃやりたい放題だ。まさか鍵を破るとは・・・。
「ねぇ遊ぼう〜!昼は色々お話しして〜、夜はベッドの上で遊ぼう〜!」
 何を言っているんだこいつは。相手にしない方がいいな。
「友里、帰れ。」
「何で何で何で何で何で!?」
 詰め寄る友里。
「はっきり言わせてもらうがな、俺にとってお前は邪魔以外の何者でもないんだ。」
「私・・・邪魔者?」
「あぁ邪魔だ。今すぐ消えろ。」
 それを聞いた瞬間、友里の目が暗く染まった。まるで一昨日の妹みたいだ。まさしく狂った目だ。
 膝から崩れ落ちる友里。それを気にせず俺は部屋に戻った。
「亮ちゃ・・・嫌わ・・・・・・やる・・・お兄・・・。」
 何かうわ言のように呟いていたようだが、遠くて聞き取れなかった。

363サイエンティストの危険な研究 最終話:2011/11/06(日) 21:24:27 ID:lIuarwG2

 時刻は正午、チャットには研究チーム全員、そして解析班がログインしていた。

リョウ:ではこれからwebカメラの映像を表示させます。
村田:おぉリョウさん待ってました!
マルキ:今繋いでます?画面真っ暗ですが。
リョウ:すいません、今繋いでいます。
スーケ:おぉ映りました!居間かなんかですか?
村田:誰もいないですが・・・?
リョウ:一応昼過ぎという予定でしたのでもう少しお待ちください。
タヤマ:ちなみに自分達は何をすれば?
リョウ:解析班には被験者二人の脳内物質などの解析をしてほしいのです。後の人達も気づいた点や考察、分析結果などをまとめてください。
村田:俺らっているか?
マルキ:いやいるだろ。
タヤマ:ていうかムウさんは?
スーケ:最近ムウさん来ませんよね。研究忙しいんでしょうか?

 ムウさんがいないのか・・・。人数は多いに越したことはないんだが、まぁいいだろう。

 時刻はついに二時を回った。チャットもカウントダウンを始めてしまうほど盛り上がっている。
 そしてついに、そのときは訪れた。
「ただいま!亮介いるかぁ〜!?」
 映像に映った兄、そしてその後ろからやって来た祐希。
「へぇ、ここも変わったのね。前とは全然違う。」
 祐希は部屋を見回している。当然だ、最後に来たときから軽く十年以上は経っているのだから。
「さぁ勉強始めよう。えぇっと宿題何があったっけ?」
 二人は宿題を始めた。

スーケ:何これ?ただのカップルの映像?
リョウ:これから始まります。記録のご用意を。
村田:すげぇ楽しみ!
マルキ:いったい何が起こるんだ!?

 チャットのテンションも最高潮。後は最後のあれが来るのを待つばかりだ。
 あれが来たのは、兄達が来てから約三分後の事だった。
「・・・!翔子・・・。」
 居間のドアの前に立っているのは、妹だった。妹に気づいた二人は顔を見合わせた。
 対して妹は・・・笑っていた。まるでこの時を待っていたかのように・・・。
「ウアアアァァァ!!!!!」
 妹が吠えた!そう思った瞬間、手に持っていた包丁で祐希に斬りかかった!
「キャアアア!」
 すぐさま逃げる祐希。しかし、翔子はお構い無し!逃げる祐希を狙って再び走る!
「何やっているんだ翔子!いい加減にしろ!」
 兄も叫ぶが、妹には届いていない。
「ちょっと!急に何するのよ!いい加減にしなさいよ!」
「うるさぁぁぁい!!!!!」
 妹の殺気は並みのものではない。逃げるのに必死な祐希は次第に追い詰められた。
「あんたがいるから!あんたがいるから!あんたがいるから!お兄ちゃんは私と愛し合っていたのに!私と愛し合っていたのに!あんたなんか死んじゃえばいいんだ!あんたなんか死んじゃえばいいんだ!あんたなんか死んじゃえばいいんだ!消えてなくなれ!消えてなくなれ!消えてなくなれ!」
 もはや狂うなんてレベルじゃない妹。
 それを見た兄が、覚悟を決めて後ろから羽交い締めにする。
「いい加減にしろ翔子!」
 しかし、羽交い締めをものともせず、妹は兄にそのまま抱きついた。
「お兄ちゃん!やっぱり私を選んでくれたんだよね!私の方が好きなんだよね!こんなくそみたいな奴より私の方が好きなんだよね!そうだよね?そうだよね?そうだよね?私もお兄ちゃん大好き!!!」
 兄を押し倒す妹。そして妹はそのまま・・・。
「んあぁ!お兄ちゃんの大きいよ!お兄ちゃん大好き〜〜〜!!!!!」

364サイエンティストの危険な研究 最終話:2011/11/06(日) 21:25:01 ID:lIuarwG2

 俺はチャットに目を戻した。

村田:すげぇ・・・。
マルキ:狂ってるな。
スーケ:一応まとめましたがデータはどうすれば?
リョウ:僕に送ってきてください。
タヤマ:マジですごかった!研究のしがいがある!
村田:こんな狂った実験体を用意できるとは・・・さすがリョウさん!

 俺のフォルダには、みんなでまとめたデータが入っていった。
 そして、最後の最後まで、ムウさんはチャットに来なかった。

――――――――――

 全てのデータをまとめ終わるのに一週間、所長に渡して結果が現れたのが一ヶ月後。そして、その報酬が払われたのがそのまた一ヶ月後。
「すげぇ・・・こんなに・・・。」
 初めての独自研究は見事に成功。データは超高額で買われた。
 今、俺の預金残高は、今まで見たことないような額が刻まれていた。
「これで夢が叶う・・・!やっと一歩を踏み出せる!」
 こんなに嬉しいことはない!これだけあれば自分専用のラボを一から作る事も可能だ!これも、俺の近くに最良の実験体がいたおかげだ。
 そして今、その実験体はたはと言うと・・・。
「んあぁ!お兄ちゃん!いっぱい入ってくるよー!」
「うぁ・・・ぁ・・・。」
 あの日からずっと、二人は繋がったままだ。兄にはもう逆らう力もない。祐希がその場を離れて逃げたときの兄の顔は、まさしく絶望的な顔だった。
 しかし、俺にはなんの関係もない。俺にとって二人はモルモットだ。どうなろうと知ったことではないのだ!
 今は輝かしい未来を思いながら次の目標を決めている時間が、俺の一番の楽しみだ。
 再び俺は預金残高わを見てにやにやしていた。

「亮ちゃん・・・。」

 突如聞こえた声、この声は・・・まさか?
「聞こえるかな?祐希だよ。久しぶりだね亮ちゃん。」
 確かに祐希の声だった。しかし、何か様子がおかしい。第一、俺を亮ちゃんなんて呼んでいたか?
「単刀直入に言うけどね、私、告白しに来たの。」
 は?告白?
「私ね、ずっと自分の気持ちに嘘ついてきたんだ。だって、ライバルが多いし、あなたをずっと見れるようになるにはあなたの家族を使うのが最良だと思ったの。」
 こいつは何を言っているんだ?わからないぞ?
「私ね、ずっと亮ちゃんのことが大好きなの。今でもずっと。」
 はぁ?何をふざけたことを・・・あの日から頭の中がおかしくなったのか?
「でもね、あなたのライバルって案外多いのよね。油断すれば私なんてすぐに置いてかれちゃうくらい・・・。だから私ね、ライバルを増やさないように、自分が優位に立てるように、昭介が好きだって嘘ついて、ファンクラブまで作ったんだよ?」
 え?ファンクラブ発足の理由が俺のため?なんだこの変な違和感・・・怖い。
「でもね、あなたの事忘れられないから・・・あなたに見ていてほしいから・・・だから私は作ったんだよ?あなたの親衛隊を。」
「俺の・・・親衛隊を?」
「うん。藤崎亮介親衛隊、別名"機動組"」
 衝撃的な事を暴露した。俺に嫌がらせをしていた機動組かが・・・俺の親衛隊だと!?そんな馬鹿な!
「木村梨子もあなたの事が世界で一番好きなんだって。あなたに見てほしくて、あなたに構ってほしくて、だからあなたの注目を私たちに集めたのよ。」
 俺は口を閉ざした。
「オークションの時もそう、機動組だけであなたの私物を品物にしたの。制服とかYシャツとか。」
「まさか・・・あの時俺の部屋が荒らされてたのは!」
 祐希の言うことが本当なら、あの時部屋を荒らしたのは、機動組?じゃああの時、祐希が着ていたキツキツのYシャツは・・・俺の?
「でもやっぱり、あなたを誰にも渡したくないの。だって私の・・・初めての相手だもん。」
 俺は思い出した。祐希に目隠しされて挿入されたことを・・・。じゃああれは嫌々でやっていたのではなく、祐希が望んでやっていたこと?
「誰にも渡したくないから・・・私、あなたを奪っちゃうから。」

 ヴィィィィィン!!!!!

365サイエンティストの危険な研究 最終話:2011/11/06(日) 21:25:32 ID:lIuarwG2

 突如聞こえた機械音。それと同時に、ドアに亀裂が走った。
「うわあぁぁぁ!」
 間違いない。祐希が出しているのはチェーンソーだ。ドアを少しずつ切り裂いてやって来るつもりだ!
「ヤバイ!」
 逃げなければ!入り口は使えない。窓から飛び降りよう。大丈夫だ、着地の仕方を変えれば骨は折れない。
 俺は窓に近づいた。

「バァ!」

「うわぁ!」
 思わず尻餅をついた。窓の向こうから現れたのは、
「亮ちゃん〜〜〜!待っててね〜〜〜!今からそっちに行くから〜〜〜!」
 友里だった。梯子で二階にやって来たようだ。そして持っていたトンカチでガラスを・・・割った!
「やっと会えた〜!亮ちゃん〜〜〜!」
 割った窓から入ってきた友里。思わずドアの方に逃げる。しかし
「ふふふ、ドア・・・開いちゃったよ?」
 チェーンソーを捨てて、ゆっくりと祐希が入ってきた。
 囲まれた!ヤバイ!何か逃げる方法はないか!
「あれ?お姉ちゃん。」
「あら、友里・・・。」
 二人は互いを確認するかのように見つめあっている。
「・・・!」
 そうだ!この二人は狂ってる!だから二人が俺をめぐって争っているうちに逃げればいいんだ!
「お姉ちゃんも〜?」
「友里も来たのね。」
「じゃ〜あ〜・・・。」
「二人でいただきましょうね!」
 そして二人は、ゆっくりと近づいてきた!
「何で・・・何でだよ!」
 何故争わない!もし妹と同じ状態なら、二人は争うはずだ。しかし、起こったのは全くの逆。争うどころか手を組んでしまった!
「亮ちゃん〜・・・。」
 そして二人は俺を抱き抱え、そのまま近くのベッドに倒れこんだ。
 必死で逃げようともがくが、二人に押さえられて動けない!
「じゃあ先に友里からどうぞ。」
「いいの〜?えへへ〜、じゃあいただきま〜す!」
 あっという間に全裸にされた俺、そして同じく全裸になる二人。魅力的すぎるぐらいの完璧な体の二人を見た俺は、何故だか興奮してしまった。
「あら?この間は反応なかったのに。」
「きっと責めが足りないんだよ。もっと激しくしようよ。」
「そうね!じゃあ友里はもう挿入していいわよ。私は・・・ふふふ。」
 不気味に微笑む二人。逃げられない状況。
 多分今の俺の顔は、あの時の兄と同じ顔だろう。
「は・・・はは・・・ははははは。」
 俺は・・・触れてはいけないことを研究対象にしてしまったのかもしれない・・・。しかし後悔してももう遅い。さっきまでの輝かしい未来が一転、二人の幼馴染みに一生、毎晩犯され続けてしまう未来に変わってしまったのだ。
「ふふふ・・・。」
「あはは・・・。」
 二人の笑い声も聞こえない。俺はその後の人生を知ってしまったのだ。もう俺に抗う術はない。このまま一生、二人に犯され続けるのだった・・・。

――――――――――

研究チャットの過去ログ

ムウ:ではそのデータを組み込む実験体はこちらで用意します。
所長:ではムウさんの妹二人に、リョウさんから頂いたデータを組み込ませていただきます。ちなみにデータの書き換えもできますが・・・。
ムウ:あぁそれならすでにしておきました。大好きな人をめぐっての争いは血が繋がったもの同士ではおきないようにしています。
所長:わかりました。では今後もよろしくお願いします。

サイエンティストの危険な研究



366風見 ◆uXa/.w6006:2011/11/06(日) 21:26:55 ID:lIuarwG2
投下終了です。最後まで読んでいただきまことにありがとうございます。

自分はまだ、小説を投下してよいのでしょうか?

367雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 21:29:45 ID:DoMAOGXU
初めてがめちゃくちゃ面白い(゜▽゜)

368雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 21:32:27 ID:DoMAOGXU
初めからでした( ̄▽ ̄;)

続き期待です。

369雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 21:35:36 ID:pdni458g
おー、完結乙です。
全てが明らかになってスッキリしました。

SSというものは自分が書きたいから書くものであって他人の意見に左右される物では無いと思います。
(もちろん参考程度にはアリですが)
つまり何が言いたいかと言うと、これからも頑張って下さい。

370雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 21:49:44 ID:/jVZZuYQ
>>366
GJ!
>>369さんの言った通りですね
これからも頑張ってください!

371雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 22:48:15 ID:1nX.td96
2万字くらい突っ込んだら皆怒るか?

372雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 23:01:08 ID:pdni458g
>>371
こいよベネット!!

373雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 23:56:20 ID:VMmQat4M
一体何が始まるんです!?

374雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 23:56:23 ID:wsM115vA
>>371
銃なんか捨ててかかってこい!!

375雌豚のにおい@774人目:2011/11/06(日) 23:58:14 ID:wv8AP0vM
>>366
最初の方の作品はあまり見てませんが
今作は楽しんで読ませて頂きました
完結乙

コンスタントに作品を投下して完結させれる
作者は非常に貴重なんでこれからも投下よろです

>>371
ばっちこい

376雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 00:53:29 ID:DJFGHVG2
>>373
第三次世界大戦だ

377オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:10:50 ID:wZiI40BM
2万字の予告を実行する。
依存ヤミの作者だ。
投下する。

378オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:16:54 ID:wZiI40BM
おい、レオ、聞いているか?」
「ああ…?」

 団長が呼んでいる。
 いかん、考え事をしていたようだ。
 俺の名前は、レオンハルト・ベッカー。このエミーリア騎士団でこの度、新しく設立された旅団クラスの部隊の副長に任命されたばかりだ。
「いつもボクの三歩後ろを歩けって言ってるだろう!」
 うるさいな…。小さ過ぎて見えなかったんだよ。賢い俺はその言葉を飲み込んだ。まだ命は惜しい。
 目の前で喚き散らしている小さい彼女はアキラ・キサラギ。第12旅団の団長。まあ…俺の直接の上官に当たる人物だ。
「お前は、ボクの言うことさえ聞いていればいいんだ……。おい、聞いているのか!」
「はいはいはいはい! 聞いてます! 聞いてますってば!」
「返事は一度でいい! 大体、お前は軽すぎるんだ! 会議の最中、お前が何度、あの薄汚いメイドに目をやったか、ボクが気付いてないとでも思っているのか!」
 薄汚いって……あのメイドは、あんたと同じ下級貴族の出身でしょうが……。
「傭兵上がりが…」
 吐き捨てて、団長は歩き出す。
 …その傭兵上がりを副長に抜擢したのは自分だろうに。
 それにしても…あの娘、可愛かったなあ。ありゃ、犬の獣人の血を引いてるな。いい身体してた…きっと、夜もいい声で鳴くんだろうなあ…。
「おい! お前、今、何を考えている!」
「うわあ! 何も考えてません、ごめんなさい!」
「何も考えてないだとお……? お前、今の自分の立場が分かってるのか!?」
 団長は怒鳴り散らしながら俺に詰め寄る。背伸びしても胸ほどまでしかない。癖のある猫っ毛を怒りに巻き上がらせながら言った。
「この、うすらとんかちめ…」

 俺が騎士の叙勲を受けたのは3年前。式の最中、あまりの退屈さに欠伸したところを、このアキラ・キサラギに見咎められたのが運の尽きだ。その後、修正という名の私的暴行を受け、騎士としての基本的な礼儀作法……まあ、戒律だな。そいつを身に付けるために、彼女の側近として仕えることになった。
 それから3年……現在もって修行中の身の上だ。

 俺は細く長い息を吐き出す。
「でもまあ、旅団クラスの団長ってんだから、出世ですね。おめでとうごさいます……………団長」
 これ以前のアキラ・キサラギは一個連隊……エミーリア騎士団では二千人ほどで編成される一個連隊の隊長であったから、旅団長に任命されたからには、その呼称も変わるということになる。
「すると……階級も上がりますね。とうとう准将ですか…将官クラスの就任…俺も鼻が高いですよ」
 その言葉に、俺の三歩前を歩いていた団長が、眉間に深い縦皺を刻んで振り返った。
 ぐい、と俺の襟首を引き寄せる。
「二人きりのときは、ボクのことはアキラって呼べって言っただろう……! 何が団長だ! そんなもの……おまえはそんなに……!」
「って、まだそんなこと言うんですか?」
 はあ、と溜め息を吐き出す。
 団長……アキラは頭も切れるし、腕も立つ。生まれも一応は貴族の出身だ。前途有望な彼女だが、時折訳の分からない要求で俺を困らせる。
 諭すように言う。
「あのですね、団長。それでなくとも、俺たちは団長と副長の間柄なんです。二人きりでいることが多いんですから、普段から注意しておかないと。そのつもりがなくても、こんなとこ風紀部の連中に見つかったら、えらいことになりますよ?」
「風紀部…? 今は、ボクとおまえの話をしているんだ! 奴らは関係ないだろう!」
「ありますよ! 団長は貴族だからいいですけど、平民出身の俺は、除隊どころか、最悪殺されるかもしれないんですから!」
「おまえ……ボクのいうことがきけないのか……!」

 平民にそんなに呼び捨てにされたいのか…? 少し呆れてしまう。

379オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:22:34 ID:wZiI40BM
  『エミーリア騎士団』は、元の始まりはただの修道会で、その名の由来は創立者の修道女『エミーリア』だ。戦地での主な働きは医療活動だった。しかし、三年前に前団長であるカロッサ公爵が、後任を娘のヒルデガルドに譲り、以来その活動には軍事行動も含まれるようになった。
 大幅な増員に伴い、俺のような傭兵上がりにも出世のチャンスができたわけだが、このエミーリア騎士団は元々の活動は医療活動が主であっただけに、その編成は女性が半数以上を占めている。
 他国の騎士団と比較して、男女の構成比に著しく公平を欠くエミーリア騎士団の、現在の大きな懸念材料が男女の恋愛関係だ。
 他国の騎士団には、馬鹿馬鹿しいと一笑に付されるこの懸念だが、急速に発展して来たエミーリア騎士団にとっては、大きな問題だ。
 現在、俺の目の前で毛を逆立てて、怒りに震えるアキラ・キサラギなんかもそうだが、エミーリア騎士団の抱える上級将官の実に八割が女性だ。その内、未婚者が七割。
 優秀な将官が結婚、妊娠を契機に長期の休暇、なんてことになったら、軍上層部は目も当てられんだろう。そこで新しく新設された部門『風紀部』の出番だ。
 傭兵上がりや、他国の将官クラスを引き抜いて、男の人員を増やす一方で、男女の構成比にバランスが取れるまで、時間を稼ごうという腹なんだろう。『風紀部』は主に、騎士団内部の男女関係を取り締まる。
 上級将官であるアキラとの間に変な噂でも流れれば、仮に、事実無根であったとしても平民出身の俺は、見せしめのために処刑されかねん。
 それは、あまりぞっとしない想像だ。先程まで考えていたのも、アキラとの距離感についてだ。
 周囲に人影のないことを確認し、アキラと視線を合わせる。
「アキラ、落ち着いてください」
 一方のアキラは目元を赤くして憤慨している。何でそこまで追い詰められたか分からないが、過呼吸に近い様相で興奮している。

「これが落ち着けるか! それになんだ、おまえの言葉遣いは! 他人行儀な……!」

 嫌がる俺に言葉遣いと礼儀作法を叩き込んだお方の言葉とは思えない。
「アキラ? アキラ……?」
 癇癪を起こした子供に母親がするように、背中を撫でてやる。
「うっ、ぐ……」
 アキラは、ぐっと目を閉じ、うっすらと涙さえ浮かべながら、嵐が去るのを待つかのように俯いて黙り込んだ。

 不思議な関係だ。我ながらそう思う。
 アキラとは、上官と部下との関係だ。同じ部隊で同じ作戦をこなしたし、同じ釜のメシも食った。やばい作戦もあったし、一緒に死線を抜けたこともあった。だがそれ以外は何もない。なのに何故、こんな偏った関係になったのだろうか。
 アキラの俺に対する執着……なぜ、こうなった?

 肩で大きく息をするアキラに言う。
「アキラ、公私の区別のつかない貴女ではないでしょう?」
「……」
 ついに流れた涙を、袖で拭いながら、アキラは上目使いに睨みつけて来た。
「おまえ…よくも……」
「はい」
 困ったものだ。ここまで酷い癇癪も久しぶりだ。一年前、人事で別部隊に飛ばされそうになった時以来の荒れようだ。
「覚えてろよ…」
「はい」
「後で、ひどいからな…」
「はい」
 取り敢えず、全ての言葉に肯定しておく。アキラの癇癪には、それが一番有効だ。

380オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:27:46 ID:wZiI40BM
その後、小一時間に渡って、俺は罵倒され続けた。
 唐変木、馬の骨、でくの坊、田舎者、神父の息子、傭兵上がり。散々言われたが、まあ、概ね合ってる。その全てに肯定しておいた。
 最後に大きく鼻を啜り、ようやくアキラは落ち着いたようだ。
「忘れてたが……お前も出世したからな」
「はい…って、え? 俺もですか?」
 アキラは少し得意そうに頷いた。
「まあ、このボクの副官が下士官じゃ、格好がつかないからな。ありがたく思え」
「そうですか…俺が、少佐に……」
 複雑な気分だ。
 通常、平民出の騎士がその地位につくことは、まず無い。あったとしても、引退間近の老騎士に対する捨て扶持といったところか。だが、俺はまだ二十代の前半だ。これは平民出の騎士としては異例の出世スピードだ。
 今までだって、同僚のやっかみみたいなものはあった。アキラ・キサラギのお気に入りということで、皆、沈黙していたが、少佐ともなるとそうもいかんだろう。
 これが何かの火種にならなければいいが……。
「なんだ、レオ。不満なのか?」
 俺の反応は、アキラには少し不服だったようだ。唇を尖らせる。
「いえ、そんなことは…ありがとうごさいます……」
 退役。ふと、そんな言葉が脳裏を過る。
 元々、俺は片田舎の神父の息子だ。その田舎者が、騎士に憧れてこのニーダーサクソンまでやって来たのはいいものの、現実はそんなに甘くなく、その日暮らしの傭兵稼業に就くはめになった。時勢がよく、騎士に取り立てられはしたが……。
 これが潮時かもしれない。切った張ったのやり取りにも嫌気が差していたところだ。
 今、退役しても国から出る恩給で、俺と、後一人くらいは十分やって行けるだろう。

「……」
「やっぱり……爵位が得られないのが不満か。それは少し待ってくれないか……?」

 退役か……。
 もう少し熟慮するべきだろうが、これは結構名案かもしれない。俺をやっかむ同僚たちも、退役してしまうと知れば、団長の温情ということで納得するだろう。

「いや、別にお前を過小評価しているわけじゃないんだ。ただ、貴族の中には、元傭兵のお前に爵位を与えることに反対の者もいる。やつらを黙らせるには、もっと功績が必要なんだ」
「……」

 ぼちぼちで身辺を整理して行くか……。次の出征が終わったころが切り出し頃だな。

「…やっぱり腹を立てているんだな? でも、ボクだって頑張ってるんだ。それは理解してほしい」
「…?」

 いかん、また考え事をしていた。悪い癖だ。

「お前の言う通り、公私のけじめは確かに大事なことだ。けど、それとボクたち二人のことは、また別の問題だろう……?」
「はい」

 やばい…なんの話だ? 全然ついていけん。でもまあ……なんとかなるだろう。俺がアキラの話を聞かないのは、これが初めてじゃないし……。
 アキラは笑みを浮かべると、俺の手を取った。
「わかってくれたんだな?」
「…はい」
 俺は一つ咳払いをする。これ以上、分けのわからん話に付き合わされてはかなわん。
「…それでは、新しい兵舎でも見に行きますか?」
「うん、そうだな!」
 アキラは、にっこり笑った。怒ったり、泣いたり、笑ったりと忙しいやつだ。

381オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:28:59 ID:wZiI40BM
常に俺の三歩前を歩くアキラ・キサラギだが、彼女には様々な逸話がある。
 曰く、アキラ・キサラギは、ホビットの血を引いている。まあ、小柄だからな。確認のしようはないが、信憑性はある。
 曰く、アキラ・キサラギは猫の獣人の血を引いている。噂では、尻尾が生えているとかいないとか。
 多人種の住むこの大陸では、特に珍しい話ではない。
 この逸話が事実であるとするならば、アキラ・キサラギはハイブリッドということになる。生物としては俺のような純粋種の人間などより、余程高みにいるということだ。
 これらの逸話に関しては、信憑性はあるものの、確信はない。確信を持って言えるのは、アキラ・キサラギという名の由来は、今はもう海に没した東方の大陸のものである、ということだけだ。
 アキラ・キサラギが東方の流れを引くというのは、疑いようのない事実だ。それを証明する一つの証拠が、今、彼女が腰に差している『カタナ』だ。これは俺が愛用している『剣』などとは似て非なるものだ。恐ろしい切れ味と、美しい紋様。扱うには独特の技術が必要だ。
 アキラはこの『カタナ』で身の丈が己の倍はあろうかという巨漢の首を、一刀で撥ねて見せたことがある。『剣』では出来ない芸当だ。
 そのアキラだが、背筋を伸ばし、後ろに手を組んで少しお尻を振りながら歩く。スリムな体型に長い尻尾を持つ猫の獣人がよくやる歩き方だ。そんな彼女に付いたあだ名は、
『猫隊長』或いは『猫大将』。
 なぜか機嫌が良くなったようで、鼻歌混じりにずんずん先を歩いて行く。
「おーい、レオ。置いて行くぞー!」
 俺は慌てて、アキラの後を追った。

382猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:30:53 ID:wZiI40BM
この度、新設される第12旅団であるが、『旅団』クラスの部隊はこのエミーリア騎士団では三個連隊を持って編成される。
 一個連隊が約一五〇〇〜二〇〇〇人で編成されていることを考えると、第12旅団は最低でも四五〇〇人。多ければ六〇〇〇人の集団ということになりそうだ。
 木造で古めかしい造りであった旧兵舎とは違い、新しく割り振られた兵舎は赤煉瓦拵えの二階建ての建物だった。
 アキラはご満悦で、新兵舎の居住区を見て回った。無論、副長たる俺も後に続く。
「レオ、ボクの部屋は見晴らしのいい屋上にしようと思うんだが、どうだろう?」
「何、馬鹿なこと言ってんですか。有事の際、屋上にいたら大変でしょうが。団長は離れに邸宅が用意されていますよ」
 アキラの形の良い眉が、きゅっと寄った。これは機嫌を悪くする一歩手前だ。
「ちなみに……お前は、何処に寝泊まりするんだ?」
「そりゃ、この新兵舎ですよ」
 副長だから個室だ。まあ、連隊の副長時代から個室は宛てがわれていたので、さしたる感動はない。
「…ボクは、どうなるんだ?」
 アキラは低く言う。雲行きが怪しくなって来たようだ。ますます表情が険しくなって来た。
「…はい、入り口に不寝番の衛兵が何人か付きます」
 危ない。あと少しで、知るかと言いそうになった。
「別にボクは、そんなものは頼んでない」
「まあ、堅苦しいのは分かりますけどね。我慢して下さい。偉くなるってのは、そういうものなんですよ」
 准将になるアキラは、連隊長時とは待遇が変わる。衛兵も付くし、専属のメイドなんかも付く。将官クラスの扱いは別格だ。今はぐずっているが、そのうち考えも変わるだろう。
「副長は、いつから団長と離れ離れになっても良くなったんだ…?」
「俺の――」
 この一人称も改めんといかんな。俺がだらしなければ、恥をかくのは団長のアキラだ。これでも、一応は期待されて副長の地位に就いたと自負してる。いつまでも傭兵上がりでは通用しない。
「小官の部屋でしたら、新兵舎の一階です。有事の際は――」
 最後まで言うことは出来なかった。
 アキラの拳が鳩尾にめり込んでいる。彼女は小柄だが、その拳は石より固い。そして、何よりも効く。家に伝わる特殊な体術らしい。『カラテ』とか言ったか。
「か、は――」
 肺から空気を絞り出し、苦痛に喘ぐ俺に、アキラは少し周囲の様子を確認しながら言う。
「なんなんだ、お前は。ボクの嫌がることばかりしやがって。二人きりだぞ? わかってるのか?」
 …なんのことだ? しかし、こいつは効く。頭三つは小柄なアキラに殴られて、膝を着く俺って……情けない。
 俺の襟首を持ち上げるアキラから表情が消える。何か知らんが、彼女は本気だ。修正モードだ。兎に角、何か言い訳しないと、足腰立たなくなるまで叩きのめされてしまう。
「う、く――」
 駄目だ! 喋れない! 一撃でこれか……。息を吸うのも難しい。言葉の替わりに、だらだらと脂汗が吹き出してくる。
 畜生、このチビめ!
「反抗的な目付きだな…。言いたいことがあるのか? 言ってみろ?」
「ぜ、んぶ、あなたの、ため…」
「え?」
 と、アキラは若干怯む。少しは聞く耳があったようだ。

383猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:32:18 ID:wZiI40BM
「俺が、だらしないと……団長に、迷惑が……」
 痛みに途切れがちな言葉をなんとか吐き出す。
「え? え? おまえが、ボクのために?」
 困惑して視線の定まらないアキラに、俺は大きく頷きかける。
「あなたの努力を、俺――私は知って、います……。私の不始末で、あなたに……」
「もういい! わかった、わかったから無理して喋るな!」
 おろおろとしたアキラが俺に近づく。しかし――アキラに殴られたのは、これで何度目だ? 身体に染み込んだ恐怖は、そう簡単に隠し仰せるものではない。思わず、身が竦んでしまう。
 はっとしたように、アキラは飛びのいた。
「くそっ、くそっ……」
 唇を噛み締め、俺を打った拳を摩るアキラの表情には、ひたすら困惑の色が見て取れた。
「ボクは謝らないからな。おまえがいけないんだ。ボクは悪くない! ボクは悪くない!」
「…はい」
 なんとか返事を返すと、アキラはなぜか絶望したような表情になった。
 近いうちに、絶対に辞めてやる。
 俺は決意を固くするのだった。

384猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:35:28 ID:wZiI40BM
この日は、アキラに断って早めに自室に引き取る。
 第12旅団の結成は決定されているものの、正式な辞令はまだだ。手続き上の問題もあるが、この間延びした時間は、大抵の場合、準備時間に充てられる。
 俺は独り者なので、準備にさしたる手間は掛からないが、その分、副長としてやっておかねばならないことが多々ある。
 アキラ・キサラギは優秀な軍人だが、困ったことに怠け癖がある。雑事は俺の担当だ。
 新兵舎の間取りの暗記は勿論、有事の際の連絡手段も考慮せねばなない。連絡手段に関しては、連隊時代のものを強化、見直すとして、内乱や暴動などの際の行動手順などもマニュアルとして落として行かねばならない。これも連隊時代に作成したものがあるが、規模が替わる以上、大幅な見直しを要求されることになる。
 とかく、アキラ・キサラギの副長は忙しい。
 通常、一個連隊は一五〇〇〜二〇〇〇人の集団から成るが、これを率いるのは中佐か大佐の階級を持つ上級士官である。
 『旅団』クラスの編成は最低でも二個連隊。つまり、アキラ・キサラギは最低でも一名の上級士官を新たに幕僚に加えることになる。
 先日、解体された一個師団の連隊長二名が再有力候補だろう。目星は付けてあるので、既に自然な成り行きを装って、二名には接触してある。
 傭兵稼業の長かった俺は、こういう根回しが結構得意だ。まあ、それだけ苦労しているということだ。
 接触した連隊長二名の資料を纏め、アキラに提出、面談の予定を組まなければならない。これは、おかしなことだが俺が勝手にやっていることだ。他の部隊では、こんな面倒なことはしない。軍上層部の人事に任せきりなのが通例だ。結成の式典がお互いの初顔合わせ、などということも珍しくない。
 面倒を勝手に抱え込む俺だが、この行為には計り知れない利点がある。
 前以て面識を持ち、あわよくば友誼を持つことが出来れば、後々取り込み易くなる。それは戦闘の際の連携にも密接に関係してくる。
 仮に、お互い初対面の印象が悪かったとしても、時間を置けば理解を得られるかも知れない。最悪、この段階で物別れということになってしまえば、人事にそれとなく働きかけ、多少なりとも異動に考慮の時間を与えることが出来る。
 アキラ・キサラギと同様に、俺も負けないくらい面倒臭がりだ。トラブルは少ない方がいい。

 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤー。
 イザベラ・フォン・バックハウス。

 フォンは、このニーダーサクソン古来の貴族であることの証し。
 今のところ、この二名が、新しく第12旅団に配属されそうな再有力候補だ。
 困ったことに、二名とも未婚の女性。しかも門閥貴族の子女だ。二人とも負けず劣らずプライドは高いが、まあ、その辺りは如才なく接したつもりだ。手応えは悪くない。
 後は、俺の上官の猫大将の気分次第、といったところか。
 屈服させるか、或いは友誼を結び、知己を得るか。

「あの…大尉、そろそろおやすみになられた方が……」

 背後からの声に振り返ると、そこにはメイドのエルが気遣わしげな視線を向けている。
 エルは猫の獣人の女性だ。
 四年前、未だ傭兵だったころ、軍から降りて来た作戦で、一つの村を焼き払ったことがある。
 百人ほどの小さい村で、疫病と飢饉でもうどうしようもなかった。
 今、思い出しても軍の指示は妥当だったと思うし、判断は適切だったと思う。
 村を焼き払うことも、その汚れ仕事を傭兵に押し付けることも。俺が軍の高官なら、俺だってそうする。だから、恨みはない。それとは別として、俺にもささやかながら良心というものがある。
 エルは、俺が焼き払った村の住人の生き残りだ。
「お願いです、助けてください……」
 と、命乞いする彼女をどうしても見捨てることができなかった。散々、無茶して、金も人脈も使えるものは全て使って、エル一人だけをなんとか助けることができた。
 それから四年。安月給にも拘わらず、エルはよくしてくれてる。
「ああ、もうこんな時間か……」
 暗くなった窓の外を見やり、首を鳴らす。
「そうだ、エル。俺、今度出世して少佐になったんだ」
 これでエルの月給も上げてやれる。何せ、傭兵時代からの付き合いだ。貧乏暮らしで無給の時だってあった。彼女には報いてやりたい。
「そうですか…」
 とエルは、素っ気ない。

385猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:36:36 ID:wZiI40BM
無理もない。俺はエルの生まれ故郷を焼いた男だ。恨んで当然なのだ。命を助けたからといって、それを恩に着せるつもりもない。
 ……偽善だな。素直にそう思う。罪のない民間人を虐殺しておいて、エル一人に報いたからといって、その罪が許されようわけがない。
 エルは……いつ、俺を殺しにくるのだろう。切った張ったが生業のこの稼業だ。いつ死んだっておかしくない。どうせいつか死ぬのなら、俺は、エルに殺されてやりたい。
 それすらも傲慢か……。
 これでも神父の息子だ。神の存在を信じてる。
 俺の生きざまが罰せられるべきならば、いずれ報いがあるだろう。
「それともう一つ」
「……」
 エルは面倒臭そうに振り返る。
「今度の出征が終わったら、退役しようと思う」
「はい……それが何か?」
 そう来るか。スルーですか。少し気が抜けてしまう。エルは俺のことなど、どうでもいいのだろう。
「いや、だから…そうなると、もう兵舎に居られない。だから、その……エルはどうするかと思って……」
 いかん、どうも歯切れが悪い。どう言えばいいかわからん。
「どうしましょう」
 エルは興味なさそうに首を傾げる。
「まあ、確定したわけでもないから、今は具体的なことは言えないんだが……その、考えておいてほしいんだ」
「はあ……考える、ですか」
「俺としては、エルに付いて来てほしいと思ってる。もちろん、無理にとは言わないが……俺は、その、切った張ったしか能が無いし…エルの助けが必要で……」
「……」
 ランプの薄暗い闇の中でエルと目が合う。
 猫の獣人は、体の正面部位には毛が生えていない。顔、胸、腹、手のひら。それ以外の部位に薄い毛皮。頭に尖った耳がある以外は、人間とさして変わりがない。
 そのエルも今年で十五歳。獣人の成長は人間より早く、一般的にその成人年齢は十二歳とされているから、もう十分に大人だ。だからだろうか。少し緊張してしまうのは。
 ええい、本音を言ってしまえ!
「エル、お前が心配だ。黙って俺について来い」
「……」
 その時、エルの瞳がぴかりと光ったような気がした。
「はい、それを望まれるのであれば……お供します」
 正解。気を使うのは性に合わない。気分が良かった。
「よろしい! 今日は下がって休んでくれ」
「はい、それでは」
 短く言ってエルは引き下がる。去り際、振り返り、
「…それでは、どこまでも…」
 と呟いた。

386猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:37:25 ID:wZiI40BM
正式な辞令が下った。
 これでアキラ・キサラギの率いる第七連隊は、これに二個連隊を加えた計三個連隊――第12旅団として機能して行くことになる。
「なあ、レオ。ボクはどうしたらいいんだ?」
 これが上官の言葉とは思えない。それを決めるのはあんただろう、と言ってやりたい。
 アキラ・キサラギは優秀な軍人ではあるが、極めて怠け癖の強い性格をしている。
「…とりあえず、馬鹿共を集めますんで、隊長、じゃない。団長は、後ろで睨みを利かせていて下さい」
 第七連隊は傭兵上がりが多く、実戦経験も豊富で結束も固い。その反面、血の気が多く荒くれ者も多い。命知らずのお調子者が多いのが特徴で、軍議は脱線することがしばしばある。そのため、団長のアキラが睨みを利かせ、俺が仕切る。

 エミーリア騎士団では、一個連隊は三個大隊ほどで組織されている。これらを指揮するのは、基本的には少佐クラスの士官である。
 第七連隊の場合、大隊指揮官として三名の少佐。それらは各々副官として中尉クラスの下士官がついている。
 俺が言った『馬鹿共』というのは、この第七連隊の中核を成す大隊指揮官、及びその副官を含めた計六名のことではなく、それ以外の平騎士たちのことだ。
「そんなことより、団長。この第七連隊を任せる士官を決めてくれましたか?」
 アキラは、むすっとして腕組みした。
「第七連隊の隊長はボクだ。だれにも任せるつもりはない」
「だから……」
 俺は頭を抱えた。
「…気持ちは分かりますけど、団長はこれから三個連隊の指揮を執るんです。一個連隊にばかり手を取られるわけにはいかんでしょう。……まあ、直属の第七連隊が可愛いのはわかりますけどね」
「…じゃあ、レオ。お前に第七連隊を任せる」
 渋々言われても嬉しくない。問題はそれだけじゃない。
「何言ってんですか。俺は少佐ですよ? 階級的には大隊クラスの指揮官が妥当です。まあ、どうしてもというなら出来ないこともないですけど…」
「じゃあ、どうしてもだ」
「わかりました。それじゃあ、俺に代わる副長を任命して下さい」
「なっ!」
 とアキラは仰天する。
「ふざけるなよ、そんなの兼任すれば済む話じゃないか!」
「だから……」
 俺はやっぱり頭を抱える。この話し合いは既に三度目だ。嫌気がさしてきた。
「そんなことできるわけがないでしょう。だから、信用出来る大隊長の中から、一人選べって言ってるんです。大隊長の資料は持ってますよね?」
「……」
 アキラは、つーんとそっぽを向いた。
「まあ、いいでしょう」
 アキラ・キサラギば馬鹿ではない。嫌がるのなら、それなりの理由があるのだろう。
「アスペルマイヤー、バックハウス両大佐との面談のこと考えてくれましたか?」
「…!」
 アキラの表情が険しくなる。
 この様子だと、報告書はちゃんと目を通したようだ。とても嫌そうな顔をしている。
 つまり、アスペルマイヤー、バックハウスの両大佐はお気に召さないというわけか。それで、手飼いの第七連隊は側に置いておきたいというわけだ。
 まあそうだろうな。
 アスペルマイヤー、バックハウス両名とも、家名だけなら団長を凌ぐ家柄の出身だ。扱い辛いと感じたのだろう。しかし……アキラの度量なら、どうにかするのではないか、と思ったのは買いかぶり過ぎだったろうか。
「おまえ…二人とは知り合いなんだろう?」
「ええ、そうですが」
「特にアスペルマイヤーとは懇意にしているらしいじゃないか」

387猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:39:54 ID:wZiI40BM
ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤー。
 傭兵時代、彼女の指揮する部隊に一時所属していたことがある。俺には、ある能力があって彼女の部隊では非常に重宝されていた。
 一年前、人事部に働きかけ、俺を旗下に加えようとしたのも彼女だ。アキラの猛烈な反対と妨害で断念したが、先日会ったときは、再会を喜んでいた。

「なんです? 一年前のこと、まだ根に持ってるんですか?」
「当然だ! このボクから引き抜きだぞ? よりによって……くそっ! 今、思い出しても腹が立つ!」
 こりゃ、駄目だ。アスペルマイヤーはペケ、と。
「それでは、バックハウス大佐はどうです?」
「ふざけるな! あいつはエルフじゃないか!」
 いよいよ頭に血が昇ったのだろう。アキラは怒鳴り散らした。
 種の純血に拘りを持つエルフを嫌う人間は多い。アキラも多分に漏れず、エルフは嫌いなようだ。
 はいはい、バックハウスもペケ、と。
「レオ! エルフとはどういう関係なんだ!? 事と次第によっては、おまえでもただじゃおかないぞ!」
「アスペルマイヤー大佐とバックハウス大佐は、幼なじみなんですよ。それで知己を得た。それだけです」
「本当だろうな! アスペルマイヤーは!? どんな関係だ!」
 すごい見幕だ。少し、引いておこう。
「アスペルマイヤー大佐ですか? 会えば挨拶くらいはしますが、それだけですね。一緒に食事をしたり、話し込んだりするような仲ではないです」
 顔を真っ赤にしたアキラは、苛々と執務室の中を歩き回った。
「会わないからな!」
「はい」
 と言ってはみたものの。嫌いだから、という理由で二人の率いる二個連隊の併合を断ることはできない。
 やれやれ、アキラと二人の出会いは、第12旅団の結成式典の時になりそうだ。

388猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:42:05 ID:wZiI40BM
正式な辞令が下り、第12旅団は一週間の準備期間を経て発足することになる。それに辺り、俺は『馬鹿共』たちに色々と指示する必要があった。
 木造の兵舎を引き払い、新造の煉瓦造りの兵舎に移動する指示を出さなければいけない。我ながら、心配症の苦労性であるが、こういった瑣末な指示を怠れば、予期せぬ事態に見舞われることがある。
 馬鹿共……第七連隊の平騎士たちであるが、全員が全員騎乗の騎士ではない。歩兵、騎兵、工兵、砲兵、兵站など、兵科は別れる。
 馬鹿共を旧兵舎に終結させ、移動の手順、その際の交通路などを指示していく。反対意見や懸念事項はこの時、一緒に処理する。俺の手に余る判断が迫られる時は、後背で睨みを利かせるアキラの出番だ。
 大きく息を吸い、第七連隊1723名全員に行き渡るよう、声を張り上げる。
「いいか、馬鹿共! 他の連隊と揉めるんじゃないぞ!」
 他の連隊とは、アスペルマイヤー、バックハウスの両連隊のことだ。詰まらないことだが、きちんと言及しておかないと、傭兵上がりの多いこの第七連隊の連中は揉め事を起こす可能性がある。
「わかったか! お前らの新しいヤサは、赤い煉瓦造りの第一から第三兵舎だ!」
 第七連隊の連中は傭兵上がりが多く、そのため礼儀作法にはうるさくない。身体に馴染む古巣の匂いに、俺も少し気が緩んでしまう。でかい声を張り上げながら連中を見回す。
 メモを取る者もいれば、住み慣れた兵舎から離れることを愚痴る者もいる。後ろでは、なぜかアキラもメモを取っていた。
 移動の手段くらい、あんたの好きにすればいいでしょう……俺は少し呆れてしまう。
「おい、神父の息子! 階級章が変わってるが、出世したのか!」
 馬鹿共が俺のマントに付いた新しい階級章を見てざわめき立つ。
「そうだ! これから俺のことは、さん付けで呼べよな!」
「馬鹿いってんじゃねえ! 偉いのは、おめえじゃなくて階級の方じゃねえか!」
 そうだそうだと騒ぎ出し、周囲からげたげたと冷やかしの笑いが上がる。
 俺は一つ頷いて、大声を張り上げる。
「そういうことだ! これまでと何も変わらん! バッジの色が変わっただけだ!」
「やっぱりな! バッジの色は変わっても、オツムの具合は変わりやしねえ!」
 どっと吹き出した連中に混じり、背後でアキラが吹き出す声も聞こえる。
 馬鹿で気さくで底抜けに明るいのが、この第七連隊の特徴だ。
 出世したからといって、俺とこいつらの関係が変わるわけではない。このおかしなやり取りは、馬鹿みたいだがお互いのために必要なことだ。
 大きく一つ手を打って、場を締める。
「ようし、それでは第12旅団結成を前に、団長から一言ある」
 突如、話を振られたアキラは、きょとんとして自分を指差している。その表情は意外そうだ。
「ボク? いいよ! いい! ガラじゃない!」
 それは俺だって一緒だ。むずがるアキラに厳しい視線で言葉を促す。
「……隊長もいよいよ、准将か。猫隊長が猫将軍に出世したなぁ、おい」
「こりゃあ、めでたい!」
 馬鹿共が、やんややんやと騒ぎ出す。
 アキラはそれを見ながら、まんざらでもなさそうに頬を緩ませている。馬鹿は馬鹿なりに、彼女のことを慕っている。それなりに可愛いのだろう。
 アキラは立ち上がり、えっへんと一つ咳払いをした。その様子に馬鹿共も口を噤み、静かに言葉を待つ。俺の時とは大違いだ。

「えー……みんな、張り切るのはいいけど、怪我はしないように……」

389猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:42:45 ID:wZiI40BM
なぜか、アキラを中心にしんみりとした空気が流れる。中には、涙さえ浮かべるヤツもいる。分けがわからん。今の言葉に感動の要素があったのだろうか。
 だが、締めるにはいい空気だ。
「何か質問はないか! なければ解散する!」
 その声に、ぱっと一つの手が挙がる。馬鹿共の一人だ。にやついている。こいつらは、俺を見れば困らそうと躍起になる。親しむのはいいが、時折、腹が立つ。
「他の連隊と揉めたときはどうすりゃいいんですか?」
「知らん! ケツでも差し出せ! 以上で解散する!」
 いかん、これではまるで傭兵そのものだ。混ぜ返されて、ついむきになった。
 馬鹿共は俺の反応に満足いったようだ。笑い合いながら、兵舎に引き上げて行く。
 ……こりゃ、またアキラに絞られるな。
「やれやれ……」
 と顔を拭う俺に厳しい視線を送るやつらがいる。
 第七連隊の中核を成す大隊指揮官三名だ。
「ベッカー、相変わらず下品だな」
 階級はいずれも俺と同じ少佐だが、家柄が違う。三名とも貴族の家柄で、士官学校を卒業している。粗野で田舎者の俺とは格が違う連中だ。
「少佐になったそうだな?」
「はい…」
 この三人のような中流階級の貴族たちは、平民に対して容赦がない。逆に門閥貴族と呼ばれる上流貴族の連中は、平民に対しては温厚で寛容だ。相手にしないとも言うが。
 この三人は、第七連隊が旅団クラスへの昇格に伴う際の昇級に縁がなかった。この絡みもやっかみの類いだが、平民の俺には受け答え一つで無礼討ちの対象にもなりかねない。
 左から順に、アーベル、エドガー、オスカーだ。
「貴様のような下郎に階級が並ばれたかと思えば、ぞっとする」
 リーダー格のエドガーが進み出て、俺のトーガで手を拭う。
「猫の腰巾着の分際で、少佐とは……」
「団長は関係ない」
 しまった! つい口を衝いたその失言に唇を噛む。
「ほう…ベッカー、また躾られたいようだな……?」
「く…」
 またか。この前はアキラ。今日はこの三人か……。
 これは……エルに怒られそうだな。

390猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:43:51 ID:wZiI40BM
人気を避けた兵舎の裏手で、俺は結構な躾を受けた。
「いてて……」
 奥歯が少しぐらつく。エドガーめ、相変わらず容赦のない。俺がアキラのお気に入りでなかったら、とうに殺されていただろう。
 ……この述懐もおかしな話だ。よくよく考えれば、俺はアキラのお気に入りだからこそ、殴られたとも考えられる。しかも、そのアキラを庇うような言動が原因で。
 くそっ、マントが煤塗れになってしまった。
 俺の荷物は、エルに命じて既に新兵舎に運んである。平民だろうが、傭兵上がりだろうが、俺は副長だ。何より先ず、皆に手本を示さねばならない。
「副長、副長!」
 第七連隊――第12旅団の騎士の一人に呼び止められる。
「なんだ?」
「キサラギ団長が探してましたよ……って、また喧嘩ですか?」
 一方的に殴られることを喧嘩というのなら、そうだろう。頷いておく。
「副長も、もう少佐なんですから、謹んでくださいよ」
「わかってるよ」
「副長は、おれたち平民の誇りです。これからも頑張ってください」
 その言葉に、俺は項垂れがちだった顔を上げる。
 若い騎士だ。まだ、二十にもならんだろう。
「ああ、頑張る。お前も頑張れよ。キサラギ団長は、厳しいが信賞必罰を以て成るお方だ。努力は必ず報われる」
「はい! それでは失礼します!」
 誇り……か。間違っても退役を考えているとは言えんな。
 走り去る若い騎士の背中を見送り、俺は小さく息を吐く。
 アキラ・キサラギ……今は会いたくない……貴族は、すぐ俺を殴る。
 いかんいかん。落ち込む暇など無い。
 兵舎に向けて歩きだす。照り付ける夕陽が、少し目に滲みた。
 道すがら、馬鹿共に声を掛けられる。
「よお、レオ……って、おまえ、どうしたその怪我。猫の大将は、顔は殴らんだろう」
「転んだだけだ。少々、間抜けな転び方をしてな」
 にっ、と笑いかけるが、馬鹿共は笑わなかった。
 傭兵上がりが士官として、やって行くことの辛さや難しさは、同じ傭兵上がりにしか分からない。そして貴族の士官連中と、傭兵上がりの俺との折り合いのまずさは、第七連隊の皆が知るところだ。
「大隊長の仕業か…!」
「言うな。俺の問題だ」
 傭兵の横の繋がりは強い。とくに元第七連隊の傭兵上がりの連中は、ほとんどが俺と剣を並べて戦ったことのあるやつばかりだ。死線を共に抜け、苦労を分かち合った絆は強い。普段、馬鹿共と連中を罵る俺だが、こんなときは、胸が熱くなってしまう。
 馬鹿共は何も言わない。ただ、俺の肩を叩く。『俺の問題』と言い切った俺の意志を尊重してくれる。

391猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:45:15 ID:wZiI40BM
「……」
 空を見る。こんなことだから、いつまでたっても『神父の息子』と馬鹿にされる。
「……」
 ただ空を見る。馬鹿共――仲間たちの視線が痛い。
「レオ! レオ! ここにいたのか! ボクが呼んだら――」
 この声はアキラだ。それでも俺は空を見る。やけに滲む夕陽だ。
「……なんだ、レオ。やけにしけた顔をしているな……」
 アキラの声が低くなった。
「…何があった?」
「いえ、なにも。それよりどうかしました?」
 なるべく平然として答える。そんな俺の視線を躱すように、アキラは、ついっと周囲に視線を走らせる。
「…!」
 仲間たちは、ぎょっとして目を逸らすと、慌ててその場を立ち去って行った。俺からは、うつむき加減のアキラの表情を伺うことはできない。どんな顔をしているのだろう。
「レオ…」
 アキラは呟いて、顎をしゃくる。ついて来いの合図だ。そのまま、振り返る事なく、早足で歩いて行く。
 執務室の方向だ。すれ違う騎士たちは、アキラを見て固まるか逃げ出すかのどちらかだ。
 荷物が運び出され、机一つになった執務室でアキラと向かいあった。
「う…」
 思わず呻く。アキラは全身に怒りを漲らせ、悪鬼のような形相だった。
「だれだ……」
「はい?」
 間抜けな返事だ。アキラの様子は…やばい…いつもの比じゃない…。

「だれが、おまえを、殴った……」

 途切れ途切れ呟くアキラは、全身から湧き上がる怒りの炎を必死で押さえ付けているかのようだ。両肩が小刻みに震えている。
 冷たい汗が背筋に伝う。
「いえ、これは……その、少し転んでしまって……」
 何が起こってる? 何故、アキラはここまで激怒する?

「レオ、答えろ、ボクは、そろそろ、限界だ……!」

 アキラが顔を上げる。髪を逆立て、剥き出した歯には四本の牙が見て取れる。……エルにも同じ牙があった。あの逸話は事実だったか……。
 アキラが一歩踏み出した。俺は思わず身を堅くする。

「うううううう! うああああああ!」

392猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:46:15 ID:wZiI40BM
 突然、アキラが叫び出した。刀を抜くや否や、樫の木の堅い机を一刀両断に叩き切る。

「なんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだ、おまえは!」

 もう三年もアキラに仕えたが、こんなに取り乱した様子は見たことがない。この様子を一言で現すとしたら、それは―――――狂気。

「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてボクを恐れる! どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてボクを拒絶するんだ!」

 全身から冷たい汗が吹き出す。吹きかけられた狂気に身が竦む。

「答えろ! レオンハルト・ベッカー!」

 答える? 何を? 駄目だ。目が回る。どうしていいか分からない。

「なぜ答えない!」

 アキラが全身で狂気の叫びを上げれば上げるほど、どうしたらいいかわからなくなる。
 だが、一つだけ分かる。アキラ・キサラギが俺に向ける感情は、狂気。
 そこで、アキラは、はっとしたように手を打った。

「そうか! ボクがおまえを殴るからだな?」

 アキラは笑む。その移り変わりの早さに恐怖を覚える。

「そうなんだろ? ボクがおまえを殴るから、そうなんだろ?」
「は、はい……」

 頷くしかない。俺はいつだってそうして来たんだから。

「そうかそうか。わかった。ボクはもう、おまえを殴らない。誓う。これでいいか?」
「は、はははい」

 駄目だ…びびっちまって……。声が、震える。
 打って変わって、アキラは喜色満面の笑顔だ。答えを見つけて、すっきりしたと言わんばかりだ。

「どうした? まだ動きが固いぞ? ははあ、信じられないんだな? わかった! ボクの指をやろう!」

 言って、アキラはナイフを抜き出すと、左の親指に宛てがう。

「…違うな。約束といえば、小指だよな!」

 喜々として言うアキラ。鼻歌混じりに、ナイフを両手で弄ぶ。

「うわあ! や、止めてください! わかりました! わかりましたから!」

 俺はもう、泣きそうだ。アキラが怖すぎる。アキラが壊れてしまった。どうしたら直るんだろう。とりあえず――
 抱き着くようにして、アキラからナイフを取り上げた。
「…………」
 どっと、汗が吹き出す。マントまで汗で、びっしょりだ。
「んん…」
 小さなアキラが、すっぽりと俺の胸に収まっている。そんなこととは関係なく、心臓の鼓動が煩い。とりあえず、アキラから刃物を取り上げたことで、ほっとしてしまったのだ。だが、身体はこの異常な緊張を処理できずにいる。どっ、どっ、と鼓動を鳴らす。
 もたれ掛かるアキラの背に手を回しながら、細く長い息を吐き出す。
 幾度か深呼吸を繰り返す間、アキラはなぜか大人しくしていてくれた。
「アキラ、自分を傷つけてはいけません」
「……」
 よし、落ち着いてきた。声も震えない。
「それだけはしないと約束してください」
「……」
 アキラは胸の中、ためらいがちにではあったものの、頷いた。
 よかった……アキラも落ち着いてくれたんだろうか。
 そうだよ。アキラが壊れるなんてない。あれは、ちょっと興奮しただけだ。

「でも、約束には血が必要だよね」

 嬉しそうにほほ笑むアキラは……壊れたままだった。

393猫とワルツを ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:47:08 ID:wZiI40BM
辺りが暗くなり、星が瞬くようになったころ、アキラを新しい邸宅まで送り届けた。
 その間、アキラはずっと俺と手を繋いだままだった。

「ねえ、キミはどこで血を手に入れたらいいと思う?」

 上機嫌で言うアキラは、猫なで声だ。俺に対する呼びかけも、いつものように乱暴なものではない。そして、かなり危うい発言を繰り返す。血に非常な拘りがあるようで、邸宅に着くまでの間、頻りにそのことを繰り返した。

「アキラ、血はいりませんから……!」

 どうしよう。どうやったら、アキラは直るんだろう。膝を折り、子供にするように目を合わせて言うが、効果の程は甚だ疑問だ。
 頭を撫でたり、背中を摩ったりして様子を見る。風紀部に見られれば、粛正の対象になり兼ねんが、知ったことではない。

「ああ、アキラ、アキラ……どうしたら……」

 駄目だ。機嫌がよくなるだけで、危うい瞳の色に変化はない。とてつもなく不吉な予感がする。このまま、放置すれば、アキラはとんでもないことをやらかしそうだ。
 邸宅が見えて来て、アキラは不意に、手を放した。
「ここまででいいよ」
 門の前にいる衛兵の目を避けたのだろう。その辺りは冷静なようだ。
「ボク、変わるから。だからキミも、もっとボクを大事にしてほしい」
 照れ臭そうに言い残し、一目散に走りだす。
 変わらんでいい。全身でそう叫びたい。お願いだから、元のアキラ・キサラギに戻ってくれ。神に祈ってもかまわない。

 その後、どこをどう歩いたかわからない。
 気づくと、兵舎の前にいた。割り振られた俺の部屋の前で、エルが明かりも持たずに立ち尽くしている。
「ああ…エル、ただいま。少し、心配させてしまったかな」
 疲労しきった体に鞭打って、なんとかそれだけ吐き出す。
「いえ、そんなことは…」
 エルはいつものように無表情だ。それに安心する俺は、余程疲れたのだろう。
「ひどい顔色です」
 猫の獣人は夜目が利く。星明かりだけで、俺の疲労を看取ったようだ。
「ああ、今日は色々、大変だったんだ。だからもう――」
「お風呂にしましょう」
 もう寝る、と言おうとした俺を遮り、エルは、言った。
「変な匂いがします」
 エルは鼻をすんすんと鳴らした。犬ほどでないが、猫の獣人もそれなりに鼻が利く。
「そうか…そうかもしれないな。今日は、汗をかいたから……」
 旅団の副長として、身なりにも気を配らなければならない。我ながら、難儀なことだ。
 アスペルマイヤーにバックハウスか……。
 アキラはあんなだから、話にならんだろう。やれるだけのことはやっておかないと。
 両大佐と面識を深めなければ……

 エルがぼそっと呟いた。

「アキラ・キサラギの匂い……」

 はて、二人に面識があったかな。疲労で惚ける頭で、そんなことを考えた。

394オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 01:53:48 ID:wZiI40BM
投下終了。
手際が悪かった。すまん。
設定には突っ込まないでくれたら助かる。
感想よろしく。

395雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 02:05:16 ID:5F3judi2
gj!

396雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 04:00:44 ID:IVPxTxyo
こういうの大好物だ!

続きを全裸で正座待機してる

397雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 07:31:08 ID:lgRx4p0k
やばい、良作の香りがする。これは期待

398雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 07:51:22 ID:sKbf1Ryk
最高だな
はやく続きが読みたいぜ

399オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/07(月) 12:46:59 ID:H3C7XgWY
ありがとう!!
でも…俺の職人としての寿命は長くない。
リアルが都合いいのは年内だけなんだ。
その後はわからない。だから、今の内に書いて書いて書き潰す。皆の迷惑にならないように、投下間隔は開けるつもり。
大量投下の際は予告する。
迷惑な時はレスくれたら、きちんと対処するから。

職人の人は、俺の投下がうざかったら、申し訳ない。
感想ありがとう!!

猫ワル完走させるぞ!
長文スマソ。

400雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 16:50:56 ID:5F3judi2
gj

401雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 18:15:07 ID:5YUv9k5c
>>399
すごい好みだわこれ
GJ!!

402雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 22:31:34 ID:5E0iQOnM
>>399
GJ!
これは良作

403雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 22:34:40 ID:lgRx4p0k
>>399
頑張って、応援してます!!

404雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 23:14:43 ID:.QAoxK/2
まだー?

405雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 23:17:35 ID:uJBsCqmM
クレクレは厳禁

406雌豚のにおい@774人目:2011/11/07(月) 23:30:21 ID:fNf2T37c
頼む 誰かキモオタをwikiに保管してください

407雌豚のにおい@774人目:2011/11/08(火) 00:10:19 ID:269bfHMk
>>399
GJです。見事な予告編。
色々とネタが仕込んでありそうで今後が楽しみです。

408雌豚のにおい@774人目:2011/11/08(火) 00:13:20 ID:E2dLs0cs
久々にやる気のある職人に出会ったゼ

初めからとかも最後まで読みたいよ

409雌豚のにおい@774人目:2011/11/08(火) 00:15:16 ID:E2dLs0cs
久々にやる気のある職人に出会ったゼ

初めからとかも最後まで読みたいよ

410雌豚のにおい@774人目:2011/11/08(火) 00:15:22 ID:VIpCZ3b.
こういうファンタジー系ってなんか妙に難解というか場面を想像しにくくて苦手だったけどオウルさんの猫のワルツは好きだわw
アキラもいいけど、エルに期待。

411雌豚のにおい@774人目:2011/11/08(火) 00:24:18 ID:U5zCVtFE
サイエンティストの次に新たな良作が………GJです!!

412雌豚のにおい@774人目:2011/11/08(火) 22:54:47 ID:JkhKa15I
猫続きまだー?

413雌豚のにおい@774人目:2011/11/09(水) 00:36:05 ID:XHEOIF6.
>>412
まだまだ。また爆弾落とす。一週間待ってくれ。

414雌豚のにおい@774人目:2011/11/09(水) 06:26:33 ID:8behjG7E
すげー力作だ
おもしろかった!続きも期待してます

415雌豚のにおい@774人目:2011/11/09(水) 07:54:40 ID:GVEEmHzo
しばらく、来てないうちに良作が……。
「初めから」とか良いですわ〜。
オウロ氏の作品も素晴らしい。

416初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/09(水) 17:56:48 ID:yJjgeAWs
投下します。

417初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/09(水) 17:57:54 ID:yJjgeAWs

結局彼女は無口なままだった。初じめの挨拶は、それはもう元気な声で
喋るものだから最初に受けた印象とは違い、明るい子なのだろうと
思ったのだが。彼女は教室の隅、窓際の席に座る。

最初俺と目があった時、驚いたような顔でさらに目を見開いていた。
先週の金髪といい、俺の顔がそんなに珍しいのか?
しまいにゃ泣くぞ?

「なんだ?あの子気になるのか?」

ん?ん?といちいちウザイ語調で話しかけてくる歳久。こいつは翔太程とは
いかないまでも、この性格がなければ恐らくモテる。顔の作りからして
既にイケメン臭が漂っているのだ。

こんどさりげなく注意してやろう。

「そりゃ、こっち見てあんな元気に挨拶されたらな」

実際彼女の豹変ぶりにはクラス全体が驚いている。だがそのお蔭で
彼女のクラスでの印象は内気だけど元気な子、そんな風に固まりつつあった。
それに――

「なんかずっとこっち見てるし」

ジーっと俺を凝視している少女。その仕草がどことなく妻を連想してしまう。
思わず吹き出しそうになった。思い描いた妻と彼女が完全にダブったのだ。
少女を見て受ける印象と妻を見て受ける印象とでは雲泥も違うのに。

妻は――まぁ美人と呼ばれるような事はなかったろう。初めて会った時は
中々喋ってくれず、苦労もしたものだ。
それに対してこの少女は、妻と同じく気難しい印象を受けるものの、その容姿に
おいては――妻に悪いが――圧倒的に美しいと言っていい。

まぁ、人は見た目だけではない。
無論大事な要素ではあるが、数ある選択肢の一つに過ぎない。

「しかし…」

似ていない。似ていないはずなのだが…

「ほらっ先生来るわよ!私語禁止!」

委員長の鶴の一声で静まり返る教室。そうだ、今はそんな事を考る時ではない。
授業は授業、休憩は休憩、こういう所はしっかりしないといけないな。


「よっし!歳久、委員長、ちょっと買い物に付き合え!」

放課後。俺の誘いに良いわよ〜と気楽な返事を返す委員長。歳久の方はなんかゴソゴソやってる。
ふと気になって、教室の隅を見る。彼女――如月 咲はやはり、俺を見ていた。
なんとも、ここまで情熱的な視線を浴びせられたら誘わない訳にはいかないだろう。

「如月。お前も一緒にどうだ?」

彼女は戸惑いつつも頷いた。

今日は両親共に忙しいため、久しぶりの自炊になる。それなら他の奴も
誘ってワイワイ騒いだほうが良いだろう。それに如月の歓迎の意味も込めてやれば
彼女も馴染みやすくなる。そんなことを考えて彼女も誘ってみたのだが、
どうにも取っつきにくい。

「如月は前はどこの学校にいたんだ?」

「――」

相変わらずの無言。ここまで『あいつ』に似なくても。
しかし、どうにもこれは俺に対してだけなようで、歳久や委員長の問いかけにはスラスラ答えてくれる。
嫌われた――ということはないだろう。未だに熱っぽい視線を送ってくるのだから。
しかし、何故?まだ初対面に等しいはずだが?

「あ、そこが俺の家だ」

今後仲良くなれるはず。そんな事を考えながらも今日の午後は過ぎていった。

418初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/09(水) 17:59:24 ID:yJjgeAWs

「――お見合いしろと?」

「いや、そうではなくてだな…」

叔父が困ったように頬を掻く。叔父は単に私を心配しているだけだ。
それは分かる。だが私は誰とも会いたくないのだ。

「美代子…お前だってこのままで良いとは思ってはおるまい?」

それも分かる。叔父は本当に私の身を案じてくれているのだろう。
そんな叔父の気遣いは今の私にとってたしかにありがたい。
だが、そんな叔父の頼みでも人前に顔を出したくないのだ。

それに向こうも私を見て何と思うだろう?

「頼む。向こうにはもう約束してしまったのだ」

叔父にはあの事故以来色々お世話になっている。
そんな叔父の頼みを無碍にはしたくない。
だが――

「会うだけで良いんだ」

「……」

叔父が私に対して深く頭を下げる。
私は静かに頷くしかなかった。



「……」

予想通りに無言だった。彼も私を見た瞬間、顔に影が差した。
私は話す話題など――そもそもあまり喋りたくない――ないし、おまけにこんな顔だ。
私自身こんな女と喋るのはためらう。それなのに彼は席を立とうとしない。
ただ無言だ。

「お名前を伺っても?」

「……」

何も答えず、ただ喋らずにいればこの人も諦めるだろう。
そう考えていたのに彼は話しかけてきた。よくこんな『化け物』に話しかけようと
思うものだ。私だったら絶対にしない。
だけど――嬉しいのは確かだった。

「わ、私は、――と言います」

「……」

挫けずに話しかけてくる。中々肝の座った人だ。普通の人はさっきの無視に、
怖気づくか諦めるかそのどちらかだった。こんな反応をしてくれるのは
叔父位だ。

彼は困ったように頬を掻く。全く叔父と同じ動作で。
少しクスッと来た。

「あの、突然かもしれませんが!」

私のその反応に少しは緊張が和らいだのか、背筋を伸ばし
顔は少し上を向いて、話し出した。

「今度デートにでも行きませんか?」

本当に突然のお誘いだった。
突然の誘いだっだが、無言で頷いた。
何故か分からないけど、彼を少し信じてみたい。
そんな風に思えたから――

419初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/09(水) 18:00:30 ID:yJjgeAWs

早いもであれから二年半経っていた。私自身予想もしていなかったことに
私は彼と付き合っている。おかしな人だった。私の『これ』を気にせずに
ここまで接してくれるのが。

「美代子、あ〜その〜なんだ。言いたいことがある」

優しい人だった。私に話を聞かせたいって、毎日毎日家まで来て明日も
仕事なのに夜遅くまで話してくれた。ただ無言で頷く私を見て笑顔で
毎日去っていく。そんな日々を続けていた。

「俺は、お前の事が好きだ。お前のその顔の火傷ごとお前を愛せる」

ヤンチャな人だった。私が家から出ないからって、休日にゲーム機を持ち込んで
二人で遊ぼうと誘うのだ。酷い時にはゲームセンターまで連れて行き近所の
子供たちを叩き伏せて、自慢する。そんな幼い人だ。

「それに、このままいけば昇進も間違いない――俺は家族一つ養える」

頼りになる人だ。私の顔の火傷を見て、嫌味を言ってくる不良達を
怒鳴りつけていた。私はもう慣れていたけど、やはり怒ってくれる
人が居るのはとても嬉しい。

「だから――俺と結婚して欲しい」

素敵な人だ。声を震わせながら、ガチガチに緊張して指輪を差し出してくる。
昇進はまだしておらず、毎日毎日私の所にやってくる。そんな中で良く指輪
を買うお金を貯めたたものだ。

「――はい」

初めてまともな返答が出来たと思う。




土砂降りの大雨の日だった。突然始まった陣痛に驚きつつもどうにか
電話で病院に連絡する。今日『夫』は会社で重要なプレゼンテーション
がある。邪魔をしては悪い。そう思い連絡を控える。

今日はいい日になりそうだ。


「可愛いお子さんですね」

隣の夫婦に話しかけられる。どうやら彼女らも今日出産を終えたようだ。
奥さんの方は、頑張って意識を保っている。それほど我が子が愛おしい
のだろう。彼女たちの子も実に可愛い。

かくゆう私もどうにか意識を保っている。せめてあの人がくるまでは。

「そうだ――この子達許嫁にしません?」

勿論この子達が自分達で判断できるようになったら、その時決めさせる。
私のこの思いつきの提案に彼女達は笑って頷いてくれた。
言った私が言うのもなんだけど心の広いお二方だ。

そばで話を聞いていた私の母が証人になるとまで言い出した。
母も初孫で気が大きくなっているのだろう。
私達の子は遺伝子的な病を負っている。けどこれ位大した問題には
ならない。彼と一緒なら――

「大変だ!近場で事故があった!」

その時からだろうか?私には記憶がない――

420初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/09(水) 18:01:43 ID:yJjgeAWs

「咲何故だね?何故成城に戻らない?」

気が付けばこれだ。如月 咲として名家に生まれ新しい人生を送る。
そんな、下らない事になっていた。以前よりも大きな屋敷、以前よりも
物に溢れ、以前よりも綺麗になって
だが、なんだというのだ?

おじい様とやらは、さっきからしつこく私に言ってくる。
やれ、お前の成績なら問題ない。やれ、あの女に似て強情な
そんな事しか言わない。

咲の両親は自分たちの愛に殉じた。少なくとも『私』よりは余程幸福に
死んでいった。そんな人達をバカにするこの人の言う事など聞いて
やる気にもなれない。

「……行ってきます」

さっさと、朝食を済ませ屋敷をでる。ここに長居はしたくない。
だが今日行く先は違う学校だ。三年の間に頻繁に転校を繰り返している。
おじい様の考えだ。私が成城に行けば転校をやめる。

そういった考えだろう。本当に胸糞の悪くなる『おじい様』だ。
憂鬱で仕方がない。そう考えながら学校へ向かった。


「――わ、私は如月 咲と言います!よろしくお願いします!」

思わずだった。普段とは全く違う調子になっている。その原因の
男子生徒が一人奥の席にいる。全く違う容姿だ。だが瞳に湛えている『何か』が彼を連想させる。
私だけかと思っていた。だが他にもいるという可能性があったのだ。

もしかしたら――そう思い彼をただ見つめるしかできなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――

家で騒いだ帰り道。駅まで見送りに行くことにした。
歳久のバカはともかく。咲と委員長は狙われても不思議ではない。

「また明日」

いつもどうりキリっとした態度で綺麗に話す委員長。一方の歳久は
これからが本番と称し、夜の街に更けていった。なるべく非行に走らない
で欲しいものだが…

「如月は近いんだっけ?送るよ」

俺の問いかけに無言で頷く如月。妻のこともあるから別に構いは
しないが、本当にこの子はこれで大丈夫なんだろうか?
中学校にもなれば、いろんな問題が出てくる。この子の性格で
やって行けるか心配だ。

「……」

お互いに無言で歩く。当初は緊張したものの今はむしろ落ち着ける。
妻と歩いているような感覚だ。あいつもデートの時は、俺の半歩後ろを
ついてきていたな。

「あなたは――人を愛したことがありますか?」

「あるよ」

突然の質問だった、が直ぐに答えることのできる内容だ。俺は
今でも『あいつ』を愛してる、断言できる。だが――

「その人は――今」

「自殺したよ。何でそんな真似したんだか」

怒っている。無論俺が居ない後の生活は苦しいかもしれない。
しかし、彼女の実家は裕福だしそれに俺の保険金だってあったろう。
もしかしたら、後追い自殺かもしれない。どんな理由にせよ、娘を一人残して
死んだのは許せない。

「もしあいつに会えるなら、一度本気で怒らないとな…」

俺の怒気に気づいたのか彼女は少し震えていた。

421初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/09(水) 18:03:35 ID:yJjgeAWs
投下終了。次は週末くらい?

422雌豚のにおい@774人目:2011/11/09(水) 19:03:57 ID:kYqfgfRs
gj!

423雌豚のにおい@774人目:2011/11/10(木) 06:15:50 ID:rLsAUY8s
GJ。
ところで重秀と咲には幸せになってもらいたいと思う私は異端だろうか?

424<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

425雌豚のにおい@774人目:2011/11/10(木) 10:05:52 ID:tMOz33Cw
>>421
GJです。
重秀、大人びたタイプかと思ったら転生前から大人げない(笑)
自分も、みんな幸せになってほしいなぁ。

426雌豚のにおい@774人目:2011/11/10(木) 10:50:14 ID:7ulb.hCU
管理人さんへ
>>424の削除お願いします

427雌豚のにおい@774人目:2011/11/10(木) 15:23:52 ID:BBSpER3k
>>426
同意

428雌豚のにおい@774人目:2011/11/10(木) 19:02:29 ID:xHENd6HY
2年ぶりに来たんだけど変歴伝どうなっちゃてんの?仕切り直し?

429<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

430<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

431<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

432雌豚のにおい@774人目:2011/11/10(木) 23:04:53 ID:NN8BvzlY
大丈夫かこれ…雰囲気悪すぎるな…

433<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

434<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

435雌豚のにおい@774人目:2011/11/10(木) 23:31:09 ID:.dWHahiw
そう言えば本スレのテンプレ書き間違ったのか別のところ用のになってるみたいだから立て直す?^^

436雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 00:10:42 ID:X0hJQECo
速く変歴伝こいやああああああああああああああああああああああああああ!!!!あとwikiに速くSSを移してくれぇ

437雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 00:28:22 ID:eF4X0RzQ
>>436
荒らし行為やめろ

■SSスレのお約束
 ・過剰なクレクレは考え物

438<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

439<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

440雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 12:27:59 ID:RCSpKNBM
荒らしは止めてください。
職人さんや見ている人の迷惑になっています。

ちょっとした一言の書き込みで心無い誹謗中傷を受けるのは誰でも嫌な筈。
だったら書くな、見るなと言いますが小説や他愛ないやりとりを楽しんでいるのです。

441AAA:2011/11/11(金) 16:02:55 ID:MOUoAHvI
お久です
いろいろあって遅くなりました
投稿します。

442風の声 第12話「風の困惑」:2011/11/11(金) 16:04:22 ID:MOUoAHvI
「スマイル、くださぁぁぁぁぁい!!」

カウンターの方から天野の大声が聞こえた。
またスマイルを注文しているみたいだが気合入りすぎじゃね?
俺は二人に連れられ殺ッテリアに来ていた。
周りは同じくらいの高校生の集団や家族などで賑わっているのだが
何故か俺がいるテーブルでは沈黙が続いていて
少しばかり空気が重かった。
そんな空気の中、口を開いたのは高坂だった。

「なんであんな女と付き合ってんの?」
「え、付き合ってるって誰が?」
「お前と大空」

・・・何て言った?
俺と大空が付き合っている?
冗談だよね?

「いや、付き合ってないけど・・・どうして?」
「俺、お前のことが好きだから」
「・・・・・は?」
「なんちゃって」

真顔で言うな!
普段こんな冗談とか言わない奴なだけに
こういう冗談が冗談に聞こえない。

「なぜ気になるかというと、まぁあの日のことで少し気になってたからな」
「あの日って、夏休みの大会?」
「物分りがどこぞの馬鹿と違って助かる」

そういってカウンターのほうに目をやる高坂。
そして、すぐに視線を戻し質問を続けてきた。

「で、結局どうなんだよ」
「付き合ってはいない」
「なんで?」
「なんで?って・・・なんで?」
「だってラブラブだったじゃん。風魔に近づく人間すべてに敵意むき出ししてさ、
 ホント、遠くから見てたら『束縛しすぎだろ、コワっ』とか思ってたけどさ
 そのあと、風魔の家でお前に話を聞いたときにさ、お前言ってたよな」
「なにを?」
「『大空がああなったのは風魔のことを守るため』的なことを言ったじゃん。
 忘れた?」
「いや、覚えている」
「あの時は大空の行動全て否定することしかできなかったんだけどさ
 今思えば、対人恐怖症のお前を守るために大空が頭を絞って出した
 最善のやり方だったんだよな。まぁ最善とは言えないけどさ。
 だからあの時俺は、『一生大空に守られる人生を追うのか
 それとも束縛から逃れて社会に羽ばたくのか』みたいな事を言ったけどさ
 訂正させてくれるか?」
「?」
「大空に束縛される人生を歩むか、それとも・・・」

443風の声 第12話「風の困惑」:2011/11/11(金) 16:05:32 ID:MOUoAHvI
「大空を心のそこから愛する事で、大空を救い、大空の事を守っていく人生か?」

・・・・?

「えっ、何で、大空を愛する事が救う事になって、さらに守る事ができるんだ?
 だって、大空を守る必要なんて「あるんだよ」」

いきなりの高坂の言葉に遮られた。

「大空とは一緒の小学校だったんだ。
 あいつは、大空は・・・・親から虐待を受けてたんだよ」

一瞬、時が止まったかのように感じた。虐待?
いつも、明るくしている大空が?

「知ったのは小1の夏。プールの授業で大空の体にたくさんのあざが見つかったんだ。
 教師たちは保護団体と共に行動して親を刑務所に送り、大空を救った
 ・・・かのように思えた」
「思えた?」
「体罰を与える人間を消す事はできたが、大空の心はボロボロだったんだ。
 また、あんな目に合うんじゃないかって、施設では職員やほかの子供たちにも
 怯えていたらしい。小学校高学年になると怯える事は無くなったが“愛”を
 求めるようになった。今まで生きてきた中であまり“愛”を感じなかった為か
 いろんな人を好きになり“愛”を求め続けた。一目惚れなんてしょっちゅうだった。
 “愛”を求めすぎた事で自然とあいつは“重い人間”になっていった。
 あ、重いって言うのは重さじゃなくて“想いが重い”って意味だから」

それぐらいわかるって。つまりその時期には今の大空の大体が完成していた訳だ。

「告白をして振られた時なんか、ものすごい暴れたからな。捨てられる事を
 ものすごく嫌がってたんだと思う。そんな毎日を過ごしていたせいで
 小学校卒業のときには友達もいなく孤独になっていた。
 こうして美人なのに孤独な王女様の完成ってわけ。
 ・・・悪い、最後ふざけ過ぎたかもしれない」
「何で・・・」
「ん?」
「何で、そうやってずっと見続けてきたのに助けてやらなかったんだよ!!」

気づいたらテーブル越しに高坂の胸倉を掴んでいた。
愛のない人生が怖いのは俺もいろんな意味で知っている。
俺は隼先生という頼れる人に出会え人を信用する気持ちを少しだけだが知った。
けれども大空はそんな人に一度も出会えず今日この日まで人生を歩んできたんだ。
言葉では表せないぐらい辛かったに違いない。

「あの頃はおれもガキで女子と話したりするのが恥ずかしかったし
 周りの目も気になったし」
「でも、今は高校生だろ!」
「あいつは俺の事なんて覚えていない!」
「覚えていなくても救ってやりたいっていう気持ちはあったんだろ!」

そう言ったとき高坂の表情が暗くなった。

444風の声 第12話「風の困惑」:2011/11/11(金) 16:06:13 ID:MOUoAHvI
「入学式で大空がいるって事を知った時、俺は『大空と同じ高校かよ。
 あ〜ぁ、俺の高校生活台無しになったな』って考えていた。」
「・・・・・」
「そう考えていた時点で俺にはあいつを救う気持ちなんてどこにも無かったんだよ。
 だから、お前に頼んでいるんだ。俺にできなかった事をお前にしてほしい。
 悲しみの人生しか知らないあいつを救ってほしいんだ!!」

ただ単に、人に責任や、その他のものを擦り付けているだけじゃないかと思った。
けれども今思えば俺は大空に救われた事が何回かあるんだよな。
部活に入ったのだって、今思えば大空のおかげだしな。
愛する事で救うか・・・、俺は大空の事を愛せるのかな?
深く考えながらポテトに手を伸ばしたときにふと気づいたことがあった。

「なぁ、どのへんでそう思ったんだ?」
「どのへんって・・・だから高校入学するとき」
「それじゃなくて、俺と大空が付き合っているって思ったの。
 確かに基本的に行動は一緒だったけど
 俺が嫌がっているのは見たら分かっただろうし。
 そんなんで、なぜ付き合っているって思ったのかなぁって」
「あの大会の日、大空がお前にキス求めたじゃん」

・・・はい?

「あの大会の日、大空が勝ったらお前からキスしてほしいって言ってたじゃん」
「キスじゃなくてハグだろ?」
「そのハグを断られてキスに変更したんだろ?」
「・・・・・?」
「もしかしてお前、聞いてなかった?」
「少しウザイって思って、大空の言葉すべて流してた・・・」
「お前・・・・・・最低だな」
「・・・ごめんなさい」
「大空はお前からの愛を求めている。それは確実なことだ。
 もしも、お前が甘く考えているのなら、俺が殴るから」

“甘く”その言葉を聞いてふと自分の中のモヤモヤに気づいた。
あの日、なぜ自分や周りの人を傷つけた大空の見舞いに行くという行動を取ったのか。
あの時は無意識に行っていたが今ならその理由も分かった気がする。
俺は・・・大空のことが・・・ス「おい!逃げるぞ!」
「!?。天野?」
「お前、カウンターで何分時間つぶしてんだよ」
「いいから逃げるぞ!」
「何で?」
「『ものすごい形相でスマイルを頼んでくる人がいます』って通報された!」
「おまえ誰?」
「へ?」
「なぁ風魔。こいつ誰だか知ってる?」
「えっと・・・・いや知らない」
「急に他人の振りするなぁぁぁ〜〜〜〜!」

ちょっといろいろと邪魔されて言えなかったけど一つだけ決めた。
また今度、大空の・・・舞のお見舞いに行こう、と。

445風の声 第12話「風の困惑」:2011/11/11(金) 16:07:03 ID:MOUoAHvI
『ハァ、ハァ、ハァ』

病室に私の荒い呼吸音が響いた。
時計を見ると夕方の4時。
窓からの光で病室が茜色に染まっていた。
先ほど目が覚めたのだが自分の今の状態に少し戸惑う。
額と手には汗、息も荒い。先ほどきた看護婦はうなされていたと言っていた。
嫌な夢を見ていた気がするがあまり覚えていない。

「っ!」

胸のところが痛む。
襟を寄せて胸の真ん中にある痣となっている手術痕を見た。
医者には一生消えないと言われた。
この痣を見るといつも思う。
“どうしてあんなことをしたのだろう?”と。
あの日、彼は彼の友達に拉致・・・じゃない。
ただ連れて行かれただけなのに、心のそこから怒りが沸いてきた。
彼は私が守るって決めていたから、周りの人間すべてが私と彼の敵だって思ってた。
だからすぐに彼の携帯をGPSで見つけて、追いかけた。
追いかけないで、ただ電話やメールで連絡すればよかっただけなのに・・・。
そうして私は彼に殺されかけた。
あの異質な空気をまとった彼を思い出すだけで身震いする。
それでも私は、彼が好き。
好き、なのだけれども・・・。

『コン、コン』

ドアがノックされた。
スライドして開かれていくドアの影から現れたのは・・・

「!?」

黒い髪をした彼だった。
一歩、また一歩と近づいてくる

「(イヤ・・・来ないでぇ・・)」

病室に逃げ場はない。もとより体が震えて動くことさえできない。
そして翼はベッド横まで来て、あの日と同じように手刀を構え、そして・・・

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「大空さん!大空さん!大丈夫ですか!?」

恐怖のあまりにつぶった目を開くとそこには自分の担当の看護婦が立っていた。

「何かありましたか?ものすごい悲鳴でしたが・・・」
「え?あ・・あの、な、なんでも・・ありません・・・」
「震えてますね・・・お水持ってきましょうか?」
「あ、ありがと・・ございます」

彼のことは好き、けれどもそれと同じくらい彼に恐怖を抱いていた。
会いたい、けれどもまた殺されるのではないかと思うと何もできなかった。

「助けて、助けてよ、つばさぁ・・・」

446風の声 第12話「風の困惑」:2011/11/11(金) 16:07:51 ID:MOUoAHvI
「ゲームセット!」

審判をしていた天野の声が聞こえる。
今日の練習での試合で、遂に、遂に、高坂に勝った。
21ポイント1セットマッチなのにデュースを繰り返してしまったために
29−27というスコアになっていた。

「勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

体育館に響く自身の歓喜、響きすぎて周りからの視線が痛かった。

「十分、勘を取り戻したみたいだな」
「まぁな。あ、罰ゲームは飲み物奢りな」
「何本目だよ」
「3本目?」
「飲んだら打つな。打つなら飲むな」
「俺が飲んでいるの酒じゃなくてスポドリなんだけど・・・」

高坂は飲み物を買うために体育館を出て行った。
いま男子達の間では敗者が勝者の命令を聞くというミニゲームが流行っている。
当たり前だが命令と言っても罪にならないこと限定となっている。

「風魔!次、俺とやろうぜ!」
「お前弱いからやだ」
「何でも命令聞くからさぁ〜」
「じゃあ、最終下校時刻まで女子更衣室に待機」
「OK!」

こいつ、絶対負ける気でいるな・・・。
結局、21−3で俺の勝利となった。

「じゃあ行ってくる!」
「えっと・・・武運を祈る?」
「祈られた!」

そうして天野は意気揚々と旅立って行った

「あいつどこに行くんだ?」
「・・・さぁ?」

入れ替わりで戻ってきた高坂からスポドリを受け取ったときだった。

「翼さん。私と試合やりませんか?」
「ん?。あ、咲先輩」
「いかがですか?」
「まぁ、いいですよ」
「良かった・・・。それじゃあ勝った時の罰ゲーム、考えといてくださいね」
「え?罰ゲームありでやるんですか?」
「もちろんですよ」

先輩がそういうのをやるなんて、なんか意外だった。
罰ゲームかぁ。何にしようかな?
高坂と同じく、飲み物を買ってきてもらうのがいいと思うけど
いじめられている人をパシリのように扱うのも気が引けるし・・・。
・・・どうしよう?

447風の声 第12話「風の困惑」:2011/11/11(金) 16:08:27 ID:MOUoAHvI
審判をやっている高坂の「ラブオールプレイ!」というコールで始まった試合も
数分たって終盤を迎えていた。
『女子に負けたくない』という焦りからか、アウトやネットを連続でやってしまい
気づけば19−20と先輩のマッチポイントだった。

「頑張らないと負けちゃいますよ?」
「ハァ、ハァ・・・わかってますよ」

余裕の表情の先輩と息切れ状態の俺。
それでも、ここで点を取ればジュースに持ち越せる。
そう思うとやる気が俄然と出てきた。
先輩からのサーブをスマッシュで決めて早く終わらせたかったが
ネットを恐れ、クリアで返す。
シャトルは先輩のいる逆方向に向かって行く。しかし、先輩は簡単に追いつき、
フォームを構えていた。力を溜めている感じからして、おそらくスマッシュ。
そう思った俺は、コートの後方に移動し、スマッシュに備えた。
そして、シャトルが先輩の打点に入ったときだった。
ラケットのヘッドスピードが・・・遅い。
先輩が打ったショットはネット際に落とす“ドロップ”。
俺は先輩のフォームがフェイントだったことにまったく気づかなかった。
スマッシュが来ると思っていた俺の体は簡単に動いてくれない。
それでも俺は気合で体を動かしシャトルに向かって飛び込んだ!
伸ばしたラケットは何とかシャトルに届き、俺は思いっきり打ち上げた!
しかし、このショットが負けへと繋がってしまった。
打ち上げたシャトルは高く上がったもののコート奥へ行かずネット際に落ちて行った。
このチャンスボールを先輩は逃さなかった。
先輩は助走をつけ、そしてシャトルに向かって・・・跳んだ。

「そういえば言い忘れてましたね。罰ゲームの内容。
 罰ゲームは・・・・・・









                “翼は今日から私だけの物”です」
「・・・え?」

困惑している俺をよそに先輩はジャンプスマッシュを打ってきた。
先輩の全てのパワーが乗った高速のシャトルは
立ち上がった俺の額へと向かってきて、そして・・・・・・・。

448風の声 第12話「風の困惑」:2011/11/11(金) 16:09:18 ID:MOUoAHvI
何度目だろう?この場所に来るのは。
目を覚ましたのは一番来たくない場所。・・・・・保健室。
ベッドの周りのカーテンで室内の方は見えないが静かさからして誰もいないようだ。
額に手を当てると少し痛かった。ヘアバンを巻いていなかったら・・・考えたくない。
そのときすぐそばから小さい風を感じた。
向いてみると・・・・咲先輩の顔がドアップ。感じた風は先輩の吐息みたいだ。

「!?!」

1つのベッドに男女が・・・あたふたしていると先輩がおきてしまった。
とりあえず起き上がり、ベッドそばにあったヘアバンとリストバンドを装着し
傷を見られないようにした。

「おはよう・・・つばさ」

そう言い終えると先輩は、いきなり俺に覆いかぶさってきた。

「ちょっ、先輩!何する・・・んんっ!?」

口に感じたのは先輩の柔らかい唇の感触。そう思ってたのも束の間。
俺の唇のわずかな隙間から、何か生暖かいものが口内へと侵入してきた。
先輩の舌だと理解するには時間がかかった。
いつもの先輩の性格からして、この行動はありえない物だったからだ。
先輩の舌は俺の口内を暴れて、這いずり回り。
先輩自身も俺を貪る様に顔を動かしていた。
『ピチャ、ピチャ、クチュ、ジュル』と卑猥な音が脳裏に響いてくる。
口を離そうにも先輩が俺の首に両腕を回しガッチリ、ホールドしていた。
数分たったとき、ようやく口を離してくれた。唾液の糸を引きながら。
まだ混乱している頭をフル稼働させて言葉をつむぎ出す事ができた。

「せ、せんぱい・・・な、何を」
「なにって、キスですよ。ふか〜いふか〜い大人の・キ・ス」

笑みを浮かべながら話す先輩に悪寒を抱いた。

「言いましたよね、罰ゲームの内容。“翼は今日から私だけの物”。
 私だけの物なのだから、私が何をしようと良い訳です」
「ちょ、ちょっと待ってください。罰ゲームに恋愛関係を持ち出すのは「罪に
 ならなければ何だっていいのですよねぇ?。これは罪じゃない、“愛”ですよ」」

目の前にいるのは咲先輩なのだろうか?性格が変わりすぎている。

「フフッ、今ここには誰もいません。最後までやりましょう・・・」
「最後までって・・・」
「再確認しないでください。ベッドの上で若い男女が
 やる事と言えば1つしかありません」
「だ、駄目ですよ!そんなこと「口答えしないでください」」

その瞬間、先輩が俺の首に手をかけてきた。ギリギリという音が聞こえる。
「あなたは私だけの物なんですよ?口答えしないで私の愛を受け続ければいいのです」

その後、目覚めてすぐだからという理由で何とか行為を避けることはできた。
けれども、その日は最終下校時刻までベッドの中で先輩の抱擁を受け続ける事となった

「死ぬまでずっと一緒です。誰にも邪魔させません。フフッ、アハハッハハッハハハ」

449AAA:2011/11/11(金) 16:10:28 ID:MOUoAHvI
以上です

450雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 17:02:20 ID:J3uxq6d6
>>449
gj!
おぉ…風が帰って来た…!

451雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 19:40:43 ID:rlcy1fek
>>449
GJ!!

452雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 21:51:05 ID:X0hJQECo
風の声きちゃあ....まってたよぉ...

453雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 22:39:23 ID:eaTqayW.
GJです!! 待ってました!!

454雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 23:24:56 ID:lSkD1U2.
風きたあああああああ

455オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/11(金) 23:38:42 ID:J3uxq6d6
依存ヤミの失われた最終話が上がった。
悩みに悩んで、これならみんなに晒してもいいか、と思った。それはもういい、という人もいるかと思うが、需要は?

456雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 23:45:49 ID:M6x8Ecyc
>>455


作者がどういう結末を考えてろか気になる

457雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 23:48:02 ID:wWuzykRk
需要は作り出すもんだ
投下お願いします

458雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 23:51:41 ID:r67nqPqo
GJ
よき風が吹き始めたようですね

459雌豚のにおい@774人目:2011/11/11(金) 23:54:19 ID:r67nqPqo
>>455
ノシ
理由はいろいろ書けるが「読みたい」の一言が本心かな
投下待ってます

460オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/12(土) 00:14:38 ID:lgfWtJmM
おけ
つまらんことで迷ってたようだ。
少し待ってくれ。
今晩中に投下する。

461雌豚のにおい@774人目:2011/11/12(土) 00:49:56 ID:b8htUugo
wktk

462雌豚のにおい@774人目:2011/11/12(土) 01:12:25 ID:EhB6skBg
猫期待!!
まってました!!

463オウル ◆Hfq/fC6oYU:2011/11/12(土) 01:29:42 ID:iyQ6MqJ6
それでは、依存ヤミ最終話投下する。
管理人様、どのような形でもお任せしますので、保管庫へ入れていただければ嬉しいです。位置付けは第十話です。

464依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/12(土) 01:32:42 ID:iyQ6MqJ6
◇ ◇ ◇ ◇


 ことっ、ことっ、と心臓が早鐘を打った。
 未夢は首を傾げる。
 今、膝の上で静かに眠る少年のことが好きだった。
 未だ二十歳になりはしない。だが、未夢は愛というものを知っているつもりだ。ただそれだけを頼りに生きてきたのだから。
 その未夢の胸を、衝撃と驚愕とが刺し貫いている。
 この十七年間の人生で、これ以上ないくらいリューヤのことを愛していたつもりだ。
 だがそれは誤りだった。
 これ以上は、あったのだ。
 リューヤの命が燃え尽きようとしている正にこの時、未夢の思いはこれ以上なく燃え盛っている。

「すぐ、逝くね」

 吐き出した言葉に嘘偽りはない。未夢にはその決意がいつだってあった。
 だが、あの一言が未夢の胸を焼いた。
 驚いた。これまでの人生で、これ以上ないくらい恋い焦がれていると思っていたはずなのに、なんとその先があったとは。
 怖いくらいだ。

「リューヤ先輩から離れろ! このクソ女ぁぁ!」

 先程まで、呆然として未夢とリューヤの抱擁を見つめていたキサラギが掴みかかる。

(うるさいなあ……)

 今は、この胸のときめきをひたすら噛み締めていたい。
 未夢にとって、キサラギは玩具以下の代物だ。怖くもなんにもない。
 こんなものはすぐ、壊せる。

「また、リューヤを傷つけるの?」

 一言。
 ただ、一言で未夢はキサラギの胸を刺し貫いた。

「ち、違うっ! ウチは…ウチがリューヤ先輩を傷つけるわけない!」

 キサラギの血に濡れた腕が、未夢の服を汚す。
 リューヤのものだ。それだけでキサラギは万死に値する。

「一人だけなら、許すよ」

 リューヤのために生きて来た。
 リューヤがいるから生きられた。
 リューヤの判断。それが全て。
 そんな未夢には当然の言葉。

「ウチはぁ! リューヤ先輩のためなら、命を差し出せるんだぁ! 見ろ!」

 叫びながら、手首に刻んだ惨たらしい傷痕を突き付けるキサラギ。

「ここも、ここも! おまえより多い! ウチの方がリューヤ先輩を愛してる! リューヤ先輩はウチのだっ!」

 ほんの少し前ならば、未夢はキサラギの存在を認めていただろう。
 だがここに来て、『その先』を知ってしまった未夢の考えは変わっている。
 リューヤを自分だけのものにしたい。
 リューヤは自分だけのものだ。
 どうしても。
 どうしてもだ。
 だから壊す。キサラギを壊す。

「がんばったね。おめでとう…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………2等賞」

 その瞬間、キサラギの動きが止まった。



 長い沈黙があった。



「ぐるぁぁぁぁぁ! 殺すッ! 殺すゥッ!」

 擦り傷だらけの顔に殺意を漲らせ、キサラギは狂った。もう、どうしようもないところまで。
 だが必殺の決意を込めたキサラギの手は、未夢に届かない。
 男たちの太い腕がキサラギの腕を捕まえた。

「ガァァァァッ! 離せ! 離せ! クソ女、殺してやるぅぅぅぅ!」

 キサラギは、三人掛かりで取り押さえる警官に正しく狂女のように抵抗する。

「対象確保! 対象確保!」
「重傷者一名! 至急、救急車を――」

 警官が口々にわめき散らし、キサラギの呪詛の言葉は、喧噪の中に消えて行く。

「さよなら」

 薄く笑う。そして――

「リューヤ、ごめんね。未夢、やっぱり悪い子だよ……」

 その呟きも、喧噪の中に消えて行く。

465依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/12(土) 01:36:05 ID:iyQ6MqJ6
◇ ◇ ◇ ◇


「おはよー」
「ああ…」

 目を覚まして二週間ほどが経過しようとしている。その間、未夢に付きっきりの看病をされたことは俺の人生にとって、これ以上ないほどの汚点だ。

「リューヤぁ、おしっこしよ? おしっこ!」

 未夢が尿瓶片手に頬笑んでいる。
 ……この変態が!
 しかし、未夢ごときの世話になる日が来ようとは。焼きが回るとはこのことだ。
 キサラギの飛び降りの一件以来、俺の周囲は様々なことが変化した。
 先ず、未夢は俺の指示なしでも食事を採るようになった。とてもいい変化だ。しかし、甲斐甲斐しく俺の世話を焼く反面で、りんごのように赤く染まった頬を見ていると、コイツが何を期待しているか嫌でも分かってしまう。
 目を覚まして以来、俺と未夢は毎日のようにキスしている。一線を超えるのは時間の問題だろう。
 俺としては、この距離の近くなった幼なじみとの間に生まれたこの暖かい気持ちを、もう少し時間を掛けて育てて行きたいと思っている。
 未夢の両親は、毎日のようにやって来た。

「息子よ……」

 相変わらず、未夢の親父はふざけている。このヒゲは、俺が将来の義理の息子だということ信じてを疑っていない。
 ちなみに、未夢のお袋もふざけている。

「未夢、子供はまだなの?」
「もう少しだよ」

 お腹をさすりながら、幸せそうに答える未夢。
 ふざけんな。
 マジふざけんな。
 それから、うちの親父とお袋も出張先から帰ってきた。
 長期の入院が予測されたため、俺としては進級のことが気掛かりだったのだが、そこは親父が骨を折ってくれたらしい。学校側も前後の事情を汲んでくれた。その辺りのことは補習や講習を行う等して便宜をはかってくれるようだ。

「今は休め」

 親父の言葉だ。
 頑張り屋さんでない俺は、勿論そうさせてもらう。
 そしてキサラギは……あれ以来、会っていない。
 親父やお袋に尋ねたが、二人とも頑として口を割らなかった。何かある。そう思わずにいられない。親父は学校にも口止めしたようだ。見舞いにやってきた担任も、口を濁すだけで何も答えてくれなかった。
 未夢に世話を焼かれながら、リハビリを行う傍らで、空いた時間はキサラギのことばかりを考える。
 キサラギの両親は、俺に会いに来なかった。アイツが一人暮らしだったことを鑑みるに、家庭環境に少なからず問題があるのは疑いない。
 だが、それを知りたいか、と聞かれれば、俺の答えはノーだ。未だ、学生の俺にとって、その問題は大きすぎる。手に負えない。
 キサラギの行く末に関しては、意外な所から言及があった。

「あの娘は、遠くに行ったんだよ」

 答えたのは未夢だ。
 まあ、あれだけのことをやらかしたのだ。何もないと思う方がどうかしている。納得出来ないが、今はどうしようもない。…今は。

466依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/12(土) 01:38:22 ID:iyQ6MqJ6
「リューヤぁ、未夢、もうヤだよ。あんなの……」
「ああ、わかってる。もうしないよ」

 心配そうに言う幼なじみの髪を撫でる。
 未夢は変わった。
 以前は、俺に頼りきりだった生活も、今ではなるべく自分でこなそうと必死で頑張っている。
 ケガの功名というやつだ。
 俺が重傷を負い、動けなくなったことで未夢の何かが変わったのだ。だとすると、キサラギのあの行為にも意味はあったのだろう。
 どんどん俺の手から離れる。それは見ていて微笑ましい光景で……それでいて、ちょっぴり悲しい。

 今ならもう、行けるのだろうか。
 俺はもう、行ってしまってもいいのだろうか。

 この街を出る。
 以前から考えていたことだ。
 住み慣れたこの街を離れ、新しく厳しい環境で生きて行く。そこでは、新しい出会いが待っているだろう。つらい出来事が待っているだろう。
 それらを求め、俺は行きたい。
 もちろん、未夢のことは心配だし、気掛かりだ。
 だが、遠く離れた場所で、一度自分を見つめ直したい。それは未夢との関係も含まれる。未夢を大事に思うからこそ、そうしたいし、そうすべきだと思う。一度、距離を置き、この胸の思いを確かめたい。

 時は流れ、季節は移ろう。
 桜が散り、俺は高三になっていた。復学してここまでは、慌ただしく過ぎて行った。
 最大の援護はやはり未夢で、相変わらずエロいし変態だが、家事にも積極的に参加するようになったし、自分の体調や着衣にも気を配るようになった。週末は、相変わらず二人きりで過ごすことを望むが、以前とは違い奇抜な行動で俺を悩ませることはなくなった。
 危うく揺れるようだった瞳の色も、今はもう落ち着きの彩りを見せている。確固たるものを得たのだろう。

「リューヤぁ……キスしよ……?」

 掠れた声で甘える未夢を抱き寄せ、応える。
 小さな舌を吸い上げながら、薄い胸を弄る。耳元で漏れる吐息は、熱く湿っぽい。
 未夢は少し乱暴にされるのが好きだ。膝の上に座らせて、乱暴に下着を剥ぎ取って行く。抵抗はほとんどない。つくりの小さなそこは、既に粘着質な水分を湛えていて、俺を誘っている。
「りゅうやぁ、アレやだぁ…」
 未夢は避妊を嫌がる。無論、良識的な俺は無視する。
「はじめてのときみたく、なまでそそいでほしい……」
「……」
 変態が!
 雰囲気を台なしにするその言葉を飲み込む。今はまだ、この熱い吐息を感じていたい。
 ベッドでもつれあいながら、小さい耳朶に口づけたところで、リビングの電話が鳴り響く。
「やだぁ、もう……!」
「待ってて…」
 唇を尖らせる未夢に囁き、トランクス一枚で無粋な闖入者からの電話に応答する。

「もしもし?」
『……』
「どちらさま、でしょうか?」
『……』

 不意に、背中に氷柱を差し込まれたような寒気を感じた。

 まさか……。

『せんぱい……』

 ごくり、と息を飲む。

『ウ チ で す』

467オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/12(土) 01:40:05 ID:iyQ6MqJ6
投下終了。
依存ヤミはこれで、本当の本当におしまい。
猫は順調。今、推敲してるとこ。予定通り、週明けに投下する予定。
猫が終わり次第、依存ヤミの続編も書いてみようかと思ってる。そのときは別タイトルにすると思う。
きつい内容になるだろうが、それだけに書いてみたいと思ってる。
感想くれると嬉しい。何が天啓になるかわからん。実は、依存ヤミのヒロインも皆の感想から天啓を得た。
それでは失礼する。長文スマソ。

468雌豚のにおい@774人目:2011/11/12(土) 02:51:57 ID:MpIhEWPk
今までROMってました。オウルさんなかなか面白かったですよ。
他の作者さん方もありがとうございます。
また面白い話、読ませて下さい。

469雌豚のにおい@774人目:2011/11/12(土) 12:41:52 ID:ji02FojM
GJ!!
>>468
何かフリーザ様みたいだなお前

470雌豚のにおい@774人目:2011/11/12(土) 12:43:23 ID:UfEZEVkg
ちょっとワロタ

471雌豚のにおい@774人目:2011/11/13(日) 00:27:35 ID:DUxO.vnQ
ああん..続編来いよオラ

472雌豚のにおい@774人目:2011/11/13(日) 02:16:27 ID:RqbHGxr6
>>471
まぁ、待て
全裸で待機だ

473雌豚のにおい@774人目:2011/11/13(日) 16:41:36 ID:lLmyXZds
>>467
投下ありがとうございました、ネコの方も依存ヤミの方も楽しみにして待ってます。

>>468
重箱の隅突っつくようで申し訳ないし、もう見てないだろうけど一応言っとくな。基本的に『なかなか面白かったですよ』って表現は上から目線で言われてる感じがするから使わない方がいいと思います。

474雌豚のにおい@774人目:2011/11/13(日) 18:52:15 ID:4GJDYuA.
オウルさん小説を読もうサイトでも書いていたのか・・・

475オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/13(日) 19:18:15 ID:4osbcDf2
>>474
見つかったのか。
まあ、理由は色々ある。
一番の目的は推敲。その気はなくても差別的な言葉を使ってると非難されることがあるんだ。
気を悪くした人はすまん。
お詫びに今度はこっちを優先する。
次の投下は大きくなるかも。

476雌豚のにおい@774人目:2011/11/13(日) 19:40:58 ID:lLmyXZds
>>475
そんなに気にしなくてもいいかと。どこに投稿するかなんてことは作者の方が好きなようにすればいいんじゃないかな?もちろんこっちを優先してくれるのは嬉しいです、次回の投下楽しみに待ってます

477オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/13(日) 20:08:58 ID:4osbcDf2
>>476
ありがとう。
あっちは色々ある。特にエロを入れる場合はww
住み分けが難しいんだ。
猫はエロも入れるつもりだけど、エロが少ないと向こうじゃきつい。
こっちでは自由なのがいいんだ。表現の枠が広がるから。
度々、長文ごめんなさい。

478雌豚のにおい@774人目:2011/11/13(日) 20:10:44 ID:4GJDYuA.
>>475
勝手に言ってしまってすみません
執筆がんばってください

479オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/13(日) 20:30:36 ID:4osbcDf2
>>478
いや、時間の問題だったんだ。
気にしないでくれ。
公表するべきか迷ってたとこもある。
ここは厳しいとこじゃないと思う。
気楽に楽しもう。

480雌豚のにおい@774人目:2011/11/13(日) 21:52:58 ID:DUxO.vnQ
まだかぁ....色々とまだなのかぁ...

481雌豚のにおい@774人目:2011/11/13(日) 22:25:52 ID:D0QrOoLs
まあ気長に待とうよ

482朗報:2011/11/14(月) 00:15:15 ID:Yt1.BJJk
キモウトスレに無形氏がきてたおo(^▽^)o
ほととぎす。もう無理かと思ったがもしかするかも・・・

まったく風のような人だぜ

483雌豚のにおい@774人目:2011/11/14(月) 00:36:57 ID:Vu0mON/2
>>482
何・・・だと・・・?

484雌豚のにおい@774人目:2011/11/14(月) 07:14:43 ID:m4MCk/46
482
スレチな話題だけど情報ありがとう
保管庫掲載なしかもだから
危うく見逃すところだった

485雌豚のにおい@774人目:2011/11/14(月) 16:42:19 ID:XQqWOK1E
無形氏本当か!!!!

486オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/14(月) 18:02:30 ID:KanntYmA
今日の深夜に猫爆弾落とす。
3万字近い投下になる。
ストップかテメーいい加減にしろって人はレスくれたら2回に分けるとかして対処するから。

487雌豚のにおい@774人目:2011/11/14(月) 19:12:13 ID:8Ji7oBZg
>>486
大丈夫!裸待機余裕だからw
いつもお疲れさまです

488雌豚のにおい@774人目:2011/11/14(月) 23:09:04 ID:Yt1.BJJk
オウルさんはマジでちょくちょくレスしてくれて投下も頻繁だし量も質もええし好感が持てるでな。
ここまでの作者はそうそういないでな。ヤンデレスレはこういう方を大事にすべき。

オウルさんあざーっす

489雌豚のにおい@774人目:2011/11/14(月) 23:18:19 ID:pgtdoX1s
さて深夜と相成った訳だが
まってる

490雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 00:15:54 ID:IzMhgPkM
おいまだか
下半身冷えてきたぞ

491オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:27:03 ID:2Gip3jC6
これより猫爆弾を投下する。
3万字近くなる。なげぇぞ。
投下中、かぶせるのだけは勘弁してくれ。結構手際悪いから、苛つく人いるかもしんない。先にあやまっとく。それじゃはじめる。*

492オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:28:25 ID:2Gip3jC6



 副長である俺に振られた部屋は、余り広くはない。昇進して稼ぎも増えたのだから、小さい屋敷の一軒でも借りていいのだが、それはエルに反対された。
 猫の獣人は狭い空間を好む性質がある。貧乏暮らしのときは、その性質に助けられたが、いざ貧乏から脱却してみるとそれはそれで困ったものだ。
 エルもそろそろ年頃だ。俺のような独身の騎士と二人暮らしでは、どのような噂が立つかわかったものではない。

 疲労にいい、ということでエルの入れたぬるい風呂の中で、色々と考える。

 ……そうだ、エルを学校にやったらどうだろう。彼女は、頭も悪くない。読み書き計算不自由ない。同年代の友人を作る機会を与えてやりたい。
 これはなかなか、名案だ。
 学校の寮にでも入れてしまえば悪い噂が立つこともなかろうし、将来、エルがどのように成長するかという楽しみもできる。

 パタパタと廊下を走る音が聞こえる。

「少佐、キサラギ団長が来られております……」

 浴室の扉越しに、エルが小さく呟く。
 アキラが? どきん、と心臓が跳ねる。嫌な予感しかしない。
 バスローブ一枚の格好で、あわてて居間に駆けつける。

「やあ、レオ」

 燭台のオレンジ色の明かりの中で、アキラがソファに深く腰掛けて、何故か誇らしそうに手を上げる。昼間ならコバルトブルーに光る瞳が、今は暗く淀んで見えた。
「団長、今、帰ったばかり――――」
 そこまで言って、俺は絶句した。
 アキラの纏う騎士の衣装。白いマントにもトーガにも、所々、赤い斑点がある。
 ――返り血だ。

493オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:29:24 ID:2Gip3jC6
 ざぁーっ、と血の気が引く音が聞こえた。世界が足元から崩れて行くような気がした。
「どうぞ」
 と、エルが呑気に茶など振る舞っている。
「だ、んちょう、何して来たん、ですか……?」
 口からはカタコトの言葉があふれ出す。
「それだよ」
 アキラは微笑んで、パチリと指を鳴らす。よく見ると、その頬にも返り血が浮かんでいる。
「キミにお土産を持って来たんだ。外の馬車に入ってるよ」
「み、やげ?」
 呼吸が荒れる。今度は、何が起こったのだろう。
 ふらつく腰をエルに支えられ、表に飛び出す。
 馬車の中から、今にも消え入りそうな呻き声が聞こえる。
 幌を捲ると、そこには……。


◇ ◇ ◇ ◇


 オスカーとアーベルが、ガタガタと歯を鳴らしながら、膝を抱えている。
 ――よかった。生きてる。
 オスカーとアーベルは、一瞬視線をさ迷わせ、それから俺を見つめた、
「ベ、ベッカーか……?」
「ああ」
 二人に、いつものような居丈高な様子はない。おびえきっている。
「た、頼む! エドガーを助けてくれ! きっと、おまえは俺たちのことなんて、嫌いだろうけど、それでもどうか……!」
 オスカーが馬車の荷台の中で両手を付く。
「頼む、ベッカー。このとおりだ。おまえ、『治癒魔法』が使えるんだろ? 頼むよ……エドガーを、命だけは……」
 確かに俺は治癒魔法が使える。
 だが、それは傭兵仲間でもごく一部しか知らないことで、なるべくなら使用を控えている能力だ。喋ったのはだれだ? 僅かな苛立ちが込み上げる。
「……」
 視線を落とす。
 自らが作ったであろう血溜まりに、後ろ手に縛られたエドガーが転がっていた。
 視界がクリアになり、鼓動が落ち着きを取り戻す。
 俺は戦争屋だ。騎士なんぞとのたまっているが、所詮人殺しだ。これより酷い光景は山ほど見た。血を見て落ち着くとは、我ながら呪われた性分だ。
「…おい、エドガー」
「……」
 返事はない。浅く早い呼吸。多量の出血。意識の喪失。
 エミーリア騎士団の創立者『エミーリア』は修道女である。エミーリア騎士団の主な活動が医療活動であったことからしても、このニーダーサクソンでは『治癒魔法』自体は特に珍しいものではない。
 『治癒魔法』は神官の秘術である。『騎士』である俺がその秘術を使うことは、誰にも知られたくない。『奥の手』は誰にも知られたくない。
「……」
 もう一度エドガーに視線を戻す。
 首を一突きだ。アキラらしい無駄のないやり口だ。致命傷だが、傷自体は大きくない。『治癒』は可能だ。

「わかった。エドガーを助けよう」
「ほ、本当か?」

 ほっと胸を撫で下ろすオスカーとアーベル。
 ……現在のエドガーは、死んでいないだけだ。傷を治したとしても、その状態は変わらない。出血が多すぎる。今は感謝するオスカーとアーベルだが、二、三日もすれば呪詛の言葉を口にするだろう。
 神官の秘術であるこの『治癒魔法』であるが、この能力は、決して『奇跡』などではない。失った血液は戻せないし、死者の蘇生は不可能だ。
 無駄と知りつつ、それでも治癒を行うのは、戦場以外では、アキラに殺しをさせたくないというただ一点に過ぎない。
「エル……?」
 背後にいたはずのエルがいない。アキラもだ。
 アキラを遠ざけたのはエルだろうか。それなら好都合だ。俺が『治癒魔法』を使えることは、あまり知られたくない。
 最後に、
「オスカー、アーベル、ここで見たことは他言無用だ」
 二人が頷くのを確認し、袖を捲る。
 『治癒』の守護者『アスクラピア』の象徴である蛇の紋様がとぐろを巻くようにして両腕に浮かび上がる。エドガーに触れる。
 そして―――俺の意識があったのはここまでだ。

494オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:30:57 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 俺は、あまり強くない。剣の腕前でいえば、第七連隊の中では、中の上というところか。それもおまけしてのことだ。へたすりゃ、中の中、並もいいところかも知れない。その俺が門閥貴族であるアスペルマイヤーの知己を得たのも、傭兵上がりの連中から信頼されているのも、治癒魔法という『奥の手』があったからに過ぎない。
 燭台の薄暗い明かりの中で、エルとアキラが談笑しているのが見える。足元には青ざめた表情のエドガーが転がっていて、その奥に拘束されたアーベルとオスカーの姿がある。
 世界が回る。視界は薄い粘膜に覆われたかのように霞んでいて――これはマジックドランカー(魔法酔い)の症状だ。
 『奥の手』を使うのは一年ぶりだ。こんなに鈍ってしまっていたのか。そう思わずにいられない。
 意識に、また、夜の帳が落ちる――


◇ ◇ ◇ ◇


 粘つく水の中から、身体を起こすように、ゆっくりと覚醒していく。マジックドランカーから回復する際に訪れる症状の一つだ。治癒魔法は便利だが、それなりに代償も大きい。
 意識が微睡みながら回復する。
 早朝の青い光りに霞む世界の中、エルが、うっとりとした表情で紫の紋が浮いたナイフの刀身を見つめている。
「……エル、それは……?」
 エルは息を吐き、ナイフの刀身をゆっくりと鞘に収めた。
「アキラさまに頂きました。キクイチモンジという刀の刃から造った『短刀』というものらしいです」
「キクイチモンジ……」
「はい。なんでも、愛に狂った女の情念が染み付いているとか……」
 笑い飛ばそうとしたが、真剣に言うエルの様子に、思わず息を飲む。
「アキラ――団長とは顔見知りか?」
 エルは否定の方向に首を振った。
「いえ、昨夜が初対面でしたが……あのようなお方なら、もっと早めにお会いしたかったです」
 エルが自分の要望や願望を口にするのはとても珍しいことだ。
 ……なんだろう。この粘つくような不安は。
 アキラとエル。とてもよくない組み合わせのような気がする。
「エドガーたちは?」
「軍規に照らして処罰されるようで、昨夜のうちに連行されて行きました」
「処罰?」
 訳が分からない。凶行に及んだのはアキラで、奴らではないはずだ。
「上官に対する不敬と、副長の少佐に対する暴行で、罷免させるのに十分な罪状だそうです」
「……」
 確かにそれは事実だが、なんだか詭弁のようにも聞こえる。
 ……大隊長三人を更迭するのはいい。だが、代わりに誰を据えるつもりだ?
 行かなければ。俺は副長だ。アキラを支える義務がある。
「お待ちを」
 身を起こそうとした俺を、エルが押し止める。
「出仕は午後からで構わないとアキラさまはおっしゃっておいででした。なんでしたら、休んでも構わないとも……」
「しかし…!」
「お役目に励まれるのは、結構でこざいますが……そのように強く『アスクラピア』の加護の影響をお受けになられていては……」
 エルは、ほんのりと頬を上気させ、なぜか機嫌が良さそうだ。細い指先を宙に漂わせ、俺の腕を指す。
「……」
 両腕には、未だはっきりとアスクラピアの蛇が浮かび上がっている。身体が魔法酔いの影響から抜け切っていない証拠だ。
 エルが、そっと俺の胸を押し、もう一度ベッドに押しやる。
「……まだ、アスクラピアの御力を失っていなかったのですね?」
「……」
 知るか。親父が出来る。俺が出来て何の不思議がある。それとエルの上機嫌は関係があるのだろうか。今朝のエルは、とにかく饒舌だ。普段はこの半分も口をきかない。
 短く息を吐く。慌てても仕様が無い。
「アキラさまは、そのことを非常に評価されておいででした」
「…!」
 ばれたのか! エルが話した? いや、事態の予測は容易か。これは参った。隠していたことを何と非難されるか分かったものでは――待て、評価している? 非難の間違いでなく?
 わからん。俺が秘密を持っていたことをアキラが喜ぶとは思えない。

495オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:31:54 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 赤い煉瓦拵えの新兵舎の執務室で、アキラ・キサラギはこれ以上ないくらい上機嫌だった。
「よし、その棚はそこに置け。そっとだぞ」
 にやにやと緩む頬を隠すこともせず、運び込まれる備品の置き場所を指示していく。
「大将、ご機嫌ですね?」
 副長の不在に代わり、この引っ越し作業の指揮を執る壮年の騎士が問いかける。
「ああ、ボクは気分がいい」
 アキラは否定せず、手に持ったタクトで拍車の付いたブーツをぴしゃりと叩く。
 副長をいじめ抜くことに定評のある、あのアキラ・キサラギが、その副長の不在にも拘わらずこの上機嫌。こりゃまた不思議なこともあったもんだ、と壮年の騎士は眉を吊り上げる。
「副長は、そんなに具合が悪いんですかい?」
「ああ、とてもね。休むよう命じてある。……だからと言って、手を抜くなよ? 奴が居なくても平気だってところを見せてやれ」
「へい」
 と答える彼も傭兵上がりの出身だ。気取らない彼らの性分は、アキラにはとても好ましいものに感じられる。
「なあ、レオ――副長は、神父の息子だよな?」
「へえ、そうですが」
「だとすると、アスクラピアの洗礼を受ける機会は十分にあったわけだ」
「まあそうですね」
「アスクラピアの力を使う神官の必須条件は、処女童貞だよな?」
 これまた下世話なことを言う。壮年の騎士は眉根を寄せる。
「それがなにか?」
「だったらさ、副長は……なのか?」
「ああ…」
 そりゃ、ネタだ。騎士は苦笑いを浮かべる。
 飲む打つ買うは男の業。傭兵たちにとっては宿命のようなものだ。レオンハルト・ベッカーもまたしかり。色街で遊びほうける姿は何度も見かけたことがある。色を好むのは、男ならやむを得ぬこと。
 傭兵上がりたちが、副長を『神父の息子』とおちょくるのは、そういう意味だ。罰当たりめ、と呼んで遊んでいるのだ。ちょっと泣き虫で、根は真面目な彼をからかっているに過ぎない。
 処女童貞であることと、アスクラピアの力の行使は、なんの関係もない。そもそも、レオンハルト・ベッカーは神官ですらない。
 壮年の騎士はそれを説明しようかどうか、少し悩み……結局は止めておいた。あの若い副長をからかうネタが一つ増えただけのことに過ぎなかったからだ。

496オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:32:52 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 大隊長三名の罷免、更迭。この事態をどう処理するか。第12旅団結成式典まで、あと三日もない。
 新しい兵舎の執務室は、連隊クラスの時より間取りが広く気分がいいが、このトラブルの対処を間違えれば、その上気分も長続きしないだろう。
「部隊への発表はどうしますか?」
「取り繕ってもしょうがない。事実を公表しろ」
 アキラは新しい椅子が気に入ったようだ。頻りにひじ受けをなで回している。以前のものは、材質が気に入らないとごねていたのを思い出す。
「で、後任はいかがなさいますか?」
「……」
 アキラは煙るような表情でこちらを見る。どうせ他人行儀な言葉遣いが気に入らないとか言い出すのだろう。
 溜め息を吐く。最近の俺は溜め息ばかり吐いている。
「……アキラ、あなたのためです」
「わかってるよ」
 おお、聞き分けがいい。どうしたことだ? 日を置いて直ったのだろうか。
「おまえにも案があるだろう。聞かせてくれないか?」
 言葉遣いが直っている。キミとか優しく言われたら、どうしようかと思った。
 ……直ったんだ。つーんと鼻の奥が熱くなる。よかった。本当に、よかった。

「ばっ、バカ! 今は執務の最中だぞ!」

 涙ぐむ俺にアキラの叱咤が飛ぶ。普段なら身を小さくするそれすらも暖かく聞こえる。

「…すいません。アキラ、あなたが……」
「ぼ、ボクは、変わるって言ったからな……いい子になりたいんだ」

 直ってないのかもしれない。
 どちらとも決め兼ねてしまう。だが、瞳の色の危うさはかなり薄まった気がする。それがどうしてかは分からないが。
 話を濁してしまった。一つ咳払いして、続ける。
「後任の案ですが、二つあります。一つは人事部に計らって、佐官クラスの人材を用意してもらう」
 この時点で、アキラは首を振った。
「却下だ。もう一つにしろ」
「しかし……」
 と俺は再考を求める。
 アキラ・キサラギは優秀な軍人だ。優秀過ぎるきらいがある軍人だ。己の立場に疎いところがある。
 自己の直属部隊『第七連隊』。指揮官に貴族の子弟を含まない。ということの意味を、アキラは知っているのだろうか。
「わかってるんだろ? ボクの気に入る案を」
 アキラの言葉に険が混ざる。
 考え過ぎだろうか……そんな気がしてくる。
「……はっ、それでは大隊の副官クラスに代理という形で、後任を任せましょう」
 代理の字は、次の出征が終わり次第、取ってやればよい。副官クラスの三名は下士官だが、目の前にぶら下がった出世のチャンスに発奮するだろう。そのやる気を生かすのはアキラの仕事だ。
 この展開は既に予想してあった。関係書類に、アキラのサイン一つで事が進むよう、既に根回ししている。
「それではこれにサインを」
「ん」
 ここまでは予定調和だ。アキラの方でも、手際の良さに驚くことはない。
 阿吽の呼吸とでもいうのだろうか。俺を仕込んだのはアキラだが、叩けば響くこの関係は居心地がいい。
 アキラも同じ気分なようで、僅かに笑む。
「一二〇〇に執務室に来い。今日は、一緒に食事をとりたい」
 ひとふたまるまる…軍の時間呼称だ。食事の誘いであるが実に色気がない。だが、それが返って落ち着く。俺もアキラも、ただの戦争屋なのだ。それを実感する。
「なあ、レオ……」
 書類を手に関係各所に行こうとした俺を、アキラが呼び止める。
「おまえ、アスクラピアの加護を受けていたんだな……」
 ここで来るか。予想していたが、若干表情が歪むのが自分でもわかる。
「あっ、いや、隠していたのを怒ってるわけじゃないんだ」
「…?」
「その…恥ずかしいと思う気持ちは、理解できる……」
 見る見るうちに、アキラの頬に血の気が上る。
「ボクも……だ」
 またわからんことを……。
「じろじろ見るな! 行けっ!」
 突然、怒鳴られた俺は、這う這うの体で執務室から逃げ出した。

497オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:33:45 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 大隊長三名の更迭処分が公表された。
 この一件が旅団内部にどのような波紋をもたらすか。取り敢えず、結成の式典を前日に控えた今、元第七連隊に限っていえば、動揺は少ない。
 元々、評判のよくなかった連中だ。致し方ない出来事なのかもしれない。
 大隊長の地位を引き継いだ副官たちも、困惑しながらも、運よく巡ってきたこのチャンスにやる気を見せている。
 だが、アスペルマイヤー、バックハウスの両連隊については、大きな動揺があったようだ。
 当然だ。結成目前に、自ら部隊の弱体を招くこの人事。動揺のない第七連隊の方がどうにかしているのだ。
 アキラの掌握能力がそれだけ優れているということの証明なのだが、それがアスペルマイヤー、バックハウスの両連隊に反映するまでは、今しばらくの時間がかかりそうだ。

 結局、第七連隊には隊長は置かず、アキラの希望通り直属の部隊として、彼女自らが指揮を執ることとなった。新しい大隊長三名の上に、直接団長のアキラがいるということになる。

 さて、この『旅団』であるが、エミーリア騎士団ではこれを『戦略上』の一単位としている。『戦術上』の一単位である『連隊』との違いは、戦闘での勝利を至上の目的とする『連隊』に対し、『旅団』の目的は『統治』を至上とする点である。
 第12旅団の結成は、新たな戦乱の予感を孕んでいる。
 これに関するアキラの推測はこうだ。
「またアルフリードとの間に、大きな戦が起こるな。これまでにない規模のものになるだろう。軍上層も腹を括ったということかな」
 叩き上げの将官『アキラ・キサラギ』と傭兵上がりを多く含む超実戦部隊『第七連隊』そして、万夫不当の『アスペルマイヤー』。性悪女こと知恵者『バックハウス』。この組み合わせに何も思わない者はいない。
 さらには『旅団』の目的と性質。これまでは一戦場の事だけを考えるたけでよかったが、これから先はそういうわけにもいかない。
 アキラと俺は、『戦略上』の『統治』について議論を深めねばならなかった。
 その話し合いで緊張感溢れる執務室に一人の来客があった。
 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーだ。

498オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:35:29 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーは、門閥貴族にして、純粋な狼の獣人だ。
 狼の獣人は体格と運動能力に優れており、その戦闘能力は他の種族とは一線を画する。狼の獣人のプライドはその類い希なる戦闘能力に裏打ちされたものであり、基本、彼らは優生主義だ。
 優生主義……ぶっちゃけて言ってしまえば、強かったら何やったって許される。弱い奴は生きる資格がない。弱い奴は、強い奴の食い物にされるために生きている。そういった主義思想のことだ。
 ただ、純粋にそうか、といえばそれは違う。狼の獣人は非常に義理堅い。一度受けた恩は、死んでも忘れない。その反面、とても粘着質で一度憎しみを抱くと、これも死んでも忘れない。
 こんな言葉がある。
 狼の決意は、鉄より固い。

 俺がジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーに出会ったのは五年前のことだ。
 当時のアスペルマイヤー少佐が率いる一個大隊は、国境にてアルフリード騎士団の一個連隊と不意の遭遇戦に陥った。
 狼の獣人は、粘り強く辛抱強いが、その反面、決断に欠けるところがある。アスペルマイヤーも多分に漏れず、戦術的撤退――所謂『逃走』の指示を出しそびれた。
 万夫不当の強さを誇るアスペルマイヤーであるが、大隊と連隊では数に差があり過ぎる。それでも戦線を維持し続けたのは、彼女の勇によるところが大きいだろう。だがそれが、戦況の泥沼化を招いたのは否定できない事実だ。
 アルフリード側からすれば、一個連隊二〇〇〇を用い、何故、一個大隊六〇〇を制圧できないのか、という苛立ちがあり、一方、アスペルマイヤーは無敵の戦闘能力に裏打ちされたプライドが、戦況に於ける不利を感じながら、なおも撤退を許さぬというジレンマ的状況を構築しつつあった。
 結局、戦況を決定づけたのは、一本の矢だ。
 ふらり、と飛来したそれは、すとんとアスペルマイヤーの胸当ての下に命中した。
 肺をやられたアスペルマイヤーは、見る見るうちに消耗し、ついには立ち上がることもできなくなった。
 アスペルマイヤー一人で維持し続けた戦況は、瞬く間に総崩れの様相を呈し、重傷を負った彼女を擁したまま、大隊は見るも無残な撤退戦を余儀なくされた。
 少数に手こずらされたアルフリード側の追撃は凄まじく、大隊からは戦死者、逃亡者が続出し、俺もいよいよ進退窮まった。

 ここで俺は一つの決断をした。
 最後まで、アスペルマイヤーに従軍することを決意したのだ。
 彼女は狼の獣人だ。この苦境に最後まで付き従った者を絶対無下にせまい。その思惑があった。
 たとえ、アスペルマイヤーがこの地に斃れようとも、その一族が恩を返す。死んでも忘れぬというのはそういうことだ。他の者が返す。
 うだつの上がらぬ傭兵稼業にも飽きて来たころだった。たった一つの己の命。乗るか反るか、ここで張るのも悪くなかった。

499オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:39:24 ID:2Gip3jC6
 そして運命の日がやって来る。

 その晩、アスペルマイヤーの本陣は悲惨で、ついに副官までも逃げ出した。率いた大隊六〇〇の内、半数が戦死し、残りは相次いだ逃走のため、ついに五〇騎を切っていた。副官の逃亡も止むなし。むしろ頑張った方だろう。
 だが、アスペルマイヤーの武運は尽きていなかった。残騎を率い、逃亡した副官が見捨てた一人の傭兵――俺だ。
 朝、目を覚ますと本陣で苦痛と無念に唸るアスペルマイヤーと俺を残し、部隊は消えていた。
 『肺』の治療は難しい。矢傷を塞いでも、溜まった血はどうにもならない。一度萎んでしまった肺は『治癒魔法』だけでは治らない。俺が『奥の手』の使用を渋った理由がそれだ。張り切って進み出て、治りませんでした、では済まないのだ。
 一度傷を塞ぎ、溜まった血を出すためもう一度傷を付け、血を吸い出すという地獄のような処置を行った。出血量は凄まじく、見立てでは、アスペルマイヤーが命を取り留める可能性は三割もないだろうと思った。
 しかし、俺にはもう、アスペルマイヤー以外に賭けるものはない。彼女の狼の血に賭けるよりない。
 そして、万全の呼吸を取り戻したアスペルマイヤーは、見事に俺の期待に応えた。というより、応え過ぎた。
 迫り来る追っ手を、悪鬼羅刹もかくやという活躍で、引き裂き食い破り、捻り潰した。
 アスペルマイヤーの怒りは凄まじく、追っ手を叩き潰した後も止むことはなかった。帰国後、己を見捨てて逃げた副官を素手で引き千切った光景は、一生忘れないだろう。
 その反面、最後まで付き従った俺は、とんでもなく厚遇された。傭兵でありながら、騎士分として扱われ、そんな俺をアスペルマイヤーは『レオ』と呼び、俺もまた、彼女を『ジーク』と呼ぶことを許された。
 そこから二年間はよかった。
 ジークの隣りにいる限り、俺は命の心配をする必要がなかった。傭兵の俺には、それだけで充分幸せだった。イザベラ・フォン・バックハウスと知己を得たのもこのころだ。イザベラは、俺のことを『ジーク専用救急箱』と呼び、それを怒ったジークが否定するということがあった。
 命を張った甲斐はあった。狼の獣人に恩を売り、エルフとの間に知己を得た。しかも、二人ともが門閥貴族のお偉いさんだ。一介の傭兵には、過ぎた財産だった。
 そしてジークからの推薦を受け、ついに騎士になることになった俺だが、その叙勲式でアキラ・キサラギに出会ってしまう。
 この時、アキラ・キサラギは中佐。ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーは一度部隊を壊滅させた科で未だ少佐だった。
 ジークは優生主義だ。絶対の強者をこそ上に戴く種族主義からか、軍の人事には口出ししなかった。

 そのジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーが、第12旅団の新兵舎で執務に励むアキラ・キサラギの元に、た ず ね て き た。

500オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:41:35 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 先ず、変化を見せたのはアキラだ。
 コバルトブルーの瞳が暗く淀み、活発な意見を出して、俺と意見交換していたのが、突然、無口になった。
 後で思ったことだが、猫の獣人は危険察知に優れている。その血を引くアキラの敏感なセンサーが、アスペルマイヤーの持つ何かに反応していたのだろう。
 執務室のドアを叩く音が無機質に響き、アキラが許可を出すと同時に、それは現れた。

「やあ、団長。おや……レオもいるね」

 ゆったりとした口調に、ハスキーな声。
 狼の獣人は体格に恵まれている。アスペルマイヤーは、俺より頭一つ分はでかい。豊かな胸に、ほっそりとした、だがムチのようにしなやかな腕。八頭身の均整のとれた躰駆。銀色の髪は裾の当たりで一つに纏めてあった。ぴん、と立った狼の二つの耳になんだか愛嬌がある。

「アスペルマイヤー……!」

 敵意を剥き出しにして、低く唸るようにアキラが呟く。既に、髪が巻き上がり、悪魔のような形相だ。嫌っていたのは知ってるが、この様子は尋常ではない。

「団長の方から、挨拶に来ると思ったけどね。まあ、ばたばたしてるみたいだったし、私の方から来てあげたよ」

 なんというアスペルマイヤーの傲慢。
 上官であるアキラに向かって、来てやった、とは。

「ボクは呼んでない……消えろ!」

 アスペルマイヤーは眠そうな視線を向ける。
 なんなんだ。この二人は、最初から喧嘩腰だ。しかし、謎なのは、アスペルマイヤーの態度だ。彼女が上官に敵意を剥き出しにするようなことは、これまでなかった。

「そういうわけにもいかないよ。レオから、よろしく頼まれているからね。私は、レオのためにここに来たんだ」
「……!」

 ぎろりとアキラが睨み付けてくる。
 その顔に書いてある。おまえ、一遍、死にたいか? と。
 勿論、俺は死にたくない。もう少し稼ぎたいし、エルも学校にやらなきゃならん。
「アスペルマイヤー大佐! 団長に失礼です!」
「……ジーク」
 呟いて、アスペルマイヤーはふわりと笑う。
 こんなときだが、ドキッと一つ心臓が跳ねる。
 ――戦場の女神。そんな言葉が脳裏にちらつく。
「……ジークだ。ほら、言ってみて……私は何も、変わらない。レオも変わってない。だから……」
 のんびりとした口調と共にするりと伸びた指先が、俺の唇に触れる。

「アスペルマイヤー! きさまぁぁぁぁ!」

501オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:42:26 ID:2Gip3jC6
 ついにアキラが激発した。
 机を蹴って跳ね上がる。同時に、チンッという鞘走りの音が耳を衝いた。

 やばい!

 アキラの得意技の『居合』だ。こればっかりは、まずすぎる。神速で繰り出される抜き打ちの斬撃は、いくらなんでも――

「ジーク!」

 叫びにも似た悲鳴。一瞬、アキラが固まる。微弱な遅れ。それがもたらした結果は劇的で――
 はらり、とジークの銀髪が数本宙に舞う。

「びっくりした……」

 ジークは、ほうと息を吐く。
 躱した? あれを? アキラの『居合』を? いや、アキラが外したのか?
 とにかく――ジークは無事だ。

「イザベラの言うとおり、おまえはやっぱり狂っているね……」

 厳しい表情でジークが吐き捨てる。
 対するアキラは、刀を構えた姿勢でふらりと動いた。これがまた、何とも言えず嫌な動きだ。音も気配も何もない。特殊な歩法であることは疑いない。
「アキラッ! やめてください!」
 一喝する。こんなことがどこまで意味を持つかは分からないが、やらないよりはましだろう。
 対するジークは、油断なく距離を取りながら言う。

「無駄だよ。猫は、レオが気になって、気になってしかたがないんだ」

 なぜかジークは帯剣していない。護身用のレイピアすら腰に差していない。これが知らしめる事実はなんだ? なぜ、ジークは丸腰なんだ?
 ジークはさらに言い募る。まるで、尽きせぬ恨みを晴らすかのように。

「猫はね、レオがいないと落ち着かない。レオが言うことを聞かないと腹が立つ。レオが自分以外の女を見ると、気が狂いそうになる。もうずっと、ずっとそうなんだよ。三年以上前から……」
「!」

 見た目にも鮮やかな、アキラの動揺。

「猫は、レオを嵌めたんだ。三年前の叙勲式……理由は何でもよかったんだ」

 俺を嵌めた? いやそんなことよりも…………アキラが動揺している。ここを置いて、場の収拾の機会はない。

「だまれ! ジーク!」

 俺のその一喝に、えっ、とジークが目を丸くする。アキラの方も、驚いてこちらを見る。
 この機を逃す俺じゃない。生じた隙に飛び出して、アキラの首筋を捕まえる。猫なら――これで上手く行く……はずだ。

「……」

 くてり、とアキラが身を任せてくる。
 やはり。アキラは猫の獣人の血を色濃く引いている。
 かつて、猫の獣人は四本の足で動く四足獣だった。親が子供を運ぶ際、首筋を咬むようにして掴み、移動した。その際、子供には防衛本能が働き動けなくなる。移動の妨げをしないように。その名残から、猫の獣人は首筋を掴まれると動けなくなるのだ。
 与太話の類いだろうと思っていたが、実際エルで試したときは、瞬きすらせず完全に動きを停止した。ハイブリッドであるアキラに通用するかどうかは、完全に賭けだったが。

 ジークは、ぱちぱちと瞬きをしている。微動だにしないアキラの様子に驚きを隠せない様子だった。

「これは驚いた……。レオ、なにをしたの?」
「……」

 ジークにだけは、絶対に言えない。アキラを嵌めに来たのだから。

「アスペルマイヤー大佐、今すぐ執務室から退去してください。これは第12旅団副長としての命令です」
「命令?」
「そうです。どのような経緯があれ、今の私は、キサラギ団長の忠実な副長です」
「ああ、なるほど」

 ジークは深く頷いた。

「レオは、私がキサラギ団長より劣ると思っているんだね。それはよくわかる。今の私は、大佐だからね。いいよ。そのうち、力で奪りに来るから」

 力関係に拘る狼の獣人らしい言い草だ。ジークは嫌いではないが、この優生主義というやつは好きになれない。

「あなたがアキラに敵うとは思えませんが、できるんでしたら、どうぞ」
「いいね、それ。力づくっていうの、嫌いじゃない」

 ジークは俺の胸で瞬きすらせずに、身を任せるアキラを見下ろした。

「これはイザベラのやり方で、私の趣味じゃない」

 言って、長い舌で、ぺろりと俺の頬をなめ上げた。
 ぞぞぞっ、と背筋に悪寒が走る。

「少し遅れたけど、これからそれを取り戻したいと思う」

 頭が、ズキズキと痛んだ。
 ジークは、なぜ今頃になって来たのだろう。
 アキラは俺に何を隠しているのだろう。

502オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:43:24 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


「このことは、レオの方に貸しておこうか。言ってること、わかるね?」

 そう言い残し、ジークは去った。
 俺の胸の中でアキラはぴくりとも出来ず、じっとりと額に汗を浮かべている。
「いいですか、アキラ。無理にでも、俺の話を聞いてもらいますよ」
「……」
 アキラは瞬きすらしない。今頃、強すぎる『猫』の本能と戦っているのだろう。
「先ず、アスペルマイヤーは帯剣していません。武装していない門閥貴族に剣を向ける。これがどいうことか、あなたには理解できますよね?」
「……」
 アキラの瞳が僅かに揺れる。
「おそらく、知恵を授けたのは『バックハウス』。性悪女こと、知恵者『バックハウス』です」
「……」
「あなたは狙われているかもしれない。この数年で、あなたほど力を付けた者はいません。爵位を上げ、さらには『戦略』レベルの軍隊を所持している実戦経験豊富な将校は、あなた以外に存在しません」
「……」
「アスペルマイヤーの安い挑発に乗らないでください。あなたなら、できるはずです」
「……」
 胸の中で、アキラの揺らめきが増すのがわかる。コバルトブルーの瞳に、理性の光が灯り出す。
「……最後に。これが一番重要です。俺は、アキラ・キサラギの副長です。何があろうと、あなたを裏切りません。これだけは信用してください」

 正確には、裏切れない、だ。
 アキラが貴族である三名の大隊長を処分したことで、俺の去就は決まった。
 アキラ・キサラギの子飼いの軍隊『第七連隊』。大隊長以上の指揮官で、貴族はアキラ以外いない。その『第七連隊』の筆頭はだれだ?
 アキラ・キサラギが最も目を掛けた子飼いは誰だ?
 答えは、元傭兵のレオンハルト・ベッカー。俺だ。
 場合によっては国すら揺るがす力を持つ異端児『アキラ・キサラギ』。
 指揮官に貴族を含まない軍隊『第七連隊』。
 門閥貴族は、動きを見せた。ならば、自ずと俺の去就も帰結する。
 有力な外戚を持たない。何の背景もない平民のレオンハルト・ベッカーの去就など、当の昔に決まっている。悩めるような立場じゃない。

 一番大きな反省点は、この問題に気づくのが遅すぎたことだ。気づくのが早ければ、別の身の振り方もあったかもしれない。
 だがなぜだ……まだ足りない気がするのは。理屈でない何か……もっと、こう……俺自身にまとわりつくような、何か不吉なものの存在を感じる。
「…離しますよ。暴れないでくださいね」
「……」
 アキラの瞳が、怒りの色に燃えている。不吉だが、狂ってはいない……そう信じたい。
 手を離す。掴むポイントや、その強弱は俺だけの秘密だ。

「……」

 アキラはしばらく黙っていた。苛立っているようだが、頭は回っているようだ。
「……ボクに何をした」
「教えません」
 ぎりっと、アキラが歯を鳴らす。だが、聡い彼女のことだ。しばらくすれば、答えに行き着くことだろう。
「……貴族どもとは、やりあうことになりそうか? 私見でいい、聞かせろ」
「俺の予想では、まだ。今日のは、揺さぶりというところですか。ですが不確定要素が多すぎます。もっと調査をしてからでないと、なんとも……」
「……まだ早いな。せめて、少将クラスでないと」
 俺は少し呆れてしまう。
 『少将』というと、指揮権は『師団』クラスだ。このどら猫は、それだけの権力があれば、門閥貴族を敵に回しても、やり合えるつもりなのだ。
 国でも奪るつもりか?
 そこでアキラが床を踏み鳴らす。

「くそっ! むかついて考えが纏まらない! レオ、なんとかするんだ!」

 むかついて、それを俺に、処理させるのか?
 いかん。俺の理解を超えている。
 アキラも、ジークもそうだが、行動の原理が俺とは違い過ぎる。
 猫の習性に、狼の優生主義。どちらも俺の理解からは遠い。遠すぎる……。

「早くしないか! おまえなら、何かあるだろう!」
「うわあ!」

 アキラの怒鳴り声に反応してしまう。俺のは悲しい習性だ。

503オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:44:24 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 兵舎に帰ったのは夜半過ぎてからだった。
 アキラの怒りは、激しく、なおかつ深刻だった。
 だが、思考に関してはいささか冷静な面を残しているようで、俺にいくつかの指示を出した。
 現在の状況で門閥貴族と事を構えるのはまずい。アスペルマイヤー、バックハウスの両名の意図、背後関係を調べること。
 二人への対処法。
 アスペルマイヤー、バックハウスを毛嫌いするアキラだが、二人の所有する戦力には魅力を感じているようだった。なんとかして、取り込みたい。という意志を強く覗かせた。
 それに関しては、俺も賛成だ。戦場において、数は力だ。指揮官である二人はともかく、『第五連隊』と『第八連隊』の騎士たちの信望は得られたほうがよい。
 これらの問題に対する方法を、数日内に書類の形にして献策せよ、とのことだ。

「少佐、そろそろおやすみになられた方が……」

 思索にふける俺に、エルがいつものように言ってくる。

「ああ、そうするよ」

 エルが来れば、仕事は終わり。そのように俺は決めている。
 眠る前に、暖かい飲み物を頼み、エルがやって来るまでの間にこれからのことを考える。 第12旅団の目的が『統治』である以上、任務には戦闘後の『治安』や『警備』も含まれる。アキラも俺も、権限は増すがその分、多忙になる。一度、出征してしまえば、おいそれとこのニーダーサクソンには帰れない。
「どうぞ」
 エルの差し出した暖かいココアを一口含みながら、薄暗い室内で見つめ合う。
「なにか?」
「……なあ、エル。学校に行って見る気はないか?」
「ありません」
 エルには一言で切って落とされた。
 少しくらい、考えてくれたっていいだろう。うむむ、と思わず唸ってしまう。

「だから……」

 俺はエルに『旅団』の目的とその存在意義を説明する。

「もう、帰って来られないかもしれないから、ということですか?」

 そのエルの問いかけに、静かに頷く。
 帰って来られないかも、の中には当然俺の戦死も含まれる。だとすれば、ひたすら気掛かりなのはエルの行く末だ。

「退役なさるのでは……?」
「いつになるかわからん」

 窓の外では、夜の虫が鳴いている。静かな夜だった。

「それでは従軍いたします」
「なにを馬鹿なことを……おまえは騎士ですらないだろう」
「では、ここで少佐のお帰りをお待ちいたします」
「だから……」

 これは駄目だ。話が堂々巡りになってしまう。

「……修道院に進み、尼にでもなります」
「なぜ、その若さでそんな世捨て人のようなことを言う……」

 頭が痛くなって来た。本気を出したエルは、なかなか手ごわい。いつもなら折れてやるが、今回ばかりはそうも行かない。

「譲らんぞ。今回ばかりは折れてもらう」
「……」

 沈黙。そして、いつものようにエルは無表情だった。
 手を振って、エルを追い払う。下がってくれ、の合図だ。この際、彼女の意志はどうでもいい。

「……」

 エルは出て行かなかった。沈黙を守り、ひたすら俺の目を見つめ続ける。

「少佐は、まだ生きておいでです……」
「ああ、だからなんだ」
「……レオンハルトさまの、お命は、エルのものです」
「…!」

 激しく目を逸らす。息苦しくて、とてもでないがエルを見ることができない。

「そのうち、頂戴に上がります」
「……」

 覚悟はできている。頷く俺を見て、エルはうっすらと笑った。

「なるべく、レオンハルトさまのお命が、一番輝かしいときに……」

 そしてエルは去る。
 遠くでは、夜の虫が鳴いていた。

504オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:45:36 ID:2Gip3jC6

◇ ◇ ◇ ◇


 第12旅団結成式当日。
 正面切って、アスペルマイヤー、バックハウスの両大佐と会わねばならないアキラは、ぴりぴりとして機嫌が悪い。
 新兵舎の前では、第12旅団総員5732名が集結して、大元帥であるカロッサの訓辞の言葉を聞いている。
 俺のよくない癖で、あまり有り難いお話しを聞き過ぎると、つい欠伸をしてしまいそうになる。
 欠伸をかみ殺していると、それを遠目で見たアスペルマイヤーが、口元に笑みを浮かべ、バックハウスが呆れたように肩を竦めていた。
 前に立つアキラが振り返り、囁くようにこう言った。
「おまえ、本当に死にたいらしいな……」
「へっ?」
 恩讐も一昔。喉元過ぎれば熱さを忘れる、とでも言うのだろうか。三年前を彷彿とさせるこの状況にあっても、今の俺が緊張することはない。
 笑みを返すと、一瞬、アキラからどす黒いオーラのようなものが吹き上がったような気がしたが、気にせずにおいた。
 カロッサの有り難い訓辞が続く中、アキラに耳打ちする。
「アキラ……表情が強ばってます。いろいろありましたが、めでたい式典です。もっと朗らかに……」
「おまえを殺してからそうするよ。まったく、ろくなもんじゃない……」
 アキラはしばらくの間、口の中でもごもごと呟いていたが、表情から緊張は消えていた。

 続いてアスペルマイヤーとバックハウスが決意の言葉を述べ、アキラがそれに倣う。
 最後に、この三名がニーダーサクソンに命を捧げる言葉を述べ、カロッサ元帥に忠誠を誓った。

 その後は、兵舎の前に張られた大きな天幕の中で、結成の祝賀園遊会が開かれることになり、俺を含めた第12旅団の主要人物が、一様に顔を面した。
 出会いは、思惑を超えた波乱からはじまることになった。

「やあ、クソ犬じゃないか。こんなところで何をしているんだ?」

 のっけから敵意を隠さぬアキラの言葉に、俺は飲みかけたシャンパンを鼻から吹き出すことになった。
 さすがのアスペルマイヤーも、これには顔を引きつらせ応戦した。

「これは猫団長。ご挨拶だね」

 血の気を飛ばし、呆然とする俺に、バックハウスが歩み寄って来る。

 イザベラ・フォン・バックハウス。
 第八連隊の隊長で、階級は大佐。軍内部では『知恵者』。その根性の悪さから『性悪女』とも呼ばれている一癖も二癖もある人物だ。
 俺の考えでは、武人でありどこか単純なところがあるアスペルマイヤーより、参謀タイプのバックハウスの方が役者は上だ。

「久しぶりね。救急箱」

 イザベラ・フォン・バックハウスはエルフ特有の長い耳に長く美しい金髪を靡かせ、柔らかな笑みを浮かべた。
 救急箱……俺のことだ。まあ、その呼び方も昔からのこと。門閥貴族であり、プライドの高いエルフに、こんな調子ではあるが、口を利いてもらえるのは、そうはないことだ。
「はい、イザベラさま。おひさしぶりです」
「面白いことになって来たわね?」
 イザベラが、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「面白い? あの二人の諍いがですか?」
 そのうち、血の雨が降るぞ! 長い耳に向かって叫んでやりたい。
「まあ、なんにしても……」
 イザベラは溜め息を吐き出した。
「ジークはようやく本気になったようだし……あれでよかったのよ」
 全然よくない。
 先日の二人のやり取りを、手取り足取り説明してやりたい。
「それで……救急箱は、どっちが好みなの?」
「はい?」
 それは思ってもみない質問だった。
「もうしわけありません。意味がよくわかりませんが……」
「呆れた。もちろん、女としてよ」
「はあ…女性としてですか」
 ぴんと来ない問題だった。
 アキラに関しては、その好意はかなり歪んではいるが感じている。それだけだ。何も思わない。女性としてというより軍人としては尊敬している。
 ジークに関しては、彼女は門閥貴族だ。平民の俺とは違い過ぎる。最近は疎遠でもあったし、女性としては美しいとは思うが、それだけだ。特に恋愛感情はない。
「抱きたい、とかないの?」
「ありませんね」
 なんてやらしいエルフだろう。少し呆れてしまう。
「本気で言ってんの、それ?」
「はい」
 イザベラはなぜか真剣そのものの表情だ。醜い言い争いを続けるアキラとジークを見つめ、それから俺を見つめる。
「……」
 それきりイザベラは黙り込んでしまった。
 深く青い瞳が揺れてさ迷っている。
 素直に、エルフという生き物は美しいと思う。愛したいとは思えないにしても。
「さて、そろそろ二人を止めてきますね」
 そう言い残し、俺はその場を立ち去った。

505オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:47:52 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


「抜け、けだもの。ボクはおまえを殺したくて、うずうずしてるんだ」

 結成の式典は終わり、カロッサ元帥は城に帰ってしまった。そのため、アキラの言葉に遠慮はない。

「卑怯者の猫。その手には乗らないよ」

 ゆったりと返すジークも、金色の瞳に怒りの炎を揺らめかせている。

 一触即発の空気を撒き散らす二人を前に、俺は一度頬を叩いて気合を入れる。

 二人とも帯剣している。この場で先に剣を抜くことの不味さは、熟知しているのだろう。お互いに挑発しあい、睨み合うがそれだけだ。
「はいはい。団長、ここまでです」
 アキラの肩に手を置く。
「レオ、遅いぞ! どこで油を売ってたんだ!」
「なに言ってんですか。油を売ってるのは団長でしょう」
 ぎろりとアキラを睨み付ける。
「仕事は山積みです。式典の後も書類仕事があるでしょう。こんなとこで何をやってるんですか……」
「そ、それは……おまえがやればいいだろう!」
 コバルトブルーの瞳は怒りに燃えているが、理性の光を失ってはいない。
 これが消えた時がまずいんだ。全ての理屈が通用しなくなる。アキラの癇癪にも、だいぶ慣れて来た。聞こえるうちに言っておく。
「俺の仕事は終わってます。後は団長が確認して、サインするだけです」
 それに、とアキラの目を見て付け加える。
「例の案件に関する献策書類が、既にできています。確認してほしいのですが」
 アスペルマイヤー、バックハウス両大佐に対する対処の献策だ。
「本当か? 早いな。自信はあるんだろうな」
「はい」
「つまらない出来だったら、承知しないぞ」
「はい」
「……」
 アキラは、俺の襟首を引っ張って視線を合わせると、何か言いたそうに唇をなめていたが、
「おまえはボクのことだけ考えていればいいんだ。わかったな……」
 そう言って、ギロリとアスペルマイヤーを一瞥し、執務室の方へ去って行った。

506オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:48:52 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーとアキラ・キサラギの激突は必至だ。それは最早避けられないところまで来ている。
 どちらも死なせたくない。どちらにも、仲間の血で己の手を洗うようなことはさせたくない。俺の本音はそこにある。
「レオ、猫のあしらいがうまいね」
 背後からそっと、ジークの手が肩に掛けられる。
「あなたのためにしたことではありませんよ、ジーク」
「言うね。でも、つれないレオも嫌いじゃないよ」

 やがて、どこからか現れた楽士たちが手にした楽器で緩やかな音楽を奏で出した。
 洒落てはいるが騎士の兵舎においては、ふざけているとしか思えないこの演出は、バックハウスあたりの仕業だろう。

「カドリールだね」

 四組の男女が四角になって踊るダンスだ。このダンスは、基本的な幾つかの動作を覚えれば、誰でも踊れる。その気安さから、最近、宮廷の流行になりつつある。
 ジークの声に驚いた様子はない。この演出を知っていたのだろう。
「踊ってくれるよね、副長」
「……」
 お道化たように言うジークの手を取る。この誘いを断るのは、立場的に非礼にあたる。
「私の方が背が高い。レオは、女のパートを踊ってほしいのだけど……」
「はい」
 ダンスは腐るほどアキラとやった。これも騎士の礼節を知る上で必要なことだそうだ。だから、嗜みはある。
 ぐいっ、と腰と手を引き付けられる。
「う…」
 痛くはないが万力のような力強さに、思わず唸る。

「ジーク……これは、そういうダンスでは――」
「いいんだ。ずっと、こうしたかった。だから、やっているんだ」

 カドリールの緩やかな調べに合わせ、くるり、くるり、とジークは回る。

「私は少し、考え過ぎていたようだよ。らしくないことにね」

 一方の俺は、踊るというより振り回されるという表現が正しい。
 ジークの切れ長の瞳が、しっとりと潤んでいる。

「口づけしてやろうか、レオ」
「なっ?」

 怯む俺を無視して、くるり、とジークは回る。パートナーの交替にも応じず、ひたすら俺とのダンスに興じる。

「くっ、離せ、ジーク……風紀部に目を付けられるぞ……」
「んん…? ああ、そんなものもあったね。さっきからおかしいと思ったら、そんなことを気にしていたんだ」

 ジークの金色の瞳に血の色が浮く。戦闘時に見せる精神の昂揚だ。
 ぎくりとした俺は、青い腕章をした風紀部の騎士に視線を合わせる。
 どうだ、アキラだけじゃない。だから俺を止めてみろ! 止めてくれ! 頼むよ!
 訝しげにこちらを見た風紀部の騎士は、一瞬ジークと視線を合わせ、
「ひえっ!」
 という悲鳴を残し、逃げるように去っていった。
 俺の心の叫びは、風紀部には届かないようだ。

「レオ……私の小鳥……今は籠の中……そのうち、力で奪りに行く……」
「なにを……」

 なにを馬鹿なことを、と力任せに振り解こうとした俺だが、ジークの紅い瞳の迫力がその抵抗を許さない。
 カドリールの緩やな旋律に狂気の調べを乗せ、俺たちのダンスは続く。

「……すごい。想像以上だよ、これは。なぜ私は、一年前……」

 ぶつぶつと呟くジークは、狂気を浮かべた瞳に俺以外の何も映していない。
 ……食われる。
 はっきりと浮かぶその光景に、悲鳴を上げそうになったのと同時に、カドリールの調べが止まる。

「……もう終わってしまったのか。つまらない……」

 ジークは動きを止めた。だが、万力のような剛腕で掴んだ俺の手首を離さない。その鮮血の瞳が、捕らえた俺を離さない。

「うあっ!」

 ぎりぎりと締め付けられた手首の痛みに、俺はとうとう悲鳴を上げた。

「――!」

 刹那、弾かれたようにジークが戒めを解く。

「……いけないね。猫と同じことをしてしまうところだった」

 血のざわめきを伝えるように震える己の手を見つめ、ジークは言う。

「今日はこれくらいにしておこうか。少し、興奮してしまった……。私は猫とは違う。レオを壊すつもりはないんだよ……」

 振り切るようにジークは踵を返した。

 痺れた手首を摩りながら、俺は全身に吹き出した冷たい汗を感じていた。

507オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:50:16 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


「万夫不当のアスペルマイヤー
       倒した敵は数知れず」

 アキラは唄うように言った。

「鬼より強いアスペルマイヤー
     向かうところに敵はなし」

 ニーダーサクソンの城下町で、民衆がアスペルマイヤーの武勇を称えるときに使う唄を唄いながら、手にしたタクト(指揮棒)で右のブーツをぴしゃりと叩く。機嫌がよいときのアキラの癖だ。
 第12旅団結成の式典以来、アキラの上機嫌はずっと続いている。
 俺が献上した策が気に入ったようで、それ以来アキラはずっとこの調子だ。有頂天と言ってもいい。

「アスペルマイヤー……あいつには、八つ裂きですら、生ぬるい」

 上機嫌の表情とは裏腹に、アキラの吐き出す言葉は非常に剣呑だ。
 そしてまた、ぴしゃりとブーツを引っぱたく。
「上機嫌ですね?」
「ああ、ボクは機嫌がいい。おまえのおかげだ」
 くいっと、アキラは執務室の椅子を顎で指した。
「座るんだ。ボクから、特別にご褒美をやろう」
 偉そうに言うアキラの言葉から、俺は嫌な予感しか感じない。
「いいえ、遠慮します。そんなことより――」
「座るんだ! レオンハルト・ベッカー!」
「うわあ! 座ります座ります!」
 アキラの怒鳴り声に反応してしまう俺……情けない。
「♪」
 アキラは手を後ろに組み、少しお尻を振りながら、着席している俺の回りをぐるっと歩いた。
「おまえの策は中々の出来栄えだった。あれを見て、おまえの馬鹿も大分よくなったと思った。そこで、だ……」
「はい」
 嫌な予感しかしない。俺は頷いておく。
「ボクらの関係を、一歩前に進めようと思う」
「一歩前に……」
 それはなんだろう。小便をするときのコツだろうか……。
 アキラは手にしたタクトを、ぐりぐりと俺の胸に押し付ける。地味に痛い。

「……しょっ、と」

 言いながら、アキラは俺に馬乗りになると――

「〇×△…!」

 キス、した――。

 あまりの衝撃に、打ち上げられた魚のように足が震える。
 目を白黒させる俺の唇を、アキラは一方的に貪った。それはあまりにも一方的な凌辱。
そこには、一方的な感情しか感じられなかった。
 そしてその行為は、俺が時間を忘れそうになるまで、続いた。
 頬を紅潮させ、ようやく離れたアキラの視線は、潤み、蕩けていた。

「これは……うん、これから毎日しよう……」

 アキラは陶然として、静かに、俺の胸の中で眠りに落ちた。

508オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:51:35 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


「それで、部隊編制の件ですが、どうなさいますか?」
「……」
 アキラは呆然としている。昼食時も虚ろなままで、意味もなくパンを千切って投げたり、観葉植物の鉢植えにスープをかけたりていた。
 これは……あのキスのせいだと思うべきなのだろうな……。
 まあ、俺もショックがでかかったからな。理解はできるが、そろそろ……
「アキラっ! しっかりしてください!」
「……ん? またしたいの?」
 駄目だ、これは。
「ア・キ・ラ! 今は執務中です!」
「……ああ、次の段階については、もう検討しているところだ。少し、待ってくれないか?」
 なんの話だ? しょうがない。次の案件に入るか……。
「それで、二週間後の実戦形式の模擬訓練ですが、問題ないようでしたら、そのまま俺が立てた計画通りに事を進めて――」
「――ああ、それなら少し修正を加えてある。この通りにするんだ」
 突如、アキラの瞳に力が宿る。
 場の空気がぴりりと締まる。やはり、アキラ・キサラギはこうでなくては張り合いがない。
 引き出しから出した書類を、ぽんと俺に放り投げる。
「読め」
 アキラが出したのは、俺が立てたアスペルマイヤーへの対処法の策略だ。
 具体的には、どのようにして彼女を屈服させ、率いる『第五連隊』の信望を得るか。或いは、どのようにして彼女から『第五連隊』の信望を奪うか。
 生半可なやり方では、アキラは納得しない。俺は辛辣な策を献上したつもりだ。とても気に入ったように言っていたはずだが……。
「…………」
 書類を読み進めて行く。内容はほとんど変わりがない。だが……
「実行するのが、俺になってますね……」
「なんだ、嫌なのか?」
 値踏みするように、俺を見つめるのは、軍人のアキラ・キサラギだった。
「いえ、そうはいいませんが、しかし……アスペルマイヤーは、腑抜けになってしまうかもしれませんが、それでも?」
「ボクは、そうしろと言ってるつもりだ」
「はい……」
 てっきり、自分でやりたがるものだとばかり思っていた。

 俺が、あのジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーを、潰すのか……。

 俺に優しかった、騎士に取り立ててくれた、あのジークを潰すのか……。

 アキラの眉間に皺がよる。その感情のベクトルが指し示すのは、不快。
「できないのか?」
「……」
「なぜ黙る。おまえは、できもしない策をボクに献上したのか?」
「いえ……そのようなことは」
「じゃあ、おまえの指摘したアスペルマイヤーの弱点を言ってみろ」

 腹を括れ! レオンハルト・ベッカー!
 おまえは軍人だ! 戦争屋だ! 余計な感情は捨てろ!
 策を立てたのはおまえだろう! すべて上官に押し付けるのか!

 瞳を閉じ、歯を食いしばる。
 さまざまな思いが、胸を駆け巡り、消えて行く。

「アスペルマイヤーの弱点は……それは、彼女が最高の戦士であることです」

 アキラはしたたるような笑みを浮かべた。
 それを見て、俺は理解した。
 ここまでのことを、アキラは全て予想していたのだということを。

509オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:52:47 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 夜が更けて、俺は眠れそうにない。

 恩知らずのレオンハルト・ベッカー。
 裏切り者のレオンハルト・ベッカー。
 そんなおまえに、ぐっすり眠れる夜があるというのか?

「少佐、もうお休みになられた方が……」

 エルが一日の終わりを告げる。それでも俺は眠れそうにない。

「とても、苦しそうに見えます……」

 その言葉に、俺は黙って手を振る。下がれ、の合図だ。

「それでは、なるべく長く苦しめるよう、目の覚める飲み物をお持ちしましょう」
「……」

 眠れる夜は、もう終わったのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 統帥総本部で開かれる会議では、来るアルフリードとの新しい大きな戦乱の内容が話し合われることになった。
 アキラは、第12旅団の団長としてその会議に出席せねばならず、しばらく兵舎を空けることとなった。
「留守は任せたぞ」
「はっ」
 特に人目があるわけでなかったが、敬礼でアキラを見送る。
「なんだ、それは……ボクは、そんなことしろなんて、一言も――」
「それでは、小官は会議がありますので」
 背後でアキラが怒鳴り散らすが、知ったことではない。
 早々にその場を後にする。
 俺自身、佐官の階級を持つ上級士官の会合に出席せねばならず、多忙を極めていた。

「ちょっと、救急箱、あんた、死にそうな顔してるわよ?」
「……」

 うるさい、アスペルマイヤーの次はおまえだ。

 会議は新兵舎の会議室で行われた。
 この新設された第12旅団では、佐官以上の階級を持つ上級士官は九名だが、例外として『第七連隊』の大隊長の代理を務める下士官の三名も呼び寄せ、会議に出席させた。
 司会は副長たる俺が行う。

「部隊の再編成の件ですが、模擬戦の結果を踏まえてのことにすると、団長からのお達しです。何か質問は……?」

 挙手したのはアスペルマイヤーだ。
「その模擬戦には、団長も出るの?」
「はい。……ほかには?」
「レオ、顔色が悪いようだけど、どこか具合が――」
「アスペルマイヤー大佐、私の体調のことは、本会議になんの関係もありません。私的発言は、謹んで下さい」
 会議は殺伐と、だが順調に進んだ。
 俺はなるべく、アスペルマイヤーの方は見ないようにした。
 会議終了後『第七連隊』の大隊長の代理を務める下士官の三名を残らせ、連携を密にするための話し合いを持つ。
 模擬戦で『第七連隊』の指揮を執るのは俺だ。
 戦いはもう始まっている。手抜きやミスは絶対に許されない。
「副長、ひどい顔してますぜ?」
 大隊長代理の三名は、いずれも傭兵上がりだ。そのため言葉遣いも気安い。
「おまえらに気遣われるようじゃ、俺もまだまだだな。そんなことより、分かっているな?」
「へえ、アスペルマイヤーのやつを、カタにはめるんでしょ?」
「そうだ。ここで張り切りゃ、団長の覚えもいい。おまえら、稼ぎ時だぞ?」
「「「おう」」」
 意気揚がる三人を送り出し、執務室に戻る。
 傭兵上がりの仲間三人と話したことで、少し気が抜けたような気がした。
 ありがたいことだ。

510オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:53:46 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 sideイザベラ

「なによ! なによなによなによ! ねえ、ジーク! 救急箱のあの態度、見た?」
 イザベラは秀麗な眉目を苛立ちに歪ませ、腹だたしげに吐き捨てた。
「ニンゲンのくせに!」
「その言い方は好きになれないね、イザベラ」
 第五、第八連隊に宛てがわれた兵舎は隣り合っている。ジークとイザベラの二人は、己の兵舎に帰る道すがら、それぞれの思惑を胸に話し合う。
 万夫不当――ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーは思わしげに眉を顰めた。
「先の祝賀会の時は普通だったんだ。あの猫が何かしたと思うべきなんだろうね。会議中も、ずっと私の方を見ようとしなかったし……」
「呆れた!」
 イザベラは金髪をかきあげ、苛立ちをそのままに吐き捨てる。
「いくらあの、おかしな猫が関係してるからと言って、この私を無視したのだけは許せないわ!」
「今日は、やけにむきになるね。何かあった……?」
 ジークはゆったりと言う。
 八頭身の大柄な体躯に、鷹揚な物腰。何もない時は、何もない。平時の万夫不当は、優雅な銀色の鬣を持つ狼の獣人だ。
 イザベラは、この幼なじみの義理堅い所を気に入っている。それでなければ、気難しいエルフの彼女が長年友達付き合いをするわけがない。
「むきにもなるわよ、なんたって、あいつは――」
 そこまで言って、口ごもる。イザベラが口にしたのは別の話題だ。
「それで、あんたの方はどうなのよ。この前の園遊会、うまく行ったの?」
「……まあまあだね。相変わらず、とてもいい匂いがしたよ……」
「はあ?」
 イザベラは軽い目眩を覚えながら、うふふと口元に手をやるジークを生まれて初めて見る珍妙な生き物のように思った。
「少し、興奮してしまってね……私も、あまり猫のことは強く言えないかもしれないね」
「……」
 呆然とするイザベラを置き去りにして、『万夫不当』は兵舎の影に消えて行った。

 恋、というやつだろうか。

 経験のないイザベラにはよくわからないが。
 あの『万夫不当』をして、おかしくさせる代物であることだけは間違いない。
 だが、あの人情無しの救急箱は、誰のことも愛していないのだ。よどみなく言い切った事を、イザベラは知っている。
 かわいそうなジーク……相手にもされないで。
 そう思うと、この上なく腹が立った。
 あのニンゲンは何様のつもりなのだ。一言、言ってやらねば、とてもでないが収まりがつかない。

 イザベラは踵を返すと『第七連隊』の兵舎へと向かった。

 すれ違う騎士たちに、どことなく着崩しただらしない格好の者が増えてくる。傭兵上がり共だ。それらがエルフのイザベラに向けてくる視線は、興味半分、おもしろ半分といったところか。

(ニンゲンが…!)

 人間が己に向ける奇異の視線に嫌悪を覚えるのは、これが初めてではない。
 イザベラは思うのだ。
 あの暢気者で、馬鹿のレオンハルト・ベッカーは、見世物小屋の出し物を見るような好奇に満ちた視線でエルフを見たことはなかったぞ、と。
 そういえば……レオンハルト・ベッカーといえば、あれだ。
 四年前、猫の獣人の娘を連れて、何も聞かずに助けてくれと頭を下げてきたのを思い出す。
 あの娘、名前をなんと言っただろう。
 エス…エヌ……そう、エルだ。

 そんなことに思いを馳せるイザベラの顔からは、いつの間にか険が消え、僅かな微笑みすら浮かぶのだった。

511オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:57:10 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


sideレオ


 デスクの上に、四角く丁寧に折り畳まれたハンカチが乗っている。
 ハンカチは、ぐっしょりと濡れており、それには、

 イザベラ・フォン・バックハウス

 と金の刺繍が施されている。
「まずった……」
 俺は頭を抱えた。
 眠っている間のことだ。何が起こったかは、わからない。この執務室は、第12旅団の――もとい、アキラ・キサラギの秘密の山だ。
 そのアキラの留守中にイザベラがこの執務室に入り、その時、俺が居眠りしていたなどと知れたら……
「ふっ……死んだな」
 黙っておこう。
 固く心に誓うのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 統帥総本部からは、一日二十通以上の手紙が、俺宛に届く。
 この馬鹿げた量の手紙の差出人は、アキラ・キサラギだ。
 内容のほとんどは、俺に対する恨みつらみで固められてあった。
 どうやら、アキラは統帥総本部の重要な会議でへまをやったらしく、そのことで酷く叱責を受けたようだった。
 アキラの手紙の内容によると、その責任のすべては俺にあるらしい。
 最初の二、三通は目を通した俺だったが、似たような内容の手紙に飽きてしまった。それ以降、アキラからの手紙はすべて、処理済みの棚にほうり込んで置いた。
 そのアキラ・キサラギが明日帰ってくる。
 執務室で、近く行われる模擬戦のためにあらゆる状況を想定し、事前に策を練る俺だが、一日中、そればかりをやっているわけではない。
 ふと、暇を持て余し、アキラの手紙の中から一番新しいものを選び、封を開けて中身を確認してみる。
「…………」
 アキラの手紙には、くしゃくしゃになった字で、

 おまえを殺す。

 と短く書かれていた。

 どこかの誰かが言っていたのを思い出す。
 女という生き物は、神が男の曲がった肋骨で創ったものである。
 こうも言っていた。
 女とは男の曲がった肋骨で創られた。元々、曲がったそれは、捨て置けばなお曲がる。

「やれやれ……」
 まさか本当に殺されはしないだろうが、気の重い話だ。

512オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 00:58:22 ID:2Gip3jC6

 翌日の早朝、単騎、馬を飛ばして兵舎の外れまでアキラの出迎えに向かう。
 これはまあ、ご機嫌伺いのようなものだ。拗ねくれたままにしておけば、執務に滞りが出るのは目に見えている。
 アキラ・キサラギは、優秀な軍人であるが、その彼女をして個人の欠点とは無縁でいられないものであるらしい。
 俺に対する異常な執着。
 アキラの気持ちを愛情と呼んでいいものだろうか。

「副長、ふくちょー!」

 向かいから、情けない声が飛んでくる。
 俺と同じように、単騎、馬を飛ばす若い騎士。銀の拍車の付いたブーツは、彼がまだ見習いの従騎士(スティクス)であることの証しだ。
 通常、正騎士は金の拍車の付いたブーツに、マントの留め金にはやはり、金を使う。
 涙さえ浮かべた若い従騎士からは、悪い予感しか感じない。一瞬、後背に視線をやり、逃げ出すかどうか思案するが、そういうわけにもいかない。
 やむを得ず、馬を止め、事情を聞く。

「どうした? そんなに慌てて。内乱でも起こったか?」
「に、逃げて下さい! 団長が、団長がー!」

 任せろ! 遠くに行けばいいんだろ!?
 俺はその言葉を飲み込む。
 空は晴れている。だが、血の雨が降りそうだった。

 ニーダーサクソンの下町を見下ろす小高い丘で、アキラ・キサラギを乗せた馬車は立ち往生しており、駆けつけた俺を見て騎士の何名かが頻りに手を振って、
「来るんじゃない!」
 とか、
「殺されるぞ!」
 とか剣呑な叫びを上げている。
 その仰々しさに異変を感じたのだろう。馬車から既に抜刀したアキラがおっとり刀で飛び出して来た。
「きぃさぁまぁ! よくも! よくも!」
 ぐしゃぐしゃに泣き濡れており、もはや人目を憚る余裕もないようだった。
 やれやれ。
 アキラ・キサラギという女性は、小柄で短気だが、これでも何者かではあるのだ。副長である俺はそれを知っている。だがらこそ、俺は選んだのだ。
 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーでなく、アキラ・キサラギを。
 若くして、最早、『何者』かであるアキラ・キサラギを。
「そこに直れ! ボクがこの手で殺してやる!」
「はいはい、アキラ。お帰りなさい」
「くそぉ! 馬鹿にしているな!?」
 さんざん喚き、抵抗するアキラを捕まえる。取り巻きの騎士数名が見ているが、かまいやしない。すかさず抱き上げて、

「なにを――」

 ――キスしてやった。
 驚くには値しない。ささやかながら、これはこの前のお返しだ。

「おぉ!」

 ついに現場を押さえたり、と嬉しそうに驚嘆の声を上げるのは、傭兵上がりの馬鹿共だろう。
 唇を離すと、アキラは大きく鼻を啜った。その手から、がしゃりと力なく刀が落ちる。

「卑怯者……このうすらとんかちの唐変木め……」
「はい、仰せのとおりです」

 人というものは、色々なことに慣れる生き物であるようだ。
 この身に背負う裏切りや苦悩にも慣れ、いつか自由になれる日が来るのだろうか。

 レオンハルト・ベッカー、そのときお前は、何者になるのだ?

 今は、このおかしな猫のワルツに合わせて踊る。それだけだ。

513オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 01:01:18 ID:2Gip3jC6
投下終了。
感想くれると嬉しい。
今回は、まあ主人公が魔法を使ったり、猫の習性だのなんだの取り沙汰したわけなんだけど、猫はあくまでも『大人のファンタジー』って位置付けで楽しんでれると嬉しい。
三話の進行状況は50%くらい。来週、また会おう。それでは。

514雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 01:06:18 ID:5MRzMORw
GJ!
ボリュームもあってクオリティーもとても高いこの作品、まだ2話目ですがこれからとても楽しみです!

515雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 01:21:32 ID:CrFuYRFg
設定が凄いな
GJ

516オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 01:24:01 ID:2Gip3jC6
やばい。サブタイ忘れた。猫とワルツを、の第2話です。

517オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 04:28:30 ID:2Gip3jC6
すいません! 510と511の間誤投下してる。管理のスレに入ってる! しかも携帯で見たら、なんかおかしい! やばい! パニックだ!
とりあえず、間投下するんで、編集の方、お願いします! 申し訳ございません!

518オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 04:32:23 ID:2Gip3jC6
◇ ◇ ◇ ◇


 第12旅団、団長アキラ・キサラギの執務室の扉は、現在、薄く開かれている。
 何度、呼びかけても応答のないことに不審と苛立ちを感じたイザベラが、無断で立ち入ったためだ。
 そのアキラ・キサラギの執務室で、イザベラは棒立ちになって、己を持て余している。
 視線の先では、レオンハルト・ベッカーが眠っている。
 青白い表情にびっしりと脂汗を浮かべ、時折苦しそうな呻き声を上げていた。
 なんとかせねば、イザベラはそう思う。
 だが、何をどうしたらいいのか分からない。汗を拭けばいいのか、起こしてやればいいのか、いや、そもそも自分は何をしに来たのだろう。

 そう、文句を言いにきたのだ。

 青白い表情で苦しそうにうなされるレオンハルト・ベッカーに。
 果たして、それはどんな罪悪だろう。
 あの暢気者で馬鹿のレオンハルト・ベッカーが、眠っている間すら苦悩している。

 それはどんな苦しみだ?
 暢気で馬鹿な男が身を捩る程の悩みとは、どの程度の大きさだ?

 イザベラにはわからない。ただ、文句を言うつもりはとうに失せている。そしてひたすら戸惑うのだ。今、何を為すべきかと。
 取り出したハンカチを揉み絞りながら、なおもためらうイザベラは胸に激しい動機を感じている。
 その視線は『救急箱』と呼んでいる男の顔から離れない。
 やがて、レオンハルト・ベッカーが一際苦しそうに吐き出した。

「ごめん……ごめん、ジーク……」

 イザベラは、胸の奥に小さな軋みの音を聞く。

 その女は、ここにはいない。口にする名前を間違っているのではないか……?

「すまない……イザベラ……」

 レオンハルト・ベッカーの頬に一筋の涙が落ちる。
 イザベラ・フォン・バックハウスが生まれて初めて見た男の流した『涙』。

 そして――イザベラの胸は、引き裂かれた。

519オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 04:38:45 ID:2Gip3jC6
投下終了。最低だな、俺。皆さん、ダメな奴ですいません!

520雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 05:01:42 ID:wcaYMZKo
良いね GJ!
ジークさんかわいいよ
続きまってます

521雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 12:24:38 ID:QqRQV1LU
素晴らしい
来週が待ち遠しいよぉ

522雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 14:55:59 ID:XGpDSPTk
最高でした

gjです

あと誤投下の編集いらなくないですか?

最後にあれが来るのも味があって自分はいいと思います

523雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 17:04:41 ID:vnvKVrPk
たしかに

524雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 18:00:12 ID:nzxtXha2
GJ!!
なんつーか俺のツボを突いてくるなあ
魅力的なキャラが多いよ
ボリュームあるけど読みやすかった

525雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 19:15:59 ID:.KI5sGQc
GJ

俺も助太刀いたすとばかりにシコシコ書きためてたが悲劇がおきた
ヤ ン デ レ の ヒ ロ イ ン が い な い
申し訳程度の修羅場ハーレムモノが出来上がってました
まだ作品として完成する前に気づいて良かったわ……

526オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/15(火) 19:16:46 ID:k7HQ3A22
暖かい言葉、ありがとう、みんな。
なんか、目から汁が…
がんばる!

527雌豚のにおい@774人目:2011/11/15(火) 22:20:11 ID:opOWAU2.
>>519
ミスかどうかわかりませんが、
502の7行目、これがどいうことか、になっています。
差し出がましいようですが、報告します。

528雌豚のにおい@774人目:2011/11/16(水) 00:58:32 ID:zE97TYqA
きちゃああああ!!
猫のワルツ待ってたああああ!!!
ダンスのシーンのジークの仕草の描写とかアキラのキスシーンとかがとても素晴らしい!なんかこうお上品でお洒落なエロスって感じ。あとイザベラの男勝りなところに胸キュン。次回もたのしみじゃ期待期待

529雌豚のにおい@774人目:2011/11/16(水) 08:56:47 ID:CbZgYZ4Y
ここまでGJだともはや全裸待機するしかあるまいて。

530オウル ◆a5x/bmmruE:2011/11/17(木) 05:04:08 ID:wOUd9z22
みんな、突然だけど、俺はこのスレから撤退しようと思う。
どうも、俺の爆弾が他スレでは問題視されているみたいだ。
俺、叩かれながらやっていけるほど強くない。みんなの感想嬉しくて調子に乗っちゃったみたいだ。
俺の作品は『なろう』とノクタにある。猫はそこで完走目指すつもり。そこでは猫はR15だから。
なろうで『猫とワルツを』かオウルで検索かけてくれたらヒットする。

もし、来たぞってコメくれたら、猫爆弾で答える。
長文ごめんなさい。スレチと宣伝ごめんなさい。
これ見て荒れないでくれたら嬉しい。
最後に、俺の投下で嫌な思いした人、本当にすいませんでした。

531雌豚のにおい@774人目:2011/11/17(木) 10:01:42 ID:/Kf6vrZw
とりあえず、お疲れ様です
作者さんが決める事なので口出しはしませんが
私個人としてはこのスレで完結してほしかったのが本音なので残念に思います
向こうでの健闘と意欲ある作者さんが転出せずにすむ日が来るのを祈っています

532雌豚のにおい@774人目:2011/11/17(木) 18:01:56 ID:AGatx31I
huzakenaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa

533雌豚のにおい@774人目:2011/11/17(木) 18:43:12 ID:snvut9Lo
猫とワルツ読みたいのに
続きがあるばしょがわからぬー

534雌豚のにおい@774人目:2011/11/17(木) 19:26:31 ID:Y3M87avg
>>533
「小説を読もう」で検索

535雌豚のにおい@774人目:2011/11/17(木) 20:22:00 ID:c0xr4fzw


作品完結応援してる。

536雌豚のにおい@774人目:2011/11/17(木) 20:31:37 ID:joI53Us2
すごい好みな作品なので応援し続けるよ<猫とワルツを

537雌豚のにおい@774人目:2011/11/18(金) 06:04:40 ID:eokmx4bE
そろそろ初めからの続きとか来ないかなぁ

538雌豚のにおい@774人目:2011/11/19(土) 13:20:37 ID:7MM1lYfA
せやなぁ

539雌豚のにおい@774人目:2011/11/19(土) 15:17:00 ID:4nJBgGFk
>>534
ありがとう

540初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/21(月) 22:09:01 ID:NGD2bxnY
投下します。

541初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/21(月) 22:09:56 ID:NGD2bxnY

「重秀!咲ちゃんが来てるわよー!」

あんた女の子取っ替え引っ替えしてるんじゃないわよね?
と、若干ドスの効いた声で母が呼んで居る。最近は咲や委員長に歳久
その前は凜子にさやか、翔太等が俺の迎えに来てくれていた。

その中で女子の比率が高い事に母は何か邪な考えでもしたのだろう。
中学生二年生の現在。ついにモテるモテないの差が本格的に出始めた。
そんな中で、俺の立ち位置はモテない男組である。そんな奴が母の言うような
器用な真似を出来るはずもないのに…

「咲…別に迎えに来なくていいんだぞ?」

ここ最近咲とは急激に仲が良くなった。中学一年のあの日以来どうにも彼女は
俺を意図的に避けているきらいがあった。それが進級を期に、クラスが別になった途端
彼女の方から俺に良く接触するようになってきた。
私の勝手だから――そうは言う咲の姿は仕草から喋り方まで本当に『あいつ』そっくりだ。

「おいこら重秀ぇ!俺のエロ本返せ!」

「うるっせぇ!今言う事か!」

登校途中後ろから後頭部をはたかれる。
朝っぱらから遠慮のない奴だ。女の前でそうゆうこと言うからモテねぇんだよ!、と
そんな事を言いつつ学校へ向かう。この歳久もまた一年経って何か変わるかと
思ったが、別にそんなことはなく以前同様子供のままだ。まぁ性欲の方は
中学生男子らしく強いようだが。




「最近私物がなくなるんだが…」

昼休み。教室でパンを食いつつ最近の悩みごとを話す。
最近妙に物が無くなるのだ。特に体操着は痛い。まだ一着しかないのに取られてしまい、
非常に困っている。他にも筆記用具や、いつのまにか消えていたハンカチ、
はては洗濯しようとしていた下着まで消えおおせた。

被害はこれらだけではなく、枕に毛布、靴、靴下。
明らかに失くしようのない物まで無くなっている。
これは異常である。

「実は俺もなんだよ…」

歳久も普段の軽薄さはなく、深刻そうな顔で頷いた。
どうにも被害に遭っているのは俺達だけのようで
他の男子に被害はない。

歳久もまた、学校だけだはなく家でもいろいろ無くなっている
らしい。互いに学校だけではなく家庭でも無くなるのだ。
明らかにおかしい。

全く、男の私物を盗んで何が楽しいんだ?女子の体操着や
ハンカチ、靴下でハァハァは分かる。俺も無性にしたくなる時が
あるから。だが、男子だぞ?汗臭い男だぞ?

一度冗談で凜子やさやかのリコーダーを目の前で嘗め回して
やったがそれは女だからであって、男の物に対してそんな
下劣な感情は抱かないだろう。

それにそんな事をされれば、誰だって怒る。あの時は普段は怒らない
凜子が顔を真っ赤にし、いつもなら突っ込んでくるさやかも凜子同様
顔を赤くするだけで何もしてこないのだ。ただ、見てるだけ。
それだけで彼女らが、どれほど怒っていたか分かる。

犯人を許すつもりはない。もしも女の子が勢い余ってやってしまった
というのならバッチコイだが

男だったら――俺たちの貞操の為にもどうにかしないといけない。

それと何か?『中学生男子最高だよ〜』なんてオカマ声で喋りながら
筋肉ムキムキの青髭が俺の私物でハァハァしているというのか?
冗談ではないぞ!!

歳久も俺と同じ考えに至ったの若干キレ気味の表情になっている。

「委員長…俺たち如何したら?」

「わ、私じゃないわよ!」

歳久の言葉に傍で聞き耳を立てて居た委員長は、何を勘違いでもしたのか
若干焦った顔で頓珍漢な事を言っている。休み時間は咲の指定席となっている隅の机。
そこに座っている咲は相変わらず無表情だったが。

咲はあの一件以来積極的に人と話すようになっていた。無言が消え
残ったのは無表情だが、それでも大きな変化だ。良く喋るように
なってからというもの咲の男子からの人気は高い。
彼女のクールな感じに惹かれでもしたのだろう。昨日も三組の
和田が告白したとかいう話だ。

そんな咲は俺達を普段どうり汚物でも見るような鋭い目つきで口を開く。

「放課後――残ってみたら?」

542初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/21(月) 22:10:43 ID:NGD2bxnY

「おい、もっと詰めろって」

「限界だよ、バーロッ!」

日も落ち始めだんだんと暗くなり始めた教室。隠れる場所がないからと男二人で教室
の用具入れに張り込みをすることになった。歳久は体は小柄なので問題はないが
それでも汗臭い男と密室でべたつくなど気持ちの良い物ではない。

「くそっ!お前が女ならいいのにっ!」

俺の嘘偽りのない本心を言ってみたものの歳久の反応がない。静かにしてみると、少しづつ
足音が近づいてくる。その足音は教室の前あたりで止まった。互いに緊張感が走り、俺の
汗が下にいる歳久にかかる。

「うわっ汚っね」

小声で何か言ってるようだが気にしない。そんな事よりも足音の主は教室のドアを開け
静かに入ってくる。侵入者は背が小さいのか、全体を把握できない。しかし、おおよそ
ではあるが雰囲気は掴める。髪は肩まで届くほど長く細い印象を受ける。あれは…恐らく
女の子っ!

そんな無駄にテンションを上げつつ、不審者を観察する。少女は歳久の机まで行くとそこで止まる。
机の物色から始まり、洗ってもいなさそうな歳久の運動靴に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。
ここから伺い知れる限りでは顔を赤く染め、息は荒く、なんかハァハァ言ってる。

「お兄ちゃん…」



「で、犯人は妹だったわけだが」

俺の言葉をちゃんと聞いているのか歳久は頭を抱えてうずくまっている。
さっきからぶつぶつ何か言っており、よほど堪えたようだ。
じっさい妹が居たとして俺があんな目にあったらどうだろう?

「最高だなっ!」

「ぶっとばすぞ!」

突っ掛ってくる歳久をあしらいつつ思う。結局俺の物を盗んでいるのは誰だ?

――――――――――――――――――――――――――――――――

ボコボコにしてやった歳久を肩に抱え家まで送る。普段ならここまで
一方的になりはしないのだが、やはり今日の精神状態では無理があるようだ。
先に帰ってきていた歳久の妹は、ボロクズになった兄を冷めた目で見ていた。
恐らく人前や兄の前では、冷たい妹を演じているのだろう。
あまり長く居すぎると嫌な予感がするので早く帰ることにする。

帰りの駅前、交差点から良く見える街頭ディスプレイに良く知った顔が
写っていた。

「翔太の奴頑張っているな…」

あいつは、結局しつこいスカウトを断りきれずアイドルデビュー。それから
わずか一年で結構名の知れるアイドルになっていた。元々高い歌唱力を
持っていたのでアイドルと云うより、半ば歌手のような状態だ。

クラスの女子達の間でも中々人気があるようで、この調子でいけば二年後には
バラエティー番組や、お昼のワイドショーなどでも話題になるだろう。
俺の事でもないのに、妙にうれしい。『以前』の人生では芸能人の知り合い
なんて居なかったのも手伝っているのだろう。
だが、それ以上に驚いた事が一つ――

「凜子ちゃんは翔太君と仲が良いと聞いたけど、実際どうなの?」

テレビの向こうでは、リポーターの下世話な質問に顔を顰めながら、何かを言おうと
している凜子の姿があった。驚いた事に、翔太のスカウトに来ていた芸能事務所が
翔太と一緒に居る可愛い女の子に気づいたのだ。翔太からのメールに依れば、凜子
だけでなく一緒に居たさやかも誘われていたらしく、あいつは持前の勝気さでそれを
退けたが、凜子はそうもいかなかったそうだ。

543初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/21(月) 22:11:58 ID:NGD2bxnY

「彼とは…友達なだけですよ?」

困ったことに、凜子は容姿も性格もよくあれで結構器用なのだ。おまけに歌まで
上手いと来ればブレイクしない訳がない。そのままトントン拍子でスターダムに
のし上がっていた。おまけに翔太とよく一緒に居たのが悪かったのか、その辺りを
週刊誌にも取り上げられている。

テレビでは、凜子の答えにも納得がいかないのか、リポーターはしつこく食らいつく。
こんな調子ではあるが、凜子の人気は高まるばかり。以前のクラスメイト達のメール
もこの話ばかりだ。

「しかし、寂しいな…」

俺として見れば、小さい頃から面倒を見ていた子供が、いきなり手の届かない所に
行ったような気がする。実際、翔太はともかく凜子と会うのは控えた方が良いだろう。
小うるさい週刊誌に会っている所でも撮られれば一大事だ。
仕事の都合もあるだろうから、メールも控えたほうがいいな…

そんな事をボケッと考えていたのが悪かったのか、ドスッとぶつかってしまった。

「大丈夫です…ゕ?」

目に入った金髪に思わずたじろぐ、外国人ともめると非常に厄介だ。
そう思ってよく見ると、成城の制服を着た非常に綺麗な少女がそこには居た。
髪は結構長く綺麗な青い瞳は、町の光に当てられて曇りのない蒼穹の空を
見ているようだった。

一方の彼女も俺を見て固まっていた。良く見ればこの子は、成城の金色
ではないだろうか?確かにこんな綺麗な子、天使か妖精か、そう思いたくもなる。
倒れている少女に手を貸し、立ち上げる。彼女は緊張でも取れたのか先ほどとは
打って変わって冷たい印象を持った表情になる。

「ありがとうございます」

流暢な日本語だ。以前考えていた通り、恐らく帰化した外国人なのだろう。
そんな彼女は、固い表情ながら体を震わせており若干怖い。気に障るような事を
したのだろうか?そんな事を考えていたら少女は携帯を取り出してきた。

「アドレス…交換しませんか?」



「ふぅ…びっくりした〜」

彼女――アーニャとは、少し話し込んでしまった。彼女は思った以上に良く喋る子で
学校から年齢、名前や趣味などドンドン聞いてくる。無表情でこちらに顔を近づけて
来たりと、中々ヒヤヒヤした。なんでも友達があんまりいないらしく、これを期に
友達になってくれとの事だ。少し突飛な気がするが、これぐらいが友達を作るには
良いのだろう。そう思って了承したが、内心ビクビクしていた。

「しかし…まさか許してくれるとは…」

落ち込んでいるだろう歳久の為に、ダメもとで写真を撮っていいかと聞いてみたら
彼女は迷いなく頷いてくれた。普通この手の写真は嫌われるものだが。
そんな事を考えつつ家に急ぐ、夕飯には間に合わないかもしれない。

「あの女…」

風に乗って誰かの声が聞こえた…

544初めから ◆efIDHOaDhc:2011/11/21(月) 22:17:53 ID:NGD2bxnY
投下終了
遅くなって申し訳ありません。年末に向け忙しく、12月の上旬までは投稿
できません。次はおそらく、12月の下旬か1月になります。
今後ともよろしくお願いします。

545雌豚のにおい@774人目:2011/11/21(月) 22:23:13 ID:9zZiAE2Y
乙、待ってます

546雌豚のにおい@774人目:2011/11/21(月) 23:26:53 ID:pbA6BzTM
>>543
投下ありがとうございました、首長くして待っとります

547雌豚のにおい@774人目:2011/11/22(火) 08:32:11 ID:w4LNSY4M
>>544
乙です
のんびり待ってます

548雌豚のにおい@774人目:2011/11/22(火) 11:30:29 ID:j1vH17zQ
初めから来てた。ひゃっほうぃ!!
GJです。

549雌豚のにおい@774人目:2011/11/23(水) 22:20:44 ID:YknHuimg
テスト

550雌豚のにおい@774人目:2011/11/23(水) 22:23:10 ID:YknHuimg
テスト

551雌豚のにおい@774人目:2011/11/23(水) 22:27:58 ID:YknHuimg
いろんな過去作品見るなり、新しい作品見るなり…
やっとのことで続きができました。

暇潰しになれたら幸いです。
投下します。

552ヤンデレ世紀:2011/11/23(水) 22:29:05 ID:YknHuimg

昼休みが後少しといいところで中林が帰って来た。

「瀧斗〜寂しかったよー」

中林は僕を見つけるなり抱き着いてきた。やめろ!暑苦しいし、なんか息が甘ったるい!

「……しげみ…いい度胸してるじゃん…」

土田さんが中林を駆除しようと戦闘態勢になった。手首足首を慣らしながら、軽い準備体操をしていた。
下手な不良より恐く見えるのは、僕の杞憂のはず。

「中林、離れなよ。今日はさすがに身体がもたないよ。」
「おいおい…俺様が本気を出せば女ひとりなんかに負けるわけないだろ。」

刹那、僕の視界はいつもの教室の風景に戻った。目の前では保澄君と江藤さんが熱い口付けをしている。
ディープキスか…熱々ですなお二人さん。でもね江藤さんはそろそろ保澄君から一回離れたほうが…
……保澄君が酸欠状態で苦しんでるよ。てか、どれだけ長いこと続いてんだよ。

まぁ、心の中でそう思い留めて(もし止めたら僕の命が止まりそうだし)後ろ斜めで起きている喧嘩を止めに入った。

「ご、ごめんなさい!もう逆らわないから!!」
「あらあら、女なんかに負けないんでしょ?早く立ちなさいよ、しげみ…」

前言撤回。土田さんによる一方的なリンチだった。こんな短時間で勝負が着くとは。
僕は土田さんが本当に女の子なのか再度疑問に思った。後は中林………負けるの早くない?
このまま放っといたら中林が99%の確率で死ぬと思いすぐに行動にでた。

「土田さん落ち着いて。」
「あっ、佐藤君!待ってて今からゴミ野郎を排除するから。」
「たとえゴミの排除でも土田さんが汚れる姿なんて見たくないよ。」
「お前ら、俺はゴミじゃない!」

ゴミ…もとい中林が何かつっこんでいるが助けてあげてるんだから感謝してなさい。

「……そうだね。私のこの純潔な身体をこんな穢らわしいクズ野郎ごときで汚れちゃうなんて…
ごめんなさい佐藤君。私の純潔な身体は初めてを奪ってくれるまで佐藤君のだよ。」

別にあなたの初めてはいりませんが、とにかく中林の生命を長引かせることに成功した。あんパン5個分の働きだね。

「クズって降格したのか?てか、俺結局はゴミかクズ扱い!?」
中林はまだゴミでクズであることに腑に落ちないらしい。

「諦めて認めればいいのに…」

「心の声が漏れてるぞ!このばか野郎!」

553ヤンデレ世紀:2011/11/23(水) 22:32:32 ID:YknHuimg

どうやら、また口に出てしまったようだ。うん、気を付けなきゃ。

予鈴が鳴り、午後の授業開始まで3分を切った。中林もそれに伴いすぐに自分の席に戻った。やっぱりクズ扱いのことは根には持ってないらしい。流石中林。

中林は戻ったがそれでもまだ僕の席から離れない土田さん。先程のこともあり、先生が来ても席から離れようとしないだろう。
やっぱり中林はゴミ野郎だ。

「土田さん、予鈴が鳴ったよ。早く授業の準備しないと。」
「何言ってるの!?佐藤君と私は今この瞬間をもって一心同体になったの!」

なんてはた迷惑なことを。さらに次の授業は最近夫(予定)に泥棒猫が盛って、超ご機嫌斜めである英語担当の緑川先生の授業だ。
なぜヤバイかというと、昨日の英語の授業でたまたま中林が問題を間違えたら…

〜〜〜yesterday〜〜〜


「えーと、thatはマイクの行動を示す?」
「違います。この場合のthatはマイクの行動ではなく、アカリの…!?」

突然黙ってしまった緑川先生。しかし、10秒経ち次の言葉を続けた。

「……アカリ…生意気なメス猫の行動…?」
「先生?」
「くそっ!、あのメス猫、よりによって太一に盛りやがって……次変な行動したらこの世から消してやる!」
「いや、先生答え教えてよ。」
「うるさい!!お前も私と太一の邪魔をするのか!?」
「え?いやだから早くちゃんとしたこtってギャアアアッ!!?」
「死んでしまえ!私と太一の邪魔者が!!」


〜〜〜〜〜〜


とまあ、僕たち男子生徒が止めなかったら中林は学校ではなく、どこかの川を渡っていただろう。
しかし本当に大変だった。女子達が先生を煽るは、止めに入った僕たちにも被害がくるわ、それに対して大激怒した土田さんはじめ女子が煽りから先生に攻撃するし。
あんな騒ぎが50分の授業でよく収まったと思う。最終的に先生の悩みを共感したヤンデレ女子達が残りの時間で、緑川先生の夫(被害妄想)に盛る泥棒猫退治をどうするか議論に入り、僕達男子は自習ではなく、花畑に向かった中林を救助にかかった。
勿論、隣のクラスから苦情があったけど、今日になってそれ以降昨日の苦情については追求されなかった。

554ヤンデレ世紀:2011/11/23(水) 22:35:51 ID:YknHuimg

なんとか土田さんを自分の席に戻したところで本鈴がなった。中林はまだ予習に没頭している。
またあんな思いしたくないもんな…

「あ」

やばい、予習忘れてたよ。
焦りに焦って意味もなく周りを確認すると多分予習を忘れたんだろう。男子の何人かが僕同様に動揺してる。

………別にだじゃれじゃないからね!

「は〜い、みんな席に着いてるね。」

扉が開き緑川先生が教室に入ってきた。やばいやばいよ。もし当てられて間違えたら昨日の中林の二の舞になるかもしれないのに!
頭がくらくらし、混乱してるに関わらず先生が口を開口して、

「女子のみんな!今日もアドバイスをよろしく!!!男子は自習でもしてて。」

僕達男子は自習という名の自由を手に入れた。

「俺の…俺の苦労が…」

中林が落胆する。ドンマイ中林。後でお前の予習は写させてもらうから。

自習?中に、たまに危ないNGワードが耳に入ってくるが、聞かなかったことにして、僕達は僕達で男のコミュニケーションの時間になった。その際中林が犠牲になったの話はまた別の時に。

最後の授業も終わり、帰りのHRも今終わった。やっと帰宅だ!テンション上がるね!

「佐藤君!帰ろう。」

うん!逃げれないのも予測済みだよ。
廊下には井上と都塚さんが僕達を待っていた。朝見た時の違和感も消えていて、二人の間にあった見えない壁も消えていた。あれは、気のせいだったのかな。

「ごめん待ったかなって……都塚さんは何で若干赤いの?」

5限目に中林の血を見すぎたせいかな。
「……好きな人を守るための名誉なる証。」
「結局は殺しあいしてたんだろお前は。」
「あはは、玲ちゃんやりますな〜見習いたいよ。」

555ヤンデレ世紀:2011/11/23(水) 22:37:46 ID:YknHuimg

土田さん、そこは誉めちゃ駄目だよ。井上も殺しあいなんて物騒な言葉使っちゃいけないよ。

『……こちら救助隊。重傷の少女を無事に確保しました。命に別状はありませんが、意識がありません。
至急患者をそちらに……』

乙女の闘いと言葉をにごさなきゃ。

「……怒られた。」

都塚さんは説教だけで済んだことに感謝すべきだと思う。医者も患者が増えてさぞや泣き顔になっているだろう。

医者は現代の世では神的存在。お金も昔に比べてがっぽりと稼いでいる。忙しさはその倍以上らしいけど。
僕も一度だけ医者を目指してみようかなと思ったこともあるけど、すぐに辞退しました。はい。
ちなみに本当に意外だが、中林は医者志望だったりする。頭も良いし、毎日怪我をしてるから怪我の容態もそこら辺の医者より全然詳しそうだし。適材適所ってやつかな。
その中林もいつもなら「早く帰るぞ♪」と僕の所に来るはずだけど、珍しいこともあるんだなあ。

クラスを見渡すと中林はどうやら咲橋さんと話していたそうだ。
なんだか二人の顔が赤いな。特に咲橋さんはゆで上がったタコさん並みに真っ赤ッかだ。なんか初々しいな。
和む空間になっているはずなのにどこかから怒りや憎しみ、悲しみなどの負の気配を感じた。僕は自分はニュータイプかと思い少しテンションが上がった。

「てなわけで、今日は咲橋さんも帰宅メンバーに加わったから。」

中林がまだ少しだけ顔を赤に染めながらに僕たちに言った。

「うん、わかったよ。」
「なら、望ちゃんが入ったからしげみは退場ね。」

土田さん、あなたは空気読めないの?てか、目がマジなんだけど。

「いやいや、それh「それは中林君が可哀想だよっ!!」

驚いた。咲橋さんが大きな声で中林を擁護するなんて。

「あ…あははっ、やだな〜望ちゃんジョークだよジョーク。ごめんね望ちゃん。……それと中林も。」

土田さんが咲橋さんだけではなく、中林にも謝った。それほどさっきの咲橋さんの発言には力があった。

「あ…ありがとな。」

礼を言う中林。顔の赤い度が上がった。

「しげみも幸せ者じゃん。望ちゃんに好かれるなんて。」

556ヤンデレ世紀:2011/11/23(水) 22:39:13 ID:YknHuimg


土田さんが僕の傍に寄ってそう語りかけてきた。
僕も土田さんに愛されているのは嬉しいけど、咲橋さんみたいな愛し方をしてほしいなと思いつい口が滑り、

「土田さんも咲橋さんを見習ってみれば?」
「………うん。」

これは驚いた!予想外の返事が返ってきた。これは今後僕はヤンデレ土田さんからデレデレ土田さんを期待していいんか!?

それから僕たちは咲橋さんも加わり6人で下校している。
最初はみんなで雑談をしてたけど、いつの間にか僕、土田さん、井上、都塚さんと中林、咲橋さんの2グループになった。

「へえ〜中林君は医者志望か。すごいね。」
「おう!まあまだまだ現実離れの夢だけど。」
「なれるよ。中林君なら。」

「マジか!サンキューな。」

「……そしたら私は看護婦にならないと……」
「え?」
「な…何でもない!!!」

リア充死ね!いや、中林死ね!花畑に帰れ!

「佐藤君…なんか顔怖いよ?」
普段からのあんたには言われたくないよ!

………ふっ、落ち着いた落ち着いた…
まさか昔一時的に流行ったリア充なんて言葉が出てくるとは。そうか!さっきまでの気持ちがイチャイチャを見て憎悪に燃えるモテない男の気持ちか。
ちくしょー…土田さんもヤンデレ症候群じゃなかったらな…

僕たちは井上と都塚さん別れる所まで着き、中林は咲橋さんから離れて井上に近寄り耳元で何かを伝えた。何を言ったんだろう。わからないから、後で二人のどちらかに聞いてみよう。
中林が要件を伝え終わったところで、僕たちは井上と都塚さんと別れた。

以上井上たちと別れる帰り道までのことでした。

557ヤンデレ世紀:2011/11/23(水) 22:40:50 ID:YknHuimg




「何か用?都塚さん。」

ここは滅多に誰も来ることのない学校の忘れがちの場所。

「用がないなら呼ばないわ。」
今私の目の前にいるのは私のクラスメイトの一人で、

「なら早く要件言ってよ。早く教室に戻りたいんだけど。」

私の敵。

「うふふ…すぐに終わるわ。」
「てか都塚さんいつもとキャラ違くない?今までキャラ作ってたの?」

こいつはクラスでも目立つ方で容姿も悪くない。

「あなた、明日にはあいつに告白するって本当なの?」
「もうそんなにまわってんだ……うん、そうだけど。」
「なんで?」
「なんで?ってあんたには関係ないし、言わないといけない理由でもあんの?」

馬鹿かこいつ?あいつに関してのことだもん。言わないといけないに決まってる。

「…優しいんだよ、あいつ。いつもあんなに酷いな目に遭っているのにも関わらず、困った時にはいつも助けてくれたの。
弱音だって真剣に聞いてくれるし、中途半端な励ましはしないでしっかり叱ってもくれた。……まああいつは不器用なんだよ。けど私はそんなあいつが好きで好きで仕方ないの。」

………

「後、都塚さん知ってる?あいつ普段はおちゃらけたキャラやってるけど、本当はクールなんだよ。」

「…もういいっ!!!」

何でなんでナンデ?なンデ??なんであんたがあいつのこと喋ってんの?なんで楽しそうに話すの?なんで優しくしてもらったの?なんで私はしてもらえないの?なんで………なんでワタシノ、ワタシノジャマスルノ?

558雌豚のにおい@774人目:2011/11/23(水) 22:43:37 ID:YknHuimg

投下終わりです。


なんかヤンデレがまだ良い具合に出てない…

誤字脱字があったらすみません。

559雌豚のにおい@774人目:2011/11/23(水) 23:54:03 ID:0liZ.raI
投下乙です

560 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 13:10:27 ID:P5YAs2w2
テスト

561 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 13:12:05 ID:P5YAs2w2
初めて投稿します。
スレチだったら言って下さい。

5625月87日 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 13:14:03 ID:P5YAs2w2
あー、こりゃ死んだなぁ。
今まで数多くの死に目に出会わされてきた俺だけどこれは絶対的だ。
確実なるトドメというやつだ。
チェスや将棋でいうチェックメイトというやつだ。
何せ心臓に穴がぽっかりと空いてるし。
例え右側に心臓があったとしても出血が致死量を迎えている。
はぁぁぁ。
何でこんなことになったんだろ?
てっきり俺は中途半端な人生を中途半端なやる気で中途半端に過ごしていくのかと思ってた。
そんな俺だったけど、やっぱりきっかけというか始まりは中学2年生の体育祭の翌日なのだろう。
あの日からここまでが全て繋がってる。
……駄目だ、走馬灯の切れ端が頭の中を駆け巡ってる。
死ぬことに恐怖を持つのは飽きたけど出来れば目標を達成したかった。
まぁ仕方がないか。
これも一つの終わり方だ。
どうせなら数秒前に砕け散った心臓が最後に鼓動した力をいつまで保てるのかわからないけど、命ある限りこの走馬灯に身を委ねてやろうと思う。
迫害という名のイジメを受けてきた中学生活が終わり、高校入学からの思い出を……。

5635月87日 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 13:18:14 ID:P5YAs2w2
友達が欲しい。
ただそれだけで良かった。
恋人なんて二の次で、単純に家以外で一人でいる時間を無くしてみたかった。
語り合って、泣いて、笑ってそういう青春を明るく過ごしてみたい。
そんな思いで高校を遠くの進学校でも何でもない、普通の学校を選んだ。
俺以外、誰も行かないような場所に。
もちろんずっと友達がいなかった訳じゃない。
前はいた。
だけどもっと子供の時代はただ何も考えずに遊んでまた次の日に楽しい明日が待っている。
それだけだ。
中学2年生のあの頃から孤独で陰惨な時間に思春期を費やしてくると猜疑心だけが膨らんで、その時に得られたはずの少し大人になったモノの考え方を誰かと共有して成長する事が出来なかった。
聞こえる陰口とはもう悪意という名の罵声でその中で一人で生きていかなければならないのは限界だった。
だから新しい環境で新しい人間関係を構築して……ってまぁつまり、俺も青春してみたいんだ。
友達と楽しく会話してみたかったんだ。

前置きが長くなったけど、そんな事を思いながら入学式の日、高校に向かった。
「よし!」っと、心の中で気合いを入れて、校門をくぐり、校舎前の掲示板で自分のクラスを確認する。
(1年D組か。)
別にどのクラスでも構わない。
今度は失敗しないように立ち回らないといけない。
怪我にだけは気をつけよう。
それだけで済むはずだ。
「メイ!一緒に行こうと思ってたのに。やっぱり先に行ってたのか。」
後ろから声がして振り向くと見知った顔が3人いた。
孤独とはいえ、全ての人間から気味悪がられていたのでなく、それでも友達として接してくれる人はいた。

5645月87日 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 13:19:57 ID:P5YAs2w2
「メールしたのに返事しなかったでしょ。」
と、ツインテールで金髪の女生徒である“春本 桜”が「全く!」と両腕を組んでため息をつく。
「緊張してるだろうから一緒に行ってあげようと思ったのに。」
同じ顔で同じ髪型をした“春本 咲”が同じ姿勢をしている。
見ての通り双子だ。
完璧な一卵性双生児のために、かれこれ2年程、一緒にいる俺もどちらかがわからない。
先に話しはじめるのが桜の方が多いからそう思っているだけで実は違うかもしれない。
「まぁ、しょうがないよ。メイもそんな余裕なかったろうし。」
そう、双子の左隣にいる“ 恭之”がなだめる。
ちなみにこの男だけが双子の区別がわかる。
俺もそうだが、両親でさえ、2人のことを“ハル”と一緒くたに呼ぶ。
恭之が言うには、
「だって全然違うじゃん。」
だ、そうだ。
それもあってか、この3人は付き合っている。
もともと仲の良い双子が同じ人を好きになり、だったら2人で付き合えばとのことらしい。
「何言ってんのよ。恭之が心配だからメールしてみようって言ったんじゃない。」
俺から見て左側の(おそらく)桜がそのままの姿勢で恭之の方に向く。
「そうよ。それで返信ないからあいつ、大丈夫か?なんて考えこんでたのは誰よ!」
と、右側の(おそらく)咲が同じように向く。
「いやいや、二人とも。その話はいいから。」
恭之は照れ隠しをするように頭をかいた。
そして俺の目の前まできて、
「それにしても今日から始まるな。新しい生活が…。」
と、同じくらい緊張した面持ちで言う。
「そうだね。わざわざこんな遠い場所にまで付き合ってくれてありがとう。3人には感謝してる。」
あの孤独に何とか耐えられたのもこの3人がいてくれたからだ。
1日の内の半分を無言で過ごすのは辛過ぎる。
そんな俺を立ち場が悪くなっただろうに変わらず接してくれて本当に申し訳ないくらい助かっている。
「よせよ。友達じゃないか。」
少し顔を赤くして恭之は視線を外した。
「まぁ、あたし達は恭之と同じ所に行っただけなんだけどね。」
桜も照れくさそうにしている。
「こっちが嫉妬するくらいあんたら仲良いし。」
咲は呆れた表情で俺らを見ている。
恭之は若干、真面目な顔で、
「俺らも出来るだけフォローするからお前も頑張れよ。」
と、肩をたたいた。
「あぁ、出来るだけ慎重に行動する。」
もう2度とあの悲劇は繰り返さない。
何で俺の身体にだけそんなことが起こっているのかはわからないけどそれだけに気をつければ何とかなるはずだ。
「じゃあ行くか。入学式は体育館でいいんだよな。」
俺と恭之が前、双子はすぐ後ろを歩いていく。
もちろん緊張はあるけどこれからの事を考えると楽しみでいた。
どんなに打ちのめされても俺にはこんなに大切な仲間がいる。
それだけで救われるということを俺は学んだ。
だから不安より期待を持って進んでいった。



次の日には孤独よりも大変なことがあるともしれずに……。

5655月87日 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 13:20:59 ID:P5YAs2w2
「上等だ、この野良犬が!決着をつける時がきたみてぇだな!」
うん。
その台詞は数えきれないくらい聞いた。
「はぁ……。別に構わないけど、そうなったらもう貴方メイ君の側にはいられないけどいいのね?」
それも結構な数、聞いたなぁ。
「何言ってやがんだ。そうなるのはお前だよ。明日からアタシとメイが仲良くしてるのを端から見てな!」
それは5回目くらいか。
こうなった時点で俺が入る隙間はないから暇潰しに2人の言葉を数えている。
「ふぅ。ため息しか出てこないわ。どうしてそこまで自信過剰になれるのかしら。だいたい貴方はメイ君の慈悲で側にいるのを許されているというのに。身の程知らずも大概にしたら?」
お互いの感情がヒートアップしていくのがわかる。
「ははっ、いいぜ。かかってこいよ、駄犬。今ならこのままで勝てるわ。」
基本的に双葉が我慢出来なくなって、菜花(なのか)が油を注いで闘いが勃発するのがいつもの感じだ。
「なら、そっちからかかってきたら?そうすれば貴方がボコボコにされても私は正当防衛になるし。」
ぶつかる言葉に違いはあれど流れは変わらず。
俺の目の前で繰り広げられる俺の所有権を賭けた争い。
なし崩し的に言葉を挟めず、今に至る。
それは入学式の次の日から始まった。
……………。
………。
…。
うーん。
どうして?
何でこうなったの?
「お前が負けて、正当防衛とか言い訳してもメイが助けてくれっから心配ねぇ。」
若干、双葉の声が低くなる。
その左にいる俺はそれがバトルの直前であることを感じる。
まぁいつものことなんだけど。
「頼むからメイ君の名前を貴方が言わないでくれる?いい加減耳障りだわ。」
俺の左にいる菜花も臨戦体勢に入っている。
この俺の意思を全く聞かない戦争は1年経っても結末を迎えることなく過ぎている。
それは両者の力が拮抗していることを意味している。
いや、最終的には間に無理矢理入るから途中で終わるけど。
困ったな。
いつもは外で、しかも二人ともわかってるからか人のあまりいないところで始めるんだけど、今ここは…。
「はっ!」
双葉の右ストレートが菜花を捕らえる。
「…。」
それを菜花はギリギリで避ける。
「うわっ。始まったよ。」
「離れろっ!巻き添えくらうぞ!」
近くを歩いていた同級生達が離れていく。
そう、学校の中だった。
しかも、下校時間。
んで、校門の前。
俺の新しい門出は2日目で破綻する。
友達を作るという目標はたった2日で挫折した。
同級生はおろか8割の生徒が知っているこの2人の戦いのせいで、全ての生徒が巻き添えを恐れて俺から遠ざかってしまった。
永遠の友情を誓った恭之達も身の安全のため遥か向こうで見守っている。
「……!!」
第一撃を避けられた双葉はそれでも追撃の手を止めず、菜花を攻めていく。
「……。」
間一髪よりは余裕をもって菜花はそれを避けていく。
遠巻きにいる人達には聞こえないが間近にいる俺には3点リーダの声が聞こえている。
いや、あえて聞こえないようにしている。
何故なら。
「メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。メイは私の物。」
そして、
「メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。メイ君は誰にも渡さない。」
これである。
まるで呪詛のように呟きながら闘っているのだ。
普通にしてれば何でもないらしいんだけどなぁ。
噂によると俺と3人でいる時だけこうなるようだ。
はぁ。
やれやれだ。
もう今さら皆様に避けられているのはさすがに1年も経てば慣れている訳で、学校内でバトられる1番の問題は……。

5665月87日 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 13:21:47 ID:P5YAs2w2
「こら!!お前達、何をしているんだ!!」
教師に見つかってしまうことに尽きる。
もちろんシスターに見られるのが1番まずい。
まぁ、ここに駐在しているシスターは知っている人は知っているサボリ魔である故にこういう能力者のバトルはシカトするので問題はない。
それでも俺に落ち度があるとか言って実験という名の拷問を要求してくるだろうけど。
しかし今回先に見つけたのは教師だった。
おまけにセクハラで有名な体育教師。
不幸とは重なるものであるとは誰の言葉だったかな。
「どういうことだ、これは!?」
決着がつかなかったことに不満はあるが、一応二人とも手を止めて並んでいる。
「文月!だいたいお前は生徒会の人間じゃないか!生徒の模範であるお前がこんな所で喧嘩をしていいのか!」
まず、菜花に視線を向ける。
「……すみません。」
全く反省していない目で体育教師に謝る。
確かに菜花は生徒会に入っているが、本人が望んだ事ではなく、シスターの策略による。
この1年続いている能力者の戦いに生徒会という役割を与えて治めようと思ったものだ。
拒否すれば退学と言われ、渋々と菜花は従っている。
今日はたまたま生徒会の用事がなく、一緒に帰っていたのだった。
「そして槻嶋!お前はいつも誰かと喧嘩しているな。いい加減にしたらどうだ!」
矛先は双葉に変わる。
「…すいませんしたー。」
こちらも全く反省のそぶりはない。
手を前で結んでいる菜花に対して双葉は両手を頭の後ろに組んでいる。
この態度のせいで双葉の方が教師受けは悪い。
「だいたいお前は委員会はどうした!」
双葉も措置として強制的に図書委員会をやらされている。
「今日はアタシの当番じゃないんでー。」
後ろに組んでいる手をそのままに双葉は答える。
その誰がみても反省していない様子にとうとう体育教師・伊東さんは我慢ならなくなったらしく、
「お前達!今から俺の部屋まで来い!性根から叩き直してやる!」
おそらく始めから狙いだったお言葉を吐きなさった。
その台詞に二人は顔色を変える。
「あ?何で行かなきゃいけねぇんだよ。」
ポニーテールに結んでも腰まであるやや赤い髪を振り回し、双葉が怒る。
「本当ね。そんな権利があるんですか?」
肩まである少し青みかかった黒髪をやれやれと振り、菜花は同意する。
仲良いな、二人とも。
「いいから来い。俺に逆らったら退学にするぞ!」
ニヤニヤと舌なめずりをしている教師。
他の学生に聞こえないからいいとしても、それは問題発言ですよ?
セクハラする気なんだろうなぁ。
てか、俺のことなんか見えてないんだろうなぁ。
退学という言葉に嫌々、観念する二人の手を引っ張りながら体育館へ向かっていく伊東さん。
名残惜しげに俺の目を見ながら二人は仕方なく、従っていった。
二人にとっては俺と帰れない方が重要らしい。
いや、好意は純粋にうれしいけどさ。
…まぁでも。
これは由々しき問題だ。
何はともあれ、とりあえずは体育教師様の命が危ない。
きっと揉み消される事にはなるが、俺と関わったせいでお亡くなりになってしまうのは目覚めが悪い。
……。
しょうがないか。
俺が苦しむだけで何とかなるならそうするしかないか。
本当、孤独の方がマシなことってあるんだなぁ。
俺はため息を付きながら、携帯を取り出し、とあるやさぐれシスターに電話した。
どうせ、何処かで見てるんだろ?

567 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 13:22:37 ID:P5YAs2w2
投下終了です。

568雌豚のにおい@774人目:2011/11/24(木) 14:07:01 ID:F.da6OW6
>>567
すまん。俺は理解できん。メイって誰だ?
だが投下は嬉しい。
乙。

569 ◆nG9aCU3CYk:2011/11/24(木) 17:37:20 ID:P5YAs2w2
わかり辛くてすみません!
「メイ」は主人公で始めの独白もそうです。
今→1年前→数日前という時間になってます。
説明不足でした。

570雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 00:09:50 ID:LJJmzjUA
やーい、おまえんち、おっばけやっしきー

571雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 00:26:55 ID:5YkDxFaI
>>570
バカが、失せろ

572雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 00:29:57 ID:gLhVd2qM
バカが、失せろ(ドヤァ....

573 ◆0jC/tVr8LQ:2011/11/25(金) 03:52:37 ID:.ucYAKUU
投下します。

574触雷! ◆0jC/tVr8LQ:2011/11/25(金) 03:54:38 ID:.ucYAKUU
警告!!
今回の投下分には、レイプ描写が含まれています。レイプ描写が苦手な方は、決して閲覧しないでください。
ホントなのよ。信じてね。

――――――――――――――――――――――

“霊的エネルギーの補給”が終わった後、僕達は再び、高速道路を移動していた。
「…………」
僕はすっかり気力を消耗し、助手席のシートを倒してぐったりとしていた。
ひどく体が重い。
そして、呪いを解くためとはいえ、教師とセックスまでしてしまったという事実は、僕の心に微妙な重さでのしかかっていた。
はっきりとした後悔までは行かないけど、これでよかったという確信も持てない。
――でも、呪いさえ解ければ……
全てが正常に戻る。そうすれば僕も姉羅々先生も救われるはずだという、淡い希望を持つことで、どうにか意識を未来に向けた。
――どうか、うまく行きますように……
そのうちに、高速道路を降り、一般道路に入る。目的地が近いのだろうか。
運転している姉羅々先生に聞いてみた。
「もうすぐ、霊的スポットに着くんですか?」
「いいえ。まだまだですわ」
「え……?」
「霊的スポットに行く前に寄る所がありますわ。解呪の前に、やることがあるんですのよ」
「まだ何か、あるんですか……」
それが何かは分からないけど、ひどく嫌な予感がした。
やがて、姉羅々先生は車をある施設の駐車場に停めた。
しかしそこは……
「ホテル……ですか?」
「そうですわ。まあ、世に言うラブホテルですわね」
「なんでそんな所に!?」
まさか、またさっきと同じような行為に及ぶのだろうか。霊的エネルギーの補給はあれで十分じゃなかったのか。
いや、待て。エネルギーの補給とは限らない。
「あっ、分かりました! 運転するのに疲れたから、何時間か寝ていくんですね!?」
「…………」
姉羅々先生は何も答えず、車から降りてしまった。
「…………」
仕方がないので、僕も先生に続いて車を降りる。
「あの、姉羅々先生……僕一応18歳未満でして……」
「カーセックスまでしておいて、今更何を言ってるんですの? 黙っていれば分かりませんわ。いいからついて来てくださいまし」
僕はどうにもできず、姉羅々先生の後について歩き出した。
そのとき、前方から1人の若い男が歩いてきた。見るからに軽薄そうな服装と物腰で、姉羅々先生に話しかけてくる。
「よう、彼女。そんなダサい恰好のガキ連れてないで、俺と遊ばないかい?」
――まずいな!
いくらヘタレの僕でも、こんなナンパ野郎に先生を取られるわけにはいかない。姉羅々先生をガードしようと、前に出た。
ゴッ!
ところが、その瞬間、変な音がして、男の姿が消失した。
――あれ? どこに行った!?
見かけに反して格闘技の達人か何かで、瞬時に僕の死角に回って見せたのだろうか。
でも、前後上下左右を見渡しても、やっぱりどこにもいなかった。
その代わりに、姉羅々先生が、右の拳を突き出した状態で立っている。
「先生……?」
一拍遅れて、ドカーンという音が、離れたところから聞こえた。
男が、停めてある自動車(もちろん、僕達が乗ってきた車ではない)のフロントガラスに上半身を突っ込み、動かなくなっている。
姉羅々先生が、あそこまで殴り飛ばしたのか。信じ難いが、そうとしか考えられない。
「あの、先生……」
「ふう。低俗な輩には困ったものですわね。詩宝さんを愚弄するなんて、万死に値しますわ」
ハンカチで拳を拭きながら、嘆く先生。そう言ってくれるのは、有難いけれど……
「それはそうと、今ので、溜めていただいた霊的エネルギーが全部パーになりましたわ」
「パンチ一発撃っただけで!?」
まあ確かに、人間とは思えない凄いパンチだったけど。
「またたっぷりと、補給していただかないといけませんわね。おほほほほ……」
何が嬉しいのか、笑いながら僕の腕を取り、ホテルに入っていく姉羅々先生。
ちなみに、男が突っ込んだ車は、ヤの付く自営業の人が乗っていそうな、黒塗りの車だった。

575触雷! ◆0jC/tVr8LQ:2011/11/25(金) 03:56:26 ID:.ucYAKUU
2人でホテルの部屋に入る。
僕は、姉羅々先生が何を言い出すのか、固唾を飲んで待っていた。
「座ってくださいまし」
姉羅々先生はベッドの上に座り、僕にも座るように促す。僕は言われるままに、姉羅々先生と並んで座った。
「さて。それではここに来た目的をご説明しますわ」
「お願いします」
「まず、解呪の儀式というものは、誰に対してもできるわけではありませんのよ」
「え!?」
驚いた。この期に及んで、僕に対して解呪はできないなんて言われたら……
冷や汗が全身に、一気に噴き出す。
「ど、ど、ど、どんな制限があるんですか?」
「呪術者は、全てを捧げて服従した相手に対してしか、解呪の儀式を行えないのですわ」
「……え?」
僕には、姉羅々先生の言っている意味が分からなかった。
「つまり、わたくしが詩宝さんの奴隷とならない限り、解呪の儀式は行えませんわ」
「な……」
それじゃ無理だ。僕と姉羅々先生はあくまで生徒と教師であって、主人と奴隷の関係じゃない。
「ウーム……」
今までしてきたことが全て水泡に帰したのを悟り、僕は一声唸ると、バッタリとベッドに打ち倒れた。
「ちょっと! しっかりしてくださいまし! 詩宝さん!」
「慰めは、無用にござそうろう……」
まずい。ちょっと泣けてきた。
「ああ、もう! 最後まで聞いてくださいまし!」
姉羅々先生は僕の上に馬乗りになると、頬をバンバンと叩いてきた。
「うう……今更、どうしようもないじゃないですか……」
「どうしようもありますわ! そのためにここに来たんですのよ!」
「……どういう意味ですか?」
「つまり、今ここで、わたくしは詩宝さんの奴隷になるのですわ」
「え……?」
それはいくら何でも、無茶じゃないだろうか。今日初めて会ったばかりの、生徒と教師なんだから。
「僕1人のために、先生を犠牲にはできません……」
「わたくしなら、とうに気持ちを固めておりますわ」
「お気持ちは有難いですけど……やっぱり駄目です。そんなの」
僕は、気が付いた。
世の中に、他人任せで勝手に問題が解決するような、うまい話なんてあるわけがなかったんだ。
解呪の魔法なんかに、頼ろうとしたのが間違いだった。
僕自身で、紅麗亜や中一条先輩、そして晃に向き合い、呪いの力に打ち勝たなくてはいけないんだ。
「解呪はもう結構です。帰りましょう……」
そう言うと、姉羅々先生は急に不機嫌な顔になった。
「つまり、わたくしなど、奴隷にする価値もない女だと仰りたいのですわね?」
「いえ。そういうつもりじゃなくてですね……」
「わたくしはこの身を捧げて、詩宝さんをお救いしようとしているのに……」
姉羅々先生の表情が、さらに険しくなった。どうしてか分からないけど、間違いなく怒っている。
「き、聞いてください。これは僕自身がですね……」
「こんな侮辱、我慢できませんわ……」
とうとう、姉羅々先生が拳を振りかぶった。あのパンチを、この体勢で喰らったら……
「覚悟!」
「ま、待ってください!」
僕は両手で姉羅々先生を制し、命乞いをした。
「何ですの!?」
「先生の言う通りにします!」
「ふうん……」
拳を引っ込める姉羅々先生。僕の頭蓋は、粉砕の危機を免れた。
「つまり、わたくしを奴隷として受け入れてくださる、ということですわね?」
「受け入れます! 受け入れます!」
「大変結構ですわ」
姉羅々先生の表情が、心なしか緩んで見えた。先生は僕の上から降り、バッグから紙とペンを取り出す。
「そこのテーブルで、サインしてくださいまし」
「はい……」

576触雷! ◆0jC/tVr8LQ:2011/11/25(金) 03:58:03 ID:.ucYAKUU
紙とペンを受け取った僕は、テーブルまで持って行って紙面を読み始めた。一番上に、“奴隷契約書”という文字が、大きく踊っている。
「早くサインを!」
本文を読もうとしたら、姉羅々先生が激しく催促してきた。
「ま、待ってください。今読んでますから……」
「読まなくて結構ですわ。サインだけしてくださいまし」
「は、はい……」
僕は抗えずに、ペンのキャップを外した。それでも、全く読まずにサインするのは不安だったので、名前を書きながら斜め読みしてみる。
緒美崎姉羅々は、全ての人権を放棄して紬屋詩宝の性的その他の欲望を満たすためだけに尽くすとか、紬屋詩宝が、他の女性と交わした奴隷契約は全て無効とするとかいった条文があった。
全体的に、どこかで見たような書式のような気がしたが、思い出せない。
「まだですの?」
まごまごしていると、姉羅々先生がまたせっついてきた。慌てて名前を書き上げる。
「で、できました……」
「結構ですわ」
姉羅々先生は僕の側に来ると、さっと契約書を取り上げてしまった。そして何の躊躇もなく、自分の名前を書いてしまう。
「これで契約は結ばれましたわ。末永く、側に置いてくださいましね、ご主人様」
何故か上機嫌で言う姉羅々先生。
「は、はい……」
ところが僕が返事をすると、急に先生は眉をひそめた。
「もう。わたくしはご主人様の奴隷になったのですから、敬語は止めてくださいまし。それから、“先生”もこれからはなしですわ。呼び捨てにしてくださいましね」
「う、うん……」
「では呼び捨てで、どうぞ」
「し、し、姉羅々……」
言いにくいことこの上ないが、あの鉄拳攻撃が怖い。已むを得ずに呼び捨てで呼ぶと、姉羅々先生改め姉羅々は、満足そうだった。
「おほほ。よくできましたわ」
「うーん……」
僕は考えた。
サインは済んだものの、条文からして、あの契約書は間違いなく違法だ。
だから、解呪の儀式が終わった後で、奴隷契約はなかったことにできる。法律上は。
――よし。それで行こう!
僕が心に、奴隷契約の無効化を誓っていると、姉羅々が声をかけてきた。
「では、儀式を始めますわよ」
「えっ? ここで?」
確か解呪の儀式は、ここから離れた霊的スポットでやるんじゃなかったのか。
「こ、ここって、霊的スポットじゃないです……ないよね?」
「解呪の儀式ではありませんわ。奴隷化の儀式ですわよ」
「奴隷化の?」
どういうことだろうか。さっきの契約書にサインして、奴隷化は終わったんじゃないのか。
「さっきの契約書はただの紙切れ。あれだけでは主従の絆は結ばれませんわ。本当の絆を結ぶためには、ご主人様が、わたくしを力で屈服させる必要があるのですわ」
「力で屈服させる……」
あのう。僕にそれができるくらいなら、こんなザマにはなっていないんですが。
とはもちろん言えず、僕は「どういうこと?」と聞くしかなかった。
「具体的には、ご主人様に、わたくしをレイプしていただきますわ」
「うげえっ!」
またそれか。中一条先輩のところでの出来事が、脳天を駆け巡る。
「それはちょっと……他のコースはないの?」
「ありませんわ」
木で鼻をくくったような、姉羅々の返事だった。
「でも、僕にそんな腕力は……」
「ご心配なく。わたくしはただ、抵抗するふりをするだけですわ」
「しかし……」
「やらないんですの?」
姉羅々が、ギュッと抱き付いてきた。
「ご主人様としての役目を、放棄なさるんですの?」
耳元で囁かれる。その声の冷たさに、僕は思わず首を横に振った。
「い、いえ! 放棄しません! レイプします!」

577触雷! ◆0jC/tVr8LQ:2011/11/25(金) 04:01:35 ID:.ucYAKUU
「ですわよねえ。では、早速始めますわよ」
笑顔になった姉羅々は、僕から離れて立ち上がり、またバッグから何かを取り出した。
今度は四角い箱みたいな、何かの物体だ。そんなに大きくはない手のひらサイズ。数は4つだった。
その4つを、姉羅々は部屋の四隅に置いていく。
「それ、何……?」
「一回、リハーサルをしますわよ」
「ねえ。その箱は一体……?」
「最初のシーンは、ご主人様が、嫌がるわたくしをホテルに連れ込むところからですわ」
「…………」

……………………

「違いますわ! 服はもっと乱暴に、引き千切るぐらいの勢いで脱がせるのですわ!」
否応なしにリハーサルが始まると、嵐のような姉羅々のダメ出しが、際限なく連発された。
「で、でも破れちゃったら後で……」
「レイプ犯がそんなこと考えなくていいんですのよ! ほら、胸のところ、一気に開けてお乳を丸出しにしてくださいまし!」
「うう……分かりました」
中一条先輩のところでも演技指導はされたけど、姉羅々のスパルタぶりは、それとは比較にならない。学校の授業もこんな調子だったら、最近流行りのモンスターペアレントが、大挙学校に押し掛けてきそうだ。
もっとも、どんな親が来ても、姉羅々は簡単にあしらってしまいそうだが。対抗できるのは……華織さんくらいかな?
「何をボーッとしているんですの? 早くお乳を揉んで! 握りつぶすくらいの気持ちで強く揉むのですわ!」
「はいぃ!」

……………………

「まあ、リハーサルはこの辺でいいですわ。本番行きますわよ。最後はしっかり、膣に精液を注入してくださいましね」
「はひ……」
ちょっと休ませて、などと言える空気では到底なく、僕は姉羅々をレイプする演技を始めた。
「おい! 大人しくしろ! こっちに来い!」
「ら、乱暴はやめてくださいまし……」
僕が姉羅々の手を引っ張り、部屋に引っ張り込む。姉羅々は抵抗するようなそぶりを見せた。それをベッドに押し倒す。
「あん……止めて……」
「うるせえ! 騒ぐんじゃねえ!」
指導された通りに、姉羅々の服を胸を乱暴に開いた。ブラウスが破れ、僕の頭ぐらいはあるおっぱいが、勢いよく飛び出す。
「へへっ。いい乳してるじゃねえか……」
両手でおっぱいを強く揉むと、姉羅々は「ああん……」と言いながら体をくねらせた。これも嫌がる演技なんだろうか。
最後はスカートをたくし上げ、強引にショーツを脱がせた。姉羅々の両足の間に体を割り込ませると、物を出してクレバスに挿入する。
「ああんっ……いいですわあ、ご主人様ぁ……」
レイプされている最中ではありえない、姉羅々の台詞だった。加えて、抵抗する演技がどんどん大根になってくる。服を脱がせているときは、まだ申し訳程度に、手で僕を押しのけようとしたり、足をバタ付かせていたりしたのだが、挿入した後はほとんど何もせず、むしろ僕にしがみ付いてくるような動作を始めた。
「フン! フン! フン! フン!」
「ああああ! 気持ちいいっ! もっと奥まで突いてくださいましっ!」
「あの、レイプされてるんだから、そんなこと言っちゃ……」
「いいから! そのまま犯し続けてくださいましっ! ひいい! ご主人様のオチンポ最高!」
いるよね。回りに1人ぐらい、こういう人。
人のやることには散々ケチ付ける癖に、自分でやったらダメダメで、さらにそれを指摘されると逆ギレする人。
とはいえ、不満を言っても始まらない。途中で止めたら、何をされるか分かったもんじゃない。
僕は姉羅々の股間に、腰を打ち付け続けた。そして終わりの時が訪れる。
「ううっ……」
「ああんっ! 中にたっぷり出てますわあ……」

578触雷! ◆0jC/tVr8LQ:2011/11/25(金) 04:03:13 ID:.ucYAKUU
姉羅々は両手両足で、僕にガッチリと抱き付いていた。僕は上になったまま、身動きが取れなくなる。
「ああ……あんっ……これで正式に、わたくしはご主人様の奴隷ですわ……」
「そ、そう……」
「この先何があっても、一生お側を離れませんわ。いいですわね?」
「え、それは……」
「いいですわね?」
僕を抱き締める腕の力が強くなる。肺を圧迫されて呼吸のできなくなった僕は、力なく頷く。
「大変、結構ですわ……」
姉羅々は、ニマーッと笑った。

その後、ホテルでしばらく休んだ僕達は、また車に乗って移動を始めた。ちなみに姉羅々は、模擬レイプで破れたブラウスの代わりに、何故かバッグ入っていたスペアを着ていた。
高速道路で長い距離を走る。一般道路に降りた頃には、もう夕闇が迫っていた。
「霊的スポットまで、もう少しですわよ。ご主人様」
「うん……」
しかし、その後が結構長かった。車は山道に入る。すでに周囲は真っ暗だった。街灯の類はなく、ヘッドライトで照らす前方だけが、辛うじて見える。
「ずいぶん、人里離れたところまで行くんだね……」
「そうですわ」
――間違いなく、今夜中には帰れないな……
姉羅々に、明日の授業をサボらせてしまった。その覚悟はしていたが、実際そうなってみると、やっぱり申し訳ない。
「あの、僕のせいで……」
「着きましたわ!」
いきなり車が、ガクンと停止した。思わず前に、つんのめりそうになる。シートベルトの有難味が、感じられる瞬間だ。
「ご主人様。降りてくださいまし!」
イキイキした声で言うと、姉羅々は運転席から降りて行った。僕も助手席を降りる。
「ここは……?」
「あの建物ですわ」
「え……?」
姉羅々が指差した方を見て、僕は驚いた。暗闇でよくは見えないが、どうやら堂々たる洋館のようだ。
「こんな山奥に、あんな建物が……」
「おほほほほ。さあ、参りましょう」
姉羅々が僕の腕を取って歩き出す。入り口の扉の前に立つと、改めてその創りの立派さが分かった。
――一体、誰の家なんだろう……?
そんな風に思っていると、姉羅々が鍵を取り出し、扉を開けた。
「さあ、どうぞ。お入りくださいまし」
「お、お邪魔します……」
中に入った。真っ暗だ。後から姉羅々が入ってくるのが、足音で分かる。
ゴン!
その瞬間、異様な音が響いた。そしてドサリという音。人が倒れる音だ。
「姉羅々! どうしたの!?」
思わず振り向くが、すでに扉が閉じられていて、外の明りは遮断されていた。何も見えない。
「くっ……」
いきなり何が起きた? 姉羅々以外に誰かいるのか。僕は、あるかも知れない何者かの襲撃に備えて片手で頭をガードしながら、もう片方の手で床を探り、姉羅々に近づこうとした。
バチン!
しかし、いきなり灯りが点けられる。まぶしさに目を閉じたくなるのを必死でこらえ、扉の方を見た。
そこには、うつぶせに倒れている姉羅々。そして――
「お逢いしとうございました。ご主人様……」
「く、紅麗亜……」
中一条先輩の家の前で別れたきりだった紅麗亜が、仁王立ちで僕を見下ろしていた。

579 ◆0jC/tVr8LQ:2011/11/25(金) 04:04:37 ID:.ucYAKUU
終わります。

580雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 04:51:56 ID:m66tApRo
GJ!触雷まってたよ!!
内容大分忘れてたから1話から見直そう

581雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 08:46:53 ID:ykBK0Bd2
触雷キターーー!!まってたぜ!!GJ!!

582雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 11:23:29 ID:PASl78Vc
遅れたがヤンデレ世紀着てたのか…GJ!

583雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 12:31:03 ID:QzJzW9B.
触雷待ってました!
この作者らしい強要ヘタレレイプな作風でよかった。

584雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 21:07:04 ID:LPI8kmKI
触雷くるとテンション上がるわ

585雌豚のにおい@774人目:2011/11/25(金) 22:56:42 ID:Nu6Aurx6
ヤンデレ世紀続きが気になる

586雌豚のにおい@774人目:2011/11/26(土) 04:50:25 ID:.lDD3G4M
触雷GJ
やっとクレアのターンが回ってきたか

587<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

588<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

589雌豚のにおい@774人目:2011/11/26(土) 10:52:15 ID:.GPcqu1Q
紅麗亜最強説か・・・

もっと、もっと分量欲しいのぉぉぉーーー

590雌豚のにおい@774人目:2011/11/26(土) 13:37:18 ID:yDjoa66Y
>>579
乙乙

591雌豚のにおい@774人目:2011/11/27(日) 00:26:45 ID:DhdKQDZU
お持ち帰りされたいけど荒らしたくはないジレンマ

592雌豚のにおい@774人目:2011/11/27(日) 17:14:12 ID:N0s.cj.A
ヤンデレ世紀、触雷 お二方ともにgjです!

593雌豚のにおい@774人目:2011/11/27(日) 17:42:27 ID:oOMqh2nk
管理人ナイス!

594雌豚のにおい@774人目:2011/11/28(月) 00:15:36 ID:Yt1HtD.s
なろうに猫とワルツの続き来てるな

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598雌豚のにおい@774人目:2011/11/29(火) 23:14:38 ID:qOX1XCMs
GJ!!

599<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
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619雌豚のにおい@774人目:2011/12/02(金) 18:03:13 ID:Yel.oyo.
 ここでお目汚しにヤンデレ妄想小ネタを1つ。


 ある王族の少年と愛し合ったメイドの娘。

 ある日、少年に政略結婚の話が舞い込む。

 少女を愛しながらも、王族の責務を優先して結婚を決意した少年は少女に別れ話を切り出す。一度は渋々納得したものの、少年への想いを忘れられない少女。

 結婚相手は少年への愛情など一切無く、王宮に着てからは贅沢三昧。

 日に日に結婚相手への嫉妬心と不快感を強めていく少女。

 かろうじて抑え込んでいたその感情は、ある夜少年と結婚相手の形ばかりのキスを見た瞬間に噴出する…。




なんて話を誰か書いてくんねぇかなぁ。(マテ)

620雌豚のにおい@774人目:2011/12/03(土) 19:55:28 ID:wWYUJLAg
ヤンデレ最高傑作でググってみた。
笑えるものしか出てこなかった。
面白かったがそれだけだった。
みんなのイチオシはなに?

621雌豚のにおい@774人目:2011/12/03(土) 20:28:15 ID:w97Drbdc
ゲーパロ専用氏の作品は安定して面白い
依存スレまとめにある「つながれた犬」は静かに病んでて最高に良い

622雌豚のにおい@774人目:2011/12/03(土) 21:40:31 ID:Xgcv3YKI
依存スレは隠れた名作多いな

623雌豚のにおい@774人目:2011/12/03(土) 22:44:10 ID:.po0AJls
万事解決!!

624雌豚のにおい@774人目:2011/12/03(土) 23:58:07 ID:wWYUJLAg
>>621
ありがとう。
行ってみる。

625雌豚のにおい@774人目:2011/12/04(日) 00:12:45 ID:Hx72GXOo
なんかさなんかさー

こう無理矢理婚姻届にサインさせたりさ〜、無理矢理プロポーズさせたりとかさ〜
触雷とか無形氏の作品以外でないものかね?このスレ以外でもいいからさ〜

頼む!!マジでお願いします!!!!

626雌豚のにおい@774人目:2011/12/04(日) 00:13:48 ID:oZS001YM
まとめサイトの作品全部読んでから言ってるのかな?

627625:2011/12/04(日) 00:14:44 ID:Hx72GXOo
スマソ
させたり×→させられたり○

自分Mなもので

628雌豚のにおい@774人目:2011/12/04(日) 00:32:31 ID:Hx72GXOo
>>626
自分このスレ歴長いんでまぁあらかた読んだと思うんだよね
もちろん全部読むのは幾らなんでも時間無いからアドバイスくれたら嬉しいのさ
嫉妬スレ、キモウトスレも一応行ってはいる
見落としてる作品はどのスレでもまだ結構あるけど主人公が相手を性的に好きでなく嫌々させられる
作品を知っていたらスレチでも教えて欲しいどす

629雌豚のにおい@774人目:2011/12/04(日) 01:04:14 ID:LjBOsSi2
いらっとくる文体だな
嫉妬スレのミスタープレイボーイの主人公の嫌がりっぷりはなかなかだった気が
ああいう感じの心境の変化がある作品は好きだな

630雌豚のにおい@774人目:2011/12/04(日) 01:31:34 ID:jWZUIjD2
今は亡き嫉妬スレか…。あそこはいいとこだ。いいとこだった…。
嫉妬スレ以外で何かいい修羅場ssないかな……スレチか?だったらゴメン。

631雌豚のにおい@774人目:2011/12/04(日) 05:12:37 ID:Yg1l8ZoQ
ルナティック幻想入り

632雌豚のにおい@774人目:2011/12/04(日) 10:10:48 ID:aaNUfMm.
>>625
>>630
自分が読みたい話を自分で書いてもいいのよ?
プロットみたいのでも個人的には大歓迎。

633雌豚のにおい@774人目:2011/12/04(日) 22:45:34 ID:fYTeKVF.
さっきBoss贅沢微糖のCMを見たんだけどあの女の子がヤンデレな気がしてならない

634雌豚のにおい@774人目:2011/12/05(月) 22:11:31 ID:RXD5uSJ.
表面上はツンデレだけど中身はヤンデレって最初に考えた人天才だと思う

635雌豚のにおい@774人目:2011/12/06(火) 10:35:30 ID:odM4Guj2
↑最高だね

636雌豚のにおい@774人目:2011/12/07(水) 01:57:16 ID:NhF0gHcM
>>619の妄想を参考に思いついた小ネタを投下
多分2〜3レスくらい

637ある王宮メイドについて:2011/12/07(水) 01:58:06 ID:NhF0gHcM
王子様。王子様。私の大切な王子様。私の大好きな王子様。
初めて私が王子様とお会いしたのは、私たちがまだ9歳の頃でしたね。





盗賊の襲撃によって壊滅した小さな村の、その唯一の生き残りが私です。
村を襲った盗賊たちはすぐに捕らえられたものの、私は父や母、友人たちを一度に失って一人ぼっちになってしまいました。
国王様はそんな私を不憫に思われたのか、私をメイド見習いとして王宮に招いてくださいました。
しかし、王宮にやってきた頃の私はいつも塞ぎ込んで泣いてばかりでした。
国王様が私を気遣って『メイドの仕事をするのは心の傷が癒えてからで良い』と仰ったのが、かえって裏目に出たのかも知れません。
優しかった両親。仲の良かった友達。私を実の我が子のように可愛がってくれた村の人たち。
彼らの顔が浮かんでは消え浮かんでは消え、何故自分だけが助かったのかと自らを呪う毎日。
いっそ死んでしまおうかと思ったことも一度や二度ではありません。
そんな私に優しく手を差し伸べてくださったのが、王子様でした。
王子様もまた、一人ぼっちでした。
子どもを産むことができないお后様の代わりに、国王様がメイドに産ませた子ども。それが王子様です。
しかし、王子様の母親であるメイドは王子様がまだ小さい頃に病に倒れてしまい、そのまま帰らぬ人になってしまったとのこと。
実の父親である国王様は国務に忙しく、実の母親はすでに他界、お后様からはメイドの子であるということで辛く当たられる。
ですから王子様は、同じく一人ぼっちであった私の気持ちが痛いほど分かったのでしょう。
私も王子様に強いシンパシーを感じ、彼の前でだけはまた以前のように笑えるようになったのです。

それから私と王子様は、毎日一緒に遊んでいました。
城内を夢中で走り回ったり。お料理の真似事をして、翌日二人して体調を崩したり。ちょっぴり夜更かしをして一緒に星を眺めたり。
そうそう。こっそり城下町へ出かけて、いじめっ子たちをやっつけたこともありましたっけ。
そうして次第に元気を取り戻していった私は、メイドの仕事も手伝えるようになりました。
しかし、メイドの仕事を手伝うようになってからも、休憩時間にはいつも王子様と過ごしていました。

私の王子様との幸せな日々は、こうして瞬く間に過ぎ去って行きました。

638ある王宮メイドについて:2011/12/07(水) 01:58:55 ID:NhF0gHcM
そして8年後。現在。
やんちゃだった王子様は立派な青年へと成長し、国王様と共に国政を取り仕切っています。
最近はお后様との仲も改善されたようで、最近はお二人で和やかに会話されることも多くなりました。
私はといえば、王子様と小さい頃からの付き合いということで、何と国王様直々に王子様専属のメイドに任命されました。
本当に国王様には感謝してもしきれません。
あの方が拾ってくださったおかげで私は王子様に出会うことができ、そして仕えることができるのですから。

そう、王子様に仕えることができる。
王子様をずっと隣で支えて差し上げられる。
王子様の生活の全てを私が管理する。
王子様は、私無しでは生きられない。
王子様は、私だけのもの。
そう信じていました。信じて疑いませんでした。

なのに。

なのに。

なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのに。

なのにどうしてあのような女と結婚するなどと仰るのですか?
隣国の王女?婚約者?あんな見せかけだけが取り得の、自らの立場に甘えきった娼婦にも劣る女がですか?
王子様、騙されてはなりません。
あの女は必ず王子様を不幸にします。あの女は断じて、王子様には相応しくありません。
王子様に相応しい女は、この私だけです。
他の誰よりも同じ時間を共有し、同じ苦しみを分かち合った私だけが、王子様のお傍に生涯添い続ける資格を持っているのです。
私ならば、王子様の全てを受け入れることができます。
どれほど淫らな願いでも、どれほど残酷な仕打ちでも、それが王子様のお望みならば私は喜んで答えられます。

ですから王子様、あの女と二人っきりでお会いになるのはお止めください。
あの女に笑顔をお向けにならないでください。
あの女を優しげな瞳で見つめないでください。
あの女の髪に、頬に、愛しそうに触れないでください。
あの女の唇に、あの女の身体に、あの女の―――――――――――――――――――。

639ある王宮メイドについて:2011/12/07(水) 01:59:46 ID:NhF0gHcM
私は今、王子様のお部屋の前にいます。目的はただ一つ、王子様を私の下に取り戻すこと。
どんな手を使ってでも。
……躊躇いが無いと言えば嘘になります。
しかし、心までもあの女に毒されかけた王子様の目を覚ますには最早、この方法しか残されていないのです。
王子様。王子様。私の大切な王子様。私の大好きな王子様。
愛しい愛しい貴方のためなら、私は何だって出来るんですよ?
例えそれが、貴方の望まぬことであっても。

私は密かに用意しておいた道具を確認し、意を決して扉を開きました。


***


翌日、とある国の王子の寝室にて一人の女性の遺体が発見された。
その女性はその国の隣国の王女であり、その国の王子と婚約関係にあった。
更に行方不明者が二人。件の王子とその専属メイドが、忽然と姿を消したのである。
王宮の兵士たちが総出で捜索に繰り出されたものの、とうとう二人を見つけることはできなかった。
その後、その国がどうなったのかは誰も知らない。





数年後。
その国から遠く離れた土地にある小さな村に、一組の男女がやってきた。
来る者を拒まない村人たちは彼らを快く受け入れ、ささやかな歓迎の宴を催した。
それから二人は、その村でいつまでもいつまでも仲睦まじく幸せに暮らしたという。

640雌豚のにおい@774人目:2011/12/07(水) 02:00:41 ID:NhF0gHcM
投下終了
拙い文章で申し訳ない

641619:2011/12/07(水) 02:22:26 ID:BZgomFDo
>>640
gj!
半ば冗談で「誰か書いてくれないかな」
と書いたのですが(むしろ自分で書けと)、本当に書いてくれる方がいるとは。大感謝です。
オチはあっさり目でしたが、ヒロインが病んでく過程が丁寧で、ゾッとするほど美しかったです。
自分も、リアルが一段落したら自作の続きを書くかな。

642雌豚のにおい@774人目:2011/12/07(水) 07:30:26 ID:tso0oZ5c
クライマックスから結末までの経緯を省略しすぎw
でも、想像の余地があっていいかもGJ

643雌豚のにおい@774人目:2011/12/07(水) 08:49:06 ID:QOflLdX.
むしろその仮定を想像してより良い完全版も書けそう
何はともあれGJ!!

644雌豚のにおい@774人目:2011/12/07(水) 11:11:31 ID:p3awQjs6
>>640
乙乙!

645雌豚のにおい@774人目:2011/12/08(木) 11:07:21 ID:zcwzt9mw
面白かったGj

646雌豚のにおい@774人目:2011/12/08(木) 16:31:53 ID:OiBBeql2
インポ ッシブル

647雌豚のにおい@774人目:2011/12/08(木) 23:44:07 ID:zGGGyVD.
メイドが雌豚を殺したのに夫婦になるなんて王子は一体なにされたんだ…
Gjです

648雌豚のにおい@774人目:2011/12/09(金) 00:58:16 ID:GJESPbms
1話につき何レスぐらいがいいんでしょうか?

649雌豚のにおい@774人目:2011/12/09(金) 01:29:12 ID:ECmA.AI.
1レスあたりの分量にもよりますがこのスレだと5〜2,30じゃないでしょうか?
長編ではあまり小分けにするとwiki編集作業が面倒になるかもしれません

650雌豚のにおい@774人目:2011/12/10(土) 22:03:36 ID:.qQ3Q.s.
ヤンデレ世紀の投下をそろそろお願いします

651 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/10(土) 23:49:22 ID:OxvbpP8c
テステス

652 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/10(土) 23:52:58 ID:OxvbpP8c
お久しぶりです
ぽけもん 黒投下します

653 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/10(土) 23:55:17 ID:OxvbpP8c
 どうするか。
 やっぱり警察に相談したほうがいいんじゃないか?
 まっさきにそんな思考が浮かぶ。
 如何に警察内部に内通者がいようとも、たまたま僕の話を聞いてくれる警察官がそうとは限らない。
 しかしすぐにそれを否定する思考が頭を巡った。
 これだけの大計画だ、かなり偉い立場の人間にロケット団の協力者がいないわけが無い。いくら下の方に僕の話を聞いてくれる警官がいても、上に行くところで揉み消されたら終わりだ。
 それに、そんなことになったら、報告だけじゃなく、僕達も消そうとしてくるだろう。つまり警察に相談するのは悪戯に僕達を危険にさらすだけだ。
 でも、こんな大事を僕達だけで解決することなんて出来るのか?
 僕は事態の大きさに相当怖気づいていた。
 少なくとも、普段の僕なら、こういう事態で、警察の力を借りようだなんて思わない。
 まして、警察内部に内通者がいると分かってるっていうのに。
「ゴールド、どうしたの、難しい顔して」
 気づかなかったけど、香草さんは涼しげな顔をしている。
「どうしたのって、どうして君はそんなに平気そうでいられるんだ」

654 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/10(土) 23:58:08 ID:OxvbpP8c
「だって、ことに及ぶ前に全部倒せばいいだけでしょ。簡単じゃない」
 簡単じゃないって……それはそうだけど、言ってくれる。
「見てよここ」
 僕はそう言って送られてきた内部資料の一文を指差す。
「ロケット団はこの作戦に実働部隊だけでも八百以上の人員を投入するつもりだって。八百人だよ!?」
 対するこちらの実働部隊は資料によれば十五人にも満たない。戦力差五十倍以上の相手。絶望的な数字だ。はじめから勝負にならない。
 唯一の救いは、ロケット団員は基本的に練度が低く、個々人の戦力はたいしたこと無いということだ。
 それにしたって、戦力差は絶大に思える。
「大丈夫よ。ゴールドがいれば……私は無敵だから」
 そういって彼女は穏やかに微笑む。僕にはどうにもその顔が本物の殺し合いを間近に控えた者の笑みには思えなかった。
 僕には何がどう大丈夫なのかさっぱり分からない。
 しかし彼女の言うことにだって理はある。
 どの道やるしかないんだ。絶望なんてするだけ無駄だったんだ。
「そうだね、なんとかするしかない」
 僕は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、再び計画書に目を落とす。
 計画書によると、やはり目立つのは避けたいらしく、建物の内部から制圧していく作戦らしい。
 これは僕らにとっては好都合だ。
 八百人の人間が陸から空から一斉にラジオ塔を攻め落とそうとすれば、僕達にそれを防ぐ術はないけど、内部から制圧していくだけなら、建物の構造上一度に動ける人数も行動の内容も大きな制限を受ける。
 香草さんもやどりさんも仲間の傷つける心配なく全体攻撃を行えるからこの場合こちらに利がある。
 地の利を生かせば勝機は十分にあるかもしれない。
 いや、まて、戦わなくても目立てばそれで十分騒ぎになるんじゃないか?
 そうすればすぐに多くの人が集まってきて敵の作戦は崩壊す……いや、駄目だ。
 もしその間に電波を発信する設備を抑えられ、あの電波を流されたら、打つ手は無くなる。
 やっぱり直接戦って止めるしかないのか。
 いや、それでも正面から戦うことは避けられるはずだ。
 もし彼らが密集しているのなら、そこに怪しい光曳光弾を一発打ち込めばそれだけで彼らを撹乱できる。
 そういう風に、数が多いのならば、それと正面から向き合うのではなく、数が状況を不利にするような作戦で挑むべきだ。
 僕の隣にいる子はどうもそういうことを理解していないみたいだけど。
 見取り図と味方の戦力、ロケット団の侵入経路から、相手を迎え撃つのに効率的と思われる箇所を模索する。
 基本、上下階を繋いでいるのは階段とエレベーター。
 ロケット団は主力部隊を階段で送り込み、エレベーターを挟撃のために使用するみたいだから、適当なところでエレベーターは落としてしまおう。
 空洞と化したその跡を上ってこようとするならば、放水なり何なりで全部叩き落してしまえばいい。
 攻撃の性質上、階段も上を押さえてしまえば同じ要領で一方的に攻撃し続けるだけで勝てる気がする。
 発信施設を押さえる意味でも、如何にロケット団に先んじて上の階を占拠するかの勝負になりそうだ。
 ダクトの類はどうも人が移動できるようなものじゃなさそうだし、となるとラジオ塔の中を移動するには階段かエレベーターを使うしかない。
 しかし階段には警備員がいるし、エレベーターは一般解放エリアと一般立ち入り禁止エリアで別々に分離している。
 そして立ち入り禁止エリアに入るためには警備員に通してもらう必要がある。
 つまりどの道警備員を何とかしなくてはならない。
 どうしようか。ここは一つ、眠り粉か何かで眠っていてもらおうかな。
 ロケット団の手先ならこれくらいは自業自得だと思って諦めてもらうし、仮にそうじゃないとしても、ただ眠らされるだけで済むんだからロケット団にやられるのに比べればはるかにマシだろう。
 仮に眠り対策があるなら、やどりさんに気絶させてもらおう。
 彼女にかかれば瞼一つ動かせず、声すら出せなくすることなど簡単だということを、僕は身をもって知っている。
 とりあえずここを抜けたら、人が騒ぐようであればやどりさんと香草さんに昏倒させてもらい、特に何の反応もないようだったらそのまま社長室あたりを目指させてもらおう。
 社長がロケット団とグルでないことは確実だ。
 なぜなら、社長がグルならば最初からラジオ塔を乗っ取る意味がない。
 同様の理由で電波の送信を行っている立場の人間も白だろう。
 しかしここの人間すら抱き込まれていないとなると、ラジオ塔側にはほとんど内通者はいないのかもしれない。
 と、ここまで考えたところで、香草さんが僕の首筋にぬるりと手を這わせた。
 突然のことに、僕は思わず跳ね上がる。

655ぽけもん 黒  26話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/10(土) 23:58:34 ID:OxvbpP8c
「ご、ごめん、驚かせちゃった?」
「う、うん、びっくりした。どうしたの?」
「どうもしないけど……ゴールド、全然私を見てくれないから……」
 なるほど、僕がずっと思案顔で資料とにらめっこだったのが気に食わなかったらしい。
「ごめんねチコさん。でも、これはさすがにちゃんと考えないといけないからさ」
「もう、何も考える必要なんか無いのに」
 そう言って彼女はすねた顔をする。
「万が一に備えるのも、作戦って奴だよ。もしすべて上手くいっても、チコさんが大怪我なんかしたら何の意味もないからね」
「わ、私は別に……」
 彼女は顔を赤くしてなにやらブツブツ呟いている。
 情けない話だけど、香草さんに何かあったとき、僕は守る自信がない。
 香草さんクラスの人相手じゃ僕は避けることすらままならない。
 だから、そんな事態にならないように、逃走も含めて、事前にしっかり策をめぐらせておかねば。
 最悪、電波の発振装置かアンテナを壊すことも視野に入れなければならない。


 不謹慎な話だけど、作戦計画を考えていると、少し楽しかった。
 まるで昔の、他愛の無い子供の探検ごっこを思い出すのだ。
 この日と翌日をかけて計画をまとめ終え、シルバーに送信した直後、示し合わせたようにポケギアが震えた。
 発信者は不明。しかし相手は言うまでもない。
「俺だ」
 電話口の向こうから、そんなぶっきらぼうな声が聞こえてくる。
「で?」
「作戦決行日前に集会があることは知っているな?」
 送られてきた資料の中にそんなものもあったな。
「うん」
「もし来るなら変装して来い。こっちに裏切り者がいるという可能性もあるが、それ以上にランに見つかるとまずい」
「ランはてっきりこういうのには興味が無いかと思ったけど」
「ああ、無い。ただ、突然俺についてくるとか言いかねんからな。念には念を、だ」
「分かった。……その割には、来るなとは言わないんだな」
「実際に参加する人間の能力を見たほうが、お前も作戦を立てやすいだろう」
「作戦って、僕の考えたのでいいの? ただの一意見のつもりだったんだけど」
 送信した直後に着信があったから、僕の作戦にまともに目を通す時間も無かったはずだ。
 そこそこの人数が関わっているこの作戦。いくらシルバーがリーダー格だとはいえ、僕のような一介の子供の意見が通るとは本気で思ってはいなかったんだけれど。
 尤も、子供と言う意味ではリーダーであるシルバーも変わらないか。
 それにしても、組織にこういう作戦立案を行うような役とかいないのかな。
「ああ。お前はスパイである可能性がゼロだからな。それだけである種十分ともいえる。そもそも、俺が人を指揮する立場に向かないというのは、お前もよく知っているだろ」
「よく言うよ。リーダーなんかやってるくせに」
「ただの成り行きだ」
 シルバーは苦々しげにそう吐き捨てる。
「用件はそれだけだ。では、予定の時間に、予定の場所で会おう」
 彼はそう言うと、僕の返事も聞かずに電話を切った。

656ぽけもん 黒  26話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/10(土) 23:59:17 ID:OxvbpP8c
 変装って言われてもなあ……
 帽子にサングラス、マスクとロングコートとかか?
 これはこれで目立つ気がする。
「変装かあ……どうしたらいいかなあ」
 呟きを漏らすと、電話を聞いていた香草さんが、いかにも名案を思いついたといった様子で言う。
「そうよ! 二人羽織をすればいいんじゃないかしら!」
 ……アホの子がいる。
「ホラ、そうすれば体格とか全然分からないし、完璧だわ!」
 うん、完璧だ。
 その後僕は香草さんをこんこんと説得して二人羽織を諦めさせ、変装に必要な道具を買いに行った。

 帰ってくると、部屋にやどりさんがいた。
「おかえり……どこに、行っていたの?」
「あ、うん、例の作戦の前にこちら側の人間が集まる集会があるんだけど、それに参加するための変装道具を買いに」
 僕はそういって袋から鬘を取り出して見せる。
「そういえば、やどりさんの変装道具もいるよね。一緒に買いに行くべきだったかな」
「必要……ない」
 彼女はそう言ってきぐるみの背中に手を這わす。きぐるみをおろすと、中から白い肌が垣間見える。
「な、ゴールドは見ちゃダメー!」
 香草さんの蔦が飛んでくるより前に、僕は慌てて後ろを向いた。
「き、着替えるなら部屋出るから、終わったら呼んで」
 僕はそういって急いで部屋を出る。
 ふう。やどりさんはこういうのに無頓着だから、時々びっくりさせられるよ。
「……見た?」
 いつの間にか隣にいた香草さんが険しい目つきで僕を見る。
 何をどこまで、と聞きたかったけど、とりあえず反射的に口からでるのはこの言葉。
「み、見てないよ!」
「……本当に?」
 香草さんは明らかに疑っているようだ。
 いったいどこからアウトなのか分からない以上、余計なことはいえない。
「本当だよ!」
「ならいいけど……ゴールドは私の彼氏なんだから、私以外の女の裸は見ちゃだめなんだからね」
「私以外のってことは、チコさんの裸は見ていいってこと?」
 何気なく口にしたのがまずかった。何余計なことを言ってるんだ僕は。
 彼女の顔がみるみる真っ赤になったかと思うと、すぐに蔦が飛んできた。
「な、ゴールドのバカエッチスケベへんたーい!!」
 どれか一つに絞ってほしいなんてこの状況で言えるわけもなく。
 僕は数十の蔦に打たれて地面に伏すことになってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい! でも今のはゴールドがいけないんだからね!」
 確かに僕は悪かったと思うけど、それでも反射的に蔦が伸びるのはどうかと思うな。
 そんな言葉が首まででかかったところで。
 がらりと部屋のドアが滑った。
「終わった……着替え」
 僕はそういって部屋から出てきたやどりさんを見て、わが目を疑った。
 やどりさんはいつものもこもこしたきぐるみではなく、扇情的な赤く、薄く、そして露出部の多いドレスを身にまとっていて、しかもそれを着た彼女はびっくりするくらい魅力的だった。
 彼女の恵まれたバストと引き締まったウエスト、そしてまたふくらみを持つヒップ。
 かつてやどりさんが「自分は脱いだらすごい」と言っていたことがありありと思い出される。
 この派手さから言って、このドレスは誰でも着れるような代物ではない。選ばれし者のみが着こなせるドレスと言っていいだろう。
 香草さんではこうはいかないはずだ。
 香草さんも、部屋から出てきたやどりさんを見て、あんぐりと口を開け、やどりさんの胸部と自分の胸部で視線を往復させている。
 何とか事実をゆがめようと彼女の頭は必死に働くが、それでもなお認めざるを得ない現実。
 そこまでの圧倒的なリアル(胸)がそこにはあった。
 やどりさんは香草さんに向きなおり、彼女の頭の天辺からつま先まで眺め、そして、
「ふっ」
 と冷笑した。やどりさんのこんなにも勝ち誇った笑みははじめてみる。
 いくら傲慢な香草さんでも認めざるを得ない、歴然たる敗北がここにはある。
 さあ香草さんはどうでる。
「ふ、ふふふ、ふ」
 彼女は不敵な笑みをどこか飛んだ表情で浮かべながら、ゆらりと蔦を伸ばした。

657ぽけもん 黒  26話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/10(土) 23:59:53 ID:OxvbpP8c
「そうよ、そんなもの、削ぎ落とせばいいんだわ。そ、そうよ、平らに、平らにしなくちゃ。私よりももっと平らにしてあげなくちゃ」
 まさかこうでるとは。
 思った以上の過剰反応だ。予想以上に恐ろしいことを言いだした。
 対するやどりさんは余裕の笑みを浮かべながら――今僕には彼女のドレスのぱっくりと開いた白磁のような背中しか見えないから本当のところ表情は分からないのだけれど、これには確信があった――、ゆっくりと戦闘態勢に入る。
 なんてこった。まさかスタイル――いや、おっぱいが戦いの引き金となるとは。
 そうだ、これをおっぱい大戦――そう、第一次おっぱい大戦と名づけよう!
 そこまで思考がずれたところでハッと正気に返った。
 どうして僕はこんなおかしなことを考えていたのだろうか。
 これもすべてやどりさんのおっぱいの魔力が生み出した幻惑作用によるものだというのだろうか。
 それの真偽のほどはおっぱいのみぞ知るとして、ともかく、今はこの戦いが起こるのをとめなくてはならない。
 どうする。
 生半可な言葉で今の香草さんは止まるだろうか。
 否。今の彼女を止めること、それはすなわち両者のおっぱいの差を埋めることと同義である。
 おっぱいの差を埋める。
 果たしてそんなことは可能なのであろうか。
 おっぱいの差を埋めるなんて、それこそおっぱいをそぎ落とすか、豊胸でもしない限り不可能。
 豊胸。
 そのとき、僕の脳裏に閃光が閃く。
 そうだ! あるじゃないか!
 やどりさんのおっぱいをそぎ落とさずとも、香草さんのおっぱいにシリコンを挿入しなくても、おっぱいの差をなくすことができる、簡単で、すばらしい方法が!
 そうだ! おっぱいを差を埋めるもの、つまりおっぱいはすでに僕の手の中にあったんだ!
「香草さん! これを!」
 僕は袋を漁ると、手につかんだものを香草さんに投げつけた。
 香草さんは見事にそれをうけとり、彼女はそっと手を開く。
 彼女の手の中に納まったもの――それは……
「……それは」
「胸……パッド?」
 張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。
 そう、これこそが、両者の埋まるはずのない差を埋める奇跡のアイテム、胸パッドである。
 そう、これさえあれば小さなおっぱいでも大きなおっぱいのように振舞える。
 おっぱいの格差がなくなる。
 つまりそれは世界からありとあらゆる争いが消えうせ、世界に平和が訪れると言うこと。
 そう、胸パッドとは平等と博愛を象徴していたのだ!
 こうして、世界に平和が訪れた。

 ……わけもなく。
 ああ、これから僕は香草さんの手によりハンバーグの材料にされる運命なのね、とおずおずと彼女の攻撃を待っていたが。
 顔を覆うようにした左右の腕を上下にずらし、香草さんを見ると、彼女は確かに顔を真っ赤にしていたが、それは怒りによるものというより……
「ゴールドの……ゴールドのばかぁぁぁぁぁぁぁ!」
 香草さんはそう絶叫し、胸パッドをリニアモーターカーに匹敵するんじゃないかという速度で僕めがけて投げつけると、そのまま走り去った。
 パッドは見事に壁にぶつかると、壁ごと爆散し、それが起こした兆弾が僕に降り注いで僕を悶絶させる。
 さすがに息もできず、僕にできることと言えばうずくまって口をパクパクさせながら走り去る彼女に向かって手を伸ばすことだけだった。
「……だいじょうぶ?」
 そう言って屈みこんで僕を伺うやどりさんのドレスの中が見える。
 ああドレスに負けず劣らず、何と過激で扇情的な下着なんだろう。


 数分後、ようやくまともに呼吸できるようになったので、香草さんを追う。
 やどりさんはとりあえずその格好だと目立つから、と部屋に返した。
 闇雲に走っても見つかるわけない、と思うかもしれないが、この間の行方不明事件以来、僕は彼女に発信機を持たせている。
 だからそれを確認すれば彼女の位置は一目瞭然なのだ。
 ……どこか犯罪の臭いがするような気がしなくもないけど、本人同意の下なんだから問題ないはずだ。
 とにかく、それで香草さんの位置を確認すると、香草さんは案外近くにいた。
 人気のない路地裏。彼女はそこにうずくまって泣いていた。
「香草さん!」
 僕は泣きじゃくる香草さんに呼びかける。
 彼女は涙とその他でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、僕を見る。
「ごめんね、そうだよね。ゴールドも私みたいみたいなのよりおっぱい大きい子のほうが好きだよね」
 彼女は涙ながらにそう語る。

658ぽけもん 黒  26話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/11(日) 00:00:27 ID:7f.9q1S6
 いやおっぱいとかそういうレベルではなく、やどりさんとの差はもっと総合的な話なんだけど、もちろんそれは口にしない。
 ごめんねごめんねと謝る香草さんを抱き寄せると、僕は彼女の手にそっと神器という名の胸パッドを握らせる。
「ゴールド……」
「大丈夫だよチコさん。胸パッドはすべてを許してくれるよ」
 そう、胸パッドは世界平和の象徴なのだから。
 再び香草さんのばかぁぁぁぁぁぁ! という叫び声と、バシーンという盛大な僕の頬が張られる音が辺りに響いたのは言うまでもない。

「おかえり」
 帰ってくるとやどりさんはいつものきぐるみに戻っていた。よかった。
「ただいま。変装の話の続きだけどさ、確かに服装変えただけでもかなり変わるけど、やっぱり何か顔を隠すものがあったほうがいいと思うんだ」
「大丈夫。それも用意してある」
 彼女はそういって、スッと何か取り出し、目の部分に当てた。
「……蝶?」
「そう、蝶をモチーフにしている」
 彼女が取り出したそれは、蝶を象った、顔の半分が隠れるような大きく派手なアイマスクだった。
 先ほどのドレスとこれをあわせると、どこの仮面舞踏会だと思わなくもない。
 変装としては由緒正しいんだろうけど、正直、場所にあっていないような。
 どう考えても、あからさまに怪しい。
 いや、これくらいインパクトがあったほうが、普段とのギャップがあってちょうどいいのか?
 それに、これだけ目立ってくれればやどりさんが印象的過ぎて一緒にいる僕たちの印層も都合よく薄れそうだ。
 というわけで黙認する。

 二人の現在の能力の確認と作戦の考案で数日を過ごし、いざ集会。
 場所はビルの地下倉庫だった。
 事前に送られてきたサインを入り口の警備員に提示すると、簡単に入ることができた。
 少し危機管理が甘い気もする。
 特に今のやどりさんはどう見ても不審者だ。
 やどりさんは例のアイマスクと赤いドレス。
 僕は金髪のカツラをつけ、髪で顔を隠し気味にし、頬にはそばかすが書かれていて、さらにシークレットブーツで身長までごまかしてある。
 香草さんは長い赤の鬘に派手な化粧、胸は無数のパッドの力によりやどりさん以上に膨らんでいる。
 どう考えても一緒にいるのがおかしい取り合わせだ。
 その辺のバランスも考えるべきだったかもしれない。もちろん、二人羽織は却下だけどさ。
 しかし変装だというのに、やどりさんはむしろ普段より衆目を惹いていたような気がする。いや、多分気のせいじゃないけど気のせいだと思いたい。
 都会だからきっとみんな気にしないはずさ。
 シークレットブーツの歩きにくさに苦戦しつつ、積まれた荷物の間を抜けて進むと、少し開けたスペースにでた。
 三十人くらいだろうか、怪しげな人たちがそこに集まっていた。
 きっとみんな大なり小なり変装しているんだろうけど、この怪しさはそういうところから出るものではない気がする。
 それと、蝶マスクが男女合わせて十人近くいた。
 多すぎだろ!
 流行ってるのか? それともこれが正装なのか?
 そんなわけがないと頭を振っていると、香草さんが不安げに耳打ちしてくる。
「ねえゴールド、本当にここって安全なのかしら。なんだか怪しげな人ばかりじゃない」
 隣にも一人いるんだけどな、怪しい人。
 それに、もしかしたら怪しいのは僕たちのほうかもしれない。
 こんな普通にそこらにいそうな人間ではなく、もっとぶっ飛んだ方向に変装すべきだったのかもしれない。
 不安を覚えながら待っていると、予定の時間を十分ほど回ったところでシルバーは表れた。
 傍らにランの姿はなく、変わりに五十代くらいの黒髪で浅黒い細身の男がいた。
 見た目は一見普通だけど、なんとなく、物々しい雰囲気がある。
 会場の人間はあれからそこそこ増えて五十人を超すほどになっている。
 実働部隊は十五人程度という話だったから、彼らがにわかに集まった増援でないのなら、ここにいる多くは諜報系やバックアップの人間ということになる。
 ロケット団に私怨があるけど戦力にならないのか、それとも、単に危険に自らをおきたくないのか。
 シルバーは大勢の人間を前にあわてる様子もなくゆっくりと歩を進め、皆の前に立つ。
 悠然と全体を眺めると、彼は落ち着いた調子で話し始める。
「諸君。今までの協力、感謝する。私が、反ロケット団のリーダーであり、今作戦の隊長を勤めさせていた頂く、シルバーだ」

659ぽけもん 黒  26話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/11(日) 00:00:54 ID:7f.9q1S6
 数人の間に、どよめきが広がる。
 こんな子供が? という声がちらほらと聞こえてくる。
 あまり多くはないけど、シルバーがリーダーだってことを知らない人間もいたらしい。
 シルバーは決して幼い印象はないけど、それでもせいぜい二十代前半くらいにしかみえない。
 そんな若い人間が自分達の命運を握ることになるんだ、不安を覚えるのも当然だろう。
 そんな不安を切り裂くように、彼は言葉を発する。
「見てのとおり、私の若さに不安を覚える者もいると思う」
 場内が軽くざわつく。ばつが悪そうに視線を反らす者もいる。
 彼は少し間を開け、淡々と話し出す。
「私は昔、ロケット団のせいで人生を台無しにされた。私はそれから、ずっとロケット団を憎んで生きてきた。ロケット団を潰すことために尽力してきた。私の功績は、ここにいる諸君ならばよく分かっていることと思う。ロケット団に大きな怨みを持つ諸君よ。私は、十年前からずっとロケット団を憎み続けてきた私は、果たして諸君らにとって信じるに足らない存在か?」
 場内がシンと静まり返った。
 ロケット団を潰そうと、怨みを晴らそうと集まったここの人間の中でも、十年以上、ずっと憎しみの中ですごしてきた人間というのはそう多くはないだろう。
 ロケット団から大切な何かを奪われたであろう人たちであるだけに、この話は彼らにとって見過ごすことのできない力を持っているだろう。
 ただ、僕としては少し腑に落ちない点もある。十年前といえば、僕ら三人がまだ普通に生活していたころだ。
 シルバーが家を失うことになった遠因はロケット団であることは確かだけど、それならまず警察を憎むほうが筋が通っている。
 あの後、シルバーが逃亡生活を始めてから何かあったのか、それとも……
 シルバーは静まり返った会場を見て、一転、今度は強い、人々を鼓舞するような口調で話す。
「年齢、種族、性別……多くを異にする我々がこの一所に集まっているその理由、ロケット団を潰すというその志こそが、我らの共通点であり、絶対の正義であるはずだ。一時、壊滅状態に陥ったロケット団はその実、財界各所にその根を蔓延らせ、雌伏して時を窺っていたに過ぎなかった。ロケット団は復活し、その悪意の結晶として、まもなく、ロケット団復活後最大規模である作戦が決行される。多くの人員が投入され、幹部も動かざるを得ない。これは我々、ロケット団に怨みを持つものにとって唯一無二の好機である! 今度こそ、この手でロケット団を徹底的に叩き潰し、この世からロケット団という組織を根絶するのだ!」
 シルバーがそう言い放つと、場内は熱気と歓声に包まれた。

660 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/11(日) 00:03:49 ID:7f.9q1S6
投下終わります
今更ですが展開の都合上、しばらくヤンデレ分が薄い話が続きます
また、投下ペースはこれからも遅く不定期なものになると予想されます
気に入らない方はNGお願いします

661雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 00:09:21 ID:DnkDFVf2
おおおぽけもん黒来てた!!!
乙です!

662雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 00:34:02 ID:.CiN.xdo
GJ
やどりさんの反撃とポポ復活に期待

663雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 00:38:57 ID:FLzISSZw
懐かしすぎるw
あまり話覚えてないから前話読んでから読む

664雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 01:52:31 ID:dVzb/NXI
>>663
おいおいwww
前話じゃないだろ?全話の間違えだろ?

665雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 02:06:41 ID:KCYEIlBI
この冬の時代に神作のぽけ黒が…!
お疲れ様です!

666雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 10:09:59 ID:pPz3dmCQ
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667雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 12:58:06 ID:2s71NcgI
次も遅いのか。
なら数話溜めて投下するって事はできないものなのかな。
まぁ本人が無理なら仕方ないけど

668雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 13:29:16 ID:PQzyfIXY
>>660
乙乙!
久しぶりの投下うれしいです

669名無しさん@ピンキー:2011/12/11(日) 15:54:19 ID:CwzXQlcA
GJ
まさかぽけもんが来てくれるとは…

670雌豚のにおい@774人目:2011/12/11(日) 18:44:26 ID:TNJ5F0Z.
ぽけもん黒きてたーーー!
乙です!!今後も楽しみにしています!!!

671雌豚のにおい@774人目:2011/12/12(月) 09:44:36 ID:uNKY0U4Q
平らに・・・平らにしなくちゃ・・・

672<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

673雌豚のにおい@774人目:2011/12/12(月) 23:28:00 ID:bijOQG5Y
ポケ黒だー
GJ読み返してくる

674雌豚のにおい@774人目:2011/12/13(火) 04:11:56 ID:PNTQJAA.
この勢いで変歴も来てくれー

675<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

676雌豚のにおい@774人目:2011/12/14(水) 00:00:20 ID:aQItwZ8o
ぽけもん黒、更新GJ!!!

677<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

678<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

679<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

680<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

681<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

682雌豚のにおい@774人目:2011/12/14(水) 16:34:50 ID:LSyAsYIM
ぽけもん黒…だと…?

やったー!!
こんなにヤンデレスレが荒れてもまだ俺が見続けているのは貴方の作品が見たいからあ!!

683雌豚のにおい@774人目:2011/12/14(水) 22:22:29 ID:rjfqH7zI
幼女が幼女にヤンデレるとか最高だよなー(チラッ

684雌豚のにおい@774人目:2011/12/14(水) 23:39:47 ID:mO4/5FTo
>>683
言い出しっぺの法則(チラッ

685雌豚のにおい@774人目:2011/12/15(木) 03:28:36 ID:C2aUTxLE
テスト

686雌豚のにおい@774人目:2011/12/15(木) 18:16:34 ID:pqZmmMQo
>>683
何だ?そのコンセプトで書いてくれるのか?

687雌豚のにおい@774人目:2011/12/18(日) 01:49:11 ID:ztLvt5TA
これは一人の門番の話。
その門番は誰よりも強くそれでいて誰よりも優しいまさに聖人のような男性でした。
だけどその男性は顔が醜く兵士からはその強さに畏怖と同時に嫉妬されていました。
ある一人の兵士は言います。
「醜くい者が国を守ろうなどハッ!貴様には門番がお似合いだな!その顔をみれば敵さんも城なぞ入りたくないだろうな!」
ハハハハハ違いねぇ違いねぇ!とその場にいた兵士は嗤います。
醜くい男は言います。
「なら私は門番になりましょうこの醜くい顔が役に立つのなら私は喜んで使いましょう」
醜くい男の言葉が痛快だったのか兵士達は大笑いします。
そうして醜くい男は門番になります。

688雌豚のにおい@774人目:2011/12/18(日) 02:44:23 ID:ztLvt5TA
>>687
醜くい男は時に村を襲っている盗賊達を誰一人逃さず命乞いしても躊躇なく殺し。
時には敵対の国が城に攻めて来た時には誰よりも醜くそれでいて狡賢く敵をいっぱい殺しました。
醜くい男は味方からは蔑まられ、敵からは血も涙もない悪鬼のような男だと恐れられました。
そんな容赦ない醜くい門番に一人の美しい女騎士が門番に話します。
「お前の力が欲しい私の為に使ってくれないだろか?」
力強く一言そう言います。
醜くい男はこう答えます。
「騎士様は自分の力を使わずとも十分お強いでしょうそれに自分は誰よりも弱いしこの身は国の為に使います」
と断ります。
「そうか・・・残念だ」
口調とは裏腹に肉食動物のように狙いを定めるように笑います。
―ある日醜くい門番は王に呼ばれます。
醜くい男は膝をつきながら何故呼ばれたのかと不思議に思います。
「アグリー・セント先日の忌々しいエージ王国の兵士共をばっさばっさと斬り倒す働き大義であった!」
「はっ!身に余る光栄です!」
「して、貴公は門番なんだそうだな?」
「そうですがそれが?」
醜くい男は嫌な予感をしながら答えます。
「それ程の武がありながら門番なんぞ勿体無い!お前に騎士の位を与えよう!」
「は、はあ?!」
醜くい男は驚く自分は騎士としてまったく振る舞っていないしむしろ騎士と反した行為をしているそんな自分が騎士などと。
そう困惑している醜くい男と反して王は口を声を動かす。
「アグリー・セントを十三騎士団四部隊団長ディヴァイン・フォン・ライトの副団長に任命する」
そう困惑している内に王は自分を副団長に任命する。
正気か?と醜くい男は王の心意を計り兼ねるが心を読めないので王の真意は分からない。
「問題はないか?ディヴァイン・フォン・ライト四団長?」
王は自分を見るいや
「ハッ!問題はありません」
いつの間にか自分の隣にいた長い金髪を髪留めをしている美しい女性。
「これから宜しく頼むよ」
ディヴァイン・フォン・ライト四団長
「アグリー・セント副団長?」
門番をしている時の最初で最後に話してくれた騎士様だ。

689雌豚のにおい@774人目:2011/12/18(日) 08:07:02 ID:gcHmaC.Y
ヤバイ、好きなタイプの小説きたw

GJです!

690雌豚のにおい@774人目:2011/12/18(日) 10:02:15 ID:N.YFLkbc
>>688
続きはあるんじゃろうな?
続けろください

691雌豚のにおい@774人目:2011/12/18(日) 10:08:51 ID:Vp2AfcLY
>>688

乙です!

こういう作品は本当にいいなぁ…

692雌豚のにおい@774人目:2011/12/18(日) 10:08:54 ID:Vp2AfcLY
>>688

乙です!

こういう作品は本当にいいなぁ…

693雌豚のにおい@774人目:2011/12/18(日) 13:44:01 ID:iDyd34BE
>>688


醜いってことだから、普段は深いマスクとか鉄仮面つけてした想像した

おい、デットプール
おまえじゃねぇ

694雌豚のにおい@774人目:2011/12/18(日) 14:35:17 ID:/so5173s
>>688
G&J

695雌豚のにおい@774人目:2011/12/19(月) 00:07:05 ID:dpdHn.qE
まだですかあ?

696雌豚のにおい@774人目:2011/12/19(月) 02:41:48 ID:l4XpzrXs
まず服を脱ぎます

697雌豚のにおい@774人目:2011/12/19(月) 03:30:15 ID:RH59Yr/2
>>687 >>688
醜くい門番は・・・いや醜くい男は醜くい騎士となります。
醜くい男は誰一人いない人間という生活習をしていない部屋にポツンっと一人で立っています。
門番の頃の鎧は箱に静かにしまい。
騎士へと昇任した鉄の鎧を僅かばかりのオシャレ?だろうか国のマークが付いているマントを着ます。
「・・・・・・・・・・・・」
醜くい男は鏡で自分の姿を見てそして思わず。
「ハッ」
皮肉な者だと苦笑いします。
騎士としての王道ではなくむしろ邪道をしている自分が騎士などと・・・それも副団長などと・・・随分出世したものだな?アグリー・セント副団長?。
自分の姿に苦笑と門番から騎士などとなった自分に対する皮肉をした後に城に向かいます。
ガッチャガッチャと鎧を着ながら城に向かいながら醜くい男は思います。
―動きにくい
だが殺し合いで気にする程ではない。
風が吹きマントが揺れるのを感じ、今までと違う自分の重さを体感しながら城に付き門に立ちます。
「こらこら」
苦笑しながら今ばかり来た美しい女騎士は醜くい男に近づきます。
「お前はもう私の部下だろ?」
「あっ、ああ・・・そうでしたねすみません」
ずっと門番してたからだろうか?体が門に立つのを疑問に思わず自分もつい忘れていたのを自分の上司に注意されるとは・・・騎士としての初日は失敗だったなと。
醜くい男は考えながら自分の上司に付いて行く。
「―今日から我が部隊の副団長になるアグリー・セントだ!貴様らの訓練相手でもあり、!上司だ!せいぜい扱かれるがいい!」
ディヴァイン四団長の気迫のある声に彼女の配下達は気迫のある声で『わかりました!!!』と返す。
醜くい男は彼女の後ろ姿を見ながらただ黙り彼女達が訓練する様子を確認する。
―凄い。
ただそれ一言である彼女の薄く長い剣で彼等を者ともしない剣捌きで蹴散らす。
―ディヴァイン・フォン・ライト・・・その力と頭脳と地位で僅か20才で団長に出世する・・・なる程確かに嫌でも納得せざるを得ないだろうと醜くい男は四団長というだけはあると素直に凄いと思います。
「へへっ副団長さんよ〜稽古をしませんかい?」
馬鹿にする口調で言う者を見醜くい男は一言。
「―私なんかでよければ」
醜くい騎士と同僚だった者達を見ながら。

698雌豚のにおい@774人目:2011/12/19(月) 04:34:54 ID:RH59Yr/2
>>687 >>688 >>697
醜くい男は彼等が稽古用の剣よりも抜くのを早く抜き稽古用の剣で一人の頭を思いっきり叩きつけます。
「―――」
言葉に出す余裕などなく叩きつけられた兵士は倒れふします。
「なっ!きっ汚いぞ!!」
そう言う同僚を躊躇なく醜くい騎士は叩き斬ります。
「ガ!?」
「くっくそ!!甘く見りゃあ調子こきやがって!」
流石に一人では適わないと思った兵士は二人に三人にどんどん結託しながら醜くい騎士を倒そうと兵士は一斉に向かいます。
―醜くい騎士は彼等が向かって来るのを見ながら。
―不味いな

―だがそれだけだと
剣の握る力を弱めたすぐギュ!っと握りしめ何十人も自分に向かって来る兵士を全員見て一番少ない数の兵士から叩き斬りに走ります。
――「ぐっ、ちっちくしょうたったった一人の奴なんかに・・・」
倒れ伏している兵士が呟き何十人の兵士は痛い、痛てぇと呻きを上げます。
その中で一人立っている男は愛用の剣を取り稽古用の剣を置きます。
「ふむ」
ディヴァインは手を顎に当てながら「どうだった彼は?」
美しい女騎士の方に稽古していたボロボロの兵士の内一人に話す。
「へ?!しっしかし・・・」
オロオロしながら言いにくそうに言葉を濁す。
「いいから見たままの感想を言ってくれればいい」
キッパリとそう言い放ち
「卑怯だと・・・」
彼女はただそう一言言い放ちそれっきり黙る。
「ああ卑怯だな」
ディヴァインは口を歪めそう言い放ち
「どれ、アグリー四副団長こいつらではもの足りないだろう」
歪み笑いをし殺気を出しながら本物の薄く長い剣を抜き歩く。
醜くい騎士はああいうタイプは言っても無駄なのだろうなと心で苦笑いしながらロングソードを抜く。
「本当ならこれで終わりにしよかと思ったがしょうしょう歯止めがききそうにもないだって―」
貴方では抑えられそうもないのだから
ディヴァインはアグリーへ走り
醜くい騎士はロングソードでディヴァインの剣を叩き折ろうとする。
ギィィィィン!!!
堅いただ醜くい騎士は彼女の折れそうでいて折れない剣の堅さに驚く。
「ふふ、流石だな今にも斬られてしまいそうだよ」
悪い冗談だ女の筋力は男に劣ると誰か言っていたような気がするが彼女の見えないが細い腕にどこにそんな力があるのか。
「・・・・・・・・・・・・」
「だんまりか・・・まぁ言葉はいらずと言ったところか・・・私も少々余裕がない」
そう言いディヴァインは剣で首を狙おうとし醜くい騎士はそれを払いのけディヴァインを刺そうとしディヴァインもそれを払いのけ急所を狙う。
そんな彼等の攻防は虚しく終わります。
ガッ
醜くい騎士は彼女の足を払い倒れ付すとこに剣で寸止めして終わらそうとしますが
「!?」
「私の勝ち、かな?」
彼の行動を読んでいたのだろう。
逆に彼が倒れ彼女が剣を喉に寸止めする。
「参りました」
彼女は小さく笑いながら彼の頬を鉄の篭手で触れる。
―彼は私のだ誰にも渡さない絶対にだ・・・もう二度と離すものか

699雌豚のにおい@774人目:2011/12/19(月) 17:28:28 ID:kXVE3URM
GJです!

700雌豚のにおい@774人目:2011/12/20(火) 07:00:17 ID:yScTAiZ.
話はいい感じだけど、文の切れ目に句読点はつけて欲しかったかな…
まあ何にせよ乙乙

701雌豚のにおい@774人目:2011/12/20(火) 23:33:48 ID:MOi0XlF.
乙です!!

702 ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:15:54 ID:qkcmtu9g
たまにはうざいヤンデレがいてもいいじゃないか!!
というわけで、短編投下です

703恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:17:59 ID:qkcmtu9g
モテる奴と親しいと、相方は苦労する。
彼女達を見ているとそれが分かる。
片方は薔薇、もう片方は月見草。 そういう風に言う人もいる。

薔薇は永谷響、月見草は久宗雫。 それぞれの名前、貧相なわけではないが既に差がつき始めているように感じるのは悪いことではない。

何しろ響は美人だし、あっけらかんとしていて軽そうに見えるが姿勢の良さ、行儀作法に詳しい所、何よりも処女性が一つ髪に挿してあるように見えるのだ。
小、中学校でも人気は凄まじかったが、高校に入ってからの人気には目を見張るものがあった。
果ては「レイプするしかない」とヤバイやつが現れたぐらいだ。

対して久宗さんは並以上と言ったぐらいの容姿であった。

決してブサイクでも普通でもない。 ただ響の横に立つとあまりスゴく見えないのだ。
頭は響よりもいいし、スタイルだって負けていない。
でも、華が違いすぎる。

故に薔薇と月見草。 なるほど上手い事言ったもんだ。

そこいくと、俺は平凡な人間だった。
響の幼馴染Bと言ったポジションで、初恋も彼女に捧げ、叶わなかった、路傍の石ころ。

中学の最後の学年の初日に告白して、返事も貰えぬまま数多の告白の中に僕の淡い青春は埋没してしまったのだ。
嗚呼、何てことだろう。 でも仕方が無いのだ、青年よ。 しかし、称えるべき勇ましさを誰に知られずとも時間は過ぎるのだ。

長い初恋を、長い時間をかけて忘れ、路傍の石ころは最近、彼女の親友、久宗さんに、月見草に夢中なのだ。

最近になってやっと響と話せるようになったのだけれども、なぜか彼女に目が行って仕方が無い。

長い黒髪に大きい目にくっきりと刻まれた二重。 少し肉厚で小ぶりな唇。 平均よりも少し小さめのお鼻。
直感に近い感覚で網膜が脳から得た情報を映像化すると、僕は既に恋に落ちていた。

クールだけれどもイタズラ好きで、凛としている印象。
素直に可愛いと思った。 これ以上に無いほどにだ。

初対面で二秒ほど見惚れてから僕は彼女に恐怖した。

どうやって、話せばいいんだ。

これでも女の子とは何度か交際をした事はあったし、全く免疫が無かったわけではない。
喋れと言われれば、一時間ぐらいは淀みなく喋れる自信があった。
それが打ち砕かれた衝撃たるや、仮面ライダーV3の初登場以来であった。

響には緊張しないのに、彼女には緊張する。 妙な話だ。
いやしかし、ここは待てよ?

思考を止め逡巡を始めよと天からの曙光があった。

元々僕は響に初恋をと、言っていたが、それは本当だろうか?
彼女に僕の求めるエロティシズムは存在しただろうか?

704恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:19:58 ID:qkcmtu9g
親しい人間にはどこまでも真摯で、親切、善良な役に徹する響に俺はは本当に魅了されていたのだろうか?
ショーウィンドウから見るブランド物の小物に目を光らせていただけではないか?

彼女は俺の性欲の鞘となりえるのか? そもそも彼女の何に魅力を感じていたのか。

確かに真面目で美しい。 真っ直ぐな美と言うものも魅力に溢れるものだろう。 しかし彼女のその美しさを僕はなんとも思えないのだ。

もしかすると俺は彼女の人気に恋をしていたのかもしれない。
久宗さんと話すたびにそう思えてきた。 いやきっとそうに違いない。
よくよく考えてみれば、僕のあの頃の思考なんてそんなものだろう。 女性器の形も知らず、触感も知らず、味も知らない若輩はなぜに故に彼のような娘を選んだのだろうか?
生存競争を勝つためには容姿は必要かなんてどうでもいいんだ。 結局俺は彼女の人物像を他人の意識から汲み取って顔を知らないまま、しかもカリカチュアライズした、おまけに自分で書いた絵に、この娘に恋をしなければ生き残る事は出来ないと半ば狂気と化した妄執に取り付かれていたのではないかとすら思えるのだ。

これはもはや一刻の猶予も無いぞと、冷や汗が背中を伝った。

思い違いに気付くのに五歳から数えて十一年。 やっとたどり着いた。
コレが恋なのだ。 間違いなく。

おおよその見当がつくまでにかなりの時間と消耗は仕方が無いとして、コレは困ったと頭を捻る。
彼女と何がしたいのか?
そりゃセックスだろ? 命を作り出すためだろ? 今も変わりつつある環境に適用しつつ番を得た遺伝情報を残すためだろ?

そりゃそーだが、いまいち気乗りがしないのだ。
馬鹿が、一蹴されるとこう呟いた。

もしかしてカッコつけたいの?

そりゃそーだ。

なんとも残念、なんと哀れ、なんと滑稽か!
うるせーなコイツ。 誰コイツ呼んだの。

テメーだよ。
よしんば彼女のおかげで恋心なる幻想を纏うと、果たしてそれが実体を伴っても、お前自身がその感情の発露を促してやらなければ、何の意味だって無いんだぜ?

難しいこと言ったらいいと思うなよ、かっこつけんな。

それはこっちのセリフだよ。

705恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:23:31 ID:qkcmtu9g

照り付ける太陽が憎憎しい、ただそれだけだった。
中庭にある百葉箱を睨みながら、生暖かい溜息を吐く。

「化学を落とすのと、百葉箱を三十分毎に点検するのに何の意味があるんだよ」

ついに隅で落書きが始まってしまったリストに汗の雫が落ちる。

いっその事テキトーにまとめてしまおうか。 そんな事を思っていると百葉箱の向こうに二人の人影が見えた。
シルエットから見るに男と……、響だ。 また溜息が出る

夏休みが始まって一週間が経つのに好んで学校に呼び出すなんて、おそらくあの男子生徒は学校指定の制服しか持っていないのだろう。
普通はもっと落ち着ける場所を選ぶだろ。 響は学校に用事なんてあるわけが無いのに。

すぐさま携帯の撮影機能を使い、メールに添付して久宗さんにメールを送る。

『詳細を知ってるなら至急』

響が四十五度の角度で腰を曲げ、男子生徒がトボトボ寂しそうに独りで駐輪場の方まで消えていった頃に返信が来た。

『おそらく、三組の辻君だね。 やたら夏休み前うるさかったから。 それより猪向は何してるの?』

猪向って呼んでもらえるだけで少しだけニヤついてしまう。 彼女が自然にこう呼ぶようになったのがスゴく嬉しかったのを今でも覚えている。

『百葉箱についてのレポート十枚』

文面に書いただけで忌々しいし、情けない。 しょうがなく返信する。

すぐに着信が来た。 少し嬉しい。

「本当ならかなり笑えるよ」
「本当だとも、いま辻君が撃沈した」

電話からもう一回笑い声。 僕と久宗の趣味の一つが響に振られた男を観察すること、コレが始めて二人の共通点だった。
今にして思えば下種な趣味だよな。

響がこっちを向いて僕の存在に気がついたみたいで手を振ってきた。 俺はそれに大振りで答える。

「響がこっちに来るけど、電話変わるか?」
「いや、いいよ。 響のお気に入りの君にちょっかい出したって知ったら五月蝿いから」

久宗はこう言って俺の誘いをことごとくかわす。
先週だって響と別れた帰り道、二人きりになったので食事に誘ったら、「響が嫉妬しちゃうから……」声のトーンがふざけている時と全く違うので思わずその話は流れたけど、今思えば普通にお断りするために響の名前使っただけだよな。
響が好きだから久宗と友達ってワケじゃないのに。

「ユウ? なにしてんの?」

響がいつもの調子で首を若干傾げながら口角をわずかに上げて尋ねてくる。

「補習」
「だろうね、付き合うよ」

響はいつもの調子で提案してくる。

小さい頃から、そうだった。 だから俺は勘違いしたに違いない。

「言っとくけど、暑いぞ」
「うん。 後でアイス奢ってね」
「がりがり君でいいか?」

財布はこの前買ったアイアンマンのフィギアにいいボディブローを貰ったばかりなので、体力は推し量るべくも無い。

「ユウと同じのでいいよ」

語尾にハートマークでも付いてそうな口ぶり。 だから勘違いされやすいんだよ、お前。

「よっしゃ、ほんじゃ一緒にやるか」
「うん」

百葉箱に視線を戻すと、辻君が見えた。
辻君は、俺達の方を見ていた。
ああ、また俺の評判が悪くなるんだろうな。

706恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:24:14 ID:qkcmtu9g

「雫、あんたまたユウにちょっかい掛けてるでしょ?」

初めて、いやこれを数えたら何度目か分からなくなるんだけど、初めて響に「アンタ」呼ばわりされたときはさすがに面食らった。
永谷響の暗黒面を始めて見たときは、そう猪向雄の話題だった。

私は意外と彼を気に入っていて、高校で知り合ってからは何かと絡んでいた。
それには共通の友人がいたから、というのもあった。
猪向と私を繋ぐ共通の友人はその響である。

普通の人なら私がおまけで、響が本命といった態度がすぐに出るのだが、猪向は違った。
彼はどうやら私に気があるようだった。
恥ずかしそうに私をたてる彼はとても可愛く思えて、私も彼に少なからず好意を持っていた。
私はこういった時、誰にも心の内を話さず、自分の心の中だけで感情を育てるのが好きなので、響にも相談はしなかった。
別に負い目は感じなかった。 私も響もそういった人間だと思っていたからだ。
響といて居心地の悪い事など無かったから、私達の中でどこか似ている所が多いからだと私は思っていた。

響と猪向も気心の知れた仲だったらしく、響といれば猪向とも話せた。 その環境は私にとってはとても居心地のいいものだった。

ある日、猪向と二人だけで帰ったとき、猪向の胸中を聞いた事があった。
彼が永谷に失恋した事、それから立ち直った事、私と会えて良かったという感情。
私に告白する気だったのだろうけど、剣が峰で言えない彼の気恥ずかしそうな表情に私もヤキモキした。

『早く言ってほしい』

結局、あの根性無しは最後まで言わなかったけど、そのへたれっぷりも可愛らしく思えて、勝手に笑みが浮かぶ。

あの時の心の声に、私は後になって気付いた。
私は彼のことが好きだ。

心の内で育てていたものが急成長を遂げ、外に出さないと、と焦ってしまった。
私はすぐに響に電話を掛けた。
親友に聞いて欲しかった。 自然な感情だと思う。

「なーに?雫」
「響、私猪向と付き合う。 明日告白する」

唐突過ぎるのは勘弁して欲しい。 それぐらい彼の別れ際の表情に感情が躍動していたせいだ。
勿論この時、響は祝福してくれるものとばかり思っていた。
しかし、携帯から発せられる空気の振動は違った。

「え? ユウと? ダメだよ、雫」
「……? え?」

何で? それだけ。

「えっ、どうして?」

思わず聞き返す。

「だって、ユウは私の事が好きなんだよ?」

それは聞いていたけど、彼はもうなんとも思っていないって……。

「でも、猪向は……、響には振られて、でも、もう立ち直ったって……」
「だって、中学の時に交際したら私に飽きちゃうでしょ?」

意味が分からなかった。

707恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:24:55 ID:qkcmtu9g


「どういう事?」
「んー、話すと長くなるんだけど……」

いつもの口調、いつもの調子の響。 そのはずなのに違う人物と話しているような感じだった。

「私小学校の頃から告白されてきたんだけど、断ったら皆すっごい傷ついた表情するんだよね」
「でさ、思ったんだ。 多分この時の事は人生の中でも記憶に残り続けるんだろうなって」
「中学のときも相変わらず告白はされて、ずっと断ってた。 中学の時に付き合っても、どうせ思春期のせいだしね、すぐに別れるのは他の子を見てれば分かってたし」
「だけどユウに告白されたときは私も困ったの。 私の初恋の相手だったし、ずっと好きだったから。 結局保留にしたまま、でもユウは振られたと思って、すごく申し訳なさそうに私と話すようになった。 “好きになって、ごめんなさい”その表情がたまらないの」
「だからあの日から前よりもずっとユウと仲良く接した。 ユウの記憶に残るように、それで同じ大学まで進んでから私から告白するの、これでハッピーエンド」

性格が歪んでるっていうのはコイツの事を言うんだろう。
ショーヴィストか、こいつは。

「だからさ、勘違いしてるよ雫。 ユウは今だけアンタの事が好きなだけ、ユウがずっと好きなのは私だけだよ」

「そんなの、勝手じゃない?」

空気が凍てつくのが分かった。
もう受話器の向こうは私の知っている世界ではないように感じる。

「……」

沈黙がやけに胃に響く。 何でもいいから話して欲しかった。
時分から言葉を発するという発想は全くといっていいほど無くて、ただただ、響からの発信を待つだけがこの時に出来る唯一の抵抗に思えた。
怖がっていたにしても驚くほど冷静だったのは今でも覚えている。

「……雫はさ、ユウが私をオナニーのオカズにしようとしてたけど、罪悪感が積もって出来なかったの知ってる?」

えっ?
響の言った事に言葉を失う。
あの響が「オナニー」なんて言葉を使うなんて私は信じられなかった。
でも確かに言った。 低俗で下劣な言葉を、あの響がだ。

「ファーストキスも、それから今まで経験した三十七回、全部私とだけ。 ……ユウは私とだけしかキスはしてない」
「お誕生日会にしてもらったヤツは舌まで入れたんだよ。 最初は嫌がってたから、今日は私のお願いを聞くんでしょ、って言ったらユウからもちょっと舐めたりしてきてさ、可愛かったなー、ユウ。 うふふ、それが七回目」
「それから十回目までは強引に私から舌を入れてたんだ。 お泊りにいった時は必ずしてたなあ。 ユウが寝た後は耳とかを舐めるんだ。 ユウがくすぐったそうにするの。 その写真は定期入れに入ってるんだけどね、えへへ」
「でもそれも小学校五年の夏休みまで……。 思春期って言うのかな、急にユウの方が私を意識しちゃって。 グループも男の子だけのトコに固まるようになったし、あの時は悲しかったなあ」
「いつもユウがグループと分かれるのを待ち伏せして偶然を装って一緒に帰る、結構辛かったよ……」

なんだろう、この気持ちは。 私の中に猪向が住み着いたのはごく最近のように感じる。
きっと響の中の大部分は猪向だけなんだろう、小さい頃から、今の今まで。 もしかするとこれからもずっとそうなのかもしれない。

「何も知らないよね、アンタは。 でもね、友達までなら許してあげる。 ユウもあなたの事気に入ってるみたいだしね」

この余裕は、自信から来るモノなのだろう。
響は猪向が自信の事を好いていると信じて疑わない。

「……でも、でもさ、猪向は今、私の事が好きなんだ、よね?」

これだけが私に勇気をくれた。 いま私が彼女と向き合えているたった一つの要因。
引くワケには行かなかった。 ここで引いたら私は二人に引け目を感じるようになってしまう。
それに、私だって猪向が、猪向優が好きなんだ。
貴方だけじゃない、貴方だけが特別なワケない。

「ふうん。 もういいや」

そう言って、電話が切れた。
あまりにも唐突、残された私と切れた事を知らせる電子音。 その電子音よりも速い鼓動に気付きやっと我に返る。
きっと友達ではいられない。 そう思うと少し悲しかった。

708恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:26:27 ID:qkcmtu9g
それはあんまりにも唐突だった。
あの響に押し倒されてキスされた。

百葉箱の見張りを終え、ようやく補修から開放されたので響が「久しぶりに星の泉デラックスをやろう」って言い出して部屋に招いて俺がプラズマの2Pになった直後押し倒された。
その勢いでコントローラーがハードを引っ張り、画面上のカービィがデタラメになった。
絶対データ消えたな。 と思った直後、口が封じられた。 勿論文句を言おうとした。

いきなり張り詰める空気に頭は勿論ついて行っておらず、情報処理に追われて肉眼の中で繰り広げられるこの現状を頭の中にリロードするので精一杯だ。
どうするべきだ、驚きすぎて響の馬鹿を引っぺがすタイミングが全く分からん。

「ん……、ちゅっ……」

そんなこのお馬鹿、ベロチューなんて……、そんな、嗚呼っ!!

暴れ回る巨大な血管と肉の塊、両雄が混ざり合っているぅっ!
まずいぞ、何だこれは!!
気持ちイイだと、多幸感なんて、そんなっ!!

やっと響が口を離した。 よっぽどだらしのない顔をしていたのだろう、響は薄い笑みを浮かべて俺の輪郭をやさしくなぞった。

「……なにをするのかね、君は」

やっと我に返ったのは響が俺の胸に頭を乗せてきてからだった。 何となくこの時まではボーっとしていた。

「昔はいつもしてたじゃん」
「昔は昔、今は今。 高校生にもなってみっともないぞ」

すると胸に耳を当てていた響が俺の鼻頭をつまんだ。

「んだよ、はなぜよー」

少し鼻声になる。

「ドキドキしてるくせに、自分だけ平気なフリするな、ばか」

何だこの雰囲気、何だコイツ。
なんでまた目を閉じる。 調子に乗るなよ、この雌犬!!

「いたっ!」
「お返し」

思い切りデコピンしてやったわ、ざまあみろ。

「なんで? いいじゃん、しようよ、キス」

なんかの標語みたいに言ってもダメだ。

「やだ。 どうしたんだよ、いきなり」
「聞くな、今はお前を抱かせろ」

時代小説か、貴様。

709恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:27:38 ID:qkcmtu9g

「なんの」

こっちも必死だ。 俺で遊ぶようなヤツに俺のリップは預けられない。
必死に……、本当に必死に響からのアプローチを拒んだ。 どんだけ馬鹿力なんだ、コイツ。
何とか腕とか首とかに逸らすのがやっとだ。

「もう、じっとしてよ!!」

両手で顔をホールドされ、唇を押し付けられる。
ここまできてようやく、本当に様子がおかしい事に気付き、響を押しのけた。

「やめろよっ!!」
「きゃっ!!」

部屋にはデタラメになったゲームのBGMと俺と響の荒れたい気遣いだけ。
口を拭って、響にタオルを投げてやった。

「こういうの、もうやめてくれ」

俺をキッと睨む響。 何も言えなかった。
別に気に障ることをしたわけじゃないし……、と思いを巡らせていると、響が口を開いた。

「あきれた、次は雫なんだ」

この女、今なんと言った?
次は雫? 久宗のことか?

「私に飽きたの? だから雫の事思ってたの?」
「思ってたって、俺は別に」
「じゃあ、私といるときに雫の話するのはやめてよ!!」

いきなりの響きのシャウトに、思わず肩が竦んでしまう。
しかし待てよ。 いいか、ご近所様ってのがあってだな、ここで付き合ってもいなければ、目の前の女に振られた男がエセ痴話喧嘩なんてやってみろ、俺の家の評判悪くなっちゃうじゃないか。


「私の事が好きなら、ずっと好きでいてよ!」
「だって、お前俺の事振ったじゃん。 それにいま俺好きな子いるしさ」
「知ってるよ!!」

まぁ、そりゃあそうだよね。 バレバレですよね、分かってますよ。
だからこうやって貴方様は怒り狂っていますもんね。

「振ったのはあの頃は中学だったからだよ、あの頃付き合っても別れるのは明らかだったし、高校も一緒に行けるか分からなかったからで、仕方なかったの!!」

こいつ、ちょいと勝手すぎやしないか?
それなら高校一緒に入ろうねって言う甘酸っぱい青春が送れたんじゃないの?

「よしんば高校が違ってたとしてもだな……」
「よしんばってなに!?」

なにこの激昂状態。 誰か助けて。

「ま、まあとりあえず落ち着け」
「いやっ!!」

拒否されてしまった。 もっとクレバーになれよ。

何分も均衡状態が続いて向こうの大使が出向いてきた。

「じゃあ、抱っこして」

710恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:29:07 ID:qkcmtu9g

ああ、いいともさ。 これで枯葉剤を撒かなくていいのならいくらでも抱っこしてやるさ!!
壁を背にして、胡坐をかいた上に響が座る。

「腕、まわして!」

何なんだ、コイツ。

大人しくいわれるがまま、腰から手を回し響のお腹の上でクロスさせる。
完璧に抱っこしているはずだ。

「……ふん」

響も難癖を付けようにも付けれなかったのか、はたまた思うような出来だったのか、俺の手を握ったままゆっくりと、深く呼吸を三回して落ち着いた。
またもや均衡状態が続く。

「……、おいバカ」

痺れを切らしたのは俺だった

「あ?」

響さん超怖いっス。

「いや、あのですね、」

言葉に詰まる。
この女、いま何をするか全く持って分からん。

「ユウ、アタシと付き合ってよ……」

ここで押されてなるものか、俺は一度は貴様に振られた身なのだ。 今更になって「はいそうですか」と頷けるものか!!

「無理だ、俺にはいま、好きな人がいる。 だから無理だ」

過剰に強い意味を込めて交際を断る。
その意味を組酌んでくれると信じている。

「わかった」
「……、そうか」

「今は、ユウの気持ちを尊重してあげる」

思考がまた停止する。

「でもね、やっぱりユウの初めては譲れないよ」
「待て、なにを……!?」

途端、響の前で交差していた腕を捕まれ、視界が何度か回転した。
後ろに回された指を、両手の指が何かによって束ねられる。

「結束バンド、結構役に立つね」

何が起こっているかまったく分からない。
カスパー・ハウザーも真っ青だ。

「次は服を脱ごうか? ユウ……」

何とかして逃れようと身体をよじるが、それがいけなかった。
響の機嫌を損ねたのだ。

思い切り、つま先で、鳩尾を蹴られた。

711恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:29:58 ID:qkcmtu9g

「ごほっ、おぇっ!!」

胃が衝撃を受けて形を変えたのが分かる。
吐きそうだが、堪える。
やけに耳元で聞こえる鼓動がうるさい。 後頭部が熱い。

「抵抗しないで。 ただでさえイラついてるんだから」

何がだ、何にイラついている。
よしんば俺がお前の気持ちを害したとしても、こんな事をしてもいいと思っているのか。
怒りに似た気持ちが沸々と吐き気と共に喉まで上がってきた。

「あっ、でもこの方が都合いいかも」

何がだ。
そう言おうとした次の瞬間、わき腹に衝撃が来た。
間髪を入れずに、腹部を中心に次々に衝撃が来る。

痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い……。
だんだん身体を丸めるのことに精一杯になってきた。
全身が熱と痛みに包まれて、ぐったりと生気を失いはじめたのが分かる。

どれくらい殴られていたんだろう。
やっと殴られていないと気付いたのは、響が僕を仰向けにしたときだった。

フラッシュが焚かれ、電子音がする。

(カメラ……、撮られてる?)

「さ、服ぬごっか?」

さっきまでとは違い僕をいたわる様に響は上着を脱がせ、下着を脱がせ、僕を真っ裸にした。
体は動かない。
その上で、響はまた僕をカメラで撮った。
カメラを取り終えると、次に小さな三脚を鞄から取り出し、組み立てた。

「二人の初めてだからね、記念に撮っておかないと」

デジタルビデオカメラを三脚にセットし、撮影のセッティングをしている。

「えーっと、20××年○月□日、今からユウをレイプします!!」

カメラに向かって言う、響に何も声を掛けれない。
響はカメラの具合を確かめながらも、僕に口付けをして……

712恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:31:09 ID:qkcmtu9g

私と、猪向が付き合い始めて一ヶ月が経った。
初めは、もう響との関係も終わるように思っていたけど、猪向のおかげで私達はまた友達として上手くやっている。
付き合い始めて分かった事だけど、猪向はとても気配りが出来る人間だった。

どこかに出かければ必ず私にお土産を買ってくるし、私の話を聞くときは必要以上に熱心に聞いてくれる。
私を何よりも尊重しようとしてくれるし、世話を積極的に焼こうとしてくれる。

響との仲を取り持ってくれたのも彼だ。 彼の必死の説得に響も折れ私とも仲直りが出来た。

「久宗、一緒に帰ろうぜ」
「うん」

下校時にはいつもこうやって私に声を掛けてくれる。

「あれー、私には声を掛けてくれないのかなー」

決まって、響が茶々を入れてくれる

「勿論、響も一緒に。 いいだろう? 猪向?」
「別に、いいけどさ」

猪向はいつも恥ずかしそうに了承する。
そんな彼が愛おしい。

帰り道の主役は決まって響だ。
話題も、帰り道も、寄り道も、全部響が決める。
私達はそれに付き合う。 変なカップルかもしれない。
それでもいいんだ。

「じゃあ、ちょっとトイレいってくるね」

「なあ、久宗」
「何だ? ……あっ」

この手を包む、彼の暖かさを知ってるのは、私だけ、私だけなんだから。

「いやかな?」
「なにが?」

握る力を少しだけ強くする。 彼もそれに呼応するように、強くする。

「響と、三人で帰るの」

響が割り込んでくるとき、彼の顔色は少し曇る。
それは仕方の無いことだけれども、彼に申し訳ないと思っている。
きっと彼は二人になりたがっている。
でも私はいまだに気恥ずかしくて仕方がないのだ。

「別に、久宗が……雫が二人になりたい時でいいよ」
「……、ありがとう。 ユウ」

名前を呼ばれるというのはいいことだ。
心底、そう思った。

713恋は駆け引き ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:33:49 ID:qkcmtu9g
「じゃあな」
「またねー」

久宗と分かれてからすぐに響が腕を組んできた。
まるで不倫でもしているような、そんな関係がもう一ヶ月も続いて、後ろめたさばかりが積もる。

「ユウ、今日は私の家の番だったよね?」

俺を見上げる響の瞳の混濁は益々その混沌を究めていく。
あの日、強姦された日。
吐射物の上でケツの穴まで犯されて、それをネタに響との関係を続けている。

「今日は約束二つも破ったよね?」
「破ってないよ」

組んでいた腕が響の方に引っ張れる。

「手握ってたでしょ、」

見てたのか……。

「それに下の名前で呼んでたよね」

しかも聞いてたのか……。

「今日もしっかり刻んであげる。 貴方はあたしのだって」

今は仕方ない。 罪悪感で久宗には優しくする事しか出来ないけど、いつかは、いつかはきっと……

「今日はお揃いのタトゥーいれようね」

いつかはきっと君を好きだって言ってみせる。

714 ◆Nwuh.X9sWk:2011/12/21(水) 02:35:17 ID:qkcmtu9g
投稿終了
キャラクターの視点の入れ替えが分かりにくいのはご愛嬌

715雌豚のにおい@774人目:2011/12/21(水) 07:47:35 ID:MzPsQ80U
GJ!

これは長編なっても面白いかと思います!

716雌豚のにおい@774人目:2011/12/21(水) 08:52:34 ID:3oG9iuaY
GJだった

717雌豚のにおい@774人目:2011/12/21(水) 19:51:34 ID:SukeGSeo
お尻だけは!お尻だけはかんべn…アッー!!

失礼、取り乱しました。
ともかくGJです!

718雌豚のにおい@774人目:2011/12/21(水) 23:33:36 ID:7H7AJvuk
GJ!

ヤンデレにボコボコにされてカメラで取られるって素敵やん?

719雌豚のにおい@774人目:2011/12/22(木) 01:59:47 ID:KmkpSfqU
あかんwww
もろタイプのssきてしもたwww

後日談でいいので続編マジでお願いします

720雌豚のにおい@774人目:2011/12/22(木) 07:38:01 ID:vQEZeAG.
GJです…が、いつの時代設定だよV3てw

721雌豚のにおい@774人目:2011/12/22(木) 10:12:17 ID:II3BE2So
GJ!

722雌豚のにおい@774人目:2011/12/22(木) 16:25:57 ID:uqrrBRts
G・・・J・・・

723雌豚のにおい@774人目:2011/12/22(木) 20:47:29 ID:UveMn1lA
GJ
すげーおもしろかった!
またなんか書いてくれると嬉しいです

724雌豚のにおい@774人目:2011/12/22(木) 20:53:56 ID:cPLyiDyA
>>714

この人ウェハースの人じゃなかったっけ?

725雌豚のにおい@774人目:2011/12/23(金) 02:21:15 ID:WsZC29MY
そんなこまけぇこたぁいい

726雌豚のにおい@774人目:2011/12/23(金) 02:35:47 ID:zZtu30xk
ウェハースの人じゃないですかー!
やったー!

727雌豚のにおい@774人目:2011/12/23(金) 11:51:56 ID:3rhW5ogA
美優は泣いたの続きがみたいお

728雌豚のにおい@774人目:2011/12/23(金) 15:44:32 ID:DPOwQPOI
>>727
激しく同意

729雌豚のにおい@774人目:2011/12/24(土) 00:37:28 ID:m8fYj9MM
ヤンデレでみんなのオススメはなに?
ちなみに未来日記は結構良かった。商業だけど。

730雌豚のにおい@774人目:2011/12/24(土) 10:49:47 ID:k7S16FrI
>>729 こはるの日々
絵はちょっとアレだけど十分病んでる。

731雌豚のにおい@774人目:2011/12/24(土) 11:32:52 ID:P45IcYW.
>>729
私の居場所も続きあれば面白そうだったな

732雌豚のにおい@774人目:2011/12/24(土) 15:02:46 ID:m8fYj9MM
ありがとう。行ってみる。

733雌豚のにおい@774人目:2011/12/24(土) 15:59:23 ID:UuKBcguI
>>730
ブックオフで立ち読みしてきた
安易な流血沙汰や周辺人物への攻撃がなくって愛してる感がすごく良かった
思わず買ってしまった

734雌豚のにおい@774人目:2011/12/24(土) 22:39:15 ID:mauJVnWU
testtest

735雌豚のにおい@774人目:2011/12/24(土) 22:40:14 ID:iq3PJjKQ
変歴伝めっきり来なくなっちゃった…

736a childie:2011/12/24(土) 22:46:55 ID:mauJVnWU
a childie第4話目投稿させて頂きます

737a childie:2011/12/24(土) 22:47:53 ID:mauJVnWU
第4話







一人、


一人、心閉ざした女がいた。
彼女は自分の不幸を憐れみ、慰めた。
世界で一番不幸せな自分。
それが下劣な行為と知りながら。

一人、夢みた女がいた。
いつか本の中のお話のように、白い騎士が現れることを。
白馬の上で一緒に揺れる自分。
それが馬鹿げた妄想と知りながら。

そして、

738a childie:2011/12/24(土) 22:48:46 ID:mauJVnWU
******


次に世界一不幸だと言う少女の話をしよう。
何もかもを呪い恨みながらも、一人の男に夢抱くのを止められなかった。
そして、その男に夢砕かれ全てを壊し始めた。
次に破滅願望を実現させた女の話をしよう。
大事なものを壊すことでしか、それを手に入れることが出来なかった。
そして、破滅へと狂い始める。

女の願望は単純だった。ただそれが形作るのが遅かった。
そしてそのことが根本を狂い始めさせた。
けれど全ては女が悪いわけでもなく。されどこの女無くしてはなりえなかった。
そんな悲劇。笑いすぎて泣けてしまう喜劇じみた、悲劇。

彼女は最後、喜んで演じ始める。
観客達は席からじっと、口元に嘲笑を浮かべながらそれを眺める。
道化師は狂喜の絶頂にある女を囃し立てる。

他人の不幸は一番の慰めもの。

特に自己にとって無縁である物ほど。

739a childie:2011/12/24(土) 22:50:14 ID:mauJVnWU
******


冬の終わり。少し温かみが差し出した時ごろ。

チャイムが響き渡る。
HRも終わり、下校の時間。
机の上で、知られないぐらいの溜息をついてしまう時間。
私はこれから友人と笑ったり、怒ったりすることができる
この空間から抜け出さなければいけない。
日常と言う覆いから剥がされる不快感、嫌悪感。
それらを呑み込んで席を立つ。

玄関を出ても校門にたどりつく間、必死で雑談に花を咲かす。
これから目を向けなければいけない日常から必死に目を逸らそうとして。
無駄だと知りながら。
そして校門へと辿り着く。
守衛にあいさつし階段を下れれば、そこにそれぞれの向かいが待っている。
私の、嫌いで、苦手な、あいつも。

似合わない黒のスーツにジェルで固めた黒髪。
いつもの鳥の巣みたくバサついた頭髪と節操のない服装とは異様。
でも知っている。彼にとってこれは戦闘服と同様であることを。

さようなら。
この言葉で舞台から降りて暗部へと入る。
リュウジの待つ車へと向かった。

「お疲れ様です」
笑顔と共に一礼。乗客を迎えるために後部座席のドアを開ける。
私があの人の、父の娘だから向けるいやらしい笑み。
そう思いたい、嫌味のかけらが見つけられない彼の笑み。
無視して乗り込む。
そんな私の行動にもこの男は慣れきっていて、ドアを閉めると運転席に入り車を出した。

「日が長くなってきましたね」
場を和らげるための、当たり障りの無い無難で何の意味もない言葉。
返すことなく流れて虚空へと消える。
目線は窓の外に固定しておく。
外の空気の方が春の澱みでまだ、暖かいような気がした。
子供の私がする、子供じみた行動。
彼に苛立つのと同じに自分にも苛立つ。

枯れて死んでいるような街路樹が目先を過ぎる。
少し、普段より車が速い気がした。
気を紛らわそうと鞄から本を取り出そうとした時、リュウジの横顔が見えた。
ちょっとした違和感。自分だけではない暗い物。
運転する彼の動作にほんの僅かな、ぎこちなさを感じる。
きつめにハンドルを握った手。前を見ているようで違う物を見ている目。
「どうかしましたか」
バックミラーでこちらを見られた。
「なんでもない」
思わずそっぽを向いてしまう。馬鹿みたい。
それでもしてしまう、
予感。証拠は何もない予感。
ありもしない鉄錆びた生臭い匂いを嗅いだ。
息苦しくなってハンドルを回し、窓を開ける。
綺麗であって欲しい空気。

「お父様は?」
気を逸らすために二日前から家に居ない父について聞く。
「あさってには帰ってきます」
短い答えが返ってくる。たぶん、それに二日は足すことになるだろう。
自分から無駄口を叩かれるのは嫌いなのをリュウジは知っているが、
それでも何処かそっけないと感じてしまう。
「そう」
興味を失ったと思わせるためにシートへもたれ、
振動と彼の運転に身を委ねる。

恐らく、恐らくは今日彼は人を殺した。
父の命令で。

絶対になった確信。
でも本当か確かめる気にはならない。
本当に刺した箱に猫がいたか知りたくもない。
夕暮れ時の、あと僅かな日差しを浴びる。

何を憎く思っているのか分からなくなった。

740a childie:2011/12/24(土) 22:51:47 ID:mauJVnWU
******


彼の顔、髪、瞳、唇、肌、傷跡が走った肌、
手、指、指、私を撫でてくれた一本一本の指、それらすべて彼の一部、全部、
私が愛して止まなくなったのはいつからだろうか。
愛して愛して止まなくて、そして憎くて憎くて仕方無くて。
引き裂いてしまいたくて、喰らい尽くしてしまいたくて。
私だけを見ていて欲しいと願っても、
自分の半身のようにどうしようも出来なくて。

だから私は彼の全てを否定した。
その存在を。その行動を。裏切りを。
逃げた彼を捉えて自分だけが望む形に作り直した。
そしてようやく私は幸せになれた。

今度は誰かが私を否定しても、これは絶対にゆるぎない、
幸せだ。





最初、リュウジにあった時彼は私の大事な物を奪った憎い、憎い
男だった。
今から10年前の戦争。
終わるまでの2年間、私にとって家族と呼べるのが二人しかいなかった。
今ではあの女を妹と思っていたことがおぞましいけど。
あの女、チズルの父は私の父と同じ部隊で勤めていたこともあって
士官下士官の壁を越えての付き合いがあった。
結婚していた両者は家族付き合いをするようになり、
そうした中でチズルは生れた。

私には母がいない。
正確には生物学的母親はいたが、私が生まれて1年目に失踪した。
駆け落ちとも言う。
父は何も言わなかったが、父の親族の私に対する悪態を聞いて知った。
どうやら子育てと家に帰ってこない夫に嫌になって、
他の男と逃げたらしい。
そういうわけで私には母がいない。

3つになるまで親戚に預けられたが、
あの女の娘と言うことで、それなりの待遇を受けた。
体に痣があることに気付いた父はそこから連れ出すしかなかった。
薄給の中で世話役として家政婦を雇ったが、
父はあまり家に帰ってこなくなった。
私達親子はよくある話のように歪んでいた。
子とどう接すればいいのか分からない親と
親にどう愛されればいいのか分からない子。
良くなり始めたのはチズルの父親、エダさんと交流が出来てから。

けれど改善の兆しが見え始めての戦争だった。
父とエダさんは戦場に行き、
私はエダさんの妻であるユキカさんとその娘の所に居させてもらった。
そこは私にとっての理想の家族だった。
優しくてきれいなお母さんと可愛い妹。
一人で読んでいた絵本に描かれているのと同じ。
父親役はいなかったけど。

私は二人に甘えた。
これまでの孤独だった分だけ取り返そうと思って。
ユキカさん。
私はこれからもあの人のように優しい人には出会うことは無いと思う。
無条件に私とリュウジを愛してくれたから。
何も言わずに腕に抱いてくれた。
血も、何もつながりの無い二人に。無償で。
チズル。
かつては私の家族であり、唯一の友達であった。
私が可愛がるだけ彼女は幼子特有の素直で純潔な反応を見せてくれた。
それが嬉しくて仕方なかった。
自分の感情に反応してくれる相手に。

戦争が終わってもそれが続く物だと思った。

でもリュウジが来ることで二色が混じって一色に、また別の色へと変わった。
チズルの兄として現れた彼に恐怖した。
あの二人の間に入ってくる。
それは自分がそこでは姉として居られなくなると
宣告された気がしてならなかった。

私は抗った。
彼が私だけの、大事な世界に入ってくるのを。
けれど、どれも無駄だった。
どれほどの誹謗も、悪態もこの愛憎尽きない男は全てを呑み込んでしまった。

あの澱んだ暗闇へと全て放り込んでしまう笑みと一緒に。

741a childie:2011/12/24(土) 22:53:27 ID:mauJVnWU
以上を持って投稿終了。
有難う御座いました。

742雌豚のにおい@774人目:2011/12/25(日) 01:27:07 ID:s5CZvgYM


743雌豚のにおい@774人目:2011/12/25(日) 12:07:26 ID:YZtEZoH.
>>741
乙乙!

744雌豚のにおい@774人目:2011/12/25(日) 21:57:03 ID:L59l/Jws
GJです

745雌豚のにおい@774人目:2011/12/26(月) 15:49:21 ID:IzsVmXKM
猫とワルツをの早く続き来ないかな

746雌豚のにおい@774人目:2011/12/26(月) 16:18:28 ID:p4e7oQno
>745
小説を読もうに移ったよ

747雌豚のにおい@774人目:2011/12/26(月) 19:34:15 ID:beaBqkcc
>>745
なろうでもうすぐ完結するぞ

748雌豚のにおい@774人目:2011/12/28(水) 15:07:04 ID:E4qV85xI
>>741
続きが気になるよGJ!!

749 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:21:48 ID:7CNDPUVs
思ったより忙しくなかったんでぽけもん黒投下します
ただ今回もヤンデレ分薄いです
多分27話

750ぽけもん 黒  27話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:22:47 ID:7CNDPUVs
「私が反ロケット団のリーダーであるシルバーだ、か。いやー、いうねえ」
 数時間後。集会が解散した後、僕達はシルバー、そしてシルバーの傍らにいた壮年の男と、休憩室といった趣の小さな部屋にいた。
「うるせえ黙れ。俺にも立場ってもんがあんだよ」
 いつもと随分と違うキャラを演じていたことを恥ずかしく思っているのだろう、シルバーは顔を赤くしている。
 壮年の男はそれを穏やかな目で見ていた。
「それで、こちらの方は?」
 僕がシルバーに彼のことを尋ねると、シルバーが答えるより早く、彼は答えた。
「私はただのしがない年寄りさ。彼の父と親しくさせていただいてね」
「そういうことだ。この人は俺の昔からの協力者さ」
 シルバーの父。
 その言葉で、先ほど浮かんだ疑問が再燃した。
「そうだ。シルバー、さっきの演説で随分とロケット団を恨むようなことを言っていたけど、いったいどういうことだ?」
「……今は言えねえ。だが、俺にはロケット団を潰す義務がある。ただ、十年前の警察からやられたこと、アレのバックにロケット団の指示があったということだけは言っておく」
 彼のこともなげに付け加えたようなその話は、それだけで僕にとっては大きな驚きだった。アレがロケット団の指示だったって、シルバーの父はロケット団の幹部じゃなかったのか?
 それに、ロケット団を恨む理由としてはこれで十分であるように思える。
 この出来事がきっかけで、すべては変わってしまったのだから。
 でも、シルバーはそれをまるでおまけのように語った。じゃあ彼のロケット団を潰す義務ってのはいったい何なんだ?
「お前はまた余計なこと考えてんな」
「余計なことじゃない。大切なことだ」
「ともかく、俺は今お前にそれを言う気はねえ。諦めろ。そもそも、俺はそんな話をしにここにお前等を呼んだわけじゃねえんだ」
「じゃあ何のために……」
「作戦のために決まってんだろうが」
「あ」
 うっかりしていた。
 集会参加者の何人かと話を交わし、彼らのロケット団から受けた酷い仕打ちにすっかり感情を動かされ、本題を忘れかけていた。
「まったく、俺達はロケット団被害者の会じゃないんだぞ」
「ごめん……。でも、ちゃんと実働部隊の人の能力と性格はある程度調べたよ」
「当たり前だ」
 彼はそういいつつ、テーブルの上にラジオ塔の図面を広げた。さらにその上に小銭とメダルを広げる。
「メダルが俺達の戦力だ。そしてこの小銭は敵戦力。小銭の金額はそのまま敵の数として考えろ」
「敵の作戦は分かったのか?」
「いや、ほとんどの団員には古賀根市に集まること以外何も伝えられていない」
「じゃあ作戦は分からずじまいか」
「一応、ぎりぎりまで調べようとは思うが、期待はできないだろう」
「作戦が分かってるに越したことは無いけど、どのみち雑兵にできることなんて限られてくし、この場合は特に僕達の作戦の問題にはならないと思う」
「どういうことだ?」
「入り口や階段、エレベーターの数は限られている。そこを抑えればそれだけでいい」
 僕はそういいながら、二機あるエレベーターに一人ずつ、社員用出入り口に二人、階段に二人、非常階段に一人、適切なメダルをおいていく。
 二人配置したところは力押しで突破されないよう、弱点を補う、もしくは相互に組み合わせて力を発揮するタイプの人員を、一人配置のところには地形を利用して放水や落石など単純な物量で守れる人員を配置してある。
「敵は航空戦力を使用しないって話だけど、追い詰められたら目立つのを無視して強硬手段に出るかもしれない。それでこうだ」
 そういって、僕は屋上に雷タイプのポケモンを二人、飛行タイプのポケモンを二人配置した。
「ランは使わないんだな」
「彼女は最終手段だよ。構内じゃ危なくてとても使えない」
「最終手段?」
「基本はお前とともに電波発信を狙う幹部に対応してもらうつもりだけど、もしそれが失敗に終わったら、ラジオ塔そのものを焼き落としてもらう」
「……随分な作戦だな」
「あくまで最後の手段だよ。最悪の事態を避けるためだ」
「最悪の事態……か」
 シルバーはそう言って苦々しげにうつむく。

751ぽけもん 黒  27話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:23:40 ID:7CNDPUVs
 そうだ、もしロケット団の作戦がすべてうまくいってしまえば、この国は奴らに乗っ取られてしまう。
 それを防ぐためには、いくらかの犠牲と被害を出そうとも、ここを奴らの手中に収めさせるわけにはいかない。
「分かってると思うけど、この作戦の性質上、奴らに先んじて、僕達が施設を占拠しなきゃいけない。だから、敵の作戦決行がいつになるかを先につかむことが肝と言える。おそらく、やつらも目立つをの避けるために、まずは少数精鋭での制圧を行うはずだ。中枢を押さえたら、大部隊を投入して一気に占拠、という狙いだろう。というか、多分、今回集められる部隊のほとんどはラジオ塔を占拠するために用意されたわけじゃないと思う」
「どういうことだ?」
「奴らの作戦が成功した際、いくら世の中が混乱に陥るとはいえ、ラジオ塔を奪還、もしくは破壊するために動く人間がいないとは考えがたい。だから、少なくとも作戦遂行中はラジオ塔を守る人員が必要だろう。そして、流される電波があのときと同じものだとすれば、奴ら側のポケモンも行動不能になる。もし集められた人員の多くが人間ならば、それは多分間違いない」
「分かった、調べよう。もし敵がほとんど人間なら、戦力はポケモンに大きく劣る。守るのは容易か」
「そういうこと。守ることは多分難しいことじゃない。問題は、先に先遣部隊なり何なりにラジオ塔を制圧されてしまった場合だ」
 僕はそういってポケギアを操作し、資料を広げる。
「これによると、ラジオ塔側に僕達側の伝手は無いんだよな」
「ああ、それはつい数時間前に話が変わった。プロデューサーの一人から協力を得られそうだ」
「へえ。もともとラジオ塔に知り合いなんかはいなかったんだろ? どうやったんだ?」
「単純に、倫理や立場より話題と視聴率が好きな人間に今回の話の一部を明かしたのさ。そしたらいい特ダネになるとノリノリだ」
「まったく、ろくな人間じゃないな……。まあ、今回に限って言えば好都合か。ならどこかに事前に僕達を潜入させてもらうってことはできないかな」
「相談してみよう」
「よろしく頼むよ。もしこれができれば先手を取れるのは約束されたようなものになる。後は、もし突破された際の話だけど、……」



 そうして、僕が計画をすべて話し終えると、シルバーは重々しくうなずいた。
「あとは情報を待つのみか」
「そうだな」
「じゃあ今日はここで解散だ。また後日連絡する」
「……ああ。じゃあ、また」
 僕はそう言って、香草さんとやどりさんとともに部屋を出た。
 入り口のところで、先ほどシルバーの傍らにいたおじさんを見つけ、軽く会釈する。
 いったいこの人は何者なんだろう。
 僕はそんな疑問を抱きながら、その場を後にした。

 そこから数日、僕達はひたすらポケモンセンターで時間を潰していた。
 連絡は未だ無く、しかしいつ作戦が始まるか分からないから動くわけにも行かず、トレーニングもできない。
 そして香草さんはやどりさんがいるにも関わらず常にいちゃいちゃしようとしてくるから困る。
 どうも人がいるところでいちゃいちゃするのには抵抗が……
 それに、特に一緒に旅をする仲間の前というのは。
 やどりさんは僕達の様子を見せられて不満げだし、香草さんもいまひとつ僕が煮え切らないのを見て不満げだ。
 香草さんには申し訳ないけど、こんなときくらい自重してもらえると助かるんだけどな。
 彼女のぬくもりを肌で感じながらそう思う。
「ねえ、ゴールド、大丈夫よね? 死んだりしないわよね?」
 香草さんが甘く耳元で囁く。
 何度目変わらない、彼女の問いかけ。
 その言葉の裏に、この計画に参加するのをやめてほしいという彼女の叫びが聞こえる。
「大丈夫だよ。生き残って見せるさ。絶対に」
 僕はその叫びから耳を反らし、また何の役にも立たない、祈りにも似た言葉を重ねた。

752ぽけもん 黒  27話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:24:28 ID:7CNDPUVs

 数日後、ラジオ塔内部。
 僕達は機材搬入車に入り、難なくラジオ塔の内部に潜入した。
 ロケット団の襲撃の日は確定してはいないが、ロケット団の集まり具合や資材の流れから一両日中に行われることがほぼ間違いなくなったので、例のプロデューサーの手引きで内部に潜伏することとなったためだ。
 埃臭い、普段は倉庫となっていて、人の入らない資材置き場の一角。
 その入り口から死角となる最奥部が、僕達の詰め所となっていた。
 そこで僕達は数日前会ったメンバーの一部と再開を果たし、そして作戦を説明する。
 もちろん、盗聴防止のため電波探知がかけられ、そして独断での行動を禁止することで、作戦が外部に漏れることを防止してある。
 僕の説明を、皆が険しい顔をして聞く。
 ちなみに、僕がこの作戦の立案者だとは伝えられていない。
 僕はただの仲介役ということになっている。
 シルバーと違い、あの演説のように参加者の不安を抑えることなんて僕にはできない。
 説明が済んだ後も皆緊張でか言葉少なかったけど、数人、他愛の無い雑談を交わす者もいた。



 集められた時は張り詰めていた空気も、何の続報も無く数時間も待機させられたら緩みもする。
 どことなく、「もう、今日は来ないんじゃないか」という空気が漂い始めた、そんな頃。
 大音量で通信が鳴り響く。
「ロケット団潜入との情報あり。至急行動開始せよ」
 そんな簡素な情報に、僕達は一瞬で総毛立つ。
 先手を打たれた?
 いや、まだ予想の範囲内、いかようにも挽回できる。
 しかし僕達が潜入したその日にロケット団が行動を起こしてくるとは。
 僕達側の情報網がさすがと言うべきなのか、それとも、敵方の行動の迅速さを褒めるべきなのか。
 ともかく、僕達は一斉にそれぞれの持ち場へ向かって走り出した。
 まわしてもらった監視カメラの映像には特に敵影は無い。
 おそらくまだ進行の初期。排除はたやすい段階だと思われる。
 持ち場に合わせて僕達は暫定的に四グループに別れ、担当する持ち場のない余剰人員が予定外の会敵時の対処や内部の人間に対する状況説明、場合によっては持ち場を持った人員に代わって鎮圧を担当することとなっている。
 初めはやどりさんを足止めに配置しようかと思ったけど、思ったより人員があまったので僕とともに行動してもらうことにした。
 なので僕は香草さんとやどりさんの三人で行動することになる。
 早速ガスマスクをつけたロケット団員と、スモッグを吐き散らすマタドガスに出くわした。
「やどりさん、ハイドロポンプ」
 やどりさんの放つ激流で毒ガスごと押し流した。
 こっちはとっとと所定の位置に全員を配置しなきゃいけないんだ。いちいち構っている暇は無い。
 拘束は手が開いている者に任せることにして、気絶しているロケット団員を横目に、僕達はひたすら突き進む。
 その甲斐あってか、さらに数人のロケット団員を倒した後、順当に全員を予定の配置につかせることができた。
 本格的な戦闘があちこちで開始したようで、はあ、と僕が一息つく周りで、怒号が響き渡っている。
「そうだ、急がないと」
 一応、シルバーと協力者が偉い人に話をつけてくれているはずだけど、念のため見に行ってみようか。
 見取り図をみて、局長室へ向かってみると、机を挟んでシルバーほか数人と局長と思われる人が向かい合っていた。
「話は分かった。だが、君達が下の連中と共謀してないとどうして言い切れる?」
 入るなり、局長らしき人の厳格そうな声が聞こえてくる。
 これだけの人数の得体の知れない人間を前にして、まったく臆すことなくこんな台詞をいえるなんて、なかなか肝の据わった人だ。
 ランは僕たちに気づくなりこちらを睨んできたが、シルバーがちゃんと言ってあったのだろう、僕たちに襲い掛かってくるようなことは無かった。
「あなたの言い分も尤もです。だが、今それを証明することは不可能だし、事態は一刻を争うのです」
 一方こちらは、例のシルバーの傍にいた男が交渉役になっているようだ。
 確かに、シルバーは交渉役には不向きだろう。

753ぽけもん 黒  27話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:25:08 ID:7CNDPUVs
「証明できない、時間も無い、だが信じろ、か。無理を言う」
「無理を承知で言っています。それに、先ほどから警備と連絡がつかないんでしょう?」
 それを聞いて、局長は少し顔を歪めた。
「おそらく、ロケット団にやられたのでしょう。今このビルが占拠されていないのは、うちの者が各所で奮戦してくれている結果です」
「ふん、仲間を本気で攻撃する馬鹿はいまいよ」
 局長はあくまで譲らないようだ。確かに、僕達がロケット団とグルじゃないと証明する手段もない。
 部屋に怜悧な空気が張り詰めるなか、一報の通信が入った。
「た、対空部隊です。敵地上部隊の雷の乱発により、飛行ポケモンが使えません! 同時に、敵ポケモン数人がその中を雷の中を突破、突破、窓を破って構内に侵入されました!!」
「分かった。対空部隊はこちらも雷で対抗しろ。これ以上敵を中に入れるな!」
 外はそんなことになっていたのか。
 窓の無い場所を走ってきた上に、戦闘音で雷の音も聞こえなかったから気づかなかった。
 ラジオ塔の周囲での雷乱発に、窓を破って進入とは、敵もなりふり構わなくなってきた。
 これは僕達の防衛が上手くいっていることの証明であると同時に、敵が物量に任せて短期決戦を狙ってきてあるということでもある。
 しかし対応が迅速すぎる。
 もうしばらくは無理に突破しようと無駄な兵力と時間を浪費してくれると思っていたのだけれども。
 敵もこのような事態になってもいいよう、対応策を考えてあったのだろうか。
「ふん、そちらの自慢の戦力というのも大したこと無いな」
「大したことない戦力ですから、ラジオ塔側の協力が必要となるのですよ。今の通信でお分かりのとおり、もう事態は切迫しているのです」
 そう言われて、局長は苦々しげに顔を歪める。今、彼の内ではさまざまな感情と思惑が渦巻いているんだろう。
 そして、数十秒の沈黙の後、彼は机に備え付けの端末をなにやら操作した後、口を歪めた。
「……分かった。だが停波はできん。こんな事態を報道せずしてどうして報道機関を名乗れようか」
 部屋に張り詰めていた空気が少し緩んだのを感じる。
 おそらく、話がつかないようであれば力ずくでことを進める気だったのだろう。
「では、全隔壁閉鎖のほうは」
「もう通知した。まもなく閉鎖されるはずだ。職員への退避命令もな」
 局長はそういって腰を上げた。
 あわせて、部屋にいた全員が局長室を退室する。ここもまもなく封鎖されるだろう。普段ならここに篭城すれば安全だが、ラジオ塔崩落の危険がある今は、ここはただの頑強なだけの棺桶になってしまう可能性がある。
「では、私は避難させてもらう。後は勝手にやれ」
「いいんですか? こんな大事件を現場で体験しなくて」
 散々言われるだけ言われた仕返しか、男が皮肉気に言う。
「体験している者はもう十分にいる。それより頭が火中にあっては手足もまともに動かせんだろ」
 彼はそう言って、意地悪げに口角を上げた。

 部屋にいた大半は局長と一緒に脱出するようで、僕やシルバー達数人と別れた。
 これで打てる手は打ったけど、戦いは終わりでもなんでもない。
 ロケット団を全滅させるのが理想だけど、それが無理でも、少しでもロケット団に打撃を与えたい。
 それに、今作戦には幹部も参加しているはずだ。
 それを見逃す手は無い。
 先ほどの連絡にあった、雷の嵐の中を切り抜けて突入してきたそれが、只者ではないことは想像に難くない。
 幹部、ないしはそこそこの立場にいる人間であることはほぼ間違いないだろう。
 今のところ、各所に配置した人員から特に連絡はない。
 つまりまだその幹部と会敵してはいないということだろう。
 守っている人員を排除して、突破口を開くことが進入の目的ではないとしたら、あの大量の下っ端は陽動と割り切り、隠密行動――というには大分派手だけど――で、放送室に向かい、例の電波を流してしまうことが目的と考えられる。
 ならば向かう先は決まっている。
 通信機に向かって呼びかける。
「みんな、さっきの通信で分かってると思うけど、局内にかなり場慣れしていそうな敵が侵入した。みんな背後にはくれぐれも気をつけて作戦を続行してほしい。もし見かけたら、必ず通信してください。すぐに増援を送ります」
 通信機からは了解、隊長という声が聞こえてくる。
 恥ずかしいのだけれど、作戦を説明したからか、みんなは僕をからかうように、隊長、と呼んでくる。
 それを聞いて、シルバーがニヤニヤしてこっちを見てきた。
 糞、自分だってリーダーなんて呼ばれてる癖に!
 ともかく、その間にも僕達は進み続け、そして目的の場所にたどり着いた。

754ぽけもん 黒  27話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:26:17 ID:7CNDPUVs
 通信施設へと続く通路。
 ここは防火扉をかねた無数の隔壁で完全に封鎖されている。
 そこを塞ぐ鋼鉄の壁が見事に打ち破られていた。
 辺りには腐臭が漂っている。
 これは……毒か?
 どうやら侵入者は毒で隔壁を溶かして突破したらしい。
 やどりさんに頼んでこびりついた残りを除けてもらい、穴の開いた隔壁を通り抜ける。
 まずい。隔壁さえ降りれば簡単には突破されないと思っていたのに。
 とにかく道を急ぐ。
 皆異常を訴えていないから、毒ガスが充満したりしてはいないらしい。
 進むにつれて、また妙な臭いがしてきた。
 破られた隔壁を更に抜け、広いオフィスに抜ける。
 視界の先が紫色の霧で埋まっている。
 やどりさんのハイドロポンプで押し流す。
 もやの向こうに、数人の人影が見えた。
「イドロ、ガドータ、ヘドロ爆弾」
 もやの向こうから男の声が聞こえ、その直後、二つの黒い塊がもやを突っ切って飛んできた。
 ヘドロ爆弾は着弾と同時に炸裂し辺りに有毒のヘドロを撒き散らす。何かに隠れないと。
 咄嗟に遮蔽物を探すが、めぼしいものが無い。
「ラン、火炎放射で打ち落とせ」
 二つのヘドロの塊は灼熱の火炎に包まれ、灰となって消えた。
「だ、誰だ!」
 僕は煙の向こうに呼びかける。
「ハシブト、風起こし」
 今度は羽ばたきの音に続いて、紫煙が突風とともにこちらに向かってきた。
「やどりさん、サイコキネシスで押し戻せ!」
 両者の力が中間地点でぶつかり、渦巻く。
 行き場をなくした力は窓の強化ガラスを破って、毒ガスとともに外部に流れていった。
 煙が晴れたことで、向こうの姿が見える。
 全身を粘液で包まれた、二十前半と思われる物憂げな表情をした女性と、薄煙に包まれ、宙に浮かぶ目つきの悪い女性。
 その後ろに控えるようにして立つ、黒い服に全身を包んだ――その胸にはやはり血のような赤でRが刻まれている――四十がらみの人相の悪い男と、それに寄り添うようにして、烏の髪と、烏の翼を持った、美しいながらも、明らかに日の下を生きる者とは違う、退廃の空気をまとった、毒婦のような妖しい色香を持つ少女が立っていた。
「まったく、ことごとく我々を邪魔するつもりらしいな。お前等はいったい何だ?」
 男が、その容姿に見合った、ドスの利いた声で問いかけてきた。
「反ロケット団、といえば言葉は知らなくても俺達が何なのかは分かるだろう」
「反ロケット団……くっ、随分と面白いことを言うんだな」
「面白いか? 自分の終わりが」
「いや、出来過ぎだと思うよ。俺の人生のストーリーとしてな。まさにおあつらえ向きの障害だよ、お前等は」
「その障害に潰されて死ね」
 シルバーの言葉とともにランが火炎を放った。
 それをガドータと呼ばれた女性が口からガスを吐き出して応じる。
 火炎はそのガスを破れず、消えた。
「不燃ガスか」
「そら、今度は毒ガスだ」
 その言葉通り、今度は先ほどと違う種類のガスが放たれた。
「面倒……まとめて、潰す」
 やどりさんがそう呟き、ほとんど同時にこちらに流れ込もうとしていたガスが下方向に沈んだ。
 同時に相手も何かの力に押さえつけられるように体をかがめる。
 それに続いて、周囲の机類が吸い寄せられるように彼らを巻き込む。
 そしてかき混ぜられるように机が回り始め、見る見る灰色の濁流となっていく。
「ラン、仕上げだ」
「はい」
 その渦にランの火炎放射が加わり、渦巻きは火柱と化した。

「ちょ、やりすぎだろ!」
「何だ? この期に及んでまだ人殺しはいけないとか言ってるのか?」
「それもあるけど、こんなに派手に壊して、ここを廃墟にする気かよ! それに、おそらく相手はヒラの団員じゃないんだろうから、生かしておいたほうが色々都合がいいだろ!」
「……前半はおそらくそのとおりになるが、後半に関しては、心配する余裕はなさそうだ」
 いまや溶けてくっつき、何かのオブジェのようになった黒い塊が、突如として弾け飛び、中から粘性の高い液体が噴き出してきた。
「衝撃吸収に耐熱か。本当に便利だな、うらやましいね」
「そりゃどうも」
 中から出てきた男が不吉に微笑む。
 冗談だろ!? まさかそんな方法であの攻撃を防ぐなんて!
「だが万能ではなさそうだ。その鳥、その泥落とさないと飛べないだろ」
「ああ。それに一張羅が台無しになるという欠点もある」
 男はそういって両腕を振り、泥を飛ばした。
「燃えて真っ黒になるよりはましだろうさ!」
 シルバーの声に答えるように、ランの両腕から火炎放射が放たれる。
「ああ! それには同感だな!」
 それを二人の女性が不燃ガスと不燃泥で防ぐ。いや、それどころか押し返してくる。

755ぽけもん 黒  27話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:27:25 ID:7CNDPUVs
「やどりさん!」
 僕がそういうと、彼女は頷き、中空に右腕を差し出す。
 再び、相手に上方向からの圧力が降りかかる。
「ラン、火力を上げろ。周囲の被害もやむを得ない」
 ランがそれに答え、熱量を上げた。
 炎の色が変わり、その熱波で景色が揺らぐ。
 この熱量なら、あるいは。
 いや、そうでなくても、炎で包み続ければ、いずれ息が続かなくなって窒息死だ。
 後は、下方向から逃げられるのを防ぐために、敵がいる泥の塊を空中に浮かべれば完璧だ。
 僕がやどりさんにその意図を伝えようとしたとき、おかしなことに気づいた。
 敵の、ハシブトと呼ばれた女性がなんだか揺らいで見えるのだ。
 ランの炎のせいだろうかと思い、一瞬で思い直す。
「やどりさん、後ろだ!」
 僕がそう叫んだ瞬間、ハシブトの姿は揺らいで消え、やどりさんの背後に現れた。
 やどりさんの背中に突き刺さろうかという鍵爪の一撃を、僕がナイフで受ける。
 硬質の物同士が打ち合わされる高い音とともにナイフは折られ、僕は弾き飛ばされた。
 やどりさんの背中にぶつかり、そのまま二人そろって倒れこむ。
 無防備に晒された僕の腹部に、彼女の足が振り下ろされた。
 それが僕の腹に突き刺さる前に、香草さんの蔦による横薙ぎの一閃で弾かれる。
 翼を広げ体勢を立て直そうとする彼女に、香草さんの蔦が殺到する。
 それを両の翼で切り払い、さらに数歩距離をとる。
 そこに無数の葉が突き刺さるが、いつの間にかそこに彼女の姿は無く、それは地面に突き刺さっていく。
 左右に彼女の姿は無い。
 ふと、背筋に寒いものを感じ、慌てて上を見ると、そこには僕に向かって振り下ろされる鋭利な鍵爪があった。
 僕の脳に電気信号が閃き、無数の対抗手段が瞬時に浮かぶ。
 そしてそのどれもが手遅れだと悟った瞬間、彼女の体は飛来した水球によって弾き飛ばされた。
 どっと冷や汗が噴き出す。
 ほんの一瞬、彼女が弾き飛ばされるのが遅ければ、今頃――
 視界に火花がちらつき、一瞬、正常な思考ができなくなる。
 そのせいで、注意が遅れた。
 飛ばされたハシブトは再び姿を消し、一拍の間も置かず、今度はランの頭上に現れた。
 シルバーが突き出したナイフを体を捻ってかわし、ランの肩に深々と鍵爪を突き立てた。
 それは容易に彼女の皮膚を突き破り、肉を抉り、骨を砕いた。
 骨が軋み、砕ける何とも形容しがたい不快な音が、ここまで聞こえてくる。
 残るもう片足がランの頭部に突き立てられようというところで、ランの体が火に包まれる。
 慌てて逃げようとするハシブトの脚を掴もうとランは無事なほうの手をハシブトの脚に伸ばすが、再びハシブトは消え、その手は宙を切った。
 火炎放射が止んだことで毒ガスとヘドロがこちらに向かってくる。
 それをやどりさんがサイコキネシスで強引に押し返した。
 それに遅れて、ランの絶叫が室内に木霊する。
 ランの肩から下はぐっしょりと血に濡れ、腕は力なくぶら下がっている。
「ラン!」
「寄るな!」
 慌ててランに駆け寄ろうとしたが、拒絶されてしまった。
 しかしランに手当てが必要なのは間違いない。
 僕はリュックから応急救護セットを取り出すと、シルバーに放り投げた。
「とりあえずこれで治療してくれ。やどりさん、毒ポケモン二人の相手を頼む。香草さんはやどりさんとシルバーとランを敵から守ってくれ」
 体勢を立て直そうとする敵二人に向かってやどりさんはハイドロポンプを放ち、体勢を崩す。
 後はハシブトとロケット団の男だけど……
 そういえば、敵二人の後ろに控えていた男がいつの間にかいなくなっている。
 やどりさんの攻撃で飛ばされたのかと一瞬考えたが、もしかしたら……
 彼女達のはるか後方から、爆発のような音が聞こえてきた。
「しまった! この二人はただの時間稼ぎだ! 本命は奥だ!」
 ハシブトはどこに消えたと思っていたら、男とともに奥の隔壁を破壊しに行っていたのか!
 先ほどの自在に姿を消すような攻撃方法を見ていたら、こちらはそれに警戒せざるを得ない。
 あの攻撃の目的はそうやって僕達の注意をひきつけることだったのか!
「やどりさん、あの二人を頼める?」
 毒ポケモン二人は相性の問題もあるのだろうけど、大して強くは無い。もしくは力を温存しているか。
 やどりさん一人でお釣りがくるだろう。
「任せて」
「じゃあお願い! 香草さん! 僕と一緒に来てくれ!」
 問題はあの悪ポケモンのほうだ。神出鬼没でやどりさんの念力がまともに当たらない上、攻撃力も非常に高く、やっかいだ。

756ぽけもん 黒  27話 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:27:52 ID:7CNDPUVs
「お、おいゴールド!」
「お前は早くランの血を止めろ!」
 僕はそう言って香草さんとともにイドロとガドータに向かって駆け出す。
「そんなことは」
「させない」
 当然、僕達の前に立ちふさがろうとする二人は、まるで巨大な手に払われたように右方に弾き飛ばされた。
 すぐに体勢を立て直した二人に、香草さんは蔦で机を掴み、叩きつける。
「邪魔よ!」
 机がばらばらに砕け、二人が一瞬怯んだ隙に、僕達はその脇を通り抜けた。
 奥に、隔壁に向かって攻撃を繰り返している男とハシブトが見える。
 香草さんは走りながら机を掴み、それを二人目掛けて放り投げた。
 机が扉にぶち当たり、反響音が空気を震わす。
 机の奥には人の影も形も無い。
 後ろか!
 僕が振り向きざまにナイフを突き出すと、それがロケット団の男のものと衝突した。
 その男に抱きつくようにしてハシブトもいる。
 あの女、自分だけではなく、こうすれば仲間も一緒に姿を消して移動することができるのか!
 男がナイフを上方に弾くが、そうして開いた胴部に今度は香草さんの蔦が向かう。
 二人の姿が揺らいで消え、香草さんの蔦は宙を切る。
「チコ!」
 僕がかがむと、彼女はその意図を察してくれたのか、両腕を振り回して蔦であたり一帯を切り払った。
 香草さんを中心に、爆発したように机が宙に跳ね上げられる。
「くっ!」
 少し離れたところで、渋い顔をした男と、それを抱えた女が出てきた。
「騙し討ちなんて僕達には通用しないぞ!」
「ああ、そうらしい」
 そういいつつ、再び男は姿を消す。
 何か新しいことをする気か、それともやどりさん狙いか。
 同じ手を繰り返すほど単純じゃないとは思うが、それも含めて、裏を読んでいるのかもしれない。
 何せ騙し討ちだ。
 迷っている暇も無い。
 とりあえず、香草さんに指示して、こちらに背を向けて応戦している毒二人目掛けて机を投げつけてもらう。
 もろにぶつかり、派手な音を立てる。
 攻撃としてはたいしたこと無いけど、意識をそらすのには十分だ。
 再びやどりさんのサイコキネシスが発動し、二人は地面に伏す。
 さあこれで相手に猶予は無い。
 この状況で狙われる可能性の高いのはまずやどりさん、次に僕だろう。
 いくらワンパターンと言えど、状況を打開するために相手はそうせざるを得ない。
 案の定、敵はやどりさんの頭上に現れた。
 そこにシルバーのナイフが突き刺さる。
 男は足に傷を負い、慌てて離脱する。
 そうこうしている間にも、毒ポケモン二人はどんどん押しつぶされていく。
 骨の軋む音と、女性二人のうめき声が聞こえてくる。
「香草さん、後ろ!」
 香草さんが蔦を後ろに薙ぐと、ちょうど現れた二人を見事に捕らえた。
 床に叩きつけられ、二、三転すると、再び姿を消す。
 敵はただ消耗してゆくのみ。
 僕達が油断しなければ、負けは無くなった。
「おとなしく投降しろ! そうすれば命は保障してやる!」
 僕は大声で呼びかける。
 姿は見えないけど、おそらく聞こえているはずだ。
 この状況での相手の投降はすなわち敵の作戦の失敗と同義だ。
 おとなしくそうなるとは思えない。
 でも、そうなれば一番いい。
 それはお互いに同じだと思う。
「うふ、もう勝った気?」
 艶かしい女性の声がどこからか聞こえてくる。
 同時に、やどりさんが押しつぶしていたうちの一人が押し潰された。
 大量の液体が噴き出し、つらつらと地面を流れていく。しょうがないこととはいえ、思わず目を背けたくなる。
「もう勝敗は明らかだろ! これ以上の戦いは無意味だ」
「ぼく、ひとついいこと教えてあげる。投降は、強者が弱者に対して呼びかけるものよ」
 何を言っているんだ。現にお前の仲間は一人潰されて……
 まて、潰されたはずの死体、何かおかしくないか?
 大量の体液が溢れて周囲に流れていくのはまだ分かる。
 問題はその流れ方だ。
 やどりさんに押しつぶされているってことは、敵の周囲の床はサイコキネシスで撓んでいるはずなのに、その部分に溜まっていない。
 いや、それどころか、妙にやどりさん側に流れている?
 まさか、これは――
「逃げ――」
 僕に気づかれたからだろう、やどりさんに近づきつつあったソレは、唐突に大爆発を起こした。

757 ◆wzYAo8XQT.:2011/12/29(木) 01:28:35 ID:7CNDPUVs
投下終わります
皆様よいお年を

758雌豚のにおい@774人目:2011/12/29(木) 05:46:51 ID:ZTIQ620Y
投下乙です!

759雌豚のにおい@774人目:2011/12/29(木) 09:47:11 ID:CLtQaKYU
ぽけもん復活かよ!

来年生きる目的ができたわ

760雌豚のにおい@774人目:2011/12/29(木) 11:37:36 ID:JnAPr9ic
GJ!皆さんもよいお年を!

761雌豚のにおい@774人目:2011/12/29(木) 13:07:26 ID:2NbMeYnU
>>757
GJ!!
ぽけ黒万歳!!
皆さん、よいお年を!

762雌豚のにおい@774人目:2011/12/29(木) 23:05:58 ID:1kI/JDPI
>>757
投下乙!

763雌豚のにおい@774人目:2011/12/29(木) 23:33:22 ID:Fjbgw54I
鯖に負荷かかってダウンしたのか、応急措置といてダウンさせたのか・・

でも二の国がリストにないってことは対策されたってことなんじゃない?

764雌豚のにおい@774人目:2011/12/29(木) 23:33:40 ID:Fjbgw54I
激しく誤爆

765 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:03:12 ID:OU9J/y/Q
test

766 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:03:48 ID:OU9J/y/Q
久し振りに投稿します

767変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:05:24 ID:OU9J/y/Q
念願の領地を手に入れた業盛であったが、そこは六波羅から山一つ隔てた不便な場所にあった。
それだけならまだよかったが、業盛を失望させたのは、領主の仕事をさせてもらえない事だった。
前任者の部下達が大体の政務を片付けてしまうので、
業盛の仕事は残りの軽いものばかりになってしまうのだ。
まだ子供だからと思われているのだろう。随分と舐められたものである。
自分も豪族の子息、領主の仕事がどの様なものか十分理解しているつもりである、
と粋がってみたところで、仕事が回ってくる訳ではない。
今は黙って仕事を見ていろ、という事なのだろう。
業盛は山積みの書類に目を通し、規則正しい速度で判を押していた。
「暇そうですね、刑兄」
いつの間にか正連が部屋にいた。
業盛は判を押す手を休めず正連を一瞥した後、再び下を向いた。
「そんな暇な刑兄に朗報。都で唐の果物が売られているのを見ましたよ」
一瞬、業盛の判を押す手が止まったが、すぐさま動き出した。
心なしか、判を押す手が少し早くなっていた。
「果物の名前はライチといって、なんでも唐の王族も食したというほど珍しいものらしいですよ。
本当かどうかは知りませんが……」
「よし、早速買いに行くぞ。付いて来い、弥太!」
開口一番、業盛は銭を握り締め、矢のように外に飛び出した。
あまりの速さに、正連は反応する事が出来なかった。
「えっ、もう仕事……って、待ってください、刑兄!場所分かるんですか、場所!」
慌てて正連は後を追い掛けた。
正連の制止も空しく、業盛が足を止めたのは都に入ってからだった。
「そういえば、ライチを売っている店はどこにあるんだ、弥太?」
「気付くのが……げほっ……遅すぎ……ですよ……」
振り返ると、正連は息も絶え絶えで死に掛けていた。
「あぁ、すまん。それじゃあ場所を案内してくれ」
「少し休ませて……」
「阿呆、ライチがなくなっては元も子もないだろう。
二十里ちょっと走ったぐらいで果てるな。さぁ、立て!行くぞ!」
正連の背を蹴るように、業盛は先を急がせた。
やっと店まで案内し終わった正連は、その場に倒れ込んだ
「店主、いくらなんでも五粒一万は高すぎるだろう。もっと値下げしろ」
「お客さんねぇ、これは唐からの輸入品で、王族も食したという由緒ある果物だよ。
これぐらい高くて当然じゃありませんか」
「だったら一粒でいい。それならば銭二千で済むだろう!」
「残念ですが、バラ売りはしてないんですよ」
早速業盛と店主の戦いが始まった。業盛の手には、銭三千が握られている。
高級な果物である事を考慮してそれだけ持ってきたのだが、流石にその値段は誤算だった。
壮絶ないちゃもんと値引き交渉の果てに、ライチ一粒に他の果物を合わせて買う事で落ち着いた。
総額で銭千八百。業盛の手元に千二百の銭が残った。

768変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:05:56 ID:OU9J/y/Q
銭一万のものを八千二百も値引きしたのだから、業盛もさぞ気分が良かったであろう。
運悪くごろつきとぶつかり、地面に落ちたライチを踏み潰されるまでは。
突然の出来事に、業盛の瞳から光は消え、その場に頽れ落ちた。
「おい、なにぶつかってきてんだぁ、テメェ!」
「あぁ〜、こりゃ完全に折れてやすぜ、兄貴」
デカブツが、大して痛そうな素振りも見せず左腕を押さえ、
チビが、嬉しそうに囃し立てている。
そんな下手な芝居の間も、業盛は黙りこくり、微動もしなかった。
「おい、どうしてくれんだぁ、なんか言え……よ……」
デカブツの語勢が弱弱しいものになった。
業盛の身体から、禍々しい気が溢れ出したからだ。
本来、気は人には見えないが、ごろつき達にはそれがはっきりと見えた。
どす黒く、粘着くような気が、二人に纏わり付いてきた。
「やべぇ……、ずらかるぞ!」
「待ってくだせぇ、兄貴!」
危険を感じた二人は転げ落ちるように逃げ出した。
業盛はゆっくりと立ち上がり、落ちている果物を拾い上げ、それ等全てを懐にしまった。
途端、業盛は凄まじい速さで走り出した。
粉塵を上げ走り続ける業盛の目が忙しなく辺りを見回す。
ぎらつくその目は、まるで仇を探すようである。
大路小路と踏破した業盛は、遂にごろつきを発見した。速度がさらに上昇した。
途中、立て掛けてあった長い竿が業盛の目に入った。
それを掴み構え、速度を緩める事なくごろつきに接近した業盛は、
竿を地面に突き刺し、空高く跳んだ。
「どうしてくれんだぁ、お嬢ちゃんよぉ〜。あんたのせいで腕が折れちまったじゃねぇか〜」
「あぁ〜あ、兄貴を怒らせたらもう止め……あっ……兄貴、あれ!」
「なんだよ、せっ……グギャ!」
業盛の踵落しがデカブツの脳天に炸裂した。
デカブツは棒立ちになり、大木のように倒れた。チビはそれに巻き込まれて潰れた。
後方に宙返りし、着地した業盛は、気絶しているごろつき二人を一瞥し、溜め息を吐いた。
「ちょっとあんた!」
凛とした声が、背後から聞こえてきた。
振り返ってみると、肩まで伸ばした黒い髪に、憎らしい釣り目をした女が業盛を見上げていた。
「なに頼んでもない事を勝手にしてくれてんのよ!
私はね、助けなんか借りなくてもあんなクズ倒せたの、分かる!?
……もしかして、私に近付こうとして助けたんじゃないでしょうね?
はっ、冗談!誰があんたみたいなナヨナヨとした童顔と!」
無い胸を張り、威張りくさった口調で、人の気にしている事をずけずけと言う。
不躾者、そんな言葉ぴったりな女だった。
無自覚とはいえ、業盛は女の危機を救ったのである。感謝はされど、罵られる謂われはない。
業盛は、女に扱き下ろされている間、手を出さないよう必死に抑えていた。
不躾女が消えた後、業盛はやり場のない怒りを近くの漆喰壁に叩き付けた。

769変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:06:28 ID:OU9J/y/Q
桐の実が風に揺れてさらさらと鳴る、本格的な夏を告げる声である。
そんな風情をぶち壊すように、外から子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
一通りの仕事を終え、くつろいでいた業盛にとっては雑音以外の何物でもない。
たまらず立ち上がり、声の出所に向かった。
「お願いでございます!どうかお話だけでも御聞きください!」
襤褸を纏った子供が額を地に擦り付けていた。守衛がそれを退けようと必死になっている。
「どうした?」
「あっ、領主様。申し訳ありません。今すぐどけますので」
「領主様、姉上を……、姉上をお助けください!お願いでございます!」
守衛に抑え付けられながらも、子供は必死の声を上げていた。
姉上。農民や浮浪者が使うような言葉ではない。挙措にも卑しいものは感じられない。
「放してやれ。少し話がしたい」
「ですが……」
「放してやれ」
しぶしぶと、守衛は手を放した。
「お前、名は?」
「……一郎にございます」
「姉を助けてほしいとは、なにかあったのか?」
「姉上が風邪を患い、三日前から床に臥せっているのです。
我が家には薬や食料を買う銭もなく、このままでは手遅れになってしまいます。
お願いでございます、どうか恤みのほどを、どうか……」
業盛は一郎に興味を抱いたが、一人のために動くと不公平が生じる。
古参にこの事を言っても、おそらくは反対されるであろう。
とはいえ、ここまで懇願されて無視する訳にはいかない。
しばしの黙考の後、業盛の頭に浮かんだのは重盛の言葉だった。
「領主は常に民の鏡でなければならない」
なるほど。困っている人を助けずして、なにが領主か。業盛の腹は決まった。
「分かった。すぐに手の者を送ろう。一郎、案内は任せたぞ」
領主らしい事かどうかは別として、業盛にとって、これが初めての独断となった。

しばらくして、女が運ばれてきた。顔は熱にうなされ歪んでいる。
それ見て、業盛は不謹慎な感情を抱いてしまった。それほど、その女は美しかった。
日焼けか地なのかは分からない淡い褐色の肌に、くっきりとした目鼻立ち。
それ等を際立てるような亜麻色の癖毛。
そしてなにより、襦袢を押し上げる大きな胸。どこまでも日本人離れした容姿である。
この屋敷には、白髪紅眼の因幡がいる。その内、ここは異人館と呼ばれそうである。
女の胸を凝視しながら、業盛はそんな事を思った。
「あの……、ここは……、あなたは一体……?」
「私はここの新しい領主だ。君の弟に頼まれた。今日からこの屋敷で療養してもらう」
「ですが、私にはお金が……」
「そんな事を気にする必要はない。ほら、早く奥に」
決まった、やはり領主とはこうでなくては。その時ばかりは、業盛もそう思っていた。
しかし、独断は独断。案の定、古参に散々非難された。
それどころか、独断の責任は自分で取れと、人を回してくれなかった。
業盛の主張も空しく、たった一人で女の面倒を見る事になってしまった。業盛は頭を抱えた。
現実とは、それほど甘くはないと訳である。

770変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:07:01 ID:OU9J/y/Q
「という訳で、風邪が完治するまで、私が君の面倒を見る事になった。……いや、すまない。
本当だったら何人かをこちらに回すつもりだったのだが……情けない……」
四つの視線と沈黙が痛い。あれだけ格好付けたというのにこの様では、
恥かしくて目を合わせる事も出来ない。
「食事と薬は心配しなくていい。こう見えて、私は料理が得意なのだ。
……あぁ〜、まだなにも食べてないだろう?粥を作ってこよう」
「お待ちください」
立ち上がろうとして手を掴まれた。本来であれば手打ちにされても文句の言えない無礼であるが、
今の業盛にはそれを咎める気力など持ち合わせていなかった。
「領主様、私はこれまで隙間風が吹き荒ぶ荒屋に住んでおりました。
このような立派なお屋敷で療養出来るなど、私にとっては身に余る幸せなのです。
どうか、そのように卑下なさらないでくださいまし」
「……と言われても、私はまだ古参達を完全に掌握しきれていないどころか、
独断を認めさせる事も出来なかった。領主の面汚しだよ、私は」
「領主様は面汚しなどではありません!父上は常に言っておりました。
領主とは民の鏡でなければならない、と。
昨今の領主達は、己の利益ばかりを追求し、民を顧みる事もしません。
ですが、あなた様は利益を度外視し、私のような貧民を助けてくださいました。
あなた様は立派にございます。自信をお持ちください!」
風邪で声も出すのも辛いというのに、強く、そして熱っぽく女は言う。
弟同様、女の言葉の節々に野暮ったいものは一切感じられない。
その心地よい科白に、業盛は酔いしれ、顔を紅くした。
「あっ……、まぁ……、あれだ。褒めてくれた事には素直に感謝しよう。……えっと……」
「鈴鹿(すずか)にございます」
「鈴鹿、まずは風邪を治そう」
「はい」
顔が緩んでしまう。美人の笑みはいつ見てもいいものである。
古参達には散々言われたが、やはり自分は間違った事はしていない。業盛はそう実感した。
部屋を出た業盛は、急いで調理場に向かった。
鈴鹿の風邪を治さない事には、古参達に独断の正しさを証明する事が出来ない。
その日から、業盛は鈴鹿に付き切りで看病した。
業盛のやる事は多い。鈴鹿の身の回りの世話と領主の仕事。
一郎が手伝ってくれるとはいえ、寝る時間など殆どない。疲労が業盛を蝕んだ。
しかし、業盛の努力も空しく、鈴鹿の体調は一向によくならなかった。

771変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:07:31 ID:OU9J/y/Q
鈴鹿の容態が急変したのは五日目の夜だった。
熱が更に酷くなり、喀血するのではと思うほど酷い咳を吐いている。
着ている襦袢は汗を含み、本来の役目を失っていた。
現在、この部屋には業盛と鈴鹿の二人しかいない。一郎は桶の水を取り替えに外に出ている。
業盛は壁に寄り掛かり、頭を抱えていた。
鈴鹿の汗まみれの襦袢、それを取り替えなければならない。
それを思うと、顔が、特に鼻の奥が熱くなる。
別に襦袢を取り替えるのに疾しい気持ちがある訳ではない。
このまま放っておくと、汗のせいで鈴鹿の身体が冷え、風邪が悪化してしまう。
そうならないための着替えである。
「だが……」
独り言はボケの始まりであるが、そう呟かずにはいられなかった。
亜麻色の長髪、整った顔立ち、褐色の肌、大きな胸、なにもかもが業盛の好みだった。
正直、途中で目的を忘れてしまいそうで怖い。
業盛の劣情が囁きかける。
「この女は所詮農民、手を出しても問題ない。
それに、お前は武士だ。何人の女を囲おうと誰からも文句は言われない」
一方で、理性が訴える。
「お前はこの女を助けるためにここに連れて来たのであって、犯すためではない。
お前は凡百の領主に堕ちるつもりか」
どちらの主張も正論だった。どちらの説を取っても、文句は言われないだろう。
だが、出来る事ならば、正しい道を歩いていたい。
「ッ……、しっかりしろ、刑三郎!答えなど決まっているだろう」
業盛は立ち上がった。右手には手拭いが握られていた。
「鈴鹿、私はこれから君の襦袢を取り替える。少しの間、我慢してくれ!」
熱に魘される鈴鹿にそう言って、業盛は布団を剥いだ。

襦袢を脱がして最初に目に入ったのは、やはりというべきか、大きな胸だった。
鈴鹿の息遣いのたびに、それは緩慢に揺れた。ブチリ、と業盛の理性の千切れる音がした。
無言で胸を拭き始める。拭うたびに、手拭いを通してもっちりとした感触が伝わる。
例えるとしたら、月並みではあるが搗き立ての餅並の柔らかさである。
谷間や胸の下を拭いた時は、吸い付くように圧迫された。
胸を餅と例えたが、そうなると胸の頂点にある乳首は橙という事になる。
それは擦れば擦るほど硬くそそり立った。また理性が千切れる音がした。
欲望に耐え、上半身を拭き終えた。しかし、極楽という名の地獄は、まだ続く。
下半身に目を向けると、黒い茂みが目に付いた。意外と毛深い。失礼な感想を抱いた。
脚を開かせ、女陰を拭く。
「ひぁ!」
勢いよく理性が千切れた。業盛の目が血走り始めた。
「うぁ……んっ……ふぅ……」
手拭いが粘性を帯びている。
頂点の皮が剥けて勃起し、襞が少し食み出している割目から、トロリとした液が溢れていた。
「あっ……あぁ……ひぅ!」
最後のなにかが、勢いよく引き千切れた。
無意識に伸ばした手は、理性を超越するなにかによって、床に叩き付けられた。

「領主様、遅くなりまし……あの、どうかしましたか、そこの穴?」
「……なんでもない。……それより一郎、私は少し涼みにいく。鈴鹿の事を見ていてくれ」
業盛はふらりと部屋を出ていった。

翌日、鈴鹿の熱は引いた。大量の汗と共に、病魔も吐き出されたようだ。

772変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:07:59 ID:OU9J/y/Q
「領主様、少しよろしいでしょうか」
食器を洗い終えた業盛のもとに、一郎がやってきた。
「なんだ、話とは?」
「ここは人気があります。場所を移しましょう」
「そうか、いいだろう」
業盛は一郎を連れて、誰も使っていない部屋に入った。
「で、話とはなんだ?」
「……これは姉上に口止めされている事なのですが、
……私達姉弟は豪族だったのです。
領地は保元の戦乱の折、上皇方に付いたがために没収されてしまいました」
あぁ、と業盛は得心した。通りで言葉遣いや挙措に卑しさがないはずである。
「なぜその話を私にする」
「私は失った領地を取り戻したい。そのためには力が必要です。
図らずも姉上の風邪で、私達姉弟は領主様に近付く事が出来ました。
この機会を逃す訳にはいかないのです」
「つまり、私を利用して御家再興をしようというのか。
……随分はっきりと言ってくれるな。遠慮というものを知らないのか」
そう言いながらも、業盛は笑みを浮かべていた。子供の癖にはっきりとものを言う。
そういう人間が業盛は大好きだった。
「領主と言っても、私はまだ力不足だ。お前の旧領回復に何年掛かるか、私は知らんぞ」
「その様な事、覚悟の上です」
「ははっ、分かった、今日からお前は私の郎党だ」
業盛は再び独断を下した。これがまた古参達の反感を買う事になろうとは、
この時の業盛は知る由もなかった。


「ところで、お前はどこの出身なんだ?」
「紀伊国雑賀荘です。姓も領地に由来して雑賀といいます」

773 ◆AW8HpW0FVA:2011/12/30(金) 20:09:03 ID:OU9J/y/Q
投稿終了です
忙しくて書く暇がありませんでした
よいお年を

774:2011/12/30(金) 21:33:27 ID:dsUVrFJs
良いお年を。
2012年、良い年になりますように

775雌豚のにおい@774人目:2011/12/31(土) 00:41:48 ID:jqXnQfGU
キターーー!!!
やっときた変歴伝.......もう投下無いのかと泣いて待っておりましたのよ

776雌豚のにおい@774人目:2011/12/31(土) 14:38:35 ID:JwDGG/KQ
変歴伝ありがとう。作者さんGJ!!よいお年を!!
そして皆さんもよいお年を!!
おれは地球ごと皆を愛してるよ!!

777雌豚のにおい@774人目:2011/12/31(土) 17:01:15 ID:wJ9rpM5E
変歴伝キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
間隔あいたからもうこないと思ってたら… 今年最高のプレゼントをありがとう!
皆さんよいお年を!

778!omikuji !dama:2012/01/01(日) 00:13:08 ID:sbgSa8K6
あけましておめでとう
今年もいいヤンデレssが投下されますように

779雌豚のにおい@774人目:2012/01/01(日) 02:18:06 ID:kYFmOuLo
今年もヤンデレライフを充実させてやる

780雌豚のにおい@774人目:2012/01/01(日) 02:26:50 ID:jgLK5HAQ
HNY
今年も良いヤンデレ年でありますように
あと、どうでもいいけどヤンデレ龍神娘って萌えるよね?

781雌豚のにおい@774人目:2012/01/01(日) 06:34:55 ID:/Ue9GYn.
水城ともっと絡めよwww

年の締めとしては申し分ない作品やね


今年の初投下はなんじゃら

782雌豚のにおい@774人目:2012/01/01(日) 23:38:54 ID:56BJPygY
今年もよろしくー

783雌豚のにおい@774人目:2012/01/02(月) 00:48:10 ID:qP44aRr2
>>773
新年早々に変歴伝!
GJ!!

今年が飛躍の年でありますように

784雌豚のにおい@774人目:2012/01/03(火) 15:23:26 ID:IQL8jdfI
ヤンデレの飛躍……ど、どうなるんだ?
メンヘラか!?
違うなww
あけましておめでとうございます。今年もいいヤンデレに出会えますように。

785 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:33:42 ID:lajJDNvQ
お久しぶりです。
第22話ができたので投稿します

786天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:35:02 ID:lajJDNvQ
それは、一本の電話から始まった。
俺こと斎木 隼はいつものように学校に行き、授業を受け、休み時間になれば昼食をとるために、
旧校舎の屋上へ向かう。そこは飛鳥ちゃんと昼飯を食う時、よく使っていた場所のひとつだ。
飛鳥ちゃんと結意ちゃんとの交際が本格化してからは、もっぱら俺一人で訪れることとなっていた。
だが俺は、ふと思いとどまった。

「───そういえば、昼頃には雨が降るとか言っていたな。」

朝のニュースの情報を思い出し、空を仰ぎ見てみた。
既に暗雲が広がり、今にも雨が降り出しかねなかった。俺は屋上から引き返し、階段で食事をとることにした。
───果たして、死なない俺が飯を食う意味があるのか。だが仕方が無い。事実、腹は減るのだから。
不便なもんだ。どうせなら成長と一緒に食欲も消えてしまえばよかったのに。
いやいや、それでも人並みには旨いものは旨い、と素直に思う感覚は備えている。たまに食うジャンクフードの旨さもまた格別。
やはり、必要なものなのか───
つい、一人でいるとこんな事ばかり考えてしまう、俺の悪い癖だ。

パンと牛乳を平らげ、一息ついたあたりで、懐にしまっていた携帯が振動した。
俺は欠伸をしながら、携帯を手にとってディスプレイを開いた。
着信は、公衆電話からのものだった。誰だ? 公衆電話からわざわざ俺にかけてくる知り合いなど、心当たりがない。
俺は受話ボタンを押し、電話に出てみた。

「もしも───」
『隼!? 飛鳥が、飛鳥がいないの!!』
「───っわ、て、え?」

耳をつん裂くような声に、俺は驚きを隠せなかった。だけどすぐに、その声が亜朱架さんのものだとわかった。
…でも、様子がおかしい?

『今日が退院で、わたし、迎えに行って、でも、でも、いないの! ねぇ!』
「お、落ち着いて下さい、亜朱架さん!」

俺の知ってる亜朱架さんは、こんなに取り乱す人じゃない。

「亜朱架さん…何が、あったんです?」と、俺は一句一句に力を込めていった。
しかし、亜朱架さんは完全にパニックに陥っているようで、俺のいう事など聞きもせずに騒いでいる。

「ちっ…病院、って言ってたか? …行くか。」

俺は電話を耳に当てたまま階段を駆け下りる。屋上へ繋がっている階段を一番下まで降れば、昇降口が見えてくるのだ。
午後の授業はボイコットた。少なくとも、亜朱架さんがここまで取り乱してるのだから、
何かが起こっているのは間違いない。

「飛鳥ちゃんがいない…か。俺が行くしかないな。」

結意ちゃんの幸せを第一に考えるなら、飛鳥ちゃんを守るのもまた、俺の役目。
それが今の俺に残された、唯一の意義なのだから。
昇降口に差し掛かった。素早く靴に履き替えて、次は駐輪場だ。
雨が降るという話だが、あいにく公共の交通機関では時間がかかり過ぎる。
多少雨に濡れようと、俺なら───

「斎木くん? そんなに急いでどうしたの?」
「───えっ?」

背後から聞こえた声に、戸惑いを隠せない。
なぜならその声は…結意ちゃんのものだからだ。

「あ、いや…」と、俺は返しの言葉を模索するが、それよりも早く結意ちゃんは、
「…飛鳥くんに、何かあったの?」と続けてきた。
…いやはや、女の子のカン、というものなのか、はたまた飛鳥ちゃんに対する愛情の表れなのか。
見事に当てられた俺は、完全に言葉に詰まってしまった。
しかも結意ちゃんはその間にも上履きから靴に履き替えている。

787天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:37:43 ID:lajJDNvQ
「自転車でしょ? 私も一緒に連れていって。」

あろうことか、タンデムドライブの注文までしてくるとは。
これから雨が降るってのに、なんて娘だ。

「───いや流石に、そりゃ危ないぜ? 何かあったら、飛鳥ちゃんに申し訳が…」
「私が頼んだんだから、私の責任でしょ? それより、私より飛鳥くんの心配をして。」

…そうだ。結意ちゃんは一度こう、と言ったら曲げないくらいの意思の強い娘だった。
名は体を表すとはよく言ったものだ。さしずめ″かたく結ばれた意思″というところか。

「…わかった。それじゃあ行こうか、お姫様。」

それなら俺は、今しばらくナイトの役をやらせてもらうとしよう。

* * * * *


『人生っての、こいつらに似てると思わないか?』

ふと、あのおっさんの言葉が脳裏をよぎる。
ささいな事でいとも簡単にひっくり返り、色を変えるオセロのチップ。
思えば俺は、そんなオセロのチップに負けず劣らずの急転直下を何度も見てきた。
そして今の状況もまた、そのうちのひとつだ。
家に案内する、という穂坂にとりあえず従い、俺は病院からだいぶ離れた場所まで歩かされた。
自宅のある区域とは真逆の方向にある住宅街は、今まで一度も訪れた事がない。
だが、少なくとも俺の近所よりは高級感に溢れていた。

「着いたわよ。」

穂坂はとある住居の前で立ち止まり、カバンから鍵らしきものを取り出した。

「この辺は初めてかしら?」
「ん、まぁな。」

穂坂はどうやら俺のような小市民とは格が違うようだった。
穂坂の家はほかの住居よりも遥かにでかく、広い。
いいとこのお嬢さま、って程ではない様だが、明らかに他のやつらよりは豊かなんだろう。
穂坂はドアを開けると、先に入るよう促した。俺はそれに従い、「邪魔するぜ。」とだけ言って玄関に足を伸ばした。
靴を脱ぐと、冷たいフローリングの感触が身体を軽く震わせる。部屋がいくつかと、二階に続く階段を前に、俺は立ち止まった。

「おい穂坂、俺はどこに───っ?」

その時、腰の辺りに鋭い、弾かれるような痛みを感じた。
何が起きたのかわからなかった。だけど次の思考に移る間もなく、俺の身体は膝から崩れ落ちた。

─────────

『なぁ、そんだけ可愛いんなら学校でもモテるんじゃないか?』
『まあ…確かに、少しはそういうのもあるよ。でもね、兄貴。』

あれ? どうして明日香がいるんだ。
それにここは、俺の家じゃないか。

…ああ、なるほど。
よくわからんが、夢みたいなもんでも見てるのか。

『男子と違って、誰からモテても嬉しいってわけじゃないよ。少なくとも私はね。』

夢の中の明日香はまだ少し幼く、懐かしい感じがする。
確か、この会話は明日香が中学2年の時のものだ。てことは俺は中3くらいか。

『そういう兄貴はどうなの? …結構いるかもしれないよ。』
『俺ぇ? ないない。なんかそういうのめんどくさいし、いても困る。』
『そ、そっか…ま、まあ、兄貴には私っていう可愛い妹がいるもんね!』

…そう、″妹″のままでいてくれたら、あんな事には………
やめよう。人の気持ちにとやかくいう事はよくない。まして、もう終わった事なんだ。
それに…明日香はもういないんだから。

『…ねぇ兄貴、もし大人になっても彼女………かったら……に……るよ……』

788天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:44:03 ID:lajJDNvQ
忘れてました

主人公がサブキャラにヤられるのはNTRに入るんですかね
不快な人は注意してください

789天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:45:20 ID:lajJDNvQ
声が、急に聞き取れなくなった。
以前、灰谷と会話していたせいなのか、もうじき俺は夢から覚めるのだろう、という感覚がした。
夢の中での視界がだんだん薄れていき、それとは逆にゆっくりと目を開く頃には、意識は現実へと帰っていた。

「こ…こは…?」

視界が薄ぼんやりとして、様子がよくわからない。
だけど、手足が拘束されている事にはすぐ気づいた。
両手首は背中で縄か何かでがっちりくくられ、足首も何かで固定されている。おおかた、ベッドの格子にでも繋がれているに違いない。
…あの時か。たぶん背中にスタンガンでもあてられたんだろう。

「気がついた?」

目の前に誰かいる。…考えるまでもない、穂坂だ。

「ふん…いいんちょ様のくせに、やたら悪知恵が働くじゃねえか。」
「ふふ、褒め言葉ととっておくわ。非力な私が神坂くんを閉じ込めるには、あれが一番手っ取り早いからね。」

穂坂は、始めから俺を拘束するつもりだったのだろう。
うまいこと家までおびき寄せ、先に俺を家に上げる。そうすると自然と、俺は穂坂に背を向ける事になる。あとはそこにスタンガンを…
ちっ…! どうして気づけなかったんだ、俺は。

「最初からそれが狙いかよ…。」
「ええ。もう邪魔するものはいないわ。ゆっくり時間をかけて…私だけを………」

穂坂は薄暗い部屋の電気をひとつ、明るすぎないようにつけたようだ。
次に、身にまとっている制服の、シャツのボタンを上から順に外す。
フロントホック式のブラジャーまで外すと、白い素肌が覗く。今度はスカートに手をかけた。

「おい、何する気だよ。」
「ふふ…見ればわかるでしょう?」

なんの躊躇もなくスカートを脱ぎ捨て、いよいよ下着にまで手が伸びる。
俺はそれを見ないように、顔を逸らした。
するり、と布が擦れる音がした。
冷たい手が、俺の頬に触れる。

「さぁ…こっちを向いて?」

…だめだ、向いちゃいけない。俺は穂坂の言葉に、しかし決して振り向かない。
穂坂はそんなことはわかっていたようだ。今度は俺の頬から、制服のズボンに手をかけ出した。

「っ、おい! 何しやがる!」

もがいてみるが、手足を拘束されてる状態では大した抵抗にならない。
そうしている間にもベルトは外され、大腿部までズボンを下ろされてしまう。
一瞬だけ、穂坂の様子を伺い見てみた。衣服は全て脱いでいて、寒気がするくらい恍惚とした顔をしていた。

気持ち悪い。

たとえば、結意になら同じことをされても、正直嫌ではない。
俺の穂坂に対する嫌悪感は、そこまできているのだ。
とうとう布が一枚下ろされ、俺のものが晒される。直後、強烈に生温かい感触がそれを包んだ。

「んぅっ……はぁ…んぐ、ぴちゃ…」

背筋が、ぞくりとした。舌の動きがダイレクトに俺のモノを刺激する感触と、相反する嫌悪感に。
俺はそれでも必死に足掻いた。だが穂坂の施した拘束は、緩むことはない。穂坂もまた、俺の腰に抱きつくような格好をとり、
けして離すまい、としていた。
血流が、刺激されている部分に収束する感覚がする。…いやだ、こんな奴に!

「あは♪ 大きくなったわね。」

嘘だ…どうして。ソコは俺の意思とは全く無関係に、本来の機能を発揮した。

790天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:47:13 ID:lajJDNvQ

「じゃあ早速…しましょうか。」
「───えっ」

穂坂は口を離すと、今度は俺の上に馬乗りになった。
腰を軽く浮かせ、熱くなったソレに手を添え、その真上まで腰を持ってきた。

「おい…やめろ、やめろよ! 誰がお前なんかと! ふざけんじゃねえ! どけよ!」

だが、俺の言葉など耳に届いていない。先端に、穂坂の秘裂らしきものが触れる。
嫌だ…こんな奴に、こんな奴に………

「ほら…見て、入る、入るよ。神坂くんの…がぁ…ぁ…っ…!」

肉を割り、ついに俺の分身は内側に飲み込まれた。
内壁の独特のぬめりと、温かさと、締め付けが直に伝わる。
俺は思わず、繋がった部分を見てしまった。結合部からはかすかに血が流れていた。

「ほら! 見える!? 繋がったのが! これで! これで神坂くんは! 私のモノよ!」

穂坂はしかし、痛みなど感じていないように見えた。
乱暴に腰を振り始める。処女のくせに、あっという間に粘液のぬるぬるとした感触が増大していた。
嘘だ。こんなの、こんなのってあるかよ。
嫌だ。誰か、助けてくれ。隼、姉ちゃん、佐橋、結意…誰でもいい。誰か、俺を───

「や…めろ…やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉ!!
離せ! 離せよ畜生ッ! さわんじゃねぇぇぇ!」

俺は穂坂を拒絶するように、叫んだ。
…それしかできなかったんだ。手足の拘束は完璧。いくら暴れても緩まない。
俺にできるのはただ叫ぶことと…徐々に迫って来るだろう射精感に抗う事だけだった。

「あはっ、ははははは! やっと! やっとひとつになれた!もう逃がさないわっ!」

…こいつ、本当にあの穂坂なのか? 少なくとも、眼鏡をかけて委員長してた頃の穂坂の面影など、微塵も感じられない。
穂坂の腰を振るペースはどんどん速くなっていく。
だらしなく唾液をこぼし、悦楽に酔いしれた顔をして、もはや何を言っているのかわからない喘ぎ声を上げている。

「わかりゅ…わかりゅよ、もうしゅぐでりゅんれしょぉ? いいよっ、なかに、ひへぇぇぇ…あんっ!」
「くそっ…だ、れが…てめぇ、なんかに…イカされるかよ…っ!」

そうだ。耐えなきゃいけない。ここで耐え抜かなきゃ、取り返しのつかない事になる。
こんな奴の思惑通りにされてたまるものか。

「ちっ…く、しょおぉぉぉぉ…! うぅ、あぁぁぁぁぁぁ!」

たとえ終わりがないのだとしても、耐えなければ。

* * * * *


…一体、何がどうなっている。

二人乗りの自転車を飛ばし、飛鳥ちゃんのいた(過去形を使うのは、亜朱架さんの発言から)病院へ俺と結意ちゃんはやって来た。
だが、亜朱架さんの姿は病院にはなかった。
電話は病院の公衆電話からかけたのだろうし、さほど遠くにはいない筈だけど。
俺は眼を閉じ、亜朱架さんの″気配″を辿ろうとした。…だが、何も感じられなかった。何もだ。
病院の近くにいるならば、その程度の距離なら十分察知できるはずだ。…まさか、飛鳥ちゃんを探しに、どこかへ行ってしまったのか?
だとしたら、とんだ入れ違いだ。

「飛鳥くん…!」

結意ちゃんは一階ロビーから階段の方へ足を向けた。病室に行く気だろう。

791天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:49:45 ID:lajJDNvQ

「結意ちゃん、タンマ!」
「?」
「…飛鳥ちゃんはもうここにはいない。亜朱架さんは、『いなくなった』って言ってたんだ。」
「いなく…なった…?」
「そうだ。」

だが、手掛かりはないに等しい。そもそも、亜朱架さんがいない現状、何がどうなったのかすらわからない。
とりあえずは病院の人に訊こう。
中央のナースステーションまで移動し、受付にいた看護婦さんに尋ねた。

「すみません、二階の神坂の見舞いに来たんですけど、あいついなくて。知らないですか?」
「神坂さん……ああ、あの男の子ね。もう退院の手続き済ませてましたよ。」
「───そうですか。」

ありがとうございます、と言い残して俺はナースステーションに背を向けた。
どうもおかしい。手続きが済ませてあるのに、病室に迎えに来たであろう亜朱架さんとは合流していない。
誰にも告げずに、どこかへ行ったのか。一体どこへ?
亜朱架さんを探すしかないか…。そういえば、まだ飛鳥ちゃんの携帯にかけていなかった。
電話をかけながら探すとしよう。
俺は結意ちゃんを連れて、病室の外へ出た。

「───ちょっと病院にいた間に、随分なもんだ。」

外はいつの間にか、土砂降りになっていた。
外気は一気に冷たさを増し、暗雲は空を黒く覆い隠す。
飛鳥ちゃんを探し歩くにしても、傘が欲しいところだった。
携帯を取り出し、電話帳から番号を呼び出す。
無機質な呼び出し音が鳴り…と思いきや、「電波の届かない所に…」と言われてしまった。
まさか、病院から出てから電源をつけていないのか?
ったく、毎度毎度世話の焼ける奴だ。
と、内心悪態をつきつつも、俺は次の思考に移っていた。
こっちは二人。広い市内を闇雲に探し回っても、見つけるのは難しいだろう。
ここは少し待つしかないか、と俺は判断した…のだが、結意ちゃんは雨などお構いなしに探しに行こうとしていた。

「ま───待てって! 俺じゃあるまいし、風邪引くぞ!」
「…私の心配はしなくていいって言ったでしょ。」
「せずにいられるかよ! ったく…傘買って来るから、2分くらい待てるよな? 待ってろよ!?」

結意ちゃんによく言い聞かせてから、俺はダッシュで病院の売店に向かった。
…まさか、雨に濡れるのも構わずに探しに行こうとするなんて思わなかった。
結意ちゃんにとっては飛鳥ちゃんが一番大事で、他のものなど最悪どうなってもいいのだろう。
恐らく、自分でさえも。
それはそれで危険だとは思うんだけど、それが彼女という人間なのだから。
───そういう意味では、優衣姉と結意ちゃんは似ている、のかもな。見た目だけでなく。

陳列されている傘を適当に2本とり、レジに駆け込む。
レジのおばちゃんは面食らったように俺を見たが、構うものか。
会計が済むと、病院の人達に注意されない程度に早歩きで玄関に向かう。
すると、何やら知らない人と会話をしている結意ちゃんの姿が目に入った。
少し様子を窺い、結意ちゃんが軽く礼をしたのを見てから、俺は結意ちゃんに話しかけた。

「どうしたんだ?」
「…よく考えたら、病院の人達に聞いて回った方がいいかも…と思ったの。」
「───なるほど。たしかにその通りだぜ。」

やはり、結意ちゃんは普段は猪突猛進型のように見えるが、本質は至って冷静だ。
それはあの事件の時も、同じだった。
…時々、考えれば考えるほど彼女という人間がわからなくなる。
結意ちゃんの提案に賛同する事を言い、俺も聞き込み調査に加わった。

792天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:51:30 ID:lajJDNvQ
15分ほど聞いて廻った頃だろうか。俺はひとつの気になる証言を若い女性から得た。

『この子かしら…さっき、コート着た女の子と、若い兄ちゃんが出て行ったのは見たけど…。』

ビンゴか? 俺はさらに、その女の子とやらの特徴を尋ねた。

『顔はあまり見てないけど、たしかこう、髪を左右で束ねてたわよ。ええと…そう、ツインテールっていうのかしら、あれ。』

………なんてこったい。ツインテールの女の子といえば、明日香ちゃんの顔が出て来たじゃないか。
だが、そんなわけはない。誰かいないか、他にその髪型をする女子は。
俺は一旦、結意ちゃんの元へ向かい、そのくだりを伝えた。
結意ちゃんはそれを聞くと一瞬、ほんの一瞬だが、眉間に皺をよせた。
女の子と出て行った、という部分に憤りを感じたのか…はっ、つくづく幸せ者だな、飛鳥ちゃんは。

「怒るのはあとにしろよ、な? まだそいつが飛鳥ちゃんがだって確証はないんだし。」
「…そうじゃないわ。もう一人、いなかった? ツインテールの女の子が。」
「もう一人…?」
「そう。白陽祭のときに見たっきりだけど…たしか、斎木くん達のクラスにいなかった…?」
「俺のクラスに? ………あ!」

そうだ、いた。
白陽祭の日限定で、髪型を変えた奴がひとり、いたじゃないか。
思い出せ。あいつは今日、学校に……

『珍しいな、委員長が欠席なんて。』

今朝、担任の発した言葉が脳裏をよぎった。
…確証はない。が、現段階では一番疑うべきだろう。

「───いたよ。ひとり、心当たりがな。」

穂坂と飛鳥ちゃんが、2人で病院を抜け出した可能性を。

793 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15:53:43 ID:lajJDNvQ
第22話終了です。

794雌豚のにおい@774人目:2012/01/04(水) 21:31:22 ID:CXu3aDBk
久々の投下乙です。

795雌豚のにおい@774人目:2012/01/04(水) 23:02:41 ID:eHyT35BU
>>793
乙乙!

796雌豚のにおい@774人目:2012/01/04(水) 23:33:53 ID:PqbWtYCo
また懐かしいのが蘇ってきたのぉ




797雌豚のにおい@774人目:2012/01/06(金) 00:36:54 ID:uhofVGmU

ぽけ黒、変歴、天使のような悪魔


よくよく考えるとすごいラインナップだなw

798雌豚のにおい@774人目:2012/01/06(金) 03:36:48 ID:E7cURduY
猫とワルツを、完結したか…
かなり読みごたえあった

799雌豚のにおい@774人目:2012/01/06(金) 07:50:21 ID:LM/pMf62
続編ってかIF始まったで

800<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

801雌豚のにおい@774人目:2012/01/07(土) 21:16:13 ID:dsxRV4CU
>>797
2ちゃん時代の人気作ってぇ所かね。
僕は古参じゃあないので断言は出来ないけれど。
一時期は続きが期待出来ないかもと思われた作品が読めるのは良いことだよな。

802雌豚のにおい@774人目:2012/01/07(土) 23:33:33 ID:Kw8TAiR2
初めからこないかなぁ(>_<)

803雌豚のにおい@774人目:2012/01/08(日) 00:28:49 ID:uBy5Wq2I
なんと言っても、おれがずっと待ってるのは「ほととぎす」なんだ。

いつまでだって待つ所存です。

804雌豚のにおい@774人目:2012/01/08(日) 00:40:44 ID:/Bs4XziM
無形氏は待ってればそのうち来るっていう安心感がある

805雌豚のにおい@774人目:2012/01/08(日) 09:23:07 ID:aiivksCI
>>803
ホトトギスはヤンスレの横綱みたいな存在だよなwあの「兄さま」がたまらんのだよ。
早く続きが読みてぇ....

806雌豚のにおい@774人目:2012/01/08(日) 11:41:58 ID:4Tyyt4iI
溶けない雪

807雌豚のにおい@774人目:2012/01/08(日) 17:30:55 ID:WJ3U9jhY
ヤンデレ世紀

808雌豚のにおい@774人目:2012/01/08(日) 19:12:10 ID:Lo.MTrps
ホトトギス読んだ
ヤンデレの根底は純愛だということが分かった

809雌豚のにおい@774人目:2012/01/08(日) 22:47:15 ID:5MF6yki2
メンヘラのプロフか何かでヤンデレ気質とか書かれてるのを見ると
イラっとくるのは俺だけ?

810雌豚のにおい@774人目:2012/01/09(月) 02:36:18 ID:VS0/E4II
初めからそろそろ来ないかなー

予告だともう来てもいいはずなのに(°ω°)

811雌豚のにおい@774人目:2012/01/09(月) 10:19:47 ID:eH6BOtnA
>>808
血を入れ替えたり、飯作りに来たり、レイプしたり、言葉使いが綺麗な所とか最高だよな

812雌豚のにおい@774人目:2012/01/09(月) 11:29:46 ID:24IKYZSI
山姫と海姫の続きが読みたい

813雌豚のにおい@774人目:2012/01/09(月) 14:33:20 ID:Q9zH8xzI
>>812
気が合うな

814雌豚のにおい@774人目:2012/01/09(月) 21:40:32 ID:kMqGjzBo
>>809
ナカーマ

815雌豚のにおい@774人目:2012/01/10(火) 00:41:47 ID:mXEg4Tww
>>811
おまおれ

血を入れ替えたりレイプしたり強制婚約させたりとか思い出しただけで・・・





ふぅ

816雌豚のにおい@774人目:2012/01/10(火) 01:08:37 ID:5UeKK9bI
オヌヌメのタイトル教えて

817雌豚のにおい@774人目:2012/01/11(水) 00:06:59 ID:eCNRLwHk
ほトトギす好きな奴多すぎだろ
いや僕も何度となく読み返してるんですけどね

818雌豚のにおい@774人目:2012/01/11(水) 05:37:10 ID:ur21GCLQ
投下ないと寂しいな
黒い陽だまりの描写がすごい好きだから
楽しみにしてるけど続きはないのかなぁ

819雌豚のにおい@774人目:2012/01/11(水) 21:54:35 ID:Un4c6aJE
ヤンデレ家族と傍観者の兄の後日談とか来ないかなぁ…

主人公と葉月さんのイチャラブをもっと見たい

820雌豚のにおい@774人目:2012/01/12(木) 00:56:31 ID:Y3shybhQ
>>806
溶けない雪いいよな

821雌豚のにおい@774人目:2012/01/12(木) 01:04:57 ID:Es6t4MWk
>>819
少し前に続編みたいなの書いてたよ

822雌豚のにおい@774人目:2012/01/12(木) 02:27:38 ID:YMzUMWS6
期待してる作品に限って続きが来ない

823雌豚のにおい@774人目:2012/01/12(木) 03:42:02 ID:yXdCbCf.
あの後日談は多分弟…
ジミーと葉月さんと妹にほのぼのさせられるからな

824雌豚のにおい@774人目:2012/01/12(木) 07:00:56 ID:6jri3oZ2
>>821
続編来てたのか…気が付かなかった…

でも弟視点なのかぁ

825雌豚のにおい@774人目:2012/01/12(木) 08:12:15 ID:S7nhmnBw
>>823
題名何?

826雌豚のにおい@774人目:2012/01/12(木) 13:43:50 ID:Xif9s6Hs
いや、弟視点じゃないぞ
対象になってるのが弟っぽいというか。

ここに投下されたわけじゃないから知りたかったらぐぐれ

827雌豚のにおい@774人目:2012/01/12(木) 14:19:35 ID:t.jN98Vs
>>816
君の涙が乾くまで〜

828 ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:35:11 ID:WlbiZkq2
久々に投下します。いろいろ話が進みます。次から百歌編だと言った割にはナギ編になってしまってます。

829ワイヤード 第二十一話 ナギ編1    ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:36:29 ID:WlbiZkq2
第二十一話 ナギ編1『こころ』



「ナギ、俺は――」

千歳はそこまで口に出すことが出来たが、それっきり黙りこんでしまった。ナギの肩を抱きながら、ナギの紅い瞳を見つめている。
ナギの目は伏せられ、泪の雫が浮かんでいた。今にも泣き出してしまいそうな、危うい表情をしていた。
これ以上は、ナギの心を傷つける。
千歳はその事実を悟り、口をつぐんだ。ただ、ナギを見た。伝えたい気持ちがあった。聞いて欲しい言葉があった。
だけど、こんな顔をされて、どんな言葉をかけられる?
どんな気持ちを伝えられる?
ナギは言った。心と心は通じ合わない。人は自らの知ることしか知らない。
誰かの抱いた感情を推し量ることはできても、自分のものにすることは出来ない。
他人の傷を奪うことは出来ない。
(ナギ。お前は、俺のせいでそんな顔をしてるのか……?)
ナギはナギという一人の人間だ。それ以外の何者でもなく、何者にもなれない。
千歳の心の中に存在するナギという人間は、今目の前にいるナギそのものではない。全く別のものだ。
千歳にとってのナギという存在が、いかなるものであろうと、ナギ自身が変わることは無い。変わってはならない。

そして、千歳は自分自身の言葉が一体ナギに何をもたらそうとしているのかを理解した。
ナギにとっての千歳の言葉は、ただの個人的意見にとどまらないものだ。ナギに影響し、ナギ自身の存在を変えるほどに意味のある言葉なのだ。
千歳とナギの結びつきは、それほどに強い。
故に、千歳がそれを伝えてしまったら。千歳にとって、ナギが何者なのか、伝えてしまったら。
何もかも、変わってしまう。
ナギ自身も、彼女を取り巻く世界も。千歳を取り巻く世界も。全て。
それは、あまりにも重大なことだ。気持ちを伝えるということ、他者に何かを願うこと。変わって欲しいと思うこと。
その重責を背負うには、千歳はまだあまりにも不安定すぎる。
千歳は、ただ黙してナギを見つめることしか出来なかった。

「千歳……」

830ワイヤード 第二十一話 ナギ編1    ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:36:56 ID:WlbiZkq2
しかし、その静寂を破ったのはナギだった。
「ためらっているんだな。真実を口にすることを」
「……だって、そんな顔、してるだろ」
ナギははっとして後ずさった。自らの頬を流れる雫に気付いたのだ。
「そうか……私は、泣いてるのか」
ナギは袖で泪をぬぐおうとしたが、ノースリーブのこの服ではどうしようもない。
乱暴に腕で目を擦ろうとしたのを千歳は制止する。
「バカ、ハンカチ使え」
千歳はハンカチを取り出し、ナギの泪をぬぐった。
「子供扱いするんじゃない……。いつまで経っても、お前はこうだ」
「妹みたいなもんだしな」
「そういうのが、バカにしてるって言うんだ」
目の下を真っ赤にして、ナギは千歳の腕をつねった。
「……千歳、良いよ、言っても」
一瞬何をいったのか認識できず、千歳はナギの顔を呆然と見返す。
「動転してたんだ。私とお前の関係が、何か全く別のものに変わってしまうことが怖くて……もう、今まで通り馬鹿やって、笑い合って。そんな日常を過ごせなくなるんじゃないかって」
ナギは頬を染めながら、今度は口元を緩めた。
「だけど、変わっていくのが私達なんだ。この街が少しずつ変わっていくように、私たちも変わっていく。時間の流れを止めることはできない」
「ナギ……」
「それでも、私と千歳はまだここにいる。ここにいて、こうして触れることができるんだ。だったら、何も怖いものなんて、無い」
「ナギ、俺は……」
そしてナギは、いつものような意地の悪い笑顔とは全く違う、澄んだ微笑を浮かべながら、囁くように口にした。

「千歳――私は、お前のことが好きだ」

831ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:37:36 ID:WlbiZkq2
何秒か、何分か。それと何時間か。時が止まったようだった。千歳は、ナギのその笑顔に見とれて何も言うことが出来なかった。
しかし、しばらくしてふと気が付き、声を上げる。
「って、待てよ!」
「何だ、千歳?」
「おかしくないか、それ!」
「何もおかしいところは無いな」
「いや、待ってくれ、待ってくれ。今、俺が言おうとしてたんだよな。それ」
「それ? はて、いったい、何のことだ?」
「それは、つまり、あれだ……お前のこと、好きってことで……」
千歳は急に恥ずかしくなったのか、語尾が下がってしまっていた。
それを見たナギは、にやりといつもの意地悪い笑みを浮かべる。
「これで理解したか? こういった歯が浮くようなセリフは、最初に言うほうが楽なんだ。応える側ほど苦労するものだろ」
「お前、それで……! ずるいだろ、いまの俺のシマじゃノーカンだから!」
「ほう、では、お前は愛するこの私にまさか今お前自身が味わった羞恥を味わわせようとしているのか。なんという変態カップルだ。のっけから羞恥プレイとはな」
「そういう問題じゃないだろ! ……って、今、なんて」
「……お前、そういう鈍いところは、本当に昔から治らないんだな。ほら、私たちは、その――好き同志、というわけであるからして、つまり、これは、俗に言う、あのリア充が口にする……カップル成立、というやつなのではないだろうか」
ナギはそっぽを向きながら口を尖らせて言う。ずいぶん歯切れが悪い。冗談めかして言わないと、あまりに恥ずかしい言葉なのだろう。
「そっか、俺たち、そういう関係に変わるのか……」
「そうだぞ、しっかりしろよ、彼氏君」
ナギは千歳の胸に寄りかかってくる。
衣服の布を挟んで、肌と肌が密着する。互いの体温を感じる距離だ。心臓の鼓動すら、まるで競争するかのように声を立てあっている。
ナギは千歳の体温に包まれ、いつも感じていた安心を感じる。千歳と楽しんだゲームや彼の呼んだ本を部屋に敷き詰めて、それに包まれて就寝していたナギだが、もう、必要の無いもののように思われた。
だって、千歳はここにいる。こうして、自分を捕まえている。
ナギは、ふっと息を吐き、千歳に囁く。
「私は、可愛くもないし、素直じゃないし、チビで、怠惰で、オタクで、短気で、口が悪くて、貧乳で……たぶん、重い女だ。どう見てもお買い得品じゃない。それでも、いいのか?」
「ああ、そういうところひっくるめて、好きなんだよ」
「お前の周りには完璧美少女のイロリも、お嬢様の枢も、頭脳明晰な委員長もいるんだぞ。なのに、私を選ぶなんて、マトモじゃないな、ほんと」
「でも、お前はそんな俺を必要としてくれたんだ。それだけで、充分だよ……」
「そっか……。なら、一度しか言わない。よく聞けよ、千歳」
ナギが千歳の襟を引っ張る。千歳はナギにあわせてかがむ。
そしてナギはすっと息を吸い込み。

「ありがと。大好きだよ」

それだけ口にすると、その唇は何か言おうとしていた千歳の口をふさいだ。

832ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:37:53 ID:WlbiZkq2
  ♪      ♪      ♪


「ねえ、私たちってさ……」
わいわいとケーキの食べ比べを楽しんでいたイロリ、深紅、枢の三人だったが、突然神妙な口調に変わったイロリに二人も静かになる。
「私たちって、なんなんだろう」
「なんなんだろう、とは。どういう意味ですの?」
枢はまるでわけがわからないという風に首をかしげた。
「それはつまり……。私ね、あなた達といて、楽しいと思ってる。あなた達は、どう思ってるの……? 私と一緒にいて、楽しいの……?」
「イロリさん……?」
「こんな気持ち、初めてなの。ずっと、ずっと私は独りだったから……。私には、一人しかいなかったから。私には、ちーちゃんだけが世界だったから」
イロリは苦しそうに顔をゆがめ、胸を押さえる。
「私、ちーちゃんがいなくてもこうやって笑ってる。それって、良いこと? 悪いこと? わからない……。こうして、大好きなあの人意外に笑顔を見せる自分が、許せないと思うこともある……」
枢には突如意味のわからないことを話始めたイロリに何を言って良いのかわからず、呆然と聞いているしかできなかった。
しかし深紅は、まっすぐな瞳でイロリを見つめ返していた。
「怖いんですね、イロリさん。人を好きになることが」
「違う……違うよ。私はちーちゃんのことが好き。大好き。誰にも負けないくらい……。好きって気持ちを、怖いとも思わないし、後悔もしてない。だけど、だけど……あなた達のことを好きになって、ちーちゃんよりも好きになっちゃったら、私、全く別の何かになって、私がいなくなっちゃうから……」
「……イロリさん。私には、あなたの気持ちはわかりません」
深紅は、厳しい語調で、しかし優しげな顔つきでイロリを見つめた。
「わからないんですよ。他人の気持ちなんて、誰も。だから想像して、怖くなって、立ち止まってしまう。私達は、いつだってそうなんです。だから、だからこそ、人に優しくしたり、人を愛したいと思うんです」
「でも、あの人の心はわからないから、深紅ちゃんだって、枢ちゃんだって……ナギちゃんだって。何を考え、何のために生きているのか。言葉で伝え合ってても、わからない。きっとみんな私のこと、嫌ってるんだ……。みんな私を……」
「……」
「でもね、ちーちゃんだけは違う。ちーちゃんだけは、信じられるの。私のことを想ってくれるって。私のこと、見捨てないって。傷つけないって」
「イロリさん……」
「私ね、あなたたちのこと、好きになっちゃってるんだ。仲間とか、友達とか……今まで抱いたことも無いような感情が私の中に確かにあるのがわかる。でも、怖いの……だって、みんな本当は私のことが嫌いだから。憎んでるから、妬んでるから……あなたたちも、きっとそう……」
イロリは光のともっていない瞳で深紅と枢を見る。
枢はイロリの尋常ならざる姿に恐怖を覚え、萎縮している。深紅は、じっとイロリの瞳を見つめ返していた。
「そうです。その通りですよ。私、イロリさんのこと、友達なんて思ってません。仲間とか、そんな言葉……反吐がでるくらいです」
「っ、深紅さん!?」
枢が深紅の言葉に動揺するが、深紅は気にせず続ける。
「だってそうじゃないですか。好きって気持ちに疑問を抱くような人を好きになれるはずが無い。私は、私はあなたのこと――」

「っ、やめて、もう聞きたくない!!」

833ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:38:57 ID:WlbiZkq2
イロリは立ち上がり、勢いよく教室を出て行く。
「イロリさん!」
「良いんですよ。追わなくて」
「でも……! なんで。なんであんなことを言ったのですか! せっかく……せっかく、友達になれたと……。友達ができたと……」
「違いますよ。そうじゃないんです。そんな『言葉』じゃ、何も変わらないんです。イロリさんも、私も。そして、あなたも」
「わたくし……?」
「友達、仲間。そんなの、誰かが決めた言葉です。そんなものになろうとしても、結局その言葉をどう捉えるかによってすれ違って、いつかは壊れてしまう。言葉じゃないんです。人と人が関わるということは。人が、人を好きになるということは」
「……それって、つまり深紅さんは」
「いいえ、勘違いしてもらっては困ります。私は、イロリさんのこと、嫌いですよ。とても嫌いです。でも――好きでもあるんです。嫌いという気持ちと、好きという気持ちは共存できるんです。その気持ちのあり方は、私だけのもので、どんな言葉でも表せないもの。きっとあなたも、あなただけの気持ちを持っているはずです」
「わたくしは……。わたしくしは、千歳様によって皆様と繋がることができました。それは、とても素晴らしいことです。ですが……」
「私も、最初はそう思っていました。だから千歳君を手に入れようと、間違った道を選択しようとしたこともあります。彼以外の全てが敵のように感じて、彼を守ろうとして……。だけど、違うんです」
深紅は眼鏡を外し、拭く。
「枢さん。『ワイヤード』という言葉を知っていますか?」
「ワイヤード?」
「ええ。それ自体には意味の無い、ただの言葉です。でも、確かにそういう現象が存在するんです。誰かの心に触れたいという強い気持ちが、『ワイヤード』を生み出すと。心当たりがありませんか? 千歳君に出会ってから、不思議と力がわいてくるような、そんな感覚」
「え、あ……たしかに、わたくしも、彼と出会ってから、なにか意識自体に変化を感じたかのような、世界の全てが変わったような、そんな感覚を抱きました」
「そうです。どういうわけか、この世の中には『コントラクター』と呼ばれる存在がいます。彼らは心の深淵に魔(クオリア)を住まわせ、それを覗いたものを魔に堕とします。その一人千歳君で――それに魅入られたものが、私たち『ワイヤード』なんです」

834ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:39:22 ID:WlbiZkq2
「わたくしたちが……?」
「コントラクターはその存在自体には何の力も無い。しかし、コントラクターの心の底まで見たいと、彼と一つになりたいと願うほどに願ってしまった者は、いつかその心の深淵に触れてしまう。そうしてワイヤード――繋がれし者が生まれる」
「そんな……そんな話……」
「コントラクターに人を魅了する力はありません。そういった要素は普通の人と同じ、個人的なことです。周囲に何の影響も与えないまま消えていくコントラクターもいます。しかし、千歳君はあまりにも他者の心をひきつけすぎた。彼自身が持っていた優しさが私達のような弱い心を持った人間を、こうして変えてしまった。彼が生きる支えになってしまった。だから、周りも見えない。全てが路傍の石にしか」
「どうして、そこまでわかるんですの……?」
「私自身の気持ちだからですよ。――とは言っても、少し前までは私も、イロリさんと同じだったんですけどね」
深紅は自嘲するような笑みを浮かべた。
「だけど、そうじゃない道を選ぶこともできる。人が人を好きになるということ。愛する人の心を覗きたくて、一つになりたくて、口惜しくて生きるのが辛くなることもあるでしょう。でも、それでも私達、この街で出会ったんです。だから、変わっていくこともできます。この街が少しずつ、変わっていくように――あなたも、私も」
「わたくしは……。千歳様のことが好きです。深紅さんの言うとおり、心の深淵まで覗きたいと、一つになりたいと願ったこともあります。まだ、深紅さんのおっしゃっていることを全て理解することも、叶いません……それでも」
「……」
「それでも、わかることがあります。それは、イロリさんが苦しんでいるということ。好きという気持ちで、自分を傷つけているということ。ワイヤードという存在が一体何なのかは、まだわかりません。それでも、その言葉がきっとただの言葉で、大切なものは『こころ』なのだと……今なら、そう理解できます」
「……そうですか」
「深紅さんは、どうするおつもりですか。イロリさんのこと。千歳様のこと」
「さあ、なるようになりますよ。世界が崩壊するわけでもないんです。あなたが言ったんですよ、大切なのは『こころ』。あとは、当人達が何を選択するかの問題です」
深紅は自分のカバンを持ち上げ、立ち上がった。
「――さて、私たちも帰りましょうか。イロリさんには、また明日謝りましょう。きっと許してくれますよ」
「あら、怒らせたのはあなたではなくって? わたくしまで巻き込まないでくださるかしら」
クスクスと笑いながら、枢も追随する。

835ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:39:42 ID:WlbiZkq2
 ♪      ♪       ♪


「だけど――あいつはどうなる」
帰路についていた千歳とナギ。互いに無言だったが、突然ナギがそんな疑問を投げかけた。
『あいつ』とは誰か。ナギは何も言わなかったが、千歳には容易にそれが理解できた。
「イロリ、か」
「あいつは、お前のことを……私と比較もできないほどに、好きなんだ。私の気持ちなんて、それこそちっぽけな、一時の気の迷いに過ぎないほどに」
「……」
「私はお前のことが好きだ……愛してると思う。だけど、その気持ちなんて、結局ごく一般的な……。とても、かなわない。イロリにとっては、お前が全てなんだ。私とは違う。だってあいつは……繋がれし者(ワイヤード)だ」
「……別に、イロリとお前がどう違おうと、そこに良いも悪いも無い。確かに、俺はイロリのこと、好きだよ。だけど、お前の傍にいたいと思った。好きに優劣なんてない。単に、俺がどうしたかったか、それだけなんだ」
「だけど、それがイロリを傷つけることになったら……。いや、きっとそうだ。あいつは世界に絶望する。気持ちの行き場を失って、きっと何もかも憎んで……」
「そうはならない」
「なんで、そんなことが言える……。お前は何もわかっていない。理解していない。そうだ……私が弱いから、私が独りで生きていけないから、だから私を助けようと。お前はいつものお人よし精神で、お情けで私を選ぼうとしているのか?」
ナギは千歳を睨みつけ、早口でまくし立てる。
「私がイロリよりも弱いから……。それがわかっているから、お前は私に優しくする。そうじゃないのか……そうだといってくれ、千歳……」
「ナギ……」
「今、そういってくれたら、私も諦められるよ。お前に好きだと伝えられたこと、好きだといわれたこと。その思い出があれば、それでいい。それだけで、生きていけるから……」
「……本当に、それでいいのか」
「……」
ナギはうつむき、歯を食いしばり、耐えていた。泪がこぼれそうになるのを。
「もう、いいんだ。私を捨てて、イロリと幸せになれ、千歳。そうすれば……」
「もういい!」
千歳はナギをその腕でしっかりと抱きとめる。
「もういい。もうやめろ。そんなことをする必要は無いんだ、ナギ」
「でも、でも……。幸せだと思った。嘘みたいだって。千歳と私がキスして、好きだって。そんなの……。ありえない」
「もういいんだ。これは現実だ。俺がこうやってお前を抱きしめてる。俺たちは触れ合ってる。それでいいだろ」
「……千歳」
ナギの溜めていた涙腺が決壊した。

そして、その光景を、一つの影が見つめていた。
その影は彼らの会話をしばし盗み聞いた後、姿を消した。

836ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:40:06 ID:WlbiZkq2
 ♪     ♪      ♪


「死ね……みんなしんじゃえ……」
自室にたどり着き、電気もつけずに布団を被ったイロリは、呪詛の言葉を呟いていた。
「嫌い……みんな嫌い……」
「どうして?」
「どうして私の心に入り込んでくるの? どうして私とちーちゃんをそっとしておいてくれないの? どうして邪魔するの?」
「ちーちゃん以外の人を好きになるなんて間違ってる。友達なんて必要ない。仲間なんて必要ない。他人なんて必要ない」
「私とちーちゃんだけでいいのに」
「どうして、他人が存在するの?」
「ちーちゃん以外の人が気になるなんて、間違ってる」
「ナギちゃんのことも、深紅ちゃんも、枢ちゃんも、ほんとはみんな嫌いなのに、どうして間違ってしまうの?」
「どうしてこんな私になっちゃったんだろう……」
「嫌い……嫌い……」
「きえてしまえ」
「しんじゃえ」
「しね」
「私なんて」
「ちーちゃん以外を見る私なんて」
「消えてしまえ」
「そうだ」
「変えよう」
「消そう」
「全て」
「ぜんぶ」
「なかったことにして」
「ほんとうのわたし」
「こころ」

イロリは机の上に日記を置き、椅子に座ると、一気に文字を書き込む。
記憶の改ざん。意識の改ざん。感情の改ざん。
本当の自分。千歳だけを見る自分。彼だけを愛する自分。それ以外見えない自分。
変えたのは、誰だ。
――ナギちゃんだ。

「そうだ、あいつはもういらない。だいきらい」

ナギしね。
嫌い。

837ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:40:24 ID:WlbiZkq2
何度も何度も、日記をつかい、自分の『こころ』を修正してきた。
千歳と結ばれるために。彼だけを愛するために。ただ、それだけのために単純化された自分。
何か別のものに囚われ、彼から視線を外してしまわないように。
彼だけをずっと見つめていたい。
ただひたすらに純粋な願いのために、彼女は自らに呪いをかけた。

「ちーちゃんを裏切るな」

「ちーちゃんを好きな私を、裏切るな」

「そんなお前はいらない」

「そんなイロリはいらない」

この呪いが、イロリに与えられた力。『最初のワイヤード』の力。
それは、初めて千歳に出会ったとき。
全ては、あの時に始まった。

ずっと昔。

イロリが『いつものように』両親に虐待を受け、いつものように家から逃げ出したあの日。
公園のブランコで、帰ったらきっと厳しいお仕置きをうけるだろうと想像していたあの日。
世界の全てを憎み、孤独に押しつぶされそうで、しかし命を絶つことすらできないあの日。

あの瞬間に。

二人は出会った。

838ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:41:20 ID:WlbiZkq2
ここまでです。二十一話かけてやっと本筋に到達できました。長々と続けてしまってすみません。

839雌豚のにおい@774人目:2012/01/13(金) 13:14:07 ID:fbUJpoX6
>>838
テラGJ
ナギ派だったから嬉しい限り
まあこの先が怖いが……

840雌豚のにおい@774人目:2012/01/13(金) 19:08:42 ID:2uKBjtmM
>>838


841雌豚のにおい@774人目:2012/01/13(金) 21:43:40 ID:DhMn4xRQ
>>838
待ってましたgj
次話もよろしくお願いします

842雌豚のにおい@774人目:2012/01/14(土) 02:08:34 ID:JyxvHC0A
なんだか触雷が今無性に読みたい僕がいる

843雌豚のにおい@774人目:2012/01/15(日) 17:08:46 ID:i2XVk/gI
センター小説なかなかの病み具合だった

844手紙:2012/01/16(月) 05:52:09 ID:rHmqrhJQ
短編投下します。

845手紙:2012/01/16(月) 05:56:29 ID:rHmqrhJQ
ところで、小村雄介君を覚えていますか。
小村君はこの田舎の町に多分戻ってきません。
彼は都会で1人の女性と出会ったのです。
お相手は私の親戚の御嬢さんで、昨年、大学を卒業しました。
小村君と彼女は周囲の反対をうけ、駆け落ちともとれる失踪をしてしまったのです。
ですが、私にはそう思えません。
小村君からの最後の便りを紹介する前に出会いからの今までの流れをさらりと記してみます。

私たちが高校を卒業した時、君は工業大学に進み、私と小村君は都会の大学に進学しましたね。
小村君と私は新入生歓迎会でとても美しい女性を見かけ、声を掛けたのですが彼女は振り向いてもくれませんでした。
そんなありさまだったものですから、私と小村君はあきらめていました。
その会の三日後小村君は彼女と下宿部屋のカギを探し、日が落ちた頃部屋に帰ってきました。
なぜそのようなことになったのか私も詳しくは分かりません。
そこで分かったのは、彼女が極度の照れ屋で大勢の前でしゃべれないことと、ある一定の距離に入ると饒舌になることでした。
小村君に対して心開いた彼女は小村君に交際を申し込み、交際を始めました。
私の部屋に小村君が帰ってくることも少なくなり、私は内心喜んでいました。

846手紙:2012/01/16(月) 05:57:51 ID:rHmqrhJQ
大学三年生になり、小村君が彼女の部屋に引っ越した頃、私は都会に住む伯母の下で働いていました。
そこで彼女が従妹であることを知ったのです。
この頃になると彼女は小村君に対し、依存のような情を抱いておりました。
小村君と二人で出かけることもままならぬほど情緒も不安定でした。
それからです、結婚の話が持ち上がったのであります。小村君はあまり乗り気ではありませんでした。
小村君は卒業の後、幹部候補生学校に入校し幹部自衛官を目指していたからです。
自衛官となってしまうと彼女を一人にする時間が増え、精神的に不安定にしてしまうからです。
そうなる前に彼は彼女の新しい依存先を作ってやろうとしましたが、私を含む他の誰にも靡かず、
ただ小村君を追い続けていました。私はそんな二人の有様をただ見ているだけだったのです。
大学卒業後、私は小さな電気器具製造会社に入社し、小村君は希望通り幹部候補生学校に入校し、卒業しました。
そこで再び結婚の話が持ち上がりましたが、今度は彼女の両親が反対しました。
小村君が自衛官であるというのが気に入らなかったようで、彼女は実家に連れ戻されてしまいました。
そして先月、自衛隊から外出中の小村君が失踪したとの電話が入りました。
そのころ、彼女も姿を消してしまったようで伯母さんが訪ねてきました。
彼女は駆け落ちすると書き残し、部屋から忽然と姿を消してしまったようなのです。
小村君は脱柵扱いとなり、今更戻ったところで処分は免れないでしょう。
私には小村君が望んで駆け落ちしたとは思えません。
彼は最後の便りに営内生活の様々な事、将来への希望を書き綴っていたのです。
そして最後の一行が私の心に残るのです。
「俺はお前に面倒を掛けるだろう、彼女は諦めない。」
おそらく、彼はどこか遠くで彼女と暮らしているでしょう。

19日の同窓会、私は参加できそうもありません。
それでは、お体に気を付けて。さようなら。

847手紙:2012/01/16(月) 05:58:29 ID:rHmqrhJQ
以上で終わります。

848雌豚のにおい@774人目:2012/01/16(月) 07:21:42 ID:HgYPXs9o


849雌豚のにおい@774人目:2012/01/16(月) 10:54:20 ID:X6ohHH6o
>>847
100%客観的視点から描くのも新鮮ですごくいいね!
GJ!!

850雌豚のにおい@774人目:2012/01/16(月) 17:25:27 ID:t9PbOOkI
センターの小説が気になる

851雌豚のにおい@774人目:2012/01/17(火) 15:14:16 ID:5FKAS9Jo
「たま虫ですよ!」か……俺の時は婆さんと市役所の話だった。

852雌豚のにおい@774人目:2012/01/17(火) 23:37:50 ID:aBYXIaL.
>>847
雰囲気よくてぞわってきたわ
乙でした

853雌豚のにおい@774人目:2012/01/19(木) 17:57:01 ID:jGtCFt.s
未完の大作が多すぎるよ!
っていうか、最近投下が少なくて寂しい……

854雌豚のにおい@774人目:2012/01/19(木) 21:54:01 ID:r846YIYU
まぁ比べるものじゃないが、キモウトスレとかに比べると投下が今年に入って少ない気がするな

855初めから ◆efIDHOaDhc:2012/01/21(土) 03:16:02 ID:3wsYddL6
投下します。

856初めから ◆efIDHOaDhc:2012/01/21(土) 03:17:53 ID:3wsYddL6

夏の陽射しが強い中、本来なら開くはずのない、屋上の扉は開いた。
下駄箱に入っていた手紙によれば、私を呼び出した奴はここに居る。
そう思い周りを見渡すと、見知った男が一人こちらを見ていた。

渡辺 健一。小学校からの顔馴染でいつも突っ掛ってきた男だった。
身長は学年で一番高く、翔太と重秀がいない今、男子の中では成績も学年一位と言っていい。
一時期は番長染みたこともしていた――そんな男だ。

「…さやか、俺と付き合ってくれないか?」

私の顔を確認した途端、唐突に口を開く。
考えていた通りの展開になった。今時ラブレターなんて真似をするから
ドッキリか何かかとも思っていたが。純粋に、メールを使わない所は私なりに評価する。
だが、付き合うか?と問われれば、答えは決まっている。

「嫌よ」

私のこの返答に何を思ったのか、健一は考え込む。小学校位のときは
散々私の邪魔をしていた男だ。それがこんな事を言い出すとはお笑い草だ。
私の好感度で言えば、ランク外。そもそも対象ではないのだ。

そんな男は、顔を上げ私を見つめてくる。

「そんなに…翔太がいいか?」

「……は?」

この男、いきなり素っ頓狂なことを言い出した。確かに、私は良く翔太に凜子、
そしてあのバカ秀と行動を共にしていた。客観的に見れば、翔太に気がある
女の子二人と、クラスでも人気の男の子である翔太、そしてその友人の重秀。
そうゆう感じに見られていたのだろう。

この男もそう捉えて、こんな事を言い出したのか……勘違いも甚だしいが
これはこれで問題ない。勝手に勘違いして勝手に暴走するのだ。
見てる分には非常に滑稽だ。

「…それで?」

「もういない奴よりも、今居る奴の方が良いだろう?」

それに翔太よりも俺の方がカッコイイ、そう続ける。なんとも笑える冗談だ。
確かに、健一は人一倍オシャレにも気を使っておりクラスの垢抜けない男子や
何かを勘違いしている奴らよりよほど、カッコいいのだろう。それは、私自身が
認めてもいい。しかし翔太と比べるのは間違いだ。今じゃ売れっ子の芸能人、
知名度やその他を含めても健一に勝てる要素はない。

まぁ…余り身形に拘らないバカ秀には、勝てるだろうが…

「あんたが?…笑わせないでよ」

「何が良いんだよ!あいつの何処が!?」

私の一言が気に障ったのだろうか?健一は顔を赤くし声を張り上げる。こいつはこいつで、翔太に
コンプレックスでも抱いていたのだろう。健一の事で思い出すのは、以前凜子に
告白したことがるという話だ。凜子はいつもどうりその申し出を断り、健一をフッたのだろう。
無駄に自尊心が強いこの男は、それに痛く傷ついた――大方そんなところだろう。

そしてフラれた理由に、凜子がいつも親しくしていた翔太に原因がある――そう考えでもしたのだろう。
それ以来、どうも翔太に対してライバル意識をむき出しにしているというのか、
健一は、翔太に突っ掛る事が多くなった。

どうして自分がフラれたのか?その原因を翔太に求め、その結果必要以上に翔太をライバル視している。
学校行事にも積極的に参加し、不沈で有名な凜子と共にいる翔太。今や凜子と共に芸能人という肩書も付き
もはや勝てる要素などない。だが――彼らは東京に行った、もういないのだ。
そんな奴がいない今、チャンスとでも思ったか、同じく翔太と一緒にいた私に狙いを付けてきたのだろう。

本当に笑える。傍から見れば翔太を中心としたグループに見えるだろうが、
実際は――

「もういい!帰るっ!」

私が考え事をしている内に、言いたいことを言い終えたのか、健一は不機嫌そうに去っていく。
去り際にドアを叩きつけるように閉める様は、それだけ怒っている心の表れなのだろう。

857初めから ◆efIDHOaDhc:2012/01/21(土) 03:20:24 ID:3wsYddL6

「無様ね……」

しかし、なんで私はこんな事をしているんだろう?勉強の当てにしていた凜子は、東京に行けると聞いて
芸能界に突っ込んでいくし、翔太の奴も自分の彼女を置いていくような真似をするし。

「バカ秀何してんだろう?」

ふと最初に東京に行ったバカの事を思い出す。我が強過ぎて周囲と馴染めない私を影ながら助けてくれ、
気の弱い凜子を勇気づけ、馬鹿をしでかそうとする翔太をなだめ、まるで子や孫を見るかのような目線で
私たちを見ていたあいつ。

無性に気になって、携帯を取り出しメールを打つ。内容はあいつが覚えているかどうかも分からない昔の
話だが、今でも記憶に残っている――いろんな意味で――話で脅しでも掛けてみよう。
唐突なメールだが、あいつなら問題ないでしょう。

『リコーダーの事、まだ覚えてるからね?』

急なメールだったが返信はすぐに来た。

『代わりに俺の笛、ペロペロさせてやんよ』

どうにも最近、あいつは頭のネジが緩んでると思う。

「そういえば……あれ以来あいつの行動って妙にハッチャける様になったわね……」

元々私と凜子の笛を嘗めるというのは、男子達がおふざけでやった罰ゲームで、あのバカ秀はそれに負け
屈辱にまみれながら――の、割には妙にノリノリで『グヘヘ、おいし〜だす』などと言いながら――私達二人の
笛をこれでもかと云うくらい、下劣に汚ならしく嘗め回していた。

男子達の考えでは、泣き喚く凜子と怒り狂った私がボコボコにするという光景を思い浮かべていたのだろう。
しかし、実際に見てみれば固まって動けない私たちを見て男子達はガッカリしたようだが……

私達にして見れば、あいつが――あんな厭らしい顔で私たちの笛を嘗め回す光景は、
なんというか、なんで『笛』なんかにというか……

「あれが、切欠になったんじゃ……」

それ以来、重秀は遠慮というものが消えた――悪い意味で。
今までの大人ぶった態度から一転、遊び尽くす!!というような態度になってゲームに打ち込み
趣味のプラモデル作り、挙句の果てには人をからかい始めるなど一気に堕ちて行った。

「……はぁ」

急に虚しくなってきた。親しい連中は揃いに揃って東京に行ったし、こっちには健一みたいなバカが多いし。

「あいつ、ちゃんと大事にしているかな?」

私 の 首 輪

858初めから ◆efIDHOaDhc:2012/01/21(土) 03:21:06 ID:3wsYddL6

「あれ?返信がないな」

流石に冗談が過ぎる返信だったか、さやかからの返信がない。
あの程度の下ネタで動揺するような奴とは思えないんだが、まぁ良いだろう。どうせいつか会えるんだし
その時にでも話しかけるか。

「おい、おい、見ろよ重秀!凜子ちゃんだぜ!」

成城への合格に向けての勉強会、俺と歳久、委員長と咲が現在俺の家にいる。
俺の部屋だと手狭なので、居間でゴロゴロしながら勉強となるのだが、案の定歳久はテレビに夢中になり
勉強などそっちのけで、食いついている。それを心配そうに見つめる委員長と、関係ないとばかりに集中している咲。
如何も勉強にならない。

しかし、歳久の奴あんな事があった割にケロッとしてやがる。
一体どうゆう神経してるんだ?

「ま、その様子なら写真は必要ないか」

「「「写真?」」」

俺の一言に、三人一斉に反応してきた。

「写真ってなんの写真だよ?」

「ほら、お前が前に言ってた金銀」

何!?写真取れたのか!?と俺に顔を近づける歳久。女子二人も金銀の話は知ってはいるようだが、さして興味が無い様だ。

「おおっ!すっげ!真正面から!こんなに近く!しかもすげぇ可愛い笑顔!!どうやって撮ったんだよ!?」

「聞いて驚くな?メルアドもゲットしたんだぞ?」

「まじで!?ちょっ今からメールしろよ!」

イヤ、しかし知り合ったばかりの娘にいきなりメール?

「ふぇぇ…恥ずかしいですぅ」

「貸せ!俺がメールする!」

俺の渾身のギャグを華麗に無視しつつ人の携帯に手を伸ばす歳久。無駄に力が強いから困る。

「?……もしかしてアーニャかしら?この娘」

「知っているのか?」

「ええ、仲が良い訳じゃ無かったけど、以前同じ学校だったから。けど珍しいわね、この娘が連絡先を教えるなんて」

聞けば成城ではその容姿と氷の様な冷たさから、周りは彼女に対して一歩引いていたらしい。
実際に彼女――アーニャも友達が少ないとかそうゆう事を言っていたな。

「そうゆうのコミュ障って言うんだっけ?
そんな女と関わるの、やめておいた方が良いわよ。
第一その女からいきなりメルアド押し付けて来たんでしょう?
気を付けた方が良いわ。気が付いたらメルアドや電話番号だけじゃなく、
 家の住所や郵便番号、毎日の家庭ごみや交友関係、普段何しているのか、どうゆう本を買って
どうゆうビデオを見るのか、趣味や休日の過ごし方、挙句の果てには普段の自慰の回数や性癖、
それらが細かくチェックされて『重秀君、こうゆうのがいいんだ……』とか何とか勘違いしだして、
メールに添付されてくる写真が、だんだん卑猥な物になっていき気付けばリストカットなどしだす。そして
構ってくれなきゃ死んでやる!!見たいな事書き出して、重秀君の同情心を煽り授業中にも平気で『会いに来て』とか
やり始める。もちろん断ればお得意の死ぬ死ぬ詐欺。仕方ないから遅れていくと私の事嫌いになったんだとかなんとか、
そして呆れた貴方が、そいつと関係を絶ち他の娘と仲良くなると、貴方を殺して死んでやる!!――きっとそんな事になるわ。
私の予想だけど、重秀君は土砂降りの雨の中お腹を刺されて、ついでに首も持って行かれる。そんなことになるわね。
予想ではあるけど、限りなく確信に近い筈よ。いい?だからその女との関係は慎重に考慮して?」

「お、おう……」

ならいいわ。そう言いつつ最近伸びてきた長く綺麗な黒髪を、無駄に色気のある仕草でかき上げる咲。
普段のクールな感じは何処えやら物凄い勢いで捲し立てる。それくらい喋れるのなら、もっと普段から喋れば良い物を。
しかし咲の言う事も一理ある。話して感じは其処まで酷い娘ではなかったが、人の本性と云うのは存外分からない物だ。
付き合いが深くなれば見えなかった部分も見えてくるだろうし、慎重を期すのは悪い事ではない。

「ほらっ!!みんなちゃんと勉強しなさい!!」

委員長の一喝で無駄にだらけていた空気が引き締まった。
不思議と彼女の声には人を従わせる力がある――そう感じられる程だ。

「翔太達元気にやってるかな…」

最近連絡を取っていない友人たちを思い、ペンを奔らせた。

859初めから ◆efIDHOaDhc:2012/01/21(土) 03:22:42 ID:3wsYddL6

「うっ嘘でしょ!!アーニャちゃんに男の子の友達!!」

「声が大きいわよ。もう少し静かに」

私の親友、アーニャ・ミハーイロフは――こうゆう恋愛ごとには、
『恋愛?学生の身分で良くそんな余裕があるわね』とか言っちゃう過激派だ。
そんな彼女が、友達とはいえ異性と積極的に関わろうとしているのだ。これを春と言わずに何と言おう!?

「す、すごいよアーニャちゃん。男の子の連絡先ゲットするなんて」

私たちの学園は華の女子中、しかも良いとこのお嬢様達が通う学園なのでこの手の話には厳しい面がある。
しかし、私を驚かせたのはアーニャちゃんの珍しい積極的行動だ。アーニャちゃんは金髪碧眼の美少女、
鋭い眼光の目と、威圧的な雰囲気、何をやらせても気だるげに軽くこなしてしまうその能力、冷たい美貌とでも言うべきか、
アーニャちゃんは何だか凄い魅力があって、下級生たちからはお姉さまなんて呼ばれている。

そんなアーニャちゃんに、私は何度も恋愛の話を振ってみたけど全て興味なさそうに相槌を返す状態だった。
しかし、今日の話を聞く限りなんとアーニャちゃんから友達になってと頼んだというのだ。私にはそれがビックリでならない。
私はてっきりアーニャちゃんは、百合百合な人かと思っていたけど。

「ええ。でもほとんど直感だから、まだ確証がないの」

何の?とは問わない。そんな野暮な事言われなくても分かってる、恋は何時も突然なのだから――受け売りだけど。

「私応援するよ!!」

「うん。ありがとうね菜々美、でも――」

妙に艶っぽく、とても14歳とは思えない色気を醸し出しアーニャちゃんが口を開く。

「私、菜々美の事もすごく好きよ――」

食べちゃいたい位――そう続けるアーニャちゃんは、やっぱり百合何じゃ…
そう思わずにはいられなかった。




「……はぁ」

携帯を片手に溜息をつく。今日で何度目になるだろうか?ここ最近ずっと同じことを繰り返してる気がする。
もっと正確に言うと、秀君からの連絡が一切ないのだ。私から連絡をしても、何時もならふざけた返信をするのに
最近はとても素っ気ないメールしか返ってこない。私と一緒に上京した翔太君とはいっぱい連絡してるのに、
なんでなんだろう?

「何かしたかな……私」

翔太君と秀君、私とさやかちゃんは小学校から一緒に遊んできたとても親しい友達だ。
特に秀君は小さい頃から気の弱い私や、逆に気の強すぎるさやかちゃん、小さい頃は色々問題を起こしていた翔太君、
他にもいろんな子達の相談役というか、保護者役というか、そんな感じの事をしてきた人だ。
とても面倒見がよく、明らかに周囲の子達とは『見ている物』が違っていた。そんな秀君が訳もなく連絡を絶とうとしているなんて
私には考えられなかった。

「なんで…連絡くれないのかな」

始めは、男の子たちに苛められているのを助けてもらい、一人ぼっちで居た私を仲間に入れてくれ、将来の為と言いさやかちゃんや、
周りの女の子達との仲も取り持ってくれた。勉強だって人一倍出来、両親に勉強を強いられプレッシャーになっている私の為に、
特製のプリントも作ってくれた。

「秀君……」

秀君に会えると思って、東京へ――アイドルになったのに、秀君と会えないんじゃ意味がないよ。
電話にも出てくれないし、私如何したらいいの?

「凜子、休憩はおわりよ」

マネージャーが、私の肩を叩く。日々のトレーニングと勉強に追われている私を良く気遣ってくれるいい人だ。

「成城……」

秀君は成城学園へ進学すると言っていた。ならもっと一杯勉強して、成城で詳しい話を聞こう。
実際に会って話せば秀君だってちゃんと答えてくれるはず。

「待っててね秀君?」

ずっと話しかけていた、貴重な秀君の寝顔の写真を、私はそっと――財布にしまった。






こうして、時は流れて行った。

860初めから ◆efIDHOaDhc:2012/01/21(土) 03:24:33 ID:3wsYddL6
投下終了。
プロットも立てずに始めたのSSなので、矛盾や問題も多いと思いますがお許しください。
遅れて申し訳ありませんが、ちゃんと完結させる意思はあります。
これからもよろしくお願いします。

861雌豚のにおい@774人目:2012/01/21(土) 04:34:23 ID:0Eq4q9uc
キタ━(゚ω゚)人(゚∀゚)人(゚Å゚)━!!!!

862雌豚のにおい@774人目:2012/01/21(土) 08:34:35 ID:olPD2Oa.
待ってた!
gj!

863雌豚のにおい@774人目:2012/01/21(土) 10:35:22 ID:BV1evibY
>>860
乙乙!

864雌豚のにおい@774人目:2012/01/21(土) 13:20:06 ID:WeQg/vrU
>>860
早く修羅場見たくてwktkしてる
伏線回収大変だろうけどガンガレ

865雌豚のにおい@774人目:2012/01/21(土) 17:04:19 ID:89q9xso6
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

866雌豚のにおい@774人目:2012/01/21(土) 19:48:56 ID:r8zLiBT2
いよっしゃあああああああ!来たぁぁアアアア!テンションフォルテッシモぉぉぉぉぉ、ありがとうぅぅぅぅぅぅう!!!!

867雌豚のにおい@774人目:2012/01/21(土) 22:53:58 ID:1F4P39HE
GJ!続きもお待ちしてます

>>866
>テンションフォルテッシモぉぉぉぉぉ
これ使わせてもらうわw

868雌豚のにおい@774人目:2012/01/21(土) 23:58:06 ID:nkYgrvVQ
いつもながらgjです。
今までかなりスムーズに読めているのでプロットを組んでなかったとは、逆にすごいです。
次回もお待ちしています。

>>867
元ネタは多分『仮面ライダーキバ』っすね(笑)
あの作品には他にも『キバって行くぜ』、『華麗に激しく』とかインパクトと汎用性の高い決め台詞が多かったり(笑)

869雌豚のにおい@774人目:2012/01/22(日) 03:48:51 ID:kFAYw23k
>>860
待ってたよおおお!!GJ

870雌豚のにおい@774人目:2012/01/22(日) 07:00:29 ID:iDypu5vQ
>>860
GJ
単位危ない大学生だけどテスト頑張る

871雌豚のにおい@774人目:2012/01/22(日) 07:55:23 ID:uTXAzG7o
>>860
ずっと待ってたんだから!

>>870
頑張れ

872ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:41:54 ID:6bJj/6Gg
こんにちは、お久しぶりです。
ヤンデレの娘さんのモノです。
今回はバトル回。
再会?何それおいしいの?
皆様の暇つぶしにでもなれば幸いです。
それでは、投下させていただきます。

873ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:42:14 ID:6bJj/6Gg
 「俺達は、ほんの少しだけ絆を深めたんだよ」
 なんてクサい台詞をドヤ顔で言った、(ついでに「似合わねー!」「格好付け過ぎ」というブーイングをゼロコンマ1秒で受けた)その日の放課後。
 「よぉ」
 俺と三日は聞き慣れた相手に声をかけられた。
 中性的、というより今となっては凛々しいと表現するべき面立ち。
 中学時代と比べるまでもなく、女性として限りなく理想に近い、しなやかな猫を思わせるプロポーション。
 その全てを台無しにするシニカルな笑み。
 しかし、今この瞬間には、その釣り目に剣呑な表情を湛えた彼女―――天野三九夜(アマノサクヤ)。
 「やー、天野。何か用?」
 俺はいつも通り、片手を挙げて応じる。
 「『何か用』、ね。フン」
 俺の言葉を皮肉っぽく返す天野。
 「まるでオレちゃんを怒らせたことなんて無かったような言い草じゃぁねーか」
 「いや、怒らせた覚えは無いんだけど、なぁ?」
 俺は困惑して、三日と目を見合わせた。
 「オイオイ。オイオイオイ。見た目だけは品行方正なお前がいきなり無断欠席で、そのオチがデートだっつーんだぜ?コレを怒らずにナニを怒れってぇんだよ。なぁ、キロト」
 「キロト言うな、天野(アマノ)ジャクが」
 それは、俺の嫌いな仇名だった。
 いわゆる1つの黒歴史。
 いつも通りを装いながらも、怒りオーラ全開の天野さん。
 「ま、良い機会だ。オレちゃんを怒らせるってのはどーゆーコトか。改めてその身に刻みつけてやりに来てやったぜ。ありがたく思え」
 「……それは」
 危険、では無いだろうか、と言いかけた。
 と、言うのも、俺は一度天野に八つ当たり気味にブチキレられて笑えない目に会っているからだ。
 あまりに笑いごとで無いので、世間的には無かったことになってはいるが。
 「大丈夫だ。オレちゃんが直接手ぇ下すンじゃねーよ。着いてきな」
 そう言って俺を促す天野。
 「いやだ、と言ったら?」
 「もちっと酷い目に会うだけだ。特に、横のちっこいお嬢ちゃんがな」
 そう言って、天野は凶悪な笑みを浮かべた。
 それでは着いて来ない訳にはいかない。

874ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:42:49 ID:6bJj/6Gg
 「さーあ、着いたぜ」
 連れてこられたのは剣道場だった。
 クラブ活動の無い日なので、中はガランとしており、奇麗に掃除された板張りの床が良く目立つ。
 さらに言えば、1人、防具を身につけて道場の真ん中に立つ学生の姿も。
 恐らくは、1年生だろうか。
 高校生としては小柄な方で、中学生と言われても納得してしまうかもしれない。
 細身ながら、防具の上からも、適度な筋肉が着いていることが伺える。
 面を被っているので断言は出来ないが、恐らくは男子だろう。
 「彼は?」
 「ああ、後で紹介するよ。ま、強いて言うなら剣道部のスーパールーキーなスーパーエースってトコロだ」
 どうでもいいが、『スーパー』ほど二つ並びでこれほど頭の悪く感じる言葉は無いのではなかろうか。
 「それよりもホレ、奥の更衣室でちゃっちゃと着替えて来なよ。胴着は用意してあるからよ」
 と、当たり前のように指差す天野。
 「着替える、って何でさ?」
 「キロト、手前まさか制服でウチのスーパールーキーとやりあう気か?」
 だから、キロト言うな。
 「確かに、制服じゃ動きづらいけどさ・・・・・・」
 「なら良いだろ?嫁さんにはオレが着方教えるから」
 「・・・嫁さん、ですか」
 天野の言葉を顔を赤らめて反芻する三日。
 ヤバい、普通に可愛い。
 「だーから、ちゃっちゃと着替えてきな。どの道、地獄を見るのには変わりないからよ」
 そう言ってわらう天野の顔は、俺の腑抜けた感想を吹き飛ばすには十分すぎるほど凶悪だった。

875ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:44:22 ID:6bJj/6Gg
 「つーワケで、ヤロウ共。罰ゲームのルールを発表しまーす」
 胴着に着替えた天野が宣言した。
 「罰『ゲーム』なのか?」
 「・・・・・・」
 「うるせーぞ、ヤロウ共」
 ちなみに、防具と竹刀を身に着けてるのは男子のみで、天野と三日は胴着のみ。
 ショートヘアの天野が身に着けた胴着は、彼女の宝塚的な凛々しさを強調させ、黒髪ロングの三日には和装が良く似合うことが再確認される。
 ウン、やっぱり和服には黒髪ロングだよね。
 じゃ、なくて。
 「ルールは何でもあり(バーリトゥード)。とにもかくにも、暴力行為で相手を『参った』と言わせれば勝ち。以上!」
 「負けたら?」
 「オレの言うことを1つ聞いてもらう」
 酷いルールだった。
 「質問は他に無いな。それじゃあ、はじめ!」
 有無を言わさず宣言した天野の声に、俺はためらうことなく――――相手の顔面に向かって脚を跳ね上げた!
 「・・・剣道じゃない!?」
 「言ったろ、バーリトゥードって」
 後ろで三日と天野が話しているが、それに答えるつもりは無い。
 天野が何を考えているのかは知らないが、少なくとも長引かせても仕方が無い。
 不意打ちであろうが掟破りであろうが、速攻で決めさせてもらう!
 しかし、
 「そう上手くはいきゃぁ、オレちゃんを差し置いてエースなんて呼ばれちゃいねーさ」
 天野の言葉通り、俺の蹴りは彼の両手に持った竹刀で受け止められていた。
 「!?」
 「せいや!」
 それでも、少年は俺の蹴りの勢いを殺しきれない―――が、その勢いを逆に利用して鋭い脚払いをかける。
 「うお!?」
 丁度片足立ちになったところに、モロに入る一撃に、俺は板張りの床の上へ無様にたたき付けられる。
 「ハイィ!」
 倒れこんだところに、竹刀が飛び込んでくる。
 避けるか―――いや。
 「うおら!」
 床の上から跳ね起きると同時に、掌打を伸ばす。
 交錯する拳と竹刀。
 俺は竹刀を起きると同時に避け―――相手は拳を頭を逸らして避ける。
 「!?」
 「っしゃぁ!」
 少年は避けると同時に正拳突きを放つ。
 「ク!」
 俺はその鋭い拳をいなすと同時に拳打を打とうとするが、逆に顔面へ裏拳を連打される。
 何が『剣道部の』スーパーエースだ。
 確実に剣道の動きではないだろうが!
 「・・・・・・ゥエイっ!」
 俺が驚愕している間に、相手は身体を沈め、腹部に突き上げるような掌打を見舞う。
 胃の中のものが逆流しそうな感覚。
 『感じても思っても考えても仕方がないものがあるなら―――全て無視してしまえば良い。そしたら、何も無かったのと同じになる』
 瞬間、昔聞いたある言葉が思い出された。
 九重、お前はいつだって正しいな、残酷なまでに。
 俺はその痛みを堪え、否、無視し、体制を立て直すと、彼の掌打を竹刀を抑えようと振るった。
 少年は片手を制されてもひるむことなくもう片方の手に持った竹刀で、俺の鳩尾に鋭い突きを見舞う!
 同時に、封じられた方の手を振りほどいた少年は、俺に向かって反撃の暇も与えることなく、突き上げるような掌打を次々に見舞う。
 190cm代の俺とは身長差があるため、少年の攻撃はどうしても突き上げるような軌道を描かざるを得ない。
 彼自身、俺のような相手との戦いは慣れてもいないだろう。
 しかし、それでも彼が繰り出すのは、一切の無駄のない、鋭くまっすぐな攻撃だった。
 「・・・強い」
 「オレらには負けるがな。まぁ、アイツもガキんちょの頃から剣道やってたらしいしなー」
 「・・・でも、あの動き・・・・・・」
 「あー、アイツ前の部長経由で良い先生を紹介してもらったかんな。その人との稽古で剣道の腕も一気に上がったけど、あーゆーいらないモンも一気に身に着けて帰ってきやがった」
 「・・・誰ですか、そのいらんことしいな先生は」
 「アンタの姉さん」
 背景でずっこける音。

876ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:46:13 ID:6bJj/6Gg
 「・・・お姉様!?二日お姉様ですか!?私の知らないところで何やったんですかあの人って言うか私聞いてないです!!」
 「あー、あの人も大概にしてシャイだからなぁ。何でも、前部長と一緒に市の体育館レンタルしてこっそりやったとかって聞いてるぜ。オレも詳しくは知らんけど」
 「・・・剣道部に剣道以外のことを教えて、何考えてるんですか・・・・・・」
 とどのつまり、この少年の動きは劣化二日さんということか。
 二日さんの戦いを直接見たことは無いが、少なくとも金持ちの家のSPを倒してしまうほどの腕前だ。
 その弟子だと言うのなら、なるほど確かに強いはずだ。
 俺は素早い掌打を避け様に、その隙をねらい打たんと手足を大きく振るい、勢いのある突きや蹴りを繰り出そうとする。
 しかし、そのことごとくを避けられ、いなされ、同時に瞬時にカウンターを決められる。
 俺は、それに対して思いつく限りの返し技を相手に打ち込もうとする。
 攻防は、いつしかカウンター合戦の組み手のような様相を呈していた。
 「おーおー、立つねぇ立つねぇ頑張るねぇ」
 「・・・千里くん」
 「あのバカが逃げないのは、アンタを守るためかい。・・・・・・いや、違うな」
 半ば1人ごちるように、天野が言う。
 「単に嫁さんを守りたいなら、オレをボコせば良いだけの話だ。それをしないで、こうしてアイツにボコられ痛い思いをしてるのは、オレに対する義理立てのつもりか、謝罪のつもりか・・・・・・。アイツも大概にしてイカれてやがる」
 「・・・見透かした風なことを言うんですね」
 「そうかい?フツーに素直な感想のつもりなンだがな。一応は長らくアンタのダンナさんのダチをやらしてもらってっし。相応にアイツのことは理解しているつもりさ」
 「・・・」
 「アイツは狡い手管を使えない不器用者だよ。だから、荒事に巻き込まれたり、手前も暴力を使わなくちゃいけない場面に巻き込まれ易い」
 「・・・それは、知ってます」
 「だろうな。だから、相応に場慣れしてるし、そこそこ強い。けれども、同時に相手を傷つけたくないって思いも強い」
 まったく、本当に見透かしたことを言う。
 俺はこれみよがしなフックを放つそぶりを見せる。
 それをフェイントに、もっと大振りな踵落しのモーションに入る。
 大きく、重い袴を身に着けているが、それだけに見た目が派手に、威圧的になるはずだ。
 心の方が折れてくれれば、体が軽傷のまま、この三文芝居を終えられる。
 「でも、どーなんだろうねぇ。どーも代わりに自分が身体を張れば、自分が苦労すればそれで良いと思ってるフシがありやがる」
 脚を振り下ろす前に、少年は俺に身体を密着、俺がそれを認識した瞬間にはエルボーを見舞っていた。
 防具の無い所に叩き込まれた、強烈な一撃。
 「それは、確かに時として『誰かのため』ってぇでっかいモチベーションになる。それをオレは否定しない。ソレに助けられたクチだからな。けれども、どうなんだろうねぇ」
 グラリ、と体制を崩し、俺は崩れ落ちた。
 竹刀を無理やりに掴み、立ち上がろうとする。
 「・・・何が、言いたいんですか?」
 「ンな自己犠牲を、アイツはどう感じてんのか。・・・・・・や、違うわ」
 荒い息を吐き出しながら、痛みをシカトし、疲れを無視し、立ち上がる。
 「傍目から見たら、ドンだけ痛々しいか分かってンのかねぇ」
 「・・・」
 「アンタはどー思う?嫁さん?」
 天野の言葉に、三日は答えることは無かった。

877ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:46:32 ID:6bJj/6Gg
 その前に、少年が宣言したからだ。
 「参りました」
 と。
 「参った参った参りましたよ!こんだけやられりゃぁ、尊敬する御神先輩がどんだけのお人なのか痛いくらいに分かりました!罰当番だろうが何だろうが、俺に好きなだけ言いつけてくださいよ、先輩」
 フルフルと首を振り、少年が言う。
 「おや、フルボッコにしなくて良いのかい」
 「人をドSみたいに言わないでください。俺はこれでも、目の前に死にそうな人がいたら自然と助ける程度には平和主義者なんですから」
 「そのネタは真性のシリアルキラーでないと笑えないジョークだな」
 「どこが冗談ですか!とにかく、この勝負俺は降りますからね!」
 と、竹刀を振る少年。
 白旗を振っているつもりなのだろうか。
 「まったく、天野先輩も人が悪いにもほどがありますよ。俺に御神先輩を紹介する条件として、その御神先輩相手にこんなイジメみたいなことを持ちかけるなんて」
 不満もあらわに、天野へと詰め寄る少年。
 「いや、まー・・・・・・。俺も俺で引き受けた側だしー」
 立ち膝のまま、俺は少年をなだめていた。
 「いや、先輩はむしろ怒って良い側ですよ!」
 「そーだぜ、神の字。ソコはコイツに味方するルートだ」
 少年の言葉に、からかうように天野(アマノ)ジャクは笑った。
 「天野先輩が言わないでください!」
 「まぁ、そー怒るな。約束どおり紹介してやっからよ」
 すっかり頭に血がのぼっている少年をからかい混じりにいなす天野。
 見事なまでに相手の扱いを心得ているようだった。
 「ほんじゃまー、改めて。コイツが我が夜照学園高等部の剣道部1年きっての期待の新人、超人エース、宇宙のエース・・・・・・」
 「弐情寺カケル、です」
 そう言って少年―――弐情寺カケルは、面を外し、少年らしさの残る素顔を晒した。

878ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:48:27 ID:6bJj/6Gg
 「ええっと、弐情寺くん、で良いのかな?」
 「あ、俺のことはカケルで良いです。敬愛する御神先輩のことは天野先輩から常々聞き及んでおりました」
 弐情寺くんは、ハキハキした少年だった。
 まっすぐな瞳で、こちらを見上げている。
 容貌としては悪くない部類で、素直そうな印象を見るにそれ相応に女子からの人気はありそうな気がする。
 少なくとも、俺個人としては好感の持てる人柄が感じられた。
 そんな男の子が、どうして俺のことをキラキラした眼で見つめているのかは、多分に困惑するところではありますが。
 「・・・弐情寺くん、そんなに千里くんを見つめないでください。・・・千里くんが引いているのが分からないんですか」
 「すみません、敬服する御神先輩の恋人さんであるところの緋月三日先輩」
 心持ちトゲのある三日の言葉に、シュンとする弐情寺くん。
 裏表の無い性格なのだろう、表情の変化が非常に分かり易い。
 「いや、まぁ引いてやしないけどさ」
 と、三日をなだめつつ、俺は弐情寺くんをフォロー。
 俺と三日は、勝負の後に弐情寺くんと天野に説明を求めていた。
 先ほどから、場所は変わらず剣道場。
 顔の汗はタオルでふき取ったとはいえ、冬の冷たい空気が、苛烈な殴り合いで火照った身体を冷やす。
 ただし、俺たち4人は全員制服に着替え、円になって座っている。
 俺と天野が胡坐で、三日と弐情寺くんは正座だった。
 三日の正座はごく自然な仕草ながら、純和風の容貌に相応しく、美しい姿勢だった。
 随分と手馴れた仕草で座ったので、ひょっとしたら何かしら正座をすることの多いお稽古事でも習っていたのかもしれない。
 「それにしても、何でまたこんな勝負を?天野から俺を紹介してもらう条件に―――とか言ってたけど」
 「はい。俺は天野先輩や他の方々から、御神先輩の評判を聞くたびに、憧れの念を強め、遂にはお会いしたいと思っていました」
 熱烈にと言った調子で、弐情寺くんは語りだした。
 「ねぇ、天野ジャク。このコに俺のこと何て言ってたのさ」
 「そりゃぁ、千キロト。事実を事実のまま、ありのままに話しただけだぜ?もちろん、隠すところは隠して。つか、天野ジャク言うなや」
 ヒソヒソと話す俺と天野。
 「しかしながら、どうにも間が悪く、先輩とお会いする機会を得られないままでした」
 「コイツがオレに、キロトに会いたい、って言い出したのは今年の夏休み明けだったからな」
 夏が明けてから、というのは思いのほか最近だったので意外だったが、同時に納得した。
 その上、ここの所明石と葉山関連の一件にかかづらっていたから、弐情寺くんと会う余裕なんて無かったからだ。
 今思うと、その辺りのことを、意外と空気の読める天野は敏感に感じてくれていたように思える。
 空気の読める部長だけに、見事なエアリーダーである。
 「・・・・・・オイ、それあんまし上手くねーぜ、キロト」
 「・・・・・・人の心を読むな、天野ジャク」
 俺らがバカ言ってる間にも、弐情寺くんは熱の入った口調で話を続ける。
 「それで本日、天野先輩にお願いしてみたところ『オーケー分かった。条件として、あのでくの棒と勝負してやれ。イヤだと言うなよ?部長命令だかんな分かったか!?』とすごいイイ笑顔で言われまして」
 「閻魔の笑顔の間違いじゃ無い?」
 「オレのような聖人君子を捕まえて何言いやがる」
 「天野先輩も、普段はこんなじゃ無いんですけどね。スパルタンですけど」
 天野の酷さはさておき、話としては分かった。
 「んで、天野ジャクはどうしてこんな茶番をマッチメークしたわけさ」
 「・・・そうです。・・・大した怪我こそ増えなかったものの、千里くんが痛そうにしているじゃないですか」
 そう言って、俺たちは天野の方に目をやった。
 「その前に、忘れちゃいないだろうな。勝負のルール」
 「まーね」
 ルール、負けた方は天野の言うことを1つだけ聞く。
 「もっと自分を大事にしやがれ」
 そう命令する―――否、懇願する天野の顔は、いつになく真面目だった。
 「オレはいつだって真面目だ」
 「人の心を読むな・・・・・・って言うのはともかく、どうしたのさ、いきなり」
 正直、怒っているものとばかり思っていたのだが。

879ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:49:07 ID:6bJj/6Gg
 「あー、ブチ切れてたさ。さんざっぱら心配かけといて、『学校サボって旅行行ってました』なんていう手前に、今朝まではな。ただ、それをゼンの奴にブチ撒けたら、さ」
 ゼン、千堂善人。天野の一番大切な恋人。
 「アイツ、『外見に似合わず真面目っ子してる御神がそんなことするとは思えないけど?僕たちのときみたいに、誰かのために奔走してたのが丸分かりじゃないか。ホント、嘘吐くの下手だよね、キロトくんも』って言ってさ」
 カップル揃って、人の心を読みきったようなことを言う。
 「そしたら、別の意味でむかっ腹が立ってきた。何で、オレらに何も言わずにそんな無茶をするのか、そんなにオレらが頼りないのか、ってな」
 「いやいや、嘘なんて吐いて無いよ。ホラ、バイクの免許だってこの通り」
 と、俺は財布の中から免許証を取りだした。
 「って、発行年が去年になってますけど」
 「とっくの昔にゲットってるなら、エキサイトして学校サボる理由には、薄いわな」
 「……」
 自分で自分の首を絞めていた。
 「別にナニを隠そうが知ったこっちゃねーがよ。ンなにオレらが頼りねーか?」
 「そんなつもりは・・・・・・」
 無かった、と言っても説得力は無いだろうなぁ。
 実際、先の一件で天野を頼ったことは無かったわけだし。
 「今日はその意趣返しを兼ねて、って奴さ。コレでチャラにしてやるよ、今回『だけ』はな」
 そう言って、天野は立ち上がった。
 「天野?」
 「言っただろ、『兼ねて』って。本命は後輩に憧れの先輩と好きなだけ話させてやることの方。用事の終わったお邪魔虫は、一足お先に帰らせてもらうぜ」
 そう言って、出口へと天野。
 「じゃーな、お前ら。あ、弐情寺、帰りに道場に鍵かけて帰れよー」
 そう言って悠々と見せる天野の背中を見て、俺は、俺の周りにはかなわない人が多すぎると思わずにはいられなかった。








 「ィよぉ、色男」
 剣道場を出た天野三九夜は、校門の前で待っていた相手にそう声をかけた。
 「やぁ、美人さん」
 それに対して相手、千堂善人は慣れた調子でそう返した。
 善人は、心身共に幼さのあった中学時代と比べ、かなりの程度精悍な印象が強くなっていた。
 御神千里ならば「男前が増した」と手放しに褒めることだろう。
 「寒空の下、態々待っていてくれるとは、よほどオレちゃんのことを気にしていてくれたのかい?嬉しいねぇ」
 「気にもなるさ。三九夜(サク)のような美女が、密室に男2人を連れ込むんだからさ」
 「妬いてるのかい?益々もって嬉しい限りだぜ。ムカシなら考えられなかったからねぇ」
 慣れたやり取りなのか、心底愉快そうに笑う天野。
 「よしてくれよ、昔の話は。一応、反省してるんだし」
 と、子供のようにすねた表情を作る千堂。
 「ハハ。悪い悪い。まぁ、ナニも無かったのは言うまでもねーがな。女のコも一人いたしよ」
 「と、女の子と言えば」
 天野の言葉に、何かを思い出した様子の千堂。
 「何だ、オレちゃん以外の女郎に目移りか?」
 「そ、そうじゃなくて・・・・・・」
 一気に殺気を帯びた天野の視線に気圧されながらも、言葉を続ける千堂。
 「さっき、剣道場の方から、見慣れない女の子が出てくるのが見えて、さ。それで」
 「見慣れない女?黒髪ロングのクリっとした目のちっこいコじゃなくてか?」
 怪訝そうな顔をして、取りあえずは三日の特徴を伝える天野。
 「違う違う。そんな背は低くなくて、いや高くも無かったかな・・・・・・ちょっと覚えてないけど」
 「どっちなんだよ」
 「何だか、印象に残りづらいって言うか、特徴らしい特徴が思い出しづらくて」
 「いや、自分から話題振っといて・・・・・・」
 ツッコミを入れながらも、剣道部部長としても先を促す天野。
 「うーん。強いて言えば、長い髪に、糸目の、どこかとらえどころの無い狐みたいな娘だったかなぁ」

880ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:53:36 ID:6bJj/6Gg
 その後、俺と弐情寺くんは、三日を交えて帰り道に安めのファストフード店に寄り道して、長々と話し込んだ。
 半分は、俺の過去の行いをぼかしぼかしの紹介で、俺を英雄のように持ち上げようとする弐情寺くんには苦笑せずにはいられなかった。
 三日までそれに乗っかるので(『・・・天空から私を助けに現れた千里くんは、天使よりも美しかったです』だの)、俺はブレーキをかけるのでやっとだった。
 もう半分は、『人を助ける』ということについて。
 と、言うか、高校生男子らしい正義論。
 推理小説の名探偵を例に出した弐情寺くんの持論は、中々興味深く、同時に彼の存外思慮深く洞察力のある、それこそ名探偵のような一面を垣間見て、話は思いのほか白熱した。
 「とどのつまり」
 と、俺は考えを整理しつつ、柔らかに言った。
 「人を助けるという行為を選んだ瞬間に、その人は当事者の側になっちゃってるんだと思うなー。あくまで、その人も助けられる側と同様当事者として動いただけで、その間に上下関係は無いんだと思う」
 コーラを片手に、俺は言う。
 「助ける側がすごいとか、えらいとか、そんなことは無くてさ」
 「けれども」
 と、弐情寺くんは食い入るように反論した。
 俺を尊敬していると言いつつ、その意見に唯々諾々と従わない姿勢には、むしろ好感が持てた。
 素直で芯が強い、と言うある種の矛盾を両立させた彼の性格は、ある意味非常に少年漫画的な主人公向きだと内心感服せずにはいられない。
 「『助けた』『助けられた』という関係性が成立してしまってることは事実じゃないですか?いや、まぁ、そこに恩義を感じるかどうかは人それぞれですけど。助けた側が英雄的ヒーロー的で強力なポジショニングになったのは確かなわけで・・・・・・」
 うーん、と唸る弐情寺くん。
 彼の中でも、考えが纏まりきっていないようだ。
 「・・・私なら」
 と、考え始めた弐情寺くんの間をもたせるように、ジュースの入った紙コップを置いて三日が言った。
 「『助ける』という行為の前に、誰を助けるのかを選ぶところから始めると思います。・・・その人が困っているから、とかじゃなくて、その人が私にとってどんな人なのか・・・力になりたい、と思える人なのか、とか」
 「大事なのは誰を助けるのか、誰を助けたいのか、ですか」
 「ある種、とても人間らしい回答だね。最適解の1つとも言える」
 この辺りは、つい昨日まで親友がトラブルを抱えていた三日自身の経験を踏まえた上なのだろう。
 「さっきまでの、御神先輩のお話じゃ無いですけど、ヒーロー的に鮮やかに誰かを助けるってのは「カッケェ!」と思うんですけど、同時になんかやらしさを感じると言うか・・・・・・」
 「力を見せ付けてるみたいに、ってコトー?」
 俺の言葉に、迷いながらも頷く弐情寺くん。

881ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:54:11 ID:6bJj/6Gg
 「・・・最初の『ウルトラマン』でもありましたよね。・・・ウルトラマンや特捜隊が、正義の名の下に弱者を虐げてるんじゃないか、みたいな」
 「ジャミラ回か」
 若い子には分かりづらいたとえを出せる三日だった。
 初代ウルトラマンとか、普通若い子は映画でしか知らないんじゃないだろうか。
 「もし、そこらへん勘違いしてるなら、俺の持論を言わせてもらうけど。その助ける奴の凄さとか優れているとか、そう言うのって大したイミ無いと思うんだよね」
 三日にならって、俺も自分の経験を踏まえて、言わせてもらうことにした。
 「意味、ですか?」
 「そう。正直、格好良いだの悪いだの、強いだの弱いだの、頭良いだの悪いだの、機転が利くだの利かないだの、優れているだの劣っているだの、勝つだの負けるだのなんて、俺にとってはくだらねーカスでしか無いんだよ」
 「・・・・・・カス、って、それは・・・・・・」
 「だって、格好良いだの悪いだの、強いだの弱いだの、頭良いだの悪いだの、機転が利くだの利かないだの、優れているだの劣っているだの、勝っているだの負けてるだので、人の心は振るわせられやしないんだからさ」
 「・・・・・・」
 「そんなモンで、人は恋に落ちてくれない」
 そう、実際俺がどれだけ格好をつけても、どれだけ強くあろうとしても、どれだけ賢くあろうとしても、どれだけ機転を働かせようとしても、どれだけ優れていようとしても、どれだけ勝とうとしていても、そしてどれだけ助けても―――
 彼女は俺に「好きだ」と言ってくれたことは一度としてなかった。
 彼女は、九重カナエは。
 「だから、助けるだの助けないだの、目に見える分かり易いところじゃなくて、それが周りの人の心にどう響くかが大事―――なんて、俺も偉そうなことを言えるほどの者じゃあ無いけどさ。ゴメンね、下らないこと上から言って」
 そう、俺は、にへらと笑って自論を笑い飛ばした。
 「・・・・・・いえ、大変参考になりました」
 しかし、弐情寺くんは深々と頷いていた。
 「正直、白状すると、俺旅先で女の子をちょっと助けたことがあったんです」
 「いかにもロマンスに発展しそうな話だね」
 「正直、俺もちょっとそう言うの期待してました。そこまではいかなくても、彼女を助けたことを、誇り、驕っていました」
 自らの行為をはっきりと卑下する弐情寺くん。
 「ま、結局その後イイ雰囲気になるどころか、連絡1つもらえませんでしたけどね!まぁ、アレですよね。俺の行いが、俺が思ってたよか、あの女の子の心に響かなかったってことなんでしょうねー。ハハッ!」
 そう言って、空しくわらう彼の姿に、昔の俺が重なった。
 ひょっとしたら、彼が助けたのは、九重カナエ、のような女の子だったのかもしれない。

882ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:54:49 ID:6bJj/6Gg
 「先輩がた。今日は、貴重なお時間を取らせていただき、ありがとうございました!」
 「いやいや、俺らも丁度暇だったしー」
 「・・・あなたが千里くんに手を出す同性愛者で無いことが分かっただけ、この時間は貴重でした」
 そう言って、俺たちと弐情寺くんは別れた。
 「しっかし、『助けること』ねぇ。ヒーローオタクとしては、中々感じ入るものがあったなぁ」
 三日と2人、自宅のマンションのエレベーターの中で、俺は誰にともなく言った。
 「・・・ヒーロー、と言うよりは千里くんそのものだったようにも思えますけれど」
 「それはアレだよ。俺が子供の頃に夢見た正義のヒーローをロールモデルにして生きているからじゃない?まぁ、ロールモデルというより、劣化コピーと言った方がいいだろうけど」
 「・・・いいえ、千里くんは、十分ヒーローです。・・・ただ1つを除いて」
 俺の方をまっすぐに見上げ、三日が言った。
 「ただ・・・1つ?」
 「・・・心があることです。作り事の登場人物と違って」
 まっすぐにこちらを見る三日の本心は読めない。
 いや、本当に読めないのは・・・・・・・
 「・・・千里くんは、何度と無く私を助けてくださいました。・・・けれども、その行為は千里くん自身の心には・・・どのように響いたのでしょうか」
 「・・・・・・俺の、心に?」
 「・・・千里くんは、どうして私を助けてくれるんですか?守ってくれるんですか?・・・優しく、してくれるんですか?」
 「それ、は・・・・・・」
 質問ニ答エヨ
 密室の中、黒く淀んだ彼女の瞳がそう言っているように見えた。
 「・・・私は、千里くんが好きです。・・・何度もそう言ってきたつもりですし、その言葉に千の偽りも万の嘘も1つたりともありません」
 エレベーターの密室、逃げようの無い状況でこんな風に切り込んだ、三日のある種の引きの良さに戦慄せずにはいられない。
 「・・・けれども、千里くんは・・・どう・・・なんですか?」
 本人は狙っていないのに、俺が勝手に追い詰められる! 
 「・・・一度も、私に言ってくれたこと無かったですよね」
 静かな声音の中にも、強い響きがある。
 「・・・私を助けることが苦・・・ではないと、私を守ることを厭う・・・ていないと、私に優しくすることは気持ち悪い・・・わけでは無いと」
 答えることを強要するような、強力な響きが。
 「・・・私のことが・・・好きだと」
 と、そこで唐突にエレベーターの扉が開いた。
 予兆も伏線も何もかも吹き飛ばして。
 まるで不意打ちのように。
 扉の先には、人がいた。
 1人の女の子が。
 見慣れた相手、と言うと語弊があるだろう。
 けれども、一度たりとも、一瞬たりとも、忘れたことの無い相手。
 その彼女に、俺の眼は自然と吸い寄せられる。
 「・・・・・・九重」
 三日に問い詰められる以上の戦慄を覚えながらも、俺は彼女の名前を口にしていた。
 「九重・・・・・・かなえ」
 それに対して、目の前の少女は、以前と変わらぬ、狐のような笑顔で、
 「やぁ、久しぶりだね、千里」
 と、まるで何の感慨も無いかのように、当たり前に言ったのだった。







 おまけ 夜照学園学内施設解説
・各種武道場/剣道場
 本校は進学校ではありますが、部活動も盛んです。
 その為、体育館に隣には、この剣道場をはじめとする武道場や各種スポーツのコートが設けられています。
 十分なスペースに板張りの床(柔道場を除く)、各道場には男女の更衣室・空調設備も完備されています。
 体育の選択授業に使われることも多々あるこれらの道場ですが、その維持・管理には学生たちによる自主的な清掃・維持が不可欠です。
 今日も、彼らが自らピカピカに磨いた道場で稽古する声が校内に響きます。

 生徒からの声
 「掃除が生徒主体だから汚い部の道場はドキータねぇンどってるのはベツにどーでも良いんだけどよ、補修やら何やらそれ以外の全部部費でまかなえってのはどうにかなりませんかねぇ?おかげで毎年、各部で部費の取り合いが鬼のよ(以下検閲削除)」

(夜照学園高等部入試案内用広報誌『SATELITE 30』より抜粋)

883ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14:56:33 ID:6bJj/6Gg
今回の投稿は以上になります。
お読みいただきありがとうございました。
やはり、戦闘描写は性描写と同じくらい難しいですね。

884雌豚のにおい@774人目:2012/01/24(火) 16:27:08 ID:IgIaO6WE
>>883
乙です!!
待ってましたよ!

885雌豚のにおい@774人目:2012/01/25(水) 09:28:05 ID:mpWBZ.0s
>>883
GJ
しばらく来なかったから心配したぜ

886雌豚のにおい@774人目:2012/01/25(水) 11:24:32 ID:srOMUDvw
>>883
乙ー

887雌豚のにおい@774人目:2012/01/28(土) 22:51:05 ID:jw6yv0uM
>>883


888雌豚のにおい@774人目:2012/01/29(日) 01:03:46 ID:70iNIL4U
おつ

889 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:45:14 ID:XiaE8fNk
こんばんは
ぽけもん 黒投下します
今パートもヤンデレ薄目ですがご了承ください

890ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:46:50 ID:XiaE8fNk
 熱波と圧力、音と光、そして砕かれ、巻き上げられた備品が閉鎖された空間に溢れる。
 その濁流の真っ只中に僕たちは投げ込まれた。
 まず光と音、それに圧力が到達し、ついで熱波が僕を襲った。
 咄嗟に蔦で全身を覆われ、強く抱き寄せられる。
 しかし蔦は僕の全身を覆うには足らず、むき出しの部分に破片が次々と突き刺さる。
 その暴力の濁流はフロア全体のガラスを突き破り、一気に外部に噴き出していく。
 一瞬の爆発が、何分も続いているかのように長く感じられる。
 光と音で目と耳をやられたせいで、感覚が狂ってしまったのだろうか。
 そんな濁流は、唐突に始まったのと同じように唐突に勢いを失い、終わった。

「ううっ……」
 目がかすむ。耳が痛い。見えるのは灰色の景色のみ、聞こえるのは強烈な耳鳴りのみだ。
 やられた。
 窮地に追い込まれたからと言って、まさか自分から自爆するなんて。
 信じられない。
 僕はロケット団というものを甘く見ていた。
 助かる道があるのに、任務のためにこうもたやすく自らの命を投げ出すなんて。
 そして皆はどうなったんだ。
「み、みんなー」
 自分の声すら変に聞こえる。耳がおかしくなってるんだから当然といえば当然だけど。
 爆発から距離があり、香草さんに守られた僕ですらこうなんだ、向こうの三人は……
 立ち上がろうとして、手をついた瞬間、手に激痛が走る。
 目を凝らしてみると、手にも数個の小さな瓦礫が突き刺さっていた。
 血も大分出ているみたいだ。
 こうして視認すると、今までしびれるようだっただけの手に酷い痛みが走る。
 この分だと、同様にしびれるようである足も、無事ではないだろう。
 目の中に血が入ってきた。
 上体を起こしたことで、血が流れてきたらしい。
 ということは、頭部からも出血しているのか。
 頭の痺れはてっきり目と耳がやられたせいだと思っていたのに。
 どうやら僕も大分重症らしい。
 意識があるのが幸いだ。
 今敵に襲われたらおしまいだけど、すぐに襲ってこないところを見ると、どうやら敵も無事ではないらしい。
 本当に助かる。
「香草さん、どこ」
 とりあえず近くにいるはずの香草さんに呼びかける。
 一刻も早く体勢を立て直さないと。敵もいつまで動けないか分からないし。
 僕の呼びかけからほとんど間を置かず、かすかに高い声が聞こえた気がした。
 香草さん……?
 耳鳴りのせいでまともに聞き取れない。
 突然、首筋に生暖かいものが触れた。
「ひいぃ!」
 状況が状況だけに、情けない叫び声を上げてしまった。
 咄嗟に振り払い、触れてきた何かの方を向く。
 霞む視界に、ぼんやりと何かの塊が見える。
 敵か、それとも味方か?
「…………ぉ……し……よ」
 言葉は途切れ途切れにしか聞こえないけれど、この声は多分香草さんだ。
「よかった、無事だったんだね!」
 無事かどうかは分からないけど、つい反射的にこういってしまった。
 すがるように近づいてきたその塊を、そのまま抱きとめる。
「ありがとう、僕は無事だよ」
 彼女を安心させるように僕は彼女にそう呼びかける。
 そのとき、唐突に腹部に猛烈な熱さを感じた。
 同時に足の力が抜け、立っていられなくなる。
「ゴールドォー!!」
 背後から叫びが聞こえてきた。
 例え耳がおかしくなっていたって分かる。これは香草さんの声だ。
 じゃあ目の前のこいつは……
 目の前の何かの輪郭が歪み、すぐにそれは別の形をとる。
「おま、え、は……」
「うふふ、ばぁーか」
 こいつは、ハシブトだ!
 僕の腹部には、彼女の鍵爪が深々と突き刺さっている。
 騙まし討ち……糞っ! やられた!
 普段なら騙されることはなかっただろうけど、目と耳が霞んでいたのと、香草さんが心配だったのですっかり油断していた。
 足の力が抜け、僕はいまや彼女の鍵爪で無理やり立たされていた。
「あ……が……」
 痛みで思わず呻く。
「さーてお嬢ちゃん、この子の命が惜しかったら……」

891ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:47:16 ID:XiaE8fNk
 彼女がそう言いかけた時。
 何かが僕と彼女の間に現れた。
 彼女はそれを避けるように咄嗟に回避したが、間に合わず、当たった腹部から血が弾けた。
 その直後、空気を切り裂くような音が聞こえた。
 ハシブトが再び姿を消したせいで、支えを失った僕はそのまま地面に倒れこむ。地面の感覚がおかしい。いや、おかしくなってるのは僕の感覚のほうか。
 動かない体で、何とか首だけ動かして視界を何かが来たほうに向ける。
 僕の視界の先にあるそれは、随分と赤くそまっているけど、それは……
「ち、こ……?」
 それは香草さんに見えた。
 彼女の手から伸びた蔦が、こちらに伸びているのも見える。
 じゃあさっきの一撃は彼女が?
 僕は信じられない思いだった。
 だって、さっきの一撃は……
「許さない……」
 さっきの一撃は、攻撃が見えた後に、音が聞こえた。
「私のゴールドを傷つけた……」
 満身創痍なはずの彼女の放った一撃は、つまり……
「私のゴールドを!」
 つまり、音の速さを超えていたことになる。
 彼女は咆哮とともに、周囲の全てをなぎ払った。
 金属製の机がまるでベニヤ板でできているかのように千切れ、部屋に跳ねる。
 僕はポケットに手をいれ、震える手で何とか止血剤を掴むと、傷口にかけた。
「うぐっ……」
 肉が焼けるような音とともに酷い痛みが僕を襲う。
 これなら放置していたほうがマシと思える痛みだ。
 しかし腹部の傷は浅くは無い。放置していたら出血で死んでしまうだろう。
 その間も、僕の上では酷い勢いで蔦が荒れ狂っている。
 衝撃波だけで人が殺せそうな迫力がある。
 視界が不明瞭だから香草さんの表情は伺い知れないけど、間違いなく彼女は正気じゃない。
 僕がやられて激昂しているのか。
「チコ……! やめろ……」
 ちょっと大きな声を出すとすぐ腹部に響く。
 ただこれだけの言葉を吐き出すのに、酷い苦痛が伴った。
「……ゴー、ルド? 無事なの? ゴールド!?」
 僕の言葉で案外あっさりと正気に返った香草さんがこちらに駆け寄ってくる。
「よかった、私、ゴールドが刺されたのを見たら、頭が真っ白になっちゃって……」
 僕の隣に蹲り、泣きじゃくる彼女の頬に手を伸ばす。
 近くで見ると、そこらじゅうボロボロになっているのが分かる。酷い怪我だ。思わず目を背けたくなる。
 だけど、今の僕にはそんなことはできない。
 そして、僕はそんな彼女に、彼女を労わる言葉より、彼女を鼓舞する言葉をかけなければならない。
「香草さん、僕は大丈夫だから、それより気をつけて」
「大丈夫、私、絶対に負けないから。ゴールドを守ってみせる」
 はは、頼もしいな。
 騙し討ちにまんまと引っかかって重体の僕と、僕の命を救ってくれた彼女。
 まったく、本当に僕は頼りない上に情けない。
 自虐もほどほどにしないとな。腹部はまだ酷く痛むけど、止血剤のおかげで血も止まったし、それに、傷も思ったより深くなさそうだ。あの爆発のダメージが相手にもあったんだろう。
 こうしている間に攻撃してこないってことは、おそらく先ほどの香草さんの一撃が思いのほか効いたか、それとも、その後の暴走で大怪我を負ったか。
 それなら、こちらに勝機が見える。
 後はやどりさんたちはどうなっているのか。
 僕たちよりはるかに爆心地に近いから、まともに食らっていれば大怪我は免れないだろう。

 あたりに立ち込めていた埃も晴れてきて、大分向こうの様子が見えるようになってきた。
 よく見えないけれど、三人とも立っている。無事みたいだ。
 黒い影がちらついていることから、ハシブトと応戦しているのだろう。
 そうか、こっちが手がつけられそうに無いからまず向こうを落としに行ったのか。
 しかもよく見えないけど、三人ともそれほどの怪我を負っているようには見えない。どういうことだ?
 もしかして、やどりさんがサイコキネシスで衝撃波と瓦礫のほとんどを相殺したのか。
 さすがやどりさん。
 でも、衝撃波を殺せても、音と光は防げない。
 視覚と聴覚へのダメージはこちら以上だろう。
 手放しで安心はできなさそうとはいえ、それでも一安心だ。
 彼らの元に向かおうと、体を起こそうとするが、腕に力が入らなくて出来なかった。
 彼らの無事を確かめたら、気が抜けたのだろうか。

892ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:47:45 ID:XiaE8fNk
「チコ、僕は大丈夫だから……、彼らを助けてきてよ……」
 気が抜けたせいか、大きな声を出すわけでもないのに、喋るのが億劫だ。体が重い。少し休みたい。
 ランは自分を守ることはできるけど、味方に被害を出さずに相手を倒すのは難しい。
 やどりさんは超能力が通じない以上、決定力に乏しい。
 なら、相性はあまりよくないとはいえ、香草さんが一番の適任のはずだ。
 現に先ほど大きなダメージを与えている。
「だめよ! 私はゴールドの傍にいる! 絶対離れたりしないんだから!」
 香草さんは僕の言うことを聞こうとしない。
 そういえば香草さんは、最初会ったときから、僕の話を聞いてくれなかったっけな。
 起き上がろうともがくことに疲れて、僕は手を降ろす。
 彼女は慌ててその手を抱きとめ、自分の胸に寄せた。
「嫌っ! ゴールド! ゴールド!」
 どうしたの香草さん、そんなに慌てて。僕は大丈夫だよ。
 そう言おうと思ったけど、口を動かすのが酷く億劫だったから、目を瞑りそのまま休むことにした。
「いやぁぁぁ!! ゴールドォォォォォ!」
 香草さんが絶叫し、僕にすがり付いてくるのが分かる。
 そんなに慌てなくても大丈夫だよ。ただちょっと一休みするだけだから……
 しかし香草さんにこう縋られてはそれも叶わない。
 その旨を告げようと、何とか力を振り絞って目を開くと、香草さんは僕の頭を抱えて粛々と泣いていた。いつの間に頭を持ち上げられたんだろう。気づかなかった。
「いや、ゴールド、こんなの絶対にいや。絶対にゴールドを死なせたりしないんだから」
 彼女はそう言って、僕の頭を強く抱える。
 苦しい。
 目の前が塞がれて、真っ暗になるはずなのに、なぜか視界が薄明るい。
 怪訝に思っていると、どんどんその光は強くなってきた。
 何だ? 香草さんが光を放っている? いや、周囲から光を吸収しているのか?
 草ポケモンの中には、光を吸収して急速に自らのエネルギーにできる者がいる。
 香草さんもその能力があったのか。
 ぼんやりとそんなことを思っていると、気づけば、その光は香草さんだけではなく僕にも伝わっていることに気づいた。
 同時に、内部から力が湧き、全身の感覚が戻ってくる。
 激痛、そして恐怖で全身から汗が噴き出した。
 さっきまで、僕はいったい何を考えていたんだ!?
 先ほどまでの症状は明らかに失血による意識の喪失一歩手前だったじゃないか!! どう考えても休んでいい状況じゃないだろ!
 危なかった、危うく死ぬところだった。どうやら正常な判断力を失っていたようだ。
 体力が回復したおかげで、少し正気が帰ってきた。
 そのまま光に包まれていると、傷の痛みも若干引き、大分マシになってきた。
 それにしても、この光は何なんだ?
 光を吸収して回復することができても、それで回復するのは香草さんだけのはずなのに。
 おかげで僕は死なずに死んだのだけれど、わけが分からない。
 考えているうちに、香草さんと僕の発光は序々に弱まり、おさまった。
 体を起こし、香草さんの腕の中から抜け出す。
「ありがとう香草さん、助かったよ」
「ゴールド!? 大丈夫なの?」
「うん、香草さんのおかげだよ。本当にありがとう」
 僕がそういうと、香草さんは泣きながら飛びついてきた。
「ごーるどぉ! よかった! 本当によかったよぅ」
 声はすっかり涙で滲んでいる。
 回復してもらったとはいえ、衝撃が加わると大分傷が痛むのだけれど、何とか受け止めた。
 泣きじゃくる彼女を抱きとめ、背中を撫でる。
 しかしここは戦場だ。
 そんな隙だらけの人間を放置するほど甘くは無い。
 すぐに空間が揺らぎ、そこにハシブトが現れた。
 僕は香草さんごと攻撃を避ける。
 敵は随分と消耗しているのか、香草さんを抱きかかえながらでも攻撃は何とか回避できた。
 香草さんもすぐに攻撃されたことに気づいたらしい。
「あんたのせいでゴールドが大怪我しちゃったじゃない……! アンタは絶対に許さない……!」
 僕に見せる表情とは180度変わった表情となり、ハシブトに向けて蔦を振りかざす。
 回避するハシブトを追って、そのまま攻める。
 一方僕は飛んできたナイフを身をよじって回避した。
「おいガキ、さっきのはいったい何だ」
 僕に向かってナイフを投げた男が、僕にそう問いかける。

893ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:48:11 ID:XiaE8fNk
 爆発の後、姿が見えなかったけど、不意打ちでも狙っていたのだろうか。
 つくづく汚い奴だ。
 それにしても、さっきのがいったい何だなんて、聞きたいのは僕の方だ。
 回復中なんて一番無防備なときに攻撃されなかったと思ったら、この人たちも僕たちが突然光りだしたことの理由が分からず、警戒していたからだったのか。
 もちろん、僕はその質問の答えを知らないし、答える気も無い。
「ロケット団員ってのは最低な人間だな。劣勢だからって部下に自爆させるなんて」
 だから僕は憎まれ口を叩いてやる。
「質問に答えろ小僧。それに、あれは俺が指示したわけじゃない。自分から勝手にやったことだ」
「自分から勝手にやったことだって! それがお前のために死んでいった部下に言うことか!!」
「黙れ! お前に何が分かる!」
「何も分からなくたって、お前が最低な奴ってことは分かるさ!」
「これだからガキは嫌なんだ」
 そういう男の背後にハシブトが現れ、二人そろって姿を消した。 また不意打ち狙いか?
 しかしまだ爆発の衝撃から立ち直っていない僕たちに時間を与えるようなことは、あまり上策とはいえない。
「チコ、向こうと合流しよう。わざわざ敵に合わせて一対一でやることもない」
 僕は香草さんに駆け寄ると、そのまま向こうの三人に向かって駆け出した。
 するとその三人のところに、男とハシブトと、そして何かの塊が現れる。
 その塊を残し、二人はすぐに消え、やどりさんたちの攻撃を回避する。
 そういえば、あの大爆発以来、ガドータの姿が見えなかった。
 彼女が一番爆心地に近かったから、てっきりその衝撃でバラバラになったものだと思っていたのだけど……
「みんな、逃げ――」
 僕がその意図に気づき、叫び終わる前には、僕は香草さんの蔦によって香草さんに引き寄せられ、彼女に抱えられるようにして地面に伏せさせられていた。
 瞬時に蔦で周囲の瓦礫を集めて壁が作られ、さらに物理攻撃のダメージを半減させる半透明の壁が展開する。
 その即席の防壁は、すぐに大爆発によって消し飛ばされた。
 なんてことを。
 奴ら、瀕死の味方を爆弾として利用しやがった!
 再び、構内に閃光と大音響、そして暴風と熱波が駆け巡る。
 何をやるか分かっていたから、僕たちにはダメージは低かったけど、目の前で爆発されたあの三人は。
「シルバー!!」
 思わず、叫びが喉を突いて出た。
 壁が消え、目の前にはただただ黒煙が広がる。
「ゴールド、落ち着いて! 今動くのは危険よ!」
 香草さんはそう言って僕を抱きとめるけど、頭で分かっていても、とてもじゃないがじっとしてなんていられなかった。
「やどりさん! ラン!」
 僕の叫び声は空虚に崩壊した構内に響く。
 その時不意に、悪寒を感じて振り向いた。
 ハシブトの鍵爪が、今まさに香草さんの頭に振り下ろされるところだった。
「危ない!」
 地面を蹴っ飛ばし、香草さんごと後ろに倒れこむ。
 それを追うように、事態に気づいた香草さんが無数の蔦をハシブトに伸ばす。
 しかし再びハシブトは煙に溶けるように姿をくらまし、蔦から逃れる。
 クソッ! 爆発がただそれだけで終わるわけが無いじゃないか!
 どうしても動揺してしまい、彼らから注意が逸れてしまった。
 どうして僕はこう馬鹿なんだ!
「いやああああああ!! シルバァアアアアアアア!!」
 今度は何だ!
 自己嫌悪に駆られている僕の耳に、誰かの絶叫が突き刺さる。
 いや、こんな叫びを上げる人間なんてこの場にはひとりしかいない。
 周囲に警戒しつつ、焼けた瓦礫を踏みながら急いでその声の場所に近寄ると、そこには何かの上に倒れるようにしてむせび泣くランの姿があった。
 煤と怪我で全身が汚れていて、さらに涙やらなにやらで彼女は酷い有様だった。
 まさか。
 僕は浮かぶ疑念、いや、確信を必死に打ち消しながら、彼女が覆いかぶさっている何か、に近づく。
 真っ黒に焦げたそれは、おおよそ生き物とは思えなかった。
 だが、それは……
「し、シルバー……?」
 見る影もなく変貌したそれは……
「……よ、よう……ゴールド……」
 掠れて、普段のものとは程遠いその声は、やはりシルバーのものであった。

894ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:48:32 ID:XiaE8fNk
 声も出ない。
 重度の火傷に加え、全身にいくつも瓦礫が突き刺さっていて、さらに手足の一部は明らかにちぎれてなくなっていた。
 誰が見ても一目で分かる。
 もうシルバーは助からない。
 今生きて意識があるのが不思議なくらいだ。
 ここがポケモンセンターだったら助かる可能性もあったかもしれないが、いくらポケモンセンターだって死者を蘇らすことなどできはしない。
「シルバー! 死ぬな!」
 でも、僕はシルバーにそう言わずにはいられなかった。
 ロケット団に人生を蹂躙され、ランにまっとうな生活を奪われ。
 このまま死ぬんなら、何のために生まれてきたか分からないじゃないか!「……怒鳴るなよ、うるせえな……死なねえよ……」
 口の端には血の泡が溢れている。
 彼の減らず口が今だけは頼もしくて泣けてきた。
「どうなったんだ……? 暗くて、何も見えねえ……」
 確かに視界は悪いけど、何も見えないというほどではない。
 もう目も見えていないのだろう。
「泣いているのは、ランか? 泣くなよ……」
 シルバーはそう言ってランの頭に手を載せた。
「ゴールド……覚悟しておけよ……」
 いつにない、神妙な口調。やめろよ。やめてくれ。
「覚悟って何を」
 僕の声も、震えていた。
「お前も……俺と同じ、運命に……」
 シルバーの目はもう僕を見てはいない。
 意識が錯乱しているのか?
「糞みてえな、人生だったが……それでも……」
「シルバー! もう喋るな!」
「ラン、最後だから、言ってやるよ……」
「シルバァアアアアアア! いやぁあああああああ!!」
「ラン……好きだ……ずっと……お前に逢えて……よかった……」
 彼はランを抱くように動いたが、しかしランを抱くことなく、動きを止め、肢体を投げ出した。
 そしてそれを最後に、動かなくなった。
「じょ、冗談だろ? なあシルバー?」
 分かっている。
 コイツは食えない奴だけど、こんな状況でふざける様な奴じゃない。
 でも信じられない。
 殺しても死なないような奴じゃないか。
 それが、こんなあっけなく……
「ゴールド、しっかりして! このままじゃ……」
 ハシブトと戦っている香草さんも、僕達を守ったまま戦うのは辛そうだ。
 確かに、今は感傷に浸っていられるような状況じゃない。僕は混乱した意識を無理やり戦闘に集中させる。
 黒煙が粗方晴れたお陰で辺りが見えるようになってきた。
 そのため、煤で汚れているものの、床に倒れているやどりさんを見つけることが出来た。
「やどりさん、しっかり!」
 瓦礫に半分埋まったやどりさんを何とか掘り起こす。
「う、うーん……」
 よかった、気絶していただけみたいだ。
 気ぐるみと超能力で身を守れる分、彼女の怪我は軽かったようだ。だけど今回は一回目と違いランやシルバーを守る余裕が無かったのか。
「はやくチコさんの傍に!」
 未だ意識が朦朧としているやどりさんには酷だろうけど、今は落ち着くまで待ってもらう猶予もない。
「ランも早く!」
 ランの方を見ると、彼女は炎に包まれていた。
 それも異常な熱を持っている。
 一目で正常じゃないと分かる。
 彼女のショックは僕の非ではないはずだ。
 どんな暴挙に出てもおかしくはない。
 まず真っ先にそのことを考えるべきだったのに。
 冷静に行動したつもりだったけど、内心ではすっかり動揺しきっているみたいだ。
「ラ、ラン!」
 どうしよう、なんて言葉をかければいいんだ。
 どんな言葉をかけたって、今の彼女を何とかすることなんて……
 ちくしょう、シルバー! お前だけなんだ! お前だけしかランをどうにかできる人間はいないってのに!!
 僕が手をこまねいている間にも、彼女から放たれる熱量がどんどん上がっている。
 もはや近づくことも不可能だ。
「隙だらけよ! ってあっつい!!」
 ランを狙ったハシブトも返り討ちに会った。
 彼女はこれで安全かもしれないが、このままではこっちがたまらない。
「ラン! 落ち着いて!」
 言うに事欠いて落ち着いてとは、自分でもどうかと思う。
 一層熱量が上がった。
 ぎゃ、逆効果か!?
「ゴールド、ふざけてる場合じゃないわよ! このままじゃ、このビルが保たないわよ!!」
 ふ、ふざけてなんかいない!
 シルバーの体はすでに火に包まれ、パチパチと爆ぜている。
 もしかして、これは火葬のつもりなんだろうか。それこそ、そんな場合ではない。

895ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:48:51 ID:XiaE8fNk
「ラーン! 話を聞いてくれー!」
 業火の中にある彼女は、強い口調で答える。
「煩い! アンタと関わらなければ! アンタがいなければシルバーは!」 まるで僕のせいでシルバーが死んだと言わんばかりだ。
「最初からこれでよかったのに! あたしはシルバーがいればそれでよかったのに!」
 さらに熱量が高まり、その一部が熱波となってこちらに押し寄せる。
「アンタさえいなければ!! アンタが、アンタが死ねばよかったのよぉー!!」
「ゴールド! 逃げるわよ!」
 ランの絶叫と共に、猛烈な熱風が押し寄せてくる。
 香草さんは咄嗟に僕を蔦で取り上げ、そこから逃げ出す。
 僕は反射的にやどりさんの襟首を掴んだ。
 意識を取り戻したやどりさんが水の膜を張る。
 同時に、水を噴射して僕達を加速させた。
 先ほどの爆発から逃れ、燃え残っていた可燃物が片っ端から燃えていく。
 馬鹿げた熱波だ。
 熱の濁流が、狂ったように空間を飲み込んでいく。
 隔壁の手前まで逃れ、何とかまともに熱波に晒されることを避けることが出来た。
 しかしそれでもランから大した熱が損なわれた様子は無い。
 あれだけの熱を放出していながら、彼女は未だ煌々と輝いていた。
 限界が見えない。ここも安全とは言えない。
「やどりさん、チコさん、僕達が通れる大きさでいい! 隔壁をぶち抜いて! は、早く!」
 その声は、思いのほか震えていた。
 ランに対する恐怖も無いとは言えない。
 でもそれより、彼女に死ねと言われたことがショックだったのだ。
 彼女は、本当にシルバーのことしか見えていなかったんだな。
 僕なんて、ただの他人、いや、むしろ彼らの間に割り込む敵。
 そのように思われていたんだな。
 僕だけだったのか。
 昔の、あの三人で過ごした日々を、大切に思っていたのは。
 生命の危機に、何を寝ぼけたこと言っているんだと思われるかもしれない。
 この旅に出てからの、度重なる恐怖と命の危機で、僕の危機意識はすっかりおかしくなってしまったみたいだ。
 そもそも、こんな自分の命を自分で危険に晒すような計画に参加してしまった時点で、僕はもうどうかしていたのかもしれない。
 シルバーを失い、ランから罵倒され。
 確かに、彼女の言うとおり、僕は最初から関わるべきじゃなかったのかもしれない。
「ゴールド! 開いたわよ!」
 彼女の方を見ると、分厚い隔壁を貫いて、ギリギリ人一人通れそうな穴が開いていた。
 この短期間でよくやったものだ。
「チコさんから通って!」
「いいえ、ゴールドから!」
「いいから! 早く通って! 隔壁の向こうの安全を確保するんだ!」
 僕はそう言って彼女を先に通らせる。
 隔壁の向こうに敵がいるだなんて思っちゃいない。
 今この場にいるまともな戦力は香草さんだけだ。
 だから彼女の安全を真っ先に確保しなければならない。
 今僕達に揉めている猶予は無い。
 それは彼女もよく分かっているのだろう。
 普段なら食い下がるところだけど、彼女は僕を何か言いたげに一瞬見たものの、すぐに隔壁の向こうに潜った。
 ランを一瞥する。
 白々した火柱に彼女は包まれていた。
 とてもじゃないが話なんて出来る状況ではない。
 頭を伏せ、隔壁を潜った。
 上体を向こうに出したところで、香草さんによって引っ張られる。
「やどりさんも早く!」
 隔壁を抜けると、僕はすぐに向こう側に手を伸ばした。
 ボロボロになった着ぐるみの、ゴワゴワとした感触が手に返ってくる。
 そのまま彼女を引っ張るが、途中で動かなくなった。
「どうしたんだやどりさん!? まさか、ロケット団に掴まれて……」
「違う……き、きぐるみが、ひっかかって……」
 彼女はこんな事態にも関わらず、恥ずかしげにそう答える。
「着ぐるみなんて脱げばいいだろ!」
 一刻も早くここを通り抜けないと、いつロケット団から背中を狙われるか分からないってのに!
 彼らが姿を消しているのは機をうかがっているのか、それともさっきの熱波にやられて、まともに動けないのか。
 後者であって欲しいけど、後者だということを想定して行動することはありえない。
「で、でも……」
「いいから、早く!」
 僕は彼女の手を持ち、無理やり引っ張る。
 着ぐるみの腕のところとそこから上の部分は、余程脆くなっていたようで、あっさりと千切れた。
 そういえば、この着ぐるみも今まで散々痛めつけられてきたもんな。
 そしてそこが切れたことで、ずるりとその中身であるやどりさんが出てきた。
 当然全裸である。

896ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:49:12 ID:XiaE8fNk
「……っ」
「……な、あ、あっ!」
 両者の反応は予想通りであるので、僕はすでにそっぽを向いて、何も見ていないことをアピールする。
 そもそも二人ともそんな場合じゃないだろうに。
 上着を脱いで、やどりさんに差し出してやる。
「とりあえず、これ着て! そしたらすぐにその穴塞いで!」
 ロケット団の二人、窓を破って入ってくることも考えられなくも無いけど、これだけの大騒動になると、この周囲に警戒が集まっているはず。
 つまり外にでればその瞬間、下手したら集中砲火を浴びせられることになる。
 さらにあの二人は大分消耗しているはず。
 窓の強化ガラスを破るのにも苦労するはずだ。
 ランの熱波を避けるためにも、彼らの追撃をかわすためにも、まずはこの穴を塞ぐべきだ。
 ちょうど計ったように穴から炎が噴き出し、僕達を焦がす。
 一触即発であった香草さんとやどりさんもこのことで頭が冷えたらしい。
 二人して急いで穴を塞いでいく。
 そのとき僕は気づいてしまった。
 僕の上着は度重なるダメージを受けてボロボロになっており、やどりさんの大事な部分がまったく隠れていないことを。
 普段なら嬉しいんだけど血の気が引いていく。もしこれに香草さんが気づいたら。
 彼女も必死だったのか、幸いにも香草さんはそのことに気づくことなく、穴を塞ぎ終わった。
 同時に、地響きがし、建物が大きく揺れた。
 隔壁ごしでも熱が伝わってくる。
 他の場所での戦いはどうなったんだろう。
 通信機器が壊れている今、僕にそれを知る術はない。
「もう少し離れよう、ここじゃ危険だ」
 隔壁を警戒しておきたいんだけど、それよりも僕達の安全が優先だ。
 建物が何だか傾いてきている気がする。
 もしかして、この建物はもう保たないのかもしれない。
 結局、ロケット団から人々を守ることは出来たものの、ラジオ塔を守ることは無理そうだ。
 僕達が隔壁から大きく離れたころ、ひときわ大きな爆発が起こり、隔壁が吹っ飛んだ。
「ぐうう!」
 やどりさんが超能力で器用に僕達に飛んでくる大きな瓦礫を逸らし、力を壁のようにして小さな破片からも僕達を守る。
 香草さんも光の壁とリフレクターを発動し、ダメージを低減した。
 先ほどまで僕達がいたところは見事に吹き飛んで、跡形もなくなっていた。
 隔壁があった場所の向こうには、ちょうど円の形をしたクレーターが出来ていた。
 すべてが赤熱し、何もかもが赤く融け、まるで溶岩でも噴き出したかのようになっている。
 これを、ランがやったのか。
 肝心のランも、影も形も無い。
 これほどの熱を発したんだ。おそらく彼女も……
「ラン……シルバー……」
 駄目だ、ここにいても熱で肌が焼かれる。
 僕は瓦礫の影に屈みこんだ。
 く……どうして、どうしてこんなことに……
 ロケット団を撲滅し、大勢の人を救おうとした結果がこれだ。
 僕達は、一体何のために……
「ゴールド、危ない!」
 その言葉を聞くか聞かないかのところで、体が勝手に浮き上がり、後方に吹っ飛ばされた。
 その直後、僕のいたところに小規模の爆発が起こる。
 そこには黒い塊が突き刺さっていた。
 これは、ハシブトの不意打ち?
 そんな、まさか!
 そこには、血まみれでボロボロのハシブトと、ロケット団の男が立っていた。
 顔面も含め、いたるところに酷い火傷が見られる。
 しかもハシブトの腹部には、大きな瓦礫が突き刺さっていた。
 生きていたなんて! どうやって逃げ延びたんだ!?
 とはいえ、相手は満身創痍。もう勝負は付いている。
「お前ら……もう諦めろよ……」
 こいつらのせいで、シルバーは死んだ。
 それなのに、不思議と彼らに対して強い怒りは沸かなかった。
 あるのはただただやるせなさだ。
 復讐という形ですら、もうこいつらと関わりたくない。
 香草さんが両手から蔦を伸ばし、ハシブトと男を拘束した。
「俺バァ! 成功ズル! 成功ジデ、ノシ上がッデ、ゴノ国を変エデヤルんダァ!!」
 口から血の泡を飛ばしながら、男がそう怒鳴る。もうその目に正気は無かった。
 男の言葉が、やたら気に障った。
「そんな幼稚な妄想のために、どれだけの人間を犠牲にしたと思っているんだ、お前はぁああああ!」
 僕は体当たりを食らわせ、男を押し倒す。
 咄嗟に、鋭利な瓦礫が目に入った。
 僕はそれを両手で掴むと、思いっきり振りかぶり、男の胸に突き立てた。
 その切っ先は骨に当たり、骨の隙間にずれ込むようにして肉の中にめり込んでいく。
「ぐ、ヌオオオオオオオオ!!」
 それは、酷い断末魔の叫びだった。
 彼の死に顔は、間違いなく僕の見てきた中で一番酷いものといえるだろう。
 大悪党に相応しい、悲惨な末路だ。

897ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:49:30 ID:XiaE8fNk
「はぁ、はぁ。はは、ざまあみろ」
 僕はその悲痛に歪んだその死体に、そう吐き捨てた。
 脱力し、瓦礫の山にへたりこむ。
 終わった。これで全て終わったんだ。
 ロケット団の作戦は完全に失敗した。
 肝心のラジオ塔が全壊してしまったんだから、僕達の作戦も成功とは程遠いけど。
 しかし僕の胸に去来するのは達成感でも、勝利の愉悦でもなく、ただ空虚のみだった。
 何も得ることが出来なかった。
 ただ失うだけの戦いだった。
 シルバー。
 この作戦が成功するには、やっぱりお前が生きてなきゃ駄目だったんだよ。
 僕じゃなく、お前が……
 虚しさに支配され、呆けている僕の腹部に、突如強い衝撃が走った。
 腹部にめり込んでいるのは鳥の翼。
 真っ白になる視界に、驚愕している香草さんの顔がうっすらと映る。
 香草さんの前には、確かに縛られたハシブトの下半身があった。
 コイツ、まさか、自分の下半身を引きちぎって!!
 誰もが想像もしていなかった。
 それゆえ、誰も反応することが出来なかった。
 飛行なんていうまともなものじゃなく、ただの勢い任せの突進。
 しかしそれは、それでも僕を壊れた窓の外に投げ出すのに十分な威力だった。
「グギャギャギャギャギャギャギャ!!」
 野太い、狂ったような叫びが、どんどん僕から遠くなっていく。
 僕が落ちているから。
 下は瓦礫。
 助けてくれる人はいない。
 つまり、死ぬ。
 僕は呆然と落ちていった。
 何の感慨も沸かない。
 こういうときには、今までの思い出が走馬灯のように見えるって言うけど、そんなこともない。
 その代わり、世界がスローモーションで見えるってのは本当だったようだ。
 僕が落ちた窓が、酷くゆっくりと遠ざかって行く。
 なんだか酷くあっけない。
 シルバーも、こうだったのかな。
 ランは……そんなことはなさそうだな。
 彼女は最後までシルバーのことだけを想って死んでいったのだろう。
「ごーるどぉおおおおおおお!!」
 誰かの絶叫が、僕の耳に届く。
 ああ、最期だってのに、ちっとも香草さんのことが頭に浮かばなかった僕は、だめな彼氏だな。
 そう思った。
 世界がどんどん加速していき、体に強い衝撃が走った。
「ううっ!」
 痛みで呻くが、あんなに高いところから落ちたにしては随分大したことの無い痛みだ。
 あんまりに強い痛みだから感覚が麻痺してるのかな。
 それに、何だか風を感じる。
 まるで空を飛んでいるみたいだ。
「ごーるどぉ!!」
 大声で呼びかけられた。
 まるですぐ傍から呼びかけられたような……
 目を開けると、僕は本当に空を飛んでいた。
 な、なな、これは!?
「会いたかったです! ごーるどぉ!」
「ポポ!」
 首を上げて見えたのは、満面の笑みで笑うポポの姿だった。
 僕はちょうど彼女の両足に掴まれている形らしい。
「ポポ、君が助けてくれたんだね!」
 地面に落ちる寸前のところで、彼女に救出されたのか。
「はいです!」
 久しぶりに見るポポは以前と何も変わりなく……いや、以前よりさらに力強く、美しく見えた。
「ポポ、ありがとう」
 今まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、僕は意識を失った。

898 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:50:25 ID:XiaE8fNk
以上、投下終わります

899雌豚のにおい@774人目:2012/01/31(火) 00:12:50 ID:CeXlRByE
>>898
GJ!
そしてありがとう…

900雌豚のにおい@774人目:2012/01/31(火) 00:48:03 ID:k6e7qkSo
GJ
ランがゴールドのことを眼中に入れてないのはヤンデレ的におkだけど、やっぱり少しさびしいね

901雌豚のにおい@774人目:2012/01/31(火) 07:50:22 ID:SVGtBVco
>>898
GJ!


今回の話は急展開多すぎるww

902雌豚のにおい@774人目:2012/01/31(火) 12:59:39 ID:0zT0oZ4s
>>898
乙!

903雌豚のにおい@774人目:2012/01/31(火) 22:15:42 ID:syvJI1C.
あらやだ、急展開
なんというか続きがどうしようもなく気になる
GJ!!

904雌豚のにおい@774人目:2012/02/02(木) 21:02:37 ID:bgI3.s5s
>>898

一から読んで来ました。ぽけもんの世界観とヤンデレ要素を非常に上手く組み合わせており、とても楽しく読ませてもらいました。
ありがとう

905雌豚のにおい@774人目:2012/02/03(金) 11:45:24 ID:PJdMwqQo
GJ!

906雌豚のにおい@774人目:2012/02/04(土) 01:03:55 ID:HVEqFKLY
お、ポケ黒来てる
GJです!

907雌豚のにおい@774人目:2012/02/04(土) 03:11:03 ID:UgrbFByM
このページの画像の左から1,3、5の画像の詳細を教えてくれ!
気になって夜も眠れん

http://wiki.aniota.info/1245309185/

908雌豚のにおい@774人目:2012/02/04(土) 05:21:34 ID:WfIfe44I
変歴と触雷来ないな

909<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

910<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

911<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

912雌豚のにおい@774人目:2012/02/05(日) 00:25:26 ID:UwhiYYMY
待て…今は待つときだ…来る…ヤンデレのビッグウェーブが…近いうち…必ず…

913雌豚のにおい@774人目:2012/02/05(日) 20:37:03 ID:XZsQyhrg
今は雌伏の時だ、受験も就活もあるし学校や仕事だって来期に向けて忙しいときだ。だから今はただヤンデレといちゃつきながら待つのさ。
ところでここでは二次創作はありなのかい?ないならないでいいんだが……

914雌豚のにおい@774人目:2012/02/05(日) 20:41:44 ID:iZWjaC/w
つテンプレ

915雌豚のにおい@774人目:2012/02/05(日) 21:25:09 ID:XS6r.TXU
過疎やでこりゃ

916雌豚のにおい@774人目:2012/02/06(月) 12:30:33 ID:NBhK7nWw
>>914
あんがとう

917雌豚のにおい@774人目:2012/02/07(火) 02:02:57 ID:kwCTSHUc
過疎なのはこのスレに始まった事じゃない
エロパロはどこもそうだから

918雌豚のにおい@774人目:2012/02/07(火) 02:57:51 ID:8MOeBFuM
違うスレにヤンデレのSS来てたな

919雌豚のにおい@774人目:2012/02/07(火) 12:34:18 ID:x0yfn4Kk
kwsk

920雌豚のにおい@774人目:2012/02/07(火) 15:08:58 ID:LSY289Kc
このスレが廃れたとかSSが廃れたとかの話じゃなくてSS掲示板が廃れたんだよな
ブログや専用サイトの発達で書き手は全部そっちに流れてる

921雌豚のにおい@774人目:2012/02/07(火) 15:23:18 ID:amZ9Q0j2
まあ、この掲示板で書くメリットはあまりないだろうな。

922雌豚のにおい@774人目:2012/02/07(火) 22:59:18 ID:tE8S1egw
専用サイトでやるつもりの作家さんは一言言ってくれるとええね


気になるssが結構あるし、続けてくれるならどこでやってもええよ

923雌豚のにおい@774人目:2012/02/08(水) 20:01:33 ID:wXYTG666
>>919
女の子に催眠、洗脳されてしまうスレ2
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1319637234/
惚れ薬飲まされ効きすぎてヤンデレ化って感じの話だった

924雌豚のにおい@774人目:2012/02/08(水) 22:17:31 ID:q7ATiNzQ
tnks

925雌豚のにおい@774人目:2012/02/09(木) 17:39:11 ID:RnJw/oR2
64年間ぐらいだけ待ってやる

926雌豚のにおい@774人目:2012/02/09(木) 18:57:00 ID:eTq5crSQ
過疎ー

927雌豚のにおい@774人目:2012/02/09(木) 21:01:49 ID:1axNOzM.
今や、ヤンデレはオプションだからな…
ヤンデレのみに特化したSSを発見するのは難しい……。
職人自体に希少価値があるからな。
ここもいずれ、腐海に沈む…残念なことだ…

928雌豚のにおい@774人目:2012/02/10(金) 00:30:53 ID:H88lfUAc
まだだ…まだ終わらんよ…

929雌豚のにおい@774人目:2012/02/10(金) 17:16:30 ID:ilxcIIJw
変歴伝来ないかなーおいでよー

930雌豚のにおい@774人目:2012/02/11(土) 00:33:13 ID:TzyFIJTM
>>929
せめて水樹にはでてほしいよなw

931雌豚のにおい@774人目:2012/02/11(土) 00:33:27 ID:TzyFIJTM
>>929
せめて水樹様にはでてほしいよなw

932雌豚のにおい@774人目:2012/02/12(日) 16:00:04 ID:roo9M8wk
「初めから」は、完結させるっていってたけど、完結するんか?

933雌豚のにおい@774人目:2012/02/12(日) 16:06:49 ID:fbkhJ7kk
へいへいほー

934雌豚のにおい@774人目:2012/02/12(日) 16:10:25 ID:aK3vR2Vw
>>932
プロットのない作品が完結するとは思いづらい。

935雌豚のにおい@774人目:2012/02/12(日) 17:42:16 ID:roo9M8wk
いやでも、職人さんをしんじたい

936雌豚のにおい@774人目:2012/02/12(日) 18:14:17 ID:w7xzOhsA
お前らの気になる作品って何なん?

私は雪風

937雌豚のにおい@774人目:2012/02/12(日) 18:28:41 ID:fbkhJ7kk
ほ と と ぎ す

938雌豚のにおい@774人目:2012/02/12(日) 19:56:38 ID:X2DPoZiI
所詮素人が思いつきで書いてるだけだ
過度な期待はできないし
ましてや完結なんてまずないと考えていた方がいい

939雌豚のにおい@774人目:2012/02/12(日) 19:59:45 ID:FJajztNc
>>938
それでも書いてくれる人を応援するわけだよ
悲観的に考えすぎて上から目線になってるよ

940雌豚のにおい@774人目:2012/02/13(月) 07:27:04 ID:KbPe7KKA
>>938
ツンデレ乙

941雌豚のにおい@774人目:2012/02/14(火) 03:18:35 ID:ho96VPMs
下手なラノベより全然おもしろい

942雌豚のにおい@774人目:2012/02/14(火) 08:39:58 ID:cILnMScg
今日バレンタインてワケで………


幼なじみを寝取られてチョコを貰えなくなって絶望を味わってる男の前にヤンデレちゃんが現れて、ヤンデレちゃんにチョコ(睡眠薬入り)貰ってそして睡眠薬が入ったチョコを男が食べて、眠ってる間に体を拘束されて監禁調教されてくSSを希望しますwww


そして幼なじみは後悔してヤンデレ化する感じでwww

943雌豚のにおい@774人目:2012/02/14(火) 11:00:21 ID:dNGPJv.g
2月に入って、ヤンデレちゃんは消えました。
元々、寂しがり屋さんでしたからね。
この掲示板にも投下がありません。
人が多いところにでも行ったんでしょう。

944Y:2012/02/14(火) 16:29:10 ID:AhiIkoqM
バレンタインはヤンデレイベントでもあるのに。

945 ◆qOSv/CKab2:2012/02/14(火) 20:49:25 ID:dNGPJv.g
投下してみる

946 ◆qOSv/CKab2:2012/02/14(火) 20:50:56 ID:dNGPJv.g
終業のチャイムが鳴り、放課後になった。
今日はバレンタインデー。
けど、昨日彼女のクー先輩に振られてしまった僕には、関係のない話だ。

クー先輩曰わく、

『キミの性格には付いていけない』

らしい。

「じゃあな、シュール」

「うん、じゃあね」

友人のダッチマン軍曹に別れを告げ、一人寂しく下校する。
何も、バレンタインデーの前日にフることはないだろう。

「お前だけさ…僕を独りにしないのは……」

僕は、長年連れ添った相棒のミギー(右手)に話し掛ける。
ちなみに、ミギーは寡黙で従順だ。時折は新しい快楽の扉を開いてくれたりもする。

そんなことを考えながら帰宅すると、僕が一人で住んでいるマンションの部屋の前で、何やら挙動不審な女の子が一人、ドアの前でかがみこんで、ゴソゴソやっている。

クラスメートのヤンデレちゃんだ。

ヤンデレちゃんはかがみこんだ姿勢で、ドアの新聞受けに手を突っ込んでゴソゴソやっている。

僕は、そっとヤンデレちゃんの背後に忍び寄る。

目の前で、ヤンデレちゃんの無防備なお尻が揺れている。

「くらえっ!」

僕は、ヤンデレちゃんの無防備に揺れるお尻に一本指浣腸をたたき込む。

脱力しきっていたヤンデレちゃんの肛門に僕の一本指浣腸が炸裂した!

「ひぎっ!」

ヤンデレちゃんは、車に轢かれた猫のような悲鳴を上げ、ヨロヨロと2、3歩歩き、お尻を押さえた姿勢でうずくまった。

「僕のウチの前で、何をしていたの?」

ヤンデレちゃんは、ダラダラと脂汗を流すばかりで、僕の質問には答えない。
そんなヤンデレちゃんは、何か途轍もない嵐に耐えているようにも見えた。

「しょうがない…」

僕は、ヤンデレちゃんに揃えた一本指をちらつかせる。

「チョコ、チョコレートですっ! チョコレートですからぁっ!」

なるほど確かに、新聞受けにはヤンデレちゃん手作りと思わしいチョコレートが入っている。

「嬉しいけど……どうして学校で渡さなかったの?」

「ひっ、一人で味わって食べて貰いたくって……」

そう言って、ヤンデレちゃんはプルプルと震える。かなりお尻が痛むようで、しゃがみ込んだまま動けない。

そんなヤンデレちゃんに、僕は言ってあげる。

「いらない」

「えっ? シュールくん、あの雌豚とは別れたんだよね…?」

僕は、まだクー先輩が好きなんだ。悪いけど、ヤンデレちゃんの気持ちには応えられない。

947 ◆qOSv/CKab2:2012/02/14(火) 20:52:03 ID:dNGPJv.g
「そっ、そんなぁ…せっかく、アマゾンで買った睡眠薬入り…ふじこふじこ」

「大丈夫、ヤンデレちゃんには、きっといい人が見つかるよ」

「せ、せめて一口だけでも食べてぇ!」

僕は、包装を剥ぎ取り、チョコを一つヤンデレちゃんの口に放り込む。

「うぼぁ…!」

ヤンデレちゃんはエレエレとチョコレートを吐き出す。
やはり何か危険なものが入っているようだ。

「サヨナラ、ヤンデレちゃん」

「いやぁっ! シュールくん、あの雌豚のところには行かないでぇ!」

僕はまた合わせた一本指をちらつかせる。

「カバディ、カバディ…」

呪文を唱えると、ヤンデレちゃんの顔色が悪くなった。

「そっ、そんなものに負けないんだからぁ! あの雌豚に取られるくらいなら、殺してやるぅぅ!」

僕は笑いながら、合わせた指を二本にする。

「ひっ!」

計四本になった指を見て、ヤンデレちゃんは短い悲鳴を上げる。

「クー先輩は、雌豚じゃないやい!」

ずどん!

僕の必殺技が、ヤンデレちゃんのお尻に火を噴いた。

「ギャッ!」

「そいやっ!」

ずどん!

「……」

三発目を超えたあたりから、ヤンデレちゃんはぐったりして動かなくなった。

「そいやっ! そいやっ!」

ついつい、夢中になってしまった。
気付いた時、ヤンデレちゃんは泡を吹いて気絶していた。

このまま放置プレイと洒落込みたかったが、まだまだ寒いこの季節。凍死の危険がある。
ヤンデレちゃんを部屋に上げることには抵抗があるが、このままにはしておけない。
ヤンデレちゃんを部屋のベッドに転がし、目覚めを待つ。

結局、ヤンデレちゃんが目を覚ましたのは、ロンハーが始まったころだった。


「んふぅ…シュールくんの匂い……」

「そいやっ!」

ずどん!

こんなバレンタインデーでいいんだろうか…。

「ヤンデレちゃんは、僕のことが好きなの?」

「うん、シュールくんのこと…ずっと前から好きでした…」

「そうなんだ…」

「傘…貸してくれたよね…」

「覚えがないなあ……」

「思い出して…」

ヤンデレちゃんが僕に抱きついてくる。

まあ、いいか…。

唇を合わせながら、考える。

僕が、これまでの人生で傘を貸したのは、小学生のときに一度きりだ。
…あの娘がヤンデレちゃんだったんだろうか。
この日、僕はヤンデレちゃんと結ばれた。
思い切り出したけど、肝心なことは思い出せなかった。

948 ◆qOSv/CKab2:2012/02/14(火) 20:53:52 ID:dNGPJv.g
投下終了。
バレンタインだから…

949雌豚のにおい@774人目:2012/02/14(火) 21:57:17 ID:7qMe.S3w
>>948
GJ
シュールだなあ

950雌豚のにおい@774人目:2012/02/14(火) 21:57:45 ID:Du8Qd3QM
なんだこれっていうのは褒め言葉でいいのかな
GJ

951雌豚のにおい@774人目:2012/02/14(火) 21:58:53 ID:ozQHJ9N6
GJ

952雌豚のにおい@774人目:2012/02/14(火) 22:38:04 ID:uwMttBaE
>>948
ワロタ
GJ

953雌豚のにおい@774人目:2012/02/15(水) 21:03:22 ID:Bm/EA7aQ
>>948
GJです。
スゲェ、主人公もヒロインもツッコミ所しか無ぇ(笑)

954雌豚のにおい@774人目:2012/02/15(水) 21:14:04 ID:ETs6evyg
>>953
こいつ18歳いってない気がするんだけど

955雌豚のにおい@774人目:2012/02/16(木) 00:57:16 ID:/U./dAXE
少なくとも精神年齢がな…

956避難所の中の人★:2012/02/17(金) 14:15:31 ID:???
次スレ
ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part04
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1329455660/

957 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:04:54 ID:0qDfGH0o
こんばんわ
ぽけもん 黒 投下します

958 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:06:59 ID:0qDfGH0o
 ラジオ塔の跡には、テロの慰霊碑としてモニュメントが立てられることになった。
 この事件でのロケット団を除く死者、行方不明者は二人だけ。
 つまり事実上、その慰霊碑はシルバーとランの墓だ。
 モニュメントを立てることを提案したのはラジオ塔の局長らしい。
 シルバーとランの話を脚色し、構成しなおし、あっという間に二人をロケット団に人生を翻弄された悲劇の男女に仕立て上げた。
 それを元にしたドラマも現在制作中だそうだ。流石、広告というものを扱う商売人なだけあって、よく言えば人心を掴む様なパフォーマンスがうまい。悪く言えば人でなしだ。
 ランが作った溶岩溜まりのせいで、改修に多くの金がかかる土地を、たいした金も使わずに見事に有効活用してしまった。
 お陰で広告収入は激増、人々の支持もうなぎのぼり、得られた収益は新ラジオ塔を建てても余りあるものだという。
 だけど、そんな打算や計算は僕には関係の無い話だ。
 僕にとって大事なのは、確かにここに慰霊碑が建ち、そしてそれがテロやロケット団を憎むシンボルとなり、そして二人の死が人々に悼まれるようになったという事実だけだ。
 シルバーやランはそんなものには何の価値も見出さないと思うけど、僕にとっては大事なことだった。
 確かに、彼らは生きていたんだ。
 歪んだ形であれ、彼らの生は多くの人々の中に残ることが出来た。
 それが、僕にとってのせめてもの救いだった。



 あれから。
 地獄より生還した僕達を待っていたのは、警察の猛烈な事情聴取だった。
 ロケット団撲滅のためとはいえ、僕達のしたことは明らかな違法行為である。
 当然、真実を話したら逮捕は免れないだろう。
 ロケット団撲滅に協力してくれた大抵の人間は、普段は社会に属し、真っ当に生きている人間だ。それはまずい。
 だから事を起こした後の対応は事前に打ち合わせてあった。
 リーダーであるシルバーが死んでしまったから、指揮系統は壊滅かと思われたが、あのシルバーの傍らにいた男が見事にメンバーをまとめて、全員に適切な行動を取らせたようだ。元々、シルバーはただのお飾りで、あの男が実質的なリーダーだったのかもしれない。そうなると自分よりも支持を得られなさそうなシルバーをわざわざリーダーとして立てた意味がいまいちよく分からないけど。
 ちなみに僕に与えられたシナリオは、旅の傍ら、観光にラジオ塔に着たら事件に巻き込まれ、ロケット団に襲われたので応戦した、というものだ。
 僕の釈明に警察も納得はしていないようだったが、この度の事件で一気にロケット団撲滅の機運が高まり、警察も、それにせっつかれる形で大量の人員をロケット団撲滅に投入することとなったので、僕らの事情聴取に裂く人員も惜しいらしく、また、加害者であるロケット団を放置して、世間的には被害者に見える僕達を問い詰めるというのも、世間の目からすればよろしくないらしく、僕達は程なくして開放された。
 今回の事件で一番割りを食ったのは警察と言えなくもない。
 彼らは今後、世間から強い不信感を向けられながらも、命すら保障されていない危険な案件に地道に取り組んでいかなければならないのだから。
 同情しなくもないけど、僕には関係の無い話だ。
 警察から開放された僕達は、そのままポケモンセンターに避難した。単に警察病院からポケモンセンターの病棟に移動になっただけなんだけど。
 そう、事情聴取を受ける以前に、僕はまず警察病院に収容されていた。ポポに助けられてから、次にまともに意識を取り戻すまで一週間もかかったらしい。
 一週間も意識が戻らないような重症だ、警察の事情聴取が終わっても当然退院できるような状態ではなかったというわけだ。

 ポケモンセンターに移り、警察からの事情聴取から解放されたと思ったら、今度はマスコミの取材に晒される羽目になった。
 根掘り葉掘り話を聞かれるくらいならまだいい。それどころか、中には事件とぜんぜん関係ないことを調べたり、勝手なシナリオを自分の中で組み立てて、そのシナリオに欲しい証言を無理やり引き出そうとするものまであった。一部ゴシップ誌では、僕は立派な犯罪者として扱われていることだろう。見てもいないけど。
 香草さん、やどりさん、ポポが復活してからは、三人で、犯罪紛いの方法で記者たちを撃退してくれたみたいで、ようやく平穏が訪れた。
 彼女らのやり方が正しいとは思えないけど、事件からずっと休む間もなかった今の僕にはありがたかった。

959ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:07:52 ID:0qDfGH0o




 一度だけ、あの男から連絡があった。
 反ロケット団のメンバーで再び会わないか。と。
 迷うことすら無く断った。
 今の僕には、興味も無いことだった。
 それに、もうこれ以上ロケット団と関わりたくなかった。
 なんでそんな拒否反応を起こしたかと言えば、僕は嫌だったのだ。
 今作戦の成功を、リーダーの墓前に捧げよう、だとか。
 私達はシルバーという偉大なリーダーを失った。だが、彼の意思をここで潰えさてはいけない、とか。
 そうやって僕達の慰めや士気高揚のために、シルバーやランをだしに使われることが。
 ラジオや世間の人間がシルバーとランを美化することは許せた。だけど、僕達の仲間だった彼らが、作り物のドラマなんかじゃない、真実を知っていた彼らがシルバーとランを美化することは許せなかったのだ。
 それにもしシルバー達の遺留品でも渡されたら、僕はどんな思いでそれを受け取ったらいいというんだ。
 僕がその申し出を断ったとき、男はとても残念そうにしていた。だけど、それでも彼の気持ちに答えようとは思わなかった。
 僕は、一人で彼らの死を悼みたかった。
 僕は、僕の知っている以上の彼らなんて知りたくも無い。
 もう全ては終わったことだ。
 もう終わらせてくれ。



「ねえゴールド、調子はどう?」
 香草さんが僕の様子を伺いにやってきた。
 もはや日課となっている。

 体調が回復して、一般病棟に移されてからというものの。
 僕はこうして、一日中引きこもっていた。
 僕相手に詰め掛ける大勢の人間のせいで僕には一人用の病室が宛がわれたというのが、無遠慮に押しかけた彼らが僕に齎してくれた唯一の利益だ。
 何かに大きな拒絶感があるというわけではなかったけど、とにかく気だるく、何もする気が起きない。
 だからこうして日がな一日、ベッドでゴロゴロして過ごしている。
 何かする以前に、そもそも思考がまとまらない。
 何もかも薄く靄がかかっていて、価値を感じない。
 僕の今までの人生は、一体なんだったのか。
 僕が今までやってきたことは、一体なんだったのか。
 何が意味あることで、何が無意味なことだったのか。
 それとも、何もかも無意味だったのか。
 まともに思考にならない。
「今日も気分が悪い……」
「そう……でも、こんな暗い部屋に一日中いたんじゃ、よくなるものもよくならないわよ」
「僕、光合成しないし……」
「わ、わたしだって光合成だけのために外に出るんじゃないわよ!」
 僕が黙っていると、香草さんは「早く元気になってね」とだけ言い残し、部屋の前から立ち去った。
 普通の人間が当然のようにできることも満足に出来ず、香草さんにまで心配をかけて。
 僕は、人以下だ。
 人間の屑そのものだ。
 やっぱり、僕は死んでいるべき人間だったのかもしれない。
 でも死ぬったって、どうやって死んだらいいんだ。
 人の迷惑にならない、それでいて簡単な死に方は無いものか。
 僕が死んだら、きっと香草さんやポポ、やどりさんは悲しむんだろうなあ。
 でもどうしようもない屑人間の僕だ。どうせ生きていたって彼女らに更なる苦労を負わせるだけだ。
 現に今だって。
 ああどうして僕は。

960ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:08:23 ID:0qDfGH0o
 そうやって一人、部屋で鬱々と過ごす。
 そういう日々がさらにもう一週間続いたころ。
 鍵をしてあるはずの部屋の戸が盛大に開いた。
「う、うわああああああ!!」
 ロケット団からの暗殺者かと思って大げさに驚く。
「あら、思ったより元気じゃない。いい反応だわ。もっと無反応だと思ってたのに」
「か、香草さん!?」
 だが部屋の戸を破って入ってきたのは他ならぬ香草さんだった。
「何やってるのさ! 病院の戸を壊しちゃだめだよ!」
「なんだ、もうすっかりいつものゴールドじゃない。安心したわ」
「安心したわ、じゃない……よ……」
 文句を言おうとしたのに、香草さんに抱きつかれ、僕は閉口してしまった。
「いいのよ、ゴールド。私がいる。私が、ずっと傍にいるから……だから大丈夫よ」
 彼女はそう言って、僕の頭を撫でる。
 今までほとんど動かなかった感情が、まるで溶けたように一気に動いた。
「う、うわああああああああああ!!」
 僕は香草さんに強く抱きつき、思いっきり泣いた。
 今まで泣くべきときに泣けなかった分を、まとめて出したように。
 香草さんは何も言わず僕を抱きしめ、頭をなでてくれる。
 結局、ただきっかけが必要だっただけなのかもしれない。香草さんである必要なんてどこにも無かったのかもしれない。
 でも、僕は確かに救われた。彼女の体温が、呼吸が、そして心臓の鼓動が僕を癒してくれた。
 ありがとう、香草さん。

 小一時間ほど経ったときだろうか。
「あーっ! なんでチコがここにいるです!」
「抜け駆けは、許さないって契約だったのに……」
 ポポとやどりさんが壊れて閉まらなくなったドアの向こうに立っていた。
「ポポ、やどりさん」
 二人の顔をまともに見るのも、随分久しぶりだ。
 そういえば、香草さんだけ来て、やどりさんやポポが来ないのは不自然と言えば不自然な話だ。
「しかも、な、なんで二人で抱き合ってるですか!!」
「夜這い……しかも白昼堂々……許せない」
 何だか雲行きが怪しくなってきた。
「べ、別に私はただこんな暗い部屋にずっといたらゴールドが腐っちゃうと思って、日に当てようかと思って」
「黙れですこの光合成脳!」
「う、うるさい! 元気がないときは太陽に当たるのが一番なのよ!」
「私達が検査に行っている隙に……」
 ああまずい。このままではきっとまた争いが……!
「そ、そうだ! 皆で散歩に行こうよ! 天気もいいしさ!」
 強引に話を変える。
 ああ、僕の束の間の平穏もここまでかな。

 散歩から帰ると、みんなそれぞれ自分の病室へと戻っていった、というか戻らせた。
 香草さんもやどりさんもあの戦いでの怪我は決して軽症とは言えなかったし、ポポも病室を無理やり抜け出して、しかも相当の無茶をしたせいで、僕達はそろいもそろって仲良く入院中なのだった。
 といっても、みんな治りが早くて、まともに入院している必要があるのは現在では僕だけなのだけれど。
 帰った後、看護婦さんからドアを壊したことについてたっぷり説教を食らった。
 悪いのは僕達だから、粛々と受け止めるしかない。
 代わりの部屋もないので、簡単な修理だけしてその部屋を使い続けることとなった。
 どのみち、マスコミや野次馬も減ってきたし、数日中に集団病室へ移ることになるかもしれないらしい。

961ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:10:41 ID:0qDfGH0o




「ゴールド、入っていいです?」
 夜遅く、ドアの向こうから声がかけられた。
 この高く甘えるような声はポポのものだ。
 その声には若干の不安の色が滲んでいる。
「だめだよ、こんな時間に。ちゃんと部屋にいないと」
 僕がそう返事すると、扉の向こうで、微かに衣擦れの音が聞こえる。
 泣いて、いる?
「ごーるど、だいじな話なんです……」
 声は泣き出す一歩手前と言ったようなものになっていた。
 大事な話……そう言われると、聞かないわけにもいかない。
「しょうがないな、入っていいよ」
 僕は簡易鍵を外し、部屋の戸を開ける。
 扉の向こうのポポは、両翼を下ろし、俯いていた。
 まるで親に怒られた子供みたいだ。
「ありがとですゴールド!」
 僕が戸を開けたのを見ると、彼女は顔を上げてぱあっと笑った。
 彼女はぴょこぴょこと弾んだ調子で部屋に入る。
 とてとてと床が鳴った。
「それで、大事な話ってなんだい?」
 僕は扉を閉め、鍵をかけ直しながら聞く。
 すると後ろから飛び掛られた。
「ポポ!?」
「ゴールドとこうするの、久しぶりです!」
 そういえば、ラジオ塔で僕を助けてくれたときはすぐに気絶しちゃったし、それから今まではすっかり部屋に引きこもっていたから、彼女が僕に抱きつくのは本当に久しぶりだ。
「そういえばそうだね。ごめんね、色々心配かけちゃって」
「そうです。目が覚めたときゴールドがいなかったときは本当に、本当に心配だったんですよ」
 ああ、そういえば、時間の都合上仕方が無かったとはいえ、怪我で入院しているポポを丁子町に置き去りにしてきてしまったんだった。
「ポポ、もしかして、ゴールドに捨てられたんじゃなないかって……えうっ、ひぐっ……」
「ああごめんよ! 緊急事態だったんだ! 僕がポポを捨てるわけないよ!」
「ごーるど、ほんとですぅ?」
 彼女はそう言って涙目で見上げてくる。
 う、これは非常にまずい気がする。
 言い過ぎたかもしれない。
「いや、あのっ、その……」
 ポポを捨てるわけ無いって、別にそんな意図は無かったんだけれど、知らない人が聞いたら二股宣言じゃないか。
 でもポポは知らない人じゃないから、そんな心配は杞憂か。
「ポポ、ゴールドになら、全部あげられるですよ……」
 全部って何の話だ!?
 僕の思考を知ってか知らずか、ポポは上目遣いで僕を見上げる。
「だからぜぇーんぶ、ゴールドのものにして下さいです!」
 ポポはそういいながら僕に寄り添うように体を近づける。
 ポ、ポポぉー!?
「そ、そんなことより、大事な話って何だったの?」
 どうも風向きが悪い。
 体を離しつつ、強引に話を逸らす。
 そんな僕に対し、ポポは大げさに驚いた顔をして、そして僕にすがり付いてきた。
「そんなことって、ポポは……ポポはゴールドにとって、そんなにどうでもいい存在なんですか!? ひどいです! ポポは、ポポはゴールドさえいれば、他になにもいらないのに!」
 子供ならではの純真さって奴だろうか。
 その純真さが直接僕の胸の抉り抜く。
 うぐ、違うんだ、違うんだよポポ。
 ポポのことがどうでもいいわけじゃないけど、僕には香草さんという大切な彼女がいるんだ。
 ポポのことばかり見ているわけにはいかないんだよ。
「それとも、ほんとにほんとだったですか……?」
「な、何がさ」
「ゴールドが、チコのこと好きだって言うこと」
 部屋の中から一切の音が失われた。
 静か過ぎて耳鳴りがする。途端に寒気を感じる。
 僕がこれに答えたら、きっとポポは悲しむ。
 自分が大怪我をして気を失っている間にこんなことになっているなんて、ポポにとっては騙まし討ちもいいところだろう。
 でも、僕は言わないわけにはいかない。
 ここでポポに気を使っても、彼女を余計悲しませることになるだけだ。
 だから僕は、背筋に走る激しい悪寒を無視し、答えた。
「うん、そうだよ。僕は香草さん……いや、チコに告白した。僕と彼女は付き合うことになったんだよ」
 何故か冷や汗が流れる。
 数秒の沈黙の後、ポポが口を開く。感情を押し殺したその声は、酷くザラザラしていた。
「……そんなの、おかしいです」
「おかしいって、何がおかしいんだ?」
 僕は努めて優しい声色で話しかける。何でだ。どうしてこんなにも悪寒が止まらないんだ。か、風邪でも引いたかな?
「……ごーるどは、ぽぽのきもちには、こたえてくれませんでした。それなのに、ちこにだけこたえるのはおかしいですよ」
 酷く可愛らしいその声が、雑音染みて感じられる。
 僕の目の前にいる、小さな少女が、まるで魔物のように見えた。

962ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:11:03 ID:0qDfGH0o
「……おかしくなんか無い。僕は、チコが好きだったんだよ。他の誰よりも」
「それは、ぽぽよりも、ですか?」
「……うん、そうだ」
 空気が震えた。
 部屋中のものが、カタカタと細かく震えている。
 地震?
 いや、違う。
 僕はこれが何か知っている。
 本当は、ずっと前から知っていた。そしてようやく、それが何かを自覚した。
「……うそ、です」
 硬いその言葉は、僕には懇願染みて感じられた。こんな小さな少女の、こんな健気な気持ちを裏切る。そのことに僕の胸は酷く痛む。しかしもうここで引き返すわけにはいかなかった。恐怖を押し殺しても、前に進まなければならないと思ってしまった。
「嘘、じゃない」
 それは明らかな失敗だった。
「うそです!!」
 瞬間、空気が爆発した。
 それはポポを中心として、部屋中の全て、いや、建物そのものを飲み込んでいく。
 僕は壁に叩きつけられた。
 その壁も、ここにいるのを拒否するかのように激しく震えている。
 濁流に翻弄されるように、僕も身動き一つ取れない。
 まるで巨大な化け物の手に全身が握られたような感じだ。
 ラジオ塔で、激昂したランを目の前にしたときと同じ感覚。
 間違いない。これは――
「だめですよ、ごーるど、そんなこといっちゃ」
「ど、どういうことだ?」
 もう彼女の機嫌を伺うような声色は使わない。
 毅然と、傍から見れば、ただの震えた情けない声かもしれないけど、僕の中では精一杯の虚勢を張る。
「だって、ぽぽは、ごーるどがいなきゃいきていけないですよ?」
 彼女が一歩僕に近づく。
 彼女が足を下ろした床が、発狂したかのように爆ぜた。
「だから、そんなこといっちゃ、だめです」
 一歩、また一歩と彼女は僕に近づく。
 壁に一斉に細かい皹が入り、それを飲み込むように大きな亀裂が走る。
「僕が、なれるのは、君の保護者までだ! もう僕は、それ以上には、なれない!」
 彼女は翼を伸ばし、そっと僕の頬を撫でた。
 肌が粟立つ。

963ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:12:01 ID:0qDfGH0o
 僕の頬を撫でたまま、彼女は一気に僕に肉薄した。
 ぴょこんと傍に飛びよってくるような、普段どおりのとても可愛らしい動作で。
「ほごしゃでもいいですよ。ぽぽは、ごーるどがぽぽだけみてくれるなら、なんだっていいんです。ぽぽは、ごーるどがほしいものなら、ぜんぶあげるですよ?」
「……君には、僕の一番欲しいものをくれることは出来ないよ。絶対に」
「だいじょうぶですよぉ。だって、ぽぽが、ごーるどのいちばんほしいものになるですから」
 彼女がニッコリと微笑むと、一際強い殺気が僕を飲み込み、僕は身動きが取れなくなった。
 息をするのも苦しい。暴風の中にいるようだ。
 まるで猛獣が捕まえた獲物を舌で舐めるように、ポポは僕の頬に舌を這わせる。
「ふふっ、ポポの愛おしいひと。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。ポポが、ポポが幸せにしてあげますからね」
 悪魔染みた囁きに、背筋に怖気が走った。
 何とか恐怖を払って彼女を突き飛ばそうとするが、やすやすと避けられた。
 勢い余った僕はそのまま床に倒れる。
 彼女は倒れた僕の上に飛び乗った。
「うふ、うふふふふ、ごーるど、ああごーるど」
 彼女の足に力が増し、僕の背中に軽く鍵爪が食い込む。
 体を捩って見上げると、彼女の表情はまさに恍惚と言うものだった。
 堪えきれない、と言った風に、両の翼の先を自分の頬に当てている。
 今の僕には、その笑みが酷くサディズムに溢れたものに見えた。
 まったく似ても似つかないのに、獲物を捕らえた猛禽を連想させられる。
「ポポ、君は獣とは違う。自分の感情をコントロールすることができるはずだ。だからこんな馬鹿なことはやめてくれ。今なら、すべて無かったことに出来る」
 場違いな上から目線の説得だ。
 だけど、へりくだっても意味は無いだろう。
「や、で、す。ぽぽは、なんにもなかったことにするきないです」
「く、ポポォー!!」
 僕の激昂と共に、扉が爆発したように裂け、部屋に爆風が吹き荒れる。
 見るまでも無い。二人が、僕を助けに来たんだ。
「チコさん! やどりさん!」
「ゴールドを離せ、この畜生がァ!」
 瞬間、僕は助けに来てもらったことを後悔した。
 香草さんは未だかつて無いほど怒り狂っている。
 ついさっき感じた恐怖の暴風が、そよ風に感じるほどだ。
 部屋の戸が破られた瞬間、僕はポポによって窓枠のところまで運ばれていた。
 片足で僕を掴み、もう片足で窓枠を掴んでいるポポが、香草さんを挑発する。
「遅かったですねえ! チコはいつも遅すぎるですよ。今まではたまたま運よく手遅れにならずに済みました。でも、そんな幸運は続かないですよ」
 そういうと、ポポは窓枠が爆ぜるほどの力で、思いっきり窓枠を蹴っ飛ばした。
 ほんの刹那遅れて香草さんの蔦が空気を切り裂くが、もう遅い。
 ポポは僕を抱えていながら、すでに高く、蔦の死角に飛び上がっている。
 香草さんは蔦によりすぐに屋上まで這い出てくるが、そのときにはポポはさらに遥か上だ。
 彼女の蔦の有線範囲を遥かに超えている。
 やどりさんも念力で飛んでくるが、やはりポポと比べればその速度は雲泥の差だ。
 何より、やどりさんは念力で無理やり跳んでいるだけだ。
 天性の飛行動物であるポポに勝てる道理はない。
「うふふ、くふふふふ」
 ポポは空気が漏れるような、不快な笑いを漏らし続けている。
 突如、その笑みが止まった。
 そしてポポの全身に力が満ちたかと思うと、僕は強い衝撃を覚えた。
 あまりにも急速な方向転換に、僕の体が耐えられなかった。
 全身を強打されたかのようになって、気絶寸前の僕の視界の端に、香草さんが映った。
 背後には無数の蔦が伸びている。
 まさか、蔦を使って、自分を跳ね飛ばしてきたのか!?
 本当に無茶をする。
「うわああああああああ!!」
 そしてその蔦を引き戻すようにして、ポポを刈るように振り払った。
 ポポが息を呑む気配を感じる。
 しかし、その蔦は寸での所で空を切った。
 香草さんの顔が絶望に染まるのが分かる。
 彼女に空は飛べない。
 後は、落ちていくだけである。

964ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:12:23 ID:0qDfGH0o
「いや、ごーるど、ゴールドぉおおおお!!」
 彼女は叫びと共に手を伸ばす。
「チコオオオオオオオオオオ!!」
 僕も手を差し出すが、しかしその手は圧倒的な距離に阻まれ、届かない。
「ふ、ふふ、ふふふふふ! これで、これでゴールドは、ゴールドはポポのものですうううううう!!」
 ポポは狂ったように笑う。
「ばいばい。地を這うことしか出来ない、哀れな生き物。その風もつかめない非力な腕で、ゴールドをつかめるわけがないですよ」
 泣き叫ぶ香草さんに、ポポは捨て台詞を吐くと、どんどん上空へと飛び上がっていく。
 香草さんが見る見る遠くなっていく。
 必死にこちらに向かって飛んでくるやどりさんも、あっという間に見えなくなった。
「うわあああああああああああああ!!」
 僕の絶叫は、広すぎる空に溶けて消えた。

965 ◆wzYAo8XQT.:2012/02/20(月) 17:14:14 ID:0qDfGH0o
以上、投下終わります
というわけで最終章突入です
あともう少しお付き合い頂ければ幸いです

966雌豚のにおい@774人目:2012/02/20(月) 19:17:34 ID:j1zCIO82
GJ!

967雌豚のにおい@774人目:2012/02/21(火) 10:26:32 ID:7qED7a2s
>>965
乙です!

968雌豚のにおい@774人目:2012/02/21(火) 16:01:20 ID:OLJunuOg
や、ポポの病みを見たかった俺としては満足です

でも香草さん派ですけど

969雌豚のにおい@774人目:2012/02/22(水) 09:28:22 ID:2COf.jwc
ポポー! 俺だー!
ああ、もうラストになっちゃうのか・・・

970雌豚のにおい@774人目:2012/02/23(木) 23:05:07 ID:K0XLarZU
うめ

971雌豚のにおい@774人目:2012/02/25(土) 22:17:25 ID:ZYWNqgPw
ヤンデレというジャンルはもう斜陽だよ
今は寝取られ、ビッチの時代なんだよ
一人の男を盲心的に愛すとか流行らないんだ
そういう時代なんだよ

972雌豚のにおい@774人目:2012/02/25(土) 22:40:40 ID:lFpLzq2g
他スレにGo!

973雌豚のにおい@774人目:2012/02/25(土) 23:19:11 ID:PL0YBG2.
別に流行り廃りでヤンデレ好きやってるわけじゃないし
斜陽、結構じゃないか
ヤンデレには退廃と滅びの匂いがよく似合う

974雌豚のにおい@774人目:2012/02/26(日) 05:02:50 ID:QwXiTFxs
ヤンデレは平安時代(もしかしたらもっと昔)から続く日本の伝統芸能みたいなもんだ、
多少寂れたとしてもまた復活するよ。

975雌豚のにおい@774人目:2012/02/26(日) 09:55:12 ID:y4IyaVQY
パチンコ、カラオケに次ぐ日本の伝統……ヤンデレ…
わかっているようだな

976雌豚のにおい@774人目:2012/02/29(水) 23:33:17 ID:JqKi9bRY
おい、阿修羅さん生きてるぞ…

977雌豚のにおい@774人目:2012/03/01(木) 00:46:25 ID:X95lSAcA
まとめサイト自体の更新はされてますし

978雌豚のにおい@774人目:2012/03/05(月) 11:06:53 ID:GDq63hRg
埋めようか

979ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:37:14 ID:1Tyg1Pd.
お久しぶりです、ヤンデレの娘さんのモノです。
埋めがてら、こちらに投下させていただきます。

最初に言っておく!九重かなえにヤンデレは無い!!

980ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:37:35 ID:1Tyg1Pd.
 中等部三年生が終わるころである。
 俺は、空港の広い廊下で、九重かなえと会っていた。
 と、言うよりも別れていた。
 「キミもまぁ、よく来たものだね。今日出発だ、なんて学校の連中に伝えてなかったのに」
 これから、俺達と別れて海外へ転校する飛行機に乗る直前。
 そんなタイミングでも、九重はいつも通りの笑顔だった。
 「伝えて……欲しかったかも」
 内心のざわめきを抑え、俺は言った。
 ちなみに、この辺りの諸々は一原先輩調べだ。
 あの人には今も昔もかなわない。
 「立つ鳥跡を残さず、って言うでしょー?いや、この場合は断つ鳥、かなー?」
 「……もう、遅い」
 少なくとも、俺の心には彼女の存在がしっかりと刻みつけられていた。
 跡が、残るほどに。
 「かも、ねー。正直、ココには中途半端に長く居すぎたなー」
 いつもの笑顔を崩すことなく九重は言った。
 「居てくれて、良かった」
 俺は、自分の想いを真っ直ぐに伝えた。
 「そうー?」
 「……もっと、居て欲しかった」
 「……そっかー」
 九重は、笑顔のまま視線をそらした。
 九重は目を細めているので、その変化は俺にしか分からなかっただろうけれど。
 「そう言えば、さ。全然関係ないけど、ボクもキミみたいな夢を見てたことがあるんだー」
 「……夢?」
 「驚くことないでしょー?ボクとキミは、同類なんだからさー」
 同類、それは俺に評してしばしば九重が言ってくれた言葉。
 しばしば否定的な文脈で使われるその言葉は、苦しくもあり、それ以上に嬉しかった。
 彼女に会うまで、誰かにきちんと向き合ってもらい、必要とされたという感覚が無かったから。
 「誰かに向き合ってもらえて、必要とされて、絆を紡ぎ、愛してもらえる。そーゆーヒトと出会うことができる。そんな夢を、見てたことがある」
 淡々と、彼女は語る。
 その度に、俺の心のざわめきは増していく。
 心臓の鼓動が速くなることを、感じる。
 「まぁ、その夢が叶わなくもないかなーなんて少しだけ思えたとしたら、ココに長く居た意味もあったのかもしれないねー」
 クスクスと笑いながら、冗談めかした口調で九重は言った。
 「ねぇ」
 俺は胸の奥から言葉を吐き出す。
 「その夢は、叶ったの、かな?」
 その相手は俺だったのか、と聞けない自分がもどかしい。
 「いいや」
 俺の言葉に、九重は笑顔を消し、切れ長の形の良い目を見開いて言った。
 しっかりと、俺に向かって断言した。
 「その夢は、叶わなかったよ。昔も。そして、今この瞬間も」







 九重かなえ
 俺こと御神千里の、夜照学園中等部所属時代の同級生。
 同じく、生徒会役員。
 年中、黒の長袖にストッキングという、極端に露出の少ない姿。
 年中、糸目の笑顔。これを崩したところは一度しか見たことが無い。
 身長は、女子としては低くも無く高くも無く。
 髪の長さは背中に届くほどのロングヘア。
 どちらかと言えば不健康な印象を受ける色白の肌。
 いつでもどこでも、常に突出して目立つことは避けるタイプ。
 しかし、一方でその容貌は可愛い系か美人系かと聞かれれば―――間違いなく美人。
 それも、そうそういない位の端正な美形。
 あまりに整いすぎていて、それが逆に無個性に見えるのが欠点だが、それは彼女自身が自ら進んでそうしている節がある。
 もっとも、彼女の内面分析ほど無意味なことは無いのだが。
 笑顔のポーカーフェイスの下に隠れた内面を、彼女は決して見せようとはしないのだから。
 そんな彼女に、俺は惹かれた訳だけれども。
 そんな彼女が、俺に最も近く、最も恋した相手である訳だけれど。
 そう、決してかなわぬ想いを向けた相手。
 その彼女が、今、こうして、目の前に、いる。
 「ここの・・・・・・え?」
 「ボク以外のナニに見えるのさー?」
 と、驚愕する俺と対照的に、まるでかつてと変わりの無い態度を示す九重。
 「どう・・・・・・して」
 「何がー?」
 何が、と聞かれると答えに窮する。
 と、言うより聞きたいことが多すぎて、何から聞いていいのか分からなくなる。
 「って言うかさー」
 ひょいひょい、と俺の足元を指差して九重は言った。
 「いー加減、さ。エレベーターから降りないと、ドア閉まるんじゃない?」
 「へ?」
 ガシャン、と言う音と共に俺たちが遮られたのはそれとほぼ同時だった。
 「ちょ!?ま!?閉まらないで!降ります!降りますから開けて!あけてくれ!」
 俺の叫びも空しく(?)エレベーターは自動で設定された通りに1階へと降りていくのだった。

981ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:38:26 ID:1Tyg1Pd.
 閑話休題。
 「む、無駄に疲れた・・・・・・」
 「いやいや、そんなこと言われてもー」
 改めて元のフロアに戻ってきたとき、俺は心なしかグッタリしていた。
 剣道場での死闘(笑)の疲れも重なり、二重にクるものがある。
 いや、フツーに1階からエレベーターで上がりなおしただけなんですけどね?
 ちなみに、九重は先ほどと同じ位置。
 俺が戻るまで態々待っていたのだろうか・・・・・・?
 「に、しても九重。いつから日本に?海外にいるって聞いてたけど?」
 今度こそエレベーターから降りると、俺は九重に問いかけた。
 「そうだよー?昨日まではイギリス、今日からは日本」
 つまり、今日着いたばかりらしい。
 つまりは、その足で俺の住むマンションまで直行してきてくれた、ということになる。
 「そう言う事なら、ケータイにメールくらいくれても良かったのに」
 「ああ、ゴメンゴメン。ボク、ケイタイとか持って無いしさー」
 ひらひらと手を振りながら言う九重。
 以前と全然変わらない仕草だった。
 「って言うか、ケイタイとか買ってもらえたんだ」
 九重の目に宿る感情は、読めなかった。
 これも、以前の通り。
 「ああ、高等部進学祝いに、親からね」
 「・・・・・・へぇん」
 なぜだろう。
 どうにも九重とのトークがやり辛い。
 久々だからだろうか。
 九重は、以前と全く変わっていない筈なのだが。
 いや、強いて言えば。
 「少し、髪質が悪くなった?」
 スッと九重の髪に手を触れて、俺は言った。
 「…!?」
 隣で三日が息を飲んだことに気付くことなく。
 「……んー、そだねー。日付跨いでエコノミークラスに座ってたから、そう見えるかもー」
 「ああ、そう言う事か」
 俺は海外旅行の経験もほとんど無いし、九重の髪についてはエキスパートとはいかない(精精がプロ)なのだが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。
 「後で、シャワー借りるねー」
 「ああ、構わない」
 「・・・」
 「ところでー」
 つい、と俺の隣に視線を移し(これは九重との会話になれたから見分けられる、彼女の微細な変化だ)九重が言った。
 「さっきから隣で、ボクに向かってネツレツな視線を向けている可愛いお嬢さんはどなたさまー?」
 「うぉ!?」
 隣を見ると、三日が剣呑な雰囲気を纏って、九重に向かって刺すような視線を向けていた。
 「参ったなー。ボクは女の子が大好きってワケじゃないんだけどなー」
 「別に、お前にはあげない」
 三日はモノじゃない、というツッコミはさておき。
 「それで、そこのソレはどこのナニ?」
 「・・・・・・」
 九重の日本語が微妙におかしい気がしたが、そこはスルー。
 「コイツは緋月三日。俺と同じ夜照学園高等部の生徒で、学年もクラスも部活も一緒」
 「・・・どこでもいっしょ」
 恨みがましい声音で面白い合いの手を入れるなよ、三日。
 リアクションに困る。

982ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:38:53 ID:1Tyg1Pd.
 「なんだ、クラスメートなのか」
 「それ以外の何に見える?」
 「妹さん」
 「俺に兄弟姉妹がいないのは、お前も知ってるだろ?」
 「・・・」
 俺の発言に、なぜか剣呑なまなざしを向けてくる三日。
 「ああ、ゴメンねー。コイツ、女の子を自宅にあげるのが趣味みたいなトコがあるから」
 「誤解を招くような発言だな・・・・・・」
 「・・・あなたも」
 と、その時初めて明確に、三日が九重に向かって問いかけた。
 「・・・あなたも千里くんに『自宅にあげて』もらったことがあるのですか?」
 三日の問いかけに、九重はすぐには答えなかった。
 「千里くん、か」
 と、ただ三日の言葉を反芻した。
 「・・・どう、なんですか?」
 「勿論。中等部にいた頃は、頻繁に招待されたものだよ。家族や恋人と同じくらい、彼の自宅に一緒にいた時間は長かったんじゃないかな」
 恋人、という言葉に、三日の拳がささやかに、しかし強く握り締められるのが分かる。
 「・・・恋人は」
 意図的に感情を押し殺したような声で、三日が言った。
 「・・・恋人は、私です」
 「……何だって?」
 「・・・千里くんの恋人は、私です」
 三日の言葉に対して、九重は、
 「これは中々、面白いジョークだね」
 と、表情を変えずに言った。
 ポーカーフェイスな、笑顔のままで。
 「・・・冗談ではありませんし、冗談じゃありません」
 握りこんだ拳が震えるのが分かる。
 「み、三日。落ち着「千里くんは黙ってて!」
 驚いた。
 三日が、俺の言葉を遮ってまで、ここまで声を荒げるなんて思っても見なかった。
 「今年の五月から!千里くんと私はずっとずっとずっと愛し合ってきました!ご自宅に行ったことだって何度も何度もあります!初めてのキスだって捧げたんです!だから・・・・・・」
 「今年の五月、ねぇ」
 どれだけの激情をぶつけられても、九重に動じる様子は無い。
 「それに、キス止まりか。まぁ、らしいと言えばらしいけど」
 「ならどうだって言うんです!?」
 「コレの中身を、どれだけ理解してるのかな、って言ってるかなー」
 「!?」
 三日が、猛然と九重に飛び掛ろうとする。
 それを、両肩を掴んで辛うじて止める。
 「三日!」
 「離してください!」
 「落ち着け、三日!」
 「千里くんどいて!そいつ殺せません!」
 この女―――!!
 「落ち着けと言っている!!」
 俺は、三日に、怒声を浴びせていた。
 「・・・・・・こんな天下の往来で、物騒なことをするもんじゃぁ無いってコト。立ち話もなんだし、取りあえず家に戻ろうよ、ね?」
 そう、俺は取り繕うように三日に笑いかけた。
 ソレに対して、三日は不承不承と言った顔で、頷いた。

983ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:41:21 ID:1Tyg1Pd.
 かすかに、シャワーの音が聞こえている。
 「さっきは、ゴメンね」
 三日と九重を我が家に招き入れ、今は九重にシャワーを浴びてもらっていた。
 俺と三日は、リビングで背中合わせに座り、九重を待っていた。
 何とは無しに取った姿勢だったが、三日の背中の小ささと、彼女の温もりが伝わってきて、ドギマギする。
 こんなことを考えてる俺は、相も変わらず――――汚らわしい。
 「・・・何が、ですか?」
 「大声、出しちゃったコト」
 「・・・」
 三日の表情は見えない。
 「それに、何ていうかさ。俺と九重は、お前が思ってるようなカンジじゃないから。だから、安心して欲しいな」
 「・・・それは、聞き及んでいます。…かつて、千里くんがあの女の存在に誑かされていたことが…」
 「違う」
 そう、俺は三日の言葉を否定した。
 「俺はともかく、九重にそう言う意図は全くなかったよ。だから、俺と九重が友達を超える関係になることは、天地が裂けてもありえないよ」
 俺は、きっぱりと断言した。
 「・・・千里くんにとって」
 「うん?」
 「・・・千里くんにとって、九重かなえって何なんですか?」
 三日の声が背中に響いた。
 「似たもの同士。心を通わせた同士。昔、かなわぬ想いを向けた相手。それ以上でも以下でも無いよ」
 「・・・」
 俺の言葉は、三日にどのように響いたのだろうか。
 いや、そもそも、俺という存在が三日の心にどのように響いているのか、俺はきちんと理解しているのだろうか。
 「・・・なら、私は?」
 「え?」
 「・・・私は、千里くんにとってどのような存在なのですか?」
 俺にとっての三日、か。
 「改めて改まって聞かれると、難しい質問だな」
 正直な気持ちを表しつつ、考える。
 「俺にとってお前は―――」
 その質問に答えきる前に、リビングのドアが開いた。

984ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:41:44 ID:1Tyg1Pd.
 「シャワー、終わったよ。型通りに、『良いお湯だったよ、ありがとう』と言っておくべき、かな」
 「…他所のお風呂を借りた人間の台詞ですか、それが」
 リビングに入ってきた九重に、三日が聞こえるか聞こえないかと言う声で呟いた。
 恐らく、と言うよりまず間違いなく九重に伝えるつもりでの言葉なのだろうが。
 「どういたしまして、と言わせてもらうよ。型通りになるまでもなく」
 「そー」
 「折角だから、ウチで食べてく?この後作るつもりなんだけど?」
 「…千里くん」
 「うん、お願いー」
 相も変わらず、感情の動きを見せることなく九重は応じる。
 俺にとっては、それが嬉しくもあり、寂しくもある。
 久し振りの再会なのだから、もうすこし感動とはいかないまでも、感慨くらいはあっても良いと思うのだが。
 もっとも、感謝の1つも見せない女ので、初対面の人間には、無礼で無作法に見えるかもしれない。
 「三日」
 先ほどから恨みがましい眼をしている三日の頭を、俺はクシャっと撫でた。
 「……」
 「九重の態度にどうこう思ったって仕方がないよ。コイツはこういう奴だ」
 「…千里くんがそう言うなら」
 俺の掌の下で答える三日。
 ほんの少し頬を膨らませるのが可愛らしい。
 「どうでも良いことだけど、女の子の髪をそんな風に触るのは、セクハラと暴力のどちらにあたるのかなー?」
 「変なタイミングで水差すなよ……」
 「だからー、どうでも良いことじゃないー?」
 ……やりづらい。
 「ンじゃぁ、これからどうするー?ご飯作る時間まで、3人で何かテレビゲームでもする?」
 「や、千里はもう適当に作りはじめちゃってよー」
 俺が提案すると、九重はそれをあっさりと却下した。
 「…なら、私は千里くんと」
 「そんなのはコレに任せなよー、三日さん」
 俺に着いてこようとする三日を、やんわりと制する九重。
 彼女が三日のことを名字では無く名前で呼んだことに、俺は少なからず驚きを覚えた。
 まるで気さくその物で捉えどころの無い九重だが、他人を名前で呼ぶことも、他人に名前を呼ばせることも、俺の知るかぎり許したことが無かった。
 勿論、海外で暮らしている中では、名前で呼ばれることは少なからずあっただろうが……。
 「キミがいない間に、女の子同士の会話、って奴をしたいと思ってさー」
 「でも……」
 どうにも、九重の思惑が読めない。
 三日が未だにあからさまに九重に心を許していないことに気が着かないほど、彼女は鈍感では無いように記憶しているのだが。
 大体にして、この2人を一緒にして、良い予感がしない。
 九重が三日のことを名前で呼んでいることが、希望だと言えなくは無いことも無いけれど……。
 しかし、
 「構わないよねー」
 九重はいつもの笑顔でそう言った。
 ノー、と言われることを全く想定していない声音で。







 俺が九重に逆らおうと考えること自体が無意味だった。
 惚れた弱みと言う奴である。
 俺は、サクっと米を磨いで炊飯器にセットすると、台所で野菜や調理器具を用意する。
 九重には悪いが、夕飯時も近づいてきたので、あまり時間のかからない物にさせてもらおう。
 コンソメスープに使う鍋に火をかけ、おかずの野菜炒めに使うタマネギをスライスしながら、俺は深呼吸をした。
 正直、今の俺は不安定だ。
 九重の顔を見るたびに感情が揺らぐ。
 動悸が早くなる。
 彼女のために、殉じようと思う。
 これは、無視できない事実だった。
 オーケー、認めよう。
 認めて、受け入れよう。
 無為で無意味なことに、俺は九重を未だ憎からず想っている。
 彼女を慕い、想い、焦がれている。
 手の届かない偶像を見上げ、憧憬の念を抱くように。
 けれども―――
 そこまで俺が感情を整理したところで、金属の倒れる音が聞こえた。

985ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:42:58 ID:1Tyg1Pd.
 いつも聞きなれた音、千里くんの音。
 それが、今日はどこか遠くに聞こえる気がしました。
 それは、恐らくこの女のせい。
 「?」
 女は、きょとんとした風に小首を傾げました。
 こう書くと漫画的なようですが、実際はあくまで自然で、あまりにも自然すぎました。
 自然すぎて、完成されすぎた仕草。
 私は、そんな仕草をする人間が、この世に『2人も』いるとは思えませんでした。
 それも、表面だけは千里くんに良く似た笑顔をする人間が。
 そう。
 男女の違い、顔立ちの違いこそあれ、2人の笑顔は良く似ていました。
 2人並んで兄弟姉妹と言われたら、信じてしまいそうなほどに。
 それにも関わらず、受ける印象は全く異なりました。
 千里くんの笑顔は、己の中の温かな気持ちを前面に押し出した、優しい笑顔。
 この女の笑顔は、笑顔のための笑顔。
 面立ちが整っていることもあり、これ以上なく美しい表情ながら、笑顔にこめられた感情が感じ取れず、仮面のように薄っぺらい。
 薄っぺらで、恐ろしく―――不愉快。
 その癖、私の心を酷くざわめかせ、落ち着きを奪います。
 初めて会った瞬間に分かりました。
 千里くんとの過去とか、そういうこととは無関係に、私はこの女が嫌いだ、と。
 「・・・何を」
 「?」
 「・・・何を、考えているのですか?」
 しかし、それでも先に口を開いたのは私でした。
 この女と無言で2人きり、という状況に耐えかねて。
 先制攻撃こそできたものの、どうにも負けた気分。
 「何を、と言われても、いきなりざっくりしすぎてて、何のことを言っているのか分かんないかなー」
 そう、薄っぺらな笑顔で返してきた女に、嘘を吐け、と私は内心毒づきました。
 普段、千里くんの語りの中での私は幾分かマイルドに描かれてはいますが、一方で私はごく当たり前に何かを不快に思ったり、誰かを嫌いになったりすることもある人間です。
 そして、その悪感情が、過去最高に高ぶっていました。
 「・・・強引に千里くんを追い出して、私と2人きりになんてなったことです。・・・正直、どうしてあなたがそんなことをしたのか、意味が分かりません」
 「強引に、なんてことも無いよー」
 ひらひらと手を振って(これも、時折千里くんの見せる仕草)不愉快な女は切り替えした。
 「まぁ、確かにキミとお話したかったことは確かかなー」
 「・・・」
 女の言葉が本心から出たものとは、私にはとても信じられませんでした。
 こう見えて、私は言葉に込められた悪意も、言葉に込められた善意も、読み取るのはそれなりに得意なつもりです。
 しかし、この女の言葉にはそのどちらも感じられませんでした。
 それくらい、無色透明な言葉と、無色透明な笑顔でした。
 透明すぎて、逆に自然とは言い難いほどに。
 「・・・あなたを楽しませられるほど、私、お話は得意ではありませんよ?」
 と、言うより、この女を心底楽しませられる人間がいたら見てみたいものです。
 「あ、ひょっとして『人見知りだけど初対面の相手を楽しませなくちゃ』とかハードル上げちゃったー?ゴメンねー」
 見透かしたようなことを、言うな。
 どこかで見たような口調で。
 どこかで見たような笑顔で。
 どこかで見たようだけれども、それとは180度違う、ナニカで。
 「大丈夫大丈夫。ボクは別に、いかにも聞き役なキミに積極的に何か話せとか無茶振りするつもりは無いよー。ただ、ちょっと聞きたくてさ」
 「・・・あなた、前置きが長いですね」
 見ているだけで苛々する。
 不快感が増す。
 ただ存在しているだけで、私の大切な何かが蹂躙されていくような気がする。
 「・・・お話があるならすぐにお聞きしますし、ご質問があるならすぐにお聞きします」
 だから、早く話を終わらせたかったのです。
 「じゃぁ、遠慮なくー」
 と、彼女はそう言って、不愉快な笑顔のまま、
 「キミは、御神千里をどこまで理解してるのかな?」
 と言いました。
 「・・・は?」
 疑問、と言うよりも怒気を孕んだ声を、私は発していました。
 「んー、単に『御神千里』だけだと、さすがにそれこそざっくりしすぎてたかなー。ボクが言いたいのは、たかだか数カ月のお付き合いで、千里の性格?本質?あるいは・・・・・・」
 「・・・千里くんがどれほどの方なのか、などあなたに言われるまでもありません」
 言葉を発するな、息を吐き出すな、この場を、千里くんの場を、汚すな。
 「・・・そして、あなたになど理解の及ばない範囲まで、私は千里くんを全て理解し、愛しています」
 「おや、おやおや」
 誰が見ても意外そうな表情を作って、女は言いました。

986ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:44:15 ID:1Tyg1Pd.
 「おやおやおや。それはおかしな話だねー。理屈の通らないと言っても良い」
 どうやら、本格的に毒を吐かれているようですが、そんなことはどうでも構いません。
 この女の存在自体が、既に毒なのですから。
 「・・・おかしいことなど、どこに・・・」
 この女と対峙しているだけで気持ち悪い。
 言葉を発するだけで、不快な気分になる。
 「だってそうだろう?あの男の全てを理解しているなら―――あの男の醜悪さを知っているのなら、到底愛する気になんてなれないじゃないか」
 不快な言葉が、積み重なる。
 「キミの知る御神千里はどんな人間かな?穏やかな男?優しい男?頼れる男?道化た男?だとしたらまぁ、浅はかな理解と言わざるを得ないねー。いや、ここはむしろ千里の演技力を褒めるところか」
 不快な何かが、私の中に積み重なる。
 「自分の醜さ悪さを包み隠す演技力。それが向上したことを男前が上がったと言うのなら、ボクは惜しみなくその言葉を使おう。けれども、どれだけ男前が上がったとしても、あの男の本質は変わらない」
 やめて下さい、お願いですから。
 「優しさと言うその薄っぺらな仮面で、彼は全てを誤魔化してる。自分をそしてキミを。彼は決して人を信じない男だ。人と分かり合えない男だ。人と断絶した男だ。キミのその浅はかな理解は、結局のところあの男が自分の本質を誤魔化すための虚飾でしかない」
 やめて、下さい。
 「彼は嘘吐きだよ。誰かを大切にしてる、誰かを愛している、そんな嘘を他人と自分に吐くことで、自分の醜さを隠している醜く卑屈で卑劣な男」
 やめて。
 「そんな彼の嘘に、キミは使われてるって言う訳さ。君はまぁ、言ってみれば、彼のアクセサリ?お人形?もしくは―――『遊び』の相手?」
 …やめろ
 「ハッキリと言おうか?あの嘘吐きは誰も愛せない。キミでさえも―――愛せない」
 やめろ!!
 「・・・れが」
 立ち上がる。
 激情のままに。
 椅子が倒れる。
 ダイニングに用意された、ナイフやフォークが散乱する。
 袖口から、隠していたナイフを取り出す。
 「だれが嘘吐きだ!!!!!!!!!!!!」
 そのまま、虚飾にまみれた笑顔を切り裂こうとした瞬間、
 「三日!九重!」
 いつになく必死な形相で台所から飛び出してきた千里くんの姿が見えました。
 けれども、振りぬいた勢いのついたナイフは止まりません。
 ナイフは、深々と突き刺さりました。
 九重かなえの目の前に突き出された、千里くんの掌に。
 「・・・せんり、くん?」
 うそ、しんじられません。
 「と、貫通はしていない、か。大したことはなさそうだねー」
 痛みで軽く顔をしかめながらも、千里くんは私を安心させるように笑いました。
 そして、ナイフを受け止めたのと反対の手で、私の頭をクシャっと撫でました。
 「に、してもまだこんな物騒なモノを持ち歩いてたのかなー?三日にはこんな無粋なモノは似合わないと、俺は常々思っていたんだけどね。氷室先輩とキャラ被っちゃうし」
 その言葉に、ナイフを持った手の力が抜ける。
 ナイフが抜けて、千里くんの手から血が流れ出す。
 「・・・手、怪我・・・・・・」
 「と、そうだった」
 千里くんは私の頭から手を離し、ポケットから無造作にハンカチを取り出すと、掌に無造作に撒きつけ、縛りました。
 片手がふさがっているので、縛るのは口でするという野性味溢れる治療でしたが。
 「こうして止血しとけば、取りあえずは何とかなりそう」
 そう言って真っ赤に染まるハンカチを巻いた手を、ひらひらと示して千里くんは笑いました。
 千里くんの仕草に、あの女が先ほど行った仕草が思わず重なります。
 重なり、そう感じてしまった自分を恥じました。
 この女と、千里くんは毛ほども似て無いことは分かっているはずなのに。
 「んで、九重」
 私から目を離し、千里くんは女に言いました。

987ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:44:41 ID:1Tyg1Pd.
 「ここはお前を咎めるべきなんだろうけれど、何て言って咎めるべきなのかな?」
 「おやー、ここは凶器を行使した彼女を責める場面では無いのかな、常識的に考えて」
 「安心して。俺もいじめはいじめられる方が悪いだなんて、いじめる側の理論を肯定する気は毛頭無いよ」
 けれど、と千里くんは言いました。
 私の肩に、ポンと片手を置いて。
 「火の無いところに煙は立たずってね。コイツは全く何一つ理由無く暴力を行使するほど理不尽な奴じゃ無い」
 「根拠は?」
 「根拠なんて無いし、いらないよ。ただの経験則。大方、昔俺にしていたような言葉責めの片鱗を、コイツに見せちゃったんだろ?」
 九重は地味にドSだからねぇ、とため息交じりの冗談交じりに、千里くんは言葉を続けます。
 いかにも、これは大した問題ではないと言う風に。
 「前々から思ってていえなかった事の1つだけどさ、お前の言葉責めに唯々諾々と耐えられるのは俺ぐらいなンだよ?」
 俺ぐらい、と言う言葉の響きに2人の信頼関係が感じられて、寂しい。
 「思ってて言えなかった事の『1つ』、ねー」
 先ほどから何ら何一つ変わらぬ笑顔で、九重かなえは含みのある言い方をしました。
 「ま、それはともかくボクはあやまらないよ。ただ、このコにちょっとした親切心からちょっとした忠告をしただけー。だから、謝らないしー、誤りは無いよー?」
 「珍しく明確に強情だな。まぁ、そう言われたら、って言うか、どう言われても俺はお前に強く出れないな」
 「分かってるじゃないか」
 クスリ、と笑う九重かなえ。
 「千里のそう言う所が、一番―――好きだよ」
 ドキリ、としました。
 私ではなく。
 千里くんが。
 目を見開き、軽く頬を赤らめ、明らかに虚を疲れたと言う表情で。
 千里くんのこんな表情、今まで見たことがありませんでした。
 それを、よりにもよってこんな女に見せるなんて―――!
 「ああ、まぁ。社交辞令として受け取っておくよ」
 一瞬動揺してから、冷静さを取り繕いながら千里くんは言いました。
 「しっかし、食事はどうしたものかな。スープは出来るところなんだけど」
 「ありもので良いんじゃないかな?どうせ、昨日の残りでものこってるんだろう」
 「まぁ、そうなんだけどさ・・・・・・」
 親子でたった2人暮らしの千里くんは、しばしばうっかり食事を作りすぎて食べきれないことがある、と。
 彼女もまた、それを知っているということなのでしょう。
 それは、事実ではある、のですが。
 「…大丈夫です」
 と、私は言いました。
 「…大丈夫です。私が千里くんのお手伝いをしますから」
 これ以上、この女の自由にさせられなかったから。

988ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:45:12 ID:1Tyg1Pd.
 「何考えてるんだ、アイツ……」
 俺が、御神千里がその言葉を吐き出せたのは、なぜか味を覚えていない食事シーンを終え(食事中なのに胃が痛くなるような気分だった、とは言っておこう)三日を自宅まで送る道すがらのことだった。
 九重に対しては、一応送って行こうかとは言ったのだが、やんわりと、と言うよりあっさりと断られた。
 「あ、そうそう」
 と、九重は去り際に付け加えるように言っていた。
 「ボク、明日キミたちの学校に転入してくるから」
 マジっすか。
 だとしたら、どうして九重は態々俺の家を訪ねたのだろう。
 同じ学校ならば、会う機会なんて十分すぎる程にある。
 九重にとって、俺が転校してくる前に態々会いに来るほどの相手であった―――と言うことはぶっちゃけアリエナイ。
 宇宙人によって引き起こされる惑星間宇宙犯罪と同じくらいアリエナイ。
 九重にとって、俺は影だ。
 彼女の影だ。
 最も近しく、それと同時に尤も取るに足らない存在。
 まぁ、九重が誰か(あるいは何か)に特別取り立てて強いこだわりを見せたことなんて、見たことも聞いたことも無いのだけれど。
 そのセオリーを、敢えて破ったのは何故だ?
 あまりにも、必然性がない。
 彼女の目的が、分からない。
 九重が、俺が最も愛した女性の考えていることが、痛い位に分からない。
 「…私には分かります」
 自宅へと向かう夜道で、三日はそう言った。
 「え?」
 鼓動が跳ね上がるのが分かる。
 「…千里くんが何を考えているのか」
 「ああ、そっち?」
 何故分かった、とは聞くまい。
 他人に隠す余裕がない位には自分の考えに没頭していたことには自覚がある。
 「…あの女のこと、ですよね?」
 問いかけと言うより確認に近い声音で、三日は言った。
 「…自分のことも、私のことも、それにその掌の痛みさえ忘れて、あの女のことに、思考を浸食されて」
 「気にしてくれてたんだ、手のこと」
 「…結果として、私が刺してしまったもの、ですから」
 無為にあなたを傷つけてしまいましたから、と三日が少し辛そうな顔をする。
 「ああ、コレくらいなら何てことないよ。九重を守ってやり合った時なんてもっと……」
 と、言いかけて俺は黙った。
 失言だった。
 三日が九重のことを気にしているのは明らかだったのに。
 「…」
 「……」
 そのまましばらく、気まずい沈黙が場を支配して、
 「…好き、なんですか?」
 と言う三日の言葉で、破られた。
 「数寄?」
 「…この発音でお茶に打ち込むことを連想する人もそういないと思います」
 すき、という一音で何と言ったか分かる奴も珍しいが。
 「…好き、なんですか、あの女のことが。…そんなに良いんですか、あの女のことが。…そんなに気になるんですか、あの女のことが。…そんなに一緒にいたいんですか、あの女と」
 「九重のことか」
 無表情で、ただコクリと頷く三日。
 「アイツは―――」
 と、俺が言いかけた瞬間、だったはずだった。
 三日の姿が消失していた。

989ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:45:58 ID:1Tyg1Pd.
 否、三日だけでは無い。
 周囲に人間が1人もいなくなっていた。
 こんなこと、前にもあったような。
 そう、夏祭のときと同じ!
 「こんなことをするのは、緋月誰さんか、な!?」
 唐突に、後ろから殺気が生まれた。
 「ハッ!」
 男性的な声と共に振るわれた刃を避けられたのは、奇跡のようなものだった。
 あるいは、先だって戦った強力な彼のお陰か。
 「よ、とっと……!?」
 体をひねり、振り向きざまに距離を取る。
 襲撃者の姿を観て、俺は驚愕した。
 「違う!?」
 相手は、夏の襲撃者、緋月零日さんでは無かった。
 性別や体格を隠す、フード付きのコート姿。
 その下の顔には顔全体をすっぽりと覆うマスク。
 その手には、180cmはあろうかと言う伸縮式の長い棒の先に、刃が供えられた武器。
 大鎌と呼んでよいであろう、身長を超える武器をやや持て余し気味に持った人物。
 「……!」
 その人物が、再度距離を詰めて大鎌を振るう。
 「お前、一体……」
 距離を詰め、大鎌の柄をいなしながら、俺は抗議の声を上げる。
 「ボクの名は、緋月、一日」
 その人物は、芝居がかった口調で、そう、名乗った。
 「初めましてと言うべきかな。ボクの大事な下の妹に寄りつく屑虫くん」
 言葉と共に、胴薙ぎの一撃。
 それをバックステップで避けると、突きあげるような攻撃が襲いかかる。
 「がッ!?」
 柄の付け根が喉に入り、俺は苦悶の声を上げる。
 「刃は入らなかったか。意外と粘る」
 「お、まえ!」
 続いて繰り出される、すくい上げるような攻撃を避けつつ、俺は喉から声を絞り出す。
 身長差があるためか、相手の攻撃はどうしても上を狙う物が多くなるようだった。
 「何のつもりだ!一体何を考えて、こんな!?」
 「家族を、守る」
 鎌使いは、やはり芝居気のある口調でそう吐いた。
 「兄が妹のためにすることなど、決まっているだろう?」
 「冗談も大概にしろ!」
 足払いをかけるような攻撃を避けつつ、俺は言う。
 大体、妹など……!
 「貴様は、あまりに普通すぎる。一般常識を逸脱しきれていない貴様の性質は、緋月家のような異常者集団にとっては不協和音なのだよ」
 「訳の分からないことを!」
 「イレギュラーの集団である緋月の家には、貴様こそがむしろイレギュラー。貴様はいつか、いつか貴様の『正義』に基づいて緋月を拒絶する、傷つける」
 芝居がかった口調で長台詞を発しながらも、鎌使いは次々に鎌を突きあげる。
 「妹が傷つく前に、その芽を摘むことは、兄の務めだとは思わないか?」
 「不確定な未来への悲観と思い込みに基づいて動いているってのかい?ソイツは確かに三日の兄貴らしい設定ではあるね!」
 攻撃を避けながら、俺は今まで相手に対して発したのことの無い皮肉を言う。
 「ならば問うが。貴様、あの娘を、三日を確実に幸せにできるとでも?」
 「!?」
 振りあげられた鎌が、俺の鼻先をかすめた。
 その大仰な動作と共に、相手の袖が微かに捲れ上がり、一瞬その腕が―――その素肌が露わになった。
 露わになり、見えた。

990ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:46:18 ID:1Tyg1Pd.
 「緋月三日は貴様に懸想した。だが、それは本当に貴様である必要があったのか?」
 「何を言って、るんだ!?」
 内心の動揺を抑え、振り下ろされた鎌を、俺はギリギリで避ける。
 「八方美人の嘘吐き、その癖口より先に手が出る乱暴者。その上執着心が強い。まるで子供だな!」
 こちらは避けるだけで精一杯だと言うのに、相手の攻撃は言葉を重ねるほどにむしろ苛烈さを増していく。
 まるで、刃の中にゾッとするほどの負の感情が乗っているかのようだった。
 「そんな貴様が、一度として誰かを愛することに成功したか!?誰かと共にあることに成功したか!?誰かを幸せにすることに―――成功したか!?」
 月光を反射して輝く刃が、言葉と共に俺を襲う。
 胸が、締め付けられるように痛くなる。
 「巡り合わせ次第では、貴様では無い誰かに惚れ込んでいた。貴様よりも美しい心根を持った、三日を幸せに出来る誰かに」
 俺は、その言葉に何も言い返すことができない。
 事実、だからだ。
 三日が俺のことを好きになってくれたのは、1年の時、『偶然』学校内を迷ったところを、『偶然』俺と出会い、案内したから。
 けれど、そんなことは俺で無くても出来たことだった。
 校内を知る者なら、同級でも、先輩でも、先生でも。
 誰にでもできる、当り前のこと。
 それが、その時たまたま俺が居合わせたと言うだけのこと。
 ならば、もし他の男がそこに居合わせたら……?
 それが、本当に三日に相応しい相手だったら……?
 俺なんかでは無かったら……?
 恋した相手を、誰よりも救いたかった相手を救えなかった、守れなかった俺なんか、では……
 「断言しよう。貴様は誰も幸せになど出来ない。幸せになることなど……許されない!!」
 言葉と共に繰り出される、鋭い薙ぎ払い。
 同時にコートの袖が捲れ、もう一度素肌が露わになる。

 これでもかとばかりに、傷が刻まれた肌が。

 攻撃はバックステップで避けられても、相手の言葉が、存在が、俺の胸に突き刺さる。
 「うぇ・・・あ・・・?」
 思った以上の動揺に、ステップでたたらを踏んで、無様に転ぶ。
 「……ふ!」
 その隙を見逃す鎌使いではなく、すぐに俺の眼前まで間合いを詰める。
 「三日が貴様などに出会ったこと自体が不幸だ。妹の不幸を是正するために、妹の幸せのために、今ここで全てを―――失え」
 そう言って、項垂れる俺の頭上に、鎌使いは刃を振りあげた。
 「…千里くん!」
 しかし振り下ろされることは無かった。
 聞き慣れたその声が俺の耳に飛び込んできた瞬間、鎌使いの姿が消えていたから。
 残酷なまでに正しい、鎌使いの姿は、もういなかった。
 振り向くと、三日が黒髪を振り乱し、こちらに駆け寄ってきていた。
 どうやら、俺は三日に救われたらしい。
 救わさせてしまった、らしい。
 「…千里くん、千里くん!」
 彼女の黒髪が、白い肌が、街灯に反射して美しく映える。
 ああ、綺麗だな。
 本当に、綺麗な女の子だ。
 そう、純粋に思った。
 「…い、いきなりいなくなるから何事かと思って。…何か、さっきよりボロボロですし。…でも、無事で……」
 俺に抱きついて、切れ切れに言葉を紡ぐ三日。
 じんわりと服が濡れるのを感じる。
 泣いてる。
 俺の為に、三日は泣いている。
 俺の所為で、三日が泣いている。
 彼女を安心させるために、その美しい髪を撫でようとした時、
 ―――それは本当に貴様である必要があったのか?―――
 鎌使いの言葉が思いだされた。
 まったく、お前はいつだって正しいな。
 「…せんり、くん?」
 俺は、手を降ろした。
 「ゴメンね、三日」
 ぼんやりと、夜空を見上げながら俺は言った。
 思えば、何度となく三日は俺のことを救っている。
 思えば、何度となく三日は俺の為に泣いている。
 でも、もういいだろう。
 「でも、もう泣かなくていいから」
 「…え?」
 三日が小さく呟く声が聞こえる。
 「もう、いいから」
 もういい。
 もういいよ。
 もう俺の為に泣いたり怒ったりしなくていい。
 俺の所為で感情をざわめかせなくていい。
 だから、

 「もう、俺のこと何も無かったことにしていいから」

 ―――それは、月の無い夜のことだった。

991ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:47:04 ID:1Tyg1Pd.
 おまけ
 武器解説
 名称:無月
 全長:30cm(最短時)→180cm(最大時)
 製作者:緋月天海
 所有者:緋月水星→緋月月日→緋月一日→???
 解説:緋月家で『最も真っ当に変わり者』と評される武器職人、緋月天海が制作した武器の1つ。
    緋月天海の制作物の例にもれず、機能性よりも特異なギミックを仕込むことが重視されている。
    伸縮させることで、30cmほどの短棒から、小ぶりのブレードが設置された大鎌に変形させることが出来る。
    ブレードは長さ、切れ味共に今一つだが、強力な電極が仕込まれていることが特徴。この奇構により、相手は擬似的な記憶喪失を引き起こす可能性がある。
    この奇構は、初代所有者であり、制作依頼者である緋月水星が『相手の記憶も命も狩り取りたい』と言う注文を付けた為。但し、この記憶喪失の度合いは全く予測不可能であり、緋月水星の望みがかなられたかどうかは不明である。
    後に、緋月水星の兄である緋月月日、更に息子の緋月一日に渡されていることまでが確認されている。

992ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:48:41 ID:1Tyg1Pd.
以上で、投下終了となります。
お読みいただきありがとうございます。
前回に続き、珍妙な厨二バトル要素が入っていて、恋愛を楽しみたい方には申し訳ありません。
メインはあくまでも千里と三日の関係なので、ご容赦をば。

993雌豚のにおい@774人目:2012/03/12(月) 02:05:16 ID:ftkXHCdw
>>992
GJ
まさかこっちに投下くるとは

994雌豚のにおい@774人目:2012/03/12(月) 11:39:52 ID:nXUl4aUM
>>992
乙です!

995雌豚のにおい@774人目:2012/03/14(水) 21:37:18 ID:MPjHembw
テス

996雌豚のにおい@774人目:2012/03/16(金) 21:25:39 ID:4r6BIgmU
うえ

997雌豚のにおい@774人目:2012/03/16(金) 21:25:51 ID:4r6BIgmU
うお

998雌豚のにおい@774人目:2012/03/16(金) 21:26:05 ID:4r6BIgmU
うが

999雌豚のにおい@774人目:2012/03/16(金) 21:26:18 ID:4r6BIgmU
うべ

1000雌豚のにおい@774人目:2012/03/16(金) 21:26:34 ID:4r6BIgmU
うぼあ

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