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【SS】適正にも程がある
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【適正にも程がある】
これは『NEXT SKY』で三船栞子が限界を超えた後のお話。そして彼女が生徒会選挙に立候補したころの回顧録です。
・二〜十分間隔で、約70回投稿予定。
・地の文あり。栞子が朗読しているという形式で、小泉萌香さんの声で脳内再生していただければと思います。
・オリジナルの人物(生徒会選挙で栞子のライバル候補となった少女)が登場、彼女と栞子の交流がメインとなります。また他学校のスクールアイドルとの、軽いクロスオーバーがあります。
・お楽しみいただけましたら嬉しいです。よろしくお願いします。
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■ プロローグ:金沢のしお子二号
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東京のお台場にある虹ヶ咲学園。
その虹ヶ咲学園の生徒会室にて……。
生徒会副会長と、スクールアイドル同好会の中須かすみ・桜坂しずく・天王寺璃奈の計四名がソファーに座り、テーブルに配置したノートPCを開いて配信を鑑賞しています。その光景を、生徒会長の三船栞子が自身の席に座りながら眺めていました。
栞子はスクールアイドル同好会の一員も兼ねていますので、生徒会室にいる面々には一応の統一感があります。
そして配信に映っている人物に対しても、彼女達それぞれに関わり・繋がりが存在していました。
「あっ、『しお子二号』だ!」
かすみの呼び方にクスリと笑う副会長と、苦笑いするしずく。
配信のモニターには、栞子と同じショートカットに和紙のような髪飾りを身に付けて、茜色の和服に身を包んだ少女の姿が映りました。身長や体格は栞子と似通っており、遠目には同一人物に見えないこともありません。
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彼女は虹ヶ咲学園の情報処理学科に所属する、一年の美川詩織(みかわ しおり)という生徒でした。
「皆さん、ここは生徒会室ですよ。わざわざここでご覧にならなくても……」
机の上に広げていた申請書のファイル整理を行いながら、栞子がかすみ達を優しく注意します。
「そんなこと言わないで、せっかくの配信だし一緒に観ようよ、栞子さんっ♪」
「私も友達として、この配信を最後まで見守りたい」
「皆さんのおっしゃるとおりですね。私達の仲間の晴れ舞台ですし、会長もこちらでご覧になりませんか?」
かすみ達三人を生徒会室に招き入れた副会長が、栞子に優しく笑いかけました。……実のところ、生徒会長の机で起動しているノートPCにも、同じ内容の配信が表示されています。
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観念した栞子はノートPCを持って生徒会長の机を離れると、ノートPCを操作している璃奈達の反対側に座り、向かい合わせになるように自身のノートPCをテーブルに配置しました。
「な〜んだ、しお子もしお子二号の配信観てるじゃん!」
「もちろんです。私達の仲間の晴れ舞台ですからね」
栞子の回答に対して副会長がクスクスと笑うと、「お隣、失礼します」と断りを入れながら栞子の隣に座りました。反対側のソファーにかすみ・璃奈・しずくが座っている、という形になります。
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今回の配信は美川詩織の実家である老舗旅館を、地元金沢のスクールアイドルが紹介する生放送特別企画番組です。リポーターを担当するのは金沢ではとても有名な、今年度の『ラブライブ!』全国大会に北陸代表として出場した強豪校のスクールアイドルでした。
生真面目でお堅い解説を行う二つ結びのリポーターに対して、逆に彼女の緊張を和らげるように穏やかに話す詩織。
「美川さん、とても落ち着いている様子ですね」
「本番度胸は、とてもある方ですからね。……逆にリポーターの方は、何故こんなにも堅い喋り方なのでしょう? 彼女のステージでのパフォーマンスは、どちらもとても素晴らしいのに……?」
リポーターは栞子達と同じ一年生で、スクールアイドルであると同時にフィギュアスケーターとしても活躍しています。彼女にとってこのような『本番』は得意分野だと思いますし、何より彼女の名前を冠名としたラジオ配信で司会も行っているのですが……モニターに映る姿はガチガチに固まっており、見ているこちら側も思わず心配になってしまいます。
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「しお子〜、こんなときまで分析はいいじゃん!」
「うん。それに、この人はずっとこんな感じみたい。結構味があると思うし、私は親近感を感じる」
「そっ、そうですね、すみません……」
先日ロンドンに帰国したアイラの短期留学における出来事を経て、自分は柔軟な思考ができるようになったと思い込んでいたのですが……残念ながら、この堅物な性格は今すぐパッと変えられるものではないようです。他人のことを言えた義理ではありません。
初めての経験であると思われる生放送の配信でも、堂々と受け答えをする詩織。彼女の姿を見ながら、栞子は昨年の虹ヶ咲学園における生徒会選挙のことを思い出していました。
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彼女の選挙パフォーマンスと、立会演説会。そして--------。
「詩織さん……」
PCのモニターに映っている詩織の姿に、栞子は『あのとき』の彼女の姿を重ね合わせたのでした。
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■ ライバル候補の公約(マニフェスト)
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「なっ……。
ななな、ななななな、何ですかコレはぁ〜!?」
タブレットPCに表示されている『虹ヶ咲学園・選挙公報』を見て、悲鳴を上げるかすみ。
栞子は悲鳴こそ上げないものの、気持ちはかすみとまったく同じでした。
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……時間を少し巻き戻して、時期は昨年の十二月。期末テストが終了した直後に始まった、生徒会選挙の期間のこと。
この頃の栞子は虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会メンバーの一員として、スクールアイドルとしての活動と(朝香果林が企画した)年末のファーストライブ企画、そして現生徒会長(※当時)である中川菜々こと、優木せつ菜を主役とした『紅蓮の剣姫』ミニフィルムの撮影など、忙しいながらも充実した日々を送っています。
そんな中、栞子は生徒会選挙に会長として立候補。
オープンキャンパスの実行委員や、第二回スクールアイドルフェスティバルの現場監督(ディレクター)して実績を挙げてきた彼女は、すでに多くの生徒から支持を受けており、今回の最有力候補とされていました。しかし他の会長候補者も好人物が多く、激戦は必至になると考えられています。
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問題は……その立候補者の一人である、情報処理学科一年・美川詩織の公約掲載文でした。
『同好会の最大人数を十二名に設定する。十二名を超えた場合、自動的に部に昇格できるようにする』
『同好会も制限無く、公式大会に出場できるようにする』
タブレットPCに表示されている美川詩織の公約内容を、栞子が一行ずつ読み上げていきます。
……ここは虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部室で、現在部室にいるのは一年生の四人のみ。三年生達は別室でファーストライブの企画の大まかな枠決め、二年生は屋上でミニフィルムの撮影を行っていました。
「これは……まるで私達を狙い撃ちしたような内容だね、栞子さんっ」
「そうですね。現在、虹ヶ咲学園に存在する同好会で、十二名を超えているのは恐らく、私達スクールアイドル同好会だけだと思います。次に部員名が多いのは『流しそうめん同好会』ですが、まだ十二名には達していないはずです」
部長である中須かすみの主導により、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は『部に昇格する資格は十分にあるが、あえて同好会のままで活動を続ける』というスタンスを取っています。しかしこの公約が現実のものになると、何もしなくても自動的に『スクールアイドル部』に昇格してしまうのです。
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「いい迷惑だっ! ど〜いうつもりだ、『しお子二号』!」
「えっ!? ……あっ、あの、『しお子二号』とは何でしょうか、かすみさん?」
「ああ〜、名前が詩織だから、しお子かな〜って。一号はかすみんの目の前にいるから、じゃあ二号かなってことで」
そんな酷い愛称の付け方があるのかと、驚きで回答に詰まる栞子。
「それにホラ、しお子のリボンと同じ位置に、同じ色のリボンが付いてるよっ」
「ホントだ。これは……リボンじゃない、かな? でも、ますます『しお子二号』だねっ」
かすみに同調して、しずくまでそんなことを言い出します。確かに二人が指摘したとおり、彼女の髪には栞子のリボンと同じような、白い髪飾りが付けられていました。
それにしても……五十音順ですと『三船』より『美川』の方が前ですので、栞子のほうが二号になるのですが……まあ、そこは良しとしましょう。
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「かすみん達は、かすみん達のやりたいことをやりたいから、同好会のままでいるんだよ。今のままでも全然困ってないのに、一体どういうつもりなんだよ〜!」
「それだけじゃないよ、かすみさん。もしこの公約が全部実現したら、私達は公式大会に大手を振って出場できることになっちゃうよっ」
スクールアイドルの公式大会といえば、真っ先に思い浮かぶのが『ラブライブ!』。この大会への参加は現在の活動方針に含まれていませんが、もし公約が実現して公式大会に参加できるとすれば、この大会の存在はどうしても視界にチラつくことになるでしょう。
「……これは仮定の話ですが、公式大会を目標に部活動を行うとしたら、現在の同好会の仕組みを大きく変更する必要があるでしょうね」
「そんなのヤだよぉ! どんな可愛いもカッコいいも一緒にいられる、かすみん達のワンダーランド……せっかくここまできたのに〜!!」
大声で叫んだ直後に、「ふえぇ〜」と気の抜けたため息を吐くかすみ。この方針は自分の理想から大きく離れてしまうことを、彼女はとても恐れているようです。
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「……私、詩織ちゃんに直接訊いてみる」
「ほへ? りな子、しお子二号と知り合いなの?」
「うん。同じ情報処理学科で、同じクラスなんだ。今日子ちゃん達と一緒に『深層学習(ディープラーニング)』や『拡張現実(オーグメンテッド・リアリティ)』の課題をやったこともあるよ」
璃奈の話を聞いて、慌ててタブレットPCを見直すかすみとしずく。栞子も驚いて画面の表示を確認します。
「うわ、ホントだあ。先に言ってよ、りな子ぉ!」
「その、ゴメン。……でも今回のことは私達もまったく知らなかったし、明日はクラスで大騒ぎになると思う。私、この公約の意図について詩織ちゃんに直接訊いてみるね」
「うん。……でも、あんまり美川さんを責めすぎないように気を付けてね、璃奈さん」
「わかってる。ありがとう、しずくちゃん」
しずくに応えるように、璃奈は気合いの入った表情が描かれた『璃奈ちゃんボード』を自身の顔の前に掲げました。
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「璃奈さん、私からもお願いします。それから……顔を上げてください、かすみさん。これは美川詩織さんが掲げた公約で、まだ確定したものではありません」
「そうだねっ。それに私達は栞子さんを応援しないと。落ち込んでいる暇なんかないよ、かすみさんっ!」
「そうだ、そうだった! こうなったら何としても『しお子一号』に生徒会長になってもらわないとっ!!」
「えっ……!? その、私は、やはり一号なのですか……?」
以前からそうであったような流れで自分に付けられた酷い愛称に、驚きで再び声を失う栞子。五十音順では自分こそが二号では……と先程と同じことを思いかけて、栞子はブンブンと首を横に振ります。
「そっ、そうですね……。私も生徒会長になって叶えたい理想が、理念があります。かすみさん、璃奈さん、しずくさん。どうか私を助けてください。よろしくお願いします」
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■ 虹ヶ咲学園の禁忌(タブー)
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自身の理念である『なりたい自分を実現する、私はその後押しをしたい』を掲げて、選挙活動を積極的に行う栞子。
モデルケースとしているのは、かつて栞子自身が夢を凍り付かせていたとき、温かい心でそれを溶かしてくれたスクールアイドル同好会みんなの姿でした。
メンバーの一人である朝香果林は、当時のことを『単なるお節介』と一刀両断しており、まったくもってそのとおりなのですが……それでも『応援』の力によって、止まっていた夢や時間がもう一度歩み出す……という事実はあるということと、栞子はそれらを後押しする『運命』の力を信じているのです。
会長候補が出揃った現在、下馬評では栞子が最有力候補だとのこと。しかしそれは気を緩める理由にならないと、栞子は強く気合いを入れ直します。
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一方の美川詩織のことについては……璃奈が働きかけてくれたおかげで、例の公約はかなり大人しいものに変わりました。すでにスクールアイドル同好会にとって、彼女の公約は脅威の存在ではありません。
しかし璃奈は『クラスメートである詩織を手助けしたい』ということで、栞子の応援からは外れてしまうことになりました。
「スクールアイドルでもそうだけど、かすみん達は仲間でライバル。今回の選挙は『しお子バーサスしお子二号』、アンド強敵モア……ってことで、りな子は二号を手伝ってあげて!」
「公約の方は変えてくれたし、私達からすれば十分だよ。璃奈さん、いざ尋常に勝負、だよっ!」
かすみ達が背中を押す形で、璃奈は詩織の選挙活動の手伝いをすることになります。一年生の間でケンカにならなかったのは何よりだと、栞子は心の底からホッとしたのでした。
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ですが……詩織の騒動はまったく別の、今度は運動部の近辺で問題となっている模様です。
理由はもちろん、彼女が新しく掲げてきた公約でした。
「『部活の掛け持ちの禁止を解除する』……今度はそうきたか、しおってぃー弐号機!」
「今度は『しおってぃー弐号機』ですか……!?」
宮下愛が叫んだ新しい愛称に対して、思わずため息を吐いてしまう栞子。その呼び方ですと、やはり自分が初号機……いやいや、もういいです。
この日のスクールアイドル同好会の部室には、『紅蓮の剣姫』の撮影を終えた愛と果林、そしてミア・テイラーと栞子の四人がいます。彼女達はすでに自分の役の撮影が終わっているため、代わりにファーストライブ企画の詳細を詰めていたのでした。
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「ずいぶんとお騒がせな子みたいね。何かマズいことなの?」
「うん。この公約にも書かれているとおり、今の虹ヶ咲学園で部活の掛け持ちは禁止されているんだ」
「あれ? しずくは演劇部と掛け持ちしてるけど、コレはいいのかい?」
「『同好会』となら、良いんだよ。……部活の掛け持ちで、過去に大きな事件が起こったんだ。カリンが虹ヶ咲学園に入る前の話かな?」
「その事件でしたら、私も知っています」
思わず話に割り込んでしまった栞子。愛は全然気にしていないようで、栞子に笑みを返してくれました。
興味があるように果林とミアがこちらに視線を向けてきましたので、栞子は『その事件』について二人に説明します。
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かつて、(現在の宮下愛のように)スポーツ万能の女の子が、複数の部活を掛け持ちしながら活躍していました。
ある日のこと、彼女が出場する大会の予定がダブルブッキングを起こしてしまいます。とはいえ大会は午前・午後の開催だったため、移動時間を考慮しても同時に参加するのは不可能ではありませんでした。
しかし……移動の途中で、彼女は自動車に轢かれる事故に遭ってしまいます。信号の見落として交差点に飛び出してしまったのが、事故の原因だそうです。
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一命は取り留めたものの、彼女はその後の学園生活を車椅子で過ごすことになってしまいました。懸命なリハビリで卒業前には完治しましたが、それでも貴重な高校生活を台無しにしてしまったことは間違いないでしょう。
この事件を重く見た当時の生徒会は、『部活の掛け持ち』と『同好会の公式大会参加』の禁止を提案。全部活の部長投票により即可決されて(何と否決ゼロだったらしい)校則に追加。現在も見直しが行われる気配はありません。
『自由な校風』を掲げる虹ヶ咲学園にしては、極めて珍しい現象だったといえるでしょう。
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「……とはいえですが、部にまったく所属しなければ今の愛さんのように掛け持ちで試合に出場できますし、同好会の公式大会参加禁止についても、参加する大会を決めて生徒会にプランを提出すれば、部に昇格すること自体はまったく難しくないと、せつ菜さんがおっしゃっていました」
栞子の脳裏に、かつてせつ菜がスクールアイドル同好会の部長だった頃、当初の目標を『ラブライブ!』出場に向けていたという話が思い浮かびました。もしこの時期の活動が上手くいっていれば、(せつ菜の正体とは関係なく)部の昇格はすんなりと認可されていたことでしょう。
「まあ実際、ダブルブッキングはさすがに無理あるし、しおってぃーが話してくれた事件のこともあるから誰もやらないけどね」
「そうなのね。……さしずめ『自由にも程がある』というところかしら?」
「自由にも、程がある……?」
果林が口にした不思議な言い回しに、思わず訊き返してしまう栞子。
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「ああ、そんなに難しく考えた言葉じゃないわ。『自由には義務と責任が伴う』って意味を抽象的に言い換えただけよ」
「上手い言い回しじゃないか、果林。そういう意味なら僕はその言葉、おおむね賛成かな」
「愛さんも同感! 『自由』と『好き勝手』って時々混同されることがあるけど、実際にはまったく違うモノだしねっ」
ミアと愛に褒めちぎられて、果林はちょっと恥ずかしそうに俯いてしまいます。
そして……『自由にも程がある』という、虹ヶ咲学園の理念から遠く離れたようで、実は自由の『本質』を突いているこの言葉は、栞子の脳裏に強く焼き付いたのでした。
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その後の選挙活動の合間に、栞子は公約を掲げた詩織の真意を知りたくて、彼女の情報を集めようとしたことがありました。
しかし結果として、この努力は見事な空振りに終わります。この時期の詩織は街頭演説などを一切行っておらず、璃奈達支援者にも活動を『行わないように』お願いしていたそうです。この理由についても、璃奈は「今はダメ。それに、個人情報保護だから……」と、一切説明してくれませんでした。
詩織について新しく分かったことは、彼女が『服飾同好会に所属している』ということだけ。服飾同好会が部に昇格するという話はまったく聞かれず、全国大会を目指しているという話も聞きません。もし彼女が生徒会長となってこの公約を実現したとしても、彼女自身や服飾同好会へのメリットは特に無さそうです。
これ以上調べても何も得られそうにないと思った栞子は、彼女についての調査を断念。詩織のことは一旦忘れて、自身の選挙活動に専念することにしました。
街頭演説で得た意見や他の部活の要望も取り入れることで、公約はかなりブラッシュアップされています。その真っ直ぐな姿勢は対立候補からも高く評価されていると、しずくが嬉しそうに話してくれました。
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……そして選挙は終盤、立会演説会の日を迎えます。
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■ 決戦!立会演説会
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立会演説会は授業終了後の放課後、講堂にて開催されます。
PCやスマートフォンからオンライン、そしてアーカイブでも視聴することもできるのですが、ほとんどの生徒は講堂までわざわざ足を運び、結果として講堂は毎年満員になります。これから自分が選ぶ候補者達の姿を、直接生で見定めたい……ということなのでしょう。
中川菜々がステージで前説を披露している間に、栞子は演説内容を記したカンニングペーパーをかすみに渡しました。
「これには頼れませんし、頼りません。自らの考えとして落とし込み、自らの言葉として話すところまで考えを練り上げなければ、皆さんもきっと納得して選んではいただけないでしょう」
「大丈夫だよ、栞子さん、あんなに頑張ったんだもん」
「うん! かすみん達、ちゃあんと見てたんだからねっ」
後援者であるかすみ&しずくにポンと背中を叩かれる栞子。二人が力を与えてくれたようで、栞子はさらに勇気が湧いてきたのでした。
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立会演説の時間は、一人当たり約十分。順番は美川詩織が一番手で、栞子はその次です。
彼女は選挙活動らしい活動はついに行っておらず、後援者であるはずの璃奈の姿もありません。一体彼女はこれから何を語るのでしょうか。
「情報処理学科一年、美川詩織です。よろしくお願いします」
講堂のステージに上がり、ゆっくりと、よく通る声で自己紹介をする詩織。そういえば彼女の生の声を聞くのは、栞子にとって今この瞬間が初めてとなります。
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「私は……。
……。
……私は。
私は、三船栞子さんの公約について、この点が素晴らしいと思います」
えっ、と思わず声が出る栞子。
講堂の聴衆も思わぬ出だしに、ザワザワとした声が響きます。
しかし詩織はそんなことなどお構いなしに、よく通る声で栞子と、続いて栞子以外の会長候補者全員の公約の『ここが素晴らしい』というポイントを次々と列挙・評価し、語っていったのでした。
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「……以上で、私の演説を終わります。ご静聴ありがとうございました」
演説の持ち時間を数秒過ぎたところで、詩織の演説は終わりました。結局彼女は自分の公約を何一つ、一言すらも話していません。
講堂はザワザワというささやき声で充満しており、まったくご静聴ではないのですが……彼女は気にすることなくマイクのスイッチを切り、ゆっくりと頭を下げて礼をしたのでした。
頭を上げた詩織は、何かをやり遂げたような爽やかな笑顔になっています。
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やがて講堂は、穏やかな拍手の音に包まれました。
……後日、スクールアイドル同好会の先輩である上原歩夢から教えてもらったことですが、最初の拍手をしたのは栞子の幼馴染みである鐘嵐珠(ショウ・ランジュ)だったそうです。
詩織はステージから降りると、栞子や他の立候補者達に頭を下げて、そのまま講堂を立ち去ってしまいました。
ポカンと口を開けて見守るかすみ&しずく。口こそ開けませんが、栞子もまったく同じ気持ちです。
……しかし呆けてばかりもいられません。次は栞子の番です。
ステージに立ち、心の中の迷いを断ち切ると、栞子は大声で自己紹介をしました。
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「普通科一年、三船栞子です。
さきほど美川さんが紹介してくださったように……」
詩織が説明してくれた栞子の公約概要に便乗して、いきなり公約の詳細から入る栞子。あまりマナーの良い立ち振る舞いとはいえないかもしれませんが、せっかくですので使わせていただくことにしましょう。
こうして栞子は、カットする予定だった公約の解説も含めて、より充実した内容の演説を行うことができたのでした。
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その後、立会演説会は滞りなく終わり……翌日行われた投票の結果、三船栞子が生徒会長に当選しました。
それに対して、美川詩織はゼロ票。
彼女は立会演説会のすぐ後に、立候補を辞退してしまったのがその理由です。
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■ 首筋の小さな傷痕(スカー)
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栞子が生徒会長になってからの初仕事は、対立候補だった生徒達との一対一の面談でした。彼女達の要望も可能な限りすくい上げて、より良い生徒会活動をしたいという栞子自身の希望です。
みんなが幸せになる場所をつくる。
誰一人として、決して取り残したりはしない。
栞子の意思を形にした誠実な努力が功を奏してか、彼女の生徒会長としての人気は急速に高まっている模様です。
また前生徒会長である中川菜々に続いて、栞子もスクールアイドル同好会の一員であることから、次回のスクールアイドルフェスティバルの企画についても早速期待されていました。
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そんな中……栞子は最後の面談として、美川詩織と生徒会室で話し合いを行います。
彼女が最後になったのは、面談のスケジュールを組み立ててくれた副会長(※祝・再選)いわく「美川さんの予定がどうしても取れなかった」という理由です。栞子自身もスクールアイドル同好会のファーストライブの準備などスケジュールが立て込んでいたため、面談は年末の最後の週になってしまいました。
……何故か栞子は、副会長が詩織の面談を一番最後に回してくれたような気がするのです。実際に彼女がそこまで配慮してくれたかどうかは不明ですが、栞子はこの面談で何かが起きるのではという予感がしていました。
「失礼します」
コンコン、というノックの後に生徒会室の扉がゆっくりと開き、詩織がヒョコッと顔を出しました。
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「美川詩織さん……この度は年末のお忙しい中、お時間を作っていただいて、ありがとうございます。どうぞ、そちらのソファーへお掛けください」
「私の方こそ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
詩織は栞子に勧められるままに、生徒会室の柔らかいソファーに腰を掛けました。彼女のショートカットの髪には、栞子と同じような白い和紙っぽい髪飾りが付けられています。
生徒会長用に支給された新品のノートPCを持って、栞子もソファーの反対側に座りました。
「よろしくお願いします。
……まず最初に、『部活の掛け持ち禁止』につきましては、『公式大会の同日での出場を禁止する』という方向で、緩和を進めていこうと動いています。問題となった事件の直接の原因はこちらですし、何より健康やメンタル面の問題もあると思われますので」
「ありがとうございます。確かに大会に合わせてコンディションを合わせるというのは、とても大変だ……というのは、私も想像できます」
立会演説会のときのように、栞子に優しく微笑む詩織。彼女の笑顔には、不思議と心をホッとさせるものがあるようです。
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「もう一方の『同好会の公式大会参加』の禁止につきましては……誠に申し訳ありませんが、私の代でも見直しを行わない方針で考えています。部費の面などで支援を強化したいということと、事前申請こそ必要ですが、同好会でも学校施設の利用について特に差がないためです」
「そう、ですか……。
ということは、スクールアイドル同好会は来年度の『ラブライブ!』には……?」
「ええ。出場の予定は無く、それに向けての活動も行っておりません」
栞子が断言すると、詩織は分かりやすいほどにガッカリとした表情になりました。
その表情を見た瞬間……栞子の脳裏に突然『魔が差した』ように、詩織に投げかけたい言葉が浮かび上がります。
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「あの……もしよろしければ、最初に詩織さんが掲げられた公約のことについて、お伺いしてもよろしいですか?」
「えっ、最初の公約……ですか?」
「はい。『十二人を超えると自動的に部に昇格する』。まるでスクールアイドル同好会を狙い撃ちにしたような、あの公約のことです」
「それは、あの……いえ、分かりました」
躊躇わずに浮かび上がった言葉を口に出した栞子に対して、詩織は動揺でビクリと体を動かします。
これは面談とはまったく関係ない内容ですが、この際ですから何もかも訊いてしまうことにしましょう。
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「そうですね。すべての始まりは……昨年の秋に会長が歌われたプチライブで、会長の歌がとても素敵だな……と思ったことからです」
「えっ!? わっ、私のライブがですか!?」
詩織が話した『始まり』は思わぬ切り口で、今度は栞子が動揺してしまいます。
昨年の晩秋にミアやランジュと一緒にスクールアイドル同好会に加入した後、栞子は三年のエマ・ヴェルデ&近江彼方の二人に(極めて強引に)誘われて、オンラインによるプチライブを開催しました。
このライブは急な予定で催されたにもかかわらず、服飾同好会が自分の衣装をすぐに用意してくれて、それがとても可愛らしかったことが強く印象に残っていたのですが……。
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「はい。私、服飾同好会に所属していて、そのときの会長の衣装を担当させていただきました」
「えっ!! そっ、そうなのですか!? ……あっ、えっと、その……!」
まさか彼女が栞子の衣装を担当していたとは思いも寄らず、栞子の動揺はさらに大きくなります。衣装合わせの際に詩織もその場に居合わせていたと思われますが、残念ながらそのときの情景はボンヤリとしか思い浮かべることができません。
「ああ、いえ、当時は髪も伸ばしていましたし、この髪飾りもそのときから会長の真似をしただけですので」
「は、はあ……あっ、あの衣装はとても素敵でした。素晴らしい衣装を仕立てていただき、本当にありがとうございますっ」
意外な展開の連続に、栞子はもう動揺を隠すことができません。すでに詩織にも気付かれていることでしょう。
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「私は全国の色々なスクールアイドルを鑑賞していて、今年の『ラブライブ!』もとても楽しみにしていたんです。会長や璃奈ちゃん、そして虹ヶ咲のスクールアイドル同好会の皆さんでしたら、きっと全国でも十分以上に戦える……今でもそう思っています」
「そっ、そんなことはありません。璃奈さんや他のメンバーの皆さんはともかく、私はまだまだ練習が……」
「そうご謙遜されることはありません。私はこれでも、スクールアイドルを見る目があるんですよ」
彼女の地元にも強豪とされている学校・ユニットが複数活動しており、目は肥えていると自負する詩織。それでも彼女に担がれているのでは……と、栞子はどうも心が落ち着きません。
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「ですが、まるで出場される気配がないので……どうしてかと調べてみたところ『同好会は公式大会に出場できない』という校則に辿り着いたんです」
「な、なるほど……それで会長に立候補されたのですね」
「はい。外側から、皆さんの手助けをしたいと思ったんです」
選挙の勝算については未知数でしたが、部への昇格のハードルを低くすることで制約が減り、喜ぶ同好会が多いのでは……という目論見が、当時の詩織にはありました。しかし璃奈から、この公約はスクールアイドル同好会だけを狙い撃ちにしているということと、部へ昇格すると実はたいへん困ると聞いて、急いで公約を取り下げたのです。
代わりの公約を考えていた詩織は、そもそも『同好会は公式大会へ出場できない』校則そのものが気になり、この校則が追加された理由を調べました。原因となった事件については彼女も心を痛めましたが、やはり『自由な校風にふさわしくない』この制限を自分の代で取り除くことができたら……と思ったのです。
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「……ですが。
立会演説会の三日前に、『母が倒れた』と実家の父から連絡がありました。ずっと調子が悪かったみたいで、私には言わないで欲しいと、これまで隠していたんです」
「それは……! あの、お母様は大丈夫なのですか!?」
「先日無事に退院しました。最近は旅館が忙しかったそうで、無理が祟ったのではないかと思います。父には『二年に進級する前に、実家に戻ることを考えてくれないか』と頭を下げられました。私には、断る理由がありません」
詩織の実家は金沢の老舗旅館で、高校を卒業したら実家に戻り、旅館を手伝う約束となっていました。オーナーである父親と、女将である母親から手ほどきを受けて、いずれは旅館を継ぐことになっているのです。
しかし生徒会長の任期は一年。その前に詩織が転校してしまうと、もちろん生徒会長は選び直しとなります。これでは詩織を応援してくれた璃奈や、詩織を選んでくれた人達に申し訳が立ちません。
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「それで後半の選挙活動はまったく行わずに、立会演説会もあのような形になったのですね」
「はい。……物心が付いたときから両親の仕事をずっと見てきて、私も旅館のことが大好きです。高校生のうちに色々学びたいと思って、この学校の情報処理学科に入学したんです。……でも、一度生徒会長に立候補すると決めたのなら、父のお願いを断るのが正しかったと思います。結果として私の行動は中途半端なものになり、璃奈ちゃん達をとても困らせてしまいました」
璃奈のことについては本当に申し訳ないと思っていたようで、詩織は悲しみに沈んだ表情を浮かべると、目線を手前のテーブルに落としました。
「いいえ、そんなことはありません。自分を責めないでください、詩織さん。難しい決断を迫られたとは思いますが、あなたの選択と行動は正しかったと私は思います」
詩織の立候補から立会演説会の動きは、外から見ればまるで一貫性が無く、生徒会長としてやっていくのにふさわしいものとは、あまりいえないでしょう。それでも栞子は、詩織は正しい行動をしたと心から伝えたかったのです。
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「嬉しい……。
ありがとうございます。やっぱり会長は、私の憧れのスクールアイドルです」
「わ、私がですか? 先程も申しましたが、私はまだスクールアイドルになって、それほど日も経っていないのですが……?」
「いいえ、そんなことはありません。衣装合わせの際に見せてくれた笑顔や、プチライブの初めてとは思えない振る舞いを観て、私は会長に……その、ときめいてしまいました」
「ときめいた!? ……わっ、私に……!?」
栞子の脳裏に、頬を紅潮させて大喜びする高咲侑の笑顔が浮かび上がります。詩織も同じく頬を紅くして俯いていますので、心情も侑と同じものなのでしょう。
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「はいっ。あのときの私は、会長の可愛らしい八重歯で、首筋を噛まれたような感じでした」
「かっ……噛まれた、ですか!? 首筋を!?」
「噛まれました、カプっと」
「カプっと、ですか……!?」
「はい、カプっと」
詩織は自分の歯を指さすと、栞子に向けてフワリと笑いかけました。
……栞子の八重歯については、抜いてしまうと却って歯並びが悪くなる恐れがあるということで、あえてそのままにしています。姉の三船薫子も同じような八重歯で、彼女の笑顔がとても可愛らしかったのも、栞子が八重歯を矯正しなかった理由です。
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「……ええっと、その。
それはとても痛そうですね。それに八重歯で噛んでしまうと、首筋に傷痕が付いてしまいます」
栞子の(後から思い返すと、とても滑稽な)回答に対して……。
詩織は五秒ほど硬直した後に、プッと吹き出してしまいます。
「なっ、何故笑うのですか! 失礼ですよ、詩織さんっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ。でも面白くて……!」
「面白いとはなんですか! 私は真面目に回答しているのですっ!!」
栞子を無視して、涙を流しながらクスクスと笑い続ける詩織。
詩織はその後も三十秒くらい笑い続けると、「はあ〜あ」と一息吐きながら「申し訳ありません」と謝ります。……何だか恥ずかしくなって、栞子は彼女の態度に腹を立ててしまいました。何度謝られても、もう許してあげません。
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「そっ……それに璃奈さんはどうなるのですか! 友達でしたら、璃奈さんを第一に応援されるのが筋でしょう!!」
「璃奈ちゃんはもちろん応援していますし、私はニジガクのスクールアイドル全員が大好きです。……ただ、会長については……言葉にできない、とても愛おしい感情を感じてしまいました」
「い、い、愛おしい、ですか!?」
「はいっ。……あっ、この部分は璃奈ちゃんには話していませんので、どうか内緒でお願いします」
頬を赤く染めて、詩織は潤んだ目で栞子を見つめます。
……『最初の公約』について話を訊こうとしてから、どうも彼女にペースを奪われ続けている感じがする栞子。これ以上藪を突くと何が飛び出してくるか分かりませんので、詩織に面談はもうお終いだと宣言します。……当然ですが、『愛おしい』関係について、誰かに話す気など毛頭ありません。
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「分かりました。
……本当に今日は、ありがとうございました。私にとって、会長は憧れで、目標です。あなたのような人になれるよう、金沢に戻ってからも頑張ります。もっとも一年生の間はまだ虹ヶ咲学園(こちら)にいますので、引き続きよろしくお願いします」
「ああ、いえ……。私も詩織さんのご期待に添えるよう、誠心誠意努力を重ねていきます。本日はお時間をいただきまして、ありがとうございましたっ」
*
詩織が生徒会室から退室したあと、栞子は先程の詩織の言葉を思い出していました。
「首筋の傷痕、ですか……」
言葉を口から出した直後、恥ずかしくなり両手で口を塞ぐ栞子。このことについても、絶対に誰にも話さないほうが良いでしょう。詩織にも重ねて口止めをお願いするように、後で連絡しようと栞子は思ったのでした。
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■ エピローグ:適正にも程がある
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……回想もそこそこにして、詩織が旅館を紹介する配信を楽しむ栞子。
二つ結びのリポーターも詩織と話をするのが楽しくなってきたのでしょうか、序盤より滑舌が良くなってきた様子です。
「詩織さんには、女将の適正が……いえ、今も大変な努力をされているのでしょう。私も見習わなければいけません」
詩織はまだ虹ヶ咲学園の生徒ですので、現在も寮で生活中。週末に金沢に帰省して、早速女将見習いとして旅館の手伝いをしていると璃奈から聞いていました。
ちなみに今回の配信は土曜日・夕方からのスタートで、リポーターが所属するスクールアイドルの配信としては珍しい時間帯だそうです。
「会長はすでに、十分な努力をされていますよ」
「あっ……! いっ、いいえ、私はまだまだです。もっと努力を重ねなければ……!」
独り言のつもりが副会長に聞かれてしまい、さらにはフォローまでされて恥ずかしがる栞子。
昨年行った対立候補との面談の成果については、すでに一つの問題を解決しましたが……詩織の期待に添えられるようにと、栞子はさらに気合いを入れ直します。
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*
そうこうしているうちに、配信もそろそろ終わりに近づいてきました。
「今回はアフター配信は無いみたい」
「うん。舞台裏も見せて欲しかったけど、詩織さんに配慮したのかもねっ」
配信のステータスをチェックする璃奈に対して、しずくが残念そうにつぶやきます。
この学校の配信は通常配信の終了後に、コンセプトを変えたアフター配信を行うのですが……どうやら今回は、このまま配信終了の流れとなりそうです。
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「ところで、話は変わりますが……。
美川さんは現在、東京のお台場にある虹ヶ咲学園に通われているのですよね?」
リポーターの口から唐突に虹ヶ咲学園の名前が出てきて、驚く栞子達。
詩織は来年度から金沢の学校に通うことになっているので、東京の虹ヶ咲学園の名前は出さないものと思っていました。
「はい。二年に進級する前に、金沢に戻る予定です」
特に言葉に詰まることもなく、普通に回答する詩織。この流れはアドリブではなく、事前の打ち合わせで決まっていたものなのでしょうか。
「そうですか、そうですか。
……ちなみに事前のお打ち合わせで、美川さんにスクールアイドルのことをお尋ねしたのですが、美川さんが『日本で一番素敵だと思うスクールアイドル』は、虹ヶ咲学園の三船栞子さんだとお伺いしています」
さらにリポーターの口から栞子の名前が飛び出してきたため、生徒会室にいる全員が「えっ!?」と大声を上げます。
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「し、栞子さん、名前紹介されちゃったよ!?」
「わっ、私にも訳が分かりません。何がどうなっているのか……!?」
「ってか今までの旅館の紹介と、しお子の話って、流れ全然繋がってないじゃん! ど〜いうことなの、りな子!?」
「わっ、私に訊かれても……あわわわわ!」
大パニックを起こしてしまう、栞子達一年生カルテット。配信のコメント欄も『三船栞子ちゃんって誰?』『私知ってる、可愛いよ〜!』といった感じの文章が超スピードで流れていきます。
「会長も皆さんも、落ち着いてください! ……まだ続きがあるようです」
副会長が鋭い声を上げて、何とか場を鎮めてくれました。
彼女の言うとおり、まるでこちらが落ち着くのを待ってくれていたかのように、リポーターと詩織の話が再開します。
-
「実は私も、この配信を開始する前に、虹ヶ咲学園のスクールアイドル・三船栞子さんのライブ動画を鑑賞させていただきました。三船さんはスクールアイドルを始められたばかりだとお伺いしたのですが……そんな風にはまったく見えない、とても素晴らしいライブパフォーマンスでした」
突然の急激な持ち上げに対して、栞子は嬉しさより恥ずかしさでいたたまれなくなります。
「そしてステージ上のスピーチも、まるで私自身を鏡で見ているようで……詩織さんはクラスメートの方々に『しお子二号』と呼ばれているのですよね?」
「そうですね。愛称とはいえ、三船栞子さんに並べてもらえて、とても光栄に思っています」
今度は『しお子二号』の愛称まで飛び出してしまいました。名付け親であるかすみは、立て続けの超展開にまったく対応し切れていません。
一体この話の着地点はどこになるのか? ……栞子はとてつもない胸騒ぎを覚えます。
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「なるほど、なるほどですねぇ……。
……すみません、前置きが長くなりすぎてしまいました。私は三船栞子さん……『しお子一号』さんに対して、不思議なまでの親近感と、燃え上がるような対抗心が芽生えてきました。彼女に対して、私が今まで培ってきたスクールアイドルのすべてをもって全力で挑みたい、競い合いたいと!」
配信のカメラに向かって、リポーターが真っ直ぐな視線を向けました。
モニター越しに視線を打ち込まれて、栞子は動けなくなります。……ここまできたなら、彼女が次に繰り出してくる言葉は、もう間違いないのでしょう。
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「そこで、この場をお借りして--------私は三船栞子さんに、スクールアイドルとして『勝負』を申し込みたく思います! そして三船さんから『しお子一号』の称号を奪取したいと思っております!!」
「……。
……えっ?
ええええ、えええ、ええええっ!?」
生徒会室にいた、栞子以外の全員が叫び声を上げました。
栞子は……恐らくそうくるのだろうと予感はしていましたので、特に声は上げません。モニターに表示されている、リポーターの表情をジッと見つめ返しています。
-
「まあ、それはとても楽しみです!
きっと会長も、この配信をご覧になっていると思います。とても生徒想いの方ですので」
「三船栞子さんは生徒会長なのですか!? ……これはますます、不思議な縁(えにし)を感じます。今まで以上に、三船さんに勝負を挑みたくなってきました!」
モニターの向こうでは、引き続き詩織とリポーターの間で茶番が展開されています。恐らくこの流れは、二人で事前に台本でも書いていたのでしょう。
「対戦方法などのお打ち合わせにつきましては、後ほど私どもの部長よりご連絡いたします。大変ぶしつけなお願いですが、ご一考頂けますと嬉しく存じます。……それでは詩織さん、皆さん、本日は配信をご覧いただき、ありがとうございましたっ」
「ありがとうございました」
詩織とリポーターがカメラに向かって深く礼をすると、「ぽちっ♪」という可愛らしい声(※撮影担当と思われる)とともに画面が切り替わり、『本日の配信は終了いたしました』と画面に大きく表示されました。
-
……先程までの騒動から一転、静寂に包まれる生徒会室。
「……え、ええっと。
しず子、何が起こってるのか、かすみんに教えて」
「え、わ、わわわわ私!? ぱ、パスっ! 璃奈さんっ!!」
「えっ!? ぱっ、パスは無しだよ、しずくちゃん〜!」
お互いに説明を求めて、会話のボールをグルグルと譲り合っている三人組。三人の目もグルグルと回っている様子です。
「……生配信を利用して、会長に挑戦状を叩き付けてこられた……ということですね」
副会長が一言で状況を説明すると、三人組はピタリと譲り合いを止めました。
「ああ、やっぱり、コレってそうなんだ……」
「ええ。……噂には聞いていましたが、『ジャックナイフ村長』の通り名は伊達ではなかった、ということですね」
「『ジャックナイフ村長』!?」
「何ですか、その超ヘンテコリンなあだ名は〜!?」
『ジャックナイフ村長』という物騒かつ珍妙な通り名に、抱き合って震える三人組。
-
「もちろん公式の愛称ではありません。『村長』は彼女が配信するラジオでの肩書きで、『ジャックナイフ』については……彼女はとても真っ直ぐな性格なのですが、真っ直ぐすぎて、上級生にも不遜な言葉遣いを平気でしてしまうことが由来だそうです。彼女が組んでいるユニットのパートナーが、トラブルメーカー気質なのも理由の一つかもしれません。……おや? これは確かに、会長とご縁がありそうですね」
そう言いながら副会長は栞子のほうを向き、少し優しく微笑むと……おもむろに、このようなことを言い出したのでした。
「会長、とても落ち着いておられますね。この勝負、お受けになるおつもりでしょうか?」
-
この言葉を受けた瞬間、栞子の全身に稲妻が走ります。
……『ジャックナイフ村長』が栞子を褒めちぎった意図について、言葉どおりに受け取って良いのか、それとも只の新人潰しなのか、真相は今のところ不明です。そして彼女が栞子への対抗心を燃やし始めたのは、詩織が栞子のことを語ったときからなのか、もしかするとこの配信自体が挑戦状までの壮大な前座だったのかもしれません。
彼女の勝負に受けて立つかどうかはともかくとして、その真相は知りたいと栞子は思っていたのでした。
-
しかし……。
「それは……果たして良いのでしょうか。私はつい先日、学校を無断早退した上にゲリラライブを行ったことで、反省文を書いています。あれから日も経っていないのに、この勝負を受けてしまっては……」
「そのご心配でしたら、恐らく杞憂ですよ。会長が早退された理由は、もう学校中に知れ渡っています。あのときの会長は夢を諦めて祖国へ帰ろうとした、一人の留学生を救うために走られたのでしょう?」
副会長の言葉に対して、栞子はゆっくりと頷きます。
スクールアイドルになる夢を日本に置いて、心の翼が折れたままロンドンに帰国しようとした留学生・アイラに対して、栞子はスクールアイドル同好会の仲間達に連絡を取り合い、無断早退してまで彼女を説得。「自分でいつの間にか決めてしまった『限界』を飛び超えて、スクールアイドルをもっと楽しみましょう!」と彼女を励ましたのです。
「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は『頑張るすべての人に声援(エール)を届ける』ために存在していると、前会長……優木せつ菜ちゃんが、以前熱く語られていました。この状況に便乗して、会長の声援(エール)を、金沢の皆さんに直接届けてあげてはいかがでしょうか?」
先程の配信による大騒動などまるで無かったかのように、副会長は穏やかな口調でそう言い切ったのでした。
-
「……。
そう、ですね。
では……かすみさん。かすみさんのご意見を聞かせてください」
「えっ!? なっ、何故にかすみんがご指名!?」
「かすみさんはスクールアイドル同好会の部長です。私がこの勝負を受けても良いかどうか、部長のご意見と許可をいただかなくては」
「あっ、そうだった! かすみん部長だった〜!!」
急に矛先を向けられて、驚きと困惑で頭を抱えてウンウンと唸るかすみ。
「……勝負すること自体は、かすみん特に問題にしてないんだ。でもしお子達の対決とは別に、お互いのファンの皆さんがいがみ合いそうで、それがイヤなんだよね。愛先輩や果林先輩の『DiverDiva』のような、『競い合って高め合う』って形なら全然良いんだけど……」
かすみの苦悩を聞いてから、配信の終わったノートPCのモニターをチラリと見る栞子。メッセージ欄には、早速『ジャックナイフ村長』を応援するコメントが爆速で流れています。このコメントが栞子を口汚く罵る形に変わってしまうのは、『ファンの皆さんに楽しんでもらう』ことを最優先に考えるかすみにとって、苦痛の極みであることは間違いありません。
-
「……それだったら、かすみさん。
今まで二人が歌ったことのない『課題曲』を出して、それを『DiverDiva』のように『二人で一緒』に歌ってもらう、というのはどうかな?」
「おお、良いアイディアだと思う。お互いの経験のハンデも埋まって、平等な条件で勝負ができる。お互いのファンも楽しめるし、一石二鳥って感じ」
「だよね、璃奈さんっ。どうせだったら、課題曲は二人のための『新曲』だったら、両方のファンに喜んでもらえるんじゃないかなっ?」
二人のための、新曲。
『ジャックナイフ村長』と一緒に歌う新曲とは、一体どのような曲になるのでしょうか。今の栞子にはまるで想像が付きませんが……きっと侑とミアでしたら、二人にピッタリの曲を仕立ててくれそうな予感がします。
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「な、なるほどぉ……。
じゃあしお子、『二人のための新曲を課題曲として、それを二人で一緒に歌う』という形なら、かすみんは許可します。最低限の条件として、お互いのファンの皆さんを対立させることだけは、絶対に避けてもらうように向こうへお願いしましょう」
「ありがとうございます、部長」
驚くほど上手い形で、こちら側の話がまとまりました。
みんなの意見を否定せずに取り入れて、より良い結果へと導いていく。『中須かすみには虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部長の適性があり、それを日々の努力で高めている』と、栞子は改めて強く実感しました。
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「もうそろそろ、ランジュさん達がこの生徒会室に殺到してくる頃合ではないでしょうか。これは虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会……いいえ、虹ヶ咲学園の沽券に関わる重要な会議。週明けには金沢からも連絡があると思いますので、どうぞこの生徒会室を作戦会議室としてお使いください」
副会長の言うとおり、ランジュや他のスクールアイドル同好会メンバー達も、練習を終えて部室であの配信を見ていたはず。栞子に対する『ジャックナイフ村長』の宣戦布告を目撃したならば、今頃は間違いなく部室を飛び出してこちらに向かっていることでしょう。
「ありがとうございます。では皆さんがこちらに着きましたら、課題曲について侑さんやミアさんにご相談してみましょう」
反撃態勢が整い、気持ちが高揚していく栞子。
……向こうがジャックナイフなら、私には『八重歯』という武器がある。どのようにして彼女の首筋をカプっと噛んで、傷痕を付けてやりましょうか……。
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そこまで思ったところで、栞子は気持ちを一旦落ち着けて、暴走させないように必死で押さえ込みます。
『自分は大人しい性格、もしくは普段大人しくしている』と今まで思っていた(思い込んでいた)つもりでしたが、不思議なことに同好会に入部……いえ、昨年のオープンキャンパスの打ち合わせでスクールアイドルのことに触れたときから、自分の周りに様々な騒動を次々と呼び起こしているようです。
これは姉の薫子もそうであったように、きっと自分には騒動を巻き起こす『運命』……もしくは『適性』があるのかもしれないと、栞子はその事実を素直に受け入れたのでした。
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しおっ!?
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「栞子ちゃん、ニヤって笑って……怖くないの?」
おっといけない。心情が表情に出てしまったのを、璃奈に指摘されてしまいます。
自由にも……もとい、自分の場合は『適正にも程がある』と自制をしなければ……と、改めて心を落ち着けようとする栞子。まずは表情から引き締めるために、両の頬を両の手でパンっと叩いたのでした。
「……ああ、忘れていました。
かすみさん、もうひとつ条件の追加をお願いできますでしょうか。対決ライブが終わった後に、詩織さんと『ジャックナイフ村長』さんには、私と一緒に反省文を書いていただくことにしましょう!!」
【完】
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【あとがきに代えて、今回のゲストについて】
■ オリジナル登場人物
本名:美川 詩織(みかわ しおり)
学校:虹ヶ咲学園(※二年生に進級する前に、石川県金沢市の高校へ転校予定)
学科:情報処理学科
学年:一年
部活:服飾同好会
身長:160cm(三船栞子、桜内梨子と同じ)
髪型:栞子のようなショートカットに、白色の髪結び
愛称:しお子二号
虹ヶ咲学園(特にアニガサキが顕著)のモブには可愛らしい子が多く、また台詞や目立った出番が無くとも強烈なインパクトを残してくれる子も大勢存在します。今回のSSのために、そんなモブから一人を抜擢して、栞子と一緒に表舞台で活躍してもらいました。
(※服飾同好会には黒澤ダイヤ似の女の子などがいますが、詩織はアニガサキの画面に映っていないことにしています)
■ ジャックナイフ村長
金沢で活躍する二つ結びの、そして超怖い通り名のスクールアイドル。名前や学校名は伏せていますが、彼女の正体はもちろん『CV:野中ここな』さんのあの子です。
彼女ならこういうことは平気でやらかすだろう……という信頼(?)と、このSSの時期(『NEXT SKY』終了後)がシャッフルで活動した頃とニアミスしていますので、今回の挑戦状配信は部長公認でスンナリ通ったのではないかと考えています。
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それでは……美川詩織を一人のモブに戻して、SSは以上とさせていただきます。
最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。
【過去に投稿させていただきました作品】
お好み焼き愛ちゃん
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/anime/11177/1701964527/
百合に挟まるエマヴェルデ
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/anime/11177/1704528020/
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おつ!
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