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Dame of Panthera
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国王が逝去なされた、というのはすぐさま国中に広まった。葬式は国を挙げて行われ、多くの者が涙を流した。
そして、それも束の間のこと。国民の話題は次代の国王へと移っていた。
「変な国だよねぇ、ここ」
と、穂乃果は場末の酒場で大して美味くもないエールを啜る。不味くはないのだが……良くも悪くも下等な酒だ。
「何がだい?」
酒場の主人がこれまた微妙な質のチーズを出す。
穂乃果はそれをつまみ、国王のこと、と漏らす。次代国王の選定。この国では、王位継承権を持つ者たちの武力で行う。
すなわち、王族とそれに従う騎士たちの決闘である。
「普通、選挙とか、血筋とかさ。あとは、政治ができるかどうかとか。そういうので決めない?」
「そうかねぇ。この国では昔っからこうさ。戦で大きくなったから、その名残かもしれないね」
それにしたって、国王に武力が必要だとは思えないが。
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「ぼったくりだよう」
酒場を出た穂乃果は軽くなった財布を遊びながら街を歩いていた。あの酒場、何をとっても微妙なくせに値段だけは一端だった。二度と行かない。
決意を新たにしたところで、人だかりを見つける。微かに聞こえる鈍い音。穂乃果にとっても聞き覚えのある音。
にやりと、思わず笑みが零れる。上手くやれば先ほど飲み食いした分くらいは稼げるかもしれない。
「ちょっと通らせてねー」
幾らかの人を押しのけて人だかりの最前線へ。そこでは予想通りに木剣を持った男女が野試合を行っていた。今のところ男が優勢。女は虚実を入り交ぜ手数で攻めており、対し男は冷静に捌いている。
勝負がつくのも時間の問題。そう思った瞬間に、女の木剣が弾き飛ばされた。
「勝負あり! この者をーー」
「はいはい! 次わたし!」
審判らしき少女の言葉を遮り、穂乃果が男の前に躍り出る。手早く木剣を拾い、切っ先を男に突きつける。
「……よろしいですか?」
「構わないわ。あなたよりも強いかもしれないし」
少女の言葉をどう受け取ったのか、男は無表情のまま穂乃果を見る。
「……矢立。矢立・肇」
男は切っ先を天に向け、担ぐように振りかぶる『屋根』の構えを取る。
半歩、穂乃果は後ろに下がり、剣の切っ先を大地に向ける。『愚者』の構えだ。
「穂乃果。高坂・穂乃果」
シン、と空気が張り詰める。騒がしかった人だかりが俄かに静まりかえる。
「先に一撃当てるか、剣を失った方の負け」
いいわね?
少女の問いに両者同時に頷く。
では、
「――始め」
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先に踏み込んだは男のほう。
体重と腕力とを乗せた『縦の斬撃』。それは美しい軌道を描き、穂乃果の頭へと垂直に降ろされる。生半可な防御ではそれごと打ち砕かれてしまう渾身の一撃。
対し穂乃果は大きく踏み込み、『愚者』の構えからの『冠』で阻む。
相手が受けた場合そこから突き、さらには押し斬りへと持ち込むのが定法である。
が、双方構えが悪い。
男が距離を取ろうと力を緩めたところに、穂乃果はさらに一歩踏み込む。
噛み合う刃と刃――鍔迫り。
感知、という技法がある。剣を通し相手の柔と剛を読み、意図を解し、主導権を握る。
剣術のみならず、あらゆる武術において基本中の基本である。
先ほどの『縦の斬撃』で穂乃果は守勢に回った。が、主導権を握られたかというとそうではない。
元々『屋根』の構えに対し『愚者』の構えは分が悪い。しかし、あえて不利な構えを取ることで男の行動を制限し、鍔迫り合いに持ち込んだ。
今、主導権は穂乃果にある。
武術の極意とは主導権の奪取と維持であり、それができれば勝てるのだ。
次に動いたのも、男だった。競り合いからぐるりと刃を回し、突きを繰り出す。
それを受け止め、擦り上げ、潜り抜け――
打ち込む!
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戦争は遠い昔のことながら、騎士の魂はやはり剣。
戦争なき世だからこそ、人は剣を振るい、技に磨きをかける。
であればこそ、強き騎士は象徴となる。
これは、未だ歳若い騎士の物語である。
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期待
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面白そう
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「か、賭け試合じゃなかったんだ」
試合が終わったあと、穂乃果は審判を勤めていた少女と話していた。
真姫、と名乗った赤毛の少女は、どうやらいいとこのお嬢さまらしい。
つまるところの貴族……いや、王族というのが正しいか。
この国における王族とは歴代の王のいずれかと縁者であること。おおよその貴族が該当する。
戦争なきいま、武勲のみでなりあがった騎士などそうそういない。
「あなた、そんなのでよく飛び込んでこれたわね」
「勢いが大事なんだよ」
先ほどの試合は真姫の、騎士を選定するものであったのだとか。
貴族なら懇意の騎士団くらいあるのが普通であるが……。
「貧乏なのよ、うち」
「あ、わたしと一緒だ」
なにをするにしても金である。いまのご時勢無償の忠誠などというのはまやかしにすぎない。
適正な対価があってこそ主従だ。
ちなみに、穂乃果も一応貴族に分類される。この国の出身ではないうえに、領地なし甲冑なし馬なしの貧乏貴族だ。そのため口減らし同様に遍歴の旅へと放りだされたというわけだ。
用心棒やらギャンブルやら賭け試合なんかで稼いでこの国まで流れ着いたのだが。
「それで、無理にとはいわないけれど」
「あー、うん。どうしよっかなー」
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貧乏、というからに禄は期待できそうにない。
……いや、いや。正しくは穂乃果の働き次第である。
貴族にとって騎士は必要な存在ではない。いれば箔がつくものの、必須ではない。力が重視されるとはいえ、騎士がおらずともその権力がなくなるわけではないからだ。
貧乏であってなお騎士を求めるということは、つまり。
「目指すところは?」
「頂点以外に、興味はないの」
王になろう。というわけだ。
なかなかに無茶をいう。相手は貴族の支援を受け技術を磨いた騎士となる。それをこんな急造の騎士で対抗しようというのだ。
悪い話ではない。目指すところは王であるが……それが叶わずともいい線までいければいい。政治に関われるような立場を得ることさえできれば、禄も出るだろう。
それに栄誉。王の騎士ともなれば、それはとどまることを知らないだろう。
「……うん、いいよ。やれるだけやってみようか」
「そう。なら、改めて」
真姫が居住まいを正し、穂乃果と向き合う。穂乃果は膝を地に着け、腰に提げていた剣を差し出す。
覚束ない手がそれを取る。切っ先が穂乃果に向けられ、そこに口付けを落とす。
略式ではあるが、これが主従の誓い。文言があればよかったのだが。
「西木野・パンテーラ・真姫よ」
「穂乃果。高坂・穂乃果」
いまここに。
パンテーラの騎士が誕生した。
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※当作品はド.イツ剣術を元とした似.非.剣..戟、似.非.騎士物語です
※ド.イツ剣術に関しては聞きかじった以上の知識はないのでおかしいところが多々ありますがご了承ください
※魔法もでます。似.非ファンタジーでもあります
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地の文がっつりは久々だな
面白そう
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振り下ろされた刃を刃で受け止め、するりと流す。
剣先を相手の喉元に突きつけると、ぴたりと静止する。
つつ、と流れ出した血が地面を汚し、相手の目に恐怖が灯る。
「ま、参りました」
――どうにもやりにくい。
というのが穂乃果の感想であった。
肩の力を抜き、刃を戻す。手ぬぐいで血を拭き、鞘に納める。
「お疲れさま」
「真姫ちゃん。見てたの?」
「そりゃあ、ね」
王位をめぐる戦いは始まった。始まったはいいがどうにも手応えがない。
聞けばこの国は指南所の数が少ないそうな。騎士になるには独学か、別の騎士に教えを請うか。
貴族としての力が強くない、というのもあるだろうが……。これならまだ、あのとき戦った男のほうが強い。
「あなた、意外と強いのね」
「……まぁ、剣だけやってきたからね」
やりにくい、というのはこの少女もそうか。
真姫ちゃんと気安く呼んではいるけれど、貴族相手にそれでいいものか。ああ、いや気位ばかり高いよりかはずっと楽だけれども。
「でも、次からはそうもいかないわ」
「へぇ?」
「次は、ベルが相手になるの」
「……ベル?」
この国では称号持ちと呼ばれる貴族がいる。
数は少ないがその力は強大とされ、この国は称号持ちによって動いているといってもいい。
たとえば、いま話にあがったベル。これは宗教……教会のトップにたつものが与えられる称号なのだとか。
ベル。福音の鐘、である。
「ベルの騎士は剣技に優れ、神聖術にも精通していると聞いているわ」
「神官騎士、ねぇ」
神聖術は神に祈り奇跡を起こす術のことである。神に祈りを届けるには相当な精神力が必要なため、使えるのは日に数回が限度だという。
しかしその奇跡は傷を癒し、毒を解し、見えざる壁を作る。ぶっちゃけ超やりにくい。
「勝てるかな」
「――勝ってもらわないとわたしが困るの」
「あ、そうだね」
なんにせよ対策を講じなければならない。幸いにしてベルの騎士と戦うまでは日がある。
実際に、会ってみるのが一番だろう。
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都の中心から外れてなお、教会は人で埋まっていた。敬虔な信徒たちが祈りを捧げているのである。
とはいっても、至高神のところほどではないが。いやまぁ、あちらが規格外というだけでこちらもかなりの規模なのだが。
騎士神。至高神に仕える神の一柱。やはり男性人気が強いのか、結構男くさい。
「鍛錬場はっと……」
教会には入らず、その周囲をぐるりと回る。入り口の反対あたりに着くと、聞きなれた金属音。
それを頼りに奥へ奥へと進んでいくと、神官服を着た人々が身体を鍛え、あるいは試合を行っていた。
神官の武器は主に鎚矛である。至高神に連なる神々は、そのほとんどが刃物を武器とすることを禁じている。
人を裁くのは神の仕事であり、人が行うことではない。
例外はあるが。たとえば、騎士神から直々に騎士と認められた人物、とか。
まぁ戦場で厄介なのは鎚矛であり、剣を使うものなどほぼいない。泰平の世だからこそ、剣は主武器たりえるのだ。
「いない、かな」
ベルの騎士、というからには騎士なのだろう。少なくとも、見た限りで剣を使っているものはいない。
間が悪かったか。
「――人をお探しですか?」
帰るかと振り向いたら、そこに鎧がいた。
見事な甲冑である。傷ひとつない黒金。その表面には金色の文字が躍っている。
そして、その背中。身の丈ほどの大剣。ツヴァイヘンダー。
背丈自体は穂乃果よりも小さい。が、その物々しい雰囲気のせいか実物よりも大きく見える。
「……? もし。どうかなされましたか?」
「えっと、あ、いや。大丈夫、です」
「よかった」
ほっと息をつく鎧。くぐもってわかりづらいが、中身は女性のようである。
「……ああ! すみません。兜を被ったままでしたね」
鎧の素顔が露になる。淡い色合いをした髪、柔和そうな顔。
鎧がなければ騎士とは思えない少女。
「小泉・花陽といいます。よろしくお願いしますね、パンテーラの騎士」
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支援
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そりゃ、調査は容易だろう。
穂乃果がベルの騎士が気になったように、ベルの騎士だってパンテーラの騎士が気になったのだ。
貧乏貴族が雇った遍歴の騎士。ベルと同じ土俵に立つくらいには実力がある。
さらにいえば。
「真姫ちゃんは、元気ですか?」
「ん、まぁ。たぶん」
主の、真姫の友人だという。貴族同士交流があったのだろう。
「えっと、高坂、さん、は。どうして真姫ちゃんに?」
「成り行き、かな。たまたま、そうなっただけ」
遍歴の旅が嫌だったというわけでもなし。
真姫の騎士になったのは本当に偶然で、あとはまぁ利益とか誉とか、そういったものを考慮して。
「若き騎士よ、神を愛し、貴婦人を尊ぶことを学べ。じゃないけど、騎士になれる機会があったからなったって感じかな」
「騎士道を実践せよ、ですか。いまどき、なかなかいませんよ。そんなひとは」
そうだろうか。そうかもしれない。ギャンブルやっていた穂乃果が語れることではないが。
――不意に、静寂が訪れる。
どちらからともなく会話が切れ、気まずい空気が生まれる。
「ひとつ、お願いをいいですか?」
それを打ち破ったのは花陽だった。
「次の戦い、勝ちを譲って欲しいんです」
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「わざと、負けろっていうの」
花陽が静かに頷く。
「私は、負けられない理由があります。王にしなければならない人がいます。だから」
「裏取引ってわけだ」
「……もちろん、できうる限りのことをします。なので、どうか」
「いや、無理だよ」
不可能だ。偶然とはいえ、騎士になってしまったのだから。主に背くことはできない。
どんな理由があろうと、どんな事情があろうと。主の剣となり楯となるのが騎士の役目。
花陽に王にしなければならない人がいるのと同様に、穂乃果は真姫を王にしなければならない。
それが主従の契約なのだから。
「そう、ですよね。ごめんなさい、変なことをいってしまって」
「……まぁ、負けるつもりはないけどさ。お互いに頑張ろうよ」
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「ベルの家に、自由はないの」
穂乃果が花陽との一件を真姫に話すと、そう語り始めた。
「教会のトップ。その当主は誰よりも敬虔な信徒でなくてはならず、誰よりも戒律に縛られているの」
今代の当主は真姫、および花陽と同い年なのだとか。
「それと、王様になることとどんな関係が? っていうか、教会のトップが王様になるっていいの?」
「知らないわ。教会のトップを別の家に挿げ替えるのかしら。まぁ、わたしたちには関係のないことよ」
「それもそっか」
戦いにおいて、『敗者は常に間違っている』。花陽たちの目的は、穂乃果たちを打ち倒すことでしか達せられない。
逆もまた然り。だからこそ、負けるつもりなどないのだけれど。
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「では、両者準備はいいかしら」
試合当日。
青空の下、穂乃果と花陽は向かいあっていた。少し離れたところには二人の主と、今試合を審判する騎士がひとり。
「大丈夫だよ」
「わたしも、構いません」
花陽は先日見たとおりの格好だ。違うことといえば、マントをつけているくらい。
対し穂乃果は見るからに安っぽい皮と鉄の鎧だ。これはこれでなかなかしっかりとした防具なのだけれど、見栄えはよくない。
かといってパンテーラに甲冑を買う余裕はない。世知辛いものである。
「では、デイム・ツバサが見届けるわ」
その言葉で、同時に構えを取る。弛緩していた空気が一気に張り詰める。
じりじりと肌が焼けるような感覚。一秒が随分と長く感じられる。
「――始め!」
戦いの火蓋は鋭い声によって切り落とされた。
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黒の甲冑が駆ける。重さにして20、いや30kgはあろう鉄塊が、それを忘れさせるほど軽快に動き出す。
これこそ、神の奇跡のひとつ。単純にして明快な身体能力の強化である。
極論、戦いは力の強いものが勝つ。圧倒的な力は技術をねじ伏せるのだ。
厄介な相手だ。自分の騎士は勝てるだろうか。いや、勝ってもらわなければならない。
真姫は、王にならなければならないのだから。
「真姫、ちゃん」
「なによ」
隣に立つ、質素な修道服の少女に顔を向ける。
見知った顔。幼いころより慣れ親しんだ顔。それでいて、ここ数年向き合っていなかった顔。
星空・ベル・凛。
「久しぶり、だね」
「そうね」
お互い、元気にしてたとはいいがたいようで。
凛はどちらかというと、外で駆け回るタイプの子供だった。足が速くて元気いっぱい。生傷が絶えず、それでも笑顔が絶えない女の子。
それを、よくもまぁ。こんなにも淑やかに仕立て上げたものだ。
仕付け、教育。いや、人格にまで影響が出るのは洗脳といったほうが良いか。
花陽が躍起になるのもわからなくはない。今の凛はベルの傀儡である。
「真姫ちゃんは、王になりたい?」
「当然よ」
「……それは、あの子の――」
凛の言葉は一際大きい金属音でかき消される。視界の隅に映る、飛来するなにか。
それを打ち払ったのは審判を務める騎士だった。
デイム。騎士そのものの称号を賜った綺羅・ツバサだ。
「主として、騎士を見届けるのが務めではなくって? レディ」
「いわれなくても」
そんなこと、わかっている。
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時はほんの少し巻き戻り。
穂乃果は振り下ろされる大剣を必死に捌いていた。刃と刃がかち合い火花を散らす。
優れた剣術かは柔よく剛を制し、剛よく柔を制すといわれるが……。現実、そう上手くいくものじゃない。
現に、穂乃果は受け流すので精一杯。それが為せるのは、ひとえに相手の剣筋が正確であるからだ。
コンパクトかつ、的確に。そして防御をものともせず。
さてはて、どうしたものか。
「仕合い中に、余裕ですねっ!」
「げ」
距離を取って体勢を立て直そう。安易にそう考えたのが間違いだった。
黒の甲冑は機敏に踏み込み、剣を薙ぐ。回避することを諦め、咄嗟に剣で受ける。
ギン、と快音。剣は手からすっぽ抜け、くるくると宙を舞っていた。
「これで、終わりです!}
『屋根』の構え。そこから繰り出されるは必殺の天辺斬り。
――さて。騎士の魂は剣であるが、剣のない騎士が無力かといわれるとそうではない。
振り下ろされる剣の腹を、手の甲で打つ。即座に体勢を整え、甲冑の肩口……マントへ反対の手を伸ばす。力任せに奪い取ったら、兜目掛けて投げかける。
甲冑の兜は、その防御力と引き換えに快適さを失っている。酸欠になることなどしょっちゅうだし、なにより視界が悪い。
一度マントを被せ、閉めてしまえばこちらのもの。
さすがに、殺しはしないが。
意識がなくなるまで、もがいてもらうことにしよう。
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待ってるぞ
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まだか
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エタるには早すぎる
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