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藍物語(投稿・感想・雑談専用=隔離)スレ

1枯れ木も山の賑わい:2014/03/26(水) 23:49:11 ID:sdeCrXLs0
藍 ◆iF1EyBLnoU の 投稿と
投稿に対する感想・雑談の為に立てた専用スレです。
レスの都合上コテハン推奨ですが、匿名の書き込みも勿論OK。
非難の書き込みは「作品に関する話題・雑談」スレで存分に。
こちらへ書き込まれた場合は(可能ならば)削除します。

456『星灯(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/11(木) 21:03:56 ID:Zs8Krqck0
『星灯(中)』

 「歩道橋を封じたあの術者は狗神使い。
呪殺を専門の生業とする術者で、古くは●太夫と呼ばれた。」
寝入った藍をそっとベビーベッドに寝かせた。Sさんの左隣、ソファに座る。
「犬を酷く苦しめて殺し、切り落としたその首を埋めて呪詛を行うという、あの、狗神ですか?」
「狗神使いが忌み嫌われるのは当然、だから趣味の悪い伝承が生まれたのも理解できる。
でも実際には、そんな術を使う術者はいない。狗神使いに限らず、ね。
そんな事して自分が無事に済む程の術者なら、そんな悪趣味な術を使う必要は無いもの。
大抵の場合、狗神使いは止むを得ない事情で狗神を体内に封じた術者。
それは禁呪の中でも、特に過酷な宿命を術者に背負わせる、悲しい術。」
Sさんは一旦言葉を切り、ホットワインを一口飲んだ。小さな溜息。
「人々に害をなす狗神、狗とは言うけれど犬とは限らない。
もとは人間への憎しみや恨みを抱いて死んだ動物の魂が悪霊に変化したもの。
その力が強過ぎて滅する事が出来ない時、狗神を術者の体内に封じることがある。
そうすれば狗神をコントロールして、犠牲を最小限に抑える事が出来るから。」
「狗神を封じた後なのに、犠牲が必要なんですか?」
「狗神の怒りと憎しみを鎮めるためには、贄を捧げる必要がある。
つまり術者が定期的に人を殺す以外に、狗神の封を維持する方法は無い。
ただ、封じた狗神への通路を開けば術者は狗神の力を利用できる。
だから、力の強さという点で言えば、狗神使いは一族でも最高位の術者とほぼ同格の筈。」
一族で最高位の術者と言う事は、例えば桃花の方様のような?
「それほどの力を持っていながら、どうして狗神を滅し...あ。」
「そう、狗神こそが術者の力の源、だから術者自身が体内の狗神を直接滅する方法は無い。」

457『星灯(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/11(木) 21:05:40 ID:Zs8Krqck0
 その身に狗神を封じ続けるために、定期的に人を殺し贄とする。
荒れ狂う祟りが無差別に奪う命の数よりも、贄となる命の数が有意に少ないのであれば、
その犠牲は、術者の呪殺という行為は正当化されるだろうか。
もし、俺がその立場だとしたら...しかも術者が自ら命を絶つことは許されない。
途中で止めれば、それまでの犠牲は無意味となり、さらに狗神を野に放つ結果となるだろう。
何よりも『皆を守るために次は誰を殺すか』という判断、とても俺には出来ない。
と言うより、それは普通の人間に許される判断では無い。
唯一、己の身を檻にして狗神の祟りを抑えている術者のみに許される、判断。
狗神使いが背負うという宿命。それがどれ程過酷なものなのか、朧気に見えてきた。
「だから狗神使いは呪殺を生業とするんですね。
せめて普通の人では無く、矯正の見込みの無い罪人や外法に手を染めた術者を。
その判断をする時の精神状態は、僕にはとても想像がつきませんが。」
「呪殺の報酬は高額だから、術者の生活基盤は保証されるけれど、
当然禁呪のペナルティーは術者の身体を蝕んでいく。
狗神使いの寿命は長くないし、一番の問題は術者の死とともに起こる狗神の移動。
術者が行き先を指定しない限り、それは術者の最も近い血縁に移動する。」

458『星灯(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/11(木) 21:07:41 ID:Zs8Krqck0
 俺の想像を超える過酷な宿命。本人だけで無く、子孫にもそれが伝わるなんて。
しかし滅することが出来ないのだから、封じ続ける以外にその祟りを抑える方法は無い。
「ある家系には8代かけて狗神の憎しみを薄め、ついにその祟りを消したという記録も有る。
でも、今の時代に狗神を引き受けようなんて奇特な術者がいる訳が無い。
無理にでも血縁に継がせるか、血縁を避けて赤の他人に押しつけるか。
ね、R君。あなたがその術者の立場ならどうする?無理矢理自分の子供に継がせる?
それとも自分の子供を守るために、赤の他人の術者を行き先に指定する?」
自分の子に過酷な宿命を負わせるのは忍びない。
しかし、だからといって赤の他人に押しつけるのは人としてどうだろう。
「分かりません。どちらも辛すぎます。でも、どうしてもというならむしろ僕は。」
「そう、きっとあの術者も私たちと同じ事を考えた。歩道橋の臭い、憶えてる?
あれは腐臭を隠すために焚き込めた香。身体の崩壊が始まってるのだから、もう時間が無い。
だから私たちを探すために罠を掛けた。それが、あの結界。」
「僕たちを探してるって...。」
「そう、あの術者の狙いは私たち。あの交差点を封じて人ならぬ者達の気が滞れば、
やがてあの一体で障りが出る。そうなればこの辺りを活動の場とする術者が黙っていない。
そう、考えたのね。つまり私たちを呼び出すのがあの術者の狙い。」
暫く忘れていた何か。そう、まるで古傷が疼くように、心の奥が痛む。

459『星灯(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/11(木) 21:08:34 ID:Zs8Krqck0
 「僕たちを呼び出して、どうするつもりなんでしょうね?」
「このお屋敷に移り住んで以来関わった仕事や事件は全て、
後の障りが出ないように処理してきた。完璧だったわ、ただ一つの例外を除いては。」
ああ、そうか。俺は病院のロビーに佇んでいた少女の、寂しげな横顔を思い出した。
少女の名は○村佳奈子、そして少女を養女にした女性の名は○村美枝子。
縁あって俺は美枝子さんに出会い、Sさんの助けを借りて彼女を苦しめていた術を解いた。
その件で最初に朧気な危惧を抱いたのは俺自身。
佳奈子ちゃんには実の母親の気配が全く感じられなかった。
離婚は九年前、実の母親の行方は分からず音信不通。
しかし、母親の子に対する想いが微塵も無く消滅するなどと言う事があるだろうか。
それを相談した時、Sさんは言葉を濁したが、その表情の翳りは後の憂いを示唆していた。
去年美枝子さんはSさんの従兄弟と結婚し、佳奈子ちゃんは夫婦の養子になっている。
美枝子さんが嫁いだのは遠い土地、そしてSさんは美枝子さんの御両親にも転居を強く勧めた。
それは全てこの日のためだったのだ。実の母親である術者が、この街に戻ってきた時、
佳奈子ちゃんの行き先を辿る手がかりが残っていないように。

460『星灯(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/11(木) 21:13:33 ID:Zs8Krqck0
 その日が来て欲しくない、その想いが俺の記憶を無意識の底に沈めていたのだろう。
しかしその日は来た。あの女性は佳奈子ちゃんの実の母親。10年ぶりにこの街に戻り、
娘の居場所を知るために、その痕跡を消した術者を探している。
「僕たちを呼び出して、佳奈子ちゃんの行方を知るつもりなんですね?」
「そう。自分の身を犠牲にして狗神を封じている術者からの呼び出し。
それを無視するのは一族の作法に反する。出来れば堂々と応じて始末を付けたい。」
「始末を付けるって...狗神はとても僕の手に負える相手じゃないし、Sさんだって。」
Sさんは俯いて暫く黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「もしあなたが行ってくれるなら、策はあるわ。
あの結界の中では此方の力がかなり削がれるけれど、あの短剣は結界の影響を受けない。
それにあなたの言葉なら、多分結界の中でも術者の心に届く。だから。」
相手を疑って立てる作戦よりも、信じて立てる作戦の方が遙かに難しい。
本当にあの術者は、俺と同じ答えを選択したのだろうか?
「あの術者が、僕たちとは別の答えを選択しているという可能性はありませんか?」
「誰か赤の他人に押しつけるつもりなら、ここまでして娘を探す必要はない。
娘に継がせるとしても、今からじゃ狗神を制御する術を教える時間が無い。
それなら残る答えは1つだけ、私たちと同じ。ただし、あなたの判断や感覚が最優先。
少しでも心が揺らげば、最悪の事態を招くから。」
「でも、このまま放置してその術者が死んだら、狗神は佳奈子ちゃんに移動するんですよね?」
「もし、術者が他の行き先を指定していなければ、当然そうなる。」
いや、それは駄目だ。やっと幸せを手に入れたばかりだというのに、更なる悲しみなんて。

461『星灯(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/11(木) 21:15:21 ID:Zs8Krqck0
 「美枝子さんに出会ったのが彼女との縁なら、今回の件は佳奈子ちゃんとの縁でしょう。
僕が行きます。どうすれば良いのか、教えて下さい。必ず、上手くやりますから。」
「簡単に言うと、あの結界の中で狗神を焼き尽くすの。もちろんあの短剣を使って。
もし失敗しても、あの剣でダメージを受けた状態なら、私が十分対応できる。」
「でも、術者が黙って僕たちの思惑通りになるでしょうか?」
「あなたの真の役目はそれ。狗神を滅することが私たちとあの術者の共通の願い。
狗神を滅し佳奈子ちゃんを助けるには、それが一番良い方法だと、説得して欲しいの。
多分『言の葉』の適性を持つ術者でなければ、この役目は担えない。」
「分かりました。やはりこれは、僕の仕事です。僕に、やらせて下さい。」
Sさんは俺の唇にキスをした。熱く、長いキス。
「きっと、そう言ってくれると思ってたわ。明日の朝から早速準備を進める。
そして明日の深夜、2時過ぎには始末をつける。準備は全て午前中で済ませて置くから。」
「そんな時間に相手が現れるんですか?一体どうやって?」
「相手は定期的に『罠』の状態を確認してるはず。だから歩道橋にこれを貼るの。」
SさんがラミネートしたA3の紙を数枚、テーブルの上に置いた。
『本日深夜歩道橋の大清掃を行います。午前2時〜4時、横断歩道をご利用下さい。担当者』
「さあ、あとは明日午後にでも打ち合わせすれば十分。
もうLの部屋へ戻って。Lも当然異変に気付いてる。不安は身体に毒だから、ね。」

『星灯(中)』 了

462 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/11(木) 21:18:52 ID:Zs8Krqck0
皆様今晩は、藍です。
今日、思わぬ休みを頂きましたので、少し頑張ってみました。
明日からはややこしいお仕事で留守となりますので、
次の投稿日時は未定です。気長にお待ち下さい。
それでは今夜はこれにて、有り難う御座いました。

463けんぽん:2014/12/13(土) 02:17:06 ID:t0g9U3JM0
藍さま
知人さま

お忙しい中での書き込み有り難うございました!!

書き込みの間隔が暫く開いていたので、年内は諦めていましたが、思わぬクリスマスプレゼントを頂いたかの様な嬉しさです!!

今後とも宜しくお願い致します!!

寒さ厳しい折、お身体ご自愛下さいませ。

464 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 18:53:05 ID:9HL3f1e.0
テスト中です。

465『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 18:54:58 ID:9HL3f1e.0
『星灯(下)』

 眼が覚めた。目覚ましを確認する。午前一時丁度、予定通り。そっと身体を起こした。
「待ってます。ずっと、待ってますから。」 姫の、小さな声。
事情を詳しく話した訳ではないが、特に隠しもしなかった。
とても聡い人だから、隠せばかえって不安を大きくするだけ。
お腹の子の事を、今は一番に考えなければならない。誰より姫がそれを分かっている。
だから今夜の件について質問する事もなく、ただ『待っています』と。
背中を向けたままなのは、俺の心に迷いを生じさせないための心遣い。
そう、俺が迷えば姫の不安はさらに大きくなる。だが、大丈夫。
戦うのではない。準備は万端、Sさんとの打ち合わせも済んでいる。
「必ず無事に帰ります。起きていると身体に毒ですから、少しでも寝て下さいね。」
そう、上出来だ。まるで夜釣りに出かける時のように、軽やかに。

466『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:14:42 ID:9HL3f1e.0
 念のため、市営駐車場からさらに約200m離れたバス停に車を停めた。軽の四駆。
Sさんが運転席に移る。1時40分、此所からはSさんと別行動。俺は歩いて歩道橋に向かう。
「くれぐれも注意して。絶対に、焦っちゃ駄目よ。
結界を解く準備が出来次第此所へ戻る。それまでは何とか、時間を稼いで。」
「はい、世間話は大の得意ですから、任せて下さい。
それに佳奈子ちゃんの実の母親なら、きっと、凄く綺麗な女性ですよね?」
「馬鹿、私がどんな気持ちで...」 開いた窓越し、Sさんの唇にそっとキスをした。
「僕はSさんを信じてます。だからSさんも、僕を信じて下さい。」
Sさんは小さく頷き、ハンカチで目元を押さえた。
小さく手を振り、車を見送ってから歩き出す。

467『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:16:12 ID:9HL3f1e.0
 「何だこれ?夜中に大清掃って。」
「ああ、この歩道橋犬の糞が凄いからな。ようやく役所も腰を上げたんだろ。」
「おいおい、犬の糞を踏むなんて御免だぞ。」
「だから掃除するんだろ。ほら、横断歩道使えって書いてある。あっちだ。」
酔っ払いらしい男が二人。大声で話しながら横断歩道へ向かって歩いていく。足下が怪しい。
深夜2時前。古く、大きな交差点だが、新しい繁華街からは少し離れている。
遠ざかる男2人以外に人影は無く、車の往来もまばら。大きな歩道橋を見上げた。
深呼吸、階段に左足をかける。
『もし、若い御方。』 驚いたが、声に敵意はない。
振り向くと、白い着物の童子が立っていた。
正体は分からないが、何れにしろ人では無い、礼を尽くしておくべきだろう。
階段から足を下ろし、目礼。 「私に、何か御用ですか?」
『あなたを術者と見込んで頼みがあるのです。』
「はい、私に出来る事であれば。」

468『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:20:13 ID:9HL3f1e.0
 「この社を封じた術者には、私の朋輩も関わっています。
私はこの結界に入れません。しかしあなたが私の想いを携えて下さるなら、
私の声が朋輩に届くでしょう。どうか一言『その想いを携える』と。』
朋輩?あの時術者は小型犬を連れていたが、まさかあれが?
事情は分からないが、敵意が全く無いなら害にはなるまい。
それに、此所で時間を取られ、約束の時間に遅れるのはまずい。
「分かりました。あなたの想い、携えて中へ入ります。声が届くと良いですね。」
童子はにっこりと笑い、深く一礼して姿を消した。
振り返り、深呼吸。もう一度階段に足を掛ける。

 階段を上り切る直前、通路に人影が見えた。時計を見る、未だ2時7分前。
階段を上りきり、通路に踏み出す。小柄な女性。手摺に左手で頬杖をつき、夜景を見ている
地味なグレーのダウンジャケット、黒のジーンズに白いスニーカー。
ゆっくりと体の向きを変え、俺を見つめた。
右の瞳は白く濁り、右腕は力なく垂れている。右手だけに、黒い手袋
そして香木の甘い香りに混じる、微かな腐臭。間違いない、あの術者。

469『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:22:09 ID:9HL3f1e.0
 「今晩は。お待たせしたみたいで、申し訳有りません。」
女性は小さく首を傾げた。微かな、落胆の表情。
「やっぱり人違い、ね。優れた術者には違いないけど。あなたでは、この結界は解けない。」
女性はゆらりと踵を返した。首筋に鳥肌。正直、怖い。
『優れた術者』と言いながら、無防備な背中を晒し、俺を全く問題にしていない。
人の身の限界に近い力を備えた術者に共通する、強烈な自負。
おそらく狗神の力を使わずとも、一族有数の術者にも匹敵する力。しかし。
「人違いじゃ有りません。あの貼り紙をしたのは僕の師匠です。
今夜僕は師匠の名代として此処に来ました。」
女性が足を止め、ゆっくりと振り返る。
「それだけの力が有れば分かる筈。この結界を張った、私の力。あなたとの力の差。
それともあなた、死ぬのが怖くないの?」
悲しみと苦しみに凍り付いた、冷たい声。感情の欠片もこもってはいない。

470『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:23:51 ID:9HL3f1e.0
 「死ぬのは怖いですよ。大事な家族もいるし、それに近々もう一人子供が生まれます。
あ、このあと結婚するとか子供が生まれるって、映画や漫画だとフラグでしたっけ。」
「こんな時に軽口なんて...」
呆れたような表情、微かに女性の感情が動いたのを感じる。
「まあ、良い。あなたが死にたくないなら好都合。
知りたい事を教えてくれたらあなたは無事に帰れる。私も無理強いはしたくない。
なら、あなたと私の利害は一致してるという事よね?」
「何を、知りたいんですか?」
「娘の居所。10年ぶりに戻ってきたのに、居場所が全く辿れない。
娘の父親、離婚した元の夫が死んだのは分かったけど、その両親の居場所も辿れない。
住民票にも細工されてて転居先は出鱈目。術者が関わってるって、すぐに分かった。」
「だから此所に結界を張った。つまりその術者を呼び出すための罠です。」
「はぐらかさないで質問に答えて。もう、あまり時間がないから。」
「その子はある夫婦の養女になって幸せに暮らしてます。
だから居場所を教える訳にはいきません。
あなたに居場所を教えたら、最悪の場合あの子は死ぬ事になる。」
女性はじっと俺の眼を見つめた。

471『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:26:08 ID:9HL3f1e.0
 「あなた、一体何のために此所に来たの?
私を倒す力はない。なのに、わざわざ此所に来て、『教えられない。』と?
「それに『最悪の場合あの子が死ぬ』って、どういう意味?」
「確かにあなたを倒す力は有りません。だからこそ僕が来たんです。
もっと力の有る術者、例えば僕の師匠が此所に来たら、あなたは警戒して戦いに備える。
つまり『力の源』への通路を開いてしまう。それでは、困るんです。」
「面白いわね。『力の源』って、それが何なのかも知ってるの?」
「この規模の結界を張る力を術者に与える存在。あなたが結界を張った方法。
あなたに直接会って確信しました。あなたの『力の源』は、狗神です。
そして、あなたは恐らく、あの子を産んだ後にそれを体内に封じた。
いや、封じるより他に方法が無かったと言うべきでしょうね。そうなってしまったのなら、
もし僕がその立場でも、涙を飲んで我が子から離れます。それを滅する方法を探すために。」
「私の見立てが甘かったって事?もしも術でその経緯を知ったのなら、
今からでも最大限の警戒をしなければならない訳だけど。」
「冗談は止めて下さい。術では無く、師匠と話し合って予想したんです。
最初の手がかりはあの子の周りに残る気配。亡くなった父親の気配は残ってるのに、
母親の気配が全く感じられませんでした。幾ら何でもそれはおかしい。
愛していても憎んでいても気配は残る筈。敢えて気配を消したとしか思えない。
そんな事が出来るのは術者だけ。それで、師匠に相談したという訳です。
勿論その時点では、あなたがそれを体内に封じたことは知りませんでした。
しかし術者が自らの気配さえも消して娘と離れる程なら、間違いなく事態は深刻。
だから師匠は全ての手がかりを消しました。
将来その子の母親、つまりあなたが戻ってきた時のために。」

472『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:28:21 ID:9HL3f1e.0
 「良い師匠についているのね。だけどまだあなたが此所に来た目的が分からない。
『最悪の場合あの子が死ぬ』という理由も。面白い話だけど、そろそろ本題に入って。」
「狗神を体内に封じた術者には、呪殺を生業とする以外の選択肢がありません。
そして当然、呪殺は禁呪。そのペナルティーはあなたの身体を蝕み、命を削る。
だからその右眼も右腕も、それであなたは『時間が無い』と、そうですね?」
「そうよ。あなたの言う通り、私の身体はもう長くは保たない。だから、あの子を探してるの。」
「身体の崩壊が進み、あなたが死ねば、それは血脈を辿ってあの子の体内に入り込んでしまう。
だから、そうなる前にあなたはあの子を使って狗神を誘い出すつもりでしょう?
自分の体を離れたそれを、あなたが探し当てた術で滅するために。」
女性は小さく溜息をつき、淋しげな笑顔を浮かべた。
「そうよ、それもあなたの言う通り。だから、あの子の居場所を教えて。」
「それを誘い出したら、あなたの力は失われる。なのにどうやってそれを滅するんですか?」
「特殊な代を使って罠を掛ける。それが私の体を出たら術が発動するようにしておけば良い。」
「あなたの力が及ばなければ、術は失敗する。つまり狗神はあの子の体に入り込む。
だから失敗した時のために、2つめの罠を掛ける必要が有りますね。
もし狗神があの子の中に入り込んだら、あの子の身体ごとそれを滅する術。」
長い沈黙、それはSさんと俺の予想が正しかったことを示している。
そして、恐らく2つめの罠こそが、この女性の切り札。

473『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:29:22 ID:9HL3f1e.0
 『呪殺者は仕事に一切の私情を挟んではならない。』
昨夜、Sさんはそう言った。
『私情を挟めば、禁呪でなく外法に堕ちてしまうから。』と。
術者が自ら体内の狗神を滅する方法は無く、
通常の術では狗神使いを殺せても狗神を滅することは出来ない。
チャンスが有るとすれば術者から狗神が離れて移動する時だけ。
つまり術者の身体の崩壊が進みその命が尽きた直後。
そして、術を使えない人間の体に移動した直後の狗神は、十分な力を発揮できない。だから。
勿論赤の他人を行き先に指定し、同じ罠を仕掛ける手もある。
しかし、自分の血縁を助けるために他人を犠牲にするのは私情。つまり外法。
『術者が呪殺者としての矜持を守って狗神を滅するなら、
人生最後の仕事の対象に、赤の他人では無く血縁を選ぶ。』
それがSさんと俺が出した答え。そして、やはりこの女性の答えも同じ。
それならきっと分かってくれる。黙ったままの女性に、精一杯の想いを込めて問いかけた。
『心ならずも呪殺者になったけれど、最後まで術者としての誇りは捨てない。
血縁を助けるために私情を挟めば、今まで殺した人々の魂に顔向けできない。
その想いは理解できます。でも、自分の娘の幸せを願う気持ちも、母親の想いでしょう?』
「...それを滅する方法が他にないのだから、仕方ない。」
「他に方法が有ると言ったら、信じてくれますか?」

474『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:31:32 ID:9HL3f1e.0
 「十年近く、故郷で手がかりを探し回って、
可能性の有りそうな術を1つ見つけるのがやっとだった。
いきなりそんな事言われても、只の夢物語。とても信じられない。」
俺は背中のリュックを下ろし、中から短剣を取り出した。
「抜かなければ骨董品の短剣。しかしこれは神器、ある神様から授かったものです。」
これなら多分狗神を焼き尽くすことが出来る。しかも、この結界はお誂え向き。
為損じても狗神は深手を負うし、しかも結界を出られない。後は師匠に任せれば万全。」
「一切の術を使わず、その剣をこの身体で受けろって事?」
「あなたはあの子と一緒に死ぬ気だった。僕はあなたの覚悟を、信じます。」
「信じる?この、私を?」
女性は喉の奥で笑った後、咽せて咳き込んだ。左手の中指で両の目尻を拭う。
力なく垂れた右腕は、やはりピクリとも動かない。
「依頼主でさえ忌み嫌う、狗神憑きの呪殺師。
そんな人間を、信じるなんて。今まで、そんなこと誰も。」
「それは違う。忘れたんですか?あの人は、『健一』さんはそう言った筈です。
『あなたを信じる。此処へ帰ってきてくれる日を、何時まででも待つ。』と。
離婚して健一さんと佳奈子ちゃんから離れ、それを滅する方法を探すと決めた時に。」
「...さすがに、そんな事まで予想するのは無理よね?どういうこと?
10年前この街に術者は一人も居なかったし、健一と接点がある歳にも見えない。」
「健一さんの妹さんから聞いた話を手がかりにして、予想しました。
健一さんが妹さんに残した式が佳奈子ちゃんに危害を加えるようになって、
僕が妹さんから相談を受けたんです。実際に式を始末したのは僕の師匠ですが。」

475『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:33:06 ID:9HL3f1e.0
 「そう、じゃあ師匠に良くお礼を言って置いて。『お陰で心残りが1つ消えた。』って。
あれは、健一が初めて作った式。私の予想より半年以上も早かったわ。
優柔不断でイライラさせられることも有ったけど、とても優秀な弟子だった。」
「妹さんとの関係、その推移を知っていながら、健一さんと結婚して佳奈子ちゃんを産んだ。
それはあなたが健一さんを、いいえ、あなたと健一さんが愛し合っていたからですよね?」
女性は俺から視線を逸らし、夜景を見下ろした。
ゆっくりと左腕を伸ばし、人差し指で指し示したのは南西の方角。
「あの辺り、小さな花屋でバイトしてた事がある。この街に来てから2年位。
私は、一族で最後の術者だと言われて育ったし、自分でもそのつもりだった。
何時か術者を辞めて、花屋を開くのが夢だったの。可笑しいでしょ?」
「全然可笑しくありません。僕も、僕の師匠も、術者を辞めた後の事を考えています。」
「故郷を離れてこの町に来て、バイトしてた花屋であの人と出会った。
発現しかかった力と、それを制御できない不安に耐えかねて崩壊寸前の心。
あまりに痛々しくて、だから思わず声を掛けて...それから、術を教えるようになった。
妹への想いにも気付いたけれど、それが間違っているとは言えなかった。」
「その時にはもう、あなたは健一さんを愛してた。だから言えなかったんです。
自分の想いを遂げる為に、妹さんを誹謗していると思われるのを恐れたから。」
「健一も自分の想いの過ちに気付いてた。だから急ぐ必要はないと思ってたの。
結婚して、子供が産まれて。自然に、ゆっくりと妹との関係も変化していけば良いって。
でも、そうはならなかった。狗神に、出会ってしまったから。」

476『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:34:45 ID:9HL3f1e.0
 「あの子を産んだ後の、最初の依頼だったわ。深い山の中の、古い小さな集落。
小さな男の子に憑依していた動物霊を祓った事で、狗神の封印が解けてしまった。
多分その男の子は狗神の封を維持する為の代になる筈だったのね。
でも何かの手違いか事故で、その事情が伝承されていなかった。それに...。」
女性は言葉を切り、淋しそうな笑顔を浮かべた。
「動物霊の力が弱かったから、私も事前に深くは調べなかった。
早く仕事を済ませて、あの子の所に帰ろうと、そればかり考えて。
もし調べていても、気付いたかどうかは分からないけど。」
思わず涙が零れた。息を詰めて嗚咽をこらえる。
代となる運命だった男の子を救い、その集落に伝わる古い祟りをその身に引き受けた。
それなのに...術者としての覚悟の1つとはいえ、あまりに過酷な運命ではないか。
「右腕の感覚は無いし、ほとんど動かないから粗い術しか使えない。
濁った右眼で見えるのは、私が殺した人間たちの、憎しみに歪んだ顔だけ。
それでも私のために泣いてくれる人がいるだけで、体中の痛みが少し和らぐ。
良い夜だわ。そして、その短剣で狗神を滅する事が出来るなら、最高の夜になる。
あなたと話していると心が和むけど、やっぱりこの痛みを早く終わらせたい。
さあ、その剣を。私はどうすれば良いの?」

477『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:35:57 ID:9HL3f1e.0
 「僕も経験があるので、一応言っておきますが。」 「何?」
「目茶苦茶痛いですよ。でも絶対に術を、使わないで下さいね。僕は死にたくないので。」
小さいけれど、明るい笑い声。女性の表情は見違える程に柔らかくなっていた。
「あなた、『言霊使い』なのね。道理で素直に話を聞く気になれた訳だわ。
そうね、じゃあなるべく早く終わらせて。痛みを感じる時間が少なくて済むように。」
「分かりました。」 涙を拭い、短剣を握った。左手で鞘、右手で柄。
そう、なるべく短時間で。胸の中央よりやや右、心臓の位置に見当をつける。
深呼吸。

478『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:41:43 ID:9HL3f1e.0
 『お待ち下さい。』
俺のすぐ前、やや右寄りに童子の姿。白い着物、これは結界に入る前の。
『願いを了承して頂きましたが、それでもこの中へ入るのは相当な手間で...
もう間に合わないと覚悟したところでした。』
俺の前で両手を広げた童子の眼には、一杯の涙が溜まっていた。
「あなたは先ほどの。」
『はい。あなたのお陰で、ようやく此所へ入り、そして、とうとう探し当てました。
もう200年も前に生き別れた、私の、弟を。』
女性は呆気に取られた表情で童子を見つめている。
「あの、一体どういう事ですか?」
『この御方の中に封じられているのは私の弟です。
人への憎悪と怒りに血迷い、悪鬼の如き姿に成り果てましたが、滅するのは余りに不憫。
どうかその剣を使うことだけは、お許し下さい。」
「しかしこのままでは。」
『私にお任せを。これまで、憎悪に狂った弟に私の言葉は届きませんでした。
しかし今夜は、あなたの『呪』が力を添えて下さいます。私の言葉もきっと、届く筈。』
童子はゆっくりと向きを変え、女性の正面に立った。
俺の『呪』?一体どういう事だ?

479『星灯(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:43:38 ID:9HL3f1e.0
 『●風丸、起きろ。私の声が聞こえるだろう。さあ、眼を覚ませ。』
そうか、『狗神』もあくまで通称、直接呼びかけるには真の名を。
小さく呻いて、女性が両膝を着いた。 まずい。狗神が眼を覚ましたら俺の手には負えない。
思わず短剣を抜こうとした俺の右腕を、温かい手が背後から止めた。
「駄目、待って。」 耳元で囁く声。すい、と俺の右隣に立ったのはSさん。
小声で何事か呟くと、夜景に存在感が戻ってきた。
続いて足下、乾涸らびた犬の糞が青い炎に包まれる。結界を解いたとしたら、もう狗神を。
唸り声。獣が敵を威嚇するような、太く低い声が空気を震わせた。
『そう、御前の怒りは尤もだ。しかし御前が憎んだ人間たちの血筋はとうに絶え果て、
今の御前はただ、何の関わりも無い人間たちを苦しめているだけ。
そして、人間の身体を渡り歩く内に、人間の深く温かい情に触れ、
御前の憎しみの形はぼやけている。最早誰を、何故憎んだのかも憶えているまい。
もう十分だ、全てを忘れ共に森へ帰ろう。我らが故郷、○×原の、あの懐かしい森へ。』
女性の身体が通路に頽れると同時に、大きな白い影が眼に入った。
並んで立つ、巨大な体躯。四つ足の白い獣。 犬? いやこの大きさは、きっと狼。
「本当に有り難う御座いました。私たちは取るに足らぬ、卑しい存在ではありますが、
あなたが私たちに徳を施した事を、護り神様はきっと、お喜びになりますよ。では、これで。」
次の瞬間、二つの白い影は消えた。すぐに駆け寄り、女性を抱き起こす。
近づけた頬にかかる、絶え絶えの吐息。もしかしたら。
「まだ、息があります。」
「狗神が自分から離れていったから、肉体の急激な崩壊は免れた。でも急がないと。
早く運んで頂戴。車はすぐ其処のバス停。車の中で病院と、それから『上』に電話する。」

『星灯(下)』 了

480『星灯(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:46:40 ID:9HL3f1e.0
『星灯(結)』

 エレベーターのドアを出て十数歩。
東病棟に繋がる廊下の入り口で、少女は足を止めた。
黙って少し俯いた横顔、俺の左手を握る右手に力が篭もる。
面会直前、少女の心は激しく動揺していた。 胸の奥が、痛い。
「佳奈子ちゃん、大丈夫?やっぱり怖い、かな?」
死期の迫った病人、しかも見ず知らずの女性を訪ねるのだから怖くて当たり前だ。
「怖いって言うより...ううん、大丈夫。Rさんがずっと一緒に居てくれるんでしょ?」
細い体をそっと抱き寄せた。「そう、ずっと一緒。心配しないで。」
焦る必要など無い。そのまま、少女の心が静まるのを待つ。
暫くして、少女は大きく深呼吸をした。顔を上げて俺を見詰める、綺麗な瞳。
「もう大丈夫?」 少女は小さく、しかししっかりと頷いた。
「じゃ、行こうか。」 「はい。」

481『星灯(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:47:55 ID:9HL3f1e.0
 これから面会するのは少女の実の母親。恐らく、これが今生の別れとなる。
此処は市内の大学病院。一族の人が運営に関わっていて、最高の体制を整えてくれた。
しかし、力の源である狗神が離れれば術者の体はその場で完全に崩壊するのが道理。
狗神が穏やかに離れていく特殊なケースだったから、それは免れた。
とは言え、女性の体の崩壊を止める方法は無い。残された僅かな猶予。
専門の術者が数名、なんとか女性の命を支えている。
それは全てこの面会を実現する準備を調えるため。
しかし。
『保って二・三日。』 それが主治医の見立て。だから今日、急遽この病院を訪れた。
もちろん少女に全ての事情を伝えた訳ではない。 半分の事実、半分の方便。
『少女との面会を望んでいるのは、少女の父親の姉。つまり伯母。
少女に取り憑いた妖怪を祓うために力を尽くして来たが、及ばずに体を壊した。
もう長くは生きられないから、最後に一目、姪に会いたいという希望を叶える。』
それが俺の書いた筋書き。少女の養母、美枝子さんも同行を望んだけれど、
身重の体を心配したSさんがそれを止めた。今はお屋敷で少女の帰りを待っている。
少女を支え面会を成功させる事。俺に与えられた、誇りある任務

482『星灯(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:48:46 ID:9HL3f1e.0
 ドアをノックして数秒、小さく応じた声を確認してドアノブに手を掛ける。
先にドアをくぐり、女性に一礼。その後で少女を病室に招き入れた。
少女の背中にそっと手を添え、ベッドの傍らに立つ。
ベッドを操作して少し体を起こした女性は、瀕死の状態とは思えないほど美しい。
Sさんが手配した専門家達が、朝から丁寧に化粧を施した。
壊死が進み既に切断した右腕は病衣と掛け布団で隠しているし、
右の義眼も言われなければ分かるまい。娘の前では綺麗でいたいという、その女性の想い。

483『星灯(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 19:49:59 ID:9HL3f1e.0
 見つめ合う女性と少女。病室を満たす、穏やかな空気。
「来てくれて、有り難う。どうしても一目だけ、会いたかったから。御免ね。」
少女は俯いて唇を噛んだが、やがて意を決したように顔を上げた。頬を伝う、涙?
「私、あなたが本当は誰なのか知ってます。」
!? どういう事だ? 俺の筋書きは。
「私の、もう一人のお母さん。私を産んでくれた人。
私に取り憑いた妖怪を引き離すために、私と離れて凄く頑張ってくれた。
でも、上手く行かなくて、もう体が...お母さんが教えてくれたんです。」
そうか、美枝子さんが。 真の愛情の前では、俺の小細工など無意味。
少女は床に両膝を着いて女性の左手に両手を添えた。
「私、全然知らなくて。だから、御免なさい。私のために、こんな...。」
「たった一人の血縁の為に、出来るだけの事をするのはあたりまえの事。気に病む必要は無い。
それに、私はあなたの母親なんかじゃない。あなたの母親は一人だけ。」
「でも。」
「あなたが元気で幸せなら、それで良い。さあ、もう帰って。少し、疲れたわ。」
女性は左手で少女を促した。立ち上がった少女の肩を抱く。
「また、来ます。きっと、Rさんに、また連れてきてもらいますから。」
女性は眼を閉じ、小さく首を振った。

484『星灯(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 20:59:37 ID:9HL3f1e.0
 二人、黙ったまま廊下を歩く。少女は時々涙を拭った。
何と声を掛ければ良いのか分からない。俺の適性こそ、『言の葉』なのに。
ただしっかりと、少女と手を繋ぐ。情けないが、それが今俺に出来る全て。
エレベーター、開いたドアをくぐる。ボタンを押し、ドアが閉じた後の軽い浮遊感。
一瞬体の重みが増した感覚の後、エレベーターのドアが開く。一階のロビー。
「あ!」 俯いたままドアをくぐった少女が誰かにぶつかってよろめいた。
「御免なさい。私。」
その人はすっと屈んで少女の肩を抱いた。
『まるで大小二つの綺羅星。二人とも、立派だったな。後は任せろ。心配は要らぬ。』
立ち上がり、その人はエレベーターの中へ。俺は吸い込まれるように振り向いた。
紺のジーンズとクリーム色のパーカー。長い髪。若い女性の後ろ姿。これは、あの港で。
反射的に深く礼をしたまま、エレベーターのドアが閉じるのを待つ。

485『星灯(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 21:01:07 ID:9HL3f1e.0
 「Rさん、あのお姉さんは誰?」
「佳奈子ちゃん、声が聞こえた?あの御方の?」
「うん。聞こえたよ。どうして?」 少し怪訝な表情。
「あの御方は人間じゃない。守り神、そう、僕達の守り神様なんだ。」
「守り神様?じゃあ。」 少女の縋るような瞳。思わずその体を抱き上げた。
そのまま歩き出す。今は無理、視線を合わせられない。合わせたら、きっと涙が。
抱っこして歩くには大き過ぎる少女。すれ違う人々から感じる好奇の視線。でも、構わない。
「Rさん?」
「とても強い術を使って体が壊れると、術者の魂は天国へ行けない。その話も聞いた?」
「ううん、それは...聞いてない。」
「強い術を使って壊れた体は治せない。たとえどんな方法を使っても、どんな御方でも。」
「でも、守り神様なら。」
「そう、だからあの人の魂は救われる。今度生まれたらきっと、幸せな人生を送れるよ。」

 少女が両腕を俺の首から背中に回し、右肩に顔を埋めた。漏れる嗚咽。
母2人に似て聡い少女は、あの御方が今日此処に現れた意味を理解した。
中学生になったばかりの少女には、あまりにも酷過ぎる現実。
しかし、知ってしまった以上、半端な方便は毒にしかならない。
この少女を、我が子を愛しつつ、最後まで術者として生き抜いた女性。
その覚悟を、知って欲しかった。

486『星灯(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 21:02:13 ID:9HL3f1e.0
 病院の駐車場、入り口の階段に差し掛かった時、少女が顔を上げた。
「Rさん。」 「何?どうしかした?」
「ちゃんと私の目を見て。大事な、お話だから。」
立ち止まり、深呼吸を1つ。覚悟を決めて少女と視線を合わせる。
「あのね。私、術者になる。お母さんと一緒に修行して、きっと何時か、術者になる。」
「どうして?折角恐ろしい妖怪から逃れて、みんな佳奈子ちゃんの幸せを願ってるのに?」
「新しいおばあちゃんが教えてくれたの。私にも『力』があるって。
もし本当に『力』があるなら、術者になる。
今までたくさんの人に助けられたから、今度は私が、誰かを助けたい。
それにもしかしたら、あの人の生まれ変わりに、出会えるかもしれないでしょ?」
涙に濡れた、しかし強い強い意志を秘めた瞳。背負った悲しみの重さが
少女をここまで強くしたのだから、全ての想いにそれぞれの意味があったのだろう。
少女の実の父と母、そして養母。連なった強い想いが時を越えて今、小さな綺羅星を生んだ。
それはやがて大きく成長し、いつかきっと強い光を放つ。
そして、魂の旅路に迷う人々の心を明るく照らすだろう。
「そう。それなら大丈夫。きっと佳奈子ちゃんは強い術者になる。
何時か必ず、困ってる人たちを助ける事が出来るよ。」
「本当にそう思う?」 「うん、間違いない。ちゃんと修行すれば大丈夫。」

487『星灯(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 21:12:28 ID:9HL3f1e.0
 季節外れの少し暖かい風が、少女と俺を包んでいる。
小春日和。その名残の日差しは、俺と少女の心を温める熱を宿していた。
回り込み、助手席のドアを開ける。
「どうぞ、未来の術者様。」 「有り難う。」 はにかんだような、少女の笑顔。
もちろん俺自身の手柄ではない。ただ、この任務が成功したことが素直に嬉しい。
そう、この少女が元気で幸せなら、それで良い。ゆっくりと、車を出した。

『星灯』 完

488『藍 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/20(土) 21:14:47 ID:9HL3f1e.0
 皆様今晩は、藍です。
本日戻り、何とかクリスマス前に『星灯』の投稿を終える事が出来ました。
ちょっと疲れているので本日はこれで。申し訳有りません。

489名無しさん:2014/12/21(日) 02:06:06 ID:F3jT8Z/U0
 
 Rさんを起点に、親子の愛と兄弟の愛が交錯し、そこに守り神の愛が注がれる。
 藍さん、知人さん、日本のクリスマスにふさわしいプレゼントをありがとうございました。
 それにしても泉さん、かっこよすぎて萌えます・・・。

490名無しさん:2014/12/22(月) 07:09:39 ID:Eb2gphdkO
過酷な運命を生きた女性が最後に報われて良かったです。ありがとうございました!

491 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/22(月) 19:44:12 ID:/KZWGTik0
皆様今晩は、藍です。

>>452
>>453
>>454
>>463
>>489
>>490

温かいコメントの数々、心より感謝申し上げます。
個別の返信は控えさせて頂きますが、全て有り難く拝読しております。
読んで、楽しんで下さる方々がいるのだと思えば、投稿も苦になりません。
そんな皆様に、もう1つクリスマスプレゼントを用意できないか、
知人と相談中です。上手く行けば、イブにでも。
では、今夜はこれにて。有り難う御座いました。

492けんぽん:2014/12/24(水) 00:52:31 ID:w8Y4XFZk0
藍さま
知人さま

年末のお忙しい時期に、素敵なお話を有り難うございました。

もう一つのお話を拝読させて頂ければ最高ですが、呉々も無理なさらないで下さい。

これからも末長く宜しくお願い致します。

493名無しさん:2014/12/24(水) 17:25:43 ID:.gWxCsg60
全俺が泣いた。

494 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:17:11 ID:wTxJbg5A0
テスト中です。

495 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:19:33 ID:wTxJbg5A0
皆様今晩は、藍です。
何とか作業が間に合ったので、皆様に心ばかりのクリスマスプレゼントを。
以下、『聖夜』。お楽しみ頂ければ幸いです。

496『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:23:15 ID:wTxJbg5A0
『聖夜』

 『私、そんな事聞いてない。ただ食事して、カラオケするだけだって。』
『幾ら何でもそんな訳無いだろ〜。金は2倍出す約束だし。良いだろ、な?』
『細かい事は良いから、行こうぜ。気分が良くなる○×も有るから。』
『嫌。止めて、っ!』
妙な胸騒ぎ。流れ込む思考と感情に、やはり反応してしまう。もう時間が無いのに...。
だがこれを無視したら、俺は何の為に術者をやっているのか判らなくなる。
やはり、放っては置けない。女の子の記憶、映像を逆に辿った。
連れて行かれたのは路地裏、ラブホテルの前。あれだ。
ビルの隙間に見えたのは男の背中が2つ。 深呼吸、下腹に力を込める。
『何だ。恵子、此処に居たのか?探したぞ〜。』 男達が振り向く。
そう、出来るだけ人の良さそうな笑顔。 Sさんにはいつも演技派だと褒められてるんだから。
『あれ?この娘が何かご迷惑でも?申し訳有りませんが、もう10時過ぎますし、この娘は高校生。
出来れば続きは明日警察で。○×署には知り合いが居ますから、なるべく穏便に。』
名刺を差し出した右手を撥ねのけて、男達は俺の脇をすり抜けた。呪詛の声と舌打ちの音。
ケイタイを取り出し、馴染みの運転手に掛けてみる...繋がった。
キリスト教の信者ではないが、これが聖夜の奇跡か。遅刻は最小限で済みそうだ。
「今タクシーを呼んだから、乗って帰って。来るまで此処に居るし、料金は俺が持つ。」
背中を向けたまま、必要事項だけを喋る。
今すぐに、他人と話す気分じゃ無いだろう。制服の乱れを直す間も。

497『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:24:53 ID:wTxJbg5A0
 「私、あなたみたいな人って大っ嫌い。自信過剰で、いい人ぶって。」
ああ、やっぱり。最初の予感は正しかった。遅刻間違いなしで頑張ってるのに、この扱い。
「どうせ、人助けしてやったって自己満足してるんでしょ?気持ち良い?」
歪んでるなぁ。 やっぱり瑞紀さんは自分の気持ちに正直、ストレートで可愛かったんだね。
「あ〜あ。『どうして私の名前知ってるの?』って聞かれると思ってたんだけどな。」
「あ...どうして?」 少女が纏っていた固い鎧が少し緩んだ。一体どんな事情が。
「俺、魔法使いなの。パーティーに行く途中だったのに、こんな事して。完全に遅刻だな。」
「御免なさい。私、さっきは少し。」
「良いよ。君の事情は聞かない、俺も名告らない。タクシーが来るまでの縁、だから。」
背後で気配が動く。次の瞬間、夜目にも可愛い顔が目の前に浮かんだ。
「私、○本恵子。助けてくれて、アリガト。」
色々事情が有りそうだが、聞けば深入りする事になる。もう、既に遅刻なのだ。
その時、妙なモノに気付いた。少女の右肩。ゴキブリのような、クモのような。
いや、それではゴキブリとクモに失礼だ。これは紛れもなく人間の、おぞましい生霊。
これが、この少女を歪ませている元凶。

498『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:26:35 ID:wTxJbg5A0
 全速で感覚を拡張し、目の前の生き霊にチャンネルを合わせる。流れ込む、思考。
『一度売らせて汚したら、あとは俺の女に。全部、●枝が死んだのが悪いんだ。』
込み上げる吐き気、もう十分。およそ聖夜にふさわしくない下衆。しかも、継父?
恐らく本体は自宅で酔い潰れ、下卑た夢に溺れているのだろう。
「嫌いなタイプの人間にお礼が言えるなんて偉いね。因みにどんなタイプがお好み?」
「あなたより少し、ううん、もっと年上の人。」
時間を稼ごうとしただけで、答えなんて期待してないのに。何で真っ直ぐに答えるかな。
でもまあ、この『間』は有効利用させて貰おう。深く息を吸い、下腹に力を入れる。
「あ、ちょっと待って。虫、かな?右肩、動かないで。」 少女は不安げな顔で身を竦ませた。
心の中で言葉を練る。練った言葉を血流に乗せて左手、薬指に送り込む。
親指で止めたままの薬指に、力を込めた。そのまま左手を少女の右肩へ。
少女が不安げに、横目で俺の左手を見詰めている。 しっかりと狙いを定めた。
もし生き霊を滅すれば本体の深刻なダメージは免れない。
本来コイツは問答無用、幾ら何でも自分の娘を。しかし、今夜は聖夜。
滅するのではなく、本体の悪意が本体のダメージとして帰るように。
親指の力を抜いた。
『散れ!』
ソレは派手に弾けた後、その輪郭を失い霧消した。微かな呻き声。

499『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:28:09 ID:wTxJbg5A0
 「あれ?見間違いかな、暗いから。確かに何かいたと思ったんだけどね。」
「でも、何だか肩が軽くなった。さっきまで首も痛かったのに。最近、ずっと。」
「ところで、俺より年上の方が好みって言ったよね?」
「それは、そうだけど。」
あの生き霊。これ以上詳しい事情を知る気はないが、置かれた環境の中でこの娘は
無意識に『父親』を、安心して身を任せ心休める場所を求めて続けて来たのだろう。それなら。
「確か45歳、奥さんに先立たれたオジサマとかどう?
君の話をしっかり聞いてくれる筈。渋い感じの、いい男なんだ。」
少女は俯いて唇を噛んだ。
「その人も、さっきの男達と同じ? やっぱり私、そんな風に見える?」
「違うよ。その人は警察の、署長さんだからね。家に帰りたくない君を保護してくれる。
だけど、その人は俺の大事な先輩、いきなり『あなたみたいな人大嫌い』は困るんだ。」
「分かった。その人に会わせて。全部話すから。このまま家に帰ったら、私。」
多分これぞ天の配剤、近付いてきた馴染みのタクシーに右手を挙げた。

500『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:31:06 ID:wTxJbg5A0
 「安さん。事情が有って、このお姫様を榊さんの所にお送りしなきゃならない。
榊さんたちは今夜忘年会、○△ホテル。今からだとどの位掛かるかな?」
「この時間だと道も少し空いてきてるけど、まあ22〜23分、2000円って所ですかね。」
「じゃあ20分以内で3000円、もし15分切ったら5000円、どう?ただし安全運転で。」
「毎度っ!5000円札はお持ちでしょうね?」
とても小さいとは言えない車体が魔法のように細い路地を抜けていく。
「有り難う御座いました〜。」 「助かったよ。また頼むね。」
上機嫌で5000円札を受け取った安さんに声を掛け、タクシーを降りた。
続いて降りてきた少女の全身を注意深く観察する。
大丈夫、さっきのアレはもう見当たらない。執着が強いと一度では祓えない事も多いのだが。
加減したつもりだが、つい力が入り過ぎたかも知れない。
しかし、それで本体が深刻なダメージを受けたとしても、良心の呵責は感じない。

501『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:34:09 ID:wTxJbg5A0
 宴会場の入り口、既に賑やかな声が聞こえている。
スタッフが開けてくれたドアを2人でくぐり、少女に声を掛けた。
「此処で待ってて。まず榊さんに話してくる。」
勿論部屋中が俺と少女に気付いている。しかし黙り込んで俺たちを見詰める粗忽者は居ない。
「おやおや、何の冗談かと思ったら、ホントに女子高生とは。一体どんな事情だい?」
「『売り』をさせられる寸前で保護しました。」 「組織が絡んでる?」
「いえ、母親の再婚相手です。母親が亡くなってから生活が荒れて。汚した後で自分が、と。」
俯いていた榊さんが顔を上げた。『万事心得た』という、いつもの笑顔。
振り向いて少女に手招きをした。おずおずと、頼りなげな足取り。
「榊さんに保護してもらおうと思って連れて来たんです。ほら、自己紹介。」
「○本、恵子です。さっき、Rさんに助けてもらって。それで、此処なら保護してくれる人が。」
「外は寒かったろ。こんなに怯えて、可哀相に。でも、もう大丈夫。」
嗚咽。榊さんの柔らかな雰囲気で、張り詰めていた気が緩んだのだろう。
「恵子ちゃん。R君に出会ったんだから、君は本当に幸運だよ。泣かなくても良い。
俺は榊健太郎。君が望むなら、君を保護する。婦警さんの方が話をしやすいかな?」

502『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:36:44 ID:wTxJbg5A0
 「年上のオジサマの方が安心出来るみたいですよ。話を聞いてあげて下さい。」
その時、低くくぐもった音が響いた。その娘が真っ赤に頬を染めている。
「御免なさい。昨日から何も、食べて無くて。」
確かに、座敷を満たす料理の、良い匂い。
「もうその娘の身は安全なんだから、話を聞くのは明日でも良いでしょ?
取り敢えずお腹いっぱい食べて貰った後で考えれば良い。ね、榊さん?」
Sさんの笑顔。榊さんの両隣に座っていた青年2人は既に移動を開始していた。
さすがチーム榊、見事なチームワークだ。これこそが人の心。
キリスト教徒でなくても、最高の夜。 翠を抱いたSさんの笑顔はとても温かい。
「そうだな。恵子ちゃん、ほら、座って。そう、此処の料理は本当に美味いから。
まずはどれが良い?あ、それ?じゃ、取って上げよう。飲み物は何が良い?」
肩を寄せた2人の後ろ姿はまるで親子。本当に微笑ましい。
数歩歩いて、少し離れた席に座る。座布団の上で寝ている藍の頭を撫でた。

503『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:39:57 ID:wTxJbg5A0
 「やっぱり少し遅刻しちゃいましたね。ややこしい仕事だと分かっていたので
心積もりはしてたんですけど、それでも思ったよりずっと時間がかかって。」
姫は優しく微笑んで俺のグラスに白ワインを注いだ。
「お仕事が1つ増えたんですから、時間がかかるのは仕方有りません。
ご苦労様でした。上手くいって、本当に良かった。」
「仕事が1つ増えたって、一体何の事ですか?それに、『良かった』って?」
危険ではないが滅茶苦茶ややこしくて、どちらかというと救いの無い仕事だったのだが。
「あの娘です。きっと今夜の事は偶然じゃ有りません。
今夜あの娘を榊さんに引き合わせる、それがRさんのもう1つのお仕事だったんですよ。
もうあんな風に打ち解けて、きっと二人の間には深い縁があるんです。それに。」
姫は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「それに、あんな可愛い娘の面倒を見てたら、
当分は榊さんも『Rちゃんに会いたい』なんて言いませんよ。」
確かにそれなら『良かった』という事になるのだが、もしそうだとしたら。

504『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:42:27 ID:wTxJbg5A0
 渋滞を嫌って歩きを選択したのも、普段通らない近道を選んだのも、
俺自身の意思ではなく、あらかじめ約束されていた必然だったって事?
「そう、その通り。これで榊家の跡取りが生まれたりしたら、
あなたは榊家の全員から感謝されるわね。」
思わず少し、白ワインを吹いた。
「ご、御免なさい...ええっと、跡取りって事は、その。でも、年の差が、かなり。」
「榊さんは26歳の時に結婚して、翌年奥さんが亡くなったと聞いた。
不治の病だと分かっていたけど、榊さんが周りの反対を押し切ったって。
だとしたら丁度、18年前よね。」
Sさんはグラス半分ほどの赤ワインを一口で飲み干した、穏やかな笑顔。
赤ワインの瓶を取り、Sさんのグラスに注ぐ。少し、手が震えた。
奥さんに先立たれた事は知っていた。しかしそんな事を立ち入って聞くことは出来ない。
詳しい事情を聞いたのは初めてだ。そして、この不思議な符号。
あの娘の、高校の制服、多分3年生。だから17歳か18歳。まさか。
「じゃあ、あの娘は。」

505『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:44:08 ID:wTxJbg5A0
 「それを確かめる術はない。18年前、私は未だ榊さんと出会っていなかったから。
でも、前世で果たせなかった約束を現世で果たそうとする。
実現できなかった夢を実現しようとする、そういう例は確かに有る。
もし、この出会いがそうでないとしても、2人の魂に深い縁が有るのは間違いない。
2つの魂を引き合わせ、その縁を結び合わせた。それがあなたの、もう1つの適性。」
囁くような呟くような、Sさんの声。まるで和歌を詠むように、不思議な調子。
『そう。ほどけた縁を結び直し、壊れた心を繋ぎ合わせる。『縁結び』あるいは『魂繋ぎ』。』
その言葉の響きがすうっと染み込んで、胸の奥が熱くなる。
「だからRさんは、縁を結ぶお仕事を沢山任されてきたんですね。そして、きっとこれからも。」
確かに...しかしそれは結果的にそうなっただけだと思っていた。それが俺の適性だなんて。
縁を結ぶ適性があるなら、縁を切る適性も有るのだろうか。
たとえ責任は重くとも、俺にとって、切るより結ぶ方が誇り得る任務だと感じる。
それに姫の言う通り、それが適性なら今後も誇り得る任務に関わることが出来るだろう。
術者として、これ程幸せなことが有るだろうか?
キリスト教徒でなくても良いじゃないか。本当に良い夜だ。まわってきた酒の酔いも手伝って、
この夜を、聖夜を祝うのにふさわしい。そんな気持ちになっていた。

506『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:45:24 ID:wTxJbg5A0
 そっと、榊さんと少女の様子を伺う。
榊さんはいつもの笑顔。少女は頬を上気させて、時折頷きながら笑顔を浮かべる。
料理を勧める榊さん、美味しそうに料理を食べる少女。見て居るこっちが幸せになれそうだ。
俺と話していたときとはまるで違う、無防備な、子供っぽい表情。
母親の死、堕ちた継父。そんな話題で笑える筈がない。
榊さんは注意深く、少女が安心出来る話題を選んでいる。きっと今夜は、それだけで良い。
高校生とはいえ、安心出来る場所と人がどれだけ重要なのか、それが今更に良く分かる。

507『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:50:17 ID:wTxJbg5A0
 突然立ち上がった人影。明るく、元気な声。
「一番、水野。モノマネいきます。まずはSさんを待つ日の榊さん。」 拍手。
...始まった。チーム榊のメンバーは皆、芸達者だ。
『おい、みんな。この部屋片付けろって言っただろ。今日はSちゃんが来るんだぞ。全くも〜。』
声は完璧だ。それに眠そうな、不機嫌そうな表情。小刻みに振る人差し指。
爆笑。メンバー全員が底抜けの笑顔。その青年は軽く頭を下げた。
もちろん今夜は無礼講だから榊さんも苦笑いするしかない。
「ええと、じゃあもう1つだけ。捜査が行き詰まってテンションだだ下がりの榊さん。」
もう彼方此方で笑いが漏れている。
水野という青年のモノマネは一級品で、そのレパートリーは数10種にも及ぶ。
しかしその中から、今夜このネタを選んだのは只の偶然だろうか?
『は〜、駄目駄目。仕事が上手く行かない時はさ、もう、何やっても駄目。
こんな時、Rちゃんが来てくれたらテンション上がるんだけどな〜、むさい野郎ばかりじゃどうにも。』
大爆笑。Sさんと姫もお腹を抱えて笑っているが、俺は笑えない。少女の表情に釘付けになった。
眼を丸くする少女。そのネタが通じないのは当然だが、その後俯いた表情は。

508『聖夜』 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 22:58:04 ID:wTxJbg5A0
 「あの、健太郎さん。『Sさん』と『Rちゃん』って、誰ですか?」
「え?ええと、『Sちゃん』はほら、彼処に座ってる美人で。『Rちゃん』は。」
「はい?」 「R君の事だよ。彼、結構な美形だろ。それで、ある事件の時、
操作の都合で女装して貰ったことが有る。それ以来『Rちゃん』。
2人は夫婦で、どちらも凄い超能力者だから、困った時は捜査に協力して貰うんだ。
超能力捜査。聞いた事ある?兎に角2人が来てくれると凄く仕事が進むからさ。」
ホッとしたように少女の表情が緩む。
「Rさんは『魔法使い』って言ってましたけど。本当に?」
「そう、此処だけの話だけどね。」 声を潜めた2人。少女に戻った笑顔。
もしも鋭く『Sちゃん』と『Rちゃん』を女性だと感じて、その質問をしたのなら。
それは、既に少女が特別な好意を抱いている事の証左だ。それが父でも、もっと別の。
視線を戻すと、Sさんが小さく頷いた。姫の、優しい笑顔。
本当に俺は今夜、時を越えて求め合う魂の旅路に関わったのだろうか?
まあ良い。少女の意識から俺と『女装』の結びつきを解消するのは時間が掛かるだろうが、
聖夜の奇跡に必要だったなら、それはそれで...いや、本当に、良いのか、俺?

『聖夜』 完

509名無しさん:2014/12/24(水) 23:06:46 ID:HA7qX3EEO
ありがとうございます!クリスマスイブの更新があるのかなときたらリアルタイムでした^^
それにロマンチックなお話です。「宮大工シリーズ」も似た運命のお話がありました。
素敵なお話をありがとうございます!

510 ◆iF1EyBLnoU:2014/12/24(水) 23:09:36 ID:wTxJbg5A0
 皆様今晩は、再び藍です。

非公開とされていた掌編を、知人の指示通り一部書き直して投稿致しました。
私自身はとても重要な作品だと思っていたので、投稿できて嬉しく思います。
時系列的には、2010年末でしょうか。所々不自然な所があるかも知れません。
十分な時間が取れませんでしたので、笑ってご容赦下さい。
私もキリスト教徒ではありませんが、何しろ聖夜。クリスマスプレゼントという事で。

それでは今夜はこれにて。頂いたコメントの御礼はまた今度。申し訳有りません。

511名無しさん:2014/12/24(水) 23:25:30 ID:Jzus9QUw0
時を超えて、結ばれる縁(えにし)。
人と人との縁を結び、言祝ぐ者。
清らなる夜を寿ぐに相応しく、奇しき物語かな。

512名無しさん:2014/12/27(土) 21:23:29 ID:D8PUG.fo0
「時、来たれり」 ですね。
いい時期に、いい話、心が温まります。

私にもその「時」がきてほしい。

513名無しさん:2014/12/27(土) 23:22:54 ID:hdsS.iS20
だから『良き理』の力はRさんを通して流れ込むんですね。
重要な作品を掲載して頂き、ありがとうございました。

514 ◆iF1EyBLnoU:2015/01/02(金) 22:04:35 ID:azT027t60
皆様、明けまして御目出度う御座います。 藍です。

>>492
>>493
>>509
>>511
>>512
>>513

暖かいコメント感謝致します。
皆様のご厚意により、今後も投稿が出来ればと存じます。
有り難う御座いました。

515名無しさん:2015/01/02(金) 22:24:01 ID:V2/3HheU0
藍さん、知人さま、あけましておめでとうございます。

「星灯」「聖夜」ようやく読ませていただきました。
もう涙が止まりません。
「星灯」を読むに当たって、「贐」も読み返しました。
こうして縁(魂)は繋がって、続いていくんですね。
本当に素晴らしいお話をありがとうございました。

516名無しさん:2015/01/03(土) 02:21:39 ID:II8sGFgA0
こんにちは。良いお正月ですね。
トランプの術をお見せしましょう。

517名無しさん:2015/01/20(火) 12:51:32 ID:RrRrMO020
こうしないと何もかもハッピーエンドなご都合主義になってしまって
このシリーズ自体を汚すことになるのはわかってるんだが、それでも
悲しいもんだな。

518 ◆iF1EyBLnoU:2015/01/21(水) 20:29:39 ID:qEtBE5io0
皆様、今晩は。藍です。

>>515
>>516
>>517

本当に暖かく、以前の作品までしっかりと読んで頂いた上でのコメント、心より感謝申し上げます。
おそらく『星灯』に対して頂いたコメントかと思いますので、知人に伝えて共に喜びたいと存じます。
次作の投稿時期は未定ですが、気長にお待ち頂ければ嬉しいです。

有り難う御座いました。

519名無しさん:2015/01/22(木) 09:01:05 ID:sOPq5uCMO
いちばんあたたかのは藍さんです。いつまでも待っています。

520名無しさん:2015/01/22(木) 11:45:57 ID:lNkMzky60
「星灯」の最後に出て来るパーカーの女性って誰?

521名無しさん:2015/01/22(木) 21:38:25 ID:y/1P6bTQO
神様の奥様

522520:2015/01/23(金) 18:37:25 ID:OBYsbKYQ0
>>521
暴力団事務所で大暴れした陰神様?

523名無しさん:2015/01/23(金) 18:49:04 ID:cty.7y820
>>520
>>522

違うよ。
「約束」の主人公。読んでみたら?
あと「玉の緒」と「花詞」にも関わりが有る筈。

524名無しさん:2015/01/24(土) 21:53:42 ID:vbs2vbe60
>>520
人であったときの名が、いずみさん。
今は神様の奥さん。
パーカーとジーンズは、Rさんがいずみさんを救ったときに着ていた服。
Rさんの命の恩人でもある。
まさに守り神となられた御方。

525 ◆iF1EyBLnoU:2015/01/25(日) 22:31:50 ID:QC2FIosw0
皆様今晩は、藍です。

>>519
>>520
>>521
>>522
>>523
>>524

どうも一人身内が混じっているようですが、
皆様の、いつも通りの暖かいコメントに心より感謝申し上げます。

さて、昨夜知人から知らせを受け取りました。
次作は以前リクエスト頂いた、Sさん視点の『出会い』だと思っていたのですが、
『新しい命・第弎章』の完成が先になるかも知れないとの事。
明日からお仕事で直接話す機会がありますので、もう少し詳しく聞いてみます。
何か新しいことが分かったら、また報告させて頂きます。
それでは今夜はこれで、有り難う御座いました。

526名無しさん:2015/02/15(日) 00:06:50 ID:ZguCPqvQ0
藍さん来ないかな・・・。

527美咲:2015/02/24(火) 17:23:39 ID:Y15fGFfo0
世界の恐怖映像を見ていて、怖くなったときに
エッチなことを想像すると気がまぎれるっていうか、すごく笑える

528名無しさん:2015/02/27(金) 22:16:41 ID:iqR2wDy.O
あー、藍さん来ないかな?
>>527最近、単発ゴミがわいちゃって…

529名無しさん:2015/02/28(土) 03:55:32 ID:vGiFM6l60
誤爆気にしても仕方ないし。気長に待とう。

530 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/09(月) 00:36:51 ID:EDn95S660
皆様、お久しぶりです。藍です。

思いもかけず、年明けから色々な事が大きく動き出しているようで、
現在、知人の家のお手伝いをするだけで精一杯の状況です。

既に投稿準備段階の原稿を複数受け取っていますので、
遠からず投稿できればと存じます。申し訳有りませんが、もう暫くお待ち下さい。
何時も本当に、有り難う御座います。それでは、きっと、また。

531けんぽん:2015/03/09(月) 22:07:08 ID:IoHJsvPE0
藍さんお疲れ様です!!

次回作のご準備を頂いているとの事、有り難うございますm(._.)m

色々と大変との事ですので、無理なさらずお時間余裕が出来てからで結構ですのでご投稿をお願い致します!!

季節の変わり目ですので、お身体ご自愛下さい。

知人様にも宜しくお伝え下さいませ。

532名無しさん:2015/03/10(火) 20:57:14 ID:KR3NchrIO
>>530
藍さん知人さんありがとうございます!とても楽しみです!

533 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:06:06 ID:/hTVsGoM0
テスト中です。

534 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:32:07 ID:/hTVsGoM0
皆様今晩は。お久しぶりです、藍です。

日曜の夜遅く帰宅し、2時間ほど前に眼が覚めたので投稿の準備をしました。
以前読者様からリクエスト頂いた、Sさん視点からの『出会い』。
年明けから色々有り、投稿を控えるべきではないかとも考えたのですが、
リクエストに応えると決めた以上、これ以上お待たせするべきではありません。

以下、次作『追憶(Sさん視点の)』を投稿致します。相変わらず多忙ですが、
今夜は取り敢えず『上』を。出来れば今週中に『中』まではと考えています。

ただ、新作ではありませんので、
まとめへ掲載するかどうかの判断は管理人様にお任せ致します。
掲示板限定の作品になるのも一興でしょう。
それでは以下『追憶』。お楽しみ頂ければ幸いです。

535『追憶(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:36:49 ID:/hTVsGoM0
『追憶(上)』

 街灯から少し離れた路肩、夜に紛れて大きなワゴンの助手席を降りた。
此所からは車の入れない細い路地を歩く。車で尾行されていたらこの時点で分かるから。
周りの様子を確かめた。人影は疎ら。大丈夫、車で尾行されている気配もない。
約二ヶ月に一度、定例になった引っ越しの途中。合図をするとスライドドアが開いた。
始めに『対策班』の男が二人、次にLと紫(ゆかり)が降りてくる。運転席の男は待機。
トランクを開けた。引っ越しで持ち歩くのは当座の、最小限の荷物だけ。

 ふと、微かな違和感。胸が騒ぐ。皆に声を掛けた。

 「注意して、何か変。」
反対車線を走ってきた白い車が路肩に停まった。
ドアが開き、飛び出した人影。道路を横切ってこちらへ、術者だ。 一体、どうして?
先に私たちに気付いたのなら既に『準備』を整えている。
「敵よ、車に戻って。紫、Lをお願い。」
深呼吸、集中力を更に高める。街中で術を使うのは避けたかったけれど。

536『追憶(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:39:13 ID:/hTVsGoM0
 「まさか、こんな所で。まさに千載一遇。」
その術者は満足そうな笑みを浮かべていた。成算は薄くても、まずは交渉。
「このまま車に戻って見逃してくれたら、あなたの命は保証する。それで、どう?」
「馬鹿を言うな。『氷の姫君』を相手に、惜しむ命など無い。
俺のような雑魚でも、時間を稼ぐ位は出来る。太星様には既にお知らせした。
命と引き替えに15分、いや10分で充分。良い死に場所だ。俺は運が良い。」
つまり『過激派』の本体がこの近くにいる。
ここ数ヶ月『過激派』の活動は探知されていないと聞いていた。
なら私たちの行動が『過激派』に知られる筈はない。 偶然? それとも。
すい、と、黒い影が私の前に。 L? 
『あなたの術の全て、その的は私。』
Lは大きく手を広げた。 空気が震えている。 『あの声』。
相手の集中力が大きく乱れた。 そう、Lが死ねば困るのは敵。
好機。

537『追憶(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:41:15 ID:/hTVsGoM0
 「2人とも、顔を上げなさい。」 懐かしい、桃花の方様の御声。
大きな机、腰掛ける当主様とその左後方に立つ桃花の方様。御目にかかるのは、1年ぶり?
「S、『過激派』の術者に遭遇した件、内通の心配はないか?」
これも懐かしい、当主様の御声。
「敵の術者1名を殺害しましたが、こちらの人的な被害はありません。
もし内通の結果であればこちらの被害はもっと大きかった筈ですから、
この度の遭遇は恐らく、内通ではなく偶然の結果かと。」
「そうか...ならば当面の問題はLに掛けられた術の状態だな。桃花の方、頼む。」
桃花の方様は大きな机を回り込み、私の左隣に跪くLの正面に立った。
「L、左手を。そう、そのまま。」 Lの左手を両手で握り、目を閉じる。暫しの沈黙。

538『追憶(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:44:23 ID:/hTVsGoM0
 「一進一退。悪化していないのは、せめてもの救いですね。」
「桃花の方様、当主様、お願いがあります。」 Lの声が重い空気を裂いた。一体?
桃花の方様と当主様は御顔を見合わせた後、私の顔を見詰めた。
黙って首を振り、前以て打ち合わせていた事ではないという意を示す。
「L、お前の願いとは、何ですか?」 口を開いたのは桃花の方様。
「私を、殺して下さい。もう、嫌です。私のせいでSさんや一族の人たちが危険に晒されて。
それに、私が代になったらもっともっと沢山の人達が不幸になります。そうなる前に私を。」
桃花の方様は一歩踏み出して、Lをしっかりと抱き締めた。
「どんな事情が有っても、誰かの命を犠牲にすれば済むなんて、思う人はいません。
術者なら皆のために命を捧げる覚悟は当然ですが、それは他に選択肢が無い場合だけ。」
「でも、私は!」
「大丈夫、落ち着いて。折角だから私と少し話しましょう。立ちなさい。さあ、こちらへ。」
桃花の方様がLを部屋の外に連れ出した後、当主様は溜息をついた。
「あの子の母親に深い縁が有るとはいえ、お前には重過ぎる役目。本当に、申し訳ない。
此処で匿ってやれれば良いのだが。」 当主様ご自身が、それは無理だと分かっておられる。
黒い術を仕込まれたLが此所で、『聖域』で長い時間を過ごせば自我の崩壊を招く。
「勿体ない御言葉。ですが、これは私自身がどうしてもと望んだ役目。
今更重過ぎるなどと恨み事を言えば罰が当たります。」

539『追憶(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:46:48 ID:/hTVsGoM0
 「ところで、Lの状態が一進一退と言うことは、効果が無かったのか。術による幻覚は。」
「はい。術だけ、代と術、協力者の少年と術、いずれの方法も効果は有りません。
L自身が『あの声』の持ち主、術による幻覚に耐性が有るだろうと予想はしていましたが。」
Lに仕込まれた黒い術、邪神が憑依する代として、Lの体を使うための外法。
16歳の誕生日に向けて、仕込まれた術の力がLの心と体を作り変えようとしている。
専門の術者もその術を解くことは出来ず、対抗してLの変化を遅らせるのが精一杯。
ただ、Lが誰かに恋愛感情を持てば、その間、その術は無効。
そのまま16歳の誕生日を過ぎれば、取り敢えずの危機は脱するだろう。
しかし、術はLの体と心の性的な成熟を阻害していて、Lは異性を避けたがる。
強い術で『恋の夢』を見せる事が出来れば、実際の恋愛感情と同様な効果が有る筈だった。
しかし術による幻覚に強い耐性を持つLに、幻覚を見せる事が出来る術者がいない。
「専門の術者に無理なら私にも桃花の方にも...他に打つ手は無い、という事か。」

540『追憶(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:48:11 ID:/hTVsGoM0
 「最後の最後まで、私があの子を護ります。もちろん失敗した時は御指示を、必ず。」
「先日の遭遇は偶然。しかしその日に向けて『過激派』の活動は必ず活発化するだろう。
かなり弱体化したとはいえ、未だ有力な術者が残っている。
『分家』の跡目を継いだ秋明、老いたとはいえ太星も。
そして誰より、あの、K。 何れも超一流の術者。
もしもお前の身に何か...あの子の母親が生きていれば、お前があの子のために
その身を捧げる事など望まず、今は最後の備えをするべき時だと言った筈だ。」
「それは...しかし『上』との約束ではギリギリまであの子を救う努力をしても良いと。」
「一族でも最高位の術者の1人、しかしお前の早とちりは相変わらずだな。
自分の情に正直にあろうとする時程、理を、他人の意見を聞かねばならん。」
「御意。肝に銘じます。」
「ならば良い。Lを護るためにこそ、住まいを移せと言っているのだ。
既にお前が義父から相続した、あの館へ。」

541『追憶(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:55:51 ID:/hTVsGoM0
 「しかしあの館は、もう6年も無人のままです。かなり痛みが。」
「無人だったからこそ都合が良い。それに、相続する際に聞いた筈だぞ。
あの館は自らの意思と命を持つ生物。主を待つ間に朽ちたりはしない。
Lを連れ、一刻も早くあの館に身を隠せ。
過激派はあの場所を知らぬ。地脈の力がお前の負担を減らしてくれるだろう。
早過ぎず遅すぎず、このタイミングなら丁度良い。」
義父から相続した土地。その力は巨大な結界となって、その土地に立つお屋敷を護っている。
しかし、其処に身を隠す時間が長ければ長いほど、探知される可能性も高くなる。
とは言っても、身を隠す前に探知されれば意味が無い。今は御言葉に従うのが吉、だろう。
「そしてS、Lを救うのは、間違いなく私と桃花の方の望みでもある。決してそれを、疑うな。」
不意に、胸が詰まる。温かい御言葉が、長い間心の奥に封じていた想いを。でも、駄目。
「有り難う存じます。御言葉に従い、なるべく早くに引っ越しを。」
「うん。一段落したら知らせをくれ、きっとだぞ。」 「はい、必ず。」

『追憶(上)』 了

542 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/23(月) 23:59:25 ID:/hTVsGoM0
皆様今晩は。再び藍です。

今夜はこれまで。明日までお休みを頂いたので
明日中に『中』を投稿してから、また仕事に出たいと思っています。
お読み頂いた皆様、有り難う御座いました。

543名無しさん:2015/03/24(火) 05:49:12 ID:SnWKBFPoO
ご多忙のなか投稿ありがとうございます、お疲れ様です。
出会う前のいきさつですね、術者の方の宿命は重すぎますね。覚悟も凄くてびっくりします。
ありがとうございます。

544 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:13:44 ID:b0qbZgwA0
皆様今晩は、藍です。

>>543
早速の暖かい、また深いコメント感謝致します。
引き続きお楽しみ戴ければ、投稿する甲斐があります。
有り難う御座いました。

以下『追憶(中)』を投稿致しますが、少々間隔が空くかも知れません。
もしリアルタイムでお読み下さる方がおられるなら、気長にお待ち下さい。

545『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:35:22 ID:b0qbZgwA0
『追憶(中)』

 「あ〜、ウチは小さな店なんで出張修理はやってないんですよ。
その間、店を空けるわけにもいかないから。済みませんね。」
「そうですか、有り難う御座いました。」
お屋敷に引っ越してきたばかりで、式を使っても掃除と荷物の整理には時間がかかる。
でも、昨日Lがこのお屋敷の倉庫で見つけた綺麗な自転車。
普段自分の希望を口にしない娘が、珍しく自分から言い出した願い。
だからどうしても叶えてやりたい、タウンページをめくる。
出張修理をしてくれそうな自転車屋さんは3軒、全て同じ言い訳で断られた。
『どうしても』と、Lは倉庫の自転車にこだわるかしら。あのデザインだし、無理も無いけど。
でも、そうでなければ、買い物のついでに郊外のショッピングモールで新品を買った方が早い。
それなら別料金で配達を頼むことも出来る筈だし。
諦めかけた時、ページの端の広告が目に留まった。
『何でも屋○○○ 家のリフォームからお子様の宿題まで。 お電話下さい。』
此処に電話して駄目なら諦めるしかない。電話に出たのは中年の男性。
「はい。自転車の修理なら心当たりがありますから、これから連絡してみます。
ええと、そうですね。夕方までには依頼を受けられるかどうか、分かると思いますよ。」
夕方までって、今まだ11時よ。悪い人では無いと思うけど、時間がかかり過ぎでしょ。
これじゃ心強いんだか頼りないんだか、判断に困る。

546『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:37:49 ID:b0qbZgwA0
 そろそろ荷物の片付けに一区切りつけてお茶の時間。
そう思った途端に玄関の電話が鳴った。既に『上』との連絡は済んでいる。
間違いない、この電話は何でも屋さんから。
「あ、どうも〜。Nです、何でも屋の。自転車に詳しい大学生のスタッフを呼び出したので、
自転車の状態とか、Sさんに直接お話をして頂こうかと思いまして。」
「有難う御座います。ではその方に。」 「はい、変わります。」
受話器を渡す気配。その瞬間、微かな胸騒ぎ。これは?
「はじめまして、Rといいます。早速ですが、自転車の状態を聞かせて下さい。
どんな不具合でしょうか?ブレーキとか変速とか、原因は分かりますか?」
電話越しに聞こえてきた、一種異様な声。 いや、耳触りは悪くない、むしろ聞きやすい位。
要領よく話を聞き出す手際からして、頭の良い子なのだろう。でも、違う。普通じゃない。
何かが、それもかなり大きなものが欠落している。これ、本当に生身の人間の声?
修理の日時を決め電話を切った後も、その声が耳を離れない。思い出す度に胸が騒ぐ。
引っ越しの荷物は未だ片付いていないし、Lから目を離す訳にはいかない。
これは仕事じゃないのだし、今はこんな事考えている暇などないのに。

547『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:39:31 ID:b0qbZgwA0
 次の日曜日、自転車の修理に訪ねてきたその子の姿を見て納得した。
五感以外の、『力』に関わる感覚を、ほぼ完全に封じられている。
封の種類からして、封じた術者は私たちと同じ系統。おそらく分家に縁の術者。
でも、これ程思い切ったやり方で。これでは他人とのコミュニケーションにも影響が出る。
言葉はともかく心の繋がりが上手く築けないから、周りからは影の薄い人間に見えるはず。
曰く『人畜無害』、曰く『昼行灯』。 折角の端正な容姿も、まともに認識されない。
それを承知で感覚を封じたとすれば...優れた資質に基づいて発現する強い『力』が、
逆にこの子の成長に悪影響を及ぼすことをを怖れたからに違いない。それは理解出来る。
しかし、不思議なのは、この子はもう十分に成長しているという事。
本来この種の封は相手が成長するにつれて力を失っていく。
大学生ともなれば術が解け初めていてもおかしくないのに。
未だこの封の効力を維持しているのは、もしかしてこの子自身の無意識?

548『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:40:50 ID:b0qbZgwA0
 「変速ワイヤの交換と調整、それからブレーキのワイヤも変えたほうが良いですね。」
我に返る。そう、今はまず自転車の修理。 「どのくらい、かかりそうですか?」
「1時間もあれば。」 上の空だったから、言葉足らず。だからこの子は時間を聞かれたと。
他愛ない行き違いが新鮮で、何だか愛しい。思わず笑顔が浮かぶ。
「いいえ、あの、部品代です。」 
「あ、聞いてませんか?うちは一件いくらで仕事受けますから。
基本、ワイヤみたいな消耗品は無料なんですよ。」
笑顔が眩しくて、ついその心を読む。今まで何度も、それで嫌な思いをしてきたのに。

『なんて綺麗な人』 『会えて嬉しい』 『もっと見詰めていたい』

流れ込んでくる熱い好意。私と関わりを持ち続けたいという、純粋な想い。
その無邪気さに驚いて思わず鍵を掛けた。胸に響く早鐘、一体この感覚は?
「じゃ、普通の自転車屋さんに頼むよりお得なのね。」
何とか言葉を絞り出して踵を返した。たかが会話で、何でこんなに心が乱れるの?
それも今会ったばかりの、年下の男の子が相手なのに。

549『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:42:39 ID:b0qbZgwA0
 最初の電話以来、集中力を欠いているのは自覚してた。
だから今朝作った式は2体だけ。なのに、そのコントロールすら上手く行かない。
1体は一度解いた荷物をまた荷造り。
もう1体は窓に張り付いて外を見詰めている。玄関の向こう、ウッドデッキの方向。
溜息をつき、柏手を打って術を解く。式は紙の人型に戻った。
荷物の整理を諦めて、丁寧に濃い麦茶を淹れる。たっぷりの氷でキンキンに冷やし、
昨日ショッピングモールで買ったクッキーを添えれば見栄えはそこそこ。
でも、これを持って行って、あの子に何気なく勧める自信なんて無い。
「L、ちょっと来て。」 「はい。」 廊下を歩く、軽い足音。

550『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:43:35 ID:b0qbZgwA0
 何か大事なものが欠落していると言えば、この娘も同じ。いいえ、もっと深刻。
その体に仕込まれた厄介な術は魂を蝕み、この娘の性的な成熟を阻害している。
もう私より背は高い。でも、私が殊更に女の子らしさを強調した服と長い髪がなければ、
きっと華奢な男の子にしか見えない、細い体。
「今、自転車修理の人が来てるの。何でも屋さんの大学生。
だからこれ、麦茶とクッキー持って行ってあげて。ウッドデッキよ。」 「はい。」
Lは一旦自分の部屋に向かった。戻ってきた時には、大きな麦藁帽子。
私の言葉から、それが男の子だと感知したのだろう。
目深にかぶった大きな麦藁帽子で顔を隠すつもりなのだ。
お盆を持ってゆっくりと歩く後ろ姿。 御免ね。私、狡い。

551『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:45:06 ID:b0qbZgwA0
 柱時計のチャイム。あ、私今まで何を。
あれからもう30分近く経っているのに、Lの姿がない。
ぼーっとしていて、時が過ぎるのに気付かなかった。大事な時に、なんて迂闊な。
慌てて玄関を出る。少し俯いてウッドデッキに座るLの姿。安堵。
私の姿を認めたLが駆け寄ってくる。耳元の囁き。
凡そ感情を露わにする事の無かった娘の、小さな、そして嬉しそうな声。
「もう修理は終わっていて、今は私の体に合わせた調整をしてくれてるんです。
サドルとか、ハンドルの高さを。『元のままだときっと乗りにくいから』って。」
左手で、そっとLの右頬に触れる。「そう。じゃ御礼、しなきゃね。」
歩きながら深呼吸、飛びっ切りの笑顔を作る。
鍵なんて掛けなくても大丈夫、あの子に悪意はないのだから。
「オプションの作業もして下さったのね。」 「あ、これも無料です。」
「一件いくらで仕事を受けてくれるから?」 「今後も何でも屋○○○を宜しくお願いしま〜す。」軽いやりとりを通して伝わってくる無邪気な、温かい想い。
『この人が好き』 『次の依頼があればまた会える』 『手の届かない人』
そして、この子の封は解け始めている。こんな短時間で。
私への想いがこの子の心のあり方を変えた。
それはこの子が本当に私を好いてくれているという、何よりの証。
嬉しい、嬉しくて心の奥が震える。でも駄目、応えられない。心に鍵を掛け、想いを遮断した。
後は代金を渡す時、あの子の手に触れて私に関わる記憶を軽く封じるだけ。

552『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:56:07 ID:b0qbZgwA0
 一人きりの、深夜のリビング。グラスの氷が揺れる、涼しい音。
冷たいハイボールが、少しだけ心の熱を冷ましてくれる。
あれから半日、気持ちはかなり整理できた。
きっとこの感情が、『恋』。25年生きてきて、初めての感情。
私には恋なんて出来ないと、してはいけないと考えていた。
私を本当の妹のように大切にしてくれた人の、
あまりに純粋で真剣な恋愛を間近で見てしまったから。
あんな風に人を愛することなんて出来ない。
それに、私の手は既に人の血で汚れている。
強い『力』を持って生まれた天命に従い、術者として働き始めたのは12歳の時。
術で、初めて人を殺したのは16歳になってすぐ。
非が有るのは相手、殺さなければ殺されていた。しかしそれで心の痛みが消える訳じゃない。
この手で人を殺した者が幸せになってはいけない、だから私は恋をしてはいけない。
そう考えていた。ほんの半日前、今朝までは。

553『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:57:13 ID:b0qbZgwA0
 でも、その考えは間違っていた。
私の考えに関係なく、止めようもなく沸き上がる激しい感情が『恋』。
きっと5つは年下のあの子に会って、二言三言言葉を交わしただけで、それが分かった。
荷物の整理を依頼して、もう一度あの子に会いたい。その想いを抑えるだけで精一杯。
今はLの事だけを考えてやらなければならない時期なのに。
このまま16歳の誕生日を迎えたら、Lは魂を失った抜け殻になってしまう。
そうなれば、Lの体を代として邪神が憑依する前にLを処理する。つまり、この手でLを殺す。
それが『上』との、そして当主様との約束。だから今はこの想いを凍らせる。
何も難しいことじゃない。皆が言うように、私は『氷の姫君』なのだから。

554『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 20:58:36 ID:b0qbZgwA0
 しかし凍らせた想いはあっけなく、三ヶ月も経たない内に、融けた。

 「私、もう一度あの人に会いたいです。自転車修理の...」

 自分の気持ちを上手く言葉に出来なくて逡巡するLを根気強く励まして、促して。
ようやく聞き出した一言。頬を紅に染め、俯くL。
黙り込んでじっと外を見ていたり、急に饒舌になったり。
この所Lの様子が変化したのに私も気付いていた。
それがこの娘の想い、あの子への恋愛感情からきたものだったなんて。
自分自身の想いを凍らせていたから気付かなかったけれど、
これはLを救う絶好の、そして多分最後のチャンス。
例えば街でLとあの子が再会、あの子もLに好意を持ってくれたらそれが何時か恋愛に...
ううん、駄目。上手く行く保証が無いし、どれだけ時間がかかるか分からない。
時間をかけるほど過激派に探知される可能性は高くなり、折角の転居が無意味になる。
何よりあの子がLを拒絶したら、事態は間違いなく今より悪化する。それならいっそ。
そっとLの肩を抱いた。

555『追憶(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2015/03/24(火) 21:01:35 ID:b0qbZgwA0
 「私もあの子が大好き。だから、あなたの気持、良く分かる。
きっともう一度、あの子に会わせてあげるから、私に任せて。」
「本当に?でも、どうやって?」
「何でも屋さんに恋愛ごっこの相手を依頼するの。あの子を指名して。
そうね、出来れば今後半年間。そしたらその間あなたは何度でもあの子に会える。」
「恋愛ごっこ、ですか...」 途端に曇った、少し不満そうな表情。
「あなたがあの子を大好きでも、あの子があなたを好きになってくれるかどうかは分からない。
もしあなたが失恋して、心の傷がこれ以上深くなったら、
もう、あなたに掛けられた術を抑える方法は無い。それに、恋愛ごっこを続ける間に
あの子があなたを好きになってくれたら、それは『ごっこ』じゃ無くなる。
そうなるように、あなたも頑張って。応援するから。」
それはLだけでなく、私自身を説得するための言葉。
この計画が実現すれば、Lだけでなく私も、あの子に会える。やっぱり、私、狡い。
「Sさんも、あの人が大好きなんですよね?」 「そうよ。」
「あの人も、Sさんが大好きです。会って直ぐに分かりました。
私の事が好きじゃなくても、Sさんが頼んでくれたら、きっと引き受けてくれると思います。
それに、私もSさんを応援します。だから、お願い...」
俯いたLの横顔はとても可愛い。密かな胸の痛みを堪えてその肩を抱く。
恋をする娘は、こんなにも変わるもの?それなら私も、少しは。


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