したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

藍物語(投稿・感想・雑談専用=隔離)スレ

1枯れ木も山の賑わい:2014/03/26(水) 23:49:11 ID:sdeCrXLs0
藍 ◆iF1EyBLnoU の 投稿と
投稿に対する感想・雑談の為に立てた専用スレです。
レスの都合上コテハン推奨ですが、匿名の書き込みも勿論OK。
非難の書き込みは「作品に関する話題・雑談」スレで存分に。
こちらへ書き込まれた場合は(可能ならば)削除します。

1312『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:58:32 ID:oApGFCxM0
「恐らく、あなたの出産が転機になったのでしょう。」 「私の、出産?」
「はい。短い間とはいえ、その女性は妻として父上と一緒に暮らしたのだし、
心の中ではあなたたちを実の子同然に愛していた筈。
それなら唯一叶わなかった望みは妊娠と出産。愛する人の子を産みたいという望み。
妊娠から出産までのあなたの心の動き、それが女性の魂に共振してその活動を誘発した。
だから娘さんの体に。恐らく何か思惑が有ったのではなく、無意識だと思いますが。」
「今になって、姪の体に異変が出たのはどういう。」
「積み重なった影響が限界に達したから、始めはそう考えていました。
でも、もっと単純な原因だったのかもしれません。」
「単純?」
「はい。娘さんは18歳、その女性が後妻に入ったのと同じ歳です。」
想い沈黙。 静かな試聴室に響くレクイエム。微かな、鎮魂の調べ。

1313『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:59:50 ID:oApGFCxM0
 「娘さんが18歳になり、その『呪い』は娘さんを標的だと誤認した。
その女性の魂が宿る体、その女性が後妻に入った時と同じ歳。条件が揃ってしまったから。
そういう状態で女性の魂を更に活動させたら何が起こるか、予想がつきます。」
そうか。だからSさんは人型を使って。
「じゃあ、さっき。」 「はい。」 Sさんはまた、寂しそうな笑顔を無浮かべた。 違和感。
「呪いを、封じました。発動した直後が唯一のチャンスなんです。
その女性の魂は旅立ち、呪いは消滅する。その娘さんへの障りもありません。さて。」
Sさんは持参した紙袋からレコードを取り出した。
大きなジャケットの写真には、あの女性歌手。
「遍さん。このレコードの最後の曲を、掛けられますか?」
「それは勿論。でも、これは当時は未だ。」
「送別の曲です。辛い思いをしたその女性を、励ましてあげたいと思って。」
「分かりました。皆さんも、それで宜しいですか?」
『制服の君』の母親と叔父は黙って頷いた。遍さんはレコードを替え、背中を丸めた。
そっと、丁寧に針を下ろす。レコードの中心に近い、場所へ。
微かなノイズの後、テンポの良い、鮮やかな音が響いた。

1314『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:03:31 ID:oApGFCxM0
 「本当に、良い音です。何時も聴いているのとは違うCDみたいですね。」
深夜のリビングに響く澄んだ音。確かに以前とは比較にならない。
小さな音量の童謡を聴きながら、子ども達はとうに寝入っていた。 穏やかな寝顔。
『制服の君』の母親と叔父は、『あのアンプとレコードはもう不要だ。』と言った。
『姉さんの魂が旅立ったのなら、遺品を保管する理由が有りませんから。』
『姉さんの事を忘れないために、今日聴いたレコードを3枚残して置けば十分だ。』とも。
遍さんはそのアンプがとても高価な品だと説明し、持ち帰るように進めたのだが、
それならせめてもの御礼にと、2人はそれを俺に託して帰って行った。
勿論俺には豚に真珠。それを遍さんに譲ったら、執務室で使っていたアンプに
その他の再生機器を新調して届けてくれたという訳だ。

1315『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:06:07 ID:oApGFCxM0
 「特に人の声は温かみがあって素敵です。でも不思議ですね。
レコードから別人の声が聞こえるなんて。初めて聴きました。」
「稀な現象には違いないけど、調べてみたら、似た事例の記録が幾つかあった。
それらは全てレコードでの記録。CDやDVDでの記録はない。それも、不思議。
レコードの特性なのか、この、真空管?それとも両方の組み合わせかしらね。
その女性が歌手を夢見ていたというのも関係あるのかも知れない。」
俺は思いきってこの件についての疑問を口にした。
「不思議と言えば、封じた呪いの件なんですけど。」 「何?」
「どうして返さなかったんですか?例え呪いをかけた相手が亡くなっていても」
Sさんは人差し指で俺の唇を抑えた。
「自身の呪いで亡くなった人。その人にこれ以上、罪を問う気にはなれない。」
「え?」 一体、それは。 自身の呪いで、ということは。
「『制服の君』に憑依していた女性、それが呪いの出所。
ううん、呪いを掛けたというより、無意識に作り出してしまったんだわ。
姉を羨む想いが何年もの間積み重なって、最後はとても力の強い呪いを。」
それをSさんは口にしなかった。 ああ、これが。 違和感の原因。

1316『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:07:32 ID:oApGFCxM0
 「じゃあ、その人は最初から男性の事を。でも、だからって自分の姉を、まさか。」
「そこが、一番の問題。その人は勿論姉を慕っていた筈。
だから、呪いの対象は『姉』でなく、自分の恋い焦がれる男性の『妻』。
自分の想いが作り出した怪物と、それが引き起こすだろう結果。
無意識とは言え、強い罪悪感から逃れるために、自分を瞞した。」
そうか、だから自分が男性の妻になった時、今度はその呪いが...。
姫は小さく溜息をついた。そっと藍の頬を撫でる。
「術者が策を立てたのに呪いを回避出来なかったのは、そのためなんですね。」
そう、だ。 策の意図を知っている以上、自身から生じた呪いを欺くことは出来ない。
「とても哀しい。それだけね。その女性が稀な霊質を持っていなかったら、起きなかった悲劇。
後味の悪い話だったけど、その女性が自分の罪を受け止めて、
その罪を償う覚悟が出来たことだけが救い。
だから『不幸の輪廻』に取り込まれずに旅立てた。勿論その行き先は...」

1317『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:09:46 ID:oApGFCxM0
 「それで、最後にあの曲を?」
そう、あれは葬送や惜別の曲と言うより、哀しい魂に向けた応援歌。
Sさんは小さく頷いて、薬指で目尻を拭った。
「覚悟して踏み出した茨の道。遠い遠いその果てに、許しが待っていると伝えたかった。」
その呪いの出所も告げず、あの場で全て解決したとSさんが宣言したのは、
残された人たちに辛い真実を知らせる必要は無いと判断したからだ。
何よりあの女性自身が、真実を知られることを望んではいなかったろう。
俺はSさんの判断を信じる。つまり今夜、もうこの話題は終わりだ。
多生の縁に導かれて出会った『制服の君』を救い、古い呪いを封じることが出来た。
あの女性の魂も、不幸の輪廻に取り込まれることだけは避けられた、だから。
照明を絞ったリビングの壁際。真空管のほんのりとした灯りは、とても暖かく見えた。

1318『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:10:30 ID:oApGFCxM0
『制服の君』 完

1319 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:14:33 ID:oApGFCxM0
皆様今晩は、再び藍です。

何とか『制服の君』、投稿完了しました。
夜明けまでに投稿できたか確かめる力も残っていません。
これから、仮眠します。

お読み下さる皆様に心からの感謝を。有り難う御座いました。
では、お休みなさい。

1320名無しさん:2017/01/01(日) 10:48:26 ID:CVzJ3vnIO
藍さん、真夜中の執筆、本当にお疲れさまでした。
一年ほど前からこっそり読ませていただいてます。

今回、幸運にもリアルタイムで読ませていただくことができました。
何が何でも約束を守る、との藍さんの律儀な思いに感動した一方、いきなり「呪い」が出てきた時点でちょっと違和感を感じていたのですが…。
先ほどあらためてこちらを覗いて、後日談を読んで納得した次第です。

今回もありがとうございました。
まずはゆっくりお休みできますように…お体、ご自愛ください。

1321名無しさん:2017/01/01(日) 12:33:38 ID:yMWG46wQ0
今、お姉さんの分まで枯れ木さんが手伝いやってる気がする・・

皆様、あけましておめでとうございます。

1322名無しさん:2017/01/01(日) 18:35:53 ID:qz2IYQ8A0
藍さん,素晴らしいお年玉をありがとうございます。
今年も,「機が熟した」ときの投稿を楽しみにしています。

1323 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/02(月) 22:50:29 ID:HV7rXb4c0
皆様今晩は、藍です。

仮眠のつもりが...どれだけ寝ていたかを書くと多分怒られるので。
眼が覚めたら、早速『制服の君』へのコメントを頂いており、感謝致します。

>>1320
呪いが『唐突』に、それは私にとっても違和感。
ただ、後日談を読んで得心したのも同じ感覚なので、安心しました。
あんな時間にリアルタイムで読んで頂き、嬉しく思います。
本当に、有り難う御座いました。

>>1321
新年、明けましてお目出度う御座います。今年も宜しくお願い致します。
弟は手伝いでなく修行、今日あたりは多分『滝』。頑張って欲しいですねぇ。

>>1322
『素晴らしいお年玉』との評価、大変嬉しく思います。
また、個人的には『機が熟した』という言葉に反応して頂いた事が嬉しいです。
なかなか知人のOKが貰えずに苦労した表現でしたので。

さて、昨年中に『制服の君』を完結。出来ればその後で『お年玉企画』。
その流れは既に瓦解してしまった訳ですが、
折角知人が考えた企画を無駄にしたくありません。
知人と相談中です。どうか気長に、お待ち下さい。

1324名無しさん:2017/01/03(火) 22:01:38 ID:55SmklAQ0
あーうー、図らずも弟さんの背景が出てしまいましたが、怒られませんか?
ある程度年齢行くと浴びても、行だか験だかは身に付かないんじゃなかったでしたっけ
今はご兄弟でお手伝いの方向なんですな

呪いの自己判断ってドローンと言うかAI的ですな。これはRさんの男子出産の時の呪いの話とだぶる。
結構テキトーな感じがしてきた。

1325名無しさん:2017/02/12(日) 21:30:27 ID:WmQuHWQA0
テスト

1326枯れ木:2017/02/21(火) 01:20:16 ID:U60N1X7o0
 前作の投稿期間中、姉の仕事の予定は無いと聞いていました。
しかし、私が南の島で暢気に過ごしている間に事情が変わったようで、
姉は不在。直接連絡を取る手段がない状況です。
当然、頂いたコメントへの代理返信も不可、
姉に代わって、失礼をお詫びします。申し訳有りません。

1327名無しさん:2017/02/23(木) 05:09:14 ID:17ECGOHcC
暫く音沙汰がなかったから心配してみたり。
良かった良かった。

1328名無しさん:2017/04/22(土) 16:57:23 ID:qyf.TFI60
みんな作品ごとの感想を書いていってくれんかな(まとめの方のコメント欄に)

1329名無しさん:2017/04/24(月) 21:24:22 ID:dQF1pEsEO
アメノウズメ?

1330名無しさん:2017/04/25(火) 21:48:31 ID:5JVWHc1s0
アメノウズメ...

そうか、そうかもね。
それが、隠れてしまったお人を呼び出すためなら。
なら、どの作品に感想を書こうか?

1331名無しさん:2017/05/18(木) 01:09:01 ID:.8MBQdpI0
(´Д`)ハァ…

1332名無しさん:2017/05/23(火) 07:30:57 ID:UlIh15/A0
次作待ち遠しいですね。ミズキちゃんのその後も気になります。

1333名無しさん:2017/05/23(火) 07:51:10 ID:UlIh15/A0
次作待ち遠しいですね。ミズキちゃんのその後も気になります。

1334枯れ木:2017/05/30(火) 22:03:59 ID:KtE.X1Gs0
『制服の君』、作中に登場する女性歌手は一体誰?
南の島から帰って以来、一生懸命捜索中でした。
ほぼ特定できた所で、姉が帰ってきました。随分と久しぶりです。
疲れ果てているようで、なかなか目覚めないでしょうが、
次作の原稿は預かってきたようです。未だ、ご期待下さる方がおられるなら、
明日朝は、好物のオムライスを作って姉をたたき起こします。

1335名無しさん:2017/06/01(木) 01:30:26 ID:MXgTb/CA0
(´Д` )叩き起こさなかったのね

1336ナイト:2017/06/01(木) 07:31:53 ID:MKjQ381.0
待ってました。やっと次作が読めると思うととても待ち遠しいです。投稿お待ちします。

1337名無しさん:2017/06/01(木) 12:38:13 ID:VZ94T68.O
o(^o^)o ワクワク

1338枯れ木:2017/06/01(木) 23:29:47 ID:4RDTWr7w0
 申し訳有りません。未だ目覚めておりませんが、
経験上、3日目には何か動きが有る筈かと。
姉の体調自体は問題無いようですので、どうかもう暫くお待ち下さい。

1339 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/02(金) 23:54:15 ID:ha9b4vJw0
皆様今晩は、藍です。
未だ睡眠と休息が必要です。御免なさい。

1340名無しさん:2017/06/03(土) 02:26:10 ID:TrCQMKOsC
体調が第一ですm(__)m
無理をなさらず、ゆっくり待ってますので(^-^)

1341名無しさん:2017/06/04(日) 13:25:12 ID:X.mYLO02O
藍さんありがとうございます。ごゆっくりお休みください。楽しみにして待ってます。

1342名無しさん:2017/06/08(木) 21:01:10 ID:wttDJz9U0
待ってる人点呼しちゃう?番号!!いーち

1343あるくむ:2017/06/08(木) 22:18:37 ID:alos5XQ20
にー!

1344名無しさん:2017/06/08(木) 23:50:17 ID:aKdxOLIE0
さん

1345名無しさん:2017/06/09(金) 00:36:22 ID:kXiAsXJw0
ふぉー!

1346名無しさん:2017/06/09(金) 12:57:13 ID:nkXl4t.YO
お休み中の藍さんへの無用のプレッシャーになると思うので私はやめておきます。

1347 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/09(金) 19:43:28 ID:R3wv7VFA0
皆様今晩は、藍です。

新作へのご期待も、私の体への御心遣いも、全て有り難く思います。
新作の原稿は一部手元に有り、これから投稿に向けた作業。
毎朝オムライスを食べて、随分元気になりましたから、
成る可く速く新作の冒頭部を投稿できるよう頑張ります。

有り難う御座いました。では、御機嫌よう。

1348名無しさん:2017/06/10(土) 13:13:45 ID:iaKivNx6O
藍さん,ありがとうございます!
楽しみにして,ゆっくり待ってます。

1349 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/13(火) 22:10:57 ID:E2wnYQ8U0
皆様今晩は、藍です。

新作の前に投稿を指示された作品の準備が調いました。
以前投稿した『舞姫』の補遺。
まとめへの掲載は管理人様の判断にお任せで、一切の異義は有りません。
楽しんで頂ける方がおられるなら、作者である知人も私も本望です。
それでは、御機嫌よう。

1350舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:14:45 ID:E2wnYQ8U0
『舞姫・補遺』

 やっぱり、声が出ない。 全然駄目...これでは、今までと同じ。思わず、涙が。

 「紫、泣くな。ようやく自分で見つけた居場所を捨てる気か?」
肩を抱く温かい感触。今まで、私は何度も、この温もりに救われてきたのに。

 「でも。どうしても謡のタイミングが。」
「舞と謡を同時に仕上げる必要は無い。まずは、舞を仕上げよう。
舞を完全に体が憶えれば、謡のタイミングは自然に体得できる筈。心配ない。」

1351舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:28:59 ID:E2wnYQ8U0
 私を見詰める澄んだ瞳。 すっ、と心が静まる。
そうか。まずは舞、謡はその後で。それならどんなにか気が楽に。
心の中で拍子を取り、舞に集中する。ああ、これなら私でも。

 舞い終えた時、大きな拍手が聞こえた。 兄様は拍手など、一体?
振り返ると、入り口近くにSさん。そして、その傍らに立つ、背の高い少女。
「紫、随分上達したのね。本当に稽古を初めて1週間なら、素晴らしいわ。」
かつて、一族史上最高の舞姫と称された人。賛辞は、素直に嬉しい。

 しかし、兄様の表情は冷たかった。
「それが『現人神』の娘か? 豊年祭で紫の対手を勤めると聞いたが。
しかし、如何な天才でも、今日が初めての稽古では、荷が重過ぎる。」
「そうかしら?私は『進境著しい紫が、Lの対手を勤める』と聞いたけど。」
張り詰める空気。肌がヒリヒリと痛い。

1352舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:32:24 ID:E2wnYQ8U0
 「その娘は、先刻から紫の稽古を見ていた。少なくとも『写』は。」
「当然。」 Sさんは、ふわりと笑った。
それと同時か、それより早く稽古場の空気を震わせた、澄んだ声。
「いち、に、さんし。にいに、さんし。」 細い体が鮮やかに舞う。
これは!?
信じられない。私の稽古を見ていたとしても、初めてでこの舞いを。まさか。
「成る程、確かに。」 兄様が薄く笑った。「これは面白い。では、是非『鏡』も。」
Sさんが、少女の肩を抱いた。
「L、出来る?」 「はい、多分。」 「うん、良い返事。」
「当然、紫は先刻と同じに勤められるのよね?」 「当たり前だ。」

1353舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:34:36 ID:E2wnYQ8U0
 「いち、に、さんし。 にいに、さんし」
少女が刻む拍子に合わせて舞う。左構えと右構え。
私と、完全に反転した動き。全く破綻が無い。一体、この娘は?
「ふふ、ははは。其処までだ、もう良い。面白過ぎる。」
兄様?Sさんも微笑んでいる。 今まで、兄様と一緒の時には、こんな表情を。
「あの、兄様、私。何か粗相を?」
「いや、そうではない。その娘が...」 兄様は本当に、楽しそうだ。
「紫の舞には未だ仕上がってない部分がある。それを手本にしたから、Lも。」
Sさんの声。初見で、私の舞の『写』と、『鏡』まで。 そして、私の欠点もそのままに?
「この2人なら、今年の豊年祭りの舞いは『約束』の出来だろう。間違いない。」
「2人は、私たちよりも上を行くと?」
「そうなれば良い、と思う。『後生畏るべし』だ。」
兄様の、晴れやかな、笑い声。

1354舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:38:42 ID:E2wnYQ8U0
 どういう、事? 私の、これまでの稽古は?
必死で、丸々一週間をかけて、ようやくここまで辿り着いたのに。

 「あの、紫さん。」 耳元で囁く声。我に返る。
眼の前に、大きな茶色の瞳。 何故か、胸が詰まる。
「何?」 慌てて、息を整える。そして、心も。
「紫さんの舞を見せて頂いたので、Sさんが喜んでくれました。本当に、有り難う御座います。」
「そんな、ことない。あなたが、頑張っただけで、私は何も...」
「いいえ、紫さんの舞、ホントに美しかったです。それに。」
「それに?」 「紫さんのお兄様。炎さんって、凄く強くて、優しい人なんですね。」
え? 今まで私たちは、一族でも。
「紫さんも、炎さんも。Sさんから聞いていたのと全然違ってて、びっくりしました。」
邪気のない、吹き抜ける風のような微笑。
すっ、と、心が静まる。 たった一度、一緒に稽古しただけでこの娘は、私たちの心を。

1355舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:40:31 ID:E2wnYQ8U0
 思い切り大きく、息を吸う。 隠す必要がない。この娘には、何も。
「そうよ。だから私、兄様が大好きなの。」
「ですよね〜。私もSさんが大好きだから、同じです。」
同じ?ううん、違う。 でも、今どう答えれば良いかは私にも判る。
「ホント、に、同じね。あなたと一緒なら、豊年祭りの舞いもきっと上手くいく。そんな気がする。」
「はい、きっと。紫さんとなら。だからこれからは『L』と呼んで下さい。私、年下ですから。」
年下、その意味を理解して? ううん、真っ直ぐに聞いて、答えれば良い。
「じゃあ、L。これから宜しくね。」 「はい、宜しくお願いします。」

『舞姫・補遺』 完

1356 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/13(火) 22:44:57 ID:E2wnYQ8U0
 皆様、今晩は。再び、藍です。

 『舞姫』の投稿時には省略された部分ですが、
『次作』に不可欠という事で、投稿の指示を受けました。

 これから『新作』の準備を調えます。
その時は是非皆様と此所で。有り難う御座いました。

1357あるくむ:2017/06/15(木) 05:33:37 ID:imwjK3u.0
新作楽しみです。気長にお待ちしてます。

1358名無しさん:2017/06/15(木) 19:14:58 ID:9oFuexIoO
「舞姫」補遺、大変ありがとうございました。新作のご発表を心よりお待ち申し上げております。

1359 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 20:53:08 ID:WipkcX960
皆様、今晩は。お久しぶりです。
色々と事情があり、新作の投稿に時間がかかりました。

短いですが、この時点で準備の出来た分の投稿を。
では以下『鬼』、お楽しみ頂ければ有り難く存じます。

1360 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 20:55:00 ID:WipkcX960
 これで、終わりだ。そう、何もかも、終わり。
大学の仲間と、初めて登った山。登山道から少し外れた所に洞窟がある。秘密の、隠れ家。
雨を避ける間タバコを吸い、他愛も無い話を。 そうだ、亜△に告ったのも此処だった。
もうケチる必要は無い。残っていた○×を全部掌に、思い切り鼻から吸い込む。
はじめは割の良いバイトだと思ったし、半年位は最高だった。
来た...手足の先端からビリビリと、神経を流れる電気が体を突き抜けて、空気に溶ける。
この感覚はあの時と変わらないのに、何で俺はこんな。俺だけが。
そう。アイツ等だ。
仲間に引き込んで、ヤバくなったら、全部俺に押っ被せて。
タカシからの電話。『追われてる。』って。 アイツ、やっぱり馬鹿だ。
もし『販売網』が潰れたら、当然△◆会は。いや、何で俺が...そうか。
いい気になって、全然気付かなかった。 亜△との別れ話も。
そりゃ、俺が売った○×で何人も、破滅した奴が何人も...それは仕方ない、自業自得だ。
なのに、何でアイツ等はのうのうと。全部俺に、本当にこのままで。
くそ、心臓が。こめかみの血管が膨らんで、眼が眩む。 痛ぇ。
このまま、俺は死ぬのか。 せめて、アイツ等だけは。この手で。

1361 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 20:56:49 ID:WipkcX960
 『永かった、本当に。待ちくたびれたぞ。ようやく、贄が。』
耳の奥に響く声。 「に、え?」
『そう、贄。その憎しみこそが、操者の資格。
その命と引き替えに、敵を殲滅出来る。さあ最初は誰だ?』
嘘のように、気分が良い。眼を開けると、薄暗い天井が見えた。
不思議だ。体に、力が漲っている。上体を起こし、立ち上がった。
トンネル? 遠くに灯りが見える、非常灯か。
少し歩くと、出口を塞ぐ鉄条網。 こんなもので俺を? 何故か、確信があった。
右手を伸ばし、手をかける。 力を込めると、鉄条網はあっけなく倒れた。
俺は自由、そう、自由だ。 自然に、笑みが浮かぶ。
この体、この力があればアイツ等を。

1362 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 20:58:45 ID:WipkcX960
 「榊さん、これ...。」
『分署』の窓から吹き込む乾いた風が梅雨明けを告げている。
しかし、この写真は。爽やかな風にふさわしいとは、とても。

 「今朝発見された遺体だ。死亡推定時刻は昨夜遅くから今日の未明。
急に来てもらって申し訳ないが、それを見れば納得してくれるだろ?」
そう、これまで幾度も、榊さんの仕事を手伝ってきた。
公にはなっていないが、いわゆる猟奇殺人者が関わった事件もあった。
しかし、この遺体の惨状は、幾ら何でも。
「傷口から見て、凶器は刃物じゃない。獣、例えば羆が食い千切ったとしても、
断端はこうならない。それに、決定的なのは、この写真。これは、R君たちの領分だ。」
千切れた、右の二の腕。肩の付け根に残る、赤黒い痣。それは...指の、跡?
「素手で引きちぎればこうなるかも、鑑識はそう言ってる。
まあ実際、爪の痕も牙の痕もない訳だが。しかし、信じられん。」
一切の道具を使わず、素手で人の体をここまで?
「被害者の、身元は?」
「大学生、○△大の。部下達が被害者の身辺調査をしてる。」
榊さんの横顔、その表情が事件の重大性を告げていた。

1363 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 21:00:34 ID:WipkcX960
 分署から帰ると姫が身支度をして俺を待っていた。
「招集です。『上』から。さっき遍さんから電話がありました。大至急との事で。」
嫌な、予感。何故姫が?俺と姫が招集されたのは、『分家』の始末に関わる件だけだ。
「じゃあ、出ましょう。これ、Sさんが作ってくれたサンドイッチです。車で食べてくださいね。」
透き通る笑顔、姫の横顔は本当に美しかった。

 薄暗い中、フェンスで閉鎖されたトンネルの入り口のようなものが見える。
映像がかなり荒いのは監視カメラの映像だからだろう。
「此所からです。」 遍さんの声。 突然、フェンスが揺れた。 内側、から?
その後フェンスはトンネルの中に引き込まれるように大きく歪み、呆気なく壊れた。
開いた入り口に現れたのは、黒い着物。
これは人? いや、薄闇に光る両眼は、まるで夜行性の獣ではないか。
それがゆっくりと、カメラに近付いてくる。 その表情は、笑って。
え...? その頭。 次の瞬間、それは身を屈め、画面から消えた。

1364 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 21:02:58 ID:WipkcX960
皆様今晩は、再び、藍です。
此処までお付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。
作業が進み次第、成る可く早く続きを投稿致します。
有り難う御座いました。

1365名無しさん:2017/06/28(水) 21:54:42 ID:8d8FTJOYO
藍さん,ありがとうございます!続きを楽しみにして待ってま〜す。

1366あるくむ:2017/06/29(木) 22:35:25 ID:1hnjQ6Xw0
入り方がいつになく戦慄的ですね、、、続き楽しみです。気長にお待ちしてますよー。

1367 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:23:43 ID:oVExluKs0
>>1365
現在準備が調った『続き』を投稿致します。ご期待に、心からの感謝を。

>>1366
ご慧眼、恐れ入ります。
冒頭部が他の作品とかなり違う事が投稿の準備を困難にしています。
しかし気長に今後も頑張るつもりです。有り難う御座いました。

1368『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:25:07 ID:oVExluKs0
 「今の、一体何ですか?」
映像が再生された後の重い沈黙に耐えられず、俺は口を開いた。
「ある場所の、トンネル工事現場で撮影されたものです。
記録を基に以前から警戒していましたし、情報も直ぐに入ったのですが...」
遍さんは言葉を切り、外した眼鏡をハンカチで拭いた。
「間に、合いませんでした。まさか、その夜の内に活動を始めるとは。」
「あれが活動を始めたら術者でも対処出来ない筈、責任は誰にも。」
姫の声が緊張している。 遍さんは小さく溜め息をついた。
「Rさん、あれは古の術で作り出された怪物てす。一般的には『鬼』と呼ばれていました。」
鬼? では、あの映像で見えたような気がしたのは、やはり角? まさか。

1369『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:26:43 ID:oVExluKs0
 「鬼って。本当にそんなものが。どうして。」
「一種の生体兵器、対術者用の兵器だと、聞いた事があります。
ほとんどの術に耐性を持ち、有力な式の力もこれには届かないのだと。」
「そう、Lさまの仰る通り。『刀や弓矢、種子島でも滅することかなわず。』という記録も。
人外の力と速度。術者でも武人でも、それに対処することは極めて困難。
ただ、消費するエネルギーが半端でないので、活動できる期間はせいぜい合計一週間。
故に現存するものは乾涸らびてミイラ化したものか、その断片だけ。
しかし稀に、特殊な維持装置と共に封じられたものが完全な状態で見つかることがあります。
それ等が封じられたという記録の有る場所については厳重な監視の対象とし、
探索して見つけたものも、偶然見つかったものも処理して来ました。しかし、今回は。」
遍さんの、暗い表情。
突然、思い出した。榊さんに見せてもらったあの写真。

1370『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:28:24 ID:oVExluKs0
 「あの、今日僕が受けた依頼の件で、もしかしたらそれが。」
「今朝発見された遺体の件ですね?既に情報は入っています。
遺体の状況からして、あれが関わった...いや、殺したのは間違いないでしょう。」
「術でも、式でも、武器でも駄目なら、一体どうやってそれを滅すれば?」
「それにダメージを与えられるのは、唯一、神器による物理的な攻撃だけです。ただ。」
「ただ?」 何だろう、この感覚は。 あの短剣なら? でも、そんな怪物を、俺では。
遍さんは眼鏡を外して、丁寧にハンカチで拭った。溜め息。 嫌な、予感。
「委任されたとしても、梓の弓と破魔の矢を扱えるのは『武』の特性を持つ術者だけ。
しかし現在、条件に見合う術者がいません。既に『武』で身を立てる時代が終わって久しく、
神器を扱えるまでに『武』の修行をする術者は、さすがに...。」

1371『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:31:04 ID:oVExluKs0
 首筋から背中に、鳥肌が立つ。
神器の主、当主様と桃花の方様なら、当然扱える。
しかし、一族の祭主たる御二人が直接事にあたることはない。万が一御二人の身に。
なら今日、姫と俺が招集されたのは? 他の術者では無く、俺たち二人が。
「そろそろ本題に入りましょう。先刻の会議で、『上』は対応策を決定しました。」
部屋の温度が一気に、下がったような気がする。
「御影を憑依させ、『武』の適性を持つ術者を化生させます。
ただし、並外れた身体能力を持つ術者でなければ、御影の武を活かせない。」
「まさか...。」
「まさか、ではありません。身体能力、性別、L様以上の適任者はいませんから。
それに、御影が心を許しているRさんは、御影の補佐として最適。」
しかし、それで、もし姫の身に。
待て、確か遍さんは言った。『鬼が活動できる期間には限りがある』と。
それなら、その期限を待てば...いや駄目だ、活動する期間の分だけ、命が。

1372『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:33:17 ID:oVExluKs0
 「分かりました。私の身体、御影さんとRさんに委ねます。」

 涼やかな声が部屋の空気を震わせた。
そうだ、姫ならきっと同意する。 『上』はそれを分かっていて。
「数多の命を犠牲にして、『期限』を待つわけにはいかない。そうですね?」
「はい、初めのうちは操者の意思に従い敵を攻撃しますが、
やがて操者の心は鬼に呑まれ、見境無く殺すようになる。
そうなれば、『期限』までにどれだけの犠牲が出るか見当もつきません。
更にそれが『不幸の輪廻』と繋がれば、『期限』すら無効になる可能性すら。」
「際限なく、敵でない人たちまで殺すということですか?どうして、そんな。」
「...あれが、『殺すために作られたもの』だからです。」
「まるで、術者の影、のような存在ですね。」 姫は、微笑んでいた。
「そうです。術者がいなければ、おそらく、あれが作り出されることも無かった。」
矛盾、か。 文字通りの矛と盾、人を襲う怪異と、怪異から人を護る術者は、
言わば果てのない軍拡競争を繰り広げてきたのだろう。 哀しい。
すい、と、遍さんは立ち上がった。ゆっくりと眼を閉じる。

1373『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:35:47 ID:oVExluKs0
 「聞いていたな、御影。」 部屋の中に冷たい風が吹いた。
『応。』 低く太い、声。 最初から、この部屋の中に。
「それで、御前の意見は?」
『それ以外に策はない。しかし、神器だけでは不足。』
「『梓の弓』と『破魔の矢』でも不足とは?」
『マタギだけで熊は狩れぬ。少なくとも勢子が要る。鬼が相手なら尚更。』 「勢子?」
『弓矢に必要なのは距離。構え、射るまでの時を稼ぐ者が要る。
術の心得は必要ない。『武』の適性を持つ者ならば役に立つ。』
「Rさんが?そうか、あの短剣を使うのなら。」
『...いや。Rに、そこまで『武』の適性はない。』
あの霊域で直接指導を受けた時に、それは理解していた。 俺は不肖の弟子。
しかし、答の前の間。その言葉に籠もる気遣いが、胸に痛い。
「しかし、それ以外の適任者は。」 『案ずるな。心当たりがある。』
その声を最後に、御影さんの気配は消えた。

1374 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:37:32 ID:oVExluKs0
皆様今晩は、藍です。
準備が調ったのは此処まで、お付き合い頂いた皆様に
心からの感謝を。有り難う御座いました。

1375あるくむ:2017/06/30(金) 20:38:07 ID:f6olEm220
続きが気になるーーー!気長にお待ちすると言いつつ毎晩更新チェックしてしまいます^^;

1376名無しさん:2017/06/30(金) 20:59:39 ID:cNnSS.YgO
こんなに早く「続き」を載せていただけるとは。藍さん,本当にありがとうございます。「次」を心から楽しみにしてお待ち申し上げております。

1377枯れ木:2017/07/14(金) 04:26:54 ID:xUoHLao60
 枯れ木です。

 姉は、体調を崩して入院していたのですが、本日退院。
少しお粥を食べて、今は爆睡中。
その寝顔を見ていると、正直、色々と思う事はあります。
でも姉は、近々『鬼』の投稿を再開するでしょう。

 仕方、ないのでしょうね。私自身、続きが気になりますし。
どうかもう暫く、お待ち下さい。

1378名無しさん:2017/07/15(土) 11:00:28 ID:Y9IIWi.o0
藍さん入院なさってたんですね。。ご無理をならさらずにゆっくり御療養下さい。
お元気になってまた掲示板を覗きに来て頂けるのをのんびりと待っていますね

1379名無しさん:2017/07/20(木) 18:59:34 ID:NwGkfT7wO
藍さんお大事になさってください。くれぐれもご無理をなさいませんように。

1380 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 22:48:33 ID:grC2im..0
皆様今晩は、藍です。

色々ありまして投稿が遅れておりますが、
以下、『鬼』の続きを投稿致します。
お楽しみ頂ければ嬉しく、幸せに存じます。

1381『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 22:53:37 ID:grC2im..0
 「これで良いと、思うけど。私も、この術は初めてだから。」
Sさんが立ち上がる。図書室の奥、板張りの床に正座した姫は、眼を閉じたまま。
「ただ、期限は最大でも十日。相性が良いからかなり長いとも言える。
でもそれ以上は、Lの体が負荷に耐えられるか分からない。
耐えられなくなったらどうなるのか、それも前例の記録が無い。」
姫の体が? それだけは絶対に、避けねばならない。 しかし、たった十日?
「じゃ、R君。お願い。Lに、いいえ、御影に呼びかけて。君の『言霊』が、この術を全うする。」
少しだけ、Sさんの声が震えていた。無理も無い、俺だって。だが、これは、俺の役目。
呼吸を整え、心を静める。 深く息を吸い、下腹に力を込めた。
『眼を、開けて下さい。御影、さん。』
静かに時が過ぎていく。もし、『言霊』が届かなければ、それは。
何秒経ったろう、いや何分か? 穏やかな声が重い空気を吹き払う。

1382『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 22:55:32 ID:grC2im..0
 『見事な術。流石は氷の姫君。』 ゆっくりと姫は、いや、御影さんが眼を開いた。
見慣れた、美しい顔。でも、姫とは違う微笑。 安堵と不安が同居する、この感覚は一体?

 「久しいな。R。」

 ああ、そうか。 透明な笑顔と柔らかな声の、奥にあるものは同じ、なのだ。
自ら望んだ訳でなく、しかし『持って生まれたもの』に対峙する、覚悟。
だからこそ姫はこの役目を。
『御前は本当に、良い妻を持った。少々、気に触る程に。』 立ち上がる。
だって、それは俺が望んだ訳では...いや。
『はい。ですから決して、この件でSさんとLさんに障りが出る事だけは。どうか。』
『承知している。我に、任せろ。』

1383『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 22:57:20 ID:grC2im..0
 ドアを開けて、御影さんが帰ってきた。
被害者が通っていた大学の近く。地方都市のホテル。
事は一刻を争う。だから昨日、御影さんが目覚めた後、すぐに移動した。
遺体の発見現場と大学の両方からそう遠くない場所に、それは潜んでいる。
それが榊さんの見立てで、御影さんも同意した。
今日は朝から、榊さんと一緒にあちこち調べていた筈だ。
「御影さん...それ。」 口元に、白く細い棒、ペロペロキャンディー?
きっと小脇に抱えた紙袋の中身も、大人買いか。
「今日は、あちこち調べるって、まさかそんな物食べながら。もっと真面」
次の瞬間、キャンディーは俺の口に押し込まれていた。手品?
「五月蠅い。朝から気を張っていたのだ。菓子くらいで罰が当たる訳ありません。」
??? そう言えば姫はお菓子、甘いものが。しかし。
ある程度の『共振』があるのか、それとも姫の記憶に接触できるのか。
話し方や行動に少々混濁があるようだ。

1384『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 22:59:18 ID:grC2im..0
 御影さんはソファに腰掛け、地図を広げた。
「面倒だな。あれが相手でなければ、こんなものに頼らずとも...」
市内の地図、しかしこの縮尺? ああ、榊さんが拡大コピーを。
赤い丸印が4つ見える。1つは被害者の大学、もう一つは遺体の発見場所。
なら、あとの2つは?
「二人目の被害者です。昨夜見つかったのだと、榊が。」
榊? 呼び捨ては、いや御影さんの方がずっと年上か。榊さん、どんな顔してたんだろう?
「それと、興味深い話を聞いた。」 「興味深い、話?」
「大学の、茶屋で話しかけてきた男から。」 「大学の茶屋って、被害者の大学ですか?」
「そう。『黙ってお茶を飲んでいれば話しかけてくる男がいる』と榊が。
その通りだったから驚いたぞ。ああ見えて、榊は中々切れる男だな。」

1385『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:01:18 ID:grC2im..0
 少し、目眩がした。まさか被害者の大学、ナンパさせて情報を?
「適当に相手をしていたら、はぁぶの話になって。」
はぁぶ? って、ハーブ...ドラッグか?
「阿片か、その類いだろう。大学にも使ってる奴がいるから気をつけろ、と。」
御影さんは小さな声で笑った。
「初見で馴れ馴れしく話しかけてくる男を避けていれば、そんな災いには縁が無いだろうに。」
「榊さんが、その件を調べてるんですね?」 「そうだ。思い当たる節があるらしい。」
「しかし喋り方ひとつにも気を...とても疲れました。少し寝る」
ああ、その話し方はそれで。

 1時間程すると御影さんは眼を覚ました。
シャワーに入り、身支度を調えるのを待って、遅い昼食に出かけた。
『どうも、今の世の味には馴染めぬ。』 大儀そうな表情。
和食だから洋食よりはましだろうが、あの時御影さんが作ってくれた料理とはかなり...。
しかし、食べてくれないと姫の身体に障るし、結果、御影さんの能力にも影響が出る。
「さて、部屋で少し休んだら夜は街へ出よう。場所は調べてある。」
「街へ出るって、何しに。」 「勢子、だ。使い物になるかまだ分かりませんが。」

1386『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:04:35 ID:grC2im..0
 夜9時前、とあるビルに着いた。
その場所は、あの地図に記されていた赤い丸印の1つ。
大きな自動ドアを潜り、御影さんは廊下を奥に進む。慌てて後を追った。
エレベーターのボタンは3F、エクササイズジムの表示がある。受付は若い女性。
「あの、電話で見学と体験をお願いしたRです。彼女が、その、体験希望者で。」
打ち合わせ通り。 御影さんの妙な喋り方で不審に思われるのはマズい。
真新しいジャージと運動靴の御影さんをちらりと見て、受付の女性はにこやかな笑顔。
「はい、あと5分程で通常のレッスンが終わります。中のベンチでお待ち下さい。」
ドアを開け、エクササイズルームに入った。 軽く頭を下げる。
涼しくて快適、軽快な音楽。 ボクシング? 思っていたより女性が多い。
上級者クラスなのか、皆、中々の動きだ。やがてゴングが鳴り、音楽が止まった。
「OK、皆さんお疲れさま〜。」 「ありがとうございました!」 「あざっした!」
生徒達の前で見本を見せながら、時折熱心な個別指導をしていた青年。
二十歳そこそこに見えるが、爽やかな営業スマイル。さすがにプロ。
突然、耳元の囁き。 『R、あの男の声を聞け。心の声を。』 「心の、声?」
生徒達は談笑しながら次々にエクササイズルームを出て行く。
あの男って、トレーナーっぽい笑顔の青年? あ
全く息が弾んでいない、汗も...一気に集中力が高まり、チャンネルが同調する。

1387『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:25:44 ID:grC2im..0
 最後の生徒がエクササイズルームを出た直後。
『これで良いのか、オレは。』 『いくらジムが繁盛しても...』
溜め息。暗い、自虐的な笑顔。それは術者でなければ気づかぬほどに微かな。
ゆっくりと後退る。ガラス張りの壁に近付いて護符を貼り付けた。
これで、今後エクササイズルームの中に注意を向ける者はない。
後は御影さんに任せるだけ。

1388『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:32:11 ID:grC2im..0
 「溜め息なら、未だ希みはある。」
青年は驚いたように振り返った。 御影さんも立ち上がる。
「ああ、体験の方ですか。」
「体験...そうだ。◎の家が継承してきた武を貴様に。それが、◆秀の遺志だから。」
青年の顔色が変わった。
「祖父の名を...成る程、アンタ達は一族の術者か。噂は聞いてるよ。
だが、オレなりに頑張って一族に貢献してる。咎められる筋合いはない筈だ。」
「なら何故、溜め息を?」 「それは...」
「分からないなら教えてやる。『つまらない』からだ。その生き方が。」
「つまらないって、オレは毎日。」
「武門に生まれた者が満足できる訳が無かろう。毎日が体育の指導では。』
「体、育?」 「見学した限りでは、体育。それ以外に言葉がない。」

1389『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:33:26 ID:grC2im..0
 すい。御影さんは屈んで運動靴を脱いだ。姫と寸分違わぬ優雅な仕草、なのに。
一歩、踏み出した素足が柔らかなマットを掴む音に、腹の底が冷える。
「最初はこう。」
両の拳を顔の前に。左足が一歩前。 「そして、こう。」
きゅ、と、床を蹴る破裂音が聞こえた。
拳が小気味よく風を切る、左・左・右。右・左・右。すっ、と体が沈み、弾ける体。
ごう、と右拳が天を突く。 アッパーカット?
「左右入れ替えれば、こう。」 さっきとは完全に反転して、そして更に速く。
「アンタ、どこでボクシングを?」 「此所で。先刻、見学したから。」
「そんな、幾ら何でも...たった数分で?」
「疑うなら、自分で確かめろ。立ち会えば、直ぐに分かる。」
「馬鹿言うな。何でオレが女と。」

1390『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:36:47 ID:grC2im..0
 『○雷』

 その名に籠もる力が、エクササイズルームの空気を震わせた。
「本来、それは貴様が継ぐ筈だった。一族最強の武を背負う号。◆秀の孫、◆成。
時代が変わったとは言え、その号が絶えてしまう事を、
◆秀は心の底から悔いていた。先達に申し訳ない、と。」
「アンタ、一体?」
「我が名は御影。当主様の命を受け、この体を借りて化生した。」
「『御影』って、まさか。」
「借りた身体の能力は極上、我が人であったときと遜色ない。
つまり貴様は運が良い。今、貴様の眼の前にいるのは、紛れもない『○雷』。
勿論尻尾を巻いて逃げるなら好きにしろ。止めはしない。」
意地の悪い、笑顔。 何故そんな挑発を、もし事故があれば姫の体が。

1391『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:40:05 ID:grC2im..0
 「良いだろう。ただし、女の子相手。俺は『当てない』。大人気ないからな。
当たった、と、アンタが納得すれば終わり。それが条件だ。」
「構わん。それで、我は当てても良いのか?」 「好きにしろ。出来るなら。」
青年は浅く息を吸った。
そのまま左足を一歩踏み出そうとした瞬間、御影さんの身体がゆらりと。
直後、青年は右足を前、両拳を顔の前に。
「おや、女子相手に本気とは。確か先刻大人気ない、と。」
「馬鹿言え。『△歩』を使う相手、女の子だろうが此処からは全力。悪く、思うな。」
「それでこそ、だ。」 御影さんは微笑んだ。空気がぴいんと張り詰める。

1392『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:49:10 ID:grC2im..0
 ペタ、と、青年は尻餅をついた。
御影さんは右掌を前に...近い、青年の胸を?
多分、そうだ。ハッキリとは見えなかったが。そうとしか。
「ぼくしんぐ。それが長い時をかけて練られた体系なのは知っている。
しかし、あくまで規則の下で『競い合う』ためのもの。『武』とは違う。
『武』の目標は必勝、競い合いではない。故に、打たせてはならぬ。
力や体格で上回る相手なら、まぐれ当たりでも、当たれば敗ける。」
「...でも、あんな、体重移動。化け物め。」
御影さんは微笑った。姫と同じ顔、でも姫とは違う、笑み。
「利き足と利き手に切り換えたのは中々の嗅覚だし、
初見で体重移動の違いを見抜いたなら、褒めてやろう。」
「初見じゃない、思い出したんだ。
全く同じだよ。一度だけ、祖父さんに稽古をつけて貰った、あの時と。」
「長い長い時を費やして先達が積み上げた技術を基に、
辿り着いた極致。その速さ故に継承者は『○雷』と号される。
だがこれは『出発点』。貴様が望むなら、立て。我が◆秀の遺志を継ごう。」

1393『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:53:35 ID:grC2im..0
 数分後、青年は仰向けに倒れていた。 マットに力なく伸びた手足、息も荒い。
「くそ、こんなにも差が...オレは一体今まで何を。」
俺自身、あの『霊域』で経験した感覚。 きっとそれは、心の底から絞り出した、言葉。
「貴様、笑ってるぞ。」
「そうさ。女の子に、良いようにあしらわれて、悔しくて堪らない。なのに。」
青年はゆっくりと上体を起こし、胡座をかいた。
「ゾクゾクする。心底、楽しい。何で?」
「貴様の体に流れる血故。それはかつて◆秀の、そして我の体に流れていた血だから。」
「ならオレはもっと強く、なりたい。俺の身体に流れる血の限界まで。」
「その言葉に、偽りはないか?」

1394『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:55:46 ID:grC2im..0
 「ない。」 一瞬の躊躇もなく青年は答えた。心地よい言霊。
「身体能力は申し分ない。ただ、稽古だけで『武』は身につかぬ。」
「それなら、どうすれば良い?教えてくれ。」
「我等は明日にでも『鬼』を狩る。我も1人では手に余る、羆並みの怪物。」
「いきなり羆...オレが、その怪物を相手に?」
「限界を知りたいなら、望外の相手だろう。勿論、無理強いはしない。」
「祖父さんが悔いていた、アンタはさっきそう言ったな?」
「ああ、我は其所にいて、その声を聴いた。」
御影さん自身が望んで、血縁の武人の臨終を看取ったのか。
それとも今際の際、その武人が御影さんに呼びかけたのか。
「アンタでも手に余る相手。もしオレが生き残ったら、祖父さんの心残りは消えるかな?」
「『○雷』の号を志す者が現れるなら、それこそが〇秀の望み。」
「なら、オレを使ってくれ。頼む。」 青年は居住まいを正し、深く頭を下げた。
「良い、心がけだ。」 御影さんの声は優しかったが、その眼は笑っていなかった。

1395 ◆iF1EyBLnoU:2017/07/31(月) 23:59:13 ID:grC2im..0
皆様今晩は、再び藍です。どうやら今夜はここまで。

お付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。
体調と相談しながら出来るだけ早く続きを投稿したいです。

それでは、御機嫌よう。有り難う御座いました。

1396あるくむ:2017/08/01(火) 22:29:52 ID:suGMNDJk0
ボクサーが鬼退治参戦ですか〜。続きがますます気になりますが、気長にお待ちしてますので体調優先でお願いしますね。

1397名無しさん:2017/08/02(水) 10:57:45 ID:MRU06KTMO
若き武人,拳闘士登場。「鬼」との闘いがどうなるか,ぞくぞくします。

1398名無しさん:2017/08/16(水) 22:46:14 ID:jRDVmqig0
投稿お疲れ様です。いつも楽しく拝読させて頂いております。有難い事です。今回の御影さんがまた少し型破りで痛快なお話ですね。色々とお忙しい様ですが、暑さ寒さが不規則な日が続いております故、藍さん、優しい弟さん共々何卒ご自愛下さい。

1399名無しさん:2017/08/25(金) 20:02:51 ID:21H3fWng0
なぜ物語通して準備が出来てから投稿しないのだろうか…と思う。

1400枯れ木:2017/08/25(金) 23:44:04 ID:uAvcD1N.0
>>1399

 続きを期待してのコメントと判断して返信致します。
『以前の返信を全てお読み頂くようお願いするのは心苦しい。』
既に姉が何度か返信しておりますが、もしお読み頂いて
そのような疑問が生じなければ良いなと、正直思います。例えば

>>363
>>879

 未だ姉の体調は思わしくなく、続きの投稿が何時になるかは
分かりません。姉に代わってお詫び致します。

1401名無しさん:2017/09/05(火) 13:45:42 ID:A1XjfPZA0
>>1400
ご報告ありがとうございました。
藍さまの体調が思わしくないとの事、僭越ながら心配しております。
早く良くなられますよう、微力ながら祈念させていただきたく存じますm(_)m

1402名無しさん:2017/09/05(火) 18:11:55 ID:t40wqM6EO
川の神様に,藍さんのご回復をお祈りしましょう!

1403名無しさん:2017/09/14(木) 12:35:16 ID:QzsR2wcI0
藍さん元気かな。。

1404名無しさん:2017/09/15(金) 02:19:49 ID:xrJzZQDEO
藍さん、元気になぁれ

1405 ◆iF1EyBLnoU:2017/09/20(水) 02:04:29 ID:YUVTruAU0
皆様今晩は、藍です。

本当にお久しぶり。約束を果たすために参りました。
既に原稿は仕上がっていましたので、
代理投稿を頼もうかと考えていたのですが、
『それだけは許可が下りない』と知人に怒られたので。

実はとてもドキドキしています。15日に一時帰宅を許されたものの、
監視(?)がかなりきつくて、ずっと機会を窺っておりました。
卵雑炊を作ってくれた後、監視役が寝ている内に投稿を。

では、以下『鬼』の続き、出来れば最後まで。
お楽しみ頂ければ幸いです。

1406『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/09/20(水) 02:20:54 ID:YUVTruAU0
 幾ら何でも、心が折れてしまうのではないか。
その青年が『武人』の血を継いでいるのであれば尚更、
あの時の俺とは比較にならない程の屈辱だろうに。
それ程、容赦のない稽古が続いていた。営業前のエクササイズルーム。
だが青年はその度に立ち上がり、構えを取った。
十何回目、いや何十回目だったろう。
すい、と一歩踏み出して、御影さんは青年の右手を取った。
両手で青年の右掌を広げる。無言のまま、手の甲をそっと撫でた。
「あの、師匠?」 戸惑ったような、青年の表情。
「右拳だけで、何人倒せる?相手が普通のぼくさーだとして。」
「...アマチュアで階級が同じなら、まあ、5人は。」
「なら左拳だけで2人、両拳を使えるとして5+2の倍、14人。」
くるりと踵を返し、一歩二歩。御影さんはもう一度振り向いて胡座をかいた。
つられるように、青年もその場で胡座をかく。 正対した2人は師匠と弟子そのもの。

1407『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/09/20(水) 02:24:40 ID:YUVTruAU0
 「確かに貴様の身体能力は別格。しかし実際には10人でも無理だろう。」
「そんな、どうして。」 「右掌に、骨折の痕がある。」 「え?」
少しだけ黙った後、御影さんは奥の壁を指さした。
壁には高名なボクサーの写真。サイン入りのグローブ。
「あの大仰な籠手を使っても拳を壊すことがあるのだろう?
もし3人目で右拳を壊したら、残りは利き手ではない左拳だ。ならせいぜい2人、計5人。
しかも『実戦』であんな籠手を使う訳にはいかぬ。」
「だから師匠は拳を握るな、と?」
「そう。打撃で使うのは掌底、そして手刀、2つだけで良い。
掌底は顎や水月への打撃、手刀はこめかみや首、肋への打撃。」
「首、って。反則じゃ」 「実戦に規則はない、当然、反則も。」
「じゃあ、眼は。」 「的は小さく、指を痛める危険もある。狙う意味はないが、もっとも。」
「はい?」
「抵抗できなくなった相手や死体の眼を抉り出すのを好む奴等なら幾らも見た。」
「死体の眼って...」 「敵に敬意を持たぬ外道も確かにいる。始末する他ない。」
「殺す覚悟が要る、って事ですか。」 「そうだ。」 御影さんは静かに息を吐いた。
「オレ、人を殺せるかどうか。」
「外道を見つけたら必ず始末する。放っておけば『鬼』にされかねん。」

1408『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/09/20(水) 02:27:06 ID:YUVTruAU0
 「これが、破魔の矢。我も、手にするのは初めてだ。」
あの時、その鞘が取られることはなく、幸運にもその鏃を見ずに済んだ。
やはり、御影さんも鞘を取らない。 それが許されるのは、使う理由がある時だけ。
「日月一対。我が知る限り、神器の中でも最強の武器。」
「ええと師匠、オレでもその矢がとんでもない武器だってのは分かります。
でもオレが相手にしてる間に、それで鬼を射るって言ってましたよね。
一対ってことは2本ある筈なのに、何故1本?動いてる的をたった一本の矢で。
いや、師匠を信用してますが、相手は『鬼』ですよ?1本より2本の方が絶対。」
この青年の言うとおりだ。それに。
「確かにこれを委任されたが、人の身では一射が限界。身体も心も。』
「それなら鬼が近づいてくる所を遠くから、で。本当にオレ、必要なんですか?」

1409『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/09/20(水) 02:32:39 ID:YUVTruAU0
 「鬼の頭にある角は、知っているのだろう?」 「え?もちろん。それが鬼の。」
「あれは鬼と操者を結ぶ通い路であり、優れた感覚器。」
噛んで含める。そんな言葉が浮かんだ。
微笑む御影さんはまるで、弟を優しく諭す姉のように見えた。
「はぁぶを売り捌いていた者共は、黒幕の手の者に追われ姿を隠していた。
しかし黒幕の手の者も、榊でさえその行方を辿れぬうちに、鬼は4人を殺した。何故だ?」
「角を使えば、殺したい相手の居場所が分かる?」
「恐らく、造作も無い。そんな感覚を持つ相手に。」
「分かりました。その弓矢を準備して待っていたら、感付かれる。」
「弓の心得はあるが、正当な所持者でない我に、神器の力の全ては引き出せぬ。
そうだな、射程は十間。それより遠ければ望みは無いだろう。」
「じゅっけん、って?」 御影さんは困った顔で俺を見た。
ああ、以前は俺も知らなかった。この青年には、出来るだけ直感的に。
「野球の、マウンドからホームまでと大体同じだよ。18mと少し。」
青年は御影さんと俺の顔を交互に見詰めた。

1410『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/09/20(水) 02:35:45 ID:YUVTruAU0
 「師匠と2人で鬼を待つ、現れたらそこでオレが。」
「そう、君が時間を稼ぐ間に御影さんが神器の封を解く。
その準備が整うまで時間を稼ぐ、それが君の役目。倒すのは無理、何とか逃げ回って。」
「人と同じ体重の羆が相手だとして、1ラウンド。3分逃げ切れば合格かな?」
「あの鐘、『始め』から『止め』までの間か...
その半分で良い。今、貴様に死なれては◆秀に申し訳が立たん。」
青年の、不満そうな表情。1ラウンドも持たないと言われれば当然プライドが傷つく。
浅はかと言えばそれまでだが、無理も無い。この青年はまだ『人外』を知らないのだ。
「羆並みって言っても、体格も体重も人と大して変わらない。だったら。」
「確かに羆並みとは言ったが、ただの獣ではない。人の智恵を持つ羆。
だからこそ貴様が必要なのだ。並の武人なら一撃で殺される。」
「人の智恵を持つ...でもオレが。師匠、分かりました。全力で1分半、稼ぎます。」
あーあ、どん底から天国まで。 それはそうと。
「師匠、段取りは分かりました。ただ本当に鬼が来るかどうか。」
まさに其処だ。俺も青年と全く同じ疑念を。もし鬼が来なかったら。
「来る、榊の言うとおりなら。」
胸の奥に燻る疑問を、俺はどうしても振り払えなかった。

1411『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/09/20(水) 02:42:01 ID:YUVTruAU0
 夢を、見ていた。
古いお屋敷の庭、緑濃い生け垣全体を彩る紅い花々。咽せるような香り。
どこか懐かしい、既視感。
するり、と、腕の中に潜り込んできた温もり。これは。
「御影さん、何、してるんですか?」 「この方が良く眠れるから。」
「いや、マズいですよ。」 まあ、パジャマ着てるからあの時より、いや、そんな問題じゃない。
「妻と同衾するのに不都合があるのか?」 「いや、だって今は。」
「何にしろ。」
漆黒の、大きな双眸。見詰められると吸い込まれそうな。
「我に、聞きたいことがあるのだろう?」 どうして、それを。
「正直に、顔に出る。好もしいが、術者としては。
まあ良い。大事を前にして、味方の不信は命取り。聞こう。」
「ええと、あの人、◆成さんを巻き込む必要が本当にあったのかな、と思って。」
「やはり、そうか。御前の剣を借り受ければ、我1人でも鬼を狩れるのでは、と?」
「はい。◆成さんも言ってた通り、チャンスがたった一度きりでは、心許ないですから。」


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板