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藍物語(投稿・感想・雑談専用=隔離)スレ

1枯れ木も山の賑わい:2014/03/26(水) 23:49:11 ID:sdeCrXLs0
藍 ◆iF1EyBLnoU の 投稿と
投稿に対する感想・雑談の為に立てた専用スレです。
レスの都合上コテハン推奨ですが、匿名の書き込みも勿論OK。
非難の書き込みは「作品に関する話題・雑談」スレで存分に。
こちらへ書き込まれた場合は(可能ならば)削除します。

1273名無しさん:2016/12/11(日) 22:23:47 ID:bVm4rzJU0
1272さんのおっしゃるように是非お願いいたしますm(uu)m
私は藍さんも枯れ木さんの事も大好きですから。

1274枯れ木:2016/12/12(月) 21:32:58 ID:JGZxM6G60
>>1272
>>1273

 励まして頂いて、嬉しい思いと、
私の真意を上手くお伝えできなかった忸怩たる思いの板挟みです。

 1265様には、いきなり失礼な問いかけを。

 1264様には、以前からお伽話系統の深い知識をお持ちと知りながら
『知識のあるなしに関わらず』と、これも大変失礼な書き込みを。

 きっと皆それぞれ、得意分野と不得意な分野があります。
お互い敬意と思いやりを持って知識を出し合い、
実りある雑談が出来たら良いな、と。

 どうか、数少ない肉親である姉を思う愚弟の戯言とお許し下さい。それでは。

1275 ◆iF1EyBLnoU:2016/12/19(月) 19:45:21 ID:Fwgnk6wk0
皆様今晩は、藍です。 先程仕事から戻りました。

年末年始は仕事の予定が無いので、お年玉企画に集中できそうです。
『制服の君』の行く末を案じながら、知人の原稿を精査・修正して。
その後許可を得られたなら、続きを投稿し、此所で皆様と再会できる日を楽しみに。
それでは、御機嫌よう。さようなら。

1276名無しさん:2016/12/19(月) 22:45:16 ID:qcQX0co.0
よかった、待ってます。

1277 ◆iF1EyBLnoU:2016/12/26(月) 23:46:06 ID:WZd.7OQk0
皆様今晩は、藍です。

投稿へ向けた作業は随分捗りました。ただ、同時に予想外の事態も。
これを解決するための相談をしている状態。未だ今後の展開は読めません。
ただ、知人は『制服の君』の完結はお年玉企画ではなく是非年内にと。
お年玉企画はその後で。以上、未だ物語の続きをご期待下さる皆様にお知らせを。

それでは御機嫌よう。きっと、30日か、31日にきっと、此所で。

1278名無しさん:2016/12/27(火) 12:14:05 ID:6gh.bwks0
お待ちしております〜

1279名無しさん:2016/12/29(木) 12:03:14 ID:bbpHFjU6O
ワクワク

1280名無しさん:2016/12/30(金) 00:51:41 ID:Gr3cexW20
枯れ木さんとRさんってキャラ的に似てる処ある様な気がしますね
思考の回転が速い処
言うべき点を逃さない処はいいのだが、時々言うのが早すぎる処

元気なお姿、お待ちしております。どうか、よき方向に

1281 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 03:20:53 ID:oApGFCxM0
テスト中です。

1282 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 03:34:01 ID:oApGFCxM0
皆様今晩は、藍です。

暢気に投稿の準備中、想定外の事態が。先程戻った所です。
弟が暫く家を空けている最中だったのも不運でした。

ただ、標準時とは関係なく、初日の出まで年は明けません。
(正直無理筋と承知していますが御容赦を)

それでは以下、『制服の君』完結まで。では。

1283『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 03:39:00 ID:oApGFCxM0
 病院のロビーに面した問診室の1つ。この部屋も打ち合わせていた通り。
入り口のカーテンは水色。11時半を過ぎた頃、警察官に付き添われた女性が入ってきた。
落ち着いた、優しそうな雰囲気の女性。 『制服の君』の面影も見える。
「この方が交番に連絡して下さって、救急車も。」 年配の警察官。
俺が声を掛けた、あの交番の。あれからずっと、きっと、面倒見の良い人なのだろう。
警察官が一礼して立ち去ると、その女性は改めて、深く頭を下げた。
「有り難う御座います。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。あの、お仕事は?」
「ああ、僕は自営業なので時間の都合は幾らでも。それより、娘さんは大丈夫ですか?
すごく気分が悪そうでしたが、どうして二人ともあんな風に?」
「お陰様で娘には怪我も無く、今のところ検査でも異常は無いそうです。
ただ最近、随分痩せてきて、心配はしていました。
あなたがいて下さって本当に良かった、娘は...あ。」
その女性の表情が突然曇った。やはり『制服の君』の母上。きっと気丈で、聡明な。
「あの。あなた、今。」 「はい?」
「あなたは今、『どうして二人とも』と?」 「はい、確かにそう申し上げました。」 
「どういう意味、ですか?『二人とも』って。」

1284『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 03:48:03 ID:oApGFCxM0
 「制服の娘さんに重なるように、綺麗な着物を着た若い女性が見えるんです。
既にお亡くなりになった方のようですが、その方もあなたの娘さんなのかと思いまして。」
「...あなたは、一体?」
「信じてもらえるかどうか。僕は、陰陽師の末裔。この地の伝承はご存じでしょう?
天と地の精霊の力を借り、生と死の媒を生業とする者たち。
実は、初めて娘さんを見かけたのは今年の1月です。ある仕事に向かう途中、偶然に。
出来れば助けてあげたいと思って、それからずっと、気に掛けていました。」
「じゃあ、もしかして...今日のことも。」
「はい。今日、着物の女性がやっと僕に気付いて、応えてくれたんです。
その時に備えて前から手配をしていたこの病院に娘さんを運びました。
僕の親戚がこの病院の運営に関わっているので、娘さんは特別な手当を受けられます。
しかしこのままでは...それ程長くは保たないでしょう。
体は1つ。2つの魂を支えられる期間には、限界がありますから。」
「その限界を超えたら、娘の命も尽きる、と?」 その女性は真っ直ぐに俺の眼を見詰めた。

1285『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:00:58 ID:oApGFCxM0
 「はい。無条件に信じてもらえるとは思っていませんし、脅迫するつもりも有りません。
ただ、僕を信じて下さるなら、お手伝いが出来ると思います。
娘さんと、もう1人、既に無くなった女性を助けるために。
それに、これは『縁』に導かれた仕事ですから、報酬も経費も、一切頂きません。」
その女性は黙って俯いた。重い、沈黙。 焦る必要はない、当然の決断を、待てば良い。
やがて、その女性は顔を上げた。
「私が産んだ娘は、あの子1人だけです。
あなたが見た『既に亡くなった女性』と、娘にはどんな関係が?」
やはり、俺を試すつもりなのだ。
直ぐにこんな話を信じることなどあり得ない。疑うのが当然だろう。
しかし、信じてもらうのに術で小細工をする手間を省けるなら、こちらとしても好都合。

1286『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:03:23 ID:oApGFCxM0
 「悪意は全く感じません。だから娘さんへの影響がとても小さかったんですね、
そういう場合、命に関わる状態になるのにはかなり時間がかかります。10年か、20年か。
だから姉妹かと思っていました。でも、あなたが産んだ娘さんは1人。
稀な例ですが、娘さんの体内に取りこまれ成長できなかった双子という可能性も。
しかし、それなら今日の検査で判明した筈だし、何より着物という点で決定的に違う。
体内に縛られていれば、娘さんの感覚と記憶をなぞるだけですから。
つまりその女性も着物ではなく、あなたの娘さんと同じ制服の筈。
残る答は1つ。あなたの、ごく近い御身内に、若くして亡くなった女性がおられる。
その方の魂が娘さんに宿った。それがこの件の原因です。」
その女性は息を呑んだ。握りしめた両の手が、膝の上で小さく震えている。
「何か、強い心残りがその人の魂を繋ぎ止めていて、そこにあなたの娘さんが生まれた。
娘さんと波長が合っていたために、その人の魂が娘さんの身体に宿ったのでしょう。
多分偶然。悪意などなく無意識に、だからこれほどの時間を共存できた。
しかし、日々の負担は小さくとも、長い期間積み重なれば影響は深刻。
今まさに、それは限界を迎えつつあります。」

1287『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:07:13 ID:oApGFCxM0
 その人の両手、もう、震えは止まっている。
「21歳で亡くなった従姉妹がいます。私が、9歳の時に。」
「従姉妹ですか...それでは、ごく近いとまでは。」
「だからこそ、あなたの話を信じるべきだと、分かりました。
父が従姉妹を引き取って、私と兄は従姉妹と2年間一緒に暮らしたんです。
まるで本当の姉弟のように。私も兄も姉さんが大好きで、とても仲が良かった。
父が姉さんを引き取る前の年、私たちは母を亡くしていたので、
歳の離れた従姉妹を実の姉のように...。」 そっと涙を拭う仕草に、胸が詰まる。
「あなたに任せれば、娘を救い、姉さんを然るべき場所へ送る事が出来る。そうですね?」
「そうしたい、と心から願っています。ただ、まずは手がかりが必要。
娘さんが生まれるまでの間、亡くなった女性の魂を繋ぎ止めていた物がある筈です。
多分、その女性の遺品の中に。それらを調べる許可を頂きたい。
それから貴女の従姉妹、亡くなった女性の実家を教えて欲しいんです。
実家が判れば、必要な調査は僕の仲間がやります。その家に一切ご迷惑は掛けません。」
「私が、責任を持って兄を説得します。それまで、お待ち頂けますか?」
「はい、勿論。ただ、娘さんに残された時間はそれ程長くはありません。」
「分かっています。説得は今日明日の内に、必ず。」
「それではもう一つ、許可を頂けますか?」 「はい。どうか娘と話を。」

1288『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:12:05 ID:oApGFCxM0
 ゆっくりと、ドアが開く。母親に手招きされて、ドアを潜った。
ベッドの上で上半身を起こした『制服の君』。 美しい、本当に綺麗な娘だ。
「あの、有り難う御座います。今朝は、助けて、もらったみたいで。」
「僕の名前はR。今年の一月中旬から、毎朝君のストーカーをしてました。」
『制服の君』は息を呑み、その後で微かに笑った。
「そんなに長い間、毎朝私の事を心配して?」
「そうですね。君と、もう一人。とても綺麗な、着物の女性の事を。」
「その人は、誰なんですか?」 「君の、お母さんの従姉妹。そう聞きました。」
「そう、ですか。」 窓の外、傾き始めた陽光を見詰める。
「初対面で、こんな話を信じるなんて。母も私もどうかしてる。それが普通ですよね?」
「はい。小さな子ども相手なら『僕は魔法使いだから。』と、それで。でも、あなたには。」
「『魔法』?それは、その人が『着物』だと分かる、見えるいうこと?」
「はい。僕達に取ってはそれが当たり前なので『魔法』はまあ、方便ですが。」

1289『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:13:19 ID:oApGFCxM0
 「どんな、着物ですか?」 「極く薄い水色、手鞠のような白い模様です。」
『制服の君』の母親が息を呑む。 『制服の君』は小さく溜息をついた。
「本当にそれが、『見える』んですね?」 「はい。」
「私にも見えます。ただ、夢の中でだけですけど」 「◎、あなた。」
「御免なさい。心配、掛けたくなかったから。」 『制服の君』は真っ直ぐに俺を見詰めた。
「夢の中で綺麗な人が泣いていて、私はその人を一生懸命励ましているんです。
その人の着物が、薄い水色に白い柄。手鞠といえば、確かにそんな風にも。」
??? 泣いている女性、その人を励ます。 一体 ???
「その夢で、何か言葉を。憶えていますか?」
「はい。ハッキリと。」

1290『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:15:43 ID:oApGFCxM0
 『お父様とお母様の思し召しだから、きっと、間違いない。でも、怖いの。』
『あの人は良い人よ。私にも、凄く優しくしてくれるし。私、あの人大好き。』
『そう。生まれる順番が逆なら良かったのかな。私と☆の。』
『私が、代わりにお嫁に行けば良いんじゃない?それなら。』
『ふふ。そう、ね。ありがと。☆はまだお嫁さんにはなれないけれど、
もし私が病気になったら、私の代わりになってくれる?』
『うん。何時かそうなったら、必ず。約束ね。』 『有り難う、私、これで大丈夫。』

 「僕には今、その夢の意味が分かりません。だから僕の師匠に話しておきます。
もし何か大きな問題が有ったらもう一度あなたに話して、作戦を考える。それで、良いですか?」
「はい。お願いします。

1291『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:17:04 ID:oApGFCxM0
 「これ、です。姉さんの遺品は全部この箱の中に。」
低く、通りの良い声。その男性は『制服の君』の叔父、ということになる。
倉庫の一角にまとめられた2つの木箱。それがあの女性の遺品。
間違いない。その箱に手を添える、あの女性の姿が眼に浮かぶ。
それ程に強い気配が、その箱の中身に残っている。
「姉さんは、幼い頃から音楽が好きだったと聞きました。でも病で身体が。
田舎では良い医者に診てもらうのが難しかったから、父が引き取って。
これらの品を買い与えて、少しでも慰めようとしたんでしょうね。
幾ら何でも贅沢だろうと笑う者も多かったようです。
でも私も今は、父の気持ちが少し分かる気がしますよ。きっと父も寂しくて、姉さんを。」
「箱の中を調べても?」 「はい、どうぞ。」
古びた紐の結び目を解き、箱の蓋を開けた。
箱の中に、びっしりと詰まった、レコード? 大小2種、綺麗に整理されて収められている。
聖域。以前、遍さんの執務室で聞かせてもらったのと同じ規格、多分。
『制服の君』の母親は40代半ば、ならその従姉妹が亡くなったのは多分30数年前、だ。

1292『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:19:12 ID:oApGFCxM0
 次の箱の蓋を取ると、透明な白熱電球のようなものが見えた。
これは真空管?のアンプ。やっぱりそれも、遍さんの部屋にあったものに似ている。
アンティークの調度品といっても良いような風格のある、綺麗なアンプ。
当時生産された名機、状態の良いオリジナルには、とんでもない値段がついている。
遍さんはそう言って微笑んでいたっけ。
「レコードに残る気配が濃いです。その人は本当に音楽が好きだったんですね。
「はい、一日中レコードを聴いている日も。そう、最後の半年程は、毎日のように。
もう、庭に出る事も、難しかったですから。
とても丁寧な手つきでレコードを掛けて、嬉しそうに。良く憶えています。
でもこのレコードやアンプに姉さんの心残りが...何だか複雑な気持ちですよ。」
その男性は少し寂しそうに微笑んだ。

1293『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:20:45 ID:oApGFCxM0
 愛用の品に、想いを残す死者は珍しくない。
その想いがある程度強くなると、その品を錨として死者の魂がこの世に留まり続ける事がある。
勿論それが可能は限られた霊質の魂に限られるのだけれど。
取るに足らない小さな心残りから、ほとんど妄執と言う他ないドロドロしたものまで。
そして、想いの籠もった品々が生者に影響する事例も珍しくない。
その品々に罪はなく、生者を利するか害するかも、以前の持ち主の想い次第。
そしてそれらの品を上手く利用できれば、残した想いを昇華させることも出来る。
錨を上げ、死者の魂が新しい航路へ旅立つ。手助けが。
そのためには、『全て』の準備を調えなければならない。
今を生きている我々の努力で、調えられるすべての準備を。
「遺品はこれだけ、レコードとアンプだけなんですか?
レコードのプレーヤーとスピーカーもあった筈だと思いますが。」

1294『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:21:41 ID:oApGFCxM0
 「姉さんの一周忌が過ぎた頃、父が処分したんです。
『これを見ると思い出すから。』と、そう言って。
母と姉さんを同じ病気で亡くして、父も本当に辛かったんだと思います。
ただ、レコードとそのアンプだけは残して此処に、遺品として。」
「成る程。でも、貴方は憶えていませんか?処分した品々の大きさやデザイン。
それらがどのメーカーの、どの機種だったかが判れば、多分同じ物を手配出来ますから。」
「私は機械音痴で...でも正月に3人で撮った写真に写っている筈です。」
それなら、大丈夫だ。

1295『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:23:27 ID:oApGFCxM0
 「これらの品々と写真を使えば、何とかなりそうです。
でも、電気を使うものですから安全第一。暫く預からせて下さい。
知り合いに調べてもらって、もし壊れている所があれば直します。」
「はい。それは勿論。でも、そんな物を使って...」
戸惑ったような表情。まあ、無理もない。 多分、映画やTVの影響だ。
「護符や人型を使う方法もありますが、これほど強い想いが残った品々があるのなら、
護符や人型よりもずっと成功の確率は高いです。護符や人型はレディメイドの既製品。
こういった形見の品々はオーダーメイドの特注品、そんな感じですね。」
「はあ、成る程。何となく、分かりました。」
言葉とは裏腹に、未だ納得していない表情の男性を残し、
アンプとレコードを運び出した。どちらもかなり重い。後部座席に並ぶ2つの木箱。
アンプの修理、それにプレーヤーとスピーカーの手配。心当たりがあった。

1296『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:24:26 ID:oApGFCxM0
 「いや、これは...驚いたね。多分レプリカだろうと思っていたし、
強い想いの残った品を『聖域』に持ち込むのはまずいから、このお屋敷でと。
でも電話で聞いた型番の通りだ、◎社の初期モデル。それも完全なオリジナル。
来て良かったよ。これほど状態の良いものは初めて見る。」
「そんなに、貴重なものなんですか?」
「私の執務室にあるのは、この一つ下のクラスのもので、
それでも状態の良い完動品を探すのに2年かかった。
これはさらに生産数が少ない当時の最上位モデル。
愛好者にとっての価値は推して知るべし、だ。
真空管や配線の状態をチェックして、完全に動作する状態にして。
それなら...いや勿論、お金を出せば買えるという品ではない。けれど。」
遍さんは銀縁の眼鏡を外し、ハンカチで丁寧にレンズを拭った。
「もし壊れていたら、修理にもかなり費用がかかる、という事ですね?」
「そう。君の考えからすると、修理には出来る限り当時の部品を使うべきだろう。
愛好者の立場からしても、是非そうしてもらいたいところだが。」

1297『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:25:44 ID:oApGFCxM0
 「もともと今回の件は『仕事』ではなく、僕たちが勝手に関わった事です。
報酬をもらうつもりはありませんし、修理の費用も僕が持ちます。」
「成る程、そういう事か。それなら知り合いの技術者に連絡してみよう。
オーディオショップを経営していて腕は確かだし、間違いなく、喜んで引き受けてくれる。」
「有り難う御座います。ただ、言いにくいのですが...。」
「こんな品に触れる機会は滅多にない。黙っていても、何よりこれを最優先するだろう。
だから納期は最短でいけると思うよ。部品が入手不能とか、何か問題があれば連絡する。」
遍さんの言葉通り、完成して調整も完璧だと連絡が来たのは3日後だった。
修理が必要な部分はほとんどなく、木箱の中には交換用の真空管なども入っていたらしい。
件の女性と、その養父がそれらをかなり大事にしていたのは間違いない。
しかしそれだけじゃない。嘘のように物事が上手くいくのは大抵『時が熟した』から。
それを確信したのは、あっけなくプレーヤーとスピーカーが見つかったからだ。
あの男性から借用した写真に写っていたのと同型。やはり、どちらも当時の上位モデル。
アンプとプレーヤーを修理してくれた人の経営するオーディオショップ。
そこの試聴室に両方が揃っていると教えてくれたのも遍さんだった。

1298『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:27:01 ID:oApGFCxM0
 ただ、プレーヤーもスピーカーも、特にスピーカーは半端じゃなく大きくて重い。
『制服の君』の家は勿論、母親の実家に運んだとしても、
既にそれをセッティングできる場所がない。だからその店の試聴室にアンプを設置した。
当時の名機たちが奏でる、当時のレコードの音。
それを媒にして亡くなった女性の心残りを解く。
それは3日後、土曜日。制服の君とその母親、それから叔父を招待した。
遺品のレコードも店に運び、全ての準備が調った。
いくつもの魂。結ばれた縁が、きっと事態を良い方向に導く。
その女性の実家についての情報はまだだが、調査を担当しているのはSさんで
榊さんのネットワークを使わせてもらっている。まあ、何があっても大丈夫。
俺は心安らかに、その日を待った。

1299『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:28:19 ID:oApGFCxM0
 当日。その店に着くと、既に音楽が流れていた。ジャズ?
午後2時開店のショップなので、それまでの間試聴室と機器を使わせてもらう事になっていた。
「真空管のアンプには、ウォーミングアップが必要でね。」 遍さんの笑顔。
「でも、良い音だろう?本当に、良い音だ。
レコードのコレクションも、なかなかのものだよ。クラシックから歌謡曲まで。
これだけの機器とレコードだ、想いを残すのも無理はない。
持ち主は一体、どんな人だったんだろう?」
「若くして亡くなった女性ですよ。とても音楽が好きで。ただ、ずっと病気だったから、
その女性の養父が買い与えたものだと聞きました。せめて音楽で心が晴れれば、と。」
「亡くなったのもその病気で?」 「はい。」
「悲しい話だね。それなら益々分かる気がする。この音が供養に、なると良いが。」
「はい。近しい人たちを呼んでレコードをかけ、亡くなった女性の魂に働きかけます。」
「その後、君が『言霊』で語りかける。それが伝わるのは亡くなった女性だけ。
まわりの人たちは君が術を使ったことに気づかない。考えたね。」
遍さんは眼鏡を外し、丁寧にレンズを拭いた。 「確かに良い案、だ。」

1300『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:29:29 ID:oApGFCxM0
 「有り難う御座います。『制服の君』の事だけが、少し心配ですが。」
「『制服の君』?亡くなった女性の、宿主のことかい?」
「はい、高校3年生。美形なのでSさんが『制服の君』と。亡くなった女性はその母の従姉妹。
その女性の魂の活動があるレベルを超えると、『制服の君』の意識は途絶えます。
ただ試聴室のソファに座っていれば、そうなっても怪我の心配はないだろうと。」
「成る程。どうやら君はもう一人前の、それもかなり高位の術者なんだね。」
遍さんの微笑みは暖かく、とても優しかった。
突然、ポケットのケイタイが震えた。画面の表示は、Sさん?
Sさんは、亡くなった女性の調査で今日も朝早くから外出していた。
「今そっちへ向かってる。大丈夫だと思うけど、もし間に合わなかったら少し待ってもらって。」
「分かりました。でも何で。」 「追加の作業、タイミングが...後で話すから。」
切れた。 Sさんは運転中、ケイタイには触らない。
運転してないのに話を、それに『追加の作業』・『タイミング』?
もしかして調査で何か? 微かな、胸騒ぎ。

1301『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:32:26 ID:oApGFCxM0
 「間に、合ったわね。良かった。」 小さく溜息をつく。
...違和感。 「Sさん、あの」
「榊さんに送ってもらったんだけど、○号線が事故で渋滞してて。ちょっと焦ったわ。」
やはり違和感。 もしや調査で何か。 「あ、いらっしゃったようだね。」 遍さんの声。
店の入り口に人影が3つ。約束の時間より少しだけ早い。 早速試聴室に案内する。
ソファの左端に『制服の君』、真ん中に母親、そして右端に叔父。
『制服の君』は硬い表情。また少し、痩せたように見えた。
「あの、その方々は?」 制服の君の母親。少し戸惑った、曖昧な笑顔。
「はい。こちらは遍さん。アンプの修理やこの場所の手配をお願いしました。
今日は再生機器の操作を全て任せています。
そして、こちらはSさん。とても位の高い陰陽師で、僕の師匠。
今回の件はかなり難しい事例なので、手伝ってもらっています。」

1302『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:33:27 ID:oApGFCxM0
 遍さんは神妙な表情で、Sさんは微笑んで、3人に一礼。
軽い挨拶を終え、本題に入る。俺はテーブルの上に数枚のレコードを並べた。
「特に強い気配を感じたものを選んであります。主に当時の歌謡曲ですね。
2枚〜3枚、選んで頂いて、それをかけてもらいましょう。」
「それで、姉さんの供養を?」 「はい。」
「...正直、100%信じていた訳ではありませんが、驚きました。
これはどれも、姉さんが好きだったレコードばかり。あなたは本当に。」
男性の眼を、正面から見詰める。 「信じて頂けて何よりです。では、最初の一枚を。」
男性は少し考えて最初の一枚を選んだ。それを遍さんが受け取り、プレーヤーに。
そっと、丁寧に針を下ろす。微かなノイズに続く前奏。
そして鮮烈な声が試聴室の空気を震わせた。

1303『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:35:19 ID:oApGFCxM0
 聞けばすぐに分かる、特徴的のある声。その歌手の名を、俺も知っていた。
鮮やかな言の葉が紡ぐ、切ない歌詞。 心の奥深く染みこむ、美しい旋律。
その歌声は、ハッとするほど艶やかで、息継ぎの音に温もりを感じる程に生々しい。
それが、TVで聞くよりもずっと美しい音なのは、再生機器の性能なのだろうか。
皆、黙ってその歌声に聴き入っていた。 『制服の君』の表情も、心なしか緩んでいる。
曲が終わると遍さんがプレーヤーの針を上げた。
「素晴らしい。理に適っています。これらの機器を揃えたのは『分かった』お方だ。
歌謡曲に高価な再生機器を用意するのを嗤う人もいますが、私はそうは思いません。
聞き慣れた『人の声』こそ、最高の機器で再生すべきで、
特に1980年以前のこの人の録音は...失礼、次はどのレコードを?」

1304『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:39:35 ID:oApGFCxM0
 異変を感じたのは2枚目のレコード、終わり頃。
前のめりになって歌声に聴き入っている『制服の君』。
唇が小さく動いていた。そしてその動きは明らかに、曲の歌詞をなぞっている。
遍さんが2枚目のレコードをテーブルに戻した後、澄んだ声が響いた。
「次はこれを、お願いします。」 『制服の君』の、笑顔。
遍さんが振り返って俺を見た。問いかけるような視線、黙って頷く。
レコードを手渡した後、『制服の君』は力なくソファにもたれかかって眼を閉じた。
予め、その時がくれば『制服の君』は眠り込むと説明してあるので母親も叔父も動じない。
今、だ。 入れ替わりに活動する、亡くなった女性の魂に『言霊』で語りかける。
深呼吸、腹の底に。いや待て、これは。

1305『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:40:59 ID:oApGFCxM0
 前奏に続いて流れてきた声に、俺は息を呑んだ。 いや、俺だけじゃない。
皆、互いに顔を見合わせている。力なくソファに体を預けた『制服の君』以外は。
少し細いが、瑞々しい声。 吹き抜ける風のように軽やかで、透明な。
あの歌手の声ではない、『制服の君』の声でもない。
「まさか...これって」 「間違いない、姉さんの。」
レコードが再生されていて、それは眼前のスピーカーから聞こえている筈なのに。
俺達の眼の前。其処に立つ、誰かが歌っているようだ。 そして、この声の主は。
曲が終わり、呆然とレコードを見詰めていた遍さんが、立ち上がった。
『待って下さい。そのままもう少し。』 驚いたように、遍さんは手を引っ込める。
皆の、視線を感じる。真意を測りかねているのだろう。 だが、俺には聞こえる。
微かなノイズの奧、確かに。 予想していた手順とは違うが、好機。
『素晴らしい歌声でした。後は貴方のお気持ちを、どうか。』
ジジ、ジッ...高まるノイズ。 よし。
『...御免なさい。私の、みんな私のせいだった...』

1306『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:44:21 ID:oApGFCxM0
 眠り続ける『制服の君』、その母親と叔父は顔を見合わせている。
当然だ。 『御免なさい』 『みんな私のせい』 それは一体どういう?
その時、『制服の君』が小さく呻いた。何時の間にか、額に汗が浮かんでいる。
ジッ、ザザザ、バチッ。 スピーカーから聞こえるノイズは、次第に大きくなった。
試聴室の中に、不吉な空気が満ちてきている。 何だ、これは?
その時、俺の背後で気配が動いた。

 「遍さん。レコードを止めてください。早く。」 Sさんの声、だ。
遍さんは弾けるように動き、レコードの針を上げた。
アンプのボリュームを絞る、試聴室に戻る静寂。
続いてすい、と、Sさんは『制服の君』が眠るソファの背後に回り込んだ。
微かに、聞こえる詠唱。人型を持つ左手がボンヤリと光っている。
「失礼します。」 Sさんは一礼し、人型で『制服の君』の額と頬を拭った。
「これは...」 『制服の君』の母と叔父は、呆然とSさんの手元を見詰めている。
みるみる赤黒く染まった人型を、Sさんは小さな白い紙袋に納めた。
それを胸の内ポケットへ。 『制服の君』は安らかな寝息を立てている。もう、大丈夫。

1307『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:45:45 ID:oApGFCxM0
 「あの、今のは?」
「許可を得たとRから聞いたので、すぐに調べさせて頂きました。
あなた方の『従姉妹』だという、その女性の出自や、あなた方の父上との関わりも。」
そうか、調査で何か思わぬ事が。だから急にSさんが。
「それで何が分かったのか、それに基づいて何をしたのか、説明させて下さい。」
『制服の君』の母と叔父は顔を見合わせたあと、しっかり頷いた。
「是非お願いします。」
「成る程。ただ、このままでは話がしにくいだろう。R君、少し座席の配置を変えてくれ。
その娘さんはそこで横になってもらって、それ以外の席を。私はコーヒーを淹れる。」
遍さんは優しく微笑んだ。

1308『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:48:28 ID:oApGFCxM0
 ゆったりとソファに座り、コーヒーを一口飲んで、Sさんは口を開いた。
「まず、最初にあなた方の『従姉妹』という女性の件です。」
『制服の君』の母と叔父は息を詰め、Sさんを見詰めている。
「その女性はあなた方の従姉妹ではなく、血縁的には叔母にあたります。
あなた方の、母上の妹で5人姉弟の末娘。そしてその人は、あなた方の、継母。」
「継母って、一体どういうことですか?」
「既に父上が亡くなっておられるので真相は分かりません。
ここから先は私の推測です。それだけはご承知置き下さい。」
Sさんはまた一口、コーヒーを飲んだ。箱の中から大型のレコードを一枚取り出す。
「遍さん、このレコードを掛けて下さい。『鎮魂歌』、聞こえるかどうかの、小さな音で。」
「大丈夫なんですか?先刻は。」
「もう、大丈夫です。きっとその女性への、良い供養になりますから。」
やがて、厳かな響きが試聴室に満ちた。

1309『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:50:02 ID:oApGFCxM0
 「結婚が、家と家との契約だった時代があったと聞いています。
昭和の中頃までは、特に都会から離れた地方では珍しくなかったと。
あなた方の母上が病で亡くなったので、
契約を維持するためにその妹さんが嫁いだという事でしょう。
5人兄弟の末っ子、その女性が姉の代わりに、これも珍しくは無かったようですね。」
「でも、それなら戸籍に。私たちの戸籍には。」
「はい。それで私も疑問を持ちました。
幼かったあなた方に無用な心配をさせないため、そうも考えましたが、やはり不自然。
後妻として入籍した事や、従姉妹と説明した事情は後々話せば良いのですから。
それで、気になったのが病気です。2人とも同じ病気で亡くなったんですよね?」
「はい、心臓の病気だったと。でも、それが。」
「いくら契約でも、命に関わるような心臓の病気を持った娘を嫁入りさせるものだろうか、と。
あなた方の母上は嫁入り当初から病気だったのでしょうか?」
「いいえ、確か母が伏せったのは亡くなる半年程前からで、それ以前は全く。
地域の運動会で一緒に走ったこともありますし、とても心臓の病気とは思えませんでした。」

1310『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:52:11 ID:oApGFCxM0
 「どう考えても、それが、当然です。家の跡取りや何かの都合を考えれば。
しかし、その後妻に入った女性は最初から病気だった。変、じゃありませんか?」
「確かに。」 『制服の君』の母親とその兄は顔を見合わせた。
「恐らく、どちらも強い『呪い』の結果です。あなたたちや父上には影響がなかったのに、
後妻に入った女性が同じ病気になった。ということは。」
Sさんは窓の外に視線を移し、深呼吸をした。すぐに視線を戻す。
「ということは、呪いの対象は父上の『妻』。父上に想いを掛けていた女性か、
あるいは両家の契約を快く思わない人々が呪いの主でしょうね。」
「呪いって、本当にそんなものが。」
「ちょっと待って下さい。母さんは1年足らずで、姉さんは2年。
もしそれが同じ呪いなら、どうして期間が違うんですか。」
「父上は、恐らく母上のご実家と相談の上で、陰陽師に助力を請うたのです。」
「え?」
「その呪いの対象は父上の『妻』。呪いを回避する策は予想出来ます。」
「あ。」 『制服の君』の母親は、ぽかんと口を開けた。
「戸籍を入れない。子ども達には後妻でなく、従姉妹だと説明する。
表向きはあくまで後妻でなく養女、それで呪いを回避出来るかも知れない。
依頼された陰陽師はそう助言し、両家は勿論父上もその女性も助言に従った。」
「でも、そんな。幾ら何でも。」

1311『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:53:36 ID:oApGFCxM0
 Sさんはコーヒーを一口飲んで、哀しそうに微笑んだ。
「はい。そんな事情を知った上でなお、表沙汰にも出来ない縁組みを承知するなんて
普通では考えられません。その女性は、ずっと長い間、父上を慕っておられたのでしょうね。
ただ、助言に基づく策に多少の効果は有ったにしろ、
結局呪いは回避できず、病はその女性を蝕んだ。
発病後に御自宅に迎えたのだから、父上もその女性を心から愛しておられた筈。
だからこそ、せめて残された期間を共に暮らそうと。それに、これらの高価な機器も。」
「姉さんに強い心残りが有ったのは納得できます。でもそれなら母も同じように。」
「体が滅びてもこの世に留まり続ける、そういう性質の魂の持ち主はごく僅かです。
姉妹がともにそういう性質の魂を持つことはまずあり得ない。私たちはそう考えます。」
「そうだとして...姉さんは何故私の娘に?」

1312『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:58:32 ID:oApGFCxM0
「恐らく、あなたの出産が転機になったのでしょう。」 「私の、出産?」
「はい。短い間とはいえ、その女性は妻として父上と一緒に暮らしたのだし、
心の中ではあなたたちを実の子同然に愛していた筈。
それなら唯一叶わなかった望みは妊娠と出産。愛する人の子を産みたいという望み。
妊娠から出産までのあなたの心の動き、それが女性の魂に共振してその活動を誘発した。
だから娘さんの体に。恐らく何か思惑が有ったのではなく、無意識だと思いますが。」
「今になって、姪の体に異変が出たのはどういう。」
「積み重なった影響が限界に達したから、始めはそう考えていました。
でも、もっと単純な原因だったのかもしれません。」
「単純?」
「はい。娘さんは18歳、その女性が後妻に入ったのと同じ歳です。」
想い沈黙。 静かな試聴室に響くレクイエム。微かな、鎮魂の調べ。

1313『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 04:59:50 ID:oApGFCxM0
 「娘さんが18歳になり、その『呪い』は娘さんを標的だと誤認した。
その女性の魂が宿る体、その女性が後妻に入った時と同じ歳。条件が揃ってしまったから。
そういう状態で女性の魂を更に活動させたら何が起こるか、予想がつきます。」
そうか。だからSさんは人型を使って。
「じゃあ、さっき。」 「はい。」 Sさんはまた、寂しそうな笑顔を無浮かべた。 違和感。
「呪いを、封じました。発動した直後が唯一のチャンスなんです。
その女性の魂は旅立ち、呪いは消滅する。その娘さんへの障りもありません。さて。」
Sさんは持参した紙袋からレコードを取り出した。
大きなジャケットの写真には、あの女性歌手。
「遍さん。このレコードの最後の曲を、掛けられますか?」
「それは勿論。でも、これは当時は未だ。」
「送別の曲です。辛い思いをしたその女性を、励ましてあげたいと思って。」
「分かりました。皆さんも、それで宜しいですか?」
『制服の君』の母親と叔父は黙って頷いた。遍さんはレコードを替え、背中を丸めた。
そっと、丁寧に針を下ろす。レコードの中心に近い、場所へ。
微かなノイズの後、テンポの良い、鮮やかな音が響いた。

1314『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:03:31 ID:oApGFCxM0
 「本当に、良い音です。何時も聴いているのとは違うCDみたいですね。」
深夜のリビングに響く澄んだ音。確かに以前とは比較にならない。
小さな音量の童謡を聴きながら、子ども達はとうに寝入っていた。 穏やかな寝顔。
『制服の君』の母親と叔父は、『あのアンプとレコードはもう不要だ。』と言った。
『姉さんの魂が旅立ったのなら、遺品を保管する理由が有りませんから。』
『姉さんの事を忘れないために、今日聴いたレコードを3枚残して置けば十分だ。』とも。
遍さんはそのアンプがとても高価な品だと説明し、持ち帰るように進めたのだが、
それならせめてもの御礼にと、2人はそれを俺に託して帰って行った。
勿論俺には豚に真珠。それを遍さんに譲ったら、執務室で使っていたアンプに
その他の再生機器を新調して届けてくれたという訳だ。

1315『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:06:07 ID:oApGFCxM0
 「特に人の声は温かみがあって素敵です。でも不思議ですね。
レコードから別人の声が聞こえるなんて。初めて聴きました。」
「稀な現象には違いないけど、調べてみたら、似た事例の記録が幾つかあった。
それらは全てレコードでの記録。CDやDVDでの記録はない。それも、不思議。
レコードの特性なのか、この、真空管?それとも両方の組み合わせかしらね。
その女性が歌手を夢見ていたというのも関係あるのかも知れない。」
俺は思いきってこの件についての疑問を口にした。
「不思議と言えば、封じた呪いの件なんですけど。」 「何?」
「どうして返さなかったんですか?例え呪いをかけた相手が亡くなっていても」
Sさんは人差し指で俺の唇を抑えた。
「自身の呪いで亡くなった人。その人にこれ以上、罪を問う気にはなれない。」
「え?」 一体、それは。 自身の呪いで、ということは。
「『制服の君』に憑依していた女性、それが呪いの出所。
ううん、呪いを掛けたというより、無意識に作り出してしまったんだわ。
姉を羨む想いが何年もの間積み重なって、最後はとても力の強い呪いを。」
それをSさんは口にしなかった。 ああ、これが。 違和感の原因。

1316『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:07:32 ID:oApGFCxM0
 「じゃあ、その人は最初から男性の事を。でも、だからって自分の姉を、まさか。」
「そこが、一番の問題。その人は勿論姉を慕っていた筈。
だから、呪いの対象は『姉』でなく、自分の恋い焦がれる男性の『妻』。
自分の想いが作り出した怪物と、それが引き起こすだろう結果。
無意識とは言え、強い罪悪感から逃れるために、自分を瞞した。」
そうか、だから自分が男性の妻になった時、今度はその呪いが...。
姫は小さく溜息をついた。そっと藍の頬を撫でる。
「術者が策を立てたのに呪いを回避出来なかったのは、そのためなんですね。」
そう、だ。 策の意図を知っている以上、自身から生じた呪いを欺くことは出来ない。
「とても哀しい。それだけね。その女性が稀な霊質を持っていなかったら、起きなかった悲劇。
後味の悪い話だったけど、その女性が自分の罪を受け止めて、
その罪を償う覚悟が出来たことだけが救い。
だから『不幸の輪廻』に取り込まれずに旅立てた。勿論その行き先は...」

1317『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:09:46 ID:oApGFCxM0
 「それで、最後にあの曲を?」
そう、あれは葬送や惜別の曲と言うより、哀しい魂に向けた応援歌。
Sさんは小さく頷いて、薬指で目尻を拭った。
「覚悟して踏み出した茨の道。遠い遠いその果てに、許しが待っていると伝えたかった。」
その呪いの出所も告げず、あの場で全て解決したとSさんが宣言したのは、
残された人たちに辛い真実を知らせる必要は無いと判断したからだ。
何よりあの女性自身が、真実を知られることを望んではいなかったろう。
俺はSさんの判断を信じる。つまり今夜、もうこの話題は終わりだ。
多生の縁に導かれて出会った『制服の君』を救い、古い呪いを封じることが出来た。
あの女性の魂も、不幸の輪廻に取り込まれることだけは避けられた、だから。
照明を絞ったリビングの壁際。真空管のほんのりとした灯りは、とても暖かく見えた。

1318『制服の君』 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:10:30 ID:oApGFCxM0
『制服の君』 完

1319 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/01(日) 05:14:33 ID:oApGFCxM0
皆様今晩は、再び藍です。

何とか『制服の君』、投稿完了しました。
夜明けまでに投稿できたか確かめる力も残っていません。
これから、仮眠します。

お読み下さる皆様に心からの感謝を。有り難う御座いました。
では、お休みなさい。

1320名無しさん:2017/01/01(日) 10:48:26 ID:CVzJ3vnIO
藍さん、真夜中の執筆、本当にお疲れさまでした。
一年ほど前からこっそり読ませていただいてます。

今回、幸運にもリアルタイムで読ませていただくことができました。
何が何でも約束を守る、との藍さんの律儀な思いに感動した一方、いきなり「呪い」が出てきた時点でちょっと違和感を感じていたのですが…。
先ほどあらためてこちらを覗いて、後日談を読んで納得した次第です。

今回もありがとうございました。
まずはゆっくりお休みできますように…お体、ご自愛ください。

1321名無しさん:2017/01/01(日) 12:33:38 ID:yMWG46wQ0
今、お姉さんの分まで枯れ木さんが手伝いやってる気がする・・

皆様、あけましておめでとうございます。

1322名無しさん:2017/01/01(日) 18:35:53 ID:qz2IYQ8A0
藍さん,素晴らしいお年玉をありがとうございます。
今年も,「機が熟した」ときの投稿を楽しみにしています。

1323 ◆iF1EyBLnoU:2017/01/02(月) 22:50:29 ID:HV7rXb4c0
皆様今晩は、藍です。

仮眠のつもりが...どれだけ寝ていたかを書くと多分怒られるので。
眼が覚めたら、早速『制服の君』へのコメントを頂いており、感謝致します。

>>1320
呪いが『唐突』に、それは私にとっても違和感。
ただ、後日談を読んで得心したのも同じ感覚なので、安心しました。
あんな時間にリアルタイムで読んで頂き、嬉しく思います。
本当に、有り難う御座いました。

>>1321
新年、明けましてお目出度う御座います。今年も宜しくお願い致します。
弟は手伝いでなく修行、今日あたりは多分『滝』。頑張って欲しいですねぇ。

>>1322
『素晴らしいお年玉』との評価、大変嬉しく思います。
また、個人的には『機が熟した』という言葉に反応して頂いた事が嬉しいです。
なかなか知人のOKが貰えずに苦労した表現でしたので。

さて、昨年中に『制服の君』を完結。出来ればその後で『お年玉企画』。
その流れは既に瓦解してしまった訳ですが、
折角知人が考えた企画を無駄にしたくありません。
知人と相談中です。どうか気長に、お待ち下さい。

1324名無しさん:2017/01/03(火) 22:01:38 ID:55SmklAQ0
あーうー、図らずも弟さんの背景が出てしまいましたが、怒られませんか?
ある程度年齢行くと浴びても、行だか験だかは身に付かないんじゃなかったでしたっけ
今はご兄弟でお手伝いの方向なんですな

呪いの自己判断ってドローンと言うかAI的ですな。これはRさんの男子出産の時の呪いの話とだぶる。
結構テキトーな感じがしてきた。

1325名無しさん:2017/02/12(日) 21:30:27 ID:WmQuHWQA0
テスト

1326枯れ木:2017/02/21(火) 01:20:16 ID:U60N1X7o0
 前作の投稿期間中、姉の仕事の予定は無いと聞いていました。
しかし、私が南の島で暢気に過ごしている間に事情が変わったようで、
姉は不在。直接連絡を取る手段がない状況です。
当然、頂いたコメントへの代理返信も不可、
姉に代わって、失礼をお詫びします。申し訳有りません。

1327名無しさん:2017/02/23(木) 05:09:14 ID:17ECGOHcC
暫く音沙汰がなかったから心配してみたり。
良かった良かった。

1328名無しさん:2017/04/22(土) 16:57:23 ID:qyf.TFI60
みんな作品ごとの感想を書いていってくれんかな(まとめの方のコメント欄に)

1329名無しさん:2017/04/24(月) 21:24:22 ID:dQF1pEsEO
アメノウズメ?

1330名無しさん:2017/04/25(火) 21:48:31 ID:5JVWHc1s0
アメノウズメ...

そうか、そうかもね。
それが、隠れてしまったお人を呼び出すためなら。
なら、どの作品に感想を書こうか?

1331名無しさん:2017/05/18(木) 01:09:01 ID:.8MBQdpI0
(´Д`)ハァ…

1332名無しさん:2017/05/23(火) 07:30:57 ID:UlIh15/A0
次作待ち遠しいですね。ミズキちゃんのその後も気になります。

1333名無しさん:2017/05/23(火) 07:51:10 ID:UlIh15/A0
次作待ち遠しいですね。ミズキちゃんのその後も気になります。

1334枯れ木:2017/05/30(火) 22:03:59 ID:KtE.X1Gs0
『制服の君』、作中に登場する女性歌手は一体誰?
南の島から帰って以来、一生懸命捜索中でした。
ほぼ特定できた所で、姉が帰ってきました。随分と久しぶりです。
疲れ果てているようで、なかなか目覚めないでしょうが、
次作の原稿は預かってきたようです。未だ、ご期待下さる方がおられるなら、
明日朝は、好物のオムライスを作って姉をたたき起こします。

1335名無しさん:2017/06/01(木) 01:30:26 ID:MXgTb/CA0
(´Д` )叩き起こさなかったのね

1336ナイト:2017/06/01(木) 07:31:53 ID:MKjQ381.0
待ってました。やっと次作が読めると思うととても待ち遠しいです。投稿お待ちします。

1337名無しさん:2017/06/01(木) 12:38:13 ID:VZ94T68.O
o(^o^)o ワクワク

1338枯れ木:2017/06/01(木) 23:29:47 ID:4RDTWr7w0
 申し訳有りません。未だ目覚めておりませんが、
経験上、3日目には何か動きが有る筈かと。
姉の体調自体は問題無いようですので、どうかもう暫くお待ち下さい。

1339 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/02(金) 23:54:15 ID:ha9b4vJw0
皆様今晩は、藍です。
未だ睡眠と休息が必要です。御免なさい。

1340名無しさん:2017/06/03(土) 02:26:10 ID:TrCQMKOsC
体調が第一ですm(__)m
無理をなさらず、ゆっくり待ってますので(^-^)

1341名無しさん:2017/06/04(日) 13:25:12 ID:X.mYLO02O
藍さんありがとうございます。ごゆっくりお休みください。楽しみにして待ってます。

1342名無しさん:2017/06/08(木) 21:01:10 ID:wttDJz9U0
待ってる人点呼しちゃう?番号!!いーち

1343あるくむ:2017/06/08(木) 22:18:37 ID:alos5XQ20
にー!

1344名無しさん:2017/06/08(木) 23:50:17 ID:aKdxOLIE0
さん

1345名無しさん:2017/06/09(金) 00:36:22 ID:kXiAsXJw0
ふぉー!

1346名無しさん:2017/06/09(金) 12:57:13 ID:nkXl4t.YO
お休み中の藍さんへの無用のプレッシャーになると思うので私はやめておきます。

1347 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/09(金) 19:43:28 ID:R3wv7VFA0
皆様今晩は、藍です。

新作へのご期待も、私の体への御心遣いも、全て有り難く思います。
新作の原稿は一部手元に有り、これから投稿に向けた作業。
毎朝オムライスを食べて、随分元気になりましたから、
成る可く速く新作の冒頭部を投稿できるよう頑張ります。

有り難う御座いました。では、御機嫌よう。

1348名無しさん:2017/06/10(土) 13:13:45 ID:iaKivNx6O
藍さん,ありがとうございます!
楽しみにして,ゆっくり待ってます。

1349 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/13(火) 22:10:57 ID:E2wnYQ8U0
皆様今晩は、藍です。

新作の前に投稿を指示された作品の準備が調いました。
以前投稿した『舞姫』の補遺。
まとめへの掲載は管理人様の判断にお任せで、一切の異義は有りません。
楽しんで頂ける方がおられるなら、作者である知人も私も本望です。
それでは、御機嫌よう。

1350舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:14:45 ID:E2wnYQ8U0
『舞姫・補遺』

 やっぱり、声が出ない。 全然駄目...これでは、今までと同じ。思わず、涙が。

 「紫、泣くな。ようやく自分で見つけた居場所を捨てる気か?」
肩を抱く温かい感触。今まで、私は何度も、この温もりに救われてきたのに。

 「でも。どうしても謡のタイミングが。」
「舞と謡を同時に仕上げる必要は無い。まずは、舞を仕上げよう。
舞を完全に体が憶えれば、謡のタイミングは自然に体得できる筈。心配ない。」

1351舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:28:59 ID:E2wnYQ8U0
 私を見詰める澄んだ瞳。 すっ、と心が静まる。
そうか。まずは舞、謡はその後で。それならどんなにか気が楽に。
心の中で拍子を取り、舞に集中する。ああ、これなら私でも。

 舞い終えた時、大きな拍手が聞こえた。 兄様は拍手など、一体?
振り返ると、入り口近くにSさん。そして、その傍らに立つ、背の高い少女。
「紫、随分上達したのね。本当に稽古を初めて1週間なら、素晴らしいわ。」
かつて、一族史上最高の舞姫と称された人。賛辞は、素直に嬉しい。

 しかし、兄様の表情は冷たかった。
「それが『現人神』の娘か? 豊年祭で紫の対手を勤めると聞いたが。
しかし、如何な天才でも、今日が初めての稽古では、荷が重過ぎる。」
「そうかしら?私は『進境著しい紫が、Lの対手を勤める』と聞いたけど。」
張り詰める空気。肌がヒリヒリと痛い。

1352舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:32:24 ID:E2wnYQ8U0
 「その娘は、先刻から紫の稽古を見ていた。少なくとも『写』は。」
「当然。」 Sさんは、ふわりと笑った。
それと同時か、それより早く稽古場の空気を震わせた、澄んだ声。
「いち、に、さんし。にいに、さんし。」 細い体が鮮やかに舞う。
これは!?
信じられない。私の稽古を見ていたとしても、初めてでこの舞いを。まさか。
「成る程、確かに。」 兄様が薄く笑った。「これは面白い。では、是非『鏡』も。」
Sさんが、少女の肩を抱いた。
「L、出来る?」 「はい、多分。」 「うん、良い返事。」
「当然、紫は先刻と同じに勤められるのよね?」 「当たり前だ。」

1353舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:34:36 ID:E2wnYQ8U0
 「いち、に、さんし。 にいに、さんし」
少女が刻む拍子に合わせて舞う。左構えと右構え。
私と、完全に反転した動き。全く破綻が無い。一体、この娘は?
「ふふ、ははは。其処までだ、もう良い。面白過ぎる。」
兄様?Sさんも微笑んでいる。 今まで、兄様と一緒の時には、こんな表情を。
「あの、兄様、私。何か粗相を?」
「いや、そうではない。その娘が...」 兄様は本当に、楽しそうだ。
「紫の舞には未だ仕上がってない部分がある。それを手本にしたから、Lも。」
Sさんの声。初見で、私の舞の『写』と、『鏡』まで。 そして、私の欠点もそのままに?
「この2人なら、今年の豊年祭りの舞いは『約束』の出来だろう。間違いない。」
「2人は、私たちよりも上を行くと?」
「そうなれば良い、と思う。『後生畏るべし』だ。」
兄様の、晴れやかな、笑い声。

1354舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:38:42 ID:E2wnYQ8U0
 どういう、事? 私の、これまでの稽古は?
必死で、丸々一週間をかけて、ようやくここまで辿り着いたのに。

 「あの、紫さん。」 耳元で囁く声。我に返る。
眼の前に、大きな茶色の瞳。 何故か、胸が詰まる。
「何?」 慌てて、息を整える。そして、心も。
「紫さんの舞を見せて頂いたので、Sさんが喜んでくれました。本当に、有り難う御座います。」
「そんな、ことない。あなたが、頑張っただけで、私は何も...」
「いいえ、紫さんの舞、ホントに美しかったです。それに。」
「それに?」 「紫さんのお兄様。炎さんって、凄く強くて、優しい人なんですね。」
え? 今まで私たちは、一族でも。
「紫さんも、炎さんも。Sさんから聞いていたのと全然違ってて、びっくりしました。」
邪気のない、吹き抜ける風のような微笑。
すっ、と、心が静まる。 たった一度、一緒に稽古しただけでこの娘は、私たちの心を。

1355舞姫・補遺:2017/06/13(火) 22:40:31 ID:E2wnYQ8U0
 思い切り大きく、息を吸う。 隠す必要がない。この娘には、何も。
「そうよ。だから私、兄様が大好きなの。」
「ですよね〜。私もSさんが大好きだから、同じです。」
同じ?ううん、違う。 でも、今どう答えれば良いかは私にも判る。
「ホント、に、同じね。あなたと一緒なら、豊年祭りの舞いもきっと上手くいく。そんな気がする。」
「はい、きっと。紫さんとなら。だからこれからは『L』と呼んで下さい。私、年下ですから。」
年下、その意味を理解して? ううん、真っ直ぐに聞いて、答えれば良い。
「じゃあ、L。これから宜しくね。」 「はい、宜しくお願いします。」

『舞姫・補遺』 完

1356 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/13(火) 22:44:57 ID:E2wnYQ8U0
 皆様、今晩は。再び、藍です。

 『舞姫』の投稿時には省略された部分ですが、
『次作』に不可欠という事で、投稿の指示を受けました。

 これから『新作』の準備を調えます。
その時は是非皆様と此所で。有り難う御座いました。

1357あるくむ:2017/06/15(木) 05:33:37 ID:imwjK3u.0
新作楽しみです。気長にお待ちしてます。

1358名無しさん:2017/06/15(木) 19:14:58 ID:9oFuexIoO
「舞姫」補遺、大変ありがとうございました。新作のご発表を心よりお待ち申し上げております。

1359 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 20:53:08 ID:WipkcX960
皆様、今晩は。お久しぶりです。
色々と事情があり、新作の投稿に時間がかかりました。

短いですが、この時点で準備の出来た分の投稿を。
では以下『鬼』、お楽しみ頂ければ有り難く存じます。

1360 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 20:55:00 ID:WipkcX960
 これで、終わりだ。そう、何もかも、終わり。
大学の仲間と、初めて登った山。登山道から少し外れた所に洞窟がある。秘密の、隠れ家。
雨を避ける間タバコを吸い、他愛も無い話を。 そうだ、亜△に告ったのも此処だった。
もうケチる必要は無い。残っていた○×を全部掌に、思い切り鼻から吸い込む。
はじめは割の良いバイトだと思ったし、半年位は最高だった。
来た...手足の先端からビリビリと、神経を流れる電気が体を突き抜けて、空気に溶ける。
この感覚はあの時と変わらないのに、何で俺はこんな。俺だけが。
そう。アイツ等だ。
仲間に引き込んで、ヤバくなったら、全部俺に押っ被せて。
タカシからの電話。『追われてる。』って。 アイツ、やっぱり馬鹿だ。
もし『販売網』が潰れたら、当然△◆会は。いや、何で俺が...そうか。
いい気になって、全然気付かなかった。 亜△との別れ話も。
そりゃ、俺が売った○×で何人も、破滅した奴が何人も...それは仕方ない、自業自得だ。
なのに、何でアイツ等はのうのうと。全部俺に、本当にこのままで。
くそ、心臓が。こめかみの血管が膨らんで、眼が眩む。 痛ぇ。
このまま、俺は死ぬのか。 せめて、アイツ等だけは。この手で。

1361 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 20:56:49 ID:WipkcX960
 『永かった、本当に。待ちくたびれたぞ。ようやく、贄が。』
耳の奥に響く声。 「に、え?」
『そう、贄。その憎しみこそが、操者の資格。
その命と引き替えに、敵を殲滅出来る。さあ最初は誰だ?』
嘘のように、気分が良い。眼を開けると、薄暗い天井が見えた。
不思議だ。体に、力が漲っている。上体を起こし、立ち上がった。
トンネル? 遠くに灯りが見える、非常灯か。
少し歩くと、出口を塞ぐ鉄条網。 こんなもので俺を? 何故か、確信があった。
右手を伸ばし、手をかける。 力を込めると、鉄条網はあっけなく倒れた。
俺は自由、そう、自由だ。 自然に、笑みが浮かぶ。
この体、この力があればアイツ等を。

1362 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 20:58:45 ID:WipkcX960
 「榊さん、これ...。」
『分署』の窓から吹き込む乾いた風が梅雨明けを告げている。
しかし、この写真は。爽やかな風にふさわしいとは、とても。

 「今朝発見された遺体だ。死亡推定時刻は昨夜遅くから今日の未明。
急に来てもらって申し訳ないが、それを見れば納得してくれるだろ?」
そう、これまで幾度も、榊さんの仕事を手伝ってきた。
公にはなっていないが、いわゆる猟奇殺人者が関わった事件もあった。
しかし、この遺体の惨状は、幾ら何でも。
「傷口から見て、凶器は刃物じゃない。獣、例えば羆が食い千切ったとしても、
断端はこうならない。それに、決定的なのは、この写真。これは、R君たちの領分だ。」
千切れた、右の二の腕。肩の付け根に残る、赤黒い痣。それは...指の、跡?
「素手で引きちぎればこうなるかも、鑑識はそう言ってる。
まあ実際、爪の痕も牙の痕もない訳だが。しかし、信じられん。」
一切の道具を使わず、素手で人の体をここまで?
「被害者の、身元は?」
「大学生、○△大の。部下達が被害者の身辺調査をしてる。」
榊さんの横顔、その表情が事件の重大性を告げていた。

1363 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 21:00:34 ID:WipkcX960
 分署から帰ると姫が身支度をして俺を待っていた。
「招集です。『上』から。さっき遍さんから電話がありました。大至急との事で。」
嫌な、予感。何故姫が?俺と姫が招集されたのは、『分家』の始末に関わる件だけだ。
「じゃあ、出ましょう。これ、Sさんが作ってくれたサンドイッチです。車で食べてくださいね。」
透き通る笑顔、姫の横顔は本当に美しかった。

 薄暗い中、フェンスで閉鎖されたトンネルの入り口のようなものが見える。
映像がかなり荒いのは監視カメラの映像だからだろう。
「此所からです。」 遍さんの声。 突然、フェンスが揺れた。 内側、から?
その後フェンスはトンネルの中に引き込まれるように大きく歪み、呆気なく壊れた。
開いた入り口に現れたのは、黒い着物。
これは人? いや、薄闇に光る両眼は、まるで夜行性の獣ではないか。
それがゆっくりと、カメラに近付いてくる。 その表情は、笑って。
え...? その頭。 次の瞬間、それは身を屈め、画面から消えた。

1364 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/25(日) 21:02:58 ID:WipkcX960
皆様今晩は、再び、藍です。
此処までお付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。
作業が進み次第、成る可く早く続きを投稿致します。
有り難う御座いました。

1365名無しさん:2017/06/28(水) 21:54:42 ID:8d8FTJOYO
藍さん,ありがとうございます!続きを楽しみにして待ってま〜す。

1366あるくむ:2017/06/29(木) 22:35:25 ID:1hnjQ6Xw0
入り方がいつになく戦慄的ですね、、、続き楽しみです。気長にお待ちしてますよー。

1367 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:23:43 ID:oVExluKs0
>>1365
現在準備が調った『続き』を投稿致します。ご期待に、心からの感謝を。

>>1366
ご慧眼、恐れ入ります。
冒頭部が他の作品とかなり違う事が投稿の準備を困難にしています。
しかし気長に今後も頑張るつもりです。有り難う御座いました。

1368『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:25:07 ID:oVExluKs0
 「今の、一体何ですか?」
映像が再生された後の重い沈黙に耐えられず、俺は口を開いた。
「ある場所の、トンネル工事現場で撮影されたものです。
記録を基に以前から警戒していましたし、情報も直ぐに入ったのですが...」
遍さんは言葉を切り、外した眼鏡をハンカチで拭いた。
「間に、合いませんでした。まさか、その夜の内に活動を始めるとは。」
「あれが活動を始めたら術者でも対処出来ない筈、責任は誰にも。」
姫の声が緊張している。 遍さんは小さく溜め息をついた。
「Rさん、あれは古の術で作り出された怪物てす。一般的には『鬼』と呼ばれていました。」
鬼? では、あの映像で見えたような気がしたのは、やはり角? まさか。

1369『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:26:43 ID:oVExluKs0
 「鬼って。本当にそんなものが。どうして。」
「一種の生体兵器、対術者用の兵器だと、聞いた事があります。
ほとんどの術に耐性を持ち、有力な式の力もこれには届かないのだと。」
「そう、Lさまの仰る通り。『刀や弓矢、種子島でも滅することかなわず。』という記録も。
人外の力と速度。術者でも武人でも、それに対処することは極めて困難。
ただ、消費するエネルギーが半端でないので、活動できる期間はせいぜい合計一週間。
故に現存するものは乾涸らびてミイラ化したものか、その断片だけ。
しかし稀に、特殊な維持装置と共に封じられたものが完全な状態で見つかることがあります。
それ等が封じられたという記録の有る場所については厳重な監視の対象とし、
探索して見つけたものも、偶然見つかったものも処理して来ました。しかし、今回は。」
遍さんの、暗い表情。
突然、思い出した。榊さんに見せてもらったあの写真。

1370『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:28:24 ID:oVExluKs0
 「あの、今日僕が受けた依頼の件で、もしかしたらそれが。」
「今朝発見された遺体の件ですね?既に情報は入っています。
遺体の状況からして、あれが関わった...いや、殺したのは間違いないでしょう。」
「術でも、式でも、武器でも駄目なら、一体どうやってそれを滅すれば?」
「それにダメージを与えられるのは、唯一、神器による物理的な攻撃だけです。ただ。」
「ただ?」 何だろう、この感覚は。 あの短剣なら? でも、そんな怪物を、俺では。
遍さんは眼鏡を外して、丁寧にハンカチで拭った。溜め息。 嫌な、予感。
「委任されたとしても、梓の弓と破魔の矢を扱えるのは『武』の特性を持つ術者だけ。
しかし現在、条件に見合う術者がいません。既に『武』で身を立てる時代が終わって久しく、
神器を扱えるまでに『武』の修行をする術者は、さすがに...。」

1371『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:31:04 ID:oVExluKs0
 首筋から背中に、鳥肌が立つ。
神器の主、当主様と桃花の方様なら、当然扱える。
しかし、一族の祭主たる御二人が直接事にあたることはない。万が一御二人の身に。
なら今日、姫と俺が招集されたのは? 他の術者では無く、俺たち二人が。
「そろそろ本題に入りましょう。先刻の会議で、『上』は対応策を決定しました。」
部屋の温度が一気に、下がったような気がする。
「御影を憑依させ、『武』の適性を持つ術者を化生させます。
ただし、並外れた身体能力を持つ術者でなければ、御影の武を活かせない。」
「まさか...。」
「まさか、ではありません。身体能力、性別、L様以上の適任者はいませんから。
それに、御影が心を許しているRさんは、御影の補佐として最適。」
しかし、それで、もし姫の身に。
待て、確か遍さんは言った。『鬼が活動できる期間には限りがある』と。
それなら、その期限を待てば...いや駄目だ、活動する期間の分だけ、命が。

1372『鬼』 ◆iF1EyBLnoU:2017/06/30(金) 01:33:17 ID:oVExluKs0
 「分かりました。私の身体、御影さんとRさんに委ねます。」

 涼やかな声が部屋の空気を震わせた。
そうだ、姫ならきっと同意する。 『上』はそれを分かっていて。
「数多の命を犠牲にして、『期限』を待つわけにはいかない。そうですね?」
「はい、初めのうちは操者の意思に従い敵を攻撃しますが、
やがて操者の心は鬼に呑まれ、見境無く殺すようになる。
そうなれば、『期限』までにどれだけの犠牲が出るか見当もつきません。
更にそれが『不幸の輪廻』と繋がれば、『期限』すら無効になる可能性すら。」
「際限なく、敵でない人たちまで殺すということですか?どうして、そんな。」
「...あれが、『殺すために作られたもの』だからです。」
「まるで、術者の影、のような存在ですね。」 姫は、微笑んでいた。
「そうです。術者がいなければ、おそらく、あれが作り出されることも無かった。」
矛盾、か。 文字通りの矛と盾、人を襲う怪異と、怪異から人を護る術者は、
言わば果てのない軍拡競争を繰り広げてきたのだろう。 哀しい。
すい、と、遍さんは立ち上がった。ゆっくりと眼を閉じる。


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