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藍物語(投稿・感想・雑談専用=隔離)スレ

1枯れ木も山の賑わい:2014/03/26(水) 23:49:11 ID:sdeCrXLs0
藍 ◆iF1EyBLnoU の 投稿と
投稿に対する感想・雑談の為に立てた専用スレです。
レスの都合上コテハン推奨ですが、匿名の書き込みも勿論OK。
非難の書き込みは「作品に関する話題・雑談」スレで存分に。
こちらへ書き込まれた場合は(可能ならば)削除します。

1137 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:35:00 ID:x/yro2X20
 自転車の後を追って暫く走ると、立派な門。扉は開いている。
自転車を降りたRさんの指示通り、門を入ってすぐの広場に車を停めた。
車を降り、Rさんが差し出した右手をしっかりと握り返す。温かい。
「御免よ。今日はガレージが満車なんだ。家族が皆、家にいるからね。」
すうっと、肩の力が抜けた気がした。涙が出そうになる。
「いいえ。僕たちこそ突然来てしまって。」
助手席のドアを開けると、ナオは思いの外すんなりと車を降りた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」 背後から可愛い声。
振り向くと小さな女の子が立っていた。
肩にとまった鳥。足下の白い、小さな、これは?

1138 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:42:30 ID:x/yro2X20
 「娘の翠。僕とSさんがあの島に行った時は、2歳になる少し前だったかな。」
「あれ?このお客様方には、お名前が2つずつ。どうして?」
「駄目だよ、翠。このお兄ちゃんの名前はユウ、お姉ちゃんの名前はナオ。
それ以外の名前について話しちゃいけない。分かった?」
優しい声。でもその言葉の向こうに、とんでもないものが隠されて。
女の子は小さく頷いた。 「はい。分かりました。では。」
あの声を聞いて、隠されているものに何の反応も...一体?
女の子はちょこんとお辞儀をした。
「どうぞウッドデッキへ。お茶の準備が出来ました。ご案内いたします。」
くるりと背を向けて歩き出す。小さな白い影もその後を追った。
「あの、ありがとう。」 声を掛けると女の子は振り向いた。
眩しい、笑顔。 あの日のSさんの笑顔を思い出す。

1139 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:45:47 ID:x/yro2X20
 「そうだったの、昨日も此所に。
御免なさい。きっとお祖母さんを憶えていたのね。」
4人で紅茶を飲んだ後、オレの話を聞いてSさんはそう言った。
小さな女の子はオレ達をウッドデッキに案内した後、お屋敷に戻ったらしい。
「祖母を憶えていたって、誰が、ですか?」
SさんもRさんも、祖母に会ったとは考えられない。
祖母がこの場所を訪れたのは、もう50年も前の事だから。
「このお屋敷。このお屋敷は自身の意思を持ってるの。
普通、術者が依頼者をこのお屋敷に招く事はない。
その後突然訪ねて来られたり、このお屋敷の場所を口外されたら困るから、ね。」
自分の意思を持つ、お屋敷?じゃあ、このお屋敷は、生きてる? まさか。

1140 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:47:57 ID:x/yro2X20
 「だからお祖母さんが関わったのはよっぽど特殊な事情で、
問題が解決した後で依頼者とお祖母さんが『リスト』に載ったんだと思う。
このお屋敷の住人に招待されない限り、近づけてはいけない人物として。」
「じゃあどうしてオレとナオは。あの、濃い霧は一体。」
「ああ、あれは僕も初めて見た。この辺りの妖や精霊が覗いてたんだよ。
開いてる窓があると中を見たくなるのは人も人ならぬ者達も同じ。」
窓? のぞき込む? 車の、窓の事? 確かに車の窓は開けていたけど。
「悪しきものではないにしろ、君たちがこの辺りを走り回ってる間に
かなりの数が集まって来たから、それらの姿が君にも見えた。白い、霧として。
『今日は朝から山がとても騒がしい』と翠が言ってね。
それで様子を見に行ったら君たちに会ったと言う訳。」

1141 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:51:33 ID:x/yro2X20
 「それで、今日2人で此処に来たのは何故?」
あの時と同じ。とても綺麗で、少しだけ寂しそうなSさんの笑顔。
「先月位からナオの様子が少し変...口数が減って、いつもボンヤリしてるし。
この何日かはほとんど喋らなくなりました。」
「それだけでわざわざ私たちを探したの?心療内科のクリニックとかに相談は?
最近、研究が進んで良い病院があるもたいよ。ね、R君。」
Rさんは苦笑して軽く首を振った。
「ナオの様子が変わったのは、校外学習の後からだった気がします。
そのコースに漁港が入っていたのが関係あるのかと思いました。
それを父に話したら、Sさんが『対症療法』って言ってたのが気になるって、それで。」
「ナオちゃんが海に行ったから、またあの妖との繋がりが、と?」
「はい、もしそうならSさんやRさんみたいな人でないと対処出来ないし。」
SさんとRさんは顔を見合わせた。Rさんは笑いをかみ殺している。
「確かに『対症療法』、そう言ったわ。でもあの術はそんな簡単には破れない。
海どころか、今ならナオちゃんが4・5日あの島に戻っても、何の障りもない。」
「でも、ナオは。」
思わずナオの顔を見た。黙ったまま、焦点の合わない眼。胸が、詰まる。

1142 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:54:23 ID:x/yro2X20
 Rさんは立ち上がり、ナオの椅子の傍に片膝をついた。
「ちょっと失礼。」ナオの左手を取り、正面から瞳を覗き込む。
数秒間の、重い沈黙。
「やっぱり。こちら側の窓は少しだけ、あちら側の窓が大きく開いてる。」
Rさんはナオの左手を戻し、自分の椅子に座った。
「こちら側の窓が完全に閉じて、あちら側の窓が完全に開くと
心はこちら側との繋がりを失う。あの時、ナオちゃんはそう言う状態だった。」
「そしてもし」 Rさんは言葉を切ってSさんを見つめた。
Sさんは小さく頷いた。穏やかな、笑顔。
「そしてもし、こちら側の窓に鍵が掛かると、もうその心を呼び戻す術はない。
そう、防音仕様のアルミサッシ。イメージはそんな感じかな。
姿は見えるけれど、こちら側からの呼びかけは届かない。
かといって無理矢理に窓を破れば、相手の心が大きく壊れてしまう。」

1143 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:57:46 ID:x/yro2X20
 「『対症療法』と言ったのは、こうなる原因がナオちゃん自身の心に有るから。
普通の人は、生まれつきあちら側の窓は完全に閉じているし、鍵も掛かってる。
ただ、希に鍵が掛かってない人や、鍵自体がない人がいるの。
そういう人の心はあちら側と繋がりやすい。妖や精霊、時には悪霊とも。」
確かにあの時Rさんは言った『妖や精霊と親和性の高い魂』と。
そして『ナオちゃんは海に愛されている』とも。
「ナオちゃんの場合、あちら側の窓に鍵がない。
釣りの名人だってことは、それが生まれつきなのかも知れないし、
辛い境遇に耐えかねて、心を守るために自分で鍵を壊して、
何時でもあちら側に逃げられるように退路を用意したのかも知れない。
あ、ありがと。」 RさんがSさんのカップに紅茶を注いだ。

1144 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 21:03:59 ID:x/yro2X20
 「妖との繋がりを切るためにあちら側の窓を閉じた後、
ナオちゃんに呼びかけて、その心をこちら側に向ける。あの島で言う『魂呼』。
だからナオちゃんの心に呼びかけるのは絶対にユウ君の役目だった。
今回もあの時と同じ。君が『手』を離さずにいたからこそ、
ナオちゃんはこちら側の窓に鍵をかけなかったんだし。」
手を、離さずに?...!! そう言えば、不思議な霧の中でナオはオレの手を。
「このお屋敷に通じる道に入った時、車が突然濃い霧に包まれて。
その間、ナオはオレの手をずっと握っていたんです。あれが。」
「そう、今も2人の『手』が離れていないから、こちら側の窓が少し開いてる。
それに、あの時ほど深刻な状況じゃない。
Sさんならもう一度、あちら側の窓を閉じることが出来る。その後で君が。」

1145 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 21:06:29 ID:x/yro2X20
 「気に、入らない。」 Sさんの声、Rさんの表情が曇った。
「それじゃまた『対症療法』よね。『対症療法』と分かってて
繰り返し同じ術を使うのは不調法だし、正直気が進まない。
だからといって両方の窓を自在に開閉できる天性を封じるのは論外。
そんな適性を持った人間はとても貴重だから。
ねぇ、そろそろ根本的な策を講じるべきだと思わない?」

 「Sさん、ユウ君はただ。それにこの状況でスカウトなんて、幾ら何でも」
SさんはRさんの唇に人差し指を当てて悪戯っぽく笑った。
「あなたには聞いてない。もちろんユウ君も答える立場にない。
Sさんは少し椅子の位置をずらして座り直した。ナオの、真正面。

1146 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 21:12:09 ID:x/yro2X20
皆様今晩は、藍です。

無事、準備が済んだ分を投稿出来ました。
少々疲れているので、頂いたコメントへの返信は後日。
出来るだけ早く、残りを投稿できる事を願っています。

お付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。
有り難う御座いました。

1147名無しさん:2016/09/28(水) 21:41:07 ID:pOsqXtwoO
お疲れの中、続けての投稿をありがとうございました。
向こうを覗くものは等しく向こうから覗かれている、というようなフレーズを聞いたことがありましたが、ゾクリとします。
意志のあるお屋敷も凄いです。大変な世界ですね。

1148名無しさん:2016/09/29(木) 21:46:54 ID:gESgpGBMO
幸と不幸はあざなえる縄のごとし。災いを介して,縁ある魂がまた集い来たるか。
Windows画面のこちら側で,物語の今後の展開を楽しみに待っています。

1149名無しさん:2016/09/30(金) 00:37:37 ID:YtghXU8Q0
今もユウ君は今のナオさんの近くにいるのか。そんな気配。

1150 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 20:58:14 ID:UfcnNssk0
テスト中です。

1151 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:02:28 ID:UfcnNssk0
 「ナオちゃん、聞こえてるんでしょ?喋れるなら、あの時よりずっと軽症。
さあ、返事をして。あなたはナオ君が好き?」
胸の、奥深くを抉られた気がした。それは、オレが聞かなければならなかった、問い。
いや、むしろその問いの前に、オレは自分の気持ちを伝えるべきだったのに。
微かに、ナオの唇が動いた。
「聞こえない。もっと大きな声で...あなたは、ナオ君を愛してる?」
「は、い。」 微かに、でも確かに聞こえた。
「それなら何故、あちら側の窓を開いたの?」
「...怖かった、から。」

1152 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:04:58 ID:UfcnNssk0
済みません、発生した問題を解決できないままの投稿を。
知人に、怒られます。どうか、1151は無視して下さい。
気合いを入れて、やり直しです。

1153 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:06:25 ID:UfcnNssk0
 「ナオちゃん、聞こえてるんでしょ?喋れるなら、あの時よりずっと軽症。
さあ、返事をして。あなたはユウ君が好き?」
胸の、奥深くを抉られた気がした。それは、オレが聞かなければならなかった、問い。
いや、むしろその問いの前に、オレは自分の気持ちを伝えるべきだったのに。
微かに、ナオの唇が動いた。
「聞こえない。もっと大きな声で...あなたは、ユウ君を愛してる?」
「は、い。」 微かに、でも確かに聞こえた。
「それなら何故、あちら側の窓を開いたの?」
「...怖かった、から。」

1154 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:09:42 ID:UfcnNssk0
 怖いって、一体何が?
あちら側の窓を開いて見えるよりも怖いものが、こちら側にあるのか。
ナオ自身があの霧の中で『怖い』と言っていたのに、それよりも?
「ユウ君、考えた事はない?『失う位なら手に入らない方が良い』って。」
!!何故それを? 耳の中で響く心臓の音。少し息が、苦しい。
「あります。ていうか、いつもそう思ってました。あの島でナオに会うまでは。」
「嘘は駄目。今はもっと強く、そう考えてる。」
「嘘じゃ、ありません。」 やっぱり息が苦しくて、口の中が乾く。
「それなら何故、自分の言葉で伝えなかったの?」 「それは。」
「分からないなら、教えてあげる。伝えて、拒まれるのが怖かったのよ。
『恋人ではなく、妹でいたい。』という答を、何よりも君は怖れた。」
いくら陰陽師でも、こんな...一体この人は。

1155 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:11:56 ID:UfcnNssk0
 「責めてる訳じゃない。あなたもナオちゃんも以前辛い境遇にあった。
ただ、幸せは絶対に手に入らないと諦めている人に、幸せを失う恐怖はない。
辛い境遇にいた人ほど、幸せを手に入れて、それを失うことを怖れるものだわ。
でも、あなたの恐れが、臆病さが、この娘をこんな風にしてしまった。」
「ちがい ます。私。」
「いいえ、違わない。」Sさんはナオを見詰めたあと、オレに視線を戻した。
「ユウ君は男の子で、あなたより年上。何より自分の言葉に責任を持つべきだから。」
そう、オレは男で、ナオより年上。でもオレの言葉の責任って。
「もう一度言うけど、君を責めてる訳じゃ無い。
自分からは指一本触れず、この娘を大切にしてきた不器用さは、むしろ好ましい。
実際、最初の内は問題なかった。でも、この娘が成長すれば問題が起こる。
当然よね。大人になれば誰でも、『自分は何故此処にいるのか』と考えるものだわ。
『妹』でも『娘』でもない人間が、何時までも此処にいて良いのかって。
それに辛い境遇から助けてもらって、大切に育ててもらってる。
この娘の立場からしたら、自分の望みを口にするなんて、出来る筈がない。」

1156 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:13:42 ID:UfcnNssk0
 突然、ナオの頬を涙が伝った。
何でオレは、それを考えてあげられなかったんだろう。
ナオが大好きで、ナオの事を一番に考えているつもりだったのに。
「あの日『一生この娘を守る』そう、言ったわね。今も答えは同じ?」 「はい。」
「なら伝えるべきよ。どんな立場で守るのか。
何故傍にいてほしいのか。それを、自分の言葉で。」
Sさんは立ち上がり、ふわりとテーブルを回り込んでナオの背後に。
かがみ込み、耳許に何か囁くと、ナオはゆっくり立ち上がった。
これは、Sさんの術? オレは何を。

1157 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:18:33 ID:UfcnNssk0
 『君の望みを言葉にすれば良い』

 空気が大きく揺れて、眼が眩む。振り向くと、Rさんの笑顔が目の前にあった。
右肩に添えられた手が、じんわりと熱い。
「失って悲しいなら、その望みが本当に大切な証。悲しみが深い程、ね。
でも、真に君たちが怖れるべきなのは、魂の絆を失うことをこそ、だ。さあ。」
のろのろと、オレの身体が動いた。数歩、ナオの顔が、身体が目の前にある。
そっと、抱きしめた。柔らかくて、でも氷のように、冷たい身体。
オレの望み、それは。
「ずっと一緒にいたい。恋人になりたいけど、なれなくても良い。
ナオちゃんが一緒に暮らしてくれるだけで、オレも父さんも母さんも幸せだから。」
腕の中で、ナオの身体が弾けた気がした。

1158 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:20:16 ID:UfcnNssk0
 我に返る、腕の中の温もり。その身体はもう、冷たくない。
オレ達は山道の路肩に停めた車の中にいた。
「夢?」 「夢じゃ、ないです。」 
そうか、車は脇道の入り口を向いて止まっている。
あの霧に包まれた時とは逆。それなら多分、夢じゃ無い。
ふと、背後に感じる気配。そっとバックミラーを見た。
車の後、十数m。濃い、白い霧が蟠っている。
「ナオちゃん、あれ、見える?」
「はい。色々なものがボンヤリと。」 「怖くないの?」
「悪いものじゃないって。それに、ユウさんが、ずっと守ってくれるから。」
「そうだね。ずっと、ね。」 「はい。」

1159 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:22:09 ID:UfcnNssk0
 「ナオを引き取る時、養子にしなかったのは、
何時か2人がこうなってくれることを願っていたからだ。
でも、それがナオを不安にさせていたとしたら、本当に申し訳ない。」
「いいえ。お父さんの気持ちを理解できなかった私が、悪いんです。」
「それで、ナオは本当に良いの、相手がユウで?
育てて貰った事に負い目を感じて、無理する必要はないのよ。
もちろんユウは私たちの自慢の息子だし、2人が婚約すれば
ナオは本当に私の娘になるんだから、こんなに嬉しい事は無いけど。」
母の声はもう調子外れではない。その言葉の、温もり。
...そうか、『対症療法』でなく『根本的な策』。Sさんの言葉の、もう1つの意味。
過ごした時間の中で、母はナオをもう『身代わり』でなく、自分の『娘』として。
不器用で臆病なオレ達が、本当の絆を結ぶまでの『対症療法』。

1160 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:24:37 ID:UfcnNssk0
 一緒に暮らし始めてから、母と父はナオに幸せな『幻影』を見ていた。
それは心を病むほどに切望した、娘。それは妻と息子の心を癒してくれる、魔法。
何よりオレ自身が、母の歪んだ愛情を引き受けてくれるナオに、頼り切っていた。
それらの幻想が、ナオを追い込んでしまったのか。

1161 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:26:34 ID:UfcnNssk0
 「私、この家に来た時、とても嬉しかったです。初めて、幸せだと、思いました。
お父さんもお母さんもユウさんも、みんな本当に優しくて。でも、暫くしたら、
どうしてこんな私を大事にしてくれるのか分からなくなったんです。
ユウさんが大好きで、ずっと一緒にいたい。でも、言えなかった。
私は何も持ってないし、お金や時間の事でどれだけ負担に。そう、思って。
でも、間違ってた。お父さんもお母さんもユウさんも、
私を本当に。それを、疑うなんて。」
母は立ち上がった。ナオの隣に座り、肩を抱く。
「間違ってたのは私の方。女の子が、欲しかったの。
ユウを愛していたけど、どうしても女の子が。でも、無理だった。
だから、ナオがこの家に来てくれなかったら。私、本当に狂っていたと思う。
今も私がユウの母親でいられるのは、ナオのお陰なのよ。」

1162 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:27:27 ID:UfcnNssk0
 きっとSさんとRさんには分かっていたんだろう。
オレ達が『根本的な策』に耐えられるほど強くはないと。
でも今は違う。一緒に過ごした時間が、みんなの心を結び合わせた。
きっとそれが、Rさんが言った『魂の絆』。

1163 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:29:15 ID:UfcnNssk0
 「本人達の提案に、保護者2人も同意してる。婚約は成立、だよね?」
「あなた、ユウは勘違いしてるみたいよ。」 「勘違いって。」
「ユウ、将来の、仕事の事をどう考えてる? まさか、経済的な基盤もなしに
父さんと母さんの宝物を自分に任せろと言うつもりじゃないだろうな?」
「...今は婚約。大学を卒業したら就職して、
それからちゃんと結婚を申し込む。それなら良い?」
「まあ一応婚約には同意しよう。でも、もし卒業後もフラフラしてたら
即婚約破棄。ナオの結婚相手は父さんと母さんが探す。良いな。」
「そんな。だって」 「大丈夫。私、信じてます。ずっと。」
「ナオ、これからもユウのこと、お願いね。」
「はい。ありがとう御座います。」
ナオは微笑んだ。島で2人きりで魚を釣った、あの時のまま。

1164 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:32:18 ID:UfcnNssk0
 「ナオ、ホントに行くの?さっきの港で、あの銀ピカの魚沢山釣ったんだから
もう十分じゃない?みんなでお茶してさ、色々話そうよ。久し振りなんだし。」
「私は見たいな〜、今度の場所で釣れる魚はもっと大きいんでしょ?」
「うん、スズキはタチウオよりずっと重いから、迫力あるよ。」
「じゃあ決まり。釣りしながらでも話は出来るし。
嫌なら久美は車で待ってればいいじゃん。」
「ユキ、真理子。車出してるの私だよ。この、恩知らずどもが。」
「恩知らずって...私たちみんなナオに勉強教えて貰ったでしょ。
ええっと、一番世話になったのは誰だっけ。こんな時こそ、恩返しよね。久美?」
「ぐぬぬ。」 「ケンカ、しないで。釣れなかったら、お茶しよ。」

1165 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:34:00 ID:UfcnNssk0
 「川沿いに並ぶ、オレンジ色の街灯が川面に反射して。
そこに浮かぶシルエット。ナオはスタイル良いから、絵になるな〜。」
「そうね、持ってるのが釣り竿じゃなければ、もっとね。」
「ま〜だ言ってる。あきらめが悪くて、しつっこいのも相変わらず。」
「投げて、巻いて。投げて、巻いて。ず〜っと繰り返し。何が楽しいんだか。」
「それが、良いんだと思うよ。何も考えずに、頭真っ白にボーッとしてさ。」
「ユウさんが、同じ事言ってた。」 「何?ナオは違うの?」
「ずっと考えてるから。どうしたら魚が釣れるかって。漁師はそれが仕事だし、
ボーッとなんかしてられない。ホントにボーッとしてたら、危ないよ。」
「は?漁師?」 「そう、私、島では漁師だったの。物心着いたときから、ずっと。」
「あの、ね。無茶振りやめてよ。漁師だなんて、どんなリアクションしたら。」
「あ、来た!」

1166 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:35:59 ID:UfcnNssk0
「嘘、もう5分過ぎたよ。一体、どんな魚?」
「しっ、気が散るでしょ。黙って。」 「そ。」 「でも、こんなの。」
「大丈夫。真理ちゃん、タモ。あの、その網取って頂戴。」 「はい、今すぐ。」
「うわ!何この魚。メッチャでか。」 「ナオ...凄い血。グロいよ。」
「こうした方が美味しいの。命を頂くんだから、美味しく食べないとね。」
「あんた何者? もしかして、ホントに、漁師?」
「そう言ったでしょ。お祝い事があるから魚が必要だったの。
自分のお祝いは、自分で。このお魚たちのお陰で、きっと美味しい料理が作れる。
きっとユウさんも、喜んでくれる。」
「ユウさんって、あの人だよね?ユウが下宿してる親戚の、年上で。」 「そう。」
「じゃあ『お祝い事』って、何?」 「結婚するの。」
「???」 「結婚?」 「ユウさんが?誰、と?」 「私と。」

1167 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:40:53 ID:UfcnNssk0
 「詳しく、聞かせなさいよ。何でそんな大事な事、今まで黙ってたの?」
「だって、みんなに会えなかったから。ずっと前に婚約はしてたんだけど、
ユウさんが大学卒業して就職したから、お父さんとお母さんが許してくれたの。」
「アンタね...私たち、どうしたら良いのよ。
それがホントなら、何を置いてもお祝いしたかったのに。」 「そうだよ。」
「ホントに?」 「え?」
「お祝いに出席して欲しいって言ったら、みんなで来てくれる?」
「当たり前でしょ。」 「絶対行く。」
「私たちみんなナオにどれだけ助けられて、なのにこんな...。」
「ううん、みんなに助けられたのは私。
みんなが友達にしてくれたから、今の私がある。ホントに、ありがとう。」
「馬鹿馬鹿馬鹿。何でアンタは、いっつもそうなの?」
「久美、泣きすぎ。メイク流れてるよ。」 「どうでも良い。真理もユキも同じじゃん。」
「これじゃ、お茶するの無理だね。きっとお店の人もお客さんもドン引き。」
「ナオ、あんた。」 「...ええと、あの、冗談だから。」
「うんうん、ナオは冗談なんて、言った事なかったね。さ〜て。」


『霧』 完

1168 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/30(金) 21:45:22 ID:UfcnNssk0
皆様今晩は。再び、藍です。

色々ありまして、やらかして、少々鬱です。
しかし、何とか『霧』の投稿を終える事ができました。
怒られるのに備えて、元気を出すために、寝ます。
頂いたコメントへの返信はまた今度。
それではお付き合い頂いた方々に心からの感謝を、
本当に有り難う御座いました。

1169名無しさん:2016/09/30(金) 21:48:13 ID:Pz2aOi2sO
藍さん続きをありがとうございました。リアルタイムで読めて光栄です。
ハッピーエンドで嬉しいです。藍さん正直過ぎて萌えます。お疲れ様でした。おやすみなさい。

1170名無しさん:2016/09/30(金) 23:58:31 ID:YtghXU8Q0
何だろう、霧の出だしって3人というか・・なんだか幻惑されるような出だしで何故か読み返してしまう。
何だろ、この違和感。

1171名無しさん:2016/10/24(月) 18:49:04 ID:pzT1zOIwO
謎の部分も霧の中。

1172 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/25(火) 20:39:03 ID:RAx5GQ6s0
>>1100
『奇跡を起こすのは自分』、本当に、有り難いご指摘です。

1173 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/25(火) 20:40:53 ID:RAx5GQ6s0
>>1101
>>1102
お待ち頂き感謝致します。有り難う御座いました。

1174 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/25(火) 20:50:05 ID:RAx5GQ6s0
>>1103
お待ち頂き、有り難う御座いました。

>>1104
管理者様方の御努力により、既に復旧したようですね。

>>1105
稲に関するお祭りは、とても大切です。有り難う御座いました。

>>1106
お待たせしました。コメント、感謝致します。

>>1107
お待ち頂き、本当に有り難う御座いました。

1175 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/25(火) 20:56:47 ID:RAx5GQ6s0
>>1109
お待たせして申し訳有りません。有り難う御座いました。

>>1100
色々やらかしましたが、続編を投稿できたのは皆様のお陰です。

1176 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/25(火) 21:08:02 ID:RAx5GQ6s0
>>1111
全く同感です。有り難う御座いました。

>>1113
>>1114
>>1116
>>1117
>>1118
新作をお待ち頂き、感謝致します。有り難う御座いました。

1177 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/25(火) 21:13:51 ID:RAx5GQ6s0
>>1133
似た体験、興味深いですね。有り難う存じます。

>>1134
ご期待頂き感謝致します。

>>1147
このお屋敷の凄さについては、私もチェックしてます。
有り難う御座いました。

>>1148
本当に深いコメント、感謝致します。

>>1149
ご明察、すばらしいです。

1178 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/25(火) 21:26:12 ID:RAx5GQ6s0
>>1169
リアルタイムでお読み下さったのですね。
投稿の励みになります。有り難う存じます。

>>1170
むしろ私は4人か5人と感じました。
敢えて名前が省略されているのも面白いと。

>>1171
『霧の中』
クリスティ、それとも芥川を踏まえたコメントでしょうか。
もしかしたらさださんかも。本当に、有り難う存じます。

1179 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/25(火) 21:31:07 ID:RAx5GQ6s0
皆様今晩は、藍です。

昨日仕事から戻り、弟の指示も仰いでできる限りの返信を致しました。
もし返信漏れがありましたらご容赦下さい。

明後日からまた仕事に出ますが、
何時か次作を投稿出来る事を祈って頑張ります。
『霧』をお読み頂き、本当に有り難う御座いました。

1180名無しさん:2016/10/25(火) 22:39:25 ID:n.yNXTW20
やっぱり知人氏って術者なのかな。文章に何かが籠る様な気がする。
そしてそれはフェイクを入れたくらいじゃ収まらない。

原本って漢字沢山の墨書きみたいなやつなのかなぁ

1181名無しさん:2016/10/26(水) 22:25:47 ID:aOb4ZQc2O
藍さん、お忙しい中ひとつ一つご丁寧な返信をありがとうございます。
恐れ入ります、神話系に詳しかったら教えて頂きたいのですが、天香香背男命と天香具山命は同じ存在でしょうか。親子?昨年から倭文神社に近い所が揺れてて気になってます。
返信NGでしたら華麗にスルーでお願いします。
起きたのかなと思いました。
千人引きの岩繋がりのあるイザナキ命と天手力男命とタケミナカタ命の関係も気になっていて、話の共通性からタケミナカタ命と天香香背男命は同じ存在か三つ子とかかなと妄想してます。
オリオン座流星群の時期に揺れたのも因縁深いように思って。
ただの好奇心です。スレチすみません。

1182名無しさん:2016/10/27(木) 01:18:51 ID:nvrI/R2g0
御一族の神名帳の事がばれると忌部(出雲)系、海部(尾張)系、物部系、もしくは出羽系なのかがバレちゃうんじゃないかと

1183 ◆iF1EyBLnoU:2016/10/27(木) 04:08:21 ID:krcMdxl60
>>1180
確かに、漢字は沢山です。が、『鉛筆書き』です。

>>1181
神性は無限、ヒトの表現力は有限。故に、どうしても
複数の神様を賛美するのに、似た(同一の)エピソードを使う例は数知れず。
それをもって同一か否かを判断する事は適当ではないと存じます。
ただ、知人に問い合わせたところ、
「とても興味深い考察が含まれるコメント」とのことでした。
有り難う御座います。

>>1182
深いお心遣い、感謝致します。

さて、これから仕事に出ます。何時戻れるかは明言できませんが、
何時の日か皆様に再会出来る事を祈念して、御機嫌よう。

11841181:2016/10/27(木) 06:00:52 ID:ugTMYNmgO
藍さん、スレチなのにお答え頂きありがとうございました。
深夜とも早朝ともいえる時間にお手数おかけしました。
似たエピソードだからといって単純に同じ神様とは言えないんですね、複雑です。
教えて下さってありがとうございました。
お仕事お気をつけてください。行ってらっしゃいませ/~~

11851181:2016/10/27(木) 06:06:38 ID:ugTMYNmgO
1182さん、ご忠告ありがとうございます。軽率でしたm(_ _)m

1186名無しさん:2016/10/28(金) 01:42:38 ID:vlx/ORVY0
>>1185

知人さんや藍さんがこぼす「ついうっかり★」をみんなで注意深く見守りましょう。
忘れたころに突っ込むときっと良い汗をかいてくださいます。

1187名無しさん:2016/10/28(金) 02:07:08 ID:vlx/ORVY0
>>1186
一般的なお話をしませう。

海部氏(海=天)は国宝の家系図があります。ここにちょっと出雲補正をかけます。

徐福(徐猛)=素戔嗚=五十猛のお父さん、五十猛が改名して天之香久山。そしてその子供が天之村雲
村雲は剣の神格化したものではなく神武
出雲の姫様をめとった神武氏は、天之「御影さん」を生みます。

あくまで一般的な話で偶然と思われますが。

1188枯れ木:2016/10/28(金) 19:09:03 ID:8P3fWbAQ0
>>1187
 そうですね。あくまで一般的なお話を。

 天之御影命 は 鋼の武具を鍛える鍛冶の神とされています。
一方、作中の『御影さん』は一族を代表する『武門』の出。

 共通する点がありますし、すると、Sさんの『S』にあたる字の察しも。
ただどちらも性別の問題があるのですが、この一族には
『赤の宝玉』とそれに類する神器があります。実に、興味深いですねぇ。

1189名無しさん:2016/10/31(月) 00:32:30 ID:bYnJKN8.0
シャーペンじゃなくて鉛筆かぁ。

じわじわ来るな。何故か。

1190名無しさん:2016/10/31(月) 12:50:14 ID:4E7NateU0
賀茂の一族。三輪氏族に属する地祇系氏族。陰陽寮を掌握した賀茂忠行一門は弟子筋の安倍氏と陰陽道を独占した。
しかし、陰陽道宗家を安倍氏に奪われた。明治維新後は政府から冷遇されている。

1191名無しさん:2016/10/31(月) 23:43:04 ID:bYnJKN8.0
陰陽頭は物部氏もなったことがありますよ
それどころか昔は同族こそが最強の敵になり得たので大事な事は一部の人間が継承する事が多く
下手すれば誰が一番力を持った人間かを解らなくしてたくらいです

安倍家は父系で言えば天孫。母系で言えば出雲。葛城王朝は圧倒的に出雲の血が濃くなった王朝
その関係で8代目の事代主を祀る一族になった。その後も言い出したらきりがないほどに血が混じっています。
母系の実家がカモ家(神門家と磯城トビ家)

1192名無しさん:2016/11/01(火) 14:03:05 ID:03srRn/o0
だから、宇摩志麻遅命に陥れられた。

1193名無しさん:2016/11/01(火) 17:09:51 ID:/vay6VTw0
佐伯氏

1194名無し:2016/11/01(火) 19:43:10 ID:NKY.ToVE0
S=忍 かな?

だとすると L は。 もう少し調べて、それから。

1195名無しさん:2016/11/01(火) 22:45:12 ID:hM3xBdAYO
言霊使いの語る物語が言霊でないはずがあろうか。
私たちも既に術にかかってる。いくら跡をたどってもきっと霧の中,です。

1196名無しさん:2016/11/02(水) 01:44:32 ID:EZfZjx6U0
佐伯部だったら舞台を茨城に持ってこれるな
国譲りの最後の土地、千葉も近いし狼の埼玉もそばなのだが、それだと土御門であまりにもベタ過ぎるし、開祖さんは1,000年前だからもっと新しい歴史になるだろう
物部だったら宝は10になるから枯れ木氏のフェイクは面白い

神社に行く時に「Rさん男前」「Sさん美人」って頭の中で念じながら回る方が早いな。ついうっかり誰か振り返るだろうから。

1197枯れ木:2016/11/09(水) 19:24:47 ID:qBOWA0KA0
 皆様今晩は。枯れ木、です。

 このような例はこれまで記憶に無いのですが、
本日姉から新作の連絡がありました。題は『舞姫』。
『仕事から帰り次第、投稿の準備をする。』と伝えて下さいとのこと。

 その身体能力の描写と、それから想像し得る舞の才能から考えれば、
それは、Lさんに関連するお話なのでしょうか。
どうか、共に新作をお待ち頂ければ。

 これまで頂いたコメントへの返信は委任されていないので、
そちらは姉の帰還をお待ち下さい。

1198名無しさん:2016/11/09(水) 22:00:59 ID:wUmUTNaUO
枯れ木さん,朗報をありがとうございます。姉様の御戻りを心待ちに致しております。

1199名無しさん:2016/11/10(木) 06:34:40 ID:hjq7a0EkO
楽しみです。お知らせありがとうございます(^o^)/

1200名無しさん:2016/11/10(木) 18:01:28 ID:JimeDo5Q0
党首様のお話はまた今度なのですね。
補正が厳しくて企画流れになったのかなぁ。

1201 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/15(火) 21:19:33 ID:GWbV0acg0
 皆様、今晩は。 藍です。

 本日仕事から戻りました。
約束通り、早速、『舞姫』の投稿準備を始めます。
楽しみにして下さる方がもし1人でもおられるなら、それが知人の意志。
どうかもう暫く、お待ち下さい。 約束は必ず、守るために。

1202名無しさん:2016/11/15(火) 22:04:04 ID:e46/HYzsO
おかえりなさい.+゚
ありがとうございます。楽しみにお待ちしてます(^o^)/
でも無理はなさらず休暇をおとり下さい。

1203名無しさん:2016/11/15(火) 23:30:25 ID:buoV37Vg0
帰宅後にテンションMAX

1204名無しさん:2016/11/16(水) 12:27:03 ID:li0KiR7QO
期待してます!

1205名無しさん:2016/11/19(土) 00:29:52 ID:3yqXhACs0
そういや、忌部氏って斎部とも書くんだったな。古語拾遺のこと調べてたら
ここでもSにたどり着いた。
なんだか解らん。

1206 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 20:27:21 ID:y7CKWZdQ0
テスト中です。

1207 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 20:28:05 ID:y7CKWZdQ0
テスト中です。

1208 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 20:46:40 ID:y7CKWZdQ0
少々、困った事態です。

書き込みをしても「最新50」では反映されません。弟によると、アドレスを
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9405/1395845351/l50
の最後を、「l25」や「l100」に変えると反映されるようですが、
それでは書き込みに気が付く方がおられるかどうか。
暫く、様子を見ます。

同様な事態が起こっているという方がおられましたらお知らせ下さい。

1209 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:21:11 ID:y7CKWZdQ0
「ブラウザの問題らしい」と言われましたが、何の事やら。
新しいブラウザを入れてもらったのでもう一度テストします。
これでいけるかどうか。では。

1210 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:25:37 ID:y7CKWZdQ0
取り敢えず、問題は解決したようです。
ブラウザを『蒼月』から『火狐』に変えたと聞きました。

それはそれで別の不具合が起きないかが心配ですが、投稿優先。
それでは以下『舞姫』を投稿致します。お楽しみ頂ければ良いのですが。

1211『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:38:21 ID:y7CKWZdQ0
『舞姫』

 それは、一族の『開祖』が生を受けた地。
険しい山々に囲まれた、とても広大とは言えぬ山間の平地。
しかし周りの山々から流れ込む数多の細い河川、その水は清冽で豊富。
美しい稲穂の海は、毎年のように、一族を支える恵みをもたらしていた。
しかし。 ある年の夏の終わり、不意に現れた妖が何もかもを変えた。
その妖は巨大な蛇の姿をしており、細い河川に入り込んではその流路を変えた。
里に流れ込む河川のあるものは干上がり、あるものは氾濫を繰り返す。
当然、その年の稲はかつてない凶作。当主を含め、一族の者は皆将来を憂えた。
そんな、初冬のある日。

1212『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:40:07 ID:y7CKWZdQ0
 一族の少年が一人、剣の修行を終えて家路を急いでいた。
その途中、畦道で泣いている少女に出逢う。 一族の、里の子なら見覚えがある筈。
しかしその少女に見覚えは無く、何より、その身に纏う衣の美しさは。
純白の絹地。同じく純白の絹糸と、金糸銀糸の刺繍。
到底常人とは思われない。少年は思わず声を掛けた。
すると少女は驚くべき事情を語る。
『吾はこの地の草木を司る神である。しかし侵入してきた妖に力を封じられ、
このような姿に成り果てた。このままではこの地を去るより他無い。』と。

1213『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:43:42 ID:y7CKWZdQ0
 少年は、その妖を退けるために何か、自分に出来る事はないかと申し出る。
すると少女は少年に、更に酷な事情を告げた。
『生まれ育ったこの地を去らねばならぬのなら、生きていても仕方が無い。
吾を生け贄として里の外れの大木に縛り、現れる妖を斬ってくれ。』
少年は少女を連れ帰り、里の長に事情を説明した。
少女は大木に繋がる道の全てに酒樽を置いてくれるように頼む。
『したたかに酔わせるのでもなければ、とても人の身に斬れる妖ではない。』
それを聞いた里の長は、少女の言葉を信じて提案をした。
『陰神様の顕現たる少女の衣を少年に着せ、少年を少女の身代わりにする。
一族に伝わる『赤の宝玉』は少年の性別を覆い隠して敵を欺く。
それなら、もし少年が為損じても、陰神様を護り捲土重来を期す事が出来るから。』と。

1214『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:47:41 ID:y7CKWZdQ0
 少女と少年はその提案に同意し、女装した少年は首尾良く妖を討ち果たした。
翌朝、少女は少年に一振りの剣を授けて里を去る。
その剣は一族の神器として現在まで祀られることになるのだが、
伝承は、少年と少女の再会にも言及している。
翌年、里は以前通りの豊作に恵まれた。
豊年祭りに向け、里の長は、神事に用いる米の警護を件の少年に命じた。
祭りの前夜、夜警を勤める少年の前に現れた、怪しい人影。
少年はその人影を追い、問い詰める。
斬りかかった少年の剣を悠々と躱し、人影は少女の姿に変じた。
少女は少年の剣技と里の人々の勤勉実直を言祝ぎ、永年の豊作を約束する。
その後少女は少年と共に暮らし、数年の後二人は夫婦となった。
二人の間に生まれた3人の子は、一族の新たな時代を拓く。
第一子は女子で術を、第二子も女子で剣技を。どちらも長じて後は『当代随一』と称された。
しかし、第三子についての記述は唯一『尊き御方』と。それだけ。
未だ、その性別も適性も不明。

1215『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:51:21 ID:y7CKWZdQ0
 高まる篳篥と鼓の音が、この神事のクライマックスを告げる。
いよいよ、私とLの出番。稽古とはいえ、気合いが入る。

 いつもと少し違う感覚。共に舞うLの表情をそっと伺う。
『特に剣舞では、決して対手を疑ってはいけないよ。
もしどちらかが躊躇えば、それは思わぬ事態を招くから。』
ふと、兄様の言葉を思い出す。そうだ、今この時、一瞬に集中する。
左からの袈裟懸け、一歩踏み込んで右からの袈裟懸け。
穏やかな笑みを浮かべたLは、ゆらりと身体を翻して鮮やかに剣を躱した。
一瞬の、違和感。これは? でも、ここで止めたら、きっと。 だから。
更に大きく一歩飛び込んで右膝を付き、左下から右手で切り上げる。 『烈風』の型。

 ふわ、と。 Lの身体が浮いた。 剣筋の遙か上を越え、米俵に。
剣を置き、膝を付く。 澄んだ声はLの名告り。続く謡いの声が、舞と神事を閉じる。

1216『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:53:43 ID:y7CKWZdQ0
 それは、一族に伝わる舞の中で最も古いものの1つだと聞かされていた。
その剣の腕前故に、収穫した米を守るため夜警を任された少年と、
勤勉実直な里人達を祝福するために顕現した稲の神様の物語。
少年は米倉に現れた人影を米盗人だと誤解し、斬りかかる。
しかし稲の神様は軽々と少年の剣を躱し、自分が稲の神だと名告る。
この舞の、最大の見せ場。 少年は斬りかかった相手が神だと悟り、剣を置く。
神様は少年の無礼を許し、その腕前と心がけを言祝いで、里の未来を祝福する。
そして大団円。 以来、一族は食料に窮する事は無くなったという。
遥か古からの伝承に題を取った、舞。

 「紫、今までで最高の出来だった。これなら本番が楽しみね。」

1217『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:55:21 ID:y7CKWZdQ0
 Sさんに褒められるのは素直に嬉しい。
私より、いいえ、私と共に稽古をしているLよりも、更に年若くして
『一族の歴史上、類い希な舞姫』と称された人。そう聞いていた。
Sさんは私の頭を撫でたあと、心配そうにLの肩を抱いた。
「Lも良かった。でも、正直少し心配だな。最後、何か考えてたの?」
「あ、あの。いいえ、何も。紫さんの、剣筋が本当に綺麗だと思っただけで。」
「そう...本番で使うのは真剣。一族に伝わる神器の1つ、もしも。」
Sさんの目尻に光るものが見えた。
黒い呪いを仕込まれたLの身体を神器が傷つけたなら、恐らくそれは。
でも、LがSさんに隠し事なんて。今まで唯の一度も。

1218『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:57:04 ID:y7CKWZdQ0
 「不思議、ね。LがSさんに隠し事なんて。一体何を?」
「そうなんです。本当に、不思議ですよね。」 「え?」
「だって、稲の神様が。どうして米俵の上に。」 「何の、話?」
「稲の神様なら、お米の神様です。それなのに米俵を踏みつけるなんて。」
「...それは。」 Lの横顔を見詰めていると、何故か心がざわめく。。
「L、支度できた?帰るわよ。」 Sさんだ。 「はい。ただいま。すぐに。」
Lは荷物を詰めた鞄を持って立ち上がった。 ああ、私も着替えたのだし、もう。
「紫、駐車場の車で炎が待ってた。早く、行って上げて。」 Sさんのイタズラっぽい笑顔。
「え? はい、有り難う御座います。」
どうして、兄様が。小走りで駐車場を目指した。見慣れた、黒い車。本当に。

1219『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 21:59:00 ID:y7CKWZdQ0
 「見事な舞だった。心から、誇らしい。」
夢中で気が付かなかったけれど、稽古を見ていて下さったのだ。
どうしようもなく、胸が高鳴る。
運転席の、端正な横顔。恋焦がれても恋焦がれても、届かない。近くて、遠い人。
「有り難う御座います。本番でもLが、でも。」 「でも、何だ?」
そうだ、兄様なら、Lの言っていた事の意味が分かるかも。
「舞の筋書きが少しおかしいと。稽古の後で、Lが。」
「あの娘が...それは、どんな?」
「舞の最後です。稲の神様が剣を躱した後、米俵に立つのはおかしい。
稲の神様が、米俵を踏みつける筈はないからって。」
「そうか、面白い事を。まさか本当に『現人神』の...」
多分、数十秒の沈黙。兄様の端正な横顔の向こうを、華やかな夜景が流れていく。
「紫。」 「はい。」
「舞にしろ術にしろ、我等はまず『型』を習得しなければならない。それは何故だ?」
心臓の鼓動が...深呼吸。必ず、兄様の期待する答えを。
「偉大なる先達が積み重ねてきた成果を、成る可く短期間で自らのものにするために。」

1220『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:01:42 ID:y7CKWZdQ0
 「そう、だ。凡そ術者なら『型』を習得すれば、必要最小限の成果を得られる。
だからこそ『型』は、多くの術者が努力次第で習得出来るものとされている。
言い換えれば、そのレベルに難易度が調整された養成のプログラム。
極く限られた術者しか辿り着けないのでは、それは『型』になり得ない。」
「はい。だから『型』は出発点であって終着点ではないと、Sさんも。」
「そう。『奥義』を手にするなら、『型』を越え、その彼方に踏み込まなければならない。
そして稀に、『型』の習得で安堵せず、それを疑い、越えていく者が現れる。」
そうか、兄様やSさんはそうして『奥義』に。でも、Lならともかく。
「私には、とても。私の舞などLには到底。」
「あの娘が一族史上稀な天才なのは明らか。
しかし、如何な天才と言えど、あの舞を1人で舞う事は出来ない。
もしあの娘が『奥義』を現出するなら、その舞にお前の才が不可欠という事。」
「そんな。私は『出来損ない』で。今までずっと兄様達や姉様達に。」
「舞において、あの娘に比肩し得るのはお前だけだ。そして術においても。」
兄様は優しい笑顔を浮かべた。
「紫、恐らく、お前に取って、これは好機。この神事で、その才を皆に示せ。」
「私の、才?」

1221『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:05:21 ID:y7CKWZdQ0
 「術においても、俺を殺せる術者になり得るのは、恐らくお前だけ。」
心臓が、止まりそう。私が兄様を殺すなんて。どうして?
「あのSさんでさえ、兄様を殺す事は。なのに。」
「お前より先に造られた者がお前より長く生き、お前の先にいるのは当然。
だが、あの計画が進むにつれて蓄積された知見、その集大成としてお前は造られた。」
兄様はゆっくりと路肩に車を止めた。
「決して卑下するな。そして思い上がるな。お前の成長が遅いのは、
その才の大きさ故だ。成長を待たずに発現すれば、身体が耐えられない。
だからこれまで、時を待つ他無かった。だが、その時が近付いている。
遠からずお前は、あの計画の正当性と俺達の存在意義を証明するだろう。
お前こそ、真の『最高傑作』。俺達の希望。」 「まさか、そんな。」
「さて、そうなればこの度の神事、見逃す訳にはいかない。
『公務』の日程を考えて、どうするか迷っていたが。必ず見に行く。皆にも伝えて置こう。
今後もSの助言とあの娘の言動に心を配り、稽古に励め。」
「はい。」 兄様が見に来て下さる。それは本当に嬉しいけれど、
同時にそれはとんでもない重圧。膝の上で、手が震える。

1222『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:10:35 ID:y7CKWZdQ0
 翌朝、稽古場に着くと、ドアの向こうから囁くような声が聞こえた。
『話してやっても良いが、それを聞いたとて人には。神懸からねば...』
嗄れた、微かな声。 思わず、耳を澄ます。
「どれだけ考えても、辿り着く事は出来ないと?」 「人に、神の御技が予想出来ると思うか?」
「いいえ。」 稽古場に、Sさん以外の誰が? そっと、ドアを開く。
Lは床に胡座をかいていた。 稽古前の瞑想をしていたのか、穏やかな顔で振り返る。
??? L以外に人影はない。 でも、確かに声が。
「お早う御座います。」 「あ、お早う。1人、なの?」
「はい。少し考えたい事があったので、いつもより早くSさんに送ってもらいました。」
「...話し声が、聞こえた気がしたんだけど。」
「ええと、考え事に夢中で、無意識に台詞を口にしたかも知れません。」
いや、あれは男の人の。でもそれ以上どう聞けば良かったのだろう。
そしてLの笑顔を見る時。胸の奥、得体の知れない感覚。
少し、いや、とても怖い。でも、どうしようもなく惹きつけられる。

1223『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:12:28 ID:y7CKWZdQ0
 その日の稽古の後も、Sさんは褒めてくれた。
でも、少し不安。稽古の間、ずっと感じていた微かな視線。
シャワーの後、着替えているLに問いかける。
「L、今日、稽古の時に変な感じがしなかった?」 振り向いたLは首を傾げた。
「ずっと、誰かに見られてる感じがしましたね。多分、稽古を始める前から。」
やはり、Lも感じていたのだ。 「何、だと思う?」
「舞が随分と仕上がって来たので、見物の御方が増えているんでしょう。」
「『見物の御方』?それに、『増えた』って、最初から誰かが?」
「はい。きっと、悪い事ではないと思いますよ。」 Lは微笑んでいた。背筋が、冷える。
一体、この娘は何を見、何を感じているのだろう? 私と同じ稽古の間に。
稽古で『見物の御方』、それなら神事では一体何が。
心臓が、ドキドキする。本当に怖いけど、その日が待ち遠しい。

1224『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:16:34 ID:y7CKWZdQ0
 半月後、いよいよ神事の日。秋の豊年祭り。
一連の神事の最後を飾るのが、私とLの舞。着替えて、段取りと道具を確認する。
何より、今日使うのは真剣。事故があれば一大事。一つ一つ、丁寧に。
真剣を使う事以外、全ては今までの稽古通り。そう、思っていた。
「紫さん。」 「何?」 あの笑顔。 まただ、もしかしてLは。
「斬りかかる時、もう少しだけ踏み込めませんか?左右、半歩ずつでも。
その分、剣の振りも速くできますよね?」
...やはり、そうだ。Lは呼びかけている。 『一緒に行こう』と。でも、何処に?
「あれ以上剣を速く振ったら、躱すのが。今日は真剣なのに、大丈夫?」
「少年は、本気で米盗人を斬るつもりです。加減する筈がありません。」
「そう、だけど。左右半歩ずつなら、米俵まで丸々一歩近い所で『烈風』を。
剣筋を飛び越える時、米俵までの距離が近すぎて危ないと思うけど。」
「少年はそんな事に頓着しないんです。それに相手は神様。だから、大丈夫です。」

1225『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:18:25 ID:y7CKWZdQ0
 滞りなく神事は進み、私とLの出番も近い。
控えの間から客席が見える。ゆらゆらと客席を照らす篝火。 兄様と、Sさんの御顔も。
Lが大きく、深く息を吸った。ゆっくりと吐く。 「緊張、しますね。」
「そうね。頑張らないと。」 「はい、打ち合わせ通り。思い切り、私を斬って下さい。」
私が、Lに斬りかかる。いや夜警の少年が、神様に。 そう。手加減など無く、本気で。
ふと、夜警を命じられた少年の気持ちを思う。
夜警に任命された少年は、自分の使命を果たす事だけを考えていただろう。
米盗人を斬り捨て、村人の命を繋ぐ米を守り、
自分の取り柄である剣の腕前を証明するために。
私は今夜、自分の取り柄を証明し、兄様の期待に応えられるだろうか。
自分の、取り柄。 深呼吸。 じわり、と神器の剣が重くなる。
稽古で使っていた木剣には鉛が仕込まれていて、
重さやバランスは、神器の剣と、寸分の違いも無い筈なのに。

1226『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:20:19 ID:y7CKWZdQ0
 物心着いてから、自信を持てるものなど1つもなかった。
兄様達も姉様達も、本当に気を遣って、優しく接して下さったけれど。
その度に、自分が『出来損ない』なのだと意識させられる日々。
厳しい修行に耐える兄様、姉様。でも私にはそんな行が課された事さえない。
そんな中、初めて褒められたのが「舞」。やっと見つけた居場所、必死に稽古をした。
そして今年、Lの対手を任されて。嬉しかったけれど、本当に、驚いた。
Lは分家の『過激派』から救い出された不幸な娘。そう聞いていた。でも、違う。
その身体に仕込まれた黒い呪いと正面から向き合って一歩も退かず、
何よりその舞と謡の才。
正直これでは私のどんな努力も届かない、そう思った。
でも兄様は、『舞において、あの娘に比肩し得る者はお前だけ。』と。

1227『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:23:01 ID:y7CKWZdQ0
 背中の、温かな感触。Lの、右掌。 「さあ、出番です。」
頷いて深呼吸。 不思議な程スムーズに、最初の一歩を踏み出した。
舞台を歩き回り、独白が続く。 ここは場違いな程コミカルに。 客席から聞こえる笑い声。
墨染めの衣に身を包み、大役に気負う少年の心を、やがて。
静かに米俵の前で胡座をかいた。 舞台の照明が更に暗くなる。
風が、吹いた気がした。 いや、本当に蝋燭が揺れて。 客席がしん、と静まる。
何時の間にか、白い衣が目の前に。飛び起きて神器の剣を抜いた。
客席のどよめき。 そう、この剣は神器。 今夜だけ授けられた、私の誇り。
白い人影を追い、問い詰める。 始めは軽妙な台詞のやりとり。
人影は面白がるかのように曖昧に答え、舞台狭しと逃げ回る。
しかし、次第に高まる緊張。 遂に人影を追い詰めた。
背後は積み上げられた米俵、逃げ場はない。 ゆっくりと、剣の切っ先を正面に。
人影は、Lは、微笑んでいた。 その直後、胸の中で何かが弾けた。
ああ、自分の頬に笑顔が浮かんでいる。身体が、剣が軽い。まるで羽根のように。
怖い、怖くてたまらない。でも、今こそ踏み込もう、Lが待つ場所へ。

1228『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:24:47 ID:y7CKWZdQ0
 逃がさない、決して。 踏み込んで左からの袈裟懸け。そして。
一瞬の目眩。体勢を立て直し、薄闇に煌めく白刃を躱す。
右、そして左。 まるで風に舞う落ち葉のように身体が動く。
刃の向こうに少年の顔...いや、これは私の。何故?

 激しい気合いと共に右下段からの刃。 速い。 また、ひとりでに笑みが浮かぶ。
右足。力をこめると、まるで嘘のように身体が浮いた。

 左足を前、前後に揃えた両足。 足袋を通して伝わる、冷たい感触。
刃の向こう。 眼を大きく見開いた、自分の顔が見える。 どうして?

1229『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:29:54 ID:y7CKWZdQ0
 「吾はこの地の草木を司る○△◆の命。かつて、其方の剣技に救われた。」
Lの声が、空気を震わせる。 稲の神様がその正体を。
それは、この舞の最後を飾る、古から伝えられた謡。 でも今までこんな声は一度も。
私は、一体何を... !? まさか。
斬り上げた剣の上に立つ、L。 穏やかな、笑顔。
『吾が与えた恵みを護らんとする、その意気や良し。』
違う。これは、稽古してきた台詞ではない。目眩、吐き気を堪える。
直後、目の前に稲田が見えた。黄金の穂波を揺らす、爽やかな風。
『今、吾が立っているのは、其方と稲を、つまり一族と米を繋ぐ橋の上。』
ああ、そうか。それでこの剣の、神器の号は。
『一族の者の心に、この橋が架かる限り、吾も誓いを守ろう。』
そうか、これが。 恐らくこれがこの舞の、真の姿。 ここで、御礼の口上を。
それでLと私のお役目は...急に、剣を握る右手から力が抜けて、気が、遠くなる。
嫌な、感触。 眼の前で、Lの身体が舞台に頽れ落ちるのが見えた。
神器、この剣だけは何に代えても。身体を丸める。 左の肩に衝撃。
どこか遠くで、誰かの、叫ぶ声。

1230『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:31:29 ID:y7CKWZdQ0
 「頑張ったんですが...やっばり、分かりませんでした。」
「いや。全ては、あの晩に起こった通り。見事。
我と共に来い。お前達ほどの舞姫なら、あの御方のお側でも十分に。」

 夢? Lと、もう1人。 それは最初から稽古を見ていたという、視線の主?

 「もし我と共に来るなら、おまえの身に仕込まれた黒い呪いも力を失う。」
「そうすれば、もう、私のせいで誰も。」 「そう。決して悪い話ではない。」
眼の前に、俯いたLが立っている。右足の足袋は紅く染まり、その前に蟠る、白い靄。
「でも、紫さんにはお兄さん、炎さんが。私、1人でも。」 「それも、良かろう。あの御方は」
『L、駄目!』 自分の大声に驚いた。
『SさんがどれだけLのこと。それなのに。お願い、絶対に行っちゃ駄目。』

1231『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:33:04 ID:y7CKWZdQ0
 ずっと、話し声が聞こえている。 聞き慣れた、懐かしい声。 夢の、続き?
「許してくれ。この神事を、紫が自立するきっかけにして欲しくて、だから。」
「あなたたちの事情、それは分かるし、指導していた私も気付かなかったのだから。
あなたを、いいえ誰も責める事は出来ない。勿論、Lも紫も。」
「しかし、あの娘は。もし足の傷が。」
「依り代になっている間は影響が小さいと分かったし、紫も自分の一歩を踏み出した。
それで良いでしょ?終わり良ければ、よ。正直、少し悔しいけど。」
「もし対手が俺でなく紫だったなら、あの晩に同じ事が起きて
新たな契約が成されていただろう。つまり、俺の力不足。
舞において紫は俺を越えたが、今夜の事はあの娘と紫の相性が生んだ奇跡。
未だあの娘が単独でお前の舞を越えたとは言えない。」
「有り難う、と言った方が良いのかしらね...あ!L、あなた。また血が。」
「大丈夫、です。」 「何言ってるの。その傷は。」

1232『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:36:29 ID:y7CKWZdQ0
 傷? Lは、足に怪我をしたの? そう言えばLは剣の上に、それから...?
体に力が、戻ってくる。眼を開けた。見覚えのある天井、舞台傍の控え室。
「紫!」 のぞき込む兄様の御顔。 Sさんと、Lも。 夢じゃ、なかった。
ゆっくりと、上体を起こす。私の両手を包む、温かな感触。 「紫さん、良かった。」
大きな眼、屈託の無い笑顔。胸が、詰まる。
L...
「御免、ね。私がもっとしっかりしていれば剣は、きっとその足の怪我も。
もしLの命に関わるなら、償いは必ず、私の命で。だから、許して頂戴。」
「傷は大したことありません。それに紫さんはとてもしっかりしてましたよ。
私を呼び止めてくれたのは、紫さんでしょ?声が、聞こえました。」
「2人共に神懸かるなんて、私も炎も予測出来なかった。
紫の『烈風』は奥義の域に達していたし、Lの、『あの声』は...」

1233『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:40:14 ID:y7CKWZdQ0
 「あれは間違いなく◎韻×。俺にも、Sにも使いこなせない、遠い古の奥義。」
「炎、その術の名を。」
「貴方の名はL。その名の由来を御存知か?」
「はい、私の母が。Sさんから聞いています。」

1234『舞姫』 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:41:55 ID:y7CKWZdQ0
 「正直、私は『現人神』を信じてはいなかった。しかし、間違っていたようだ。
兄姉皆が力を尽くし、引き出してやれなかった紫の才を、貴方は。」
床に片膝を着く姿が、涙で霞む。 兄様。
「どうか今後も、紫と親しくしてほしい。真の、友として。」
「あの、今も紫さんは大事な友達です。
それに、一族でも忌み嫌う人の多い、こんな私を普通に友達にしてくれたのは紫さんで。」
「私たちが作り出された経緯も御承知の上で、既に望みは叶っていると?」
「はい。」
「それなら、約束を。私と紫は、何時か必ず、貴方の恩に報いよう。
この命と引き替えにしても貴方を助ける。
そう、貴方か、あるいは、貴方の所縁の者を。必ず。」

『舞姫』 完

1235 ◆iF1EyBLnoU:2016/11/21(月) 22:49:51 ID:y7CKWZdQ0
前述の通り、色々ありました。
私の対応できる問題では無かったので弟に感謝。ですね。

さて、『舞姫。』私自身は大好きで、中々興味深い作品だと思っています。
皆様のご感想を聞かせて頂ければ、これ以上の幸せはありません。

今夜もお付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。
本当に有り難う御座いました。それでは、御機嫌よう。

1236名無しさん:2016/11/22(火) 00:00:34 ID:4VzX6um20
弓(もしくは扇)が、無い。梓の弓。役割が違うのか・・
お子は三人ではなくもう一人?武の守護者は剣より生まれたのかな。


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