したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

藍物語(投稿・感想・雑談専用=隔離)スレ

1枯れ木も山の賑わい:2014/03/26(水) 23:49:11 ID:sdeCrXLs0
藍 ◆iF1EyBLnoU の 投稿と
投稿に対する感想・雑談の為に立てた専用スレです。
レスの都合上コテハン推奨ですが、匿名の書き込みも勿論OK。
非難の書き込みは「作品に関する話題・雑談」スレで存分に。
こちらへ書き込まれた場合は(可能ならば)削除します。

1050 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:27:47 ID:aKJo2V6w0
 重要なのは、結び目の数と、それをまとめる色の意味。
次第に形を取る、大きな花弁と、それを取り巻く艶やかな葉。
『命の喜び』、そして『心からの願い』を意味する護符。
一目毎、結び目に俺の『力』を編み込んでいく。確か3年の修行の成果。
いつの間にか、全ての音も情景も、俺の心から消え去っていた。
それからどれ程の、いや、多分予定通り。30分前後の時間。

1051 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:28:31 ID:aKJo2V6w0
 これで良い。額の汗を拭い、ふう、と息をつく。 「出来ました。」
「これは...綺麗だ。何というか、如何にも御利益が有りそうですね。」
Sさんから習った護符の1つ。赤・白の花弁と緑・青の葉を象った意匠。
「これをどこか、店の中に置いて下さい。引き出しの中とかで構わないので。」
「いや、それでは勿体ない。これは是非、ああそうだ、飾り棚に。」
店長は受け取った護符を手に、壁の飾り棚に向かった。
ガラス戸を開け、棚の上段にそっと護符を置く。もう一度護符に触れてからガラス戸を閉めた。
ふわりと浮き上がり、店長の背後からそれを見つめる男の子。嬉しそうな、笑顔。
もう、大丈夫だ。

1052 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:29:55 ID:aKJo2V6w0
 「お礼にディナーをご馳走したいので、このままもう少し。」
俺がテーブルの片付けを終えたタイミング、間髪を入れず姫が頭を下げた。
「申し訳ありません。店長さんのお気持ちは嬉しいのですが、
既に料金の精算は済んでいると聞いています。
それなら、仕事以外の理由で長居するのは禁忌なんです。」
失礼無く、依頼主の申し出を断るとしたらこれ以上の方便はない。流石に姫だ。
「そう、ですか。それなら。」 店長は足早に店の奥に入り、暫くして出てきた。
「せめてこれをお持ち下さい。」 綺麗な紙に包まれた、洋酒の瓶?
「ありがとう御座います。頂きます。では、私たちはこれで。」
店長に見送られて店を出る。男の子の姿はない。
飾り棚に両手をついて、あの護符を見つめる姿が目に浮かぶ。
無事に仕事をやり遂げた充実感。それこそが術者にとって、何よりの幸福だと思う。
今度俺がこの店を訪れるとしたら、それはかなり先のことになるだろう。

1053 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:30:50 ID:aKJo2V6w0
 車の窓からじっと景色を眺めていた姫が、不意に口を開いた。
「何だか、とても嬉しいです。私、信じていましたから。」
信じていた? 俺が護符を作ったのは初めてじゃない。護符の事でないとしたら。
「信じていたって、何を、ですか?」
「昔の話をしてもRさんはもう感傷的になったりしないって。」
「そりゃ僕はもう昔の自分とはかなり変わりましたから。あまり感傷的には。
でも、感傷的にならない方が良いのなら、あの時わざわざ昔の話をしなくても。」
「Rさんが『昔の自分じゃ無い』って自覚することが必要だったんです。お仕事、ですから。」
??? 自覚? 仕事? でも姫の仕事は。

1054 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:32:10 ID:aKJo2V6w0
 「あの、御免なさい。話の内容が理解出来ないんですが。」
「あの子をあの店に連れてきたのはRさんです。何時何処から、それはもう分かりませんけど。」
「へ?僕が?」
「はい。Rさんに憑いてきて、偶々あの店と店長さんの気配に馴染んだ。
だからあの子があの店で安定した状態を保つには、店長さんとRさんの気配が必要なんです。」
いや、しかし俺があの店でのバイトを辞めたのはもう5年も前だ。
その後あの店でバイトした人間は沢山いた筈だし、既に俺の気配など。それなのに。
「店長さんのことは分かります。でも、僕の気配が今もあの店に?
もう5年も前ですよ?幾ら何でもそんなに長くは。」
「だってあのお店には『身代わり』が。忘れちゃったんですか?」
「あ。」
そうだ、姫に仕込まれた術の件。『分家』の術者を攪乱するために、
姫が作ってくれた身代わりをあの店にも隠した。確か更衣室とトイレ、厨房の戸棚の奥。

1055 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:34:33 ID:aKJo2V6w0
 「いくら身代わりでも、本物がすぐ傍にいたら効果がありません。
そしたらあの子はまた、Rさんに憑いてきてしまうかもしれないと思ったんです。」
「だから昔の話をして、僕が昔の自分とは違うとハッキリ自覚するように?」
「はい。もしかしたらSさんはRさんがこの依頼を受けると決めた時に
何か予感していたのかも知れませんね。だからきっと今日私を一緒に。
でもSさん自身で無く私を。それならSさんも信じていたんです。
Rさんはきっと大丈夫。絶対に過去に囚われる事は無いって。」
...姫も、Sさんも、一体どれ程の。
術者としての時間を積み重ね、自分が力を付けるほどに、二人の力の凄さを思い知る。
でもそれは何だか小気味よく、そして嬉しい。笑いが込み上げた。
「どうしたんですか?何だか楽しそう。」
「楽しいです。だって二人の凄さが分かる度、『僕にはやるべき事が沢山ある』って
自覚できますから。そう、明日からまた、頑張りますよ。」
黙って微笑みを浮かべた姫の横顔は、とても美しかった。

1056 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:36:44 ID:aKJo2V6w0
 「お礼がこのシャンパン?しかもロゼ。こんな高価なお酒を普通に在庫してるなんて、
そのレストランかなり繁盛してるのね。妙な事があったのに、お客は減らなかったのかしら。」
「子供たちの事例は食中毒とかが原因じゃないのが明らかで、それについて
店の責任を問う声は無かったようです。店長の対応にも問題は無かった訳ですし。
むしろそれ以外の妙な事、不思議な気配や何かが話題になって、
口コミでお客は少しずつ増えていたようですね。
『その店で食事すると恋が叶う』とか、『大きな商談にはその店が絶対』って。」
それは多分、座敷童の出没する宿に宿泊したがる人々に似た心理なのだろう。
「Rさんが作った護符が有りますから、今後は稀な障りもなくなる筈。
これからはお客さんに、もっともっと良い影響が出ると思います。」
「それならこれ飲んでも罰は当たらないわね。早速冷やして夕食に。楽しみ〜。」
Sさんはそのお酒を持ってリビングを出て行った。軽やかな足音。

1057 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:41:52 ID:aKJo2V6w0
 姫の言葉通り、その店は大いに繁盛し、今では地元でも評判の名店に数えられている。
未だ不思議な噂も絶えないらしいが、それがまたオカルト好きの大学生たちや
小さな子供のいる家族連れには大評判だと聞いた。
もちろん料理も美味しいし、何より店長の度量が有ってこそ実現した一種の奇蹟。
100年程前なら、そんな場所が普通に存在していたと聞いた。
人と人ならぬモノが自然に交流する不思議な場所。 『交差点』。
きっと現代にも一軒くらい、そんなレストランが有っても良い。
Sさんも姫も、同じ意見だ。
ただ、万一の事を考えると俺はその店に行かない方が良い訳で。
それだけが少し残念なのだけれど。
その店の名は『◎×◆』。


 『護符』 完

1058 ◆iF1EyBLnoU:2016/05/19(木) 23:44:32 ID:aKJo2V6w0
皆様今晩は、再び藍です。

無事『護符』の投稿を終える事が出来ましたが、少々疲れました。
また暫く、お休みを頂きます。お付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。
有り難う御座いました。御機嫌よう。

1059名無しさん:2016/05/20(金) 00:32:11 ID:a4wElfi.0
 時は流れ,世は移り,人は変わり,季節はうつろう。されどくすしき物語は,代々に受け継がれて色褪せず,人の心を惹きつけてやむことなし。
 地味だなんてとんでもない,滋味溢れ味わい深き物語を,ありがとうございました。

1060名無しさん:2016/05/20(金) 02:20:46 ID:fKh73vsY0
投稿お疲れ様です。いつも楽しく読ませて頂いています。愛情と信頼関係が描かれている美しい作品ばかりですね。心の中のかさぶたがすうっと消えていくような暖かい気持ちになりました。

1061名無しさん:2016/05/20(金) 07:53:08 ID:KLrF6jKQO
続きの投稿ありがとうございました。楽しみにしてましたが、その期待が藍さんに無理をさせてしまいすみませんでした。お疲れ様です。
ゆっくりお休み下さい。

北越奇談など割りと近しい昔話でも不思議が溢れていて、その不思議を当たり前に受け入れて生活している人々の姿があって、なぜ今こんなに不自然な世界になったのかとても不思議です。
探せば現代でもRさん方のような不思議なお話はみつかりますが、それを当たり前に受け入れて生活できる人々はなかなかおられないようです。

過去の自分とは違う、という冷静沈着な感覚は凄いです。それを促す姫方もさすがです。

とても面白かったです。
投稿ありがとうございました。

1062名無しさん:2016/05/20(金) 21:08:39 ID:92HvdI9o0
ああ・・変わった素材で作られた身代わり・・
食べ物のお話であまり思い出したくはなかった////
Rさんは幼少や学生の頃のお友達とか殆ど振り切ってしまったのだろうか。

1063名無しさん:2016/05/21(土) 01:17:55 ID:tA8dIADcO
(・ω・)楽しく拝読しましたん

1064名無しさん:2016/06/02(木) 01:35:37 ID:Dp0YMRgY0
去年の冬から拝読しているものです。投稿誠に感謝致します。情景が浮かぶ美しい言葉を綴った素敵なお話を読ませていただくことを日々の楽しみにしております。藍さんご自身のことを第一にお考えください。
それでも、多少の余暇がお出来になった際には、また新しいお話を拝見できればとお待ちしております。

1065枯れ木:2016/06/06(月) 20:30:23 ID:KAP.Er8c0
 「暫く戻れない。」と、昨夜連絡がありました。
『護符』に関しては、代理でのコメントを命じられましたが、
まとめでのコメントは許可されていないので代理はこちらだけで。

>>1059
 地味→滋味。座布団3枚、姉も同意してくれると思います。

>>1060
 男女と親子の「愛情」はこの物語の核心でしょうね。
読者様のお心を暖められたなら、姉も本望かと。

>>1061
 まさか、
「北越奇談」をご存じの方がこれらの物語をお読み下さっていると知ったら、
姉もきっと気を引き締めざるを得ないでしょう。あはは。ちょっと爽快、です。

>>1062
 身代わりに使われたのが「髪の毛ではない」という記述からして、
使われたのは「血」。多分、Rさんの寝ている内に。出血の次第は『追憶』で。

>>1063
 有り難う御座います。きっと姉と知人さんには、それが何よりの褒め言葉です。

>>1064
 有り難う御座います。
姉は我が儘ですから、綺麗事で無く、全て自己満足のための投稿です。
放っておいても、何時かきっと新作を投稿するでしょう。
どうかそれまでは、気長にお待ち下されば、と。

 まとめでの返信は姉の帰還をお待ち下さい。有り難う御座いました。

1066名無しさん:2016/06/07(火) 02:54:39 ID:6.kSWej.O
枯れ木さん、ご報告とレスポンスありがとうございます。
藍さん、どうぞお大事に。ゆっくりご自愛下さいm(_ _)m

1067 ◆iF1EyBLnoU:2016/06/20(月) 22:03:12 ID:sRxNzSvc0
皆様今晩は、藍です。

昨夜戻りましたが、明日また仕事に出ます。
次作の準備も進めていますが、投稿の時期は明言出来ません。

それまでお待ち下さる方がおられるなら
いつかきっと此所で、有り難う御座いました。

1068名無しさん:2016/06/20(月) 22:11:34 ID:OHledwhEO
藍さん,大変お忙しいところありがとうございます。楽しみにして待っています。なお,ご無理をなさいませんように。

1069名無しさん:2016/06/21(火) 11:23:55 ID:p0TVb3OYO
藍さんご報告ありがとうございます。
藍物語が好きなのでいつでもお待ちしてます。
昨日、愛染明王を初めてお参りしたら、藍色でした。愛は藍色なのだとなんだか納得しました(^o^)/

1070流れ者、流れる:2016/06/26(日) 08:29:03 ID:tJGudKPw0
>>1067
お元気そうで何よりです。
物語は、マイペースで続けて下さい。
呪札僧スレは落ちちゃいました。さらに削除されたかな?もと板に戻れ、しがらみもファン(粘着さん)もあまりなくなりました。何とか生きています。
では、お元気で!

1071 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/11(月) 22:05:35 ID:5JFQwWiM0
皆様今晩は、藍です。先程仕事から戻りました。
お土産のお話が1つ、少し休んで、投稿の準備を致します。
まだお待ち下さる方がおられるなら、近いうちに此所で。

1072名無しさん:2016/07/11(月) 23:31:18 ID:ca4ZU0Pw0
お帰りなさい。良く休んでください。起きる時は弟さんに寝過ぎで怒られて下さいね〜

1073名無しさん:2016/07/12(火) 01:55:21 ID:3z9x5B5YO
(´Д`)お待ちしてます♪

1074名無しさん:2016/07/13(水) 00:47:17 ID:VhYqD3jMO
ありがとうございます!楽しみにしてます!

1075 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:43:37 ID:sdlCPg8I0
テスト中です。

1076 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:49:53 ID:sdlCPg8I0
皆様今晩は、藍です。

以前、非公開とされた掌編を公開する許可を頂きました。
温暖化や地震、水害等、相次ぐ天災の中で
この作品の公開許可を頂いた意味を今も考え続けています。
知人もその意図を測りかねると言った作品ですが。
以下、『啓示』。曲解無くお楽しみ頂ければ有り難く存じます。

1077『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:52:30 ID:sdlCPg8I0
『啓示』

 山々の緑に微かな錦が混じっている。きっと、もう、秋が近い。
川の神様の神社、境内の掃除を終えたところ。
ここ暫く、川の神様はご不在。お社はガラ〜ンとして、なんだか寂しい雰囲気。
掃除道具を片付けたとき、視界の端に人影が見えた。
足音も無く近づいてくる黒い着物。 膝を着いて頭を下げた。川の神様、だ。 
「久し振りだな。早速だが、お前に会いたいと仰るお方がおられる。付いて参れ。」 「はい。」
今日はSさんも姫もいないが、護り神様の仰せで有れば是非も無い。
聞き慣れた話し方と調子。しかし、何と無い違和感。 川の神様は既に歩き始めている。
川の神様の後を追い数歩踏み出した時、地面がぐらりと揺れた気がした。

1078『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:53:35 ID:sdlCPg8I0
 ここは、二週間後に訪れる予定の...では俺に会いたいというのは。
「そう、御陰神様だ。此度の大災害の対応から昨日お戻りになった。
お前の、人の気持ちが知りたいと仰っておられる。」
やはり、その御声に感じる違和感は消えない。一体これは?
本殿、階段を上り川の神様は廊下に膝を着いた。俺は階段の前に正座をする。
「御陰神様、Rが参りました。」 声を掛けて障子を開く。
数m奧に御簾、その向こうから淡い光が洩れていた。

1079『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:54:31 ID:sdlCPg8I0
 『良く来たな。お前たちの仕事も一段落と聞いた。
大儀であった。術者たちは皆、見事な働きだったと聞いている。』
この御声、以前聞いた響きではない。あれは、姫の声帯を使って発せられた声だったからか。
川の神様の表情を伺う。川の神様は黙って頷いた。
「術者の本分を尽くしただけでございますが、勿体ないお言葉。痛み入ります。」
『さて、此度の大災害、お前はどう思う?』
「多くの命が失われ、とても、とても悲しく恐ろしい出来事でした。
一族の者に犠牲者は出ませんでしたが、到底、それを喜ぶ気にはなれません。」

1080『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:56:33 ID:sdlCPg8I0
 『吾を...吾等を恨むか?何故この国の民を助けてくれなかったのか、と。』
その御言葉で、俺の心の中の何かが崩れて、涙が溢れた。
大切な人を失った人々の涙、俺の心に流れ込んだ悲しみ。
災害のあとの仕事の数々、その記憶が甦る。 息が、詰まった。
心の奥深く。間違いなく『何故?』という気持ちは有る。そしてそれはきっとSさんも姫も、
いや、この大災害に関わる仕事をした術者全員が同じだったろう。ただ。
『正直に申せ。吾等を、恨むか?』
必死で呼吸を整え、心を静める。やっとの思いで言葉を絞り出した。
『いいえ、神々の御加護が無ければもっと酷いことになっていたと、
私たちは、それだけを、信じて...』

1081『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:57:27 ID:sdlCPg8I0
 これ以上は、無理だ。言葉が続かない。重い沈黙。
『遠い昔、お前たちの時間で数十億年の彼方。
吾等はこの星の活動の源となる力によって生じた。今も、その力によって此処に在る。
この国は星の活動が激しい場所にあり、それ故吾等の数も多い。』
涼やかな御声は辺りの空気を震わせ、俺の心に染みこんでくる。以前聞いた時とは違うが、
これこそが御陰神様の、本来の御声なのだろう。気品も御力も、間違いない
『その後、星の活動によって険しい大地と深い海が生じ、
そこに数知れぬ命が満ちるのを吾等は見てきた。
吾等全てがそうだとは言わぬ。だが吾は、この地に満ちる命を愛しく思った。
この地と、そこに住む全ての命を護りたいと思っている。それだけは信じて欲しい。』
疑う事など出来ない。悠久の時を超えて、この地を守護してこられた御陰神様の、御言葉。
『ただ、吾等は抗えぬ、その力に。吾等には止められぬ、その力が起こす災いを。』
その力によって神々が生じたのなら...そしてこの国はその力が特に強い場所の1つだと。
『そして吾等の、何よりも深い業が、これだ。』

1082『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:58:36 ID:sdlCPg8I0
 洩れてくる光が明るさを増し、するすると御簾が開いた。
眼を伏せるか閉じるか思案する間もなく、これは...もう、眼を逸らせない。
12・13歳?五色の薄衣を纏った御陰神様は可憐な少女のように見えた。
以前聞いた御声と違っていたのはこのためだ。むしろ、あの時の姫よりも。
でも、御陰神様はこの辺りの神々を束ねる主神で、もう何千年も前から。
『この星が活動し大きな力が働くと、吾等もその力を得て時を遡る。
だから、この星の力が尽きぬ限り、吾等は不死。だが...』
御陰神様の右頬に一筋の涙。 胸の奥に響く、深い悲しみ。
『吾は見たくない。星の力で引き起こされた大災害で失われる、数知れぬ命を。
不死の代償がそれらの命だとしたら、むしろ吾は。』
『御陰神様、怖れながら、どうかそれ以上の御言葉は。』

1083『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 22:59:30 ID:sdlCPg8I0
 川の神様の、切羽詰まった御声。確かに、川の神様も以前より若返って見える。
それが俺たち人間や他の生物の命と引き替えに...いや、違う。
『原因』となるのがこの星の力という点は同じだが、それがもたらす『結果』は別だ。
その力は一方で神々を不死とし、他方では大災害を引き起こし多くの命を奪う。
大災害で失われる生物たちの命と引き替えに神々が不死なのではない。
当然、神々が不死と引き替えに大災害を防ぐこともできない。
何より、悪意を持って我々を殺すために地震や津波が起こるなど絶対に...
それはこの星に生まれたものの宿命。生まれたのだから、何時かは死ぬ。
産み出し、飲み込む。 遠い時の彼方、この星の力が尽きれば神々の存在さえも。ならば。
下腹に力を入れ、深く息を吸った。

1084『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 23:00:38 ID:sdlCPg8I0
 『此の度の大災害では、亡くなった人々の魂を救うために、
各地から多くの神々が被災地に集い、心を砕いて下さったと聞いています。』
大災害に関わる仕事の前に、当主様は術者を集めてそう仰った。
『亡くなった者の魂は神々に委ねよう。きっと見落とすことなく、救い導いて下さる。
そして我々は、残された者が生きていくための仕事をするのだ。』と。
御陰神様は真っ直ぐに俺を見つめた。その瞳以外、全てが視界から消えていく。
綺麗だ。俺は知っている、この感覚は。
『確かに、自らの業の重みで沈んだ者を除いて、吾等は全ての魂を掬い上げた。
少し時間がかかって苦しませたが、それらの魂は今、この上なく安らかにある。』

1085『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 23:02:56 ID:sdlCPg8I0
 暗く、冷たい川の中に跪いている。俯いて水面を見つめた。
上流から、薄紅色の光がゆっくりと流れてきた。右手がひとりでに動いてそれを掬い上げる。
そうか、この情景は御陰神様の記憶。
『済まぬ。長く待たせて、苦しませて、本当に悪かった。
だが、安堵せよ。苦しみも、痛みも既に、無い。』
右手の下にそっと左手が。右掌にぽたぽたと落ちる滴は...涙?
薄紅色の光は明るさを増し、掌から飛び立つ。まるで、蛍。 これで、良い。
『御陰神様、救うことの出来る魂は、もう。』
『そう、だな。だが、本当に見落としはないか?あの忌まわしき者共の始末は?』
『それはこれを。結界に近付いた者はこのように。』 捧げ持つ槍に貫かれた、浅ましい姿。
『皆様方、御仕事を終えて御陰神様を待っておられます。どうか。』
本当か、本当に見落としは無いか。もう一度心を尽くして上流と、水底に注意を向ける。
大丈夫。悪しき業深く自らの光を失った者以外の気配はない。
ゆっくりと立ち上がる。衣から滴る水の音。辺りを飛び交う無数の光。
おそらく他の区画でも...他の神々が既にこの仕事を終えた頃。

1086『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 23:04:03 ID:sdlCPg8I0
 『明日、夜明け前に皆で沢へ参れ。我等が生物の間に結んだ約束の証を見せよう。』

 何時の間にか、俺は川の神様の社、境内に立っていた。
『あの、沢だ。忘れてはおるまいな。』 「それは、勿論。」
「宜しい。では、細君お二人と姫と若たち三人も。きっと、だぞ。」 「はい、必ず。」

 厳密には定員オーバーなのだろうが、細い山道の入り口で軽の4駆を降りた。
俺は藍を、姫は丹を抱き、Sさんは翠の手を引いて歩く。
「ちょっと待って下さい。今、この藪を。」
この藪を抜けて斜面を降りればすぐ下に沢。藪の草を踏み分け、道をつける。
「あれは...」 Sさんの声。 続いて姫の溜息。
振り向いて皆の顔を見て、その視線を辿る。斜面の先、沢の方向に視線を移した。

1087『啓示』 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 23:07:45 ID:sdlCPg8I0
 数知れぬ、色とりどりの光。
夜明け前の薄闇を照らす、まるで季節外れの蛍、しかしこの色と数は。
そして辺りに漂う芳香、微かに鈴を振るような音。
この世ならぬ景色、まるで、秋の蛍祭り。
それらは次第に高く舞い、天上を目指すように見える。救われた魂が、きっと。

 『然るべき季節、この沢に蛍が舞う限り、約束は守られる。
それを確かめるために、その季節に御前たちは毎年、此所へ参れ。忘れるな。』

 黙ったまま、藍も丹も、飛び交う光を見つめていた。
Sさんは微笑んで翠の涙を拭き、その体を抱き上げる。
俺たちは膝を着き、黙って深く頭を下げた。明るく、静かだ、
恐らく、この景色こそ、涅槃。日々を懸命に生きる命に約束された場所。

『啓示』 完

1088 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 23:12:31 ID:sdlCPg8I0
皆様今晩は。再び、藍です。

お陰様で無事『啓示』の投稿を終える事が出来ました。
この作品については否定的な反応が有ることも覚悟しておりますが、
出来れば曲解無く、公開された意味を汲み取って下さる事を願っています。

ここまでお付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。
本当に、有り難う御座いました。

1089 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/14(木) 23:22:52 ID:sdlCPg8I0
追伸

昨夜、次作の原稿の一部を受け取りました。
「開祖」の御方に関わるお話のようです。今のところは
公開の時期も、そもそも公開できる作品なのかも不明ですが、
公開できるなら何時かきっと此所で、御機嫌よう。

1090名無しさん:2016/07/15(金) 00:42:22 ID:lWAmY10cO
新話投稿、おつかれさまです

1091名無しさん:2016/07/15(金) 02:12:51 ID:EeW0cPpU0
ひとつの事をずっと集中して想ってください。
かならずその理由は後からでも見えてきます。それが信解、さんげ。
それが身に付くと、後が解るになります。それが「解悔」

業を積まぬためにどれだけの努力が要るのか。生まれ変わっても受け継ぐ業があるとするのなら
術者の方々の生き方には頭が下がります。

流れゆく名もなき雨粒一つに気配り目配りがあるとするのならこれほどの果報も無いかと。
声なき声に耳を傾け、感謝の気持ちさえあれば、人の想いを力に変えてくださる存在は不滅と言う事と理解いたします。

1092名無しさん:2016/07/15(金) 02:18:53 ID:EeW0cPpU0
追伸

今なら聞けるかと。木蘇の御嶽で何があったのかと。啓示を読んで思いました。
忌まわしき者、でしょうか?

1093名無しさん:2016/07/15(金) 17:26:37 ID:u/ak1vBAO
藍さん、投稿ありがとうございました。神々しい雰囲気が伝わってきました。

311の数日前に魂の集団が球のようにやってきて、「今までありがとう」と礼を言われた方がいらっしゃいました。
その方は多忙で軽く受け流したそうですが、311が来て、魂の集団の「ありがとう」の意味がわかったそうです。
人は無意識では自分がいつどのように死ぬかわかっているのかもしれませんね。

震災の救援お疲れ様でした。ありがとうございます。

1094 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/15(金) 19:37:54 ID:OjcoZCJY0
皆様今晩は、藍です。

否定的な反応も覚悟していたところ、とても興味深く、
数々の真摯なコメントを頂き感謝致します。

実はこの作品について、コメントへの返信は禁止されているのですが、
皆様方の誠意に答えずにいられません。きっと後の許しが頂けるでしょう。

>>1090
有り難う御座います。皆様のコメントが投稿の原動力です。

>>1091
名も無き雨粒に心を配り見つめ続ける存在、
日々を懸命に生きる人は果報者です。今は辛くても、
いつかきっと果報者になれます。私も、そう信じます。
有り難う御座いました。

>>1092
申し訳ありません、お答えすることは叶いません。
御岳だけでなく...胸が痛み、口をつぐまざるを得ない事例が多すぎて。
しかし『忌まわしき者』などとは思いません。
むしろ澄んだ眼をお持ちなのだと。有り難う御座いました。

>>1093
受け流すのは、日々を生きるのに必死な人の身の限界でしょうね。
しかし、『今までありがとう』と語る小さき声の1つ1つに、
聞き落とすこと無く、受け流すことも無く、心を配って下さる御方はきっと。
すてきなコメント、本当に有り難う御座いました。

1095名無しさん:2016/07/15(金) 23:45:32 ID:HEEYW78.0
万物の始まりからの,神と人との約束,命の光の絆。 
起きることは避けられなかったけれども,神々の奇跡によって破滅が避けられたことに感謝します。
とても深い物語を投稿していただき,ありがとうございました。

1096名無しさん:2016/07/16(土) 00:58:40 ID:QstgHmCs0
神様にも方針の違いがあるという事か‥
穂高は動かなかったと思われる。あそこは異質で人とは近く無いらしく、動くときは他も一緒に動くみたいだから。
義憤に駆られて愛し子を自らの手でとまで思いつめたお方も居るらしい。
大難が小難に、小難が無難に。我々ができる事はまだある。それを今やってる人が居る。だから私も祈ろう。自分以外の事を。

1097名無しさん:2016/07/16(土) 11:54:16 ID:XV1UJ8Jo0
小さき人が地に満てるまでは地上は混沌としており、動物みたいな虚ろな魂で溢れていた事だろう
ほんの泡沫の夢だ、今後も人が日の本土の上に留まれている時間は。やがて切断された地殻が大量に地の底に落ち、地表に再び浮かんでくる
神様が愛しているのは人間だけではない
人が、宗教が生まれ、言葉が出来、意識が継承、束ねられる様になる頃には誰かが神様を見つけたのだろう
人と一緒にあり、人の集落にて生活をした事などほんの僅かな時間だ

信仰心によって存在を維持する必要のない存在が何故こうまで人間のことを気にかけてくれるのか
そっちの方が不思議 昔人との間に何かあったのかもな 人は基本、神様が好きだからな

1098名無しさん:2016/07/17(日) 22:08:57 ID:uOb7l4T6O
純粋にこの物語を楽しみたいと思います。もう二度と藍さんに悲しい思いをさせたくない。

1099 ◆iF1EyBLnoU:2016/07/19(火) 21:34:40 ID:pOTtD0qc0
皆様今晩は、藍です。
皆様のコメントのお陰で、『後の許し』を頂きました。

>>1095
『啓示』を投稿した意味を真っ直ぐに理解して頂き、感謝致します。
本当に、有り難う御座いました。

>>1096
その御方が今回動いて下さったのかどうか、私に知る術は有りません。
しかし、私も自分に出来る事をします。祈ります。
私と、近しい人々と、全ての人々のために。

>>1097
その疑問は至極当然で、私たちの中では、その答えが
『神々の姿が貴人と同じだから』、と理解されています。
この答えで納得頂けるなら幸いです。

>>1098
有り難う御座います。
今、『次作』の投稿準備を進めていますが、私と知人は『執行猶予』の身。
どれ程悲しくても、此所から『消去』される覚悟はあのときのままです。
だからこそ、頂いたお言葉が胸に沁みます。有り難う御座いました。

1100名無しさん:2016/07/20(水) 00:25:33 ID:38vHPjcw0
人の子が受け止めるにはまだ早いと、指摘されないようにしたつもりです。
やることやったら、その後のほんの少しの後押しを下さると信じています

奇跡を起こすのは自分なんですって♪

1101名無しさん:2016/08/23(火) 03:35:17 ID:ZBfmhtkAO
д`)

1102名無しさん:2016/08/23(火) 11:48:29 ID:A0Xo6LiQ0

我慢が足りんぞ、が、ガガガガ・・

1103名無しさん:2016/08/23(火) 20:02:40 ID:d1sMdsMo0
藍さん,待ってま〜す

1104名無しさん:2016/08/30(火) 13:04:17 ID:4nEfHRso0
最近、夜にサーバーがダウンしてる?

1105名無しさん:2016/09/12(月) 01:11:24 ID:xEJyVwSI0
お祭りの季節だな。
稲刈りも無事終わったであろうか。忙しい時期、ご自愛くださいませ。

1106名無しさん:2016/09/16(金) 22:45:22 ID:EbdftncgO
藍さん、寂しいよ〜

1107名無しさん:2016/09/17(土) 19:51:28 ID:9QFO1YY20
待っとるよー

1108 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/19(月) 18:53:16 ID:sS/3CPJ20
皆様今晩は、藍です。本当に、お久しぶり。

季節柄、仕事が忙しかった事や、その他にも色々とありまして。
原稿は幾つか預かっていますが、諸事情で投稿は難しいものばかり。

現時点で唯一投稿可能なのは、『遠雷』の続編でしょうか。
もし、ナオちゃんとユウ君の現在をお知らせ出来れば、本当に嬉しく思います。

頑張ります。どうかもう少し、お待ち下さい。

1109名無しさん:2016/09/19(月) 20:44:54 ID:FXS5Zfa6O
待ちに待った新作,藍さん,ありがとうございます!!

1110名無しさん:2016/09/20(火) 00:32:27 ID:QN96aiWkO
お久しぶりです。相変わらずお忙しいんですね、
続編を読めたら嬉しいです。お体ご自愛ください。

1111名無しさん:2016/09/20(火) 17:19:10 ID:ee4.a5Dc0
いつ終わりが来ても、と覚悟を決めてたが、やはり嬉しいものだな。

1112 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/25(日) 00:38:13 ID:8e5wXIW60
皆様今晩は、藍です。

私なりに頑張ってきた作業もようやく一区切り。
先程、新作の原稿を知人に送信しました。
チェックの後、投稿の許可が出るのを待っている状態です。
どうかもう暫く、お待ち下さい。

1113名無しさん:2016/09/25(日) 07:18:39 ID:1v9PWSzoO
わーい、ありがとうございます!
お疲れ様でした。楽しみにしてます(^o^)/

1114名無しさん:2016/09/25(日) 09:22:47 ID:GjVgqID6O
楽しみ楽しみ

1115 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/27(火) 18:40:59 ID:k1R.ouCE0
テスト中です。

1116名無しさん:2016/09/27(火) 21:59:46 ID:TX.JClK2O
わ〜い♪

1117名無しさん:2016/09/27(火) 23:41:44 ID:2wC1GTxQ0
ドキドキ

1118名無しさん:2016/09/28(水) 00:38:38 ID:HHeR4Qqg0
o(^o^)oワクワク

1119 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 01:24:07 ID:x/yro2X20
皆様今晩は、藍です。

投稿直前に問題発生、対処に時間がかかりました。
以下『霧』、本日投稿分、お楽しみ頂ければ嬉しいです。

1120 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 01:26:04 ID:x/yro2X20
 「ん〜、やっば外で食べるお弁当は美味。
たとえそれがコンビニの買い弁であってもね。し・あ・わ・せ。」
「でも漁協の見学とか正直退屈だよ。普通に楽しく遠足で良いのに。」
「そう、かな。私は好きだけど。海とか、漁港とか。」
「ナオってさ、何時も少しズレてるよね。女子高生が漁港好き、とか。」
「いいじゃん、人それぞれ。それよりナオの弁当、今日もカワイイ。」
「ホント美味しそうだよね。毎日自分で作ってるの?」
「お母さんと一緒に。2人で色々献立を考えるのが楽しいから。」
「...あのさ、前から思ってたんだけど。」 「何?」
「ナオは今、親戚の家にいるんでしょ?下宿っていうか。」
「そう、だけど。その、生まれた島から、進学のために。」
「じゃあ親戚の叔母さんを『お母さん』って呼んでるの?」
「あ...ずっと、小学生の時からで、いつの間にか。」

1121 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 01:32:06 ID:x/yro2X20
 「だ・か・ら、人それぞれ。ナオの事より自分の成績心配しなよ。
推薦で○大狙うなら2年生の成績が大事だって、先生言ってたじゃん。」
「あ〜ヤダヤダ。折角の遠足なのにイヤな事思い出しちゃった。
ナオはやっぱ◇大?成績良いし、推薦楽勝でしょ?」
「大学は...勉強するのは好きだけど。」
「え〜?わざわざ進学のために親戚の家にいるのに、大学行かないの?イタっ!」
「だからいらん詮索はやめれ。ほら、ナオが困ってる。」
「詮索って、ナオが大学行かないで島に帰っちゃったら会えなくなっちゃう。」
「何で島に帰るって決めつけるの? 専門学校も、就職だって。
それにまだ1年半も先の事でしょ。ね、ナオ...どした?」
「ほら、アンタが変な事ばっか言うから。あ〜もう。」
「ゴメン。そんなつもりじゃ。」
「ううん。ちょっと、島の事思い出して。私こそ、御免なさい。」
「それなら、あれ?」 「何だか急に、風強くなったね。それに、これ、霧?」
「やな感じ。バスに戻ろ。めっちゃ寒い。」

1122 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 01:41:16 ID:x/yro2X20
 「なあ、最近、ナオと何かあったのか?」
ナオの乗った電車を見送った後、父親が突然口を開いた。
「いや、別に。何で?」
「何でって...2学期が始まった頃からあんまり喋らないだろ。2人。」
やっぱり、父は勘が鋭い。なら相談するのも気が楽だ。
「喧嘩じゃない、だけどちょっと心配な事が。」 「心配な事?」
「時々ボーッとしてるんだよ。オレが声かけても気がつかない位に。」
「何か、思い当たる事は?」 「校外学習かな。それ以外には何も。」
「ナオの高校の校外学習...先週の?」
「そう、先週の木曜。○町の海浜公園で弁当を食べたって。」
父は目を閉じて、深呼吸をした。
「海、もしかしてあの島での事と関係が。」
「分からない。一度だけ『久しぶりに海を見た。』って言ってただけで、
その後は海の事は何も。でもナオの様子が変わったのは、その後のような気がする。」
あの島での事、ナオの魂は海の妖に囚われていたと聞いた。
ナオを助けてくれた、あの2人。Sさん、Rさん。長い間、忘れていた名前。

1123 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 01:45:57 ID:x/yro2X20
 「実は、父さんも、ずっと気になってる事があるんだ。」 「何?」
「あの人、Sさんが言った言葉だよ。『対症療法』、憶えてるか?」
「憶えてるけど、それが何で。」
「『対症療法』って、症状を抑えるだけで病気の原因は消えてないって意味だぞ。」
「あ...じゃあナオは。」
「思い過ごしかもしれない。でも何となく気になって、
だからナオを海へ連れて行くのを避けてきたし、島にも帰ってない。
ユウ、これからも注意しててくれ。ナオに何かあったら母さんも。」
そうだ、あの晩Sさんは『どちらも対症療法ですが』と言った。
文字通り、ナオは母の心の支え。
切望したが産むことの出来なかった女の子の『身代わり』。
もしかしたらそれが、ナオの負担になっているのかも知れない。
だけどオレはナオが好きだし、ナオがいてくれるからこそ家族が楽しく暮らせる。
ナオにも幸せに暮らして欲しい。オレは一生ナオを守ると決めたから。
「分かった。思い過ごしだと良いけどね。」 「そうだな。」

 思い過ごしでは、無かった。
それからもナオの口数は減り、オレたちの言葉には反応するものの、
感情を表すことが無い。心配した父と母が暫く高校を休ませると決めたので、
ナオは一日中部屋の中で窓の外を眺めて過ごすようになっていた。

1124 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 01:49:47 ID:x/yro2X20
 「駄目だ。祖母さんに頼んで置いたんだが、例の『先生』と連絡が付かないらしい。
丁度一月くらい前から『修行で暫く留守にする』って島を出たまま。間が、悪いな。」
夕食後、電話を切った父親の表情は暗かった。ナオは既に部屋に戻っている。
「あなた、ユウにも、ちょっと聞いてもらいたいことがあるの。」
洗い物の手を止めて、母親はオレ達に声をかけた。
「聞いてもらいたいことって、ナオの事か?」
「ナオの事っていうか、ナオを助けてくれた人たちに関係があるかも知れない。」
「でも、その人たちとも、紹介してくれた人にも連絡が付かないって、父さんが。」
「前に母から聞いた事がある。昔話だと思っていたんだけど。
陰陽師。事故や怪我で体から離れてしまった魂を、呼び戻す儀式をする人たち。」
オレと父は顔を見合わせた。 「詳しく、聞かせてくれ。」
「母が未だ若い頃、知り合いの奥さんに頼まれて運転手をしたの。
事故で抜け殻みたいになってしまった旦那さんを、ある場所に連れて行くために。
奥さんの方は運転免許を持ってなかったから。」
「それで?」 父とオレは固唾をのんで母の話に耳を澄ませた。

1125 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 01:51:28 ID:x/yro2X20
 「その儀式が済むと、旦那さんは少しずつ元気になって、
帰りの車の中では話もできるようになったみたい。」
「お義母さんは、実際にその儀式を見たのかな?」
「そう、人の形に切った紙を使う儀式だったって。」
もう一度、オレと父は顔を見合わせた。父の表情に明るさが戻っている。
オレも同じだ。母はあの島でSさんがオレとナオに何をしたのか見ていない。
なのに『人の形をした紙を使う儀式』と。これはオレ達に残された、ただ一つの希望。
「その場所って、何処だ?」
「母から聞いたのは、○県の県境に近い山の中。それだけ。
でももし母が今もその場所を憶えているなら。」
「恭子、すぐにお義母さんに連絡を取ってくれ。
明後日、土曜日は仕事が休みだから、一緒にその場所を探して欲しい。
もし見つかったら、何とかナオの事を頼んでみる。」
「分かった。私も一緒に行く。ユウはその間ナオの事お願い。」
「大丈夫、任せて。」

1126 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 01:55:59 ID:x/yro2X20
 昼前に出発した父と母が帰って来たのは夕方近く、2人とも表情は暗い。
母は台所に引っ込んでしまい、父はリビングのソファにぐったりと座り込んだ。
察しはついたが、やはり気になる。
「駄目、だったの?」
「ああ、お義母さんは結構細かく憶えてて...
その場所の、かなり近くまでは行った筈なんだ。
でも何故か同じ所をぐるぐる回ってたり、どうしても見つからない。
通りかかった車を止めて聞いたりもしたんだが。
お義母さんの年齢と体調考えると、あれ以上探すのは無理だった。」
父は胸ポケットから折り曲げた白紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
「もう50年近く前の事だし、道がすっかり変わってしまったのか、
もしかしたらもう、その場所自体が無いのか。どっちかだろう。」

1127 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 02:00:34 ID:x/yro2X20
 「この、紙は?」
「ああ、お義母さんの話を聞いて描いたメモだよ。
目印にしたコンビニと、そこかに山道に入って調べた脇道とか。」
「これ、借りても良い?」 「勿論、でも何で。」
「明日、オレが探しに行ってみる。父さんと母さんは無理でしょ。」
翌日、父と母は母方の親戚の結婚式と披露宴に出席する事になっていた。
渋っていたが、父は結局新婦の親戚代表挨拶を引き受けた。欠席は無理。
休日だし、一日ナオの様子を見ているのなら、いっその事。
「ナオも一緒に連れて行く。もし見つかったら、直接ナオを診てもらえるかも。」
「分かった。ただし、バイクは駄目だぞ。父さん達は送迎してもらえるから車を使え。」
ナオの事になると、父と母は眼の色が変わる。
「ありがとう。」 「父さんこそ、ナオを頼む。でも絶対に無理はするな。」
「分かってる。」

1128 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 02:03:10 ID:x/yro2X20
 その夜、父のメモをもとにPCで検索すると、目印のコンビニはすぐに見つかった。
しかし航空写真に切り替えても、そこから伸びる山道沿いにそれらしい場所はない。
父の言った通り、もうその場所がないのかも。
だが、父の言葉がオレの心に引っかかっていた。

1129 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 02:06:41 ID:x/yro2X20
 翌日、朝早く家を出た。
ナオはもう2時間近く、黙ったまま助手席で窓の外を眺めている。
いや、その眼は外に向けられているが、多分焦点は合っていない。
目印のコンビニに着いたのは9時前。入り口近くのポスト、集配時間を確かめる。
1回目が11時、2回目が17時30分。
昨日父たちが来た時間は1回目の後、2回目の集配の前に帰った。
このポストを調べても手がかりにはならなかっただろう。
此処から△県に通じる山道に入り、父のメモにある脇道を調べて、
空振りなら11時前に此処に戻って郵便配達の人に聞いてみよう。
今もその場所に人が住んでいるなら、手紙や荷物が配達している筈だ。
ナオを促して、コンビニで買ったおにぎりとサンドイッチで簡単な朝食。
コンビニの駐車場を出たのは9時20分頃。やはりナオは一言も喋らない。

1130 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 02:09:05 ID:x/yro2X20
 父のメモを見ながら1つ1つ脇道を調べる。
1時間ほど経った時、妙な事に気づいた。
父のメモに描かれていない脇道。絶対この道を見た筈なのに、何故?
心に引っかかっていた父の言葉が、急に大きな意味を持った気がした。
『何故か同じ所をぐるぐる回ってたり...』父は昨日そう言った。
もしその場所に住んでいるのが陰陽師、
不思議な術を使い、魂を呼び戻す儀式を行う人たちだとしたら。
不意の訪問者を近づけない術を使っていてもおかしくない。
右折してその脇道に入る。
舗装はそれ程荒れていない、間違いなく今も使われている道だ。
心臓がバクバクして、耳がきーんとなる。もしかしたら。

1131 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 02:11:07 ID:x/yro2X20
 「だめ。」 ナオがオレの左腿に右手を置いた...冷たい。
ゆっくりと車を路肩に寄せて、止めた。
「ナオちゃん、駄目って、一体何が?」 ナオは真っ直ぐ前を見詰めている。
「こわ い。」 全身の毛が逆立つ気がした。
助手席の窓の外、煙のような濃い霧が渦を巻いて流れていくのが見える。
車の前方から後方へ、もう車の数m先も見えない。慌てて車の窓を全部閉めた。
まさか、だってさっきまであんなに良い天気で。
ナオは両手でオレの右手を握り、肩に頭を預けた。
俯いたナオの背中を左手で抱き寄せる。やはり、その身体は、冷たい。

1132 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 02:15:42 ID:x/yro2X20
皆様今晩は、再び藍です。

今夜投稿の許可を頂いたのはここまで。
書き直しの作業を続け、許可を頂き次第続きを投稿致します。
お付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。

1133名無しさん:2016/09/28(水) 05:16:27 ID:pOsqXtwoO
新作の投稿ありがとうございます!お疲れ様でした。
車で同じ道をぐるぐる回る経験あります。田舎道で狐か狸に化かされたかな、と思いつつ、車の前を黄色いイタチみたいのが横ぎったら目的地に行けました。
運転中の濃い霧は怖いですね、書き直しや内容確認など大変な作業をありがとうございました。
ナオさんが大事にされて暮らしてることがわかって良かったです。

1134名無しさん:2016/09/28(水) 08:34:34 ID:jI1hivoIO
まだこの先は霧の中,ユウとナオの物語の続きがとても楽しみです。

1135 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:30:44 ID:x/yro2X20
テスト中です。

1136 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:33:06 ID:x/yro2X20
 どれくらい経ったのか。オレの右手を握るナオの力が緩んだ。
「コンコン」 運転席の窓を叩く音。
ビクッとして顔を上げると、窓の外に男性?の姿。そして、自転車。
いつの間にか、白く濃い霧は消えていた。
『成る程、君たちだったのか。それなら、納得だ。』
窓を閉めたままなのに、その声はハッキリと聞こえる。暖かく、懐かしい響き。
『ユウ君、久し振り。窓を開けて。』 何故、オレの名前を。
窓を開けると、その男性は車内を覗き込み、厳しい表情になった。
「ああ、これでは。随分心配したね。」 !! 思い出した。この人は、Rさん。
Sさんと2人でナオを助けてくれた。じゃあ、その場所に住んでいるのは。
「先導するから、着いてきて。まあ、この道に入れたんだから迷う筈もないけれど。」

1137 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:35:00 ID:x/yro2X20
 自転車の後を追って暫く走ると、立派な門。扉は開いている。
自転車を降りたRさんの指示通り、門を入ってすぐの広場に車を停めた。
車を降り、Rさんが差し出した右手をしっかりと握り返す。温かい。
「御免よ。今日はガレージが満車なんだ。家族が皆、家にいるからね。」
すうっと、肩の力が抜けた気がした。涙が出そうになる。
「いいえ。僕たちこそ突然来てしまって。」
助手席のドアを開けると、ナオは思いの外すんなりと車を降りた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」 背後から可愛い声。
振り向くと小さな女の子が立っていた。
肩にとまった鳥。足下の白い、小さな、これは?

1138 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:42:30 ID:x/yro2X20
 「娘の翠。僕とSさんがあの島に行った時は、2歳になる少し前だったかな。」
「あれ?このお客様方には、お名前が2つずつ。どうして?」
「駄目だよ、翠。このお兄ちゃんの名前はユウ、お姉ちゃんの名前はナオ。
それ以外の名前について話しちゃいけない。分かった?」
優しい声。でもその言葉の向こうに、とんでもないものが隠されて。
女の子は小さく頷いた。 「はい。分かりました。では。」
あの声を聞いて、隠されているものに何の反応も...一体?
女の子はちょこんとお辞儀をした。
「どうぞウッドデッキへ。お茶の準備が出来ました。ご案内いたします。」
くるりと背を向けて歩き出す。小さな白い影もその後を追った。
「あの、ありがとう。」 声を掛けると女の子は振り向いた。
眩しい、笑顔。 あの日のSさんの笑顔を思い出す。

1139 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:45:47 ID:x/yro2X20
 「そうだったの、昨日も此所に。
御免なさい。きっとお祖母さんを憶えていたのね。」
4人で紅茶を飲んだ後、オレの話を聞いてSさんはそう言った。
小さな女の子はオレ達をウッドデッキに案内した後、お屋敷に戻ったらしい。
「祖母を憶えていたって、誰が、ですか?」
SさんもRさんも、祖母に会ったとは考えられない。
祖母がこの場所を訪れたのは、もう50年も前の事だから。
「このお屋敷。このお屋敷は自身の意思を持ってるの。
普通、術者が依頼者をこのお屋敷に招く事はない。
その後突然訪ねて来られたり、このお屋敷の場所を口外されたら困るから、ね。」
自分の意思を持つ、お屋敷?じゃあ、このお屋敷は、生きてる? まさか。

1140 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:47:57 ID:x/yro2X20
 「だからお祖母さんが関わったのはよっぽど特殊な事情で、
問題が解決した後で依頼者とお祖母さんが『リスト』に載ったんだと思う。
このお屋敷の住人に招待されない限り、近づけてはいけない人物として。」
「じゃあどうしてオレとナオは。あの、濃い霧は一体。」
「ああ、あれは僕も初めて見た。この辺りの妖や精霊が覗いてたんだよ。
開いてる窓があると中を見たくなるのは人も人ならぬ者達も同じ。」
窓? のぞき込む? 車の、窓の事? 確かに車の窓は開けていたけど。
「悪しきものではないにしろ、君たちがこの辺りを走り回ってる間に
かなりの数が集まって来たから、それらの姿が君にも見えた。白い、霧として。
『今日は朝から山がとても騒がしい』と翠が言ってね。
それで様子を見に行ったら君たちに会ったと言う訳。」

1141 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:51:33 ID:x/yro2X20
 「それで、今日2人で此処に来たのは何故?」
あの時と同じ。とても綺麗で、少しだけ寂しそうなSさんの笑顔。
「先月位からナオの様子が少し変...口数が減って、いつもボンヤリしてるし。
この何日かはほとんど喋らなくなりました。」
「それだけでわざわざ私たちを探したの?心療内科のクリニックとかに相談は?
最近、研究が進んで良い病院があるもたいよ。ね、R君。」
Rさんは苦笑して軽く首を振った。
「ナオの様子が変わったのは、校外学習の後からだった気がします。
そのコースに漁港が入っていたのが関係あるのかと思いました。
それを父に話したら、Sさんが『対症療法』って言ってたのが気になるって、それで。」
「ナオちゃんが海に行ったから、またあの妖との繋がりが、と?」
「はい、もしそうならSさんやRさんみたいな人でないと対処出来ないし。」
SさんとRさんは顔を見合わせた。Rさんは笑いをかみ殺している。
「確かに『対症療法』、そう言ったわ。でもあの術はそんな簡単には破れない。
海どころか、今ならナオちゃんが4・5日あの島に戻っても、何の障りもない。」
「でも、ナオは。」
思わずナオの顔を見た。黙ったまま、焦点の合わない眼。胸が、詰まる。

1142 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:54:23 ID:x/yro2X20
 Rさんは立ち上がり、ナオの椅子の傍に片膝をついた。
「ちょっと失礼。」ナオの左手を取り、正面から瞳を覗き込む。
数秒間の、重い沈黙。
「やっぱり。こちら側の窓は少しだけ、あちら側の窓が大きく開いてる。」
Rさんはナオの左手を戻し、自分の椅子に座った。
「こちら側の窓が完全に閉じて、あちら側の窓が完全に開くと
心はこちら側との繋がりを失う。あの時、ナオちゃんはそう言う状態だった。」
「そしてもし」 Rさんは言葉を切ってSさんを見つめた。
Sさんは小さく頷いた。穏やかな、笑顔。
「そしてもし、こちら側の窓に鍵が掛かると、もうその心を呼び戻す術はない。
そう、防音仕様のアルミサッシ。イメージはそんな感じかな。
姿は見えるけれど、こちら側からの呼びかけは届かない。
かといって無理矢理に窓を破れば、相手の心が大きく壊れてしまう。」

1143 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 20:57:46 ID:x/yro2X20
 「『対症療法』と言ったのは、こうなる原因がナオちゃん自身の心に有るから。
普通の人は、生まれつきあちら側の窓は完全に閉じているし、鍵も掛かってる。
ただ、希に鍵が掛かってない人や、鍵自体がない人がいるの。
そういう人の心はあちら側と繋がりやすい。妖や精霊、時には悪霊とも。」
確かにあの時Rさんは言った『妖や精霊と親和性の高い魂』と。
そして『ナオちゃんは海に愛されている』とも。
「ナオちゃんの場合、あちら側の窓に鍵がない。
釣りの名人だってことは、それが生まれつきなのかも知れないし、
辛い境遇に耐えかねて、心を守るために自分で鍵を壊して、
何時でもあちら側に逃げられるように退路を用意したのかも知れない。
あ、ありがと。」 RさんがSさんのカップに紅茶を注いだ。

1144 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 21:03:59 ID:x/yro2X20
 「妖との繋がりを切るためにあちら側の窓を閉じた後、
ナオちゃんに呼びかけて、その心をこちら側に向ける。あの島で言う『魂呼』。
だからナオちゃんの心に呼びかけるのは絶対にユウ君の役目だった。
今回もあの時と同じ。君が『手』を離さずにいたからこそ、
ナオちゃんはこちら側の窓に鍵をかけなかったんだし。」
手を、離さずに?...!! そう言えば、不思議な霧の中でナオはオレの手を。
「このお屋敷に通じる道に入った時、車が突然濃い霧に包まれて。
その間、ナオはオレの手をずっと握っていたんです。あれが。」
「そう、今も2人の『手』が離れていないから、こちら側の窓が少し開いてる。
それに、あの時ほど深刻な状況じゃない。
Sさんならもう一度、あちら側の窓を閉じることが出来る。その後で君が。」

1145 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 21:06:29 ID:x/yro2X20
 「気に、入らない。」 Sさんの声、Rさんの表情が曇った。
「それじゃまた『対症療法』よね。『対症療法』と分かってて
繰り返し同じ術を使うのは不調法だし、正直気が進まない。
だからといって両方の窓を自在に開閉できる天性を封じるのは論外。
そんな適性を持った人間はとても貴重だから。
ねぇ、そろそろ根本的な策を講じるべきだと思わない?」

 「Sさん、ユウ君はただ。それにこの状況でスカウトなんて、幾ら何でも」
SさんはRさんの唇に人差し指を当てて悪戯っぽく笑った。
「あなたには聞いてない。もちろんユウ君も答える立場にない。
Sさんは少し椅子の位置をずらして座り直した。ナオの、真正面。

1146 ◆iF1EyBLnoU:2016/09/28(水) 21:12:09 ID:x/yro2X20
皆様今晩は、藍です。

無事、準備が済んだ分を投稿出来ました。
少々疲れているので、頂いたコメントへの返信は後日。
出来るだけ早く、残りを投稿できる事を願っています。

お付き合い頂いた皆様に心からの感謝を。
有り難う御座いました。

1147名無しさん:2016/09/28(水) 21:41:07 ID:pOsqXtwoO
お疲れの中、続けての投稿をありがとうございました。
向こうを覗くものは等しく向こうから覗かれている、というようなフレーズを聞いたことがありましたが、ゾクリとします。
意志のあるお屋敷も凄いです。大変な世界ですね。

1148名無しさん:2016/09/29(木) 21:46:54 ID:gESgpGBMO
幸と不幸はあざなえる縄のごとし。災いを介して,縁ある魂がまた集い来たるか。
Windows画面のこちら側で,物語の今後の展開を楽しみに待っています。

1149名無しさん:2016/09/30(金) 00:37:37 ID:YtghXU8Q0
今もユウ君は今のナオさんの近くにいるのか。そんな気配。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板