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やさしく学ぶ呉王朝の歴史

18白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 14:34:04

【左光、字は匡輝】、隴西の人。『春秋左氏伝』を著した左丘明を祖とし、

呉の創始以来の譜代の名家でもある【左家】の出自である。

天山の樹氷のように不動で冷厳な心胆を持つ優秀な吏僚であるとともに、晩呉を代表する詩文の人でもあり、

叡宗の治世を讃える五言律詩は不朽の名作とされている。

政治的感覚と文才を買われ、宰相にして詔勅の起草に携わる中書省の高官に出世した。

紫雲五年の新年の詔を起草したのも彼である。

性質は清廉潔白で、汚濁を嫌い、左家の当主として、呉の宰相としての責任感に篤い。

それゆえ、父が胡人の女に生ませた弟、いつ問題を起こし自らの障害となるかわからぬ左景義の存在や、

自由奔放な皇帝白牡丹を疎ましく思っている。

宰相となってからも白牡丹とは反りが合わなかったが、白牡丹が病に倒れた時に、

鼻息を荒くし始めた皇弟・白如月に近い官僚たちには

力の基である帝国の、その屋台骨が崩れ落ちそうになっているのを喜ぶとは何ごとか、と怒りを示した。

19白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 15:21:15

【焦観、字は景栄】、潁川の人。叡宗の兄、廃太子【太平君白堯】の落胤。

儒学者の焦某に嫁いだ夫人が、【太平君】と姦通してできた子であった。

その事実を知らないままに自宮し、当時叡宗の治世下に大宦官として君臨していた劉瑶に見初められて養子となる。

紫雲五年、門下侍郎となり、白牡丹の影として政務を執る。

蓄財をせず、清廉な暮らしぶりで士人からの評価も高く、白牡丹も父とも師とも敬っていたが、

生い立ちが影を落としたのか、己の心底をはじめ、人に隠す所の多い人物でもある。

清冽な容貌と実績を尊重されることが多いが、実はそれは劉瑶の養子として、

今だに隠然たる情報網を持つ劉瑶からの援助で積み上げてきた実績であり、

物語後半、劉瑶に見捨てられた彼は、あえなく一度刺客の手にかかって死ぬこととなる。

後に道士姚朝欽によって飼い猫と身体を入れ替えられ助けられていたことが発覚する。

20白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 15:36:29

また、宮中には左輔右弼とは別の、隠然たる勢力が存在した。

諸侯王の中でも最も強大であり、その勢力の大きさ、情報網の緻密さ、そして本人や構成員の才覚をも天下に畏れられる……

『燕王家』である。


燕王【白果】は太平君、叡宗の末弟であったが、太平君が廃嫡されると叡宗と熾烈な競争を繰り広げた。

叡宗の評を示す。

「あれは権謀術策を好み、人を信ずる事をしない為に先帝から『呉を任せる器ではない』と皇太子の座を与えられなかったものの、
最後の最後まで朕と皇太子の座を競り合った文武に優れた皇子だった」


その才覚の大きさ、残虐さは父親でさえもてあまし、賢すぎる我が子『燕王』の手から民を護り、

また、燕王の手をこれ以上汚させまいと

「燕王家の周囲二十里、燕家以外の者は例え皇族でも帯刀すら許されない」

『二十里帯刀禁止』を定めたほどであった。


このように、畏怖と恐怖を一身に集める燕王だが、「いつか乱を起こすやも」という衆知に反して

山の如く動かず、二人の王子も【白牡丹】と親しいのは、

燕家が「皇族白家の内紛を起こさず、他家に簒奪の隙を与えず」という信条のもとに存在していたからである。

右弼【左匡輝】が士大夫の長として中書に居り、左輔【焦景栄】が皇帝の代弁者として門下に居り、

強大な燕王家が皇帝と親密であったからこそ、すでに修復不能な王朝二百六十年の歪みにも耐え

中央は表面上の安定を保っていたのである。

21白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 15:55:44

ところが、この安定は地方の異変によって崩壊する。

隴右節度使【楊昂譚、字は子寧】、隴西の人。突厥や鮮卑などの血を引き、低い身分から武功によって地位を手に入れた。

すでに任地で支配権を半ば確立していた彼であったが、賊を使って州刺史を除き、

突厥族とも結んで、この地を完全に掌握していた。

【楊昂譚】のもたらした偽情報と、その上洛によって京師広陵は俄かに騒然とした。

しかも、事もあろうにそのような状況下で、皇帝白牡丹が病に倒れたのである。


伏せる直前、【白牡丹】は太液池に手負いの白虎が現れ、手を触れようとした瞬間に掻き消えたのを見た。

春の花神【花姑】が白牡丹に危険を知らせたとも、【白如月】派の臣僚が皇帝を亡き者にせんと謀ったともいわれる。

流行病、熱病による皇帝のあらゆる能力の損失、死、やがて来る後継者を巡る動乱――。

百官の頭に不吉な言葉が過ぎった。

皇帝の平癒を願い、吏僚、皇族、後宮全ての宮中に携わる京師の人間は宗廟の英霊に祈りを捧げた。

尚薬局の治療と人々の祈りが通じたのか、やがて皇帝は平癒することとなる。

だが、このことが、呉の分裂を早めることになる。

22白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 16:14:08

【楊昂譚】は宮中に参内する。彼は不正に握った権力を、その舌で皇帝のお墨付きを得て正当なものとした。

そしてたたみかけるように、配下の【郭勝】を遣わして燕王白果とよしみを通じようとするが、

そちらは燕王家の勘気を被り失敗する。

結局、【楊昂譚】は隴右の支配権を得ただけで任地に戻った。 宮中には束の間の平和が訪れた。

白牡丹と薛才人、薛才人に密かに思いを寄せた、燕王の二人の王子。

【白呈春】と【白承芳】の口から出る、衆知とは異なった『燕王』の顔。

白果も、若き日には叡宗の側室郭貴妃に懸想をしたことがあるという。歴史は繰り返す。


しかし、束の間の平和は永の平和とはならなかった。

楊昂譚は、今まで帝国が見て見ぬ振りをしてきた歪みを浮き彫りにした。

皮肉な事に、この事件は宮中に於ける帝位継承騒動を一時的にだが、鎮圧させた。

白牡丹は、一度呉朝とわが身を襲った危機に触れ、宗教的人間から政治的人間に変じようと努力していた。

努めて最高会議【政事堂】に顔を出し、燕王家や左輔右弼との関係を緊密にしようとし……

また、広陵の街へ抜け出したくなっても我慢して、

夢幻の中に落ちそうになっても、現実を見ようとした。

23白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 16:28:43

燕王家や左輔右弼との関係を深めようとした白牡丹。

この試みは、右弼【左匡輝】との間では完全に裏目に出て失敗する。

【左匡輝】は、白牡丹の何気なく発した一言に己の忠節を否定された思いを禁じ得ず、

かといって儒の原則から【白如月】派に転向することもできず、苦渋の選択として参内をやめてしまった。

後宮をまとめる焦景栄と、儒者の代表の左匡輝が主導する政事堂が

百官の関係を調整し政治を司るという構図はここにおいて完全に破綻する。

そればかりか、これは白牡丹と科挙官僚の決定的対立のきっかけともなってしまう。


一方で、燕王家や焦景栄との間では、この試みは成功する。

一月の間に二度の満月が上った夜、焦景栄、白呈春、白承芳、燕王府の武官から游騎将軍に抜擢された関鉄、

そして白牡丹は、ここに居る皆で呉の社稷を守ろう、と誓い合った。

24白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 16:53:12

しかし、この誓いはいとも容易く破られてしまう。

ついに白牡丹を廃し、帝国を旧に復そうと図る保守派の臣僚が計画を実行に移す。

首謀者の名前を示す。


『宮中の水鏡』礼部尚書【薛珠】。人心を操るのに長け、特に外交手腕を買われ叡宗時代から礼部尚書を長く勤めていた男。

好々爺然とした容貌、穏やかな物腰、令嬢が皇帝の後宮に薛才人として仕えているという立場。

難関の科挙に及第してから、常に「完璧」であり続けた彼は、常に己を高めていたかった。

その政治生命の唯一の失敗作、白牡丹を廃し、名君を生み出して青史に名を残す……

【薛珠】は白如月に期待をかけ、神格化してさえいた。


『劉瑶の後継者』大宦官【李畢嵐】。醜い容姿で、これまで損をすることが多かった。

毛並みの良い焦景栄と比べて、間引かれ死んだ所を【花姑】に助けられた貧農の倅に過ぎなかった。

このときまでは、彼は焦景栄の影でしかなかった。

しかし今や、李畢嵐は白牡丹と「兄」焦景栄を亡き者にする計画の中心にいた。


浙西節度使【朱日昊】。闖忠弘、喬大聖、「四天王」(金巨山、田要家、清恵礼、安圭斎)、策士史逸ら多くの臣下を抱え、

浙西という都からほど近い地の支配権を得ていた男。

皇帝白牡丹(後に薛才人に変更)・門下侍郎焦景栄・中書侍郎左匡輝の三名を暗殺し、

皇弟白如月と燕王白果が帝位を巡って争うように仕向けた後、

政争に負けたほうを擁立して広陵に進軍する計画を立てていた。

しかし方針の違いから科挙官僚と足並みを揃えて動くこと、機に乗じることができなかった。

25白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 17:20:15

彼らによる白牡丹廃立の計画が進む中、宮中ももはや安全な場所ではなくなる。

白牡丹の子を懐妊した薛才人に迫る刺客【清恵礼】。

この目論見は失敗するが、如月派は「早期に白牡丹を始末し、子が生まれぬうちに薛才人を白如月に再嫁する」意思を固める。

20余年前、吐蕃討伐の指揮をとり『飛将軍』と呼ばれた【華武乙】による白牡丹誘拐・監禁。


宮中に暗澹とした空気が漂う中、外からは、新たな風が吹き入る。

一、『雲南』、のちに『南詔』の王【蒙鐸粲】の使節の入朝。

蒙鐸粲は正二品, 使持節, 都督六詔諸軍事, 輔国大将軍にも叙任され、それを期に領土を拡張して強国を建設する。

二、襄陽公【白勒、字は暁獅】の入朝と募兵。

三、零陵公【白直、字は風悠】の入朝。


この【白風悠】が、【李徐泰】率いる二百人の盗賊に襲われたことから、白牡丹は飢餓のすえに盗賊になる民なきよう、

いくつかの政治改革を行った。

しかし、その中に含まれていた「物資の運輸を政府の統制化に置く」法令は大商人の利権を侵すものであり、

華南一帯の豪商連合、浙江公司の働きかけで高官、宦官がこれを妨害した。

26白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/04(土) 17:35:02

強硬な妨害に遭い、白牡丹は法令をやや妥協したものに改め、

燕王の長子【白呈春】を上柱国、開国九江公、尚書左僕射、市易司として、

浙江公司に対抗を試みる。

かつての張某の反乱の折に名を広め、白果に輪をかけて冷酷で才知に溢れるといわれる【白呈春】。

その名前は些かの効果をもたらした。

しかし、燕王や白呈春にその気がなくとも、燕王家の家臣団の中では、

白牡丹を廃して燕王白果をこそ皇帝にという声が大勢を占めるようになっていた。

白呈春は、皇帝の身の危険を案じ、皇帝を女官に紛れさせ後宮に隠すことを計画する。

同時に、白如月派の臣僚も、ついに計画を最終段階に進めていた。

27白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/02/05(日) 12:08:40
ここまでが1スレ目のまとめです。


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