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:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/11/26(水) 23:17:21 ID:???0
>情報化社会においては知識もとい情報が氾濫しているがゆえにそれ
らの選別が死活の問題であると言っていたと思います。
それこそまさに丸山氏流「知=力への意志」の「ただ単に<知る>だ
けでなく、<どう知るか>に位相を置くことが重要」という主張に含
まれていることでしょう。しかし昨今の日本人の場合、ヤルダバオト
さんの関心事かと思いますが、恐ろしいほどにメディアリテラシー能
力が低くなっているように思います。これは情報を受け取る側、発信
する側双方ともに問題のあることでしょう。
ただ単に情報=知といっても、様々な分野がありますが、情報を発信
する側にウマウマと乗せられてしまう受信する側、その受信側のメデ
ィアリテラシーの甘さを見透かしているとしかいいようがない発信者
側の、あからさまに「のせよう」とする明け透けやり口が、ありとあ
らゆるところで見られ、私の個人的な主観ではありますが、どっちを
みていても非常に胸糞が悪いところがありますね。
「メディアはメッセージである」とはマクルーハンの言ですが、最近
のメディアはそのメッセージに低精細度な情報、あるいはメッセージ
ですらないものが溢れかえり、外郭ばかり着飾り、いかにも中身があ
ると見せかけるところがあったりします。だからこそ知への意志の位
相が重要だと思いますが、昨今の日本の現状を見る限り、すべてとい
うわけではないにしても、かなり絶望的ではないかと思いますね。
8
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/11/26(水) 23:21:49 ID:???0
>『ナグ・ハマディ文書』を揃えるなんてさすがですね。
>私は買っていませんが、幸い学生をしているので、学校の図書館で
借りて細々と読んでいます。
いつでも気ままに引き出して読めますからねw。グノーシスは飽きる
ことがありません。ご紹介いただいたサイトですが、当然ながらグノ
ーシスをサイトで取り扱おうとした時点で色々探りを入れておりまし
て、これはずいぶん前から存じているものですね。文献を参考にした
りはしましたよ。荒井献著作集「グノーシス主義」は中古で美本なが
ら半額以下で売っているのがあり、内容的には「『原始キリスト教と
グノーシス主義』+『新約聖書とグノーシス主義』+α(グノーシス
に関することを徹底的に集めたもの)」で手に入れています。荒井氏
の研究者としての姿勢は称賛に値すると思います。問題なのは筒井氏
で、若干「自己存在主張」のきらいがあるのが鼻につきますね。あの
中には内容的に重なりがあるものもあるので要注意ですね。
参考文献ですが、全部読めてはいないものの、お金のやりくりでなん
とか中古本を探し当てたりでいい値で美本を手に入れてきたものです。
うちの中が書庫と化してるくらいですねw。でも最近はパラ読みする
にも他の文献を読み漁るので手一杯なもので、滞っているのが現状で
すね。さすがにミランダさんが紹介しているほどまで持っていません
がねw。折を見て確認しつつ、つまみ食いしてるような感じですw。
あるいは、あちらにはない文献をグノーシスと照らし合わせているの
が多いですね。ここでも試論として展開しているバタイユやニーチェ
などですが。
しかし私などより極東博士のほうが持ち合わせも読書量も桁違いに多
いと思います(^^;)
>ユングの『アイオーン』はamazonの中古で九万強でしたよ。
>しかし、九万て誰が買うんだ……。
それを言ったらルドルフのグノーシスは以前16万8千円でしたよ。
はっきりいってキチガイの値段だとしか言いようがない・・・。しか
しその他の文献にしたって専門書は高いものばかりですね。もうちっ
と触れやすいようにしてもらいたいものです。
9
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/11/27(木) 00:26:15 ID:???0
ところでヤルダバオトさんは学生だとのことでしたが、大学生ですか?
ちなみに書こうかどうか少々迷いましたが、少々気になったことがあ
るのでやはり記しておきたいと思います。
言葉の捉え方の違いなのかもしれませんが、私の観点からは、正しく
は「正統派が否定された」というわけではないという風に捉えていま
す。ありとあらゆることを知ることが可能になった時代であることは
確かですが、未だグノーシスについての解釈には正統派から見た「異
端」扱いのバイアスがあります。
おそらくヤルダバオトさんが受けた印象とは、宗教に関してグレーゾ
ーンである日本であるからこそ見受けられる印象なのではないでしょ
うか。実際、ユングなどはグノーシス主義はじめ、錬金術の研究に勤
しんでいますが、彼はあくまでもキリスト教徒の立場を通そうとしま
した(かなり苦し紛れなところがありますが)。グノーシス主義者と
言われることも自認することも否定的です。それでも正統キリスト教
からしたらかなりの異端派でしょうけど。日本人の思っている以上に
西洋におけるグノーシス主義に対するタブー視はかなり根深いものが
あると思われます。日本人でも筒井氏などはかなりそういう側面が強
いですね。
その点において中庸どころなのは大貫氏ではないかと思いますね。秋
山さと子氏などもはずせませんが。
しかしこのあたりもある意味解析できると思うのがバタイユ論ではな
いかという試論を考えています。バタイユの、超道徳的視点に立ちな
がら表現面においてキリスト教的表現を用いている悪徳についての説
明、神秘主義などについての視点、文学評論など、その洞察の深さは
かなり深く、グノーシス主義については澁澤龍彦が既に若干述べてい
ますね(秘密結社の手帖)。バタイユ自身もグノーシスについて述べ
ている論考がありましたが、ナグ文発見前というのが惜しまれます。
10
:
アルコーン・ヤルダバオト
:2008/11/27(木) 20:49:47 ID:HQCjQBEE0
>情報を発信する側にウマウマと乗せられてしまう受信する側、
その受信側のメディアリテラシーの甘さを見透かしているとしか
いいようがない発信者側の、あからさまに「のせよう」とする明
け透けやり口
よく分かります。
この受信側と発信者側の構図は、リオタール的にいえば
「大きな物語」の時代である(であった)近代と、その「大きな物語」
が「小さな物語」のひとつになった(なっている)時代である現代、
これら双方の時代で共通の構図ですが、相違点はといえば、
近代においては連帯を持った大衆であるところの受信者と権威づけ
られた情報の具現者であるところの送信者が、ある程度共犯的に
「大きな物語」を遂行しようとしている(いた)のに対し、現代に
おいては連帯を欠いた孤立的主体であるところの受信者と権威を持
っているように想定されている情報提供者であるところの送信側が、
ともに一定の志向性を維持せずに一過性の事象を表層的に消化して
いるという点にあると思います。この点で誤解すべきでないことは、
現代においても「大きな物語」が存続しているということでしょう。
これは後にアブラクサスさんが私の意見を修正した上でしてくださ
っているお話、つまり正統と異端の話に共通してくることですね。
「大きな物語」を正統、「小さな物語」を異端、と置換していただけ
れば、私が意図することの大意はご理解していただけるかと思います。
また、アブラクサスさんはユングについても言及しておられますが、
以上のことに絡めていえば、十九世紀末から二十世紀半ばまでを生きた
ユングは、まさにこの二つの時代の相克を真摯に受け止め、これになん
らかの解決策を講じようとしたんだと、私は解釈しています。アブラク
サスさんが仰られるように、彼は確かにキリスト教に違和感というか危
機感というか非常に複雑な心情を抱いていたらしいですが、それがあく
まで一キリスト教徒としてだということに、彼の特異性があるのではな
いかと思います。そんなある意味でバランス感覚の優れた(?)彼が異
端であるグノーシスに傾倒するということはまったく不思議なことでは
ないでしょう。まあ、ユングについて話すと、もうほんとにキリがない
と思いますので、このくらいにしておきますがw(かといってそんなに
詳しくはないです)
>荒井献著作集「グノーシス主義」
おお、すごい。半額以下はいいですね。やっぱり古本屋歩き
とかされるんですか?それとも、ネットでしょうか?オーク
ションもなかなか便利ですからね。
私は個人的には大貫氏を支持しています。なにぶんユング的でいらっ
しゃるのでw
>日本人の思っている以上に西洋におけるグノーシス主義に対するタ
ブー視はかなり根深いものがあると思われます。
この辺は難しいですね。周知の通りですが、まずもって、西洋と、
グノーシス主義の定義が広義過ぎるきらいがありますし。
ヨナスなんて、グノーシスの神話を「東方型」と「西方型」に峻別して
いますよね。私は、日本人であるとかを抜きに、グノーシスの思想もと
い精神はワールドワイドだと考えています。人間の社会伝統的な位相と
精神構造的な位相を分けて考えれば、後者における地域的差異は少ない
でしょうし。どこかで、「心理学は現代の神話だ」というのを聞いたこ
とがありますが、心理学(特に精神分析学)が一世紀の間に世界中で急
速に普及したのも人間の精神構造は一定の普遍性持っているからだと思
います。
はい。現在、都内で学部生をしています。一応、こういう思想なんかに
関係した勉強もできる環境ですね。まだまだひよっこなので変なこと言
ってたら修正しちゃって下さいw
バタイユですか。私は全然詳しくないので、これを機会に折に触れて
勉強しますw何はともあれ、試論、期待しています。
文章改行、統一しました。こっちのが見やすいですね。
ではでは。
11
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/11/29(土) 20:22:08 ID:???0
「われ反逆す、故にわれらあり」
タレントで知られるセイン・カミュの大叔父に当たる、ノーベル文学賞受賞
者アルベール・カミュが『反抗的人間』で記した名言です。私のお気に入り
の名言のひとつとなっていますが、今回のヤルダバオトさんの返答には、ま
さしくこの著書が引き起こしたカミュ=サルトル論争こそがふさわしいかと
思いました。
今回のヤルダバオトさんの発言はそのまま解体されていくマルクス主義と現
代思想の相関に関わっていることですね。その話をされているところを見れ
ばもう言うまでもないことだと思いますが、デカルト→カント→ヘーゲル→
マルクスと辿ってきた近代哲学がいわゆる主流とされていたのに対し、現代
思想はソシュールとニーチェがその源流となっており、まさにマルクス主義
へのアンチテーゼという形になっています。
ちょうど近代科学・近代哲学が、神概念の形骸化したキリスト教の道徳に基
づいた価値観から逃れられず、絶対的な価値観というものを築き上げようと
してきたように、マルクスの思想もまた、合理的な思考に基づいた「理想郷
(ユートピア)」を築き上げようとしていました。そのゴールとなるのは、
国家権力を解体することにあったはず、しかしその実践はかえってスターリ
ンの独裁政権に見られるように「権力ゲーム」を築き上げるきっかけになっ
てしまった。というのも、これは実に簡単な理由が挙げられます。
マルクス主義はルソーの述べた「一般的意志」を受け継いでいるのですが、
その実践において実に危険な側面を表出させたといえます。それは「一般的
意志」を盾に自分の意に反するものを「合理的」に排除できるといった側面
です。絶対的真理だとか歴史的必然という、認識の絶対性の追求は、こうい
う危険な側面をもっていました。(諸所の違いはあれど、スターリンや毛沢
東の政敵粛清は記憶に新しいでしょう)
12
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/11/29(土) 20:26:59 ID:???0
このマルクス主義という、西欧において主流を占めていた知=権力の下に、
その反動という形で、ニーチェの思想が見直されるようになり、とりわけフ
ランスの思想界においてめまぐるしい論争が繰り広げられていくことになり
ます。最初はサルトルとメルロ=ポンティです。この二人はともに現象学者
で、盟友でしたが、当初から考え方を異にしていることが明らかで、後に訣
別し、メルロ=ポンティが執筆中に心臓発作で突然死してしまうそのときま
で、和解が恢復することはありませんでした。この二人の対立構造を始めに
みると、サルトルが当初マルクス主義に嫌悪を示していたのに対し、メルロ
はその支持者でした。しかしサルトルが転向者としてその支持に回るように
なると、メルロは逆にスターリニズムに見られるようなマルクス主義を擁護
するにあたわずとして非共産主義者に転向します。まるで時の流れとともに
立場がまるで正反対に交差していく螺旋を描くように対立しているのです。
結局「帝王」サルトルの実存主義哲学は、マルクス主義を擁護する最後のも
のとなっていきますが、ここで見るべきは、現代思想の大家たちのほとんど
が、こうしたサルトルを指標として、まるでサルトルをとり囲むかのように
対立していたということです。カミュの「反抗(反逆)」の主張が引き起こ
した「カミュ=サルトル論争」もその顕れでした。
実はこの論争にバタイユも一枚噛んでいます。バタイユがカミュについて評
論している「言葉とエロス」という本があります。大学の図書館になく、調
べられないのが残念なのですが、直接ではなくも明らかにカミュを意識して
いるバタイユの講義録が最近手に入りました。バタイユはその中で、自分の
思考について「思考それ自身に対する絶えざる反抗」であると述べています。
バタイユは言説がその語るものから離反し、己の上に自閉していくときに、
思考の「外」にあるもの、あるいは不可能としてはじめて露呈するものを
「言説を通してどうにかして語らざるを得ない」という彼の抱えた難問を
カミュの「集団的な美徳(歴史主義的使命=言外にマルクス主義の意)」
に従った合理主義的思考に基づいて殺人を正当化することに否を唱える反
抗と、自身の唱える至高性について重ね合わせてカミュを積極的に評価し、
サルトル側の無理解とその党派的な悪意を明らかにしたそうです。
13
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/11/29(土) 20:33:46 ID:???0
この「言説を通してどうにかして語らざるを得ない」思考の外にあるもの、
あるいは不可能としてはじめて露呈するもの、というところには、グノーシ
スに触れているヤルダバオトさんなら、どこかで聞き覚えがあることでしょ
う。まさに、グノーシス主義の「至高神=存在しない神」に該当することで
もあります。大貫氏の「グノーシスの神話」にも否定神学のことが載ってい
るはずです。
・・・まあこれは一例ですが、キリスト教VSグノーシス主義対立構造その
ものもまた、フランス思想界におけるマルクス主義(サルトルら)に対する
メルロ=ポンティ、バタイユ、カミュ、フーコーらの思考の対立構造にあて
がうことができなくはないと思います。特にフランスと似たような思想状況
にあった日本でもそれは無縁ではないでしょう。
普遍的真理、絶対的事実など存在しない、あるのは解釈のみであり、もしも
その普遍的真理なるものがあると主張するならば、その知性は、大多数の人
々にとってはぎこちなく陰鬱な、ぎしぎしきしむ機械である。彼らはこの機
械を運転し、しっかりと考えようとする場合、「物事を真面目にとる」と称
する、といったのはニーチェであり、その与えられた知によって硬直したゲ
シュタルトをして身体を縛る監獄だと精緻に分析したのはフーコーであり、
グノーシス主義においては、ある権力(アルケー)下にあってがんじがらめ
にされているという表現を「アルコーン」あるいは「番天使」という形で示
しえているといえるでしょう。
「ヨハネのアポクリュフォン」の解剖学なんて、憶え切れないくらいうんざ
りするほど、身体がアルコーンによって支配されているではありませんかw
キリスト教においては絶対的真理に位置づけられる「理性的な神」がグノー
シス主義では「偽りの神」に位置づけられ、普遍的真理は存在しないという
ところに真の至高神が当てはまるのはいうまでもないでしょう。
14
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/11/30(日) 02:00:50 ID:???0
>ヨナスなんて、グノーシスの神話を「東方型」と「西方型」に峻別してい
ますよね。私は、日本人であるとかを抜きに、グノーシスの思想もとい精神
はワールドワイドだと考えています。人間の社会伝統的な位相と精神構造的
な位相を分けて考えれば、後者における地域的差異は少ないでしょうし。
ひとつの価値観=知が通念として、絶対的な真理を構築すれば、それとは異
なる者たちは疎外されます。バタイユがサルトルのカミュに対する無理解、
あるいは自分に差し向けられた無理解を「党派的な悪意」だと指摘したのも
サルトル側が合理的思考という名の絶対的真理を盾に、カミュをその価値観
から悪に仕立て上げている、ということだといえます。ただし、カミュの場
合は、サルトルから見れば反動であっても、バタイユのようにその反動に加
勢する味方も多かったでしょう。マルクスによって述べられた疎外ですが、
ほかならぬマルクス主義自体が少数派を疎外するという皮肉な結果を生み出
していたわけです。
ヤルダバオトさんの仰る、社会伝統的な位相と精神構造的な位相というのは
この「疎外」に当てはまることだと捉えましたが、それでしたらグノーシス
的なるものの本質というものがまさにこの社会から疎外された存在が連帯し
て「われ反抗す、故にわれらあり」の精神を抱くという点で、類型の問題以
前で一致を見ます。
おそらく言葉の捉え方の問題で、考え方の内実にそれほど違いはないのでは
ないかと思いますね。荒井氏、大貫氏を始め、グノーシスは新たな造語や意
味を作りはしても、寄生型の宗教であると述べている点で、成立当初(キリ
スト教以前のユダヤ教時代)からこの点においてはどこもあまり変わらない
というようなことは述べられていますからね。
ただ、おそらくいわなくても分かっておられると思いますが、大貫氏のよう
に中庸的な視点を保っておられる方はなかなかいないものですよ。グノーシ
ス主義に関わらずですが、丸山氏が指摘しているように人間の身体に知=権
力が行使されることで形成される硬直したゲシュタルト、すなわちノモス化
された表層意識におけるラングの世界の価値観に普遍的真理を求める人間は
ごまんといます。
そういや、ペイゲルスの訳をした荒井氏が指摘しているように、グノーシス
の定義というものに個々人での差異もありますな。荒井献著作集でも荒井氏
は柴田氏の星辰拒否説に対する明確な対論をまだ見つけていません。反宇宙
的二元論を挙げているわけではありますが・・・。
15
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/11/30(日) 02:23:18 ID:???0
とまあ、ずいぶんネタバレもしてしまいましたかな・・・?(^^;)
>はい。現在、都内で学部生をしています。一応、こういう思想なんかに関
係した勉強もできる環境ですね。まだまだひよっこなので変なこと言ってた
ら修正しちゃって下さいw
もしかして、文学部生ですかね?w
私は社会学部生ですが、グノーシスについてきちんと研究できる環境という
ことは同好の士もおられるのですか?うちはあまりないんですよね。教授と
話をしている限りにおいては面白いのですが。歴史社会学とか文化表象論と
かやっている分にはバタイユ、フーコー、丸山の理論が面白いほど受けるの
ですがね。
いや、私もまだかけだしですからw。互いに意見を交わしつつ精進しましょ
うw。本についてですが古本屋歩きはなかなかできませんねぇ・・・。私は
大学はヤルダバオトさんと同じく都内にあっても、ど田舎のほうですからね。
ネットはまあ、アマゾンの中古を見たり日本の古本屋を見たりが普段ですか
な。日本の古本屋は結構値がいい割りに美本がそろっていますよ。美本と書
いている分には失敗はありませんねw
ところでヤルダバオトさんはチャットとかやりませんか?博士とともにウロ
ボロス・ゲマインシャフトを作ってますが、ヤルダバオトさんもいかがです?
エヴァに関連することではなくても、グノーシスのページにその他のアニメ
評論でも文学評論でも芸術評論でも何か論考をお書きになりたいとかありま
したらこちらが編集してHPに載せますよw。しかしグノーシスの説明やる
にもまず辞典みたいなのを作らないとなぁ・・・。ご検討くださいw。
17
:
アルコーン・ヤルダバオト
:2008/12/02(火) 00:44:57 ID:HQCjQBEE0
「カミュ=サルトル論争」を軸にしたお話
ありがとうございます。
特にサルトルとポンティの対蹠的な関係に
ついては知らなかったので、参考になりま
した。
因みに、不勉強で申し訳ないのですが、
>柴田氏の星辰拒否説
というのは何でしょう?何か参考になる文
献はありますか?
ええ、文学部生です。しかし、残念ながら
、同好の士と呼べるほどの人は周りにはあ
りませんね。大体、文学部っていっても、
グノーシスに興味を持つ者そんなに多くな
いようですw
チャット、いいですね、是非。碌な話は出
来ないかもしれませんがww Windows liv
e messenger推奨とのことですが、それ以外
の、例えばSkypeでは無理でしょうか。
ウロボロス・ゲマインシャフト、ですか。
かっこいいですねwメンバーにして頂ける
のなら光栄です。
論考は現状じゃ無理そうですが、機会があ
れば考えてみますね。恐らくグノ関連にな
るでしょうけれど。
18
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/12/02(火) 22:28:48 ID:???0
日本の現象学研究の大家である木田元氏によれば、サルトルとメルロの対立
については、マルクス主義の是非の他にもその要因は見られるとのことで、
現象学の思考そのものについても、彼ら以前の大家であるフッサールとハイ
デッガーの対立が少なからず引きずられているところがあるのだそうです。
>柴田氏の星辰拒否説
別スレで極東博士が「グノーシス『陰の精神史』」(『異端と近代』の姉妹
本)からの抜粋をしておられますが、これはグノーシスの定義に関わる問題
です。その記述の通り、1966年シチリア島のメッシーナで開かれたグノーシ
ス研究の学会で、三つの定義をいわゆる「グノーシス」の本質的な構成要素
とする決議が出ています。ご存知でしょうが一応載せときます。
1:超宇宙的な神的領域を可視的物質的宇宙と存在論的に対立させてる反宇宙的二元論。
2:超宇宙的な神的本質と人間に内在する本来的自己の間の同質性。
3:この同質性の覚知をもたらす啓示。
19
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/12/02(火) 22:37:57 ID:???0
「荒井献著作集第六巻『グノーシス主義』」の冒頭には、この定義に則った
説明が詳細にされていますし、私が紹介しているページも、大体これに則っ
ています。この提案による定義は、いずれも価値判断を含まない純粋な記述
用の概念です。しかしこの定義を漠然としすぎたものとみなして反対する者
がおります。柴田有氏はその一人で、その「星辰拒否説」は、グノーシスの
本質を「反宇宙論」というよりもむしろ、星辰崇拝の拒否の一点に絞るもの
とするものです。星辰崇拝の拒否は、それが支配者階級を祀る権力の象徴で
あるからで、グノーシス主義ではご存知「番天使」「惑星天使」がそれを支
配している諸力(アルコーン)として描きだされます。そしてそれらは人間
の霊魂を閉じ込めるものとみなされます。
この点は荒井氏も否定はしておりません。ないわけではないからです。ただ
問題なのは、柴田氏がグノーシスの本質をその一点に絞ってしまうというこ
とです。この点は大貫氏が反駁を加えています。この定義では星辰崇拝を拒
否するキリスト教徒もグノーシス主義に含まれてしまうし、逆に星辰に神性
を認めるマニ教はグノーシス主義に含まれないということになってしまいま
すからね。定義づけしてしまうことで混乱が生じるという柴田氏ですが、逆
に自分が提示した定義が、グノーシスの多種多様な類型を認めないというこ
とになってしまう点があるわけです。
ただ、彼の宇宙論に視点を置いた考察も捨てたものではありません。詳細を
見るのであれば柴田有「グノーシスと古代宇宙論」(勁草書房)を参考にす
る必要があるでしょう。
20
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/12/02(火) 23:46:40 ID:???0
チャットについてですが、Skypeは使ったことがないんですよね。極東
博士とのメールとのやり取りもそちらでやってますから、できればウィ
ンドウズ・ライブ・メッセンジャーでのやり取りをお願いしたいのです
が無理なようでしたらこちらのほうで検討してみます。改めまして、今
後ともよろしくお願いいたします。
21
:
アルコーン・ヤルダバオト
:2008/12/04(木) 01:17:03 ID:HQCjQBEE0
「星辰拒否説」に関して、なるほど、分かりました。
詳解していただき有り難うございます。
チャットにつきましては、Windows live messenger
の新しいアカウントを作りましたので、それで対応で
きます。ただ、個人的にはSkypeの方が使いやすいので、
提案させていただきましたがどっちでもよいですよ。
では、こちらにE-mailをはっつけているので、どうぞ
よろしくお願いいたします。
22
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/12/04(木) 07:00:48 ID:???0
>ヤルダバオトさん
メールのご用意、ありがとうございます。早速登録させていただきま
した。そちらに私のメールが届いているはずですので、ご確認くださ
い。だいたい何時ごろがいいか、お知らせくださるとありがたいです。
ところで、そろそろ年末ですし、一度博士ともご挨拶したいのですが、
博士はやはりお時間とれませんか?
澁澤龍彦の著作全集のネタ(特にバタイユについて)を調べまわって
たので、博士のバタイユネタ(三島由紀夫も兼ねて)詳しく聞いてみ
たい限りです。最近はそれをヒントに、「偽りの再生」のチャプター
タイトルと「子どもを乗せる方舟=寡婦としてのエヴァ(弐号機)」
及び、ゼーレがそれを「忌むべき存在」といい、「本来の姿に戻す」
といっていることを、ナグ文の記述と娼婦の神聖視、及びグノーシス
派の寡婦の蔑視と併せる、ぶっとんだ話を用意してますがw。
23
:
極東博士
:2008/12/14(日) 10:14:15 ID:G6iz/z3k0
残念ながら社会人にとってはこれから年度末にかけてが年間通じて最も多忙な時期であります。
中途の論考も年内には一段落させたいと思っていたんですが。
まあ、ぶっとび具合ならヒトのコミュニケーション段階をブラヴァツキーからコージブスキーまで
アカシック的に概観する私論があるんですけどね。
これはロゴスを言葉とするか論理と解釈するかにもよりますので、そのうちに。
24
:
極東博士
:2008/12/21(日) 12:08:53 ID:G6iz/z3k0
ところで星辰に関してですが、柴田のグノーシス感はあくまでもヘルメス文書が
原典であることに留意したほうが良いと思います。
ご存知のようにヘルメス文書はルネッサンスに大きな役割を果たし、
パラケルススやアグリッパといった魔道師たちや錬金術師たちが
最重要なテキストとして、その目指すものを求め続けています。
その延長線上にユングの存在があるのは明らかでしょう。
しかし、その邦訳に関しては多くのトラブルを抱えていたようで、
柴田の師である荒井との反目から重版さえかからず、また、岩波から
出版されたナグハマディ文書の邦訳からも柴田が締め出されたのは
返す返すも残念なことだと思います。
25
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2008/12/21(日) 18:35:04 ID:???0
補足ありがとうございます。柴田氏は『グノーシスと古代宇宙論』以
来グノーシスの文献には名前がまったく出てこないですよね。アマゾ
ンで調べたら、最近2006年に『教父ユスティノス』とかいう本が
出たらしいですが、それくらいです。
復刊ドットコムでも「ヘルメス文書」の投票数はかなり多いのに、全
然復刊運動が機能してない・・・。博士の仰るとおり、柴田氏はヘル
メス文書に重点においており、さらにその中でも『ポイマンドレース』
にその論の展開の根本を置いています。『ポイマンドレース』に関し
ましては、『グノーシスと古代宇宙論』のほうにも補遺として全訳文
が載ってますので、今現在でも参照可能ですが。『ポイマンドレース』
に重点を置くのは、初期グノーシスを代表する作品とみなしうるから
だと。ヤルダバオト氏も関心のあることでしょうから彼の主張を載せ
ておきましょう。ある意味、「陰の精神史」とか「異端と近代」に対
する批判とも受け取れるかもしれません(我々の戯れも?^^;)。
時期的にこれのほうが早かったわけですが。
「1945年に発見されたナグ・ハマディ文書(以下ナグ文と略)に対する興味は新鮮である。これは
現代グノーシス研究の尖端であり、主流であるといってよいばかりでなく、今後も当分の間話題を
提供し続けて行くであろう。しかしながら、私はこの流れにいささかの不安を感じないわけにはい
かない。ナグ文に対する解読、翻訳、注解、思想の分析などの多大な努力は確かに有益であるが、
グノーシスとは何かという問題はある時期からほとんど省みられなくなっているように見受けるの
である。私見によれば、グノーシスの本質規定の問題はまだ未解決であり、このことは「グノーシ
ス」という用語の混乱と表裏一体である。グノーシスと一般に言われている文書Aを土台にしても
う一つの文書Bを研究し、そこに多くの共通モチーフが見出されるから、Bもグノーシスであると
いった具合に、次々に混乱が広がっていくのは、その一例である」
(『グノーシスと古代宇宙論』より)
この後にヘルメス文書に起源を置いた古代宇宙論研究について述べら
れていますね。
26
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/02/14(土) 12:56:12 ID:???0
博士、ヘルメス文書についてですが、ヤルダバオトさんがヘルメス文書
の訳を、自分でやって載せているサイトを知っているとのことで、紹介
してくれました。一応載せておきます。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/ch_index.html
なんか野次馬集団とかいうらしいですけどw。ヘルメス文書を持ってお
られる博士からして、このサイトはどうでしょう?
できれば柴田・荒井のヘルメス文書を手に入れたいですけど、なかなか
手に入りそうもないので物語として読む分にこれでよければ、こっちで
「とりあえず」読んでおこうかと思うのですが・・・。
27
:
極東博士
:2009/02/22(日) 22:31:38 ID:G6iz/z3k0
そのサイトはどうも反柴田勢力か、荒井の息がかかったメンバーで構成されているような気がします。
記述そのものはそれなりに評価できるのですが。
あるいは逆に現在はグノーシスもヘルメス文書からも遠ざかった柴田本人が翻訳のフォローとして開設したのかも知れません。
ヘルメス文書の翻訳を入手して驚いたのは本自体の構成が岩波の「ナグ文」翻訳と全く同一だったことです。
これが荒井の発案であることは考えにくく、柴田の発案であれば、デザインの盗用で訴えることも可能だと思いました。
28
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/02/22(日) 23:09:04 ID:???0
>ヘルメス文書の翻訳を入手して驚いたのは本自体の構成が岩波の「ナグ文」翻訳と全く同一だったことです。
あ、それは私も存じてます。あれ、これって出版社違うのに同じ編集方
法じゃないかって。デザインの無断盗用ですか?それだったら相当問題
な気が・・・。でもこのデザイン、荒井氏がかかわってない岩波の旧約
聖書とかもあったかと・・・。荒井氏が編集してる新約聖書の訳注のデ
ザインもこれでした。
実は図書館の地下に潜入して『ヘルメス文書』を見つけたんです。ポイ
マンドレースにあたるところだけ読んでみたんですが、訳注きちんと読
みたいですね。しかし運悪く見つけたとき、図書館で本を借りっぱなし
(『アイオーン』とかw)だったもので返さないと借りれない状況にあ
りました。次の日に返しにいったら「貸出中」とか、どんだけーって。
あまりの運のなさに「こんちくしょー!」と地団駄踏みました。(^^;)
荒井氏と柴田氏の対立事情はどうあれ、記述そのものがそれなりに評価
できるとのことであれば、「物語として」はぼちぼちチェックするよう
にします。
29
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/03/12(木) 02:18:47 ID:???0
博士、一応ご報告申し上げます。『ヘルメス文書』の訳注のデザイン
についてですが、博士もお持ちでしょうから確認できるでしょうけれ
ども、荒井らが柴田のデザインを盗用したというより、このデザイン
自体はヘルメス文書以前の岩波の書にも、柴田と関係ないところで見
出されます。たとえばプラトン全集の『ティマイオス』は1975年の発
刊ですが、『ヘルメス文書』は1980年です。そう考えますと時期的に
柴田から盗用したとはいいにくいのではないでしょうか。まあ我々に
は読みやすいつくりをしているからこの方がいいわけですが。
30
:
極東博士
:2009/03/15(日) 10:51:49 ID:G6iz/z3k0
そうみたいですね。岩波の編集者の発案によるものかと思います。
なかなか大したものだと思います。
他の出版物まで確認する時間がなくて、つい独断的な記述になってしまいました。
反省しております。
31
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/03/17(火) 13:38:04 ID:???0
実際、あのデザインは私の中でも博士がおっしゃるように、読みやすい
というか、みんなあのようにしてほしいな、と思いますよ。ユングの本
なんか特にこれでもかっていうほど用語が多用されているので、いちい
ち後ろのほうに行って、なんてやってると、分厚いだけに、非常に読み
にくいことになってしまう…。
ところで、私は最近澁澤龍彦も多く引用しているミルチア・エリアーデ
の7000円級の高価な本『世界宗教史』シリーズ三冊を、思わぬことから
ディスカウントして3000円で全部手に入るという好運がありました。本
来21000円だろうというにもかかわらず、7分の1という安さ、しかも、
状態もそんなに悪くない。ユングの元型とかさまざまな神話が用いられ
ているわけですが、あらゆるところが雑感できるので重宝してます。ボ
ゴミールやカタリ、初期グノーシスについても簡単にまとめられていま
した。うれしい代物です。
32
:
極東博士
:2009/04/26(日) 10:59:34 ID:G6iz/z3k0
いい買い物しましたね。
残るはJ.G.フレイザーの金枝篇でしょうか。
もう、読まれているかな?
33
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/04/26(日) 15:36:42 ID:???0
ないですw。って、調べたらエェェェΣ(゜Д゜;)って値段じゃない
ですかw。今の状況じゃこんな高いの全冊買えないっすよーw。
ていうかこういう本の仕入れ情報、自分で探すわけですけど、多くはあ
ちらのサイトを参照しつつ、博士がお勧めしてくださっているのが参照
の対象になってるだけなんですw。エリアーデの『エリアーデ オカル
ト事典』ならあります。またこれも8000円だったのがすごい安値で手に
入ったんですw。というか思ったことがありますが、世の中に「雑学」
本として出されている本ほどつまらんものはないと思いました。あれで
はかえって、面白いものも面白くなくなってしまうのではないか、いき
なり難しいものに触れるのもどうかと思いますが、最近そう思うように
なってきています。むしろ難しくても、とっかかりにしてひっかかるも
のを考察しようとする探究心のほうがよっぽどいい気がしました。以前
博士に錬金術の話で、入門書から入ったといいましたが、種村孝弘の本
は別として(あれはよくまとまってる)、つまらなかったんですよ雑学
本。でもユングから入ったらグノーシスのシュジュギア神話との関連か
らしてやたら面白いですw。
…最近現代思想の本とか読んでいても、どうしても丸山の論に行き着い
てしまうんですがw。フーコー読んでもバタイユ読んでもw。そのこと
を大学で論理的に演繹展開したら、教授から、ならば丸山を乗り越えろ!
といわれてしまいました(汗)。ロゴスには対立物を結合し、万物を統
べるものという概念もありますが、丸山を絶対化するわけではありませ
んけど、丸山がそんな感じになってしまい、これをどうやって乗り越え
ろとw。どう考えても私は丸山のような凄まじい領域には、読書量から
しても達していない…、くそー、どないせいっちゅうねん!(泣
34
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/04/27(月) 00:08:20 ID:???0
すみません、取り乱しまして(^^;)。でも博士、どうせなら教えて
いただきたかったんですが、『金枝篇』にも種類があって、どれがいい
のか分かりません(汗)。ちくま学芸文庫の『金枝篇 初版』がいいの
か、岩波文庫の『金枝篇』五巻セットがいいのか、『図説 金枝篇』が
いいのか、それとも…、国書刊行会の10000円級の四冊?(^^;)最後
のやつは到底無理です(汗)。また古本屋を駆け巡ろうにもw。エリア
ーデのは文庫版にすると中古より高い計算になるので古本探してディス
カウントしたわけですがw。
ところで取り乱しついでにアラレちゃん風に呼びかけていいですか?w
てかそのまんまは無理ですが(ぇ
おーい、はかせぇ、最近コミュニケーションとりにくいよ〜w
せっかく提示してくれているネタも一方通行じゃ埒あかないよ〜w
こちらも一方通行で空回り状態だよ〜w
HPと博士の論考の件で個人的に話さなければならないことが〜w
このところちょっとこれが気にかかってならないのでw。
社会人にこんなことを言ってしまえば、きついおしかりがくるかもしれ
ませんが、一応気にかかったことだけはお伝えしておきたいと思ったの
で、すみません(汗
37
:
極東博士
:2009/05/06(水) 21:46:53 ID:G6iz/z3k0
どうも失礼。学生さんにはイマイチぴんと来ないでしょうが、
昨今の経済情勢は巷間マスコミが伝える以上に深刻でして。
製造業なら収入削減されても労働時間も削減されるわけですが、
こちとら収入は変わらず労働時間は倍増という悲惨非道な状態でして。
38
:
極東博士
:2009/05/06(水) 21:51:34 ID:G6iz/z3k0
エリアーデはいかにもなアカデミズムを前面に出しているので、小生のような
人間にとっては退屈ですね。逆に言えばアカデミックに進むならば、必読でしょう。
「オカルト事典」もしばらく前にはどこの古本屋でも3000円位で見かけましたが、
今はもっと下がったんでしょうかね。
39
:
極東博士
:2009/05/06(水) 21:55:45 ID:G6iz/z3k0
丸山には後継者が不在という現実的問題が以前から指摘されてました。
半年ほど前ですか、いちおう不肖の弟子がなにか本出してましたが、
あまり話題になりませんでした。
まあ、日本ではソシュール自体の研究が進んでないせいもありますけど。
40
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/05/07(木) 00:18:01 ID:???0
こんばんは。すみません、悲惨非道な状態であるにもかかわらずこのよ
うな悪ふざけをしてしまいまして…m(_ _)m。
ただ、ぴんとこないわけでもなく、私も私で別の意味で深刻です(汗)。
掲示板では結構気ままに書いてますが、やばいほどに頭の中爆発してま
す。いろいろな人に指摘されてますが、私の頭はそれこそどうもコミュ
ニケーションとブレインストームがないといつまでも同じところでグル
グルになってしまうというかなんというか…。
大学院に進むわけですけど、高学歴ワーキングプアとか、それ以前にこ
の先の身の振り方で、このところずっと無い頭を絞りっぱなしでして。
最近思うのは、セクシュアリテの問題を歴史から見るという点で、バタ
イユにしろフーコーにしろ丸山にしろ、これまで学んできたことをグノ
ーシス主義の研究とかに結び付けて自ら突き進んでやってみようか!と
いう気概を持ち始めているのは確かです。とはいってもどう結び付けて
いったらいいのかという見通しがまったく立っていないので、それが今
深刻です。なんか考えられる方向性みたいなので参考になるようなもの
があればいいんですが、セクシュアリテの課題をなんとかせねば…。
エリアーデについてですが、確かに私が見る限りでもアカデミックな要
素を全面的に出しているというのは同意です。まあ、私のようなずぶの
素人がまず取っ掛かりにするにはその辺の雑学本なんかよりははるかに
いいなということですよ。色々基本的知識として確認するには至便なも
のかなということで。退屈だというのはまあそんなところでしょうかね?
ぶっ飛びはありませんし。
金枝篇ですが、中古の岩波文庫を買っておきました。国書刊行会は無理
ですので(汗)。図書館にあったけど。当分読む暇無いですが、いずれ
読んでみます。
41
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/05/07(木) 02:18:29 ID:???0
ソシュールそれ自体は、丸山の小事典(あれはどう考えたって『小』事
典じゃねぇな、汎用性と分かりやすさの意味で『大』事典だw)とか、
丸山が最初に出した『ソシュールの思想』で、まあいいかなと。丸山の
ことを話したら懐かしがっている先生もいましたよ。ところが今は一世
を風靡したきりでその後が続いていないというか。だからゼミ内部だけ
でも面白いところを取り上げてブームにしてやろうと画策しているんで
すがねw。『ホモ・モルタリス』の続き読みたかったなぁ。タバコは駄
目だよ丸山さん、と思わず突っ込みたくなるような、癌のことと絡んだ
発言をちらほらと別の本で見ましたけど、そこだけは自己正当化してい
るようで尊敬できなかったなぁ…。
博士もお体大事にしてくださいね。私も最近あまり体調がよくないので
すが、どうもその様子ですと、とんでもない酷使のされようのようです
ので、疲弊の度合いは私の比ではないでしょう。それ聞くと、フーコー
の監獄を思い出しますよ、ホントに。SMAPの草薙君のニュースといい、
その取り上げられ方を見てもそうですが、どうもなにか、どこもかしこ
もとち狂ってる傾向を見せてる気がします。
42
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/05/09(土) 15:11:28 ID:???0
それにしても参ったなぁ…。丸山の弟子でもなんでもない私が、今度
大学で丸山の論理を使っての講義みたいなことすることになってしま
いました(汗)。とはいってもゼミで、フーコーとソシュールと絡め
てなんですが、丸山式にソシュールとハイデッガーをディアロゴス的
対話のもとに簡単にひっくるめて、対象化思考形式を、一から説明す
る、しかも後輩にも分かりやすく説明しなければならない。まとめち
まえば「混沌とした自然や質料は形相を与えられるまでは存在しない
も同然」という風に云ってしまえば済むことですが、それだって今時
の学生には分かりはしない。言語学的理解から始めて、しかもニーチ
ェの権力論までやらなきゃならんと。先生からはいい脅しになるから
別にとっとこ進めていいといわれましたけど、あまり用語だらけにし
てもわからねぇだろうしなぁ…。講義のための原稿、あとでまとめて
載せなおします。今では「当ったり前だのクラッカー」なことばっか
りなんで、博士らには面白くないと思いますがね。丸山お得意の円環
式の締めくくり方で歴史と人間を対比させてしまおうとしていますけ
ど。
43
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/05/15(金) 11:09:25 ID:???0
ちくま学芸文庫の『エロティシズム』の訳業があまりよろしくないとの
博士の評価ですが、同訳者の本『バタイユ』が、グノーシス主義との絡
みで語られているようですね。どんな本なんでしょうかね。まあドキュ
マンとかでバタイユがグノーシスと絡んでいるわけですけど、そことの
関連から押し広げているのかな?
44
:
極東博士
:2009/06/18(木) 21:34:19 ID:G6iz/z3k0
もしかして、師弟関係があるんですか?
だとしても、あの後書はいただけませんね。
先人に対する礼のかけらも感じられません。
当然、参考にしたはずなのに。
象牙の塔では通用しても一般社会人としては失格でしょう。
45
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/06/19(金) 01:20:14 ID:???0
こんばんは。
>もしかして、師弟関係があるんですか?
師弟関係って、私が酒井健氏と、ということですか?それは深読みのし
過ぎというか、完全に誤解です。私の師は別にいますし、バタイユ研究
の先生ではありません。そんなことは意識もせずに書いてましたが、私
の文体が彼を師と仰いでいるというように映ってしまったのでしょうか。
もしそのような誤解を招いてしまったとすれば、私の「言語的欠陥」で
す。申し訳ないです(_ _)。
手厳しいですが、あとがきは確かに二冊を参考にしていることが明白で
あるにもかかわらず名前すら出しておりませんでしたね。買ってません
が、どれだけのものだろうかと澁澤氏の『エロティシズム』と、原書を
引っさげて、ずいぶん前に図書館で若干見比べたことがあります。読み
やすさといい分かりやすさといい澁澤訳のほうがいい、というのは自分
の目で確認済みです。最近、河出書房が澁澤の訳した本とか論考とか、
エッセイとか、やたら刊行しまくっているのを見ますと、何で澁澤のバ
タイユの『エロティシズム』文庫化しないの、とむしろこっちを文庫化
すればいいのに、と思っているくらいです。ただ、一応申し上げておき
ますと、『完全に』先人に対する礼のかけらもないわけではないようで
す。お読みになられたかどうかはわかりませんが、『無神学大全Ⅲ ニー
チェについて −好運への意志−』では、『内的体験』と『有罪者』を出
した出口裕弘氏に対して先人への礼を踏まえておりました。本の内容的
にどうかといえば、『ニーチェについて』は「日記」の部分がカオス過
ぎてわけわからないですし、そのほかにも読みにくいところがあります
が、『ニーチェについて』の訳はこれしかありませんので(汗)。
あ、それと
>>43
で挙げた『バタイユ』ですが、調べたんですけど、文体
的に鼻につくようなところがあったり、個人的には納得できるような感
じはありませんでした。グノーシスの引用にしても、『グノーシス』の
入門書の名を冠して出されているあの筒井賢治氏の引用とかですし、わ
ざわざ書かなくてもいいような「主義主張」があるという点で、似通い
始めてしまっているのかもしれません。
私の場合、澁澤以外ではバタイユの研究をしている現職の研究者では西
谷修氏の訳が分かりやすいと思っています。『G.バタイユ伝』とかです
が。もちろん師弟関係にはありません。彼は柴田有氏と同じ大学にいる
ので、グノーシスとバタイユ・フーコー関係で大学院候補に入れてみよ
うかなとは思ったのですが、柴田氏ももう定年近い気がします。
46
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/06/19(金) 11:57:35 ID:???0
しかし、なんだなぁと思ったのは、書いたもん勝ちというのは確かに
あるようですね・・・。私がかつて、「形而上学的思考」について、
散々執拗にその根幹部分をなしている「対象化論理」のことを、丸山
から引用したと思いますが、「ディスクール実践」+「行動的実践」
ということを考えて見ますと、三島由紀夫を「行動の天才」と仰る博
士のお話には、私としては「思考の天才」であるバタイユも「行動の
天才」だと見受けられます。フーコーもですが。そういう点で私はバ
タイユ・フーコーの思考に引き寄せられているのがあると思います。
でも、書いたもん勝ちというのは、まさにこの対象化論理に併せて言
えば、「混沌とした自然や質料は、形相を与えられるまでは存在しな
いも同然」なわけで、形相を与えて「知」を在らしめたもの勝ちとい
うことですよね・・・。
なんか、あの人の『バタイユ』の本は、自分がバタイユのグノーシス
研究を取り上げていることを、グノーシス研究側でもバタイユ研究側
でも自分が初めてであるみたいなことを書いてましたね。
対象化論理を踏まえてから読んでいるので、そこからすると、われわ
れの場合、本として書けていないために、われわれの思考は「頭には
在っても、形相を与えられていない(=言説実践されていない)ので、
存在しないも同然扱い」になっているわけで、その点かなり嫌な感じ
を受けましたけど、そのことそれ自体は反論できないですね・・・。
47
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/06/20(土) 01:48:53 ID:???0
あるいは私が誤解してますでしょうか?単純にバタイユと酒井氏が師弟
関係にあるのかどうかということでしょうか?それだったら私が大変な
勘違いをしてしまい、失礼なことを申し上げていることになってしまっ
ていると思います、すみません・・・。
私が知っている限りでは、酒井氏がバタイユの直接の弟子だったかとい
うのはないでしょう。年齢からしてありえないです。酒井氏の場合はバ
タイユに入りこんでいった出口裕弘氏の『内的体験』『有罪者』だそう
です。
先人たちへの礼については出口氏にはそれなりに敬意を払っているよう
です。ただ、博士が仰ることが分からないことではありません。私にも
腑に落ちない点が多々あります。それは特に、三島由紀夫の引用による
訳者批判とかにも出てます。書店で立ち読みした三島の本に、「よくま
あこんな文章を、日本語の文章として、天下に公表する気になったもの
だ」という一節がありましたが、ご存知ですか?これは三島が、澁澤の
前に刊行された室淳介訳の『エロチシズム』をさして批判されているも
のです。その後に、そのように邦訳されたものだからこちらで自由に解
釈するだけだ、みたいな事が書かれていましたが、まあそれはいいとし
て、「よくまあ(以下略)」の一節についての酒井氏の引用の仕方とそ
れを用いての自分の意見の書き方は、他のバタイユの邦訳家たちにまで
その幅を広げてしまっています。三島の批判を、転じて自分の言葉とな
すまではいいとしても、澁澤については名前すら挙がってませんがひっ
くるめられてしまっています。それとその上に、訳業の困難さについて
書かれているわけですが、この書き方では、「時代」のこと、ニーチェ
・ヘーゲルなどについての訳者たちの理解度、バタイユの原書の独自用
語の多彩さ、あるいは文体の混乱振りのせいになっており、さらには、
仏和辞典などの邦訳手段のために使う小道具の完備がされていなかった
とか、バタイユ紹介者がバタイユを神聖視するが故にバタイユ論の生産
意欲を阻害していたとか、どう考えてもその論拠が知りたいです。澁澤
のバタイユ論の多彩さとかについて、これが生産意欲を阻害していたと
いうのだろうかと。
48
:
極東博士
:2009/06/21(日) 21:17:23 ID:G6iz/z3k0
>>45
>>47
ああ、そうでしたか。失礼しました。
わりと唐突にちくま文庫本の話題が出て、たしか同じ大学だったかと思いまして、
もしやそうなのかと。
三島の批判については知りませんでした。私が三島に関して強い印象を持つのは、
もう一人の「思考の巨人」手塚治虫についてですね。『火の鳥:黎明編』で
日本人の起源を大陸からの騎馬民族説を取り入れて三島に絶賛された後、『ヤマト編』
ではギャグタッチとしたため、不敬罪にあたるから連載中止を右翼から迫られたという
もので、この後、三島との交流も絶たれています。
49
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/06/21(日) 22:34:39 ID:???0
まあ、唐突にというか、私が述べたかったのは、『バタイユ』と題され
た酒井氏の本が三月に刊行されたものですから、内容的にどんなものだ
ろうかと、ただそれを述べたかっただけなので(^^;)。それと、私
は学部が違いますので、文学部のある都会のキャンパスにはいないんで
す。都心からはかなり離れたド田舎のキャンパスなんですよ(笑)。都
心の方のわけのわからん学生運動が激しいところとはまったく縁があり
ません(笑)。
私が書店で見た、三島由紀夫が行っている批判は、名前を直接出してい
るわけではありませんでしたが、明らかに室淳介の訳に対する批判です。
バタイユの『エロティシズム』に書かれている思想がどんなものかを三
島が直接紹介している本があるんですが、その中にあったんです。澁澤
の訳した『エロティシズム』は、その訳業が終わる前に、三島が自衛隊
の事件をやらかしてしまっているので、三島には読まれずじまいでした
し、当時あったのは室淳介訳だけですからね。
50
:
極東博士
:2009/07/20(月) 19:07:55 ID:G6iz/z3k0
もう1年前になりますが、鎌倉近代文学館で開催された『澁澤龍彦回顧展』の印象では
晩年の三島と澁澤はあらゆる意味で、かなり距離が開いていたようですね。
澁澤自身が言っているように「常々、紙の上でモノローグしている自分」と行動、
行為における理論の確立を目指していた三島とでは、遅かれ早かれ決別の時は
来たのかもしれません。
51
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/07/21(火) 10:09:31 ID:???0
こんにちは。
それは『三島由紀夫おぼえがき』にも若干そんなところを匂わせているところがあり
ますね。でも訣別というところとは、またちょっと語意が強すぎる感がある気もしま
す。『三島由紀夫おぼえがき』には、三島が死んでしまったことを心から嘆いている
ような追悼文も書いてますし、澁澤の側からは三島に関してはかなりこだわりが見ら
れるんですが。そうでなかったら三島について書いていたユルスナールの邦訳とか書
かないような感じもします。ユルスナールの翻訳を請け負ったことを、あとがきか何
かで色々と書いてましたが。でも結構奇妙な関係を匂わせてますね。
距離が離れてしまっていたということに異議を唱えるつもりはございません。でもそ
れもなにか哀愁漂わせるような感じがいたします。
ご存知かと思いますが、書いておきます。
「三島が自衛隊に体験入隊したり、やたらに行動とか英雄とかいうことを言い出して、
そのために無理に日本主義を奉じるような硬直したポーズを見せ始めたりしたとき、
私は三島に手紙を書いて、『いつの間にか貴兄もずいぶん遠いところへ行ってしまわ
れたような気がします』と自分の気持ちを伝えたことがあった。それに対する三島の
返事の中に、次のような一節がある。この手紙は、昭和四十三年一月二十日付けであ
る。
『色々近作にお目をとほしいただいてゐて恐縮ですが、その御感想によりますと、澁
澤塾から破門された感あり、寂寥なきをえません。小生がこのごろ一心に『鋼鉄の優
しさ』とでもいふべきtendernessを追及してゐるのがわかっていただけないかなあ?』
そういわれても、本当のところ、私にはよくわからなかったとしかいいようがない。
三島が死んではじめて、その意味がおぼろげに分かったに過ぎないのである。それに
しても、この手紙の三島の口調には、なにかほろりとさせるものがある。」
『三島由紀夫おぼえがき』より
52
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/07/21(火) 20:02:12 ID:???0
一応、本の題名を思い出しましたので、三島が自らバタイユの『エロティシズム』を
紹介をしている文学論集の本を提示しておきます。
三島由紀夫 『三島由紀夫文学論集Ⅱ』 講談社文芸文庫 2006
もしよければ確認してみてください。
53
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/08/18(火) 17:21:39 ID:???0
一応述べておきましょうかね。出口裕弘の訳した『内的体験』の新装改訂版が平凡社
ライブラリーから出ていますけれども、この本の最後の方には、現代思潮社のほうに
は無い、西谷修氏の解説が載っています。平凡社ライブラリーに再収録される本には、
別の人による解説がついてくるんですが、先人への礼と解説の双方の点で、『エロテ
ィシズム』の文庫版とはずいぶん違いました。
「バタイユは日本では訳者に恵まれたとも言える。訳者に恵まれるというのは、単に
フランス語に精通した達者な翻訳者の手で料理されたということではない。深く作品
に引き付けられ、それを自分の言語ですくいあげようとせずにはいられなかった情熱
ある読者に出会ったということだ。そういう読者をバタイユは何人も持った。生田耕
作は『マダムエドワルダ』他の小説の類を、澁澤龍彦は『エロティシズム』を、天沢
退二郎は『青空』を訳した。伊東守男の『ジル・ド・レ論』や宮川淳の『沈黙の絵画
−マネ論−』もある。翻訳としての評価は観点によっていくらでも異なるだろうが、
それぞれに思いのこもった訳である。思いのこもったというのは、個人化されたとい
うことではなく、自分の手で(たとえこの身は濁流に呑まれても)テクストを日本語
の岸に送り届けようという意欲に支えられているということだ。
とはいえ、出口裕弘訳の『内的体験』(それに『有罪者』)がなかったら、バタイ
ユは日本でこれほど読まれる作家になっていただろうか。あるいはこの訳書がなかっ
たら、バタイユも好事家たちを刺激するだけの「エロティシズムの作家」にとどまっ
ていたかもしれない。『内的体験』はいうまでもなくバタイユの全著作の渦の目に当
たるもので、あらゆるものがそこに流れ込み、呑みこまれてまたその渦の効果として
そこから派生してくる中心である。(中略)月並みな言葉で言えば「難解」なのだが、
その難解さが難解なままに、おまけに抹香臭いがしかしそれがときに花の香りに豹変
せぬでもないその気配と呼吸が、柔軟かつ明晰、そして巧まざる日本語に移されてい
る。もちろん違う呼吸の訳もありうるだろう。だがこのバタイユの最も重要な本は、
出口の訳によってこそ、その難解さ、胡乱さにもかかわらず、日本の読者に浸透して
きたのである。その意味で、出口裕弘訳『内的体験』は既に一個の「古典」である。
54
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/08/31(月) 22:23:37 ID:???0
ご覧になってくださっているかどうかわかりませんが、博士がどう思われているか
お聞きしたく…。「2001年宇宙の旅」と手塚治虫の『火の鳥:宇宙編』とを併せて
解釈なさっている方がおられます。
http://www.kurata-wataru.com/2001mys.html
「2001年宇宙の旅」で検索すると上位ヒットしますのでとっくにご存知かもしれま
せんが、超人、ユングの『ヨブへの答え』などに見られる「救済」の説明、バタイ
ユの「刑苦」と併せて考えてみると、接点があるのかも…。いかがなものでしょう
か。
55
:
極東博士
:2009/09/02(水) 22:19:16 ID:G6iz/z3k0
せっかくのご指摘ですが、そのサイトの言質言説は私にとって全く無意味です。
ロボット工学や人工知能に対しての最低限の知識さえあれば、あのような考え方は
到底できないと思います。
56
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/09/02(水) 22:55:46 ID:???0
そうですか、失礼しました。書き込んだ後で弁解じみてしまうかもしれませんが、
読み直していたらどこか「私によって初めて解明された!」とか、博士がご指摘さ
れているところには腑に落ちないところもあったんで後悔してます。鵜呑みにして
たわけではないということだけはお伝えしておきます。ご容赦ください。
引き合いに出さず直接お尋ねすればよかったです。超人・ユング・バタイユあたり
との接点云々について博士に聞いてみたいと思ったのは、正確にはこのサイトの説
明についてどうこうというより、『2001年宇宙の旅』のラストそのものについて、
博士ご自身がどう解釈なさっているかでして。スターチャイルドと化したボーマン
について、博士はどう考えておられるかなぁ、と。これはこれでいろいろと感想を
書いておられる方がいますが、どれも何かしっくりこないもので・・・。
57
:
極東博士
:2009/09/06(日) 10:44:34 ID:G6iz/z3k0
わが国で『2001年』の評価が混乱している最大の要因はクラークの小説と
キュブリックの映画が混同されているためです。
両者は全く別物ですが、クラーク自身が『2010年』から『3001年』まで、
金のためとはいえ、自分の小説でなく映画の続編としてシリーズ化
したために、一層混乱に拍車をかけています。今でもクラークの小説を
「原作」だと信じている向きが多いのは困ったものです。
小説では東西間の高まる緊張という伏線があり、スターチャイルドが
発射されたICBMを全て軌道上で破壊するという非常に解り易い最後でした。
従って、あまり思想的哲学的解釈の入り込む余地は少ないのですが、
映画の方は監督が物語の前半で予算を使い切ってしまい、苦し紛れに
後半をあのような形にせざるを得なかったために、観客や自称評論家達が
解釈をぶつけ合う事態になりました。この辺り、某アニメの展開と完全に
同一ですね。キュブリックと違い、庵野秀明がそこまで計算できたとは
思いませんが。
58
:
極東博士
:2009/09/06(日) 10:46:37 ID:G6iz/z3k0
これに関してですが調べる気力もないので、そちらはお任せしますが、
澁澤龍彦がSF全般に関する姿勢を問題にして、筒井康隆を批判したことが
ありました。筒井がSFとして未来を描く場合、社会や科学技術の発展と
共に本来なら人間そのものの変化を描かなければならないが、そうすると
エンターテイメントで無くなる。これに対して澁澤は、そうした考えは
創作者として甘い、これからのSFは、より高度な読者に対する知的
エンターテイメントであるべきだ、というような内容だったと記憶して
います。その際、問題となったのが、外挿法(だったか?)という
技法上の是非論で、クラークこそが、その技法の代表者だと思います。
もっとも澁澤は別なところでクラークの『幼年期の終わり』には感心した
とも言っていますが。
60
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/09/07(月) 22:29:48 ID:???0
どうもです。
私の場合は、キューブリックの映画だけに絞って言っていたので、小説は考慮に入れてませんでした。
>今でもクラークの小説を「原作」だと信じている向きが多いのは困ったものです。
某アニメに限らずどこでもそういうのが生じるんでしょうかね。
>澁澤は、そうした考えは創作者として甘い、これからのSFは、より高度な読者に対する知的エンタ
ーテイメントであるべきだ、というような内容だったと記憶しています。
今年『澁澤龍彦映画論集成』ってのが河出書房から編集されて出ていますが、澁澤のSF論が載って
いるようですね。以前全集に載っているのを再収録している『澁澤龍彦書評集成』というのを読みま
したが、澁澤の評論は痛快なものが多いですね。SFじゃなく方面が違いますけど、特にブランショ
の、『ロートレアモンとサド』の邦訳についての批判の凄まじさがとても印象に残ってます。澁澤は
バタイユ同様にブランショも愛読していることを公にしてたり、バタイユとブランショの比較論を展
開してたりしますが、『ロートレアモンとサド』については原書について愛読本の一つだったらしく、
邦訳の酷さに対する怒りが爆発してましたよ(^^;)。
「これからのSF」云々についての澁澤の意見はいいですね´・ω・`。とはいっても、私なんぞは
とても「高度な読者・鑑賞者」に類するような人間ではないですけど…(時折インチキ本に惑わされ
たりするあたりしょーもなくてすみません…。最近はそんなことはないと思いますが)。
61
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/09/08(火) 02:51:36 ID:???0
その澁澤と筒井のエンターテイメントについての話からすると、当初博士の方から
どうだろうかとのご提示があったアキハバラなどは、後半になるにつれて知的さと
「人間そのものの変化」の両方が絶妙に絡み合ったエンターテイメント性が濃厚に
なってくると、私なんぞは思うんですけどどうでしょう?(笑)オンエア時に作画
崩壊があったのは実にもったいないことだったと思いましたが、スタッフが変わっ
てちゃんとなおってます。だから錬金術ネタでアニメやコミックと関連して書いて
いる澤井繁男のあの本に、なんで『アキハバラ電脳組』がないんだろ、と残念に思
っていたんですが。気力がないと仰られているくらいで相当お疲れのようだとお見
受けいたしますが、なにか書いてみたいと思うことないですか?私のほうでもディ
ーヴァの素体と霊魂とか、ネタはいろいろと考えてありますが、題目が挙がれば何
か思わぬネタ(ぶっとびも可)になるヒントとか出てくるかもしれませんし(´・ω・`)。
62
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/11/01(日) 05:12:55 ID:???0
博士にかつてニーチェの『ツァラトゥストラ』については、読みやすさの点で岩波文
庫を勧められましたね。私も読みやすさはこれがいいかなと思ってましたが、玉石混
交のちくま学芸文庫にある『ツァラトゥストラ』は、訳注部分の徹底さに魂消ました。
聖書の文献学的な考察がこれでもかというほどに徹底しています。専門的な象徴言語
についての注も徹底している…。今やっているアキハバラのネタにニーチェの〈超人〉
と〈最後の人間(末人)〉と、神の死を宣告するツァラトゥストラについてをミック
スしたくなりますが、本当にキリがありません…。イスラムのイブン=バツータらな
ど、エノクをヘルメスと呼ぶとか、ヘルメス・トリスメギストス関連のネタで、この
同一視されるものについてその特徴の類似点を、ユングの諸著作を総動員して徹底的
に挙げて、最後に「白の王子様」ことメタトロン=クレインに当てはめてみようとか
言う無謀な試みを考えていました(^^;)。卒論の最終仕上げにかかっているので
すが、そっちにおいてもニーチェの諸著作は参照に必須の書なので、いちいちマッチ
ングしてくるんです(笑)。丸山は「言葉と言葉がエロティックな恋をする」とかい
いますけど、こっちの場合、その延長線上になると思いますが「論理と論理がエロテ
ィックな恋をする」とでもいえるものなんでしょうかね?Σ(ノ∀`*)ペチッ
63
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/11/06(金) 21:49:52 ID:???0
ところで、「白水社ごとき」と言われてはおられますが、とはいえニーチェ全集とか
クセジュについては良本をそろえているのでは?私の場合、ニーチェは『この人を見
よ』については西尾幹ニの新潮文庫版ですが、これもそもそもの底本は白水社のニー
チェ全集版でした。ほかのものは、ほとんどちくま版を使っていますけど。竹田青嗣
は引用する時にちくま版を使っていますが、永井均はデ・グロイター版を底本とした
白水社版が圧倒的にいいみたいな言い方をします(引用の訳は自分で参考にしつつや
り直しているみたいですけど)。でも、デ・グロイター版は今では流通していないと
いうか図書館に行って確認するということになって引用箇所がどこにあるのかを提示
してあっても探しにくい…。というのは『権力への意志』が、デ・グロイター版には
そういうタイトルでまとまっている本がないからなんですが。遺稿群という形で厖大
な量のアフォリズムを並べなおした本が数冊。私なんかちくま版の『権力への意志』
を論文の参考文献にあげて書くわけですが、ちくま版を今使うのは古臭いと思われて
しまうんでしょうか?『ツァラトゥストラ』に関しては、ちくま版は白水社の全集が
刊行されたあと(93年)に「最新のニーチェ研究の成果」と称する訳注が厖大に追加
されてて、下巻なんて索引と解説を合わせて700ページ超の分厚い文庫になってます(^^;)
『アンチ・クリスト』(これはもうけちょんけちょんですだ…)と、『偶像の黄昏』
については白水社の西尾訳が別本で出ているのでそれを使っています。西尾訳のほう
が何かと読みやすいです。
64
:
極東博士
:2009/11/08(日) 21:31:20 ID:G6iz/z3k0
白水社は出版社としては良心的ですよ。少なくとも講談社なんかよりははるかに。
清水真木によれば、ニーチェには定番解釈というものが存在せず、そのため
研究書や入門書を読むことは百害あって一利なし、ということのようです。
また、白水社版の訳者は文学者であり、読みやすさを重視するあまり、翻訳として
問題のある部分も少なくないとか。ちくま文庫版のほうは哲学研究者の訳で多少、
読みにくさはあるものの、正確さという点では白水社版より上とか。しかし、
こちらの訳は底本にグロースオフターフ版を使った理想社版全集の、さらなる
改訂版なので、『権力の意思』が含まれるなど、現時点でみる内容に関しては、
やはり問題があるようです。
65
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/11/09(月) 00:26:06 ID:???0
最初博士と会ったころは入門書読んでた私(^^;)。『権力への意志』は、バタイ
ユのような読み方もあれば、ハイデッガーのような読み方もある。まあなんともいろ
んな読み方をする人がいるもんだと(笑)。ハイデッガーの『ニーチェ』講義録なん
かは、木田元とかが絶賛してますが。清水真木自身のニーチェの本はどうなんでしょ
う?それこそ講談社のと、あとはうちの出版局からでているんですが(^^;)
私なんかはそうすると結構邪道なのかな?『ツァラトゥストラ』の〈渾沌〉(カオス)
についてとか、ユングの本と比較しつつ〈賢者の石〉に見立ててしまったりするんで
すけど(^^;)。
66
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/11/23(月) 01:35:13 ID:???0
清水真木と同じかどうか分かりませんが、永井均などは、「これが俺のニーチェだ!」
といってはばからないですね。ニーチェにおいては定番解釈などは存在しない、だから
俺はこう解釈する、といった態のニーチェ本があるんですが、そういうのは入門書とは
言わないでしょ…。っていうか、本当にニーチェ論には人それぞれで、定番というのが
ない…。まさに混乱する。ハイデッガーとバタイユは面白いですけど。個人的には、ま
だ博士ご自身がもっておられるというニーチェの持論それ自体を詳しくお聞きしていな
いので、参考なまでに概略的にご提示いただけませんか?
67
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/11/23(月) 21:20:43 ID:???0
清水真木の講談社本みました。博士が仰っていることがまんま書いてありました(笑)。
ハイデッガーのニーチェ論については脂がこってりのっているようだといいつつ、最後
の項目では有益、みたいに言ってますねw。あとはハーバーマスとかジンメルも。
脂がこってりのっているとはよくいったもので、平凡社ライブラリー版の二冊はやった
ら分厚い上に、ギリシャ哲学にさかのぼっててネタもりだくさんなんですがw。
でも細谷訳平凡社版は2までしかないんですよね。まあ、3は白水社からツァラトゥス
トラを訳している人が出していますが、おいおい、3だけで主要な項目簡単に書いちま
ってるじゃないか、みたいな感じでした(笑)。
68
:
極東博士
:2009/11/25(水) 22:49:04 ID:G6iz/z3k0
全くその通りですね(笑
要はニーチェの読み方には幾通りのものがあり、そのどれもが正しく、
誤りでもある、ということではないですかね。
ユングと化金石にニーチェを絡めるのは、方法論としては、まだ穏当な方だと
思いますね。
69
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/11/26(木) 11:11:37 ID:???0
あ、ハイデッガーの『ニーチェ』、読まれてましたかw。金色に煌く鱗を持った〈ウロ
ボロス〉のネタ、博士なら付随したネタをつけて飛びついてきてくれないかな、とか勝
手に思っていたんですがw。
「芸術は爆発だ!」(岡本太郎)=「私はダイナマイトだ!」(ニーチェ)
「古っ!」と自分で思いつつ、〈存在〉の輝き=〈ウロボロス〉の閃光ってまあ芸術
家の爆発的な(あるいはヌーメン的な)生命感情みたいな感じでw。
それこそ、「事実などは存在しない、あるのは解釈のみ」であり、それらすべてが誤謬、
ってなところですかw。ハイデッガーの『ニーチェ』を読み始めたとき、「ん?これユ
ングじゃね?」みたいな錯覚がありましたw。ユングどころか丸山とかもw。もちろん
違うところもありますけど。ニーチェ本人が言っていることに合っている以上、言って
いる本人も文句が言えないということですかw。
70
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/11/27(金) 02:04:32 ID:???0
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2200?page=3
ヤルダバオトさんがシュールな記事を見つけておられましたw。
博士、これみてバタイユを思い浮かべませんか?w
71
:
極東博士
:2009/12/03(木) 23:30:56 ID:G6iz/z3k0
もっと単純にアンブロース・ビアースの『悪魔の辞典』を想起しましたね。
ビアースのような真の天才にとっては、バタイユなぞ相手にならないでしょうが。
72
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/04(金) 03:25:45 ID:???0
「天才」の比較基準がよくわかりませんが、「毒舌」の天才という点でということ
ですか?アマゾン調べた程度なのでそういう印象しかもてなかったのですが。って、
眼を通す前に先入見だけで判断してはダメですね。一応目を通してみます。ビアス
の前ではバタイユも相手にならないランクですか・・・。
そのバタイユですが、例の酒井氏が『純然たる幸福』をちくま文庫版で再刊してま
す。でもやはり腑に落ちない点が多かったです。『純然たる幸福』の中身に、既に
生田耕作の『エロティシズムの逆説』(『聖なる神』あるいは角川版『マダム・エ
ドワルダ』所収)が載っているのですが、博士の仰られた言葉をそのままにしてし
まうようで申し訳ないのですけど、「先人に対する礼の欠片もない」。
というか、博士が以前「象牙の塔では通用しても」と非難なさっておられたかと思
いますが、今後のことも考えて、うちの文学部に探りを入れてみたのです。そした
ら「自分の主張以外は認めない」とか、学生にすらそのように受け取られているよ
うで、言葉とは裏腹にずいぶん硬直しているところがあるそうです。
73
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/05(土) 11:22:46 ID:???0
>博士
ちょwww、『悪魔の辞典』の方がマジでまんまやったw。ミもフタもないっすw
75
:
極東博士
:2009/12/12(土) 12:01:58 ID:G6iz/z3k0
天才という単語がふさわしくなければ、真の意味でのカリスマでしょうか。
やすやすと分野の違いを乗り越えて他の専門家が思いつきもしなかった結果を残す。
ビアースの大先達にはE.A.ポーという、孤高の大天才がいるわけで、
ただの悪口と毒舌は別物ですけどね。
76
:
極東博士
:2009/12/12(土) 12:10:59 ID:G6iz/z3k0
カリスマ、あるいは天才にはどのような形であれ、ジャーナリステックな視点が欠かせないと思います。
一般大衆との接点をどう取るかという問題は、最近の情報管理や運用問題と同じく
明確な手段、方法はないと思われます。
アカデミズムのと最大の相違点はそのあたりではないでしょうか。
77
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/15(火) 00:00:11 ID:???0
なるほど、よくわかりました。そこでエドガー・アラン・ポオですか。うーん、ペン
ネーム「江戸川乱歩」の元ネタの人物だということくらいしか知らず、彼の書いた本
については読んだことがないもので、すみません・・・。
しかし、ジャーナリスティックな視点とカリスマ、アカデミズムとの最大の相違点と
いうと、そういう点からすると、博士の仰ったことには、丸山圭三郎がアカデミズム
の批判の際にけちょんけちょんにしているサルトルなどは「例外」、つまり含まれて
いない、ということでよろしいでしょうか。いや、ふざけていっているわけではなく、
ある意味大衆との接点を取るということに関しては、サルトルは「帝王」と呼ばれる
ほどに大人気だったわけで、葬式の際にも数万人が行列に参加するとかいう事態にま
でなったわけで・・・。
78
:
極東博士
:2009/12/19(土) 22:05:00 ID:G6iz/z3k0
三島由紀夫は生前、サルトルは過大評価されていると、言っていたそうですね。
ジャーナリズムとアカデミズムより一般大衆に受けるのが、スキャンダリズムで、
サルトルなんかは、むしろそっちかと。
「行動する知識人」なんて標語は、それこそジャーナリズムがでっち上げた概念の
ような気がします。
また、丸山の立場はもっと微妙で、学園紛争の時代に東大を追われた形になっていますが、
これはあまり公になってはいないようです。
これを逆手にとって利用すれば、丸山とその思想ももっと注目されたのではないかと、
今でも密かに考えています。
ポーは推理小説と探偵小説(両者は別物)、SF小説の始祖であり、敏腕雑誌編集者であり、
英語圏の最も優れた詩人でありながら、本国の評価はいまだに低い、恵まれない天才です。
さらには天文物理学者として、星が充分遠方にあり、光の速度が有限であるならば、
ほとんどの星の光は、まだ地球に届いていない、と正確に『オールバースのパラドックス』
を解いています。
わが、私淑する才人、紀田順一郎によれば「その大学の文学部のレベルはポー関連の
蔵書数に比例する」そうです。
79
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/23(水) 14:02:29 ID:???0
私の読書の仕方は以前にも申し上げたとおり速読できないタイプでして、いっぺんに
多岐にわたって読み込むことができるだけの素養がございません。私には天才につい
て云々することができるだけの素養も資格もないということが先だってのことではっ
きりしておりますが、ただそれでも丸山について述べさせていただきますと、丸山の
理論を借用してのレポートを書くといつも評価が良いか悪いか二分されるのです。単
に私の、丸山を用いてのレポートの書き方が拙いだけだ、と言われればそれまでなの
ですが…。
「学園紛争時代に東大を追われた形となっている丸山とその思想の相関関係」につい
ては興味深いことであるだけに、具体的に述べていただけていないのは生殺し状態で
すね(^^;)。密かにといわず、是非とも述べていただきたいものですが、それは
丸山の思想の中に見られる「不断の生成」=〈反抗〉(反対運動)による生命体を貫
流する〈力〉の昂揚の思想家としてのニーチェ的な側面に現れているといって差し支
えないでしょうか?私は「知の芸術家」の知的好奇心からの技芸への意志と評してい
ますが。
80
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/23(水) 14:15:50 ID:???0
ポオも面白そうですね。「星が充分遠方にあり、光の速度が有限であるならば、ほと
んどの星の光は、まだ地球に届いていない」。これについては私も以前から興味を抱
いていたコトでしたが、ポオがそういうことを論じていたとは全然知りませんでした。
ちなみに検索してみたのですが、それってどの題名の本に載ってますか?創元推理文
庫から『ポオ小説全集』というのが5巻分出ていますが。
81
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/27(日) 17:59:14 ID:???0
ところで『悪魔の辞典』ですが、原書の題名見ると“The Devil's Dictionary”と
なっていますね。つまらないかもしれませんが、博士が仰られた「天才」について、
一応こんな戯れをw
“Devil”→「悪魔」
→“Demon”
→「悪魔」・「鬼神」・「天才」→ビアス?
→“Daemon”(ダイモーン)
→「鬼神的存在」・「神と人の中間者」・「個人の運命を導く神霊的存在」
→アガトダイモーン
→ヘルメス・トリスメギストス=ヘルメス・トート=メルクリウス
→エノク=メタトロン
→「悦ばしき」知識を与える〈デーモン〉=永劫回帰の教師ニーチェ(天才=狂気?)
そのほか諸々w
82
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/27(日) 18:20:08 ID:???0
・・・なんか最近パソコンとネットの接続状況があまりよくないです。投稿するとき
もなかなかつながらないので投稿するだけでも一苦労な感じです・・・。
83
:
極東博士
:2009/12/27(日) 23:14:29 ID:G6iz/z3k0
読書法に関しては私の場合、真逆ですね。とにかく広く、浅く。間違っていようがいまいが、
とにかく前へ進んで、正誤は後から考えるタイプですから。
従って、昔読んだ書物の記憶を確かめようとすると、まるっきり正反対のことが書いてあったり
することがよくあります(苦笑)
まあ、ネットが使えるようになって、そのあたりはずいぶん楽になりました。
丸山と学園紛争に関しては、かなり前から私も注目しているのですが、知る限り丸山本人の
コメントが明確な形で残されたものはないようです。
丸山の思想哲学からしても、社会動向に惑わされるのは真の学者の本分ではないと
考えていた節もうかがえます。
そうでなければ、NHK教育TVでフランス語入門講座(!)などを担当することもなかったのでは
ないでしょうか。
自宅や社のパソコンもいつまでもディスクアクセスしっぱなしで滅茶苦茶レスポンス悪いです。
84
:
極東博士
:2009/12/27(日) 23:16:56 ID:G6iz/z3k0
>創元推理文庫から『ポオ小説全集』
あんなひどい訳文読むと、読んでるこっちの日本語までおかしくなりますよ。
ポーは新聞か雑誌のコラムで発表したようです。
85
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/28(月) 22:08:49 ID:???0
>読書法
まさしくペンローズの序文式ということですなw。
私のは効率が悪いんですよね・・・。しかも新しい本を読めばまた既に読んだ本の
内容が息を吹き返すというか。丸山の本のおかげで読みやすくなって、少しは早い
読み方ができるようにはなったんですがね。丸山って、思想の本を書いたのは1980
年の『ソシュールの思想』が最初ですよね。うちのフランス語の主任教授、丸山的
な考察を好評している方なんですが、フランス語を教える際にも、丸山の『機能本
位』を使ってましたよ。
86
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2009/12/30(水) 17:20:46 ID:???0
>丸山の思想哲学からしても、社会動向に惑わされるのは真の学者の本分ではないと
考えていた節もうかがえます。
『言葉と無意識』や『言葉・狂気・エロス』でもそういうのはかなり強く見られま
すね。口にはしないけど、学者としてはニーチェの言うところの〈ディオニュソス
的ギリシア人〉の現存在姿勢を持っていた、とでも言い表せるのではないかと思う
のですが。「第三の狂気」についての説明なんか特にそう思うのですけどいかがで
しょう?
87
:
極東博士
:2010/01/16(土) 11:25:39 ID:G6iz/z3k0
アカデミズムの解釈はわかりませんが、個人的には、かなり前から、
まさに現代のオタクこそが第三の狂気だと思っています。
89
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/01/16(土) 20:20:31 ID:???0
それはそうですね。これまで博士が述べてくださったことからもよく伺えましたし、
博士には今更言うまでもないことだと思ってました。特に某アニメは、ですが。そ
れに限らずですね。ところで博士は去年見てこられたのですか?(忙しくてあん
なもん見てられるか、ということでしたらすみません)
ご存知の通り、丸山の主張って上に挙げた二冊とも、結論は結局同じですね。本人曰
く自分の論理は自分の中でのソシュールとニーチェの止揚によって形作られたと自負
してやまないところとか、「〈生成〉に『〈存在〉の性格』を刻印すること」、これ
こそが最高タイプの〈力への意志〉だというニーチェの警句をとても強く意識して、
「第三の狂気」に対する反抗的精神がよく見て取れるのですが(もちろんソシュール
とニーチェだけではないですが)。
博士が仰っている現代の〜こそが「第三の狂気」である、ということについて、私な
りに補足しますと、その「第三の狂気」が性質の悪いのは、「第三の狂気」に対する
反抗を唱えているようで(というかそのように口にすればそれっぽくなると思ってい
るのでしょうが)、実はただただその「第三の狂気」の地盤を更に強固にし、その定着・
確立を図っているに過ぎないというところでしょうか。ちゃんちゃらおかしいとしか
言いようがないんですが。
90
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/04/13(火) 03:05:21 ID:???0
ちなみにサイトの方向性に関してですが、これについてはどうお応えしたらいいか…。
それって、エヴァ考察に関してですか?正直、私はかなり前から博士の論考の続きの投
稿を楽しみに待っていました。これは間違いないことで、どの時点を持ってサイトの方
向性が変わってしまったと受け取られたかは、こちらには明確には分かりませんが、以
前からそう思っていました(何度か呼びかけていた通りです)。しかしながらいつだっ
たか、ずいぶん前に博士のお身内の方がなくなられてからだと思いますが、意思疎通が
ほとんど取れなくなってしまったのが私としては正直かなり痛手でした。相当にお忙し
いご様子ですので、こちらとしてもあまり強く言えませんでしたが、面白そうな話があ
っても続きがなくて生殺し状態になっていたのが正直なところです(決して責めている
のではありません。自分で本を読んではいても、同じ本を読んでいる博士の見解もちゃ
んと聞きたいなぁということで他意はありません)。
どうも最近の傾向に食傷気味であることと、これまで根本的につながりどころの悪いと
ころとつながっていたことが、私を意固地にさせていたのかもしれない…。博士にそう
仰られてしまったことで、私の意固地が原因で博士の発言の機会を奪ってしまっている
としたら、私としてはそれは不本意なことです。ただ、博士が投稿してくださっている
ようなネタについては、そのネタの続きとかも教えてもらった本とかから自分なりにま
とめたりとかはしてて、続きとかメモとか少しばかり書いてあるんですよ。たとえば、
『元型論』から、アニマ・ムンディの火花ネタとMAGIの三つの人格ネタとか、ペンロー
ズのテューリングテストネタとか。
(タチコマちゃんに「テューリングマシン以下だね!」とか言われたくないですね^^;)
でもこの件に関しては博士にやっていただきたいですし、私があれこれ色々やることで
はないですので…(実はひたすら続きを待っているというのも本当です…)。私の方か
らもっと話題をふっていたほうが書き込みやすかったと言うことでしょうか…。
91
:
極東博士
:2010/05/03(月) 21:29:37 ID:pjVqk6wU0
こちらも中途のまま放置しているソシュールに関しては、言語学の基本である、
表意文字と表音文字の区別がない点からソシュールの言語による思想哲学は
「一般言語学理論」でなく、あくまでも表音文字であるアルファベットを核とした、
「特殊言語学理論」であるにすぎない、と考えております。
1891年以降のジュネーブ時代の「謎の沈黙」と呼ばれる期間にソシュールは
漢字を中心とした表意文字の存在を知り、己の理論の大きな空洞、あるいは誤りを
自覚したのではないか、と勝手に想像しています。
これは晩年のソシュールが中国語を研究した事実と合わせて、当たらずしも遠からず、
であろうと思います。
映画『2025』ではありませんが、マヤ文字も日本語と同じように、表意文字と
表音文字の混合ではないか、とする説もあります。
それにしても日本語の特殊性は世界的にみてもユニークな存在だといえるでしょうね。
92
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/05/04(火) 15:12:37 ID:???0
「謎の沈黙」については確かに色々言われてますね。
ちなみに、その中国語を研究し始めたのって、もう本当に死の数ヶ月前、直前のこ
とで、闘病中の最晩年の時期ですね。海軍将校だった弟のレオポルドが中国趣味を
もっていたらしく、それに感化されたとか推測されてるようで。
(『ソシュール小事典』より)
丸山も「インド=ヨーロッパ諸語とは本質的に表記法を異にする表意文字文化の研
究が、彼の一般言語学理論にどのような影響を与え、どのような発展を見せたであ
ろうかということは、全ての研究者の興味を惹く問題であるが、彼の死によってそ
れを知る手がかりが一切失われたのはまことに残念なことと言わねばならない」と
残念がってましたね。(『ソシュールの思想』より)
93
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/06/28(月) 23:18:04 ID:???0
シュタイナーを読んだりしている今日この頃。博士が以前仰ってたブラヴァツキー〜コ
ージブスキーネタとかシュタイナーネタとかって、どういうものなんだろうか気になっ
て仕方がないんですが、ざっと概要的なものってかけませんかね・・・。ちなみに暴走
初号機ネタで書き残しておられるペルソナについては、私自身ヘラクレスとネッソスの
衣服とかで書けると思ってるんですが・・・。
94
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/07/02(金) 16:57:27 ID:???0
シュタイナーの『自由の哲学』を読んでいて、なんとなしに博士が「超意識」といって
いたことのイメージが出てきたような感じなのですが・・・。第一動因とガイスト原理
(たとえばヨハネ福音書のロゴスみたいな)と関っているといえるものでしょうか?的
が外れていたらすみません、112ページあたりの宇宙の中心と周辺の話です。ビッグ
バンを想起させるような、というか一者からの流出(プラトン・新プラトン・グノーシ
ス・カバラ他)を想起させるような記述のところです。
95
:
極東博士
:2010/07/14(水) 22:54:46 ID:HCH2B/vY0
どうもいろいろの記述にミスがあったようで。
マヤ暦の終末を描いた映画は『2012』ですね。
ポーの宇宙論『ユリイカ』は講演を基にしたものだと、岩波文庫版の解説にありました。
なお、同書の中でポーは銀河中心には巨大ブラックホールが存在すること。
膨張する宇宙の時間軸を逆に辿れば、最終的にあらゆる科学法則、原理が破綻する
特異点の存在を正確に幻視(vision)しています。
96
:
極東博士
:2010/07/14(水) 23:00:24 ID:HCH2B/vY0
シュタイナーに関しては、「集合的無意識」は「アーカーシャ年代記」である、
というのが全ての前提です。
ただし、シュタイナーはあくまでも終生クリスチャンでしたので、原思想のブラヴァツキー
とは微妙なずれが存在しています。
97
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/07/20(火) 00:15:19 ID:???0
『ユリイカ』読んじゃいました。解説には難解だとありましたが、確かにところどころ
難解な部分もありましたけれども、宇宙論についてはある種の慣れみたいなのが他の本
でもできてたみたいで、結構サクサク読めました。とても面白かったです。なんか『自
由の哲学』とかシュタイナー関連に触れてたせいでしょうか、「思考が本質的にGeist
(精神/霊)に属している」というようなところとか、ポオとシュタイナーで共通して
いる(というかユングも含みますけど)と考えていいかなぁとか。で、博士の仰ってい
る「超意識」の発想は、この辺りから来てるんでしょうか?ポオは(宇宙の?)意識の
ことも書いていたかと思いましたが。
博士からすれば不釣り合いと思われるかもしれませんが、ポオの「拡散」とかの話を、
個人的にはバタイユの「『生命の横溢における圧力』の欠如」などと併せてみたいとも
思いました。魂の斥力の弱化とか。あとは、博士宛てだから書きますが、ノイマンと併
せて空っぽになった「ガフの部屋」と、「出来損ないの郡体として行き詰った人類」と
言う話とも併せて考えると、自分で言うのもなんですけど面白いかなとも思いました。
98
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/07/23(金) 11:25:20 ID:???0
ところで博士、どこに書こうかと思ったのですが、ユングのグノーシス観について、
特に『アイオーン』などを取り上げて、「出鱈目だ」と批判している論考があるので
すが、読まれてますか?
『ユングとグノーシス主義 その共鳴と齟齬』
http://gnosticthinking.nobody.jp/jung.pdf
荒井−柴田の論争じゃないですが、やはりグノーシスの定義を取り扱っていまして。
『グノーシス 異端と近代』にも論考を寄せている方ですが、個人的にはどうもしっ
くりこない書き方をしているというか、批判するにも、では何が正確な定義なのかっ
ていう対案が明瞭じゃないんです。それこそユングの書き方が明確でないと言いつつ
なんですが…。ちなみに磁石の話とかって出鱈目なんでしょうか?ヘルメス文書とか
にも書いてあったと思いますけど。ユングとヘルメス文書についての関連が書かれて
いない一方で、他の論考ではヘルメス文書も参照していることが記されていますが…。
99
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/07/28(水) 00:13:31 ID:???0
速読って怖ぇえ…。ポオの『ユリイカ』は速読で読んでいたのですが、あれをもう一度
読み直したら、最初に自分が考えていたことと言われていたことがもしかして違ってい
るんじゃね?と(ぇ…(;^ω^)。
100
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/08/13(金) 00:28:27 ID:???0
ところで、なまじっかな理解なので、また変なことを言ってしまうかもしれません
が、以前こう仰っていましたよね。
>現在、われわれが知ることのできるエネルギーは次の四つしかありません。
1:電磁力
2:重力
3:強い力
4:弱い力
>現在、物理学者たちは宇宙創生のビッグバン直後の高エネルギー状態では四つの力は
一つにまとめられていたと考えています。エヴァの世界において、いわゆる人間原理で
上記のエネルギーが統一されるのであれば、人間の意志力が働いていると考えるのも面
白いと思います。
この「人間の意志力」にノイマンの『意識の起源史』に出てくるウロボロス段階からの
「中心志向」をいれて考えてみるというのはどうでしょう?「個体化の原理」とその個
々の個体生命の形状維持・保存とその活動という点を考慮してウロボロス段階からざっ
と外観してみるという考察。食物ウロボロスまで入れられるかわかりませんが…。あと
はネゲントロピー・エントロピーとか。
ポオの宇宙論における神の霊=精神=人間の魂というのも我人間の個体生命の維持とい
う点では兼ねあわせられると考えましたが…。
101
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/08/13(金) 00:47:14 ID:???0
訂正
>ポオの宇宙論における神の霊=精神=人間の魂というのも我人間の個体生命の維持とい
う点では兼ねあわせられると考えましたが…。
>ポオの宇宙論における神の霊=精神=人間の魂というのも人間の個体生命の維持とい
う点では兼ねあわせられると考えましたが…。
102
:
極東博士
:2010/08/29(日) 01:32:45 ID:HCH2B/vY0
>>98
そのサイトはすでに読めなくなっているので、わかりませんが、ユング/フロイトの
精神分析理論に関しては、すでにその夢理論が主観的な推測だけで、実証的根拠に
欠けることが指摘されています。
実際、21世紀にもなってフロイト全集なんてものが出版されてるのは、日本だけじゃ
ないでしょうか。
103
:
極東博士
:2010/08/29(日) 01:38:19 ID:HCH2B/vY0
>>100
最近の科学哲学、物理学ではID(Intelligent Designer)という概念を想定、
あるいは提唱しています。
従来からある「人間原理」の延長線上に位置するもののようです。
104
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/08/29(日) 10:01:50 ID:???0
>>102
あれ?ああ、もしかすると、直接リンクを貼ってしまったのがアウトだったみたいで
すね。サイトも論考もまだちゃんと残ってるのでトップページから入らないとダメな
仕様になってるのかも…。まあいいんですが…。
http://ht.ly/2wfWq
105
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/09/01(水) 03:23:57 ID:???0
インテリジェント・デザイナー少しですが調べました。「え、精神原理ほぼそのまん
ま?」とか思ったんですが、違います?ヘルメス文書Ⅰの「神の意志」とかも…。
106
:
【管理人】アイオーン・アブラクサス★
:2010/09/12(日) 01:43:53 ID:???0
宇宙開闢を論じるのに神は必要なし的なニュース
http://www.asahi.com/science/update/0908/TKY201009080384.html
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