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キリスト教の大罪が、後々までも続いて行く事が、悔しい。

39名無しのひつじさん:2026/03/19(木) 04:03:00 ID:mMG2slIo0
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トレス海峡諸島民
 本土のフロンティア暴力とは少し事情が異なりますが、植民地支配・搾取・差別・統制の対象になりました。
 先住民以外
 「植民地暴力」という広い意味では、他にも
- イギリス本国から送られた囚人
- 非白人労働者
- 南太平洋諸島民労働者
- 中国系移民
- 後には南アジア系や他の有色人種集団
 なども、差別的政策や強制労働、排斥の対象になりました。
 ただし、**土地の占領に伴う“殲滅的”暴力の主対象は先住民だった**と言ってよいです。
4. 原因と理由は何だったのか
 単一の理由ではなく、複数が重なっています。
 4-1. 土地の奪取
 最大の要因です。
 入植者は農地・牧草地・水場を必要とし、先住民の生活圏を「空いている土地」のように扱いました。
 しかし先住民にとっては、その土地は生活・宗教・親族関係・法の基盤でした。
 この根本的対立が暴力を生みました。
 4-2. 「terra nullius(無主地)」の思想
 イギリス側はオーストラリアを実質的に**“誰のものでもない土地”**として扱い、正式な条約締結や主権承認をほとん 
 ど行いませんでした。
 このため、先住民の権利を無視した占有が制度的に進みました。
 4-3. 人種主義と文明化の論理
 当時の帝国主義的・人種主義的世界観の中で、先住民は「劣った存在」「消えゆく民族」「文明化されるべき対象」と見
 なされがちでした。
 その結果、
- 殺してもよい
- 追い払ってよい
- 子どもを奪って同化させるべきだ
 という発想が正当化されました。
 4-4. 報復の連鎖
 入植者による侵入に対して、先住民側が食料や家畜を奪還したり、攻撃したりすることがありました。
 それに対して入植者・軍・警察が**過剰な報復**を加える、という連鎖が各地で起こりました。
 植民地側はこれを「治安維持」と呼びましたが、実態は集団懲罰であることが多かったです。
 4-5. 牧畜経済・資源開発
 羊毛産業、牧牛、鉱業の拡大によって、辺境への進出が進みました。
 新しい土地を確保するたびに先住民との衝突が起き、暴力が制度化されました。
 4-6. 国家・警察機構の関与
 私的な入植者暴力だけではなく、植民地政府や警察、とくに地域によっては**先住民警察部隊を含む準軍事組織**が、追 
 跡・討伐・懲罰遠征に関わりました。
 つまり、単なる無秩序な私刑だけでなく、**半ば公的な暴力**でもありました。
5. 病気による人口減少との違い
 重要なのは、先住民人口の激減は**虐殺だけが原因ではない**ことです。
 他に、
- 持ち込まれた感染症
- 飢餓
- 移住の強制
- 出生率低下
- 共同体の破壊
 も大きな要因でした。
 ただし、これを理由に「虐殺は大したことがなかった」とするのは不正確です。
 実際には、**病気・土地剥奪・直接殺害・国家的統制が一体となって壊滅的影響を与えた**と理解する必要があります。
6. 「ジェノサイド」と呼べるのか
 これは学術的・政治的に議論がありますが、現在では多くの研究者が、少なくとも一部地域・一部政策については**ジェ 
 ノサイド的**、あるいは条件次第で**ジェノサイドそのもの**と論じています。
 特に、
- 集団殺害
- 子どもの強制移送
- 生活基盤の破壊
- 出生や共同体再生産の阻害
 といった点は、国際法上のジェノサイド概念と重なる部分があります。
 ただし、時期・地域・加害主体によって性質が異なるため、すべてを一語で単純化するのは避けた方が正確です。
7. まとめ
 開始**: 1788年の植民開始直後から。
 終了**: 地域差があり、狭義の大規模虐殺は主に19世紀〜20世紀初頭、象徴的には1928年頃まで。
 対象**: 主としてアボリジニ、広くはトレス海峡諸島民を含むオーストラリア先住民。
 原因**: 土地収奪、植民地拡大、人種主義、無主地思想、報復の連鎖、牧畜・鉱業開発、国家的暴力。
 補足**: 被害は虐殺だけでなく、感染症、隔離、同化政策、子どもの連れ去りなどを含む長期的な植民地支配として見る 
 必要がある。
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