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キリスト教の大罪が、後々までも続いて行く事が、悔しい。

38名無しのひつじさん:2026/03/19(木) 04:00:58 ID:mMG2slIo0
.
つまり、**1788年開始、地域ごとに時期をずらしながら長期に続いた**と考えるのが正確です。
2. いつ終わったのか
 「終わった」という言い方も注意が必要です。
 なぜなら、次の3つは時期が違うからです。
A. 大規模な武力衝突・虐殺
 これは多くの地域で**19世紀後半まで**、一部地域では**20世紀前半まで**続きました。
 象徴的には**1928年のコニストン虐殺**がよく挙げられます。
B. 国家による強制的支配・隔離・子どもの連れ去り
 直接の大量殺戮が減った後も、先住民は
- 保護政策の名目での監禁・移動制限
- 賃金搾取
- 同化政策
- 子どもの強制隔離(いわゆる**盗まれた世代**)
 の対象となりました。これは**20世紀半ば以降**まで続きます。
C. 構造的暴力・差別
 法的差別、土地剥奪の継続、貧困、医療格差、警察・刑事司法での不均衡などは、形を変えて**現代まで尾を引いていま 
 す**。
 なので、「虐殺」は狭義には主に**1788年〜1920年代頃**、広義の植民地暴力は**それ以降も継続**、という整理が妥当 
 です。
3. 対象者はアボリジニだけだったのか
 厳密には、**主な標的はオーストラリア先住民全体**です。
 この「先住民」には通常、
 アボリジナル・オーストラリアン**
 トレス海峡諸島民**
 が含まれます。
 ただし歴史的文脈によって、被害の受け方は異なります。
 アボリジニの人々
 最も広範に、土地収奪・虐殺・追放・監禁・文化破壊の対象になりました。
 トレス海峡諸島民
 本土のフロンティア暴力とは少し事情が異なりますが、植民地支配・搾取・差別・統制の対象になりました。
 先住民以外
 「植民地暴力」という広い意味では、他にも
- イギリス本国から送られた囚人
- 非白人労働者
- 南太平洋諸島民労働者
- 中国系移民
- 後には南アジア系や他の有色人種集団
 なども、差別的政策や強制労働、排斥の対象になりました。
 ただし、**土地の占領に伴う“殲滅的”暴力の主対象は先住民だった**と言ってよいです。
4. 原因と理由は何だったのか
 単一の理由ではなく、複数が重なっています。
 4-1. 土地の奪取
 最大の要因です。
 入植者は農地・牧草地・水場を必要とし、先住民の生活圏を「空いている土地」のように扱いました。
 しかし先住民にとっては、その土地は生活・宗教・親族関係・法の基盤でした。
 この根本的対立が暴力を生みました。
 4-2. 「terra nullius(無主地)」の思想
 イギリス側はオーストラリアを実質的に**“誰のものでもない土地”**として扱い、正式な条約締結や主権承認をほとん 
 ど行いませんでした。
 このため、先住民の権利を無視した占有が制度的に進みました。
 4-3. 人種主義と文明化の論理
 当時の帝国主義的・人種主義的世界観の中で、先住民は「劣った存在」「消えゆく民族」「文明化されるべき対象」と見
 なされがちでした。


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