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神と科学は共存できるか

279 diamonds8888x :2008/02/05(火) 05:41:54 ID:jcR/Lf4.
 地下に眠るMさんの233,237の質問を考えて見ましたが、「愛」「妖精」とはどんなものをイメージしているのかが結構多様な可能性がありますので、どのイメージを想定するかで違ってきそうですね。質問1に対する私の回答と共に示します。

 a)愛というなにかしら物体的実在物 −>No
 b)人が何かを愛するという現象 −>Yes
 c)人が何かを愛するという心 −>Yes
 d)愛というなにかしら形而上学的もの −>No

 dはそもそも形而上学的なものとは自然科学的な意味では存在しないものでしょうから、いうまでもないかも知れません。
 b,cなら、人でなくても動物の一部にも存在しますし、その進化論的起源を考察することも可能です。おっと、「心というなにかしら物体的実在物」の実在をYesとは言いませんよ。
 aは、現在の科学の知見からはトンデモに近いのですが、本当はdだけどイメージとしてa、ということもあるのかも知れませんね。そのへんはよくわかりません。

 で、aは一般論としては自然科学における仮説となりえます。有名なのは燃焼におけるフロギストン説(燃素説)です。燃焼という自然科学的な意味で実在する現象を説明するのに、燃素という物質的実在物の存在を提唱したのです。
 人が愛を抱くのは、アモールの金の矢がハートに刺さっているからだ、という仮説は、愛という自然科学的な意味で実在する現象を説明するのに、なにかしら物体的実在物を仮定していることになりますね。(キューピッドの方がポピュラーだけど、アモールの方が「愛っ!!」という印象が強いから)
 生命という現象を説明するために生気や生命力を仮定するとか、意識という現象を説明するのに、なにかしら物質的実在物としての魂や脳の中の小人を仮定するとかも、似たような仮説ですね。いずれも反証可能であり、科学の遡上に載せられる仮説といってよいでしょう。
 物体が互いに引き合うという現象に重力場という実在物を仮定するのも、これと似ているかも知れません。

 さて「妖精」の場合は、はじめから、なにかしら物体的実在物イメージであるといって良いと思います。とすると、この場合にありうる意味は、私の想像力の範囲では次のようなものが考えられます。再び、これらが自然科学的な意味で存在すると思うかどうかについての、私の答えと共に示します。
 a)通常の物体と同じく、客観的な実在物 −>No、ただし妖精の定義による
 b)特定の人間にしか感知できない実在物 −>No、ただし感知の定義による
 c)妖精を見たと主張する人が存在するという事実 −>Yes

 aの場合、妖精がどんなものかを描写してもらえれば、それが客観的な実在物として存在するかどうかは自然科学の土俵に乗ります。それは、雪男やネッシーやツチノコと同じことです。調査の結果、実は新種の生物だったと判明するかも知れません。

 bの場合、感知というのが通常の五感という意味であれば、「特定の人間だけが妖精を感知するという現象」は自然科学の土俵に乗ります。それは「同じ状況で特定の人間だけが痛みを感じるという現象」とか「ある周波数の音を聞かせたら、特定の人間だけが反応したという現象」などと同じです。ただ、その人が意識的、無意識的に嘘をついている可能性も考慮しなくてはいけないのがつらいのですが。
 もっと広義に、ともかく特定の人間には妖精の存在がありありと感知できる(でもそれは結局、その人が五感で検知したと感じた、ということになりますよね)ということであっても、嘘でない限りは自然科学の土俵に乗ります。これはもうcの場合に近いかな。
 いや社会科学や民族学の領域だという話も出るかも知れませんが、私の中では、世の中の存在に関して客観的に知ろうとするという点においては、社会科学も経済学も自然科学もあまり区別する気になれないのです。


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