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神と科学は共存できるか

237 地下に眠るM :2008/01/27(日) 01:43:36 ID:XBKwcxm2
ありゃ、NANに答えてもらって質問の不備を発見したにゃ。
答えてもらったNANにはすんごく申し訳にゃーのだが、書き直すにゃ。


1)「愛」は自然科学的な意味で存在すると思うか?

2)自然科学的な意味で「愛」が存在しないと仮定した場合
 A)「愛」が【自然科学的な意味で】存在していることを前提にし、かつ「愛」が【人文・社会科学的な意味で】存在していること前提にした知的営みは学問と呼ぶに値しないか?
 B)「愛」が【自然科学的な意味で】存在はしていないこと前提にし、かつ「愛」が【人文・社会科学的な意味で】存在していること前提にした知的営みは学問と呼ぶに値しないか?
 C)「愛」が【自然科学的な意味で】存在していること前提にし、かつ「愛」が【人文・社会科学的な意味で】も存在していないこと前提にした知的営みは学問と呼ぶに値しないか?
 D)「愛」が【自然科学的な意味で】存在はしていないこと前提にし、かつ「愛」が【人文・社会科学的な意味で】も存在していないこと前提にした知的営みは学問と呼ぶに値しないか?


3)以上の質問における「愛」を、
 A)「妖精」と置き換えてみた場合はどうか?
 B)「キリスト教の教義」と置き換えてみた場合はどうか? 
 C)「ある特定の妄想」と置き換えてみた場合はどうか?



僕の答えも書いておきますにゃ。要は「存在」とは多階層にわたったものだといいたいだけなんで。

1)自然科学的には愛は存在しているとはいえない

2)A)自然科学としては成り立たない。人文・社会科学としてはまあ異端の学派であろうが、当該学問の作法に従っている限りにおいて学問的貢献はなしうる。ストイックでなければNOMA原理を侵犯しやすいのは間違いなさそう。
  B)正統的な人文・社会科学といえる。
  C)純然たる「と」自然科学
  D)意味の通じないたわごと。社会科学的な意味では流通された言説は「存在している」し、人文科学的な意味では狂人の私的な妄想すら「存在している」。自然科学的に存在しないものは自然科学の対象にならないように、社会科学・人文科学的に存在しないものは社会科学・人文科学の対象にならない。

3)A〜Cすべてにおいて基本的には「愛」の場合と同じ。妄想の共有の度合いが違うので差異はあるんだけど、めんどいので突っ込まない。

問題は 2)A)の立場なんだけど、これを簡単に切り捨てるのはやっぱり科学主義なんでにゃーの? この立場が学問的貢献をなしえにゃーという理由はどこにもにゃーんだよな。この立場にいる天才的学者っているぜ。W.ライヒはオルゴン・エネルギーの自然科学的実在を信じていた「と」だけど、その著書である「ファシズムと大衆心理」は紛れもにゃー名著だったりね。確かに自然科学に対して侵犯しやすい困ったヒトタチだけど、だからといってそれが人文・社会科学としてダメだということにはならにゃー。


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