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神と科学は共存できるか

234 NAN :2008/01/26(土) 23:05:35 ID:???
私は哲学というものに素養がなく、知識が乏しい。だから、それぞれの論者による「ここに書いてある内容」だけを読んで、図々しくも自分の考えを書いてみようと思うのだけど、よく考えると哲学論に突っ込んで論じているのは二人だけなので、まぁいいか!とか思います(笑。

さて、不可知論とか不可知性について、がテーマということでよろしいでしょうか。
>>230で雄さんは
>NANさんはNo-229で、「誰かが妖精を体験したと主張するのであれば、とりあえずそれは『事実なのだろう』と考え」ると述べておられますが、体験そのものの真偽も自己申告の域を出ない訳で、仮に私が「スパゲッティモンスターがティーポットにまたがって、空を飛んでいた」と主張したら、取りあえず事実なのだろうと考え、真偽を保留し、結論が出るまで不可知だとするでしょうか? 不可知論を容認する限り、こんなのおそらく結論はでませんよ。

と、批判をしてくださいましたが、私は「事実」だとか「実在」と云うときに、自然科学的な事実と一般(文化)論で云う「実在」との両方を併せて述べています。この二つはきちんと峻別するべきであり、そうしないと科学議論は成り立たなくなるでしょうから。
では私の立場とはどんな立場か?それは「あるひとの体験を第三者が否定することはできない」というものであり、「あるひとの体験は科学的証明でしか客観的な知識とはなり得ない」という、もうひとつの立場となかば対立しながら私の中では矛盾なく存在しています。
つまり「妖精を見た」と主張する誰かと私が会ったときには「このひとは確かに妖精を見たのだろう」と考えますが、一方で「しかしその妖精を私が見ることは極めて難しいか不可能で、科学的な実証も同じことだろう」と考えるのです。つまり私に云えることとは「私には妖精が見えない」ということであり、もうひとつ踏み込んで「科学的方法論でも妖精の実在証明は難しいだろう」ということです。しかしどう足掻いたところで「あなたが妖精を見たという主張は嘘だ」と断定することはできません。(無論、その他の発言に矛盾やデタラメが混在しているようだと、主張の信憑性は、そのひとの主観であることを念頭に置いてでさえかなり乏しいものになるのだけれど)

それでは「不可知論」というテーマに於いて、私はどんなスタンスでいるのでしょう。カントがどうしたとかいう話は、残念ながら私は無知なのでさっぱり分かりません。しかし「ヒトが不可知であるはずのもの」についてであれば、かなり明確にお答えすることができると思います。
「物自体」というここでの説明を読んで、私は(この議論に於いては批判対象になってしまった)かのドーキンスの「盲目の時計職人」の中で、私たち地球上の生物が、壁や鉄の板を「硬くて通り抜けられないもの」と認識している、その知覚の適応についての議論を思い浮かべました。


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