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神と科学は共存できるか

229 NAN :2008/01/25(金) 01:30:12 ID:???
ついでに「妖精議論」について。
>>222などに散見されるけれど、妖精はいない、という証明は自然科学的実在性でしか世界を認識しようとしない「主義」にもとづくものではないでしょうか?しかし私は、先の発言(いや、今までずっと一貫して主張していることだけど)にあるように、誰かが妖精を体験したと主張するのであれば、とりあえずそれは「事実なのだろう」と考えます。それが他者にも体験可能、あるいは実測したり検証することが可能な「科学的実在」であるかどうかはその次のステップであろう、と考えます。

これはたとえば「痛い」という知覚にも同じことが云えるのではないか?と私は思います。私のような体中傷だらけの後遺症患いだと往々にしてあることですが、私が感じる「痛い」という知覚は計測不可能です。医師によって、あるいは計器によって、それを「痛覚レベル」として検証したり確認したりすることが極めて難しいので、触診したり薬液をつけたりその他の方法で「患部にアクセス」することによってなんとなく確かめるしか方法がないようです。結局のところ「これくらい痛そうな反応を示すのでよほど悪いのだろう」という、極めて不明瞭な判定しかできないのが現状のようです。(この点については、もっと確度の高い方法があるのかも知れませんが、私の経験の範囲ではこんな雰囲気でした)

このような「症状」を抱える私が各所の医院を訪ねると、その対処は千差万別です。「痛い」という私の主観的主張に基づいて適格な治療指針を探ろうとする医師もいたし、はなから「この損傷でそんなに痛いはずがない」という態度で診察に臨むような医師もいました。極端な話、治療も間違いない、検査の結果も傷みなど出るはずがない、よってこの患者(私)の痛いという主張は一種のヒステリーだろう、みたいな診断さえ「食らった」ことがあります。

しかし、患者の側からすれば確かに痛いのであり、それで困っているからわざわざ病院に出向き、長い診察待ちを経てやっと医師と邂逅しているのです。同様にして、極めて現実的であるけれど、極めて「我々が現実として認識するこの世界」とはかけ離れた「あっちの世界」を確かな現実であると主張するひともいます。彼らは通常、精神障害のあるひと、と診断されるでしょうが、彼らの言明は「空想の産物、妄想、錯覚であるので学問的意味などない」と捨てるべきでしょうか。(同様の指摘は「カールセーガン科学と悪霊を語る」がずっと詳しいし、丁寧だと思います)

「妖精はいない」という言明は「不可知であるはずのモノに対する断定」ではないだろうか?私はそう思うのです。無論、これまでのジンルイの経験において、妖精の存在は実証されていない。また、今後も自然科学の方法で妖精の実在を証明することは極めて難しいだろう、と思います。そしてもちろん「妖精はいる」という言明も同じことです。しかし、どちらの主張であれ、両者の主張は等価であり、それらを吟味する価値も同じであろう、と私は思います。


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