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聖イエス会岐阜教会、主の十字架クリスチャンセンター

1名無しの伝道さん:2018/03/04(日) 16:47:58
作詞:聖イエス会教祖様

時の流れははやく 終末は迫り
しののめが近いと みな告げしめす
神の期待に われらは こたえん。
メシヤの世紀を迎えるために
若いいのちを燃焼させよ
世界はわれらを待っている。

十字架の旗のもと 決意も新たに
いのちにはいのちを 愛には愛を
心燃えたち われらは こたえん。
メシヤの世紀を迎えるために
若いいのちを燃焼させよ
世界はわれらを待っている。

新しいエルサレム ゴールをめざして
ハシッドの召命 神化の道を
ただひとすじに われらは こたえん。
メシヤの世紀を迎えるために
若いいのちを燃焼させよ
世界はわれらを待っている。

神のビジョンを見つめ 聖霊に燃えて
新しい歴史と 輝く未来
メシヤの世紀 われらは 開かん。
メシヤの世紀を迎えるために
若いいのちを燃焼させよ
世界はわれらを待っている。

2名無しの伝道さん:2018/03/04(日) 16:48:43
曲名:神のことば
作詞:主の十字架クリスチャンセンター関係者??
神のことばに従い
進み行こう
今 ゼロから
歩き出そう
主のみことばから
始めよう
たとえどんなに
行く道 閉ざされても
共におられる主は
いつも新しい道を開く
十字架で贖われた
我らは主のもの
主のみ声に聞き従い
どこまでもついて行こう
後の雨が全地に降り注ぎ
リバイバルが訪れる
神の恵みが全地に
満ち溢れ
大いなる主をあがめる

3名無しの伝道さん:2018/03/04(日) 16:49:19
曲名:神のことば
作詞:主の十字架クリスチャンセンター関係者??
(つづき)
神のことばは
必ず成就する
遅くなっても待ち望め
まぼろしを書き記せ
主がくれた勝利の剣
収穫のために
みたまの力
注ぎたまえ
栄光は主イエスにあれ
後の雨が全地に降り注ぎ
リバイバルが訪れる
神の恵みが全地に
満ち溢れ
大いなる主をあがめる

4名無しの伝道さん:2018/03/04(日) 17:36:12
聖イエス会聖職者 参考資料・教材
聖イエス会資料集・プリント集・書物よりそのまま引用(古い分)
「ほほえみ」の秘訣は?
質問 病気の中でも、逆境の中でも、いつもほほえみ、明るく穏やかな方がおられました。
その方が、クリスチャンであることを知りました。その秘訣は何でしょうか?
お答えします
 ものごとが順調に進んでいるときに、明るく振る舞うことは易しいことです。けれども、悲しいことやつらいことに出会うとき、わたしたちは人が変わってしまったように暗くなってしまいます。なぜでしょうか。それは自分の中に、喜びの原因となるものを持っていないからです。悲しいことやつらいことの中でも、しおれることなく明るさを保ち続け、さらに周囲の人に喜びを分かち合うためには、心の中に大きな太陽のような光源を必要としますね。

《喜びの手紙》
 新約聖書のなかに「喜びの書簡」と呼ばれている手紙があります。パウロというキリストの使徒がピリピという町に住むクリスチャンに宛てて書いた手紙です。わずか四章からなる短い文書ですが、「喜び」とか「喜ぶ」という言葉が十六回も出てきます。この手紙は、彼が迫害を受け、ローマで牢獄につながれていたときに書かれたものです。それを思うとき、「喜び」という言葉が繰り返し出てくることに、驚きを禁じ得ないのです。
 一体、パウロのどこから「喜び」がわき上がってくるのでしょうか。外面的には何の希望も見いだすことのできない状況でした。また、彼自身の家柄や経験から出たものでもありません。それは彼の心の中に宿られ、彼の新しい人生の基となった、「いのちなるキリスト」にほかなりません。パウロはこのキリストに、自分の生も死もすべてを委ねたのです。パウロは神の愛に満たされていました。それで、自然に彼の中から喜びがあふれ出たのです。こうしてローマ皇帝の親衛隊の間にも、キリストの福音は広まっていったのでした。

《ほほえみの聖徒》
 聖書のみ言葉に「いつも喜んでいなさい」(テサロニケ人への第一の手紙5・16)とありますがYさんも、苦しみの中で喜びを輝かせたひとりでした。女学生時代に脊髄カリエスで大喀血をし、七十八本のカンフル注射によって、どうにか命をとりとめました。その時「神は愛なり」との神の“御名”が心の中からわき上がり、喜びと平安を感じました。それから三十年、ベッドから離れることのできない生活の中で、訪れる人に笑顔で接することを心に決めて、実行されたのです。彼女の周りには、いろいろな人が訪れ、心の悩みを打ち明けていきました。彼女の笑顔によってキリストに導かれた人は、百名を下らないと言われています。こうして、彼女のベッドから喜びの輪が広がっていったのです。
 起伏のある人生の旅路において、喜んでばかりいられないというようなこともあるでしょうし、許せない人もあるでしょう。そして、思いわずらうこともあります。その中で喜びの人となる秘訣はYさんのように、「神は愛なり」の“御名”によって、キリストを心の中に宿すことです。心の中に宿られたキリストは、「喜びの原動力」です。さらに、困難に直面し、思い悩む時には、すべてを益に変えて下さる神に祈ることです。そして、どんな時にも「ほほえみ」を忘れないこと。これが「喜びの人」となる秘訣です。
 最後に、聖書の言葉をプレゼントしましょう。
 「あなたがたは、曲がった邪悪な時代のただ中にあって、……いのちの言葉を堅く持って、……星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ人への手紙2・15)
以上 聖イエス会資料集・プリント集・書物よりそのまま引用(古い分)

5名無しの伝道さん:2018/03/04(日) 21:02:43
聖イエス会聖職者 参考資料・教材
聖イエス会資料集・プリント集、書物(古い分)よりそのまま引用
霊父宣教の50年 ローマ、エルサレムまで
 信州有明時代(聖イエス会誕生)
執筆者:大槻霊母様
《花嫁の装い ……姉》
 一九四四年(昭和十九年)十二月二日、隣組の人々に見送られ、数々の思い出を残して信州に向け高浜を出発いたしました。…(五年生)のクラスの子供達が担任の先生に引率されて、線路の沿道に整列して見えなくなるまで手を振って見送ってくれましたのが印象に残っております。…三年生、…一年生、…三歳でございました。
 その日夕方福井着、メソジスト教会牧師に迎えられ、その教会に着きました。翌日の聖日礼拝は、主人が御用をいたしましたが、その日、初めて、なつかしい……姉にお会いすることができました。
 「我は命のパンなり」と、……師と同じ御名によって聖霊を拝領された……姉のお顔は聖なる雰囲気が漂い、マリヤ様にお出会いしたような心地がして、エリサベツのように聖霊の躍動を覚えました。マリヤ様が受胎告知をお受けになられた直後、ユダの町に洗者ヨハネの母エリサベツを訪問されあいさつをされるや、エリサベツの胎内の子がおどり、彼女は聖霊に満たされ叫んで言いました。「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう。ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」(ルカ1・42〜45)と、私も共に心からの祝福を送りました。
 「私は本当に、地上におりますのか、天上におりますのか、わからないのでございますよ。洗濯をしておりましても、まるで湯気の中でむされているように神様の愛のみが私を包んでおります。私の心も主を思うことのみでいっぱいでございます」と、満ちたりたお顔でおっしゃいましたが、まことに…姉の霊魂は清澄な水晶のように輝いてキリストを反映しておられ、すでに主のお望み通りの花嫁の装いが全備されているように思われました。
《荒涼…安曇野の冬》
 福井教会で二日間、幸いな時を過ごし、四日福井を出発、途中、長野と穂高で一泊。六日の朝穂高の信者さんのお家の二階の窓を明けた途端、白凱たるアルプスの山々が眼前にそびえ立ち、その迫力に思わず「あっ!」と叫び、はじめて見る雄大な光景に圧倒されました。その日、穂高から大糸南線にてあずみ追分にて下車、徒歩にて三十分ほどで南安曇郡有明村土場に着きました。そこは見渡す限り荒涼たる枯れ野でございました。(現、穂高町有明区立足)
 はるか彼方にそびえ立つ北アルプスの偉容は壮大であり、また神秘的でありましたが、その裾野に広がる高原の村、安曇野の冬は、私どもにとってはなんと荒涼としたきびしい風景


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